Fate/Yamada (処炉崙霸β)
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救国の英雄
山田太郎という男
純白の雪があたりを覆う。
特徴的な風切り音と共に、世界はすこしずつ白銀の世界へと侵食されていっているのだ。
1918年、7月17日未明。
夏真っ只中であるものの、比較的涼しげなこの静かな場所で、ひどく特徴的な声が響いた。
「ニコライ・アレクサンドロヴィチ。あなたの親族がソビエト・ロシアに対する攻撃を継続しているという事実を考慮して、ウラル・ソビエト執行委員会はあなたを処刑する事を決定した」
「何だって?何だっていうんだ?」
その声を聞いた、あたりに爽やかな印象を与える風貌の壮年の男性は、家族のほうからふとその声へと振り向き、そう言葉を放つ。
だが、男はそれを聞く間もなく、早口で命令を周辺の兵士へと言い渡す。
そして、兵士達が銃器を持ち上げる金属音が鳴り、全員が男性に狙いを合わせ、引き金を引こうとした瞬間。
白煙があたり一面を包み込んだ。
「誰だ!くそ!」
しかし突如目に刺激が走り、思わず男がまぶたを下ろしながらそう悪態をつき、周りの兵士達も思わず目を押さえ、そして壮年の男性やその家族らしき人々も、急いでその目をふさぐ。
「あー、ボリシェビキ諸君!元気かね!」
外国人訛りのロシア語が一面に響き渡る。
しかし、全員目がひどく傷んで混乱しているため、返答はできそうにない。
「くそ!くそ!どいつだ!」
隊長らしき男は目が利かず、ぶんぶんと手を振り回す。
だが、次の瞬間。
「ぐがぇ!」
近くの兵士が、銃弾に貫かれた。
そこからまるでドミノ倒しのように、次々と兵士達が悲鳴をあげながら、そして体の一部を吹き飛ばしながら醜く倒れていく。
「やっぱりドイツ製は違うな!君達もそんな銃は捨ててドイツ製を使い給え!」
その声と共に、滝が流れ落ちる音のような銃声がひたすらに唸りつづけ、同時に男の扱っているサブマシンガンから出た薬莢も、あたりへと無数に飛び散らかっていく。
一家は耳をふさぎ、男性は娘達を庇うようにしており、近場にいた隊長格の男は右脚を撃ち抜かれたのか、声にもならないような悲鳴を喉奥から搾り出していた。
そして、しばらく銃声が鳴りつづけ、突如銃声が鳴り止んだ。
この場へと一気に静寂が舞い戻るが、もはや先ほどのような光景と違い、壁が無数に欠け、床には大きめの窪みが空き、押し殺すような泣き声と弱り果てた獣のように弱々しい唸り声が聞こえている。
「君がユーロフスキー君かな?」
黒髪の東洋人らしき男が、隊長格の男......ユーロフスキーへと、外国人訛りのロシア語で、静かに問い掛ける。
「だ、誰だ!きざま、なにものだぁ!」
ユーロフスキーは足を押さえながら、慌てて懐からコルト製のM1911と呼ばれる自動拳銃を取りだすと、東洋人顔の男へとそれを向ける。
しかし、東洋人顔の男はなんら焦ることもなく、ただ静かにサブマシンガンをユーロフスキーへと向け、蔑みの色を含めた言葉を返した。
「コルトガバメント......いい銃だ。されど、どちらのほうが優れているかといえば、こちらではないかね?何と言ったって、君が一発撃つ間に、私は君に五発ほど撃ち込むことができる」
黒色に鈍く輝くサブマシンガン....MP18の銃身に取り付けられている先の尖った棒状の銃剣をユーロフスキーの首元へと突きつけると、男は静かにこう言葉を出した。
「それでは天国でまた会おう、ユーロフスキー君」
ぐじゅり。
肉をえぐり出したような音と、空気の抜けた音が静かな地下室へと響くと、それ以後、ユーロフスキーが返答をするようなことはなかった。
「き、君は?」
東洋人顔の男へと、壮年の男性が言葉をかける。
東洋人顔の男は振り返ると、静かにこう答えた。
「あなた方を助けに来ました。白軍所属の山田太郎と申します。醜悪な光景を見せて大変申し訳ありませんが、お会いできて光栄です。皇帝陛下」
山田太郎と自称したこの男は、そういってにこりと微笑んだ。
そして、その皇帝陛下という男性...ニコライ二世は目から思わず涙を流しはじめた。
1918年。
ヨーロッパ中を巻き込んだ大戦争は終わりを告げ、同時に新たな時代へと局面していた。
その一つが、ロシア帝国である。
連合軍側へと参戦し、ドイツ・オーストラリアと対極し、見事勝利したにも関わらず、共産主義を掲げる赤軍とそれに反発する白軍にて内戦が勃発したのだ。
しかし、そんな最中、ロシア皇帝であったニコライ二世は赤軍に捕らえられ、ニコライ・ロマノフと蔑まれていた。
しかし赤軍は白軍にニコライ二世が奪われた場合、非常に厄介なことになると予想し、赤軍はニコライ二世とその一家の暗殺を計画。
見事完璧な計画であるはずだったのだが......。
ここで、ある男が割り込んできたことにより、時代は変遷していくこととなる。
その男の名は山田太郎。
日本の九州にて生を受け、上京。そして義勇兵として白軍へと赴いた、一見なにもなさそうな人間ではあるものの、彼はある一つの秘密を持っていた。
...それは、違う世界の者であるという秘密である。
この山田太郎、実は今の時代から100年後の2018年の人間だったのだ。
コンビニ近くの階段から落ちたことにより意識を失い、目覚めたときには九州の片田舎にて生活している子供に憑依してしまった。
されど、山田太郎はその後しばらくして神と呼ばれる人物から、ある啓示を受けることとなる。
それは、ロシアの皇帝一家救ったらお前を元の世界に戻してやるよ。という啓示であった。
当然、こんなインターネットもないような100年前の母国で爺さんになるまで生きたいと思う山田太郎ではない。
憑依した最初の年である1910年から、死に物狂いで足掻きまくり、自分のエゴと分かりつつも、山田太郎はなんとかロシアの白軍へと義勇兵となり、吐き気と罪悪感を押さえつつも人を殺し、なんとかロシア皇帝一家を救うことができたのである....のだが。
「おい!神様!皇帝一家救ったぞ!はやく帰らせてくれ!おーい!」
外で敵を見張ってくれていた兵士とともに皇帝一家を白軍の元へと連れ帰っている最中、山田太郎は一人、だれもいない川岸にしてそう叫んでいた。
残念ながら、返事はなかった。
ロシアの川は日本の川と違い、とても冷たく、山田太郎にとっては、それがとても悲しく感じられ、山田太郎はその場でへたり込み、ただただ、なにが足りなかったんだ。と一人打ちひしがれていた。
mp18はロシア帝国がドイツから鹵獲したやつという設定です。マガジンに関してはベストセラー拳銃のルガーP08のものが使えたので、結構便利だったそうな。
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残酷
ちなみに、太郎は1918年時点で20歳です。
私の長い人生は、とても言葉では言い表せない。
ただ、一言申すことがあるとすれば……。
ひどく、退屈な人生であったということに尽きる。
なんといったって、このように老いぼれになりながらも、なおもあの世界に希望を抱く私は、今までの人生が退屈であったと心から思っていたということに違いないからである。
皇帝一家を救出し、白軍にて表彰され。
それ以後は神の声を聞くことすらなく、失意の中に埋もれながら、ロシアから本国へと帰還し、それから職を得るため、持ち前の戦闘能力を活かせればと日本陸軍へと所属することになった。
だが、そこから時代はどんどんと変遷していくこととなった。
皇帝一家を救出してから、10年ほど時が経ち、そこである出来事が起きることとなる。
白軍と赤軍の戦争の終結だ。
赤軍はウラル山脈を境に東へと追いやられ、白軍はウラル山脈より西を領土とすることになった。
そして、白軍は象徴上の国王としてロマノフ二世を即位させ、政治の中核は議会が握ることとなり、それから資本主義への道を突き進んでいくことになる。
対する赤軍は、エカテリンブルクを首都とし、徹底抗戦を決意したものの、度重なる戦闘で士気が低下することとなり、ひとまずは休戦し、力を蓄えた方が得策と考えたのか、赤軍は白軍と休戦することとなった。
西はロシア=モスクワ王国、東はソビエト社会主義連邦として。
されど、史実通り勃発した第二次世界大戦中、ロシア=モスクワ王国とソビエト社会主義連邦が連合軍や枢軸軍という枠組みでなく、独立した戦争として戦闘を開始。
されど、結局決着はつかず。
ロシアは現在でも二つの国に割れている。
一方、ロシア以外は普通通りに戦争を起こし、向こうの世界と何ら変わりない結果となった。
そして、私は太平洋戦争にて従軍し、運良く生き残り、普通に年を取り、今こうして縁側から丸い月を見ているのだ。
「92年か。良く生きたもんだ」
しわがれた声で、自分はそう呟く。
なんだろうか。至極眠たく感じる。
「あぁ。いい、月だ」
しわくちゃになった右手で、月に向かって真っ直ぐ手を伸ばしながら、静かに口角を上げる。
そして、自分は……まぶたを閉じ、小さく唇を動かし、唄を歌い始める。
「よーせい、なつがむねをしげきする、なまあしみらくるまーめーいどー」
これから9年後の曲。
まだ生まれてすらない曲。
ただ、それでも俺は。
未来に、賭けたかった。
『今日、ロシア=モスクワ王国のサンクトペテルブルク公であるアナスタシア様が来日しました。ロシア=モスクワ王国と日本の間の友好を深めるというのが今回来日した目的だそうです。それでは、次のニュースをーーー』
「ここで合ってるわよ、ね?あ、ここで結構よ。安心して。すぐ戻ってくるから」
老いてはいるものの、どこか可憐な花のような美しさをいまだに香らせる銀髪の老婆は、静かな手つきで、扉横の玄関チャイムを押す。
ぴんぽーん、と音がするものの、出てくる様子はない。 それから暫し時間を置き、また玄関チャイムを押すものの、『彼』の返事はなかった。
「留守かしら?」
そういって、アナスタシアは扉を見ると、小さく空いているのが見えた。
至極無礼と思いつつも、アナスタシアは日本建築特有の扉をがらがらと開き、靴を脱ぎ玄関の土間に靴を置いて、左側へと頭を向ける。
そこには、微笑みながら、静かに永眠している彼の姿があった。
「そ、んな」
当然と言えば当然である。
あれからもう72年も経っているのだ。だが、それでも。
「なんで。何でなのですか」
そういって、アナスタシアは彼の姿を目に入れる。
日本政府が隠蔽し、歴史の表舞台の上に最初からいないようにされた、アナスタシアだけでなく、ロマノフ王朝自体を救った名も無き英雄。
父である皇帝が彼のことを公言しようとしても、今日本国との関係を悪くするのは危険であると政府から固く禁じられ。そして今でもなお彼の名前を口に出すことすら、この世界では叶うことができない。
ただ、アナスタシアにとっては、彼がただ自らを救ってくれた恩人というわけでは、当然なかった。
『あなた方を助けに来ました。白軍所属の山田太郎と申します』
彼は、アナスタシアにとって、現サンクトペテルブルク公にとって。
「あなたは、私の、最初で、最後の、初恋の人でしたのに」
そういって、アナスタシアは静かに泣き崩れた。
恋が実ることはないであろうが、それでも初恋の人としての彼ではなく、英雄としての彼と最後に話したかったのだ。
だが、現実は残酷である。
恋は実ることなく、英雄だった彼は無惨にも孤独死した。
世界はとても。
とても、残酷だ。
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うたかたの夢
生温い感覚が体中を侵食していく。
ぬるま湯に浸かっているような......布団に入り込み、緩やかに眠りに落ちていくような。されど、不快感は微塵も感じない。このまま、永遠に、この状態で過ごしていたいほどに、本当に心地がいい。
「んぁ」
ふと目覚めると、まず最初に見知らぬ天井が私の目に飛び込んできた。
はて、私はあのまま月見をしながらふと居眠りしてしまったはずなのだが。となると、誘拐? いや、さすがにこんな孤独で枯木のように老いた男を誘拐するほど、犯人も馬鹿ではあるまい。さすがに......。
ん?
どこか、体に違和感が。んー、これは。
ああ!今気がついた。
そうだそうだ。なぜ、老眼のためにかけていた眼鏡がないのであろうか。
風呂を入るとき以外、寝ているときであろうが散歩中であろうが、私は眼鏡だけは肌身離さず身につけていた。
理由としては、眼鏡がないと、目に見えるものがぼやけて、タンスの角に小指をぶつけたり、挙げ句には足を引っ掛けてそのまま横転。更に頭を打ってクモ膜下出血になったりするかもしれないからである。
とはいえ、あの天井に取り付けられている電灯でさえも、今、この場所で、この時で、私が眼鏡を掛けていないのであれば、少なからずとも、どこかしこがぼやけて見えるのは確実だ。しかし、現在の私にはそれすらもない。
体も、寝起きにしては軽すぎるのだ。
今から飛び上がってすぐにでもラジオ体操ができるほどに、体の神経という神経が。筋肉という筋肉が活性化している。
それらを自分で自覚するというのも可笑しい話ではあるものの、人生90年以上生きていると、いやがおうでもその感覚は身に染みてわかってしまうのだ。 ......私だけかも知れんが。
さて、ここはどこだろうか。
もしかすると、ここはまだ夢の世界なのだろうか?
天井から違う場所へと目を向けるが、やはり私の住んでいる場所とは違う。
白い壁、白い天井、白い床。壁は四面あり、三面の壁の真ん中に各一つだけ四角い窓が嵌められているが、外は白い靄のよなもので覆われており、様子を伺うことは出来そうにない。
しかし、もう一面の壁には黒茶色の美しい木目が目立つ、白銀色のドアノブが取り付けられた洋風の扉が嵌められていた。
ひとまず、部屋にたった一つだけ置かれた家具であろう、純白色のベッドから立ち上がり、ぺたぺたと素足のままではあるものの、着々と扉へと向かっていく。
白銀色のドアノブをギュッと強く握り、ガチャリと時計回りに三時の方向から六時の方向へと傾ける。
軽く押してみるが、鍵が掛かっている様子はない。
そして、私はそのまま扉を静かに開けると……。
そこで意識が途絶えた。
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イレギュラー
「そうか。また……ここからなのだな」
轟々と燃え盛る炎と、宇宙まで貫いているかのように高くそびえ立っている光の柱を背に、一人の少女は漆黒の剣を硬質な地面に突き刺し、瞼を落とし、静かにそう呟く。
幾度も、幾度も目に写し、脳に焼き付けてきたその景色は、少女の感覚としてはテレビのディスプレイから流されている画像を見ているかのようで、なんの現実味もない。
少女は数え切れぬ程、この運命を変え、歪ませ、そしてより良い物へと変えようと試みた。
しかし、この"次元"では、この"時代"では、この"場所"では、何を試みようと、何を成そうと、少女の思い描く理想には遠く辿り着くことは出来ないということは、もはや分かり尽くしてしまったのだ。
そこで、少女はある行動を取った。
せめてもの抗いとして、自らを限界させた
されど……それは、けして彼女が取ろうとした行動ではなく、むしろ彼女が制裁すべきものだった。
そう。彼女は、
この繰り返される時間の中で、自らが決めた、その理想を叶えてもらうがために。
いつかであったか。
一度、若き英雄の一人が自らにこう説いてくれたことがある。
「なんで、貴女はそんなにも苦しそうな顔をしているのか。なぜ、貴女はそのように刃を震わせているのか」
剣術のけの字も分からないような、人の顔も読めないような純真な者にバレてしまうほど、少女の体はそれを拒んでいた。
だが、少女はこう答えた。
唇を噛み締め、口の端から血を垂らしながら、剣を持つ手を強く握りしめながら。
「貴様らのように弱き者たちを相手にしているから、こちらとしても快くない。だがな、私の持つ剣の刃が震えているのは、貴様らを殺すのに関して、とても楽しみであるが故だ」
英雄はそれで気を変えたか、はたまた少女の真意を汲み取ったのか。
少女を見事打ち倒したのであった。
まるで叙事詩の主役である騎士が悪役のドラゴンを征伐するかのように。
少女は、また英雄を待つ。
無限のように続くこの世界を、救うがために。
そのために、そのためだけに、少女はひたすらに我慢し、英雄を焚きつけるためだけの案山子となる道を選んだのだ。
されど。
少女は何故か剣の柄を持つ手を震わせた。
かたかたと、だが自分の意志では制御できないような、しかしとても些細な細かい手の震え。
宝石を埋めたかのように人間味のないその瞳に、何らかの感情を宿し、彼女はもう一言。
ひとつの言葉を紡ぎあげた。
「私は……私は」
「もう、こんな運命は受け入れたくはない」
「だから、だから。誰でもいいから、私を、私を」
「助けて」
ぽつり、と小さなしずくが少女の足元に落ちた。
そのしずくは少女の頬を伝い、また足元へと落ちていく。
ただただがむしゃらに、とても冷徹で残酷な魔王を演じる案山子に徹していた少女は。
その心根までも魔王へと染めたわけではなかった。
ただ運命を受け入れるだけの案山子へと変化させたわけではなかった。
故に、ある者は彼女に対し、救いの手を差し伸べた。
なんの脈絡もない、なんの関係もない赤の他人。
だがその者は己が理想を成し遂げずに死ぬ運命を信じぬまま、その運命が訪れたのにもかかわらず、その運命を知りもせずに己の理想を追い続けている大馬鹿者。
されど、その大馬鹿者だからこそ、彼女を救うための
世界は再び動き出す。
本来あるはずではなかったイレギュラーを新しく抱えたまま。
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お荷物?
空は青々と広がり、太陽は爛々と輝き大地を照らしている。
視界を埋め尽くすは巨大なビル群。
その合間を縫うように作られているように見える広めの道路。
道路には何十台もの大小様々な車両が走っており、そこから生み出される排気ガスと太陽から発せられる熱のせいでなんとも粘ついた暑さが体中を覆っている。
そして、背中には柔らかさを感じる重み。
歩道を歩いている人間たちからは奇異な目で見られている。
そりゃそうだ。
普通に過ごしていたら、こんな真夏の昼の大都市に背中に中世にでもありそうな漆黒のドレスを身に纏った高校生ほどの少女をおんぶしている男を見ることすらないはずだ。
ああ、有り得ない。
俺でもこんなことする奴がいたら目の前のサラリーマンがするような目で見るに違いないだろうよ。
ああまったく。
一体全体、どうしてこうなった?
三十分前
「どこだここ」
先程の白い部屋から出て気を失ったかと思えば、閑静な噴水のある公園のベンチの上で寝転がっていた……なんて、今時どんな漫画でもないような演出だろうに、現に俺はその状況に遭っている。
しかし、なんというか……いい場所だ。
本当にッ…!?
おいおい。携帯電話だと?
嘘じゃない、夢でもない。確かに、噴水の近くに立っている女性が携帯電話を、まぁパカパカする方ではあるものの…確かに使っている!
嗚呼神よ!
やっと運が回ってきたんだ!苦節八十年…七十年だったか?まぁそんなことはどうでもいい!
ともかく存分に楽しませてもらうぞ!
これが、本当に本当の、俺の本当の人生の筈なんだからな!
ろくなヒーターやクーラーもない、娯楽といえば音楽を聴くが本を読むかスポーツをするかだけの時代とはもう違うんだ!更に体も若いし!
さて、そうと決まれば早速買い食いでもしようか。
いや、待て待て。まず買い食いする金は……妙だな、預金通帳には爺さんだった頃の貯金がそのまま入っている。まぁいいや、どうせこれも神の思し召しってやつなんだろう!財布には貯金の他に五万円くらい入ってたし、よほど困るってわけでもないだろう。
じゃあ、早速行くとするか。
本当に楽しみだよ、これからの人生が。
「は、腹…なにか、飯、を」
え?
何だ、このゴスロリみたいな服の白人は。しかも変なこと呟きながら倒れたし……ああいや成るほど、こういうのもいるってことはそういうアニメなりゲームなりもあるってことなんだよな。うんうん、いい事だいい事だ。じゃあ行くか。
え、何?誰も助けないの?
しかもなんで、その身内なんだろうし助けてやれよ、みたいな視線で俺を見てくるんだ?
いや、俺は助けないぞ?
俺はそんなに甘くないんだ、大体こういうのは自己責任なんだから……。
「で、今に至る、か。それでさっさと飯屋に行きたいんだが、まず第一ここ日本のどこなんだ?」
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聖杯特異点
契約-Agreement
もっきゅもっきゅもっきゅ
可愛らしい咀嚼音を耳に入れながら、彼…山田太郎は静かに頬杖を立てながら目の前の少女を凝視する。
一言で言えば、高級な西洋人形だ。
顔が彫刻のように綺麗に整っていて目はシトリンをそのまま埋め込んだように透き通っており、肌は白磁のごとく艶やかに、それでいて蛍光灯の光をまるでロウソクの火の様に灯らせている。
「……なんだ?何か話したいことでもあるのか?」
少女が凝視されていることを少し疑問に思ったのか手持ちのハンバーガーを食すのを一旦中断して、山田太郎へと言葉を投げ掛ける。
「いやなに。美味しそうに食べるものだと思ってな」
対する山田太郎は口角を少し上げながら、しかし頬杖はそのままに淡々と言葉を返し。
「ん……そうか」
少女はそれを聞いて先程の疑問を綺麗に晴らして、またハンバーガーを比較的丁寧に貪り始める。その美しい姿をまったく劣らせることなく。
もっとも山田太郎自身はその姿を見ながら、内心波風立たせず穏やかに小動物の食事シーンを見るような気持ちでいられることは、あいにく無理なようであるが。
さてどうやらこの少女は十分ほど前に話を聞いた限りでは、一言で表すのなら普通の人間ではない。
流石に自分も半信半疑…というよりも疑のほうが多かったのだが、話を聞いている中でますます目立つこの人外じみた見た目と声に含まれる独特の見えない威圧感、そして嘘をついているようにはとても思えない仕草を感じたら、とてもではないがどう聞いても嘘だ基地外めとは思えないのだ。
なによりこの威圧感には覚えがある。
そう……遥か遠い昔、ロシア皇帝を助けた時だ。あの時は皇帝も皇帝とはとても思えないボロボロの容貌であったが、尚も威厳が保たれており、あの時は自らの意思など関係なく自然と無意識に頭を垂れかけていたところだった。
されど、この威圧感がロシア皇帝より何倍も大きいことは確実だろう。
現に外見はなんとか平静を保ててるものの、内心はここまで威圧感に押されているのだから。
「フッ、そう畏れるな。私は貴殿を取って食おうとは思っていない。むしろ見ず知らずの小娘の喋る戯言に耳を傾けそれを信じ、あまつさえ食事まで提供してくれているということに、心から感謝しているのだ」
果たして本当だろうか?
若干顔が微笑んでいるように見えるが、実はその笑みの裏で、良い餌が見つかって
「貴殿は疑い深いな。そのような態度では集まる人も去っていくぞ?重ねて申すようだが、安心していい。私は貴殿を取って食おうとも思ってないし、それ以外の酷いことをしようとも思ってはいない」
「そうか……安心したよ。で、なんか君と話してるとピリピリした静電気みたいなの感じるんだけど、何かの手品でも使っているのかい?」
少し空気を変えようと思ってそういった直後、眼前の少女の目つきが鋭く変わった。
「……やはり貴殿が」
声色も先ほどとは違い威圧感が何割も増しており、はっきり言って急な少女の豹変にとても怖くて小便がちびりそうだ。出来れば誰かに助けて欲しいくらいに。
「申し訳ない。なにか変なことでも言っちゃったかい?」
「いや、そうではない。ただ」
彼女が続きの言葉を紡ごうと口を開いていた瞬間。
耳に入る音が一気に消え去り、世界を満遍なく塗りつぶすように、視界が真っ白に包まれた。
"ねぇ、太郎くん。キミって何色が好き?"
"俺?俺はね……青色が好きだな"
"ふーん。なんで青色が好きなの?"
"だって、青色ってなんだか涼しげだし……なにより見てると癒やされるんだ。そう言う■■■は?"
"僕?僕はねー"
"紫色が好きだな"
生きたいか? 「……」
死にたいか? 「……生きたい」
未来に賭けたいか? 「賭けたい」
ならば我が言う言葉を復唱するがいい。一言一句間違えるなよ、間違えた場合は――――まぁ、想像に任せるよ。もっともお前の望むことと正反対の事だろうがな。
もう一度言うが、生きたいなら一言一句間違えるな、いいか? フンッ、それでは、行くぞ。
告げる 「告げる」 服が燃えた。
汝の身は我の下に 「汝の身は我の下に」 皮膚に火が移る。
我が命運は汝の剣に 「我が命運は汝の剣に」 髪の毛が熱風で焼け焦げていく。
■■のよるべに従い 「■■のよるべに従い」 唇が爛れる。
この意 「この意」 爪が弾け飛んだ。
この理に従うのなら 「この、理に従ッうのナら」 片耳の鼓膜が耳の中に入り込んだ火炎と爆風で破れる。
我に従え 「ワれに…」 我に従え 「シタがエ」 目に激痛と焼け付く熱さを感じた。
ならばこの命運、汝が剣に預けよう 「ならば!この命運ゥ!なん、ジが剣に」 声帯が燃える、五臓六腑が四方八方から襲い掛かる熱さと身を切り裂くような衝撃に悶える。
預けよう 「ァづ」 声がかすれて、黒煙が喉の中を荒らし回る。
預けよう!「け、ょゥ!」 だが、俺は打ち勝った。
そして、そこから俺の意識が充電の無くなったスマートフォンのようにぷっつりと途切れゆく最中、最後に目に入れたのは。
「セイバーの名に懸け誓いを受ける。 貴殿を我が主として認めよう、名も知らぬマスターよ」
炎が燃え盛る場所でただ一人。ダークドレスを花びらのようにはためかせながら、プラチナブロンドの髪を揺らし、無数に赤い血管が張り巡らされているかのような黒き剣を片手に携え、静かに立っている『騎士』の姿だった。
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神の小話
主に山田がなぜfate世界に転生したかなどの話になっています。
「やっと動き出したか。しかし私の見ることのできる世界で本当に良かったのぉ」
その声が静謐な空間に響いてからしばらくするとシワだらけのまるで老木のような老人が瞼を開き、自らの座っていた安楽椅子から立ち上がると僅かに生えた白い髭を上唇で押し上げ、どこかこの空間には無相応に見える紙タバコを咥えて、ため息を吐くかのように紫煙を吐き出す。
「いやはや、まさかこのような事が起きるとはな。長生きはしてみるものだ」
タバコをくゆらせながら老人は微笑むかのように顔を緩ませると、ゆったりとした動きで安楽椅子しか存在していない白い空間を見つめる。
「はてさて…この部屋もそろそろ飽きたな。どれ、久方振りに模様替えでもしてみるか」
老人がそう声を出してから、目の前の虚空をなぞる様に指を動かしたと思えば、まるで見ている画像を切り替えたかのように白い空間が何処までも果てしなく広がる草原へと豹変した。
「しかしまぁ、あのような異界の人間がここに紛れ込むとは思ってもいなんだ。時空列という概念ですらなく、まったくもって別の世界からたまたまこちらの世界に滑り込んでくるなど……それこそ、我々神ですら為し得ない所業だ」
通常、世界というのはひとつの木のような物で繋がれている。
例えば神の作り出した原初の場所であるエデンの園も通常人間が住んでいる世界からは、神かそれに匹敵する力の持ち主の助けがなければ行けないという制約があるとはいえども、確かに行ける存在である。
しかし、そんな無数の枝のように広がる世界の中にすらない世界という物は、もはや次元やそういう類でなく、例え世界を幾度も作り変えることができるような者でも行くことはできない……否、行くことという概念すら存在していないのだ。
しかし彼の者はその遥か彼方の世界から、まったくの隔絶した世界へと何の因果か訪れてしまった。
だが、そのような者が他の神々や力のあるものにバレたらどうなるか?
ヘラクレスの如き神に翻弄され死んだ勇者のようになるか、はたまた神の尖兵として操り人形にされるか。
どちらにせよ、まともな未来など存在していない。
奴らにとって異界の異邦人など、自らの装飾品ですらないのだから。
それ故、自身がひとまず最初に彼の魂を掴んだ。
別世界といえどとそれほどこちらの世界と内実は変わらないようだったので、彼を彼のいた地方へと転生させることにした。 もっとも、彼はもともとこの世界の住民ではないので、生まれたばかりの赤ん坊に憑依させる形にするつもりだった。
そして、彼は元いた時代へと固執しているようだったので、こちらも元いた時代の世界へと転生させるべく動いたのだが……。
「まさか、英霊に彼を奪われることになるとは迂闊だった。"座"から干渉するなど、普通に出来ることではないからな」
その英霊の名は、人間達の歴史にてその名を刻み込んだロシア帝国初代皇帝ピョートル一世。
史実でも破天荒な人間だったらしいが、更に恐ろしいのはそいつは無理矢理彼の転生先を変え、挙句の果てには未来を変えようと……いや、既に変わってしまったか。
異邦人である彼に抑止力といった存在は気づくことなど到底ない。
見た目は人間だろうと、根本からしてこの世界のモノではないのだ。
異質なものでもこの世界の色が或るモノであれば、まだ抑止力は作動するだろう。
だが、先ほど言ったように彼はまったくの別物なのだ。 感知すらできない。
それゆえ、彼が歴史を変えようと動き、歴史を本当に変えてしまっても世界はその方向へと舵を切ってしまう。どのような手段を持ってしても、彼が一度世界の方向を変えてしまえば、あとは彼を殺そうが何をしようが歴史を修復することはできない。
事実、何故か魂だけ現界したピョートル一世が神を騙りロシアの王朝を断絶させぬ為にと、彼が現代に戻りたいという本質を突いて、王朝を生存させることができたなら現代へと戻してやると、世界でも類を見ないような歴史を改変させる嘘をついたのだ。
そして、実際に彼は歴史を変えてしまう。
結果的にソビエト連邦という国は消え、ロシアは2つに分裂した。 なんとか私の努力で他の歴史は変わらないよう抑えることができたが、それでもピョートル一世のせいで世界は大きく変化してしまった。
やつを罰そうにも座には神は干渉できない掟があるのでどうすることもできない上、他の神々は彼に気付いても魂が器に入ったことと、更に自らの世界の物でないためどうもできない。
無論、その神は私でもあるのだが。
どちらにしても、あのように変質した世界をそのままにはできない。
だが、世界を作り変えるというのも一種の抑止力のようなものである。
つまり、世界を作り変えても歴史は彼の変えたままに進む。
であれば、と。
彼が老衰したのを見計らい、彼の改変した世界と酷似してはいるがまったく別の…まぁいわゆる裏の世界へと強制的に転生させた。
裏の世界というのは表の世界と対を成す存在であり、色々と表とは違う点が多い。
表には魔術がないのに魔術があったりだとか、一部の英雄が女性になったりだとか、だ。
「だが、まさか裏の世界に飛ばしたはいいものの、特異点に転生するとは……やはり第三者が干渉しなくとも思い通りには飛ばせんというのか?」
いかん。また頭が痛くなってきた。
そう俯きながら、私は天井…というより真っ青に染まった晴れやかな天空へと顔を上げる。
「しかし、あの爆発で死なんで本当に良かったわい。流石の私でも裏の世界には干渉できんからな。表の世界には表の世界の神しか、裏の世界には裏の神しか動けんことは未来永劫じゃからな」
されど彼を視ることはできる。
それに、二度とないような機会。
彼がどのように生き、どのように軌跡を描いていくのか?
良い暇潰しになるかもしれん。
そこらの英雄史よりかは楽しめそうだ。
「うーむ、しかし考えれば考えるほどに不自然だ。あのロシア皇帝はなぜここに干渉することができた?しかも、なぜ私にすら制御できない転生の時代指定が、奴にはできた?」
ジャンヌオルタや獅子王に協力すればどれだけカルデアが頑張っても人理修復できないという、ちゃっかり主人公からラスボス候補のほうが相応しいようになってしまった山田
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殺し合い
銃声が、鳴り響く。
パン、パン、と硝煙の香りや破裂音と共に所々明るく光らせながら。
軍服の裾が、揺れる。
パタパタと風を受けながらも、服の主はそれを気にもせずその足を動かしていく。
男が手に持った小銃は細かな傷がいくつも刻まれており、幾多の戦場を繰り広げていたのだということが目に見えてわかるほどだ。
男からそれ程離れていない位置の丘陵地に設置され、連続した銃声を辺りに反響させる機関銃はその銃身から吐き出す弾と比例するかのように犠牲者を増やしていき、遂にはその照準が男のいる方向へと合わされてしまう。
迫り来る死、その死をもたらす鋼鉄の嵐。
誰もが怖い、誰もが逃げたい、誰もが狂いたい、誰もが泣きたい。
それでもなお、男は猛獣のような咆哮を上げながら、火を噴く機関銃を恐れることなく、自分の牙であり爪である小銃を携えながら、ただただひたすらに真っ直ぐ突撃する。
「ぅああああああああァア!」
顔のすぐ横を銃弾が通り過ぎ、近くにあった雑木の木肌を抉り木片を散らす。
次々と過ぎ去っていく無数の光の線や光の後を健気に追っていく硝煙の痕。
それでも、男は立ち向かっていく。
許されるのならその場で塞ぎこんでしまいたい。それでも、止まれば自らは文字通り蜂の巣のごとく皮膚や臓器を貫かれ、無惨な死に至ることだろう。
それだけは嫌だ。
戦友の仇を取ってから死んでやる。だからクソ野郎、神様が俺の運命を今死ぬ事に確定したって、お前だけは道連れにしてやる。
お前を殺して、腐敗させて、蛆虫の巣にして、お前がさっきから傷つけまくっている木や草の養分にしてやる。
だから、テメェは、テメェだけは。
この銃剣で刺し殺してやる。
男は鈍く陽光で反射させた銃剣の刃先を水平に向けながら、がむしゃらに走る。
右腕を熱い何かが貫いた。しばらくしてとんでも無いほどの痛みが襲い掛かった。 それでも、男は走ることを止めるわけにはいかない。
「ばけ、ばけもんがぁぁぁ!なんで死なないんだよおおおおお!」
パラララララと新品のタイプライターのような銃声を響かせながらも機関銃は発射炎で周辺を激しく照らし、たった一人の男を無様に殺すだけの為に凶暴な唸りを上げる。
機関銃を操る兵士は何度撃っても絶命しない男に対し畏怖するが、それでもまだその引き金を引き続けた。
「がぁぁぁぁ!」
そして、男は姿勢を低くし、小銃を握っていた手をまるで槍を持つかのような手つきに持ち替え、憎き仇敵を殺す為に殺気の込められた鉄色の刃先を兵士に向け。
血肉の飛び散る甘美な音を奏でたのだ。
爆炎が起こる。
喧騒に満ちていた大通りの至るところが燃え上がり、瓦礫が飛び散り、人々の悲鳴が響き渡った。
太郎たちの居たハンバーガーショップはまるで野砲でも撃ち込まれたかのように無惨に破壊し尽くされており、内部には黒く焦げ辛うじて人の形をしたように見える"ナニカ"が所々転がっており、そこから発せられる焦げ臭い肉の焼ける匂いは思わず吐き気を催すことだろう。
「ヒャァーハッハァ!やはり愉快ですねェ!いやはや私…人が焼ける臭いは大の好きなものでして!」
そして聞こえただけで背筋が震えるような不快で道化じみた声が、今も尚燃え盛るハンバーガーショップの隅々にまで響き渡る。
そうして不気味な笑いを浮かべた男は、化粧に塗り尽くされた顔をぐにゃりと歪め、更にその笑いを人外じみたものとした。
「まさか黒の騎士王様がこのような所にいるとはワタクシ歓喜でございます!なんと言っても破壊しやすいですからね!それに大通りの、それもど真ん中にある立地最高の場所でテロを起こすとは非常に非常にヒジョーッに愉快で最高に気持ちのいいものといいますしねぇ?」
男はひとしきり喋り終わると、その目玉をぐるりとハンバーガーショップの奥へと向け、大きく口を開け声を発した。
「おやおやおやァ?騎士王様は静寂がお好きなのでしょうか?でしたら失礼!私静寂は大嫌いでしてグハァ!」
「汚い声を響かせ聞かせるな道化。生憎だが、私は気分が悪い。それにそんなイカれ文句を長々と聞くと」
少しくすんで入るが、まるで金細工のように美しい金髪をした少女がまるで猪のごとき獣性を感じさせる速さで、風のように男へと近づいたと思いきや、少女が力を込め繰り出したアッパーが男の顎を容赦なく狙い当たり、その衝撃は男の顎から脳天までを瞬時に貫いた。
「耳が腐るだろう?」
男は先程の余裕ぶった表情から一変、口から血を吹き上げ一気に白目を剥いて倒れたと思いきや、ぬらりと立ち上がり、目玉を白目から瞳に反転させた。
「フヒャヒャ、いい拳です、いい拳ですよぉ!騎士王陛下ァ!不肖ながらこの"メフィストフェレス"、思わず気絶しそうになってしまいました!まぁしないんですけどぉ!」
ピエロのような男……メフィストフェレスはそういうと
風を切る音を奏でながらも殺意に満ちた投げナイフはアルトリアの喉元を食いちぎろうと恐るべき速度で迫りくるが、彼女は身を屈めると右手に持った漆黒の剣を横に薙ぎ、その斬撃から発せられる風圧でメフィストフェレスの体制を崩そうとし。
「くひぃ!こんな攻撃、私に効くとでも…!?」
メフィストフェレスは余裕の笑いを浮かべた顔を崩さず軽く風圧を避けようとするが、次の瞬間ーー
綺麗に晒されたメフィストフェレスの腹めがけて焦げたパイプ椅子が折れ曲がりながらそこそこな速さで飛んできたのだ。
メフィストフェレスは僅かに驚いた風の目つきをしたが直ぐにニヤついた平常時の顔に戻し、飛んで来たパイプ椅子を蹴り飛ばせばアルトリアへと飛び掛かって。
「さぁ死になさあい!ヒヒヒヒヒ!」
そういって異常に長い丈の刃のハサミで眼前のパイプ椅子ごと少女の細首を掻き切ろうとするが、それより先に少女が剣を薙ぐほうが速かったようで、メフィストフェレスはなんとか後ろへと跳躍して避けようとするが.......。
(ん?そういえば、何故生体反応が二人?死に損ないが残ったのですかねぇ?まぁどうせ放っておけば死ぬでしょう、こんな暑さの中で普通の人間が生きられるはずはないのですからぁ!クヒヒヒ)
依然余裕の表情は崩さず、体制を立て直すため後ろの地形を確認しようと目玉をずらす。
そうして足の曲げ具合を調整しようとした刹那。
パァン!
乾いた銃声が鳴ると共に、思わずメフィストフェレスの顔へと、露骨に驚愕の色が浮かんだ。
痛みはそれほどない、銃声に驚くほど肝が据わっていないわけでもない、痛みが走ったわけではない。
ただ、自らの体勢が崩れた。
立て直そうにも銃弾の違和感が邪魔し、完全に立ち直るまでに、ほんの0.1秒ほどロスが出てしまう。
たった0.1秒。
だが、その呼吸をする間もないような時間の流れが。
「ッ!?チクタ」
「見誤ったな、道化」
風の切る音と共に燃え盛る炎に照らされた鮮血が飛び散った。
そして、ぼたりと肉塊の落ちるような音がした。
「マスター、いい腕前だったぞ。それで、肝心のソレはどこで手に入れた?」
「少し夢の中でね。まさか持ってこれるとは思ってなかった」
騎士王の名を持った少女が微笑みながら見ている先には、黒髪を揺らす青年が一人。
その青年が持っている鉄色に輝いた異質なモノ。
微かに硝煙の上がるソレは、まるで泡沫の夢のような雰囲気を纏っていたのだ。
無名の英雄が持った唯一の遺物。
その風貌はアンティークと呼ばれる代物だろう。だが殺意を孕んだその遺物は、見て只者ではないと察することが出来る。
「こいつの名前はナガンリボルバー。皇帝を助けた時にもらった大事な家宝だ。結構可愛いらしい見た目してるだろう?」
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ウタカタノユメ
夢を見た。
ほんの短い夢だ。
「山田、おい。聞こえるか?山田」
煩い声がする。
だが、その声はとても懐かしいもので、どこか自分が待ち望んでいたものだったと思う。
聞こえている。
そう声を出そうとしたが、喉に詰め物でもされているかのようになっていて、声を出す事ができない。
しかしその割に呼吸はしている。
声帯でも切り取られたらこうなるのか?そう思えるほどだった。
「その顔をしてるってことは聞こえてるみたいだな。なら、単刀直入に言わせてもらう。お前は三度目の死を体験した。おめでとう……無事死人の仲間入りというわげな。…ちなみに俺はお察しの通りカミサマだ。数十年ぶりの現代世界はどうだった?最後の晩餐がハンバーガーってことになったが満足してるか?」
マシンガンのように話すカミサマは、どこか声色に嬉しさを含んでいるようで、同時に死を通告された癖に驚いていない自分に不信感のようなものを抱いてしまう。
爺さんになるまで生きて、縁側で寝たら白い部屋に着いて、扉を開いたら現代世界に辿り着いたとき。自分なりになんとなく察してはいた。だが、急に2つの死を突き付けられたのになぜ俺は驚いていない?
"死'は怖いもののはずなのに。
死ぬってことは虚無の世界に落ちることと同じ、自分が自分でなくなってしまうことなのに。
俺は…俺はなんで。
なんで驚いていないんだ?
「あー。どことなく気持ちはわかる、すげーわかるよ山田。まぁカミサマの俺から見ても正直言ってお前は異質だ。まぁはっきり言わぁ死ぬってのを恐れてないやつは人間が猿みたい声出してたときからスマホ弄くってる今の今まで大勢いたもんだが、スマホ弄くってる奴らの中じゃあ、お前みたいなやつは少ない。もとの本質がそういう奴らの枠組みだったお前は、たしかにスマホ世代の中じゃ異質中の異質だ。そこんとこは墨付けといてやるよ」
カミサマは姿も見せず声だけだが、その声だけでへらへらしている顔が思い浮かぶほど、今喋ってる内容は軽いものだ。
もっとも、その軽さの中に真実味が入ってるとひしひし感じるという事だけで、やはりこいつはカミサマなんだという実感がつくづく湧いてしまう。
それと同じくカミサマから自分の異質さに堂々とお墨付きされてしまうというのも、なんというか……ひどく傷つくものなんだが。
「しかしな、あれだよお前。数十年経っても現代っていう理想に追い縋り続けるってよくやるよな。その熱意に免じて現代世界に送ったんだが…まぁちょっとバグが起きちまってな」
そう言ってカミサマは少し小っ恥ずかしそうな声を出すと、淡々と話の続きを紡ぎ始めた。
「至極簡単に言うとお前の送られた世界ってのは、いくつもの血管やら内臓が繋がって伸びてる世界線って生き物の中にあるガンみたいなもんでな。更に言うと困ったことにそのガンを放置しちまうとどんどんデカくなっていずれは他の世界まで侵食しちまう。まぁ例えのつもりでガンを使ったんだが、ぶっちゃけ実態も有り方もガンそのものだ。あって得はなくても損は出るっていう相当たちの悪いやつだよ」
「んで、そのガンに侵されてる世界がお前の送られたとこってわけだ山田。本来は日本の東京にジジイ時代までのお前の預金口座と一緒に移動させてやるつもりだったが、どういうわけかバグが起こったわけだ。 なぜか預金口座だけが残ったのは唯一無事だった点だな。割と俺も頑張ったんだぜ?」
なるほど、そのガンみたいな世界にバグで送られた結果ゴスロリ姿のよくわからない餓死寸前の女と同行することになって、腹減ったんで昼飯代わりにハンバーガーショップで飯食ってたら突然爆発起きて死亡したわけか。
どうみても転生したほうが早いじゃないか。
あんな世界こっちから願い下げだ、いくらWW1とWW2を命からがら生き残ったといえ限度がある。さっさと平和な世界に帰らせてくれ。
「そうしてぇのは山々なんだがなぁ。いかんせん上の神様に目着けられちまってよ。変にお前を転生やら蘇生転移とかさせると俺自体が痛い目見て、結果的にお前は普通の転生箱に入れられて鶏なりトカゲなりになるってわけだ。 ちなみに俺が自らを顧みずお前を現代世界に送り込もうとして万が一成功したとしても上の神様がお前に雷を落としてお前も道連れだ。 つまるところの四面楚歌ってわけだな」
じゃあどうすればいいんだ?
結局上の神様の言うとおり畜生道に堕ちて徳を積めってことか? だいたいキリスト教やらローマ神話みたいな雰囲気のくせにどことなく仏教要素入ってるのは何なんだ?そちら側の神様ってのはありとあらゆる神仏習合思想を隔てなく持ってるのか?
「まぁ落ち着けや山田。方法は無いってことはない、あるにはあるんだよ。お前の性格から見て長いのは嫌いそうだから、単純かつ率直に言うと」
「ガンを治療してこいってことだ。ガンの世界は神様は無理に干渉することができないからお前一人の蘇生転生程度なら一回くらい自由にすることができる。どうせ勇者みたいな奴ら送り込まないといけないのもあるし…なんにせよ、お前はそれにピッタリってわけだ。RPGみたいで燃えるだろう?」
つまり、お前が一度殺されてる上滅びかけの世界限定なんだけど、その世界で良いのなら、滅びかけ世界を救うことを条件にちゃんとした人間としてリベンジさせてあげるよってことか。
あぁなるほど。
ひどく叙事詩的だな、すごく面白いよ。
それにどうせトカゲになるくらいなら、世界を救ってその後の世界で楽に生きたい。
こんなモノ、選択肢なんてあるようでないものだ。
なら選んでやるさ、その選択肢もどきを。
「そういうことなら契約完了だな。それじゃあ選別として一つお前の宝物をプレゼントしよう。 なに、ちゃんとあの世界に跋扈してる化け物に効くよう改造はしてあるぜ。人間の武器だからせいぜいたかが知れてるけど、まぁないよりはマシだろう。ほら、有効的に使えよ」
そう言って虚空から突如俺の右手に落ちてきたのは、かつて俺がロシア皇帝を助けたときから一週間ぐらい後に、奪還してから間もないモスクワにてせめてもの御礼として貰った拳銃だった。
高級木材で象られたグリップの中心にロシア帝国の紋章である双頭の鷲が刻まれ、銃全体がロシアの風雪の様に純白の白銀に染まった特注の回転式拳銃。
そいつの名前はナガンM1895。
ロシア帝国の将校連中が使っていたというそこそこ華やかな経歴を持ったアンティークピストルだ。
もっとも、21世紀じゃどこからどう見ても骨董品の類で、俺もそういった博物館に寄贈してたくらいなんだが……。
「博物館に寄贈されてたやつがなんで?と思ってるだろう。喜べ、この骨董品はお前に使ってほしくてたまらないって表情をしてるからわざわざお前が死んだ直後の博物館から盗み出してきてやったんだ。誇りに思うといい」
博物館から展示品を盗み出すなんて相当胡散臭いカミサマなんだが、武器があるとないとでは安心感もまるっきり違う。ここは素直に感謝すべきだろう。
「さて、そろそろ夢から醒めてもらう頃合いだな。安心しろ、これ以上にないほど気持ちのいい目覚めにしてやる。ただ…一言アドバイス的なものをあげようじゃないか」
「目の前に変なやつがいたらまっさきにその得物で撃て。お前の冒険譚はそいつが死なないと話にならないからな」
「それじゃあ、またな山田。次はちゃんとお前が満足に死ねたときに会おう。それまで死なないように」
「ハァァ…こんな嘘に嘘を重ねて、ホントどうしたいのかね神々の方々は。まさか相当工作を仕組んでバレないようにした上で英霊の座に戻って昼寝でもしてたら、引きずり出されるとは思ってなかったな。だが山田」
「俺はカミサマって役にハマってなくてもお前は気に入ってるんだぜ?願わくば……俺の期待を裏切らないようにしてくれ」
"救国の英雄"さん
「いっつ、全然気持ちよくないじゃないか。ほんと、あのカミサマはつくづく信用できないな…」
ぱらぱらと石綿だかなんだかの燃えカスを空気に漂わせながら、至るところで火を上げているハンバーガーショップ。
焦げ臭い匂いの中には、かつて南方戦線で嗅いだことのある嫌なニオイも入り混じっている。
されど、臭気で惑わされてはいけない。
怪しいやつ、怪しいやつはどこだ?怪しいやつ…
「さぁ死になさあい!ヒヒヒヒヒ!」
いた。
いかにもな奴だ。例えるなら、そう。怪しさと胡散臭さを余すところなく体現化したらああなるんだろうな、と確信まで持たせてくれるような風貌と声のイントネーションを持ったような男だ。
さて、あの男が狙っているのは完全にゴスロリ女……というより話を聞いた限りではアーサー王らしいんだが、まぁ飯食ってるときに話を聞いたときは一応信じてる程度だったんだが、こんな変な奴がテロを起こすような世界だ。アーサー王やらヘラクレスがいたとしても今更驚きはない。それとあの剣の構え方と立ち方からして完全に経験者だ、それも人を殺した経験のある方の。
ゆとり世代が経験者かどうか判断できるのかって話ではあるのだが、まぁそれなりに2つの大戦を生き抜いてるからそれくらいの判断力は持ち合わせている。
エースパイロットだか伝説の武人だかには負けるが、それなりに強いかどうか、人を殺してるか殺してないかくらいは曖昧だが一応判断は可能だ。
閑話休題。
それであの怪しい男を撃てということだが、まぁ腰あたりでいいか。
位置的にそこそこ近い上に狙いやすいし、運良く背骨に当たれば神経も損傷させる事ができる。
そういってバレたくもないので伏せたまま、ふらふら余裕綽々そうにしている男の腰あたりに照準器を向け、やけに引き心地の固い引き金に指を掛け、少し力を入れて引き金を引き。
火薬が破裂する音と共に銃口から白煙が放たれ、そこを突き抜けるかのように鉛弾が恐るべき速度で狙った先へと飛翔していく。
音で気づいても既に遅い。
どれほどの超人でも銃弾に狙われていることに気付いていなければ、避けることはほぼ不可能に近い。
そうして近づいた弾丸は対象の腰にめり込み。
静かに自らを更に抉りこませたのだ。
男は驚いた表情をし、体制を崩す。
急いで立ち上がろうとし、なにか詠唱しようとするが……。
その声もろとも鮮血に散ってしまった。
僅かな隙と漆黒の刃によって、道化はあっけなく命の花を散らせたのだ。
まるでスポットライトの火が消えると共に、舞台の幕が落ちてしまったかのように。
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聖杯戦争
火で燃えるチリが無数に道路の上を風と共に舞い踊り、非現実的な程に炎は大通りを喰らい尽くしている。
「それで……マスター。これからどう動く?」
片手にリボルバーを携えた黒髪の青年の後ろに立っているプラチナブロンドの少女は身に不釣り合いなほどの長さの黒剣を軽く振ると、青年に対し静かにそう問い掛けて。
「さて、どうしようかね」
だが青年はどこか曖昧な返答をすれば、どこか物憂げな表情で黙り込み。
少女は少し疲れたような顔をするが、すぐに輪とした表情に戻り、青年へと再度問う。
「マスター、ここで物見遊山も良いかもしれんがそろそろ火も強くなってきている。一旦火の手が及ばない場所まで行こうではないか」
少女のその言葉に無言の同意を示した青年はゆらゆらと、しかしはっきりとした足取りで少女の行く先へとついていく。
だが、青年はけして振り返らなかった。
そうして青年は振り返ることを、拒んだ。
立ち上る煙が幾分か遠のいたところで、近くの公園の中にあるベンチへと少女は青年を案内し、先に座れと言わんばかりの表情で少年を見つめている。
その表情にどこか思うことがあったのか、少年は口を開き。
「レディーファーストだ。どうせどちらが先に座ろうが良いじゃないか」
その言葉に少女は僅かばかり驚いたような表情をすると、そこから間髪入れずに愉快そうに微笑んで。
「フッ、そうか。ではお言葉に甘えるとしよう」
そう言って少女が遠慮なくベンチに腰掛けると、青年はのろのろと力なく腰を下ろし、気だるそうにため息を着く。
「あんた…いや、アーサー王だったか。この世界についてはどれくらい知ってるんだ?」
青年……山田太郎は可愛らしさの欠片もない、例えるならば体の関節という関節に泥でも流し込まれたかのような疲労感で塗れ切った上目遣いで、
一方のアーサー王は疲れを見せないような風貌で、太郎の声が聞こえれば、顔を向けず同じく声で返事をするが、その返事はどこか凛としており、それでいて風船の中に入った水のようなあやふやな真実味が含まれている。
「あぁ、知っている。もっとも、細かいことは知らないが……一言で表すなら、この世界は、そうだな」
王である少女は、言うべき言葉を選んでいるのか、はたまた別の理由なのか、コンマといっても差し支えないほど僅かに思案声を漏らすと、直ぐに次の言葉を紡ぎ。
「無数のページを括った本のようなものだ、様々な"ジャンル"に沿ったサーヴァントが集まり、何らかをしでかそうとしている。理解できたか?」
「あぁ、簡潔明瞭に説明してくれてありがとう。大方理解できたよ」
そう言葉を返した太郎は空気の抜けたゴム人形のようにベンチの背もたれに背を預けると、無数の雲が無限に泳ぐ空を見上げて白銀に煌めくリボルバーを、あたかも雲を掴もうとするかのように高く掲げ。
「で、さっきから右手に書かれてるこの趣味の悪い赤タトゥーはなんだ?あとマスターってなんだ?いつからアーサー王は俺の召使いになった?あとサーヴァントってここは奴隷が独立戦争でもしでかそうとしてるのか?」
「そこからか。まぁ……いいだろう、1から説明する。ただし長いから言い直さないぞ」
英霊と魔術師の二人一組が複数集まり、どのような願いでも叶えてくれるという聖杯を求めて争い合う聖杯戦争と呼ばれるものが遥か昔に造られたとのだが、英霊をそのまま現世に召喚するには些か荷が重すぎた。
そこで英霊の1側面のみを抽出して召喚することとした。例えば槍と弓の武勇を持つ英霊なら、そのどちらか一つに特化させられた英霊しか召喚でき無いというわけだ。
で、その英霊を分けるために大きく7つの役職が作られる。
剣士であるセイバー、槍兵であるランサー、弓兵であるアーチャー、騎兵であるライダー、魔術師であるキャスター、暗殺者であるアサシン、狂戦士であるバーサーカー。
その他にも裁定者やら復讐者やらがあるらしいのだが、今回のこの世界は内実的に見ると大規模な聖杯戦争らしいが、この世界にはそういうエクストラクラスとかいう部類がいないらしいので説明はされていない。
そして、その剣士とか弓兵とかで蠱毒じみたことをやらせ、無事優勝者が聖杯を手に入れたら終結ということになるらしい。ひどく悪趣味だが、それほどまでに聖杯は重要視されてるんだろう。俺はキリスト教徒じゃないのであんまり分からないが。
それで感じなのがその英霊……聖杯戦争じゃ
「俺とあんたは主従関係ということか?」
「そういうことになるな。で、その赤い紋章なのだが」
この紋章があれば、なにやら3回だけサーヴァントに一定範囲であればどのような命令でも強制的に動いてもらうことが可能らしい。
名称は令呪。呪いを命令するから令呪なんだろうか?サーヴァントなりマスターなり、この聖杯戦争を作った人間はよほど捻くれているんだろう。常人なら奴隷と主人とかいう名称はつけないどころか使おうとすらしないだろうしな。
しかしサーヴァントとマスター。
サーヴァントとマスター……?ん、待てよ?
「おい、ということはまさか」
「あぁ。我々は聖杯戦争に参加しているということになる。つまり……必然的に狙われやすくなるということだ」
カミサマ、どうやら俺の人生はまたすぐ終わりそうだ。
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平等な死
「ひぃ、ひぃ、ひぃ、くそ、くそ、くそ!」
顔中を粘性のある涙と鼻水で汚しながら、灰色のトレンチコートのようなものを羽織った男はひたすらに薄暗い路地裏を走る。
男はメフィストフェレス.....この聖杯戦争におけるキャスターのマスターであった。
家としては若いが、それなりの血統書付きの魔術師の家に生まれ、そしてその家の五代目家長として名を受けたこの男は、自身を天才と自負していた。
いや、この男は天才には違いなかったのだろう。
普通の魔術師を上回る魔術回路を持ち、普遍的な属性である火でありながら、一般的に魔術師としては希少な風の属性を持つという二重属性のこの男は、一般的な"時計塔"の魔術師から見れば紛れもない天才である。
若い血統ながらもそこそこの魔術師の家に生まれ、魔術師としての人生においてトップクラスの恩恵を赤子にして授かっていたこの男は、当然の如く魔術師としての生を歩み出した。
有史以来存在してきた魔術師たちの目的であり、同時に神の領域たる"根源"へと至るため、他の魔術師たちと同じように魔術を研究していたこの男は、ある日突然、あっけなく死んだ。
男がいつものように研究室で自家の魔術の研究をしていたら、唐突に心臓発作を起こし、そして死んだのだ。後継者もまだいなかったというのに。
だが、そんな男は、なぜかこの世界に転移していた。
そして男の理解が追いつく前に、男の脳内へと知識が無数に流入してきたのだ。
曰く、この世界は聖杯戦争の為だけに用意された世界である。
曰く、この世界で聖杯戦争に勝利したものは、元の世界に還り蘇生されると共に、自身の持つ願いを何であれ叶える方ができる。
曰く、聖杯戦争とは...。
男は魔術師である。当然ながら男も聖杯戦争についての知識を多少持っており、そして概ねその知識とこの世界の聖杯戦争は差異がないようであった。
普通ならばなんの冗談だと思うことだろう。
だが、この聖杯戦争の参加者たちは誰しも均しく死者であり...そしてなんらかの願いを持つ者たちであった。
勿論、男の願いは決まっていた。
根源へと至ることである。なんと言っても、自分以外の有象無象を殺しさえすれば、元の世界へと戻ることができ、そして更に根源へと至ることができるのだ。魔術師の到達点へと到達することができるのだ。神になることができるのだ。そしてその名誉は世界中に響くことになるのだ。
そして男は与えられた知識通りにサーヴァントを召喚した。
召喚されたサーヴァントの役職はキャスター...真名はかの有名な悪魔であるメフィストフェレスであった。
男にとってメフィストフェレスは性格に合わず、むしろ嫌いな部類の者であったが、自身が勝つ為であると思い込めばそれも忘れることができ、そして今回だって、いかにもな雑魚と共に強力なはぐれセイバーを殺すことができたはずだったのだ。
だが、現実は非情であった。
「はぁっはぁ、なぜだ!なぜだ!ありえない、ありえない!」
"無能な雑魚に天才が負けた"。その事実に男は混乱していた。
完璧な作戦だったはずだ。
呑気に魔力を隠しもせず食事をしていた2匹を殺し、そして聖杯戦争の頂へと到達する礎を登るはずであった。
だが、勝利のために必要である肝心のサーヴァントは消滅し、結果的にマスターである自分が残った。
勝ち目はない。死ぬしかない。勝ち目が、勝ち目が。
いや、自身は天才だ。雑魚どもに負けるはずがない。無数の絶望感に苛まれる中で男はそう思い込み、そして解決策を打算していく。
単純明快な話ではあるが、サーヴァントを失ったものがサーヴァントを得るには、マスターのみを殺してサーヴァントを奪うしかないーーもっとも、サーヴァントを奪うにしてもそのサーヴァントが新たなマスターに従えばの話だがーーそれでも男は自身は天才である故それが可能であると答えを出した。
それに、メフィストフェレスは前々から気に入らなかった。
そうだ、どうせならあの雑魚の従えたはぐれセイバーを新たなサーヴァントとするとしよう。そうだ、アレならば多少自身にも釣り合う見た目と態度をしている。そうだ、自身は聖杯戦争の頂へと、頂へと立つのだ。
そう思っていた刹那、男の右足が炸裂し、赤い血の霧が辺りに撒き散らされた。
男は目をぎょろりと回して、突然走った激痛と熱の元へと視線をやろうとする。だが、残念ながら男はその痛みの原因を理解することができなかった。
なぜならば、既に男の首から上は失われていたのだから。
無残な死を遂げたソレは...最後まで自身を天才であると断固として疑わなかった男の最期は、存外あっけないものであった。
そして、走り逃げていた魔術師の男にあっけない死を訪れさせた者は、満月を背にただうつろに男の亡骸を見ながら、静かに唇を三日月に歪ませた。
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月夜
聖杯戦争……。にわかには信じられなかったが、事実俺は爆殺された。もはやその事実は曲げようが無いのだろう。
時刻は夜。綺麗な青い満月の浮かぶ闇夜の空の下、俺はビジネスホテルのシングルベッドの上で一人頭を抱えていた。
サーヴァントやら魔術やら聖杯やら。
俺は頭がおかしくなったのか?と思うほどだが、生憎元からこの世界は頭がおかしかったので今更だろう。公園で実は女だったゴスロリアーサー王が転がっていたり、ハンバーガーショップで飯を食ってたら爆殺されたりだとか。とにかく糞みたいな世界には違いない。
ざーざーというようなシャワールームの篭もった水音以外はまったくもって音のない部屋の中で、改めて俺はため息を吐く。
サーヴァントとやらはあのハンバーガーショップでも見ていたが、拳銃弾じゃびくともしない化け物であり、そして一撃でそんな化け物の首を切り飛ばすことだってできるものらしいが、今現在シャワーを浴びている自分のサーヴァント……それもかの有名なアーサー王が本当にそんな化け物なのかはにわかには信じがたい。
強大なサーヴァントたちによる殺し合い。だが、サーヴァントが敵に行使する力は当然自分の雇い主にも行使できるわけで、そういったものを防ぐために、いかにも趣味悪そうな右手の甲にいつの間にか掘られてたタトゥー……令呪とかいうやつがあるらしい。
三回のみ、なんか凄いパワーでサーヴァントを呼び戻したり平伏させたり自殺させたりできるすぐれ物らしいが、正直言ってこんなタトゥーに意味あんのかと思ったりすることは多々ある。
なによりサーヴァントとかいうのは飯も食わなくていいし風呂も入らなくても綺麗なままで寝なくても百%働けるらしいのに、俺のサーヴァントは大量の飯を食うわ風呂に入るわで散々だ。
本人曰く、この聖杯戦争は不完全なもので、それが要因でマスターとの魔力の
飯以外にも魔力を変換できる方法もあるらしいが、マスターの血を飲ませたり好きでもないサーヴァントと交わったりとえげつないものしかない。つまり飯食わせるのが手っ取り早く効率的なのだ。……あの飯の食い方見てたらコイツ明らかに必要な魔力以上の飯食ってるんじゃねぇかと思うときもあるが。
何はともあれサーヴァントは仮の肉体を持った幽霊のようなもので、さっきから連呼してる魔力とかいう不思議パワーがなければその仮の肉体を維持できず力も発揮できないとかなんとか。
一般的な……アーサー王曰くこことは"違う世界線"の聖杯戦争はマスターからサーヴァントが召喚されたりするらしいのだが、ここの聖杯戦争はむりやりこの世界に召喚され、マスターと契約を取らないといけないらしい。
大体のサーヴァントはマスター候補の近くで召喚されてるらしいのだが、アーサー王は生憎マスターのいない状態での召喚で3日ほど彷徨った結果、あんなふうに公園で生き倒れてたとかなんとか。
ぶっちゃけオカルト知識ばっかで頭が痛くなりそうだが、とりあえずマスターは魔力噴き出しすぎなんでそれ抑えとけ、魔力隠さないとサーヴァントの自分もマスターに連動して魔力噴き出るから。やり方は黙想しときゃそのうち分かる、みたいなことを言われたので、現在こんなふうに考え事しながら黙想しているわけだ。
「マスター、上がったぞ。ん……うまく隠せてるじゃないか。コツは掴めたか?」
ふとリンと風鈴のように響く声が耳に届いた。どうやら長風呂が終わったらしい。
「まぁなんとかコツは掴めたけど、風呂なんか入って大丈夫なのか?お前がいないと俺はまた爆殺されそうなんだが」
「案ずるな、マスター。あの事故はマスターとのパスがうまく繋げてなかったから起こったことで、常に周りの魔力くらいは把握している。それに念には念をと、警戒の上いざというときには鎧を発現させて戦闘をできるようには整えていたから、その点は安心していい」
つまるところ、俺が死ぬことは早々無いということか。じゃあ安心して寝れそうだな。
「とはいえ、キャスターを殺したのだ。残りはセイバーの私を含めて6名か…もっとも"エクストラクラス"でも来なければの話だが」
「エクストラクラス?」
「復讐者や裁定者……いわゆる招かれざる客のようなものだ。警戒しておくに越したことはないが、基本的にエクストラクラスは無視していい。不明瞭な脅威1つより、明確な脅威が5もいるんだからな」
「まぁ、それもそっか」
寂れたビジネスホテルの一角。
小さめの四角い窓には、まるで絵画のように光り輝く月が、喧騒の光のせいで星の消え去った暗黒の中に浮かんでいる。
明日も生きられたらいいな。
そんな願いを最後に、俺は静かに眠りに落ちた。
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客人
「...ター、..ろ」
深いまどろみの中、ある声が聞こえる。
その声は透き通っていて、耳によく残る声だ。
「..スター...きろ」
だが、その声にどことなく力強さを感じる。
まるで、”ダレカ”を起こしているかのように。
「マスター、起きろ。マスター」
抑え目の声で自分を起こしてくる目の前の西洋人形のような顔たちをした少女。
そう、たしか名前は。
「!、ご、ごめん。寝惚けてた」
覚醒。
一気に夢の世界から引き離され、現実が脳を飲み込む。
「いや、いい。マスターは私とは違う。本来なら昼間まで起こさないつもりだったが...あいにく魔力反応が出たせいでな」
その一言で俺も一気に警戒を強めた。
眠りながら握っていたナガンリボルバーの撃鉄をいつでも下ろせるように、指へと力を僅かに籠める。
「先程から近づいてきているようでな。だが殺意があるにしては動きが緩慢だ。もっとも、警戒を緩める理由にはならないが」
そう言うとアーサー王...セイバーは黒剣をどこからともなく取り出せば、眼光鋭く扉を見る。
俺は後ろのベランダへの鍵を空け、いつでも逃げられるように整える。
「近いぞ」
刹那、俺にも近づいてくる感覚が理解できた。
心臓の鼓動のように”魔力”を感じ、そしてそれは徐々に近づいてくる。
そして....。
コンコンコン、と焦り気味のノックが早朝の部屋へと鳴り響く。
俺が出ようとすると、セイバーは人差し指を唇に当て、そして目線で俺に出るなと制止をしてきた。
確かに、仮に俺が死ねばセイバーも共倒れだ。セイバーは見た目こそ華奢だが内実鋼の肉体を持った騎士と同格なのは、ハンバーガーショップで爆死しなかった時点で目に見えているので、俺もおとなしくそれに従う。
そしてセイバーは扉の前に立つと、すぅーと息を吸い込み、そして。
「えっと...どなたでしょうか?」
猫なで声ではないが、明らかにいつもの声とは違う、まるで夢見る少女やお姫様みたいな可憐な声。お前は花畑で百合でも摘んでるのか?というレベルだが、まぁ油断させる意味もあるのだろう。実際問題先入観は重要だ。
「はあはあ、す、すみません。助けてください!お願いします!」
返ってきた声は若い男のものだった。
おそらく十代後半ごろだろうか。少なくともその声に敵意を感じられない。
「えっ!?わ、わかりました!すぐお開けしますね!」
そしてセイバーは鎧と手元の黒剣を消すと、普段着の黒いドレスへと変わる。
そして俺にまた視線を向けてきた。その視線の先はナガンリボルバー。なるほど、隠せと言うことらしい。
俺はベッドに腰かけると、薄手の掛け布団の下へと右手を滑り込ませる。分厚くはないが、十分に形は隠せているので、及第点と言ったところだろうか。
それを確認したセイバーが、まるで立ち振舞いも少女のようになりながら扉を開ける。
すると、そこに立っていたのは、泥だらけで擦り傷の多い茶髪の気弱そうな少年だった。だが、確かに見えるのは、その右手にある赤い刻印・・・、いわゆる令呪だ。
しかしセイバーはそれを理解していたのか、あせる様子もなく、まるで本当に心配しているような顔になり、目の前の男に言葉を投げ掛ける。
「すごい傷だらけですね・・・。すぐ手当てしないと!」
「あ、ありがとうございます。ありがとうございます!」
男は何度も頭を下げると、それに応じた数の感謝をセイバーに伝えているようで。
セイバーは部屋に備え付けられている救急セットに目をやると、花のような微笑みを浮かべ、俺に対し言葉を伝えてくる。
「タロウさん、そちらの救急セット。よかったら投げてもらえますか?」
女と言うのは怖い。さっきまであんな殺意ましましだったのにこんな転身できるなんて。
いや、女ではなく、王としての彼女にとっては慣れていたのだろうか。
まぁ、どちらにせよ乗るしかあるまい。
俺も、なぜあの男がサーヴァントを連れていないか、気になるところだしな。
「ん、どうぞ。しかし、それにしても凄い傷だ。早く消毒しないとね」
そして俺も微笑んだ。
上手くやれてるかは知らんが。
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権利
「ぼ、僕…突然マスターとか意味わかんなくて。それで、さっき知らない人に攻撃されて。でも、匿ってくれて本当にありがとうございます!」
気弱そうな男は笑顔でお礼をいう。
その顔はTHE現代人といった風貌で、おそらく優しい家庭で育てられたのだろうと推察できる。
「いや、大丈夫だよ。それより、他に傷とかはない?」
「あ、す、すみません。背中のここ、お願いします…つぅ!」
「あっ、ご、ごめんなさい!」
消毒をしていたセイバーがわざとらしくそう言うと、俺に鋭い目つきで目配せをする。
そう言って俺は自嘲気味に笑う。
そうか。そうだよな。これは戦争なんだ。戦争だ、だから……生き抜くためには。
俺は静かにナガンリボルバーを彼の視界の外から取り出し、彼がセイバーの機転でこちらから視界を外した次の刹那。
腰掛けていたシングルベッドの枕を右手で素早く握れば、彼の頭に打ち付けるかのように枕を思い切り押し付け、彼を床へと押し倒す。
「あっ、がっぁ!」
彼は何がなんだかわからないというふうな声調で悲鳴を上げる。そうだ、でも………。
そしてくぐもった銃声が鳴り、彼の頭蓋は跳ね上がれば、枕からは羽毛の焼けた匂いと共に、赤い血液が枕を徐々に染めていった。
「上出来だ、マスター」
「……」
「分かっていたのだろう。それとも、私を責めるか?」
「いや、ただ…俺は、地獄行きだろうな」
「少し訂正だ、マスター」
俺が彼の死体を見つめながら、自嘲気味にいると、セイバーは静かな口調でそう言った。
「元よりこんな殺し合いに巻き込まれた時点で、お互いろくな末路を辿ることはないだろう」
「さて……これからどうする、マスター?他の者共がこの男の魔力を辿ってこのホテルを特定されることは十分にあり得るぞ」
「ひとまず、ホテルは変えたほうがいいだろうね。あとは、この死体をどうするかと言ったところだけど」
俺がそう言うと、セイバーは少し思案するような顔を見せて、浴室に目をやった。
「フローリングに血は垂れていない。たっぷり血を吸い込んだ枕とカーペットと死体を浴室に投げ込み、そこに備え付けてある香水でも垂らしておけば急場しのぎにはなるだろう。朝方にはバレるだろうが」
するとセイバーが手際よくカーペットを運び始めたので、俺は、額からとぷとぷと血を流し、苦悶の表情で目を開けたままの男の瞼を閉じさせたら、そのまま枕のカバーを取り去り、男の頭に巻きつけて床に血が垂れないようにしつつ、戻ってきたセイバーに枕本体を渡す。
そしてそれから十数分後ーーー部屋にそこそこの品質であろう香水の匂いが見事なまでに充満する。
「悪くない匂いだな。血生臭さはしばらく抑えられるだろう。あとはマスター、ホテルを出るまで腕を貸せ」
「腕?いいけど」
そして俺はセイバーに右腕を向ける形で体を翻すと、セイバーがそのまま右腕に絡んでくる。いわゆる腕組みとかいうやつをしてきて。
「これは?」
「単に怪しまれないためだ。香水がぷんぷん香るのに何事もなかったように外を出ては、フロントの者が何かしらを察して部屋に行くかもしれないだろう?恥ずかしいかもしれないが、我慢してくれ」
「…………了解」
フロントの青年から生暖かそうな視線を送られつつ外を出ると、セイバーは凄く自然に腕組みを解いて。
「あの様子だと、朝方までは大丈夫だろう。ホテルから離れるには十分だ」
「だけど、わざわざあそこで殺す必要はなかったかもしれない。それこそ、浴室に男を連れ込んで首締めなりしたほうが良かったんじゃないか?」
「単純に、私がマスターを試したかっただけでもある。嫌だったか?」
「嫌ってわけじゃない。でも」
「でも?」
「いいや、なんでもない」
ふと喉から出かけた、"人殺しをしたくはなかった"という言葉を飲み込む。
今更、一人殺そうが二人殺そうが変わらない。
ロシアの時に手は今以上に汚してるんだ。
俺に、人殺しを悔やむ権利はない。
自分の未来のために、人の未来を奪うような男に、そんな権利など無いのは、とっくの昔に知ってる。
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弓兵
魔術の閃光が眼前を走る。
場所はトンネル内。薄暗い川辺りにある、歩行者用のそこそこに広いトンネルだ。
早朝、まだ陽光すら照っていないほどの時刻。一人のマスターがあっさりと拳銃にて殺された頃。ある二人のマスターと二人のサーヴァントもまた、戦いを繰り広げていた。
「やれやれ……坊主、油断だけはしないようにしてくれよ。オジサンは一応……あんたがいねぇと顕現できねぇんだからよ」
「坊主坊主坊主うるさいなぁ、もう!今愉しいコトしてるんだからさ、お前は黙ってもう一匹のやつと戦っときゃいいんだよ。ランサーぁ」
「へいへい、わかりやした。まぁ、せいぜい死なないようにしてくださいな」
一人の少年に萎びた感じの隠しきれない忠言を呈す中年の槍兵らしき男……彼は癇癪を隠そうともしない少年に特に憤慨することもなく、自分の持ち場へと配置へつく。
「私の計算によれば、あの少年は魔力的には大したことがない。せいぜい、ゴミムシといったところか……」
「あー、ゴミムシだかカナブンだかヘチマだか知んないですけどね、旦那。明らかにあのサーヴァント、雰囲気はただのくたびれたオッサンですけどオレより強そうじゃないですか。そこんところはどうなさるんで?」
「ふぅ…アーチャー。君は私のプランのうち99.99%を達成すれば勝てるのだよ。だからさっさと行け、私は無駄な時間は嫌いなのでね」
「いやー、あー、はいはい。要は全力を尽くせってことっすね。はー、やだ。なんでこんなマスターのとこに召喚されたんだオレは……」
老け顔の魔術師らしき男の指示に対し、そう言って若い緑色の外套を着たアーチャーは弓を携え、静かに槍兵と対峙する。
「いやー、オジサンね。君とは中々気が合うと思うんだ。どう?今回はオジサンに勝ちを譲ってくんないかなぁ〜って思ってるワケ?痛くしないからさ」
「…そうしたいのは山々なんですがね。オレにも矜持ってもんがあるんすよ。だから、逆にそうしてもらいたいくらいなの」
「ほぉーん。やっぱり気が合いそうだ。じゃあ、交渉決裂ってことで―――」
刹那、アーチャーの眼前に穂先が"現れた"。
否、この男…ランサーにとってはただの突きなのだろう。だが、その速さはまるで突風のようだ。そしてアーチャーも唐突な刺突に対して警戒はしていたのか、紙一重で体をずらして穂先を回避する。
続いて、間髪入れずランサーはまるで呼吸をしていないかのようにブレのない、刺突と隙の少ない小斬撃を混ぜ合わせてアーチャーを攻勢に入らせることを徹底的に阻止しようと仕掛ける。
(オイオイまじかよ。このオッサン、大英霊の類か?)
アーチャーは内心驚きながらも、外面では僅かな汗とともに不敵な笑みを浮かべる。
「こんなもんですかい?ランサーの槍ってのは」
「ハハ、心外だなぁ。オジサンすっかり年なんだからそこらへんは考慮してよぉ。ただその割には――随分と攻めに入れてないんじゃないの?」
挑発を交わし合う間も、槍撃は絶え間なくアーチャーの体を刺し貫き抉ろうと襲い掛かってくる。
すでにマスター間の戦闘が開始したのだろう。魔力の残渣が両者の肌を僅かに揺らし、それと同時に更にランサーの攻撃の速度が早まっていく。
(とりあえず距離取らないと話になんねぇな、コレは)
アーチャーはまるで百の熟練兵が繰り出す槍衾の如き攻撃からほんの僅かな隙を見出せば、自身の脚力で付近の壁に飛び、そのまま蹴れば数十メートルほどの距離を置くことに成功した。
「やるじゃん、アーチャーくん。割と殺す気でしてたんだけど、ちょっと隙が多すぎたかな?」
「そうっすねぇ…まぁ、これから形勢逆転ってことで?」
「へぇ〜、結構言うじゃない。オジサンちょっと面白くなってきちゃったよぉ!」
刹那、ランサーがアーチャーの胸を一刺ししようと、縮地するかのように素早く槍を前方に構え、前に身を屈めてステップするかのように突撃してきた。
だが、次は前のように行きはしない。
アーチャーはそう心に決めながら、自身の愛弓から3本の矢を抜き放った。
大英霊といえども当たればただでは終わらないその矢。
しかし、目の前のランサーはそれをものともせず、矢を切払いながら更に前進を続ける。
アーチャーはなるべく地面、壁、天井を駆使しながら三次元的な動きで距離を保とうとしながら矢を放っているが、ランサーは一向に怯む気配なくその動きに追従する。
アーチャーとて格闘戦ができぬ訳では無い…が、あのランサーと格闘戦をしたところですぐさま押し負けるのは目に見えている。
現状、あの相手には自身の有利な距離で戦うしかないのだが、このままだとジリ貧だ。だいいち、こちらの宝具でケロッとしている時点で只者じゃない。
「弓兵くん、ちょっと疲れてきたんじゃない?オジサンに勝利を譲ってもいいのよ?」
「ハァ、ハァ。余計っな、お世話ですよ!」
サーヴァントに疲れはないなどと言うが、精神的に疲れる上に肉体的な疲れもゼロではない。
とはいえ、相手のマスターは魔力が低い。
それに比べ、こちらのマスターは自分で威張って言うなりに相当な魔力量を体内に持っている。
力で押し負け、フィールド的にも不利。
だが、どうやらアーチャーのマスターはここで決着をつける気のようで、であれば奥の手を使うのは致し方ないだろう。
「無貌の王、参る…」
小声でそう呟き、アーチャーはすぐさま姿を消す。
否、同化したといったほうがいいだろう。
「へぇ、こりゃまた汚い手を使うなぁ。オジサン、そういう搦手大好きなんだよね」
「なんで――今から全力でかかってきな、ガキ。年期の違いを教えてやるよ」
刹那。
極光が走る。
「ッ!?」
「へぇ、やっぱりそこにいたの。まぁやっぱり見えなくても、辺りとりあえずぶち飛ばせば、なんとかなるよねえ」
ガラガラ、と音を立てながらトンネル内のコンクリート壁の一部が派手に崩れ落ちる。
だが、アーチャーとて無策なわけではない。
故に激しい衝撃に苦悶の表情を風景と同化していることで隠しながら、続く悲鳴すら耐えてひたすらに走り回る。
「もしかして鬼ごっこでもしたいの?オジサン、大の男と鬼ごっこする趣味ないんだけどね…」
間髪置かず、壁が壊れ、地面がえぐれ、天井が溢れ落ちる。
先程までとは違った荒々しい辺りを巻き込むような攻撃は、同時にアーチャーを徐々に追い詰めていく。
「ンー、そこかァ!」
一閃。
紅い鮮血が散る。
「がはっ」
「結局、さっきキミとオジサンが戦ってた場所に戻ったじゃない。どう?今の気分は」
腹に一筋の軽いとは言えない傷。
サーヴァントながらにじんわりと緑衣に血が染み込み、そして、地面へとゆっくりと垂れ流れ体を伝っては血たまりを象っていく。
既に透明化は解かれ、そこにいたのはだらりと壁に持たれかかりながら、腹を片手で抑えつつ座り混んだアーチャーだ。
「えぇ、そうですねぇ……痛みはないすけど、結構キツイかなぁ」
「ま、槍に斬られたら当然だよねェ…。じゃ、なにか遺言はある?君のマスターは軽く痛みの少ないように殺しておくよ」
「そう、ですね。遺言は―――」
「我が墓地はこの矢の先に――」
「森の恵みよ、圧政者への毒となれ」
「毒血、深緑より沸き出ずる!」
「隠なばりの賢人、ドルイドの秘蹟を知れ―――」
瞬間、ランサーは激しい吐き気を覚えた。
視界が揺らぐ。
なんだ、これは?
だが、ランサーとて英雄の一柱。意識を保ち、槍を杖のようにしながら辛うじて立ったままでアーチャーを睨む。
「ガ、キ……なにをッ、した?」
「へへ、見りゃわかるでしょ。毒ですよ、毒」
激しく生気を漏らし、自身の動きを阻害する腹の切り傷を抑えながら、アーチャーは辛うじて立ち上がる。
「あんたから逃げているとき、いや、透明化する前。オレはアンタに矢を放った」
「ただ、矢を放つだけじゃない。時々弾かせたりしながら、徐々にアンタの体を蝕ませる準備をするとともに、ここいらにいくつかの矢を刺し立てた」
「透明化して逃げていたのは、ずっとアンタから気を逸らすため」
『そして、アンタが今苦しいのは
「がは、なるほど、ねぇ。オジサン、ちょっと油断、し過ぎたみたいだ。ゲホッ」
ランサーの五臓六腑の奥底まで、アーチャーが徹底的に仕掛けこんだ毒のオーケストラが浸透していく。
吐血。
だが、ランサーは血を吐き捨てるようなことはせず、口を閉めたまま口端からたらりと血を流しながら、そのまま逆流する血を半ば無理矢理に飲み込んだ。
「ふぅ……さて、どうします?今なら楽に殺ってあげてもいい。このままだと、アンタはそのまま苦しみながら死ぬしかないですからね」
「ごぶっ、へへっ、そうか。形勢逆転、かぁ……オジサン。久しぶりに攻めたもんだから…ゴホッ、ちょっと調子に乗っちゃったなぁ」
「でも、そうだなぁ……じゃあ、オジサンも奥の手」
「使わせて、もらうよ」
満身創痍。
立つのがやっとというレベルのランサーは、最後の力を振り絞り、マスターたる少年の少ない魔力を自身の体に送り込む。
「ハァ、フゥ……標的確認、方位角固定ィ……! ゼェ、ハァ……『
アーチャーの視界が白く染まる。
単なる光ではない。自身の体を明らかに恐るべき威力の一撃が襲っている。
本来、人一人に向けられるレベルのものではないソレ。
人を喰らいつくし尚も魂すら消し飛ばすようなソレは、サーヴァントであるアーチャーの体ですら、容赦なく焼き払っていく。
直撃だ。
どうしようもないくらい、直撃だ。
おそらく、アーチャーはこのまま座に帰るだろう。
だが、元よりこの勝負は。
「店仕舞いだ、ランサー。お互い座に帰りましょうや」
「悪いけど、オジサンには坊主が…」
「いや、"終わり"だ」
徐々に消えいく視界の中。
黒焦げになり、もはや生命維持すら困難なアーチャー。おそらくはマスターの処置あれど消え去ることだろう。
一方で、毒に蝕まれているが辛うじて満身創痍なランサー。マスターから処置さえしてもらえばなんとかなっただろう。
そうだ。
全ては、それが狙いだった。
魔力量の少ないランサーのマスター。
対しては、ある程度宝具を開放しても平時を保てられるアーチャーのマスター。
毒に蝕み、もはや一般人ですら倒すのが危うい状態のランサーを救えるのは一人しかいない。
だが、それは敵マスターではない。
そう。つまるところ……この戦いは、最初から最後までアーチャーの掌の上だった。
「まさ、か」
「あぁ、全て計画通りなもんで。これでゆっくり逝ける。それじゃあランサー。先に地獄でゆっくり待ってますよ」
そして、閃光が走り。
次の瞬間にはランサーのマスターは魔術の奔流に飲み込まれ、肉塵となった。
魔力量を急激に消費したことによる弱体化。
当然、合理的この上ない魔術師であるアーチャーのマスターがそれを見逃すはずがない。
コツコツと。
誰もいなくなったトンネルのなか。
毒に蝕まれ、更に自身の魔力を徐々に空気の抜けた風船のように抜けていき、地面に這いつくばっているランサー。
彼のもとに、魔術師の男が歩み寄っていく。
その黒いコートの端を揺らしながら。
「ふん、あの男にしては上出来だ。自分のマスターを無傷のまま敵マスターを殺害し、なおかつ自身より格上のサーヴァントを消滅又は無力化させる。計画の進捗的には95%といったところだが…やはり英雄といったところか」
「長話、いいんだけどね。あんたはなにしにオジサンの死に様を見届けに来たの?」
「ふむ、そうだな。ランサー……否」
「"トロイアの英雄"よ。取引をしようじゃないか」
消えゆく意識。
霊体は消え失せ、すっかりと粒子となった意識の中で。
森の中を駆け、一重に英雄と持て囃されたその男はただ思い耽る。
たしかにクソみたいなマスターだったが、なかなかに面白かったと。
それに、自身より格上の英雄を倒し果せたことはある種、男の誇りだった。
戦術的勝利より戦略的勝利を重んじる男にとって、それは未だ存命の頃の偉業にまさるとも劣らないものであった。
故に。
男は思う。
自身の命で繋いだバトン。
あのクソみたいなマスターは、案外うまく使うだろう、と。
死力を振り絞り、全力で戦った緑衣の男。
その彼の名は――――――。
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