日本国をエリア11とは呼ばせない (チェリオ)
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第一章
第00話 「白虎」


 皇歴2005年8月10日。

 畳が床一面に敷かれ、壁は温かみを感じる木材で囲まれた一室。

 それほど広くないこの部屋に数十人の大人が詰め込んでいた。それぞれが違う資料に目を通しながら、真面目な表情で物々しく話し合っている。

 部屋の奥には小さな子供が一人紛れ込んでいた。

 誰かが連れて来たにしても部屋の雰囲気に似つかわしくない少年に誰も無下に扱うことは無かった。寧ろ、大切に、割れ物を扱うように、上役の機嫌を取るかのように接している。

 まるでその少年こそ自分たちよりも権力を持っているかのように。

 

 ―まぁ、実際そうなのだけど…。

 

 どこかやる気のない半眼だけ開いた少年はつまらなさそうに周囲の大人連中を見渡す。

 軍需産業の武器開発班、桐原産業の地底調査班、日本国政府機関所属の派遣員などが日を改めてやってくる…今日は技研の連中だったかな?。

 

 大の大人たちがこんな幼い子供に頭を下げる光景は情けなくも感じる。

 向こうにではなくて()()()()()()()()()()()()()()()()()()自分に対してだ。

 

 部屋に居た少年の名は枢木 白虎(くるるぎ しらとら)

 今年で13歳になったただの子供――ではなく、日本国の名家である枢木家の長男にして、現日本国首相の枢木 ゲンブの嫡子である。

 幼くして天童と称される彼はまさに天才であった。

 小学生になる前に一般の高校までの学を身に着け、やんちゃに外を駆け巡るより子供らしさは無く大人びていた。ゲンブに連れていかれたお偉いさんが集まるパーティーでは落ち着いた態度で首相の子として、枢木家の嫡男として恥ずかしくない態度と礼節を持って見せたのだ。

 あまりの少年らしくない彼を気持ち悪いと毛嫌う者もいるが、本人は気にも留めていない。

 

 元より()()()()の大人のほとんどに期待など抱いていないのだから。

 

 あー…周りに言っても信じて貰えないから口にしたことは無いのだが、俺こと白虎は転生者である。

 理不尽に事故にあって死んだかとか、人の生死に関われる力を持った存在に会ったとか、特別な能力を持って転生したとかは無い。ただただ前世の記憶を持ち合わせているだけだ。

 見て来たアニメに歩んできた人生とかその程度の記憶だ。これだけでも能力と言えるが実際に超常の異能が存在するこの世界では些細な物だろう。

 

 なにせコードギアスの世界に転生したのだから。

 産まれた当時は心底驚きましたよ。いきなり赤子となって見知らぬ女性に抱きしめられていたんですから。

 しかも枢木 ゲンブの息子とか最悪の一言に尽きた。

 この世界の未来を知っている分、読めている分、最悪の先しか見えないのだ。

 

 日本国最後の首相である枢木 ゲンブの息子…。

 うん、日本解放軍を中心とした日本の反ブリタニア勢力の旗印として使われるのですね。

 ならば国外に脱出――しても中華連邦に逃げれば澤崎 敦などに旗印に使われるだろうし、ユーロピアに行けば強制収容所送りだろうし、弟の枢木 スザクのようにブリタニア軍に入れば差別を受けつつナンバーズの歩兵として使い捨てられるだろう。

 ならば名誉ブリタニア人として余生を送るか?……ゼロ・レクイエムで悪逆皇帝と罵られるルルーシュに付いた枢木 スザクの兄なんてどうなるか――否、どうされるか分からない。

 

 これ詰んだんじゃねと絶望したくなる。

 死にたくないし、差別と虐げを受けるのも好ましくない。

 ならば取るべき道は自身の有能性をアピールしつつ安全そうで問題ない人物の側で仕えるか身内になるかと判断する。

 有能性は前世で培った経験や知能を使えば何とかなる。そして一応だが安全かつ問題ない人物との接点も出来そうだ。

 原作開始時より12年前でまだ赤子だが皇 神楽耶との婚約候補となった。原作ではスザクとそんな話が合ったようだが、長男で俺が居るので俺との話に変わりそうなのだ。あくまで候補であり、年齢的に近いスザクも出ているので安心はできないが。

 

 どちらにしても皇 神楽耶の側近ともなれば平和な人生を送れるだろう。安易な皮算用だと笑われるかも知れないけれどそれぐらいしか思いつかなかったし、それで良いと思った。

 あまり無茶もしたくないしね…。

 

 そう思っていたんだよな――去年までは。

 

 きっかけは去年の弟の誕生日。

 枢木 スザクの4歳の誕生日という事で枢木家ではお祝いの準備に忙しかった。と言っても父は一言二言祝いを淡々と述べるだけで別段何か想っている様子はないが。

 さすがに12歳の自分からも何かをするべきかと声を掛けたのだ。

 はっきり言ってスザクの事はあまり好きではなかった。まだ幼いという事で騒がしく暴れまわるし、その結果物を壊す。子供なのだから当たり前と言ったら当たり前なのだが、騒がしいのが基本的に好きではない俺からしたら嫌悪を抱くのは時間が掛からなかった。

 

 それでも相手は幼子。

 表情や態度に出すことは一切せずにしていた。と言ってもあまり勉学などを理由に関わらないようにしていたのは確かだ。

 

 まったく感じていなかったスザクは突然の俺の言葉にきょとんとした表情を浮かべた。

 話し掛けてきたことが信じられないと言いたげな表情だ。

 そして次の瞬間にはその場に可愛らしい天使が現れた。

 

 「にいといっしょにいたいです」

 

 心の底から満面の笑顔を浮かべながら、元気に遊びまわることしか考えていないようなスザクがそう言って来たのだ。

 俺に興味を持っていたのとか、自身が抱いていた嫌悪感がどうだとかは一瞬にて消え去った。

 

 あまりに純粋無垢なスザク自身に俺の毒気が抜かれて、可愛らしい笑顔に心の底から見惚れてしまった…。

 その日、一日はスザクと一緒に過ごした。

 何をするにも一緒に、動けば後ろをとことこと付いて来る。

 

 なんだこの可愛い生物は?

 未来の様子を知っているとしてもこの生き物を無下に扱う事は出来ないと思い知った…。

 

 この時に兄としての想いが芽生えた。

 弟、スザクの為に未来を変えれないかと願ったのだ。

 

 

 軍事大国である神聖ブリタニア帝国に強硬な姿勢を取って日本国民には支持を得ていたが、ナナリーを嫁にするとか言ったり、終わりまで攻め気だけに走ったり、ある話ではルルーシュ達を殺そうとしたりした父、枢木 ゲンブ首相。

 

 守りを重視すると言えば聞こえがいいが我が身大事で逃げ腰だけは軽く、戦場で藤堂 鏡志郎の足を引っ張りまくった片瀬 帯刀少将。

 

 無骨な軍人で日本人がまだ諦めていない、死んではいない事を内外に知らせる為にとはいえ、後先考えず一般人を人質に取った下策に走った草壁中佐。

 

 

 

 ………あれ?日本国のキャラクターで有能そうなのが藤堂 鏡志郎と四聖剣(日本がブリタニアの植民地にされる前の千葉 凪沙は学生なので二人のみ)ぐらいか。神楽耶は原作開始ぐらいにならないと幼過ぎるし、自身の力を振るう事も出来ないだろうし。

 これは知識・未来を伝えて何とかするとかいう甘い考えは無理だとはっきりと理解した。

 

 

 

 だったら俺が動くしかないだろう。

 幼き身でやれることは少ないが幸いにも枢木家の家名に父親の権力、桐原産業の創設者の桐原 泰三の協力など利用できるものには恵まれている。

 ゲンブは利になることを理由付けして伝えれば納得し、桐原のじいちゃんには大量のサクラダイトが富士の下に埋まっていることを伝えた。勿論、日本侵攻が早まるかも知れないので公には発表されていない。

 そもそも日本で原作のように取り出すことは不可能だ。どれだけ父が頑固で強引な手腕を振るおうと富士山そのものを取り出すための装置に作り替えるのは批判がすさまじいことになる。別ルートでの発掘になるとかなり手間取るが原作開始までに間に合えばいいのだからゆっくりと考えて貰おう。

 

 桐原産業の人とはその話がメインで、軍需産業には対ナイトメアを想定した兵器の開発、技研には災害時に使えるとして開発案を持ち込んだ機械。…誤解が生まれないように細くすると災害時に使えるが戦争にも転用できる機械である。

 

 こちらのほうが日本侵攻までに間に合うかが怪しいのだが、間に合わなかったら間に合わなかったで何とかしないといけない。

 五年も前から気が重いよ…。

 

 「しろにいあそぼぉ」

 

 襖の向こうよりスザクの声が届き、大人たちは顔をしかめる。

 コードギアスの日本国の大人たちは前世に比べてもプライドが高すぎる。天元突破しているのではないかと思うほどだ。だけど実績も叩き出して、利益をいくつか生み出し、権力のある父親を持つ俺に対して頭を下げねばならない。出来るなら下げたくないもの理解している。さっさと済ませて関わりたくない気持ちを持っていることも知っている。

 だから断って話を詰めないといけない……分かってはいるんだけども…。

 

 「スザク、少し待っていてくれるかな。

  皆も休憩を挟もう。かれこれ二時間も詰めっきりでは思考能力が鈍ってしまう。何か甘い菓子とお茶を持ってこさせよう」

 

 何か言いたげではあるが頷き、二つ返事を返した大人たちに背を向けて襖を開けた。

 

 「待たせたなスザク。何をしようか」

 

 先ほどまで半眼で冷めていた白虎は消え去り、穏やかな微笑みを浮かべた表情に周りの大人達は驚くばかりだ。

 スザクは遊んで貰えると大いに喜び手を引いて行く。

 

 これから何があろうとこいつだけは護って行こうと嬉しそうなスザクを見て白虎は心に誓うのであった。



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第01話 「準備は万全とはいかなくとも整った」

 ボクはこの世界すべてが憎く感じていた。

 

 母を殺した奴らが憎い…。

 平民出身の母の死を悲しむどころか喜ぶ貴族たちが憎い…。

 ボクと妹を政治の道具として他国に送り出した父親が憎い…。

 ブリタニアの人間だからって強盗の国と蔑み、石を投げつけてくる日本国の子供たちが憎い…。

 

 憎い…。

 どれもこれもあれもそれも目に付くもの、脳裏に焼き付く人間そのものが憎い…。

 

 ボクに力があれば…すべてを覆し、塗り替える力があれば…。

 そんな現実味のない願いを抱いている。

 夢見がちな事も、あり得ない事も心の奥底から理解している。しかしながら欲してしまう。

 せめて妹を護れるだけの力だけでもと…。

 

 今日も今日とて石を投げつけられた。

 日本国首相に引き渡されたボクは自らの面倒は自ら見ると言い、監視目的だったであろう家政婦を断り、生活費だけを貰って過ごすようにしている。

 ゆえに食事の用意も食糧の買い出しも自分たちの仕事となる。

 妹は母が亡くなったテロのトラウマで目を閉じ、怪我で車いす生活。自ずと全てはボクの担当になる。不平不満を感じている訳ではない。寧ろ、誰かに任せるより自分でやれている事に安心感を覚えている。

 …そもそも目が見え、歩けたとしても妹に買い出しを任せるわけにはいかない。

 

 買い出しに出るという事は住みかとして提供されている枢木邸の敷地内から外に出るという事。

 敷地内には関係ない人の出入りはないので問題はほとんどないが、外に出れば見知らぬ人物と遭遇する。その中にはブリタニアに悪感情を抱き、ブリタニアの皇子という理由一つで石を投げたり、暴力に訴え鬱憤を晴らす者もいるのだ。

 

 ボクは買ったばかりの食材を護るために身を盾にして蹲る。

 群がった子供たちは蹴ったり、石を投げたり好き勝手に暴行を行い、それを目撃した大人は知らん顔をして通り過ぎ、護衛として付けられたSP達は命に別条が及ばない限り動く気が無い。

 

 助けなど求めない。

 ボクはただただ憎みながらこの理不尽な連中と時間が過ぎゆくのを待つだけだ。

 

 そんなボクの日常と化した一日………それは唐突に終わりを告げた。

 

 一人の青年が現れた。

 オーダーメイドで誂えられた上着を雑に放り投げ、石を投げたり蹴ってきた少年たちの頭に拳骨を落とし、何もしていなかったSP達を殴りつけていた。

 護衛を行うSPはある一定の格闘術を習得している。その鍛錬の末に得た体術を用いることは無くのされていく様子は異常…というよりその男の地位を明確にした。彼らが無抵抗、または反撃に出る事を躊躇うとなれば世間的に地位のある人物かそれに連なる者、もしくは雇用主の血族と言った所だろう。

 

 青年は真っ直ぐと瞳を見つめ、膝をついた。

 同情や憐れみを受けるつもりはない。確かに助けられたが頼んだわけではない。

 無視して立ち上がり、通り過ぎれば良いとまで考えていた。

 

 「――少年、力が欲しいか?」

 

 たった一言。

 冗談などの声色は一切含まれない真っ直ぐな言葉。

 それがどういう意味でなんの思惑があるかなど考えることなく、間も開けずに「寄越せ…」とだけ呟いた。

 青年はにこりと頬を緩めて頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でてきた。

 

 「なら付いて来い。俺がお前に力を貸してやる。だからお前も俺に力を貸せよ」

 

 これがボク――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと枢木 白虎との出会いだった…。

 

 

 

 

 

 

 2010年八月一日 枢木家別邸。

 日本国首相である枢木 ゲンブが長男である白虎の為に建てさせた屋敷で、日本独特の和の外観を誇り、内部は異様なほど防犯と防音、盗撮などの防諜に優れた設計となっている。

 

 その別邸の一室にて難しい顔をして椅子に座る少年がいる。 

 少年の名はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 神聖ブリタニア帝国の皇子の一人で母親が亡くなったことで、父親のシャルル・ジ・ブリタニア皇帝に外交の道具として日本に送られた悲しき皇子。

 

 「どうしたルル?もう降参か」

 「むっ…まだですよ」

 

 挑発するような一言にピクリと顔を歪ましながらテーブルの上に乗せられた将棋盤を睨みつける。

 テーブルを挟んで椅子に腰かけるのは赤のネクタイに黒のベスト、白の上着を着こなし、黒のつばが前下がりのチロリアンハットを被った枢木 白虎であった。

 

 あれから五年という年月を経た白虎は神聖ブリタニア帝国と戦うべく準備を進めて来た。

 目の前にいるルルーシュもその一環である。

 

 コードギアスに登場する日本人キャラで優秀なのは少ない。

 皇帝最強の十二騎士(ナイト・オブ・ラウンズ)に匹敵する腕前を持つ紅月 カレンや弟の枢木 スザクが居るが原作開始七年前では小学生…。

 逃げ腰の片瀬少将や突撃武者の草壁中佐は置いておいて、まともなのが藤堂 鏡志郎中佐と四聖剣しかいない。しかも四聖剣の千葉さんは学生で三人と弱体化しているし…。

 

 だから考え、行動し、かき集めた。

 前世の記憶と原作知識を有した俺は最強チートや無双なんてことは行えない。

 だけど枢木家に生まれた幸運も合わせて出来る事は多くあった。

 

 日本という狭い国土を最大限有効に使った住宅街や市街地が密集した特性の為に大型兵器は邪魔になるので小さく、大量に生産できる対ナイトメア兵器の開発アニメで知り得た戦術よりこちらでも使用できるものの選定、対ナイトメアを想定した部隊の創設…etc.etc.

 そして優秀な人員の確保。

 

 スザクやカレンは戦闘面で優秀なので小学生の今では期待できないが頭を使う事に関しては問題ない筈だ。

 この時期に優秀な能力を持ち、日本に居るという条件に合う登場キャラクターでルルーシュ・ヴィ・ブリタニアほどの者はいないだろう。

 ドラマCDなどで知ってはいたが枢木家で世話をする事になったルルーシュの扱いはひどいものだった。

 苛めや差別、護衛なのに護衛をしていないSPに秘密基地という名の遊び場であった倉を盗られたスザクの暴力……。

 大国の皇子を預かる身としては最悪の対応だ。しかもルルーシュは母親を殺害されたばかりで精神的にも余裕がない。

 

 おかげでこちらには取り込み易かった。

 父親であるシャルル・ジ・ブリタニアに祖国神聖ブリタニア帝国に対する憎しみ…。

 政略結婚目的とは言えナナリーと婚約を目論んでいた俺の父親の枢木 ゲンブへの説得でのナナリーを守ったという恩。

 汚い大人になりつつある自覚はあるんだけど、慣れたくはなかったなぁ…。

 

 「これなら!」

 「おっと、まだそんな手があったのか。しかしこれで王手だ」

 「――うぇ!?」

 

 思いもしなかった一手を打って盤上に光明を浮かび上がらせたルルーシュであったが、大人げなく容赦することなく王手をかける。もうこうなってはルルーシュも勝ち目を見出すことは出来ないだろう。

 

 「さて、どうするかな?」

 「――クッ!……参りました…」

 「これで二連敗だね」

 「それはお前が攻めを封じて守りに徹しろって言ったからだろ!!」

 「ルルーシュ。前にも言ったけど日本国は基本防衛戦しか出来ない。物資も人員も限られた状態で海を渡っての攻勢は不可能。ならば防衛能力の強化は必須……で、君は防衛戦は得意かな?」

 「………」

 

 ばつが悪そうにそっぽを向くルルーシュも良く分かっている。

 攻め手としては優秀だが防衛戦は苦手なのだ。

 

 あー…一つ訂正するとルルーシュの防衛策は優秀である。ただ周りに居たシュナイゼルと本人が比べての判断で、片瀬少将や現役の将軍のほとんどより策士だ。しかも防衛しながら反撃の奇策を行おうという頭脳を持ち合わせている。

 彼が十六……いや、せめて十四歳ぐらいだったら無理を通して前線の指揮を任せられるのだが、いかんせん子供過ぎて優秀云々の前に前線の兵士が命令を聞いてくれないのは明白。

 

 「お兄様、シロさん。お食事届きましたよ」

 「もう十二時か…昼食にしようかルルーシュ」

 「あとでもう一度勝負だからな!」

 「はいはいっと…ナナリー失礼」

 

 車いすに乗ったナナリーが入ってきてルルーシュとの勝負は午後にお預け。昼食を食べる為にナナリーをお姫様抱っこして車いすから普通の椅子に移す。

 負けが続いたのと妹をお姫様抱っこしていることが気に入らないルルーシュの怒気や殺気の籠った視線を背中に浴び、右足の甲に痛みを受けながら体勢と笑みだけは維持する。

 

 「痛いじゃないか」

 「あら?ごめんなさい。でも未来の妻よりほかの女子をお姫様抱っこするのが先とはどういうことなのじゃ!」

 「何やってんだかな…っていうかお前もよく飽きないよな」

 「うるさいがさつ者」

 「なんだと!」

 

 神楽耶にスザクも入ってきて賑やかになった。

 いや、まぁ…来ていいよと言ったのは俺なんだけど一応ここはブリタニア侵攻の対策室も兼ねてあるんだけど……。

 

 原作通り最初は仲の悪かったスザクだったが俺がルルーシュと仲良くしたことが気になり、今では普通に友達として絡むようになった。

 そして皇家のご息女である皇 神楽耶は枢木家の長男である俺の婚約者となった。

 まだ本人は婚約者というものをおおよそでしか教えられていないが、五年前からちょくちょく顔出して遊んだりもして仲も良いので本人は嬉しげだけど、たぶん遊び相手ぐらいにしか思っていないだろうな。

 

 「ほらスザクもルルーシュも仲良くしなさいって…ん?ナナリー、注文って誰がしたんだ」

 「え、C.C.さんが――」

 「呼んだか?」

 「呼んだかじゃねぇよ。何処から金用意した?」

 「…経費だろこれ?」

 「経費で落ちないからな!というか俺の財布当てにするの止めろよな」

 「そんな事よりタバスコが切れたんだが」

 「あ?まだ予備があっただろう」

 

 そうかと呟いて台所に向かうC.C.を目撃したルルーシュとスザクが大慌てで駆け出す。

 前にも同様なことがあってタバスコを探し出した後の光景はまるで夜盗、もしくは野犬の群れに襲撃でもされたかのような惨状になっていた。

 あいつの個室も三日と経たずに汚部屋へと変貌するし、ほっとけば三食ピザで栄養が偏るなど子供の教育上問題があるか…。

 

 今更ですがC.C.は枢木家で雇いました。

 記憶が曖昧なのだがテレビアニメの第一期一話目で幼いスザクとルルーシュを眺めていたシーンがあったのを覚えていて、ルルーシュがこちら側に付いたことで気になって周囲を気にしていると、案外あっさりと見つけましたよ。

 木陰に隠れていたとはいえ、着物姿の緑色の長髪の女性が立っていたら嫌でも気づいたよ。…これは知っていたからという事もあるのだろうけどさ。

 

 とりあえず会ってからピザで釣って、ルルーシュとナナリーの世話役として雇ってもらった。給金も出ている筈なのだがよく俺の財布目当てでピザを頼むんだが何とかならないかな。

 それと世話をする筈がほとんどルルーシュが世話をしているんだけど。

 掃除、洗濯、料理などの家事スキルがどんどん上達していっているよルルーシュ君。

 タバスコを手にしたC.C.とピザが入った箱を二個ずつ手にしたルルーシュとスザクが戻り、皆が席に付く。

 さて、食べようかという時に私の携帯が鳴り響いた。

 着信音から通常時に使う私用の携帯電話ではなく、盗聴防止などの機密性を高めた携帯が鳴っている。

 苦笑いを浮かべて席を立ち、皆には先に食べるように指示をして自室へ向かう。

 鍵をかけて通話ボタンを押すと聞き覚えのある声が耳に入る。

 

 『今良かったか枢木少佐』

 「お久しぶりです藤堂中佐」

 

 呼ばれなれない階級に苦笑を浮かべながら言葉を交わす。

 十七歳の未成年者が少佐なんて階級に辿り着けるはずがない。勿論裏はあるさ。

 士官学校に入る前にブリタニアの各地を回った俺は身分を偽り、情報収集に努めた。

 藤堂中佐など枢木神社付近の道場には多くの軍人が通っている。俺が枢木家の人間で関わって来る人間が居て、その中にはブリタニアとの戦争を危惧している連中もおり、原作知識とそれらしい話し方でもって取り込み、協力させた。

 

 一番に収集に励んだのはカルフォルニア近辺。

 あそこにはブリタニアの大規模工廠やら軍専用の飛行場などが完備されている。情報を手に入れるのにはかなりの手間がかかったが記録や資料は無理だが多少ナイトメアの情報を得た………という事になっている。

 実際は原作知識で知っている事を書き出して、それが戦場でどういう風な活躍をするであろうかの可能性をそれらしいデータを付けて教えた。

 

 父や軍関係者は驚いただろう。

 そして実力を認めた父は信頼のおける者として俺にある一定の仕事を任せた。

 その仕事で実力を見せつける度にゲンブは大きく信頼を寄せて自由に動けるように色々手を回してくれた。

 

 まずは士官学校を卒業し、少尉候補生として訓練を受けた後に少尉になった俺は今まで兵器開発を手伝った功績を利用するべく技術部へ転属。二か月で中尉に昇格、次に情報部に転属させられナイトメアの情報入手の功績で大尉、対ブリタニア&ナイトメア用の大隊設立の編成官として大隊の編成をこなし、最後には少佐に昇進できたことで大隊の指揮官として着任。

 枢木家の家柄と関わり合いになりたい軍上層部の連中、膨大な資金と権力により成り上がった俺。

 

 本当に上手くいきすぎだ。

 怖いくらいにな…。

 なんでも良いけどさ。スザクや身の周りの人間を守れるなら何でもいいさね。

 

 『状況はどうだ?』

 「問題なく。すでに卜部中尉には東北へ移ってもらったよ」

 『こちらは九州に入った。仙波大尉を中部、朝比奈中尉を四国に向わせたが、中国地方に対応を任せる人員を配置しなくてよかったのか?』

 「構わないですよ。中国地方には侵攻軍は来ないので」

 『よくそんなことまで…いや、情報入手先は聞かないでおこう』

 

 藤堂中佐からは優秀な諜報員という認識もされているがそれが間違いなのはお察しの通り。原作知識にあった侵攻図の記憶によるものだ。

 

 太平洋側に布陣した日本海軍所属の艦隊はハワイなどのブリタニア領を経由した二つのブリタニア太平洋艦隊、ブリタニアフィリピン海艦隊により撃滅。日本は地理的に背後を中華連邦が位置しているから後ろの守りは手薄にしていたが中華連邦を経由してひとつの艦隊が攻撃を仕掛けてきたことにより中華連邦は多少ブリタニアに力を貸したと見える。

 その後の北海道を囲むように四つ、東北は日本海から一つと太平洋より二つ、東京近辺に二つなど十四の上陸部隊が日本国土に部隊を送り込んだ。日本各地に上陸したにも関わらず中国地方にだけは上陸されなかった。

 

 ただ気になってそれだけは覚えておいたのが役に立った。

 場所が分かった所で完全に防げるほどの人員も物資も無いのだが…。

 

 『そちらはどうなのだ?確か予定では貴官が東京方面の上陸部隊を相手にする筈だが…』

 「問題ありません。すでに部隊も配置して近隣の民間人には避難して貰った。桐原さんから頼んでいたびっくり箱(・・・・・)も届いた。そちらへの新兵器の輸送はどうですか?」

 『届いた。上手くいけば上陸した部隊は倒せるだろう。こうも早く貴官の虎の子の兵器を実戦で使うとはな』

 「アハハハ、藤堂さんなら使わずにも勝てそうですけどね」

 『それにしても片瀬少将よりの一個師団の援軍……どうやって取り付けた?』

 「俺が――自分の父親のコネを使って成田連山の防衛部隊を減らさせました。あまり使いたくない手ではありましたが勝つためには何でも使わないと」

 『同感だな。では、健闘を祈る』

 「御武運を中佐」

 

 通話を切った携帯を作業台の上に置くと何の躊躇いもなく叩き壊した。内部はあとで炙るとして今は食卓に戻るか。

 この作業には可能性は少ないが、同じ情報端末を使い続ける事で特定され盗聴されるのを防ぐためである。

 と、いうのは建前でスザクたちとの団欒を邪魔されたというのが一番の理由であることは俺だけの秘密である。

 それにしてもなぁ…。

 

 「健闘を祈るか。開戦の八月十日は俺の誕生日なんだけどなぁ…ま、自身でデカい花火でもあげるとしますか」

 

 乾いた笑みでため息を零し、帽子の位置を直しながら皆の元へ向かうのであった。



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第02話 「八月十日」

 皇歴2010年8月10日。

 神聖ブリタニア帝国は日本国に対して宣戦布告。

 同時にブリタニア艦隊による領海侵犯が行われ、防衛に駆け付けた日本海軍と衝突。

 大艦隊で押し寄せたブリタニア艦隊に急遽集められた日本海軍は壊滅。

 ブリタニア海軍はほぼ無傷で突破。あとはナイトメアや歩兵を乗せた輸送船と多数の上陸艇による日本への本土上陸作戦が開始される。

 

 現行の兵器を圧倒的に上回るナイトメアフレームの実戦導入にて、本土防衛戦は崩壊。

 兵器・物資・兵員で勝るブリタニアは一日にして侵攻目標であった沿岸部を攻略…………。

 

 

 

 ―――――出来る予定だった…。

 

 

 

 宣戦布告を受けた日本政府、国防軍総司令部は騒然としながらも予定されていた防衛計画に従って行動を開始していた。

 元々首相から本日に侵攻を開始するだろうと秘密裏に防衛部隊を移動させたりしていたが、関係者の誰もが半信半疑でまさか本当に宣戦布告されるとは信じていなかった。

 配布された防衛計画に則って防衛艦隊を出撃させたが、あっという間に壊滅。

 日本国領海への侵入を防ぐ手立てはなくなった。

 計画通り(・・・・)とは言え軍部・政府上層部は半信半疑で見守るしかない。

 

 千葉県の海岸沿いに向けてブリタニア海軍が進軍してきた様子を日本国首相枢木 ゲンブは、険しい表情ではなくニヤリと笑みを浮かべながら眺めていた。

 モニターに映る艦隊はかなりの数で既に本土へと向かってくる上陸部隊の数も尋常ではなかった。多分この部隊こそ本土上陸の主力部隊だろう。

 

 作戦司令部を兼ねた部屋内では各オペレーターが忙しなくキーボードを叩き、インカムを通してやり取りを繰り返す。

 対して枢木 ゲンブと今回の作戦の要をこなした桐原 泰三を特別に招いて、見世物でも見物するかのようにリラックスしていた。

 

 「まったく、貴様は国のトップであろう。もう少し慌てたらどうだ?」

 「知り得ている事柄が目の前で起きた所で何を驚けと言うのか」

 「はぁ…儂もそうだから強く言えんがな。あの小僧は予知能力者なんじゃないかと疑うぞ」

 「――フン、そんな非科学的な存在ならここまで真面目に話を聞くことはなかっただろうな」

 「末恐ろしいのぉ。アレが成長したらどうなる事か」

 「危惧するか?」

 「いんや、楽しみだ」

 

 かっかっかっと桐原翁の笑い声も周りのオペレーターの声でかき消される。

 すでに艦隊によるロケット弾と航空戦力の攻撃により沿岸部の建築物に多大な被害が出ている。そこには指示通りハリボテの兵隊や兵器しか置いていないというのに。

 

 「ブリタニア軍第一陣上陸間近です」

 「戦闘機部隊は空母に帰還、補給中とみられます」

 「続いて第二上陸部隊が来ます。目標地点到達まであと10秒!」

 「さて、そろそろじゃな」

 

 大きく頷き立ち上がるゲンブを見て、近くで控えていた准将以上の軍人たちも立ち上がり視線を向ける。

 その表情には悲観などの感情はなく、どこか自信に満ち溢れていた。

 

 「では、奴らに我らが国を攻めた罪を償わせるか―――これより第二作戦へ移行。反撃の狼煙を挙げよ!!」

 「首相…こちらを」

 「うむ」

 

 内部を機械機器で埋め尽くされたアタッシュケースを向けられ、中央のスイッチを見つめる。スイッチの上部には鍵穴があり、ゲンブは持っていた鍵を入れて捻る。ロックが解除され、これでボタンが押せる状態になった。

 大きく息を吸い、吐き出して気持ちを落ち着かせ、力強くボタンを押した。

 

 海上を進む第二上陸部隊の真下が鮮やかな桃色の輝きを放ち、第二上陸部隊はその輝きの中へと消えていったのである。

 これこそ日本国の―ー枢木 ゲンブの―――否、枢木 白虎のブリタニアに対する最初の一手だった。

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国…。

 大陸一つを国土にしている大国。

 留まることなく成長し続け、軍事力にものを言わせて幾つもの他国を植民地支配する超大国に成長した今でもその歩みは止まらない…。

 

 俺は臨時第08軍所属第二歩兵大隊所属のNo.1615。

 日本上陸作戦に合わせて臨時に編成された神聖ブリタニア帝国により八番目に植民地にされたエリア出身者で編成された歩兵部隊。

 幾ら超大国で国力も戦力も物資も他国に比べて多いと言っても限度がある。

 すでに植民地エリアを十か国も獲得し、エリアを維持しうるだけの戦力を置かねばならない。それらでも大量に人員を配置しなければならない状態で人的資源を最も失う戦争。足りない人員を補充する意味でも失われるブリタニア人の損失を減らす意味でも植民地エリアの人間を用いるのはブリタニアからすれば当たり前の発想であった。

 何の支援も社会的地位も与えられない植民地エリアの人間。

 役所に申請して一部の制約を免除され、ブリタニア人の支配を受け入れた名誉ブリタニア人。

 その中で軍に所属した者には銃の保持を許すか許さないなどいろいろな差別的格差や取り決めがある。

 人間には多くの考えを持っているが、大多数が苦しい生活より少しでも良い生活を目指す。

 俺もその一人だ。名誉ブリタニア人になり、ブリタニア軍のナンバーズ部隊に入隊し、少しでもよりよい扱いになるように必死に務めた。頑張りが報われたのか今では銃を携帯する事を許される立場になった。

 それでもナンバーズへの差別や格差は激しかった。だからもっと良い暮らしを求めて危険に飛び込んだ。

 

 危険を伴う他国への侵攻軍の第一陣。

 僅かながらの報奨金や功績から得れるご褒美を求めて志願した。

 おかしな話だとは思う。

 支配される苦しみを知っている自身がブリタニアが他国を支配する手伝いを率先してやっているのだから。

 

 現在俺が乗り込んでいる輸送船はブリタニア海軍の艦隊に護られながら日本国のイバラキ・フクシマと呼ばれる地域の沿岸沿いを目指している。さすがに艦隊で直接乗り付ける事はしないがかなり近くまで迫っている。

 ブリタニア人の上官が見下しながら怒鳴って命令を言い放つ。

 見下されることもぞんざいに扱われることも慣れているので今更どうとは思わない。言われたまま列に並んで順番通りに上陸艇に乗り込んで行く。

 乗り込む際、空母より発艦した戦闘機や攻撃ヘリが飛び立った。それに続いて艦隊のロケット弾が一斉に放たれて海岸線の先に並ぶ住宅街を吹き飛ばして行く。

 

 その光景を見てまたかという感想を抱いた。

 上陸作戦の際には無防備な上陸時こそ防衛側は攻撃を仕掛けてくる。それを防ぐために飽和攻撃を行って敵の防衛能力を削るのだ。それゆえに迎撃システムを配置してあるであろう防波堤や兵を伏せて奇襲や白兵戦を行える住宅街を集中的に狙って攻撃している。艦隊からのロケット弾に続いて戦闘機や戦闘ヘリからの攻撃で建物の多くが吹き飛び火の手が上がる。

 何度目だろうか。自分がブリタニア軍として侵攻軍に組み込まれた時も、自国が侵攻された時も見た光景…。

 

 日本国の防衛能力を削った所で輸送船より多くの上陸艇が海岸に向かって進み始める。第一陣は急ぎ海岸沿いを走破し目標地点までの道を切り開くのが目的で、目標地点の確保などは第二陣が行う。

 正直第一陣は捨て駒だ。ナンバーズで構成された歩兵部隊は海岸に埋められた地雷や海岸沿いに残っている防衛線力の排除など言葉通りの捨て駒として扱われるのだ…。

 しかし、従来の上陸作戦と違ってナイトメアフレームなる新兵器が実戦投入される事は心強い。

 話を聞いたのは作戦開始直前になってからで、聞いた直後はSFかなにかと嗤ったものだ。いきなり今回の戦いでは人型のロボットが投入されると聞いたら皆同じ反応をするだろう。けれど上陸艇で目にしたナイトメアフレームは思っていたよりも小型ながら堂々とした佇まいには戦場では味わえない安心感があった。足には機動力を得る為のランドスピナーなる車輪が取り付けられたパーツがあり、かなりの機動力で走破出来るとか。つまり自分たちの先頭を進むロボット。しかも装甲車と同じ装甲を使っているという事は自分たちが危険視している対人地雷などものともせずに走破するのだ。安心感どころか大きな期待感を寄せずにはいられない。

 

 仲間たちも妙に安堵した表情で海岸線を見つめていた。

 ゆっくりと海岸まで辿り着いた上陸艇は降り口の鉄板を開けて海岸へと続く橋になり、歩兵や戦闘車両、ナイトメアフレームが次々に上陸を果たして行く。

 が、ここで俺は気になることがあった。確かにブリタニアの飽和攻撃はかなりの物量を投入したことで住宅街などは粗方吹き飛んでいる。されど完全に吹き飛ばした筈はないので生き残りは必ずいる。なのに銃弾一発飛んでこないというのはどういう事なのだ? 

 疑問を抱きはしたが周りの仲間と同じにブリーフィングの通りに海岸を突破しようと駆け出していた。

 先頭をナイトメアフレームが進みだし、装甲車以上の速度で進んでいく。 

 

 突然、シャンパンのコルクが抜けたような音が響き渡り、円柱型の物体が砂地より飛び出した。

 それがいったいなんなのか。見当もつかない間に俺は何かに吹き飛ばされた。

 衝撃に耐えきれず倒れ込んだ俺は上に乗った何かを押しのけながら周りを見渡す。

 

 ―――地獄が広がっていた…。

 

 戦争に従事するからには悲惨な作戦や残虐な行為を目にする機会も多かった。

 だが、これはなんだ?

 自分たちが期待を寄せていた先行のナイトメアフレーム隊は蜂の巣か大破して地面に転がっていた。それだけでなく、ナイトメアだけではなく歩兵部隊にも被害が出ていた。

 上に乗ったのがまさにそれだ。何があったかは分からないが大きく抉られた仲間の死体。上に乗ったものを理解すると同時に胃の内容物をその場で吐瀉した。

 後味の悪い酸味が残るがいちいち気にしてはいられない。

 このままここで倒れていては乗って来た者同様自分も同じ運命を辿ってしまう。

 

 他の部隊でも同様の事が起きていた。

 ある地点を通り過ぎると地面より円柱形の物体が空中へと射出され、それが破裂すると周囲に何かが撒き散らされる。

 ナイトメアフレームも、装甲車も、歩兵もそれの直撃によって無残にも屍を晒した…。

 

 呆気にとられる兵士は多く、歩兵だけでなく無事なナイトメア隊までも足を止めていた。

 まさにそれを待っていたと言わんばかりに大きな爆発がいくつも起こった。爆発したのは先行部隊がやられた位置と上陸地の中間。爆発自体の被害は少ないがその爆発はクレイモアのように周囲に破片を撒き散らすタイプの地雷なのだろう。自分の近くにも飛んできた鉄の矢を見て理解できた。目に映った感じから何百、何千もの鉄の矢が放たれた事だろう。

 ナイトメアや装甲車にも被害が出ていたものの規模の割には小さかった。先行部隊がやられたのと違って、この地雷は対人地雷であったのだ。

 点のような影が多く自分に被った事である事に気付いて大慌てで駆け出す。

 駆け出した先には足を止めている装甲車があり、滑り込むように車両の下へと潜り込む。

 もしも急に動きでもしたらひき殺される。が、外に出てば確実な死。ならば祈るしかない。

 

 大きな爆発で鉄の矢は周囲だけでなく頭上高くまで打ち上げられたのだ。それらは放たれた勢いがなくなった時点から地球の重力や引力に従って落ちてくる。何千もの鉄の矢の雨が歩兵たちを襲った。

 

 まさに地獄絵図と言う奴だ。

 第一上陸部隊の大半の兵士が鉄の矢を浴びて行動不能に陥っていた。ナイトメア部隊もかなり減らされたが第二上陸部隊と合流すればまだまだ行ける。

 

 

 

 海面が桃色の閃光を放ち、大きく盛り上がって第二上陸部隊の上陸艇をひっくり返した。何とか耐えた上陸艇もあったが同じように耐えようともがいた上陸艇とぶつかり大きく破損した。

 

 

 

 もはや第二上陸部隊を期待できない以上はここには絶望しかない。

 こちらの絶望を色濃くするように防波堤を超えて日本軍が迫る。機関銃を積んだ装甲車も含まれていたが大半が二人乗りした三輪のバイク集団だった。バイクの正面には対人用の機銃が取り付けられ、荷台に乗っていた兵士は無反動砲か軽機関銃を構えていた。

 確実に機動能力を重視した部隊。

 それだけではない。あの最初に爆発した地雷などはナイトメアを想定したものだった。

 ブリーフィングでは奇襲と聞いていた筈なのに日本軍はすでに準備を終えていた。

 もしも……もしもだが日本軍がこちらの動き、戦力を把握して用意を整えていたのではないか?だとすると今頃各方面軍も…。

 

 呆然と眺める一兵士は抵抗は無駄だと察し、捕虜の一人となったのであった…。

 

 

 

 

 

 

 福島・茨城沿岸地域防衛司令部の情報統括室。

 海岸線の様子をモニター越しに眺めていた枢木 白虎は安堵して大きく息を吐き出した。

 自身の作戦が上手くいった事に安堵するが喜んでばかりはいられない。なにせ彼は忙しいのだ。藤堂 鏡志郎中佐や後の四聖剣メンバーの内三名にも各地で指揮を執って貰ているとしても有能な指揮官が足らなくて負けている戦線があるのは事実。ここの部隊を片付けたら次の戦場に移動しなければならないのだ。

 

 「そういえば…大丈夫かルルーシュ?」

 

 司令官が座る特等席の隣には子供が座れる椅子を用意されている。

 これは白虎がルルーシュに戦場での事を知ってもらおうと急ぎ用意してもらった特等席なのだが、その特等席に肝心のルルーシュの姿はなかった。近くのごみ箱を抱き抱え、胃の内容物を吐瀉していた…。

 

 「あー、すまん。配慮が足りなかった」

 「……うぅ…」

 「どうするこれから見るの止めとくか」

 「いや、慣れておかないと…俺はあいつを」

 「そっか」

 

 そうだよな。

 原作でのルルーシュのイメージで忘れてたけどまだ幼いんだよね。

 …これトラウマものだよね。

 吐くぐらいで済んで本当に良かった…あれ?そういえば母親の殺害現場を目にしてたよな。他人より肉親が無残に殺された現場に比べれば遠目からのシーンはまだ軽いか。

 

 「…はぁ…はぁ………あれ何だったんだ?」

 「アレとはどれの事だ」

 「一度目と二度目の地雷。そして海中での爆発の三つ」

 「あぁ、地雷の方は新型の対ナイトメア地雷と対人地雷。そっちは後で詳細が書かれたもんを渡すよ」

 「海中の奴は?」

 「そっちは兵器じゃない。流体サクラダイトが詰まったタンクの一斉爆破」

 「サクラダイト!?」

 「引火性は高いし、量さえあればあれだけのことは出来るさ」

 「水中だぞ」

 「だから周りの上陸艇は波で飲み込まれたろ」

 

 どこか納得できない表情をしながら思考を働かしていろんな事を考えているんだろうな。

 俺が普通の―――前世の記憶を持たない人間なら考え付かないよ。

 だってサクラダイトの使い方を教えてくれたのはルルーシュ、君だよ。

 コードギアス第13話のシャーリーと銃口で日本解放戦線のタンカーを囮に集まったブリタニア軍をサクラダイトの爆発で混乱を作った作戦。本当はアレをやろうとしてたのに親父が「貴様が提案したこの作戦だが東京方面に向かってくる部隊に使用することとする」とかなんとか勝手に決めて、終いには儂が爆破ボタンを押すと言い出したんだ。40過ぎたおっさんが威圧を込めた駄々をこねるなよ…。おかげで桐原のじいちゃんから貰った大半を親父が使ってこっちはギリギリの量で不安だったのだから。

 

 地雷に関してはコードギアスになかったものだ。

 対ナイトメア用の地雷は前世の世界であったとある大規模上陸作戦に使用されたものを改造してみた。

 本来は対人地雷で地面に埋まっているが地中で爆散するのではなく、空中に射出されて炸裂する跳躍タイプ。空中で炸裂する為に攻撃範囲は広い。それを対ナイトメア用に細かい鋼ニードルを撒き散らすようにしたのだが威力は申し分ない。ただナイトメア以外に歩兵にも当たって悲惨な事になっていたが…。

 対人地雷として使用したのはフレシェット弾というのは時限信管付きの砲弾で、炸裂すると内部に納められた何千本もの鉄の矢が進行方向に撒き散らす物である。実際には戦車砲や自走砲などで打ち出す砲弾だが、前世で見たアニメ【ヨルム●ガルド】での使用法をそのまま採用してみました。

 

 何にしても結果は上々。

 我先にと突っ込んできたナイトメア部隊の撃破に大半の歩兵部隊の消失、第二次上陸部隊の壊滅と想定以上だ。

 残りの部隊はうちの連中でなんとかなるだろう。

 本当は馬鹿みたいに長い名称が付けられてたが…えーと確か特秘対人型自在戦闘装甲騎試験大隊だったか。ほとんどの奴が特試としてしか呼んでいないからたまに思い出さないと忘れてしまいそうだ。

 この部隊は俺の指導の下、対ナイトメア戦を想定した特化部隊だ。二人乗り用の三輪軍用バイクを主戦力として、次点で歩兵、さらに装甲車などで構成されている。初期段階では戦車や自走砲を入れるべきだと関りのあるご歴々が口出ししてきたが却下した。なにせ機動力で現行の陸上兵器を蹂躙した兵器を相手にするのに、足を止めねばならない自走砲や戦車では死にに行くようなもの。だからこそ小さく、小回りが利き、機動力のあるバイクを採用した。

 銃武器は【亡国のアキト】の最終章でアレクサンダ・ドローンというナイトメアと戦ったユーロ・ブリタニア軍の歩兵の装備を見習わせて頂いた。ワイヤーの両端に爆弾を取り付け、投げたらナイトメアの脚部に絡まり易い脚部破壊用の爆弾に、一人で持ち運び可能な軽機関銃などを装備させている。

 アニメのコードギアスなどで携帯対戦車グレネードランチャーでナイトメアを撃破するシーンがある。だからといって持ち運べる弾数は少なく、取り回しが難しい。その前に全員に配備するのに難があり却下。そこでナイトメアの装甲を貫通しうる軽機関銃を採用したのだ。関係者の中には短機関銃で良くないかなどの意見が出されたが、短機関銃だとナイトメアの装甲を貫くことは不可能だ。アニメでコーネリアのグロースターがどれだけ撃たれても問題なかったしね。

 

 「さてと、残敵掃討は問題なさそうだな。これなら間に合う」

 「そんなに急いでいるのか」

 「そりゃ各方面に有能な人材が居なければ引っ張りだこだわな」

 「…自分の有能さのアピールか。で、次は何処に行くんだ」

 「自宅だ」

 「帰るのか!?」

 「当たり前だ!スザクと神楽耶が俺を祝おうとパーティの準備をしてくれているんだ。一分一秒でも早く向かいたいのに…」

 「あ、あー…今日は白虎の誕生日だったな」

 「本当にこんな日に限って攻めてきやがって…どうしてくれようか」

 「私怨甚だしいな」

 

 至極当然のように言い放った白虎に呆れながらもルルーシュは感心する。

 今までの戦争になかったような戦術。

 ブリタニアの動きを見越した配置。

 ましてこの戦場では住宅地などの被害を除けば、現在交戦している部隊のみ被害を受けている。最初の飽和攻撃など住宅街に撃ち込まれることを断言してそもそも兵員を配置すらしていない。

 

 こいつなら勝てるんじゃないかとナナリーを守りたい兄として、自分たちを捨てた父に恨みを持つルルーシュとして感心せずにはいられなかった。

 

 「そうだよ俺は自分勝手な男だから。私怨でも汚い手でもスザクたちを護れれば何だって良いんだ。それはルルーシュも一緒だろ?」

 

 その言葉にルルーシュは強く、心の底から頷いた。

 最愛の妹のナナリーを護るためならどんな手段も講じる。そのためにはこいつから色々学ばなければ。

 

 新たに決意を心に決めたルルーシュだったが、この後の白虎の誕生日会でスザクや神楽耶にデレデレの白虎を見て考えを誤ったかと思うのであった…。



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第03話 「狩られる者と狩る者」

 神聖ブリタニア帝国の日本侵攻が始まって一週間。

 ブリタニアの日本侵攻は予定が狂いに狂って当初予定していた作戦のほとんどが実施不可能に追い込まれていた。

 

 中部地方新潟県上陸部隊。

 石川県に上陸した部隊と呼応して日本海沿岸部側より中部地方内陸部へと侵攻することを想定された部隊。最終的には関東地方と東北地方に上陸した部隊と連携し東日本を制圧する役目もあったが今となっては夢物語となっていた。

 なにせ関東地方上陸部隊は壊滅し、東北地方へ上陸する部隊の内、岩手県上陸部隊は半壊させられて、無事上陸出来た青森県上陸部隊と無理をして合流。結果、上陸出来た岩手県上陸部隊の無理やりな防衛線突破はさらに戦力を失う事となるばかりか、青森県付近の日本軍守備隊の大半により囲まれることになってしまった。

 ほかにも九州地方制圧の任務を授かっていた大規模な上陸部隊と連絡が取れなかったりとか、補給面の不安など問題が蓄積している。特に石川県上陸部隊が半壊して海上で撤退を開始したのは新潟県上陸部隊にとって一番の痛手である。

 

 連携を取るべき友軍を失った事で正直孤立状態に陥ってしまった。

 この事を機に侵攻作戦を諦めて新潟県制圧に方針を変えて、制圧作戦を実行。

 ナイトメアフレームの力をもってすれば一夜にして主力の防衛隊を打ち破るのは容易かった。後は各個撃破するか、県外に追い立てるか。どちらにしても時間をあまり掛けられるものではなかった。

 

 群馬県と新潟県の県境に最も近い街ではブリタニア軍が警戒態勢を強めていた。

 何とか新潟県をブリタニア勢力圏にすることは叶ったが、県境はすべて日本軍が展開しており、いつ攻撃してきてもおかしくない。

 簡単にだが制圧に掛かった日数は四日。それから三日も動きを見せないことから新潟県上陸部隊上層部は日本軍が周囲を取り囲んでの兵糧攻めを実行していると推測している。確かに補給物資を得るには難しい事を考えれば兵糧攻めは被害の少ない敵への攻撃方法だろう。

 しかしながらそれは悪手でしかない。

 なにせブリタニア軍は日本周辺の海上を制している。防衛艦隊を蹴散らしての上陸で日本軍艦隊は無くなった。時間さえあれば海上からの輸送が来るだろうし、海上・航空支援を受ける事は間違いない。さらに被害を受けたのが本国ならば兎も角、他国に侵攻しに来た侵攻軍。余力のある本国から第二次上陸部隊が差し向けられるのは考えるに易い。

 時間が経てば経つほど有利なのだ。

 ゆえに県境に配置された部隊は警戒を強める。

 …とは言いつつもナイトメアフレーム三機で戦車中隊を壊滅させられるだけの性能差があるのだ。奇襲にだけ気を付けておけば後は楽なものである。

 

 周囲の警戒には索敵能力を有するナイトメアフレームと双眼鏡などで遠くを確認できる歩兵部隊で行っていた。

 ウェスカーと名付けられたナイトメアフレーム小隊も警戒任務に当たっていた。

 

 しかし索敵能力が高いからと言って搭乗者からしてみれば長い間乗っていたい物ではない。

 なにせ第四世代ナイトメアフレーム【グラスゴー】の居住性は最悪なのだ。人が一人入れるだけのコクピットは熱を発する電子機器に囲まれており、排気口なども不十分で熱がこもり易いのだ。

 まるでサウナの中に居るような熱気。ただ外に出たら出たで、多くのブリタニア人がじっとりとした湿気の多い体験したことのない暑さに苛まれることになるのでどちらがマシかと問われれば首を捻ってしまう。

 

 『ウェスカー01よりCPへ。定時連絡1400、異常なし』

 『こちらCP、ウェスカー01了k――待て。CPよりウェスカー01へ。ポイントD4にてウロボロス隊が敵対勢力を確認。応援に向かわれたし』

 『ウェスカー01、ウロボロス隊の援護に向かう』

 

 ウェスカー隊の隊長であるウェスカー01が命令を受け、移動を開始する。

 ナイトメアの機動力を駆使すれば現場には5分と掛からず到着し、ウロボロス隊が交戦を行う前に合流することが出来た。

 すでにムコノ隊にエクセラ隊も合流して、ナイトメア一個中隊もの戦力が日本軍と睨み合う事になった。

 

 モニターに映し出されるのは時速40キロで接近してくる戦車らしき部隊。

 らしきと不確定なのは戦車のキャタピラは見えるのだが砲塔などはシートを掛けて覆っているのだ。規模としては戦車一個中隊。戦車一個小隊が三、四両で、一個中隊は三個、または四個小隊と中隊長車で形成される。向かってきている戦車の数は十七両。四両の四個小隊での一個中隊だ。それとその後方より三輪バイク、装甲兵員輸送車、装甲車が見受けられた。

 

 『CPよりウロボロスへ。状況知らせ』

 『ウロボロス01よりCPへ。敵は日本軍機械化装甲部隊と断定。攻撃許可を求む』

 『こちらCPよりポイントD4に展開中の部隊に告ぐ。敵対勢力への任意での発砲を許可する。市街地に紛れ込まれると厄介だ。市街地に接近する前に排除せよ』

 

 コマンドポストより攻撃命令が下ったことで各ナイトメア隊搭乗者はほくそ笑む。

 コクピット内の暑さと溜まった鬱憤を晴らせる機会がようやく来たのだ。彼らはウサギを狩る心持で向かってくる機械化装甲部隊に突っ込んで行く。

 ナイトメア本来の使い方は機動力を活かした機動戦。相手のバイク集団が気になるところだが、先頭の戦車中隊はナイトメアの敵ではない。戦車の砲撃は一発でナイトメアを屠れるが、立ち尽くしているなら兎も角、機動力を活かしているナイトメアに当てるのは至難の業だ。

 

 

 

 ―――――だからこそか…そこまでしか考えが至らなかった彼らは敗北する事となる。

 

 

 

 シートに小さな光が点滅したと思った瞬間、真っ先に突っ込んだウロボロス隊が溶けた。

 溶けたというのは誤りだが、実際それに近い。

 十七両の装甲戦闘車両より注がれた集中砲火により見る見るうちに装甲が削られ、貫かれ、弾き飛ばされ、上半身が数秒で弾け飛ばされたのだ。

 

 装甲戦闘車両の集中砲火はその反動でシートを蜂の巣にして上部より吹き飛ばした。

 戦車と思われていた装甲戦闘車両上部には砲塔は存在せず、銃身長1500mmの30mm機関砲二門が姿を現した。

 

 想定してもいなかった装甲戦闘車両に驚き、足が止まる。中には方向転換を行い距離を取ろうとするグラスゴーも居たが手遅れだ。

 グラスゴーは機体の中心を軸としてその場で方向転換する超信地旋回する性能を持っていなかった。だから急に方向転換しようとすれば円弧を描くように動くしかない。いち早く気付いたウェスカー隊やエクセラ隊は旋回ではなく後退することで射程から逃れようとする。

 毎分1500発もの30mm口径徹甲弾が足を止めたり、旋回しているグラスゴーを容赦なく撃ち抜いて行く。

 

 ウェスカー01はウェスカー02、ウェスカー03が無事なのを確認しながら後退し、市街地外縁部の建物の陰に隠れた。

 近くにはエクセラ隊のグラスゴーも後退してきたが数は二機となり、一機をさっきの攻撃で失ったようだ。

 

 『CP、CP!こちらウェスカー01。敵は対ナイトメア戦を想定した機械化装甲部隊だ。ナイトメア隊の半数が溶けた!』

 『こちらCP。不明瞭な状況報告は止めよ。被害報告を』

 『ウェスカー隊は無事だがウロボロス隊とムコノ隊が全滅。エクセラ隊は一機を撃破された』

 『了解した。増援を送る。持ち堪えろ』

 『……了解しました』

 

 ポイントD4の防衛線には戦車・装甲車が十二両。歩兵が二個小隊居り、そこに増援であるナイトメア二個小隊と戦車一個小隊が加われば日本軍は易々と攻めてはこないだろう。向こうには遮蔽物はなく、こちらは遮蔽物を盾に出来るのだから。

 

 駆け付けた戦車部隊とグラスゴー隊が配置に付こうとしていると足を止めた日本軍装甲戦闘車両は左右の履帯をカバーする装甲に取り付けられた小型の四つの発射筒よりグレネードらしきものを発射した。

 斜め上へと発射されたグレネード弾は空中で破裂して周囲に煙を撒き散らした。

 スモークグレネードにより完全に目標を見失った為に数機のグラスゴーが情報収集を行おうと頭部のファクトスフィアを開く。

 

 それを狙っていたかのように煙で覆われていた所より何かが打ち上げられた。

 大きさ的には30cmほどの円柱型の物体。遠くに放てるように後部に発射筒を取り付けてあったのか、放たれた物体は外縁部上空まで届いた。

 

 『―――ッ!?全機退避!!』

 

 それが何かは理解しえなかった。ただ、こちらが迂闊だったとは言えナイトメアを七機も初手で撃破した相手の行動に対して、ただただ危険を感じたのだ。

 ウェスカー01の直感は大当たりであった。

 

 上空まで差し掛かった円柱型の物体は中央をスライドさせて、露出させた無数の穴より弾丸のようなものを一定の範囲内に撃ち込んだ。それは貫通能力の高い弾が使用されていたのだろう。歩兵は勿論の事ながら装甲車も戦車もグラスゴーも貫いていた。

 

 ウェスカー01の言葉に反応できた者は少なく、さらに円柱型の被害から脱した者となると極僅かだった。中には範囲に入っておらずに難を脱した者も居た。

 が、この悲惨な状況を受けた部隊に立て直しの時間を日本軍は与えない。寧ろ次の行動へと移っていた。

 

 煙を突き抜けて飛び出したのは装甲戦闘車両砲門の左右に二つずつ取り付けられた対戦車ミサイル。

 容赦無しに外縁部に直撃して、建造物や味方に損害を与えてくる。

 続いて三輪バイク集団に重機関銃を上部に取り付けた装甲車、装甲兵員輸送車が突っ込んでくる。そして左右に展開した17両の装甲戦闘車両が銃撃しながら突入の援護をしている。

 

 すでにポイントD4の防衛隊は崩壊している。

 立て直す時間も反撃に出る余裕もない。

 

 『……撤…退…撤退だ…撤退しろ!!』

 

 生き残ったエクセラ01が一目散に市街地内部へと撤退を開始したのを皮切りに生き残った部隊は散り散りに撤退を開始し始めた。

 その場で留まるのは自殺行為と判断したウェスカー01もそれに続く。

 

 先ほどまで守っていたところを三輪バイクが突破し、グラスゴー目掛けて突っ込んでくる。

 逃げ惑う歩兵部隊の中には応戦する者も居たが、三輪バイクの荷台の銃座に取り付けられた軽機関銃で応戦されて蜂の巣にされた。返り討ちにする者も居たが機動力に照準が追い付かず、やられる者が大半だ。

 それに三輪バイクは逃げ惑う歩兵は無視して応戦する歩兵、もしくはグラスゴーを優先的に狙っている。

 ウェスカー01にも数台の三輪バイクが追って来た。

 アサルトライフルを構えて容赦なく発砲するが、向こうは市街地の配置を把握しているのか銃口が向けられるとビルの間に入り、いつの間にか別の場所から飛び出してくる。

 そんな敵から逃れようとウェスカー02がスラッシュハーケンを高層ビル中腹に撃ち込んでクライミングを開始しようとした。

 

 『登るんじゃない!!』

 

 スラッシュハーケンで上に逃げれば確かに三輪バイクの脅威からは脱せられる。しかし、登る前にはハーケンを撃ち込むために足を止める。動きながら撃ち込んだとしてもハーケンと機体を繋ぐワイヤーから移動の方向がばれてそこを狙われる可能性が高い。

 想像した通り、クライミング中を狙われてコクピットに複数の風穴が開けられて刺さった個所まで登ったウェスカー02はピクリとも動かなくなった。

 暑さと死に直面している事からパニックを起こしそうになるが必死に抑える。

 

 隣を走行していたウェスカー03のコクピットが三輪バイクの軽機関銃で撃たれて、穴が開いて搭乗者が戦死した。

 ここでウェスカー01は後ろを向けている危険性に気付いた。

 ナイトメアは装甲車と同じ素材を用いた装甲に覆われている。覆われているが高い機動力を得る為の軽量化とサイズの問題から戦車程装甲は厚くないのだ。特にコクピットの装甲はボディに比べれば格段に薄い。

 

 グラスゴーの腰辺りに銃撃を受けている衝撃を感じ取り、背筋が凍り付く。

 このままでは自分も02、03のように死ぬ…。

 

 そう思ったウェスカー01は身体が反応して脱出機能を作動させるレバーを力いっぱい引いていた。

 搭乗者を護るためのコクピット脱出機能。胴体からロックが外されたコクピットが後方へと射出される。落下の衝撃を無くすために内部にはエアバック、外部にはパラシュートが展開されるようになっている。

 が、ここは市街地で後方も確認する間もなく脱出機能を使った為に後方にあったビルの一室に突入する形となってしまった。

 

 一室に入り込んで出れなくなったウェスカー01が救助されたのは、防衛部隊を打ち破られた戦闘終了後のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ~…」

 

 白虎は大きなため息を漏らし、気怠そうに辺りを見渡す。

 太陽の強い日差しの中、仮司令部としての野営用のテントの周りを多くの軍人が働き続けている。

 超が付くほどの軍事大国に物量の差を付けられて侵攻されているというのに、悲壮感を纏った者はひとりも居らずに皆がやる気に満ちた瞳をしていた。

 

 「皆忙しそうだなぁ…」

 「当たり前と言えば当たり前だろう」

 「だよねぇ…はぁ~…」

 

 否、一人だけ悲壮感を漂わしていた人物がいた。

 茨木・福島からルルーシュ・ヴィ・ブリタニアを連れて群馬県防衛司令部から新潟県の仮設防衛拠点に移った枢木 白虎である。

 パイプ椅子に腰かけたままため息ばかり吐く白虎にルルーシュは苛立ちを隠せないでいる。

 

 「さっきから何なんだ!ため息ばっかり吐いて言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ!!」

 「あ~…弟成分が足りないよ~。スザクに一週間近く会ってないよ~」

 「ボクだってナナリーに会えてないんだ我慢しろ!っていうか弟成分なんてものは無い!!」

 「そうカリカリするな。短気は損気だぞ。奴さん(ブリタニア軍)は短気でも単騎でも良いんだけどさぁ」

 「あぁ、もう!」

 「はっはっはっ、少佐はその少年と仲が良いようですな」

 

 怒りを爆発させるルルーシュに対してどこか投げやりな白虎の会話に、大きく笑いながら優しげな雰囲気を出したどっしりとした体格の軍人が歩み寄って来た。

 彼は仙波 崚河大尉。

 白虎の防衛計画に従って中部地方へと赴いていた武官で、すでに石川に上陸しようとした部隊を半壊させて海上にて撤退へと追い込んだ。

 原作知識にて藤堂直属の指揮官としても兵士としても優秀な四聖剣の一人となり、その後は黒の騎士団の部隊長を務めた経歴から防衛計画を練り上げる当初から侵攻作戦阻止の要となる一人として考え、対人型自在戦闘装甲騎部隊の一つを預けている。

 

 初対面の仙波に警戒の色を強くするルルーシュは白虎を盾にするように陰に隠れた。

 

 「そんな露骨に警戒しなくてもな」

 「いやいや、彼の行動が正しいでしょう。なにせ私たちはブリタニアと戦争をしているのですから」 

 「あー…ブリタニア軍は敵として認識しているんですけどね」

 「私もブリタニア人全員が敵でないことは理解しております。が、兵士の中にはブリタニアそのものを憎んでいる者は少なからず居る。それでもその少年を連れてくるだけの理由があったという事なのでしょう?」

 「まぁそうですね。未来の布石というか何というか…ねぇ?」

 

 この子に指揮官として活躍してもらうべく勉強させてます――なんて堂々と言える訳もなく言葉を濁す。

 頬を掻きながら話題を変えようと頭を働かせた白虎は「おっと」と声を出して立ち上がり、笑みを浮かべながら姿勢を正して仙波に相対した。

 

 「新潟のブリタニア駐留軍に対する作戦成功おめでとうございます」

 「いやはや、アレは対人型自在戦闘装甲騎部隊を育成し、新戦術や武装を開発した枢木少佐のおかげです」

 「確かに武装・戦術があって有利だったのはあるでしょう。しかしそれを使いこなして戦果を挙げたのは現場の兵士、そして有能な指揮官が居たからです」

 「ありがとうございます。兵士達にもそのお言葉伝えておきましょう」

 

 先ほどまで仙波大尉率いる部隊はひと戦終えて来たばかりなのだ。

 内容は群馬と新潟の県境付近の街を占拠するブリタニア軍の排除。

 味方の被害もあったがそれ以上の戦果を挙げたのは仙波の指揮あってこそ。

 

 今回の戦闘で活躍した対人型自在戦闘装甲騎用装甲戦闘車両【弦月三式(ゲンゲツサンシキ)】は白虎が七年前より試行錯誤の末に完成した装甲戦闘車両である。

 元は戦車支援戦闘車という対戦車攻撃を行う歩兵の排除を目的とした装甲戦闘車両で、それを白虎の知識と合わせて対ナイトメア仕様にしたのだ。これは新しく作るのではなく、現行の戦車の砲塔を外して開発した機関砲を取り付けた上部とその他武装を取り付けるだけなので配備するのは案外楽だった。

 30×165mm口径の徹甲弾は有効射程内に入ればグラスゴーの正面装甲からでも貫くことが出来る。対戦車用のミサイルで戦車戦にも備え、視界を遮るスモークグレネードにケイオス爆雷を装備している。

 原作知識で見た事を頼りに開発したケイオス爆雷にはかなり手間取ってしまった。おかげで完成まで六年も掛かってしまったよ。

 

 ちなみに弦月三式(ゲンゲツサンシキ)の三式は最初にできた弦月に三度の改良を加えた事から付いている。

 最初の試作弦月は廃棄寸前の戦車上部の砲塔を取っ払い、軍倉庫の奥隅に眠っていた旧式の30×92mm機関砲を乗せただけのゲンブを含めた軍上層部に説明する例とした物で、一式になると上部の機関砲を30×165mm口径に対応した物に変え、二式ではスモークグレネードに対戦車ミサイル発射筒を取り付けた。そのせいで二式は当初予定していた速度を大幅に下回り、機動力の低下が激し過ぎた。機動力を確保するために二式に改良を加えて整えられたのが弦月三式となる。この頃になってようやくケイオス爆雷が完成したので積み込んだのだ。

 もう少し時期がずれていたらケイオス爆雷を積み込んで調整するので四式になっていたのだろうか?

 

 「で、これからどうするんだ?新潟奪還のために攻勢に出るのか」

 「いんや、奪還した街を放棄する」

 「……はぁ!?お前何言って…」

 「早とちりすんな。手は打つし、作戦だよ」

 

 悪戯っ子みたく笑みを浮かべる白虎にルルーシュは眉を顰める。

 内容を知っている仙波や付近の兵士たちはどこか苦笑いを浮かべている。

 

 「今は八月。日本の夏本場の時期だ。ブリタニア軍は今頃ブリタニア本国では味わう事のない湿気の多い暑さに慣れず苦しんでいる事だろう。ただでさえ歩兵は防弾の為に全身を覆っている。相当な暑さだろうな」

 「それで?」

 「暑さは集中力を欠き、苛立ちを募らせる。

 さて、それを踏まえて街を放棄する際に俺達は多数の地雷を設置して行くんだ。勿論後で処理するために何処に埋めたかは詳細な位置情報を用意する」

 

 情報が盗まれて場所の特定がされないように設置する各部隊事で自分たちが埋めた地図を作ってもらい、最終的にすべての地図を手にする白虎にしか全体図は分からないようにしてある。

 

 「しかもほとんどが地雷に似せたダミーだ。これがもたらす意味とは如何に?」

 「………あぁ、分かった」

 「さすがルルーシュ君」

 「お前の性格の悪さが良く分かったよ」

 「…否定はしないでおくよ」

 

 地雷処理は相当な集中力を要する。夜は探知機を使って地雷を探そうとも地雷以外の罠も警戒して探索はしないだろうから、炎天下が続く夏場の日差しを浴びながら作業をするのだ。

 暑さに耐えに耐えてようやく処理した地雷が偽物だったら?

 苛立ちと疲労感は相当なものとなる。

 

 そもそも街を奪還すればそこに駐留する防衛部隊に部隊を割かなければならなくなって各所の平均戦力が低下する。中には余分だと思われたところの戦力を削るだろう。さすればそこから攻め、全体的に弱まるなら何処か一か所をまた落とす。それを繰り返せば勝てるのだ。

 白虎の予想では一週間経って予定の戦果を挙げられないブリタニアは動く。

 予想通りに動いてくれるなら(・・・・・・・・)中華連邦の支援(・・・・・・・)を受ける事だって可能になり、新潟に留まるブリタニア軍の補給線を完全に断つことが出来る。

 

 「少佐」

 

 一人の士官が白虎のもとに駆け寄って来た。

 ほかの誰にも聞かれないように耳打ちさせると予想通りに動き(・・・・・・・)予想通りに対応(・・・・・・・)したそうだ。

 頬が吊り上がって笑みが零れる。

 

 「気持ち悪い笑みだな。何か良い事があったのか?」

 「あぁ!朗報さ、朗報。これで日本の未来は繋がった!」

 

 なにを言っているのか分からずルルーシュだけでなく仙波までもが眉を顰める。

 高笑いし始めた上機嫌になった白虎はその日のうちにルルーシュを連れて東京へと向かうのであった。



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第04話 「戦いはまだまだ続く」

 神聖ブリタニア帝国は荒れていた。

 たった一国。

 それも小さな小さな島国を相手に超軍事大国である自国が攻めあぐねている事に。

 

 地下資源であるサクラダイトの利権を狙って日本に対して神聖ブリタニア帝国は宣戦を布告。

 各地に集結させていた艦隊を宣戦布告前に出撃させ、宣戦布告と同時に日本領海内へと進軍させた。

 サンフランシスコ・ベースとカルフォルニア・ベースよりハワイ経由で主力の大艦隊が太平洋へ。

 シアトル・ベースよりアリューシャン海軍港を経由した中規模艦隊がオホーツクへ。

 フィリピンより小規模艦隊が東シナ海へ進軍し、艦隊・艦艇数で勝るブリタニア軍は日本軍の海上防衛能力を無力化し突破。そのまま上陸作戦を開始。

 

 ハワイより出撃した上陸部隊は二手に分かれ、一方はホッカイドウ南部とイワテ。もう一方はシアトル・ベースよりアリューシャン海軍港を経由した艦隊に合流してホッカイドウ南東部へ。

 アラスカ・ベースからはホッカイドウ北部と北東部、マーシャル諸島基地からはイバラキ・フクシマ、フィリピンからは三つほどの艦艇群が出撃。上海と大韓民国を経由して進んだ艦艇群はホッカイドウ西部にアオモリにニイガタにイシカワの四つに部隊を分け、上海で分かれた小部隊がヤマグチへ、あとはカゴシマとチバへと上陸作戦を決行。

 それぞれの部隊が連携しつつ、日本国の心臓部である首都トウキョウに向けて制圧して行けばという予定だった…。

 

 結果はカゴシマ・チバ・イバラキ・フクシマへの上陸部隊は壊滅。イシカワへの上陸部隊は海上で半壊させられ撤退。イワテ上陸部隊は敵の反撃を受けながらも上陸作戦を敢行したが部隊は半壊した為にアオモリ上陸部隊と合流と初戦でかなりの痛手を負ってしまった。

 上陸を成功させたアオモリは防戦一方で打って出るだけの余力はなく、ヤマグチは左右を囲まれて現在は壊滅寸前。ニイガタはじわじわと兵力を削られて投降している者が多く居るという…。

 唯一予定通り事を成しているのはホッカイドウのみ。されどその部隊のみでは日本国を手にすることは出来ない。

 

 この予想し得なかった事態に作戦指揮を執ったバトレー・アスプリウス将軍に対し、とある軍人は罵詈雑言を浴びせ、とある貴族は侮蔑の言葉を投げつけ。とある皇族は蔑む様な視線を向けた。

 が、神聖ブリタニア帝国第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアのみはそのような考えを持ち合わせなかった。

 

 今回の侵攻作戦は兵員に兵器、物量などで絶大な差を有していた勝ったも同然の戦いで、皇族として戦の経験のないクロヴィスに慣れさせる兼ね合いもあって第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアが総大将とされている。

 クロヴィスは美術や遺跡などの分野に秀でていて決して戦上手という訳ではない。専属の将軍であるバトレーも文官出で、突出して戦上手という訳ではないが、将軍という事もあって参謀将校と協議を重ねて上陸作戦の計画を練り上げた。

 

 得手不得手もあって多少なりとも不備はあっただろう。

 されどこの結果はありえない。

 

 「やはりおかしいね。これは」

 

 第一次上陸作戦の詳細や結果の詳細を書き綴られた資料を見終わったシュナイゼルはそう呟いて背もたれに身体を預けた。

 少し時間が経ってぬるくなった紅茶を喉に流し、大きく息をつく。

 

 初めに感じた違和感は上陸作戦を阻止された最初の一報が届いた時だった。

 電撃的な奇襲作戦に関わらず、日本軍は対応したのかと耳を疑った。

 艦隊を動かしたのだから何かしら警戒はするだろうが、有効な対抗手段を展開できるかと言えばシュナイゼルでも難しいと言うしかない。

 だが、日本国はやって見せた。

 飽和攻撃を予想して部隊を沿岸部に配置せず、サクラダイトを用いた策略で上陸艇を消滅・転覆させ、地雷や砲撃などで上陸出来た部隊を薙ぎ払い、生き残った戦力を後方より攻め込んできた部隊で攻撃・捕縛した。

 

 これは完全にこちらの詳細な侵攻作戦計画を把握していなければ不可能な事だ。

 日本国の諜報部が嗅ぎつけても詳細を入手することは不可能だろう。これは参加する将軍級に私兵や勲功を挙げさせるために息子達を出兵させた貴族、皇族などの一部しか知らず、詳細となると極僅かな人間に絞られる。

 その誰かに接触して入手するというのはあまりにも困難。

 ならば誰か裏切者が居る?

 いくら考えてもこれに関しては答えは出なかった。

 

 未確認の情報では日本軍はブリタニア軍最新鋭の人型機動兵器――ナイトメアフレーム【グラスゴー】の対策を施した部隊を展開しているとか…。

 

 そして日本はブリタニア本国へと一手、また一手と打って来た。

 

 神聖ブリタニア帝国は強大な軍事力にものを言わせてすでに十か国ほど植民地としている。

 中には――いや、ほとんどがその支配に納得できず、虐げられている現状に何かしら不満を持ち、ブリタニアへの恨み辛みを募らせている。

 そんな憎しみの対象である絶対強者が小さな島国一国を落とし切れないどころか押し返されている現状をどう思うか?

 国力でも兵力でも物量でも負けている小国が超軍事大国に対して奮闘して有利に事を進めている様子は反ブリタニアの思想を持つ者にとっては胸のすくような思いだろう。

 その結果、彼らは希望を見出す。

 たとえ相手より小さくてもやりようによっては勝てると反抗の芽が育ち始める。

 日本国が連日のように全世界に向けて放送している状況報告は各植民地エリアにも流し、鎮火しかかっていた火種が再び燃え上がらせようとしているのだ。

 

 さらにこちらの貴族を密かに寝返らせている。

 日本侵攻は勝つのは当たり前という前提で大小問わず、貴族の中には次期当主である息子を行かせて勲功を立てさせようとしていた。これらにバトレー達も危険も貴族達の考えも理解し、終始優勢で勝てるだろうと判断して侵攻軍に組み込んだのだ。

 しかし予想に反して上陸作戦のほとんどが失敗。

 戦死した者もいるらしいが捕虜になっている者も多くいるらしい。

 

 『息子さんが無事に帰れるように手配しましょうか?』

 『捕虜としての人権は保障します。が、我が国は小国で独房の数も知れます。人数が人数なので貴方達が植民地にした人々と共同の部屋に入れる事になりますが宜しいですよね?』

 『何かしら手を回して貰えるというのなら色々と都合できるんですがねぇ…』

 

 子供を心配する親心、代々受け継いできた家を護ろうとするプライドを利用して、言葉巧みに貴族達を引き込んでいる。

 言葉巧みと言ってもそんな易々と鵜呑みにする者ばかりではない。

 忠誠心の高い者は嘘か真か計り知れない言葉よりもブリタニアの方針に従う姿勢を見せた。

 

 が、一週間前の捕虜受け渡しの際に渡された捕虜二十名の中には大貴族・下級貴族の子供らが含まれており、この事実を知った貴族たちの心は揺れ、何人か情報と引き換えに交渉に及んだようだ。

 

 すでに後者のほとんどは対応した。

 なにせ子供を出した家柄となれば調べるのは容易い。

 取引に応じた者の中には大貴族も含まれており、公にすることは避けて話した内容や相手との会話で得た感じや情報を出させ、取引にまだ応じていない者には接触してこちらを噛ませての交渉をさせる手筈を整えた。

 

 「枢木 白虎か…一体どのような人物なのだろうね」

 

 一番上に置かれた【枢木 白虎】という日本軍人の資料に視線を向ける。

 現日本国首相の長男で、日本陸軍少佐。

 若くして多種多様な部隊に配属され、瞬く間に少佐の階級にまで上り詰めた男。

 集めた情報の中には親の七光りで出世したなどというものもあったが、親の威光だけの人物でないことは分かった。

 

 日本がこちらの貴族を引き込んだように、シュナイゼルは大企業の創始者を独自に引き込んでおり、その者の言によればこの人物こそがブリタニアを退けた作戦を立案したのだという。

 さすがにすべてを鵜呑みにしないが興味は大いに湧いた。

 

 出来れば会ってみたいものだ…。

 

 そうは思うが無理だろうなと判断する。

 なにせ神聖ブリタニア帝国は第二次上陸作戦の実行を決定した。

 内通者よりサクラダイトを用いた防衛作戦は量が足りないからと使用不可。

 輸入制限をかけて物資が流れないように各国には交渉をした。

 

 一度目は防げても奇策は使えず、物資は足りなくなる日本国が第二次上陸作戦を防ぎきることは不可能。

 さらに援軍としてコーネリア率いる部隊も参戦する。

 

 「ふむ、おかしいね。負ける筈がないのだが…」

 

 何かが足りなく感じる。

 負ける要素は無い筈だ。

 日本国の海上戦力は第一次で壊滅させ、残るのは国土を護っている防衛部隊のみ。

 勝ち以外にはない筈なのに胸騒ぎがする。

 

 

 

 

 

 ―――――ッ!?

 

 白虎は凍り付くような視線を感じ、勢いよく背後を振り返る。

 しかし後ろには座っている椅子の背もたれと壁しかなく誰かが居ることなどありえない。

 気のせいかとどこか納得できない心を無理やり落ち着かせ、膝の上に座っている神楽耶の頭を優しくなでる。

 

 宣戦布告&侵攻作戦を受けて三週間が経った八月三十一日。

 最前線で指揮を執っていた枢木 白虎は枢木家別邸に帰っていた。

 

 青森の部隊は押し止めるだけで無理な追撃や攻撃はせず放置。

 山口の部隊は藤堂中佐と朝比奈中尉の部隊を中心に挟撃を行っており、あと二週間も掛からずに殲滅できるだろう。

 

 そして白虎が担当していた新潟県はもはや瓦解寸前というかした。

 慣れない気候に土地、日本特有の湿気の多い暑さで士気は下がっている上に、援軍や補給が望めない絶望的状況下に追い込まれて新潟のブリタニア軍は弱り果てている。特にナンバーズで構成された歩兵部隊の士気の低下は激しい。

 ブリタニア人には差別意識の高い者が多く、そうでなくても物資が足りない状況を考えるとブリタニア人を優遇してナンバーズを冷遇するのは当然と言えば当然とも言える。食事のランクはどんどん下がり、仕事も増えていくだろう。

 

 ―――そんな悪化の一途を辿る状況下で甘い言葉をかけてやればどうなると思う?

 

 答えは簡単だった。

 ブリタニアに無理やり従わされた連中が大半で忠誠心もないのだ。

 抵抗を止め武器を捨てて投降すれば温かい食事に安心して眠れる寝床も用意する。もし希望するなら他国へ渡る手段や亡命を検討しよう。

 武器を捨てるどころか一式盗んで投降してきた連中も居て日本軍としては大助かり。しかもブリタニアに恨み辛みを抱えたナンバーズは共闘を申し出てくれて現場では急造の外人部隊で戦力が多少なりとも拡大出来た。

 

 …中には忠誠心の低いブリタニアの騎士がグラスゴーごと投降してきて、奇襲かと思った部隊とひと悶着あったっけ。結局、本当に投降してきたので騎士には捕虜収容所に行ってもらい、グラスゴーは兵器開発局に速攻で送った。

 

 多大な兵力の低下に、裏切りによる疑心暗鬼、暑さから来る苛立ちなど積み重なって新潟ブリタニア軍はすでにガタガタ。あと少し放っておけば自然と消滅するだろう。ここで下手に追い打ちをかけ過ぎたら手負いの虎となり、いらぬ被害を生み出す。

 

 まぁ、優勢である現状の勢いに任せて突っ込もうとする草壁 徐水中佐ら強硬派みたいな連中も居るので気は抜けないが、たまには良いよね?

 

 「で、これからどうするのじゃ?」

 「どれの事?」

 

 頭を撫でられて満面の笑みを浮かべる神楽耶の言葉にどれを意図しているのか分からず首を捻る。

 

 「桐原の件」

 「あー、別に何もしないよ」

 「良いのか?あ奴は私たちを、日本を裏切った売国奴になったのに」

 「…よく売国奴なんて言葉知ってるね」

 「毎日勉強をしておるからな」

 「よしよし偉い偉い」

 

 褒められた神楽耶はむふーと笑顔がふやけた。

 桐原の爺さんが裏切る事はなんとなく予想していた。原作では身の安全や利権・権利を保障され特区日本への協力を示した人物。日本への愛国心がない訳ではないが理想主義者ではない。しっかりとした現実主義者。たとえ現状が優勢でも日本がブリタニアには勝てないことを思って、後の為に備えを始める。

 許せない筈の裏切り行為なのだが予想通り動いてくれてこちらは大助かりであるがね。

 

 予想していたのなら網を張れる。

 まんまと掛かってくれた桐原の爺さんの弱みを握れる。

 実質一個人が桐原産業を操る事も可能となったのだ。

 なにせ国を売った売国奴の会社と知れば熱心な愛国心を持った者なら暴徒と化して襲いかねない。最悪殺されかねないほどのものなのだから。

 面倒なのでする気はないけど。

 

 とりあえず流す情報に制限をかけてシュナイゼル殿下と仲良くやってもらうさ。

 元々ブリタニアに対して強硬姿勢を取っていた親父達は有効な外交ルートを持っていない。俺の考えでは最後は皇族…それもブリタニア中枢に食い込む人物との話し合いが必要不可欠。裏切りとは言えパイプを得た事には変わりないのだ。

 

 だから感謝こそすれど恨みはしない。

 ただ、まぁ…俺の情報を流すのは止めて欲しかったぐらいか。

 サクラダイトの量が足りない云々は別にどうでも良い。というか知られたことで次の手も打ち易い。

 

 「それより目下は第二次上陸作戦の方なんだよねぇ…」

 「また攻めてくると」

 「当然」

 「アレだけ白虎がコテンパンにしたとゆうのに…」

 「その言葉だと俺一人でボコっちゃったみたいに聞こえるんだけど。それはさておき、来るだろうね。前の犠牲を塗り替えるほどの犠牲をこちらに出させる為に」

 「どうされるのじゃ?」

 「なんとかするさ。最低でも後二回は耐えないとお話も出来ないんだから」

 

 すでに手は用意した。

 開戦前に海軍の説得。

 日本国は陸軍と海軍の仲が悪い。

 仲の悪い陸軍の俺の話なんて聞いてくれないので親父達からの説得をして貰い準備を行わせた。あとから陸軍からの指示だったと聞けば憤慨するだろうがそんなのは後回し。日本を守り切った後で幾らでも謝罪してやる。

 それと外国勢力からの援助。

 と言ってもブリタニアが輸出制限をかけて、他国にも強要している時点でどこの国も日本に物資を送ろうとはしない。送れるとすればブリタニアと対等に渡れるほどの大国で日本に近く、お金で動いてくれそうなところ。

 

 条件に当てはまる国があって良かった。

 そう、中華連邦である。

 通常の二倍とかなり高めであるが物資不足に陥るであろうこちらとしてはありがたい限りだ。

 もしも日本が勝った時の為に未来への投資と言う事で戦後の復興援助も約束してくれた。代わりに三年間はサクラダイトの輸出40%を約束したが。

 そしてある条件を呑んでくれる代わりにおもちゃ箱をプレゼントした。

 最新のブリキのおもちゃ。

 多少中古ではあるが予備パーツに追加装備を含めたおもちゃ箱二つをセットにしたら二つ返事で頷いてくれたよ。

 手数としては少ないがあとは現世で得た奇策で何とかするしかない。

 

 「ずるいぞルルーシュ!」

 

 神楽耶を撫でながら考え事をしていた白虎は、部屋の中央でルルーシュより白虎と戦地を巡った話を聞いていたスザクの大声で現実世界に引き戻された。

 凡そ一緒に連れて行っているルルーシュを羨んでの言葉だろう。前々からスザクも連れてってとおねだりされているが、危なくて連れて行ける筈がない。

 ルルーシュは危険に遭わせても良いという訳ではなく、色々学んで貰わないとこれから先不味いのでね。

 話を聞いているのはナナリーも居て、突然の大声に驚いている。

 勿論別荘にはC.C.も居るのだが、生地の代わりにもちを使用したピザに舌鼓を打っており、まったく興味なさげだ。

 

 「だいたい内容は理解したが喧嘩は止めなさいね。ってかC.C.は止めようとしようよ」

 「何故だ?男子というのは多少荒事も経験すべきだろう」

 「面倒くさいだけだろう」

 「今忙しいからな」

 「――さいですか」

 「し~ろ~に~い~!!」

 「ワスプッ!?」

 

 神楽耶を持ち上げて安全を確保し、いきなりのスザクの横っ腹への体当たりを耐えた。

 何事かと見下ろすと頬を膨らませてご機嫌斜めな顔が映る。

 

 「えーと、どしたの?」

 「ルルーシュだけずりぃよ!!おれだってしろにいといっしょにいきたい!!」

 「行きたいって戦場に?駄目だよ。危ないんだから」

 「スザクは駄目で俺は容赦なく連れて行くのな」

 

 ルルーシュの冷静な突っ込みを受けながら、スザクから視線を逸らさない。

 諦めてくれたのかぷいっとそっぽを向いて唇を尖がらせる。

 

 「もう、いいよ」

 「分かってくれたのかい。すまn――」

 「しろにいとはにどとくちきかないから」

 「すみませんでした!!なんでも言う事聞くから許してください!!」

 「「えー…」」

 

 スザクの一言で全力で土下座をする白虎をC.C.とルルーシュの冷めた視線が向けられる。

 

 「喧嘩ですか?駄目ですよ喧嘩は」

 「ナナリーは気にしなくて良いんだよ」

 「あ!なんでもは禁句――」

 「いまなんでもっていったよね!?だったらしろにいのつくったふねにのりたい!」

 

 先ほどの無期限が嘘のように晴れ、スザクは棚の上に置かれていた軍艦の模型を手に取り駆け出して来た。

 その軍艦は白虎が制作を頼んだ新造戦艦の模型である。

 

 「乗りたいって使用時に?…ちょっとそれは…」

 「さっきなんでもっていったよね?」

 「ウッ…いや、でも…」

 「しろにい―――うそついたの?」

 「………分かりました」

 「やった!しろにいといっしょ!しろにいといっしょ!」

 「お船に乗るのですかお兄様。私も乗りたいです」

 「え?それは――」

 「駄目でしょうか?」

 「―――ッ!?だ…だ…だm………良いよ」

 

 キラキラとしたスザクとナナリーの期待に白虎とルルーシュは乾いた笑みを浮かべながら首を縦に振った。振ってしまった…。

 ナナリーの言葉に神楽耶も便乗してなぜか全員が乗ることになったがそんな事気にも留めずにC.C.は白虎に近づき、耳元で呟く。

 

 「………私との契約忘れるなよ…」

 「……あぁ…勿論…」

 

 どこかさみし気な表情を浮かべるC.C.に対し白虎は穏やかな笑みを浮かべ、片目を赤く輝かせた………。



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第05話 「海戦‐コーネリア VS 白虎‐」

 皇歴2010年九月四日。

 ブリタニアの日本侵攻から一か月が経ち、白虎は第二次上陸作戦を敢行したブリタニア艦隊を相手にする為に五十五隻の艦を引き連れて対峙していた。

 白虎率いる艦隊に対してブリタニア艦隊は空母一隻、重巡洋艦二隻、軽巡洋艦三隻、駆逐艦二十隻、輸送艦二十隻と上陸部隊を積み込んだ非戦闘艦である輸送艦を除けば合計二十六となり、数だけ見れば白虎の艦隊の方が有利に見える。

 

 ……数だけを見れば…。

 

 日本海軍は第一次上陸作戦時の海戦にて多くの艦艇を失い、現在日本国の軍港に停泊している艦を集めた所で二十隻も満たない。今ここにあるのは旗艦である駆逐艦を除き、第一次の時にブリタニアより鹵獲した艦で構成されている。

 サクラダイトを用いた作戦で転覆したり、何かしらの理由で放棄された輸送艦……それをかき集めて機銃二基と小口径砲門、追加装甲板を取り付けただけの防衛艦隊なのである。しかも唯一の戦闘艦である駆逐艦は古い老朽艦。装備そのものが旧型で塗装すら剥げていたものを真紅に塗装し直して見栄えだけ良くした物で、ブリタニアの駆逐艦に一対一を挑んでも力負けしてそのまま撃沈されるレベル。

 

 正直相手になる訳がない。

 乗り込んでいる船員も正規の軍人ではなく義勇軍に名乗り出た青年ばかりで、実戦経験があるのは白虎のみで火力・経験ともに劣っている。

 

 心の底からため息を吐きたいところであるがそれだけは出来ないと軍帽を被り直す。

 今日の白虎の服装はいつもの赤のネクタイに黒のベスト、白の上着に黒のチロリアンハットではなく、日本軍の制服を着こなしていた。

 

 「枢木少佐。敵艦隊を捉えました」

 「あぁ、全艦戦闘配備。指示通り動いてくれれば負けはしないさ」

 「そこは勝つとは仰られないのですか?」

 「士気を挙げるにはそうだけどね。俺達はそこまで気負う必要はない。だから紅月君ももう少し肩の力を抜いときな」

 「了解しました」

 

 これである…。

 本来なら海軍に兵員の要請をするところだったのだが陸軍の手伝いなどまっぴらと断られたのだ。

 まぁ、件の原因が俺にあるからあまり強く言えなかった。

 何しろ今まで対ナイトメアだ!対ブリタニアだ!と武器などの開発を行っていたんだけど費用のことなど全く考えていなかった。結果、国防予算で海軍に割かれていた予算が陸軍――つまり俺の元に流されたのだ。陸軍からというのは戦車を弦月三式に改修したり、新装備を揃えたりと予算のほとんどが使われており、海軍から予算を割くしかなかったのだ。

 

 仕方なしと侵攻開始と同時に問題となっていた兵員不足から義勇兵を募っていたのを思い出し、訓練を受けていた中から人員を集めたのだ。

 驚くことに紅月 カレンの兄である紅月 ナオトの名があり、注意深く調べてみると原作キャラクターの何人かが義勇兵に名乗りを挙げていたのだ。今回の作戦にはその人物も集めて編成してある。

 

 はぁ…義勇兵からの視線がキラキラと輝いていてとても痛い。

 なんでも俺は軍神だのなんだの謳われているらしい。そんな称賛はいらないんだけど。

 陸軍からの評価は親の七光りで出世した青二才。

 海軍からは予算を親のコネを使って奪った盗人。

 

 侮られている程度の評価が良いんだ。下手に高い評価を得ると味方からは高望みされるし、敵からは標的にされたりと良い事なしなのだから。

 だからなのかこの艦隊に編成した義勇兵はその…言いたくないが軍神に選ばれたと浮かれ、火力の差なんてあってないように勝ってくれると期待しているのだ。

 羨望の眼差しに圧し掛かって来る期待からいつもの軍人らしからぬ恰好は憚られてこうも軍人らしい堅苦しい恰好をしなければならないとは。出陣前には親父から日本刀を渡されてどうしようかと思ったさ。日本刀を見て格好いいと笑顔を向けたスザクに見えない所で預けたけど。

 

 「枢木少佐。敵旗艦より打電――降伏せよと。返信はどうしますか?」

 

 当艦の通信士を受け持っている扇 要が問うてくる。

 その答えの返し方に艦橋に配置されている義勇兵全員が聞き耳を立てる。

 気にしたところでこの問いに対する返答はひとつしか無いというのに。

 

 「馬鹿めと言ってやれ」

 「は?」

 「馬鹿めだ!」

 

 予想していなかった答えに扇は戸惑いながらもブリタニア艦隊に返信をする。

 艦橋内どころかその返答を聞いた各艦の義勇兵は大声で、楽し気に笑った。

 返信しなければならない扇だけは困ったような笑みしか浮かべてなかったが、なんにしてもこれでこちらの緊張は解れただろう。

 

 「前衛艦隊に通達。好きに暴れて来い。ただし無茶はするなよ――とな」

 「りょ、了解しました」

 

 白虎は片目を吊り上げ、「さぁて、ブリタニアさんはどう出てくるかな?」と呟きながら不敵な笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

 神聖ブリタニア帝国は再度日本侵攻―――第二次上陸作戦を決行。

 日本全土を完全包囲する形は戦力の分断を防ぐために攻撃地点を三つに絞った。

 フィリピンより中華連邦経由で新潟に上陸したブリタニア軍を援護する為の今回急遽編成された侵攻軍第三艦隊。

 ブリタニア本土よりクロヴィス・ラ・ブリタニアが指揮をする主力艦隊であり、青森に向けて出陣した侵攻軍第一艦隊。

 そして首都東京に迫り、相手の視線を釘付けにする囮の役割、または東京侵攻の大きな役割を持った侵攻軍第二艦隊。

 

 第二次日本侵攻軍第二艦隊旗艦、ブリタニア海軍航空母艦ニヴィアン。

 艦橋の艦長用に誂えられたシートには神聖ブリタニア帝国第二皇女、コーネリア・リ・ブリタニアが腰かけていた。

 左右には専属の将軍アンドレアス・ダールトンと、専属騎士であるギルバート・G・P・ギルフォード。

 

 三人の目には勇猛果敢に祖国を護らんと挑んでくる日本艦隊ではなく、形ばかりの抵抗の為に生け贄として差し出された哀れな船団としか映っていなかった。

 数だけは負けているが、敵は多少強化した程度の輸送艦隊。

 勝敗は目に見えている。

 

 だが、手加減をする気は微塵もない。

 艦載機隊は日本国本土上陸の際に飽和攻撃を行うので温存はするが砲弾はその限りではない。

 敵輸送艦に備えられた砲を形状から計算して射程はこちらの半分強。

 これなら砲撃戦で事足りる。

 

 「姫様。奴らは降伏するでしょうか?」

 「どうだろうな。降伏するなら良し、しなければ叩くのみだ。その時は指揮を任せるぞダールトン」

 「ご下命有難く受け賜ります」

 

 深々と頭を下げるダールトンを見て満足そうに笑みを浮かべる。

 すると少し戸惑った通信士が振り返り、口を開く。

 

 「コーネリア皇女殿下。敵艦隊より返信!」

 「早かったな。で、何と言ってきた?」

 「えと、それが…その…」

 「どうした?早く言わないか?」

 「どれ、見せてみろ――――ッ!?フハハハハ、なるほど口にし辛いな」

 

 口篭る通信士に顰めるような視線を向けるギルフォード。その視線を遮るように通信士に近づき、返信が映されているモニターを見てダールトンが朗らかに笑う。視線で自分が言っても宜しいかと伺い、頷かれた事でダールトンが読み上げる。

 

 「馬鹿め――それが奴らの返答です」

 「随分と威勢がいいな」

 「姫様、敵艦隊に動きが…」

 「――ほぅ」

 

 モニターに映し出されている簡略された敵味方を現した配置図に、日本艦隊が二つに分かれて一方がこちらに突っ込んでくる様子を現していた。

 狙いを読み取ろうと眺めると意図は明らかで、戦術を弁えている事が伺えた。

 旗艦を中心に広く展開しているこちらに対して数で勝っていても射程で負け、長期戦でも分が悪い事をよく理解している。

 接近しての火力を集中して中央突破。さらには旗艦であるニヴィアンへ攻撃して短期で決めるつもりだろう。

 

 だが、それは質と量が伴ってこそ意味のあるもの…。

 

 落ち着いて指揮を執るダールトンにより突っ込んできた輸送艦隊はすぐに大被害を被る事になった。

 よくよく観察してみると突っ込んできた輸送艦隊はどうやら一つの艦隊ではなく、二つの指揮系統を持っているらしい。一方は良くも悪くも直情的で勢い任せ。もう一方は熱いところが伺えるがそれでも戦場を読んでよく動かしている。

 ただの雑兵ではない様だが、もはやそれすらも意味を成さない。

 

 機銃と小口径砲門を撃ち続けながら前進してくる輸送艦にブリタニア海軍の駆逐艦が放った砲弾が直撃。追加装甲で防御力をあげているものの、あってないようなもの。呆気なく追加装甲は貫通され、内部に砲弾が入り込み、爆散する。

 魚雷を放てば速度が遅く、回避が間に合わずに直撃して吹き飛んで行く。

 ようやく射程距離に届いた輸送艦の砲が駆逐艦に当たったが損害は軽微と判定し難いほどの軽傷。逆に数隻の駆逐艦の砲撃により海の藻屑と消えた。

 

 攻め込んできた輸送艦隊は70%もの損害を出して本体に合流。護りを固める事を選択したようだ。

 

 「終局だな」

 「まるで標的艦を相手にしているかのように動きの遅い艦隊でしたな」

 「これから如何なさいます。敵はかなりの数を消耗。しかして我らは無傷。もう一度降伏勧告を行いますか?」

 「いや、奴らが守りを固めた。逃げずにな。ならば最後まで付き合ってやれ」

 「了解しました。これより敵輸送艦隊を包囲殲滅致します」

 

 コーネリアは最終局面に移ったことに物足りなさを感じていた。

 出撃前にシュナイゼルに言われたのだ。

 「もしも戦場で枢木 白虎なる人物に出くわすことあれば注意しなさい。アレは数の差も力の差もひっくり返す奇策士だ。油断すれば一瞬で勝敗を持って行かれかねない。気を付けるんだよコーネリア」

 あのシュナイゼル兄上が警戒するほどの人物…。

 不謹慎かも知れないがそれほど手応えのある者ならば手合わせしたいものだ。

 

 そんなことを想いながら艦隊が包囲するさまを眺める。

 今、自分たちの目の前に存在する艦隊を操っているのがその白虎とも知らずに…。

 

 

 

 

 

 

 シートに腰かけて戦場を眺めていた白虎は半笑いを浮かべる。

 無理をするなと言ったのに前衛艦隊の指揮を任せた二人は無茶をして冷や冷やさせてくれる。無事帰って来てくれたから良かったものの、ここで戦死されたらと思うとゾッとする。

 

 「すみません少佐!俺が無茶な突撃をしたから…」

 

 前衛艦隊の指揮を執っていた二人が乗っていた輸送艦より白虎が乗っている艦に移り、艦橋に入ると同時に深々と頭を下げて許しを請う。

 短く息を吐き出して、軽く頭を叩く。

 

 「ったく、心配かけさせやがって。無茶すんなつったろ?」

 「本当にすいません!」

 「でも、まぁ、良くやってくれたよ玉城君。千葉さん」

 

 くしゃくしゃと頭を撫でると玉城 真一郎と千葉 凪沙は不思議そうに頭を挙げてホッと胸を撫でおろした。

 二人とも紅月君同様の義勇兵だ。

 紅月や扇を見つけた段階で玉城もいるだろうと思っていたから驚きはしなかったが、まさか義勇兵の名簿に四聖剣の千葉 凪沙の名前があるとは露とも思っていなかったからこっちは驚いたさ。

 今回二人を前衛艦隊の司令官にしたのには理由がある。

 前衛艦隊の目的はこっちは本気で抗う気があり、完全に劣っている艦隊と認識してもらう為。

 

 原作知識で玉城の生存能力の高さを知っていたので、彼ならば絶対に生き延びるであろうという確信があって第一前衛艦隊の指揮を任せた。だが、玉城は指揮能力は乏しくてそこまで有効な戦術を行えない。やっても猪武者が如くの猪突猛進の突撃のみ。そこで指揮能力が高く、生き延びる可能性が一番高そうな千葉に第二前衛艦隊を任せたのだ。

 結果は上々。

 相手はこちらを舐めているとまでいかないが格下に捉えている。

 

 「扇君。敵艦隊の動きはどうかな」

 「敵艦隊左右に艦隊を展開して…これは…」

 「包囲しようとしている?」

 「おいおい、マジかよ!?」

 

 言葉を詰まらせた扇の代わりに紅月が呟いた。

 焦る玉城の横から千葉が前に出る。

 

 「枢木少佐!このままでは退路を防がれます。私は撤退を具申致します!!」

 

 艦橋内に響き渡る凛とした声、美しいと思えるほど見事な敬礼に聞き入り、魅入ってしまった。

 本来ならばその選択が正しいのだろう。このまま攻勢に出た所で勝ち目がある訳でもないのだから。

 

 ―――この艦隊では。

 

 「その意見具申は承諾しかねる。全艦現状の陣形を維持。発砲は任意で許可をするが進撃も後退も許可しない」 

 「少佐!!」

 「あー…紅月君。あの作戦計画書を彼女に」

 「了解しました」

 

 厳重に保管してあった資料を取り出して、手渡すと千葉はすぐさま計画書に目を通し、次第に目が見開かれ驚愕の表情を向けてくる。計画書と言ってもこの輸送艦隊がどういう目的で何を行うかで後のことは何も書いていないものだが、勘の良い人なら何をするかは理解出来なくても何かを行うのは理解できる。

 この計画書を目に出来るのは各輸送艦の艦長のみで、俺が乗っている艦だと紅月君だけである。

 ちなみに白虎は艦隊総司令であって艦長ではない。

 

 「何と無しに理解してくれたかな?」

 「―――はい。差し出がましい事を申しました。申し訳ありません」

 「いやいや、君は良く見えているよ。謝る必要はないさ」

 「敵艦隊こちらを包囲しようとしているんですが宜しいのですか」

 「そうさねぇ…紅月君、準備は出来ているかな?」

 「戦闘準備は完了しております」

 「いやいや、逃げる準備だよ。やる事やったらさっさと逃げるよ」

 

 納得する紅月以外はポカーンと間の抜けた顔を露わにするが、白虎はにっこりと笑い懐から取り出した飴玉を口の中に放り込む。

 

 「くれぐれもタイタニa――じゃなかったブリタニアの皆さんに失礼のない様に」

  

 

 

 

 

 

 簡略図ではほぼブリタニア艦隊が円陣を組んだ日本艦隊を包囲していた。

 メインモニターには簡略図ではなく、望遠で撮られた輸送艦隊が映し出されている。

 一隻の真紅の駆逐艦を中心にしたまま、引く事無くその場に居座り続け、何の動きも見せない事から不気味ささえ漂わせていた。

 

 「姫様、包囲が完成する前ですが攻撃は可能です」

 「あの艦…おかしいな」

 「は?何がでしょうか」

 「いや、気にするな。各艦に伝達。射程に入り次第攻撃開始せよとな」

 

 指示を受けた艦が攻撃を開始する。

 コーネリアが乗っている航空母艦ニヴィアンは後方にて数隻の駆逐艦と重巡洋艦の護衛と共に待機し、包囲・砲撃を開始した艦隊を眺めていた。

 

 一切抵抗することなく落とされて行く。

 砲弾を回避もせずに、反撃も行わず、ただただその場に留まる。

 その行為にどのような意味があり、意図があるのかが読み取れない。

 

 ただ一抹の不安だけが過る…。

 

 そしてその不安は現実となる。

 突如として敵輸送艦隊は外装部のパージを開始。

 内部より現れたのは積載部いっぱいの透明なケースに入れられた桜色の液体。

 思い当たる名称が脳裏を過った。

 

 流体サクラダイト。

 鉱物資源であるサクラダイトを流体化させたもので引火性は高く、高い爆発を起こすことを知っている。

 第一次上陸作戦で身をもって知っているブリタニア軍は包囲の足を止めて、相手を伺う。

 

 「流体サクラダイトか!?」

 「馬鹿な。まだアレだけの量を持っていたと」

 「持っていたとしてもアレをどうする気だ。爆発させれば自らも吹っ飛ぶことに――」

 

 ダールトンとギルフォードの会話を耳に入れながらコーネリアは考える。

 言っている通り爆発させればあの輸送艦隊の乗員は助からない。しかし、逆に言えば乗員を犠牲にすることで爆発によって生じた高波でブリタニア艦隊の何割かは横転しかねない。

 そもそもその作戦を知って来ているのなら自らの死も惜しくない死兵で編成されている可能性が高い。

 

 短い時間で脳内をフルに稼働させる。だが、これだという確証も無ければ対処法も思い浮かばない。

 

 「アレで我らを脅しているのか…」

 「姫様ご命令を。撃てば当たります」

 「―――――ッ!?全艦退避!急げ!!」

 

 コーネリアは気付いた。

 先ほどの攻撃してきた前衛艦隊の動きが遅く、円陣を組んだ輸送艦のほとんどが反撃も何もしてこないのは、相手の練度や対応、艦の性能ではなく、あの艦隊のほとんどが無人艦。遠隔操作で移動と簡単な攻撃プログラムで組まれたものだという事に。

 旗艦らしき真紅の駆逐艦も恐らく…。

 

 普段見られることのない慌てようからダールトンとギルフォードも危機感を察し、各艦に距離を取るように命じる。が、サクラダイトを積んだ艦があり、旗艦が慌てて退避命令を出して来たことから敵が自分達を巻き込んでの自爆を敢行しようとしていると理解した艦は我先にと逃げ出す。

 急激な退避行動は味方の進路を塞ぎ、中には衝突する艦すら見受けられた。

 

 焦りと混乱が支配していたブリタニア艦隊に追い打ちをかけるように中をむき出しにした輸送艦隊がゆっくりと前進してくる。

 よく見ると約3割ほどの輸送艦から小型ボートが下ろされて、艦を捨てて包囲前の隙間より逃げて行く。

 

 爆発すると味方の損害を覚悟したコーネリアは次の瞬間、サクラダイトと思われていたケースより吹き出された桜色のスモークを見て騙されたと肩をわなわなと震わせるのであった。

 

 「我らをコケにするか!!」

 「陣形を立て直しま―――何事か!?」

 

 散布された霧の中で大きな水柱が立ち上る。

 それも一つや二つではない。時間が経つに連れて幾つもの水柱が立っては消えて行く。

 

 「ソナーに反応あり。魚雷です!!」

 「何処から撃ってきている!?」

 「か、海中からです。なおも撃ち続けております!」

 「日本軍の潜水艦か!?何故発見できなかった!!」

 「爆雷投下!敵潜水艦を撃破せよ!」

 「了k――」

 「うわぁあああ!?」

 「きゃあああ!?」

 

 攻撃命令を受諾して返事を返そうとした兵士の声を複数の悲鳴がかき消した。

 悲鳴を挙げたのは海中のあらゆる音源を探知する専門官達であった。装着していたヘッドフォンを投げ捨て、顔を歪ませ耳を抑えていた。

 敵はこちらの耳を潰すべく海中内で音を響かせてきたのだろう。

 だが、理解が出来ない。

 この行為はこちらの耳を潰し、一時的にだがソナーを無力化する。それは向こうも同じことで耳はヘッドフォンを外すなどで対処出来るだろうがソナーなどの目は同じように潰れる。

 敵の位置を自身も見えなくなるというのに何故…。

 

 ここまで考えたコーネリアはソナーを無力化した隙に撤退、または移動して姿を隠すものと推測したが、まったく別であった。

 

 艦橋のガラスに水飛沫が掛かるぐらいの近距離での水柱。

 航空母艦を大きく揺らすほどの衝撃。

 揺れに耐えながらもその方向へと視線を向けると中央部が完全に水柱に飲み込まれ、真っ二つに引き裂かれた重巡洋艦の姿が…。

 

 「重巡洋艦ブルグ・ゲヒト……轟沈…」

 「馬鹿な!どうやってこちらの位置を知り得ていると言うのか!!」

 「潜望鏡の確認急げ!」

 「艦載機隊は出られないのか?」

 「この揺れでは…」

 「レーダーに反応!小規模艦隊が接近中!!大きさから戦艦クラスかと」

 「軽巡洋艦ケーニッヒ、駆逐艦アルケー、共に通信途絶!」

 「味方が混乱しております。立て直しの指示を」

 「敵潜水艦ロストしました!」

 

 次々と届けられる報告に歯を食いしばる。

 強く食いしばったが為に歯茎から一筋の血が口元から顎へと垂れた。

 忌々しく現れた艦隊に睨み、大きく息を吐き出すと同時に力を抜いてシートにもたれる。

 

 「全艦に通達。我が艦隊は現海域を離脱。撤退する…」

 「……姫様、本当に宜しいので」

 「二度も言わせるなよ」

 「…………全艦に撤退命令を」

 

 無念と言わんばかりに肩を落とすダールトンを眺め、コーネリアは自身の油断と慢心を呪う。

 もしかするとシュナイゼル兄上が言っていたのはこの事だったのだろうか。

 有利だった戦況がすべて相手の策略で、理解が及ばない潜水艦の攻撃などでここまで被害を出さされた。もしかしたらあの少数艦隊にも何かしら思いもよらぬ兵装を仕込んでいたり、何かしら奇策を施していた可能性があるかも知れない。

 

 本国に帰還後、敵が枢木 白虎と知ったコーネリアはリベンジする為に第三次上陸作戦に名乗りを挙げるのであった…。

 

 

 

 

 

 ブリタニア艦隊が退く光景を眺めていたルルーシュは勝利した喜びよりも、作戦に対する興奮と驚きに呑まれていた。

 無人艦を多数含んだ輸送艦と老朽化が進んだ駆逐艦の艦隊で敵を誘い出し、海底で待ち伏せしていた潜水艦のキリングゾーンまで誘導。

 サクラダイトと誤認させようと見せびらかせたスモークの原料。

 誤認して慌てふためき衝突や渋滞を起こしたところで、津波などの波を観測する津波ブイと戦術チャートを合わせた敵の位置を把握できる新システムを用いた海中からの潜水艦の精密な魚雷攻撃。

 

 禁止事項としては攻撃能力を持たない輸送艦は放置。

 敵の護る対象を無くして動き易くするよりは、腹に抱えたままでいて貰う事。

 

 ブリタニア艦隊の旗艦は絶対に狙ってはならない。

 諜報部から皇族二人以上に動きがある事が判明し、一人は日本侵攻総司令としてクロヴィスと戦場にわざわざ出張って来るという事でコーネリアと断定。

 敵の艦隊は三方向から攻めてきているから多くて三分の二に皇族が乗り込んでいる。もしも攻撃して戦死などさせたら弔い合戦などになって敵の士気は向上。ただでさえ数で負けているのに士気の高い敵となんてやってられるかというのが白虎の言だ。

 あと、某公国のIQ240の総帥みたく国葬で士気向上の演説やられるだろうしなぁ…とかぼやいていたが誰の事を言っているのだろうか?

 

 

 これらすべてを考え、用いたのがあの白虎だ。

 本人曰く、先人たちの知恵と語っていたがこんな戦術を耳にした事は無い。

 何故隠しているのかは分からないが、あいつの知識や戦術の幅は恐ろしく広い事が良くわかる。

 

 予定と違ったのはこの新造艦……日本陸軍所属特務護衛艦隊旗艦 戦域護衛戦闘艦【天岩戸】の出番がなかったことだ

 全長250m、全幅40メートルの大型艦で最大速力二十ノット。艦首魚雷発射管四門、62口径連装速射砲四基、50口径短装砲八基、高性能20mm機関砲十二基、デコイ発射装置複数、対潜爆雷投射装置、艦対空ミサイル発射装置を四基、近接防空ミサイルを四基。垂直発射システムなどの攻撃火器をふんだんに装備した艦。

 艦の防衛と言うよりも味方艦隊の護衛を務めるという白虎の思想の下に建造された。

 当初は三十ノットを予定していたがあまりに武装が増え、速度が低下してしまったのは痛いところであるが、主眼は防衛で速力はそこまで重要視していない。

 

 天岩戸に追従する駆逐艦。

 初春、子日、若葉、初霜、有明、夕暮の初春型特殊駆逐艦は世界初の対艦用大型レールガンが搭載されている。

 

 天岩戸と初春型特殊駆逐艦の力をここでお披露目する予定だったのだが敵が引くのであればお披露目は延期だ。

 とても残念でならない。

 虎の子でもある兵装を使わないという事は相手はまだその情報を得ていない。これは戦術で大きく役に立つがルルーシュはどのようなものかを見たい気持ちでいっぱいだったこともあり、残念だと思っている。

 

 「やっぱりすごいやしろにいは!」

 「あぁ、本当にな」

 「なんだよもっとよろこべよ」

 

 満面の笑みではしゃぐスザクを横目に軽く笑みを返す。

 それにしてもまだ幼い子供に日本刀を渡すというのはどうなんだろう?

 あのブラコンは何を考えているんだか…。

 

 ルルーシュ達はスザクが白虎と約束した通りの天岩戸の艦橋に居る。

 勿論ナナリーも神楽耶も一緒だ。ナナリーは目が見えないので神楽耶が分かりやすく解説しながら話している。それを眺めているのがC.C.なのだが戦いには興味なさそうにいつもながらのピザを食べている。

 アレだけ食べて飽きないのだろうか?

 

 「あー…疲れた疲れた。只今戻ったよー…」

 「あ!お帰りなのじゃ」

 「お疲れ様です」

 「しろにい!」

 

 ボートに乗って艦隊に合流した白虎は潮風に当たってべとべとしたとか言ってシャワーを浴び、いつもの服装で艦橋へと足を運んだのだ。

 ナナリーと神楽耶の言葉を笑顔で受け、抱き着いたスザクを抱き抱える。

 

 「どうだったスザク」

 「すごかった!しろにいのいってたとおりで」

 「そうか、そうか」

 

 晴れ晴れとした笑みを浮かべてシートに腰かけ、何故か近くに居た俺の頭を撫でた。

 いきなりで驚き対応できなかったが、スザクたちの視線が集まると徐々に恥ずかしくなって払い除けた。

 

 「い、いきなり何してんだよ」

 「ちょっとな。いい勉強になったかなルルーシュ君?」

 「フン………まぁまぁかな」

 「クッハッハッハッ!及第点か。厳しいな。っと、敵艦隊は引いていくようだけどかなり残されているな。全艦に通達。現海域にて漂流中のブリタニア兵の救出・使えそうな物資の回収を開始せよ。とな」

 「貧乏くさい」

 「やかましい。こっちは物資難なんだから」

 

 海上を見渡す白虎はどこか楽し気で愉快そうで―――疲れているように見えた。

 なんにしてもこれで日本が生き延びる希望が見えて来たのは間違いないだろう。

 すでに残りの二艦隊にも対応策を出している事だし、今のところ不安はなくなった。

 

 ルルーシュは心の底から安堵した。

 こいつがいるなら負けないと…。

 

 「これで戦争は終わりなのですか?」 

 「いんや、まだ上陸作戦してくるだろうねぇ」

 「でも、しろにいがいるんならじょうりくなんてさせないよね」

 「それは無理だねぇ。多分ラスボスも出てくるだろうから蹂躙されっかな」

 

 隠すことなく当然のように答えられた言葉に先ほどまでの思いは消し飛び、不安が押し寄せて来るのだった……。



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第06話 「戦争中の休暇。新しい女中」

 第二次日本侵攻作戦。

 超大国である神聖ブリタニア帝国が第一次上陸作戦の失敗を経て、作戦内容と戦力を強化して行った大規模侵攻作戦。

 前回の失敗に対抗する策を持って出撃し、ブリタニア上層部はもう負ける事は無いと大船に乗ったつもりで結果を上機嫌で待っていた。

 されど第一次同様に期待は大きく裏切られた。

 

 まず東京方面に向かったコーネリア貴下の艦隊が、白虎が指揮する輸送艦隊に奇策を用いられ大損害を受けて撤退させられた。

 この事実には驚きこそすれど上層部は決して慌てる事は無かった。なにせ東京方面の艦隊は首都東京に進軍することで注意を引く意図が大きく、侵攻軍の主力でもなかったからだ。

 

 問題は新潟に向けて進む第三艦隊と確保した北海道に上陸しようとした主力の第一艦隊である。

 第三艦隊は各港で補給しながらフィリピン海から東シナ海、日本海へ進んで行く予定だった。しかし、中華連邦で補給しようとすれば港はいろんな理由を付けて封鎖され、補給が出来ない状態で進軍する羽目に。至急物資を積んだ艦が出され、荷物を積み込んだが、砲弾や食料など到着までの荷物を積み込めば進軍速度は落ち、艦は大きく水面に沈み込んだ。

 それでも意地で何とか突き進んだ。

 日本海軍は第一次で壊滅しているので海上での抵抗は皆無だというのが上層部の見解だった。ゆえに荷物を大量に積んで、機動力が低下しても問題ないと踏んだのだ。

 

 その見解は大当たりだった。

 進軍中日本海軍の艦隊は目にすることは無かった。

 日本海軍のは、だが…

 

 新潟に近づいた辺りで大型タンカーが駆逐艦二隻に護衛されているのを目撃。大型タンカーや駆逐艦に掲げられている国旗は中華連邦のもの。日本領海内で見かけたことに不信感はあったものの、下手な対応をしてしまえば大国同士の戦争に発展しかねない。国を動かす大物なら兎も角、現場指揮官である彼らがそんな戦争のトリガーを切りたがるはずもなく、ブリタニア艦隊は無視を決め込もうとした。

 

 日本の国旗を掲げた小型の輸送艦よりある積み荷が乗せられるまでは。

 大型タンカーのクレーンにて積み込まれていたのは、神聖ブリタニア帝国の最新技術で創り出された新型陸戦兵器――ナイトメアフレーム【グラスゴー】。

 さすがに軍事機密の塊を見逃すわけにもいかず、牽制射を加え検問という形で取り押さえる事を艦隊総司令は判断した。

 命令を受けた駆逐艦達が先回りしながら牽制射を放った。勿論、大型タンカーには当てないようにだ。

 

 しかし、発砲後に大型タンカー後部が爆発。燃料に引火したのか誘爆が発生して後部は瞬く間に火の海と化した。

 ブリタニア艦隊所属の兵士達は驚いた事だろう。なにせ何の非もない中華連邦に対して攻撃を行ったのだから。

 

 乗組員がタンカーより飛び降り、日本の輸送艦と中華連邦の駆逐艦達が救助に当たる。

 当たってしまって焦り、艦隊司令はすかさず救助活動に参加して少しでも状況緩和を図ろうとしたが、まるで謀っていたかのように日本領海外で待機していた中華連邦艦隊が一気に雪崩れ込み、『ブリタニア軍が先に仕掛けて来た』『襲われた同胞を助け出せ』と大義を叫びながらブリタニア艦隊との戦闘に発展。

 積み荷にて機動力を失っていた艦隊は数と機動力で勝った中華連邦艦隊の攻撃により多くの艦が行動不能に追いやられた。

 

 これらすべて白虎の策である。

 中華連邦としては今回の戦争は見守るつもりであったが、ブリタニア軍の最新技術の塊であるナイトメアが欲しくないかと問われれば欲しいと即答するレベルであり、ナイトメアをブリキの人形と呼称し、一騎分の装備一式を詰め込んだセットをおもちゃ箱と称して二セット分譲る事を約束したのだ。

 だからと言ってブリタニアと戦う大義名分を持ち合わせない中華連邦は乗り気ではないとの事で、牽制射と同時にタンカーを爆破して大義名分を作ってしまう策を提案。それと戦闘で多く死に過ぎないように轟沈や積極的な戦闘は避けて追い払う事を主軸に動き、日本との戦争に苦戦している現状では中華連邦にまで手が回らない実情から交渉によっては良い条件を引き出せるだろうと話せば大宦官も乗ってくれた。

 ついでに五年間のサクラダイト輸出量35%を約束する確約もつけたがね。

 

 残るは主力の第一艦隊だったが、そちらは空軍のほうで対処してもらった。

 第一次でも上陸部隊への対応においても戦力を温存して貰っていた空軍の全力戦闘。後でデータを見せて貰ったのだが凄かった。苛烈と言うか容赦がないと言うか…。

 空軍にはケイオス爆雷を応用した対空ミサイルなどを提案したりしたのだが、誰が正面に左右上下に鋼ニードルを撒き散らすミサイルを想像できるか。せいぜいケイオス爆雷に誘導性能を持たせる程度だと思って試射会に行ったら唖然としたよ。

 試作品を作り上げた空軍の技術者も「どうですか(ドヤ)」じゃねぇよ。想像以上過ぎるわ!

 おかげで対戦闘機・対ミサイルに対して有効な兵器が完成したから良いけどさ。驚いたよ。敵艦載機と艦隊の第一射のミサイル群を数で劣るミサイルでほとんど撃ち落としたんだから。編隊を組んでいた戦闘機部隊も一機二機ではなく五機六機で落としていくし。

 それとどれだけの訓練と鍛錬を積んだのか分からないが、現行の戦闘機で海面ギリギリを飛行して最新鋭の魚雷を撃つか?あと上空から艦に対してほぼ90度で降下してぶつからない様に途中で軌道を変える様は人間技に見えない。

 

 原作なのかこの世界独特なのか海軍や陸軍に比べて空軍があまり優遇されていない。

 剣や弓矢で戦っていた頃から存在する【陸軍】に、木造船が戦いに使用され始めた事で生まれた【海軍】。大昔から存在する二つに比べたら近代になって生まれた空軍は歴史が浅い。だからなのかは分からないが見下されることが多々見受けられる。

 いつか見返してやろうとやる気満々の所にその機会と資金持って行ったら化け物が出来るんだね。怖くて近づけねぇよ。

 

 まぁ、おかげで空軍と陸軍(主に白虎と)が仲良くなった訳だが、逆に海軍がご立腹なんだよねぇ…。

 知っての通り第一次で艦隊のほとんどが海の藻屑に消えてしまった海軍に対して陸軍に見下していた空軍が大戦果を叩き出した。面白くないと感じるのは当然のことだ。プラスで俺が対ブリタニアを想定して作った新兵器の予算は海軍の予算を親父が回したもの。それに陸軍が艦隊を所持したら余計に怒らせ、火に油どころか航空燃料を投下したレベルでキレている。

 少しでも怒りを緩和させるために艦隊再建を手伝わせてもらっている。中華連邦や反ブリタニア勢力より中古だが艦船を手配したり、観光会社や輸送会社が持っている大型船やフェリーを改修して軽空母にする話し合いや手筈を整えたりと。

 

 話が逸れたが空軍の想定外過ぎる活躍のおかげでブリタニア第一艦隊は大きく乱され、大慌てしたクロヴィスは速攻で撤退して行って第二次侵攻阻止作戦は終了した。

 

 

 

 こうしてブリタニアの第二陣を押し返した白虎は久しぶりの休暇を楽しむのであった。

 

 

 

 

 舞鶴軍港にほど近い温泉旅館に白虎一行は訪れていた。

 最初はふらりと行こうとしたのだがメンバーの中に神楽耶が居た事で貸し切りにする必要があったので時間が多少掛かってしまった。なにせ神楽耶の皇家はコードギアスで日本の象徴的な家柄。警備も無しにほいほい行くわけにもいかない。

 俺の見立てでは軍の再編もあるが責任問題の追及なんかもあるから三週間はブリタニアは攻めてこないと判断しているので、一週間ほど久々の休みを取る事にしているので、別段時間が掛かろうと問題なかった。三日ほど京都観光して入った旅館は中々風情があり、何度かテレビで拝見した歴史あるところだった。

 

 どうやって三日で貸し切りにしたんだろうか?確か三か月先まで予約で埋まっていたような………あまり考えないでおこうか。資金も俺の懐じゃなく親父持ちだし。

 

 考えるのを止めて目の前の事に集中する。

 シャンプーにトリートメント、ボディソープにボディミルク、肌触りときめ細やかな泡立ちで選んだボディタオルにシャンプーハット、ブラシなどすべて持ってきている事を確認してシャンプーハットを手に取る。

 勿論だが俺が被るものじゃない。そもそもこれらはスザク用のセットで、自分のは安物のボディタオルに最悪固形石鹸一つで事足りるし。

 

 「もうしろにい、おれこれいらないって」

 「でも目に入るの嫌だろう?」

 「だ、だけどさぁ…むぅ」

 

 納得していない様だが諦めたのか大人しく前を向いて椅子に腰かける。

 まずブラシで髪をすいて埃を落とし、ぬるま湯ですすぐ。汚れや埃を軽く落としたところでシャンプーハットを被せ、シャンプーで頭皮を指の腹で揉むように洗い、終えたらトリートメントで仕上げていく。

 身体は全身隈なく洗っていたら前に恥ずかしいと断られたので背中のみ。洗ったらスザクも洗ってくれるので洗いっこと言うやつだ。

 いつも洗っている訳ではない。

 軍属になって家を空ける事も増え、戦争が始まっては指揮所に泊り込んだり、下準備でいろんな所へ出張したりと帰れることが少なくなりすぎる。ゆえに軍属になったあたりで家に帰れるときはたまに風呂を一緒に入って洗ってやったり、どこかに連れて行ったりと普段構えない分なるべく構うようにしている。

 

 洗い終えたらゆっくりと湯船に浸かっていく。

 最近は司令部や前線に詰めていたりもあってシャワーか濡れタオルで済ませていたから肩まで湯に浸かれるというありがたみが良く分かる。骨身まで染み入るようで心地よい。

 

 「あ~、生き返る」

 「……なんかじいさんっぽい」

 「爺!?」

 

 まさかお爺さん判定入れられるとは思っておらず、身体は癒されつつ心に大ダメージを負ってしまった。寧ろダメージのほうがデカすぎる。

 そんな白虎に気をかけることなく、貸し切り状態という現状に興奮しているスザクは大浴場で大いに泳ぎまくる。

 マナー的に大問題だけど男湯を使用するのは俺とスザクのみ。ならまぁ良いかと肩まで浸かり息をつく。

 

 バシャバシャと泳ぐ水音以外には静かなこの状況に胸を撫でおろす。

 実感する。

 俺の行ってきたことは無駄ではなかった。

 こうしてスザクと一緒にのんびりできるのだから………。

 

 ボーとしながらゆっくりしていた白虎はふと気が付いた。

 さっきまでバシャバシャと響いていた水音が消えた事に。

 慌てて辺りを見渡すと顔真っ赤にしてのぼせ始めて、大人しくなったスザクの姿があった。

 

 「ってオイ!のぼせそうならそう言えよ」

 「ふぁ~、しろにいがふたりいるぅ」

 「完璧のぼせてんじゃねぇかよ!?」

 

 ふにゃと今にも湯船に頭を浸けそうなスザクを抱え脱衣所へ。タオルで水を拭き取り、旅館貸し出しの浴衣を着せて自動販売機で買ったスポーツドリンクを渡して部屋まで急ぐ。

 本来なら牛乳瓶を買うところなんだけどそうは言っていられない。部屋に着くと風通しの良い窓際に転ばせてゆっくりと休ませる。

  

 「大丈夫か?」

 「らいじょうぶ」

 「おもっくそ駄目じゃねぇか。まぁ、ゆっくり休めよ」

 「……ん」

 「?――あぁ」

 

 手を差し出してこちらを見つめる。

 なんだろうと小首をかしげたかすぐに理解して手を握ってやる。ニコっと笑うスザクを見下ろしながら空いている片手で頭を撫でてやる。

 

 すると扉がガラリと開き、誰かが入って来た。

 一応護身用に銃を携帯しており、手を伸ばそうとするが誰が入って来たのか分かったので手を止める。

 

 「先に戻っていたのね。あれ?スザクが倒れてるのじゃ」

 「どうせお風呂ではしゃいでたんでしょ」

 「うるさいよ」

 「のぼせたのですか?水分補給を――」

 「紅月さん…その段は缶ビールしか入ってなかったよ。ジュースは一つ下」

 

 部屋に入って来たのは皇 神楽耶に紅月親子である。

 義勇兵に入って現在俺の下で働いている紅月 ナオトとは色々な話をしており、家の話も多少聞いている。彼の家庭は母子家庭で母親が女手一つで子供二人を育ててきたのだと。ナオトはもう一人立ちできるほど大きくなったが、まだ幼い妹のカレンが居り、今でも忙しく仕事と家事を両立させようと頑張っているそうだ。

 だったらと住み込みの女中として家で働いてもらっているのだ。女中は一名雇っているのだが世話をするどころか世話される側の人間だからなC.C.は…。

 

 ―――と、表向きはそういう理由で雇ったが実際は違う。

 原作の黒の騎士団最強のパイロット、紅月 カレンを手元に置いておきたいというのが本当の理由だ。 

 此度の戦いは上手く行っても引き分け、やや負け越しといった形で終止符を打つ形になるだろう。いや、そうしなければならないのだが。その際に日本が日本として進むことになるが、そうなったらカレンは日本軍に志願するだろうか?

 

 俺はしないと思う。

 日本がそのまま残るという事は兄ナオトが反ブリタニア組織を作る事もなく、母親がリフレインに手を出すこともない。元々仲の良い家族で平和な日々を謳歌するだろう。何かしら原因が無ければ軍に志願することもない。

 それでは困るのだ。日本が日本であれた場合、準備に準備を重ねて手を打ちに行く。その際にはルルーシュは勿論カレンの力も必要となる。

 もしもここで関係性を生んでなければ勧誘も難しい。関係性があれば何かしら誘えるかも知れない。

 正直可能性が一から二になる程度の話だが、打てる手は打っておきたい。

 

 我ながら冷たい人間だとは思うよ。スザクの為とは言え誰かを利用しようと考えて行動するんだから。

 

 「今なら何でも出来るよね?」

 「よね?じゃない。なにマウントポジション取ろうとしてんだ」

 

 動けない事をいいことにニタリと笑みを浮かべたカレンの首根っこを掴んで止める。

 嬉しい誤算なのかな?スザクとカレンは正直仲が良い。と言うのもカレンが女の子らしい遊びよりも男の子のように元気に遊びまくるのでお互いに遊ぶ内容が合致するのだ。今では神楽耶よりもカレンと遊んでいる事の方が多いらしい。

 出会ったばかりはスザクがカレンの事を「おとこおんな」と言ったりして喧嘩ばかりで、ある日を境に喧嘩をしなくなったとか。

 

 ―――ゆっくりピザを食べれないという理由から二人が池に放り込まれてからだったか…。

 

 それから喧嘩すること自体が減って、普通に遊ぶことが多くなり、今では二人とも加減無しの全力で遊ぶ仲に……逆にそれはそれで心配なんだが…。

 

 「気心の知れた仲ってのは良いんだがな」

 「シロさんもお兄ちゃんと仲いいでしょ?」

 「良いけどよ。スザクがナオ兄つって懐いているのがちょっと」

 「それって嫉妬?」

 「いんや、ヤキモチ」

 「何が違うの?」

 「印象」

 「ふーん」

 

 スザクの近くからカレンを離して下ろすとC.C.に咲世子さんも入って来た。

 

 篠崎 咲世子。

 原作では元々アッシュフォード家に雇われ、ルルーシュ&ナナリーに仕えていたメイドで、本職はSPという篠崎流37代目。

 俺の認識では忍者なのだが本人に言うと毎回否定される……解せぬ。

 彼女も紅月さんと同時期に雇わせてもらった。

 枢木家別邸にスザクもナナリーも良く居るのだが、電子機器の防犯設備以外に頼れる者が居ない事に今更ながら気が付いて、原作の彼女を思い出して雇ったのだ。護衛としてもメイドとしても優秀な彼女の存在は本当にありがたい。紅月さんは少し抜けているところがあるし、C.C.は女中の肩書を持っているだけの自宅警備員と化しているし…。

 紅月さんはアニメでも花瓶を割ったり、脚立を倒して壊してしまったりとドジと言うか何と言うか、そのような場面があった。あの頃は色々な心労が重なってリフレインという薬物に手を出してしまったが為の副作用だと思っていたが、素であんな感じだと咲世子さんより連絡を貰った。

 タバスコと間違えてコチュジャンを渡すか?

 かけて食べた時のC.C.の様子を生で見てみたかったな…。

 

 「おい、ピザの注文を頼む」

 「旅館でピザを頼むかフツー…」

 「すでに注文は済ませておりますよ」

 「あ、コーラならありますよ」

 「咲世子さん、仕事が早いのは凄いんだけどその注文は取り下げて。夕食は旅館の方で出されるから。それと紅月さん、今持っている瓶はコーラじゃなくて黒ビール。ラベルよく見て…」

 「し~ろ~!!」

 「おおぉ!?」

 

 後ろから抱き着かれて驚き振り返ると、頬を膨らませてジト目で睨んでくる神楽耶がご立腹の御様子。

 お風呂上りというのもあって神楽耶の体温がいつもよりほんのり温かく、湯船に浸かっているのとは違う心地よさがある。

 

 「何か言う事ないの?」

 「んぁ?………あ、あー」

 

 何を言わんとしているのか分からずキョトンとしたが、彼女達も温泉上がりで旅館が用意した浴衣を着ている事に気付いてしまったなぁと頭を掻く。

 身体ごと振り返って軽く持ち上げた神楽耶を胡坐を掻いている真ん中にポスンと降ろす。逆にキョトンとした表情をする神楽耶を優しく抱きしめて耳元で囁く。

 

 「凄く似合ってるよ」

 「―――ッ!?ふ、フフン、そうでしょ!」

 

 さっきまでの表情は満面の笑みへと変わり、若干頬や耳が赤くなっている。

 ………C.C.さん、ぼそっとロリコンって言うの止めてくれない。意味を分かってないスザクやカレンに言われそうなんで。そう言えば余計に言うんだろうから口には出さないけどさぁ。

  

 徐々に騒がしくなる一室を眺め、白虎は心より願う。

 こんな日々がずっと続けばいいのにと…。

 

 その後、夕食でも騒がしさが絶えない状況に心身ともに戦場以上に疲れた白虎であった。



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第07話 「第三次侵攻」

 皇歴2010年九月二十日

 神聖ブリタニア帝国は第二次侵攻作戦よりたった二週間と二日で侵攻作戦案をまとめ上げ、軍団を再編制し、第三次侵攻作戦を実施。第二次侵攻作戦で使用した艦隊を一纏めにし、唯一完全な制圧地域にした北海道東北部を目指して進軍したのであった。

 対して日本海軍は全戦力を北海道東北部に集中させ、陸軍からの援軍を拒否しての防衛作戦を強引に敢行し、保有していた艦隊の尽くを蹴散らされ、日本領海防衛能力は吹けば飛ぶような微々たるものになった。

 上陸時の反撃作戦は当然ながら皆無でほとんど無傷で上陸部隊を届けたブリタニア海軍は行ける艦のみ津軽海峡へ進軍。北海道より青森へと渡る上陸部隊の援護に努めた。

 

 さすがに海軍が破れた状況で陸軍も傍観する訳にもいかず、青森周辺に防衛ラインを展開・強化すると同時に枢木 白虎中佐率いる日本陸軍所属特務護衛艦隊が出陣。

 戦域護衛戦闘艦【天岩戸】の防衛システムと新兵器である範囲型特殊ミサイル弾頭―――通称【番傘】によりブリタニア海軍のミサイル攻撃を防ぎ、艦載機隊を撃ち落とした。

 番傘は目標地点まで飛翔すると中心部の炸薬を爆破し、ニードル鋼を前方と周囲に撒き散らす。ミサイルだろうが戦闘機の装甲だろうが軽々貫通させ撃墜させれるのだ。例えジャミングやフレアなどで逸らしたとしても範囲攻撃なので幾らかは巻き込まれて損害を出すようになっている。

 豊富な対空兵器以外にもフレシェット弾を撃てる122mm砲を甲板上に対空兵装代わりに追加配備して防衛能力を高めた。

 

 防衛は天岩戸が行い、攻撃は対艦用大型レールガン搭載の初春型特殊駆逐艦が担当した。

 日本陸軍所属特務護衛艦隊の目的は青森への上陸部隊の移動阻止……ではなく、海上からの砲撃を警戒しての少ない戦艦級や重巡洋艦級の排除と敵艦載機隊を無力化する為の空母の甲板を使用不能にする事。

 戦果は戦艦一隻、空母三隻、重巡洋艦五隻の轟沈に戦艦一隻中破。軽巡洋艦・駆逐艦多数と重々の戦果を叩き出した。そもそも大型レールガンは速射率も射程も現行の砲に比べて長い。これは戦闘艦の主だった攻撃能力が砲撃から射程も威力も高いミサイルに代わったことが大きいだろう。

 ミサイルを天岩戸の防衛システムにて無力化すれば、初春型特殊駆逐艦はほぼ無双状態。

 しかし、自損覚悟で接近されれば無双状態は崩壊する。

 

 皇族に対する忠誠心の高い艦長だったのだろう。もしくは第一次や第二次などの失敗にてもう後がないのか…。

 なんにせよ自艦を盾にしてまで友軍艦を護りつつ突っ込んできたのだ。

 沈める事に成功はしたが有明と夕暮が轟沈、若葉が中破させられた。最高機密である大型レールガンを搭載している事から有明と夕暮は轟沈前に機密処理の為にレールガンを内部から破壊させたがブリタニアなら簡単に作るだろう。

 

 なんにせよブリタニア侵攻軍の青森への移動は完了。

 そこからは数とナイトメアの性能に押され青森を囲むように展開されていた防衛ラインは攻撃を受けて一日を待たずして崩壊した。ブリタニアの進撃は続き、二週間と経たないうちに秋田に岩手、宮城がブリタニア侵攻軍の支配下に置かれた。

 ナイトメアの性能を前面に押し出しての全力攻勢に出ればもっと早く制圧できたのだが、総指揮官であるクロヴィスに将として参加しているコーネリアは白虎の反撃にしてやられた過去があり、今回は同じ轍を踏まないように警戒に警戒を重ねている為に思いのほか進軍が遅れたのだ。

 

 まぁ、それだけではないのだが…

 

 

 

 

 

 

 枢木 白虎は眠たそうにあくび一つするとため息をついた。

 遅い…遅すぎる。

 猛暑だった八月を過ぎて段々と暑さが減って来たこの頃ではあるが、まだ日光浴するには暑い。

 そもそも待つ事自体そこまで好きではない。

 というか暇なのだ。

 

 「と、いう訳で話し相手になってはくれまいか」

 『あの…何がとどうしてそうなるのでしょうか?』

 

 あまりに暇すぎて無線機で扇君に声を掛けたのだが心の底から困惑しているようだった。

 はっきり言って戦闘地域のど真ん中で待機させている状況下でこのような言葉を投げかけられれば誰だって困惑する。

 無線機を片手に建物の陰より斜め向かいの五階建てのビルを見つめる。

 現在、紅月 ナオト率いる義勇兵の部隊はビルの二階で待機している。勿論、副指揮官である扇もそこで待機中だ。

 ちなみに最初は憧れなどの感情を向ける義勇兵たちを気遣って言葉遣いや態度に気を付けていたが、もう良いだろうと面倒くさくなって今では地を出して言っている。

 

 「なんかさぁ、待ちぼうけ喰らっているようで暇なのよ。今後の予定も考えると時間が無駄に感じちゃってね」

 『ですがここで足止めしないといけないと仰られたのは――』

 「俺なんだけどね。なんかこういう時の思考の切り替え?みたいなの知らない?」

 

 白虎達が居るのは山形県北東部の市街地。

 秋田県を占拠し進軍してくるブリタニア軍を食い止めるべく白虎指揮下の対人型自在戦闘装甲騎用装甲戦闘車両【弦月三式】を主力としている第一戦車連隊と義勇兵部隊、それと草壁 徐水中佐率いる第三戦車大隊が防衛線を展開していた。

 正直草壁中佐を前線に出すことは嫌だったのだが彼以外にまともな軍人が居ない為に仕方なく手伝って貰っている。

 本当なら藤堂さんを始めとした四聖剣の面々に手伝ってほしいが、後の事を考えて成田連山で待機して貰っているのだ。ちなみに四聖剣と表記したのは間違いではない。義勇兵に所属していた千葉ちゃんを藤堂中佐に紹介して将来有望な人材だから連れて行って色々教えてあげてと頼んだのだ。仙波、卜部、朝比奈も揃って成田行ってもらっているので全員勢揃いで四聖剣。

 ルルーシュも俺の元でなく藤堂さんと行動中だ。

 これからの戦闘は危険極まりないからね。

 

 『えと、そうですね…ほら、よくドラマでデートの待ち合わせのシーンがあるじゃないですか』

 「あぁ、あるね。彼女を待つようにあいつらを待てと…そういう事ね。来たらどんな目に遭わせてやるかと想うと待つ時間も楽しいか」

 『えー…そういう事…ですかね』

 「中佐!奴らが来たようです」

 「おう、総員戦闘配置!!」

 

 玉城が奴らの接近を知らせると命令を下す。

 それぞれが所定のポイントで息を潜めてターゲットがキルゾーンへ踏み込んでくれるのを待ち続ける。

 

 潜んでいる事を知らずに白虎やナオト達が居る通りを一個中隊――――十二機ものグラスゴーが移動している。

 想定よりも数が多いものの別段大丈夫だろうと気楽に気構えている白虎と違い、周囲の義勇兵は気が気ではなかった。

 移動中という事もあって索敵を行うファクトスフィアは閉じられており、進むことだけに専念しているから気付いていないのだろうが、もし一機でも熱源センサーでも使用しようものなら全員がナイトメアの銃弾の前に肉片となるだろう。

 特にナオトたちには逃げ場がなく、見つかれば一発アウト。

 

 ゴクリと誰かが飲み込んだ生唾の音が響き渡る。

 全員が全員冷や汗を掻き始めている中、白虎は涼しい顔でニタリと笑う。

 

 「さぁて、問題です。索敵能力を持つグラスゴーが周囲に所属不明の反応を受けたらどうするでしょうか?」

 

 何処か楽し気な口調で問題を出した白虎は懐からスイッチを取り出し、グラスゴーの位置を確認して押し込む。

 グラスゴーのレーダーには突如として所属不明の反応が拾われ表示される。

 方向としてはナオトたちが潜むビルの向かい100メートル先。

 銃口をそちらに向けながら全機が足を止め、その内の数機がファクトスフィアを展開して索敵を行う。

 

 「正解は馬鹿が戦場のど真ん中で立ち止まるだ―――ご褒美に鉛玉を浴びせてやれ」

 

 ちょうどナオト達に背を向ける形で立ち止まったグラスゴー達に銃弾の嵐が浴びせられる。

 軽機関銃に重機関銃、対戦車ライフルの弾丸はナイトメアの薄い装甲を簡単に突き破って、搭乗者も内部機構もずたずたに抉り取って行く。

 いきなりの奇襲で反応できずに五機ものグラスゴーが撃破されたのだ。

 しかし、七機ものグラスゴーが残っている。ビルより離れつつ振り向いて、アサルトライフルの銃口を向けようとする。

 

 だが、ナイトメアの銃弾がナオト達を貫くことは無かった。

 潜んでいた白虎達が跳び出し、RPGやグレネードランチャーを放ったのだ。

 奇襲に次ぐ奇襲に対応出来る兵士なんて早々いる者ではない。残存していたグラスゴーも直撃を受けたりして戦闘不能に陥った。

 それでも残ったナイトメアに集中砲火が浴びせられる。

 

 火事場の馬鹿力とでも申しましょうか片腕を吹っ飛ばされ、かなりの銃弾を浴びたというのにまだ動けたグラスゴー一機が白虎や玉城達へ銃口を向ける。

 このままでは自分もだが玉城達がやられてしまう。

 白虎は何の迷いもなくその一機に向かって駆けた。

 一人グレネードランチャーを持って駆けてくる白虎にアサルトライフルの弾丸は放たれた。

 

 白虎にその弾丸は当たる事がなかった。

 否、当たるどころか掠りすらしなかったのだ。

 

 C.C.より授かったギアス能力。

 本当ならスザクを護るような力であったならどれだけ良かったことかと思った事か。

 白虎に発現したギアスは先を読むギアス。

 ナイトオブワンのビスマルク卿のような未来を読むギアスではなく先を読む。つまり相手が銃口を向けたとすれば、その銃口の射線などから弾道が読めてしまうというもの。

 誰かを護るよりも自身を護る用途が多そうな力である。

 

 まぁ、おかげでこうやってアサルトライフルの弾道が見えているからそこから避けるように動いて行けるのだが。

 身体能力は言わずもがな――だろ。

 なんたってあの枢木家の人間なのだ。親父のように腹に重りでもくっ付けてなければかなりの性能を持っている。ましてや俺は軍人として一応ながら鍛えているんだ。スザクほどでは無いがそれなりには動ける。

 

 アサルトライフルを躱されることに驚く搭乗者に微笑みを向けてグレネードランチャー下部にワイヤーを射出。先のアンカー部分が胴体下部にくっ付いた。それを確認すると横についているスイッチを押して巻取りを開始する。すると引っ張られて白虎は前に出る。滑り込むように仰向けに転ぶと巻取りの速度を上げてグラスゴーの真下へと滑り出す。

 RPGなら兎も角、グレネードランチャーで正面切っての撃ち合いは非常に危険だ。ならば懐に潜り込んで弱点を狙うのがベストだろう。

 

 この作戦の要であるグラスゴーの動きもナイトメアの弱点もアニメから知っている。

 シンジュクゲットーでは突如レーダー内に入った紅月 カレンのグラスゴーに対してブリタニアのサザーランドは戦場のど真ん中だというのに立ち止まってファクトスフィアの展開。索敵に努めた。

 ワイヤー付きのグレネードランチャーを持った日向 アキトはグラスゴーの足の付け根を狙って倒した。

 

 だから白虎もアキトに倣って真下に滑り込むと足の付け根にグレネードを射出した。

 ポンっと軽い射出音を耳にし、背後へと転がっていく最中に付け根で爆発が起きて転倒するグラスゴーを見た。

 すぐさま立ち上がり頭部とコクピットへと続けて撃って完全に破壊した。

 

 「無事ですか中佐ぁ!!」

 「おうよ。俺は無事だ。各隊に被害は?」

 「こちらナオト。損害無し」

 「こっちも被害なしです」

 「そっか、ならば良し!全員移動するぞ」

 「中佐!緊急入電です!!」

 

 一人の通信兵が駆け寄って来て背負っている情報端末から受話器を手渡して来た。

 何かなと思い耳を当てると息の荒いおっさんらしき吐息が…。

 新手の嫌がらせか?

 

 『こちら草壁だ。すまん敵に突破された…』

 「被害状況は如何です?」

 『大隊の半数が溶けた…。敵の策略にはまって追撃指示を出した俺の失策だ!!』

 

 嫌がらせの方が良かったな。

 最悪の状況ではないか。

 詳しくは聞かないが島津の釣り野伏せみたいな戦略にやられたらしい。

 

 「あぁ~、了解です。では初期に用意していた脱出プランAを放棄。プランCで逃げましょうか」

 『逃げるなど出来ない!俺の命令で多くの部下が!義勇兵として名乗りを挙げた若者を殺してしまったのだ!おめおめ逃げ帰ることなど出来ない』

 「一時の感情で生き残っている味方を巻き込んで自爆とかマジで止めて下さい」

 『しかし俺には責任が!!』

 「責任?責任はここの総指揮官を任命された俺の仕事だ。盗らないでくれ。兎も角、逃げ延びて下さいよ。日本の未来の為にも。待ってますからね」

 

 そう言い切ると受話器を戻してため息一つ。

 弦月三式などの自身の下に付いている部隊にはヒットアウェイの戦法で常に動き続け、相手との交戦時間を短く駆けまわれと指示し、草壁中佐の戦車大隊には敵を防ぐのと宮城に居るブリタニア軍に対して睨みを利かして貰っていたのだ。

 想定よりも30分以上も早い撤退。

 仕方ないかと思って考えを切り替える。

 

 「はいはい、全員撤退するよ。防衛線は崩壊した。プランCにて撤退開始。重い荷物なんかは置いて行っていいからね。我が身第一で脱兎のごとく逃げんぞ」

 「ここを捨てるのですか!?」

 

 ビルより降りて来たナオトが一番に反応して寄って来る。

 まるで信じられないと言っている問いに対して白虎は「捨てる」と即答で答える。

 

 「我々が優勢なのです。ここで踏ん張れば――」

 「ここで踏ん張れば神風が吹いて助かるとでも?すでに台風の季節は過ぎてそんな期待できないよ。寧ろ今来られたら俺達の方が被害を食うさ。右翼担当の戦車大隊が崩れたんだ。正面の部隊は俺たちで抑え込めたとしても宮城よりブリタニア軍が押し寄せてきたら袋の鼠だぞ」

 「で、ですが…」

 「攻め時もそうだが引き時を間違えるな」

 「―――ッ!?………了解です」

 

 白虎の指示に従い撤退を開始。

 防衛線を引くと同時に白虎は脱出経路や仕掛けを後方の部隊に任せており、脱出経路以外の橋を落として、デコイの地雷と爆薬を配置させている。

 草壁中佐を含めた残存の戦車大隊が通過しきると手動で爆破させ、追撃していたブリタニア戦車群を吹き飛ばした。これにより爆破物を確かめながら必死にデコイ地雷を一つ一つ処理しなければならなくなったブリタニア軍は追撃を諦めるしかなくなったのである。

 

 そう。

 すべては白虎を始めとした一部の対ブリタニア戦略に長けた人物を注意してブリタニアの進軍速度が鈍っているのだ。

 当の本人としては敵の進軍速度が鈍って有難い反面、自分が標的にされているという事実に項垂れるのである。

 

 

 

 この後、咲世子より連絡を受けた白虎は使える移動手段を用いて急ぎ東京へと向かうのであった…。



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第08話 「偽装された真実」

 皇歴2010年九月二十四日。

 日本全土にとあるニュースが流された。

 四日前の二十日深夜に日本国首相である枢木 玄武がブリタニアの手(・・・・・・・)によって殺害されたのだ。

 

 国葬が執り行われ、多くの軍事・政府関係者が参列した。

 長男である枢木 白虎はいつになく暗い雰囲気を纏い、お悔やみを述べる参列者と短いながら会話を繰り返していた。

 参列者の中には白虎の婚約者で日本国の象徴である皇 神楽耶や桐原産業の創設者である桐原 泰三の姿も見受けられた。

 

 葬儀の様子は日本各地――否、日本が情報を発信している外国にも垂れ流して、全世界が目にすることが出来る。

 流されたのは葬儀だけでなくその後の軍人や政治家の演説もである。

 

 枢木政権で官房長官を務め、内閣総理大臣臨時代理に指名されていた澤崎 敦のものもあった。

 最初はゲンブの事を嫌っていたなどと落とすところから始め、奴の日本を護るという心意気は尊敬するものであったと褒めて持ち上げる。大きく手を動かしジェスチャーで人目を引き、言葉一つ一つの強弱をはっきりさせ、時には涙を流した。

 

 人々はその演説に魅せられた。 

 すべては演説の知り尽くしたプロよりの指導あってのものだが、その創り出された演説の空気に飲み込まれた。

 他の将軍級の軍人も官僚も他局などで澤崎に続くように戦意を向上させる演説を行い日本国の士気や反ブリタニアの風潮は確実に上がった。

 真っ先に演説を行った澤崎は会場より降りた駐車場にてため息を吐いていた。

 表情には悲しみや喪失感などはなく、疲労感だけが漂っている。

 

 護衛のSPは澤崎が乗っているリムジンを中心に距離を置いて周りを警戒し、運転手は少し離れた自動販売機横で用事が済むのを待っている。

 右隣に止めてある車の後部座席の窓が開くと、澤崎も同じく窓を開ける。

 

 「どうだったかな私の演説は?」

 「最高でした。本当に助かりましたよ次期総理大臣閣下」

 「はっはっはっ、まだ気が早いな白虎君は」

 

 向かいの後部座席に座る枢木 白虎に満足げな笑みを浮かべる。

 

 今回のすべてはこの二十歳にもなっていない彼により動かされた。

 枢木首相が亡くなった知らせを受けた当初、政府では降伏案が検討されていた。政府役職についているものの中には戦争反対派もブリタニアと繋がっている者も多少なりとも存在した。そもそも現状ブリタニアに押され気味である事から弱腰になっている者が大半だった。

 そこに桐原 泰三が降伏へ動くように裏で動いていたらしい。

 私の元にもその話は来た。

 ブリタニアと繋がっていたらしく色々と好条件を提示してきた。

 が、あえて私は保留にした。

 

 『儂の息子は人の皮を被った化け物やもしれん』

 

 以前、ゲンブがぼそっと漏らした一言。

 話のきっかけはとある番組でゲンブの息子である枢木 白虎を持ち上げた番組を目にした事だ。

 成績優秀で十八歳にして佐官、容姿も父親と違って整っておりかなりの人気があるとか…。

 その話をしていたメンバーはゲンブのご機嫌稼ぎもあったのだろう。やけに白虎を持て囃し、さすがゲンブ殿の御子息とゲンブまで持ち上げた。しかしゲンブは顔を歪め席を立ったのだ。

 何か気に障る事でもと不安がる者らを差し置いて私に言ってきたのだ。

 息子が怖いと。

 確かにあそこまで優秀な事は誇らしいと思っているが、時に恐ろしく感じるそうだ。

 アレが儂に牙を剥くようなことがあればどうなるかと…。

 

 誰に対しても高圧的で厳とした態度を崩さなかった奴のあのような表情は初めて見た。

 ゆえにとでも言えばいいのかふと脳裏を過った言葉に妙な危機感を覚えて保留にし、見極める為にあえて桐原の動きを白虎に流してみたのだ。

 

 結果は凄まじいものであった。

 桐原の誘いに乗った者らは汚職や裏金問題が浮上して今や進退が危うくなり、あらゆる手を講じて無かったことにしようとしたものは売国奴として民衆に広められた。

 桐原自身はその日より姿が消え、桐原 泰三が動かしていた桐原産業は困り果て、そこを昔から親交があった枢木家と皇家が助け、今では両家の言いなりとなっている。

 

 「澤崎さんのおかげで上手く運びました。あ、これはお約束の――」

 「うむ、確かに受け取った。今後とも君とは仲良くしていきたいものだ」

 「お互いの意見が一致してますから大丈夫でしょう。ある一点を除いては…ですが」

 「では、例の件はくれぐれも頼んだよ」

 

 お互いに窓を閉めるとSP達と運転手が戻り、数台の護衛車両と共に動き出す。

 受け取った封筒よりゲンブが握っていた政治家や企業の情報をニタリと眺め、封筒の中に仕舞いこむ。

 クツクツと笑いが止まらない。

 確かに白虎の事を恐ろしいと思ったが、澤崎はそれ以上に味方にしておけばどれだけ心強く、良い想いを出来るかという事を理解した。

 

 『父の死を使って国民の士気や徹底抗戦の意志を高める事は出来ますか?』

 

 この頼まれごとの見返りは破格で、日本がブリタニアに勝った際には次の選挙での票稼ぎを手伝うと言ってきた。

 ブリタニアに勝てば枢木 白虎は日本国を救った英雄として祭り上げられるだろう。

 そんな彼が支援してくれればかなりの票を稼ぐことも出来る。いや、枢木家という名家の力も合わせれば万に一つも負ける事は無い。それに彼は皇家との婚約も決めている。万どころか億や兆に一つも負けはない。

 デメリットのない取引というのはどうも胡散臭かったが、代わりに勝った後も対ブリタニア戦略の支援を約束させられた。 

 相手の狙いもだいたい予想できるものとなって、澤崎も安心して条件を呑んだ。

 負けた際はすぐさま中華連邦へ亡命できるよう手配済み。手土産のサクラダイトまで準備して…。

 

 もしも奴が政治に関わろうとするならば敵対することになっただろうが、全くと言って良いほど興味すら無い事が分かったのでせいぜい利用し、利用される間柄で協力する事としよう。

 

 

 

 

 

 「とか、思ってんだろうな…あのおっさん」

 「如何しましたか?」

 「んー…いや、なんでもない」

 

 後部座席でグデーと無気力な感じで寝っ転がる白虎の面倒くさそうに呟いた独り言に、助手席に座っていた咲世子が反応した。が、別段聞いてほしい事でもなかったので無かったことにして貰う。

 もう何もかもが面倒くさく思えてくる。

 スザクを護らんが為に色々と動いてきたのに、トラウマもののイベントを忘れていたとは…。

 

 スザクが親父を殺した…。

 九月二十日深夜の枢木邸にてゲンブがブリタニアと取引の電話をしており、偶然耳にしたスザクは親父と口論となって、最後は叩かれてキレたスザクが近くにあった果物ナイフで刺殺と言うアニメと同じような事態と相成った。

 ただ親父が交わした約束事に差異があったぐらいでな。

 自身の地位を守るためにナナリーとの婚約、マリアンヌを嫌っていた勢力と手を組んでマリアンヌの息子であるルルーシュの殺害、ついでにブリタニア側が危険視している俺の始末と色々約束を交わしていたらしい。

 なんか漫画と小説が合わさったような理由だったが、そんなものはどうでも良い。

 一番大切なのはスザクに深い心の傷を負わせてしまった事だ。

 

 「どちらに向かいますか?」

 「枢木邸に向かってくれ。後は…なんだっけ。咲世子さーん」

 「本日の予定は先ほどの会合で終了ですので、ゆっくりされれば宜しいのではないでしょうか」

 「ゆっくり…ねぇ。ま、そうだな」

 

 軽く笑い身体を起こす。

 スザクの事を除けばこの状況は白虎にとってとても好ましい。

 臨時の総理代行の澤崎官房長官は全部こっち任せで流れに身を任せる腹積もりで、ブリタニアに繋がりを持とうとした連中は排除出来たので自由に動き回れる。

 親父の死を使った演説で士気も上々でそれに燃料を追加するように好戦的な議員や軍人が反ブリタニア精神を謳って国民を煽っている。

 これで白虎の動きを妨げる障害はなくなった。

 それに桐原の爺さんがもろに裏切ってくれたおかげで桐原産業に頼られてある程度自由に動かせる。サクラダイトの利権を手に入れられれば一番いいのだが、こればかりは不可能と割り切って口を出す。それだけでも今後大きく立ち回れる。

 

 現在桐原の爺さんはこれ以上はこれから先の情報を漏洩されると勝てるものも勝てなくなるので枢木家所有の施設の一つで大人しくしてもらっている。勿論枢木家と縁の深き者達に監視してもらってだ。

 一度目のブリタニアとの繋がりを得たのは許すよ。ブリタニアとの窓口を手にすることが出来たから。けれど内部を引っ掻きまわしての裏切りは見逃せないなぁ。

 

 走り続けた車は枢木邸の門前で止まり、門が開いて中へと進み停車する。

 中では女中以外に黒スーツに身を包んだ者達が動き回っていた。警備のSPも含まれているがそのほとんどは枢木家の分家や昔より仕えている一族より白虎が信頼出来て口が堅い者の条件の下で選び抜いた者達である。

 

 枢木 ゲンブの死はスザクによる刺殺であり、ブリタニアによる暗殺ではない。

 すべてはゲンブの死を知った白虎の指示により行われた偽装工作。

 咲世子から死んだことを知らされ、すぐさまに理由が分かった白虎は親父が死んだ悲しみよりスザクにトラウマを負わせてしまったと後悔し、この事実が漏れたら敗戦に向かうと脳をフル活用して動かした。

 武器保管庫からブリタニア製のアサルトライフルと戦死したブリタニア人の遺体を秘密裏に運ばせ、SP内で信頼の置ける者の選別、さらに枢木家所縁の者で警察や病院で働いている者が居ないかの詮索などを指示。

 刺殺の傷口を隠すようにアサルトライフルを撃ちまくり、亡くなったブリタニア兵には合掌した後にSP達に撃たせて、ブリタニア兵がゲンブを撃ち、駆け付けたSPによって射殺された現場を作る。といっても亡くなって時間のたつ遺体を撃ったところで調べられればすぐに偽装はバレる。ゆえに由縁の者らに偽装した書類を作ってもらい偽りを真実へと塗り替えさせた。

 

 だから今彼らが枢木邸に居るのはゲンブの死に関係する事案ではなく、これからの発生する事案の片棒を担いでもらっている。

 

 咲世子に今後の指示を軽く出した白虎はスザクの部屋へと向かう。

 ノックすれども返事はなく、中に入れば布団にくるまったままのスザクが…。

 

 「隣、失礼するよ」

 

 返事は返って来ないが隣に腰を下ろし、ポンと頭の上に手を置く。

 布団にくるまったまま姿を見せないが、頭に手を置かれた瞬間、ビクッと微かに震えた。

 

 「しろにい…おれ…」

 「何も言わなくて良い。今はゆっくりお休み」

 

 裾を引っ張るスザクの震えた声を遮り、優しく抱きしめる。

 自分自身に向ける不安、恐怖、後悔、嫌悪、軽蔑、罪悪感、絶望ごと包み込むように。そして周りから守るように優しく、温かく、絡みつくように抱きしめる。

 

 「俺がすべてから護ってやるから」

 

 囁かれた言葉にスザクをゆっくりと頷く。

 それをただただ優しく撫で続ける。

 発した言葉を実現するべく策を巡らしながら。



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第09話 「決戦前夜」

 皇歴2010年十月六日。

 枢木 ゲンブが亡くなって以降、士気と反ブリタニア精神は高まったものの戦況に変わりはなかった。

 第三次ブリタニア侵攻軍は緩やかながらも進軍を継続。

 日本陸軍と日本空軍は最低限の戦力で時間稼ぎ目的の遅滞戦闘を主眼に防衛線を展開。

 残る日本海軍は残存兵力を長崎へと集結させて、陸軍の艦隊を中心に再編成を行っている。

 

 すでに東北の防衛線は突破され、今や東京・山形・長野・富山の四県が最終防衛ラインに設定されてしまった。

 最終防衛ライン…。

 

 対ブリタニア日本軍総指揮権を澤崎 敦内閣総理大臣臨時代理より預かった枢木 白虎が発表した日本がブリタニアに飲み込まれるか押し返せるかの分岐点。

 ここを突破されるともはや日本に打つ手なしとまで言い放った放送は国民に良くも悪くも衝撃を与えた。

 もう日本は駄目なのかと諦める者。

 逆に押し返せれば軍神と称される白虎によって勝利をもたらされると期待する者。

 すべての思惑を感じている白虎は東京を決戦の地として準備を始めた。

 

 勿論白虎の発表はブリタニア側も聞いており、クロヴィス・ラ・ブリタニアの親衛隊を含めた第三次侵攻軍の主力部隊が東京に向けて侵攻準備に入っている。

 グラスゴーのみで編成されたナイトメアフレームだけでも三個大隊用意し、戦闘機・装甲車・戦車・歩兵など東京に集められた日本軍の総数の倍も用意された。その大軍勢にコーネリア率いるナイトメア中隊が合流。

 東京侵攻軍以外の部隊は最低限の部隊を残して、残りは山形・長野・富山の防衛戦力を釘付け、または突破するべく東京侵攻と同時に攻撃を開始する予定。

 

 この状況となっても前線には藤堂 鏡志郎に四聖剣の面々は前線どころか東京にも姿を現していない。

 白虎の指示で成田連山にて待機させられているのだ。

 攻撃されていない地域では本当に最低限の防衛能力しか残していないので名目上危機的状況に陥った地域へ派遣する援軍という事になっている。

 ルルーシュも藤堂と行動を共にしている事から政府や軍上層部の間では負けた際には国外に逃げ延びて再起を図るべく、その時の部隊を集めているのではと憶測が飛び始めている。

 本人はまったく気にしてもいないし、説明も弁明する気もない。

 確かに脱出の準備はしているがそれは澤崎との約束を守るためのものであり、白虎自身逃げる気は微塵もない。

 

 

 

 

 枢木邸。

 東京での決戦が迫る中、多くの東京都民も避難を開始した。

 名家で働く者の多くは分家や昔より仕えていた家の者だったりして、避難することなく最後まで当主に付き従う姿勢を取っていたが、枢木家当主となった白虎は労いの言葉をかけて避難させた。

 色々理由を付けて避難させたが、実際戦闘も行えない女中達が居た所で戦いが始まればナイトメア相手に我が身も守れないし、守ってやれるような余裕はない。忠義を向けてくれる相手を無駄に危険に晒すぐらいならとっとと離れて貰った方が楽でいい。

 

 なので枢木邸に残っている者のほとんどは警備担当のSP達で女中は名目上のC.C.と咲世子ぐらいだ。

 紅月さんも女中なのだが、決戦前という事で俺らの世話を焼くぐらいならナオトやカレンとの家族団欒をしてくれと言って過ごさせている。

 後はスザクと神楽耶、ナナリーの三人。

 神楽耶は皇家の当主という事もあって本来ならもうとっくに避難先に行っていないというのに、頑なに拒んだそうなのだ。

 「夫が戦地に向かうというのに自分だけ逃げる事はできませんわ!」ってね。

 嬉しくて目頭が熱くなったが先も書いたように今回は余裕がないので、親父ほどではないけど意外に頑固なんだよな…。何とか説得して見送りをしてから避難して貰う事に。その先にここに残っている面子も連れて行ってもらう事になっている。ナナリーはブリタニア皇族という事もあって下手すると怒りをぶつける対象にされかねない。その点神楽耶が面倒を見てくれるというのは本当に有難い。

 

 で、白虎本人だが枢木邸で摂る最後の食事(・・・・・)中なのだが、その表情は暗く、雰囲気は重い。

 

 「如何なさいましたか白虎様。お食事がお口に合いませんでしたか?」 

 「いや、そんな事は無い。実に美味しいよ。うん…」

 「では、なにが…」

 

 浮かない表情をしている白虎に、ナナリーの食事の手伝いをしていた咲世子が手を止めて気にかける。

 夕食はカツ丼に鰹節をたっぷりかけた冷奴、歯ごたえのよいたくあん、ワカメと油揚げのお味噌汁などで嫌いな物はなく、ゲン担ぎの意味も込めてあるカツ丼は好物の部類だ。

 味付けもまさに好みのものに仕上げられ、咲世子さんの腕前には恐れ入る。

 

 別段この食事関係で不満がある訳ではないのだ。

 まぁ、まるでお通夜のように静かな事は多少思うところがあるがそこまでじゃない。C.C.が食べているトンカツを乗せたピザとかどうなんだろうと思うがそれはどうでも良い。

 

 不満があるとすれば―――…。

 

 「着物ってやっぱり落ち着かないなぁ」

 

 これである。

 当主となったことで当主として相応しい服装をしなければならない。

 軍人としているときには軍服を、今のような時には日本の名家としての恰好がある。

 それがこの枢木家の家紋が入れられた羽織付きの着物。

 

 女性物よりは着やすいそうだが、やはり普段着よりは着にくく、落ち着かない。

 

 「あら?とても良く似合いますのに」

 「嬉しいけどさ。どうもこう…隙間が気になる。それにこの余った裾とか気が付かない間に蚊とか入って来そうで嫌なんだよ」

 「ではいつもの服装にしますか?」

 「あー…うん。用意だけ頼むよ。とりあえず今日一日はこれで通すからさ」

 「でしたら後で写真を撮っておかないと」

 

 ふふふと笑う神楽耶や不安げなスザクやナナリーを目にしながら白虎はカツ丼を掻っ込む。

 カツを噛み締め、汁とトロットロな卵の絡まった白米を胃へと流し込むと、立ち上がりナナリーの横へと行く。

 

 「しろさん?」

 「不安げな顔すんな。大丈夫だっての。すぐにルルーシュとも会えっからそんな不安げな顔すんな」

 「…いえ、でも…」

 「――すんな。笑ってろ、ほれほれ」

 「わかりまひひゃ。わかりまひひゃはらほおはら手をはなひへくだひゃい」

 (※訳:分かりました。分かりましたから頬から手を放してください)

 

 指で頬をグイっと押して無理に笑みにさすとナナリーは恥ずかしそうする。

 カカッと笑い今度は神楽耶に視線を向けるといつもと違って睨まれず、微笑みを向けられていた。

 

 「神楽耶」

 「はい、なんでしょう」

 「そんな作り笑いすんな」

 

 今度は神楽耶の元に行き、額にデコピンを喰らわす。

 ついでにスザクにもだ。

 

 「ガキがいっちょ前に平然を装うな。言いたい事があるなら言え。泣きたいときは泣けや。みっとも無くても、我がままでも何でもいい。ため込むんじゃねぇよ」

 

 二人共デコピンを喰らったおでこを押さえながら聞き、目元に涙が溜まり始めた。

 ダムが決壊するが如しに涙が一気に溢れだし、嗚咽を漏らしながら二人共白虎に抱き着く。

 

 「しろにい、いかないで!いっしょににげようよ!!」

 「いやなのじゃ!こんな別れ、いやなのじゃ!!」

 

 溢れだした感情を吐き出しながら泣き続ける。

 二つ返事してやれない罪悪感を感じながら責めて泣き止むまで優しく抱き締める。

 

 「白虎――分かっているな」

 「ったく、分かっているよC.C.。お前との契約もあるし、何より俺はこいつらの為に生き延びなきゃならんからな」

 「無事なお帰りをお待ちしております」

 「あぁ、そもそも負ける気なんて微塵もねぇがな」

 

 獰猛な笑みを浮かべながら答えた白虎はふと思った。

 この着物、いつもの服より厚みがあるから二人の涙を拭くハンカチ代わりにはちょうど良かったなと…。

 

 

 

 

 

 

 日本国千葉県防衛軍指揮所。

 ブリタニアの侵攻により今やブリタニアの勢力圏内とされてしまったこの指揮所は、第三次ブリタニア侵攻軍の拠点として運用されている。

 周囲にはナンバーズは存在せず、純血のブリタニア人のみで構成された精鋭部隊や親衛隊により強固な警備体制が敷かれていた。

 指揮所の最奥では侵攻軍総大将であるクロヴィス・ラ・ブリタニア皇子に専属のバトレー・アスプリウス将軍、それにコーネリア・リ・ブリタニア皇女殿下など侵攻軍の頭を務める面子が揃っていた。

 

 壁には大型のモニターが取り付けられ、今まさにクロヴィスに東京侵攻への作戦案が提示されるところであった。

 

 「ではご説明を行わさせて頂きます。こちらをご覧ください」

 

 モニターには拡大された日本地図に青色と赤色で分かりやすくしたブリタニア軍()日本軍()の部隊が表示されている。その中でブリタニア軍の戦力のほとんどが千葉県に集中している。

 

 「まずトウキョウ侵攻はこのチバにて待機している侵攻軍主力隊が行います」

 「敵勢力はどれぐらい居るのだ?」

 「ハッ、戦力差は我が方に比べて三分の一程度とか。敵総大将は枢木 白虎中佐…いえ、准将です」

 「准将?階級が二つも飛び越したのか?」

 「はい。今までは現場指揮を主に行っていたそうですが、トウキョウでは総大将として指揮を執るとの事で政府上層部が軍部に階級を将まで上げるように言ったとの事で…」

 

 白虎の名が出てコーネリアは眼光を鋭く光らす。

 それは獰猛な肉食獣が獲物を見つけたかのような瞳。

 隣に並ぶ騎士ギルフォードとダールトン将軍の顔が険しくなった。

 

 コーネリアは敗北した。

 数だけで性能は天と地ほどの差がある海戦にて、策を巡らされ大打撃を当てられ、戦場を逃げるという屈辱を味わった。

 ゆえにコーネリアは白虎の名が挙がった瞬間、殺気立ったのだ。

 今度こそあの屈辱を晴らすべく。

 

 「本隊のトウキョウ侵攻に合わせて二個中隊のナイトメア部隊を主軸とした第二から第四での侵攻部隊がヤマガタ、ナガノ、トヤマの三県に進軍。日本軍の連携を止めます」

 「こ、これで本当に終わるんだな」

 「勿論ですよ殿下」

 「待て。トウキョウの制空権はどうなっている?」

 「それが…日本軍の空軍がこちらに集中しておりまして制空権を奪うのは難しいかと。なので侵攻作戦が開始と同時に制空権奪取に向けて空軍による攻撃も行います。爆撃や敵拠点の攻撃は制空権奪取後となります」

 

 空からの支援が受けれない事は不満だが、敵の空軍支援を抑えれるだけ良いかとコーネリアは考える。

 戦争を詳しく理解しきれていないクロヴィスは二度も失敗している事から不安になっている。だから今度こそ終わらせないと自分の立場がなくなる。これで失敗すれば皇位継承権の剥奪は確実だろう…。

 

 「そういえばルルーシュの件はどうなっている?」

 「ルルーシュ皇子とナナリー皇女殿下は枢木家で預かられており、枢木家所有の枢木邸に居ると思われます。他にも居ると思われる場所にも救出部隊を展開するべき準備を始めております」

 「そう…それは良かった」

 

 どことなく安堵の表情を浮かべる。

 これで後は本国との通信を安定させることだけだ。

 

 本国との通信を安定させれれば提案だけとは言え兄上(・・)がこの戦争に参加される。

 

 今度こそ奴から勝ちを取ってやる。

 コーネリアは出撃の時間を待つ間、自身の愛機となっているカスタムされたグラスゴーの調子を確かめるのであった。

 




●おまけ
 ある雑誌でルルーシュやスザクに一問一答の企画があったとの事で
【白虎への一問一答】

 『まずはお名前と年齢、人種』
 「枢木 白虎。年齢は今年で18…だったかな?勿論日本人です」

 『血液型は何型ですか?』
 「スザクと一緒でO型」

 『誕生日はいつですか?』
 「八月十日だな。ちなみに星座は獅子座」

 『身長は?』
 「185cm。扇君の方が一センチ高いんだよなぁ。どうでも良いけど」

 『目の色&髪の色』
 「あー…目は暗い焦げ茶色じゃないで髪色は黒だ。俺的には茶色が良かったんだがなぁ」

 『弱点』
 「弱点て……スザクかな。スザクからの頼み事となると弱いんだよな」

 『好きなもの』
 「弟のスザク」

 『嫌いなもの』
 「嫌いなものかぁ…敵対者。という事じゃないなら辛い物…酸っぱい物。苦い物」

 『好きな食べ物』
 「みたらし団子。後はこしあんの白玉団子」

 『好きな色』
 「茶色だな。ちなみに嫌いなのは灰色」

 『好きな女性のタイプ』
 「タイプか。強引にでも引っ張ってくれるぐらい強い女性。男性を尻に敷くぐらいの女性が良いかな。俺、大雑把な所あるしさ」

 『愛とは?』
 「……愛?尽くすもの……かな」

 『尽くす方?尽くされる方?』
 「――尽くされたい。けど尽くすんだろうな」

 『好きな季節』
 「夏かな。夏は良い思い出も多いから。過ごしやすさなら冬だけど」

 『嫌いな季節』
 「春。花粉症なんだ俺。目薬とか花粉症対策の医薬品を切らしたら酷い目にあった」

 『服装』
 「黒を主体にした奴だな。きっちりしない感じの奴。だから制服や着物は苦手だな。着慣れないし」

 『趣味』
 「強いて言うなら読書と睡眠」」

 『得意科目』
 「得意かぁ…数学だな」

 『特技』
 「作戦指揮と将棋、お菓子作り」

 『特殊能力』
 「ギアス」


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第10話 「東京決戦 前編」

 神聖ブリタニア帝国 第三次侵攻軍本隊――――トウキョウ侵攻作戦開始。

 

 

 まるで濁流のような勢いで千葉県よりブリタニア軍が突き進む。

 三個大隊――つまり180機ものグラスゴーが機動力を活かして防衛線を突破しようとする様子は日本軍からして恐怖の対象でしかなかった。

 同時にブリタニア空軍と日本空軍がトウキョウ上空でドッグファイトを開始。

 地上からの対空射撃も相まってブリタニアが制空権を取るには時間が掛かる。が、もはやそれは問題ではない。

 

 なにせ防衛線を展開していた装甲車部隊や戦車部隊を悉く蹴散らし、ブリタニア勢力は江戸川区を突破して千代田区や文京区に差し迫っている。対空射撃している事から射線で何処から撃っているかは特定出来、あとはナイトメア隊が対空兵器を破壊すれば制空権はブリタニア優勢となり、短い時間で奪えるだろう。

 

 そうなれば空爆にて重要拠点を破壊し、支援攻撃で前線を崩すことなど訳ない。

 

 クロヴィスは散々やられたにも関わらず甘く見てしまったのだ。

 結果はすぐにでも現れた…。

 

 

 

 

 

 日本軍東京防衛線総司令部。

 狭い室内を多くの兵士が詰めて逐次変化する戦場に対応しようと働き続けていた。

 中央には東京の地図に現状の配置図や敵の目撃情報を元にした戦術データマップが映し出されている。

 

 その中で一人、本を片手に面倒臭そうにしている男が居る。

 日本陸軍所属、枢木 白虎准将。

 役柄は東京防衛総責任者兼対ブリタニア総司令官となっているにも関わらず、その眼にはやる気は一切見られない。かと言って諦めている訳でもない。

 ただただ眠たいのだ。

 この東京決戦の準備を進めてきた為にここ二日寝不足で、疲れ切っている。趣味である読書でもすれば目が覚めるかと思ったが余計に眠りそうだ。

 白虎の状態など気にしていられない兵士達は次々と指示を求める。

 

 「准将!敵がD-25区域に入りました」

 「爆破しろ」

 

 歩兵部隊と装甲車部隊を引き連れたグラスゴー二個小隊が、下より響いた爆発音を計測すると同時に足元がひび割れ、逃げ惑う暇すらなく崩れた地面と共に落ちて行った。

 

 「大通りにて敵大部隊の行進を確認!ご指示を」

 「予定通りビルを倒せ。請求書なんて気にすんな。どうせ全部ブリタニアのせいって発表するんだ」

 

 八車線もある大通りを進軍する戦車大隊を中心とした大部隊が、基礎部分を爆破されて倒壊してくるビル群の下敷きとなって爆散する。倒れた衝撃で覆うほどの煙が上がり、救出しようにも撤退しようにも視界が悪すぎて生き延びた将兵は立ち尽くすしかなかった。

 

 「B-27にてナイトメアを捕捉。高所を使って移動しているようです」

 「あっそ。ナイトメアを狙わずハーケンを打ち付けた建物へ攻撃。虫よけスプレー直撃した羽虫のごとく落ちていくから」

 

 急に撃ち込んでいたハーケンごとビルの壁が破壊され、パイロット全員がラウンズ並みの反応も出来る訳もなく、フロートシステムなんてないこの時代のナイトメアでは高所より地面に叩きつけられ、機体と共にパイロットもへしゃげてしまう。

 

 「アンブッシュにナイトメア部隊!!」

 「照明弾発射。どうせ動けんだろうから落ち着いて対処させろ」

 

 夜の闇夜に乗じての侵攻の為に暗闇でも見えるようにしていた為に、眩しい光を発する照明弾の光はモニターを見つめていたグラスゴーのパイロットの目を潰す。待機していた歩兵が駆けだし、足に爆弾を設置。爆破して転倒したところでコクピットにグレネードか軽機関銃をぶっぱする。

 

 「第19歩兵小隊が敵ナイトメアを捕縛!パイロットもです!!」

 「おぉ、そりゃあ好都合。そのナイトメアを最優先でマル秘倉庫へ移させろ。パイロットに何としても機体の暗証番号を吐かせろ。手段は選ばず自由にやれ。ただし殺すな」

 「各奇襲隊が命令を待っています」

 「指示を出してやれ。ただしヒット&アウェイな。撃ったらとっとと逃げ帰れと言っといて」

 

 まさに破竹の勢いだ。

 数の差など気にも留めない電光石火の働きに兵士達の表情には希望で満ち溢れていた。

 ただ一人……白虎を除いてだが。

 

 「如何なさいましたか准将」

 「呆気なさ過ぎる。こんなもんかブリタニアは?」

 「ははは、向こうは戦を知らぬ皇族が大将。しかも将軍は文官出と聞いております。我らが軍神殿と戦えばこうなるでしょう」

 

 陽気に笑う佐官の階級章をぶら下げた男の言に多少苛立ちを募らせる。

 確かにその二人なら負ける気はしない。

 

 なにせここはこちらが決戦に選んだフィールドだ。

 日本人は昔から創意工夫を凝らして来た。

 こんな狭い島国で多くの人民が生活するのであればそれは必須だった。

 外国に比べて家を小さく、物も出来る限り小型化し、空いたスペースを有効に活用しようと建物は横ではなく上へと伸びる。また足元も然り。

 

 使える物、使えそうな物。

 なんだって使うさ。

 

 東京は日本の首都。

 小さな島国内で多くの人が詰め寄せている。

 建物は自ずと上へ上へと伸び、足りなくなったスペースを求めて地下も有効に使われる。

 移動手段として使用される電車は地上だけでなく地下を走る。

 今や東京の地下は蜘蛛の巣のように地下鉄の路線が引かれている。

 

 ――ビルを崩して潰せ。

 

 ――地下鉄上部を爆破して空けられた線路の空間に落としてしまえ。

 

 ――蜘蛛の巣上に引かれた線路を利用し、いたる所に作られた出入口を使用して背後をとれ。

 

 こんな仕掛けに富んだ場所など早々ないだろう。

 有効活用する為に準備も怠らなかった。爆弾の配置を考え、奇襲戦闘に特化した特技兵部隊の設立。

 準備には怠りはない。

 追い返せるだけの自信はある。

 

 が、こんなものがブリタニアの本気の侵攻である筈がない。

 第三次侵攻軍には第二次に引き続きコーネリアが目撃されている。

 あの猛将が居てどこも苦戦していないなんて可笑しい。

 

 杞憂であれば嬉しいのだが…。

 険しい表情のまま白虎は地図に視線を落とす。

 

 

 

 

 

 クロヴィスは震えていた。

 トウキョウ侵攻では大丈夫ですと周りが口々に言っていたし、これだけの大軍で負ける筈はないと思い込んでいた。

 なのにこの様は何なのだ…。

 

 「エルデガルド隊通信途絶!」

 「敵の奇襲を受けたとウィッチャー隊より報告が!」

 「ゲルデ戦車大隊が壊滅したとの報告が……」

 

 入って来るのは劣勢に陥っているという報告ばかり。

 このままでは敗北してしまう。

 だからと言って起死回生の一手など打てるはずもなくただ怒りを口に出すことしか出来ない。

 

 「バトレー!!これはどういうことだ!!」

 「は、ハッ…いえ、想定外の事態でして…」

 「言い訳はいらない!私が欲しいのは戦果だ!このままでは私は…」

 

 『こちらエリアル隊。敵が使用している地下への入り口を発見。これより内部に突入致します』

 

 その報告に一同が騒めいた。

 待ってましたと言わんばかりにバトレーが通信機器に飛びつく。

 

 「良し!そこは敵の急所だ。地下網さえ破壊できれば奴らの抵抗は極端に減少する。気を引き締めて行くのだぞ!!」

 『イエス・マイ・ロー……ん?あれは…』

 

 通信に響くような発砲音が割り込むと通信が切れた。

 切ったのではなく切れた。

 再度通信を試みるも繋がる筈の回線は一向に開かない。

 

 「つ、通信途絶…」

 「偵察隊を編成し送り込むんだ!状況を知らなくては」

 

 急遽付近に居たナイトメア部隊一個小隊と歩兵部隊を集めて偵察隊を組んでいる様子を眺めながら、クロヴィスはがっくりと肩を落とす。散々な戦果の前に気落ちし、湧いた様な事態に大きく期待を膨らませた。それが一瞬で費やされたのだ。絶望感は期待する前の比ではなかった…。

 送り出した偵察隊の報告だと地下道には対ナイトメアフレーム用を目的とされた多脚砲台が目撃された。

 大型の砲塔に修復、もしくは鹵獲したグラスゴーを脚のように接続した新型兵器。

 脚部を務める六機ものグラスゴーには接続部の反対側にリニアキャノン。大型砲塔は超電磁式榴散弾重砲をメインに近接戦用に機銃を一門取り付けてあった。

 

 この多脚砲台は原作に登場した日本解放戦線が使用していた多脚砲台【雷光】を白虎の指揮の下で再現した兵器だ。

 ただ現時点の技術力と研究時間の無さから本来の超電磁式榴散弾重砲よりも肥大化してしまい、脚部に接続するグラスゴーの数が四機から八機へ増え、システム上の関係から搭乗者も二人から四人へと増えた。重量も増えたために移動速度も落ちたと未だ欠陥を多く持ち合わせているが、狭い地下道内での使用であればなんら問題はない。

 寧ろ、ナイトメアフレームを初めて実戦に使用して数か月しか経たないというのに、すでに対ナイトメアフレーム用の改修兵器や代用兵器ではなく新兵器を導入してきた日本にブリタニア上層部は感心し、恐怖した。

 

 偵察隊は見た目の報告をするや否や超電磁式榴散弾重砲の餌食となり歩兵部隊と共に消滅した。

 他にも発見された地下道への入り口には同型が配備され、突破は不可能。

 今から思えば大半の入り口は潰して使用できなくしているのに、隠蔽もなく入り口を晒していた事自体が罠だったのだ。

 

 さらに増える被害状況にバトレーは必死に打開策を練ろうとするがもはやクロヴィスを含んだ大半の参謀将校の心は折れ、撤退の二文字が頭を過っていた…。

 

 通信用のモニターの一つがぼんやりと光を灯し、声が静まりかけた司令部に届く。

 

 『聞こえているかなクロヴィス。状況を教えてくれるかな』

 

 そこには笑みを浮かべ、ソファに腰かけた兄上――シュナイゼル・エル・ブリタニアが映し出されていた。

 本国との通信回線が安定した事。

 交渉だけでなく戦ごとにも精通した最も危険な男が参戦するのだ。

 日本にとっては悪夢であってもブリタニアにとっては希望そのものである。

 

 

 

 

 

 

 「クッ、あっはっはっはっはっ」

 「准将!?」

 

 司令部にて枢木 白虎は大声を上げて笑っていた。

 …いや、笑うしかないという方が正しいか。

 

 急にブリタニア軍の動きが変わった。

 こちらの奇襲などにも瞬時に対抗してくる手腕からして指揮官が代わったのだろう。

 作戦がすべて通用しない訳ではない。

 未だ雷光の試作機相手には突破法を見つけられていないし、トラップや奇襲も通じる。が、小さな作戦に出来た小さな穴やミスがあれば必ずしも巻き返される。小さな反撃が重なり、いつの間にか大局的に見て押され返されている。局地的に勝てても大局で勝てなければ無意味だ。

 

 無論、諦めた訳ではない。

 最悪この命が尽きようとも抗う事は止めはしない。

 だってそうしないとスザクに合わせる顔がないしな。

 

 笑いに笑った白虎は指揮を飛ばす。

 全体を見直し、大小問わずに作戦はすべて組み立て直す。

 誘いや搦め手も取り入れ戦場を変化させ、戦場を回し始める。

 すぐさまそれに対応しながらも攻めも行う敵指揮官。

 

 汗を流しながら指示を飛ばしているとマップの先に薄っすらと手が見えた。

 当たり前だがそこには誰も居ないし、マップの上に手をかざして白虎の邪魔になるようなことをする者はいない。

 

 居ない筈の誰かの手。

 

 幻影より発生し、白虎にしか見えないイメージがコトリとマップ上にチェスの駒を置く。

 対して白虎は相手の駒を無力化するよう指示を出す。

 

 戦況は一時的に立て直したがまた押し返される。

 一退一進の攻防戦。

 マップ上にはチェスと将棋の駒が乱立し、相手の手が実態を帯びて見えてくる。

 白い手袋をつけ、優雅に涼し気な笑みを浮かべる青年…。

 

 あぁ…。

 

 小さな声を漏らした。

 自身は天狗になっていたのだなと思った。

 

 軍神なんて呼び名は嫌っていた。

 敵には目標とされ、味方には戦果を期待される。

 そう思って嫌っていた。

 

 だというのに俺は知らず知らずに思い上がっていたのだろう。

 今まで作戦がすべて上手く行っていた。

 軍神と謳われるほど俺は優れている。

 知識があるから幾らでもやりようがある。

 

 ――愚かだ。

 俺はただ知識があり、幾つもの幸運に恵まれた普通の人間なのにな。

 だからこうして規格外の化け物相手正面から挑んで負けているんだ。

 もっと謙虚にするべきだったか…。

 

 「馬鹿だな俺は…」

 「准将、次の指揮を!このままでは日本は…」

 「藤堂中佐は間に合わずか。―――なら、撤退だ」

 「ハッ…はぁあ?」

 「全軍に撤退命令。我々は東京を放棄する!」

 「そんな!我々はまだ勝てます!准将だって健在ではないですか!?」

 「逆転の一手もあったのだが間に合わない。よって後の者達につなげる為に撤退して余力を残す!全部隊を成田へと移せ。あそこなら追撃されても早々落とされない」

 「撤退………誰か最優先で准将に車を用意しろ!ここの指揮は私が…私が殿を務めます!その間に准将閣下は…」

 「もう遅いな。撤退命令も出しきれなかったか」 

 

 白虎の呟きを掻き消すように司令部の天井が薙ぎ払われた。

 周囲では銃声が響きだし、悲鳴や怒声が挙がる。

 

 顔を上げた先にはグラスゴーが並んでいた。

 ブリタニアの国旗を掲げたグラスゴー一個中隊が…。

 

 『ここの指揮官は何処だ!』

 

 先頭に立つグラスゴーより発せられた声に白虎が前に出ようとすると、佐官が止めようと制止しようとする。が、その手を押し返して前に出る。

 

 「私がここの指揮官だ」

 『殿下。写真と同一人物かと』

 『そうか貴様が枢木 白虎だな』

 「あぁ、その通りだ。そちらは神聖ブリタニア帝国第二皇女、コーネリア・リ・ブリタニア皇女殿下とお見受けするが」

 『……いかにもその通りだが何故分かった』

 「ブリタニア皇族で戦場を駆けるような猛将を一人しか知らないものでね」

 

 前方に半円を描くように展開されたグラスゴー一個中隊。

 さらに背後にも同規模のグラスゴー部隊が展開する。

 もはや逃げ道はない。

 

 先頭のグラスゴーのハッチが開き、中よりコーネリアが姿を現した。

 何人かが拳銃を向けようとするが周囲のグラスゴーが素早く銃口を突きつけて動きをけん制する。

 

 「意外に若いな」

 「日本人は童顔が多いからねぇ。にしてもそちらは写真やテレビ(アニメ)で見るよりも美しいな」

 

 一瞬動揺が見られたがすぐさま睨みを利かしてくる。

 どうやらこういう問いかけでの時間稼ぎは出来そうにないか。

 

 「ふざけた男だな。赤のネクタイに黒のベスト、白の上着に黒のつばが前下がりのチロリアンハット……どう見ても軍人の姿では無いな」

 「制服は着慣れなくてね。それに堅っ苦しい服は嫌いなんだよ」

 「本当にふざけた男だ。まさか敵の指揮所がこんな仮設住宅を使っているとはな」

 

 言った通り、白虎は仮設住宅数軒が並ぶ空き地を指揮所にしていた。

 ナイトメアに対抗できる防衛線力もなく、薄っぺらい壁で守られた仮設住宅を戦場の中で基地にしているなど正気の沙汰では無い。

 ゆえに基地捜索を行っていたコーネリアのナイトメア中隊は今の今まで発見が遅れたのだ。

 

 「型には決してはまらないか…。だからこそ私たちはここまで苦戦を強いられた」

 

 コーネリアはコクピットから身を乗り出した状態で腰に提げていた鞘状のホルスターよりサーベルトと一体化した銃を抜き出し、銃口を白虎の脳天へ向ける。

 

 「何か言い残すことは無いか!」

 「さぁてね。何か言った方が良いんだとは思うんだがそういう言葉は咄嗟に思いつかないもんだな」

 「貴様には家族…弟が居た筈だな。残す言葉は?」

 「ないな――――そうだ。貴方には言いたいことがあるな」

 「……なんだ?」

 

 白虎は一歩も二歩も前に出て、両手を広げてコーネリアに挑発的な笑みを浮かべる。

 

 「アンタに俺は―――殺せやしないさ」

 

 舐められたものだと思ったコーネリアは怒りを表情に出し、トリガーにかけた指に力を籠める。

 一発の銃声が辺りに響き渡った…。



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第11話 「東京決戦 後編」

神聖ブリタニア帝国第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアは戦争を行っている戦場の真ん中と言えど高揚感を隠しきれないでいた。

 

 日本にて軍神と謳われる二十にも満たない若き軍人――枢木 白虎。

 奴は初めて私に敗北というものを叩きつけてきた。

 それも激戦の末とか辛勝なんて判定ではなく、言い訳のしようもない敗北…。

 油断があったなんて皇帝陛下の前ではいい訳にもなり得ない。

 弱いから負けた………ただそれだけ。

 大きな憎しみと悔しさを味わっ――いや、それだけではないな。 

 策士と優れたアイツに対してそういった感情以上に興味が湧いた。

 

 諜報部に色々と調べさせたがどうも怪しい男という事ぐらいしか分からなかった。

 軍属になったのが一年と数か月でいろんな部署を周り、少佐の地位を手に入れるなど親の七光り、または裏工作しかありえない。でなければ調べたような短期間に功績を上げるなど不可能である。しかし実力はあるのだから不思議としか言いようがない。

 グラスゴーを実戦投入して対策を練るのでなく、導入した第一次の待ち伏せの時点で対策をした兵器を使用してきた。まぁ、これに関してはブリタニアの情報が筒抜けだったのか、相手が非常に優れていたのか解り辛いところではあるが…。

 

 なんにしてもこの相手に興味が湧いたのは本当の事だ。

 そして知れば謎が増えるアイツを自らの手で討ちたいと強く想ってしまう。

 武人として強い相手と戦いたいというのはもはや性なのだろう。ブリタニア皇族の皇女としてなどなど、また姉上(ギネヴィア)に小言を言われてしまうな。

 

 だが、今の私には何事よりもそれだけが―――それだけしか考えれない。

 いつもなら戦場を駆けて敵対する者を討って、討って、討ちまくって武功を上げていくところだが、今日は白虎の為に雑魚を見逃し、暗殺者やコソ泥の如くに身を潜め、猟犬のように何処にいるのかと必死に嗅ぎまわった。

 私を破り、私が認めた強者…。

 それの命運を今私が握ったのだ。

 

 コクピットから乗り出し銃口を向けて。

 高揚感が胸の中を漂う中、私はトリガーに指をかける。

 

 『アンタに俺は―――殺せやしないさ』

 

 認めた相手に馬鹿にされたようで本気で腹が立つ。

 だが、殺しはしない。

 肩か耳を撃ち抜いてその言葉を撤回させ、捕縛する。

  

 心中を渦巻く感情を表情に出さぬまま、銃口を頭部よりずらしてトリガーを引いた。

 銃の反動にしては強すぎる衝撃がコーネリアを襲った。

 大きく揺れる機体の上で世界がスローモーションのように視界に映っているコーネリアは訳も分からずゆっくりと見渡す。

 

 自身が乗り込んでいたグラスゴーの右腕が吹き飛んでいる。

 周りには対ナイトメア兵装の武器を持った者など居らず、日本軍兵士は白虎の後ろで驚愕の表情を晒している。

 ならば何がどうなって腕を吹き飛ばした?

 視界の先に居るのは同じくグラスゴーの群れ。

 ただその銃口は日本軍ではなくこちらに向いていること以外は何も変わらない。

 

 ――あぁ…そういう事か。

 

 たったそれだけで全てを理解した。

 自分は敵の策略にまんまとはまったのだ。

 

 頬より血をたらりと流している白虎はスローに映るコーネリアの視界内でニタリと卑下するように笑い、人差し指と中指を伸ばし、薬指と小指は握り、親指を立てて銃のように見立てた右腕が向けてきた。

 

 「――パン」

 

 短く呟かれた言葉をきっかけに向かいに位置していたグラスゴーの銃口が輝き、銃声が鳴り響いた。

 大きな衝撃を受けて横転するグラスゴーより地面へと投げ出されたコーネリアは歪んだ笑みを浮かべる白虎を睨みつけながら意識を失っのだった。

 

 

 

 

 

 

 グラスゴーの銃撃を背で感じながら驚く部下たちを忘れ、白虎は大口を開けて興奮を露わにする。

 

 「はっはぁー!ざまぁ見晒せブリキども!!」

 

 囲んでいたブリタニアのグラスゴーが一気に撃ち抜かれていく。

 止む事のない苛烈な銃声の前に抵抗など行えず、スクラップに変わっていく中、数機のグラスゴーだけは咄嗟に遮蔽物や命を絶った味方機を盾にして何とか凌いでいた。

 コーネリアが撃った銃弾により掠った頬の傷をなぞりながら、この状況に上機嫌になった白虎は銃撃戦のど真ん中であろうが悠々と散歩をしているかのような気楽さで歩く。

 

 『同士討ち!?お前たちは何をしているのか分かっているのか!!』

 

 状況を飲み込めていないギルフォードの叫びが響き渡るが誰一人トリガーを引く手は止めない。

 まったく楽しくて楽しくて仕方がない。

 愉快に愉悦に頭の中がハイになっている事に気付いているがもはや止められない。

 

 「どうしてこうも歪んじまったかなぁ…」

 

 クツクツと笑いながら転がっているコーネリアのグラスゴーのコクピットに寄り掛かる。

 腕も足も壊れたナイトメアなどもはや兵器ですらない。

 警戒する気すら起きない。

 しかもパイロットが気を失っているのであれば尚更だ。

 

 『すまない遅れた』

 「構わないですよ。寧ろナイスタイミングです」

 『埋め合わせはこの戦場で果たさせてもらう!』

 

 間に合ってくれて助かったと心より安堵する。

 藤堂や四聖剣が戦場でなく成田に籠っていたのはすべてこの時の為だ。

 戦場では敵軍の兵器を入手する機会はよくある事。

 中でも海戦にて転覆させた輸送船にはたんまりと転がっていた。

 勿論最新鋭の兵器であるグラスゴーもだ。

 鹵獲に捕縛し、こちらに寝返った部隊は手土産に、荒れた戦場では完全なものではないが残骸を集めて修復すれば組み立てる事だって可能。

 そんなこんなで集めに集めたグラスゴーを成田連山内部に持ち込み、藤堂指揮の下で人型自在戦闘装甲騎部隊を設立させ、実践可能なレベルまで訓練させたのだ。

 短い期間内でよくやってくれたよ。

 まぁ、知識はあったから旋回活殺自在陣などのアニメで使用された陣形は伝えておいたから、陣形考案はしなくても済んだかな。

 

 何にせよ劣勢に立たされていた日本軍は藤堂らの援軍によって巻き返す事になる。

 すでに鹵獲した敵ナイトメアのデータより位置情報がこちらに駄々洩れで、成田で藤堂に実戦での体験談を加えた教えを受けたルルーシュが全体指揮を、藤堂が現場の指揮を執っている。

 さすがの化け物染みたシュナイゼルでもこの状況を覆すのは難しい。

 無理だとは言えないがそろそろシュナイゼルにはこの戦場から退出して貰う予定だからもはや関係ない。

 

 優勢になり勢い付いたブリタニアは東京内部に深入りし過ぎ、体勢を立て直す暇さえ有りはしない。

 

 「さぁ~て兵士諸君!ここまで来たんだ―――最後まで暴れまくれ!」

 

 自身と同じようにグラスゴーに囲まれていた兵士達は銃弾飛び交う戦場のど真ん中に居る事に怯えていたが、獰猛かつ朗らかに笑みを見せつける白虎の言葉にごくりと口内に溜まった唾を飲み込み雄たけびを挙げる。

 自らを奮い立たせるために、一度屈してしまった恐怖を追い出すように、勢いをつける為に各々口を大にして挙げる。

 白虎も負けじと大きな雄たけびを挙げる。

 

 「ナイトメアフレームは歩兵でも倒せる兵器だ!脚部や関節部、コクピットを潰してパイロットを引き摺り降ろせ!我らが勝利は目前ぞ!総員奮起せよ!!」

 

 各々武器を手に駆け出す。

 藤堂指揮の部隊がそれに合わせるように部隊を展開して突っ込んで行く。

 それを見送った白虎は歩みを止めて気絶しているコーネリアに銃口を向ける。

 

 さて、ここでコーネリアを殺害したときのメリットとデメリットを考えてみようか。

 デメリットとしては皇族に忠誠心を捧げているブリタニア連中の怒りを買う事。メリットとしてはこの先も日本がブリタニアと戦争をする場合には強敵として現れる敵を早々に退場させれる事だ。

 ブリタニアとの戦争が続く可能性も否定できないが、もはやそれだけの余力があるかを考えれば可能性は低い。

 

 日本の快進撃により植民地エリアの反ブリタニア活動は活発になりつつあり、大国の中華連邦がグラスゴーを手にした事で早くに手を打たねば攻めてくることだってあり得る状況になりつつある。それにユーロピア連合や白ロシアも動きかねないのだからいつまでも日本にだけ目を向けている訳にはいかない

 ブリタニア上層部はどんな事情があろうとも日本との一時的でも和平交渉に持ち込んで諸外国への対処に向かいたい筈なのだから。

 ここでコーネリアを殺害したとしても交渉の席は一度は必ず準備される。

 その場であのカードを切れれば間違いなく戦争は終結させれる自信はある。

 

 トリガーに指をかけて力を籠める…。

 引く前に銃口を上に向けてトリガーから指を外す。

 

 「今日は止めておこう。同じような者(ブラコンとシスコン)のよしみだ。丁重に扱ってやるよ…ったく」

 

 そう呟くと女性というよりも米俵でも扱うように担ぎ、空いている左手で構えた拳銃を額に当てて再び大声を上げる。

 

 「おらブリキども!大人しく降伏しねぇとテメェらの大事な姫さんの額に風穴が空くことになるぞ!!特にギルフォードとダールトンはすぐに出てこい!!出てこねぇと五分おきに爪を剥ぐぞ!!」

 

 さっきの言葉はどうした!?と味方からも敵からも突っ込まれるだろうが気にせずに叫んだ言葉は、慌てて駆け寄った通信兵により拡散される。

 コーネリアを外道(白虎)が手中に収められたことでギルフォードもダールトンも降伏するしかなく、コーネリアのナイトメア部隊は日本軍に投降したのであった。

 

 

 

 

 

 

 藤堂 鏡志郎は頬を緩めて笑みを浮かべた。

 敵は圧倒的なほどの数で勝っている。

 それを白虎があの手この手で翻弄し、準備を進め、損害覚悟で敵を引き込んでくれたおかげでここまで好条件が揃う事が出来た。

 ここまでお膳立てをされて失敗する訳にはいかない。

 

 「藤堂 鏡志郎、まかり通る!!」

 

 夜の暗闇で見難いが草緑色の日本軍カラーのグラスゴーが敵陣へと突っ込んで行く。

 手にしている武器はナイトメア用のアサルトライフル以外に警官が持っているような警棒を下げていた。

 さすがにチェーンソーのような廻転刃刀やメーザーバイブレーションソードは用意出来なかった白虎の苦肉の策。

 近接戦に耐えれるように強度を持った打撃武器。

 これなら大した技術が無くても造り上げる事は可能。

 

 正面から銃撃をしてくるグラスゴーが三機。

 決して足を止めることせずに突き進む。

 猪武者のような我武者羅にではなく、銃弾の射線から身体をずらすように躱しながら自身の範囲へと納める。

 

 警棒の距離。

 それこそが藤堂のフィールド。

 

 眼前にまで迫った一機目のアサルトライフルに横薙ぎの一撃を見舞い、銃口を横に居た二機目に向けさせる。

 人間と違って反射的に指を外すことなど難しいナイトメアではそのままトリガーを引いた状態。横に居た二機目は仲間による同士討ちにより撃破され、一機目は次の振り上げてからの一撃でコクピットを叩き潰した。

 三機目は両機があっさりとやられた事で戦意喪失し逃げ出した。

 

 「これがナイトメア…敵にすると厄介だが味方だと心強い」

 『中佐!敵ナイトメア部隊が集結しております』

 「数は?」

 『報告では二十四機と』

 「二個中隊規模か…良し。仙波、卜部、朝比奈、千葉、付いて来い!」

 

 藤堂機を先頭に四聖剣のグラスゴーが追従する。

 他にも付いていたグラスゴーも居たが蜘蛛の子を散らすように違う方向へと散って行った。

 

 (子供だと侮っていたがどうしてこう…白虎君の眼は確かという事か)

 

 成田連山にて組織された人型自在戦闘装甲騎部隊の総指揮権を持つのはルルーシュ。

 最初この話を聞かされた時は正気を疑った。

 藤堂自身は人種差別を自ら行う人間ではないが、ブリタニア人の――それも皇子である幼いルルーシュに指揮権を任せると聞けば誰もが思うであろう。

 だが、接してみて分かった。

 あの子は指揮に関しては天才的な才能を持っていた。

 実戦経験がない為に甘い部分もあったが有能であることは疑いようがなかった。

 今も細かく部隊に指揮が伝達されて次々と敵の部隊を駆逐して行っている。

 これに関しては白虎の命により捕縛されたナイトメアとパイロットのおかげというのもある。

 ブリタニア軍と戦術データリンクを接続した機体を鹵獲してコードを聞き出したのだ。おかげでこちらは索敵無しで敵の正確な配置が筒抜けだ。何度もコードを変えているがこれは暗号通信を解読したものではない。コードを変えれば味方にも伝達されて鹵獲した機体にもそれが適応される。

 

 幼くも天才的な指揮官に丸解りの配置図。

 まさに鬼に金棒・虎に翼だ。

 

 目標のナイトメア部隊をモニターに収めた藤堂は短く息を吐き出して操縦桿を握り締める。

 

 「螺旋陣のちに旋回活殺自在陣に移行する!」

 『『『『承知!』』』

 

 円を描くように動きながら射撃で敵機を円陣に組むように誘導する。

 そうなればナイトメアの機動力を失ってただの案山子となる。

 案山子同然となれば対処はし易い。

 

 藤堂達は臆することなく戦場を駆け抜け、多大な戦果を挙げたのだった。

 これに対してブリタニア軍も混乱を収拾しようと動いたがもうここまで戦況を乱され掻き回されればクロヴィスやクロヴィス付きの将軍バトレーや参謀達ではどうしようもない。

 そうなれば連絡が取れているシュナイゼルに頼るしかない。

 シュナイゼルならばこの危機的状況でさえ覆すという希望を持ち、本人もその期待に応えるだけの能力を持ち得ているので可能ではある。

 ――が、そうは問屋が卸さない。というか白虎が許しはしない。

 

 白虎は事前策として藤堂にブリタニア軍が東京に集中して他への上陸・侵攻作戦が行われない、もしくは他の侵攻軍が駐留部隊やその近辺の部隊で対応・時間稼ぎが可能ならば東京への援軍へと出向くようにと。もしも敵主力が別より侵攻してきたときはその対処を。

 この一手にて戦場は完全な乱戦模様と相成り、地の利と位置情報の把握、勢いを得ている日本軍が優勢に事を運ぶだろうが敵にシュナイゼルが居る限り幼く未熟なルルーシュや押し負けた白虎では勝つのは難しいだろう。

 だからもう一手…藤堂達がここに来たことでもう一つの策も動き出す…。

 

 

 

 

 クロヴィスが居る千葉の指令室は慌ただしく将校が走り回っていた。

 不安と恐怖に押し潰されそうになるクロヴィスはバトレーに手を引かれるままただただ走る。

 

 「殿下!お急ぎください」

 「なんで…なんでこうも…」

 

 シュナイゼル兄上の指揮となって戦況は徐々にだがブリタニア側に傾き、コーネリア姉様が敵指令所を発見し、総大将である白虎を確認した一報で形勢は決まった筈であった。

 突如現れたグラスゴーの一団にて戦線は乱され、コーネリア姉様のナイトメア部隊とは連絡が取れなくなった。

 また日本軍の奇策かと警戒したがすでに時遅し。

 何とか打開しようと兄上に懇願するも、気付いた(・・・・)兄上が言葉を発する前に本国との通信が切れた。同時に響き渡る爆発音と司令部を僅かながら揺らした揺れ。

 

 動揺が広がる指令室では急ぎ情報収集に勤め始める。

 集めるまでもなく目で見た方が早いレベルであったが…。

 

 日本軍はどうも三段構えの作戦を練っていたようだ。

 東京防衛は敵を迎え入れて仕掛けた罠の数々と奇襲・強襲による地の利を生かした作戦でこちらを疲弊・撃退を狙う。これは兄上と知略によって打破された。ならばと温存していたナイトメア部隊を投入しての乱戦。

 我々は敵の防衛線を突破して追い込んだのではなく誘い込まれた事になる。

 敵に有利な地形でこちらは乱れに乱れて大混乱。しかも姉上の消息不明という緊急事態も起こってなにをどうしていいのか…。

 

 そんな私達に追い打ちをかけてきた一手。

 

 東京湾へ日本艦隊が進んでの後方攪乱。

 参謀達はこちらの人の出入りやら情報の発信地を特定されたのだろうと言っていた。その事が事実だとしてもブリタニア軍に彼らを止める術はない。

 

 そもそも日本艦隊は第三次侵攻作戦で壊滅的打撃を与えており敵とも認識していなかった。

 長崎辺りに集まっているとの情報はあったものの気にも留めておらず、形だけの警戒をさせるだけ。

 奪った徴用している各施設は艦砲射撃により吹き飛ばされ、東京湾内の軍港に停泊中の軍艦は魚雷を積んだ戦闘機部隊の奇襲により海の藻屑となり、何とか離陸出来た爆撃機や戦闘機隊は一隻の大型艦の対空防衛網により消滅。反撃に出た艦船は射程外より大型レールガンを積んだ艦船に沈められた。

 司令部には砲弾が飛び込まない代わりにナイトメアを含んだ上陸部隊が迫ってきている。

 防衛部隊が応戦しているが日本軍の勢いは凄まじく足止めにしかなっていないのだとか…。

 

 通信施設や中継地点が破壊されて味方の指揮が行えず、兄上との連絡までもが寸断されれば打つ手はない。

 

 押し込まれるように車内に入らされ、猛スピードで発進した車のリアガラスより司令部を見つめる。

 右肩に日本国の国旗が描かれたグラスゴーが雪崩れ込み、付近の防衛部隊が吹き飛ばされる。

 

 もう少し遅かったらと思ってしまったクロヴィスは身体を振るわせて、視界にこの光景が映らぬように身を縮こまらせた…。



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第12話 「今後の日本」

 すみません投稿遅くなりました。


 枢木 白虎は大きなため息を吐き出しながら枢木家別宅に帰宅した。

 東京決戦より三日が経ち、本日はブリタニアとのテレビ電話を使っての会談。

 ブリタニアはナイトメアの技術が中華連邦に渡った(白虎が売り払った)事と、日本の快進撃が植民地エリアも含めて世界各国へ流れて(白虎が流させた)反ブリタニア運動が活発化した事で、日本に第四次侵攻軍を送るところではなくなった。

 日本も日本で亡命した植民地エリア出身者を受け入れて歩兵戦力を補填し、失った兵器分は鹵獲・捕獲・改修・修理したナイトメアで補充。戦力的には申し分ないが輸入に頼ってきた我が祖国は物資不足。如何に優秀な兵士がいようと玉無しじゃあ役立たずだ。おっと、()でなく()だったな。

 

 お互いにこれ以上の戦いが続けれないのは理解していただろう。

 だからと言って素直に話し合えないのが政治だ。

 あれこれ言い訳や難癖をつけて自分に都合の良い条件を呑ませようと頑張るんだ。

 そんな無駄に時間費やすぐらいなら日本復興の財源確保などこれからの事を決めた方が有意義だというもの。

 

 なのでそういうのに関心がなく、嘘をつかない事を心情にしている巻き毛皇帝を会談に呼び出してみました。

 シュナイゼルが桐原の爺さん様に用意していた通信ラインより連絡をつけて、皇帝に『神根島』『遺跡』のワードを伝言して貰ったら案の定喰いついてきたよ。

 テレビ回線越しとは言えあの独特の喋りを聞けたのはコードギアスファンとしては嬉しい限り。

 遺跡の事を色々聞かれたがギアスには触れずに、今まで侵攻してきた場所を調べて云々と語り、最終的には年間採掘したサクラダイト25%の販売権と捕虜であるコーネリア皇女殿下を条約締結時に返還。それと神根島の譲渡で停戦協定及びに不可侵条約を呑ませる事に成功。

 口約束とは言えあの嘘嫌いの巻き毛が承諾したのだ。後で覆る事はまずないと思って良いだろう。

 

 まぁ、会談中は相手に嘗められたらいけないと思って巻き毛に対してあまりに堂々と不敬に取られかねない態度で接していたから、澤崎さんの顔が真っ青でブリタニアの貴族の方々が怒りで顔真っ赤になり、自分でもやり過ぎたかなと思う。

 

 なんでも良いけどね。

 これで時間も稼げたし。

 とりあえず打ち合わせをして……。

 

 「…………めろ!そんな辱めを私に……くっ!!」

 「姫様に何を!」

 「申し訳ありません姫様…」

 「さぁ、やるのじゃ!!」

 「すみません。これも命令ですので」

 「何をされても私は――」

 「「姫様ぁああああ!!」」

 「廊下までくっころ手前みたいなセリフ聞こえてんぞ」

 

 地下にある一室に向かう途中、廊下まで響いていた声に扉を開けると同時に突っ込みを入れる。

 扉を開けた先には強化ガラスで遮られた捕虜用の大広間が見えるようになっており、女性用の一室で忍び装束を手にして迫る咲世子と、着物を着て逃げ惑うコーネリアがそこに居た。

 男性陣とは壁で遮っており声は聞こえるものの様子は見えない。

 なのでコーネリアの声に反応してギルフォードとダールトンが壁に貼り付いて謝っているこの光景…。

 

 なぁにこれ?とどこぞの決闘者みたいな事を言いかけるが、その前に様子を眺め、コーネリアがあんな状況に追い込まれるようになった原因であろう神楽耶に視線を向ける。すると 嬉しそうに抱き着いてきたので優しく受け止めて抱き締め返す。

 腹部の辺りに顔を埋めたかと思ったら、顔を見上げて一言。

 

 「おかえりなさい貴方。お風呂にします?食事にします?それともわ・た・し?」

 「おう、贅沢なフルコースだな。とりあえず誰から聞いたか聞こうか」

 「咲世子から聞いたのじゃ」

 「殿方はそういうのを喜ばれると聞きましたが」

 「…間違ってねぇかな」

 

 満更でもないと思いながら頭を撫でてやると嬉しそうに笑みを浮かべる。

 本来ならコーネリア達は日本政府が用意した収容所に送られる予定だったが、下手に収容所に入れておくと面倒ごとが起きる事が容易く想像出来る。

 戦争を仕掛けてきた敵の親玉の娘。

 やられた仕返しを考える連中は五万と居る。

 しかも女性であるなら肉体的暴力だけでなく性的暴行を企てる阿呆も出て来る。

 絶対にあるとは言えないがあった場合は下手すればブリタニアからの報復があるだろうから非公式にではあるが俺んとこで面倒を見るという事にして貰ったのだ。一応、俺の戦利品だしな。ついでに専属の騎士のギルフォードとダールトン将軍も。 

 結果、こうして神楽耶の着せ替え人形にされているのは謝るべきなのか…。

 

 「で、これは何してんの?」

 「女性であるからには美しくあるべきとは思いません?」

 「それで美しい衣装を着飾らせようってことか」

 「はい。あまりそういう服を着てこなかったという事なので」

 「まぁ、気を付けてな」

 「止めないのか!?」

 「……まぁ、頑張れよっと、そうだクロ坊にお土産があるんだった」

 

 コーネリアとの会話を切り上げて男性陣の部屋の隅で膝を抱えてぐったりしているクロヴィス・ラ・ブリタニアに声を掛ける。

 ゆっくりと顔が向けられる前にガラス越しにバトレーが詰めよって来る。

 

 「貴様!殿下に何と気安く…無礼であろう!」

 「うるせえよ。怒鳴んな。禿げるぞ――――アンタには育毛剤でも持って来てやろうか?」

 「いらん!!」

 

 育毛剤は断られたか。

 そっちはどうでも良いが差し入れを入れるスペースから日本画に浮世絵など画集数冊を差し込む。

 美術関係には大いに興味を持っているクロヴィスはのそりのそりと歩み寄り、画集を広げると目を見開いて食い入るように魅入っている。

 

 「おっと、一つ伝える事があるんだわ。コーネリアの姉さん達は条約締結後にブリタニアに還すから」

 「なに?」

 「これで日本とブリタニアは遺恨を抱きつつも戦争も終いだ」

 「…そうか」

 「やったねシスコン。ユフィちゃんに会えるね」

 「五月蠅いブラコンのロリコンが!!」

 「否定しないぞ俺」

 「・・・フン!」

 

 嫌味が通じないと知ると鼻を鳴らしてそっぽを向く。

 

 「で、クロ坊だけど家で預かるから」

 「……え?」

 

 心の底から理解できていない声が漏れた。

 自分も帰れると思っていただけに致し方ないだろうが、事実を述べなければならない。

 

 「いやぁ、帰っても居場所ないよ多分。三度も大規模作戦ミスって大損害。最後には一目散に逃げ出して速攻で捕まっちゃうしさ。皇位継承権剥奪するなんて感情も無く言ってたよ皇帝陛下。アレだけの失態したらそりゃそうだって納得しちまうだろ?」

 「こ、言葉を選ばんか!殿下の心は貴様のような藁で出来ている心と違ってガラス細工のように繊細なのだ」

 「誰の心が藁だとこの野郎」

 「良い…良いのだバトレー」

 「しかし殿下」

 

 瞳は曇り、目頭には涙が溜まり始めていた。

 これじゃあ、俺が虐めているみたいで罪悪感が積もるじゃないか。

 大きくため息を漏らしながら言葉を続ける。

 

 「向こうからしたら人質として出すんだとよ。つっても扱いは客人と変わんねぇから安心しな」 

 「貴様のようながさつ者が殿下の教育上一番悪い気が…」

 「喧しいわ!クロ坊一人だと寂しいだろうからアンタも残す方向で話進めてたんだけど一人帰るか?」

 「…私が殿下と共に?」

 「どうするよ?今まで築き上げてきた地位も名誉もかなぐり捨てて、もう再起の余地もなく、人質として出された餓鬼と共に残る覚悟が有るか否か」

 「勿論有る!」

 「即答かよ。でもまぁ、良いねぇそういうの」

 

 墜ちた主に対しても忠義を貫くか…。

 これだよ…こう言う奴を俺は欲している。

 この世界の――今の日本軍でそういうのがあるのは藤堂と四聖剣ぐらいか。

 ブリタニアにはギルフォードやダールトン、ジェレミアやキューエルなどなど上下問わずに忠義に厚い連中が大勢いる。

 だから目の前でほんに嬉しそうにしているクロ坊とその喜びを自身の喜びのように感じているバトレーを見て羨ましく思える。

 

 まぁ、俺が欲しいのは忠義に厚く、有能な(・・・)人材だけどな。

 そして言わなかったがクロヴィスの専属の将軍をやっていたバトレーもブリタニア本国へ帰還すれば大きな罰が待っているだろう。

 なにせ大敗の将なのだ。

 後ろ盾や皇族といった地位がない彼では責任の取りようは異なり、私財を根こそぎ奪われた上に地位の剥奪、あとは責任を取る形で死罪とかか?なんにせよ戻るに戻れないのは確かだ。

 役に立つかと言われれば多少はって程度だが、クロ坊を引き取るならば子守にちょうど良いだろう。

 

 伝える事も伝えたという事で退出しようとすると神楽耶より抗議の視線を向けられる。

 はて、何か怒らせるような事をしたかな?

 と、首を傾げていると頬を膨らませて怒っている事を現した。

 

 「どうしたんだ神楽耶。可愛い顔が台無しだぞ」

 「さっきの解答を聞いてないのじゃ!」

 「あぁ…さっきのってアレか。そうだなぁ…まずは飯を食って、次に風呂入って、最後に一緒に寝るか」

 「うん!」

 

 楽しみじゃ、楽しみじゃと繰り返しながら神楽耶は喜ぶ。

 一応言っておくが添い寝だからな。さすがに子供に手は出さねぇよ。

 おい捕虜一団。そんなゴミを見るような視線を向けんじゃねぇ。

 

 少し腹が立ったので着物姿のコーネリアを携帯のカメラ機能で撮り、大声でネットへのアップの仕方を神楽耶に聞き始めたらコーネリアを含めた三人が必死に止めようと説得してきたが無視して放置してやった。

 

 

 

 

 

 

 

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。

 神聖ブリタニア帝国の皇子の一人で母親を失うと同時に目と足が不自由な最愛の妹と共に父親に人質として日本に放り捨てられた子供…。

 捨てられた先の日本にて枢木 スザクや枢木 白虎などと出会い平和な日常を得るが、ブリタニア帝国が宣戦布告して侵攻作戦を開始され、事実上父親に二度も捨てられた。

 

 東京決戦の際に枢木家本邸がブリタニアの誤射(・・)により吹き飛び、妹のナナリー・ヴィ・ブリタニアと共に行方不明となった…。

 

 

 

 世間一般的にはだが…。

 本人は藤堂に連れられ成田連山や東京決戦では移動型の指揮所におり無傷。ナナリーに関しては枢木家の女中兼護衛の篠崎 咲世子に連れられて避難済み。

 枢木家本邸はルルーシュとナナリーが死んだという偽装工作の為に爆破。作業に従事したのは枢木家に所縁のある人物のみで行われ秘密は隠されるだろう。

 その行方不明とされているナナリーとルルーシュは枢木家別邸の隠し部屋で過ごしている。

 隠し部屋と言っても狭い事もなく、人が生活するに十分すぎるスペースを確保してある。

 ナナリーは隣の寝室で休んでおり、食糧庫兼居間にはルルーシュとスザクが椅子に腰かけてただただ黙って待ち続けていた。

 

 「悪いな。遅くなった」

 

 待ち続けた相手である白虎は隠し通路を通って二人の前に姿を現した。

 空いていた一席に腰かけると大きな息を吐き、首と肩の骨をコキコキと鳴らして楽な姿勢を取る。

 

 「遅い。いつまで待たせるんだ」

 「お前んとこの姉貴達の様子見に行ってたんだよ。見るか着物姿」

 「いや、いい。それよりもさっさと本題に入ろう」

 「そう急くなって」

 

 焦りもするさ。

 これからルルーシュも白虎も慌ただしく動き回らねばならない。

 白虎は次の争いに勝つために。

 ルルーシュは今度は自身でちゃんと戦えるように。

 生活そのものが一変し、慌ただしくなる中で限られた時間で最大限の努力をしなければあの大国に勝つことなど出来はしない。

 焦りを募らせるルルーシュに対して白虎は大欠伸をひとつして、別段焦った様子はなかった。

 

 「ほれ、これルルとナナリーの偽造IDね」

 「助かる―――よ!?」

 

 胸ポケットより取り出した二枚のIDカードを渡される。

 出来るなら枢木家の敷居内で活動したいところだが、ブリタニアにマークされるであろうことを考えたら死んだことになっているルルーシュとナナリーは離れなければならないのは必須。

 そこで身分を証明する偽造したIDカードが必要となり、白虎が色々手を回して用意してくれたのだ。

 

 カードの氏名欄には琉々朱 爛緑侍(ルルーシュ・ランペルージ)と書かれていた。

 ランペルージと言うのは偽名でルルーシュはわざと残したのだろう。

 設定上日本人とブリタニア人のハーフで通すから日本人っぽく漢字で登録したのだろう。

 だが、さすがのルルーシュも当て字過ぎるだろうと怪訝な顔をする。

 

 「おい、さすがにこれは…」

 「ははっ、冗談だよ。本物はこっちだ。偽造してるのに本物って言うのもおかしいか」

 

 こちらの気を紛らわすためだったのか、それともただの悪戯だったのか。

 多分後者であろうが妙なボケを入れられて焦っていた気持ちが変に落ち着いてしまった。

 

 本物(・・)として渡されたIDカードには“蒼龍 瑠々(そうりゅう るる)”と“蒼龍 奈々(そうりゅう なな)”の二枚があり、これなら問題ないと大きく頷いた。

 そしてニヤリと笑みを浮かべる。

 

 「中華連邦の四獣からか。ゲンブ(玄武)スザク(朱雀)白虎(ビャッコ)と来れば青龍(せいりゅう)または蒼龍(そうりゅう)だからな」

 「あっさりと言いやがって。離れ離れになってもせめて名前だけでも繋がりを持ちたい――」

 「白虎にしては青いんじゃないか?」

 「―――ってスザクが考えたんだよ」

 「お前が?」

 「悪かったな。青くて」

 

 心底驚き目を見開いて振り向くと、ふてたのかそっぽを向いてしまっていた。

 その様子にご満悦な白虎がニタニタと笑っていたのがイラついたのでお茶菓子として置いてあった煎餅を思いっきり投げつけてやった。

 見間違いか白虎の目が赤く輝いたと思ったらまるで知っていたかのように軌道を読んでパクリと銜えてそのまま食べ始めた。

 ゴクンと最後まで食べ終えると先ほどまでの緩やかな雰囲気は成りを潜め、いつになく真面目な表情を向けてきた。

 

 「では、本題だ。

  日本はブリタニアと停戦協定及びに不可侵条約を結んだ。細かなのはまだだがこれで数年は戦端を開くことは無いだろう」

 「軍の動きは?まさか反対意見がない訳ではないだろう」

 「血の気の多い奴らは――勢いは我らにあり!今度はこちらから攻めようぞ!!――なぁんて言っているけど問題はない。すでに手は打ったさ」

 「抑えれるのか?」

 「出来る訳ないだろう。どうやったら猪突猛進してくる猪の群れを一人で抑えれるんだっつうの。走りたいんなら走らせるだけだよ。ただしこっちが用意した柵の中でだけどな」

 「………そうか。軍や都市部の復興はどうするのだ」

 「軍は使えそうなもんかき集めて何とかするさ。復興の方はちと難しいかな。なにせ東日本ほとんどが被害を被ったからなぁ。東京に至っては復興の日程すら決まらん」

 「となると首都移転か」

 「今現在京都か大阪のどちらかでって澤崎さんが話を詰めているがどうなる事やら。どっちにしても名家枢木家としては本家を立て直す必要もあって京都に拠点を作ろうと思っている。ちなみにクロ坊とバトレーも連れてく。ルルーシュとナナリーには咲世子と共に名古屋のほうに家を用意するからそっちな」

 「しろにい。おれは?」

 「スザクは俺と―――と言いたいところだけど。スザクはルルーシュを助けたいんだろ?」

 「うん!」

 「俺としては安全に暮らして欲しいところだけどスザクの意志を無視したくない。はぁ…ならスザクは藤堂さんの所で鍛えて貰うかな」

 「?しろにいだとだめなのか?」

 「あー…多分甘くするから為にならない」

 

 何処か申し訳なさそうに頭を掻き、ため息を漏らす。

 スザクに俺は伝えた。

 これから俺は、俺達が何をしようとしているのかを。

 

 「さて、二人共――――七年後だ。俺達は七年後に行動を開始する。

  戦えるだけの兵員は俺が揃えよう。

  軍資金も物資も俺が用意しよう。

  最新鋭のナイトメアが欲しいなら入手できるよう手を打とう。

  他国から優秀な人材を引き抜き、勝ち得るだけの軍隊に仕立てよう。

  だが、これらに参加する以上は敵を殺し、殺されたりするのはお前たちの意志だ」

  

 始めて見る禍々しい笑みに瞬き一つ出来ない程の威圧感。

 俺もスザクも冷や汗を掻き始め、ゴクリと生唾を飲み込む。

 怪しく目を赤く輝かせ頬を吊り上げる。

 

 「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア、そして枢木 スザク。お前たちにその覚悟が有るかな?」

 

 俺の答えはとっくに決まっている。

 どんな手を使ってもブリタニアをぶっ壊す!

 

 

 

 ―――だから…。




 次回一月10日投稿予定。


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第二章
第13話 「新たに動き出す白虎」


 明けましておめでとうございます。
 今日で第二章へ入った本作をこれからもよろしくお願いいたします。


 草壁 徐水は朝日も昇らぬ早朝の福岡県博多湾にてゆっくりと、穏やかな気持ちで煙草を吹かしていた。

 日も昇ってない事から寒く、吐き出す吐息ですら煙草の煙と何ら見分けがつかない。

 日本軍の制服の上からロングコート着込み、出航の準備を着々と進める部下たち―――いや、同志に視線を向ける。

 

 彼らはこれより中華連邦に渡る。

 正規の手段ではない。

 武器弾薬に軍資金、そして当分の生活する為に必要な食糧などの物資。

 こんなものを正規の手段で運べるはずもなく、運べたとしても日本軍人が何の不自由もなく動ける道理もない。

 超大国の神聖ブリタニア帝国の大規模攻勢に勝ち続けた小さな島国の日本。

 そこの軍人が武器を持って他国に渡る。

 何も無いと考える方が無いだろう。

 渡った先は勿論ブリタニアからの監視が張り付く。

 

 それは…それだけは絶対に避けたいところだ。

 我々は他国に渡り、ブリタニアとの戦いに赴くのだから。

 

 日本国は勝利した。

 確かに停戦という事からブリタニアからは引き分けと言って譲らないだろうが、日本国に客観的に見た各国からすれば圧倒的戦力差を物ともせずに二度も叩き返し、三度目の侵攻では皇族を二人も捕らえる功績を挙げた事で勝ったも同然と捉えている。

 だからこそ日本国の多くの者が未だにブリタニアと戦う姿勢を見せている。

 しかし彼らは勝った傲り、故郷を蹂躙された怒り、肉親や近しい者を失った悲しみで現実を見ていない。

 

 日本国は勝ったが勝ち抜くことは出来なかった。

 そもそも物資の流通を他国からの輸入に頼り切っている日本国が、海上を押さえられれば戦う事もままならないのは容易に察せられる。それに勝って来たと言っても大なり小なり犠牲を払っての勝利だ。ブリタニアに比べれば些細な被害かも知れぬ。だがそれは攻めてきた戦力と比べてだ。

 周囲の国々の様子や植民地エリアの内乱の兆しを無視さえすれば後二回、いや()が言う事によれば三回は余裕で攻めて来れるとの事。対して日本国は用意していた兵器も多くの軍人など総戦力の大半を失ってしまった。

 今や日本国の戦力は鹵獲・捕獲・修理を施したグラスゴーとやる気だけは十分な戦闘経験もない新兵と数少ない軍人、さらに軍属でなく義勇兵に所属している若者らで成り立っている。

 拾い物の兵器と銃の扱いも知らぬようなド素人集団で物資もままならない状態で戦えというのは無理な話だ。

 

 日本国の英雄、軍神と謳われている枢木 白虎でさえこれ以上は戦えないと断言した。

 今の日本に必要なのは時間なのだと。

 失った海軍の立て直し。

 人型自在戦闘装甲騎技術を習得し、日本独自の人型自在戦闘装甲騎部隊の創設。

 何より経験を積んできた兵士を失った分、若手の育成に力を入れなければならない。

 などなどやることなす事多すぎる。

 しかもどれも多大な時間に膨大な資金が必要となる。

 資金に関しては枢木家がどうやってか桐原産業を支配下に置いた事で幾らかはどうとでもなるだろう。桐原産業は日本のサクラダイト採掘権を持っている事だしな。

 

 なんにしてもこの港に居る者達。

 世間でいう過激派の面子はそれら日本の事情を顧みずに戦おうとしている。

 これ以上ブリタニアとの波風を立てたくない日本政府からすれば邪魔者でしかない彼らはこれより己の意志のままにと利用されている事に気付かぬまま(・・・・・・・・・・・・・・・)海を渡るのだ。

 

 俺は奴の傀儡だ。

 俺の役割は血気盛んな過激派を纏め上げ、他国へ渡らせる事。

 さらに渡った先で反ブリタニア活動に勤しみ、反ブリタニア感情を孕む国々や植民地エリアにこの戦争で得た経験を活かし、対人型自在戦闘装甲騎戦を叩き込む事だ。

 奴が俺だけに語ってくれた対ブリタニア計画の一端。

 地味な嫌がらせのようだがこれが後に日本を勝利へと導く下準備。

 

 正直最初はアイツの事は大嫌いだった。

 枢木 ゲンブ首相の息子で親の七光りで高い地位に就いた若造。

 高い地位も役職もさることながら連日報道された奴が挙げたとされる功績を見る度に腹が立った。

 あの若さで中佐というのも対ブリタニアの総指揮官という役職に就けるというのも可笑し過ぎる。だから報道される内容もそれなりにお膳立てされたか、誰かの功績を語っているとしか思っていなかった。

 が、後々にそれらが真実で、奴がその地位や役職に居るのにはそれだけの能力があると知ったのはまだ先の事だった。

 

 俺はそんな奴の下に就き、自身ならば奴以上の戦果が挙げられると想い上がり、多くの部下と武器を失った。

 高卒前後の若い義勇兵も含めた部下の大半を失ってしまったのだ。

 自身の思い上がりを悔い、その場で自刃または敵に一泡吹かせようと命を捨ててでも斬り込もうとした。

 

 『責任?責任はここの総指揮官を任命された俺の仕事だ。盗らないでくれ。兎も角、逃げ延びて下さいよ。日本の未来の為にも。待ってますからね』

 

 奴はそう言って俺の死に場所を奪い、責任を被り、尻拭いをした。

 若かろうと立場的に上官である命令に軍人である以上は従わねばならない。それが俺だけでなく部下の為、日本の未来の為と言われれば尚更だ。

 そして俺は目の当たりにした。

 俺達を圧倒的な力を持って壊滅間近まで追い込んだブリタニア軍が、呆気なく返り討ちに合う光景を。

 しかもそれを誇ることなく淡々と結果を把握し、次に何をすべきかを的確に判断して、窮地を脱したのだ。

 

 圧巻の光景だった。

 胸がすくような思いだった。

 それから俺は奴の認識を正しく改め、恩を抱くようになったのは。

 

 だからこそ俺は今回の任務を快く受けた。

 あの時死にそびれた俺が死に場所を、恩を返せる機会を、祖国を犯された恨みを晴らせる戦場を、日本の為に働ける役目を得たのだ。

 

 日本を離れるのは想うところがあるが、それでもなさねばならない。

 

 「中佐!出航の準備が整いました」

 「うむ、今行く」

 

 吸い終えた煙草の吸殻を捨て、背凭れにしていた壁に立て掛けていた日本刀を手に取る。

 白虎はブリタニアから危険視されており、何かしら監視を受けている。

 だから俺達の行動が日本政府の策略と思われない様に見送りも無い。が、せめてと渡されたのがこの日本刀だ。

 日本軍の佐官以上の指揮官などには軍刀を支給されるが、これは枢木家の倉庫に眠っていた宝物の類。

 記録も枢木家しか持ってなく、銘や刀で枢木家まで辿り着くことは出来ない。

 

 自身の命で日本の礎となるのだからと渡されたのだ。

 そんな気遣いはいらないというのに…。

 

 草壁 徐水 ()中佐は笑みを零しながら、受け取った日本刀を握り締め踏み出した。

 長きに渡る不正規戦闘に身を投じるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブリタニアとの戦争が停戦という形で終結し、一か月が経過し十一月中頃。

 日本は被害を受けた各地の復興に勤しみながらも次の準備を密かに行い始めていた。

 その最中、ブリタニアとの戦争を勝利に導き軍神だけでなく“英雄”とも謳われ始めた枢木 白虎少将(・・)は、京都に設けられた軍司令部にて山のような書類を片すためにペンと視線を走らせていた。

 

 日本政府はブリタニアの侵攻により政府機能どころか都市としての機能をずたずたにされた東京より大阪に臨時的に政府機能を移転。ただ今までのように一点集中だと一回の攻撃で国の中枢が機能しなくなる可能性があるので、京都にも予備の政府機能を行える施設を置くことになったが、現政府にそれほどの余裕はないので名家が管理する施設とし、緊急時には政府が使用できるように約定を結んだ。

 この施設建設と維持に関して多くの名家は拒否し、一番に話に乗った皇家に枢木家が行う事に。

 ちなみに皇家―――神楽耶が乗ったのは俺と暮らせる御所が欲しかったらしく、ついでに機能を持たせてしまおうとの事だ。

 

 京都は予備で大阪が臨時。

 何でも東京復興計画は単なる復興計画ではなく、防衛能力を持った都市として再建するつもりらしく、終わり次第政府機能を東京に戻すらしい。

 この辺の話は澤崎さんに任せて口出しは最低限に抑えている。

 

 東日本の大半が戦場になった事で復興面に目が行きがちだが、先のブリタニアとの事を考えると軍部の立て直しと強化も重要。なので白虎はそちらに力を割いている。

 

 まず海軍の立て直しは急務である。

 海に囲まれた島国である日本が周辺の警備や防衛に当たろうとすると海軍力は必須。

 現在海軍の軍艦以外にも小規模な戦闘でが海上保安の船舶も徴用されたので船自体が少ない。

 ブリタニアと条約を結んだとは言えそれを完全に当てにする訳にも行かないし、度々ちょっかいを出してくる中華連邦の船舶を追い返すことも考えると軍部での優先事項第一位なんだよなぁ…。

 

 次に優先されるのは空軍だ。

 戦争前に陸軍が優遇された事で海軍との間に大きな溝が出来た。

 今は反対していた大半の軍人が殉職し、日本国の英雄となった白虎を尊敬する色に染まっている海兵が多いので深かった溝は浅くなったが、余裕で放置することは絶対できない。

 海軍の軍備復興は陸軍の提案として政府に上げたり、友好的なアピールをしたりして気を使わなければならない。

 かといって海軍ばかりに目を向けて空軍との関係を疎かにすれば、今度は空軍との間に溝が出来る。

 八年以内の対ナイトメア戦術を考えると、陸軍だけでなく空軍の力は必要不可欠の上に、空戦能力を持っていないナイトメアに対して空軍の力は絶大である。

 ゆえに空軍には技術提供など行い借りを作っておく。

 まだ安易な対空戦用・対ナイトメア用兵装の試案であるが、これからもっと具体的な案を提供するつもりだ。

 

 最後に俺が所属している陸軍。

 正直に言うと陸軍は兵器だけで考えると、日本空軍・日本海軍と比較するよりブリタニアを除く他国以上の最先端の兵器で固めている。というのも戦争時に鹵獲・捕獲・回収したグラスゴーを修理・改修して陸軍に組み込んでいるのだ。

 ゆえに世界最先端のナイトメアを軍に配備させて、失った兵員は亡命した元ナンバーズ兵士を雇用して立て直しはほぼ完成している。

 ただ車両系統に関しては心許なさ過ぎるので早く作りたいところだが、ほかに比べて立て直しが出来ているので後回し。

 

 他にもやる事は多々ある。

 ナイトメア―――人型自在戦闘装甲騎の操縦や運用を熟知した兵士を育成する教育大隊に、人型自在戦闘装甲騎開発局の設立と忙し過ぎて神楽耶に「恋人らしく逢引の一つもしたいのじゃ!!」と数日前に蹴られるほどだ。

 頼むから弁慶の泣き所は勘弁してくれ。

 

 今書き上げている書類はまさに教育大隊の設立案のものだ。

 人型自在戦闘装甲騎開発局のほうは原作知識を役立てることで俺が局長を務めるとして、これ以上仕事を増やしては過労以前に片手間になって、要領よく行う事が出来ない。

 なので教育大隊の大隊長は藤堂大佐(・・)に任せよう。副官として仙波少佐(・・)をつけて置けば、教官として申し分なさすぎるだろう。

 原作と違ってブリタニアの侵攻を阻止したので、それに伴って活躍した藤堂さんや四聖剣は原作よりも一階級昇格した。

 ただし千葉は別な。

 アイツだけは義勇兵所属だったのでそもそも階級が存在しない。

 義勇兵のほとんどが軍に入ったが、優秀な人材以外は軍学校で基礎から教わっている。

 一から習っている生徒と違って実戦経験を積んだ彼らには卒業後、階級を一つ上げる約束を結んで他の生徒に対して差をつけておいた。

 さて、優秀な千葉はと言えば一週間の講習会を受けて、活躍に応じた階級に“相当官”と付け加えた階級を得て、速攻で軍部で働いてもらっている。彼ら・彼女らは一年間の成績と査定から昇格、もしくは降格するのと同時に相当官から正式な階級が与えられる手筈になっている。

 

 

 …話が逸れたか?

 なんにしても俺は忙しい。

 年末年始の忙しさが一日に凝縮され、それが何日も続いているような忙しさだ。

 だから面倒臭い事案は欲していない。

 これは断じてフリではない!断じてだ!!

 

 だというのにこいつはどういう事なんだ。

 神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアより書状が届いた。

 内容は手短に言うと娘と婚約しろというのも。

 相手は第一皇女であるギネヴィア・ド・ブリタニア…。

 アニメで少し登場しただけなのでどういう人柄の人物なのかまったく知らない。

 見た目は冷静…というより冷たそうな雰囲気を持った美女だったか。

 

 

 うん、いらね。

 いらねと言ったら失礼になるが本心で言おう。いらん。

 不満どうこうではなく俺には神楽耶が居る。

 確かに男であるから美女に囲まれるハーレムを夢見た頃もあったさ。

 けど実際問題で考えると、一緒に人生歩む相手はしっかりと抱き締められる一人で充分だ。

 だからいらない。

 

 けど―――――「おめぇの娘いらねぇから」なんて率直に言える訳もない。

 言う以前に巻き毛皇帝直々の書状に断るというのも如何なものか。

 皇帝の誘いを断ったとすれば周りが黙ってないだろうし、袖にしてしまったギネヴィアはどういう行動を取るのか。恥をかかせたと怒り心頭になるのだろうか?

 現状ブリタニアとの不仲は避けたいところだ。

 そうなると何か代替案を用意した方が良いだろうな。

 巻き毛が俺、もしくは枢木家との関係を盤石にしたいというのなら俺が(・・)皇族と結婚する必要はない。

 しかしそうなると枢木家本家の人間は俺を除けばスザクだけ。

 …寧ろその方が良いのか。

 

 強がって普段通りの様子を見せているが人を、父親殺しをしてしまったスザクの心は酷く弱っている。

 ドラマCDで幼少期の頃から変わらない優しさを持っていたユーフェミアを今の内から会わした方が心の安定に繋がるか。

 

 「―――――ます!」

 「ならばすぐに返答するべきか。その前にスザクに了承を得ないと駄目だな」

 「おねがいします!」

 「・・・ふー、幻聴の類ではないよなぁ」

 

 執務室でペンを走らせようとしていた白虎は頭を抱えて現実から目を逸らそうとしていたが、無理なようだ。

 机を挟んだ反対側には真っ赤な髪を大きく揺らしてぴょこぴょこ跳ねて自身を主張する少女、紅月 カレンがそこには居た。

 大きくため息を吐き出してペンをその場に置く。

 

 「でしにしてください!」

 「なんでさ?」

 「わたしもおにいちゃんみたくがんばりたい!」

 

 頭が痛い…。

 弟子とかどうすれば良いとか考える以前にこのクソ忙しい時にいらん仕事増やすなと本気で思ってしまう。

 思うだけで口に出さないのは、カレンが今後必要不可欠で良好な関係を築いておきたいという下心もあって強く言えないのだ。

 断るのも受けるのも言うのは簡単ではあるが、後々厄介になるのは必須。

 それに俺が決めたとはいえ、自分の兄が御所警備隊の一角の隊長という誉ある役職に就くのだ。

 カレンからしたら誇らしくも嬉しくもある反面、自分も頑張りたいという気持ちが生まれたのだろう。 

 何となくだが分からなくもない。

 それも含め出来るだけ本人の希望に沿いつつ、俺が構わなくても良い案を出すしかないか。

 

 

 「分かったから少し静かにしてくれ」

 「ほんと!?やった!!」

 「とりあえず無茶しない様に筋トレな。身体に筋肉を付ける事を主眼に置かず、持久力を上げれるように毎日走るようにしてろ。まずはそれから――」

 「分かりました師匠」

 「だれが師匠だ…って弟子なら師匠って呼ぶのか普通」

 

 話を最後まで聞かずに外へと駆けて行った。

 とりあえずこれで当分放置は出来るだろうが、飛び出して行った今を無視することは出来ない。

 独り言を呟きながら執務室の外で待機していた警備の者に、先ほどの少女の監視&護衛を任せて白虎は頭を働かす。

 

 「………あぁ、一度ブリタニアに行くべきか」

 

 思い至った結論をぽつりと漏らし、白虎は面倒臭そうに肩を落とした。



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第14話 「二泊三日ブリタニアの旅 初日」

 本日、神聖ブリタニア帝国の帝都ペンドラゴンにある宮殿ではあるパーティが開かれていた。

 “日本国の英雄”で“ブリタニアの怨敵”の枢木 白虎。

 奴が当主を務める枢木家とブリタニア皇族の婚約が決まった名目で開かれているが、集まっている貴族や軍関係者は祝うことなく各々自由に過ごしている。

 誰だって敵対者である男に関わりを持って目を付けられるのはご免被りたいところであるだろう。

 ゆえに枢木 白虎は誰も近づかれずにいる事を良い事に一人壁に持たれながらワイングラスに注がれたジュースを傾け、周りを観察しながら暇を潰していた。

 

 ただ一人、コーネリア・リ・ブリタニアが来るまでは…。

 ギルフォード・G・P・ギルバートとアンドレアス・ダールトンを連れたコーネリアが進むたびに付近の人間は関わり合いにならない様に散らばって行く。

 瞳には怒りが宿り、一歩一歩踏みしめる足には雑に力が籠っており、誰から見ても苛立って居るのは見て取れる。

 

  「白虎!白虎は居るか!!」

 

 穏やかな雰囲気をぶち壊すように放たれた怒声を白虎は笑みを浮かべて受け止める。

 その態度、その笑み、その存在そのものを認識するたびに怒りの度合いが高まって行く。

 決して忘れる事のない虜囚とされた日々。

 同じ相手に二度も負けた事すら恥だというのに囚われの身になるなど醜態以外のなにものでもない。

 囚われた時にはどんな目に合わされるのかと不安に襲われもした。

 恐怖で身を震わせた時もあった。

 実際に思い描いていた事はされずに着せ替え人形にされるという斜め上の事態になって別の意味で羞恥を味わったがそれは良い。

 虜囚となる恥もそれからどのような目に合わされるかという不安や恐怖に耐えきれたのは最愛の妹、ユーフェミアの事を想えばこそであった。あの優しいユフィが私が死んだと知ればどれだけ悲しむだろうか。いや、悲しませるだけでも心が痛いというのに復讐なんて道に走ったらと思うと痛すぎて辛い。

 そんな事はさせないし、される訳にいかないと耐えたのだ。

 第三次侵攻作戦で囚われの身になる直前に白虎が自決しようと考えた私をその可能性を示唆して押し止めたのだ。

 だと言うのにアイツは私の大事な大事なユフィに手を出したのだ!

 シュナイゼル兄様から聞いた事なのだが父上が枢木家と婚約の話を持ち掛けており、それを受けた白虎が自身でなく弟のスザクと年齢の近いユーフェミアとの婚約を提案。父上はそれを呑んだという事だ。

 父上――皇帝陛下の決定は絶対だ。

 今更私がとやかく言った所で覆らない。

 だとしても奴に真意を問い質さなければならない。

 

 「これはこれはコーネリア皇女殿下。ご機嫌麗しゅう」

 「…貴様、ご機嫌麗しゅうの意味を分かって使っているのか?」

 「勿論ですよ」

 「なら麗しい様に見えるか」

 「まったくもって見えませんね」

 「喧嘩を売っているなら買うぞ」

 「ははは、ご冗談を」

 

 にこやかな笑みを浮かべて対応するがどんどんと機嫌は悪化して行く一方だ。

 表情や態度よりも言動を気に掛けろとダールトンやギルフォードはいつ手を出さないかと冷や冷やしながらコーネリアを見守る。

 ここが誰の目もない所で、白虎(・・)でなければコーネリアは手を出していただろう。

 日本では白虎に手酷くやられた事が脳裏に焼き付いており、この挑発一つ一つが何かしらの策ではないかと疑ってしまっているのだ。相手の策にわざわざ乗ってやる義理も無い。他にも何か無いかと警戒しながら手を出さないのが得策だろう。されど怒りだけは抑えきれないのだが…。

 そこまで疑われているがこれが白虎の通常運転だとは気付いていないのであった。

 

 「そのわざとらしく畏まったような言い回しは止めよ」

 「はいはいコー姉様」

 「止めろ。貴様に姉様なんて呼ばれたら鳥肌が立つ」

 「では、コーネリアの姉貴で」

 「何がではだ!却下だ却下」

 「じゃあ姉御?(あね)さん?」

 「お前殴っても良いなら思いっきり行くが良いか?」

 

 ぐぐぐとコーネリアの拳に力が入り始めた所で慌ててギルフォードが前に出る。

 もしもここでコーネリアから手を出せば百%非が姫様に行ってしまう。それに話の内容を知らない者らから見れば悪印象しか残らない。それだけは何としても回避しなければならない。

 ダールトンも気付きウェイターに声を掛けて飲み物を持ってくるように命じ、持って来たワインをさっとコーネリアに差し出して視線を白虎から外させる。

 

 「姫様、ワインでも如何ですか?」

 「今は―――…いや、貰おう」

 

 血が上りかけていたコーネリアも二人の行動の意図を知って、ワイングラスを受け取り一息入れて落ち着こうとする。

 このペースは非情に不味い。

 完全に乗せられている。

 ここは落ち着いて冷静にならなければ…。

 

 「で、婚約の話で来たんだろ?」

 「―――ッ!?そうだ。貴様!何故ユフィとの婚約の話を進めた!!」

 「いや、スザクに合う性格の皇族ってユフィちゃんしか知らないし。もしかして名乗り上げたかった?ショタコン?」

 「そんな訳あるか!!」

 「姫様、お気を鎮めて下さい」

 「貴s…白虎殿。あまり姫様を苛めないで頂きたい。そういうのには見ての通り慣れていないので」

 「了解しましたダールトン将軍閣下」

 

 あまりの大声で周りの視線を一斉に集めたコーネリアはギルフォードに諫められ、白虎はやんわりとダールトンから注意を受ける。言葉遣いはやんわりとだが笑みに威圧と怒気を潜ませているのは誰の目にも明白であった。

 白虎も少し弄り過ぎたかなと多少、微かに、僅かながらでも反省し、ジュースのお代わりをウェイターから貰って口を付けて間を開ける。

 

 「ま、理由についてはさっき言った通りだよ。年齢的にも近いしね」

 「私への嫌がらせではないのか?」 

 「溺愛する弟を持つ俺が溺愛する妹を持つコーネリアに嫌がらせか。それは直接するから」

 「どうだかな。貴様は意地が悪いからな」

 「意地が悪い(イジガワ ルイ)か…なんかアニメか漫画のキャラクターで居たような気が…」

 「いきなり何の話だ?」

 「何でもないよ。懸念するなと言っても無理だろうけど別に含みは無い」

 「信用は出来んな」

 「でしょうね。俺も同じ立場だったら信用しないな」

 

 かかっと笑うとコーネリアやギルフォード、ダールトンがため息を漏らした。

 これが奴の真意なのか否か判断しきれない。

 どうもこいつの性格がつかめない。

 だけれども…。

 

 「俺が心配するなって言うのも信用ならないと思うが、大事な弟を持つ身として気持ちは解るからさ。俺の弟並みに身命を賭してでも護ってやる。どんな手を使ってもな」

 「―――そうか…」

 

 最後に言ったこの一言だけはなぜか信じても良い気がした。

 変わらない口調であったもののその瞳は真っ直ぐでとても優しく暖かく感じ、妙な安心感を覚えさせられたのだ。

 なんと返答して良いか分からず一言漏らすことしか出来なかった自身にもう少し何か言う事があっただろうにと思うが同時に今はこれで良いかとも思ってしまったのも事実。

 これ以上騒がすのもどうかと思い踵を返そうとするのだが…。

 

 「ユフィちゃん来るんだよなぁ。一人増えるのも二人増えんのも変わらないし一緒に家来るか?」

 「・・・はぁ!?」

 「ダールトン将軍にギルフォード卿もどうかな?」

 「…貴様。今とんでも無い引き抜きを行っているという自覚はあるか?」

 「来るならばこの前撮ったコー姉の着物姿の写真をプレゼントしよう!」

 「何を日本から持ち込んでいるのだ!!そして手を伸ばすな貴様ら!!」

 

 顔を真っ赤に懐から取り出された写真を没収し、一瞬とは言えども手を伸ばし掛けた二人に睨みを入れる。

 全くこいつはと思いながら一連の流れを振り返ると私はこいつにただ遊ばれていただけではないかと気付くのであった。

 その後、パーティが終わると同時に白虎から離れ、監視しているホテルへチェックインしたという報を聞いてコーネリアは帰路につくのであった。

 

 

 

 

 

 帝都ペンドラゴン周辺にもほの暗い場所は存在する。

 警察の目も届きにくいそこは帝都と言えども後ろめたい者達の溜まり場となり、犯罪の温床となっていた。

 そんな場所の一角に異様な一団が潜伏していた。

 タンクトップにジーパンとラフな格好の者も居れば、オーダーメイドのスーツ姿という者など職種も年齢も服装も統一性のないバラバラの集団は中央の男性に視線を向ける。

 

 「面白かったなぁ。皆にも見せたかったよ羞恥で染まったコー姉の赤面」

 「あまり長居していては…」

 「分かってる。分かっているって」

 

 一人異様な黒装束の篠崎 咲世子の注意を含んだ言葉にホテルに入った筈の白虎は微笑みながら答える。

 スザクとユフィの婚約話が決まったから祝いも兼ねてパーティもしたいと言われて、なら喜んでパーティに出席しますと馬鹿正直にパーティだけで白虎は訪れていない。

 せっかく本国に御呼ばれしたのだからこちらの用事も済ませてしまおう。

 

 そういう考えで白虎は行動をしている。

 日本から偽装パスポートを使って咲世子を入れた全員をバラバラに中華連邦などのアジア系の国々から数日前にブリタニアに入らせここまで来させたのだ。

  

 「じゃあ、作戦概要を説明するぞ。第一班は俺と共に行動し、第二班は優先事項第四位の現状確認と今後の監視。第三班は入る前に優先事項第一位と接触出来たか?」

 「いえ、出来ませんでしたが間接的ですが返答は頂きました。ご当主様の言われた条件に心動かされていたように思われます」

 「なら第三班は第二班の補佐を頼む」

 

 皆の顔を見渡せば緊張交じりではあるもののやる気は十分。

 瞳に映る熱を確認すると腕を顔近くまで上げて腕時計を確認する。

 

 「現在夜の二十時。作戦開始は今より八時間後の六時からとする。第二、第三班は別として第一班は作戦終了時間は十時まで。時間厳守でどんな状況であろうと結果であろうと時間が来れば切り上げる」

 

 白虎は現在ホテルにチェックインしている事になっている。

 これはパーティが終わり日本から持って来た専用車に乗り込む前のトイレで、変装を施した影武者と入れ替わったからそうなっている。

 今日はもう誰とも会う予定はないので良いのだが、明日には予定が入っている為に確実にそれまでに影武者と入れ替わらなければならない。

 このブリタニア本国には二泊三日ほど滞在することになっており、本日は皇帝陛下に謁見後にパーティ参加。最終日には皇帝陛下にもう一度顔を見せて、スザクの婚約者となるユフィと会って多少話をして帰国する。

 どちらも昼食後の予定だが明日、つまり二日目は昼食は神聖ブリタニア帝国の第二皇子との会食となり、午後は第一皇子のオデュッセウスと共に帝国を観光することになっている。

 もしも会食がオデュッセウスなら影武者にそのまま代役させても良いのだが、相手がシュナイゼルとなると自身が出向くほかない。

 胃が痛い思いだけれどね…。

 

 「では予定通りにオペレーション“ログレスの選定”を開始する。各員気張れよ」

 「「「畏まりましたご当主」」」

 「いや、違うだろお前ら…」

 

 ご当主と呼ばれた事に大きなため息を漏らす白虎。

 その反応に皆がしまったと顔を見合わせる中、ポケットより縁の厚い眼鏡をかけて不敵な笑みを浮かべる。

 

 「龍黒技術研究所の龍黒 虚(タツグロ ウツロ)―――だろ?」




 白→黒
 虎→竜(龍)
 そして空の存在に器だけの企業という事で虚ろ

 なので龍黒 虚


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第15話 「二泊三日ブリタニアの旅 二日目」

 頬の緩みが収まらない。

 何度目か覚えてない程おかわりをしたプリンを目の前に、ロイド・アスプルンドはにへらと笑みを浮かべる。

 本日ロイドは龍黒技術研究所という日本の技研からの説明会に、何の興味も無く参加していた。

 と、いうのも説明会に行くぐらいなら大学のゼミで好き勝手に研究していた方が有意義で楽しい。

 いずれはどこかの研究機関に属そうとはぼんやりながら考えたりもするが、企業の紐付きとなって自分の好きな物よりも上の思惑を優先する堅苦しい世界に填まると言うのは好みではない。

 出来得ることなら豊富な資金を自由に自身の好きなように研究に回せて、文句も言われない研究所なんてあったりしないものだろうかと本気で思っていたりする。

 

 なら何故参加したのかという疑問の答えは彼の目の前の皿に乗せられたプリンにある。

 

 事の発端は同じ大学のゼミ仲間であるラクシャータ・チャウラーからの推薦であった。

 ロイドが聞いた話では龍黒技術研究所よりしつこいほどの勧誘があり、せめて説明会に参加してくれないかと言われていたのだとか。行くのも面倒なので代役を頼んで来たのだ。そんな面倒な事は嫌だと断るロイドに、飲み食いは自由でパティシエが腕によりをかけたお菓子類が用意され、中でもプリンには材料を惜しまず、最高峰のパティシエに作らせた一品と教えられ、跳び付いてここにいる。

 

 スプーンですくっては口へ運ぶ。

 とろりとして濃厚な味わいに甘みと苦みが引き立て合うカラメルソース。

 舌の上でとろけたプリンをじっくりと味わい、飲み込む際の喉越しまでも楽しむ。

 

 感嘆の吐息を漏らして余韻に浸りながらロイドは周囲に目を向けた。

 技研の説明会という割にはかなり自由なもので、開始時間と終了の時間以外には決まりらしい決まりはない。テーブルの上に用意されたお菓子類やジュースなどの飲食は自由。説明を聞きたいのなら用意されているパンフレット、流しっぱなしにされているテレビの映像、技研より派遣されている技術職員より直接話を聞くか好きにし、居るのも帰るのも自由。

 ロイド的には楽で良いのだが、あまりに自由過ぎて固く考えていた真面目な学生などは早々に帰り、今この一室に残っている学生と言えば自分を除けばずっと話をしている女学生のみ。

 

 相手は説明会が始まった時に龍黒 虚と名乗った人物で、技研の名前と同じファミリーネームを持っている事から創設者の関係者だろう。

 手は一向にプリンを口へと運び続け、何となく会話を聞き取る。

 多少興奮気味の彼女はまだ煮詰まっていない自身の考えを手当たり次第に述べているようで、その案自体に多少なり興味を惹かれるところである。そして相槌を打ちながらアドバイスを述べる龍黒によって案は一気に現実味を帯びて行く。

 目の前で宝石の原石が飛び出しては研磨され、磨かれていくような白熱した議論にロイドは皿をその場に置いて、腰かけていたソファより立ち上がった。

 語る事に夢中だった彼女はボクが声を掛けるまで全く気付かず、声を掛けた事で熱くなり過ぎていた事にハッとなって我に返ると同時に恥ずかしそうに俯く。

 (龍黒)と彼女――セシル・クルーミーとの会話は実に興味深く、考え深いものであった。

 ラクシャータや自分ともまた違った考え方を持ち、中々魅力的な構想案に議論は熱を持ち始め、話が盛り上がり過ぎて時間を完全に忘れてしまっていた。

 他の研究員が呆れたように声を掛けてきたのが終了時間の30分前。

 まだまだ話したり無いし、話を聞きたいと思って延長を頼んでみたがどうやら次の仕事があるらしく残念そうに断られてしまった。

 が、彼はどうやらボクと彼女を大変気に入ったらしく、特別待遇で来ないかと誘ってきた。

 しかも研究費もかなりの額で、自分達の好きな研究を自由にしてくれていいという夢にまで見た内容で。

 あまりの美味過ぎる話に彼女は不安げな表情を浮かべると、彼は「君達は未来有望だと確信した。未来の投資と思えば安いものだ」と言い放った。

 やはりと言うか、予想通りというか彼は技研にかなり顔が利くらしく、この好待遇を通せる絶対的な自信があるようだ。

 ともあれ美味過ぎる話というのも確かで相手に不安な想いをさせてしまったのも事実。なので不安なら最初は研究員の助手から初めるという選択肢も与えてくれた。先ほどの好待遇に比べたらかなり現実味を持った契約内容に彼女はそちらで行くようだ。

 ボクは好待遇一択だったけど。

 しかも催促無しの追加条件まで付けて貰ってね。

 

 名残惜しいが別れを済ませて帰路につく。

 彼とは技研に入れば上司関係になるのだろうけど、彼女は別の研究者の補佐に周るのだろう。

 まぁ、その内会えるでしょう。

 ちゃっかりお土産と言わんばかりに残っていたプリンを箱に詰め込んで帰路につくロイドは満足そうにニンマリと笑う。

 その内と言うかすぐに会う事になるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 「あー…疲れた」

 

 龍黒 虚―――否、枢木 白虎はべったべたに固めていた髪を掻き乱して、黒縁眼鏡を乱雑に放り投げてソファにぐだっと転ぶ。

 室内には部下以外には残っておらず、誰もが不思議そうな顔を浮かべていた。

 疲れたと言っても白虎がやっていた事と言えば女子学生と談笑をしていたぐらいで何か特別難しい事はしていないし、皆の目には楽しそうにしていたようにしか映らなかったので白虎の言葉には疑問を覚える。

 特に今回のログレスの選定と名付けられた作戦目標を唯一教えられた咲世子でさえ首を傾げている。

 

 作戦内容は簡単だ。

 ロイド・アスプルンドという大学生に興味を持たせ、自ら来るように考えさせること。

 すでにラクシャータ・チャウラーとは他に類を見ない程の好待遇により秘密裏に話を付けており、ロイドをここに来るように誘導役を頼んでいた。

 予定通り来たロイドは(白虎)の話に乗って来る気満々。

 作戦は想定以上にスムーズに進んだはずだ。

 なのに白虎はソファに横たわって大きなため息を漏らしている。

 

 「お疲れ様です白虎様」

 「あぁ、皆もお疲れ様。片づけを終えたら予定のルートで随時撤退もしくは移動を頼むよ」

 「浮かないお顔をされていますが何か懸念することがあったのですか?」

 「そう見えるか?」

 

 指摘すると明らかな苛立ちが顔に浮かぶ。

 何時にない事に声をかけた咲世子以外は触らぬ神に祟り無しと作業に勤しんで、今の白虎に関わらない様にしている。

 悪態を付いたり、不敵な言葉を放ったりはするものの、こうも人に当たると言うのは珍しい。

 ゆえに咲世子は余計に気になり言葉を続ける。

 

 「はい、いつになくそう見えます。作戦は成功したように思えましたが?」

 「成功だよ……大成功だ!しかも予期していなかったおまけ付きでな!」

 

 一室に響き渡る怒鳴り声。

 肩を震わせるものが多い中で咲世子は正面から受け止め、表情を崩すことなく一瞬考え、笑みを浮かべた。

 

 「それはおめでとうございます」

 「―――ッ…そうだよな…これはめでたい事なんだよな」

 

 素直に賞賛を送り笑みを浮かべて頭を深々と下げると、何かに気付いたように白虎がばつが悪そうに顔を背ける。

 大きくため息を吐いて口元を手で覆い、申し訳なさそうに咲世子の様子を伺っている。

 

 「あー…うん。すまなかったな。怒鳴り散らして」

 「いえ。落ち着かれたようで何よりです」

 「本当にすまん。なんでこうも柄になく当たっちまったかな。我ながら感情の処理にムラがあり過ぎるな…」

 「当たり散らされた理由をお聞きしても?」

 「……痛い言い方を。そのなんだ…あの話していた女性が居たろ」

 

 当たり散らしたという自分の落ち度もあって話したくないのだろうけども、苦い顔をしながら話し出した。

 

 「居ましたね。その方が何か?」

 「計画には無かったけれど引き込みたい人物だったんだ」

 「そうだったのですね。ではあまり良い反応は得られなかったのですか?」

 「いや、そうじゃなくてな。反応は逆に良かったよ。彼女は間違いなくこちらの誘いに乗るだろう」

 「では一体どうしたのでしょう」

 「…その…なんだ…想定外過ぎてな」

 

 想定外…。

 根っからのマッドサイエンティストであるロイドとラクシャータはそれなりの条件を揃えたらこちらに付くと踏んでいた。

 ブリタニアという母国に別段強い執着の無いロイドには自由な研究を確約し、祖国に頼られっぱなしのラクシャータにも同様の確約と、インド群区に独立援助をチラつかせて周りを固めれば良いと。

 ただセシルだけは考えが及ばなかった。

 二人に比べれば常識を備えた(料理は除く)人物で「はい、そうですか」とブリタニアを捨てて日本を取るとは到底思えない。優秀な人材なのは確かだが、ブリタニアとは七年先を目処に決着を付けようと思っていたので、飛行関係はあまり計画に組み込んでいなかったというのもある。

 だから今回参加していた事にも驚いたが、あれだけ食い気味に来られた事はそれ以上に驚きであった。

 偶然に得た機会を捨て置くのも腹立たしい。慌てつつも表情に出さぬように必死に抑え、脳内の原作知識をフル活用して話を無理やり繋げた。

 まだイメージだけだったので彼女は違和感なく話していたが、こちらとしては焦ってぼろが幾らか漏れていた。こんなにも自身が焦ってミスを連発するとは呆れより恥ずかしさでどうにかなりそうだ…。

 

 ポツリポツリ漏らした言葉の意味を察して咲世子はクスリと笑い出した。

 笑い声が耳に届いた白虎は顔を真っ赤にして余計に背ける。

 

 「笑うなよ!ったく、こうもイレギュラーに弱いとかどうなんだよこれ」

 「予定外の事柄に焦ってイライラしていたのですね。意外と子供っぽい」

 「子供っぽいで済むのかよ…大人の対応ありがとうな」

 「いえいえ、どういたしまして」

 「さっさと行くか。今日最大のイベントも残っている事だしな」

 

 照れ隠しなのか話を強制的に逸らして作業の手伝い加わる。

 そんな白虎を微笑ましく笑う咲世子はぼそりと今日の事を神楽耶様にお話ししましょうかと漏らすと、必死な白虎に話すなよと念を押されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 枢木 白虎とはどのような人物なのか?

 戦争前であるならば、首相の息子で若くして佐官になった親の七光りなど囁かれていた。

 しかし戦争を始めると評価は一変し、今では軍神や英雄と謳われている。

 

 日本への侵攻作戦から帰還した者らから話を纏めた書類に目を通しても、その称号に恥ずべき人物でないことは明らかだった。

 ある者は伏兵や奇襲などを用いたゲリラ戦を得意とすると言い、ある者は一指揮官でありながらも戦略を見据える参謀将校のようであったと称する。

 他にも敵には容赦しない程徹底して攻撃を行う悪鬼羅刹と言われたり、敵であろうとも捕虜となれば非人道的な行いは絶対にさせない様に厳守させる人道的な想いを持った人物。相手の精神面を読み取り最適な攻撃で心を潰し、言葉で敵だった者を味方に引き込む悪魔のような人物。

 上げればキリがないと言わざるを得ない。

 あの捕虜にされたコーネリアでさえ白虎を高く評価しているほどだ。

 “敵に回すと恐ろしいが味方であるならばどれだけ心強い事か”…と。

 

 確かに心強い人物ではあるだろう。

 だが、彼はブリタニアではその力を発揮できない。

 寧ろ追いやられるか排除されるだろう。

 彼の能力が高すぎるゆえに上にいる者は恐れ、危険視する可能性が高い。

 日本で成功しているのは、彼がブリタニアの皇帝のように日本に置いて無くてはならない存在に昇華した事と、日本を支える名家の当主であることが大きいだろう。

 まぁ、皇族の誰かと結婚して立場を得ればまた話は別なのだろうが。

 

 話が逸れた。

 多々ある評価を目にしたが私は彼を日本でいう“天邪鬼”と称している。

 右と言えば左。左と言えば右と言う様に彼は相手が想うのとは別の行動を仕掛けて来る。

 親の七光りと呼ばれていたのは親の立場だけでなく、本人がそう呼ばれるように仕組んだようにも思えるのだ。

 予想だが彼は親の七光りと後ろ指差されても怒ることなく、しめしめと笑っていただろう。

 

 だからこそシュナイゼルは白虎に興味を持った。

 シュナイゼルも微笑みという仮面を被って本心を晒さぬように使いこなしている。

 彼もまた同様にふざける事で無能のレッテルを張らせ、周りに自身の正統なる評価をさせぬようにしていた。一部の者以外には…。

 側近のカノン・マルディーニ卿と共に貸し切りにしている高級レストラン前で立ち止まる。

 この中には会食に誘った白虎が居る。

 日本で最も恐れるべき相手…。

 

 「カノン。解っているね?」

 「はい。殿下の仰られるままに」

 

 彼がどのような手法を用いて来るか分からない。

 ただ対処する為にも冷静さは必須だ。

 カノンにはその辺りを説明し、どのような振る舞いを受けても決して怒る事のない様に厳命した。

 返事を聞くと大きく頷きシュナイゼルは扉の前で控えている警備の者に開けるように指示した。

 

 ゆっくりと開かれた店内の先には外の様子を一望できる一室があり、彫刻が施された机にテーブルクロスが敷かれ、綺麗な花が飾られていた。

 そして高価な椅子が四つ(・・)並べられており、内二つがくっ付けられて、その上に白虎が足をだらりとさせて転がっていた。 

 

 「んぁ?おおっと、ようやくいらっしゃったか。待ち侘びましたよシュナイゼル殿」

 

 到着した事に気付いた白虎は寝転がっていた椅子より立ち上がり白虎は肩や腰を捻るように動かす。

 周りにあまりいないタイプ…というか場所に似合わない振る舞いを装っている(・・・・・)のだろう。

 平静を保っているカノンは良いが、店内の警備に当たっていた者らはその振る舞いに眉を潜ませる。

 

 「お待たせしたようで申し訳ない」

 「いや、こっちが勝手に早めに待っていただけだから謝られても困るんだけどね」

 

 ニカっと笑い握手を求めらる。

 仮面を被りながらも握手を返し、お互いに握り締める。

 手が離れると白虎はカノンへと視線を向け何か悩んでいた。

 

 「紹介しよう。彼はカノン・マルディーニ卿。私の側近です」

 「始めまして枢木 白虎様。日本の英雄とお会いできて光栄に思います」

 「いや、ははは、そんな心にも思ってない世辞言わなくていいよ。シュナイゼル殿下を守る立場としては、殿下に近づかなければ良いのにとか思うだろうし」

 「いえ、そんな事は…」

 「まぁ、話もあるだろうけど兎も角食事にしよう」

 

 白虎は席に向かわずカーテンを閉める。

 こちらを警戒しているなら不思議なことではない。

 が、こうもあからさまに狙撃を警戒しての行動はそのまま捉えないのが良いだろうな。

 

 「気分を害したなら謝るよ。ここでは俺は怨敵でしかないからね」

 「いえ、当然の行動だと心得ますよ」

 「――――ッカ。こっちの行動で見極めようとしているくせに」

 「そちらこそこちらを見分けようと偽っているのですからお互い様でしょう」

 「違いねぇや」

 

 愉快そうに笑い席に付いたのを確認してシュナイゼルも腰を下ろす。

 カノンは警備も兼ねているので斜め後ろで待機しているのだが、どうもそれが気に入らないのか眉を潜める。

 

 「そこに立たせておくのか?」

 「ふむ…ではどうするべきだというのかな」

 「一緒に食べるべきだろう。飯ってのは大勢で食った方が良い」

 「ならカノン。そうさせてもらいなさい」

 「え?宜しいのですか」

 「そのつもりで二席しか用意してなかった椅子を足したのだろうからね」

 

 三人で机を囲むといざ腹の探り合いかと思えば普通に談笑を行ったり、食事の感想を述べたりと想像していたものと違い過ぎて、カノンは別の意味で戸惑ってしまった。

 正直二人共腹の探り合いをする気満々であったが、気が失せたというべきか。

 こうして面として顔を合わせた事で、言葉尻を捉えるように誘導するように言葉を巧みに使うよりは、真正面からぶつけ合った方が良いと察したのだ。だから本当に会話を交わしている。別段なんら意図するものがある訳でもない会話…。

 気を抜いて普通に出された食事を楽しんでいると、白虎がカノンへと会話の先を変えた。

 

 「そういえばマルディーニ卿は化粧品会社経営してたよなぁ?」

 「え、はい。高品質で美容性の高いものを取り揃えておりますよ」

 「だったらさぁ、十歳前後の少女が気に入りそうな化粧品を選んでもらえないかな」

 「構いませんが…何方に贈られるので?」

 「俺の許嫁にだよ。たまにはそれらしいことしないとね。皇室ご用達の化粧品会社。そこのトップが選んだものとなれば大層喜んでくれるだろうし。勿論代金は支払うよ」

 「いえ、こちらからの友好の印としてプレゼントしましょう」

 「お、そりゃあ悪いね。…っと、お土産忘れてた」

 

 嬉しそうに笑みを浮かべると後ろに置いてあった小包を開けて中より木箱を取り出す。

 木箱には力強く漢字が書かれているが読めはしない。

 ここに運び込めたという事は危険物では無いだろう。

 入り口ではそういった危険に対する検査を徹底させているのだから。

 

 「クロ坊に選んでもらった永田 呂伯という陶芸家が焼いた壺だ。こういう美術品に対する目利きがないからな俺」

 「クロ坊?…クロヴィスの事かな」

 「アイツ美術関係には物凄いんだな。よく美術館行ったり絵を描いているよ」

 「ほぅ、仲良くしているようで何よりだ」

 「えぇ、仲良くさせて貰ってますよ。貴方とも仲良くしたいと思ってますよ。日本での対決で貴方に(・・・)勝ってしまった(・・・・)身ではありますが」

 

 白虎がやんわりと言い放った発言にシュナイゼルはピクリと反応を示す。

 私に勝った?

 何を言っている?

 私は負けたつもりも無いし、負けた事実などあり得ない。

 あの時は強制的に退場(通信の切断)させて無理やりに勝ちを拾った癖に。

 反論は山のように浮かび上がる。

 

 が、それを口にすることは出来なかった。

 

 「やはり貴方は負けず嫌いのようだ」

 

 僅か―――否…酷く歪んでしまった表情を浮かべてしまったシュナイゼルに対して白虎は愉快に嗤った。

 あぁ…考え違いをしていたようだ。

 彼は――いや、アレは味方にしても毒にしかならない。

 一度ほどモニター越しで会った事がなく、話したことの無い相手の仮面を暴くことなぞ誰がしようものか。

 先ほどの嘲笑うかのような嗤いは成りを潜め、屈託のない子供のような笑みを浮かべた白虎は席を立ち手を伸ばしてくる。

 ナイフとフォークの位置で食事は終わりと告げている。

 

 「また機会があれば、この前も含めて勝敗をはっきりさせましょう」

 「これは怖い怖い。仮面の下は獰猛な獣を飼われているようで安心しました。ではその機会を楽しみにしておりますよシュナイゼル殿下。

 いやはや今日は楽しい食事でした。今度はこちらからお招きしましょう。クロ坊も呼んで…ね」

 「えぇ、心待ちにしていましょう」

 

 仮面を被り直して微笑みでスキップ交じりにレストランをあとにする白虎を見送る。

 袖で隠した握り拳に力が籠る。

 力が籠り過ぎて、手袋がなければ自分の爪で皮膚を貫き、純白の手袋を鮮血で染め上げるところだった。

 

 「さて、どうしたものかな」

 

 いつになく不穏な空気を察したカノンは気付かれない様にシュナイゼルの顔色を窺い―――絶句した。

 そこには万人受けする爽やかな微笑みの仮面は無く、己の怒りを表すかのように睨みを利かせた顔があった。

 

 

 

 

 

 第二皇子との会食と第一皇子との帝国観光を済ませた白虎は、ホテルでぐったりと椅子にもたれて身体を休ませる。

 護衛として満面の笑みを浮かべて、コーヒーを楽しむ白虎にお茶菓子のチョコレートを皿に乗せて机へと運ぶ。

 昼間と違っていつになくご機嫌な様子に咲世子はまた何かあったなと微笑みを零した。

 

 「第一皇子との観光はどうでしたか?」

 「あぁ、有意義だったよ」

 「有意義?楽しめたとかではなく…また悪だくみですか」

 「ちげぇよ。ぼんやりしてて担がれるだけの御輿かと思ったら存外に有能な男だよ。アレは」

 

 現在和平を成した相手であるのでこう表現するのは間違っている気がするが、敵を褒める。

 好敵手を求める者や敵味方に問わず、評価する者は評価する人物が行うと思っていただけに予想外だ。

 なにせあの白虎なのだ。

 一般的には物語に出て来る英雄像で見られがちなので、彼を知らない人物からしたら可笑しくはない。が、内面を知っている咲世子であるならば別だ。

 白虎も敵を評価することはあるが……無能な敵なら気に留める事無く蹂躙し、常識的かつ有能な人物であるならば逆に読み易いと淡々と対処し、非常に優秀な人材ならば苛立ちを露わにしながら奇策を巡らす。

 それらの判断基準であって褒め称えるものではない。

 ゆえにおかしい。未だにブリタニアを敵として捉えている白虎が評価して褒め称えるなど。

 

 「でしたら今後の計画に影響があるのではないでしょうか?」

 「あぁ?あー…違う違う。有能だが計画に変更はないよ。だって無能だよアレは」

 

 さっきとは正反対の言葉に首を傾げる。

 きっと酔っておられるのだろう。

 勿論未成年なのでアルコールによるものではない。経歴を見た所海外への渡航は初めてで、年齢を考えると浮かれていても仕方ない。

 

 ※現在2010年なので白虎は18歳、咲世子は一つ下の17歳である。

 

 話半分で聞いていた方が良いと判断しよう。

 そう判断すると、にこやかながら鋭い視線がこちらに向けられる。

 

 「有事の際には無能だよ。咄嗟の判断力というか決断力は皆無。何かあって指示を出さないといけないときは、おろおろと慌てて決断一つできやしない。が、平時の際であれば別だ。色々話していて為になった。アイツは良き王になれるよ。その国が平穏を享受できる国ならば。さらに言えばブリタニアは絶対に合わないだろうな」

 「そういう事でしたか」

 

 納得した。

 戦場に出ても役に立たない上に、戦争となれば味方の足を引っ張りかねない人物。

 確かにそれならば褒めもするだろう。

 こちらにとって害どころか、運が良ければ有益な人物と変わるのだから。

 けれどもそのような人物であれば、有事の際は軽い御輿として裏で操られやすい筈。

 白虎様が最も危険視しているシュナイゼル第二皇子が実権を握り易くなるのでは、と危惧が脳裏に浮かぶ。

 そこをまるで見透かしたように笑われる。

 

 「ノーフェイス(シュナイゼル)の事を思い浮かべたろ」

 「はい」

 「御輿は軽く意のままに扱えるだろう。だがそれがどうした?元々有事の際には数にさえ入れてない。単なる入力装置だよ第一皇子は」

 「ならば使う者によって大きく成功が変わります」

 「だろうな。奴なら上手く使いこなすだろうが、なぁに手は考えてあるさ。―――にしても表情を心の内に隠して形だけの微笑みを浮かべる。表情が見えないという事でノーフェイス(顔無し)と称したが、やはりというかどうしてというか、アレも感情豊かだったな」

 「と、申されますと?」

 「いやなに、負けず嫌いだとは思っていたから侵攻作戦を持ち出して発破をかけたら、意外に反応したよ」

 「それはそれは…災難ですね」

  

 白虎が発破をかけたというのだから半端なものではなかったろうに。

 敵でありながら災難としか言いようがない。

 昨日仰られた赤面したコーネリア皇女よりも怒気を露わにした第二皇子のほうが見たかった気がするが…。

 

 「クハッ、災難か。災難と言ったか。まぁ、そうだろうな。相手からしたら奇妙この上ない。話したことも無い人物から挑発され、隠し続けていた化けの皮を剥がされたのだからな」

 

 言った意味を勘違いし狂気を含んだ笑みを浮かべる。

 

 「これであっちはこちらを見るしかなくなる。

 動いているかどうか不確定よりも、確定させた方が身構えやすくて助かるからな。

 しかも短絡的な人物でないから、直接的な行動はあり得ない」

 「…そう言うのであれば監視や情報収集に力を入れて来ると?」

 「如何にも。ゆえに咲世子。今まで以上に忙しくなるぞ」

 「畏まりました」

 

 深々と頭を下げて返事をすると満足そうに笑みを浮かべ、頼むよと信頼と信用を乗せた言葉が返ってくる。

 篠崎流37代目としても私個人としてもその想いに応えれるよう職務に邁進しよう。



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第16話 「二泊三日ブリタニアの旅 三日目」

 枢木 白虎が神聖ブリタニア帝国を訪れて三日目となった今日。

 コーネリア・リ・ブリタニア第二皇女は、帝都に近い空港の滑走路で心配な表情を浮かべていた。

 理由は皇帝陛下が決めた、最愛の妹である第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアを枢木家次男の婚約者として送り出すためである。

 ブリタニアの日本侵攻を食い止めた立役者である枢木 白虎と関係を築きたかった皇帝陛下は、第一皇女のギネヴィア・ド・ブリタニアを婚約者としようとしたが断られ、白虎が代わりにと弟の枢木 スザクとユフィとの婚約話を代案として提案したのだ。

 皇帝陛下はその代案を呑み、白虎が日本に帰る日に合わせてユフィを送り出すことに。

 

 現在我々にとって日本の治安は悪い。

 戦争で被害を受けて街も人も心も荒れ果ているのもあるが、それ以上に戦争を仕掛けたブリタニア人に対しては最悪だ。

 そこにユフィを…戦争を仕掛けるように命令した皇帝陛下の血を引く皇女が行ったら、どういう反応があるかなど明白なのに、送るという。

 

 不安な思いもあるだろうに、気丈に振舞って心配かけない様に笑みを浮かべ続けている。

 隠しきれぬ不安から肩が震えている。

 自分の不甲斐無さに握り締めた拳が痛む。

 出来れば決定を覆したいと想うが、皇帝陛下の決定は絶対。あの父上を納得させられるだけの理由を持ち得ない私では、どうすることも出来なかった…。

 シュナイゼル兄上に頼んでみたものの駄目だったらしい。

 諦めきれずにも、心のどこかでもはや何も出来ないと理解している自分自身が悔しくて仕方がない。

 

 「すまないなユフィ」

 「だ、大丈夫ですよ私は」

 「本当にすまない」

 

 少しでも不安が拭えるように優しく抱きしめる。

 抱き返してくるユフィの腕が震えているのを肌で感じて、本当に申し訳なく思ってしまう。

 あの日本侵攻の時に、自身が白虎に勝利していればこんなことは無かったのに。

 少し離れた所より眺めているキャリーバックを持ったアンドレアス・ダールトンに、書類が入ったカバンを抱えるギルフォード・G・P・ギルバート、見送りで来てくれたシュナイゼル・エル・ブリタニアに側近のカノン・マルディーニも悲壮感漂う表情を浮かべて悲しんでいる。

 警備も含めてこの場に居る者の大半が同じ感情を共有している。

 一名を除いては…。

 

 「おい、まだ掛かりそうか?」

 

 飛行機内より顔を覗かせて急かす男……枢木 白虎…。

 あからさまに面倒臭そうな表情にギリッと音が聞こえるほど歯を噛み締める。

 頭が真っ白になるほど怒りが高まって感情のまま怒鳴ろうとしたところをシュナイゼルに制止された。

 

 「落ち着きなさいコーネリア」

 「しかし兄上!」

 「ったく、二人共(・・・)早くしろよ」

 「――――ッ!!このッ…………ん?」

 

 怒り狂いそうだったコーネリアは耳に入った一つの単語により一気に鎮静化された。

 聞き間違いだろうか。今二人共(・・・)と言ったか?

 日本に向かうのはユフィ一人で護衛は枢木家が行うとの事で、ルルーシュ達が行った時同様にいない。が、奴は二人と言った。

 つまりユフィ以外にも日本に向かう者がいるのか?

 

 「もうとっくに出発の時刻過ぎてんだから早くしろよ」

 「おいちょっと待て。貴様先ほど二人と言わなかったか?」

 「言ったけど…それがどうしたんだコー姉」

 「コー姉言うな!!」

 「良いから早くしろよコー姉」

 

 思考と動きが凍り付いたように固まる。

 首が錆びついたようにギギギとゆっくりと振り返り、もしやと思ってダールトンとギルフォードを見つめると、きょとんとした顔を見つめ返してくる。

 二人が手にしているカバンとキャリーバックが多少気になっては居たが、まさかアレは……。

 

 「あれ?巻き毛から聞いてねぇ?ユフィちゃんだけだと心許ないだろうと思って、二週間ほど連れてくって言ったんだけど」

 「巻き……毛…?」

 「まぁ、侵攻作戦でクロ坊ほどでないとしても失態を仕出かした事で、謹慎喰らわせるって話も出てたらしいからちょうどいいかなって。給仕の女性達に用意させたり手間だったんだぞってあんれ?おーい、聞いてるか?」

 

 いきなりの日本行きに失態からの謹慎の話など、唐突過ぎて理解が追い付かない。

 何か白虎が手を振ったりとモーションを行っているが気にも止まらない。

 

 「まさか本当に聞いてなかったのか?まぁ、なんでも良いから乗り込めよ。ギルにダールトンも荷物を積み込んでくれるか」

 「あ、あぁ…」 

 「姫様大丈夫ですか?」

 「ア、ウン…」

 

 呆然とするコーネリアは片言で答えながら、一緒に行けるという事で嬉しそうにするユーフェミアに引っ張られて機内へと進んで行く…。

 日本行きのブリタニア皇族の飛行機は、予定時刻より三十分も遅れブリタニア本国を離れる。

 行先は日本……なのだが直行せずにハワイへと着陸。

 貨物に紛れて日本政府専用機に移り、離陸する前に整備士の服装に着替えて降り、シュナイゼル(・・・・・・)に用意して貰った船舶で日本へ帰るのであった。

 道中不安から解放されたユーフェミアははしゃぎっぱなしだったが、コーネリアと言えば乾いた笑みを浮かべたまま、ぼぅっとしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 片耳にイヤホンを付け、ポケットに入れたラジオの内容を聞き入る。

 天気予報や政治系のニュースは無視して、聞きたい事故や事件だけに耳を傾ける。

 空港でのブリタニア皇族専用機及び日本政府機墜落事故に、貨物運搬をしていた貨物列車脱線事故、ブリタニア大使館へ向かう車両が襲撃された三つのニュース。

 このニュースを耳にして上手くいったと喜びながらも、これほどかと頭を痛める。

 ブリタニアから飛行機を変え、船で日本入りを果すなど面倒臭い手段を用いたのはこの襲撃を防ぐためだ。

 日本の英雄と謳われていても、戦争終結後すぐにブリタニアとの和平を進め、皇族との関係を成した俺を一部では売国奴と呼ぶ奴らも存在する。今回は日本に残っている過激派掃討作戦を兼ねていたのだが、結果は上々にして最悪である。

 なにせ一般的にはブリタニアの飛行機で帰り、ブリタニア大使館へ向かうという情報しか流していない。なのに日本政府専用機に貨物列車での移動を知っているとなると…。

 

 「情報局や政府関係者に、モグラかネズミが蔓延っていたのか」

 「対処はすでに成ったようです」

 「早いだろうに。誰が動いた?」

 「藤堂様が情報局を。澤崎様が取り込んだようです」

 「ネズミが蛇に呑まれたか。さすが政治家。こういう時は動きが速いな」

 

 キャリーバックとカバンを持った篠崎 咲世子からの報告に安堵の息を漏らし、澤崎の動きの速さと狡猾さに舌を巻いた。

 敵対はしていないとはいえ、少し危機感を持っていた方が良いか。

 

 「あの…この扱いはどうかと…」

 「喧しいわ。ウロチョロウロチョロと猫でもあるまいし、ジッとして居ろ」

 「むぅ」

 

 脇に抱えたユーフェミアより抗議の視線を受けるが無視だ無視。

 普通車で枢木家本宅近くまで来たのだが、見るものすべてに興味を持っているのかあっちへフラフラ、こっちへふらふらと、50メートルと短い距離でなん十分以上掛かるのかと思ったほどだ。

 ネコか何かかこいつは…。

 あー…猫だったなこの子。さっき道端で「にゃぁああ」って野良猫と会話してたし。

 

 猫で思い出した。

 借りてきた猫のように大人しくなっているコーネリアへ視線を移すと、目は虚ろで気配が薄い。白装束で夜にでも徘徊していたら幽霊と間違うような気配を漂わせている。

 どれだけショックだったんだと言うより想像に易いだろうに。

 だって基本貴族主義の神聖ブリタニア帝国で、実力主義を押す巻き毛皇帝だぜ。

 役に立たなければ無暗に斬り捨てる事はしないが、扱いは目に見えて雑になるだろう。侵攻作戦に置いて指揮する海上部隊が半壊し、第三次では虜囚と成れば、他の皇族派閥の貴族たちは攻撃材料として突く。それを擁護するか否かは分かり切っていた。

 なにせ相手の考えの頭には、死んだとしても計画が成ったら会えるのだからという考えがあるんだからな。

 成功だけを見て失敗したときの保険を考えないのは思い切りが良いと思うべきか、それとも阿呆と罵るべきか。

 

 兎に角今にも消え入りそうなコーネリアの手を引いて、さっさと本宅へ向かう。

 入り口の警備が向かってくる俺達に警戒の色を示すが、変装している白虎だと気付くと警戒を解いて門を開ける。堂々とその間を通りながら、労いの言葉をかけて玄関へと進む。

 右手も左手も荷物(リ姉妹)で手が塞がっているので咲世子に指示して戸を開けさせる。

 

 「おら付いたぞ」

 

 ユーフェミアを降して、コーネリアから手を放すと二人共玄関へと歩いて行く。

 日本家屋を始めて見たのかまたもや興味深々と言った様子で見渡すユーフェミアと、対照的に意識があるのかないのか分からない顔で淡々と進むコーネリア。

 玄関から入って上がろうとする二人の首根っこを?まえる。

 

 「ちょい待ち。日本では家に上がる際には靴を脱ぐんだ」

 「え、あ、これはすみません」

 

 もう少しで土足を許すところだった。

 国が違えば仕来りも習慣も異なる。まさか帰って早々味わう事になるとは思わなかったが。

 

 「お帰りなさいませ白虎様。そしていらっしゃいませブリタニアのお姫様方」

 「紅月さん。お久しぶりですね。そしてただいまです」

 

 紅月さんは戦争終結後も枢木家付きで働いてもらっているが、彼方此方飛び回る俺ではなくスザクに付いてもらっている。そもそもこちらには篠崎 咲世子と言う優秀な警備兼でやってもらっているから問題はない。というか俺と一緒に居ては危険も多くなるし、重要な仕事が多い分一々何らかのミスを仕出かされたら困るというものだ。

 まぁ、スザクは藤堂さんに弟子入りしているから藤堂の世話もしている事にもなるのだが、失敗談の不満や報告が上がってこないという事は失敗していないのか、する前にスザクがフォローに入っているのか。

 

 「紅月さんは向こうの暮らしには慣れたのかい?」

 「いえ…まだ。スザク様が手助けして下さるので何とかと言ったところでしょうか」

 「徐々に慣れて行けば良いさ」

 「白さん!これはなんでしょう!!」

 

 目を離した俺が悪いのか数秒前まですぐそこに居たユーフェミアもコーネリアも姿が消えており、居間の辺りから大声が聞こえてくる。

 紅月さんは活発な声色から「あらあら」と困ったようにも取れる声を漏らしながら嬉しそうに、白虎としては面倒臭そうにため息を漏らす。発生源に向けて進むと、そこには物珍しそうにこたつを眺める二人の姿とピザを片手に寝っ転がっているC.C.の姿が…。

 

 「これはなんでしょう?それとこの方は?」

 「あー、それはダメ人間製造機だ」

 「ダメ人間製造機と言うのですか?」

 「そう。日本に大昔より存在するダメ人間製造機がひとつ、“こたつ”だ。冬などの寒い時期や寒い地方で使用される暖房機器のひとつで、程よい温かさが寒さから護るだけでなく、よりよい環境を提供する為に寒さに対して要塞と化す。さらにこの暖房器具が机である事から、食事を摂る際は台所に移ることなくガスコンロと鍋に具材を用意しておくことでその場で、調理し食べることが出来る為に、極端に行動することが無くなる。さらには程よい温かさが人間を堕落させ、活動意欲を根こそぎそぎ落とすことが可能。唯一動かねばならないのはトイレだけだが、それも大人用のオムツやペットボトルを用いて凌ぐ猛者が出るほど依存性が高い」

 「ダメ人間か…。なら失態続きで謹慎を言い渡され、日本に送られた私なら何の問題も無いという訳だ…」

 

 気力が全く感じられないコーネリアがC.C.を見て、こういうものかと当たりを付けて座り込み足を入れる。

 そこまで卑下しなくても良いのにと思いながらみかんが入っている籠を寄せ、冷蔵庫より飲み物を取って来る。

 

 「ちなみに温かい熱が随時発生させられているので、知らず知らずに体内から水分が抜けていくので塩分と水分の摂取はきちんとする事だ。それとこっちの緑色の生物は、ダメ人間製造機“こたつ”に生息する通称“こたつむり”だ。カタツムリのような殻の住まいは持ってはいないが、こたつを殻として生息するダメ人間の成れの果てだ」

 「誰が成れの果てか」

 「どう見ても果てじゃねぇか。何ピザ片手に籠城してんだよ。空になった二リットルのコーラのペットボトルにピザの空箱の山はなんだよ」

 「すみません。急いで片付けたのですが…」

 「片付けたのにこうなってたと…よくもまぁこんだけ平らげたもんだ」

 「ふふん」

 「自慢のように胸を張るんじゃねぇよ」

 

 大きくため息を漏らしているとユーフェミアも恐る恐るこたつに足を入れてほぅと息を漏らす。

 軽く紅月さんに指示を出して彼らの面倒を任す。

 そして隙間より様子を伺っていた者の下へと向かう。

 襖を開けるとさっと隠れ、廊下より居間に入る気はないようだ。

 

 「どうしたスザク。照れてんのか?」

 

 襖を閉めて小声で話し掛けた。

 話し掛けられたスザクはどうも歯切れが悪く俯いている。

 

 「すまなかった…」

 「―――え?」

 

 ぼそっと漏らした謝罪にスザクは驚き伏していた顔を上げると、天井を眺めながら別のどこかを見ているような白虎の横顔が目に映った。  

 

 「お前に面倒ごとを押し付けちまった。すまないな…」

 「ううん、そんな事ないよしろにい」

 「聞き分けが良いからなぁ。俺の事思って反論も何もしなかったんだろ。これは俺からお前にした押し付けだ。お前には文句を言う資格があるし、俺は聞く責任がある」

 「無いってば。しろにいのやってることはただしいんだろうし、それにあの子…その…」

 「その…なんだ?」

 「……か、かわいいし」

 

 再び俯いたスザクの顔色は窺えなかったが、真っ赤に染まった耳を見れば何を思っているのかは一目瞭然だった。

 理解した白虎は吹き出してしまい、抗議と恥ずかしさの入り混じった視線を受ける。

 

 「笑う事ないだろしろにい!」

 「すまんすまん。いやぁ、お前も男になったんだなと思ってな」

 「うまれた時からおとこだろ?」

 「そうじゃなくてな、いやぁ、ま、いっか。だとしたら兎も角近づかないとな」

 「…う」

 

 照れて近づき難いスザクに白虎は思案する。

 まだ幼いスザクは相手に配慮した対応は難しい。紅月さんやC.C.にフォローを任せても碌な事がないのは目に見えるし、咲世子は咲世子で別の不安が残るので却下。となればやはり自分がアドバイスするしかないか。

 

 「良いかスザク。露骨に接近するのは避けた方が良い。何の情報もなく真正面からぶつかるな。遠回りでも外延から埋めて行け」

 「まったくどうしたらいいのかわからないんだけど」

 「そうだなぁ…まずは自己紹介からだろうな普通。それから話題を振っては聞き役に回れ。下手に自分の話や意志を話すよりはそっちの方が良いだろう。それと機会が有るのならルルーシュ達との暮らしなどを話してあげな。第三次侵攻作戦までの暮らし(・・・・・・・・・・・・・)だけな」

 「―――ッ…分かったよ」

 「なら行ってこい」

 

 襖を開けて押し入れて白虎はニカっと笑う。 

 少し怒ったような表情を返して来たが、ユーフェミアに向き直ると緊張した趣で、意を決してゆっくりとながら歩み寄っていく。

 その様子を見届けた白虎は襖を閉めて、廊下の端からこちらを伺う咲世子に視線を移した。

 

 「何かあったのか?」

 「白虎様。第二班から動き有りと報告がありました」

 「ほぅ、対象は来るのか?」

 「はい。ブリタニアからの直通便で東京への航空券を購入したと」

 「日時と到着後の監視要員を。それと咲世子には囮を頼むことになる」

 「畏まりました」

 

 やる事が多いなと漏らしながら、次なる駒を入手すべき白虎は思考を働かせる。

 交渉が失敗した場合ルルーシュに任せることになるが、どうなる事やら…。



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第17話 「日本にて変化すブリタニア人達」

 ぼんやりと覚醒し始めた意識の中で、現状を認識しようと回り出した思考を働かせる。が、寝起きでは働くはずの思考回路も止まったままで、考えひとつ纏まる訳も無かった。

 ただ分かるのは異様な喉の渇きに、身体に蔓延する気怠さのみ。

 周りを見ようと未だ安定しない瞳に無理に命令を発して、睨むように辺りを見渡す。散乱するお菓子の袋に空となったペットボトル、寝転がったままピザを食べているC.C.。そして自身を含めて二人の下半身に程よい温かさを与えてくれるこたつ。

 唸るような声を漏らしながら酷く鈍い頭を軽く叩き、ここ数日何度も味わった脱水症状の感覚に舌打ちし、身近に置いてあったお茶のペットボトルに手を伸ばして温いお茶を一気に飲み干す。「ぷはぁ」と息を漏らして、今度は塩分を摂取する為に机の上に置かれた梅干の入った瓶を手に取る。

 躊躇うことなく一つ口に放り込んだら予想外のすっぱさに苦悶を浮かべ、刺激された唾液腺から火事を鎮火しようとする消防車のごとく唾液が溢れ出て来る。キッと睨みを利かすもこれを仕掛けた本人は知らんぷり。ため息交じりに視線を逸らして、鏡に映し出される自身に対面する。

 手入れされていた髪はぼさぼさに乱れ、普段から着ていたブリタニア軍の制服は洗濯機に突っ込んで今は安物のジャージ姿。頬には長時間顔を当てていた畳の後が残り、目元には若干ながらクマが出来上がっている。

 (こんな姿をアイツらに見せられんな…)

 ブリタニア本国に残っている自分の部下たちの顔を思い起こすと、現状に対してコーネリア・リ・ブリタニアは困った笑みを浮かべてしまう。

 

 神聖ブリタニア帝国第三皇女ユーフェミア・リ・ブリタニアが、日本国名家枢木家次男枢木 スザクの許嫁と正式発表されてから一週間ほど経過した。

 ブリタニアでは皇族批判に繋がりかねないので激しい非難の声は無いものの、皇族を想う臣民から心配する声が聞こえ、日本ではブリタニアの姫を一族に迎えた白虎に多少の非難の声が挙がったりしているが、日本に到着した初日に起こった事故(・・)以外で世間を騒がすニュースはなく、平穏な日々を過ごしている。

 (いや違うな…騒がすニュースがないのではなく、騒がす要因が鎮圧化されたからか)

 日本にユフィと来てからブリタニアとの情報をカットしているコーネリアは、本国がどう関与しているのかは知る由もない。しかし、ぼそっと白虎が漏らした内容が事実とすれば、あの多発した事故は日本関係者だけでなく、一部ブリタニアの貴族の影もあったらしい。

 白虎は表沙汰にせずに、シュナイゼルにだけ「貸しだからな」と言って聞き出した、炙り出した、探し出した貴族の名前を告げ、これ以上白虎に借りなど作りたくないシュナイゼルが他にも動きを見せそうな人物を牽制しているらしい。

 で、被害を受けた日本の方は聞かなくても分かっている。

 どうせ白虎が大々的にも秘密裏にでも対処した後だろうしな。

 

 起きたばかりだが、重く鈍い身体に鞭打ってまで動く気にはなれず、そのまま仰向けに転がる。

 

 コーネリアは不本意ながらも日本に行く事になった時は、あまりの事に放心してしまった。

 我に返った時は夜になっており、心も頭も冷静になって考えるとこれはチャンスなのではと思う事が出来た。なにせあの白虎の身近に居れるのだ。奴が何を考え、何をしようとしているのか探る良い機会だ。ずっと張り付くのは無理だがまだ幼いスザクからさりげなく聞くことは出来るだろう。

 そう思っていたのに………。

 私は何故こうしているのか?

 浮かび上がってくる過去の疑問を放り投げ、今までに味わったことの無い自由な時間をゆっくりと噛み締める。

 

 日本にはいいイメージがなかった。

 違うか、白虎が居る国だから良いイメージがなかったが正しい。

 奴はブリタニアにとって危険な敵であり、個人でありながら多勢を圧倒する力を有している。正面から挑めば絡め獲られ、いつの間にか首筋に大鎌を当て、微笑んでいる死神のような存在。

 能力は評価するが敵である以上…味方でない以上は敵視せざる得ない厄介な存在。

 そんな奴が居る国などと嫌っていた。

 

 正直今はそんな感情は抱いていない。

 ここ一週間枢木本宅で過ごして分かったのが、今まで見えなかった奴の内面だ。

 

 自堕落で自由気ままな性格と思ったら別段そうでもなく、言動と行動がおかしなだけで、基本的に真面目で面倒見が良い。

 目につくもの全てに跳び付いていたユフィの問いに、めんどくさそうながらもきっちりと答え、距離を測りかねていた弟のスザクに、気付けばこっそりとアドバイスを送っていたりもしていた。極めつけは、宮殿では当たり前だった侍女が居なくて、どうすれば良いのか困っていた私を助けるように、女中に指示を出したのだアイツは。

 変に敵視していた分余計に腹が立ったりもしたのだが、当の本人は素知らぬ顔で接してくる。時には風呂上りに髪が濡れていたら、新しいタオルを持ってきて丁寧に拭いてくれたこともあった。

 まぁ、白虎曰く「スザクで慣れてるしな」と、何か意識している訳ではないらしい。

 何故か分からないがそれまでと違う怒りが込み上げたので、奴の婚約者と言う皇が訪れた時に伝えてやったら、物凄い勢いで怒られて困っていたっけな。

 

 なんでだろうか。

 ここに私に仕える騎士達がいないからか、それとも奴のせいなのか、本国に居る時以上に自然体で居られる気がする。

 私にも兄弟や姉妹が居るのだが、その誰とも当てはまらないタイプで、粗雑な男なのだが一緒に居ると妙な安心感があり、兄姉よりも何故か頼る……いや、自分では認めたくないが甘えてしまっている。

 今思い出すだけでも恥ずかしさで顔が熱くなる。

 昨晩風呂から上がってユフィとのんびりと話をしていると、白虎とスザクが風呂から上がって耳かきを始めたのだ。ブリタニアとは違って竹を使用したという硬そうな耳かき棒に痛そうな印象を抱き、その事を口にすると試しに味わってみると良いと言われ、奴の指示通りに動き体感した。

 確かに硬いが、硬いからこそ綿棒では取れにくい奥の引っ掛かりの耳垢なんかもしっかり取れて、結構気持ちが良かった。

 「お姉さまが膝枕されているところ初めて見ました」…そうユフィが呟くまでは。

 指示に従い膝枕されて、耳かきを私は奴に託してしまっていたのだ。

 羞恥から真っ赤になり、逃げるように動こうとするが耳かきが耳に入っている状態では逃げれず、白虎も逃がそうとしない。恥ずかしさを必死に我慢しつつ、自身が無意識ながらも白虎へ身を委ねるほど心を許していると知ったのはこの時だろう。

 

 無駄に敵視して気を張っていた自分が馬鹿馬鹿しく思えたよ。

 ユフィも白虎やスザクに接することで、以前よりも活発に遊び、満面の笑みを浮かべることが多くなった。クロヴィスなんか以前とは別人のようだった。やる事がないので以前のように絵を描いたりしていたら、白虎が普通に褒めたりするので、それが嬉しかったのか以前以上にのめり込み、日本の文化や芸術に没頭していた。今では未完成の中庭のデザインを任されているとか嬉しそうに言っていたな。

 誰も彼もが奴と関わる事で自由気ままに過ごす楽しさを教えられ、今まで以上に自分を曝け出せされている気がしてならない。

 

 コーネリアは上半身を起こして、寝るのもなんだし何か暇を潰そうかと、近場に山にして積んでおいた本に視線を移す。

 今コーネリアとC.C.が居座っているのは、見られて困るほどの物は一切置いて無い白虎の私室のひとつで、小説や漫画、画集など本が大量に置かれ、スザク達は漫画部屋と呼び、クロヴィスは資料室として有効に利用している。

 この部屋ならば、だらけてもスザクたちと遊んでいるユフィの目に留まる事は少なく、姉としての威厳を損なう事は無いだろうと白虎が勧め、正直暇で暇を潰すものを所望していたコーネリアの意見と合って、使っているのだが、いつの間にかC.C.も利用するようになって、今ではゴミが多く散らばる汚部屋と化してしまった。

 手の届く範囲の本はすでに読んでいたコーネリアは少し遠い本の山へと手を伸ばすが、あと数センチ届かない。こたつから少し這い出れば届く距離であるが、出来れば出たくない願望が脳内にあって行動を制限する。

 ちらりと視線を動かせばC.C.の手が届く範囲。

 

 「そこの本を取ってくれないか?」

 「ん、これか?」

 「あぁ、ありがとう」

 「労働に対して報酬を要求する」

 「……なら梅干をすり替えて思わぬダメージを負った私は賠償を要求しようか」

 「良い塩梅だっただろう。塩分接種にはちょうど良かったな」

 「まったく、ユフィがお前たち(白虎とC.C.)の言葉を真似しないか心配だ」

 「ある意味良い先生になるだろうな」

 「反面教師という訳か。それなら納得だ」

 

 以前なら食い掛っていた言い方にも慣れ、今では鼻で笑いながら返せる程度になってしまった(・・・・・・・)コーネリアは、近くのクーラーボックスより冷えたコーラのペットボトルを取り出して、本と入れ替えるように渡した。

 中庭より聞こえるユフィにスザク、クロヴィスの笑い声をBGMに、受け取った本を手に取ってぱらりとページを捲る。

 

 本国では絶対味わえないゆるりとした時間を気の向くまま過ごすコーネリア。

 心に余裕を持ち、暇を楽しむ彼女であったが、その生活によって異常をきたした身体の変化を体重計に乗った事で発覚し、悲鳴を挙げるのはそう遠くない未来となるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 ―――ジェレミア・ゴットバルト。

 大貴族ゴットバルト家に産まれた彼は、恵まれた家柄と才能を持った人物で、帝立コルチェスター学院では優秀な成績と責任感の強さから、高等科では監督生として選ばれ、ナイトメアフレームの騎乗では同期よりも高い技術を誇っている。

 実力と家柄から数多の部隊から声が掛かるほどの彼は、周りの人から見れば順調な人生を送っているように映るだろう。

 だが、本人はそうは思ってはいない。

 

 彼には敬愛している人物がいた。

 平民でありながら実力だけで帝国最強の十二騎士にまで上り詰め、神聖ブリタニア帝国皇帝の皇妃の一人となった、“閃光”の異名を持つマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。

 貴族の一員であることから貴族の大多数が平民上がりのマリアンヌを毛嫌いしていた事を知っていたが、ジェレミアにはその感情は一切浮かばなかった。

 美しい容姿もさることながら、剣を振るった表現し尽くせないあの美しさ。

 まるで流れる流水のように、優雅に踊りを楽しんでいるかのように、軽やかで無駄がない動きに目を奪われ、振るう一撃一撃は鋭く、予想だにしない荒々しさがあった。

 一度何かでお見受けしたその試合で彼の魂は魅了され、絶対の忠誠を向けなければならない皇帝陛下以上に想うようになった。

 

 だから初の任務でマリアンヌ・ヴィ・ブリタニア皇妃が住まう宮殿の警備を担当した時は、心から喜んだものだ。

 ………その夜に襲撃事件が起こるまでは…。

 

 私は忘れない。

 あの日感じた絶望と喪失感を。

 すぐ近くに居たというのに護れなかった事実を。

 マリアンヌ皇妃はお亡くなりになり、後ろ盾だったアッシュフォード家は力を失い、ご息女であらせられるナナリー・ヴィ・ブリタニア皇女殿下が巻き込まれ、そのショックで目を閉じられた。

 ご子息のルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下はシャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下に直接抗議に向かわれると、皇位継承権を剥奪され日本へ人質として放り出された。

 私は見送ることしか出来ず、日本への戦争の機運が高まっても何ひとつ行動をせず、戦争が始まれば本国よりお二人の無事を祈るばかり。

 

 結果、私は敬愛するマリアンヌ皇妃の子供達が亡くなったというニュースを本国で聞いた…。

 悔やんでも悔やみきれない。

 あの日の出来事を忘れた訳ではないというのに、ルルーシュ様とナナリー様の為に動こうとしなかった。いや、心のどこかで想っていたのかも知れない。大貴族の者とは言え、たかが自分に何が出来ると諦め、仕方が無いと無意識に考えて傍観者に回るしかないと…。

 

 なにも出来なかった自分を今度こそ戒め、命に代えてでも皇族をお守りするという考えの下、皇族近くに仕えようと同志を募ろうと考え、行動に移そうとする前に、せめてルルーシュ様とナナリー様の墓前に花を手向けるべきだと思って日本に来日したのだ。

 

 戦場となった東京は復興の兆しは見えるものの戦争の傷跡が広く残っており、無残な姿をさらけ出していた。

 その中を突き進み、お二人が亡くなった元枢木邸の石碑に辿り着いた時、奴に会ったのだ。

 日本では英雄で、ブリタニアからしたら憎き怨敵である枢木 白虎。

 奴は私が来るのを知っていたかのように待ち構えており、太々しい態度と嘲笑うかのような笑みを浮かべた。

 

 「待ち侘びたよ。何一つ護れなかった、護ろうとしなかったジェレミア・ゴットバルト君」

 

 その第一声にカッとなり詰め寄ろうとしたが、一歩踏み出したところで足が止まった。

 気付いてしまった。

 奴と自分の大きな差に。

 

 日本と言う小国を護らんと動いた男(枢木 白虎)と、失っても尚動こうとしなかった男(ジェレミア・ゴットバルト)

 言うまでも無い圧倒的な差。

 奴の行動は自分が行えなかったもので、その行動力は羨ましく妬ましい…。

 さらに奴の言った言葉は正しい。

 

 奴はゆっくり私が出来なかった事を再認識させた。

 マリアンヌ皇妃が亡くなった時に君は何をしていた?

 亡くなった後父親に見捨てられたルルーシュとナナリーに何かしたか?しようと思ったか?

 戦争が始まった時、大貴族である君は救出案などを父親などに言って提出しなかったのか?etc.etc……。

 

 私は何もしなかったし、何も出来なかった…。

 

 反論らしい反論も出来ず、私はその場に膝を付いて己の不甲斐無さに絶望した。

 その様子に呆れながらも見定めるような視線が突き刺さり、今更ながら涙を流して石碑に向かい亡くなったお二人に謝罪を口にしていた所を、ため息交じりに首根っこを掴まれ、ほとんど無理やりに連行された。

 行動の意味が何一つ解らなかったし、聞いても教えられない。

 乗せられた車が一時間以上走り、幾つもの県境を通過し、廃工場らしき場所に到着したジェレミアは、あまりの出来事に歓喜のあまりに涙と嗚咽が止まらない。

 立ち尽くすジェレミア・ゴットバルトは目の前の光景が夢幻でない事を確かめようと手を伸ばし、その手を寸前で止める。

 自分ごときが触れるなど烏滸がましいにもほどがある。

 無礼であり、不遜だ。

 引っ込めようとした手は相手により引き留められる。

 

 「お前は見送りの際に居た……確かジェレミア・ゴットバルトだったか」

 

 目が見開かれる。

 御方からすれば道端に居る虫、または石ころに過ぎない自分を覚えておられるとは思いもせず、あまりの歓喜に心が破裂しそうだ。

 

 「殿下…良くぞ……良くぞご無事で…」

 

 眼前に立つルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下が生きていた事実に跪くのも忘れ、目をひたすらに潤す。

 微笑みを向けられていた殿下はふと悲しそうな影を落とす。

 

 「ジェレミア。お前は何故ここに来た?ボクを…ボク達をブリタニア本国に連れて行く………違うな、シャルルに売るつもりで来たのか?」

 「なっ、殿下を売る!?なぜそのようなことを仰られるので」

 

 思いもよらぬ言葉に驚きを隠せない。

 確かに殿下を発見したのなら、安全を確保する為、本国へ帰れるように手段を模索するのは当然としても、実の父親に売るという発想は普通はあり得ない。

 となれば枢木 白虎に何かを吹き込まれたかと振り返って睨みを利かせると、白虎本人は肩を竦めて知らんぷり。

 

 「お聞きいたします殿下。何故そのような事を仰られたので?枢木 白虎に何か吹き込まれたのですね」

 「違う…ボクの…俺の父は俺とナナリーを捨てた。母さんの時もそうだ」

 「…マリアンヌ様の?」

 「母さんはあの男に殺されたんだ!」

 

 齢十歳の子供が放ったにしては強い憎しみが籠った言葉にたじろぐ。

 

 「間違ってるよルルーシュ。殺したのは君からしたら伯父上であってシャルルじゃない」

 「伯父?馬鹿な、皇帝陛下に兄弟などは…」

 「知らなくて当然。というかビスマルクとシャルルしかその存在を知らないんだけどね。ちなみにシャルルは隠蔽に関わり、シュナイゼルは遺体を墓所から移したりしたらしいけどね」

 

 そんな事はあり得ないと言って考え無しに否定するのは簡単だが、そうはジェレミアはしなかった。いや、出来なかったのだ。

 あの事件は不明な点があり、自身でも多少調べてはいた。

 事件当日、コーネリア皇女殿下の命によって護衛部隊が下げられた事。

 襲撃したテロリストはどうやって侵入し、どのようにして見つからずに姿を消したなど、ただのテロリストにしては上手く行きすぎている。例え皇族・貴族の手助けがあったとしても、そう入り込める場所ではないのだ。

 もし皇帝陛下が裏で糸を引いていればどうだ?

 

 「そ、そんな…まさか!?」

 

 頭の中でするすると絡まっていた糸がほどけてまっすぐに繋がった。

 繋がると同時にするりと何かが抜け落ちた…。

 

 「私は…私はマリアンヌ皇妃を敬愛しておりました。

  初任務でマリアンヌ皇妃の護衛任務が与えられた時は心の底より喜び、任に励もうと誓いました。

  しかし護る事叶わず、皇族に忠義を尽くしつつ犯人を捜して誅伐しようと……まさか私はマリアンヌ皇妃を害した者らに忠義を向けていたとは…」

 

 全身の力が抜け、その場にへたり込む。

 虚ろになった視界の先に一筋の光。

 ルルーシュ殿下より差し出された手が映り込む。

 

 「ジェレミア・ゴットバルト。君が母さんに忠義を尽くす者というのなら、俺に力を貸して貰えないか?」

 「…殿下……私などの力など」

 「それとも君の忠義はその程度で終われるようなものなのか?」

 

 ―――違う。

 私など(・・・)というのは言い訳だ。

 殿下は自らの危険も顧みず私を求められたのだ。

 母君を護れず、見送る事しか出来なかった不忠の私を…。

 ならば私の答えるべき言葉も、取るべき行動も一つしかありえない。

 

 「もう二度と言わないぞ。祖国ブリタニアを裏切り、皇帝を見限り、地位を捨てて俺――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアと共に来い!ジェレミア・ゴットバルト!!」

 「――――ッ!………この身、この命、我が全てを御身に捧げます。我が主」

 

 差し出された手を両手で優しく握り、もう二度と失わぬよう今度こそ護って見せると心に刻んで、強い意志を宿した瞳で決意を露わにした。

 

 

 

 

 ルルーシュとジェレミアの様子を離れた位置で眺めていた白虎は、懐に忍ばせていた銃へ伸ばしていた手を戻し、安堵の息を吐き出す。

 

 「宜しかったのですか?」

 「……急に背後に立つの止めて貰えね?」

 「申し訳ありません。いつ気付いてくれるかなと思いまして待機してました」

 「そんなだからくのいちって―――」

 「SPです」

 「いや、どう見てもくの――」

 「SPです」

 「く―――」

 「何処からどう見てもSPです」

 

 この問答も何度目だろうか。

 背後に潜むように居る、レオタードのような忍び装束に身を包む篠崎 咲世子に呆れたような視線を向ける。

 SPと名乗る割には忍び装束だとか、動きが忍者そのものだとか、忍ぶはずなのに桃色のレオタードと人目に付く配色と衣装なのかとか、美人でスタイルも良いのでその衣装は目のやり場に困るとか言いたい事は山ほどあるが、これも何度も繰り返して効果なし。それどころか「神楽耶様が居りながら私にもそのような目を向けられるのですね」と笑顔で言ってくる始末。

 これが軽蔑の眼差しだったらまだ返しも楽なのだが、少し照れたように言って俺の反応を楽しむのだから質が悪い。

 

 無駄だなとため息を漏らし、思考を切り替える。

 

 「監視は居たか?」

 「ブリタニア人が十人ばかり。けれど影武者とも気付かずに私に釣られましたけど」

 「監視者の対処は?」

 「殺害は厳禁とのお達しでしたので眠らせるか気絶させました。五人は不審者という名目で警察に、二人は諜報部預かりで監禁、残る三人は首輪を付けて放し飼いに」

 「重畳、重畳。パーフェクトな戦果だ。あとはどう結果が転がるかだな」

 「白虎様も良い方向に持っていけたようで何よりです」

 「あぁ、本当に…」

 

 ニタリと嗤いながら歓喜に染まるジェレミアを眺める。

 育ちが良く、世間知らずで、自分は正しいと頑固な忠義者。

 一度心から従わせれば、裏切る心配のない従順な駒。

 しかも技量は折り紙付きで指揮能力もある。

 アレならばルルーシュの良き駒となってくれるだろう。

 

 ルルーシュに仕込みを手伝わせて正解だったな。

 母親が殺められ、妹が目と足をやられ、父親に捨てられ、日本に人質に出されるなど最悪な状態に落とされたルルーシュに、周りを詳しく把握する余裕はなかった。

 当然のことながら警備の一人に過ぎないジェレミアのことなど知るすべも無いし、記憶の片隅にも残ってはいなかった。

 なのでこの三文芝居を計画するに当たってルルーシュに教え、彼の忠誠の高さと戦力になる技量を吹き込んでおいた。

 話を聞いたルルーシュは喜んでいたな。

 母さんの死に疑問を持ち、悲しみながら犯人を捜しているという自分に近い者の存在に。

 だから純粋に引き込もうと協力してくれた。

 ジェレミアの心を動かした言葉に嘘偽りはなかったろう。

 

 おかげでジェレミアはルルーシュに心酔し、歓喜に酔い痴れている。

 

 「オレンジ狩りする必要は無いな」

 「では、監視は中断致しますか?」

 「それは無い。監視は続けろ。それと死んだように手配を」

 「ブリタニア人が殺された。死んだとなると、ブリタニア本国より介入される恐れがありますが、如何しましょう」

 「日本で死ななければ良い」

 「畏まりました。それでは中華連邦経由でブリタニアに帰る途中に事故、もしく行方不明になった事に致します」

 「あぁ、そこは任せるよ」

 

 深く頭を下げた咲世子は来た時同様に音も無く姿を消した。

 着実に駒が揃いつつある現状に白虎は微笑むが、幾ら優秀な駒が多少手に入ったからと言ってブリタニアに勝つことは不可能。

 そろそろ計画を次の段階に移行して、持ち駒の育成も視野に入れるとしようか。



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第18話 「二人の姫と白虎」

 投稿遅れ申し訳ありません!
 この作品を含んだ三作品の投稿日直前に、最新話が気に入らずに三作品とも書き直しに入り、今になってしまいました。

 次回の投稿文は約70%ほど先に書いていたので25日にはまた投稿できるかと。


 日本国の象徴である皇家。

 名家の中でも一番の発言力を持ち、皇の血を受け継いでおり、幼い神楽耶であっても無下にすることは出来ない。

 普通の子では行えない事も行え、一生知る必要のない裏事情を知る事も出来る彼女であるが、自由だけは与えられなかった。

 家柄に合った教育に立ち振る舞い、周りに決められた人生のレールを走らされる。

 なにをするにも周りを気にし、家を第一に考え、己と言う存在を皇に捧げなければならない。

 幼い頃より芸能を嗜む感性と物の価値を見抜く目を磨かれ、学問や芸事を叩きこまれた彼女は、恋心も分らぬ時分には十も離れた婚約者を決められた。

 

 枢木 白虎。

 名家枢木家の嫡男で今や英雄と称される彼が、未来の夫であり枢木家と皇家を繋ぐ存在。

 彼もまた自身と同じような人なのかと思いきや、彼は異質で異例で……今まで接した何ものとも違っていた。

 茨のような柵をものともせずに、まるで翼でも生えているかの如く自由に飛び回る。

 子供の頃から誰が相手でも物怖じせずに、好きなように振舞う様はとても心地よく、接してみて新鮮だったのを鮮明に覚えている。

 だから私は彼に対して恋心ではなく、強い憧れを抱いていた。

 そしていつからだろうか、彼自身に魅かれ始めたのは…。

 

 何時だって構わないのだけれども好きになってしまい、遊んでくれる年上のお兄さんや憧れの対象から愛しい人になったからには不満が存在する。

 枢木家当主としての役割に陸軍将官としての職務。さらには外交の真似事みたいなことまで任されて、休みがない程忙しく働き詰め。手が空いたかと思えば、新しい仕事を見つけ出して掛かりっきりの生活。

 最近顔も会わせていない事に腹を立てるも、彼は日本の為に身を粉にして働いているのに我侭を言うのも気が引ける。

 我慢しなきゃと思っていたのに…。

 

 「本当に白虎は意地悪ですよね」

 「んぁ?俺がいつ意地悪したって?」

 

 頬を膨らませぽつりと一言漏らすと、まったく意味を理解できずに小首を傾げる。

 突然の訪問だった。

 急に皇の家に訪れたと思ったら、神楽耶の顔を見に来たとズカズカと上がり込んで来たのだ。

 警備の者らは相手が相手だけに強気に出られず、困惑して誰も止められない。

 会いに来てくれたのは嬉しいのだけれども、その自由さを羨むあまりに少しムッとしてしまう。

 

 「胸に手を当てて考えてください」

 「………心当たりが多すぎるんだが」

 

 頬を掻きながら顔を顰めながら正面に腰を下ろす。

 ポケットにしまってあった小瓶より芋飴を一つ口の中に放り込むと、こちらに小瓶を差し向けて来る。

 手前にあった一粒を指でつまみ、口元を左手で隠しつつ含む。芋飴に塗されていた粉が独特の味と広がる。

 甘すぎず、徐々に柔らかく触感を変えていく様子をゆるりと楽しむ。

 

 「ってか、いつもの“のじゃ”口調はどうした?」

 「むぅ…あれは周りから直した方が良いと言われたんです」

 「あー、それで違和感塗れの言葉遣いなのか。リアルのじゃロリとか世界遺産並みに貴重だというのに、お前んとこの連中分かってねぇな」 

 

 冗談のように聞こえるが、割と真面目そうに言っている感じがあるので意外と本気なのだろうか。

 

 「前の喋り方の方が好みでした?」

 「ふぅむ、そう言われるとどちらだろうな」

 

 どちらだろうな…。

 ちくりと胸に棘が刺さる。

 前の方が良いと言われれば、それを理由に戻す気はあった。

 今の方が良いと言われれば、このままでいこうと思っていた。

 けれど返って来た答えはどちらでもない曖昧なもの。

 刺さった小さな棘は前々より抱いき、積もりに積もり、閉じ込めていた疑問を殻より漏れ出さすには充分だった。

 

 「白虎は私の事をどう思っているのか」

 

 私は皇の娘。

 自由恋愛などで選んだ関係ではなく、日本の名家同士で親が決めた婚約関係。

 婚約話を決めた枢木家前当主の枢木 ゲンブは亡くなり、当主となった白虎がそれに縛られる必要はない。

 なら自分を好いて婚約者の関係で居てくれている―――と喜びたいところではあるが、不安が頭の中でのた打ち回る。

 十も年下の子供を婚約者としているのは私を愛しているのではなく、ただ単に皇の家を欲しているから。

 これは自信を持って言える事だが、私が扱うよりも白虎が扱った方が皇家を最大限有用に生かせるだろう。

 皇の宿命を定められた私はそれに従うのが正しいのだろうが、好いてしまった私個人としては聞かずにはいられない。

 それがどんな結果に繋がるかの可能性を抱きつつも…。

 

 「あん?どう思ってるって―――」

 「家の事柄で縛られるような人ではないのは知っている。けれどそれ以上に狡猾なのも知っている。白虎は皇の家が欲しくて私の―――十も歳の差のある子どもの婚約者でいるのか?」

 

 不安交じりに話した言葉一つ一つがとても恐ろしく感じる。

 これで白虎が“そうだ”と私をなんとも思っていなかったり、本当は嫌々ながらも相手をしていたと答えられたら、心が耐えられる自信がない。

 寧ろ、こんな話をしなかった方が良かったのではないかと考えが巡る。

 片目を吊り上げて話を聞いた白虎は大きなため息を漏らし、顎に手を当てながら肘をつき、呆れたような半眼で神楽耶を見た。

 

 「神楽耶―――――お前って実は馬鹿だろ」

 

 ぺしっと額を指で弾かれ、痛くはなかったが軽く押さえつつ睨み詰める。

 こっちは真剣に思い悩み、不安に恐れながらも口にしたというのに馬鹿とは何事か。

 

 「馬鹿とはなんじゃ!馬鹿とは!!私は真剣に―――」

 「だから馬鹿だって言ってんだよ」

 

 怒りから声を荒げたが白虎は面倒臭そうに言葉を遮った。

 

 「正直に言うと俺は皇家は欲しいと思っている。枢木家とは違って日本の象徴であるならば色々と使い道があるからな。だけど別段喉から手が出るほど欲しいってわけじゃねぇ。あれば良いな程度のもので、無ければ無いで別の手段を講じるさ」

 

 姿勢を正すことも、真面目そうに呟くこともせずに、普段通りの口調にだらけた姿勢で自分が聞きたかった言葉が語られる。

 が、頭の良い人ならばそういう言葉を選んで言うことは出来る。勿論白虎にも可能どころか得意な分野だろう。

 

 なのに、耳を真っ赤に染めながらそっぽへ顔を逸らす様子にそのような疑念は生まれなかった。

 

 「だからな……俺が婚約の話を呑んでいるのは一緒に居たいと思っているからだ」

 

 少しそっぽを向きながら呟かれた一言に、心の底から安堵すると同時にドクンと心音が大きく高鳴った。

 

 「まぁ、好きに疑うと良いさ。そのうち馬鹿馬鹿しく思えて来るぞ。もしかしたら神楽耶の方が愛想をつかすかも知れないがな」

 「それはないのじゃ」

 

 白虎の言葉に間を開けずに否定する。

 だってこうやって会話を交わす度に神楽耶の心はまたも引き付けられ、自らも一緒に居たいと望んでしまう。

 否…否否否―――否!

 一緒に居たいのは勿論だが、家で待つだけの妻で在りたくない。

 彼と同じ場に立ち、肩を並べて隣に立って居たい。

 そこが戦場だろうと、死地であろうと彼のように笑みを浮かべて、並んで歩き続けたい。

 

 「白虎は女性が戦場に立つのをどう思う?」

 「どうもこうも無いな。何かしらの事情によって立たされる者には同情はするが、それだけだ。己の意志で立つのであれば、女も男も関係ない。一個の戦力以外の何者でもないからな」

 「なら私が立ちたいというのは?白虎と一緒に戦場へ赴きたいと言ったら?」

 

 真剣な眼差しで瞳を見つめ、私を見定めようと

 

 「それが神楽耶の意志ならば尊重しよう。だが覚悟は必要だぞ?」

 「望むところですわ!」

 

 ニカっと笑い、ふわりと頭をひと撫ですると、白虎は頭を神楽耶の膝に乗せるように寝転がる。

 急な行動に驚いたものの神楽耶は慌てずに受け入れ、髪の質感を確かめるように何度も何度も撫でる。

 微笑み合う二人はそのままゆっくりとした時間を過ごす。

 神楽耶はこの一件以降、今まで通りの習い事に加え、歴史に記された戦術・戦略から白虎が行った戦法を学び、数年後には白虎に続くブリタニアの脅威に成長するとはまだ誰も知らない…。

 

 

 

 

 

 

 白虎が神楽耶に会いに行った翌日。

 神聖ブリタニア帝国第二皇女であるコーネリア・リ・ブリタニアは、帰国を一週間引き延ばして日本に居残っていた。

 将として動ける状態であるならば聞き入れられる筈のないものであるが、現在日本に負けた事による謹慎中。

 ならば、“まだ日本に対し不安を抱いている妹のユーフェミアが落ち着くために側に居たい”という願いを聞き入れても問題ないと判断され、ブリタニア皇帝の許可も下りた。

 そして彼女は、白虎により貸し切りにされたプール内を駆けまわっていた。

 

 「お姉さま頑張ってぇ」

 「鬼さんこちら!」

 「手の鳴る方へ!」

 

 スクール水着を着用しているユーフェミア・リ・ブリタニアに枢木 スザク、紅月 カレンを、競泳用の水着を着用したコーネリアが追い掛ける。

 当たり前だが本気ではない。

 これは子供達との戯れだ。

 お互いに楽しめることを考え、それほど本気に走らず、だが手を抜き過ぎずの速度で追い掛ける。

 「待てぇ、待てぇ」と笑みを零しながら子供達と戯れる姿は何と微笑ましい事か。

 

 事の真相を知らない者らにとっては…だが。

 

 「おーい、そろそろあがって休憩を取れよ」

 

 プールサイドにソファと丸机を持ち込み、ノートパソコンと書類の山と睨めっこしている白虎の声にユフィたちが反応し、プールより上がり出す。

 上がると三人の子供たちはシートの敷かれた場所に走り、用意されてあるクーラーボックスよりジュースやアイスを手にして腰かける。

 最初の頃はまだ遊びたいと駄々をこねたのだが、休憩を挟めと強く言われてから素直にいう事を聞いている。

 

 それもこれもすべて私の為なんだと思うと、強く言われて少し怖がったユフィに悪い気がする…。

 罪悪感を抱きながら一人白虎へと歩み寄るとペットボトルを投げられ、それをキャッチすると蓋を開けて中の液体を飲み干し始める。緩い温度にも薄っすらと甘みを持ったレモン味にも慣れ、違和感なく飲み切った。

 スポーツ飲料のひとつであるこの飲み物には、脂肪の燃焼を高める効果が含まれている。

 わざわざそのような物を口にし、プールでユフィたちと戯れているのも、皇帝陛下に嘘偽りの理由付けをして日本に居る理由もそういう事だ。

 

 

 ―――ダイエットの為である。

 

 

 

 白虎の屋敷に滞在しているのは思いも依らぬほど居心地が良かった。

 皇女として生きてきた自分は周りを気にし、皇族として恥ずかしくない行動を取らなければならなかった。

 だが、あの屋敷では人の目を気にする必要は無いし、予定でびっしり埋まった生活など存在しない。

 寧ろ暇すぎてどうしようかと悩むほどで、眠たければ寝れば良いし、食べたかったら食べれば良いなど自由に振舞える。

 今までに無かった自由な生活に私は魅了された結果、体重増加という代償が返って来たのだ…。

 

 C.C.により勧められたピザとコーラと言う相性抜群の組み合わせに、一旦足を入れると程よい温度を提供して思考能力を低下させ、出るに出れなくさせる魔窟“こたつ”。さらに、言わなくても掃除から食糧の補充まで笑顔で行う紅月という女中。

 止める者も咎める者もいないこの環境下で、太るなという方が無理な話であった。

 兎に角何とかしようと思うも明日までに三キロやせることは不可能だし、本国でダイエットに励めば周りがどうしたのだろうと口にするだろう。そこで「日本でだらけて太りました」なんて言える筈もない。

 一週間で三キロもの体重増加を知った私に助け舟を出してくれたのは、まさかの白虎であった。

 

 「巻き毛には話付けといたから明日からダイエットな」

 

 悪魔の類かと思ったら天使でしたか…。

 心の底から有難かったさ。

 しかも表立ってダイエットするのではなく、ユフィたちと戯れるという目的で隠してくれるのだからありがたい。

  

 「本当に世話をかけるな」

 「全くだよ。こっちは仕事が溜まってるってのに」

 

 視線を向ける事無くパソコンに入力し続ける白虎には、疲労感が目に見えた。

 本来なら仕事に専念する筈だったろうに、私のダイエット計画に色々手を回した結果なのだろう。

 仕事内容は気になるところだが、恩もあるので見ないようにする。

 

 「まぁ、肥えさせて送り返したとなれば、ギルとダールトンに怒られそうだしな。出来得る限り手は貸すさ」

 「すまなぃ―――」

 「文句のひとつでも言ったら、物理的にその腹回りを絞ってやろうかと思ってたけどな」

 

 笑っているが目は一ミリとも笑っていない。

 アレはマジの眼つきだ。

 エステ的な意味なら良いが、アイツなら脂肪吸引……いや、下手をすれば一部臓器の摘出すらも口にするかも知れない。

 不安を超えて恐怖を抱いたコーネリアを他所に、白虎はにやける。

 

 「ブリタニア皇女に個人的な貸しを作れたと思えば安いものか?」

 「借りっぱなしというのは性に合わん。近いうちに必ず返す」

 

 こいつの貸しがどのような形で来るか分からぬ以上、こちらから早々返したという形にした方が得策だろう。

 そう判断したが、白虎は少し悩んだ素振りをしてコーネリアに向き直った。

 

 「なら一つ質問だ。それに答えてくれるだけで良いさ」

 「質問?当たり前だが機密事項は答えれないからな」

 「身構えなさんな。そんなもん聞けるとは思ってねぇよ。簡単な問いだよ」

 

 そうは言われてもあの白虎の問いだ。

 普通のものではないだろうと身構えないで居れる筈もない。

 

 「コーネリア・リ・ブリタニアは、シャルル・ジ・ブリタニアとユーフェミア・リ・ブリタニアのどちらが大事だ?」

 

 まったく感情を含まない瞳とその言葉に思考が戸惑う。

 私は神聖ブリタニア皇族で、帝国を第一に考えればならない。この問いの正解は、帝国そのものともいえる、皇帝である父上の名を答えるべきである。であるが、それを口にすることは出来なかった。

 父上よりもユフィの顔がチラついて、答えが決まりきらない。

 それでも一応借りを返す名目で聞かれたのだ。答えねばならないだろう。

 

 「それは―――」

 「あぁ、皇女としては皇帝と答えるべきだ。だが、口ごもったことでよく分かったよ。ありがとな」

 

 答えを理解した白虎はとても穏やかな笑みを浮かべた。

 それが何を意味するのか。なにを思い描いていたのかは分からない。

 

 「ほら、そろそろ行った行った。ユフィちゃんたち待ってんぜ」

 

 今はただユフィと心行くまで遊びながら、やせる為に努力するのみだ。

 

 

 

 後日談だが、この日の影響で筋肉痛になったコーネリアは、白虎の監視により必死にダイエットに励む羽目となるのであった。



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第19話 「軍備増強」

 皇歴2012年七月十九日。

 神聖ブリタニア帝国の侵攻より二年が経とうとしている東京にて、パレードが行われる。

 第三次侵攻作戦で大きな被害を被った東京も、ようやく復興が形を成して、以前のような景観を取り戻しつつある。が、傷跡は未だ残っており、それを目にする人々には、ブリタニアに対する憎しみの色を映し出す。

 そのブリタニアへの憎しみを孕む東京の大通りには、多くの民衆が詰めかけ、怪我をしないように警官達が必死に警備の仕事についている。

 立ち並ぶビル群の窓という窓には眺めようと人だかりが出来ており、取材用のヘリが何機も上空を旋回している。

 慌ただしくも、それぞれの視線の先には軍靴を踏み鳴らし行進する日本軍所属の兵士達が行進し、対人型自在戦闘装甲騎用装甲戦闘車両“弦月三式”の改良型である“弦月四式”が車列を組み、さらにその後ろを日本初の自在戦闘装甲騎“無頼”一個大隊が走行する。

 無頼一個大隊の搭乗者は藤堂 鏡志郎に鍛え上げられた者達で、一定に開かれた間隔を乱すことなく見事に操っている。

 その一個大隊の先頭を、指揮官用に金の角飾りと装甲を多少増やした無頼指揮官機(アニメでゼロ専用機)が先導し、開かれたコクピットより軍から支給された制服を着こなす枢木 白虎が背筋を伸ばし、沿道に集まった民衆に敬礼を行う。

 

 今日この日は軍が己の力を誇示する為に、それとそれに尽力した澤崎 敦の票稼ぎの為に執り行われた軍事パレードを予定し、白虎は軍再建の立役者兼日本の英雄として駆り出されたのだ。

 想いを秘めたままいつになく真面目な表情で見渡す白虎は、パレード終了後の待合室に入った瞬間だらけた。

 

 「あー、鬱陶しい。こんな窮屈なの着てられっか」

 

 扉を閉めるや否や制服の上着を投げ捨て、ソファに寝っ転がる。

 突然の奇行に驚くのは一人だけで、他の三名は気にしなかったり、笑ってみてたりと動じた様子もない。

 

 「お疲れ様です白虎様」

 「面倒ごとの終了おめでとぉ~」

 

 声を掛けてきた篠崎 咲世子とロイド・アスプルントに軽く手を上げて、それを返事と言わんばかりに返答はしなかった。

 

 「本当に英雄となると大変よねぇ」

 「こんな行事に強制参加なんて」

 「……これでも無駄では無いから何とも言えねぇんだよなぁ…」

 

 脱力しながら言葉はまさにその通りである。

 このパレードは政治的軍事的であるが、それ以上に白虎はブリタニアに伝わる情報こそが重要と考えた。

 戦争終結から、陸海空の補填から強化、新装備の立案に開発。アニメ知識で知っていた無頼の開発計画など、多くの軍再建と強化計画に携わったが、軍内部はブリタニアへの軍機密の漏洩を恐れて隠し、政治家たちは内外に日本の力を示したいがゆえにアピールしたいと意見が食い違い、今日までどちらにも付かずに隠され続けていた。

 人、特にシュナイゼルのような切れ者が居る国ではなにもない(・・・・・)ほうが怪しく思うだろう。

 陰に潜ったこちらの情報を知ろうと、躍起になって陰に入り込もうとするのは明白。そんな陰より観察しようとする者を陰より見つけるのは困難極まりないし、余計な出費が重なるだけだ。

 それに何らブリタニアに価値のない情報(・・・・・・・)を秘匿するなど愚の骨頂。馬鹿馬鹿しいにも程がある。

 ならばいっその事表に出そうと白虎が一言投げたのだ。すれば政治家は跳び付き、軍上層部はならばいっその事盛大にアピールしてやると躍起になった。

 

 「まったくこの国には一部を除いて馬鹿しかいないのかよ」

 「枢木さん。それは問題発言では?」

 「クルーミー嬢は常識人だね。けれど俺は実体験してきたからさ。じゃなきゃ英雄になんぞなってないよ」

 

 困った笑みを浮かべるセシル・クルーミーに微笑みを向ける。

 ブリタニア本国での勧誘後、彼女はロイドやラクシャータと共に用意した技術研究所に就職した。二度目の出会いで白虎と知った時の驚きようは凄かった。逆にロイドとラクシャータは研究さえ出来れば誰でも良いと言わんばかりの反応で、つまらなかったのを覚えている。

 

 「そんなに頼りないですか?」

 「いんや、君らは頼りになるよ。クルーミー嬢にロイド博士にラクシャータ博士。君達三名は時代を動かす人物だって知っているから」

 「買い被り過ぎですよ」

 「御謙遜を。俺は評価すべき相手には評価する。科学面で君達を超える逸材はいない。並びそうなのは二人ぐらいしか知らないし」

 

 照れて頬を染めて俯くセシルに笑みを向けていた白虎は、うつ伏せから仰向けに転び直して大きく伸びをする。

 実際問題、彼らこそが今後の対ブリタニアの計画を左右する要因である。

 ブリタニアを敵にした場合、一番厄介なのは兵力と一騎当千のラウンズの存在だ。

 数だけの相手であれば対処法を考えているので、明日明後日にも開戦するなんて話にならなければ焦る事は無い。だが、ラウンズだけがそうはいかない。現在のラウンズに、アニメに登場したジノ・ヴァインベルグやアーニャ・アームストレイムなど若手の騎士はいないものの、ビスマルク・ヴァルトシュタインを始めとする何人かはすでに在籍している。また、“亡国のアキト”でユーロ・ブリタニアに渡るナイト・オブ・ツーはまだ本国に残っており、戦うとなると彼らが出て来ることになる。

 日本軍の中で、彼らを一人でも相手に出来る者など存在しない。

 藤堂と四聖剣を合わせても、勝ち目はないと俺は判断している。成田で二対一で挑んだ四聖剣二機が、コーネリアの一突きで損傷させられたのを忘れない。強敵ではあるが、ラウンズほどではないコーネリアに苦戦するのだ。まず勝つどころか相手によっては損傷させれるか程度だ。

 実際戦ったらもう少し善戦するかも知れないが、予想というのは、良い方にでなく悪い方に考えておくに限る。

 では日本がそんなラウンズに対抗するにはどうするか?

 ラウンズ級のパイロットを育成し、ラウンズの専用機に差を付けれる、技術面で優れた機体を用意すれば良い。

 こんな事口にしたら、頭の良い学者先生などは馬鹿じゃないのかと思うだろうが、アニメを…未来を知っている自分からすれば当てが有り、その為の準備をしている。

 パイロットには紅月 カレンと、出来れば戦わしたくないが弟のスザク。

 機体に関しては紅蓮弐式とランスロットが予定されている。

 “ロストカラーズ”で、グロースターに搭乗したラウンズのノネット・エニアグラムをランスロットに乗ったスザクが圧勝した事からも、これらが揃えばラウンズに対抗できる確証は得た。

 あとは彼らが原作通りに制作してくれるだけだ。

 そんな白虎の未来図を知らず、ラクシャータもロイドも笑みを浮かべている。

 

 「高評価ありがとうございまぁす。ところで少しお頼みがぁ…」

 「ロイド博士がそう言うという事は、追加資金かな?」

 「いやぁ、話が早くて助かりますよ本当に」

 「アンタさぁ、この前も追加頼んでなかったっけ」

 「そうだった?」

 「そうでしたよ。忘れたんですか!?」

 

 確実に忘れているであろうロイド博士に苦笑いを浮かべ、頭の中で軍の予算から枢木家の収入・支出の計算を行い、少しだけ顔色を悪くする。

 ロイドもラクシャータもとんでもない金食い虫。研究開発と言うのはそういうものなのだが、彼らが行っているのは秘密裏な研究であり、軍部でも政府でも知る者は居ない。ゆえに金を工面するというのは、表立って出来ない分手回しも必要で、苦労が絶えないのだ。

 その分セシルは懐に優しい。

 彼女の場合は補佐の役職で、自身の研究だけに没頭することが出来ない。なのでロイドの補佐をしつつ、机上のみで案を出来得る限り完成形に近い形で組み立てる為に、お金が掛からないのだ。

 

 「まぁ、なんとか工面するさ。ラクシャータ博士も必要だろうしね」

 「本当に察しが良いわね」

 「さてさて、ここに集まったのも無駄話する為じゃない。進捗報告を」

 

 体内の空気を吐き出し、気持ちを入れ替えた白虎はソファに座り直し、三者に視線を向ける。

 盗聴の恐れは、前もって咲世子を始めとする信頼の置ける直属の諜報部に調べさせたから問題ない。

 心置きなく話を進める白虎は三者三様の吉報に心を躍らせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 「いやはや、ここまで……ようやくここまで成ったのだな」

 

 パレードの様子を眺める片瀬 帯刀少将の呟きに、藤堂 鏡志郎大佐は大きく頷いた。

 たった二年でここまで軍部を再建し、技術面でも成長させるとは当時は思いもしなかった。

 ここに居る軍部の人間もそうだ。

 ただ藤堂との違いは思いもしなかっただけでなく、白虎が裏でどのような工作を行っていたかを知らないという点だ。

 

 二年という長くも短い期間で、疲弊し切った一国の軍部の再建と強化が行えるか?――――答えは不可能である。

 余力があり、金銭面で優れた国家であれば、金にものを言わせて出来たのかも知れないが、物資を他国からの輸入で賄い、各地に大きな戦争の傷跡がある事から、復興にも力を注がねばならない日本国にはそんな余裕はなかった。

 なら何故復興で来たのか?

 水鳥が悠々と湖の上を漂っているようで、水面の下では全力で足をバタつかせているのと同じで、一般民衆に悟られぬように裏で色々と動いていたからに他ならない。

 反ブリタニア勢力支援団体からの資金援助に、反ブリタニア勢力に対する技術供与からの代金。他にも多くの事をほぼ一人で行っていた。

 だから藤堂は、この場に居る片瀬を含めて好きにはなれない。

 

 「これであればブリタニアに勝てるのでは?」

 

 誰かが漏らした一言に苛立つ。

 何故こうも状況を理解しない者らが多いのかと、顔には出さずに考え込む。

 それもまた、白虎の為と言えばそれで片付いてしまうのが怖いところだ。

 ブリタニア侵攻作戦で苦渋を嘗めた日本軍ではあるが、将官達のほとんどがその苦情を耳にした程度の認識しかない。というのも、白虎が元々日本上層部に見切りを付けて、戦場に赴かせなかったというのがある。当時は、何故自分や卜部や仙波などばかり、前線のほとんどに向かわせられるのだろうと思っていたが、今となっては良く分かる。戦線を任せられる人物がいないのだ。

 おまけに奇跡のような快進撃で、大国ブリタニアを相手に和平に持ち込めたことで、軍上層部―――特に陸軍には楽観論者が蔓延しつつある。

 逆に海軍は上層部が戦死したり、戦争を肌で経験した若者が上の穴埋めで出世したりしているので、陸軍よりも現実を見れている。しかも白虎の実力を間近で体験した者が多いので、白虎を崇拝するような者まで居るとか居ないとか…。

 

 「現在ブリタニアと条約を結んでいる我が国としては、その発言は問題かと」

 

 怒鳴り散らしたい気持ちを押し込め、上官である彼らが不快に思わない程度に注意を促す。

 片瀬を始めとした将官達は、にこやかな笑みを浮かべる。

 

 「あぁ、確かにそうだな。だが、そうも言いたくなるだろう」

 「これだけの力を我々は取り戻せたのだからな」

 「もうブリタニアにデカい顔をさせる事もありますまい」

 「まったくだ」

 

 背後で待機している卜部が不快な顔を浮かべ、仙波がそれを抑えるように視線を向ける。

 そんなやり取りを背中で感じ、藤堂は朝比奈や千葉を連れてこなくて正解だったなと自分の判断の正しさを褒めた。

 朝比奈はまだ良いかも知れないが、千葉は確実にこの馬鹿な会話に一括を入れかねない。

 

 「片瀬少将。例の一件はどうなったでしょうか?」

 「うん?……おお!白虎少将の一件か。勿論承諾させて貰ったよ」

 「それは何より。では後程関係書類を回して貰っても宜しいでしょうか?」

 「手配しよう。にしてもなにか急ぐのかね」

 「……火急の用事がありまして」

 「ふむ、この後食事でもと思っていたが仕方ない。また誘うとしよう」

 「えぇ、その時はぜひ。では失礼致します」

 

 心にもない言葉を述べ、敬礼を行って退席する。

 部屋を出ても不快感を漏らすことなく、さっさと離れようと足を多少急がせる。

 

 「火急の用事なんてありましたか?」

 

 一緒に退席した卜部がにやつきながら問いかけるが、表情や声色から解りきっている事が伺える。

 同様に苦笑している仙波も理解していると見て良いだろう。

 

 「嘘も方便だ」

 

 正直あの場に居ても、時間を無駄に浪費するとしか思えない。

 確かに日本軍は力を取り戻した。だが、白虎の計画の一端を知る身としては、これだけでは足りない。

 彼らは自国の自在戦闘装甲騎“無頼”の列を見て喜んでいたが、外見が多少違うだけでグラスゴーと同等の性能しかない。

 アレでは駄目なのだ。

 なんでも数年もしない内に、グラスゴー以上に優れた“サザーランド”なる自在戦闘装甲騎をブリタニアが開発すると白虎少将から聞いている。一応打開策として、軍部ではその改良機となる“無頼改”が作られているのだが「ふぅん、無頼改ね。安定して研究が行えるために早く出来たな。重畳だな………ブリタニアへの良い目暗まし(・・・・・・)になってくれるだろう」と告げて来たのだ。

 一から十を聞かなくても理解した。白虎はブリタニア側の協力者、もしくは諜報員が日本に潜り込んでいると考えているのだろう。そして無頼改など目も入らない程の何かを隠している。

 私がブリタニアの将であるなら、新型機がパレードで明かされ、それがグラスゴーと同程度の物だと知ったら、他に何かがあると思って探りを入れる。結果目に留まるのは、未だ公表されてない無頼改になる。となれば『日本は新型機である無頼改の量産に目途がついたから無頼を公表したのか』と判断しかねない。

 これは同様の手口を海軍にも頼み込んだ事から明らかだろう。

 今回のパレードは、陸軍だけでなく空軍も海軍も参加している。

 海軍では新型の戦艦“金剛”がお披露目になっているが、その裏で“大和計画”というのが動いている。詳細は知らされてないが、秘匿呼称“八八”の一環らしい。

 何をする気か知れないが、その秘匿呼称を口にした白虎が酷く頭を痛めていたようで、問題が山積みなのだろう。

 

 「………まだ二十歳になったばかりの若者にすべてを託すとは、俺も変わりないか…」

 

 ぼそっと心情を漏らし、頼り切っている自分が情けなく感じる。

 そんな思いを持ちつつ、白虎に例の件(・・・)が陸軍上層部が同意したという報告を早めにしておこうと足を進める。

 犠牲者……参加者は地獄を見ることになるが、得る物も大きい事を祈りつつ、白虎の下へ急ぐ藤堂であった。

 

 

 

 

 

 日本で行われた軍事パレードの情報は、すぐさまブリタニアへと届けられ、オデュッセウスを始めとした皇族たちが会議の場に集められることになった。 

 皇帝は相も変わらず不参加で、会議の議長は皇帝代理も務めるオデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 参加している皇族は、ギネヴィア・ド・ブリタニアにコーネリア・リ・ブリタニア、そしてシュナイゼル・エル・ブリタニアの合計四人。そこに、皇帝に会議の内容を伝える、帝国最強の騎士であるビスマルク・ヴァルトシュタインが加わっている。

 会議と言っても堅苦しいものではなく、応接室のような部屋でソファに座り、くつろぎながら談笑のように行われている。

 

 「さて、日本でパレードが行われているって言っても、私達が会議をするほどなのかい?」

 

 この会議自体に疑問を持ち、首を傾げているオデュッセウスに対して、シュナイゼルは認識の足りなさを認識する。

 元々戦に向かない人柄だからこそ、こういった事に疎いのだ。そもそも和平が成ったのを心の底から信じている時点で察してはいたが、その考えを正すためにも言っておくのが正解だろう。

 

 「兄上。日本とは確かに和平を結びましたが、それは疲弊していた政府が安定を求めて取ったもので、心の底では和平を望んでいる者は少なかったでしょう」

 「え、そうなのかい?」

 「わたくしの方でも調べましたが、日本の反ブリタニアの考えが強く、行動に出さないだけで今にでも攻めるべきと騒いでいる者らは居ます」

 

 シュナイゼルに続いてギネヴィアも正しく教える。

 どこか悲しそうに納得したようだが、理解したようには思えない。

 

 「問題は日本がどの程度の力を得たかですね。その辺りは知っていて?」

 「一応情報は持っていますよ。陸軍では無頼と言うナイトメアフレームを。海軍では新型戦艦金剛の発表しております」

 「性能は?」

 「調べた内容によれば、無頼はグラスゴーと同程度。戦艦の方はブリタニアの戦艦以上と言ったところですね」

 

 日本に潜らせている諜報部が、犠牲を払いつつ入手した情報を書き連ねた書類を、人数分取り出して渡す。

 コーネリアとギネヴィアは理解してはすらすらとページを捲っているが、オデュッセウスはそこそこ理解しているのかしていないのか表情は重たい。

 

 「失った海軍は補強どころか強化。陸軍はナイトメアを手に入れ、空軍も力を増してきている。経った二年で良くここまで立て直したものね」

 「手元に置いて置きたかったですか?」

 「それは無い。逆に敵であった方がわたくしは嬉しいわ」

 

 どんな時でも冷静で冷たい印象を受ける瞳に怒りを表す火が灯る。

 あぁ、またかと思いながら反応を待つ。

 

 「これは明らかな戦争の準備でしょう」

 「待ちなよギネヴィア。早々決めつけるものではないよ」

 「攻めて来られてからでは遅いのです。早めに打てる手は打っておくべきです」

 

 ギネヴィアの意見はもっともだ。

 シュナイゼルとしても、白虎を放置していく危険性は理解している。理解しているが出来る事なら敵に回したくない、回せない国の事情がある。と、いうのも父上によって広げられた戦線が影響をもたらしている。

 ユーロピアにロシアとの二つの戦線を抱えているブリタニア。それがあの日本を―――白虎を相手にするのは危険としか言いようがない。

 攻めるなら以前以上の軍を動員する必要が出て来るが、白虎ならばそれを狙って反撃をしかねない。

 反撃と言っても日本からの攻撃ではなく、ブリタニアに敵対している国々に発破をかけての大連合での反撃。世界に散らばって反ブリタニア活動している者らの中には、日本を捨てて戦い続ける元日本国兵士の姿がある。彼らは経験と技術で反ブリタニア勢力では高い発言力や地位を持っており、日本が攻められた機に命令を出せば、小国の群れとは言え多くの国が攻勢に出かねない。さらには大戦力を動かして隙を見せたら、中華連邦も参戦しかねないという大きな危険を伴う。

 それらを避けるだけの手筈はまだ整えていない。ここは是が非でも戦争だけは回避するべきだ。

 

 「姉上。現在ユーロピアのみならずロシアとも戦線を持っている我が国は、これ以上戦線を抱えるのは難しいと断言するほかないでしょう」

 「………そうね。日本との戦線を持てば、すべての戦線が勢いを増す。最悪の事態はブリタニアそのものを危険に晒す可能性があるわね」

 

 すぐに理解して多少高まった熱を放出するように息を吐き出し、いつものような冷たい視線がシュナイゼルに向けられる。

 時折白虎の事になると、ギネヴィアは気が荒立つことがある。

 理由は皇帝陛下より出された婚約の話をあっさりと破棄した事に他ならない。

 別段白虎と縁を持ちたかった訳ではない。寧ろ言葉にしていなかったが嫌だったと思うが、相手から婚約破棄を言い渡されたという事が、ギネヴィアのプライドを傷つけたのだ。

 だから白虎の話になると気が立って、先のように一瞬ではあるが熱くなる。

 

 「それで貴方としてはどういう策を考えているの?」

 「策と言う策ではありません。日本とは戦わなければ良い…それだけです」

 「おいおい、シュナイゼル。日本はブリタニアにとって危険なのだろう?戦わないという事は時間を与えることになる。そこのところは大丈夫なのかい?」

 「危険なのは白虎のみでそれ以外はそれほどでもありません」

 「そう…なのかい」

 

 不安げにシュナイゼルの言葉を飲み込み、何とか安堵するオデュッセウスに、コーネリアは何処か空虚に感じた。

 決して無能でないが、争いごとに関してはまったくの門外漢。その上、白虎と戦ったものでしか奴の脅威は計り知れない。

 ゆえにこの場でオデュッセウスは勿論、ギネヴィアも混ざっていること自体が無駄のように感じてしまう。

 

 「兄上。今回の件は私に任せて頂けないでしょうか」

 「そうかい?なら安心できるというものだよ」

 

 本気で安堵から胸を撫でおろす。

 声色にも安堵の色が色濃く出ていた。

 

 相手が白虎だけに、人任せにすることに若干不服そうなギネヴィアであるが、異論を唱える事無くこの話し合いは終了した。

 退席しようと立ち上がろうとした時、シュナイゼルとコーネリアの視線がぶつかる。

 目が合った際に何かを含んだ視線に気付いて、コーネリアはシュナイゼルの後を追うように退席する。

 

 「どう思う?」

 

 部屋から退出したシュナイゼルは、同じく部屋を出たコーネリアに問いかけた。

 この問いを部屋から出てから行ったのは、聞かれたくないというよりは、白虎を知る者同士で話したかったからだろう。

 そういう意味では、コーネリアはシュナイゼル以上に白虎を知っている。

 文字通り肌身で感じ、骨身まで奴の脅威を味あわされたのだから。

 

 「白虎の事ですから絶対何か隠してますね」

 「攻めるべきだと?」

 「いえ、奴に対して何も知らずに攻めるほどの愚行は存在しないでしょう」

 

 シュナイゼルはコーネリアの言葉に噛み締めるように頷く。

 そして薄っすらと笑みを浮かべた。

 

 「そうだね。ならば彼の手の内を彼自身に晒させるとしよう」

 

 さらりと放たれた言葉に反応を示す。

 あの白虎に対して簡単そうに操れるとシュナイゼルは言ったのだ。

 それほどの策を持っているのかと自身の兄を称えると同時に、自身が手古摺った相手を容易に操れると言われて妙な苛立ちを覚える。

 

 「容易に出来るとは思えませんが」

 「確かに彼は私の意図に気付くかもしれない。いや、気付くと仮定したところで、そうせざるを得ない状況に追い込めば良いのだから」

 

 いつも通りの笑みの筈だ。

 その筈なのにコーネリアの目にはどこか冷たく、ひと目で背筋がゾッとする狂気を孕んだ笑みに見えた。

 まるでそれを狂おしい程待ち遠しく、早く試したくて仕方がないと言わんばかりに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心が浮ついている。

 こうも浮足立つとは思いもしなかった。

 事の発端は、教官より伝えられた新たな大隊の設立の話にある。

 なんでも軍部は先日のパレードで軍事力が回復したと判断し、今度は兵士育成に力を入れるとの事。

 それだけでは別に沸き立つこともなかったのだけど、その大隊の所属と発案者が発案者だけに大事となっている。

 

 発案者は名家枢木家の当主で、神聖ブリタニア帝国の侵攻作戦で大きな武功を幾つも立てた日本の英雄、枢木 白虎少将。

 家柄、容姿、経歴全て完璧と言って良いほどの人物で、女性陣からの人気は凄まじいものがあった。まるでアイドルのような扱いなのだけど、その勢いに対して付いて行けなかったが…それは置いといて、英雄直属の大隊と聞いては心躍るというもの。

 部隊の入隊条件は、軍学校で訓練を受けている者で教官からの推薦を受け、その上で自主的に参加を希望する者(・・・・・・・・・・・・)とされている。

 最後の一文は分からないけれど、教官の推薦辺りの理由は理解できた。

 英雄の部隊となれば、会いたいだけで参加しようとする者も多くいるだろう。教官が推薦するというのは、それらの抑止を兼ねていると思われる。さらにコネや金を積まれて推薦したとしても、すでに推薦で絞り込みをしているからには、そういう行為で送って来た教官には何かしら罰が与えられるのは想像に易いだろう。

 これでは不当な手段で参加はさせられない。

 さすが英雄と謳われるだけあってよく考えられている。

 

 いきなり教官に呼び出された時は何事かと身構えたが、まさかその推薦を貰えるとは想いもしなかった。

 この話を聞いたら母さんも父さんもどう思うだろうか?

 いやいや、まだ大隊入隊前の訓練を受けれるってだけで所属が決まった訳ではない。それにどういう部隊に所属するかなど、家族であっても教えてはいけないだろう。

 やはり柄になく少し浮かれてしまっている。

 頬を少しきつめに叩いて気持ちを入れ替える。

 

 教官の執務室から宿舎に戻る途中、掲示板に例の大隊の説明が書かれたポスターが張り出されていた。

 選ばれるのは訓練兵の中でも教官推薦の者のみで構成されるのであれば、実戦経験を積んだ部隊を除いては精鋭部隊と言う事になる。開戦時はただの学生だった自分が精鋭部隊に所属すると想い描いただけで頬が緩み、勝手な期待が膨らんでいく。

 

 ただ一点、気になるところがある。

 このポスターの謳い文句だ。

 長々と難しい言い回しで書かれているが、要約すると『厳しく困難で危険な任務が待ち受ける大隊に入る者には、名誉と称賛が贈られるだろう』となるのだけれども、文章の三分の―――いや、四分の三ほどが脅し文句で綴られている。しかも残る四分の一には贈られるだろうと曖昧なものしか書かれていない。

 これでは集まる者も集まらないのではと疑問覚える。

 いや、逆に愛国心溢れる人なんかは逆に参加するのかな?そういった意図なのだろうか?

 

 疑問に浮かんだ解答と新たに生まれた疑問がぐるぐると回るが、今はどうでも良いかと膨らんでいく期待に想いを寄せて、井上 直美訓練兵はスキップしそうな心持で宿舎に戻るのであった…。

 その想い描いていた理想が打ち砕かれ、想像していたものを三倍以上した地獄の訓練が待ち受けているとも知らずに…。



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第20話 「英雄の大隊」

 枢木 白虎は山奥にある訓練場にて、双眼鏡を片手に笑みを零す。

 先に広がるのは木々が生え広がる森林地帯で、総数二千人強での大規模な模擬戦が繰り広げられている。

 怪我人が出ないように防具をちゃんと装備させ、銃弾はペイント弾、近接格闘戦無しと指示を出しているし問題は無いだろう。

 隣で同じように眺めている扇 要中尉は、不安で仕方がないのか青くなっている。

 

 「第二十七と第十四訓練小隊壊滅。これで背後が手薄になった第十七訓練小隊も、挟撃にて詰んだな。いやはや結構結構」

 「大丈夫なんでしょうか…」

 「物は考えようだって。彼らは実戦を味わう前に、どれだけ自分達が未熟で役立たずなのかを理解できたんだ。これが実戦なら、授業料に命が含まれているところだよ」

 「確かにそれはそうですが…」

 

 今行われている演習は、今後俺が鍛え上げる新兵諸君達と、先輩達との実力の差を分からせる為のものだ。

 期待と現実が混同している新兵諸君の鼻をへし折るのは辛い仕事であるが、これも無駄死にを減らすためと思えば、心を鬼にしてでもしなければならない。

 と、言ってもこの程度、レクリエーションでしかないんだけどな。

 訓練生二千人対精鋭一個中隊の実戦に近い模擬戦。

 数的有利と未だ戦いを知らない彼ら・彼女らは、慢心と油断で勝てる戦いと思い込んでいるだろう。

 けど相手は俺と共に戦場を駆け抜けた、紅月 ナオト大尉が指揮する御所警備隊。

 数が多かろうと彼らは良くも悪くも型通りのことしか出来ず、実戦経験豊富なナオト達では勝負になっていない。

 

 「さすがナオト君だね。訓練生の指揮所を陥落。まぁ、元々指揮系統あっても、連携なんて無いような感じだったけどね」

 「本当に一個中隊で二個大隊を相手できるとは…」

 「馬鹿抜かせ。三個でも足んねぇよ」

 

 視界の先では、勢い任せで突っ込んだ玉城 真一郎軍曹が、一個小隊を一人で壊滅させていた。

 木々を盾にするように駆け抜け、容赦なく訓練生をペイント塗れにしてゆく。

 正直動きも弾も無駄が多いが、それでも咄嗟に対応できず、焦って仁王立ちで反撃する彼らでは相手になっていない。

 玉城でアレなのだから、一人で訓練生一個中隊と考えてもおつりがくる計算だ。

 勝負にすらなっていない。

 当然ながら疲労による困憊も考えられるが、そこはナオトがよく考えて指示を出している。

 

 「に、しても基礎からかぁ…」

 「それは白虎少将と同意見ですね。アレではついて来れない」

 

 訓練生は軍の学校で訓練を受けてきた者達ではあるが、まだ足りなさすぎる。

 上からの承認も得ているし、本人からの許諾も受けている。

 なら遠慮することなく自由にさせて貰いますか。

 

 白虎の漏らした邪悪さを含んだ笑みを見て、扇は我が身に降りかからない事を幸運に思いながら、訓練生諸君に心の中で合掌するのであった…。

 

 

 

 訓練生の一人、井上 直美は自分がどれだけ甘い考えを持っていたのかをしっかりと理解し、零れ落ちる汗を袖で拭い、限界を超えているであろう両足に無理にでも動かす。

 希望と期待を胸いっぱいに詰め込んでいた三日前の自分を一発殴りたい気持ちを抱き、この三日間を思い返す。

 

 初日の挨拶と、教官を務める部隊との親睦を深める為のレクリエーションと聞いていたのに、到着したのは山奥の訓練所。

 渡されたのは防弾チョッキやゴーグルなどの防具に、ペイント弾が詰まったマガジンと銃。

 レクリエーションとは名ばかりの模擬戦が執り行われたのだ。

 しかも相手はブリタニアとの戦争を生き抜いた精鋭中の精鋭部隊で、今は名家である皇家の御所を守護する“御所警備隊”に所属する、紅月 ナオト大尉の部隊だ。

 数的有利もある事から多少不安は安らいでいたのだが、いざ始まると数の差なんてあってないが如く瓦解した。

 最前線は数で押しきれずに逆に押し返され、何とか手を打とうと模索する間もなく後方の指揮所が落とされ、全部隊が孤立してしまった。気が付けば突っ込んできた一人によって私が入った小隊は全滅していた。

 これが英雄と共に戦場を渡った精鋭たちの実力かと、力の差を目の当たりにされて現実の厳しさを体感すると同時に、あの人達が日本を護ったんだという実感と憧れを抱いた。

 

 その日は昼の模擬戦を終えればゆっくり身体を休めろという話だったのだが、深夜一時に警報のサイレンが鳴り響いたかと思えば急な集合命令。

 何事かと思えば訓練を開始するとの一言が…。

 うそでしょ!?と言葉が漏れそうなのを必死に堪えて続きを待つと、「各学校で優秀な成績を収めている諸君らにとっては、昼間の模擬戦などつまらぬお遊びだったとさぞがっかりした事だろう。そこで私は優秀なる諸君らが楽しんで頂けるように、夜の散歩を用意したという訳さ」と歪んだ笑みを浮かべながら言ったのだ。

 用意された夜の散歩とは、山道や森林地帯を通っての長距離行軍。

 道のりは長く、時間は少ない。

 妨害者として御所警備隊が索敵に出るという…。

 救いとしては今すぐ止めたい。または途中で棄権する者は、地図に記載された小屋に辿り着けば元の学校に戻れるという事ぐらいか。

 

 私は直感から棄権することはしなかった。

 だってレクリエーションやら散歩など言って、皮肉交じりにこのような訓練を笑いながら押し付けて来るお人が、「はい、そうですか」と止めさせてくれる筈がない。

 寧ろ何かされるのではという恐怖が脳裏に過った。

 

 索敵しているであろう御所警備隊に気を付けながら、足場が整地されてない山道や林道を通り抜け、睡眠時間も極力少なくして、時間ギリギリに目的地である山頂に到着した我々を待っていたのは、暖かな食事でも休息でもなく、対尋問訓練という名の地獄であった…。

 男性陣はパンツ一枚という格好で縛られ、女性陣と枢木少将は尋問する側として訓練を行った。

 気温の寒い山頂で、裸に近い形で言葉と鞭で攻め立てられる男性陣には悪いが、今日ほど自身が女性で良かったと思った日は無い。なにせ私達は見も知らぬ相手に罵倒を浴びせ、叩くという良心を痛めるだけで済んだのだから。

 

 厳しい長距離行軍もあと少し。

 女性として汗塗れになった身体を温かいお湯と石鹸で綺麗にしたいという想いもあるが、それ以上に腹いっぱいに食べれることと、とりあえず寝れることだけを夢見つつ足を動かすのだった。

 

 

 

 人間とは不思議なものだと南 佳高は思う。

 どれだけ過酷であろうとも、肉体が悲鳴を挙げようとも、ソレを何度か繰り返すだけで柔軟に慣れるもの。

 それがここ数か月で骨身に染みた事柄だ。

 あの肉体と精神の限界まで締め上げられた長距離行軍を終えた訓練生に待っていたのは、それはキツイ訓練の数々だった。

 

 まず基礎がなってないとの事で行われたのが“超回復”を使った肉体強化だ。

 超回復とは、筋肉の繊維をズタボロになるまで酷使すると、千切れた繊維を肉体が補修するのだが、回復すると元以上に筋肉量が増える事の事だ。

 これには、酷使した後は最低でも二十四時間身体を休める必要があるとの事で、一日目の二十四時間は鍛錬に使い、二日目は休息と座学で身体を休める。

 その繰り返しを一か月行い、筋肉量の増加とスタミナ面を強化された俺達は、次は野山を走らされた。

 なんでもファルトレクという鍛錬法で、起伏の多い場所を走って意図せずに持久力や足の筋肉強化、走力のアップを計るものらしい。

 理屈は理解したが、それを二グループずつに分けて追いかけっこさせ、追い付かれた方or追い付けなかった方は鍛錬二倍は勘弁して欲しかった…。

 合計二か月間肉体を鍛え上げ、枢木少将の言う基礎を作り上げると、今度は実戦的な訓練へと移行した。

 武器一つない状態でのスニーキングミッション。

 ナイトメアフレームとの戦闘を想定した対ナイトメア戦闘。

 水中という動き辛い地点を、定められた時間内に到着する水中行軍。

 ただひたすらにいつ来るか分からない敵に対しての待ち伏せ。

 そして予告なしで各宿舎へ仕掛けられる夜襲への対応。

 他にも様々な実戦を仮定した激しい訓練に身を投じたのだが、初めの内は苦しいと思えた訓練も、次第と疲れたという簡易な感想で留まる程度となっている。

 鍛え上げられた事で問題なく熟せるようになったというのもあるが、正直慣れたというのが大きいだろう。

 しかし油断はできない。

 そんな時だからこそあの悪魔―――コホン、枢木少将の事だ。絶対良からぬ訓練を用意しているに違いない。

 変な希望は後で絶望感を生み出す元になりかねない。

 気を引き締めなければ。

 

 ところで対尋問訓練の時、どうして枢木少将は俺の事をロリコンだと断言したのだろうか。

 それだけが不思議でならない。

 

 

 

 物音がする。

 本当に小さな音だ。

 普通に寝ている人間なら絶対に気付かない程度。

 しかし音は耳に入り、俺、吉田 透を含んだ同室の面子は瞬時に脳を覚醒させて、近くに置いていた銃と食糧を持って飛び起きる。

 暗闇で前が見えないなど言い訳にならない。

 身体に叩き込んだ構造を頼りに、寝室から外への脱出経路へと向かう。

 

 「おいおい、待てって!俺だよ俺!!」

 

 聞き覚えのある声に足を止め、全員が声の主へとゆっくりと近づいて行く。

 そこに居たのは玉城軍曹であった。

 視認した全員が安堵の吐息を漏らし、彼の来訪を心より感謝した。

 

 ここでの生活は厳しく娯楽がない。

 多少認められてはいるが、鬱憤を晴らすほどのことは出来ない。出来ても夜襲を気にしておちおち酒も飲めやしない。だが、彼の来訪だけはその日常が覆る。

 

 玉城軍曹が手にしているのは、酒瓶一本につまみ類が見受けられ、全員が頬を緩めた。

 訓練内容や夜襲する日時を知りえる彼は、こうやって狙われない班にやって来ては、ちょっとした宴会を開くのだ。

 順番など無く、ただ騒ぎたいという名目であろうが、訓練生にとっては唯一の楽しみである。

 

 「へへへ、飲もうぜお前ら」

 

 確かに御所警備隊の紅月 ナオト隊長や副隊長の扇 要中尉は、厳しい訓練によるストレスや身体の異常を含めて俺達を心配して、相談に乗って下さっているので大変ありがたい。

 特に女性陣にとって、ナオト大尉はもはやアイドル的扱いになっている。

 隊長として周りに気を配れるようになった事と、すらっとしたルックス、整った顔立ちなどから、現実の枢木 白虎少将を知って幻滅した女性陣の興味が移ったのだ。

 扇中尉は良い人なのだがどうも頼りないし、基本的に流されやすいのか、これと言ってストレス発散の場を設けた試しも無し。

 そこで男性陣にとって、こうやって軍規に違反しようともストレス発散の場を設けてくれる玉城軍曹の存在が大変ありがたいのだ。

 渡されたコップになみなみと注がれた酒をちびりと飲み込む。

 焼けるような酒の感覚が喉を通り、臓物に染みわたって行く。

 用意されたつまみを摘まみながら、玉城軍曹の武勇伝に相槌を打つ。

 基本的自分が話したいだけの話だが、日本各地を飛び回った事もあって話のレパートリーは豊富だ。

 あっと驚く戦いや、手に汗握る展開をスラスラと語る。

 耳にするたびに、枢木少将の策やそれを実行するナオト大尉達の技量に驚かされる。

 それと圧倒的な信頼を寄せている事がヒシヒシと伝わり、彼らの関係が羨ましいと心の底から思える。

 いつかは自分達もと熱が籠る。

 

 宴会は酒が切れるまで続き、暗闇の中を帰っていく玉城軍曹を見送ると、気分をリフレッシュした吉田は明日の訓練に備えてベットに横になるのだった。

 

 

 

 なんだろうかこの感情は。

 早く帰りたい、離れたいと思っていた訓練場であったが、いざ帰るとなると、どうにも寂しさに似た感覚に囚われる。

 半年間の訓練を終え、帰る為のバスに乗り込んだ杉山 賢人は窓よりぼんやりと眺める。

 正直ここまで残れるとは、訓練を開始した当時は思いもしなかった。

 いきなりの長距離行軍に肉体の強化。あらゆる状況にも対応できるようにと行われた訓練の数々。

 まさに血反吐を吐きそうになった過酷な内容だった。

 

 だからか、今や一緒に耐え抜いた仲間には、家族よりも強い絆を感じている。

 隣の席で安心しきった表情で眠っている井上や、後ろの席で今にも眠りそうな吉田に南。

 側にいるだけで妙な安心感を覚える。

 最初は二千人以上居た訓練生も千人に減った。

 今いる仲間はそのまま枢木少将の大隊配属―――つまり英雄の指揮する大隊に配属することになる。

 訓練時は悪魔のようにしか見えなかった枢木少将が指揮を執り、あの訓練を耐え抜いた仲間が戦友として戦場を駆け抜ける。

 これ以上に頼もしい部隊は無いだろう。

 

 未来に希望を抱きつつ、杉山も井上達に釣られて眠気のままに瞼を下ろした。

 それからあまり時間は経っていないが、眠りについていた意識がバスが停車するにつれて覚醒する。

 到着したかと、この半年間で一番心穏やかな眠りから脱した杉山は、窓から見える光景に首を傾げた。

 どう見ても向かっていた先は半年前に集まった集合場所でなく、何処かの訓練場らしき場所。

 不安を覚えながらアナウンス通りにバスより降り立つと、真新しい制服に袖を通した一個大隊の軍人が並んでいる。

 

 現状を理解できずに呆然としたが、すぐさま隊列を組んでこれから指揮車両より降りる枢木少将を待つ。

 整列した自分達に、枢木少将はにこやかな笑みを向ける。

 とてつもなく嫌な予感がするのは自分だけではないだろう。

 御所警備隊の面々と共に、向かい合う形で並んだ枢木少将の言葉に耳を傾ける。

 

 「さて、この半年間を耐えに耐え抜いた優秀なる訓練生諸君。今日を持って諸君らは訓練生ではなく、私の指揮する大隊―――白虎(ビャッコ)大隊に配属する訳だが、未だ自分達がどれだけの力を得たのか実感が少ないと思う」

 

 確かにその通りだ。

 仲間内で「良い動きが出来たな」とか「身体つきが変わったな」などという確認は出来ても、自分がどれだけ強くなったかは意外と分からないものだ。

 特に同じ訓練を受けた者通しでしか触れ合えなかった俺達ではなおさらだ。

 試しにと取っ組み合いをしたところで、相手も鍛えられて強くなっているからあまり比較にならない。

 寧ろ変わってないのではと思うほどだ。

 

 「なので最終確認も兼ねて、軍学校を卒業した新兵諸君との模擬戦を用意した。諸君らは今までの訓練で得た物を活かして、自分達の力を十二分に確かめてくれたまえ」

 

 ゆえにこういう場を用意して自分達に認識させる辺り、枢木少将はよく分かっているのだろう。 

 相手は新兵だからと油断せずに、御所警備隊の先輩方を相手にする気持ちで挑むべきか。

 緩みかけていた気持ちを引き締め始めた杉山達に、白虎は続けて一言放った。

 

「あ、言い忘れたが、新兵に後れをとった者、手を抜いた者に対しては、遺憾ながら再訓練を用意しているので精々励むように」

 

 最後の一言を耳にした俺はカチリと脳内で何かが(・・・)入った音がした。

 その後、俺の記憶が曖昧になったのだが、とりあえず再訓練を受ける羽目にならなくて済んでよかったとだけ言っておこう。

 

 

 

 目の前の戦果―――否、惨劇に大変ご満悦な枢木 白虎に対して、同様に観戦していた将校たちは驚きで目を見開くのではなく、憐れみで目を背けたい気持ちでいっぱいだった。

 彼らは日本の英雄と謳われる白虎の鍛え上げた大隊に興味があり、今日の模擬戦の観戦を申し込んだ者達だが、予想を遥かに超えた実績に震えていた。

 白虎達が鍛え上げた訓練生大隊に対して用意したのは、軍学校を卒業したての新兵一個大隊。

 兵数は同数でも、この半年間鍛え上げられた事で多少有利に戦況を運べる程度にしか考えていなかった将校達と、それなりに善戦できると思い込んでいた新兵諸君の想いは一瞬で瓦解した。

 

 目は血走り、実戦さながらの殺気を纏い、戦場を縦横無尽に駆け抜ける彼らは、もはや悪鬼羅刹にしか映らない。

 獲物を見つけてはそれを如何に効率的に狩るかを模索し、集団が一個の個体のように動き回る。

 新兵どころか下手な現役軍人でも止められるかどうか怪しい一方的な戦い。

 

 そんな現状を目の当たりにした将校と体験している新兵に、扇は苦笑いを浮かべる。

 

 「どうですかな私の大隊は?」

 「す、素晴らしいですな。さすがは英雄殿」

 「こ、これほどの精鋭を半年で鍛え上げられるとは」

 「声が震えておりますなぁ。自国の優秀な若者の成長に歓喜されておられるようで何よりです」

 

 絶対分かって言っているなと扇は内心呆れる。

 将校達の震えは、半年前までただの優秀な訓練生だった者らが半年間で纏った狂気。そしてあの狂戦士達を生み出すために何をしたのか。さらにはそんな大隊を作り出して、こいつは何を仕出かす気なのだという恐怖からなっている。

 それらを理解して嗤いながら同意を強要している。

 英雄というより悪魔の類だと訓練生諸君は想っているに違いない。

 

 そんな扇の考えを他所に、将校たちの引き攣った笑みと喜ばしいと絶賛する拍手を愛想笑いで白虎は受け取る。

 受け取るだけ受け取って、どうでも良い賞賛など速攻で脳内のゴミ箱で処理する。

 なんたって今の彼にはようやく手駒が揃いつつあることしか頭にないのだから。

 

 約束された最新鋭のナイトメアフレームの紅蓮弐式とランスロットに、性能を十分に活かし切れる技量を持つスザクにカレン。

 藤堂 鏡志郎に四聖剣、それにジェレミア・ゴットバルトという優秀なパイロット陣。

 高い指揮能力を誇るルルーシュに世界屈指の技術者達。

 そしてようやく手に入った優秀な兵士諸君。

 後は時さえ待てば全てが揃うのみ。

 

 高笑いしそうな気持を抑えていた白虎の下に、一人の兵士が駆け寄る。

 

 「枢木少将!澤崎首相より緊急電です」

 「んぁ?緊急ってこんな時期になんかあったか?」

 

 急に現れた兵士より通信機を渡され、首を捻りながら内容を聞いた白虎は、みるみる険しいものに変わって行った。

 

 「扇!すぐにナオト達と大隊各員を集めろ!」

 「了解です」

 

 慌てて無線機を手にして訓練中止を言い渡す扇を残して、白虎はその場から離れる。

 アニメや漫画の知識を持っているからと言って、異物が混入して内容を掻き回したこの世界がすべてそれに沿う筈がない。

 少し考えれば分かる事なのに、それに気付けなかった己に腹が立つ。

 

 “中華連邦軍が九州に侵攻して来た”

 

 突然の事柄に疑念を抱きつつも、何故という疑問を解消するだけの確証も無い答えを弾き出して、余計に苛立つ。

 

 「あの金髪…いつか絶対殴り飛ばしてやる」

 

 未来への決め事を一つ増やし、白虎は御所警備隊と訓練生大隊を引き連れ、広島へと一時向かうのであった。



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第21話 「九州事変」

 すみません。
 投稿日忘れてました。
 遅れましたけど投稿します。


 皇歴2013年二月二十日。

 日本国と協定を結んでいた中華連邦の一部が反ブリタニア活動を掲げて、日本国九州の福岡基地を占拠した。

 軍を指揮している中華連邦遼東軍管区の曹将軍は、この行動でブリタニアへの反抗の意志を失いつつある日本をもう一度奮い立てるためと公式に発し、福岡基地に中華連邦製ナイトメアフレーム“鋼髏”を配置し籠城している。

 福岡基地は沿岸部に位置する要塞で、その目的は西側よりの侵攻を阻止する為に作られ、外壁には対艦用の砲門が取り付けられ、対空装備も充実させている。

 護るに易く、攻めるは難しい鉄壁の要塞であるが、抵抗らしい抵抗すら行う事無くあっさりと曹将軍の支配下に収まっている。

 どんな砦でも城でも同じなのだが、拠点と言うのは特殊なものを除けば、大概が外から向かってくる敵に対して機能しており、内部に対してはそこまでの防衛能力を有していない。言うなれば内部より堕とすのが外から攻めるより楽なのだ。攻めるのは楽であってもそこまで手を回すのはとても難しい。

 今回はその内部に協力する一団が居たからこそなった。

 白虎曰く、将校クラスで対ブリタニア思想を色濃くして、理由も無く勝てると信じ切っている楽観主義者共。

 彼らが公に戦う素振りを見せない白虎に業を煮やした一部が跳び付いたのだ。

 そうして日本国内に反ブリタニアを掲げる組織が国家の壁を越えて出来上がった訳だが、日本政府はそれを容認できる筈も無い。

 神聖ブリタニア帝国からは、日本に戦争をする気があるのかの真偽を問われ、まだ戦う気の無い澤崎首相らは自国の無実を証明せねばならなくなったのだ。

 

 「かくして役職だけの大人たちは、無垢なる若者に責任を投げつけるのであったとさ」

 「あら?何方が無垢なる(・・・・)若者ですの?」

 

 円形状の机を中央に配置した一室を、僅か二人の人物が占領していた。

 上座にて背凭れに凭れきり、眉を潜めつつも笑みを浮かべる枢木 白虎少将。

 そして白虎が座っている椅子の肘掛に腰かけている皇 神楽耶。

 枢木家と皇家の名家同士の会談の場―――ではなく、ここは…こここそが中華連邦対策本部。

 邪魔者を排し、案を出さないだけの傍観者も取り除き、優秀な味方はすでに臨戦態勢で待機している。

 結果、二人だけの対策本部になったのだ。

 

 先の神楽耶の問いに苦笑いを浮かべる。

 否定はしない。

 言う事があるとすれば…。

 

 「半年間見ぬ間に言うようになったな」

 「そうですわ。半年間もほったらかしにされたのですから」

 「悪かったって神楽耶」

 

 頬を膨らませて抗議の視線を向ける神楽耶を引き寄せて、背中は足を組んで支え、後頭部には自身の右腕枕代わりにして仰向けに転がす。

 ニヤリと似たような笑みを浮かべ笑い合う。

 

 「埋め合わせはさせて貰うさ」

 「言質は取りましたよ」

 「信用はされていたと思っていたが?」

 「意地の悪い。勿論してますわ。ですが保険と言うのは必要でなくて」

 「まさにその通りだな」

 

 クククと嗤うとスッと真面目な表情を取り繕う。

 このまま何気ない会話を続けていていたいものだが、現状どうにかしないといけない問題を解決しないと後に響く。

 

 「さてさて、本題に移ろうか。どうやってあの目障りなダルマモドキ(鋼髏)を中心にした奴らを駆逐するかだな。

  小型舟艇を用いて接近し、歩兵による潜入工作」

 「否ですわ。

  福岡基地の索敵網に見つかり、壁上の砲台で吹き飛ばされるのが関の山。

  新造戦艦“金剛”での強硬突入」

 「否、パレードで見せたのは外見に借り物の武装を乗せただけの未完成品。完成させるには最低でも一年は掛かるし、大型艦船で近づけば撃ち合いになるのは必至だ。初の大舞台に立つならば晴れ着(専用装備)を着させてやるべきだろう?

  航空機より空挺降下」

 「それも否ですわ。

  対空迎撃システムで配備された対空ミサイルにより接近すら難しいでしょうし、基地を制圧できるだけの人員を揃えるのは現状難しいかと。

  自在戦闘装甲騎“無頼”による大規模攻勢」

 「否だ。

  鋼髏の秀でているのは火力と射程だ。無頼の攻撃範囲に入る前に鴨撃ちにされる」

 

 これは提案ではない。

 お互いに頭に浮かんだ物を言い合って、それらが無意味であることを再確認しているに過ぎない。

 本来ならば中華連邦に抗議するという案も浮かぶ可能性もあったが、それはすでに澤崎が外交官を通じて行っており「日本の基地占拠は曹将軍の独断で、我々大宦官は関与していない」と返答が成された後だ。

 そもそもこの動きはおかしい。

 友好関係を築いている中華連邦が攻めるにしては、メリットが見つからない。もしもサクラダイトを欲しての行為だとしても、対ブリタニアの構図を生み出すことは無い。寧ろデメリットの方が多い。

 白虎が思うに今回の事件の背後にはあのノーフェイス(シュナイゼル)の影が伺える。

 無論奴だと特定出来る証拠は無いし、それらしい痕跡すらない。

 これはただの勘だ。

 欲に塗れた大宦官の誰かを唆して、かませ犬にしてこちらの―――俺の戦術を伺うつもりだろう。

 戦うつもり満々のノーフェイスなど怖くて震えが止まらねぇぜ。ついでに笑いもだが。

 

 「つまりCIWS(ガトリング)群や砲からの弾雨を物ともせず、対空ミサイルと索敵網を掻い潜り、射程と火力を誇る鋼髏を突破して、基地を無事に奪還できる作戦」

 

 確認が終え、神楽耶がまとめた。

 “自由”の名を関する複数機に攻撃が出来るロボットと、それに搭乗していたジノ・ヴァインベルグと同じ声の覚醒後の人物でないと無理じゃね?と言いたくなるような状況に、苦笑いしか出来なくなる。

 

 「不可能極まれりだな」

 「さすがの英雄様もお手上げですか?」

 「条件を縛られ過ぎればな」

 

 ルルーシュだって奇跡を演出することは出来ても、無理な事は無理なのだ。 

 だからと言って嘆くだけなら誰でも出来る。

 俺がするべき事は嘆く事でも不可能を可能にする事でもない。不可能なことを出来るだけ可能な形で解決する事。

 

 「だけどまぁ、問題を解決することは可能だ」

 「悪い顔をしてますわね」

 「二兎を追う者は一兎をも得ず。欲が多くなると身動きが取れ難くなるのさ。だったら片方を捨てれば解決だ」

 「あそこには敵対していると言っても、同じ日本軍人が居りましてよ?」

 

 悪戯っぽく問いかけた質問に何の感情も挟まずに答える。

 

 「だから?」

 「ふふ、そう仰られると思っていましたわ」

 「たかが同民族だからと言って、顔も知らん相手を救おうと願うほど聖人君子に見えたか」

 「いいえ、いつも通りの私の愛しい白虎です」

 「――ッ…恥ずかしがらずによくもまぁ嬉しそうに」

 

 恥ずかしげも無く言い放たれた言葉に不意を撃たれ、照れた白虎は神楽耶を起こして抱き締めながら立ち上がる。

 海を渡って来たかませ犬に、与えられた仕事をさせてやろうと邪悪に嗤う。

 

 

 

 

 

 

 福岡基地を占拠した曹将軍は不敵に笑う。

 今回の日本への侵攻作戦に疑問を覚えない訳ではないが、そんな事を那由他の彼方に追いやるほど、眼前にぶら下げられた餌にしか興味が無くなっていた。

 日本という国は特殊な立ち位置に立っている。

 小国でありながら超大国ブリタニアを三度も退けた事で、反ブリタニア活動を行う国家や組織に希望を与え、ブリタニアとも対等の立ち位置に立っている。敵対しながらも手を取り合い伺い合う。

 馬鹿げている話だ。

 ブリタニアを含んだ世界屈指の三つの大国が一つ“ユーロピア共和国連合”。

 比べるまでも無く総戦力は日本の数十倍に及ぶ連合は、正面からぶつかり合ったところで押され、ブリタニアは対等どころか見下している節が見受けられる。

 そんな中で日本という国は、ブリタニアから見れば我が祖国“中華連邦”同様―――違うな。それ以上に重要視されている。

 でなければ、ブリタニア皇帝が日本の枢木家と第一皇女との婚約話を持ち出さないだろうし、代案を出されたとしても、断られた時点で文句のひとつも言わないのは実におかしなことだ。

 

 私が命じられた命令は、日本軍や一般民衆を焚きつけて対ブリタニア思想を表面化させる事。

 すでに燻ぶっていた軍部の一部には、協力者(・・・)が手を回してこちら側に加わっており、あとはここを占拠しつつ日本軍部を分断し続ければ良い。その間にこちらの工作員が、一般市民を焚きつける手筈になっている。

 軍を裂かれ、市民までもこちらに付けば、日本政府だけではどうしようもないだろう。

 

 今は国を守るために知らんぷりしている中華連邦も、作戦が成功すれば、ブリタニアに対して宣戦布告し決起する手筈になっている。

 たかが島国であるが利用価値は十二分にある。

 日本がブリタニアと戦うとなれば、反ブリタニア勢力は動き、すでにユーロピアや他にも複数の戦線を抱えるブリタニアは、全方位からの攻撃に晒されて崩壊するだろう。

 さすれば世界の主導権を握るのは、纏まりきれずに疲弊しているユーロピア共和国連合か?

 違う!それは我が祖国中華連邦をおいて他ならない。

 十分な戦力に、日本を支配下に置くことで得れる膨大なサクラダイト。

 

 この作戦が成功した暁には、私はこの国の管理を任されている。

 小さいと言えども一国の王に成れるのだ。

 

 未来に対して高揚し、笑みが漏れる。

 しかも自分が行うのは、この基地を護るという事だけ。

 海には絶壁の外壁に複数の砲台。

 空にはCIWSやミサイルによる対空防衛網。

 地上にはこちらに付いた日本兵及び、鋼髏を主軸に据えた中華連邦軍。

 元々この基地は日本防衛の一翼を担う事から、日本軍は出来るだけ無傷での奪還作戦を考えるだろうが、欲から手数は限られ、思い切った行動は取れ辛い。

 もはや負ける要素は無いに等しい。

 

 「将軍!!」

 

 レーダーを見つめていた兵士より声が掛かる。

 さすがに日本も黙ってはいないとは思っていたが、予想よりも早い。

 いや、ブリタニアを退ける大きな要因となったあの枢木 白虎が居るのだから、おかしい事でもないか。

 中華連邦まで、ブリタニアと日本との戦争時の逸話や武勇伝は伝わってきている。が、軍人として戦いを知っている曹は、それらすべてが真実とは信じていない。

 全てが嘘と言う事は無いだろうが、疲弊した日本がでっち上げた英雄の可能性もあるし、名家の出だった事から手柄を持たせる事もあっただろうから、合っていても三割程度だろう。

 

 「なにか?」

 「レーダーに艦影多数!」

 「さすがに動いたか。上陸艇だろうが戦闘艦だろうが予定通りに対処せよ。向こうの攻撃などたかが知れている」

 「そ、それが敵艦隊は、こちらの射程外で停止したまま動きを見せてません」

 「なに?」

 

 海からなら船で接近して特殊部隊による破壊工作といったところか。

 しかしながら、外壁には海より侵入してくるであろう敵に対しての対策も施して、人員を裂いている。万が一にもバレずに侵入することは不可能だ。 

 

 

 『あ、あー…もしもし聞こえますか?こちら日本軍枢木 白虎少将でぇす』

 「…こちらは()中華連邦遼東軍管区の曹将軍である」

 

 どこかふざけた様子の声に、若干苛立ちを覚えながら答える。

 勿論現在は中華連邦軍ではなく、自身の行動であるとする為に元を強調する。

 そして相手から交渉が行われると考え、時間稼ぎでもと相手の条件に食いつきそうな素振りを見せつつ話すかなどと模索し始める――――が…。

 

 『おぉ!これは引率者の方でしたか』

 

 引率者?

 思いもしなかった単語に脳内に疑問符が浮かび上がる。

 

 『いやはや困りますよ。税関も通さず荷物を持ち込み、当国の入国監査を無視したら』

 「貴様何を言っている?」

 『おんやぁ?もしや正規の手段で入られておりましたか。これは失敬。入国目的をお聞きしても?あとビザをお持ちですかぁ?』

 「きさッ、貴様ぁ!何を言っている!!いや、この状況を理解しているのか!?」

 

 完全に馬鹿にしているとしか思えない。

 こんなふざけた奴が噂の“日本の英雄”枢木 白虎なのかと伺いつつ、怒声の返答を待つ。

 

 『もぅ、白虎は意地悪が過ぎる』

 『必要な事柄だろ。日本への団体旅行者に誤射ったら国際問題だ』

 『それは確かに。演習中(・・・)の事故で外国旅行者を吹き飛ばしたなんて聞いたら、澤崎はストレスで禿げるかも知れませんしね』

 『それは手遅れだ。ストレス関係なしにすでに頭皮は後退を開始しているから』

 「ふ、ふざけるな!!我々は貴様ら腑抜けた日本人共に、何が正義かを教育しに来たのだ。これは冗談でも悪戯でもなく、我々の確固たる意志で現実だ。ブリタニアとの仲良しこよしをしている貴様らには、理解出来んだろうがな!!」

 

 時間稼ぎに利用してやろうと思っていたが、このような児戯に付き合ってられるか。

 不毛な会話を終わらせる為にも、用意していた理由を怒鳴って相手に叩きつける。しかしながら相手はそれを耳にしながら相槌を打ち、言葉を続けてきた。

 

 『――ハッ!噛ませ犬がよく吠える』

 「なんだと!?」

 『ともあれ、ようこそ日本国へ。歓迎しますよ』

 

 不敵な言葉に不安を抱いた曹は、基地中に響き渡った轟音と、海沿いの外壁から煙と爆発が起こっているのを見て呆然とする。

 多くの疑問が浮かぶ中、一つだけ理解した事がある。

 どれだけ日本を―――枢木 白虎をブリタニアが重要視するかの意味を、軽んじていたという事を…。

 

 

 

 

 

 

 井上 直美は高揚している。

 焦げ臭い悪臭が漂い、悲鳴と雄叫びが交じり合う戦場。

 まだ温かな血潮で頬を濡らし、手には人を殺した感触と命を奪った実感が酷くこびり付いている。

 対艦用大型レールガン搭載の、初春型特殊駆逐艦を含めた海軍主力艦隊の砲撃にて、海上への防衛の要であった外壁上の砲台は完全に無力化。

 迎撃用のミサイル群は、海軍主力艦隊旗艦を務めている戦域護衛戦闘艦“天岩戸”によって逆に迎撃され、チャフやデコイを大量に詰んだ戦闘機部隊に、ミサイル発射装置は破壊された。

 鋼髏を含めた地上部隊は、天岩戸より発射された三式弾を空中で爆発された弾雨により、壊滅状態一歩手前にまで追い込まれ、さらには藤堂 鏡志郎大佐率いる自在戦闘装甲騎大隊に、自分達白虎大隊を含んだ歩兵部隊が突入している。

 日本に侵攻してきた中華連邦軍も、売国奴へと身を落とした日本軍の一部ももはや虫の息。

 

 

 ―――だからどうした?敵は息をし、我らの領土に立っている。ならば諸君らがすべきことは何か?

 

 

 脳内で枢木少将の言葉が再生される。

 答えは決まっている。

 

 腕を負傷したのか抑えながら、何かを必死に叫んでいる中華連邦の兵士がいる。

 武器は持っておらず、投降の意志は窺えない(知る気も無し)

 ならばそれは敵だ。

 倒すべき敵だ。

 憎むべき敵だ。

 弾丸は勿体ない。

 拳では心もとない。

 だったらシャベルを使おう。

 枢木少将が特注で作らせた折り畳み式のシャベル。

 折り畳みであるが強度を持たせ、重みも十分。

 叩いて良し。

 斬って良し。

 突いて良し。

 振り被ったシャベルが相手の頭部に当たり、骨がきしむ音と感触がシャベル越しに伝わってくる。

 

 半年前の私では決して想像できぬ蛮行である。

 でもしなければならない。やらなければならない。

 それが私達の職務であり、祖国の為なのだ。

 

 同小隊の吉田 透が遮蔽物に身を隠した敵兵を手榴弾で吹き飛ばし、南 佳高が敵兵を撃ち殺し、杉山 賢人も私同様にシャベル片手に斬り込んだ。

 皆が皆、狂ったように歪んだ笑みを浮かべながら。

 

 別に楽しんでいる訳ではない。

 寧ろこの狂気に飲み込まれないように、必死に感情を押し殺している。

 少将曰く、殺しながら嗤っている奴は怖いだろうと。

 確かに怖いだろう。

 自分がそのような笑みを浮かべながら人を殺している者を目にしたならば、恐怖のあまり逃げ出すだろう。

 

 「うらぁ、行くぞおめぇら!!」

 

 叫び声と同時に、私達白虎大隊の引率として同行した御所警備隊の玉城軍曹を先頭に、何人かが突っ込んで行く。

 目指すは未だ健在だった鋼髏一騎。

 勢い任せの突撃に見せて、周囲に散開し包囲。距離を詰めるとスモークグレネードで視界を塞いで、足へと集中砲火を浴びせる。

 鋼髏は巨大な胴体に腕部のマシンガン、キャノン砲を搭載したナイトメアフレーム。白虎だからと言わず、一目見ただけで弱点は足にあると誰でも気づくだろう。

 細い足の一本を崩すだけで身体を支えれずに転倒し、腕部は上下にしか動かせない機構なので、起き上がるにも起き上がれない。

 もう動きの取れない鋼髏は成す統べ無し。

 虫の死骸に群がる蟻のように集まり、ハッチを手投げ弾で破壊し、中よりパイロットを引き摺り降ろす。

 その先は見ない方が賢明と判断して咄嗟に視線を外すが、つんざくような金切り声が状況を克明に脳へ叩きつけてくる。

 

 これが戦争…。

 これが戦場…。

 いつか私達も地獄の訓練同様慣れるのだろうか…。

 

 シャベルに映った自分の顔に疑問を浮かべる。

 汗で張り付いた髪に返り血を浴びて真っ赤に染まった頬、楽しそうな歪んだ笑みを浮かべた誰かが(・・・)そこに居た。狂気に染まった瞳が自身を見つめている…。

 

 「おい、戦場で止まってんじゃねぇよ!死にてぇのか!?」

 「―――ッ!?申し訳ありません!!」

 

 玉城軍曹の声により我に返った井上は、シャベルから視線を逸らして正面を見据える。

 今はなんやかんやと考えている場合ではない。

 生き残る為にも前に進まなければ…。

 

 笑みを浮かべながら戦場を駆ける。

 もうここには無垢だった新兵達は存在しない。

 居るのは屍を踏み越え、ただひたすらに敵を打ち倒すべく駆け抜ける、白虎が求めた戦争狂へと踏みしめた者達であった。

 

 

 

 

 

 

 福岡基地は地獄と化した。

 海軍の主力艦隊による海上よりの支援砲撃に、迎撃システム及び地上戦力の無力化。

 航空支援による、正確な迎撃システムと主な施設への攻撃。

 大被害を被って混乱する、敵への歩兵と自在戦闘装甲騎を組み合わせた地上戦力による掃討戦。

 

 正常な人が見れば吐き気を催すであろう光景を、白虎は満足げに眺める。

 暗い一室でソファに腰かけ、偵察機などから送られてくる映像を複数のモニターに映し出し、戦闘状況を吟味する。

 実に良い。

 戦争がではなく彼らの戦う様に。

 ようやく白虎は実感できたのだ。

 ちゃんとしたピース()に成れた彼ら彼女らを。

 

 「酷いお顔ですわ」

 「本当にな。それが日本の英雄と持て囃される奴の顔か?」

 

 膝の上に腰かけた皇 神楽耶。

 ソファの背もたれに前のめりに寄り掛かり、後ろから表情を覗き見るC.C.。

 

 「そんなに悪い顔してたか咲世子」

 「いいえ、とても楽しそうなお顔をしておられますよ」

 

 にっこりと微笑みながら待機している篠崎 咲世子。

 この世界で少なく本音で語れる彼女らに囲まれて、隠すことなく白虎は頬を緩ませる。

 

 「ようやく手駒が使えると分かったんだ。計画も次へと進める」

 「シュナイゼルに良いようにされてか?」 

 「寧ろこの程度で済んでよかったよ。下手すれば“助力いたしましょうか”とか言って介入する気満々だったろうしな」

 「お互い狡いと手が読めやすくて良かった」

 「違いますよC.C.さん。白虎様は狡いのではなく感性が歪んでいるのです」

 「せめてフォローして咲世子さん」

 「申し訳ありません。フォローのつもりだったのですが」

 

 絶対その気は無かったろうと思いつつ、喉の渇きを覚えて注文を一つ。

 

 「咲世子さん、ここにある一番良いココアをよく練って持ってきて。砂糖もミルクもありありで」

 「畏まりました」

 

 覚えのある注文を口にするぐらい気分が高鳴っている。

 ノー・フェイスの策略に填まったのは酷く腹立たしいが、見返りはとても大きかった。

 今回晒してしまったのは、白虎が自国の基地であろうと自国の兵士であろうと、敵の手に渡れば一切の容赦がなく殲滅を行うという事。ナイトメアフレームを、実戦で使用可能なレベルにパイロットも含めて仕上げている事。さらに金剛型などを使用しなかった事から、未完成という事にも気付かれるかも知れない。

 他にも気付かないだけであるかも知れないが、致命的なものはなかった筈だ。

 この程度で得れたものと言えば、支援が万全に行える状態での白虎大隊への実戦体験、無頼の実戦データ取り、機械による射撃補正を行わずに手動での砲撃。さらには軍部上層部の大規模粛清。裏切った者に手助けした者、見て見ぬ振りをした者全てが対象で、これから多くの者が裁かれ軍部から一掃されるだろう。

 

 現在政府軍部両方で今回の件は審議されている。

 裏切ったといえども、自国の兵士に奪還すべき基地を放棄した白虎に想うところがあるのは仕方がないだろう。

 されど軍部は、大半が居なくなるとすれば白虎に意見する余裕は無いし、政府に至っては、すでに澤崎を始めとしたグループが抑えるべく動き始めている。

 澤崎は小言は言うかも知れんが、それ以上に“短期間で中華連邦軍を打ち払った英雄”との友好をアピールして、自分のポイントとして利用しようと考えているのが予想できる。尻拭いしてくれたのだからそれぐらい別に良いけどね。

 

 「それにしても、これからは中華連邦には足を向けて寝れないな。新兵訓練用の的に、大規模演習の機会を与えてくれたんだからな」

 「あと、残骸とは言え鋼髏の技術提供もですよ」

 「それでこれからどうするのだ?ブリタニアに宣戦布告でもするのか?」

 「馬鹿抜かせ。現状で勝てる訳ねぇだろう。せめてお前さんとの契約を完了できる手前まで、症状(ギアス)を進めたい」

 「お前だけだよ。私との契約を遂行してくれようとしてくれているのは」

 「別にそっちがその気になれば、中華連邦に置いてきた(マオ)に押し付ければ、無理やりだが契約完了できるだろうが―――まぁ、無理だろうけどな。なんたって優しいから」

 「無駄に知ったような事を言うな。おしゃべりが過ぎる男は嫌われるぞ」

 「構わないさ。好いてくれる女子が居てくれるからな」

 

 膝の上に座り、凭れている神楽耶の頭を撫でる。

 嬉しそうな笑い声が漏れるのと対照的に、妙に苛立った視線を感じたが気にしない。

 戻ってきた咲世子から手渡されたココアを一口飲んで一息つく。

 ふと、神楽耶を見て政治の道具とされている一人の少女を思い出した。

 

 「あー…そういえば今年で七歳ぐらいになったか…」

 「何のことです?」

 「いんや、中華連邦にお友達を作りに行こうかなと」

 「お前友達少なそうだからな」

 「……C.C.…お前、人の事言えるのか?」

 「大宦官と肩を並べられるのですか?」

 「止めてくれ。想像しただけでも吐き気がする」

 「なら中華連邦の象徴である天子様ですか?」

 

 振り向いた瞳からハイライトが消えているのですが神楽耶さん?

 英雄色を好むって言ったの貴方なんですが?

 ………まぁ、原作での未来の貴方ですがね。

 元よりそういう意図は無いし、単なるお飾りでしかない点ではオデュッセウスとそう変わらない。

 狙うはその忠誠を向ける方だ。

 

 「そっちは神楽耶に任せるよ。俺は長髪のイケメンと交友を計るからさ」

 「それはそれで薄い本が厚くなりそうですね」

 「…どういう目で見られたのかを聞きたいところだが、あえてスルーしていた方が良さそうな話題だな」

 

 嫌に影が掛かっているように見える咲世子の笑みに身震いし、そちらへの考えは放棄した方が精神的に最善の選択だろう。

 モニターに視線を向け直して見ると、戦闘行為が停止し警戒体制へと移行された。

 そのことから凡そを理解し、鳴り出した携帯を手に取る。

 “曹将軍が降伏した”報告に何の感情も抱かず、次の指示を淡々と出して携帯を切った。

 

 「さて相手方も降伏したようだし、将の首を土産に遊びに行きますか」

 

 クツクツと意地の悪い笑みを浮かべ、白虎は次の目標を中華連邦へと確定する。



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第22話 「白虎、中華連邦へ」

 九州福岡基地。

 ブリタニアとの戦争以来、初の国内での大規模戦闘が行われた地。

 海上より侵攻してくる敵を想定しての九州最大の防衛拠点は、今やその機能を失い、残骸の山がいたる所に築かれていた。

 防衛を考えればすぐさま修復を行うべきなのだろうけども、軍事予算は“八八計画”にほとんどが使われており、国会で議論されている予算は未だ復興中の地域に多く回されている。つまり修復するだけの予算がすぐには確保できない状態にあるのだ。

 軍としては防衛拠点をそのままの廃墟として晒す訳にもいかず、完全といかなくとも機能する程度には直さなければならない。

 福岡基地の一時的な修繕を任された藤堂 鏡志郎は、破壊されつくされた基地を見渡して大きなため息を吐いた。

 

 戦闘は大規模な物だった。

 海軍より主力艦隊の砲撃支援。

 空軍の戦闘機による対空兵装への攻撃。

 陸軍からは自在戦闘装甲騎と白虎大隊を含む新兵器・新部隊の投入。

 対して曹将軍率いる元中華連邦軍と、合流した反ブリタニア思想の強い一部日本軍は、福岡基地に立て籠もり、防衛システムを活かしていた。

 基地を取り返すには多くの兵を失っていただろう。

 それを危惧して全権を任されていた白虎は無傷での奪還を諦め、短期間での敵の排除に全力を注いだ。

 結果大規模戦闘だというのに兵の被害は少なく済んだが、基地と敵に対する被害は甚大となった。

 外壁に至っては機械による誘導でなく、手動による試し撃ちまで行われたので崩壊寸前。

 “藤堂さんなら出来ますよね”って押し付けたかっただけじゃないのか?

 作業状況を見守りながら、二度目の大きなため息を吐き出す。

 

 「どうしたんですか?」

 「仙波か…この惨状をどうしたものかと…な」

 

 声を掛けてきた仙波 崚河に苦笑を浮かべる。

 何処からどう手を付けるべきか、良い考えが未だ浮かばない。

 仙波から手渡された書類を捲って第一次被害報告書に目を通しながら、思っていた通りの被害に頭痛までしてきた。

 これならば戦っていた時の方が楽である。

 しかしながらここの防衛案は必要であり、それを任されたからにはこなさなければならない。

 

 「そう言えば聞きましたよ。昇進おめでとうございます藤堂准将(・・)

 「耳が早いな。とはいえ喜んで良いものやら…」

 「やはり今回の件で失った軍上層部の埋め合わせですか」

 

 答えはしなかったが仙波の言っている事は半分(・・)正解だった。

 公式では自在戦闘装甲騎大隊の運用方法が極めて実戦的で、福岡基地での戦闘でその優秀さが証明されたから。

 実際には事件を起こした曹将軍と手を組んだ軍関係者を粛清した事で、軍上層部の大半が排除されてしまったがゆえに、人手が足りなくなったので補充として繰り上げられたというのが事実だろう。

 しかしながら藤堂や藤堂直属の四聖剣などが昇格したのはそれだけでなく、白虎の思惑が色濃く反映された結果だ。

 彼はあれから二年が経っても対ブリタニア構想を強く抱いており、自分で言うのもなんだが優秀な人材を軍の中核に置きたがっている。今回の粛清でも、どさくさに紛れて足を引っ張る無能をあの手この手で軍より遠ざけたようだしな。

 片瀬少将なども疑いがかけられ、排除はされなかったが、大きな役職からは外されたらしいと噂を耳にした。

 他にも多くの者が昇進したが、その中には枢木 白虎を英雄視する者らが過半数を超えている事から、実質的に陸軍を白虎が掌握した状況になっている。

 空軍にも海軍にも同様に同じ想いの連中がいる事もあって、日本の軍部をアイツが握っているんじゃないかと思えてくる。

 

 「藤堂さん。技研の連中が残骸(鋼髏)を回収したいって言ってきてますけど」

 「なら鹵獲したうちの二機を渡してやれ」

 「破壊された奴ではなくてですか?」

 「データ取りに鹵獲したのを渡してやってくれと、白虎少将の指示だ」

 

 駆け寄ってきた朝比奈に指示を出して、基地の端へと並べられた鋼髏へと視線を向ける。

 降伏して鹵獲出来たのが十数機。

 半壊していた物がニ十機以上。

 破壊されて残骸になった物が多数。

 今回の戦いで得た戦利品の鋼髏。

 大半は藤堂指揮の無頼達が撃破した物であるが、その他は白虎とブリタニアとの戦争を駆け抜けた御所警備隊によって破壊された。

 正直無頼で破壊した機体より、歩兵が破壊した機体は見るに堪えない。

 自在戦闘装甲騎同士の戦いは倒せば終わりだが、興奮状態の歩兵たちは機体を破壊して終わりではない。ハッチを無理やりにこじ開けて、中より搭乗者を引き摺り降ろし、どんな手段を使ってでも殺すまでが勝利条件なのだ。

 あんな殺され方は自分はご免被る。

 そんな阿鼻叫喚の地獄を目の当たりにしながら降伏するなど、如何に勇気のいる事か。

 下手をすれば、無抵抗だというのに惨殺される可能性だってあっただろうに。

 特に初の実戦であった白虎大隊の面々には鬼気迫る者があり、下手をすれば捕虜も悉く殺害するのではないかと危惧したほどだ。

 その捕虜達は手錠や足枷で繋がれ、準備が終えるまで捕虜輸送用の大型バスにて待機させている。もう準備も終える頃かと思っていると、卜部と千葉がこちらに向かってやってきた。

 

 「捕虜の護送準備が整いました」

 「なら卜部と朝比奈に任せる」

 「承知しましたが、我々から二人出すというのは多すぎませんか?」

 「こっちは首相からの指示だ」

 「あぁ、政治屋の都合ですか」

 「中華連邦相手に捕虜で外交カードが切れると思ってるんですかね」

 「軽口はそこまでにしろ。仕事に戻るぞ」

 

 藤堂の一言で卜部と朝比奈は護送車両の方へ向かい、仙波と千葉は藤堂より次の指示を待つかのようにその場で待機する。

 ふと仙波が辺りを見渡し誰かを探し出した。

 

 「ところでこの元凶を生み出した白虎少将は何処ですかな?」

 「彼なら今頃中華連邦だ」

 「さすがフットワークが軽いですね。あの頃を思い出します」

 

 “だいぶ早めの新婚旅行行ってくる”などと軽口を叩いていたが、どうせ対ブリタニアを想定しての動きなのだろう。

 以前白虎の下に居た千葉が懐かしむのもそういう事なのだろう。

 ならばこちらはこちらで職務を全うしなければ。

 藤堂は壊れた残骸に目を向け、基地の修繕に使えないかと頭を働かせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 広大な大地と世界屈指の人民を抱える大国“中華連邦”。

 世界でもブリタニアと並ぶ大国で、日本国と友好関係を築いた国であった(・・・)

 あったというのも数日前に起こった福岡基地を中華連邦の一部が占拠した事件により、関係悪化は否めない状況にあるからである。さらに中華連邦は一部勢力が独自にやった事と公表して知らぬ存ぜぬ。

 対して黙って受け入れる訳に行かないと、澤崎首相は大使館に抗議すると同時に中華連邦に直接外交官を派遣して抗議を行うと発表。すぐに政府専用機で外交官を含んだ一団が中華連邦へと渡ったのだ。

 世間では日本と中華連邦との戦争もあるかと騒がれているが、それは絶対にありえないとまず断言しておこう。

 そもそも澤崎は事を大きくしようと考えておらず、出来れば触らず収束してくれている事を願っていた。

 今回のような強硬な姿勢を見せたのは国民向けのアピールで、発表された内容は大きく異なるものである。

 

 “抗議も含めてちょっと中華行ってくる。裏取引もしてくるから別に悪い事にはなんねぇと思うけど”

 

 そう枢木 白虎が詳細を口にし、表向きの理由を作る為に外交官がくっ付いてきただけ。

 つまり白虎の行動を周りが色々と利用しているに過ぎない。

 今度はどんな悪だくみをしているのか楽しみで仕方がない。

 

 「あの…どうかされました?」

 

 思い浮かべていたら表情に出てしまったらしく、不思議そうに顔を覗き込まれる。

 皇 神楽耶は白虎と共に中華連邦へと渡り、朱禁城庭園内にある亭内で、中華連邦の頂点に君臨する“天子”と向かい合っている。頂点と言っても実権は大宦官が握っているのでお飾りではあるが…。

 

 「いえ、少々考え事をしておりました」

 「考え事ですか」

 

 笑顔を向けて何でもないと言いつつも、理由は解らないが、白虎が彼女を気にしていた事を思い出す。

 何かしらに利用する気なのか、ただ単により良い関係を築こうとしているのかは分からないが、言われた通り彼女と友人になるとしよう。

 言われなくとも彼女の純粋さも含めて非常に好感を持てるので、言われなくとも友人になろうとしただろうと断言できる。

 

 「どうせアイツの事だろうに」

 「あいつというのは何方でしょう?」

 

 隣に腰かけていたC.C.が茶化すように言葉を投げかけて来た。

 その通りなので否定も出来ずに、気になった天子の視線も合わさり、言わなけれないけなさそうな雰囲気が漂う。

 

 「私の夫の事を考えておりました」

 「正確には未来の夫だろ」

 「良いのです。お互いに好き合っているのですから。なんならその話でも――」

 

 にっこりと微笑みながら言うと、飽き飽きした様子で「のろけ話なら勘弁してくれ」と話を止められてしまった。

 外の話を天子様にするのも良いけれど、あの人との話ならあと三時間は余裕で話せる自信はあるというのに…。

  

 「どのような方なのですか?」

 

 知らない天子様からすれば当然の問いであるが、神楽耶は答えに一瞬戸惑う。

 親しい一部の者にとっては当たり前の真実でも、一般的なイメージと異なる人物というのは必ず存在する。

 その最たる例である白虎の事をどう言ったら良いのか。

 己が描いた未来の為には悉くを夜叉に変える先導者?

 笑顔で相手と握手しているのに、どう相手を殺そうかと策を緩やかに実行している策謀家? 

 本人にその気は無い筈なのに、周りに美女・美少女を侍らせている人物?

 どれも駄目ですね。

 純粋無垢な天子様どころか人に言えるような説明が咄嗟に出てこない。

 その様子にC.C.はニヤリと笑んで答えた。

 

 「そうだな。自分の目的の為なら何でも利用する詐欺師か」

 「C.C.さん。悪く言うのは止めて下さいな。真っ直ぐで誠実な方ですのよ」

 「えっと、どちらが正しいんでしょう」

 「さぁ、どちらだと思う?」

 

 本当にC.C.さんは意地が悪い。

 双方向を天子様に向けたらおどおどしてしまうのは目に見えているというのに、わざと仕向けるのだから。

 案の定どうしましょうと不安気にキョロキョロして、私に視線を向けて来た。

 

 「えっと…か、神楽耶の言う事を信じよう…かな」

 「さすが天子様。正しいご判断ですわ」

 

 自分の方を選んでくれたことに手を取って喜ぶ。

 こういう風に触れられる事に慣れてないようで、どういう反応をして良いのやら困ってしまっている。

 

 「天子様には気になる殿方はいらっしゃらないのですか?」

 「え…あの…」

 

 話題を自分から天子様に変えようと言ってみただけであったというのに、予想に反して天子は真っ赤に頬を染めて、俯いて飲み物を口にして黙り込んだ。

 「あ、これは居るな」と神楽耶は喜ばしいように、C.C.は面白そうにニタリと笑みを浮かべた。

 

 「どのような方なのですか?」

 「去年…外に出たいと約束を…」

 「ほぅ、白虎と同様のロリコンらしいな」

 「もうC.C.さん」

 

 ジト目で見つめるが、いつものように笑みを浮かべたまま流される。

 小さくため息を吐いて諦めて、天子へと身を乗り出して笑みを向ける。

 

 「で、天子様の運命の方ってどんな方なんですの?」

 

 まだまだ女性陣によるトークは終わりを見せないのであった。 

 

 

 

 

 

 

 私はあの方の恩義に報いるべく、この身全てを捧げる覚悟が有る。

 囚人に薬を与えようとして捕まった私を、処罰するのでなく温情をかけられ救ってくださった。

 幼さゆえの純粋さ。

 大宦官を筆頭に跳梁跋扈する朱禁城で、何故こうも穢れに染まらず居られたのか不思議でならない。

 あの日、天子様に魅せられた私は救って頂いた恩義に報いる為に、力を付ける為に徐々に動き出している。

 表向きには腐った中華連邦を救うためと謳い、本心では天子様を政治の道具として利用するだけの大宦官から解放し、願いである“外の世界”をお見せする為に。

 完全な私の私利私欲だ。

 天子様もそんな約束は忘れているかも知れない。

 だが、私は永続調和の契りを果たそう。

 例え我が身が潰えようとも必ず…。

 

 中華連邦の武官である黎 星刻はそう想い、密かに同志を増やしつつ準備を着々と進めていた。

 彼は頭脳と身体能力で他を圧倒する性能を持っているが、如何に腐敗していようとも大国を変えるだけの力を一朝一夕で集められる訳もなく、少なくとも十年近くかかると目算している。

 しかし彼は不治の病に侵されており、どれだけ優秀でも時間だけは圧倒的に少ない。

 せめて天子様を救えるまででも持ってくれれば…。

 欲を言えば天子様を支えるシステムの構築まで持ってくれれば、何の後悔も憂いもないまま逝けるだろう。

 

 そんな彼に手を差し伸べる者が現れた。

 気配だけでもかなりの使い手だと思われる侍従を連れた日本人。

 中華連邦にまで、ブリタニアとの戦争での逸話が轟いている“日本の英雄”枢木 白虎。

 パレードで写っていたような清廉潔白そうな彼は無く、闇を纏ったような不気味さを背負い嗤っている。

 

 彼から星刻は音声データを渡され、隠れるようにその音声を聞いた。

 中身は白虎を含んだ日本国より来た外交官達と、大宦官との交渉内容が収められていた。

 内容は日本国が被害を受けた福岡基地の修繕費を払えというものだった。

 最初は大宦官達は自分達のあずかり知らぬ事として、のらりくらりと躱していたが、白虎が外交官と入れ替わり、言葉を交わし始めるとミルミル態度を軟化させ、最終的には支払う約束を口にしたのだ。

 勿論ただではない。

 中華連邦人民の職を得させ、税の収入を上げる為にも日本企業の中華連邦進出の支援。

 サクラダイト輸出量を35%から40%に引き上げ、年数を五年から七年への延長。

 独立をしたくてしょうがないインド軍区を、自らのコネを用いて数年間落ち着かせる事。

 大宦官達が福岡での事件で心を痛め、軍の一部が勝手にした事であるがすべての責任を負ったという話を流して、世間体を整える手伝いをするという確約。

 他にも捕虜の返還など多くの便宜を図った。

 

 大宦官達は自分達の利益になると判断し、自らの懐ではなく国の予算から捻出する(・・・・・・・・・・)から別に良いかという思いを口々に馳せ、人民から搾取した血税を何の躊躇いもなく自分達の為に他国へと流したのだ。

 深い憤りを感じ、拳に力が籠る。

 さらに奴らは冗談のように天子様との婚約話をチラつかせながら、白虎との関係を持とうと画策した…。

 

 「一応データにあるように、思わせぶりな態度で引き延ばしておいたけど良かったかな?」

 「………感謝する」

 「で、どうかな?俺と手を組まない?」

 

 即答はしない。

 正直白虎の事を警戒している。

 まるで大宦官がそう言うであろうと知っていたかのような言い回しに録音した音声。初対面でありながら私と天子様の事、そして私が何を成そうかを理解している振る舞いは奇妙過ぎる。

 他国どころか大宦官にバレないように、ひっそりとしか動いていないというのに…。

 

 手を結ぶにあたって、白虎は多少ながら資金の援助、物資の横流し、さらには試験的に作るであろう鋼髏を贈る事を提案している。

 資金も戦力も大宦官を排除するうえで必要不可欠であり、話が真実であれば跳び付きたいところである。だが、目の前の男が何を考え、何のために手を貸すのかが全く理解できない。

 

 「私が得るメリットは理解したが、そちらのメリットはなんだ?まさか慈善行為という訳ではないだろう」

 「簡単だよ。腐りきった大宦官が支配する中華連邦に未来はない。ユーロピアはいずれ崩壊するだろうし、そうなればブリタニア一強になってしまう」

 「ならブリタニアに睨みを利かすためにも生かす道を選ぶか。ブリタニアと関係を持っておきながら」

 「喧しいわ。大事な者を護る為ならそっちだってするだろうが」

 

 思いもよらぬ子供っぽい反応に面食らう。

 これは何かの含みか、反応を伺う為の策か…。

 脳裏に色々と浮かび上がり、やがて思考が落ち着いて一つの予想が残った。

 

 「卑劣な謀略家と思ったが存外――」

 「その先を口にするなよ。こっちも分ってて言っているんだからな」

 

 気に入らないと言わんばかりに顔を歪め、そっぽを向いた様子に笑みが零れてしまった。

 どうやらこれが日本の英雄殿の素のようだ。

 同じ策謀を巡らす人物でも、大宦官とはまた別の意志を感じる。

 アイツらよりこちらの方が好感を持てる。

 敵でないなら尚更な。

 

 「大宦官よりも信頼できるようだ」

 「比較対象が最底辺なんだが」

 「信用も信頼も築いてない初対面で、多少信頼を勝ち取れたのなら上々だと思うが」

 「まぁ、チート級の実力者から得られた点では確かにそうだな」

 

 満足そうに笑みを浮かべた白虎は、一息つくとスッと表情を変化させ、先と同じく不気味な笑みを浮かべる。 

 

 「大宦官の排除にクーデターの支援、さらにはナイトメアの供与まで視野に入れている。君の専用機だって用意しよう。諸々を用意して、こちらは五年後には動く予定だ」

 「それまでにこちらの準備を済ませておけと」

 「別に済ませなければ他の手を考えるだけだが、出来れば君と組みたいのが希望だがな」

 

 素を曝け出してこっちに接してくれたおかげで、何と無しに彼の事は察せられる。

 協力体制を取るのも存外と悪くない。

 寧ろ彼を味方に付けれるなら好都合だ。

 だが、私は天子様の為にこの身を捧げる所存。

 

 「私は部下になる気はないぞ」

 「無論だ。君は天子様のお気に入りだ。手出しして機嫌を損ねたら、あやすのが大変そうだしね―――で、どうする?」

 「良いだろう。貴様の申し出を受けるとしよう」

 「契約成立かな。精々気張ると良い。自分の我儘を叶える為にもな」

 

 互いに己が望みを叶える為に、己が大事な者を守る為に、二人は固い握手を交す。 



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第23話 「白虎の誕生日に…」

 すみません!
 予約投稿したと思い込んで投稿するの遅れました。


 皇歴2015年八月十日。

 世界は大きな変化を見せぬまま、時が過ぎている。

 超大国ブリタニアはユーロピアに戦争を継続し、他の国にも戦争を吹っ掛けて植民地支配を徐々に増やしているものの、世界各地で活動している旧日本軍人が率いている反ブリタニア組織“解放戦線”の対処もあって、進行速度は低下している。

 日本国と言えば平和そのものである。

 中華連邦との関係も以前以上に強化され、大宦官が何かしらと来日するようになった。

 軍事力は回復どころか戦争前以上に保持している。

 戦争の兆しは何年も前から抱えたままで、動く気配はない。

 否、一部を除いて動けないと思われている。

 

 枢木 白虎が病を患った。

 ある日、突然にも白虎は右目を隠すような眼帯を着用するようになり、そのまま表舞台より姿を隠したのだ。

 実際は右目が見辛いらしいが、時間が解決する病気らしい。

 それを見せつけて動き出すやつらを粛正するつもりだとか。

 相も合わらず怖い考えを何の躊躇いもなく実行する兄を、スザクは嫌いになる事はなかった。

 寧ろ変わらぬ兄に安心を覚えるほどだ。

 

 十五歳になった枢木 スザクは日課である鍛錬を早めに切り上げて、流した汗を風呂で洗い流して身なりを整える。

 本日は白虎の誕生日という事もあって、枢木邸にて祝いの席が設けられることになっており、スザクを始めとした身近な者が集まっている。

 ただし、藤堂及び四聖剣は政治家絡みが用意したパーティに参加するのでこちらは不参加。御所警備隊と白虎大隊の面々は別会場で騒ぐので以下同文。白虎は両方に顔を出してこちらに向かうとの事。

 まだ時間に余裕があるとはいえ、しろ兄に変な所は見せたくない。 

 ただでさえ今日は客が多いのだ。

 一応(・・)ブリタニアから来た人も居るので、そういう意味でもちゃんとしなければ。

 

 汗でびしょびしょになっていた道着を洗濯機で洗い始め、制服に着替えて洋間へと向かう。

 いつもならまだまだ訓練を行って汗を流す時間帯だが、汗だくで誕生日会に出る訳にもいかない。が、その間する事もない。よって何か暇潰しに来たのだ。

 洋間ではソファに腰を下ろして読書していたユフィがそこに居た。

 入るや否や視界に収めたユフィは、にっこりと微笑む。

 

 「スザクちょっと良いかしら?」

 「どうしたんだいユフィ」

 

 自分の婚約者である彼女の微笑みに、未だに慣れずにトクンとときめいたスザクは、何か嫌な予感までも抱きながら微笑み返す。

 彼女は良くも悪くも純粋だ。

 だからC.C.や咲世子さんによるいらない知識や冗談を真に受けて、突飛のないことをすることが度々ある。

 今日はさすがに無いと思いたいのだが…。

 

 「耳かきしてあげようと思って」

 「・・・はい?」

 

 耳かき棒を手にこっちにおいでと手招きするユフィに目が点になる。

 嫌な訳ではない。寧ろして欲しいと思う。

 嬉し恥ずかしの提案に跳び付く前に、平常心を保とうと心掛けながら高鳴る気持ちを抑える。

 

 「恋人はこういう事をするって聞いて、やってみたかったんですよ」

 「一応聞くけど誰から」

 「しろ兄様からです」

 

 しろ兄ぃ…。

 まさかの情報源に頭を痛める。

 だいたいこういう知識を与えるのは神楽耶か篠崎さんの筈だったんだが…っと、そろそろ動かないと拗ねそうだ。

 少し照れながら、ぽんぽんと叩いて強調された太ももに頭をのせる。

 柔らかく、ほのかに漂う香りに心臓が高鳴る。

 その高鳴りに気付かぬまま、ユーフェミアは耳かき棒をゆっくりと耳へと入れて行く。

 カリカリと優しく耳の内側を撫でるような感触が気持ちよく、太ももから伝わる温かな体温が心地よい眠気を誘う

 

 「お前たち兄弟は、人目を気にすることを覚えた方がいいと思うが?」

 「くろ兄!?」

 

 恥ずかしさと嬉しさばかり感じていてまったく気配を感じ取れなかったことに驚き、呆れたような眼差しを向けるクロヴィスを見上げる。

 以前は皇子として教育されてシャキっとしていたのに…。

 目の周りに大きなクマを作り、ラフなTシャツにズボンを着用し、黄金色の長髪を雑に後ろで結んでいる姿は、もはや別人と言っても良いだろう。

 

 「あら?随分とお疲れですね」

 「そうかい?まぁ、疲れているが清々しい気分だよ」

 「それ徹夜明けだからじゃないよね!?」

 

 クロヴィスは今現在売れっ子の芸術家として公に姿を晒している。

 元々芸術関係の才能を持っており、整った容姿にすらっとしたスタイルから、若い女性からアイドル並みの扱いを受けている。

 おかげで作品・テレビどちらも引っ張りだこで大忙し。

 前の戦争の総大将を務めていた事から悪感情も抱かれているが、本人は真摯にその事と向き合い後悔し、儲けの半分以上を義援金として毎月送り続けている。それらが功を成してか幾分か和らいでいる様子はある。そもそも子供に総司令を押し付けた時点でだいたいがお飾りと理解しているようだし。

 まぁ、しろ兄が情報操作を行ったのもあるけど…。

 

 疲れ切っているだろうに微笑を絶やさないクロヴィスに、どたどたと大慌てでバトレーが駆け寄って来る。

 

 「クロヴィス様!そのお身体でご無理は…」

 「やぁ、バトレー。大丈夫だよ――それにしてもバトレーが二人になっているのはどういうことかな?」

 「大丈夫ではないではございませんか!?もっとご自愛ください!!」

 「なぁに、この絵をしろ兄に渡さなければ……なんだか瞼が重い…」

 「くろ兄!?」

 「クロヴィス様!?」

 

 ふらりと倒れ込んだクロヴィスをバトレーが支え、そのまま自室へと運んでいく。

 本当にお疲れなのだろう。

 仕事の合間にしろ、兄へのプレゼントとして絵を完成させていたのか。

 せめて誕生日会が始まるまでは寝かせてあげよう。

 それと秘書orマネージャーの仕事をして、クロ兄並みに働いているバトレーも休んだ方がいいと思う。いつもエナジードリンクで誤魔化さずにね…。

 

 「来たわよスザク。って邪魔だった」

 「いや、邪魔ではないけど…」

 

 呆れたというか半笑いを浮かべたカレンは、襖を開けて中に入るとこちらを眺められる位置に腰かけた。

 彼女との付き合いも、もう四年以上経つのかと思うと感慨深いものがある。

 あのブリタニアの戦争より彼女も己を鍛え続け、今や自分と同等以上の実力者になっている。

 内心羨ましく思う。

 しろ兄は僕の時には甘さが出てしまうと藤堂さんに鍛錬を任せたが、カレンはしろ兄に鍛錬を付けて貰った(片手間で指示だけ)上で、しろ兄から勧められた海外留学(・・・・)が控えている。

 紅月さんは喜んでいたけど、しろ兄が勧めた時点で多分…いや、絶対言葉通りの海外留学では無いだろう。

 確実に今後を見据えた作戦にカレンを参加させる気だ。

 まだ僕は頼りないと思われているんだろうか。

 違うと思いつつ不安が頭を過る。

 

 まぁ、納得はするのだが。

 なにせ去年のカレンは地獄を見たのだから。

 白虎大隊と御所警備隊の合同訓練への非公式での参加。

 どのような訓練を受けたのかは教えてくれなかったが、たった半月でカレンのポテンシャルは飛躍的に向上し、肉弾戦で僕と引けを取らないレベルに仕上がっていた。

 

 過る感情を押しのけ、うじうじと考えるのを止める。

 それにしてもと、胡坐を掻いてポテチを食べ始めているカレンを見つめる。

 昔のようなやんちゃは成りを潜めて、ちょっとがさつな所はあるものの随分と大人になったものだ。

 

 「なによ?」

 「昔に比べて穏やかになったなと思ってさ」

 「あんたが言うの。随分と丸くなったあんたがさ」

 「あはは、確かにそうだね。池に投げ込まれたのが懐かしいね」

 「ほぅ、何ならまた投げ入れてやろうか」

 

 投げ込んだ張本人(C.C.)がふらふらと顔を覗き込ませる。

 

 「楽しそうですね」

 「お願いだから跳び込まないでね…」

 「もう勘弁して欲しいんだけど。っていうかC.C.は枢木家の女中なのよね?仕事もせずになんでそうも偉そうなの」

 「C.C.だからな」

 「昔から変わらないわねソレ」

 「容姿も変わらないしね」

 

 慣れてしまって違和感が無くなってしまっているが、カレンの言うとおりだ。

 ただC.C.は自分から仕事をしようとしないし、紅月さんがするからと放棄している節がある。それでもしろ兄が近くに置いているという事は、何かしら理由があるのだろう。

 普段のアレから予想が全く立たないけど…。

 

 「おい。パーティはまだなのか?」

 「それこそ女中の仕事でしょうが。紅月さんや咲世子さんを見習いなさいよ」

 「時間的にはそろそろしろ兄様が帰って来る頃合いだと思いますが」

 「あー、だったらコー姉呼んできた方がいいかな」

 「………言い出しっぺの法則を知っているか?」

 「アンタ少しは仕事しなさいよ」

 

 私は呼びに行かないからなと宣言したC.C.に苦笑して、ユフィの耳かきを中断して呼びに行くことにする。

 まだ途中だからと不満そうな表情をされたが、また後でして欲しいと説得してとりあえず納得して貰う。

 

 さて、部屋を出て階段を上がってコー姉を呼びに来たが、あの人も最初に会った時に比べて大分毒されたなぁ…。

 ユフィの顔を見に来たついでに白虎の誕生日を祝ってやると来日した彼女は、客間ではなくしろ兄の自室に立て籠もっている。

 扉を開けなくとも中の惨状が予想出来、ため息を漏らしつつ戸を叩く。

 

 「入るよコー姉」

 「――ッ!?……なんだスザクか。構わん」

 

 ユフィだった時だけ構うんだよな。

 本人知っているけど…。

 なんて本人には言わないように気を付けて扉を開ける。

 部屋より流れ出る寒すぎる冷気。

 散乱している漫画に菓子袋とペットボトルの数々。

 中央に居座るこたつに入り込んでいるジャージ姿の義姉。

 

 「どうした?」

 「そろそろしろ兄来るけどまだ立て籠もってる?」

 「もうそんな時間か…分かった。用意するとしよう」

 

 布巾に畳まれたブリタニア軍の制服に手を伸ばした辺りでスザクは扉を閉めた。

 あとはしろ兄が帰って来るのを待つだけだと階段を降りていると、玄関が開けられた音が耳に届く。

 期待を胸に駆け降りると玄関には眼帯で右目を隠している白虎に神楽耶、ギルフォードにダールトンが立っていた。 

 

 「お帰りしろ兄」

 「ただいまスザク」

 

 久しぶりに顔を合わせれた事に喜び、自然と笑みが浮かぶ。

 その様子に面白くないと言いたげな神楽耶が、白虎の腕を強く抱きしめ注意を引く。

 いつもしろ兄と一緒なのだから、こういう時は引いてくれても良いのにと思うんだけど…。

 意図をくみ取った白虎は含みを持った笑みを浮かべ、そのままスザクに歩み寄って頭をガシガシと撫でた。

 嬉しさのあまりスザクは白虎に微笑、神楽耶にはニヤリと悪い笑みを浮かべて見せつける。

 

 「お帰りなさいませ白虎様」

 「お久しぶりです紅月さん。遅れましたか?」

 「いえ、ちょうど準備を終えたところです」

 「なら飯にすっか」

 

 不平不満からゲジゲジとスザクの脛に蹴りを入れる神楽耶を他所に、出迎えに来た紅月と白虎はにこやかに会話を交わし、何時までも続きそうだった神楽耶を止める。

 

 「駄目ですよ白虎様。ちゃんと手を洗わないと」

 「なら僕は皆を呼んで来るよ」

 「おう、頼んだ」

 

 皆を呼びにスザクは集まっていたカレンやユフィ、C.C.に声を掛けると、寝ているであろうクロヴィスをバトレーと共に起こし、まだ部屋にいるであろうコーネリアにも声を掛けに行こうとしたら、先に用意を済ませて階段を降りて来ていた。

 すらっと背筋を伸ばし、凛とした表情に思わず誰だ?といいかけた僕は悪くないと思う。

 言いたい事を察したコーネリアの険しい表情が向けられるが、すぐさまその表情は別の誰かさんへと向けられる。

 

 「よぅ、コー姉。ユフィちゃんの顔見るついでとは言え、祝いに来てくれてあんがとな」

 「祝う気はないがついでで参加させて貰うぞ」

 「おう楽しんで行けシスコン」

 

 二カリと笑い合いながら言い合う二人の挨拶(・・)にも慣れたもんだ。

 コーネリアと白虎に並んで大広間に向かうと、座敷の上に設けられた長机に豪華な料理と酒やジュース、お茶類が並び、すでに呼んだ面子が集まり終え、用意していた咲世子が端で待機していた。

 

 「にしても悪いなコー姉。護衛として二人借りちゃって」

 「構わないさ。私とて一人でやりたい事があったしな(ごろごろとこたつを満喫する事)

 「皇女様ってのは大変なんだな」 

 「名家の当主で自由に振舞える貴様がおかしいだけだがな」

 「はぁ?皇務を疎かにしている巻き毛(シャルル)や壺買いにちょっとコンビニ行ってくるみたいな感覚で海外に行くノーフェイス(シュナイゼル)ほどじゃないだろ」

 「ふむ…一理あるか」

 

 公の場では口に出来ない単語と隠れた本音が聞こえてくるのだが…。

 二人の会話に慣れてスルーしているギルフォードとダールトンは良いとして、クロヴィスを連れてきたバトレーなんかは倒れそうなぐらい驚いている。

 もう気にせずに誰もが席に腰かけ始め、上座に白虎が座るとさも当たり前のように神楽耶がその膝の上に腰かける。

 恥ずかしさを一切感じさせず、慣れた様子の二人にユフィが目を輝かせてこちらを見つめる。

 

 「スザk――」

 「しないからね。さすがに恥ずかしいから」

 「もうスザクったら」

 

 口にはしなかったが君のお姉さんが殺気を向けているのもあるからね。

 起きたクロヴィスも含めた全員が着席し、白虎の誕生日を口々に祝い用意された料理と飲み物に口を付ける。

 白虎は箸で料理を摘まむと「あ~ん」と口を開く神楽耶に食べさせ、プレゼントとして渡された品々に目を通していた。特にクロヴィスの神楽耶と白虎の肖像画は偉く気に入ったのか笑みを浮かべていた。

 ふと何かを思い出したようで、白虎が懐から何かを取り出した。

 

 「あ、ギルギル。これ頼まれてたものね」

 「――ッ…ありがとう。大事にさせて貰うよ」

 

 白虎よりギルフォードに一枚の写真が差し出され、何やら慌てるように受け取りに行くギルフォード。

 それを不審に思わない者は居らず、特に気になったコーネリアが先に手を伸ばした。

 

 「姫様!?それは――」

 

 ひったくるように取ったそれは、いつぞやの着物姿のコーネリアが写っている写真だった。

 一瞬の時間でギルフォードは青ざめ、コーネリアはハイライトの消えた瞳で、獲物を捉えるように白虎へ視線を向けていた。

 

 「これはどういうことだ?」

 「んぁ?あぁ、欲しい欲しいと強請るからやった」

 「お待ちを!それは語弊を強く含んでおります!!」

 「なら欲しくなかったのか?」

 「それはっ…」

 「ギルフォード卿。騎士なら潔く認めなければな」

 「おい、今胸ポケットにしまった物を出せ」

 「違うのです姫様!」

 「違わないだろうが!!」

 

 ガヤガヤと騒がしくなった様子にほっこりと笑う。

 ここにはブリタニアと日本の政治も過去も関係ない。

 友人というよりは家族に近い間柄に心が弾む。

 他では見られないこの光景も、しろ兄が成した一つの結果だ。

 

 それでもしろ兄は歩みを止めない。

 お互いが殺し合う事態に進むかも知れないのに。

 

 その決断を否定はしないが、そう思うと虚しく感じる。

 騒ぐ皆に背を向けてそっと部屋を出る。

 廊下を歩き、喧騒が小さくなった縁側付近で腰を下ろし、空を見上げる。

 月明かりがそっと撫でるように辺りを照らす。

 

 「どうしたスザク」

 「…良いの。主役が抜け出しても」

 

 音も立てずに歩み寄って来た白虎は隣に腰を下ろす。

 

 「構わんさ。今あの場に居たら矛先が俺に向けられかねんしな」

 

 フッと漏らした笑みにスザクは苦笑する。

 そんなスザクを心配している白虎は話を戻す。 

 

 「で、どうしたんだよ」

 「……しろ兄は分かってるんだよね。そのまま歩みを続けたらどうなるか」

 「理解せずに歩んでいたら、ただの馬鹿か夢想家だろう。だから正しく理解している。最悪の場合も含めてな」

 「立ち止まろうとは思わないの」

 「思わん。俺にとってお前と神楽耶が大事だ。他がどうなろうと構わんとは言わんが、その結果を背負う覚悟は当の昔(皇歴2004年7月10日)にしている」

 「……そう」

 

 もう止まる事も止まる気もない。

 分かっていても訪れる未来を想像して、気持ちが沈み込む。 

 

 「スザク、お前にまだあの時の覚悟はあるか?」

 

 唐突な問いに()は自身の気持ちを排して迷う事無く、躊躇う事無く頷いた。

 あの時から考えは変わらない。

 変える訳には行かないんだ。

 

 「僕はしろ兄に付いて行くよ。自身の意志で」

 「―――そっか」

 

 白虎は悲しそうで寂しそうな瞳で何処か遠くを見つめながら、小さくそう呟いた。

 危険な目に合わせたくない想いを持ちながら、僕の意志を無視しないように葛藤して出た言葉なのだろう。

 その表情に罪悪感を感じながら、そこまで想われているのを実感する。

 諦めか無理やりにでも納得したのか、白虎は大きく頷くと姿勢を正してスザクに相対した。

 

 「だったら来週から仕事を手伝ってもらう」

 「しろ兄の仕事を?僕でも出来るかな…」

 「策略を巡らせなんてことは言わないさ。それは俺の仕事だ。だからスザクには騎士として訓練に励んでもらう」

 「…騎士」

 「あぁ、頼んだぞスザク」

 

 最後にはニカっと笑って頭を撫でられる。

 僕は護りたい。

 しろ兄も、しろ兄が望む世界も…。



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第24話 「旅立つ者ら」

 ようやくか…。

 この数年の月日は長く、辛く、屈託な日々が続いた。

 そこには妹と平穏暮らすという幸せも確かに存在したが、俺の怒りも憎しみも消え去りはしなかった。

 時は全てを忘れさせる。

 怖かった…。

 何時か己が抱いた感情が劣化し、薄れていくのではないかと。

 母さんが死に、アイツに捨てられ、アイツに斬り捨てられた恨みに辛みに憎しみ。

 杞憂だったがな。

 時が経とうと俺の感情は薄れるどころか、時が経ち尚も増長し続けた。

 

 「笑みが漏れてっぞ」

 「そういうお前もだろう」

 

 喜びから自然と笑みを漏らしていたのか。

 嬉しいことに変わりはないし、表情を取り繕う必要もないことからそのまま放置する。

 それより、同じく悪い笑みを浮かべている白虎には言われたくないな。

 

 「まったく…昔はまだ可愛げがあったというのに。育て方を間違えたかな」

 

 いつもの白虎の冗談だ。

 だが、後ろに控えるジェレミアはそれを良しとしない。 

 噛みつく前に笑い声をあげて意識を逸らさせる。

 ま、言いたい事もあったしな。

 

 「お前のような悪い手本がこれ見よがしに近くにあったのだ。純粋な赤子でも黒く染まるだろう」

 「言ってくれるなぁ。これほど純粋な想いを持っているというのに」

 「それは心根まで腐っているからそう見えるのでは?」

 

 今度は本気で笑い声が漏れた。

 お互いに馬鹿みたいに笑い合う様子に、ジェレミアは向けかけた怒りを収めた。

 

 「で、本題に入ろう。お前の狙いはブリタニアの打倒―――ではないな」

 

 一区切りついた所でルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、机を挟んで対面に座る枢木 白虎に真剣な表情で問うた。

 ピクリと眉が動き、にこやかだった目が細められた。

 

 「何処でそれに気付いた?」

 「中華連邦に何度か渡っている事実」

 「つー事はノーフェイスは勘付いていると見て良いな。どの手段を用いるかは理解できないだろうがな」

 「普通は理解できないだろうさ」

 

 今でも信じがたい。

 白虎に言われて理解はしたつもりだが、何処か夢物語の話をしているのではないかと思っていたぐらいだ。

 実際にこのギアスという力を得るまでは。

 左目の辺りを押さえながら確認する。

 これが己だけでなく、ナナリーを含んだ周りを滅ぼしかねない劇薬であることも聞かされた。

 

 「どうだった。連中は使えそうか」

 「数合わせの手駒としてはな」

 「わざわざ使い潰すなよ。補充は利かないんだから」

 

 今回の遠征に向けて、白虎は重火器に食糧、兵士から、さらにはナイトメアフレームまで用意した。

 どれも日本製も混ぜた数か国の品々を集め、直接的にも裏を読んでも疑われないように品集めは行われ、ナイトメアフレーム22騎中に二十騎は鋼髏で構成されている。

 兵員に関しては選ぶことは叶わなかったが。

 元ナンバーズで日本に残った者の中で、馴染めずに悪事に手を染めた者。

 福岡の事件の際に捕虜にしたが、公式記録からは抹消した者。

 それらをルルーシュの絶対順守のギアスで、意のままに操れる駒へと変えたのだ。

 あまりギアスも多様する訳にはいかないし、これ以上の兵員の補充は難しいから、使い潰すのは都合が悪い。

 それでも被害は必ず出るだろうから、向こうで入手する事も視野に入れて行動せねば…。

 

 「何故アレを側に置いていたのかを、数年ごしに理解させられたよ」

 「そう言うなよ。彼女は仕事はしないし、食っちゃ寝の日々を過ごす怠惰な者に見えるだろうが、相手を気遣い支えられる良い女性だよ」

 「ふっ、他の誰でもなくお前が言うのだからそうなのだろうな。にしても良い女か。今度神楽耶に密告してみるか」

 「勘弁してくれ。神楽耶の機嫌どうこうの前に、ルルーシュが生きていた事に大騒ぎしそうだからな」

 「冗談だ」

 

 そんな事に手間暇をかける気もない。

 無駄手間にしかならないし、俺が生きているという情報を知る口は少ない方がいい。

 

 「で、ルルーシュ。俺は君達を何処に派遣したら良いかな?」

 「……直接的に考えればブリタニア本土でのテロ行為。もしくは中華連邦で地盤補強の工作に勤しむか――だが」

 「――だが?」

 

 ニヤリと嗤う。

 人を馬鹿にしたでは無く、人を試すような笑み。

 こういった笑みを浮かべる時は、大抵ろくでもない事を考えているのを経験から知っている。

 中華連邦でもブリタニアでもなければ何処を狙う?

 何をしようとしている?

 考えろ。

 思考を止めるな。

 状況を整理しろ。

 

 そもそも白虎はブリタニアの打倒(・・・・・・・・)を考えているのか?

 

 「………ユーロピアか」

 「ほう!ほうほうほう!!―――その心は?」

 「あの国がブリタニアに攻められつつも、愚かだからだ」

 

 興味深く、心の底から嬉しそうに白虎は大仰に動き、表情をころころと変化させた。

 どうやら今回は読み切れたようだ。

 ただユーロピアでの意味は読めても、その後は手は読み切れないがな。

 

 「ユーロ・ブリタニアの侵攻を食い止め、成果を挙げる事の出来ていないユーロピア連邦の地盤を俺がひっくり返すか」

 「それによりブリタニアはユーロ方面にも兵力と戦力を裂かなければならなくなり、身動きが取れない上に月日が経つたびに疲弊して行く」

 「対してこちらは戦果を挙げることにより、人気政治と化し、纏まったようでバラバラな連合体で身動きが取れ難いユーロピア共和国を弱体化させる」

 「簡単に言ってくれる」

 「難しくも無いだろう?」

 

 さも当然のように言ってくれる白虎にため息を漏らす。

 こいつは希望的観測で口は開いていない。

 そう出来るからこそ口にしている。

 希望でも願いでもなく

 

 「そろそろお時間です」

 「もうそんな時間か。なら格納庫へ向かおうか」

 「だな―――っとそうだった。渡すもんがあったんだ」

 

 ジェレミアに促されて席を立ち、移動しようとしたところで白虎が下に置いていたアタッシュケースを机の上に載せた。

 中には黒をベースとしたマントに制服などを収められ、一番上には変わった面が置かれていた。

 

 「なんだこれ?」

 「お前さんの一張羅だよ――――ゼロ(・・)

 

 

 

 

 

 私はあの日の光景を忘れない。

 神聖ブリタニア帝国と日本国との戦争。

 幼き彼女は母と共に(ナオト)と白虎さんを送り出し、遠く離れた地より眺めるしかなかった。

 焼かれる街。

 崩れ落ちたビル。

 大勢の人の死。

 地獄絵図のような光景を目にしてぎゅっと拳を握り締めた。

 彼らを見送るしかなかった事と、何も出来なかった無力さを呪った。

 あの何も出来なかった過去がある私は力を求めた。

 白虎さんに師事を求め、これからの主戦力になるナイトメアフレームの知識を蓄え、自主的にも鍛錬を行った。

 白虎大隊の井上さん達に以前受けた入団試験を体験させて貰い、持久力も筋力も戦闘技術も胆力も飛躍的に向上した。

 …二度と受けようとも思い出そうとも思わないけど……。

 前のような思いはしたくないと続けてきた頑張りは、ようやく報われる。

 海外留学という嘘を付いて、白虎の長期に渡る極秘作戦に参加する。

 お母さんに嘘を付いた事は心苦しいが、それでも今は自身を誇らしく思っている。

 

 そして、白虎からの迎えに応じる形でとある倉庫へと訪れた、紅月 カレンは高揚していた。

 この倉庫に火器弾薬に二十騎もの中華連邦のナイトメアフレーム鋼髏、統一された黒い制服を着た二百名以上の兵員が立ち並ぶ光景は、非常に心躍るものであった。

 日本はブリタニアには屈しない。

 まだまだ戦える。

 そんな想いを抱くのは私だけではないだろう。

 

 特に目を引いたのは中央に立つ全く知らないナイトメアフレームだ。

 ブリタニアのサザーランドとも日本の無頼とも、勿論中華連邦の鋼髏とも違う別種の真紅のナイトメアフレーム。

 同じ人型でも胴体が下半身に比べて大きく、全体的に見れば逆三角形の形であり、その姿形は力強さを一目見た私に抱かせた。

 

 「気に入ったかな?」

 「うわぁっ!?」

 

 気配もなく耳元でささやかれた事に驚き飛び退くと、そこにはニンマリと笑みを浮かべる白虎がそこにいた。

 まさに悪戯成功と言いたげな顔にムッと睨む。

 

 「もぅ、白虎さん。びっくりするじゃないですか」

 「ワリィワリィ」

 

 白虎に続くように三名の男女が現れたが、その三名にカレンは眉を顰める。

 一人は歩いても姿勢が乱れない事から、かなり訓練を積んだブリタニア人の男性。

 一人は白衣を着てキセルを吹かしている、褐色のインド系女性。

 そして最後の一人は、頭の天辺から足のつま先まで肌にぴっしりとくっ付くバディスーツとマント、さらに仮面で覆い隠した人物。

 怪訝な表情から意図を読み取った白虎が「あー…」と唸り、三名が見え易いように横にずれる。

 

 

 「っと、紹介するよ。この遠征組の指揮官のゼロに彼に忠誠を誓っているジェレミア。そしてそのナイトメアフレーム“紅蓮壱式”の制作者であるラクシャータ博士」

 「貴方がカレンちゃんね。紅蓮共々よろしくね」

 「宜しくお願いします―――って紅蓮共々?」

 「あら?聞いてないのかしら」

 「まだ言っていないからな。まず先に」

 

 ポケットに納めていた起動キーにブリタニア人――ジェレミアへと放り投げる。

 落とすことなく受け取り、これはと言いたげな視線が向けられる。

 対して真っ先に行われた意思表示は、最奥にあった両肩がオレンジ色に塗装されたサザーランドを親指で指示した事だった。

 

 「ジェレミアにはアレを渡しておくよ」

 「あれはサザーランド?」

 「サザーランドJ。外見だけはサザーランドを模しているけれど、中身は全くの別物。性能的にはサザーランドを大きく上回っている、貴方専用に改修を施したナイトメアよ」

 「そしてカレンちゃんにはこっちだ」

 

 同じく起動キーを投げられ、受け取った私は目を見開いて驚きながら、指で示された方向――真紅のナイトメアフレームへと視線を向けた。

 

 「紅蓮壱式。

  性能は現行のナイトメアフレームと絶対的な開きを持っていると断言するわ。

  武装は飛燕爪牙(スラッシュハーケン)呂号乙型特斬刀(特殊鍛造合金製ナイフ)、43mmグレネードランチャー。追加装備として対ナイトメア戦闘用ランスとアサルトライフルも用意してある」

 「グラスゴーのコピーである無頼と違い、純日本製のナイトメアフレーム」

 「そんなナイトメアフレームを私に…」

 「シミュレーターとは言え、君の騎乗能力は他に比べて卓越している。それに俺が信頼を置ける人物だからな」

 

 ポムっと頭に手が置かれると優しく撫でられた。

 温かい手に安心感が与えられ、笑みがこぼれる。

 

 「私、期待に答えれるように頑張りますから!」

 

 心の底から放たれた笑みと言葉に、白虎はズキリと痛みを感じた。

 なにせ白虎は自身の我侭を叶える為の歯車として、ラクシャータは後に完成させる紅蓮弐式のデータ収集ぐらいしか思ってない。

 悪い大人だなと、白虎が他人事のように想っているなんて露ほども感じず、自身に与えられた紅蓮に駆け寄り、希望を抱いて見上げていた。

 

 

 

 

 

 

 ナイトメアフレームは解体し、人員を含めて貨物に紛れさせて、中華連邦を介してユーロピアへ。

 白虎は見送った後、今回呼ばなかったナナリーを迎えに行き、向かい合うように椅子に腰を降ろしていた。

 ルルーシュとジェレミアがこの地を離れた時点で、ナナリーの面倒は白虎が直接する事となり、この後は隠れ家などでなく枢木家本邸に連れ帰る事となっている。

 これまでルルーシュとナナリーが暮らしていた家から移動する前、白虎はある事を思い出して口にした。

 

 「そういえばちゃんとリハビリしてたか?」

 「えーと…」

 

 なんとも歯切れの悪い返事に眉を潜ませた白虎は、立ち上がってナナリーに近寄ると、スカートを軽く捲った。

 急にそんな事をされて驚いて、上まで捲られないように抑えるが、白虎はそこらはまったくもって眼中になかった。

 

 「おめぇ…ちゃんと足動かしてねぇだろ」

 

 必要最低限の筋肉しかついてない痩せ細った足を見た白虎は、呆れてため息を漏らす。

 ルルーシュが見たら確実に激怒、神楽耶なら二度と口を聞いてくれない行為だろう。

 

 「し、白虎さん。その恥ずかしいです…」

 「ならちゃんと歩けるようにリハビリはしておけよ。してないようだったらまた確認するからな」

 

 捲っていたスカートの端から手を離し、見えていないが睨みつけて忠告する。

 

 「ったく、目は見えないが身体は問題ないんだからなお前は。いつまでもルルーシュにべったりって訳にもいかないんだから」

 「…でも、私は目が…」

 「確かに確かに。だけどナナリーの場合は事情が事情だ。治療方法さえ確保できれば一気に解決できる」

 「―――治るのですか!?」

 

 期待の籠った問いに白虎は少し考え込む。

 ここで治せる治療方法(バトレーによるC.C.再現実験の副産物)を口にしても良いが、普通は信じれる類の話ではない。

 が、ナナリーは別だった。

 だからこそ悩んだわけだが、これからの事を考えると逆に都合がいいか。

 

 「治るさ。ただ、そうさな―――手を握ってくれるか」

 

 どういうことか理解できずにナナリーは差し出された手を握った(・・・・・・・・・・・)

 盗み見た光景と内容に、ナナリーの表情が崩れた。

 白虎の記憶…。

 何をして、何を成そうとしているのか。

 ルルーシュとカレンに何をさせようとしているか。

 これから自分に言わんとしている事も、すべて映像のように脳内に流れ込んでくる。

 自分達が慕っていたお母様(マリアンヌ)が、自分達をギアスの実験体や計画の予備としか考えておらず、お父様が私達兄妹を愛してくれていたからこそ愛していたように演技していたという事も全てが、マリアンヌの命で行われたC.C.の遺伝子を取り込ませ、目を見えなくすることで覚醒させられた力によって自身に伝える。

 

 「あぁ…ああ!」

 

 絶望と呼べる感情が胸中で渦巻き、悲痛な声が漏れ出る。

 それを白虎が覆い包むように抱きしめて、ナナリーを落ち付かせようとする。

 流れ込んだ情報に感情が追い付かず、涙を流しながら嗚咽を漏らすどころか胃の内容物全てを吐き出す。

 まだ形が残っている内容物をぶちまけたら、胃酸を吐き出しているかのようにまだ吐き続ける。

 白虎はそれが収まるまで抱き締め続ける。

 服が吐瀉物で汚れようとも離さない。

 

 数十分も経てば落ち着きを取り戻し、青ざめながら申し訳なさそうに見上げる。

 

 「すみません白虎さん…」

 「謝るな。これは俺の浅慮によるミスだ…。そうだよなぁ、教えたい情報だけ伝えれるもんじゃなかった…すまない」

 

 首を横に振るが表情は優れていない。

 配慮が足りなかったことは自分の失態なのだが、知り得た事実の前に気が狂わずにこうも立て直したところを見るとやはり―――いや、考えるのは止めよう。

 

 「治療方法は理解しました。貴方の事情も」

 「見たのか。まぁ、見えるわな―――で?」

 

 問われたナナリーは俯き、少し悩んでから顔を上げる。

 そこには強い意志と覚悟が見えた。

 

 「構いません。それがお兄様の為であり、白虎さんの――世界を護る為ですもの」

 「本当にすまんな」

 

 心の底から謝罪をするとナナリーはにっこりと笑った。

 その笑みには白虎のこれまでの苦労と葛藤を知った事により、悲しみや感謝の念が込められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………例え自分自身を予備の餌(・・・・)として使おうとしていると知っても、彼女は笑みを浮かべた…。



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第25話 「幕開け前に」

 元々ユーロピアの王族や貴族だったが、亡命を余儀なくされた者らの末裔がブリタニアに助力を乞い、奪われた地を取り戻すべき組織されたユーロ・ブリタニア。

 自国を護るにしても、ブリタニアという大国を背後に持つ敵に対して、一国ずつでは戦力差があり過ぎる為、協力体制を築き上げたユーロピア共和国連合。

 戦力の上では同等であろう。

 だが、それだけだ…。

 

 ユーロピア共和国連合は所詮寄せ集め。

 どうしても国の壁が存在し、最終目的はユーロ・ブリタニアの打倒であるが、国々で如何に自国に有利なように他を動かすか、自分達が富を得られるか、誰を利用しようかと他人――他国への足の引っ張り合い。

 それに加え、ユーロピア共和国連合は、何より民衆からの言葉に機敏である。

 喝采ならまだしも作戦失敗による非難の声が多ければ多い程、パリの統合本部でも問題として挙げられ、失敗した誰かに責任を取らせることも辞さない。

 結果、佐官や将軍達は如何に責任を取らないようにするかと、戦いに対して消極的になってしまい、思うように動けないのが実情である。

 そんなユーロピア共和国連合が、ブリタニアの支援を受け、先祖代々の土地を取り返すという意思の下で一つになっているユーロ・ブリタニアに後れを取るのは必然だったろう。

 戦線は後退し、その度にユーロ・ブリタニアの勢力圏が拡大していった…。

 しかもユーロ・ブリタニアの四大騎士団のひとつには、元皇帝最強の十二騎士に所属していた猛者が居るという。

 戦力の質も、戦士の技量も、統制や連携でも後れを取るユーロピア共和国連合が敗北するのは、時間の問題と思われた。

 

 ゼロが訪れるまでの話だが…。

 

 自室にて作戦計画書に目を通すゼロ―――ルルーシュは深いため息を漏らす。

 白虎から日本の上層部には碌な奴は居なかったと聞いたが、それ以上にここは無能の巣窟かと、呆れを通り越して哀れに思ってきた。おかげでユーロピア共和国連合を掌握するのは簡単であったが、それだけに自分が来なければ終わっていたのではないかと、本気で心配するレベルだ。

 ルルーシュがゼロとして行った事は簡単だ。

 策を巡らして伏兵に奇襲、強襲を行って勝利を納め、メディアを使って情報を流したりしただけで、統合本部のモグラ達が喉から手が出るほど欲していた民衆からの支持が集まった。

 そこから交渉を重ねて統合本部の者と接触し、彼らは全員俺の手駒になっている。

 

 「失礼します」

 

 ノック音と共に聞き覚えのある声が扉の向こうより聞こえ、ルルーシュはゼロの仮面をつけると入室を許可した。

 部屋に入って来たのは一緒にユーロピアに渡ったカレンやジェレミア、ラクシャータではなく、レイラ・マルカルという女性であった。

 彼女は統合本部にて、人材確保のために資料を眺めていたら見つけた、唯一優秀だと思った人材である。

 特筆すべきは彼女が立案した作戦であろうか。

通称“アポロンの馬車”と呼ばれる大気圏離脱式超長距離輸送機を用いて、大気圏外より目標地点に降下して、ナイトメア部隊を敵地のど真ん中にでも展開できるというもの。

 統合本部は被害と人員を確保できないという事で否決したが、それはこの作戦の有用性を正しく理解していないからだろう。

 

 “亡国のアキト”ではユーロピアに亡命した日本人達に、作戦に従事すれば家族が優遇される条件で、自国民では無く死んでも痛くないという判断から人員を確保した。だが、こちらでは白虎はエリア11になる事を阻止したので、一時的にユーロピアに避難した日本人もそのまま帰国して人員がいなくなったのだ。

 ちなみに同理由で、日本人の主要メンバーはユーロピアに存在しない。居るのはユーロピアで過ごしていたアキトだけである。

 

 とりあえず使わないのならと、副指令として引っ張って来たのだ。

 すると、彼女が前々から目をつけていた人材も合わさって、かなり充実した組織と相成った。

 特に技術班は、ユーロピア随一と言っても良いほどに。

 独自に“アレクサンダ”という優れたナイトメアフレームを開発したアンナ・クレマン大尉に、今は輻射波動開発からアレクサンダの改修の手伝いなどを行っているラクシャータ・チャウラー。

 下手したら白虎の元より技術力があるのではと思うほどだ。

 統合本部よりおまけのように送られてきたピエル・アノウとかいうやつは、早々に叩き返したがな。

 

 「もうすぐ作戦開始時刻です」

 「もうそんな時間か」

 

 時刻を確認すると、確かに予定時刻が近くなっていた。

 これより、カレンやジェレミアなどの黒の騎士団メンバーを含んだ一個大隊ものナイトメア部隊“ワイヴァン隊”が、敵陣営に降下して作戦行動を行う為に、アポロンの馬車にて出撃するのだ。 

 指令室に向かおうと、統合本部より黒の騎士団の拠点として提供させたヴァイスボルフ城の廊下を歩いて行く。

 自分と白虎の願いが叶う事を想いながら、今すべきことを行おうと歩み続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 白虎により秘匿されている地下に広がる実験室。

 ここでは日本政府ですら知らない技術が開発され、日の光を浴びるその日まで、ただただ待ち続けている。

 そんな一室にて、今まさに長年かけてきた実験が形に成ろうとしていた。

 強化ガラスに仕切られた観測室では、白衣のような研究着を着用している男女数名が、画面に映し出される数値と走らせている文字列をひたすら見続けている。

 緊張と薄っすらと興奮の色を浮かべた一同は、ガラスの向こうで横たわっている物へと視線を移す。

 飛行機のような翼を左右に広げてはいるものの、誰がどう見ても飛行する物では無かった。

 楕円形の中央部に翼が生えただけで、推力装置は見当たらない上に尾翼もない。まるで子供の玩具のような現実味の無い形状の物。

 これこそが彼ら・彼女らが取り組んできた研究の成果―――“フロートユニット”である。

 

 「フロートユニットの接続を確認。システムチェック開始―――問題なし」

 「実験を開始してください」

 「了解。実験開始」

 

 カタカタカタとキーボードを叩く音が室内に広がり、試作実験機のフロートユニットが起動する。

 翼の先端が開いて僅かな隙間が翼の間に出来る。

 そこにエナジーにより生成された輝く板が現出した。

 ここまでなら今までの実験でも確認された。

 重要なのはここからだ。

 

 「フロートユニット両翼よりエナジー体の生成を確認。エナジー消費量及び生成体の形状の誤差、許容範囲内で収まっています」

 「飛行開始」

 「飛行開始します」

 

 エナジーの形成物を生むだけなら簡単だ。

 すでにロイド博士が自慢のナイトメアフレーム(玩具)“ランスロット”に搭載している。

 “ブレイズルミナス”。

 現行のナイトメアフレームの装備で盾と言えば暴徒鎮圧用。

 つまり対人を想定しての盾であり、対ナイトメア戦を考えての盾は無い。寧ろ機動力特化のナイトメアに盾を持たせても速度が落ちるので、持たせないというのが一般的だ。

 しかしながら、ロイド博士が開発したブレイズルミナスはエネルギー体を生成して盾にするので、消費エナジーによって強度は自由自在に変更でき、重さは発生装置だけなので同じ強度の盾以下。しかもずっと持っている必要がないので邪魔にならない。

 こちらもエネルギー体を使用するが、それは盾では無く飛行する為。

 エネルギー体を生成してから飛行する為に、何が必要で何が不必要かを何度も試験し、長い期間をかけてようやくここまで辿り着いたのだ。

 ふわりと浮いた実験機は、少しずつ天井に向かって上昇して行く。

 

 「飛翔を確認。等速で上昇中」

 「目標高度に到達。上昇加速度をマイナスにシフト。上昇速度プラスマイナスゼロ。停止を確認」

 「水平方向への加速を計測」

 

 ゆっくりと上へ上へと上がり、時間が止まったかのように停止。のちに実験機は指示した方向へと動いた。

 本当にゆっくりながら飛行したのだ。

 それを観察していた皆が固まり、喜びから肩を震わせ始める。

 次の瞬間には鼓膜に響くほどの歓声が巻き起こる。

 

 「せ、成功だ…成功ですよ!!」

 「やりましたね主任!」

 

 主任と呼ばれた女性―――セシル・クルーミーは笑みを浮かべて、喜んでいる仲間達へ見渡した。

 

 「この結果は私だけの成果ではありません。ここに居る皆さんの協力あってこそです」

 

 社交辞令のようだが本心で想っている言葉を述べ、興奮状態にあった彼ら・彼女らを見つめ安堵し、少し席を外すと言ってその場をあとにする。 

 部屋を出たセシルは達成感と満足感を噛み締めながらも、これまで溜めに溜めていた疲労感によりため息を漏らす。

 フロートユニット開発チームは良い人たちばかりだ。

 年下である私の指示に文句も言わず、同じ目的の為に協力してくれた。

 最初は年齢云々からのいざこざが発生したりするかなと思っていただけに、これは有難かった。けれど彼ら・彼女らのそれに甘えるだけではいけない。

 主任として周りを引っ張っていくように努力しつつ、地位を笠に着て命令して言う事を聞かすのではなく、相手を尊重して頼む形で波風を立てないように気を使った。それもその気遣いを気付かせないようにしてだ。

 彼女に溜まった心労はかなりの物だった。

 今まで倒れなかったのが不思議なほどに。

 廊下を進んで角にある、自動販売機が置かれている休憩室につくと、誰も居ない事を確認して、置いてあるソファに寝そべった。

 施設には休憩室が幾つかあるが、セシルが訪れた休憩室は他の研究室より離れており、ここを使用するのはセシルの班ぐらい。それも今はあの部屋で騒いでいるであろうことから誰も来ない。

 だから人の目を気にせずに、いつもならやらない行動をとれる。

 普段の真面目で周りに気を配れる彼女を知っている人が、今の彼女の状態を目にしたら、何かあったんですかと心配を口にしていただろう。

 それほど彼女は疲れ果てている。

 

 横になった事で疲れが表層にまで上がり、急激に瞼が重たくなってきた。

 うつらうつらと意識が落ちかけ、何度か抵抗を行ったものの、セシルはいつの間にか眠りこけてしまっていた…。

 ふわりと髪が揺れた。

 温かいナニカが頭に触れている。

 髪を触れらているのに不快とは思わなかった。

 寧ろその優しい感触に、もっとと寝惚けながら欲しがった。

 摺りつけるように頭を動かし、寝ぼけていた意識がゆっくりと覚醒し始める。

 

 「―――ぇ」

 

 薄っすらと目を開けて、ぼやける意識と視界が徐々にハッキリするにつれて、頬が熱を持って真っ赤に染まる。

 横になったソファには転がった自分だけだったはずが、今は枢木 白虎も腰かけていた。

 撫でり撫でりと絶えず撫でられ、恥ずかしさからこの場から逃げ出そうとするが、どうにもその手を払い除けれずにいる。

 

 「し、白虎さん!?」

 「おう、おはようさんセシル嬢――つってももう夜だけどな」

 

 ニカっと笑いかける龍黒 虚を名乗った詐欺師(枢木 白虎)を恨めしく見上げる。

 いや、契約条件は違えてなかったから詐欺師という訳ではないが、物腰柔らかで爽やかな青年(龍黒 虚)という仮面は詐欺では無いだろうか。

 実際は真逆に近い人物であったが、これはこれで接しやすくはあるのだが…。

 口は悪く、性格もねじ曲がっているが、性根が腐っている訳ではなく、寧ろ優しい人物だというのがよく分かった。

 変に気を張る事もないし、気楽に接せられる。

 それ以上に今まで頼られる事が多かったが、この人は何故か妹みたいに扱って甘えさせてくれる。

 多分無意識なんだろうけど、どうしてと疑問を浮かべるが未だに答えは出ない。

 

 …最初は憐れみから始まった。

 開発チーム内に気を配り、少しでも手が空いたらロイド博士やラクシャータ博士のお手伝いに奔走し、年下のスザクの面倒を見たり(ロイドがその辺のフォローをしないため)、放っておいたら何をするか分からないロイドの介護――ではなかった。尻拭い――ゴホン、世話を焼いたりと、苦労の上に苦労を重ねて大変そうだったので労わったのが始まり。

 最近では白虎もセシルも慣れて、兄妹みたいな扱いになっていた。

 ちなみにセシルは白虎の一個下である。

 

 「安心して良いぞ。入り口には清掃中の看板を置いといたから」

 「チームの皆さんは…」

 「金渡しといたから今頃羽目を外して飲み食いしてるだろうさ(施設職員に対して絶対順守のギアス処理済みで情報漏洩の危険無し)。今日はよく休め。これでフロートユニットはひと段落した訳だしな」

 「いえ、これはまだまだ完成には及んでません。何よりエナジーの消費問題が大きいですから」

 「なにも一つで全てを完結させよとは言わないよ。これからも研究に励んで完成させればいいさ。本当によくやった」

 

 最後に頭をゆるりと撫でると、白虎は立ち上がる。

 振り返った、彼は不思議そうにこちらを眺め首を傾げた。

 何か可笑しなところでもあっただろうか?

 

 「なんだ?まだ甘えたかったか?」

 「――ッ!!そ、そんなに物欲しそうな顔してました!?」

 

 甘えれる相手がこの人しかいないから、無意識に甘えている自覚はあった。けれど表情に出す程というのはさすがに恥ずかしい。

 鏡がないために確認は出来ず、手で覆う様にして隠す。

 

 「いんや、全然」

 

 ――揶揄われた。 

 ムッと睨むとカラカラと笑って流された。

 あまりこういう感じで絡む友人も居なかったもので、この白虎との距離感は案外と気に入っている。

 すぐに機嫌を直したセシルは笑みを向ける。

 こんな時間が長く続けばいいのにと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 夜九時。

 夕食もお風呂も済ませた皇 神楽耶は静かに戦術書に目を通していた。

 ぺらりぺらりと紙が擦れる音がやけに大きく聞こえるこの空間に、どたどたと慌ただしい足音が入り込み、正体を察した神楽耶はしおりを挟む。

 まるで我が家のように皇家の屋敷に入った枢木 白虎は、我が物顔で警備の制止を気にも止めずに、一つ一つ部屋を確認して行く。何部屋か回って探していた神楽耶を見るや否や、近づいて寝っ転がった。

 慣れ切っている神楽耶は驚く素振りも見せず、手にしていた書物を置いて、寝転がって来た白虎の頭を太ももで受け止めた。

 ゆっくりと頭を撫でながら、神楽耶は手短に人払いをしておく。

 大抵人に聞かれると不味い話しかこの二人はしない。勿論日常的な会話もあるが、下手な“英雄像”が出来上がっている為に、ひとたび会話を耳にすれば瓦解する者も多いだろう。それに対しての配慮であるが、いきなり上がり込んで少女に膝枕をして貰う成人という時点で手遅れのような気もする…。

 

 「今日はどうされたのですか?」

 「神楽耶の顔が見たくなった―――では不満か」

 「とても嬉しく思いますよ」

 

 温かな手が頬を撫でる。

 微かに紛れた香りを放ちながら…。

 

 「あら、今日どなたかに御触れになりまして?」

 「んぁ?あー…セシル嬢の頭撫でたっけか」

 「それでですか」

 「怒んなって。ただ褒めてやっただけだ」

 

 先ほどの光景を思い浮かべる白虎の視界に、頬を膨らませて不満を募らせる神楽耶の顔が映り込む。

 原作では別段気にしている風もなく、浮気にも寛容そうな事を言っていた気がするのだが、どうしてこう原作と違ってしまったかなぁ。

 それだけ強く愛されていると思えば悪い気はしないがね。

 知っているだけに違和感は残る。

 

 「英雄色を好むって知ってるか」

 「知りませんね。私の辞書にそのような言葉は記載されておりませんので。もしや誰かほかの女性と?」

 「俺は童貞なんだが」

 「女性と違って殿方は確かめようがないではないですか」

 「確かに――ってかその情報どっから拾ってきたよ」

 「知識は宝ですからね」

 「いらん知識まで拾ってそうだなぁ」

 

 別の問題が発生したが、本人は気にしていないようだし良いか。 

 

 「では、用件を伺いましょうか?」

 「おんやぁ~、俺は神楽耶に会いに来たって言ったのに信じて貰えないのかなぁ」

 「信じてますよ。でもそれだけではないでしょう」

 「以心伝心と喜べばいいのか、俺の思考が読まれやすいと警戒すれば良いのか、どっちが良いと思う?」

 「心が通じ合っていると喜ぶべきかと」

 「ちなみに今俺が神楽耶に向けている気持ちは?」

 「――愛している」

 「正解だ」

 

 照れもせず、さも当然のように口にされた解答に思わず笑ってしまった。

 違ってはいないがこうも真正面から堂々と言われると、嬉しいとかではなく清々しい気持ちが一番に出てくる。

 

 「後一年もすればすべてが整う」

 「長かったですね」

 「あぁ、長かったさ」

 

 すでに白虎の計画は全てが順調に実りつつある。

 ルルーシュ(ゼロ)によるユーロピアでの工作は、想定以上のおまけ付き(レイラやwZERO部隊)で進行中。

 日本艦隊の主力を担う秘匿呼称“八八”計画は90%まで進み、搭載予定の特殊兵装もロイドやラクシャータの協力にて作るだけ。

 ナイトメアフレームに至っては順調を通り越して進み過ぎた。

 ロイドとラクシャータという世界屈指の技術者を得て、日本国が存在することで研究場所にも資金にも困らない。

 おかげで月下の生産の目途が今から立っている。ただ全軍に行き渡る事は不可能だが、それでも一部だけでも配備できるのは大きい。さらにランスロットはスザク専用に調整中で、紅蓮弐式は輻射波動機構の取り付けが完成したのでゼロの下に送るだけ。残る神虎はこれからだが何とかなるだろう。

 そして一番嬉しい誤算は、セシルのフロートシステムが初期段階とはいえ完成した事だ。

 原作中盤以降に登場したのが原作一年前に完成するとか、上手くいけば原作開始の一年後にはエナジーウィングとかできちゃうのではと淡い期待を浮かべてしまう。

 なんにしても、これでナイトメアの空戦能力を得たばかりか、展開速度も進行速度も高められた。

 

 ……これで“箱舟”の目途も立ったしな……。

 

 「神楽耶には“八八”を任せようと思ってる」

 「宜しいのですか?あれは――」

 「神楽耶だから任せられる」

 

 ニカっと笑みを浮かべると、白虎は上半身を起こして伸びをする。

 肩の辺りがコキコキと音を立てる。

 

 「さてさて、愛しの神楽耶の顔も拝めたし、帰って根回しに勤しむとしますか」

 「ふふふ、軍神が護りから攻めに転ずるのですわね」

 「ったりめぇだ。俺の大事な奴らに手を出した落とし前は付けて貰う」

 「怖い怖い。……で、何を成さるつもりで?」

 「そりゃあ勿論――――」

 

 神楽耶の問いに白虎はニコリと笑う。

 楽し気に怒りを込め、表情に影を落としながら口を開いた。

 

 「ブリタニアとの同盟の締結さ」



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第三章
第26話 「狼煙」


 すみません…。
 予約投稿忘れてました…。


 皇暦2017年8月10日。

 神聖ブリタニア帝国が日本国に対して侵略戦争を仕掛けてから、七年の歳月が経った。

 戦争によって生じた心の傷は癒えはしないが、各地につけられた戦場跡と言う爪痕は綺麗に均され、今や戦闘など無かったように新たな街並みを形成してしまっている。

 立ち直している兆候として、世界各国は日本国の行動を注視していた。

 いくつもの戦線を抱えつつも、日本との戦いで失った戦力の回復がそれほど進んでいない超大国ブリタニア。

 中華連邦とも良き関係を築きながら、戦力を整えている日本国。

 反ブリタニア勢力からすれば、そのまま日本国がブリタニアに戦争を仕掛けてくれるのが、最高の打倒ブリタニアの狼煙になる。

 そう期待を抱いていたのだ。

 『日本国は神聖ブリタニア帝国と正式に同盟を結ぶ』との発表があるまでは…。

 

 ブリタニア本国より離れ、日本に近いブリタニア領“ハワイ”。

 観光地としても有名なこの地であるが、現在は交通規制が敷かれて特定の地区では行動すら制限されている。

 理由は、神聖ブリタニア帝国と日本国により、同盟を結ぶための最終調整と調印式が行われるからだ。

 日本国からは澤崎 敦首相を始めとした政府高官達に枢木 白虎中将。

 ブリタニアより宰相のシュナイゼル。エル・ブリタニアに元老院と貴族でなる交渉団。そして、何故か付いて来られたシャルル・ジ・ブリタニア皇帝陛下。

 皇務を疎かにしたり、誰かに任せっきりにする父上が何故来られたのかは解らない。解らないが、日本側の端の席でだらんと机に突っ伏している白虎が関係している事は間違いないだろう。

 

 警戒すべき相手(白虎)にシュナイゼルは不気味さを感じるものの、もはや畏怖の念は抱いてはいない。

 

 この交渉自体は白虎が提案したものであったが、今や主導権を握るのはシュナイゼルとなっている。

 澤崎は白虎と持ちつ持たれつの関係で今の地位を保って来たが、白虎がどんどんと軍部に力を伸ばして以前より人気を得ている事を危惧し始めていたのだ。逆に澤崎は、首相の地位を守る為に試行錯誤アピール活動を行うも、支持率を維持するのが精々。

 そこで白虎へは諜報部の監視だけで、自身は澤崎に接触を試みた。

 結果、日本と同盟後はこちらが全面的にバックアップする事と、首相職を降りた後にブリタニアの貴族の地位を与えると約束を交わしている。他の政府高官も似たような条件で、ここに並ぶ日本側のほとんどがシュナイゼルの手駒と成り果てている。

 白虎と言えば何か仕込んで来るかと警戒していたが、中華連邦へ出向いたりする程度で別段何かを仕掛けてくる兆しなし。それはそれで怖いものがあるが、無いものを、知らないものを、理解できないモノを警戒するのは困難で、警戒しつつ伺うしかなかった。

 が、結局何事もなく、こうして父上が居るというイレギュラーを除いて無事に進んだわけだが…。

 

 「これで我が国はブリタニアと同盟を組めたわけですな」

 

 売国奴(澤崎)が嬉しそうに笑みを浮かべる。

 (白虎)さえ居なければこうも容易いのか。ブリタニアが三度に渡って敗北したのが嘘のようだ。

 にこやかな笑み(作り上げた仮面)で微笑み返し、受け取った澤崎は握手を求める。

 

 「えぇ、長きに渡ったブリタニアと日本の因縁は終止符が打たれ、お互い未来に向かって歩める」

 「ナナリー皇女殿下も安心なさるでしょうね」

 

 自身が言った言葉にそうであれば良いが無理だなと判断を降しながらも握り返す。

 ナナリー・ヴィ・ブリタニア―――ブリタニアが日本に進行する前に枢木家に人質として送り出された母違いの妹。

 この同盟の交渉をブリタニアに呑ませる為に白虎が用意した仕掛け。

 七年の歳月を経て発見されたナナリーを公表したのは、交渉を持ちかけてすぐだった。

 それこそが唯一シュナイゼルが確認できた白虎の工作である。

 行方不明だった皇女殿下が日本の手の内にあると知った貴族や元老院は、我先にと皇帝に恩を売ろうと、仕方ないが皇女様の為に応じるしかありますまいと、行動を開始した。

 この流れを止める手立てもあったが、別段すべきとも思えなかった。

 それよりも白虎の動向を探る事が先決だと監視を続けていたが、報告にあるのは議員と会食したり、中華連邦の天子や大宦官と談笑するばかり。

 何も手を打ってこない事に不気味さを感じながら、今日に至ったわけだが…。

 白虎へ視線を向けても突っ伏したまま動く様子がない。

 

 「白虎よ。C.C.はどうした?」

 

 今まで閉ざしていた口を開いたかと思えば、聞きなれない単語(C.C.)に一瞬眉を顰める。

 その言葉でようやく突っ伏していた白虎は顔をあげ、眠たげな眼を擦りながらようやく口を開いた。

 

 「…んぁ?C.C.ならナナリーと一緒に居るよ。多分ピザ食ってると思うけど」

 「引き渡す約束、忘れておらんだろうな」

 

 話の内容と周りの反応からして、C.C.と言うのが父上と白虎のみ知っている人物だという事を理解する。が、父上が気にする理由が分からない。

 もしやその女性が貴方がここに来た理由?

 思想を巡らす間も二人の会話は続く。

 

 「引き渡す約束なんてしてねぇよ。出会いの機会作ってやっから、あとはご自由に口説いて下さいって言ったろうに」

 「女一人連れてくるなぞ容易かったろうに」

 「丸腰の女一人を力付くで意のままにしろと?強姦魔じゃんそれ。俺ってばロリコンであっても、レイプ魔じゃねぇの。お分かり?」

 

 ブリタニア――否、世界中のどこを探しても、父上にこうもフランクに話しかける者は居ないだろう。

 無礼だと批判を口にすべき貴族や元老院達は、あまりの出来事に呆けてしまっている。

 冷静になったら批判が日本側に殺到する。そうなる事を予想して澤崎の顔色が真っ青に変わる。

 ここは無理にでも注意を逸らした方が良いだろう。

 

 「では同盟締結のサインを願いますか?」

 

 兎も角これで同盟はなったも同然。

 日本国の政府首脳陣はもはやこちら陣営。

 すでに取引によって、白虎は日本政府によりブリタニア本国へ出向する事になっており、そうなれば二十四時間監視体制を組んで、動きを制限するつもりだ。

 そうなればどれだけ狡猾であろうとも、翼をもがれた鳥同様に、自由に動くことは出来ないだろう。

 ブリタニア最大の脅威はもう手中にある。

 呆気なさ過ぎる終わりに何処か物足りなさを感じながら、シュナイゼルは、同盟締結の書類を手にして席を立とうとする。

 

 「なぁシュナイゼル。俺が仕掛けをせずにここに来たと思ってるか」

 

 その一言にシュナイゼルは白虎へと視線を向ける。

 絶対にありえない。

 この場において奴が仕掛けを施すなどあり得ない。

 しかしなんだあの不敵な笑みは?

 

 「―――ッ!!皇帝陛下をお守りしろ!」

 

 誰かが叫んだ一言に警備のブリタニア兵が動き出す。

 この室内で最も優先順位の高いシャルルと次点のシュナイゼルを護るように固める。が、白虎はたった一言で状況は一変した。

 

 「取り押さえろ」

 

 護る為に周囲を固めたブリタニア兵が、シャルルとシュナイゼル、カノンの三名を組み伏して身動きを取れなくした。

 何故このようなことになったのか理解が出来ない。

 ここの兵は、すべて代々皇帝を守護していた者達の中で、一番の精鋭達。

 どうしてこのような事に…。

 シュナイゼル以上に理解できてない貴族に元老院、日本の高官達と他所に、白虎は満面の笑みを浮かべて老齢の元老院の一人を指差した。

 

 「俺は除いてそいつとシュナイゼルとカノン、あとはシャルル以外は殺せ」

 

 弾んでいながらも冷たい言葉に背筋が凍りつく。

 奴の言葉の通りなら――と、考える前に放たれた銃弾がブリタニア側だけでなく、日本国高官一行をも貫いて、生命の活動を停止させる。

 

 「――ッ貴様!!」

 「おっと巻き毛皇帝の目を塞げ」

 

 父上の瞳が輝き始めたかと思えば、指示通りに目を塞がれて輝きは見えなくなった。

 身動きも取れない状況で、どうしたら良いものかと悩む。

 

 「訳が分からないって顔だねぇ」

 

 白虎の余裕ぶった態度と言葉が妙に苛つく。

 クスクスと嗤いながら私の後ろを指出す。

 

 「三人とも後ろ見てごらん。あ、巻き毛の目隠しは外して」

 

 言われるがままに振り返ると、軍帽を深くかぶった警備をしていた兵士が立っていた。

 目元は軍帽で隠れているが、覗いていた口元が笑い、ゆっくりと深くかぶっていた軍帽を外した。

 

 「久しぶりですね父上、兄上」

 

 そこにはブリタニア軍の制服を着て入り込んでいた幼い頃より幾段にも成長した行方不明の筈の弟(ルルーシュ)の姿があり、真紅に輝く瞳を目視すると意識が遠のいて行った…。

 

 

 

 

 

 ホテル内より銃声が鳴り響いて、周辺は大混乱へと叩き込まれた。

 日本とブリタニアが同盟を結ぶ晴れの日として、両軍合わせた警備部隊が肩を並べて警備に当たっているが、戦争の遺恨を残す両者が本当の意味で肩を並べれる筈もなく、急な銃声に疑心暗鬼に陥るのは時間の問題だったろう。

 この日の為に急遽設立され、派遣されたナイトメア部隊“日本軍所属特別警備部隊”もその渦中に居たが、人型自在戦闘装甲騎隊隊長を命じられた枢木 スザクは落ち着いていた。

 なにせこの銃声の意味を知っている…知らされていた数少ない人物であるのだから。

 

 これは狼煙だ。

 しろ兄が世界に対して打ち上げた、大火へと続く狼煙。

 日本とブリタニアだけでなく全世界を巻き込み、己が夢と欲望を叶える為の進撃の合図。

 藤堂さんも、ナオトさんも、カレンも白虎の命を受けて待機している。

 それらの全ては今自分に掛かっている。

 ボクがしろ兄の計画通りに動かなければ、日本は確実に詰むし、しろ兄は叶える事無く潰されるだろう。

 だから今だけは心を鬼にして任務を…しろ兄の願いを叶えよう。

 ロイド博士が作り上げた人型自在戦闘装甲騎“ランスロット”のコクピット内で大きく深呼吸をしたスザクは、操縦桿を握り締めながら、握った手がこれから人を殺すというのに震えすらない事に気付いた。

 それもその筈か…なにせこの手は血で汚れているのだから…。

 

 『く、枢木隊長!先ほどの銃声は!?我々はどうすれば宜しいでしょうか?』

 

 無線より狼狽えながらの質問が届く。

 日本軍所属特別警備部隊の最高責任者は白虎になっているが、他に指揮を執れる者は存在する。が、ここでの発砲=戦争の引き金と解っては下手な命令は出せない。そこで、白虎の実弟で人型自在戦闘装甲騎を任せられているスザクに判断を任せたのだ。

 スザクはしっかりとした口調で力強く答えた。

 

 「落ち着け!情報担当官は情報収集に全力を注げ。それ以外の警備はその場を動くな!」

 『もしやこれはブリタニアの攻撃では!?』

 「だとしても明確に攻撃してきたという確証はない!こちらから(・・・・・)先端を開くことは許されない!!総員、決してブリタニア人に銃口を向けるなよ」

 

 “実に厄介だが、大きな争いとなると口実って言うのが必要だからな…”

 心の底から面倒臭そうに言い放ったしろ兄の顔が浮かぶ。

 ホテル周辺にはブリタニア・日本両軍だけでなく、世界各国より様子を知ろうと押し寄せた記者達が集まっている。

 ここで先に撃てばそれを世界各国が知ってしまう。

 後々の印象を考えると、絶対にこちらからの発砲は避けねばならない。

 スザクは無線で呼びかけて、命令を徹底させた。

 

 『おのれ日本の猿が。我らブリタニアを謀りおったな!』

 『隊長!!ブリタニア機がこちらに銃口を向けています』

 「撃つな!戦端が開かれるぞ!!絶対撃つな!!」

 

 攻撃しようと動こうとする無頼を止める為にライフルを無理にでも下げさせる。

 

 

 『この劣等民族が!!』

 

 サザーランドのアサルトライフルより弾丸が放たれ、無頼の装甲に穴を空けて削っていく。

 これも全て計画なんだ…。

 全世界に中継されているこの場で、ブリタニア軍が発砲して日本軍に攻撃を開始した。

 今死んだ新兵の死は、その大義名分と世界各国に狼煙を焚きつける為の犠牲。

 納得した訳ではない。

 けれども―――…。

 

 ペダルを踏み込んで加速したランスロットが、銃弾の中を駆け抜けてゼロ距離まで接近する。

 腕部に取り付けられたブレイズルミナス展開装置を起動させ、エネルギー体であるブレイズルミナスを展開。そのまま腕を振るう事で、エネルギー体によりギアスにより操られていた(・・・・・・・・・・・・)ブリタニア兵のサザーランドは真っ二つに切断できた。

 もうしろ兄もそうだけど()も止まる事は出来ない。

 

 「全機に通達!ブリタニア軍により我らが同胞が討たれた。これより自衛のため武器の使用を許可する!!周囲には世界各国から訪れた記者や地元民が居る。一般市民に被害を出さぬよう反撃せよ!!」

 

 しろ兄は()に対して本当に優しい。

 一騎やられたら最小限の目標だけを達成するだけでもいいと言ったのだ。

 仲間を全て身を守る為の盾にしてでも……と。

 

 だけどしろ兄。

 ボクはそうはしないよ。

 言ったよね“達成するだけでも(・・)いい”と。

 ならもっと高みの結果を求めても良いんだよね。

 目標を達成は当たり前として、仲間の護りながら敵機を排除しても。

 

 ランスロットは駆ける。

 一騎でも多くの敵を討ち取って仲間を、白虎の計画が少しでも良い方向へ向かう様に最前線へ。

 

 

 

 

 

 

 ようやく面倒臭い作業が終わったと枢木 白虎は清々しい気持ちで一杯だった。

 ブリタニアを交渉のテーブルに付かせる為にナナリーを餌にし、ルルーシュの抗議と殺意を含んだ視線を耐え凌ぎ、C.C.の存在をチラつかせて皇帝を誘き寄せた。

 というかおまけ(・・・)皇帝(・・)が本当に出てくるとは思わなかった…。

 ナナリーを交渉の餌にして、期待薄でC.C.をシャルルの餌にしたらまさか喰いつくとは…。いや、喰いつく理由があったから餌にしたのだけど、まさか本当に喰いつくとは…。

 

 ま、なんにしても計画通り。――――って、言うか実際それぐらいしかしてねぇし。

 他に俺がこの数か月行ったのって、政治家と飯食ったり、神楽耶を連れて天子ちゃん家(中華連邦)に遊びに行くぐらいだ。

 シュナイゼルの手勢がストーキングしているのに、下手に動いて露見させるのも不味いからな。

 素直に言って裏工作ルルーシュにぶん投げたったわ。

 「後任せた」っつたら「まずナナリーの事で話がある」って捕まったけどな。

 

 「たす…助けて……くれぇ」

 

 血の臭いでむせ返る室内に、澤崎の弱々しく掠れた声が、枢木 白虎の耳へと届く。

 白虎は呆れた表情を浮かべ、振り向く事無くブリタニア製の拳銃でトドメを刺した。

 完全にシュナイゼルと取引をして、俺を売ろうとしていた相手を助けるほどお人好しではないし、ブリタニアとの友好関係を築こうとした日本国首相が殺されたとなれば、国民は開戦へと向かうだろう。

 その下準備も済ませた事だしな…。 

 同じく話を聞き終えて用無しとなったブリタニアの種馬…じゃなかったシャルルをルルーシュが撃ち殺した。

 この惨状で生き残ったのは五人のみ。

 白虎とルルーシュを除けば、ギアスで従順な僕にしたシュナイゼルにカノン、あとはブリタニアから発砲した事実を知らせる役目用に、ギアスで命令済みの名も知らぬ貴族か元老院の誰か。

 巻き毛皇帝のように記憶改竄のギアスの持ち合わせは無いから、ルルーシュのギアスで“シャルルの命令でブリタニア兵が撃ち始め、応戦した白虎(・・)の手によって皇帝が死んだ”と伝える事と“真実は絶対に口にするな”と命じただけだ。

 

 「案外と呆気ないものだな」

 「漫画みたいに壮絶なバトル期待してたの?あと一年していたらジオ●グみたく飛んできて、首絞められていたかもだけどさ」

 「期待もしてないし、意味が分からん。なんだジ●ングって」 

 「気にしやるな。もうifの話だから」

 

 ルルーシュは白虎が動くなと命じてから撃ち殺して行ったブリタニア兵を踏まぬように近づき、シャルルを殺した拳銃を白虎に渡しておく。

 皇帝を撃ち殺したのは、今後を考えて白虎でなければならない。

 最悪なのが、ルルーシュの指紋が残っていて生存がバレる事だ。

 丁寧にルルーシュの指紋を拭き取り、白虎が指紋をつけるように握ってトリガーを何度か引く。

 これで指紋を調べられても出てくるのは白虎の指紋のみ。

 やる事も済ませたルルーシュは、早々にここから離れようと扉へと歩き出し、途中で足を止めて振り返る。

 

 「後は任せて良いんだよな」

 「おう、ナナリーのエスコートは任せろ」

 「……ナナリーを餌にした件はまた話そう」

 「うわぁおう、今度会った時が怖いねぇ」

 

 苦笑いを浮かべたまま見送り、窓より地上で行われているナイトメア戦に視線を移す。

 高所からでもランスロットは見分け易く、文字通り一騎当千の活躍に頬を緩ませる。

 背後で扉が開く音が聞こえて警戒したけれども、無防備に入って来たC.C.に警戒をすぐさま解いた。

 

 「何時まで待たせるんだ。時間はあまりないぞ」

 「急かすのは嫌われるんじゃなかったのか?」

 「私が急かすのは良いんだ」

 

 一瞬だが息絶えたシャルルに対してなんとも言えない表情を浮かべたが、彼女ももう立ち止まる事はない。

 何しろ契約はこちらで叶えれるんだから。

 

 「これでお前の目的の半分は達成した訳か」

 「ま、そうなるわな。おまけ込みでな」

 「皇帝殺害がオマケか。随分とデカいオマケだな」

 「一にシュナイゼル、二に売国奴澤崎の死、三と四跳んでシャルルだからな」

 

 第三目標と第四目標はスザクに頑張ってもらう予定だけど、少し手助けしてやらないと不味いだろうな。

 

 「ナナリーと咲世子は、もう準備を整えてお前を待っているぞ」

 「なら行きますか。悪逆皇帝シャルル・ジ・ブリタニアを殺したこの一件の主役として、正面入口より堂々と―――逃げるぞ」

 「そこは打って出るではないのか?」

 「馬鹿言え。ハワイに駐屯している部隊とロイヤルナイツはどうにか出来ても、近くでスタンバっているコーネリアのブリタニア艦隊は無理がある。逃げるが勝ちって言うだろ」

 

 さっさとこのホテルを抜け出そうと、歩き出そうとした矢先に立ち止まった。

 急にどうしたのかと首をかしげるC.C.の前で白虎は―――サングラスを当の昔に捨てた白虎は両目のギアスを発動させた。

 その行動で全てを悟った。

 暴走したギアスの制御。 

 コードを剥奪できるシャルルの死。

 白虎とC.C.が二人っきりで揃った空間。 

 ようやくこの時が来たのかと…。

 

 「…の前に済ませよか(・・・・・)C.C.」

 「あぁ、終わらせよう(・・・・・・)白虎」

 

 白虎は楽し気に歪んだ笑みを浮かべ、C.C.は何処か儚げに笑う。

 二人は互いに近づき、触れ合う距離に達すると――――…。



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第27話 「撤退戦」

 事態を把握する間もなく日本軍と戦闘状態に入ったブリタニア軍は、無双する白いナイトメア(ランスロット)に手間取って中々制圧し切れないでいた。

 しかしながらブリタニアの第一優先事項は敵の排除にあらず。

 優先すべきは皇帝陛下の救出。

 別動隊がシュナイゼル・エル・ブリタニア殿下に側近のカノン・マルディーニ卿、それと貴族を一名保護したと報告があったが、今は安全の確保が最優先となってどうなったかの情報は巡ってきていない。

 ならば未だ任務は変わらず、皇帝陛下の救出を第一優先に元老院や貴族の捜索を続ける。

 敵を殲滅するだけなら機関銃や爆発系の武器を使っても良いのだが、建物内には貴族や元老院は勿論ブリタニア皇帝もいる。下手に撃って怪我をさせる訳には行かない。

 先を急ぐ室内戦を想定した軽装備の一団は、通路に破裂音が響いて薄っすらと白い煙が立ち込めた事で足を止める。

 スモークグレーネードであることを察し、前後左右の間隔を広げて敵との遭遇に備える。

 隊長が小声で指示を飛ばし、柱の陰や壁側に一人一人配置する。

 その最中に一発の銃声が響いて、一人が脳天より血を垂れ流しながら倒れ込んだ。

 

 「来るぞ!!」

 

 仲間の死を悲しむ間もなく敵の攻撃に備え緊張が走る。

 スモークで視界が利かない中での戦闘。

 もしも敵が人質を取っていてもすぐに識別することは出来ない。

 つまり先手をどうしても譲ってしまう事になる。

 識別できたとしても人質次第ではまったくもって手出しが出来ない。行えるのは包囲したまま交代するか、手に負えないと全力撤退するかだ。

 

 「行くよぉ」

 

 相手を馬鹿にしたような声が届き、銃声が続く。

 一人、また一人と撃たれて倒れた。

 白煙の中を一人の青年がアサルトアイフルを手に駆けて来る。

 全員その顔には見覚えがあった。

 枢木 白虎中将…。

 先の戦争でブリタニアに土をつけた男。

 それが獰猛な笑みを浮かべながら一人で突っ込んで来る。

 敵兵一人で人質無し。

 

 「撃て撃て撃て!!」

 

 掛け声と同時に反撃が開始しされた。

 銃弾を受けないように左右に回避しながらアサルトライフルを撃って来る。

 常人ではない。が、それでも人間だ。

 複数人からの集中銃撃にずっと耐えきれる筈がない。

 狭い通路に近づけば近づくほど回避は難しくなる。

 徐々に弾が掠り、肩や腕、太ももより銃弾によって鮮血が噴き出た。

 動きが鈍った白虎は自ら銃口を頭部に当てて、そのまま引き金を引いた。

 捕まるのを嫌がったのか、それとも敵に殺されるぐらいならと自決を選んだのかは分からない。

 どっちにしても、ブリタニア最大の強敵はここで戦死した。

 

 安堵する間もなく通路の先よりちらりと一瞬人影が映る。

 銃口を向けたまま警戒態勢は解くことはない。が、相手を識別できない以上は下手に発砲は出来ない。

 一触即発な状況を破ったのは曲がり角の向こう側からの声だった。

 

 「撃つな!ナナリー皇女殿下が居られる」

 「――――ッ!?警戒態勢のまま待機!絶対に撃つなよ。ゆっくりとだ。ゆっくりと出て来い」

 

 警戒しながら曲がり角より出てくる人物を待つ。

 ゆっくりと出てきたのはブリタニア人らしき女性であった。

 緑色の長髪で見えずらいが背に少女を背負っている。

 最近ナナリー皇女殿下が見つかった事から過去の映像や今の様子をニュースで流されており、全員がその映像と一致する少女にほっと胸を撫でおろす。

 

 「皇女殿下。良くぞご無事で」

 

 安堵しつつも周囲の警戒は怠らない。

 優先順位第一位ではないが保護すべき対象が見つかったのだ。

 多少なり油断はしていた。

 

 「正面に二人」

 「はい?」

 

 ぼそりと呟かれた一言に首を捻る。

 確かに自分の前にはナナリー皇女殿下と皇女殿下を背負ったブリタニア女性の二人。

 けれどそれを伝える意味が分からない。

 彼は気付かない。

 ナナリーが呟いた正面というのが彼を始点にしたものではなく、別の誰かから見ての物だという事を…。

 

 「後方に四名。左に二人、右に一人」

 「一体何を?」

 「位置情報に決まってんじゃん」

 

 背後から銃声が響いて慌てて振り返る。

 あり得ない…。

 そう思ったのは隊長だけでなく、周囲の隊員全員と一致していた。

 

 振り返った先にはハンドガンを片手に一丁ずつ持って、撃ち始めていた枢木 白虎の姿があった。

 事態を呑み込めず膠着してしまった者。

 理解出来ずにも攻撃に動いた者。

 そのどちらもが白虎より放たれた弾丸により命が刈り取られて行った。

 

 「あはははは!さっすがナナちゃん。まるで最新鋭のソナーじゃないか」

 「化け物が!!」

 

 サブマシンガンを連射して白虎へと銃弾を叩き込むが、白虎は喰らってはいるものの平然とした表情で歩いて来る。

 撃ち尽くしてマガジンは空となり、トリガーを引いてもかちりと音を立てるだけ。

 目の前の非現実的な事柄に震えるしか出来なくなった隊長は身動き一つできず、ゆっくりと向けられたハンドガンにて撃ち殺された。

 

 「ハッハー!さすが不老不死。死なねぇけど死ぬほど痛ぇ!!アニメの受け売り通りに動く前に、考えておくべきだったか」

 「本当に大丈夫なんでしょうか?」

 「いやアイツの頭は手遅れだろう」

 

 銃弾により穴だらけになった肉体は元に戻り、血痕で濡れた服装だけが撃たれた事を物語っていた。

 C.C.よりコードを継承した白虎は今や不老不死。

 銃弾を受けようともチェーンソーで薙ぎ払われようとも時間が経てば復活する。

 ただし痛覚ははっきりしているのでかなりの痛みは負う事になるが。

 

 「ご無事――――そうですね」

 

 脱出ルートを先行して確保に向かった咲世子が、合流した矢先に血まみれの白虎を心配するが、銃創は消え去り、体内より銃弾が零れ落ちた様子に驚きと安堵の両方を抱く。

 

 「まぁ、無事もなんもねぇけどな。この身体では無事になっちまう(・・・・・)

 「一応聞いていましたが、今目の当たりにしても信じられません」

 「だろうな。俺だって同じ立場ならそう思うしなぁ…で、脱出路の確保はどうよ?」

 「問題なく。すでに神楽耶様のプレゼント(専用新型ナイトメア)も用意しております」

 「ならとっとこ行くか」

 「おい、白虎……(契約内容)が違うんだが」

 

 二人の会話に割って入ったのは如何にも不服そうな視線を向け、ナナリーを背負っているC.C.であった。

 彼女はコードを継承する者が現れるのを待ち望んでいた。

 死ねない、この生きているという経験から自らを解き放ち、終焉を迎える為に。

 願いは叶ってコードは無事白虎が継承した。あとは終わらせるだけだったのに荷物(ナナリー)運びをやらされている。

 少しばかり文句を言っても罰は当たらないだろう。

 

 「ん~…確かコードを奪うじゃなかったか?」

 

 おどけた様に答えた白虎を睨みつけるが、本人は気にも止めてないような表情を浮かべる。が、冗談で流すだけで済ませることはせずに、微笑みながらも真剣そうな瞳をC.C.に向ける。

 

 「そう睨むんじゃねぇよ。もうお前さんは自由に死ねるんだ。だったら別に痛い思いして終わるより、終わりある命で一生懸命生きて老いて逝け」

 「私にまだ生きろと」

 「今度は経験ではなく一つの人生としてな。それに見てぇじゃねぇか。大人の女性になった姿ってやつ」

 

 笑いながら投げかけられた言葉は、胸の奥に潜む罪悪感を刺激し痛みを伴わせた。

 忘れられない過去が脳裏を過り、苦悶の表情に歪ませる。

 もはや自身が許されるような段階はとうの昔に通り過ぎていた。

 

 「……私は自分を殺すために多くの者を苦しめたんだぞ」

 「知ってるよ」

 「人生を歪ませ、凄惨な死を迎えた者だって」

 「分かってるよ」

 「自分勝手に求めて捨てた奴だって―――」

 「ごちゃごちゃうるせぇな。解ってるって言ってんだろうが!!」

 

 柄にもなく怒鳴り声をあげた事で、C.C.もだが、ナナリーも咲世子も驚いて肩を震わした。

 

 「テメェが自分勝手で、我侭で拾った餓鬼を愛でたが契約を熟せないって斬り捨てたのだって解ってんだよこっちは。教団(・・)の事もマオ(・・)の事も全部ひっくるめて、コードと共に俺が継承してやる。だからテメェはうじうじ悩んでねぇで生きやがれ」

 

 怒りながら言葉を放ち、少し落ち着いた白虎はばつが悪そうに小さく声を漏らしながら、ポンと優しく頭に手を置き撫でる。

 

 「あー、人間になったってこたぁ、ピザ食ってばっかの生活だとすぐにデブるんじゃねぇか?ちゃんと痩せる努力しろよ」

 「まったくお前と来たら…シリアスな話をしていたというのに」

 「五月蠅い。片っ苦しい話を長々出来っかよ」

 「責任を取れよ白虎。私はどん欲だぞ」

 「ハッ、それがさっきまで思い悩んでいた女の言う事か。まぁ、面倒は見てやんよ。それも含めて請け負ってやるから長く生きろよ」

 「ふふ、数年後にはロリコンのお前も魅入るほどの女になっているだろうな」

 「自分で言うか?っつかロリコンオンリーにすんな。ロリコンでもあるが正解なんだから」

 

 軽口をたたき合い、白虎とC.C.先へと進む。

 これから起きる全てを超えて未来を歩む為にも……。

 

 「―――で、本音は?」

 「白兵戦で戦力になる咲世子以外に荷物持ち(ナナリーの運び役)が必要だったから」

 「あとで百回殺す」

 「痛ぇ!?あとでって言いながら脇腹撃つんじゃねぇ!!」

 

 ……シリアスが影も形も消え去った二人を咲世子は微笑ましく眺め、ナナリーは割と本気で心配するのであった。

 

 

 

 

 

 

 日本から見たら文字通りの一騎当千。

 ブリタニアから見れば悪鬼の類になるのだろう。

 乱戦状態に入った両軍の最前線を駆けるランスロットは異常だった。

 真っ赤に輝く二刀のメーザーバイブレーションソード(MVS)を振り回し、サザーランドやグロースターの群れに単身で斬り込んでは、無傷で敵機の命を刈り取っていく。

 目で追うのがやっとな高速戦闘に、対峙する者らは対応し切れずに、ただただ撃破されてゆくのみ。

 味方を少しでも多く助けようと躍起になるスザクであるが、どうしても被害は出てしまう。

 この作戦はどうしても被害が出る事を想定して練られている。

 戦争状態に突入することを予期している白虎は練度の高い兵士の損失や上位ナイトメアの鹵獲を避けるべく、今回の編成された部隊に無頼改の姿は無く、ハワイに連れてきたのは練度そこそこの兵士にグラスゴーとそう大差のない無頼のみ。しかも無頼は時が経つに連れ改修された機体ではなくほとんど初期型に近い旧型。

 技量の低い兵士に旧型の兵器…。

 事実を知れば生け贄だと誰もが理解出来る部隊…。

 悪いとは言わないが良質ともいえない部隊にしてはかなり善戦しているが、やはり差が表れて倒される無頼が増えてゆく。

 

 「しろ兄……白虎中将はまだか?」

 『ハッ、未だ閣下の姿は確認されておりません』

 「人型自在戦闘装甲騎の残存数はどうなっている?」

 『すでに40%を失いました』

 「半分近くも!?―――クッ、何としてもここを死守しろ!!」

 

 待つしかない。

 白虎自身は自分が居なくとも後を継ぐ者が居るから戦争は出来ると断言しているが、スザクはそうは思っていない。

 兄弟だから、家族だからと贔屓で見ている訳ではなく、実際に白虎を中心にすべてが回っているのを理解しているからだ。

 藤堂さんもロイド博士を含んだ技術者達も、ナオトさんもカレンも、全員がしろ兄を頼り、しろ兄が全員を上手く回している。

 だからしろ兄がいなければ、今後は絶対に立ち行かなくなる。

 そう思いスザクは操縦桿を握り締め、目の前の敵に対応していく。

 

 モニターの映像に一騎のグロースターが映し出された。

 ただ突っ込んで来るだけなら案勘に対応出来たが、そのグロースターは建物に潜むように接近し、アサルトライフルを向けてきたのだ。

 咄嗟に移動して不意の銃撃を回避する。が、それだけでは終わらない。

 回避した先に、一騎のグロースターが大型ランスを片手に突っ込んで来る。

 鋭い突きを払って逆に斬りかかる。

 

 『おっと危ない』

 

 言葉に笑い声を含んだ一言の後に、スラッシュハーケンで引っ掛けたサザーランドを盾にして距離を取った。

 鮮やかな動きに相手の技量には目を見張るが、それ以上に味方を盾に使用した事実に腹を立てる。いや、嫌悪した。

 

 『妙に動きが良いな。極東のサルでそれほどなのだから、相当性能の良い機体のようだ』

 「普通とは違う…なんだ?」

 『私をそこいらの雑魚と一緒にしないで欲しい。私はナイトオブラウンズに所属するルキアーノ・ブラッドリー。貴様を殺してその機体を頂くものだ』

 

 名前は知っている。確か帝国最強の十二騎士の一人の名だ。

 怒りが高まるどころか冷静になる自分に驚く。

 逆だな。

 怒りが沸点を超えて逆に冷静になれたのだ。

 

 「そうか“ブリタニアの吸血鬼”…」

 『あぁ、選ばせてやろう。私に機体を渡して殺されるか。私に殺されてから機体を譲るか』

 

 反吐が出そうだ。

 技量は高いのは明白だし、経験も豊富なベテランなのだろう。

 だけど味方を盾にし、あまつさえ人の命で遊ぶような輩をスザクは受け入れられない。

 

 『どちらにせよ死んでもらうがなぁ!!』

 

 仁王立ちしたままのランスロットに正面から突っ込む。

 あまりの反応の無さに首をかしげるが、やられていた雑魚とは違い、自分なら対応仕切れると過信しているブラッドリーはランスを突き出す。

 ふらりとランスロットが一歩左に動き、軽く撫でる様な動作でMVSをランスの先に当てる。

 室温に戻したバターにナイフを刺したかのように抵抗も衝撃もないまま、ランスが真っ二つに両断されていく。

 

 『馬鹿な!?なんだそれはぁ!!』

 

 機体の速度を殺せずにそのまま突っ切ってしまったグロースターは、大型ランスごと掴んでいた両腕までも断ち切られ、主だった攻撃手段を失い、振り返る。

 そこには振り返らずにMVSを逆手持ちし、後退してきたランスロットの背中がモニターいっぱいに映り、刹那に赤い刀身を目にしたブラッドリーは終わりを迎えた。

 

 「お前は“殺害リスト”に名があった。いや、しろ兄のリストになくても()はお前を殺していたよ」

 

 そう呟いて、スザクはグロースターのコクピットに突き刺したMVSを引き抜き、振り返ると同時にコクピットごとグロースターを横一文字に斬った。

 強い怒りを覚えながら周囲を見渡すと明らかに敵は引いている。

 ラウンズを討たれて士気が下がったのだ。

 

 「帝国最強十二騎士が一人、ルキアーノ・ブラッドリー。日本軍所属枢木 スザクが討ち取った!」

 

 オープンチャンネルで叫ぶと味方が勢いづき、敵の動きが乱れたのがはっきりと解かる。

 敵に乱れが出た瞬間に一部が攻勢に出る。

 その間にランスロットのエナジーを新しいものに代えて置く。

 いくら高性能な機体でもエネルギーが切れればただの鉄の塊だ。

 

 『ブラッドリー卿を倒すとはやるな』

 

 オープンチャンネルで囁かれた声にスザクは警戒を強める。

 辺りを見渡せばブリタニアのナイトメア隊が道を開けるように左右に散り、中央を一騎のグロースターが進んでくる。

 グロースターの一部の機体にはマントの装着が許されている。

 ナイトオブラウンズもその中に入っており、ブラッドリーの機体にはパーソナルカラーであるオレンジのマントにラウンズの紋章が描かれている。

 対して目の前に現れた機体は純白のマントにラウンズの紋章。

 まさかの相手に呼吸が少しだけ荒くなる。 

 

 『おかげでこちらの士気は駄々下がりだ。陛下の御身も分らずこれではままならんな』

 

 ランスロットに対峙するように立ち止まったグロースターは、隙だらけのようで斬りかかればただでは済まないのは容易に想像できた。

 ゴクリと生唾を呑み込み、相手の出方を待つ。

 

 『我が名はビスマルク・ヴァルトシュタイン!日本軍所属枢木 スザクに対し決闘を申し込む!!』

 

 皇帝が居るなら居るだろうと、しろ兄が予測していた通りにビスマルクは居た。

 殺害の優先順位一位に当たる殺害対象の、帝国最強の十二騎士で最強の“ナイトオブワン”。

 

 この発言に白虎だったらと嘲笑っているなと思いながら、スザクはありがたいとさえ思った。

 現状必要なのは白虎が合流するまでの時間稼ぎ。

 一対一の戦いとなれば周りは手出し無用。

 さらにはナイトオブワンの邪魔にならないようにと考えると、付近の部隊も動きを止める。

 否、すでに止めている。

 こちらが受けて立つように餌を撒いているのだろう。

 それだけ腕に自信があるというのは厄介だが、スザクはその誘いに乗らずにはいられない。

 

 「日本軍所属特別警備部隊隊長枢木 スザク。受けて立つ」

 

 名乗りを挙げてMVSを両手に構えてビスマルクのグロースターに斬りかかる。

 先のブラッドリーとの戦いを見ていたのか、知ったのかは分からないが、MVSに対して真っ向から受けようとはせず、剣の腹を叩くように剣先を逸らしていく。

 ビスマルクはこの斬り合いにおいてスザクとランスロットを圧倒した。

 肉体能力も白兵戦でスザクと張り合えるほどの上に、鍛え上げられた戦闘技術に潜った数々の修羅場によって得た経験が、ランスロットと改修型グロースターの差を埋め、さらには未来の動きが読めるギアスの後押しもあって、拮抗ではなく押し返しているのだ。

 スザクも意地となって喰らいつく。

 しろ兄の為にも勝たなくては、生き残らなければならない。

 これがいけなかったのだろう。

 熱くなり過ぎたスザクの心が技術より勢いが勝った一撃を行い、そこを付いて大型ランスの一撃がランスロットの右腕を払った。衝撃でMVSを落としたが、何とか大型ランスをもう一本の剣で斬り落とす。

 が、それは囮であった。

 大型ランスを囮にして攻撃を受けると同時に投げ捨てて、手放したMVSを手にしたのだ。

 

 『()った!!』

 

 奪われたMVSの刃がコクピットへと向かってくる。

 

 (ごめんよユフィ…しろ兄…)

 

 死を悟ったスザクは走馬灯と呼べる過去の記憶を眺める。

 大概が白虎との日常に父を殺した事実、ユフィとの出会いなど様々な思い出が過ぎる。

 刃が突っ込んで来るのがスローで視界に映る中で影が落ちる。

 

 『()った?違う、()られたんだ』

 

 ビスマルクに集中していた視界が一気に開けた。

 広く周りの建物まで鮮明に映る瞳に一騎のナイトメアが映り込んできた。

 空を連想させるような青に、無頼と違って滑らかな装甲。

 通常の腕に比べて大きく長い白銀の腕に、真紅の三つ爪が特徴的な人型自在戦闘装甲騎。

 枢木 白虎専用に改修された月下先行試作型が、ビスマルクのグロースター後方より飛び掛り、巨大な左腕をもってグロースターのコクピットブロックを掴んで地面にねじ伏せた。

 

 「しろ兄!?」

 『おぅ、待たせちまったな―――ハッ、もうリテイクしていい?“待たせたなぁ”って言い直したいんだが』

 

 無線越しにふざけた様に言い放ったしろ兄に笑みを浮かべる。

 先行試作型は藤堂の人型自在戦闘装甲騎部隊に優先されている月下の文字通りの先行試作を兼ねて制作された機体。

 試作機でも性能は月下と変わらず、それをラクシャータに頼んで輻射波動機構を備えた“甲壱型腕”を取り付けたりと強化改修された一品だ。

 “コードギアス ロストカラーズ”をプレイした方であれば、それに登場したオリジナル月下と言えば解って頂けるだろう。ただ白虎にはゲームオリジナルキャラのような技量はないので、あくまで特殊武装を装備させて、指揮官機として防御力を強化した程度である。

 そんな月下先行試作型に押さえつけられたビスマルクは抵抗を試みるが、押し返せずにモーター類が悲鳴を挙げるばかり。しかもコクピットブロックを掴まれた為に脱出すら出来ないときた。

 

 『決闘の最中に奇襲とは…』

 

 オープンチャンネルで忌々しそうに漏らされた言葉に白虎は嘲笑う。

 

 『はぁ?ばっかじゃねぇの。この近代の戦争にタイマンの決闘とか時代錯誤も甚だしいだろうが。戦争と恋はルール無用の奪い合いか殺し合いなんだよ』

 『クッ…貴様ぁ…』

 『時間も押しているんでとっとと巻き毛の下へ送ってやんよ』

 『まさか陛下を!?』

 『さぁ、電子レンジの時間だ!』

 

 アレだけ苦戦させられたナイトオブワンが呆気なく最後を迎えた。

 甲壱型腕より掴んでいたコクピットブロックに輻射波動が叩き込まれ、機体は見る見るうちに膨れ上がる。

 手を放して速攻離れた月下の前でグロースターはハッチを開ける事も、ブロックごと排出する事もなく爆発四散した。

 ランスロットと月下先行試作型が並ぶ。

 それがどうしようもなく嬉しく感じる。

 まるで自分としろ兄が肩を並べれたようで…。 

 

 「助かったよしろ兄」

 『一つ教えといてやろう。どんなに強い相手でも、視界外から(・・・・・)攻撃すれば倒せんだよ』

 「視界外からの攻撃……狙撃や砲撃の考え方と同じだよね」

 『いや、アメフトしてるドレッドヘアを元パシリ少年が潰す方法』

 「はい?」

 

 時々しろ兄は訳の分からない事を言うんだけどこれはどういう意味なんだろうか?

 疑問符を浮かべるスザクは周囲の状況に目を向ける。

 ナイトオブワンまでも失った事で士気はだだ下がりで、向こうから突っ込んで来ることは無いが完全に囲まれた。

 隙だらけに打って出てこない分、厄介に思える。

 

 「囲まれたね」

 『囲まれたなぁ』

 「ボクが退路を切り開きます」

 『それは無理だろ。いや、スザクは出来ても俺は蜂の巣だな』

 

 さすがにこの包囲の中で誰かを護りながら突破は困難だ。だからと言って単騎で突っ込んで攻撃を受ける前に倒し切る事は不可能。

 考えを巡らすスザクは、ポンとランスロットの方を月下が握った事で、意識がそちらに向く。

 

 『兄ちゃんに任せろスザク』

 

 力強いその言葉にスザクは道を開けて、月下がゆっくりと前に出るのを確認した。

 しろ兄ならばと期待を眼差しを向けながら。

 

 その視線の先で白虎はコクピットブロックを開けて生身を晒す。

 すると月下先行試作型には白虎以外に三人の人物が乗り込んでいた。

 シートの左右に立っているC.C.と咲世子、シートに背を預けるように後付けされた簡易シートに座るナナリーだ。

 何をしているのか理解出来なかったブリタニア軍であるが、後部座席に座っている少女がナナリー・ヴィ・ブリタニアだと理解して情報が伝わり、少し離れた先でも響いていた銃声までもが止んだ。

 

 「全軍集結せよ!我々はブリタニアより預かっているナナリーを護りながら(・・・・・)撤退する!!身を挺して護るように俺の周囲を囲め!!」

 

 無線ではなく張り上げた声が辺りに響く。

 勿論オープンチャンネルでブリタニアにも日本軍にも通達している。

 まったくしろ兄はと、先とは打って変わって呆れた視線を向ける。

 身を挺して護ると言っておきながら、ナナリーを盾にブリタニア軍を脅迫しているのだから。

 これでは下手に撃てない。

 月下を戦闘不能にしようとしても、周囲の無頼で射線が塞がれ、爆発させようものなら月下が巻き込まれかねない。

 誰も皇族に怪我、もしくは死亡させて責任を負おうとは思わない。

 ゆえに彼らは手出しできずに突き進む日本一団を通さざる得ないのだ。

 ハワイ軍港に向かって…。

 

 

 

 

 

 

 ブリタニア領ハワイ軍港ではすでに防備を固めていた。

 軍港守備隊に加えて艦の護衛に残っていたナイトメア二個中隊が展開。

 日本軍部隊が軍港に向かってくるという事はハワイより脱出する為に艦を強奪すると予想され、敵兵脱出の最終防衛ラインとして待ち構えていた。

 とは言ってもナナリーが居るので下手な(・・・)攻撃は出来ない。

 逆に狙ったように百発百中のような攻撃なら問題はない。

 護衛に残っていたのはロイアルナイツの部隊の一つで、帝国最強の十二騎士に及ばないとしても一人一人がブリタニアの誇る精鋭達。

 その精鋭たちがナイトメア用の狙撃ライフルを構えて待ち構えているのだ。

 狙いは月下を除く無頼のコクピットブロック。

 盾となっている無頼さえ排除すれば、月下の手足を撃って行動不能に出来る。

 歩兵や装甲車系は殲滅し、月下を無力化してナナリー皇女殿下を救出できれば、このハワイでの戦闘は終結する。

 各員は接近中の日本部隊が現れるであろう軍港入り口へと視線を向けていた。

 

 背後の海中より飛翔物が放たれるまではだが…。

 

 沈飛沫を巻き上げて飛び出した飛翔物は一定の高度まで上がると方向を変えて、空へではなく地上に向かって落ちてゆく。

 いきなりの事で、誰も反応できぬまま爆発に呑み込まれて吹き飛んだ。

 勿論のことだが、前方に敵が居るからと言って周りの警戒をしてなかったなどと言う事はない。

 周囲の索敵は厳重に行っていたし、周囲の海域に出払っている哨戒船からはこちらに侵入した船舶の報告は上がって来てはいない。

 いやはや、こればかりはブリタニアでなくとも防ぐのは困難だったであろう。

 なにせソナーやレーダーでは絶対に探知出来ない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)潜水艦からの攻撃なのだから。

 日本海軍最新鋭の潜水艦。

 ラクシャータ博士が設計開発を手掛けた潜水艦で、形はクジラの様なシルエットで大型。

 従来の潜水艦よりも高速で、合計十セルもの垂直発射装置に艦首魚雷発射管六門と攻撃共に性能は高い。

 何より一番の特徴はゲフィオンディスターバーという新兵器を利用したステルス性であろう。これによりソナーにもレーダーにも感知されない。

 展望鏡深度まで浮上していた潜水艦は戦果を確認し、目標の撃破をモニターに映し出した。

 

 「対地ミサイル全弾命中!ブリタニア防衛陣地が吹っ飛びました」

 「続いて艦首魚雷発射用意」

 「艦首魚雷発射管一番から六番まで魚雷用意」

 

 艦長を命じられた千葉 凪沙少佐(・・)は、白虎の指揮の下で戦っていたあの戦争を思い出す。

 やはりというかあの方は異常だ。

 この潜水艦もそうだが、全てを理解して部隊を展開させていた。

 最初からブリタニアが仕掛けてくることを予測していたかのように。

 

 「魚雷用意完了。いつでも撃てます」

 「発射!」

 「魚雷一番から六番全弾発射!」

 

 艦首より放たれた魚雷が停泊していた軍艦に直撃する。

 撃破轟沈させると残骸が周りに撒き散らされてこちらの航行の邪魔になるので、あくまで航行不能にする程度で留める。

 混乱の最中に叩き落されたブリタニア軍港にランスロットを先頭にした部隊が突入し、確認した千葉は垂直発射装置を開かせ、人型自在戦闘装甲騎の受け入れ準備をさせる。

 開くと同時に先行試作型月下が跳び込む。

 ランスロットだけは撤収する味方の援護をしようと、ブレイズルミナスを展開して防御に周っている。

 当然ながら全部の無頼を収容できないのでほとんどは置き去りだ。

 潜水艦を旋回させて港に近づけ、積み込む予定の無頼達が大急ぎで人員を移動させる。

 その間にも乱れながらブリタニア軍が攻撃を試みる。

 

 「戦友達の乗り込みを急がせろ!手の空いている者は甲板より援護射撃せよ」

 

 素早く命令を受けた潜水艦乗員による援護射撃が開始され、当たらなくとも敵の動きを少しでも遅らせようと銃弾の嵐が吹き抜ける。

 無論ブリタニア軍からの攻撃もあるが、深海をも走破する潜水艦の分厚い装甲を歩兵の装備では貫けない。

 ナイトメア部隊は先の先制攻撃で壊滅的打撃を受け、生き残っていてもそちらは優先して無頼が攻撃を集中している。

 状況を眺めながら千葉は艦橋に足を踏み込んで来た人物に視線を向ける。

 そこには軍服の襟元を緩めながら近づいてくる白虎の姿があった。

 

 「お迎えご苦労さん」

 「閣下」

 「閣下とか重苦しい呼び方止めて欲しいんだけど」

 

 艦橋に足を踏み入れた白虎に全員が敬礼を行うが、必要ないと手を振る。

 すぐさま戦況を確認した白虎はおもむろに舌打ちをする。

 展開していたコーネリアの艦隊が、予想以上に早く海域を封鎖しようと展開しているのだ。

 

 「積み込み完了までどれくらいだ?」

 「最低でもニ十分は―――」

 「却下だ。車両は勿論だが、月下とランスロット以外は全部捨てて行くぞ。残存無頼は人員の輸送に専念させろ」

 「閣下。それではこちらの技術をみすみす渡す事に…」

 「無頼程度覗かれた程度で何の痛みも無ぇよ。で、人員を積み込むだけならどれくらいよ?」

 「人員だけでしたら五分も掛からないかと…」

 「まぁ、連れてきた半分以上ブリキに食われたからな。道中合流出来なかったのも居るようだし」

 

 悲しい出来事だが嘆いている時間はない。

 発見が難しい潜水艦とは言え、勘で進路や時間を推測されて爆雷でも投下されれば事だ。

 その事をよく理解しているであろう白虎は撤収の指揮を執って、急ぎ部隊の収容を急がせる。

 最後にランスロットが飛び移ると、急げと手をくるくると回しながら指示を飛ばす。

 

 「撤収するぞ。ブリキ共にケツ見せながら一目散に逃げるぞ。後続の潜水艦には無頼を破壊させろ。別に調べられて困るようなもんじゃないが、覗かれて良い気もせんしなぁ」

 「相変わらずですねその言い方――――後続の三隻に打電。無頼に対して対地ミサイル発射せよ。破壊を確認の後に反転、我に続けと」

 「追い掛け甲斐があるだろうな。俺ケツでなく美女のケツを追えるんだから」

 「閣下。セクハラですよそれ」

 「おう、閣下の言い方に壁を感じるな」

 

 昔ではありえなかった白虎との軽口を交えた千葉は、笑みを零しながら急速潜航の指示を出す。

 言われるがままとっとと祖国に帰還すべく。

 



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第28話 「海戦‐神楽耶の戦‐」

 世界は今日…この日より大きく動くだろう。

 平穏が戦乱へと飲み込まれる。

 これは可能性の話ではなく確定事項。

 すでに賽は投げられた…。

 

 世界の三分の一を有している超大国“神聖ブリタニア帝国”と、小さな島国でありながらもブリタニアと引き分けた“日本国”。

 双方は歩み寄りを見せ、ブリタニア領ハワイにて、ブリタニア皇帝と日本国首相のトップ会談を交えた同盟の締結を行おうとしていた。

 これにて反ブリタニアの希望と謳われていた日本がブリタニアと手を結び、再びブリタニアの脅威が世界に及ぶ。

 そう世界各国は怯え震えた…が、事態は急展開を見せた。

 枢木 白虎とルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの策謀により、会議中にブリタニア側が発砲して日本国首相澤崎 敦を含んだ一団を殺害。唯一生き残りの枢木 白虎の反撃で大貴族や元老院、シャルル・ジ・ブリタニア皇帝を射殺するという公式上そうなる(・・・・・・・)事件が発生。

 現地に派遣されていた日本警備部隊とブリタニア駐留軍と皇帝直属の騎士団が交戦。

 多くの戦死者を出しながらも白虎を含む一部の日本軍が潜水艦にてハワイより脱出。

 

 皇帝陛下を殺害された上に、帝国最強の十二騎士“ナイト・オブ・ラウンズ”の二名を喪失したブリタニア軍は付近に展開していた艦隊を二手に分け、コーネリア貴下の艦隊は銃撃戦となった会議室を生き延びたシュナイゼル・エル・ブリタニアを連れて本国へ帰還し、もう一団は日本に対して血の代償を払わせようと日本本土への攻撃に出た。

 本土攻撃と言っても制圧を目的にした侵攻作戦ではなく、ブリタニアと同じく首脳陣を失った日本が素早く動かないように牽制を入れる目的で、沿岸部の都市を焼く程度(・・)の遠距離攻撃を行おうとしているのだ。

 

 ―――が、日本側もそれを黙って見過ごすわけにはいかない。

 元よりブリタニアが侵攻する事も考えて、領海内には艦隊を展開されており、今まさに戦端が切られようとしている。

 もはや日本とブリタニアの戦争は避けられないだろう。

 そうなれば中華連邦、ユーロピア共和国連合などなどいろんな国が動くだろう。

 当事者だけでなくその近くにいる者も巻き込まれ、この火種は世界に蔓延する。

 

 

 

 日本海域では四隻の最新鋭潜水艦が浮上し、潜水艦隊旗艦より枢木 白虎中将が迎えに来た高速巡洋艦“三笠”へと乗り換えを行っていた。

 多くの大貴族に元老院、皇帝に最強の騎士を失って政治も軍事も乱れるであろうブリタニアだが、意図して失わせた日本国首相の死は同様に日本にも乱れを生じさせる。

 己が大事な者を護る為に、白虎はハワイでの作戦を第一段階とするならば、日本にて第三(・・)段階へ急ぎ移行しなければならない。しかもその後には第四段階の策が待っているので大忙しである。

 千葉 凪沙少佐率いる潜水艦隊は、第三作戦の要となるとある要人を迎えに行く任務があるので、白虎を三笠に移すのと同時に行っている海上補給が終了次第、日本海域より出撃することになっている。

 

 そして送り狼の撃退という第二段階が日本領海内で行われようとしていた。

 

 ハワイで事件が発生後、ハワイ諸島周辺に展開していた艦隊が集結。

 軍港が脱出した日本潜水艦隊により破壊されたので、停泊されていた艦艇は即座に使用することは不可能。

 皇帝不在の為に、帝国の最終決定権は第一皇子であるオデュッセウス・ウ・ブリタニアに委ねられることになるのだが、平時であれば有能な彼は、戦時など即断即決が求められる場合には一際決断力がない。

 ならば周りが支えるしかなく、宰相として外交や指揮官として最も優れているシュナイゼル・エル・ブリタニアの力は必要不可欠となり、ラウンズ二人の戦死で武力が大幅に減少した現状で、戦いに慣れ、精鋭揃いのコーネリアを遊ばせている余裕はない。

 出来る事なら白虎に対して追撃を敢行したかったコーネリア貴下の艦隊は、シュナイゼルを乗せて本国へ即座に帰国。

 しかし、日本への牽制を兼ねて潜水艦隊の追撃部隊と称した日本本土に対する攻撃艦隊が編成。

 日本近海へと迫っていたのだ。

 その追撃艦隊の殲滅、もしくは撃退の総指揮を任された皇 神楽耶は微笑を浮かべる。

 

 日本本土に対する攻撃を目的としたブリタニア艦隊は、かなりの戦力であった。

 艦隊指揮艦一隻に直掩の巡洋艦三隻と駆逐艦六隻、ミサイル駆逐艦が三十隻とミサイル巡洋艦が十六隻、さらには空母が四隻に補給艦と護衛艦が数十隻の合計60隻もの艦艇。

 対して日本より出撃した艦艇は新造艦を含む同数近くの55隻を誇っていたが、そのうち24隻は小火器を取り付けただけの自動航行可能な輸送艦で、六隻は旧型の軽巡洋艦と駆逐艦である。

 されど神楽耶は敗北はあり得ないと余裕を見せる。

 自分が編み出した対艦戦術と、白虎が用意してくれた戦力をもって、勝利は必定と想えたからだ。

 敵の指揮官がシュナイゼルやコーネリアならまだしも、多少名が知れた程度の(モブ)なら何の問題もない。

 何より自身が乗り込んでいる艦が轟沈する事など考えられないのだ。

  

 日本には世界にも知られた巨大艦が存在する。

 唯一と言っていい戦域護衛戦闘艦と命名された、全長250メートルの巨大護衛艦。 

 ブリタニアなどにはもっと全長の長い大型空母の建造技術があるが、巡洋艦に近い形で大型艦にした建造技術は日本にしか存在しない。

 その技術を用いて、対空能力特化型から海上砲撃戦に主眼を置いた大型艦が建造された。

 白虎が前世で生きていた世界では“超々々弩級”と付けられた世界に誇る巨大戦艦。

 秘匿呼称“八八”にて建造された八八艦隊建造計画によって、この世界にもたらされた大和型超弩級特務戦艦一番艦“大和”。

 主砲である46cm三連装砲が前方に二基、後方に一基。副砲を八基に対空砲数基に特殊兵装を装備した大和を先頭に、同型弐番艦“武蔵”、三番艦“信濃”、四番艦“紀伊”が艦隊を組んで進む。

 さらにどの後方にはサイズ的に近しい伊勢型改良試験運用超弩級戦艦一番艦“伊勢”と二番艦“日向”、扶桑型試験運用超弩級戦艦一番艦“扶桑”と二番艦“山城”が続く。

 この光景にブリタニア艦隊は目を目を見開いて驚きながらも、日本海軍は愚か者の集まりだと蔑んだ。

 大和もそうだが、コードギアスでの近代戦闘ではミサイルや超電磁砲などが主力武装だというのに、砲撃戦に主眼を置いた装備しか見えない。

 扶桑型には対艦用大型超電磁砲が前後ろで三基あるものの、伊勢型は砲戦用の41cm三連装砲が前後ろに三基で、ミサイル発射管などは一切取り付けられていないのだ

 

 「ブリタニア艦隊より通信が」

 「読み上げて下さい」

 「え、はい。――道を開けろ――です」

 「そうですか…なら返信は“くたばれ、ブリキ野郎”でお願いします」

 「…は?」

 

 相手の通信もそうだが、神楽耶の返信を呑み込めずに通信士が一瞬呆ける。

 それを気にせずに神楽耶は指揮を飛ばす。

 

 「旗艦大和より各艦へ。これよりブリタニアとの戦闘に突入します。第一種戦闘配備!戦域護衛支援艦は天岩戸とリンクを開始。“アマテラスシステム”の構築を。輸送艦隊は合図があり次第自動航行での目標地点へ前進用意。空母艦隊は戦闘機の発進準備を進め、特務一八駆逐隊は対潜戦闘準備!」

 

 告げられた命令を大和の艦長は復唱し、それぞれの仕事に取り掛からせる。

 返信を受けたブリタニア艦隊は攻撃を開始。

 先制攻撃として全ミサイル艦よりミサイルが発射され、第一次攻撃機隊が空へと上がり、各艦に搭載されていた潜水可能な水陸両用型のナイトメア“ポートマン”を出撃させた。

 が、正直対空防衛能力に関しては問題はない。

 日本艦隊には戦域護衛戦闘艦天岩戸も組み込まれており、天岩戸をサポートする限定海域護衛艦、ミサイル巡洋艦秋月型の“秋月”、“照月”、“涼月”、“初月”が同行しているのだから。

 ちなみに秋月型は全部で八隻建造されているが、残りの四隻はそれぞれ別海域の警戒任務に就いているのでここには居ない。

 天岩戸の最大の特徴は対空防衛能力に特化した武装とシステムだろう。

 しかしどれだけ強力な対空能力を持っていようと、数で押されれば為す術はない。その弱点を補完する為に白虎が計画したさらなる防衛計画。広域索敵可能で識別圏内の脅威に対して優先順位を判断する天岩戸のシステムに、対空防衛能力に特化したミサイル巡洋艦を連動させて対空防衛の強化と効率化を図った“アマテラスシステム”。

 それによって現艦隊の対空能力は飛躍的に上がり、ミサイル攻撃や艦載機に対しての迎撃が行われている。

 勿論突破して向かってくる機も居るが、そちらは後方に居る八隻の空母から発艦した対空装備の艦載機が対応することになっている。この八隻の中には今までになかった機構を詰んだ空母も存在するが、その説明はまた今度にしよう。

 寧ろ問題は海中を進むポートマンだ。

 一応対潜特化型駆逐艦として新造された“霰”に“霞”に“陽炎”に“不知火”を連れてきているが、己に向かってくるなら兎も角、戦域にいる艦隊全部を護る事は不可能。

 だから最初の一撃が重要となる。

 

 「大和型及び伊勢型の主砲に“Z弾”装填。目標海中の人型自在戦闘装甲騎」

 

 大型砲塔しか発射できない機密扱いの新型弾頭だが、使わずに敗北するなど愚の骨頂。

 命令により主砲に“Z弾”は装填され、ソナーに映るポートマンの群れの進路上上空へ向けて、空気を震え上がらすほどの轟音を挙げながら放たれた。。

 放物線を描きながら発射された54発の砲弾は、予定地点上空で破裂して内部に収納していた小型爆弾を振りまいた。

 空から海中へと降り注いだ小型爆弾は起爆し、海中で幾つもの爆発を発生させ、魚群のように移動していたポートマンを巻き込み海上高くまで水柱を挙げさせた。

 

 「対艦・対潜爆撃特殊弾頭…想像以上ですね」

 「感想は後です艦長。Z弾の装填を急いでください。二射後の残存蛙モドキ(ポートマン)の相手は一八に任せます。目標地点に向けて輸送艦隊発進を」

 「――ハッ!」

 

 勝てる戦いだが油断はしない。

 何事においても絶対なんてないんだから。

 なにせ神楽耶は多くを聞き、あり得ないような奇跡を成した事実を知っている。

 あの無謀とも覚えた神聖ブリタニア帝国による三度に渡る侵攻作戦を耐え抜き、日本を植民地でなく国家として存続させたきっかけを作った者がいることを。

 そして自分はその者の背を追い、肩を並べようとしている。

 

 速力を挙げて突っ込んでいく輸送艦がブリタニア艦隊の攻撃により破壊され、炎上しながらも自動航行に従って航行する様子を眺め、自分達と敵艦隊の位置を把握して神楽耶は大きく頷いた。

 

 「艦長、取舵一杯」 

 「…え?取り舵なさるので?」

 

 突然の命令に艦長が驚きながら聞き直すが、神楽耶は説明を省いてもう一度告げる。

 

 「はい。取り舵です」

 「……とーりかーじ、一杯!」

 

 先頭を進む旗艦大和の動きに合わせて合計八隻の戦艦が取り舵――つまり進行方向左へと舵を切った。

 巨艦が水面を切り分け、水飛沫を挙げながら大きく動く。

 大和型四隻に伊勢型二隻、扶桑型二隻の合計八隻の動きに合わせてブリタニア艦隊も動き、ミサイルは迎撃され続けているので電磁砲を向ける。

 タイミングを計る。

 早すぎてはエネルギーの消費が早くなり、遅くなれば被害が増える。

 喰いつくように敵艦隊を見つめる神楽耶の張り詰めた空気に艦橋内は静まり、緊張と不安だけが支配する。

 牽制――否、射弾観測の為の一射が付近に着水し、空気は一掃張り詰める。

 ゴクリと生唾を呑み込む音さえ大きく聞こえる艦橋で、タイミングを見切った神楽耶が叫ぶ。

 

 「特殊武装ゲフィオンディスターバー起動!」

 

 ブリタニア艦隊は面食らった事だろう。

 目視でも捉えれている超巨大戦艦の艦隊がレーダー上消滅したのだから。

 すでに潜水艦でも使用した、ゲフィオンディスターバーでのソナーなどの無力化。

 それを扶桑型で戦艦で出来るように改良した特殊武装。

 出来るまで大変だったさ。

 サクラダイトに干渉するように作られているゲフィオンディスターバーを使用するのだから、少しでも不備があれば戦艦の方が停止するという問題があり、何度テスト艦の扶桑型が停止した事か。

 また扶桑が動いたけど対艦用の超電磁砲が止まったりして、ラクシャータ博士と扶桑の技術スタッフが問題点の洗い出しを何度も繰り返した。

 

 …ソナーやレーダーを誤魔化せるという事は、自動化した照準システムもすり抜けれるという事。

 ブリタニア艦隊は未曽有の危機に陥っている。

 攻撃をしようにも武器管制システムは目標を捉えれないのだから。

 今頃は大慌てで問題を検討するか、指揮官の判断が早ければ手動での操作に切り替えているところだろう。

 

 対して日本艦隊はすでに側面を逸らして全主砲と副砲にて敵艦隊を捉えている。

 

 「主砲!副砲!いえ、全攻撃手段は任意に攻撃はじめ!!」

 「撃ちぃー方ぁー始めぇー!」

 

 響き渡った号令に従って八隻の大型戦艦より砲弾が放たれる。

 大和型に搭載された46cm三連装砲が、ミサイル巡洋艦を一撃で轟沈する。

 混乱の一途を辿るブリタニア艦隊に神楽耶は容赦なく砲撃を続けさせ、さらに神楽耶が生み出した対艦戦術“ルウム”を発動させる。

 

 対艦戦術“ルウム”は水上艦の死角に、対艦能力を有した機動力のある兵器を送り込み、敵艦隊内にて攻撃を仕掛ける戦術である。

 水上艦は甲板より下への攻撃手段を持っておらず、白虎の前世では雷撃機を海面すれすれを飛行させて、敵艦艇の対空網を避けて有効距離まで突っ込む戦術があり、白虎はそれをこの世界でするのかと最初は反対した。

 すでにプロペラ機でなくジェット戦闘機が空を駆ける時代にそれは難しい。

 海面すれすれを飛行するというのはかなり難しく、少しでも海面を擦れば機体は衝撃で海面に叩き壊されパイロットの命はない。

 それを行うぐらいなら、戦闘機の速度を上げて爆弾を落とせば良い。

 命中率は落ちるかも知れないが、熟練させたパイロットが死ぬ可能性の高い作戦を実行させるよりはマシだ。

 が、神楽耶は戦闘機でなく小回りが利き、元々小型であるナイトメアを使用した戦術であった。

 

 艦隊を囮としてナイトメアを接近させ、敵艦隊の懐で大暴れさせる…。

 これを聞いた白虎は「ルウム戦役の再現か…」と呟き、神楽耶がその名を作戦名にしたのだが、神楽耶は未だにルウムが何のことか理解していない。

 

 輸送艦隊には二つの仕掛けが施されていた。

 ひとつは以前と同じように、流体サクラダイトと見間違う桃色の液体を満載したタンクを内部に仕込んだこと。さすがに二度目で、戦術バレしている今となっては意味なく、撃破された。

 そしてもう一つは、二隻で一隻を牽引している、簡易的に作られた潜水可能な輸送潜水艦である。

 潜航と浮上の機構を備え、最低限であるが航行能力のある輸送用のコンテナと言った方が正しい潜水艦を、自動航行の輸送船に引っ張らせて自ら航行させず、敵に悟られずに接近できるこれらは、航行不能となった輸送船とケーブルを切断する事で、目標地点にほとんどが到達していた。

 “ルウム”が発動すると一斉に浮上し、内部に格納されていた、水上戦闘可能なように改修された無頼隊が出撃する。

 足には浮力を得る為のスキー板のようなボードを履き、コクピットには海上走行を可能とするホバー装置が取り付けられている。

 武装は対艦を想定してバズーカとハンドグレネード、あと一応貫通能力重視で軽量化されたサブマシンガン。

 牽引していた輸送艦が三隻とも撃破されて、目標地点まで至れなかったものも数隻存在したが、問題なく敵艦隊に水中戦闘可能な無頼が入り込み、敵艦隊内で暴れまくって戦果をあげ始めた。

 

 「ふふ、王手…いえ、チェックメイトと言うのでしょうかね?」

 

 正面に展開する艦艇に向けて砲撃。

 艦隊陣形内部で無頼による攻撃。

 大混乱に陥って、有効的な打開策を見出せないまま次々と沈んでいくブリタニア艦艇。

 一息ついた神楽耶はふと考える。

 こういう時は勝利を喜び、戦闘に従事した者に何かしらした方が良いのだろうか?

 高価なお酒? 

 ボーナス?

 戦術などの勉強はしたものの、そこは勉強不足だったようで考え込む。

 まぁ、帰還して白虎に聞けばいいかと考えを放棄する。

 

 「敵艦隊撤退を開始!追撃を行いますか?」

 

 艦長の言葉で敵艦隊へと視線を向け、黒煙を挙げながらも数隻の艦艇が撤退している光景を目にする。

 後方に居て無傷とは言え、空母を伴っての後退は足が遅すぎる。再度射程に収めて殲滅することは容易い――が、その考えを神楽耶は捨て去る。

 

 「深追いはしませんよ。それより空母護衛の軽巡洋艦と駆逐艦に、海上を漂う兵士達の救助を。勿論敵味方問わずにです」

 「――ッ!!……畏まりました。救助したブリタニア兵は武装と航行能力を解除した輸送艦に入れてけん引いたします」

 「救助指揮は任せます」

 「救助」

 

 この時、艦長以下大和艦橋に配備されていた乗員は神楽耶の行動に心打たれていた。

 多くのブリタニア兵は艦の残骸などにしがみ付き、必死に生き長らえようと頑張る。が、ここは日本の領海内で、ブリタニア領から救援が来るには時間がかかる。さらに戦闘があった事から、来るのであれば勝てるだけの艦隊を戦う為に用意をするだろう。

 今しがた殺し合いをしていた敵も、戦いを終えれば関係なく、それも人数だけで言えば救助する艦艇の乗組員よりも多い。

 それを助けろというのだ。

 戦いが終われば敵味方も関係ない。

 武士道精神と呼べばいいのか…。

 艦隊に所属する日本軍人は、伝えられた命令に誇りと感嘆の想いをもって救助作業に取り組んだ。

 

 

 

 ……好き勝手に思われたようだが、神楽耶の本音は違っていた。

 人道的や武士道に倣ってブリタニア軍漂流者を助ける為に救助命令を出したのではなく、ブリタニアとの交渉も考えて、捕虜を白虎の手土産に帰国しようと考えていたのだ。

 ブリタニアが交渉に応じれば良い取引が出来るだろうし、取引を拒否すれば大々的にブリタニアは兵士を見捨てると宣伝できる。

 どちらに転んでも日本には都合が良い。

 微笑ながら神楽耶は地図を見つめた。

 

 補給を終えた潜水艦隊が迎えに出撃した頃合いか。

 七年間…。

 あの戦争から経った時を神楽耶は次の戦争の為に自ら励んだが、日常は白虎を始めとした多くの者に護られた穏やかな物だった。

 だから想像出来はしない。

 出来たと思っても、それは自身の思考の範疇で勝手に想い描いてしまった事。

 決して口が裂けても解かるなどとは言ってはいけない。

 祖国を護らんと海を渡って敵地に身を置き武器を取り続け、他国からの良い訳として祖国は彼の者を自国とは関係のないテロリストと非難し、足りない人員と武器で祖国の為に七年間も戦い続けた人物の生き様を…。



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第29話 「白虎、始動」

 日本国は混乱の渦中に立たされていた。

 ハワイでの事件は世界各国で報道され、ブリタニアの謀略を受けたとなれば国内外からの注目を浴びることになる。

 特に軍神とまで謳われる英雄、枢木 白虎がこのまま何もしないとは考えられない。

 首脳陣を失った与党としては強気の姿勢を見せたい一方、ブリタニアとの同盟路線をとってしまった事に対しての野党の批判で手一杯。国の方針を決めようにもこんな大事な局面でリーダーシップを発揮できる稀有な人材がいないので、何もかもが中途半端な対応となってしまっていた。

 

 だからこそ彼は―――枢木 白虎が動けた訳なのだが…。

 

 軍港にて待機させていた装甲指揮車両に乗り換えた白虎は、護衛を伴い国会議事堂へと向かっていた。

 指揮車両内では常に情報を収集し、いくつもの連絡用のチャンネルを開いたままにして通信を行っている。

 どっかりと腰を据えた白虎は糖分を補充しようと飴を口の中に放り込む。

 左右には不安気なナナリーと、雑誌を読んで我関せずのC.C.が腰かけている。

 

 「閣下、海軍本部へ赴いた卜部少佐より“海軍は全面協力する”との事です」

 「はは、色々資金を回して立て直した甲斐があったな。して空軍の反応は?」

 「現在は中立を貫くそうです。軍として命令が下ればそれに従うと」

 「なら良しだ。これで軍部の掌握は完了っと」

 

 楽し気に笑う白虎は、陸海空軍を手中に収めた事に笑みを浮かべている。

 元々陸軍も海軍も先の戦争で上層部がほぼ総入れ替えしており、現在上層部を固めているのはなぜか(・・・)枢木 白虎を称える連中ばかり。

 さらに、陸軍は残っていた年寄り連中も九州の件で一掃され、より枢木寄りの者らが占めた。

 海軍は戦力の回復どころか、八八艦隊のように多くの資金を回して戦力強化された事で、白虎に対して良い印象を持っている。

 だからその両軍はやり易かったが、空軍だけはどう動くか予想し辛かった。

 もしもの時はこれからの作戦を空軍抜きでやらねばならないかと頭を悩ましていたが、中立と宣言してくれただけでもかなり有難い。

 

 「放送局はどうなっている?」

 「まだ連絡は…連絡来ました。仙波中佐と藤堂准将により、各放送局の制圧終了したそうです」

 「警察機構が動きを見せたとの報が…」

 「放送局奪還の動きがあるなら朝比奈に対処させろ。司令部を押さえれば黙るだろうさ」

 「銃撃戦が起こり得る場合はどうなさるので?」

 「その為に、スザクを含んだ人型自在戦闘装甲騎部隊の指揮権を任せたんだろが。支給された拳銃ぐらいでは何とも出来んだろうしな」

 

 次々と入る制圧の報告にご満悦な白虎に、ナナリーは不安の目を向ける。

 雑誌を読みながらも様子だけは窺っていたC.C.が、面倒臭そうにため息を漏らす。

 

 「言いたい事があるなら言った方が良いぞ。この男に遠慮や空気を読む必要はない」

 「お前は遠慮を覚えろよ」

 「……クロヴィス兄さまとユフィ姉様は大丈夫なのでしょうか?」

 「あーそゆこと。大丈夫大丈夫、すでに手は打ってるからさ」

 

 確かにナナリーからすれば二人の安否が心配か。

 今回の件でブリタニアに対する批判は高まり、国内にいる皇族へには何が起こるか分かったものではない。

 でもまぁ、そこまで心配はしていない。

 クロヴィスには皇帝を批判する演説文を読み上げさせ反ブリタニア寄りに見せ、ユフィは事件発生直後に酷くスザクを心配していた様子をカメラで連絡員に納めさせたので、いろいろと加工して日本寄り放送に使用させてもらう。あとは印象操作出来得るものを仕上げれるかに掛かっているかだが、失敗しても最悪御所警備隊の連中で警備させるから大丈夫だろう。

 御所警備隊で思い出したが、アイツらの作戦はどうなったのだろうか?

 

 「御所警備隊副隊長()より制圧及び捕縛は完了と」

 「だろうな。特権階級に貪って高みの見物をしようとするからだ」

 

 御所警備隊の面々には日本国における名家の制圧を任せている。

 意外に厄介なのだ、名家の方々と言うのは。

 いろんな所にパイプを持っており、資金も豊富なので気に入らなかったら武力を行使することだって可能。その上、家柄が良いだけに旗印としても使えると来たもんだ。

 ゆえに押さえておく必要があった。

 日本の象徴である皇家主催のお茶会という檻に跳び込んだ名家当主を丁重に確保し、当主不在で動きの鈍い本宅へ各小隊が制圧して何も出来ないように見張っている。

 本当はナオトに任せたかったのだが、別件を頼んで今は日本に居ない。

 これで予定していた第二段階はほぼ終了した。

 残るは咲世子と俺達が制圧すべきところだけだ。

 車が停車し、目的地に到着した事を理解した白虎は車外に降り立つ。

 国会入り口で止まった装甲車群に記者達が群がろうとするが、中より現れた一団を目撃するとその足を止めた。

 顔はゴーグルとフェイスマスクで覆い、防弾チョッキに野戦服などを着用し、野外戦と屋内戦仕様の銃を装備した二種類の一個大隊が隊列を組んだのだ。

 先頭に立つのは大隊の指揮権を持つ枢木 白虎中将。

 顔を隠しているが指揮官である井上が前に出て、総員の準備が整った事を伝える。

 対して白虎は片手を挙げ、国会方面へと傾けた。

 同時に武装した一個大隊が素早い動きで突入。

 国会議事堂制圧に動いたのだ。

 記者達は目の前の光景に興奮しながらカメラを回し続ける。

 白虎はナナリーを車椅子に乗せるとC.C.に押させ、護衛の部隊に護られたながら議事堂へと歩いて行く。

 勿論国会には警備を置いているが、こうすることは事前に決めていたので、諜報部の者と入れ替わっており、防衛される事無く堂々と入り込む。

 入口より入ると待っていた咲世子が頭を下げ、列に加わって斜め後方に立つ。

 

 「諜報部の制圧完了致しました」

 「よく上層部が首を縦に振ったな」

 「いえ、諜報部の実行部隊の方々は私が指導した者達ですので」

 「咲世子の子飼いか。あんまり敵にしたくない感じがするな」

 「恐縮です。なので手早く集まっていた上層部の方々を拘束させて頂きました」

 「まじで怖ぇよ」

 

 有能過ぎるくのいち(SP)に満面の笑みを浮かべた白虎は、国会議事堂本会議室前で立ち止まる。

 最近野党との会食を通じてこちら寄りの者らを募って、味方を増やしたので上手くいくとは思うのだが、ここから国民向けの演説ですべてが覆りかねない。

 柄になく緊張する白虎に、C.C.が背中を軽く押す。

 

 「…―――ッハ!背中を押すという言葉があるが物理でやるか?」

 「もたもたとしているお前が悪い。私からのエールを受けたんだ、喜べよ」

 「ったく、本当にお前って良い性格…もとい、良い女だよ」

 「当たり前だろ。私はC.C.だからな」

 「はいはいっと、なら行ってくるよ」

 

 扉を大きく開くと護衛の兵も雪崩れ込み、本会議場を占拠する。

 

 「閉会するな!この席を借りたい!」

 

 続いて素の白虎ではなく、国民の多くが抱いている、日本国をブリタニアの侵攻から救った英雄像としての表情で壇上に立つ。

 その場に居る議員と国営放送のカメラ越しに見ている国民の視線を感じながら、白虎は言葉を紡ぐ。

 己の大事な者たちを守る為に手ぶり身振りし、感情豊かに表情を変え、着飾りながらも真に迫った言葉で、この国のすべてを掴もうと投げかけた。

 

 

 

 

 

 

 日本も大きく動き始めた頃、ブリタニアに匹敵するほどの大国である中華連邦は静観を決め込んでいた。

 と言うのも、大宦官にしてみれば対岸の大火事に跳び込むのは酷く面倒臭く、動くならばもっとブリタニアが疲弊してからでも問題ないと判断したからだ。それ以上に、ブリタニア以上に大量のサクラダイトを保有する日本が、ブリタニアと戦争して弱らないかなとチャンスを伺っているのもあるが…。

 国外や自身の私腹を肥やすぐらいしか考えがない彼らは、自らの足元が崩れ去ろうとしている事に全く気付いていない。

 おかげで動きやすいのだがなと、ボロボロのマントにフードで姿を隠す黎 星刻は、辺りを警戒しながら倉庫街を歩く。

 

 日本国より進出した企業が集まる区画。

 その一部に出来上がった倉庫街の一角に、私用で訪れようと出向いたのだ。

 全ては天子様の為に…。

 

 周囲に人の気配を感じ取って、隠し持った得物に手をかけるが、少しだけ覗いていた顔より判断して、ロングコートの襟元を緩めて中に隠していた日本軍の軍服を見せてきた。

 どうやら案内人のようだ。

 

 「お待ちしていましたよ。どうぞこちらに」

 

 日本人にしては珍しい赤毛の青年に誘わるままについて行く。

 周囲には、彼の仲間と思われる者達が固めて警戒に努めているようだ。

 終始無言のまま移動して、とある倉庫に到着する。

 扉が開かれ物で溢れた倉庫内を歩いていると、突然彼が口を開いた。

 

 「本当に宜しいのですか?」

 

 青年の言葉に疑問符を浮かべる。

 

 「事情は窺っていませんが…今なら戻る事も出来ますよ」

 「愚問を。なら諸君らは今更足を止めれるのか。それも心の底からの願いを諦めて」

 「確かに愚問でした。すみません」

 

 何を想っていたのかは分からないが、一言詫びると青年の顔は凛としたことから覚悟が決まったと見える。

 歩いていると最奥へ辿り着き、壁に偽装されていた奥の扉が開かれる。

 照明も付いておらず、ぼんやりと眺めていると徐々に暗闇に目が慣れて、内部の様子がようやく見え始める。

 そこにはなん十機もの無頼がすでに待機しており、武装を装備している事からいつでも出撃可能状態であることを察した。

 

 「よくもこれだけの戦力を」

 「案外と簡単でした。他の国ではこうは上手くはいかないでしょう」

 「我が国の実状ゆえか…」

 

 星刻が察したように、腐敗が進んだ中華連邦ゆえの方法である。

 金や物品をチラつかせるだけでほとんどの役人が靡くなど、他の国ではみないだろう。

 天子様を操る事実上のトップである大宦官から汚職をしているのだから、子は親を見て育つように、下の者は上に倣うのだ。

 悪しき現状に嫌悪すると同時に、こうして友軍が動いてくれるのだから有難いとも思うのは微妙なところだな…。

 

 「これでこちらの本気は知れたと思いますが」

 「・・・あぁ」

 

 後は白虎の動きによるが、ここまでは信じても良いだろう。

 かといってすべてが終わるまでは完全に信用できないがな。

 もしかすると、事を起こす直前に私を大宦官に売ることだって、可能性としてはあり得るのだから。

 

 「それと貴方に“約束の品”だそうですよ

 「――ッ、これは…」

 

 赤髪の青年―――紅月 ナオトに示された先に佇む、無頼とは一線を画す一機のナイトメアフレームに感嘆を漏らす。

 いつぞや口にしていたな。

 私専用のナイトメアフレームを用意しても良いと。

 威風堂々とした姿に高揚しつつ、自らの刃となるナイトメアフレームに力強い視線を向ける。

 このナイトメアも奴も利用してでも、あの方を助けてみせると誓いながら…。

 

 

 

 

  

 

 日本領海内にて浮上した、最新鋭のステルス潜水艦隊の旗艦“白鯨”の甲板上に一人の男性が立ち、遠くに見える大地をしみじみと眺めていた。

 腰まで届く白髪に胸元まで伸びた白髭。

 目につく肌と言う肌には、銃創から刺し傷まで受けた数々の怪我の後が残り、腕がある筈のコートの左袖は風を受けてパタパタと揺れる。

 パッと見た感じは六十代を超えた老人であるが、実年齢はそこまで上ではない。

 それだけ苦労と毛が白くなるほどの恐怖を体験してきた猛者なのだ。

 左腰に差している日本刀と古びた日本軍軍帽を被り、顔つきから東洋人だと判断できる。

 

 「“老師”、もうすぐ迎えが来るそうです」

 「あぁ、そのようだ」

 

 男性は何処か寂しげに笑う。

 千葉 凪沙少佐の敬意ある態度から、事情を知らない兵士も彼がただ者でない事は承知していた。

 

 ブリタニアで恐れられている人物が何人かいる。

 シュナイゼルやコーネリアからすれば、その筆頭は枢木 白虎と答えるだろう。

 が、この“老師”と呼ばれる人物も、ブリタニアが血眼となって探していた危険人物の一人であった。

 七年前より反ブリタニア活動に身を投じ、最大の反ブリタニア勢力“解放戦線”の総帥で“老師”と呼ばれる日本人。

 元日本陸軍所属の草壁 徐水中佐。

 懐かしい故郷の匂いを肌身で感じながら、アイツらを連れて帰れなかったことを深く悔やむ。

 若者を含めた多くの仲間と戦地に向かったというのに、生きて祖国の地を踏めるのは自身一人とは…。

 出発前に撮った古びた写真を眺めながら涙を薄っすらと流す。

 失った仲間を思い浮かべていると迎えが到着したようだ。

 

 見上げる首が痛くなるほど巨大な戦艦。

 説明は受けていたがこれほど大きいとは…。

 一隻のボートが近づき、凝り込もうと近づくと、カツンカツンと右足の義足が歩くたびに音を立てる。

 兵士の手を借りながら移ったボートは草壁を乗せて進む。

 弩級戦艦八隻と空母八隻の八八艦隊と駆逐艦や巡洋艦数隻に囲まれ、護られている高速巡洋艦三笠に向かって。

 三笠に乗船する為にタラップを上がった先には懐かしい人物が立っていた。

 

 「久しぶりですね中佐(・・)

 「えぇ、死に損なって戻って参りました」

 

 昔を思い出す二人は笑い合う。

 周囲には敬礼したまま不動の姿勢で立っている兵士が待機している。さすがに気軽には話し辛いので白虎が少数に絞って、残りは職務に戻させた。

 

 「こんな盛大な出迎えを受けるとは思わなんだな」

 「ったりまえだろ。日本国の英雄が凱旋するんだから。資金に余裕があればパレードもやってやれたんだがな」

 「英雄にそのように言われるとこそばゆいな。しかし本当に良かったのか?俺は世間的にはテロリスト。日本国も俺を犯罪者として扱わなければ世間的にも不味かろうに」

 「あー…そこんところだけど問題ない。隠しても仕方ないから大々的に公表した」

 「ですから、貴方様は日本国を護る為に戦った勇者として報道されておりますよ」

 「―――ッ!?これは失礼致しました」

 

 白虎と並んで歩いていた草壁は、目の前に現れた日本国の象徴である皇家当主の皇 神楽耶に対し、姿勢を正して頭を深く下げた。

 その行動に神楽耶は困ったように制止を掛ける。

 

 「面を挙げて下さい。貴方が奮戦してくれたおかげで、私も日本も存在できたのですから」

 「勿体なきお言葉、感謝いたします。それにしてもお――私を勇者と公表するのはかなり骨だったのでは?政府の連中が首を縦に振るとは思えませんが…」

 「んぁ?言ってなかったっけ。今現政権握ってんの俺だけど」

 「・・・・・・はぁ!?」

 

 驚き過ぎて大口を開ける草壁を、白虎と神楽耶は予想通りと笑みを零した。

 

 「なにを!?どうやって!?」

 「落ち着けって。ちょっと考えれば分かるだろうに。政府連中が集まっていた国会議事堂を占拠したに決まってんじゃん」

 「せんッ!?」

 「ちなみに軍部も諜報部も抑えたぞ。つっても海軍も陸軍も、上層部が前の戦争で入れ替わって、俺寄りの連中が何故か上層部に固まってたから案外楽だったがな」

 「それにしても酷いんですのよ白虎は。軍部上層部だけでなく、この頃は野党の議員達と会食して、事が終わったら政権をくれてやるって確約して取り込んだんですのよ。その上皇家を含んだ日本有数の名家を制圧して支配下に置いたんですの」

 「や、やり過ぎではないか……国民がそれを許すとは思えんが…」

 「そこはほら…俺ってば清廉潔白な英雄だろ。サングラス掛けた彗星さんやとある公国軍総帥、または歌うロボットもののフロンティア艦長張りの演説をかましたら一発よ」

 

 言いたい事は色々とある。

 が、その前に言うべき事が一つある

 

 「清廉潔白?」

 「やっぱりそこに食いつきますわよね」

 「良いんだよ。イメージはそうなんだから」

 「素を知ったら幻滅するでしょうな」

 「喧しいわ」

 

 その場に座り込み、兵士に持って越された日本酒の蓋を開ける。

 同じようにその場に座り、兵士より杯を受け取る。すると白虎が酒瓶を傾けて注いでくれた。

 神楽耶は未成年なので手にしてないので、白虎と草壁だけ杯を手にして二人してあおった。

 

 「やはり酒は日本酒ですな。身体に沁み込みます」

 「良い米に名水、それに職人の腕が揃った逸品だからな」

 「アイツらにも飲ませてやりたかったですなぁ…」

 

 しみじみと呟かれた一言に三者三様に想うところがあり、静寂がその場を支配する。

 ゴクリと酒を飲み、静かな時間だけが過ぎてゆく。

 その中でぽつりと草壁が問いかける。

 

 「私はブリタニアを叩き潰したい。が、日本として…白虎閣下としては違う方針をとるのでしょうな」

 

 憎しみの籠った言葉に白虎は躊躇う事なく頷いた。

 解っていても、日本の為にと散って逝った仲間を想う草壁の憎しみは理解はする。

 けれども白虎の最終目標はそこにはない。

 

 「叩くにゃ叩くが手段は択ばせてもらう」

 「やはりそうでしたか…」

 「感情的には納得できないだろうが、協力してくれるか?」

 

 優しい微笑を向けられた草壁は正座をして姿勢を正し、白虎の目をしっかりと見て答える。

 

 「祖国の為、そして死んでいった仲間の為にも協力させて頂きます」

 

 大きく頷き、深々と頭を下げた草壁に、白虎も床すれすれに頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 「なんでこうなるんだよぉ…」

 

 盛大なため息を吐き出し、机に突っ伏した人物は自身に降りかかった不幸に頭を悩ましていた。

 彼の名はオデュッセウス・ウ・ブリタニア。

 神聖ブリタニア帝国第一皇子であり、皇位継承権第一位。そして皇帝不在時には皇帝代理という最高責任者だ。

 ブリタニアは弱肉強食。

 強ければ何をしても許されるし、弱者は虐げられるしかない。

 そんな国に生まれた事自体が彼の不幸だったかも知れない。

 シャルル・ジ・ブリタニア皇帝の子供たちは大なり小なり優秀な者が多く、オデュッセウスも例にもれずに内政に関してはかなり優秀な人材である。

 ただ温厚な性格が殺伐としたブリタニアに合わないのだ。

 平時であれば優秀な君主と成れた彼は、戦時ではただの優柔不断な暗君となり下がる。

 

 「父上…どうしてあんなことを…」

 

 恨まずにはいられない。

 ハワイで日本との同盟交渉が行われることに、オデュッセウスは大賛成だった。

 日本との戦争以降、ブリタニアは以前の余裕が失われてピリピリしていた気がする。他国にも植民地エリアにも白虎と言う一人の人物に対してもだ。

 だから日本との同盟は平和に繋がると信じて、朗報を期待していたというのに…。

 

 父上の指示で日本代表団の殺害が実行された。

 その一手で、日本と和平交渉どころか話し合いの場すら設けることは不可能。

 しかも殺害に失敗して父上が亡くなり、一緒に居た元老院と貴族も巻き添えに返り討ちにあった。

 悪い事は続くもので、皇帝最強の十二騎士が二人に皇帝直属の騎士団の壊滅、日本に進撃した海軍の敗退…。

 政治だけでなく軍事力でも大きな痛手を受けて、今のブリタニアは混乱の極みに陥ってしまった。

 さらに皇帝死去の報に沸き立った植民地エリアでは暴動が起こり、反ブリタニア勢力を勢いを高めて活発化。

 

 秒単位で事態が悪化する状況下で、残った皇族や貴族、元老院に将軍達が問うのだ。

 「どうなされますかオデュッセウス殿下?」…と。

 もう、こっちがそんなこと聞きたいよ。

 一手仕損じただけでブリタニアが瓦解されそうな状況で私なんかが判断できないよ。

 責任だって取れる訳ないし…。

 

 「あー…本当にどうしてこうなった…」

 

 シクシクと痛む胃を押さえながら、オデュッセウスは頼もしい自慢の弟であるシュナイゼルに全てを丸投げして願う。

 何とかして平穏を取り戻してくれと…。

 

 

 

 

 

 

 世界は大きく揺れ動く。

 超大国ブリタニアの皇帝の死去は、大きい災厄と成り果てようとしている。

 ブリタニアは植民地エリアを増やす戦争を仕掛け、幾つもの敵を抱えていた。

 対立国との戦線。

 当然のことながら植民地エリアでの不満の蓄積。

 反ブリタニア勢力の発足。

 起こっているものから寸前のものまでより取り見取り。

 このように戦火が燻ぶり続けている現状にて、ブリタニア皇帝の死はダイナマイトの導火線に火をつけるが如し。

 戦線は混乱し、反ブリタニア勢力は活発に動き出し、植民地エリアの不満は暴動やテロとして爆発。

 今や世界全てを巻き込む争いが勃発したと言っても過言ではない。

 

 その渦中に跳び込むであろう日本国は決断を迫られている。

 現状で和平の道は無いとしても、戦争を仕掛けるのか、戦争をしている国を支援して後ろに控えるのか。

 日本国は現在枢木 白虎が軍部も政府も抑え、彼の決定一つで国の方針が決まる。

 本日はその方針を決めるべく、国会議事堂本会議室にて話し合いが行われようとしていた。

 

 参加するのは枢木 白虎に日本国の象徴である皇 神楽耶、藤堂 鏡志郎と側近の四聖剣のメンバー。御所警備隊より扇 要と玉城 真一郎、白虎大隊より井上 直美。人型自在戦闘装甲騎隊のエースの枢木 スザク、技術部よりロイド・アスプルンドとセシル・クルーミー。そして最大の反ブリタニア勢力の総司令“老師”こと草壁 徐水の面々が集結している。

 

 「せいぞぉ~ん、せんりゃくぅ~」

 

 国の行く末を決める会議の第一声に、何人かががくっとコケそうになる。

 なんともやる気のない声に何人かが呆れたような睨みを利かすが、相手が白虎なだけに無駄だと知るやため息を吐くと同時に流す。

 

 「さてさて、みんな大好きブリキの国が大変なことになったね」

 「凄い嬉しそうですね」

 「ロイドさんも嬉しそうですけど…」

 「データ取りが捗るからでしょうね」

 

 上機嫌なロイドに、セシルとスザクが乾いた笑みを浮かべる。

 ここで白虎に同様の視線が向けられないのは、もうそういう性格だと認識されている事だからだろう。

 

 「セシルさんはあんまり乗り気ではないですかね?」

 「それは…はい…」

 「一般的に考えればそれが普通の反応だろう」

 「生まれ育った国と戦争をしようと言う会議ですからね」 

 「まぁ、セシルさんのおかげでユニット(フロートユニット)と“鳳翔”が完成したから、後はゆっくりしておいてもらっても良いけども…どうする?」

 「最後まで見させていただきます。もう他人事ではいられませんから…」

 「―――そうか」

 

 意思確認を終え、一瞬だけ神妙な顔つきになったが、呟くといつも通りの様子を見せ、話を次に移す。

 

 「老師にはブリタニアへの攻勢を頼みますよ」

 「承った。解放戦線は全軍を挙げてブリタニアに仕掛けよう」

 「決死隊はなしで頼みますよ。じわりじわりと首を絞めてやれば良いんで」

 

 この会話で皆の瞳の色が変わった。

 白虎が傍観ではなく攻める気であると理解したからだ。

 中でも玉城は前の戦争を思い返して、前のお返しが出来ると喜んでいた。

 

 「よっしゃあ!!これでようやくブリキと全面戦争か!腕が鳴るぜ!!」

 

 気合十分な玉城の言葉に白虎は首を傾げ、神楽耶はかわいそうな子を見るような瞳を向ける。

 なんか変なことを言ったかと焦る玉城に一言。

 

 「君は本当に馬鹿だなぁ(濁声で」

 「うぇ!?おかしなこと言ってないですよね」

 

 玉城の問いに神楽耶が特大のため息を漏らす。

 周りの反応はそこまで酷くないが、何人かは気付いているので何とも言えぬ表情を浮かべている。

 

 「良いですか玉城さん。確かにブリタニアはいくつもの戦線を抱えて、人手も足りずに疲弊し弱っています。けれども攻めてどうするんです?敵を打ち倒せば終わりではないのですよ」

 「戦争って二次元のように正義一つで戦えねぇんだ。大義名分は必要だし、己が正義の為に戦っている心持ちも居るだろう。でもそれは個人個人の話で、国家としては慈善事業で戦争は出来ねぇのさ」

 「資源が欲しい。権利が欲しい。力関係を知らしめる。土地が欲しい。海域を得る為あの島が欲しい」

 「戦争って言うのはつまるところ外交の手段であり、無理やりに何かを得る方法(駄々)だ」

 

 白虎と神楽耶の説明に玉城は生返事を返す。

 藤堂や草壁は大きく頷いて納得しているようだが、扇と井上は別の所に注目していた。

 神楽耶だ。

 まだ少女である彼女がどうしてあのように語れるのか。

 知っているから語っている様子ではなく、理解しているから話している。

 白虎ならまだわかる。

 彼は最前線で戦った戦争の経験者だ。

 確かに神楽耶も指揮を執ったがまだ一桁で、そこまで実感するほどではない。

 となればこれは白虎の影響か。

 あんな少女にあれだけの影響と重みを背負わす。

 そう思うと背筋が寒くなる。

 彼の狂気は歳など関係なく染め上げる。

 二人がそんな考えを向けている事を露とも知らない、白虎と神楽耶は話を続ける。

 

 「それとな玉城。戦争に勝ったとしてその後はどうすんだ?」

 「どうするって勝ったらそこで終わりだろ?」

 「そこからが大変なのですわ。もしもブリタニアを自国の領土とした場合は、戦争被害の復興からブリタニアに向けられていた怨嗟を日本国が引き受ける事になります」

 「他国からの視線は厳しいぞ。人道に反するとか植民地は止めましょうとかいろんな理由をつけて手放せと言ってくる。今の日本に世界各国と弁論を行って言い負かせる様な達者な奴はいねぇ」

 「敵戦力を倒す事は出来ても制圧には人手がいります。日本国でブリタニアを完全支配するのは、民間人を武装させて配置したとしても不可能。暴動一つですべてが崩れ落ちるのが目に見えてますわ」

 「手放したら手放したで予算を消費しただけで得るものは皆無。ピラニアが食らいつくような感じで、ブリタニアの領土がいろんな国にむさぼられるだろうしな」

 「下手したら日本国の戦力が弱まったところを近隣国が攻めて、サクラダイトを手にしようと動く事だってありえます」

 「ってなわけで日本国はブリタニアと戦争はしねぇ…っつか出来ねぇんだよ」

 

 雪崩のような情報を一回で理解出来ず、困惑する玉城に扇がもっとかみ砕いて教え込む。

 

 「だ、だったらあのまま放置かよ!俺達はただここで観戦しろってか?」

 「んぁ?誰がそんな事言ったよ」

 

 嗤った。

 見慣れた笑みに逆にホッとする共に闘った面々と、狂気に満ちた笑みに恐れを見せる共闘未経験の二組に分かれ、ギラリとした瞳を見せる白虎の宣言を待つ。

 

 「俺達の進軍目標は国の象徴を裏で操り、私腹を肥やす事のみに特化した糞野郎の巣―――――中華連邦!!」

 

 植民地エリアを除けばブリタニア本国と同等の大国へ進撃するという発言に、全員が面喰らった。

 先の理由を述べておきながら大国を攻めるというのなら、それなりの理由がある。

 それも白虎がいうのだからすでに準備は行っている筈だ。

 だからこそあえて藤堂が問うた。

 

 「理由を聞いても良いか?」

 「中華連邦を攻める理由か――――同じロリコン(同志)を助ける為だけど」

 

 一気に会議開始の一言以上に本会議場が凍り付き、神楽耶を除いた全員から冷めた視線を向けられるのだった。



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第30話  「中華連邦侵攻作戦開始」

 日本国にて政治と軍事が枢木 白虎のクーデターにより掌握されて十日後。

 上海沖にて今までに類を見ないほどの大規模艦隊同士の海戦が開かれた。

 

 元帥の地位に就いた枢木 白虎はブリタニア一国に対する戦争ではなく、世界の争いを無くす戦いへ赴くと世界に宣言を行った。行うと同時に、国のトップを操り、汚職に塗れ、私腹を肥やすためには民草も国も食い物にして使い捨てる中華連邦上層部を正すと中華連邦に宣戦布告。

 確実にブリタニアとの戦争を行うとばかり誰もが思っていただけに、この動きには国内も国外も大きく驚いただろう。

 特に驚いたのは友好関係を築けていたと思っていた中華連邦だ。

 いきなりの宣戦布告に続いて各軍港で待機していた艦艇が東シナ海に集結。

 万全の対策を練る時間を与える間もなく、日本中華連邦侵攻艦隊は侵攻作戦を開始したのだ。

 超弩級戦艦八隻、戦艦四隻、航空母艦系八隻、対潜特化型駆逐艦四隻、戦域護衛戦闘艦一隻、限定海域護衛艦八隻、ミサイル巡洋艦八隻、ミサイル駆逐艦十二隻、揚陸艦多数の総合計七十隻もの大艦隊。

 対して時間も無かったが、近隣より掻き集めた艦艇百隻を超える中華連邦艦隊と、近くの航空基地より発進した戦闘機隊が侵攻作戦阻止のために出撃。

 こうして両軍は闇夜が支配する深夜に戦闘を開始したのである。

 最初は制空権の奪い合いから始まり、艦隊による砲撃戦に移行した。

 というのも制空権を数で勝る中華連邦空軍が得られなかったことが大きい。

 天岩戸を中心として秋月方八隻で構成された戦闘領域対空迎撃管制システム“アマテラスシステム”と、対艦ではなく対戦闘機戦のみに重点を置いた、空母から発進した戦闘機隊によって拒まれたのだ。

 そしてミサイル系の兵器はアマテラスシステムの前にほとんどが迎撃されるので砲撃戦となり、弩級戦艦の大型主砲がその絶大な火力を発揮する。が、弩級戦艦は八隻で中華連邦軍艦隊には小さい砲塔だとしても百隻の艦艇がある。

 威力よりも数で押される結果となり、先頭を進んでいた二隻の弩級戦艦を含んだ前衛艦隊がかなりの被害を被っていた。

 

 中華連邦軍侵攻艦隊総司令官に任命され、艦隊の旗艦である大和型超弩級特務戦艦一番艦“大和”に搭乗している藤堂 鏡志郎少将(白虎が理由を付けて昇格させた)は 静かに戦場を睨む。

 今回白虎より告げられた作戦は五段階に渡る。

 現在行われているのは敵艦隊の誘い込み。

 味方の被害報告が次々に挙がるがそれを聞きながらも決して撤退はせず、誘い込みがバレない程度に攻撃とゆるやかな後退の指示だけを行う。

 

 「重巡洋艦天龍轟沈。ならびに龍田航行不能!」

 「駆逐艦深雪が魚雷の攻撃にて撃沈されました。白雪が十八艦隊の支援を要請しています」

 「霰を向かわせろ。龍田乗組員には退艦許可を出せ」

 

 すでに前衛艦隊の二割がやられ、弩級戦艦二隻が炎上している。

 しかしながらこの事に対して藤堂は何ら焦るようなことは無かった。

 なにせこの弩級戦艦は時間を稼ぐためだけの艦隊の囮であるのだから。

 

 木造超弩級設計試作戦艦“長門”と“陸奥”。

 超弩級戦艦である大和型を建造するにあたって、力学バランスや設計の確認やテストを行う際に組み立てられた木造艦。

 それに薄い鉄板を張りつけ、遠目で見れば大和型に見えるようにした張りぼてなのだ。

 大和型の武装も見られるがそれも見掛け倒しで、副砲と数機の対空砲のみで戦闘能力はかなり低い。

 ただし、その面積のほとんどが木造の為に砲撃が直撃しようと貫通するだけで航行不能になるダメージを負う事はほとんどない。

 白虎がこれを使う様に指示したのには、弩級戦艦に搭載されたゲフィオンディスターバーによる索敵システム無効化のエネルギーの使用を控える目的があったからだ。

 敵のレーダーに引っ掛からず、自動砲撃から逃れられるシステムは、自動に慣れた現代戦闘においてはかなりの優位性を発揮するが、それを使用する為のエネルギーは有限で消費が激しい。

 ゆえに木造戦艦を囮として使用する時間をギリギリまで抑えるのだという。

 おかげで未だに弩級戦艦はそのシステムをまだ使わずにいた。

 長門と陸奥には煙幕発生装置と火災が発生しているように見せるライトと噴出機が所々に設置されて、中華連邦軍はブリタニアが手も足も出なかった戦艦を自分達はあそこまで被害を与えたぞと喜んでいる事だろう。

 まぁ、被害状況からそろそろ二隻とも限界だろうが、もう暫し耐えて貰いたい。

 そうすれば我々は次の段階へ移行することが出来るのだから。

 願いながら待ち続けていた藤堂の耳に通信兵より報告が舞い込む。

 

 「中華連邦艦隊目標地点に到達!」

 「赤城と加賀に出撃させるように伝えよ」

  

 八八艦隊で建造されたのは戦艦ばかりではなく、戦艦八隻に空母八隻が八八艦隊の建造計画なのだ。

 藤堂が名前を出した赤城と加賀は、その八八計画で建造された八隻の空母の内の二隻。

 一般的な航空母艦である空母“翔鶴”、“瑞鶴”、“蒼龍”、“飛龍”の四隻で、残りの四隻は白虎の建造計画によって新たに生み出された種類の空母となっている。

 航空母艦の機能を持ちつつも戦闘艦としての役割を持たせる為、戦艦後部よりVの字に甲板を伸ばした戦闘航空母艦と名付けられた“大鳳”と“伊吹”。

 そして今回の作戦の目玉となる人型自在戦闘装甲騎専用海上母艦“加賀”と“赤城”。

 この二隻は名称の通りにナイトメアフレーム専用の母艦となっている。

 すでにブリタニアでは海中航行を可能とするポートマン、日本では海上走行可能なホバー型無頼など海での使用を想定したナイトメアが存在する。そのうえに飛行可能なナイトメアをも想定していた白虎が、海上展開に視点を置いて設計させた。

 内部格納庫にはナイトメアを格納する。

 甲板上にはリニアカタパルトが六つ並べれており、三機で一個小隊のナイトメア隊を二個小隊同時に展開可能。さらにリニアカタパルトはそれぞれが甲板ごとに角度を調整でき、リニアカタパルトで得た加速と飛ばす距離を変更できるために、比較的広い範囲に射出出来る仕様になっている。

 リニアカタパルトレール発艦台に足をセットしたホバー型無頼が加速を付けて、引き寄せられた中華連邦艦隊上空へと飛翔。

 驚いて迎撃が遅れた艦隊上空に、無頼に取り付けられた追加バックパックよりフレアとチャフが撒かれて、敵の対空迎撃が多少なりとも緩和される。

 水面に近づくと自動でバックパックのスラスターとホバーが起動し、急激なGを味わうものの海面に叩きつけられて撃破されることを阻止する。

 こうして無事に着水した無頼達は密集している中華連邦艦隊に白兵戦を仕掛け、艦隊に混乱と大規模な被害を与えてゆく。

 絶え間なく加賀と赤城が搭載しているホバー式無頼が発艦させる中、藤堂は次の指示を飛ばす。

 

 「上陸艦隊前進!金剛型は盾を展開させ上陸艦護衛を務めよ!!」

 

 上陸艇ではなく上陸艦。

 歩兵を積むのではなく戦車を運ぶための艦で、中には最新鋭量産機である人型自在戦闘装甲騎“月下”を搭載してある。

 無頼と異なった丸っこいフォルムをした月下は受ける空気抵抗を受け流すだけでなく、角度によってはナイトメアの銃撃を逸らすように計算させて設計されたラクシャータの作成したナイトメアだ。

 性能はランスロットや紅蓮弐式には及ばないものの、ブリタニアのグロースターを超える性能を持ち、搭乗しているのは日本軍の精鋭部隊の一つである、藤堂が鍛え上げた人型自在戦闘装甲騎大隊なのである。

 技能でも性能でも中華連邦のナイトメア隊を圧倒する彼らが上陸すれば、たちまち沿岸部の防衛網は陥落するだろう。

 が、上陸部隊を陸にあげまいと、沿岸部には巨大なピラミッド状の陸上戦艦“竜胆”を中心に複数大隊規模の鋼髏が並んでいる。

 上陸艦でも護衛艦を付けたとしても集中砲火により上陸どころか近づくのも困難。

 その問題を解決したのが白虎とロイドが作り上げた金剛型と呼ばれる戦艦である。

 

 以前のパレードでは通常の装備を乗せて参加したが、今回は正式な装備を取り付けてある。

 搭載兵器は対艦用レールガンが前後で二基と対空砲が数基のみ。

 正直白虎やロイドからすれば、それすらも無駄なのではと最初は無しにしようとしていた艦――艦隊護衛戦闘艦金剛型。

 役割は艦内の大部分を発生しているエネルギーを使った大規模なブレイズルミナスを用いた艦隊防衛にあった。

 金剛型はSFでいうバリアを展開して後方や側面に居る艦艇を護りながら前進する。

 

 なんでも“ヤマト”を思い出して建造の案を出して貰ったとか言っていたが、その頃はまだ大和も設計前の筈なんだが…。

 疑問を浮かべながらも、巨大なブレイズルミナスで沿岸部や艦隊の砲撃を受ける金剛型の活躍もあって上陸艦は沿岸部に接近。

 上陸作戦で重要なのは上陸部隊を如何に護るかと、上陸阻止してくる敵軍の兵器をどれだけ無力化するに掛かっている。

 金剛型は見事に役割を果たした。

 後はステルス潜水艦隊による敵部隊の無力化が肝となる。

 

 千葉から指揮を受け継いだ仙波大佐のステルス潜水艦隊が沿岸部近くまで接近し浮上。

 垂直発射管より新型ミサイル“天の勾玉”を全弾発射すると急速潜航して離脱。

 勿論迎撃の命令は下るだろうが、ゲフィオンディスターバーを利用したステルス潜水艦により迎撃可能範囲内に潜り込まれての至近距離でのミサイルは、迎撃システムが完璧に作動するには時間が短すぎる。

 鋼髏部隊の上空へと発射されたミサイル群は下に落ちる事無く空中で飛散し、小型の円盤状の機械を振りまいた。

 それこそ勾玉と称される落下時の耐久性を高めた小型化されたゲフィオンディスターバーであり、サクラダイトに干渉する事から範囲内の鋼髏の動きを制止させた。

 ラクシャータ曰く、効果範囲も持続時間も短い未完成品らしいが、短時間の作戦で数さえ揃えれれば範囲の問題をカバー出来る事から神楽耶が提案した新兵器。

 元はラクシャータのゲフィオンディスターバーと白虎考案のZ弾から得たそうだ。

 何しろ上陸してからの迎撃が格段に減らされ、多くの月下が無事に上陸を果たした。

 

 「上陸艦が沿岸部に到着!人型自在戦闘装甲騎隊上陸を開始!一番乗りは朝比奈 省吾少佐です!」

 「無茶をしなければいいがな…。全機に通達――作戦は最終段階に入った。我らの任務は中華連邦沿岸部の勢力の排除であり、中華連邦領土の制圧が目的ではない。その点を留意しつつ作戦成功に最後まで気を抜かず努めよ」

 

 朝比奈の月下を先頭にゲフィオンディスターバー対策を施された月下を主軸とした人型自在戦闘装甲騎大隊が沿岸部を駆け、次々と残存戦力へと襲い掛かる。

 超火力を誇る竜胆も接近されてはその火力を生かすことなく、抵抗虚しく爆炎を上げ始めた。

 

 これで中華連邦侵攻の大部分が終了した。

 藤堂は小さくため息を漏らして苦笑いを浮かべた。

 

 もはや侵攻作戦は終了したも同じであろう。

 侵攻作戦と言うよりは中華連邦に対して行われる作戦のほとんどが…だがな。

 

 四聖剣を除いた本作戦に参加した兵士達は知らされていないが、我々は大規模な―――――囮なのだ。

 準備を整えた白虎からの宣戦布告を受け、一日も経たない内に侵攻作戦を開始した事で対応で大宦官は大慌て。

 確実に対応に必至だろうから、周囲の軍を集めて日本軍と対峙している隙に中華連邦の同志が朱禁城にて象徴たる天子様を保護したまま各地で蜂起。

 同時に日本企業が集まる区画にて紅月 ナオトが率いる部隊が防衛ラインを形成する。

 

 白虎曰く「優秀な奴らでは無いから対応仕切れない」との事だが、間髪入れずの宣戦布告からの侵攻作戦という奇襲を仕掛けられた上に、内部で武装蜂起が起きたら、さすがに優秀だからとか関係なしに対応できないと思うのだが…。

 なんにしてもこれで侵攻艦隊の役割は終了した。

 残るは白虎に委ねるだけ。

 後のことは任せ、藤堂は目の前の仕事を片付けるべく最後まで油断することなく指示を出すのであった。

 

 

 

 

 

 

 首都洛陽に位置する天子の居城であり、大宦官共が居城としている朱禁城は、内乱勃発と同時にほぼ無血で制圧された。

 中華連邦のトップに君臨する“天子”の居城と言う事で警備は万全を尽くされていたが、内乱の首謀者である黎 星刻の一派が長年をかけて警備の者を自分達の同志で固めていた結果、朱禁城に残っていた大宦官以外はあっさりと星刻側に入り、朱禁城の制圧は驚くほど短期間で済んだ。

 ほぼ無血と言ったのは、天子を私利私欲で利用してきた大宦官を粛正した為で、味方・一般の警備隊双方で戦闘があったわけではない。

 現在は朱禁城を中心に防衛線を展開。

 準備していた通信網を用いて大宦官の不正を公表し、各地で待機していた同志諸君の先導で大宦官に対する暴動の指揮が行われている。

 首謀者である黎星刻は天子様を信頼のおける補佐官の周香凛(ジョウ・チャンリン)に託し、自身は最前線に出ようと持ち込んだナイトメアフレームに乗り込んでいた。

 

 ナイトメアフレーム“神虎(シェンフー)”。

 日本の枢木 白虎がラクシャータ・チャウラーに作らせた異常なナイトメアフレーム。

 基本性能はグロースターどころかランスロットや紅蓮弐式を凌駕しており、その恐るべきスペックは並みの乗り手では絶対に扱いきれないものとなっている。

 武装は両腕部に取り付けられたフーチ型スラッシュハーケンと巨大中国刀のみ。

 基本ナイトメア同士の戦いは銃撃戦であり、対して神虎の武装は接近戦を想定したものばかり。

 だが、星刻は確信していた。

 火力と銃撃戦に優れた鋼髏を相手にしても、この神虎ならば問題ないと。

 時間と技術的問題から完成品(天愕覇王荷電粒子重砲と飛翔滑走翼の事)ではないらしいが、データ上のスペックでも問題はない。

 

 「洪古。大宦官は天子様奪還を目論んでいる。別動隊の索敵を怠るなよ」

 

 防衛線の指揮を執っている洪古(ホン・グ)に命令を伝え、神虎を出撃させる。

 指示を出して敵の陣形を確認する。

 レーダーや索敵班からの報告を地図と照らし合わせ、予想通りに事が進んでいる事を把握した。

 

 この戦いは圧倒的に星刻側が有利になるようになっている。

 大宦官は早期の内乱の解消を目論んでいる。

 そうなれば一番手っ取り早いのは、星刻側が旗印にしている天子の奪還が最優先。

 しかしながら朱禁城は、星刻側のナイトメアを含んだ部隊で制圧。

 朱禁城付近は街が形成されているので鋼髏大軍での行軍は不可能で、歩兵部隊で侵攻してもナイトメア相手には難しい。

 天子の存在を考えると、空爆の手段は事態の悪化を招くのは火を見るより明らか。と、なると鋼髏を小分けにして別々のルートで進むしかない。

 その事を解らない星刻ではない。

 目標が朱禁城であるならルートは自ずと絞られ、すでに予想侵攻ルートには対ナイトメア用のトラップや奇襲伏兵目的の歩兵、鋼髏による防衛線を形成済み。

 朱禁城の制圧を目論むのなら、最善策は包囲しての持久戦などが考えられるが、内乱に加えて日本軍の侵攻が行われている以上時間をかける訳にはいかない。

 後は鋼髏部隊を囮として天子様奪還目的の少数精鋭の潜入部隊だろうが、そちらは周香凛と洪古に任せておけば大丈夫だろう。

 問題は広場に集結するであろう部隊の存在だ。

 

 空爆は風向きや威力や燃料を考えると天子に危害を与える可能性が高い。

 逆に兵器と場所さえ選べれば朱禁城に攻撃は出来る。

 最重要人物である天子はまず安全な場所に置かれるのは明白。

 潜入部隊への目暗ましと到達した鋼髏が突入する事、そして天子が絶対に居ないであろう場所。

 朱禁城外壁部分の破壊ならば容易に出来る。

 地形を把握した上で、そう言った限られた攻撃手段が最適な地点が数か所点在する。

 高い戦闘能力と機動力を有する星刻が搭乗した神虎は、その地点に展開する部隊の排除の為に出撃したのである。

 目標地点近くまで差し掛かると大きく跳び、目標地点を見下ろす。

 予想通り、迫撃砲を運び込んだ部隊と護衛の鋼髏二個小隊がそこにいた。

 跳んだ神虎に鋼髏の銃撃が集中するも、左腕に取り付けられたフーチ型スラッシュハーケンを回転させ、弾丸を弾き飛ばしながら近づいて行く。

 着地と同時に右腕のフーチ型スラッシュハーケンを射出して敵機の内の一騎に突き刺すと、片腕の力のみで引っ張って盾にする。神虎を撃ち抜こうとしていた弾丸が鋼髏を蜂の巣にし、慌てて射撃を停止させるも重大なダメージを負った鋼髏は爆散。周囲に黒煙を撒いて視界を遮る。

 何処からくるかと周囲を計画する鋼髏部隊をあざ笑うかのように神虎は黒煙の中を突っ切って迫って来た。

 混乱しながらも銃口を向けるも神虎の機動力の方が早く、距離を詰められると同時に巨大中国刀で切り伏せた。

 短時間で二騎を仕留められ、残りの四騎は自身の身を護るべく味方に構わず発砲を開始。

 が、高過ぎる機動力と常人離れした技量により弾丸は掠りもしない。

 まるで陽炎や幻影を相手にしているようにすべての攻撃は意味はなく、いつの間にか巨大中国刀かフーチ型スラッシュハーケンで機体は大破炎上…。

 六機の鋼髏は一分もかからぬうちに一騎のナイトメアによって壊滅したのだ。

 残骸となった鋼髏に囲まれる形で立ち尽くす神虎。

 コクピット内の星刻は驚愕していた。

 片腕で軽々と鋼髏を振り回せる腕力。

 既存の兵器――否、既存のナイトメアですら凌駕するであろう機動力。

 問題点を挙げるとすれば、性能が良すぎて下手なパイロットは殺してしまう事ぐらいか。

 

 「これで未完成(・・・)というなれば完成したらどうなるというのだ?…いや、それを考えるのは後か」

 

 設置中だった迫撃砲を破壊すると神虎はその場を離れ、次の地点へと向かう。

 あの男を味方に付けて良かったと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 東シナ海に集結した日本軍の中華連邦侵攻艦隊より離れ、黄海へと侵出している艦隊が存在していた。

 大鳳や伊吹同様に建造させた護衛空母“鳳翔”と、大和型超弩級特務戦艦三番艦“信濃”と四番艦“紀伊”の三隻だ。

 地形的にも大きさ的にも確実にレーダー網に引っ掛かりそうな艦隊ではあるものの、大和型に搭載されたゲフィオンディスターバーを用いたジャミング機能によりレーダー網を騙し、夜闇に紛れれたので目視での発見を逃れていた。

 鳳翔の艦橋の艦長席の横に設けられた一席に腰かけていた枢木 白虎元帥は、眠気覚ましにハッカ味のドロップを放り込み苦悶の表情を浮かべていた。

 

 「眠たいんだったら子守唄でも歌ってやろうか?」

 「ピザ食いながら歌う気か?勘弁してくれ…」

 「私の様な美女にされるのだから本望だろう」

 「……確かにな」

 「寝惚けてますか?」

 

 いつものように背凭れに凭れながら冗談交じりに話してきたC.C.に眠気で思考が鈍っていた白虎はぼんやりと返事を返し、隣の艦長席に座る神楽耶の笑ってない笑みを向けられる。

 怒気を含んだ雰囲気に眠気は吹き飛び、助けを求めるように視線を動かすが、逆隣りに座るナナリーも通信席に腰かけるセシル、そしてスザクもさっと顔を逸らす。

 白虎大隊副官の井上とクロヴィスは雰囲気を感じ取った瞬間には顔を合わせないようにそっぽを向き、ロイドに至っては視線が合っても「なにかな?」と言わんばかりに首を傾げ、咲世子は微笑み返してきた…。

 C.C.は……多分ニヤニヤと嗤っているだろうから振り向かないでおこう。

 空気を変えようとコホンと咳き込み話題を振る。

 

 「せ、戦況はどうなってんの?」

 「藤堂少将率いる艦隊は中華連邦の上陸阻止部隊を壊滅させたそうです。それと北京を始めとした各地で武装蜂起が行われ、多くの中華連邦人民による暴動も多発して、すでに中華連邦は大混乱に陥ってます」

 「ナオトの方は?」

 「中華連邦に進出していた企業関係者の保護を継続中。防衛ラインにて多少の戦闘はあったものの問題はないとの事です」

 「おめでとお~、これで作戦通り動けますね」

 「予定変更なしにランスロットのデータが取れるからって嬉しそうだねぇ」

 

 巻き込まないでと言わんばかりに事務的に返事を返すセシルに対して、空気をまったく読んで居ないロイドの発言にホッと胸を撫でおろす。

 隣でムッとした表情を浮かべている神楽耶は小さくため息を漏らし、多少怒気を緩めてくれた。

 これは後で失言の埋め合わせをしないと大変なことになるなと頭に留め置き、ロイドが作り出した緩んだ空気に乗る事にする。

 

 「さぁて、ロリータ救済に行くか」

 「しろ兄…発言に問題があると思いますが」

 「作戦行動中だからって硬いぞ。もっと気楽に行こうや」

 

 と言っても真面目なスザクの事だから、そういう訳にはいかないんだろうな。

 なにせこの後の作戦で斬り込み役を務め、スザクがしくじれば部隊が壊滅する可能性もあるので責任も重大。

 そんな状態で余裕をかませれるほど不良軍人ではない。

 弟自慢の兄貴としては嬉しい話ではあるが、作戦開始までまだ時間があるのだから少しは気を休めないと持たない。

 頃合いを見てスザクの自室で待機しているユフィの下に行かせるとしようか。

 

 「閣下が立場もあるんですから言動には気を付けた方が宜しいかと」

 

 スザクに劣らず真面目なセシルの一言に頭を悩ませる。

 確かに今までのように振舞うには立場が大きくなり過ぎた。

 出来れば気楽に振舞えて、権力を持ちたかったがその両立はさすがに厳しかったからなぁ…。

 とりあえず注意もされたので言葉遣いには注意しようと思う。

 

 「ふぅむ…良し。天子様と黎 星刻の仲を進展させに向かいますか―――で正しいか?」

 「賛成です。天子様もさぞ喜ぶでしょう」

 「お前ら目的を忘れてないか?」

 

 先の雰囲気から一転して喰いついた神楽耶と俺に、C.C.を始めとした冷たい視線が降り注がれる。

 けれどもこの視線には白虎は一切動じずに「当然だろ」と言い返す。

 

 「忘れてねぇよ。けどな俺がここにいる全員を信用してんだ。何の問題も無く達成できる自信しかねぇよ。失敗なんて百億%あり得ねぇよ」

 

 この時、井上はズルいと白虎をジト目で睨んでいた。

 どんなに世間的に求められる英雄を演じても中身はいい加減でふざけた性格の悪い人物だが、忘れかけたころにこう言った人の心を引き付ける発言を叩きつけてくるのだ。

 それも無意識に…。

 どうせ次の作戦では大変な目に合うのだろうなと解っていても、付いて行きたくなるではないですか。

 期待や呆れ、羨望が混じったような視線を受けながら、白虎は悪い笑みを浮かべる。

 

 「さぁ、大宦官の豚共のケツを蹴っ飛ばしてロリータ(天子)ロリコン(黎星刻)の縁談に持ち込もうぜ」



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第31話  「空の王者」

 日本軍の上陸作戦に一部武官による内乱と民の暴動。

 歯止めの利かない大宦官への攻撃と批判は時間を増すごとに苛烈に被害を与えて来る。

 沿岸部で指揮を取っていた夏望(シャ・ワン)項勝(シャン・シェン)は討ち死に。

 朱禁城にて待機していた蔡力士(サイ・リ・シ)黄遷(フアン・シェン)は斬首。

 運よく生き残った四名は国外への脱出を検討したが、真っ先に逃げ出した高亥(ガオ・ハイ)が空港で暴徒に見つかって嬲り殺しにされた事でその選択肢は消滅した。

 ゆえに残存している大宦官の趙皓(ジャオ・ハオウ)程忠(チェン・ジョン)童倫(トン・ルン)は、自分達の命令を聞く兵力を動員して朱禁城へと向かっている。

 

 大宦官は決して有能な人材ではない。

 しかしながらまるっきしの無能という訳ではないのだ。

 その地位に就く過程においても維持するにしても、知恵無くして得られるものではない。

 彼らは悪知恵については群を抜いている。

 日本軍を排除しようにも今の中華連邦の大部分が反乱や内乱で動けない。これらを解消するには中華連邦のトップである天子の権力を使うしかないが、天子は反乱を起こした黎星刻が確保している。

 攻め落とす作戦も奪還しようと潜入部隊を送ったが失敗。

 奪還は不可能と諦め、大宦官は次の手を打つ。

 天子ごと朱禁城を潰せば良い。

 正直天子などただのお飾りであり、言う事を聞く人形を天子と担いで仕立てれば良いだけの話。

 作戦失敗してすぐに選定を開始して、候補者リストを作成。

 あとは内乱の首謀者である黎星刻を含めた主力メンバーともども天子を討ち、国内外に新たな天子から号令を発生させればよい。

 何も心配はいらない。

 何も問題はない。

 これが終われば元通りの生活が待っているのだ。

 

 大地を削りながら突き進む陸上戦艦竜胆の後を、鋼髏の大規模部隊が追従する。

 朱禁城に竜胆の主砲を叩き込むべく射程に入れるべく接近しようと、朱禁城周辺に広がる建造物を踏みつぶしてただ進む。

 無駄に余裕のある態度でふんぞり返っている大宦官。

 俺達は大丈夫だと確証もない自信を胸にほくそ笑む。

 通信兵からの報告を耳にするまでは…。

 

 「レーダーに感!急速にこちらに接近する艦影(・・)有り」

 「艦影?艦影だと?」

 「馬鹿を言うな。ここは陸上ぞ!急速で進める艦など…」

 「映像をモニターに出します」

 

 モニターへ視線を向けるとそこには艦があった。

 戦艦、もしくは巡洋艦にVの字の甲板が後ろから前へと伸びている艦が飛行していた。

 甲板よりナニカが飛び立ち、一直線にこちらに向かってくる。

 

 「不明艦より発艦!」

 「見れば分かる。迎撃を!!」

 

 慌てて迎撃するもソレはするりと対空砲火を掻い潜り、さらに接近してくるではないか。

 旋回の良さからして戦闘機ではない。

 速度から戦闘ヘリではない。

 一体なんだというのだと目を凝らすと、モニターに白いナイトメアが浮かび上がる。

 

 「ナナナ、ナイトメア!?」

 「そんな…空を飛ぶナイトメアなど…」

 「しかし現に…」

 『聞こえるか?こちら日本陸軍所属枢木 スザク』

 

 オープンチャンネルでの通信に耳を疑う。

 日本海軍は上海に上陸して動きを停止している筈。

 なのに奴らは空を進む艦を使用してここまで攻めてきた。

 それも現日本のトップとなった枢木 白虎の弟が直々に…。

 

 『我々日本軍は中華連邦代表蒋麗華(チェン・リーファ)を支援する為に行動中である。これ以上無駄な争いをせず投降されることを望むものである』

 「なにを馬鹿なことを!敵はたった一騎ぞ!」

 「撃ち落してその首を枢木白虎に送り付けてくれる!!」

 

 空中に飛翔しているランスロットに鋼髏の攻撃も集中するも、高度差もあってまず当たらない。

 対してランスロットは可変弾薬反発衝撃砲ヴァリスを展開し、銃口を向けてトリガーを引いて、緑色に発行するエネルギー体を撃ち出す。

 高所より一方的に撃たれて為す術もなく鋼髏部隊の数を減らして行く。

 

 大宦官達は後悔する。

 もっと早く手を打てばよかった。

 日本が宣戦布告した時点で海外へ逃亡すればよかった。

 もしも…もしも…もしもと脳裏に考えが過るがもはや遅い。

 遅すぎたのだ。

 もしもと考えるのならもっと昔―――大宦官の役職に就いた頃まで戻るべきだ。

 思ったところで、願ったところで、言ったところで無駄ではあるがね…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 護衛母艦“鳳翔”。

 八八計画によって創り出された、護衛母艦の予定になかった三番艦。

 この艦は八八艦隊に組み込むのではなく、白虎の淡い期待を胸に追加建造された一隻で、単独行動を主とする母艦である。

 そして淡い期待は現実のものとなり、急遽改修を加えられた。

 後部から伸びるV字甲板には射出用のカタパルトレールが左右に二本ずつ。後部格納庫左右隔壁より展開できるように、側面にカタパルトレールと連動するレバーの設置。前部にあった砲塔は取り除かれ、ミサイル垂直発射管が十二基。船首と船尾には四基ずつ魚雷発射管を持ち、対空迎撃用のガトリングも他の艦船とは比べ物にならない程搭載されている。

 これほどの改修が加えられるのはそれだけ白虎が重要視していた証。

 

 この護衛母艦“鳳翔”―――――否、護衛母艦改め浮遊航空母艦“鳳翔”にはセシル・クルーミーが開発したフロートシステムを得て、コードギアス世界初となる空を航行出来る戦闘艦となったのだ。

 

 「ランスロットが敵陸上戦艦に攻撃を開始。砲塔の破壊を継続中」

 

 セシル・クルーミーからの報告に、艦長席に腰かける皇 神楽耶は満足そうに頷く。

 まったくもって全ては順調そのもの。

 中華連邦侵攻に差し当たって未だイレギュラーは一つ(・・)しか起こらず、すべてが当初の予定通りに進み過ぎている。

 まず藤堂が指揮する主力艦隊での奇襲を仕掛けて、相手の目をそちらに向かせる囮も兼ねた上陸作戦。

 同時に内部に混乱と大義名分を確保する黎星刻達による武装蜂起と、大宦官に対する暴動による陽動作戦。

 そしてゲフィオンディスターバーを用いたステルス機能を使っての、黄海より朱禁城がある首都洛陽への鳳翔の派遣。

 籠城戦をしていた黎星刻達主力部隊は、航空戦力と言う増援と多くの物資を得る。

 

 まさかここまで来てイレギュラーが起きるとは思いもしなかった。

 それもこちらとしては嬉しいイレギュラーが。

 中華連邦を実質的に支配している大宦官が数少ない自分達に従う兵力を掻き集めて、天子もろとも朱禁城を堕とそうとしている。なんと愚かで有難い事か。

 黎星刻達では護りきれない大部隊を日本国が救援する。

 非常な大きな貸しだ。

 

 「スザクさんは大丈夫でしょうか…」

 

 現状を知る唯一のセシルの報告を耳にしたナナリーは不安を口にする。

 本来なら非戦闘員であるブリタニア皇族の方々には用意した個室で待機してもらうべきなのだが、白虎が「別に艦橋で見てても良いだろ」と艦橋での観戦許可を出したので、ここから戦争を感じて貰っている。

 スザクの恋人であるユーフェミアは不安はあるものの表情には出さず、ぎゅっと拳を握って帰って来ることをひたすら祈り、クロヴィスは白虎が用意させた兵器と用意した作戦を見て、なんとも言えない表情を浮かべていた。きっとあの戦争を思い出しているに違いない。

 神楽耶は不安を口にしたナナリーに声を掛ける。

 

 「大丈夫ですわ。スザクはそう簡単にやられたりする筈がありませんもの」

 

 なんたってあのブラコン白虎が一番槍を任せたのだ。

 危険は非常に少なく、かつ効率的と判断しての事。

 でなければ先行させるなどしよう筈もない。

 ランスロットに続いて発艦した飛行第一中隊が合流して、上空より鋼髏を一騎ずつ狙撃して行く。

 鳳翔には戦闘機は積み込まれておらず、人型自在戦闘装甲騎が格納庫を占めていた。

 白虎が育てた白虎大隊。

 その中でも人型自在戦闘装甲騎の操縦に長けた六十四名の機体。

 中隊長用の月下四機に各小隊長用の無頼改指揮官機がニ十機、無頼改四十機の人型自在戦闘装甲騎一個大隊分。

 白虎大隊では三機を一個小隊として、五個小隊で一個中隊で四個中隊で一個大隊を形成しており、中隊長はその中に加えられずに足されていく形を取っている。

 今回第三第四中隊は虎の子であるフロートユニットを装備して、飛行第一第二中隊として狙撃ライフルやグレネードを装備している。本当なら全機に配備したかったが、フロートユニットの生産が間に合わずに二個中隊分しか用意出来なかったのだ。

 ゆえに残りの二個中隊は、降下部隊として地上に降り立っての敵の殲滅と地上戦艦の制圧を予定している。

 

 「敵に動き在り。航空戦力が上がって来ます。戦闘ヘリで構成された航空戦力……それと対空ミサイルも確認」

 

 さすがに黙ってやられる訳もなかったかとため息交じりに、地上戦艦のハッチより飛び立つ戦闘ヘリをモニター越しに眺めながら指示を飛ばす。

 

 「下部にブレイズルミナスを展開。上空へ上がろうとする物は迎撃を」

 

 単騎での航行を主とする鳳翔には大和型同様にブレイズルミナスが搭載されており、敵の対空兵装への防御を可能としていた。

 高い防御力に飛行能力、人型自在戦闘装甲騎の展開能力。

 馬鹿と阿呆が総動員された非常識な艦なのだろうか。

 

 「敵地上戦力の予定数の撃破を確認。それと敵地上戦艦の全砲塔が沈黙しました」

 「第二飛行中隊を発艦。向かってくる航空戦力を排除後、降下部隊の支援を」

 「畏まりました。では第二飛行中隊発艦を開始してください。第一第二降下部隊は降下準備を」

 

 V字甲板カタパルトレールより次々と人型自在戦闘装甲騎が発艦する中、左右格納庫の隔壁が開いて側面カタパルトレールが展開される。

 これより終局に突入す。

 汚職に塗れた中華連邦を終わらせに、あの人が出撃するのだ。

 

 

 

 

 

 

 開かれた格納庫側面の隔壁より地獄が見える。

 圧倒的な数を誇る中華連邦のナイトメア鋼髏部隊は一方的に空中から撃ち抜かれ、ピラミッド状の巨大な地上戦艦は足を止めて、至る所から黒煙を挙げていた。

 あの戦場を制圧すべく、これより私達はこの鳳翔より飛び降りて殲滅戦を開始するのだと思うと、井上 直美中尉はため息を漏らす。

 第一中隊長と白虎大隊副長を務める彼女は今回重要な任務が待っている。

 南 佳高率いる飛行第一中隊(第三中隊)の上空よりの攻撃と、吉田 透率いる飛行第二中隊(第四中隊)による降下支援を受けながら敵中に降下する以上に、白虎の護衛を任されているのだ。

 なんでこの人も降りちゃうのかなぁと思いが過るが、決して口にはしない。

 言ったら言ったで胃に穴が空きそうな気がするからだ。

 

 艦橋から格納庫に降りてきた白虎が興奮気味であった事で、嫌な予感がして胃がシクシク痛むというのに。

 「宇宙へ進出したのは戦艦(ヤマト)だけでなく空母もあるんだぜ」などと訳の分からない事を言ってたし…。

  

 『敵航空戦力の排除が完了。降下部隊は降下開始して下さい』

 「総員、装備の再度確認怠らないように」

 

 セシルの艦内放送を聞き、部下に命じつつ胸部に着地時の衝撃を緩和する追加スラスター、後部には降下に必須のパラシュート、側面にはフレアにチャフにダミーバルーンを撒く自機の追加装備の確認を行う。

 何度もした自身の点検を終えると、隣の白虎と互いの追加装備の確認を行い降下準備を整える。

 

 『行くぞ前線豚共。戦争の時間だ』

 

 嬉々として命令を下した白虎の月下先行試作機が一番にカタパルトレールに近づく。

 隔壁の外では片足を乗せれるカタパルトレールと船体側面にグリップが展開されており、右足をカタパルト台に乗せて重心を艦に寄せ、左足はぶらりと宙に浮く。上体を支えるべくグリップを右手で握り締める。

 口には出さなかったがこれはあの人なりの配慮なのだろう。

 部下にいきなり飛ばすのではなく、自身が手本となって最初に跳ぶ。

 本来なら艦橋で指揮を執るか、戦場に出たとしてもフロートユニットを装備して安全な空より援護すれば良いのだから。

 

 『枢木 白虎。月下先行試作機出るぞ!』

 『御武運を』

 『おうさ!』

 

 カタパルトと連動したグリップによって月下は艦前方へと突き進まされ、その勢いのまま飛んで行く。

 マニュアルでは知っていたが、目の前で手本を見せられてより正確に理解して同じようにカタパルトレール台に足を乗せる。

 

 『発艦どうぞ』

 「第一降下部隊長井上 直美、了解しました」

 

 セシルからの通信を受け、井上は自機である月下をカタパルト台に足を乗せて発艦準備を進める。

 すると第二降下部隊長杉山賢人中尉の無頼よりジェスチャーで『気を付けろよ』と伝えられ、にっこりと微笑みながら「お先に」と返す。

 

 「井上 直美、月下行きます!」

 

 急激な衝撃を耐え射出され、井上はすぐさま先に出撃した白虎機を見つけて近づく。

 後方になった鳳翔の船首魚雷発射管より降下部隊支援の為にミサイルが発射され、当たらないように距離を保ちながら降下地点に向かって白煙を引いて突き進む。

 幾らか撃ち落されても、確実に着弾して目標地点の脅威を排除する。

 飛行第二中隊が周囲に展開して降下支援を行い始め、全機発艦した第一降下部隊は編隊を組む。

 地上からの射程に入った事を警報器が鳴り響いて、側面の装置よりダミーバルーンにチャフ、フレアを射出して地上からの目を暗ます。

 後はパラシュートを展開して速度を落とし、着地ギリギリで切り離しつつスラスターを吹かして追加装備を全部着脱すれば良いだけだ。

 降下の動作は不備がない限り自動なので井上はそれに任せていたが、自機のパラシュートが展開するより早く白虎機が手動で展開させ着地のタイミングが遅れた。

 何事かと思案しつつ先に着地して武器を手に取る。

 すると―――。

 

 

 『こちら白虎。降下部隊降下完了!井上 直美中尉が一番乗りだ』

 『それは勲章物ですね』

 「………はいっ!?」

 

 白虎と神楽耶のやり取りに呆気にとられ、素っ頓狂な声を挙げてしまった。

 驚きながら腰に備えられたスモークグレネードを着地地点周辺に投げて、敵の目より姿を隠れさせる。

 

 『帰ったら昇進だな井上大尉(・・)

 「ご冗談を――」

 『冗談だと思うのか。心外だなぁこの方嘘などついた覚えがないんだがなぁ』

 

 それが嘘でしょうにと思いつつ、次々と着地を決めた第一中隊総員の被害を確認しつつ、白虎を中心に陣形を整える。

 あの冗談を口にする為に降りるタイミングを遅らせたとは思わないが、何を考えているか分からない白虎の思考を読むのは自身には無理だと諦めて思考を切り替える。

 

 『副長!被害状況報告』

 「降下時の弾幕で数機損傷なれど軽微!戦闘続行可能レベル!!」

 『―――ハッ!そこを見張れ。あそこを見張れ。我らの敵を撫で切りにせよ。目標“全方位(選り取り見取り)”―――ひっ飛べや!!』

 

 命令が下った。

 カチリとスイッチが入り、キリングマシーン(殺人機)と化した白虎大隊は動く。

 どう動けばいいか。

 なにをすればいいか。

 左手のアサルトライフルを連射しつつ、右手の廻転刃刀を振り上げながら斬り込む。

 猪突猛進の如く突き進むが、味方の位置情報を把握して誤射を避けつつカバーも熟す。

 難しい事であるが思考より先に身体が動いてくれている。

 

 『吹き飛べや!!』

 

 月下先行試作機の輻射波動により敵機が破裂して破片を辺りに撒き散らす。

 それを諫めるのではなく追従するように縋り、日本国を背負った大きな男を超す勢いでペダルを踏み切る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天子を裏で操り中華連邦を牛耳っていた大宦官は全員が裁かれた。

 おかげで中華連邦は自由を獲得し、戦乱の火蓋が斬られることとなった。

 当然と言ったら当然だよな。

 強大な力を誇示して大国を支配していた大宦官がいなくなり、台頭してきたのがまだケツの青い若手武官に政治なんて知らない箱入りの少女ですよ。

 これは好機と思い込んで立ち上がる奴も出て来るってもんよ。

 欲を露わに我が中華連邦を統べると私兵を挙げ、中華連邦は群雄割拠したのであった。

 

 と、他人事のように語ったけど、こればかりは白虎も見て見ぬ振りは出来ないのだ。

 何故なら中華連邦とは同盟を締結して共に歩んで行くのだから、阿呆共によって遅延させられる訳にはいかない。

 

 頭脳明晰で運動能力が跳びぬけた黎星刻と言えども、分裂しつつある中華連邦を短期間で押さえつけるには術も駒も時間も足りない。そこで日本としては援軍を送らざるを得ない。

 千葉率いるステルス潜水艦隊と仙波率いる艦隊が沿岸部の敵対勢力を薙ぎ払い、卜部に朝比奈、ナオトの御所警備隊が人型自在戦闘装甲騎部隊を引き連れての制圧作戦を展開する。

 さらには白虎大隊と鳳翔により、空からの攻撃も予定している。

 ただ藤堂は別件を頼んだので大和型を連れて日本国へ帰還している。

 

 かなりの支出と労力だ。

 代わりに中華連邦…いんや、天子様に三つの条件を飲ませた。

 一つはインド軍区の独立を認める事。

 これは先に黎星刻に伝えていたので問題なく良い返事をくれ、ようやく約束を果たせたよ。

 二つ目はまだ公には口に出来ないがとある事(・・・・)への全面協力。

 最後の三つ目は条約の締結だが、これはまだ先の事。

 意図や意味は天子様には理解出来てなかったが、黎星刻の説得と言うか説明があって承認された。

 

 日本の同盟と武力支援を得た中華連邦は早くに立ち直る。

 まだやる事はあるだろうがそれは星刻の仕事だ。

 

 「と言う訳でデート行って来いよ」

 「なにがと言う訳だ。行ける訳ないだろう」

 

 あり得ない。

 ルルーシュばりの頭脳を持った天才が、これだけ話したというのに理解していないなんて。

 小首を傾げる白虎を、星刻は溜め息を漏らして呆れる素振りを見せる。

 

 「日本国の協力のおかげで天子様に歯向かった者達は鎮圧されつつある。が、未だ政府機能の選定が急務であり、私にはシステムの構築と天子様をお守りするという職務があるのだ」

 「いや、知ってけど」

 「だったら解かるだろう」

 

 そうは言われても理解も納得も出来ねぇ。

 

 「それが天子様との約束を反故にする理由になんねぇだろ」

 

 ピクリと眉を動かして反応を示す。

 確かに生きていればこれから外に出る機会はあるさ。

 けどそれは天子が望んだものでは決してない。

 

 「これからお前さんは天子様を頂点とした国造りに励むんだろ。システムが組み上がったら動き辛いぞ。政などで外を出る機会があっても、それは移動だけで見て回るなんて自由なんてないぞ」

 「護衛を配置したところで貴方は心配して気が気ではなくなるでしょう。そうすれば天子様は楽しめないどころか、貴方に苦労を強いてしまったと後悔なさるでしょう」

 「しかし――」

 「もう、男らしくなさい!うじうじと悩んで白虎を少しは見習ってくださいな」

 「…なぁ、それは思いっきりが良いと受け止めれば良いのか?それとも考え無しと思われてたと捉えた方が良いのか?」

 

 煮え滾らない解答に神楽耶が憤ったが、微妙に白虎が顔を顰める。

 コホンと小さく咳き込んで話を戻す。

 

 「兎も角今だけだ。今だけなんだぞ、自由に動けんのは。天子様が外を出られる次の機会なんてものは、万が一にも億にも(ちょう)にも(けい)にも、那由他を超えて無量大数の先にも有りはしない。

  約束を違えるか。外に連れ出す一時の夢を。まほろばの想いを……御身が大事ですと一言で奈落へと堕とすのか?」

 

 これだけでも悩んで答えを出せない。

 面倒臭いな。頭でっかちの忠義者ってのは…。

 

 「天子様だって星刻と空中デートしたいよなぁ?」

 「ででで、デート…星刻と」

 「こういう時は―――」

 「貴様ら天子様に…」

 

 攻め口を変えて天子を巻き込み始めた事に抗議の声を向けるが、神楽耶に耳打ちされて大きく頷いた天子がおずおずと立ち塞がった。

 動きを止めて見つめていると――。

 

 「――――駄目?」

 「――ッカハ!」

 

 恐る恐る見上げられた表情はか弱く、霞む様な弱々しい言の葉と潤んだ瞳が星刻に突き刺さる。

 吐血したかのような声を漏らしながら膝をつきかけた様子に、効果が抜群だったのを察した。

 

 「行って来いよ。鳳翔での空中デート。上空より中華連邦が一望できるから絶景だぞ」

 「空戦戦力も防衛能力も高いですから、もしもの時なんて考えなくて良いですからね」

 

 井上達白虎大隊の面子の負担はかなりデカいがそれはそれ。

 これでもぐだぐだ言うようならケツを蹴り上げてやろうかと思ったが、先の天子様の攻撃が利いたのか反論は無かった。

 

 嬉し気に恥じらう少女と優し気な微笑みを浮かべる青年。

 ニマニマと微笑ましい様子を眺めていると、羨ましい気持ちに襲われる。

 

 「俺達も久方ぶりにデートでもしますか」

 「ですわね」

 

 星刻と天子を鳳翔へ案内した後、神楽耶と白虎は朱禁城より出て中華連邦の街へと繰り出そうとする

 そういえばと神楽耶は先の白虎の井上に対しての行いに想うところがあり、少しばかり表情をオーバーに問いかける。

 

 「それにしても意地悪が過ぎますわ。あれでは副長さん達(白虎大隊)が可哀そうです」

 「アレぐらいしないと駄目だって。今の内から鍛えておかないと―――――俺がいなくなった(・・・・・・・・)後を任せれないしな」

 「…え?今なんて―――」

 「さぁて、行くぞ神楽耶。初の海外デートなんだから楽しまないとな」

 

 小さく聞き取れにくかった言葉に一抹の不安を抱きながら、神楽耶は白虎の横に並んで進む。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――を殺す。

 

 ボクは命じられた。

 いつもと変わらない仕事。

 何の変哲もない暗殺の依頼。

 ターゲットは白虎。

 または白虎の関係者。

 出来得ることならば白虎の大切なものが好ましい。

 そう言われた。

 

 V.V.は怒り狂っている。

 大切な弟を失い、育んできた計画を阻害する要因に怨嗟を持って殺意を向ける。

 

 正直どうでも良い。

 ボクはただただ言われた事を行うのみ。

 そこにボクの感情も想いも存在しない。

 淡々と目標に近づき、欠陥品と罵られた能力を行使して、無防備な姿勢を晒す奴の血で刃を血で染める。

 

 今日もまた…一人の人間を殺した…。 



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第32話 「殺し屋と捨て猫を」

 久しぶりのデートだ。

 日本と違って、中華連邦ではそこまで顔を一般的に知られてないので気軽に出歩ける。

 必要だったためとは言え、肩書が重荷でとても面倒。

 諸々から解放されて、心身ともに清々しい気持ちで歩いていた。

 突如周りが停止するまでは…。

 

 視界内の者が停止した。

 まるで時が止まったように。

 神楽耶は笑ったまま硬直しているし、動きと同時に声も消失したが、それは近場だけで、遠くからは音は聞こえてくる。

 おかしい…。

 そう思っている中、一人の少年が堂々と眼前へと歩み、銃口を向けて来る。

 癖毛のショート。

 幼さが強く残る少年。

 コードギアスR2より登場したキャラクター。

 

 ……そんな事はどうでも良いか…。

 

 「テメェ何してくれてんだ?」

 「―――ッ!?」

 

 解っている。

 時間が止まったように見えるのは、範囲内の生態時間を停止させるギアスを使用した事が原因で、この餓鬼は俺の暗殺をしに来たのだろう。

 だが、すでにC.C.よりコードを受け取っている俺には無意味。

 動くとは思っていなかった相手に驚いてギアスが解除される。

 よく驚いた時に心臓が飛び出るかと思ったっていうけど、こいつの場合が心臓が動いた…だな。

 

 暗殺者として多くの者を屠って殺しの経験は詰んでいても、相手が動かないという生易しい状況下での殺しでは、戦闘の経験は身に付かなかったようだ。

 銃の射程を活かさずに、人の間合いに命中率重視で接近しているのだから。

 仕方がないと言えば仕方がない…。

 

 焦りながらもトリガーを引こうとする前に、銃を左手で上へと向けさせる。 

 しっかりと銃を捻って、トリガーガードに指を引っ掻けて抜け出さないようにする。折れないようにはしたが、限界ギリギリまで捻られた指の痛みに顔を歪ませて力が籠り、入った力はトリガーを引いて銃声を響かす。

 周囲の人間が驚き声を挙げこちらを視認する。

 右手で胸倉を掴むと左手を銃から手首に持ち替え、持ち上げながら背を向けて少年の重心を腰に乗せる。

 あとはそのまま怒りを露わにしながら前へと叩きつけるのみ。

 

 「久しぶりのデートの邪魔してんじゃぁあねぇええよ!!」

 

 そのままぐるんと背負い投げの形で地面に叩きつけ、伸び切った糞餓鬼を睨みつける。

 一応後頭部を打たないように、掴んでいた腕を引っ張って激突はさせなかったから大丈夫だろうけど、腰の方は相当痛むだろうな。デートの邪魔したにしては軽く済ませた方だがな。

 パチパチと拍手を送ってくる神楽耶に申し訳なさそうな表情を浮かべて振り返る。

 

 「お見事でした」

 「あぁ…悪いけどデートはまた今度だな」

 「そうですね。まずは悪戯小僧に折檻しませんと」

 「悪戯で済むのかこれ?」

 

 周囲の者が唖然とする中、白虎は幼い暗殺者を引き摺りながら、神楽耶と共に朱禁城に戻るのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 昔からボクは命令を聞くだけの人形だった…。

 母親も父親も居たのだろうが、物心ついた頃にはギアス響団に所属していた。

 ギアス響団はギアスを研究する皇帝直属の極秘機関であり、研究の為の被験体(モルモット)として孤児を拾い、売られた子を買ったりしており、そのどちらかだったのだろう。今となっては知る術も調べる気も無いが。

 言われるがままギアスを与えられ、モルモットとして研究材料として扱われ、範囲内の体感時間を止めるというギアスは暗殺に向いているという事で暗殺者として命を受けてきた。

 今回もいつもと変わらない暗殺依頼。

 例え相手が大物議員だろうと屈強な戦士だろうと、ギアスを使えば身動きすることも出来ずに一方的に殺せる。

 だから相手が日本国を名実ともに掌握し、ブリタニアの脅威として認定されている者だとしても同じだ。

 いや、同じはずだった…。

 

 まさかギアスが通用しないどころか捕らえられるとは…。

 

 効かなかった事に動揺したとはいえ、こうも呆気なく捕まるとは思わなかった。

 しかも相手は殺そうとした相手だというのに手枷も足枷もせずに、護衛もつけずに一室にて目もくれずに食事をとっている。

 油断しているというよりも舐め切っているとしか思えない事に対して想うところあるも、こうもあからさまだと逆に罠だと思い、一歩も動けない。

 ……と言っても別の理由で一歩も動けないのだが。

 

 「ネブロス(・・・・)っつったっけか。食わねぇのか?」

 

 一人椅子に腰かけ、わざわざ朱禁城の料理長に作らせたかつ丼を掻き込みながら、枢木 白虎は机の上に置いてあるもう一つの丼を指差す。

 逃げるにしても、再び殺そうとするにも体力を回復させねばならない。

 毒を盛られている可能性も過るが、殺そうとするならばもっと楽な手段はあった筈。

 だから食べる事に関しては何ら躊躇いはないのだけど、気絶していた間に着替えさせられた服装のせいで一歩も動けない。

 

 現在ネブロスは下着も含めて衣類は全部取り上げられ、一着のセーターを着せられていた。

 背中と側面がぽっかりと空き、後ろから側面は首元と腰回り以外は開けたセーターという、ギリギリ服と呼べる品物。

 露出と下着もない事から部屋の隅に蹲り、セーターの裾を引っ張って見えないようにするので羞恥心から動けない。

 唯一救いなのが、露出により寒い筈だが部屋の中は温かくされてあったことか。

 

 「刑事もんで捕まった相手にはかつ丼だけど実際ないらしいんだよなぁ。どう思うよ…」

 「ボクが思っているのは貴方がド変態と言う事ですよ」

 「文句は俺に言うなよ。神楽耶がこれ着させたら面白いと渡して来たんだから」

 「だからって着させますか!?」

 「男を縛って喜ぶ趣味はないからな。ほらよ」

 

 腰掛にしていた日本軍の制服を投げ渡して来たので、受け取って袖を通す。 

 ロングコート状の制服である事と、白虎と身長さがあった為に全身が隠せて、もはや裾を引っ張って隠す必要はなくなった。

 部屋の片隅から立ち上がって席に付き、手が付けられていなかった丼に手を付ける。

 睨みながら黙々と食べていると、頬付きをつきながら眺めて来る。

 値踏みしているようでも警戒しているようでもない視線に違和感を覚える。

 

 「……なんですか」

 「別に」

 

 なにか言いたげながらも口を噤んだという事は、言うべきではない。または言う事ではなかったという事だろうか。

 考えてもこの変人を理解することは難しいだろう。

 ただ黙ってスプーンを動かして腹を満たす。

 かつ丼を粗方食い切ってお茶に口を付けた時、閉じていた口を白虎が開いた。 

 

 「で、お前さんこれからどうすんだ?」

 

 唐突な問いではあるが、意味は何と無しに察せれた。

 暗殺に失敗して素顔や素性を知られた暗殺者の末路など、容易に想像できる。

 さらに今回の暗殺内容を聞いた時の感じから、V.V.の私怨も混じって居るようだった事から余計にだ。

 戻ったところで殺される可能性が高い。なら暗殺を遂げるかと思うも、ギアスの利かない相手に挑んでも結果は見えているし、今回の件で警戒と対策もするだろうから、単独で事を成すのは不可能となるだろう。三つ目の選択肢としては逃げるというものもあるが、逃げ出した者がどうなったかなどは良く知っている。

 結局待っているものは一緒…。

 

 「さぁ、どうしましょうかね」

 

 出てきた返答はそれだけだった。

 我が身を捨ててでも任務を熟すだけの忠節は抱いておらず、かと言って他にしたい事ややるべき事が有るかと言えばない。考え付かないだけかも知れないが、それならないも一緒だろう。

 軽く生返事した白虎は、だったらと言葉を続ける。

 

 「俺んとこで働くか?」

 「……自分が言っている意味理解してますか?」

 「解らず言ってると思うのか?」

 

 微笑を浮かべて言葉を投げかける様子から冗談とも取れるが、この変態の言う事だから本気で言ってそうだ。

 ならば余計に質が悪い。

 自分を殺そうとした相手と無防備に同室にいるだけでも問題しかないというのに、自分の手元に置こうとしているのだから正気とは思えない。

 呆れにも似た感情を抱かれていることなぞ、手を取る様に理解しながら、白虎は気にすることなく続きを話す。

 

 「俺はお前が生きて行くのに問題ない環境を提供しよう。そうだなぁ…秘書官か直属のナイトメアパイロットのどちらかで働いて貰うとして、偽造の身分証明書を用意しないと給料を振り込めないから、まずそっちからか。神楽耶に分家の戸籍でも…いや、うち(枢木)の潰えた分家があった筈だから、それで良いか。食事も出るし給料もしっかり払うし、暗殺なんてこそこそした内職はやらせる気はない。こんな感じでどうだ?」

 「どうだって言われてもボクは…」

 「そして首輪を外してやる」

 

 首輪を外す…。

 何を示した言葉なのかと考えれば、思い当たる節は一つしかない。

 

 「まさか貴方はギアス響団を!?」

 「お前さんは追手の無い自由な身に。俺はブラコンのショタジジイを蹴落とす。どちらにも都合がいいだろ?」

 

 驚きの余り、開いた口がパクパクと金魚のように開閉を繰り返す。

 

 「勝算はあるんでしょうね?」

 「愚問だな」

 

 自信に満ち、狂気を孕んだ笑みに電流が走ったような感覚に陥らされる。

 手が僅かながら震え、産まれた感情に戸惑う。

 これは恐怖?いや、違う。これは高揚…ボクは奴の言葉に高ぶっているというのか。

 余計に戸惑うが、そんな事はお構い無しに言葉は続く。

 

 「っと、そうだ。名前無いんだろ?」

 「あったのかも知れませんが知りませんね」

 「コードネーム“ネブロス”っうのは呼び辛くてな。今日からロロ(・・)で宜しく」

 「はい?」

 

 もうこの短い時間に何度驚かされた事か。

 脳内がパンクしそうなほど思考を働かせていたが、ポンっと優しく頭を撫でられた事で停止する。

 

 「ハッピーバースデイ、ロロ」

 

 初めて掛けられた言葉にトクンと胸が高鳴る。

 優しい音色の言葉に耳と心を捕らえられ、戸惑ってわたわたとテンパり始めた。

 その様子を笑った白虎は立ち上がり、出入り口へと向かって歩き出して振り返る。

 

 「新しい門出だ。付いて来いロロ」

 「何処に行く気ですか?」

 「決まってんだろ。お前さんの誕生祝に飯でも食いに行くんだよ」

 

 信じても良いのだろうか…。

 ネブロス改めロロは不安ながらも淡い期待を胸に、自分の意志で白虎に付いて行く。

 ………羽織っているとは言え、どのような服装を着ていたかも忘れて…。

 

 

 

 

 

 

 朱禁城の門付近に一人の青年が立っていた。

 サングラス付きのヘッドホンで目から耳まで覆い、長身ゆえに遠くからでも目立つ。

 ラフな格好で天子様の居城前に立っていては、門番が気にするのは当然だろう。

 

 「そこで何をしている?」

 「ちょっと中に居る人に用があってね。通してくれないかな?」

 「何を馬鹿なことを」

 

 断られるなら断れば良いさ。

 ボクのギアスは相手の思考を読む。

 どんな人間だってばらされたくない秘密は存在する。

 それを明るみに晒されるぐらいならと、大抵は大人しく言う事を聞いてくれるんだ。

 もっともボクのギアスは暴走状態にあって、いつも発動している。

 人の心の声が五月蠅いので、録音していたC.C.の声を流しているヘッドホンの音量を下げれば、すぐに相手の心は覗ける。

 ヘッドホンに触れて音量を下げようとした矢先、門番は思い出して追い払おうとしたのを止めた。

 

 「名前を聞いても良いか?それと会いたい相手と言うのも」

 「……そんなの聞いてどうするのさ」

 

 おかしいと判断して思考を読み取るも、悪意の類は聞き取れなかった。

 寧ろ“マオ”という男性ならば案内して欲しいと言われているらしい。

 疑うよりも、まずC.C.が話を通しておいてくれたのかと喜びが溢れる。

 

 「マオ。ボクはC.C.に会いに来たのさ」

 「あぁ、やっぱりそうか。少し待っていてくれ。連絡を入れて来る」

 

 一応逃げ出せるように周囲を警戒しつつ、連絡を付けた男の思考を読み取る。

 他の雑音も入るが、朱禁城前と言う事もあって雑音は街中よりは少ない。五月蠅い事には違いないが…。

 どうやら自分が来たら通すように言われていたらしくが、それ以上のことは知らされていない様だ。

 連絡を終えて戻ってきた男は、面倒臭そうに思いながら愛想笑いを浮かべている。

 心が読めるゆえに気持ちが悪い…。

 

 「上からの連絡で…」

 「良いよそんな説明。早く連れて行ってもらえるかな」

 

 こちらも面倒なので、催促してさっさと連れて行けと促す。

 嫌な顔をしないように繕っているがどうでも良い。

 ボクはC.C.にさえ会えればいいのだから。

 道中思考を拾って罠ではないかを確認しながら進む。

 正直ここも雑音塗れで聞きたくなかったが、万が一のことを考えて警戒しておくべきだろう。

 そう思いながら先導されたマオだが警戒は杞憂であり、罠など一切なく、無事に目的地である部屋まで送られたのである。

 何もなかったことに安堵する一方で、それならばヘッドホンの音を上げておけばよかったと舌打ちをする。

 ここまで案内した門番は愛想笑いを浮かべ、この部屋だと示すとさっさと去って行った。

 待っていろという事かと、雑音のしない室内に入ろうと扉を開けた。

 開けるなりマオは驚愕した。

 中からは誰の思念も聞こえはしなかったからこそ、用心することなく足を踏み入れた。だというのに一人の青年がソファに腰かけて、お茶を楽しみながらそこに居た。

 

 「…何故……」

 「どうぞおかけください」

 

 カップを置き、対面のソファに促されるが、マオは一歩も動けなかった。

 目を見開いて驚きを露わにしつつ、慌ててヘッドホンを取って思考を読むことに集中する。

 しかしながら周囲からの雑音は聞こえても、正面の男からは何も聞こえはしない。

 一体どういうことなのだ!?

 

 「どうし――」

 「どうしてお前の考えが読めないんだ?」

 

 言おうとしたことが先に言われた。

 もしや同じ思考を読むタイプのギアス使い!?

 

 「ボクの――」

 「考えが読めるのか?」 

 

 クスリと笑って首を横に振る。

 

 「読んでないし、読めませんよ」

 「ならお前はどうして考えている事が分かった!」

 「まぁまぁ、立ち話もなんですからどうぞ」

 

 空いていたカップにお茶を注ぎ、用意されていたお茶菓子の横に置かれる。

 急く気持ちをグッと堪えてドカリと荒々しくソファに腰かけ、男を忌々しく睨みつける。

 

 「遠路遥々よくお越しくださいました。私は枢木 白虎。C.C.さんとは現在行動を共にしている者です」

 

 知っている者が見ればこいつは誰だと目を疑う白虎の態度に、マオは一切反応を示さなかったが、行動を共にしている点にだけは強い反応を示した。

 しかしながら思考の読めない相手にいつもの手口は使えず、力付くで聞き出そうとも相手は軍人。対人能力なんてギアス依存して先読みできたのならまだしも、ギアスの効かない現役軍人に対人戦を挑むほど馬鹿ではない。

 

 「ボクが聞きたいのはC.C.の居場所。それとどうしてボクのギアスが効かないのかという二点だけだ」

 

 嫌悪と苛立ちを露わにしたまま問う。

 嫌だったのだ。

 ギアスが効くか効かないかではなく、自分が寂しい想いをしていた間にC.C.と共に行動していた白虎に嫉妬して、怒りや嫌悪が積もる。

 対して白虎は原作でマオのことは知っており、集団生活などをせずに一人生活してきた事から、見た目は青年でも中身は餓鬼だと理解しているので、今日に限って、今回に限っては大人しく対応し、先の問いの返しを口にする。

 

 「問いの答えですが私がC.C.のコードを継承したからですよ」

 「コード?継承?」

 

 白虎が説明し始めた事柄にマオは戸惑う。

 不老不死だったことは知っていたが、そのコードを継承して死にたいために、自身をギアスユーザーにした事。

 暴走状態に陥ったが、己の意志で制御する見込みがない事。

 それらを鑑みて、願いを叶えてくれそうにないから捨てたのだとか…。

 信じない。

 信じたくない。

 そもそもこいつが本当の事を言っているのかさえ分からない。

 いや、嘘の筈だ。

 そうであってくれ。

 

 「C.C.に会わせろ!」

 「別に良いですけど会いたいですか?本当に?本当の本当に?」

 

 ニタリと嗤いながら問うてくる白虎に、怒りよりも恐怖を覚えた。

 落ち着かせようと用意されたお茶を含むが味など楽しむ余裕はなく、寧ろカップが揺れている事から、自分が震えている事を再認識して余計に心が騒めく。 

 

 「貴方が今会えば、確実にC.C.の考えが聞こえるでしょう。彼女が貴方に対してどう思っているのか。貴方に関さない思いもすべて…。

  もう一度問いますよ。会いたいですか?」

 

 言葉が出なかった。

 会いたい気持ちはあるが、それ以上に怖くて仕方が無かった。

 再びソファに腰かけて頭を抱え込む。

 会いたいけど会えない。

 すぐ側まで来ている筈なのに…。

 

 「ボクはどうすれば…」

 「簡単ですよ。貴方がギアスの制御を出来れば良いんです」

 

 ポツリと心情を零すと、今度はにこやかな笑みを浮かべて返して来た。

 どういう意味かは解らない。

 けれどC.C.と会えるのであればと喰いつくように聞き入る。

 

 「制御すればC.C.と出会っても怖い事なんてないですし、C.C.から私が受け継いだコードを貴方が継承することだって可能です。まぁ、それこそが貴方に求めていたものなんですし、出来たら思考を読む事もない上に、良くできたねマオってな感じに褒められるんじゃないですか?」

 「それこそが…」

 

 想いが弾む。

 C.C.が望んでいたボクになれば褒めてくれる…。

 脳内で慈愛に満ちた眼差しで優しい言葉をかけてくれる姿を想像して、頬が緩み赤らむ。

 

 「欲しくないですか?永遠に貴方を縛り付けるC.C.との(コード)は」

 

 甘く囁かれる言葉に、マオはもはや疑うという存在せずに二つ返事で答え、指示に従う事を条件に制御する為の支援を受けることになったのだ。

 時たまC.C.からのメッセージを届けるよと言われ、マオは警戒対象ではなく信じれる人として、認識してはいけない人物をしてしまったのだった…。

 

 

 

 

 

 枢木 白虎はギアスユーザーと言う稀有な存在が手駒――コホン、仲間になった事に、喜びよりも悩みの種として頭を痛めていた。

 ギアス響団への対処は元々予定していたけども、中華連邦が落ち着いてからと思っていた分、ロロが来たことは予定外のイレギュラーでしかない。 

 逆にマオは誘き寄せた。

 奴の場合は後に回した方が厄介な気がしたので、新政権を開く黎星刻と日本軍が協力関係だと公表する際に、一緒にC.C.を映らせたのだ。腹ペコの肉食獣に新鮮な獲物をぶら下げるのと同じで、マオなら絶対に喰らい付いてくると断言出来た。

 少なからず期待していたとは言え、何の備えも無しに朱禁城に訪れるとは思わなかったがな。

 両者とも飢えた餓鬼だとアニメや漫画で知っているから、繋ぎとめる事は案外と楽だ。

 まぁ、ロロは与えすぎると爆弾化するので注意が必要であるがな。

 問題はギアス響団の指示で俺の暗殺に来ている事実。

 大事な大事な弟を殺されたV.V.はさぞやお怒りだろう。

 ゆえに差し向けられた暗殺者。

 結果はどうなったかと急いているだろうと予想し、ロロより報告を受けた定時連絡の時間の間隔から確信した。

 今はロロが誤魔化しているが、時間が掛かれば掛かるほど、焦って二の矢を放ってくるに違いない。

 原作登場キャラのギアスユーザーなら対処可能だが、原作に登場していない上に俺を対象にしないギアスであったなら対処不可能となる。

 それにいつロロの偽りが露見するかもわからない。

 

 「さっさと片付けるか」

 

 忌々しく呟く。

 しかし、ギアスユーザーが巣食っているギアス響団に通常装備で挑めば、少なくとも死者が出る。

 短い時間で最大限の準備を行わないといけない。

 頭痛の為に、思わず溜め息を漏らして机を叩いて八つ当たりする。

 こうなるのであれば、大和型も浮遊できるようにして46cm砲で砲撃出来る計画を組んでおくんだったと、今更思っても仕方がないと想いながら白虎は計画を練る。

 ここをしくじればすべてが水の泡と消えるのだから…。



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第33話 「奇襲」

 明けましておめでとうございます。
 昨年は12月25日の投稿に間に合わずすみませんでした。
 遅れましたが投稿致します。
 また今年もまたよろしくお願いいたします。


 ギアス嚮団。

 超常の力であるギアスを研究する、今は亡きシャルル・ジ・ブリタニアの極秘研究機関である。

 その内容はギアスを与えれるコード保有者でシャルルの双子の兄“V.V.”を嚮主に据え、ギアスユーザー(ギアス契約者)を研究する事とギアス関連の遺跡を解析して、悲願である“嘘のない世界”を創り出そうとしている。

 計画名“ラグナロクの接続”。

 ギアスの遺跡を用いて思考世界“Cの世界”に干渉するシステム“アーカーシャの剣”を構築し、ギアスの源である“不老不死のコード”で集合無意識に全人類を繋げるという計画。

 これにより死者も生者も統合され、嘘のない世界(嘘を付けない)が誕生する。

 虚言妄想の類に聞こえるだろうが、すでにその計画自体はすでに実行可能なものにまで仕上がっており、後はC.C.のコードさえ揃えばいつでも実現可能―――だった…。

 

 枢木 白虎によるシャルル・ジ・ブリタニアの死去。

 大事な弟の死去はV.V.の心にダメージを負わし、皇帝と言うブリタニアの絶対権力者の加護を失った事で動きに幾つかの制限が付いた。

 これでC.C.を軍を使ったりして連れ戻す事も捜索する事も難しくなった。

 あと少しだというのに計画が遠のいた事実に、殺害した枢木 白虎には怒りを覚える。

 

 そう…弟が死んだ事ではなく、遠退いた事に対して…。

 どうせ計画が遂行されれば繋がるのだからと…。

 V.V.は腰かけていた椅子に凭れて大きなため息を漏らした。

 

 「V.V.様。そろそろ…」

 「―――ん」

 

 時刻が来たことをギアスの紋章が描かれたローブを着込んだギアス嚮団幹部に告げられ、視線を頭上の大型モニターに向ける。

 そろそろ「好機を伺っております」以外の報告を聞きたいものだ。

 もし駄目であれば他の者を送ろう。

 現状“ロイヤルバジェット(継承権上位皇族のみ使用可能な資金)”より資金をこちらに流しているのはバレていない。シャルルが死んだことで制限は掛かったが、まだまだ動けるには動ける。

 ギアスユーザーを使用しないのであれば、皇族に関りがあり、嚮団の仕事にも従事した事のある特殊部隊“プルートーン”を動かすか。

 次の手から今の手駒の処分(・・・・・)まで視野に入れて考えていると、モニターにはネブロスではなく微笑を浮かべた黒髪のアジア系の少女が映し出された。

 何事かと周囲の幹部連中が慌てるが、これの意図することは一つしかない。

 

 「しくじったねネブロス」

 『御明察の通りですわ』

 

 多少の期待交じりの報告は一瞬で最悪な報告へと変わる。

 この通信回線が使われているという事は、確実にネブロスが情報を漏らしたという事だろう。暗殺失敗どころか情報を敵に渡すなんて使えなさ過ぎる。

 暗殺しか取り柄の無いような駒は、もはや使えない駒どころか排除すべき塵と判断するしかない。

 ため息交じりに目の前に映し出される正体不明の少女に意識を向ける。

 

 「それで何の用だい?」

 『せっかちですわね。まだ自己紹介もしていないというのに。お互いに名無しの権兵衛ではおさまりが悪いでしょう?』

 「僕はそれでもかまわないけどね」

 『困った方ですわね―――私は皇 神楽耶と申します。枢木 白虎の許嫁と言えば伝わると聞きましたが…』

 

 枢木 白虎の名を耳にしてカッと頭に血が上る。

 弟を殺し、計画を遅延させた張本人。

 その関係者と聞いて、もろに感情が表情に出てしまった。

 するとそれを嬉し気に笑みを浮かべられたので、ハッと我に返るがもう遅い。

 悔し気に表情を繕って睨みつける。

 

 『名乗ったというのに名乗り返して貰えないのですね』

 「名乗らずとも知っているのだろう(ネブロスから聞いて)?」

 『色々と。例えば“アーカーシャの剣”を使って“Cの世界”に干渉し、“コード”を用いて全人類を繋げる“ラグナロクの接続”をなさろうとしているのですよね?』

 「一体誰から…まさかC.C.?」

 『さぁ、どうでしょう。そういえば貴方も今は亡きシャルル皇帝も、C.C.さんに振られた上、逃げられたそうですね』

 

 苛立っているのにさらに挑発するように癇に障る言い方。

 あの少女は何かを交渉する気があるのか?それとも別のナニカがあるのか…。

 ずっと流れを掴んでいる少女に苛立ちが高まっていく。

 

 『でも残念ですわよ。追い掛けても意識する女性に逃げられ、手の届きそうな夢は夢幻へとなるのですから』

 「・・・・・・何をした?」

 『そのままお伝えしますわね――――神根島の遺跡を破壊した』

 

 神根島の遺跡はギアス嚮団本部の遺跡と同様に非常に状態が良い。

 ラグナロクの接続をするにあたって、万が一にも嚮団本部の遺跡が使えなくなった場合はそちらを使用するセカンドプランを立てていた。

 それだけに重要性の高い場所だったというのに…。

 しかしそれは万が一があった場合のセカンドプラン。そちらが破壊されたからといって計画そのものが頓挫したという訳ではない。

 

 『46cm三連装砲合計12基による一斉射撃。跡形もなく吹き飛んだでしょう。詳しい説明は省きましたので、艦隊指揮を執っていた藤堂大佐は命令事態を不思議がっていたそうですけどね。あ!ついでに中華連邦に点在している遺跡は中華連邦軍が破壊しましたわ』

 

 勝ち誇ったように告げられ、内心は怒りでどうにかなりそうだったが、必死に堪えて余裕を崩さない。

 しかし画面に映らないように手で指示を出して、事実確認ともしも責めて来たときの為に脱出の準備命令を下す。

 

 「それでぼく達に勝ったつもり?」

 『異なことを仰いますのね。中華連邦にはもう一つ遺跡があるのに』

 

 ふふふっと笑いながら呟かれた言葉の意味を理解し、余裕を浮かべていた表情が崩れてサーと血の気が引いて行く。

 嫌な予感しかしない。

 否、この娘が連絡を入れた時点で気付くべきだった。  

 

 「こうも簡単に無駄話に付き合って頂きありがとうございました。おかげで貴方の居場所を逆探で把握出来ましたので」

 「……止めろ…」

 『えーと、こういう時は何というんでしたっけ…』

 

 不安で押し潰されそうになっているというのに、神楽耶は気にも止めずに別の事を考え始めていた。

 どうすればいいのか、どう言えば良いのかと思考を働かせるが、考えは纏まらない。

 

 「止めろぉ!!」

 『思い出しましたわ―――嫌だ。そんな頼み聞けないね!』

 

 もはや怒鳴る事ぐらいしか出来なかったV.V.の叫びをピシャリと両断する。 

 同時に地上と地下を隔てる天井の一部に穴が空いて、数機のナイトメアが飛び込んで来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 枢木 白虎は愛機“月下先行試作機”内でひたすら待ち続けていた。

 今回行う作戦は内容自体は単純だが、どうしても時間との勝負になってしまう。

 運が悪ければ日を改めなければならないし、手間取れば自分がしてきたことが水泡に帰す可能性が高い。

 もし自分がブラッドリー卿みたく冷酷であれば、ルルーシュみたいに超頭脳であれば、こんな博打みたいな作戦にはならなかったというのに…。

 

 「ま、悩んでも致し方なし。やるだけさね」

 

 ポツリと呟くとモニターにセシル・クルーミーが映し出される。

 同時に簡易な建造物が並び、赤い点が示された地図が立体的に表示された。

 

 『ターゲットの位置情報を送信。オペレーション“サジタリウス”開始して下さい』

 「こちらサジタリウス1了解―――全機フルブラスト!!」

 

 ニカっと笑いながら白虎は操縦桿を握り締め、まだかまだかと待ち続けていた両足に力を入れてペダルを踏み込む。

 急激な加速により身体がシートに押し付けられるが気にも止めない。

 

 オペレーション“サジタリウス”。

 表向きには中華連邦内に建設されたブリタニアの研究施設を制圧する作戦であり、実際はギアス響団本部を完全に潰す作戦である。しかしながら、ギアス嚮団は被験体として多くの子供ギアスユーザーを保有しており、白兵戦やナイトメアでも近づけば操られて殺される可能性まである。

 冷酷であれば空爆して潰す事も考えれただろうが、さすがに女子供関係なく生き埋めにしたと知ればスザクからの視線が痛い事待ったなし。

 だからと言って時間を掛ければ嚮主V.V.が遺跡を使って逃げる可能性があるので却下。しかも全遺跡を繋げる前だから、繋がっているのはシャルルが使っていたブリタニア本国の遺跡。逃げられれば二度と好機は無い。

 そこで考えた。

 時間を掛けずに最低限の戦力で最低限の事を成せば良いと。

 それならば数は必要ではなく、相手の急所を射抜くだけの一本の矢で事足りる。

 

 『先行し過ぎです!』

 

 突然降下して行った白虎を追いかけてスザクのランスロットが横を通り過ぎていく。

 一本の矢と言ったがナイトメアで数えると四騎。

 枢木兄弟のランスロットと月下先行試作型、それと桃色と金色の月下が一騎ずつ。

 桃色にはC.C.が搭乗しており、金色にはロロが搭乗している。

 彼ら四人が矢であり、突入する戦力の全てである。

 

 「スザク。怖くないか?」

 『しろ兄を信じているから』

 「―――ッ…嬉しい事言ってくれるねぇ」

 

 気遣ってかけた言葉なのだが、返された言葉に逆に元気付けられてしまった。

 頬が緩み切った白虎は別に治そうとせず、前に出たランスロットの後ろにぴったりと並ぶ。

 

 ギアス嚮団は研究施設。

 それもブリタニア勢力圏外に秘密裏に建設したがゆえに、対空システムなんて構築できない。

 フロートユニット限界高度からの急降下。

 合わせて推進剤を使っての加速もあるからかなりの速度である。

 馬鹿げているだろう。

 それほどの速度で地面に向かって突っ込むのだ。

 傍から見れば自殺行為。

 しかしながら原作知識を持っている白虎には有効的な手段である。

 アニメや漫画に登場する地下に建造された基地と言うのは、強固なものとして描かれる。しかし、ギアス嚮団は例外中の例外だと思っている。

 なにせビルに押し潰される程度の推進力しか持たないジークフリートの体当たりを受け、アニメ二期最終回前まで世界最高の防御力を誇る絶対領域を展開していない蜃気楼の後部装甲―――もっと詳しく言うとフロートユニット部分が岩盤に激突したというのに、無傷のまま地下より地上まで岩盤を貫通出来る程度の硬さしかないのだ。

 だったらブレイズルミナスを展開し、可変弾薬反発衝撃砲ヴァリスを構えたランスロットが突破できない筈がない。

 

 「血路を開けスザク!」

 『吶喊します!』

 

 ランスロットがブレイズルミナスを展開ながらヴァリスを放つとあっさりと岩盤を貫いていおり、脆くなった穴をブレイズルミナスで無理やりこじ開ける。後に続いた白虎達のモニターに広大なギアス嚮団施設が広がった。

 これだけ見事な地下施設など、二度と目にすることは無いだろう。

 だからと言って立ち止まっているほどの余裕も時間もない。

 あれば神楽耶とデートでもしたいもんだかね。

 

 「ロロは誘導。スザクは予定通り脱出路へ。俺とC.C.は目標へ向かう。間違っても子供に近づくなよ!」

 

 指示を飛ばせば一斉に動き出す。

 ロロはここの出身でアニメでも子供達に慕われている様子から信用を得ていると判断して子供達と研究員の誘導を任せ、スザクは嚮団幹部であろう黒ずくめの連中が逃げるであろう脱出経路で待ち伏せして一網打尽にする。ただし捕まえる気はさらさらないのでアニメ通りに吹き飛んでもらうがね。

 そして俺とC.C.の役割はシャルルとV.V.の悲願である計画を潰す事。

 遺跡の位置はアニメの内容からおおよその見当が付いているので真っ直ぐそちらへ進む………のだが。

 

 「邪魔されては面倒だからな」

 

 地図に表示されていた赤い点に近づいたので高度を下げて、示されていた建物を蹴り飛ばす。

 天井が砕けて晒された内部には黒ずくめ数人とV.V.が居り、驚いた表情でこちらを見上げていた。

 そこに何のためらいもなく左手で持っていたアサルトライフルのトリガーを引き、戦車の装甲も貫通する弾丸の雨を浴びせる。

 いかに不老不死と言えども、コードギアスに登場するのは瞬間的に欠損部位を回復する類のものではない。ほぼ肉片にまですれば、動けるぐらいに回復するだけでも時間を要するだろう。

 

 『容赦がないな』

 「余裕がないし、容赦する理由もない」

 『確かにな』

 

 短い会話を交わしてギアスの遺跡へと近づく。

 遺跡の奥にはアニメ、漫画、ゲームなどで見たまんまのギアスの紋章が描かれた壁があった。

 場所が場所なだけにアニメのシーンが脳内に流れて、自然と笑みが零れる。

 アニメのように弱々しいC.C.を見て見たかったなと本人には決して言わない事を抱きつつ、紋章へ月下先行試作型の右手を当てる。

 

 「行くぞC.C.」

 『あぁ、やってくれ!』

 

 C.C.機に左手を伸ばし、握られたのを確認すると意識をコードに集中する。

 だいたいの使い方はC.C.から聞いてはいたが、使用するのはこれが初めてだ。

 しかもアーニャの身体からマリアンヌの精神だけを遺跡内に飛ばすのではなく、ルルーシュとシャルルが会った時のように機体ごと向かう。

 出来るかどうかではなくしなくてはならない。

 自身に活を入れながら、白虎は眩い光に包まれて行った。

 不安を抱きつつ瞼を開けると、モニターにはギアスの紋章が描かれた壁は映し出されてはいなかった。

 黄昏の空にギリシャの神殿を思わせる建造物が浮かんでいる。

 現実にはあり得ない光景に安堵と達成感を同時に味わう。

 

 「幻想的な光景だな」

 『壊すのが惜しくなったか?』

 「ちっとも」

 

 想いはしたがこれらは自分にとって不要。それどころが害悪でしかない。

 一回だけ眺めると興味を無くし、目的の物へと視線を向ける。

 建造物の奥に、二重螺旋を形成して空中に制止しながらくるくると回っている謎物体がそこにはあった。

 

 『あれがアーカーシャの剣だ』

 「剣と言うよりは遺伝子データみたいな形だけどな」 

 『形は何であれアレがCの世界に干渉するシステムだ』

 「ならさっさと処分しちゃいますか」

 

 “Cの世界”に“アーカーシャの剣(思考干渉システム)”…。

 オカルトチックな割に持ち込んだ物理攻撃は通用するというのは都合がいいと思うべきか。

 アニメで蜃気楼の攻撃で建造物を破壊したルルーシュに感謝を心の中で述べつつ、同じようにナイトメアの火器を使用する。

 C.C.機は携帯型バズーカ二つで白虎機はアサルトライフルを構え、容赦なくトリガーを引き続けた。

 バズーカの弾頭が直撃すると爆炎と同時に直撃個所を粉砕。

 アサルトライフルの弾丸は瞬く間にアーカーシャの剣を削っていく。

 弾切れになるまで撃ち続け、アーカーシャの剣はもはや原型を留めていなかった。

 トドメと言わんばかりに白虎が残骸を輻射波動で吹き飛ばし、ついでに建造物にまで一撃お見舞いする。

 基礎をぶち抜いたために床が崩れ始め、さすがに慌てただろうC.C.機に手を伸ばす。

 

 「帰るぞ。捕まれ」

 『やるなら先に言え!』

 

 当たり前の抗議を耳にしながら機体同士を寄せてしっかりと掴む。

 崩れ落ちていく建造物を見送りながら、白虎とC.C.は現実世界に帰還する。

 戻ったと認識するや否や、即座に三発目の輻射波動をギアスの紋章が描かれた壁に撃ち込む。

 念には念を。

 これでこの遺跡は二度と使われることはない。

 

 「ロロ、誘導状況報告」

 『現在出入り口に向かわせてますが、時間がかかります』

 「なら俺がそちらの手伝いに回ろう。スザクはどうだ?」

 『予定通りに脱出を阻止。完全に破壊しました』

 「良し!だったらスザクはC.C.と共に先に外へ」

 

 普通なら僕も手伝うとスザクあたりが申し出るが、ギアスが効かない白虎やギアスユーザー達と親交のあったロロとは違って危険があり、口が酸っぱくなるほど命令には従う事と言い聞かせたので、スザクは少し間を開けて返事をして地上を目指して高度を上げて行った。

 見送った白虎は手伝いに向かおうとしたが、足を止めて辺りを見渡す。

 

 「――っと、忘れてた」

 

 吹き飛ばされた肉体が徐々に治り、ずりずりと這いずっていたV.V.を見つけ、潰さない程度に月下で掴む。

 V.V.より怒気を含んだ睨みが向けられるが一切気にせず、白虎は熱源探知を使用して施設内に残っている人が居ないか確認するのであった。

 

 

 

 

 

 

 C.C.は少し虚しさを味わいながら、ギアス嚮団本部があった辺りを眺める。

 すでに天井は浮遊航空母艦鳳翔と、フロートシステムと砲撃戦仕様の兵装を装備した月下隊の集中砲撃によって崩され、瓦礫で埋まる地下施設にはミサイルの雨が降り注いで、ナパームで灼熱の海と化していた。

 お飾りだったとはいえ自分が携わり、何十年もかけて作り上げた牙城がものの数十分で無に帰したのだ。

 虚しさもあろう。

 けれど虚しさだけでなく、どこか清々しい気分も味わっていた。

 シャルルは死に、アーカーシャの剣は破壊。

 ギアス嚮団の全データと職員たちを失っては、もはや計画の遂行は不可能。

 

 正直私自体は嘘のない世界になろうがなるまいがどうでも良かった。

 私は私の望みが叶えば何でもよかったのだ。

 コードを白虎が継承し、不老不死から解き放たれた人間に戻った今となっては、自分の都合により出来た不始末に辛く思うところがあった。

 ギアス嚮団然り、マオ然り。

 しかし、それらは白虎が背負うと宣言した通りに取り除いてくれた。

 捨てた(マオ)は白虎に拾われ(勧誘)、言葉巧みに躾けている。たまに餌の用意(音声メッセージ)を頼まれるが、それぐらい捨てた罪悪感からすればなんともない。

 ギアス嚮団は幹部以上を殺し、研究者は二分して管理するとの事。

 一方の幼いギアスユーザーの子供達に好かれている研究員たちは、一緒に施設に移して面倒を見させ、もう一方はバトレーの下に送ってギアスの研究を続けさせ、オレンジ(ジェレミア)品種改良(改造)をさせるとか…。

 なんにしても重荷が肩から降りた気持ちだ。

 

 清々しい気持ちを味わっていると、近くに月下先行試作型を停めた白虎が近づき、ズボンが汚れる事など気にも止めずに隣に腰かける。

 

 「また借りが出来たな」

 「そうさな。デカい借りだな」

 

 感謝を口にすると冗談交じりに返される。

 ならばとこちらも返してやろうという気持ちが高まる。

 

 「お前に借りっぱなしというのは気持ちが悪い。いつか返してやろう」

 「ばぁか。明日も知れない我が身なんだ。即日返しが基本でしょ」

 「ほぅ、求めるモノによっては神楽耶に報告する義務が発生する訳だが?」

 「お前は俺が色魔に見えんのかよ」

 「冗談だ。お前が興味あるのは神楽耶だけだもんな」

 「なんか言葉に語弊を感じるんだけど?」

 「気のせいだろう」

 

 気に入らないと言わんばかりに顔を顰めていた白虎だったが、どうでもよくなったのかその場で寝っ転がる。

 その表情は何処か困った様子であった。

 

 「シャルルの記憶改竄のギアスがあれば、餓鬼どものギアスを封じれて良かったんだけどな」

 「今更悩むか?」

 「無い物強請りなんてらしくないか。なら代用品を探すまでだ」

 「その様子だと心当たりがあるようだな」

 「居るんだよなぁ。記憶改竄ではなく記憶の消去が可能なギアスユーザーが」

 

 クツクツと嗤う白虎にC.C.は呆れたように笑う。

 何処でそんな情報を…と普通なら驚くべきところなのだろうが、相手が白虎であるならそこまでの疑問は浮かばない。

 寧ろ目を付けられたどこぞの誰かさんを憐れむぐらいだ。

 

 「悪い男に口説かれたものだな。私もお前も」

 「つくづくそう思いますよ」

 

 作業が終了して報告しようと寄って来たロロはため息交じりに、投げかけられた言葉に同意する。

 ロロの役割は、顔見知りである事を利用しての子供達から研究者までの誘導。

 途中から白虎も手伝いに行ったものの、やはり知りもしないナイトメア乗りの言う事はすんなり聞いてもらえず、結局ロロ一人で誘導したのだ。

 疲れた様子を浮かべるロロに苦笑を向ける。

 

 「ロロもお疲れだし、そろそろ遺跡の破壊状況を確認して帰るか」 

 「そうですね」

 「―――ァルル…」

 

 腰を上げて自機に向かおうとする矢先、掠れたような声が耳に届く。

 ポツリと漏れた声に振り返ると、白虎が回収して放置していたV.V.が座り込んでいた。

 ロロは警戒の色を強くして睨み、懐から拳銃を取り出す。

 

 「白虎さん」

 「いんや、放っておけばいいさ」

 

 三人の視線の先のV.V.はまったく反応を示さない。

 白虎はちょっとやりすぎたかなぁ程度に申し訳なさそうに、後頭部を掻きながらロロを制止する。

 

 「ねぇ、シャルル…何処に居るんだい?」

 

 虚ろな瞳で優し気に寂し気に語り掛ける。

 壊れた…のだろう。

 大事な弟に念願だった計画の頓挫、遺跡の破壊などで奴を支えていた心の支柱がぽっきり折れた。

 正直白虎も精神的に壊す気はなかった…と思う。

 C.C.が断定できないのは計画を潰すために何をしたのかを白虎が嬉々として語った姿を目撃してしまい、それが精神破壊を意図したものなのか、ただの嫌がらせなのか判別がつかないのだ

 捕縛後の計画ではカプセルで保管し(原作でクロヴィスがしたような)時が来るまで管理するというものであったが、今の状態なら無害だろうと放置されていた。

 再認識した白虎が頬を緩めた事で、またろくでもない事を考えたなとC.C.は少しだけ距離を取った。

 何度も“シャルル”を呼ぶV.V.に言葉を投げかけようとした白虎は寸前で口を閉ざし、これは使えるなと思った事をロロに耳打ちして指示を出す。

 一瞬、ロロは戸惑ったが言われるがまま言葉を口にした。

 

 「どうしたんですか―――兄さん(・・・)

 

 その言葉に振り返ったV.V.は虚ろな瞳でしっかりとロロを捉え、「そこに居たんだね」と穏やかな笑みを浮かべた…。



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第34話 「混沌極まるユーロピア」

 明けましておめでとうございます。
 本年もどうぞよろしくお願い致します。


 ユーロピア共和国連合。

 アニメ一期ではシャルル皇帝が演説時に名前を出したり、二期ではスザクが暴れまわったり、連合に入っていた国々が合集国に加入していたなどのシーンしかなくて、大々的に描かれなかったブリタニアや中華連邦に並ぶ勢力。

 外伝である“亡国のアキト”では連合国の政治家は国民の受けだけを気にし、将や軍人は差別意識が高かったり、責任の押し付けを先に視野に入れて行動しながら、戦局によっては調子に乗って無謀な進撃をする。

 白虎であるならばこう言うだろう。

 コードギアスにおける“日本国並みに上層部に無能が巣食っている国”だと。

 

 ユーロピア共和国連合とユーロ・ブリタニアとの勢力圏が重なっている激戦区。

 

 有利な戦況に浮かれた軍上層部が迂闊にも侵攻した結果、起こってしまった戦闘。

 有人機も無人機も敵も味方も入り混じった戦場を、数機のナイトメア部隊が駆け抜けていく。

 機体こそブリタニア製ナイトメアフレームのグロースターであったが、紫と黒のカラーリングが赤と白へと変更され、所々装飾されていて、一見すると別機に見間違うカスタムされた“グロースター・ソードマン”。

 それら七機を連れて先頭を行くのは全身真っ赤なグロースター・ソードマン。ユーロ・ブリタニア四大騎士団の一つ、ミハエル騎士団所属のアシュラ隊隊長アシュレイ・アシュラの機体だ。

 少数なれど侮る事なかれ。

 彼ら一騎一騎が強者で、無人機程度であるならば無双するだけの技量を携えている。

 

 共和国連合軍の脆弱な防衛網を突破し、敵司令部にアシュレイが迫る。

 司令部防衛部隊が慌てて迎撃するも呆気なく切り裂かれた。

 あっと言う間の出来事に本部の上層部は抵抗どころか逃げる事も叶わず、振り上げられた一振りにて消し飛んだ。

 

 「こんなもんかよゼロってやつは!」

 

 本陣を落したアシュレイは思ったより軽い手ごたえに苛立ちさえ覚える。

 もう少し楽しめると思っていただけに、バトルジャンキーのアシュレイにとっては不完全燃焼以外の何者でもない。

 

 『アシュレイ様!!』

 

 部下であるヨハネの鬼気迫る声に眉を顰める。

 この状況下で何に焦っているというのか。

 疑問を口にする前に高熱源体がレーダーを覆い、桜色の閃光が周囲を包んだ。

 モニターが閃光に包まれる中、背後より衝撃を受けてアシュレイ機は転がる。

 何が起きたかなんて突然の混乱で分かる筈もなく、閃光が消え去ったモニターを睨んで周囲を確認する。

 

 「ヨハネ!アラン!ルネ!」

 

 爆発に巻き込まれた部下の名を叫ぶが返事が返ってくることはなかった。

 何とか立ち上がらせようと操作するも、撃破されてないだけでかなりのダメージを負い、右手は火花を散らすばかりで動かない。

 

 『ご無事ですかアシュレイさ――』

 

 無事だったクザン機が近づこうとした瞬間、上半身が撃ち抜かれて機体が弾け飛んだ。

 何処に伏していたのかアレクサンダ・ドローン数十機が銃口を向け、容赦のない攻撃を仕掛けて来ていた。

 全ては罠だった。

 舌打ちしようと後悔しようと泣き喚こうと、散った部下たちは戻らない。

 

 せめて一矢報いてやろうと満身創痍の機体で駆ける。

 満足な回避行動も出来ぬまま、アシュレイ機は荒れ狂う銃撃の中に消えていくのであった。

 

 

 

                                                          

         

 アシュラ隊壊滅の報告は、ミハエル騎士団長であるミケーレ・マンフレディに衝撃を与えた。

 団長として彼らの実力は重々承知してしたし、強敵と認識されていた相手は全部抑えていた。

 誰もアシュラ隊を阻む者など居ないと思っていた自身の判断ミスと、義弟シン・ヒュウガ・シャイングの直属の部下を死なせてしまったという後悔の念が大きい。

 が、そればかりを悩んでいる余裕がないのも事実。

 “三剣豪”と呼ばれる自身の優秀な騎士が指揮する分隊各隊からも、被害報告が報告され始めた。

 先ほどまで圧倒的優勢だったのに、本部を落してから一気に形勢が逆転された。

 

 「さすがと言うべきか」

 

 さすがユーロ・ブリタニアを苦しめているゼロだ。

 この状況は自身の見立ての甘さが招いた結果。

 義弟であるシンは、ユーロピアのナイトメアに性能差かパイロットの腕か分からないが押されている。

 一度の見誤りにしてはツケが大きすぎる。

 すでに戦況を打開しようと身ずからG-1ベースより出撃したが、巻き返すよりも相手がチェックを掛ける方が早いだろうな。

 そう思って戦況を維持しようと指示を出そうとした時、けたたましく接近警報が鳴り響く。

 何事かと振り返れば、周囲を固めていたサザーランドやグロースターが迎撃しておおり、何時まで経っても銃撃が止む気配がない。

 その敵機がモニターに映り込むのにそう時間は掛からなかった。

 

 「突破しただと!?」

 『アンタが指揮官か!!』

 

 真紅のナイトメア―――紅蓮弐式が周囲に展開していたナイトメアを跳び越えて接近してきた。

 確かに戦場で指揮官を狙うのは上策だ。

 だがこうも正面から突破されるというのは癪に障る。

 ミケーレは後退しながら鞘に収まっていたヒートソードを抜き、グロースター・ソードマン(・・・・・・・・・・・・)を前進させる。

 現在はユーロ・ブリタニアで騎士団長をやっているが、元々は神聖ブリタニア帝国に所属し、皇帝直属の十二騎士ナイトオブラウンズのナイトオブツー。

 ナイトメア操縦技量にはかなりの自信があった。

 相手がゼロ直属のエースであろうと負ける筈は無いと。

 

 着地を狙って剣を振るえば体勢を捻るだけで躱され、白銀の巨腕が迫る。

 すでに紅蓮の情報は幾らかユーロ・ブリタニアでも共有されており、この腕が何をしているのかは理解出来ていなくとも、捕まれば敗北が決する兵器であることは知っている。

 またも退くと同時に剣で斬り落とそうと振るうが、鋭い爪で弾かれた。

 こうも容易く攻撃を防がれた事と、見事に対応した相手の反応速度に驚く。

 

 「まさかラウンズ並みの腕前か!?」

 『さすが強い…』

 

 これは全力で挑まねば負ける。

 そう理解したミケーレはヒートソードの二刀を持って斬り込む。

 一撃一撃が必殺となる剛剣を振るい、猛攻と誇りを持って紅蓮をねじ伏せようと前へと踏み込む。

 いつもは穏やかな微笑みを浮かべていた優し気な雰囲気は消え失せ、悪鬼羅刹を思わせる気迫を纏う。

 周囲のサザーランドやグロースターは援護しようと銃口を向けるが、二機の攻撃が激し過ぎて手が出せず呆然と見守るばかり。

 

 そしてミケーレは悟った。

 このまま行けば自身が負けると。

 剣を結べば相手の技量や機体の凡そのスペックは把握できる。

 相手のパイロットの技量は自身と同格またはそれ以上。

 腕が上なだけで戦場の素人なら幾らでも手はあるが、場数を踏んでいるだけあって中々手強い。

 さらに機体性能は段違いに高い。

 技量、経験、機体とどれをとっても同等以上の相手に勝利を収めるなど、藁の山から針を探す程に難しい。

 しかし負ける訳にはいかない。

 

 「ウオオオオオオオ!!」

 

 腹の底から咆哮を挙げ、渾身の力を持って斬りかかる。

 紅蓮を切断するかのような力強く大振りな一振り。

 隙の大きい一撃をカレンが見逃す訳もなく、右手ごと輻射波動機構を内蔵した右手で捉える。

 機体の手が水膨れにでもなったかの無数に膨れ上がり膨張し、それは秒で剣へ肩へと浸食を始める。

 それを待っていた。

 すぐさまに右腕をパージする操作を行い勢いよく外れた腕から煙が発生した。

 全体を覆う程に多くは無いが、一瞬だけでも目暗ましにはなる。

 優れたパイロットというのは、反射神経もそうだが目が良い者が多い。

 奴も同じくそうであろう。

 ならば、この煙にいち早く気付いて注意が私から煙に移る。

 そここそが狙う好機。

 距離を取る事もせずに左手のヒートソードが紅蓮の腹部へと伸びる。

 

 『――ごめん』

 

 ぼそりと謝罪の言葉を耳にしたかと思いきや、紅蓮に突き刺さる筈のヒートソードが砕け折れ、コクピットを大きく揺らす衝撃が襲う。

 混乱しながらもミケーレはなぜそうなったのかを知る。

 突き出した先には紅蓮が呂号乙型特斬刀(特殊鍛造合金製ナイフ)を構えており、腕力とナイフの硬度や威力に対して、炎を纏う機構を内蔵していたヒートソードが負けたのだ。

 

 「何と言うナイトメアか。いや、違ったな。それを操るパイロットが優れているのだな」

 

 苦笑いを浮かべつつ、先の衝撃の原因で今も尚前部のコクピットブロックを掴んでいる右手から脱しようとランドスピナーを最大で後退しようとするも、ビクともしない。

 

 『アンタ…強かったよ』

 

 脳裏に妹や母上、義弟、そして聖ラファエル騎士団総帥の友人との何気ない日常が脳裏を通り過ぎた。

 最後に何かを残す事も出来ず、ミケーレは輻射波動の一撃を受けると、愛機の爆発にその身は消えた。

 

 爆散する前に機体より手を離した紅蓮に対し、周囲の聖ミカエル騎士団の機体が仇討ちをしようとするも、ジェレミア率いる別動隊からの攻撃を受け体勢を崩す。

 急遽立て直しが必要な状態で総帥を失った聖ミカエル騎士団は、副官を務めるミケーレの義弟のシンより撤退命令を受けて渋々この戦域より離脱し、また新たな勝ち星がゼロ率いる黒の騎士団に追加されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ゼロの仮面を被り、指揮を執っていたルルーシュは満足気にほくそ笑む。

 騎士団総帥を討ち取り、厄介な部隊であるアシュラ隊を葬り、シン・ヒュウガ・シャイングを取り逃がした(・・・・・・)

 何もかもが上手くいった。

 共和国連合本部でなく、仮拠点として配置させたトレーラー内で椅子の背もたれに凭れる。

 

 「―――宜しいのですか?」

 

 愉悦感に浸っていたルルーシュに、険しい表情を浮かべたレイラ・マルカルが問うてくる。

 見えない筈の仮面で隠れている瞳を見つめるように、問うてきた。

 

 「構わない。これ以上追撃すれば、こちらの被害も相当なものになるしな」

 「本当にそれだけでしょうか?」

 

 彼女は優秀だ。

 白虎がユーロピアで名を挙げ、自ら見た彼女への評価。

 多少甘さがあるものの、指揮官として有能。

 作戦立案も見事なもので、部下の生存率を挙げる為だったら自らの出撃もいとわない。

 そんな彼女が疑っている。

 否、確信を持って問うているのだろう。

 何を成すかではなく、何か別の目的の為に何かを仕込んだのだと。

 ゆえにルルーシュは…。

 

 「無論含むところはある。が、今説明することは出来ない」

 

 嘘を語るのではなく濁す選択肢を取る。

 あと少ない期間とは言え、それまでは彼女を手元に置いておかなければ盤上が乱れる恐れがある。下手をすれば水の泡になることだって。

 

 現在ユーロピア共和国連合は死に体と化していた。

 一向に戦果を挙げられない共和国連合に国民は不満感を向け、唯一戦果を謳う様に挙げるゼロの黒の騎士団。

 支持を一身に背負うのは傍から見ても明らかだ。

 そして全戦全勝負け知らずの黒の騎士団は、ユーロ・ブリタニアに大打撃を与えた。

 ミケーレ指揮下の聖ミカエル騎士団の半壊に、聖ガブリエル騎士団の壊滅。

 すでに四大騎士団の半数が敗れ、ユーロ・ブリタニアは戦線の維持すら難しい状態へと陥っている。

 恥じ入りながらもブリタニア本国に救援要請を出すも、ブリタニア自体の余力が無さ過ぎて十分なサポートは出来ない。

 ユーロピア国民は共和国連合が勝利を収めるのも間近と騒いだがそうは問屋が……ルルーシュと白虎が許さなかった。

 

 正直に、連合の体裁を保っている共和国連合は、この先の計画上邪魔なだけ。

 だからギアスで支配下に置いた、独裁政権を企てていたジィーン・スマイラス将軍を動かして共和国連合を分断した。

分断さえ出来れば用済みなので都合の良い踏み台として黒の騎士団の糧となって頂いたがね。

 おかげで共和国連合は独裁派と民主派に分かれて疑心暗鬼に陥っている。中には共和国連合より離脱して新たな連合を生み出そうと動く国すらあるほどに。

 

 ここまでやればユーロ・ブリタニアが攻めて来る可能性があるが、それはないと知り得た情報から断言しよう。

 間違いなくユーロ・ブリタニアは荒れるに荒れる。

 日向 アキト少佐から聞いたシン・ヒュウガ・シャイングという聖ミカエル騎士団副官の事を。

 白虎からおよその目的を耳にしている。

 義兄を失った彼はどう動く。

 ユーロ・ブリタニアも荒れる。

 絶対に荒れる。

 

 仮面の内側で微笑み姿勢を正す。

 

 「納得は出来ないか。今はそれでいい」

 

 白虎曰く、ユーロピアの勝利は端から分かりきっていた。

 ルルーシュ同等か超える様な指揮官や軍師はレイラ以外には見当たらず、“亡国のアキト”開始前だからヴェルキンゲトリクスは存在せず、紅蓮弐式やラクシャータが合流した事で性能で圧倒出来た。

 知略でも技術でも勝っている。

 手加減をしないルルーシュにとってこれほど有利な状況は存在しない。

 

 「さぁ、行くぞ副官殿。彼ら(・・)を待たせる訳にはいかないからな」

 

 誰にも見えない事を理解した上で、歪んだ満身の笑みを浮かべる。

 見世物も佳境。

 クライマックスが見えてきた。

 

 嗤う。

 ようやく出し物は終焉を迎え、新たな世界を進める事を思い描いて…。



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第35話 「超合集国の為にやるべき事」

 中華連邦領黄海に浮かぶ潮力発電用の人工島“蓬莱島”。

 サクラダイトに依存しない自然エネルギー精製所として作られたこの地に、皇 神楽耶は降り立った。

 現在蓬莱島には多くの国を代表する大物たちが集まっている。

 と、言うのも日本国が発起人として構想した超合集国憲章に参加しようと名乗りを挙げて前交渉の為に訪れているのだ。

 超合集国というのは原作に出てきたゼロが提案した対ブリタニアの枠組み。

 各国バラバラの軍事力を超合集国と契約した軍事組織“黒の騎士団”に集めて指揮系統の統一を行い、民主主義の下で採決は多数決にて、黒の騎士団の派遣から超合集国の大小問わない議案を取り決める。

 それらを原作知識で得ていた白虎が提案し、ようやく為そうと動き出したのだ。

 対して各国の反応としては、日本国一国が騒いでいるのならよほど美味しい話でなければ無視していただろう。

 しかし、その話に中華連邦とユーロピアで名を挙げた英雄のゼロが参加するというのだから無視は出来ない。

 是非を問う前に話だけでもと急遽集まり、連日のように会議が予定されている。

 中にはユーロ・ブリタニアによって祖国を追われた王族や国家元首なども居り、ブリタニアに敵対している三国が集まっている事から藁に縋るような思いで駆け付けた国もある。

 

 それらを纏めるべく白虎より交渉を一任され、皇 神楽耶は篠崎 咲世子と共に会合場所へと向かっている。

 会合場所である防音を施した一室にはユーロピアの英雄ことゼロと、中華連邦の最高責任者となった天子を支える武官の黎 星刻が先に入室して待っていた。

 時間には遅れてはいないが待たせてしまった事から、軽く頭を下げて謝罪の意図を見せる。

 

 「お待たせしてしまったようで」

 「いや、時間通りだ神楽耶殿」

 

 問題ないと言わんばかりに席を示され、求められてない謝辞もそこまでにして話を進めようと席に着く。

 この三人が顔を合わせたのは、これより集まった各国に都合の良いように話を通して、これより白虎が行おうとしている計画をスムーズに進ませる為の打ち合わせ。

 その為には、超合集国の採決で行われる多数決で過半数以上を会得する為に、各国代表を取り込まねばならず、この三人はそれらを全て担う事になっている。

 

 「早速だが話に入ろう」

 「今後の予定も考えると時間が惜しいですからね」

 「一番の問題はユーロピアだが、そちらに対しては何か方策はあるのかゼロ?」

 「集まったユーロピア勢の大半は、ユーロ・ブリタニアに恨みを持つ者。なら餌をぶら下げるだけで、こちらの条件は飲むだろうな」

 

 自信満々の答えに星刻は渋い顔を浮かべ、神楽耶はくすくすと嗤う。

 二人共ゼロが餌と称したモノが何なのか察したのだが、考え方の違いは表情を見るに明らかだ。

 特に神楽耶などは白虎に似たような笑みを浮かべているので、碌でもない事はその笑みから明白である。

 

 「本当にやる気があるのか?」

 「勿論だとも。寧ろソレで世界の平和が手に入るのだから安いものだろう」

 「餌とされるユーロ・ブリタニアには悲劇でしかないがな」

 

 そう、ゼロはユーロピア各国を味方にする為に、ユーロ・ブリタニアを生け贄にすると言っているのだ。

 ユーロピア各国が超合集国に加盟すれば、当然ユーロ・ブリタニア打倒は提案されるだろう。

 だが、神楽耶を含めた三人は打倒や追い払うのではなく生け贄(・・・)にしようと言う。

 世界を平和にしようと思って今までの憎しみや恨みを全て水に流して皆で手を取り合いましょう………などとほざいた所で、本当に憎しみ合った者は簡単には手を取らない。取ったとしても内心憎しみがぐつぐつと煮え滾り、いつ爆発するか分からなくなる。

 こういう場合には捌け口を用意してやれば、表面上は納得出来ずとも内心では納得してしまうもの。

 つまり、ユーロピアをユーロ・ブリタニアから奪還すると同時に世界の憎しみの捌け口になって貰おうとしているのだ。

 きっと血で血を洗い流す殺戮劇が繰り広げられるだろう。

 殴殺、撲殺、絞殺、銃殺、拷問etc.etc.

 ありとあらゆる暴力的行為が行われ、それら全てが黙認される…。

 

 「怖い話ですこと。ユーロ・ブリタニアは世界平和の礎に殲滅されるのですね。酷く可哀そうで残念な事です」

 「そう思うなら、せめて泣く演技でもされることをお勧めするが」

 「まるで小さな白虎を見ているような笑みだな」

 「お褒めの言葉ですわ」

 

 褒めてないのだがと言いかけた口を閉じて、呆れた視線だけを向ける。

 

 「とりあえず、超合集国の議題第一号辺りでユーロピアへの派遣を議題にあげるとして、これでは半分の賛成を得るには少ないでしょうか」

 「ユーロピアは私が請け負うのだ。他はそちらで対応して欲しいものだが?」

 

 ゼロの言う事は最もだ。

 効果的だと思われる餌があろうと、国と国の交渉と言うのはそう簡単なものではない。

 利益は勿論だが、国民からの支持に国としての在り方や方針、歴史などが入り込んで入り乱れる。

 ゼロと言う名を使い、餌をぶら下げ、高い交渉能力が無ければ到底熟せない事であることは事実。

 そんな交渉事をゼロ一人でユーロピアより来た代表一人一人に行うのだから、

 

 「畏まりました。残りは私と星刻様で何とか致しましょう」

 

 同意見の星刻は大きく頷いて同意するが、何処か表情は曇っている。

 それもその筈。

 白虎の計画である超合集国憲章にはクリアしなければ難題があるのだ。

 交渉が上手く言ったところでソレさえ揃わなければ計画は頓挫し、世界平和への道は何十年も先の話になるか水泡に帰すだろう。

 

 「しかし問題は()を連れてこれるかどうかだな」

 

 不安を口にしたところ、神楽耶だけでなく控えていた咲世子までもクスリと嗤う。

 心配など無用だという態度にゼロも見えないが微笑む。

 

 「ご安心を。すでに白虎が迎えに向かっております。優秀な誘導係も居ますので万事上手くいくかと」

 

 枢木 白虎の名前に妙な安堵と変な不安も覚えながら、三人は話を詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 オデュッセウス・ウ・ブリタニアは疲れ果てていた。

 元々争いごとが得意ではない彼は、父親であるシャルル皇帝が亡くなってから戦乱極まる神聖ブリタニア帝国を背負う立場に無理にでも押し上げられた。

 長男で皇位継承権第一位、そして皇帝不在時には代行とされてきた事から当然の流れ。

 しかし人には向き不向きがあり、オデュッセウスには現状のブリタニアは扱いきれるものでは決してなかった。

 自他ともに気付いているのでギネヴィアやシュナイゼル達が率先して手を回しているが、日本に中華連邦、ユーロピアに反ブリタニア勢力の活発化などでまったくもって手が足りない。

 責任は重大で責務は超過。

 さらに皇帝不在の長期化は不味いという事で、つい先日即位式が執り行われて正式に皇帝となった……いや、なってしまった。

 

 牽制してくる中華連邦に勝利を重ねるユーロピア共和国連合、そして何かしら動いている日本国。

 問題は山積みで、それらすべての責任を負う立場となった事に、気持ちが重く沈んで自然とため息が漏れる。

 

 「兄上、ご気分が優れませんか?」

 

 各国との交渉に連日追われて相当疲弊しているであろうシュナイゼルが、精いっぱいの笑みを浮かべて気遣ってくれる。

 その気遣いだけで心がほんの少しだけでも安らぐ。

 今日の予定だってそうだ。

 シュナイゼルが私の仕事の一部を請け負って無理やりに時間を作り、ちょっとした気分転換にクルージングは如何ですかと誘ってくれたのだ。

 車が軍港に到着して停車すると、車内より出てゆったりと落ち着いた気持ちで太陽の日差しをめいっぱい浴びる。

 ポカポカとした陽気をただただ感じれるだけの余裕がなかった事から、それすらも心地よい安らぎを感じる。

 クルージング用に用意された船に、SPにしては些か不審な人物が視界に入り、眉をひそめた。

 

 「彼は誰だい?」

 「あぁ、彼はマオという諜報に優れた仲間(・・)ですよ。護衛の一人でもあります」

 「護衛…ねぇ…」

 

 サングラスで視界を隠し、口元はニヤつき、身体は長身痩躯で鍛えている様子はない。

 ついでに言うとヘッドホンを付けている様子から、周囲への警戒もしていないように見える。

 本当に護衛なのかと疑いの眼差しを向けるが、シュナイゼルがそう言うのならそうなのだろうとタラップを駆けあがる。

 船をゆっくりと港を離れ、護衛の為の小型船舶と共に沖合へと向かう。

 涼しい潮風を受けながら、日々の皇務を忘れて穏やかな一時を味わう。

 このような時間が続けば楽で良いのに。

 そのような想いを抱きながらクルージングを楽しんでいると、シュナイゼルが隣に並んで同じく海を眺めながら口を開いた。

 

 「敵対関係にある国々と和解でき、争いの絶えないブリタニアが平和になれるとしたら――――どうします?」

 「それは良いね。まるで夢のようだよ。出来ればそれが実現できれば良いのだけど」

 

 穏やかな海を眺めながらシュナイゼルの問いかけに何気なく答える。

 それが良かったのか悪かったのかは、今のオデュッセウスが要る由はなし。

 ただ解答がどれであれ、結果は変わらなかっただろう。

 

 「そうですか。なら―――カノン」

 「畏まりました」

 

 そう答えたカノンは懐より携帯端末を取り出し何処かに連絡をした。

 すると護衛に出てきた小型船舶の後方が爆発して速度が落ち停止。

 一体何事かと驚きながら眺めていると、急に速度を上げて沖へと向かって進みだした。

 驚きと混乱の中で余裕のある笑みを浮かべるシュナイゼルの横顔が映った。

 

 「どういうことだいこれは?」

 

 青ざめるオデュッセウスにシュナイゼルは微笑むを向ける。

 その瞳は妙に赤みを帯びているように見え、奇妙な違和感を与えてきた。

 

 「安心してください兄上。これもブリタニア、ひいては世界平和につながる行為です」

 

 ニタリと嗤うシュナイゼルに一抹の不安を抱きながら、オデュッセウスは今まで成果を上げ続けてきた優秀な弟を信じて抵抗することなく従う。

 ………その後、皇帝を追うべく出向した駆逐艦と巡洋艦が正体不明の敵により撃沈されて、神聖ブリタニア帝国は全軍を挙げて奪還すべく行動を開始するのであった。

 

 

 

 

 

 

 日本国は戦乱続く世界に平穏をもたらす案として超合集国という連合体を生み出そうとしている。

 その為には絶対必要なピース―――神聖ブリタニア帝国皇帝の身柄。

 とてもとても簡単に手に入るような品物(・・)ではないが、是が非でも手に入れるしかない。

 枢木 白虎は日本国に最低限の海上戦力と、超合集国の会合場所である蓬莱島防衛の為に戦域護衛戦闘艦天岩戸と戦域護衛支援艦を残し、残りのすべての日本海軍戦闘艦艇を集結させた。

 高速巡洋艦三笠のブリーフィングルームには各艦の艦長や白虎に召集された者が集まり、これより行われる作戦のブリーフィングが行われていた。

 

 白虎はスザクを護る為に、おまけで日本をエリア11と呼ばせないように兵器を用意し、邪魔者は排除してここまでに至った。

 すでに現状で神聖ブリタニア帝国は以前の様な絶対的な強者としての高みから引き摺り降ろされ、疲弊したまま不利な状況で戦線維持に努めて余力はない。

 多くの人が今こそ攻めればブリタニアを倒せると思っている。

 だが、それは間違いで、倒し切れるだけの力を世界は持ってはいない。

 

 中華連邦は天子を頂点に、星刻の成果もあって生まれ変わったが、実状内乱を恐れて大規模な遠征は不可能な状態だ。

 表立って天子や星刻に敵対していた勢力は叩き潰して纏め上げた様に見えるが、表に出していないだけで同様の考えを持っている奴が影に潜んで巣食っている状態。

 原作ではシュナイゼルがそういう奴らを交渉で取り込んだために色分けがし易かったが、内戦が続くことを恐れた白虎が手駒にしたシュナイゼルにさせなかったので、中華連邦はいつ爆発するか分からない不発弾を抱え込むことになってしまった。

 こんな状態でブリタニアへの侵攻作戦をしたところで、隙を伺っていた連中が暴れ出して中華連邦そのものが瓦解しかねない。

 

 ユーロピア各国はルルーシュの協力もあってユーロ・ブリタニアに対して優勢に事を成してはいるが、超合集国に加盟させる為に分裂させたり色々したせいで、自国防衛とユーロ・ブリタニアの相手で手一杯。

 分裂させなかったらと考えもしたが、ユーロ・ブリタニアを叩けたとしてもすでに兵力の多くを失い、疲弊していたユーロピア共和国連合にブリタニア本土進攻などの力はなかったろう。

 

 最もブリタニアを苦しめているのは、草壁率いる解放戦線などの反ブリタニア組織が積極的な攻勢をかけているおかげ。

 しかし正規軍と違って補給もままならず、資金振りも支援頼みの彼らに長期に渡る攻勢は不可能。

 現在攻勢が行えているのも、ため込んでいた資金に物資を放出するかのように使っているからに他ならない。

 後二年…否、一年もしない内に主だった活動が出来ない程になってしまうと予想される。

 

 最後の綱とされるは戦線を抱えず、自由に動けて、戦力を保持している日本国だが、極東の島国一国が大国のブリタニアに侵攻しても制圧できる見込みはない。

 ランスロットと紅蓮でナイトメアの性能で圧倒は出来るだろうが、それ頼みになれば疲労は堪り、機体の破損や損傷、劣化が激しく、専用パーツばかりの二機は補給が苦しくなる。

 それ以前に敵がそれを理解すれば、空爆や砲撃、暗殺でスザクとカレンを直に狙ってくるのは目に見えている。

 スザクを護る為の行動なのに、スザクを失ってしまうような作戦を立てれば本末転倒だろう。

 

 ゆえの超合集国憲章なのだ。

 原作ではブリタニアと反ブリタニアを分けた構図となったが、白虎は超合集国の枠組みにブリタニアを端から納める気でいる。

 ブリタニアが疲弊して皇帝が温和なオデュッセウスだからこそ行える策。

 彼ならば現状打破出来るなら協力してくれる。

 希望的観測ではない。

 何故なら彼は周りの意見に流されやすく、優秀な弟であるシュナイゼルに多大な信頼と信用を寄せている。

 頭脳明晰で人を操る事に関して高い交渉能力を持つ彼からの説得を受ければ、オデュッセウスは絶対に話に応じて来る。

 出来れば正式な手段で穏便に事を運べれば良かったんだけど、ブリタニアに正式に話を通したところで聞き入れてくれる筈はない。

 なので誘拐作戦を敢行した。

 ブリタニアが超合集国に加入する為には、後入りは絶対に避けたいところだ。

 何故ならば、今まで仕出かして来た事柄から、加入を認めるか否かの多数決で絶対に反対多数になるのが目に見えている。

 入れたとしても到底許諾しかねる条件を付け加える。

 そうなればブリタニアも入ろうとせずに、意地になって戦闘を激化させる可能性が出て来る。

 これらを考えると、多数決で加入を決める前の段階から参加させるほかない。

 多くの国家元首も参加する式典に間に合わせて、オデュッセウス皇帝に加盟の宣言をさせる。

 名ばかりの皇帝でもその宣言さえすれば、過激な連中を除いたブリタニア人は皇帝の決定に従う他ない。ただ加入が決まる前に奪還しようと動くだろうけどな。

  

 まず作戦の第一段階としてシュナイゼルとカノン、そして省庁近くを歩くだけで機密事項を入手していたマオにより、ブリタニア本国よりオデュッセウスを連れ出す。

 その際に急ぎブリタニア海軍が出向して追って来るだろうが、それに対してはすでにステルス潜水艦白鯨型を三隻差し向けてある。爆雷を詰んだ対潜装備の大艦隊と戦えば、さすがの白鯨型も海の藻屑と消えるだろうが、急遽発進して艦隊もくそもない艦艇など恐れるに足らず。

 オデュッセウス皇帝を乗せた船舶と日本艦隊が合流し、超合集国発足会場となる蓬莱島に向けて進めばよい。

 しかしそんな事をさせまいと、ブリタニアは全力で阻止しようと艦隊を向かわせてくるだろう。

 ゆえに艦隊を四つに分ける。

 三笠を旗艦とした第一艦隊は真っ直ぐ蓬莱島へ。

 大和を旗艦とした第二艦隊はハワイのブリタニア駐留艦隊に攻撃し、オーストラリア方面から蓬莱島へと遠回りする。

 第三艦隊は左回りするかのように進路を取った第二艦隊の逆で右に回り込む形で進み、最後の艦隊と言うか鳳翔のみは飛行して日本上空を通って向かう最短コースを取る事になっている。

 尚、本命のオデュッセウスがどの艦に乗艦しているかは白虎を含めた一部にしか知らせてはいない。

 

 「てなことで質問ある奴おるか?」

 

 集まった艦長や佐官クラス、白虎が信用に足ると思っている人物たちが沈黙する中、玉城が恐る恐る手を挙げた。

 この時、集まった者達全員は同じ疑問を持っていただろう。

 重要な作戦を話していたというのに、全員の視線は部屋の片隅にちらちらと向けられていたのだから。

 当然ながら気付いていた白虎は、知らないように振舞う。

 

 「はい、玉城君」

 「ブリーフィングが始まった時から思ってたんだけどよ。アイツ誰だよ?」

 

 さも当然のように参加していた十代半ばの少年と、少年より幼い子供というこの場に似つかわしい二人に全員の視線が注がれるが、両者とも白虎同様まった気にした様子もなく、ただただ作戦資料を眺めている。

 

 「紹介が遅れたな。えっと、俺を殺そうとブリタニアより差し向けられた暗殺者のロロ…改めシャル(・・・)君と、お兄さんのV.V.君だ。皆、宜しくねぇ~」

 「良いのかよ!命を狙った相手なのに!?」

 「使えるもんは使わないと。と言っても、彼らにはオデュッセウスの護衛を任せようと思う」

 「そんな子供に?」

 

 朝比奈の当然の問いにムッと表情を歪ませるV.V.。

 それを白虎が制して困ったように笑う。

 

 「シャル君は強いよぉ。ここにいる全員を瞬きする前に皆殺しに出来るぐらいに」

 

 嘘は言っていない。

 なにせギアスを使用されて体感時間を止めている間に銃でも使えば、瞬きする間に皆殺しに出来るのだから。

 説明したところで信じて貰えないからそれ以上は言わないけど。

 

 ちなみにロロの名前がシャルに変更したのはV.V.を精神崩壊に漬け込んだツケだ。

 何しろ精神が崩壊した事を良い事に、ロロを弟と認識させて扱いやすくしたまでは良かったのだが、V.V.の弟=シャルル・ジ・ブリタニアなので、それがロロだと精神保護の為に誤認識しているV.V.には疑問が生まれ続ける。

 そこでロロの名前をシャルに変更したのだ。

 さすがにシャルルと呼ぶと巻き毛の顔がチラついて違和感があったので、一文字省略したシャルにしたが問題はなかったようだ。

 

 嘘だと思いつつ、真面目に答えた白虎からあながち嘘でもないのだろうと認識した彼らは、それなら隣の幼い子供は何なのだろうと視線を向ける。

 勿論正確に答えないが、省略した役割ぐらいは答えてやる。

 

 「それとV.V.は肉壁として優秀だから」

 「盾にすることを前提に話を進めないで下さい」

 「殺されても死なないだろう?」

 「痛いものは痛いからね」

 

 ロロ(シャル)に向ける穏やかで優し気な瞳から急に冷めた視線へと変わり、言葉と共に視線が突き刺さる。

 それもそうかと肩を揺らし、ブリーフィングの続きを口にする。

 

 「第二艦隊の総指揮は藤堂に任せるよ。足の遅い艦隊だから敵の集中が予想されるので、俺の大隊とスザクとカレンも付ける。四聖剣の面子も第二艦隊所属でヨロ」

 「………いや、私は第一艦隊への配属を希望したいのだが」

 

 割って入った仙波に視線を向けると、困ったような笑みを浮かべられた。

 ちらりと見渡すと藤堂も似たような表情をしていたから、藤堂と仙波だけは察した(・・・)のだろう。

 断って口を割られたら後が厄介な事になるか…。

 

 「なら俺の補佐を頼もうか。老人と若者合わせて一人前ってところだろうからな」

 「はっはっはっ、であれば有望な若者を頼らせて貰いましょうかな」

 

 仙波の冗談に合わせて不敵に笑う。

 内心では謝罪と感謝の言葉を抱きながら…。



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第36話 「姉妹…」

 ハワイ近海。

 ブリタニア領ハワイには太平洋を監視・警戒して、大規模なブリタニア駐留艦隊が存在していた(・・・・)

 していたと過去形になっているのは現在はそこまでの艦艇が駐留できない状況にあるからである。

 白虎がシャルル皇帝を亡き者にした後、神楽耶率いる艦隊がブリタニア艦隊迎撃のために戦闘を行い、勝利を収めると同時に手薄になっていたハワイ駐留艦隊軍港を砲撃して大部分を破壊された為だ。

 しかし太平洋と言う海洋をフリーにしておくほど危うい事もないので、仮施設を急遽建設してそれなりの艦隊は配備させてはいる。

 正直八八艦隊を含めた日本艦隊で挑めば圧勝とまでもいかないまでも、被害は少なく勝利を収めることは容易であろう。

 容易ではあるが現在白虎はブリタニア皇帝の誘拐作戦を敢行し、時間との勝負に追われている。

 時間が掛かれば掛かるほど追跡の手は伸び、超合集国の発足予定期日を過ぎてしまう可能性すらあり、勝てる相手だからと言って放置して時間稼ぎに攻撃を仕掛けられても厄介極まりない。

 ゆえに第二艦隊は二度目のハワイ軍港攻撃命令を受け、今まさに戦端を開いたのであった。

 

 「全艦第一種戦闘態勢!」

 

 第二艦隊の総司令官に任命された藤堂 鏡志郎少将は旗艦である大和型超弩級特務戦艦大和より命令を下す。

 各日本艦艇は命令に従って行動を開始する。

 敵は少数なれどやたら無暗に戦力を失う事を良しとはしない。

 出来るだけ多くの者を日本へ返す役目も藤堂は背負っていると認識している。

 

 「先遣艦隊がブリタニア艦隊との戦闘に入りました!」

 「向こうも小手調べか。ブリタニアの主力は?」

 「我が艦隊主力へ向かって進行中です」

 「紅月君の隊を先遣艦隊の援護に向かわせ早々に突破を図る。その間主力艦隊には遅滞戦闘を徹底させ、先遣艦隊との挟撃に持ち込む」

 「空母より無頼の発艦許可を求めておりますが…」

 「まだだ。虎の子を無暗に消費することは白虎の望むところではないだろうからな」

 「では待機したままで?」

 「今はそうだ。挟撃体制が完了し次第出撃命令を下す。それまで待てと伝えろ」

 

 これで最小限の被害でハワイ駐留艦隊を片付けれる筈だ。

 水上戦闘用の無頼は艦船の懐に入りすれば一騎で戦艦や空母を落とす事も可能であるが、長距離から突っ込むとなると格段に射程の長い艦の方が有利。下手をすれば辿り着く前に全滅しかねない。

 攻撃は牽制に留め、回避運動を行う主力艦隊。

 被害は今のところ少ないが時間が経てば経つほど増えるが、そこは先遣艦隊――いや、カレンが解消してくれるだろう。

 先遣艦隊上空をフロートユニットを装備した紅蓮弐式が飛行しブリタニア艦隊に急接近する。

 無論接近させぬように弾幕が張られるが弾雨の中をすり抜けるように躱して、巨大な腕が艦橋に叩き込まれて潰れた。

 日本軍の人型自在戦闘装甲騎の中で最上位に位置する機体に、常人をかけ離れた操縦能力を有するパイロットの一人であるカレンにしてみればこれぐらいの弾雨など問題はない。

 次々とブリタニア艦に取り付いては艦橋やエンジン部を破壊して指揮能力か航行能力を奪い去っていく。

 中には輻射波動にて内部より吹き飛ばされた艦艇も見受けられる。

 たった一騎のナイトメアに隊列を崩され、空いた隙間に先遣艦隊とカレンに預けたフロートユニットを付けた月下隊が突っ込み、食い破るように敵艦隊を蹴散らして行く。

 敵艦隊を突破した先遣艦隊はそのまま敵主力艦隊後方へ向かい、ナイトメア部隊は戦闘可能なブリタニア残存艦への最小限の攻撃を行って合流を急ぐ。

 こういう時に至って白虎が恐ろしく感じる。

 紅蓮弐式やランスロットなどの世界各国のナイトメア技術に格段の差を持つ機体に、ブリタニアでいうラウンズ級のカレンやスザクにいち早く目を付けたり、何処まで先を見据えて行動をしていたというのか。

 おかげで一騎当千と実際にはあり得ない力を持った一騎のナイトメアによって犠牲も少なく艦隊戦に決着が着くのだから有難い話なのだがな。

 

 「挟撃体制が整いました!」

 「攻撃開始。無頼全機発艦。同時に千葉、朝比奈、卜部に白虎大隊の飛行可能な月下隊に頭上を押さえさせろ」

 

 先遣艦隊と紅蓮弐式を含めたナイトメア部隊が後方から襲い掛かり、正面で牽制と回避に専念していた主力艦隊が攻勢に転じ、左右と頭上からナイトメア部隊が襲い掛かる。

 ブリタニア艦隊も必死に攻勢に出るが、四方を囲まれた上に上空を押さえられればあの艦数であれば逆転は難しいだろう。

 あちらは任せ、藤堂は先遣艦隊にも主力艦隊にも含めなかった旗艦大和などの弩級戦艦八隻と少数の護衛艦を連れて軍港を射程に収めようと近づく。

 駐留艦隊は出払い大和を止めるだけの艦は無し。

 けれども航空部隊は別だ。

 軍事施設に設けられた滑走路に停めてあった戦闘ヘリ部隊が飛翔する。

 

 「敵航空機隊が本艦に向けて接近中!」

 「護衛機を発艦させろ。対空戦闘用意!!」

 

 ここには戦域護衛戦闘艦天岩戸は居ない。

 あの絶対的な防衛システムが無くて少々心許ないが、代わりに今は空戦ナイトメア隊がここに居る。

 甲板に立たせていたフロートユニット装備の月下とスザクのランスロットが飛び立つ。

 向かってくる航空機隊に比べれば数こそ劣るが、ナイトメアは小回りが利き、護衛機として配備された月下は急いで配備された初期型ではなく後期型。

 これは(後期型)アニメで言う“R2”で登場する暁の武装である内蔵型機銃を装備させ、今までの戦闘データから機体能力の向上させた機体となっている。

 小回りが利く上にアサルトライフルとハンドガン合わせれば四基の砲身が一斉に火を噴いて一機で弾幕を張れる。

 それが護衛機として一個中隊居るのだから航空機隊にとっては弾雨の嵐だろう。

 白虎はもっと数を揃えたかっただろうが、戦闘データを収集して急ぎ作った機体だけあって生産数は少なく、ここにある一個中隊のみ。

 

 「護衛部隊が戦闘を開始。戦況はこちらの優勢です」

 「監視は緩めるな。一機でも見落とすなよ」

 

 一応口にしたものの、突破できる者など居る訳もなし。

 月下だけならあり得たかも知れぬが、スザクが操る常識場慣れした戦闘能力を発揮するランスロットを戦闘ヘリごときで突破できるわけがない。出来たとすればそれは正真正銘の化け物であろう。

 なんにせよ敵機が来ない内に決着をつけるべく藤堂は命令を下す。

 

 「主砲装填。目標ブリタニア領ハワイ沿岸部にある軍事施設―――撃ち方はじめ!」

 

 大和を含んだ超弩級戦艦八隻の主砲一斉射が再びハワイ・ブリタニア軍港に降り注ぐ。

 一撃で戦艦をも沈める世界最大の主砲の斉射によって施設は破損するどころか、地面を抉って周辺ごと消滅させる。

 主力艦隊は挟撃にて半壊。

 分艦隊は壊滅。

 駐留艦隊基地司令部及び軍事施設の消失。

 残存ブリタニア艦隊が戦意を失うのには充分すぎる戦果だったのだろう。

 投降や降伏の申し出をしてくる通信が入り、藤堂は警戒しつつ武装解除するように勧告し、艦隊には敵味方問わずに救援するように命令を出す。

 かなりの時間を食うが問題ないだろう。

 この艦隊は急ぐ必要がないのだから。

 

 それより藤堂はこの後の事を考えると気分が滅入る。

 これから先に第二艦隊が戦闘を行う事は無いだろう。

 何故ならこの艦隊は注目されようとも、唯一ブリタニアが手を出す事のない艦隊なのだから。

 

 第二艦隊はハワイ攻略後はオーストラリア方面に進み、そこから大きく回り込むように中華連邦の蓬莱島に向かう。

 ただでさえ距離のあるコースに加え、足の遅い空母群と弩級戦艦が配属されて艦隊の航行速度は酷く鈍っている。

 囮として使うのであれば高速巡洋艦三笠や足の速い船舶で第二艦隊を固め、大和などの足の遅い艦は最短コースを航行する第一艦隊に配置すべきだ。

 それらをこちらに回したという事は目は引かせるが、囮として敵を引き付ける役目は与えないという事なのだろう。

 

 ブリタニアが日本に侵略した戦争で白虎が挑んだ東京決戦。

 奴は少ない兵力で決戦を戦った。

 しかし奴は全兵力を用いて戦った訳ではなかった。

 俺が指揮する当時最先端の鹵獲したナイトメアを扱う部隊や疲弊したとはいえまだ力を残していた海軍。

 白虎は己の命を賭けて博打を大抵は打つが、大事な局面では保険をかけたがる。

 日本が敗れても芽を残すために残った海軍とナイトメア部隊を中華連邦へと逃がそうとしたように…。

 

 オデュッセウス皇帝を蓬莱島に連れていけなかった場合には、超合集国と神聖ブリタニア帝国との大戦になるのは必然。

 となれば日本の大半の戦力を失った超合集国で対抗できるかと言えば首を横に振るしかない。

 だから失敗しても日本海軍の主力艦隊とナイトメア部隊、優秀な人員を残そうとしているのだろう。

 全ては弟の枢木 スザクの為に…。

 

 藤堂はこの事をスザク、そしてカレンに告げずにいる。

 話せば必ず白虎の下へと駆けつけようとするのは目に見えている。

 それだけは絶対にさせれない。

 

 いや、後ろ向きだなこの考えは。

 白虎が簡単に失敗するとも思えないしな。

 

 

 

 

 

 

 第一艦隊旗艦三笠艦橋では枢木 白虎が忌々しそうに正面海域を睨む。

 作戦は犠牲を伴いながらも順調に進んでいた。

 ブリタニア本国からの追撃艦の妨害を行っていたステルス潜水艦白鯨型三隻は、意図を理解して最大限の戦果を出して沈んだ…。ほどほどで良いと言ったのに…おかげで第一艦隊は追撃艦隊の姿を見る事無く、予定以上に航行している。

 浮遊航空母艦鳳翔は作戦通りブリタニアの空母と航空戦力を引き付けてくれた。

 空を飛べて最短を進める鳳翔にオデュッセウスが乗っていた場合、追撃を失敗して逃げられれば二度と捉えることは出来ない。

 ゆえにブリタニア軍は鳳翔に向けて空母と航空戦力を集中して対応。

 空戦ナイトメアは第二艦隊に回したので数少ない戦闘ヘリと対空兵装で応戦したが、圧倒的なまでの数に成す統べなく海上に不時着させられた。

 乗っている可能性を考慮してエンジン部を狙っての攻撃を繰り返されたが、ブレイズルミナスでエンジン部は徹底して防御したので、そう簡単には落ちずにエナジー切れを起こすまで攻撃を集中され、切れるまでにかなりの時間を稼いでくれた。

 おかげでオデュッセウスを乗せた第一艦隊に鳳翔に向かった大規模な航空戦力と空母艦隊が追い付くことはなくなった。

 不時着した際には機密保持のために鳳翔は自爆。

 乗組員の多くを退艦させたと最後の報告を受けたが、ちゃんと国際法に則って捕虜として扱ってくれればいいのだが…。

 

 時間を稼いでくれた彼らに感謝の念を抱き、航行を続けていた第一艦隊だったが、ここでまさかのイレギュラーが発生したのだ。

 

 第一艦隊正面にブリタニア艦隊が展開している。

 誰かがこちらの意図を読んで待ち伏せしていたようだ。

 シュナイゼルをこちら側に引き込んだ今となってはそれほどの知将いるとは思えないのだが。

 

 「正面のブリタニア艦隊より通信が入っております」

 「モニターに」

 

 仙波を通して伝えられ、白虎は即座に返す。

 モニターの映像が変わり、とある人物が映し出された。

 その人物を見るや否や目を丸くして驚きを表情に出してしまった。

 

 『貴様でもそのような表情を浮かべるのだな』

 「そりゃあ驚くよ。まさかコー姉に先読みされるなんて」

 

 予想外ではあったが可能性が一番高い人物(キャラクター)

 懸念はしていたけどもまさか彼女が来るとは思いもしなかった。

 これは見逃した俺の落ち度か…。

 驚いた表情から余裕を持ったものへと変えたものの、嘲笑う様にコーネリアは笑う。

 

 『逆だ。貴様は捻くれているから逆に読めやすい』

 「読めやすいだって?」

 『枢木 白虎の名は囮として十分に役立つ。手薄で目立つ人物が乗った艦隊など囮に決まっている――――が、だからこそ一緒に乗せているのだろう?』

 

 一瞬の沈黙。

 正面からコーネリアが、横からは仙波が白虎の顔を伺う。

 英雄とまで呼ばれて今まで敗北は無し。

 神聖ブリタニア帝国にたった一人でありながらも脅威判定された人物が、解かり易いと馬鹿にされたのだ。

 当然ながら天才だろうが凡人であろうが馬鹿であろうが大事に抱く誇りや想いというものが存在する。

 仙波は危惧した。

 負け無しで英雄と呼ばれた人物が、策を読まれるという指揮官としての初めての敗北と挑発により乱れるのではないかと。

 コーネリアは楽し気に笑みを浮かべる。

 あのいつも太々しい笑みを浮かべた白虎がどのような反応を見せるのかと楽しみで仕方がない。

 対して白虎は俯いて肩を震わしていたが、急に顔を上げて笑い出した。

 

 「フッ、あははははははは。参った参った。まさか移動ルートとかでなく俺の性格で当てに(・・・)来るとは。いつからブリタニア皇女様はギャンブラーになったんだか」

 『今ならベガスで大当たりしそうだな』

 「なら今度スザクとユフィ連れて行ってみるか?誰が一番当たるかな――――面白そうだろは思わないかい?」

 

 戦闘がいつ開始されるか分からない状況下で笑い合う二人。

 しかし白虎は振り向いた先より現れた人物に今度はコーネリアが驚きの表情を浮かべる。 

 そう…白虎は捻くれている。

 ならばこういう手も予測していなければならない。

 

 「お姉さま…」

 『ユフィ…』

 

 奥よりユーフェミアがモニター前に歩み、コーネリアと対峙する。

 別にコーネリアが出てくることを予想して乗艦して貰った訳ではない。

 神聖ブリタニア帝国軍人であれば皇族と言うのは絶対的な象徴で自分達が忠誠を向けるべき対象。

 それが乗っているとすれば普通は手は出せない。

 日本国には公では三名のブリタニア皇族がいるが、過去にブリタニア皇帝に捨てられたクロヴィスでは効力は低く、ナナリーの場合は後でルルーシュに殺されそうなので(コードのおかげで死なないが)止めた。

 ……まぁ、ユフィの場合はスザクの回転蹴りを喰らわされるかも知れないが、その程度なら受けよう。

 

 「お願いですお姉さま。道を開けて下さい」

 

 モニターを見上げながらユーフェミアはコーネリアの瞳をしっかりと見つめ、しっかりとした口調で話し始める。

 ユーフェミアには連れてきた理由は“相手を説得して少しでも無暗な戦闘を避ける”と伝えており、ソレは彼女の望むところで応じてくれているので是が非でも交渉を成功させる気でいる。

 それが例え大切な姉であろうとも一歩も引かずに。

 

 『それは出来ない。出来る筈がないだろう』

 「それはお姉さまの意志ですか?それともブリタニア軍人としてですか?」

 『…両方だ』

 

 コーネリアの心情は透けて見えるようだ。

 ユーフェミアが出てきた事で非情に攻撃を仕掛ける事は出来ず、かといって見逃す訳にもいかないと意志と責任の板挟み。

 平常心を保っているようで眉や口元がぴくぴくと僅かながら動いている。

 

 『皇帝を誘拐しておいてそれを見逃す事は出来ない』

 「けれどオデュッセウス兄様は白虎さんの考えに同意し、自らの意志で超合集国の参加を決めたのです!悲惨な戦争の幕がようやく下り、これでようやく世界が平和になるのですよ」

 『それでも私は…ブリタニア軍人として』

 「でしたら私も討ちますか?帝国の敵として」

  

 凛とした態度でしっかりと瞳を見つめ力強い問うも、僅かに感情が出て手が震えている。

 不安や怯えなどの感情が彼女の心と感情の中で入り混じっている事だろう。

 なにせ今まで喧嘩どころか意見すらぶつけてこなかった少女がこんな大舞台で真っ向から対決しているのだ。

 震えるのも当然である。

 けれど心はブレる事無くコーネリアに真正面よりぶつけた。

 

 「私は一歩も引きません。お姉さまが立ちはだかるのだとしても一歩も下がりません!」

 

 ユーフェミアの想いの籠った一言にコーネリアがたじろぐ。

 心の底から白虎は驚いていた。

 世間知らずのお嬢さんだと思い込んでいた少女が、震える気持ちを拳を握り締め我慢し、真っ向から意見したのだ。

 義妹となるであろうユーフェミアの成長を喜ぶと同時に、少しでも手を緩めさせようと本人を騙して利用した事に若干良心に響く。

 予想ではシスコンのコーネリアの決断力を鈍らす程度だと思っていたが、これはどちらに転ぶか分からない。

 もしかすると戦わずに済む事も…。

 若干の期待を胸に様子を眺めていた白虎は突如鳴り響いた警報に舌打ちをする。

 

 「何事か?」

 「後方よりブリタニア艦隊!」

 「――ッ、しまった…時間をかけ過ぎたか」

 「元帥、このままでは挟撃されます」

 「解っている!」

 

 最悪の状況に白虎は考えを巡らす。

 持久戦は確実に不利過ぎて不可能。

 殲滅戦は数的に不可能。

 艦隊の一部を捨て駒にして後方艦隊の足止めをして、残りで正面のコーネリア艦隊を強行突破――――無理だ。挟撃されている状況でこの策は見破られている可能性が高く、コーネリアがそれを馬鹿正直に見逃すとは思えない。

 考えろ、考えろ、考えろ…。

 

 『…ブリタニアは帝国だ』

 

 必死に思考を働かせていた白虎にコーネリアのぽつりと漏らした声が届いた。

 戦闘がこれから起きるというのにモニターでコーネリアと繋いでいては作戦を指示したとしても駄々洩れである。

 映像を切れと命じる前に二言目を呟く。

 

 『帝国とはつまり皇帝が支配し、統治し、君臨する皇帝の命を第一とする国家だ』

 

 何か迷っていたように俯いていたコーネリアが勢いよく顔を上げた。

 その瞳には熱いナニカが宿っており、強い意志を感じ取って命令を口に出すことなく停止する。

 

 『オデュッセウス皇帝陛下の意思(・・)の下、これより我が艦隊は日本艦隊に協力・援護する!』

 「お姉さま…」

 

 コーネリアの決断に呆気にとられる白虎。

 モニターの映像ではコーネリアの発言に驚く兵士以外に苦笑いを浮かべつつ、理解を示したギルフォードとダールトンが映し出されていた。

 

 『負けたよユフィ。私はお前と戦いたくはないからな』

 「ありがとうございます。お姉さま」

 

 穏やかな表情のコーネリアに今にも泣きだしそうなユーフェミア。

 姉妹仲が良いというのは喜ばしい事だ。

 っと、見惚れている場合ではなかった。

 我々は(・・・)敵と相対しているのだから。

 

 「全艦に通達!180度回頭!金剛型に防衛陣形に就くように言え!」

 「宜しいのですかな?コーネリア艦隊に背後を見せる事になりますが?」

 「馬鹿言え。俺が知っているコーネリアがケツを掘って来る(背後からの騙し討ち)訳がない」

 『信頼されたのは分かったが、もう少し良い言い方は無かったのか?…まぁ、良い。兎も角貴様との決着はまたの機会にさせて貰う』

 「ここを切り抜けても地獄か。せめて鞭でなく飴が欲しかったよ…」

 

 二人の冗談めいた会話に周囲の兵士は戸惑う。

 しかしながら白虎やコーネリアを知っているユーフェミアや仙波はくすくすと笑う。

 なんとも言えない雰囲気を漂わせた白虎は大きく息を吐き出すと、真剣な表情で命令を飛ばす。 

 

 「これより第一艦隊はコーネリア艦隊と共に敵艦隊の進行を(・・・)阻止する」

 『全艦戦闘態勢!!』

 

 ブレイズルミナスを展開できる金剛型四隻が最前線に位置して艦隊を護る形をとる。

 続いて枢木艦隊とコーネリア艦隊が左右に分かれて隊列を組んで追撃艦隊に砲を向けた。

 追撃艦隊もこの様子に面食らったが、確認の連絡を入れる事無く攻撃準備を行っている事から、どうも予想はしていたらしい。

 その反応からモブではなく名有のキャラクター…それも皇族だろうと銃を向けれる人物が率いていると見た。それが誰だろうと負ける気は全くしないがな。

 

 「タンク(・・・)切り離し用意。まだ用意だぞ。酸素注入器も何時でも外せるようにしておけよ」

 「追撃してきたブリタニア艦隊より通信―――オデュッセウス皇帝陛下の身柄の引き渡し、今すぐ投降すれば命だけは助ける―――だそうですが…」

 

 通信兵からの言葉に白虎はモニターに映るコーネリアと目を合わし、二人してニカっと笑う。

 そして二人同時に口を開いた。

 

 「『馬鹿めと言ってやれ―――馬鹿めだ!』」 

 

 返信すると同時に両艦隊の戦闘の火蓋が切って落とされた。



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第37話 「白虎の最期」

 枢木 白虎が指揮を執る日本海軍第一艦隊は待ち伏せをしていたコーネリア艦隊と共闘し、ブリタニア本国より追撃してきた艦隊を相手に艦隊戦を開始。

 敵味方共に速度を重視したために空母系は無く、ブリタニア艦艇には積み込みが間に合わなかったポートマンなどの海中用ナイトメアフレームは存在しない。

 代わりに日本艦艇にも水上戦闘可能な無頼が一機もないのだが、そこは現時点では何ら問題ない。

 要は単純な艦隊による対艦戦闘。

 日本海軍第一艦隊は高速巡洋艦三笠を旗艦に艦隊護衛戦闘艦金剛型四隻、軽巡洋艦四隻に駆逐艦十二隻の合計二十一隻。

 コーネリア艦隊は巡洋艦七隻に駆逐艦十五隻の合計二十二隻。

 対するブリタニア追撃艦隊は戦艦一隻に巡洋艦十二隻、駆逐艦三十隻以上と白虎・コーネリア艦隊とほぼ同数。

 戦力差は等しく、航空戦力も海中戦力も気にせずに砲と誘導弾での戦いであるならば手立てはある。

 

 白虎・コーネリア艦隊は金剛型四隻を最前線に配置してブレイズルミナスで防御しつつ、後に続く日本・ブリタニア艦艇が攻撃を加える形で艦隊を動かしている。

 高速巡洋艦三笠は軽巡洋艦四隻と共に後方待機。

 現在艦隊旗艦は金剛へと移されて、輸送用のヘリで移動した白虎にユーフェミアは艦橋にて戦場を眺めている。

 

 「面倒くせぇ…」

 

 ポツリと白虎はやる気なさげに呟く。

 砲撃音響く戦場であっても、艦橋内は緊迫して足音一つ良く響く。

 当然ながら白虎のつぶやきもその場の全員の耳に届く。

 

 「いつもの奇策や奇襲をしないのか?それとも今日は時間が無くて何も用意出来ないか?」

 「厭味ったらしく囀んな」

 

 海戦が始まってから距離をとっての撃ち合いしかしていない白虎に、コーネリアは内心飽き飽きしながら見つめていた。

 共同戦線をとったのは良かったが、異なる指揮系統を持つ指揮官が二人となれば隊列は乱れる。

 そこで今後の参考とお手並み拝見という事でコーネリアが総指揮権を白虎に譲ったのだ。

 他にも日本艦隊所属の日本兵はブリタニアに敵意を持っており、命令で共闘はするものの下になる気はさらさらないものばかり。比べてコーネリア艦隊はコーネリアやダールトンを慕う部下達を艦隊に乗せた為に、コーネリアの判断であるならばそれに従う意思があるとの事で、指揮権を一つにまとめるならコーネリアが折れるしかなかったというのもある。

 兎も角、総指揮権を譲ってわざわざ金剛に移ったコーネリアとダールトンは教本通り…いや、以下の命令しか下さない白虎にガッカリしていた。

 

 「正面の敵艦隊よりも後方より舐める様な視線がウザったいって言ってんの」

 「人の目を気にするとは案外と照屋なんだな」

 「そうだよ。英雄軍師様は繊細なんだ。心はガラス細工並みなんだから」

 「あら?ブレイズルミナスよりも堅いと思っておりました」

 「……意外と言うねぇ」

 

 クツクツとユフィの発言に笑う白虎。

 逆にコーネリアとダールトンはあの純粋無垢で優しいユフィが普通に皮肉を言う様になった事を嘆く。

  

 「頃合いか…三笠に伝達。酸素供給を停止してタンクを切り離せ。同時にソナーキル発射。全艦にソナーキル使用を通達。耳を潰されんなよ」

 

 命令通りに三笠の下部に取り付いていたタンク(・・・)―――ステルス潜水艦白鯨型一番艦が海底へと潜る。

 その痕跡を隠すようにコーネリアとの初の海戦時に使用したソナーを一時的に無力化する魚雷“ソナーキル”が放たれ、海中を搔き乱す。

 白鯨型はブリタニア侵攻作戦にも使用された潜水艦で、ハワイ・ブリタニア駐屯地攻撃にも参加している。

 ブリタニアは詳細こそ知らないものの、存在は知られている潜水艦はオデュッセウスを運搬する作戦に適している事は明らかで、最も警戒されるべき艦だ。

 されどその白鯨型はブリタニアの追撃艦艇を足止めする際に沈められ、ブリタニア海軍は潜水艦による危機感を和らげているだろう。

 沈めた潜水艦は三隻で、ハワイで導入された潜水艦は四隻だというのに。

 単体で大海原を突破する手もあったが、万が一にでも対潜艦艇に捕まってしまえば沈められる可能性がある。

 そこで三笠の下部に接続させることで潜水艦特有の駆動音で特定されぬように距離を稼ぎ、敵に第一艦隊が見つかった際には艦隊を囮にして逃げるという手段を用意したのだ。

 これでオデュッセウスはシュナイゼルと共に蓬莱島に辿り着けることだろう。

 

 「全艦に陣形を維持したまま後退させろ。全速力でなくていい。相手との一定の距離を保つぐらいで良いからさ」

 

 背後の期待の眼差しを感じながらため息を漏らす。

 策はあるにはあるのだ。

 ただ相手がどんな連中であるかを知らなければ効果は薄いものばかり。

 他の手立てもあるがどれもこれも相手に寄りけり。

 さてどうしたものかと頭を悩ませる。

 

 「私が説得してみます」

 

 ユーフェミアの言葉に全員の視線が集まる。

 先のコーネリアに対しての演説は見事な物だったが、今度の相手は皇族の有無に関わらず砲撃してくる輩だ。

 中には困惑して輪を乱せる可能性はあるにはあるだろうが…。

 策はあるものの、きっかけがなかった白虎はユフィの案に閃いた。

 

 「いいや、俺が話を付けよう。通信回線を追撃してきたブリタニア艦隊に」

 「話し合いでどうにかなるものか」

 

 即座に否定してきたコーネリアに白虎は首を横に振る。

 

 「殺し殺されの戦場であるが、言葉で何とかなるならその方が良いさ」

 

 なんとも穏やかな笑みと含みのある言い方をする白虎にその場に居合わせた一同が顔を歪める。

 これは絶対何かをやる気だな…と。

 

 

 

 

 

 

 ブリタニア追撃艦隊旗艦を務める戦艦“ルーカン・キャメラン”の艦橋にて、対峙している日本艦艇群を見てアーニャ・アールストレイムはほくそ笑む。

 否…彼女はアーニャであるがアーニャではない。

 マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。

 ルルーシュとナナリーの母親でシャルルの皇妃の一人で計画を成そうとしていた同志。

 計画に支障が出るとV.V.に暗殺されたはずであるが、彼女は自身のギアス能力で何とか生き延びてきた。

 そのギアスとは自身が死ぬことで他者に意識を移せるもの。

 死ななければ発動しないデメリットを抱えておきながら、人払いを済ませた深夜の離宮内で都合良く居合わせた行儀見習いのアーニャに取り付いたのだ。

 意識を表層に移せば身体を操り、自由に行動が可能で今は己が復讐の為に動いている。

 動いていると言っても相手はフィールドに海を選び、こちらは追う側なのでそれに従うしかない。

 海である以上艦隊を組むしかない集団行動。

 これが陸戦であるならば一騎駆けでも行えたというのに。

 敵対行動を見せるコーネリアや通信から居ると判断されたユーフェミアの居る艦隊との撃ち合いを眺める。

 “何故コーネリアが敵に回ったのか”などと問うつもりは毛頭ない。

 敵になったのなら何であれ潰すだけ。

 

 「本当にナイトメアがないとつまらないわね…」

 「敵艦より通信来ました」

 

 ポツリと言葉を漏らすと通信兵が振り向きながら指示を求める。

 つまらなさそうにため息交じりに答える。

 

 「繋げなさい」

 

 指示に従って艦橋のモニターに一人の青年が映し出される。

 その顔には見覚えがあった。

 

 『私は艦隊の総指揮を執っている枢木 白虎だ。そちらの総指揮官と話がしたい』

 

 アレがシャルルを殺したという男ね。

 片目を吊り上げながら見つめていると、一瞬だが瞳が驚愕を示してから落ち着いて感心したように驚きの表情を見せる。

 

 『ほう、かの有名なナイトオブラウンズのアームストレイム卿が来られているとは…陸地でなかった事を喜ぶべきですかね』

 「そうね。ナイトメアが使えれれば貴方の首を私自ら落とせたのに。残念よ」

 

 くすくすと嗤いながら本音を口にすると肩を竦められた。

 意図を察しているのだろう。

 今までの経歴などは資料で程度知ってはいるが、こうやって会ってみると被って(・・・)いるようだ。

 妙な違和感が漂ってくる。

 ただそれを感じ取れている者は、私以外に居ないようだ。

 鼻で小さく笑い、白虎を見上げる。

 

 「通信の目的を伺っても?」

 『これ以上の攻撃はそちらの皇女様方の命が危険となる。それでも攻撃を続けるかを確認しようと思った次第』

 

 艦橋内の空気が騒めいた。

 待ち伏せしていたコーネリアは何故かこちらに対して敵対行動をとり、日本艦艇と共同戦線を敷いた。

 そう考えても裏切り行為。

 排除されても文句は言えないだろうが、彼女の生れを想うとブリタニア兵士は戸惑う。

 なにせ彼女はブリタニア人が敬う対象である皇族。

 しかも戦場で数々の武功を挙げたコーネリア・リ・ブリタニアとなれば余計に兵士は討っていいものかと悩んだ。

 今は命令して言う事を利かせて考えないようにしていただろうけども、こうも事実を突き付けられるとおもむろに兵に動揺が走るというもの。

 けれどそれは兵の話であって、マリアンヌを躊躇わせる理由にはなり得ない。

 

 「命乞いのつもりかしら。前皇帝を討ち取った罪人を見逃すとでもお思いで?」

 『結果、お二人のブリタニア皇族の命が失われると解っていても…ですか?』

 

 二人は瞳を見つめ合う。

 言葉に出さずとも攻撃を緩める気がない事を察したのか、白虎は大きくため息を零して俯いた。

 

 『人質にはなり得ない。そう言う事ですね。であるならば…』

 「少し待て!」

 

 間に割って入ったのはルーカン・キャメランの艦長であった。

 彼は最後まで皇女たちが居る艦隊への攻撃を渋っていた皇族に忠誠を誓っている人物。

 白虎に最後まで言わせてしまったら取り返しのつかない事になると思い、割って入って来たのだろう。

 正直邪魔であるが止める気もない。

 

 「コーネリア皇女殿下とユーフェミア皇女殿下を解放せよ。さすれば―――」

 『別に構いませんよ』

 

 艦長の言葉を最後まで言わすことなく、あっさりと答えられた。

 

 『と言ってもこちらから送って部下が捕縛されるのは嫌ですし、ブリタニア本国を裏切ったコーネリア皇女殿下の部下に贈らせる訳にもいかない。そこでそちらから迎えの船を出してくれるかな。両皇女殿下に加えて将軍と騎士殿も解放しようじゃないか』

 

 あまりにこちらに都合が良すぎる。

 皇女達を返して欲しい気持ちは本物だっただろうけど、こうもあっさり言われると逆に罠ではないかと疑ってしまう。

 疑いを精査するにも、派遣するにしても誰を送るべきか決めるにも時間が掛かる。

 誰も喋らずに沈黙が続くと白虎が首を捻った。

 

 『おや、どうしたブリキの兵隊共。まさか己の命惜しさに皇女殿下を助けに来られないなんて事ないよなぁ?』

 

 先と違って人を小馬鹿にした言い様に周りの目の色が変わった。

 明らかな挑発だ。

 奴はこちらを誘うつもりでいる。

 怒りが浮かぶ将兵は

 

 『それとも何か?人質が居て全力が出せませんでしたって逃げ口上があった方が都合良いのかなぁ?』

 「なんだと!?貴様ぁ…」

 「落ち着きなさい。相手のペースに乗る事は―――」

 

 抑えようと声を掛けるマリアンヌを嘲笑うかのように白虎は先よりも大きく、馬鹿にしていると言わんばかりの口調で言葉を続けた。

 

 『あれ?あれれ?もしかして―――図星だったかぁ?』

 

 …不味い。 

 そう思った矢先に聞こえる筈の無いナニカが切れたような音が聞こえた。

 続いて艦橋内だけでも耳を破くような怒号が飛び交う。

 

 「おのれええ!!皇帝を殺めた大罪人が!!」

 「舐めた事を!!」

 

 マリアンヌは忌々しくこの状況に舌打ちする。

 もはやラウンズの名だけで彼らを留める事は不可能だろう。

 ブリタニア軍人の多くがブリタニア皇族を称えている。

 無理やりにラウンズと言う地位を使って攻撃命令を下したが、内心は皇族が居るのに撃ちたくない気持ちでいっぱいだった。

 そこを刺激された上にシャルルを殺した白虎にあそこまで挑発されては我慢の限界というもの。

 自身だってナイトメアがあれば跳び出して行ったに違いない。

 しかし、ナイトメアがないために出来ないからこそ、冷静に事態を眺める事が出来る。

 確実に白虎は何かを仕掛ける気だ。

 この怒りを露わにした彼らを利用して。

 嫌な予感を感じつつ、マリアンヌは敵艦隊を睨む。

 

 

 

 

 

 「動いた!」

 

 追撃してきたブリタニア艦隊は正面に主力を置き、左右に分艦隊を動かした。

 正面より圧力を掛けつつ、左右より包囲する気なのだろう。

 その動きは殲滅戦と言うよりは包囲戦。

 彼ら残っていた忠誠心により、囚われている皇女殿下をお救いするという意思表示。

 真面目そうな青年を演じた直後に嬉々とした挑発…。

 周りから呆れた視線を受ける白虎は気にせずに獰猛な笑みを浮かべる。

 

 怒り任せに猪突猛進してくるようなら、中央突破させて背後をとってやろうかと思っていたが、包囲しようと数を分けたのなら“不敗”ではなく“金髪の孺子”の戦法でいけるではないか。しかも被害はそちらの方が少ないと良いこと尽くめだ。

 ユフィが言う様にまずは言葉による話し合いって大事だなぁ。

 本人にしてはその内容から不本意である。

 

 「全艦鋒矢陣形に移行!最大船速にて正面艦隊に突っ込む!」

 「正気か!?」

 「正気で戦争が出来っかよ!それにこんなの単純な数の計算だ!解かるだろうが!!」

 

 興奮気味に叫ぶ白虎の言う通りだった。

 敵は同数であったのに、二つの分艦隊を出したためにこちらとブリタニア中央艦隊の戦力差はこちら側に傾いた。

 金剛型が矢の先端を務め、白虎・コーネリア艦隊の全艦は指示通りに敵中央に向かって突っ込んでいく。

 まさか突っ込んでくるとは思わず速度を出して追ってきたブリタニア艦隊は、大慌てで回避行動に入って衝突事故を起こす。

 そこに砲弾や誘導弾が叩き込まれ、さらには面ではなく先端に沿う様に展開された金剛型のブレイズルミナスが進路上の艦を切り裂いて突き進む。

 突破する最中、金剛はルーカン・キャメランに掠めるように横切った。

 こちらを睨みつける桃色の少女に満面の笑みを浮かべて答えてやる。

 

 「亡霊がしがみ付いてんな」

 「何のことだ?」

 「いんや、こっちの話さ。後方の艦はスモーク散布。敵中央艦隊の目を潰し、我らは右翼の分艦隊を背後より攻撃す!!」

 

 原作知識からアーニャに巣くっている存在に頭を悩ませつつ、敵中突破した事で次の指示を飛ばす。

 これで中央艦隊は煙の中に閉じ込められて一時的にでも動きが鈍る。

 その隙にこちらは出来得る限り数を潰す。

 

 …だけどその前にやる事はやっておかないと。

 

 「仙波!ギル!制空権の強みを見せてやれ!!」

 『承知!』

 『了解しました』

 

 三笠の甲板上に布で覆う程度で隠していた月下が二機飛翔する。

 一騎は仙波専用の月下後期型で、もう一騎は白虎の月下先行試作型。

 本来なら白虎が乗るべきなのだろうけど、正直白虎のナイトメア操縦技術はギルフォードに比べて数段劣る。

 であるならばギルに任せた方が戦果は稼げるし、こちらは指揮に専念した方が効率的だ。

 月下の情報を抜かれる可能性もあるにはあるが、作戦が上手くいけばブリタニアとも超合集国で軍事纏めるからどうでも良いだろうし。

 飛び立った二機は水面ギリギリを飛行し、先行して敵右翼に攻撃を仕掛ける。

 注意が二機に向きつつあるところを背後より白虎・コーネリア艦隊が砲撃を集中させて、数を減らすと同時に敵の陣形を大きく乱した。

 

 「すげぇな。さすがコー姉の騎士だな。まるで蠅みてぇに飛び回って掠りもしねぇぞ」

 「…誉め言葉なのかソレは?」

 「え?どう聞いても誉め言葉だろ」

 「どう聞いても貶しているようにしか聞こえませんよ」

 「じゃあゴキb…」

 「絶対誉め言葉ではない」

 「あ…そう」

 

 凄く否定されたけどあんな変態機動を行う奴らを他にどういえば良いのさ。

 そんなどうでも良い事を考えていると、敵左翼が煙幕より抜けた中央艦隊と合流しようと動きを見せた。

 というかあんな短時間で煙幕を抜けるか?

 思いっきりが良いと褒めるしかない。

 さすが“閃光”…面倒この上ない。

 歳考えろよ精神体の悪霊め!

  

 「次は合流しようとしている中央と左翼を突っ切り、そのまま我らは蓬莱島に向かう。全艦足を止めるなよ!弾をケチるな!」

 「ついでに身軽になるしな」

 「そゆこと。コー姉ったら俺と以心伝心かな」

 「反吐が出そうだな」

 「うわぁお、辛辣な愛情表現かなぁ?かなぁ?」

 「今の会話を神楽耶に伝えてやろうか」

 「すみませんでした」

 

 全体へ指示を飛ばし、コーネリアと軽い会話をしつつ艦隊は先と同じく敵中突破を図る。

 このまま無事に(・・・)蓬莱島へいけると…。

 

 「レーダーに艦影多数……ブリタニア艦隊の増援です!」

 

 索敵班からの連絡に目を見開いくと、爆発音と同時に金剛が揺れた。

 倒れ込まないように手摺にしがみ付く。

 

 「被害報告!」

 「エンジン部付近に着弾!しかし航行に支障なし」

 

 舌打ちしながら何かを考え込む白虎。

 新手の艦隊は艦種から然程足が速いようには見えない。

 今追い付いたのだって追撃艦隊によって足止めされていたからだ。

 艦隊から逃げ切るのは簡単だが、積み込こんでいるポートマンからは逃れられないだろう。

 持続力は艦艇ほど無いが小型なだけに速度は出る。

 防御面で優れている金剛型と言えども海中内にブレイズルミナスを張るには、水に接触してエナジーが消費することを考えて膨大な量を用意しなければならず、現状ではそんな事が出来る訳も無いのでポートマンは天敵である。

 逃げ切れないか…。

 そう思うと考えを変える。

 艦隊…いや、この先を考えて重要な人材を逃がす。

 この艦隊には殿を行うのに最適な人材(・・・・・)が居り、敵の足止めをするには充分な目標(・・・・・)が居る。

 内心でニタリと嗤いながら、落ち着いた表情で呟いた。

 

 「ここまでだな」…と。

 

 

 

 

 

 

 「ここまでだな」

 

 ポツリと漏れた白虎の言葉にユーフェミアは

 小さな呟きが艦橋内に伝わり、驚愕の表情を向ける物もいたが、お姉さまを含めて何人かは納得したように頷いていた。

 

 「総員退艦。旗艦を比叡に移すぞ。撤退指揮はコー姉に任せた」

 「白虎さんはどうなさるのですか?」

 「俺か?金剛には敵の足止めの仕事が残っていてな。自動航行で敵艦隊に突っ込ませるんでプログラム組まないかんのよ」

 「私も残っても宜しいでしょうか」

 「おいおい、残ったって――」

 

 解っています。

 私には指揮能力もナイトメア操縦技術もプログラムする知識もない。

 だけどここには誰かが残らなければならない。

 

 ――そうしなければ彼が何処かに行ってしまいそう…そんな気がしたから…。

 

 「我侭姫め。良かったな金剛。ヴァルハラに行く前に美少女を乗せられてよ」

 「金剛は日本生れの艦だろう。なのにヴァルハラはおかしくないか?」

 「可笑しくねぇよ。金剛と言えば改造巫女服を着た英国産まれって決まってんだ――――ってそうじゃねぇよ!輸送用のヘリがあるからお前さんはそれで行け」

 「ユフィが残るのに私に先に行けと?」

 「ったりめぇだボケ!先に行かないと指揮取れねぇだろうが!ユフィはギルに送ってもらう。それで良いだろう!?」

 

 少し躊躇う素振りを見せるコーネリアは小さく微笑、ユーフェミアに近づくとそっと頬を撫でた。

 

 「先に行く。すぐに来るんだぞ」

 「はい、お姉さま」

 

 艦橋よりダールトンを連れて退席し、同様に艦橋に詰めていた兵士達が次々に出ていく。

 その中で一人パネルを操作する白虎と、それをただ眺めるユーフェミア。 

 後部ハッチより輸送用のヘリが飛び立ち、護衛するように仙波の月下が付き、小さく手を振るって見送る。

 

 「意外に勘良いよね」

 

 操作しながら小さく言葉が投げかけられ、その言葉に俯きながら少し怒りを覚える。 

 まるで自分の命を勘定に入れてないと言わんばかり。

 その結果、どうなるかは解っている筈なのに…。

 

 「やはりそのつもりだったのですね…。駄目ですよ。そんな事をしたらスザクが……」

 「悲しむだろうねぇ。けど死なないし死ねないから問題ないでしょう」

 「それは一体どういう?」

 「良し。自爆システムも準備OKだ。さっさとずらかるぞ。迎えも来てるしな」

 

 発言に疑問を浮かべるも誤魔化すように笑っている事からこれ以上聞き出すのは難しいだろう。

 艦橋を覗き込むようにギルフォードが操る月下が待機しており、白虎の動きに合わせて艦橋に取り付けてあるハッチに近づく。

 重そうなハンドルを回し、ギギギ…と思い金属の擦れる音と共にハッチが開き、風が勢いよく入り込む。

 前まで来ていたユーフェミアは一瞬だけど目を瞑り、開くと片手をハッチ前に出して渡れるようにしている月下がそこに居た。

 

 「白虎さんも―――えっ?」

 

 ――脱出しましょうと言い切る前に振り返ったユーフェミアは宙へと押し出された。

 どうしてと戸惑いの表情を向ける先には、小さく手を振りながらにこっと笑う白虎。

 押されるままに月下の掌に倒れ込むと、すぐにガバっと立ち上がって戻ろうとするが、艦橋の扉は閉じて金剛は進路を変更し始める。

  

 『ユーフェミア様!お怪我は―――』

 「私は良いのです。それより金剛に通信を」

 

 ギルフォードの心配を他所に、コクピットに移ったユーフェミアは無線機を手に取る。

 

 「聞こえますか白虎さん!」

 『おう、聞こえてるぜい』

 「総員退艦ではないのですか!?」

 『そうだ。俺を除いて(・・・・・)総員退艦なんだ。これより金剛は単独行動に入る。ギルは脱出したユフィを護って比叡に向かえ』

 

 駄目だ…。

 あの人は一人で行く気だ。

 私達を…スザクや神楽耶さんを残して行ってしまう気だ。

 護るべき者を護ろうと残される者の事など考えずに…。

 このまま行かせては駄目だと思うユーフェミアに反してギルフォードは金剛より離れ、比叡へと移動を開始する。 

 

 「戻って下さい!まだ白虎さんが――」

 「これ以上は無理です!」

 

 そう言い放つと同時に輻射波動を使って飛んできた砲弾を防ぐ。

 金剛が引き返す事に敵艦隊が追撃から迎撃に変え、近くを飛行していた月下にも副砲群や機銃などで迎撃を開始したのだ。

 ギルフォードもユーフェミアを乗せてなければ付いて行くことは可能だが、乗せているからには無茶をする事は出来ない。

 理解したユーフェミアは俯き、目を見開いて顔を上げる。

 決して目を離してはいけない。

 浮かび始めた涙を拭い、金剛が映るモニターを見つめる。

 

 突撃時と同じく面ではなく船体を覆う様にブレイズルミナスを展開し、追撃艦隊の戦艦に向かって突き進んでいく。

 金剛型はブレイズルミナスを展開する事で非情に高い防御力を持っているが、全体を覆う程の能力は無いので隙間が存在する。

 狙った訳ではないだろうが絶え間なく降り注ぐ砲弾がその隙間を塗って直撃し、船体で爆発が起きて幾つもの黒煙が立ち上がる。それだけでなく撤退し始めた白虎・コーネリア艦隊に向かっていたポートマン隊が引き返し、魚雷攻撃を開始して水柱が立つ。

 

 本当にいやらしい事を平気でする。

 前皇帝を殺害し、現皇帝を誘拐し、皇女三名と皇子一人を味方につけ、ラウンズ二人を葬り、余剰戦力どころか足りない程ブリタニアに戦線を抱えさせた張本人が狙うはラウンズの一人であるアーニャが乗艦するルーカン・キャメラン。

 ラウンズの戦闘能力は個々で大きく変わるが、それでも一個師団以上の力を有している化け物。

 軍事力・政治ともに疲弊しきっているブリタニアにとってこれ以上ラウンズの消失は避けたい所。

 白虎の企みを阻止すべく艦艇やポートマンが急速に集まり、結果は魚雷も砲撃も友軍と被って攻撃が緩む事となる。。

 

 あれだけの砲撃と魚雷を浴びても金剛はまだ沈んでいない。

 黒煙を挙げようとも、砲を潰されようとも、エンジン部からは限界を超えて火を噴き出しても未だ“健在”なのだ。

 もはや止める事は出来ないと判断したブリタニアの戦艦は回避行動に移る。

 …が、それをするには遅すぎた。

 

 『遅いわい。バァカ』

 

 相手を馬鹿にしたような白虎の言葉が無線機より流れ、金剛の船体がブリタニアの戦艦に突き刺さる。

 巨大な戦艦同士の衝突に海は荒れ、近くにまで迫っていたポートマンは波に巻き込まれる。



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第38話 「英雄は去り、彼は影を歩く」

 ステルス潜水艦白鯨型一番艦と囮としてブリタニアの追撃艦隊と戦った日本・コーネリア連合艦隊の活躍により、神聖ブリタニア帝国オデュッセウス・ウ・ブリタニア皇帝は蓬莱島に無事到着し、超合集国への参加を表明した。

 超合集国に参加したからには軍事力を放棄し、議会の承認により動ける戦闘集団“黒の騎士団”と契約を交わす。

 これにより世界の脅威として見られつつあった超軍事大国ブリタニアは世界各国と共存の道を選ぶことになる。

 無論反発もあるだろう。 

 私兵を抱える貴族の中には武力を持って反旗を翻す者だって出て来る。が、そこは黒の騎士団入りしたブリタニア正規軍が内乱鎮圧の口実で排除することになっている。

 それもシュナイゼルを指揮官に据えたラウンズを主力とする部隊によって…。

 ブリタニアの内乱はブリタニア自身に決着を付けさせ、黒の騎士団主力はユーロ・ブリタニア討伐の準備を着々と始めている。

 中でも中核を担うのは超合集国の発案国で、ブリタニアと幾度と渡り合った日本国。

 海軍力を著しく減少したものの、性能は世界トップクラス。

 現在日本国には黒の騎士団の艦艇が集まり、大和を旗艦に大上陸作戦を敢行すべく艦隊を組みつつあった。

 ユーロ・ブリタニアにとっては不運だが、世界は確実に戦争を終結させて平和への道へと向かいつつある。

 

 当の日本国は沸いていた。

 なにせ侵略戦争に抗い、数年の時を経てブリタニアと条約を結ぼうとしたらいきなりの首相一団が殺害され、ブリタニア皇帝を殺害し戦闘へ発展。

 戦闘を生き残り帰国した枢木 白虎は記者会見で国民に説明する間もなく、軍事クーデターにて現政権を奪取、中華連邦へと宣戦布告し軍を派遣し、数日と言う短期間で大国中華連邦政権をひっくり返し、新政権と同盟を結んだ。

 そして超合集国の設立と発表、ブリタニア本土よりブリタニア皇帝を誘拐する為にブリタニアと交戦状態に突入した。

 慌ただしい渦中に巻き込まれた日本国民にとっては気が気ではない時期であったろう。

 何が何やら解らず、理解した頃にはすべてが上手くいっていた。

 今までの反動もあって馬鹿騒ぎ真っただ中へと突入してしまっている。

 

 ただ良く先が見えている者には今の状態が長続きする事は無いと不安が高まっている。

 この世界において日本は全てを白虎中心に動いていた。

 力を持つ陸海空すべての軍部に諜報機関、物流や政治にまで多大な影響を与えていた枢木 白虎はブリタニアの追撃艦隊との戦闘にて行方不明…否、金剛と共に沈み、戦死した事となっている。

 白虎はこの戦いが終わった後には支援して政権をくれてやると約束されていた政治家達は大慌て。

 軍部は頼れる英雄を失った事で自らいきなり自らの考えで歩まなければならなくなった。

 連日日本で流されるニュースには枢木 白虎戦死関連のものが大半を占めていた。

 

 「日本じゃなくて“世界の英雄”だってよ。ユーロピアやアフリカ系からしたら誰だよって言われそうだがな」

 「仕方ない。やって来たことが世界を巻き込み、それだけ評価される事を仕出かしたのだから」

 「仕出かした…か。間違ってねぇな」

 

 道行く人々が不信な視線を向ける中、不審者が堂々と歩道を進んでいく。

 赤のネクタイに黒のベスト、白の上着に黒のつばが前下がりのチロリアンハット、さらに顔の上半分を隠している狐面を被っている男性―――枢木 白虎。

 白虎が押している台車にて拘束着を着ながらも不満そうな表情は一切見せないアーニャ・アールストレイム。

 

 日本から世界に昇格した英雄とブリタニア最強の十二騎士の一人が共に行動しているのはお互いの利害が一致したからに他ならない。

 ブリタニア追撃艦隊旗艦を務めていた戦艦ルーカン・キャメランに、金剛で突撃をして火災や爆発に巻き込まれた白虎は無事(・・)生きていた。

 そもそも不死のコードを持っているので死ぬことは出来ない。

 地位があり、恨みを抱かれ、不死者。

 まさに囮として最高の人員であったろう。

 兎も角、突っ込んだ白虎は敵艦に一人突っ込んだ。

 死んでいれば良し、生きていれば災厄のタネにしかならないマリアンヌを排除する為に。

 さすがにしぶとく生きていたさ。

 体格差に加えて不死という特性上白兵戦なら分があり、どのようにでも殺せた。

 なので一番簡単な方法をとった。

 コードギアスのアニメ一期にてC.C.はスザクに間接接触で錯乱させる事が出来た。

 だったら直接ショックイメージを叩き込んで精神を殺してやれば良い。

 いくら撃たれようが、斬られようが、嬲られようが足を止めずに腕を掴んだ。

 ここで一つの奇跡が起きた。

 いや、理解していれば必然。

 ただ運が良かっただけかも知れないが、表に出ていたマリアンヌは精神体であってアーニャではない。マリアンヌの精神が死んだことでアーニャが意識を取り戻したのだ。

 記憶が無くなる事に困り果てていたアーニャに、マリアンヌがまた出てくる可能性を無視できない白虎。

 完全に治せる方法を知っているので方法確立するまで隔離との話をして今に至る。

 

 「で、何処に行くの」

 「俺が俺で居られる仕事場」

 「黒の騎士団?超合集国議会?」

 「阿呆が。あんなところ行ってみろ。世界の英雄なんて糞いらない地位と名誉押し付けられんだぞ」

 「栄誉だと思う」

 「いるかよんなもん。飯食いに行くのも一苦労だぞ」

 

 ため息を吐き出す。

 こいつは知らねぇだろうけど俺はスザクに辛い思いさせない為にブリタニアとの喧嘩を買ったんだ。

 もうエリア11と呼ばれる事は無い。

 ならば俺の役割は終わりだ。

 死んだことになってんなら都合がよく、このままバックレさせてもらおう。

 とはいえ完全に今までの関係を無くすわけではない。

 世界の英雄と謳われる枢木 白虎が死んだだけで、まだ俺自身は生きてんだから。

 

 「俺は龍黒 虚だ。なら向かう先は龍黒技術研究所に決まってる」

 「龍黒技術研究所?」

 「そうそう、世界屈指の技術力が詰まった日本軍の支柱であり、これからは俺の財布だ」

 「大人って汚い」

 「おぉ、それを知れただけいい勉強になったな」

 

 呆れた視線を受けながら白虎は大声を上げて笑う。

 重責…否、英雄と言う重荷を取っ払えて身軽になって気が楽になった事と、見た目から何度も職質を受けて飽き飽きしていたところにお迎え(咲世子)が到着した事もあって自然に笑みが零れる。

 …というか公衆電話で一方的に迎えに来てくれってだけで良く場所が分かったな。

 あいつの情報網どうなってんだか…。

 

 

 

 

 

 

 皇 神楽耶は喜びとも怒りとも取れるなんとも言えない笑顔を浮かべて死んだはずの人間を見つめていた。

 金剛と共に沈み、連日新聞の欄を埋めている人物。

 

 「生きていたんですね」

 

 咲世子に呼ばれて忙しい職務の合間を縫って訪れれば、咲世子とロロを近場に待機させ、何気なくカップ麺を啜っている枢木 白虎がいた。

 それもアーニャというお土産付きで…。

 死んだと思ってからは感情が抜け落ち、悲しむどころか涙の一滴も流す事は出来なかった。

 感情が死ぬとはこういう事かと思っていた所に生きている彼を見て安堵すると同時に、やっぱり生きていましたかと妙に納得して泣くに泣けなくなってしまった。

 

 「幽霊に見えっか?ジオングみたく足無しじゃないだろ……あー、でもあれって結局機動力が上がる事が解って脚つけたっけか?」

 

 人の気持ちを知らずに相も変わらず意味の通じない話。

 クスリと笑みが漏れる。

 

 「また分からない話を……でもらしいですわ」

 「らしいか。らしいと言えばこうやって向き合うのって俺ららしくなくね」

 

 言われて確かにと頷き、スタスタと白虎へと寄る。

 白虎はソファの真ん中に構えているので左右が空いているが、そこには座らずに白虎の膝の上に腰かけて、首へと手を回す。

 背を支えるように白虎が抱き、お互いにお互いを感じながら小さく息を漏らす。

 こうやって触れ合い、感じあえる。

 安心感を抱きながら笑みを零す。

 

 「貴方が生きていたと知れば大騒ぎですわね。黒の騎士団も喜ぶでしょう」

 「あー、その話なんだが…」

 「解ってます。どうせ面倒だなんて思って表に枢木 白虎として出る気はないのでしょう」

 「話が早くて助かる」

 「早いついでに私に話を通さずに死んだふりするなんて酷くないですか?」

 

 にっこりと笑うと何故か青ざめた表情を浮かべられた。

 どうしてでしょう?

 私がこんなに愛らしい笑みを浮かべているというのに。

 咲世子は変わらず、C.C.はニマニマと笑みを浮かべ、ロロとアーニャはそっと距離を置いた。

 

 「悪い。言い忘れてた」

 「咲世子さんから聞きました。咲世子さんやC.C.さんはまだ良いとしてもナナリーまでも知っていたらしいではないですか?なのに私には言い忘れたと」

 「いや、本当にすまん。ってか俺、不老不死になりましたなんて信じるか?」

 「他の誰かなら信じませんが白虎が相手なら半々で」

 「ま、荒唐無稽の夢物語だと思われるのが50%でも信じて貰えるなら言えばよかったな」

 

 鼻で嗤いながらそう言った白虎の頬を抓る。

 ムニムニと引っ張たり押し潰す足りを繰り返す。

 非難や抵抗はしなかったが視線でどうしたと訴えかけて来る。

 

 「もう勝手にいなくなったりしないで下さいね」

 「あぁ、今度居なくなる時は事前に書類にまとめて提出するさ」

 「一緒にとは言ってくれないんですの?」

 「時と場合による」

 「どんな時でも」

 

 強めに言うと苦笑いを浮かべながら分かったと大きく頷いた。

 二度目は生きていると解かるだろうけど、それでも離れ離れになるのは嫌だ。

 もしも今度こそ表より姿を消すのなら二人でひっそりと穏やかに暮らしたいものである。 

 一応返事を受けた神楽耶は気持ちを切り替える。

 なにせ超合集国評議会議長として多々の案件を抱えているのだから、手早くそれらを処理する必要があるのだ。

 

 「龍黒 虚と名乗るのであれば技術研究所所長として、それと私の相談役として働いてもらいますわ」

 「神楽耶の相談役って。超合集国評議会議長閣下の相談役って事だろ」

 「世界の英雄より私の相談役の方が魅力的ではなくて?」

 「ちげぇねぇや」

 「それで今後のプランは?」

 「早速死者を馬車馬並みに働かそうって。ぶら下げられる人参に期待しても?」

 「勿論ですわ。とっておきのご褒美用意しておりますので」

 

 悪い顔で嗤う。

 またろくでもない事をするのでしょう。

 自分と私やスザクなど親しい人間に都合がよく、他はどうでもいい斬り捨てるように幸福を搔き集めて災難をばら撒くのでしょう。

 解ってます。

 判ってますとも。

 でも私は止めないどころか彼の行いを推奨します。

 結果的にそれが上手く回るのだから。

 私も親しい者達も皆が同意見でしょう。

 何故なら誰も彼もが良い意味でも悪い意味でも彼に染まってしまっている。

 馬鹿馬鹿しくもどうしようもない彼色に。

 

 私も嗤う。

 彼と歩むこの世界の上で…。



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最終話 「三年後…」

 超合集国建国から三年。

 世界は平和に向かって歩みを続けていた。

 だが、確実に平和になったという訳ではない。

 コードギアスの原作では超合集国を主導して作り上げたのはルルーシュであり、この物語では白虎が雛型を作り上げた。

 正直白虎はルルーシュほど賢くはなく、原作の超合集国ほどの安定性を生み出せなかったのである。

 これは原作との差異であろう。

 結果、尻拭いをさせられるのは周囲の者へと飛び火し、それは世界を巻き込む事となった。

 日本では白虎に良い様にされた名家や元軍属の者らが、ブリタニアでは現政権に反対する貴族や皇族が、中華連邦では大宦官によって甘い汁を吸っていて星刻によって罰せられた富裕層などなど。 

 場合によっては武力を行使出来る者らが多く残ってしまったのだ。

 中には脅しや交渉程度で済ます者も居れば、実際にテロを起こす者も出てしまった。

 

 それでも以前に比べて戦争が激減し、平和を謳歌する時間が増えたのも事実。

 今日は超合集国建国三周年を記念して至る所で祝いの場が設けられている。

 東京にて大人気となっている飲食店“カフェ・しらとら”でもパーティが行われていた。

 

 「少し遅れてしまったかな?」

 「そのようですね」

 

 店名を眺め、小さく笑みを零した枢木 スザクはすぐ後ろを付いて歩いていた井上に問いかける。

 腕時計を確認して返された返答に肩を竦める。

 平和を乱す火種を消すために世界各地を飛び回っているスザクは忙しく、総帥直轄戦闘大隊“白虎大隊”と共に駆け続けている。少数精鋭で事に当たれる彼らは黒の騎士団内で重宝されているが、白虎大隊を扱える指揮官が限られるのでもはやスザク直属部隊のような感じになりつつある。

 というのも半端な指揮官では扱え切れず、小心者は彼らの苛烈な戦いぶりから動きを制限してしまう可能性が高いのだ。

 対してスザクとの相性は最高である。

 白虎の様に言葉巧みに高揚させながら指示を飛ばす事はしないが、簡単な命令を下して戦闘指揮は任せっきり。その上で責任はちゃんと取るという方針なのだから白虎大隊は動き易くて助かるし、力任せで大雑把な命令しか出せないスザクとしても有難い。

 結果、今日の祝いの席に遅れてしまった訳だが…。

 

 現枢木家当主兼黒の騎士団最強の騎士であるスザクと共に、“白虎大隊”大隊長井上 直美少佐(・・)に杉山 賢人、南 佳高、吉田 透の“白虎大隊”中隊長である各大尉達が続く。

 すでに店内には見知った顔ぶれで溢れており、それぞれ楽しむようにと散開の合図を送る。

 しろ兄に叩き込まれたとはいえ、咄嗟に蜘蛛の子を散らすように散り、人ごみに紛れる動きはさすがだとしか言いようがない。

 クスリと誰も彼もが白虎生存を知っている数少ない人物ばかり。 

 ゆえに気軽にしろ兄の名前を出しても問題ない。

 皆にとってしろ兄とは頼れる上官であり、戦友。そして英雄なんて高尚な存在ではなく悪魔の類という認識なのだ。

 それを崇めろというのは中々に難しいものだ。

 

 「遅かったなスザク」

 

 黒の騎士団総帥ゼロを演じるルルーシュがテーブル席より声を掛けた。

 テーブル席には総帥親衛隊長紅月 カレンと親衛隊所属ジェレミア・ゴットバルトが控えていた。

 ジェレミアは超合集国建国後にバトレーの下で原作通りに能力再現実験に使用し、サイボーグ化されてギアスを無効化するギアスキャンセラーを得ていた。

 しろ兄曰く、ナナリーの目を治すのに必要だったとか。

 そんな理由を言われればジェレミアは忠誠心により快く受け入れた。

 

 ルルーシュに声を掛けられたのでそのまま近づきながらニヤリと嗤う(・・)

 

 「そうだね。誰かさんが酷使するせいでね」

 「英雄の弟君を酷使するとはとんだ怖いもの知らずね。そいつは」

 「本当にそう思うよ」

 

 カレンと言葉を交わしつつ、ルルーシュに視線を向けると罰が悪そうにそっぽを向く。

 二人して笑いながら席に腰かけ周囲を見渡す。

 軍を辞めると“カフェ・しらとら”を開いた店主の玉城 真一郎は、酒を浴びるように飲みながら白虎大隊に絡む。

 その様子を苦笑しながら眺めている黒の騎士団事務総長の扇 要。

 統合幕僚長藤堂 鏡志朗に四聖剣ではなくそれぞれが大隊長として各地で指揮を執っている千葉 凪沙、朝比奈 省悟、仙波 崚河、卜部 巧雪などの各中佐達も龍黒技術研究所主席研究員のロイド・アスプルンドもラクシャータ・チャウラー、セシル・クルーミー達も大いに飲んで、食って、楽しんでいる。

 

 少し離れたところにはC.C.達も居り、以前と変わらずピザを食べていた。

 現在C.C.は枢木家女中ではなく、「働かざる者、食うべからず」と言われ、資格の取得などさせられて龍黒技術研究所の食堂で働いている。

 同じ席には龍黒技術研究所テストパイロットのシャル(ロロ)に、ロロの兄と自分を認識したままのV.V.。それと二年間の成果により白虎からコードを受け継いで、C.C.同様食堂で働いているマオが居る。

 背景を知っているだけになんとも言えない面子だ。

 後、ジェレミアのギアスキャンセラーにより深層意識に寄生していたマリアンヌを排除されて記憶障害を解消し、ロロと同じで龍黒技術研究所テストパイロットをしているアーニャ・アールストレイムは携帯電話片手を弄り、何かしら写真を撮っているようだ。

 眺めているとカレンからの視線に気づき振り向く。

 

 「アンタさぁ、ユーフェミアの所に行かなくていいの?」

 

 気にかけてくれたのだろうカレンが呟いた。

 ユーフェミアはジェレミアのおかげで目が見えるようになったナナリーや、今も画家兼アイドルとして活動しているクロヴィス・ラ・ブリタニア、ブリタニア方面軍司令コーネリア・リ・ブリタニア中将などと楽し気に話していた。

 付近にはアンドレアス・ダールトン将軍にコーネリアの騎士であるギルバート・G・P・ギルフォード、ジェレミアの改造を終えてクロヴィスのマネージャー職に戻ったバトレー・アスプリウスなども居り、さすがにあの輪の中に入り込むのも気が引ける。

 

 「良いさ」

 「でも…」

 「皆が居ない所でいっぱい確かめ合うからさ(・・・・・・・・)

 「あー…うん。ご馳走様(・・・・)

 

 意図を察したカレンは肩を竦めながら返事をする。

 逆にスザクはカレンに言った言葉を返す。

 

 「カレンこそナオ兄と話さなくていいの」

 「そうね…確かにそうね」

 

 言い返されカレンは今も枢木家女中として働いてくれている紅月さんと合集国日本代表となった紅月 ナオトが居る席へ向かう。

 白虎が死んだとされた後で、日本国中枢は困惑しただろう。

 政治家の中にはひと段落つけた後に、政権を譲る為に力を貸すと確約した者らも居たが、当の本人が居ないのであれば助力を乞う事が出来ず、政権を得ようとする政治家同士の争いに発展した。

 そもそもそんな約束を守る気は然程なかった白虎は、合集国日本の為に用意したレールを確実に維持する為に自身の考えを共有でき、軍部の支持を一定以上持っている人材―――紅月 ナオトに日本のトップになるようにしたのだ。

 本人への説得から咲世子を使っての政治家の裏情報の流出。

 台頭する者が居なくなり、枢木 白虎と共に日本中を駆けて戦ったナオトだからこそ白虎の名を使い、民衆からの支持も一手に受けて代表にあっさりと就任した。

 身を隠しているとは言え気軽に帰って来ることの出来るしろ兄と違い、ガチガチの立場を持つナオ兄とでは一緒に過ごす事だって難しい。

 久しぶりの時間にカレンも会話に華を咲かせるだろう。

 

 「皆、幸せそうだよね」

 「これもどれもアイツの思い通りか」

 「そこまでしろ兄も万能ではないと思うんだけど」

 「確かに万能ではないな。今でも俺らは奴の尻拭いをさせられているのだからな」

 

 確かに確かにと二人共笑みを浮かべる。

 レールは敷いてくれたが維持するだけの方策は用意してくれなかったのだから。

 草壁 徐水だって未だに戦火に身を置いている。

 今はアフリカ辺りで潜伏している現ブリタニア政権に批判的な武装勢力捜索に全力を挙げてくれたりするのだから。

 ふと、最近姿を見せてくれてない白虎の顔が脳裏に過った。

 

 「しろ兄は今頃何してるのかな?」

 「どうせ飄々としながら誰かを巻き込んで何かしているんだろう」

 

 「違いない」と笑い、スザクはグラスに口をつける。

 世界の何処かで何かしら仕出かしているであろう白虎を想いながら。

 

 

 

 

 

 

 枢木 白虎は誰かに呼ばれたような気がして、室内を振り返るが誰も呼んだ様子がない。

 振り向いた先にいた超合集国評議会議長である皇 神楽耶が「どうされましたか?」と小首を傾げる。

 気のせいかと思い、荒野だった(・・・)土地に建てられた高層ビルより眼下を見下ろす。

 

 今、白虎達が居るのは“戦士の国”と呼ばれるジルクスタン王国。

 乾いた大地と荒れた大地が大半を占め、希少資源は乏しく民の生活は困窮。

 されど過酷な環境で鍛えられた兵士は極上。

 自国の少数でブリタニアの大軍を打ち破る軍事国家としての力を見せ、周辺国家に傭兵として派遣することで国益を得ていた傭兵派遣国家。

 そんな国だからこそ超合集国が生まれ、戦争自体が激減して派遣依頼が減少すれば国が一気に衰弱するのは当然であろう。

 

 「戦争経済が破綻すりゃあ滅ぶわな」

 「無から金でも得る様な豊作でもなければ…ですね」

 「等価交換の法則に外れてんだよな。賢者の石でもあれば別だがね」

 

 神楽耶との軽口に笑みを浮かべ、隣に並び立つジルクスタン王国のシャリオ国王に視線を向ける。

 自国の事を言われたというのに彼は嫌な顔一つしない。

 寧ろ今の国の現状を快く思っているのだ。

 

 超合集国は加盟しなかったジルクスタン王国を危険視していた。

 かの国は戦争経済によって生き延びていた国家だけに、戦争が大幅減少した今となっては外貨を稼ぐ手段が無くなり、万が一にでも自暴自棄の様に戦争を引き起こそうと動かれたら非常に困るのだ。

 ブリタニアを打ち破った戦闘を指揮した“褐色の城壁”の異名を持つボルボナ・フォーグナー大将軍も健在で、軍も十分にまだ機能している。

 対して黒の騎士団は加盟国の軍事力を手に入れ、強大になりはしたが動きに制限が掛けられて身動きは悪い。

 戦争を仕掛けられたら一撃をどうしても許してしまう事になる。

 ゆえにアジアの大国で影響力を持っている合集国中華連邦が交渉することになったのだ。

 とは言えども天子を支えていた黎 星刻はすでに病死しており、補佐するのは生前に星刻に天子様の事を託され、神楽耶から絶大の信頼を誇っていた相談役である龍黒技術研究所所長龍黒 虚(枢木 白虎)が担当することになった。

 

 白虎がとった手は簡単だ。

 加盟すれば龍黒技術第二研究所と黒の騎士団アジア方面司令部の一つをジルクスタンに設けると取引を持ち掛けた。

 元々欲しいなと思っていたし、人が集まる場が出来れば自然と需要に合わせて店が並ぶ。

 便利が良くなれば流れるように人が集い、街が出来、職を得て金を使えば経済が多少なりとも回り出す。

 咲世子の調べでシャリオはシャルルや俺、大宦官と違って民を想う心優しき王であったようだったので存外簡単に喰いついたよ。

 豊かになった土地を眺めながら満足そうに息を吐く。

 

 「君と手を組んで本当に良かったと心より思うよ」

 「それはそれは。国王陛下のお役に立てたようで何よりですよ」

 

 演技染みた動作を取って隣に並んで年齢的にはナナリーとそう変わらなさそうな少年―――シャリオに頭を下げると鼻で笑われ、「心にもない事を」と呟かれた。

 同様に神楽耶も天子も(・・・)大きく頷く。

 良く俺の事が分かってきたようだ。

 

 「最初は胡散臭い奴だと思ったよ。詐欺師の類ではないかとね」

 「で、ですよね…」

 「言うようになったじゃねぇか糞餓鬼共(シャリオに天子)

 

 糞餓鬼と言われシャリオは肩で笑い、天子は白虎の楽し気な雰囲気より褒められたと察して笑みを零す。

 ボルボナや天子の警護達は怪訝な顔を浮かべるが、毎度の事だと割り切って口には出さなかった。

 ただ神楽耶を除いて…。

 

 「龍黒さん。純粋無垢な天子様を穢さないで頂けます?」 

 「語弊が生まれるってその言い方。ただでさえアーニャの件もあってロリコン疑惑あるってのに」

 「私、穢されたのですか?」

 「だからさぁ………あー、言葉遣いとかは確かにそうか」

 「確かにそのようだな。以前に比べて口が悪くなった」

 

 ブッっと噴き出すように白虎が笑いだすと全員が笑い出す。

 困惑する天子を囲むように室内が笑いで溢れる中、怒声にも似た大声が響き渡る。

 

 「龍黒!」

 「んぁ?」

 

 扉越しにも響く大声に振り返ると、扉が開かれるとシャリオの姉であり聖神官であるシャムナが怪訝そうな表情を浮かべ現れた。

 逆に白虎は瞼を大きく開けて彼女の来訪を歓迎する。

 

 「おぉ、同志シャムナ(ブラコン仲間)よ。そのような大声でどうなされた?」

 「誰が同志か!誰が!!」

 

 不服そうな返しに小首をかしげるとシャナムの額に青筋が浮かぶ。

 シャムナは最初白虎との取引に懐疑的であったが、サイバネティック医療の権威であるラクシャータの治療を受けれるように用意してやると言うと賛成に回ってくれた人物で、今では杖ありであるが多少でも歩けるようになったシャリオの事を喜び、白虎に一定以上の信頼と信用を置いている。

 

 「貴方が関わるとシャリオの教育上良くないのよ。シェスタールの二の舞は御免なの」

 「いや、アレはアイツの性格からだろう…」

 

 シェスタールというのはシャムナの親衛隊隊長でボルボナ・フォーグナーの息子である。

 接触直後は色々と睨まれていたが、取引を持ち掛けて何度か会ううちに打ち解け、シェスタールとも接する機会が増えた。

 元々キザな所と自分に酔う所があったようで、白虎の他にない物言いに感化されて漫画などでしか聞く事の無いようなセリフを恥ずかしげもなく吐くようになってしまった。

 まさか中二病を発病するとは思わなかっただけに、これは最近で一番の衝撃だったのを白虎は忘れないだろう。

 

 「ま、可愛い弟を溺愛する気持ちも解るさ。早々に退散するよ」

 「是非ともそうしてくれ」

 

 しっしっと追い払うように手を払うシャムナに従って、廊下に向かって歩き出すと神楽耶に咲世子、天子達が後に続く。

 廊下に出て、エレベーターで下まで降りた白虎は迎えの車に乗らず、街並みに視線を向けながら小腹が空いた腹を撫でる。

 

 「帰りに日本街(日本系飲食店)によって牛丼でも食って帰るか?」

 「ギュウドン?」

 「そうだよなぁ。天子は知んねぇか」

 「美味しいですのよ。手軽で安いので人気のある料理ですの」

 

 神楽耶が天子に説明していると、どうもハブにされているようで寂しい。

 子供っぽい自身の気持ちを鼻で嗤う。

 内心を笑っていると説明も終わり、天子はどうしようか悩んでいる様子だった。

 

 「どうする?コースメニューじゃねぇと喉通らねぇよってんなら準備させるけど」

 「えっと、食う―――で宜しいんでしょうか」

 「おう。宜しいがそれを中華で言わんといてね。俺が締め上げられっから」

 

 先を進み始めた白虎に対して神楽耶は右腕にしがみ付くように抱き着き、天子は恐る恐ると手を伸ばして手を握る。

 無論天子と白虎には恋愛感情は存在しない。

 あるのは兄妹的な好意のみ。

 照れ恥ずかしそうな天子を二人して笑い、手を離すと同時に左手で抱えて街中へと走り出す。

 眺めていた咲世子はだからロリコン疑惑が深まるんですよと思いつつ、いつものように付いて行く。

 困惑する表情を浮かべる天子に、幸せそうに笑みを浮かべる神楽耶。

 そして日本でユフィと幸せを掴んだスザクを想い、それだけでも自分がやって来たことは間違いではなかったと頬を緩める。

 

 世界の平和=ではないが、自らと周りの幸せを得た。

 後はこの幸せが生きている間だけでも持続させるだけだ。

 恒久的な平和など望まない。

 自分達が謳歌できる程度で良いのだ。

 それまではどのような火の粉であろうが滅してやる。

 スザク(可愛い弟)の為に。

 神楽耶(愛らしい恋人)の為に。

 なにより自分自身の為に。

 “日本国をエリア11とは呼ばせない”だけでなく、確固たる意志を持って護っていこう。

 

 そう誓いながら白虎は心の底より笑い、街の喧騒の中に消えていくのであった…。




 本作品はこれで最終回となります。
 多くのお気に入り登録に評価、感想などなど本当にありがとうございます。
 それと多くの誤字報告して下さり感謝すると同時に、大変ご迷惑をおかけしました。

 二年間に渡るご愛読ありがとうございました。


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