戦姫絶唱シンフォギア 響き渡る魂 (招き猫)
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プロローグ 花の鼓動

健全なる魂は 健全なる精神と 健全なる肉体に宿る


そして───



 色とりどりに発光する鮮やかな体色、生物としての脈動を感じさせない機械的な気配、星明かりが照らすに浜辺に現れたものの名は認定特異災害──ノイズ。

 人間を触れるだけでただの粉末状の炭素へと変化させるそれらは人々に災害として認識されている。

 存在は古き時代より確認されており、分類こそノイズ自身が明確な意思を持たぬが故に災害ではあるものの、襲われる被災者からすれば怪物と大差は無い。

 その姿は、二本足であること以外は人と決して似つかない寸胴体型のものや芋虫のように地を這うものなど多岐に渡る。

 そんなノイズは現在、都市部から幾ばくか離れた夜の浜辺を集団で進行している。

 

 否、進行していた(・・・・・・)

 

 ノイズの集団は現在、元からいた同族の半数以上が既に炭素の塊となり、その歩みを止めている。

 そんなノイズたちの間を縦横無尽に駆け回る人影が1つ。それは、ノイズが持つ位相差障壁を知らないとばかりに己が拳をノイズに振るう。位相差障壁は物理攻撃を霞のようにすり抜けさせることができる絶対の防御であり、本来であれば只人の拳などものともしない。しかし、人影に拳を叩き付けられたノイズは、一瞬の抵抗もなく貫かれ、無様に炭素へと崩れていく。人影の勢いはまるで天敵を滅ぼさんとする獣の如しだ。

 

「ハアァァァッ」

 

 人影は咆哮を上げながらノイズを殲滅していく。駆けるごとに浜辺の砂は舞い上がり、漂着したゴミが辺りに散らばるが人影はそんなこと気にしないとばかりにノイズを蹂躙する。意思無きノイズたちも行動原理たる人間殲滅の理念に従い、人影に攻撃を仕掛けるが全くもって当たる気配がない。ノイズ独特の形状変化させる素早い攻撃も人影は全身に目があるかのように回避していく。そうしてノイズたちの文字通り無駄な抵抗だけを行い、一個体の例外もなく炭素へと消え去った。

 

「もう音は聞こえないし、終わったか」

 

 人影はそれまでの激しい動きから打って変わり、閑かに浜辺に立って息を吐いた。

 その姿はガッシリした体つきが見て取れる長身の青年であった。服装は上半身に薄手で無地の白Tシャツ、下半身に運動用と思われる黒ジャージを着用し、首には両端に黄と橙色の四角い意匠が施された長めの白いマフラーを巻いている。少々変わってはいるものの、そこまで特異なものではない。

 しかし、ただ一点青年の姿には日常の中では見て取れないものがあった。

 肩までを覆う右手の鎧である。鎧といっても位の高い戦国武者や西洋の騎士が纏うような重装備ではなく、動きを阻害しないための革鎧に近い。しかし、拳にはナックルダスターのような突起が覆われ、前腕部分には籠手を大型化したようなユニットが装着されている。カラーリングは全体的に橙を基調とし、腕部ユニットや上腕の一部などには部分的に白と黒の帯状模様が見て取れる。

 

「およそ10分くらいだね」

 

 先ほど青年が呟いた低めの声とは異なり、高めの柔らかい女性声が浜辺に響く。

 

「ノイズは最低でも150はいたはずだから、1分で15体ちょっとか」

「いつもと同じくらい。最近あんまり上がってないよ」

「だよなぁ。そろそろどん詰まり感が出てきてる」

 

 辺りには青年以外に人影は確認できず、青年自身も通信手段となるようなものを身につけてはいない。それにも関わらず、青年はどこか困ったように女性の声と会話している。

 よくよく見ると、青年の右腕に纏う鎧の紋様が女性の声とリンクするように明滅している。青年も視線を向けているのはその部分である。

 

「ねえ。同じことの繰り返しだよね、私たち……」

「本当にな……まあとりあえず今日は帰るか」

「OK」

 

 2種類の声がそうした言葉を交わしたとき、青年の右腕の鎧と首に巻かれていたマフラーが突如発光した。微かに暖かさを伴った強烈な白い光を放ちながら、鎧は中空に光へと解け、その下にあった青年が着るTシャツの右袖が風に揺れる。空中の光はすぐに青年の隣に集合し、女性らしいシルエットを形作る。そしてすぐに光は収まり、そこには先ほどまではいなかった若い女性が現れた。10代半ばである女性は同世代と比較して標準的な体格を持っているものの、如何せん隣に立った大柄で筋肉質な青年と比較すると頭1つ分は小さく、数値以上に華奢な印象を与える。また、服装は上半身に灰色1色のフードパーカー、下半身に青色のショートパンツと簡素なスタイルをとっている。

 

「それじゃ(わたる)、すぐに帰ろうよ。お腹もペコペコだし」

(ひびき)は武器化してたからほとんど動いていてないだろ」

 

 響と呼ばれた薄く笑みを浮かべる女の子の言葉に対し、渡という名前の青年は少し呆れを混じえたように投げ返す。

 

「ふーんだ、私はいつもバッチリと渡のサポートしてるんだよ。お腹が空くのは当たり前なんだから」

「確かにそれはいつも助かってる。でも俺はいつもノイズの動きを予測して、且つぶっ叩いて倒してる。響より行程が多い。つまりはお前よりお腹が減ってると言って良いんじゃないか」

「うーん、な……るほど?」

「つーわけで今日の晩飯は俺の好きな鶏料理にするから」

「ちょっ、ちょっと待って。まさかまたササミなの……。それとこれとは関係ないよッ」

「いーや、決定。今日の料理番は俺だから。俺に決定権があるのだよ。カッカッカッ」

「ならもう少しバラエティを富んで欲しいよ。最近の渡の料理っていつもササミ使ったものばっかりだし」

「だってササミは筋肉に良いだろ」

「この筋肉馬鹿……。というか、前にちょっと調べたけどササミばっかり食べても筋肉は付かないから」

「えっ、マジで」

「マジです」

「そんなぁ、せっかく家出る前に仕込みしてきたのに……」

「残念でした。やっぱりいろんなものを万遍に食べてこそだよ。ってか仕込みしてたのなら晩ご飯は既に決まってたってことじゃん」

「おう、自信作だぜ」

「立ち直り早ッ、でも楽しみにしとくよ。結局、渡の料理は美味しいし」

 

 響は灰色のフードを被って歩き出し、渡もその隣に続いていく。

 つい先ほど、人類への災害であり脅威でもあるノイズを難なく塵へと変えた2人とは思えないような、どこにでもある他愛のない会話を繰り返しながら響と渡は夜の砂浜を歩いて行く。

 

 

 月光が照らす広大な浜辺には、塵と化したノイズをさらっていくザアザアという波の音だけが響き渡っていた。

 

 

○●○

 

 2年ほど前、立花響という少女はとある大きな事故に巻き込まれた。

 当時、日本のトップアイドルグループであったツヴァイウィングのライブ中にノイズが発生したことによって引き起こされた大規模災害。10万人を超える観衆やライブ関係者の内、その災害による死者・行方不明者の総数は12874人。膨大な数の被災者を出したその凄惨さに多くの人の記憶に残る事件であるが、ノイズによる死者はその中のおよそ1/3。残りの2/3はノイズから逃げようと恐慌した人々が逃走経路を求めて、互いに傷つけ合ったことによって出た被害である。

 響は、その事件で心臓付近に重傷こそ負ったものの生き残ることができた。重傷による手術後のリハビリにも励み、順調に回復して日常生活に戻ることもできた。

 しかし、響の不幸はそこからであった。

 とある週刊誌が前述の被災者の内訳を掲載したことで、世論が事件の生存者に対してバッシングを始めたのである。それまでかけられていたノイズに襲われた被災者に対する気遣いの言葉は、180度変わって苛烈な批難のものへと変わっていった。生存者に対して、国からの補償金が払われたこともバッシングに拍車をかける要因となった。

 確かに週刊誌の掲載したことは事実であったものの、生き残った被災者が全員そうであった訳でもなく、そもそもノイズという触れただけで人間を煤へと帰る災害に対してどれだけの人間が他者を気にかけることができるであろうか。第一、災害が発生したときに被災者が第一に優先すべきなのは己が命であるはずである。そうであるにも関わらず、正義感という濁流は大衆の自制心を破壊し、事件の生存者たちは犯罪者のような視線を向けられることとなった。

 回復し、日常に戻った響もその例に漏れなかった。彼女の場合は、同じ中学校に通うサッカー部の先輩が亡くなっており、その原因の1人として理不尽に責められることとなったのだ。サッカー部の先輩は将来を有望視されており、学校中の人気者でファンも多くいた。そんな彼が亡くなり、特別なにか目立ったもののなかった響が生き残ったことをファンの1人が癇癪立てて責め上げた。それが引き金となり、響に対する学校全体のいじめが始まったのである。

 世論の流れと亡き先輩のためという歪みきった正義感によって引き起こされた攻撃は学校の内外を問わず、その方法も精神的なものから肉体的なものまで様々であった。

 初めの頃こそ、彼女の友人たちが庇っていたが、段々と苛烈になっていくいじめにまた1人、また1人と彼女の側を離れていった。最後に残った友人は強く響の心を支えてたものの、ある日突然遠くへ転校して彼女の前から姿を消した。自身に対してのいじめに巻き込まれないようにするため、家族ごと遠方に引っ越したのだと響が小耳に挟んだのは随分経ってからである。

 最後に残っていた友人が消えた後、完全に孤立した響に対して攻撃の手は緩められることはなかった。寧ろ、それまで彼女を守っていた友人たちという防壁がなくなったことで、それまでは間接的なものが多かったいじめが直接的なものへと変遷していった。教師や生徒の親たちも表だってその愚行を解決しようとはせず、あろう事か裏でその一部は多くの生徒と同様にそれを許容した。

 心なき攻撃に遭って響の心は荒んでいった。それまでは友人たちに辛うじて支えられていた彼女の心は瞬く間に傷つき、ぼろぼろとなった。事件前の闊達な表情は学校で見せなくなり、学校生活のほとんど時間を他人からの視線に怯えるようになっていった。

 それでも彼女の心が壊れなかったのは、家に彼女のことを想う暖かい家族がいたからである。

 毎日学校で心ない言葉をかけられて帰宅した響に対して、母親は親身になって励まし、祖母は明るい表情で出迎えた。父親は仕事から帰宅するとすぐさま響の部屋を訪れ、彼女を少しでも笑顔にして、元気づけられるようにたくさん話しかけた。

 そしてその後の家族全員揃っての食事は、お互いがその日あったことを朗らかに話し合う時間。それは傷だらけであった響の心を癒やしてくれる大切な時間であった。学校でどんなに負の感情を向けられても、この時の響の心は暖かいものを感じていた。

 彼女の家族は、それ以外にも学校での響へのいじめもなくそうと奔走したが、世論という追い風を受けた船を止めることは、ただの家族には困難であった。

 そして世論がさらに肥大化するにつれて、家族にも大衆の歪んだ正義の視線が向けられるようになった。郵便受けには絶えず中傷の手紙が投げ込まれ、電話は怨嗟の籠もった声を多く聞かせるようになった。玄関や塀に誹謗の文字が書かれた張り紙をされたことも多くあった。

 また、父親の職場でも悲劇は連鎖していくことになる。彼は週刊誌が例の記事を掲載する前、娘の無事を職場内に吹聴していた。それがある日、彼の取引先の社長の耳に入る。社長の令嬢も事件当時ライブ会場を訪れて、不幸にも命を落としていたのである。それによって取引は白紙となり、響の父親はその責任を負わせられることになった。直接的な処分こそ小さいものであったが、それ以上に周囲の同僚たちからの視線は彼の精神に痛みを与えた。

 

 

 しかし、それでも彼は決してその痛みを家庭に持ち込もうとはしなかった。

 

 

 特に響に対しては自身のことを知られないように細心の注意を払っていた。職場でどんなに持て余すような扱いを受けてプライドが引き裂かれようが、家に帰れば明るく朗らかに家族を安心させようと奮起した。

 だが、沈静化する兆しを見せない大衆の善意に家族が傷つき疲れ、自身も社内の扱いに耐えられないと限界を感じ始めていた彼───立花洸(たちばなあきら)は家族にこう投げかけた。

 

「なあ、どこかに逃げないか」

 

 

○●○

 

 

(それから、私の家族は引っ越したわけだけど……まったくお父さんったら私を励まそうと無理してたのがバレバレだったなぁ。お母さんたちにも会社でのこと打ち明ける前からほとんどばれてたみたいだし。ほんと顔に全部書いてるよう人だったよ……)

 

 懐かしさを感じながら響はソファーに深く体を沈めた。ソファーの柔らかさに体の力が抜け、気分も解けていく。

 

「何、ボーッとしてんだ?」

「んっ……なんでもないよ。ただちょっと思い出してただけ」

 

 自らの記憶に深く沈み込んでいた響の背後から、渡が声を投げかける。

 

「ふーん。まあいいや。とにかく晩飯できたから食べるぞ」

「おかずは?」

「ササミの梅紫蘇巻き」

「美味しそう」

 

 響はソファーから体を大きく動かして跳ね起き、渡に期待してるよと熱の込めた視線を向ける。

 

「あと今日の味噌汁は余ってた豆腐がたくさん入れたから、いっぱい食べろよ」

「女子に対して、いっぱい食べろってどうなの」

「いいだろ、別に。実際、響めっちゃ食べるし」

「そうは言ってもねぇ……」

「……好きなものは?」

「ごはん&ごはんッ」

「ほれみろ」

「……」

 

 ばつの悪さに視線を横にずらした響をジト目でにらむ渡であったが、すぐに2人は味噌汁やご飯を皿に盛って、食事を始めた。

 食事中も先ほどの会話に引き続いて互いに茶化し会い続けるその様子は、マナーの点で見れば良いものではなかったが、2人にとっては気にするようなものでもなかった。

 その後、2人は食事を終えて片付けを始めた。皿洗いをする渡に対して、テーブルを拭いていた響が声をかける。

 

「渡」

「なに」

「ありがとね」

「なんだよ、気持ち悪い」

「女の子のありがとうに気持ち悪いって……駄目じゃない?」

「突然言うからだよ。何で急に」

「言いたくなったからね」

「そうか……やっぱ気持ち悪いな」

「なんだとー」

 

 響はニヤニヤとした表情で渡の脇腹を指先でツンツンと突き始めた。

 

「お、おい。いま皿洗ってんだけどッ」

「皿割らないように我慢するんだよー」

「クッ、クフッ、クウフッ」

「今の渡も大概気持ち悪いよ」

「響のせいだろうが」

「気持ち悪いなんていうから」

 

 2人は互いに笑い合う。

 その姿はまるでからかい合う兄妹のような、または気の置けない友人のようなものでもあり、家族のようでもあった。

 しかし、彼らの関係を正確に表現するのであれば、それは「相棒」と呼ぶべきであろう。

 

 常人では抵抗することも叶わない人類に対しての超常災害であるノイズを討つことを可能としている、特異点とも呼ぶべき彼ら。

 共にノイズによって普通とは違う人生を歩むことになった2人。

 

 

 それこそが”職人”である古藤(こどう)(わたる)と”武器”である立花(たちばな)(ひびき)

 

 

 今日も自分たちの目の届く範囲にいるノイズを滅する傍らで、互いに何気ない日常を送る一組の相棒たち。

 

 

 今はまだ穏やかな生活を送る彼らの頭上で、”欠けた月”は奇麗な光で世界を照らしていた。

 

 

 





───魂は心の歌を奏でる




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聖剣伝説

その聖剣は最強の力を持つ―――



※冒頭部分は読み飛ばしても構いません


「人と人とのコミュニケーションは大切だ。従って、今一度自己紹介をしてやろう。まず始めに私の伝説は先史文明期より始まった。そうあれは、芳醇なる果実が実る秋頃のことだった。いや待て、草木が萌える雪解けの春頃だったかもしれない。もしくは、燦々と太陽に照らされるとても暑い夏の頃であるかもな。おい、私が話しているのだ。茶の一つでも出してはどうかね。アールグレイを頼む。やはり季節は肌を裂く木枯らしの吹き荒れる冬だった。ああ、アールグレイはT.G.F.O.P.を満たしてくれよ。あの頃の私は有名だった。何者をも切り裂く私を求めて、多くのものが私の下を訪ねたのさ。朝日が出た側から当時の私の住処の戸を叩くものもいたさ。その音を目覚ましにする日もあった。私の1日は一杯のモーニング・ティーより始まるのだ。その日の始めに飲むモーニング・ティーで私の伝説の1日は始まるのだ。モーニング・ティーにはミルクティーだという輩もいたが、私はいつもストレートで飲んでいた。紅茶は私が始めたというのにだ。だが時として他者の嗜好を味わうべきとミルクやレモンも嗜んでやった。当時の鋭すぎた私にはどの紅茶も染み渡るものであったよ。待て、当時の私は鋭いと言うより研ぎ澄まされたいうべきであるかな。周りからは優雅さを感じるとも言われていた。どうだろうか、言われていた気がするだけで実際には言われてなかったかもしれない。確実なのは私が万物問わず切り裂くほど力が合ったと言うことだけだな。そういえば、それなりの知もあった。後年には私の叡智を頼ってきた錬金術師などもいたものだ。知っているかね、モーニング・ティーは別名ベッドティーとも言うのだ。その十年とそこらしか生きていない脳みそに入れておけ。思い出した、やはりあの日は暑い暑い夏であった。少し雨も降っていたな。そんな日に私は1人の人間と出会ったのだ。唯一無二とも言える友人に。伝説の序章となるその日の私の1日は一杯のドクダミ茶から始まった。口に合わなかったな。さて伝説を語り始めよう。だがその前に、頼んでいた紅茶をもらおうか。私の伝説を聞くに当り、何も口にしないことなど寂しすぎる。紳士は優雅に話をするものだ。紅茶は欠かせん。君たちも飲むがいい。紅茶を飲んで悠久の時に語り継がれる私の伝説に耳を傾けようではないか。紅茶は無論、水出しアールグレイのレモンティーであろうな。爽やかな味わいは心に余裕を生むのだ。若者には分からないか。なら実践してみるがいい。手始めに、『伝説を聞くための1時間のティーパーティー』で心を落ち着けようではないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

((ウ、ウゼェ……))

 

 

 響と渡は共に苦虫を100匹以上噛みつぶしたように顔を歪めながら、同じことを心に思い浮かべた。その顔の歪みようは、全体に皺を寄せ、口は半開きで下がり、普通に生活する中では到底見ることのできないもので、彼らの全身から目の前の生物に対する嫌悪感が滲み出ていた。

 2人の目の前には、英国紳士風の服装にクラウンが身の丈の半分以上を占めている長いシルクハットを被った二足歩行のよく分からない生物が手に持つ杖を自身らに向けながら話しをしていた。

 その生物はまかり間違っても人間という呼称ができるものではなかった。大きさは50センチ程度で凹凸を感じさせないような白一色の体表面、前述の装いも全てが同色でまとめられている。ギリギリ首から下だけに限れば人形と言えないこともないが、下半身は何も身につけず空気に完全に晒していた。そこまででも意味が分からないが最もそうであるのは、首から上、つまりは顔と思われる箇所であった。三日月をそのまま体に乗っけたようなその形は、およそ生き物らしくはない。片方の尖りが鳥類の嘴であるとぎりぎり仮定できる程度にしか顔とは形容することができない。シルクハットはもう一つの角を隠すようにすっぽりと嵌まっている。そして、そんなおよそ顔とも呼ぶべきその中心にはコンパスで描かれたような真円状の目玉が確認できる。

 総じて他に類を見ないこの生物は、まさに意味不明のナマモノとしか言いようがなかった。

 

 

(ウゼェ、ただひたすらにウゼェ。話ながいし、意味わかんないし、脈絡ないし、ノンストップだし、ウザすぎる)

 

 渡は目の前の白いナマモノに対して、内心で文句を並べまくる。右拳もいつの間にか胸の前まで上がり、白いナマモノへのウザさでプルプルと震えていた。

 

「ねぇ、渡。いい加減殴っても良いかな。ウザすぎるんだけど」

「俺もたいへん同意するが、意味ないことくらい分かってるだろ」

「ぐぬぬ……」

 

 小さな声でナマモノへの怨嗟の声を奏で合う2人は、ウザさの塊に対して直接打撃を加えようとも考えるが、鋼の自制心で踏みとどまる。

 

「おい、紅茶はまだかね、うん……ああ、お茶請けはスコーンを頼むよ、無論手作りでな!!」

 

 

 

「「にゃろー、やっぱウッゼー」」

 

 

 鋼など簡単に砕け散った。

 

 2人は白いナマモノへ怒りの拳をぶつけるために、勢いよく飛びかかる。

 その速さは、同年代と比較して飛び抜けたものであり、大の大人であっても反応すらできないであろう。

 しかし、ナマモノは焦った様相を見せずに落ち着いて2人に視線を向ける。

 

「ふん、若輩よ。やはり貴様らには落ち着きが足りない。私もそうだった。若い時は落ち着きとは無縁の弾丸のような男であった。そう私の若さ故の無謀は、1人の女との出会いより始まったのだ……」

 

「「ウザすぎるわぁー」」

 

 2人の拳はナマモノの顔面へと振り抜かれる。

 だが、その拳たちは白へは当たらず、何も無い空間を空ぶった。

 

「ヴァカめッ、貴様らのようななまっちょろい拳が当たるわけがないだろう。私に初めて拳を振るった男は私の初めての友となる男であったよ」

 

 ナマモノはいつの間にか2人が先ほどまで立っていた場所に移動して話しを続けていた。彼らの拳など意にも介さないといったその様子は、響と渡をさらに嫌悪感を煽ったものの2人はそれ以上意味がないと理解し、拳を降ろした。

 

 

「やっぱり、速いな。ウザいけど」

「うん、結構うまく踏み込んだはずなんだけど、全然捉えられなかったね。そして相変わらずウザい」

「だな、なあエクスカリバー」

 

 渡は一向に話し続けているナマモノ───エクスカリバーに声をかけた。

 

「あの女は恋に取り憑かれた女であった。身分の違いを理解しながらも、何年経とうが相手への恋慕を決してそこ損なわなかった。果てに自身の言葉が伝わらなくなったときなどは……ん?なんだ渡、今は私の伝説の中の最強への道・序章・出会い編の途中だぞ」

 

「お前の伝説は分かったから。さっさと本題「ヴァカめッ、私の伝説をそう簡単に理解できるはずがないだろう。まずは最強への道を拝聴するのだッ」

「いや、私たち何回も聞かされてるし、もう飽き「ヴァカめッ、伝説とは何度話しても色褪せぬもののことだ。ちなみに響よ、貴様は頭に被るコレのことは理解しているだろうな」

「シルクハットでしょ、さすがに「ヴァカめッ、これはのりまきだッ。これだから田舎者は困る」

 

「「ウゼェー!!」」

 

「ヴァカめッ、貴様らの尺度で私を測れるはずがないわ。ところで紅茶はまだか」

「紅茶なんて用意してないよ。なんでエクスカリバーこうウザすぎるの……」

「諦めろ、この生き物はそういうものだと思うしかない。しかしこんなのが最強の聖剣なんて信じたくないよなぁ……」

「おい渡、一つ訂正してやろう。厳密には私は生き物ではない。自律式の聖遺物(・・・・・・・)だ。間違えないようにな」

「ああ、はいはい分かりましたぁー」

「私も同じく」

「響は私と半分同じようなものであろうに」

 

 響と渡のもうどうにでもなれと言った対応にエクスカリバーはブンブンと杖を振り回し始めたが、さすがにこれ以上は溜まらないと今度は2人がかりで話しを変えることにした。

 

「なんで今日は急に呼び出したりしたんだよ」

「そうそう、丁寧に台所の机に目立つように呼出状置いたりして」

 

 今彼らがいるのは、先日響と渡がノイズを倒した浜辺の近くにある洞窟の中である。洞窟とは言っても内部には透き通った池と岩の間から零れ出る暖かな光が溢れ、幻想的な雰囲気を醸し出している。

「ヴァカめッ、紳士たるもの呼び出す相手に対して、手紙を出すのは当たり前だ」

「なら、そのまま用件だけ伝えて帰ればいいのに」

「響、いちいち文句言ってもしょうがないのは前から分かってんだろ。スルーだスルー」

「……うん」

 

 そろそろ噛みつぶす苦虫が1000匹を超えそうな響を窘めて、渡は改めてエクスカリバーに疑問を投げる。

 

「何で呼出状を置いていたのかじゃなくて、俺たちはどんな理由で呼び出したのかを聞きたいんだけど」

「答えてやろう、浜辺のノイズのことだ」

「……なんだよ改めて、俺と響がそこのノイズを倒しているのはいつものことだろ。ちゃんと全部倒してるし文句はないはずだ」

「ヴァカめッ、早合点するでないッ。そもそもお前らがノイズを倒すのはただの自己満足だろう」

「うっ、確かにその通りだけど……」

「……」

 

 自己満足と言われ、響と渡はたじろいだ。事実その通りであると同時に、2人の中で燻っている気持ちを突かれたように感じたからだ。

 

「あのノイズは私を狙ったもので人間に危害を加えるものではないことは前にも説明してやっただろう。だというのにお前ら2人ときたら、毎回毎回きれいに掃除するとは。暇か暇人なのか」

「いやだって、ノイズがいると耳障りでしょうがないから」

「私はノイズがいるとイライラするから」

「理由は聞いていない。だが、私の代わりに日頃からノイズを駆除をしているのは事実だ。その点だけは礼を言っといてやろう」

 

 今度を別の意味で2人は少し、制止した。響と渡はお互いに顔を見合わせ、数度瞳をパチクリと瞬かせる。

 

「……まあ、俺たちはさっき言ったように自分たちのためなんだけど」

「うん、そんな改めて言われるようなものでもないし」

「それに認めたくはないがお前に多少は鍛えられたからなぁ」

「一応、こっちはその恩ってところも若干あったけど」

「「まさかエクスカリバーに礼を言われるな「さて、お前らを読んだのはそのことだ」

 

「「って、聞けよ」」

 

 エクスカリバーに会うたび、ウザさに振り回されるふたりにしては、珍しく真面目に返答しようとしたが、結局エクスカリバーの空気の読まなさは相変わらずであった。

 

「これから浜辺のノイズは私が駆除しよう。お前たちはしなくてもかまわん」

「なんで」

「エクスカリバーに迷惑かかってないんだろ」

「確かに迷惑はかかっていない。だが、私がお前たちにノイズを好きにさせていたのは迷惑ではないという理由だけではない」

「じゃあなに?」

 

 響が小首を傾げながらエクスカリバーに質問した。

 

「今まではお前たちの成長が見えたから放っていたが、最近は行き詰まってきただろう。それにお前たち自身が現在に対して不満を感じている」

「それは……」

「別に私はノイズを倒せればそれで良いし……」

「ヴァカめッ、誤魔化すでないわッ。お前たちが現状、自分たちがただただノイズを倒すことに迷いを感じているのは分かっている」

 

 滅多に見られない真面目なエクスカリバーの言葉に、響と渡は押し黙った。それが反論する気も起きないほど本心であったから。自分たちが日頃から人気のない浜辺のノイズを倒すことは、自分たちのノイズへの溜飲を下げることでしかないというのは自分たちが一番感じていた。

 

 

「だからこそ、ノイズどもを倒したところでなにも変わらん。寧ろ同じような動きばかりのノイズを相手にしていたのでは深みにはまるばかりだッ」

「……確かにそうかもしれないな」

「ならどうしたらいいの?」

「ヴァカめッ、すぐ人に聞こうとするな。自分で考えてみろ」

 

 白い杖をグリグリと渡の腹に押し付けながら述べるエクスカリバー。

 

「って杖で腹を押してくるなッ」

「ふんっ」

 

 たまらず杖を払い除ける渡。意に介さないエクスカリバー。

 響は少し、悩んだ後口を開いた。

 

「ノイズを相手にして悩むくらいなら、やめろってこと?」

「なるほど何もしなけりゃ迷うこともないってことか?」

「ヴァカめッ、そうではない。なぜそのような答えに行き着いたのかこちらから聞きたいくらいだ」

 

 回答した2人をエクスカリバーはバッサリと切る。

 響と渡は再び、イライラが溜まり始めた。

 

「お前たちは浜辺のノイズに何もしなくてかまわん。そのぶん、私がお前たちの相手をしてやる」

「それはつまり修行をつけてくれるってことか」

「ヴァカめッ、その通りだ。それでお前たちに()を教えてやろう」

「幅?」

「同じことを繰り返すだけでは得られないものだ。応用力といってもいい」

「でもノイズを倒すだけなら応用力なんて必要か?」

「ヴァカめッ、頭の中がお気楽なのかね。私の後輩どもは」

 

 ピョコピョコとステップを踏みながら話すエクスカリバーに2人のイライラはどんどん溜まる。

 

「……ねえ、聞きたいんだけど、それって組み手みたいな感じなのかな?」

「どんな内容はお前たち次第だ。私にそこまで近付かせたら、組み手にもなるだろう」

「逃げ続けられたら修行にならないと思うけど」

「ヴァカめッ、幅を教えてやると言っただろう。そんなことはしないッ」

「分かった修行受けるよ。渡も良いよね」

「ああ、響が良いなら俺も良いぜ」

「ならすぐに始めるとしようか」

 

 2人が同意するとエクスカリバーはペタペタと足音を立てて距離をとる。

 

 そして響と渡はこのウザい聖剣に出会ったばかりの頃をふいに思い出す。

 ある日職人と武器になった2人の前にどこからともなく現れたエクスカリバー。突如現れた奇妙な生物に呆然として固まった2人をエクスカリバーはお構いなしに連れ去った。そしてそこで始まる彼のウザすぎトーク。確かあのときも「私の伝説は~」で話し始めたなと脳裏によぎる。連れられた後、エクスカリバーによる稽古というからかいで2人が職人と武器としてそれなりの動きができるようになったことも思い出すが、それ以上に心に深く刻まれているのは神経を逆なでするウザ過ぎる笑い声。

 

 

『えくすきゃりば~、えくすきゃりば~、えっくすきゃりば~』

 

 

((チッ!!))

 

 心の中で舌打ちが重なる。

 

 

「なあ響、改めてエクスカリバーってウザいよな」

「うん、ウザいよね」

「でも修行というか、あいつから相手してくれるのって珍しいよな」

「そうだね、前の時はなんだかんだ言って煙に巻かれたし」

「ああ、とにかくエクスカリバーから言ってきたってことは、俺ら胸を借りるつもりでやっていいよな」

「だよね、全力で行っちゃっていいと思う」

 

 

 このとき2人の心の中は一致していた。

 会うたびに聞かされるウザさ溢れる会話と動き。こちらを小馬鹿にする態度。意味の分からない存在感。エクスカリバーとの思い出が脳裏を通過していく。

 そして、先ほど空を切った拳の感覚はまだ新しい。

 響と渡こう思った。

 

 

((全力でぶっ飛ばすッ!!))

 

 

「いくよ渡ッ」

「やってやろうぜ響ッ」

 心の声が重なると同時に響の体が強く光り出す。そしてすぐそのシルエットは崩れ、光は渡の右腕に収束していく。強烈な光が収まると、渡の右腕には先日浜辺で見せた鎧が装着され、首には長いマフラーが巻かれていた。

 

「さあ、それでは始めたまえ。スタートはお前たちの好きなタイミングで良いぞ」

 

 変わらず偉そうな態度であったが、対面する渡は静かに息を吐き、武器へと変化した響も心をゆったりと落ち着ける。

 そして渡はのそりと瞳を挙げ、双眸でエクスカリバーを射貫いた。

 

 

「”職人”、古藤渡」

「”撃槍”、立花響」

 

「いざッ」

 

「尋常にッ」

 

 

「「ぶっ飛ばすッ!!」」

 

 

 

 ───オレンジの閃光が白へと突撃した。

 

 

 

 

○●○

 

 

 

「やっぱり理不尽すぎるよッ」

「本当、あの強さは理不尽なレベルだよなッ」

 

 結果として、響と渡はエクスカリバーをぶっ飛ばすことはできなかった。

 それどころか、ほとんど攻撃が当たらないというぶっ飛ばす以前の問題であった。ほとんど瞬間移動にも近いスピードで移動するエクスカリバーに対して、一応数回は拳が触れたものの、それらは全て杖で受け止められてしまう始末である。そんな無傷なエクスカリバーと比較して2人も傷こそないが、ギリギリを光りの斬撃が掠めたり止まらぬウザトークを聞き続けたり、体力と精神力が底を突いてぼろぼろとなった。

 どう見ても惨敗である。

 

 その後、エクスカリバーから帰って良いぞと終了の旨を伝えられた2人はよろよろと自分たちの家に帰宅した。

 

 

「疲れたけど、とりあえず今日のご飯作ってくるよ……」

「明日から学校あるし、簡単なもので良いぜ……」

 

 本日の料理当番あった響は重い足取りで台所に歩いて行った。

 渡は手洗いを済ませた後、テーブルを拭いておこうとリビングに向かうとふと視界の隅に新聞が入る。

 新聞には2人の女性が大きく映され、その横に書かれたタイトルを渡は無意識に口に出していた。

 

 

「『QUEENS of MUSIC』で歌姫マリアと風鳴翼の特別ユニット決定……か」

 




時系列は無印からGの間です。


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トリプル・デュオ
序奏前の静寂


9月13日は立花響の誕生日。
おめでとう、ビッキー!!

不定期更新で期間が空いてしまいましたが、響の誕生日なので投稿できました。
まだまだ序盤なので、オリキャラの登場もありますが、未完にならないように頑張ります。


『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』

 歌手デビューからわずか二か月で、アメリカの音楽界で注目を浴びるようになった新進気鋭の歌姫。ミステリアスさと力強さが共存するその歌声に発売したCDは飛ぶように売れ、最近では彼女の楽曲をテレビやラジオで聞かぬ日はないといわれるほどの人気ぶり。全米ヒットチャートを駆け上る彼女の姿に熱狂的なファンからは女王とも呼ばれている。

 今回の『QUEENS of MUSIC』での風鳴翼とのコラボは彼女からの提案を汲む形で実現することとなった。

 

『風鳴翼』

 日本で多くファンを持つ女子高生アーティスト。二年前までは、現在芸能界を引退(・・)した『天羽奏』とツヴァイウィングという名のコンビユニットを組んでいた経歴を持ち、今はソロで活躍中。ツヴァイウィング解散後の彼女の儚さを感じさせる歌声はここ数か月前から鳴りを潜めたが、今はパワフルな歌で変わらずファンを魅了している。

 彼女は海外挑戦を視野に入れていることを表明しており、今回のアメリカの歌姫マリア・カデンツァヴナ・イヴとのコラボからさらに世界に風鳴翼の名が広まることをファンや関係者が期待している。

 

 

 

 

「───ってなわけで、マリアさんも翼さんも日本とアメリカって違いはあるけど多くのファンを魅了するトップアーティストってわけよ」

 

 とある高校の昼休み、心地よい風が通る窓のすぐ横の机にいくつかの惣菜パンを広げながら男子生徒は得意げに自身の知るアーティストたちのことを語っていた。なぜか鼻高々に語るクラスメイトを若干不思議そうに眺めながら、古藤渡は弁当に持ってきた白飯を頬張っていた。

 

「ふーん、でお前はどっちのファンなわけ?」

「どっちかって聞かれると甲乙付け難いけど、強いて言えば風鳴翼かな。翼さんのことはツヴァイウィング時代から追ってるからな、奏さんが大怪我負って引退した後の黎明期もずっと応援してきたし。何より今の儚さを振り切った芯のある歌声がたまらなく好きでさ……」

(あ……また始まったな)

 

 一を聞いただけなのに十を答えるように話が止まらないクラスメイトに呆れる渡であるが、楽しそうに話すその様子に割り込む気にもなれず静かに耳を傾ける。今までも同様の話を聞いたことがあったので話半分に聞き流しつつ、渡は続いておかずの卵焼きを頬張る。

 

(ちょっと味付け濃かったか?)

「───それで俺がおすすめする翼さんの曲の一番は、やっぱりツヴァイウィング時代のフリューゲルなんだけどな。ってそういや、古藤は奏さんのファンだったんだっけ?」

「ん?……ああ、そうだな」

 

 弁当の味付けについて少し思案していた渡は、クラスメイトの問いに対して半ばぼんやりと答えを返す。そこで一度弁当を机に置き、その横に置いていたペットボトルからお茶を一口飲んだ。それから何かを考えるような素振りを見せてから、渡は青空を見上げてポツリと呟いた。

 

 「───俺はずっと前から(・・・・・・)あの人のファンだよ……」

 

 窓から吹く風は相変わらず、心地よく彼らの頬を撫でていた。

 

 

 

〇●〇

 

 

 

「これ残ってた最後の段ボールなんですけど、どこに置いておいたらいいですか」

 

 少し小さめの段ボールを腕に抱え、少し薄暗い部屋を覗きながら立花響は尋ねた。部屋の中は未開封の段ボールやそこそこ厚めの本、何かの紙束などが散見され、実際の広さより部屋を狭く感じさせていた。。

 

「それも他の段ボールと一緒に置いてもらって構いませんよ。足の踏み場さえ残っていればよいので」

 

 尋ねる響に答えるのはひとりの男性である。その声は抑揚こそないものの落ち着いており、聞き取りやすい。

 

「分かりました。じゃあ、さっき持ってきた段ボールの近くに置いておきます。一応区別つくように印でも付けておきますか」

「それはありがたいですね。なら、この付箋を使ってください。今日の日付と持ってきた順番さえ書いていただけたら私はわかりますので」

「了解です」

 

 青年の渡した付箋とボールペンを受け取り、響きは手早く日付と番号を記して段ボールに貼っていく。

 その横で男性は写真やら文章が書かれた何かの資料の束の整理を行っていた。青年の姿は、白が強い灰色の髪に長身痩躯で顔色もあまり芳しくなく、すぐに折れてしまいそうな枯れ枝を思わせた。身に纏うくたびれた白衣も男性のひ弱さを助長させている。

 

「いやー、すいませんねぇ。学校終わりに資料整理なんて頼んでしまって。響君だって予定があったでしょう」

「放課後は特に予定もありませんでしたし、尾茂田さんの頼みならこれくらいお安い御用です」

 

 涼しい顔をした響の近くで、へらへらと笑う白衣の男性の名は尾茂田垣。

 響と渡の保護者代わりであり、2人にとっては日常生活についていろいろと手助けをしてもらっている大人のひとりであった。

 2人とは一緒に暮らしていないが、街はずれの小さな一軒家で考古学者としての歴史研究を行う傍ら、渡と響が住む家にはよく顔を出していた。

 本日は、外部から送られてきた膨大な資料を整理するため尾茂田からの頼みで響のほうから彼の家を訪れていた。

 

「尾茂田さんにはお世話になってますから。そういえば尾茂田さんが連絡くれたとき渡もいたんですけど、この時間バイトなんで行けませんって言ってました」

「そういうことは気にしなくて良いのですけどね。しかし、実際響君がいてくれて助かりましたよ。急に資料がこんなに送られてくるなんて思いませんでしたから」

 

 尾茂田は紙の資料をトントンと揃えながら、溜息を吐く。その様子からは疲れが滲み出ていた。

 

「尾茂田さんを頼ってこんなに資料を送ってくるなんて、やっぱり尾茂田さんってその手の学会じゃ有名人なんですね」

「いやいや、そんなことありませんよ。分野の規模が小さくて、目指す人も少ないですから、私のような第一線を引いた陰気な科学者にもお鉢が回ってくるんですよ」

 

 そう言ってハハハと乾いたように笑う尾茂田であったが、そんな彼を横目に付箋を貼り終わった響は少し真剣な表情で口を開く。

 

「そんなこと言っても尾茂田さんは私の身体について理解(・・)しているじゃないですか」

 

 トントンと机で資料を揃えていた尾茂田は、一旦手を止めて隈の浮かべた顔を響に向けた。

 

「あのですね響君、確かに私は一端の考古学者として多少聖遺物に対しての知識はあります。ですが君のように身体と聖遺物の融合なんて聞いたことがありません。ましてや身体を武器に変化させることができるなんて、とても私の見識の外ですよ」

「でも……」

「でもではありません。もし君の身体について詳しく調べるなら、生化学者……いやそのなかでも聖遺物に理解がある人にしかできないでしょう。残念ながら、私の知り合いに条件の合う人はいません。響君がどうしてもというのなら私の元職場も頼りますが、それは響君自身が望んでいないのでしょう?」

「……はい」

 

 尾茂田の問いに対して響は、少し迷った後苦しげに肯定の意思を示した。

 それは自身の身体について知りたいという欲求とその特異性を不特定多数の人間に知られてしまうことによる恐怖心が鬩ぎ合ったことによってうまれた時間であった。

 彼女の脳内では、他者とは違い生き残ったという理由で迫害された過去の悪しき経験が思い出されていた。

 

「しかし、響君が自身の身体のことについて、何があっても知りたいと思った時は遠慮なしに言ってくださいね。全力でお手伝いしますから。響君のお父さんも娘さんの決めたことなら全身全霊で手伝いますでしょうし」

「フフフ……そうですね。お父さんは大変そうなときでも『へいき、へっちゃら』と言って私を励ましてくれましたよ。でもまあ、時々へたれる時もありましたけど、そこもお父さんらしさといえばらしさでした」

「ハハハ、しかしいざというときに勇気出せるのも君のお父さんです。私もそれに助けられました。とにかく、娘さんである響君のことは洸さんから任されましたからね。大船に乗ったつもりでドンドン頼ってください」

「はい、渡ともども頼りにさせてもらいますよ。でも、今だけで見れば尾茂田さんのほうが私を頼りにしてますけどね」

 

 響はそう言って、ポンポンと軽く積み上がった段ボール箱を叩いた。そして彼女の後ろには同じような段ボール箱がいくつも積み重なっていた。

 

「はい、そのようですね。では私もこの資料をファイルに綴じれば一段落付くので、そうしたらお茶にしましょう」

「じゃあ、お茶は私に任せてください。紅茶葉ありましたよね、レモンティー入れますよ」

「おや、響君紅茶入れられたのですか」

 

 尾茂田が何の気なしに呟いた言葉に対し、響は身体がピタリと止まり苦い表情を浮かべた。

 

「……いや、エクスカリバーがですね。あいつアールグレイのレモンティーを飲みたいって……」

「あー、ああー……そうですか、エクスカリバー……彼ですか……」

 

 2人揃って微妙すぎる表情を浮かべる彼らであったが、すぐに頭を振って気を取り直す。

 

「と、とにかく、紅茶ちょっと練習してるので飲んでみてください」

「それじゃあ、いただきましょうか。……ああそうだ、お茶請けはこちらで出してきますのでご心配なく」

「分かりました、それでは台所借りますね」

 

 そう言いながら響はパタパタとスリッパで台所に向かった。

 そんな彼女を横目で見ながら、尾茂田は机に置かれた残りの資料をファイルに綴じていく。

 朱い判で『㊙』と押された資料には、大きめの明朝体でこのような題が記されていた。

 

 

───『聖遺物と生体との融合における観察記録』───

 

 

「はてさて、これは響君に言うべきでなのしょうかねぇ」

 

 灰の髪の間から浮かべるその表情は、薄らと笑みを浮かべていた。

 

 

 

○●○

 

 

 

「ただいま」

「あっ、渡、おかえり」

 

 店長に頼まれて長めに入ったバイトから帰った渡は、多少疲れを感じながら玄関の扉を開けた。そんな彼を台所からの響の声が出迎え、同時に美味しそうな匂いが漂ってくる。スパイシー且つ食欲をそそる香りに1つの料理を頭に思い浮かべた渡が台所を覗いてみると、そこには彼の予想通りの料理をつくる響が鍋のなかを丁寧にかき混ぜていた。

 

「お、やっぱり今日はカレーか」

「うん、野菜が安かったからね。もう少しだけ煮るから、他の用意しといて」

「了解」

(……っとその前に手洗わないとな)

 

 渡は手洗い等を済ませた後、手早く机の上の片付けや水拭きをこなしていく。その間に響のほうもカレーが完成したようで、2つの平皿にご飯と一緒に盛り付けて机に運んできた。どちらの皿にも大きく盛られたカレーからは、絶えずスパイシーな香りが漂い、少し煮崩れた野菜が顔を見せる。

 

「ほら、冷めないうちに食べよう」

「おう、もちろんそのつもりだ」

「「いただきます」」

 

 2人はすぐさまカレーを食べ始めた。バイト帰りでお腹の空かせた渡は少々ハイペースで食べながらもその旨さに舌鼓を打ち、響はゆっくりと食べながら自身の作ったカレーの出来に満足しつつもさらなる改良を考えていた。

 そうして美味しいカレーを食べながら、2人は今日の1日について話しを弾ませる。渡はアイドルファンのクラスメイトのことを、響は尾茂田に注いだ紅茶のことを。互いの話しに笑ったり、呆れたりと和やかな夕食を堪能している中でふと渡は思い出したように話しを切り替えた。

 

 

「そういえばマリアと風鳴翼の合同ライブって今日だってアイツ言ってたな、テレビでも生中継されるんだってさ」

「ふーん、そう。私はあまり興味ないな」

 

 クラスメイトの話を思い出した渡の言葉に、響は少し吐き捨て気味に拒絶の意を示す。そっぽを向いて少々機嫌が悪くなったようである。

 

「あー、やっぱり響、ライブは今でも苦手か?」

「当然……いや、苦手と言うより嫌いだよ。ライブに行ったことでノイズに襲われて大けがを負ったし、治っても前の学校でいじめられた。嫌な思い出ばっかりで好きになる理由がないよ」

「でも、お前歌は好きだろ。特に楽しそうなJ-POPが。(ぶき)のお前を纏っている時によくリズムとってるのが聞こえるし」

「……それは確かにそうだけど、歌とライブは別物だし……」

「個人的には歌があるからこそのライブだと思うけどな。それにさ、響だって前に自分で言ってただろ、『私は奏さんの大ファンですぅ』って」

「そんな舌足らずな言い方をした覚えはないよ。というか内容も違うし。確かにあのライブで奏さんにプラスの感情を覚えたけど、それはあくまでもノイズから助けてもらった感謝や奏さんの人助けの姿勢への尊敬の気持ちだよ。ファンではないと思う」

「いやいや、それはあんぽんたんが過ぎるぞ。響があの人の曲をいつも聴いてるのは知ってるし、特にフリューゲルがお気に入りだってのもな。そもそも言わせてもらえば、『奏さんみたいに私もノイズと戦うッ!!』って言いながらノイズに殴りかかっている響が俺にとっての初響だったわけだし。これでファンじゃないって、へそで茶を沸かさにゃならん案件だぞ」

 

 

 響との出会いを思い出す渡の向かいで、言われてみればそんなこと言ってたっけと若干顔を紅潮させる響。昔の自分について思い出そうとする響であったが先ほどの話しの中であることに気付き言葉を荒げた。

 

 

「ってか、渡なんで私が奏さんの曲聴いてるの知ってるのッ。渡には言ったことなかったはずだし。もしかして無意識に口ずさんでた?」

「いや、響の部屋に貼ってあるあの人のポスターの下の棚にCD置いてたからな。お気に入りっぽいフリューゲルなんて特に飾ってるレベルだったから」

「なんで知ってんのッ!! もしかして私がいないときに勝手に部屋に入った? うわー渡さんデリカシーないわー。年下の部屋に勝手に入るとかないわー」

「年上って言っても1歳(ひとつ)しか変わらないからな。それに響がいないときには勝手に入ってない。この前のエクスカリバーと訓練した日の夜に、修行の話ししようとお前の部屋に行ったんだけど、扉を叩いても返事が無かったからな。その時に念のために入ったんだよ。まあ、響は机に突っ伏して夢の中であったけどな」

「………」

 

 少々ふざけた口調で渡を非難した響であったが、渡の言い分に心当たりがあり恥ずかしげに視線を泳がせた。

 エクスカリバーによる訓練(しごき)で武器状態とはいえくたくたとなり、机に向かったところで記憶が途切れていた日があったからだ。気付けば朝方であったが、響は自身に毛布が掛かっていたことを覚えおり、今になって考えると渡のおかげなのだろう。善意で自身の部屋に入っていた渡にデリカシーなどと言った自分が急に恥ずかしくなり、響の視線はさらに虚空をさまよい続けた。

 そんな響の心など露知らず、渡はカレーを食べながら話しを続けていた。

 

 

「ってか話しが逸れたけど、とりあえずさ響は歌のことも奏姉(かなでねえ)のことも好きなんだろ。風鳴翼は奏姉(かなでねえ)とユニット組んでたわけだし、合同ライブちょっと見てみようぜ。確か出番は今の時間だったはず。大丈夫だって、響の気分が悪くなればすぐ消すからさ」

「ウンイイヨ……」

 

 

 微妙に片言な了承をした響の言葉を聞き、渡は近くのリモコンを手に取りテレビを点けた。

 その彼の表情は何かを期待するようなもので、それを横目で見た響は仄かに安心した気持ちになる。先ほど渡は響の心配をしていたが、彼女自身は自分がライブ映像を見てあのときのことを思い出しても気分が悪くなることはないだろうという確信に近い予想があったからである。それは、自身が今はもうノイズへの対抗手段を持っているからなのか、もしくはそれ以外の理由なのかは響自身意識していないことであった。しかしそれでも、彼女の中で自身の過去は既に乗り越えているという自信と思いがあった。

 

 

 

 

 ライブ会場に大量のノイズ現れたその瞬間までは───

 

 









次回から、戦姫絶唱シンフォギアGの時系列に入ります。








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舞台に上がるは願いのために

もうすぐクリスマスなので、今日から3日連続投稿します。


───ああ、間違いない、こいつらがノイズなんだ。

 

───私の大切な人を奪った形ある災害。

 

───私の心を軋ませる記憶の元凶。

 

───そうだ、ノイズさえいなければ……コイツラさえあの日、あの会場に現れなければ。

 

───私がこんなに『後悔』することにならなかったのに……。

 

 

 ノイズを眼に映し、少女の心は澱みに沈む──

 

 

 

〇●〇

 

 

 

「うろたえるなッ!!」

 

 虚空より突如出現した災厄(ノイズ)。阿鼻叫喚の坩堝と化す寸前であった会場は、歌姫(マリア)の一声で瞬時に静けさを取り戻した。

 

(な、なんで……)

 

 画面越しにその様子を見た響は、パクパクと無意味な呼吸を繰り返す。そしてノイズとライブ会場という自身にとって鬼門とも言える組み合わせに、すぐさま過去の苦い光景を幻視(フラッシュバック)した。続けて想起される忘れ去りたい記憶に顔が歪み、恐怖と苛立ちに心がかき乱されそうになる。しかし、すぐに頭を振ってそれらを脳の片隅に叩き込んだ。

 ライブ会場とノイズの集団、この2つが揃っただけで自身の心は容易く乱される。そのことに先ほどの自信への恥ずかしさと諦めを感じつつ、彼女は画面を睨み付けた。

 

「うっ、うう……」

 

 その横では、渡が苦しげに右の掌を額に当てていた。同時に漏らす呻き声に彼女も気付き、慌てて彼に駆け寄る。

 

「ちょっ、ちょっと渡大丈夫ッ!? あっ、もしかしてノイズを見たからいつもみたいに。ならすぐに私が武器になって……」

 

 彼女が急いで武器になろうと身体が発光したその刹那、渡が空いた左手で彼女の肩をガッシリと掴んだ。

 

「いや、響、大丈夫だ……。ノイズを突然見ちまったから勘違いしただけだよ。雑音を思い出して勝手に気分が悪くなっただけで実際にはなんともない」

「……それなら良いけど、でも念のために武器を纏った方が……」

「心配すんなって、思い出し雑音だ。それよりも見なきゃならねぇのはテレビの向こうだろ」

 

 静かに息を吐きながら言葉と視線でライブ映像を見ることを促す渡に、響は渋々視線をテレビに向けた。ただ、渡のことを心配してなのか彼の左手を優しく握っている。

 

 一方画面の向こうでは、ステージ上に立つマリア・カデンツァヴナ・イヴと風鳴翼が激しく何かを言い争っていた。残念ながらその声をマイクは拾えておらず、その内容は読み取れない。その最中、翼が手に持ったマイクをまるで剣のようにマリアに突きつける。マリアは一瞬不敵な笑みを浮かべた後、曲芸師のように華麗にマイクを回転させながら大衆に向き直り、言葉を紡ぐ。

 

「私たちはノイズを操る力を持ってして、この星に存在する数多の国家に要求するッ」

 

 

「はあッ!?」

「こりゃまた、大きなこと言ってるじゃねえか」

 

 国家に対しての宣戦布告──世界を知らぬ赤子や底抜けの阿呆ならいざ知らず、普通は酒の肴にも成り得ない馬鹿すぎる宣言。それをよりによって多くの主要都市に生中継中しているライブの中で行ったマリア。本来なら戯れ言と一蹴されるはずのそれは、ライブ会場で黙するノイズの存在によって確かな説得力を伴っていた。ノイズが人を襲うことなくマリア()に付き従う姿は、一種の威圧感となって会場はもちろん世界を包み込んでいたのだ。

 響と渡の2人も彼女が放った要求の大きさに呆れこそあれ、決して楽観的な考えは浮かばなかった。そして、マリアの狙いを自分たちなりに予測する。

 

「そして……」

 

 

 しかし、2人の心は続く彼女の言葉と行動により驚愕で埋め尽くされることになる。

 

 

───Granzizel bilfen gungnir zizzl───

 

 

 マリアが呪文のような言葉を歌ったその瞬間、彼女の身に纏う純白のステージ衣装は弾け飛び、代わりに動きやすい黒のインナースーツとプロテクターが装着される。その背には身体をすっぽり覆うほどの漆黒の大きなマントも纏い、彼女が先ほどまで滲ませていた歌姫としての雰囲気を一変させていた。

 

 

「ガングニールだとおッ!?」

「アレは奏さんや前の私と同じ……ッ!?」

 

 マリアの放った言葉とその身に纏うそれは、自分たちが知るものにあまりにも酷似していた。堪らず、響と渡の2人は声を荒げながらテレビにじり寄る。

 歌姫の時とはまるで違う戦士の如き力強さを発しながら、彼女は再度宣言する。

 

「私たちはフィーネ……終わりの名を持つ者だッ!!」

 

 続けて、マリアは国土の割譲というさらなる無理難題までも要求し出す。

 

 

「なんだよそれ、意味分かんねぇぞ……」

「……」

 

 彼女が名乗ったフィーネに如何ような意味があるのか響と渡には分からない。だがそれを理解することよりも、2人の胸中は別のことで埋め尽くされていた。それはマリアのガングニール。響の身体と融合している聖遺物と同じものが黒き衣となってマリアが纏っているという事実。そして、彼女がノイズを従えているという現状が2人の心に渦巻いていたのだ。

 

「会場の観客(オーディエンス)諸君を解放するッ!!」

 

 

「観客を解放するのは、無駄に命を取らないってことなのかな?」

「もしくは、解放してもかまわないってことだろ。全世界に喧嘩売ってるんだ。どこにいようがノイズたちを襲わせられるぞって自信の表れなのかもな」

 

 

 数分後、観客が避難し終えた会場にはステージに立つ2人の歌姫だけが残された。

 そしてすぐにマリアはマイクを翼に突きつけ、そのまま襲いかかる。翼は杖のようなマイクで突進を受け止めた。だが、マリアのマントは意志を持ったように動き出し、翼のマイクを切断する。唯一の武器を失った翼にマリアはなおも襲いかかり、翼は紙一重でなんとか回避していく。

 

「翼さん、変身せずによく避けられてるな」

「うん、聖遺物を纏わないですごい運動能力。でも、聖遺物を使わないってことはもう変身できないのかな」

 

 翼は回避しながらも逃げるためにステージ裏に走る。しかし、マリアはそんな彼女に急接近して観客席に勢いよく蹴り上げた。宙を飛ぶ風鳴翼。その先には彼女を炭素に変えるべくノイズたちが待ち構えていた。

 

「まずいッ!!」

「ッ!?」

 

 最悪の未来を想像して彼らが声を荒げたその瞬間、会場からの中継がブツリと切断される。画面には、突如切断された映像にどこかの局のアナウンサーが困惑している姿が見て取れた。他にノイズの群れに飛び込みそうになっていた翼の安否を心配するアナウンサーもいる。

 

「中継が切れた……普通に考えてあの状況から翼さんがどうなったなんて自明……だが」

「うん、3年前に翼さんも奏さんと同じようにノイズと戦えていた。さっきまで変身していなかったけど、中継があったからと考えたら納得できる」

「なら一先ず安心……なんだろうな……無事だったら明日のニュースとかで分かるか……」

「そうだね……」

 

 ライブ中継が止まったことで会場の様子が分からなくなった響と渡。2人は次に何をすべきなのか分からなかった。たった今、画面の向こう側で起こったことが信じられなかったから。同時に受け入れたくもなかったから。お互いに言葉を紡がないまま数分経った後、徐に渡は口を開いた。

 

「カレー食べるか……」

「うん、冷めても困るし……」

 

 彼らはゆっくりとテーブルの上にあったカレーを食べ始めた。いつものように何かを話すこともなく、黙々と食べ続けた。お互いにその日のカレーの味は分からなかった。

 

 

 

〇●〇

 

 

 

「お疲れさまです、垣さん」

「いらっしゃい、渡君」

 

 マリアによる世界に対する宣戦布告から1週間。渡はとある相談のため、尾茂田の家を訪れていた。

 

「今日はどうしました? 僕の研究を手伝いにでも来てくれましたか? それとも何かお裾分けでも? 出来れば聖遺物の手伝いだとありがたいですねぇ。君は筋が良いですから。とりあえず、ゆっくりしていきなさい。お茶でも入れましょう」

「……垣さん、あいかわらず俺と響に対する接し方が違えですよね」

「はい、君と君のお父さんはよく似ていますからね。私も彼とのような話し方になるというものです」

「そういうものなんすか……まあいいや。そうだ、これどうぞです」

 

 渡は垣に手のひらサイズのスチール製の箱を手渡した。箱には、どこぞの銘柄らしきクッキーの模様が描かれている。

 

「クッキーですか? お茶請けに良さそうですねえ」

「まあ、一応クッキーですけど、ガワと中が違います。どっかの店の缶入れてますけど、中のクッキーは響が作ったものなんで。あいつ作り過ぎたらしいんでお裾分けです」

「なるほど、なるほど、ありがとうございます。響君にもお礼言っておいてください」

 

 尾茂田はクッキーを仕舞いながら、渡を居間に通す。そして居間にあった椅子に腰掛けて渡に向き直ると、彼は雰囲気を変えて口を開いた。

 

「さて、改めて聞きましょう。今日はどう(・・)しましたか?」

「はぁ、垣さん分かってて聞いてますよね?」

「私は渡君の口から聞きたいのですよ」

「……その辺り、意地悪というか親切というか。垣さんって『大人』してますよね」

「すいませんねぇ。渡君はこういった『大人』は嫌いですか?」

「いや、慣れてるんで気にしてませんし、そういう人だってことも分かってます。垣さんには父さんたちが死んでからずっと世話になってますから」

 

 渡は苦笑いしながら答える。しかしすぐに静かな目で尾茂田を貫いた。

 

「じゃあ、本題です。今日は垣さんにある相談に来ました」

「はい、なんでしょう」

「まず、垣さんは先日のマリア・カデンツァヴナ・イヴの事件は知ってますか?」

「知っていますよ、全世界でニュースになりましたから」

「なら話しは早いです。俺はそれに関わりたいんです(・・・・・・・・)。垣さんにはそのことでいろいろと相談したい」

「君は部外者ですよ」

「でも無関係じゃない。テレビの向こうで彼女は確かに「ガングニール」と言ってます。それで十分です」

「ふむ……」

 

 そこで尾茂田は瞑目して、少し考える素振りを見せる。

 

「それは渡君だけの意思ですか? それとも君たち(・・・)の考えですか?」

「……俺だけです」

「なるほど……響君はなんと?」

「響とはこのことについてあまり話してません。アイツ避けてるみたいで」

「では、私が今言えるのは1つだけです。渡君、響君と話してみなさい。それで結論が出て、私の助けが必要ならば、改めて相談してください」

「……わかりました」

「はい、頑張ってください。君たちは相棒(コンビ)なんですから」

「そうっす」

 

 いつの間にか尾茂田の瞳は優しさを帯びていた。渡を見る彼の目には穏やかな感情を感じさせる。

 

「それに君自身の感情(・・)も私は応援しますよ」

 

 

 

〇●〇

 

 

 

「ただいま」

「おかえり、遅かったね」

 

 尾茂田の家から渡が帰宅すると、響が既に夕飯の準備を進めており、台所からの良い香りが渡の鼻腔を擽った。渡が近くにあった時計をちらりと見れば、いつもなら響と夕飯を食べている時間であることに気付いた。

 

「ごめんな、ちょっと垣さんのトコに行って話ししてきた」

「ふーん、どんな?」

「あー……夕飯食べながら話す。用意手伝うぞ」

「ありがと、じゃあいつも通りよろしく」

「了解」

 

 渡が手伝いながら夕飯の用意が終わり、2人はテーブルに着いて食べ始める。響は自身の作った料理を食べながら、その出来に満足していた。

 

「うん、今日も美味くできてる」

「……」

「どうしたの渡? 変な味でもする?」

「いや、いつも通り美味い……。響、あのさ───」

 

 彼は悩んだ様子を見せながら、今日尾茂田の家で話したことを響にも語った。彼女は静かにそのことに耳を傾ける。

 

「───俺はマリアを許せない。それに今度こそ(・・・・)自分の意思で踏み込みたい」

「……」

「垣さんは響と相談しろって。それで必要なら手を貸してくれるらしい……。響も気になってるじゃないか?……」

「……」

 

 渡の視線に俯きながら黙りこくる響。そんな彼女に対し、渡は続けて言葉を重ねることはなかった。響が顔を上げぬまま、時計の針だけが音を立てる。彼はその時間をいつも以上に長く感じていた。それから数分程度が経ち、彼女はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

 

「……私はさ、画面の向こうのライブ会場にノイズが現れたとき頭が真っ白になったんだ。そしてすぐに昔のことを思い出した。何かは分かるよね」

「ああ……」

「私は心のどっかで大丈夫だって思ってた。ノイズと戦えるようになって、もう過去は乗り越えたって感じてた。でもさ、ノイズがライブ会場に現れたのを見たら『怖い』って思っちゃった。お父さんたちから強さをもらったはずなのにさ……」

「響……」

「リハビリして、やっと日常に戻ったと思ったら、学校どころか近所中から責められる。そんなこと思いもしなかった。今でも石を投げられたことを覚えてる。それ自体が怖かった……かどうかは分かんないけど……苦しいって思い出は今も心に残ってる。見知らぬ誰かから視線を向けられるとビクリしちゃうこともたまにあるのに、乗り越えたなんて笑い種だよ……」

 

 響は掌を見つめながら、悲しい表情を浮かべて心を吐露する。その様は悲嘆に暮れ、思わず視線を反らしたくなるやるせなさを振りまいていた。しかし、渡は彼女から視線を外すことは決してなかった。

 

 そして響はゆっくりと顔を上げ、渡を見る。

 

 

「でも、だからこそ───

 

 

 彼女は拳を強く握って、はっきりと彼に言い放つ。

 

 

 ───私はきちんと過去を乗り越えたいッ!」

 

 

 響の瞳は強い感情を秘めていた。それには、彼女を見つめ続けていた渡も少し気圧される。

 

「消し去れない記憶だけど、気にし続けることは私が嫌なんだ。渡やお父さんのおかげで、あの時よりは前を向くことができてる。でも心のどこかに引っ掛かってるのも確かなんだ。過去に悩まされて、もう立ち止まっていたくない……」

「……強いな、響」

「だから、渡。私にとって今回の事件は良い機会なんだと思う。嫌な記憶にけじめをつけられる。そういうチャンス。ライブ会場にノイズが出現する──あの時と酷似した事件を自分の手で潰せたら、きっと私は先に進めると思うんだ」

「……垣さん曰く俺たちは部外者らしいぞ」

「部外者だろうが、介入するくらい権利はある。私は関係ない奴らからの自分勝手な正義で苦しめられたんだ。なら、部外者の私たちが身勝手な理由でノイズを倒して、その果てに世界を救っても構わないはずだよ」

「……ああ、やっぱりあの時響と相棒(コンビ)になって正解だったッ」

 

 響と渡はニヤリと笑う。どこまでも不敵に、どこまでも自分たちを肯定するために。

 

「それに渡の気持ちも分かってるつもりだしね」

「ああ、あんがとなッ」

 

 穏やかに拳を突き出す響に渡も自身の拳をぶつけながら返答する。

 

「よく考えたらガングニールを使いながらノイズ従えるなんて、天羽奏ファンの俺たちに喧嘩売ってるようなもんだしなッ」

「それもそうだね。翼さんとライブをやった上であんな状況を作るなんて奏さんを侮辱してるよ。奏さんが引退したからって文句言わないとか思ってんじゃないかな、マリアって人」

「それは分かんねえけど、アイドルを引退してから奏姉全然公式の場に出てきてないから何してるか不明なんだよな。今どうしてるんだろう?」

「どうなんだろうね?」

「もしかしたら、ツヴァイウィングのライブみたいに今でもノイズと戦ってるのかもな」

「かもしれない。この前のライブも中継切れた後に戦ってた可能性もあるんじゃない?」

「割とありな予想だな。……会えるなら会いてぇな」

「そうだね、私も会いたいよ。そして会ったらお礼を言うんだ。『あの時言葉をくれてありがとう』ってね」

「良いなそれ。じゃあ俺も何か一言いわねえとな。つーか響自分で奏姉のファンだってさっき認めたよな」

「……否定しなかっただけ。でもファンで良いよ。ただし、大ファンだから。奏さんに命を救われた私が、ただのファンって括りで良いわけないよ」

 

 

 妙に真剣な目線で渡に念押しする響。その様子に少々苦笑いしつつ、彼は胸中で安堵の念を浮かべていた。

 

(響、最近上の空気味だったけど、元気になって良かったぜ。ボーっとしてばっかりだったし)

 

「じゃあ渡、私もこのマリア・カデンツァヴナ・イヴの事件に割り込むってことで、尾茂田さんに連絡よろしくね」

「了解だ」

 

 サムズアップする響に応える渡。それから、2人は夕食に戻った。楽しく、何気ない普段通りの賑やかな夕食へ。美味しい夕食が彼らと共にあった。

 

 

 

 

 さて、1人の職人と1人の武器、既に幕が上がった舞台に飛び入る彼らが物語にどんな波紋を呼び起こすのか。今はまだ彼ら自身も、すでに舞台に昇っている者たちも誰も知らなかった───

 

 

 

〇●〇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───姉さん、今会いに行くね」

 

 

 そして飛び入り参加は一組だけとは限らない───。

 

 

 



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追跡者たち

今日はクリスマス・イブ。
サンタを信じていたのはいつまでだったろうなと感じつつの連続投稿2日目です。




 雲1つ無い青空。とある町の近くにある小高い丘の上。マウンテンバイクに跨がった2人の少年少女は町を見下ろしている。

 

「よし着いたな」

「うん」

 

 渡と響がマリアによる宣戦布告──フィーネテロ事件に介入すること決意してから次の休日。彼らは『QUEENS of MUSIC』の会場がある町を訪れていた。その町は、響が生まれてから中学時代の半ばまでを過ごした場所でもあり、彼女にとって因縁ある地とも言えた。

 

「案外早かったな」

「晴れてたし、迷わなかったらね。さっそくだけど、尾茂田さんが言ってくれてた場所行ってみる?」

「賛成」

 

 2人は話し合ったその日の内に、そのことを尾茂田へ連絡していた。彼らで決めたことを果たすために尾茂田の協力は不可欠であり、保護者でもある彼に隠れて行動できるとも思えなかったからだ。それに、渡が先に尾茂田に相談して了承されることも予想できていたために、彼らの行動は早かった。そうして、2人が尾茂田に相談すると彼は彼らの意志を尊重し、協力を快諾してくれた。ただし、2人の保護者である彼は彼らにいくつかの条件を出した。それは大きく分けて以下の3つ。

 

 1つ目は、事件に介入しても正体は極力隠すようにすること。これは彼らが特殊な人間であるためだ。ノイズへの対抗手段を持つことは当然のこと、響に至っては身体を武器へと変化させられる。そんな特異な彼らを狙う者がいないとも限らない。いや、公になった場合確実に狙われるだろう。日本政府にある対ノイズ兵器(・・・・・・)と違い、後ろ盾のない彼らの力は数多の国や組織から容易に悪意の手を伸ばされる。そうした集団特有の思惑を理解している2人、特に響はすぐに尾茂田の条件に了承した。寧ろ、尾茂田から提示されていなくても2人は進んで正体を晒すつもりは無かったため、ある意味この条件は念押しのようなものであった。

 

 2つ目は、フィーネテロ事件へ介入しても普段の生活に影響をもたらさないようにすること。つまり活動するのは2人が学校に行かない休日に限定し、大きな負傷をしないように心がけ、学業を疎かにしないということであった。渡と響がいくら職人と武器であっても、彼らはまだ未成年であり、高校に通う学生の身分。そして2人の意志を認めたとはいえ、尾茂田は響や渡のことを彼らの親たちから託されていた。2人の将来を考えた結果、彼はこの条件を彼らに示したのであった。これに対し、初めは事件に関わりづらくなると考えた2人であったが、尾茂田の心配も理解できたため、困難と感じつつ受け入れたのだ。尾茂田がその分の情報収集を自身へ任せるようにと胸を張っていたことも、要因の1つである。

 

 最後に3つ目は、できる限りノイズに襲われる人がいれば助けるということ。渡と響にとって、ノイズから助けることははほぼノイズを撃滅することと同義である。そして、2人は目の前のノイズを逃がすという考えはない。結果論で考慮すれば、わざわざ彼らに示す必要は無い条件であった。それどころか1つ目の条件を考えれば、目立つ行動を控えるように注意するべきところである。それでも尾茂田はこの3つ目の条件をあえて言及した。矛盾した条件。しかし、それを聞いた渡と響は特に理由を問うまでも無く了承した。1つ目の条件以上に言われなくても分かっているという様子、いやわざわざ念押しされたことに対する不満感さえ垣間見せた彼ら。しかし、そんな態度にも尾茂田はどこか満足げであった。

 

 そうして渡と響が3つの条件を守ることを確認した彼は、改めて情報収集を初めとした協力を引き受けてくれることとなった。保護者である尾茂田がこの程度の条件で協力してくれたのは、彼が2人の思いを理解している大人の1人であったからであろう。

 追加すると、彼と同様に2人の事情を理解しているのは白いナマモノ(エクスカリバー)であったりする。その言動のウザさから渡と響は決して認めないだろうが、彼らの付き合いもそこそこ長いのだ。2人が職人と武器を名乗るようになったのもエクスカリバーの影響であり、その力は認めているのだ。それを帳消しにするほどウザいが……。

 

 ともかくそういった経緯があり、渡と響は平日は尾茂田に情報収集を任せ、休日の今日にライブ会場のある町を訪れていた。ちなみに、移動は機動性を考慮して公共機関ではなくマウンテンバイクを用いている。

 当然だがバイクではない。2人とも、一応まだ運転免許は持てないのである。

 

「えーっと、尾茂田さんが言ってた所は……東京番外地と浜崎病院跡だっけ。どっちから行く?」

 

 懐から取り出したメモを見ながら渡に聞く響。メモには尾茂田が情報収集した、最近ノイズに関する事件が発生したらしい場所が書かれていた。前日に彼が伝えてくれたその情報を手がかりに、2人は自分たちなりにマリアを追うつもりであった。メモに書かれた2つの場所はどちらも都心から離れた場所に存在し、今いる所から距離があるものの、2人は今日中にそれらを巡るつもりのようだ。

 

「確か垣さんの話しじゃ、浜崎病院の方はつい最近ノイズが発生して騒動があったらしいからそっちからにしようぜ。事件の鮮度が高い方が手がかりも多いだろ」

「OK」

 

 2人は目的地に向かってペダルをこぎ出した。マウンテンバイクで切り裂く風は心地よく、そのまま彼らはギアを上げた。燦々と輝く太陽を背にして、彼らは加速する。

 

 

 

○●○

 

 

 

 数時間後、渡と響は浜崎病院跡地に到着した。浜崎病院はその外観の老朽具合や付近の雑多さから、閉院してからかなりの年月が経過していることを伺わせている。その不気味さは心霊スポットに近いものを連想させるだろう。

 

「廃病院ってのは聞いてたけど、予想以上だね」

「ああ、肝試しとかホラーゲームに出てきそうな所だな。こんな所近づくのはお化け好きか廃墟マニアとかだけじゃないか」

「同感。でも私たちは今ここに着ているわけだけど」

「そこは手がかり探しのためにしょうが無い。あれ、もしかして響怖いのか?」

「……はぁ、そんなわけないじゃん……」

 

 茶化す渡に対して、響は軽くため息を吐く。そんな話しをしながら廃病院の中に入るべく入り口を探していると、2人は黄色いテープのが貼られている箇所を発見した。廃病院正面の入り口に当たるであろう箇所に掛けられたテープに近づいてみると、一緒に『立ち入り禁止』の立て札も吊り下げられていることが確認できた。

 

「やっぱり、私有地だろうしこういうのあるよね」

「いや響、よく見てみろ。このテープとかやけに新しいぞ」

「……なるほどね。この病院が潰れてから付けられたにしては奇麗すぎる。しかもこんな入り口だったら、雨風に晒されてすぐにぼろぼろになってるか外れているはず」

「だろ。ってことはつい最近この病院で何かあったからこの札を取り付けた。……垣さんのくれた情報の信憑性も上がるってもんだ」

「あの人、ひょろっとしてたり頼りなさそうだったりするときもあるけど、かなり幅広くスキル持ってるよね」

「胡散臭い雰囲気もあるからな垣さん。せめて見た目だけでもなんとかしたら良いのに」

「私も初めて会ったときは、なんだこの人とか思ったんだよね」

 

 苦笑いする2人。とにかく立ち入り禁止の表記はあるものの、わざわざここまで来たのだからと彼らはテープをくぐって敷地内に進入する。外から眺めるだけでは得られないこともあるのだ。

 しかし廃病院内に足を踏み入れてみると、響が得も言われぬ違和感を感じ取った。彼女は指先から何かピリピリと痺れるような感覚に眉を顰める。

 

「ねえ渡、なんだか痺れない?」

「ん? 俺はそんな感じしないが。調子悪いなら、病院の外に出とくか」

「別にそこまでじゃないよ。微かにピリピリするだけ。動くのには、ほぼほぼ影響ない。それに2人じゃないと調べられないこともあるでしょ」

「……それもそうだが無理はするなよ。響が大丈夫ってんなら信じるけどな」

「ありがとね」

 

 2人が廃病院内を歩いて行くと、経年劣化による傷もあったが、明らかな破壊痕も各所に発見できた。損壊の状態からそれらが数日以内にできたものであろうことも読み取れる。

 

「ホコリの積もり具合とかから見ても最近のもの。……廃病院内(ココ)で何が騒動があったのは確かみたいだな」

「そして破壊の痕跡ってことは、誰かが戦ったってこと。ノイズから逃げるだけじゃこんな痕は残らない」

「ああ、だがこれがマリアに関係するかは分からないな」

 

 さらに廃病院内を探索して奥へと進んでいくと、途中で少量の黒い灰を発見することもでき、彼らはここにノイズが現れていたという確証を強くした。そうしていくと、不意に1つの部屋の前で渡が立ち止まる。何か考えた素振りを見せた後、彼はその部屋の中心にまで立ち入り、床に手を触れた。

 

「渡何かあったの?」

「……聖遺物の気配がある。響、ちょっと武器に変化してくれ」

「なるほどね、OK」

 

 響の身体が解け、籠手とマフラーになって渡に装着される。

 

(微かに染み込んでいる()を感じ取りたい、いけるか響)

(任せて、雑音補正と音量アップをやってみるから)

(頼むぞ)

 

 彼は続けて床に手を触れ、何かを感じ取るように意識を集中する。すると、彼の中には徐々に様々なリズムが聞こえ始めた。

 

(……この特有のリズムやっぱり聖遺物だな。しかもこの感じ『ガングニール』で間違いない。しかしこの音の重なりよう、1つじゃないな。いくつかの聖遺物があったってことか)

 

 渡はこの場所の音を聞いていた。普通の人では決して聞き取ることのできない特殊な音を。これは彼の体質とも言うべきものであった。聖遺物やノイズが発する特殊なエネルギーを一定の音として感じ取る特殊能力。過去のとある経験からこの力を身につけた彼は、今日に至るまでに多種多様な場面でこの力を活用してきた。あるときは尾茂田の研究の手伝いのために、またあるときはノイズと相対するために。そして今、その力によって彼はこの場所に聖遺物の気配を感じ───否、聞き取ったのである。その存在は無くとも、聖遺物が発したエネルギーがこの場所に染み込み、奏続ける音の流れが彼には聞こえている。

 また、この能力は響の補助によって精度が向上する。彼だけでは直接受けることになる雑多な音の群れを、彼女が調律することで彼はリズムとして聞き分けることができるのだ。特にノイズは、響の調律なしで聞き続ければ頭痛に繋がるほどのひどいリズムである。そのひどさは、マリアによってテレビ画面に映ったノイズを見ただけで思い出され、脳裏をかき乱すくらいであった。

 そんな力のことを、渡や響は『音感知能力』と呼んでいた。

 

(ガングニールがあったってことはマリアがここにいたってことか? ってことは複数の聖遺物はマリアが持ち込んだ? でもなんでこんな場所に? ここに何か研究設備があったのか? だがここに来るまでにそんなものはなかった。もう撤去された? そもそもこんなボロい建物で研究設備なんてあるか? わかんねえな……ってかノイズの音も混じってやがる、戦闘があったことは確定か)

 

 いくつかの確信とそれ以上の疑問が渡の頭の中を渦巻いていく。音を感じ取りながら考えに耽り、思考の沼に嵌まっていこうとする中で、響が話しかけた。

 

「ねえ渡」

「ん? なんだ響」

「もうやめて良いかな?」

「別に構わないが、どうかしたか?」

「ちょっとね、まず戻る」

 

 籠手とマフラーが発光し、すぐに渡の隣に響が現れる。すると彼女は掌を見ながら何かを確かめるように、何度も握り始めた。

 

「ふう……」

「大丈夫か響、さっきの痺れが気になってんのか?」

「うんそんなとこかな。武器から戻ったらマシになったんだけど、さっきまでちょっと痺れが強くなってたから。念のため戻ったんだ。ところでどう何か分かった?」

「とりあえずここに複数の聖遺物が少し前まで保管されてたってことは分かったな。後、微かだがガングニールの音もあった。ってか無理すんなよ」

「うん。でも原因はわかんないからどうしようもないかな。幸い、痺れが強くなったって言ってもノイズと戦うくらいなら問題ないから、安心して。それよりガングニールもあったって本当?」

「ああ、響に近い音だから間違いない。だがそこまで(・・・・)だな。ガングニールがあったってことだけだ」

「……そのガングニールを誰が使ったのか。もしくは使われなかったかは分からないってことだね」

「そうだ。マリアが使ったってんなら、追いやすくもなるが。ガングニールは奏姉も使っていた。そうだよな響」

「うん、多分間違いない」

「だから結論は出せない。それにどっちが使ってたにしろ、そうでないにしろ、ココで考えても疑問は次々出てくる。今は残りの探索を続けた方が懸命だと俺は思う」

「だね」

 

 疑問について話合いながら、彼らは廃病院内の探索を続行した。しかし、それ以降目新しい発見は無く、彼らは少し消沈しながら廃病院の壁に空いた大穴から外に出た。

 

「よっと」

「おい転ぶなよ。瓦礫とかあるしな」

「大丈夫だよ。ねえ、結局ココで分かったことでマリアを追えるのかな?」

「それは分からねえ。でも貴重な手がかりを手に入れたのは確かだ。このタイミングでガングニールを含めたいくつかの聖遺物がココにあって、ノイズもいた。それをただの偶然じゃねえって信じるしかないだろ。俺たちが舞台に上がるにはな」

「……そうだね。私たちは飛び入り参加希望者なんだから、登るための階段を探すしかないよ」

「とりあえず、ガングニールが目印になるかもしれないって希望的観測がついただけで儲けものだ」

「うん。じゃあ、必要になったとき感知は任せたよ。調律は私がするから」

「頼むぞ」

 

 2人が探索を終え、次なる目的地へ向かうべく、マウンテンバイクを止めた場所に足を進めようとする。しかし、そんな彼らに突如声が掛けられた。

 

「ちょっとあなたたち!」

「「ッ?」」

 

 

 その声は、響と同じ女性の声であった。渡たちが声のする方を向いてみると、少し離れたところから一人の女性が歩いてくるのが見えた。どこかスーツに似た紺色の制服を来た大人の女性は、怒った顔をしながら二人へと近づいてくる。

 

「ここは立ち入り禁止ですよ、立て札がありませんでしたか?」

「ああ……すいません気付きませんでした。」

「……すみません」

「まったく注意してください」

 

 どうやら女性は2人が廃病院内に侵入していたことを注意しに来たようだ。彼女は彼らに多少追加して注意喚起した後、敷地内から出るように促した。

 

「立ち入り禁止の看板はちゃんと見つけてくださいね」

「はい」

「分かりました。ところであなたはどなたですか?」

「私はここの調査を任された公務員ですよ」

「……へえ、そうなんですか」

 

 女性の身分を聞いた渡は心の中で少し考える。そして女性の歩いてきた方向をちらりと見てみると、複数の車両が視界に入った。周囲には女性と同様の制服を着た人達も確認できる。

 それから、彼は少々大仰気味に女性へと話しかけた。

 

「あの公務員さんがなんでこの廃墟の調査を? もしかして取り壊しでもされるんですか、ここ? ボロいですからね。その分良い雰囲気出てますけど。公務員さんもそう思いませんか?」

「はぁ……よく分かりませんが」

「ふぅん、そうですか。でも僕たちこういう雰囲気好きなんです。ホラーっぽいのが。……そう言えば調査と言ってましたけど、まさか何か(・・)ここに出たんですか?」

「……申し訳ないけど、こっちも守秘義務があってその質問に答えることはできないの。さあ、ここは危ないからさっさと帰りなさい」

「了解です。いやぁ、すいません、変な質問してしまって、ちょっと期待してしまったんですよ。お化け(・・・)が出たんじゃないかって」 

お化け(・・・)なんて出ていませんよ。はい、さようなら」

「はい、ご迷惑おかけしました。じゃあさっさと行こうぜ」

「……うん」

 

 礼をしてそそくさとその場を後にする2人。少し早足気味にマウンテンバイクの所まで行き、そこから走り出した。ある程度風を切った後、渡は響に話しかける。

 

「おい響、さっきの人どう見る?」

「……何、渡の好みだったりするの?」

「違えよ。さっきのやりとりの話だ」

「はいはい。『調査』、『公務員』、『お化けなんて出ていない』……渡の言いたいことはそういうことでしょ」

「分かってんじゃないか。『お化けではない何かが出た』、ハハ」

「笑ってるの?」

「ああ、思いもよらぬ手がかりだからな」

 

 渡は口元に弧を描きながら、マウンテンバイクのギアを上げた。先よりも速度の上がった彼の身体で空気が切り裂かれていく。彼に離されぬようにと、後ろから響もギアを上げて追いかける。

 

「ちょっと急に上げないでよ!」

「すまねえな。でも今日中に番外地にも行くんだから、速いほうがが得ってもんだ!」

「急がなくてもまだ時間あるよッ!」

 

 2台のマウンテンバイクは多少の喧噪を纏いながら、速度を上げていった。

 

 

 

○●○

 

 

 

 とある大部屋。薄暗い中で近代的なモニターの光が並ぶその場所で、大柄な一人の男が資料に目を通していた。彼が手元の資料に集中していると、後ろにあるスライドドアが開いて女性が入ってきた。

 

「司令、ただいま調査より戻りました」

「おお帰ったか友里(ともさと)。急に浜崎病院の調査頼んで悪かったな」

「大丈夫ですよ。それに仕方ありません。調査部の方も人手が足りないのですから」

「うむ、F.I.S.が『記憶の遺跡』を襲撃したおかげでな。紛失された聖遺物の確認がまだまだ終わっていない」

「だからこそです。それと司令も多忙だと思いますが報告書の確認お願いします」

「ああ分かった。……ったく、忙しくて映画も借りにいけねえな……」

 

 男はぼそりと呟きながら一瞬残念そうな表情を見せる。しかし、すぐに切り替えて女性の提出した報告書に目を向けた。

 

 

 

 

 







(クリスマスに予定なんか)ないです




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交錯とシンパシー

連続投稿3日目

クリスマスはケーキとシャケを食べるだけの日です。
それ以外にやることなんてありませんよね!


───孤独なる巨躯の獣が目を醒ます。

 

───巨獣の咆哮は大地を震わせ、空を翔る。

 

───さて、その叫びいったい誰に届くのだろう。

 

 

 

○●○

 

 

 

「……うん……朝か……」

 

 響は少し寝ぼけながらも布団の中で目を覚ます。カーテンの隙間から差す光で時間を把握した彼女はモゾモゾと億劫そうに布団から這い出した。固まった身体を伸ばしながら、徐々に眠気が引いて思考が明瞭になっていく。

 

(布団が違うからかな、あんまり熟睡できなかった……)

 

 若干の疲れを感じながらも、カーテンを開けて部屋の中に光を呼び込む。朝日が彼女の全身を優しく包み、暖かさを与えてくれる。

 現在響のいる部屋は、普段彼女が使用している部屋ではなかった。彼女や渡に協力してくれる尾茂田が提供した家の一室であった。この家は彼曰く、ノイズ被害の影響で安く貸し出されていたらしい。しかも、今回の件で借りたというわけでも無く、東京への出張も多い彼自身のために前々から借りていた物件であるらしい。そのため遠慮無く使うようにという尾茂田の言葉に感謝しつつ、響はこの場所で一夜を明かしていた。

 

(えーっと、確か昨日は廃墟になってた病院を調べた後、番外地でも調査とか多少”調律”とかしてから家に来たんだっけ。電気や水はあったけど、料理道具が全然無いから夕飯は近くの店で総菜買って済ましたんだよね。それから明日、っともう今日だけど、に備えて寝たんだ……うん、思い出した)

 

 昨日の行動を思い出しながらこの家の台所に向かう響。時折、目元を擦りながら歩いていくと、台所からはブクブクという煮沸音が聞こえてくる。音が聞こえる理由を察した彼女は、台所を覗いてそこに立つ青年へ声をかけた。

 

「おはよう渡」

「おっ起きたか響。おはようさん。今スープ作ってるから顔でも洗ってきてくれ」

「あれ、道具あったの? そのために昨日は朝用のパン買ってたはずだけど」

「探したら湯沸かし用の小鍋があったからな。インスタントのコーンスープでも入れるんだよ。念のため持ってきてたヤツ」

「そういうことね。じゃ朝ごはんよろしく」

「パンだけどな」

 

 手を振りながら響は洗面所に向かう。その間に、渡はスティックパンやコーンスープ、オレンジジュースを食卓に並べて、簡単な朝食の用意を済ませた。 

 それから洗面所で意識をすっきりと目覚めさせた響が帰ってくると、二人で食事を手早く済ませていく。粗方食べ終わった後、渡はコーンスープの入っていたカップを置いて一息つくと、響と今日の予定について話し始めた。

 

「さて、俺たちは昨日は病院と番外地を回ったわけだが、残念ながら確実且つ直接的にマリアへと繋がる手がかりはなかった」

「うん」

「予定では、昨日の時点で何か手がかりを手にできていたら今日はそのことについて調べるつもり……だったよな」

「そういう計画だったね。でもそう上手くはいかなかった。……なら代わりに町の散策だよね」

「ああ、響が昔この町に住んでたって言っても2年以上経ってる訳だし、見て回る必要はあるだろうからな」

「じゃあ、そういう感じで今日は散策兼調査ってことだね」

「……いや、そのことなんだがちょっと待ってくれ」

 

 渡はそう言って事前に決めていた予定に待ったをかける。それに対して怪訝な表情を浮かべる響を手で制しながら、彼は一口オレンジジュースを飲んだ。

 

「町の確認も大事だが、昨日の情報を確定させたほうが良いと俺は思ってる」

「……というと?」

「病院で見つけた誰かがノイズと戦ったような痕跡、当事者の可能性がある人に直接聞いてみようってことだ」

「渡、そんな人いったい……ああ、なるほどね」

 

 ニヒルに笑う彼の言葉に対して、響も納得したように頷いた。彼らにとって自分たち以外にノイズと戦うことができる人物は2名しかいない。1人は、現在アーティスト活動を休業して消息不明であり、響や渡の命の恩人でもある天羽奏。そしてもう1人はそんな彼女とコンビを組んでいた人物。

 

「翼さんか」

「正解」

 

 2年前のツヴァイウイングのライブで、会場にいたノイズを奏と共に薙ぎ払った風鳴翼。彼女の奮闘は、当時会場にいた響や渡はよく覚えていた。箝口令を敷かれ、公表はされていないが彼女がノイズと戦う術を持つことを2人は理解していた。さらに、先日のマリアのライブでノイズの群れに落下しそうであったにも関わらず、後日無事が報告されていたことから現在もその力を有していることは想像できた。

 

「確かに翼さんなら知っている可能性はあるかもしれないね。それに奏さんと違ってあの人って確かまだ学生だったはず」

「ああ、学校に通っているならどこに行けば会えるかも明白だ。そして、翼さんの通う学校は『リディアン音楽院』」

「あれそれって確か昨日行った番外地の?」

「あそこは移転前の場所らしい。何かの事故があったらしいけど、”昨日の感じ”からして聖遺物関連だろうな」

「あそこまで染み込んでるとねぇ」

 

 ”昨日のこと”を思い出してハハハと少し抜けたように彼らは笑う。

 廃病院の後、東京番外地と呼ばれる場所に向かった彼らを待っていたのは、膨大なエネルギーとそれによる荒廃した大地であった。聖遺物の存在を感知できる渡は、そこに残留するエネルギーが生物由来のものであることはすぐに理解できた。同時に、その光景は2人に驚嘆の感情を想起させるのにも十分であった。

 

「邪推しちまえばそっちも関係あるかもしれないが、今回は一旦置いとこう」

「何でも関係あるって考えたらきりが無いしね」

「というわけで、リディアン音楽院にいるであろう翼さんに会いに行ってみたいってわけだ」

「……渡の言い分は分かったけど、学校に私たちみたいな無関係な人は簡単に入れないんじゃないの? それに今日は休日だよ。仮に入れたとしても翼さんはいないと思うけど」

「その点は大丈夫だ」

 

 渡は自信があるように得意げな表情を浮かべながら、スマホを取り出して何かを検索する。すぐに目当てのものを見つけた彼は、画面を響へと押しつけるように向けた。

 

「こいつを見てみな」

「秋桜祭?」

「ああ、リディアンでやる文化祭みたいなもんだ。これの開催中なら、外部の人間が中にいてもそんなに不思議はないって寸法だ」

「……いつの間に調べたの?」

「昨日の夜にな」

「ふーん、で日時はいつ?」

「今日」

「きょう?……今日ッ!?」

「ああ、秋桜祭は今日開催されるらしい。だからこそ、今日は翼さんに会いに行けるまたとないチャンスって訳だ」

「……理解はできたけど、流石に急すぎるね」

 

 響は腕を組んで何かを考え始める。渡の提案に納得できるところもあった彼女であったが、同時に悩ましいところも感じているようだ。

 

「ねえ渡。渡は翼さんに廃病院のことを聞きに行くんだよね?」

「そうだ。まあ、垣さんとの約束もあるから直接聞くというよりかは、情報を引き出すって感じになると思うけどな。もしかしたら奏姉のことも聞くことになるかもしれないが」

「そっか……じゃあ私からも提案させてもらって良い?」

「ん?」

「私も今日は是非とも町を1回見て回りたいって考えてるからさ。リディアンの方は渡に任せて良いかな?」

「なるほど、それはつまり……」

「うん、今日は別行動しよう。翼さんに会いに行くだけなら”感知”も必要ないでしょ」

「そうだな。……よし分かった。リディアンの方には俺だけで行ってくる。じゃあその間に、響はこの町の様子の確認を頼んだぜ」

「ふふ、任せて」

 

 響は薄笑いを浮かべて了承する。互いに今日の予定が決まったところで、彼らは残りの朝食を食べ終えてテキパキと片付けていく。その最中、響はふと1つの疑問が脳裏に浮かんだ。

 

「そう言えばさ」

「どうした?」

「秋桜祭って招待状とかいらないのかな?」

「……え」

「世界的アーティストである翼さんが現役で通ってる学校な訳だしさ。なにかしらそういうモノあるんじゃ……」

「……大丈夫だろ……多分」

「はあ……渡って偶に抜けてるよね」

「うっ……言い訳できないが。そのときは上手く誤魔化すさ。入れさえすればどうとでもなるだろ」

「………」

 

 響は心の中では呆れと心配の思いをかき混ぜながら、苦笑いする渡を見つめるのであった。

 

 

 

○●○

 

 

 

 別行動をすることにした彼らは互いに身支度を終え、別々に出発していた。

 町を見て回ると言っていた響は先に出ており、現在尾茂田から提供された家の前にはスマホ片手に何かを調べる渡の姿がある。

 

(『リディアン音楽院』っと)

 

 スマホにはマップが表示されており、彼はリディアン音楽院までの道順を調べているようだ。しかし、検索して示された場所をタッチすると彼は眉を顰めた。

 

(んー? ここは昨日行った番外地の方だな。最近移転したから新しい方は更新されてないのか。しょうがない、学校のサイトに載ってる住所から行くしかないな)

 

 正確な道順が分からなかった彼はとりあえずと言った気持ちで歩き出す。彼はなんとかなると考えながらリディアンに向かうが、それに当たり見落としてはならないことがあった。それは───

 

(ど、どこだよ?)

 

 リディアンの移転先が町中のビル街の間にあり、少々わかりにくい場所にあるということ。そして、渡自身がそうした都会に慣れていなかったことである。

 

(考えてみればこの町に来たのも奏姉の時のライブから2度目だよなぁ、しかもこんなにビルが多いところに来ること自体あんまりなかったし、本当リディアンがどこか分からねえ。やばいな、無理言ってでも響に付いてきてもらえば良かった)

 

 後悔先に立たずな彼であったが、転んだ先に杖ならぬ相棒を連れていなかったことが悪いのだから仕方がない。今考えるべきはどうやってリディアンまで行くかであるのだから。

 

(とにかく誰かに聞くしかないか。えーっと近くに知ってそうなヤツは……)

 

 渡が辺りを見回してみると、彼と同年代と思しき人が近くを歩いているのが目に入った。今日、秋桜祭を開催しているリディアン音楽院の生徒がここにいることはないだろうが、近くに住んでいるのならリディアンの場所を知っている可能性もある。そう考えた渡はその人に声を掛けた。

 

「あのすいません」

「はい? 私ですか?」

「はい、少し迷ってしまって場所を尋ねたいのですがよろしいですか」

「ええ、それくらいなら構わないですけど、どこを探しているんですか?」

「リディアン音楽院という場所なのですが、最近ここに移転したらしいと言うことまでしか分からなくて」

「リディアン……あっ、ああ、それなら分かります。ここから近いですし、案内しますよ」

「えっ、良いのか……じゃなかった、良いんですか? 近いと言ってもわざわざ案内してもらうなんて悪いですから……」

「いえいえ、大丈夫ですよ。私も時間ありますし、人助けですよ、人助け」

 

 渡が声を掛けた人物──短い茶髪で響と同じくらいの身長の少女は元気よく答える。彼女に対し、渡は心の中で安堵を得ながらとあることを感じていた。

 

(よし、運が良かった。ってか、この人『人助け』なんて親切過ぎないか。知らないヤツにわざわざ案内までしてくれるとか、少し心配になるぞ。まあ、俺としてはありがたいが……)

 

「ならお言葉に甘えさせてもらうということで、お願いします」

「はい。ああ、それとそんなに丁寧にしてもらわなくても良いですよ。私の方が年下でしょうし」

「いやいや、自分が案内してもらう側なんですから。これくらいは気にさせてください」

「それならまあ良いですけど。じゃあ、早速案内しますね」

 

 リディアンに向かって歩き始める少女に付いていく渡。彼女に対する感謝を感じつつ、彼はリディアンにいるであろう風鳴翼に聞く内容を頭の片隅に考えていた。

 しかし、少女と渡が数メートルも進まないうちに新たな声たちが彼らを呼び止めた。

 

「すみません」

「リディアンに行くのなら私たちも連れてってほしいデース」

 

「「はい?」」

 

 呼び止めたのは、茶髪の少女よりさらに小柄な黒髪と金髪の少女たちであった。

 

 

 

○●○

 

 

 

 渡が少女たちと出会ったその頃。

 

「あの……大丈夫ですか」

「え?」

 

 響も新しい出会いをしていた。

 相手は亜麻色の髪の西欧人と思しき女性。迷子らしき子ども相手に右往左往しているその人を見かねた響が仕方なく声をかけたのである。

 

「迷子なら近くに交番があったはずですから、案内しますよ」

「あ、ありがとうございます。あなたも大丈夫ですか」

「うん」

 

 響の言葉に亜麻色髪の女性は最初は困惑したものの、すぐに喜色の笑みを浮かべて礼を述べる。女性の近くで俯いていた幼子も女性の言葉に顔を上げ、悲しそうな表情を響きたちに見せた。

 

「それじゃあ、こっちです」

「はい」

「……うん」

 

 響は先頭に立って女性と子どもを案内するが、同時に後ろを歩く女性に憶える謎の感覚に困惑してもいた。

 

(なんだろうこの女性()? 妙な感じがする。これは親近感? いや、共鳴(シンパシー)なのかな?)

 

 自身と目の色や背丈、服装、国籍などあらゆる所が違う女性に対して感じるモノ。

 湧き上がるその思いに対し、響は心の中で首を傾げるばかりであった。

 

 







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夜に鐘は鳴る

本日12月28日は雪音クリスの誕生日です。
クリスちゃんハッピーバースデー!!

というわけで滑り込み投稿です。



「うちの子が本当にお世話になりました」

「いえいえ、お気になさらず。お子さんが無事にお母さんと会えただけで十分ですよ」

「私もそう思います」

 

 あの後響たちが迷子の子どもを近くの交番に送り届けると、すぐに当直のお巡りさんによって子どもの母親に連絡をとることができた。その後は母親から急いで交番に向かうという返事があったこともあり、案内中に子どもと打ち解けていた響たちはそれまで話し相手となっていたのである。そして連絡から十数分後には母親が現れ、迷子は無事に再会できたのであった。

 現在は響と亜麻色髪の女性の前で、子どもの母親である妙齢の女性がペコペコと頭を下げている。子どもを見つけられた喜びなのか、それとももう勝手にいなくならないようにという心配なのか母親は子どもの手をしっかりと握っていた。

 

「ありがとうございます。ほら、あんたもお礼しなさい」

「ねえちゃんたちありがとー」

「どういたしまして。お母さんが見つかって良かったね」

「うん!」

 

 子どもの元気な返事に破顔する亜麻色髪の女性。それに釣られてか響も顔がほころんだ。

 

「それでは、私たちは失礼させていただきます。繰り返しになりますが、子どもを見つけてくださりありがとうございました」

「……今度ははぐれないように気を付けてください」

「はい、それでは」

「またねー」

 

 最後に母親は会釈をすると子どもの手を引いて都会の町並みに姿を消した。子どもがその間手を振っていたのを同じ動作で見送った後、亜麻色髪の女性は響に顔を向けた。

 

「あなたもありがとうございました。わたしだけだと、あの子をお母さんに会わせられなかったかもしれません」

「お礼を言われるようなことはしてないです。私はただ近くの交番まで案内しただけですから。それよりも、さっきの子の話し相手はあなたの方が頑張ってましたし。そのことのほうが褒められるべきです」

「あらら、それは嬉しいです。でも褒められるならあなたも同じですよ」

 

 女性の屈託のない笑みに響は若干の敗北感を感じ、頬に赤みが差す。照れ隠しを兼ねて彼女は少し無理矢理話題を変えた。

 

「そう言えば、あなたなんでさっきの子の相手をすることになっていたんですか?」

「あの子が悲しそうな雰囲気で歩いてるのを偶然見かけたんですよ。ほっとくわけにもいきません。でも、その後はご存じの通り、どこに行けば良いのか分からなかったんですけどね。交番の場所も知りませんでしたし」

「なるほど、もしかしてこの町は初めてなんですか?」

「はい、数日前に来たばかりでまだ慣れていないんです。でもあなたのような親切な地元の人に会えて良かったです」

「いや、あの私この町に住んでるってわけじゃ……前までは住んでいましたけど、今は引っ越してるんです。今日は偶々帰ってきてただけで」

「へえ、そうだったんですね。でもそれならより一層私は幸運でした。だって今日でなければあなたのような優しい人には会えなかったってことなんですから」

「……ありがとうございます……」

 

(……天真爛漫というか無邪気というか、正直恥ずかしいレベルなんだけど)

 

 あまり自身の周りにいなかった性格(タイプ)である女性に対し、響は心の中で戸惑う。しかし、彼女のペースに振り回されることに嫌な気持ちはなく、寧ろ朗らかさが勝っていたのであった。

 

「ところであなたもどうしてこの町に? 私はちょっとした旅行のようなものでこの町に来ているんです」

「私は……この町に住んでる友達に会いに来たんです。この前、ノイズ出てましたから」

「……ああ、あのライブですね」

「はい」

 

 自身がこの町を訪れた理由を正直に話すわけにもいかない響は、一瞬悩んだ後適当に誤魔化すことにした。その目論見通り、彼女の言葉に亜麻色髪の女性は納得した様子を見せる。

 

(まあ、この町にもう私の”友達”なんかいないんだけどね)

 

「テレビであんなことがありましたからね。心配で見に来たんですよ」

「そうだったんですね。それで、そのお友達は大丈夫でしたか?」

「ええ、大丈夫です。心配いりません」

「それは良かったです」

「はい。でも、あなたもどうしてテロ事件(・・・・)のあったこの町に旅行なんか?」

「ッ……え、ええ。その、あっ、あんなことがあったからこそわたしは気になってしまって、逆に来てみたいなあ、なんて思ってしまったんですよ」

「……そうなんですか」

 

 響はその言葉は眼前の彼女に似合わないと感じた。出会って数十分程度ではあるが、迷子の子どもを見捨てられいような彼女と野次馬根性で危険な町に来る考え方が繋がらなかったのである。

 だが自身も先ほど彼女に嘘を言ったばかり、彼女にも彼女の事情があるのだろうとそのことについて踏み込んでいくことはやめるのであった。

 その代わり、響は彼女にある提案をした。

 

「さっきこの町に慣れてないって言ってましたよね。だったら、この町を案内しましょうか。前に住んでいましたし、少しなら紹介できると思います」

「え、良いんですか?」

「はい。幸運な出会いは大切にしたいですから。それに私もこれから町をぶらぶら回るつもりでしたし」

「うーん……そうですね……」

 

 響のした提案は町案内。それは彼女の親切心もあったが、同時に1つの思惑もあった。

 

(相変わらず、妙な”シンパシー”は感じるからね。もう少し一緒にいてみよう。町の確認は案内しながらでも大丈夫だろうし)

 

 それは出会った当初から胸から染み出る感情の理由を知るため。去来した感覚の謎を解明したいからこその亜麻色髪の女性への誘いであった。

 

「とても魅力的な提案なのですが、すいません。わたし実は1人で旅行に来たわけではなくて、”同伴者”がいるんです。でも今はぐれてしまって探さないといけなくて……。この町にはいる思うんですけど……」

「なら、町を回る中でその人を探しましょう。私も手伝いますから」

「……確かに、当てもなく探すよりは良いかもしれません。ならご厚意に甘えさせてもらいます」

「はい、任せてください」

 

 響はシニカルな笑みを女性に向けた。それに対し愛嬌のある笑みを返す女性を見ながら、彼女はふと気付いた。

 

「そうだ、今更ですけど私たち自己紹介してませんでした」

「言われてみればそうでしたね。すっかり忘れてました」

「タイミングがなかったですから。とにかく私は響って言います。ちなみに歳は17……いや16です」

「あれ16歳だったんですか。しっかりしていましたから、ちょっと意外です。あ、わたしは19になったばかりです。年上ですけど固くならないで、フランクに接してくださいね」

「じゃあそうさせてもらいます。あの、ところでお名前は?」

「あ、わたしったらまた話しが逸れてしまいました」

 

 一瞬苦笑いを浮かべた女性であったがすぐに切り替えて、響へとお辞儀をしながら言う。

 

「わたしのことは『アイネ』と呼んでください。響さん、”よろしく”お願いしますね」

 

 アイネと名乗った女性は変わらず優しい笑みを浮かべた。

 

 

○●○

 

 

「さあ、ここがリディアン音楽院です」

「おっ、ここか」

「リディアン」

「ちゃんと来られて良かったデース」

 

 茶髪の少女は西洋風の門を指差しながらそう言った。リディアンの中では複数の屋台が立ち並び、『秋桜祭』が開催されていることが見て取れる。

 あの時、黒髪と金髪の少女たちが話しかけてきたことに一瞬困惑した渡たちであったが事情を聞いてみると渡と似たようなものであった。彼女たちもリディアンまで行く道が分からず困っていたところで渡と茶髪の少女が話しているのが聞こえたため同伴しようと声を掛けたらしい。その申し出に茶髪の少女は快くyesと返した。渡も特に異論を挟む理由はなかったため、共にリディアンまで案内されたのである。

 

「……案内してくださってありがとうございます」

「助かったデース」

「自分もありがとうございました」

 

 黒髪と金髪の少女2人組は揃って頭を下げる。渡も茶髪の少女に会釈しながら礼を述べた。それに対して、礼を受けた側の少女はたいしたことではないと謙遜の意を示すのであった。

 

「それでは失礼します」

「ありがとうございましたデス」

 

 少女2人組はリディアンの門を元気よく潜って、祭で生徒たちが行き交う雑踏の中に消えていった。どうやら秋桜祭である今日は誰でも敷地内に入れるようであった。

 響に心配されていた問題がないことに、渡は仄かに胸をなで下ろした。そして、風鳴翼に会うためにリディアンに入ろうとするが、その前に茶髪の少女に顔を向ける。

 

「あの案内してもらって恐縮なのですが、1つ質問良いですか?」

「はい? 質問にもよりますけど」

「いや、案内はとてもありがたかったのですが、なぜここまで親切にしてくれるのかなと思いまして。こんな突然話しかけた大柄の男なんて怪しさ満点でしょうに」

「ああ、確かに言われてみれば。でも、うーん、特に気にしませんでしたね。先ほども言いましたけど、ここまで距離なかったですし。それに”困っていたら助けないといけないでしょう?”」

「……そういうものですか」

 

 少女はテヘヘと困ったように頭をかく。しかし、渡にはその姿にどこか違和感を覚えた。はっきりと何か変だと言葉にできるわけではなかったが、彼女の様子が歪であるとなぜだか彼は心に浮かんだ。表情か言葉か、それとも動きなのか、彼女の何が己の意識に引っかかったのだろうと彼は訝しむ。だがその感覚もすぐに消えたため、気のせいであったと自身に言い聞かせるのであった。

 

「というわけでただの自己満足ですよ、自己満足。だからあなたも気にしないでください」

「それなら良いですけど」

「では私も失礼します。また何か困ったら気軽に声を掛けてくださいね」

「はい、今日はありがとうございました。こちらこそ、お困りでしたらできる限りお手伝いしますよ」

「ふふ、この町も広いですから、また会えるかは分かりませんけどね。それではお祭り楽しんでください」

 

 茶髪の少女はそう言いながら小走りに町を駆けていくのであった。

 

「さてと」

(秋桜祭だっけか、結構盛り上がってて少し回ってみたいが、今ごろ響も頑張ってるだろうし、急いで翼さんを探してみるか)

 

 渡は屋台の並ぶ道を歩きながら、目的である風鳴翼を見つけるため当たりを見回した。するとすぐさま、少し離れた渡り廊下を歩く青髪のポニーテールの女性を発見した。

 

(あれは翼さんだな。さっそく見つかるなんて運が良い。……おっと、話しかけるときは怪しまれないようにしないとな)

 

 風鳴翼からすれば古藤渡など赤の他人。突然話しかけることになって、警戒心を持たれすぎては堪らないと慎重を心がける渡は、一呼吸置いてから彼女に近づいた。

 

 

 

 

 

 

「あの風鳴翼さんでよろしいですか」

「はい?」

 

 風鳴翼は突如自身に掛けられた声に困惑を返した。声のした方を向いてみると、そこにいたのは彼女よりも大柄な一人の男。紺色のジャンパーを羽織ったその男は体格から自身の叔父を連想させたが、生憎記憶を探っても覚えはなかった。

 警戒心を抱きながら彼女は謎の男を正面に見据えた。

 

「確かに私は風鳴翼ですが、あなたは?」

「失礼、名乗るのが遅れました。自分は古藤と言います。自分はツヴァイウィングのファンなんですが、先ほど片翼の1人である翼さんを見かけて、いても立ってもいられなくて思わず話しかけてしまったんです」

「なるほどそうでしたか。しかし、今の私はアーティストとしての風鳴翼ではなく、学生としての風鳴翼です。ファンとして応援してくれるのは嬉しいですが、今は遠慮していただけると幸いです。ここには学び舎での友も多いですから」

「そうですね、ファンとして配慮が足りなかったとは思います。申し訳ありません」

 

(ふむ、突然呼び止められて面食らってしまったが、どうやらただのファンのようだ。F.I.S.の件があるからと気を張りすぎていたか。では先ほどから感じた”視線”も彼なのだろうな)

 

 彼女は古藤と名乗ったこの男が自身のファンであると知り、警戒心を下げた。

 表のアーティストとしての顔以外にも、彼女にはノイズと戦う”シンフォギア装者”としての裏の顔がある。突如話しかけた渡と警戒するのも当然であった。特に先日はF.I.S.と戦闘したこともあり、彼女は無意識にも気を巡らしていたようである。

 

「ですが、それでも翼さんには直接聞きたいことがありまして」

「私に答えられる範囲のことであれば構いませんが……」

「ありがとうございます。その前に翼さんは2年前にあったツヴァイウィングの最後のライブを覚えていますか?」

「ッ! ……当然覚えています」

 

 風鳴翼にとって、その時の記憶は決して風化せず、脳裏に刻み込まれたものであった。自身の片翼である天羽奏が重傷を負い、ツヴァイウィングを解散するきっかけとなった事件を忘れられるわけがなかったのである。

 

(奏が”目覚めぬ”原因となった事件を忘却の彼方に捨て置けるものかッ)

 

「そのことがいったい何の関係があるのですか?」

「実は自分もあの時あの場所にいたんです」

「ッ……それは……」

 

 意識せず語気を荒げる翼に対し、渡は冷静に予期していたかの如く言葉を返した。それを聞いた翼は言葉が詰まる。”あの事件”を生き残った被災者が、その後世間からどのように扱われていたかを知っていたから。そこまで考えたところで、目の前の彼が自分に直接言いたい内容も頭によぎった。

 

「なるほど、あの場所にいたのですね。なら私に文句の1つでも伝えに来たのですか……。私もあの事件以降の世間の反応は聞き及んでいます。あんなことが起こった原因の一端は私にあります。であるならば、あの日にいたすべての人達から怨嗟の石を投げられる義務が私には───」

「ちょっ、ちょっと待て!」

「えっ?」

 

 心に影が差した翼の言葉を渡が慌てて遮る。声が漏れ出る翼に彼は首を振りながら言葉を続けた。

 

「俺はそんなことを言うために翼さんに話しかけたわけじゃないです」

「しかし、あの事件があったからこそ生存者の方々は謂われのない弾劾に苦しめられたわけで……」

「とりあえず落ち着いてください。確かにあのライブから俺たちへの世間の目は厳しかったです。何も知らないヤツから非難されることもありましたし、俺の知ってるヤツなんかいじめに遭って結果的に引っ越ししなけりゃならなかったそうです。でも、俺が言いたかったのはそういったことではありません」

「……ではいったい?」

「あー、それじゃ改めて。自分はあの日ライブ会場にいたのですけど、その時翼さんがノイズを”倒して”俺たちを助けてくれたこと、そのことについて先にありがとうと言わせてください」

「そのことはッ!?」

「はい、当然外部には漏らさないようにとお役人さんから契約書へサインを書かされましたよ。ですが、当事者である翼さんへは構わないでしょう。一度くらい直接感謝の言葉を伝えたかったので」

「……それでも私がもっと観客の皆や奏を守ることができていれば……」

「月並みですが『もしも』や『IF』を言い出したらきりが無いですよ。でも翼さんや奏…さんが俺たちを助けてくれた事実は変わりません。胸を張ってください」

「……そう言っていただけると救われます」

 

 渡の言葉は悲痛に苛まれそうであった翼の心を少し癒やした。あの時、自身や奏が救えたものは確かにあったのだという実感が彼女の中に生まれたから。

 特に彼女の仲間にはあのライブが原因で友と別れることになった者もおり、表には出さずとも傷となって残っていたのである。

 

「それを踏まえた上で聞きたいのですが、翼さん、今もノイズと戦っていますか?」

「すいません。そのことについては機密事項となりますので、一般人である古藤さんには教えられません」

「そうですか……」

 

 渡の質問を拒否する翼。防人としての自身の行動を肯定してくれた彼に対しての応答としては、彼女自身心苦しいところがあったが、それを伝えることによって彼が危険に晒される可能性もあった。だからこそ、一時の感情で答えるわけにはいかなかった。

 

「しかし、なぜそのようなことを聞きたいので───」

「なら勝手に自分が喋るので、答えられるものだけお願いします」

「えっ、はい?」

 

 翼の問いをかき消すように渡は言葉を紡いだ。困惑する翼。しかし、それを気にせずに彼は口を開く。

 

「まずは『QUEENS of MUSIC』」

「……はぁ、2週間前に私が参加したライブです」

「次に『マリア・カデンツァヴナ・イヴ』」

「私と同じステージに立ちながら世界に宣戦布告した歌姫」

「では、彼女の歌の感想を1つ」

「力強い覚悟の込められた歌声でした」

「なるほど。続いて角度を変えて、『浜崎病院』」

「……答えられません」

「なら『東京番外地』」

「ッ、分かりません!」

「おっと失礼、琴線に触れてしまったようです。それじゃあ『月』なんてどうです。ここ最近で端を囓られたような形になったことについての感想なんて?」

「存じ上げませんッ」

「そうですか。……ならまた方向性を変えて『聖遺物』は?」

「ッ! 古藤さんあなた何を……」

「ほう……ならば『哲学兵装』については」

「? 哲学兵装ですか……」

「ふむ知らなそうですね。それでは最後に、『ガングニール』」

「なっ!?」

 

 渡の次々繰り出す言葉に、翼は困惑や驚きが入り交じるが可能な限り応答する。しかし、彼の最後の言葉に彼女は血相を変えてその場から飛び退いた。

 そして、先ほど下げた警戒心を急上昇させ、眼前に立つ渡を注視する。

 

「なぜガングニールを知っている!? 聖遺物だけならまだしも、ガングニールについてはごく一部の人間しか知らないはず。古藤さんあなたは何者ですか? ……もしや先ほどまでの言葉もすべて謀り?」

 

 翼の言葉と眼光に射貫かれる渡はあちゃーと額に手を置きながら天を仰いだ。そして乱雑に頭をかきながら、目蓋を閉じてあーとい呻き声を響かせる。それから目線を左右に迷わせた後、ようやく警戒心を隠さない翼を見た。

 

「はぁ、とりあえず自分がさっきまで言ったことは嘘じゃないです。ちゃんと翼さんのファンですし、助けてもらったことに感謝もしています」

「でも、さっきまでの単語。明らかにあなたは何かを知っている」

「ライブとマリアについてはテレビでやってましたからね。心配で聞いてみたんです。次に聞いた場所は最近ノイズが発生したところ。あいつらと戦える翼さんなら何か知っているんじゃないかと。聖遺物に関しては昔から分野はあるんで知っていました。最近なぜだか注目され出しましたけどが」

「……ガングニールについて答えてもらっていませんが」

「QUEENS of MUSICの会場でマリアが変身する際に口ずさんでいましたから気になって」

「あの時の彼女の言葉はガングニールだけではありませんでした。なぜそれを抜き出したのですか」

「うーん、そうですね。耳に残ったからなどどうですか」

「ッ! ……巫山戯ているのですか」

「いえ、嘘は言ってません」

 

 翼は渡の一挙手一投足に注意を払う。その上で彼の言葉を反復するが、この場で判断するには情報が足りない。しかしながら、怪しさという点では確かな存在感を放ち始めた彼をただ信じるというわけにはいかなくなったのであった。

 

「とにかく古藤さん。あなたには聞きたいことがあります。案内しますので、別所まで同伴していただいてもよろしいですか」

「同伴ですか……」

 

 渡はわずかに怒気を孕んだ翼の言葉に悩んだ様子を見せる。その間に翼は手荒であるが彼を捕らえるという思考が浮かぶ。しかし、その対象である渡は翼と同様に彼女の動きに視線を向けていた。翼もそのことを理解しているからこそ、容易に動くことはない。結果的に互いは沈黙し、祭特有の喧噪だけが2人の耳を強く鳴らした。

 

「……」

「……風鳴翼に誘われるなんてファンとしては感無量ってところだが、今回は断らせてもらう。生憎俺は学生なんだ。下校時間ってのがあるからな」

 

 渡は先までより口調の崩れた言葉で翼の提案を一蹴する。翼はその言葉で今にも飛びかかろうと眼光をさらに鋭くさせるが、それより早く続く渡の言葉がそれを制した。

 

「ガングニールについて知っている者を私が───」

「今回は連絡や手土産もなく来訪したことはすいません。落ち度があるのはこっちなんで、翼さんは今日のことは気にせず、忘れてください」

「ッ、急にやってきてその言い草は問屋が卸さないのでは? せめてあなたが何者かくらいは教えてもらいますよッ!」

 

 翼は地を蹴って渡に肉薄する。捕縛のために伸ばされる彼女の手を素早く弾いた彼は、すぐ大きく跳んで後ろの廊下の手摺りに危なげもなく着地した。

 

「それじゃ今日は失礼します。ああそうだ、最後に1つ伝言お願いします」

「おとなしく付いてきてもらえばそれも必要ないのでは?」

「そうかもな……。でもこっちにも事情があるんで。とりあえず伝言は奏さん宛に『心配してる』と」

「待て!」

「頼みましたよ」

 

 渡は最後の言葉を言いながら、背中に体重を掛けるように手摺りから落ちて、翼の視界から姿を消す。急いで翼が手摺りから身を乗り出して、彼の落ちた先を見下ろすが、もうそこには既に渡の姿は影も形もなかった。彼女の視界から消えた数瞬の出来事であった。

 

「彼はいったい?」

(とにかく緒川さんに連絡してみるか。調べてもらえば何者かもわかるだろう。しかし……)

 

 翼は空を仰いだ。自身の髪と同じ澄み切った蒼を見ながら、彼女はポツリと呟く。

 

「奏への伝言など……伝えられるものか……」 

 

 1人の歌女の言葉は空に溶けた。

 

 

○●○

 

 

 そして時と場所は変わり、夕方直前の町のとある高台の上。

 

「響さん今日はありがとうございました」

「こちらもアイネさんと町を巡るのは楽しかったですよ」

 

 アイネと響は町を見下ろしながら、今日の日のことについて談笑していた。

 響が先導しながら町を案内し、アイネが名所であるスカイタワーやおすすめのお昼スポットで一喜一憂するのは互いに良い思い出となったようだ。

 

「しかし、アイネさんの友人は見つかりませんでしたね」

「さっき漸く連絡は付いたのでこの高台で待ってると伝えはしたのですけど。正直不安なんですよね。あの人そう言うこと疎くて……」

「あ、私の家族にもいますよ。方向音痴みたいなのが」

「え、響さんもですか。奇遇ですね」

 

 意外なところで話の弾む2人。しかし、この場で話が広がってもアイネの探し人が見つかるというわけではない。既に1日でこの町を回れる範囲に足を運んでいる彼らからすれば、もうこちらから見つけるのは難しいと途方に暮れるしかなかった。そうして諦めムードが立ちこめ始めたその時───。

 

「おーい!」

 

 遠方より聞こえる呼び声が彼らに届いた。顔を向けてみれば、2人に向かってものすごい勢いで疾走してくる男が1人。男は10月という一応季節的にはまだ暖かいものの、少し肌寒くなってきた今日であるにも関わらず、半袖短パンでアイネたちに接近してくる。彼に対し響はなんか変なヤツが来たと眉を顰めつつ、嫌な予想が浮かんだ。

 

「あのアイネさん、もしかして探してたのって?」

「……響さんの予想通りです」

「なんだか独特な人ですね」

「悪い子じゃないんですけどね……さてと」

 

「探したぜーッ!!」

 

 アイネたちに突撃してくる男はその直前で急ブレーキを掛けて減速する。あまりの急減速に彼の靴からは火花が飛び、まるで車のような急停止を見せた。人間の身でやる様はもはやギャグ漫画のそれである。

 

「おいどこ迷子になってたんだよ。俺様から離れてどこほっつきいッ!?」

「誰が迷子になっていたのでしょうねえブルー?」

「いや、ちょっと待て俺はブララララ!?」

「おや、自分の名前も忘れてしまったんですか? あなたはブルーですよ。そして言っておきますけどわたしの名前はアイネですからね、間違えないでくださいね」

 

(アイネさん、笑顔でアイアンクローしてるよ……)

 

 笑顔は時として怒りよりも怖い。響は今その実例を目の前で体感していた。

 男は確かに自身のの相棒である渡ほど大柄ではないものの、小柄すぎるほどというわけではないことは響も理解できる。しかし、アイネはそんな彼の顔面を片手で掴み挙げ、宙に浮かせていた。その細腕のいったいどこに一般男性を持ち上げることのできる力があるのかと、響は引きつった笑いを浮かべるのだった。

 

「まったく、あなたはいつも直感で動きすぎなんです。動くにしても一言私たちに伝えてからにしてくださいといつも言っているでしょう?」

「分かったッって」

「そう言えば、あなたにしてはよくここまで迷いませんでしたね?」

「それは親切なヤツが案内してくれたからで、って分かったからッ、掴むのやめろって」

「もうその言葉も何度目か……」

 

 アイネはため息を吐きながら男を解放する。投げ出された男はイテテと額を擦っているが、どこかわざとらしい印象を放っていた。それからアイネがさらに二言三言男に苦言を呈した後、彼らは遠巻きに見ていた響に向き直った。

 

「あの響さん一応彼がわたしが探していた人です」

「ブルーだ」

「というわけで無事に見つかりました。ありがとうございます」

「いや、結局ここに来て会えたんですから。町を案内した私の意味はありませんでしたよ」

「ですが手伝いはしてくれました。それに響さんのおかげでこの町のいろんなところは知れましたから。その分の感謝くらいは受け取ってください」

「……なら……はい」

「はい! あっ、後これどうぞ」

 

 やはりこの人は慣れないと頬を染める響であった。そんな彼女にアイネは小さな紙を手渡す。

 

「これは?」

「わたしの連絡先です。なんだか響さんとはまたご縁がありそうでしたので」

「なるほど。じゃあ私も渡した方が……」

「わたしが勝手に渡すだけなので構いませんよ。それではまた」

 

 響に半ば強引に連絡先を押しつけてアイネはブルーを引っ張りながらどこかに消えて行った。彼らが去った後、響はアイネから渡された紙を一瞥した後、懐にしまう。

 

(結局、アイネさんに対する謎のシンパシーの正体は分かんなかったな)

 

 目標は達成できなかったものの、一応町を見て回るという目的は達成した響。彼女はアイネに対しては気のせいであったのだと自己で結論を出し、時計を確認する。

 

(とにかく時間も時間だし、渡と落ち合う場所まで行ってみようか)

 

 彼女はアイネたちが去って行ったのとは別の道を使って高台を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、響は高台にある木の陰で動く影に気がつかなかった。彼女から隠れるように木の幹へ身を預けるその人影は震えるような声音を響かせた。

 

「今のは立花さん? なんで……なんでこの町にいるの?」

 

「いやとにかく今は立花さんを追いかけなくちゃ。そして、会って、会って『今度こそ』謝るんだ」

 

「私は謝らなくちゃいけないんだ……」

 

 

 ”少女”は自身の足がまるで泥を纏ったかのように重く感じられるのだった。

 

 

○●○

 

 

 その後、響と渡は合流して町を離れ、自分たちの家と日常に帰って行く。

 それぞれの決意をより強固なものにして───。

 

 

 



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絶唱は重なり、孤独な咆哮は未だ届かず

明けましておめでとうございます。
今年はもっと更新頻度上げられるように頑張……れたら良いなあ……。アッ、努力しますのでよろしくお願いします。
そしてお気に入り登録数が50件に到達しました。ありがとうございます。




(新年1発目なのに主人公2人が出てこない。大丈夫かこれ……?)




 舞台とは、そこに立つ者がいてこそ成り立つ。

 オペラや演劇、ミュージカル、舞踏など舞台の種類は数あれどその点は須く共通する。無論、舞台に立つ者を支える裏方の者たちも欠けてはいけない。舞台は舞台の上だけで回りはしないのだから。舞台に関わる人々が1つの舞台のために集結して心血を注いでこそ、舞台は創られる。

 つまりそれは舞台が多くの人々の交わりによって生まれることを意味している。

 しかし、時として舞台のために人が集うのではなく、人が集ったからこそ舞台が生まれることもある。

 

 なぜなら、人と人の交差こそが舞台の流れの源流なのだから───

 

 

○●○

 

 

「はい、ありがとうございます。こちらも注意して動きます。……ええ、その点は大丈夫です。無事に合流できました。それでは何もなければまた2日後に。そちらも気を付けてください、”アドルフ先生”」

 

 ビルの裏手にいる女性はスマホを切って手提げ鞄に仕舞う。そして亜麻色の髪を揺らしながら、側にいた男に声を掛けた。

 

「定時連絡も済みましたし、行きましょうブルー」

「……なあ、俺思うんだけど」

「なんです?」

「周りに誰もいないんだから、わざわざ別の名前使う必要あるのかよ?」

「……何度も言っているでしょう。わたしたちは本来行動許可は与えられていないのですよ。動いていることを上の人が知ったらどうなるか説明しましたよね」

「まあバレて面倒になるのは分かってるが、ここまで偽名を徹底する必要があるのか?」

「人の目がどこにあるのか分かりませんから用心するに越したことはありません。欲を言えばこの会話そのものもやめておきたいのですけどね」

「ああはいはい、わーったよ、了解。気を付けるよアイネ”さん”」

「はい、そうしてくださいねブルー”さん”」

「ハッ、でも忘れんなよ。最後には俺の名前を全世界に轟かせるんだからな」

「分かってますよ。そういう約束ですから」

「ならいい」

 

 ブルーは先ほどまでふて腐れたような表情をしていたが、今はもうカラリと笑みを浮かべた。そして両手を頭にやって、目線と足をフラフラ所在なさげに揺らすのだった。

 アイネはその様子を一瞥した後、鞄からメモ帳を取り出して柔らかい文字が書かれたページを確認する。そこにはこの町の様々な場所の注意書きが記されていた。どうやらメモ帳の内容を見てこれからどこかに行こうとしているようである。

 

──ピィーッ──

 

 彼女が悩んで目を細める中、突如彼女の鞄から甲高い音が鳴る。するとアイネは流れるような動作で鞄の中から1つの端末を取り出した。音を鳴らす端末の画面を点けると、そこには町の地図が表示された。

 

「ブルー!」

「分かってるよ」

 

 その隣では、真剣な表情のブルーがアイネを見つめていた。彼の返事に彼女は首肯で返し、端末の画面を見せる。地図上では赤い印が激しく点滅していた。

 

 

○●○

 

 

 場所は変わり、都心の一等地から少し離れた住宅街。過去に現れたノイズによる被害の傷跡が残るその場所で、1つの戦闘が開始されていた。

 

「なんでお前がこんな所にいるんだぁー!」

 

 一方は薄汚れた白衣を纏い、頬が痩けて目を血走らせる男。名前を『ジョン・ウェイン・ウェルキンゲトリクス』と言う。先日、世界に宣戦布告したマリア・カデンツァヴナ・イヴと同じく武装組織フィーネに所属しており、生化学者であることからその通称はウェル博士。彼は口角泡を飛ばしながら、手に持つ白色の杖を振るう。杖はその動きに合わせて緑色のビームを放ち、そこからは多様なノイズが出現する。その杖の名は『ソロモンの杖』。ノイズを自在に召喚し、自由に操ることのできる聖遺物である。ウェルはソロモンの杖を用い、必死の形相でノイズに命令していく。

 

「しゃっらくせーんだよッ!」

 

 相対するは、赤と白のバトルスーツを身に纏う少女。それはマリアの纏っていたモノに類似している。彼女は手に持つボウガンでウェルの呼び出したノイズを射貫く。彼女により放たれる矢は、位相差障壁で触れることも叶わないはずのノイズを次々と黒灰に変える。その矢は赤く発光し、普通の矢でないことは明らかであった。

 ノイズを殲滅していく戦乙女たる彼女の名は『雪音クリス』。ノイズと戦うことのできるシンフォギア装者の1人であり、武装組織フィーネを追う特異災害対策機動部二課の一員でもあった。彼女の纏う鎧もシンフォギアのそれである。そんな彼女はウェルに負けず劣らず、真剣な視線を相手に向けていた。その顔はまるで獣の如し。

 

「さっさとソロモンの杖を返しやがれッ!」

「こっちに来るなぁー!」

 

 ウェルがノイズを呼び、クリスがそれを殲滅する。ソロモンの杖はほぼ無尽蔵にノイズを召喚することが可能であるが、如何せんそれを使うウェルの速さは一般人の域を出ない。それに対し、クリスは彼女の持つ殲滅力をもってノイズを掃討していく。その中で彼女はウェルの持つ杖を狙う。しかし、無限と思えるほど湧き出るノイズの壁にあと1歩の所で彼に近づけないでいた。

 

「ならこいつをくれてやるッ!」

 

──『MEGA DETH PARTY』──

 

 クリスの叫びと共に彼女の腰部にあるアーマーが展開し、そこから多数の小型ミサイルが射出された。ミサイルはノイズを殲滅するだけに止まらず、道路のアスファルトをはがし粉塵を辺りにまき散らす。同時に発生した爆風にウェルは思わず腕で顔を隠してしまい、ノイズの召喚が一瞬止まった。

 その隙をクリスは見逃さない。粉塵の中を突っ切り、ウェルに直進する。そして彼の手にあるソロモンの杖に手を伸ばす。彼女の手が杖に触れようとしたその時であった。

 

──キィィイイイン──

 

 何かが彼女目掛けて飛来する。その存在に素早く気付いたクリスは、手にボウガンを召喚して一部を迎撃した。そして、舌打ちしながら回避のためにその場から飛び退く。着地したクリスの視界には、ウェルの側に立つ2人の少女が映った。

 

「間一髪」

「ギリギリデース」

 

 乱入してきた金髪と黒髪の少女たちは短く息を吐く。彼女たちもまたクリスと同じシンフォギア装者であり、武装組織フィーネに身を置くマリアの仲間であった。名前を緑のシンフォギアを纏い、大鎌を持つ少女は『暁切歌』。もう1人のピンクのシンフォギアを纏って、頭部に取り付けられたウサギの耳のような武装が特徴的な少女は『月読調』と言った。彼女たちもクリスとは敵対関係にある。

 

「増援ってわけか? 良いぜ、まとめて相手してや……クッ!」

 

 切歌と調に対して勇むクリスだったが、”身体の熱さ”に呻き声を漏らしてその場に膝を突く。しかし、その目は絶えず切歌と調を睨み付けていた。

 そんなクリスを目の前にする彼女らも油断なく敵の動きに意識を傾けていた。だからこそ2人は気付かなかった。背後に立つウェルが不気味な笑みを浮かべていることに。

 

──カシュッ──

 

「「ッ!?」」

 

 意外なほど軽かった。ウェルが切歌と調の首筋に銃型の注射器を押し当て、彼女たちの身体にとある薬品を打ち込んだ音は。

 

「これはLiNKER?」

「まだ効果時間には余裕があるデスッ」

 

 その薬品の名前は『LiNKER』。その効能はシンフォギアを纏うのに必要である聖遺物に対する適合係数を底上げすること。ただし、神秘の塊である聖遺物への親和性を高めるその薬品にはそれ相応の副作用も存在する。通常使用においても、人体への負荷や制限時間への注意が必須であり、使用後には体内洗浄も要する。連続投与は当然危険な代物である。

 今回彼女たちはまだLiNKERの制限時間以内であった。にもかからずウェルが行った不意打ち気味の投与に対し、彼女たちが困惑と怒りを覚えるのも無理からぬことである。

 

「だからこそです!」

 

 ウェルは瞳孔の開いた瞳で力強く宣言する。その迫力に切歌と調は二の句が継げず、息を飲んだ。

 

「お前らがこの僕を助けに来た理由は、大方ナスターシャ教授の体調が悪化したからでしょう! だからおっかなびっくり探したわけだ、あのおばはんを唯一治療できる、未来の英雄である僕を! そしてそのためには早くこの場を切り抜けなくてはならない。そのためのLiNKERですよ!」

「だから、どういう──」

「分かりませんか! LiNKERによってギアからのバックファイアを軽減できることはあなたたちも知っているでしょう」

「……絶唱」

「調、それはッ」

 

 『絶唱』、それはシンフォギア装者による最大の攻撃手段。フォニックゲインを爆発的に高めるこの技は、確かに威力の点では極めて有用である。しかし、その代償にシンフォギアからのバックファイアで装者の肉体を著しく傷つけるデメリットも有していた。そのため、絶唱とは攻撃技であるという認識以上に自滅技としての印象が強かった。

 

「正解です」

「なんで私たちがアンタなんかのために身体を張らなきゃいけないんデスかッ」

「僕ではなく、ナスターシャ教授のためならどうです?」

「ッ!?」

「僕を助けることがおばはんを救うことに繋がるなら、あなたたちもやる気が出るのでは?」

「……」

「やろう切ちゃん」

「調ッ!?」

「確かに博士の言うとおり、LiNKERを投与したばかりの今なら、絶唱での身体の負担も抑えられるはず」

「でも……」

「私たちの使命は博士を連れ帰ることだよ、切ちゃん」

「……わかったデス」

 

 覚悟を決めた切歌と調。その瞳はすでに彼女たちを襲う過剰投与による負荷にわずかに揺れつつも、しっかりと己が為すべきことを理解していた。

 

「はぁ…はぁ…」

 

 一方で、クリスは己を襲う異様な熱さとそれによる身体の重さに耐えていた。

 

(なんだよこれ……身体が燃えちまいそうだ……)

 

 呼吸も激しく、歯を食いしばる彼女。身体の底から湧き出る熱さに意識を飛ばしそうになるのを必死につなぎ止める中、前方から歌声が聞こえてくる。

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal……──

 

 それは切歌と調による絶唱の二重唱。自らの生命を削ることさえ厭わぬ、彼女たちの覚悟の歌が奏でられ始めた。

 

「……ああ、いいぜ、そっちが虎の子出すってんならッ!」

 

 響き始める絶唱を聞き、クリスは気合いを入れて立ち上がる。そして足に力を込め、喉が張り裂けても構わないほど衝動のままに叫んだ。

 

「私だって歌ってやる、絶唱をッ!」

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal……──

 

 そして始まるはシンフォギア装者3人による絶唱の三重唱──否、独唱と二重唱のぶつかり合い。互いが互いを喰らい尽くすことを目的として、歌声の暴風は彼女たちの中間地点で衝突する。

 そして、高まるフォニックゲインに呼応するように彼女たちのシンフォギアは形を変えた。クリスは長大なライフルを手にし、各アーマーからは大小様々な弾頭が顔を覗かせる。それに対し、切歌の持つ大鎌は巨大化し、調は腕部に巨大な丸鋸が拡張された。

 なおも上昇する彼女たちの戦意とフォニックゲイン。臨界に達し、歌声だけでなく彼女たち自身がぶつかり合うまでのカウントダウンは既に始まっていた。

 

 

 

 

 

 

──Gatrandis babel ziggurat edenal……──

 

「「「ッ!?」」」

 

 そこに混じる新たな歌声。

 彼女たちと同じ絶唱にクリス、切歌、調の3人は揃って面食らう。頭上から聞こえてくる透き通るような歌に顔を上げれば、ビルの屋上の縁に立つ人影が1つ。

 人影は白の衣装を身に纏っており、ほどほどに背丈があることは分かるものの、口元が空いたウサギを模したであろうマスクを被っているためその表情は読み取れない。辛うじて歌声から女性であることが推測できる程度であった。

 

「なんだこれ……」

「おっとと」

「減圧してる……?」

 

 女性の絶唱に呼応するようにクリスたちのフォニックゲインの勢いが削がれ、周囲に分散していく。無論、フォニックゲインによって展開されていた彼女たちの武装も元の形状に戻る。

 まさかの事態にクリスたちはビルの上に立つ女性を呆然と見上げるだけであった。

 その間にもマスクの女性の絶唱は続く。すると不思議なことに彼女の前方にクリスたちから削がれたフォニックゲインが収束していく。エネルギーは可視化するほど濃密に集い、虹色に輝く球体を形成する。

 そして絶唱も終盤に差し掛かり、マスクの女性が両手を振り上げると同時に球体は天空に向かって圧縮されたエネルギーを放出する。フォニックゲインは虹色の竜巻となって荒れ狂い、空の雲を細々に攪拌した。そして球体の消滅をもって破壊のエネルギーをは完全に消費された。

 

「奇麗……」

「何が起こったデスか」

 

 眼前の光景に、切歌と調は己が感情を吐露することしかできない。

 

(あのマスク女、まさか絶唱のエネルギーを奪い取ったってのか!?)

 

 クリスは1つの仮説を立てるが、それを受け入れることができないでいた。他者の絶唱に干渉するなどこれまで想到すらできなかったから。それ以上に、目の前で実践された今ですら、可能という事実を信じられなかった。

 

「おいッ! お前はナニモンだッ!」

「……突然絶唱に分け入ってしまい、すいません。ですが、あのままだと双方共に大きく傷ついてしまうと思いましたので」

「だからナニモンだって聞いてんだよ! それに顔を隠して、ビルの上からのご挨拶たー、大層良いご身分なんだろうな」

「……すいません、事情がありまして正体を明かすことはできません」

「謝ってばっかりでこっちは何もわからねえんだよ!」

 

 憤慨するクリスに対し、マスクの女性は平然と立っていた。近くに立つウェルたちもそれを見て迂闊に動くことはできない。膠着状態に突入した戦場であったが、さらに一石は投じられる。

 

──ゴゴゴゴゴゴゴ……──

 

「きゃっ!?」

「今度はなんデス!?」

「チッ、今日は唐突が降って湧きやがる!」

 

 腹の底に来るような重い地響きが辺りを揺らす。建物は軋み、木々は木の葉を散らしていく。そして地響きは段々とその音を大きくし、遂には地面が引き裂かれる。

 

「ゴアアアアァァァァッ!」

 

 雄叫びと共に地中から何かが姿を現す。それは一言で言ってしまえば『怪獣』であった。這い出した巨体はビルの4階を越えるほどの高さを誇り、身体の各部に角のような突起を生やしたその姿は、異様な存在感を示していた。また、体表が紫色であることや腕が槍のような形状をしていることもそれがただの生き物ではないことを如実に表している。

 

「変なマスク女の次は特撮怪獣かよ!? びっくり箱でももう少しおとなしいぞ」

「あれは『ゴライアス』? なぜこんな所に?」

「ウェル博士知ってるんデスか?」

 

 切歌の問いにウェルは不気味に笑いながら肯定する。そして彼はゴライアスの動きに注意しながら語り始めた。

 

「あれの名はゴライアス。ネフィリムと同じ自立型完全聖遺物ですよ」

「なんでお前がそんなこと知ってやがる!」

「この前、ネフィリムの餌用に「記憶の遺跡」へお邪魔したときにデータを拝見したのですよ」

「チッ、そういやおっさんたちがお前らが電算室を襲撃したって言ってたな。そのせいでいくつかの聖遺物が行方不明だって」

「はい。君たちにアジトだった浜崎病院を突き止められて、持ち込んでいた聖遺物を確保されてしまいましたからね。代わりにネフィリムへ与える聖遺物が必要だったのですよ。だから記憶の遺跡を襲わせてもらいました」

「テメェ……」

「おかげでネフィリムの餌も補充できましたし、英雄となるこの僕に相応しい聖遺物にも出会えたことは感謝しても良いくらいですよ」

「相応しい? ……とにかく、だったらあのデカブツはお前呼んだもんなのかよ」

「いや、違いますよ」

 

 小首を傾げて否定するウェルに、クリスは思わず手に持つボウガンの矢を放とうとするが生身の相手を直接攻撃するわけにはいかないと踏みとどまる。しかし、彼の足下に怒りの矢は放たれる。

 

「ウオット!?」

「じゃあ、なんでそのゴライアスが目の前に現れてんだよッ」

「だから分かりませんって、そもそもあんな大きな聖遺物持ち出せるわけがないでしょう。僕が見たときは起動すらしていなかったんですし」

 

 ウェルの言葉はさらにクリスの心を逆なでする。今なお己を苦しめる熱さも相まって、彼女のいらつきはさらに高まっていた。

 一方、彼らが会話する間にゴライアスは首と思われる部分を左右に振り、辺りを見渡す素振りを見せている。

 

「アイツあっちこっち向いて……」

「何かを探してる?」

 

 切歌と調がゴライアスの行動にクエスチョンマークを浮かべていると、その顔がクリスやウェルたちを視界に収める。

 

「ゴアアアアッ!」

 

 そして雄叫び一閃。その轟音にクリスたちはシンフォギアの防御があるものの、反射的に耳を覆う。防御がないウェルに至っては転倒して、背中を打ったようだ。

 

「コイツやる気かよッ」

 

 クリスがボウガンをゴライアスに向けるが、そこで彼女は違和感を覚えた。

 

「ハア、ハア……動かないで見てるだけ?」

 

 クリスの呟いた言葉通りゴライアスは叫んだ後、目立った動きを見せずに直立不動。ただじっとクリスたちを正面に見据えている。その姿は何かを待っているようにも見えた。

 ゴライアスを警戒してクリスたちが動かないでいると、彼は低い呻き声を上げた後、緩慢に動き始める。身構えるクリスたちであったが、彼女たちを無視してゴライアスは自身が出現した割れ目にその巨体を突入させる。割れ目を広げるための轟音を響かせながら、ゴライアスはその姿を地中に消していく。そして巨体の大部分が見えなくなったとき、残された尾が近くにあった一棟のビルに衝突した。

 丸太以上に太い尻尾が直撃したそのオンボロビルは柱の1 本が破壊され、倒壊が始まった。運が悪いことにそのビルの屋上に立っていたマスクの女性はもちろんそれに巻き込まれる。

 

「ブルー!」

 

 しかし、女性に慌てた様子はなく冷静に叫んだ。

 女性の存在に最悪の事態を想定して彼女を仰ぎ見たクリスや切歌たちであったが、倒壊する瓦礫にマスクの女性を見失う。瓦礫は彼女たちにも降りかかり、回避するためその場を離れるクリスたち。

 すると、倒壊による粉塵の中から人影が飛び出してくる。

 

「チエストオォォォー!」

 

 それはマスクの女性──ではない。

 マスクの女性とは違って服装は半袖短パンであり、隙間からは強靱な筋肉を覗かせる。またその声音から、人影が男性であることも窺えた。女性との共通点は顔を覆うウサギを模したマスクだけであった。

 そんな男が倒壊したピルから”銀色の短剣”を持って現れ、クリスたちの近くに着地する。

 

「……」

 

 二転三転する状況にクリスや切歌たちも流石に慣れてくる。しかし、警戒心だけは絶やさずに辺りを俯瞰する。その中で、マスクの男はなぜだか1人で騒ぎ始めた。

 

「──バレたら面倒って言ってたのはどっちだよ。1人で飛び出しやがって。俺が間に合わなけりゃ……えっ、俺は大丈夫だし、セ…アイネの助けなくてもあれくらい抜けられたし」

 

(コイツ独り言が)

(多すぎ)

(デース)

 

 マイペースな男への感想で3人の心は一致した。その間も男は短剣に向かって独り言を口にし続ける。皆が呆れる中で切歌と調に連絡が入る。

 

『切歌、調。聞こえる?』

「マリア」

「聞こえるデスよ」

『そこからウェル博士を連れて撤退しなさい』

「でも変なヤツが前にいて……」

『変なヤツ? ……とにかく引き上げなさい。近くまで『天羽々斬』と『神獣鏡』が接近している。おそらく二課の装者たちよ』

「……わかったデス」

「了解」

 

 切歌と調はウェルを連れて高々と跳んだ。その先の中空に飛行型キャリアが滲み出る。後部扉が開き、彼女たちはそこから回収される。

 

「待ちやがれ、せめてソロモンの杖は返しやがれぇッ!」

 

 クリスはウェルたちを睨みながら、憎悪の叫びを上げてボウガンを構える。しかし身体を蝕む熱で遂に視界も滲み、ボウガンを構える腕からも力が抜けた。

 歪む視界の中で、キャリアはウェルたちを収納すると出現したときと同様に蜃気楼の如く姿を消して撤退する。それを見届けて、クリスは全身の力を失い五体を地面に投げ出した。彼女の肉体からは外部からでも分かるほどの膨大な熱量を放っている。

 

「……なあアイネ、目当ての方は撤退しちまって目の前にはおそらくお前の同類がいるわけだが……まあこうだなッ」

 

 マスクの男は生身と思えぬほどの身軽さで近くのビルの壁を駆け上がり、屋上に設置されていた貯水タンクを短剣で切り裂いた。切り裂かれた箇所から吹き出た水は、直下にいたクリスに降り注がれる。大量の水によってクリスの身体が急激に冷やされ、シンフォギアが解除された。

 

「急場凌ぎだが上手くいったか。しかし……」

 

 着地した男はクリスを見て安堵の表情を見せる。だが辺りの惨状を見て苦笑いを溢し、次の行動に悩んだ。

 そこに聞こえてくるのはバイクの走行音。近づいてくる音に男が視線を向ければ、彼方から来るのは青のシンフォギアを纏う防人であった。

 

「雪音から離れろッ!」

 

 防人(つばさ)はバイクから飛び降りて、男に刀を振るう。彼は難なく回避し、後方に跳躍する。ちなみに乗り捨てられたバイクは爆散した。

 

「あっぶねぇ」

「貴様何者だ」

「大変残念なことだが、まだ偉大な俺の名前を名乗るときではないんでな。教えられないぜ」

「ならば力尽くでも」

 

 剣と戦意は十分と翼は男の前に立つ。男はそれを辟易とした表情で見つめた後、懐に手を入れた。

 

「『風鳴』と事を構えるのは俺自身としても御免被るから、これにてトンズラさせてもらうぜ」

「何をするつもり……」

 

 男が懐から取り出したのは古びた懐中時計。フタの部分にウサギの意匠が施されたそれは、翼の目からみて平凡の域を出るような代物ではなかった。

 

「行くぞアイネ……」

 

───哲学共鳴

 

──『WHITE † RABBIT』──

 

「ッ!?」

 

 空気が変わった。

 翼にとって理解できたのはそれだけであった。

 次の瞬間に男の姿が消失する。まるでパラパラ漫画の途中からページを引き抜いたように忽然であった。

 翼は慌てて周囲を見渡すが、男の姿は影も見えず気配も感じられない。

 

「どこへ!? ……逃げられたのか?」

 

(最近は逃げられることが多い……。とにかく今は早急に雪音を運ぶのが先決……)

 

 翼はクリスの救援のため、急ぎ本部に連絡するのであった。

 

 

○●○

 

 

 そして絶唱が重なる中で──

 

「……何この音……声?」

 

 ”獣の声”を聞く者がいた。

 

 

○●○

 

 

「翼さん」

「緒川さん、お疲れ様です。それで雪音の容態は?」

 

 クリスを運び、本部へ戻った翼に声が掛けられる。相手はの男は『緒川慎次』。風鳴翼を公私やアーティスト、装者問わず支える有能なマネージャーである。

 

「応急処置は終わりましたので、とりあえずは安定しています。今は治療室で眠っていますよ」

「そうですか。ありがとうございます」

「いえ、翼さんと医療班の人のおかげです」

 

 朗らかに笑う緒川に翼も釣られて笑みを浮かべる。しかしすぐに緒川の表情が真剣なモノに変わる。

 

「翼さんに伝えておきたいことが……」

「それは?」

「頼まれていた古藤という青年のことです」

 

 緒川から出たのは、先日翼が遭遇した男の名前。正体も知らせず、彼女の目の前から姿を消した彼を調べるよう緒川に頼んでいたのである。

 

「彼の素性がわかったのですか」

「はい。翼さんから教えてもらった、彼が聖遺物について知り得ていることと奏さんへの伝言を託したこと。そして古藤という名前から1人の人物が浮かび上がりました」

「流石緒川さんです。それで彼はいったい?」

「古藤というのはそのまま本名だったようです。そして素性についてですが……調査して僕も驚きました」

 

 緒川は翼に1枚の紙を手渡す。その紙に書かれた内容を読んで翼の瞳は揺れた。

 

 

「名前は古藤渡。奏さんと同じく”皆神山での惨劇の生存者”です──」

 

 

 

 ───舞台の流れは絡み合い、過去が今の意志となる。




本編で説明しきれないかもしれないので、本編に出した用語解説&一部設定を載せることにします。

・ゴライアス
 シンフォギアXDのイベント「陰り裂く閃光」で登場した自立型完全聖遺物。見た目はウルトラシリーズに登場した古代怪獣「ゴモラ」の紫版。本家の超振動波のような遠隔攻撃技を持つ。イベントでの活躍は正直不遇。

・皆神山
 天羽奏が家族を失うことになった場所。神獣鏡の発掘チームが探索していたが、フィーネによるノイズで奏の家族も所属する彼らは壊滅することとなった。原作で神獣鏡はフィーネに回収されてF.I.S.に渡ったが、今作においては出土した一部を二課も所有しギアに加工されている。


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陽だまりと融合症例

前回の更新からまた間が空いてしまいました、相変わらずの亀更新です。申し訳ありません。

とにかく平成滑り込み投稿です。


「ついこの間までこの町じゃ妙にノイズが出てきてたんだよ」

「そうなんですか」

 

 響と渡が東京を離れてから1週間後、学校が休みである彼らは再び例の町を訪れている。

 今回も例によって尾茂田からの情報を元にマリア(フィーネ)の足取りを探していた。

 

「そうさ。でも前のリディアンがあった場所で爆発が起こったときから……あ、それじゃあ町の外から来たあなたたちじゃ分からないか。そうだね……ああ、そうそう。月が欠けた日からだよ。めっきりノイズがこの町に出なくなったのは」

「月が欠けてから……ですか」

 

 ただし、現在はノイズの情報について町の人に聞き込みをしている。先週行った現地調査とは違う角度からの情報を得るためであった。

 その一環として、響はとある店のカウンターで店主の女性にノイズについての情報を伺っている。妙齢な女性は響の質問に答えながらも、慣れた手つきで仕事を熟していた。

 

「月があんなことになったのは知っているだろう?」

「はい、3か月前ですよね」

「そう、ニュースで引っ切りなしに報道していたことだから分かりやすいだろう。その時までは雨後の筍みたいにノイズの発生が盛んだったんだけど、そこを境にすっかりおとなしくなったんだよ」

「なるほど。ところで先ほど言っていたリディアンの爆発というのは?」

「ああ、世間じゃ月のことばっかり取りざたされたけどね、ここらの人間にとってはほぼ同じ日にリディアンって学校をノイズが襲って、跡形もなく吹き飛んじまったことも印象深いのさ」

「ノイズに襲われて、”吹き飛んだ”ですか……」

「今でもあそこは立ち入り禁止地域に指定されて。……リディアンの子たちは大変だよ……」

「……」

「……ああ、あなたたちに言うことじゃなかったね」

「いえ、ノイズのことについて聞かせてくださいと頼んだのは私たちですから」

 

 しんみりする空気に響と女性の会話が止まる。しかし、横から静観していた渡がフォローに入る。

 

「そこまで気にする必要はないと思いますけどね。自分はこの間リディアンの秋桜祭に行ってきましたが、生徒の人達も元気溌剌で楽しそうでしたよ。屋台には祭特有の美味そう料理も並んでましたし」

「そうかい……”ここ”に来る子たちはそういう雰囲気見せないから隠してるんじゃないかと思ったけど、杞憂だったみたいだねぇ」

 

 薄く笑みを浮かべる女性を見て、渡は満足そうに目尻が下がる。続けて、切り分けられた”お好み焼き”を頬張り舌鼓を打った。一方で、女性はいつの間にか手が止まっていた注文のお好み焼き作りを再開するのであった。

 しかし、横からジト目が1つ渡に向けられる。

 

「あの渡。私は秋桜祭に行ったのは、翼さんにいろいろ聞くためだって聞いてたはずなんだけどな~」

「えっ?」

「さっきの言い方だと屋台の料理にも目が行ってたようにも聞こえるんだけど。もしかして、普通に祭楽しんでたわけじゃ~?」

「あー、えー、んー……。ベビーカステラ上手かったぜ!」

「食べてんじゃんッ! ちぇ、私だって屋台の美味しいモノ食べてみたかったのにな~」

 

 渡は悪びれることなくサムズアップするが、響は拗ねたようにそっぽを向くのであった。

 

「言っても味は文化祭規準でそれなりってとこだったけどな。俺や響が作っても変わらないと思うぞ」

「祭りの屋台は特別だよ。普通に家で作るのとはひと味もふた味も違う」

「あー、それを言われると納得せざるを得ない……」

「でしょ」

「……はい、すいませんでした」

「よろしい。それじゃ渡の豚玉もらうね」

「ちょっ!?」

 

 渡が驚く隙に、響の割り箸が彼の切り分けられた豚玉の1つをかすめ取る。それなりに素早く、且つ割り箸であるにも関わらず、豚玉はその形を崩したり振りかけられた鰹節や青のりを落としたりすることなく響の小皿に空輸されるのであった。

 

「はやッ!? ってか大きすぎませんかね響さん」

「黙ってお祭り屋台で飲み食いしたことへの罰としては温情だと思うけど?」

「……はい」

 

 押し黙る渡を横目に響は戦利品(豚玉)にぱくついた。豚肉のジューシーな甘みがソースと絡まり、彼女の舌を喜ばせる。自身の頼んだシーフードと甲乙付けがたいと感じながら、無意識に彼女に笑みが浮かんだ。その様子に、渡も納得したように顔を緩ませてお好み焼きを頬張るのであった。

 そんな2人を見て、注文が一区切り付いた店主が一言。

 

「ははっ、あんたたち仲良いねぇ」

 

「「そうですか、まぁ───」」

 

「家族」

「親友」

 

「「──ですから! ……アレ?」」

 

 お互いにバッチリに決めようとした彼らであるが、相棒であってもなんでも呼吸が合うわけではないようだった。

 

───ガラガラッ

 

 

 そして、2人の声と重なるように店の扉から制服を着た1人の少女が軽快に入ってくる。

 

「ああ、いらっしゃい」

 

 店主の女性が優しげに声を掛ける所を見るに少女は顔馴染みのようであった。

 新たなお客に自分たちが女性を引き留めるのも悪いと、響は自分の食事のペースを早める。

 

「おばちゃん、電話してたお持ち帰り用のできてる?」

「ああ、シーフードと餅&チーズだったね」

「うん、ありがとうおばちゃん。今日はクリスが来られなくなっ……た───」

 

 不意に少女の言葉が途切れた。少女は目を見開き、瞳を振るわせながら立ち尽くす。お好み焼きを持ち帰り用パックに詰めようとしていた店主は彼女の様相に違和感を覚える。

 響も突如声が途切れたことを怪訝に思って箸を置いたとき、少女は漸く言葉を紡いだ。

 

「響……なの」

 

「えっ?」

 

 戸惑いの言葉が零れた響が慌てて扉の方を向くと、そこにいたのはショートカットの黒髪の少女。少女は信じられないといった視線で響を貫いていた。

 

「……未来……?」

 

 リディアンの制服を身に纏ったその少女の名は『小日向未来』。響を歪んだ正義から守りつつも転校という形で姿を消した、彼女の幼馴染であった。

 

 

○●○

 

「ひさしぶりだね」

「うん、ひさしぶり」

 

 響と未来はお好み焼き屋『フラワー』のテーブル席で向かい合っていた。

 店主の女性が様子のおかしかった2人に話し合いの場を提供したのだ。建前上はまだ食事時ではなく席が余っているからという理由であったが、彼女からすれば顔見知りの少女が心配という面もあった。

 そしてこの場に渡はいない。数刻前、響に自身が同席するか尋ねた彼であったが、彼女が2人で話したいという意思を示したため、既に食事代を支払って店を後にしていた。ちなみに、その際響には話が終わってから連絡するように伝えている。

 

「久しぶり……だね、響」

「未来も久しぶり。この町に戻って来てたんだ」

「うん、高校になってから家族と離れてこっちに住んでいるの。私の通うリディアンには学生寮があるから」

「ふーん、そうなんだ」

「……響はどうなの?」

「どうって……」

 

 未来の言葉を図りかねて響は逡巡する。彼女の質問が響の”今”を問うているのを分かっても、こちらへ向ける瞳がそれ以上を欲していることが感じ取れらからだ。

 

「うーん……まずさ、私の家も未来みたいに引っ越したことは知ってる?」

 

 だからこそ、まずは確認から始めた。未来が響の”今”をどこまで知っているのかを。

 

「うん。転校したあとにこの町へ来て響の家を訪ねても空家になってたから」

「ん? 未来、私の家族が引っ越した後、すぐにこの町に戻ってきてたの?」

「すぐかはわからないけど、お金が貯まったらよくこの町に来てたの……」

「そうなんだ。ごめんね。その時は多分私の家族は引っ越してたから」

「いいの、引っ越したのは私も同じだから……だから……」

 

 未来の言葉が詰まり、視線が泳ぐ。そして、数刻経った後に彼女は怯えながら口を開く。

 

「あの……その……ごめんなさい!」

「ええっ、未来どうしたの!?」

 

 しどろもどろだったかと思えば突然の謝罪。頭を下げる未来の行動に響は慌てるしかない。

 

「わたし響に何も言わずに突然転校しちゃって、それから連絡もしなくて、響が大変だったの分かってたはずなのに……それで、それで……本当にごめんなさい」

「……とりあえず顔を上げて、未来」

「響……?」

「”私は大丈夫だよ”。謝らないで」

 

 未来の表情により影が差す。響もそれが分かったが、構わず言葉を続ける。

 

「突然の転校は驚いたけどさ、あの時の私は学校から村八分にされていたわけだし、そんな私の友達の未来が被害に遭う可能性もあった。それを防ぐために未来の家族がした判断が引っ越しだったんでしょ。連絡できなかったのも同じ理由で」

「そう…だけど…」

「なら未来が謝ることないよ。未来の家族が未来を守ろうとしただけ。確かにあの時は苦しくて立ち止まっちゃってたけど、今の私は前へ進めたいとおもってるから」

「……なら…良かった…」

 

 未来の目元が綻び、安心したかのような笑みを浮かべる。そんな彼女を見て、響も”一応は”笑顔を向けた。

 

(”前へ”……か。そうだ、私は前に進むんだ。お父さんやお母さん、お祖母ちゃんのために、なにより私のために。渡の相棒(かぞく)であると私が胸を張れるようになるために!)

 

 心の中で改めて決意を固めた響は、それを未来には悟られぬよう覆い隠す。その思いは普通の人である『小日向未来』に関わらせるべきでなかったから。

 

「……なんかさ、さらに話しをする雰囲気でもなくなっちゃったね」

「うん」

「とにかく、今の私は楽しくやってるから。未来は私のこと気にしてくれてたんだろうけど、安心して」

「……良いよ。響が元気そうだって分かったから、”とりあえずは”安心かな」

「……ハハッ、信用ないなぁ。そうだ、連絡先を交換しておこうよ。また、話せるようにさ」

「うん」

 

 2人は連絡先を互いに交換した。そして、響が未来のものがしっかりと登録されているか確認していると。

 

「そういえば、聞きそびれていたんだけど。響は何でこの町にいたの?」

「えーっと、里帰りかな?」

「引っ越してたから響の家はないでしょ」

「そうだけど家はないけど町がなくなった分けじゃないし……はい。うん、未来はこの間のライブは知ってる?」

「ッ!? うん、知ってるよ……」

「ライブ会場でノイズだなんて、他人事だとは思えなくてさ。いてもたってもいられなくてね」

「そうなんだ……」

「一般人ができることなんてないだろうけど、学校の休日にはこの町に戻ってきてるんだ」

「……響、あのね──」

 

 いつの間にかコップに映る自身を見ていた響であったが、未来の声音が変わったことを感じ取り視線を向けた。そこには、先ほどよりも幾分か力強い意志が宿る未来の瞳があった。

 

「響が思っている以上に今この町は危ないの。ノイズが出現する頻度が高くて、いつ鉢合わせるかわからない。響の気持ちは分かるけれど、正直言って私は響がこの町に来るのは反対だよ」

「……」

 

(うーん、ここで私がそのノイズを探してるって言ったら絶対心配されるよね。普通に考えたら未来の言い分が当然なわけだし。適当に誤魔化すこともできるかもしれないけど、はっきりと嘘をつきたくはないし……)

 

「私も響と再会できて嬉しいし、これからもっと会いたいけれど、ノイズと遭遇する危険があるなら控えるべきだと思う。生身でノイズと会ったらどうしようもないんだから」

「ん? ……うん、そうだね」

 

(なんだろ、今未来の言葉どこか違和感が……? まぁいっかな)

 

「未来、それでも私は何もしないでじっとしてられないからさ。無駄かも知れないけど、これからもこの町に来るよ」

「もう響は強情なんだから。でもね───」

 

 呆れた表情の未来が響を窘めようとするが、その時彼女の携帯が震えた。どうやら電話がかかってきたようであり、未来は響に一言断りを入れると電話先の人物と話し始めた。

 

「はい、こちら小日向です。……はい……はい、良かった、クリスが……分かりました。この後、向かいます。ありがとうございます。それでは」

 

 未来の顔には先ほど響に見せた以上に安心したという気持ちが現れていた。

 

「よくわかんないけど、良い連絡だったみたいだね。嬉しそうだよ未来」

「わかる? 友達が怪我をしていたんだけど、良くなったって連絡が来たの」

「そうなんだ。なら早く会いに行ってあげなよ」

「うん、そうするつもり。あっ、響。もう一度言うけど、今この町はノイズが現れて危ないから来るのを控えた方が良いよ」

「……ごめんね未来。でも私は何もしないのは嫌だからさ」

「ハア、なら十二分に気を付けてね。私もできれば、響が来たら案内とかしてあげたいけど、今は忙しいから難しいと思う」

「いや、未来にそこまでしてもらわなくても……」

「響がそんなこと気にしなくて良いの! とにかく、この町に来るならノイズには気を付けること。避難シェルターの位置とか頭に入れておくんだよ。分かった?」

「……OK、ありがと未来」

「うん。それじゃ、おばちゃん私たち帰るよ。席貸してくれてありがとね」

 

 未来はそう言って席を立つ。響もこの場に止まる理由もなく席を立ち、店主の女性に礼を述べる。女性は、気にしないで良いと声を掛けながら朗らかに2人を送り出したのであった。

 

「じゃあ未来、”またね”」

「響も”またね”。時間が合いそうだったら連絡するから」

 

 そう言いながら、笑顔で2人はお互いに手を振って別れた。

 その時、響はふと未来の首に掛かるペンダントが目に入る。赤い水晶のようなそのペンダントにどこか頭に引っかかるような感覚を覚えるのであった。

 そう既視感のような感覚を───。

 

 

○●○

 

 

「失礼します。小日向です」

「来たか、小日向」

 

 未来が重厚な自動扉を潜ると、その先にいた青い髪の防人が彼女を出迎えた。

 聖遺物『天羽々斬』のシンフォギア装者、風鳴翼である。

 

「翼さん、お疲れ様です。それでクリスが目覚めたと聞いたのですけど」

「そう急くな、小日向。まずは案内する。付いて来てくれ」

「はい……」

 

 少し早めに歩く翼の後を未来は急いで追いかける。

 歩く間も未来は親友である『雪音クリス』の体調について、気がきではなかった。目覚めたと連絡を受けたとは言え、クリスは”ほぼ”類似したもののない聖遺物との『融合症例』。治療法の見つからない彼女が目覚めない可能性も十分に考えられた。

 

(クリスももしかしたら奏さんみたいに眠ったままだったのかも知れないんだ……)

 

 未来の胸中には、前を歩く翼の片翼であり、2年前のライブから今も病床で眠り続ける天羽奏の姿が浮かんでいた。今も奏が目覚める気配はない。クリスもそうなるかも知れなかった事実は未来の胸を締め付けた。

 未来は無意識に胸元のペンダントに手を伸ばす。

 

(なら私が戦わなくちゃいけないんだ。クリスが戦わなくても良いくらいに、響を、みんなを守れるようになれば良いんだ。私はそのために装者になったんだから)

 

 未来は、より強く自身のシンフォギアである”神獣鏡”のペンダントを握り締めた───己の意志を握り締めた。

 

 




今回は正直これまでで1番難産だった気がします。
響と未来の掛け合いが淡泊というか短すぎたかもしれません。

それではまた次回もよろしくお願いします。


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カンパニュラは聞いている

前回からまたもや間が空いてしまいました。すみません。
それでも更新は続けて行きたいです。

さて、今期放送中の戦姫絶唱シンフォギアXV。最終章のお題目通りこれまでの集大成って感じで最高ですね。最新の7話を見た招き猫なんかはひたすら「キャロル!?」って言ってました(笑)。


 時は少し遡り、響と未来がフラワーで旧交を温めていた頃。

 渡は1人、都心の一等地から少し離れたとある場所に向かっていた。

 

(えっと、垣さんの話しじゃこの先だっけか)

 

 彼が今目指しているのは、つい最近ビルの倒壊があったとされている場所であった。情報番組や新聞などには局所的な地盤沈下が原因とされているが、SNSなどではその時間帯に空へ昇る謎の虹色の光を見たという声も流れており、渡はマリアらとの関連を睨んで調べることにしたのである。

 

(虹色、光、うーん…。情報(ヒント)が足りなすぎるが、仮にその光が聖遺物によるエネルギーだとしてもなんで多色? 1つの聖遺物を増幅させても色とりどりにならないことは垣さんも言ってたし。じゃあ、そこには複数の聖遺物があった? ……虹色なんて表現されるなら最低でも3色…マリア、翼さん、奏姉でギリギリ足りないこともない。だがそれならなんでエネルギー()は空に上がる? 衝突したのなら全方位に弾けるはずだし…ッ!?)

 

 思考に耽りながら目的地に向かっていた彼であったが、腹の底に響くような重低音を感じ取る。しかも、渡にはそれが普通の音ではないことも認識できていた。彼の持つ音感知能力だからこそ聞き取ることができるそのリズムは、聖遺物の存在を声高に主張していた。

 

(音の強さから言って相当のエネルギー。まだ聖遺物(モノ)がその場に残ってるのか、そうでなくても最近まであったことは間違いない。九割方垣さんの読み通りってことか)

 

 渡は歩調が若干速くなりながら自分たちの味方であるひょろ長博士のことを思い出す。

 その人物の能力の高さと感謝から笑みを浮かべていると、半壊したビルが彼の視界に入った。

 

(おっ、倒壊したビルってあれか? 遠目にも見事にぶっ倒れてやがる。で、廃病院のときみたいにテープで封鎖されてるのは予想通り……んっ?)

 

 立入禁止のためのテープの近くでは1人の茶髪の人物が立っていた。後ろ姿でその表情は読み取れないが、両手を耳に当てて何かを聞き取ろうとしている様子が見て取れた。

 そして渡にはその茶髪に見覚えがあった。自身の予想通りであればと彼は”彼女”に声をかけた。

 

「すいません」

「えっ」

 

 渡の声にその人物は背をビクッとさせながら振り向く。

 想像していた通りの人物の表情に、彼は安堵と申し訳なさを混ぜた笑みが出る。

 

「いや失礼、急に話しかけて。しかしこんな所でまた会うとは奇遇ですね」

「……。あっ、この前の人っ!」

 

 その人物は先日渡をリディアン音楽院に案内した『人助け』少女であった。

 

「ハハッ、覚えてくれていたとは嬉しいです」

「いえいえ、数日前のことですし。流石に覚えていますよ。でもまあ同じ所ならいざ知らず、違うところで会うとは思いませんでしたけど」

「それはそれはすいません。それと先に言っておきますが会ったのはあくまで偶然ですから、追っかけたとかではありませんよ」

「えー、わざわざ言う当たりどうなんですかねぇー」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべる少女であったが、そこに睨めつけるような嫌な視線はなく、寧ろ親しげな雰囲気を纏わせている。

 渡からしてみればありがたいと同時に、彼女の危機感の無さに少々呆れるのであった。

 

「まあ、年下から丁寧じゃなくて(タメで)良いって言ったのに口調を変えない意固地な人が変なこと考えるとも思いませんけど。あっ、なら今度こそタメ口でお願いしますよ。私のためだと思って」

「……ハア、2回目ですし分かりま……分かったっと、これで良いか?」

「はい。私もその方が楽なので」

「了解。ただし君も楽にしてくれ。俺は人から畏まられるようなやつじゃない」

「ふーんそうですか。……えっと……先輩?」

「!? なんでそうなる……」

「だって年上ですし、かといってそこまで離れてる感じでもないんで」

「理屈は分からんでもないが…。俺の名前は古藤(こどう)(わたる)。名前に沿うなら適当に呼んでくれ。ちなみに高2だ」

「では古藤先輩ですね。私は1年なんで。ちなみに名前は音無(おとなし)彩鐘(あかね)です」

「自己紹介の仕方雑だな」

 

 ニカッと笑う彼女──彩鐘の表情は渡にとっても好ましい。少し棘のある言葉を吐きつつも彼も同じように明るく笑った。

 

「それで古藤先輩はなんで私に話しかけたんです?」

「先輩って……としあえずそこはもう置いておくとして。俺はこの辺りで変なモノを見たって噂を聞いたから野次馬根性的に来てみたら、音無さんを見かけたから声を掛けた感じだな」

「へーなるほど」

「音無さんこそなんでここに?」

「私も古藤先輩みたいなものですよ。”変な声”の噂を聞いて見物に来た野次馬」

「ん、変な声?」

「アレ知らないんですか? 古藤先輩もさっき噂を聞いたって」

「それは言ったが、俺の場合は虹色の光が空に昇っていくのを見たって話し。声についてはさっぱりだ」

 

 渡の言葉に彩鐘は視線を泳がし、どこか困ったような表情になる。しかし、すぐに切り替えると渡へ上擦った声で話しかけた。

 

「知らないのなら説明しましょう」

「それは助かる」

「ええ、困っている人を見かけたら助けずにはいられないのが私ですから」

「……この前も言ったような気がするが、音無さんは親切すぎるな」

 

 それから彩鐘の聞いた噂によると、ビルが倒壊した時間帯に現場の方向から叫び声の様なものを聞いた人がいるらしい。彼女自身は”よく分からない”ようだが、何かを呼んでいるように感じたそうだ。

 

「──で音無さんはその声が気になってここにいたと」

「はい」

「ほー、勝手なイメージだが音無さんはそんなキャラっぽくはないな」

「会って2度目の人に吐く言葉じゃありませんよそれ。まあ外れてませんけど」

 

 倒壊したビル痕に視線を向ける彩鐘の顔がどこか曇っているように渡は感じた。先ほどまでの朗らかさとは明らかに違うそれに彼は先日感じた異質さを思い出した。

 

(…やっぱり音無さん(コイツ)はどこかチグハグな感じが…)

 

「なあ音無さん」

「はい?」

「何か困ってるなら相談を聞くくらいはできるぞ」

「……えと、急になんです?」

「なんだか音無さんの気分が沈んでそうだったからな。解決できるか分からんから確実なのは聞くまでだが」

「ハハハ、なんですかそれ。解決できないかもしれないのに相談してなんて言われたの初めてですよ」

 

 吹き出したように笑うその顔はこれまた違うものであった。その後、目尻に涙が溜まるほど一頻り笑うと彼女は渡に口を開いた。

 

「そうですね、困っていると言えば困っているって答えが正しいです」

「ならどうだ。俺自身この間音無さんに案内してもらった借りがあるからな。何か助けにならせてくれ」

「うーん……」

 

 彩鐘は悩んだ様子を見せながら指先でこめかみをトントンを叩いた。

 

「よしっ、じゃあ相談だけで」

「よっしゃ来い、聞くぞ」

「実は私、”人捜し”してるんです」

「おお…」

「あれなんだかリアクション薄くないですか」

「聞くって言った手前、茶々を挟むのも悪いだろ。相づち必要ならハイハイッとか言うが」

「古藤先輩それじゃ相づちじゃなくて合いの手です。反応なさ過ぎるのも暗いですけど、それは絶対ないですよ」

「すまん、腰を折った。続けてくれ」

 

 彩鐘は溜息を吐いて呆れるが気を取りなして話しを続けた。

 

「捜してる相手は私と同い年の女子なんです。この間久しぶりに見かけたんですけど、声が掛けない内に見失ってしまって。”話でもしたいな”と思って捜してるんですが、今のところほとんど手がかりがなくて困ってたんです」

「なるほど。なら、野次馬的にここに来たのはその女子がここに来るかもと考えたからだな」

「そうですね。近くに住んでるわけじゃないですし、あの子が行く当てもそれほど分からなかったので。なので人が来そうなところを適当にぶらついてたんですよ」

「久しぶりに会う”友達”、しかもただ見かけただけのヤツをわざわざ捜そうとするなんてやっぱり音無さんは優しいんだな」

「ッ!? ……ん、いや、そんなことない…ですよ」

「…あー、すまん、変なこと言ったみたいだな」

 

 彼女の口調が途切れ途切れとなり、ばつの悪そうな表情を浮かべているのを見た渡は謝罪しながらそれ以上は構わないと手で制する。しかし、彩鐘も手をフラフラと振りながら気にしないでほしいように彼に伝えるのであった。

 

「すいません、ちょっと変なところ気にしちゃって」

「音無さんが謝ることないさ。こっちが無責任に話を聞かせてくれって頼んだからだよ」

「…そう言われると正直ありがたいです」

「よしっ、それじゃあ借りを返すのはまた別のことにしよう。音無さん他に何か困りごとないか?」

「……いや、古藤先輩ありがとうございました」

「え?」

「古藤先輩が話を聞いてくれたおかげでスッキリしたんです。おかげでこれから全力であの子を捜せると思います」

 

 彩鐘は視線で渡をまっすぐ射抜きながら、感謝と決意の言葉を述べる。

 先ほどまでの会話の何が彼女の琴線に触れたのか、渡にとっては分からなかったが何かを決めたというのであればそれに対して言うつもりはなかった。

 

「よく分からないが、助けになったのなら良かった」

「はい、古藤先輩のおかげで改めて”確認”できましたから。……ここで先輩と会えたのは幸運……そう幸運でした」

「確認? ってか幸運なんて、そりゃ過言なんじゃ…」

「私の悩みを解決してもらえたんですから。言い過ぎじゃないですよ」

「そういうもんか」

 

音無さん(コイツ)がそれで納得してるなら良いか。それよりも話しを聞いてると、もしかして人捜しの相手って……)

 

 彩鐘の話しを聞いている内に連想した1つの仮定が渡の頭に浮かぶ。そのことを彼女に聞いてみようとしたその時であった。

 

 

──ゴアアッ

 

 

「ッ!?」

 

 渡の音感知能力にその場に残る重低音に極めて近いリズムが引っかかる。しかしその音量はここから離れすぎているためかなり小さく、相棒()のいない今の渡では追うことができないのは明白であった。

 

(微かに聞こえても響がいねえと。多分ここから移動した聖遺物だろうが……。こんなことならさっきのお好み焼き屋の近くに待っておくべきだったか)

 

「なあ音無さん──」

「あっすいません古藤先輩、私ちょっと用事思い出したので失礼します」

「えっ、おお、分かった」

「それじゃ、古藤先輩ありがとうございました」

 

 聖遺物のことも気になったが、先に目の前の問題からと渡は彩鐘に意識をを向けた。しかし、彼女は渡に軽く手を振った後駆け足気味に去って行く。そんな彩鐘の背を見ながら、彼は大きく手を振り続けた。

 

(……行っちまったか。ったくタイミングが悪くてしょうがねえ。まあ俺の想像が合ってるとは限らないが、それでもなあ……)

 

 

──私と同い年

──女子

──近くに住んではいない

──久しぶりに見かけた

 

 

(条件にピッタリなんだよな……)

 

 渡の脳裏に浮かんだのは──

 

 

──ピリリィ

 

 

 渡のスマホに着信が入る。画面を見てみると相手は響であった。どうやら幼馴染み(未来)との話し合いが一段落し、彼に連絡を寄越したようだ。

 

「おっす、響か」

「うん。ごめんね待たせた」

「構わねえよこれくらい。あの子幼馴染みだったんだろ」

「うん、変わってなかったよ。いや、ちょっとは心配性になってたかな」

「さよならもせずに別れたんだろ、当然だ」

「だね」

「まあ今の俺たちがやっていることを考えたら心配なんてレベルじゃないが」

「違いないね。未来からもノイズに注意するように言われちゃったし」

「まさかとは思うが…」

「もちろん言ってないよ。言うわけない。未来を巻き込むわけにはいかない」

「当然。これは俺たちのわがままだ」

 

 それから他愛もない話しを少し続けた後、渡は響に自身が今いる場所に来るように頼んだ。

 

「俺の音感知能力(チカラ)で聖遺物があったことは分かるがもっと細かく調べたい」

「OK、私が補助するよ」

「助かる。ああそれとなんだが……」

「どうしたの?」

 

 渡は迷うように言葉を詰まらせ、数秒目蓋を閉じて考える。

 

「なあ響、お前の友達に”茶髪の女子”っているか?」

「ええと…それってこの町…昔の学校でってこと?」

「そうだ。響と似たような茶髪で高1のヤツ」

「うーん……そうだね、”いない”…と思う」

「自信なさげだな」

「”3年”……いやその子にとっては2年か。髪色なんて簡単に染められるからね。私と会ってたときと変わっててもおかしくないよ。というか、なんなの急に?」

「ああそれがよ、ソイツが人捜ししてるって言うんで相談に乗ったんだけど、その特徴が響にピッタリでな。もしかしてと思って」

「ハア、私が未来と話してる内に何やってたんだか…。まさかナンパ? …は渡はやらないか。それより、そう思うなら本人に聞かなかったの?」

「用事があるって言って帰った」

「なるほど。それでその子の名前は? 聞いたんでしょ」

「聞いたというか、勝手に名乗ってくれたというか、まあ良いか。”音無(おとなし)彩鐘(あかね)”さんだってよ。知ってるか?」

「………」

「……響?」

 

 渡が彩鐘の名前を出した途端に響は沈黙する。電話越しで響の様子が分からない彼は戸惑いながら相棒の名前を呼ぶ。暫しの静寂の後、スマホは再び声を伝えた。

 

「……………渡。”今は知らない”」

「……了解。じゃあ”また今度な”」

「ありがとう渡」

「良いって。それよりも今は早くこっち来てくれ」

「分かった。もうすぐ着くと思う」

「おう気を付けてな」

 

 通話を切った渡はそれを見上げた。空は何気ない晴れ模様であった。

 

 

 

○●○

 

 

 

 茶髪の少女──音無彩鐘は走っていた。ランニングシューズで走っていた。脇目も振らずに走っていた。

 

(──”友達”……そう、私は謝らなくちゃって思った。思ったのなら迷っちゃ駄目。それなら……)

 

 彼女は足を止める。辿り着いたのは町外れにある森林。近隣の住民であろうとほとんど立ち寄らないであろう整備もされていない場所であった。彩鐘が中に入って少し歩くと、彼女の目の前に人一人程度のサイズの穴が現れた。彼女は一顧だにせず中へと降りていく。しばらくして巨大な空洞に出たかと思えば、彩鐘の視界に紫色の巨体が入り込んだ。

 

「あなたよね私に話しかけたのは?」

「グウアアァ……」

 

 紫色の巨体──ゴライアスが深いうなり声を漏らしながら、彩鐘に顔を近づけた。彼女の身長より遙かに大きく人間とはまるで違う異形が近づいたにもかかわらず、彩鐘は怯えた表情すら見せない。

 

「あなたの”お願い”を聞いてあげる。だからさ──

 

 彩鐘はそこで不敵に口を三日月のように歪ませた。

 

──私を立花さんの所に連れて行って」

 

「……グアウウウ」

 

 ゴライアスは応えるように一声鳴いた。

 




カンパニュラ
形が鐘に似ている花。名前はラテン語に由来。
花言葉は、感謝・後悔など。


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危険な発見?~巨獣強襲~

XV9話視聴して……翼さんにもっと優しくしてあげて(泣)
ノーブルレッドの3人もアレで終わったら不憫すぎるし、生きててくれ。

あと、訃堂強すぎる…これが風鳴の血か。



 快晴の空の下、山道を走るマウンテンバイクが2台。上り坂であろうともズンズン進むバイクに跨がるのは、古藤渡と立花響の2人である。

 

「大丈夫か響、もう少しだぞ」

「渡こそ、人のこと気にする余裕ないんじゃない」

 

 昨日ビルの倒壊現場で聖遺物の調査を行った彼らは、現在町から離れた山の中でペダルを漕いでいた。2人が目指しているのは、尾茂田がピックアップした聖遺物に関する事件が起こったと見られる場所の1つであった。

 

「わざわざ言うあたり、キツさを自白してるようなものだよ」

「馬鹿言え、こんくらいどうってことねえよ。……っとそうこうしてるうちに見えてきたぞ。建物が」

「…うん、湖も近くにある。アレで間違いなさそうだね」

 

 彼らの視界の先にはかなりの大きさ湖とその近くに建つ厳かな洋館が映り込む。いや、正確にはそうであったモノと言うべきだろう。外壁や窓には穴が空き、支柱が崩れたその様相はすでに家屋としての役割を果たせるようには見えない。廃屋と断じて良いその建物は、元々所有者不明の謎の館としては近くのハイキング客の間では有名であったようで、その頃はまだ今のような有様にはなっていなかったらしい。しかしながら、3・4ヶ月ほど前からは廃墟同然に崩れ落ちた姿と立入禁止の立て看板が見られるようになったということである。

 ここまでの話しだけであれば、怪しさはあるものの聖遺物の可能性は低いであろう。だが、この3・4ヶ月の間に洋館には最低でも数回、行政の調査が入っているという。渡や響はそれがなんなのかと疑問に思ったが、このことを仕入れた尾茂田によるとその調査員たちの一部は”紺色の制服”を着用していたそうだ。

 

(紺の制服と言われて思い出すのは廃病院で出会った人達……絵に描いて伝えたわけじゃないから垣さんの考えすぎって線もある。だが、そんなか細い糸だろうが手がかりとしてなら十分だ)

 

 渡がやる気十分に気持ちを盛り上げていると、2人は洋館に到着した。

 近くでみると改めて立派な造りであったことを想像できる外見であったが、穴から覗くことができる内部には数カ所瓦礫がまとめられているのが確認できた。どうやら調査のために撤去されている瓦礫の内、未だ片付けられていないモノがあるようだ。

 

「ほー…響の見立ては?」

「いきなりだね。まあ、お金持ちの別荘って感じの豪勢な建物なんじゃない?」

「確かに、こんだけでかいの建てるのいくらかかるか……ってそうじゃなくて。何かノイズとか聖遺物に関するものがありそうかってこと」

「ああ、そっちね。うーん、ぱっと見だと瓦礫が意図的に移動されているし、粗方手が入っちゃってるんじゃないかな。だから手がかりなんてもうないと思う。ノイズの煤とかは真っ先に片付けられるしね。それに穴が空いて吹きさらしになってたんなら残っていても3ヶ月の間に奇麗さっぱりだろうね」

「まっ、そうだよな」

「ドラマとかでよく見る鑑識の人みたいなことができれば他にも何か分かるかも知れないけど、私たちにその手段はとれないし」

「その通りだ」

「で、ってことはいつも通りで?」

「ああ、いつも通りで頼む」

「良いよ」

 

 響の身体が光に解け、渡の右腕に武器として装着される。響を携えたことで身体能力が向上した渡は、一跳びで割れた窓から屋内に侵入した。瓦礫の山を避けて大広間の中心に着地した彼は右手で床に触れた。

 

「あっ、一応聞いておくけど私なしだと何か聞こえた?」

「ん…そうだな、集中したら微かに聞こえるかもしれないってレベルだな。これが聖遺物由来かって聞かれたら自信が持てない」

「へー、じゃあノイズ補正より音量アップ気味にいくよ」

「そうしてくれ」

 

 しばらくして渡の中にリズムが響いてくる。響のおかげではっきりと聞き取れるようになった音を彼は慎重に判別していく。

 

(うーん? ……とりあえずガングニールはなしか。だが俺が聞けるってことは聖遺物で確定。それで音の数から言って強めが2つと少し小さいのが1つって所か。強い音の片方は初めて聞く音だが、残り2つは廃病院とビル跡で聞いたのと同じヤツだな。つーことはガングニール以外にノイズを倒せる聖遺物が最低2種類動いてるってことか? いやまだ確信できるものじゃない……ん?)

 

「なあ響、一度範囲広げてくれ」

「ん…まあ良いけど」

「ありがとな」

 

 渡は黙して、聞き取れる音に集中した。響はそんな彼を感じながら、己の中を通る音を拡大していく。時折入る雑音を腕で弾きながら待っていると再び彼が話しかけてきた。

 

「OK響、次は聞こえているリズムの内、小さめのヤツ以外除去してくれ」

「えっと、これ?」

「いやそれじゃなくて、もっとアップテンポの方」

「私は聞こえないからそう言われても分からないんだけど……こっち?」

「そうそれだ。それだけ通してくれ」

「了解」

 

 渡が音として感知している聖遺物のエネルギーだが、補正する響にとってそれらは己の中に視覚化していると言って良い。武器化している彼女の前をリズムごとに1つの流れとなって動くエネルギーを時には拡大、時には除去することで、響は渡の手助けしているのである。そうなると響にもその違いが分かりそうなものであるが、視覚的にまとまりこそ理解できてもそれぞれの細かな違いまでを彼女は把握できないため、判別は渡に任せているのであった。

 そうして彼の指示通り1つのリズムを拡大するべく力を込めていた響だったが、彼女もその違和感に気付いた。

 

「ねえ渡、この音って」

「ああ、残響だけじゃねえ”音源(モノ)がここにある”」

 

 渡は立ち上がると無事な柱の1本へと近づいていく。そして手前でしばし立ち止まったかと思えば、足下に拳を突き刺した。肩の近くまで刺して地面をかき回すように動かす彼へ響は呆れ混じりに話しかけた。

 

「あー渡、私も渡が何をしているか分かるけど、一応立入禁止の場所で破壊活動はいけないと思うな。というか思いきり良すぎない?」

「あとで瓦礫で埋めておくから、見なかったことにしてくれ。それより確認だがここで合ってるよな」

「はあ、まったく…でも今更かな…。うん、合ってるはずだよ。向き的にもそこ」

「わかった……おっ、丁度見つけた」

 

 断行によってできた穴から渡が腕を抜くと、彼は手に何かを握っていた。それは掌に収まる程度の赤い水晶のようなモノで、首にかけるためであろう紐も付いている。有り体に言ってしまってペンダントであった。

 それを繁々と見ながら渡は呟く。

 

「…ああ、間違いない。これが聖遺物だ。コイツから音が聞こえる」

「ッ!? ……渡、私戻るよ」

「んっ? 分かった」

 

 武器の響が輝き、少女の身体へと戻る。すぐさま彼女は先ほどまで渡がしていたようにペンダントを繁々と睨み付けた。

 

「これが聖遺物ってのは間違いないんだよね」

「ああ、さっきも言ったが音が聞こえた。コイツがスピーカーだってんなら話は別だけどな」

「ふーん」

「ってかそれを聞くなら武器のままでも良かったんじゃねえか?」

「そうかもだけど、ちょっと気になってね。直接見たかったんだ」

「……響もか」

「!? …そう、渡も」

 

 驚く響にゆっくりと頷く渡。互いに顔を見合わせると、改めて赤いペンダントに注目する。

 

「聖遺物ってこと以外に音を聞いて分かったことは?」

「廃病院やビル跡で聞いた音と同じだった。ああ旧リディアンもだな。おそらくは対ノイズ用に使われている聖遺物の1つって所だ。奏姉が使っているのがガングニールとしてこっちは翼さんの分か?」

「いや、違うと思う。渡が床に穴開けなくちゃ見つからなかったし、なによりこんな廃墟の洋館に翼さんが使う聖遺物を置いておく理由がないよ」

「そりゃそうか。なら対ノイズってのは見込み違いか…?」

「ねえ、私が武器になってない今はそれから音は聞こえる?」

「えとちょっと待て」

 

 響の問いに渡がペンダントを握りながら意識を傾ける。

 

「……そうだな、直接触れて集中すれば聞こえる感じだ」

「なるほどね…。つまり見ただけじゃ聖遺物か分からないってことなんだ」

「ああ、ペンダントの赤い部分は聖遺物じゃない。おそらくは中に欠片が入ってるんだと思うぜ。しかもすごく小さいヤツな」

「ふーん。そんな小さいのじゃノイズに対抗できるのかな。発しているエネルギーも渡が感じ取りにくいレベルなんでしょ」

「そこは俺と響みたいに増幅しているんじゃないか? ”共鳴”みたいにな」

「そっか。……所で渡はこれの何が気になってたの?」

「ああそれなあ……」

 

 渡は眉を顰めながら語調が弱まる。首を傾げながらペンダントを一瞥した後、響に渡した。

 

「はっきりとしたもんじゃねえんだが、このペンダントと同じモノどっかで見たことある気がするんだよ。もちろん気のせいって線もあるんだけどな」

「……渡、実は私もそうなんだ」

「えっ」

「しかも渡と違ってどこで見たか……ううん、誰が持ってたのかも思い出せるんだ」

「……もしかして奏姉や翼さんか? あのライブの時に見たとか」

「ああ、それもあったね……なるほど、だからあの時…」

「なんか納得してるみたいだが、その顔を見る限り奏姉たちじゃねえな」

 

 渡の答えに沈黙で返す響の表情は強張っていた。それはまるで気付いてはいけないモノに気付いてしまったかのような。もしくは自分の考えが間違っていてほしいと願うような、そんな恐怖が彼女には現れていた。

 焦点なき眼で虚空を見つめる彼女に渡は慎重に言葉を選んだ。

 

「響、敢えて聞く。聞かれたくなかったってんなら後で俺を殴れ。良いな。……それでペンダントを持ったヤツにはいつ会ったんだ?」

「…………全く渡はこういうときにそういう所なんだから。……”昨日”だよ。会った場所は……フラワー……」

「…やっぱりか」

「うん、ペンダント持ってたのは、未来……小日向未来、私の幼馴染みだよ」

 

 壁からの風が彼らの髪を撫でた。

 

「……もしかしての話になるが、このデザインのペンダントが偶々この町で流行っていて、それに偽装するために聖遺物がこうなってるって線もある。それならお前の幼馴染みが同じものを持っていても不思議じゃない」

「……蜘蛛の糸より細いだろうけどね」

「ハア、響、お前の考えも分かる。でもな、無理筋だろうが他の可能性を考えられる以上、それはまだただの推測の域だ。お前の幼馴染みが関係者かどうか確信はない」

「…でもっ」

「言っておくが、その小日向さんだっけか、ソイツに直接聞くのもやめとけ」

「ッ……なんで…」

「さっきはああ言ったが、仮に響の考えが当たっていたとしたら、最悪は小日向さんがマリア側っていう場合だ」

「それは…」

「否定できる材料が俺たちにはない。俺たちにあるのは、現地調査と噂話、そして垣さんによる情報。後は対ノイズに聖遺物が使われているという確定に近い推測だけ。それだけじゃあ今みたいなことも考えるべきだ。いや、そうとも考えられちまうって言った方が良いか」

「………うん、渡の考えも分かるよ。私たちのわがままを通しながらマリアを止めるなら予想しなきゃいけないことだろうね。事実、未来が転校してからを私が知らないのは本当だし」

「…ごめんな」

「でも、今情報が少ないのもまた事実だと私は思う。このまま手がかりが足りないときは、未来に直接聞くことも考えておいた方が良いんじゃないかな」

「ああ、それは響の言うとおりだ。その時はよろしく頼む」

「うん、任せて」

 

 響は鋭さの戻った瞳で頷いた。それを受けた渡も漸く頬の緊張が解れ、笑みが零れる。

 そして彼らが調査の続きをしようと歩を進めた途端、突如洋館全体が大きく揺れ始めた。

 

───ゴゴゴゴッ

 

「まさか地震ッ!?」

「響、武器化しろ。外へ跳び出す」

「OK!」

 

 立つことが難しくなるほど激しさを増す揺れの中で、響は急いで自らを光へと解く。それが渡に装着されると同時に彼は空いた壁の穴に向かって大きく跳躍したのだった。

 

 

○●○

 

 暗闇の中で少女は微笑む。

 

「お願いね」

 

 

○●○

 

 

 廃墟同然であった洋館を襲った揺れは、まだ崩れていなかった無事な部分に大きなダメージを与えた。元々外見以上に内部的な傷を抱えていた一部の支柱はそれに耐えきれず致命傷となり、洋館はその崩壊の規模を広げていく。

 一方で、そんな館から跳躍した渡は間一髪崩壊に巻き込まれることなく外部に脱出することができた。彼が安堵の表情を浮かべるが、揺れはさらにその激しさを増していく。増産される瓦礫と砂煙に気を付けながら体勢を整えていた渡に対し、響は己の中で可視化していくリズムの存在に気がついた。

 

「渡! 聞こえてる?」

「何がだ!」

「”聖遺物”だよ。大きくなってるんだけど、分からない?」

「建物の崩れる音がうるさくて分からねえ……いや、今聞こえた。…ってこれ”こっち来る”ぞ!」

 

 彼が思わず叫んだ瞬間、目の前の大地が爆発し土塊が乱れ飛ぶ。バックステップした渡の前で、大地からその”紫の巨体”が身体を覗かせた。

 

「おいおい、人やノイズ相手は覚悟してたが怪獣は予想できるかっての」

 

 大地からその体躯を完全に現した巨体──ゴライアスは小さなうなり声を上げている。

 

「響、あいつが聖遺物だ」

「マジか、いやいろいろとマジで? 私、色違いのあれ特撮で見たことあるんだけど」

「響、マジだがそれ以上言ってはいけない。それよりこの音の種類、昨日のビルの所で聞いたヤツだ」

「……なるほどね。ところであれ動いてるよね」

「ああ動いてるな。這い出してきたし」

「つまり”自律”しているってことでしょ」

「なんだ響何が言いたい?」

「あー……えっと、えっとね。動いてる聖遺物ってことは、あれ……”自律型聖遺物”だよ」

「だからそれが……あっ」

 

 

『一つ訂正してやろう。厳密には私は生き物ではない。自律式の聖遺物(・・・・・・・)だ』

 

 

 渡の脳裏に白いナマモノ(エクスカリバー)がちらつく。顔が歪んだ。

 

「あっ、エクスカリバー(アイツ)と同じィ!?」

「うん、あの怪獣アレと同類の可能性ありだよ」

「……まさかだがアレもアイツみたいに喋らねえよな…な?」

「自律型のデフォがアレってことは考えたくないよ。というかそれだと半分同じって言われた私は……私は!?」

「……とにかく話せる可能性があるなら、一応コミュニケーションを取ってみるか」

「なら、私が行くよ。……は、半分、同じィだからねぇ…」

「いろいろと無理すんなよ」

 

 一度、人の状態へと戻った響はゴライアスへと近づいた。渡もそれに同伴する。そして5メートルほど眼前に彼らが立つと、若干声を張り上げて響は話しかけた。

 

「おーい、もし話せるなら返事して!」

「……ウゥ」

「えー、それは返事?」

 

 響は叫ぶがゴライアスは変わらずうなり声を響かせながら、2人をじっと見つめていた。その様子には流石の彼女もたじろいだ。

 

「ねえ渡、伝わってるこれ?」

「分からん」

「反応薄いね。よしもう一回いくよ。おー──」

 

「ゴアアアアアアッッッ!!」

 

 再びの彼女の声は、ゴライアスの突然の轟声によりかき消された。同時にゴライアスの腕が彼らへと迫ってくる。轟音により反射的に耳を塞いでいた響の手を渡が引っ張った。彼の意図に気付いた響はすぐさま己を武器へと変化させる。渡もゴライアスの腕から距離を取った。

 

「大丈夫!?」

「ああ、だが塞いでなかった右が少し聞こえづらい」

「OK、なら周辺確認は任せて」

「頼む」

「良いよ。それより、話し合いは無理そうだよね」

「だな。ってか、あちらさんはやる気十分って感じだぞ」

 

 渡が視線を向けると、ゴライアスの顔は彼を確かに捉えていた。彼は一息吐きながら拳を前に構えた。

 

「ゴアアッ!」

 

 同時にゴライアスは雄叫びを上げて渡へとその巨体で押し寄せる。

 

「迎撃するぞ!」

「了解!」

 

 渡はゴライアスの接近に対し、横へと避ける。ゴライアスも顔を彼へと向けようとするが、巨体から来る鈍重さ故か渡は正面に合わないように立ち回っていく。そうしてゴライアス翻弄し背面を取ると、渡は右手に装着された()で強く殴りつけた。

 

「硬ッ!?」

「ッ、後ろに跳んで!」

 

 しかし、渡の打撃はゴライアスをダメージを与えるには至らない。その硬さに驚愕の声を上げる渡へ響の喚声が届く。反射的に渡が後ろへ跳ぶと、先ほどまで己がいた場所を丸太の如き尻尾が横切った。彼の頬を冷や汗が伝う。

 

「助かった。ありがとな響」

「お礼は後で。それよりも通りそう?」

「いや、如何にもな見た目の通りだ。硬い。狙うなら教科書に沿って腹とかだな」

「そうなるね。背中はさっきの尻尾も気を付けないとだし」

「そうだ。そうなるともっと攪乱して…チッ!?」

 

 2人が作戦を確認していると、渡へと顔を向けたゴライアスの頭部と両腕にある突起が輝き始めた。渡もゴライアスから発せられるエネルギー()が高まっていることを感じ取ると、退避するべく全力で走り出す。

 そして光が一段と強さを増すと、エネルギーは激流と化して前方へと発射された。

 

──『ライトニングディザスター』──

 

 渡は咄嗟に真横へと跳躍し、その光の奔流からの回避に成功する。

 光は大地を抉り、木々を消し飛ばしながら突き進む。併せて周囲に広がる衝撃に渡は体勢を低くして耐え凌ぐ。最終的には近くの山に衝突すると、大穴を空けて光は収束した。渡が被害の様を見て、苦悶の声を漏らす。

 

「クッ、あんなのもらったらただじゃ済まねえ」

「それもあるけど渡、あんな音を出していつここに人が来るか分からない。急いで離れよう」

「それができたら、初めから戦ってねえよ。とにかく一発入れないと逃げられないだろうな。ったく怪獣と戦うのはライダーじゃなくてウルトラマン役目だろ」

「渡ライダーじゃないでしょ」

「サイズ的な話だ」

 

 辺りに砂煙が舞っているにもかかわらず、ゴライアスは渡の方向へと邁進する。その様子を警戒しながら、彼は状況を打開する算段を模索する。芳しくない表情の彼に対して、拳の模様が明滅した。

 

「渡、半端な攻撃じゃ駄目なら。『魂の共鳴』でいくしかないよ」

「俺もそうしたいのはやまやまだが、タメがいるだろ。その間にさっきのを撃たれたらどうしようもない。最低でも動きを止めねえと」

「……なら私に考えがあるよ」

「何?」

 

 響が自身の作戦を手短に渡へと説明する。彼は若干不安そうな顔を浮かべるが、すぐに頷いた。

 

「成功するか分からねえが、他に案もない。響の作戦に賭けるぜ」

「さすが渡! 私の相棒!」

「言ってろ、じゃあやるぞ響」

「うん、気合い入れてくよ」

 

 渡は顔を引き締め、腰を落とす。そしてゴライアスを一瞥すると、全速力で先ほどまでいた洋館の方角へ走り出した。それを察知したゴライアスも重い足音を立てながら後を追う。渡は振り向いて後方にゴライアスがいることを確認すると、ニヤリとほくそ笑んだ。

 

「まずは第1段階、きちんと追ってくるぞ」

「状況は私がチェックする。渡は走るのに集中して」

「了解」

 

 次第に洋館へと近づいていくと、彼はその近くのある場所で立ち止まった。そこから先に”地面はない”。

 

「ここら辺で良いか」

「渡急いで」

「分かってる」

 

 渡は辺りを見回すと、すぐさま拳で地面に穴を開け始める。10秒足らずの間に数カ所の穴を開けたところで、ゴライアスが彼らのすぐ近くまで迫ってきていた。

 

「第2段階も良しッ!」

「ギリギリだけどナイスだよ渡。構えて」

 

 渡は迫り来るゴライアスに相対しながらもその場を動かず、静かに響のパワージャッキをスライドさせた。

 ゴライアスを彼らに接近しながら、ランス状の腕を近づける。そうしてゴライアスの身体が先ほど開けた穴の地帯へ入った瞬間、渡は叫びながら拳を地面に叩き付けた。

 

「上手くいってくれよ!」

 

──『大地浸透勁』──

 

 拳の衝撃は大地に伝わり、割れ目となって広がっていく。ゴライアスも異変に気付くがもう遅い。渡が開けた穴によって脆くなっていた地面は崩壊し、その先にある”湖”へと土砂となって流れ落ちていく。無論そこに立っていたゴライアスも流れに巻き込まれ、湖へと落下した。突如水の中に放り込まれたゴライアスは姿勢を正すことを余儀なくされる。それは渡と響にとって明確な”隙”であった。

 

「第3段階成功!」

「渡行くよ、最終段階、波長()を合わせて!」

 

 

「「魂の共鳴!!」」

 

 

 2人の声が重なり、周囲を風が渦巻く。拳状態の響が山吹色の光を発し初め、渡は瞳を閉じて集中する。

 

「「ハアアアッ!!」」

 

 

───魂の共鳴───

 それは、武器である響から生み出される聖遺物由来のエネルギーを職人である渡が増幅して彼女に送り返し、それを受け取った響が制御しながらまた渡へ伝達という行為を繰り返すことでエネルギーを何倍にも高めていく技術である。ただし、強大な威力となる反面、増幅・伝達にはかなりの時間がかかる欠点も有している。

 

 そのため、彼らはその時間を確保するためゴライアスを足止めするべき罠を仕掛けたのである。ゴライアスを湖に落とすという罠を。

 響立案のこの作戦は功を奏した。ゴライアスは今、水にその巨体を取られ動きを止めている。

 

「響平気か!」

「もちろんへっちゃらだよ!」

 

 増幅され、可視化された山吹色のエネルギーが中空に集っていく。次第にエネルギーは巨大な拳を形成し、眩いほどの存在感で周囲を照らした。渡はそんな煌々と輝く拳を構えて、己の腕を振りかぶる。

 

「「イッケェッ!!」」

 

──『光纏砲拳』──

 

「ガアアアッ!?」

 

 重なる2つの声。

 渡の腕とシンクロするように光の拳は飛翔し、ゴライアスの腹へと突き刺さる。衝撃にゴライアスは苦悶の雄叫びを上げ、水面は激しく流動した。己を水中へと押し込もうとする光の拳に抵抗するゴライアスは、腹に突き刺さるそれへと両腕を振り下ろす。

 

「ゴオオオアアアアッ」

 

 その衝突の刹那、光の拳は弾けるように爆発する。形成していたエネルギーは花火のように周囲へと拡散、無論至近距離にいたゴライアスはその衝撃を直に受けた。光は次第に渦を成し、ゴライアスを飲み込んでいく。

 この技を放った張本人たちである渡たちは、岸上からその様子を視認した。そして、暴風の如きエネルギーが収まっていくと、湖上にゴライアスの姿はなかった。水面は未だ激しく揺れてはいるものの、巨獣の気配が感じられなくなったことを彼らは確認する。

 

「…」

「…」

「音が小さくなった」

「激しい揺れも感じられないね」

「……よし」

「……うん」

 

 渡は湖に背を向ける。

 

「「撤収!」」

 

 背後に目もくれず、マウンテンバイクを停めた場所に彼は走り出した。

 その立ち去りようは迷いのない見事なものであった。

 



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