学園デュエル・マスターズ WildCards【完結】 (タク@DMP)
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序章:ワイルドカード編
第1話:弾丸VS剣─デュエマ部部長、白銀耀


「えーっと、今日の活動は――」

 

 新学期にも、もう慣れた頃の土曜日。

 古臭い木の匂いがする旧校舎の元・物理教室は俺達の部室。

 とは言っても、部員はとても少なく、部費も降りないので同好会状態だが、何とかやっていけている。

 そして問題はその部員達にあった。間髪入れず、ブロンドの髪の少女が手を挙げる。

 

「はいっ! アカル、全員で今日はシャーロック・ホームズの”空き家の冒険”を朗読するのが良いと思いマス!!」

「オイ、開幕で関係ないこと言うんじゃねえよこのシャーロキアン」

 

 そんなことを言い出したのは、或瀬(あるせ)ブラン。イギリス人と日系人のハーフ。更に、その上にはフランス人とかの血も混ざっているらしい。

 そのため、ブロンドの髪は染めているのではなく勿論自毛で目も碧眼、顔立ちも整っている上に快活な性格で、皆からは人気者。そんな彼女が以前に此処に入部したいと言ってきた時はまあビビったもんだった。

 しかし、重度の推理小説オタク、特にシャーロック・ホームズをこよなく愛するシャーロキアンで、暇になると推理小説を片手に没頭してしまうという問題点があり、今日も暇であるというアピールがしたいのか、こんなことを抜かしてきたのだ。

 そんな彼女に突っ込んでいる間に、今度は向かいの席に座っているパーカーコートを羽織った小柄な女の子が、

 

「はいっ……ずっと寝ます、白銀先輩」

 

 と抜かしてきた。

 俺は悲しい。なぜこんなに悲しい思いをしなければならないのだろう。

 彼女は後輩で、1年生の暗野 紫月(あんの しづく)

 まさかまさかの、電撃入部の新入生だったのだが――よく寝てる。正直何で入部してきたのかよく分からない。デュエマは一応できる上にそこそこ強いが、いつもうつらうつらしているし、今日も開口一口これである。もう俺泣いていいですか。いや、気持ちは分からなくはないのだ。

 

「畜生、分かってるんだよマンネリは!! でも此処は一応デュエマ部なの!! 暇だろうがマンネリだろうが、万年部員不足で同好会状態で予算不足だろうが、取り合えずデュエマするのが筋だろーが!」

 

 デュエマ、正式名称はデュエル・マスターズ。

 日本で今大人気のカードゲームだ。

 そして、此処は鶺鴒学園高校のデュエル・マスターズ研究部、略してデュエマ部。

 わいわいとデュエマをするのがコンセプトで建てられたらしいが、ただでさえ部員が少なかったのを俺の上の学年の代の先輩たちが別のカードゲームをやっていた所為で全然部員が集まらなかった上に、去年部員の大多数を占めていた3年生が卒業してしまったことで、デュエマ部は俺とブランだけになってしまったのだ。

 結果、自動的に部長は2年生であるこの俺、白銀 耀(しろがね あかる)が務めることになってしまったのである。新入部員が奇跡的に入ったのは良いけど、この先やっていけるか心配で不安です。

 

「休日にわざわざ出てきてあげてるだけでも、まだ良い方だと思いマスけどネー」

「ねえ、一応俺2年で部長だけど、泣く一歩手前だよ!?」

「いい加減に飽きました。ずっとこの3人で延々とデュエマしてるだけですし」

「あー……まあ、そうだよなあ……昔は部費でカードも買えたらしいんだが、今は同好会扱いな所為で……とにかく、追加の部員を呼び込まねえとこの同好会はいつまで経っても同好会のままだ。それじゃあ、卒業していった先輩たちに申し訳が無――」

「ところでブラン先輩。今日は、剣道部の練習試合を一緒に見に行こうとか言ってませんでしたっけ」

 

 言いかけた俺を遮るように紫月がそんな約束を持ち出す。

 俺、聞いてないんだけどそれ。ハブられてる? ひょっとしなくても。

 剣道部の練習試合を一緒に見に行くとか初耳なんだけど。

 

「忘れてマシた。アカル、Sorry! 今から武道場に行くネ!」

「ちょっと待てや」

 

 既に俺は泣きそうだった。知らない約束が俺の知らないところで結ばれてた事実に。

 何よりその約束、デュエマ部としての活動をボイコットすることを前提としてるだろ、やる気ねーなこいつら。

 

「なあ、なあ!? デュエマ部の活動は!?」

「そういえば、アカル。剣道部のカリンってアカルのGirl friendデスヨネ?」

「ガールフレンドじゃねえが腐れ縁の幼馴染だ、いやそうじゃねえ、質問に関係ねぇ質問で返すな」

 

 俺の抗議はガン無視されたが、同時にブランの問いに首をかしげた。

 今更確認、念押しするような言い方だ。まるで、俺にも試合を見に来いと言わんばかりに。

 確かに剣道部には、剣道がとても強い俺の幼馴染・刀堂 花梨(とうどう かりん)が所属している。

 その腕は中学の時から指折り付きで、女子の中ではトップクラスだったというし、男子と試合しても引けを取らない程だ。現に、中3の夏では女子剣道チームの大将を務めており、結果は全国大会個人の部で準優勝という好成績。

 それだけではなく、居合道に長刀もやっている凄い奴。

 昔は俺とデュエマもよくした仲だが、最近はさっぱりだ。完全に剣の道に進むことを決めたらしい。俺も応援する意味合いであいつとの付き合いは距離を置いていたのだが――

 

「ええ、それなら……先輩にも一度見てもらった方が」

「俺にも? 俺、剣道の事はよく分からねーよ?」

「いえ、実はデスね――」

 

 ※※※

 

「一本!!」

 

 練習試合が行われている武道場(剣道部以外の生徒の観戦可)に駆け付けた頃には、既に対戦相手の高校は皆男子の主力が負けてしまっていた。後で聞いた話だが、彼らは去年県で優勝も飾っている程強いらしく、うちの高校は女子のメンバーは皆強いのだが男子は今一つだったので意外だ。

 話を聞くと、どうやら今1本を取ったうちの生徒が他の面子も皆倒してしまったらしい。練習試合の後の軽い対外練習のつもりだったらしいが――

 

「お、遅かったデスか……」

「え?」

「白銀先輩、あれを見て下さい」

「見て、ってあれうちの男子だろ? 今練習試合やってんの男子なんだからよ――」

 

 俺が言ったその時。

 こっちに帰ってきながら面を外す生徒。

 露わになった顔を見て、俺は思わず声が漏れる。

 

「花梨……!!」

 

 確かにそれは俺の幼馴染の花梨だった。女子が男子に勝った、それも相手のスタメン全員に――という事実には驚きだが、もっと気になるのはその表情が別人のようだったことか。快活で明るかったあの顔は何処へやら、目の下には濃い隈が出来ており、更に修羅のように表情筋が強張っている。

 怯えているような声があちこちから聞こえてきた。

 

「おいおいやべーよ……向こうの女子にあんな化け物がいたなんて」

「つかアホかよ、あれ一応うちのスタメンだぞ!?」

「あんなバーバリアンがいたなんて……やばいわよ、アレ……」

 

 口々にそう言っている。向こうの生徒だけじゃない。そんな声は、こちら側からも聞こえてきた。

 しかし、花梨は気にする素振りも見せず、そのまま武道場から外の修練場に出て行ってしまう。

 まるで物足りないと言わんばかりに。

 いつの間にか、俺の知っている花梨ではなくなってしまったようだった。

 

「マジかよ……向こうの男子みんな伸したのが、花梨っていうのかよ?」

「ZZZ……」

「いや寝息で答えんな暗野」

「この間もカリンは別の高校との練習試合で、腕試しと言って男子チームと対戦を取り付け、圧勝していマス」

 

 確かに花梨は強い。

 同じ女子のカテゴリーの中では。

 しかし、流石に男子とでは筋肉の差もあり、どうしても不利が入るのは彼女の重々承知していたことだ。

 だが――今目の当たりにした光景は、性差さえも揺るがすものだった。

 

「だけど、それだけじゃないのデス。練習では丸太を素振りするようになったり……」

「丸太ァ!?」

「腕立て百回、状態起こし百回、その他野球部なんかでも音を上げるようなトレーニングをこなしたり……なんて噂が立っててデスね」

「噂かよ、マジかと思っちまったじゃねーか」

 

 俺は流石に頭を抱えた。

 つまり、そんな根も葉もない噂が立つくらい、最近の花梨は常軌を逸しているレベルで練習を行っているというのだ。

 そんなことを続けていれば、いつか彼女の体が壊れてしまう。

 丸太を素振りとか正気の沙汰じゃない。これは流石に嘘臭いが……。

 

「ちょっと俺、花梨と話してくる!!」

「アカル!?」

「心配に決まってんだろ!?」

 

 もう、こうなると気が気じゃなかった。

 たった1人の幼馴染のことが不安で仕方なかったのだ。放っておけるわけがなかった。

 走る。

 足が止まらない。

 

「花梨!!」

 

 慌てて駆け付けた修練場。

 剣道部の武道場がある離れには、そう呼ばれる林がある。

 そこでは、素振りなど基礎練習の稽古を下級生が積む場所でもあるらしい。

 勿論、上級生も此処で練習をすることがあるが、結局のところ武道場に入れるのは最初は上級生だけだという。

 だが、今ここにいるのは花梨1人。それと――俺だ。

 名前を呼ばれたことに気付いたのか、彼女は振り向く。

 寝不足からくるような深い隈が目の下を穿っていた。

 

「……何?」

 

 人を遠ざけるかのような冷たい返答。

 一瞬だけ怯んだが、俺は詰問した。

 

「何、じゃねえよ。最近のお前、ちょっと頑張りすぎじゃねえかなあって……だってお前、練習でもオーバーワーク気味なんだろ? しかもその顔、寝てないみたいだし……」

「はぁ? ほっといてよ。耀には関係ないでしょ」

「関係あるだろ!? 俺達――」

「あたしには剣しか無いの。剣の道しか、無いの!」

 

 パシン、と竹刀で威圧するように地面を叩く。敵意を剥き出しにした行動。

 とても気が立って苛々しているようだ。

 こんなの、昔の彼女からは考えられない。

 

「いい? 今度あたしの練習の邪魔をしたら、本当に絶交だからね!!」

 

 その剣幕に流石の俺も、何も返せなかった。

 何が彼女をそこまで入れ込ませるのかも分からない。

 だが1つだけ言えることがある。彼女は、もう俺の知っている花梨じゃなくなってしまったということだった。 

 

 ※※※

 

 その日は最悪の気分での解散となった。

 どうして彼女があそこまで変わってしまったのか、分からないが、心配そうに声をかけてきたブランに俺は無理して笑顔を作って「駄目だった」と返して帰路についた。

 どうも気分がすぐれなかった。不安と、分からないことだらけだったからだ。

 中学最後の大会で団体の大将を務め、チームを準優勝にまで導いた彼女が、あそこまで練習にのめりこんでしまった訳。

 最早あれは異常と言えるレベルだ。あの様子だとろくに寝ていないようだし、筋肉も悲鳴を上げているだろう。

 だが、もうあれは人がどうこう言って止められるレベルじゃない。練習を例え禁止されたとしても、彼女は家で、いやどこででもオーバーワークを続けるに違いない。

 そんな確信に近い推測が俺の中で渦巻いていた。

 

「ねえ、知ってる? 音神君、今度留学に行くんだって!」

「すごーい! 確かバイオリンが凄く上手いからでしょ? ああ、管弦楽部としては憧れちゃうなあ」

「桑原の奴、最近また別の絵にのめり込んでるみてーだぜ」

「すげぇなアイツ。今年は受験だって言うのに……」

「そういやこの間も出たんだって? あのへんな仮面を被った人」

「ああ。この辺りで怪事件が出る度に解決していくんだとか」

 

 そんなのが居るなら解決してくれよ、この問題も。

 多くの生徒が行き交う商店街で俺は溜息をもらす。

 

「……花梨のバカヤロー……」

 

 運動神経抜群で快活な性格故に皆から頼られていた花梨。

 昔からずっといた俺からすれば同い年でありながら姉貴分だった幼馴染。

 それが、あんなに荒んでしまうなんて。

 

(なあ。剣道の試合、全国大会に行けそうなんだろ? 俺の事なんか気にしないで思いっきり練習してこいよ)

(そ、そう? じゃあお言葉に甘えようかな)

(ああ。期待してるぜ)

 

 昔の事を思い出した。中学3年の夏。あいつが全国大会に行った夏だ。

 あの辺りから、これをきっかけに俺たちは疎遠になった。花梨は部活に、剣道に今まで以上に打ち込むようになったし、俺もあいつの邪魔をしないために敢えてかかわることはしなくなった。

 

「……ん」

 

 そんなことを思い出してたら、ふと看板を目にした。

 気付けば商店街を歩いていたらしい。

 そこをしばらく歩くと人気の無い裏路地に繋がる道が見えるのだが、そこに見覚えのない看板が打ち付けられていた。

 「かあどしょっぷ・れとろ」。いかにも昭和っぽいフォントで大きく書かれた店の名前らしき平仮名の下にはTCG(デュエル・マスターズ)専門と書かれていた。

 あんな店あったかな? と俺は看板に近づく。いつも早足で家に帰るので気付かなかったのかもしれない。

 どうやら略地図を見る限りこの先に店があるらしい。気になって俺は、気を紛らわせる為に「かあどしょっぷ・れとろ」に行ってみることにした。

 薄暗いコンクリートの路地に出てしばらく行くと行き止まりになった。

 そこには灯りがついたガラスの扉。アンティークなデザインのそこには、「OPEN」という掛札がドアノブに掛けられており、入ってみることにする。

 どこか引き込まれるような魔力を、この店に感じながら。

 

「いらっしゃい」

 

 店主は腰の曲がったおじいさんがしゃがれた声で出迎える。

 店の中は小奇麗になっており、あちこちにシングルで売られているカードがぶら下げられている。

 ショーウィンドーの中には拡張パックが箱で置いてある。

 

「あんちゃん、この店に来るのは初めてだね?」

「ええ、まあ」

 

 そんな問いかけに俺は曖昧に返した。

 すっ、と心の中を見るような視線に俺は思わず胸が跳ねる。

 何なのだろう。全て、俺の思っている事考えている事が見透かされているかのような――不思議な目をした老人だった。

 優しげに微笑むと、彼は続ける。

 

「此処はね、初めて来たお客さんにサービスをやってるんだよ。性格診断だとか、そういうのを聞いて、お客さんの”心”に合ったカードやデッキを提供するっていうね」

「は、はあ……変わってますね」

 

 率直に俺は言った。 

 占いじみた事をやっているカードショップがあるとは。

 だが、悪い気はしなかったのと、興味本位でそれを受けてみることにする。

 一通り、性格診断や血液型。好きな食べ物など、およそデュエマには、いやカードゲームには関係無いようなことを聞かれたかと思うと、過去に買ったことのある構築デッキや拡張パックの事を聞かれた。俺は昔買ったアウトレイジのスーパーデッキを改造したデッキばかり使っていたのでそれを伝えた。正直、俺はエンジョイ勢で去年から再開した身。時代錯誤だと先輩達にも笑われたものだが、まあその通りだろう。

 そして最後に、

 

「今、悩みは無いかね?」

「悩み、ですか?」

「ああ。誰にも口外はしないから、何でも言ってほしい。それも加味してデッキを作ってあげよう」

「は、はあ……」

 

 と問われる。それを加味してデッキを作るってどういうことだ。やはり、この店は色々変わっている。

 ……悩み。確かにデュエマ部の未来も憂うべき事ではあるが、俺にとってはもっと大切な事がある。

 今、とても悩んでいることがあった。

 俺は、幼馴染が部活の練習にのめりこみ過ぎて、体を壊しそうだと伝えた。そして、小学生の時までは一緒に遊ぶことが多かったが、中学生の頃からは俺の方から自粛したことも伝えた。だんだん自分がやるせなくなってきて、途中から愚痴が多くなったが、老人は快く聞いてくれた。大方、全部話したんじゃないだろうか。

 色々細かい所はぼかしたようだが、大方把握したかのような表情で店主の老人は「あい分かった」と言う。

 

「距離を置いた、か」

「はい。あいつの邪魔をしちゃいけない、って思ったから」

「……そうかあ。それがあんちゃんの気持ちだってなら間違いとは言わないさ」

 

 でもね、と老人は続ける。

 

「その子は、寂しいんじゃないかなあ。剣しか縋る物が無いから――」

「剣しか、縋るものがない?」

「ああ。だけど、本当はそうじゃないはずなんだ。それを、君が教えてあげなきゃいけない」

 

 っと話が逸れたな、と言った老人は、即興で組んだ40枚のカードの束を取り出した。

 

「じゃあ、これをやろう。少し構築デッキを弄った奴だが……1000円ポッキリでどうだ?」

「1000円ポッキリ、ですか?」

「ああ」

「……一応、中身確認していいですかね?」

「いいとも」

 

 老人は笑みを浮かべる。

 デッキの中身を確認すると、驚いた。俺が使った事の無いカードばかりだ。

 今まで自分のデッキを強化するためにカードを買っていたので、全く新しいテーマを組むのは新鮮ではある。

 

「そこから君はもう1度ゼロから始めてみると良い」

「ゼロから、ですか?」

「ああ。新しい事にチャレンジするのも大事だからな、人生」

 

 確かにそれも良いかもしれない。

 そのデッキはどこか、新しい息吹を俺の中に吹き込んだような気がしたのだ。

 1000円札を俺は老人に渡した。このデッキだけでも大収穫だ。今では手に入りにくいカードも入っている。

 これは間違いなく、買いだった。

 

「それじゃあ、また来ます――」

「ああ、待ってくれ」

 

 俺を呼び止めた老人の手には、真っ白なカードが握られていた。

 イラストもテキストも何も書かれていないカードだ。

 

「あんちゃん、これをオマケに持って行かないかね?」

「……何ですか? コレ」

 

 怪訝な顔をした俺に、店主の老人は驚いたような顔で言った。

 

「知らないのか、あんちゃん、コレ今時流行りのお守りだよお守り」

 

 悪いがそんなお守りは知らないし、胡散臭いと思った――のだが、タダでくれるようだし受け取ることにする。

 好意を無下にするのも、また罪悪感が沸くというものだ。

 こうして、俺はそのまま白紙のカードを受け取り、店を後にしたのだった。

 

「あ、それとあんちゃん」

 

 背中の方から、老人の声が聞こえる。

 不思議な声だった。

 振り返った時、老人は店の前で微笑んでいた。

 

 

 

「実はこの店に、”また来る”は無いんだ――」



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第2話:弾丸VS剣─ワイルドカード

 ※※※

 

 

 

 ぼんやりとした表情で、俺は月曜日を迎えた。

 あの後、店から家にどうやって帰ったのかよく覚えていない。

 日曜日は取り合えず勉強と、あのデッキの試運転をやっていた気がする。

 どこか、ぼーっとした俺は放課後、部室の自分の机に突っ伏していた。

 

「白銀先輩……元気無いですね」

「アカル……大丈夫?」

 

 おそらく、花梨の事で心配してくれてるのだろう。

 勿論、俺が不調なのはそれもある。

 だけど――

 

「んー……何つーかな……ちょっと週末不思議な店に行ったっていうか……ただ、本当夢を見てたみたいなんだ。何か、変な店だったのは覚えてるけど、デッキを買ったのは確かだし、ちゃんとあるんだなコレが」

「大丈夫? 変なお薬キメたデスか?」

「おめーの大好きな名探偵と一緒にするんじゃねえ」

 

 シャーロック・ホームズは事件が無いとコカインを服用する悪癖があったという。そんなのと一緒にされてたまるか。

 それはともかく、本当に調子が上がらない。

 花梨の事も心配だが――

 

 

 

「……なあ、失礼するぞ」

 

 

 

 そんな声とともに、珍しく部室の戸が開いた。

 服装から見るに、どうやら剣道部の部員で花梨と同じクラスの男子生徒の熊原だ。

 熊原はそのまま部室には入らず、どこか困ったような表情で告げた。

 

「実は、刀堂のやつがまだ武道場に来てなくて……」

 

 ブランと紫月は顔を見合わせた。

 生真面目な性格の花梨が部活に遅れる事はまずない。

 それは中学生の頃から同じだ。時計を見ると、既に練習開始から30分も経っている。

 最近、彼女の様子がおかしいのは熊原を含む他の剣道部員も気づいていたことらしく、何か知っていることは無いかと色々な所を回った上で、幼馴染である俺のところに相談に来たらしい。

 しかも下駄箱を見ても彼女の靴が残っており、家に勝手に帰ったことも考えにくいという。花梨の奴、何やってるんだ。

 

「心当たりは、ないな……すまねぇ。ちょっと俺の方で探してみるから、熊原は部活に行ってくれ」

「良いのか? お前たちに面倒をかけてしまうが」

「何言ってんだよ。万年部員不足の同好会を嘗めんなよ? 暇人ばっかだぜ。何ならそっちで放送でも掛けておいてくれよ」

「……助かる」

 

 わざとおどけて言った俺に、誠実な性格の熊原は礼を言うと、そのまま走り去っていった。

 さて、こうなるとやることは決まってくる。

 

「カリンが帰った線は薄い、デスネ。此処は私のスーパー推理で――」

「アホな事やってる暇あるか。さっさと行くぞ」

「りょーかい、デス!」

「……先輩、私も。退屈、少しはしのげそうですから」

「お前なあ……まあ、良いか」

 

 珍しく紫月も乗り気のようだ。とにかく、花梨が学校の何処にいるのか探す必要がある。

 3人ならばすぐに見つかるかもしれない。

 

「んじゃあ、花梨探し、行くか!」

「了解デス!」

「らじゃー、です」

 

 俺と、女子2人に分かれて、俺は新校舎の3階から特別棟をくまなく探していた。

 すぐさま剣道部の放送が掛かった。だが、最近のあいつの挙動からして、それに従うとは思えない。

 保健室にも居ない彼女は、やはりどこかで睡眠不足がたたってぶっ倒れているかふらついているか――あらゆる可能性が浮かぶが、どれもろくな結果ではないことは確かだ。

 花梨。

 小学生の時から一緒で、あいつはいつも剣道の夢を語っていた。

 それと同時に、俺の趣味のデュエマにも付き合ってくれた。

 中学生になったら、今度は俺があいつの夢を応援していたはずなのに。

 

 

 

 からん。

 からん。

 からん――

 

 

 

 金属を引きずるような音が聞こえる。

 思わず、振り返った。この学校という空間には合わない、奇妙な音――その正体を確かめるために。

 

「――花梨――!!」

 

 探していた存在は、思いのほかすぐ見つかった。

 しかし。俺は思わず絶句した。

 あいつの目は虚ろで、もう生きているようには見えない。頬は骸のように痩せこけている。

 そのうえ、右手には巨大な太刃の剣が握られていた。

 あれは、何だ? 

 そんな疑問が咄嗟に浮かんだ。廊下についた傷をみるに、レプリカだとかの類では無さそうだ。

 だが、それ以上に変わり果てた花梨を前に、俺は呆然と立ちすくむしかなかった。

 

「あたしには、剣しか――無いんだから……」

 

 ぶつぶつと呟く花梨。

 どこから出てきたのかも分からないその剣を前に、俺は恐れ戦いていた。

 得物を両手で握りしめ、彼女は廊下を蹴る。

 

「ちょっと待て、花梨!! 俺が、俺が分からないのか!?」

 

 俺の叫びは、彼女には届かなかった。振り上げられる大剣。狙いは勿論俺だ。

 それを――大上段に振り下ろした。

 

「!!」

 

 死を、覚悟した。

 そもそもあの剣は何なんだ。

 あれが真剣ならば――俺は両断される。真っ二つに。今この場で。

 だが、腰が抜けて避けることも逃げることも出来ない――

 

 

 

 ガキィイイイイイン!!

 

 

 

 何かが――剣を、弾いた。

 それは、俺のデッキから飛び出したカードだった。

 弾丸のように、振り下ろされた剣へ向かって飛び出したようだ。

 ようやく、俺は目を開けることができた。

 

 

 

「ワイルドカード、発見!! これより超速、高速、音速的に捕獲するのであります!!」

 

 

 

 目の前に居たのは――空中に浮かぶ、異形の姿だった。

 一言でいえば、頭が新幹線になっている二等身の人型だ。

 

「白銀 耀!! 速く、エリアカードを使うのであります!!」

「いや、いやいやいやいやいや――何!? 何なんだお前!?」

 

 コレは一体どういう超常現象なのだろう。

 花梨がいきなり俺に向かって剣を振り下ろしてきたのもびっくりだが、それを防いだのがこの新幹線野郎というのも驚きである。

 そもそもワイルドカードって何だ。エリアカードって何だ。サッパリ分からんのだが。

 そんな俺を見兼ねてか、呆れた様子で異形は答えた。

 

「何ってクリーチャーなのでありますよォ。見て分からないのでありますか?」

「クリーチャーってお前、デュエマの!?」

 

 クリーチャーと言われると見覚えがあった。

 こいつは、土曜日買ったデッキに入っていたカードだ。

 いや、いやいやいやいや……それが問題だ。何でデッキの中のクリーチャーが出てくるんだ。

 実体化しているんだ。

 

「詳しい説明は後!! まずはあの、ワイルドカードに取りつかれた人間をどうにかするでありますよ、超超超可及的速やかに!!」

「近い、近い、近い!!」

 

 ずいっ、と巨大な顔面を近づけてきたクリーチャーを押しのけ、弾き飛ばされて怯んでいる花梨を見据えて俺は立ち上がった。

 まだ、足は震えている。

 

「この人間は、言わば暴走したクリーチャーカード、ワイルドカードに取りつかれているのでありますよ!! 奴の背後を見るのであります!!」

「ああ!? んなもん言ったってなにも――」

 

 そう言いかけた俺は絶句した。

 いる。剣を咥えた巨大な蒼龍が花梨の背後にいる。

 

「《蒼き団長 ドギラゴン(バスター)》!! あのクリーチャーこそ、あの人間に取りついたワイルドカードの正体であります!!」

 

 薄っすらとではある。

 だが、それは確かに花梨に取りつくようにしていた。

 こいつが、今回の事件の元凶ってことか。

 

「え、えと、それは良いとしてどうすればいいんだ!?」

 

 《蒼き団長 ドギラゴン(バスター)》。俺も知っているが、火/自然文明の巨大なドラゴンクリーチャーだ。非常に強力で、対処が難しいことでゲームでは有名だが――

 

「此処で真っ白なカードを使うでありますよ!!」

「真っ白なカード!?」

 

 デッキケースを見た。思い当たる点は確かにある。

 その中にはあの店の老人にお守りと言われて貰ったカードが入っていたが――そのテキストやイラストが変化していく。

 背景は相変わらず白いままだったが、名前がはっきりとそこには刻まれていた。

 

「”デュエルエリアフォース”――!?」

 

それを読み上げた刹那。

 廊下一面の空気が変わった。

 気付けば、そこは元の廊下であったが、空気は様変わりしていた。

 新幹線野郎が俺の傍にいるが、びっくりしたのは5枚のデュエマのカードが俺の目の前に浮いていること。

 そして、ガラスのような盾が5枚、更に奥に並んでいること。

 手元にはカードの束が浮かんでいた。

 

「なあ、これってどういうことだ?」

「ワイルドカードを封じるには、デュエルで屈服させて従えるしかないであります」

「デュエルって――今ここでデュエマしろってか!?」

「むしろ、耀はそれが本業だと思うのでありますが。肉弾戦闘では死ぬだけであります」

「ぐっ、それは否定できねーけど……」

 

 悔しいが、此処は飲み込むしかないようだ。

 見れば、花梨――いや、それに取りついたドギラゴン(バスター)も俺と同じようにシールドや手札が浮かんでいる。

 ワイルドカードっていうものが何なのかよく分からないが、とにかくここはデュエマで勝つしかないらしい。直接戦うよりはよっぽど安全でこっちに分があるし穏便な方法だろう。

 上等だ。デュエマ部なら、売られたデュエマの1つ買ってやる。いや、この場合は俺が売ったことになるのか?

 

「剣、あたしには剣道しかない……!!」

 

 虚ろな目の花梨の背後で咆哮を上げるドギラゴン(バスター)。とにかく、奴を花梨から引き剥がすしかない。

 先攻はどうやら仕掛けた側の俺のようだ。と言っても、マナをチャージする以外には何もないのでターンを終える。

 

「あたしのターン、マナチャージして1マナで《冒険妖精 ポレゴン》召喚」

 

 そう言った彼女は、カードを1枚目の前に投げ入れた。

 次の瞬間、自然文明のマークと共にカードから現れたのは、航海士のような雪の妖精。

 思わず目を見張る。クリーチャーが、俺の傍にいるこの新幹線野郎のように実体化したのだ。超常現象の巣窟か、この空間は。

 

「ターンエンド」

 

 冷淡にターンの終了を告げる花梨。どうやらルールは普通のデュエマと同じらしい。

 新幹線野郎が、ドヤ顔で説明した。

 

「これがこの空間でのルールでありますよ! マナによってクリーチャーの体が生成され――実体化するのであります!!」

「すっげぇ、漫画かアニメかよコレ……! よし、それじゃあ俺のターン――2マナで《ヤッタレマン》召喚!!」

 

 俺も真似をするようにマナをタップしてカードを目の前に投げ入れた。すると、応援団のような人型が光と共に姿を現す。JOEというアルファベットの文字の刻印と共に。

 

「ジョーカーズ……!!」

 

 花梨が呻くように言った。

 デュエマには光、水、闇、火、自然の5つの文明がある。

 しかし、最近になってその文明の枠を超えるという触れ込みで文明を持たない無色カードに新たなものが登場した。

 それがジョーカーズ。

 俺があの老人から買ったこのデッキは、《ヤッタレマン》をはじめとしたジョーカーズをメインにしたデッキなのだ。

 

「ターンエンドだ」

「あたしのターン――呪文、未来設計図で山札の上から6枚を見る」

 

 花梨が手を使わなくとも、上から6枚山札が宙を舞った。

 

「――そして、クリーチャーの《二族(ンビビ) ンババ》を手札に加える」

 

 虚ろな目でカードを手札に加えた花梨は、そのまま場の《ポレゴン》に向かって指示を出す。

 

「攻撃、《ポレゴン》! そして自然のクリーチャーが攻撃したので革命チェンジ!」

 

 彼女の指示に応えるように、《ポレゴン》は再びカードとなって花梨の手へ戻る。

 そして今度は、自然文明と光文明の紋章を掲げたクリーチャーが飛び出した。

 

「現れて、《二族(ンビビ) ンババ》! その効果で山札から1枚をマナゾーンに!」

 

 革命チェンジ。特定のクリーチャーが攻撃したとき、そのクリーチャーと手札から入れ替わる能力。一気に大型のクリーチャーが現れるため、強力な能力だ。

 そしてカードをマナゾーンに置きつつ、現れたのは巨大な鉄槌を掲げたインディアンのようなクリーチャー。

 しかし、こんなナリでもコスト5の光と”自然”のジュラシック・ドラゴン。放置しておけば、更に強力な革命チェンジクリーチャーを呼ばれる可能性があるのだ。コスト5以上の指定された文明のドラゴン革命チェンジするクリーチャーは、いずれも強力なもの。

 これでもデュエマ部だ。デッキの動きからおおよその流れと内容は予想できる。

 

「そして《ンババ》でシールドをブレイク!」

「!!」

 

 ガラスが割れるように砕け散るシールド。 

 そして、それが俺の手札となって加わった。

 デュエマは5枚のシールドが全てブレイクされて直接攻撃されると敗北するゲーム。

 ということは、あの実体化したクリーチャーに負けたら直接やられるということだが、一応俺の命の保証について問うてみることにした。

 

「な、なあ、もしこの空間で俺が負けたらどうなるんだ?」

「うーん、最悪死ぬでありますな。逆に言えばあの人間の方は、クリーチャーを倒すだけなので無事でありますが」

 

 ちっとも安全で穏便ではなかった。負けたらやっぱり死ぬのかよ!!

 冷や汗たらたらで、俺は脅威の排除にかかる。

 

「俺のターン、《ヤッタレマン》の効果でコストを1軽減して、3マナで《ドツキ万次郎》召喚!! その効果で相手のタップしているクリーチャーを相手の山札の下に送る!! 選ぶのは《ンババ》だ!!」

「っ……!」

「ターンエンド、だぜ」

 

 現れたのはいくつもの拳を持つクリーチャー。それがンババを山札の下へ殴り飛ばす。

 取り合えず、これで次のターンに革命チェンジされる恐れはなくなった。

 此処では取り合えず殴ることはせず、ターンを終える。

 不用意に相手のシールドを増やせば手札を増やすことに繋がるからだ。

 

「……あたしのターン、2マナで《次元の霊峰》を使う。その効果で、多色カードの《蒼き団長 ドギラゴン(バスター)》を山札から手札に加えるから」

「やっぱり、入ってたか――!!」

 

 思わず歯を噛み締める。

 あれが花梨を誑かせたワイルド・カード。最強の革命軍カードとも名高いドラゴン、《ドギラゴン》。大型サイズと出しやすさが相まっている上に、自身も一撃必殺の能力を有している為、非常に危険なクリーチャーだ。

 つまり、俺に残された選択肢は――このターンで決めるしかないということ。そして、このデッキならばそれが出来る。

 絶対にあいつを、花梨を助けなければならないという強い意志が俺を動かしていた。

 

「俺のターン、場に無色クリーチャーがいるからG・ゼロで《ゼロの裏技 ニヤリー・ゲット》を使う! その効果で、山札の上から3枚を捲り、その中の無色カードを全て手札に!」

 

 G・ゼロは条件を満たすことでただでカードを使える効果。

 《ニヤリー・ゲット》の場合は俺の場に無色クリーチャーがいること。

 そして、展開された3枚のカード、《破界秘伝 ナッシング・ゼロ》、《ゲラッチョ男爵》、《ヤッタレマン》。全て無色カードだ。

 そして、これで全てカードは揃った。

 

「出番だ新幹線野郎!! 《ヤッタレマン》でコストをマイナス1してコスト4で《チョートッQ》召喚!!」

「速攻で片付けるであります!!」

 

 現れた新幹線野郎こと《チョートッQ》は既に花梨の方へ突貫している。

 普通、クリーチャーは場に出たターンは召喚酔いで攻撃できないが、こいつは相手プレイヤーに対しては場に出たターンでも攻撃できるのだ。

 

「更にこいつは場とマナゾーンにジョーカーズが合計2枚以上あれば、パワー+3000されてW・ブレイカーになる!!」

「それだけじゃ、打点は足りないよ……!」

「ああ、足りねえな!! だから、手札からこいつを使う!! アタック・チャンス呪文、《破界秘伝 ナッシング・ゼロ》!! 無色クリーチャーの攻撃時に、こいつをコストゼロで使うことが出来る!!」

 

 花梨の表情に動揺は見えない。

 だが、こいつが一撃必殺の切り札と化すのだ。

 

「こいつの効果で山札の上から3枚を表向きにし、その中にあった無色カードの数だけ俺のクリーチャー1体のシールドをブレイクする数をプラス1する!」

 

 捲れる3枚のカード。

 そこにあったのは――《パーリ騎士(ナイツ)》、《戦慄のプレリュード》、《ドツキ万次郎》、全て無色カードだ。

 つまり、《チョートッQ》は一気に5枚、この攻撃でシールドをブレイクできるということだ。

 

「行け! シールドを全てブレイクだ!!」

「了解であります!!」

 

 勢いよく突貫したその時。

 

 

 

「ニンジャ・ストライク4、発動。《光牙忍 ハヤブサマル》――!」



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第3話:弾丸VS剣─エリアフォースカード

 必殺の一撃は防がれた。

 《チョートッQ》の攻撃は届かなかい。

 旋風の如き守護者が捨て身で突貫を遮ったのだ。

 

「その効果で自身をブロッカー化して攻撃を阻止」

「っ……!! マジかよ、入れてたのか――!?」

 

 ニンジャ・ストライクは指定されたマナの数があれば、相手のクリーチャーの攻撃時かブロック時に手札から場に出る能力。その代わり、そのターンの終わりに忍者のように山札の下へ戻ってしまうが、非常に奇襲能力の高いカードだ。

 《ンババ》の効果でマナ加速したから、ギリギリマナが足りていたのだろう。俺は悔しさに唇を噛み締める。

 この状況では、殴ってもとどめまでいけない。ターンを終えるしかなかった。

 

「――クソっ……!!」

 

 項垂れる俺。

 追い詰められてしまった。完全に――

 

「あたしのターン、5マナをタップして――《刀の3号 カツえもん(バスター)》を召喚。その効果で自身をスピードアタッカー化するよ」

 

 現れたのは刀で武装した侍の恰好のハムスターのようなクリーチャー。

 更に、既に居抜きの準備を始めており、切りかかる寸前だ。

 

「あんたなんか、知らない。あんたなんか、あんたなんか――!! 」

 

 殺意を込めた視線を俺に向けると、花梨は言い放った。

 

「《カツえもん(バスター)》で攻撃するとき、革命チェンジ発動」

 

 革命の嵐が巻き起こった。

 史上最強にして最悪。

 革命軍の龍が吠えた。

 

 

 

「切り裂け、革命の龍よ!! 蒼き鎧に身を纏い、その剣を振りかざせ――《蒼き団長 ドギラゴン(バスター)》!!」

 

 

 

 口に大剣を咥え、マントを翻した巨竜。

 その圧倒的な風格に俺は立ちすくんでしまう。

 そして――間もなく、一番恐れていた事が起ころうとしていた。

 

「ファイナル革命発動。このクリーチャーが革命チェンジで場に出た時、このターンまだ”ファイナル革命”を使っていなければこの効果を使う――マナゾーン、または手札からコスト6以下になるように多色クリーチャーを場に出す!! 《双勇(ダブルヒーロー) ボスカツ(ナックル)&カツえもん(ソード)》と《風の1号 ハムカツマン(バスター)》をバトルゾーンへ!」

 

 飛び出してきたのは3匹のハムスター(片方は2匹で1組だが)

 《ドギラゴン(バスター)》が従えるハムカツ団のクリーチャーだ。

 これにより、ハムカツ団が全員勢ぞろいしてしまったことになるのはともかく、完全に打点をそろえられてしまった。

 

「そして、《ボスカツ(ナックル)&カツえもん(ソード)》の効果で《ヤッタレマン》を強制バトルして破壊」

 

 《ボスカツ》の拳に殴り飛ばされ、落下したところを《カツえもん》に一刀両断されてしまう《ヤッタレマン》。 

 うわあ、ぱっくりいったぞアレ……えっぐいな。

 そのまま爆散して消えてしまう。

 

「ま、まずい、返せるのかコレ――!!」

「更に場の多色クリーチャーは《ドギラゴン(バスター)》の効果で全てスピードアタッカーに!」

 

 これで完全に俺はこのターンでのキル圏内に入った。シールドを全て割られて、ダイレクトアタックまでもっていかれる。

 

「まずは《ドギラゴン(バスター)》でシールドをT・ブレイク!!」

 

 薙ぎ払われる俺のシールド。

 まずい。このままでは負けてしまう。

 残り俺のシールドはたったの1枚。風前の灯火だが――

 

「耀、大丈夫でありますか!?」

「クソっ、大丈夫じゃねーよこんなんっ――!!」

「《双勇(ダブルヒーロー) ボスカツ(ナックル)&カツえもん(ソード)》で最後のシールドをブレイク!!」

 

 それも敢え無く打ち砕かれた。

 俺じゃ、花梨を救えないのか?

 一番近くに居た幼馴染の俺でも、あいつを助けることが出来ないのか?

 あまりの衝撃に膝をついた。

 肉体的にも、精神的にも、両方に大きなダメージが入っていた。しかし。

 

「剣しか、無いだぁ――!? クソっ!! んなわけ、ねぇだろ!?」

 

 割られたシールドの破片が、収束して光となった。

 諦めきれる訳がない。このまま、投げ出して逃げられる訳がない。

 今ここで彼女を助けられるのは――俺だけなのだから。

 

「S・トリガー、《バイナラドア》!!」

 

 光はクリーチャーとなって飛び出した。

 S・トリガー、それはデュエル・マスターズにおける最大の逆転手段。割られたシールドの中にこれを持つカードがあれば、その場で使用できるというものだ。

 

「マナゾーンか場にジョーカーズが合計3枚以上あれば相手のクリーチャーを1体選んで山札の一番下に送れる! 《ハムカツマン(バスター)》を強制送還だ!」

 

 扉に目がついたようなクリーチャーが、《ハムカツマン(バスター)》を吸い込んでいく。

 

「っ……ターンエンド」

 

 これでもう、花梨は攻撃できない。止めた。何とか、ターンが返ってきた。

 辛うじてカードを引く。

 そしてそれを見た時――

 

「耀、それを使うのでありますよ!!」

「ああ、分かってらあ!! 呪文、《戦慄のプレリュード》の効果でコストをマイナス5して、1枚のマナをタップ!!」

 

 マナをタップされると同時に、拳を突き上げた。

 

 

 

「これが俺の切り札(ワイルドカード)、《超特Q(チョートッキュー) ダンガンオー》、召喚!!」

 

 

 

 現れたのはロボットのような姿のクリーチャー。はっきり言って、近くで見るととてもカッコいい。まさに弾丸のようなデザインだ。

 そこに頼もしさを感じた。

 

「耀、今であります!!」

「ああ!! 《ダンガンオー》はバトルゾーンに出たターン、相手プレイヤーを攻撃できる。そして、場の他のジョーカーズの数だけシールドを更に1枚ブレイクするんだ!! 《ダンガンオー》、攻撃だ!!」

 

 俺の場には他にジョーカーズが3体いるのでブレイク枚数はプラス3枚。

 元々W・ブレイカーだから、これで全てのシールドをブレイクだ。

 一気に花梨のシールドが全て砕け散った。S・トリガーは、無い。

 

「《ドツキ万次郎》でダイレクトアタック!!」

「革命0トリガー――《革命の巨石》2枚を使う!! 効果で山札の一番上を捲って、それが自然のクリーチャーならば相手のクリーチャーをマナゾーンに送れる!!」

 

 シールドが0の時に使える革命0トリガーで最後の逆転を図る花梨。

 結果は2回共成功。その効果で攻撃した《ドツキ万次郎》と《バイナラドア》はマナゾーンに送られるが――まだ、俺の場にはクリーチャーが残っている。

 これでラストアタックだ。通れ!!

 

「耀、最後の攻撃であります!!」

「ああ、俺の攻撃はまだ終わってない!! 《チョートッQ》でダイレクトアタック!!」

 

 ※※※

 

 

 

 空間が崩壊し、元の廊下に戻った。

 見れば、ドギラゴンのカードも只の物言わぬそれに戻っており、全てが終わった事を意味していた。

 

「花梨!!」

 

 叫んで倒れている彼女を抱きかかえる。

 

「だから言ったでありましょう、攻撃したのはクリーチャー。そっちの命に別状は無いでありますよ」

 

 すっかり元の姿に戻ったチョートッQが腹の立つ声で言ったので、怒鳴り返す。人の幼馴染を何だと思ってるんだ。

 

「アホか!! 幼馴染だぞ、大切な!!」

「ともかく安心するでありますよ。ワイルドカードに吸い取られていたマナも還元され、元通りであります。それじゃあそろそろ自分は引っ込むでありますよ」

「ちょ、オイ」

 

 言い終わらない間にチョートッQは俺のデッキの中に戻ってしまった。

 本当に何だったんだこいつ……まあこいつの助言で色々分かったから良いんだけどさ。

 

「……んぅ」

 

 呻き声が聞こえた。

 見ると、目を擦って欠伸をしている花梨。

 

「んー……何……何やってたんだろ」

「……はぁー……」

 

 大きくため息をつく。確かに、やつれていた顔も元に戻っている。

 花梨は起き上がるときょろきょろと辺りを見回した。

 

「え、え? これどういう状況!?」

「練習のし過ぎで、今此処でぶっ倒れてた」

「ふぇえ!? た、確かにここ最近根詰め過ぎてたよーな……」

「ああ、自分には剣道しかないとか言ってた」

「な、なんか……そんなこと言いながら練習してた気がする……」

 

 どうやら、記憶は全部とまではいかないが少し残っているらしい。本当にはた迷惑なカードであった。

 

「んじゃ、保健室に連れてくから親に迎えに来て貰えよ。それと――」

 

 一呼吸置くと、俺は言った。

 

「ごめん」

「? 何で耀が謝るのよ」

「俺……お前の邪魔にならないためって思って距離置きすぎてたっつーか……お前が一番辛い時に、傍に居られなくて」

「何言ってるの。確かに一緒に話したり遊んだりする機会は減ったけど、それはあたしが――」

「とにかく、お前に倒れられたら困るんだよ。今度は辛い事とかあったら、俺に言えよ。俺に出来ることなら――」

 

 言いたいことが纏まらないであやふやになっている俺。ああ、何でいつもこうなんだ本当に。

 だけど、花梨はそんな俺を見て微笑んでいた。

 

「……あたしの家ね、両親がとても厳しくてあんまり弱音とか吐けなかったんだよね。だけど、中学高校になったらもっと自分を厳しくしよう、って思って――中学の最後の大会で、準優勝だったのがとても悔しくて――自分を追い詰め過ぎてたのかも」

「花梨……」

「だから――ちょっと、おぶってくれない、かな……? 寝不足で、力入らないかも……」

「……ああ」

 

 瞼が閉じていく。

 どっ、とこれまでの疲れが出たんだろう。

 花梨、本当にお疲れ。もう、無理なんかしなくていいからな。

 

 ※※※

 

 

 

「そんなわけで、刀堂先輩はオーバーワークによる疲労でしばらく部活を休む事にしたらしいですね」

「妥当デスヨ。練習禁止って顧問の先生から言い渡されちゃったみたいネ。でも、今まで誰の話も聞かなかったのに、アカルが介抱したら正気に戻ったとか」

「は、ははは……」

 

 言えねえ。デュエマで元に戻しただなんて言えねえ。

 そんなわけで次の日の放課後。俺達は相変わらず暇やってた。

 取り合えず花梨は一端、少しだけ剣から離れることにしたらしい。当たり前だ。今まで頑張りすぎたんだから。

 

「所でアカル。その新しいデッキ、なかなかStrongデスネ……今まで通りにはいかないデス」

「ジョーカーズ嘗めんなよ? 今年の目玉だぜ」

「では、次は私が……」

 

 そうこう言ってる間に、部室の扉が開いた。

 

「やっほ。皆!」

 

 明るいはつらつとした声。クリーチャーの所為だったとはいえ、えらく早い立ち直りを遂げた花梨だった。

 

「カリン! 元気になったようですネ!」

「うん。だけど、ちょっと練習のし過ぎって言われて部活は休む事にしたんだ。充電期間ってやつだけど」

「何よりです」

「どっかの誰かに、襟首正されちゃったしね」

 

 ウインクが飛んでくる。

 正直、俺はデュエマしただけだ。結局の所、あいつの無念に気付いてやれず、距離を置きすぎて疎遠になって相談もしてやれなかった俺にも責任はあるのだから。

 

「て訳で、久々にデュエマしよ? 耀」

「お、うちの活動に参加すんのか?」

「練習禁止ってことで暇だし」

 

 久々も何も、昨日やったばかりなんだが、とはおくびにも出さず。

 俺はデッキを取り出す事にした。

 そういえば、チョートッQのやつ喋ってないな、あれから。そして、俺もまたワイルドカードに遭遇することがあるのだろうか。

 その時はこいつの力を借りるだけだ。

 今は――学園生活を楽しもう。謎はゆっくりと解いていけばいい。

 

「おっとー、安心するのはまだ早いでありますよ」

「ぶっふ!!」

 

 デッキケースから声が聞こえて思わず噴き出した。こいつ、皆の前でいきなり何喋ってやがんだ。

 思わず俺はどっかにそれを放ってやろうかと思ったが、

 

「あー、安心するであります。この声は他の誰にも聞こえていないでありますよ。ま、ともかく――1つだけ言えるのは、まだワイルドカードはこの学校に沢山眠っているということであります」

 

 ごくり、と冷や汗が首筋を伝った。

 結局、一体ワイルドカードって何なんだ。それを今此処で聞くのはあまりにも挙動不審なので、悔しいが大人しく引いておこう。

 

「――事件解決の際には、一応協力するでありますよ――マスター」

 

 そう付け加えると声は消えた。

 どうやら――まだ、この学園での騒乱は続くらしい。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――夜風が吹く。

 マントが翻り、月に照らされたシルクのハットが艶やかに煌いた。

 今宵は十六夜。彼の狩り場。

 奇抜にさえ見える彼は、ネオンライトが輝く街で一声、叫んだ。

 

「さあ、ショーの始まりと洒落込もうか!」

 

 くるり、と宙で回り、降り立つ。

 彼のものが捉える瞳は――異類異形の怪物達。

 夜の闇に潜み、蔓延っていたそれであった。

 その仮面に描かれたのは三日月。

 顔で笑い、心で泣く道化の仮面。

 

 

 

「――この私が居る限り、この世にワイルドカードは栄えない!」



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第4話:ディティクティブ・トリック─探偵ブラン

 本日の放課後、俺は憂鬱だった。

 実に憂鬱であった。まあ、悩みの多い現役高校生に憂鬱というのはさして珍しい事ではないのだが――

 

「ぶわっはっはっはっは!! ようこそカモーン、諸君!! 我々科学部の週イチサイエンス発明ショォ、はっじまっるゾォ!!」

 

 くじ引きで無理矢理各クラスから集められた観客達による、なけなしの拍手が漂う放課後の裏庭ステージには、もじゃもじゃアフロの白衣の男がマイクを使ってそんな演説をしていた。

 かく言うこの俺・白銀 耀も昼休みのくじ引きでハズレを引いた結果、今こうしてこの場に観客として立っている。

 科学部――とは言うが、その実態は発明部と言っても良いだろう。こうして生徒を募り、週に1回自分たちの発明品を発表する場を設けているのだ。

 

「何でありますかぁー? 発明って」

「何て言ったって、そりゃ――って」

 

 俺は押し黙った。ふと、声のした方を向く。

 そこには、あの実体化したクリーチャー・チョートッQの姿があった。正直ビビった。何で出てきてるんだコイツ。

 周りに聞こえてるかと思ったが、幸い普通の人間にはクリーチャーの声は聞けないし姿も見えない。が、やはりこうやって人混みの多いところで話しかけられるのはやはり慣れない。余り好き勝手な事はしないでほしいのだが。

 

「おい、勝手に話しかけてくんじゃねえ、ビビっただろ」

「いい加減、慣れてくださっても良いと思うでありますよ」

「ざっけんな、落ち着かねえわ」

「で、その発明品は何でありますか?」

「……まあ、はっきり言って――ポンコツだな」

「言い切ったであります!?」

 

 傍から見れば1人事のでかい変人に見えるこのシチュエーションだが、敢えて何度でも言おう。その内容は例外無く発明品(ポンコツ)である。発明品と書いて、ポンコツである。

 それがまともだった覚えは、はっきり言って無い。例えば電子レンジに何故か鉛筆削り器を取り付けた奴を発明品と言ったり、カーテンのシャーッてなるやつがアレな時限定で最寄りのラーメン屋に買いに行ってくれるお使いアンドロイドだったり(当然だがラーメン屋にカーテンのシャーッてなるやつは売っていない)、掛けると目の前の人がズラか自毛かを即座に判定してス〇ウターの如くレンズに映し出す眼鏡など(尚、部長はこの発明品が元で自分のハゲがバレた)etc……このようにまともな発明品が出来た覚えが無いのだ。

 それでもいいなら、物好きだけ見に行けばいいのであるが、問題は各クラスから必ず1人は観客としてやってくるように勝手に義務付けていることだ。

 そんでもって、本人たちは謙虚に発明だけやっている熱心な奴等ならまだ好かれもしたろうが、問題はもし来なければそのクラスに嫌がらせを行っていることか。その嫌がらせというのが、そのクラスの教室に朝早くやってきて生卵を投げつけるというものであり、やたらと陰湿なのだ。後、食べ物を粗末にするんじゃねえ。

 

「……ポンコツかどうかは、私達が決めることじゃないと思いマスがネ」

 

 ……。

 振り返る。妙に歯切れの良い声、振り向くと見慣れたブロンドが目に入った。

 

「ブ、ブラン……お、お前も来てたのか」

「んー? お前”も”ってどういう事デスか?」

「あ、いや、何でもねえ、こっちの話」

「とにかく、あの人たちの発明デスケド、シャーロック・ホームズの言葉にこういうのが――」

「いや、そういうのは良いから」

「むぅ」

 

 不満げに頬を膨らませた少女――ブラン。

 どうやらこいつも来ていたらしい。

 

「おやおやあ、いつも”部室”とやらで一緒に居る彼女でありますなぁ?」

 

 新幹線野郎のカードをこっそりデッキから取り出し、強く引っ張ってやると悲鳴が上がる。お、痛覚あったんだな、このカードに。

 それはともかく、ブランの事だし彼女もくじ引きでハズレを引いてやって来たのだろう。

 と思いきや――

 

「ま、発明は置いておいて、科学部に関するちょっとした情報を手に入れてデスネ……潜り込んでいたのデスヨ」

「噂ァ?」

「Yes。これでも私、”探偵”ですノデ!」

「オイオイ、探偵を部に入れた覚えはねーぞ」

 

 確かに探偵と言うのは、本来は諜報だとかそういったことを請け負うもの。

 推理小説や漫画にあるような、推理と言う名の大立ち回りを演じることはまずない。いや、こいつのやってることも大立ち回りだけど。つかこいつ、本当に将来探偵になるつもりか。

 

「はあ、そうか。気になることっつーのは?」

「科学部の部員が、何時に帰っているのか知っていマスカ?」

「7時半、じゃねえか? 最終下校時刻の――」

「No。違いマス。About……10時、くらいデスヨ」

「! マジかよ」

「去年の夏頃からこういう状態が続いているらしいデス」

 

 そいつは驚きだ。

 本来、最終下校時刻は7時半とうちの学校は決められてはいるが、どうやらそれを守らずに部室という名の学校の裏山にある工房に籠っているらしい。倉庫を改造した場所で、広さはそれなりにあるというその工房だが、俺はそこで量産されているのはてっきりゴミばかりかと思っていた。

 それに、1人だけではない。科学部の生徒全員が最近はそんな状態らしい。

 顧問の先生は、実質いるだけの状態なので機能していないらしく、生徒会も何故か口出ししていなかったらしい。

 

「それともう1つ――」

「?」

「科学部のミョーな噂、デスヨ。本当に知らないんデスカ?」

 

 ブランは俺に耳打ちした。

 ゴミを意気揚々と解説している科学部の部長の事など俺は既に興味はなく(いや、別の方面で興味は持ったが)、それに耳を傾けることにする。

 

「最近、その科学部の工房から変な音がするのデス」

「音?」

「工房には使用中の間、鍵が掛けられていて部外者が勝手に入ることは出来ないのデ、数日間私は部活が終わった後に工房を張り込んでいたのデスヨ」

「おい、また危ねぇ事をするな」

 

 仮にも女の子、それもハーフ故に目立った容姿のブランがそんなことをしていたとは。

 こいつ、もうちょっと危機意識を持て。お前のやってるそれは、アロハシャツ着た忍者が屋敷に忍び込んでるのと同じくらいリスクが高いぞ。

 

「そしたら、何か……変な音がするのデス。とても大きな音が……それも呻き声、のようなものデス。それで、窓を覗いたのデスガ、くっきりとsilhouetteだけは見えマシタ」

「何だよ」

 

 ごくり、と息を飲むとブランは言う。

 

 

 

 

「それは大きな、ロボットのよう――デシタ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「へえ、科学部が変な物を作ってる、ねぇ」

 

 部室でデュエマをしているのは、オーバーワークが原因で練習禁止になった幼馴染の花梨と、後輩の紫月だった。俺の話を聞きながら、花梨は頷きつつもこなれたカードさばきでデュエルを進めていく。

 花梨は、割とすぐにデュエマ部に馴染んだ。というのも、顔を知らないのが後輩の紫月くらいで、その彼女ともすぐ打ち解けた。どうやら紫月は、自分を満足させてくれる腕のデュエリストと戦えるのが表情には表れていないが楽しいらしく、寝ることはめっきり減った。

 さて、彼女が使っているのは、あの日暴走した彼女を倒した後に散らばっていたカードで組んだドギラゴンデッキ。どうやらもう、実体化する力は無いようなので、デュエマを復帰するらしい彼女に俺の方からプレゼントという形で渡しておくことにしたのだ。

 するとめきめきと彼女の腕前は上がっていく。いや、デッキが強いのもあるのだが、彼女自体が前のめりな性格だからか。

 

「――あ、ちょっと待って。いけるじゃん、これ――よっし、《ハムカツマン(バスター)》でダイレクトアタック! 勝った!」

「むぅ、私の負けです。刀堂先輩は強いですね」

「いや、そうでもないよ。前のあたしのデッキじゃ、勝てなかったかもしれないし」

「刀堂先輩とデュエルするのは、白銀先輩とよりは楽しいです。だから問題ありません」

「何で!?」

「ちなみにブラン先輩は、使ってるデッキにしっかりと拘りを感じるので嫌いじゃないです、白銀先輩と違って」

「オイ!!」

 

 何で紫月の俺に対する評価はこんなに低いんだ。

 そんな俺の悲痛な心の叫びはともかく、話題はブランのデッキにすり替わった。

 

「確かに趣味を感じるよね、ブランのデッキ。わざわざあのカードを入れてるってところにさ」

「あいつ、そのカードがあるからデュエマを始めたようなものだしな」

 

 ブランは大好きな推理小説の登場人物や作者の名前を冠したカードがあるという理由で、デュエマに釣られたようなものだ。

 その辺りは色々あったのだが、また今度話すとしよう。

 

「ふう、少し休憩! やっぱ頭を使うと疲れるわあ……で、耀。あんな山に工房とかあったんだ」

「元は倉庫らしいな。科学部が改造したんだ」

「ロボットですか……正直興味ないですね。調べるならブラン先輩と白銀先輩だけで行ってください。見間違いの可能性もありますから」

「でも科学部の人達、遅くまでそんなのを作るために残ってるんだ……」

「”そんなの”、ねえ……まあでも、あれがあいつらにとっては楽しいんだから、良いだろ。まあ、夜遅くまでやってるのは不安だけどな」

 

 発明発表会と嫌がらせだけは勘弁してほしいが、本当人に迷惑さえ掛けなければ後は自己責任。

 基本、俺はそういうスタンスだ。逆に言えば、今の科学部の活動には疑問を覚えている。

 そもそも、発明品と称したスクラップ自体は科学部の伝統のようなものだし今更だ。だが、昔から科学部が遅くまで居残りをするような部だったかというと――そうではない。去年の夏からというと丁度前の部長が引退して今の部長になったころだから、その時に方針が変わり、無理矢理他の部員を残してる可能性だってあるのだ。

 

「お待たせしたデース!!」

 

 扉を乱暴に開けて入ってきたのは、鹿追帽(ディアストーカー・ハット)二重マント(インバネスコート)、そしてシャボン玉がぷかぷか浮いているおもちゃの煙管を手に持ったブランだった。

 部室の視線は一気に彼女に注がれる。

 その姿は、さながら女子高校生版・シャーロックホームだった――

 

「おめーは一体何処のミルキーなホームズだァァァ!! 何でンなモン着て来てんだよ!?」

「何で、って今から科学部の工房に乗り込むからデス!!」

「乗り込むゥ!?」

「今までcheapな発明しかしてこなかった科学部が、いきなりBigなロボットを開発するなんてあり得ません! 何か裏があるはずデス!! それに、その……部員が夜遅くまで帰ってこないのも、心配デスし」

「最後言い淀んだぞコイツ、大義名分が大義名分になってねぇ!! 興味だ!! 興味本位の行動だよ!!」

 

 ともかく、こいつが自分の知識欲求を満たしたいがために行動しているのは分かった。そんでもって、その帽子とコートはどこから持ってきた。

 

「そこでワトソン……Youにも協力してもらいマース」

「ワトソンってもしかして俺の事じゃないよね? ねえ、ブランさん、何で俺の腕引っ張ってんの離して、俺ワトソンじゃな――ちょ、やめ、やめろおおお!」

「あ、あはは……それじゃあ行ってきてね……」

 

 苦笑いを浮かべて手を振る花梨に、机に突っ伏す紫月。

 どうやらこの部室に俺の味方は誰一人としていないらしい。



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第5話:ディティクティブ・トリック─代打探偵

※※※

 

 

 

 どれだけ歩かされただろうか。

 小高い丘の草むらに、俺とブランは並んで這いつくばり、科学部の工房を眺めていた。

 双眼鏡で十数分の間観察して居たが、人が出入りする気配は既に無い。

 俺も一応(制服が汚れそうだから)、ブランに同じ帽子とコートを一着貸して貰ったが……既に棘の付いた草の実がズボンについてチクチクしている。本当、やるなら1人だけでやってくれって話だよな。

 そんなわけで、つまらない観察がいつまでも続いていた。

 いい加減やめよう、と俺が言いだそうとしたその時。

 

「……! アカル、伏せるデス!」

 

 いきなり、俺の頭は地面にたたきつけられた。ブランが俺の首を押さえつけたからだ。

 何かが俺の帽子を掠めた気がした。

 ブランが声を上げる。

 

「ラジコンカーデス! 屋根の上に設置されているのが撃っていマス! 上に小さな銃座が取り付けているデス!」

「嘘だろォ!?」

 

 科学部の改造ラジコンカー。これも奴らが作った嫌がらせ用のアイテムなのだろうか。ラジコンカーと言っても、通常のそれよりも一回り大きく、さながら銃座の付いた軍用車と言ったところか。そこには電動式で引き金が動くエアガンのようなものが取り付けられている。どうやら今まで、重なった屋根に隠れていて見えなかったらしい。移動してこっちまで来たのか。

 

「……ん? ちょっと、貸してくだサイ!」

「え!?」

 

 ブランは俺の帽子を手に取ると驚いたような顔をした。

 泡が立つような音が帽子からしている。掠めた弾道状に煙を上げてそれが溶けていた。

 

「お、オイ……マジかよ。何なんだアレ――」

「やれやれ、殺す気満々デスカ……でも、何なのでショウカ……」

 

 原因は間違いなくあのラジコンカーから放たれた弾だ。

 それも、どうやらただの弾ではないらしい。実弾なんかよりもよっぽど怖い、化学兵器か何かの類か。なんつーおっそろしいもんを――と戦慄した矢先、また弾が飛んでくる。

 危ない。今度は目の前の地面へ落ちた。命中率は高くないようだ。しかし、やはり地面から生えていた草が溶けている。

 

「ぼーっとしないで下サイ! もっと、周りを”観る”デス!!」

「見ていたよ!?」

 

 珍しく怒っているブラン。思わず俺も言い返すが、

 

「見ているだけで、アカルは観察していないのデス! もう少しで危なかったデス!」

「っ……!」

 

 残念だが今回ばかりは彼女の言う通りだ。

 俺は工房の”入口”だけをぼんやり眺めているだけだったが、こいつは注意深く工房の隅々まで観察してラジコンカーを発見した――もう少しで、下手したら俺の顔には穴が開いていたかもしれないのだ。

 どうしよう。帽子とあのラジコンカーが撃っている弾の事は彼女に言うべきだろうか。雀の鳴くような音と共に再び、弾が草むらに着弾する。見れば、掠めた草が溶けていた。俺達にあれが当たったらまずい。

 

「ともかく、仕留めマス! やらなきゃ、やられるデス! 相手が物なら、躊躇いは無いデス!」

 

 その前に言った彼女は、懐から巨大なパチンコのようなものを取り出した。

 スリングショット。狩猟用の巨大なパチンコだ。ゴムが強く、大きさも玩具のそれよりも大きい。

 そして、鉛弾をゴム部分にセットすると、彼女は伏せたまま強くゴムを引っ張る。

 いや、そもそも当たるのか? 此処からあそこまで20m以上離れているが――

 

「風よし――狙いよし――fire!!」

 

 ゴムが勢いよくもとに戻ると共に――甲高い金属音が鳴り響いてラジコンカーが屋根から落ちた。

 双眼鏡でみると、鉛弾が斜め上から銃座と本体を貫いている。もう、あれではまともに機能しないだろう。

 

「ふふん、鉛弾でも50m先までは飛ぶんデスヨ?」

「へ、へえ……」

 

 感心した。

 幾ら飛距離があると言っても、こうやって1発で命中させることが出来ているのは彼女の技能、腕前がかなり高い事を示している。

 やはり何だかんだ言って形から入っているだけの事はある。いや、射撃は昔からやっていたって言っていたような……まあいいか。

 ともあれ、邪魔なのは黙らせたな。

 

「それじゃあ、早速突入しマスか」

「うええ!?」

「あんな武装をしていたということは、中に怪しいものがあるという動かぬ証拠デス!」

 

 俺は素っ頓狂な声を上げた。

 突入、ってでも鍵掛かってんだろ……なのにどうするつもりなんだろう。

 構わず、彼女は周り込むようにして工房の前に滑り降りる。

 そして、今度はポケットから何かを取り出した。

 

「前調べで、此処のカギが古っぽいことは調査済みデス!」

「ちょ、ちょっと待って、お前まさか――」

 

 それを見て俺は驚愕した。先がぐにゃぐにゃに曲がった如何にもそれっぽい針金。

 つまり、彼女はピッキングをしようと言うのだ。古い。それは一体いつの技術だ。

 しかも、これは犯罪だろう。と、俺は止めたのだが――

 

「大丈夫デス! ……バレなきゃ、犯罪じゃないのデス」

 

 バレなきゃ犯罪じゃない、っておめ……それ、どこのニャルさんだ!! 

 突っ込む間も無く、彼女は先をぐにゃぐにゃに曲げた如何にもそれっぽい針金を鍵の中に突っ込む。

 そして――しばらくしただろうか。

 俺は止めた。止めたんだぞ? でもこいつが止めなかったんだ。

 カチリ、と音がしたかと思うと鍵が開いたようだ。

 重々しい音を立てて扉が開く。

 思い切って、その中に踏み入る。その先にあったものを見て――

 

「――」

 

 ──思わず、言葉を失った。

 そこに広がっていたのは異様、の一言だ。

 科学部員と思しき部員達は、それぞれ工具のようなものを付けて広がっていた。

 溶接を行っている者がいれば、パーツを組み立てている者、取り付けを行っている者等様々だ。そして、その最奥には――

 

 

 

 

「ハハハハハハハハ!! もうすぐ完成だァァァァーっ!!」

 

 

 

 

 そう叫ぶ声が聞こえる。科学部部長のアフロハゲだ。

 しかし、問題は彼が大きく手を広げて見上げているものにあった。

 それは確かにロボットである。

 だが、それはロボットはロボットでも――俺達にとって、大いに見覚えのあるものだった。

 

「ア、アカル……あれ、見たこと……ありマスヨネ?」

「ああ……! 《S級不死(ゾンビ) デッドゾーン》だ――!!」

 

 ブランの声が震えている。

 予想していたロボットとは違うそれに戸惑いを隠せていない。

 《S級不死(ゾンビ) デッドゾーン》。紫色の機体を持つ、不死の力を持つ侵略者のクリーチャーだ。

 だが、これがブランに見えているという事は――クリーチャー、ワイルドカードの類じゃないのか?

 

「ワ、ワ、ワイルドカードでありますよ!!」

 

 ポン、と飛び出したのはチョートッQだ。

 その言葉に俺は驚愕した。

 

「ど、どういうことだよ!?」

「あの者達は皆、デッドゾーンの魂に命じられて、あの機械の体を作られているであります!! いち早く止めなければ、このままではデッドゾーンが本当の意味で現世に現れるでありますよ!!」

「んなあっ!?」

「さっきの銃も、おそらく奴の力を利用して作られたものであります! 弾が触れたら腐ったり溶けたりして有機物はゾンビになるでありますよ!」

「もっと早く言えよ!」

 

 つまり、あいつらはデッドゾーンによってデッドゾーンの本体やその他危ない発明品を作らされているってことか!? しかも、あのゴミを平行して作ってただなんて何て連中だ!

 ややこしいことになってきたが、要するに止めなきゃまずいってことか。

 ブランがこっちを向いて不思議そうな顔をしているが、そういえばこいつ何も知らないんだ。まずい、どうしよう。

 しかし、この間も部員達は黙々淡々と作業を進めるだけ。どうやら本当に操られているらしい。

 

「何だ貴様等はァ!! 俺の邪魔をするのかァ!!」

 

 げっ、アフロハゲがこっちに気付いた。とても怒った表情でこちらへ詰め寄ってくる。

 

「Yes!! 私達はバードウォッチングに来たのに、いきなりそっちのラジコンカーが撃ってきたデース!! 鍵はたまたま開いてたので文句を言いに入ってきましタ!!」

 

 毅然とした顔で大嘘を並び立てるブラン。こ、これはブリカス……。

 嘘八百とハッタリも程々にしておけよ? と思ったが、コレで一応正当性は出来たか。

 

「ああ!? 知らないなあ、そんなことは。今我々の邪魔をするのは許さんぞ!! 周囲に近づく者は、皆始末してやる!!」

 

 やばい。おかんむりだ。

 それどころか――背後に影が見える。

 唸り声と共に、紫色に染まった不死の機体の姿が俺には見えた。

 

「特に貴様だ!! オラァッ!!」

 

 影の機体からアームが、伸びた。

 それが俺の首を掴み、そのまま床へ叩きつける。

 

「アカル!? 何で!? 急に吹っ飛んだデス!?」

 

 頭を打ち付けた上に壁に押さえられて身動きが取れない。ブランの悲痛な声が聞こえた。

 鋭い痛みに、俺の顔も歪んでいるだろう。

 

「吸い取ってやる、オラァ!!」

「ぐ、ぐあああああああ!?」

 

 アームに掴まれた首根っこから、体の力が抜けていく。

 こいつ、俺の力を吸い取っているのか――!?

 デッドゾーンは、相手のクリーチャーのパワーをマイナスする効果を持っている。こいつ、まさか現実世界でもそれを――

 

「アカル!!」

 

 にげろ、と口を動かそうとしたが声が出ない。

 このままじゃ、エリアカードも使えない。

 

「貴様。実体化するカードを持っているな? だから”俺”が見えるのか。本来の体が戻っていたら、お前の首を握り潰してやるところだが……今はこれで勘弁してやろう。だが、クリーチャーとエリアフォースだけは渡してもらうぞ!!」

「ど、どうなっているデスか!? 握り潰すって……!? クリーチャーって、エリアフォースって何が何なんですカ!? アカル!!」

「……!」

 

 狼狽えて俺の方に走ってくるブランだが、押さえつけられている今の俺じゃ彼女に何もできないし、何も言えない。頼む、頼むから逃げてくれ!! あいつの狙いは、俺とチョートッQなんだ!!

 ――そういえば。チョートッQの姿が見当たらない。あいつ、こんな時に一体何処へ行ったんだ!?

 

 

 

「そこの小娘、これを受け取るであります!!」

 

 

 

 刹那。

 チョートッQが、ブランへ向かって跳んだ。その手には、カードが握られているように俺には見えた。

 いや、彼女からすればカードがいきなりこっちへ向かってきたようにしか見えないだろう。

 

「おのれ、ちょこまかと!!」

 

 恨み言を上げるアフロハゲ……に取り付いたデッドゾーン。俺をねじ伏せていたアームを外し、今度はチョートッQの方へ飛ばすが、いとも容易くチョートッQはそれを躱してしまう。

 見るとあいつが握っていたのは――まさか、エリアフォースのカード!?

 

「え、何このカード!? 飛んでくるデス!?」

 

 いきなり飛んできたように見えたからか、それを思わずキャッチするブラン。

 次の瞬間、眩いほどのそれが俺の視界さえも覆いつくした――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

気が付けば、あの工房のままでしタ。

 さっきから一体何なのでショウカ……。アカルは吹っ飛ばされるし、科学部の部長サンは変なことを言い出すし、変なカードが飛んできて、思わずキャッチしたら目の前が光って……。

 

「み、見えるでありますか!?」

「……うええ!?」

 

 私は狼狽えマシタ。

 何かいマス。変な子が私の前に浮かんでいるのが見えマス。

 そして、科学部の部長サンの後ろに機械のようなものが出てきました。

 これって――これって全部、覚えがありマス。

 デュエマの、クリーチャー……デスヨネ!?

 

「何で、クリーチャーが……Why!? 貴方は、いつもアカルが使ってるクリーチャー、デスヨネ!?」

 

 名前は、チョートッQだった気がシマス。

 

「話は後でありますよ!! 小娘、今は戦えない我がマスター、耀に代わってあのデッドゾーンとデュエルで決着を付けるであります!!」

「デ、デュエル!?」

「なあに、難しいことはないであります!! さっさとやるであります!! このカードの名前を読み上げるでありますよ!!」

「……そういうことなら、お安い御用デス!」

 

 私はせかされるがままに読み上げましタ。

 

 

 

「デュエルエリアフォース――!!」



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第6話:ディティクティブ・トリック─推理終了

 ※※※

 

 

 

 突如現れた空間に、私は戸惑うばかりデシタ。

 遠目に盾のようなものが出てるし、手元には山札がありマス。

 手札が目の前には浮かんでいて、本当にデュエマしろって事デスカ。

 

「この俺を捉えたつもりか? こんなゾンビ状態で戦わなければいけないのが、頭に来るがぶっ潰してやるぜ、オルァ!!」

「何かすっごい怒ってるデス!?」

「気にしないでおくでありますよォ。目の前にいるあいつに取り付いたクリーチャーは、デュエマで勝てば取り払えるであります!」

「なら、単純明快! 簡単デス!」

 

 どうやらやるしかないようデスネ! デュエマの腕の見せ所デス!

 

「私のターン――! とにかく、マナをチャージしてターンエンドデス!」

「俺のターン……マナを置いてターンエンドだ」

 

 序盤は互いにマナにカードを置くだけデス。本当に普通のデュエマみたい、デスネ……。

 

「私のターン、《【問2】ノロン(アップ)》を召喚――」

 

 そういった途端に、テック団のマークが目の前に現れマシタ。

 そして、丸っこい機械のようなクリーチャーが本当に出てきて――ワオ……どうやら、この空間ではクリーチャーが実体化するみたいデスネ! 

 

「その効果でカードを2枚引いて2枚墓地へ! ターンエンドデス!」

「俺のターン……2マナで《フェアリー・ライフ》を使い、マナを1枚増やす。ターンエンドだ」

 

 ふふん、ターンが返ってきまシタ。

 こっちも準備を進めマショウ!

 

「呪文、《エマージェンシー・タイフーン》! その効果で、カードを2枚引いて1枚を墓地へ! ――ターンエンドデス!」

「ふん、俺のターン……呪文、《グローバル・ナビゲーション》! その効果で《復讐 ブラックサイコ》を手札に加える!!」

 

 《ブラックサイコ》……。厄介なカードを手に入れてきましたカ……。こっちもパーツは揃えられてないデス……。

 でも、此処までで確信が持てましタ。

 

「私のターン……もう1回《エマージェンシー・タイフーン》で、カードを2枚引いて、1枚を墓地へ!」

「ハッ、墓地を増やしてばかりじゃねぇか……笑わせるなよ!!」

 

 デッドゾーン……Youの自信は何処から来るんでしょうかネ。

 とはいえ、こっちも手札はそんなに強くないのデスガ……。

 もう5ターン目デスシ、もう何してくるかは分かってマス。

 

「俺のターン――5マナで、《超次元 フェアリー・ホール》!! その効果により、速攻・速攻・超速攻で《勝利のガイアール・カイザー》をバトルゾーンへ!!」

 

 ぽっかりと穴が開いて、そこから鎧に身を包んだ(ドラゴン)、《勝利のガイアール・カイザー》が出てきマシタ。思わず戦慄しマシた。

 登場ターンにアンタップしているクリーチャーを攻撃できる上に、火と自然に闇を併せ持つ、ドラゴンでコマンド。革命チェンジは勿論デスガ――

 

「――《ノロン》への攻撃時に侵略発動!! 《復讐 ブラックサイコ》――」

 

 突貫した《ガイアール》。デスが、その頭に侵略者の印が浮かんで、剣を掲げた騎士になりまシタ。ちょっと危ないかもデスネ。

 だけど、もう1枚のカードが頂に重ねられましタ。今度はその足元から(アーム)が伸びて地中に引きずり込まれて――

 

 

 

 

「アクセルを掛けろ!! 地の果てまでも引きずり回せ!! 

不死身の侵略、《S級不死(ゾンビ) デッドゾーン》!!」

 

 

 

 

 ――工房の床から巨大な機体が姿を現しましタ。

 この流れは知ってマス。

 私の手札が一気に2枚、墓地へ叩き落されましタ。更に、伸びた(アーム)が私の《ノロン(アップ)》を廃材(スクラップ)に……!

 

「ハハハ、その効果で貴様の手札を2枚、墓地へ叩き落す!! そして、相手のクリーチャーのパワーをマイナス9000して破壊!! この程度の敵、バトルで破壊するまでも無い!! オラオラオラァッ!!」

「ッ……!」

「破壊しても無駄、バウンスしても無駄、超次元ゾーンに《ガイアール・カイザー》がある限り、俺は何度でも蘇る――!! 手札も、クリーチャーも、全部根こそぎ破壊してやるぜ、オラァッ!! シールドはその後で、ゆっくりと全部割ってやるよ……!!」

 

 《デッドゾーン》は、破壊されても墓地から侵略するS級侵略:不死(ゾンビ)の持ち主デス。

 だから、破壊しても無駄。侵略元が居る限り、何度でも蘇りマス。

 このタイプのデッドゾーンデッキは、そうやって何度もこの組み合わせを再利用して、相手の手札も場も消してから一気に攻め込む、ビートダウンのようなコントロールデッキ! 

 正直、あまり良い状況とは言えまセン。早く対処しないと、必要なカードまで墓地に叩き落されマス……。

 笑い声をあげて、デッドゾーンは言いましタ。

 

「フン、怖気づいたか?」

 

 怖気づいた――そうデショウネ……アカルは、アカルはもうこんな経験をしていたのデショウカ。

 体が、震えてきました。

 でも、デモ、この気持ちは怖さじゃないデス。

 

「諦めろ。人間がクリーチャーに勝てると思ってるのか?」

「……私は、シャーロック・ホームズに色々教わりマシタ」

「?」

 

 訳が分からないと言った顔デスネ。

 クリーチャーは、探偵なんて知らないデショウ。

 デモ――

 

 

 

「事件を前に諦める、なんて事は教わった事は無い!! 恐怖に負けて、何も知らない人を利用する悪人を見逃すなんて有り得ないのデス!!」

 

 

 

 そう。こんなところで諦めるわけにはいきまセン。

 この程度の敵、怖くは無いデス!!

 

「私のターン、ドロー……来ましタ!」

 

 今日は、ツイてマス!

 全てのパーツが揃いましタ!

 

「1マナで墓地進化、《死神術師 デスマーチ》!!」

「その程度で――」

「見るべき場所を見ないから、大切なモノを見落とすンデスヨ!! 重要なのは、《デスマーチ》が何から進化したかという事!!」

 

 残る3枚のマナ。

 さっきのハンデスでこれだけは落とされずに済んだので助かりましタ――!

 

「――呪文、《龍脈術 落城の計》!! その効果で、場のコスト6以下のカード――《デスマーチ》を手札に戻すデス!!」

 

 カードを指定する除去カードは、進化クリーチャーを指定した場合一番上のカードだけしか取り除くことは出来まセン。

 でも、逆に言えば――それを利用すれば、こんなことも出来るのデス!

 

「Youがevolution(進化)するのなら、私が使うのはその逆デス!」

「なっ……!!」

 

 私の背後に、巨大な影が現れマシタ。

 出てきましたネ――私の、私の一番大好きなカード!

 

 

 

「伝説の探偵の名を冠す者よ、偽りの力を持って真実を導きだしなサイ! 

devolution(退化)、《偽りの名(コードネーム) シャーロック》!!」

 

 

 出ましタ、私の切り札――近くにいると、何て頼もしいんデショウカ! 感激デス!

 《シャーロック》は最強クラスの光と闇の未知なる侵略者(アンノウン)! そして、私の敬愛する伝説の名探偵、シャーロック・ホームズの名を冠する唯一つのカード!

 パワーは驚きの24000、シールドを一気に4枚破壊するQ・ブレイカー! デスが、私が彼を選んだ理由は――デッドゾーンのデッキを完全に封じることが出来るからデス!

 

「た、退化、だとォ!?」

「《シャーロック》の効果発動、もう誰もサイキック・クリーチャーを出す事は出来まセン!」

「ク、クソッ!!」

 

 悪態をついても、もう遅いデス!

 この侵略者の追跡を逃れることは出来ないのデス! 《ガイアール》はもう出せまセン!

 

「っく、クソがァァァァーッ!!」

「ターンエンドデス!」

「このアマァ!! 俺は、俺は絶対に、どんな手を使っても生身の体を手に入れてやるぞ!! 此処まで積み上げた計画、邪魔されて堪るか!!」

 

 カードを引くデッドゾーン。

 そのまま、マナをタップしマシタ。何をするつもりデショウカ……!?

 

「――《超次元 ガロウズ・ホール》!! これで除去してしまえば関係は無い!! その効果で《シャーロック》をバウンスだ!! その後に闇のコスト7以下のサイキック、《勝利のガイアール・カイザー》を呼んでやるぞ!!」

 

 激流が次元の穴から出てきましたガ、安心しましタ。

 どうやら《シャーロック》を押し流すつもりデスガ――それは無駄デス。

 その激流は、《シャーロック》の目の前で散ってしまいマシタ。

 

「な、何でだ!?」

「知らないようデスネ。《シャーロック》は、相手がクリーチャーを選ぶ時に選ばれマセン!!」

「ば、馬鹿な!! どかせないということか!?」

 

 その呪文は、無駄に終わってしまいましたネ――もう、後は私の土壇場デス!

 

「1マナで、《死神術師 デスマーチ》を墓地進化! ソシテ、《落城の計》でdevolution(退化)――《世紀末 ヘヴィ・デス・メタル》!!」

 

 この子はパワー39000のワールドブレイカーでスピードアタッカー!!

 退化したので、そのデメリット効果も発動しまセン!

 これで、このターンで攻め勝ちマス!

 

「《ヘヴィ・デス・メタル》で貴方を攻撃! シールドを全てブレイク!」

「ぐ、ぐああああ!?」

 

 このデッキには、私が知っている限りでは余りシールド・トリガーが入ってないと思っていマシタガ――本当に何も入ってなかったようデス。

 

「な、何故だ!! こんな技術がありながら、しょうもないゴミばかりを量産する愚かな人間どもを、俺は有効活用してやったと言うのに!!」

「モノの価値は――人それぞれ、ということデスヨ」

 

 最早、多くを語るつもりはありまセン。

 これで、終わりデス!

 

「《偽りの名(コードネーム) シャーロック》でダイレクトアタック!!」

 

 ※※※

 

 

 

 デュエルエリアが閉じた。

 一部始終を見届けたが、ブランが勝利したようだ。

 巻き込んじまったが、デッドゾーンは元のカードに戻ったようだな。

 がたがたっ、と音がする。

 科学部の部員達が一斉に眠るように崩れ落ちたのだ。

 

「大丈夫であります。皆、デッドゾーンの洗脳下から抜けて気絶しただけでありますよ」

「そうか」

 

 ……あ、そういえば体の力が元に戻っている。

 起き上がれるぞ。

 見ると、そこには全てが終わって脱力したブランの姿があった。

 

「ブラン!」

「……アカルー?」

 

 とても疲れているようだったが、にひひ、と無邪気な笑みを彼女は浮かべた。

 大丈夫みたいだな。

 

「シャーロック・ホームズの言葉に、こういうのがあるのデス。日本語では、”芸術のために芸術を愛する者にとっては、細かなとるに足らぬものの中にこそ、強い満足を汲み取る場合がしばしばあるものだ”って言葉デス。私は、発明の為に発明を愛する科学部の人達も、他の人から見れば細かなとるに足らないモノを大事にしてたのかな、って思ったんデス」

「……そうか」

 

 だから、こいつは科学部に対してそこまで否定的な目で見てなかったんだな。俺もそういうところは見習わなきゃいけないな。モノの価値は人それぞれ。こいつらにとっては、発明品を作った事自体に意味があったのだろう。

 本当に、彼女は正義感が強くて熱い奴だったんだな。ただの推理小説好きだと侮っていたのが恥ずかしい。

 

「……ところでだな。ブラン。そろそろ話しておかなければいけないことがあるんだが」

「ふぇ?」

 

 こうなってしまった以上はブランにも事の経緯を話さなきゃならなくなった。

 受け入れてくれるか心配だったが、有耶無耶にするよりは手っ取り早いだろう。

 

「――ナルホド、デス。ワイルドカードが出たら、デュエルで解決できる力をアカルは手に入れたってことデスネ」

「ああ。面倒な事になったがな」

「カリンの異変も、カードの仕業だったとは……にわかに信じ難いデスケド、今目の前で起こってる上に」

 

 ぐいっ、と彼女は自分で自分の頬を抓る。

 だが、すぐに痛がって離した。

 

「いつつ……夢じゃ、無いみたいデス」

「なあ、ブラン。このことは、他の奴に話さないでくれるか? 俺も出来ることなら、これ以上ワイルドカードに関わる人間を増やしたくないんだ」

「マ、マスター……我の行動は、あの時は仕方なかったのでありますよ」

「分かってる。じゃなきゃ、俺はやられていたからな」

「……良いデスヨ! 探偵は口が固いノデ、誰にも言いまセン! デ、デモ……大丈夫だったんですカ? アカル、危ない事とかに首突っ込んだり――」

 

 幸い、そういうことはまだ花梨の一件だけだ。

 だけど、これからまた事件に関わることもあるだろう。

 そうなったときは――やっぱり、今度はこいつの力を借りることもあるのだろうか。

 

「私も頼ってくだサイ! 私とアカル、ずっとデュエマ部で一緒でしたカラ! 事件があるなら、放っておけまセン!」

「……そうか」

 

 デッドゾーンに殆ど何もさせずに勝った、こいつの腕は確かだ。

 それに、こいつのことだし止めても無駄なんだろうな。

 

「その時はよろしく頼むぜ」

「ハイ! 頑張りマス!」

「仲間が増えた、でありますな! マスター!」

 

 仲間、か。

 今回の事件で、俺はブランと本当の意味で同じ境遇にある仲間になったのかもしれない。

 

「……ああ」

 

 それを肯定するように、俺は頷いた。

 ワイルドカードの事件は、俺だけでは手に余りそうだということが証明されてしまった以上は仕方がない。

 

「――改めて、よろしくな。ブラン」

「こっちこそデス! アカル!」

 

 ハイタッチを交わす俺達。

 こうして、俺の奇妙な日常に本当の意味での仲間が1人、加わったのだった。

 正直、かなり複雑だが――まあ、今はあれこれ心配していても、仕方が無いな。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……白銀 耀に、或瀬ブラン――か」

 

 一部始終を見届けていた彼は、ため息をついた。

 非常に、面倒な事になった。エリアフォースカードを使える生徒が、この学園に分かっているだけで2人もいるということだ。

 

「……オイ、ちゃんと隠れてろよ。今テメーが奴等に見つかるのはまずい」

 

 こくり、と”彼女”は頷く。

 しばらく考えたが、ごちゃごちゃと理屈で作戦を立てるのは好きではない。よって、導き出した結論は――

 

 

 

「仕方ねえ……狩るか。エリアフォース諸共――それが俺の芸術を邪魔するなら、容赦しねえよ」



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第7話:桜花爛漫─暗野紫月の憂鬱

「おっ」 

 

 ある昼休みのこと。部室へ向かってたら、後輩の姿を発見。

 いつもフード付きのパーカーを被っている暗野紫月だ。けど、今日は珍しく被っていないようだ。

 今から部室に行く所だったのか。後ろから声を掛ける。

 

「――よう、紫月。今日は早いじゃねえか」

 

 声を掛ける。反応なし。もう1度声を掛けると、妙にびっくりしたような表情で、彼女は振り返った。

 何でそんなに驚いているんだろう。

 

「え、あの、すいません……?」

 

 申し訳なさそうに言った彼女。何か様子が変だな。でも、人違いって事はねぇだろ。

 だって、顔も背丈も同じだし――

 

 

 

「――私、紫月じゃないんです」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……散らないサクラなんて、サクラじゃないですヨネ……」

 

 デュエマ部の活動も終わろうかという時間になって、対戦中にそんなことを言い出したのはブランだった。

 とはいえ、俺も同意だ。此処最近、学園で話題になっているのは、この”散らない桜”だった。

 俺達の通っている学園には、周りから坂にかけて桜――ソメイヨシノの木が植えられている。

 そして毎年、大体4月の上旬頃に咲き、下旬頃にはすっかり散っているのが通説だが――今年は違っていた。

 5月も始まろうかと言うこの時期に、未だに花びら1枚散らないのだ。

 まあ、変と言えば変だけど……正直、俺としては部活が始まる前に起こった出来事で頭がいっぱいだった。”あんなの聞いてねぇよ”。

 そんなことはお構いなしに、その原因の1つと言える本人――紫月は容赦なくバッサリとブランの珍しく詩的な呟きを切り捨てた。

 

「そういう年もあるんでしょう。単なる偶然ですよ」

 

 お前はもうちょっと先輩に対して遠慮とかねぇのか。

 

「デモ、日本には”さーくーらーのはーなーびらーちるころはー”って歌詞もあるし、やっぱ咲いてから散るまでがサクラの花だと思いマス!」

「ともかくブラン先輩、対戦の邪魔をしないでくれませんか」

 

 ぷい、とそっぽを向いてしまった紫月。

 「うええ、シヅクが冷たいデース」と半泣きになってるけど、そもそも今は俺と紫月で対戦中だぞブラン。

 ま、どうせもうこのターンで終わるんだけどな。

 

「まあそう急くな、ブラン。ほれ、《ダンガンオー》でダイレクトアタック。コレで終わりだぜ」

「……負けました。流石に速いですね」

 

 と、一丁上がり。

 しかし、速いのは良いがこいつもこいつでいろんなデッキを持ってるから、それ次第では勝てない時がある。

 そして何より、どのデッキも結構使い込んでるから、こいつの場合どれで来ても手慣れている。

 

「いや、俺もここで決められなかったら危なかった」

「そうですか」

 

 理詰めの戦法、直観力、判断力、デュエリストに必要なものを揃えている紫月のプレイスタイルは、普段のぐーたらした姿からは考えられない程だ。

 ……さっき起こった出来事を考えながら、じっと彼女の顔を見る。本当、無愛想なところさえ無けりゃ良い子なんだが。そうしたら「どうしましたか」と凄まれた。

 

「今日は変ですよ……白銀先輩。私の顔をじっと見たり、何かついてますか」

「いや、そうじゃねえよ!?」

 

 いかん、バレてたか。流石にちょっと露骨すぎたと思ってると、ブランが「ほっほーう、さてはアカル、シヅクの事が好――」とか言ってたので拳骨を加えてやる。お前は何で考え方がそっちの方向にシフトされるんだ、この迷探偵め。

 

「紫月はデュエル上手いな、と思ってな。誰かに教わったりとかしたんかなあ、とか考えてた」

「……はぁ」

 

 何? 今すっげぇ呆れたようなため息つかれたんだけど。悪かったな、デュエマ馬鹿で。これしか言い訳が思いつかなかったんだよ。

 

「……知り合いに、です」

 

 あ、それはちゃんと答えてくれるんだな。

 

「へーえ、誰デスカ?」

「師匠的な立ち位置の人でしょうか。かなり変わった人でしたけど」

「変わった人ねえ」

 

 お前が言えたことでもねぇと思うがな、紫月よ。

 しかし、こいつのデュエルはその人仕込みか。成程、確かに強い人から教わったなら納得が出来る。

 

「いっつも美学美学って言ってました。美しいデュエルがどうとか。まあ、事実その人強いというかプレイングが容赦が無いんでデュエルが終わる頃には対戦相手の場と手札が綺麗に無くなってるんですけどね」

「あ、美しいってそういう?」

 

 どうやら、本当に強い人だったらしい。ブランが「もっと聞かせてくだサイ!」とか言ってるけど、俺としては少し消化不良だった。結局、こいつの口から”あの名前”は出なかった。

 まあ、そんなことを話しているうちに、すっかり最終下校時刻になってしまった。

 どこか急いだ様子で荷物を纏めると、紫月は一足先に扉に手を掛ける。

 

「それでは、私は先に失礼します」

「おう、お疲れ」

「お疲れデース!」

 

 ……さて。

 先に帰ってくれたのはある意味助かったと言っても良いだろう。

 完全に足音が消えたのを確認すると、俺はブランに聞きたかったことをぶつけることにした。

 

「……で、本当の所はどう思うわけだ」

「サクラの件、デスカ?」

「ああ。俺はちょっとだけ、思うところがあったんだがな。例えば――ワイルドカードとか」

 

 ブランが目を丸くしたが、同時にすぐ頷く。やっぱりお前もか。

 此処最近、怪事件が相次いだからか流石の俺もその線を疑っていた。

 ぽん、と音を立ててチョートッQが姿を現す。

 

「恐らく、それは正しいのでありますよ! 何のクリーチャー、何の能力を使ったのかは分からないでありますが、おそらくワイルドカードであります!」

「ほらな?」

「この世の怪事件って、クリーチャーで説明できるのかもしれまセンネ……ん? デモ、それならチョートッQ、何で今まで気付かなかったのデスカ?」

「異変が起こってる人間が見つかってないから、でありますよ……」

「えー……」

 

 呆れたように言うブランだが、実は俺もそうじゃねぇかと思ってしまった。

 ワイルドカードは力を振るう為に人に取り付いて悪さをする。花梨の件や科学部のアフロハゲの件から見るに、そこには理由が伴うこともあれば伴わないこともあり、まちまち。

 今は、学園の桜に異変が起こっているということだけ。悪さをしているクリーチャーが表れていなければ、犯人の人間も見つかっていない状態だ。

 そして、いつも登校中にあの桜の木の近くには寄るからわかる。

 クリーチャーは桜の木そのものに取り付いているわけではなく、力を働かされているだけなのだ。

 

「だけど、桜の花が1枚も散って路面に落ちていないのはおかしい。つーのも、去年は坂一面に落ちて皆掃除していたほどの花びらが今年は1枚も無い。舞っているところも誰も見たことが無いのは流石に俺もおかしいと思ってだな」

「で、デスよね……ソメイヨシノは同じ単体の木から別れたクローン……この学園の桜だけ、ってのもStrangeデス」」

「今一度、学園で何か別の異変が起こってねぇか確かめる必要があるな」

「OK! 調べてみマス!」

 

 そうと決まったら明日から調査あるのみだ。

 荷物を纏めて、暗くなった廊下に出る。

 ちと遅くなったが、これくらいなら誰かに見つかっても咎められることはないだろう。

 リュックサックを背負い、ブランと一緒に階段を降りていく。

 大分日が落ちるのが遅くなったとはいえ、7時半にもなればもう真っ暗だ。

 

「そういえばアカル。今日、シヅクの顔をちらちら見たり、見つめてたのはどうしてデスカ?」

「あ?」

 

 やっぱりこいつも気づいてたか。

 仕方ないので教えてやるか。変な誤解されるのは困るし。

 

「実はだな――」

 

 そう言いかけた時だった。

 びりっ、と廊下の空気が変わった気がした。

 何だろう。聴覚、触覚、嗅覚、それが異変を感じ取る。

 

「クリーチャー、でありますよ!!」

 

 影が現れたのは、チョートッQが叫んだのと同時だった。

 廊下の後ろと前。

 進路と退路を塞ぐかのように、虚空から何かが落ちた。そしてそれは、緑色の輝きと共にその姿を形成していく。

 2体とも、廊下いっぱいの大きさの巨人だった。

 

「《西南の超人(キリノ・ジャイアント)》……!!」

「こっちもデス!? ワイルドカードデスカ!?」

 

 俺もそう思ったが、否定するようにチョートッQは首を振った。

 

「ち、違うでありますよ! このクリーチャーたちは何かに取り付いているわけではないであります! 何より、思念や感情が全く感じられないのでありますよ!」

「まるで人形みてーだな……!」

「ってことは――何でこのクリーチャーたちは実体化してるんデスカ!? Why!?」

「おいおい、考えてる暇は無いみてーだぞ!?」

 

 2体の巨獣は目に光が灯ると共に腕を振り上げて動き出す。

 こちらへゆっくりと距離を詰めてきた。

 

「チョートッQ、2体いるぞ!? どうするんだ!? エリアフォースは1枚しかねぇぞ!?」

「安心するでありますよ! 2人同時に展開すれば良いであります!」

 

 2人同時に展開ってお前、なかなか無茶そうな事言うな!?

 仕方ないので、エリアフォースのカードを放り投げ、俺、そしてブランは叫んだ。

 

 

 

 

『デュエルエリアフォース――!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――急いで校門まで駆けると、確かにその人影は見えました。

 私、暗野紫月には大事な人がいます。

 

「……ま、待たせましたね、みづ姉」

「ううん、私も今来た所よ」

 

 暗野翠月(みづき)――通称みづ姉は私の双子の姉です。

 私とは正反対で、お淑やかで朗らかな人です。

 一卵性なので顔は瓜二つですが、性格は全然似てないって言われます。でも、私はみづ姉の事が昔から大好きで、仲良くさせてもらっているのです。

 部活終わりですが、その表情はとても晴れやかで溌剌としていました。そのまま学校の坂を降り、商店街に出ます。こうして2人で帰るのが毎日の日課なのです。

 

「しづ。今日はデュエマ部で何かあったりした?」

「いえ、特に。ただ、学園の桜が散らないのを謎だって言って或瀬先輩がすっごい張り切ってました」

「あはは……その先輩、前から聞いてたけどとても面白いわね……」

「みづ姉は?」

「ああ、私は今日は石膏像のデッサンよ。先輩方、皆優しいから私もやっていけそうだわ」

 

 みづ姉は絵がとても上手です。中学の時から美術部ですし。対して私は絵心はさっぱりなので……。

 総合的に考えると結局みづ姉の方が優秀なので一種の劣等感のようなものですけど、みづ姉は私の誇りなので別に良いんです。

 そして、みづ姉がこの学園の美術部に入ったのは、体験入部の時に見たある絵画です。それを描いた先輩と意気投合したかららしいです。ぶっきらぼうなところもあるけど、絵に対してとても真っ直ぐな方だったと言っていました。確か名前は桑原、先輩でしょうか。直接会って話した事は無いですけど。まあ、そんなわけで私は引っ付く形でみづ姉と同じ高校を受けて受かってしまったわけです。特に拘りは無かったですし。

 と、そんなことを思い返していたら、今度はみづ姉の方から切り出してきました。

 

「ああ、それと――今日、部活の前に貴方の所の先輩と出会ったの。しづと間違われちゃった」

「……ああ、それで」

 

 今日、先輩が少し挙動不審だったのはそういうことだったんですね。私達、何だかんだで似ているという事でしょう。フードを被ってなければ、髪型同じですし。これのおかげで間違えられてないようなものですからね。

 

「でも、話してみたらとても気さくな先輩だったわ。良い方じゃない。最近、しづが余り退屈だって言わなくなったし」

「まあ、最近は先輩方も色々活動について考えてるみたいで」

 

 そういえば、最近退屈だとかは口に出さなくなった気がします。

 元々、デュエマ部に入ったのは、私の意思でした。

 私は中学の頃、部活をしてなかったので、みづ姉と一緒に居られる時間が少なかったのです。美術部に入ろうにも私、絵が本当に下手くそなので。

 しかし、何も部活に入らないのはそれはそれで退屈だったのです。

 そんな時、ふとデュエマ部なる部活があることを知ったのです。

 

 私、暗野紫月の特技はカードゲーム。腕まくりしながら入部しました。

 

 ――が。まさか部が去年の終わりに先輩が大勢抜けて人が殆どいなくなったがために、同好会状態になっていることなど誰が予想できたでしょう。前情報では、そこそこ部員はいるという話だった気がするのですが。

 でも――

 

「それに最近、先輩が新しいデッキを買ってきたんです。それがなかなか強くて。後、他の部から先輩が遊びに来てくれることが何度かあったのですが結構強くて、やり応えがありました。私も、もっと精進しないと」

 

 口では退屈と言ってましたが、2人とも何だかんだで面白い先輩なので楽しかったです。

 ブラン先輩は親切で、色々教えてくれましたし、仲良くしてくれます。白銀先輩は、何と言うか――色々熱心です。空回ってますし、根が生真面目なので弄り甲斐のある人ですけど。

 ついつい私は無遠慮なところがあるので、辛口になってしまいがちですが……何だかんだで気が付いたら馴染めてました。

 

「その意気だわ。紫月は昔から、思い立ったら一直線だもの」

 

 はい。なんだかんだ言っても強い先輩達の中で私が取り残されるわけにはいかないのです。

 だけど、私が強くなりたい一番の理由は――

 

「――いつか、師匠も超えないと……いけないですから」

 私達にデュエマを教えてくれた人。

 私達は師匠って呼んでますけど、別にそんなに年は離れてないです。順当にいけば今年大学1年生だったはずです。

 

「師匠今頃どうしてるのかしら。あの人、美大受かったって聞いたけど、今度は美学と芸術についても語り合いたいわ」

 

 実は芸術にも通じていて彼が引っ越すまで、みづ姉は色々絵についてのアドバイスも彼から聞いてました。

 ……正直、ちょっと気に入りませんでした。

 物言いが少し気障で癪ですし、クールぶってるところもありました。顔も端正だから、みづ姉がうっかり惚れたりしないか、不安で仕方なかったです。いや、本当の所はどうなんでしょう。みづ姉、乙女なところがあるので少し優しくされたらホイホイ着いていってしまいそうですし。

 しかもデュエマはとても強くて、本気の師匠に勝ったことは私は一度も無いのです。

 いつか絶対に、師匠に勝つ。その思いで私はデュエマを続けてました。

 

「師匠から教えて貰ったデュエマで本気の師匠をブチ倒す……何て愉快なことでしょう」

「しづ、すっごい悪い顔になってるわよ」

「みづ姉は絶対に渡しませんからね、あの男には」

「あの男!?」

 

 いけない。私としたことが、取り乱してしまいました。

 これでも一応師匠には感謝はしているのですから。一応。

 

「ああ、そうだ。頑張る紫月に良いものがあって」

「? 何ですか」

「実はこの間、商店街のくじでこんなものが当たったんだけど……」

 

 みづ姉が取り出したのは、デッキケースでした。

 ですが、受け取るとしっかりとカードの重さを感じます。

 中を確認すると、それは40枚のデュエマのカードで構成されたデッキのようでした。

 

「良いんですか?」

「うん。今の私には、必要のないものだしね」

「……そうですね。みづ姉は絵画一筋ですからね」

「また、いつか出来ると良いけどね」

「でも、みづ姉から貰ったデッキ、しっかり大事にしますから!」

 

 紫月は幸せです。みづ姉からこんな頂き物をもらえるなんて。みづ姉から貰ったデッキ、肌身離さず持っておきます。中身を確認しました。内容としては良い感じに纏まっており、このまま使っても問題は無いでしょう。

 

「……あれ?」

 

 ただ一つ気になったことがあるとすれば。デッキの一番奥に何も絵柄が描かれていなければ、テキストも真っ白なカードがあったことでしょうか。みづ姉に聞いてみましたが、首を振って知らないと言うばかりです。まあ、捨てるのも勿体無い気がするので一応デッキケースに入れておきましょう。

 と、そんな風に他愛の無い話をしばらくしていました。気が付いてたら、私ばかりデュエマ部のことを喋ってた気がします。そして、バス停に座った辺りでみづ姉はため息をつきました。

 

「……はぁ」

「あれ? どうしたんですか。みづ姉」

「ううん。しづの所の部活は楽しそうでいいな、って」

「? どうしたんですか」

「部活は楽しいの。先輩達は皆優しいわ。ただ一つ、心配な事があるのだけど」

 

 一体どうしたというのでしょう。みづ姉の悩み、紫月としては放っておけません。

 

「――桑原先輩ってわかるわよね?」

「はい。仲良くさせてもらっているのではなかったのですか?」

 

 みづ姉は首を振りました。どうやらその桑原先輩の事のようです。何があったのでしょうか。

 

「……実はね」



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第8話:桜花爛漫─超人の強襲

※※※

 

 

 

「《西南の超人(キリノ・ジャイアント)》の効果でコストを軽減し、《剛撃戦攻 ドルゲーザ》を召喚!! その効果で場のアースイーターの数だけドローするので1枚カードを引く!! そして、ジャイアントの数だけドローするので更に2枚、手札のおかわりだ!!」

 

 巨人・西南の超人(キリノ・ジャイアント)と俺のデュエル。

 ジャイアントのコストを減らす|()西()()()()()()()()()()()()()()()()》に、手札補充役の《ドルゲーザ》によって、相手の展開力はかなり強くなっている。

 対する俺は《ヤッタレマン》を引けなかったからか、3ターン目にようやく《ツタンカーネン》を場に出し、次のターンで《バッテン親父》を出せた。だけど、このままじゃジリ貧だ。

 

「くそっ、俺のターン!! 《ヤッタレマン》を召喚して、ターンエンドだ!!」

「やれやれ……今日のマスターは引きが悪いでありますなあ。コレはあのこん棒で頭をぺしゃっ☆ でジ・エンドでありますかな」

「何でお前はそんなに偉そうなの!?」

「雑魚を並べても無駄無駄無駄ァ!! すぐに叩き潰してやるわ!!」

「くそっ、この場に俺の味方はいないのか……」

 

 ようやっと引けたのにこの言われよう。

 まあ、確かに物量でもパワーでも違うけど、これは酷い。しかし――

 

「2マナで更に2枚目の《西南の超人(キリノ・ジャイアント)》を召喚!! そして、コストをマイナス4し、3マナで《別格の超人(イタリック・ジャイアント)》を召喚!! ターンエンドだ!!」

 

 巨大な影がバトルゾーンに降り立った。

 その全貌は、言うなれば機械の装甲に身を纏った巨人だ。ただし、股のパーツには”寿”の漢字、そして左手には酢飯、右手には巨大なマグロを握っている。寿司屋か何かか? そういや寿司屋をモチーフに扱ったアメコミがちょっとした話題になってたよーな。

 いや、それはともかくよく廊下に収まったな、こんなデカブツ。

 

「ま、それもこのターンでシメェだ!! 5マナで《超特Q ダンガンオー》召喚!!」

 

 まあ、向こうがデカブツで来るならこっちもデカブツで叩き込むだけなんだけどな。

 《ダンガンオー》は俺の場のジョーカーズの数だけブレイク数が増える。俺の場には3体のジョーカーズ。このターンで、奴のシールドを全部叩き割れる――そう思ったその時だった。

 

「――《別格の超人(イタリック・ジャイアント)》の効果発動!! お前さんのクリーチャーがバトルゾーンに出た時、ガチンコ・ジャッジを行う!!」

「ガチンコ・ジャッジ!?」

 

 こいつの効果はあんまり知らねえが、ガチンコ・ジャッジなら知っている。互いのトップデック(デッキの一番上)を確認して、コストが高い方が勝ちってのがざっくりとした説明だ。ただし、コストが同じときは仕掛けた側の勝ちになる。

 で、そのガチンコ・ジャッジに勝てば効果を発動するクリーチャーや呪文があるのだ。

 この《別格の超人(イタリック・ジャイアント)》もその1体だ。

 デッキの一番上のカードが展開される。

 そして、数字が虚空に現れた。

 俺は《ドツキ万次郎》の4、対して奴は――

 

「――おいどんの捲ったカードはコスト9、《罠の超人》!! 俺の勝ちだ!! その効果でバトルゾーンに出たクリーチャーをマナゾーンへ送り込む!!」

「なっ!?」

 

 次の瞬間、”酢”と書かれた瓶が虚空に現れる。

 そして、場に飛び出した《ダンガンオー》めがけて一気にドボドボと注がれた。

 嫌な音が響き渡る。見るも無残に、その鋼鉄の機体は塗装が剥がれ落ち、腕が溶け、地面に崩れた。

 恐らくこれは断じて酢の類ではない。硫酸とかその手の類だ。

 そして、どろどろに溶けて固まったクリーチャーだったものをもんずと掴み、酢飯の上に乗せる《別格の超人(イタリック・ジャイアント)》。

 

 

 

新幹線寿司、一丁上がり!!

 

 

 

 じゃねえよ!! ひでぇもんが出来上がったよ!!

 なんつーもんで寿司握ってんだ、このジャイアント。食への冒涜を感じたよ!! いや、そうじゃなくて――

 

「俺のクリーチャーが場に出る度にガチンコ・ジャッジをして、勝てばマナゾーンに送り込まれるって――」

「そうだ。お前さんの召喚は無効化されたも同然!! なんせ、おいどんのデッキはジャイアントデッキ。高コストの比率は自然に多くなるというものよ!!」

「っ……!!」

 

 対する俺のデッキは、比較的コストの小さいクリーチャーが多い。

 つまり、ガチンコ・ジャッジで奴に勝てる可能性はかなり低いという事。

 どうしよう。このターンで致命打を与えて倒すつもりだったのだが――

 

「おいどんのターン!! 《ドルゲーザ》をコスト2で3体召喚!! おいどんの効果とシンパシーで、コストは最大でマイナス6される!! 更に、その効果で大量ドローよ!!」

「げえっ……!!」

「二度と返せないようにしてくれるわ!! 《ドルゲーザ》、《別格の超人(イタリック・ジャイアント)》、そしておいどんでお前さんのシールドを全てブレイク!!」

 

 次々に割られていくシールド。

 幸い、このターンでとどめを刺される事は無いが、俺のシールドはもう無い。

 次のターンを渡せば、どう考えても俺は逆転することが出来なくなってしまう。

 まずは、逆転手をどうにかして引き寄せるしかない。

 

「俺のターン。G・ゼロにより、0コストで《ゼロの裏技 ニヤリー・ゲット》を唱えるぜ!!」

「此処で《別格の超人(イタリック・ジャイアント)》の効果発動!! 相手が呪文を唱えた時、ガチンコ・ジャッジする!!」

「なっ……!!」

「そしておいどんが勝てば、2枚ドロー!!」

 

 まさか呪文ロックかと思ったが――違ったようで俺はほっとした。

 しかし、ガチンコ・ジャッジの結果は芳しいものではなく。

 俺がコスト2の《ヤッタレマン》に対し、奴はコスト5の《大神秘イダ》――よって、

 

「おいどんの勝利!! 手札を2枚、更におかわり!!」

 

 まあ、こうなる。

 だが、俺はどうせこのターンを渡せば負ける以上、相手のドローは余り意味が無い。

 

「《ニヤリー・ゲット》の効果で、無色カードを手札に――あっ」 

 

 《ニヤリー・ゲット》の効果を処理した俺は此処で気づいた。

 ……という事は、言うまでも無く呪文の詠唱はノーリスクということじゃないか!

 そしてそれはつまり――

 

「つーことは、このターンで勝てるってことか」

 

 ――俺の勝利を意味していた。

 

「あぁ? 雑魚3匹で一体何が――」

「出来るんだよ。お前の言った雑魚3匹で、テメェをぶちのめすことが!! ジョーカーズを、無色を嘗めんじゃねーぞ!! 《ヤッタレマン》でシールドを攻撃――」

 

 飛び出した応援隊に合わせて、俺は巨人に向かってカードを突き付ける。

 

「――するとき、《破界秘伝 ナッシング・ゼロ》を使用!! その効果で、俺のクリーチャーのシールドブレイク数は、俺が山札の上から3枚捲ったカードの中にある無色カードの数だけプラスされるんだ!!」

「なっ……!!」

 

 例え、1体1体の力が弱くても、カードのシナジーを重ね合わせることでジョーカーズはデカい相手も押し切るパワーを手にすることが出来るってことを教えてやるとするか。

 展開されたカードは、《チョートッQ》、《超特Q ダンガンオー》、《ツタンカーネン》の3枚――よし、うちの殿(しんがり)の仇、此処で討ち取る!!

 

「――《ヤッタレマン》の打点はプラス3枚、お前のシールドをQ・ブレイク!!」

「ぐああっ!?」

 

 大音声で放たれた音波により、巨人の盾は一瞬で砕け散った。

 あれほどの軍勢も、小さな伏兵の突如の攻撃を前に動くことが出来ない。

 

「そんでもって、《ツタンカーネン》で最後のシールドをブレイク!!」

 

 S・トリガーは出てこない。

 最早、巨人に防ぐ術は無いようだった。

 

 

 

「《バッテン親父》でダイレクトアタック!!」 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 最後の一撃と共に消滅するクリーチャー、同時に打ち砕かれる空間。

 背後でも「《偽りの名 シャーロック》でダイレクトアタックデス!」というブランの声が聞こえた。

 どうやら、ほぼ同時に巨人を撃退出来たらしい。

 

「な、何だったのデショウカ……」

「さっぱり分かんねー……」

「アレは所謂”トークン”と呼ばれる存在でありますよ。ワイルドカードの大本が生み出した云わば尖兵のようなもの、であります」

「尖兵、か」

 

 にしてはなかなかに危なかったがな。

 尖兵が相手でも気が抜けないということか。

 ん? ちょっと待てよ。ということは――

 

「犯人とワイルドカードは、確かにこの学校にまだ居るって事か!?」

「そ、そうでありますな!」

「今なら探したら見つかるかもしれないデース!」

 

 へっ、どうやら自分の手を汚さずに俺達を始末しようとしたんだろうけど、逆効果だったな。

 完全にワイルドカードがこの事件の犯人――とまではいかなくても、存在するということは証明出来ちまったわけだし。

 今学校を隈なく探し回れば、見つかるかもしれない。

 

「オイ誰だぁ! もう最終下校時刻は過ぎてるぞ――」

 

 俺達の顔は、一瞬で真っ青になった。廊下の奥から声がする。

 やばい。あの低い声は、見回りの生徒指導の先生か。

 捕まったら説教モンだぞ。

 

「帰るぞブラン!」

「は、はひっ、そうデスネ!」

 

 結局――俺達は、この日手掛かりを何も掴むことはできなかったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――あと、あともう少しで描きあがるんだ。

 俺の、俺の絵の邪魔をする奴は誰だろうが、俺の切札で狩ってやる。

 白銀耀も、或瀬ブランも、やはりあの程度では止められないか。どうやら、デュエマ部というだけあってかなり強いデッキを握っているようだ。

 頼む、出来ることなら止まってくれ、時間よ――俺の至高の1枚が完成するまで。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 次の日。

 紫月が来るまで、俺達は昨日の事を思い返していた。6・7限が芸術の時間で、俺は書道、ブランは美術を選択している。芸術の時間は好きな教科を選択している上に実習ばかりなので、言わば勉強ばかりの毎日に与えられるオアシス(嫌いな奴からすれば地獄だが)。故に本来ならこの曜日はそこまで疲れないのだが……今朝もでかい虫に襲われて、デュエマで撃退したばかり。いつクリーチャーが出てくるか分からない恐怖に苛まれ、結局一日中緊張していたので疲れたのなんの。本当、本体は一体何処なんだ。

 

「ワイルドカードの居場所は何処なんだ……? このままじゃ、また何時襲われても仕方ねぇぞ」

「……やっぱりエリアフォースは私に下サイ!」

「それお前、自分が助かりたいがばっかりに!」

「私、クリーチャーも無ければエリアフォースカードも無いんデスヨ!? 実体化したクリーチャーの良い餌じゃないデスカ!」

 

 それはそうだ。

 だからと言って、俺もチョートッQが居るだけじゃ戦うことが出来ない。

 やばい。コレは軽く、エリアフォースの取り合いで戦争になりそうだ。

 

「大体、アカルが例のカードショップの場所を教えてくれないからこうなるのデス!!」

「あのなぁ!? 何で俺がわざわざ自分から隠すんだよ、さっぱりもう覚えてねーんだよ!! あの後何度も探したけど」

「ダウト、嘘臭いデース!!」

「何だとこのエセシャーロキアン、表に出やがれ!!」

 

「今日は珍しく仲良く喧嘩ですか、お二方」

 

 ぞくりぞくり、と百足が背中に走った。

 見るとそこには、部室の扉を閉めた紫月の姿が。

 俺達の顔は真っ青になる。何処から聞かれてた? 

 

「……はぁ」

 

 溜息をつく紫月。

 そんなことを気にする間もなく彼女はソファに座る。

 その顔は、普段の無表情な彼女比から見ても暗いものだった。

 

「どうかしたのか? 随分と落ち込んでいるようだが」

「表情、暗いデスヨ? シヅク、何かあったデスカ?」

「……先輩方に言ってもどうしようも無いと思うんですけど」

「そんなことは無い。部員の悩みなら何だって聞くぞ、部長としては見過ごせない」

 

 こいつが此処まで落ち込むのも珍しい。それに、小さな事でも学校で起こった事ならば聞いておきたい。

 

「――実は、姉の事なんです」

「! お姉ちゃんデスカ!?」

「お前知らなかったのかよ」

「双子ですけどね」

 

 まあ、結局昨日はブランに言いそびれてたんだが――紫月には双子の姉がいる。

 それも、本当にそっくりだった。昨日はそれで、思わず記憶の彼女と紫月の顔を見比べてしまったほどだ。

 正直、パーカーが無ければ分からない。

 

「翠月さんか」

 

 その名を俺は呼ぶ。頷く紫月。ブランは余計に驚いたようだった。自分が知らない事を俺が知っているからだろう。残念だが、今回ばっかりはお前の調査不足だぞブランよ。

 

「そのお姉ちゃんがどうしたんデスカ? 姉妹喧嘩デスカ!?」

「私がみづ姉と喧嘩? ……ハッ」

「あ、今鼻で笑ったデース!! ”また見当違いな推理を、このエセシャーロキアン”って顔デース!」

「そこまで言ってねぇだろ」

「いえ、大方合ってます白銀先輩」

「お前仮にも先輩に対して辛辣過ぎだろ!!」

 

 まあ、ブランがエセシャーロキアンなのは今に始まった事じゃねぇし気にすることでもないんだけどな。

 それはともかく、事情を聴かねば。

 

「――実は、みづ姉……というよりみづ姉の所属してる美術部の問題と言いますか」

「んー? でも美術部について、そんな悪い噂は聞いてなかったんですケドネ」

「いえ、部全体とは良い場所なんですけど……。みづ姉、体験入部の時にお世話になった先輩がいるんです。その方の様子が……ここ最近、おかしいと」

「様子が……おかしい?」

 

 そのワードに反応する俺とブラン。

 少し引いた様子の紫月だが、こほんと小さく咳ばらいをすると続けた。

 

「ええ。狂ったように、屋上である1枚の絵を描き続けているらしくて。誰かが近づくと、ヒステリックに”邪魔だ!!”と怒鳴り散らして追い払ってしまうそうなんです」

「そりゃまた……」

「桑原先輩――確か少し年の離れた、病気のお姉さんがいるって聞いた事がありマス」

「!」

 

 言い出したブランの言葉に、紫月も俺も驚いたように言った。

 

「入院、長いようデスヨ。少し小耳に挟んだんデスケド」

「……そう、ですか……」

 

 確かに病気の姉の為に必死に絵を描いているようにも見える、この異変の構図。

 しかし、俺とブランはもう1つの可能性を知っている。今此処でこいつにそれを教えてやることが出来ないのが、悔しいけど――

 

「しづ、しづ……いるわよね!?」 

 

 そんな声が部室に飛び込んで来た。

 思わず俺達はその方向を振り向く。

 

「……みづ姉……」

 

 俺もブランも目を丸くした。

 そこに現れたのは件の紫月の双子の姉、翠月だったのだ。

 

「美術室が――大変な事に……!」



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第9話:桜花爛漫─壊された芸術

いきなり部室に駆け込んできたみづ姉は、やってくるなりソファで泣きじゃくるばかり。

 一体何があったと言うのでしょう。

 

「どうしたんですか、みづ姉」

「び、美術室が……大変なことに……なっちゃって……」

「大変な……こと?」

 

 白銀先輩と或瀬先輩が顔を見合わせました。

 あ、この人達首を突っ込むつもり満々です。何か科学部の時もそうでしたし。

 

「なあ、俺達も着いて行って良いか?」

「え? あ、白銀先輩……?」

「丁度、美術部の事で確かめたい事があったのデ!」

「は、はあ……分かりました」

 

 一体何を確かめたかったのかは知りませんが、一応先輩達ですし連れていくことにしましょう。百聞は一見に如かず。泣いてるみづ姉も取り合えず連れていき、美術室に急ぎました。走るのは余り好きではないのですが、何があったのか確かめる必要があります。

 まあ、美術室は大騒ぎでした。教室の前に沢山の生徒が出てきています。あれは美術部の生徒でしょうか。

 ですが、その惨状は遠巻きからでも分かりました。

 赤、青、緑、そして――ピンク色。それが美術室の中全部を染めているのです。まるで、子供がペンキをいたずらで塗りたくったかのように、絵具がぶちまけられています。当然、中に置いてあった作品はほぼ全滅。

 口々に皆「ちょっとどうするのコレ……!」「次の展覧会とコンペに間に合うのかよ!?」と叫んでおり、それがどんなにひどいかが奥に立ち入らずとも分かりました。

 

「だれが、こんな酷い事を……!」

 

 憤ったような表情で白銀先輩が言いました。

 みづ姉曰く、放課後部室に行ってみると既に騒ぎになっていたようです。

 画材でぐしゃぐしゃのキャンバス、塗りたくられた美術室の壁。異変は一目瞭然だったことは想像に難くありません。

 

「まさか、桑原の奴がやったんじゃ……ねぇよな」

 

 誰かがそんなことを言いました。

 びくり、とみづ姉の肩が震えたのが一目で分かりました。

 

「ええ? でも幾らなんでも」

「分からないですよ。だってあの人、しばらく部室に顔出して無いじゃないですか。しかもカンジ悪くなってたし」

「だからといって……でも、怪しいって取られても仕方ないわ」

「でも、今日も終礼までちゃんと教室に居たわよ桑原」

 

 どうやら、美術部でありながらこの場に居ない桑原先輩を疑っている人もいるようです。

 自分の作品が駄目になったので、冷静さを失っているのでしょう。

 でも、そんなのいくら何でも――

 

 

 

「桑原先輩はそんなことしませんっ!!」

 

 

 

 鶴の一声。

 泣き叫ぶようなみづ姉の声でした。

 

「だけど、暗野。あいつ、この期に及んで部にやってきてもいねーぜ」

「でも、桑原先輩がこんなことをする理由が無いじゃないですか!」

「た、確かにそうだが……」

 

 やれやれ。この剣呑な様子を見るに此処の美術部はみづ姉が言うほど和やかな場所ではなかったようですね。

 まあ、作品を滅茶苦茶にされたら取り乱す気持ちは分からないでもないですが。

 

「2年生の美術の時間が、今日は6・7限にあったばかりでそれまで異変はありませんデシタ」

「!」

 

 言い出したのはブラン先輩です。

 そして、臆す様子も無く3年生の体の大きな先輩に詰めかけます。

 

「そして、桑原先パイと同じクラスの人ならわかるかもデスケド、一緒の時間に教室を出てるんデスヨネ?」

「え、ええ……」

「んじゃ、学校の内部の人間――少なくとも生徒に犯行は不可能デスネ!」

 

 全員は黙りこくりました。苛立ちのはけ口を失ったのが気に食わない人もいるでしょうが。

 また、考える間もなく掃除の時間と終礼の間の短い時間の間も不可能でしょう。たかだか5分くらいで、こんなに沢山の絵具をぶちまける事は出来ません。珍しくブラン先輩の推理は合っていることになります。

 

「そういや、窓のカギが開いてるな」

「んじゃあ、誰かが外から入ったってことか!?」

 

 どうやら、ブラン先輩の推理もあって犯人は外部の人間と言うことになりつつあるようです。ともかく、桑原先輩の潔白が証明されつつあるようでみづ姉もほっとしています。

 でも、猶更気になります。

 一体誰が、こんなことを――

 

「信じろ。あんたの中のアツい信念を」

 

 誰でしょう。

 今、誰かがそんなことを言った気がします。

 

 

 

「行きな、マスター。あんたの求める答えは、てっぺんにある」

 

 

 

 この声、私の心に語り掛けてくるような――

 てっぺん。

 この学校のてっぺんと言えば――

 

「屋上――」

 

 それしか、考えられませんでした。そして、屋上には言うまでも無く今も絵を描いているはずのあの人がいます。

 その時、私は弾かれたように走り出していました。

 今日ばかりは、考えるのは後です。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 でも、何故屋上――桑原先輩が犯人とでもいうのでしょうか。

 ですが、1つ言えることは、例え誰だろうと、みづ姉を泣かせた元凶は絶対に許せません。

 みづ姉やデュエマ部の先輩2人を残し、私はただただひたすら屋上に続く階段を目指しました。

 そして、必死に私に話しかけてきた声へ向かって叫びました。

 

「答えてください! 貴方は何なんですか! どこから、どこから私に話しかけてるんですか!」

「俺はあんたの傍にいるんだよ。ちと数奇な巡りあわせだが、此処は1つ飲み込んでくれや」

「全く、訳が分かりませんよ――っ」

 

 そこで、私は足を止めました。

 階段の奥から、ぎちぎちと音を立てている異形が見えます。

 ぞくり、と全身に悪寒が走りました。巨大なクワガタムシのようです。

 

「おっと……先客が居たか」

「な、何ですかアレは――」

「どうする? 迂回するか? それともこのまま戦うか?」

「っ……そんなこと言われても!」

 

「チョートッQ!!」

 

 次の瞬間、後ろから声がしました。

 何かが巨大なクワガタムシに突っ込んでいったかと思うと、そのまま頭突きをかませます。

 見ればそれは――デュエマのクリーチャーのようでした。

 あれって、いつも白銀先輩が使っているクリーチャー――

 

「大丈夫か、紫月!?」

「!」

 

 巨大なクワガタムシの前に躍り出たのは――白銀先輩でした。

 そしてその近くには、新幹線の頭をした二等身の《チョートッQ》が居ます。どういうことでしょうか。何故、さも当たり前のように白銀先輩もクリーチャーを使役しているのでしょう。

 

「何でか知らねぇけど、お前にも見えてるようだな。クリーチャーが」

「こ、これって、クリーチャーってデュエマのクリーチャーですか!?」

「ああ」

 

 ああ、じゃないですよ。最早訳が分かりません。

 おっかなびっくりです。でも、何でこんなことに――

 

「――お前の持ってるクリーチャーの声、俺達にもしっかり聞こえた!」

「えっ、待ってください、それって――」

「屋上に行くんだろ!! 此処は俺達に任せろ!」

「《デスマッチ・ビートル》――!! 少々厄介なクリーチャーでありますな!」

「おうよ! さっさと片付けるぜ!」

 

 私の質問に答える事もせず、白銀先輩の姿はチョートッQ、そして巨大なクワガタムシ諸共光に包まれたかと思うと――その場から消えてしまいました。

 再び、またあの声が聞こえてきます。

 

「へっ、マスター。あんた頼もしい仲間がいるじゃねぇか。さっさと屋上を目指そうぜ」

「……後で、説明はしっかりしてもらいますからね」

 

 そういって、私は1人、声の主も含めれば2人でしょうか。それと一緒に階段を駆け上がりました。

 そして、屋上の扉を開けた先に居るはずの人の名前を同時に呼びました。

 

 

 

「――桑原先輩っ」

 

 

 

 風が吹き抜け、肌を撫でました。

 きっと、その方向に居るだろうと思っていた場所に彼は確かに居ました。

 巨大なキャンバスを前に、筆を執った彼の目には――満開の桜が写っていました。

 未だ花びらを散らせることなく咲いている桜と、キャンバスに描かれた桜の両方でした。

 

「――暗野か。久しいな。テメェが此処まで来るとは」

「多分、貴方の知ってる暗野じゃないと思いますが」

「……まあ、いい」

 

 くるり、と彼はこちらを振り向きました。直接会うのは初めてですが年にしては、その体型は小柄で細いです。背は下手したら白銀先輩より低いかもしれません。

 見ただけで分かります。その眼は光を失っており、とても昏いです。

 何かに取り付かれているような――そんな印象でした。

 

「用がねぇならさっさと帰れ。邪魔だ」

「そんな風に、みづ姉の事も突き放したんですね」

「――そんなことを言うために、俺の邪魔をしに来たのか?」

「後、1つ問いたい事があります」

 

 私は臆する素振りも見せず、堂々と問い掛けました。

 

「今日、美術室が絵具やペンキで滅茶苦茶にされていました。それは、桑原先輩がやったのではないのですね?」

「それは俺じゃない。何しろ、俺がやる理由が無い」

 

 少し、安心した気がします。

 ですが――「でも」と先輩の答えはまだ続いていました。

 

 

 

「此奴がやったのかもしれないな――なあ、”ステップル”」

 

 

 

 キャハハハ、と耳障りな笑い声が聞こえると共に次の瞬間、小さな妖精が眼前を飛び回っていました。

 それが何なのか、もう私には分かっています。

 

「《桜風妖精 ステップル》……!」

 

 スノーフェアリーのクリーチャー。

 どういうことだかわかりませんが、桑原先輩は自分が描いている絵を完成させるため、この子の力を借りていたようですね。

 

「やっぱり見えるのか、テメェも。俺はこの、一世一代の大作を完成させるため、こいつに桜の花を常に満開にして貰っているのよ。写真を撮ってスケッチをする輩もいるが――この世で最も優れているカメラは人間の眼だ!! 今、俺が描き上げようとしている光景は、常に俺の眼に映っている!! 生の現物を描き起こすのが至高にして最高、それ以外は有り得ねぇんだよ!!」

 

 だから、桜の花が散らなかったわけですか。

 クリーチャーの力というのは、それほどに大きいという事ですが、やはりイマイチ信用しかねます。

 

「なのに、何かが……後一つ、何かが足りねえんだ……!!」

 

 知りませんよ、そんなこと。結局、桜に関しては貴方がやっようなものじゃないですか。

 

「だとしたら、まずいことになってるぜマスター」

 

 声が再び私の中に語り掛けてきました。

 

「この学園の桜とかいう木……過剰に生命力を注がれているから、このままじゃ全部枯れるぜ」

「!」

 

 過剰な回復。

 要するに、生命活動を急速に進められて、そのまま全部枯死するということですか。

 桜――ソメイヨシノは、色々な要因が重なって寿命の短い木です。そんなことになれば、学園の桜は全滅してしまいます。

 

「それどころか、アレを見ろ。俺達はワイルドカードと呼んでいるあの実体化したクリーチャーだが、桜のマナとあの野郎のマナを吸い取って、実体化している。恐らく、さっきの部屋を滅茶苦茶にしたのは――」

「あのステップルですか」

 

 全部繋がりました。

 犯人は確かに桑原先輩ではなかったということですね。

 彼は利用されているだけで、今もそれには気づいていない。

 本当の黒幕は――あの妖精ですか。

 

「厄介な事に、この学園にはワイルドカードを狩っている奴が2人――白銀耀と、或瀬ブランがいるからさっさと始末したかったんだがな」

「!」

 

 何で此処で先輩の名前が出てくるのでしょうか。ということは、白銀先輩は勿論ですが或瀬先輩までこの手の事件にもう関わっていたということなのでしょうか。

 次の瞬間、桑原先輩の背後に巨大な影が現れました。

 あれもクリーチャーなのでしょう。でも、あんなものにどうやって立ち向かえば――

 

「マスター、戦う準備は出来てるか!?」

 

 声と共に私がパーカーのポケットに入れていたデッキケースの1つが飛び出してきました。

 これは、昨日みづ姉に貰ったデッキです。そこから、何も書かれていないカードが飛び出して私の手に渡りました。

 ということは、喋っていたのは――このデッキ!?

 

「叫べ!! そのカードに書かれている名前を!!」

「で、でも、何にも――」

「良いか? 此処で何かを変えてぇなら戦うしかねーぞ!! お前の大事な人の笑顔、助けてやりてーだろ!!」

「!!」

 

 私の大事な人――みづ姉。

 みづ姉の幸せは、私の幸せ。

 ですが同時に、みづ姉の悲しみは私の悲しみであり、その原因となるものを私は――

 

「ステップル――私は貴方を絶対に許しません」

 

 次の瞬間、何も書かれていなかったカードに名前が焼き付いていきました。

 そこにははっきりと書かれています。

 その名は――

 

 

 

「――デュエルエリアフォース――!!」



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第10話:桜花爛漫─やってはいけないこと

※※※

 

 

 

 先ほどまで屋上だった空間は一変。

 これは一体どういう事でしょう。私の手元にはデッキらしきもの、正面には5枚のガラスのようなもの、そして目の前には手札と言わんばかりにカードが舞っています。

 

「何ですかコレ」

「分かんねーのか? 暴れるワイルドカード……即ち、実体化したクリーチャーを止めるにはコレしかねーんだ。お前らで言うデュエマで奴をぶっ倒す。簡単だろ」

「さっきから超展開過ぎて、実はまだ頭が付いて来ていないのですが」

「まあ、良い。説明は後でたっぷりと、嫌ってくらいしてやるぜ」

「……」

 

 仕方がありません。

 どうやらやるしかないようです。デュエマをしろというのならば、何ら普段やってる事とは変わりないだけです。

 

「私のターン。1マナで《貝獣ホタッテ》を召喚します」

 

 次の瞬間、私の眼前にホタテのようなクリーチャーが水文明の紋章と一緒に現れました。

 これは――クリーチャーがこの空間では実体化するということでしょうか。

 

「俺のターン。《桜風妖精 ステップル》を召喚!!」

 

 キャハハハ、という甲高い笑い声と共に桜色の衣服を身に纏った今回の元凶が姿を現します。

 

「マスター。アレが今回の元凶だぜ」

「結局、ワイルドカードって何なんですか」

「人に取り付いて悪さをするクリーチャーって認識で構わねえぜ。俺のように正規のマスターを持っているクリーチャーとは違って、相手の意思を無視して乗っ取り、操る。あの野郎みてーにな」

「あの、私あなたの正規のマスターになった覚えも無ければ、意思を尊重された覚えも無いのですが」

「そこは気にするな。飲み込んでくれ、水だけに」

「しばきますよ」

 

 とにかく、この陽気な喋り口が癪に障りますが仕方ありません。

 妖精の笑い声と共に桑原先輩のマナゾーンのカードが1枚増えました。

 

「こいつがバトルゾーンに出た時、山札から1枚をマナゾーンに置く」

 

 手札を使わずに2コストでマナ加速が出来るカードはこのクリーチャーが初。

 ただし、破壊されれば自分のマナゾーンのカードも墓地に置かなければならないというデメリットを抱えています。

 何とか破壊出来ればいいのですが……。

 

「私のターン、2マナで《一番隊 ザエッサ》を召喚」

 

 この文字通りサザエのようなクリーチャーは、自分のムートピアのコストを1下げる効果を持ちます。

 此処から後続に繋げます。

 

「俺のターン。4マナで《ボントボ》を召喚!」

 

 現れたのは、人型の羽をはやしたトンボのような昆虫兵士。

 私は身構えましたが、攻撃してくるわけではなく――

 

「その効果で山札の上から1枚をマナゾーンへ。そして、それがパワー12000以上のクリーチャーだったなら――」

 

 思わず、マナに置かれたカードを注視しました。

 それは――《マファリッヒ・タンク》。パワー12000のクリーチャーです。

 

「はっ、やったぞ。《ボントボ》の効果で、さらに1枚、マナを加速する!!」

 

 これで桑原先輩のマナのカードは6枚に急増してしまいました。

 正直、この速さはかなりまずいです。新たな昆虫の種族、グランセクト……パワー12000にやたらと拘っている種族かと思いきやマナ加速の速度もかなり速いです。

 

「私のターン、2枚目の《一番隊 ザエッサ》を1コストで召喚。そして《貝獣 ホーラン》をバトルゾーンへ。その効果で1枚ドローします。そして、もう1体《ホーラン》を1マナで召喚し、カードを1枚ドローします」

 

 よし、更に3体のクリーチャーを出せました。手札を切らさずに大量展開できるのは、白銀先輩のジョーカーズだけではないのです。むしろ、本来なら水文明の得意領分のはずなのですが……。

 それはともかく、相手の動きが不穏です。結局、私のデッキには相手のクリーチャーを直接破壊するカードが無いのが痛手です。

 水はバウンスするのは得意ですが、それは登場時能力が強い相手に使っても使いまわされるだけですし……。

 

「そして、《一番隊 ザエッサ》でシールドをブレイク」

「っ……雑魚が、小癪な……!!」

「ターンエンドです」

 

 よし、まずは1枚。割れました。

 場の数もこちらが勝っていますし、おまけにブロッカーまでいます。

 

「俺の芸術を邪魔する、目障りな害虫!! 皆纏めて、狩り尽くしてやるからなァァァ!!」

 

 叫ぶ先輩。

 それと共に、彼のターンに映ります。

 

「俺のターン。7マナをタップして、《パンプパンプ・パンツァー》召喚!!」

 

 次の瞬間、自然文明の紋章と共に巨大なかぼちゃの戦車が姿を現しました。

 確か、グランセクトを構成する野菜戦車――馬鹿げた容姿とは裏腹に、その能力は侮れないものです。

 

「その効果で、山札の上から1枚をマナゾーンへ置き、そのコスト以下の俺のクリーチャーを全てマナゾーンへ置く」

 

 マナゾーンに置かれたカードは、見たところコスト6の《くまくまわり》、ということは――

 

「《パンプパンプ・パンツァー》以外の全てのクリーチャーをマナゾーンへ!!」

 

 3連装主砲の味方を厭わない集中砲火。

 弾に当たったクリーチャーが次々にマナゾーンへ吸い込まれていきます。

 《ステップル》のデメリット効果は、破壊された時にしか発動しません。

 つまり、マナゾーンに自ら送り込むことでデメリットを発動させず、安全にマナを加速できるということ――これで、桑原先輩のマナの枚数は9枚になってしまいました。

 それどころか――私のクリーチャーも全員マナゾーンへ送られてしまいました。

 

「ターンエンドだ」

「っ……まずいです……でも――」

 

 とにかく、殴るついでに手札補充を行うしかありません。

 

「私のターン、1マナで《ホタッテ》を召喚して3マナで進化――《プラチナ・ワルスラS》に」

 

 巨大なスライムのクリーチャーが、《ホタッテ》を取り込んで現れました。

 これで、攻め勝ちます。

 

「《プラチナ・ワルスラS》で攻撃するとき、効果発動です。カードを3枚引き、1枚手札を捨てます。そして、シールドをW・ブレイク」

 

 《プラチナ・ワルスラS》は3コストでパワー6000のW・ブレイカーで進化クリーチャー。しかも、水のクリーチャーならば何からでも進化出来る上に攻撃時にカードを3枚引いて1枚捨てるという強力な手札交換能力も持つ、文字通りのインチキスライムです。

 押し潰されたガラス状のシールドが2枚、まとめて破壊されました。

 しかし――

 

「ターン終了時に、テメェがカードを3枚以上引いたから《ベニジシ・スパイダー》をリベンジ・チャンスで召喚!! その効果で山札の上から1枚をマナゾーンへ!!」

「っ……!!」

「さあ、俺のターン」

 

 カードを引いた桑原先輩。

 まずいです。ターンを渡してしまったどころか、こちらの場は半壊。

 それどころか、このターンで先輩のマナは――既に10枚になっています。

 

「――10マナをタップし、《ベニジシ・スパイダー》を進化元に」

 

 此処は屋上のはずです。

 にも拘らず、地響きが足元に伝わってきました。

 糸が何重にも《ベニジシ・スパイダー》を絡み取り、そのまま繭を作ります。

 そして――

 

 

 

「狩りの時間だ!! 《ハイパー・マスティン》、NEO進化!!」

 

 

 

それを食い破り、現れたのは巨大な蟷螂のNEOクリーチャーでした。進化してもしなくても出せる新世代のタイプ、NEOクリーチャーですが特にこの《ハイパー・マスティン》はフィニッシャーとして十二分過ぎる強さを誇っています。が、そんなゲームでの特徴などどうでもよくなるほどに私は戦慄していました。

 確かにスタイルは人のそれに近く、どこかで見た仮面ライダーとかに似てる気がします。

 ただ、とても巨大でした。風が吹き上げ、肌を撫でると共に言いしれない恐怖を感じました。

 見上げるほどの強大さです。聳え立つというのは、こういうことでしょう。私のような小さな少女など、すぐさま圧し潰されてしまいそうです。巨大な昆虫種族、グランセクトの強大さを目の当たりにした気分でした。

 

「まずは《パンプパンプ・パンツァー》で《プラチナ・ワルスラS》を破壊」

 

 野菜戦車の砲撃が一瞬でうちのインチキスライムを蒸発させてしまいました。

 流石力を司る自然文明と言ったところでしょう。衝撃波が凄まじいですが、これだけでは勿論終わりませんでした。

 

「更に、《ハイパー・マスティン》で攻撃するとき、効果発動!! 山札の上から3枚を捲り、その中からパワー12000以上の進化ではないクリーチャーを好きな数出せる!!」

「やはり、来ましたか……!!」

 

 次の瞬間、大地から3つの繭が現れました。

 パワー12000以上のクリーチャー。安定して出すならば、デッキの殆どを高コストにしなければならない気がしますが、自然のクリーチャーの中には低コストにも関わらずパワーが12000以上あるクリーチャーが少なからず存在するのです。そのためか――

 

「《マファリッヒ・タンク》、《界王類七動目 ジュランネル》、《くまくまわり》をバトルゾーンへ!!」

 

 ――冗談じゃない絵面になりました。どう考えても害虫はこいつらです。特大ブーメランです桑原先輩。

 コスト4でパワー12000、そして他のパワー12000以上のクリーチャーが居なければ攻撃できないT・ブレイカー持ちのグランセクト、《マファリッヒ・タンク》。

 コスト1でパワー24000のワールドブレイカーという恐怖のスペックですが、タップして場に現れる上にマナが7枚無ければアンタップされない《ジュランネル》(ただし、先輩のマナは11枚あるのでとっくにマナは足りてます)。

 コスト6でパワー12000、登場時にマナ加速して、それがクリーチャーでなければマナに置かれる全然可愛くない《くまくまわり》。

 特大パワーのクリーチャーが並んでしまいました。やめてください、しんでしまいます。

 

「《くまくまわり》の効果で山札の上から1枚をマナゾーンに置く。それがクリーチャーでなければこいつはマナに置かれるが、クリーチャーの《ボントボ》だったので場に留まる。そして、《ハイパー・マスティン》でシールドをT・ブレイク!!」

 

 シールドが一気に3枚、割られてしまいました。

 物量で負けているので、次のターンを渡せば私は確実に負けるでしょう。

 このままでは――どうしましょう、みづ姉。先輩達。私は、私は1人じゃ何もできないんです。

 私だけじゃ、何も――

 

「諦めんじゃねぇぞ!!」

 

 声が、しました。

 今手札に加わろうとしているシールドから聞こえてきました。

 その声は今までの中で一番はっきりとしていました。

 

 

 

「自分の姉ちゃんの涙を見て――このまま黙って負けちまうのかよ!!」

 

 

 

 はっ、と私は目の前の相手を見ます。

 そうでした。このまま、引き下がる事は出来ません。

 此処で諦める事は、みづ姉を裏切るということ――そんなこと、私に出来る訳がないのですから。

 

「S・トリガー発動。呪文、《スパイラル・ゲート》。その効果で、《ハイパー・マスティン》をバウンスします」

「何……?」

 

 激流の渦に飲み込まれ、《ハイパー・マスティン》は消滅しました。

 とはいえ、まだ桑原先輩の場にはクリーチャーが4体も残っているのですが――問題はありません。

 

「私のターン、ドロー」

 

 既に私のプランは、決まっています。

 

「ステップル。貴方を見逃そうと思ったんですよ、私は。まあ理由はどうあれ、桜の事や美術室の事、そして先輩に取り付いた事も、私には直接関係無いことです」

 

 マナゾーンのカードを7枚、タップし――自分でも驚くほど冷え切った声で言いました。

 

「でも、駄目です。貴方はたった1つ、たった1つの、やってはいけないことをやってしまいました。”みづ姉を泣かせた”。それが直接的であれ、間接的であれ、関係は無いのです。私は、貴方をみづ姉への害意とみなし、徹底的に排除します」

 

 淡々と紡ぐ私の声は、決して目の前の先輩にもあの妖精にも届かないでしょう。

 それで構いません。

 ですが、同時に思い知らせてやるとしましょう。私は、大事なモノの為ならば冷酷な魔女にさえ成り得るという事を――

 

 

 

「――深き水底へ還りましょう、《深海の覇王 シャークウガ》」

 

 

 

 水文明のマナが集結し、それは虚空に現れました。

 鮫の意匠を身に纏った魚人のクリーチャー。静かなはずの深海に野心の牙を剥き、武力を敷いて異端者を排除する文字通りの覇王。

 耳まで裂けたその口は、召喚されるなり冗長に開きました。

 

「この姿で出てくるのは、初めてだが――まあ良い。ようやく会えたな、マスター」

「シャークウガ……やっぱり、貴方だったのですね」

「お前の姉ちゃんがお前に渡したデッキ。そこに入っていたエリアフォースのカードが、お前を選んだんだ」

「そう、ですか。良いでしょう。この力、存分に借りるとしましょう。まず、貴方の登場時効果で私は2枚ドローします。そして――」

 

 言うなり、私は4枚の手札を捨てました。

 全て、水のカードです。そして、これが《シャークウガ》の力の糧となるのです。

 

「《シャークウガ》の効果発動。こうして今、捨てた手札の数だけ相手のコスト7以下のクリーチャーを1体選び、持ち主の手札にバウンスします。つまり――全員、強制送還です」

「なっ――!! 馬鹿な!!」

 

 そう。確かに全員パワー12000と高いですが、コストが7以下ならば全て《シャークウガ》の餌食になるだけ。

 激流が野菜戦車や昆虫、巨龍を巻き込んで竜巻となり、皆先輩の手札へ押し流されてしまいます。

 形勢逆転。今度は全滅したのは先輩の方になりました。

 

「そして、残る2マナで《異端流し オニカマス》を召喚。このクリーチャーが居れば、相手が召喚以外の方法でクリーチャーをバトルゾーンへ出した時、強制的に手札へ送還します。もう、《マスティン》の効果は使わせませんよ」

「あ、ぐっ……!! くそっ、リベンジ・チャンスで《ベニジシ・スパイダー》を場に出す……!」

 

 どうやら図星だったようです。

 

「くそっ、くそっ!! 俺の、俺の創作の邪魔をするなァァァーッ!! 《ベニジシ》を《ハイパー・マスティン》へNEO進化!!」

 

 デッキにスピードアタッカーの《メガ・ドラゲナイ・ドラゴン》が入っていれば、ダイレクトアタックまで決めることも出来ますが、《オニカマス》がいるのでそれもできない。

 よって――

 

「《ハイパー・マスティン》で攻撃!! その効果で山札の上から《マファリッヒ・タンク》と《デスマッチ・ビートル》を――」

「両方とも、《オニカマス》の効果でバウンスします」

 

 空気を切って飛んだ三つ又の槍が、野菜戦車と巨大な甲虫を貫きました。

 そのまま、カードの姿に戻り、手札へと戻されていきます。

 勿論、私のシールドは全て割られましたが、このターンではもう決められませんね。

 

「ターン、エンド――!! だが、《ハイパー・マスティン》の効果で、相手のパワー3000以下のクリーチャーは攻撃できない!! そっちもそのままじゃ、俺を倒す事は出来ないはずだ!!」

「はぁ、確かにそうですね。困りました」

 

 確かに今の場では、こちらも先輩に勝つことは出来ず、ターンを渡してジ・エンドと言ったところでしょうか。

 言うほどバウンス呪文は積んで無いんですよね、このデッキ。ですが――

 

「では、墓地が6枚以上あるため、G・ゼロで《百万超邪(ミリオネア) クロスファイア》のコストを支払わずに召喚します」

 

 火柱が上がりました。

 そして現れたのは灼炎の無法者。

 100万超えのパワーを持つ、バトルでは敵無しのまさに型破りにして規格外なクリーチャーです。

 

「なっ、《クロスファイア》だと――!?」

「このデッキ、手札を捨てる効果が多いからか割と墓地が溜まりやすいので」

 

 また、此処は《ハイパー・マスティン》を破壊してから《オニカマス》でトドメを刺した方が安全でしょう。

 万が一、S・トリガーが発動してしまった時のリスクが段違いです。

 

「《クロスファイア》。《ハイパー・マスティン》に攻撃です」

 

 《クロスファイア》はパワーアタッカー+100万を持つスピードアタッカー。

 例え、12000だろうが15000だろうが、この圧倒的な力の前では無力。

 正面から、火器が大量に放たれ、《ハイパー・マスティン》を破壊してしまいました。

 

「そして、《シャークウガ》でW・ブレイク」

 

 激流の拳が残るシールドを全て打ち砕いてしまいました。

 

「そ、そんな、馬鹿な、俺の芸術が――クソがァ!! S・トリガー、《ナチュラル・トラップ》――」

「発動するのは良いですが、《オニカマス》は呪文やクリーチャーの効果では選ばれませんよ」

「ぐうっ……!!」

 

 浮かび上がる、妖精の姿。

 でも、今更もう逃がしません。みづ姉を泣かせた罪、万死に値します。

 

 

 

「――沈みなさい。《異端流し オニカマス》でダイレクトアタック」



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第11話:桜花爛漫─花吹雪に愛をこめて

 ※※※

 

 

 

 クリーチャーを倒し、屋上に駆け付けた頃には、既に桑原先輩と思しき人影が膝をついて茫然としていた。

 そして、その前に立つ紫月の姿。傍には魚人のクリーチャーが浮かんでいる。

 これは――終わったのか? イマイチ俺も状況が呑み込めてねぇけど……。

 

「紫月!! 大丈夫だったか!?」

「は、はい。私は何とか。無事終わったようです」

 

 どうやら紫月は無事のようだ。

 こいつ、エリアフォースを持ってたんだな。何でかは知らないけど……。

 

「姉貴は……桜が好きなんだ……」

 

 桑原先輩の声に、俺と紫月は思わず振り向いた。

 

「だけど、入院と退院を繰り返していてもうしばらく外の桜なんざ見ていなかったんだ……」

 

 壊れたオルゴールのように、桑原先輩は言った。

 手をつき、コンクリートの地面に涙が落ちるのがこっちからも見えた。

 

「俺は、姉貴に桜の絵を描いてプレゼントしてやりたかった……他の誰にも描けない最高の、桜の絵を。そんな時、あのクリーチャーが出て来たんだ」

「それが、ステップルだったわけですか」

「おそらく、兄ちゃんの思いに反応して利用しようとしたんだろうな。ワイルドカードの行動理念なんざ、そんなもんだ」

 

 魚人のクリーチャーがそういう。

 頷くと、先輩は続けた。

 

「そして、あいつは”敵”が居ると俺に呼びかけた。白銀耀、お前と部活動仲間の或瀬ブランだ」

「――!」

「ワイルドカードの自衛本能でありましょう。桑原氏のマナを借りて、あのトークンたちを召喚していたでありますよ」

 

 成程、これで全て納得が行った。結局今回も全部、人に取り付いたクリーチャーの仕業だったわけだな。

 

「で、描けたんですか? 桜の絵は」

「……花びらの散らない満開の桜は、俺にとって最高のスケッチ画になるはずだった。だけど、何かが……何かが足りなくて、ずっともやもやしていたんだ」

「当然ですよ」

 

 言ったのは紫月だった。

 

 

 

「――桜吹雪の無い桜なんて、誰が見ても寂しいに決まってますから」

 

 

 

 がくり、と項垂れる桑原先輩。

 所詮、クリーチャーの力でずっと満開にした桜なんて、偽りの光景でしかない。

 それは、先輩もどこかで気付いていたし分かっていたんだろうな。

 

「でも、私も姉が居るので先輩の気持ちは分からないでもないです」

「……そう、か。テメェは――暗野の双子の妹、だったか」

「はい。私も、姉が大好きですから。もし、先輩と同じ状況に置かれてたら、分からなかったと思います。だから――お姉さんの為に作品を描こうとした先輩の気持ち、私は間違ってないと思います」

「……ああ、そうかよ」

 

 まだ完成していない桜の絵を眺めながら、先輩は言った。

 

「その言葉で……ちと、救われた気がするぜ」

 

 その時。風が吹く。

 同時に――まるで堰を切ったかのように、ピンク色のハートが、何枚も何枚も飛んでいくのが見える。

 マナが還元したことで、桜も本来あるべき状態に戻ったのだろうか。

 

「結局、ステップルはどうして美術室に悪戯描きなんかしていったんでしょうね」

 

 ぽつり、と呟くように俺に言う紫月。

 正直なところ、俺も本当の所は分からない。今までのワイルドカードの事を考えれば、単に実体化したので力を振るいたかった……というのも考えられる。で、彼女の場合は悪戯がしたかったようにも見えるが――

 

「美術室の悪戯書きは、最初こそ原色で塗られてはいたけど……1つだけ色と色を混ぜた色があった。ピンクだ」

「ピンク、ですか」

「ピンクっつーのは色と色を混ぜなきゃ出来ねえ色だ。最初は、単に色をぶちまけてたのかもしれねえが、だんだん真似したくなったのかもしれねえな。宿主を」

「……感化されてた、ということでしょうか。絵を描くことに」

「ああ。ステップルも、一生懸命頑張ってる先輩を見てるうちに、自分で咲かせてみたくなったんだろうよ、桜をな。ま、結局下手くそだから絵具を混ぜてぶちまけただけだったが……って、考えたらちったぁ可愛げってもんが出てくるんじゃねえか?」

「結局、悪気は無かったんですかね」

「さあな。所詮は全部俺の妄想さ」

 

 そう。結局、クリーチャーの考えていた事なんか、今となっては分からない。

 ソメイヨシノとは違うが、カンザクラの花言葉は気まぐれ。そんなもんだろう。

 再び、風が吹く。

 風に乗って、ピンクのハートが空へ吸い込まれていく。今度は何処へ、この春を運ぶのだろうか。

 

「……桜……吹雪」

 

 俺も、紫月も、そして桑原先輩も。

 いつまでも吸い込まれるように、空に舞う花弁を見つめていた――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 あの後、ブラン曰く美術部や絵画作品を汚していたペンキや塗料が、まるで色水のように溶けて消えてなくなってしまったという。ゲームではステップルが破壊されたとき、彼女が増やしたマナも破壊される。同様に、彼女のやったことも彼女の消滅と共に消えてなくなったということだろう。

 一同はびっくりしてしまい、警察まで呼んで新手の悪戯ってことにして調べたらしいが、まあ犯人が出てくるわけがないわな。

 そして疲れ切った俺とブランは部室に戻り、紫月にたっぷりとワイルドカードについての説明を求められたのだった。で、後日の事。

 

「やれやれ。にしても、先輩方がそんなことに足を突っ込んでいたとは……考えただけで眠たくなってきました」

「まあ、そう言うな。関わっちまったもんは仕方ねぇだろ」

「科学部のあの一件も、花梨先輩の異変も全部クリーチャーの所為だったとは。本当、呆れてモノも言えません」

「にしても、シヅクがエリアフォースのカードを持っていたなんて驚きデシタ」

 

 俺がエリアフォースのカードを貰ったのはあのカードショップだ。

 もしかしたら、紫月も――と思ったが、結局期待したような結果は得られなかった。

 くじ引きってどういうことだ。エリアフォースって結局何なんだよ。

 

「とにかく、うちのマスターを今後ともよろしく頼むぜ!! そしてマスターもな!!」

「あの、ですからマスターになった覚えはないのですが」

「そう釣れない事言うなよ、魚だけに」

「捌きますよ」

 

 曰く、マナを節約するためとか言って二等身になっているシャークウガが、馴れ馴れしく紫月に言い寄るが、すげなくあしらわれてしまう。

 それを見てか、うちの新幹線頭も馴れ馴れしく言い寄ってきた。

 

「やーれやれ、なかなかの凸凹(デコボコ)コンビでありますなあ、マスター。少しは我々を見習ってほしいものであります」

「お前のマスターになった覚え無いんだけど。お前が勝手にマスターって呼んでるだけだし」

「何ででありますぁ!! ちょっと、マスター殿ォ!! 人でなしでありますゥ!!」

「あはは……一気に賑やかになりまシタネ……」

 

 結局、事件は解決したけどワイルドカードやエリアフォースについての謎はまだ分かっていない。

 何であれ、今後ともこうして事件を解決する時がまたありそうだ。

 だけど、今度はもうデュエマ部のメンバー3人がクリーチャーに関わっちまっている以上、今まで以上に慎重で大胆な立ち回りをしないといけない。

 あのデュエルには、命の危険も伴うからな。

 

「紫月。お前――これから、ワイルドカードの事件に協力してくれるか?」

「……まあ、この際仕方ありません。それに、みづ姉にもしもの危険がまた及ぶことがあれば、それは私の手で何としても防ぎます」

「そうか」

 

 ありがとう、と俺が言おうとしたその時だった。扉をノックする音。珍しく客人か。でも、花梨は今日部活の練習だったはずだが――そう思ってるうちに、扉が開いた。

 

「よー、居るじゃねーか」

 

 やってきたのは――桑原先輩だった。それに俺達は驚きはしなかった。先輩は、クリーチャーに取り付かれていた時の頃を自分で覚えていたからな。

 でも、やはりクリーチャーに取り付かれていた時とは、やはり目の色が違って見えた。

 

「……桑原先輩」

「こないだは世話になったな。……目が醒めたみたいだ。本当にありがとよ」

 

 まあ、ブランは先輩の潔白を証明したし、紫月は先輩に取り付いていたクリーチャーと戦ったし――あれ? 俺何もやってないけど、お礼言われて良かったのかな。

 

「絵の方は順調に進んでいるぜ。クリーチャーの力等借りなくとも、完成させてみせてやっからよ」

「それは良かったデス!」

 

 軽い口調で絵の事を語る桑原先輩は生き生きとしている。きっとこれが、本当の彼のキャラなのだろう。

 そして、本来ならば何もないはずの虚空に目をやると言った。

 

「……にしても、チョートッQに、シャークウガか」

「! 我々が見えているのでありますか!」

「俺はあの一連の記憶が残ってんだよ。同時に、クリーチャーの姿が見えるようになっちまいやがった。この学園には俺のような奴がまだいんのかよ白銀?」

「……いると、思います。それに、これから出てくるかもしれません」

 

 俺は率直に述べる。ワイルドカードの出所が分からない限りは、これが今の俺の見解だ。

 紫月も、ブランも大方同意のようだった。

 

「そうか。それなら、俺もテメェらに協力させてくれ」

「だけど、部活は――」

「まあ、勿論ある。だが、俺も一応見える人間だからな。出来る事があれば、協力させてほしい。頼む! この通りだ!」

 

 どうやら、今回の一件で俺達のワイルドカード事件の調査に加わってくれるメンバーは紫月だけじゃなかったようだ。

 

「勿論です、桑原先輩! お願いします!」

「3年生、美術部――桑原 甲(くわばら かぶと)だ。よろしく頼むぞデュエマ部!」

「2年生デュエマ部部長、白銀 耀」

「同じく2年生の或瀬 ブラン、デース!」

 

 そして、前に出て来た彼女は――先輩に手を差し伸ばすと、言った。

 

「1年生の、暗野 紫月です。桑原先輩、よろしくお願いします」

「おうよ、よろしくな暗野」

「それだとみづ姉と被ってしまいます」

「そ、そうかぁ?」

 

 困ったように桑原先輩は言った。

 コホン、と咳払いするともう一度気を取り直したように、

 

 

 

「じゃあ紫月。よろしくな」

「ええ。よろしくです」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「桑原先輩、部にもまた顔を出してくれるようになって、良かったわ」

「それは先輩から聞きました。良かったですね、みづ姉」

「絵も結局無事だったし、本当何だったのかしら」

 

 2人の少女は、同じベッドに潜って他愛の無い話をしていた。事件は無事解決し、桑原も部に顔を出すようになった。翠月もすっかり、いつもの朗らかな笑みを見せていた。

 そして──

 

「それより、ねえ聞いてしづ! 桑原先輩と私、進展したの!」

「……はぁ?」

 

 いきなり突拍子もないことを彼女は言いだす。

 まさかあの男、いきなり翠月に手を出したのか、と殺意が沸いた紫月だったが──

 

「桑原先輩、いきなり私の事を名前で呼ぶようになったんだけど! きっとこれって何かのフラグよ、違いないわ!」

「……」

 

 この少女。

 恋の事になるとブレーキがぶっ壊れるのが難点である。

 紫月は言えるはずもなかった。

 

 

 

(それ多分、私と区別するためだと思うんですけど……)

 

 

 

 悪い事をしてしまったと思いつつ、敢えては言わない。

 ──桜だけに言わぬが花ってやつですね。はい。



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第12話:戦慄の旋律─学園肝試し

俺は白銀耀、デュエマ部の部長をやっているちょっと普通じゃない高校2年生。

 だけど、実体化するクリーチャーのカード、ワイルドカードによって俺の日常は本当に普通じゃなくなってしまった。

 更に、クリーチャーによって様々な事件が起こる中、それを解決する過程で部活仲間のブラン、後輩の紫月も関わってしまうことに。

 危ない事だらけではあるけど、関わっちまったもんは仕方がない。

 俺は、ワイルドカードの事件を解決していくことに決めたのだった──

 

「ねえ、音神君留学の話が出てるんだって」

「凄い! バイオリン、だよね!?」

 

 ──クラスでは今、1つの話題で持ちきりだった。隣のクラスの音神 奏太(おとがみ そうた)について、だ。

 こいつは前々からバイオリンのコンクールの入賞とかで名前が挙がることが多かったのだが、とうとう留学の話が出たという。

 花梨と言い、その音神って奴と言い、高校生の頃から自分のやりたいことを決めて将来に真っ直ぐ進める奴は凄いと思う。

 この年になってカードばっかりやってる俺って、本当何なんだろうなって思う。

 連日のワイルドカード事件の疲れで机に項垂れていた俺は、そんな雲の上の存在のような奴のことなど正直どうでもいいとその時は思っていた。

 

「ねえ、耀。知ってる? 最近、この学園で幽霊を見たって人がいるんだよ」

「……幽霊?」

 

 そんな俺に話しかけてくるのは、その雲の上の幼馴染の花梨だった。だが、その話題は珍しく剣道のそれではない。

 肝試しには時期的に少々まだ早い気がするのだが、取り合えず話を聞くか。

 

「何だよ、それ」

「学校の旧校舎で、出たらしくってね」

「はぁ、旧校舎」

「それも、使われていない1階のフロア。暗くてじめじめしてて、めっちゃ怖いって前から皆言ってたんだけどさ」

「ああ」

 

 曖昧に返した俺だが、もう使われていない旧校舎1階の部屋は何処も彼処も物置部屋状態。

 鍵が壊れていて入れる部屋もあるが、基本薄気味悪いので好んで近づくものは居なかったのだが――

 

「最近、放課後にふざけて1階の奥の物置になってる教室に行った子が居てね。そしたら、何か変な音と一緒に変な影が見えたって」

 

 変な音と共に変な影、か。確かに変な話だ。でも、たまたまいた人と間違えたんじゃないかそれ。

 普通ならばにわかに信じ難い話だと一蹴するところだが、この時の俺はそういうわけにもいかなかった。

 

「変な音と変な影?」

「あ、食いついた。めっずらしー」

「別に興味があるわけじゃねえが」

「またまた、そんなこと言って。ねえ、今日あたし部活休みだし、一緒に見に行かない? いや、幽霊なんかいるわけないって分かってるんだけどさ」

 

 わくわくしているのが表情からバレバレだぞ、花梨よ。

 お前は昔から、そういう子供っぽいところがあるから困る。此処最近はドギラゴンに取り付かれていたから、そういう面を見せなかったんだろうが今ではすっかり元通りだ。

 

「……怖いとか思わねーのな」

「あー、怖いんだ耀。あたしはぜんっぜん、怖くないよ? だってもう高校2年生ですし?」

 

 悪いが、昔小学生の頃に目をらんらんとさせて遊園地のお化け屋敷に入って、出る頃にはビービー泣いてたのは、今も覚えているぞ花梨。此奴、怖いのを見たら怖がるくせに、最初は興味津々で近づく悪癖があるからな。

 

「それにさ、たまにはこういうのも面白そうだと思わない?」

「思わねーよアホ、小学生か」

「やっぱり怖いんじゃないの? 耀」

 

 何でコイツこんなに楽しみそうなんだ。

 まあ、良い。丁度俺も気にかかることがあったし……。

 

「……オーケー。そこまで言われちゃあ仕方ない。お前の肝試しに付き合ってやろうじゃねえか」

「にはは、やった!」

 

 喜ぶ花梨。

 つか、本当なら1人でも行けるはずなのに、わざわざ俺を付ける理由ってやっぱり怖いからじゃないんですかね、花梨さん。

 仕方ねえ。1つ試してやるとするか。

 

「おい、所でだな花梨。今お前の肩に真っ白な手が……」

「にはは、嘘でしょそんなの」

 

 笑う花梨。

 だが、お前の額にうっすら冷や汗が浮かんでいるのはお見通しだ。

 仕方ねえ、こいつ結構単純だしもうひと押しと行くか。

 

「あ、首掴んだ」

「嫌ァァァ!?」

 

 花梨は顔が真っ青になったかと思うと、俺に飛びついてきた。ほら見たことか!!

 当然後ろに何もいるわけは無いのだが、ぎゅううう、と花梨は俺を抱き締めて離さない。

 そして痛い。周りの視線も痛いけど、こいつめっちゃ筋力あって……いてぇ!! いだだだだだだだだ!!

 

「ぐええええ!! よし分かった花梨、居なくなったから!! そもそも何も居ないから!! 俺が悪かった!!」

「……ふぇ?」

 

 硬直する花梨。

 そして、俺を力いっぱい抱き締めている自分の醜態に気付いたのか、顔がみるみる真っ赤になっていく。

 

「……やっぱ、怖いならやめた方が良いんじゃねえ?」

「い、行くもん!! 怖くないし!! 剣道部だし!! 何か出たら、ぶった切るし!! ぶった切り・スクラッパーだし!!」

「めった切り・スクラッパーだ、バ花梨」

「だ、誰がバ花梨だって、馬鹿!! バーカ!!」

 

 ぷるぷる震えている上に涙目だから、全く様になっていないぞ、花梨よ。そういってげらげら笑ってやったら、今度は竹刀が飛んできた。

 いやあ、痛かったのなんのって。本当、授業の前にこんなことやるのやめような。俺、次の数学の時間、頭痛でずっと頭抱えてたじゃねえか。

 そんなわけで、花梨があんまりにも「良い!? 絶対幽霊とか見てもあたしは怖がったりとかしないんだからねっ!」って言うもんだから、俺はこいつに付き添う形で良い年して肝試しごっこをする羽目になったのだった。

 肝試しで済めばいいのだが……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「というわけで、私に協力を頼んだわけですか」

「すまん……」

 

 昼休み。

 わざわざ1年の教室に駆け込んだ俺は、紫月に旧校舎の1階付近での見回りを頼むことに。

 何せ、此処最近の事件を見るに、幽霊の正体が万が一ワイルドカードだったら溜まったもんじゃないからな。

 加えて、こんな時に限ってブランの奴は今朝、「Sorry……日頃の無理が祟ったみたいデース……」というLINEを入れて休んでいるから、頼める奴が紫月しかいないというのもある。風邪らしい。日頃の無理って一体何なんですかね、ブランさん。後お前、メールやLINEでもその口調なのか。

 そんなことはともかく、どうせ俺が部室に来れない今日は紫月も暇ってことだし、シャークウガもいるから、ある意味ブランに頼むよりもマシだ。

 そう思って頼んだのである。ぶっちゃけるとダメ元だった。しかし、くりくり、と自分の髪を弄りながら澄ました態度の紫月は――

 

「まあ、良いでしょう。私は旧校舎の周りを回って、万が一クリーチャーが出てきたら、花梨先輩に接触する前に沈めれば良いのですね」

「任せときな、白銀の兄ちゃん。もしも出たら俺様が引きずり出してやるぜ」

 

 とのこと。意外と乗り気で何よりだ。

 この2人なら何だかんだで、ちゃんとやってくれるだろうと信じたい。

 

「しかし大丈夫ですか、先輩」

「何がだ」

「花梨先輩、話を聞く限りでは、かなりの怖がりのようですが」

「ああ、そんでもって火の中に飛び込む虫の如く、自分から怖いものに興味津々で突っ込んでいくタチの悪い性格でもある」

「……確かにタチが悪いですね」

 

 同意が得られて何よりだ。ある意味、やたら賑やかだったりアホな所がある女子連中の中で、一番真っ当で気が合うのは紫月なんじゃないかと最近思い始めている。

 俺への評価が、やたらと低いのは今も覚えているがな。

 

「で、もしもワイルドカードがいたときはどうしますか」

「速攻で排除だ。花梨がまた危ない目に遭ったらどうする」

「答えを聞くまでもありませんね。同意です。私としても、みづ姉に危害が及ぶことがあってはいけないので。もしそうなったら、責任もって先輩には身投げしてもらいます、屋上から」

「なんでさ」

 

 悪いが、そうなる前に食い止めるし、身投げはしないからな。

 何でこんなにお姉ちゃん大好きっ子になっちゃったんだろ。

 うちの周囲の女連中、どっかに問題がねぇといけないジンクスでもあるのだろうか。

 

「ちなみにチョートッQにシャークウガ。お前たちの今回の件についての意見を聞いておきたい」

「ワイルドカードかどうかは、ぱっと自分が見に行った限りではまだ分からないでありますよ。こちらの気配を察して逃げられたか……でも、発現したのがこの学校なら、近くにいるのは間違いないであります。いずれにせよ、超超超可及的速やかに、原因を突き止めるでありますよ!!」

「ガッハッハッハ!! どっちにしたって、ワイルドカードは俺様達が炙り出しておいてやる。テメェらは安心して肝試しに行くこったな!!」

 

 決定だ。

 こうして俺達は、この肝試し作戦を決行することになった。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、という言葉があるがそうであることを祈ろう。

 クリーチャーでもなければ幽霊でもないのが一番なんだが、そうじゃない気がするんだよな……。

 

「……しかし、クリーチャーはエリアフォースの所持者や一部の人間でないと姿が見えなければ声も聞こえない代物……その幽霊、本当にクリーチャーなのでありましょうか……」

 

 不安そうに呟くチョートッQの言葉を聞いて、俺も気が気ではなかったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 そんなわけで今日のデュエマ部はちょっとお休みして、放課後の旧校舎1階の旧部室棟。

 成程、確かに薄暗くてじめじめしている場所だ。ロクに掃除とかしていねえだろ。あちこちに段ボールが積まれており、どんな使い方をされているのか一瞬で分かる。

 

「というわけで、幽霊探しにレッツ・ゴー!!」

 

 ところで何で完全武装(フルアーマー)なんですかね花梨さん。

 竹刀は勿論の事、胴着の上に防具まで着こんでおり、今から剣道の試合にでも行くのかと思わせるような恰好であった。

 

「いや、何やってんだオメー」

「あ、あれ? 知らないの耀。今、肝試しではこうやって剣道の防具を着込むのが女子高生の間でブーム……」

「通らねえよ、バ花梨!! 何ちゅう恰好で来てんだ!! どんだけ怖いんだよ!!」

「う、うるさいな! とにかく、何か出てきたらあたしが速攻でぶった切ってやるんだから!」

「ぶった切る前に逃げるんじゃねえのお前」

「ば、バーカ!! バーカ!! 逃げないし!! 何のための防具だと思ってんの!!」

 

 分かったから竹刀振り回すんじゃねえ!!

 俺分かる!! やっぱお前ポンコツだ!! ポンコツ剣士だ!!

 剣道やってる時はかっこいいのに、それ以外がポンコツ過ぎだし!!

 

「剣道をやってきたのは勿論だけど、長刀道、居合い道、銃剣道、フェンシング、ポールアックスにサーベル、スポーツチャンバラ……ありとあらゆる古今東西の剣を齧ってきたあたしに、敵なんかない!」

「説得力皆無なんだよなあ!」

 

 しかもまだ幽霊だと決まったわけではない。

 本当こいつ、本来なら連れて来たくなかったんだけどなあ……。

 

「よし、それじゃあ行くよ耀!」

「あいあいさー……」

 

 のし、のし、と防具姿で歩き回る花梨。

 ああ、どうかこんなアホな光景誰かに見つかりませんように。

 そう祈りながら俺も進んでいく。

 しかし、数歩歩いたところで早速花梨の、

 

 

 

にゃぎゃあああああああああああああああ!!

 

 

 

 という猫のような金切り声が俺の耳を貫いた。

 驚きのあまり、俺が思わず飛びのいてしまった。

 どうしたと聞く前に、見てみると彼女の面にでかい蜘蛛がついている。どうやら、天井からぶら下がっていた奴が飛びついたようだ、と俺はすぐに気付いたが、当の花梨は――

 

「にゃああー!! 今、何か黒いのが!! 悪霊退散、悪霊退散、にゃああー!! にゃああー!!」

 

 と叫んで竹刀を振り回している。

 面の所為で彼女の表情は見えないが、正直今どんな顔してんのか容易に想像がつく。

 

「落ち着け!! クモだよ、蜘蛛!! どんだけ怖いんだよお前!!」

「く、蜘蛛!? 蜘蛛の妖怪!? どこ!? どこにいるの!? ぶった切ってやる!! フーッ!! フーッ!!」

「だから、只の蜘蛛だよ!! 虫!!」

「……え?」

 

 竹刀を振り回すのをぴたり、とやめた花梨は大きく溜息をついた。

 そして、さも何も無かったかのように

 

「ふっ……何てことは無かったね。耀、怪我は無かった?」

「お前、それギャグで言ってんのか?」

「さ、さあ、行こう!! 幽霊退治に!!」

「……もう突っ込まねえぞ」

「マスター……大丈夫でありましょうか」

 

 話しかけてくるチョートッQだが、俺は此奴の考えていることには大方同意であった。

 

 

 

「……無理なんでねーの?」

 

 

 

 と一言、返しておく。

 只の虫でこの有様では、先が思いやられる。

 やれやれ、本当に放っておけないやつだ。此奴が取り乱す度に俺がこうやって助けないといけないのか。既に胃が痛い。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ……しばらくしただろうか。俺達は、開きそうな部屋を全部開けて、幽霊がいないか確かめていた。まあ、俺としては幽霊ではなくクリーチャーを探しているわけだが。居たら居たで困るけど。

 それ以降は特に何も無く、いよいよ問題の最奥のフロアに俺達は踏み込むことになった。

 元々は保健室があったというこのエリアだが、窓には名前も分からない木々が茂っており、陽当たりは非常に悪い。

 そのため、今はまだ日が出ているはずなのに暗い。

 だからか、次第に花梨の声があからさまに震えてきているのが分かってくる。

 

「あ、あああ、あかる、と、と、取り合えずそろそろ帰らない? 幽霊とかいなかったってことで」

「いーやまだだ。まだ全部の教室を見て回ってねえだろ。問題の一番奥の部屋」

「や、で、でも――」

 

 そう言って、近づいた時だった。

 花梨の足がぴたり、と本格的に止まる。

 

「ね、ねえ、耀。何か、聞こえない?」

「んあ? ……」

 

 また花梨の気の所為かと最初は思っていた。

 しかし。

 何だろう、この耳を撫でるような甲高い音は……廊下を歩くにつれ、大きくなっていくそれは、弦楽器――それもバイオリンやビオラのものであると俺に直感させた。

 待て。まさか、クリーチャーが楽器を弾いているとか、そんなことは無いよな――とか思っているうちに、

 

「にゃ、にゃははははは!! あたしが、あたしが、幽霊をやっつけてやる!! 覚悟ォーッ!!」

 

 一時的狂気。今のでSAN値が直葬されたのか、花梨は防具を着込んでいる癖にめっさ速い足取りで竹刀を振り上げて、扉の方へダッシュしていく。

 俺も思わずそれを追いかける。やばい。こいつ、胴着に防具付きでも結構足が速い。とにかく、止めなければ。

 ぴたり、と止む音。しかし、構わず花梨は最奥の部屋の扉を乱暴に開けた――

 

 

 

 

にゃびゃあああああああああああああああ!!

うわあああああああああああああああああ!?

 

 

 

 

 悲鳴がWで聞こえて来た。

 誰か、いるのか!?

 見ると――旧校舎1階最奥の元・保健室に巣喰っていた幽霊の正体が、物陰に隠れてぶつぶつと何かつぶやいていた。

 

「な、なななななに!? 甲冑の幽霊に恨まれる覚えは何にも無いぞ、ない、なななな……」

 

 花梨も流石に相手が人間であると気付いたのか、茫然と立ち尽くしていた。

 その脇を潜り、俺は一言声を掛けてやる。

 

 

 

「……お前、音神か?」

 

 

 

 留学を勧められている高校生バイオリニストは――何故か、こんな薄暗い部屋でバイオリンを片手に物陰で震えていた。



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第13話:戦慄の旋律─音楽の天才

※※※

 

 

 

「全く、びっくりしたよ。この部屋なら誰にも邪魔されずに練習出来ると思ったんだけどね」

 

 と言っている音神。

 どこか儚そうな瞳と、少し長めの色素が薄い髪を持つ彼は、いざ話してみると物腰柔らかで穏やかな人物だった。

 防具を脱いだ花梨と俺は、取り合えず彼に謝罪と事情を話すことに。

 すると音神は、

 

「ああ、多分その幽霊は僕だ。この間、手が滑ってバイオリンが変な音を立ててしまったことがあるからね。まあ、そうじゃなくても誰も居ないはずの教室からバイオリンの音がしたら誰だって不気味に思うか」

「何だ……幽霊じゃなかったんだ……」

 

 悪いが幽霊よりも防具着込んで突っ込んできたお前の方がよっぽど怖いと思うぞ花梨よ。

 まあ、想像通り、クリーチャーでも幽霊でもなんでもなかったのだ。

 変な音が聞こえてたっていうのは、音神がこの部屋でバイオリンの練習をしていたからか。

 まあ、音楽室じゃ管弦楽部が練習してるし、部活に入らずにずっと習い事なり1人で練習してきた彼にとっては学校で練習するなら空き教室を見つけるしかないが……そもそもそれなら家でやれば良い訳で。

 

「怖がらせてごめんね」

「むしろこっちこそ邪魔してごめん……」

「いや、良いよ。こんなところで練習していた僕も悪いしね」

 

 はにかんで返した音神は、椅子に座るとバイオリンを抱きかかえた。

 折角だし、色々聞きたいこともある。こんなことも無ければ話さなかったくらい接点は無いし。

 

「なあ、音神は何時からバイオリンをやってるんだ?」

「小学生の頃からだよ。母さんがバイオリンの先生さ。母さんは昔、バイオリン教室の先生をやっていたからね」

「そうなのか」

「ああ。まさかドイツに留学まですることになるとは、母さんも思わなかったらしいけど」

「何度聞いてもすげえな……お前」

「僕はすごくないよ。僕は天才じゃない。凡人だから、周りに追いつけるように必死で練習しただけさ」

「いや、努力の天才さ」

 

 思わずそんな言葉が出る。

 俺は生まれ持っての才能も存在するとは思っているが、そんな奴はほんの一握り。

 だけど、それより賞賛すべきは努力の天才だ。

 真っ直ぐに、ただひたすらに努力を続ける奴こそ、俺は努力の天才とそいつを称えるだろう。

 そういう奴が語る夢程、輝いているものはない。

 

「夢は、オーケストラで大勢の前で演奏すること。そうだね、ドイツのオーケストラに入って、僕の音を世界に届けたい……なんて、大それた事を考えてるんだけどね」

「大それてなんかねーよ、もっと自信持て。本気で頑張ってる奴の夢を馬鹿にする奴は、俺がぶっ飛ばしてやる」

「うんっ、あたしも頑張る人は大好きだよ。音神君の夢から、そういうのが伝わってくるもん」

「そういえば、刀堂さんも剣道で全国に行ったことがあったんだっけ。君こそ頑張り屋さんだ」

「え、えへへ……あたしも、頑張ってきたからね。積み上げてきた物への自信はあるつもりだよ」

「……そうか。それくらい、練習してきたんだね」

「夢は、プロの剣道選手、だからね!」

 

 俺は取り残されそうだった。

 2人共、ちゃんと自分の未来に夢を見据えてるんだな。

 それに比べて俺は――何にも将来の夢だとか目標だとかが決まっていない俺は、どうだろう。

 ワイルドカードの事件やデュエマ部の事で、今の目の前の事に精いっぱいの俺は未来の事を考えている余裕なんか無い。そもそも、見えてすらいない。

 そんな現実を突き付けられた気がした。

 

「やっぱ、羨ましくなっちまうな。そういう夢があるやつって。俺には、まだ何もねぇや」

 

 気が付いたら、自嘲気味に俺の口からはらしくない弱気な言葉が漏れていた。

 いけない。こんなこと、こいつらに言ったって仕方ねえだろ。何言ってんだよ。

 

「わ、わり、変な事言っちまったな。忘れてくれ」

 

 だけど、返ってきたのは意外な返答だった。

 

「僕は……白銀君が羨ましいかな」

「え?」

「時折、君みたいにまだ何も決まっていない人が羨ましくなることもあるんだ。僕には、バイオリンしか取柄が無いからね」

「ま、そんなこと言ったら俺にはデュエマしか取柄ねえし」

「デュエマ?」

 

 あれ? 食い付いた。もしかして、やってたりしたのかな。

 

「音神君、デュエマやってるの? もしかして」

「いや、昔やってただけだよ。ただ、お守り代わりに今もカードを持っててね」

 

 ごそごそ、とポケットを取り出すと音神は1枚のカードを俺に見せる。

 いや、思わず飛びのきそうになったね。これ、かなりのレアカードじゃねえか。

 

「すげえな。それ持ってたのか……」

「何なら、白銀君にあげるよ」

「オイオイ良いのかよ!? それ、かなりのレアカードだぜ!?」

「君、デュエマ部なんだろ。このカードも、僕がお守りなんかにするよりは誰かに使って貰った方が嬉しいはずさ。ドイツに行く前に、踏ん切りをつけておきたいんだ」

 

 そこまで言うなら、仕方がない。

 余程此奴の決心が硬いという事なのだろう。

 それを受け取った俺は、思わぬレアカードの入手に立ち尽くしていたが――花梨の声で正気に戻った。

 

「ねえ、音神君。1曲、弾いてくれない?」

「おいおい、花梨。あんまり無理を言うなよ……」

 

 これ以上我儘言ってどうするんだ花梨。

 やれやれ……だ。

 

「ああ、ごめん。いつもなら良いんだけど……」

「ほらな?」

「むぅ」

「いや、違うんだ。実は最近スランプ気味でね」

 

 彼は少し困ったように言った。

 

「不出来なモノを人に聴かせるなんて、恥ずかしい事だ。それで誰にも見つかりそうにない部屋で練習していたんだ」

「そ、そうだったのか。今日は本当に悪かったな」

「ごめんなさい……」

「いや、良いんだ。君たちと少し話せて、幾分か楽になった気がするよ」

 

 そう言った彼の表情は、笑ってはいたが少し暗かった。こんな音楽家にも、スランプというものが訪れるのか。だとしても、俺は絶対にそのスランプを抜けて欲しいと思っている。

 応援しているぞ、音神。

 それに比べて俺は――

 

 

 

 ※※※

 

 結局あの後に部屋を出た俺は、花梨と一緒に旧校舎の1階のフロアを抜け出た。

 どこか、複雑そうな表情を浮かべていた花梨。

 こいつも、ちょっと前まで自分には剣しかないと言っていた。表情に修羅のような厳しさは無いが、音神も花梨と似たような所があるのだろうか。

 

「……凄かったね、音神君」

「そうだな」

「あたしも頑張らないと。耀もね。絶対、やりたい事や夢が見つかるよ」

「頑張れって言われてもな……」

 

 無い夢に向かって頑張れって言われても困る。

 

「……別に、今叶えたい夢が無くったって良いじゃん。いや、あたしが言っても説得力無いけどさ。あたしだって、剣道だけで食べていけるなんて思ってないし、不透明な未来を見てるんだよ?」

「そうだけど……」

「だから、ゆっくり決めれば良いじゃん」

 

 ゆっくり、か。だけど来年にはもう受験生なんだ。

 きっと、適当に受かりそうな大学を受けるんだろうけどよ。理系の大学とか、俺には無理だし、文系の大学を受けるんだろう。その後、大学を出た後――どうするんだろ。

 

「……ああ」

 

 曖昧に返した俺は、その後の言葉が続かなかった。どこか心配そうな顔で俺の顔を覗き込んでいた花梨は、最後に「今日は本当にごめん」と言って走り去った。

 そこまで謝らなくても良いだろ。俺だってワイルドカードじゃないかって気になっていたしな、とは言ってやれないのが辛い。

 そして、旧校舎の玄関に居た紫月と合流する。結局、クリーチャーだとかは出なかったのだろうか。

 チョートッQは何も言わなかったから、俺達の近くには出なかったのは確かだ。

 

「ってわけで、紫月。大丈夫だったか?」

「ええ。こちらは異常なしでした」

「そうかあ」

 

 何も無かったようで、何よりだ。

 胸を思わず撫でおろす。

 しかし――紫月は首を傾げると言った。

 

「……先輩。浮かない顔をしていますね」

「んあ?」

「何か、ありましたか。刀堂先輩にフられましたか」

「いや、ちげーから」

 

 そうじゃない。

 そうじゃなくてだな……。

 取り合えず、勝手に色々言われる前に説明をしておく。

 

「……成程。その音神先輩がスランプだと」

「ああ。ドイツの留学前だかんな。何事も無く、向こうに行けりゃ良いんだが」

「……そう、ですか」

 

 俺が花梨や音神を応援するのは、あいつらには夢があるからだ。

 だから、同時に音神や花梨が俺とは別の世界に生きている人間のように思えてしまったのだ。

 辛い事も多い。好きな事をやらなければならないことにしてしまうのは大変だろう。花梨だって、それで追い詰められたに違いない。

 比べて、俺にはそんな夢は無い。俺の未来は、いつも無色だ。何も分からない。決まっていない。ぼんやりだ。

 だからと言って、それが不安なわけじゃない。このままではいけないと思うこともある。

 でも、現実はそれどころじゃない。俺には、目を背けられない問題が目の前に幾つも山積みで、逃げる事は許されないのだから。

 

「……目の前の事ばかりにいっぱいっぱいで、未来への不安も希薄な俺って――夢が無いってのが、すっげー情けなくてさ」

「はぁ」

 

 彼女は溜息をついた。そして――言ったのだった。

 

「いい加減、ぐだぐだ愚痴られるのもうざいんで、簡潔に言いますけどね」

 

 俺は口を噤んだ。

 言葉とは裏腹に、紫月は真剣な表情だった。

 

「……私、最近の白銀先輩の事はそれなりに評価してるんですよ。目の前の事に、今の事に真っ直ぐになれる白銀先輩を、私は花梨先輩やその音神先輩にも劣らないと思っています」

「そうかあ?」

「先輩は花梨先輩に異変があった時、一生懸命どうにかしようと奔走していました」

「当然だろ、幼馴染なんだから」

「ステップルの時も真っ先にワイルドカードじゃないかって疑って、色々駆けまわっていたってブラン先輩に聞きました。私が屋上にワイルドカードを追いかけに行った時も真っ先についてきましたし、先輩は、お人よしですし目の前の人にいつも一生懸命です」

「そ、そうかあ?」

「今回もそうですよ。怖がりな花梨先輩に、何だかんだ言ってついていったじゃないですか。ワイルドカードの心配をして、私まで手配しました」

「……只のお節介焼きだよ、俺は。それも手の届く所だけさ」

「誰もがスーパーマンではないのですから。私なんか、目の前の欲望に結構忠実ですから。主に睡眠欲とか」

「刹那的だなオイ」

「刹那的で良いんじゃないですか? 先輩は、先輩が今やりたいことをやれば良いと思います。先輩は未来の事でぐだぐだ考えるより、後でぐだぐだ後悔してくれた方がお似合いです」

 

 これはつまり……何だ。

 俺は目の前の事だけ考えてろってことか。

 何なら1つ、反論しておくことがあるな。

 

「言っとくけど俺、後悔はしたくねーからな。つか、デュエマで1度自分が選んだ手を次のターンになって戻すなんてありえねーし」

「……なら、精々今目の前の事を考えとけば良いんじゃないですかね」

 

 少しだけ、紫月が微笑んだ気がした。

 そうだな。今は、ワイルドカードの事を考えておけば良い。音神のスランプはあいつの問題だし、あいつが解決するしかないんだ。

 

「なあ紫月」

「何ですか?」

「お前結構……熱いやつなんだな」

「えっ……?」

「いやさ、仏頂面だし正直俺、お前に悪く思われてるのかと思ってたけど……こうして話してみると、俺の考えてることをズバッと斬ってくれたりさ」

「別に、そう思っていたわけではないです! ……塩対応だったのは謝りますけど、それは退屈だったからです」

「そっか」

 

 ちょっとだけ彼女の事が分かった気がした。

 この間もそうだったけど、表情に出ないだけで紫月は結構、感情表現がストレートなのだ。

 

「……傷つけたなら謝りますけど」

「良いって。俺も本音で接してもらった方が嬉しいからさ」



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第14話:戦慄の旋律─諦めへの誘惑

※※※

 

 

 

「そこ、また速くなってたわよ」

 

 帰ってきたら、またバイオリンのレッスン。

 毎日、勉強の合間に欠かすことは無い。

 しかし、最近弓を持つ手が震える事がある。留学への不安か、それとも――

 

「奏太! 集中出来ないのなら、今日はやめなさいな。ドイツへの留学は確かに研修の為だけど――向こうで恥ずかしい音を出すのだけはやめて頂戴よ」

「……はい、母様。すいません。一度、部屋に戻って休みます」

「にしても、最近ずっとこんな感じよ。不安なの? 留学は貴方の事よ。よく考えなさいな」

 

 考えている。勿論、分かっているんだ。 

 スランプなんて理由を付けて、いつまでもこんな調子じゃダメなんだ。

 何とか、何とかしないと……。部屋に戻り、バイオリンを手に取った。

 音が狂う。弓が震える。

 手が汗ばむ。

 

「駄目だ!!」

 

 思わず、叫んだ。

 こんな音じゃ、世界に通用するわけが無い。

 留学しても、上達するとは限らない。

 

「……はあ」

 

 何時からだろうか。

 バイオリンが、自分の中でやらなければならないことになってしまったのは。

 親がバイオリンの先生だから、物心ついた頃からやっていたバイオリン。

 凡人の僕は、周囲に追いつくので必死で、抜きんでるようになってからも毎日練習を欠かせなかった。

 趣味も全部捨てて、バイオリンの為に生きる事を決意したんだ。

 

「あれ……?」

 

 僕、何でバイオリンを始めたんだっけ――

 

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 

 声が、聞こえた。

 気が付けば、それは机の上に落ちていた。

 

「……」

 

 此奴が、喋っているのか。

 だが、もう僕は無我夢中でバイオリンを弾いていた。

 

「僕の音を……認めてくれているのか?」

 

 うれしい。

 僕の音を認めてくれる人がいるなんて――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「ハロー! アカル! ブランちゃんの華麗な復活デース!」

 

 二日程して、ブランは再び学校に戻ってきた。

 風邪がすっかり治ったようで何よりだが、また騒がしくなるな。

 嬉しそうに花梨は「良かったよー、もうすっかり元気に」と言っていた。

 そんな昼休みのことだった。一緒に弁当を食べながら、にこにこと花梨はブランに二日前の肝試しまがいのことについて話していた。

 一方の俺は、音神から貰ったカードと最近手に入れたカードでデッキが組めないか、四苦八苦していたのだった。

 

「で、すっごい頑張り屋さんで、謙虚で……音神君、かっこいいなあって」

「へえ、そうだったんデスカ。なかなかmiracleな出会いでしたネ! ……音神君、デスカ……」

 

 ん? どうしたんだ。

 俺もデッキを組む手を止めた。

 

「どうしたんだよ、ブラン」

「諜報活動は探偵の基本なのデ、早速色々調べてたんデスケド……気になる事が1つあってデスネ」

「おい、もう平常運転かよ」

「で、何々? 気になることって」

 

 花梨の前でもいうのだから、おそらくそんなに変わったことではないだろう。

 どうせまた下らんことか。そう思っていたが――

 

「……いや、3組の音神クン……彼、昨日から様子がおかしいみたいデ」

「様子が?」

「おかしい?」

 

 音神の事を調べていたのか此奴。

 待てよ。様子がおかしいってことは……まさかと思うが……。

 

「人が変わったように、誰とも話さなくなってしまったみたいで……」

「そう、か」

「Yes。極度に他人に心を閉ざす、というのが正しいでしょうカ」

「そんなことが……あたしも違うクラスだし、知らなかったよ」

「そうデスネ。元々、他人とあまり話すタイプじゃないみたいデスケド」

 

 そういった所で、ブランが目配せした。

 怪しい、と言いたいのだろうか。しかし……なんか引っかかる。

 

「これは……ワイルドカードが濃厚でありますなあ。でも、隣のクラスの生徒に取り付いているなら、我が気付いているはずでありますが……」

 

 チョートッQもそんなことを言っている。

 こいつが直接クリーチャーに反応していないってのがどうも気になる。

 なんだか……嫌な予感がしてきたぞ。

 

「心配だな……ねえ、耀。見に行ってあげてよ。あたしも、心配だよ……」

「……ああ、分かってる。でも、部活があるんだろ? 俺達に任せろ」

「良いの?」

「良いんだ」

 

 不安そうな顔の花梨。

 こいつも、音神の事を案じているのだろう。同じような立場だもんな。

 分かってる。あいつの夢は、誰にも壊させやしない。

 だから――こっからは俺の出番だ。

 

 ※※※

 

 

 

「あいつ多分、今日もあの教室で練習してるはずだ」

「そうと決まればやることは1つ、ですからネ!」

「何で私まで……まあ、良いですか。暇潰しにはなりそうです」

 

 そんなわけで、今度は俺と紫月、そしてブランを加えた3人組で旧校舎を探索していた。

 

「で、何か策は?」

「突撃する。何か悩みがあるなら、聞く。困ってる奴がいるなら、放っておけねえ。それが俺だろ?」

「……本当、目の前の事しか頭に無いんですね」

「デモ、アカルらしいデス!」

「だろ?」

 

 そう。真っ白で、無色で、何にも無くても、俺の手の届く所に困ってる奴がいるなら放っておけない。

 偽善だと言われようが、自分勝手だと言われようが、目の前の”今”に俺は向かうんだ。

 それが、今の俺に出来ること――

 

「……ん? バイオリンの音が聞こえてくるデース?」

「ああ、そろそろ着くはずだが……」

 

 もうすぐそこに扉が見える。

 あの教室の中に音神が居るのは間違いないようだ。

 そう思っていると、案の定と言うべきか――

 

「……来るでありますよ!」

「気を付けな、マスター!」

 

 チョートッQとシャークウガが叫んだ。

 同時に、薄暗い旧校舎のフロアに眩い光が迸り、廊下に降り立った。

 それは、純白の体に幾つもの鐘をぶら下げた2体の龍であった。

 

「《音精 ラフルル》に《大音卿 カラフルベル》――!! 両方共、ドレミ団のクリーチャーデス!!」

「ドレミ団……!? また革命軍のクリーチャーかよ!!」

 

 ドレミ団。 

 光と水文明の混色で構成された、革命軍の派閥の1つ。

 非常に強力なロック能力を持つ、光の守りと水の妨害を併せ持ったような連中だ。

 

「こいつら、恐らくトークンだぜ。本体の生み出した分身だ」

「では、私たちが請負いましょう。白銀先輩は先に行ってて下さい」

「良いのか?」

「構いません。どうせ、直接音神先輩に会った事があるのは先輩だけですし」

「というわけで、此処は任されマシタ!」

 

 ラフルルとカラフルベルの前に立ちはだかる紫月とブラン。

 仕方ねえ。先に行かせて貰うぞ。

 紫月の投げたエリアフォースカードが展開されて、クリーチャー達を別の空間へと引きずり込む。

 

「マスター、超超超――」

「――可及的速やかに、ワイルドカードの排除、だろ!」

 

 その間に、俺は脇を通るようにして扉へ突き進む。

 迷っている暇は無いのだから。

 

 ※※※

 

 

 

 中で紡がれていた音は、思っていたよりも綺麗で穏やかだった。

 しかし。部屋の中央でバイオリンの音を奏でている音神は、尋常ではない様子だった。

 目を瞑り、バイオリンの弓を動かし続ける彼は、まるで何かに取り付かれているかのようだ。

 

「来るでありますよ、マスター!」

「ああ!!」

 

 咆哮と共に、天井から天使の羽を広げた一際巨大なクリーチャーが光に包まれて降り立つ。

 俺はその姿に一瞬見惚れてしまったが、すぐに睨む。金色の鬣に法衣を纏った天使龍。

 此奴が黒幕――その名前は、すぐに浮かんできた。

 

「《時の法皇 ミラダンテ(トゥエルブ)》! こいつが今回の犯人か!」

「見るでありますよ! 音神殿の方を!」

 

 音神の顔をよく見ると、奴の頬が痩せこけてきているのが見える。

 やっぱり、あのクリーチャーが実体化するのに彼のマナを吸収しているということなのだろう。花梨の時と同じだ。

 しかも、音神の演奏に合わせて、ミラダンテの力がどんどん増幅されているのか、はっきりと実体化している。

 

「バイオリンの音を通して、宿主のマナを吸い取っている……!! このままでは、音神殿は死んでしまうであります!!」

「ざっけんなよ、あのクリーチャー!! ンな胸糞の悪い方法で実体化しようってのか!!」

 

 沸々と怒りが沸きあがった。バイオリンを利用したのか。誰よりもバイオリンを愛し、バイオリンに一生懸命な音神のバイオリンを利用したのか!

 あいつは絶対に叩きのめす!

 ともかく、このままでは音神の命が危ない。演奏を止めさせなければと思っていると、バイオリンの弓を引いていた手が止まった。

 すかさず、俺は呼びかけた。

 

「……音神!! 聞こえてるか!?」

「ああ。聞こえてるよ。さっきから、ずっとね」

「おい、お前、気付いてるか!? 自分が悪いモンに取り付かれてるって!!」

「悪いモン、か」

 

 はあ、と溜息をつく音神。

 彼の口から声が漏れた。

 とても、凍り付くような冷たい声色で――

 

 

 

「……僕からすれば、演奏を邪魔する君たちの雑音――はっきり言おう。とても迷惑だ!!」

 

 

 

 キアアアア、と甲高い声でミラダンテが咆哮を上げた。

 俺は確信する。完全にクリーチャーに意識を乗っ取られているらしい。

 やっぱり、実力行使と行くしかないようだ。

 音神は、バイオリンを置くと、ゆっくりと俺の方に歩み寄る。

 そして、言った。

 

「ミラダンテは、僕の演奏を認めてくれたんだ。世界の人を震わせることが出来なくたって、僕の演奏に喜んでくれる人を満足させられればいいんだ。例え、それがクリーチャーだとしても。例えそれで、命を落としたとしても」

 

 狂気さえも感じさせられる虚ろな眼で音神は俺を睨みつけた。

 口元には薄っすらと笑みが浮かべられている。

 もはや、この世のモノとは思えないような深淵を垣間見た気がした俺の背に、百足が走っていくが――

 

「……音神……! そんなに簡単に、夢を諦めて良いのかよ」

「僕には、自信が無い。最近、スランプ続きだったからね。こんなバイオリニストじゃあ、巨大なホールで演奏なんて無理だ」

「……クソったれ!!」

 

 俺は憤った。

 簡単に夢を投げ出す此奴の態度も、胸糞悪いワイルドカードのやり口も――!!

 

「僕を邪魔する奴は、僕が時間を止めてやる」

「やれるもんなら、やってみろよ!」

 

 デッキを取り出し、エリアフォースカードを目の前の音神に突き付けた。

 絶対に否定させやしない。お前の夢も、お前が追いかけてきたものも!!

 此奴の未来も、運命も、他の誰にも奪わせやしない!

 

 

 

「チョートッQ行くぞ!! デュエルエリアフォース!!」

「了解であります!!」

 

 

 

 ※※※



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第15話:戦慄の旋律─耀の夢

 ※※※

 

 

 

「何だろう、これ――」

 

 ブランから話を聞いた後から、嫌な感じはしていた。

 だけど、剣道の練習まで手につかなくなるなんて。

 キャプテンに一言断りを入れたあたしは、突き動かされるような衝動に従って、ある場所に立ち寄っていた。

 旧校舎――その1階の窓から、まぶしい程に光が溢れている。

 思わず、そこから部屋の中を覗き込んだ。生い茂っている草木で胴着が汚れることも厭わず――

 

「何、あれ……」

 

 あたしは、思わず食い入るように見入っていた。 

 何で、デュエマのクリーチャーが音神君の近くにいるの――!?

 何で、耀の近くにもクリーチャーがいるの――!?

 

 

 キァァァァァ!!

 

 

 

 甲高い声が聞こえた。

 はっ、と振り返ると――巨大な何かが、あたしの後ろに立っていた。

 心臓が、止まったかと思った。

 純白の龍の異形が、あたしを睨んで咆哮した。

 

「な、なにこれ──」

 

 振り上げられる槍。

 あたしを、殺す気だ。

 一気に身体中が冷え上がる。

 やばい。死――

 

 

「そこをどけ」

 

 

 

 目を瞑った時。低い声が聞こえた。

 そして、怪物が吹き飛ばされる。

 誰――!?

 誰なの!? 

 これって、一体――!?

 

 ※※※

 

 

 

 俺と音神のデュエル。

 早速、先攻の2ターン目から仕掛けてきたのは音神だった。

 

「《タイム1 ドレミ》召喚」

 

 現れたのは、星型の蝶ネクタイを付けたドレミ団のクリーチャー。

 その効果で、カードが音神の手に渡っていく。

 

「俺のターン。呪文、《ピクシー・ライフ》で山札の上から1枚をマナゾーンへ!」

 

 これで俺のマナは3枚。

 何とか間に合えば良いが……。

 

「僕のターン《ドレミ》で攻撃するとき、革命チェンジ発動」

 

 言った音神の手札から、光と共にクリーチャーが降り立つ。

 そして、《ドレミ》と空中でハイタッチを交わし――天高く、降り立った。

 

「《音精 ラフルル》を召喚! その効果で、このターン君は呪文を唱えることは出来ない。さあ、まずは前奏曲! シールドをブレイクだ!」

 

 割れるシールド。

 S・トリガーはよりによって呪文の《タイム・ストップン》――唱えたいのはやまやまだが、呪文を唱えることを禁止されてしまったので唱えられない。

 これは、1ターン目に《クルト》こそ来なかったけど、成長ミラダンテの亜種みたいなものか!? 超次元カードは無いが……早いうちに《ミラダンテ》はやっぱりきついな……!

 

「マスター、どうするでありますか!?」

「慌てんなよ。3マナで《フェアリー・クリスタル》! その効果で、山札の上から1枚をマナゾーンへ。そして、それが無色の《戦慄のプレリュード》だったから、もう1枚マナゾーンに!」

 

 フェアリー・クリスタルは、山札の上から1枚をマナゾーンに置き、それが無色カードならば追加でブーストできる強力なカード。

 これで俺のマナゾーンは6枚だ。

 しかし――どっちにしたって、まずいなコレは。

 

「僕のターン。3マナで《コアクアンのおつかい》を唱えて、山札の上から3枚を表向きに。その中から光か闇のカードを手札へ」

 

 裏返ったカードは《静寂の精霊龍 カーネル》、《タイム3 シド》、《アクロパッド》の3枚だ。

 全て光のカードだから、手札に加えられる。

 まずい。手札が相手も増えちまった。そんでもって――

 

「《ラフルル》で攻撃――するとき、革命チェンジ発動!」

 

 彼が高らかに言うと共に、早速それは姿を現した。

 天高く舞い上った天使龍は、戦場に舞い降りる。

 時さえも超越する奇跡の龍が、俺に絶対的な敗北を齎す為に。

 

 

 

「――それは、数多の先駆者に告げる鎮魂歌。《時の法皇 ミラダンテ(トゥエルブ)》!!」

 

 

 

 天使の羽が落ちると共に、何処からともなくバイオリンの音が響き渡る。

 そして、俺の体に茨が生い茂り、縛っていく。

 

「止まれ時間よ。ファイナル革命発動!!」

 

 く、苦しい!!

 これじゃあ身動きが取れない!!

 まるで、俺の時間が止まってしまったかのように硬直している!!

 

「これで君は次のターン、コスト7以下のクリーチャーを召喚出来ない」

「コスト7以下、か……!!」

「君。ジョーカーズを使うようだけど、そのジョーカーズ……記憶が正しければ、コストが7以下のクリーチャーが殆どだったはず。君の時間を止めたよ。そして、《ミラダンテ》の効果でコスト5以下の光か水の呪文を唱えるか、カードを1枚引ける。今回はドローするよ」

 

 時間を止めた、か……。

 確かにクリーチャーの召喚が出来ない状態じゃあ、時間を止められたも同然か。

 だけど――

 

「時止めなんて、インチキも大概にしろよ」

 

 俺の表情は――笑っていた。

 

「俺のターン。3マナで《戦慄のプレリュード》。その効果で、コストを5下げて――4マナをタップ」

 

 ジョーカーズのマークが燃え上がる。

 その鼓動に応えるかのように。そして、俺に絡みついていた茨が、千切れとんだ。

 

「《燃えるデット・ソード》召喚!!」

 

 バトルゾーンに浮かび上がるジョーカーズのマーク。 

 そして、そこから燃え上る炎の鋏が飛び出した。

 此奴が今回のデッキのコンセプト……小型をちまちま並べるイメージのあるジョーカーズだが、デカい奴も居るんだぜ。

 《ミラダンテ》が止められるのは、コスト7以下のクリーチャーの召喚だけ。いつものデッキなら詰んでいたけど――

 

「《デット・ソード》の効果で、バトルゾーンとマナゾーンにジョーカーズが合計4枚以上あれば、お前はバトルゾーン、マナゾーン、手札からカードを合計3枚選んで山札の一番下に置く!!」

「くうっ!!」

 

 当然、音神の場には今、《ミラダンテ》しか居ない。

 天使龍の体は、一瞬で《デット・ソード》によって両断されることになる。

 それだけじゃない。

 燃える鋏は、音神のマナ、手札さえも切り刻んでいった。

 

「どんなもんだ!! 《デット・ソード》の最後の効果で、3枚ドロー。ターンエンドだぜ!」

「おのれ……邪魔をするなよ!!」

 

 絶叫する音神。

 そのまま、マナを3枚タップした。

 

「《タイム3 シド》召喚! その効果で、呪文のコストをプラス2する。ターンエンドだ」

 

 現れたのは、呪文のコストを増加させる《シド》。

 これで、プレリュードとかのコストを上げるつもりか。

 だけど――

 

「俺のターン。8マナで《バイナラドア》召喚! その効果で、《シド》を山札の一番下に送って、1枚ドローだ!」

「っ……!!」

「そして、《デット・ソード》でシールドをT・ブレイク!!」

 

 飛び出した凶悪鋏は、一瞬で音神のシールドを3枚切り刻んだ。

 割れた破片が飛び散る。

 いける。このままなら、次のターンにリーサルを――

 

「S・トリガー、《静寂の精霊龍 カーネル》!! 《カーネル》の効果で《デット・ソード》をロック! 次のターン、攻撃もブロックも出来ない!」

「っ……!!」

 

 そのまま、音神にターンが渡る。

 カードを引いた彼は、そのまま昏い目を俺に向けた。

 

「《予言者クルト》召喚。更に2体目の《シド》も召喚。そして、《カーネル》で攻撃――するとき、革命チェンジ!!」

 

 再び、天空から天使の羽を広げて精霊の龍が姿を現す。

 時間を越えた奇跡の龍が、姿を現した。

 

「出てこい、2体目の《時の法皇 ミラダンテ(トゥエルブ)》!! ファイナル革命で君は次のターン、コスト7以下のクリーチャーを出せない。更に、《ミラダンテ》の効果で《ドラゴンズ・サイン》を唱える! その効果で、《カーネル》を出し、《バイナラドア》もロックだ!! シールドをブレイク!!」

 

 これで、俺はシールドが残り0枚。

 完全に逆転されてしまった。俺のクリーチャーの時間は、《カーネル》の効果で止められている。

 しかも、次のターンにコスト7以下のクリーチャーの召喚は出来ない。

 よりによって、最後に来たシールドのカードは、《戦慄のプレリュード》。

 一方のあいつの場には、3体のクリーチャー。次のターンを渡せば、俺の負けだ。

 

「マスター、大ピンチでありますよ……まだ相手には、シールドが2枚も……!!」

「分かってるけど……!!」

 

 シールドが割られたダメージが、もろに体に来ている。

 ロック能力を持つ《ミラダンテⅫ》は、余り俺のデッキには刺さらなかったとはいえ、《ドギラゴン》よりもたちが悪いクリーチャーだ。

 おまけに、カウンターの機会をいつでも狙っているし、ジョーカーズではこの状況をひっくり返せない。

 

「白銀君。僕は、僕の音楽を理解できる奴とだけ一緒に居たいんだ。だから、コレで良いんだ」

 

 だが、それでも――俺は反駁した。

 

「音神……諦めちまって、良いのかよ……!」

「何がさ」

「世界中の人に、お前の音楽を届けるんだろ……!? なのに、こんなところに引き籠ってていいのかよ!!」

「引き籠る……!?」

 

 俺は畳みかけるように言った。

 追い詰められてるから、すっげーカッコ悪いけど、これだけは言いたかった。

 

「そんなんだったら、何でバイオリン始めたんだよ……お前の夢は何処に落っことしちまったんだよ、音神ィ!!」

 

 俺は、許せなかった。

 あんなに大きな夢を語っていた音神が、今はとてもちっぽけに見えたからだ。

 

「――お前は、俺みたいに何にも決まってねえ奴が羨ましいって言ったな!! ああ、決まってねえよ。人生お先真っ白だ!! だから何だ。これから幾らでも、俺の色に染めるだけだ!! それが、俺の人生だ!! お前も、お前の人生はお前で染めるべきじゃねえのか!? お前のやりたいようにやるべきなんじゃねえか!? 勝手にクリーチャーなんぞに、決められてんじゃねえよ!!」

 

 ぐっ、と拳を握りしめた。

 山札を引く。

 そうだ。お前達の未来を、クリーチャーなんかに壊させやしない!!

 

「3マナを、タップ……奏でろ、前奏曲……《戦慄のプレリュード》!!」

 

 流れる戦慄の前奏曲。

 そして、俺は震える手でマナゾーンの全てのカードをタップした。

 

 

 

「お前の運命は、お前が決めろ!! 《「修羅」の頂 VAN・ベートーベン》!!」

 

 

 

 純白の鎧が、バイオリンの戦慄と共に現れた。

 ベートーベンのバイオリン協奏曲だ。

 そして――虹色のラインが入った巨大な槍を掲げ、戦慄の王龍は戦場に立った。

 だけど、その瞳は――不思議と、悲しそうに淀んでいた。

 

「そのカードは……僕が君に渡したカード――!!」

「俺がビマナ気味にデッキを組んでたのは、お前の渡してくれたカードのおかげだぜ、音神。此奴が召喚してバトルゾーンに出た時、お前の場のクリーチャーを全て手札に戻す」

「あっ、そ、そんな――」

 

 《VAN・ベートーベン》はコスト11のパワー14000、T・ブレイカーを持つキング・コマンド・ドラゴンでアンノウン/ゼニスの無色クリーチャー。

 ジョーカーズじゃないが、その効果に慈悲は無い。全ての龍を制圧する王龍の支配。

 旋律が鳴り響くと共に、時の法皇も、その眷属たちも手札へ送還される。

 

「となれば皮肉だな、ミラダンテ。てめぇの首を絞めたのは、てめぇの宿主だったようだな。《VAN・ベートーベン》が居る限り、ドラゴンかコマンドが場に出る時、代わりに墓地へ置かれる」

「そんな、こんなことが――!!」

 

 カードを引く音神。

 既に、戦意を喪失してしまっているのか、がくりと膝をつく。

 クリーチャーを出せたとしても、もうこの盤面から逆転することは出来ないからだ。

 

「じゃあ行くぜ。俺のターン――」

 

 《カーネル》の拘束が解けた《デットソード》と《バイナラドア》が起き上がる。

 これで、一斉攻撃態勢だ。

 

「《デットソード》でシールドをW・ブレイク」

 

 切り刻まれたシールドには、トリガーは無い。

 もう、後は叩き込むだけだ。

 

 

 

「――《「修羅」の頂 VAN・ベートーベン》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 思い出した。

 昔見たオーケストラのコンサート……それがとても印象に残っていて。

 バイオリンをかっこいいだなんて子供心に言い出して――それが、いつの間にかオーケストラで演奏する自分の理想像を象っていったんだ。

 そんなちっぽけな理由だったけど、僕の中では初めてのやりたいことだったんだ――

 

 

 

※※※

 

 

 

「……白銀君」

 

 まるで、今目覚めたかのような様子で、音神は俺を呼び掛けた。

 その足元には、《ミラダンテⅫ》のカードが落ちていたが、既に俺が回収している。

 不思議と、音神の口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。

 

「大丈夫か? 音神。練習していて、疲れて寝ちまってたんじゃねえか?」

「ありがとう。でも、とても不思議な夢を見ていた気がするよ」

 

 愉快そうに彼は言った。

 

「君と、デュエマする夢だ。そして、大事な夢を諦めかけている僕に、君が叱責してくれてね。どうしてだろう。君とは、この間会ったばかりなのにね」

「あんまり、根を詰めすぎるなよ?」

「ああ。そうするよ。おかげさまで、夢の中で《ベートーベン》に怒られてしまった」

 

 気を付ける、と音神は苦笑交じりに言う。

 良かった。どうやら、完全にクリーチャーの影響は抜けたようだ。

 そして、ミラダンテに取り付かれていた頃の事もあまり覚えていないらしい。何であれ、一件落着か。

 

「……最近、自信が無かったんだ。自分に。だけど、吹っ切れた気がするよ。夢の中で、君に”お前の運命はお前で決めろ”、だなんて言われちゃったからね」

「そんなこと言ったのか? 俺」

「ああ。だから、僕の運命は、僕で決める。誇れるだけの練習をしてくるよ。向こうでね。憧れの、オーケストラに入る為に。それが、僕がバイオリンを始めた理由だからね」

「大丈夫さ。音神ならな」

 

 どうやら、本当に留学を決意出来たらしい。

 此奴も、前に進めたってことで良いのかな。

 

「ところでよ、音神。返しておきたいものがあってな」

 

 俺は、音神に《VAN・ベートーベン》のカードを見せた。

 これは、元々此奴のものだからな。俺は、やっぱり音神が持っておくべきだと思った。

 びっくりしたように、彼はそれを手に取る。

 

「何で……?」

「お守り代わりに持っておいてくれよ。で、日本に帰ってきたら、またデュエマしようや。音神」

 

 ぽかん、と呆気に取られていた音神だったが――ははは、と大きく笑い出すと言った。

 

「はははっ、今度は現実で、かい? 君もセンスがあるね。良いよ、そうしよう。日本に帰ったら、デュエマしようよ。約束だ」

「ああ――約束だぜ」

 

 ぐっ、と互いの手を取る俺達。

 話した時間は少ないし、殆どの事は音神は忘れている。

 それでも、俺の未来は空白なんかじゃないってことは分かった。

 1つ、大事な約束が出来た。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……しかし良かったです。音神先輩が夢を決意できて」

「ああ。出発は2週間後。もうすぐだな」

 

 次の日。俺達は、一件落着ということで疲れを部室で癒していた。本日の活動は、だらだらとデュエマするだけにしておいたので問題は無い。音神は、今夜から、旅の準備を本格的に進めていくらしい。すぐに、家に帰ってしまった。だけど、あの表情にもう憂いや迷いは見当たらなかった。

 

「ところで、昨日のアカル……妙にBurningしてた気がしマスケド、どうしたんデスカ?」

「別に」

 

 ブランの質問の答えだけど、俺は夢を持ってる奴は応援したい。

 そして、できれば諦めてほしくない。

 それだけの話だっただけだ。恥ずかしいから、絶対他の誰かには言ってやんねーけど。

 俺も、将来の夢を持つ日が来るのかは分からない。全くの未知数だ。

 

「ま、でも私も一流の探偵になれるように頑張らないと、デスネ!」

「ブラン先輩は夢を見る前に現実を見た方が良いかと」

「……ま、人生お先真っ白だからな。本当に何があるのか分からねえもんだよ」

 

 だけど、俺は未来の事より今の事に目を向けていきたい。

 ワイルドカードにデュエマ部の事……問題は山積みだ。

 

「だから、人生は面白いんですけどね」

「耀も、焦る事は無いデスヨ!」

「そうだな。まず、俺は目の前の事を片付けていかねえと」

 

 やれやれ、普通じゃねえ高校生は大変だ。

 クリーチャーと戦ったり、デュエマしたり、約束が出来たり――

 

「――オイ、デュエマ部は居るか?」

 

 いきなり、部室の扉が開いた。

 そして、誰かが応対する間もなく飛び込んできたのは――

 

 

 

「一言言わせて貰う。ワイルドカードに関わるのを、やめろ」

 

 

 

 突き刺すような、声と言葉だった。



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第一章:アルカナ研究会・邂逅編
第1話:弾丸VS戦車─謎の転校生、火廣金緋色


「――ワイルドカードと関わるのをやめろ」

 

 1対の眼が、俺の瞳の奥を握り潰すように睨んだ。

 俺は、その場から動けなかった。服装はいたって普通の学園の制服だ。しかし、その首には赤いラインのサングラスが首にぶら下げられており、少年の瞳も紅に近い茶色。何処か冷徹さを感じさせる物言いと語り草からは、彼の人柄が察せられた。

 だが、それよりも、何よりも今、此奴は確かにワイルドカードと言った。

 その言葉に、紫月、ブランも只事ではないということを察したのだろうか。戦慄と驚きを隠せないようだった。

 

「ま、待ってくだサイ! いきなり何なんデスカ!?」

「そうですね。素性の分からない人間に、いきなりこんな事を言われて、はいそうですか、と言うとでも」

「ああ。何モンだ、お前は」

 

 しかし、少年はそれに返答することをしない。

 それどころか、俺に指を突き付けると言った。

 

「忠告だ。次に会う時までにエリアフォースカードを手放せ。さもなくば我々は攻撃も辞さない」

 

 反駁しようとしたが喉につっかえた。

 冷や汗が伝う。何だろう、この言いしれない威圧感は。

 脅しで言っているとは思わせない、この気迫は――

 

「攻撃、だって――お前は誰だっつってんだよ、こっちは!」

 

 言いかけた俺は、少年の胸倉をつかもうとする。いきなり出てきて、攻撃するだなんて堪ったもんじゃない。

 だが、彼の姿はぐにゃりと揺らいだかと思うと、その姿は陽炎のように揺らぎ、霧散してしまったのだった。

 

「なっ……魔力の力で生み出された幻影だったでありますか!」

 

 チョートッQの言葉に俺は頷く。今更驚く事ではない。

 

「……? アカル、足元に何か落ちてマスヨ?」

「何?」

 

 俺は視線を足元にやった。

 血のように赤いチェスの駒が1つ、落ちている。

 思わず俺は拾う。さっきまで、こんなものは無かったのだが。

 

「何で、こんなものが――」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「うちの学校の生徒、で間違いないだろ……あの制服は」

「デモ、私のデータベースに載ってないデース」

「お前のガバガバデータバースにゃ、何も期待してねーけどな」

「むっ」

 

 俺は白銀耀。

 デュエマ部の部長をやっている少し普通じゃない高校2年生――だったのだが、実体化する能力を手に入れたクリーチャー・ワイルドカードの事件に関わってから、俺の日常は本当に普通ではなくなってしまった。

 さらに、相棒のクリーチャーとして俺の所にやってきたチョートッQ曰く、この学園には、更にこの世界には、何らかの要因で実体化したクリーチャーが沢山いるという。

 俺の部活仲間のブランや、後輩の紫月。そして、美術部の桑原先輩もワイルドカードに関わる事になっちまったし……事件を解決する中、どうなることやらと思っていたのだが――

 

「あの、スカしたグラサンヤロー……この学園の生徒だってのは、あの制服で分かったが……」

「まあ、こっちでも情報を集めておきマスネ」

「りょーかい」

 

 そう返すと、俺は自分の教室へ足を踏み入れる。

 いつものクラスメイトに手を振り、俺は席について荷物を整理し始めた。

 向こうに座っている花梨に目をやる。どうも、浮かなそうな表情をしていた。いつもは、元気にクラスメイトとくっちゃべっていて、俺の姿を見たら飛びついてくるのだが。

 妙だな……今日は元気が無いみたいだ。

 

「おー、白銀ェ。愛しの花梨嬢が気になるかあ?」

「ちげーよ馬鹿」

 

 見ているのがバレたか、からかってくる友人を一蹴し、俺は花梨の席へ向かう。

 ただの幼馴染だっての。ただ、ブランの影響か、最近のワイルドカードの事件からか、俺は周囲への異変に以前より気を配るようになった気がする。

 

「そういえば白銀知ってるかあ? 最近、学校でものを失くす奴が増えてるんだと」

「学校でものを失くす奴、ねえ……」

「興味なさげだな? ブランとかに言えば興味津々で食いついてくれるか?」

「ああ、一応伝えておくよ」

 

 学校でものを失くす、か……一応クリーチャーの仕業ってことも考えておくか。

 だけど、その前に――

 

「……おーい、花梨。大丈夫か?」

「ふぇっ!?」

 

 サイドポニーが驚きで揺れた。

 上の空になっていたらしい。

 だが、俺の顔を見るなり花梨の表情は露骨に青白くなった。

 

「あ、耀……?」

 

 心配になって声を掛ける。

 具合が悪いのか。それとも、俺何かしたっけか。

 いや、してねえな。それとも、昨日の肝試しが原因か?

 

「どうした花梨。顔色悪いぞ」

「い、いや、何でもないの! 何でも……」

 

 いや、何でもあるだろ、その顔と言いぶりは。

 

「どうした? 具合が悪いのか?」

「ち、違うよ! そ、そうだ、そういえば耀! 今日、転校生が来るらしいよ?」

「はあ? この時期に? そんなこと、誰も言ってなかったが、何処情報だ」

「あ、いや、そのね……その……」

 

 しどろもどろになりながら弁明しようとする花梨。

 一体、どこで誰からそんなことを聞いたのだろう。

 おまけに、始業式からたったの1か月しか経っていないこの時期に転校生と言うのもおかしい話だ。

 

「……嘘やジョークも大概にしとけよ?」

「そ、そういうわけじゃ……」

 

 次の瞬間。

 始業のチャイムが鳴る。まあ、嘘かどうかはすぐに分かるだろう。

 先生がそれに合わせて、教室へ入ってきた。

 

「よーし席に着けー。早速朝のHRを始めるぞ――とその前に、今日は皆に驚きのニュースがある。入ってきなさい」

 

 ん? と俺は訝し気に廊下の方に目をやって驚愕した。

 教室がざわつく。 

 

「転校生だ。皆、仲良くしてやってくれ」

 

 何よりも度肝を抜かれたのは俺だった。

 花梨の言っていた転校生は、本当だった。

 しかし何よりも――首からぶら下げられたサングラスに、燃えるような瞳、清廉な顔つきに凍てつくような視線。

 

 

火廣金 緋色(ひひろかね ひいろ)です。皆さん、よろしくお願いします」

 

 

 細い指でチョークを握り、黒板に漢字と、律儀にふりがなを振りながら彼は言った。

 見紛う事無き、昨日部室に押しかけてきた少年のそれであった。

 俺の背中に冷や汗が伝う。

 ブランのデータベースがガバガバな事には変わりないが、道理で情報が無かった訳だ。  

 昨日、うちの制服を着ていたのは、そして今まで見たことが無かったのは、転校生だったから――

 

「いや、いやいやいやいや……ちょっと待てや」

 

 それじゃあ、お前は空いてる向こうの席なー、と先生が言って転校生、もとい火廣金が指定された机に向かうのを目で追いながら、俺はぶつぶつと呟いていた。

 花梨は、情報が嘘じゃなかったのをドヤ顔でこっちに自慢しているかと思いきや、そうではなく――

 

「……」

 

 相変わらず、不安そうな表情を浮かべていたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 放課後。

 刀堂花梨は1人、剣道部の部室に向かっていた。

 昨日起こった出来事がまだ幻や夢なのではないか、と彼女は思っている。

 しかし。現に自分はクリーチャーに襲われ、危うかったところを――

 

「まさか、本当に……転校してくるなんて」

「おい、君」

 

 呼び止められた花梨は足を止める。

 振り向くと、そこには――昨日、自分が危うかったところを助けられたあの少年が居た。

 

「やあ、久しいな。昨日振りだ」

「……」

 

 助けては貰ったが、イマイチ警戒を解けないまま、花梨は疑惑の視線を彼に向けた。

 しかし、思い切って問い掛ける。

 

「ねえ、耀が危ない事をしてるのって本当?」

「本当だ。それは、君自身が見てるだろう?」

「まだ、信じられない」

「相変わらず、この国の人間は宗教観が薄いな。ぺらっぺらだ。自分の常識を越える物を認められない」

 

 小馬鹿にされているようだったが、花梨はきゅっと悔しそうに口を結ぶ。

 

「……そうだな。俺が今日、あいつに少し”説得”をしてやろう。それで白銀耀は今後、ワイルドカードに関わらずに済む」

「……あたし、あんたの事、あんまり信用できない」

「そうであろうが、無かろうが。俺は俺の目的を果たすがな」

 

 そう言って踵を返すと、既に彼は居なかった。

 ……彼女は飲み込めないわけではなかった。

 僅かであるが、花梨にも記憶があったのだ。

 あの異形に取り付かれていた頃の日々を――

 

「耀……」

放課後のデュエマ部。

 早速緊迫した空気に包まれていたのは言うまでもない。

 よもや、昨日脅迫めいた事をしてきた相手が、此処に転校してくるという事態になってしまったからだ。

 俺だけではない。ブランと紫月も、神妙な顔をしていた。

 

「……まさか転校してくるとは」

「道理で私のデータベースに載ってないはずデス……」

「おめーのデータベースがガバガバなのはいつも通りだがな」

 

 少年の名は、火廣金 緋色。

 どうやら話を間接的に聞いた事には、どうやら各地の学校を転々としているらしく、転勤の多い両親らしい。

 ……どうもそれだけではないんじゃないか、と思うのは俺の気の所為だろうか。

 

「良いでありますか? 今から、第一回デュエマ部超会議を始めるでありますよ!」

「何でおめーが仕切ってんだ」

 

 ブルーに言った俺だったが、シャークウガは乗り気のようだ。

 つか、その超会議ってネーミングはやめろ。怒られる。

 

「まあ良いじゃねえか。取り合えず、あの火廣金 緋色って奴の話だろ? っても、最初に俺達の前に出てきた時は唯の幻影だったしなあ、ギャハハハハ」

「何笑ってんだシャークウガ、テメェ、フカヒレにするぞ」

「火文明は火、熱を操る事に長けているので、陽炎、蜃気楼のようなものだと思われるでありますよ」

「まさか、あいつクリーチャーなのか?」

「いやぁー……それは……違うでありますが」

 

 あの火廣金緋色自体は、人間な気がする。

 現にチョートッQ。お前もそれは見ているはずだ。

 ……いや、そうなれば猶更おかしい。何で只の人間があんな力を使えるんだ。

 悪いが俺は、エリアフォースカードを使えるようになってから、そんな異能力が開眼したことは無いぞ。

 つかそもそも待てよ。このチョートッQ、折角実体化するクリーチャーなのに、何の役にも立ってねえような……。

 

「ですが先輩。ワイルドカードの事を知っているという事は、やはり……クリーチャーの力を私や先輩のように借りている可能性がありますが。または、ワイルドカードが取り付いているとか」

「……ワイルドカードか……」

 

 確かにいずれ、その線でも考えなければならないかもしれない。

 ともかく、火廣金が一体何者なのか。それを探らなければならないのだ。

 しかし、そんなことを言っても俺達にどうすれば良いのやら……。

 

「そういえば先輩。昨日、火廣金先輩は私たちがこれ以上ワイルドカードに踏み込むなら、攻撃するって言ってましたよね」

「ああ」

「望むところです」

「……ああ……あ?」

 

 変な声が出た。 

 見ると、魔女のような凍てつく瞳で今其処に居ないはずの敵を睨み、紫月は唸るように言った。

 ちょっと待て、望むところってどういうことだ。

 お前何考えてんの? ちょっと?

 

「ワイルドカードがみづ姉に危害を齎すかもしれないのに、その事件の捜査を止めろ? ふざけていますね」

「あ、あの、ちょっと?」

「海底に沈めてやりましょう。返り討ち上等、冷たい海の底へ――」

「ストップストップ!! 何か怖い、危ない感じになってるぜ、マスター!!」

 

 シャークウガと俺が止めたので紫月の暴走はどうにかなったが、このままでは拉致が開かない。

 

「そうだ! 桑原先輩にもこの話をしようぜ!」

「桑原先パイ、デスカ?」

「確かに。此処は、情報を共有してみるのも良いでしょう」

 

 あまり部活や勉強の邪魔をしてはいけないと思っていたが、もしかしたら彼も火廣金に会っているかもしれない。

 一先ず、話を聞いてみる価値はあるだろう。

 それに、先輩は俺達に協力してくれるって言ってたしな。

 ……でも、あの人エリアフォースカードを持ってないんよなあ……。

 

「それじゃあ早速美術室に突撃デスネ!」

「おい待てやコラ!」

 

 流石に今美術室に行くのは邪魔になるだろう!! しかもこいつ、もういつもの鹿追帽被ってるし!!

 ブランを止めようと、廊下に出たその時だった――

 

 

 

「イギーッ!!」

 

 

 

 何かの声が聞こえた。

 それと共に、妙な影が横切り、ブランの帽子をかっさらっていく。

 しばらく俺達はその場に突っ立っていたが――すぐさま、ブランの目の色が変わった。

 

「Oh,my Gooooooood!! 待ちなサイ、帽子泥棒ォー!!」

 

 響き渡るブランの絶叫。

 余り人が居ない旧校舎にそれは木霊していくが、俺達の視線はむしろ、帽子をかっさらっていった何かに集中していた。 

 一方のブランは、鬼のような形相でそれを追いかけていく。

 

「ありゃ何だ、クリーチャーか!?」

「全く、同意でありますよ! ブラン殿、実はクリーチャーだったのでは?」

「ちげーよ!! 女の子にクリーチャーとか言ってやるなよ、本当の事でもさあ!」

 

 実際鬼神の如く、だが俺が聞きたいのはそうではない。

 

「じゃなくて、浮いてるアレだよ!」

「勿論、ワイルドカードであります!! 恐らく、もう力を蓄えて実体化した後でありますよ!!」

 

 やっぱりそうか! 何ならさっさと捕まえて――いや、待て……よ?

 こいつ今何て言った? あのワイルドカードがもう力を蓄えたって言わなかったか?

 

「お、おい、なあ? チョートッQ……それじゃあ、宿主は――」

「心配はそこまで要らないと思うであります。ワイルドカードが実体化するのに必要な魔力は、いわゆるゲームで言う”コスト”に比例するでありますよ! 花梨殿の命が危なかったのは、ドギラゴンのコスト――即ち、ドギラゴンが強力なクリーチャーだったからなのに対し、実体化するほど魔力を吸い取っていたのに桑原殿が無事だったのは――」

「成程、ステップルが左程強力なクリーチャーではなかったから、ですか」

 

 ああ、そういうことか。

 ドギラゴンのコストは8、対してステップルのコストは2……まだ実体化していなかったのに、やつれていた花梨に対して、ステップルが実体化してもあまり体に負担がかかっていないように見えた桑原先輩……。

 となれば、ミラダンテに取り付かれていた音神って相当ヤバい状態だったのかもしれないな……。

 で、パクリオのコストは4。宿主からさっさと魔力を吸い取って実体化して好き勝手始めたってことか。

 

「って、どうするんだよ、それじゃあ!!」

「追いかけるしかないでありますよ!!」

「やれやれ……走るのはあまり好きではないのですが」

 

 浮遊して飛び回るクリーチャーを追いかける俺達。

 となれば、俺達が今やるべきことは、あのクリーチャーを倒すだけという事か。

 シルエットからして、恐らくサイバーロードの《パクリオ》だろう。

 アームの付いた乗り物に乗っており、こちらを翻弄するかのように不規則な動きで飛び回る。

 成程な。此処最近起こっていた、学校でものが無くなる事件の犯人はあいつだったってことも考えられる。

 というか濃厚だ。”パクリ”オだけに。

 

「待つデース! このドロボー!」

 

 スリングショットを取り出し、パクリオ目掛けて鉛玉を飛ばすブランだが、相手が動き回っているのでさっぱり当たらない。

 まずいな。このままでは取り逃してしまうぞ。

 

「こるァ、そこまでッス!!」

 

 刹那、ぎゅぎゅん、と車輪が回る音。

 それが火を噴いて、何かがパクリオの乗り物目掛けて飛んで行った。 

 

「んああ!? 何だアレ!?」

「分かりません、ですが――クリーチャーでしょうか」

 

 どうもそれはクリーチャーのようだった。

 スケボーのようなものに乗り、バイザーを掛けたネズミのようなクリーチャーだ。

 それがパクリオへ思いっきり体当たりし、床へ取り押さえる。

 俺達はその光景を前に呆気に取られるばかりだったが――

 

「よくやった」

「うぇっ!? 何だ!?」

 

 次の瞬間、人影が俺達の間をすり抜ける。

 そいつの後ろ姿には見覚えがあった。だが、程なくして光が廊下全体を包み込み、消失した。



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第2話:弾丸VS戦車─魔導司

 ※※※

 

 

 

「ワイルドカード捕獲完了。此奴が蒐集していたモノの在処は……」

 

 待っている時間はすぐに終わる。”彼”は再び光と共に戻ってきた。

 それと共に、大量の”何か”が空中から降ってくる。

 鞄だとか、筆箱だとか、靴だとか――その中にはブランの帽子もあった。

 

「成程、此奴が隠していたのか」

 

 手に握っていたパクリオのカードを見ながら、彼は言った。エリアで無事、勝利したということなのだろう。

 

「――火廣金 緋色」

 

 俺はその名を呼んだ。

 やはり此奴も、エリアフォースカードの使い手だったのだろう。

 その証拠に彼の肩に、バイザーを付けた白いネズミのようなクリーチャーがよじ登っている。

 

「会いたかったぜ、お前にな」

「……君達か」

 

 冷たい声色で彼は言う。

 

「こっちにゃ聞きたい事が山ほどあるんだ。何者だ、お前は」

 

 今日こそは俺の質問に答えてもらうぜ。そっちの都合ばっかり押し付けられちゃ、こっちもたまったもんじゃねえ。

 はぁ、と溜息をつくと火廣金は笑みを浮かべる。

 気障な野郎だが、思いの外簡単に奴は口を割った。

 

「……火廣金 緋色。またの名を、”アルカナ研究会”の『灼炎将校(ジェネラル)』」

 

 ???

 何だ此奴、いきなり……。

 アルカナ研究会ってどういうことだ?

 

「アルカナ研究会? ジェネラル、だあ? 良い年して中二病をこじらせてんのかオメー」

「中二病ではない」

 

 

 そうはっきり断言されてもこっちも反応に困る。

 だけど、クリーチャーとか実体化する世の中だし、どうも真実味を帯びてきた気がするぞ。

 

「そんでもって、俺達にワイルドカードと関わるなってどういうことだよ」

「只の人間ごときが、ワイルドカードにそんなカードを使って接触するなということだな」

 

 ……? 

 意味が分からない。只の人間……?

 どういうことだろう。

 

「おうおうおう、何だかすっごい偉そうな奴でありますな!! 我がマスターに向かって!! 只の人間? 自分が選ばれた人間と勘違いしてるイタい奴でありますかぁ!?」

「選ばれた人間、か。間違ってはいないが」

「ほらぁ、マスター。此奴やっぱ、只の痛い奴でありますよォ!」

 

 ……煽るチョートッQ。

 だけど何故だろう。此奴の言っている事、冗談やハッタリじゃない気がする――!

 

「……おい、マスター。此奴はちょっと、只の人間ってわけじゃねぇみたいだぜ」

「そのようですが……具体的には?」

「明確に、”魔力”を感じるんだよ。あいつからな」

 

 シャークウガ曰く、そういうことだった。おいチョートッQ。お前やっぱポンコツじゃね? お前もあれくらい分析出来ねえの?

 「あ、あっるえー、只のイタい奴じゃないでありますかぁー?」とすっとぼけてるけど、分かんなかったのか、この柔らか新幹線め。

 ……だけど魔力がある、か。だけどそれじゃあ、まるで――

 

「……クリーチャーみたいじゃねえか」

「クリーチャーではない。俺は人間だ。人間だが――魔力(マナ)を持っている」

「ますます訳が分かんねえ。何なんだ? お前」

「そちらの理解は問わない。こんな宗教観がぺらぺらの国で育ったのだ。仕方もないだろう」

「ああ? どういう意味だよ。さっきから喧嘩売ってんのか」

「こっちの身分はあらかた晒した。というわけで再度警告だ。ワイルドカードに首を突っ込むな、只の人間。エリアフォースを俺に渡せ。そんな得体のしれないもの、お前達に持たせているわけにはいかないとのことだ」

「悪いですが、その警告は聞けませんね」

 

 前に進み出たのは、紫月だった。

 

「こちらには、知る権利があると思うのですよ。ワイルドカードが何なのか。そもそも、コレの所為で私達の日常は一変したようなものですからね。今更知らないフリは出来ません」

「と、うちの嬢ちゃんが言ってるんでな。それに、この俺様が居る限り、うちのマスターに敗北はあり得ねえぜ」

「というわけで、《5000GT》とシャークウガを入れ替えて戦うとしましょう」

「何でそんなこと言うんだよ!!」

「私に敗北は無いので」

 

 早速足手纏い扱いされてんじゃねえか、シャークウガ……。

 

「それに、アルカナ研究会って胡散臭いデス! こっちが従う義理は無いと思いマス!」

 

 意気揚々と言ったブランがスリングショットを構える。

 溜息をわざとらしくつくと、火廣金は言った。

 

「折角警告してやっているのに、聞き分けの無い連中だな、君達は」

「どうするッスか? ヒイロの兄貴。処す? 処すッスか?」

 

 火廣金の肩によじ登っているネズミのようなクリーチャーが言うと、彼も頷く。

 どうやら、さっきパクリオを取り押さえたクリーチャーみたいだが、こいつの相棒みたいだな。

 

「言われるまでも無い」

 

 次の瞬間だった。

 緋色の手に、魔法陣のようなものが浮かび上がる。

 俺は紫月を手で制しながら、それに目が吸い込まれた。

 何だろう。これは一体――

 

「白銀耀と言ったな。君に少し思い知らせてやろう。俺達本職に歯向かう事が、どれほど愚かなのかを」

 

 刹那、周りの空気が凍り付いた。

 チョートッQが叫ぶ。

 

「マスター、来るでありますよ!!」

「来るって、まさか――」

 

 言いかけた途端――光が、周囲を包み込んだ。

 

「此処はデュエルで決着を付けよう」

「デュエル……か!」

「ああ。君が勝てば俺は手を引く。だが、俺が勝てば君のエリアフォースカード、貰い受ける」

 

 結局デュエルか。

 つまりはあの空間で戦うということなんだろうが……。

 俺はエリアフォースカードを取り出した。しかしこの勝負、乗っても俺にメリットが無い。

 それなら、さっさと逃げてしまうのも手だが――魔法陣のようなものが廊下の天井や床一面に広がった。

 

 

 

「――情け無用……戦闘開始ッ!!」

 

 

 

 そうか、こいつ――エリアフォースカードが無くても、あの空間を広げられるのか!! 

 それで俺は逃げられないと悟る。

 

「仕方ねえ、受けて立つ!!」

「超超超可及的速やかに、片付けるでありますよ!!」

 

 不承不承、ではあったが致し方ない。

 俺はこのデュエルを受ける事にしたのだった。

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺と火廣金のデュエル。

 俺が1ターン目にマナチャージを済ませただけなのに対して、火廣金は早速動き出した。

 1枚のマナをタップし、そこから火文明の歯車の紋章が浮かび上がり、燃え上った。

 

「1マナをタップして《ホップ・チュリス》、出撃」

「ヒャッハー!! ヒイロの兄貴、しっかりと俺の雄姿、見ててくれッス!!」

 

 火文明の紋章が空中に浮かび上がり、そこから炎が吹きあがってネズミのようなクリーチャーがスケボーと共に飛び出してくる。

 火の新種族、ビートジョッキー。確か、序盤から展開する速攻を得意とする連中だったことは憶えているが……。

 

「何なら、こっちもクリーチャーを出すぜ! 2マナで《ヤッタレマン》召喚! ターン終了だ」

「……フン」

 

 不機嫌そうに鼻を鳴らす火廣金。

 

「ジョーカーズ……温いデッキだな。欠伸が出る」

「何!?」

「遅い。俺のデッキに比べれば、な」

 

 お、遅い――!? 確かに速攻デッキに比べれば、そうかもしれない。

 だけど、それだけで強い弱いを決めるのは浅いとしか言いようが無いぞ。

 

「――教えてやる。真の戦闘がどのようなものか――お前は、3ターン目にそれを思い知る」

「真の戦闘だって!? はっ、何言ってんだ。そっちだって、ジョーカーズの破壊力を前にして、チビることになるんじゃねーか!?」

 

 きっとハッタリだ。

 今ので動揺したということを、相手に悟られてはいけない。

 これは心理戦でもあるのだ。こっちに、有効なカードが無いと思われてはいけない。

 

「そうなるのは君の方だ」

 

 カードを引いた彼は言った。

 

「2マナで《一番隊 チュチュリス》を出撃させる。ターンエンド」

「へっ、何だ。攻撃しねえのか?」

 

 速攻デッキ……? かと思ったが、違うのか?

 なぜ殴らないんだろう。

 

「俺のターン、《ゼロの裏技 ニヤリー・ゲット》をG・ゼロで唱える!」

「……」

 

 山札の上から表向きになるカード。

 それは、《ヤッタレマン》、《超特Q ダンガンオー》、《パーリ騎士》の3枚。

 全て無色クリーチャーだから、俺の手札に加えられる。

 よし、これならガンガン攻められるぜ!

 

「そして、《ヤッタレマン》を1コストで召喚! 更に、2コストダウン、1マナで《パーリ騎士》、更に1マナで《洗脳センノー》を召喚! ターンエンドだ!」

「お、おお! 流石でありますよマスター! 次のターンで、《ダンガンオー》でシールドを全部割って勝てるでありますよ!」

 

 相手も動いてこねえし、更に《洗脳センノー》で相手ターンのコスト踏み倒しも禁止している。

 これなら、勝てるかもしれない!

 奴は次のターン、まだマナは3枚しかないし、まだ何もできないはずだ!

 

「へへん、どんなもんだ!」

「……温いな」

 

 一言、そう彼は呟いた。

 

「――戦闘とは、こういうものだ『灼炎将校(ジェネラル)』の戦闘というものは――!!」

 

 次の瞬間、火廣金の掌が光る。

 1枚のマナをタップされると同時に、炎が迸った。

 

「コストを1軽減し、1マナをタップ。《ダチッコ・チュリス》、出撃」

 

 現れたのは、炎を纏った赤いネズミだった。

 

「此奴の効果で、俺が次に召喚するビートジョッキーのコストはマイナス3される。更に、《チュチュリス》の効果で、もう1マナ軽減できる」

「なっ……!?」

 

 ちょっと待て――この理屈だと、コスト6のクリーチャーが出てくるってことじゃねえか!!

 幾らジョーカーズデッキでも、そんなことは出来ないんだぞ!?

 2ターン目に《ヤッタレマン》を出しても、《ヤッタレマン》の効果でコストは最低でも1は払わないといけないし……。

 

「コストを4軽減、2マナをタップ。そして《ダチッコ・チュリス》を進化元に、NEO(ネオ)進化!!」

「ね、NEO進化――!?」

「君に見せてやろう。俺のNEOクリーチャーの力を――!!」

 

 火のマナが収束していき、彼の掌に火文明のマークが浮かび上がった。

 そして、《ダチッコ・チュリス》目掛けて何かが空中から落ちてくる。

 すかさず、火ネズミはそれに飛び乗った――

 

 

 

戦車前進(パンツァー・フォー)! 《ガンザン戦車 スパイク7K(セブンケー)》!」



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第3話:弾丸VS戦車─蹂躙、極悪軍隊

 蒸気と――車輪をカラカラ回す火鼠を動力に、(スパイク)の付いた履帯が回り始める。

 それは戦車。

 見紛うことなき、戦闘車両であった。巨大な主砲と回転式の砲塔を持つ、まさに万人が持つイメージの戦車だ。

 

「《スパイク7K(セブンケー)》の効果発動。情け無用、包囲殲滅戦用意!!」

「ヒャッハー!! 兄貴、痺れるッス!!」

 

 次の瞬間、空からもう2台の戦車が降ってくる。

 そして、《チュチュリス》と《ホップ・チュリス》がそれに乗り込んだ。

 

「せ、戦車が3台に増えた――!!」

「その効果により、俺のクリーチャーの全員のパワーを+5000し、シールドのブレイク数を1枚増やす!!」

「なっ!?」

 

 言い終わらぬ間に、3台の戦車が駆け回り、主砲から火を噴く。 

 あいつのクリーチャー全員のブレイク数が増えるってことは、元からW・ブレイカーの《スパイク7K(セブンケー)》はT・ブレイカー、そして《チュリス》2匹はW・ブレイカー――ってことは、完全にキル圏内じゃねえか!?

 

「砲撃せよ!! 《スパイク7K(セブンケー)》でシールドをT・ブレイク!!」

 

 ガラス状のシールドに徹甲弾が突き刺さり、内側から爆散させる。

 体が吹き飛ばされそうになるも踏みとどまった。だが、破片が降りかかって突き刺さる。

 

「っぐううっ!! クソっ……!!」

「《チュチュリス》でシールドをW・ブレイク!!」

 

 2台目の戦車が火を噴いた。

 そして、俺の残る最後のシールドを打ち砕く。

 肉に鋭い痛みがえぐりこんだ。

 

「ああああ!!」

「痛い? 痛いか? これが本当の戦闘というものだ。弾が当たれば人は死ぬし、頸動脈を切られても死ぬ。クリーチャーに直接攻撃されれば、同じ事が起こる。人間同士では死ぬ目には遭わんが、相手が相手だと、分からんぞ?」

「ぐっ……!!」

「更に俺達魔法使いというのは、ある程度クリーチャーの攻撃にも耐性がある。お前らより、強い。そうそう死ぬことは無いさ。だからこそ、ワイルドカードとの戦いは俺達影の人間に任せておくんだな」

 

 轟!! と最後の戦車の主砲が火を噴く。

 

 

 

「――《ホップ・チュリス》でダイレクトアタック」

「おらぁ、くたばるッス!!」

 

 

 

 砲弾が、俺の目の前で爆散する。 

 そこで俺の意識も、吹き飛ばされたのだった――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「――チェックメイト。我が軍の勝利だ」

 

 幸い、意識は朦朧とはしているが、あった。

 しかし――体が動かない。

 

「先輩!!」

 

 紫月の声が聞こえる。

 駄目だ、まだこっちに来るな――!!

 

「さて、残るはお前達、か」

 

 くそっ、こいつ……紫月とブランにまで――!

 駄目だ、口も動かねえ、声が出ねえ……!

 

「動かないでくだサイ! 撃ちマス!」

「何だ、そのオモチャは」

 

 バチンッ!! とスリングショットが火花と共に手から離れた。

 その指には、炎が灯っている。

 まさか、これは此奴自身の力――

 

「君のような可憐な女性が武器を持つなんて、野蛮だ。俺は女性を嬲るのは趣味ではない。さっさと退け」

「うぅっ……!」

 

 ギラリ、と冷徹な視線がブランを睨んでいる。

 

「シャークウガ、頼みます」

「おうよっ!!」

 

 次に仕掛けたのは紫月だった。

 激流と共に、シャークウガが飛び出していく。

 が――

 

「ふんっ」

 

 その一声で、彼女の切札は一蹴された。

 巨大なバリアのようなものが、シャークウガの拳を通さない。

 くそっ、これもダメなのか!!

 

「……悪いな。俺達に、そいつは通用しない」

「いよいよ何者ですか、貴方は――」

魔導司(ウィザード)……とだけ言っておこう」

 

 そう言うと、奴は廊下に散らばっていた俺のデッキのカード――その中にあったエリアフォースカードを――拾い上げた。

 

「……此奴は預からせて貰うよ。永遠にな」

 

 皮肉めいた言葉を言い残すと、彼の周囲に炎が立ち込めた。

 ……何だ?

 逃げるのか、あいつ――!?

 

「俺は貴婦人に手を出す趣味は持っていない。まあ、脅威になりえると判断したら、即刻叩き潰すが」

「っ……!!」

 

 すぐに、彼の姿は消えてしまった。幸い、ブランと紫月は何もされなかった。

 バリアも消え去り、シャークウガが悔しそうに廊下を叩く。

 

「ちっ、取り逃がしたか……!」

「やめておきましょう、シャークウガ。また、対策を練り直して万全を期して戦うまでです」

「……アカル!」

 

 ブランがぐったりとしている俺に駆け寄った。

 この後、俺が起き上がって喋れるようになるまで少し時間が掛かったが――幸い、外傷は無かったという。

 だが――

 

「……くそっ……!!」

 

 俺の最初の台詞は、悔しさと無念に塗れたこの一言だった。

 

 

 

「くっそおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

 

 癪に障る。

 何もかもが分からねえままだった。結局、あの後俺はぼんやりしたまま帰路につくことにした。

 しかも、負けた。圧倒的な実力差、スピード、奇襲能力、奴は俺の上を行っていた。

 あの余裕振りを見るに、俺が瞬殺されただけで、もっと強いカードを奴は隠しているだろう。

 魔導司(ウィザード)……アルカナ研究会……それが何なのか、俺には全く分からない。

 だけど、俺は奴を前に何も出来なかった。強すぎる。いや、違う――俺が、弱すぎたんだ。

 ジョーカーズの速度を上回る、ビートジョッキーの速攻戦術。速すぎて、勝てる気がしない。

 

「クソっ……!!」

 

 しかも、エリアフォースカードを奪われた俺は、あいつと再戦する権利すらない。

 紫月とブランは何もされていないから、紫月からカードを借りれば俺は奴と再戦出来る。

 だけど、そんな気分にはとてもじゃないがなれなかった。

 

「マスター……」

「くそっ!」

 

 思わず、俺は怒鳴った。怒りの矛先は、弱い俺自身。

 それが簡単に出来りゃ、苦労はしねえっつーの!!

 あいつは強い。俺なんかが勝てるような相手じゃねえ!!

 

「……今の俺には、何も出来ねえよ」

 

 負けるという経験には慣れっこだった。

 だけど、今日ほど屈辱的な敗北があっただろうか。

 こっちが何かをすることも許されない理不尽な速度で轢き殺される――その上、精神的にも肉体的にも叩きのめされたのだから。

 ヒーローになったつもりだったのか。エリアフォースカードを手に入れて、皆を助けるヒーローになったつもりだったのか、俺は。

 何も、出来ない。

 カードがないと、俺は何も出来ない、無力な只の高校生に過ぎないんだ。

 

「……ダメだ」

 

 俺は歯を食いしばる。俺はこの事件に出会った以上、もう、見た振りをすることが出来ない。

 あの不気味な魔導司の連中が何を考えているのかも分からない以上、何もしないままなのは嫌だ。

 それほどに、自分が如何にエリアフォースカードに頼っていたか、無力だったのかを思い知った。

 もういい、今日は寝よう。明日から、またどうするか……明日土曜じゃん。鬱だ。

 ブルーになりながら、俺はひたすら家を目指して歩いていた。悔しいが、体はもう動いていた。脚の一つでも欠けてりゃ、悔しさも湧かなかったんだろうが……そういうわけにはいかない。

 

「耀?」

 

 声が聞こえた。

 振り返ると、そこには花梨の姿があった。

 どうやら、遅く部活が終わって今俺に追いついたらしい。

 

「やっぱ耀じゃん」

「……花梨」

 

 サイドポニーが、寂しそうに揺れる。

 此奴もデュエマを始めたんだっけか。此奴は、本当に楽しそうにデュエマをする。

 勝っても、負けても――

 そんな明るい彼女と話していれば、少しは今の気分も紛れるだろう、といつもなら思っただろう。

 ……どこか、様子がおかしい。目は伏せがちで、俺の顔を見ていない。

 唇をきゅっ、と結んで、まるで言葉にしようとしている事を押し殺しているような……。

 でも――

 

「わりぃ、花梨。今日は付き合えねえんだわ」

「……」

「俺、すぐ帰るから」

 

 そう言って、俺はすぐさま立ち去ろうとしたが――

 

「待ってよ!!」

「……っ」

 

 俺は足を止めた。

 花梨がすぐに追ってくる。

 

「ねえ聞いて、耀……!」

「……」

 

 必死そうな花梨の声。

 誰も周りにはいない夕暮れ時の帰り道。

 彼女は、声を振り絞り、言った。

 

「何があったのかは聞かないけど……あたしは、耀のやってることに間違いは無いと思うよ」

「っ……」 

「何かあったら、あたしを頼ってよ! 幼馴染なんだからさ!」

 

 俺に見せたのは、とびっきりの笑顔だった。そのまま、照れ隠しか俺を追い越して走り去ってしまう。

 さっきまで、暗そうだったあの顔とは思えない。

 

「……やれやれ、いらん心配を掛けちまったな」

 

 信じた道、か。

 だけど、今の俺にはとてもそんな力は無い。

 あいつ、俺が暗そうだったから無理して励ましてくれたんだろうけど――

 

「マスター、此処で挫けてる場合ではないでありますよ! マスターは、誰かを助けたい一心で此処まで頑張ってきたのに、それをあんないけ好かない奴に好き勝手されて黙っているでありますか!」

「そ、そうだが……ん」

 

 その時だった。

 ケータイに着信が入る。メールだ。

 

「誰からでありますか?」

「紫月からだ」

 

 かったるげに、俺はざっと内容に目を通す。

 するとそこには――

 

「――何だ? 『明日は土曜ですが、特訓のプランを考えました』……」

 

 ……特訓?

 それだけではない。

 メールの文面はまだ続いていた。

 

 

 

「『特別に、先輩にゲストを紹介します』……え?」

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ふむ、美しい」

 

 彼は感嘆とした様子で言った。

 キャンバスには、艶めかしい肢体を白昼に晒した白いドレスに金髪碧眼の女性が舞っていた。

 滑らかな曲線が月の光に当てられて白く光るようだった。

 絵筆を手元に置いた青年は何処か満足げに絵の前で頷く。

 

「まだ絵書いてんの?」

「むっ」

 

 ガチャリ、と部屋の扉が唐突に開いた。

 自分に似た黒いショートボブの少女。彼女は口うるさく言った。

 

「本当、飽きないわね。全くもう」

「美大生だからな。課題の絵は勿論だが、たまに好きな絵にも手を付けてストレスの発散と言う奴だ」

「女の子の絵を? ……ふーん」

「おい、何故そんなやましいものを見る目で見る」

 

 彼の名誉の為に記しておくが、そういった類の絵ではない。

 

「てか、もう晩御飯出来たんだけど。お母さん、待ってるよ?」

「フン、すぐ行くよ」

 

 不機嫌そうに彼は立ち上がる。

 

「それと、絵終わったんならあたしともう1回デュエルで勝負してよね! 絶対次は勝つんだから!」

「貴様の自信は一体、何処から沸いてくるんだ? 何度やっても結果は同じ、貴様が僕に勝つのは万に一つ有り得ない」

「ムッキーッ! 何よ、その言い草!!」

 

 怒った様子の彼女は、地団太を踏む。

 この少女、この青年とのデュエルで一度も勝ったことが無い。

 彼が只の美大生になる前は、どういう人物だったのかも知ってはいるが……負けたままなのは、彼女の負けず嫌いが許さなかった。

 

「遍く物事には美学というものが必要だ。貴様が僕に勝てないのは、美学が無いからだ。美しくないデュエルでは、美しいデュエルに勝つ事は出来ない。では、美学とは何か? 美しさとは何か? 要はそれを突き詰め、追い求める姿勢がまずは大事なのであって――」

「長い長い! 10文字でまとめなさいよ! 何であんたみたいなのがあたしの従兄!? そして、うちに下宿に来ちゃうのよ、やんなっちゃう!」

「そして貴様には美学が無い、美学が足りない。貴様より”あいつ”の方がよっぽど強いわ、この痴れ者め」

「何よ、昔の男の話ばっかり!!」

「昔の男とは何だ、人聞きの悪い。というか気持ちが悪い」

 

 はぁ、と溜息をつくと青年は言った。

 

「どっちにしたって今度こそあたしが勝つんだからね!!」

「無理だ無理、やめておけ」

 

 そつなく言うと、彼はさっさと部屋を出て階段を降りていってしまった。

 

「あーもう腹立つんだから! そもそもあいつがあたしの家にいるのが気に食わないっての!」

 

 そう言うと、追いかけるように少女も階段を降りていこうとしたが――その時、机の上に置かれていたスマートフォンに着信が入る。

 

「ねえ! 着信入ってるけど! あんた当ての電話じゃないの!?」

「何?」

 

 すぐさま、青年は階段を駆け上がっていった。

 普段、交友関係が乏しい彼は電話がかかってくることなど殆ど無いので、電源を切り忘れていたのだ。

 だが、律儀な彼は居留守電が出来ない。

 急いで誰からの着信かをチェックもせずに電話を取った。

 

「はい、もしもし――」

『あ、師匠ですか』

 

 その時、過去最大級に彼の表情は凍ったのだった――



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第4話:漆黒の美学─紫月の師匠

 隠れ家、と言うべきか。 

 普段は離れ離れの場所に住んでいる彼らは有事の際のみそれぞれが集まる拠点のようなものを幾つか有していた。

 と言っても、それでも同胞全員が揃う事は少ない。 

 現に、今此処にいるのはたったの3人であった。 

 1人はだぼだぼの白衣を纏った少女。もう1人は見上げる程の大巨漢。

 そして今、この場に足を踏み入れた『灼炎将軍(ジェネラル)』の異名を持つ少年・火廣金 緋色の3人だ。

 

「エリアフォースカードで間違いない。よくやったな、ヒイロ。こいつはお前が持っておけよ」

「ありがたい、トリス」

 

 少女が、火廣金に白紙のカードを手渡した。

 乱雑な言葉遣いが目に付く彼女だが、その瞳には豊かな経験と知識による落ち着きがあった。

 

「だが、このカードはハズレだ。俺に適合しない。まだ顕現こそしてないが、アルカナの種類が明らかに違う」

「だろうナ。しかし──何故、1枚しか回収しなかっタ?」

 

 大男が火廣金を睨み付ける。

 彼は肩を竦めた。

 

「単純に魔力不足だ。一度戦っただけでかなり持っていかれる。連戦は……不利と思って良いだろう」

「お前は持久戦には向いてないからな」

「だとしても、雑魚相手には大分持つだろウ。やはり、エリアフォースカードは魔導司に匹敵するだけのマナを保有しているのだナ」

「だからこそ、俺も万全を期すことにする。『灼炎将軍(ジェネラル)』に敗北は有り得ない」

「頼もしい限りダ、ヒイロ」

「今回の戦闘も念入りに練った下準備と調査の下の勝利。次も俺が勝ちとる」

 

 襟首を直すと、彼は言った。

 

 

 

「――”B・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)”な殲滅作戦……決行日は近い」

 

 

 ※※※

 

 

 

 火廣金にボコボコにされ、エリアフォースカードを奪われた次の日。

 俺は、紫月の言う特別なゲストとやらに迷惑をかけるわけにもいかないので出向く事にした。

 まだ敗北の傷は癒えない。しかし、あの紫月がわざわざ連れていくと言うのだ。只者ではない気がする。

 俺は期待半分、不安半分を胸に久々の遠出をすることになったのだった。

 というのも――

 

『隣の県までの電車代とデッキ、カードは用意していってください』

 

 とのことだったので、それなりの準備をしなければならず。

 肩掛け鞄にデッキは勿論だが、余裕を持った金銭を詰めた財布、その他遠出に役立ちそうなものを幾らか入れて家を出る。

 このように、バタバタした準備を終えた俺が抱いた疑問は1つ。

 紫月の奴、俺達を何処まで連れて行くつもりなんだ。

 そんな疑念を抱きながら、俺は駅のホームに着いたのだった。

 

「先輩、来ましたか」

「Good morning,アカル!」

「これで全員、揃ったな」

 

 おっと……どうやら本当に全員集合らしい。

 言い出しっぺの紫月は勿論の事、ブランに桑原先輩までもがプラットホームに立っていた。

 

「桑原先輩まで……すいません、今日は俺達に付き合わせちゃって……」

「構わねぇよ。後輩のピンチだ。少しくらい、先輩に恩返しさせてくれ」

 

 とのこと。本当に義理人情に厚い人だと思う。

 

「しかし遅かったですね、先輩」

「こうして間に合ったんだから良いだろーが。色々準備があったんだよ」

 

 ぶっきらぼうに返した俺。

 正直な所、少々かったるかったのもあるが。

 

「つか、ゲストとか言った割には俺らが訪ねに行く方向性なのな」

「仕方ないのですよ」

 

 言った彼女は呟くように言った。

 

「私の”師匠”は気難しい人なので」

「師匠、って……前にお前が言っていた、あの?」

「はい」

 

 そういえばこいつ、デュエマを教えて貰った人がいるって言ってたな。

 ただでさえ強い彼女にデュエマを教えたのだから、その師匠もとても強い人物なのだろう。

 

「ほう、紫月にそんな人物が居たのか」

「桑原先輩には初めて話すんでしたね」

「ああ。ゆっくり聞かせてくれ」

 

 そうこうしているうちに、電車がプラットホームへ走ってやってくる。

 

「どうやら、続きは電車の中……ってところだな」

 

 

 ※※※

 

 

 

 電車に揺られながら、俺達は紫月から師匠なる人物について聞いていた。彼女は何故か、その師匠の名前を出す事をしない。だが、その代わりに様々な情報を俺達に教えた。

 どうやら師匠という人物は今は美大に通っているらしく、そのために従妹の家に下宿させて貰っているとのことだった。

 そして、かつては凄腕デュエリストで、変わり者で美学を愛し、闇に愛された男だと言う。

 

「あまり触れられたくないようで、私も突っ込んで調べた事や聞いた事はないのですが……どうやら、元はデュエリスト養成学校に通っていたみたいなんです」

「デュエリスト養成学校?」

「はい」

「プロの競技プレイヤーを目指す生徒が通う学校、ですヨネ?」

 

 デュエル・マスターズの競技化は此処数年で進んできている。

 だからか、プロのデュエリストを目指している少年少女プレイヤーも多いという。

 最も、それは長い長い書類審査と実技審査を小学生の頃に通らなければならない中等一貫性の学校で、俺達にとって彼ら、彼女たちは雲の上の存在なのだ。

 

「なのに、何でデュエルの道を捨てて美術の道に……?」

「さあ? 人の過去を私はわざわざ詮索することはしないので」

 

 彼が何故、紫月の……ひいては俺達の住む町にやってきたのかは今となっては分からない。現に紫月も、彼がどういう人物だったのかはよく分からないと言うし、敢えてその過去は調べなかったらしい。

 その後も、彼女の口から師匠の話は続いた。

 紫月にとっては今の自分のデュエルを形成する相手であり、同時にいつかは超えるべき壁。一度も本気の師匠に、彼女は勝てなかったと言うのだった。

 それを彼女は悔しく思っている。それに加え――

 

「……全く、気障にも程があると思いませんか? 『貴様のデュエルは美しい』なんて訳の分からない事を言ってみづ姉を口説くんです、あの年下好き」

「いや、それは口説くとはちょっと違うような」

「口説いてます。みづ姉、愛読書が少女漫画ですから。……それもベタで古風な。だから、ホイホイ顔だけ良い男に着いて行かないか心配なんです」

「お前のシスコンも大概にしろよ」

『ははは、マスターのシスコンはもう持病みてーなもんだから、治そうと思って治せるもんじゃねーよ、ギャハハハ』

『何笑ってるでありますかコイツ』

 

 どうも感性が少々変わった人なのは否めない事実だ。

 美しいデュエルってどういうことなんだよ、本当。

 紫月曰く、顔は良いらしいけど、変人である可能性は高いっていうか確実だぞ。

 

「ちょっと顔が良くてデュエマが強いからって自己陶酔に浸りすぎなんですよ、師匠は」

「な、なあ、紫月よ。そろそろ、テメェの師匠ってのがどういうデュエルをするのか聞いておきたいのだが」

「基本は闇を使ってましたね。ただし、ゲームが終わる頃には相手の場も手札も全て破壊し尽くされていますけど」

 

 闇文明。

 カードを破壊し、破壊し、破壊することに長けた文明だ。

 クリーチャーのみならず手札を墓地に送る戦法は、相手の戦略そのものを破壊する。

 その一端は、ブランの墓地退化デッキにも表れてはいるが、純粋な闇デッキは更にそれらが研ぎ澄まされているのだ。

 

「恐ろしいな……何だその説明」

「だって文字通りですから本当に」

「でも、紫月は水使いになったんだな。何でだ?」

 

 俺が何となく投げかけた質問。

 それに彼女は俯いてしまった。

 

「……別に、深い意味はありませんけど」

『水だけに?』

「シャークウガ、フカヒレにしますよ」

『ヒエッ……』

 

 フカヒレという言葉に過剰に反応するシャークウガ。

 デュエルの外では有能な彼が、ヘタレる数少ない瞬間であった。

 

「そしてもう1つ……先輩、あのカードをデッキに入れてないでしょう」

「あのカード?」

「はい。《ナッシング・ゼロ》まであるのに、なぜ入ってないんですか?」

「……あー」

 

 俺は全てそれで察した。

 そして同時にそれは、俺にとっても如何ともし難い問題だったのである。

 

 

 

「ジョーカーズのマスターカード、《ジョリー・ザ・ジョニー》ですよ」

 

 

 

 俺は頭を抱えた。トップレア、マスターカード。同時に、《ジョリー・ザ・ジョニー》は言うまでもなく最強クラスのジョーカーズだ。

 しかし、俺は色々あってそれを持っていない。手元に1枚も、だ。

 頼む。それを言ってくれるな。

 俺だって好きで入れてないわけじゃないんだ。

 

「……手に入らねえんだよ」

「え? ですが、あのカードは箱を買えば2枚、確実に手に入る代物……」

 

 確かに封入率は改善され、レアカードが手に入りやすくなったという。

 箱とは、要するにパック1BOX分。大体30パック分入っているセットの事だ。

 今期ではマスターカード2枚は箱を買えば確実に手に入るというのだ。

 しかし――

 

「――入ってなかったんだよ」

「え」

「それって、どういうことデスカ?」

「そもそも俺、レアカード運が壊滅的にねえんだよ。当たっても大抵ハズレアか持ってるカードにミスマッチなカードだし……俺去年何回《D2G ゴッドファーザー》当てたと思ってんの?」

「……で、でも、それと今回の件は――」

「ああ、関係ない。関係と思いたかったよ」

 

 悪いが俺は、「デュエマにいらないカードなんかない! 1枚1枚すべてが大切なカードだ!」と、笑顔で笑って言えるほど聖人ではないぞ。

 現実問題で言えば、このように擁護しようのないスペックのカードがあること、そしてそれが大量に当たった俺の心境はお察しだ。売ろうと思っても1枚10円、酷けりゃ1円くらいでしか引き取ってもらえないのでよっぽどである。

 

「そんなレアカード運の無い俺だけど、箱買ったらトップレアが確実に手に入ってるっていうじゃん。しかも2枚。だから今回は買ったんだ。そしたら――」

 

 剥いた30パックに、《ジョリー・ザ・ジョニー》の姿は無かった。

 俺はどうしようかと頭を抱えた。販売元かカードショップにクレームでも入れてやろうかと思ったが、もうそんな気力もなく、運が悪かったということで済ませたのである。

 

「だって……証拠も何も無いのに、そんなこと言ったら悪質なクレーマー呼ばわりされそうじゃん……ただでさえ俺、色々問題抱えてるのに、もうこれ以上は無理だったから……仕方なく泣き寝入りすることにしたんだよ……」

「でも《デットソード》はその時に当ててるんですね」

「それはもう、運が悪いって問題じゃないデスヨ……」

「災難だったな……白銀」

「その割には《シャークウガ》は山ほど当たらなかったんですね」

『おい待てやマスター、どういう意味だ』

「まあ、切札、エースが足りないというのは1つの問題ですね。後はそれを手に入れる為の運」

 

 俺は溜息をついた。

 あまり物事を運で片付けるのは嫌いなので、避けているのだが……諦めて泣き寝入りした俺も悪いし。

 それに、レアカード云々の問題ではないと俺は思っている。というのも――

 

「それになあ、幾らデッキを強化しても、また3ターンキルされたらって思うと……」

「さあ? それも単純に運が悪いだけな気もしますけどね」

「運が悪い?」

「そもそも、幾ら速攻デッキと言えど毎回毎回3ターンキルを決める事が出来るわけではありません。事故る事もありますし。その点から言っても運が悪かったというべきでしょう」

「……釈然としねえ……」

 

 とはいえ、紫月の言う事には一理あった。

 3ターン目にあのムーブをするには、《ダチッコ・チュリス》や《スパイク7K》を3ターン目に出して、尚且つ1ターン目2ターン目にクリーチャーを出していないといけないから……正直、そんなに成功しないと思うな。

 1コストクリーチャー引けなかったら、その時点で3ターンキルは無いわけだし。

 

「それを頭に置き、尚且つ対処法さえ抑えていけば勝ち目はまだあります。《ダンガンオー》による最速キルターンは4ターン。更に、《チョートッQ》と《ナッシング・ゼロ》を組み合わせれば、最短3ターンでキルすることも可能ですし」

「成程な。相手よりも速くこちらも撃破しに行くということか」

「まあ、手札にパーツが全部揃わないと微妙ですが、こちらには手札補充の手段として《ニヤリー・ゲット》があるのでまだマシです。そして、コレは相手にも言えることで、先輩の話では、相手は《スパイク7K》を切り札にしたビートジョッキー速攻ですが……」

「そうだな」

「《ニヤリー・ゲット》のような高速手札補充のある先輩と違い、ビートジョッキーにはそういったものが少ないので、イカサマでもしなければそう何度も3ターンキルは決められるものではないのです。8枚シールドトリガーを積んでいる先輩のデッキなら、どれか1つが発動する可能性もあります」

「!」

 

 成程。

 それを考えると、まだ勝機はある。

 速攻は1ターン目からクリーチャーを出す以上、手札切れも激しいしな。

 

「マスターは今までのデュエルを見るに、勝負運はそこまで悪くないのでありますよ」

「今回ばっかりは、本当に運が悪かったとしか。だから、そこは前向きに捉えるしかないですよ」

「あ、ああ……」

 

 そして、と付け加えるように紫月は言った。

 

「そして先輩にもう1つ足りないのは、経験です。強い人とのデュエマで、プレイヤーの腕は磨かれます。恐らく、師匠は長年の私にとっての壁ですが、先輩にとっても大きな壁に成り得るでしょう」

「私達もシヅクの師匠と戦ってみたいデス!」

「そうだな。俺も同感だ」

「……そんなもんかねえ……」

 

 まあ、そんなこんなで電車が目的地に着く頃には、もう昼になっていた。

 近いとはいえ、電車で隣の県まで来たのだ。ブランがくかー、と電車の中で寝てしまっていたり、桑原先輩が紫月にデュエルで負かされて凹んでいたりと色々あったが……一度駅のホームに降りてしまうといつもとは違う街並みにブランは目を輝かせてたり、桑原先輩は絵の題材になりそうな場所は無いかとか好き勝手に言ってたり、テンションが上がっているのが目に見えて分かった。

 

「あんたら今回の目的分かってるよな!?」

「いやあ、すまない。こうして出掛ける事自体が少ないものでな……だが、見たことのない景色を見ると、俺の中の芸術が騒ぐ」

 

 芸術が騒ぐって何だよ、本日のパワーワードだよ。

 

Sight seeing(観光)?」

 

 おめーのはもっとダメだろ、何しにやってきたんだコイツ。

 

「ちげーよ迷探偵」

「ともかく、師匠が下宿している家に行くとしましょう」

 

 そういった途端、紫月の腹がきゅう、と可愛らしい音を鳴らした。

 流石の彼女も仏頂面のままではあるものの、耳が真っ赤になっていた。

 

「……」

『その前に腹ごしらえだな、マスター』

「シャークウガ、フカヒレ」

『俺悪くないよな!?』

「まあ、お昼ですし何処か近くにお店が無いか調べてみマスネ」

「此処は街中なので幾らでもあると思いますよ」

「賛成。いい加減俺も腹減ったぜ」

「そうだな。何処かに良い店があれば良いんだが」

 

 

 ※※※

 

 

 

 昼飯を近くの手頃そうなファミレスで軽く済ませた後、俺達は紫月が師匠に送って貰った地図を元に目的の家に向かっていた。

 

「……で、此処ですね」

 

 見上げると、そこには2階建ての一軒家があった。

 どうやら、この家の長男が就職するのに家を出たので部屋が空いていたらしく、紫月の師匠はそこを貸して貰っているとのことだ。

 表札には『小鳥遊』とあった。

 

「コトリ……ユウ?」

小鳥遊(たかなし)、ですよブラン先輩。変わってるのから、逆に有名な苗字です」

「そうなんデスカ? 日本の苗字はややこしいデス」

「おめー何年日本に住んでんだよ……」

「何だろう……俺の中の芸術が、共鳴しているような……この……吹いてる……風……確かに……」

「桑原先輩落ち着いて」

 

 割と常識人な方だと思ってたけど、ほっといたらだんだんこの人も頭のおかしいことを抜かしだしたぞ。

 インターホンを鳴らすと、すぐさま扉の奥から誰かがやってくるような音が鳴り――開いた。

 

「はーい、誰でしょうか……ゲッ……」

 

 飛び込むように玄関から現れた少女は、俺達の顔を見るなり青褪めたような表情を浮かべる。

 黒髪がショートボブの少女だった。

 そして、「えーっとどちら様方?」とおずおずと言う。仕方ないので、一応責任者である俺が前に進み出た。

 

「そっちに下宿してる大学生の……えーっと……紫月、名前なんだっけ」

「まだ言ってませんでしたっけ」

「聞いてないよ、師匠としか」

「そうでしたっけ」

「とぼけんなや」

「え、いや、”あいつ”はその……」

 

 言い淀む少女。

 するとすぐさま声が響いた。

 

 

 

「来たか」

 

 

 

 低い、男の声だった。

 少女の背後に立つ背の高い影が見える。

 ぬうっ、と間もなくそれは玄関から俺達の前に現れる。

 

「っ……」

 

 ようやく姿を現した彼に、俺達は言葉を失った。

 何だろう。釣った目に、艶のある黒い髪。日本人離れした目鼻の整った顔立ち。

 これが所謂二枚目っていうんだろうな、とつくづく感じるが、それ以上に言いしれない”何か”が伝わってきた。

 

「……お久しぶりです、師匠」



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第5話:漆黒の美学─彼の名は黒鳥レン

「師匠はやめてくれと言っているだろう。老けているように聞こえる」

 

 彼は、長めの前髪を手で払うとうんざりした様子で言った。

 

玲奈(れな)。貴様は彼らに茶でも用意してやれ。僕の部屋に通す」

「い、言われなくても分かってるわよ! てか、此処あたしの家! 何であたしに命令すんのよ腹立つ!」

「早くしろ」

 

 威圧的に、しかし静かに彼は言う。

 まるで押し潰すかのような圧力だ。

 

「……うぅ、人使い荒いんだから」

 

 反発気味に言ったショートボブの少女は、少し怒った様子で家の奥へ走っていった。

 どうやらお転婆な娘らしい。腕を組んだ彼が溜息をつくのが見えた。

 ようやく落ち着いたところで、紫月が見計らったように俺達に言った。

 

 

 

「紹介します、皆さん。彼が――黒鳥レン師匠です」

 

 

 ※※※

 

 

 

 通されたのは、二階の奥の部屋であった。

 陽当たりはよく、かつて誰かが使っていたと思われる程の広さであり、それどころか今は余計な家具を取っ払っているからか、俺達4人が入ってきてもまだ人が入りそうなほどには広かった。

 部屋の中には、描きかけの絵が壁に立てかけられており、また画材セットが部屋の隅に追いやられているのが見えた。

 絵は人物画が多く、特に白いワンピースを着た金髪碧眼の女性が向日葵畑を歩いている絵に桑原先輩が反応した。

 

「これはっ……素晴らしい。抽象的な描き方の中に、はっきりとしたモチーフを感じるというか」

「ふん、それに目を付けるとはなかなか貴様、目が良いな。僕の一番の自信作だ」

「本当に沢山、絵が置いてありマスネ……」

「はい。師匠の絵は、作品ごとに絵柄が違うので見ていて飽きません」

 

 確かにそうだ。

 いろんな画風の絵がある。

 しかし、どれもどこか物憂げさを感じさせるのは何故だろうか。

 絵を見るという事が余り無いので、俺の感性が間違ってるのかもしれないけど。

 

「もう1度自己紹介する。黒鳥レンだ。今は美大生をやっている」

 

 低い声でもう1度彼は言った。

 

「絵も良いが、早速本題に入ろうか」

 

 丸椅子に腰かけると、黒鳥さんは俺の方を指さして言った。

 

「――貴様か。白銀は」

「は、はいっ」

「何……? 紫月の話によると、負けたくない戦いで負けたくない奴に惨めったらしく負けて凹んでいるとのことだが」

「……え?」

 

 いや、間違ってはいないんだけども、何だその伝え方!!

 それとも解釈の仕方?

 この人の言い方が悪いのか紫月の伝え方が悪いのか!?

 

「何だ? 間違ってるところがあったか?」

「い、いや、大方その通り、です」

「で、この僕なら何か次に勝つヒントを教えてくれるかもしれないと思って、此処に来たと」

「誘ったのは私ですけど」

「まあ、何だ」

 

 一度大きくため息をつくと、黒鳥さんは言った。

 

 

 

「馬鹿か? 貴様」

 

 

 

 ずばり、と一言。

 抉るような重みがこの人の言葉にはあった。

 

「カードゲームに於いて、必勝という言葉は無い。それに、そんなにすぐ強くなれるならデュエリスト養成学校なんてものは必要ないんだよ。1回や2回、1日如きで自分が変われると思っているのか?」

「っ……」

 

 言葉に詰まった。

 確かに、これ以上俺が奴等に手出しをしなければ、俺達が痛い目を見るリスクも無くなるだろう。

 だけど――違う。

 この気持ちは守りたいという思いだけじゃない。

 

「それでも勝ちたい相手が居るんです」

「……そうか」

「今は言えませんけど、勝たないといけない理由があるんです」

「それだけではないんだろう」

 

 また俺は言葉に詰まった。どういう事だろう、と俺が答えあぐねている間に黒鳥さんは「まあ良い」と返答を待つのをやめて言った。

 

「ゲームにそこまで情熱を注ぐ、か。その理由、相応の重さがあると見た。今やデュエマは頭脳スポーツ。お遊びと呼ぶ時代は終わっている」

 

 椅子から立ち上がると、彼は言った。

 

「それに、あの紫月が姉以外の人間に入れ込むとはな」

「別に入れ込んでませんけど」

 

 照れ隠しなのか本心なのか分からないけど、地味にその言い方は傷ついたぞ。

 何? 今日俺のメンタルずっとボロボロ?

 

「何と言うか……紫月とこの人、似てマスよね……色々と」

「別に似てないですが」

 

 いや、似てると思うぞ。

 主に口が悪い所が。

 

「どっちにせよ、僕のやるべきことは貴様という人間がどういうものなのか確かめるということ。彼女が切羽詰まっていたのだ。只事ではないのだろうが、それについては聞かないでおいてやる」

 

 言うと彼は腰にぶら下げたプラスチックのケースを取り出した。

 

「デュエリストなら、まずはこれだろう? デュエルで互いの事を確かめる」

「……はいっ」

 

 何だかんだでデュエルは取り付けてくれるらしい。

 だけど、急に緊張してきた。相手は、あの紫月の師匠……何処まで強いのか計り知れない。

 

「いよいよ、紫月の師匠の実力のお披露目か……これは見ものだな」

「師匠は強いですよ。何度も言ってますけど、戦法が凶悪です」

「確か、専門は闇文明デスからネ……後、人柄からして怖そうな人デス……」

「あんな性格ですからね。なかなか友達も出来ないんですよ」

「全部聞こえてるぞ紫月」

 

 だけど、そんなに変な人には見えないんだよな。口調がきつめではあるけど、結局こうやって付き合ってくれてるし。

 そして何より、あの紫月が何だかんだ言って師匠と今も慕っているのが理由だ。

 だがしかし。それを否定するかの如く、彼はカードを並べていると唐突に話しかけてきた。

 

「ところで白銀。貴様に聞いておきたい事がある」

「? 何ですか?」

「美学、それは心の中にあるか?」

 

 いや、やっぱり変人だこの人。

 紫月の言ってた通り、いきなり美学とか言い出したよ。

 いきなりそんなこと言われても、答えられないんだけども。

 

「美学とは、己の行動指針にして己の心の柱。美学があってこそ、人間は美しくなれる。外見を飾るのではない。大事なのは、もっと別のところにある。なのに、それになかなか皆気付かない」

「は、はあ……」

「そしてこればかりは、僕から教える事ではない。美学の真の意味、それは貴様がデュエルの中で突き止めろ」

 

 カードが全て並んだ。

 手札を取り、俺は黒鳥さんと向かい合う。

 美学が何なのか、俺には分からないけど……この人は強敵だ。胸を借りるつもりでいかないとな。

 

「この1日。この試合。貴様にとってどう意味のあるものになるか、貴様自身で見つけろ」

「……よろしくお願いします!」

 

 こうして、デュエルが始まったのだった。

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺と黒鳥さんのデュエル。

 早速、2マナ溜まった俺は動き出していた。

 

「俺のターン、2マナで《ヤッタレマン》召喚! ターンエンドです!」

「ほう、ジョーカーズか」

 

 無色カードを見て興味深そうにカードを見る黒鳥さん。

 だけど、向こうももう2マナを貯めている。マナゾーンには《デビル・ハンド》と《霞み妖精 ジャスミン》が見えた。

 そして、2枚のマナをタップする。繰り出したのは、自然と闇の呪文だった。

 

「呪文、《ダーク・ライフ》。その効果で山札の上から2枚を見る」

 

 《ダーク・ライフ》は、山札の上から2枚を見て、そのうちの1枚を墓地に、そのうちの1枚をマナに置くカードだ。

 捲られたのは《悪魔龍 ダークマスターズ》と《母なる星域》。

 そのうち《ダークマスターズ》が墓地に置かれ、《母なる星域》がマナゾーンに置かれた。

 

「ターン終了だ」

「……よしっ」

 

 このままこっちも並べていくか。

 そして、早めに《ダンガンオー》でキルを狙いたい。

 もっとも、その《ダンガンオー》が手札に来ない訳だけど。

 

「俺のターン、2マナで《洗脳センノー》召喚! 更に1マナで《ジョジョジョ・ジョーカーズ》を使い、山札の上から4枚を見て《ツタンカーネン》を手札に! ターンエンド!」

「ほう。並べてくるのか。まあ良いだろう。こちらも動くか」

 

 言った彼は、4枚のマナをタップした。

 そして――

 

「《社の死神 再誕の祈(リバース・アイ)》を召喚。その効果で、墓地の《ダーク・ライフ》と《ダークマスターズ》をマナゾーンへ」

 

 黒鳥さんのマナは、これで6枚に増えてしまった。

 参ったな。ターンが長引けば長引くほど、こっちの勝ち目は薄くなっていく……早くケリを付けないと。

 

「俺のターン、《ツタンカーネン》召喚! その効果でカードを1枚ドローして――」

 

 引いたカードは《ニヤリー・ゲット》。

 よし。これならいけるぞ! 一気に手札を増やして攻撃を仕掛ける!

 

「《ゼロの裏技 ニヤリー・ゲット》をG・ゼロでノーコスト詠唱! 効果で山札の上から3枚を表向きにして、《ダンガンオー》、《チョートッQ》、《ヤッタレマン》を手札に!」

「ほう」

「そして、1マナで《ヤッタレマン》を召喚してターンエンドです!」

「……なかなかやるな。コレで次のターン、僕にトドメを確実に刺せるわけだが――甘い」

 

 カードを引いた黒鳥さんは、手札からカードをマナに置く。

 これで7枚。とても速い。

 

「そして、《壊滅の悪魔龍 カナシミドミノ》を召喚」

 

 出てきたのは悪魔龍。

 確かあいつの効果って……何だっけか。あまり見ないカードだが……。

 

「その効果で、貴様のクリーチャー全員のパワーをマイナス1000する」

 

 何だ。それなら《ツタンカーネン》が破壊されるだけで済む。

 余り大したことはないじゃないか。

 

「そして、相手のクリーチャーが破壊された時、このターン更に追加でパワーを1000下げる」

「……え?」

 

 そう思っていた時代が俺にもあった。

 今度は、連鎖するようにパワーが追加でマイナス1000され、《ヤッタレマン》2体が破壊される。

 さらに、これだけではまだ終わらなかった。

 

「そして、2体が死んだので合計パワーマイナス4000。《洗脳センノー》もパワーを0にして破壊だ」

「……全滅した」

 

 嘘だろ!?

 たった1枚のカードで、俺のクリーチャー4体が全滅……。

 

「これは痛いな……並べるデッキに全体除去はかなりキツいぞ」

「師匠の戦い方。それが、デーモン・コマンドを使った徹底的な破壊戦法です」

「ひええ……怖いデスネ」

「いや、ブラン先輩の墓地退化も十分おっかないと思いますが」

 

 実際その通りだ。

 俺の場のクリーチャーは全滅。

 次のターンに。《ダンガンオー》でトドメを刺すプランも霧散してしまった。

 

『諦めるのはまだ早いでありますよ!』

「っ!」

 

 手札からチョートッQの声が聞こえた。

 完全に戦意を削がれていた俺に、呼びかける。

 

『マスター、後悔するような試合をするのだけはやめるでありますよ! まだ、手は残っているのであります!』

「……そうだな」

「む? 何だ。何か良い手でも思いついたのか?」

 

 そう問いかけてくる黒鳥さん。

 俺の答えは決まっていた。

 

「全っ然!! 何も、決まっちゃいませんよ!! でも……ひたすらに目の前のドローに賭ける、それだけでしょ!!」

「ほう。面白い。嫌いではないぞ、そういう刹那的な戦い方は。掛かって来い」

 

 挑発するように指をくいくい、と動かす黒鳥さん。

 上等だ、やってやる!!

 カードを引く。

 そして――ここで、俺の取る手は1つ。完全に決まっていた。

 

「5マナをタップして、《チョートッQ》召喚! こいつは場に出たターンに、相手プレイヤーを攻撃できるうえに、場とマナにジョーカーズが合計2枚以上あればパワーが+3000されてW・ブレイカーを得ます!」

 

 そう言って俺はカードをタップし、黒鳥さんに攻撃を仕掛ける。

 

「たかがW・ブレイカーでどうするつもりだ?」

「いや、此処からが本番! アタック・チャンス、《破界秘伝 ナッシング・ゼロ》で山札の上から3枚を見て、無色カードの数だけシールドのブレイク数を増やします!」

「……何?」

 

 あからさまにそのカードを見た時、黒鳥さんは驚いたようだった。 

 それが何故なのかは分からない。だけど――

 

「山札の上から捲られたのは、《戦慄のプレリュード》、《バイナラドア》、《ジョジョジョ・ジョーカーズ》……全部無色カードだ!」

「……面白い。懐かしいカードを見せてくれるじゃないか。これで、僕のシールドを全て割るというのか」

「勿論! 捲った3枚を山札の下に置き、そして《チョートッQ》でシールドを全部ブレイク!」

 

 一気に黒鳥さんのシールドが全部割られた。

 あと1回攻撃出来れば、このゲームは俺の勝ちになるが――

 

「――今のは少々痛かったぞ。S・トリガー、《デビル・ハンド》。山札の上から3枚を墓地に置き、《チョートッQ》を破壊」

 

 また破壊された。

 だけど、流石の黒鳥さんも今の攻撃には面食らったようだ。

 

「……貴様には久々に良い物を見させてもらったよ。お礼をしっかりしないとな」

 

 攻撃は止められた。

 だけど、次のターンに《ダンガンオー》を出して殴るだけで、勝負は決する。

 そのはずなのに、何だろう……この焦燥感は――

 

「貴様の考えている勝利プラン……悪いが、此処で全て断ち切らせて貰うぞ。マナをチャージして、4マナで《白骨の守護者 ホネンビー》を召喚し、山札の上から3枚を墓地に置いて《ベル・ヘル・デ・スカル》を回収」

 

 しまった。

 あの《ホネンビー》はブロッカーだ。

 今の俺には、ブロッカーを排除しつつダイレクトアタックを通す方法が無いじゃないか!

 

「そして、貴様のマナは次で6マナだが……念のためにブロックされない《ジョリー・ザ・ジョニー》対策もしておくか。2マナで《マインド・リセット》。貴様の手札を見せて、その中の呪文を1枚選び、墓地に置く」

 

 ピーピングハンデス!?

 たったの2コストで出来る呪文があったのか!?

 だけど、ブロッカーを置かれた以上、こっちは次のターンに勝つことが出来ない。

 俺の手札にある呪文は――《戦慄のプレリュード》。それが墓地に落とされた。

 

「貴様の次のターンの勝ち筋は、《ジョニー》を引いて《プレリュード》から出して攻撃することだったが……これでどっちかを引いても貴様は勝てない」

「……」

 

 もっとも居ないんだけどね、その《ジョニー》が……。

 つまり、実際には状況はもっと悪い。勝ち筋が、次のターンは無いと言っても良い。

 

「そして、最後に《ダーク・ライフ》を唱える。効果で、《永遠の悪魔龍 デッド・リュウセイ》を墓地に置き、《ヘックスペイン》をマナに置く。ターンエンドだ」

「……俺のターン……!」

 

 手札に来たのは《ニヤリー・ゲット》。しめた。まだ《ヤッタレマン》がいるから、クリーチャーさえ並べればまだワンチャンスあるぞ!

 

「よし、《ヤッタレマン》を召喚して、G・ゼロから《ニヤリー・ゲット》を唱えます! 効果で、《パーリ騎士》と《バッテン親父》、《タイム・ストップン》を手札に!」

「まだ展開するつもりか」

 

 もっとも、《カナシミドミノ》がいるから、いつ全滅してもおかしくないけど……残念だが、これしか手が無い。

 1体でもクリーチャーが残っていれば、次のターンで軍勢にものを言わせて勝てる。

 

「《パーリ騎士》を2コストで召喚。その効果で、墓地から《チョートッQ》をマナに置いて、残りの3マナで《バッテン親父》も召喚! ターンエンドです!」

「……ふむ」

 

 さあ、どう出てくる……!?

 

「僕のターン、10マナをタップ」

 

 言った彼は、全てのマナをタップした。

 そして――

 

 

 

「――呪文、《大地と悪魔の神域》」



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第6話:漆黒の美学─大地の悪魔

唱えられたのは、特大級の呪文。

 黒鳥さんは、仏頂面だ。何を考えているのか分からない。

 だけど――この時ばかりは、彼の顔に悪魔を見たような気がした。

 

「そ、それって――」

「効果発動。僕のクリーチャーを全てマナに送り、マナゾーンから進化ではないデーモン・コマンドと進化デーモン・コマンドを場に出す」

 

 なっ!?

 何だその無茶苦茶な効果――!?

 

「まず、マナゾーンから《邪霊神官バーロウ》を出す。そして、今度はマナから進化クリーチャーを場に呼び出す。《邪霊神官バーロウ》を進化」

 

 その時、俺は黒鳥レンが何故ここまで恐ろしく強いのかを垣間見たのかもしれない。

 この人は只者じゃない。

 何故かは分からなかったが、この時の俺は――

 

 

 

「──蘇れ、生命を蹂躙する冒涜と深淵の王。その名は、《覇王ブラックモナーク》」

 

 

 

 ――ただ、カードのゲームをしているだけという感じはしなかったのだ。あの空間でデュエルをしているときと同じような緊張感が俺を襲っていたのだ。

 カードの名前の響きに、ただただ身の毛がよだつような感覚を覚えた。

 何なんだ、このカード。見たところ、コスト10でパワー17000の超巨大進化クリーチャーのようだ。

 

「あれが――紫月の師匠の切札か」

「いえ、あれは私も初めて見ました。前までは入っていなかったカードです。あの人の切札は、闇の進化クリーチャーが中心なので、これといったものは無いのですが、どれも恐ろしく強いですよ」

「解説をありがとう、紫月。これで《大地と悪魔の神域》の効果は終了。次に、《バーロウ》能力を解決し、墓地から《バロム》の名を持つ進化クリーチャーを場に出す。進化元はマナゾーンの《ダークマスターズ》だ」

「っ……マナ進化!?」

 

 マナゾーンから出てきたカードの頂に、禍々しい悪魔のカードが重ねられた。

 

 

 

「──破滅への恐怖で大地が震える。その名は、《悪魔神バロム・クエイク》」

 

 

 

 次の瞬間、俺の場のクリーチャーが全て消し飛んだ。

 《バロム・クエイク》はマナゾーンのデーモン・コマンドを進化元にする上に、登場時にデーモン・コマンド以外を全て破壊する凶悪な進化クリーチャーだ。

 俺のジョーカーズ軍団は当然、全滅――

 

「だが、悪魔の戯れはまだ終わらない」

 

 言った彼は、《覇王ブラックモナーク》に手を掛ける。

 

「《ブラックモナーク》で攻撃するとき、効果発動。その時、墓地から闇の進化ではないクリーチャー、そして闇のクリーチャーを場に出す」

 

 またリアニメイト。

 もう、嫌な予感しかしなかった。

 

「墓地から《永遠の悪魔龍 デッド・リュウセイ》を出し、そのまま進化だ」

「また進化……!?」

「《ブラックモナーク》で出す2体目のクリーチャーの指定は”闇のクリーチャー”。進化クリーチャーも問題なく場に出せる」

 

 これで3度目。

 現れ出たのは――

 

 

 

「──悪夢の革命よ、怨嗟の果ての悲劇となれ。その名は、《革命魔王 キラー・ザ・キル》」

 

 

 

 ぎょろり、とした単眼が俺を睨んだ気がした。

 デーモン・コマンド・ドラゴンで、革命軍のクリーチャーの《キラー・ザ・キル》は、確かシールドが減っている時に効果を発動する革命を持っていたような気がするが――待てよ、今の黒鳥さんのシールドは0じゃないか!?

 

「これが僕の切札達だ。《キラー・ザ・キル》の革命2が発動し、僕のシールドが2枚以下の為、墓地から闇のクリーチャーを全てバトルゾーンへ」

「なっ……!?」

「《カナシミドミノ》、《ホネンビー》を復活させる」

 

 なんてことだ。

 結局、最終的に場の数はターンの最初よりも悲惨になっている。

 

「これで効果の処理は終了。《ブラックモナーク》でシールドをT・ブレイク」

 

 シールドが3枚、叩き割られた。

 トリガーは、来た。《バイナラドア》だ。こいつで殴り手を除去すれば、次のターンに《ダンガンオー》で押し勝てる!

 

「S・トリガー、《バイナラドア》を召喚――」

「《バロム・クエイク》の効果発動。相手はコストを支払わずにクリーチャーを出す時、代わりにマナゾーンに置く」

「なっ……!?」

 

 希望は、あっさりと挫かれた。

 あんなに進化条件が簡単なのに、何て恐ろしいクリーチャー!

 S・トリガーどころか、革命0トリガーや侵略ZERO、自分のターンの革命チェンジや超次元も封じられるじゃないか! 場に出す代わりってことは、登場時効果も発動できない。

 

「そして、《キラー・ザ・キル》でシールドをW・ブレイク」

「っ……!」

 

 ──俺は追い詰められている。着実に。

 確かに恐ろしい相手だ。

 下手したら、あの火廣金以上かもしれねえ。

 経験も、戦略も、そして純粋にデュエリストとしての格も。

 何もかもが上だ。

 だけど。

 

「……まだだ」

 

 だけど、こっちだってやられっぱなしは嫌なんだ!!

 

「まだ終わってない! S・トリガー、《タイム・ストップン》!」

「……何?」

 

 こいつは呪文だから、《バロム・クエイク》の効果では無効化されない。

 それだけじゃない。この窮地を脱して、次のターンにトドメを刺す布陣を整えることが出来る!

 

「その効果でコスト6以下のクリーチャー、《ホネンビー》を山札の下に置きます!」

「それだけでは止められないな」

「いや、俺のシールドが無いからスーパー・S・トリガー効果が発動! 黒鳥さんのクリーチャーは、もう攻撃できない!」

「……ほう」

 

 スーパー・S・トリガーは、トリガーした時にシールドが0枚なら発動する効果だ。

 こいつの場合は、相手のクリーチャーの攻撃を文字通りストップさせる。

 

「これで反撃だ!」

「やるじゃないか。その勝負運は評価してやろう」

 

 首の皮1枚、繋がった!!

 次の俺のターンでやることは1つしかない。

 もう何も守るものがない黒鳥さんに――弾丸を、ぶち込む!

 6枚のマナをタップし、切札を出す!

 

 

 

「これが俺の切り札(ワイルドカード)

超特Q(チョートッキュー) ダンガンオー》!」

 

 

 

 こいつも、場に出たターンに相手を攻撃できるクリーチャー。

 これで一気に決める!

 

 

 

「《ダンガンオー》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 渾身の一撃は――

 

 

 

「ニンジャ・ストライク6、発動。《威牙の幻 ハンゾウ》。効果で、《ダンガンオー》のパワーをマイナス6000して破壊」

 

 

 

 通らなかった。

 黒鳥さんに届く一歩手前で、《ダンガンオー》は破壊されてしまった。

 握ってたのか――《ハンゾウ》を……!

 

「《ダンガンオー》のパワーは7000。本来なら《ハンゾウ》では破壊出来ない。しかし、こういうこともあろうかと《カナシミドミノ》を立てておいたのさ」

「丁度、パワーマイナス7000……!」

「そうだ。《ハンゾウ》だけでは討ち取れない範囲を、こいつでカバーする。これがカードとカードの連携だ。僕のデッキは、決してエースカードだけの為にあるものではない。40枚や超次元カード、全てで織りなす、1つの芸術作品」

「芸術……作品……?」

「よく覚えておけ。デッキは、1枚1枚が切り札だ。貴様が選出した1枚1枚が全て切り札だ。デュエマはカードで戦うのではない。デッキで戦うゲーム。絵も、色や構成要素が1つでも欠ければ崩れてしまう絶妙なバランスの元で成り立っている。それが僕のデュエルの美学の1つだ」

 

 俺はその時、はっとした。

 カードだけで戦うんじゃない。

 例え、マスターカードが無くっても――俺のデッキの切札は、こいつら全部――!

 

 

 

「これで終わりだ。《悪魔神バロム・クエイク》で、ダイレクトアタック」

 

 

 ※※※

 

 

 

 結果は俺の負けだった。

 だけど、今度はあんな理不尽な負け方ではなく、精一杯あがけたからか……とても清々しい気分だった。

 

「ああ、もう! 惜しかったデス!」

「そうだ。健闘していたぞ、白銀!! 見ててすっげぇ熱かったぜ!!」

「で、でも、やっぱり強いです、黒鳥さんは……」

「フン、まあな」

 

 あ、そこは否定しないんだ。

 だけど、それは自惚れとかじゃなくて――

 

「このデッキは、僕が今まで歩んできた軌跡だ。そう簡単には、負かせはしないさ」

 

 ──彼の経験に裏付けされた確かなる自信。そう分かった。

 凄いデュエリストなんだな、名実ともに。

 

「軌跡……」

「だが、貴様のデッキもいずれはそうなる。歩みを止めなければ、な」

 

 そう言うと、黒鳥さんは再び丸椅子に座った。

 

「馬鹿でいろ。貴様はそのままで居ろ。真っ直ぐなのは、良い事だ」

 

 何かサラッと馬鹿にされた感じがするけど……励ましてくれてるんだろうか。

 

「しかし……危なかった。早期に《ジョリー・ザ・ジョニー》が引かれていたら、もっと違っていたかもしれない」

 

 俺の額に汗が伝った。

 ああ、いや……その件なんだけど……。

 

「実は俺……デッキにそのカード、入ってないんです」

「……何?」

 

 俺達は、色々な不幸があって結局《ジョニー》が手に入らなかった事を話した。

 

「そうか……僕も昔は不幸体質か何か知らないが、パックでやたらとハズレアばかり出たりパックのカードが全部コモンの微妙なカードだったりしたことが何度もあるから気持ちが分からんでもない」

 

 凄い!!

 まさか、同じ日本に俺以上に不幸体質の人間が居るなんて!

 

「とはいえ、強い者には強いカードがいずれ来る。巡り合おうと思えば、いつか巡り合えるさ」

「そんなもんですか?」

「ああ」

 

 まあ、気にしないで追い求めていればいつかは手に入るか。

 深く気にする事でもないだろう。

 

「と、ところで、次は私と対戦してもらって良いデスカ!?」

「いや、此処は俺が……」

「ちょっ!? お前らみっともないからやめろよ!?」

「やれやれ。私も師匠と久々に対戦したいのですがね」

「良いだろう。相手になる」

 

 画して――黒鳥さんには敗れた俺だったが、一日限りの師匠による特訓がみっちり始まったのだった。

 何だかんだで黒鳥さんも楽しそうだったし、俺も対戦相手に合わせたデッキ構築のアドバイスを貰った。

 あと、桑原先輩は何か絵の事について黒鳥さんに色々教えて貰っていたみたいだけど、何話してたのかはその時ブランや紫月と対戦していた俺には分からない。

 まあ、そんなわけで、それぞれに意味のある特訓となったのは間違いないだろう。

 こうして、すぐに半日は過ぎ去ってしまったのである。

 

 

 ※※※

 

 

 

 帰りの電車の中で、俺達は揺られていた。

 ブランはすっかり疲れて寝ていたし、桑原先輩はどこか上の空で窓の外を見ていた。

 俺は、隣に座っている紫月をちらり、と見る。珍しく寝ていない。

 

「なあ、紫月」

「何ですか? 先輩。私は結局、今日も師匠に勝てなかったのでご機嫌斜めです」

「……あ、あはは……でも、俺は今日一日なんつーか……すっげー、楽しかったぜ。強い人と戦うのって、怖いだけじゃなくて滅茶苦茶楽しいんだなって。色々教えて貰ったし、少しは前に進めた気がする」

「そうですか。それならこっちも企画した甲斐があるというものです」

「だから、ありがとな」

 

 照れ隠しか、紫月はそっぽを向いてしまった。

 

「別に、お礼を言われることはしていません。うじうじしている先輩が見ていられなかった。それだけです」

「悪かったって。月曜日。もう1回、火廣金に挑む。その為に、紫月。頼みがある」

「はい。分かっています。エリアフォースカードですよね」

 

 やれやれ、というと紫月は俺に白紙のカードを手渡した。

 

「元々、先輩が負けるのがいけないんですよ。自分の決着は自分でつけて下さい。でも、そのためなら私達は先輩に幾らでも力を貸します」

「何でだ?」

「先輩が頑張っているのが、目に見えて分かったからですよ」

「お前が機会を与えてくれたからだ」

「生かしたのは先輩です。だから、負けるのは許しません」

「ああ。もう、負けねーよ」

 

 そうだ。

 紫月も、ブランも、桑原先輩も、俺の為に付き合ってくれたんだ。

 絶対に負けられない。今度こそ、だ。

 

 

 

「――次は絶対に、火廣金に勝つ」

 

 

 ※※※

 

 

 

「――白銀耀……」

 

 黒鳥レンは、月明かりに照らされたキャンバスを眺めながら1人ごちっていた。

 

「レアカード運が壊滅的に悪い……そして無色……ジョーカーズ使い……」

 

 何かを憂うように、彼は言う。

 

「これは僕の杞憂であってほしいのだが……」

 

 投げかける言葉の先は誰なのか。

 あたかも旧友に投げかけるようなそれは、虚空へ吸い込まれていく。

 

「……あいつらに色々教えたが……まだ、教えていないことがある」

 

 彼の手には――白紙のカードが握られていたのだった。

 

 

 

「……頼むから、悪い予感はこれ以上当たらないでほしいものだな」



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第7話:白銀の弾丸─リターンマッチ

俺は白銀 耀。部員不足で同好会状態と化したデュエマ部の部長をやってる、ちょっと普通じゃない高校2年生。だけど、此処最近の日常は実体化するクリーチャー・ワイルドカードによって非日常と化していた。

 そんな俺は、つい最近に大敗を喫した。

 突然現れた、魔導司(ウィザード)を名乗る訳の分からんヤローにデュエルで完敗したんだ。

 そいつは転校生の火廣金 緋色。どうやら、俺達の関わっている怪事件について何か知っているようだ。

 成す術なく敗れた俺は、ワイルドカードと戦う為のアイテム・エリアフォースカードを奪われてしまう。

 戦う為の手段を奪われた事と、圧倒的に強い相手と戦うのに億劫になっていたが、後輩の紫月の計らいで彼女の師匠・黒鳥レンに特訓を付けて貰うことに。

 すっげー強かったし、とても敵わなかったけど色んなことを教えて貰った。

 美学の事は俺にはまだよく分からないけど――

 

「……よしっ」

 

 ――もう1回、ゼロから作り直したこのデッキで……今度こそ、あいつ(火廣金)に勝つ……それはともかくだ。

 レアカードに色んな不幸があって恵まれない俺だが、やはりこのデッキにはパンチが足りない。

 明日はもう学校。土日を挟んで俺が変わった事を、火廣金のヤローに見せつけてやらなきゃいけない。

 それに、紫月にブラン、桑原先輩の期待に加えて、花梨にも心配掛けちまったから、ここでケジメを付ける。

 

『マスター、組み終わったでありますか?』

「ああ。一応な……でも、あいつのデッキは火単速攻だった。だから、シールドが無い状態でこっちが殴ったら発動する革命0トリガーとかにも警戒する必要がある。シールドさえ焼き払えば俺の勝ちだったらいいのに……」

 

 デッキを作っている時は、終わりの無い迷宮と言いようのない閉塞感に襲われる時がある。その時程、自分のカードプールの狭さを恨む時は無い。

 結局の所、全部俺の壊滅的なカード運が悪いのだから仕方がない。

 とはいえ、たらればや例外を気にしていたらきりがない。

 もう、割り切るところは割り切るしかないのだろう。

 

『やれやれ、まさか我々を信頼していないでありますか?』

「いや、信頼してるよ。《チョートッQ》や《ダンガンオー》にも何度も世話になってるし……それに、《ジョリー・ザ・ジョニー》が居なくたって、勝機が無いわけじゃねえんだから。それに、昨日一昨日で色々カードも買ったしな。結局肝心のマスターカードは手に入らず終いだが」

 

 余り心配し過ぎるのも此奴らに失礼だ。

 今まで助けられた分、俺も頑張らないといけないと改めて感じる。

 

『とはいえ、《ジョリー・ザ・ジョニー》は我らがジョーカーズ種族のマスター……ぜひとも、マスターには手にしていただかないと、でありますよ』

「いつかはな……とにかく、これが今の俺に出来る全力だ。あのスカした面を、ぶち抜く!」

『その意気でありますよ!』

 

 俺達は、デュエマ部室に集まっていた。

 今日も花梨の顔は晴れないまま。火廣金も午前、午後、ともに表立った動きは無かった。

 しかし。今度はこっちから仕掛けてやる番だ。

 

「何というか、見違えたみたいデス」

「ああ」

 

 ブランの言葉に、俺は生返事を返す。

 見違えた、か。確かにこの2日で俺は覚悟完了している。

 まだ、納得のいかないところは幾つかあるが、取り合えずやりたいことは出来るはずだ。

 

「で、そっちはどうなんだ?」

「どうも、学校からは出ていないみたいデスネ……」

 

 双眼鏡で新校舎の玄関の方を覗くブラン。完全に怪しい人だが、部室に居ながら火廣金が放課後に何をやっているのかを探るにはこれしかないのだ。ともかく、まだ学校に居るのならばチャンスはいくらでもある。

 ブラン曰く、彼もワイルドカードを探しているのは確実である以上、他にもそういったカードが無いか虱潰しに探し回っているのではないかとのことだ。

 つまり、ワイルドカードが現れた場所に必然的に彼も現れるということだ。

 ただし、問題は尽きない。

 

「で、これから勝負しに行ったとして、だぜ……あいつエリアフォースカード持ってんのか? あいつに勝ったとして、無理矢理あいつらの本拠地を吐かせるか?」

「自白剤ってのがあってデスネ……」

「オイ」

「嘘デスヨ。でも、こっちが向こうと対等である、と思わせないと取引も何もないデス」

 

 でも、とブランは続けた。

 

「きっと、アカルならやってくれる――根拠は無いデスケド、そんな気がシマス」

 

 おいおいそれで良いのか、探偵。とはいえ、信用してくれてるのか。

 

「――多分、心配には及びませんよ」

 

 そう言って部室に入ってきたのは、紫月と桑原先輩だった。

 

「遅かったな、紫月。それに桑原先輩も……部活は大丈夫なんですか?」

「大勝負を控えた後輩に激を飛ばしてはいけないのか?」

「……有難く受け取っておきます」

 

 応援してくれる人が1人でも多いのは、非常に心強い。

 今、俺がやってることは決して無謀な事じゃないってことが改めて安心できる。

 心の支え、ってやつか。

 

「で、先輩。シャークウガ曰く、火廣金先輩はエリアフォースカードをずっと持っているようですよ」

「何?」

『理由は分からねえよ。だけど、これは攻め込むチャンスじゃねえか? ギャハハハハ!』

『何で笑ってるでありますかコイツ』

 

 成程。それなら、やっぱり今すぐ畳みかけるしかないな。

 いつあいつが、仲間にエリアフォースカードを手渡すか分からない。

 ……いや、あるいはもう手渡して貰って、再び手元に返して貰ったってことか?

 猶更理由が気になるが……。

 

「で、此処からが本題です。先輩」

 

 言った紫月は、手に持った小包を机に置いた。

 どうやら、配達で届いたものらしい。宛先は紫月。

 しかし、曰く彼女に贈られたものではないという。

 

「師匠から先輩への贈り物です」

「黒鳥さんから?」

「はい。電話で聞きましたが、住所を知っている私を経由して渡したんだそうです」

 

 その小包を剥くと、中からはカードが出てきた。

 保護用のスリーブに包まれていて、中身は分からないが――

 

「デュエマのカード、のようですね」

「中身次第じゃ、またデッキの組み直しだぞ。まあ、だとすれば使わねえ手はないがな、白銀」

「レアカード運が壊滅的に低い白銀先輩が、そうそう良いカードにありつけるとも思えませんが」

「何てこと言うんだ!」

「デモ、何でアカルに?」

「この間の特訓……師匠も久々に現役時代を思い出せたようです」

 

 現役時代。

 黒鳥さんは、デュエリスト養成学校に通っていたんだよな。だとしたら、そこでもライバルが居たのに違いない。

 俺との試合が、本当にそれを思い出させるくらいに良かったのかなあ? 俺的には惜敗だったから、向こうからすればギリギリだったとも言えるのかもしれないけど。

 

「だから、そのお礼とのことですよ」

「そうか。んじゃあ、遠慮なく――」

 

 そう言ってカードを見ようとしたその時。

 チョートッQが叫ぶように言った。

 

 

 

『ワイルドカードの反応でありますよ! オマケに、エリアフォースも一緒であります!』

 

 

 

 部屋の空気は凍り付く。

 ということは――火廣金の奴が動き出したという事でもある。

 いや、そうじゃなかったとしても、俺達が出ないといけない。

 

『恐らく、もうエリアを開いているぜ、この様子だと……しかもあの野郎、案の定エリアフォースを持ってやがる』

「では、急ぎましょう。先輩」

『マスター! 急行するであります!』

 

 俺は皆の顔を見回す。

 そして、頷いた。

 

 

 

「よし、リベンジマッチと行くか!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「――よう、グラサン野郎」

「……」

 

 凍てつくような静寂と共に、機械人形の如く彼は振り返る。無機質な表情。戦闘ロボットやターミネーターなんざ俺は本当に見たことは無いけど、こんな顔をしてるんだと思わせるような冷たさ。

 その手に握られているのは、《紅神龍バルガゲイザー》のカード。

 案の定、ワイルドカードを探して出向いて狩った後のようだった。

 

「……負け犬が俺に何の用だ? オマケに金魚の糞のように、ぞろぞろと」

 

 侮蔑を込めた言葉を投げかけた火廣金は、こちらを睨んだ。

 何をしに来たんだと言わんばかりに投げかけた視線の先には、ブラン、桑原先輩、そして紫月の3人が立っていた。

 

「全員でかかってくれば、俺からエリアフォースを奪い取れるとでも思ったのか?」

 

 憎々しげに言った彼に、桑原先輩が間髪入れずに返した。

 

「浅いな。テメェら魔法使いサマに実力行使で勝てるわけがねーって、俺らだって解ってる。それに、そんなやり方は美しくないってもんだぜ」

「それに、今回の”勝負”。私達が立ち会うのは当然だと思いますよ」

「何故なら、ワタシ達デュエマ部に突き付けられた挑戦状のようなものデスからネ!」

 

 俺は別に良いって言ったんだが、結局彼らは着いてきた。

 火廣金は呆れたように肩を竦める。

 

「……という事は、今日戦うのは”また”白銀耀か」

「おう、そうだぜ。文句あっか」

「文句はない。だが――」

 

 にたぁ、と彼は粘っこい嘲笑を浮かべた。

 滅多に笑う事をしない彼が初めて見せた笑みは、毒々しいものであった。獲物を目の前に舌なめずりをする蛇のような表情。

 皮肉な事に、彼が使っているのは蛇に喰われる側の鼠である。

 

「お前が? 俺達がマークしていたプレイヤーの中で最も最弱のお前が、この『灼炎将校(ジェネラル)』にもう1度挑む? 笑わせるなよ……」

 

 成程な。

 そういうことか。なかなかに俺は嘗められているらしい。

 確かに、ブランのような判断力も、紫月のような戦術眼も、桑原先輩のような経験も、俺にはない。

 だけど――

 

「何だ? まさか、その俺に負けるのが怖いから勝負を受けないって言うんじゃあるめーな」

「その逆だ。わざわざ策を弄さずとも、2枚目のエリアフォースカードを奪えるのだ。俺は『灼炎将校(ジェネラル)』。戦に長けた魔導司。真っ向から戦って成果が得られるなら、これ以上の喜びは無いだろう」

「あっそ。んじゃあ、勝負の内容はこっちが決めていいよな」

 

 ――こっちだって負けるわけにはいかない。

 負けられない理由があるんだ。

 

「賭けるものは当然、エリアフォースカード。俺が勝ったら、お前が今持ってるエリアフォースカードを俺達が奪い返す」

「俺が勝ったら、手に握ってあるもう1枚も戴くぞ」

 

 次の瞬間、熱が俺の背を焼いた。

 飛びのくと、背後には炎が吹きあがって壁のようになっている。

 辺りを見回すと、それは俺と火廣金を囲うようにして広がっていた。

 

「これは――!?」

「人が多い。お前からエリアフォースを奪うのを邪魔されるのは困る」

 

 彼が手をかざすと、床、廊下は紅蓮に染まっていき――次第に辺りは、火山の噴火口のような背景となった。 

 じりじりと肌を焼く熱。

 間違いない。炎も、そして温度も本物だ。これも魔導司の力ってことか!?

 

「魔導司はこうしてデュエルの為の”決闘結界”を生み出すのだ。覚えておけ」

「へっ、こっちから展開する手間が省けたぜ!!」

 

 強気に返事した俺だったが、やはり緊張は隠せない。胸を握りしめ、心臓の高鳴りを抑える。

 体の内から、外から、熱が奔流となって闘志と共に駆け巡っていくようだった。

 透明なシールドが生み出されていき、40枚のカードがデッキケースから飛び出して束となり、俺の手元に置かれる。

 目の前の火廣金も同様だ。

 

『ヒイロの兄貴ィ!! さっさと潰しちまうッス!!』

「言われるまでも無い。これより、B・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)な殲滅作戦を開始する」

『マスター、超超超可及的速やかに敵を排除するでありますよ!』

「おう、脳天に風穴をブチ開ける!!」

 

 画して、2度目の火廣金と俺のデュエルが火蓋を切ったのだった――



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第8話:白銀の弾丸─マスターピース

 熱い。

 考えているだけで、髪の毛先が焼けてしまいそうな熱だ。

 溶岩か、はたまた勝負がこうさせているのか――それは俺には分からない。

 だが、先攻1ターン目のマナチャージを終えた時、俺は奴から漏れ出でた闘気に気圧されていたのは間違いないと言えるだろう。

 

「1マナで《ホップ・チュリス》召喚」

『ヒャッハー!! ヒイロの兄貴、任せるっス!!』

 

 飛び出してきた火鼠がスケートボードに乗って甲高く鳴く。

 あいつの相棒のクリーチャーか。

 1マナでパワー2000とは……なかなかのスペックと言えるだろう。

 速攻デッキらしい挙動である上に、滑り出しが速い。

 

「やっぱり出てきやがったか……!」

『おやおや? まさか臆しているでありますか、マスター』

「おめーはどうなんだよ、チョートッQ。まさかビビってんじゃねえだろうな?」

 

 相変わらず癪に障る新幹線野郎だ。

 すかさず問うてやったが、返ってきたのは意外な返答だった。

 

『当然……ビビってるでありますよ! 流石に、今まで相手とは格が違う……気を引き締めてかかるであります!』

「だな。俺もビビってるけど、それだけじゃねえってことを思い知らせてやらぁ! 俺のターン、2マナで《ヤッタレマン》を召喚!」

 

 ジョーカーズの紋章が浮かび上がり、《ヤッタレマン》が飛び出す。

 

『ヒイロの兄貴! 性懲りもなく、前回と同じ戦法を使ってるっス! ワンパターンッス!』

「やれやれ、成長も無ければ進歩も無い連中だ」

 

 そういうと、火廣金も2枚のマナをタップする。

 

「――この俺に速さで勝負することが愚かだという事を、思い知らせてやる。《ステップ・チュリス》を召喚」

 

 熱風が吹いた。

 今度は、マントを羽織った火鼠が火文明の紋章から飛び出す。

 更に、火文明の紋章が共鳴し合うように輝いた。

 

「強襲戦だ。思い知らせてやれ! 《ステップ・チュリス》はビートジョッキーが場に2体以上あればスピードアタッカーを得る! シールドを攻撃だ、《ステップ・チュリス》!」

「っ!? マジかよ!?」

 

 ガラスが割れるような音諸共、1枚目のシールドが砕け散る。

 

「更に、《ホップ・チュリス》は自分のクリーチャーが攻撃していれば、攻撃する事が出来る。そのまま、さらにもう1枚のシールドをブレイクだ!!」

「マジかよ……!」

 

 割られる2枚目のシールド。

 2ターン目から、もうシールドが3枚になってしまった。

 これがビートジョッキーの速攻戦法――!

 前回の火廣金は、《スパイク7K》でワンショットキルする為か、1ターン目と2ターン目は攻撃をしなかったけど、今回は積極的に攻撃してきている。

 だけど、これだけ攻撃してるってことは、やはり俺をなるべく早い段階で倒す算段が出来ているんだろうな。

 

「お前には特別に、俺の[[rb:極悪軍隊> バッドアーミー]]の恐ろしさを思い知らせてやる。覚悟は出来ているのだろうな?」

 

 ごくり、と俺は息を呑んだ。 

 この間は何も出来ずに蹂躙されたけど――

 

「それなら、受け止めて跳ね返すだけの話だ! 俺のターン、《ドツキ万次郎》を召喚! その効果で、相手のタップされているクリーチャーを山札の下に送る!」

「チッ。各隊遭遇戦用意!! 戦闘に備えろ!!」

 

 グローブ型のクリーチャー、《ドツキ万次郎》が拳を放って《ステップ・チュリス》を粉砕する。

 

「更に、《ヤッタレマン》で《ホップ・チュリス》を攻撃して、相打ちで破壊だ!」

 

 爆音をかき鳴らす《ヤッタレマン》。

 辛うじてボードに乗ってひき潰すも、《ホップ・チュリス》も遅れて爆散する。

 

『ギャインッ!!』

「っホップ!!」

『アニキぃ……やられたっス』

「成程な。場数を減らしてきたか。お前はどうやら、我が切札の《ガンザン戦車 スパイク7K(セブンケー)》が怖いらしい」

「……!」

 

 確かにそれは紛れもない事実だ。

 あの物量で押されれば、今度こそ俺は負ける。

 だけど、奴はまだ出て来ることが出来ない。それだけ、《チュチュリス》と《ダチッコ・チュリス》によるコスト軽減の相乗効果は大きい。

 それに、こうしてクリーチャーを減らせば被害は減らせる。

 

「まあ良い。俺のターン」

 

 ターンは火廣金に渡った。この状況で、あいつが何を出してくるか次第だが――

 

「《一番隊 チュチュリス》を召喚。これで、俺のビートジョッキーのコストはマイナス1される。悪いが、これ以上の邪魔はさせない。俺達、魔導司の邪魔も、この進軍の邪魔も」

「邪魔? こっちの邪魔をしてきたのは、元々そっちだろ」

『そうでありますよ! 何で突っかかって来るでありますか!』

「逆に問おう。お前は何故そこまで、自分の手で他人を助ける事に拘る」

「俺が助けたいと思ったから助ける。俺の運命を決めるのは、俺だけだ!」

『マスターの言う通りでありますよ! マスターは自分のやり方で自分の生き方を貫き通す――皆それに、共鳴したのであります!』

「そして、お前の[[rb:極悪軍隊> バッドアーミー]]は、この俺が破る!! これが、今の俺の答えだ!!」

 

 この状況。次のターンには、もう奴の切札が出てきてもおかしくはない。

 だが、マナが溜まっている今なら奴を止める手段はある。

 

「《バッテン親父》召喚! 此奴の効果で、相手のクリーチャーが自分を攻撃するときにタップすれば、相手の攻撃を止められる!」

「……長引かせるつもりか」

「ああ。これで次のターンに《スパイク7K》を出してもトドメまではいけないってことだ。そして、《ドツキ万次郎》でシールドをブレイク!!」

 

 ようやく、かすり傷と言った所か。

 あいつのシールドは残り4枚。一方の俺は3枚。

 その時、俺は凍り付くような感覚を覚える。

 火廣金が浮かべていたのは――あの、悍ましい嘲笑だった。

 

「我が|極悪軍隊> バッドアーミー]]が極悪たる所以……これより、殲滅作戦・[[rb:B・A・D《バッド・アクション・ダイナマイト》を開始する」

「バ、バッドアクション……ダイナマイト?」

「俺は『灼炎将軍(ジェネラル)』。難攻不落は無い。1マナで《ダチッコ・チュリス》を召喚」

 

 飛び出した火鼠。

 俺は身構えた。来る。あいつの切札が――

 

「そして、B・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)発動」

「……!?」

「その効果で、此奴を召喚するコストをマイナス2する代わりにターン終了時に破壊する。更に、《チュチュリス》の効果でコストをマイナス1。そして、《ダチッコ・チュリス》効果で更にコストをマイナス3し、1マナをタップ」

 

 ってことは、合計コストは7――《スパイク7K》を召喚するわけじゃない!?

 そう思った途端に、目の前に火柱が上がった。

 俺は思わず身構える。

 

 

 

「情け無用。作戦名はB・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)――《”罰怒(バッド)”ブランド Lmt(リミテッド)》!」

 

 

 

 咆哮が上がった。

 ボードに乗っかった猿人がその姿を現す。

 そして、奴が吠えると共に、俺の肌が震え、骨が軋み――

 

「《”罰怒(バッド)”ブランド Lmt(リミテッド)》の効果で、貴様のパワー6000以下のクリーチャーを1体選び、破壊する」

 

 ――戦場が、爆炎に包まれた。

 そして、《バッテン親父》が一瞬で蒸発する。

 

「なっ……!?」

「これがB・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)だ。コストをマイナス2して召喚する代わりに、ターンの終了時に破壊する――もっとも、このターンでケリをつけるから関係ないがな」

 

 そう言って、彼は最後の1マナをタップした。

 焼けつくような焦燥感。

 そして、最後の手札に秘匿されていた奴の最終兵器が姿を見せた。

 

「マスターB・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)発動。コストをマイナス2軽減し、更に俺がこのターンに召喚した火のクリーチャーの数だけコストを追加で2軽減する――」

「っ……!? 何言ってんだ!?」

『マスター、気を付けるでありますよ!! 来るであります!!』

 

 この気配は、さっきの《”罰怒(バッド)”ブランド Lmt(リミテッド)》の比じゃない。

 じゃあ、これは一体――!?

 

「教えてやる。これが火のマスターカードの力だ」

 

 火廣金がカードを目の前に投げた。

 そして、奴の手から炎が迸り――カードを握ると一気に燃え上がる。

 浮かび上がるのは、”MASTER”を銘打たれた金色の紋章。

 それを食い破り、解き放たれた猛獣が姿を現した。

 

 

 

「――限界点突破(リミテッド・オーバー)、《”罰怒(バッド)”ブランド》」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『――炎のようだが、炎じゃない。どうやら本当に魔法らしいが、確かに人を寄せ付けないためか、熱を持っているぜ!』

 

 シャークウガが苦い表情で叫んだ。

 弾き出されたブラン、紫月、桑原は炎の壁の前で立ち往生していた。

 魔力で作られた炎の異質さに、妙な感動を受けつつも、同時にこれを消す手段が無いという事にも気づき、3人は立ち尽くすしかなかった。

 これでは、耀の戦いがどうなっているのかは分からない。

 だが――

 

「3ターンキルを決められているなら、もうとっくのうちに終わっているはずですよ」

「デモ、相手は以前手も足も出なかった相手デスヨ? 心配デス……」

「こんな言葉がある」

 

 桑原は炎の先を見つめながら、確信を持った表情で言った。

 

「――”男子三日会わざれば刮目して見よ”――あいつの成長は、思ったよりもはえーんだよ」

「まだ丸三日経ってないと思うのですが先輩」

「そ、それはともかく、だ。テメェら、俺達が白銀を信じてやらないでどうする」

「”あのカード”……通用するデショウカ……?」

「さあな。分かんねーよ、んなことぁ。だけど、あいつは折れなかったぜ。どんな苦境に立たされても、な。それに、黒鳥さんが言っていたことがある」

  

 紫月とブランは彼の方に向き直る。 

 これは、桑原がレンと美術のことについて話していたついでに飛び出した話題なのであるが――

 

 

 

「あいつは――絶対に曲げられないし折れない、1本の芯が心の中にある、と」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 轟と燃える灼炎。

 そして、全身に取り付けられた鎧。

 目玉の付いた歯車が睨み、剣の意匠を取り入れたボードに飛び乗って宙を駆けるその猿人は、さながら孫悟空を連想させる。

 青白い鬣がゆらゆらと燃えるように揺れ、顔にはマスクが取り付けられていた。

 

「な、何だよ此奴――」

 

 成す術なく、俺は立ち尽くすしかなかった。

 目の前の炎は、あまりにも強大だった。

 これが、火のマスターカード、《”罰怒(バッド)”ブランド》――!!

 

「これがビートジョッキーの速攻戦法。コスト軽減を連鎖させ、展開した軍勢で包囲殲滅戦を行う。悪いが、貴様の敗北だ、白銀耀。《”罰怒(バッド)”ブランド》の効果で俺の火のクリーチャーは全員スピードアタッカーを得る。よって、《”罰怒(バッド)”ブランド》は勿論、《ダチッコ・チュリス》もスピードアタッカーだ」

 

 つまり、このターン俺に殴り掛かってくる軍勢は全部で4体――そのうち2体はW・ブレイカーじゃねえか!?

 

「そういえば白銀耀。お前、確かマスターカードを持っていないんだったな。無様な事だ。負け犬は、構築済みデッキのカードにでも甘んじてれば良いんだよ」

 

 そう言って、火廣金は《”罰怒(バッド)”ブランド》に手を掛ける。

 

「情け無用、包囲殲滅戦開始!! 《”罰怒(バッド)”ブランド》でシールドをW・ブレイク!!」

 

 飛び掛かる猿人。

 2枚のシールドが、飛び散った。

 残る俺を守るシールドは1枚。

 くそったれ!! 好き放題言いやがって――!!

 

「《ダチッコ・チュリス》で最後のシールドをブレイク!!」

 

 ぱりん、と最後のシールドが割れた。

 やばい。また負けるのか!?

 皆にあれだけ助けてもらって、あれだけ悔しい思いをして、あれだけ頑張ったのに――また、負けるのか!?

 

『――あたしは、耀のやってることに間違いは無いと思うよ』

 

 いつも隣に居てくれた幼馴染の花梨。

 

『後輩のピンチだ。少しくらい、先輩に恩返しさせてくれ』

 

 俺に協力をしてくれた桑原先輩。

 

『きっと、アカルならやってくれる――根拠は無いデスケド、そんな気がシマス』

 

 何だかんだで、俺の事を信頼してくれているブラン。

 

『――私は、不安はありませんよ。先輩にこれを託します』

 

 そして、俺にエリアフォースを託してくれた紫月――

 

「くそっ……!!」

 

 引かねえと――ここで引かねえと、負けてしまう――引かなきゃ、いけないんだ!!

 

 

 

『――信じろ。恐れず、引き金を引け』

 

 

 

 ――何だ? 今の声。

 風が吹いてきた。

 不快だった熱風が、そよ風に変わって――でも、心地よい。

 自信が、湧いてくる。

 まだ、負けてない。

 俺は──此処で勝つっきゃねえんだ!

 

「そうだ。引いてみなきゃ、何も始まらねえよな!!」

 

 砕け散ったシールド。

 収束する光。

 捨てる神あれば、拾う神がいる。

 俺はもう、負けるわけにはいかないんだ!!

 

「――S・トリガー、《金縛の天秤》!! その効果で、お前のクリーチャーを2体選び、攻撃もブロックも出来なくさせる!!」

「何っ……!?」

 

 思わぬカードに驚いた様子を見せる火廣金。

 同時に、《チュチュリス》と《”罰怒(バッド)”ブランド Lmt(リミテッド)》が激流に縛り付けられて身動きが取れなくなる。

 

「何だ、そのカードは――!? 水文明のS・トリガー……!? それにしても、なぜ《金縛の天秤》……!?」

「止められたんだから、何でも良いだろ? 首の皮1枚だけど、繋げてやったぜ」

「まあ良い。……ターン終了時に《”罰怒(バッド)”ブランド Lmt(リミテッド)》をマスターB・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)の効果で破壊する」

 

 げっ……マスターB・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)って、ターン終了時に好きなクリーチャーを破壊して良いのかよ。

 それで、B・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)の効果で破壊されるクリーチャーを予めマスターB・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)で破壊すれば破壊するクリーチャーの数を減らせるのか。

 だけど――

 

「こっちも効果発動だ!! お前がこのターンにクリーチャーを3体以上召喚していた時、俺の手札から《バレット・ザ・シルバー》をバトルゾーンに出す!!」

 

 俺の手札から飛び出したのは黒銀の銃馬。

 それが火廣金に銃口を突き付けた。

 

「何だ? それがお前の新しい切札か?」

「へっ、まあ見てなって。《バレット・ザ・シルバー》は登場時と攻撃時に山札の上を捲って、それがジョーカーズならバトルゾーンに出せる。それ以外なら手札に加えるぜ」

 

 山札の上を表向きにする。

 カードは《テンペスト・ベビー》。ジョーカーズではないので、手札に加える。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 カードを引いた俺は、3枚のマナをタップした。

 

「まず、《テンペスト・ベビー》を召喚!! 此奴の効果で、手札を2枚引いた後に手札から2枚を山札にセット!」

「山札操作――ま、まさか――」

 

 そう。《テンペスト・ベビー》は登場時にカードを2枚引いた後に、手札からカードを2枚山札の上に置く山札操作能力を持つサイバー・ウイルス。

 つまり、これで俺は《バレット・ザ・シルバー》の効果で好きなクリーチャーが出せるということだ。

 

「お楽しみは此処からだ!! 《バレット・ザ・シルバー》でシールドを攻撃――するとき、効果発動!! 山札の上を表向きにして、それがジョーカーズならバトルゾーンに出す!!」

 

 そうだ。

 俺の運命は俺が決める。

 他の誰に言われる筋合いは無い。

 他の誰かが決めたレールに従うつもりはない。

 捲れ上がったカードが、俺の眼前へ飛び出す。

 そして、弾丸の如く――黒銀の銃馬へ向かっていく。

 押されるのは金色のMASTERの紋章。

 西部劇のヒーローを思わせる風貌に、銀色の鋼の身体を持つ、夢が生み出したヒーロー。

 

 

 

「撃ち抜け、俺の切り札(ザ・ジョーカーズ・ワイルド)――《ジョリー・ザ・ジョニー》!!」



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第9話:白銀の弾丸─決着

 彼の者は、風と共に戦場へと降り立った。

 愛馬・《バレット・ザ・シルバー》に跨り、目の前の敵に狙いを定める。

 

「そんな、馬鹿な。手に入れていたのか、《ジョリー・ザ・ジョニー》を!!」

「うちの師匠がギリギリで手紙で寄越してくれたんだよ。遅れてお前の所にやってきたのは、デッキをちょっと弄ってたからだ。此奴を入れる為にな」

 

 そして、デッキの水文明の比率を多くしたのは、《テンペスト・ベビー》で山札操作をすることが出来るからだ。

 ジョーカーズは手札が増えやすいデッキのため、おあつらえ向きの性能と言える。

 これで、早期にカウンターするのが狙いだったということだ。

 

『どーでありますか!! これが我らがジョーカーズのマスターカードでありますよ!!』

「くっ……!!」

「まずは、《バレット・ザ・シルバー》でシールドをW・ブレイク」

 

 銃口が2枚のシールドを捉えた。

 すぐさま、銃弾は加速して火廣金のシールドを打ち砕く。

 

「次に《ドツキ万次郎》でお前の《ダチッコ・チュリス》を攻撃して破壊だ!!」

「そんな、これは――!!」

『やべぇよ、ヒイロの兄貴!!』

 

 これで、あいつのシールドは残り2枚。

 そして、クリーチャーも2体――

 

『マスター、これで決めるでありますよ!』

「ああ、行くぜ!! 《ジョリー・ザ・ジョニー》でシールドをW・ブレイク!!」

 

 《ジョリー・ザ・ジョニー》が銃口をシールドへ向け、撃鉄を引いた。

 銃声が轟き、銀色の玉が回転してシールドへ吸い込まれていく。

 

「この時、《ジョリー・ザ・ジョニー》のマスター・W・ブレイク発動。此奴がシールドをブレイクする度に、相手のクリーチャーを1体選んで破壊する」

 

 シールドを貫通した銃弾は、地面を跳ね返り――そのまま《チュチュリス》の胸を貫いた。

 更に、それは火山地帯を模したこのフィールドの溶岩を跳ね返り、最後のシールド諸共《”罰怒(バッド)”ブランド》の頭蓋も貫いた。

 標的を撃ち貫く度に、弾丸は加速していく。周囲の溶岩へぶつかり、跳ね返るのをひたすら繰り返す。

 

「そして、《ジョリー・ザ・ジョニー》の攻撃の終わりに場とマナにジョーカーズが5枚以上あり、尚且つ相手クリーチャーも相手のシールドも無ければ――」

「馬鹿な!! 認めない!! 俺は、俺は『灼炎将軍(ジェネラル)』で、一級魔導司書(ファーストランク・ウィザード)だぞ……!? 俺が、俺が負ける理由が見当たらない!! なぜ、只の人間ごときに!?」

 

 

 

「――エクストラウィン(俺の勝ち)だ、火廣金」

 

 

 

 空を切る音。

 ぴゅん、と肉を穿つ音。

 弾丸は最後の標的を貫き、戦いの結末は決した。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 空間が崩落し、炎も消えていく。

 勝ったんだ。火廣金に――激しい戦いの余韻も冷めないままに、すぐさま旧校舎の廊下が目の前の光景となって戻ってくる。

 何というか、全身の力が抜けて――背中から重い重い荷物が降りたような、そんな脱力感が襲い掛かる。

 

「アカル!!」

「白銀!!」

 

 めいめいに俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 徐に俺は立ち上がると、3人を見回す。

 

「……勝ったぜ……俺……」

「勝ってもらわなきゃ、困ります、先輩」

「そ、それもそうだな、紫月……」

「でも、やったんデスネ!」

「流石だ。紫月の先輩と言うだけはあるな」

 

 あれ? そういえば、火廣金の奴は何処に行った? 手加減はした。ダメージはかなり減っているはずだが、それでも強力だ、とチョートッQは言っていた。

 見回すが、いつの間にかあいつの姿は無くなっていた。

 ……敵だったとはいえ、心配だな。根っこから悪い奴ってわけでもないし。

 その代わりに、エリアフォースカードがフロアに落ちていた。

 

「火廣金の奴はどうしたんだ?」

「どうやら、エリアフォースカードだけ置いて、さっさと逃げちまったようだな」

『もう、気配を感じられねぇぜ』

「約束を守る辺り義理堅いと言うか、何と言いマスカ……」

「いや、俺も正直言ってやばかった……うっ」

 

 そうだ。

 黒鳥さんに貰った《ジョリー・ザ・ジョニー》が無ければ、俺は間違いなく負けていた。

 それほどに、火廣金は強かった。

 

『マスター!! やった、やったでありますよ!! 我々は勝ったのであります!!』

「そうだな……チョートッQ。お前達ジョーカーズのおかげだ」

 

 本当、危なかった。

 回想すると力が抜けてしまう程だ。

 よく、あれだけの猛攻を耐えきって反撃が出来たな、と自分も思う。

 

「……火廣金先輩……またエリアフォースカードを狙ってくるのでしょうか」

「恐らくそうだろう。だが、仲間もいるらしいし、いずれ相対する事もあるだろうぜ」

「正直、不安になってきまシタ……」

 

 また、戦う事があるのだろうか。

 正直、俺としてはもう戦いたくない相手だ。あの速攻戦術は胃に悪すぎる。

 だけど――

 

「――上等だ。その時は、また戦うだけだ」

 

 確かにエリアフォースカードは返ってきた。

 だけど、俺達は何処か、それを素直に喜べずにいたのだった――

 

 

 ※※※

 

 

「く、クソっ……馬鹿な……!」

 

 火廣金緋色は、ずたずたにされた心を引き摺るように旧校舎の壁に寄り縋って歩いていた。

 転移呪文を唱えたが、敗北のダメージで結局遠くまで移動が出来なくなっている。

 流石にマスターカード。ダイレクトアタックではなく、エクストラウィンにせよ、体全体に食らった負担は大きい。

 そして、それを使役する側もまた然りだった。

 それ故、火廣金は二重のダメージを負っていたのだった。

 火廣金は校舎の壁に寄りかかる。

 完全に、体力など失っていた。

 ――白銀耀め……!! おのれ……おのれ……奴は俺が……!!

 

 

 ※※※

 

 

 

「……耀」

 

 少女はふと、息を漏らした。

 幼馴染の少年が抱えていた重荷は、すぐに明らかになった。

 思っていたよりも唐突に、そして突然に。

 あの日現れた火廣金緋色を名乗る少年は、彼女を救うと共に言った。

 

『お前達の事を俺は知っている。お前の幼馴染の事も、だ』

『どういう……こと』

『要するに、だ。白銀耀は――この化け物と戦っている。お前に黙って、な』

 

 覚えている。

 忘れていないはずがない。

 一時期、自分に取り付いていた言いしれない何か。あの時耀は暈したが、今ならわかる。

 自分を助けたのは他でもなく、耀なのだと。

 疑惑は確信に変わり、同時に無力感へと溶けた。

 

「……じゃあ、どうすんの……」

 

 自分には、何もできない。

 エリアフォースを持っておらず、火廣金のように魔導司でもない彼女がそう思うのも無理はない事であった。

 

「――あたしは、どうすれば良いの?」

 

 火廣金は止めると言った。

 戦っている耀を。それは、彼女が耀を心配しているからではなく――自分達の上司の命令だからだ、と。

 だが、どうしても――花梨には、耀を、そして彼を取り巻く仲間達を止める気にはなれなかったのだ。

 しかし、それは同時に耀を危険に晒す事になる。

 矛盾する2つの思念は、胸を締め付けていく。

 行き詰まりは、閉塞感を生んで彼女を苦しめた。

 

「……どうすれば、いいんだろ――」

 

 剣道部の用具を背負い、彼女が旧校舎の角を曲がった時だった。

 

「!!」

 

 花梨は仰天した。

 顔から血を流し、壁に寄りかかるように倒れている火廣金。

 何があったのかは分からない。

 だが――

 

「ちょっと、大丈夫!? 何があったの!?」

 

 やるべきことは決まっていた。

 足と声は、頭で考える前に働いていた。

 うぐ、ぐ……と呻くような声を発する火廣金は、いかにも痛みで喘いでいるようだった。

 ――助けてもらった恩があるし――

 

「しっかりして! 今、家に運ぶから――!」

「っ……君は……!」

「喋らないで! すぐ助けるから!」

 

 そう言うと花梨は、無理矢理火廣金に肩を貸し、そのまま暗くなっていく帰路を急ぐのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――画して、運命は動き出す。

 

 様々な思惑が交錯し、謎は深まる中、彼らの戦いは何処へ向かっていくのか。

 

 2人の少年の激突は、世界の法則を揺るがす事件の発端に過ぎない。

 

 そう。全てはまだ、始まってすらいないのだ。



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第10話:迷宮無しの迷宮決闘─探偵の朝

「――此処は……」

 

 俺は手を伸ばした。

 体全身が軋むようだ。

 頭も痛い。どうやら、あのデュエルでかなり魔力を消費してしまったらしい。

 その原因は他でもなく、俺が敗けた事にあるのだが――

 

「白銀……耀……ッッッ!!」

「悪いけど、耀は今此処には居ないよ」

 

 俺は飛びのくように起き上がった。

 どうやら、布団に寝かされていたらしい。

 見る限り、和室の部屋で床は畳……俺にとってはあまり見慣れない様相の部屋で落ち着かないが、此処は一体……。

 

「此処は、あたしの家だよ。ぶっ倒れてたから、流石に見てられなくて……だからといって、怪我とかもしてる感じじゃなかったし、取り合えず色々聞くために連れてきた。貴方の家知らないし」

 

 正座してそんなことを宣った少女を俺は狼狽して見つめていたのだろう。

 刀堂花梨。

 彼女は確か、白銀耀の幼馴染だが――

 

「……何故、俺を助けた。俺は白銀耀の敵だぞ?」

「目の前で倒れてる人を助けるのに、理由なんか要る?」

「……」

「それに、あたしは誰かの味方になっても、誰かの敵にはなりたくないの。あたしの剣は味方を守る為に振るう剣。敵を斬る為に振るう剣じゃないから」

 

 ……此奴も大概に甘ったるいお人好しだ。

 白銀耀と同類で、吐き気がするようだ。

 普通、此処までしてくれるやつなどいない。

 まして、俺のような胡散臭い奴に手を差し伸べるなど有り得ない。

 

「後、胡散臭そうだけど悪い奴には見えないし。アルカナ研究会もそうでしょ?」

「……」

「一回助けられたし、恩返しはしないとね。どうする? 家の人に連絡しなくていい?」

「いや、俺は今実質1人暮らしだ。親は各地を飛び回ってる。”仕事”でな」

 

 此奴も大方察しているだろうが、俺の両親も魔導司(ウィザード)だ。世間から隠れ、決して表には出ない仕事を請け負っている。この俺でさえ、知らないことだらけだ。

 故に、俺はいつもアパートに一人。転勤を理由に転校してきたことなど建前に過ぎないのだ。

 それにしてもこの少女……人目につきそうなものだが、どうやって俺を此処まで運んだのだろうか。

 それを問うと――

 

「肩を背負って、引きずりながら走ってきた」

 

 しばらく言葉を失った。

 そして、すぐに吹き出しそうになる。

 

「……フッ」

「あ、今笑った!! 絶対笑った!! あたしの事、怪力ゴリラとか思ったでしょ!!」

「だが、醜態を曝したのはこっちもだぞ? やれやれ、情けない所を見られてしまった」

「お互い様だよ。あたしも助けて貰ったし。で? 何であんたほどの強いのがあんなところで倒れてたの?」

「……」

 

 悔しいが、仕方あるまい。

 あったこと、起こったことは事実だ。

 勝負の結果に嘘をつくわけにはいかない。

 

「白銀耀……お前の幼馴染に敗けた」

「!」

「情けない事だ。あれほど見くびっていた奴に、逆転負けを喫することになるとは」

「……あっそ」

「何だ? ざまあ見ろとでも思ったか? 良かったな。お前の幼馴染は、俺が思っているよりも強かったぞ」

「ううん。そうじゃない」

 

 言った彼女は首を振る。

 

「……まあ、ドンマイ、っていうか……それだけだよ」

「……」

「正直、複雑。あたしは、貴方に助けて貰ったし、耀にも助けてもらってる。どっちがどうってわけじゃない。まあ、確かに貴方は胡散臭いって思ったり、信用できないって思ったりもしたけど……こうしてみると、魔法使いさんでもあたし達とそんなに変わらないんだなって、思った」

「どうしてそんなことを思うんだ」

「だって今、火廣金すっごい悔しそうな顔してんだもん」

 

 俺は顔が引きつりそうになった。

 そんなに表情に表れていただろうか。

 

「見たら分かるよ。あたしも剣道で負けた時、表には見せまいって押し殺してて、でもバレバレでさ。それと似てるから」

「……」

「それで? 耀にもう1回挑みに行くの?」

「……いや、上に報告はするがしばらく様子を見る」

 

 この『灼炎将軍(ジェネラル)』を2度目で、とはいえ負かせた相手だ。

 警戒に越したことは無い。あの方も、それで納得するだろう。

 にしてもこの少女。自分の仲間の敵に、どうしてここまでするんだ。

 

「で? 仮に俺があいつからまたエリアフォースカードを奪いに行くとして、止めるのか?」

「止めないよ。ていうか、止められるなんて思ってないもん。殺し合ったりはしてほしくないけど……あんたにその気が無いのは、何となくわかるよ。耀に敵意は持ってても、殺意は持ってない」

「……」

「その時はきっと、また耀が貴方を返り討ちにする……って言いたいけど、あんたも強いし分からないや。それに、あたしにどうこうできる問題じゃないんでしょ? あたしに出来るのは、誰かが躓いた時に励ましてあげることだけだから」

 

 そうか。

 彼女は――何処までも、優しいのか。

 白銀耀なんて目じゃないレベルのお人好しめ。そんなんじゃ、いつか誰かに利用されるぞ。

 

「……世話になったな」

 

 俺は起き上がり、畳んでおいてあったブレザーを羽織った。

 

「あ、待ってよ。何なら、うちでご飯食べてく?」

「いや、そこまでは――」

 

 

 

「おーい、花梨。飯持って来たぜ」

 

 

 

 男の声が聞こえてくる。

 そして、がらがらと和室の襖を開けて入ってきたのは黒髪の青年だった。

 ただし、前髪は白交じりのメッシュになっており、髪型は総髪。言わば侍を思わせる風貌だった。

 鍋掴みに覆われた両手は、大きな釜の取っ手を握っていた。

 

「お兄、やっと来た! 今起きたとこだよっ」

「……お兄?」

 

 此奴の兄か? 

 どうやら料理を俺に持ってきてくれたらしい。

 そして、

 

「何だ何だ? 目ェ覚めたみたいだな。何か怪我してぶっ倒れてたらしいけど、病院とか行かなくて大丈夫か?」

 

 と言っている。

 

「ま、若気の至りとか、そういう年頃だろーけどよ。気を付けろよ? 一応俺がチェックした限りじゃ、何ともなかったし、見る限り異常なしだから今すぐに、ってことはないだろーが、頭打って気絶してたんなら脳神経外科は行ってた方が良いだろ」

「あ、いえ……ありがとうございました」

「てか、若気の至りってお兄も高校生じゃん」

「まーな」

 

 悪戯っ子のように笑うと、彼は釜の蓋を取った。

 

「……ま、難しい事は抜きにして、取り合えず今は――うちで飯食ってけ!」

「……」

 

 釜の中を覗くと、熱々の雑炊から湯気が立ち込めている。

 腹を抑えると、きゅうと鳴った。

 卵に鶏肉、色とりどりの野菜……嫌でも食欲を刺激される。

 

「……ご馳走になります」

 

 諦めたように一言、緋色は呟いたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――ある朝の事であった。

 

「……カメー」

「……」

 

 或瀬ブランは自称探偵である。イギリス人の母と日本人の父を持つハーフでブロンドの髪と空色の瞳を持つのみならず、好奇心旺盛で気になったことがあると夜も眠れないタイプである(が、案外あっけらかんとしていて抜けているところも多々ある)。

 様々な依頼を請け負い、今日もそれを解決するために奔走しているのだ。

 そんな彼女も登校という定めから逃れることは出来ない。現に今、学校に遅刻寸前であるが、そのサファイアのような瞳には道路のアスファルトに転がっているあるものが映りこんでいた。

 

「……カメー」

「……いや、いやいやいや……」

 

 亀である。

 そう、亀である。それも、全身が金ピカの装飾に覆われた亀である。

 おまけに鳴き声は、図ってか「カメー」である。

 それがひっくり返ってじたばたしていた。実に奇怪な光景であった。

 

「……」

 

 或瀬ブランは自称探偵である。

 しかし、根っこは今時珍しい心優しい女子高生である。

 確かにこんな珍しい生物を見つければ、自分は一躍有名になれるかもしれない。しかし、それはこのよく分からない亀にとっては不本意極まりないことであろう。

 

「それに最近、変な”事件”が起こってマスからネ……」

 

 誰だって目立ちたくてこんな珍種に生まれたわけでもないだろうに、と同情しつつ取り合えず、こんな目立つ格好の亀がこんなところにひっくり返っているのは危ないので元通りにしてやり、そして茂みの中に逃がしてやったのだった。

 

「ふふん、朝から良い事したデス!」

 

 快活とした表情で、ブランはふと腕時計を見た。

 次の瞬間、

 

 

 

「I'm late!! Hurry,up!! 今日も事件を解決しなきゃ、デース!」

 

 

 

 こうして彼女の慌ただしい一日はまた始まる。

 目の前に降りかかる様々な事件を解決するために――



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第11話:迷宮無しの迷宮決闘─事件発生

 ※※※

 

 

 

「……ブラン先輩は、何故探偵、それもシャーロック・ホームズに憧れてるんですか?」

 

 此処最近、デュエマ部はワイルドカードや火廣金緋色の襲撃などがあり、てんやわんやな状態が続いてはいたが、ようやくそれらの騒動も鎮火し、普段通りの日常が続いていた。

 耀は相変わらずデッキ構築に没頭しているし、紫月はソファに埋もれてウトウト。ブランは推理小説を読みふけっているような状態だったが、暇を持て余した紫月がブランに投げかけたのが始まりであった。

 

「良い質問デスネ!」

「答えなくていいぞブラン、その話は死ぬほど聞いた」

「私は聞いていないので聞いてもいいですけど」

「つーか、デュエマ部の活動しろよおめーらは!! ……この台詞言ったの久々だ」

 

 そんな耀を無視して、鼻高々にブランは語りだす。

 彼女にとってシャーロック・ホームズは最早崇拝対象である。

 

「私は昔、引っ込み思案な性格だったデス」

「先輩がですか?」

「信じられねえだろ」

 

 高校からブランと知り合った耀でさえ、そのことを聞いた時は驚いた。

 

「デモ、私の日本のGrandpaが教えてくれたシャーロック・ホームズの冒険譚は、私を勇気づけてくれたのデス!」

「現実の探偵は、先輩が思っているような探偵とは違うと思いますが」

「むー! 皆そう言って馬鹿にするデース! あのデスネ――」

 

 ブランが憤慨して何か言おうとしたその時だった。

 

「……失礼する……」

 

 そんな沈んだ声と共に、デュエマ部の扉が開いた。

 そこには、露骨に生気を失った桑原の姿があった。

 

「あ、桑原先パイじゃないデスカ!」

「どうしたんですか、アレ」

「何かすっげー元気がねぇけど、どうしたんですか?」

 

 沈んだ顔のまま小柄の彼はソファに身を預けた。

 そして、両手で顔を覆うなり、今にも泣きそうな声で続けた。

 

「ミミィを……うちのミミィを探してやってくれないか……」

 

 ――マジで何があった先輩ィィィーッ!?

 いつにも増して弱弱しい彼に衝撃を隠せない3人組。

 彼は続けた。

 

「姉貴が大事にしてたペルシャ猫なんだ……居なくなったと知ったら、姉貴が悲しむ……どうかその前に見つけて欲しい」

 

 いつも家の中でごろごろしている事が多いというミミィがいきなりいなくなったのは3日程前のことであった。町中に捜索願いの張り紙を貼った程らしいが、効果はゼロ。

 それどころか、今のこの街には似たような張り紙が沢山あるため、飽和状態も良いところなのだ。

 というのも――

 

「最近、ペットの連続失踪事件が起こっている、デスネ?」

「! 知っているのか、或瀬!」

「勿論デス! 魚の水の中、探偵は情報の中で生きる生き物ですからネ!」

「おいおい、でも何でそんなことになってんだ?」

「理由は分かりまセンケド、あまりにも連続している事、そしてどう考えても脱走しようがない状況での失踪などから、ペット誘拐という線も噂されていマスシ、私もそう睨んでいたところデス。警察はまだ動いてないデスけど」

 

 ペット誘拐。

 ペットは今や、家族と同等ともされる存在だ。誘拐という言葉を用いられるほどに。

 故に、此処最近起こっている連続失踪事件は、ペットを持つ人々を震わせていた。

 かつてはペットと飼い主でにぎわっていた公園は、最近はもう蛻の殻。町中には「探しています」の張り紙。警察はあてにならないし、ペットの安否が気になるし――で彼が追い詰められていたことは想像に難くない。

 がばっ、と桑原はブランに掴みかかる。

 その眼には懇願の2文字が浮かんでいた。

 

「頼む! 一体何処のどいつがミミィを攫ったのか突き止めてくれ! そしてミミィを見つけてやってくれ!」

「わ、分かったデース! 落ち着いて下サイ!」

「この通り、この通りだから! 頼む! 打てる手は全てもう打ったんだよ! やれることは全部やってこれなんだ! 警察もまともに取り合ってくれないし、後はお前らしかいないんだよ頼むぜ!」

「先輩、ローリング土下座はやめてくださいよ! 何か、こう……もう色々情けないですから!」

「まあ、姉の大切なペットというならば、仕方ないでしょう」

「テメェにも分かるか、紫月よ……その通りなのだ」

「分かりみ……というやつです」

「シスコン同士で共鳴してんじゃねえよ!! ……まあでも、他でもない先輩の頼みだし、いっちょやるか」

「2人も協力するのデスネ!」

「ああ、一応……」

「何をすればいいのですか、ブラン先輩」

 

 ふふん、と得意気に鼻を鳴らしたブランは立ち上がると声高らかに言った。

 

 

 

「私に良い考えがありマース!」

 

 

 良い考え?

 こいつの良い考えで良い結果になった覚えがないんだが。

 一体今度は何をやらかしてくれるんだろうか──

 

 

 ※※※

 

 

 

「成程なあ。ペットを狙って連れ去る犯人をとっ捕まえるには、囮が必要だと……で」

 

 がうっ、と俺は”吠えた”。

 

 

 

「何で俺がその囮なんだァァァーッ!?」



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第12話:迷宮無しの迷宮決闘─サファリ帝国

 此処はブランの家。本人に似合わない和風の邸宅ではあるものの、門がついていたり枯山水の庭がついていたりと、かなり資金をかけたこと、そしてブランの家がそこそこ裕福である事は察するに容易かった。

 しかし。問題はその庭に全身すっぽりと身を包んだブチ柄の犬の着ぐるみを纏い、古ぼけて埃臭い犬小屋を首輪とリードで繋がれた哀れな犬が吠えていることであろう。

 言うまでも無いが俺の成れの果てであった。

 

「ガマンしてくだサーイ。これで犯人をおびき寄せるデース!」

「おびき寄せられるわけねぇだろ、このアホームズ!!」

「やってみないと分からないデショ! 私は食らいついたら離さないワ!」

「その食らいつく獲物が掛からねぇんだよ、何で分からねえんだ!」

「とにかく、このまま2時間くらい放置しとくのデ」

「オ、オイ!! ふざけんな!! オイ!! 紫月!! 助けてくれ!!」

「これも、人助けの一環だと思って諦めるのですよ、白銀先輩。ドッグフードあげますから、機嫌直してください」

「ざっけんな!! 喰わねえよ!」

「こんなので本当に上手くいくのか?」

「そう思いますよね、先輩!」

「だが、これ以外に方法が無いというならば……すまない、白銀」

「先輩ィィィーッ!!」

 

 叫ぶ俺であるが、非情にも手を振ってそのまま行ってしまう3人。

 結果、犬を演じることになってしまったのである。

 しかし、こんなふざけた手段に引っ掛かる犯人がいるだろうか。いや、いないだろう。絶対に。

 それに演じると言ったって、このままでは何もせずに無駄に2時間経ってしまうことになる。

 どうにかしてまずはこの首輪を外さねばと思ったが、この手では外すことは不可能。当然この格好ではまともに首輪も握れず、最悪文字通り自分で自分の首を絞めかねない。

 いっそこんな辱めを受けるくらいなら死んでしまおうかと思った。

 ――くそっ、何で俺がこんな目に……。

 しばらく顔を突っ伏していただろうか。最早ここまで来ると悲しさもなく、ぼーっとしていたが、ざっと足音がする。

 どうやら誰かが来たようだ。ブランの家の人だろうか。もうなりふり構わない、取り合えず首を上げると――

 

「ああ、首輪とリードに繋がれた哀れなペット!! 今すぐこの私がサファリ帝国に連れて行って、奴れ――じゃなかったフレンズにしてやろう!!」

 

 何者か――少なくとも俺の知らない誰かが目の前に立っていた。

 そして、その服もおかしい所が見受けられる。いや、形式としては正しいのだろうがこの二十一世紀の日本に順応しているとは言えない悪く言えば遅れた格好であった。

 かのナポレオンが被っていたような二角帽子に、ペン状の柄の鉞、そして軍服がそれを物語っている。

 しかし、着ぐるみの所為で相手の姿がよく視認できない耀は、震えながら相手の次の行動を待っていることしかできない。

 何なんだこいつ!! サファリ帝国って何だ、フレンズって何だ、どっかで聞いたことのあるフレーズ!!

 

「さて、まずはこの忌々しいリードを斬らなければならな――」

 

 そう言って一歩踏み出す曲者。

 次の瞬間――カチッ、と音が鳴ったかと思うと、足元から何かが飛び出して、相手ごと空中へ吊るし上げる。

 すぐさまビービービー!! と警報がやかましく鳴り響き、飛び出してくるブランと紫月に桑原先輩。

 

「やっぱりかかりましたネ!! さあ正体を見せなさい犯人!!」

「ふああ……眠いです、まさか本当にかかるなんて……」

「覚悟しろ。死に晒す準備は出来たか?」

 

 本当にびっくりである。

 リードをブランがすぐさま外して動きだけは自由になった俺は、すぐさま罠として仕掛けてあったと思しき捕縛用ネットにかかった犯人の姿を認めた――

 

「……」

 

 相手の顔を見た耀は思わず、他の3人の表情を見た。

 唖然としている。

 そして、俺も大方同じ心境であった。

 

「ク、クソッ!! おのれ!! こんな卑怯な手段で私を捕まえるとは!! 何て狡猾で奸計な人間どもめ!!」

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 軍服を纏った一風変わった犯人の顔は、変わっているどころでは済まなかった。

 白い毛皮に両目の周りは黒い隈。

 そして、顔立ちも勿論人間のそれではなく、どちらかというと熊のものに近かった。

 即ち――パンダだった。何で。

 

「貴方が今回の犯人デスネ!!」

『おうおうおう、マスター!! 此奴、ワイルドカードでありますよ!!』

「おう、そうだな!! こんなアホな手に引っ掛かるクリーチャーがいるのもびっくりだけどな!!」

『此奴は《独裁者ケンジ・パンダネルラ将軍》……ドリームメイトのクリーチャーだぜ』

「やれやれ、何の為にこんなことをしたのか……言い訳だけは聞いてやりましょう」

「そうだな。そしてその後で美しく血を抜いてやる」

「桑原先輩がブチ切れてるデース」

「俺もブチ切れてるぞ、どっかのヘボ探偵の所為でな」

 

 ぐぬぬ、と悔し気な表情を浮かべるとケンジ・パンダネルラ将軍は怒鳴った。

 

「ええい、うるさいぞ人間共!! 私は全ての動物を解放し、我がサファリ帝国にて皆平等のフレンズとなるのだ!!」

「意味分かんねーよ!!」

「お前も犬なら分かるはずだ!! 人間に芸を求められ、餌を与えられ、躾けられる野生のプライドもクソもない生活を――」

「犬じゃねーよ、いいかげん気付け、この馬鹿パンダ!!」

 

 耀は背中のファスナーを外そうとしたが、着ぐるみの手では上手く手が届かない。

 仕方なく、これを脱ぐのは諦めてクリーチャーと相対する。

 チョートッQが飛び出し、じろじろとクリーチャーを睨むなり、言った。

 

『むっ……? マスター! あれを見るであります!』

「オイお前、肝心な時にマスターを助けずに見捨てたな!!」

『ぐええ!! 首を絞めるのはやめるであります!! そんなことより、此奴からエリアフォースカードの反応がするでありますよ!』

『確かに俺様も奴からビンビン感じるぜ……エリアフォースカードの力をよォ!!』

「あ? マジかよ」

 

 俺はパンダネルラ将軍を睨む。

 なぜ、彼のようなワイルドカードがエリアフォースカードを持っているのか、甚だ疑問だ。

 

「オイオイ、てめぇ。何でンなモン持ってんだ?」

「くっ、おのれっ……クリーチャーの気配までするし、こうなったら――戦術的撤退!!」

 

 次の瞬間、網がザクン、ザクン、と音を立てて切れて四散する。

 そして、すぐさま空中に浮いて飛び立ってしまう。

 

「あ、逃げやがった!!」

「待て!! ミミィを返せ、この……パンダ野郎!!」

「何も思いつかなかったんですね」

「ともかく待つデース!」

 

 言ったブランがスリングショットを取り出して狙いを構えて間髪入れずに撃ちこむ。

 しかし、それはパンダネルラ将軍のマントに当たっただけで本人は気にも留めていないようだった。

 

『ちっ、逃げ足だけは速いでありますよ!』

「ははははは!! そんな豆鉄砲で私を落とせると思ったのか!! さらばだ!!」

 

 大仰な台詞を吐きながら、彼は青い空へ消えていく。

 耀は着ぐるみに身を包んだまま追いかけようとするが、あまりの苦しさにへばって地面に足をついてしまうのだった。

 

「くそっ、取り逃がしちまったじゃねえか! スリングショットなんか撃ってる暇あったのか!?」

『幾ら我々でも、あまり離れすぎるとクリーチャーを感知できないであります……』

「またクリーチャーか……本当に油断も隙もない奴だ」

「フ、フフフフ……」

 

 すると、犯人を取り逃したのにブランが奇妙な笑みを浮かべ始めた。

 

「どうしましたか、ブラン先輩」

「元々おかしい頭がもっとおかしくなっただけだろ」

「酷いデース!! そうじゃなくて……心配はありませんヨ。此処からプランBデス!」

 

 言った彼女はタブレットを取り出す。

 そこには、この街のマップが映し出されていた――

 

「こんなこともあろうかと……ってやつデス!」

「何ですか。赤いアイコンが、すごい速さで移動していますが」

「犯人の現在位置デース!」

「え!?」

「今撃った弾には、相手にくっついて場所を知らせる発信機を取り付けていたのデース! これもブランちゃんの狙撃力がなせる離れ業って奴デース!」

「すげーよお前、もう探偵やめてTVチャンピオンのパチンコ選手権に出ろよ!」

「ま、発信機は科学部に作って貰ったんデスけどネー。日頃から発表会を見てくれてるお礼だそうデ、試作品を作ってもらいマシタ」

「周囲との信頼がなせることだな」

「釈然としねえ……」

「とにかく、追いかけマス!」

 

 改めてブランの人脈の広さと狙撃技術の高さに驚く俺達。あの科学部も珍しくまともな発明をするんだな。

 ともあれ、これでパンダネルラ将軍が何処へ行ったのかを特定できる。

 直ちに俺達は逃げたクリーチャーを追う事にしたのであった。

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 タブレットに示された赤いマーカーはどんどん、建物を飛び越えて移動しているのが分かる。

 しかし、人間は建物を飛び越えて走るなど到底不可能。よって、相手の向かっている方向を元に最短ルートを進もうとすると、どうしても行き詰ってしまうのであった。

 おまけに、標的はあっちへ行ったかと思えばこっちへ行く……を繰り返し、決まった場所に留まる気配が見当たらない。

 

「くそっ、此処からじゃこの道には行かねえぞ!? また迂回していかねぇと……」

「このままでは、本当に逃げられてしまいますよ」

「いや、しかしペットを攫っていたというならば、当然それを隠している隠れ家が必要なはずなんじゃねーか」

「パンダネルラ将軍が言ってたサファリ帝国とやらが気になりますね」

「ミミィもそこにいるはずだ」

「でも、マーカーがぐるぐる回ってて、どこに行くのか……さっぱりデス」

 

 気が付けば、俺達は市街地の迷路に迷い込んだ。

 赤いマーカーは惑わすかのように町中を回っており、追いかけるのも億劫になってしまうほどだ。

 この間に、またペットを攫って集めていることが予想される。早く止めなければならない。

 

「……まずいデス……どうにかシテ、相手の動きを掴まないと……」

「発信機は付いてるから動きは分かるんだろうが……いつ気付かれて外されてもおかしくねぇよな……」

「ううう……」

 

 ブランは唸った。

 どうにかして、先手を打ちたい。

 このままでは、後手に回る対応を迫られるばかりだ。

 しかし、相手の行動すら読めないこの状況では、相手を追いかけるしか出来ないのだ。

 

「あっ……」

 

 紫月が糸が切れたような声を発した。

 

「先輩、アイコンが……」

「えっ」

 

 思わずタブレットをひったくる。

 そこには、もうアイコンは表示されてなかったのだ。つまり――もう、クリーチャーを追跡することは出来ない。

 先輩も、そして紫月の表情にも落胆の色が感じられた。

 

「そんな、これじゃあもう……」

「う、うう……でも、まだ何か方法が……」

「しかし、相手はかなりの速さで動き回ってますよ、どうするんですか」

 

 

 

「すまない、3人とも」

 

 

 

 桑原先輩が申し訳なさそうに言った。

 

「俺がこんなことを頼んだばっかりに……後輩に、迷惑をかけてしまったな」

「そんな! 先輩の、先輩のお姉さんの大事なペットじゃないすか! 何で謝る必要があるんですか!」

「白銀……相手がクリーチャーで、しかも一枚上手だった。もうすぐ暗くなるし、また探せばいいじゃないか」

「でも、桑原先輩の本心はそうではないはずです。一刻も早く、見つけてあげたいのではないですか」

「……そうだが……」

 

 ブランはやるせない気分になっただろう。

 完全に自分の見通しが甘かった所為だ。すぐにアジトへ一本道で帰るという予想が外れたがためにこんなことになってしまったのだ、と。

 

「どうしまショウ……このままじゃ……」

「しっかりしろよ、探偵!!」

「ひゃいっ!?」

 

 ブランの背中を叩く俺。

 こんなことでしょげてもらっちゃ困る。

 

「デ、デモ……こうなったら、どうすれば……」

「やれやれ、まさかこの後のこと考えてなかったのかよ」

「う、うぅ……面目ないデース……」

「んなもん、諦めなけりゃどーだってなるさ」

 

 俺は力強く言った。

 

「俺や紫月はな、現実にシャーロック・ホームズみてーな探偵はいねえっつーけど、お前がその1人目になったって良いだろ。夢だって、事件だって、諦めたらそこで終わりじゃねえか」

「ア、アカル……」

「そうですよ。ブラン先輩は、ちょっと頭がおかしいけど諦めの悪さだけは人一倍じゃないですか」

「地味に酷いデス! で、でも、このままじゃ……」

 

 

「……カメー」

 

 

 

 俺達は、話を止めた。

 

「何だ。変な声出すなよ紫月」

「私ではありませんよ、先輩」

「……おい、或瀬。テメェの足元になんかいるぞ」

「え?」

 

 ブランは言われた通りに、足元を覗き込む。

 そこには、今朝助けたあの小さな宝石──の亀の姿があった。

 何これ。おもちゃか?

 

「何だこいつ? 何か亀にしちゃ、甲羅がピカピカ光ってんな。クリーチャーか?」

『よく分からないでありますよ。クリーチャーにしては、魔力が弱すぎる気がするであります』

「今朝助けた亀デース!」

「え?」

 

 皆して素っ頓狂な声を上げた。

 しかし、これは本当に亀と言えるのだろうか。生物と言うには、色とりどりの宝石装飾という無機物的なパーツが多すぎる気がするし、かといって機械やおもちゃの類にしては動きが生物的だ。

 その亀は、ブランの靴下を引っ張っている。

 まるで、何処かへ連れて行こうと言わんばかりに。

 ブランは亀を手に取った。

 亀は、じたばたと手足をばたつかせている。そして、必死にブランの頭にしがみつこうとしていた。

 

「……何なんデスカネ、この亀」

「何か、ただの亀じゃねえ気がするけど」

「頭に乗りたがってるのではないですか?」

「亀デスヨ?」

「そういう亀もいるんじゃねーか」

 

 しばらくの沈黙の後、ブランはぽすん、と帽子の上に亀を乗せた。

 思ったよりも軽い。首は疲れない。

 だが、その直後であった。

 

「――!!」

 

 ブランの目の色が、変わったようだった。

 そして何かに気付いたようにして走り出す。

 

「こっちデス!!」

「ええ!?」

 

 俺が困惑するのも無視して、彼女はひたすらに走る。

 根拠も証拠も無い。しかし――そうではない何かが、彼女の心を突き動かしていたようだった。

 

「思いついたんデスヨ! サファリ帝国がありそうな場所を!」



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第13話:迷宮無しの迷宮決闘─大迷宮亀

 ※※※

 

 

 

 辿り着いたのは、数年前に廃棄された廃工場であった。

 立ち入り禁止の札が掛かっており、扉も硬く閉じられている――が、しかし。

 何故か、その扉が僅かに開いている。その奥からは、最早チョートッQやシャークウガでさえ震える程の魔力の波が漏れ出ていたのだった。

 

「……ビンゴ、みてーだな」

「本当に見つかるとは思いませんでした……」

「ア、アハハ……いや、それほどでも」

「そうと決まれば、カチ込みだ!! ミミィ、待ってろ!! 姉貴、待ってろ!! 今俺が助けに行くぞ!!」

「調べてみる価値はありそうですね」

「ま、待てよ、中ぜってー暗いぜ? 灯りとか良いのかよ」

『いや、中を見るでありますよ』

 

 見れば、明かりが仄かに差し込んでいるのが見える。

 立ち入り禁止のロープを越えて、桑原はそのまま扉に手をかけて駆け込んでいく。

 それに続くようにして、3人も走っていった。

 扉が大きく開かれ、そこに飛び込んで来た光景は異様なものであった。

 

「……って何だこりゃあああ!?」

 

 叫んだのは耀だ。

 工場の内装は、大方予想していた廃れて鉄と油の匂いに塗れ、冷たい空気と硬い床に覆われた空間ではなかった。 

 踏みしめているのは、硬くはあるが間違いなく土。

 そして、そこからは背の低い草が沢山生えている。

 見上げれば、天井があるはずだがそれはなく、吹き抜けた空がそこにはあった。

 そして、乾いた暑いこの気候。一言で言うならば、それはサバンナであった。

 

「いや、というか……何というか、これ……すっげー見たことあるんだけど、俺の気の所為? ドッタンバッタン大騒ぎな予感しかしねえっつーか」

「妙ですね……私達は幻でも見せられているのでしょうか」

『いーや、これこそがクリーチャーの展開した結界でありますよ!』

「取り合えず、中を探索しまショウ! 中に、捕まえられたペットがいるかもしれまセン!」

「ミミィ!! ミミィは何処に行ったんだ!?」

 

 

 

「よく来たな、諸君!!」

 

 

 

 上空から声が響く。

 そこには、待ち構えていたのかケンジ・パンダネルラ将軍が得物を振り上げて浮かんでいた。

 間髪入れずにブランが叫ぶ。

 

「やっと追い詰めたデース! わざわざ自分から出てくるなんて、間抜けも良いところデスネ! さっさと、皆のペットを返しなサイ!」

「口の利き方を知らんようだな、人間! このサファリ帝国では、この私がルール!」

 

 パチン、とパンダネルラ将軍が指を鳴らした。

 

「無礼者には然るべき罰を与えんとなァ!!」

「!」

 

 どさっ、と何かが落ちるような音がする。

 4人が振り返ると、既に開いていたはずの扉は無くなっていた。

 その代わり――幾つもの異形の影がそこには降り立っており。

 

「このサバンナ地方でフレンズ(クリーチャー)化した我が同胞の力を見るが良い!!」

 

 そういうと、消え去ってしまうパンダネルラ将軍。

 現れたのは、《早食い王 リンパオ》に《大冒犬ヤッタルワン》、《ジェネラル・クワガタン》とドリームメイトにビークル・ビーのクリーチャー。

 更に、後からどんどん増えてくる。

 その気配を感じ取ったからか、震えたのはチョートッQだった。

 

『こ、これは……っ!』

「トークンか!?」

『否、全員ワイルドカードでありますよ! 取り付いている媒体は……皆、恐らく人間ではなく動物であります!』

「んなっ!?」

 

 これだけの数が全て、ワイルドカードだというのか。

 シャークウガはパンダネルラ将軍を睨みつける。

 

『成程な、やっと読めたぜ……攫った動物は皆、自分の配下のクリーチャーの憑代にしてたってことか』

「やれやれ……毎度のことながら、吐き気がするド外道ですね」

 

 クリーチャー達を流し見ると、紫月がクリーチャーの群れに立ちはだかる。

 

「先輩方は先へ行ってください。雑魚相手なら、この私は負けはしません」

「待て。俺も戦うぞ、紫月」

 

 進み出たのは桑原もだった。

 

「もしかすると、この中にミミィがいるかもしれんからな。それに、俺はエリアフォースカードを持っていない。お前とでなければ戦えん」

「では、お願いします、桑原先輩」

「よし、それじゃあ頼んだぜ、紫月!」

「任せるデース!」

 

 こうして、現れたクリーチャーの群れを紫月と桑原に任せて、ブランと耀は安全そうな場所まで走っていくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「つっても、どうするんだよ……!?」

 

 広大なサバンナの地形。どこまで行っても景色は同じだ。

 肝心のパンダネルラ将軍は何処まで逃げていったのか、それが問題である。

 再び行き詰った。

 当ても無ければ、道しるべもない道をずっとぐるぐるしているこの状態。

 だが、もうブランは光を失わなかった。

 

「私はもう、諦めないデスよ。必ず、活路はあるはずデス! 私は探偵デスから!」

「やっとらしくなってきたじゃねーか」

「……ひひっ、そうデスね。そういえばアカル。あの時も――」

「おい、思い出してる場合か。探すぞ」

「照れないでくだサイ」

「照れてねーよ! アホか!」

 

 迷宮の中に迷い込んだようなこの状況。

 だが、それでもブランは笑みを浮かべてみせる。まだ、活路はあるはずだ。

 思考を必死に張り巡らせる中――彼女の頭に乗っかっている亀が甲高く鳴いた。 

 そして、再びブランが何かに気付いたようだった。

 

「こっちデス!」

「!? 何でだ!?」

「とにかく、こっちデス!」

 

 ぐいぐい、と引っ張るように言うブラン。

 どうも彼女はさっきから様子が変だ、と俺は感付いていた。

 

「おいおいブラン、どうしたんだよ。さっきから、一体……」

 

 若干言い淀んだようだったが、ブランは思い切っていった。

 

「実は……この亀を頭に乗せてると、何処に行けば良いのか分かるのデス……」

「嘘だろ!?」

『となると、その亀……やはり只の亀じゃないでありますよ』

「ああ……何てすげぇ亀だ」

「待ってくだサーイ! ブランちゃんが超能力を会得したという可能性ハ!?」

「ぜってーありえねぇ」

『天地がひっくり返ってもないでありますよ』

「ガッデム!!」

 

 亀を手に取る。

 宝石のような甲羅を持つ亀。

 チョートッQ曰く、クリーチャーにしては魔力が少なすぎるとのことだったが、やはり只の亀ではないのは間違いないようだった。

 

「とにかく、何も手掛かりはないデスシ、この子を頼るしかないデス!」

「そうだな。頼むぜ、亀太郎。あの独裁者パンダの居場所を教えてくれ!」

「お願いしマス!」

 

 ぽすん、と再び亀を頭に乗せたブラン。

 

「地形が……見えマス。この工場の中が、本当はどうなってるのか、私達がどう進めば良いのか!」

「マジかよ。これはいけるかもしれねえな」

「こっちデス!」

「ああ、早速行くか!」

 

 

 ※※※

 

 

 

「……馬鹿な。この場所がバレた?」

 

 結界は、本来見えないものを無理矢理つぎはぎしているものだとチョートッQは言う。

 故に、間違った道を進むと実際は延々と同じ場所をぐるぐる回り続けるだけになるというのだ。しかし、謎の亀のおかげで正解となる一本道が示される。

 廃工場の最深部に当たる場所には、逃げ込んだパンダネルラ将軍の姿があった。

 

「もう、幻影は通用しないデスよ! パンダネルラ将軍!」

「ちぃ……」

「おーい、ところでよ、パンダネルラ。お前が持ってるエリアフォースカードについて聞きてえことがあるんだけど」

「何?」

 

 俺は続けた。

 

「此奴は質問だぜ。どこでそいつを手に入れたんだ?」

「はっ、教えてやるか――あの件はあまりにも愉快だったからな!」

 

 パンダネルラ将軍は不敵に笑った。

 

「数日前の事だ。とあるクリーチャーが、ある人間をデュエルで伸した後に偶然私は通りかかった。人間の方はさっさと逃げてしまうような腰抜け、その後には物凄い力を持つエリアフォースカード! 此奴を持っておくだけで、多くのクリーチャーが我が配下になったというわけよ!」

「っ……俺達以外にも、エリアフォースカードを持ってる奴が……!?」

「考えられないことはないデスネ……」

「質問はもう終わりか? 答えてやったのは――お前たちがここで終わりだからだがな!!」

 

 パンダネルラ将軍はパチン、と指を鳴らす。

 次の瞬間、再びドリームメイト軍団が現れた。

 

「皆の者、やってしまえ!」

「わりーけど、お前の言ってるサファリ帝国は、ただのディストピアだ。んな幻想は、俺がぶち壊して――」

 

 そう言ってデッキに手を掛けたその時だった。

 耀は異物をデッキケースに認めた。そういえば、妙に腰が重いと思ったら――

 

「!?」

 

 亀だ。

 さっきの亀がデッキケースに潜り込んでいるのである。

 

「お、オイ!! この亀、何やってんだ!! ブラン、どうしたんだよコイツ!」

「い、いや、その……いきなり、耀のデッキケース目掛けてjumpしてデスネ……」

「アグレッシブな亀だなオイ!」

 

 そう言ってデッキケースから亀を引っこ抜く。

 その口には――エリアフォースカードが咥えられていた。

 

「え……?」

「――カメー」

 

 亀は空中に浮きあがる。

 そして次の瞬間、その姿は一気に大きくなる。

 俺は弾き飛ばされて、地面に落とされた。

 いてぇ!! やっぱりこのサバンナ、ガワだけで地面はしっかり床じゃねえか!!

 って、それどころじゃない。

 亀が巨大になっていく。

 俺のエリアフォースカードから力を受け取り、それを吸うかのように――

 

 

 

『……やっとこの姿に戻れたわい』

 

 

 

 ――その場に、顕現した。

 一言で言うならば、巨大な亀であった。しかし、宙に浮いている上にその甲羅は目が回るような迷路となっている。

 頭や足からは水晶が連なって生えており、尻尾には砂時計が巻きつけられていた。

 

「な、これって、《大迷宮亀ワンダータートル》じゃねえか!? あの亀、やっぱりクリーチャーだったのか!?」

 

 それは、メタリカの超大型クリーチャー。

 俺もカードで見たことがある。

 

「っ……!」

 

 慌てる俺に感嘆を隠せないブラン。

 そして、パンダネルラ将軍は戦慄を隠せない表情で叫んだ。

 

「き、貴様は……! クリーチャーだったのか!」

『ふん、どうもワシはマスターには恵まれん。前のマスターも、ワシらを使いこなせずにすぐ見捨ておったわ。おまけに、通りかかったお前にエリアフォースカードを取られる始末! だが、この少女に出会ったから、ワシは人間に失望せずに済んだのじゃわい』

 

 ちらり、とワンダータートルはブランを見た。

 

『鶴の恩返しという昔話がこの世界にはある……亀の恩返しがあっても、ええじゃろ』

「あっ……!」

 

 助けた、というのは今朝ひっくり返っていたのを起こした時のことだろう。

 ブランからすればたいしたことではなかったかもしれないが、魔力を失って只の亀に成り下がっていたワンダータートルからすれば、どんなに助かったか想像に難くない。

 

『助けられた恩義はきっちり返す。それに、お前のような心が真っ直ぐな人間は久々だ……小娘。ワシはお前なら新たな主に選んでもええと思っているぞ』

「……小娘じゃありませんヨ。私は――」

 

 ブランは力強く叫ぶように、言い放つ。

 

 

 

「探偵・或瀬ブラン、デス!」

 

 

 

 次の瞬間、ワンダータートルは俺のエリアフォースカードと共に40枚のデッキの束になる。

 

『ふっ、契約成立じゃな、探偵よ!』

 

 彼が止める間もなく、それはブランの手に収まり、彼女はすかさずパンダネルラ将軍に突き付けた。

 

「ぬう、おのれ! 邪魔ばかりしてからに!」

「追いかけっこは此処で終わりデス!」

 

 光が迸り、両者を包み込む。

 一部始終を見届けた後、俺は呟くように言った。

 

「……ブランさん、それ俺のエリアフォースカード……」

『マスター、どうするでありますか? コレ……』

 

 目の前に群がっているドリームメイトとビークル・ビーの軍団を見回しながら――

 

 

 

「……死ぬんでねーの? 俺ら」



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第14話:迷宮無しの迷宮決闘─ラビリンスデュエル

※※※

 

 

 

「って、ちょっと待ってくだサイ! いつものデッキと全然違うデス!?」

 

 ブランとパンダネルラ将軍のデュエル。 

 しかし、手札を引いた途端にブランは顔を顰めた。

 いつもとデッキの内容が全く違うのだ。具体的には、光、それもメタリカ種族1色であった。

 

『そりゃそうじゃ、ワシの率いる”メタリカ”軍団デッキじゃからな』

「ちょっと! Stop! 今からデッキ変えられないのデスカ!?」

『無理じゃな』

「Why!?」

「ふん、こっちから行くぞ!」

 

 涙目のブランを差置き、早速動き出したパンダネルラ将軍。

 先攻2ターン目の彼は、早速2枚のマナをタップする。

 

「出でよ、《森の特効隊長 ペンペン中尉》!」

 

 現れたのは軍服を着たペンギンのクリーチャー。

 愛らしく、マスコット感さえ感じさせるのはドリームメイト故か。

 

「うぅ~、あまり気乗りしないデスケド……こっちは2マナで《一番隊 クリスタ》召喚デス!」

 

 ともかく、一番コストの低い《クリスタ》を繰り出すブラン。

 現れたのは鉱石のようなクリーチャーであった。

 

「ならば我がターン、《野生設計図(ゲット・ワイルド)》を唱える! その効果により、山札の上から3枚をオープン!」

 

 《野生設計図》はコストの違うクリーチャーを捲った3枚の中から手札に加える呪文。

 そのまま手札補充をするつもりなのだ。

 

「そしてコストの違う《猛烈元気バンジョー》、《囚われのパコネコ》、《クラッシャー・ベア子姫》を手札に!」

「っ一気に手札が!」

「更に、《ペンペン中尉》でシールドをブレイクだ!」

「っ!」

 

 ブラン、残りシールド4枚。

 早速押されている状況だ。

 

「……私のターン、2マナで《緑知銀 フェイウォン》召喚! その効果で《フェイウォン》をタップして……1枚ドローデス!」

 

 ――ナルホド、このデッキ、この種族の力……ちょっと分かりましタ!

 カードを引いたブランは宣言する。初めて使ったデッキではあるが、彼女の読み込みの速さと注意深さが合わさり、早速使いこなしつつあった。

 しかし、そんな彼女を待つ間もなくパンダネルラ将軍は動き出す。

 

「私のターン! 4マナで《猛烈元気 バンジョー》召喚! その効果で、山札からドリームメイトを1体選び、手札に加える! 加えるのは当然、《独裁者ケンジ・パンダネルラ将軍》よ!」

「うー……切札が見えマス……」

「そして、《ペンペン中尉》でシールドを攻撃だ!」

 

 襲い掛かるペンギンのクリーチャー。

 サーベルを抜き、そのまま躍りかかるが――

 

『さあ、此処からだぞ探偵! 迷宮は恐れるものではない、味方に付けるものだ!』

「ハイ!」

 

 ブランに直感が走る。

 確かに使ったことのないデッキではあるが――

 

「《フェイウォン》の攻撃誘導(Attack Induction)発動デス! 《フェイウォン》をアンタップして、その攻撃を《フェイウォン》に誘導しマス!」

 

 マントを羽織った銀人が迷宮を作り出す。 

 そして、飛び込んだ特効隊長を幻惑のもとに――引き裂いた。

 

「バトル! パワー1000と1500で、こっちのWinデスネ!」

「ほう! やるではないか」

 

 攻撃誘導。それは、メタリカのクリーチャーが持つ能力の1つだ。

 自身をアンタップすることで、自身またはタップしている他のクリーチャーに相手の攻撃対象を変更するというもの。

 これが、メタリカの攻守万能を実現させているのである。

 

「……私のターン! 2マナで《奇石 ソコーラ》を召喚デス! そして、《フェイウォン》でシールドを攻撃しマス!」

「フン、その程度……痛くも痒くも無いわ!!」

 

 言ったパンダネルラ将軍は、カードを引いた。

 そして、《バンジョー》の頂に自らの切札を叩きつける。

 

 

 

「動物園での姿など、仮の姿よ!! 進化せよ我が分身、《独裁者ケンジ・パンダネルラ将軍》!!」

 

 

 

 轟!! という音と共に、地面が隆起した。

 そこから溢れんばかりの力が脈動し、大地から軍服と二角帽を被ったパンダの支配者が姿を現した。

 

「で、出てきましタ……!」

「そして私で、《緑知銀 フェイウォン》を攻撃――するとき、効果発動! 山札の上を全てのプレイヤーに見せて、それが進化ではないドリームメイトかビークル・ビーならば場に出せる!」

 

 表向きになるカード。

 それは――

 

「出てこい、《流れ星ムサシ》!!」

 

 飛び出したのはバイクに乗った狼のようなクリーチャー。

 こちらもファンシーさを感じさせる外見だが――

 

「此奴の効果で、お前がパワー3000以下のクリーチャーで攻撃する時、そのクリーチャー破壊する!」

「ええ!?」

「ははは!! 余所者よ跪け!! 此処はサファリ帝国、我らがルールよ!!」

 

 まずい、とブランの首筋に冷や汗が垂れた。

 彼女の場にはパワー3000以下のクリーチャーの《クリスタ》と《ソコーラ》しかいない。

 ビートダウンしようにも、《ムサシ》をどかさないことには、無残に破壊されるだけだ。

 

「っそれなら、1マナで《赤攻銀カ・ダブラ》、召喚デス! ソシテ、《カ・ダブラ》の効果で自身をタップしマス! さらに2マナで《青守銀 モルゲン》召喚!」

 

 《赤攻銀 カ・ダブラ》は1マナでパワー7000という破格のスペックと引き換えに、タップして場に出る上にクリーチャーが他に2体以下だとアンタップできないクリーチャー。

 そして《モルゲン》は《フェイウォン》同様攻撃誘導能力を持つクリーチャーだ。

 更に――

 

「呪文、《ジャスト・ラビリンス》! 私のクリーチャーを好きな数だけタップし、自分のタップされているクリーチャーの数だけカードを引きマス! 《モルゲン》と《ソコーラ》をタップして、3枚ドローデス!」

 

 《ジャスト・ラビリンス》はメタリカの攻撃誘導と相性の良い呪文だ。これで、攻撃せずとも《モルゲン》はタップされた。

 さらに、ブランは元々タップされている《カ・ダブラ》の分も含めて3枚手札補充したことになる。

 

「ほう……読めたぞ」

 

 独裁者は卑しい笑みを浮かべた。

 

「次のターン、私が攻撃して来たら《カ・ダブラ》に攻撃誘導をさせようというのか。それで私を自爆させるつもりだな?」

「……」

「悪いが、そうは行かんのだよ!!」

 

 叫んだパンダネルラ将軍はカードを引くと、勝利を確信したような笑みを浮かべた。

 

「5マナをタップして、《光器ペトローバ》召喚! その効果で、ドリームメイトを指定し、パワーを+4000させる! これで《ケンジ・パンダネルラ将軍》のパワーは1万、《ムサシ》のパワーは8000だ!!」

「っ……!」

 

 現れたのは機械のような女性のクリーチャー。

 その能力は、メカ・デル・ソル以外の種族を1つ選び、そのパワーを+4000させるというものであり、更に自身は選ばれないというもの。

 即ち、軍団に勝利をもたらす光だ。

 

「さあ、《パンダネルラ将軍》でシールドを攻撃! その時、攻撃時効果で山札の上を確認し、それがドリームメイトかビークル・ビーなら場に出す!」

 

 表向きになったカードは《猛烈元気バンジョー》。

 そのまま、絵本の登場人物の如く飛び出してくると、山札から更に夢の住人を呼び出した。

 

「《バンジョー》の効果で《森の指揮官コアラ大佐》を手札に!」

 

 ブランは目を見張った。

 《コアラ大佐》はO・ドライブで、召喚時に火のマナと光のマナをタップすれば「W・ブレイカー」と「攻撃できない効果を無効化」する能力を自分のクリーチャー1体に与える。

 そして、当然それは自身にも付与されるので、《コアラ大佐》は実質5マナのSA持ちW・ブレイカーということになるのだ。

 ――デッキに火と光を入れていたのはそういうことだったんデスネ……! まずいデス、打点が……!

 

「そして、《パンダネルラ将軍》でシールドをW・ブレイク!」

「この時、《モルゲン》の攻撃誘導を発動しマス! 対象は、《カ・ダブラ》デス!」

 

 再び築き上げられる迷宮。そこに迷い込む《パンダネルラ将軍》だが、巨大化したペン状の杖が、一瞬で銀人を粉砕してしまう。

 

「ハハハハハ!! 勝利の女神は、我らがサファリ帝国に加護を与えてくれているぞ!! 今度は《ムサシ》でシールドを攻撃!」

 

 バイクに乗った狼の獣人が、ブランの2枚目のシールドを叩き割った。

 さらに、《ムサシ》のバイクから燃える炎のオーラが沸きあがる。

 

「そして《ムサシ》がタップしている時、お前のクリーチャーは必ず攻撃しなければならない!」

「えっ……!?」

 

 ブランは再び盤面を見た。

 今の彼女の場には、《ソコーラ》と《クリスタ》、《モルゲン》の3体がいるが、《ソコーラ》と《クリスタ》のパワーは3000を満たない。

 

「デモ、《ムサシ》の効果で攻撃したら破壊されてしまいマス……!」

「そういうことだ、ハハハハハハ!!」

 

 ――私が勝利するには……あの《ペトローバ》や《ムサシ》、後に続くドリームメイト軍団を何とかしないといけないデス……いつものデッキなら……。

 

『見くびるなよ、探偵』

「!」

 

 ワンダータートルの重い声が響いた。

 

『我らがメタリカはこれしきのことではやられはせん。迷うな。カードを信じるのだ』

「……カードを……」

 

 彼女はカードを引く。

 そして、はっと何かに気付いたような顔を浮かべると、マナのカードを全てタップする。

 ――整いマシタ! 全てのカードは、役者は、この時の為に!

 

「推理ショーの幕開けデス! 5マナで、《クリスタ》をNEO[[rb:進化> evolution]]、《星の輝き 翔天》!」

 

 現れたのは全身が鉱石に覆われたゴーレムのようなクリーチャー。

 

「そして、お望み通り《ソコーラ》で攻撃! その時の効果でシールドを1枚追加しマス!」

「だが、《ムサシ》の効果で《ソコーラ》を破壊だ!」

「今度は《モルゲン》で攻撃!」

 

 《モルゲン》のパワーは3500。

 《ムサシ》の効果では破壊されず、その攻撃はパンダネルラ将軍へ突き刺さる。

 

「シールドをブレイクしマス! そして、《翔天》でも攻撃デス!」

 

 これで、パンダネルラ将軍のシールドは残り2枚になった。

 だが、それでも不敵に独裁者は笑っていた。

 このターンで彼はブランにトドメを刺す準備が出来ている。

 

「馬鹿め!! 犬死だ!! このターンに皆殺しにしてくれるわ!!」

「……それはどうでしょうカ?」

「何だ? なぜ虚勢を張れる?」

 

 ふふん、とブランは笑みを浮かべる。

 そして、帽子に手を掛けると芝居がかった調子で突き付けるように言う。

 

「では、証拠を見せてあげまショウ! Next turns hint――発動、《星の輝き 翔天》の効果!」

 

 次の瞬間、《翔天》の身体が光り輝くと共に空間に入り組んだような迷宮が構築される。

 

「相手のターンの初めに《翔天》がタップされていれば、手札からコスト8以下の光のクリーチャーをタップして場に出せマス!」

「な、なにィ!?」

 

 そして、輝く明かりと共に降り立つのは迷宮の番人。

 背中の甲羅は入り組んだ大迷宮、尻尾の砂時計に宝石で創られた体躯――

 

 

 

「導き出せ、一筋のAnswer! 迷宮の中にある唯一つの真実を示す時! 

召喚(Summon,this)――《大迷宮亀 ワンダータートル》!」

 

 

 

 迷宮の中に、一筋の光明。

 巨大なる僕が吼えた。

 

『グルァァァーッ!! ラビリンス発動! 我が主のシールドがお前のシールドより数が多いので、我がメタリカの軍勢はこのターン、場を離れないぞ!』

「何ィ!?」

 

 これが、メタリカの持つ能力、ラビリンスであった。

 相手よりも自分のシールドが多ければ発動する能力だ。

 

「そして、《ワンダータートル》は相手のクリーチャーが攻撃しなければ、全員タップする能力も持ってマス!」

「小癪な!! ぐぬぬぬ……!! こうなれば、《ホップステップ・バッタン》と《ペンペン中尉》を召喚し、《猛烈元気 バンジョー》で攻撃だ!」

 

 どのみちこのターンでは決められないと見たのか、軍勢を増やして、一番パワーの低い《バンジョー》を突撃させてその場を凌ごうとするパンダネルラ将軍。

 しかし、この盤面。彼が如何なる選択を取ろうとも関係は無かった。

 

「《翔天》をアンタップして、攻撃誘導(Attack Induction)発動デス! バトルさせるのは、タップされている《ワンダータートル》!」

 

 迷宮から突如現れた《ワンダータートル》は、侵入者を一踏みのもとに粉砕する。

 そして――

 

「《ワンダータートル》がバトルに勝った時、効果発動! 山札から4枚を捲って、その中からコスト6以下の光のクリーチャーを場に出しマス!」

「なっ!?」

 

 迷宮には新たな刺客が現れる。

 

「《予言者マリエル》召喚デス! その効果で、もうパワー3000以上のクリーチャーは攻撃できまセン! 《ペトローバ》が裏目に出ましたネ!」

「ぐ、ぐぬぬ!! しかし、それではそっちも攻撃できないではないか!!」

 

 現れたのは《予言者マリエル》。自分のクリーチャーも含めてパワー3000以上のクリーチャーの攻撃を封じる効果を持つ強力なクリーチャーだ。

 これにより、《ペトローバ》でドリームメイトを強化し続けていたパンダネルラ将軍は、もうクリーチャーで攻撃が出来なくなってしまった。

 そして、それはパワー3000未満のクリーチャーが《マリエル》以外場に居ないブランにも言えることだ。

 しかし。

 

「ふふん、残念ながら私の推理の方が一歩リードデス! 私のターン、《マリエル》で攻撃――するとき、革命change発動! 《音精 ラフルル》と《マリエル》をchangeデス!」

「なっ!?」

 

 これで、ブランの場からは《マリエル》が離れた。

 よって、彼女のクリーチャーは再び攻撃出来るようになったということになる。

 

「シールドをブレイクデス!」

「ぐぬう!! 馬鹿な、これは――!!」

 

 独裁者は酷く狼狽した。

 そして、雪崩れ込むようにしてメタリカの軍勢が押し寄せる。

 《ワンダータートル》を先頭にして――

 

「《ワンダータートル》で残りのシールドをW・ブレイク!!」

「お、おのれ!!」

 

 次の瞬間だった。

 割られたシールドが光となって収束する。

 

「S・トリガー、《閃光の守護者 ホーリー》!これでお前のクリーチャーを全員タップだ!」

「ふふん、甘いデスネ……」

 

 これでパンダネルラ将軍は一見、猛攻を耐えきったかのように見えた。

 しかし――

 

「――相手のターンの最初に《翔天》の効果発動デス! 《マリエル》をタップしてバトルゾーンに出しマス!」

「なっ……!!」

 

 これにより、再びパンダネルラ将軍は動きを封じられることになる。

 もう、攻撃するという選択肢すら奪われてしまったのだ。

 

「革命changeと《翔天》の効果、そして《マリエル》……これらを組み合わせることで相手は攻撃できず、自分は一方的に攻撃できるというロックコンボデス!」

「は、初めて使うデッキではなかったのか!? 今の間に、それを――!?」

『それについては、流石にワシも驚いたわ。だが、この探偵の底力……並大抵のものではない』

「ふふん、シャーロック・ホームズは言ってるのデスヨ。全ての捜査の基本は観察であると! デュエマでも同じデス! 初めて使うデッキでも、注意深くカードの種類と効果を組みあわせて考えれば、力を引き出せるということデスから!」

 

 もはや、何も出来ない非力な独裁者。

 それを前に、迷宮の光が激しく差し込む。

 

「《ワンダータートル》の効果発動! 相手のクリーチャーが攻撃しなかったので、全てタップしマス!」

「お、おのれ、こんなことが……私のサファリ帝国が……」

「貴方の悪行も、ここまでデス!」

 

 カードを引いたブランの取る行動は唯一つ。

 この哀れな独裁者にたった1つの真実――即ち、自らの勝利を突き付けることであった。

 

「《マリエル》でダイレクトアタック!」

「通らないぞ!! 《ムサシ》の効果で3000以下を全破壊だ」

「そして、これで私のクリーチャーの攻撃制限も解除されマシタよ!」

 

 パンダネルラの顔が青褪める。

 空間を揺るがす咆哮が――大自然の独裁者の野望を打ち砕いた。

 

 

 

「《大迷宮亀 ワンダータートル》でダイレクトアタック!」

 

 

 

※※※

 

 

 

 画して。

 奪われたペットは匿名のタレコミによって見つかり、(無論我らが探偵の仕組んだことであることは言うまでもないのだが)全て元の場所へ戻っていったという。

 健康状態も、かの独裁者の配下と一心同体と化していたからか、それらが消えた後は全て元通りであり、何もかもが滞りなく上手く運んだのであった。

 

「本当に助かったぞ、お前達……ミミィも無事この通りだ」

「すっかり元気そうデスネ! 良かったデス!」

「全く、一時はどうなることかと思いましたが」

 

 ある昼下がりの公園にて。ペットによる賑わいが戻ってきた此処でデュエマ部の面々は集まっていた。

 にゃあ、とミミィは一声鳴くとブランに顔を摺り寄せる。

 

「so cute! かわいいデス!」

「それにしても、あれだけの数のワイルドカード……我ながらよく捌けたと思いますよ」

『エリアフォースカードは強い魔力を持っている。ワイルドカードの手に渡れば、ああやって仲間を引き寄せちまうのさ』

「アカルも、お疲れ様デシタ!」

「誰の所為だと思ってるんだ!! 誰の所為だと!!」

『全くでありますよ!』

 

 俺は思わず怒鳴る。

 本当に間一髪であった。クリーチャーの大群に追いかけられている所を紫月と桑原先輩が見つけなければ、今頃どうなっていたか分からない。

 あの後、必死になって走り回ったのが嘘のようだ。

 

「ま、これも全部ワンダータートルのおかげデスネ!」

『何を言っておる、探偵』

 

 くかぁ、と小さな欠伸をすると宝石亀は言った。

 

『ワシは、恩返しをしたかった、それだけだよ。亀の恩返しというやつじゃ』

「えへへ……」

『それにしても、また増えてしまったでありますなあ』

 

 チョートッQは言った。

 シャークウガも頷く。

 

『エリアフォースカードも、これで3枚目か』

「これでデュエマ部全員がエリアフォースカードを持ったことになるのですか」

「喜ばしいことじゃねえか。後輩に俺も負けてられねぇな」

「ふふん! これで私も立派な戦力デスネ!」

 

 得意気に言うと、ブランは宝石亀を高く持ち上げる。

 

「これから、よろしくお願いしマスネ! ワンダータートル! 貴方は私の助手デス!」

『成程……助手か、面白い。乗ったぞ――探偵』

 

 こうして、探偵とクリーチャーの奇妙な絆は深まった。

 迷宮を味方に付ける探偵が、ここに生まれたのである。

 

 

 ※※※

 

 

 

「あの日――」

 

 火廣金は思い返す。

 刀堂邸に居た人物の姿に、彼は引っ掛かりを覚えていた。

 

「……流石に予想外だった。まさか、あの男があの場所に居るとは――」

 

 要注意リスト、と書かれた書類を彼はまとめる中、1枚の写真に目を留めた。

 そこには――あのメッシュの髪を持つ青年があった。

 

「首尾よく進んでいるか? ヒイロ」

「……」

 

 声が聞こえた。

 振り返ると、そこには見慣れた白衣の少女が居た。トリスだ。

 

「まさか、お前が敗けるなんて思わなかったよ。あたしゃ」

「……」

「何だ? 落ち込んでるのか? 柄にも無い」

「いや、そういうわけではない。だが、俺達が今やっていることに意味はあるのか――あの方が、どうしてあそこまでエリアフォースカードを恐れるのかが分かりかねてくる。それと、今のこの状況を取り巻く人物だ」

「確かに大物揃いではあるわな」

 

 にたにたと彼女は笑った。

 

「特に――『不和侯爵(アンドラス)』の存在が大きすぎる。あいつが何を考えているか分からない以上、慎重に動かねばならない」

 

 舌打ちすると、火廣金は書類に向かった。

 分かり切っていることだ。そんなことは。表舞台から消えたはずの人物ばかりが今回の件に関わっている気がするのだ。

 

 

 

「……ヒイロ。そろそろ、あたし達も動くとするよ。なあ? 良いだろ?」

「……好きにしろ」



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第15話:審判(ジャッジ)─暗野紫月という少女

「つーわけで、このままじゃ廃部だよね君達」

「……」

「……」

 

 4月初頭の事だった。

 もはや、そんなことは先輩方が卒業する頃から分かり切っていたことではあるが、俺達デュエマ部の部員はたったの2人になってしまっており、部活動から同好会への降格を余儀なくされていた。

 それどころか、このまま新入部員が入らなければ同好会どころか最悪廃部ということも考えられるこの状況。

 

「ま、俺もこんなことは言いたくないんだけどね、先の先生や生徒会が決めた事だし従うしかないんだよね、生徒会って所詮おおざっぱに言っちゃうと大掛かりな雑用係なわけだし、こういう警告しか出来ないわけよ。つーわけで、廃部になりたくないならさっさと新入部員を集めてこいって話だよね」

「は、はい、存じています、生徒会長……」

「学校にカード持ってくるのを許可されてるだけでも、ぶっちゃけると奇跡だよねえ。いや本当マジで」

「は、はい……」

「つーわけで、頼むよ君ら」

 

 威圧感たっぷりに、目の前の生徒会長は部活動に関するマニュアルを机に置くと、去っていった。

 何という事だ。前の年に2年生が居なかったが故に起こってしまった出来事である。

 

「カーッ、クソ……こっちの苦労も知らないで……」

「仕方がないデスよ、こうなったら手分けして部員を集めるしかないデス」

「まあ、入学3日目……そろそろ物見遊山か興味本位で誰か来てくれりゃ助かるんだけどよ」

「後は行動あるのみ、デス!」

「そうだな。このまま、この部活を潰しちまったら、先輩方に申し訳が立たない!」

 

 俺は徐に立ち上がると、部室の扉を思いっきり開けた。

 まだ、新入生は入って間もない。何とか、一人でも集められれば――と思って、俺達は外を出たのだが……。

 

「あ、すいません、俺もう野球部に入ろうと思ってるんで」

「ごめんなさい、私美術部にしようと……」

「デュエマ? 時代はヴァ〇ガとバ〇ィファイトか遊〇王でしょう」

「デュエマ? ああ、あのカードの名前が頭おかしいゲームね、やんねーよ、アホですか」

 

 開始10分、俺は既に心が折れそうだった。

 何なんだ、この露骨なまでの上手くいかなさは。

 

「くっそぉ!! どいつもこいつもやれ遊〇王だのヴァ〇ガだの、デュエマで青春を謳歌したい奴はいねぇのか!!」

 

 あとから考えても分かるが、カードゲームで、それもデュエマで青春を謳歌している高校生など俺は他に見たことがない。

 

「くそっ、せめて1人……1人だけでも……ん?」

 

 新校舎の通路を曲がり、ふと足元を見てみる。

 そこには――

 

「……」

 

 ――なんか、転がってた。

 具体的に言えば、それは新入生と思しき女子であるのだが、体躯は細くて小さく、フード付きのパーカーということか。

 しかし、それが廊下に転がっているというのは実に奇妙な光景なのであった。

 

「あ、あのー、大丈夫? 君? 色々と……」

「……んぅ」

 

 転がっている誰かは俺の声に気付いたらしく、こちらをちらりと見た。

 

「……ん……すいません、そこの人。ちょっとお腹空いたので何か分けてくれませんか」

「……」

「昼食を忘れてしまい、放課までは我慢出来たのですが、力尽きてしまって……スヤァ」

「お、おい!! 寝るな!! おい!! 起きろ!! 死ぬんじゃない、新入生!!」

 

 すぐさま俺は女子生徒を抱え起こし、背中に負ぶってやる。

 その時、背中に恐らくパーカーで押し潰されていたであろう大きい柔らかいものが押し当てられたが、煩悩に負けず、俺は部室まで一直線に進んだのだった。

 そして、部室に飛び込むと、先に帰っていたブランが項垂れた表情でソファにもたれているのを認めたが、構わず俺は女子生徒もソファに寝かせてやる。

 

「って、どうしたんデスカ、アカル!? とうとう誘拐してきたんデスカ!?」

「どんな推理だ、アホームズ!! 良いから、何か食うモンねぇか!?」

「え、えと……食べ物、デスカ?」

「良いから!!」

 

 部室には備え付けの冷蔵庫がある。

 前の先輩方が残していったもので、その中にはブランとっておきの高級コンビニスイーツが置かれているのを俺は知っている。

 うう、と彼女は気乗りしない様子でそれを取り出したのだった。

 数分後、もっきゅもっきゅとブランのシュークリームを頬張りながら、少女は淡白な表情で礼を言うのだった。

 

「さっきはありがとうございました、助けて頂いて」

「う、うううう……しゅーくりぃむ……私のしゅーくりぃむがぁ……そんな、デス……」

「いや、本当気を付けろよ? 新入生。高校に給食はないぜ?」

「それは分かっていたのですが、今日は寝坊してしまったもので」

「そ、そうだったのか……」

「ともあれ、そろそろ私は行かなければ」

 

 立ち上がった彼女に、俺は言った。

 

「おい、何処に行こうとしてたんだ?」

「旧校舎にあるデュエマ部なる部活動を探していたのです。入部しようと思っていて」

「!!」

 

 俺は仰天しそうになった。

 まさか、入部希望者が転がって落ちているとは、夢にも思うまい。捨てる神あれば拾う神あり。拾ったのは俺だけど。

 

「ようこそ、デュエマ部へ!!」

「歓迎しマース!!」

 

 少女は流石に目を丸くしたようだった。

 

「成程、そういうことでしたか。それで、他の部員の方は? 私、挨拶したいのですが」

「あっ……」

「うっ……」

 

 俺達は返答に詰まった。

 これが、暗野紫月と俺の最初の出会いだった。

 この後、今この部活に降りかかっている危機を説明したうえで入部を快諾してくれた彼女だったが、その後数週間マンネリとした放課後が続いているのは、もう皆も知っていることである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「盟友。そう不安そうな顔をするな。あたしが全てカタを付けてきてやるよ。なあ、分かってるだろ? あたしがどれほど強いのか、分かってんだろ?」

 

 そんな声と共に、部屋から出てきた白衣の少女――トリスは、その入り口に立っていた少年・火廣金を目にすると、笑みを浮かべた。

 

「ハハ、そう怖い顔すんなよ、ヒイロ」

 

 火廣金はさも、怪訝な表情を変えなかった。

 彼女との付き合いは短くはない。故に、彼女がどういう人間なのかは知っていた。

 故に、彼女がそれが元で足元を掬われないか、という懸念が先に立っていたのである。

 

「……俺は君の性格をよく知っている。自分自身の性癖で足をすくわれないように気を付けることだな」

「まあ見とけよ。あたしはこれでも、召喚書の犯した罪を数える者」

 

 ぎらり、と視線が火廣金を射抜いた。

 

「――エリアフォースカードは、あたしが回収するさ」

「それは大いに結構。だが、気を付けるんだな」

 

 言った彼は続ける。

 

「何だよ?」

「最近、夜の街を徘徊するワイルドカードを狩る者がいる」

「はあ? それがどうかしたのか? ……ああ、そいつもエリアフォースカード使いか」

「ああ。だが、変な点があってな」

「変な点?」

「目撃者曰く――仮面を付けている、とのことだ。顔面を覆い、正体が判別できないようにするためにな」

「……プッ」

 

 トリスは噴き出す。

 一体、それはいつの時代の前衛的なヒーローなのだろうか、と。

 

「まだ敵か味方かは分からないが、君の立ち回り次第では余計な敵が増えかねない。今回のターゲットはあくまでも白銀耀達に絞り、別の奴にまで欲を張るな」

「忠告痛み入るよ。そうさせてもらうさ」

 

 手を振ると、トリスはそのまま悪戯っ子のように口角を上げる。

 

 

 

「……さあて、異端審問と行こうかね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こっち行ったぞ!! 追い込め!!」

「《喜劇人形 タッキュ》! センセイに取り付いて笑い上戸にした挙句、笑いすぎで顎を外したとんでもないクリーチャーデス!」

「振り返ってみると本当に厄介な奴だな!」

『あいつ、ぴょんぴょん飛び跳ねてすばしっこいでありますよ!』

『心配するでない。根暗の小娘が校舎の裏側から挟み撃ちにしようとしとるわ』

 

 俺は白銀耀。デュエマ部の部長である、ちょっと普通じゃなかったのが、最近は全然普通じゃなくなった高校2年生。実体化するクリーチャー、ワイルドカードの事件に巻き込まれ、それを追うようになった俺は周囲の仲間ともなんやかんやあって協力することに。

 おまけに魔法使いは出てくるわ、新しいクリーチャーはばんばん出てくるわ、パンダや亀が出てくるわでてんやわんやだったが、今もまさにてんやわんやになっていた。

 クリーチャー、ワイルドカードの出現は学校を中心として現れる。

 何故かは分からないけど、チョートッQ曰く、奴らが餌にする負のエネルギーが集まりやすい場所の1つ、だからだそうだ。

 まあ、迷惑以外の何物でも無いんだけどな!

 最近、火廣金の奴が何もして来ないのは良いが、ワイルドカードは日夜時間を問わずに現れるようだからたまったもんじゃない。

 そんなわけで、俺達もまた、ワイルドカードの事件を追う日々が続いていた。

 笑いながら、ぴょんぴょんと剽軽な動きで飛び回る人形は、校舎の角の死角へ飛び込んだ。しかし、その先には紫月が回り込んでいる。

 挟み撃ちにしてとっ捕まえてやる!

 

「さあ覚悟し――」

 

 

 

 ぼすん!!

 

 

 

 思いっきり、俺の腹に何かが突貫してきた。

 それは突き飛ばされて、俺も反動で尻餅をつく。

 尻を抑えながら目の前を見ると、そこには目からまだ火花が飛んでいるのか、顔を抑える紫月の姿があった。

 どうやら、あいつがどっかに消えた所為でぶつかっちまったらしい。俺もよく見なかったのが悪いが。

 

「う、うう……気を付けてください、先輩……」

「……おい、大丈夫か、紫月? どっか怪我してないか!?」

「大丈夫です。早く追いますよ」

 

 少し苛立った様子で彼女は言った。機嫌が悪そうだ。かく言う俺も、忙しさと事件に塗れる日々で最近心の安息を失っていたが。

 そういえば紫月がやってきた方向に逃げたはずのタッキュは一体どこに消えたんだ?

 と思ったが――

 

『マスター、上を見るでありますよ!!』

「え? 上――」

 

 言って上を見上げた刹那。

 そこには、どこから取り出したのか巨大な鉄球を振り回したタッキュが俺を目掛けて飛び降りてくる――しまった、上に飛び跳ねて逃げたのか!!

 

 

 

「シャークウガ、お願いします」

 

 

 

 ヤバい、と思ったのもつかの間、今度は激流がタッキュを吹き飛ばす。

 見ると、シャークウガが実体化していた。彼の魔法によるものだろう。

 

「た、助かったぜ、シャークウガ」

『良いってことよ』

「先輩、あっちに逃げました!」

 

 再びぴょんぴょん飛び跳ねるタッキュ。

 俺達は再びダッシュしてクリーチャーを追いかける。

 

「ともかく、俺がエリアフォースを使って奴を追い詰める!」

「何を言ってるのですか、ドジで抜けてる先輩には任せておけません、やはりここは私が」

「俺だ!!」

「私です」

「俺だ!!」

「私です」

「俺だ!!」

「何やってるデスか! そんな喧嘩してる暇は無いデス!」

 

 ブランの絶叫が後ろから聞こえてきた。いかんいかん、こんなアホな事をしてる暇はねぇ。

 

「良いデスか! ”三日月仮面”……彼には負けてられないのデス!」

「前から言ってるけど、あれはそもそもクリーチャー事件だったのか?」

『手柄云々というわけではないが、負けてはおれんわい』

「むぅ、確かに……同じワイルドカードを狩る者としては負けてられません」

 

 ここ数日間、デュエマ部ではある噂が話題になっていた。

 それは、怪奇事件が街で起こると決まって夜に現れる謎の影だった。

 今までは唯の都市伝説でしかなかったそれだが、1週間ほど前、数日間にわたって商店街で連続窃盗事件が起こった。どこから盗まれたかも分からないが、多くの店から例えば野菜、例えば肉など食料ばかりが忽然と消えていたという。

 俺達はそれをクリーチャーの仕業と仮定して捜査していたが――翌日の事である。

 街の住人によれば、黒い鳥のようなものか人のようなものかが暗い闇夜を飛び回っていたとのことだった。

 そして次の日から、窃盗事件は起こらなくなった。そして、各店には『事件は解決した。窃盗はもう起こらない。三日月仮面』という手紙が置かれており。以後、連日起こっていた怪奇事件は、起こらなくなった――というのが事の顛末だ。

 ブランは真っ先に、これはクリーチャー事件であり、解決したのは三日月仮面なる人物だと判断したのである。

 しかも、洗ってみると以前にも度々似たような事が街の中で起こっており、不思議な事件が起こるたびにこの三日月仮面が手紙を送り、以後は事件が起こらなくなる……というものだった。

 

「……はぁ、気障な真似をするなぁ」

「だから、私達も負けてられまセン!」

「タチの悪い悪戯にしては偶然が重なり過ぎてますからね。仕方ありません。先輩の事はともかく、ワイルドカードを狩りましょう」

「釈然としねぇな……」

 

 まあ、そんな三日月仮面の事はともかく、奴が何処に逃げたのか見つけねえと。

 校庭の奥の森林の方に行ったようだが、木が多くて奴がどこに行ったのかさっぱり分からない。

 

「見つかりませんね」

「ああ」

「一体どこ行ったデース!?」

「とにかくチョートッQ、あいつが何処に行ったのか探してくれ!」

『マスター! 後ろでありま――』

「え? ……ぶっ」

 

 言い終わる前に、ごすっ、と嫌な音と共に後頭部に何かがぶつかった。

 何も分からないまま体が宙に浮いたような感覚と共に、近くに居た紫月を巻き込んで、倒れた。

 少しして目から火花が無くなると、俺は目を開けた。

 

「……いつつつ……紫月、大じょ――」

 

 俺は言いかけて絶句する。

 頭の中は一瞬で真っ白になり、俺の顔も真っ赤になっているだろう。

 我が両手は、思いっきり紫月の両胸を掴んでいた。

 てかこいつ、普段パーカーと制服で押さえつけられてるからパッと見で分からなかったけど、こうやって思いっきり両手で掴む程でか――

 

「……先輩、わざとで無ければ何でも許されるわけではないですよ」

 

 凍り付くような声で俺は我に返った。

 

「いや、違う、これは不可抗――」

「襲ってるように見えます」

「あ、はい、すいません……」

「やはり、信用なりませんね。男なんて皆ケダモノです。みづ姉にたかるウジ虫かケダモノだけ。先輩も同じでしたか」

「よし! テメェはやっぱり後で説教だ! 人の尊厳を傷つける奴は――」

「何やってるデスか! 早く起き上がるデース! 後、アカルのムッツリスケベ!!」

「誤解だ!!」

 

 振り向くと、既にそこにはけきゃきゃきゃと笑うタッキュと格闘するチョートッQの姿が。

 こいつに思いっきり蹴っ飛ばされたのか、俺は。

 ふつふつと怒りが沸きあがってくる。取り合えず、売られた喧嘩は買わねえとな!!

 

『ちょこまかとうざったいのでありますよ!!』

『新幹線、援護するぜぃ!!』

 

 言いながらも、チョートッQは浮いたまま全速力でタッキュへ突貫し、追突した。

 吹っ飛んだ笑い人形が、シャークウガの放った水の輪で拘束される。

 もう逃がさないと言わんばかり、俺達はエリアフォースカードを掲げた。

 

「で、結局どっちが戦うんだよ」

「それは私に決まってます。……信用できない先輩には任せられません」

「何でだよ!? 怒ってるのか!? 悪かったって言ってるじゃねえか!」

「肝心な時に役に立たない先輩には任せられないと言っているのです」

「何だと!? お前こそ普段ぐーたらぐーたらしてるプー太郎の癖に!」

「先輩こそ何ですか。この追い込み作戦だって私が考えたのを忘れてませんか。先輩はブラン先輩と私が居ないと何も出来ないじゃないですか。この間の火廣金先輩の時だってそうでしたし。おまけに本性は煩悩の塊ですし」

「何だとお前、あんな脂肪の塊に興味はねぇ!!」

 

 そう返すが、我ながら言い過ぎたと後で反省している。

 明らかに彼女は怒っている。

 

「やはり、みづ姉以外の人間は、信用するに値しませんね。このクズ先輩」

「んだとォ!?」

「誰が脂肪の塊ですか。シャークウガ、そこの先輩(クズ)を拘束してください」

「いや、別にお前が脂肪の塊とは――うおおおお!! 本当に縛るんじゃねえ!!」

『悪いが命令なんでな。従わなきゃ俺がフカヒレにされる……ってマスター、本当にこんなことやってる場合か!?』

『折角あの人形を縛ったのに、さっさと決着をつけるでありますよ!』

「いい加減にしなサーイ!!」

 

 間から飛び出したのは、ブランであった。

 そのままエリアフォースカードを掲げて、彼女はタッキュ相手に決闘結界へと入っていくのを、ようやく我に帰った俺達はさぞ後悔の表情で見つめていただろう。

 さて、この後であるが問題なくタッキュは討伐され、俺達2人はブランからこってりと約1時間、2人まとめて説教を食らう羽目になったのだった。



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第16話:審判(ジャッジ)─トリス・メギス

 帰路につくブランはすっかり怒りすぎたことを反省していた。

 しかし、同時にあの時はやむを得なかったとも思っている。

 あの場で喧嘩し始めた2人に、後で「何やってるデスか! 2人共、目的は違えどワイルドカードを倒す為に戦ってるんデショ!? 仲間割れなんて論外デース! 何で仲良くできないのデスカ! アカルはアカルでデリカシーのデの字も無いし、シヅクも大人気なさすぎマース! いやシヅクの方が後輩デスケド! あー、アカル、逃げようとしても無駄デスからネ! 大体――(以下割愛)」といった具合に説教したとはいえ、やり過ぎた感が否めない。

 しかも、2人とも反省はしていたが、結局意地を張って仲直りすることは出来なかった。

 どうしたものか、と頭を抱えていると、バス停で見覚えのあるちっこい影を見つける。

 

「……あ、桑原先パイ!」

「おお、或瀬じゃねえか」

 

 向こうも気付いたらしく、手を振った。

 駆け寄る彼女に、すかさず先輩が礼を言う。

 

「最近もワイルドカード退治をやってるようじゃねえか。協力出来なくてすまねぇな」

「イエ、仕方ないデスよ。先パイは部活もあるし、もう少ししたら受験も控えてるじゃないデスカ」

「それもそうか」

 

 自嘲気味に言った彼。

 しかし、すぐさまブランの浮かない表情を察したようだった。

 

「で、神妙な顔をしてどうしたんだ、テメェ」

「え? ……あー、バレてましたカ」

 

 ぽりぽり、と頭を掻くと、ブランは思いの丈を吐露する。

 具体的には今日あったことだった。

 

「最近、白銀と紫月の仲が悪い?」

「ハイ……2人共、立て続けに事件がやってきて、その度にキリキリしてるから、それでイライラが溜まってるのだと思いマース」

「むしろお前みたいに楽観的な奴が羨ましいんだろうな、あいつらは」

「失礼デスネ! 私だって悩んだりしマス! ……まあ、2人に頼ってるのは否定できませんケド」

 

 ジョーカーズという暴走弾丸特急集団を駆り、ひたすら諦めの悪い耀と、経験豊富でプレイングと厭らしい戦い方なら誰にも負けない紫月が今のデュエマ部の主力であることはまず間違いない。

 しかし。故に2人はかなり疲れていた。今回こそブランが戦ったものの、実際はブランが情報を集めて提供し、敵の居場所を特定してから、戦力が強い2人のどちらかがエリアフォースで敵を倒すというパターンが最近の王道中の王道であった。

 

「とはいっても、お前らはそれぞれ自分にしか出来ない役割がある。或瀬もそれを全う出来てるじゃねえか。情報収集はお前の十八番だろ」

「……そ、そうデスネ。でも、私のことは良いのデス。2人の方が心配デス」

「どうだろーな。喧嘩するほど仲が良いとも言うだろ。あいつらだって人間だ。そして高校生だ。多忙な毎日に揉まれる中で、あんな命懸けな戦いをしてりゃ、ストレスも溜まるさ」

「……」

 

 ブランは思い出す。

 そうだ。これは命が掛かったデュエルでもあるのだ。負ければ最悪死ぬ、とチョートッQは言っていた。必ずではないのだろうが、常に緊張感を持たなければならない。

 だからこそ、いつも前線に出て戦っている2人は、モチベーションこそ違うだろうがかなり精神的に負担がかかっていることは容易に想像がつくのであった。

 耀は困っている人を助ける為。

 紫月は双子の姉である翠月を事件に巻き込まない為。

 根幹で考えは似通っているようで違ってはいるものの、両者とも基本的に無関係な者や物を巻き込むことを良しとはしないし、互いに互いの考えを認めている節もある。

 だが、それでもすれ違いはやはり起きる。今日もそうだが、足並みがそろっていないのだ。切羽詰まった状況で、最早それは仕方ないのだろうが。

 

「と言ってもなあ……或瀬よ、考えてみ? あの2人だぜ? どうせすぐに仲直りするっつーの」

「……まあ、そうデスね……」

 

 ブランは顔を伏せた。

 まあ、確かにいつも悪態を突いて突かれるの関係の2人なら元々珍しいことではない、と。

 

「ともかく、心配することでもねーように思えるが、あんまり続くようなら俺の方から言っておくさ。ま、お前が珍しくしこたま怒ったんだから、ちっとは考え直すだろうが」

「……うー、心配デス」

『やれやれ……人間は難儀じゃのう』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 今日の俺は完全に反省モードであった。

 最近、ワイルドカード事件が多過ぎてカリカリしていたとはいえ、我ながら大人気なかった気がする。

 こんなに案件が頻発するのだ。紫月が苛立つのも大体分かっていた。

 いや、思い当たり過ぎる理由がもう1つあるけど、最早敢えて掘り返すまい。

 俺は部室に向かいながら、何と言って紫月に謝ろうか考えていた。今日は金曜日、今日謝りそびれたら土日を置いて会わないから、結果的に更に気まずくなってしまうだろう。

 あいつ変に静かだから、謝ったら謝ったで却って素っ気なく返されそうな気がするけど。別に大した喧嘩じゃねえ。いつもの言い合いの延長じゃないか。

 そう考えたら何か俺の気分が心なしか楽になってきたぞ。

 

「……お」

 

 部室の前には、ブランと紫月が立っていた。

 俺はすぐさま駆け寄り、言いたかった事を言おうとした。

 

「ああ、紫月。丁度良か――」

「……白銀先輩、話は後です」

 

 しかし、そこで会話は途切れる。

 

「え?」

「これを見てくだサイ」

 

 ブランが手渡したのは、手紙であった。

 それも、妙に凝った装飾で飾り付けられたものであった。そして、そこに書かれてあったのは――

 

『通告ス。諸君ヲ我ガ僕トトモニ審判ス。定刻ニ迎エニクルガ故、相応ノ覚悟ヲ持ッテ臨メ――審判司書』

 

 ――とのことである。

 

「何だ、この文面も便箋も封筒も痛々しい手紙は」

「チューニビョーって奴ですカ?」

「言ってやるな」

「ですが、審判とは一体どういうことでしょうか」

「分かるか、んなモン」

 

 だが、こんなまどろっこしくて回りくどい真似をしそうな輩など1つしか思い当たらない。

 文面から見ても、考えられる組織は1つであった。

 

「アルカナ研究会……だろ」

「ってことは、火廣金先輩ですか」

「……いや、分からねえけど、あいつはこんな事しねぇと思う。だけど、司書って書いてある所を見ると、魔導司(ウィザード)の仲間であることは間違いない」

「やっぱり仲間は居たんデスネ!」

「ああ」

 

 俺は歯噛みした。

 またもや面倒そうなことになりそうだからだ。

 アルカナ研究会は、魔力を体に宿した人間にして人外・魔法使いの集まり。

 火廣金は魔導司(ウィザード)と自分の事を呼んでいたけど、それが何なのかはまだ分からない。

 しかし。俺達同様ワイルドカードを狩っていること、そしてその詳細な目的こそ分からないが、俺達のエリアフォースカードを狙っていることだけは間違いない。

 俺達としても怪しい連中にエリアフォースカードを取られるわけにはいかないので、抵抗しているわけだ。

 

 

 

「あー、役者は揃ったか」

 

 

 

 声が聞こえた。

 視線は廊下の奥へ向けられる。

 何だ此奴……子供? 少なくとも背丈は俺達よりも低い。

 現れたのはだぼだぼの白衣を身に纏った少女だった。髪の色は金。そして眼鏡を掛けている。

 風貌は研究者だが、背格好故その後ろに”ごっこ”を付けさせたい衝動に駆られる。

 だが、俺達がそいつを一瞬でただの子供じゃないと見抜いたのは、その背後にクリーチャーを従えていたことに他ならない。

 

「綺麗に3人、エリアフォースカードもこないだより増えてやがる。上等」

「誰だお前……魔導司(ウィザード)……?」

 

 完全に俺らの事を知っている風のこの少女は、にやりと不敵な笑みを浮かべると言った。

 

「いかにもー、あたしはアルカナ研究会の|一級魔導司書 >ファーストランクウィザード]]、トリス・メギス。異名は『[[rb:審判司書《ジャッジ》』。召喚書の罪を数える者」

「で、私達に何の用デスか?」

「決まってるじゃないかあ。ンなモン、エリアフォースカードを回収しに来たんだよ」

「回収って……」

「我が盟友は、誰もが恐れる『大魔導司(アークウィザード)』。しかし、その彼女でさえ恐れる物が1つだけある。それがエリアフォースカードだ。普通の人間があたし達に対抗できるのが気に喰わないんだろうね」

「言いがかりだぜ! 俺達は――」

「あーあーあー、聞こえない聞きたくない。お前ら人間に同意求めてねーから、うちら。御託とかそういうの全部どうでもいいから、さっさとエリアフォースカードを寄越せって話よなあ?」

「けっ、話は出来そうにねぇなこりゃ……」

「誰か1人前に出な! しっかりと可愛がってやる」

 

 外見がガキだからって、油断は出来ない。

 魔導司(ウィザード)であることが分かった上に、俺らの前にわざわざ現れたってことは、腕もそれなりに自信があるとみて良いだろう。

 

『マスター、我々の出番でありますな!』

「ああ、やってやるぜ!」

「待ってください」

 

 意気込む俺を手で制し、前に進み出たのは紫月だった。

 

「紫月!?」

「シヅク、どうしたんデス!?」

「……ここは、私が戦います」

「おい、待てよ紫月! お前、やっぱり昨日の事、怒ってるのか……!?」

「……別に胸を触られたことに関しては怒ってませんけど」

「いや、だから――」

「ですが、普段ぐーたらしていている分はしっかり働かないといけないようですからね。まさか、どっかの誰かさんは人の仕事を奪ったうえでプー太郎呼ばわりをするような事はしないでしょうし」

 

 ヤバい、完全に根に持ってる。

 早く謝った方が良かったよな、コレ! 言いそびれちまったよ!

 だが、最早彼女にとってはそれ以前に自分のプライドの問題になってしまってるみてーだし……。

 

「それに、私は信用できない相手にみづ姉へ危害を加える可能性のある人物の処理は任せられませんから」

「ぐっ……!」

「私は見損なったままですよ。先輩の事を」

「くぅ……! 言いたい放題言いやがって」

「シヅクに任せてあげてくだサイ、アカル!」

「そ、そうだけど――」

「それに、シヅクは強いデス!」

 

 確かに幾ら後輩と言えど、紫月はブランや俺よりも経験では勝っている上に強い。

 今でもジョーカーズでさえあまり勝てない程に。

 

「……じゃあ、任せたぜ」

「ええ。言われるまでもありません」

「話はまとまったか? 3人一緒でも良かったんだけどなぁ」

「あまり見くびらないで下さい。そんな口、叩けなくしてあげましょう」

 

 そういうと、彼女はデッキケースに手を掛けた。

 

「シャークウガ」

『マスター、任せときなァ!!』

 

 エリアフォースカードが飛び出し、紫月の手に渡る。

 そして、彼女が呟くと共にデュエルが始まる。

 

 

 

「デュエルエリアフォース」

 

 

 

 画して、彼女はあの空間に引きずり込まれることになったのだった――



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第17話:審判(ジャッジ)─アルカディアス王家

 ※※※

 

 

 

「私のターン。2マナで《貝獣アンモ》を召喚。その効果で山札の上を捲り、それがムートピアならば手札に加えます」

 

 現れたのは、アンモナイトのようなクリーチャー。

 紫月はいつも通りムートピアのデッキを使っているようだ。

 山札から捲られたカードは、《第四都市 ウツボイド》。ムートピアのクリーチャーのため、手札に加えられる。

 流石紫月だぜ。新しいカードを早速投入しているな。

 

「あたしのターン。マナにカードを置いてターンエンドだ」

「多色カードばかりのようですね、デッキの中身が。5色コントロールでしょうか」

 

 並べられたカードは《テック団の波壊Go!》に《トップ・オブ・ロマネスク》。多色カードなだけじゃない。文明もばらけているようだ。

 既にこれでデッキの文明は4色以上であると割れている。

 だけど、これじゃあ事故率が増えて却ってデッキが回りにくいんじゃねえかコレ……。

 

「3マナで《貝獣 アーヤコーヤ》召喚。ターンエンド」

「ほーん、ムートピアか。随分とまた物好きだねえ――あたしのターン」

 

 カードを引いたトリスは、笑みを浮かべると2枚のマナをタップした。

 

「2マナで《爆砕面 ジョニーウォーカー》召喚! 此奴を自爆させ、マナを1枚チャージ。ターンエンドだ」

 

 現れた仮面の戦士は、その命を犠牲にトリスの魔力を増幅させていく。

 動き出しが遅い。この間に紫月も仕掛けていくようだ。

 いつものように相手に先手を打って策略を仕掛ければ、紫月に勝機はあるはず。ブランも固唾を飲んで見守っている。

 

「私のターン――」

 

 彼女の表情はどこか浮かない。

 相手のデッキが掴めないからだろうか。そういえば、超次元ゾーンにカードも無いし……。

 

「取り合えず、2マナで《貝獣アンモ》を召喚。山札の上から1枚を表向きにして、それがムートピアならば手札へ」

 

 再び表向きになる山札の一番上のカード。

 それが彼女の眼前へ露わになる。

 

「――我が忠実なる僕、《深海の覇王 シャークウガ》を手札に加えます」

『っしゃあ!! マスター、俺に任せな!!』

 

 並んだクリーチャーに、《アンモ》の効果でなかなか尽きない手札。

 これだけを見れば動き出しだけが遅いトリスは劣勢のように見えた。

 

「あたしのターンだな?」

「早くしてください。私が勝てば、貴方達の事を洗いざらい全て吐いてもらいますから」

「ハッ、勝てば、なあ」

 

 彼女はマナゾーンに4枚目のマナを置くと言った。

 

「まあ、無理な話だけどねえ!! 呪文、《裏切りの魔狼月下城》! 効果で、お前は手札を1枚選んで捨てる――」

 

 轟!! と少女魔導司の背後から現れた幾多もの餓狼が赤い瞳をギラつかせて紫月の手札を狙う。

 

「そして[[rb:多色> レインボー]]マナ武装4で、あたしのマナゾーンに多色カードが4枚以上あれば、お前は手札をさらに2枚選んで捨てる!」

「っ……!」

 

 紫月の顔が驚愕で見開かれた。

 次の瞬間、更に餓狼が2匹、背後に表れた月下城から現れた。

 併せて3匹の狼は、紫月に飛び掛かり、3枚の手札を全て残さずもぎ取ったのだった。

 

「嫌な予感はしましたが……!」

「ハハハ、滑稽だなァ、オイ」

「……このタイミングでのハンデス、そしてビマナ気味のムーブ、5色ジョリー・ザ・ジョニーJOEを疑った方がよさそうですね……にしてはやたらとマナにクリーチャーが多いような気がしますが」

「どうした? 怖気づいたか?」

「……まさか」

 

 紫月は黙りこくる。

 確かにこれは厳しいかもしれない。

 クリーチャーは3体いる。しかし、手札はこちらは今の《裏切りの魔狼月下城》で0。

 おまけに、マナはまだ3枚しか溜まっていない。

 

「……私のターン、ドロー」

 

 カードを引く。

 しかし、今は何も出来ない。マナに置いてそのままターンを終えるしかない。 

 と思われたが――

 

「ターン終了時、墓地の《貝獣 ジミーシ》の効果が発動し、場にムートピアがいるので手札へ戻します」

 

 手札は途切れたわけではない。

 墓地へ行っても戻ってくる《ジミーシ》がライフラインだ。

 

「へぇ、しぶといな。だが、そっちも迂闊には殴れねえだろ。その間に好き勝手させてもらうよ。《母なる星域》をチャージして、5マナをタップ」

 

 言ったトリスのマナは全てタップされた。

 そして、そこから激流が渦巻き、魔力が間欠泉となって噴き出す。

 

「現れろ、《飛散する斧(スプラッシュアックス) プロメテウス》!」

 

 巨大な斧と共に顕現したのは、牛頭の獣人。

 アイツの効果は俺もよく知っている。

 登場時にマナゾーンからカードを2枚タップして置き、さらにマナゾーンからカードを手札に回収するという効果を持つ、非常に汎用性が高いクリーチャーだ。昔は、よくお世話になったが……。

 

「さあ、その効果でマナを2枚、タップして増やし――そして、マナゾーンからカードを1枚手札に戻す!」

「何を回収するのでしょうカ!」

「分からねぇ……たった今マナに落ちたカードかもしれねえし……」

 

 当の紫月もその行く様をじっと見つめていた。

 何処か、言いしれぬ不安を孕んだ眼差しで。

 

「あたしは《ジョニーウォーカー》を手札に加える。ターンエンドだ」

 

 ほっ、と俺達は胸をなでおろした。

 でも何故だろうか? 《トップ・オブ・ロマネスク》や《波壊Go!》みたいな強いカードじゃなくて、何故敢えてあのカードをわざわざ手札に加えたのか、意図が分かりかねる。

 

「とにかく、クリーチャーを展開しないと――私のターン、ドローです」

 

 カードを引いた紫月は目を見開いた。

 そして、すぐさま3枚のマナをタップする。

 

「呪文、《ストリーミング・シェイパー》! 効果で、山札の上から4枚を表向きにして、水のカードを全て手札へ」

 

 激流に舞い、紫月の手札に加えられたのは《貝獣ホタッテ》、《異端流し オニカマス》、《放浪宮殿 トライデン》、《崇高なる知略 オクトーパ》の4枚だった。

 

「そして、1マナで《貝獣ホタッテ》を召喚してターンエンドです」

「それで終いか?」

「ええ、終わりです」

 

 紫月には何か策があるのだろうか。

 さっきからずっとクリーチャーを並べてばかりだが――

 

「……来たぜ、待ち侘びたよ。あたしのターン」

 

 カードを引いた彼女は、マナにカードを置き、7枚のマナ全てをタップする。

 ここまで、ハンデスの合間にマナを貯めてきた彼女が此処で動き出すのか。

 手札からカードが1枚、悍ましい気配と共に《プロメテウス》の頂きに叩きつけられた――

 

 

 

「混沌の皇帝よ、異端審問の幕開けだ! 《闇鎧亜キング・アルカディアス》!」

 

 

 

 浮かび上がるタロットカード、Ⅳ番――皇帝の文字。

 バトルゾーンに突如、巨大な光が降り注ぎ、幾多にも束ねた漆黒の羽根、禍々しい黄金の鎧を身に纏った神の使いが現れた。

 

「キング……アルカディアス……!」

 

 彼女はその名前を聞いて震える。

 俺も聞き覚えがある。かつて、デュエル・マスターズで悪名を轟かせたカード、《聖鎧亜キング・アルカディアス》……多色クリーチャーからならば何でも進化元に出来る汎用性、そしてコスト7でありながら、多色以外のクリーチャーが場に出ることを封じる凶悪な能力を持っており、プレミアム殿堂入りになった怪物。

 今、目の前に居るのは似て非なる存在であるとはいえ、大きな威圧感、そして恐怖を紫月、そして俺達に与えるには十分だった。

 

「効果発動。こいつが場にある時、お前の多色以外のクリーチャーの召喚コストはプラス5される」

「プ、プラス5……!」

 

 駄目だ……! 

 紫月のマナのカードは今、やっと5枚。

 なのに、まともにクリーチャーが召喚できるわけがない。あいつのデッキには、多色クリーチャーなんか入ってないのに!

 

「それだけじゃない。此奴が居る時、お前がコストを支払わずにクリーチャーを召喚したら、そのクリーチャーを破壊する」

 

 ぎりっ、と紫月は歯噛みした。

 まるで、その効果さえ無ければまだ何とかなっていたかもしれない、と言わんばかりに。

 

「ターンエンド。さあ、どうする? バウンスするか? お前の手札はさっきの《シェイパー》で加えたカードだから、次のターンに《スパイラル・ゲート》でも今引き出来りゃ良いんじゃね?」

 

 悔しさを押し殺せない表情でカードを引く紫月。

 だが、最早打つ手なしと言わんばかりにクリーチャーを突撃させ始めた。

 

「《アンモ》でシールドを攻撃!」

「受ける」

 

 ぱりん、と1枚目のシールドが砕け散った。

 トリガーは無い。勢いに乗じて、必死の形相で紫月は攻め立てる。

 

「もう1体の《アンモ》でシールドをブレイクします!」

「S・トリガー、発動」

 

 反転するカード。

 挑発的な笑みが浮かび上がり、虚しき抵抗に悪しき専制の鉄槌が下る。

 

「――呪文、《テック団の波壊Go!》お前のコスト5以下のクリーチャーを全て手札に戻す!」

 

 激流が巻き起こり、紫月のクリーチャーを全て彼女の手札へ巻き戻した。

 バウンスと言えど、もう彼女は自分の配下を呼び戻すことは出来ない。なぜならば、既に戦場は混沌の王が支配してしまっているからだ。

 無情にも、その完全なる圧政が敷かれようとしていた。

 

「さあ、此処から本番だ。《ジョニーウォーカー》を召喚。そして、6マナを払って《ジョニーウォーカー》進化」

 

 もう1つ、白と黒の紫電が戦場へ舞い降りる。

 俺は再び目を瞑った。

 神々しい光が、満ち満ちていた。

 浮かび上がるのはタロットカードのⅢ番、女帝の番号。

 

 

 

「満たされぬ愛、新たなる戦禍の火種となれ! 《聖鎧亜クイーン・アルカディアス》!」

 

 

 

 今度はクイーンまで……!

 神々しい鎧に身を包んだ神の遣いが揃ってしまった。

 そして、その場の時間が止まる。

 全ての時間も、空間も、彼らによって支配されてしまったのだ。

 

「《クイーン・アルカディアス》の効果発動。もう、お前は多色以外の呪文を唱えることはできない。そして、《キング》がいるから、コスト踏み倒しも多色以外のクリーチャーの召喚も制限されている!」

「あ、あう……!」

「法無き法、皇帝と女帝の審判、理想無き理想郷! 理不尽と虚構に塗れた魔女裁判の恐怖、思い知れ!!」

 

 叫んだトリスの言葉の先は、明らかに怯える紫月へは向いてなかった。

 何か、別の物に向けたような絶叫だった。

 

「《クイーン・アルカディアス》、奴を攻撃だ!」

 

 女王の裁きと、降り注ぐ光が紫月のシールドを次々に叩き割っていった。

 

「紫月!!」

「っ……S・トリガーは――」

 

 彼女はそこで絶句した。

 どうやら、呪文のトリガーだったらしい。

 

「そして、《キング・アルカディアス》でシールドをW・ブレイク! ターンエンドだ」

 

 これで、彼女は残る全てのシールドが吹き飛ばされたことになる。

 だが、クリーチャーのS・トリガーすら出なかった以上、最早彼女に成す術は無い。

 

「――ターン、エンド……」

 

 紫月はただ一言。

 そう呟くだけだった。

 皇帝の裁きが振り下ろされる。

 激しい光は稲妻となり、鉄槌として彼女へ審判を突き付けるのであった。

 

「《クイーン・アルカディアス》で最後のシールドをブレイク」

 

 S・トリガーは、来ない。

 支配のもとで、希望も、抗うことさえも押し潰された。

 絶望の表情を浮かべた咎人に、容赦なき審判が下される。

 

 

 

「――これにて閉廷。《キング・アルカディアス》でダイレクトアタック



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第18話:審判(ジャッジ)─再起

 ※※※

 

 

 

 空間から放り出されたのは、ぐったりとした様子の紫月だった。

 信じられなかった。あの彼女が、何も出来ないまま一方的に盤面を支配されて負けるなんて。

 

「紫月――!!」

 

 叫んで駆け寄る間もなく、もんずと巨大な手が彼女の華奢な身体を人形のように掴んだ。

 見れば、あの魔導司の背後からは《闇鎧亜キング・アルカディアス》の姿が現れている。

 だが、すぐさま床を蹴り、俺は迷わず目の前のトリスへ殴り掛かったが――

 

「邪魔だよ!」

 

 脳味噌が吹っ飛んだかと思った。

 その一言と共に、クリーチャーの腕が俺を払いのけて壁に叩きつける。

 頭を打ったからか、意識が朧気でぐらぐらと揺れたままだ。手足を動かそうとしたが、頭の中がぐちゃぐちゃになっているからか、立ち上がることもままならない。

 まるで霧の中にいるかのように視界が霞む。

 

「アカル! 大丈夫デスカ!?」

『マスター!! 怪我をしているでありますよ!!』

 

 頭を触り、手のひらを見た。

 成程、べっとりとケチャップのような血がついている。

 だが、不思議と痛みは無かった。鈍くなっているのか。

 

「くそっ、紫月……!」

「無茶デスヨ! 生身でクリーチャーに挑むなんて――!」

 

 何故咄嗟に身体が動いたのかは、後から考えても纏まらなかった。

 部長としての責任感か、仲間が連れ去られそうだから止めたかったのか――

 

「おいおいおい、馬鹿だろ、お前。勝者には勝者に然るべき褒賞ってモンがいるだろーが。敗けて何も無しだなんて、虫が良すぎるんじゃね?」

「ク、クソッ……紫月に、俺の後輩に何するんだ……てめぇ!!」

 

 必死に振り絞った声。

 しかし、相手は気にも留める様子が無かった。

 それどころか、ダイレクトアタックの衝撃で昏睡状態の紫月をお構いなしに連れ去ろうとする。

 

「ちょっと! 今度は私とデュエルするデス!」

「ヤだよ。何で1回見せた手の内をもう1回見せなきゃいけねーのさ。あたしはヒイロ程、甘くはねーぞ」

 

 言うが早いか、廊下が激しい光に包まれる。

 

 

 

「お楽しみは、また今度だ。それまで、此奴はちょっと貰っていくぜ」

 

 

 

 目を思わず瞑った。

 瞬きをしたその一瞬に――魔導司も、紫月の姿も、跡形も無く消え去っていたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 夜の闇を駆ける一陣の風。

 月光が跳ね返ると共に、閃光となって飛び回る。

 

 

 

「――止まれ」

 

 

 

 声がした。

 影は止まり、その主の方へ向き直る。

 

「俺はアルカナ研究会の魔導司(ウィザード)、『灼炎将軍(ジェネラル)』だ」

「……」

「貴方だったのだな? 此処最近、そのカード(エリアフォース)でワイルドカードを狩っているのは」

 

 問うた火廣金の声に対し、影は表情を変えなかった。

 いや、変わるわけが無かった。その素面は真意を悟らせないためか、はたまた身分を隠すためか、やはり仮面に覆われている。

 やはり噂通りか、と緋色は万が一の事態に備え、自らの得物――デッキケース――に手を掛ける。

 

「答えて貰おう。貴方が、何故こんなところに居る?」

「……」

 

 仮面の男は答えない。

 

『ヒイロのアニキ! 此奴、シカトしてるっスよ! 処すっスか?』

「待て。真っ向から行くのは避けろ。……貴方程の男が、何故そんなふざけた格好でこそこそしているのか……俺には分かりかねる」

 

 呆れたように言った緋色。

 何も情報が得られそうにないなら、今日の所は引き下がろうと彼は思っていた。

 相手の実力が未知数――それも少なくとも自分よりも上――である以上、真っ向からの対立は避けたい。

 しかし。

 

 

 

「――オレは、オレのやり方で”正義”を通してるだけだ。ガキのヒーローごっこと、そんなに変わらないさ」

 

 

 

 変声機を通したノイズ交じりの声であったが、はっきりと、そして初めて返答が返ってきた。

 

「アルカナ研究会……だっけか? お前ら、”正義”って何か分かるか?」

「? 何の話だ」

「只の雑談さ。正義が何か。それさえ分かってりゃ、良いんだが――それが分かってねえ人間の心理はあらぬ方向に向かっていく。正義を方便に、正義を盾に、容易に悪に成り得る」

「正義だと?」

「あるいは……正義を振りかざす人間には裏があるってことだよ。そいつは、何かの傀儡になってるってことさ。欲望、怒り、あるいは――別のものか」

「何が言いたい!!」

 

 叫んだ火廣金。

 しかし。もう、返答は帰ってこなかった。

 目を凝らすと、既に仮面の男は居なくなっているようだった。

 解せない、という表情で彼は言った。

 

 

 

「……どういうことだ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺が目を覚ましたのは、夜の7時だった。

 起き上がると、ブランが必死にノートPCに何か打ち込んでいるのが見えた。

 俺は何か言おうとしたが、その前に彼女が、

 

「翠月を通して、今日は紫月は私の家に泊まるって言っておきマシタ」

「……そうか」

「だから、早く見つけないと……いけませんネ、シヅクの居場所」

 

 既に暗くなった外を見上げ、俺は歯を噛み締めた。

 なぜ、彼女は連れ去られなければならなかったのか。

 なぜ、彼女程のプレイヤーが一瞬にして敗れたのか。

 なぜ、俺は何も出来なかったのか!

 

「んなこと言ったって……クソっ!! どうすんだよ……!!」

『落ち着くでありますよ! 今、今、動くのは危険であります!』

「……どうにかするしか、ないデスよ……アカルも怪我してるし、こっちも無茶はできないデス」

「俺の怪我はどうでも良いんだよ!!」

 

 俺の頭からは血が出ていたらしい。

 こういった事件で急に負傷することもあるだろう、と部室に置いていた救急箱から取り出した包帯をぐるぐると巻き付け、その下にはガーゼが当てられている。

 

「……紫月を、紫月を助けなきゃ、いけねぇんだ……!」

「そ、そうデスけど……」

『奴が逃げた魔力を追っていけば、出来ないことはない。ただ、急がねばならんことは確かじゃのう』

 

 まだ、頭が痛い。ぐわんぐわんして、視界が霞む。こんな状態で紫月を助けに行けるのか? 情けない!

 

「オイ!!」

 

 怒声が響く。

 いきなり部室の扉が思いっきり空いた。

 息を切らせた桑原先輩が、部室に駆け込んでくる。

 

「クソッ、大変なことに……なったじゃねーか」

「……桑原先輩」

 

 はぁ、ともう1度大きなため息をつくと、彼はどかっ、とソファーに倒れ込む。

 話を聞くと、どうやらブランにメールで事情は知らされていたらしい。

 

「……助けに行くんだろ?」

「そ、そうに決まってるじゃないですか……!」

「勿論デス! 早く、紫月のいる場所を突き止めないと……それに、アカルが怪我してて……」

「……そうか……」

 

 怪訝な顔で彼は起き上がると、俺の頭に向かってこつん、と拳を優しくぶつけた。

 

「でも、罠かもしれねぇな。今までのパターンから見ても、奴らが紫月を餌にお前らを誘い込んでるのは見え見えだ」

「……だ、だけどっ……!」

「部長として判断しな。どうするべきかを」

 

 俺は押し黙った。

 部長として、俺はどう動くべきか。

 ……確かに、今やみくもに動いても敵の思い通りになるだけかもしれない。

 だけど、それ以前に――俺には通さなきゃいけない筋がある。

 

「……俺には、俺には部長として、部員を預かる責任がある――部員を助けるのは、部長として当然の事……それに」

 

 それだけじゃない。

 

 

 

「大切な部員であるあいつに、俺はまだ謝れてない――罠だと分かってても、俺は行く! 行って助け出して、あいつに謝る!!」

 

 

 

 絶対に、助けなきゃいけない理由がここにある。

 決まりだな、と桑原先輩は立ち上がった。

 ブランも起き上がる。

 

「……だから、協力してくれ――ブラン、桑原先輩!」

「フン、覚悟が決まったじゃねーか。目が火廣金の時と違って、物怖じしてねぇ。そう答える、って思ってたぜ」

「そうデスネ! 私も、全力でサポートしマスから!」 

「ああ!」

 

 拳を握りしめる。

 時間は、そう長くは待ってはくれない。

 

『マスター! 我々も準備完了であります!』

『すぐに追うぞ。奴に余計な準備をされる前に、な。それに、あの鮫男も早く助けんといかんしのう』

 

 チョートッQも、ワンダータートルもやる気十分のようだ。

 待ってろ紫月――すぐに助け出す!

 待ってやがれ、あのクソ魔導司……俺が今度は相手だ!

 教室を飛び出し、俺達は一目散に駆けだす。

 罠と分かっていながらも、仲間のいる場所へ――



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第19話:皇帝(エンペラー)─紫月救出作戦

 ――実際魔法使い様というのは実に用意周到であった。彼女が根城としているこの鬱蒼とした森林の奥地には、見たところ大量の魔法陣が仕掛けられており、そこからクリーチャーの気配を感じた。

 大胆に攻め込んで来た割には慎重すぎる程だ。

 

「……で、さっさと離して下さい」

「暗野紫月――えーっと、此奴はまあ、只の人間なんだろうが……やっぱり案の定――」

「話聞いてましたか」

 

 気が付けば紫月は大きな樹木に、鎖で手足を繋がれていた。

 シャークウガの声も聞こえないが、どうしたのだろうか、と思案する。

 しかし、今は目の前に居る魔導司の少女から出来る限り情報を引き出すのが先決だった。

 召喚書の罪を数える者にして、審判の魔導司、トリス・メギス。デュエルの腕は去ることながら、その魔法の技能も確かなものだ。

 

「オイオイ、今折角お前のことを分析してやってんのに」

「頼んだ覚えはありませんが」

「仕方ねえだろ? 頼まれたんだからよ。さっきも言った通り、我が同志はエリアフォースカードというものを恐れている。しかし。同時に興味も持っているのさ。じゃなきゃ、お前らは今頃皆殺しのついでにエリアフォースを奪われ、エリアフォースカードも即座に処分されるはず」

「っ……!」

「そうはならないのは、単にあたし達のやっていることが表沙汰にはなってはいけないこと、そして何より”あいつ”がエリアフォース、そしてお前らに興味を持っていることに他ならない。まあ、弱すぎと判断した時点で切るし、強すぎと判断した時点でも切る。そうだな。意図は完全には汲み取れないけど、この数十年であいつの考えに何らかの変化があったのは確か」

 

 となれば、その大魔導司とやらは相当の高齢なのだろうか、と紫月は予想する。

 髭を蓄えたいかにも、といった魔法使いの爺さんが浮かんだ。

 

「……それにしても負け惜しみのような言い方ですね」

「事実だもーん。最も、火廣金が敗けたのは予想外だったみてーだけどな。あいつ、あたしよりも強いし」

「……なら、貴方も直に先輩が倒しに来ますよ。先輩は、あなた方が思ってる以上に強いです」

「かもなあ。もっともあたしとあいつじゃ、戦い方も強さってやつの方向性(ベクトル)も違うわけだけだが。あいつは相手が動き出す前に速攻で潰しにかかる。対してあたしは、相手が動けなくなるように雁字搦めにロックを決める……対照的だろ?」

 

 だけど、とトリスは付け加えた。

 

 

 

「――お前の力もこんなもんじゃないだろ?」

「……」

 

 

 

 にやぁ、とトリスは嫌な笑みを浮かべた。

 

「手を抜いてた……わけじゃねえみてぇだな? さしずめ、新たな力――ムートピアの力を使いこなそうと躍起になってるみてーだけど。人間の癖に、癪に障る真似しやがって。……雑魚(シャークウガ)なんか使ってなけりゃ、もっと善戦出来たはずだ」

「おやおや、それは残念です。期待に沿えなくて。ですが、デュエリストの使うデッキは試行錯誤の繰り返し。必ずしも、目に見えて強いデッキ、カードさえ握っていればいいというものではありません」

「負け惜しみかい? 惨めだねぇ。大人しく、こっちのデッキさえ握ってりゃ良かったのにさあ」

 

 そう言うとトリスは、紫月のベルトからもう1つのデッキを取り出した。

 

「デッキをわざわざ幾つも持ってるんだ。なあ、何でわざわざ1番弱いのを使ったのよ? オイ? 嘗めてんのか、人間の癖に」

「……負けたのをデッキの所為にするつもりはありません。それに、これ以上私の切札を馬鹿にするのは許しませんよ」

「その切札は今は居ないだろーが。見捨てられたんだろ?」

「……見捨てられてなんかいませんよ」

「まだそんなことを言うのか、このクソガキは」

 

 次の瞬間だった。

 紫月は腹に強烈な衝撃を覚える。

 トリスの細い脚が、的確に自らのみぞおちを捉えていた。

 げほっ、とせき込み、紫月は反吐を吐きそうになるのをすんでの所で押さえた。 

 途切れかけた意識の中、目の前の魔導司を睨む。

 

「お前、自分の立場が分かってるのか? あぁ?」

「っ……クソガキは、どっちですか」

「ああ? 何か言ったか、人間のガキ。こちとらお前よりもよっぽどながーく生きてんだよ」

 

 今度は拳が頬を抉った。

 少女の身体が放つものとは思えない、非常に重いものだった。

 

「おい。あたしは”あいつ”が言ってるから殺してやらねぇだけで、腹の底から人間が嫌いなんだよ」

「っ……」

 

 紫月は凍り付くような戦慄を覚える。ムカデが何匹も背中を這っていった。

 そう言ってトリスが紫月のデッキケースから取り出したのは、もう1つのデッキだった。

 

「――使いたくないなら、”無理矢理にでも”そのデッキを使わせてやるぜ……なあ?」

「な、なにを……」

「精神汚染――マギア・ポリーシャオという魔法があるんだけどよ、まあ、あたしの得意技さね。言わば相手の負の面の表面化と言えば分かるな――?」

 

 紫月はぞっ、とした。精神汚染、という言葉が嫌なものを思い起こさせる。

 びりびり、と紫電を放ち続ける紫色の宝玉が、トリス・メギスの掌に握られている。

 それが彼女の右胸に押し付けられた。

 

「さあ、良い声で啼けよ? なぁ?」

 

 絶叫が、辺り一面に響き渡った。

 脳を割り、神経を八つ裂きにするような激痛が迸る。

 吐き気が込み上げてきた。

 ――みづ姉……先輩……すみません、紫月は……もう、駄目かもしれません――でも、決して、来ないで――!

 

 

 

「さあ、どこまで持つか、楽しみだなァ、オイ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……わざわざ紫月を攫って行ったのは何故でしょうカ……」

 

 街に出た後、ブランはふとそんなことを言った。

 

「そうだな。今までの分から考えるに、奴らの目的はエリアフォースカードのはず……やっぱり、紫月に何かしようとしてるのか?」

「そうなったら、紫月の身が危ねぇな」

 

 俺は唇を噛み締める。もっと、俺に力があれば、あいつが攫われることは無かったのに!

 もしもあいつが怪我していたら、もしものことがあったら、翠月さんに何て言えば良いんだ!

 1人の後輩の命が懸かっているこの状況。

 プレッシャーは、あまりにも大きい。

 だが、そんな俺の心境を察したのか、桑原先輩が俺の肩に手を置いた。

 

「プレッシャー、でけぇよな、白銀。だから、今はあいつが無事なのを信じるしかねぇ」

「……は、はい」

「良いか。自分を責めるのだけはやめろよ。責任を抱えるのは当然だが、悔やむのはやめろ。前に進むっきゃねぇ」

 

 前に進むしか、ない――そうか。

 確かに、今悔やんでる暇は無い、か。

 

「……ワンダータートル! 早く紫月の、あの魔導司の居場所を教えてくだサイ!」

『今解析しとるわい! 心配するな、痕跡は消えていない。追っていけば――よし!』

 

 ブランの頭に乗っかったワンダータートルが満足げに叫んだ。

 

『迷宮への道は開かれた! 行くぞ、探偵!』

「流石デス!」

 

 どうやら、ワンダータートルの力でブランの頭にトリスがどのような経路で逃げて行ったかが分かったようだ。

 一瞬俺達の前から消えたように見えても、結局あまりにも長距離はワープ出来なかったらしく、その地点を繋いでいけば敵の居場所が分かるというのがワンダータートルの仮設だった。

 そしてそれは見事に的中。

 すぐさまブランはワンダータートルに示された通りに走っていく。

 

「着いてきてくだサーイ!」

「おう! やっぱり頼れるぜ!」

『流石、便利な能力でありますなぁ!』

「お前ももうちょいマシな能力は無かったのか?」

 

 商店街を抜けると、街の外れ――郊外に出る。

 そして、その先には神社の跡地があるのであるが、そこから鬱蒼とした森林に覆われた山へ繋がっているのである。

 

「まさか……登る、デスか?」

「暗い中で身を隠すには絶好の場所だな」

「こんなこともあろうかと懐中電灯は持ってきてるけど……登山の準備はしてねぇぞ?」

「流石にそこまで険しくはないでしょうが……それに林道はあるっしょ。まあ、もう戸惑ってる暇は無いですよ。ワンダータートルも居ますし、迷うことは無いはず」

「そうデスね。頼みましタ!」

『うむ! こっちじゃ!』

 

 俺達は鳥居を潜り、ブランが進む後ろを走っていく。

 そのまま、薄暗い林道を懐中電灯で照らして進んでいくが――

 

『むっ……気を付けろ! 何か、反応が近づいて来とるわ!』

「なっ!?」

「クリーチャーデスか!?」

『そうみたいでありますな! どうやら、こっちに急速で向かってくるでありますよ! だけどコレは――』

 

 俺達は身構える。

 此処で敵のクリーチャーが出てくるか、と思ったが――

 

 

 

『――や、やっと見つけたぜ……てめぇらか……!』

 

 

 

 どんっ、と宙からそれは降り立った。

 何処からともなく、水しぶきが飛び散る。 

 それは酷く息を切らせているようだった。

 

「シャークウガ!?」

「こんなところで何してるデス!?」

「おい、テメェ!! 紫月は一体どうしたんだ!!」

 

 怒鳴る桑原先輩に、シャークウガは首を振った。

 そして――地面に手を突き、崩れた。

 俺達は、戸惑った。あのシャークウガが、いつも自信に満ちて尊大に振舞い、豪快に物事を笑い飛ばしている彼からは考えられなかった。

 

『ほ、本当にすまねぇ――! あいつは、あの魔導司に囚われたままだ……!』

「……!」

『あいつは俺達が気絶している間に、紫月を鎖ででかい樹に縛りつけたんだ……! だからあいつは、身動きがとれてねえ……! しかも、奴はキング・アルカディアスを従えている……あの化物の支配の前じゃ、俺の魔力も無効化される……! そうなる前に、先に目覚めた俺は――』

 

 そこまで言いかけて、シャークウガは地面に拳を振り下ろした。

 悔しさを押し殺せないのか、唇を弓のように引き絞り、叫んだ。

 

『……俺は逃げ出したんだ!! あの、あの化物が怖くて逃げだしたんだ!! マスターを、マスターを見捨てて――! お前らに頼らなきゃ、何にも出来ねえから……!』

 

 そんなことねぇよ、シャークウガ。

 お前はあの状況で、それが最善だって判断したからそうしただけなのに……。

 

『何が魚人覇王団の団長だ……! マスターを、エリアフォースカードを護るのが俺の役目なのに……! 逃げなきゃいけねぇのが、悔しかったんだ……! 俺は最低の臆病者だ……!』

「シャークウガ。誰もお前の事を臆病者だなんて言わねえよ! むしろ、よくここまで来てくれた! 俺達に、俺達に助けを求める為に来てくれたんだろ!?」

「そうデスよ! 戦術的撤退ってやつデス!」

『ク、クソッ……クソが! マスターが……紫月が……早く行かねえと……』

『シャークウガ、好い加減泣くのは止すであります! あとは、我々に任せるであります!』

『そうじゃのう、鮫の字。ワシらが、助け出すわい』

『……頼む……!』

 

 そう一言、言うとかなり疲労していたのか、シャークウガは1枚のカードの姿に戻る。

 俺は地面に落ちたそれを拾い、ブランと桑原先輩に向かって振り返った。

 

「行きましょう……紫月を助けねぇと!!」

「ハイ! 引き続き、ワンダータートルのナビゲートを使いマスね!」

「ああ。シャークウガの意思を無駄にするわけにはいかねぇし――ん?」

「どうしましたカ?」

 

 そう言った途端だった。何かが、動いた。

 俺の視線の先だ。

 姿形が完全に露わになる。

 

「気を付けろ!! 何かいるぞ!!」

 

 いずれも、混沌とした色合いの奇妙なクリーチャーで、気色が悪い、と言う言葉が真っ先に飛び出してくる。

 何かと何かを混ぜ合わせたような怪物、異形達であり、生理的嫌悪を少なからずもたらすものだ。

 

「《星鎧亜イカロス》に《鎧亜の氷爪メフィスト》、《鎧亜の深淵パラドックス》……ロスト・クルセイダーばっかりじゃねえか!」

「一先ず、戦うしかねぇってこったな!」

「上等だ! 時間はないけど……!」

 

 俺達がそう言ってデッキを構えたその時だった。

 

 

 

「――少年少女、その怪物達の相手、この私が請け負った!」



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第20話:皇帝(エンペラー)─精神汚染

 その声は突如、空から響いたようだった。

 そして、闇夜に紛れて影が飛び出し、怪物たちが蠢く林道へ、何かが降り立つ。

 暗がりでよく見えないが、それはマントを羽織った貴公子、という言葉が正しい。

 素顔は仮面に隠れてよく見えないが、すぐさま胡散臭そうに桑原先輩と俺は言った。

 

「いやいや、唐突に誰ですか、貴方は!!」

「ハハハハハハハ! どうした? なぜ困惑してるのだ諸君? 正義の味方だぞ?」

 

 などと言った仮面の不審者に、俺達はいたって常識的な観念からツッコミを浴びせる。

 

「いきなり何なんだアンタ!!」

「如何にも怪しそうな恰好で飛び出してきたぞ!!」

「か、カッコいいデース……!」

 

 ええ……カッコいいの、アレ。ぶっちゃけ、古臭くてダサ……いや、何でも良いや。

 とにかく助けてくれるみたいだけど、誰なんだアレ。

 

「私は”三日月仮面”……! 闇夜に紛れ、人々を脅かすクリーチャーを狩る者! 少年たちよ、どうやら困ってるようだな。雑魚はこの私に任せ、先に進め!」

 

 三日月仮面――って、まさか――

 

「あ、あの三日月仮面デス!? 最近の商店街の事件を解決した、あの!?」

「ほ、本人が此処で出てくるとはなぁ……」

「……いや、いやいや、何時の時代のヒーロー!? 薄々感付いていたけど、また変人!?」

「そう、私は正義の味方! 正義の為に戦う少年少女の味方である!」

 

 変声機で変えた声が妙に耳障りだ。

 まさか、今巷を騒がせている三日月仮面が、此処で出てくるとは。

 ともかく突っ込んでいる暇は無い。

 

「さあ、進め少年たち! 展開されよ、デュエルエリアフォース!!」

 

 言うが早いか、すぐさま空間が展開されていく。あの男の人はクリーチャー3体を相手に戦闘を始めた。

 

「何か知らないけど、始まっちまったよ!?」

「仕方がない。今は進むしかねぇだろ!」

「と、ともかく頑張ってくだサーイ!」

 

 そう言って、俺達はクリーチャー達を避け、走っていくのだった。

 三日月仮面って……何だったんだアレ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ああやって、エリアフォースカードを使って戦ってる人って私達以外にもやっぱりいるんデスね!」

「あの人大丈夫か!? 3体一気に相手だぞ!?」

 

 助けてくれたのは嬉しいが、逆に心配になってくる。

 大丈夫か、あの人!?

 それに――心配になってくるのは、ブランもだった。

 

「おい、ブラン。大丈夫か!? お前、さっきからずっと俺達をリードしてるけど――」

「大丈夫デス! 後輩の命が懸かってるのに!」

「……しかし、この坂道を走り続けるのは流石にきついぞ……! 辿り着いたとして、奴等と戦う体力が尽きていたら、意味がない」

「何言ってるデスか! こうしてる間にも、紫月はもっと辛い思いをしてるはずなのに!」

「……そうか。それなら良い。俺も付き合うぜ」

 

 2人共、分かっていたけど本気だ……!

 本気で、紫月の事を助けたいって思ってるんだ!

 頼む! 頼むから無事でいてくれよ!

 

『!』

 

 ワンダータートルが首をいきなり上げた。

 何かに気付いたようだった。

 

「どうしましたカ、ワンダータートル!?」

『良い知らせと悪い知らせがある。どっちから聞くか?』

「じゃあ、悪い知らせからでお願いしマス」

『うむ。まず――魔導司の気配じゃ!』

 

 ワンダータートルが叫んだ途端に、夜道に何かが降り立った。

 俺達は身構える。

 間違いない。あの、白衣に小柄な少女の姿。

 さっき、紫月を倒し、攫った張本人――トリス・メギスに間違いなかった。

 

「おや、おやおやおや、やっぱり来たねえ。まあ、想定通りではあるけど」

「……トリス・メギス! 紫月を返してもらうぜ!」

「ヤだなあ、お前らの後輩は心配しなくても五体満足、無事で返してやるよ。なあ……?」

 

 そう一声。

 見ると、ふらふらと正面から歩いてくる影。

 シルエットからして、あのパーカーは――間違いない。紫月だ。

 

「……良かった! 紫――」

 

 駆け寄ろうとして、俺は足を止める。

 酷く怯えて、震えている。目が潤んでいて、今にも壊れそうな程だ。

 

「おい、大丈夫か、紫月! 助けに来――」

「は、離れて、”みづ姉”――」

 

 次の瞬間。

 俺の胸に、彼女の手が押し当てられていた。

 そして――俺の身体は、”飛んだ”。

 

「!!」

 

 ごしゃあっ、という音と共に、俺の身体は硬い地面に打ち付けられる。

 すぐさま、桑原先輩とブランが駆け寄ってきた。

 

「アカル!!」

「何かおかしいぞ、紫月の様子が!! あの魔導司、紫月に何をしたんだ!!」

 

 傷が開き、血が流れる頭を抑える中、桑原先輩の怒号が飛んだ。

 魔導司の三段笑いが返ってくる。

 

「ハハハハハハハ、ちょっとばかし細工をしただけさね! まあ、おかげで、凄く臆病で可愛い子猫ちゃんの完成さ。で、近づく奴等の事を皆”敵”と見なして殺そうとするから気を付けろよ?」

「こ、こいつッ!! ふざけんじゃねぇ……!!」

「おまけに此奴の世界には今、此奴の姉ちゃんしか映ってねぇのよ! どこまでも哀れだなぁ!」

「て、んめぇ!!」

 

 起き上がり、俺は叫んだ。

 紫月に、紫月にそんなことを――!!

 

「あー、そうそう、ついでにこいつ等も呼んでおくか」

 

 パチン、と指を鳴らすと共に2体のクリーチャーが紫月の横に降り立つ。

 忌々しそうに桑原先輩が叫んだ。

 

「クソがっ!! こんな時に……!」

 

 《鎧亜の邪聖ギル・ダグラス》に《鎧亜の咆哮キリュー・ジルヴェス》……またロスト・クルセイダーか!

 

「アカル! クリーチャーは、私達が倒しマス!」

「白銀、テメェ、動けるか!? 動けるなら、お前が紫月の所に行ってこい!」

「……!!」

 

 そうだ――!

 動ける、動けない、じゃない――動かなきゃ――俺が、紫月を助けないと――!!

 此処まで来た、意味がない!!

 

 

 

「2人共、頼む!!」

 

 

 

 先輩も、ブランも頷いた。

 そして、立ち塞がる2体のクリーチャー相手にエリアフォースカードで空間を展開していく。

 俺は、その間を突っ切り――紫月と再び相対した。

 その姿は、改めて見ると慄きを憶えるものだった。

 右目の強膜――白目――は黒く染まっており、瞳孔も虹彩も血のような紅に輝いている。

 俺は思わず叫んだ。

 

「トリス・メギス!! 俺は絶対、テメェを許さねえ――後輩に、後輩にこんなことをされて、許せるわけがねぇ!!」

「はっ! 何言ってんだ。そいつは元々、自分の双子の姉ちゃんしか信用出来ないどうしようもない臆病者! 私がちょっと心を弄って、その本性を顕してやっただけだろーがよォ!!」

 

 俺は憎悪さえ覚えた。

 人間のやることじゃない。

 あの姿――紫月が苦しんでいるのは目に見えて明らかだ。

 

「ふざけんな!! 紫月を、元の紫月に戻せ!!」

「言ってろ、クソガキ!! お前ら人間が、あたし達にやった仕打ち!! それに比べれば、まだ生温いさ!!」

 

 仕打ち――!?

 その言葉で俺は立ち止まりそうになる。

 しかし、俺はそんな言葉で立ち止まるわけにはいかない。

 

「おい、暗野紫月!! 白銀耀を痛めつけろ!! エリアフォースカードを奪い取れ!!」

 

 虚ろな目。

 ところどころが裂けて赤く煌く滴りが鋭く俺の目に刺さる。

 

「――みづ、姉……」

 

 空間が開かれていく。

 紫月と戦うことになるなんて――

 

「おい、チョートッQ……! 俺は、全力であいつと戦わねえと、いけねえんだよな……!」

『そうでありますな……! 心苦しいでありますが、やるしかないであります!』

「クソっ……本当に趣味の悪い奴だぜ、トリス・メギス!!」

「ハハハハハ! 同士討ちなんて、最高に絶望的なシチュエーションだろう? 暗野紫月――此奴は、本気を出せばお前らの中で一番強いんだ。お前ら3人、皆倒してエリアフォースカードを根こそぎ奪ってやる!! あたしは、ヒイロとは違うんでねェ!!」

 

 ぎりっ、と唇を噛み締めると、血の味がした。

 俺の頭も、胸も、それくらい煮えたぎっていた。

 血が流れ、鼻に滴るが気にしなかった。

 だって、こんな痛み――あいつが味わったものに比べれば!!

 

「……来ないで、みづ姉……こんな姿……誰にも……!」

 

 拒絶するような言葉。

 自分自身に絶望しきった言葉。

 黒い強膜に血の涙が溜まり、頬を伝っていく。

 はち切れそうな鼓動と、怒りを抑え、俺は彼女に向き合った。

 

「大丈夫だよ、紫月。俺がお前を助ける。お前の世界の中にあるものが全部、お前の敵に回ったって――俺達は、全力でお前を守る、俺が、俺達がお前を助け出す!! 助け出さなきゃ、いけないんだ!!」

 

 デッキケースを握りしめた。

 相棒が、チョートッQが飛び出してくる。エリアフォースカードが夜の闇の中で光り輝いた。

 

「チョートッQ!」

『応であります!! 超超超可及的速やかに紫月殿を助けるであります!』

 

 対する紫月も拳を握りしめると共に、空間を開こうとする。

 

「――ダメ、嫌だ、近づいてこないでッッッ!!」

 

 絶叫が響き渡った。

 胸が裂けるような、声が聞こえる。

 潤うことなき渇きと、決して晴れることのない恐怖が霧のように彼女を覆っている。

 この日。俺は、今までで最も哀しく、最も悪辣で、最も戦いたくない相手と戦うことになる。

 

 

 

「悪いな、紫月――俺が今行くぞ!」



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第21話:皇帝(エンペラー)─覚醒の兆し

 ※※※

 

 

 

 俺と紫月のデュエルが始まった。

 2ターン目、早速彼女は2枚のマナをタップし、クリーチャーを呼び出す。

 

「《【問2】ノロン(アップ)》召喚。その効果で――手札を2枚引き、2枚捨てます」

「俺のターン、2マナで《ピクシー・ライフ》を唱え、その効果で山札の上から1枚をマナゾーンに! ターンエンドだ!」

 

 互いに準備に準備を重ねる段階。

 しかし。彼女のあの動きは、墓地を貯めているのに対し、俺の場合はマナゾーンにカードを貯めている、と対照的だ。

 ――墓地にカードを溜めている……ブランみたいな墓地退化か……それともロマノフか……!

 そう推理するが、すぐさま答えは見つかった。

 

「私のターン。3マナで《ノロン》を進化、《プラチナ・ワルスラS》に……! うっ、うぅ……!」

 

 紫月の苦しそうな呻きと共に、槍のマークが交差し、目の前に現れた。

 ぐにゃり、と青いゼリーが《ノロン》を取り込み、肥大化していき、巨大なクリーチャーとなった。

 王冠と杖を持ち、宝石のようなパーツが取り付けられ、Sのイニシャルが浮かび上がる。

 

「……痛っ……シールドを攻撃、するときに――私はカードを3枚引き、そしてカードを1枚墓地へ」

「っ……マジかよ」

 

 割られる2枚のシールド。

 ガラスのようなそれが飛び散り、衝撃波が俺を吹き飛ばそうとする。

 

『いきなりパワー6000のW・ブレイカーが出てきたでありますよ!』

「《プラチナ・ワルスラS》は紫月が好きなカードの1枚……! その能力も強烈だ……! すぐに倒さねえと……!」

 

 カードを引いた俺は、迷わず4枚のマナをタップする。

 

「4マナで《ドツキ万次郎》召喚! その効果で、相手のタップされたクリーチャーを1体、山札の一番下に送る! 《プラチナ・ワルスラS》を山札の一番下へ!」

「小癪な……!」

 

 《ドツキ万次郎》の大量の拳が、《プラチナ・ワルスラS》の柔らかい身体に打ち込まれ、一瞬で粉砕する。

 これなら、紫月の墓地を増やさずにクリーチャーの対処が出来る。

 だけど、痛いな……早速シールドが2枚削られているなんて。

 

「……私のターン。呪文、《ストリーミング・シェイパー》。その効果で山札の上から4枚を表向きにし、水を手札に、それ以外を墓地へ」

 

 捲られたカードは《ノロン》に《サイバー・チューン》、《ザ・クロック》に《トツゲキ戦車バクゲットー》。

 その中から水の《ノロン》、《サイバー・チューン》、《ザ・クロック》が手札に加えられた。

 苦しそうに頭を抑えた彼女。

 血涙が流れる右目が、悲壮なものさえ感じさせる。

 見れば、肌はだんだんひび割れて赤い光を放っており、だんだん彼女が彼女ではない何かに変わっていくようだった。

 

「……俺のターン。3マナで、《フェアリー・クリスタル》を使う! その効果で、山札の上から1枚をマナに置き、そしてそれが無色カードなら――」

 

 置かれたカードは《ジョリー・ザ・ジョニー》。無色カードだ。

 俺は小さくガッツポーズし、山札の上から更に1枚を表向きにした。

 

「山札の上からもう1枚マナゾーンに! これで俺のマナは、7マナ! 次のターンで8マナだ!」

 

 今回のデッキは無色×自然のビマナ型ジョーカーズだ。

 今のところは順調だが……。

 

「私のターン。3マナで《埋葬の守護者 ドルル・フィン》を召喚。そして、2マナで《学校男》を召喚」

「なっ……!」

「その効果で、《学校男》と《ドルル・フィン》を破壊し、《ドツキ万次郎》も破壊」

 

 《学校男》は2コストパワー8000の強力なクリーチャーだが、登場時に自分のクリーチャーを2体破壊しなければならないというデメリット能力を持つ。

 だが、同時にこの時、相手も自分のクリーチャーを選んで破壊しなければならないという効果も持っているのだ。

 本当に厄介だ……!

 

「そして、《ドルル・フィン》は破壊されたとき、山札の上から5枚を墓地に置く。ターンエンド」

 

 まずい。

 墓地がどんどん増えていってる。

 この流れは間違いなく、墓地ソース。このままでは、彼女の切札が現れるのは確実だ。

 

「3マナで《ニヤリー》を召喚! その効果で山札の上から3枚を表向きに!」

 

 捲られる3枚のカード。

 現れたのは《洗脳センノー》、《ピクシー・ライフ》、《ヤッタレマン》の3枚だ。

 その中の無色カードである《センノー》と《ヤッタレマン》を手札に加える。

 そして――

 

「《洗脳センノー》を召喚! ターンエンドだ!」

 

 これで踏み倒しは禁止出来る。正直言って、気休め程度だけど……。

 

「――私のターン、ドロー」

 

 言った紫月は、3枚のマナをタップした。

 そして――

 

「呪文、《サイバー・チューン》。その効果でカードを3枚引き、2枚手札から捨てる……」

 

 唱えられる呪文。

 しかし、これだけでは終わらない。

 嫌な予感がした。

 彼女の残る手札から、何かを感じる。

 

「紫月――お前は――!」

「黙れ……黙れ黙れ。近づくな、喋るな!! 私のこんな姿を見た奴は、残さず息の根を止める!!」

 

 カッ、と紫月の目が見開かれた。

 その左の強膜も、黒く染まり、血涙を流している。

 まずい。あいつは、どんどん変わっていく――!

 

「まず、私の墓地にクリーチャーが6体以上いるため、G・ゼロ発動。《盗掘人形モールス》召喚。その効果で、墓地からクリーチャーを手札に加えます」

 

 現れたのはガラクタで構成された人形。

 しかし、そいつが墓場から掘り起こしたのは恐るべき切札だった。

 

「さらに、墓地にクリーチャーが6体以上いるため、G・ゼロ発動。アウトレイジ、《百万超邪(ミリオネア) クロスファイア》!」

 

 次の瞬間、哀しい咆哮と共に灼熱の火器を背負った強大な無法龍が姿を現した。

 G・ゼロは召喚――《センノー》の効果では封じられない!

 そして、無法龍の様子がおかしい。

 目は禍々しい紫色に輝いており、全身も黒いオーラが包み込んでいる。

 まるで、持ち主の紫月に引き寄せられるように――

 

「そして、墓地にあるクリーチャーの数だけコスト軽減し、コストマイナス10……あ、ああああ、嗚呼亜阿唖アァァァァーッ!!」

 

 絶叫を前にして、ぞっ、とした。浮き出る強大なシルエット。

 これが彼女の成し得ようとしていたものの正体。

 彼女が呼び出そうとしていた異形の正体――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――師匠。師匠が苦手なデッキは何ですか?

 ――苦手? 特にはない……いや、散々苦しめられたデッキならあるがな

 ――教えてください

 ――ちょっと、しづ。そんなに簡単に教えてもらえるわけがないじゃない

 ――墓地ソースだ。昔、ライバルがいつも使っていた。あいつの前では、僕の破壊は意味を成さない――本当に太陽のように燃え続けた諦めの悪い奴だった。

 ――そうですか。それじゃあ墓地ソースを組みますね。

 ――しづ!?

 ――ああ、待て。組むなら、かなり費用が掛かる。主に切札がな……。

 ――良いんですか!?

 ――師匠を超える為なら――

 

 一瞬だけ頭に過った、在りし日の記憶。

 しかし。

 その破滅的な切札は今は、目の前のものを、そして自らを滅ぼす為に存在している。

 最早、それは終末の暴走兵器。

 元々手にしたのも、姉に近づくあの男を潰す為。

 彼女が止まらなければ、その龍は決して止まらない――哀しみも、怒りも、憎悪さえも糧にして――力尽きても尚暴走する。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「数多の屍を乗り越え、暴走する――《[[rb:暴走龍 >ライオット]] 5000GT》!!」

 

 

 

 浮かび上がる勝利――(ビクトリー)の紋章。

 そして現れたのは史上最強のアウトレイジの無法龍。

 弱者を決して許さず、屍を踏み越えて暴走する恐怖と力の権化だ。

 

「あ、あははは……!! こんな醜い姿じゃ、もう誰にも愛してもらえない、みづ姉にも――!」

 

 次の瞬間、俺の場のクリーチャーが全て焼き尽くされた。

 《5000GT》は登場時に全てのパワー5000以下のクリーチャーと、サイキック・クリーチャーを破壊し、その召喚を禁止するという効果を持っている。

 つまり、あいつが居る限り、俺のS・トリガークリーチャーを含めたパワー5000以下のクリーチャーも出せない。

 おまけにあの2体は――揃いも揃ってスピードアタッカー……!

 そう、このデッキこそが本気の紫月が使う最強デッキ。

 圧倒的なパワーと速度で全てを蹂躙する無法者を駆る彼女に勝てたことは、殆ど無い。

 ――最近、あまり戦ってなかったけど……やっぱりつえぇ!!

 

「は、あははははははは!! 《5000GT》でシールドをT・ブレイク――!」

 

 俺は卒倒しそうになった。

 巨大な電動丸ノコが俺のシールドをまとめて両断する。

 思わず腕で顔を覆った。

 その破片が飛び散り、次々に俺の肉という肉に突き刺さっていく。

 

『マスター!!』

「っ……し、づく……!!」

「《クロスファイア》! トドメを刺しなさいッ!!」

 

 迫りくる攻撃。

 ズタボロの身体。

 俺は今にも絶望しそうだった。

 だ、駄目だったか――

 割られたシールドを見る気力さえも、紫月を前に奪われていた。

 もう、駄目なのか──!?

 

 

 

 ──目の前の事に、今の事に真っ直ぐになれる白銀先輩を、私は花梨先輩やその音神先輩にも劣らないと思っています。

 

 

 

 彼女の言葉が、頭の中で響く。

 紫月。嘘つくんじゃねえよ。何も信じられない?

 違う。お前は、俺の事をそう言って信じてくれたんだ。

 目の前の事に、今の事に真っ直ぐになれるのが白銀耀って男だということを!

 俺は、最後までそれを貫かなきゃいけねえのに、負けてられるかよ!

 

「……っハハ」

 

 乾いた笑みが漏れる。

 おい、紫月。

 お前はやっぱり、生意気な後輩だ。

 だけど、最高に頼れる後輩だ!

 割られたシールドが俺に応えるようにして、光となる。

 

 

 

「S・トリガー、《ナチュラル・トラップ》!」

 

 

 

 次の瞬間、大量の蔓が《クロスファイア》を地面へ引きずり込んでいく。

 これで、紫月が俺を攻撃できるクリーチャーはもういない。

 

「わりーな、紫月――俺はとことんまで、地獄の鬼には嫌われてるみてーだ!」

「っ……!」

 

 間一髪。

 首の皮一枚繋がった。

 やっぱり紫月に勝つには、構築、プレイングだけじゃねえ、運も全て完璧じゃねえと絶対に無理だ。

 だが、勝負運なら、俺は負けない!

 

「紫月。怖かっただろ。……ちょっと、待ってろ」

「何を言って――」

「G・ゼロは召喚。お前がこのターンに召喚したクリーチャーは《モールス》、《クロスファイア》、《5000GT》の3体――つまり、お前の出番だ!」

 

 浮かび上がるジョーカーズのマーク。

 相手にターンにでも、出せるクリーチャーがいる!

 カウンターだ!

 

 

 

「暗闇の中の一筋の光明へ勝利を撃ち抜け!! 《バレット・ザ・シルバー》!!」

 

 

 

 俺の手札からノーコストで現れた白銀の銃馬、《バレット・ザ・シルバー》は俺の山札を目掛けて乾いた音と共に銃弾を放つ。

 撃ち抜かれたカードは――

 

「出てこい、《バイナラドア》! これは召喚じゃねえから、《5000GT》の効果は受けない! 《5000GT》を山札の一番下に送り、1枚ドロー!」

「っ……おのれ……!」

 

 顔を引き攣らせる紫月。

 だけど、駄目だ。このままじゃ、俺はまだ勝てない。

 もうひと押し、あいつを止められるカードを――

 

「――ひっくり返すぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引く。

 次の瞬間だった。

 そこにあったのは――《チョートッQ》のカード。

 

「……どぇぇ!? 俺、お前入れてねぇんだけど!?」

『何を言ってるでありますか! マスターのピンチに駆け付けるのは当然であります!』

「てめぇ!! 勝手にデッキからカードを入れ替えて入りやがったな!!」

『だけど、マスターが今まで戦って成長してきたように――我も、成長しているであります! それを見て欲しいのであります!』

「成長……!? 何言ってんだお前――」

『見くびらないでほしいでありますよ! マスターカードだけが、マスターの切札ではないであります!』

 

 俺は、はっとする。そうだ。俺のデッキのカードは、全て1枚1枚が切り札なんだ。

 

「そうか――だからジョーカーズ(切札達)――!」

 

 言いかけたその時、デッキケースに入っていたはずのエリアフォースカードが飛び出してくる。

 白紙のはずのそのカードに――絵柄が突如、現れた。

 そこに刻まれた数字は、Ⅳ。

 タロットカードのⅣ番、皇帝の数字だった。

 

「何だ――これって――」

「おいおいおい! どうなってんだそのカード!」

 

 いきなり声が入る。

 見れば、今まで観戦していたであろうトリス・メギスがいら立った様子で叫んでいた。

 

「そのエリアフォースカードとやら、どうなってんだ! 人間に、皇帝(エンペラー)の、アルカナ属性の適正を与えるというのかよ!?」

「俺だって分からねえよ! これって――」

『うおおおおおおおおおお!!』

 

 次の瞬間、《チョートッQ》のカードが光に包まれていく。

 

『マスター! マナを全て払って、我を召喚するであります!』

「お、おう!!」

 

 今ある8枚のマナを全てタップし、俺はカードを勢いに任せてバトルゾーンへたたきつけた。

 ジョーカーズのマーク、そして、皇帝を意味するⅣ番の数字が浮かび上がる――その時。

 チョートッQ、そして――《ダンガンオー》がバトルゾーンへ飛び出した。

 どこからともなく線路が敷かれていき、後ろから走ってくる。

 

 

 

連結合体(トランスコンビネーション)!!』

 

 

 

 次の瞬間、ダンガンオーの身体がバラバラになり、チョートッQへパーツが組み込まれていく。

 そして、チョートッQの顔も変形していき、胴となって足のパーツを構築していく。

 新たな頭部が出現し、巨大な両腕には刀が握られた。

 俺は、その名を――叫んだ。

 

 

 

 

「これが俺の超切り札(ワイルドカード)! 目覚めろ、皇帝(エンペラー)のアルカナ!

超絶特Q(チョーゼツトッキュー) ダンガンテイオー》!!」



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第22話:皇帝(エンペラー)─総大将

 キキィーッ、と線路上に止まり、両腕の刀を振り上げる《ダンガンテイオー》。 

 その姿は列車の戦士という趣から、列車の武者というものに変わっており、まさにこのデッキの殿(しんがり)を務める総大将。

 合体、したのか――! チョートッQとダンガンオーの力が1つになって進化したのか!

 

 

「──ダンガンテイオー! 紫月を……助けるぞ!」

『我が主よ、承知した!』

 

 走り出す《ダンガンテイオー》。

 遂に反撃の始まりだ。

 

「行け!! 《ダンガンテイオー》でシールドをW・ブレイク!!」

 

 飛び出した弾丸のように地面を蹴った《ダンガンテイオー》が刀を振り下ろすと共に、小気味の良い音が響いて、一気に2枚のシールドが真っ二つになる。

 

 

 

『二刀流・ダンガンインパクト!!』

 

 

 

 着地の衝撃がこちらにまで伝わり、シールドが砕け散るのが俺の方からも見えた。

 よし、これで残るシールドは3枚。

 

 

 

「S・トリガー」

 

 

 

 しかし、シールドは光となって収束していく。

 まずい、あの中身次第では俺は負ける。

 頼む――!

 

「《サイバー・チューン》。その能力で3枚引いて2枚捨てる。捨てるのは《疾風怒濤(スパイラルアクセル) キューブリック》と《クロック》。そして、《キューブリック》がどこからでも墓地に行ったとき、マナに水のカードが3枚以上あれば相手のクリーチャーを1体選び、持ち主の手札へ! 《バレット・ザ・シルバー》をバウンス!」

「っ……!」

 

 幸い、クリーチャーのトリガーではなかったが、バウンスされたことで俺は打点が足りなくなった。

 このターンこれ以上攻撃しても旨みがない――

 

「命拾いしましたね……! 《ザ・クロック》なら私の勝ちだったのに……! うっ……!」

 

 それでも、紫月の焦燥が強くなっていくのが分かった。

 追い詰めている。あの彼女を、本気の彼女を確実に。

 同時に、どんどん彼女の身体に黒いものが侵食していっている。

 早く止めないと――

 

「あ……亜、あ……ああ!!」

 

 彼女はふらつきながら頭を抑えた。

 その眼は俺を見ていない。

 今は何処にもいない何かに縋っていた。

 

 

 

 ※※※

 

 ――しづ。そろそろ私にばかり甘えるのはそろそろやめないと。

 ――甘えてなんかいません。みづ姉が頼りないからです。

 ――ふふっ、確かにその通りね。でも、最近は違うわ、しづ。

 ――何がですか。

 ――紫月、本当にうれしそうにデュエマ部の話をするのだもの。特に白銀先輩。

 ――別に。私はあの人の生き方は肯定していますが、それ以外は頼りない先輩です。

 ――またまたそんなこと言っちゃって。貴方も、心の何処かでデュエマ部や、先輩の皆さんを心の支えにしてるんだなって思うと、寂しいけど、嬉しいのよ。桑原先輩もあなたのことを気にかけてるみたいだし。

 ――別に……私は……みづ姉さえ、居れば――。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「私は、私はみづ姉だけいればそれでいいのに!! 私の、私の記憶に、入り込んでくるなァァァァァァァァーッ!!」

 

 

 

 《ノロン》の上に重ねられることで、再び現れた巨大なスライムのイニシャルズ。2体目の《プラチナ・ワルスラS》だ。進化クリーチャーだから、すぐに俺にダイレクトアタックを決められる。

 俺の場にはブロッカーはいないし、手札にはシノビもいない。

 

「《プラチナ・ワルスラS》ッ!! ダイレクトアタックッ!!」

 

 だけど――俺には、《ダンガンテイオー》が残っている!!

 それは、俺を目掛けて突貫しようとしたが――スパン、という音と共に動かなくなる。

 既に、《ダンガンテイオー》は巨大スライムの傍を通り過ぎていた。

 ばたり、と気絶したように倒れてしまう。

 

『安心せよ。峰打ちだ』

「なっ!? なぜ動かないのですかっ……、《プラチナ・ワルスラS》!!」

「《ダンガンテイオー》の効果だ。お前のクリーチャーは、場に出たターンに俺を攻撃出来ない。進化クリーチャーも、スピードアタッカーも、出たターンに俺を殴ることは出来ねえんだ」

 

 《ダンガンテイオー》の能力は、まさに守りと攻めの両方を兼ね揃えたものだ。

 特に、この効果は相手の足止めをするには好都合な能力。

 これで、ダイレクトアタックを止めることができた。

 

「ヒッ……! そ、そんな……! ぐ、ぐぬう、亜……阿……ぁ……!!」

 

 我に返ったように怯えた表情を見せる紫月。

 しかも、《ダンガンテイオー》のパワーは8000。《ワルスラ》では攻撃しても破壊出来ない。

 つまり、彼女のターンはもう終わりだ。

 もう、彼女は何も出来ない。

 

「俺のターン。9マナをタップし、《燃えるデット・ソード》を召喚だ!」

 

 轟!! と燃え上がる鋏が俺の手札から勢いよく飛び出した。

 

「その効果で、お前はマナ、手札、場のカードを1枚ずつ選び、山札の下に置く!」

「ぅあっ……!」

 

 紫月は手札から《バイケン》、マナから《クロック》、場の《ワルスラ》の下に重ねられた《ノロン》を山札の下に送る。

 そして――

 

「《ダンガンテイオー》のもう1つの効果発動!! 俺のクリーチャーは、場に出たターンに相手を攻撃できる!」

『皆の者!! 今こそ出陣だ!!』

「つーわけで、攻め込むぜ!! 《デット・ソード》でお前のシールドをT・ブレイク!!」

 

 飛び出した《デット・ソード》が紫月のシールドを全て切り裂いた。

 トリガーは、無い。

 彼女は怯えた表情で絶叫した。

 全てを拒絶するように。

 だけど俺は――その手を必ず掴んでみせる。絶対に、手放してたまるもんか!!

 

「――紫月。ちょっといてぇかもしれないけど、我慢しろよ!!」

「あ、亜、唖、阿、あああああああ……!!」

 

 地面を蹴った皇帝のカード。

 その刀は、確かに彼女を捉えていた。

 

「《超絶特Q(チョーゼツトッキュー) ダンガンテイオー》で――ダイレクトアタック!!」

 

 そのまま、線路が敷かれていき、疾走していく《ダンガンテイオー》の刀が、全てを断ち切ろうと振り降ろされる。

 刃は、彼女の闇を、しがらみを、そしてどす黒い魔術さえも断ち切ったのだった。

 

 

 

「亜、ぁ……あ――せん、ぱい――」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――私は、あくまでもみづ姉さえ居ればそれでいいのです。

 ――ったく、本当にお前は変わらねえな! シスコンニート!

 ――ニートではありません。学生ですから。

 ――ストップ、ストップ! これでもシヅクは皆の為に動いてくれてるじゃないデスか!

 ――別に……最終的にみづ姉に被害が……。

 ――桑原先輩の時だって、そうデシタヨ! 何だかんだで助けたかったんじゃないデスか!

 ――むぅ……。

 ――本当素直じゃねえな、お前は。

 ――うるさいですね。

 ――それにこないだ言ってたデショ。何だかんだ、白銀先輩にも感謝はしてる、影響を与えてくれた、っテ。

 ――それは言わなくても良いでしょう!

 ――本当、素直じゃねえなあ……ま、ありがとよー。

 ――お礼を言われるようなことはしていません!

 ――あ、出て行っちゃいましタ。

 ――ほっとけよ。別にすぐ帰ってくるさ。

 

 

 ※※※

 

 

 

 空間は解除された。

 再び、地面に倒れた紫月を俺は抱き起こす。

 見れば、血涙は既に乾いており、身体にあった裂け目も無くなっていた。

 これで、元に――戻ったのか!?

 

『安心せよ、マスター。峰打ちだ』

「ああ。生きてるのは分かるぜ」

 

 俺は紫月に駆け寄ろうとした。

 しかし。

 

「オイコラ!! ほんっとに使えねえなあ!! まあ、想定内だけども!!」

 

 怒号が聞こえる。

 見れば、トリス・メギスが狂気の笑みを浮かべていた。

 

「今お前、すっげー疲れてるだろ? そこの2人も満身創痍みてーだし?」

「なっ……!」

 

 振り返って俺は絶句した。

 勝ってはいるのだろうが、足が震え、既に戦える状態ではないブランと桑原先輩の姿があった。

 かく言う俺も、疲れはピークに達している。

 この状況であの魔導司と戦えば――デュエル中にぶっ倒れるかもしれない!

 

「ま、まだいけるデス……」

「俺も……くそっ、駄目だ……そろそろヤバい」

『マ、マスター……くっ!』

 

 俺の背後に立っていたダンガンテイオーが光と共に、小さくなって足元に転がった。

 元のチョートッQの姿だ。

 まずい。このままでは、満足に戦えない!

 

「てめぇ、どこまで腐ってやがるんだ!!」

「うっせぇ!! これでお前ら全員お終いだ! キング・アルカディアスで片付けて――」

 

 

 

「ハハハハハハ!!」

 

 

 

 突如。わざとらしい三段笑いが闇夜に響き渡る。

 振り返ると、マントが翻り――月夜に照らされ、闇夜の貴公子が姿を現す。

 その姿に、俺は絶句しそうになったが、その名を呼ぶ。

 

「み、三日月仮面!?」

「また会ったな!! ハハハハハハハ!」

 

 未だにノイズのかかった不気味な笑いを止めない彼は、トリス・メギスに歩み寄っていく。

 

「フハハハ、私は正義の味方。そして、同時に悪の敵でもある。魔導司、トリス・メギス。貴様の企みも此処までよ!」

「何だぁ、こいつ……はっ、お前も人間だろ? 邪魔をするんじゃねえ。潰せ、キング・アルカディアス!!」

 

 襲い掛かる実体化したキング・アルカディアス。

 しかし――その体は一瞬で打ち砕かれた。

 トリス・メギスは今度こそ動揺を隠せないようだった。

 

「なっ……!」

「王の暴力的支配は、私の《オーパーツ》の前では無意味だ」

「多色クリーチャーか……クソっ!!」

 

 三日月仮面の背後には、巨大な機械のようなクリーチャーが浮かんでいる。

 あれは確か、《完璧証明(ラストクエスチョン) オーパーツ》ってクリーチャーじゃないか!?

 

『さっきの……良い知らせを忘れておったわ』

 

 ワンダータートルの声が聞こえた。

 

『あの3体のクリーチャーの反応が、”同時に”蒸発したという情報じゃ。つまり、あの男が倒したということだ』

「なっ……!」

「本当、デスか!?」

「只モンじゃねぇな……」

 

 結局勝ったのかよこの人……!

 ってことは、滅茶苦茶強いんじゃねーか!?

 

「さあ、返してもらおうか? 彼女のエリアフォースカードを。それとも、此処で惨めな目に遭うか。私は貴公子であるが故、選択の余地を与えようではないか。YESかNOか。さあ、択べ」

「くっ、仕方ねぇな……!」

 

 トリス・メギスは思いの外、あっさりと彼にエリアフォースカードを投げ渡す。

 それを受け取った彼は、俺にそれを渡すのだった。

 

「今回の所は素直に引き下がってやるよ……!」

「てめ、待ちやが――」

「待て。深追いは危険だ。此処は互いに譲歩しようではないか」

「っ……」

 

 三日月仮面に手で制され、俺は地面にへたりこむ。

 確かにそうだ。もう、まともに戦える状況ではなかった。相手が渋々撤退していっただけじゃないか。

 トリス・メギスは間もなくその姿を夜の森へ消す。

 跡形も無く、その場に居たという痕跡さえも知らぬ間に抹消していく様はまさに魔法使いであった。

 

「……さて。何であれ、君達が無事で何よりだ」

「あ、ありがとうございました」

「何であれ。君の仲間の為に戦う姿、まさしく正義であった。だが、無茶はしないでくれよ? 命あってこその正義だ」

 

 俺も、あと少し間違っていれば今度も死んでいたかもしれない。

 改めて、危険な戦いであったことを思い返す。

 

「この辺りのクリーチャーは排除したし、他の魔導司の気配もない! 気を付けて戻りたまえ! ハーハッハッハッハ!!」

 

 胡散臭い笑い声と共に、三日月仮面なる男は森の中へ消えていく。

 追いかける気力もなく、俺は紫月を抱えたまま、地面にへたり込んだのだった。

 

「……やったか、白銀」

「みたい、デスね……」

「おう……」

 

 彼女の穏やかな寝顔を見ながら、俺は安堵する。

 そして、静かに言ったのだった。

 

 

 

「――帰ろう。俺達の街に」



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第23話:皇帝(エンペラー)─帰還

※※※

 

 

 

 紫月を背負い、街に帰る途中だった。

 俺も、ブランも桑原先輩も、既に足が棒のようだったが、それでも何とか歩いていた。

 幸い、山を下りる時はワンダータートルの力があったので迷わずに済んだ。

 で、怪我をして疲れている紫月をどこで休ませるか、という話になる。流石にブランの家に泊まると言ったのに暗野宅に送ったら怪しさMAXだし、かといってブランの家に連れていっても、ブランの家の人に怪しまれるだろう。

 傷は浅いが、全身を擦り剝いていたので、どこかで応急手当をせねばならない。

 そこで俺が、ぼそりと「うちは共働きで親今いねぇからまだ良いけど――と言ったのが運の尽き。

 2人は俺の方を向いて「それだ!」と言わんばかりに目を輝かせる。

 その後に俺は「まして男の家に連れて帰るなんてぜってー無理だろ」と続けようとしたが、ブランと桑原先輩は「それしか無くね?」という視線を俺に向けたので、結局俺の家に連れていくことになってしまったのだった。

 結果、ブランと桑原先輩の同伴で俺の家に連れて行き、怪我の手当やその他諸々をした後でブラン宅に連れていく、という話になったのだった。

 で、一通り彼女の外傷を調べて手当したブランが俺の家のソファベッドに紫月を寝かせていたのだった。

 

「んじゃあ、俺はそろそろ家に帰らなきゃいけねぇからよ。お前らも遅くなり過ぎねぇようにな」

「っはい! 桑原先輩、ありがとうございました!」

「良いってことよ。むしろ、俺は何にもやってねぇから。最後決めたのは白銀だしよ」

 

 そう言って、桑原先輩が玄関から出て行くのを見送り、俺はリビングに戻る。

 寝息を立てている紫月と、その傍で休んでいるブラン。

 

「……よ、ブラン。世話掛けたな」

「イエ、大丈夫デス。後、私は言い訳色々考えてありますシ、まだ時間は大丈夫デスよ?」

「流石探偵……って言えば良いのか? まあいいや。ところで、紫月の怪我は?」

「シールドによる擦り傷、切り傷だけじゃなくて、殴ったような打撲痕がいくつか。あのトリス・メギスにやられたのでしょうカ」

 

 俺は拳を握りしめる。

 あいつ、紫月に暴力を――

 

「ッ……」

「アカル……あ、そうデス!」

 

 ブランは俺があまりにも怒っているからか、敢えて話題に変えにきたようだった。

 

「……ところで、アカルの両親って、何やってるんデスか? 2人共いないってのはどういうことデスか?」

「……ああ」

 

 俺も彼女の心境を察する。

 

「何かの研究をやってるみてーだ。俺も詳しくは聞いた事ねぇけど」

「そう、デスか……」

「寂しくはねぇよ? 昔っから慣れっこだからな」

 

 そう。

 父さんも母さんも、家にはあまりいないことが多い。

 最近は帰ってきても会話すら少ない。

 だけど、俺にとってはそれがもう当たり前だった。慣れていた。

 

「ご、ごめんなサイ……私、空回りしてばかりデ」

「……いーんだよ、気にしてねえ。怒るのもエネルギーがいるからな。話題逸らしてくれてありがとう。で、腹減ってねぇか? 弁当買ってあるから食ってけよ」

「良いんデスか!? いただきマス!」

 

 俺は溜息をつく。机の上に置いておいた、コンビニのヒレカツ弁当にブランが飛びついていくのを苦笑いで眺めながら。

 もう、8時だ。外も暗い。

 紫月の傍に寄り添い、彼女の顔を見た。

 あのデュエルの時とは打って変わって、本当に穏やかだった。

 

「……はぁー、本当大変な一日だったぜ」

 

 トリス・メギスに攫われた紫月。大魔導司なるアルカナ研究会のトップ。

 そして、謎の三日月仮面。

 情報量が多過ぎて、まだ混乱してるけど、何とかなって良かった。

 

『白銀耀……ありがとよ』

「!」

 

 デッキケースからカードが飛び出してくる。

 シャークウガだ。

 

『本当は、俺が此奴を守ってやらなきゃいけねぇのに……本当に礼を言うぜ』

「いーんだよ。人間もクリーチャーも、困ったときはお互い様だぜ」

『そうか……』

「……本当、無事でよかったぜ。紫月――」

 

 

 

「……せん、ぱい……」

 

 

 

 どきり、として彼女の方に目を向けた。

 見れば、薄っすらではあるが、紫月が目を開けている。

 目を……覚ましたのか。

 がばっ、と起き上がると、何かを思い出しかのように頭を抱え、息が荒くなる。

 

「だ、大丈夫か、紫月!?」

「な、何とか……」

 

 そして――急に力が抜けたように、俺の胸に倒れ込んでくる。

 

「ってオイ!」

「……った」

「っ……!」

 

 ひっく、ひっく、とすすり泣く声。

 

「怖かった……本当に……怖かった……寂しかった……苦しかった……私が私じゃなくなっていくみたいで、暗闇の中で私1人で……誰も助けてくれなくて……!」

「……」

「……何で、助けに来たんですか……実の姉以外、誰も信用できない私を……どうしようもない私を、何で……」

「……大事な後輩だからだろ」

 

 ぽん、と頭に手を置く。

 

「……どうしようもないわけねぇだろ。大事な後輩を、仲間を、見捨てたら俺は死ぬより辛い目に遭う。悪態もつくし、喧嘩もするけどよ、それでも大事な仲間なんだよ。助けに行かなきゃ、って思うだろ」

「だって、だって――」

「それに、謝りたかったんだ。俺はお前に助けてもらってるのに、お前に色々酷い事言ったしな」

「そ、そんな……私だって。私、憶えてます。薄っすらと。あのデュエルの事も。先輩がどれだけ酷いダメージを負ったのかも」

「良い。そんなことより、謝らせてくれ」

 

 泣きながら言う彼女に、俺は言った。

 

 

 

「――本当にごめんな。紫月」

「――私も……すみませんでした。先輩」

 

 

 

 この後、堰を切ったように泣き出した紫月を受け止め続けるのを、ブランはずっと黙ってみていた。

 いつもはクールで、氷のような仮面をかぶっている彼女は、本当はとても弱い面を持つ年相応の少女で。

 俺も、貰い泣きしそうになってしまった。

 俺は、部長として部員を守らなきゃいけないんだ。

 なのに――守れなかった。

 

「……先輩は馬鹿ですよ。一歩間違えたら、先輩は死ぬところだった。私が、先輩を手に掛けるところだった。そんなの、絶対に嫌だったから――」

「でも、現に俺はこうして生きている。お前も、元に戻ってる」

 

 だけど、こうして連れ戻すことが出来た。

 後悔の念が無いわけじゃねえけど、それだけでもう十分だった。

 

「結果論です。先輩はもっと、リスクとリターンの天秤を……」

「リターンはお前が此処にいること。それだけで十分だ。リスクなんて、考えてられるかってんだ」

「……ばか」

「何でだ!?」

 

 紫月は顔を真っ赤にしてるし、俺はさっきから困惑してばかりだし、どうするんだこの場は……。

 

「……でも、ありがとうございます」

「……いーってことよ。それに、出来れば、俺が代わりにお前の受けた苦しみを受けたかったくらいだ。俺は部長失格だな。部員をこんな目に遭わせて」

「そんな。先輩は、自分を責める必要は無いです。私が敗けたのが、いけないんです。だから、これからも戦わせてください。私は、紫月は、もっと強くなります……! 今度は、先輩の手を煩わせないくらいに」

 

 俺も負けてから強くなった。

 これ以上彼女の意思を否定するのも逆に違うような気がした。

 難しいけど、俺も皆を守らなきゃいけない。そして、彼女も守られるだけじゃ嫌だ、と言った。

 俺は何を優先するべきか、分からなくなる。

 だけど――

 

「……そうか。お前がそう思うなら、それで良いのかな」

 

 今は、それぞれの信じる道を応援し、共に進もう。

 それだけだ。

 

「それとな、紫月」

「? 何でしょう」

「俺を信じてくれて、ありがとな」

「!」

 

 彼女の顔が赤くなる。

 

「何で……私は、言ったはずです。みづ姉以外を、受け入れる事が出来ない人間だって」

「違うさ。俺に前、言ってくれただろ。目の前の事に真っ直ぐになれるって」

「あっ」

 

 気付いたように、彼女は口を開いた。

 そして、恥ずかしそうに俯いた。

 

「お前はもう、十分に俺達の事を信じてる。俺は、それに応えたかったのさ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 話を聞いた所によると、連れ去られた後、紫月はトリス・メギスから罵詈雑言の嵐と暴力を浴びたらしかった。トリス・メギスは何らかの理由で人間を酷く憎んでおり、火廣金とはまた気色が違う、と感じたし、同時に本当に許せない相手になった。

 また、精神汚染という魔術で彼女の感情の負の面を表面化させたらしい。

 本当に憤りは隠せない。だが、その後遺症も今の所はないようだ。

 で、結局の所エリアフォースカードに起こった変化や三日月仮面等の謎を残しつつも、この事件は幕を閉じたのだった。

 あの後、カードによる事件も、魔導司による騒動も起こらず、穏やかに、何事もなく日が過ぎていき。とうとう平穏に、夏休みまで秒読みとなったある日の放課後の事だった。

 

「……で、紫月。どういうことだ?」

「はい。今度、夏休みに海水浴場でビーチデュエル大会なるものがあるようですよ、先輩」

「本当デスか、シヅク!」

「ビーチデュエル大会……?」

 

 俺は首を傾げる。

 そうか。もう真夏、海の季節か。

 確かにここ最近大変な事が続いたし、皆で海に行って一休み――ってのも良いと思ったが、ビーチデュエル大会なるものの詳細が気になる。

 

「ともかく、私も強くなりたいですし。先輩の為にも」

「お、おう……」

「それに守られるだけは嫌なんです。もっと鍛えます。そして、あの魔導司にいつかリベンジを」

「私も、もっと強くならないと、デスネ! メタリカを極めるデース!」

「白銀先輩曰く、強くなるとエリアフォースカードも変化するらしいですし、そこを目指さないと」

「お、おい……それについては俺もまだ何が何だか分からねえんだけど」

 

 タロットカードのようになったエリアフォースカードを見る。

 映し出された皇帝(エンペラー)のカード。銃を持ち、王座に佇む王冠を被った男。

 これが一体何を意味するのか、俺は分からない。あいつは成長した、と言っていたが――

 

「とにかく、海デスネ海! 皆で行きまショウ!」

「おいブラン。現国の補習あったよな?」

「うっ……アカル、酷いデース」

「まあ、補習はきっちり終わってからですね」

「おいおい、俺はまだ行くとは……」

「先輩」

 

 ぎゅっ、と紫月が俺の手を握ってくる。

 

「……行きますよね?」

 

 上目遣いで懇願するような、いつもの彼女とはどこか違った仕草。

 まるで妹が兄に物をねだるような……。

 あれから、紫月の態度はまた少し軟化したような気がする。

 と言っても誤差みたいなモンだし、普段はあの仏頂面だけど。

 

「……わぁーったよ。お前らがどうしても行きてえみたいだし」

 

 ぱぁっ、といつもの無表情が若干明るくなった……ような気がする。

 ブランも「海デース!」とはしゃぎだした。

 チョートッQやシャークウガ、ワンダータートルも海だ海だと騒ぎ出す。

 

「おい、おめーら。あんまりはしゃぎすぎんじゃねーぞ?」

「嬉しいんデスよ! こうやって皆で遊びにいけるのが!」

「そうですね。たまには……良いと思います」

「そうだな。これで、良いのかもしれねえな」

 

 デュエル大会に海か――忙しくてしばらく行ってなかったけど、いっちょ行ってみるとするか。

 何であれ、こうして俺達の日常はまた、戻ってきたんだ。



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第二章:アルカナ研究会・凶来編
第24話:ビーチデュエル大会─師匠再来


「――ええ、というわけで来てくれない? 後1人足りなくって」

「貴様は本当に人遣いが荒いな」

「良いでしょ? どうせ暇なんだから」

「あいつも、居れば良かったのだがな。むしろ、力仕事はあいつの領分だろ」

「やめてよ。いつまでもあいつのことなんか引き摺ったりしないの、あたしはね」

「よく言う。疎遠になってるだけの癖に」

「……フン。とにかく、来て頂戴。玲奈ちゃんも連れて来てね」

「分かったよ――」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 夏――真っ先に連想するものは、海である。山である人もいるだろうが、此処では敢えて海とする。このクソ暑い日にわざわざ蒸し暑そうな山へ登りに行くなんて正気じゃねぇぜ、時代は海だヒャッハー、という人も居れば、何だこの野郎、そんな時にこそ頂上から臨む景色とあの澄んだ空気が旨いんだろうがという人もいるだろうが、やっぱり海としていただく。

 灼熱の砂浜に、降り注ぐ熱気。しかし、潮風の靡く先には確かに青々としたオアシス――海が人々の渇きを潤してくれる。

 それを求めて集まる人、人、人々、ピープル。そんな夏のある日の癒しを求めて、俺達も混じっていた。

 

「夏デース! 海デース! 水着デース!」

「はしゃぎすぎだブラン、……人がいっぱい、見ただけで酔いそうだぜ」

「むー、耀ももう少しはしゃいでも良いんじゃないデスか?」

「子供じゃねえんだよ」

 

 そう。俺達デュエマ部は海――それも近所の海水浴場を訪れていた。

 理由は、後輩が言っていたビーチデュエル大会なるものに参加するため、である。

 耀の中では単に保養のつもりで来たのは言うまでもないが。

 

「それに桑原先輩が受験勉強で来られないって話だったからなあ。男子俺だけじゃねえか」

「何言ってるデスか、女の子の水着姿が見られる超絶サービスデスヨ!」

 

 目の前のブランも、今日はビキニを着ていた。肩に紐を掛けているタイプのやつだ。こうしてみてみると、思ったよりも彼女は細い。

 活発に動くからか、筋肉の方が比率が多いのだろう。

 だが、淑やかで尚且つ豊かに腰のくびれははっきりとしており、ブロンドの髪と碧眼も合わさって本当にモデルのようだ。太腿を剥き出しにしたショートパンツも眩しい。

 だが、それどころではない。

 蒸し暑さ――異常な湿気と熱のコンビネーション。体が燃えそうになり、俺は溜息をつく。

 

「あれ、そういや――遅いなあいつら」

 

 そういえば、まだ、その後輩達が来ていない。

 暗野姉妹だ。今日は結局、紫月の双子の姉・翠月まで着いてきたのだ。

 さっき更衣室のある小屋に行ったんだが……にしても着替えるのが遅いな。理由は分からないが、どうしたんだろう。

 そんなことを思ってると――

 

「嫌ですよみづ姉! こんなの恥ずかしいです」

「だからって、いつまでもしづにあのスクール水着の延長のような服は勿体ないと思うのだけど。それにこないだ合わせたとき、胸の部分がぱっつんぱっつんだったでしょ」

「やめてください、その話は!」

 

 おっと、ようやく来たようだった。

 しかし、紫月は姉の翠月さんの後ろに隠れており、かなり恥ずかしがっているようであった。

 

「お、やっと来たじゃねえか……どうしたんだ?」

「シヅクー? ミヅキの後ろに隠れてないで、出てくるデス」

「そ、そう言われても」

 

 そう言って彼女は一向にこちらへ出てこない。

 

「ごめんなさい、先輩。私が選んだ水着なんだけど……」

「翠月さんが選んだんだ」

「はい。自分としづの分を」

 

 にしても翠月さん、なかなか水着がセンスあるな。

 彼女曰くオフショルダーと呼ばれる布がかかったようなデザインのものらしく、緑のカラーがよく似合う。洋服のようなデザインが、清楚な彼女のイメージに合っていて良い。華奢で、気品のある年相応の少女といった感じだ。

 

「翠月さん、水着似合ってるじゃん。センスあるんだな」

「あら、ありがとうございます。白銀先輩」

「清楚な感じで似合ってマスよ!」

「紫月はどうだ? さっさと出て来いよ」

「先輩のスケベ、ムッツリ、犯罪者予備軍」

「何でだ!! 何でそこまで酷い言われ方をしなけりゃいけねぇんだ!!」

 

 くすくす、と翠月さんが笑う。

 ちょっと、貴方の双子の妹さんですよ? どうにかしてくれよ? 俺変態扱いだよ、一歩間違えたら。

 

「しづ、折角似合ってるのに、先輩方に見せないのは勿体ないわ」

「で、でも、ちょっと露出が多くないですか? 背中とお腹がすーすーして……パーカー脱げませんよ、これじゃあ」

「……しづは、私が選んだ水着、気に入らなかったのかしら?」

「うっ……」

 

 俯き加減になって、紫月の葛藤する様子が見えた。

 天然かわざとかは知らないが、やっぱり翠月さん、紫月の思考パターンを完全に知り尽くしているな……。

 大好きな姉ちゃんにあんな顔されて、罪悪感で押し潰されそうになってるぞ。

 

「し、仕方がありません。先輩……笑わないでくださいよ」

 

 そう言って、彼女はようやく翠月の後ろから出てくる。

 そして、羽織っていたボーダーのラッシュガードのチャックを降ろし、はだけると青紫色のホルターネックが露わになった。首にトップスの紐を掛けるタイプの水着で、背中が開いており、色っぽい。誰だこんな凝ったの買ったのは。……翠月さんだったな。

 それは翠月と比べてもアンバランスな紫月の体つきを更に強調するものになってはいるが、色合いが彼女特有のクールな品格は失わせない。本人は恥ずかしがっているからか、最終的にラッシュガードを羽織ることで手を打ったようであるが、ダウナーでクールな紫月と若干危ないその恰好のギャップが非常に良い。

 にしても、翠月さんと比べても本当に育ってるな。何処とは言わねえが。

 いや、いかん。煩悩を捨て去れ俺。

 相手は後輩だぞ? 確かに魅力的ではあるが、こんなことでいちいち動揺してどうする。

 心頭滅却すればモルネクも猿ループもまた涼しと言うし、どうってことはねぇはずだ。

 

「……白銀先輩、どうしたんですか」

「何でもねぇよ!? いや、何でも無くはねぇけど」

「スケベ、ムッツリ、犯罪者」

「何でさ!?」

 

 とうとう格上げだよ、予備軍が無くなってる!!

 

「もうアカル。感想! 感想を言わないト!」

「……先輩。実際の所、どう、でしょうか……? 私には少し、こういうのは早すぎる気がするのですが」

 

 慌てて取り繕うようなのが悔しいが、やはり2人共よく似合う。

 特に、いつも部室で顔を見合わせている紫月に関しても普段とは違う魅力が発掘出来たような気がする。

 翠月さん、グッジョブ。

 

「そ、そんなことはねぇぞ? 似合ってると思うぜ、俺は。うん、艶――可愛くていいと思うぜ」

「……そ、そうですか。先輩とみづ姉が言うなら、別にいいかな、と」

「ええ! 良いと思いマスよ!」

「ふふ、良かったじゃない、紫月」

「……はい」

 

 俯きがちに言った紫月。

 さて、これで役者は揃ったか。つっても、桑原先輩は居ないけどな。

 しかし、まだ大会が始まるまで若干時間がある。

 

「それじゃあ早速海で遊びまショウ!」

「賛成です! 色々持って来たんですよ、バルーンとか浮き輪とか!」

「はぁ……あまり動くのは好きではないのですが」

「お前ら取り合えず行って来いよ。俺は涼んでおく」

「何言ってるデスか! こんな美少女達と一緒に海で遊べるなんて最初で最後デスよ!」

「自分で言うか!?」

 

 いや、だから俺涼んでおきたいんだけど、という俺の意見はオール無視された。

 というわけで――

 

 

 

「冷たいデース!!」

 

 

 

 ばしゃぁん、と海に飛び込むブランの身体が飛沫を思いっきり立てて俺を濡らす。

 そして、そのままばしゃばしゃと泳ぎ始めた。

 海で泳ぐとか何年ぶりだよ。トランクス型の水着履いてきた俺も悪いんだけどさ。

 俺の隣で紫月の溜息が聞こえた。彼女も大方同意らしく。

 

「……やれやれブラン先輩、はしゃぎすぎですよ」

「何言ってるデスか! 2人共、もっとはしゃがないと! Enjoy!」

「イマイチ乗り気にならないのですが」

「俺も同意だ」

 

 仕方なくブランの方へ向かおうとする俺と紫月。腰まで海水が浸かるところまで来ると、ブランが手を振って「こっちデース!」と言っているのが見える。

 追いついた俺達はそれ以上進んだら危ないぞ、と言おうとしたが、

 

「しづ、隙ありっ!」

「ひゃいっ!?」

 

 次の瞬間、紫月の身体が前のめりに倒れた。

 見れば、翠月さんが後ろから抱き着くようにして押し倒していた。

 すぐさまぷはっ、と浮き上がる紫月は怒ったように翠月に言う。

 

「みづ姉! いきなり胸を揉むのはやめてください! 押し倒さないでください! しかも先輩達の前で!」

「ぷはははは、シヅク、直前まで気付きませんデシたネ!」

「しづ……あなたに足りないのは子供の純真さよ。陽射しが輝く海は無限のキャンパス、ここに私達の思い出を無邪気に描くの! さあ、もっと、しづの中の夏を解放するのよ!」

「みづ姉、暑さで頭が……」

「結構ミヅキってはっちゃけるんデスね……シヅクあってこの姉あり、デスカ」

「どういう意味ですかブラン先輩、怒りますよ、もう怒ってますが」

「それにね、しづ。おっぱいのことをコンプレックスに病むことはないの」

「いきなり何言い出すんですか!? しかも先輩の前で!」

 

 俺そっちのけで始まるガールズトーク。

 あの、すいません? そろそろ踏み込んではいけない領域に片足突っ込んでる気がするんだけど。

 にしても、紫月は翠月の前だと割と表情豊かになるな。

 と言ってもベースはいつもの仏頂面だから、慣れてねぇとそんなに分からねえけど。

 

「確かに、着痩せするタイプデスよネー、シヅクって」

「ええ、一緒にお風呂入った時にぷかぷか浮かんでたりするんですよ、コレ」

「ひゃうっ!?」

 

 紫月の両胸が翠月の両手によって形を変えながら、とんでもないことが暴露された。

 うん、聞かなかったことにしておくか。つーか、浮くのかアレって。脂肪の塊だから?

 

「Really!? うぅ、羨ましいデス!」

「ちょっと何暴露してるんですか、みづ姉!? というか、手を離してください!」

「私ももう少しあれば……悔しいデス」

「ブラン先輩はモデルのようなスレンダーさがウリじゃないですか。先輩に憧れる女子、結構いるんですよ? 金髪碧眼のセットですし」

「い、いやぁ、照れマスね……」

 

 そうなのか……中身がこんな迷探偵だったら残念がるだろうな、その子達は。

 

「みづ姉……そ、そろそろ手の方を、ひゃぅ……」

「あら、ごめんね、しづ。しづの触り心地は最高だから」

「も、もう……みづ姉ったら……」

 

 はぁ、と紫月は顔を真っ赤にしながら窘める。が、やはり本気で怒りはしない。

 姉妹仲は本当に良いんだなあ、と常々思う。

 まあ、良すぎる気がしねぇでもないが。

 というかアレってむしろ――シスコン、翠月さんの方じゃねえの……。

 じーっとじゃれ合う3人組を見ていると、紫月の鋭い声が飛んできた。

 

「白銀先輩も、変な事考えてないですよね!」

「言いがかりだ!!」

 

 取り合えず、やましいことはこの際排除しよう。頭の中から。

 心頭滅却すればレッゾもまた涼し、だ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『ひゃっほーい、泳ぐのは最高であります!』

『ぎゃははははははは!! 血が騒ぐぜ!! 海が覇王である俺様を呼んでいる!』

 

 クリーチャーは実体化して泳げるのか。

 シャークウガはともかく、チョートッQまでとは驚きであった。

 どうやら魔力生命体である以上、水で故障することもないんだとのことであるが。しかも、他の客には見えていないようだ。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 俺は早速、再び面倒ごとにぶち当たっていた。

 

「折角デスし、泳ぎで勝負しまショウ!」

「マジかよ」

 

 俺はげんなりしながら言った。

 この期に来てまだ泳ぐとか言いますか、この娘は。

 いい加減、じりじりと照り付ける太陽が憎たらしくなってきた頃だというのに……。

 

「ふふん、コレでも泳ぎには自信があるのデスよ! 男子にも負けまセン!」

「確かにブランは体力あるからな」

「そうデス! このスリムボディは日々の鍛錬と探偵業務の賜物デス!」

「ああ、だけど探偵業務より日々の部活動をちゃんとやろうな!!」

 

 最近は俺達も探偵業務紛いのことがメインになってるけど、あくまでも俺達はデュエマをする部活、デュエマ部であることを忘れるなよ!?

 いや、最早今更か……。

 

「というわけで勝負デス、アカル! あの向こうの桟橋までどっちが先に着くか競いまショウ!」

「何でそうなるんだ……」

「夏と言えば海! 海と言えば泳ぎ! 泳ぎと言えば勝負!」

「シャーロックホームズもビックリの謎理論!! おめぇの頭が迷宮入りしてるよ!」

『かめー、そりゃあワシがおるからのう』

「ブラン先輩の頭が迷宮なのは仕様ですよ、ワンダータートル」

 

 しかも、この暴走探偵は一度こうと決めたら、もう絶対に曲げることはしない。 

 男子の俺に挑むってことはかなりの自信があるんだろうし、そもそも俺もあまり速く泳ぐのは得意ではないのだ。

 

「どうデスか? シヅクとミヅキも参加しマスか?」

 

 などと抜かして暗野姉妹をも巻き込もうとするこの迷探偵。

 しかし、

 

「私は結構です。私、泳ぐのはそこまで得意ではないですし、絶対負けます」

「わ、私も……競争になると自信がないかなぁって」

 

 流石にこの2人はパスしたようだった。

 

「それじゃあ、2人での真剣勝負デスね!」

「はぁ……これ、俺にメリットねぇよなぁ」

 

 と言いつつ、一応持って来たゴーグルを目に掛ける。

 彼女も同じだ。

 ……掛けたのが射撃用の防護ゴーグルだったのは最早突っ込むまい。何でいちいち残念なんだ、この探偵は。

 

「それでは、私達が審判をしましょう」

「じゃあ、私はスタート地点の方に行ってますね!」

「では、私がどちらが先に着いたか判定します」

 

 そんなわけで、俺とブランで泳ぎによる一騎打ちが始まってしまった。

 泳法はクロール。まあ、一番これがシンプルだしな。

 そして、遠さは凡そ20m程。桟橋の紫月が立っているところに先に着いた方が勝ちだ。

 

「それでは、位置について――」

 

 翠月さんの掛け声とともに、俺は水面に手を這わせた。

 ブランも同じだ。

 何であれ勝負は勝負。取り合えず、勝たなきゃ悔しいだけだ!

 

 

 

「ようい――ドン!」

 

 

 

 弾かれたように俺達は水の底の砂場を蹴り上げた。

 同時に、水の中へ潜るように両手を尖らせて勢いよく進んでいき、失速しかけたところで足をばたつかせ始める。

 右、左、右、左、と手で水を掬い、そして身体を前へ押し上げるために後ろへ捨てていく。

 そして、流石ブラン、言うだけあって俺を追い上げてきた。

 成程、やはり水が身体と同化していくこの感覚、心地がいい。

 とにかく、速く前へ前へ前へ――

 

「おっ!?」

 

 ――しまった。

 完全に前方に人が集まってきている。

 あれを避けていくのは至難の業だ。

 仕方ない、迂回して行くしかねぇ――

 

 

 

「何だ貴様。こんなところで何をしている」

 

 

 

 避けた先に突如、ぬうっと現れた人影。

 寸前で俺は海に潜るようにして泳ぐのをやめたのでぶつからずに済んだが、心臓が止まりそうになった。

 気付けば、桟橋の方でブランが「やったデース! 私の勝ちデスネ!」と宣っている。

 くっ、悔しい……!

 しかも、その人影の正体は――

 

 

 

「く、黒鳥さん……それはこっちの台詞なんすけど……」



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第25話:ビーチデュエル大会─玲奈、現る

 ※※※

 

 

 

 砂浜に上がり、ブラン、暗野姉妹の下に黒鳥さんを連れていくと彼女達もびっくりしていた。

 

「師匠!?」

「何で此処にいるデース!?」

「やれやれ、そんなに驚かなくても良いだろう? にしても白銀、貴様婦女子をそんなに侍らせてどうした? 全世界の非リアに対する嫌味か? ハーレム願望を持つのは良いが、一歩間違えたら血の雨が降る。覚悟しておけ」

「言い方!! 誤解を生むんで!!」

 

 黒鳥レン。以前、俺達デュエマ部(と桑原先輩)に特訓をつけてくれた人。

 紫月の師匠であり、翠月さんの師匠でもある彼は元・デュエリスト養成学校の生徒である凄腕デュエリストだが、何故か今は美大生として芸術の道を進んでいる。

 そんな彼が何故――

 

「……レン、どうしたのよ?」

 

 ひょこっ、と彼の影から少女が飛び出す。黒鳥さんに何処か似た風貌のボブカットの黒髪少女。

 黒に白いフリルが付いたワンピースのような水着を身に纏っており、どこか子供っぽい。

 あれ? 確かこの子って――

 

「貴様等にはまだ詳しく紹介していなかったな。彼女は従妹の玲奈(れな)小鳥遊(たかなし)玲奈(れな)だ」

「あ、あれ、お兄さんとお姉さん達、こないだうちに来てましたよね……? よ、よろしく」

 

 何処か警戒されてる?

 人見知りなのだろうか。彼女は黒鳥さんの後ろに隠れてしまった。

 

「俺はデュエマ部の部長、白銀耀だ。よろしくな」

「うん、知ってます。レンから聞いたから……確か誰かにボロクソに負けてそれで助けを求めに来たっていう」

「合ってはいるけどその説明で俺の傷に塩塗りたくるのもうやめませんか、黒鳥さん!!」

「間違ってはないから良いだろうが」

 

 子供に何てこと吹き込んでるんだこの人!!

 言い方が悪いんだよ毎度毎度!!

 

「こっちがレンの弟子の紫月さんと翠月さん。で、紫月さんは重度のシスコンで――」

「ちょっと師匠、後で表出ましょう、そうしましょう」

「間違ってはいないだろうが」

「しづ、落ち着いて! デッキケースを振り上げないの! まともに角で殴ったら師匠が怪我するわ!」

 

 ちょっと!! 止めて!!

 アレ誰か止めて!! 血の雨が降るぞ!!

 デッキケースの角を黒鳥さんに向けようとする紫月を何とか抑えつけた。

 

「ブランさんは耀の同級生、ハーフだって言ってました。ぶっちゃけ一番まともだって。ルー語さえ無ければ」

「Why!?」

「間違っていないだろう?」

「酷いデス!! 私は正真正銘、イギリス人と日本人のハーフデス!」

「あれ、そうだったのか。それはすまない」

「デース!?」

 

 相変わらず悪意があるのか分からないけど棘がある人の説明だなオイ!!

 ものの見事に俺達デュエマ部のメンタルを削り取っていった!! 流石闇文明使い、えっげつねぇなぁオイ!!

 バロム・クエイクよりえっぐいや!!

 

「そうだ貴様等丁度いい。ビーチデュエル大会に出るのだろう?」

 

 あ、露骨に話逸らしてきた。

 全員の殺気を受けても尚マイペースとクールを貫き通すのか、すげぇなやっぱりこの人。

 しかし。この露骨に逸れた会話は当然ここでは終わらなかった。

 

「それまで時間があるからこいつ(玲奈)の相手でもしてろ」

「……え?」

 

 くるり、と振り向くと玲奈が怒ったように言った。

 

「あ、あのね、レン! あたしは別に1人でも、全然大丈夫だし! というか、海に来てまで子供扱いするのやめてよね!」

「すぐに迷子になるだろうが、貴様は。大人しくしてろ。僕は、少し用があるから外す」

「ちょっと! 自分から連れてきておいて、何よそれ!」

「彼らに遊んでもらえ。”子供はな”」

「ム、ムキーッ!! 子供じゃないわ!!」

 

 その怒り方はむしろ子供っぽいと思うんだけど……。

 成程、確かにちょっと背伸びしてる感があるな、この子は。

 

「用って何なんですカ?」

「今回のビーチデュエル大会、僕も運営側に係として雇われている身なのだ。夏休み、大学生はバイトにも勤しむもの。これはその一環に過ぎない」

「そうだったんすか……」

「まあ、これは友人に無理矢理連れて来られたからなのだが……僕はもう、あまり表舞台に出たくはないのでな。というわけで、玲奈を頼む。1人にするのは不安だから、作業でも手伝わせようと思ったが、気が変わった。貴様等なら丁度良い」

「あ、はい、そういうことなら是非」

「頼むぞ」

 

 そう言い残すと、彼は手を振ってその場を去っていった。

 こうして、俺達は子守(と言えば間違いなく玲奈ちゃんに怒られるのだろうが)をすることになったのである。

 まあ、たまにはこういう事も良いだろう。

 

「じゃあ、よろしくな、玲奈ちゃん」

「ちゃん付けはやめて。子供じゃないんだから」

「あ、ハイ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「へえ、玲奈さんは中学2年生なのですね」

「うん。北第一中学のね」

「やっぱり隣の県だな」

 

 海の家の近くにあるテーブルスペースで、取り合えず自己紹介を兼ねて俺達は話をしていた。

 今回、親に連れられて隣の県からはるばるここまでやってきたのだから、海はかなり楽しみにしていたようだ。

 

「お兄さん、お姉さんたちは何処の高校なの?」

「鶺鴒学園高校だ。何の変哲もねぇ、普通の学校だけどな」

「デュエマ部があることを除いて、デスけどネ!」

「デュエマ部? やっぱりお兄さんとお姉さんたち、部活でデュエマとかやってたんだ」

「と言っても、部員は私と白銀先輩、そしてブラン先輩の3人しかいませんが」

「私は美術部だからねえ」

「で……強いんですか?」

「去年で強かった人が大分抜けちゃったからなあ……部としては大幅弱体化」

 

 でも個人の話なら、どうなんだろう。

 最近大会とかあんまり出てなかったから、イマイチ自分の実力を測りかねている。

 確かに魔導司とかクリーチャーとか相手に戦ってたから、それなりに上がっているとは思いたいけど。

 ……いや、まだまだだろ。ジョーカーズも完全に使いこなせたとは言えねえし。

 

「で、個人の話なら俺とブランはまあまあ、紫月は一番強いぜ。何せ、お前の従兄の弟子だかんな!」

「レンの……弟子」

「そんなに持ち上げないでくださいよ」

「でも現に、俺らの中では紫月が一番強いだろ」

「一概には言えませんよ、強いかどうかは」

「あ、あのっ!」

 

 がばっ、と立ち上がると玲奈は言った。

 

「紫月さん、何かレンの弱点とか知ってますか!?」

「え」

 

 紫月も、翠月も、ブランも、そして俺も。

 その場に困惑したような空気が流れる。

 

「え、えと、それはまた……どうして」

「悔しいんです! 私の従兄……レンとは、あの美学野郎とは小さい頃から度々会ってきましたが、ずっと私のことを子供扱い!」

 

 美学野郎呼ばわりか。

 

「子供扱いって言うのは、具体的になんなんだ?」

「例えば、事あるごとに口うるさく小言を言ってくるし、会う度に説教臭いし、一緒にレストランに行った時に勝手にお子様ランチ頼むし! いや、好きなんだけど、そこはもう中二だし普通のメニューを勧めてくれてもいいと思うの! あたしだって、もう子供じゃないんだから!」

「あーうん……」

 

 十中八九、この子供っぽい性格が原因じゃないかと思えてくる。

 

「それが今度はずっと家に居着いているんだから堪ったもんじゃない! 気に喰わないったらありゃしない! 得意なデュエマで見返そうと思ったことは何度もあるけど中退したと言ってもデュエリスト養成学校に居たあいつと養成学校の受験に落ちたあたしじゃ、実力は天と地の差……昔から、あいつに勝ったことは1回もないから……」

「師匠は、本当に強いですよ」

 

 紫月は語るように言った。

 そりゃそうだ。弟子として何度も黒鳥さんにぶつかっていったんだ。

 前に彼女は、黒鳥さんを倒すために墓地ソースを組んだと話していたし、それはこの間の戦いで俺を大いに苦しめた。

 だが、黒鳥さんは既に墓地ソースさえも克服しており、結局勝てなかったというのだ。

 

「相当な修羅場を踏んだと思わせる経験と勘、そして知識に基づいた構築。そして勝負運。全てにおいて師匠は高水準のデュエリストですから」

「うっ……」

「確かにそうデスね……信じられない程デス」

「そ、それじゃあ……やっぱりデュエマであいつを見返すことはできないのかぁ……」

 

 机に突っ伏す玲奈ちゃん。

 かなり黒鳥さんのことをライバル視してるんだろうなあ……。

 

「で、でも、諦めない! 諦めたらそこで終わりっ! あたしはめげないわ! 今日のビーチデュエル大会で優勝して、あいつに子供じゃないって認めさせてやるんだから!」

「その意気ですよ」

「どうやら、諦めは悪いようで何よりだぜ」

「デスね!」

「お兄さんとお姉さんたちも参加するんでしょ? あたしも参加するんです。ただ、借り物のデッキ、なんだけどね……」

「借り物?」

「うん。レンの友達が遊びにきた時に貸してもらって。……色んなデッキに触れる練習も兼ねて、これで一度は大会に出ると良いって言われたんです。本当なら自分で組んだデッキで出るに越したことはないんだけど、調整中だったから……」

「他人のデッキでも、使う人が違えば違う挙動がある。私は大いに意味があることだと思いますよ。その中で、自分に合うデッキを探して、自分でまた組めばいいのではないですか」

 

 紫月は、コピーデッキや同意さえあれば他人の作ったデッキを使うことを否定はしない。

 そこに自分なりの戦法や、学ぶものがあるなら良い、とのことだ。

 成程な。よく考えてみたら、俺のジョーカーズも元々貰ったようなもんだし、自分のスタイルを固めるきっかけってのはどこかで必要なのかもしれない。

 

「……ありがとうございます。あたし、頑張りますから! それに私、一応目標はできました!」

 

 びしぃっ、と玲奈は俺に指をさす。

 多分、一流のレディは人に指差したりしないんだろうけど、敢えて何も言わないでおこう。

 

 

 

「レンに認められたプレイヤーの耀さんっ! あなたには負けたくないからっ!」

「……っ」

 

 

 

 認められた、か……正直実感は無い。だけど、黒鳥さんが家で俺の事をどう言ってるのかは分からないからな。評価は概ね良い……のか?

 まあ、だけどそれで驕るつもりはないし、売られた勝負は買うしかない。

 俺だって、もっと強くならなきゃいけないんだ。

 

「お兄さん、成長するのがとっても速いってレンは言ってた。じゃあ、お兄さんを倒したら、レンにも近づけるってこと――お兄さんを倒して、レンを、見返してやるんだから!」

「ちょっと待ってくだサイ! 私もいマスよ!」

「そうですね。私の事を忘れてくれては困ります。精々、一回戦落ちしないように」

「ふふっ、皆やる気みたいで良かったわ。私も応援してるわよ」

「ああ、戦えるのが楽しみだ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『それでは、第一回! 古湊町海水浴場・ビーチデュエル大会を開催いたします!』

 

 司会のポニーテールの女性がマイクを片手に持って砂浜に集まった出場者たちに手を振る。

 モデルのようなプロポーションにキレッキレの声が様になっている。

  全員が水着で参加しなければならない、という変わったルールのこの大会。皆水着姿で対戦するというのもなかなか滑稽な話だ。

 成程。だからビーチデュエル大会。

 

『マスター。何で水着でデュエルするのでありますか?』

 

 こいつ(チョートッQ)に至ってはそんな素朴な疑問を俺にぶつけてくる。

 俺も聞きてぇよ。

 

「……夏だからだよ」

 

 適当に答えちまったじゃねえか、俺。

 これも夏だからか。仕方ないな。

 

「おい司会の姉ちゃん、レベル高くねぇ?」

「ああ、綺麗だよな……」

「そんなこと言ったらさっきもあっちに可愛い子見たぞ」

「マジかよ。参加者の中に? ナンパしに行こうかなあ、後で」

「アホ、古ぃーんだよ」

 

 そんな会話が聞こえてくる。確かに司会の女の人はなかなか綺麗な……グラビアアイドルか? もうあれは。

 今日は水着三昧だな、本当。海だから当然か。

 

「知ってますか? 先輩。あの司会をやっている人は如月コトハさんと言って、海戸の方で名を上げ、プロを目指しているデュエリストなんだとか」

「そうなのか、紫月」

 

 紫月がそんなことを話しかけてくる。となれば、やはりデュエリスト養成学校の人なのかな。プロを目指してるってことは卒業生か?

 

「それにしてもさっきは私達の水着にちらちら目をやってたのに、今度はあの人に視線が釘付け。本当に先輩は節操がないですね」

「別にそんなことはねぇよ。他の奴が騒いでるだけだろ」

「……ふぅん」

 

 おい、何だその顔は。何か誤解していないか。

 既にわくわくして闘志100%のブランは既にデッキの最終調整を行っていた。かく言う紫月も、話しながらテーブルでデッキをシャッフルしている。

 こいつら既に準備完了ですか、そうですか。

 

「では、先輩。大会で会いましょう」

「ああ。会えると良いな」

 

 そう言葉を交わし、俺達は別れた。今はライバル同士。倒すべき相手だ。

 俺も気を引き締めていかねぇとな。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 そんなこんなで大会が始まった。形式はトーナメント制で、一回負ければそこで終了。

 優勝者には、新発売のパックのBOXが貰えるんだとかなんとか。

 だから皆張り切って練りに練った自慢のデッキを持っていってるのだが――

 

「《翔天》の効果で、《大迷宮亀 ワンダータートル》に攻撃誘導デス! バトルに勝ったから山札を捲って……《フェイウォン》をバトルゾーンに出しマス!」

「うわああ!! 2体攻撃誘導持ちが並んだ、詰んだぁぁぁ!!」

「墓地が6枚以上あるため、G・ゼロで《クロスファイア》を出します」

「ぎゃあああ! 今引きかよォ!?」

「うおおお!! 何でこんなところで《バトライ閣》の効果が外れるんだぁ!!」

「おい、あの水着のJKレベルパなくね?」

「いや、あっちの大学生くらいの姉ちゃんも良いぞ」

 

 と、このように悲喜こもごものビーチデュエル大会。

 俺もジョーカーズを駆り、勝ち進んでいく。

 20人以上いる参加者がトーナメントで水着を纏い、互いを蹴落とし、勝ち進んでいくが、俺と紫月も一先ず2回は勝つことが出来ていた。

 

「そっちも終わったみてーだな」

「何とか。先輩も苦戦しつつですが、勝ってましたね」

「……ああ、何とかな。それで、ブランの対戦は?」

「まだ終わってないようです。確か、対戦カードだと――む」

 

 対戦カードには、ブランとレナという名前が。早速知り合い同士でカチ合ったか。

 おまけに、この試合で勝った方が次に俺と対戦することになっている。

 こうしてはいられない。急いで、その対戦ペースに向かって観戦しようとする。

 のだが――

 

「……う、うええ、攻撃誘導じゃあ防ぎきれないデース!」

 

 時既に遅し。

 ブランは負けており。

 ふぅ、と緊張が解けない溜息をつく玲奈の姿がそこにはあった。

 

「ありがとう……ございました。は、はぁ……勝てたぁ」

「良いデュエルでしたヨ、レナ! その調子で勝ち上がってくだサイ! デモ……悔しいデス……」

 

 なんてこった。

 ブランを伸せるだけの実力はあるのか。

 勿論、弱いと思っていたわけじゃない。だけど、それ以上に彼女の迷宮戦法を打ち破れるだけのデッキと、それを使いこなす技量を持っているようだ。

 

『マスター、なかなかあの小娘、油断ならないでありますよ!』

「ああ、同感だぜ。やっぱ、強い人の近くにいると自然に強くなるってのはこういうことだな……敵対心や対抗心だけじゃない。黒鳥さんから、知らねえうちにデュエマのいろはを叩きこまれてきたんだろうな」

「先輩。お伝えしたいことが」

 

 俺とチョートッQが話している中、紫月が割り込んでくる。

 

「何だ?」

「次の対戦カード……先輩と玲奈さんですよ」

「マジかよ」

「勝つ気で挑まないと負けますよ、あれは」

「たりめーだろ。警戒するに越したことはねぇ、か……」

 

 ブランは決して弱くは無いし、メタリカの攻撃誘導戦法も強力だ。

 だけど、それを圧倒したという事は、それなりに玲奈のデッキも強かったし、彼女のプレイングスキルも高いことがうかがえる。

 流石、黒鳥さんを倒す為にデュエマを続けてきただけはある、ってことか。

 

「耀さん! 次は、耀さんが相手! 私、全力で頑張りますから!」

 

 そんな声が飛んでくる。

 アナウンスが掛かり、準々決勝の準備に入った。

 どうやら、もうここまで来たらやるしかないらしい。

 

「先輩。くれぐれも気を付けてください」

「ああ。勿論だ!」

 

 俺はデッキケースに手を掛けて、そこから40枚の札を取り出す。

 そして、デュエルテーブルでブランを今しがた屠った少女と相対した。

 

『それでは、準々決勝の試合を開始します! 各選手は配置についてください!』

「……よし、玲奈。勝負だ!」

「いきますからね! 耀さんを倒して、レンにちょっとでも認めてもらうんだから!」



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第26話:ビーチデュエル大会─死の鳳

※※※

 

 

 

 俺と玲奈のデュエル。

 2ターン目に《ヤッタレマン》を繰り出す俺に対し、彼女は《ブラッドギア》で火と闇のクリーチャーのコストを下げてくる。

 

「──こ、これって……バイクか?」

「バイクなんてヤバンなデッキは使わないわ!」

「バイク使いに怒られるぞ!」

 

 言いつつ俺は《フェアリー・クリスタル》でマナを増やしていく。

 マナゾーンに落としたカードが無色カードだったので、更にもう1枚カードをマナに置ける。

 順調だ。向こうがコスト軽減なら、こっちは大量ブーストで差を付けてやる。

 

「──ブーストで差を付けてやる、なんて思ってるんじゃない? でも、そんな生温いデッキじゃ勝てないんだから! 3マナで《神滅翔天 ポッポ・ジュヴィラ》を召喚するからね!」

 

 現れたのはファイアー・バードのクリーチャー。

 だけど、火と闇の多色クリーチャーだからか何だか禍々しい。

 待てよ。確かあいつ何処かで見た事がある。確か効果は──

 

「ポッポ・ジュヴィラの効果で墓地にカードを3枚置くわ! この子がいる限り、あたしのフェニックスは墓地のクリーチャーが進化元になるんだから!」

「フェニックス──し、しまった!?」

 

 そうだ、思い出した。

 フェニックス。デュエマに於いてはドラゴンに並ぶ花形種族だ。

 強力な進化クリーチャーで構成された種族ではあるが、進化元の数が多く、召喚難易度はかなり高い。

 しかし──《ポッポ・ジュヴィラ》がいると話は変わって来る。

 

「こっちは3マナで《パーリ騎士》を召喚して墓地にカードを置く!」

「ターンを渡しちゃったね。じゃあ、行くんだから!」

 

 4枚のマナが溜まる。

 墓地に落ちた屍の龍を吸収し、それは顕現する。

 

 

 

「──墓地の《グールジェネレイド》と《ピース・ルピア》を進化元に、《暗黒鳳 デス・フェニックス》に進化!」

 

 

 

 現れたのは混沌と死を齎す破滅の不死鳥。

 《ポッポ・ジュヴィラ》の効果で墓地のカードを進化元に現れた怪物は、すぐさま俺のシールドを目掛けて飛んで来る。

 

「《デス・フェニックス》で攻撃! シールドをW・ブレイクするんだから!」

「トリガーはっ……」

「トリガーは発動しないんだから! 《デス・フェニックス》がブレイクしたシールドは直接墓地に置かれるよ!」

 

 そうだ、こいつそんな効果があるんだった……!

 言わば、スピードアタッカーのボルメテウスみたいなもんだ。

 直接墓地に置かれたシールドのS・トリガーは発動しない。

 おまけにこっちの手札も増えない。

 それが4コストで飛んで来るんだから堪ったもんじゃないぞ!

 ……ただ破壊しただけだと、闇のデッキならすぐ墓地から場に出てきてしまう。

 

「なら、《ポッポ・ジュヴィラ》諸共破壊する! 《ジョリー・ザ・ジョニー》を7マナで召喚だ!」

「来たわね……マスターカード!」

 

 それならいっその事、全部まとめて破壊してしまえば良い。

 マスター・W・ブレイカーなら、両方一気に墓地に突き落とすことが出来る!

 

「《ジョニー》でシールドをマスター・W・ブレイク!」

 

 マスター・W・ブレイクはシールド諸共相手のクリーチャーを破壊する。

 《ポッポ・ジュヴィラ》、そして《デス・フェニックス》は破壊された。

 これで、少なくとも次のターンに《デス・フェニックス》のシールド焼却は受けないだろう。

 

「何とか命拾い出来た……」

「《デス・フェニックス》の効果発動! 相手の手札を全て破壊するからね!」

「あっ……やべ──!」

 

 しまった。こいつ、場を離れたら相手の手札を全部墓地に落とす効果があるんだった。

 マッドネスも無いし、次のターン以降どうすれば良いんだ?

 かといって、《デス・フェニックス》は無視できないクリーチャーだったし、これが最適解だと思いたいが……!

 

「──S・トリガー、《Dの牢閣 メメント守神宮》! 効果で場のクリーチャーは皆ブロッカーになるんだから!」

 

 つっても、《ジョリー・ザ・ジョニー》はブロックされないから、あんまり痛手じゃないな。

 ……でも1ターン止められちまうな。それはちょっとかったるいかもしれない。

 にしても光のカードか。純粋な火と闇のデッキとばかり思ってたんだけども。

 

「あたしのターン、5マナで《法と契約の印(モンテスケールサイン)》を唱えるから! 効果で墓地から《ポッポ・ジュヴィラ》を場に出すよ!」

「また出てきた……!」

「これでターンエンドするからね」

 

 再び増える墓地、次のターンにはまた《デス・フェニックス》が出て来る。

 ……手札も無いし、これどうすりゃ良いんだ……!?

 

「俺のターン、ドロー──」

「《メメント》のD・スイッチ発動! 相手のクリーチャーを全員タップするんだから!」

「うぐっ……!」

 

 実質1ターン休みだ。

 ……引いたカードもコストが高過ぎて出せない。

 完全に縛られてしまってるぞ。

 それにしても……何なんだろう、この違和感は。

 何か、何か致命的な事を見落としてしまっているような気がする──!

 

「あたしのターン……5マナをタップ。《ポッポ・ジュヴィラ》の効果で墓地の《デス・フェニックス》を進化元に!」

「墓地の……フェニックス!?」

 

 待てよ。

 待てよ待てよ待てよ。

 フェニックスを進化元にするフェニックス!?

 そんなカード──1枚しかないじゃないか!

 

 

 

「これで終わりなんだから! 進化、《究極銀河ユニバース》!」

 

 

 

 ──《ユニバース》。それは特殊勝利効果を持つフェニックス。

 数多くのプレイヤーによって、エクストラウィン効果を利用するデッキが開発されてきたが、結局浪漫の域は出なかった。

 何故なら、《ユニバース》はメテオバーンで一番下の進化元を墓地に置き、それがフェニックスなら勝利するという条件だからだ。

 ただでさえ進化を難しいフェニックスを進化元にするので、達成は難しい。

 しかし、《ポッポ・ジュヴィラ》が居るなら話は別だ。

 墓地に落ちたフェニックスを直接進化元に出来るのだから!

 

「《ピース・ルピア》に《メメント》……デッキに入ってた不自然な光のカードは……このためか!」

 

 気付いた時にはもう遅い。

 メテオバーンは攻撃時に発動する。

 もうどうやっても止められない!

 

 

 

「攻撃時にメテオバーン発動……フェニックスを墓地に置いたから、あたしの勝利なんだから!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 玲奈ちゃんに敗けた後の大会の結果だが、その彼女はと言えば次の試合で白バイクに轢かれ、決勝まで進んだ紫月もそれに負けたらしく、結局デュエマ部は誰一人として優勝は出来なかったらしい。

 しかし、紫月が準優勝の賞品を貰ったらしく、後でそれが何なのか見ておこうとは思った。

 

「う、うう……負けるなんて……」

「まあ、俺も運が良かっただけだし、次の試合で使い果たしてるからな、運」

「やはり大会でずっと勝ち続けるのは難しいですね」

「でも、あの打点は過剰すぎデス……」

 

 海の家の近くで項垂れる4人。

 

「れ、レンに良いとこ見せたかったなあ……」

「おい貴様等。何をそこで腑抜けている」

「ジュースとアイス持ってきましたよ、先輩。あと、玲奈さんにも」

「アイス!? やったデース!!」

「僕の奢りだ。感謝するんだな」

 

 おお、この暑い時にアイスは本当に有難い。

 黒鳥さんには本当に頭が下がる。何だかんだで俺達のことを気遣ってくれてるのか。

 

「にしても、大会の結果、見たぞ玲奈」

「……ふんっ。どうせ、あたしみたいな子供に、まだ大会は早かったって言いたいんでしょ」

「精進は無論必要だ。だが、貴様と白銀の戦い、遠巻きから見てはいたが――よく敢闘していたぞ」

「!」

 

 がばっ、と玲奈は起き上がり、食いつくように黒鳥さんに言った。

 

「……そんなこと、急に言われたって嬉しくない!」

「貴様は、どのデッキもそつなく扱えている。技量はこの間よりも上がっているぞ。まあ、あいつが戯れ半分で作ったアレで2勝。デッキの癖の強さをプレイングで補えていると言える」

「……」

「だが、まだ貴様にマッチするデッキは見つかったとは言い難い。後は貴様がそれを見つけるだけ。だから美学が大事だと言っているのだ。デッキは芸術作品。貴様が何を作るのか、貴様が決めろ」

 

 ぽふん、と玲奈の頭に手を置くと黒鳥さんは言った。

 

 

 

「まあ、頑張ったではないか。玲奈」

「……なでなでしないでよ。子供扱いしないで」

 

 

 

 そう言って振り払うが、満更ではないようだ。

 あれ……? ちょっと顔赤くなってるよーな……。

 

「やれやれ、師匠はロリコンですね」

「おい紫月、あらぬ誤解を広めるのはやめないか」

「……今度は絶対に優勝する。で、レンにも勝つ!」

「それは無理だな。僕には負けない自信があり、それは経験で裏付けされている。もっと精進するんだな。美学を身に着けて」

「だから美学ってなによー!!」

 

 ははは、と笑いながら2人の口喧嘩を見守る俺達。

 何だ。結局、仲が良いんじゃねえか。

 バニラアイスをプラスチックのスプーンで削りながら、俺はその光景を眺めていた。

 

「俺も玲奈ちゃんに敗けてられないな……」

「……そういえば先輩。準優勝で、賞品を貰いまして」

「お、改めておめでとう、紫月」

「いえ。もっと私も強くならないといけないので」

「うぅ……それでその賞品って何だったのデスか?」

「実は」

 

 そう言って彼女はぴらっ、とチケットのようなものを俺に見せた。

 

「今日の夕方からある夏祭りの縁日のチケットです。食べ物とか買えるアレですよ」

「なぁんだ、チケットか……デュエマ関係ねぇじゃん。夏っぽさはあるけど」

「でも、夏祭り、折角デスし行ってみませんカ?」

「そうだな。一旦着替えて、また準備すっか――」

「ねえ、耀さんっ」

 

 声が聞こえた。玲奈だ。

 どこか嬉しそうな表情で、彼女は俺にデッキを突き付けて言った。

 

「うん、それじゃあ紫月さん、翠月さん、ブランさん! 今度またデュエマしよう!」

「次は負けないデース!!」

「やれやれ……またライバルが出来てしまいましたね」

「ふふ。でも、しづも楽しかったでしょ?」

「まあ、それなりには」

 

 こうして、ビーチデュエル大会は幕を閉じた。

 だけど、夏の一日に過ぎないはずの今日の事件は、まだ終わらなかった。

 

「それじゃあ、着替えて夏祭りに行く準備でもすっか!」

 

 そう。このデュエル大会の余波に過ぎないと思っていた夏祭りは――思わぬ方向に転がっていくことは、まだ俺は知る由も無かった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あ、レン。玲奈ちゃんも」

 

 夏の戦場での戦いは終わりを迎え、ビーチデュエル大会の片付けが行われていた。

 そこには、司会を務めていた女性――如月コトハの姿もあった。

 

「コトハ。司会、ご苦労だったな」

「いやいや、あたしが好きでやってるからこれで良いのよ。あんたも悪かったわね。枠に埋め込むようなことしちゃって」

「構わん」

「コトハさんっ!」

 

 ぎゅうっ、と彼女に飛びつく玲奈。

 彼女は如月は以前にデュエルを教えてもらっており、それがきっかけで仲良くなっていた。

 

「ところでレン。あんたが言ってたデュエマ部の子達、今日来てたんでしょ?」

「ああ。白銀耀。あいつはなかなか見所があるぞ」

「あたしは勝ったけどね!」

「貴様はうるさい」

「むー……折角勝ったのに」

「でも、あんたが言うってことはまあまあ強いんでしょ?」

 

 頷いた黒鳥は、睨むような目つきで如月に言った。

 

 

 

 

「――奴は、強くなるべくして強くなっているからな。僕達と同じだ」

 

 

 

 

 如月の顔つきが険しくなる。

 「僕達と同じ」。

 その言葉に嫌なものを感じた。

 

「……そ、それはどういうこと? まさか……」

「後でまた連絡する」

「何の話?」

「プライベートの話だ。大人の女性は無暗に人の事情に突っ込んだりはしないぞ、玲奈」

「なっ、分かってるわよ!」

 

 気になるけど、と付け加える玲奈。

 如月はしばらく考え込むような顔をしていたが、ふと思い出したように

 

「そうだ! 片付け! それじゃあ、このステージをお願い!」

「分かった。玲奈。怪我をするなよ?」

「分かってるわよ!」

 

 そう言って機材を片付けていく2人。

 それを眺め――如月は呟くように言った。

 

「……また、デュエマで傷つく人が――出てくるって言うの?」

 

 玲奈から返してもらったデッキを握りしめ、彼女は1人の男の顔を回想する。

 

 

 

「――本当、こんな時に限って居ないんだから。馬鹿」



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第27話:夏祭り─勝ち抜き勝負

――夏祭り。それは、一夜を彩る灯りが煌き、人々の活力と熱で賑わうまた一つの”夏”。

 太鼓の音が鼓膜を叩き、焼きそばの焼ける音が腹を鳴らし、景気の良い客寄せの声が人々を惑わせ、夏の中へと誘惑していく。

 そんな中に、確かに俺達デュエマ部も居た――はずだった。

 縁日の屋台が並ぶ神社の、鳥居の前で待ち合わせという話だったのだが、未だに俺しか来ていないのである。

 

「くっそ、おせぇな……」

『まだ5分しか経ってないでありますよ』

「わぁーってるよ、だけど遅れてることにイライラしてるというよりも、この蒸し暑い中、突っ立ってるだけでじめじめじとじと気持ち悪くてイライラしてるんだよ……」

『やーれやれ、マスターは器が小さい男でありますなぁ』

「うっせー、分解(バラ)すぞおめーのおもちゃみてーな頭」

 

 暑い。

 もう夜で暗いというのに、高めと温度と湿度、そして電球と人々の体温が合わさった結果、今の俺にとって非常に不快な空気が醸し出されていた。

 祭りに夢中になっているならともかく、こうやってただ突っ立って待っているだけというのはとてももどかしいものだ。

 

「アカルー!」

 

 声がした。

 階段の下を覗き込むと、そこには見慣れた人影の姿。

 ブランと紫月、そして翠月が息を切らせて駆け上ってくる。

 彼女達の姿を見た時、俺は思わず感嘆の息を漏らした。

 

「浴衣、か」

「ハイ! 折角デスから、チャレンジしてみマシタ!」

「私達が手伝いに行ってたので……申し訳ありません、白銀先輩。遅れました」

「いや、別に気にしてねぇよ。そうか。それでか」

 

 ブランも翠月さんも、そして紫月も、皆木綿地の平織り、いわば浴衣と呼ばれるものを着込んでいた。

 3者3様でデザインも違っており、ブランは藍色に水仙といういつものイメージとはまた違った落ち着いたデザインで知的な印象を与える。翠月さんは空色の明るい地を飛び回る燕柄で凛とした彼女のようなデザイン、そして紫月はというと藤色に白い朝顔の花があしらわれたものを纏っている。

 ……何かこう、3人共外見の素材は本当に良いんだな、とつくづく感じる。似合ってはいるんだ。

 普段の残念っぷりを忘れそうになるところだった。生意気クールな後輩と、シャーロキアンの探偵馬鹿と同一人物とは思えない。

 

「はぁー。何かわりーな。3人ともおしゃれしてんのに、俺だけこんな格好で」

 

 かく言う俺は半ズボンにメッシュの黒いシャツという涼しさ重視の服装だったがため、3人に比べると聊か華やかさに欠ける。まあ、こんな格好の人もいるんだけどさ。

 完全に俺だけこのメンバーの中で浮いてる感がある。

 

「構いませんよ。私達は」

「そうかぁ?」

「それじゃあ、早速回っていきまショウ!」

「縁日の屋台、楽しみですね!」

「そうだなぁ。ま、たまには童心に帰るのも悪くねーか」

 

 縁日の屋台が並ぶ神社には人、人、人。

 その中をすり抜けるようにして浴衣の少女が舞っていく。

 案外マッチしている金髪と和装の組み合わせ。彼女は無邪気な笑みを浮かべながら、言った。

 

「夏祭りに来たら、そりゃ焼きそばを食べるのがオーソドックスデショ!」

 

 うん、色気より食い気ですかブランさん。

 

「金魚すくいもやりたいですね! あ、ザリガニ釣りもあるみたいよ、しづ!」

「やれやれ皆さん子供ですね……あ、かき氷。やっぱり色気より食い気です、練乳たっぷりかけてもらいましょう」

「お前ら好き勝手に動きすぎだろ、一回集まれ!! 高校生で迷子とか恥ずかしいにも程があるぞ!!」

 

 まあ、縁日ではしゃぐ気持ちは分からなくもない。

 だけど、こうも個性がバラバラだとどこかでトラブルが起こりそうな気がしてくる。

 だからこそ、一旦全員でどこに行くか決めようと思ったのだが……。

 

「まあ待ってください。一旦ここは食べ物系を後回しにしましょう。食べ物を持ちながらでは、聊か歩く時に邪魔になります」

「でも、売切れたらどうするデスか!」

「焼きそばくらい家で作ればいくらでも……」

「デース!! 縁日で食べるから美味しいんじゃないデスカ!」

「それよりかき氷や綿菓子といった一般の家庭では作りにくいものから……」

「結局食べ物に落ち着いてるじゃねーか!」

「冗談ですよ、だからそれこそまずはみづ姉の金魚すくいから……」

「それはシヅクがミヅキのことが大好きだからデショ!?」

「あらやだ、しづったら……」

「そういう理由ではありません!」

「あーもう、滅茶苦茶じゃねーか、俺ァ取り合えず全員分の焼きそば買いに行ってくるから、お前ら好きなところに遊びに行ってこい!! 言っとくけど、離れんなよ!? 迷子にはなるなよ!?」

「わーい、やりマシタ!」

「俺言っておくけど、部長だからな!? パシりじゃねぇからな!?」

「完全に部の保護者になってるわね、白銀先輩……」

「本人が世話焼きな性格ですからね。ある意味師匠と通じるものがあります」

 

 ですが、と紫月は俺に近寄ると

 

「4人分ともなると持つのが大変でしょう。私が一緒に並んでも構いませんが」

「何で上から目線なんだよ」

「……ふふっ」

 

 その隣で翠月さんがクスクス笑ってるけどどうしたんだ。

 別にたかだか焼きそば程度、ビニール袋に入れれば持つのは苦ではないのだが。

 まあ、両手が塞がるのは確定だけど。

 

「んじゃあ、頼むぜ……何でおめーらニヤニヤしてんだ」

「それじゃあ私はミヅキと一緒に金魚すくいに行ってくるのデ!」

「焼きそば、お願いしますよ、2人共! かき氷は私が買っておくからね、しづ」

「何でそんなに楽しそうなんですか」

 

 去っていく2人を見ながら、俺達は溜息をついた。

 取り合えず、焼きそば屋に足を運ぶ。

 看板を見てみると「焼きそばサムライ」という名前だ。何でサムライなんだ、訳が分からん。

 

「いやぁ、悪いな紫月。手伝わせるようなことになっちまって」

「いえ、良いんです。私は別に」

 

 別にとは言うが、こんなところで2人っきりだとどっちかのクラスメイトに見られた時に妙な勘違いされそうで怖いんだよなあ……。

 紫月にそんなこと言ったら「何ですか、私はみづ姉一筋です、沈めますよ」とかすっげぇ怖い顔で詰め寄ってきそうだからやめておくか。

 後、まさか桑原先輩とか今この場にいねぇよな。流石に受験勉強で海に来れなかったのに夏祭りは来てるということはねぇはずだ。安心安心。

 

「そ、それはともかく白銀先輩。この浴衣、どうでしょうか? みづ姉に選んで貰ったのですが」

「んあ? ああ、似合ってると思うぞ」

「適当に言ってませんか」

「適当じゃねえよ?」

「むぅ」

 

 何でそこで不機嫌になるんだよ。こっちは思ったことを正直に言ってるだけなのに。

 まるで説き伏せるように彼女は言った。

 

「良いですか、先輩。これはあくまでもみづ姉が選んだものですよ。感想を言わないのはみづ姉に失礼だと思いませんか」

「何言ってんだお前」

「良いですか、もっとこう……落ち着きがあるとか、趣があるとか」

「俺にそんな語彙力があると思ってるのか」

「……はぁ。デュエマ馬鹿の白銀先輩に期待した私が馬鹿でしたよ」

「何でさ!! 大体お前、今日はどうしたんだ!? いちいち俺に服の感想を求めたりしてさぁ!!」

「うっ……!?」

 

 ぼんっ、と紫月の顔がいきなり真っ赤になる。

 何だ。どうしたんだ。何でそこでいきなり恥ずかしがるんだ。

 

「む、むぅ……う、うるさいですね。自意識過剰にも程がありますよ。唐変木。鈍感。犯罪者」

「何でだ!! 最後のを取り消せ!!」

「大体、女の子はこういうものなんですよ。女の子の外見に気を配れないのは高校生男子としてどうなんですか。いや、カードゲームのカードが恋人のような白銀先輩には関係ありませんでしたね」

「ったく、本当に何なんだよお前は……」

 

 慌てて取り繕うように、そっぽを向いて早口で反撃する紫月。本当にどうしたんだこいつ。

 やれやれ、最近ちょっと丸くなったと思ったら、すぐにコレだ。

 おっと、こんな馬鹿みてーな会話をしてるうちに、列の一番前。

 売り子の声が飛んでくる。

 

「次の方ー、注文どうぞー」

「あ、はーい。焼きそばよっつ――」

 

 言いかけた途端、俺達は固まった。

 

「あ、あれ、耀……? 紫月ちゃん……? な、何でこんなところに……?」

「花梨、どうしたんだ」

「……刀堂先輩。お疲れ様です」

 

 マジかよ。

 こんなところで同級生どころか幼馴染に会っちまったよ!

 花梨は今、手伝っている途中だからかバンダナとエプロンを付けていた。

 そして、取り乱したものの――

 

「え、えと、取り合えず注文を」

「あ、うん。悪かった」

「……むぅ」

 

 この時。紫月がかなり不機嫌そうな表情をしていたことに、俺は気付かなかった――

 

 

 

※※※

 

 

 

「はーい、いらっしゃい、安いよ安いよ、婦人部のチャリティー絵葉書!! ついでに俺が描いたのもあるから持ってけドロンボー!!」

「……」

「……」

 

 一方のブランと翠月はある屋台の前で立ち止まっていた。

 絵葉書の販売もやってるのか、と近寄って見てみたら、売り子をやっているのは非常に見覚えのあるチビであった。

 それが全く見覚えのないテンションで客寄せをやってるのだから驚きである。

 思いの外人が集まっているのだが、取り合えず何事か問いただそうと思い、2人は並んでみる。

 

「さあ、次のお客――」

「デース!」

「桑原先輩、どうしたんですか!? 受験勉強は!?」

 

 店番――桑原は心底驚いたようだった。

 引き攣った顔で、受け応える。

 

「何でテメェらがこんなところに……」

「それはこっちの台詞デース!!」

「或瀬と紫月……ということは白銀もいるんだな?」

「翠月ですよ! 間違えないでって言ってるじゃないですかぁ!」

「双子なのに分かるかァ!! くそっ、よりによってテメェかよ!」

「部活でいっつも顔合わせてるじゃないですかぁ!」

 

 確かにフードがないと見分けがつかない。

 ブランと一緒にいるので、桑原が間違えたのも無理はないと言えた。

 だが、それはともかくとして、受験勉強で海に来れなかったはずの彼が何故この場に居るのかを問いたださねばならない、とブランの探偵としての使命が胸の中で囁いていた。

 

「さぁ、桑原先パイ。どうしてここにいるのか、続きは署で……」

「何でだァ! サボってここにいるんじゃねぇんだよ!」

「いつも部室じゃなくて屋上にいるくせに!」

「あれはサボってんじゃねえ、お前知ってて言ってるだろ!」

 

 取り合えず、これ以上一生懸命売り子をやっている先輩を弄るのも良くないと思い、真面目に彼の話を2人は聞くことにしたのだった。

 

「とにかく俺はうちのオカンがいる婦人部の絵葉書屋の手伝いをさせられてるだけだ! 遊びに来てんじゃねーんだよ!」

 

 特に衝撃の事実も何もなく。

 心底がっかりした表情を浮かべるブランに、桑原は再び怒りを覚えた。

 

「つか、テメェらこそどうしたんだ!!」

「ビーチデュエル大会の副賞でチケットが沢山貰えたので遊びにきマシタ!」

「お、お疲れ様です桑原先輩……」

「クッソぉ、或瀬……テメェも来年には受験で勉強地獄だ、覚悟しとけよ!」

「知らないデスねー?」

「くっ、このエセ外国人め……それはともかくこの絵葉書、1枚50円、10枚で500円だ、買うよなぁ?」

「うわぁ、びた一文負けないんデスネ!」

「っせぇ! 並んだからには買ってけや!! もうすぐ交代だから、ちょっと待ってろ!!」

 

 身内だから大分乱暴な接待にはなっているようだ。

 仕方ないので1枚ずつ買っていくことにしたのだった。

 で、売り子の交代で業務から解放されたと見た桑原は、ブランと翠月と合流したのだった。

 

「成程な。それで、紫月が準優勝。白銀は黒鳥師匠の従妹と対戦し、勝利……か。あの黒鳥師匠の従妹なら、それなりに強いはず。よく勝てたモンだ」

「ハイ!」

「いや、何でテメェが誇らしげなんだ? テメェはそれにボロ負けしてるよな?」

「ハイ! ボロ負けデス!」

「ああ、腹立つ。で? その紫月と白銀は何処だ?」

「2人なら焼きそばを買いに行ってると思いマスよ」

 

 どこか訝し気に彼は顎に手を遣った。

 

「ほーん……それと、或瀬。その浴衣はどうしたんだ」

「あ、先パイ! この姿にドキドキしてるんデスネ!」

「ちげぇよアホ。自意識過剰が過ぎるぜ」

「私は前から買ってた浴衣デスけど、ミヅキとシヅクはさっき買ってきたんデスよね!」

「ええ、そうね」

 

 翠月は微笑ましい妹の先ほどの姿を思い返しながら、言った。

 

 

 

「しづ、とっても楽しみそうな顔で浴衣を選んでたから――珍しいわ。いつも服は私に選ばせるのに」



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第28話:夏祭り─桑原先輩の意地

 ※※※

 

 

 

「成程。刀堂先輩の家はここで焼きそば屋をやってたんですね。だから焼きそばサムライ」

 

 紫月は物珍しそうに看板に目を遣った。

 焼きそばを啜っていた俺は頷いた。

 にしても、この乱暴なソースの味が実にお祭りの焼きそばらしくて良い。

 香ばしく焼かれた豚肉も、肉汁が染みついた麺も実に箸が進む。

 

「なら誘ってくれても良かったのに」

「だ、だって……耀、カードの大会とか去年はいっぱい部活の先輩と行ってて、すごく忙しそうにしてたから……。今年はまさか祭りに来るなんて思わなかったんだもん」

 

 刀堂家は代々、近所でも有名な剣道場の家系。

 ……それとは特に関係はないが去年から焼きそば屋の係をやっているという。

 こういう祭りにはあまり興味が無かったからか、俺は知らなかったし、カードゲームばっかりやってたのも事実と言えば事実だ。

 

「そりゃ悪かったな……」

「良いんだよ、こうやって今日は来てくれたし」

 

 にしても最近の花梨はとても元気が無かったから、こうやって話せるようになったのは嬉しい。

 以前よりも笑顔が戻ってきている。

 本当に良かった。

 

「それに、あたしも耀が好きな事やってるのを見るのが一番好きだよ、にゃはは……」

「お、おう……そうか」

 

 ……にしては、妙に顔が赤くなってる気がするのは俺の気の所為か?

 後、すっげぇ怖い顔で紫月が睨んでる。何故だ。また犯罪者か。

 

「ところで2人共、最近はデュエルの方はどう?」

「俺は新しい弾でもっとジョーカーズが強化されたら、そっちの方も挑戦してみてぇって考えてるんだ。何やら新しい動きがあるみてぇだからな」

「紫月ちゃんは?」

「最近、私はもっと強くなろうと思って、色々ムートピアの可能性を考えているのです。《シャークウガ》ももっと生かしてあげないといけないですからね」

 

 確かに、ムートピアデッキの可能性は此処最近でかなり広がったと聞いた。

 だんだん《シャークウガ》の肩身が狭くなっている気もするが……いや、元から狭いかあいつは。

 

「だけどよ、何を組もうとしてるんだ?」

「今のデッキとは違うコンセプトのデッキです。ただ……いまいち見通しが立たなくて」

「見通しが立たない?」

「はい……」

 

 珍しいな、此奴にしては。

 頭脳戦は彼女の領分のはずなんだが。

 

「紫月ちゃんがデッキの事で悩むなんて珍しいなあ」

「デッキで悩むのは全プレイヤー共通ですよ。ですが、もっと根本的かつ現実的な問題が私には立ち塞がっているのです」

「根本的かつ現実的な問題? 何それ」

「何が言いてぇんだ」

「……ポケットマネーが」

「……ああ」

 

 確かに、現実的かつ根本的な話になったな。

 と言っても、一瞬俺にはそこまでピンと来なかったが――

 

「大体、先輩はいろんな人からカードを貰ってるじゃないですか。最初のジョーカーズだって、1000円ぽっきりで《ナッシング・ゼロ》4枚入りのものを貰ったらしいですし、《ジョニー》も師匠から譲り受けたものであることを忘れてはいけませんよ」

「た、確かにそれはそうだ……他人事だと思って悪かった。だけど俺も箱は買ったりしてるんだぜ。良いカードが当たらないけど」

「そういえば耀って、くじ運は昔から壊滅的に悪かったよね……」

「ああ、壊滅的な程にな」

 

 少なくとも、「ハムカツ団とドギラゴン剣」を買って、出てきたキラカードが全部《ゴッドファーザー》だった俺の災厄極まる運は伊達じゃあない。

 その代わり、それを色んな人に助けてもらってるわけではあるけど。

 ……まあ、俺は成り行きでクリアしている問題事が、他の奴には大きな問題として立ち塞がっているのか。

 それが金。結局の所経済面だけは如何ともし難いのである。

 

「今組もうと思ってるデッキのキーカードがとても高騰していて……どうにかして、手に入れようと思っているのですが」

「他のパーツは?」

「もう持ってます。後は本当に、それだけなんですけど……残り1枚がどうしても足りなくて」

「お小遣いが」

「はい……」

 

 項垂れた紫月は呟くように言った。

 成程。手持ちの資金ばっかりはどうにもならねぇわな。

 しかし、それは俺の方も同じだ。どこかでバイトでも始める必要があるのだろうか。

 使い道は一見不純には見えるものの、俺達にとっては死活問題である。

 文字通り、生きるか死ぬかの戦いに身を投じている以上は仕方がない。

 

「ふ、2人共凄いなあ。あたしなんか、最近カードを買ったのは良いけどどうやって生かせばいいか分からなくて。お兄にも聞いてみたりしてるんだけど」

「お兄? お兄さんがいたのですか」

「ああ。花梨には1つ上の兄貴がいる」

「血の繋がりは無いけどね」

「そうだな。それに俺もあんまり会ったことはないんだよ」

「……そうですか」

「今度、また機会があったら会わせてあげるよ。今、お兄は受験勉強で忙しいから」

「そうか。あの人も受験か」

 

 まあ、人の家の事情には深く突っ込まないことにはしているから俺も詳しくは知らない。

 だけど、デュエマも剣道も、そして頭もとても良い人だった。

 それを鼻にかけることもしないし、人間も出来ている。こんな人はそうそういない。

 

「そういえば耀。知ってる? 此処でデュエマのイベントがあるんだってさ」

「……え? マジで?」

 

 一応デッキは持って来てるけど、一体どんなイベントなんだ。

 まさか、またトーナメントの大会か? と俺は思ったが――

 

「ううん、どうやら4回連続で勝ったら、景品がもらえるってイベントで、敗けたら勝った方が連勝に挑戦する……って感じのイベントらしいよ」

「マジか」

「名付けて、”連勝デュエチャレンジ!”誰が考えたんだろうね、こんなの」

 

 連勝、か……簡単そうに見えてこれがなかなか難しそうだ。

 それも普通のトーナメント以上に。

 何せ、大勢の前で手の内を曝すことになるのだから、自分が使っているデッキに強いデッキを持ち込まれたらあと少しで連勝達成だったところを逃すことになりかねないのである。

 

「先輩。これも鍛錬のうちです。やってみましょう」

「ああ……でも、お前は?」

「流石に手の内が知れてる身内と戦うのは、気が引けるので今回は席を譲りますよ」

「花梨は? これから休憩だろ?」

「あ、あたしは今日デッキ持って来てないから……」

「そうかぁ」

 

 ブランにも声を掛けておこうかと思ったけど、手の内が分かってる身内と戦うのは気が引けるという紫月の言葉には概ね同意出来た。

 こういう場所でのデュエルは知らない人と出来るから良いんだろ。

 

「でも悪いな。俺だけ出るなんて。ちなみに景品は?」

「新弾……”マジでBADなラビリンス!”のパック10枚みたいだよ。無くなったら終わり」

「何か魅力的じゃねえなぁ。俺ツキ悪いし。まあ、貰えるもんは貰うか」

 

 俺はすぐに駆け出す。

 誰かに景品が取られる前に先んじて4勝してやるか!

 

「先輩、待ってください!」

「へっ、置いていくぞ紫月! 花梨!」

「やれやれ、本当突っ走ったら一直線なんだから……」

 

 そんなわけで、イベントをやってる会場に出向くことにしたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「デュエマのイベント、デスか?」

「ああ、そうだ」

 

 縁日の一角でかき氷をプラスチックのスプーンで削りながら、3人は談笑していた。

 その中に、今日この祭りの会場で行われるデュエマのイベント、”連勝デュエチャレンジ”について突如話題が飛び出してきたのである。

 桑原は不機嫌そうに、

 

「デッキは持って来てるか?」

「うーん、一応ワイルドカードが出てきた時の為に持ってきてマスけど」

 

 彼の顔は引き攣る。

 ブランも言ってしまってから気付いた。

 今横に居るのは紫月ではない。翠月だ。当然、何のことか知らない彼女は困惑しており。

 

「ワイルド?」

「い、いや、何でもないデス、ミヅキ! 新しいクリーチャーの事デスヨ!」

「そ、そんなものが……私最近やってないから知りませんでした」

(し、信じた……デスか?)

 

 うっかり隣に並んでいるのがいつもの後輩と同じ顔だったがため、油断した。

 探偵を名乗る割に聊か迂闊すぎやしないか、と桑原はこの様子を心底肝を冷やした様子で見届けていた。

 

(アホか此奴、よりによって翠月の前で……)

「デ、デモ、今日は折角デスし、縁日で遊びたい気分デス」

「はぁん」

「じゃあ、私も見に行きマス!」

「4連勝したら景品が貰えるイベントかぁ。どんな景品なんだろ」

 

 ふぅ、と息をつくと桑原は言った。

 勿論、それはワイルドカードの事を翠月に悟られなかったという安堵の息でもあるが。

 

(こんなんじゃ、バレるのも時間の問題だぜ……やれやれ)

「そういえば桑原先パイは出なくていいんデスか?」

「あ?」

 

 ブランに突然聞かれて、桑原は当惑したような表情を浮かべる。

 

「デッキ、持って来てるんデスか、桑原先輩」

「いや、まあ……ああ。一応な」

 

 これも勿論、万が一のための護身用である。

 桑原は自力でエリアフォースカードでクリーチャーと戦えないが、それでもないよりマシという考えの下だ。

 

「じゃあ出てみたらどうデスカ!?」

「……そーゆーつもりじゃなかったんだが……」

「受験勉強で忙しいはずですし、ストレス発散はどうですか?」

「……そうだな。たまにはいいかもしれねぇな」

 

 遠慮がちではあったが、内心はそう悪いものではなかった。

 

「……フン、腕試しといこうじゃねーか」

「その意気デス!」

「私も、桑原先輩のデュエル、見てみたいです!」

「よし、行くか――」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「《超絶特Q ダンガンテイオー》でダイレクトアタックだ!」

 

 一気に炸裂する一斉攻撃。

 これで、ようやく3勝目。大会の時ほどガチガチなデッキを使ってる人も居なかったというのもあって、存外勝ち進むのは容易だった気がする。

 電球と提灯がぶら下がった境内前のステージで、俺は大勢の観客の前でデュエルを行っていた。

 形式は大体花梨と聞いたのと同じで、境内前のステージで1組がデュエルし、敗けた方が抜けて、再び挙手した観客の中から挑戦者を選出する……という方式だ。

 運よく俺は挑戦権を勝ち取り、今の今まで危うい試合もあったが3度の勝利を手にしていた。

 あと一回で4連勝達成、景品が貰える。

 

『4戦目ー! 挑戦者の方はいませんかー!』

「せんぱーい、最後の最後で油断しないでくださいよー」

「耀ー! ファイトー!」

「何だ、テメェらも居たのか」

 

 聞き覚えのある声が響いた。

 見下ろすと、紫月と花梨が居た方面にブラン、翠月、そして――

 

「桑原先輩ィ!? 何であんたここに!?」

「やっぱりここに来てたのかよ、白銀。今3勝目みてーじゃねぇか」

 

 高らかに言う桑原先輩。

 何でこの人、こんなところに来てるんだ。

 

「ブラン先輩、みづ姉……何故桑原先輩がここに……?」

「婦人部の手伝いに来てたみたいデスヨ!」

「それで、イベントの話を聞いて、白銀先輩と戦いたくなっちゃったみたいで」

「つーわけでだ」

 

 不敵に笑う彼はステージの上に上がってくる。

 ……マジか。俺は桑原先輩とあまり戦ったことがない。

 成程、相手にとって不足はないわけか。

 

『おぉーっと4人目の挑戦者だぁーっ! チャレンジャー、ここで勝ち切って4戦を達成できるか!?』

「桑原先輩……!」

「ハッ、どうした? 震えてるぜ。俺だって強くなってんだ。テメェらの足手纏いじゃねぇことを思い知らせてやらぁ!」

 

 相対する俺と先輩。

 電球の熱が降り注ぎ、人々の声と熱がステージを包み込む中、最後の試合が始まろうとしていた。

 

「……行きますよ、桑原先輩!」

「さぁ、美しき芸術の始まりだ。祭りはキャンパス、テメェの戦いがどう描かれるのか楽しみだぜ!!」

『それでは、挑戦者が出揃いました! 早速、デュエルを開始してください!』



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第29話:夏祭り─力と力のぶつかり合い

 ※※※

 

 

 

 俺と桑原先輩のデュエル。互いにビッグマナ系統のデッキであるが、桑原先輩が使うそれはグランセクトの超高パワークリーチャーばかり。

 俺の方から先に仕掛けて倒せるようにしないと……。

 

「2マナをタップ。《一番隊 ルグンドド》を召喚」

「《ルグンドド》……!?」

「これで俺のグランセクトのコストは-1される」

 

 少し俺は驚いた。

 グランセクトは大型のクリーチャーが多い種族。

 だから、ちまちまとコスト軽減をする《ルグンドド》は一番隊サイクルじゃ不遇だと思っていたんだが……。

 

「俺のターン、2マナで《ヤッタレマン》召喚だ! 効果で俺のジョーカーズのコストもマイナス1ですよ!」

「なら俺のターン。3マナで《タバタフリャ》召喚だ! 此奴の効果で、俺のパワー12000以上のクリーチャーのコストはマイナス2される!」

「げっ……合計コストマイナス3……!」

「そうだ。これで、俺の次のターンに出せるクリーチャーは7。ターンエンドだ」

 

 とにかく、相手が高コストのクリーチャーを出してくるのならば、俺は先手を打ってそれを封じられるように立ち回っていけばいいだけだ。

 

「3マナで《フェアリー・クリスタル》。この効果で、マナを山札の一番上から1枚置き、それが無色カードだったならもう1枚増やせる! 更に2マナで《洗脳センノー》召喚! ターンエンドです!」

「ほーう。だが、大したことはねぇな。その程度の軍勢なら、後から幾らでも塗りつぶせるぜ。見せてやるよ、芸術の華!」

 

 《洗脳》で巨大クリーチャーの連鎖的な展開は防いでいる。

 だけど、先輩の動きが不穏だ。

 

「まず、俺は2マナで《ジャンボ・ラパダイス》を使用! その効果により、山札の上から4枚を表向きにし、パワー12000以上のクリーチャーを全て手札へ加える!」

「パワー、12000以上!?」

「ああともよ! 手札に加えるのはこいつ等だ、出てこいテメェら!」

 

 表向きになったカードは、《ブンドド・タンク》、《自然星人》、《ボントボ》、そして――《ハイパー・マスティン》の4枚だ。

 

「来たぜッ!! さあ、パワー12000以上の3枚を手札に加えるぜ! ターンエンドだ!」

「手札が一気に3枚……!」

「驚くのはまだ早いぜ! 震えて待ってなぁ!」

「俺は、《ニヤリー》を召喚……! その効果で山札の上から3枚を捲って、《バレット・ザ・シルバー》、《バイナラドア》、《ムッシュ・メガネール》を手札に加えてターンエンド……!」

 

 まずい。

 手札が一気に増えた上に、コスト踏み倒しも万全のようだ。

 

『マスター、何故展開を行わないのでありますか!?』

「無理だ。グラセクデッキなら、《パンプパンプ・パンツァー》が入ってるかもしれねぇし……」

『でも、味方を巻き込む可能性があるでありますよ』

「……それもそうか」

「さてと……俺は5マナで《自然星人》を召喚!」

 

 言った先輩が繰り出したのは、毛むくじゃらで3つ目の怪物。

 そして、同時に彼は山札の上から大量のカードをどさっ、とマナゾーンに置いた。

 

「此奴の効果で、俺はマナゾーンのカードを倍に増やす。俺のマナはこの時点で5枚。よって、5枚をマナゾーンへタップしておくぜ!」

「マジかよ……!」

 

 既にこの差は圧倒的だ。

 俺のマナは6枚、対して桑原先輩は既に10枚――!

 

「……怖いのは、《ハイパー・マスティン》か……! なら、こっちだって考えがあるぜ!」

 

 俺がタップするのは7枚のマナ。

 《ヤッタレマン》の効果でコストは1軽減されている。

 だから――

 

「先輩! コレが俺の切札(ワイルドカード)! 《超絶特Q(チョーゼツトッキュー) ダンガンテイオー》だ! 此奴の効果で、先輩のクリーチャーは場に出たターンに攻撃できない! そして、俺のクリーチャーは場に出たターンに相手を攻撃できる!」

「……成程。しかも、手札には《バレット・ザ・シルバー》。そいつでコスト踏み倒しを行うつもりか」

「そういうことですよ! ターンエンド!」

「……だがな、白銀。お前は何か勘違いしていねぇか?」

「え?」

「俺の切札は、《マスティン》だけじゃねぇんだよ」

 

 にたぁ、と不遜に桑原先輩が笑った。

 

「考えてみなくても分かるはずだぜ! 俺だって、強くなってんだ! さぁ、受け止められるもんなら受け止めてみやがれ、デュエマ部部長・白銀耀! この抑えつけるには有り余る力、これが芸術だ!」

「先輩の、新しい切札……!?」

 

 嫌な予感がした。

 この状況で、確かに《ハイパー・マスティン》は意味を成さない――!

 

「ありのままに、そして高潔に! 芸術は、力の爆発である! 《ルグンドド》、NEO進化!」

 

 5枚のマナがタップされ、《ルグンドド》の頂にクリーチャーが重ねられた。

 これは、まさか――

 

 

 

叫べ野生よ(プリミティヴィティ)、《グレート・グラスパー》!」

 

 

 

 現れたのは(グラスパー)の王、《グレート・グラスパー》。

 以前、紫月が相対した切札とはまた違うカードだ。

 

「さあ、このありのままの大自然こそ、芸術! 《グレート・グラスパー》の効果発動! クリーチャーを1体選び、相手のマナゾーンへ送る! 対象は当然、《ダンガンテイオー》だ!」

「なっ!?」

「さらにこれだけじゃあ終わらねぇよ! コストマイナス2、5マナで《ゼノゼミツ》召喚!!」

「げっ……あいつって……!」

「効果で《洗脳》と強制バトルを行い、破壊!! これで邪魔は居なくなったなぁ、白銀ェ!! これ以上展開しても良いんだが、うっかりクリーチャーを召喚すると《バレット・ザ・シルバー》が出てきちまうからよォ!!」

「流石に見えてたらそうだよなぁ……!」

「さあ行くぜ! 《グレート・グラスパー》で攻撃するとき、マナゾーンからこいつのパワー14000よりも低いクリーチャーを場に出す!」

 

 そう言って先輩は、さらにクリーチャーをマナから場の《ゼノゼミツ》に重ねた。

 

「枠に囚われるな。その絵筆は刃、美しくも獰猛に――《ゼノゼミツ》、NEO進化!」

 

 今度は何を出すつもりなんだ!?

 これ以上クリーチャーが出てきたら、対処がしきれないぞ!?

 

 

 

ぶち壊しやがれ(デペイズマン)、《メガロ・カミキュロス》!」

 

 

 

 叩きつけられたカードの頂きに描かれたのはカミキリムシのようなクリーチャー。

 こいつの効果は確か――

 

「こいつもパワー12000のT・ブレイカー。ただし、攻撃時に手札からパワー12000以上のクリーチャーを場に出せる!」

「!」

「さぁ、覚悟しろ白銀! この芸術の極み、耐えきれるもんなら耐えてみなァ!! 《グレート・グラスパー》でシールドをT・ブレイク! 創造の前に破壊あり、ぶち壊せ!」

 

 割られる3枚のシールド。

 手札に来たカードは――

 

「S・トリガー! D2フィールド、《Dの爆撃 ランチャー・ゲバラベース》を展開! この効果で、先輩はクリーチャーで攻撃するとき、クリーチャーを1体、マナに置かなければならない!」

「それがどうしたァ!! 《メガロ・カミキュロス》でテメェに攻撃! その時、《ゲバラベース》の効果で《タバタフリャ》をマナに置き――《グラスパー》の能力で、こいつよりパワーの低いクリーチャー、《ボントボ》を場に出すぜ! そして、《カミキュロス》の効果で、パワー12000以上のクリーチャーを1体、手札から場に出す!」

 

 先輩の手札から1枚のカードが叩きつけられた。

 

「風を斬れ、俺の中の俺を野に放て――《ボントボ》NEO進化!」

 

 まずい。

 今度こそ、俺は逃れられない。

 あのクリーチャーは――

 

 

 

咆えろ、野獣のように(フォービズム)、《ハイパー・マスティン》!!」

 

 

 

 ※※※

 

 会場のモニターには2人の戦況が映し出されている。

 元々イベント用のものだったのを借りているらしいが、それで観客は耀と桑原のデュエルを見届けることが出来ていた。

 そして、その圧倒的な展開力を前に気圧されていたのは耀だけではない。

 観戦していた翠月もブランも花梨も、一種の戦慄を憶えていたのである。

 

「す、すごいです、桑原先輩! 美術の才能だけじゃない、デュエマもこんなに強いなんて……!」

「デッキが完全に種族よりで洗練されてるよ。同じくブースト戦術をとる耀の常に一手上を進んでいることで、遅れをとってない」

「本当、パワフルデスネ……自然文明って」

「……」

 

 翠月と花梨が試合の展開に息を呑む中、紫月だけが面白くなさそうな表情を浮かべていた。

 

「どしたの、しづ」

「みづ姉」

「あれ、そういえば紫月ちゃん、何か機嫌悪そうだけど……」

「いえ、別に……何でもありませんよ」

 

 自分としたことが表情に表れていたか。先程から、紫月は胸の中に込み上げるもやもやが隠せなかった。

 察しが良すぎるのも考え物だ、と紫月は頭を抱えた。

 さっきの花梨の耀に対する表情。あれは友人と見ている男に対するものではないことは確か。

 これでも、相手の心理を読むことに関しては紫月はデュエルを通して学んでおり、通じていた。

 おまけに、ただでさえ表情に感情が出やすい花梨。見れば一目瞭然だった。

 

「とにかく、勝てー! 耀ー! 絶対負けちゃダメなんだからねー!」

「桑原先輩! そのまま押し切っちゃってくださーい!」

「……やれやれ」

 

 ほんの、からかい半分のつもりであった。

 

 

 

「刀堂先輩は、白銀先輩の事が大好きなんですね。そんなに応援して」

 

 

 

 明らかにからかうように、いつもの軽口のつもりだったのだが――

 

「え、え……?」

 

 フリーズ。

 花梨の顔は林檎のようになっており、そのまま何も言えずに口をぱくぱくとしている。

 

「ちょっと、しづ……もう、先輩、ごめんなさい。しづが変な事言って」

「にゃ、大丈夫だよ! そ、それに……あいつはただの幼馴染だから」

「……そう、ですか。すみません、タチの悪い冗談を言って」

 

 分かりやすすぎる。

 何なのだろうか、このモヤモヤは。

 同時に、花梨は耀の幼馴染。ある意味、最も彼に近い存在――

 

「……ですが、デュエマも最後は時の運。2人の実力が拮抗している以上、どちらが勝つかは分かりませんよ」

「そ、そうかなあ。桑原先輩が押しているように見えるけど、しづ」

「……ふぅーん。じゃあ、本当に分からないってことかぁ」

 

 実際、花梨は耀の事をどう思っているのか。

 そんなことを考えてしまっている自分自身に、紫月は嫌気がさしていたのである。

 ――はぁ、くだらない。取り合えず、試合の結末を見届けるとしましょうか。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺と桑原先輩のデュエルは、まさに佳境。先輩の展開された切札を前に俺は追い詰められていた。

 此処で攻撃を止めても、パワー3000以下のクリーチャーの攻撃はシャットアウトされてしまう。

 まずは、あのバカでかいクリーチャー軍団、そしてこの猛攻を耐えきらないと――!

 割られる2枚のシールド。

 その中には――

 

「S・トリガー! 呪文、《タイム・ストップン》! そのスーパー・S・トリガー効果で、もう先輩のクリーチャーは攻撃できません!」

「ちっ、生き存えたか……まぁいい。ターンエンドだ」

「あ、あぶねぇ……だけど……」

 

 桑原先輩の場には、パワー3000以下のクリーチャーの攻撃を封じる《ハイパー・マスティン》に、《グレート・グラスパー》、《メガロ・カミキュロス》、《自然星人》の合計4体のクリーチャーが存在している。

 俺は卒倒しそうになった。いずれも、パワー12000以上の超巨大クリーチャーだ。

 

「……だけど、諦めなければ……! 勝機はあるはず……! 此処で、ひっくり返す!」

「ほう。見せてみろ、白銀ェ!! 俺に、テメェの芸術を見せてみろよ!!」

「はいっ!」

 

 賭ける。この一手に。俺は、その可能性を秘めたカードに手を掛けた。

 

「俺のターンの始めに《ランチャー・ゲバラベース》の(デンジャラ)・スイッチをオン!! その効果で、山札の一番上のカードをマナに置き、それが相手のマナゾーンのカードよりもコストが小さければ、バトルゾーンに出す!」

「!」

「先輩のマナゾーンのカードは、11枚! 俺のデッキのクリーチャーは全てに場に出せる! 後は何が来るか、それだけ!」

 

 俺が山札の上からマナに置いたカード。

 それは――

 

「――これが俺の切札(ザ・ジョーカーズ・ワイルド)、《ジョリー・ザ・ジョニー》!」

 

 俺のもう1つの切札、マスターカードの《ジョリー・ザ・ジョニー》だった。

 ここぞという時に来てくれるなんて!

 

「EXウィン狙いか……!? ハッ、だけど足りねぇな! 打点も、クリーチャーの数も! そのデッキには《ナッシング・ゼロ》は搭載されてねぇだろ!」

「足りますよ、先輩!」

 

 そう。足りるんだ。これで決める!

 

「3マナで《ドツキ万次郎》召喚! その効果で、《グラスパー》を山札の一番下に送ります!」

「それでもまだ、打点が足りねぇよ!!」

「そして呪文、《カンクロウ・ブラスター》!! その効果で、俺のクリーチャーはこのターン、パワーが+4000され、シールドをさらに1枚ブレイクする!」

「なっ……!!」

 

 この呪文の効果で、《ヤッタレマン》はW・ブレイカー、そして《ジョニー》はT・ブレイカーになる!

 これで、打点は足りた!

 

「《ジョニー》は、場とマナにジョーカーズが5枚以上あれば、攻撃の終わりに相手のシールドもクリーチャーも居なければ、デュエルに勝利する!」

「へっ、分かってるぜ! かかってこいよォ、白銀ェ!!」

「《ヤッタレマン》でシールドをW・ブレイク!」

「っ……ハッ、ハハハハ!! トリガーは来た……だけど、《コクーン・マニューバ》だ! 《カンクロウ・ブラスター》の効果で、テメェのクリーチャーは呪文では選ばれねえってこったなァ……テメェはやっぱ面白ェよ!! 最高に芸術してるぜ!!」

「ええ、だから……これで終わりにしましょう、先輩! 《ジョリー・ザ・ジョニー》でシールドを攻撃……マスター・(トリプル)・ブレイク! 場の《自然星人》、《メガロ・カミキュロス》、《ハイパー・マスティン》を破壊!」

 

 焼き尽くされる桑原先輩のシールド。

 これで、トリガーさえ無ければ俺の勝ちだ。

 

「まだだ、もう1枚《コクーン・マニューバ》、いや《ゼノゼミツ》さえ来れば――!」

 

 シールドを捲る先輩。確かに前者はスーパー・S・トリガーでマナからクリーチャーを出せるし、後者はクリーチャーのS・トリガー。先輩の勝ち筋はこれらが来ることしかないとはいえ、俺にとっても痛手となる負け筋。

 こうなったら、どっちが引けるかの勝負。

 その瞬間に、緊張が走る。 

 そして――

 

「スーパー・S・トリガー――」

 

 ごくり、と息を呑んだ。

 しまった。まさか来てしまったか――2枚目の《コクーン・マニューバ》が――!?

 

「――《ハイウェイタス・デパーチャ》。効果でマナを加速し、スーパー・S・トリガーで相手のパワー5000以下を全てマナへ送る。もっとも、皆パンプアップしてるからこの効果も不発か」

 

 ……違う。と、いう事は――

 

 

 

「腑抜けてんじゃねえよ。お前の勝ちだぜ、白銀!」

「……はいっ、EXウィン――成立です!」

 

 

 ※※※

 

 

 歓声が上がった。

 無事、4連勝達成だ。正直、信じられないけど、どっと精神的な疲れが汗になって噴き出してくる。この緊張感はいつになっても慣れないんだろうなあ。

 しかも、あの勝利の直後なのだから。

 司会の人がマイクを持ってやってくる。

 

「おめでとうございます、白銀選手! それでは、景品をどうぞ!」

「確か、新パック10枚でしたっけ?」

「ええ、そうですね。これを贈呈します!」

 

 まあ、俺は運が悪いからどんなカードが当たるか分からねえけど……みんなと一緒にパックを剥けば、ちょっとはマシになるかもしれない。

 そうポジティブに捉えてパックの束を受け取り、俺は桑原先輩と向き直る。

 

「はっ、白銀。やっぱテメェはつえーじゃねぇか」

「あ、ありがとうございます。だけど、先輩も十二分に強くて、あと少しで俺は負けるところでした」

「ハハハハ!! 互いに、喉を刺すか刺されるかの試合だったわけだな!! とにかく、芸術的な試合だった!」

「は、はぁ……俺も、良い試合だったと思います、桑原先輩!」

 

 改めて。この人の強さも今日は思い知った気がする。

 本当に、頼りになる仲間程敵に回すと厄介……桑原先輩のグランセクトデッキには、今後もお世話になることになりそうだ。

 ステージを2人で降りると、ブラン、紫月、翠月、花梨の4人が迎えにやってくる。

 

「うぅ……桑原先輩ぃ……本当に惜しかったですね」

「フン、何俺が負けたからってメソメソしてんだテメェは」

「アカル! 4連勝するなんてすごいデス!」

「本当だよ。冷や冷やした! やっぱり耀は凄いなぁ!」

「まぁな……すっげー疲れたけど」

 

 ふと、見ると。

 相変わらず不機嫌そうな表情の紫月の姿があった。

 

「おい紫月。4勝したぜ」

「そう、ですか。ところで――」

「ねえ耀!」

 

 紫月が言いかけたところに、花梨が割り込んでくる。

 何だ何だいきなり。こちとらまだ話してる途中だぞ。

 

「そういえば、そろそろ花火大会があるみたいだよ! 皆で見に行こうよ!」

「ほんとデスか!? 確か、神社からでも見えましたヨネ!?」

「見に行きましょうよ! あー、カメラ持って来て良かったぁ」

「芸術だな。夜の空はクレパスだ。花火は、まさに夜の空に咲く花だぜ」

 

 花火大会か。

 普段はあまりそういうのは見ないけど――折角だし、今日は皆で見てみるというのもオツか。

 

「……花火、大会か」

 

 恨めしそうにしている紫月はさておき、とにかく最後に花火を見てみるのも良いかもしれない。

 

 

 

「――よし、折角全員揃ったし、見に行くか! 花火大会!」

 

 

 

 こうして、俺達の海と夏祭りは、締めくくられようとしていた。

 この後に控える事件の事なんか、誰も想像なんかしやしなかったんだ。

 俺も含めて――



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第30話:塔の刺客─花火大会

 ――花火。それは、暗く深い夜空に咲き誇る一面の花束。

 近くで打ち上げられているからか、硝煙の匂いが鼻を吹き抜け、ぽん、ぽん、と花火のはじける音が耳を打つ。

 夜空は、放たれた閃光で明るく輝き、見る人々を魅了させていた。

 

「綺麗デスネ! たーまやー!」

「うわあー、凄いや耀、今度は100連発花火なんだってさ!」

「この近くの海で船から打ってるらしいですね」

「わはぁ……最高だよぉ、しづ……スケッチしたいくらい」

「花火ばかりは、一瞬で消えてしまう。だが、見る人の心に強烈に夏を焼き付けていくんだよ。それもまた、粋だねぇ」

 

 俺達は神社から、今日の目玉である花火大会を見届けていた。

 花火なんてまともに見るのは久々だけど――本当に、記憶に焼き付いていきそうなくらい、眩しい夜だ。

 しかし今日だけで本当色々あったな……海でのデュエル大会に、祭り会場でのあれこれ、そして4連勝チャレンジ……。

 正直、かなり疲れた。疲れたけど、実りのある一日だったかもしれない。

 

「……耀、どうかな? 花火」

「ああ。綺麗だ」

 

 花梨が隣にやってくる。

 ひひっ、といつもの笑みを浮かべると彼女は言った。

 

「そうでしょ! 良かったなあ、あたし……耀とこうやって、また花火とか見れて」

「え?」

「あたし達、小さいころから一緒じゃん? なのに、最近すれ違ってばっかだったからさ。でも、耀があたしを助けてくれたり、デュエマ部の皆があたしを受け入れてくれたりして、とても楽しくて。デュエマが全部繋いでくれたのかなって」

 

 俺は黙りこくっていた。

 確かに、彼女を助けたのは事実だ。デュエマが繋いでくれたというのも、彼女が知っている以上にこの上なく合っている答えだろう。

 しかし。同時に俺は、これ以上ワイルドカードの事件に巻き込まれる人を増やしたくないと思っている。

 彼女は、俺の中にある日常の1つ。彼女は非日常の領域に入っちゃダメなんだ。

 親友として、幼馴染として、それが俺に出来ることだ。

 

「……だから、耀も色々頑張ってるみたいだけど、無茶とかしちゃダメだよ」

「えっ……?」

「あ、いや、何でも無いんだ。耀も2年で部長になっちゃったから大変だろうな、って」

 

 誤魔化すように花梨は笑った。無茶とかするな……か。

 ごめん、花梨。そいつは無理な相談だ。

 このワイルドカードとの戦いは、俺にとってはもう切っても切れない因縁だ。

 こうやって力を手にしてしまった以上、俺はこの事件がどのようにして起こったのか、突き止める必要がある。

 戦っていること自体、死ぬリスクがある以上は無茶してるようなものなのだろう。

 力には相応の責任がある。だからこそ――

 

「……ま、気を付けるよ」

 

 ――何かを悟っているような彼女の言動が、酷く俺を不安にさせたのだろう。

 彼女は実は、巻き込まれているのではないか? 俺の知らない所で、危険な目に遭っているんじゃないか?

 そう、不安にさせるのだ。

 すると、また大きな花火が上がった。菊の花のように、金色の糸が黒い空に枝垂れていく。

 

「すごいわ、しづ! これは一生の思い出だわ!」

「みづ姉、花火くらい毎年見れますよ」

「もう、そんなこと言って! しづ、どう思う?」

「……まあ、綺麗なのは綺麗ですが……目がチカチカ」

「確かにすげぇ明るいなぁオイ。夜の空が夜の空じゃないみてぇだぜ」

 

 ぽんぽん、と閃光弾は次々夜空を飛んでいく。

 中には蛍の光のように緑色の光が飛び回るもの、菊の花のように山吹色の火花が枝垂れ咲くものなどなど、そのバリエーションは見る者を飽きさせない。

 本当に、日本人というのは昔から花火が好きな理由が分かった気がする。

 

「そう! 花火は芸術! 芸術は爆発だ! たーまやー!」

「何かこの人が言ったら途端に危なくなったぞ!」

「白銀ェ!! お前ももっと楽しめェ!! 今日はテメェの4連勝記念、ラムネで乾杯だコノヤロー!!」

 

 そう言って、桑原先輩は俺達に1本ずつラムネを渡す。

 わざわざ買ってきてくれたのだろうか。

 

「あ、ありがとうございます」

「気にすんなってことよ。それとだ。今日俺に勝ったお前に、もう1枚サプライズだぜ」

「? 何ですか」

「まあ、気にせず受け取れ! テメェの強さへの純粋なリスペクトだ! 強い奴は、もっと強くなるべきだからな!」

 

 押し付けられるように渡されたのは、スリーブで隠されたカード。

 中身は……って、これは……。

 

「本当に良いんスか!?」

「ハッハ、気にするな! テメェにも使ってほしかったからな。同じビマナの同志、じゃねーか!」

「は、はぁ」

「みづ姉、どうしたんですか桑原先輩(アレ)

「芸術を見ると心がハイになっちゃうのよ……」

「絶対変な薬キメてマスね……」

「人聞きの悪い事を言うんじゃねぇ!!」

 

 まあ、テンションがハイになっている桑原先輩は置いておくか、この際。

 俺は花火をぼーっと眺めているだけで十分だ。

 

「アカル! 楽しんでマスか?」

「……ブラン」

 

 ……というわけにはいかないらしい。

 騒がしそうなのに絡まれた。

 

「そういえばアカル、知ってマスか? イギリスでは花火は冬の風物詩なんデスよ?」

「何で冬なんだ?」

「イングランドでは、11月5日にガイ・フォークス・デイという記念日があってデスね。時の国王、ジェームズ1世を暗殺しようとして爆薬を国会に仕掛けようとしたところ、失敗した……という日なんデスよ。だから冬の風物詩デス」

「物騒だなブリテン」

「で、暗殺首謀者のガイ・フォークスの失敗に感謝し、花火で騒ぎ立てるというわけデス!」

「それ考えたら、日本の花火は平和なモンだなぁ」

「イギリスの花火も好きデスよ? デモ、こうやって静かな空に打ち上げられる日本の花火も、私は大好きデス!」

 

 だけど、一度でいいからそのイギリスの花火とやらも見てみたい。

 冬の花火というのも、なかなかオツなものだろう。

 

「それに、日本とかイギリスとか関係なく――私はこうやって、皆で見る花火が大好きデスから!」

「……そうか」

「日本に来て、良かったデス!」

 

 花火はもうじき終わろうとしている。

 最後に、派手に空を彩っていく七色の火花を、俺達は見守るようにして望んでいた――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『いやー、花火は綺麗でありましたなぁ!』

 

 そう言って、俺の周りを飛び回るチョートッQ。

 あの後、各自解散になった。

 俺は沿岸沿いの帰り道を、一人歩いていた。まだ、車のライトや電灯で明るいが、空はもう真っ黒だ。

 

『にしても、夜の海岸というのもなかなか乙でありますな、マスター』

「そうなのか?」

『昼にはない落ち着くや風情というものがあるでありますよ。デートスポットにもピッタリであります。覚えておくでありますよ。まあ、カードが恋人のようなマスターには縁遠い話でありますが』

「頭分解されてぇか新幹線野郎。つか、お前からそんな話を聞くとは思わなかったぜ」

『我は新幹線のクリーチャーでありますよ? 景色や風情も大事にするであります』

「成程。元が人を運ぶ列車だからこそ、か」

『それに、夏の夜の海は光ると聞いたでありますよ』

 

 分からないでもない。

 この季節は、夜光虫が沢山流れてきて、海水浴場の砂浜から海が光っているように見えるのだ。

 普段なら見に行かないけど、折角だし見に行ってみるのも悪くはないだろう。

 

「じゃあ、見てみっか」

『ああ、結構! マスターの手を煩わせるほどではないであります。自分が勝手に飛んで見に行くので、マスターは早く今日の疲れを癒すでありますよ』

「癒す? 俺が?」

『そうであります。今日のマスター、かなり予定に振り回されたのでは? 我はマスターに従うエリアフォースカードの守護クリーチャーでありますよ。マスターの健康を考えるのは至極当然、当たり前であります』

「まあ、そういうことなら良いんだけどよ」

『自分は後で帰ってくるでありますよ。マスターの居場所くらいなら、すぐ把握出来るであります』

 

 と言って、そそくさと彼は飛んで行ってしまう。

 今更だけど新幹線が飛んで行くなんて、字面だけ見たらとんでもねぇな。

 そんでもって、あいつも何だかんだで俺の事を気遣ってくれてるのか。

 

「……何で、だろうな」

 

 そんな言葉が不意に零れた。

 ……あいつは、何も覚えていない。

 シャークウガも、ワンダータートルも何も覚えていない。

 分かっているのは、あいつらはエリアフォースカードの守護クリーチャーであるだけ。

 自らに組み込まれた使命に従い、主と共にワイルドカードを狩る。

 それだけを頭に入れられて、広い世界に放り込まれた存在。

 そんなあいつらに、俺らは何かしてやれてるだろうか。……いや、きっと何も出来ていないし、人間がクリーチャーにしてやれることなんてたかが知れてるんだろうな。

 俺達はこの事件に巻き込まれたんじゃねえ。必然。互いに人間とクリーチャーが引き寄せられたのだとすれば。

 運命のような何かで引き寄せられたのだとすれば、すっげー不思議な気分になる。

 ……ことは俺達の周りで完結してるわけでもないみたいだし、やっぱり一度乗り掛かった舟、最後まで付き合うしかないのだろうか。

 

「ん」

 

 ふと、海岸を見た。

 夜の砂浜に座り込み、きらきらと光る海を見る誰か。

 浴衣姿らしいが、街灯に照らされているので、よく目を凝らしてみると、誰だかすぐにわかった。

 

「……あいつ、あんなところで何やってんだ?」



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第31話:塔の刺客─ティンダロスの悪夢

 ※※※

 

 

 

「紫月」

 

 声を掛けられた彼女は、びくっと肩を震わせると、恨めし気にこちを振り返った。

 夜光虫で光る海を見に来たのだろうか。にしてもあぶねぇな。翠月さんも居ないみたいだし。

 

「どうしたんだ? こんなところで1人で」

「私だって1人になりたい時くらいありますよ。シャークウガは沖でヒャッハーしてます」

 

 ヒャッハーって何だ。遠くの方を見ると、何か「ヒャッッッハァァァァーッ、クレイジィィィーッ」という小さな叫び声と共になにやら鮫の鰭らしきものが円を描いている。傍迷惑な奴め。

 あいつ海を前にすると、本当にテンション上がるな。まあ、水文明だし当然と言えば当然だが。

 

「ほーん。翠月さんは居なくて良かったのかよ」

「……考え事、ですよ」

 

 ぼーっと遠くの海を眺めながら、紫月は言った。

 

「昔から、海を見ると物思いに耽ってしまうんです。引き込まれるような、自分が呑み込まれてしまうような感覚になって」

「成程ねえ」

「夏の夜の海は一際……不思議と私の眼には暗く映るのです」

「こんなに光ってるのにか?」

「さあ、どうでしょうか」

「で、何考えてたんだよ」

 

 ちょっと、こいつの考えてることとか気になる。

 まあ、どうせデュエマのことか、翠月さんのことなんだろうがな。

 

「……白銀先輩。私は、先輩達の足枷になっていませんか?」

「え?」

「私は、もう先輩達の足手纏いになりたくありません。そのために、もっと強くなりたいんです。前も言ったはずです。先輩達の手を煩わせたくは、ありません」

 

 切なそうな顔で言う紫月。

 デュエマをずっとやってきた彼女にとっては、強くなることが自分の存在証明に成り得ると考えているようだ。

 それを否定するつもりはない。

 だけど――

 

「おいおい、そんなこと言ったら、俺はお前の足枷になってねぇか心配だ。デュエマはお前の方が強いじゃないか」

「……違います。先輩は、心がとても強いじゃないですか。どんな時でも、決して折れない心がある。それで、先輩に助けられた人はいます。私も含めて。私も、それに負けない心の強さが欲しいんです。……一朝一夕で手に入るものではないと分かってはいるのですが」

「同じだ紫月。お前には、俺達にはない経験とプレイスキルがある。足手纏いな訳があるもんか。デュエマ部は3人、さらに桑原先輩もいるんだ。互いに互いの足りないところを補えば良いさ。それにな。足手纏いだったとしても、お前は俺の部員だ」

 

 顔を見上げる彼女。

 笑いかけるように俺は言った。

 

「先輩の手を煩わせないとか寂しいこと言って、自分を追い詰めんなよ。後輩なら、もっと先輩を頼ってくれたって良いんだぜ?」

「……私、依存してしまいますよ。きっと」

 

 ぎゅうっ、と彼女の両手が俺の手をいきなり掴んだ。

 

「みづ姉への感情とはまた違う……ずっと、みづ姉や師匠だけを見て生きてきた私の初めての先輩。部活の、仲間。どうやって向き合えば良いのか、実はまだ分からないところもあるんです。そして、白銀先輩は他のどの先輩ともちょっと違うんです」

 

 悪いが、そんなこと言ったらブランや桑原先輩も俺とは違うだろ。

 違う人間なのだから。

 

「人を引き込む、引きずり込む何か。先輩なら、依存しても、頼ってもいいかもしれないと思わせる何かがあるのでしょうね」

「人を蟻地獄か何かみたいに言うんじゃねえ」

「馬鹿みたいに真っ直ぐで、ひた向きな先輩に惹かれる人は少なくないということですよ。花梨先輩も、ブラン先輩も、桑原先輩も、師匠も、そして――私自身も」

 

 俺って、そんなに人を惹きつけるものがあるのか?

 それは自分でもよく分からない。自分の事は、案外自分でも分からないのかもしれないのは俺もよく分かっている。

 

「あの魔導司の術にかかった日、私の前に駆け付けてきた先輩を見て、息苦しさと、うしろめたさ、何で来たんだ、っていう絶望と一緒に――希望と安心感が込み上げてきたんです。この人なら、全部受け止めてくれる。この人なら、きっと助けてくれるって思ったんです。あの時の先輩は、確実に――私のヒーローでした」

 

 ヒーロー、か。そんな高尚なものになったつもりはなかった。

 俺は当たり前のことをやったつもりだった。

 後輩が攫われて、酷い目に遭わされて、憤り、我武者羅に助けに行った。

 それだけのことをしたつもりだった。

 

「白銀先輩って、本当何なんでしょうね」

「……俺にも分かんね。それに、そんなに期待されても逆に困る。だけど――」

 

 だけど、そんなに言われちゃ、仕方がない。

 それが俺の性質だって言うのなら。

 

「お前がまた困った時は、俺はぜってー助けに行く。約束する」

 

 ヒーローなんてカッコいいものじゃなくていいのならば。

 俺は絶対に、誰かの力になり続ける。必ず。

 

 

 

 

「お話の所、ちょっと良いカ?」

 

 

 

 声が響く。

 次の瞬間、どすん、と何かが落ちたような音、そして砂が巻きあがった。

 振り返ると、そこには大柄の男――それも、筋骨隆々という言葉が似あう男だ。

 短く刈り揃えられた髪に、暗がりを目を凝らすことでようやくぼんやり見える迷彩服。

 顔立ちは白人の中年で、ごつごつとしている。

 

「な、何か用ですかね?」

「……ここらでは見ない顔ですが」

「何、単純明快、非常に簡単な用事ダ」

 

 悪い予感はしていた。

 だが、反応が一歩遅れた。

 

 

 

 

「エリアフォースカードを、貰うゾ」

 

 

 

 次の瞬間、彼の背後から”何か”が飛び出す。

 そして、俺達の目の前に鞭のようにしなる巨大な太いロープのようなもの――それも一本や二本ではなく、何十本も――が飛んできた。

 

「あぶねぇっ!!」

 

 既に身体は動いていた。

 紫月の身体を抱え込み、咄嗟にその場から飛び出す。右手を膝裏に、左手を背中に回すようにして。

 そして、勢いこそ殺されるが砂の足場を蹴り飛ばした。

 重いとは思わなかった。無我夢中、何も考えてはいなかった。

 何か、俺の中で爆発したような、そんな感覚だった。

 案の定、そこは秒も待たないうちに抉れ、追うようにしてロープのようなもの――恐らく触手――が飛んでくる。

 

「触手ッ!? クリーチャーか!?」

「あの、せっ、先輩、この態勢はっ……」

「黙ってろ、舌噛むぞ!!」

「ひゃいっ……!」

 

 一本が足に絡まろうとした、その時だった。

 ぴぃん、と触手が突っ張り、勢いが止まる。

 

『どらァ!!』

 

 刹那、砂煙と共に俺達の視界は何かで遮られた。

 それが止むと、ロープのようなものを受け止めている影の正体が見えた。

 水の被膜が俺達を包み込んでいる。

 

「シャークウガ!!」

「あ、ありがとうございます……!」

『礼は良いってことよ! こいつ、魔導司(ウィザード)だ! こいつが操っているクリーチャーからの攻撃だぜ!』

 

 フゥーッ、と呼吸をするとシャークウガは構える。

 

「フン、なかなかの反応だナ。俺の”部下”の攻撃を見切った上に、受け止めるとは」

『俺1人だけじゃあ、受け止められなかったと思うぜ』

「何?」

 

 大男の背後にあった異形が地面に手をつく。

 そこには、刀を携えた機械戦士、ダンガンテイオーの姿が合った。

 

『もっとも、完全には止められなかったでありますが……”一旦停止”でありますよ。我がマスターには、1mmも近づけさせないつもりだったであります』

『ナイスだ新幹線。もっとも、こいつのパワーだと2体がかりでも止められるかって話だが』

「フン、こいつがダンガンテイオー、カ」

 

 大男は振り向き、至って平静を保っている様子で言い放つ。

 あぶねぇ。何とかこいつらが駆け付けてきてくれたから良かったけど、そうじゃなけりゃどうなっていたことか分からねえ。

 

「あ、あの、先輩……そろそろ、いいでしょうか」

「え?」

 

 紫月がそっぽを向きながら言った。

 そういや、彼女が今どうなっているのかを思い出す。

 やべぇ。無意識だったけど、ずっと抱っこしていたわ。当然だが降ろした後、思いっきり足を踏まれた。頼ってばかりではいられないと言った矢先にこれだから拗ねているのだろう、可愛くないやつめ。

 

「まあ、それはさておきだ。てめぇ、アルカナ研究会の魔導司(ウィザード)みてーだな!」

「本当にしつこいですね」

「それが何か、って話だガ?」

 

 次の瞬間、ダンガンテイオーとシャークウガの身体が宙に浮く。

 見れば、幾多もののロープのようなもの――あれは、クリーチャーの触手で間違いない――が、巻き付けられている。

 あのデカ物、まだ動けたのかよ!!

 

「我が名はティンダロス。お前らのエリアフォースカードを回収するのが目的ダ」

『そう言われてむざむざ手渡すと思っているのでありますかぁ!』

「五月蠅いゾ」

 

 投げ飛ばされるダンガンテイオーとシャークウガ。

 やはり、力技は通用しないということか。

 

「ダンガンテイオー! 大丈夫か!」

『我は何とか……!』

『俺……とばっちり……』

「何だっていいです。いつも通り、デュエルで決着でしょうね」

「そうダ」

 

 パチン、と彼が指を鳴らすと、さらに何体もクリーチャーが退路を塞ぐかのように現れた。

 1体は、巨人の異形、もう2体はドラゴンのようだ。

 

「最も、包囲網は出来ているがナ」

「《龍覇ニンジャリバン》に《斬隠蒼頭龍バイケン》、《隠密の悪魔龍 フドウガマオウ》……!? 3体も一気に相手に出来るわけねぇだろ……!」

「先輩。雑魚は私がやります」

「紫月!?」

「私も、頼られるだけは嫌です。さっき、先輩には人を頼りたくさせるものがある、と私は言いました」

 

 紫月はクリーチャーたちの前を遮るかのように進み出る。

 手には、3つのデッキが握られていた。

 

「あの三日月仮面も出来たのです。3体一気に、叩き潰します」

「嘘だろおい?」

「先輩。私だって同じですよ。先輩が、私を頼ってくれるくらい強くなりたいのです。先輩の力になりたいのです。だから、時間を稼がせてください」

「ったく……なら頼らせて貰うぜ。背中、任せたぞ!」

「はい。汚名返上と行きましょうか」

 

 俺だってそうだ。こいつになら、安心して背中を任せることができる。

 俺が信頼する、デュエマの強い後輩。今、この場で頼ることが出来るのはお前だけだ。

 皇帝の絵が刻み込まれたエリアフォースカードを掲げる。

 

「勝負だティンダロス!」

「かかってこい、白銀耀。そのエリアフォース、頂戴すル」

 

 エリアフォースが浮かび上がる。

 そして、光を発した。

 

|Wild(ワイルド)]]……Draw(ドロー)(フォー)……EMPEROR(エンペラー)』!」

 

 あれ? 何だこれ、今までと違う。

 カードから勝手に声が聞こえて……。

 

『マスター! これがグレードアップってやつであります!』

 

 グレードアップ。

 ああ、成程。この間の紫月とのデュエルで、エリアフォースカードが覚醒したってこういうことなのか。

 ……音声がついただけじゃんとかは言ってはいけないんだろうな。

 

「まあ良いぜ。何だっていい。超超超可及的速やかに、ぶっ倒す!!」

 

 俺はエリアフォースカードを構える。

 一瞬の浮遊感の後、あの空間が目の前に広がったのだった――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺とティンダロスのデュエル。

 現在は2ターン目。先攻は俺だ。と言っても、やることはいつもと変わらない。

 

「2マナで《霞妖精 ジャスミン》召喚! 効果で、自爆させて、マナを1枚加速! ターンエンド!」

「俺のターン。2マナで《電脳鎧冑(でんのうがいちゅう) アナリス》を召喚。こいつを破壊し、1枚マナを加速ダ。ターンエンド」

 

 飛んできた甲虫はその命を犠牲にし、ティンダロスのマナを増やしていく。

 どうやら、今度も相手はビッグマナみてぇだな。マナの色も自然と水だし、多分そうだろう。

 

「俺のターン! 3マナで、《ニヤリー》召喚! 効果で、山札の上から3枚を表向きにして、それが無色カードなら手札に加える!」

 

 表向きになっていくカード。

 1枚目、《バイナラドア》。

 2枚目、《戦慄のプレリュード》。

 3枚目、《燃えるデット・ソード》。

 よし、完璧だ。全部、俺の手札に入っていく。

 

「ターンエンドだぜ!」

「フン。盤石な所、申し訳ないガ、こちらも正道を征かせて貰うゾ」

 

 タップされていく大男の4枚のマナ。

 

「4マナで、《西南の超人(キリノ・ジャイアント)》召喚」

 

 げぇっ!? またこいつかよ。前に学校で戦った時に出てきたやつだ。

 効果は、ジャイアントのコストを-2するというもの。放っておいたら、次のターンにどんどんジャイアントが出てくる。

 となると、デッキの中身はさっきのでかいクリーチャー、そして出てきたシノビのクリーチャーから察するに、またドルゲーザの可能性も出てくるな。

 

「俺のターン! 3マナで、《フェアリー・クリスタル》! 効果で、マナを1枚置いて、それが無色の《ダンガンテイオー》だからもう1枚ブーストするぜ! ……って、お前何いきなりマナに落ちてんだよ!?」

『ま、まあまあ、落ち着くでありますよ! こういうこと、ビマナでは日常茶飯事であります!』

「くっそぉ、まあいいや。”今回に関してはな”」

「どうしタ? クリーチャーを出さなくて、良いのカ?」

 

 おいおい、余裕ぶっこきやがって……何を狙ってやがるんだ……? 

 こっちには、幾らでも除去札はあるっつーのに……!

 

「俺のターン。2マナで、《土隠雲の超人(ウンカイ・ジャイアント)》を召喚。効果で、山札から3枚、シノビを選んでお前に見せル。そして、その中のうち1枚をお前に見せずに加えル」

 

 俺の目の前に出てきたのは、《斬隠蒼頭龍バイケン》、《光牙忍ハヤブサマル》、《光牙王機ゼロカゲ》。

 おいおい、何を手札に加えるのか丸わかりだぜ。俺のデッキを見て、ハンデスを使うとは思わねぇだろうし、恐らく《ハヤブサマル》か《ゼロカゲ》か……でも、トリガーで《エマージェンシー・タイフーン》とか踏んだら出てくるんだよな、《バイケン》。

 

「見せてやろウ。俺の異名は、絶塔司書(タワー)。意味するのは、天変地異、メンタルの破綻、トラウマ。如何なる状況であろうが、我が塔に立ち入った以上、ここは俺の領域(テリトリー)。あらゆる行動は裏目に出て、罠となって、お前に災厄を齎すゾ」

 

 3枚が裏向きになり、シャッフルされた。そして、1枚がティンダロスの手札に加わる。どれだ……どれを手札に加えたんだ? 

 

「ターンエンド、ダ」

「へっ、何を仕掛けたのか知らねぇが、そのデッキ……”ドルゲーザ”だろ? それなら、ブロックもされないこいつの出番だな!」

 

 俺のマナも、手札も、完璧だ。

 一気にここから繋げてやるぜ。

 タップするのは7マナ。マナにジョーカーズは4枚。十分だ。

 

「撃ち抜け、俺の切り札(ザ・ジョーカー・ワイルド)――《ジョリー・ザ・ジョニー》!」

 

 浮き上がるMASTERの紋章。

 全てが規格外にして、ルール無視の孤高のアウトローガンマン。

 

「さあ、エクストラウィンは狙えねぇが、そのクリーチャーをぶち抜く! 《ジョリー・ザ・ジョニー》、マスター・W・ブレイク!」

 

 撃ち込まれる弾丸。

 跳弾と跳弾を繰り返し、シールドと共にクリーチャーを撃ち抜く。

 ジョーカーズが5体以上で《ジョニー》はブロックされない。受けて貰うぜ、ノーガードでな!

 

 

 

「ニンジャ・ストライク5、発動。《怒流牙(ドルゲ) 佐助の超人(サルトビ・ジャイアント)》」

 

 

 

 次の瞬間、《ジョニー》の目の前に、巨大な異形の半身を持つ巨人が現れた。

 だけど、ブロッカーでもこいつは止められないのに、どうやって!?

 

「効果でカードを1枚引き、1枚捨てル。捨てるのは、《斬隠蒼頭龍(きりがくれそうとうりゅう) バイケン》ダ」

「なぁ!? ちょっと待て!? つーことは……」

「シールドにも、触れさせんゾ。相手のターンに捨てられたので《バイケン》は場に出てきて、相手のクリーチャー1体をバウンスするゾ」

 

 突如現れた霧の龍。

 その激流が《ジョニー》の弾丸を跳ね返し、さらに《ジョニー》を俺の手札に押し戻した。

 

「最後に、《佐助(サルトビ)》の効果で墓地から1枚をマナゾーンに置く」

「くっ、ターンエンド……!」

 

 何だあのジャイアント……初めて見た。

 《バイケン》をこんな方法で出されるとはな……!

 

「さあ、俺のターンだゾ」

 

 最後にタップされた2マナ。

 そこから飛び出したのは、いつか目にした巨大な巨人であった。

 浮かび上がったタロットはⅧ番。「力」だ。

 

「――シンパシーとコスト軽減により、4マナで《剛撃戦攻 ドルゲーザ》を召喚」

 

 巻き起こる旋風。

 そこから巨大な剛力の化身が姿を現した。

 

「効果で、場のジャイアント3体だけドロー。そして、アースイーターは《ドルゲーザ》のみなので1枚ドローダ。そして、2マナで《アナリス》を召喚。こいつは、自爆させなイ」

「並べた上に手札が……! あの中に、何のシノビが入ってんだ……!?」

 

 災厄。その言葉が何を意味するのか。

 すぐにわかった。凄まじい気配が、奴の手札から感じられる。

 

「俺の場に、ジャイアントは4体……! G・ゼロ、発動……ソシテ、《アナリス》、進化!」

 

 ティンダロスの声が響くとともに、つむじ風が目の前に巻き起こった。

 

 

 

「その忍、変幻自在にして縦横無尽――出陣、《終の怒流牙(ラスト・ニンジャ) ドルゲユキムラ》!」



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第32話:塔の刺客─先輩の切札

 それは、確かに《ドルゲーザ》に似ていた。

 巨大なアースイーターは蝦蟇のようになっており、刀を背に差し、顔を隠し、指を組んだその姿は忍者そのもの。

 だが、巨大だ。あまりにも、でかすぎる。

 

「こいつは、パワー17000のT・ブレイカー。更に、登場時にマナからクリーチャーを3体まで手札に戻せル。その後、手札を3枚まで、タップしてマナに置く。回収するのは、《ドルゲユキムラ》2枚ダ。ソシテ、手札の3枚をマナに」

「なぁっ……!?」

「耐え凌げるカ? お前に《ドルゲユキムラ》の分身殺法ガ!!」

 

 次々に進化していくジャイアントたち。

 《土隠》、《ドルゲーザ》の姿が旋風と共に変化していく。

 《ドルゲユキムラ》が更に2体、現れてしまった。

 

「冗談じゃねえぞ!?」

「言ったはずダ。災厄を齎す、ト」

「くっ……!」

「さあ、行ケ。《ドルゲユキムラ》でT・ブレイク」

 

 飛び掛かる《ドルゲユキムラ》。

 そのまま、旋風と触手が俺のシールドを次々に叩き割っていく。

 

「トリガーはっ……来た! S・トリガー、《バイナラドア》だ! 効果で2体目の《ドルゲユキムラ》を山札の下送りだ!」

「馬鹿め、まだ《ドルゲユキムラ》1体、《バイケン》に《西南》が残っているゾ。《バイケン》でシールドをW・ブレイク」

 

 一瞬で割れる2枚のシールド。

 やべぇ。今回という今回は、本当に奇襲能力が高すぎて、気を抜けば負ける試合だった。

 だけど――

 

「S・トリガー! 《金縛の天秤》! 《ドルゲユキムラ》と《西南》の攻撃を封じる! さらに《バイナラドア》で《バイケン》を山札の下に!」

「チィッ……! ターンエンド、ダ。だが、俺の場にはまだ2体の《ドルゲユキムラ》に《西南》が居るゾ」

「何にも問題はねぇぜ。あんたはこのターン、クリーチャーを3体召喚した! それにより、手札から《バレット・ザ・シルバー》を出すぜ!」

 

 飛び出したのは黒銀の軍馬。

 こいつの力、また借りるぞ!

 

「よし、効果で山札の上を表向きにして、それがジョーカーズなら場に出す!」

 

 捲られる山札の上。

 頼むぜ。出すのはこいつだ!

 

「頼むぞ、《チョモランマッチョ》!」

 

 ダンベルで身体のパーツを構成されたクリーチャー、《チョモランマッチョ》。

 そして、こいつのパワーは驚異の18000。さらに、俺の他のクリーチャーの打点を2つ増やす。

 ……もっとも、俺は呪文を唱えられなくなる上に、クリーチャーに攻撃しなけりゃいけなくなるけどな。

 

「……何を考えていル?」

「さあな? 今度は、8マナをタップだ!」

「なにをするつもりダ。今更足掻いても、無駄だゾ」

「果たして、本当にそうかな? 出すのはこいつだ! 《ニヤリー》を進化!」

 

 桑原先輩が使っていた切札……使わせて貰うぜ! 

 此処で役に立つとは、夢にも思わなかったけどな!

 

「大地の切札(ワイルドカード)、借り受けるぜ! 頼むぞ、《グレート・グラスパー》!」

 

 降臨したのは巨大な蝗の王。

 杖を持ち、佇む王者だ。

 

「なっ、グランセクト……!!」

「さて。《グラスパー》の効果発動だ。タップされた《ドルゲユキムラ》をマナゾーンに送る! これで、俺はわざわざクリーチャーを殴らなくて済むわけだぜ。しかも、《チョモランマッチョ》の効果で、皆ブレイク数が+2されてるけどな!」

「ぐっ……!!」

「さあ、どこまで耐えられる? 《チョモランマッチョ》で攻撃――するとき、《グレート・グラスパー》の効果発動! 自分のNEOクリーチャーが攻撃するとき、そのパワーより小さいクリーチャーを場に出す! こいつのパワーは18000! このデッキの他のクリーチャー、全員を出せるぜ!」

 

 巨大な虫の力を借り、大地から道化の化身が姿を現す。

 頼むぜ、相棒! ここで奴に、択ゲーってやつを押し付けてやる!

 

 

 

「これが俺の超切り札(ワイルドカード)! 起動しろ、皇帝(エンペラー)のアルカナ! 《超絶特Q(チョーゼツトッキュー) ダンガンテイオー》だ!」

 

 

 

 大地から飛び出した新幹線のロボット。

 その両手には刀が握られている。

 浮かび上がるのは、タロットカードのⅣ番。皇帝を意味する数字。

 さあ、これで一気に叩き込む!

 

『さあマスター! 生まれ変わった我の力、存分に振るうであります!』

「おうともよ! こいつの効果で、俺のクリーチャーは全員、場に出たターンに攻撃出来る!」

「関係なイ。ニンジャ・ストライク5、《佐助の超人(サルトビ・ジャイアント)》……!! 効果で、《バイケン》を捨ててバトルゾーンに出ス!」

 

 出たな。さあ、どれを除去してくる?

 

「《ダンガンテイオー》を……待テ? 進化している《グラスパー》をバウンスするべきカ? しかし、《チョモランマッチョ》を除去しなければ打点ガ……!」

「ふふん、気付いたみてーだな。どいつを除去しても、今のお前は絶対に不利になる。だって、そういう風に仕組んだもんなあ! マナには俺がたっぷりと貯めたジョーカーズが居る」

「しまっタ……! 2枚目の、《ダンガンテイオー》……!」

「しかも、俺の場にはまだ《バイナラドア》、《バレット・ザ・シルバー》もいる」

「ぐぬうっ……! おのレ! 此処は《グラスパー》をバウンス、ダ!」

「じゃあ、Q・ブレイク、いっけぇ!!」

 

 一気に叩き割られる4枚のシールド。

 その中にはシノビも入っているだろう。

 だけど、関係ない。キャパオーバーするまで、ぶん殴り続けるだけだ!

 

「次は《バレット・ザ・シルバー》で攻撃! その効果で、山札の一番上を捲り、それがジョーカーズなら場に出す! 出すのは、《洗脳センノー》だ! そして、最後のシールドをブレイク!」

「ぐぬウっ!!」

 

 叩き割られるシールド。

 どうやらトリガーに賭けたみたいだが、何もなかったらしい。よし。塔の罠、確かに攻略せしめたぜ!

 

 

 

「罠が仕掛けられたなら、ぶっ壊しながら進めばいいだけだ! 《ダンガンテイオー》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「どうやら、終わったようですね」

 

 背後からすぐ、声が聞こえてきた。

 紫月だ。まさか、本当に3体のクリーチャーを倒したというのか!?

 いや、そのまさからしい。3枚のカードが落ちている。本当にいざという時は頼りになる後輩だと再認識出来たぜ。

 

「やれやれ、口ほどにもなかったです」

『流石にバテたぜ……3体分は、魔力が……きゅう』

「シャークウガ、休んでいてください」

「つーわけで、この場は諦めて貰うぜ、ティンダロス」

「……フン」

 

 鼻で笑った彼は、フラフラではあるが笑みを浮かべた。

 どうやら流石に、反撃する気力も残ってねぇみたいだな。これ以上何かされたら、俺達も反撃する余力は残ってないが。

 

「思ったよりも、強かったゾ、白銀耀。クックッ」

「あ?」

「だが、俺の部下のシノビの力も、そして大魔導司様の力はこんなものじゃぁ無イ。せいぜい、悪夢に怯えるがいイ」

「何だ何だ? 随分とまあテンプレ染みた捨て台詞じゃねぇか。しかも、やたらと潔いな」

「俺をトリスと一緒にするナ。俺は、任務は正道を持ってこなス。負ければ潔く退ク。最初の攻撃も、お前らのクリーチャーを呼び寄せる為にやったことダ。本気じゃなイ」

「はぁ、思ったよりもまともそうで安心したぜ。でも、何でお前みたいなのがアルカナ研究会に居るんだよ?」

「勘違いするナ。アルカナ研究会は、あくまでもクリーチャーの力が害意を及ばさないようにするための組織だということダ」

 

 そう言い残すと、ティンダロスの周囲を砂煙が呑み込んでいく。

 竜巻のようなそれは、瞬きする間に止まり、消えていた。

 あの大男の姿と共に。……何か、今までの連中の中じゃ一番まともだったな。

 

「……マジで、何なんだよ、アルカナ研究会って」

 

 クリーチャーの力が、害意を及ばさないように、か。

 それなら俺達の事はどうでも良いんだろうな。大のために小を切り捨てる。

 あくまでも奴等は、そういう連中なのだろう。

 

『とにかく、まだこの辺に潜んでないか、見てくるでありますよ!』

「おーう、頼んだ、チョートッQ」

 

 言った彼は飛んで行く。

 多分、もう近くにはいないんだろうが、ついでに周囲にクリーチャーとかいないか見て貰うとするか。

 

「何だろうと関係無いですよ、先輩」

 

 紫月が隣に歩み寄る。

 そして、ガラスのような丸っこい瞳を俺に向けた。

 

「敵対するなら、倒す。そうじゃないですか」

「……そうだな」

「先輩はお人好しが過ぎます。和解とか、話し合いが出来る相手ではないのは今までの事が示しているじゃないですか」

「……本当に、そうなのか」

「まあ、何でも良いです。帰りましょう」

「そうだな。っと、その前に、だ」

 

 俺はデッキケースの1つを漁る。

 このなかには、さっき剥いたパックのカードを入れていたのだが(勿論ゴミは持ち帰るぞ)……ちょっと良いものを見つけたんだ。

 

「おい紫月。もしかして、お前が探してたカードってコレか?」

「……? なんですかコレ」

 

 渡されたスリーブに入ったカードに目を凝らす紫月は、驚いた様子で「あっ」と声を上げた。

 

「へへへん、図星みてーだな」

「な、何でこれを……?」

 

 カードのホロを光に照らす彼女。

 どうやら、大当たりだったみたいだ。

 

「ふふん、種族も合ってるし、文明もお前に合う。おまけに高騰してると言えばこいつしかいねぇと思ってな。しかもシークレットバージョンだぜ、銀シク」

「せ、せんぱい……」

「やるよ。折角だ。後1枚なんだろ?」

 

 こくり、と頷いた紫月。

 

「ばかっ、こんなプレゼント……不意打ちしないでください。どうやってお返しすればいいのか、分からないじゃないですか」

「お返しなんか良いよ。お前の力になれるなら、それだけで十分だ」

「そ、そうですか。……あなたはそういう人、ですからね。ありがたく、受け取っておきます」

 

 良かった。喜んでくれたみたいだ。デッキケースにカードをしまった彼女は、いつもよりも上機嫌な様子で言った。

 

「……本当、お人好しみたいですね」

「おい?」

 

 だけど、声は妙に疲れている。どうしたんだ。

 ……嫌な予感が頭を過った。

 

「おい? 紫月。妙に声が掠れてるが、大丈夫か?」

「大丈夫に、決まって――」

 

 そう言いかけた彼女の身体が視界から消えた。

 

「うおいっ!!」

 

 思わず変な声が出た。

 そして、倒れかかった彼女をすんでのところで両手で受け止める。

 

「……は、はは。ちょっと、無茶しちゃいました」

「ばっかやろう。無茶し過ぎだ。クリーチャー3体を相手に食い止めてたんだ。当然だろ」

「……ちょっと、こういうことを頼むのは、心を許したようで悔しいので嫌なんですが……」

 

 そっぽを向きながら紫月は言ってのける。

 おい、ここまでやってまだ心開いてくれてなかったのか? ショックだぞ。

 いや、違うな。分かりやすすぎるぜ、紫月。

 

「……また、おんぶしてくれませんか? 初めて会った日、みたいに……もう、動けそうにないです」

 

 本当に素直じゃねえな。照れ隠しなんか言いやがって。

 俺達はもう、仲間だろ。

 彼女を寝息と共に背負い、帰路につくことにした。翠月さんには、疲れて寝てしまったとでも言っておこう。

 

「……やれやれ、本当に世話が焼ける後輩だ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「随分と、遅かったね」

「ああ。塾があったからな」

「塾とかあったっけ?」

「ああ。つか、そっちも遅かったみてーだけど?」

「夏祭りだよ、夏祭り」

「はぁ、そうなのか。楽しかったか?」

「うん。久々に、耀とも花火見られたしね」

「おお、耀か」

「うん。……言ってたっけ?」

「あ、いや、お前がそんなこと話してたような気がしてな。それに、好きなんだろ?」

「にゃあ!? 違うよ! そんなのじゃないよ」

「……本当に?」

「ほんとだもん……」

「ははっ、悪かったよ、からかって。もう小さい頃から一緒なんだからよ」

「でも、向こうはあたしのこと、何とも思ってないよ。いつも妹みたいな扱いだもん」

「お前姉御肌だし、姉に見られてるかもな」

「ばかっ、絶対ないってば」

「ははは、冗談。で? 強くなってんだろ? 耀」

「うん。強いよ」

「強い、か――」

 

 

 

 

「――確かに、そうかもしれねぇなあ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ……私のバカ。まさか、あの先輩(ひと)にあんな無防備を曝してしまうなんて、思いませんでした。

 どうしましょう。結局、頼るだけじゃ嫌だと言ってたのに、頼ってしまったようなものです。

 あの人にはいつも借りを作ってばかりです。それも、出会った日からずっと。

 ……私がみづ姉に抱いてきた気持ちとはまた違う。師匠に向けていた感情とも違う。

 他の誰かが一緒に居たらもやもやするし、あのちょっとどんくさい所を見るとヤキモキするし……。

 好きの形はそれぞれと言いますが、そんなことを言ったら、私はみづ姉は勿論ですが、ブラン先輩も好きですし、桑原先輩にも一定の好感は持っているつもりです。師匠も、広義の形で言えば……いや、やっぱ何でしょう。なんかこの人に関してはまた違うような気がします。ですが、その種類は言ってしまえばどれも違う形です。

 親愛、友愛、敬愛……じゃあ、白銀先輩への感情とは何なのでしょう。

 ……何、なのでしょうね。本当に。

 先輩から貰ったカードを見て、顔が綻んでいる今の私。みづ姉に対するものとは違うこの感情。

 それが何なのか、1つずつ頭の中で挙げていった時、ある二文字が浮かんだその時、私の顔は禁断爆発しました。

 

 

 

「……そ、そんな訳、無いですよ。私は……みづ姉が……」[newpage]

 

「――ワイルドカードの詳細も分からない以上、それに対する唯一の対抗策・エリアフォースカードを只の人間に渡しておくのは、やはり危険だ。ティンダロスの映写装置で映された限りでは、絵柄が刻み込まれている。つまり、性質が変化したという事だ」

「しかも、あたし達魔導司が操るアルカナ属性の力を持つ。そうなんだろう? ロス」

「……ああ、その通りダ」

「おい、どう思う? 我が同胞。あたしは、さっさと潰すべきだと思うが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――臥薪嘗胆。今は、待つ。来るべき時が来るまでだ」



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第33話:体育大会の罠─消えたトロフィー

「火廣金。今暇だろ」

「暇ではないと言ったら?」

「暇だな、OK」

「俺の意思は全無視か」

 

 アルカナ研究会・拠点。

 トリスは紅茶を濯ぐと、火廣金に差し出す。

 既に嫌な予感しかしない彼は顔をしかめてそれを受け取らない。

 

「いやさ、今お得意様が買っている魔法生物がいるんだけどよ」

「魔法生物」

「そう。知能が人間、いや魔導司並みにまで育て上げられたスーパー魔法生物なんだとよ」

「何でそんなものの話が出て来るんだ」

「うちで預かってんだよ。アルカナ研究会はペットホテルじゃないのにな。でも、あたしも世話になった相手だし下手に断れなかったんだよ」

「はぁ、それがどうしたんだ? まさか手が掛かるから俺に回収しろって言うんじゃないだろうな」

「ハズレ」

 

 トリスは肩を竦めると言った。

 

「そいつさあ、めっちゃ頭が狡賢くってよ、まあ確かに手が掛かったんだよ。慣れない環境だし?」

「はあ、要領を得ないな。結論から言え」

「短気は損気だぞ、ヒイロ」

「君が言うな」

「チッ」

 

 舌打ちしたトリスは頭を掻きむしる。

 そして言ったのだった。

 

 

 

「まあ結論から言えば──逃げられた」

「……今何て?」

 

 

 

 大不祥事である。

 火廣金の顔から血の気が引いた。

 

 

 

「ってわけでさあ、探してきてくんない?」

「絶対いつか辞めてやる、こんな職場……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺は白銀耀。デュエマ部という部活とは名ばかりの同好会の部長をやっていることを除けば、普通の高校生――でもない。

 俺達を繋ぎとめた因縁にして運命の歯車、ワイルドカード。

 文字通り、野生のクリーチャーとなって人々に憑依したり、実体化して悪事を働くこいつらの事件によって、俺の日常は一変してしまった。

 奴等と戦うには、エリアフォースカードが必要だ。しかし、それを狙う連中まで最近は出てきて、もうどうすればいいんだって話だぜ。

 とはいえ、新学期が始まってからというものの、俺の日常生活は取り合えず日常生活の体を保っていた。

 

「……」

 

 体育祭。

 この暑苦しい天気の中、全校生徒が半ば強制的に運動させられ、競わされるという好きな奴からすればとことんまで好きで、嫌いな奴からすればとことんまで嫌いな行事の1つと言えるだろう。

 まあ、俺はどちらでもないというのが本音だ。体育自体、得意でも不得意でも無いしな。

 ただ、この会場設営はやはり好き好んでやりたがる奴はなかなかいないだろう。

 で、俺が朝から真っ先に蝉が鳴く中、土曜日に登校して(どうせ部活で登校するつもりだったとはいえ)前日準備の会場設営に従事させられている理由はと言うと――

 

「いやぁ、すまんな白銀! 体育祭実行委員の1人が風邪引いて来れなくなっちまって、急に代理を頼んで済まなかった!」

「いえ、良いんすよ俺は」

「去年も実行委員会やってくれたしよ、要所要所でいろんな事やってるよなお前」

 

 テントに紐を括り付けながら、俺は体育祭実行委員の先輩に軽く受け答えする。まあ、こうやって代理や雑用をするのは珍しい事ではない。

 俺自身、暇なデュエマ部の部長ではあるので、こうやって便利屋として呼び出される時は多い。

 そういう時はワイルドカードの事件さえ無ければ、俺も大抵暇を持て余しているので、特に断る理由も上げることが出来ず、ずるずる手伝うのがお決まりだ。

 

「つか、お前結構色々な事手伝ったりしてるよな。頼まれたら断れない性分?」

「いや、まあ」

「はっはー、気を付けろよ? 世の中には無理難題をお前みたいなやつに押し付ける悪い奴もいるんだからよっ。それでも、お前みたいな奴が、もっと実行委員に居れば良かったんだがねえ」

「そっちの準備、かなり大変そうじゃないすか。皆疲れてるのでは?」

「いーや、委員会も一枚岩じゃねぇのよ。意見が割れたり、楽して手ェ抜こうとする奴がいたり……委員長の気苦労が分かるぜ」

 

 そういうものなのか。やはり組織というのは、往々にしてなかなかうまくはいかないものらしい。

 

「今日休んだ奴だって、普段の所業から仮病で休んだんじゃないかって言われてるしな……まあ、それくらいギスギスしてんのよ。皆連日の準備でイライラが溜まってるからな」

「……そうすか」

「まあ、去年よりも状況は悪い。すまんなぁ。お前には本当に悪い事をした! 後日、礼はちゃんとするから、な?」

「いや、いいんすよ、そこまでしなくても」

 

 こうやって人の役に立つというのは、俺の性分からすれば悪くない。

 わざわざここまで申し訳なさそうにされるのも困る。

 先輩が去った後、俺はパイプ椅子を組み立てて並べていた。

 

『にしても、このクッソ暑い中、人間はよく働こうと思えるでありますなぁ?』

「3年生にとっちゃ最後の思い出だしな」

 

 茶々を入れてくるチョートッQ。

 腕を組むと、ずいっ、と俺の方に顔を寄せてきた。

 つか、他の奴には見えないからって急に実体化してくるのやめねぇかお前は。

 

『おっと、それくらいなら我が手伝うでありますよ』

「良いんだよ。これは俺が頼まれたことなんだから」

『マスターも進んで苦労を買って出る癖があるでありますなぁ。時にそれは悪癖に成り得るので、働きすぎには注意するでありますよ』

「わぁーってるよ。自分の身体の事に関しては自分しか分からんからな」

「おう、白銀! テメェも此処にいたのか!」

 

 遠巻きから声が響く。

 そして、目線を思わず上げた。

 美術部3年、景気が良く、芸術を己の身体で語るチビと専らの評判の桑原先輩だった。

 その姿は、今日は上下体操服短パン。頭にはタオルがバンダナのように巻かれていた。

 

「桑原先輩も手伝いっすか?」

「ああ。美術部は、3つの組のパネルイラストを描くというのが毎年の恒例なのさ」

「パネルイラスト、っすか」

「ああ。入場門の近くに立てるんだ。でかい木製の板に描いた奴をな。テメェも去年見ただろ?」

「絵……おお、あの絵っすか」

 

 そういや、やたらとでかい絵が3つ、立てられていた気がする。

 んでもって、それぞれの絵には赤組、白組、青組と書かれていたんだっけか。

 それが体育祭の組の象徴みたいなもんだったな。

 

「それで、翠月が赤組の絵を担当したのさ。騎馬戦してる女の子の絵なんだが、あいつやっぱ人のデッサンうめぇな。1年の中でもずば抜けてる。顔は今回、あいつが全部塗ったしなあ」

「翠月さん、凄いんすか」

「こないだの読書感想画もあいつ金賞取ってるし」

 

 どうやら紫月の自慢のお姉さんというのは本当に間違っていないみたいだ。

 絵が得意、ってのは大きなスキルだよな、やっぱり。

 

「で、俺達はそれを倉庫から運び出すところなんだ。テメェも自分の作業が終わったら見に来い。つか手伝いに来るか?」

「今終わったんで、行きますよ」

「そうか! それじゃあ頼むわ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 運び出されていく2枚のパネル。俺達は、それを枠にはめるという作業を行っていた。

 

「で、翠月さんは?」

「今、赤組のパネルを運んでいるぜ。あいつも他の奴と完成を喜んでいたよ」

「そうすか」

 

 こうして、順調に作業は進んでいき、パネルも全て立てかけた。

 翠月さんが額の汗をぬぐいながら、やってくる。

 

「先輩方、手伝っていただき、ありがとうございました」

「いやぁ、このくらいどうってことないぜ」

「それもそうだが白銀。テメェ、本当ならやらなくていいことまでやってんだぜ? 今日はまだ前日準備があるし、余力は残しておけよ?」

「そろそろ、実行委員もリハーサルが始まるのではないですか? 当日の行進の練習があるとか」

 

 確かに翠月さんの言う通りだ。

 

「あっ、やべ。時間じゃねえか」

「おーう、頑張れよー」

 

 雑用も一通り済んだし、後は代理としての仕事をまっとうしないとな。

 そんなこんなで実行委員会の開会式のリハーサルは始まり、当日どこで待機しているかを改めて確認したり、行程で修正したいところはないかを相談したり、と大詰めだ。

 とはいえ、正規の実行委員じゃない俺には、あまり首を突っ込むことが出来ない所もあるんだがな。

 リハーサルの前に水を飲みながら休憩していた俺だったが――

 

 

 

「諏訪部! トロフィーはどこにやったんだって聞いている!」

 

 

 

 怒号がこっちまで飛んできた。

 何だ? いったい何があったって言うんだ?

 もうリハーサルの5分前だってのに。

 

「だぁーら、俺はちげーっつってつってんだろ委員長」

「お前の管理がなっていないからだぞ! 目を離した隙に無くなっていた!? 少し見ておけと言っておいただけなのに、この体たらく!」

「俺じゃねえよ、盗ってねぇ。確かに俺ははたから見りゃだらしなく見えるかもしれねぇが、犯罪なんて割の合わねぇことすっかよ」

 

 あれは3年生の先輩だ。

 片方は、体育祭実行委員の委員長。男勝りな女子、天乃先輩。

 もう片方は、同じく3年委員の諏訪部先輩だ。もっとも、ジャン負けで委員になった上に普段から素行が良くねぇ上にサボり癖、遅刻癖があるから、真面目な委員長から目の仇にされてるらしい。

 

「あーあー、だから実行委員なんざやりたくなかったんだよ」

「何か言ったか諏訪部! 貴様、言いたいことがあるなら言ってみろ!」

「ああ、言ったよ何度でも言ってやるよ!」

 

 そうこうしているうちに、取っ組み合いになる2人。

 ああもう、高校3年にもなって何て大人気ない!

 

「ま、まあ、二人とも落ちついてくださいよ、先輩方――」

「「部外者は黙ってろォーッ!!」」

 

 直後。裏拳×2が俺の顔面にめり込む。

 り、理不尽……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「事件の香りがしマス! ゾクゾクしてきマシタ! これは、興味――じゃなかった正義のために解決すべきデス!」

 

 自称探偵こと、或瀬ブラン氏のコメントである。

 

「体育祭のトロフィーが無くなったなど、非常にどうでも良いのですがね、やるなら勝手にどうぞ」

 

 シスコンこと、暗野紫月氏のコメントである。

 

「あの芸術的なトロフィーが失われるとは……何てことだ。美術部としては、何が何でも取り返すべきだと思う」

 

 美術部部員、桑原甲氏のコメントである。

 

「いやあ本当見事に三者三様のコメントありがとうございますッッッ!! 全くその通りだよバッキャロー! こちとらとばっちりで裏拳食らった挙句、実行委員全員の責任問題になってんだよ! 代理なのに! 俺代理なのに!」

「ホイホイ人の頼みごとを毎度毎度引き受けるのは善意でしょうが、悪癖ですよ先輩」

「つってもよぉ、ちょっと目を離した隙に無くなるなんてことはないから、やっぱり諏訪部先輩がどっかに隠したんじゃないかって委員の中じゃ軍法会議状態。流石に元は部外者の俺がずっといるのはアレだから帰ってくれと言われて帰ってきた。最悪、俺も追及されるかもしれねえが」

「よく帰ってきたデスよ、耀……」

「災難でしたね」

 

 それは、リハーサルが始まる5分前のことであった。

 天乃先輩は、少し席を外すから適当に近くにいた諏訪部先輩にトロフィーを見ていてくれと言ったらしい。

 もっとも、周囲には人がいるし、盗もうと思っても盗めるようなでかさじゃないのが疑問なんだが、数分後。

 そこにトロフィーは無く、天乃先輩は諏訪部先輩を問い詰めた。

 だが、諏訪部先輩は少し目を離した隙にトロフィーが無くなった、の一点張りだ。

 しらばっくれる諏訪部先輩にブチ切れした天乃先輩は、普段の素行の悪さも相まって、諏訪部先輩を本格的に糾弾することにしたらしい。そして今に至る。

 

「なら、今回は私の出番デスね、耀!」

「はぁ、そうか……」

 

 この探偵が変なやる気を出し始めた。

 ああ、これ以上事態がややこしくなりませんように……。

 

「諏訪部は確かに怠惰なところこそあるが、しょうもない理由で物盗りをするような奴じゃねぇよ」

「犯罪者が本性を隠すなんてよくあることですが」

「決めつけはよくないデスよ!」

「とにかく、明日までにトロフィーは何が何でも見つけなきゃいけない」

「何で白銀先輩が頑張るんですか?」

 

 俺がこういった怪奇事件に立ち向かう理由。そんなのは決まっている。

 

「ワイルドカードが絡んでいる可能性は考えられないか? 俺はそっちの線から調べてみたいんだ」

 

 不可解な事件を引き起こすワイルドカード。

 実際、それに似た事件は夏休み中にも何度か遭遇しているし、その度に俺達はクリーチャーの撃破をしている。

 今回の事件も、ひょっとしたらクリーチャーの仕業じゃないか、と俺は睨んだ。

 

「確かに、アリバイこそありませんガ、状況証拠は余りにも不十分、諏訪部先パイが犯人というには余りにも不十分デスね。私は現場100回、やってみたいと思いマス!」

「現場100回? でもそれって、探偵というより刑事……やっぱりガバ探偵か」

「どっちも基本は同じデース!」

「もうしかしたら、誰かがうっかり何処か別の場所にやっちまって、言い出せないでいる可能性もありないわけじゃねーと思うぜ」

「それもありですね。ともかく、現場を見ないことには何とも言えないです」

 

 何結局何だかんだ言って乗り気じゃねえか、素直じゃないな。

 

「とにかく、本当なら被害者も加害者も居ない方が良いんだ。勿論、最悪はそっちの線でも考えないといけねぇが」

「やれやれ、先輩はお人好しが過ぎますね」

 

 ふふっ、と紫月が俺の方を向いて微笑む。

 

「良いですよ。協力しましょう。この間の借り、返さなければいけませんからね」

「待ってくだサイ、耀! 今回こそ、私に任せてくだサイ!」

「はぁー、やれやれ」

 

 本当にうちの部活の女子は血の気が多くて困る。

 結局君ら、やる気なのね?



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第34話:体育大会の罠─囲い込み

 ※※※

 

 

 

「というわけで、この朝礼台に置かれてたんですネ? トロフィーは」

「ああ。そうなるな」

 

 朝礼台は、出来るだけ誰も触らないようにした上に誰も触っていない。

 とりあえず、手掛かりがあるとすれば此処にあるはずなんだが……。

 一体ブランは何処をどう探すというのだろうか。

 

「とりま、見てみマスか。朝礼台を!」

 

 と言ったって、朝礼台の周囲には砂や砂利が敷き詰められてるだけだぞブラン。

 朝礼台の上だって、そんなに変わったところはないはずだ。

 そんなところを這いつくばって探しても何にもならない。

 そもそも足跡とかはぐちゃぐちゃになってるだろうし……。

 

「第三者に見られる可能性がある上に、朝礼台のど真ん中に置かれてるようなトロフィーを何故盗ろうと思うのデショウか? 犯人は、クリーチャー。もしくは……ん?」

 

 ブランはふと、朝礼台の上に落ちているものを指差した。

 

「耀。これ、いつからありマシタか?」

「あ?」

 

 それは鳥の羽根だった。

 それもかなり巨大なものだ。カラスか、何かか?

 

「ハシボソガラスだな。付け目の色が白い」

 

 桑原先輩が羽根を見て言ってのける。

 流石、デッサンを沢山やってるだけあって詳しい。カラスの種類なんか見分けられないぜ。

 それに、仮にそれがカラスの羽根だったとして、だ。

 

「はぁ。まさかカラスが盗ったのか? それもそれで気付くと思うが」

「シャークウガ。朝礼台から魔力は感知しましたか」

『此処に立っていたという痕跡は見つからねえな。抹消された可能性もあるかもしれねぇが、そんな高度な術を持つ奴がこんなちゃっちぃことするかよ。だけど……』

 

 シャークウガは、羽根を手に取ると訝し気に言った。

 

『こいつは、クリーチャーのものじゃねぇが、根元の方に魔力を感じるぜ。……これは、透明魔法か!?』

「じゃあ、相手はそれで姿を消した、と」

『ああ。水文明でもよく使われる! 気配も、姿も全て消し、一瞬のうちにトロフィーを盗んだんだ!』

「はぁ? ってことは、カラスにワイルドカードが取り付いてるのか?」

「そうとも考えられますね。パンダネルラ将軍の前例がある以上は」

「Good、シャークウガ! ワンダータートル、同じ気配の魔力をサーチしてくだサイ!」

『御意!』

 

 言った宝石亀はブランの頭に乗っかった。

 そして、しばらく目を瞑っていた後、ブランが叫ぶ。

 

「Thanks、ワンダータートル! マップ、流れ込んできましタ!」

『あちこちにこれと同じ羽根が落ち取るわい! おまけに、これと同じで、しかも一際気配の濃い魔力が飛んでおる!』

「マジかよ!? 本当にカラスの仕業か!?」

 

 相変わらず優秀だな、ワンダータートルは。

 シャークウガが感知した魔力をもとに、本体の位置まで突き止めるなんて。

 これは捕まえるチャンスが出来た、と言いたいところだが……。

 

『いやでも、相手は飛んでるでありますよ? どうやって捕まえるでありますか?』

 

 ここまで何にもやっていないチョートッQがぼやく。

 そんなの飛べるお前が捕まえりゃ良いだけだろ。

 

「そんなのEasyデス! 追い込めばいいのデスよ! 此処には、優秀なクリーチャーが3体もいマス! 或瀬探偵事務所の強力な助手が3体も!」

『えー? 本当でありますかぁー?』

「ふふん、任せておいてくだサイ!」

「白銀先輩、これ大丈夫ですか?」

「……知らね」

「或瀬は色んな意味でぶっ飛んでるからなぁ……」

 

 画して、トロフィーを盗った容疑者のカラスの捕縛作戦が始まったのだった。

 そうそう上手くいくとは思えないんだがなあ。ブランのがばがばな頭で。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ステップその1! ワンダータートルの力で、この学校を迷宮化しマス! これで、この学校は私達が掌握したも同然!」

『迷宮化完了! もうこれで、あのカラスは学校の敷地内から飛んでも逃げることが出来んぞ。幻覚に惑わされ、飛んでも脱出は不可能じゃ!』

「ステップその2! 索敵デス! シャークウガ、エネミーの気配はWhere?」

『恐らく、屋上の辺りを飛んでるぜ。そして、何を勘違いしたのか、校舎の中に入り、……えーと、これって何だっけ、きゅー校舎の行き止まりをぐーるぐーる。ちなみにここは、ワンダータートルの仕掛けた誘導ルートだぜ!』

 

 成程。ワンダータートルを、等身大に実体化したシャークウガの頭に乗せるという発想は無かった。

 これなら、ワンダータートルの力を使いながら、シャークウガは索敵することが出来るというわけか。

 

「よーし、お疲れだ2体とも。場所は割れたな」

「最後にステップ3! 行き止まり、袋小路に追い詰めた犯人を捕まえる、デース!」

『我の出番でありますなぁ! 最速で、最短で、真っ直ぐに! 旧校舎に突撃するでありますよ! 掛け声は、ガングニールとかどうでありますか?』

「うん、それはやめとこうな」

 

 ワンダータートルで逃げられなくし、シャークウガで索敵を行い、チョートッQで捕まえる。

 やべーよこいつら。

 こいつらが手を組んだら脱獄囚を捕まえるのなんて容易いぜ。

 すぐさま旧校舎に駆け付けた俺達は、成程その天井でぐーるぐーると旋回している鳥らしきものの影を見つけた。しかも双眼鏡で見たブラン曰く、やはりトロフィーらしきものを足で掴んでいるらしい。

 ここから奥まで一直線。もう、やることは1つだ。

 

「よし、チョートッQ! お前の出番だ! この狭い場所だとダンガンテイオーにはなれないが、相手も逃げ場がない! 逃がすなよ!」

『了解、でありますよ! 標的を捕獲するであります!』

「凄いですね、とても完璧な作戦に見えます」

「これはもううまくいくんじゃねぇか」

 

 等身大サイズに実体化したチョートッQが一気に加速し、行き止まりで立ち往生しているカラスを目掛けて突っ走る。

 

 

 

 

「超超超可及的速やかにィィィィィィーッ!! ゴヨウ改めでありまァァァァァァァァァァァァァー!!」

 

 

 

 圧倒的速度。圧倒的パワー。

 流石だチョートッQ。これだけのパワーがあれば十分だ。

 ブランが、それを見て驚いたような表情で叫ぶ。

 

「あっ! 廊下の窓が勝手に開いて、カラスがそこから逃げたデス!」

「アアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオゴブッ」

 

 奥の扉にごしゃっ、という音と共に正面衝突したチョートッQ。

 見るも無残な様子でぶっ倒れていた。

 

『新幹線は()には止まれなぃ……であります……グフッ……』

「何だって!? リックドム!?」

「違います桑原先輩、グフカスタムです」

「どっちも一部の人にしか分からねえネタは止めろ!!」

 

 取り合えず逃げたカラスを追って、俺達も廊下を走り、開いた窓を覗く。

 見れば、人を小馬鹿にするかのように8の字を描きながら、カラスは鳴いていた。

 

「アホォーアホォー」

「畜生! あの野郎何なんだ! どうして急に窓が開いた!? あいつ魔法でも使えんのか!?」

 

 

 

 

「その通り。そいつは、魔法生物だ」

 

 

 

 声が響く。

 見れば、そこにはあのサングラスの魔導司、火廣金の姿があった。

 

「て、てめぇ!! 挟み撃ちか!?」

「本当にしつこいですね……エリアフォースカードの回収、ですか」

「逆だ! そいつはクライアントの魔導司から逃げ出した魔法動物だ! 名前はファルクス、人間以上の知能を持つスーパーカラスだ!」

 

 マジかよ。

 要するに逃げたペット探しをやらされているのかコイツ。

 ……何か可哀想になって来たな。

 

「……お前も大変だな」

「同情は要らん!」

「アホォーアホォーッ!」

「くっ……!」

 

 火廣金は悔しそうな笑みを浮かべる。

 

「な、何て言ってるんだ!?」

「くそっ、この『灼炎将軍(ジェネラル)』でさえも全く分からない……!」

「分かんねぇのかよ!」

『何だって!? クソ雑魚ナメクジコバンザメェ!?』

 

 この安い挑発に乗る魚類。

 ああ、やっぱり鮫は下等生物だったよ……。

 

「成程、私たちがどんな作戦を使うか、予め分かっていたし、そもそも効かなかったということデスね!」

「な、これも奴がスーパーカラスである所以か!?」

「違う。この俺が上にお前らのクリーチャーの力を報告したからに決まっているだろう、馬鹿なのか?」

「火廣金、おめーかよ、腹立つなぁ!!」

『武器なんか要らねぇ!! テメェなんか怖かねぇ!!』

「あっ、シャークウガ……」

 

 ブチ切れた鮫男は、開け放された窓から狙撃魔法で砲撃を始める。

 弾幕は数で押し切るの信念のもと、大量の水球がカラスを狙ったが、どれも当たらず避けられる始末。

 感情だけがヒートアップしているのが原因だ。案の定ガス欠に陥り、魔力不足で数分もしないうちにそこに伸びていたのだった。

 

『野郎ぶっ殺して……うぐぐっ』

「アホォーアホォー」

「くっ、煽ってるように聞こえてくる……本当に忌々しい奴だ」

「煽ってんだろうなぁ……つか、お前らも大変だなぁ」

 

 結果。

 チョートッQ、シャークウガはガス欠。

 このままだと逃がしてしまうぞ!? しかもあいつは空に居るのに!

 

『何? トロフィーを返して欲しかったらエリアフォースカードを寄越せ、じゃと!?』

「舐めてやがる……完全に」

『おらぁぁぁぁ!! まだだぁぁぁ!!』

 

 再び投げられる水球。

 おい無茶してんじゃねえシャークウガ!!

 このままだとこいつ、本当にぶっ倒れるぞ!!

 

 

 

 べちゃっ!

 

 

 

 次の瞬間、カラスの頭が真っ赤に染まる。

 その頭にブチ当てられたのはプラスチック玉。トロフィーが落ちる。

 それを放ったのは――ブランのスリングショットであった。シャークウガが弾幕を撃ってる間に、死角からぶち込んだのか!

 

「本命はこっち! 製作協力・桑原先パイのペンキ玉デース!」

「さらにタバスコ入りだ。果てなバカラス」

「ギャアアギャアアーッ!!」

 

 効いてるぞ! 完全に視界が真っ赤なペンキと唐辛子で塞がれてるんだ! えっげつねぇや、誰だよこんな対人武装作った奴!  

 まあいい、お灸をすえてやるとするか。

 

「よし、チョートッQ……あ、ダメだ。こいつ動かねぇ」

「ふっ、情けない奴等め」

「お前もどっちの味方なんだ、腹立つなぁ!」

 

 しかもこいつ、何にもやってねぇぞ今回!

 マジで解説だけしに来たようなもんじゃねぇか!

 

「それではシャークウガ――」

『ガス欠だ……もう無理ィ』

「語録、死亡フラグの乱立、おまけに魔力切れで自滅、恥は無いんですか恥は」

 

 どうするんだよ、これ……折角追い詰めたのに!!

 逃げられちまうぞ!?

 

「なら、私の出番デスね!」

 

 窓枠へ飛び移ったブラン。

 そして、彼女の帽子に乗っかったワンダータートルが叫んだ。

 

『探偵! 今回は我らの出番じゃな!』

「そうデスね! 人間じゃないとはいえ、相手はWizard! 油断は禁物デス!」

 

 キエエエエ、と怒りのままに叫ぶカラス。

 その背後に巨大な影が浮かび上がった。あいつのクリーチャーだろう。

 

 

 

 

「出てきたデスね……デュエルエリアフォース、デース!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 私と、ファルクスのデュエル。

 2ターン目、先攻の私は早速仕掛けにかかっていましタ。

 

「2マナで《ヘブンズ・フォース》デス! 効果で、《龍装者 バーナイン》召喚デス!」

『カカカ! このワタクシに挑もうだなんて、良い度胸ねぇ、人間!』

「しゃ、喋ったデス!?」

『お馬鹿さん、空間内ではワタクシは魔法で意思の疎通が出来るのよ!』

 

 なるほど、確かに声が聞こえてきマス。流石にデュエル中に喋れないのは不便だったみたいデスね。

 しかも、声が女の子デスネ。雌だったのデスか。

 ファルクスも、2枚のマナをタップしましタ。いや、やつの念魔法で動いている、というべきデスか。

 火と闇のマナ。唱えられたのは《勇愛の天秤》デス。

 手札を1枚捨て、2枚引く……手札交換みたいデス。

 

「何を使ってくるのか知らないデスけど、こっちもガンガン行くデス! 3マナで、《緑知銀 フェイウォン》召喚! 効果で自身をタップして、ドロー、さらに《バーナイン》でも1枚ドローデス! ターンエンド、デスよ!」

 

 さて、ファルクスのターンデスね。タップされたのは3枚のマナ。

 そして、そこから悪しき儀式の第一歩が行われようとしていまシタ。

 

『呪文、《ボーンおどり・チャージャー》ですわ! カカカ!』

 

 《ボーンおどり・チャージャー》。山札の上から2枚を墓地に置き、チャージャー効果でマナに置かれる呪文デス。

 あんなに墓地を増やして何のデッキなんでしょうネ?

 これだけじゃ分からないデス。

 

「こっちも止まりませんヨ! 3マナで《タスリク》召喚、1枚ドロー! ターンエンドデス!」

 

 《奇石 タスリク》。相手の呪文を唱えるコストを+2するクリーチャーデス。

 これで相手は呪文を唱えにくくなるはず。

 

『カカカ、ワタクシに勝てるとでも、思っているのかしらぁ!?』

 

 盤面を固めたと思った矢先に不吉に響くファルクスの鳴き声。

 それは、まるで野獣の遠吠えのようにどんどん太く木霊していきマス。

 肌が震えて、凍えるような……何デショウ。死、を身近に体感するような冷たさデス。

 4枚の火と闇のマナがタップされマシタ。

 炎、そして死霊らしきものがバトルゾーンに満ち満ちマス。

 

『召喚、《神滅翔天 ポッポ・ジュヴィラ》ですわ! カカカ!』

「よりによってそのカード、ですか……」

 

 後ろの方で観戦している紫月が苦々しい表情で言いマシタ。

 それが、現れたクリーチャーの名前デス。私はよく知らないのデスが……。

 

「シヅク、どういう効果なんデスか?」

「登場時に、山札の上から3枚を墓地に置く、4コストのファイアー・バードでドラゴン・ゾンビです」

「何だ、思ったより強そうじゃないデス」

「いえ、このカードの真価は別の所にあるのですが……」

「私のターン、デス!」

 

 カードを引く私。

 どこか含みのある紫月の台詞に不安を隠せないデスが……。

 

「2マナで、《一番隊 クリスタ》召喚デス! 効果で1枚ドロー! そして、2マナで《フェイオン》を召喚してタップし、1枚ドローデース! これで、Endデス!」

「ギャァァ! ギャァァァ!」

 

 大量に手札を用意しつつも展開しマス。

 呪文のコストも増えてるし、もうひと押しでこれなら勝てそうデス。

 

『あなた、今、良い気になってるわね!?』

 

 4ターン目。後攻のファルクスのターン。

 タップされたのは4枚のマナ。何だ? 《ポッポ・ジュヴィラ》かと思ったのデスガ――

 

『4マナをタップ。ワタクシは、フェニックスを召喚するとき、《ポッポ・ジュヴィラ》の効果で自分の墓地のクリーチャーを進化元にすることが出来るのですわよ――カカカ!』

「What!? フェニックス、不死鳥デスか!?」

『カカカ! 焼け爛れて死ね! 墓地の《アバヨ・シャバヨ》、《コッコ・ルピア》で進化V(ボルテックス)!』

 

 墓地のクリーチャーを進化元に出来る!?

 それじゃあ、さっきまでの墓地肥やしは進化元を増やしていたってことデスか!?

 浮かび上がる数字は13。死神を意味する数字……嫌な予感がしマス。

 

 

 

『甘美なる死は、煉獄より齎される――《暗黒王 デス・フェニックス》!』



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第35話:体育大会の罠─隻眼の王

 カカカカカカカ、とファルクスの不気味な鳴き声――いや、違う。

 何重にもカラスの鳴き声が重なっており、不協和音を奏でていマス。

 それを中心にして死霊を糧にする暗黒の化身が姿を現しましタ。赤黒(しゃっこく)の不死鳥は甲高く、全ての生きとして生けるものを呪うのデス。

 

『カカカカ! 《デス・フェニックス》で《フェイウォン》を攻撃――するとき、革命チェンジ発動! 《第3種 ベロリンガM》に! 効果で山札の上から3枚を墓地に!』

「え!? 折角進化して出したのに、デスか!?」

「或瀬! 《デス・フェニックス》の効果が来るぞ!」

 

 次の瞬間、私の手札が轟! と燃え上がり、全て墓地へ叩き落されマシタ。

 

『カカカカカ! 《デス・フェニックス》が場を離れた時、相手の手札を全て墓地へ叩き落すわ! どう? 今の気分! 地獄に叩き落された気分ってのは、こういうのを言うのよねぇ!』

「う、うう……! デモ、まだデス! こっちにはたくさんの軍勢が居マス!」

『ワシは墓地に落ちたがのう……』

「あっ」

 

 まずいデス……。

 今の手札の中には《ワンダータートル》も居たのに……どうしマショウ……。

 

「わ、私のターン! と、とにかく、攻撃デス! 《タスリク》でシールドをブレイク!」

『S・トリガー! 《爆殺! 覇惡怒楽苦》! カカカ! 骸ごと焼けて死ね!!』

 

 次の瞬間、《クリスタ》に《フェイウォン》2体が破壊されマシタ。

 うう、ここで地雷を踏むなんて……!

 

「ターンエンドデス!」

『弱いのねぇ! 期待外れだわ! 《デス・フェニックス》を墓地の《ポッポ・ジュヴィラ》と《ダーク・ルピア》から進化! そのままシールドに攻撃よ!』

 

 と、とにかく、ここはS・トリガーに頼るしかねぇのかブランは。

 そう思っていたが、次の瞬間、ブランのシールドが2枚焼け落ちた。

 

「なっ……!」

『ごめんあそばせ!! この子が破壊したシールドは、問答無用で墓地送りよ! カカカ! あと、《タスリク》も《ベロリンガM》で攻撃し、破壊!』

 

 何てことだ。変にどかせば全体ハンデス。

 かと言って放っておけばシールドは一方的に焼かれ、トリガーも発動しない上に手札も増えない。

 事前に全体ハンデスを打ったのは、相手の行動を完全に制限する為……!

 

「……私のターン、《クリスタ》を召喚して1枚ドローデス。そして、ターンエンド……デス」

『カカカ! その程度で何が出来るというの? 腕も足ももいでやるわ!』

 

 言ったファルクスのマナが4枚、タップされた。

 

『4マナで、《黒神龍 アバヨ・シャバヨ》召喚! カカカカカカ! 効果で自身を破壊し――墓地から、《黒神龍 グールジェネレイド》を2体、場に出すわよ!』

「うええ!? ふ、増えたデス!?」

『そして、そっちもクリーチャーを選んで破壊してもらうわよ!』

「……《クリスタ》を破壊デス」

『カカカカ! 《デス・フェニックス》でW・ブレイク! 大人しく、エリアフォースカードを寄越しなさぁい!』

 

 私のシールドは残り1枚。

 このままでは、逆転する可能性も無く負けてしまいマス。

 

「おいっ!? ブラン、大丈夫か!?」

「何とか……デス!」

「ですが、このままでは次のターンに確実にトドメを差されてしまいます。ファルクスの方が、一枚上手です」

「手札破壊、クリーチャー破壊、復活、なんでもありかよ……!」

 

 確かに、相手は何でもありみたいデスね……。

 でも――耀や紫月のデュエルを見ていて、私、このままじゃダメだって思いマシタ。

 もっと、もっと強くならないといけないのデス!

 

「私のターン! ふふん、《ワンダータートル》が墓地に落ちたからって負けたわけじゃないデス! これで札は全て揃いマシタ!」

 

 場には《バーナイン》だけ……でも、ここから大逆転デス!

 

「6マナをタップ。《バーナイン》をNEO進化(Evolution)! 《星の輝き 翔天》に!」

 

 飛び出すのは結晶のゴーレム。

 手札は後1枚。これに、希望を託しマス!

 

「シールドをブレイクデス!」

『カカカカカ! その程度かしらぁ?』

「ターン終了デス! そして、貴方のターンが始まる時、《翔天》の効果発動デス! コスト8以下の光のクリーチャーをタップして場に出しマス!」

 

 ぎょっ、とファルクスは驚いたようデシタ。

 これに全てを賭けマス!

 

 

 

 

「この瞳は、遍くAnswerを見通す! 漆黒にして絶対の正義(Justice)

降臨(Advent)、《オヴ・シディア》!」

 

 

 

 これがブランちゃんの新しい切札デス!

 巨大な瞳を持つ、光文明のマスターカード!

 浮かび上がるMASTERの紋章、そして11番、正義を意味する数字!

 さあ、反撃デス!

 

「《オヴ・シディア》の登場時効果発動デス! 相手の場のクリーチャーの数だけ、山札の上から1枚を表向きにし、その中からコスト6以下のメタリカを全てタップして場に出しマス!」

『まさに、ワシらの最終兵器にしてマスターカード!』

『何ですって!?』

「出てきてくだサイ! 私のメタリカ達!」

 

 山札の上から捲られるのは4枚。

 1枚目、《陰陽の果て 白夜》。効果でシールドを1枚追加デス。

 2枚目、《緑知銀 サモハン》。私の他のクリーチャーは選ばれないデス。

 3枚目、《正義の煌き オーリリア》。攻撃誘導持ちデス!

 4枚目、《緑知銀 フェイウォン》。こっちも攻撃誘導持ちデス!

 

『なっ……攻撃誘導持ちが2体も……!』

 

 これで守りは盤石。

 肝心の《デス・フェニックス》の攻撃さえ通さなければ、十分に勝ち目はありマス!

 そして、パワーはこっちが上なので返り討ちデス!

 

「しかも、《サモハン》の効果で私の他のクリーチャーは選ばれまセンよ!」

『カカカ、呪文《デーモン・ハンド》! 効果で《サモハン》だけでも破壊!』

「選ばれたので、2枚ドローしマス」

 

 よし、このターンは耐えきりマシタ。

 

『探偵、今じゃ! 一気に攻め込むぞ!』

「ハイ! 私のターン、デスね!」

 

 カードをドローデス。

 そして、6枚のマナをタップしマス!

 

「6マナで、召喚(summon,this)《正義の煌き シーディアス》!」

 

 《オヴ・シディア》と同じく、一つ目を持つゴーレム。

 それが《シーディアス》デスよ!

 

「さあ行きマスよ! 《オヴ・シディア》でシールドをT・ブレイク!」

 

 これでシールド差は完全に逆転デス。

 さらに、《シーディアス》と《オーリリア》の迷宮構築(ラビリンス)発動デス!

 

「《オーリリア》はラビリンスで、相手にコスト5以下の呪文を唱えられなくさせマス! そして、《シーディアス》の効果で、私の他のメタリカは選ばれまセン!」

『そんなっ……! 《インフェルノ・サイン》がっ……! くっ、追い詰めたと思ったのに、軍勢を逆利用されるなんて!』

「次に、《オーリリア》で最後のシールドをブレイクデス!」

 

 割られるシールド。

 これでもう、相手を守るものはありませんネ!

 トロフィーは返してもらいマス!

 

 

 

 

「《星の輝き 翔天》でダイレクトアタック、デース!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「アホォー、アホォー!」

 

 

 かくして──ファルクスは撃破され、逃げていった。

 

「やれやれ、なかなか厄介な相手でしたネ……」

「にしても、あんな切り札デッキに入れてたんだなお前」

「当然デス! 探偵である以上、常に時代の最先端を行くデッキを使わなきゃ、デスね!」

 

 ともかくチョートッQがしくじったからとはいえ、ブランにはまた助けられてしまった。

 

「ったく、本当すまなかったな皆。今日は俺のごたごただったのに」

「何言ってるんですか、先輩。先輩が人を助けるなら、それと同じ分だけ先輩も助けられて当然です」

「情けは人の為ならず、だぜ。白銀。テメェに返ってくるってことだ」

 

 俺に返ってくる、か……。そういうのは余り意識したことが無かった。

 

「現に、私達が先輩の無茶に付き合ってるのも、それが大きいですね。先輩は人を助けたくなってしまうのでしょうが」

「私たちも、耀を見ると応援したり、助けたくなっちゃうんデスよ。でも、無茶はNo! デスからネ!」

 

 お前ら……やれやれ。ワイルドカードの事件も、今日のことも元はと言えば俺の事なのに……。

 だけど、こいつらが満足気だから良いのかな。

 とはいえ、そのトロフィーはどうにかして返さなきゃいけない。

 仕方ねぇ。カラスが運んだとか誰も信じねえだろうし……。まだ軍法会議をやってると思われる会議室に行くか。

 

「……さて、俺も帰るか……」

 

 腕を組んだ火廣金が立ち去ろうとする。

 今日は結局こいつ敵じゃなかったな。

 

「なあ火廣金」

「何だ? 非番の日に呼び出されたんだ、エリアフォースカードを奪うのはまた今度に……」

「……ブランが勝って良い感じに終わった感出してるけど、お前あのカラスを回収しないといけないんじゃねーの?」

「……あ」

 

 火廣金は全速力でダッシュしていった。

 ……あいつも大変だなあ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「先輩はお人好しが過ぎますよ」

 

 後日。体育祭が無事終わった次の日のこと。部室に帰ってから紫月は言った。

 

「どうやら、トロフィーは代理の配置ミスということになったと聞きました。これ先輩が嘘をついたんですよね?」

「だってよぉ、カラスが取っただなんて誰が信じるんだよ……」

「本当にはた迷惑でしたネー」

「それに今回の事件。ファルクスを倒したのはブランだし、俺何にもやってねぇぞ? 問題運び込んだ張本人だし」

「はぁ。自己犠牲も程々にしてくださいよ、先輩。先輩は普段から頑張り過ぎだというのが、今回の件でよく分かりました」

 

 頑張りすぎ、か。

 大丈夫だ。その辺りはちゃんと考えて行動するつもりだ。

 まあ、心配されてる辺り、やっぱり他人には俺が無茶してるように見えてるんだろうな。

 

「今回の事件、うちの学校には加害者はいなかったんだよ。俺はそれだけで十分なんだ。俺だけがお叱り食らうだけなら訳ないさ」

「……そう、ですか」

「それに、俺は困ってる人を見たら放っておけねぇめんどくせぇ性分なだけ。礼を言われるようなことをしてるつもりはねぇんだよ」

「先輩。ブラック企業には就職しないでくださいよ? 死にますよ確実に」

「気を付ける」

 

 俺は、夢も特に希望もない。

 だけど、誰かの夢や希望、誰かの力になることなら出来る。

 俺は、そうやって真っ白な人生を必死に埋めている。

 ただ、これが一番俺らしい生き方ってだけだ。

 

「私は先輩の方が心配です。まあ、それが原因で死ぬのは完全に先輩の自己責任ですが」

「ははは……」

「でも、それが耀らしいってことデスよね!」

「ああ。人の力になれるのが俺の――」

 

 

 

「おーい、白銀! いるかぁ!?」

 

 

 

 声が聞こえてくる。

 すぐさま部室の扉が開いた。

 見れば、そこにはたくさんの3年生の先輩。

 

「すまない、白銀!! お前、また今度の試合の助っ人頼めるか!?」

「いや、こっちが先だ! 次の委員会の代理を頼む!」

「駄目よ! こっちが先!」

 

 は、ははは、は……まあ、ちょっといろんなところに顔を出し過ぎちまったみてーだが。

 

「先輩。どれだけ便利屋やったら気が済むんですか。これどうするんですか」

「そういえば、1年の頃から色々やってましたよネ、耀……」

「1年の頃から……って、本当に生粋の便利屋じゃないですか!」

「いやあ、断れなくて、つい……」

 

 いや、本当反省している。 

 こいつは余り知らなかったみたいだし、俺も今日気付いたが、どうも俺はあちこちで頑張り過ぎたらしい。

 そのしわ寄せが頼られ過ぎるという形で返ってくるなんて!

 

「ハ、ハハ……どうしマスカ?」

『マスター過労死不可避でありますなぁ』

 

 今回学んだことがあるならば。

 やっぱり、人間は時にNoと言う勇気も大事らしいということだ。

 身をもってそれを味わってからでは……遅いってことだな。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 やれやれ……思った以上の強さらしいな。白銀耀、或瀬ブラン、暗野紫月。

 まあ、良い。今度はこの私が自ら出向くとしよう。

 最早、事は一刻を急ぐ。時間は無い。

 只の人間か。

 それとも魔法使いか。

 エリアフォースカードが彼らにとって一体何なのか。

 彼らが何のために戦っているのか。

 今一度、確かめてやるとするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――最も、人間が我々に逆らうなど、言語道断だ。



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第36話:戦車暴走─ノゾム兄

 俺は白銀耀。

 デュエマ部とかいう同好会紛いの部活の部長であることを除けば、至って普通で平凡な高校生――のはずだった。

 しかし、今ではワイルドカードの事件や魔導司の襲撃によって日常などあって無いようなものだ。

 だが、今日ばかりは久方ぶりの日常が訪れようとしていた。

 

「そういえば、あたし達も来年には受験生なんだよねー」

 

 

 今日の剣道部は、顧問の先生が出張で居ないので自主練だという。だからか、珍しく花梨が練習の合間にデュエマ部の部室にやってきていた。

 しかし、藪から棒にあまり考えたくはないことを言ってくれたな、この幼馴染は。

 

「何なんだいきなり」

「いやさ、お兄ったら推薦入試の枠も決まってひと段落したから次の日曜日にデュエマの大会に行きたいとか言い出すんだよ。有り得なくない? 仮にも受験生なのに」

「お兄? ああ、刀堂先輩のお兄さんですか」

 

 成程、兄貴が受験生だからな。そりゃあ、心配にもなるか。

 

「ま、まあ休息は大事デスしネー」

「だけどさぁ」

「そうだ花梨。俺達も週末にデュエマの大会に行く予定があるんだけど、一緒に来るか?」

「にゃ……あたしは、お兄に着いて行くから」

 

 いつものように、はにかみながら花梨は言った。

 

「そうか。残念だ。何か、天才デュエマプレイヤーが出没するっていう大会があるみたいでよ、それに出ようと思ってたんだが」

「天才デュエマプレイヤー?」

「そうデス! 私のデータベースによれば、久方ぶりに彼が大会に参加するようなので、彼が昔よく出ていた大会の開催場所を見ていたんデスよ」

「ふうん……そうなんだ。それじゃあ、そろそろあたしは自主錬に戻るよ」

 

 部活が休みの日でもこいつは鍛錬を欠かさない。本当にストイックな奴だ。

 血は繋がってないけど、兄貴に似たのかね、これは。

 そう言って、花梨が扉を開けたその時だった。

 

 

 

「ヒャッハー! マジで気分はJOE(ジョー)JOE(ジョー)だぜー! クレイジー!」

 

 

 

 クリーチャーの咆哮かと思った。

 鼓膜が揺さぶられ、横隔膜が振動で震える。

 部屋を出ようとした花梨が飛びのいた。

 そして、すごい剣幕の生活指導の先生が廊下を横切っていった。

 どうしたんだろう、と俺達も廊下を覗くと、声が聞こえてくる。

 

「お前達はっ! 何で学校でモヒカン刈りにしてくるんだッ! 何考えとるんだ!」

 

 と、後から追いかけるように生徒指導の先生の叫び声が聞こえてくる。

 見ると、確かにモヒカン刈りにした数名が走って先生から逃げていく姿が認められた。

 何だ? この学校、変な部活こそあるが、そんなに風紀は乱れてなかったんだがな。

 

「なんつーの? DQNって何時の時代の何処にでも湧くんだなあ」

「ですが、此処最近この学校ではモヒカン刈りが流行ってるようですよ。うちの学校、頭髪についてはそこまで厳しくないですが、真面目な先生方はやはり良い顔をしないでしょうね。特にカラフルに染めたりとかも増えてるみたいで」

「何というか、うちの学校ヤンキーとか居なかったから、いきなりすぎて戸惑ってる先生も多いみたいだよ」

「うーん、謎デスネ……」

 

 はあ。変なのも流行ってるもんだ。

 確かにここ最近、妙に学校でモヒカンカットを見るのが多くなったような気がする。

 一体どうしたって言うんだろうな。何で流行ってるんだ?

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時の事。

 街灯もすっかり消え、街は暗闇に包まれる。

 そんな中――

 

「待てッ!!」

 

 飛び交う影。仮面で顔を覆い、マントを翻した男は屋根を蹴り、宙を跳び、闇の中で舞う。

 その手に握られた1枚のカードが光り輝くと、その視線の先にある異形を照らし出した。

 同時にその異形の前に、機械の龍が立ち塞がる。

 

「よし、よくやったぞ《オーパーツ》!」

 

 挟み撃ち。

 これで逃げる異形の退路は完全に塞がれることになった。

 

「デュエルエリアフォース!」

 

 展開されていくシールド、空中に散らばり、手元には山札が置かれる。

 夜の貴公子の一声で、夜の街は、その一声で一瞬にして戦場となった。

 そこは、人と異形が対等に決闘することが出来る空間。

 月の光が雲から漏れ、怪し気に仮面が煌いた。

 

 

 

「さあ覚悟しろ。月に代わり、私が成敗しよう!」

 

 

 

 彼の名は三日月仮面。夜の鶺鴒の街を駆ける、一陣の風――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……どこに落ちた? この格好でコレはいまいち恰好がつかないな……」

 

 先程の戦いの余韻も残さぬままハンドライトが地面を照らす。

 大した相手ではなかった。それだけなら単に弱いクリーチャーであると処理出来た。

 しかし、最近起こりだした事態はそれだけで済まされるものではない。

 三日月仮面は、ライトで照らした地面から落ちたカードの1枚をようやく見つけ、手に取った。

 

『ピコピコ』

 

 デッキケースから電子音のような相棒の声が響く。

 それに彼も頷いた。手に取ったカードからは、既に何も感じない。

 だが、先程までは実体化するワイルドカードだった。

 

「お前もそう思うか。こいつはトークンじゃなくて、ワイルドカード……それも、他の奴に影響されて引き寄せられたものだということに」

『ピコ』

 

 即ち。ワイルドカードの大量発生。

 元の憑代すらないトークンではなく、1体1体が人に憑依して力を吸い取る力を持つ”本体”。

 それがバラバラの種族の者であれば、まだ偶然と断じることが出来たが、

 

「此処最近出てきているクリーチャーは全て、”同じ文明”で”同じ種族”。それが連続して出てきている以上、最早偶然では済まされない」

『ピコ……』

「何、オレ達が回収すれば良い。不安そうにするな。しかし……今まで、この種族のクリーチャーのワイルドカードは確認されていなかったんだがな」

 

 手に取ったカードの右上に視線は映る。

 そこには、明らかに他のカードとは違う存在であることを示唆するマークが押されていた。

 

 

 

 

「――道化の化身(ジョーカーズ)……か」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お前達!! 今日のこのデュエマの大会、絶対に優勝するぞ! 天才プレイヤーとやら、この目で拝んでやるぜ!」

「ま、私達としては久々にデュエマ部らしい活動が出来るので万々歳デスけどネー!」

「眠いです……眠い……昨日、遅くまでデッキ組んでた所為で……」

 

 エレベーターに乗りながら、俺達はそんなことを駄弁っていた。

 そう。今日行われるのは、デュエマの大会。それがこのショッピングモールで行われるというのだ。

 入賞賞品は、貴重なスーパーデッキやクロニクルデッキなどの白物。これは手に入れなければならない、と万年金欠同好会である俺達は一発奮起し、3人がかりで手に入れにかかった次第である。

 

「何なら桑原先輩も連れてくれば良かったデスよねー」

「あの人は今受験中ですし、無理に連れてくるのはダメですよ。今頃家で受験勉強に追われているはずです」

 

 その通り。桑原先輩は今、俺達と違って受験にも追われている。

 このショッピングモールに連れてくるわけにはいかねぇよ。流石にデュエマの大会とはいえ。

 そんなことを考えながら、俺達はモールの中を時間つぶしがてらふらついていた。

 ……しかし、ふと俺は足を止める。

 専門店街を行き交う足並み。その中に、奇妙な髪型をした男達がちらちら見えたからだ。

 

「なあ、ブラン? 俺にはモヒカンの男達がちらちら目に付くんだが、気の所為か?」

「あ、ちょっと時間がありマスし、カード買っていきマセンカ?」

「この辺りにカードショップがあるんで、そこで買えば良いでしょう。主催はその店らしいですが、会場は別の場所を借りているようですので、遅れないようにはしたいですね」

「なあ、突っ込めよ? 無視すんなよ? おかしくね? 何でモヒカン流行ってんの? おかしくねぇ!?」

 

 俺が必死の様子で訴えると、ようやく二人は呆れた様子で言った。

 

「アカル……特定のコミュニティ、また狭い地域……即ちソサエティーに於いて、特定の何かが流行るのはそう珍しい事ではないデス。昨日のモヒカンだって、同じような物デスよ」

「そうか? そうなのか? 本当にそうなのか? モヒカンなんて、俺昨日初めて見たくらいだぞ?」

「きっと先輩が心配し過ぎなのですよ。何でもかんでも妖怪の所為みたいに、ワイルドカードの所為にする癖がついているのではないですか?」

 

 そ、そうか。そうなのか。じゃあ、ひとまずモヒカンは置いておくとするか。

 ……さて、ブランたち曰く、デュエマイベントの前にやはり訪れておきたいのはカードショップだという。

 デッキシートを提出しなければならない以上、もう大幅なデッキの変更は出来ない。しかし、それでも色とりどり、より取り見取りのカードを前にするとデュエマプレイヤーの血が騒ぐのか、ブランと紫月は人のごった返したカードショップの前で、

 

「墓地退化のパーツを買いたいデス!」

「私も気になるカードがあれば買っていく方針で」

 

 などと言ってそわそわしている。

 

「お前ら本当飽きねえよなあ」

 

 気分は子供を連れ歩く親。

 こいつらは好きな所にほいほい行くので、着いて行く俺も大変だ。

 とはいえ、かく言う俺も人の事は言えない。俺だってジョーカーズだけ握るというわけにはいかないから、別のカードをチェックしている。

 ストレージのカードを漁ったり、ぶら下がっている安価のカードを探したり、などだ。

 

「カードを選びまショウ! まだ時間はいくらでもあるデス!」

「ですね。まだ1時間もあります」

「また知り合いに出会うかもしれないデスしネ!」

「また気まずくなりかねないんだが……」

 

 まあいい。俺だってジョーカーズのデッキだけ握ってる訳じゃねえし、色々新しいデッキに使えそうなカードを探してみるとするか。

 丁度いい所に、安価なSRカードが多々ぶら下がっているコーナーがある。

 と言ってもこんなに種類があっても目移りしちまうんだよな……。

 

「あ、でもぶっちゃけ《ガシャゴズラ》とか使ってマフィ・ギャングのデッキ組んでも良いかもしれねぇな。しかもキズ入りで安くなってるし。《洗脳センノー》地味に出せるじゃん、コイツ――」

「お、《ガシャゴズラ》じゃねーか。キズ入りで安くなってるじゃねぇか。丁度良いや、オレのデッキに入るかもしれねぇし買っとこ――」

 

 隣で声がすると共に、カードに手が同時に触れた。

 ん? とくぐもった声が同時に聞こえてくる。

 顔を見合わせると、思ったよりも近くて思わず仰け反った。

 相手の髪型はとても特異なものだった。言うなれば総髪。頭の後ろで髪を括っている。

 そして、背丈は少なくとも俺よりも一回り高い。

 それだけなら良かったのだが、相手は目を丸くして俺を指差していった。

 

「お、オイ、耀じゃねえか!?」

 

 驚いたような顔を浮かべるのは、今度は俺の方だった。

 思わず首を傾げる。

 いや、知り合いにこんな背が高くて、侍みたいな髪をした奴が居たっけな、と。

 この人、俺の名前を知ってる以上、恐らくどこかで会ったことがあるにはあるはずなのだが……。

 

「いやいや、オレだよ耀! お前、しばらく会ってねぇ間に忘れちまったのか!?」

「えーと……なんつーか、えと、その」

 

 そんなオレオレ詐欺みたいに言われても困る。

 俺が言い淀んでいる間に、店の物陰からひょっこりと誰かが飛び出した。

 

「ねえ、お兄。何かあったの?」

 

 再び、俺は飛びのいた。

 そこに現れたのは他でもない幼馴染、花梨だ。

 ちょっと待て。何でこいつまでここにいるんだ。

 オマケに、今こいつ何て言った?

 

「あ、耀じゃん! やっほ!」

「お、おう、花梨……」

「何かありましたか、先輩」

「アカル、変な声上げてどうしたんデス?」

 

 俺の声に釣られてか、向こうで買い物してたブランと紫月まで寄ってきた。

 そして、花梨の姿。その前に立って居る青年の姿に気付いたらしい。

 

「あ、ブランちゃんに紫月ちゃんまで」

「カリン!? カリンも此処に来てたんデスね!」

「正直驚きました。まさかここでエンカウントするなんて」

「なあ、それは良いんだけどよ、花梨……この人って」

「耀。一回か二回は会ったことあるでしょ? あたしのお兄」

 

 確かに夏祭りの時にそんなことは言っていた気がする。

 え、ちょっと待て。確か前会った時はぶっちゃけもうちょいチビだったような気がするんだが。

 

 

 

「ブランちゃんと紫月ちゃんにも紹介するね。あたしのお兄だよ」

「刀堂ノゾムだ。よろしくな」



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第37話:戦車暴走─三日月仮面、再び

「……成程。この人が刀堂先輩のお兄さんだったのですね」

「まーね。にゃはは、耀も久々に会って驚いたでしょ?」

 

 驚いたなんてもんじゃねえよ。

 何でこんなところでエンカウントしなけりゃいけねぇんだ。

 よりによって、刀堂兄妹とデュエマ大会の行き先が同じだったなんて……。

 ブランと紫月も流石ににわかには信じられないような表情だった。が、事実だ。

 

「にしても久々だなぁ、耀! 最近めっきり会わなかったからよ、しかしちっこくなったか?」

「いや、ノゾム兄の身長が伸びただけじゃね?」

「そうか? そうかぁ! まあ、海のでかさに比べりゃ、ちっぽけなことだよなぁ! はっは!」

 

 ブランと紫月が顔を見合わせて、呆れたような表情を見せた。

 

「何と言うか……愉快な方デスネ」

「ええ、主に頭のネジが」

「お? 君達が耀の部活仲間だっけか? こいつ、変に生真面目で頭カッチカチで融通が利かないから苦労してるだろ?」

「オイ! 何言ってんだあんた!」

「まあ、間違っては無いですね」

「生真面目で頭カッチカチは間違ってないデース」

「ははは、とにかく仲良くしてやれよ?」

 

 こ、こいつらまで……この馬鹿兄、次に変な事言ったらぶっ飛ばす……。

 仕方ねえ、とりあえず話を逸らそう。

 ノゾム兄が花梨の家に来たのは、俺が中学1年の時。その頃から、どこかあっけらかんとしたところは変わらなかった。

 何で彼が花梨の家に来たのかは詳しく聞いてないけど、俺と花梨、そしてノゾム兄でデュエマして遊んでいたのを憶えている。

 だけど、本当にお調子ものなのが玉に瑕だ。花梨と血は繋がってないのに似ていて、子供っぽいのもあるし。

 

「ところでノゾム兄、今日はデュエマの大会に参加するんだよな? 花梨からはそう聞いたけど」

「あー、いや、ちょっと出ようとしたんだけど、な?」

「う、うん……」

 

 顔を見合わせて気まずそうな顔をする二人。

 何かあったのだろうか。

 

「なんつーか、お前ら……参加するなら、覚悟した方が良いっつーか、今日は止めといたほうがいいというか……」

 

 

 

 ※※※

 

 

「ヒャッハー!! マジで気分はJOEジョーJOEジョーだぜー! クレイジー!」

「最高に気分がハイになるっていうか」

「マジでオーバーでエクスプロードというか」

「とにかくWでメラビートな気分というか」

「ヒャッハー!!」

 

 何でこうなるまで放っておいたんだ!!

 一体何がどうなっている? 俺達はエントリーをしようと、特設会場にある受付に向かったものの、そこには既に何人ものモヒカンの姿が並んでいるのが見える! 

 いやいやいや、何故だ!? DMPの間でモヒカンが流行ってるのか?

 あのいかにも厳つい顔した上に革ジャン、肩パッドまで着いてる世紀末ファッションの連中は一体何なんだ!?

 

「先輩、取り合えず主催の店長さんに言いましょう。あまり服装や外見で人の中身を判断するのはよくないですが、このままでは何も知らずにここにやってきたチビッ子が大泣きしかねません」

「この絵面はキツい、デスね……」

「そ、そうだな、せ、せめて肩パッドは取らねえと、刺さったら危ないもんな、壁に」

「先輩落ち着いて」

 

 受付の先頭に駆け寄り、俺はそこにいるであろうスタッフや店長さんに声を掛けようとした。

 が――

 

 

 

「ヒャッハー!! マジで気分はJOEジョーJOEジョーだぜー! クレイジー!!」

 

 

 

 その声を聞いて、唖然としたのは言うまでもないだろう。

 目の前に居たのは、赤いモヒカンに店の名前が書いてあるエプロンをかけた男の姿だったからだ。

 おかしいだろ。店長までモヒカンに染まってんじゃねえか。

 

「というわけなんだよ」

「どういうわけなんだよ!?」

「いやぁ、オレと花梨が並ぼうとしたときには、もうこの有様でな。流行りなんだろうが、どうも近寄り難くてな」

「流行ってんのか……?」

「流行ってるのデース?」

「流行ってるのですか?」

 

 仕方ねえ。変な連中に何か変な絡まれ方されるのも嫌だし、此処は出直そう。

 今日のデュエマ大会に参加する企画は中止。俺はブランと紫月に目配せし、くるり、と回れ右をして会場を出ようとしたが。

 

「オイ! あそこにモヒカンじゃねぇ奴らが居るぞ!」

「あんなに女を連れて、とんだハリキリボーイだぜ!」

「粗挽きミートボールにしてやるぜ!」

 

 退路を塞ぐかのように、新たに3人のモヒカンが現れた。

 しかも絡まれたし。モヒカンじゃなかったら断罪って、もうどんな世界観なんだ。

 俺の知ってる21世紀はいつから20世紀末になっちまったんだ。俺の知らない間に世界はいつ核の炎に包まれたんだ!?

 

「先輩、どうしますか。私は先輩を囮にし、逃げますが」

「よく本人に向かって言えたなお前!!」

「とにかく、こうなったらスリングショットで!」

「ちょっと!? 戦うの!? あたし今日、竹刀持って来てないよ!?」

「竹刀持っていたら戦うつもりだったのかよお前!」

 

 ぽきぽき、と指を鳴らして詰め寄る3匹のモヒカン達。

 このままだと無事じゃ済まねぇぞ。主に俺が。

 あれ? 紫月さん? さっきから何で俺の後ろに隠れてるんですか? 盾か? 俺ひょっとしてシールダー?

 

「待てよ」

 

 前に出てきたのは、ノゾム兄だった。

 ちょっと待て、あんたも今日竹刀持って来てないだろ。一体何をするつもりなんだ。

 

「お前らもデュエマしにここに来たんだろ? つまり、DMPってことだ。要は、デュエマで決着を付ければ良いじゃねえか」

「すげぇ自然な流れでデュエマに持っていこうとしてる!」

「お兄やめなよ、何でもデュエマで解決できると思ったら大間違いだよ! 今、何か棒状のもの……えと、バールみたいな物を持ってくるから!」

「そうデース! 今、そいつらの額に鉛玉をぶち込むのでそこをどくデース!」

「白銀先輩、モヒカンよりうちの先輩方の方が危険なのですが」

「うん、やっぱりデュエマで決めよう!! 平和だし!! ノゾム兄、それが良いぜ!」

 

 やべぇようちの女子、下手したら血の海が降るところだったよ!

 

「デュエマだとォ? 良いぜ、俺達もデュエマプレイヤーだからな。だが――」

 

 更に後ろから、5人のモヒカンが現れる。

 うげっ、マジかよ。まだあんなに居るのか。

 

「俺達の中の1人にでも負けたら、てめぇら全員、この場でモヒカンだ!」

「ちょっと!? モヒカンとか嫌だよ、お兄!?」

「はぁ、成程ねぇ」

 

 全員を見渡しながら、ノゾム兄は笑みを浮かべる。

 無茶苦茶だ。もうこんな勝負受けずに、さっさと逃げた方が――

 

「――面倒だ。まとめて相手してやる」

 

 その場に居る全員が耳を疑った。

 今、この人なんつった? この数をまとめて相手って……。

 

「デッキなら幾らでもある。面倒だから、全員まとめてかかってきやがれ」 

 

 

 

 ※※※

 

 

まあ強かった。本当に強かった。

 一度にたくさんのモヒカン共を相手に、自分のターンが来る度平行移動しているノゾム兄の姿は面白かったが、次々にモヒカンが敗れていくに連れて、その頻度も減っていき。

 

「てめぇ!! 何者だ!! どうやって1戦1戦1人1人、それぞれのデッキを、戦況を記憶して把握してやがる!? どうなってるんだ、お前の頭は!?」

 

 場に大量のクリーチャーを並べて、足掻き続ける最後の1人を前に、ノゾム兄は再びあの不敵な笑みを浮かべた。

 

「さぁな? ちょいとばかし、此処が人より良いだけよ」

 

 こつん、と頭を自分で小突き、ノゾム兄は突き付けるように言い放つ。

 

「場に、水のクリーチャーは7体。天才シンパシーでコストを70軽減し、1マナでオレはこいつを召喚する」

 

 コストを70軽減!?

 つまり、出てくるのは――

 

 

 

「――《伝説の正体 ギュウジン丸》召喚。効果で、お前のクリーチャーを全て山札の一番下に送り、それが7体以上ならばオレはゲームに勝つ」

 

 

 

 現れたのは、ロボットのようなクリーチャー。

 並べられたモヒカンのクリーチャーは全て排除され、同時に《ギュウジン丸》のエクストラウィン効果も発動し、ノゾム兄がゲームに勝利する。

 あれこそが、ノゾム兄の最大にして最強の切札。パワー71000のワールドブレイカーに加えて、71という重いコストを専用能力の天才シンパシーでカバーしている上に、全体除去とエクストラウィンという凶悪効果をこれでもかと詰め込んだ強大な兵器だ。

 これにて、モヒカン軍団は全滅。

 その凄まじい奮闘っぷりを見ながら、紫月が思い出したようにつぶやいた。

 

「……先輩、まさか……天才プレイヤーと言うのは、刀堂先輩のお兄さんのことでは」

「まさか、それは無いデショ?」

「ですが、偶然に偶然が重なっていたという可能性があるのでは」

「いや、ノゾム兄だぜ? 確かに俺達より偏差値の高い高校通ってたり、成績が滅茶苦茶良かったり、どうして暗記してるのか分からない円周率の数字覚えてたりするけど、ありえねーよ」

「あの、先輩、疑惑に拍車をかけたような気がするのですが……」

 

 向こうで「おーい、どうしたんだ? 早く行こうぜ。通してくれるみてーだ」と朗らかに手を振っているノゾム兄を見ながら、俺達は大会の会場を出たのだった。

 まさか、俺達が戦おうとしていた相手がノゾム兄だった……なんてのは、偶然の一致過ぎるよなあ。

 

 

 

※※※

 

 

 

「やっぱりおかしいデスよ!」

 

 ノゾム兄の無双っぷりの余韻も醒めぬまま、俺達デュエマ部員は刀堂兄妹が離れた隙に、ブランのタブレットを囲んでいた。

 曰く。此処最近、この街では何故かモヒカンが流行っている事。

 そして、いずれもモヒカン頭の男達は「気分JOEJOE」などと抜かしており、完全に頭のネジが飛んでいることがネットの書き込みで散見された。

 

「しかも、この街という限定的な範囲で流行ってるなんて……」

『間違いなく、ワイルドカードでありますなぁ!』

 

 飛び出してきたのはチョートッQだった。

 ちょっと待て。それなら何で今の今まで隠れてたんだコイツ。

 と思ってたら、シャークウガとワンダータートルも飛び出した。

 

『正確に言えば、憑依というより影響を受けている、ってところだなあ。本体の気配は感じなかったものの、それに同調している傾向がみられたぜ』

『詳しくは、まだ町中にサーチを掛けてみんと分からんが、今の所あの極端な性格の変わり方、恐らくあれは火文明のクリーチャーの仕業とみるのが大きいじゃろ』

「そうなのか?」

 

 チョートッQが頷く。

 

『火文明のクリーチャーと言うのは、憑依にせよ同調にせよ、相手に対して大きく、そして激しく性格を変えることが大きいのでありますよ。特に、元は明るく朗らかな性格だった花梨殿が、修羅にまで成り果てたドギラゴン剣バスターの件を見れば分かるであります』

「確かに。それ以降は、そこまで対象の性格を変えていないデスからネ。科学部の部長も元々あんなマッドな性格デシタし」

「元々だったら、もっとタチが悪いですよ……まあ、桑原先輩も元々持ち合わせていた本質を引き出された、というところが大きかったということでしょう」

「だけど、花梨は元はあんな性格じゃなかったのを見るに、やっぱ火のクリーチャーというのはそれだけ相手の心に強く干渉するってことか……」

 

 火、いや赤はもとより混沌を司る色だからな。

 そうなれば、一刻も早く元凶を突き止めなければならない。

 

『サーチ完了……じゃ』

 

 街に出たのは良いが、ワンダータートルはブランの頭の上に乗っかったまま、完全に困り果てた様子で呟く。

 

『いかん、のう……コレは』

「え?」

『ワシが甘かった。何故こうなるまで放っておいたのか……いや、奴らが一枚やり手だったのか』

 

 どういうことだろうか。

 ワンダータートルが此処まで焦っているのも珍しい。

 その語調は、完全に不意を突かれたと言わんばかりに動揺の色が隠せていない。

 

『敵は、何体もおる……ざっ、とこの街に10匹以上……! トークンではない、ワイルドカードが……!』

「なあ!?」

「そ、そんなにいるんデスか!?」

「……これは、参りましたね」

『おいおい、冗談じゃねーぜ!? 何でそんなにいるんだよ!?』

『恐らく、モヒカンの流行は唯の前兆にすぎん……街中では、他にも影響が出ている個所があるはずじゃ』

 

 嘘だろオイ。

 ……そうなるともう、一分一秒が惜しい。

 大量のワイルドカードが町中にばら撒かれているようなものじゃないか。

 待てよ。大量のワイルドカードが出現した……前にも似たようなことがあったような。

 

「おーい、お前らー。喉乾いただろ? ジュース買ったんだけど飲んでくかー?」

「わりぃ、ノゾム兄! ちょっと急用が出来た!」

「Sorry! 私達、他の大会の会場を探さないといけないのデ!」

「此処で失礼します」

「ええ!? どうしたの3人共!? ……行っちゃった」

 

 花梨とノゾム兄には悪いが、さっさとワイルドカードを捕まえないといけない。

 俺達は急ぎ、ショッピングモールを出ることにしたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 早速、街で起こっていた混乱は目を疑うものであった。

 

「オーイ!! いつになったら変わるんだこの信号!」

 

 道路から怒号が飛んできたので向かってみると、赤信号のまま止まっている信号。

 しばらくそれを見つめていたが、確かに変わる気配がない。

 後ろには車の長蛇の列が出来上がっていた。

 

『任せな! 炙り出す!』

 

 シャークウガが飛び出し、信号機に向かって水球を投げつけたその時。

 ぎえええ、という叫び声と共に信号機から何かが浮かび上がった。

 信号機から浮き出たクリーチャーの影。それもまた、信号機に似ているものだったが……。

 

「《チョクシン・ゴー》……! 火文明のジョーカーズのクリーチャーです」

「ジョーカーズ、だと!?」

「何気に、こうしてワイルドカードとして対峙するのは初めてデスね……」

 

 きっ、と3つの目でこちらを睨むチョクシン・ゴーは歩道に降り立った。

 俺はすかさずデッキケースを取り出そうとするが、

 

「……熱ッ!?」

 

 熱い。デッキケースからカードを取り出してみると、その一番上に置いている”皇帝”のカードのみが輝いている。

 

「何だ……!? エリアフォースカードが……!?」

『エリアフォースカードが反応しているであります! 何か、強いものに引き寄せられているような……!』

「それなら、ここは私に任せてください」

 

 紫月が躍り出て、デッキケースを握りしめる。

 

「先輩。エリアフォースカードが一枚噛んでいるのならば、先輩はそちらへ向かってください。何か関係があるのかもしれません」

「ああ、分かった!」

「エリアフォースカードが反応している場所に行けばいい、ってことデスね!」

 

 シャークウガもやる気満々、と言わんばかりに拳を掌に打ち付けた。

 

「シャークウガ」

『おうよ!! 任せておきなぁ!!』

「デュエルエリアフォース」

 

 周囲は空間に包まれていく。

 彼女に背中を託し、俺達は次の反応がある場所に向かうのだった。

 

 

 ※※※

 

 

 事態は、どんどん悪くなっているように思えた。

 そもそもがワンダータートルが魔力を集中させてサーチをしないと炙り出せなかった辺り、相手のステルス性能が高いのは間違いないと彼は言っていたが、それ以上に増殖するスピードが異様に早いように思えた。

 そして、同時に俺の”皇帝”のカードの熱もだんだん強くなっていった。

 

「エリアフォースカードがどんどん熱くなってる……発火しねぇよな?」

「そんなこと言ってる場合デスか!」

「場合だよ! 割と現実的な問題だ!」

「そんなことより、あれを見るデース!」

 

 次に通りかかったのは、近くの大きな公園。

 しかし、ブランが俺の懸念などすっ飛ばして指差した先には、奇妙な光景が広がっていた。

 

「ウオオオオオオ!! ホームランンンンンンンッッッ!!」

「何のォ!! レシーブしてやるぜ!! せいいいいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 何なんだコレは。

 俺の目が節穴で無ければ、野球のバットの如くどこから持って来たのかボーリングのピンを振り上げている少年たち。

 そのうちの1人がサッカーゴール目掛けてラグビーボールをボーリングのピンでスマッシュすると同時に、ゴールキーパーと思しき少年がテニスのラケットでそれを打ち返そうとしている、最早どこから突っ込めばいいのか分からない図面であった。

 

「ゴォォォォォル!!」

「くそっ、三振だ……まさか、さっきのクォーターでガターを取られるとは……」

「スポーツ用語が何から何までごちゃまぜじゃねーか!!」

「意味が分からないデース!」

「誰だよこんなスポーツやらせてんのは!」

 

 見ると、どうやら今日は少年サッカーの試合がこの公園の運動場であるようだったが、何かがおかしい。

 試合をしている少年たちのみならず、審判、監督、観客までもがノリノリで熱狂しているという始末。

 頭がおかしいとはこのことだ。狂ってやがる。人類には早すぎたんだ。

 

『ワイルドカードでありますよ! にしても、スポーツに興じるクリーチャーもいるでありますが、人間のスポーツというのは随分とまあ奇妙奇天烈奇怪でありますなぁ』

「あってたまるか、こんな世紀末スポーツ! ワイルドカードの仕業じゃなきゃ、狂人の集会だっつーの!」

『巨大な気配を感じるが、姿を隠しておるか。仕方ない。爺がちと、ひと踏ん張りするかのう』

 

 言ったワンダータートルが巨大化し、恐らく運動場の上空を支配しているであろうそれに向かって”吠えた”。

 空が割れるような轟音と共に、空間がひび割れて、そこに居た異形が姿を現す。

 それは、ボゥリングのピンのような胴に、左手に野球のバット、右手にはテニスのラケットを掲げた道化の化身。

 

「《スポーツ大尉》! 火のジョーカーズのクリーチャー、デス!」

『やれやれ、道理でこんな滅茶苦茶な催しが生まれるわけじゃわい』

「で、でけぇ……! あいつのパワーは12000でコストは8。やっぱりゲームでのスタッツの高さは、ワイルドカードとしての影響力にそのまま反映されるのかよ!?」

 

 怒り狂った様子で、こちらへ飛び掛かってくるスポーツ大尉。

 それに、ブランとワンダータートルが立ち塞がった。

 

「アカルは先に行ってくだサイ!」

『ああ此処から先は迷宮入りじゃ。すまんの』

「ワンダータートル! デュエルエリアフォース、お願いしマス!」

『うむ!』

 

 取り合えず、この頭のおかしいスポーツを止める為にもブランに此処を任せることにする。

 しかし……大丈夫かなあ、この街。次から次へと頭のおかしい案件が飛び出してきてるんだが。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「どんどん強くなってるな、反応は……」

『とにかく進むのみ、でありますよ!』

 

 しかし、こんなにトークンじゃなくてワイルドカードが出てきたのは、あのパンダネルラ将軍の時以来じゃないだろうか。

 あの時は、パンダネルラ将軍がエリアフォースカードを手に入れたことで引き起こされた大惨事だったが……。

 待てよ。そうなると、今回の件もエリアフォースカードを手にしたワイルドカードの仕業ってことか?

 

「なあ、チョートッQ。今回の事態を引き起こした黒幕ってのは、居るんだよな?」

『いるでありましょうな。そしてそれは、エリアフォースカードを手に入れたワイルドカードでありますよ』

「……俺も同じこと考えてた。だけど、何かそれだけじゃねぇ気がするんだよ」

皇帝(エンペラー)のエリアフォースカードでありますか?』

「ああ。そして、エリアフォースカードのことも気になるんだ」

 

 そうだ。チョートッQ。お前はエリアフォースカードがワイルドカードを止められる唯一の手段だって言ったよな。だけど、同時にエリアフォースカードはワイルドカードに力を与えるものだった。

 そう考えると、この2つが全く別のものではなく、むしろ深く関わり合うものであることは不自然な事じゃないはずだ。

 

「チョートッQ。もう1回聞く。お前達はエリアフォースカードとワイルドカードについて、どこまで知ってるんだ?」

『そう言われても困るであります。我は、意識があった時には既に人々に影響を与えるワイルドカードを自らを使役するマスターと共に討滅しろ、ということ……そしてエリアフォースカードを守れと刷り込まれていたでありますよ。それ以外は何も覚えていないであります。シャークウガも、ワンダータートルもそれは同じはずでありますよ』

「……覚えてない、ね」

『むっ、マスターは我を疑うでありますか!?』

「確かに俺達は今まで、何も分からずにワイルドカードを封じることだけを続けてきた。それは、お前達の”命令に従う”という事。そして、俺達の”日常を守る”という利害の一致が前提だった」

『……マスターにしては、随分と打算的な事を言うでありますな』

「勿論、それだけって言つもりもねぇ。ねぇけど――魔導司(ウィザード)の件。そして、今回の大規模な異変から考えると、もうその段階は過ぎたと俺は思ってる」

 

 何故、エリアフォースカードが封印する対象であるワイルドカードに力を与えるのか。

 そして、チョートッQたちが余りにも自らに関係するエリアフォースカードやワイルドカードについて知らなさすぎるのか。

 

「――そろそろ知る必要があるんだよ。エリアフォースカードの事も、そしてワイルドカードの事も。そして、俺にお前を手渡した、あのカードショップの爺さんは、間違いなくそのことを知ってるはずなんだ」

 

 おぼろげにしか覚えていない、あの不思議なカードショップでの記憶。

 しかし。間違いなく、エリアフォースカードとワイルドカードについて知っている何者かが、この街に居る、あるいは居たはずなんだ。

 そして、今俺の手元にそのカードがある以上、居ないという線は薄い。

 同時に、”皇帝”に覚醒した俺のエリアフォースカードが強く反応している今回の事件。もし、突き止めることが出来たならば、俺はこの謎に一歩近づくことが出来るんじゃないか?

 

『マスター! ワイルドカードの反応でありますよ!』

 

 チョートッQの叫び声が響いた。

 見ると、彼が指差しているのは商店街の裏路地。

 丁度、Tシャツ姿の青年が物憂げな表情で通りかかろうとしている個所だ。

 が、次の瞬間、裏路地から何かが伸びている。

 とても長い手のような何かだ。

 

「うわっ」

 

 次の瞬間、青年がそれに掴まれて細長い路地の入り口へ消えた。

 まずい。このままでは、あの人が危ない。

 すぐに路地に駆け込んだ俺達だったが――

 

「や、やめろおおお!! 何なんだお前はあぁぁ!!」

 

 男は、椅子のような何かに縛り付けられていた。

 椅子は床屋の入り口にあるくるくる回るアレ――サインポールが背もたれから伸びており、そこに目と口がついているという異形だった。

 へへへへへ、と狂気を孕んだ笑みを浮かべながら、マジックハンドの如く伸びた4本の手にはバリカン、鋏、その他諸々が握られている。おまけに、サインポールの頭からは何に使うか分からない丸ノコまで伸びており、下手をすれば男が危ない。

 見れば、路地には髪の毛が散らばっており、不気味な雰囲気を醸し出していた。

 

「や、やめろお!! 頭を剃るなぁ!! 明日は出勤なのにいいいい!!」

『へへへ、お客さん、すぐに気分はJOEJOEになりますよ、へへへへ。動いたら、丸ノコが何をするか分かりやせんが』

「う、うわ、やめ――」

 

 時既に遅し。

 バリカンは男の髪の両脇をしっかりとらえ、あっという間に刈り取った。

 俺達はその様子を黙って見ていることしかできなかった。

 そして――

 

「ヒャッハー!! マジで気分はJOE(ジョー)JOE(ジョー)だぜー! クレイジー!!」

 

 遂に、怪奇事件の正体見たり。

 俺達は震えながらその光景を眺めることしかできなかった。

 

「ヒャッハー、世の中敵だー!」

 

 そう言いながら、男は俺達の脇を素通りして大通りへ走っていく。

 その跡には、男の髪が床に散らばっていた。

 

『何だァ? お前達もモヒカンにしてやろうか!?』

「結構です!!」

『《バーバーパパ》……火のジョーカーズのクリーチャーでありますよ!』

『何だァ? お前もジョーカーズか、新幹線。へへへへ、お前もモヒカンにしてやろうか?』

『新幹線に髪なんか無いでありますよ!!』

「そもそもお前のモヒカンに対する異様な拘りは一体何なんだ!!」

 

 いや、とにかくだ。

 この無駄にホラーなジョーカーズをどうにかして倒さねえと……。

 

『人間……この丸ノコ……髪を刈り取る形をしているだろう?』

「どう見ても命を刈り取る形だよ馬鹿野郎!」

 

 ギュイイイイン、と音を立てて電ノコが回転した。

 明らかに髪を切るためのものではないそれは、最早凶器の域。

 

『マスター! エリアフォースカードを!』

「ああ!」

 

 熱のこもったそれを握りしめて、俺はバーバーパパと相対する。

 しかし。次の瞬間、背後からも気配を感じ、振り返った。

 

『ほほほほ、バーバーパパ。助太刀に入りましたぞ』

 

 現れたのは、全身が楽器で造られた道化の化身、《絶対音カーン》。

 こいつも確か、火のジョーカーズだ。

 

「増援っ……! 挟み撃ち……!?」

『ほほほほ、そなたにはこの偉大なる作曲家・モーツァルトの鬘を差し上げますぞ』

「いや、いらねーっす、ハゲてないんで俺」

『心配無用、毛髪ごと接面を溶接すれば良い話ですぞ』

「テメェらの毛髪に対する異様な拘りは何なんだ!!」

『へへへへ、さあ選ぶんだな、モヒカンか』

『モーツァルトか』

 

 どっちにしたって、捕まったら社会的な死亡不可避だ、これは……。

 しかしまずいぞ。どっちから倒すか……。いや、隙を見せれば、どっちかに毛髪を改造されそうな勢いだ。

 

『マスター、どうするでありますか?』

「そんなの分かんねぇよ……! 百歩譲ってモヒカンか? 鬘を溶接されたら頭皮まで死にそうだし、うん、そうだ先に……でもモヒカンも絶対嫌だぁ!!」

『マスター!?』

 

 万事休す、絶体絶命。

 覚悟を決めて、絶対音カーンの方へ向き直ったその時だった。

 静寂を壊すかのように、それは響き渡る。

 

 

 

 

「ハハハハハハ!! 困っているようだな少年!!」

 

 

 

 この場の全ての視線が路地を囲む壁の一角に集められた。

 胡散臭い三段笑いが変声機を通して響き渡る。 

 ちょっと待て。この登場パターンに、この声は……。

 

 

 

「愛と正義を貫く、煌く満月の代行者……三日月仮面、只今参上ッ☆」

 

 

 

 跳んだそれは空中で宙返りしたかと思うと、俺と絶対音カーンの前に降り立った。

 助かった。助かったが、よりによってこの人か。何つーか、よくこんな恥ずかしい恰好で恥ずかしい台詞を堂々と言えるよなこの人……。

 黒いマントが翻り、ダサ――いや、カッコいいということにしておく――彼は、自信満々に言い放つ。

 

「ハハハハ! 白銀耀! デュエマは1対1で行うものだからな! 助太刀に参った!」

「ひ、久しぶりっすね……前に1対3やってたあんたが言っても説得力が皆無なんすけど」

 

 もっとも、1は三日月仮面で3はクリーチャーだから、不利な状況で戦ってたのは三日月仮面なんだけどな。

 

「少年、この私を頼ってくれても一向に構わんのだぞ? 悪い話ではないと思うのだが」

「いや頼んでねーんだけど……まあいいや、助かりました。ちょいと数が多かったんで、背中は頼みます」

「そう来なくてはな!」

 

 俺はバーバーパパに、そして突然現れた三日月仮面は絶対音カーンと対峙する。

 とにかく、これで1対1と1対1だ。三日月仮面はまず負けないだろうし、俺も絶対負けるわけにはいかない。

 

『モヒカンにしてやる!』

『ほほほほ、良いでしょう。相手をしてさしあげましょう』

 

 それぞれのエリアフォースカードが光り輝く。

 そして、同時にこの裏路地を戦場へと塗り替えていく。



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第38話:戦車暴走─命の天頂

 ※※※

 

 

 

 俺とバーバーパパのデュエル。

 相手も俺も、互いにジョーカーズデッキ。

 場には、互いに《ヤッタレマン》の睨み合いだ。

 

「俺のターン! まず、3マナで《フェアリー・クリスタル》を使う! 効果で山札の上から1枚をマナに置き、それが無色カードの《バイナラドア》の為、もう1枚マナを加速する! ターンエンドだ!」

 

 さて、と。こっちの出だしは上々だが、相手がどう仕掛けてくるか警戒しないとな。

 恐らく、こっちのデッキの方が動きは遅いから攻め切られる前に大型獣を出して止めないと。

 俺のマナは今5枚。場には《ヤッタレマン》がいるから、何か出てきても次のターンに《ジョリー・ザ・ジョニー》でまとめて2体までなら焼き払える。

 

「私のターン!! へへへへ!! 《ヤッタレマン》でコストを1軽減。そして、気分は最高にJOE(ジョー)JOE(ジョー)でクレイジー!」

 

 次の瞬間、バトルゾーンに赤い火の輪が現れる。

 それを潜り抜けるようにして、異形が姿を現した。

 

「メラメラ燃える、ジョーカーズの必殺技ァ!! J・O・E(ジョーカーズ・オーバー・エクスプロード)1、発動!」

J・O・E(ジョーカーズ・オーバー・エクスプロード)、だと!?」

「3マナで、《カメライフ》召喚!!」

 

 炎から現れたのは、一眼レフカメラに目玉がついたようなクリーチャー。

 そして、それが《ヤッタレマン》に纏わりつくようにシャッターを切りまくる。

 

「《カメライフ》は登場時にパワー4000以下のクリーチャーを1体破壊!」

 

 次の瞬間、《ヤッタレマン》の身体が炎上し、破壊された。

 どうして写真を撮られただけで破壊されるんだ……!?

 

『成程、報道的な意味の炎上と物理的炎上を掛けた高度なギャグでありますか!』

「そうなのか!?」

 

 最早突っ込むまい。

 この馬鹿馬鹿しさ加減が、道化の化身・ジョーカーズを道化たらしめる所以なのだから。

 

「そしてターン終了時、《カメライフ》はJ・O・Eの効果で山札の下に戻り、私はカードを1枚ドロー! ターンを終了する!」

 

 B・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)に似てるな……だけど、こっちと違って破壊じゃなくて山札に戻る上に1枚ドローできるのか。速攻能力というより、コスト軽減して使い捨て扱いにして相手の動きに対応するのがメインみたいだ。

 だけど、こっちも負けてはいない。無色ジョーカーズの強さを思い知らせてやる!

 

「俺のターン! 3マナで《ニヤリー》を召喚! 効果で、山札の上から3枚を表向きにし、無色カードの《洗脳センノー》と《戦慄のプレリュード》を手札に加える! 更に、3マナで《洗脳センノー》を召喚! ターンエンドだ!」

「へへへへへ、お客さん、そろそろカットの時間ですよ、へへへへ」

 

 カードをマジックアームで引いたバーバーパパは、4枚のマナをタップした。

 

「《ヤッタレマン》でコストを1軽減。さらにJ・O・E(ジョーカーズ・オーバー・エクスプロード)2、発動! 合計コスト、-3軽減!」

「3コストもか!?」

 

 つまり、元々は7コストのクリーチャーてことか!?

 おいおい勘弁してくれよ……! こんなに連続でクリーチャーを出されたんじゃ、堪ったもんじゃない!

 炎に包まれるバトルゾーン。そこから、道化の化身が姿を現した。

 

 

 

「4マナで、《バーバーパパ》を召喚! へひゃひゃひゃ! そのままシールドをW・ブレイク――するとき、効果発動!」

 

 

 

 飛び出した異形は、すぐさま動き出す。

 そして、電ノコを取り出し、《洗脳センノー》を目掛けて切りつけた。

 

「私は場に出たターンに相手に攻撃できる。そして、攻撃時に相手のクリーチャー1体と強制バトルできるのだぁ! シールドをW・ブレイク!」

「くっ……!」

 

 シールド・トリガーは無し。

 おまけに、こっちのクリーチャーを破壊されてしまった。

 

「さらに、ターン終了時に《バーバーパパ》はJ・O・Eの効果で山札の下へ送られ、1枚ドロー。ターンエンドだ!」

「くそ、当て逃げしていきやがった……!」

 

 悉く、邪魔を喰らっているようなものだ。

 こっちのクリーチャーは出す度に倒されているようなもんだし……。

 

「だけど、こいつは破壊出来るかな!」

「何ィ!?」

 

 俺は7枚のマナをタップする。

 よし。マナのジョーカーズの数は十分だ。焼き払うのは、お前の特権じゃないんだぜ、バーバーパパ!

 

「――これが俺の切札(ザ・ジョーカーズ・ワイルド)、《ジョリー・ザ・ジョニー》!」

 

 次の瞬間だった。

 俺の”皇帝”のカードが一層輝き、飛び出した。

 まるで炎のように熱いエネルギーを放ち、俺の目の前に浮かび上がる。

 

「ど、どうしたんだっ……!?」

『カードが、共鳴しているであります……!? 何が起こっているのか……見当が付かないでありますよ』

「……とにかく、《ジョリー・ザ・ジョニー》を召喚だ! 小難しいことは後! まずはこいつをぶっ飛ばす! そのまま攻撃、マスター・W・ブレイクだ!」

 

 現れた孤高のガンマン。

 その二丁拳銃が、シールド、そして《ヤッタレマン》を撃ち抜いて破壊する。

 が――

 

「S・トリガー! 《爆殺!! 覇惡怒楽苦(ハードラック)》で《ジョニー》を破壊!」

「なっ……!」

「その程度かあ? お前の《ジョニー》の力は」

 

 ”お前の《ジョニー》”……? 

 まさか、こいつらの仲間にも《ジョニー》が居るって言うのか?

 だけど、今は気にしていられねえ。

 

「《ニヤリー》でシールドをブレイク!」

 

 これで、相手のシールドは残り2枚になった。

 

「……ターン、終了だ!」

「へへへへ!! まだまだ行くぜ!」

 

 カードを引いたバーバーパパは、再びカードを繰り出した。

 

「J・O・E2で2コストを軽減し、5マナで《絶対音カーン》召喚! こいつでシールドをW・ブレイク!」

「っ……!!」

 

 火のジョーカーズは、一撃必殺というよりコスト軽減で波状攻撃を仕掛けてくるのが厄介だ。

 仮に1体止めても、またクリーチャーがやってくる。

 今度もまた例外じゃない。現れた音楽の化身は、俺のシールドを残り1枚に叩き割る。

 

「そして、《カーン》の攻撃の終わりに、各プレイヤーはカードを全て捨ててもよい。そうしたプレイヤーは、山札からカードを3枚引いても良い!」

「何っ……!?」

「勿論、私は手札を全て捨てて3枚ドロー!」

 

 何てことだ。手札を補充されてしまった。

 しかも、ターンの終わりにJ・O・Eの効果でまた1枚手札が増える。

 一方の俺は、手札が元々多いので手札交換の旨みが少ない。

 ……でも、待てよ。今の俺の手札に、この状況を一気に打開できるものは無い。ならば――賭けてみるか!

 

「俺も、カードを全て捨てて3枚ドローだ!」

「はっ、今更無駄なこと! 《カーン》を山札の下に送り、J・O・Eの効果で、手札を1枚引く――!」

 

 これで、俺のシールドは1枚。

 そして、相手の場のクリーチャーは0。

 でも、相手の手札にJ・O・E持ちのスピードアタッカーが居れば、俺は次のターンに仕留められるだろう。

 

「でも、賭けは俺の勝ちだ。この勝負の切札(ジョーカー)は手札に来た!」

「何ぃ!? 私のシールドは残り2枚もあるんだぞ!? どうやって勝つんだ!?」

「勝てるんだよ! 此処で、一気に決めてやるぜ!」

 

 俺のマナは8枚。十分だ。足りている!

 

「3マナで、《戦慄のプレリュード》! 効果で、次に召喚する無色クリーチャーのコストを-5する!」

「何!? 何を出すつもりなんだ!?」

「へっ、見てろ。今にビビるぜ!」

 

 タップされる残り5枚のマナ。

 次の瞬間、巨大な紋章が戦場に浮かび上がった。

 凄い力だ。現実世界でも確かにサイズはでかいクリーチャーだけど、この空間だと、ここまでマナの流れをびりびりと感じることが出来るのか!

 

 

 

「正規の契約は履行された! 生命を司る切札(ワイルドカード)、《「(いのち)」の頂 グレイテスト・グレート》!」

 

 

 

 現れたのは、甲冑で構成された戦の神。

 振り上げられた槍が、全ての命を呼び起こす。

 あまりにも破格で、あまりにも強大で、あまりにも膨大なマナがその神に流れ込んでいく。

 ”召喚”という正規の契約を履行するために。

 

「な、なぁぁぁ!? 何だそいつはぁぁぁ!?」

「こいつは、召喚して場に出した時、俺の墓地、またはマナからコスト7以下になるようにクリーチャーを出せるんだ。そして、俺が出すのは、さっきお前が破壊したコイツだ!」

 

 墓地から飛び出した孤高のガンマン。

 引き金は再び引かれる。目の前にある、あらゆる障壁を撃ち貫くために。

 

「出てこい、《ジョリー・ザ・ジョニー》!」

「よ、蘇っただとォ!?」

 

 そして、《ジョニー》はスピードアタッカーだ。

 もう容赦はしない。2度目の弾丸、撃たせたことを後悔させる間もなく、仕留めるぜ!

 

「《ジョニー》でマスター・W・ブレイク!!」

 

 剥き出しのシールドが2枚、まとめて銃弾によって貫かれた。

 もう、守ってくれるクリーチャーも、S・トリガーもないバーバーパパを目掛けて、黄金の弾丸は――

 

 

 

「攻撃の後、シールドもクリーチャーも無いので、俺の勝ち(エクストラウィン)だ!」

 

 

 

 ――止まることを知らず、炎の道化を撃ち貫いたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お兄、どうしたんだろう……」

 

 男子トイレの前で、花梨は溜息をついた。

 ほんの10分前のことである。急に腹痛だと言って男子トイレに駆け込んだ兄は、一向に戻ってくる気配がない。

 耀達も居ないし、今は実質一人ぼっちであった。またさっきのようなモヒカン達に絡まれなければいいのだが。

 

「……それにしても」

 

 彼女にとって、疑惑と疑念はもう1つあった。

 あのモヒカン達から感じられた異様な力だ。

 考えたくは無いし、関わりたくもない。だが、あの正体が仮にも。もしも”そう”なのだとすれば――

 

 

「……まさか、クリーチャーってことはないよね……」

 

 

 刀堂花梨の懸念は、当たっている。それらに白銀耀達が立ち向かっていることも含めて、だ。

 しかし、彼女の知らない場所で、世界で、もう1つの戦いが行われているのを彼女は知らない。

 そう。彼女は、まだ何も知らないのだ。

 彼らが何のために戦っているのか。そこに命を賭す意味を見出しているのかも――



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第39話:舞う三日月─戦車の守護獣

「――皇帝(エンペラー)……か」

 

 物憂げに、石碑に張り付けられたカードを眺める少女。

 白いローブで顔を覆い隠しており、その素顔は分からない。

 しかし、その視線の先には大いなる魔力が、彼女自身から集積されていた。

 集められた一点に、そのカードは存在していた。

 

「復元、もうすぐ終わるのか?」

 

 声が響く。

 振り返ると、そこには自らが最も信頼の於ける部下、トリス・メギスの姿を認めた。

 彼女は、どこかおぼつかない足取りで自らと同じ少女の姿を取る魔導司に近寄った。

 

「枯樹生華……もう、直に元の姿を取り戻す」

「じゃあ、そろそろコレ返すわ。やっぱ、これはお前が使ってるのがお似合いだ」

 

 ぽん、と手渡されたのはデッキケース。

 それをどこか虚ろな瞳で眺めた彼女は手に取る。

 

「トリス……君には迷惑をかけてばかりだね。こんなに穢れた私の言う事に従うには勿体ない逸材なのに」

「そんなことは気にしなくて良い。それより、あたしを信頼してくれるなら……いい加減、話してくれよ」

 

 トリスは、キッ、と彼女を睨む。

 

 

 

「何処まで知ってんだ……? エリアフォースカードの事、そしてワイルドカードの事を」

「……」

 

 

 

 彼女は沈黙し、答えない。

 だが、その心中を察したのかトリスは溜息をつくと、彼女の背中を叩く。

 

「……悪かったよ」

「何故? 君が謝る」

「エリアフォースカードの存在、ワイルドカードによる事案が発生してから、お前は協会から、その回収を請け負い、同時にどこか狂うかのように打ち込んで来た。心配だ。お前は、一人で抱え込むつもりなのか? そう考えると心配になってな」

「……でも、時が来るまでは話せない」

「そうか」

 

 トリスは言うと振り返った。

 そして、部屋を出ようとする。

 しかし、それを呼び止めんとばかりに彼女は言った。

 

「待て、トリス。命令だ」

「!」

「……エリアフォースカードの回収。願わくば、あの白銀耀の持つエリアフォースカード……そして、今回目覚めたエリアフォースカードの回収を頼む」

「お安い御用……ってわけにはいかないな。かなり骨を折るはずだ」

「そうだ。だが、それを防ごうと仲間が行く手を阻んでくるだろう。奪えるなら、奴等から奪え。1枚。1枚で良い。それだけあれば、サンプルには十分だ」

「……あいよ」

 

 そう言って、フランクに手を振ると彼女は部屋を出て行こうとする。

 しかし、その前にトリスは振り返ると言った。

 

 

 

「あたしの、α(アルファ)。そして、お前のἈρκα(アルカ)。2つが揃えば、無敵だ。復元が楽しみだよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 バーバーパパと絶対音カーンを撃破した俺と三日月仮面は、戦いの余韻醒めぬまま次の手を講じていた。

 というのも、今回の事件を引き起こした黒幕が居るという以上、それを叩かなければ事態は収束しないからである。

 チョートッQもシャークウガやワンダータートル程ではないが、魔力探知が出来るので、それで居場所を探させていたのであるが、なかなか見つからないらしい。

 

「で、三日月仮面は何でこんなところに?」

「ふっ、私はここ数日、火のジョーカーズが起こした数々の事件を解決していたのだよ」

「お、俺達よりも先に!?」

「ああ。だが、大本が強力なのか、奴らは思っていた以上にこの街に潜伏していたらしい。今日、再び暴れだしたということだ。私の身体も一つしか無い以上、君に協力を頼みたいのだが」

「それは良いんすけど、大丈夫すか? 白昼堂々と、その恰好で出歩くのは流石に……不審者と間違われますよ」

「ははは、それもそうか」

 

 何だ、自分で解ってるのか。

 でも、それはそうとどうやって移動するつもりなのだろう。

 多分、世を忍ぶためとかそんな理由でこの格好のはずなのに、却って目立っては本末転倒だし。

 

「それについては問題ない。我が相棒、オーパーツは巨大ロボット型ドラゴン」

「ロボット型ドラゴン? ドラゴン型ロボットじゃなくて?」

 

 あくまでもドラゴンであることを強調したいらしい。

 三日月仮面の背後に浮かび上がったクリーチャーを指差して俺は毒突いた。いつ見ても、このクリーチャーの姿はどこがドラゴンなのか分からないのだが。

 

「当然、これに飛び乗って移動するというわけだ!」

「はぁ」

 

 まあ、ダンガンテイオーも似たようなこと出来るらしいし、最早驚くことではなかった。

 予想以上にウケなかったのか、落胆の様子が見られた三日月仮面であるが、気を取り直していった。

 

「少年、君も乗せていっても一向に構わんぞ? 水文明特有の隠密魔法が掛かっているから、誰にも見えん」

「じゃあ、有難く……でも、何処に行くんですか?」

「これから考える!!」

「オイ」

 

 逆に言えば、本当に手掛かりが少ないという事なのだろう。

 そろそろブラン辺りがサーチで見つけて欲しいところなんだけど……そう思ったその時。

 急にデッキケースの中に入っているエリアフォースカードが飛び出した。

 

「あっ!!」

 

 宙に浮かんだそれは、いきなり何処かへ逃げ出すかのように真っ直線に飛んで行く。

 チョートッQが青褪めた顔で言った。

 

『マスター、追いかけるでありますよ!』

「仕方ない、三日月仮面さん、乗せていってください!」

「相分かった! こちらも全速力で追いかけるとしよう!」

 

 そう言うと、オーパーツの肩に乗せられた。

 え? ちょっと待て。ハッチとかねぇのかこのロボット型ドラゴンとやらは。

 

「良いか? しっかり掴まれよ?」

「待って、まだ心の準備が――」

「オーパーツ! 目標はあのエリアフォースカードだ! 追尾しろ!」

 

 巨大な機械龍、オーパーツは一度無機質な音を鳴らしたかと思うと、勢いよく空へ飛び出す。

 

「ちょ、ちょ、待ち――」

「安心しろ。オーパーツの魔力で、君が落ちることは多分無い!」

「そう言われても――」

 

 この日。俺は一生分の高所恐怖症のトラウマを植え付けられた。

 心像に悪い。オーパーツが降り立った時、しばらく動けなかったのは言うまでもない。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 辿り着いたのは、街の外れにある殺風景な波止場だった。

 見ると、そこにはブランと紫月の姿もあった。

 2人共、驚いた様子でオーパーツに乗っている俺と三日月仮面を眺めていたが、俺だって驚いている。

 何で2人が此処に居るんだ?

 

「白銀先輩に……三日月仮面、ですか」

「何故、三日月仮面がここに? Why!?」

「そりゃこっちの台詞だ! 何でお前らが!?」

「話は後だ。彼のエリアフォースカードが、恐らく此処に来たと思うのだが」

「!」

 

 紫月とブランは顔を見合わせる。

 どうやら、何か知っているようだ。

 

「私達は、アカルのエリアフォースカードが強い魔力を放って此処に向かってきているのを知って、追いかけてきたのデスよ。丁度、位置が近かったデスからネ」

「はい。シャークウガが、今までにない程エリアフォースカードが強い力で、且つ高速移動していると言ったもので」

「エリアフォースカードが、アカルの手元を離れたんじゃないか? って心配になって追いかけていたのデス。デモ、魔導司の反応は無かったデスし、どうしたんだろうっ、て」

 

 それは心配をかけたな。

 だけど、ともあれこれで全員集合か。

 

『ともかく、問題はエリアフォースカードであります! 此処にやってきたので間違いないでありますが』

『ああ、それなら今から向かうところだったんだよ。この港の廃倉庫。そこに皇帝(エンペラー)の反応をびりびりと感じたんだ』

「今から先輩に連絡するところだったのですよ」

「そうだったのか」

 

 とにかく、あれがないと俺は戦えない。それに、エリアフォースカードが勝手に飛んで行った先に何があるのか。

 

「まあ、またあの胡散臭い仮面がいるのがちょっと気に食わないですが」

「デモ、カッコいいじゃないデスか!」

「ブラン先輩の感性なんてアテになりません」

「ははは! ともかく、少年少女よ。急がば回れとはいうが、今は一秒が惜しいのではないか?」

「それもそうだ。お前ら! とにかく、強力な助っ人も居るんだ。早く行こうぜ!」

 

 こうして、俺達4人は廃倉庫とやらに向かうことになった。

 この波止場はあまり人が居らず、せいぜい釣りにやってきている中年くらいなもの。

 おまけに、今は使われていない倉庫まであり、身を隠すには絶好の場所ということか。

 立ち入り禁止のスロープを潜り抜けた先には、暗闇の中に輝く皇帝(エンペラー)のカードがあった。

 

「こんなところに……! 何で勝手に飛んでいったんだ、このカードは……」

 

 それを手に取る俺。

 ブランと紫月は警戒するように辺りを見回している。

 

「見たところ、クリーチャーらしき影は見当たりませんね」

「ワンダータートルの探知にも引っ掛かってないようデスが」

「気を付けたまえ、諸君。何が居るか分からないぞ」

 

 エリアフォースカードを握りしめながら、俺を先頭に一同は進んでいく。

 そして、ようやく突き当りに着こうかと思ったその時だった。

 

 

 

 

 チュン

 

 

 

 

 何かを穿つような金属音。

 

 

 

「シヅク!!」

 

 

 

 ブランの声が響いた。

 間もなく、何かが紫月の頭上へ降りかかるのが見える。

 しまった、襲撃か!

 

「チョートッQ!!」

 

 間一髪。チョートッQの突貫によって、それは吹き飛び、向こうの壁へ叩きつけられる。

 危ない所だった。

 紫月は腰を抜かした様子で震えている。

 

「だ、大丈夫か!?」

「平気です。がっ……どうも、奥に何かいますね」

 

 どうやら、落ちてきたのは鎖で吊るされていたドラム缶らしい。それが何かの拍子に切れて落ちてきたようだ。

 しかし、それを考える間もなく、拍手が暗闇の中から聞こえてきた。

 

 

 

『此処まで来るとはな』

 

 

 

 急に、廃倉庫の灯りがつく。

 ようやく、俺達は倉庫の奥に居た異形の正体を認めた。

 今の今まで、クリーチャーのサーチをかいくぐり、ずっと潜伏していたそれが露わになる。

 

「なっ……!」

 

しかし、それを見た途端に俺は腰を抜かしそうになった。

 確かに予想はしていた。ジョーカーズを統べることが出来るならば、このクリーチャーしかいない、と。

 俺は昏倒するようなショックを受けた。

 

 

 

「《ジョニー》……!? 《ジョリー・ザ・ジョニー》……なのか?」

 

 

 

 赤く、鍔の長い帽子に赤い西部服。

 炎の意匠が施されたスカーフに鋼の身体。

 見ただけで、一瞬で誰なのかが分かるヒロイックな容貌。

 

『うっ、うわああ!? とてつもないマナ……今までのワイルドカードとは規格外、段違いでありますよ!?』

『そうだ。俺はマスタークリーチャー。お前達とは格が違う』

 

 チョートッQが怯えるほどの力。

 シャークウガも、ワンダータートルも、戦慄を隠せないようだった。

 

「まあ、薄々感付いていましたがね。これが、ワイルドカードを従えていたと考えるのが自然ですか」

 

 孤高のガンマンは、ようやく立ち上がった。

 幾度となく切札として頼ってきたクリーチャーが、今は目の前に対峙している。

 この感覚は、恐怖以上に、畏怖と呼べるものだった。

 それでも俺は前に進み出て、叫ぶ。

 

「おい、ジョニー! 良いから、早くワイルドカードを止めろ!」

『俺には権限が無い。不可能だ……痛ッ』

 

 次の瞬間、ジョニーが頭を抑える。そして、苦しそうに呻きだした。権限、ってどういうことだ!?

 見ると、彼の胸元から、轟轟と燃え上がるカードが飛び出す。しかし、それに似たものを俺は知っている。

 あれは……!?

 

『エリアフォースカード! それも、白銀耀の皇帝(エンペラー)のように目覚めておる、じゃと!?』

『読めてきたぜ! あのクリーチャーは、エリアフォースカードを手にしたのは良いが、その力に取り付かれて暴走してやがる!』

「どうすれば良いのデース!?」

『白銀……耀!』

 

 彼は、無機質に俺に銃口を突き付ける。

 

『俺と決闘をしろ。皇帝(エンペラー)を司るお前とチョートッQ。そして、戦車(チャリオッツ)を司るこの俺と』

戦車(チャリオッツ)……!?」

 

 それは、大アルカナの戦車を意味する7番目のカード。戦車、即ち騎兵を意味する。

 あの燃えているカードは、その戦車のカードというのか!?

 

「名前がついている……まるで、先輩の皇帝(エンペラー)のように、目覚めた後のようですね」

「そうだな……」

 

 確かにそれが一番手っ取り早い。

 だけど、その言葉に俺は違和感を感じた。

 今までのワイルドカードとはどこか違う。ジョニーは明らかに苦しそうだし、まるで自分自身を倒して欲しいと言わんばかりだ。

 今回の事件。今までのどの事件とも違う気がする。

 

「アカル、どうするデスか?」

「あのクリーチャー、どこか様子がおかしいですよ……!」

「決まってる! ここで奴を倒す! ワイルドカードが何なのか、ジョニーは知っている! この戦いは、俺達に道を示すためのものだ! そうだろ、チョートッQ!」

 

 そう呼びかけた。

 しかし、チョートッQから返事は無い。

 

『そ、そうであります……でも、でも……!』

「チョートッQ!? おい、どうしたんだよ!?」

 

 チョートッQの様子がおかしい。

 混乱しているような、取り乱しているような。

 しまいには、頭を抱えて唸り始めた。

 

『動くな』

 

 次の瞬間。ジョニーの銃口が、俺の額を捉えた。

 いきなりの行動に、俺もチョートッQも、その場に居た誰もが何も出来なかった。

 

「って、オイ!? ジョニー!?」

 

 間もなく銃声が轟く。

 が、銃弾は俺のすぐそばを掠め、カキィィン、と後ろの方で何か硬いものに弾かれた。

 俺達の視線は銃弾の飛んだ方へ注がれる。

 

 

 

「チッ、物騒だな。気付かれてたか」



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第40話:舞う三日月─トリス・メギス再び

 冷淡な声。銃弾は、確かに弾かれたようだった。

 そこに堂々と顕現していた純白の代行者によって。

 そして、それを背後に従えるのは、あの小柄な魔導司の女。それも、因縁深い相手であった。

 

『決闘の邪魔だ……何者だ?』

「トリス・メギス……何でこんなところに!?」

「何って、エリアフォースカードの回収に決まってんだろ。ここらで暴れているワイルドカードの元凶を、裁きに来たんだよ。召喚書の罪を数える者としては、見逃せないよなあ」

 

 俺達は身構えた。

 特に紫月は並々ならない憎悪の表情を浮かべて前に進み出る。

 

「私の先輩の邪魔をしないでください」

「おーう? 前に負けた癖に、威勢が良いなあ! あたしは、お前みたいな生意気なガキが嫌いなんだよ。お前のエリアフォースカードから回収してやろうか?」

 

 そう彼女が言ったその時。

 目を離した隙に、轟轟と燃え上がっていた戦車(チャリオッツ)が更に燃え上がる。

 

戦車(チャリオッツ)が、目の前の敵から危機を感じている……白銀耀。決闘は、横槍の入らない場所で行うべきだ』

「ジョニー!?」

 

 その身体が今にも消えかけていた。

 跡形も無く、その場から、始めから無かったかのように。

 

『今の俺のマスターは、このエリアフォースカードだ。それに従うしかない』

 

 次の瞬間、ジョニーの身体もエリアフォースカードも一気に燃え上がり、その場から焼け失せたかのように消えた。

 トリス・メギスは気に入らないと言わんばかりに、足踏みする。

 

「チっ……逃げられたか、クソが……まあ良い。お前らのうちの誰からでもエリアフォースカードを奪い取れれば、それで良いんだよ!」

 

 次の瞬間、魔法陣が彼女の足元から現れる。

 そこから、奇妙奇怪な異形、失われた十字軍(ロスト・クルセイダー)が姿を現した。

 

「またこのパターンですか……!」

「数が多いデス……!」

「いや、三日月仮面を含めて4人もいるんだ。相手は出来る……ん?」

 

 俺は辺りを見回す。

 あれ? 三日月仮面の姿が見当たらない?

 こんな時に何処に行ったんだあの人は!?

 

「先輩。どうしましたか」

「居ねぇ……三日月仮面が見当たらねえ!?」

「うええ!? Really!?」

 

 ブランが叫ぶ。

 その言葉を聞いてか、魔導司は眉をひそめた。

 

「あ? 三日月仮面? あのふざけた奴か? あいつが、此処にいるのか!?」

 

 

 

 

「ハハハハハハハ! そうだ、貴様の相手は私だ!」

 

 

 

 その場の空気が凍り付く。

 胡散臭い三段笑い。それと共に、天井から、トリス・メギスの正面に何かが降り立った。

 

「愛と正義を貫く代行者、三日月仮面、只今推参ッ!」

「こいつっ……どこから出てきやがった……!」

 

 トリス・メギスの言い分はごもっともだったし、俺達ももう半ば呆れ果てていた。

 まさか、わざわざ登場の演出のために隠れていたのかこの人は!

 

「おい! 何やってんだよ、マジであんたって人は!」

「ハハハハハ、ヒーローにとって演出は大事だろう? 少し、天井に隠れていた。オーパーツの力を借りてな」

「聞いてないデース! わざわざそんなことにクリーチャーの力を使ったデースか!?」

「だが、この魔導司の相手は私に任せたまえ! この間の因縁、ここで決着を付けるとしよう!」

 

 次の瞬間だった。

 天井から水柱が何本も降り注ぎ、俺達の目の前に現れていた異形の頭蓋を貫いた。

 直後、爆発音とともにその身体が跡形も無く弾け飛ぶ。

 

「これって……!」

『トラップだ……! まさかあの仮面野郎、これを自分のクリーチャーと仕掛けていたのか!?』

『やれやれ、派手好きの傾奇者め』

「全滅ゥ!? 召喚書から呼び出した精鋭共が……一瞬で蒸発した!?」

 

 トリス・メギスの語調が強くなる。

 そりゃそうだよな、自分が召喚した使い魔が一瞬で皆粉砕されたのだから。

 これもオーパーツ、そして三日月仮面の力っていうのか!?

 単にカッコつけてただけじゃねえのかよ!?

 

「ヒーローショーにはギャラリーが必要だ。君達は、私の戦いを見ていたまえ!」

 

 三日月仮面の手に握られたエリアフォースカードが光り輝く。

 トリス・メギスが怒鳴った。

 

「お前は死罪だ!! 魔導司に対する不敬は、死んで償えクソッたれ!」

「良いだろう。出来るものならな。オーパーツ!」

 

 無機質な機械龍の鳴き声。

 それが響き、廃倉庫が戦場へと塗り替えられていく。

 

 

 

「さあ、勝負だ! デュエルエリアフォース!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 三日月仮面とトリス・メギスのデュエル。

 現在、2ターン目。先攻のトリス・メギスの場には、たった今召喚された《一撃奪取 アクロアイト》が存在している。

 どうやら、前回とは打って変わって、完全に違うデッキのようだが……。

 一方の三日月仮面のマナゾーンには《戦略のDH アツト》が置かれており、少なくとも水闇入りのデッキであることは分かった。

 

「では、私のターン。2マナで、現れたまえ……我が相棒! 《【問1】 テック》召喚!」

 

 浮かび上がったのは、革命軍――それも、知略を司るテック団の紋章。

 三角系の水晶から構成されたそれから電撃が迸り、現れたのはキューブ状のクリーチャーであった。

 

『ピコピコ』

「テック。今回も頼むぞ! ターンエンド!」

 

 テック団。革命軍の中では、あまりメジャーではない団。

 神秘を追求し、謎を解き明かすことを理念とする軍勢だが……。

 

「実際は、個々のクリーチャーのスペックがそこまで高くないですからね。相手依存の効果も多いですし、扱いは難しいですが、テクニカルな能力を持つクリーチャーが強みです」

「同じ革命チェンジでも個性が違うってことデスネ! 《ノロン(アップ)》くらいしか使ったことないので、どんなクリーチャーが出てくるか楽しみデス!」

「いや、それ以前にカードの数が少ねぇから不遇と言えば不遇なんだが……」

 

 

 

「はっ、そんな玩具(オモチャ)みてーなクリーチャーで、何しようってんだよ! あたしのターン!」

 

 

 

 威勢よくカードを引くトリス・メギス。

 傍から見りゃ、子供が変な恰好した大人相手に虚勢を張っているようにさえ見えるが、実際は冷酷極まりない上に高い実力を持つ彼女の事だ。何か仕掛けてくるに違いない。

 

「2マナをタップ。さあ、《信頼の玉 ララァ》も召喚だ!」

 

 現れたのは羽根のようなものを幾つも付けた宝玉。

 確か、マナ武装3で光のコマンドと、ドラゴンのコストをそれぞれ1減らす効果を持っていたんだっけか。

 ……早いな。次のターンには、もう7コストの光のコマンド・ドラゴンが出るのか。

 

「フフ。コスト軽減か。まあ良いだろう。私も相手してやる! 3マナで、《【問2】 ノロン》を召喚! 効果でカードを1枚引き、カードを1枚捨てる」

 

 大袈裟な動きでカードを引いた三日月仮面は、更に手札から落とすように墓地へカードを捨てた。

 出てきたのも何かメカメカしい、ボールみたいなクリーチャーだし……あれ種族、クリスタル・ドラゴンなんだって? いや、もうハムカツ団という前例があるから突っ込まねえけど。

 

「そして、《【問1】 テック》で攻撃――するとき、革命チェンジ発動!」

「革命チェンジ!?」

「ああ! ヒーロータイムの始まりだ! 自分の水、または闇のクリーチャーが攻撃したので、手札から《【問3】 ジーン(アップ)》と入れ替える!」

 

 次の瞬間、《テック》の身体が粒子になって消失し、それが再構成されて三角形の水晶のクリーチャーが現れた。

 

「さらに、《テック》が場を離れたので、山札の上から1枚を墓地に置き、1枚ドロー! 更に、《ジーン⤴》の効果で、山札の上から2枚を表向きにし、その中から君に選択をしてもらおう!」

 

 そう。これがテック団の最大の特徴、相手に選択を迫る能力。

 提示された2枚のカードが浮かび上がる。

 右は《黒神龍 グールジェネレイド》。

 左は《爆撃男》だ。

 

「そして、相手はこの中から1枚を選び、私はそれを手札に加え、残りを墓地に置く!」

「クソッ、よりによってこの2択か……!」

 

 《グールジェネレイド》は自分の《グールジェネレイド》以外のドラゴンが破壊された時、墓地から場に出てくる、ドラゴン・ゾンビを地で行くクリーチャーだ。

 この2択だと、相手は当然これを墓地に落としたくないから、手札に留まらせる……しかし。

 問題はもう片方のクリーチャー、《爆撃男》だった。こいつは何処からでも墓地に行った時、相手のクリーチャー1体のパワーをそのターン-2000するという効果を持つのだ。

 

「成程、これはなかなか選択に困る2択、デスネ……」

「2択を与え、精神的に相手を苦しめる。青の情報操作と黒の心理戦が組み合わさっていると言えます」

 

 しばらく考えたようだが、トリス・メギスは苦しそうに、

 

「じゃあ、《グールジェネレイド》を墓地に置き、《爆撃男》を手札に送る!」

「フフ、その選択は、果たして正しかったのかな? 《ジーン⤴》でシールドをブレイク!」

「いちいち癪に障るやつだ……!」

 

 彼女のシールドは残り4枚。そこで三日月仮面はターンを終える。

 トリス・メギスのマナゾーンにカードが置かれ、これで4マナ。

 それらが全てタップされた。そして――

 

 

 

「コストを3軽減し、4マナで《赤薔薇の精霊龍ジェネラローズ》を召喚!」

 

 

 

 次の瞬間、甲高い咆哮と共に神々しい天使龍がその姿を現す。

 胸につけられたのは革命の紋章。そして、赤い薔薇を身に着けた戦士だ。

 そして、その猛りが更なる軍勢を呼び起こした。

 

「その効果で、カードを1枚引き、手札からコスト6以下の光のクリーチャー、《指令の精霊龍 コマンデュオ》を場に出す!」

 

 うわっ、3体もエンジェル・コマンド・ドラゴンが一気に……!?

 だけど、龍の指揮官によって連鎖はまだ終わらない。

 

「《コマンデュオ》の効果でカードを1枚引き……コスト5以下の光のクリーチャー、《寄生の精霊龍 パラス・ルーソワ》を場に出す!」

 

 な、並んだ……! 一気に、エンジェル・コマンド・ドラゴンが3体も……!

 

「しかもこれで、あたしのコマンド・ドラゴンは《パラス・ルーソワ》の効果でブロッカー化だ! ターンエンド!」

「フッ、それでは私のターンだな?」

 

 カードを引いた三日月仮面は、そのまま2枚のマナをタップした。

 おいおい、大丈夫なのかコレ……相手の場には、3体のブロッカー化したエンコマ龍と《アクロアイト》に《ララァ》がいるのに。

 

「では、私のターン! 2マナで、《【問2】 ノロン(アップ)》召喚! その効果で、カードを2枚引き、手札から2枚カードを捨てる! この時、私は《爆撃男》を捨てたので、相手のクリーチャー1体のパワーを-2000。選ぶのは、《ララァ》だ!」

「チッ……!!」

「そして、《ジーン⤴》で攻撃――するときに!」

 

 くるり、と一回転。

 マントが翻り、カードを掲げて決めポーズ。

 何がしたかったんだこの人。

 

「水か闇のコスト5以上のドラゴンの攻撃をトリガーに、革命チェンジ発動!!」

 

 次の瞬間、彼の目の前にタロットカードの19番、月を意味する数字が浮き上がる。

 そして、三角形の水晶のクリーチャーが投影したホログラムから、数字を身に纏うようにして、機械龍が姿を現した。

 

 

 

「累積されし問の答え――《完璧問題(ラストクエスチョン) オーパーツ》!」



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第41話:舞う三日月─完全なる証明

 巨大な機械の龍。

 これが、三日月仮面のエースクリーチャー。

 こうしてデュエルの時にはっきり見るのは初めてだ。

 

「テック団最強のクリーチャー、《オーパーツ》! その効果は、登場時にカードを2枚引く。そして、手札かバトルゾーンからカードを二枚選んで、山札に戻してもらおうか!」

「くそっ……たれ! 手札のカードと《アクロアイト》を山札の下に!」

「そして、シールドをW・ブレイク!」

 

 相手の場数が減った上に、手札も消えた。

 だけど、結局相手の優勢はそのままだ。しかも――

 

「S・トリガー、《ドラゴンズ・サイン》! 《指揮の精霊龍 コマンデュオ》をバトルゾーンに! 効果でカードを1枚ドローして、《太陽の精霊龍 ルルフェンズ》も場に出す! 効果で出せるクリーチャーはいない!」

「ふむ、ターンエンドだ」

「そして、これでゲームエンドだ! ドロー!」

 

 カードを引いたトリス・メギスは、狂喜に満ちた表情でカードを《レッドローズ》の頂きに叩きつけた。

 

「来たぜ……本当に、あたしの切札は、あたしが一番来て欲しいと思った時に来てくれるよなあ!」

「ほう?」

「場に、エンジェル・コマンドが5体以上いるため、G・ゼロ発動!」

 

 エンジェル・コマンド――そうか。エンジェル・コマンド・ドラゴンもエンジェル・コマンドに含むのか。

 そして、こんな条件をG・ゼロ条件にするようなクリーチャーはあいつしかいない。

 浮かび上がったのは、審判(ジャッジメント)を意味する数字、20番。

 

 

 

「審判の日は訪れた! 我が主より戴きしα(アルファ)の文字を重ねる時!

《レッドローズ》進化、《聖霊王アルファリオン》!」

 

 

 

 天空から雷が何本も降り注いだ。

 同時に、叢雲の切れ間から、純白の天使王が降り立つ。

 裁きの剣を両手に掲げ、天使の軍勢を従え、全てを正義の下に裁く。

 

「《アルファリオン》が居る限り、もうお前は呪文を唱えられず、クリーチャーを召喚しようとしてもそのコストは+5され、もう場に出せない。その手のデッキに《クロック》が居るのは分かっているが……こいつはどうだ? 仮にこのターン耐え凌げても、次のターン何も出来ないだろ!」

 

 マジかよ……!

 つまり、クリーチャーも出せないし、呪文も唱えられないってことか!?

 しかも、相手のクリーチャーは全員ブロッカー化してるから、生半可な攻撃は通らない。

 三日月仮面の場には、それこそ3体しかクリーチャーが居ないのに!

 

「……」

「フッ、言葉も出ないか。なら、このまま決める。我が同志から享け賜わったこの切札で、お前の罪を裁く!」

 

 天使が飛翔し、剣を交差すると共に雷撃を放つ。

 稲妻が三日月仮面のシールドを薙ぎ払おうとしたその時。

 

「ニンジャ・ストライク4、《光牙忍ハヤブサマル》召喚!」

「何だ? 1体防いだだけじゃ、何にもならないぞ!」

 

 飛んできたのは、鉄壁を誇る守護者。

 しかし、それだけでは止められきれない。

 

「ああ。ただし、ブロッカー化させるのは、《【問2】 ノロン》だ」

「……何?」

「《ノロン》でチャンプブロック」

 

 その機体を犠牲にして、《ノロン》が攻撃を防いだ。

 

「そして、クリスタル・ドラゴンである《ノロン》が破壊されたので、墓地の《グールジェネレイド》2体を復活させる!!」

 

 そうか。

 ドラゴンが破壊される、ということが重要だったのか。

 墓地から《グールジェネレイド》が腐り落ちた肉を滴らせてはいずり出る。

 

「だ、だけど、まだ終わってない! 《コマンデュオ》でシールドをW・ブレイク!」

 

 砕け散るシールドが三日月仮面に降りかかる。

 しかし、彼はそれに全く動じる様子が無い。

 

「後に続け! 《ジェネラローズ》でシールドをW・ブレイク!」

 

 今度は赤薔薇の杖がシールドを突き刺した。

 しかし。そこから、光が漏れ出でる。

 

「S・トリガー、《終末の時計 ザ・クロック》。君のターンは終了だ」

「くぅっ……!!」

 

 悔しそうに彼女は歯噛みした。

 三日月仮面のシールドは残り1枚というとこで、攻撃が止められてしまったからだろう。

 もう、こうなれば彼の反撃を避ける手段はどこにも無かった。

 

「私のターン。クリーチャーの召喚も呪文の詠唱も出来ないので、このまま攻撃させて貰う。まず《オーパーツ》で《アルファリオン》を攻撃――するとき、革命チェンジ発動! トリガーは、自分の闇か水のドラゴンの攻撃だ!」

 

 次の瞬間、身体が組み変わるようにして、水晶の龍がその場に降り立つ。

 まるで、三角形を積み上げたようなそれが吠えると、周囲の空間が分解されていく。

 

 

 

「正義の公式を見つけ出せ! 《秘革の求答士 クエスチョン》!」

 

 

 

 次の瞬間、巨大な電子龍の狙いは《アルファリオン》に向けられる。

 そして、2つの選択肢が再び突き付けられた。

 YESかNOというアイコンが現れる。

 

「では、君に選択してもらおう! 何、簡単な事だ。《アルファリオン》を君は破壊するか、しないかだ。ただし、破壊しなければその瞬間、君のクリーチャーを全てバウンスするがね!」

 

 さらに、そのNOのアイコンに爆弾のマークが浮かび上がる。

 どちらを選んでも、確実にトリス・メギスが不利になることは変わりないことを意味するように。

 

「く、くそっ……! 《アルファリオン》を破壊だ! 手札に《オーパーツ》はいるが、クリーチャーが2体残っていれば問題は無い! あたしにはまだ4体もクリーチャーが居るんだからな!!」

「そうか。それでは、1体目の《グールジェネレイド》で《コマンデュオ》に攻撃! その時、《オーパーツ》に革命チェンジ! 効果でカードを2枚引き、そちらは場のカードと手札から2枚を山札の下に送ってもらう!」

「くそっ、手札はもう無い……! 《ジェネラローズ》と《コマンデュオ》を山札の下に!」

 

 攻撃先のクリーチャーが居なくなったので、攻撃は中断された。

 しかし。まだ、三日月仮面の攻勢は終わって等いなかった。

 

「《グールジェネレイド》で相手を攻撃――するとき、革命チェンジ! 2体目の《オーパーツ》をバトルゾーンに!」

「嘘だろオイ……!」

「さあ、カードを2枚、山札の下へ送れ!」

「くっ、《パラス・ルーソワ》と《ルルフェンズ》を送る……!」

 

 当然、トリス・メギスの手札は無く、場にはもうクリーチャー2体を残すのみ。

 それらも電磁波によって容赦なく量子分解されていく。

 彼女の場も、手札も、完全に消えてしまったのであった。

 

「シールドをW・ブレイク!」

「S・トリガー、《Dの牢閣 メメント守神宮》……ダメだ、クリーチャーが居ないから、もうブロッカー化しても意味がない……!」

「トリガーはもう無いな? ならば、これで終わりだ」

 

 悔しさと。憎悪と。無力感でわなわなと震えるトリス・メギス。

 魔導司の前には、もうシールドも、クリーチャーも存在はしなかった。

 

 

 

「《ザ・クロック》でダイレクトアタック!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺達は驚きで言葉が出なかった。

 あの強敵、トリス・メギスが屠られた。

 やはりこの三日月仮面、強い――!

 

「く、くそっ、何で、だよっ……!! あたしの、あたしのα(アルファ)が、お前如きに、敗れるなんて、あり得ない……!」

 

 地面に這いつくばり、殺意のこもった視線を恨めし気に向けるトリス・メギス。

 

「その様子ではもう、何も出来ないだろう」

「っぐぅ、この野郎……」

 

 血反吐が床にばら撒かれた。

 かなりの負担が掛かっているように思えた。

 今まで彼女に相当なヘイトを溜めていた紫月でさえ、彼女に近づこうとはしなかったほどに、弱っていた。

 

「だ、めだ、あたしは……ここで負けるわけには……」

「何でそこまで」

 

 俺の口から、思わず言葉が漏れた。

 それははっきりと聞き取れたのか、トリス・メギスは口角を釣り上げて、精一杯に笑ってみせる。

 それも、狂喜を孕んだ笑みで。

 

「はっ、決まっているだろ! 命令だ。あの方の命令が、あたしに力を与える……! あたしは、あたしはあの方の裁きの道具に過ぎない。だが、道具として使われ、使い捨てられることにこの身体は、この心は悦びを感じる! あの方に死ねと言われれば、あたしは喜んで首を自ら撥ねるだろう! だが、今はまだその時じゃない……! この命令、遂行するまで死ねるもんか!」

「っ……!」

 

 狂いに狂った忠誠心。

 それも、沼に打たれた杭の如く深いものが根底にはある。

 それを前に、俺達は茫然と立ち尽くすしかなかった。

 

「ところで、君達は一体何を企んでいる? 魔導司の社会の事など知らないが、君たちの組織に何か異変が起こっているのは確かだ。特に、ワイルドカードが現れてからね」

「教えるわけねぇだろ? あたしは、同志に忠誠を誓っている! 同志を裏切るわけには……いかねぇのよ!」

 

 次の瞬間、彼女は1枚のカードを掲げた。

 それが、暗い廃倉庫の中を一瞬で真っ白に染め上げる。

 俺達も思わず目を手で、腕で覆った。

 あまりにも眩い光であった。下手をすれば、俺達の目が潰れてしまうのではないかと思わんばかりの光だった。

 しばらく、それは続いたのは瞼越しからでも分かった。

 そして、それが完全に消えた時。

 もう、その場から魔導司の姿も、そして三日月仮面の姿も完全になくなっていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「で、お兄ったらその後2時間くらいした後にトイレから出てきたんだよ? 有り得なくない? トイレで寝落ちてたんだって!」

 

 次の日。昨日は結局何も出来なかったので、埋め合わせではないが放課後に俺達は商店街のカードショップに集まっていた。と言っても、ブランは先に帰ってしまったので、俺と紫月、花梨の3人だけだが。

 花梨がノゾム兄への不満をぶちまけながら紫月とデュエマする中、俺は昨日の事件について考えていた。

 暴走したエリアフォースカード。

 理由は何故だ?

 正々堂々と決闘を挑むジョニー。

 思惑は何処だ?

 そして、俺達を助けに来てくれる三日月仮面。

 正体は誰だ? 目的は?

 考えれば考えるほど、ドツボに嵌ってしまうこの感覚。見えない迷宮を進んでいるようだった。

 

「ね、耀? そう言えば、お兄が耀と今度はデュエマしたい、って」

「そうか」

「……何か上の空だね、耀」

「い、いや、そうでもねぇぞ!?」

 

 こいつには全部ばれてるか。

 紫月の視線が痛々しい。隠せてないじゃないですか、と言わんばかりに。

 

「ノゾム兄ともデュエマしてないからなあ、しばらく」

「うんうん、それが良いよ。時間があるうちに。でも、あたしも耀とデュエマしたいなー、って」

「駄目ですよ。せめて私を倒してからにしてください」

「にゃー、ケチー……」

 

 俺は透明なデッキケースの外から、エリアフォースカードを覗く。

 それは未だに仄かに輝いていた。何かに共鳴するようにして。

 

『マスター。いずれ、あのジョニーと決着を付ける時が来るでありますよ』

「……ああ」

 

 それが間違いなく、この事件の、俺達の関わってきた事件のカギを握っていることは間違いない。

 魔導司よりも先に、それを手に入れなきゃいけない。

 もう、俺は巻き込まれただけじゃない。立派な当事者だ。

 俺達から日常を奪ったものの正体を――突き止めてやるんだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「見つけたデース!」

 

 或瀬ブランは1人、ノートパソコンと睨めっこしていた。

 が、ようやくそのデータを見つけ出す。

 それは、疑惑の人物の核心に間違いなく迫る者であった。

 

「鎧龍決闘学園で1年生の時に、学校代表チームに選抜された天才デュエリスト……随分と手間がかかりましたネ……」

 

 ブランはそのページをクリックした。

 そこには、求めていた人物の名があった。

 そして顔写真も、現在よりだいぶ幼いが、一致している。

 

 

 

「――伝説の正体、此処に見たり、デス……!」



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第三章:アルカナ研究会決戦編
第42話:証明、結晶龍の王─平和的タイマン


「お兄ー、降りてきて、ってさー。早く来なよー」

 

 刀堂花梨は、呼んでも来ない兄の部屋にやってきていた。

 勉強で忙しいのは分かるが、夕食を抜かすのは心配だ。

 だから直接呼びに来たのである。すぐさま、慌てた様子で、彼は飛び出してきたのだ。

 

「わりわり、今行く」

「もう、明日は耀達と約束してるんでしょ?」

「分かってるよ、飯はちゃんと食わなきゃな」

 

 そう言って彼は階段を駆け下りていく。

 見ると、勉強机の上にはデュエマのカードが散らばっていた。

 

「お兄ったら……完全に浮足立ってる……剣道部失格だよ」

 

 そう呟いて、彼女はせめて片付けでもしてやろうと彼の机に近づいた。

 その時。机の上に彼女は見たことのないものを認めた。

 

「あれ、写真立て。お兄、こんなの持ってたんだ」

 

 言った彼女は写真を見る。

 そこには――

 

「えっ?」

 

 思わず、素っ頓狂な声が出た。 

 見たことのない写真。そして、ノゾムの隣には、見たことのない少女が映っていた。

 短い髪に、眼鏡を掛けた大人しそうな印象で、ノゾムとは正反対だった。

 彼女の肩を抱き寄せ、ピースサインをカメラに向けて弓なりに口を引き絞ったノゾムに、困惑しつつも微笑む眼鏡の少女。

 

「この女の子、誰だろ……昔のお兄と一緒に映ってるけど」

 

 首を傾げる花梨。

 昔の友人か、あるいは――

 

「あたし、知らない」

 

 そこまで考えて、花梨は呟いた。外の窓をふと見る。

 静かに、雨がしとしとと降っていた。

 

 

 

「お兄の昔の苗字も、お兄が昔何処にいたのかも――何にも、聞いていない」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおお、遅れたぁぁぁぁぁ!!」

 

 叫ぶ刀堂ノゾム。自転車をぶっ飛ばしているのは塾の朝講習に遅れそうだからである。

 弟分たちとのデュエルの約束が楽しみ過ぎて、うっかり寝坊したから、と自分の中で分析はしているが、本当に遅刻しかかるとは自分でも思わなかった。

 だが、焦る反面楽しみでもあった。

 土曜の朝から塾に行かねばならないのは憂鬱以外の何物でもないが、それでも耀達と対戦の約束を取り付けているのは心が躍る。

 

「あ」

 

 しまった。心が浮ついた。

 ぶっ飛ばしている自転車のすぐ先に、歩いている子供をノゾムは認めた。

 細い道路で、このままだとぶつかる。体温が氷点下まで下がったような気がした。

 

「ふむ。この構図も悪くない」

 

 子供――らしき人物は、何やらぶつぶつ呟いており、全く周囲を見ておらず、こちらに気付く様子はない。

 叫んで危ないとでも言えばよかったのであるが、この時のノゾムの思考回路は、”行動”へ繋げられた。

 

「やっべ!」

 

 すぐにハンドルを切り、間一髪ぶつからずには済んだが、自転車のタイヤがずぶっ、と水溜まりに沈む。

 そして思いっきり水飛沫を跳ね上げた。

 勿論、それは今しがた避けた子供――尚、体格は中学生かと思ったが、耀達と同じ制服を着ていたことに気付いたのは少し後である――にぶちまけられる結果に。

 

「冷たッ!? 水!? 泥水!? 水たまりの!?」

「わりぃ!! すまねぇ、ガキンチョ!!」

「くっ、カ、カバンが――中身は……ああ、濡れてやがる!! テメェ!! 覚えてやがれ!!」

 

 思ったよりも低い怒号が後ろから飛んでくる。

 ああ、申し訳ないことをしてしまった、と反省はするが、今更自転車を止めることは出来ないし、止まらない。

 そのままノゾムは塾へと飛ぶように駆けていくのだった――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「それで、お前今起きたんだって!? 何時に寝たんだよ!? 無茶し過ぎだろ!?」

 

 俺――白銀耀は思わず、スマホに向かって思わず怒鳴った。

 あの日――一週間前の、戦車(チャリオッツ)が起こした事件以降も火のジョーカーズによる事件は続いた。

 そんな中、ブランは家に帰ると夜遅くまで何やら調べていたのか、翌朝から寝ていることが多くなった。

 一体何を調べているのかは分からない。少なくとも、戦車(チャリオッツ)のワイルドカードが起こしたと思しき事件の調査も行っているようではあったが、それだけではないようだった。

 で、今日は土曜日。俺達は休日も部活で一応此処に来るのだが、此処に来ているのは俺達だけではなかった。

 

「ねえ、耀。お兄そろそろ来るんだってさあ。塾の朝の講習終わるんだって」

「マジか!? おいブランの奴、何やってんだよ……! 早くしねえとノゾム兄が来るじゃねえか!」

『Sorry!! 私の責任なので、先に始めちゃってくだサーイ!』

「ったく……」

 

 俺は溜息をつく。

 彼女が良いと言っても、俺達が良くないのであるが。

 そう。今日は花梨の兄、刀堂ノゾムがこの間の埋め合わせに、と言ってデュエマ部に遊びに来るのだ。

 この間、結局俺達と対戦が出来なかったのを惜しく思ってるらしい。にも関わらず、あいつめ……遅れて来るというのだ。

 

「ふああ」

 

 欠伸が聞こえてくる。

 紫月だ。彼女は如何にも気だるそうに、口を開けると身体を伸ばす。

 如何にも自分は無関心と言わんばかりの表情だった。

 

「もうブラン先輩抜きでいーんじゃないですか」

「お前もお前で薄情だな!」

「そのブラン先輩が先にやっててくれって言ったんじゃないですか、私電話聞こえてましたよ」

「そうは言うけどな!」

「もう、ブランったら、どうしたんだろ……一体何調べてたのかなあ」

「どうせ碌でもねぇ事だろ」

 

 そう俺が言ったその時。

 部室の扉が思いっきり開いた。

 もしやブラン、またはノゾム兄か、と思って俺達の視線はその先へ注がれる。

 が。

 

「失礼するぞー、白銀、或瀬、紫月ー」

 

 そのシルエットは想像以上にチビで、その声は想像以上に野太いものであった。

 筆を挟んだヘアバンドを頭に巻いた桑原先輩だ。

 これは予想外。今日は特に用事が無いのか、慌てた素振りも見せない、が非常に不機嫌そうであった。

 何故かブレザーも脱いでるし。

 

「おや? 或瀬が居ねえじゃねえか。その代わり見ねえ顔が居るな」

「桑原先輩! どうしたんですか?」

「これはまた……」

「え、えと、この人って」

 

 ああ、そうか。

 花梨は桑原先輩と直接会うのは初めてだったのか。

 

「美術部の桑原先輩だよ。よく、此処に遊びに来るんだ」

「こいつがテメェの言ってた幼馴染か? 剣道部の……」

「は、はいっ。刀堂花梨って言います!」

 

 言った彼女は、じぃっと桑原先輩の顔を見ていた。

 困惑したように彼は返す。

 

「……どうした?」

「先輩の名前は、コンクールの入賞した絵で見たことがあったけど、直接会うのは初めてだなぁって。まさか、耀達と知り合いだったなんて」

「ああ。そいつは嬉しい限りだ。絵描きは、描くのと、自分の絵を見て貰うのが一番の悦びよ。ありがとな」

 

 ぶっきらぼうに返すが、どこか柔らかい語調で彼は言った。

 それにしても、美術部がコンクールに入選したという話を聞くと、必ずと言っていい程桑原先輩の名前が挙がる。

 校内でもその名前を知る人は多いってことか。

 彼はどかっ、と傍若無人にソファベッドに座ると言った。

 

「にしても、機嫌が悪そうですね。どうしたのですか」

「朝っぱらから後ろから自転車が走ってきて、水たまりを盛大にひっくり返しやがってな。鞄が濡れてラフが濡れた。今、ブレザーも一緒に乾かしてるところだ」

 

 それは朝から機嫌が悪くても仕方がない。 

 災難だったな、先輩……。

 とはいえ、乾かせばそれは大丈夫らしく、切り替えた様子で言った。

 

「にしても、ご苦労だな。わざわざ他の部の奴も呼んで集まって」

「ああ、今から花梨の兄さんが此処に来るんですよ。こないだ、デュエマの大会で会ったけど、色々あって結局デュエルできなかったから、って」

「それは律儀なこったな。で、強いのか?」

 

 桑原先輩らしい直球ストレートな問いだった。

 

「強いなんてものではありません。同時に複数人相手に勝ってしまったくらいです」

「何だそりゃ。お前、そんな奴に勝てるのか?」

「いーや、今の俺の実力をあの人にぶつけるだけですから!」

「……そうか。テメェらしいな」

 

 くっくっ、と低い声で彼は笑う。

 

「それに、花梨の兄貴、先輩と同い年なんですよ」

「なっ、受験生かよ」

「……ええ。私達よりも偏差値が上の高校で、もう進学先も内定してるんだとか」

「とんだガリ勉野郎だな」

「会ってみたら分かるけど、そういうタイプじゃないんだよねー……」

「つか、桑原先輩も強いじゃないですか。良い勝負が見れるかもしれませんし」

「俺はそうでもねぇよ。大体、一番ムキになってデュエマやってたのって小学校の終わりくらいなもんだしなあ。俺はもっと強くならなきゃいけねえのに」

 

 そうは言いつつ、桑原先輩も最近のワイルドカードの事件に出来るだけ協力する為か、カードを買い集めている姿がブランによって目撃されている。

 というかブラン。お前のそれは下手したらストーカーか盗撮だからな。

 

「しかし、何でそんなに良い学校行ってるのに、デュエマ強いんだ、刀堂の兄貴は」

「さ、さあ。あたしも、お兄のことは余り知らないので……」

「あまり知らない?」

 

 困惑する桑原先輩。花梨はすぐに理由を察し、付け足した。

 

「血が繋がってないんです。お兄は、うちに養子に来たから……」

「……ああ。まあ、人の家の事に首突っ込むつもりはねぇが、大変なんだな」

「は、はい。それに、お兄は私に過去の事とか話したことないし、親も教えてくれなかったから……お兄がどうしてデュエマがそんなに強いのかも知らないんです。ずっと前からやってたってのは分かるんだけど」

 

 そう言えば、俺もノゾム兄の経歴を知らない。

 この街にやってくる前のノゾム兄のことを知らなすぎる。

 いつも笑顔で、人のペースに割り込むように元気を、活気をふりまくムードメーカー。

 花梨に似て気さくな彼だからこそ、一見何の悩みも抱えていないように見えるからこそ、俺も何処か不透明なノゾム兄の過去に疑問を抱いたことが無いわけではなかった。

 だけど、それは詮索すべきことではない。ノゾム兄が異様に強いのは、元々頭が良いからだ、と結論付けてそれで終わりだ。

 

「お前の兄貴に会ってみたいもんだ。俺は、昔調べたから色んなデュエリストの顔を知ってるが、そこまで凄まじい実力の持ち主はそうそういねぇよ。どんなクリーチャーを操るか、楽しみだな」

「それは対戦してからのお楽しみということで」

「そうか。ククッ、今日は久々に息抜きが出来るからな。お前らと対戦しようとデッキを持って来ていた甲斐があったぜ」

 

 本当は、万が一ワイルドカードの事件が起こった時のために持っていたのだろうが、それも本心なのだろう。

 とても楽しみそうに見えた。

 そんな彼を見て、花梨が不思議そうに言った。

 

「それにしても、桑原先輩ってデュエマが大好きなんですね……美術部の同級生から聞いたイメージは、何か絵に拘りがすっごく強くて、職人タイプって言ってたから、カードゲームなんか興味ないのかと」

「絵が無くしてトレーディングカードゲームは成り立たねえよ。今の俺は背景画が中心だが、絵を描き始めたきっかけは、小学生の頃にデュエマのクリーチャーを自分で考えて描いてたことだったからな」

「そ、そうなんですか?」

 

 確かに絵を描くことが好きな人は誰しも1度はやりそうだ。

 

「姉貴が男子っぽい趣味を持っててな。男勝りで、デュエマも好きだったからな。よくやったもんだ。俺はこのカードゲームの絵に惚れてたわけだが」

「……みづ姉と同じですね」

「そうか。俺もあいつと似た者同士、か」

 

 くくっ、と低く笑うと、彼は続けた。

 

「その後は何となく美術部に入ったが――あまり身が入らなくてな。入りたての頃に、自分が本当はどんな絵が描きたいのか分からなくなっちまったことがあった。デッサンばっかり、基礎練の繰り返しだからな。これでよかったのかって迷っちまった時期がある」

「や、やっぱり大変なんですね」

「何事も基礎錬は大事って言うけど、好んでやる人はなかなかいないんだよね……耀」

 

 そう言う花梨は何事にも一生懸命だから、いやある意味剣道馬鹿だから疑うことなく地味な基礎錬もやっていた覚えがある。

 とはいえ、普通の人はやはり好きな絵が描きたくなるものだよな。

 

「そんな中、デュエリスト養成学校の対抗試合を見に行ったことがあった。デュエマが好きだった姉貴が、部活が上手くいかなくて落ち込んでる俺を無理矢理引っ張っていったんだが、結果的にそれは俺から絵を離れなくした」

「デュエリスト養成学校の対抗試合……?」

「ああ。ある企業が作った最新式のデュエルシステム。その時、俺とそんなに年が変わらないやつらが、最新鋭のホログラムCGとして浮き上がったクリーチャーを操る姿を見て、言葉が出なかった」

 

 初めて語った桑原先輩の過去。

 俺達は、それを静かに聞いていた。

 

「その時、隣にいた姉貴が、言ったのさ。あなたが描いたクリーチャーも、あそこに出てくれば良いのにね、ってな。俺は、ようやく、どうして自分が絵を描き始めたのか思い出せたのさ」

「それで、今までずっと絵を」

「ああ。それに、極めれば極めるほど、絵って楽しいんだ。辛いことも山積みだけどな。だけど、姉貴とデュエマが、いや、あの時の試合が俺を此処まで連れて来たんだろうな」

「あの時の試合?」

「ああ」

 

 桑原先輩は言った。

 

「あれは鎧龍のデュエリストだったはずだ。俺と同じくらいのチビなのに、上級生や格上と肩を並べて必死に戦ってるんだ。そして、そいつが逆転のカギになってな……後から気になって調べたら、案の定俺と同い年で、しかもとんでもなく規格外のデュエリストだったよ。また一回会ってみてえもんだ」

 

 先輩の顔は、どこか遠くを見渡しているようだった。

 まるで、遠くの情景を眺めているような――

 

 

 

「よーう、待たせたな!」

 

 

 次の瞬間、陽気な声と共に部室の扉が開く。

 一瞬だけブランかと思ったけど、声と姿ですぐに今日の約束を取り付けた人物である、と俺達は気付いた。

 

「ノゾム兄!」

「もう、遅いよ!」

「これで、ブラン先輩以外は全員揃いましたか」

「いやあ、すまん。講習が少し遅くなってな」

 

 言ったノゾム兄は部屋の中を見渡す。

 が、桑原先輩に目を合わせた瞬間、身体が硬直したようだった。

 俺達は思わず、先輩の顔を見る。

 

「おい、テメェ」

 

 静かな怒声。 

 くぐもったような怒りが部室を支配する。

 

「あー、いや、あんたは今朝の」

「テメェは今朝の……!」

 

 剣呑になる場の雰囲気。

 花梨は、ノゾム兄を睨む。

 

「ノゾム兄。また何かやらかしたの? ねえ?」

「あ、ああ、ちょっと、朝……自転車で」

「じゃあ、桑原先輩に朝自転車で泥水をぶっかけたのは――」

「どうやらノゾムさんだったようですね」

「いや、すまなかった。あの時は本当に急いでいて――」

 

 

 

「今朝はよくも、俺に泥水を飲ませてくれたなぁ? あ?ガキンチョ呼ばわりしてくれたなぁ!?」

 

 

 

 チンピラのようなドスの利いた声が響いた。

 間違いない。桑原先輩に、朝自転車で水ぶっかけたのはノゾム兄だったんだ!  

 あーあ、俺はもう知らねえぞ。先輩怒ったら、めっちゃくちゃ怖いのに……。

 

「ま、まあ、桑原先輩、ノゾム兄も悪気があったわけじゃないみたいだし――」

「うるせぇ!! 此処で会ったが百年目!! テメェが刀堂の兄貴だってんなら、話は早い!」

 

 言った桑原先輩が、手にしたのは――

 

 

 

「デュエマでぶちのめしてやる!!」

 

 

 

 ――デッキケースであった。

 俺達は、喧嘩でもおっぱじまるのかと思っていたので、肩の力が抜けてしまう。

 

「自然な流れでのデュエマ!!」

「自然ですね」

「ええ!? 自然なのこれぇ!?」

「面白ぇ!! 受けて立つぜ!!」

「良いけど、お兄は後でしっかり謝ってね!!」

 

 怒ってる風に見せかけて、絶対あんたデュエマしたかっただけだろ桑原先輩。

 ともあれ、こうして桑原先輩とノゾム兄による平和的なタイマンが始まったのである。



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第43話:証明、結晶龍の王─龍解・QED

※※※

 

 

 

 ノゾム兄と桑原先輩のデュエル。

 先攻2ターン目、早速ノゾム兄が動き出した。

 

「オレのターン! 2マナで、《一撃奪取 マイパッド》を召喚!」

「何のデッキでしょうか。ビートダウンとも取れますが」

「さあなあ。まだ2ターン目だし、決め付けは早計だろ」

 

 ノゾム兄は早速、《マイパッド》を繰り出した。

 こいつが居れば、ターンの最初に召喚する水のクリーチャーのコストは-1される。

 彼が好んで使うのは水文明だから、ここまでは予想通りだ。

 

「俺のターン。2マナで《タルタホル》召喚。効果で、パワー12000以上のクリーチャーを1体手札から見せて、山札から1枚をマナに置く。見せるのは《コレンココ・タンク》だ」

 

 桑原先輩が使っているのは、新しいグランセクトのカード。

 こいつ、パワー12000以上があれば実質デメリット無しの《ステップル》なのか。

 

「ターンエンドだ」

「成程なあ。グランセクト、か。マナブースト戦法が相手なのはなかなかキツイ。けど――」

 

 言ったノゾム兄は、3枚のマナをタップする。

 

「コストを1軽減して3コスト! 《パクリオ》召喚!」

「チっ……!」

「こいつは、相手を手札を見て、その中からカードを1枚選び、持ち主のシールドに封じ込めるカードだ」

 

 桑原先輩の手札が展開された。

 4枚の手札の中身は、《コレンココ・タンク》、《タバタフリャ》、《メガロ・カミキュロス》、《ハイパー・マスティン》。

 ノゾム兄はその中から《タバタフリャ》を選んでシールドに置いた。

 桑原先輩のデッキでは回収不可能のシールドゾーンへのハンデス。水文明のカードは、本当にトリッキーなカードばかりだ。

 

「ターンエンドだ」

「くそがッ! 手札1枚シールドに送ったからって調子に乗んな! 俺は、《カミキュロス》をマナに置き、2マナで《ジャンボ・ラパダイス》を使う! 効果で山札の上から4枚を捲り、その中からパワー12000以上のクリーチャーを全て手札に加えるぜ!」

 

 展開されたカードは《コクーン・マニューバ》、《ルツパーフェ・パンツァー》、《グレート・グラスパー》、《タルホタル》の4枚。加えられたのはパワー12000以上の《ルツパーフェ・パンツァー》、《グレート・グラスパー》だ。

 凄い勢いで増えた桑原先輩の手札。ハンデスも怖くない、と言った様子だ。

 

「はっ、ドローは質だ! 数だけじゃねえぜ! モヤシ野郎にゃ負けねえよ!!」

 

 そい言い放つ桑原先輩。

 水文明とはある意味対照的な手札補充故か。

 挑発を流し、ノゾム兄もカードを引いた。

 

「……オレのターン。《マイパッド》で1コス軽減して、3マナで《精神を刻む者 ジェイス》を召喚。こいつの効果で俺は3枚カードを引き、2枚を山札の上に戻す。ターンエンドだ」

 

 対するノゾム兄もドローを繰り返す。

 まだ、互いに睨み合いが続く。桑原先輩も、此処から一気にマナを溜めていくはず。

 一方のノゾム兄も、得意なコンボ戦法へ繋げていく。

 

「……またドローか。カードばっか引いても、何にもならねえぜ! 3マナで、《ルツパーフェ・パンツァー》召喚! 手札から場に出たので、こいつの効果でこいつ自身をマナに置く! さらに、2マナで《一番隊 ルグンドド》も召喚して、ターンエンドだ!」

 

 ぴりぴりとした雰囲気のデュエルテーブル。

 ノゾム兄も只ならぬ桑原先輩の覇気を感じ取ったのか、キッと鋭い視線を彼に向けた。

 

「カードを引くことはオレ自身の未来を引き込むこと! オレはさっき、未来を引き込んだ! 5マナで、《Dの機関 オール・フォー・ワン》を展開!」

「なにっ!?」

「こいつの効果で、オレはターンの終わりに自分のクリーチャーを1体破壊する。そして、そいつよりコストが最大で2大きいクリーチャーを手札から場に出せるんだ! 破壊するのは、《ジェイス》だ!」

 

 言ったノゾム兄は、手札からクリーチャーを場に出した。

 

「今度も頼むぞ! 《龍覇M・A・S(メタルアベンジャーソリッド)》を場に出す!」

 

 《オール・フォー・ワン》の能力は2つ。

 まず、ターンの終わりにクリーチャーを破壊して、それよりも最大コストが2大きいクリーチャー(それ以下ならば何でも出せるのが恐ろしい)を手札から場に出すというもの。5コストでこれは非常に強い。前のターンに出した4コスト獣がドラグナーに化けたのだから。

 しかし、それだけではなく、コストが同じクリーチャー、コストが小さいクリーチャーも自在に出せるので、非常に使い勝手が良いのだ。

 

「こいつが場に出た時の効果がトリガーした時、オレは《オール・フォー・ワン》の(デンジャラ)スイッチをオン!」

「来るか……!」

 

 そして、言ったノゾム兄は《オール・フォー・ワン》のカードを上下逆さまにひっくり返すと言った。

 

「この効果は1度の代わりに2度トリガーする!」

「登場時効果が2倍……ってことか!」

「《M・A・S(メタルアベンジャーソリッド)》の登場時効果で、超次元ゾーンからコスト4以下の水のドラグハートを場に出す!」

 

 ドラグハート……! ドラゴンが封じられた武器、または要塞だ。

 特定の条件を満たすことで、ドラゴンへ昇華する強力なカード。

 来る。俺の知ってる限りで最も強いノゾム兄の戦略が展開されようとしている。

 しかも、それが《オール・フォー・ワン》の効果で2度も、だ。

 

「《龍波動空母 エビデゴラス》、抜錨!」

 

 それは、とても大きな龍の母船が描かれたカードだった。

 ヒロイックなカードを好むノゾム兄らしい切札だけど、かっこいいだけじゃない。

 それはドラグハート・フォートレス。クリーチャーではないため、場から引き剥がすのが困難なカードだ。

 

「更に、2度目の効果で《M・A・S》に《真理銃 エビデンス》を装備だ! 効果で1枚ドロー!」

「あれが、水のビクトリーカードでドラグハートの2枚か……!」

「2つが同時に揃うのは、壮観ですね。桑原先輩は、どうにか切り抜けられれば良いのですが」

「お兄……凄い……!」

 

 俺だってこんな光景は初めてだ。

 そして、あのノゾム兄が本気を出している。

 

「ハッ、流石だな。だけど、《エビデンス》の龍解は容易じゃねえ。そして《エビデゴラス》は龍解条件こそ簡単だが決め手に欠ける。もたもたしてる間に、押し潰す!」

 

 あくまでも桑原先輩はいつも通りパワーで押し潰すつもりだ。

 

「6マナで俺は、《コレンココ・タンク》を召喚! その効果で、山札から3枚を表向きにし、パワー12000以上を好きな数手札に加え、残りをマナに置く。《グレート・グラスパー》を手札に。残り2枚をマナに。ターンエンド!」

 

 次のターン、桑原先輩は3体の切札で攻め込みにかかるだろう。《グレート・グラスパー》、《ハイパー・マスティン》、マナに置かれた《メガロ・カミキュロス》。

 この3体は非常に強力だ。暴れだせば止まらない。圧倒的な物量を前に、ノゾム兄は倒されるしかない。

 

「――悠長にしてられないのはそっちの方だぜ」

「何?」

 

 しかし、それを前にしてもノゾム兄は笑みを浮かべていた。

 

「このターンで、オレは2枚のドラグハートを両方共龍解させる!」

「何ィ!?」

 

 桑原先輩は目を見開く。

 観戦に回っていた俺達も、ノゾム兄の発言に驚愕していた。

 

「そんなことできるの!?」

「《エビデゴラス》はターン中にカードを5枚以上引けば龍解、《エビデンス》はターン中に水のクリーチャーの召喚、水の呪文の詠唱を合計3回以上行えばターン終了時に龍解します。1ターンで出来ないことはありませんが、後者の条件が少々きつめです」

「オレのターンの始めに、《エビデゴラス》の効果で1枚ドロー。そして、ターン開始時のドロー!」

 

 出来ないことは無い。

 だけど、紫月の言う通り、両方のドラグハートの龍解の条件はそれぞれ違っていて、同時に龍解させるのは難しいはずだ。

 だから、此処からがノゾム兄の実力の見せ場だ。

 

「まず。4マナで《パクリオ》を召喚! 効果でお前の手札から《ハイパー・マスティン》をシールドに封じ込める!」

「だが、それで残り2マナだ!」

「いや、足りてるぜ。1マナで《アクア忍者ライヤ》召喚! こいつは登場時に、自分のクリーチャー1体を手札に戻さなきゃいけない。《パクリオ》、戻ってこい!」

 

 これで、2回。だけど、《エビデゴラス》の龍解には、カードをあと3枚引く必要があるのに……もうマナが無い!

 

「そして、G・ゼロ発動! 《龍素力学の特異点(ドラグメント・ポイント)》!」

「なっ……!? G・ゼロ呪文! その手があったか!」

「こいつは、オレの場に水のドラグナーがあればタダで唱えられる! 効果で2枚ドローし、手札を1枚山札の一番上に置く! これで、オレはこのターンだけで4枚カードを引いた。後、1枚!」

 

 そして、その眼光は桑原先輩のシールドへ向けられた。

 邪魔な障壁は存在せず、さらに盤面はある程度ノゾム兄は把握している。

 それも、シールドの中身も含めて――

 

「《エビデンス》を装備した《M・A・S》で《タバタフリャ》を封じたシールドを攻撃――」

「くそっ、今さら《タバタフリャ》が来ても――」

「――するとき、装備した《エビデンス》の効果で1枚ドローだ! これで、俺はターン中に5枚のカードを引いたので、龍解条件達成!」

 

 そうか、これで5枚。

 《エビデゴラス》の龍解条件は達成された。

 横向きのそのカードを掴み、裏返し、アンタップする。

 そこには、蒼き結晶龍が描かれていた。

 

 

 

「――龍解、《最終龍理 Q.E.D.+》……勝利の公式は導かれた!」

 

 

 

「《Q.E.D+》……水単コントロールの切札ですね」

「お兄の、切札……! で、どんな効果だっけ、あれ……見るの久々過ぎて忘れちゃったよ。大会のデッキには超次元なんか無かったのに」

 

 ドラグハート・クリーチャー。それこそが、ドラグハートの真の姿。

 此処からが本領発揮だ。

 

「《Q.E.D.+》はターン開始時のドロー操作効果を除けば、単体では水のドラゴン全員をアンブロッカブル化する、パワー11000のW・ブレイカーに過ぎない。だけど、龍回避で非常にしぶといのが特徴だ」

「全部盛りだから、強いんだね……」

「だけど、これだけじゃ決め手に欠ける。ノゾム兄のデッキは水単コントロール。反撃を完全に封じるために、もう1つ切札を持ってるはずだ」

 

 《M・A・S》の攻撃が引き金となり、強力なドラグハート・クリーチャーが降り立ってしまった。

 だけど、ノゾム兄のターンはまだ終わっていない。

 

「ターン終了時。オレはこのターン、水のクリーチャー、《パクリオ》と《ライヤ》を召喚し、《龍素力学の特異点》を唱えた。よって、《エビデンス》の龍解条件も達成……龍解!」

 

 言ったノゾム兄は、《M・A・S》に装備された《エビデンス》を離し、裏返した。

 

 

 

「──龍解、《龍素王 Q.E.D.》……証明開始だ!」

 

 

 

 巨大な主砲を掲げた水晶龍のドラグハート・クリーチャー。

 凄い。本当に2体とも龍解させてしまったぞ。

 

「さらに、《オール・フォー・ワン》の効果で、《M・A・S》を破壊し、手札から《パクリオ》を場に出す! 効果でお前の手札から、《グラスパー》もシールドに置くぜ! ターンエンドだ」

「くそっ、俺の切札が全て手札からシールドに……!」

 

 悪態をついた桑原先輩は、カードを引いた。

 しかし、フィニッシャーが削がれた今、最早まともに動けない。そう思われたのだが……。

 

「6マナで、《幻影 ミスキュー》召喚! こいつをマナに置き、オレは山札をシャッフルした後、その一番上のカードを捲り、クリーチャーならば場に出せる!」

 

 運次第に見えるこの効果。しかし、桑原先輩のデッキには沢山フィニッシャーが居る。そのどれかが捲れれば、逆転できるかもしれない。

 互いに山札をシャッフル、そしてカットし、桑原先輩はその一番上を盤面に叩きつけた。

 

「ハッ、来たな。最高に芸術だぜ!!」

 

 あれは――クリーチャーだ!

 

 

 

()を堕とせ、楽園(パラダイスよ)――《古代楽園 モアイランド》!」

 

 

 

 来た! コスト10、パワー18000のQ・ブレイカー、桑原先輩の切札の1つだ!

 しかも、こいつには強力な効果が備わっている!

 

「こいつの効果で、もうテメェは呪文を唱えられない。しかも、テメェの場には所詮W・ブレイカーが2体と《パクリオ》だけだ。俺のシールドは7枚ある。増えたシールドのツケは払って貰うぜ! このままじゃ決められねえだろ! ターン終了!」

 

 こいつの効果で呪文は封じられた以上、《モアイランド》は簡単には除去されない。

 おまけに、バトルに勝てば相手のシールドをマナに送るおまけつきだ。

 ノゾム兄は、次のターンで決定打を与えないと、ずるずると桑原先輩のペースに持っていかれてしまう。

 しかし。

 

「まあまあ、そう急くな。まず、《Q.E.D.+》のターンの始めの効果で、オレは山札の上から5枚を見て、それを好きな順で戻した後、”こいつの効果で”1枚引ける。ターンの最初のドローとは別にな」

 

 落ち着き払ってノゾム兄が展開した5枚のカード。

 それを見た後、何かを思いついたような顔を浮かべ、それを戻した。

 そして、カードを2枚引く。この効果で、ノゾム兄は山札の上から5枚から好きなカードを2枚引き寄せられたようなもの。

 さらに、言い放った。

 

 

 

「2手だ。2手でお前は詰む」

 

 

 

 ぴしゃり、と場に張り詰めた空気が漂った。

 先ほどのノゾム兄の行動からして、ハッタリじゃないのは間違いない。

 だけど、呪文を封じられた状態であんな化け物をどうやってどかす……? 仮にバウンスしても、また戻ってくるのに。

 

「な、なに言ってんだテメェ」

「《Q.E.D.+》はオレに確かに勝利の解の公式を導いてくれたようだぜ。答えは、《Q.E.D.》が見せてくれるだろ!」

「数学は苦手で嫌いなんだ。芸術でしかものを語れねえ俺にも分かりやすく言ってくれねぇか、天才よォ!!」

「良いぜ。御託は置いて、実際に解き方を見せた方が分かりやすい! まずは1手。《龍素王 Q.E.D.》は1ターンに1度、水のクリーチャーをコストを支払わずに出せる。」

 

 叩きつけられた1枚のカード。

 それが、桑原先輩の勝利の可能性を全て吹き飛ばした。

 

 

 

「──答え合わせだ(ジ・アンサー)、《伝説の正体 ギュウジン丸》!」



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第44話:証明、結晶龍の王─暗雲来たりて

 一瞬で全てを覆し、一瞬で全てを滅ぼす災厄の化身。

 それがノゾム兄の手に入れた答えだったんだ。

 無邪気な夢が詰まったその機械は、邪悪な口をぽっかりと開け、翻ったマントには何処に行くかも分からない絶望の宇宙が広がっていた。

 無邪気とは、時に最も残酷なものであること。

 ヒーローとは、時に最も冷酷なものであること。

 それを示すかのように、桑原先輩のクリーチャーたちを一瞬で屠った。

 

「こいつの効果で、お前のクリーチャーを全て山札の一番下に戻す」

「なっ……」

「6体以上いればエクストラウィンだが……2体しかいないからな。だが、それでもこいつはパワー71000のワールドブレイカーだぜ」

「だ、だが、軍勢を吹き飛ばしたところで――!」

「2手。《Q.E.D.》は1ターンに1度、水の呪文もタダで唱えられる」

 

 言ったノゾム兄は、もう1枚のカードを掲げた。

 

 

 

「呪文、《神々の逆流》! 互いのマナゾーンのカードを全て手札に戻す!」

 

 

 

 桑原先輩の顔は今度こそ凍り付いた。

 完全に詰んだ。クリーチャーを全て排除された上に、マナゾーンのカードはゼロ。

 対して、ノゾム兄の場にはワールド・ブレイカーの《ギュウジン丸》がいる。

 

「《オール・フォー・ワン》の効果は使わない。ターンエンドだ」

「お、俺のターン……マナにカードを置いてターン終了……」

 

 しかし、もう桑原先輩は何も出来ないのだ。

 そう、もう何も――

 カードを組み替え、2枚引いたノゾム兄は、容赦なくその鉄槌を振るう。

 過去に縛られ続ける芸術家に向かって。

 

「《ギュウジン丸》でワールド・ブレイク」

 

 吹き飛ぶシールド。

 その中にトリガーはあったかもしれない。

 しかし、先輩のデッキに入っているカードでは、もうこの軍勢を止めることは出来なかった。

 場には3体のクリーチャー。しかも、呪文では選ばれない《Q.E.D.》までいるのだから。

 いや、仮に逆転できたとして――桑原先輩にはもう、何も出来ないのであるが。

 

 

「《最終龍理 Q.E.D.+》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「負けた……我が尊厳たる絵画を穢された挙句、魂のデッキまで粉砕されるとは……一生分の辱めだ」

 

 床に手をつき、完全に意気消沈といった様子で溜息をつく桑原先輩。

 一生の辱めって……前に犬の着ぐるみ着せられた俺はどうなるんだ。

 ノゾム兄が、慰めるかのように言った。

 

「い、いや、そんなに大袈裟に落ち込まなくっても……」

「でも元はと言えばお兄が悪いよね」

 

 ぐいっ、と花梨がノゾム兄の耳を思いっきり掴んだ。

 いだだだだ、と引きちぎれそうな悲鳴が響いた。

 

「あだだだだ、返す言葉もありません……」

「ふん、まあ良いさ。俺の絵なんざ、泥水を啜るのがお似合いさ」

「負けて卑屈になってる!! 正気になって先輩!! 大体濡れたのラフじゃないですか!! 本番の絵が濡れたわけじゃないんだから……」

「私そろそろ寝ても良いですか」

「お前もお前で関心を失ってんじゃねえ!」

 

 それにしてもノゾム兄は相変わらず凄まじい強さだった。

 水文明だけで、ああやって相手の動きを完全に封じることが出来るんだな。

 先輩のキーカードをシールドに埋めまくり、出てきた切札も一掃、マナも一掃して反撃を封じるところまでがワンセット。

 それはそうと、桑原先輩がそろそろ哀れに思えてきたな……今回ずっとやられっぱなしじゃないか。

 

「と、ところで、お前、美術部なんだろ? ちょっと、どんな絵を描くのか興味が沸いてきたなー、なんて」

「本当か!?」

 

 うわ、露骨に元気になった。 

 やっぱ絵を誰かに見て貰うのが一番の楽しみなのか、この人。

 そしてあんたも露骨に機嫌取ろうとしてるんじゃねえよ。

 

「よし、ならばこっちに来い!! 屋上に俺が描いた絵がたっぷり置いてある、じっくり見せてやろう」

「お、オイ!? オイ!? こいつチビなのに力強――耀、助けてくれぇぇぇ!!」

 

 桑原先輩にぐいっ、と袖を掴まれて部室を出て行くノゾム兄。

 まあ、お灸をすえる代わりにはなったはずだ。あの人芸術とかそういう類には疎いからな。

 絵画を見せられるのはかなり苦痛のはずだぜ。

 

「全く、お調子者なんだから」

「まあ、どっちの言い分も分かるんだけどな……」

「ですが、桑原先輩は本気で怒っていたようには見えませんがね」

 

 そうなのか? と俺は紫月の顔を覗き込む。

 彼女は頷くと続けた。

 

「何だかんだで、ノゾムさんとデュエマを楽しんでいたと思いますよ」

「何でそう思うんだよ?」

「結局、デュエマしようってのは口実だったんじゃないですか? あの人口下手でオマケに人見知りの気がありますし」

「それ、お前が言っちゃう?」

 

 爪先が思いっきり踏みつぶされたが、俺は負けないぞ。

 ともあれ、どれだけ桑原先輩が強い人と戦いたがってたのかが分かった気がする。

 

「何かノゾム兄行っちゃったし、あたしはそろそろ部活の方に少し顔出してくるね。弁当挟んで昼からまた練習だからさ」

「ああ。時間ぎりぎりまで付き合わせて悪かったな」

 

 こうして、嵐のような時間は過ぎ去った。

 そろそろブランが来てもおかしくはないのだが、まだだろうか。

 頃合いが来たら、桑原先輩に絵のありがたさをたっぷり叩き込まれているであろうノゾム兄を連れ戻しに行かないとな。

 

「先輩」

 

 紫月が唐突に口を開いた。

 何処か、神妙そうな顔つきだった。

 

「どうしたんだ」

「これは私の推測に過ぎないのですが……」

 

 くるくる、と彼女は自分の髪を弄りながら言った。

 

「桑原先輩は、相当焦っているのではないでしょうか」

「焦っている?」

「はい。……あの人は、私達と違ってエリアフォースカードを持っていません。だから、急に強くなろうとして埋め合わせようとしているのではないのか、と時折思うのです」

「無理してる、ってことか」

「……はい。あの人は義理堅い人ですから」

 

 それを聞いた途端、桑原先輩のデュエマへの打ち込みようも納得が出来た。

 断言は出来ないけど、火廣金に負けた時に無力さを実感した俺なら分かる。俺が同じ立場なら、間違いなくそうするという確信は持てるからだ。

 

「……負け続けるのを自分の無力だと勘違いして、意気消沈してくれなければ良いのですがね。負ける理由は、必ずしも弱いで済まされるものではない。師匠は、そう言ってました」

「……そうか」

「トチ狂わなければ良いのですが――」

 

 そこまで紫月が言ったその時だった。

 

『マスター!』

「!」

 

 チョートッQの声が聞こえてきた。

 本当にいきなりだな!

 会話を遮ってきた相棒のカードを睨みつけながら、俺は問い質した。

 

「どうしたんだよ。そんなに慌てて。またワイルドカードか?」

『とにかく強い反応であります! 場所は屋上でありますよ! 正体は分からないでありますが』

 

 屋上――それって、桑原先輩にノゾム兄がいる方向じゃないか。

 彼が焦って言うほどの強い反応って、どういうことだ? 只事ではないのは間違いないが。

 しかもこいつ今、正体不明って言わなかったか?

 

 

 

『非常に強い、魔力の塊が――この建物の上に浮き上がっているであります!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――数時間前。某所にて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――時は来た。

 今こそ復活の時。

 私が唯一持つこのエリアフォースカードを媒体に捧げ、貴殿を復活させるとしよう。

 その光は虚構となり、

 その水は謀略となり、

 その闇は欺瞞となり、

 その炎は戦乱となり、

 その力はその全てを生み出した根源となり、地盤にして礎となるだろう。

 偽りの天使と偽りの悪魔の力。

 天へ来たりて、罪業を並べ、堕落を齎す道化の将。

 

 

 

 

「――まだ、完全ではないが」

 

 

 

 梁に縛り付けられたカード。

 再生は出来たものの、そこに宿るクリーチャーは未だ真名を表してはいない。

 

「今回こそ、お前1人で行くのか?」

 

 トリス・メギスの刺々しい声が背後から聞こえてくる。

 

「ああ」

 

 言った彼女は遂に、重い脚を上げた。

 傍に止まっていた鴉――ファルクスが鳴き声を上げる。

 

「久方振りに、こいつの力を存分に振るわねばいけない。それに――私は孤軍ではないからな」



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第45話:ルーン襲来─学園の危機

「へーえ、デュエリスト養成学校の対抗試合ねえ」

「ああ」

 

 言った桑原は、自分が今まで描いた数々の絵画を見せていった。

 風景画が中心であるが、なかには勇ましい異類異形の姿を描いたものもあった。

 絵画は分からぬ、という様子のノゾムだが、これには思わず見入ってしまったようだった。

 そして、それを描くきっかけとなった桑原の過去の話も真剣に聞いていた。

 

「……ところで、その養成学校の対抗試合の対戦カードって、何処と何処だったんだ?」

「ああ、確か鎧龍と大阪の聖羽衣だったぜ。2対2のタッグマッチ。確か、鎧龍側はサングラスを掛けた暁ヒナタっていうクッソ強いデュエリストが居たのを憶えてる。あれは確か、今じゃプロのデュエリストで海外からこないだ帰ってきただろ」

「……へ、へえ」

「で、もう片方は丁度テメェみたいな髪型した奴だったな。背は俺くらい低かったけど。……ん?」

 

 そこまで言いかけて桑原はノゾムの顔を見る。

 彼はどこか、慌てたような様子で「どうした? オレの顔に変なモノでもついてるか?」と言った。

 

「いや、そう言えばテメェ、どっかで見たことがあるような――」

 

 そう彼が言いかけた途端だった。

 がちゃり、と屋上の扉が開く。思わず桑原はわざとらしく開いたそれの奥を見たが――

 

「な、何だ!?」

 

 紙だ。大量の紙が飛んでくる。

 風でも吹いたのかと思ったが、それにしても屋内から吹いてくる風など聞いたことが無い。

 そして、それらは自分勝手に屋上のポールや柵に張り付いていく。

 紙には印字が刻まれており、そこから紫電が空へ迸った。

 

「――!!」

 

 次の瞬間。

 空に、第二の太陽が出来上がる。

 思わず、目を瞑った桑原だったが――

 

 

 

 バチンッ

 

 

 

 首元に強烈な衝撃。

 頭の中ががつん、と殴られたかのようなショック。

 視界は暗転する。

 何が起こったのか、考える間もなく、暗闇と静寂が桑原を支配する。

 

「悪い。ちょっと寝ててくれ」

 

 そんなノゾムの声など、聞き取れるはずもなく――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺達は、階段を駆け上り、扉を開けて屋上に出ようとする。

 が、扉は既に少しだけ開いていた。几帳面な桑原先輩は、いつも扉を閉めていくのだが、風と重みで動いたのだろうか。

 しかし、構わず俺は扉を乱暴に開けた。

 ふと、俺は足を止めた。すぐ後ろにくっついていた紫月が、潰れたような声を上げて、俺の背中に衝突する。

 が、言いしれない違和感が視界を覆っていた。

 

「何だこれは……?」

 

 紫月も飛び出すように屋上に出る。

 そして、俺の感じた異常を彼女も感じ取ったようだった。

 

「……空が」

 

 赤い。

 いや、夕方だから夕焼けにも見えた。

 しかし、それにしても空が異様に赤い――というより、シャボン玉の表面のように斑な赤が波打っていた。

 

『マスター、反応が消失……何処かに消えたであります!? でも、その代わり巨大な魔力が校舎を包み込んでいるであります!?』

「ああ……どうなってんだ!?」

『巨大な魔力のドーム、と言った所でありますか……でも、どうやってこんなものを』

「それより、ノゾム兄と桑原先輩は――!?」

 

 屋上を駆けていくと、すぐにその姿は見つかった。

 ただし。コンクリートの床に横たわっている桑原先輩の姿であったが。

 

「桑原先輩!!」

 

 俺は駆け寄って揺する。

 どうやら気絶していたようで、すぐに重い瞼を擦って起きた。

 周囲には、彼がノゾム兄に見せていたであろうキャンバスが立てかけられていた。

 あれ? そういえばノゾム兄の姿が見当たらない。何処に行ったんだろう。

 と、考えている間に先輩が目を覚ます。

 

「あ……テメェら」

「桑原先輩、どうしたんすか!? どうなってるんですか!?」

「白銀先輩。いきなり聞くのはよしましょう。一番訳が分からないのは先輩のはずです。先輩、此処が何処か、自分がだれか分かりますか」

「いや、心配しなくていい。頭はぐわんぐわんするが、ちゃんと覚えてるよ」

 

 先輩はがばっと起き上がると辺りを見渡す。

 異常な空を見て、吸い込まれるように見入っていた。

 

「……夢じゃ、無かったか」

「先輩。先輩は何故ここに倒れていたのですか」

「……ああ。刀堂に絵を紹介してもらっていたのだが……いきなり、首元にバチッ、て火花が散って、視界が真っ暗になって……それ以降は覚えてねえ」

「じゃあ、ノゾム兄は……」

「……知らねえ」

 

 なんてこった。ノゾム兄は本当に何処へ行ってしまったのだろうか。

 

「ただ……」

「ただ?」

 

 桑原先輩は、息を荒げて言った。

 

「いきなり、変な紙みてーなのが、扉の隙間から飛んできてな。屋上の柵に張り付きやがった。で、何か光の球みたいなのが最初はすっげー太陽みたいに光ってたんだ」

「それが、このドーム……!?」

 

 これが一体どういう役割を果たすのかは分からない。

 しかし、何らかの作為的なものを感じる。俺達がのうのうと学校で日常を過ごしている間に、既にこれは仕掛けられていたのだ。

 

「だが、それはともかく、空がこんなに芸術的になってるとは。模写して良いか?」

「良くないです、正気に戻ってください」

 

 とんちんかんなことを言ってる桑原先輩を窘めつつ、俺達は質問を重ねることにした。

 

「先輩、紙ってのは?」

「ああ。近づいてみたが、薄気味わりーから触ってねぇ」

「薄気味悪い、ですか」

 

 見ると、柵には確かにA4サイズ程の紙が貼りつけられていた。

 しかし、奇妙だったのはそこに妙な模様が書かれてあったこと。

 俺はよく分からないが、魔法陣、と言えば伝わりやすいか。断じて、地図記号のものではないと分かった。

 

「随分とまたファンタジーですね」

『魔力の発生源はこいつで間違いねえな。正確に言えば、ドーム状にこの建物全体を覆い尽くしているか。それも、すっぽりと』

「学校を!?」

「何でそうなるまで放っておいたんですか」

 

 ぐいぐい、と紫月がシャークウガの鰭を思いっきり引っ張る。

 彼が弁明しながら悲鳴を上げた。

 

『痛い、痛い! フカヒレは勘弁してくれ! 恐らく、俺達が近くに居ない場所から飛んできたんだろうな! 相手はかなり時間をかけてこいつを設置したこと、そしてこいつを設置した奴はかなり強力な[[rb:隠密魔法 >ステルス]]で建物内を移動し、俺に気づかれなかったことが分かるぜ、じゃなきゃお前らに先に知らせてる!』

「強力な[[rb:隠密魔法 >ステルス]]……か」

『で、魔力の発生源はこの紙から、って言ったが、此処から魔力を供給してあのバリアが出来ているって感じだ』

 

 ちょっと待て。

 さっきからドームだのバリアだの言っているが、それってつまり……。

 

「なあ……俺達、この学校から出られないのか?」

『さあ、それは分からん。バリアが単なるバリア的な何かだったら一応出られるかもしれないし、場合によっては触ったらビリビリしたり全身が焦げたりするような代物かもしれん』

「バリア的な何かって随分ふわふわした言い方ですね、貴方やっぱりフカヒレですよ」

「万が一のことがあったら大事(おおごと)だからな?」

 

 白い目で桑原先輩と紫月が言ったその時。

 屋上からグラウンドを遠い目で見ていた紫月が怪訝な顔を浮かべる。

 

「先輩方。グラウンドを見てください。玄関から、誰も外に出ていません」

 

 ……確かに。

 紫月に言われて覗いてみたが、誰も学校から出る気配がない。

 まさか、校内で既に騒ぎになってるのか? だとしても、この静けさにはどうも違和感がある。

 ましてや、普段部活で外に出るであろう運動部の面々すら外に出ていないのもおかしい。

 異常事態が目に見える形で起こったなら、何故騒ぎが起こっていない?

 

「これは逆におかしいですよ……全員が、この時間に校舎に籠っていることは有り得ません。ともかく、ブラン先輩に連絡を取りますか」

「ああ。いい加減あいつ、来てくれねえとな……でも、入って来れるのか?」

「さあ」

 

 止めるのも聞かずにスマホを取り出す紫月。

 しかし。彼女の顔が硬直した。

 

「……圏外」

「え?」

「先輩、スマホの電波が完全に切れています」

「あんだと? 此処は特に障害が起こるような場所でもねぇんだが……」

 

 言った桑原先輩、そして俺もスマホを手に取る。

 しかし、彼女の言った通り、スマホの電波が完全に切れていた。

 おまけにインターネットにもつながっていないという始末だ。

 

「何だァこりゃ。何で繋がってねぇんだ? おまけにネットに接続できる環境がありません、だぁ?」

 

 桑原先輩がいら立った表情で言う。

 それは完全に電波、そしてインターネットの接続環境が遮断されているということ、つまりこの空間が外と完全に隔離されていることを意味していた。

 

「こうなったら、校舎の中が心配だ――!」

「……! みづ姉が危ない!」

 

 此処までの言いしれぬ不安と異変。

 俺は飛び出すように、その場から駆け出す。

 

「学校には沢山生徒が居るんだ! 先生だって! 何か起こってからじゃおせぇ!」

『超超超可及的速やかに、元凶を排除するでありますよ!』

「みづ姉、みづ姉に何かあっては私……!」

「おう、その意気だぜ! ……模写する暇はねえなコレ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 いや、もう既に校内にも影響が出ているかもしれない。屋上の階段を駆け下りる。

 翠月さんは勿論、花梨も、そして学校の中にいる皆が心配だ。 

 と、気持ちでは急いていたのだが……踊り場に降り立ったところで、俺達は廊下に出るのを躊躇した。

 聞こえてくる。呻き声のようなものが。

 恐る恐る踊り場から廊下を覗き見ると、俺達は先程までは無かった異様な光景を目にすることになった。

 

「いっ……!!」

 

 それは、数名の生徒達であった。

 虚ろな眼差しで無気力に廊下を歩いており、何かを探すようにして、ふらふらと歩いている様は一目で異変が起こっていることを気付かせた。

 生徒達の額には、先程の紙切れに刻まれていた紋様と同じものが浮かび上がっていたのである。

 

「何なんだよ、一体……!」

「華道部の連中か……様子がおかしい」

「マークが同じという事は、バリアを貼った犯人と同じということですか。明らかに意識が虚脱しているように見えますが……」

『どうするでありますか? 近づいて調べるであります?』

「いえ。此処はシャークウガに解析させましょう。普通の人間にクリーチャーは見えません」

『……いや、やってるんだけどよ』

 

 シャークウガは首を振った。

 

『いつもならもっとはっきりと何の魔法が掛けられてるのか分かるんだが、この薄気味悪い空気の所為か、全く魔法が何か分からねえ。それどころか――』

 

 彼はいつものように、指先に水の塊を纏わせようとする。

 しかし。水は固まらず、そのまま魔力の塊となって霧散してしまった。

 

『魔法が使えねえ』

「そう言えば、我もこの術に掛かったものの気配を感知できなかったであります……何かの魔法にかかってるなら、普段ならもっと早く気付くでありますよ」

『さっきもあの得体のしれないバリアの正体がつかめなかっただけに、どうも事態はどんどん悪化してるようだぜ』

「じゃあ、近づいて調べるっきゃねえか。相手は3人。こっちも3人。最悪どうにかなる」

「オイオイ、考え無しかァ? まあ仕方ねえか。俺もごちゃごちゃ考えるのは性に合ってねえ」

 

 俺達は遂に意を決して廊下に降り立つ。背後から、3人組に回り込むようにして。

 

「オイ! 大丈夫か? 目がイってるけど、正気か!」

「……エリアフォースカード、発見」

 

 呼びかけた俺の言葉に返ってきたのは、そんな言葉だった。

 まずい。この明らかに正気でない生徒達は、俺達のエリアフォースカードを狙っているのか!

 考えている暇を与えることなく、生徒は飛び掛かってきた。

 その背後には、薄っすらとだがクリーチャーの姿が見える。

 

「あの紋様が貼り付けられた紙が、力を持ってるのか?」

『そのようであります! クリーチャーは、そこから宿主に取り付いているでありますよ!』

 それを躱したところで、チョートッQとシャークウガが叫ぶ。

 

『マスター! デュエルの準備を!』

『デュエルだ! デュエルで正気に戻すっきゃねえ! 同時に3人分、開くぞ!』

「畜生! 結局コレか!」

 

 桑原先輩が悪態をつきながらデッキを取り出す。

 俺達もエリアフォースカードを取り出した。

 

 

 

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)Ⅳ……EMPEROR(エンペラー)!』



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第46話:ルーン襲来─紫月、怒る

※※※

 

 

 

「あーうー……何デスか、コレ……」

 

 或瀬ブランは当惑していた。折角急いで眠い目を擦って此処まで来たというのに、彼女が学校前の校門から先へ立ち入ることは叶わなかった。

 言うなれば光の壁。それが、校舎周りの地帯をぐるっと覆っている上に、ドームのようにして丸く校舎を収めているのである。

 入ろうとすると、それに阻まれて先に進むことが出来ない。

 

『非常に嫌な気配がする……クリーチャーではないな、この大規模な魔力の壁は』

「このドーム、どうやってBreakすれば良いのデショウ……さっきからアカル達と通話は繋がらないし、中が心配デス」

『確実に、この中で何かが起こっておる。やれることは試してみたが、無理じゃ』

「迷宮化も空間に穴を開けることも出来ないなんて……」

 

 ワンダータートルは悔しそうに頷く。

 ブランも、さっきからずっと校舎周りを観察してはいるが、さっぱり様子が分からない。

 

「取り合えず作戦変更デス。此処から一番校舎に近い裏山に回り込んで、双眼鏡で校舎の窓から覗きマショウ!」

 

 

 

「その必要は無い。いや、無駄と言ったところか」

 

 

 

 声が響く。

 ブランが振り返った先には――燃えるような赤毛。

 そして、その顔を見て彼女は身構えた。

 

「ヒヒロカネ……! 何故、ここにいるデスか!」

 

 火廣金緋色。

 アルカナ研究会の魔導司、つまり敵である彼とばったり出くわしてしまった。

 彼は強敵だ。あまり戦いたくはない、と冷や汗かいたブランだったが……。

 

「安心しろ。俺は女子供には自分からは攻撃しない。それはそうと、このドームに手をこまねいているようだな」

『どうやら、この事態を知っているような口ぶりじゃが……やはり魔導司の仕業じゃったか』

「俺がやったわけではないよ」

「! それなら、一体誰がデスか」

「これはとてつもない代物でね。空間内の視認を歪め、外部、内部からの侵入、脱出を不可能にする恐怖のドームだ」

「Questionのanserになってないデス」

「要するに俺ではない。少なくとも」

 

 敵意を剥き出しにして睨みつける。

 彼は肩を竦めると言った。

 

 

 

「……まあ、つまり。我らがアルカナ研究会会長のルーン魔法だ」

 

 

 

 ブランは耳を疑った。

 ルーン魔法。小説か何かで読んだことがあるような魔法だが、ブランは細かくは思い出せなかった。

 それに、所詮は創作の知識はここでは役に立たない。

 

「本当に、何故こんなことをやったのか。正直俺としては小一時間、会長に問い詰めてやりたいんだがな。自分の切札が復活したからと言って、一般人を巻き込むだなんて正気を疑う」

「ル、ルーン魔法っていうのは、何デスカ?」

「これはあくまでも俺達の中で使われてる一種の業界用語だがね。決まった印……例えば五芒星なんかを刻んだ紙を使う魔術さ。それも大量にばら撒き、広範囲に魔力を広げるのさ」

「な、何か手間が掛かりそうデス……」

「そうだね。最も、印は媒介、つまり魔力の通り道に過ぎないから、印さえ合ってれば後はコピー用紙でも良いのだが、手間暇が掛かるのは間違いない。その代わり、ばら撒いた周辺では完全にその魔術は効力を発する。電気回路のようにね。おまけにこういったバリアを貼られたら、俺達でもお手上げだ。会長のルーン魔術のバリアが強力な理由は2つあるからね」

 

 得意気に語る火廣金。

 話半分に聞いていたブランだったが、流石に口が軽すぎやしないかと彼女は眉をひそめた。

 

「……まさか、それまで教えてくれるとかないデスよね」

「今の俺はお前達に敵対するつもりはない。信じるなら教えてやろう。最も、お前はイギリス人混じりだから、その辺りも多少は解せると思っているが」

「むぅ。まあ、聞いておくデス」

「簡単に言えば、あの中では全てのクリーチャー、および他の魔術は効力を著しく減退、及び無効化される。魔法を使った犯罪者共の中では酷く恐れられている監獄だね」

「!」

「つまりクリーチャー、他の魔術では破れない。物理的にルーンの紙を処分するしかあるまい。ただし魔力で弾かれるから素手では触れない。間接的な手段……燃やす、濡らす、破る、あるいは――」

「なーんだ、弱点はあるじゃないデスか!」

 

 途中で言葉を遮るブラン。突破口があるならば、耀達を助けることが出来るかもしれない、と。

 しかし、火廣金はそれを一蹴した。

 

「言ってるだろう。弱点があれば、とっくに俺はこの中に入っている。否、弱点はあるし分かってはいるのだが」

 

 忌々しそうに彼は言った。

 

 

 

「――分かってても、突破出来ないんだよ。文字通り、弱点無し、抜け穴無し、だからな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「《バレット・ザ・シルバー》でダイレクトアタックだ!」

 

 空間が閉じた。

 生徒達はそのまま廊下に倒れ伏せていた。

 見ると、紫月と桑原先輩もデュエルに勝つことが出来たらしい。

 倒れた男子生徒に駆け寄り、息があることを確認すると、俺は揺すり起こそうかと思ったが、この異様な光景を目の当たりにしてパニックを起こされるよりはこのまま眠っていてもらった方が好都合か。

 見ると、生徒達に貼りついていた紙が燃えるようにして消えていった。

 彼らを操っていたのは間違いないが、デュエルで勝てば消すことが出来るのか。

 だけど、無関係な生徒を巻き込むなんて……。

 

「……許さねえ」

「先輩……」

「皆が心配だ! 元凶を突き止めるまで、なるべく体力は使いたくないけど……」

 

 そして俺達は全員を全員、救うことはできない。

 エリアフォースカードの使用には制限があり、使う度にそれが疲労感と虚脱感といった形で俺達に襲い掛かってくる以上、何度も戦うのは危険だ。

 特に元凶、それも魔導司がこの中に居る疑惑がある以上は。

 

「逃げだせば、クリーチャーが実体化して襲い掛かってくる。さっきも既に半分実体化していたぜ」

「ならば、やむを得ません。校内全域が敵の領域で間違いないでしょう」

 

 冷静に振舞う紫月。

 しかし、親指の爪を噛んだ彼女の表情には、明らかに焦りが現れていた。

 一先ず、階段を駆け下りて、正門から外に出ることが出来ないか確かめることに。

 狭い校舎の中でいつまでも逃げ続けることは出来ない。

 しかし。

 

「何だこりゃ……」

 

 俺達は息をひそめてすぐに階段に身を隠す羽目になった。

 というのも、玄関には何人もの野球部の生徒が、サッカー部の生徒が虚ろな目で徘徊していたからである。

 くそっ! 流石にこれじゃあ出て行くことが出来ない。数はざっと十数人。俺達を探しているのだろう。目視しなければ見つけることは出来ないだけまだマシか。

 

「どうする? 突っ込むか? 白銀、紫月」

「いや、悪手でしょうね。私は今、デッキを1つしか持っていないから複数人相手は出来ないですし」

「持って来てたら複数人相手にするつもりだったのかよ」

 

 ともあれ、校舎の外に居た野球部がコレなら、美術部が、剣道部がどうなっているのか、最早この状況では想像に容易い。

 倒せば解放することが出来るとはいえ、余計な数の戦闘は避けなければ、俺達が倒れてしまう。

 そうなれば今度こそゲームオーバー。奴等の狙いはエリアフォースカードというのは間違いないので、奪われるだろう。

 

「黒幕が何処にいるか分からねえ以上、俺達は隅々まで校舎を回って探すしかないか」

「だが、そんなことしてたら俺たちゃ共倒れだ! エリアフォースカードで戦い続けてたら、バテちまうんだろ!? どうにかして場所を割り出さねえと」

「しかし、取り付かれている生徒も心配です。みづ姉……無事ならば良いのですが、私達が戦える回数には限界がある……」

「くそっ、そもそもブランが居ねえから迷宮化もナビゲートも使えねえんだよな」

「オマケに、校舎から外に出ることは出来ないってのか」

 

 八方ふさがりか……しかし、此処までの事が出来るのに、何でこんな回りくどい真似をするんだろうな今回の犯人は。

 ……いや、こうして俺達を疲弊させるのが目的かもしれねえけど。

 仕方ない。一旦引き下がって他の階を探し回ろう。最悪は、あの玄関から正面突破すれば良いだけだし。

 そう思って、俺達は2階に上がる。今度は美術部の状態、そして渡り廊下から剣道場の様子も確かめてみないと。

 何よりノゾム兄も見つけないといけないから、やるべきことは山積みだ。

 

「誰か、居るか?」

「はい。女子生徒のようです」

「くそっ、挟まれたか」

 

 階段に隠れた俺達は、こそこそと廊下の先に居る人影を見ていた。

 もっとも、数はこちらの方が少ないから、突破するのは簡単だ。

 目標は一先ず剣道場。

 ならば、女子生徒の居る廊下を駆け抜けて、ちょっと遠いけど2階の剣道場への渡り廊下へ向かった方が良い。

 しかし。

 

「オイ白銀。後ろからも足音が聞こえてくるぞ!」

「マジかよ!?」

 

 

 

 

「エリアフォースを寄越 せ……」

「エリアフォース……を」

「エリアフォース を渡せ」

 

 

 

 階段の奥から数名の野球部員がこちらへ向かってくるのが見えた。

 こうなると最早、全員とデュエルしなければいけなくなってしまった。

 だけど、階段の方からは何人も来てるからな……挟み撃ちを回避するには、1人が女子生徒を、残り2人はやってきた奴から迎撃する。よし、これだ。

 俺は2人に目配せして、廊下を蹴り、女子生徒の居る方へ駆けた。が、

 

 

 

「――あラ、しヅじゃナい」

 

 

 

 正面きって、廊下を突っ切ろうとしたその時。

 向かってきていた人影の正体を認め、俺達は足が竦んだ。

 

「みづ、姉……!!」

「翠月さん!?」

「おいおい、これは……厄介なことになったな」

 

 俺達の前に立ちふさがったのは、翠月さんだった。

 他の美術部員が何処に行ったのか。何故彼女だけ此処にいるのかが気になったが、それを差置いた最大の異常は、彼女の言葉から言いしれない身の毛のよだつ悍ましいものを感じたこと、そしてそれ以外は異常と呼べるものがおおよそ存在しないことであった。言葉にノイズが混じっていなければ、彼女が憑かれているとは気付かなかった程だ。

 

「――駄目じゃナい。そんなものをモッてたラ……エリアフォースを、ワタしなサイ?」

 

 カタコトで、詰め寄る彼女。

 まさか、こんなところで翠月さんに出くわすなんて……! 

 しかも、他の生徒とはまた違うものを感じる。ただただ取り付かれていただけのさっきの彼らとは違い、明らかに彼女に魔法が”馴染んでいる”印象を与えた。それほどまでに、違和感は無かったのである。

 花梨も、こんなことになってるのかと思うと、ぞっとした。酷いことを……!

 俺は紫月の方を向いた。

 しばらく、彼女は茫然となって立ち尽くしていた。

 

「私は、選ばなきゃいけない。みづ姉を傷つけてでも助け出すか、否か」

 

 彼女は小さな拳を握りしめた。

 

「でも、目の前のみづ姉の様子は明らかにおかしい……私は、私はみづ姉を見捨てることは、できない」

「答えは1つだろ……紫月!」

 

 彼女は頷いた。

 デッキケースに伸びた手が何度も止まりかけたが、遂に決心したように握りしめた。

 

「白銀先輩。桑原先輩。1つ……頼んで、良いですか」

 

 緊迫したこの状況の中、いつもの彼女なら、いや今までの彼女なら正気を失っていたかもしれないこの状況。

 彼女は振り向き、一瞬だけ――微笑んだ。

 

「背中、お願いします。だから、みづ姉のことを任せてください」

「……ああ! 勿論だ!」

 

 俺は強くうなずいた。

 背中合わせの共闘。本当は冷静ではいられないはずのこの状況。

 湧き上がるような、沸騰するような怒りを押さえつけて、紫月は呟くようにその言葉を唱えたように見えた。

 

「白銀。こっちも行くぜ。翠月の事は、あいつが一番知っている。分かっている。俺は、翠月も、紫月も信じる!!」

 

 俺もエリアフォースカードを手に取る。

 背中合わせの彼女も、エリアフォースカードを手に取った。

 もう、振り返ることはしない。互いの強さは、確かに心で信じているから。

 

「私にみづ姉を傷つけさせること。そして、みづ姉を傀儡にしたこと――万死に値します。そうでしょう? シャークウガ」

『おー、こえぇ。だけど、考えは同意だぜ。本当に魔導司ってのァ、汚ェ真似をしやがる! 行くぞ! 姉ちゃん助けるんだろ!!』

 

 デッキケースから、白紙のカードを取り出しました。

 

 

 

「はい。デュエルエリアフォース――展開」



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第47話:ルーン襲来─背後の悪魔を撃て

※※※

 

 

 

 私とみづ姉のデュエル。

 現在、私のシールドの1枚は《海底鬼面城》で要塞化されており、ターンの最初に互いのプレイヤーが1枚ずつカードを多く引ける状態です。

 私の場には《虹彩奪取(レインボー・ダッシュ) アクロパッド》。光と水のクリーチャーのコストを、軽減します。

 

「私のターン、《虹彩奪取(レインボー・ダッシュ) トップラサス》を召喚」

 

 対するみづ姉の場には剣を掲げた2色の無法者、《虹彩奪取 トップラサス》が現れます。

 互いに4コスト圏に繋げる準備は整っているようですね。

 

「あハはァ、シづ……シづ……? どうしてそんなに怒ってるノ?」

 

 あの妙なものに憑りつかれた影響が大きかったのでしょうか。

 普段のみづ姉とは違う、悍ましい何かと戦っている気がするのです。

 喋っているのはみづ姉、目の前に居るのもみづ姉で間違いないのですが……最も、それで私の激高する理由が消えたわけではないのは勿論ですが。

 

「では私のターン」

「《鬼面城》の効果デ引くわ」

「私もです。そして、さらにドロー。マナチャージ……1コスト軽減して、3マナで《アクロパッド》をNEO進化」

 

 早速出していきますか。このデッキのキーカードを。

 手札の消耗が激しいので、上手く行くか心配でしたが、《鬼面城》の手札補充で上手くやりくりできました。

 早速、叩き込むとしましょう。

 

「深淵へ響け、憐憫たる夜想曲。進化で重なる絆の音色――《記憶の紡ぎ 重音》」

 

 現れたのは、太古の龍の化石を纏ったゴーレム。

 メタリカの力、存分に振るわせて貰いましょう。

 

「《重音》で攻撃――するとき、キズナプラス発動です」

「キズナプラス……!?」

「このクリーチャーが攻撃するとき、進化元を墓地に置くことで発動する効果ですよ」

 

 私は、《重音》の進化元の《アクロパッド》を墓地に置きます。

 そして、その効果で手札からコスト5以下の呪文を唱えることが出来ます。

 

「呪文、《超次元 シャイニー・ホール》。効果で、超次元ゾーンより《激天下!シャチホコ・カイザー》をバトルゾーンへ出します。そして――みづ姉、どうか許してください。シールドをブレイク」

 

 巨大なゴーレムがシールドを砕きました。

 その破片がみづ姉に降りかかりますが――光になって収束しました。

 

「っ……S・トリガー、《フェアリー・トラップ》。効果で、山札を捲って、ソのコスト以下のクリーチャーをマナに置くか、捲ったカードをマナに置くカ選べるわ! もっとモ捲れたノは《トレジャー・マップ》だから、マナに置くけど」

 

 これでみづ姉のマナは次のターンで4枚。

 5コスト帯のクリーチャーを呼ばれるのは厄介ですが……。

 

「じゃあいくわよ? 《トップラサス》軽減、1マナで《ステップル》召喚。効果でマナブースト。さらニ、4コストで《ステップル》NEO進化――《ゴアジゴディ》!」

 

 次の瞬間、大地が隆起し、《ステップル》を抱擁しました。

 そして、地中から現れたのは、クワガタ――いえ、あれはアリジゴク、と言うべきでしょうか。

 更に、あのクリーチャー、確か……。

 

「みづ姉も……キズナプラスを」

「さっキは驚いタわ。しヅも、キズナプラスを使うンだモノ。でも、このターンは攻撃しないワ。ターンエンド」

 

 殴ってこなかった……? 相手にも考えがあるようですが、このデッキにはそれを止める術は今はありません。

 《鬼面城》によるドローを済ませた私は、《シャチホコ》の効果を発動させることにしました。

 

「《シャチホコ・カイザー》の効果発動。ターン開始時に墓地からコスト3以下のクリーチャー、《アクロパッド》をバトルゾーンに出します」

 

 キズナプラスで墓地に置いたクリーチャーをこうして復活させることができるのは大きいです。

 さらに、これだけでは終わりません。

 

「まず、コストを軽減して2マナで《黙示護聖 ファル・ピエロ》を召喚します。効果で自身を自爆させ、墓地から《シャイニー・ホール》を回収。ターンエンドです」

 

 これで、仮に次のターンに《シャチホコ》が倒されても問題はありません。

 また、出せば良いのですから。

 

「うふフ。しヅ……私の可愛い、シづ」

「……そうやって、私の動揺を促そうというわけですか。みづ姉に取り付く悪魔め」

「……フフフ」

 

 不敵な笑みを浮かべたみづ姉。

 少なからず、私は苛立ちを憶えました。あの奥にある悪意の存在に。

 そして、盤面だけ見ればこちらが有利です。最も、《鬼面城》で相手にも手札を供給してしまっているのが少々痛いですが……。

 

「私のターン。1コスト軽減、1マナで《一番隊 ルグンドド》召喚」

「《ルグンドド》……!」

「そしテ、1コスト軽減、5マナをタップ!」

「!」

 

 出てくるのはグランセクトのクリーチャー。しかも6マナ帯ですか。

 

「それは戯曲の如く。1度嵌れば抜け出せない、芸術と奈落の落とし穴――《ルグンドド》、NEO進化!」

 

 このデッキで、6コストのNEOクリーチャー。

 キズナプラス、グランセクト。導き出されるのは――”あのクリーチャー”ですか。

 

 

 

「アハハハハハハ!! [[rb:物語りなさい >ナラティブ]]、《マイト・アンティリティ》!!」

 

 

 

 空から滑空して飛び降りたのは、蜻蛉のようなクリーチャー。

 これはまずいことになりました。あのクリーチャーも、キズナプラスを持っているのですから。

 

「《マイト・アンティリティ》の効果発動! 墓地かラ、カードを2枚までマナに置くワ! ソシテ、《アンティリティ》で攻撃――するとき、キズナプラス発動!」

 

 来ましたか。これが、キズナプラスの本領発揮。

 キズナプラスを持つクリーチャーが進化元を墓地に置いて攻撃したとき、自分のキズナプラス効果、そして”味方1体のキズナプラス効果”も使うことができるのです。

 いわば、サバイバー等に見られる効果の共有に似たものでしょう。

 

『やっべーぞ、マスター……!!』

「はい。あのクリーチャーの効果は確か……!」

「まずは《アンティリティ》のキズナプラス効果で、マナゾーンからコスト4以下のクリーチャー、《[[rb:単騎連射 >ショートショット]] マグナム》を出スわ!」

「単騎マグナム……!」

「サらに! 《ゴアジゴディ》ノキズナプラス効果デ、自分のクリーチャー1体、ここは《アンティリティ》のパワーを+4000し、ブレイク数を1枚追加! T・ブレイク!」

 

 一気に割られる3枚のシールド。

 おまけに、《単騎》の効果で手札に来た《カーネル》が使えない。まずいです。

 あのカードが来なければ、確実に私は敗けるでしょう。

 

「コレで終わり! 《ゴアジゴディ》で攻撃すル時、進化元を墓地に置いてキズナプラス発動! 《ゴアジゴディ》のパワーを+4000し、ブレイク数を1枚追加!」

 

 みづ姉が高笑いするのが聞こえました。

 もう1つのキズナプラスが発動します。

 

「しヅ? シづの一人ぼっちのキズナプラスとは、訳が違うのよ! マナから《ドープ”DBL(ダブル)”ボーダー》を出すワ!」

「……あれはスピードアタッカーの……!」

「これで終わりよ!」

 

 ……さて、今度こそ防御用トリガーが無ければ詰みですが……。

 此処で私が負けることは、みづ姉を助けることが出来ないという事。

 終わり? そんな結果、私が受容するとでも。

 

「――S・トリガー、《攻守の天秤》。効果で《トップラサス》と《ボーダー》をタップ」

「……ターンエンドよ」

 

 さあ、此処からが踏ん張りどころです。

 シールドは0。対して、みづ姉は4枚。厳しいですが……確実に勝てる立ち回りをしていきたいですが、最後の1枚が引けません。

 

「……やっぱり、私は、1人だけじゃ戦えませんね、シャークウガ」

『……そうだな。だが、1人じゃねえってのは、心強いだろ』

「はい。これは、私の戦いであり、私だけの戦いではないのですから。私は1人じゃない。それを、みづ姉に潜むあの忌まわしき魔物に思い知らせます」

 

 ……どうか。私に、力を貸してください。

 

「――ドロー」

 

 よし。

 引けました。後は、全て上手くいくことを祈りましょう。

 

「まず、《シャチホコ》の効果で《ファル・ピエロ》を出します。自爆して、手札に《シャイニー・ホール》を加えます。そして、《アクロパッド》の効果でコストを1軽減します」

 

 ……白銀先輩のおかげで何とか完成したこのデッキ。

 守られるだけじゃない。私だって、守ってみせる。この切札で。

 

「5マナで、《アクロパッド》よりNEO進化」

 

 《アクロパッド》の上に重ねた切札。それは――

 

 

 

「咆哮は魔砲の雨となり、荒波をも砕く嘆きの要塞――出撃、《魔法特区 クジルマギカ》」

 

 

 

 深海の海溝より浮上したのは、巨大な鯨の要塞。

 嵐のような咆哮が場を震わせました。

 これが私の、新たなる切札です。

 

『ヒャッハー!! これがムートピアの戦艦都市! さあ、マスター! あんたならこれを使いこなせるはずだ!』

「無論です。《クジルマギカ》は、自分のNEOクリーチャーが攻撃するとき、墓地、および手札からコスト5以下の呪文を唱えることができます」

 

 では、まずは第一タスクです。

 このまま、確実に勝てる流れを作ります。

 

「私は1人ではないですよ、みづ姉。もう、1人じゃない。キズナプラスだけが、NEOの絆の力じゃないのですから。《重音》でシールドに攻撃――するとき、《クジルマギカ》の効果で《ファイナル・ストップ》を手札から唱えます。効果で、相手は次の相手のターンの終わりまで呪文を唱えることができず、私は1枚ドロー」

「なっ……!?」

「シールドをブレイク」

 

 残りシールド、3枚。

 破片が飛び散り、みづ姉に降りかかりました。

 

「し、しヅ、痛い……やめテ……!」

「っ……!!」

 

 拳を握りしめます。

 ああ、私は、私は最低の妹だ。

 こうして目の前で姉が傷ついているというのに、その痛みを癒すことができない。

 それどころか、こうして傷つけることでしか姉を救うことは出来ないなんて。

 

「でも」

 

 唇を噛み締めました。

 血の味がしました。

 

「でも、私は折れない……! ここで、ここで引き下がることは、みづ姉を助けることから遠ざかってしまう……!

《シャチホコ》で攻撃。シールドをブレイクです!」

 

 これで、みづ姉のシールドは2枚。

 私の場には《クジルマギカ》のみ。ですが――

 

「《クジルマギカ》で攻撃――するとき、墓地から呪文を唱えます。呪文、《攻守の天秤》! 効果で場のクリーチャー2体をアンタップ。 起き上がりなさい《クジルマギカ》、《重音》!」

 

 これで、打点は足りました。

 さらに、呪文も使えません。

 一気に叩き込み、みづ姉を助け出します。

 

「シールドをW・ブレイク」

「S・トリガー! 《夢うつつラッコルさん》で《重音》ノパワーを+4000して相手プレイヤーを攻撃不能にすル……!」

 

 それだけではもう、止めることは出来ません。

 これで終わりです。

 みづ姉。もう少しだけ、我慢してください。

 悪夢は、もう醒めますから。

 

 

 

『叩き込め、マスター!!』

「――《クジルマギカ》。ダイレクトアタックです」

 

 

 

※※※

 

 

 

「折れないな。暗野紫月。トリスに付け込まれたから、もっと脆いのかと思っていたが」

 

 バチン、と何かが焼き切れる音が頭の中でした。

 接続が途切れた、と表現するのが適切だろう。

 

「奴等、思った以上に精神面も肉体面も頑強というわけだな。まあ良い。悲劇は何度でも起こるさ」

 

 彼女は振り返った。

 そこに聳え立つ自らの切札を。

 そして思い返した。自らの過去を。

 

 

 

「――例え、何度焼かれようと……お前の力で、何回でも複製する。それだけの話だ」



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第48話:アルカナの偽証─正義の味方

「皆、どうしちゃったんだろ……」

 

 剣道場の裏に隠れた花梨は、この奇妙な状況で困惑と恐怖を隠せなかった。

 中にいる生徒は、教師は皆、虚脱したかのように目が死んでおり、まるでゾンビのように辺りを徘徊していた。

 ――逃げ、なきゃ……! 耀達なら、助けてくれるかもしれない……!

 どうすればいいのか。何が起こっているのか分からないこの状況。しかし、下手すれば耀達もこのようになっているかもしれないと考えて、顔が青くなった。

 逃げなければ。逃げなければいけないのだ。

 

 

 

「周章狼狽――と言ったところだが……驚いているのは私も同じだよ。こんなところに、我がルーンの洗礼が効かないものが居るとは驚きだ。エリアフォースを持っているわけではないようだが」

 

 

 

 ぺた、ぺた、と裸足でコンクリートを歩く音。

 見ると、そこには黒いローブを纏った小柄な子供の姿があった。

 その素顔は隠れているので分からない。しかし、声からして幼い少女であることは間違いない、と花梨は判断する。

 

「あ、あなた、誰……!? 火廣金と同じ、魔導司(ウィザード)なの?」

「……知り合いか? まあ良い。お前が白銀耀と仲が良いのは調べがついている。そして、過去にワイルドカードに憑依されたことがあり、この魔術に耐性が出来ている事から分かる」

 

 すらすらと言葉を並び立てる少女。

 しかし、花梨にはその内容が分からなかった。

 ルーンの魔術、ワイルドカード。そして、耐性。

 混乱ますます極まる、といったところだ。

 

「今、この学校はこの私が掌握している。今頃彼らはあんな感じに虚脱した人間と戦って疲弊しているだろうさ。それが私の狙いだが」

「狙い……!?」

「まあ、お前がどこまで知っているか、とか何を知っているかとかは興味が無いよ」

 

 言った彼女は、手を振り上げた。

 

 

 

 

「少し、人質になってもらおうか」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「みづ……姉」

 

 何とか向かい来る生徒を倒した俺と桑原先輩は、後ろでも戦いが終わったことを認めた。 

 翠月さんを抱きかかえる紫月。その瞳の色は、普段の冷淡なものではなく、酷く怒りで爛れていた。

 

「ごめんなさい、みづ姉。少し、ここで寝ていてくださいね」

「紫月……!」

 

 立ち上がった彼女は袖で顔をぬぐうと、俺達の方へやってきた。

 彼女がどんなに辛い思いでデュエルをしていたか、想像に難くない。

 それどころか、自らの手で自らのクリーチャーで彼女にトドメを刺さなければならかったこと。

 それがどんなに彼女を苦しめたか。

 

「大丈夫です。先輩。この怒りは、この憤りは、悲しみは、全て黒幕にぶつけます」

 

 だから、大丈夫な訳が、無いじゃないか。

 俺は拳を握り締める。

 それでも、俺はあくまでも彼女の戦い続けるという意思を尊重した。

 なにも気付いていないふりをして、頷いた。

 憤り、悲しみ、後味の悪さを残したまま、俺達は再び動き出すことになった。翠月さんを安全な場所に置き、俺達は再び目的地を決めようとする。

 ともすれば。やはり校舎を隅々まで探索するしかないのか。

 連戦は辛いが、花梨が、ノゾム兄が心配なのが俺の本音だった。

 それに、このドームがどうなっているのか、確かめておく必要もある。だけど、敵は隠れやすいこの校舎の中にいるかもしれないのである。

 

「ところでよ」

 

 桑原先輩は思い出したように言った。

 

「テメェらはエリアフォースカードを持っているから、この洗脳が効かないってのはまだ分かる。だが、俺は何で紙に憑りつかれてねぇんだろうな?」

「そりゃ……何ででしょうか」

 

 ふと、それは俺も気になった。

 あの状況で真っ先に影響を受けていそうなのは桑原先輩だ。

 

『ある程度、桑原殿にも耐性は出来ているでありますよ。一度、ワイルドカードに憑かれているであります』

『ひょっとしたらこの操りの魔法、ズブの一般人、素人にしか効き目がねぇのかもしれねえな。あるいは、それが桑原。あんたの特異体質なのか』

「ああ? どういうことだよ」

『そういう可能性もあるってこった』

「……ってことはもしかして、花梨も耐性があるとか」

 

 俺はふと口にした。

 あいつも1度ワイルドカードに憑りつかれている。桑原先輩みたいに、彼女だけ紋様の紙の影響を受けていない可能性もある。

 だけど、花梨も元は無関係な普通の高校生に過ぎない。

 もしも彼女が正気を失った生徒達の姿を見たら――どんなに怯えるか。

 そして、また彼女を事件に巻き込んでしまったことになるのだ。

 

「もし、そうだとしたら……どうしよう、またあいつは……!」

「白銀」

 

 ばんっ、と桑原先輩が俺の背中を叩く。

 すっげぇ痛かったけど、先輩ははっきりと言い放つ。

 俺の迷いを振り払うように。

 

「今は、ごちゃごちゃ考えるのは後だ! 俺は難しい事考えるのは苦手だが、今やるべきことはこの事態を解決すること! その後片付けには全力で協力してやる。テメェはどっかり構えてろ、デュエマ部部長!!」

「先輩……!」

 

 そうだ。迷ってる場合じゃない。

 今は何が何でも花梨を助けなきゃいけないんだ。

 

「白銀先輩。どうしますか。正面玄関に突入しますか。それとも、校舎内を回りますか」

「……今は1秒が惜しい。もし、花梨が憑かれていない可能性があるなら、あいつをこれ以上危険な目には遭わせられない!」

 

 だから、と俺は繋げた。

 

「正面玄関を突破する! 目的地は剣道場だ!」

 

 

 

「ハッハッハ、諸君! その必要は無くなったぞ!」

 

 

 

 駆けだそうとした俺達はずっこけそうになった。

 その影は、胡散臭い三段笑いと共に虚空から現れ、くるりと宙返りすると廊下に降り立ち、マントを翻した。

 いや、ちょっと待て。あんた一体、今どうやって出てきた? この空間じゃあクリーチャーの力は使えないはずなんだが……。

 そんな突っ込むさえも隅に追いやり、彼は諸々の状況を一切合切無視して、

 

「はっはっはっはっは、愛と正義の月の使者、三日月仮面、只今参上!!」

 

 大抵、事件が大事になると出てくる三日月仮面。

 これで会うのは3回目か。何しに来たのかは知らんが、胡散臭さは健在だ。

 恰好は完全に不審者だし。

 

「いや、名乗ってる場合かよ!!」

「あなた、一体どうやってここに来たんですか」

「何でこんなところに居るんだよ!?」

「ハッハッハ、お決まりとお約束も陳腐になると、飽きられると思って登場シーンに少し彩りを加えてみたのだが、どうかな? オーパーツの力で玄関から此処までワープしたのだよ」

「聞いてねぇよ! 階段使えよ!」

「本当に何しに来たんですか、この人」

「ハッハッハ、正義の味方とは、常に困っている人の下にやってくるのだ。何故とか野暮なことは聞いてはいけない。いいね?」

「アッハイ」

 

 ん? ちょっと待てよ。

 この人今、玄関からって言わなかったか?

 まさか、あの魔窟と化している玄関から?

 

「白銀先輩!!」

 

 考えていたその時、紫月が声を上げた。

 何と、廊下の奥から紙が大量に飛んでくるのだ。

 

「なっ!?」

「ふむ。どうやら黒幕は、あの紙を大量の複製しているようだね。しかも、飛んでくる場所もバラバラだから、さっきも”分解”するのに手間が掛かったが」

 

 次の瞬間、廊下の壁に寝かされていた翠月さんに紙がくっつく。

 紫月が飛び掛かって、それから彼女を庇おうとした。が、

 

「オーパーツ!!」

 

 三日月仮面のオーパーツが背後から現れた。そして、廊下中に紫電が迸った。

 それらが飛んできた大量の紙を一瞬で量子の塵に変えてしまう。

 

「えっ、えええ!?」

「何だ。クリーチャーの力は使えなかったんじゃないのか!?」

「ハッハッハ、確かに君たちのクリーチャーを見る限り、そうらしい。だが、この”分解”と”再構成”はそこまで弱体化していない」

「分解と、再構成!?」

「ああ。要するに、モノや魔術・魔法を分解するというものでな。いわば、魔法とは魔力が特定の法則で束になって飛んでくるものだが、それをただの糸に変えてしまうというわけだよ。丸太が飛んでくるのと、木の枝がばらばらになって飛んでくるのでは、明らかに前者の方が痛いだろう?」

「いや、死ねますよねそれ」

「とまあ、そんな要領でオーパーツの力は、モノを粒子に変えて否定したり、逆に自分の力で分解したものをすぐになら元に戻すことが出来るのさ。超科学を持つテック団の長にはピッタリだろう? 今までの登場もそれを利用したものなのだがな。要するに――唐突に出てくるのは、これを利用したワープ! 魔法の分解はその副産物さ!」

「じゃねーよ!! 明らかに魔法の分解がメインだろーが!!」

「自分を分解して再構成するだけなら、魔力は使わないからな。むしろ、ルーンの分解の方が疲れたぞ」

 

 しかし、こんな無茶苦茶なことが出来るとは……。

 魔法の影響を受けるなら、それを分解してしまえば良いという発想が既にインチキ染みている。

 それほどまでに、三日月仮面とオーパーツの力が強いのだろうか。

 

『我、流石に自信を無くすでありますよ……』

『ここまでコイツの力が無茶苦茶とはな』

 

 チョートッQとシャークウガもその力を前に落胆するしかない。まあ、気持ちは分かるぞ。

 言った三日月仮面はシルクハットから覗く仮面の眼を妖しく煌かせた。

 

「とはいえ力量の差があってか、流石にこの分解をもってしてもバリアのメインとなるルーン用紙は分解できなかったのでね、生徒のルーン用紙を分解しながら君達を探していたが、見つかってよかった」

「ルーン用紙?」

「また横文字かよ」

「この魔法のことさ。私も小耳に挟んだことがあるだけだが、紙に五芒星みたいなマークを書くとそれが魔力の中継点となり、この学校を覆うバリアのように大規模な魔法を使えるというものだよ」

「……よく分からないですが、この紙がやはり元凶ですか」

「まあ、燃やすなり濡らすなり、分解するなりすれば破壊できるけど、これはわらわら湧いてくるから、犯人が息切れするのを待つか、それともこっちが犯人を見つけ出すしかないのだがね」

「えと、じゃあ犯人ってどうやってルーン用紙を量産してるんですか?」

「さあね。マークさえ合ってればコピー用紙でもいいと聞いたことがある。しかし、この速度とペースは異常だ。別の手段で用紙を複製していると考えるべきだろう。あるいは、それ自体が犯人の能力か」

 

 だが、この魔法に対抗できる可能性が見つかったのは大きい。

 それならば犯人の居場所も分かるかと思ったが、それについて聞くと彼は首を横に振った。

 

「いいや、居なかった。相手は校舎の外にいると考えられる」

「……そう、ですか」

 

 紫月は俯いた。

 手掛かりは結局薄いままか。

 それならば、もう結論は1つ。

 

「三日月仮面! 俺達と、同行してくれませんか?」

「ほう。君の方から言ってくるとは」

「助けたい友達がいるんです。だけど、俺達だけじゃこの事態に対抗出来ない。三日月仮面の力を借りたい」

 

 今は、胡散臭かろうが何だろうが、この人の力が必要だ。

 紫月と桑原先輩もそれには同意のようだった。

 腕を組んでいた三日月仮面だが、シルクハットの鍔を上げると言った。

 

 

 

「……フッ、良いだろう。正義の味方である以上、君たちの頼みは断れん」



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第49話:アルカナの偽証─激突

※※※

 

 

 

 正面玄関に出てみると、そこには倒れ伏せた生徒達。

 どうやら、オーパーツがルーン用紙を分解してしまったらしい。

 一見、無敵に見えるこの能力だったが、この助っ人のおかげで俺達はようやく外に出ることが出来たのだった。

 とにかく、花梨の無事が心配だが、この人のルーン分解で助けられると考えると少し安堵した。

 問題はそもそも魔法に掛かっていなかった場合なのだが、それでもエリアフォースカードを持っていない彼女には狙われる理由が無いのである。

 

「剣道場、か。私にも急ぐ理由がある」

「三日月仮面にも?」

「ああ。刀堂花梨――いや、君たちの友人に何かがあってはいけない。校舎の中を探しても居なかった。君たちのおかげで居場所が分かって良かったと思ってるよ」

「何で分かったんですか」

 

 紫月が白い目を向ける。

 

「ふっ、正義の味方は何でもお見通しだよ」

「……そう言えば、三日月仮面。その花梨の兄ちゃん、刀堂ノゾムっていうんだけど、制服が違う背の高い変な髪型の男子生徒はいなかったか!?」

「……さあ、見なかったな。少なくとも彼は今此処には居ないと思って良いだろう」

 

 居ない――!?

 ノゾム兄は本当に何処に行ったのだろう。

 居場所はいち早く見つけなきゃいけないのに……。

 

「んっ」

 

 紫月がぶるっ、と突然、身震いした。

 

「どうした?」

「い、いえ、何かとても嫌な気配がして」

 

 嫌な気配?

 そう思った次の瞬間だった。

 何だろう。凄まじい寒気が襲った。

 とても生理的な嫌悪を催すような、そんな力だ。

 次の瞬間だった。

 轟!! という音と共に、異形が姿を現す。

 どうやら、ルーン魔法で実体化したクリーチャーのようだった。

 どうしよう。これ以上、俺達は無用な戦いは避けたいのだが――そう思った矢先、

 

「……三日月仮面。あなたのその力、確かに体力を消費するようですね」

「任されっぱなしって癪に触んだよ。俺らにも、ちっとはやらせてくれや!」

 

 立ち塞がるのは桑原先輩と紫月だった。

 

「じゃあ、俺も――」

 

 俺も駆け寄ろうとするが、制止したのは紫月だった。

 

「白銀先輩。三日月仮面と一緒に居て下さい。万が一のことがあってはいけません」

「大丈夫。信じてくれや」

 

 2人の力強い言葉。

 だが、俺はまだ戸惑いを隠せない。

 俺なんかが行っても、力になれるのか?

 

「……少年。私からも頼む」

「三日月仮面……?」

「今回、何が起こるか分からんからな」

 

 空間が開いていくと同時に、三日月仮面はマントを翻した。

 その言葉がやけに静かで――俺もそれに着いて行くのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 辿り着いた剣道場。

 呻き声を上げる生徒達の姿。

 しかし、それさえもオーパーツが一気にルーンを分解し、地面に倒れ伏せていく。

 その様を見て、俺は彼との力量差を無力に感じるばかりだった。

 

「……少年!」

「は、はいっ」

 

 強い声が響いた。

 

「無力である、と考えているのではないか? そんなことは無い。私は、お前1人が背中に居るだけで頼もしいのだぞ」

「……そんなことを言っても」

 

 

 

「痛定思痛――まだ不完全とはいえ我がルーンを破るとは、つくづく恐ろしい男よ」

 

 

 

 次の瞬間、大量の紙が巻きあがり、その中央から人影が現れる。

 俺はいきなり出てきたそれを前に、足が竦んだ。

 とても小さな子供のようだった。

 黒いローブを目まで覆っており、素顔は分からない。

 だが、靴だとかの類は履いておらず、裸足で違う文明からやってきたものじゃないかと疑うほどだ。

 

「子供っ……!?」

 

 堪らず声を漏らす。

 遂に止むルーン用紙の嵐。

 そして、宙に浮かんでいる人影を俺達は認めた。

 あれは――

 

「花梨!!」

 

 思わず叫ぶ。

 意識は失っているようだが、その周囲にルーン用紙が紫電を発して取り囲んでおり、空中の檻となっている。

 俺は吼えるようにして、その子供――いや、その正体である恐ろしい魔導司に怒鳴った。

 

「お前……誰だ!!」

 

 誰か、と聞いたものの、目の前に居るのは間違いなくあの魔導司だ。

 しかし、今までのそれとは規格が違う今回の騒動。

 それを引き起こせるのは相応の力を持つ者。

 

「失礼千万――私を誰だと思っている。だが、名乗れと言われて名乗らないのも組織を統べる者としてどうかと思うのでな」

 

 誰に言うでもなく、魔導司は答えた。

 

 

 

「私はファウスト。アルカナ研究会会長にして、大魔導司(アークウィザード)の異名を冠するものよ」

 

 

 

 アルカナ研究会の会長――つまり、今まで出てきた魔導司達のトップ。

 まだ、信じられない気分だが、とうとう敵の親玉が出てきてしまったということだろう。

 これだけの事態を引き起こせたのも納得だ。

 

「さて、諸君に提案があるのだがね。此処に、諸君らの友人が囚われている」

「っ……花梨を離せ!!」

「ああ、此処で解放したら、地面数メートルからコンクリートの地面に叩き落とされることになるがね」

 

 寒気だった。

 もう1度花梨の置かれている状況を確認する。

 10mほどの高さの場所で閉じ込められているのだ。

 落とされればどうなるかは、想像に難くない。

 

「……卑怯な。人質か」

「貴様等にいきなり飛び掛かられては困るのでな」

 

 言ったファウストの口元は一切笑っていない。

 脅迫ではないことが分かる。

 

「……要件は何だ」

 

 進み出たのは三日月仮面だった。

 その声からは今までの陽気さは一切感じられない。

 

「……無関係なやつを巻き込んで、お前は何を考えてるんだ?」

「私には手段を選んでいられない理由があるのでね。要件は簡単な事だがな。エリアフォースカードを全て私に寄越せ」

「っ……!!」

 

 投げかけられたのは無条件降伏の要件。

 それが引き換えだという。

 従わなければ、花梨が殺される。絶体絶命の状況だ。

 確かに俺達は今まで、これを護るために戦ってきた。だけど、目の前の相手はとても強くて、どうしようもない。

 

「……差し出すよ。エリアフォースカード」

 

 俺は前に進み出た。

 命には、代えられないものだ。

 

『マスター!!』

「……悪い、チョートッQ。俺は、誰かの命を引き換えにモノを持ち続けることは出来ないよ」

『……悔しいでありますが、マスターはそういう人間でありましたな』

「フン。所詮は人間。脆いな。おい、仮面の。お前はどうだ?」

 

 ファウストの投げかけ。

 三日月仮面なら、きっと――

 

「耀。お前の心意気、確かに受け取った」

 

 それは、確かに三日月仮面から出た言葉だったのだろう。

 だけど、俺には酷く懐かしく聞こえた。

 

「仮面の。さあ、お前もエリアフォースカードを――」

「確かに。これを渡せば、花梨は助かるんだろ」

 

 え? 俺達が呆気に取られている間に、彼はまくしたてるように言った。

 

「――それでも、断る!!」

 

 ファウストの顔に初めて動揺が浮かんだ。

 

「正義の味方は――大変だぜ。誰かの大事なモノも、誰かの大事な命も、全部守らなきゃいけないんだからな!!」

「正気か」

「三日月仮面!?」

 

 俺も同じだ。

 この人、一体何を考えてるんだ!?

 

「ならば、この少女はこの場で殺す――痛みも感じる暇も与えん」

 

 俺は駆け出していた。

 花梨を受け止める為に。間に合わないと分かっていても――

 

「ああ、正気だ。その証拠に――」

 

 彼は空高く牢獄から落下した――”はずの”花梨を指差した。

 その身体は、消えるかのように粒子となって空中で粒子となって”分解”されていく。

 

「む」

 

 ――三日月仮面の腕に抱えられるようにして、花梨の身体が”再構成”されていった。

 もう、10秒も経たないうちに彼の手には完全に彼女の姿が戻っており、檻の中の花梨は消えていた。

 な、何が起こったんだ!?

 

「……っふぅ!! 一世一代、最初で最後の大手品!! 上手く行く見込みが無きゃ、降参だった……!! こういう時もあろうかと、”自分で”練習してきた甲斐があったもの!」

 

 え? え!?

 まさか、これも分解の力!?

 遠くにいる人間を分解して、自分の手元に再構成したのか!?

 

「吃驚仰天……お前。何処まで規格外なんだ? 仮面の」

「はっ、私は三日月仮面だぞ。正義の味方は誰も見捨てはしない。これで条件はリセットだ」

 

 押し黙るファウスト。

 何が起こったのか分からないけど、花梨は助かった。

 本当にこの人、何者なんだ。最も、当の本人にも出来るかどうか分からなかったみたいだけど。

 

「まあ、想定外ではない。それに、そこまでの力を行使すれば――」

「正義の味方に限界は無い!」

 

 言った彼は花梨を俺の肩に負ぶわせると振り返った。

 そして、大魔導司に指を突き立てる。

 

「この俺にとって、目下最大の障害。アルカナ研究会会長・ファウスト。お前を此処で倒す。花梨を人質に取った事、後悔しろ」

「……何から何まで想定通りだ」

 

 2人は相対する。

 三日月仮面の手には、エリアフォースカードが握られている。

 戦いが、始まるんだ。2人のぶつかり合いが、ついに。

 

「……ルーン魔法を使ってる間、他の魔法は使えないと聞いた。お前達魔導司が空間を開くのは魔法でやっている以上、ここでオレと戦うことはお前のバリアは解除される」

「分かっている。その上で、見敵必殺――お前を徹底的に倒す」

「小悪党の台詞にはピッタリだな。女の子を人質に取るような、小悪党には」

「これが私のやり方だ。相手を肉体、そして精神。両面から徹底的に苛め抜く。そのうえで、お前の仮面も引き剥がしてくれよう。その厚い面の皮ごとな」

 

 空気が変わった。

 三日月仮面のエリアフォースカードが光り輝いた。

 俺は、彼が負けるとは微塵も思ってはいない。あれだけ強く、あれだけ凄い力を持つ三日月仮面なんだ。

 あのトリス・メギスも倒したんだ。ファウストだって――そう思ってしまう俺と、今までの戦いとはこれは違う、ファウストと戦うのはやめてほしいと止める俺が居る。

 しかし。

 

「なあ、”耀”」

 

 今までになく、親しく慣れたノイズ交じりの声が俺に向いた。

 

「私は、楽しかったぞ。三日月仮面として、お前と共に戦うのは」

 

 もう、今更止めることは出来ない。

 これは、彼の戦いなのだ。

 俺は思えば、既に彼の正体を心の何処かで分かっていたのだろう。

 だから――止めることなど、出来やしなかった。

 

 

 

「デュエルエリアフォース――!!」



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第50話:アルカナの偽証─五色の道化

※※※

 

 

 

 三日月仮面とファウストのデュエル。

 現在、三日月仮面の場には《ノロン⤴》が置かれている。

 対するファウストの場には何もいない。しかし。先攻3ターン目になって、ようやく動き出した。

 

「私のターン。マナに《熱血龍 シビル・ウォード》を置き、これで3マナ。そして3マナをタップ。呪文、《フェアリー・ミラクル》」

「……5色コンか」

「マナに5色が揃っているので、山札の上から2枚をマナに置く」

 

 ファウストのマナが急激に増加した。

 山札の上から2枚がマナに置かれる。

 これで、合計5マナ――!

 

「私のターン。ならば、2マナで《【問1】テック》を召喚。そして、《ノロン⤴》で攻撃――するとき、革命チェンジ発動!」

 

 飛び掛かるプログラムの結晶は、そのまま三角形の結晶龍へと変化する。

 来た。三日月仮面のテック団の革命チェンジだ。

 

「《【問3】ジーン⤴》! 効果で山札の上から2枚を表向きにし、お前はどちらかを墓地に落とし、どちらかを手札に加えねばならない!」

 

 表向きになったカードは、《完璧問題 オーパーツ》と《戦略のDH アツト》だ。

 

「即断即決。《オーパーツ》を墓地に、《アツト》を手札に」

「ふっ、同じことだ。そのままシールドをブレイク!」

 

 割られるシールド。

 しかし、そこから1枚のS・トリガーが現れる。

 

「S・トリガー、《獅子王の遺跡》。効果で山札の上から1枚をマナに置き、そして多色マナ武装4で私のマナを更に2枚追加する」

「……くっ」

「人間ごときが、私達の戦いの世界に踏み入るからこうなる。因果応報だ」

 

 まずい。一気にファウストのマナが増えた。

 だけどその分、手札も消耗している。相手のマナは次のターンで9枚になるけど――

 

「私のターン。6マナをタップ。さあ、お前の覚悟とやらを見せてみろ」

 

 次の瞬間、巨大な咆哮が響き渡る。

 一気に戦場は、荒れたサバンナへと塗り替えられた。

 

 

 

「D2フィールド、《大革命のD ワイルド・サファリ・チャンネル》を展開」

 

 

 

 革命の力を得たD2フィールド。

 それが展開される。

 

「こいつの効果で、マナゾーンで多色カードをタップする時、そのうちの好きな枚数のカードのマナを2にしてもよい」

「マナの数字が2になるのか……!」

「人間ごときが、怖気づいたか」

 

 言ったファウスト。

 それに反駁するように、彼は叫んだ。

 

「人間ごとき、人間ごとき――お前らは、人間見下さなきゃ生きていけないのか」

「お前達とは力も、力量も、経験も、覚悟も違うさ」

「覚悟なら、お前達に負けてはいない」

 

 三日月仮面の言葉は、いつにもまして悲痛だった。

 

「お前にわかるか? 頼り縋っていたものを全て奪われた、ある哀れで無力な男がどんなに惨めだったか」

 

 孤独な影。

 彼の言葉の中に、彼の頼り縋っていた物の中に、少なくとも俺達は居なかった。

 彼がどんな人生を歩んで来たのか。それは詳細には分からない。

 

「私は、ワイルドカードの悲劇を繰り返さない!! そして、これは”私の覚悟”の証でもある!!」

 

 カードを引く三日月仮面。

 此処から、彼の逆襲が始まった。

 

「2マナで《アツト》召喚! カードを2枚引いて、2枚捨てる! そして、墓地の《オーパーツ》から墓地進化!! 《死神術師 デスマーチ》!!」

 

 そして、そのまま《ジーン⤴》に手を掛ける。

 

「《ジーン⤴》で攻撃――するとき、コスト5以上の光か水のクリーチャーの攻撃をトリガーに、革命チェンジ発動!!」

 

 次の瞬間、天上から光が降り注いだ。

 あれは、テック団の革命チェンジではない。

 光り輝く、天使龍の力だ。

 

 

 

「音階龍の切札――確かに借り受けた!! 《時の法皇 ミラダンテ(トゥエルブ)》!!」

 

 

 

 あれは――ドレミ団のレジェンドカード……!

 前に音神が使っていたカードだが、彼に憑りついていた禍々しいワイルドカードとは別物だ。

 神々しい。その言葉がそのまま当てはまる。

 静寂の音色を響かせ、法皇の下に時が止まっていく。

 

「効果でカード1枚ドローし、ファイナル革命発動!! これでお前は、次のターンにコスト7以下は出せない! せめて、《ボルバルザーク・エクス》とかの召喚は封じる!」

「……愚かな」

 

 割られる3枚のシールド。

 その中の1枚が突如、燃え上った。

 

「S・トリガー、《ボルメテウス・ホワイト・フレア》。効果で相手のクリーチャーを全てタップ」

「っ……ターンエンドだ」

「獅子奮迅。その勢いは誉めてやろう。だが、私にも譲れぬものがある」

 

 言ったファウストは、カードを引く前に――手元にある《ワイルド・サファリ・チャンネル》に手を掛けた。

 

「ターン開始時に《ワイルド・サファリ・チャンネル》の(デンジャラ)・スイッチ、起動」

 

 次の瞬間――巨大な獅子の顔が彼女の背後に現れ、咆哮した。

 そして、オアシスが現れ、戦場は大自然に覆われていく。

 

「これで私はこのターン、マナからクリーチャーを召喚することが出来る」

「っ……!!」

「如何なる軍勢も、私の前では無力だ。意味がない」

「無力だと……!」

 

 そうだ、とファウストは言った。

 

「その程度の覚悟が、私に勝るものか。私には使命がある。そして責任がある。逃れられない宿命でもあるのだ。人間に、エリアフォースカードは渡さない」

 

 刹那。

 見ていた俺でさえも、凍り付くような感覚を覚えた。

 大地を割り、天を穢す悪魔にして天使のような道化。

 彼女の背後に、強大なものが現れた。

 

 

「何を言って――」

「このカードはな。あらゆる我が切札に成り得る、まさに切り札(ジョーカー)。私の属性である愚者(ザ・フール)に最大限に適応するカードだよ」

 

 語りだすファウスト。

 彼女が切ったワイルドカードは、身の毛のよだつような曲芸の始まりを告げる。

 すべてを終わらせ、狂わせる道化師のタロットカードが、浮かび上がった。

 

 

「変幻自在にして千変万化。全ては無常、変わりゆく者」

 

 

 

 不明で不条理、不可思議な存在。

 吸収するマナは、5つ。

 革命の大地を足場に、怪しく、妖しい死の演目が始まろうとしていた。

 

 

 

「天を突いて悪徳に堕とせ──《天罪堕将(てんざいだしょう) アルカクラウン》!!」

 

 

 

 巻き起こる炎の渦と水の渦。

 そこから、恭しく礼をした仮面の道化が姿を現した。

 

「久々だな。お前の力、見せてやれ」

 

 マントを翻す道化。

 仮面に隠されて、その表情は伺い知れない。

 だけど、何て強大なんだろうか。

 

『了解ですとも、我がマスター』

 

 喋った――!

 そうか。あいつが、あのファウストのエースクリーチャーなんだ。

 

「アルカクラウン、か――!」

『最初は刺激的ですが、すぐ楽になりますよ、お客様』

「見せてやれ。5色の曲芸――お前の道化師たる所以を!!」

 

 5枚のカードが捲れ上がった。

 その全てに、光、水、闇、火、自然のマークが刻み込まれる。

 そしてそれぞれが飛んで行く。

 

「《アルカクラウン》が場に出た時、山札の上から5枚を見て、その中から光、水、闇、火、自然、違う文明のコスト7以下のクリーチャーを1体ずつ場に出す。勿論、進化も含めてな」

「なっ……!」

「召喚以外なら、良いのだよ。《ミラダンテ》の時止めは意味を成さない。さあ、曲芸の始まりだ」

 

 降り立った5つの影。そこには――

 光――《青寂の精霊龍 カーネル》。

 水――《飛散する斧 プロメテウス》。

 闇――《闇鎧亜クイーン・アルカディアス》。

 火――《星鎧亜イカロス》。

 自然―《爆砕面ジョニーウォーカー》。

 の5体が並ぶ。

 

「《カーネル》の効果で、《デスマーチ》をロック。《プロメテウス》の効果でマナを2枚タップして置き、マナから1枚を回収。最後に《プロメテウス》を《イカロス》に進化」

 

 なっ、一瞬でクリーチャーが3体も――!

 だが、まだ最後の1体が残っている。

 悪辣な闇は、《アルカクラウン》に降り注いだ。浮かび上がる数字はⅢ。女帝を表す数字だ。

 

「《アルカクラウン》、進化。《闇鎧亜クイーン・アルカディアス》」

「直接進化した……!」

 

 あれは、何だ。

 前に見た《クイーン》よりもさらに禍々しい。

 新たなる女帝のカードということか。

 

「これが我が切札の変幻自在たる所以。《アルカクラウン》の種族はデーモン・コマンド、エンジェル・コマンド、ロスト・クルセイダー。加えて、光、闇、自然の多色クリーチャー。多くの進化元となり得る」

 

 3色で3つの種族を持つから、進化先に恵まれているクリーチャー。

 これが道化の道化たる所以――!!

 

「最早、お前に勝ち目はない。諦めるんだな」

「生憎、諦めるのは苦手でな。私は、いや、オレはデュエリストだからな!!」

「そうか。ならば」

 

 彼女は冷淡に、突き放すように、用済みになった廃材に言い放つかのように、

 

 

 

 

「此処で死ね」

 

 

 

 飛び掛かる女型のロスト・クルセイダー、《イカロス》。

 炎を纏った脚を、シールドへ叩きつける。

 

「《イカロス》はクルー・ブレイカー:多色クリーチャーを持つ。我が場に多色クリーチャーは《イカロス》、《クイーン》、《ジョニーウォーカー》、《カーネル》の4体。よって、ブレイク数は+4。シールドをオールブレイクだ」

 

 そして、薙ぎ払うようにして全て蹴り壊した。

 吹き飛んだのは、三日月仮面もだった。

 シールドの破片が一気に降りかかり、衝撃波も襲い掛かる。

 そのまま、彼は吹き飛び、地面に叩きつけられた。

 

「お前は《クイーン・アルカディアス》の効果でコストを支払わずに呪文を唱えられない」

「……ああ、そうみたいだな……」

 

 仮面の変声器は完全に破損している。

 そして、仮面自体もぱっかりと割れていた。

 シルクハットが落ちると、血が滴り落ちる。

 そうやって、飾り物が全て取れた時。

 

「――!!」

 

 俺は、ようやく彼の正体に確信を持つことが出来た。

 

 

 

「ノゾム、兄……!!」

 

 

 

 高く束ねた髪。

 高い背に、少し童顔の顔。

 だが、それらすべてが今は血に塗れていた。

 

「ノゾム兄!! 何で、ノゾム兄が……!!」

 

 何でだ。

 なんでなんだ。

 何で、この人がこんな所にいるんだ。

 俺達とは、一番遠い場所に居たはずの彼が。

 何も知らない間に、事件に関わっていたというのか。

 日常に、日常の傍にいたはずの彼が、何故。

 

「耀……オレは、大丈夫だ。黙って……聞いてろ!」

 

 彼は叫んだ。

 

「耀……オレは、俺はお前らに言わなきゃいけないことがいっぱいあったのに、言わなかった……そのツケが回ってくるときが来たんだ。お前らの前で振舞ってきたオレは、仮面を被って笑っていた”刀堂ノゾム”でしか、無いからな」

「な、何言ってんだよ、ノゾム兄!! ノゾム兄は、ノゾム兄だろ!?」

「もうオレは、二度と幸せにはなれない人間だ……げぇホッ」

 

 血混じりの唾がばら撒かれた。

 彼は息も絶え絶えに言った。

 

「ノゾム兄!! あまり喋るなよ!! もう、フラフラじゃねえか!!」

「これが、末路だよ……戦ってるうちに、自分の顔まで失った哀れな男の末路だ。クリーチャーを知らない周りの人に、お前達に余計な迷惑や心配を掛けたくないって思ってたのに、こうなっちまったなあ」

「どうして、ノゾム兄は……そんなになるまでワイルドカードと戦ってたんだよ。何で、顔を隠してまで」

「もう二度と、ワイルドカードで、クリーチャーで哀しい思いをする人を出さねえためだ……!」

 

 その顔は、笑っていた。

 貼り付けられた作り物の仮面のように、笑っていた。

 もう、笑う事しか出来ない程にノゾム兄の顔は──

 

「そ、そうだけどっ……」

 

 いつも俺たちを励ましていたあの笑顔は。

 いつから、いつからあんなに不気味なものになってしまったのだろうか。

 

「こいつは、オーパーツは、オレが半分身体を貸す代わりに色んな力をくれた。危険は承知だが、それで今まで戦ってきた」

 

 それじゃあ、三日月仮面の時のノゾム兄は、半分オーパーツの感情が入ってたってことか……!?

 今まで、そうやってずっと――自分の感情を殺して、ワイルドカードと戦ってきたのか!?

 身近な人物が、1人で孤独に戦ってきたのを今の今まで知らなかった。

 こんなに、こんなに近くにいたのに。

 

「なあ、耀。オレみてぇになるな。オレみてぇに、笑顔をべったり貼り付けたような人間マシーンになってくれるな。どうやっても、お前達ならオレとは違う道に行ける。誰かの輝きが無いと輝けず、光を失った月には出来なかったことをやってくれる」

「おい、ノゾム兄。縁起でもねぇこと言うなよ」

「オレは、このデュエルで勝っても負けても、間違いなく二度と戦えなくなる……!! オレは、能力をいいことに、自分に、自分の身体に無茶掛けすぎちまったみたいだからな」

「ノゾム兄らしくねぇよ!! いつもの強気は、いつもの陽気は、いつもの強いノゾム兄は何処行っちまったんだよ!?」

 

 さっきの”分解”と”再構成”を思い出す。

 相当、無理してたんだ。今の今まで。

 身体が壊れるまで。壊れるべくして、彼は壊れたんだ。

 

「お前らが居てくれたから、お前らも似たような境遇だって知って、戦ってるってわかったから、オレは頑張れたんだぜ……一番、励まされてたのはオレで、お前らはオレの心の支えだったよ。何だかんだで、楽しかったからな、正義の味方……助けるつもりが、結局は支えられちまったけどな」

 

 シールドの1枚が収束した。

 同時に、ノゾム兄は立ち上がってそれをつかみ取る。

 

「オレは、お前らを止めない。お前らが逃げるのも、戦うのも。だけど……後、もう少しだけ、もう少しだけ、お前達のヒーローで居させてくれ」

「ようやく立ったか。それでこそ仕留め甲斐がある。虚勢でも、強がっている獲物の方が良い。残念だが、《クイーン》の効果で、お前は呪文をコストを支払わずには唱えられない。このまま、捻り潰してやる」

 

 迫る黄金の鎧をまとった天使の女王。

 しかし、英雄は、決して止まらなかった。

 

「それはどうかな! S・トリガー、《終末の時計 ザ・クロック》! ターンを強制スキップだ!」

 

 俺は、ひたすら放心状態だった。

 滝のように叩きつけられる事実の数々。

 それが、俺を打ち付けていく。

 

「まだ、立つのか? 愚かだな」

「はっ、生憎底無しのバカなんだよ、オレは……!!」

 

 ああ、そうか。

 やっぱり、そうだったのか。

 彼は、ひたすら正義の味方に殉じたんだ。

 ずっと、”1人”で戦ってきたんだ。

 

「耀!! 見てろ!! オレはまだ戦えるぞ!! これが、これが刀堂ノゾムの、最期の戦だ!!」

 

 カードを引いたノゾム兄。

 即座に5枚のマナをタップした。

 

「オーパーツ……無茶させちまってごめん……! でも、もう少しだけ、ワガママに付き合ってくれ!! 5マナをタップ、《クロック》を《革命龍程式 シリンダ》に進化!! 効果で場の水のクリーチャーの数だけ1枚引く! 2枚ドローだ!」

 

 言った彼は、更に畳みかけていく。

 

「さらに、《シリンダ》の革命2が発動! 相手のクリーチャーは、もう攻撃とブロックが出来ない!」

「《カーネル》が……それどころか、攻撃も出来ないとは」

「そして、《シリンダ》で攻撃するとき、革命チェンジ発動!」

 

 次の瞬間、彼の目の前にタロットカードの19番、月を意味する数字が浮き上がった。

 そして、三角形の水晶のクリーチャーが投影したホログラムから、数字を身に纏うようにして、機械龍が姿を現していく。

 これが、このデュエルで最後の革命チェンジだった。

 

 

 

「これが、累積されしオレ”たち”の答え――《完璧証明 オーパーツ》!」

 

 

 

 そして、ビーム砲がシールドを打ち砕く前に、更に選択肢を突き付けていった。

 

「登場時効果で、場のカードと手札から合計2枚を山札の下に送れ!」

「《クイーン》の下にある《アルカクラウン》、そして《イカロス》を山札の下へ」

「そして、W・ブレイクだ!!」

 

 シールドが薙ぎ払われていく。

 これで残りシールドはゼロ。

 これで、S・トリガーが来なければ――

 

 

 

「スーパー・ストライク・バック、発動」

 

 

 

 勝利は、訪れなかった。

 確かにトリガーは来なかった。

 しかし。今割ったシールドの1枚が焼ける代償に邪悪なる五龍が姿を現す。

 

「多色マナ武装5で、マナに5色のカードあり、マナのカードが5枚以上あるので《界王類邪龍目 ザ=デッドブラッキオ》を召喚。効果で、《ミラダンテ》をマナに」

 

 淡々と告げる状況。

 ノゾム兄は一言、呟く。

 

「……はっ、此処までみてーだな」

「そうだ。栄枯盛衰――正義のヒーローも、此処まで来ると哀れだな」

「哀れ? 人の姿なのに、人の心が分からないお前らの方が、よっぽど哀れな生き物だよ」

 

 そんな。嘘だろ。

 無敵の、ノゾム兄が負ける? そんなことは有り得ない。

 起こりえないことだ。

 駄目だ。嫌だ。やめろ――

 

 

 

「――《ザ=デッドブラッキオ》でダイレクトアタック」



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第51話:アルカナの偽証─三日月仮面、堕つ

※※※

 

 

 

 空間は壊れ、そこには片や勝者、片や敗者が居た。

 魔導司を統べる、最凶の少女は見下ろすように敗者を一瞥した。

 敗者――三日月仮面のシルクハットは壊れ、仮面も割れており、全身はズタボロになっている。

 その服装は、何故か分解を起こしており、偽りの仮面と衣装に身を包んだ彼の正体が露わになりかけていた。

 

「おいっ……!!」

 

 俺は、駆け寄った。

 何で初めて会った時から、俺達の名前を知っていたのか。会ったこともないはずの花梨に、正義の味方ということを抜きにしてもあれだけ力を使ったのか。

 背丈が何故同じなのか。最初は分からなかったけど、ノイズ混じりのあの声が親しく聞こえたのか。

 すべてが結びついていく。

 傷だらけの英雄を、俺は抱えた。

 

「ノゾム兄!!」

「わりぃな……間もなく、皆のヒーロー・三日月仮面は死んで、消えるんだ。オレはもう、戦えねえ。死ぬか、死ななくても、二度と戦えねえんだ」

「し、死んだりなんかしねぇよ!! 三日月仮面も、ノゾム兄も、死なねえよ!! いっつもみたいに、ヘラヘラ笑って、”大海のでかさに比べれば”って言ってのけろよ!!」

「でかくなったくせに、泣きそうな顔すんじゃねーよ……オレがやわじゃねえって、オレが三日月仮面だったってことが分かったなら、もう分かるだろ」

 

 今にも消えそうな声で言うノゾム兄。

 その顔は、この期に及んで、まだ笑っていた。

 しかし、遮るように魔導司の声が飛んでくる。

 

 

 

「強がるな、蚊蜻蛉め」

 

 

 

 

「……ファウスト!!」

「獅子奮迅。見事だったが、今や砕かれて獅子粉塵と言ったところか。天才デュエリスト、刀堂ノゾム」

 

 その手には、氷の剣が浮かび上がっている。

 殺す気だ。

 今度こそ、ノゾム兄を。

 俺は、エリアフォースカードに手を掛けた。だが――無理だ、と頭が言っている。

 べらぼうに、滅茶苦茶に強いノゾム兄を屠った相手に、俺が勝てる訳が無い。

 

「貴様だったのなら、納得が行く。魔力でコーティングされた衣装に仮面。これで私達に正体を悟られることなく行動していたのか。只の人間のお前に今や興味など湧かないが、やはりここで殺す。お前は、危険すぎる」

 

 

 

「会長!!」

 

 

 

 鶴の一声。

 次の瞬間、赤い鎧を身に纏った猿人が空から飛んできて、その場に降り立つ。

 これって――”罰怒”ブランドか……!?

 俺達を、庇ってるのか!?

 

「……火廣金」

 

 その名前を聞いて、俺は顔を前に向けた。

 立っているのは、灼髪の魔導司。火廣金だった。

 

「いち組織の会長ともあろう方が、死にかけの敗残兵を殺すなど貴方の威信にかかわります。今一度、怒りを鎮めてください」

「……何のつもりだ?」

「言葉通りです」

 

 そう彼が言った時。

 さらに彼女の背後に、巨大な亀が降り立った。

 

『やれやれ、遅くなったわい』

「横暴はそこまでデス!」

 

 そこには、見慣れた鹿追帽と宝石亀。

 

「ブラン……!?」

「その人は、それ以上傷つけさせまセン!」

 

 チッ、と舌打ちするファウスト。

 忌々しそうに2人に目を遣ると、

 

「邪魔をするな」

 

 その一言で、あの巨大な道化師が姿を現した。

 

 

 

「炎乱と水幻の裁――!!」

 

 

 

 次の瞬間、火焔と激流が”罰怒”ブランドとワンダータートルを吹き飛ばす。

 う、嘘だろ。2人のクリーチャーが一瞬で……!

 どれだけ無茶苦茶なんだよ、あのアルカクラウンってクリーチャーは……!!

 

 

 

 

「もう1度、ルーンを無限に複製してやる。お前達諸共に皆殺しだ」

 

 

 

 血走った眼が、ローブの下から見えた。何で、こいつは此処まで――

 俺が身構えたその時。

 アルカクラウンの実態が消えた。

 今度こそ、力を失ったかのように彼女は膝をつく。

 

「……まだ、不完全か」

 

 言った彼女は1枚のカードを手に取ると、何やら呟く。

 

「この場は、此処で引き下がらせて貰う。最も、刀堂ノゾムのエリアフォースカードは戴くがな」

 

 最早、考える気力もない。

 ひたすらに己の無力さを痛感しながら、俺は目を閉じたノゾム兄に呼びかける。

 駄目だ。まだ、死なせちゃだめだ。幸せになれないとかいうなよ。

 もう戦えなくたっていい。また、デュエマしようよ、ノゾム兄――!!

 

「っ……ノゾム兄!! 駄目だ、死ぬな、ダメだ――!!」

 

 俺は狂ったように叫び続ける。

 何も出来ない。無力な俺を恨みながら。

 

 

 

「ノゾム兄――!!」

 

 

 

 ブランが、紫月が桑原先輩が、火廣金が駆け寄ってきたのも、俺は気付かなかった。

 ただただ、死んだように気を失ったノゾム兄に呼びかけていた。

 どうしよう。腕が、足が変な方向に折れ曲がっている。頭から血が出ているし、とにかく出血だけでも抑えないと。

 応急処置のやり方なんて、どうすればいいのか分からない。ここまで酷い怪我を見たのは初めてだ。パニックで、頭が真っ白になってしまっていた。

 ブランや火廣金が何か叫んでいるが、俺には聞こえなかった。

 

「……ハ、ハハ」

 

 乾いた笑みが、零れた。

 突如、がばっ、とノゾム兄が起き上がったことに俺は気付かなかった。

 その動きがあまりにも人間離れしていて、まさか、彼がひとりでに動き出すとは思わなかったからで、俺は言葉を失っていた。

 

「ハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 突如、壊れたオルゴールのように笑い声が周囲に響く。

 貼り付けられた顔は笑顔。

 壊れても動き出す自動人形のように、彼は、高笑いしながら、折れた足で立ちあがった。

 最早、完全に感情が壊れてしまったようだ。

 

「そ、そうだ、まだ、オレは、ワイルドカードを倒すって使命があルんダ、まだ、まダ、こんなところでオワるわけにはいかない、ダ」

 

 ひゃは、と狂った笑い声をあげるノゾム兄。

 白目を剥いた目は正気を失っていることを意味しており、また理性は無く、執念だけで動く人形と化していることを意味していた。

 

「お、おい、ノゾム兄、どうしたんだよ……!!」

「待って、マッテろよ……タル……」

 

 

 ごぎゅっ

 

 ぎ、ぎぎ、ぎ

 

「今、オマえのカタキを、とって、ヤルカらな、オレは、まだ、動けナクなるわけにハ、イ、かない……ダ」

 

 歩こうとする度にノゾム兄の足から嫌な音が鳴り響いて俺の背中に百足が這った。

 次の瞬間、彼の背後にオーパーツのカードが浮かび上がった。

 その身体は完全に大破していて、痛々しい。眼は赤く光っており、不気味だ。

 しかも、もう消えかけていて、すぐに完全に機能を停止してしまいそうだった。

 周囲の声はもう俺には聞こえない。ただただ、異様な姿と化したノゾム兄に注視されているだけだ。 

 

「ノ、ノゾム兄!! どうしたんだよ――!!」

 

 言おうとした瞬間、俺の顔面に何かが飛んできた。

 後頭部から地面に直撃した痛みに堪えながらも手を伸ばそうとしたが、ノゾム兄に俺の手は届かない。

 まだ、何処かに行こうとしているのだ。オーパーツの力を使って――

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、あHAはハハははははははァァァァァ」

 

 

 

 

 笑い声は途切れた。

 ノゾム兄の消失と共に。

 どこへ向かったのだろう。

 どこへ消えたのだろう。

 そうまでして何を求めに行くのだろう。

 もとより、彼の眼の中には俺達は無かった。

 その証拠に彼は俺達の声など無視して消えてしまった。

 彼は、彼は何のために戦っていたのか分からない。

 俺は座り込んだまま、何もすることが出来なかった。

 英雄の末路を前にして――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その後。間もなくのことである。

 ノゾム兄は倒れた姿で、ワンダータートルの力で追っていたブランたちによってすぐ見つけられた。

 本当に消えてしまったのかと思ってしまったが、どうやらオーパーツが最後の力をふるおうとして暴走し、彼の行こうとしている場所に分解・再構成によるワープで連れて行こうとした、というのがシャークウガの見解だった。

 そして、そのまますぐに救急車で運ばれたというのが事の顛末だ。

 完全に意識を失った大怪我の彼は、車に轢かれたという線で近くの市民病院で入院治療を受けることになった。

 その日の俺は、どうやって帰ったのか覚えていない。

 だけど。

 大好きなノゾム兄が、憧れのノゾム兄が人知れず戦い続けていたこと。

 敗北しても尚、執念だけで動き続けたあの姿。

 狂っているとさえ形容されたかの戦士の姿が、俺は瞼から焼き付いて離れない。

 俺はその時、まだ何も分かっていなかった。

 戦うということは、背中にとても重い物を背負って歩み続けること。

 そして、それには鉛なんて言葉では生温い程重い覚悟が必要であること。

 それを見届けた俺は、それを前に何も出来なかった。

 

 

 

 

 俺は――まだ、覚悟の意味さえ分かっていなかったんだ。 



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第52話:regret─失意

 ――身体が、重い。

 昨日、俺は何をしていたのか覚えていない。

 気持ちもまだ整理がついていないが、感情の渦は頭の中で一先ず収まっていた。

 かといって、学校に行き、普通の日常を享受する気にはとてもじゃないがなれなかった。

 ベッドに突っ伏し、英雄を、憧れの男の末路を、目の前で行われたあの惨状がずっと堂々巡りさせていた。

 ああ、そうか。

 俺はまだ、何も振り切れていないのか。頭が、俺を何とか鎮めようとしているだけで、俺の中ではあの惨禍がずっと繰り返されているんだ。

 ノゾム兄は。ノゾム兄は何故、壊れるまで戦っていたのか。

 身体も。精神も。何もかもを投げ打って戦っていたのか。

 笑顔を貼り付けて、辛いのも全部隠して戦っていたのか。

 俺の覚悟なんて、ちっぽけだと思わせるほどに、凄絶で、俺には堪え切れないものだった。

 

「……なあ、チョートッQ」

『……何でありますか』

 

 デッキケース越しの相棒に問い掛ける。

 

「俺は、誰も助けられなかった……花梨も、ノゾム兄も、結局助けられなかった。何も出来なかった」

『……マスター』

「ははっ、うじうじしてる主人で悪いな。だけど、だけど……悔やんでも、悔やみきれねえんだよ……! 強くなったってちょっとでも思ったつもりだったけど……強くなったのは、デッキで、エリアフォースカードで、俺じゃなかった……」

 

 ノゾム兄が強かったのは、デッキじゃない。エリアフォースカードじゃない。

 間違いなく、鋼のように固く、冷たい心だった。数多の傷を受けて尚立ち続ける、痛みも感じない心を持つ戦う彼自身だった。

 俺には、無いものだった。

 戦うことの意味が、覚悟の意味を俺は――知らな過ぎたんだ。

 引く、って感情がある。それに近いものだったかもしれない。 

 そして――俺には、無理だ、俺はノゾム兄みたいに戦うことは出来ない、という言葉だった。

 ノゾム兄は、俺に自分のようになるなって言った。

 それは、これ以上戦えば自分のようになる。もう、俺達にこれ以上戦ってほしくない、俺達には、俺は自分のようにはなれない、なってほしくないから、もう戦うのをやめろ、と言っているようだった。

 そして、根拠を突き付けるようにして、ノゾム兄は俺の目の前で倒れてしまった。

 俺には出来ないことを成し遂げたノゾム兄でさえも――魔導司を統べる、人の形をした人の心を解さない化け物には勝てなかった。

 怖い。

 それほどに、あいつは、ファウストは、恐ろしい存在で、怖い。

 何が怖いのか、具体的に口にすることは出来ない。

 いや――あるいは。あの光景を見るのが、怖いのか。

 

「なあ、チョートッQ。こんなマスターと一緒にいるの、嫌だろ? 契約? だったっけか……もう、そんなの良いからさ。他の奴の所に行ってくれよ」

『な、なに言ってるでありますか!! マスターは、マスターの守りたいって覚悟はその程度だったでありますか!?』

「俺、守り切れる気がしねえよ……! これ以上、お前を」

『……!』

「あんなもん、目の前で見せられちまったら……もう1回、あいつが俺の前に出てきたら……全部終わりになっちまいそうで、怖いんだよ……! あいつは、今までの奴と違う。関係無い学校の皆をああやって巻き込むことに何の抵抗もねえような怪物だ。だから、思っちまったんだよ……! 俺が、エリアフォースカードを手離せば……」

『……マスター、何を言ってるでありますか』

「……そうだよな。お前らは、それでも、戦えって言うよな」

『マスター……!』

 

 俺の目の前に、チョートッQが飛び出して現れる。

 

 

 

『マスターは、何も分かってないでありますよ!!』

 

 

 

 甲高い怒鳴り声が、耳を貫いた。

 

 

 そのまま、デッキから飛び出す光。

 開け放した窓から出て行ってしまう。

 

「チョートッQ……」

 

 慌ててデッキを見た。

 《ダンガンテイオー》のカードが1枚。消えて無くなっていた。

 

「……俺は……どうすりゃいいんだよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 腹も減らない。

 喉も、乾いても起き上がる気力も起きなかった。

 だが着信がスマホから鳴り響いたので、ようやく俺は我に返ったようにそれを手に取った。

 そこに出ていたのは、ブランの名前だった。

 だが……受け答えする気が起こらない。俺は、そのまま放置しておくことにしていたが……。

 

 

 

「アーカールー!!」

 

 

 

 怒鳴り声が部屋の奥から、聞こえてくる。

 扉を隔てて。

 ……ちょっと待て。何でアイツの声が聞こえてくるんだ。

 ブランの、あの甲高い声が、出張で両親がいないために他に誰もいないはずの俺の家の中から聞こえてくる?

 

「そこデスか!!」

 

 がたん、と乱暴に部屋の扉が開いた。

 流石の俺も飛び起きた。

 部屋にずかずかと入ってきたのは、ブランだった。

 それも、顔を真っ赤にして、酷く憤慨している様子で。

 悪かった。着信をスルーしたのは謝ろう。だが、何で此処に居るんだ。

 

「な、何でお前が此処に……」

「玄関、鍵が掛かってなかったデス!!」

「あ、そ……」

 

 どうも余程の放心状態だった俺は、約2日の間、玄関の鍵を開けたままそのままになっていたらしい。

 急に腹が減っていたのを思い出す。

 動いていなかったが故に、身体の節々がかえって痛む。

 そして、俺が学校にも来ていなかったので、心配して駆け付けてきてくれたらしかった。

 

「……じゃないデス! 学校にも来ないで……」

「別に良いだろ……頭ン中ごちゃごちゃで、もう訳分かんねーんだよ」

『チョートッQの反応がどこかへ消えた。さてはヌシら、喧嘩でもしたか?』

「関係ねーよ、ほっといてくれ」

「ノゾムサンが大怪我したのは知ってマス……私が居ない間に……皆、大変だったのも知ってマス。でも、いつまでも塞ぎこんでたって、仕方ないじゃないデスか!」

「お前には分からねえよ」

「分からないデス!」

 

 つんざくように、金切り声が聞こえてきた。

 いつものブランには発しないような、いや、いつかのあの時しか聞いたことがない、ヒステリックな声だった。

 今度は泣きそうな顔で彼女は言った。

 

「……ちゃんと言ってくれなきゃ、分からないデスよ。皆、皆沈み込んで……私だけ……外に居た私だけ、その場に居なくって……一緒に戦えなくて悔しかったのに……」

 

 吐き出すように、息を漏らすように、その問は出てきた。

 

「なあ、ブラン。お前、怖くねーのか?」

「……怖い、デスか」

「下手したら、命に関わるこの戦いを……死ぬかもしれないこの戦いを、これ以上続けようと本気で思ってんのか」

 

 こいつは、元々巻き込まれたようなものだ。

 こいつだって、元から戦いたかったわけじゃないはずだ。

 

「……一緒、デスよ。結局、クリーチャーに襲われたら成す術無く死ぬだけデス。それなら、抵抗する方が、よっぽどマシデス。なーんて、言ってみたけど……」

 

 無理に笑顔を作って、彼女は励ますように言った。

 

「アカルが、クラスメートがこんなに近くで戦ってるのに、私が黙って見てると思ってるのデスか? アカルは、必死で今まで皆を守ろうと戦ってきましタ。それを、無駄にはしたくない」

「怖くねえのかよ」

「怖い、って思う時もあるけど……みんなが、仲間がいるから、そんなこと忘れて戦えるデス。アカルも同じはずデス。カリンを助けようとしていた時、シヅクを助けようとしていた時、アカルに怯えは感じなかったデス。私と、同じデス」

「俺は、俺は怖い。俺は……仲間を、自分も、ああなっちまうかもしれないって思うのが嫌なんだよ。俺が戦ってる所為で、皆がこれ以上危ない目に遭うのが――怖くて、怖くて仕方ないんだよ。今まで実感が沸かなかっただけだ。今まで、運良く助かってきただけだって」

『白銀耀』

 

 言ったのは、ワンダータートルだった。

 

『ヌシが戦うのが怖いのは、自分が傷つくからでは、ないな? 仲間を失うのが、あるいは刀堂ノゾムのようになるのを見るのが怖いのだろう』

「……」

『ヌシは、優しいな。戦う者には、致命的に向いていない程に、優しすぎる。仲間が傷つけば、悲しみで動けなくなってしまう』

 

 見抜くかのように彼は的確に言った。

 そうだ。

 俺はもう、仲間が、知っている人が、俺の目の前で傷ついたり、苦しんだりするのが嫌なんだ。

 

『かと言って、ヌシは戦う事から抜け出すことは出来んだろうよ。戦う仲間を、決して見捨てられない人間だからじゃ。まことに、哀れじゃて。それがヌシの、変えることの出来ないサガ、じゃ』

「俺のサガ……」

「同時に、ノゾムサンも、自分では変えることの出来ない、いえ誰にも変えられない信念が、あったのだと思いマス」

 

 それが何なのか、俺には分からない。

 しかし。それを知っているのか、彼女の声のトーンはいっそう重々しくなった。

 

「そして、私も同じデス。正義は、曲げられない。私の目の前で起こってる悪事は、事件は、私がこの手で暴いてみせマス! それが、シャーロック・ホームズから受け継いだ魂! 私の、覚悟デス!」

 

 その言葉に躊躇は無かった。

 彼女は、決して諦めるつもりはないようだった。

 

「市民病院に、一緒に来てくれマスか? そこで、耀に会ってほしい人が居るんデス」

 

 市民病院。

 この近くにある、最も大きな大型病院であり、ノゾム兄が入院している場所だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 個室のベッドで横たわるノゾム兄。

 右脚の骨折を始めとした外傷がかなり酷く、手術の予定が山積みだという。

 未だに意識は戻っていない。マスク型の呼吸器を取り付けられており、包帯を巻いた腕や足を白いシーツで覆い隠している姿は見るに堪えなかった。

 病室の中に居たのは、花梨の姿があった。

 

「……耀、ブランちゃん」

「……よう」

 

 目を伏せた花梨。

 そのまま、俺の方を向こうとしない。

 俺は何から話しだせばいいのか、分からなかった。

 ブランがどうして俺を此処に呼んできたのかも分からなかったが。

 

「爺ちゃん、さっきまで居たんだけど、身体が悪いから……さっき帰っちゃってね。お母さんがそろそろ仕事終わるから、あたしと入れ替わりでお兄に付きっ切りでいるの」

「……そうか」

「でも、良かった。助けられるの、これで2回目だよね」

 

 2回目。いや、違う。

 お前を助けたのは、三日月仮面――ノゾム兄だ。

 俺じゃない。俺じゃ、お前を助けることは出来なかったのだから。

 

「花梨……悪い。お前が何処まで知ってるかは分からないけど……俺……」

「大丈夫。お兄が怪我したのは、耀の所為じゃないよ。……あたしが、黙ってたのが悪いんだから」

 

 黙ってた?

 俺は目を疑った。てっきり、彼女が魔導司やクリーチャーの類に会ったのは(後者は疑わしいが、ファウストに会ったのは確か)今回が初めてだと思った。前はワイルドカードに憑りつかれてただけだし。

 

「ワイルドカードに憑かれた人間は、その記憶を覚えていればクリーチャーが見えるようになる……カリンは、ドギラゴンに憑りつかれた後にもう1度クリーチャーに出会っているのデス」

「うん。他の人には、もう話したの」

「!? ちょっと待て。それは、何時だ?」

「それは……」

 

 

 

「俺が転校する前の日だ」

 

 

 

 病室から、陽炎のように像がぼけたかと思うとそれがはっきりし、人の形を成した。

 俺は身構えたが、それが火廣金だと知ると少し、肩の力が抜けた気がした。

 

「火廣金……!」

「何を、しにきたデスか」

「見舞いだ」

 

 一言、答えると彼は歩み寄る。

 

「刀堂ノゾムの、な」

「……火廣金」

「そして、お前達に謝りたい」

 

 頭を彼は下げた。

 プライドが高く、こんなことはしないと思っていた火廣金が、頭を俺達に下げたのだ。

 

「我が組織のトップが、君達に危害を加えたことをアルカナ研究会の一員として謝罪する」

「……」

「戦いに加わっていない多くの生徒、そして刀堂花梨を巻き込むことは本来ならばあってはいけないこと。俺としても、それは本意ではない。だが、それをあまつさえ組織のトップが起こしてしまったことをまずは謝らねばなるまい」

 

 俺は詰め寄る。

 謝りに来たのは本人ではない。

 まして、何食わぬ顔をしてやってきた、魔導司である彼に――

 

 

 

「いや、こっちこそありがとう。ノゾム兄を庇ってくれて」

 

 

 

 一先ずは、そう言った。

 彼があの時、ノゾム兄を助けてくれたのは間違いない真実だから。

 まして、自分の組織のトップを前に立ちはだかった火廣金の勇気は、認めなければいけないのだ。

 

「……良いのか? 俺は君の敵だぞ」

「敵とか関係ない。何で助けてくれたのかは分からない。だけど、俺はちょっと……魔導司の事、お前らの事を誤解してた気がする」

「……そうか。まあ、訳はあるさ。俺は借りはきっちり返すタイプだからな」

「借り?」

 

 俺の問に、彼ははっきりと首を振った。

 

「少し君達の話を聞いてだな。それを補足する形になるが……話してしまって構わないな? 刀堂花梨」

 

 静かに花梨は頷いた。

 火廣金と彼女が面識があった事も驚きだ。

 

「君達が、ミラダンテⅫと交戦していた時、俺はその反応を追って明日転校する鶺鴒の旧校舎を急遽訪れていた。そこで、そこの刀堂花梨がトークン・ミラクルスターに襲われているのを発見してな。討伐した」

「助けたのか……花梨を」

「ああ。一般人に被害を出すわけにはいかないからな。その上で、俺は彼女に君の隠していたワイルドカードの事を話したのさ」

 

 そう、か。そうだったのか。

 花梨はそれで、ワイルドカード、エリアフォースカード、魔導司の事を知ったんだ。

 

「ごめん、隠してて……でも、耀達に話すのが怖かった……火廣金は、耀達と戦うって言ってたから」

 

 俺は拳を握りしめた。

 俺の知らない場所で、俺の知らないところで、花梨は危機に瀕していた。

 もしも火廣金が居なければ、彼女がどうなっていたのか分からない。

 守るって言っておきながら、俺は何も守れていなかったんだ。

 そして、その恩人と俺は戦っていたのか。

 

「君が気に病むことはない。人は手の届かないところにあるものに手を伸ばすことは出来ない。魔導司であっても、だ。それにあの日、俺は君の”敵”だった。君は、俺を倒さなければいけない確固たる理由が、覚悟があったはずだ」

「覚悟なんて!」

 

 やるせなかった。嫌味も大概だ。

 そんなもの。ノゾム兄のものに比べれば、小さいものに決まっていた。

 

「……それに、君に倒された後、少し彼女に助けられてな。俺は彼女の親友である君の敵だというのに、お人好しな奴。君も君で、俺に本気の一撃は叩き込まなかったしな。それでも少し痛かったが」

「っ……本当か、花梨」

「うん。あたし……前に助けられたから、放っておけなくて」

「その時、刀堂ノゾムにも助けられた。よりによって、俺達が最も警戒していた相手の1人だったからな」

 

 最も警戒していた相手――そうか。

 ノゾム兄が三日月仮面として戦っていたのは、既にこいつらには割れていたのか。

 しかし。彼は俺の思ってもみなかった答えを出したのだった。

 

 

 

「刀堂ノゾム――旧姓・十六夜。つまり、十六夜ノゾムは元・鎧龍決闘学園のデュエリストだ」



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第53話:regret─覚悟の意味

鎧龍……!?

 それって、黒鳥さんと同じ、デュエリスト養成学校の生徒ってことじゃないか!?

 そこまで聞いて、どれほどノゾム兄が強いのか。納得がいった。

 アレだけ強ければ、入学出来ていてもおかしくはないし、そこで更に強くなったのは想像に難くない。

 

「……私も調べてて、そこに辿り着いたのデス。当時の写真と現在で変わり過ぎて分からなかったデスけど、色々鍵になる事件があって」

「ま、待って!? 鎧龍って、あの鎧龍……? テレビで聞いた事はあるけど……知らなかったよ、そんなこと」

「何だ。君はてっきり知っていると思ったのだがな」

「……教えられて、なかったから」

 

 だけど、そうなると益々ノゾム兄程のデュエリストが鎧龍を離れたのか気になってくる。

 ブランは知っていそうだ。事件、と言っていた以上、何かを知っている。

 

「ノゾムサンほどのデュエリストが何故、鎧龍を離れたのか……それは、ノゾムサンが自分を壊してまで戦い続けたことと関係しているはずデス」

「どうやら、俺と或瀬ブランは知っているようだな。理由を」

「……でも、これ以上は踏み込んじゃいけねえ気がする。ノゾム兄の、過去に関わること。あの人が、わざわざ隠してきたことだろ」

「耀……」

 

 それに、知ったところで……今の俺には、どうしようも出来ないことだ。

 俺は、ファウストには勝てない。

 

「だから――結局、それだけの話だ。聞いたところで、今の俺に何が出来るんだ」

「で、でも……そうだ、あたしも戦える! 桑原先輩も、エリアフォース……ってのが無しで戦ってたんでしょ!? あたしも協力するから――」

「そんなに死に急ぎたいのかよ!!」

「っ……!」

 

 思わず、突き放すように俺は怒鳴った。

 久しぶりに頭の中で糸が切れたような怒りだった。

 何を言っているんだよ、花梨。

 

「馬鹿かよ……俺がはいそうですか、って言うと思ったのか? 相手がどんな奴か、分かってないのか? ノゾム兄が、滅茶苦茶に強いノゾム兄が負けたんだぞ! 俺の目の前で、敗けたんだぞ!?」

「それでもっ……何もしないわけにはいかないよ……」

 

 ブランも、火廣金も、何も返しはしない。 

 それは紛れもない事実であることが分かっているからだ。

 

「……俺は、お前にはこっちに来てほしくなかった。その一心で戦ってきたのに」

「っ……」

「バラした火廣金を責めるつもりはない。見ちまったし、一回憑かれてんだ。仕方なかったことだろ。でも、何があたしも戦える、だ。本末転倒も大概にしやがれってんだ。俺は、本当は最初っから誰も巻き込みたくなかったんだよ」

 

 それが本音だ。

 だけど、結局事件に関わるやつは増えてしまった。

 

「……俺は、一緒に戦う奴が一方で、すっげー虚しかった。こんなことになるのが、俺の知ってる人が、俺の知ってる人が傷つくのを見たくなかった」

 

 手を振ると、俺は病室から出ていく。

 これ以上、聞くことも何もない。

 どうすればいいか、だなんて何も分からないけど……。

 

「……何でこうなるんだよ。俺は納得しねえぞ。絶対に」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 戦いから、逃げることは出来ない。

 でも、俺には奴に勝てるような力が無い。

 最初に火廣金と戦った時。あの時は、黒鳥さんからカードを貰ったからこそ勝てたようなもの。いわば、80%を100%にした、ジョーカーズデッキを完成させたからこそ勝てた相手だ。

 あのファウストは――カードの1枚や2枚を入れ替えたところで、勝てる相手ではない。

 100%から先は、限界という名の到達点。どん詰まりだ。

 そして、仲間が増える、つまりこの事件に関わって標的にされる人が増えるという事実。

 しかも、ブランに、紫月、桑原先輩、ノゾム兄、そして――花梨。

 俺の知ってる人ばかりが、次々危険な目に遭っていく。

 俺は今まで、当たり前のように力を借りていた。力を貸したいっていう彼らの気持ちに応えて、後先考えずに。

 その結果、紫月は一生残る心の傷を負った。

 その結果、ノゾム兄は精神も身体も壊した。

 次は誰だ?

 次は、誰がこうなる?

 俺がこんな事件を持ち込んだばっかりに――

 

「よう、白銀じゃねえか」

 

 俺は立ち止まった。

 そこには、桑原先輩の姿があった。

 どうやら見舞いに来たのか、彼は花束とスケッチブックを抱えていた。

 

「……桑原先輩」

「まだ、立ち直れてねえよな……俺もだ」

 

 先輩も、ショックは大きかったはずだ。

 自分と同い年の少年が、自分よりも前に戦っていたこと。

 そしてその末路を見届けたこと。

 

「……悪い!! 俺は、年長者なのに、何にも出来てねえな!!」

「そんな。桑原先輩は――」

「俺にもっと力があれば、良かったんだ。テメェらが困ったときに、それをぶっ飛ばせるくらいの力があれば。でも、俺はチビだから腕力も無けりゃエリアフォースで戦うことも出来ねえお荷物だ」

「お荷物だなんて……俺はもとより誰も巻き込みたくはなかったんです」

「……俺は巻き込まれただなんて思ってねえよ」

 

 何で、そんな事が言えるんだ。

 桑原先輩だって被害者じゃないか。

 

「ステップルの件は、俺の自業自得だとも思ってるしなあ。元はと言えば、絵を描きたいと暴走して突っ走った俺の責任よ」

「そうだけど……」

「だからよぉ……凹むぜ、俺も。もっと強ければ、って思うんだ」

 

 彼はしょげた様子で言った。

 

「あんなに強い奴が同い年だったなんてよ……おまけに背も高くて頭も良いとかチートじゃねえか。デュエマも、あんなに強いんだから」

 

 ……背は関係ない気もしてくるけど、劣等感を感じてるのは間違いないようだった。

 それが倒されたと聞いた時の桑原先輩の絶望は想像に容易い。

 

「……ノゾム兄、元は鎧龍の生徒だったから。十六夜ノゾムって、界隈じゃ知られてる名前だったみたいで」

「……十六夜だと?」

 

 桑原先輩は顔を顰めた。

 

「くそっ!!」

 

 そして、投げ捨てるように叫んだ。

 

「ハ、ハハハ……そうか、そうだったのかぁ……クソッタレ。俺は本当に、無力だなぁ……」

「先輩?」

「なあ。思い出したんだよ。あの日のチビのデュエリスト……あいつは、十六夜ノゾムだったんだ」

「えっ、ノゾム兄が……先輩を芸術の道に進ませたきっかけの……?」

「ああ。苗字が変わってて、そっちで覚えてたからなあ」

 

 彼は酷く衝撃を受けたようだった。

 憧れのデュエリスト。自分の人生を変えた相手。 

 

「……そうだよ。だから、あんなに強かったのか。瞬く星の如く、消えたデュエリスト……十六夜ノゾム」

「知ってたんですか」

「ああ。世界大会で鎧龍を優勝に導いた、正真正銘の天才だ。だけど……その後は鎧龍から去っている。どうも、唯一の身寄りが居なくなったみてぇだが」

「身寄りが居なくなった……」

「その頃丁度、変な事件も起こってたって噂だしな……ちょいと引っ掛かってたんだ。ま、人の事情には突っ込まねえ」

 

 だけど、と彼は続けた。

 

「それでも戦わねえといけないか」

「でも、先輩。先輩だって、いつああなるか」

「俺は、それでも強くなる」

 

 ギラリ、と彼は今までにない強い視線を俺に突き刺した。

 もうそれは、普段荒っぽい彼に増して更に強張っていた。

 去り際に、彼は唸るように言った。

 

「もう俺は、無力な俺自身が大っ嫌いだ。沢山だぜ」

「で、でも、どうやって」

「どうやってでもだ!!」

 

 

 

 

「俺は、”力”が欲しい……! どうやっても、手に入れてやる。要は、あの魔導司に勝てるだけの力があれば良いんだろ? 俺の渇望は、誰にも止めやしねえ。白銀。テメェであってもな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 皆馬鹿だ。

 底抜けの馬鹿だ。

 あんなのを前にして、まだ戦うって言ってんのか。

 何が皆をそこまで突き動かすのか、俺には理解が出来ない。

 俺の意思に反して、皆戦おうって言ってる。

 元は俺が巻き込んだようなものなのに、どうしてそこまで出来るんだよ?

 

「――白銀先輩」

 

 声が聞こえてきた。

 紫月だ。

 花束が抱えられていた。見舞いに、来たのだろうか。

 

「……紫月」

「良かったです。ブラン先輩が、無事に家から連れ出せたようで」

「……悪かったな。心配かけて」

「……いえ。なんてことはないですよ」

 

 彼女は静かに否定した。

 だけど、大丈夫な訳がないだろう。

 お前は、あれだけ大変な目に遭ってるんだ。今回だって――

 

「ごめん」

「……それは何に対する謝罪ですか」

「俺の所為で、本当にとんでもないことに巻き込んじまったな。おまけに、翠月さんとお前を戦わせることになってしまった」

「……だから、何故先輩が謝るのですか」

「前だってそうだ。トリス・メギスの奴に拉致られたり……一番苦しかったのはお前なのに。元は、俺が持ち込んだ事件だってのに」

 

 そうだ。

 もう、戦うのは嫌だろ? 紫月。

 これ以上戦うってことは、もっと辛いことが待ってるってことなんだぞ。

 

「思い上がらないでください、先輩」

「っ……!?」

「私は、先輩に巻き込まれたから戦ってるわけではありません。私は、私の為に戦っていると前にも言いませんでしたか」

 

 はっきりと彼女は言い切った。

 

「だ、だけど」

「他の皆さんも同じです。皆各々に、戦う理由はあるのですから。人間が戦うのは、いつも自分の普通が壊される時。その覚悟を、白銀先輩が後押ししたんじゃないですか。先輩だって、自分の意思で戦っているのですから、私達が先輩に止められる筋合いはないです」

「……でも、俺は、これ以上仲間を傷つくのを見るのが嫌なんだ。それが無理だってわかってても――」

 

 いや、分かってるから、無意味な質問を繰り返したのかもしれない。

 それでも確かめられずにはいられなかった。

 

「だけど紫月。もしも、もしもだぞ? 翠月さんが、戦いたいって言ったらどうするんだ」

「……引きとめはします。でも――それがみづ姉の意思なら、私はそれを尊重します。それが、みづ姉の幸せなら。だから」

 

 意地悪そうに彼女は微笑んだ。

 心配はいらない。また、隣で戦うという覚悟を見せるかのように。

 

「余計なお世話ですよ。先輩」

『マスターがそう言ってるんだ。俺は、それに従うぜ』

「最初は無理矢理でしたけど」

『それを言うなよ』

「でも、今は違います。この力があれば、私は守ることが出来る。もう、守られるだけは嫌ですから」

 

 そうだ、と彼女は両手を合わせた。

 

「先輩は心配性が過ぎます。ちょっとくらい、荒療治でも構いませんよね?」

「ちょとまて。お前何する気――」

 

 俺、また蹴られたりするのだろうか? ちょっと彼女の気迫が怖い。

 だが、そんな心配に反して彼女はデッキケースを自分の腰のベルトから取り出す。

 

「これは私の覚悟。今更引き下がらない、という私の覚悟です。だから先輩――」

 

 

 

「――私と、デュエルしてください」



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第54話:regret─荒療治

※※※

 

 

 

 唐突に始まった俺と紫月のデュエル。仕方ないので、場所は近所の公園。

 俺の場には、《ヤッタレマン》。対する彼女の場には、《戦略のDH アツト》が居る。

 互いに滑り出しは順調。しかし。早速彼女は攻め込みにかかってきた。

 

「では、3マナをタップして《アツト》から進化。《プラチナ・ワルスラS》」

「墓地ソースか!?」

「さあ、何でしょう。そのまま攻撃し、カードを3枚引きます。手札から、《S級不死 デッドゾーン》を捨てます。W・ブレイク」

 

 早速叩き割られるシールド。流石、紫月のフェイバリットカード、《プラチナ・ワルスラS》。

 だけど、こちらもやられっぱなしは面白くない。

 S・トリガーが発動した。

 

「トリガーで《フェアリー・ライフ》を唱える。効果でマナを1枚、山札の上から増やす!」

「ふむ。ターンエンドです」

「なあ、紫月……お前何で急にデュエマしようとか言い出したんだ? 俺がデッキ持ってたから良かったものの」

「以前先輩は私をデュエマで倒して正気に戻したですよね? お返しです」

「俺別に何にも憑りつかれてねぇぞ」

 

 憤慨しながら俺はカードを引く。

 また、いつものようにはぐらかされたような気がするが……。

 よし。とにかく、継続的にアドを稼ぎまくるあのクリーチャーは厄介だ。

 早めに除去しないと……。

 

「3マナで《ドツキ万次郎》召喚! 効果で《プラチナ・ワルスラS》を山札の下に置く」

「流石に手が早いですね」

「何回もやられてるからな」

「……ですが、こちらも成す術無くやられるとでも?」

 

 紫月のターン。

 4マナをタップした彼女。そこから現れたのは――

 

「《奇天烈 シャッフ》召喚。効果で、指定した数字と同じコストの呪文を先輩は唱えられず、クリーチャーは攻撃できません」

「うわ、面倒なのが出てきた……!」

「効果で指定するのは3。ターンエンドです」

 

 うわ、これで《フェアリー・クリスタル》が唱えられなくなっちまった。

 おまけに今回、《ダンガンテイオー》が1枚抜けてるからな……大丈夫か俺。一応、入れ替えのカードは入れてるけど。

 

「俺のターン……じゃあ3マナで《ニヤリー》召喚だ。効果で、山札の上から3枚を表向きにする!」

 

 捲られたのは《ジョリー・ザ・ジョニー》と《デットソード》、《ピクシー・ライフ》。

 その中から無色の2枚を手に取る。よし、これで次のターン。俺は《ジョリー・ザ・ジョニー》を召喚できる。

 手札も補充できたし、準備は万端だ!

 

「……やはり、先輩とのデュエマはヒリヒリしますね。でも、負けませんから。先輩に甘く見られたくは無いので」

「甘く……見てる?」

「はい。見くびられては困りますから。まず、5マナをタップ」

 

 彼女は5枚のマナをタップすると、言った。

 ちょっと待て。こいつの超次元ゾーン、確か――

 

「――《超次元 リバイヴ・ホール》。その効果で、《デッドゾーン》を回収して超次元ゾーンからコスト7以下の闇のサイキックを出します。《勝利のガイアール・カイザー》をバトルゾーンに」

「生姜……! やべぇぞコレは」

「そして、《勝利のガイアール・カイザー》はアンタップしているクリーチャーを攻撃できます。《ヤッタレマン》に攻撃するとき、S級侵略不死(ゾンビ)発動です」

「げっ……!」

 

 重ねられるのは不死身の侵略者。

 墓地から、手札から、闇のコマンドさえいれば何度でも蘇る不屈の兵士。

 

「《S級不死(ゾンビ) デッドゾーン》侵略進化。登場時効果で《ドツキ万次郎》をパワー-9000して破壊。さらに、バトルで《ヤッタレマン》を破壊」

「全滅した……! 俺のクリーチャーが!?」

「ターンエンドです」

 

 幸い、殴っては来なかったか。

 だけど、コスト軽減元を倒されたことで俺はこのターンに《ジョニー》を出せない。

 かといって、あのデカブツを放置しておくことも出来ないし……。

 

「俺のターン……《ドツキ万次郎》召喚! 効果で《デッドゾーン》も山札送りだ!」

「むぅ……その除去は厄介です。墓地が利用できませんからね」

「良いか。俺はもう誰にも傷ついてほしくねえんだ。分かるだろ? 紫月」

「ええ、分かりますよ。私も同じです」

「じゃあ何で──」

 

 彼女は首を横に振った。

 

「傷ついてでも守りたい物がある。先輩は、いつもそうだったはずです。そして私達も皆同じです」

「っ……だけど、俺は……」

 

 だからです、と彼女は反駁する。

 

「皆、もっと強くなりたいのです」

「……俺が、皆を巻き込んだようなものなのに」

「どっち道こうなっていましたよ。私が思うにね。さて……この勝負。一気に攻め込むとしましょう」

「え?」

「では、私のターン」

 

 カードを引いた彼女は、6枚のマナをタップした。

 

「――《シャッフ》NEO進化です。《魔法特区 クジルマギカ》」

「なっ!? そいつかよ!?」

「はい。先輩から戴いた切札。使わせてもらいます。《クジルマギカ》はNEOクリーチャーが攻撃するとき、墓地からコスト5以下の呪文を唱えることが出来ます。唱えるのは当然、《リバイヴ・ホール》。現れなさい、《勝利のガイアール・カイザー》」

 

 マジか。本当に不死身かよ!?

 何回倒しても蘇るんじゃねえか、コレ。

 本当に、紫月の心を体現しているようだ。

 

「そして、シールドをW・ブレイク」

「っ……S・トリガー! 《バイナラドア》で《ガイアール》を超次元に送ってカードを1枚引く!」

「……ターンエンドですよ」

 

 よし、今度こそマナが7枚溜まった。

 ここから反撃、行かせて貰うぜ!

 

「俺のターン。7マナをタップ! 《ジョリー・ザ・ジョニー》を召喚! そして、こいつでシールドをブレイクする時、マスター・W・ブレイク発動! シールド諸共、《クジルマギカ》をぶち抜かせて貰うぜ!」

「っ……トリガーは無し、です」

「ターンエンドだ!」

 

 よし。これでクリーチャーは全滅させた。

 後は一気に攻め込むだけだ。手札には《デットソード》もいるし、圧倒していけばいい。

 

「……先輩、少しいつもの調子が戻ってきましたね」

「え?」

「やはり、デュエルしてる時の先輩は、輝いています。でも――」

 

 私も敗けませんよ。

 そんな言葉が後に続いた。

 2マナで場に出るのは《アツト》だ。

 そして、彼女は――

 

「さっき、《クジルマギカ》を破壊したのはプレミでしたね。5マナで呪文、《狂気と凶器の墓場(ウェポスグレイブ)》。効果で山札の上から2枚を墓地に置き、墓地からコスト6以下のクリーチャーを場に出します。勿論、NEOクリーチャーも進化させて出せるのですよ」

「えっ……ってことは」

「《アツト》進化、《クジルマギカ》」

 

 や、やべえぞ。今度は本当にまずい。

 今の《狂気と凶器の墓場》で墓地に《リバイヴ・ホール》が落ちた。

 だけど、S・トリガーが出れば、まだ返せる……はず。だけど、相当厳しい状況には違いない。

 

「《クジルマギカ》で攻撃。NEOクリーチャーが攻撃したので、コスト5以下の呪文・《リバイヴ・ホール》を墓地から唱えて、《勝利のガイアール》を場に出します。そして――革命チェンジ」

「革命チェンジ!?」

「はい。水のクリーチャーが攻撃したので、手札から《音精ラフルル》に革命チェンジします。これで先輩はもう、呪文を唱えることは出来ません」

 

 割られる最後のシールドを確認した。

 よりによって、《父なる大地》……!

 駄目だ。効果で唱えることが出来ない。逆転はもう不可能だ。

 

 

 

「では、終わりです。《勝利のガイアール・カイザー》でダイレクトアタック」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「結局の所、勝つか負けるかなんてその時次第です」

 

 デュエルの後、ベンチに座った彼女は言った。

 紫月も強くなっていた。

 俺が立ち止まっている間にも、彼女は歩みを止めていなかった。

 

「……そうかなあ」

「あの時負けたのは、三日月仮面だった。それだけの話。ファウストも全力で挑めば、勝てない相手ではないはずです。それに、前に言ったじゃないですか。どんな強敵でも、1人じゃ倒せないかもしれない。でも、私達が補い合えば勝てるはずです。私達には、それぞれ違った個性が、強みがあるのですから。デッキが切り札で構成されてるなら、私達も1人1人が切り札(ワイルドカード)です」

 

 それはそうだ。

 確かに、今まで俺1人の力で解決した事件なんて1つも無い。

 いつも、何かの力を頼ってきた。

 

「だから……私達は、簡単にはやられはしません」

「……紫月」

 

 なのに、俺は――それを信じることが出来なくなっていたのか。

 

「私が先輩を信じたように、先輩も、私を信じてくれませんか?」

「……」

 

 ばちん、と両頬を両手で叩いた。

 気合が入り直った気がした。そうだ。

 こいつが俺を信じてくれているのに、俺がこいつを信じないでどうするんだ。

 俺が、あいつらを、仲間を信じないでどうするんだよ。

 

「なあ、皆を守ってみせるだなんて無責任な事は言えないけど――一緒に戦ってくれるか? こんな俺と一緒でも」

「先輩以外、誰が居るって言うんですか。あなたのようなお人好し、放っておいたら壊れそうですし、私達が居ないとダメでしょう」

「……」

「……最も、私だって怖いです。恐ろしいですよ。また、みづ姉をあんな目に遭わせないか……それを考えるだけで震えそうです」

「そっか……お前も、怖いんだな」

 

 初めて、安心できた。

 紫月も怖かったんだ。

 そうだ。俺は心の何処かで恐怖への拠り所を探していたのか。

 彼女は俺の恐怖を受け入れた。やっと、認めてくれた。

 

「私も大事な人がいますから……先輩の大事な人が傷つくのが怖いって気持ちは……痛い程分かります」

 

 二度と焼き付いて離れないノゾム兄の姿。

 だけど、もう繰り返したりなんかしない。

 どうも俺の仲間は、怖い物知らずってわけじゃないけどそれでも――後に退けない理由があるみたいで。

 

「でも、やられてばかりでは――面白くないでしょう?」

「……それも、そうだな」

 

 最後に彼女が言ったのは、負けず嫌いな彼女らしい理由であった。

 

「同時に、守られてばかりではつまらないって言ったじゃないですか。怖いなら、私が先輩を守ってあげますよ」

「……頼もしいなあ」

「だから、先輩も苦しくなったら私を頼ってください。今回みたいに」

 

 少し、彼女は得意気だった。

 俺は頬が赤くなる。本当に頼りになる後輩だ。生意気だけど。

 巻き込むとか、もう後ろめたいことを考える必要は無いんだ。

 吹っ切らせてくれた彼女に感謝しないと。

 そうか。うじうじしてても、仕方がない。

 エリアフォースカードを持っている以上、向こうから俺達の方にやってくるのは間違いないし、手放したとしても関係ない人を巻き込む可能性がある。

 ならば、道は一つ。最初っから勝てないって諦めてる場合じゃない。

 負けてたまるもんか。ノゾム兄は言った。

 「俺達なら違う道に行ける」と。

 それなら、俺はやってやる。ノゾム兄に、出来なかったことをやる。

 そして――絶対に皆を守ってみせる。

 だけど、どうすればいい? 今のままじゃ、絶対にファウストには勝てない。

 例え勝ったのが時の運の果てだったとしても、あいつが強いのは間違いないんだ。

 どうやって、100%を120%にするか。

 ……いや、出来るはずだ。仲間の力を借りれば、必ず!

 

『そういやチョートッQが居なかったな。どうした? 喧嘩したのか?』

「……」

 

 しまった。今の今まで目をそらしていた事実にシャークウガが気付いてしまったか。

 

「珍しいですね。どうしたのですか?」

「いや、俺が悪いんだけどよ……」

 

 そうだ。あいつ何処に行ったんだ。どうにかして探さないと……。

 

 

「白銀耀」

 

 

 

 鶴の一声。

 未だにうじうじと悩む俺に、声が飛んできた。

 いつからそこに居たのかは分からない。

 そこに居たのは、灼髪の少年――火廣金だった。

 

「お前、どうしたんだ? 火廣金」

「早く来い。君にも関係することだ」

 

 彼の表情は緊迫が迫ったものだった。

 

 

 

 

「――エリアフォースカード、戦車(チャリオッツ)が再び活動を開始した」



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第55話:剣VS弾丸─争奪戦

「――神々の従者、ロスト・クルセイダー」

 

 大魔導司――ファウストは徐に呟いた。

 自らの切札、アルカクラウンを手にし、紫色の水晶に覆われたそれを眺めていた。

 封印されているのは、炭化してボロボロのカードであった。

 

「アルカクラウン。お前の力が最大限に高まれば――これを解放するのは造作も無い事だろう」

「ええ、ええ、仰る通りです。創造して差し上げましょう、全てを超絶した究極の神々の世界を」

「流石、エリアフォースカードの守護獣……造られしものでありながら、その力の本質はオリジナル、原典と何ら遜色がない」

「0番――道化(クラウン)の名の通り。貴方の切札としてなんなりとお使いください」

 

 怪しく、道化の瞳が光った。

 吸い込まれそうな輝きに、危うくファウスト自身も感覚を狂わされる。

 一度は粉砕されたものの、再度復活したそれの力は、やはり魔性のものであった。

 しかし。全てのエリアフォースカードを集めるにはさらなる力が必要。そう信じ、彼女は迷わず自らの更なる切札の復活に手を掛ける。

 

 

「すべては我らの思い通りですから――フフフ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

戦車(チャリオッツ)が目覚めた」

 

 戦車(チャリオッツ)。それは、主が居ないまま目覚めてしまったエリアフォースカードの1枚。

 それが現れたと火廣金は告げた。つまり。再び街中に火のジョーカーズが現れるということをも意味していた。

 そうなるとまたあの時のような被害が出る可能性がある。今度はもう、三日月仮面、いやノゾム兄も居ない。

 やるべきことは決まっている。何が何でもあのカードを止めないといけない。ジョニーは――あのカードを抑えるのに必死になっていた。だから俺に呼びかけていた。

 俺がやらないといけないんだ。

 

「目が、変わったな」

「!」

「暗野紫月に襟元を正されたか? 俺に再び立ち向かってきたあの時のように、君の眼は再び炎を取り戻している」

「ああ。ちょっとな」

「別に私は何も」

「まあ良い。君がどうなっているのか見ておきたかったが……心配はいらなかったな、白銀耀」

 

 対立する気は、なさそうだ。

 どうもこの様子だと俺達の邪魔をしに来たというわけでもないらしい。

 今の火廣金はもう、アルカナ研究会の命令で動いているようには見えなかった。

 

「火廣金。俺の力だけじゃ、この事態は解決できない。お前は花梨を助けてくれたし、卑怯な事を良しとはしなかった。ここは俺達と協力して、街に出たクリーチャーを倒してくれないか?」

「……協力、か」

 

 彼は物憂げな溜息をついた。

 

「いや、君達とはあくまでも別行動を取らせて貰うよ。エリアフォースカードを先に手に入れるのは俺だ」

「おい、どういうことだよ!?」

 

 思わず、俺は問い返す。

 俺達の目的は一致しているはずだ。

 ワイルドカードを作り出すエリアフォースカードを止めるならば、協力するに越したことは無いのに。

 

「確かに、君達はエリアフォースカードを回収せねばならず、俺もまた同じだ。利害は一見、一致しているように見えるが、その後はどうする? エリアフォースカードが真に危険なモノだと分かれば、俺は君達と再び対立することになる。魔導司として、人間の世界に害を成すものを渡しておくわけにはいかない」

「仮定の話でモノを決めてんじゃねえよ」

「もしものことがあってはいけない」

「だとしても、俺にはやらなきゃいけない理由がある! だから頼む! 此処は協力してくれないか!? 信じるとか信じねえとか二の次だ、今はやらなきゃいけないことがあるだろ!?」

「そうです。ここでいがみ合っている意味は無いように思えますが。はっきり言って貴方、面倒ですよ」

「おいぃ!?」

 

 俺は顔を両手で覆った。紫月……お前ってやつは本当に口が悪い。

 あああ。この子は何でまた、こんなこと言っちまうのかなあ!?

 お前からいがみ合いに行ってどうするんだよ!?

 

「所詮、そこに信用と信頼が無ければ、瓦解するだけの関係だよ。かといって、今”この場で”君達を相手取るのは俺としても非常に面倒だが」

「……本当に、手を取り合えねえのか? だって俺達、人間と魔導司って言ったって、考えてることは同じじゃねえか。誰かの”普通”を守りたいって気持ちは、お前も俺達も同じはずなのに」

 

 俺には理解が出来なかった。

 だから、魔導司になったんだろ。

 だから、花梨を助けたんだろ。

 だから、ノゾム兄を庇ったんだろ。

 なのに、此処まで来てどうして意地を張るんだよ。

 そう思って、絞り出した。しかし。

 

「……それに、勘違いするな。これは俺自身の利害も関係していている。俺は君と違って聖人君主ではないんでね」

「え?」

戦車(チャリオッツ)は俺としても回収しておきたいカード。お前のエリアフォースカードを奪った時は、まだアレが白紙だったからか何も無かったが、今は感じる。俺と同じアルカナ属性を持つ戦車(チャリオッツ)の力を」

「お前と……同じ?」

「良い事を教えてやる。俺達魔導司は、22枚のタロットカードになぞらえた属性を持ち、それに応じた召喚獣を召喚し、力を行使できる。俺の属性は戦車(チャリオッツ)。戦の炎を司る属性だ。そして、魔導司は自分と同じ属性を持つ魔法道具に対して強く感知することが出来る。逆に言えば、そうでないものを感知するのは難しいのだが」

「ってことは、エリアフォースカードは、魔法道具というものなのですか」

 

 魔法道具。

 俺達が手にしていたものが只のものではないことは分かっている。

 だけど、こうしてはっきりと言われても実感が沸かなかった。

 改めて火廣金が言う危険、の意味が重くのしかかってくる。だけど、俺だって後に退けないんだ。退いて、たまるもんか。

 

「分かっているのは、いや俺達に教えられているのはそれだけだ。だから、あからさまに知らない素振りして何かを隠しているんだよ。あの方はね」

「好奇心の塊ですね。魔導司というのは」

「突き止めなければならないものは、あるんだよ。クリーチャーは何故、この世界にやってくるのか、あるいはやってこれるのか。俺達が直接異世界から召喚するクリーチャーと、この世界のカードが実体化するクリーチャーが著しく似ている、いや全く同一の存在である理由も、いずれは知らねばならないことさ」

「!」

 

 魔導司の召喚するクリーチャーは、異世界から召喚されたもの。

 本当にそんな世界が存在するのか。にわかに信じ難いが……。

 

「ただ、エリアフォースカードに関しては、ファウスト様のみが知らない振りをしていると考えているよ。あの必死さ、なりふり構わず正気を失う程この作戦に打ち込んでいる以上、考えられるのはそれしかない」

「っ……」

「さっさと終わらせたいんだろうな。何かを俺達に悟られる前に。いろんな意味で人間臭いからな、あの人も。人の心は解せないが」

「……」

 

 人の心が解せない人の姿をしたモノ。

 ノゾム兄もそう言っていた。

 花梨を躊躇なく殺そうとしたり、学校の皆を巻き込んだり……だけど、俺にはイマイチ切り捨てることが出来ない。

 

「……本当に、そうなのかな」

「どういうことだ」

「焦ってるってことは……少なくとも、情も全部捨てて非道に手を染めるだけの何かがやっぱりあるんじゃねーかって。それに、元はお前らみたいな強い奴等を束ねるトップなんだろ? 人望が全くないってわけでもないみたいだし……現にトリス・メギスもファウストに恩義を感じてた。やったことは許せねえよ。だけど……だからこそ、ただ戦うだけじゃ、ダメな気がするんだ」

「君はお人好しだな。この期に及んで。刀堂花梨が、お前の大事な仲間が殺されていても同じことが言えたか?」

「っ……」

 

 言葉に詰まった。

 確かに花梨が死ななかったのは、結果的にノゾム兄が身体を張って命懸けで助けたからだ。

 俺がやった訳じゃない。

 

「……多分、言えなかった、と思う。だとしても、やっぱり……”何でこんなことをするんだ?”って疑問はやっぱり……潰えないと思うんだ」

「……世間とは遍く理不尽なモノ。惨劇、悲劇に大した理由が無いことなんてしょっちゅうだよ。だから、戦わなければいけないこともある」

 

 俺は頭を垂れた。

 

「良いか。不条理、理不尽を受け止めるだけの力は付けておけ。心、身体、何だっていい。1度受け止めてから、何が正しいか、どうするべきか考えるだけの力だ。前進するか、後退するか、後は君次第だ」

「何が正しいか……」

 

 彼は頷いた。

 

「俺は――ファウスト様に立ち向かうためにも、戦車(チャリオッツ)の力が欲しい」

「俺は……」

 

 言いかけた言葉は、結局出てこなかった。

 頭の中は結局ごちゃごちゃだ。どうすればいいか、分からない。

 その時。

 デッキケースが再び熱くなった。

 取り出すと、皇帝(エンペラー)のカードに再び熱が現れていた。

 

皇帝(エンペラー)……!」

「ほう。君にも反応を示しているのか。戦車(チャリオッツ)は」

「でも、何で……? 俺は既にこのカードを手にしているのに……」

「戦車とは、元々武を以て覇を成す皇帝の従えるものだからね。だから、君にも呼応しているのかもしれない。つまり、戦車(チャリオッツ)が何かしらの形で君に影響を及ぼす可能性があるという事」

 

 そう言うと、彼は踵を返す。

 

 

 

「だからこそ、どちらかが手に入れるかの競争だ。合理的だろう?」

 

 

 

※※※

 

 

 

「畜生!! 何でこんな事に……!!」

「落ち着いてくだサイ!」

 

 慌てた様子で病院を飛び出した桑原先輩。それを窘めるブラン。

 火廣金が立ち去った後、ワンダータートルがエリアフォースカードに感付いたからか、二人が病院から出てくるのに俺と紫月はバッタリ会った。

 これで、4人組が揃ったことになる。少し安堵したような表情をブランは浮かべていた。

 

「ブラン、桑原先輩」

「アカル……少し、元気になったみたいデス」

「憑き物が落ちたような顔じゃねぇか」

「はい。俺がやらないといけないことは、変わりませんから」

「そうか。くくっ、とにかく今はやるっきゃねぇな」

「だけど、それどころじゃないデス!」

 

 ブランが街の向こうを指差した。

 

「ワンダータートルによると、クリーチャーが再び街に大量に現れてるとのことデス! このままだと、すぐにこっちに来るかもしれないデス。ま、花梨は病院の中に居てって言っておいたので、大丈夫だと思いマスけど」

「なら、こっちも手分けだ! といっても、1人ずつだと危険だから、二人と二人に別れよう。火廣金も別方向に出向いてるしな」

「と言っても、チーム分けとかどうするのですか」

「決めてる時間はねぇ。今の組み合わせで問題ねぇだろ……」

「……クリーチャーは今の所、病院内には来ていないみたいデスから、とにかく敵がSpreadする前に止めるデス!」

『む、待て! クリーチャーの気配じゃ!』

 

 ワンダータートルが叫び、俺達は辺りを見回す。

 おいブラン、いるんじゃねえかよクリーチャー!!

 でも、どこにも見当たらない。それらしき影はシャークウガも見つけたとは言わない。

 

「何だ、きっと間違いデ……」

 

 そう彼女が言いかけた時だった。

 急に空が暗くなる。

 何だ? 夕暮れ時とは言え、暗くなるのが唐突すぎやしないか、と俺は夕暮れの空を見上げた。

 

 

 

「ウ、ウ、ウウウウウウウウウウウ……」

 

 

 

 思わず、愕然とした。

 山ほどあろうかという巨大なクリーチャーが、俺達を見下ろしている。

 いや、文字通り山だ。筋骨隆々の身体に、富士山を模した山岳の頭。

 あのクリーチャーは確か――

 

「《仏斬(ブチギレ)!富士山ッスル》だぁ!?」

「Oh,my god!! あんなに巨大なクリーチャー、聞いてないデスよ!?」

『巨大さを生かして、すぐに距離を詰めてきおったか!! 此処はワシらが止めるしかあるまい!!』

 

 巨大なクリーチャーは、俺達を見ると山岳の頭をどんどん赤く染めていく。

 そのてっぺんからは、ぼこぼこと何かが湯だっているのが聞こえた。

 嫌な予感がする。あれってもしかしなくても……。

 

『でけぇ熱反応!! ありゃ間違いなく溶岩だァ!! 煮魚になっちまう!!』

「言ってる場合ですか、フカヒレにしますよ」

「お前も言ってる場合か!! くそっ、一番デカい奴が出てきやがるなんて!!」

 

 俺達は今度こそ慌てだした。

 こんな場所で噴火なんかされたら大惨事だ。 

 流石巨大クリーチャーは被害もコスト相応ってことか。身の毛がよだつなんてもんじゃねえ。

 

『しかもこれに触発されて他のクリーチャーが……』

「仕方ねえ! 此処は俺達に任せろ! テメェらは先に行け!」

 

 桑原先輩、そしてブランが富士山ッスルの方へ飛び出す。

 

「仕方ありません先輩。行きましょう。戦車(チャリオッツ)を仮にも魔導司の火廣金にとられるわけにはいきません」

「そ、そうだな……つか、大丈夫なんだよな、富士山ッスル(アレ)!? 2人は大丈夫なんだよな!?」

「そして、あんなこと言ってますけど、桑原先輩死にませんよね。ぶっちゃけ死亡フラ――」

「何てこというんだ!!」



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第56話:剣VS弾丸─過剰適合

※※※

 

 

 

「クリーチャー……なの?」

 

 病院内はいたって平常、平穏である。

 しかし。唯一クリーチャーの気配を感じ取ることが出来る花梨は、既に異常を肌全部で感じ取っていた。

 山のように巨大な異形。そして、それに向かって集ってくる異形の数々。

 恐怖が、吐き気が込み上げてくる。

 大丈夫、絶対に病院の中には入れないデス、とブランは言っていたが……不安は拭えなかった。

 

「花梨。帰るんじゃなかったの?」

 

 花梨は肩を震わせた。病室の窓をずっと眺めていたのを、母の気に留められた。

 未だに目が開かない兄の顔を一瞥すると、彼女は無理矢理笑顔を取り繕って、「ああ、ごめん、お兄が心配で……」とこぼす。

 

「……そう。心配してくれる人がこんなにも居てくれて、この子は本当に幸せだね」

「心配しない訳が無いよ……血が繋がってなくても、お兄はお兄だもん」

「そうだねえ。私も、実の子のように接してきたつもり。でも……この子が私の事を本当の母のように見てくれることは、ついぞなかった。これからも、きっとそう」

「ど、どうして、そんなこと言うの」

「……人の心の傷は、そう簡単に癒えない。ううん、一生消えないものってことね」

 

 母はどこか上の空で語るように言っていた。

 心の傷。彼女は、ノゾムの、兄の過去について知っているのだろうか。

 いや、自分や耀が知らされていなかっただけで保護者である彼女が知らないはずはない。

 

「……ノゾム兄は、どうしてうちに来たの?」

「……それは……私の口から言えることじゃないよ。話したくなったら、またノゾムが貴方に話すと思う。ただ1つ言えるのは……」

 

 母は、そっと彼の白い前髪を撫でた。

 

「……この子は、ある日突然、1人になったってことだよ」

 

 いたたまれなくなった。

 どうしてそうなったのか、詳しく花梨は知らない。

 しかし。いずれは彼の孤独を、自分が癒してやらなければならないと分かっていた。

 

「私は、この子のお母さんになったのに……本当に何も出来なかったなあ」

 

 ふと、彼女は小さく呟いた。

 掻き消えるような、呟きだった。

 

「あたしだって……そうだよ」

 

 それは、母には聞こえなかったようだった。

 自分の無力さ加減は、そして争うことが嫌いな性分は花梨自身が一番知っていた。

 剣道をやっているので競うことは、嫌いではない。

 それでも――こうして、誰かが血を流すような争いは、嫌いだった。

 だから、何も出来なかった。

 

「っ……」

 

 拳を握りしめる。

 自分の無力さを噛み潰すように。

 耀に言われた一言は、決して彼女に浅からぬ爪痕を残していた。

 守られるだけじゃ、誰かが傷つくのを見ているだけなのだ。

 守るには――時に、誰かを傷つける覚悟が無ければならないのだ。

 彼は、ずっとそれを背負っていた。

 ならば、自分はどうすれば良いのか。

 ……分からない。分からないからこそ、少女は、花梨は探し求めようとしていたのかもしれない。

 まごうことなき、自分にはない力を。

 耀達にあって自分にはない、エリアフォースカードの力を。

 そういえば、と彼女は思い出す。先輩の桑原も、戦っていた。しかし、彼もエリアフォースカードを持たなかった。

 彼のように義理堅い男が、果たして自分の無力さを受け止めることが出来るだろうか。

 いや、無い。

 ならば、自分も同じだった。

 今一度、確かめなければならなかった。

 

「……あたし帰るよ」

 

 言いつけを、破ることにした。

 ――ごめんね、耀、ブラン。今度またコンビニのスイーツを奢ってあげるからさ。あたしに我儘、言わせてね。

 力を、手にするために、彼女は歩き出す。

 目指すは――戦車(チャリオッツ)、唯1枚。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――俺と紫月は場当たり的に出会ったクリーチャーの事件をデュエルエリアフォースで解決していった。

 とはいえ、最初の富士山ッスルを除くと所詮はジョーカーズの起こしたことであるため、大抵は馬鹿馬鹿しかったりアホみたいな事件が多かったのである。

 中には大体前回と同じような事もあったのであるが、とりわけ狂気を感じたのはまーたあのモヒカンが流行っているのを街中で目にしたこと、そして今度はリーゼント派閥とモヒカン派閥による謎の争いが始まっていたこと。

 最後には丸刈り派閥まで現れて戦況はカオス極まっていたことであるが、俺達はそれを全スルーし、街中に数体居たバーバーパパを各個撃破したのだった。

 

「気が抜けるわ、こんなん!! 何でこんなアホな事件ばかり……あっつ!!」

「どうしましたか」

皇帝(エンペラー)のカードが滅茶苦茶熱い……! この近くに、絶対に戦車(チャリオッツ)がいるはずなんだ! しっかし、考え無しに出て来ちまったが……やっぱブランが居ないと厳しいぞこれ……」

「桑原先輩1人では流石にあの数は不安ですよ」

 

 そういえば先程からクリーチャー達の中には、道に迷って偶然俺達に出くわしたようなものも居り、また俺達が通る道の近くには人気が無くなっているような気がした。

 恐らく、ブランと先輩が富士山ッスル達を撃破し、ワンダータートルによる迷宮化がこの街の範囲内で行われたからだろう。

 

「……そうか。やっちまったことはもう、仕方ねえよな」

「? どうしたのですか」

「……花梨と、チョートッQにも謝らなきゃいけないってな」

 

 2人には、俺の独り善がりで酷いことを言ってしまった。これが解決したら、また仲直りできるだろうか。

 本当に自分の独善的で偽善的な性格には嫌気が刺す。

 だけど。今は俺が正しいと思う事をやるだけだ。もう、迷って足踏みしている時間は終わったんだ。

 十字路を抜け、アスファルトを蹴り、住宅街を出る。

 クリーチャーたちの所為で随分と遠回りさせられたものだが、人気の無い、草がぼうぼうで荒れ果てた空き地に辿り着いたのだった。

 そこには――

 

「っ……白銀耀……」

「火廣金……!」

 

 鉢合わせ。

 同着だったらしい。

 

「此処に反応を確かに感じた。この俺の戦車(チャリオッツ)に対応するエリアフォースカードがな」

「……そうみてーだな。俺の皇帝(エンペラー)も反応してらあ」

「さて、此処まで来るとやはり先に獲ったモノ勝ちか? 白銀耀」

「まだンな事言ってんのかテメェは」

 

 呆れて俺は言ったが、彼も冗談交じりなのかこの場で駆け出して行こうとはしない。 

 それとも慎重なだけなのか。こいつもこいつで紫月同様、普段は表情筋が動かないので別の意味で厄介だ。

 

「で、あいつは確かにこの辺りに居るんだろうな?」

「間違いない。俺の魔力がそう言っている。『灼炎将校(ジェネラル)』を甘く見るな」

「はぁ。シャークウガ。どうですか」

『間違いはねえよ。どっかに潜んでんだろ』

「信用無いな俺は」

『ま、しゃーねぇっスよヒイロの兄貴。人間ごときに兄貴の事が分かるわけがないっス』

 

 ひょこっ、と火廣金の頭に乗っかっているネズミのクリーチャー――ホップ・チュリスが嫌味たっぷりに言い放つ。

 本当、この剣悪っぷりはどうにかならないだろうか。

 

『おう? 鼠野郎、威勢が良いな、喰ってやろうか?』

『クソザコナメクジコバンザメに用はねぇッスよ』

『オイコラぁ、覚悟出来てんのかコラァ』

「やめてください」

 

 2体のクリーチャーの目と目の間からバチバチと鳴る火花の音。

 お前らってやつは……こんな時まで争ってどうするんだ。

 

「とにかく、同時に着いたんだ。今度こそ協力して戦車(チャリオッツ)を……」

 

 

 

「ああああああああああ!!」

 

 

 

 絶叫が聞こえてきた。

 草叢の奥へ俺達は駆け付ける。

 

「!」

 

 俺達の視線はそれに注がれた。

 サイドテールの黒髪の少女。清廉とした佇まい。

 その場の全員の足が氷漬けになった。

 

「っ……花梨!?」

「……あ、あはは……やっほ、耀。やっと来たんだ」

 

 息も絶え絶えの様子だった。疲労を、それも身体に掛かっている大きな重荷を背負っているのを隠せていない。

 もう少しで倒れてしまいそうなほどに。

 

「刀堂先輩……何故あなたが此処に。病院に居ろとブラン先輩に言われていたのではないのですか?」

「うん。そのつもりだったんだけどね、やめちゃった」

 

 いつもの口調で話す花梨。そこに普段の穏やかさは無い。

 そしてその背後には――鋼のガンマンの姿があった。

 ジョリー・ザ・ジョニー……つまり、エリアフォースカードを先に手にしたのは、花梨だったのだ。

 

「憑りつかれてるのか?」

「まさか、違うよ」

 

 笑うと、彼女は言った。

 

「これは、ワイルドカードの仕業とかエリアフォースカードの仕業とかじゃないんだよ、耀。全部、あたしの意思なんだよ……ハハ」

 

 しかし、そこに普段のあっけらかんとした朗らかさは無い。

 悲壮なものを感じさせる。

 

「お前の……意思?」

「だって、ずるいよ。耀ばっかり。耀だけ、戦ってばかりだもん。あたしは弱いから、あたしにはエリアフォースカードが無いからって戦わせてくれないんだ。桑原先輩は強いから良いよ。でも、あたしは弱いから戦わせてくれないんでしょ?」

「ち、違う、違うんだよ、花梨……!」

「違くないじゃん! 全部、合ってるよ!」

 

 どうして。どうしてこうなった、などと自問自答して逃げようとした自分が居た。

 思えば――花梨があの日に火廣金に会って全て知っていたなら全部辻褄は合う。

 追い詰められていたんだ。戦おうと思っても戦えない自分に、現実に打ちひしがれていたんだ。

 そこにノゾム兄の大怪我。更に、俺のあの言葉がトドメを刺したのだとすれば――

 

『ウ、ウォ……オ、ォォォ……!!』

 

 唸り声がその場を震わせ、思考をそこで止めた。

 発しているのは、あの鋼のガンマン。

 その瞳は、真っ赤に光っている。しかし、その身体は朧気だ。

 まるで、子供が描いた落書きのような――

 

『やべぇぞ!? こいつ魔力が暴走してやがる!! 多分、戦車(チャリオッツ)の意識が強すぎて、もう自分だけじゃ身体が維持出来ねえんだ!! だから、手ごろな所に居た刀堂花梨に憑依したんだ!! だけど……直に暴走は臨界点を越えて、奴は崩壊する! 憑依元の刀堂花梨と共にな!!』

「暴走だって? 花梨が死ぬ!?」

「十中八九、その鮫の言っている事は合っている。魔法の分析力は俺達以上だな」

「っ……何という事ですか」

『オマケに、無理矢理自分の姿を保っているから、憑りつかれている刀堂花梨に拒絶反応が出ている始末だ!!』

「拒絶、反応……!?」

『ああ。なまじ適性があるだけに、過剰に魔力を注がれて、身体が悲鳴を上げてるんだ!!』

 

 オオオオオオオオオオオ、と叫ぶジョニー。

 花梨の瞳もそれに呼応して炎のように赤く揺らめいた。

 一見、正気のように見える彼女。しかし、今度の暴走は以前とは違う。

 静かに、そしてドロドロとした感情が、彼女を包んでいる。

 

「なあ、花梨……そのカードを手放してくれ。それは、お前の力にはなりはしない。お前を蝕んでくぞ」

「耀。あたしはあなたに認めて欲しいだけだよ。こんな体、幾らでも捧げるよ。幾ら剣道が強くたって、クリーチャーと戦えなきゃ、意味ないもんね」

「お前が死んだら意味がねぇんだよ!!」

「何で桑原先輩はエリアフォースカードが無い癖に戦ってんの? 結局耀、あたしに戦わせたくないだけじゃん」

「お、俺は……!!」

 

 駄目だ。会話にならない。

 聞く耳を持ってない。

 

「やめろ白銀耀。今の彼女は、半ば正気を失っているぞ。あのカードの熱に中てられてな」

「花梨……!! 頼むから、落ち着いて俺の言う事を聞いてくれ!! 俺はお前を――」

「……嫌だよ。嫌だってば!!」

 

 死ぬ。花梨が。俺が、俺が追い込んだ所為だ。

 チャカッ、と何かを装填するような音が聞こえた。

 そして、間もなくダダダン、と空気を穿つような、鉛の弾が空気を切った――死んだ。

 あれは間もなく、俺の脳天と胸を貫く。

 尋常ではない衝撃波と、音速を越えた銃弾が俺を撃ち貫く――先に死ぬのは、俺だ。

 

 

 

『マスター!!』

 

 

 

 叫ぶ声。

 それと共に、ガキィィィィンと火花が飛び散り、鉄の弾かれる音が聞こえる。

 降り立ったのは巨大な影。

 巻き起こる砂煙。

 左胸を握りしめた。確かに鼓動がまだ聞こえる。

 俺は生きている。また、助けられたのだ。俺を再び守ったその影に――俺は、立ち尽くしていた俺は、やっとの思いで呼びかけようとする。

 

「ダンガンテイオー……!!」

 

 来て、くれたのか。

 こんな情けない主で、頼りにない俺を、また助けに来てくれたのか。

 

『何、ぼーっとしてるでありますか!! この期に及んで!!』

「お前……!」

『マスター。我はマスターが居る限り、どこにでも駆け付けるであります!!』

「でも、俺、まだ……お前に」

『勝手に契約を解約したつもりにならないでほしいでありますなぁ!! 我はエリアフォースカードの守護獣! エリアフォースカードの主たるマスターに、耀に仕える身でありますから!!』

 

 二刀流を振り下ろすダンガンテイオー。

 

『それに……自ら再び立ち上がったマスターに、これ以上我から言う事無し、でありますよ』

「俺の力だけじゃねぇよ。皆のおかげだ」

『ふっ、マスターらしいのであります』

 

 再び飛んでくる弾丸を再び一刀両断。

 その余波で風が巻き起こった。

 

『状況は把握したであります。まさか、戦車(チャリオッツ)が完全に暴走を始めるとは』

「ああ。止められるか? 守護獣のジョニーを」

『マスターの命とあらば!』

 

 言い終わらぬ間に、鋼の馬が地面を蹴った。

 今度は、ブラスターを掲げたジョニーが突貫する。 

 それを弐本の刀を掲げたダンガンテイオーが、刀を交差させ、迎え撃った。

 鋼と鋼。刀と弾丸。

 それがぶつかり合う。

 特殊な能力こそ無いダンガンテイオーだが、実体化した時の速度と戦闘力は俺の知っている限りでは、ナンバーワンだ。

 しかし。

 金属音が鳴り響き、巨大なブラスターと刀がせめぎ合う中、野獣の咆哮が、ジョニーの咆哮が空気を揺さぶる。

 相手が格上であることが分かり切っているダンガンテイオーは、完全に気圧されているようだった。

 

『マスター!!』

 

 ダンガンテイオーの叫び声が聞こえてくる。

 

『重い、であります……! これが、花梨殿の覚悟の重み、それが全てジョニーに注がれているであります!』

「覚悟の、重さ……!?」

『オ、オオオオオオオオ……!!』

『加えて、さすがは元々がマスターカード……不完全な身体に堕ちて尚、我の力を持ってしても……!!』

 

 抑えきれないのか、じり、じり、と後退するダンガンテイオー。

 力では向こうの方が上なのか。このままでは押し切られてしまう。

 その時。ジョニーの身体を何処からともなく水が縛り上げた。

 

『オラオラぁ!! 俺の事を忘れんじゃねえぞ!!』

 

 叫んだのはシャークウガ。

 そこからは大量の魔法陣が浮かんでいる。

 紫月がそれを指示したようだった。

 

「やれやれ、本当に仕方のない先輩です。勝手に喧嘩して勝手に仲直りしてる場合ですか」

「シャークウガ……! 紫月……!」

『かたじけないのであります!』

『新幹線野郎、さっさと片を付けんぞ!』

 

 更に、頭上から飛び掛かる影。

 ジョニー目掛けて赤い日の玉が突貫した。

 ぶつかった彼は落馬し、白銀の軍馬もまた、蹴散らされ、地面に倒れ伏せる。

 立ち上がったのは、燃えるボードに乗った灼熱の猿人、そしてそれを従える灼炎の将校の姿。

 

「競争は終わりだ、白銀耀。刀堂花梨を巻き込んでしまったのは俺としても不本意だからな」

「火廣金……!」

「いつまでも、下らん事に拘ってるわけにはいかない。今、守るべきものは同じはずだ」

 

 進み出る火廣金。

 協力、してくれるのか。

 何であれ、俺は安堵した。こいつなら、きっと大丈夫だ、という安心感も。

 

「白銀先輩。刀堂先輩の覚悟を受け止めてください。それが、貴方に出来ることであり、貴方にしか出来ないことです」

「俺が呼び出せるのはこの”罰怒”ブランドが限界だからな。後は無いぞ。白銀耀。しくじるな」

「というわけで足を引っ張らないでくださいね、先輩」

「こっちの台詞だ」

 

 言ってる間に、再びジョニーが起き上がり、銃弾を乱射する。

 それをシャークウガが水のバリアで弾き、再び罰怒ブランドが剣のようにボードを構えて飛び掛かった。

 

「ああ。そっちは任せたぜ!!」

 

 叫んだ俺は、ダンガンテイオーの背中に掴まる。

 今度は離さない。もう、俺から手放しはしない。

 

「ダンガンテイオー!! 今がチャンスだ。一瞬で間合いを詰めてくれ!!」

『了解……超超超可及的速やかに、エリアフォースカードを回収するであります!!』

 

 タァンッ、と地面を蹴る音。抉れる地面。

 引き剥がされそうになったが、それでも強く強くつかむ。

 一瞬で、花梨の前まで、ダンガンテイオーは飛び掛かった。

 熱を帯びて輝く皇帝(エンペラー)。無機質に、あの空間を呼び込む術式が読み込まれた。

 

「俺は……お前の覚悟を解ってやれなかったよ……だけど、今ならまだ……間に合うはずなんだ。超超超可及的速やかに……お前の気持ち、受け止めてやる!!」

 

 

 

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー),(フォー)……EMPEROR(エンペラー)!!』

 

 

 

 彼女はキッ、とこちらを食い殺さんとばかりに睨む。

 

「負けない……力づくで認めさせてやるっ……!! 戦車(チャリオッツ)!!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー),(セブン)……CHARIOTS(チャリオッツ)!!』

 

 ぶつかり合う空間と空間。

 戦場が此処に生まれた。

 俺の……俺のやるべきことは、分かり切っているんだ。

 そして、謝らなきゃいけない。俺が思っている事を、伝えないと――



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第57話:剣VS弾丸─運命を決める者

俺と花梨のデュエル。場にはまだ何もない。

 後攻1ターン目。早速、彼女は動き出す。

 

「1マナ、呪文《メラメラ・ジョーカーズ》。効果で手札からジョーカーズを捨てるよ。そして、カードを2枚ドロー」

 

 何だそりゃ、実質1マナの《勇愛の天秤》じゃねえか。捨てられたカードは《バイナラドア》。ジョーカーズデッキか、間違いない。憑依しているのがジョニーだから、デッキもそれに合わせているのか。

 だけど、マナゾーンには火の《ドドンガ轟キャノン》も置かれているし、今の呪文もジョーカーズ呪文だ。

 火のジョーカーズデッキか? 前にバーバーパパと戦った時と似たような構成ということか。

 厄介だな、そうなると……予想される動きは出来るだけ潰しておかないと。

 2枚のマナをタップし、俺も此処から仕掛けにかかる。生み出されるのは自然のマナ。

 まずはセオリー通りに動き出す。

 

「呪文、《ピクシー・ライフ》! 効果でマナを増やす! ターン終了だ!」

「あたしのターン……2マナで《ヤッタレマン》召喚。ターン終了だよ」

「俺のターン! 3マナで、《フェアリー・クリスタル》! 効果でマナを2枚マナゾーンに置く! そして、残りの3マナで《洗脳センノー》を召喚だ! ターンエンド!」

「ふぅん……」

 

 こいつらなら、相手の踏み倒しを防ぐことが出来る。

 マナも一気に6枚になったし、ここから攻めたい。が、手札が生憎カツカツだ。

 花梨がどうやって動くのかがポイントだが……。

 

「甘いよ、耀。あたしだって、耀のジョーカーズデッキを見て、大体動きは解ってるんだもん。2マナで《パーリ騎士》召喚。効果で墓地から1枚をマナに置く。そして、1マナで《スチーム・ハエタタキ》を唱えるよ」

「それって……パワー4000以下を破壊する呪文じゃねえか!」

「《洗脳》を破壊。潰しちゃえ!」

 

 次の瞬間、振り下ろされたのは巨大な炎のハエタタキ。

 それが虫のように《洗脳センノー》を叩き潰す。

 炎が彼女の顔を照らした。じりじり、と滾る炎があの時の修羅とは違う、剣士を思わせる厳格な風格を漂わせている。

 

「くそっ、すまん《洗脳センノー》……!」

「あたしはこれで、ターンエンドだよ」

「参ったな……早速やられるとは」

 

 手札が少ない。次のターン、まともに出せるクリーチャーが居ないのである。

 マナを増やすしかやることは無い。

 

「《ピクシー・ライフ》を使う! 効果でマナを増やして、《ジョリー・ザ・ジョニー》を手札に加える! ターンエンドだ!」

「あたしのターン。3マナで《バッテン親父》を召喚。ターンエンドだよ」

「……マジかよ」

 

 まずい。完全に次の攻め手を封じられた。《ジョニー》のマスター・W・ブレイクは出たそのターン限りの上に、シールドに届かなければ意味が無い。

 つまり、その前に止めてしまう《バッテン親父》の前には無力。無駄弾だ。

 俺が行動する度に、そこへ後出しじゃんけんの如く花梨は対応していく。

 まるでカウンターのようだ。相手の見方を伺い、そこに叩き込んでいっている。

 実質、これはハンデスだ。俺の成す行動を俺が本格的に動く前に潰していっているのだから。

 

「俺のターン……マナにカードを置いて、《フェアリー・クリスタル》を唱える。効果でマナを1枚、置く。それが無色の《バイナラドア》だからマナに……ターンエンドだ」

「遅いよ、耀。欠伸が出ちゃうくらい」

 

 言った彼女は、4枚のマナをタップした。

 次の瞬間、彼女の目の前に戦車(チャリオッツ)のカードが浮かび上がる。 

 そして、激しくその炎をまき散らし、輪を宙に浮かべた。

 

「魂を燃やせ――J・O・E(ジョーカーズ・オーバー・エクスプロード)2」

 

 投げ込まれる1枚のカード。

 しまった、来たか! 火のジョーカーズの必殺技だ。

 火の輪を潜り、全身を真っ赤に燃やした楽器の道化が戦場に降り立つ。

 

「《絶対音カーン》のコストを2軽減して召喚! そして、そのまま攻撃! W・ブレイク!」

 

 轟!! と自らが火の弾となり、《カーン》が俺のシールドを焼き払った。

 残りシールドは、3枚。そして、トリガーも無い。

 

「そしてその効果で、攻撃後にカードを3枚引くよ」

「まずいな……このままビートダウンされたら、間に合いそうにねえ」

「だけど、このターンには決めきれない。ターンエンドだよ」

 

 燃え尽きた《カーン》が消失すると共に山札の下へ帰っていく。

 そして花梨の手札を1枚、補給していった。これで、あいつの手札は4枚。何とかして守り切らないと……!

 

「俺のターン! 6マナで《Dの爆撃 ランチャー・ゲバラベース》をバトルゾーンに出す! ターンエンドだ!」

「癪だよ耀。そんなつまらない防御札で誤魔化そうとしても無駄だから」

「はっ、それでもお前は攻撃する度に自分のアンタップしてるクリーチャーをマナに置かなきゃいけないんだ」

「関係無いよ。シールドは全部ぶっ壊すから」

 

 彼女の身体から熱があふれ出る。

 

「そうダ、よ……全部、ぶっ壊す。お兄を傷つけた奴をぶっ壊す。耀を傷つけた奴をぶっ壊す。その為には、強くならなきゃいけない。エリアフォースカードが無きゃ、いけない」

「エリアフォースカードがありゃ、良いってもんじゃねえぞ!」

「五月蠅い! 耀には分からない!」

 

 一言、突き放すように言い放つ。

 その右目は燃えている。

 戦車(チャリオッツ)によって、魂を差し押さえられたと言わんばかりに烙印が押されていた。

 

「自分の事、棚に上げて……耀の分からず屋!!」

 

 燃え上がる5枚のマナ。

 その炎に、俺の声は届かない。

 そうだ。そうだよな。お前の声も、ずっと――俺には届いてなかったんだ。

 

「1コスト軽減して5マナをタップ。燃える炎の一撃を、叩き込む」

 

 これは、俺だ。

 まるで鏡のように俺を映し出している。

 俺の今までの業を、偽善と独善を焼き尽くす煉獄だ。

 灼熱が、場を包み込んだ。

 

 

 

「これが最初で最期――《ビギニング・ザ・メラビート》」

 

 

 

 子供の落書きのようなガンマン。掲げられたのは赤い灼熱のボード。

 それに数字のⅦが浮かび上がった。

 これは、俺の知らないジョニーの姿。燃える炎に、灼炎に影響を与えられたジョニーの姿。

 

『間違いないでありますよ! 暴走の影響で、本来の能力が欠けているでありますが……エリアフォースカードの守護者、ジョニーであります!』

「ああっ……そうみてーだな!」

 

 こいつの効果は確か――

 

「行くよ。マスター・メラビート発動! 効果で、手札からJ・O・Eを持つクリーチャーを1体、場に出せる! そのクリーチャーは、ターンの終わりに燃え尽きて、山札の下に戻っちゃうけど……J・O・Eさえ持ってればどんなに大きい子でも出せるんだよ」

「それが、そのクリーチャーのマスター能力か……!」

「行くよ、耀! 《仏斬(ブチギレ)! 富士山ッスル》をバトルゾーンに!」

 

 現れたのは巨大な山のような、あのクリーチャー。

 非常にまずいことになった。パワー9000のW・ブレイカーのスピードアタッカーに加え、パワーアタッカー+100万までもつ、火ジョーカーズの巨大なフィニッシャーだ。

 

「そして、《富士山ッスル》で攻撃!」

「っ……受ける!! だけど、《ランチャー・ゲバラベース》の効果発動! お前のクリーチャーが攻撃する時、お前は自分のタップしていないクリーチャーを1体選んでマナに置かなければならない!」

「《パーリ騎士》をマナに置くよ。そして、シールドをW・ブレイクだよ!!」

 

 火山が噴火し、溶岩が溢れる。

 流星の如く降りかかる火山岩が、俺のシールドを砕いていく。

 

「熱っ……!! 炎がっ!!」

「さらに、場とマナにジョーカーズが合計4体以上あれば、《富士山ッスル》は最初の攻撃の終わりにアンタップするよ。ま、最もお楽しみは最後。先に、この子で攻撃するけど」

 

 オアアア、と咆哮と山鳴りが響き、剛腕が再び持ち上がった。

 

「そして、今度は《ビギニング・ザ・メラビート》で攻撃――その時、《ヤッタレマン》をマナに置くよ!」

 

 そうか。どのみちターン終了時に山札に送られる上に、コストとパワーが高い《富士山ッスル》はコスト指定除去やパワー指定除去に引っ掛かりにくい。先にパワーが低い《メラビート》で殴ってきたか。

 確実に、このターンで俺を倒すつもりだ!!

 

「最後のシールドをブレイク!」

 

 吹き飛ばす衝撃が俺の全身に伝わった。

 

「どわぁっ!?」

 

 そのまま、もろに全身が叩きつけられる。

 俺を守るものは、もう無い。

 しかし。割られたシールドが光となる。

 地面に倒れ伏せた俺は、僅かな光明を掴むため――それを手に取った。

 

「いっつ……S・トリガー……! 《Rev.タイマン》の革命2で相手のクリーチャーはもう攻撃出来ない!」

「ターン終了時にマスター・メラビートの効果で《富士山ッスル》を山札の下に戻すよ。ターンエンド」

 

 冷淡に花梨は言い放つ。

 

「《ジョリー・ザ・ジョニー》の攻撃は、あたしには届かないよ。耀はあたしには勝てない」

「……あー、そうかよ」

 

 俺は息も絶え絶えに立ち上がると、虫けらのような今の自分の状況を笑った。

 

「ハッ、それでも……戦わなきゃいけねぇ理由があるんだよ」

「何で。何で耀はあたしの邪魔するの」

「それで此処で死んだら、どうにもならねぇって言ってんだろ……それは、戦車(チャリオッツ)は暴走している自分を制御しようとして無理矢理お前に動かさせてるだけなんだぞ。お前が死んだら、エリアフォースカードがあっても意味ねぇんだよ」

「っ……!」

「もうやめようぜ。そうやって、自分をいじめるのは。お前はいっつも、1人で抱え込み過ぎだ」

「……耀だって、同じ癖に」

「ああ、同じだ」

 

 そうだよ。俺はずっと気付かなかった。

 こうなるまで、結局分からなかった。

 

「俺が戦おうと思ったのは……普通の日常を、皆とデュエマ出来る日常を守りたかったから……! だから、俺は非日常に出来るだけ誰も巻き込みたくねえって思ってた。お前は、非日常に足を突っ込んでいないお前は、最後まで何も気づかないまま、俺の中の帰る日常であってほしかったんだ」

「……」

「そんなの、俺のエゴだよな。その点、紫月は自分の姉ちゃんが戦いたいって言ったら、それがあの人の意思なら、最後は好きにさせてやりたいって言ってるんだぜ。勿論、あいつはギリギリまで止めるだろうけど……それでも、気付いたんだ。今回の件で皆と話してさ」

 

 俺は、よれよれになった俺はデッキに手を掛けた。

 

「皆、同じなんだ……!! 日常を守るために、俺達の普通を守るために戦いたいって気持ちは、同じだった……!! 俺は、もっと皆の覚悟を分かってやらなきゃいけなかったんだ」

「……」

 

 花梨は怒ったような目つきをしていた。

 

「勿論、ノゾム兄みたいになる可能性が無いわけじゃねぇよ。だけど……これはもう、避けられる戦いじゃねえ。魔導司が居なくても、ワイルドカードは襲ってくる。エリアフォースカードが暴走する。そうなったら誰が止める? 誰がやる?」

 

 熱風が、収まる。 

 向かい風は、追い風へ変わった。

 俺の答えは、もう出ている。

 

 

 

「俺達の運命は、俺達が決める――その時、どうするかは……俺達が決めなきゃいけないってな!!」

 

 

 

 デッキを思いっきり握りしめる。

 

「お前の気持ちはわかったよ。だけど……その上で、仲間が無謀な事や間違った事に走ろうとしてるなら――それが、俺の所為だったなら猶更、俺は止めなきゃいけない。それが、俺の答えだ!!」

 

 左腕が、左手が持ち上がった。

 震えるそれが、バトルゾーンにあるカードに重ねられる。

 

「《Dの爆撃 ランチャー・ゲバラベース》の(デンジャラ)・スイッチ、発動!! 効果で、山札から1枚をマナゾーンに置き、それが俺のマナゾーンの枚数以下のコストを持つクリーチャーだったなら、バトルゾーンに出す!!」

「えっ……!?」

「俺がバトルゾーンに出すのは――」

 

 俺は叩きつけた。

 このデュエルの最大の一手を。

 

 

 

「来たぜ! 俺の切札(ザ・ジョーカーズ・ワイルド)、《ゴールデン・ザ・ジョニー》!!」



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第58話:剣VS弾丸─意外な来客者

飛び出した黄金の騎馬。

 抱え込まれたブラスターが煌く時、熱き戦いの荒野に孤高のガンマンが降り立った。

 浮かび上がるのは、MASTERの紋章。

 新しい力を、今こそ見せてやる時だ!

 

「目には目を、歯には歯を、ジョニーにはジョニーを、だ!」

「はっ、ばっかみたい。その子だけじゃ、あたしを倒すことは出来ない。それに、火にはスピードアタッカーが山ほどいるのは知ってるでしょ」

「そいつぁどうかな?」

「!?」

 

 言った俺は、8枚のマナをタップする。

 見てろ花梨。これが俺の今までの戦いの軌跡。 

 そして、これが俺が未来に繋ぐ一手だ!!

 

「さあ、出番だ! 《バレット・ザ・シルバー》!」

 

 出てきた黒鉄の軍馬を俺は繰り出した。

 こいつの効果で、俺は山札の上から1枚を捲り、それがジョーカーズなら場に出すことが出来る。

 このターンで抑えつけることが出来なければ、俺の負けだ。

 

「ジョーカーズ……俺の切札達、出て来い!!」

 

 山札の上を捲る。

 それは――

 

 

 

 光り輝く皇帝(エンペラー)のカード。これで、花梨を止める!

 

「反撃だ! 出てこい!!」

 

 引かれていく未来へのレール。

 突き進むのは、無限にして夢幻の力を刀に込めた超絶特急。

 

 

 

「これが俺の超切り札(ワイルドカード)!! 目覚めろ、皇帝(エンペラー)のアルカナ! 

超絶特急(チョーゼツトッキュー) ダンガンテイオー》!」

 

 

 

 来てくれたか。

 J・O・Eでクリーチャーを出そうものならそのターンで山札送り確定、そうでなくとも1ターン休みが待っている。お前とジョニー……2体の力が合わされば、花梨の攻撃を防ぐことが出来る! 

 

『マスター!! 我の力で、全員花梨殿を攻撃できるであります!』

「ああ! 畳みかけるぞ! 《ゴールデン・ザ・ジョニー》でシールドに攻撃!!」

 

 巨大なブラスターを持ったジョニーと、灼炎のボードに乗ったジョニーの幻影がぶつかり合う。

 だけど、愛馬・シルバーが高く高く飛び上がり、ジョニーが天高くから、向かい来る幻影に向かって――その黄金のブラスターの引き金を引いた。

 

 

 

「必殺技、マスター・ブラスター超動!!」

 

 

 

 撃ち放たれる極太の一閃。

 それがバトルゾーンに残っていた《バッテン親父》を一瞬で消失させ、更に花梨のシールドを2枚、吹き飛ばした。

 凄まじい威力に爆風が巻き起こり、俺も、そして花梨も目を腕で覆った。

 そして、しばらくして――防御札が消滅したことで、完全に虚を突かれたのか、花梨はヒステリックに叫んだ。

 

「……うそでしょ!? 何で!? 今のって……何であたしのクリーチャーが蒸発したの!? まだ、シールドに攻撃は届いてないのに……!?」

「マスター・W・ブレイカーじゃねえ。《ゴールデン・ザ・ジョニー》だけが持つ特殊能力、それがマスター・ブラスターだ。俺の場、またはマナにジョーカーズが合計4枚以上あるとき、お前の場にあるカードを1枚、山札の下に送るんだ」

「アタックトリガーで確定カード除去……!? うそでしょ!? シールドに攻撃さえ届かなきゃ、勝ち目はあると思ったのに! 付け焼刃の防御じゃ、防げないってわけか……!」

「そんでもって、《バレット・ザ・シルバー》で攻撃! その時、山札の上から1枚を表向きにして、それがジョーカーズならば場に出す! 《燃えるデット・ソード》、来い!」

「っ……!」

 

 その効果で、表向きになるカード。

 出てきたのは、《燃えるデット・ソード》だ。

 凶悪な鋏が、花梨の手札、マナを切り刻んでいく。

 

「そして、W・ブレイクだ!」

「まだ、まだなのに……あたしの炎は消えてなんか……」

 

 だけど、その声には、闘志が宿っていた。

 その両目に炎が宿る。

 口からも、炎が漏れた。

 そして、その身体からも発火していく。

 まるで、彼女自身を蝕み、焼き尽くしていくかのように。

 

「今度は《デット・ソード》で攻撃! 最後のシールドをブレイクだ!」

「受けるよ……!」

 

 だが、それもやがて消えていく。

 彼女自身が、何かを悟ったかのように安らかに笑う。

 

「いっけぇぇぇぇ!!」

 

 両断されるシールド。

 通れ……通れ、通れ!

 これでS・トリガーが来なければ――俺の勝ち。

 しかし。通らなければ、俺はトリガーで出た《バイナラドア》に攻撃されて負けることになる。

 

「……まだだよ。あたしはもう、負けないんだからぁ!!」

 

 絶叫。

 灼熱の炎の如く、その闘志はまだ消えない。

 炎が再生し、シールド・トリガーとなる。

 

「スーパー・S・トリガー、《爆殺!!覇悪怒楽苦》!! これで相手のコスト8以下になるように相手のクリーチャー……《ダンガンテイオー》を破壊し、さらにスーパートリガーで山札の上から4枚を捲ってそこから火の進化じゃないクリーチャーを場に出してバトルさせるよ! これであたしの勝ち!」

 

 来てしまった――巨大な粉砕機が現れて、《ダンガンテイオー》を巻き込まんとばかりに回転し始めた。

 しかし。

 

『マスター! 第二の弾丸でありますよ!』

「ああ! 今こそ使う時だ! 《ゴールデン・ザ・ジョニー》の第二の効果! 相手は各ターン、1回しか呪文を唱えることが出来ない!」

 

 その呪文は《ジョニー》の放ったブラスターによってかき消されてしまう。

 これで、《ダンガンテイオー》は無事に攻撃が出来る。

 

「は、はは……そっかぁ」

「《ダンガンテイオー》で……ダイレクトアタックだ!」

 

 俺は叫ぶ。

 無抵抗な彼女に、一閃を叩きこまなきゃいけない。 

 吐きそうになるような、やるせなさが込み上げてくる。

 ならばせめて、早く終わらせるとしよう。この、戦いを――

 

 

 

「一本、取られちゃったなあ――」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 炎は、消えていく。 

 空間は消失した。

 そこには崩れ落ちた花梨と、それに向き合う俺の姿だけ。

 

「あ、あははっ……また負けちゃったかぁ」

「花梨……」

 

 エリアフォースカードの鼓動は消えかけていた。

 だけど、花梨の顔は笑っていた。

 とてもとても虚ろで、失望、後悔を内包したような空虚な笑みだった。

 

「……ダメだなあ。何で、あたしってこんなに弱くて臆病なんだろう……だから、止められちゃうんだね。あたしは、戦うなって。こんなんじゃ、お兄の仇なんか……取れないのに」

 

 ダメだ。届いてない。

 デュエマで勝ったとしても、それはあのエリアフォースカードを引き剥がしただけなんだ。

 俺の気持ちを、あいつに伝えないと。

 

「すまん、花梨!!」

「っ……!」

 

 彼女の手を掴む。

 とても、冷たくて凍り付くような彼女の掌を握りしめる。

 

「俺が……俺が悪かったんだ」

「……耀」

「色々あって、お前がそこまで追い詰められてたのに、俺は気付かなかった。俺は俺の事ばっかりに一生懸命で、お前ばかりか、他の皆の事を考えてなかったんだ。お前は弱くなんか、無い。無理して焦って強くなろうとしなくって良いんだ」

 

 俺達は、幼馴染だ。

 いつも一緒だっただろ。もう、お前だけ除け者にしたりはしない。

 

「それでお前まで居なくなったら……俺は……ノゾム兄は……」

 

 しばらくして。

 ようやく、今までの事を全て回想し、正気に戻ったかのように彼女の瞳に光が戻っていく。

 掴む掌が、熱くなっていった。

 

「……耀……う、うぇ……耀……」

 

 花梨の眼尻に涙が浮かぶ。

 俺は慌てた。また、彼女を悲しませてしまっただろうか。

 

「おい!? 泣くことねぇだろ!?」

「だってだって……あたし、凄い無茶苦茶なことしちゃったし、迷惑かけちゃったし……」

「おいおい、俺はもう大丈夫だ」

「大丈夫じゃないじゃん……!」

 

 涙声と嗚咽が響く。

 

「耀、すっごいボロボロじゃんか……!」

 

 頬に手が置かれる。

 擦り傷。打撲。火傷。

 服の一部に穴は空いてるし、髪もボサボサ。

 全身が打ち付けられたから痛い。

 それでも俺は――これに代えられないものを、守れた。

 十分だった。

 

「俺は、大丈夫だ。この程度でくたばったりなんかしない。ノゾム兄程じゃないかもしんねぇけど……」

「でもっ……」

 

 花梨が言いかけた時だった。

 戦車(チャリオッツ)のカードに鎖が巻かれていく。

 そして、再び元の白紙のカードへと戻ってしまった。

 

「え? え? どういうこと?」

「何だこれ? カードの絵が……消えた?」

 

 

 

『白銀耀、刀堂花梨』

 

 

 

 声が聞こえてくる。

 見ると、そこには既に光の粒子となって消えかかっているジョニーの姿があった。

 

「ジョニー、お前――」

『俺の役目は終わった。暴走した戦車(チャリオッツ)のカードは一度停止し、再びまた新たなる守護獣と共に適切な者の手に渡ると共にいずれ目覚めるだろう。お前と、正しい形で決闘を果たせなかったのが心残りだがな』

「ご、ごめんっ……あたしが無茶させたから……!!」

『いや、謝るのは俺の方だ。刀堂花梨。お前を危うく危険な目に遭わせるところだった。俺は守護獣失格だ」

「そんなことない。一緒に戦ったのはちょっとだけだったけど……貴方は、とても強かったよ」

『……そうか。いずれ、そのカードに新たな守護獣が宿る。刀堂花梨。お前を仮とはいえ宿主に選んだのは、お前に確かに戦車(チャリオッツ)の素質があったからだ。お前が、そいつを従えろ』

「……あたしに、素質が」

 

 花梨に、戦車(チャリオッツ)の素質がある。

 つまり、ジョニーは、戦車(チャリオッツ)は一時的とはいえ花梨をきちんとマスターとして認めていたんだな。

 

『良いか、刀堂花梨。自らの弱さを知り、向き合うことの出来るお前は、お前にしかない強さがある。努々忘れるな。己の強さを。そして磨き続けろ。己の力を』

「あ、あたしなんかで、良いのかなっ。あたしは……」

『お前の、譲れないものを、守り抜けばいい』

「あたしの……譲れないもの」

 

 ジョニーは頷いた。

 花梨はその場に膝をつく。

 何かを考えているかのように俯いていたが、再び俺の顔を見上げた。

 大丈夫だ。お前なら、きっとできるよ、花梨。

 

『そして白銀耀。俺もお前に、残せるだけのものを残そう。お前達には迷惑をかけたからな』

 

 彼が言うと、火文明の印が俺のエリアフォースカードに刻まれる。

 

「これって……!」

『白銀耀。俺の力の一部を皇帝(エンペラー)に受け継がせた。火のジョーカーズの力。存分に振るってくれ』

『マスター!! 力が、火の力が流れ込んでくるでありますよ!!』

 

 見ると、チョートッQの身体もほのかに赤く輝いていた。

 火の力……。

 それをジョニーは置いていった。俺もまだ言いたい事が残っていないわけじゃない。

 だけど――彼を風の彼方へ見送ろう。ずっと、1人で全てを抱え込み、抑えていた孤高のガンマンを。

 

『俺はいつも傍に居る。お前の切札としてあり続けるだろう。お前の《ジョニー》を存分に使ってやってくれ』

「ああ。勿論だよ、ジョニー」

 

 西風が吹く。

 それと共に、孤高のガンマンの姿は消え去った。

 それを後ろ髪を引かれる思いで見つめていた。白紙のエリアフォースカードを手に取った花梨は立ち上がる。

 涙をぬぐい、吹っ切れたような笑顔を浮かべた。

 

「あたし、大事にこれを持っておくよ。そして強くなる。このエリアフォースカードに相応しいくらい、ね」

「そうか」

 

 言った俺は振り向く。

 そこには、くたびれた様子の火廣金、そして紫月の姿があった。

 

「あ、あれ? 火廣金に、紫月ちゃんも居たの!? あ、あたし、二人にも迷惑かけて……」

「まだそんなこと言ってるのか君は。俺達は戦車(チャリオッツ)を追っていただけだ。勘違いするなよ」

「あ、あうぅ……ごめんなさい」

「もういいですよ。憑りつかれて暴走していたのですから」

 

 紫月と火廣金だけじゃない。

 今回は皆の力が無いと解決できなかった事件だ。

 戦車(チャリオッツ)の処遇については、一応今回の功労者である彼にも確認を取っておこう。

 

「エリアフォースカードについては、それでいいよな? 火廣金。競争の一番は元々花梨だったんだし」

「……そうだな。俺は構わない」

「それと――助けてくれてありがとな」

「……ふん、君にまた礼を言われるとはね」

 

 手を振ると、彼の身体の周りが炎に包み込まれる。

 

「他の奴にも同じことを言われるのかと思うと辟易するよ。俺は先に帰る」

 

 言うと、そのまま彼は消えていってしまった。素直じゃないなあ。

 

「やれやれ、これで一件落着ですか」

『あのスカしたヤロー、悪い奴じゃあなさそうだし、いずれ分かり合えそうな気がするんだけどなあ』

「分かり合えるよ。きっとな」

 

 俺はそう信じてる。だって今回、俺達は目的のために対立しつつではあったが、最終的には団結出来た。

 人間とか魔導司とかそんなの関係無いんだって思えたんだ。

 だけど、まだ今回の件は終わってない。

 俺は再び彼女に手を差しだした。

 

「なあ、花梨」

「ふぇ?」

 

 今度は、皆と一緒だ。

 俺が1人じゃないように、お前も1人じゃないんだ。

 だから、この言葉を伝えよう。今更こうやって頼み込むのも可笑しい気がするけど。

 

「今まで一緒にいてくれてありがとな。だから――また、一緒に戦ってくれるか? 皆と一緒に」

「……うん!」

 

 彼女は涙混じりではあったが、笑顔でうなずいた。

 今まで抱え込んで来たもの全てが降りたような、とびっきりの笑顔だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 まだ、何も終わってない。

 ノゾム兄の意識は未だに戻らないままだ。

 だけど、前には確実に進めて行っている。

 火廣金とは仲良くとまではいかないけど、協力出来たしな。

 

「よっ、ノゾム兄」

 

 返事は返ってこない。

 あんたもあんたで無茶ばっかりしやがって。 

 早くまた、あの元気な姿を見せてくれ――ってのはきっと俺の我儘なんだろうな。

 今まで1人で街を俺達を守ってくれたんだ。今度は俺達の番だ。

 大丈夫だよノゾム兄。皆が居るんだ。負ける気はない。

 だから――

 

「ゆっくり、休んでくれよな」

 

 そう笑いかけてやる。

 花梨の奴は部活が遅くなるから来れないかもしれないと言っていた。

 紫月にブラン、桑原先輩は大勢で押しかけるのも良くないから、と言って待合室で待っている。

 色々変化はあったが、皆はそれでも平常を装って日常を演じている。

 いつか、いつか――本当に平穏な日々が訪れるだろうか。

 分からない。だけど、そのために戦うんだ。避けられない戦いに、身を投じるしかないんだ。

 大丈夫。仲間がいる。

 今度はきっと――

 

「あれ?」

 

 見ると、病室の棚には封筒が置かれていた。

 好奇心に駆られ、思わずそれを見てみる。が、すぐに悪いと思って手放した。

 

「先に誰か……来てたのか?」

 

 気になったのは、手紙に黒い羽根が添えられていた事だろうか。

 何か……気になるな。

 一体、誰がこんなものを――そんなふとした好奇心が、始まりだった。

 俺はまだ気づいていなかった。

 俺達が今まで見てきた世界が、まだ氷山の一角に過ぎなかったということを――

 

 

 

「――何だ? 貴様が何故此処にいる?」

 

 

 

 低く、唸るような声で俺は振り返る。

 聞いたことのある声だった。

 それも、酷く畏れを抱くような。

 ……え?

 

 

 

「そんなに驚かれては心外だな。白銀耀」

 

 

 え? ええ!?

 その人のシルエットを認めた途端、俺は後ずさった。

 

「く、黒鳥さん……!?」

 

 どうして。どうなってるんだ?

 そこに居た黒鳥さん。

 彼が、俺達の運命が更に大きく動くことを語るのは――そう遠い先のことではなかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「強くなるには……どうしたら良いんだろ」

 

 耀はああやって言ってくれたけど……だからと言って甘えてばかりってわけにはいかないよ。

 どうしよう。エリアフォースカード。

 どうやったら、目覚めるんだろう。

 分からない。分からないから――私は私のやり方。とことんまで自分で自分の道を究めるしかない。

 そう思い、荷物を背負ってお兄の入院してる病院に駆けようとしたその時。

 

 

 

「何だ? やはり強くなりたいのか」

 

 

 

 にゃぁ!?

 びっくりしたよ。急に背後から声を掛けられたから……。

 あたしは、不機嫌さを装って彼に返事を返す。

 

「ひ、火廣金……びっくりしたじゃん」

「それはそうと、やはり強さへの探求は消えないな、あれだけの目に遭っても」

「むっ……失礼するな。今度は、あたしの力だけじゃない。皆の力も借りるよ」

「しかし、君の場合また1人で突っ走って無茶をするのが目に見えている。以前のケースを見てもそうだし、君は元々そういう人間と見て良いな」

「う……」

 

 確かに火廣金の言ってる事は合ってる。

 あたしは生来、誰かの力を借りて強くなるということが苦手な人間だ。

 普段ならともかく、迷った事や行き詰ったことがあると、特にそうだ。

 脇目もふらず、周りに迷惑を掛けまい、または自分の弱さを悟られまいと1人で更に沼に嵌ってしまう。

 

「あのだな。俺は君に一応助けられている。そんな君が、また迷いに迷うのを見るのははっきり言ってみるに堪えない」

「にゃー……それじゃあどうしろっていうのさ」

「特訓だ」

「……え?」

 

 あたしの色々疑問に満ちた返答など意にも介さず、彼は続ける。

 

 

 

「だから特訓だ。君の戦車(チャリオッツ)を目覚めさせてやる。俺が責任もってな」



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第59話:悪夢と過去─真実に向かい合う

最近では病院でも待合室では携帯電話を使っても良いらしいというのはどこかで聞いた話だ。

 携帯電話の普及、第二世代の携帯電話サービスの廃止、医療機器の電磁的耐性に関する性能の向上……だとかそれらが理由なんだそうな。そんなわけで、俺は白銀が刀堂の兄貴の見舞いをしている間、姉貴を見舞った後にまた待合室で或瀬たちと話していたのだが、間の悪いことに早く帰ってきてくれという親からのお達しがメールで来てしまったのだ。

 或瀬と暗野には、軽く挨拶を済ませてそのまま帰ってしまうことにした。

 ああ、また遅くなってしまったか。外に出て吐息を吐くと、俺は鞄の紐を握りしめて、そのまま暗くて冷たい夜道に出た。

 考えることは、やはり同じことばかりだった。

 この間は危なかった。本当に。

 万に一つの事があって、病院にクリーチャーを入れでもすれば大事だった。

 だから俺はあの時、必死になって富士山ッスルへ立ち向かっていったのだ。

 結果的に倒せたから良かったが、その間に抜け出した刀堂を俺達は見逃してしまったし、もっと言えば身の回りの誰かに危機が迫った時、俺は本当に守り切れるのだろうか、という不安はより募った。

 そうか、白銀。お前の抱えていた不安はこれか。自覚すればするほどに強く締め上げる心の枷だ。

 しかし、それでも俺は戦わなきゃいけない。なのに、俺には他の奴にはあるものが無いのだ。

 手に入れねばならない。力を。

 力が無ければ何も守る事は出来ないのだ。

 とはいえ……無い物ねだりをしても仕方がない。

 俺に今できることは、後輩に頼る事。それだけだ。

 俺1人の力でどうにかできるとは思っていない。 

 だが、俺だって――守る力があったって良いじゃないか。

 

「……」

 

 ふと、空を見上げる。

 雲って月は見えなかった。

 やれやれ……気分は余計に沈む。本当にこんな日に限って……。

 

「いかんな」

 

 バチン、と俺は両頬を叩いた。

 こんなことでは後輩に合わせる顔が無い。一先ず、俺のやるべき事は――無いエリアフォースカードを追い求めることじゃない。

 純粋に、力を追い続けることだけだ。

 じゃなきゃ、凡才じゃテメェみたいな天才に届くことなんか出来る訳ないだろう? ……なぁ、十六夜。 

 碌なものが届いているわけがないとはわかってはいるが、家の郵便受けを開ける癖は着いてしまっている。

 ぼーっと考えていても、日常のルーチンは身体からは抜けきらない。 

 何もかもが致命的に噛み合っていないというのに。

 

「……?」

 

 俺はふと、手を止めた。

 そこにあったものを思わず拾い上げる。

 

「……な、な……」

 

 馬鹿な事があるものか。

 声を出そうとした俺の喉は、顔は、引き攣っていたに違いない。

 棚から牡丹餅とはまさにこの事。

 だが、どうして。何故。

 

 

 

「エリアフォースカード……!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺は白銀耀。

 デュエマ部という同好会紛いな部活動の部長をしている時点で普通じゃないけど、まあまあ普通な高校2年生――という時期もあったが、今はワイルドカードや魔導司の事で色々追われており、最早尋常ではない戦いに片足を突っ込んでしまっている。

 その中で、部活仲間の或瀬ブラン、後輩の暗野紫月、美術部の桑原甲先輩が仲間に加わった。

 そして、俺達の持つエリアフォースカードを狙っているのがアルカナ研究会という魔法使いの集団。奴らは俺達の持つエリアフォースカードを危険だというけど、手段を択ばない上にまた何か悍ましい秘密を隠しているようだ。

 それを探っていた俺の幼馴染・花梨の兄、三日月仮面こと刀堂ノゾムはアルカナ研究会の会長・ファウストに倒され、重傷を負った。

 俺は皆が傷つくこの戦いをやめたいと思ったけど――皆は諦めていなかった。

 皆の覚悟を受け入れ、ファウストに疑念を抱く火廣金とも連携し、暴走したエリアフォースカードの戦車(チャリオッツ)を止めた。

 そして、俺は花梨に再び白紙となった戦車(チャリオッツ)のエリアフォースカードを渡し、また立ち上がることを決めたのだった。

 ……はずだったんだけど……。

 

「貴様。何故此処にいる?」

「く、黒鳥さん……?」

「ノゾムの知り合いだったのか? 何故貴様が此処に居るんだ?」

 

 俺は今、蝮に睨まれた蛇の気分を存分に味わっていた。

 黒鳥レン。紫月の師匠であり、俺に《ジョリー・ザ・ジョニー》のカードを手渡した、元・鎧龍決闘学園のデュエリストにして伝説の闇使い。

 ノゾム兄も鎧龍の生徒だったとは聞いたのは昨日の話。

 ならば、黒鳥さんもノゾム兄と顔見知りでもおかしくはない。

 

「え、えと、じゃあ、この手紙って」

「人の見舞い手紙にこそこそと近寄る等、随分と姑息な真似をするな」

「いや、そういうつもりじゃ……」

 

 こ、これ、黒鳥さんのだったのかよ!?

 見舞い手紙なんて相変わらず回りくどい真似するなこの人は……。

 

「……冗談だ。僕とて貴様が妄りにそんな真似をする奴ではないことは解っているよ」

「はあ……やめてくださいよ、そういうの。ただでさえ黒鳥さん顔が怖いのに、凄まれたらビビりますって」

「すまん」

「で、黒鳥さんも、ノゾム兄と知り合いだったんですか」

「昔の後輩だからな」

「鎧龍の、ですか」

「……知っていたのか」

 

 あ、やべ。何処から知ったんだ、とか突っ込まれそうだ。

 と思っていたが、彼は気にした様子は見られなかった。

 

「で、結局貴様は何故此処に?」

「……実は俺、ノゾム兄が幼馴染の兄貴だったから……」

「そうか」

 

 一歩踏み出した黒鳥さんは溜息をついた。

 とても気まずそうな、何かを言い出し辛そうな様子だった。

 

「……そうか……ノゾムは、養子入りしてたからな。それで貴様等と知り合いだったのか」

 

 未だに目を覚まさないノゾム兄の髪を彼は撫でた。

 まるで、壊れた人形を労わる様に。

 

「……あんな事件さえ、無ければな」

「事件、ですか?」

 

 またこの単語だ。

 敢えて知らないふりをしたが、ノゾム兄をゆがめた事件のことは黒鳥さんも知っているのだろうか。

 

「ああ。僕にとっても、忘れられないよ。あれから、あいつは今までの栄光も、誇りも全部投げ打っていったからな」

 

 奇妙なものを感じるよ、と彼は言った。

 

「なあ、貴様から見たあいつはどんな奴だった?」

「……え?」

 

 俺から見たノゾム兄――それは普段の、ノゾム兄ということだろうか。

 そういえば、ノゾム兄は出会った時からいつも同じだった。いつも笑ってて、デュエマが強くて。

 頭が良くて、明るい性格で……細かい事は、気にするなって豪快に笑い飛ばす。

 文字通り、海のように広い心の持ち主だった。

 悩みなんか何一つ無さそうな、澄み切った人物だった。

 あの時――ファウストと戦ったあの日、その印象に、記憶に疑いと歪みが生じたのは間違いない。

 だけど、俺の知ってる限りのノゾム兄の像はまだ変わらなかった。

 

「……虚像だな」

 

 はっきりと、彼は言い捨てる。

 嘘のものだと突き付けた。

 真実ではない、と。

 

「僕は、あいつを知っている。あいつは明るい性格ではあったが、そこまで必要以上に朗らかに振舞うような奴じゃなかった。むしろ、気が付けば事あるごとに何かを抱え込んで悩むような奴だったよ。変にプライドが高いから、それで僕たちは同じチームだったが手を焼いた」

「ノゾム兄が……」

「まして、あの事件が起こった後のあいつが、心の底から笑っているとは思えない。貴様は、あいつの笑顔が時折わざとらしく――もっと言えば、貼り付けたようなものになっているのに気付いたか? いや、気付かなかっただろうが、知っている身からすれば不自然だったのだよ」

 

 確かに普段話している分には気づかなかった。

 だけど、実は全くおかしくなかったと言えば嘘になる(あくまでも今となっては、の話だが)。

 だが、言われなければ、必要以上に明るく振舞うノゾム兄が今思えば不自然だったのだとはだれが気付こうか。

 

「……僕は分かる。今回の件は、決してあの事件と全くの無関係ではない」

「で、でも、ノゾム兄は車に轢かれたって――」

「あいつが? ハッ」

 

 鼻で彼は笑ってみせた。

 嘘が、ばれつつあるのか?

 だとしたらどうして? 俺達じゃないと知り得ないことを、何でこの人が知っている?

 訳が分からないけど――俺は、敢えて話を逸らす為に焦って口走った。

 

「それって――どんな事件なんですか」

 

 好奇心で聞いたらいけない話題とはわかり切っている。

 だけど、それでも俺は知らなきゃいけない理由があるんだ。

 俺は、ノゾム兄の覚悟を知らなきゃいけない。

 

「その瞳。本気か」

「俺は向き合わなきゃいけないから。知らないままは、嫌なんです」

 

 

 

「あれ? 耀と……誰?」

 

 

 

声が聞こえてくる。

 見ると、病室の扉からは花梨の姿があった。

 

「花梨!」

「え? え? 誰なのこの人?」

 

 戸惑う花梨。

 

「あー……説明すると長くなるんだけどよ。てか、ブランと紫月は?」

「ブランと紫月ちゃんは売店にお菓子とか買いにいったよ。後でお礼言ってよね、耀の分も頼んでるし」

「そうか……」

 

 次の瞬間、黒鳥さんが花梨の顔を睨む。

 そして、何かを見透かしたように目を見開いた。

 

「……そうか。なら、もう仕方あるまい」

「あ、あの、貴方は……」

「花梨。この人が黒鳥さん。紫月に昔、デュエマを教えた人。そして――ノゾム兄の先輩だ」

 

 こくり、と彼は頷く。

 

「……今から話そうと思ってたことがある。余り、他人には聞かれたくない事なんだがな」

「お、お兄……ノゾムお兄の事ですか」

「……話が早いな。貴様がノゾムの義妹か」

 

 見透かすような黒鳥さんの視線。

 花梨も、それからは逃れる事が出来なかった。

 

「あ、あのっ」

 

 彼女も踏み込んだ。

 

「あたしも、お兄のことについて知りたいんです。家族も、お兄も、誰も話してくれなかった。あたしだけ、知らないままは嫌。お兄の過去を、知らなきゃって思ったから」

「そうだな。真実とは、いずれ明らかになる。それが遅いか、早いか。それだけの差だよ」

 

 彼は腕を組む。

 そして、くるりと踵を返した。

 

「……表に出ろ。此処では話し辛い」

「え?」

「早くしろ。屋上に行くぞ」

 

 俺は言われるがままにその場を立つ。

 病室を出て行く黒鳥さんに、俺と花梨は気まずい沈黙を破れないまま、着いて行くことになった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 9月も終わりに近づき、秋空は吹き抜けるような風が頬を冷たく逆撫でする。

 だが、それさえも意に介さない――どこか、浮世から1つ離れたような様子で黒鳥さんは振り向いた。

 彼の周りだけ全く別の空間が造られているかのようだった。

 

「さて、と。貴様等にはこの話はしっかりつけておかなければならんからな」

「……ノゾム兄に、何があったんですか」

「ああ。僕らにとっても、忘れがたい事件であることは間違いない。それはさっきも言った通りだ」

 

 そう黒鳥さんが言った時だった。

 俺は妙な寒気を感じる。何だろう。周囲を見回しても、暗くて何も見えないが、ずざざざ、と何かを引き摺るような音が聞こえるのだ。

 

「どうした?」

「い、いや、何でも……」

「そうか。まあ、此処から先は相応の覚悟が必要だ」

「何度も同じ前置きをしないでください」

 

 俺は妙な感覚に覆われながら、苛立ちと不安を隠せず思わず言い放つ。

 

「……本当に、だな?」

 

 次の瞬間。

 ギィイイイイイイイイイイイ!!

 魔獣の啼く声が耳をつんざき、本能的に俺をその場から飛び退かせた。

 地面を抉るような強烈な着地音。

 花梨の姿が見えた。彼女も異形の姿を感じ取り、退避したらしい。

 とうとうチョートッQが甲高く叫んだ。

 

 

 

『マスター!! 上であります!!』

 

 

 降りかかる影。

 それが再び拳を振り上げて、俺を目掛けて飛び降りてくる。

 チョートッQが正面からぶつかり、それを食い止める。

 

「こいつは!?」

「何!? 何なのコレ!? ま、まさか、オバケ!?」

 

 不安そうな顔を浮かべる花梨に、チョートッQが呼びかけた。

 

『クリーチャーでありますよ! 恐らく、この邪悪な気配、闇文明のものであります!!』

「く、黒鳥さん!」

 

 俺は叫んで黒鳥さんの方を見た。

 そして愕然とする。彼は動じていない。

 いや、それどころか――彼の手には、暗く紫色に輝くカードがあった。

 見てすぐに察した。この闇に紛れた異形は、あのカードから現れている。

 

「どうした? 怖気づいているのか?」

「黒鳥さん……!!」

 

 俺は叫んだ。

 にわかに信じ難かったが、彼が操っているのは間違いなくクリーチャー。

 こうして俺達にけしかけたのも間違いなく彼だ。

 

「白銀。貴様はやはりそれなりにクリーチャーとの戦いで場数を踏んで来たとみて間違いない。実戦で鍛え抜かれた危機管理能力と神経だよ」

 

 言い放った彼に向って、蜷局上に異形は絡みついていく。

 

「だが、真実が知りたいならば、その手で掴め。貴様が此処までの戦いで何を積み上げてきたのか、この僕に示してみろ」

「待ってくださいよ!? 俺は貴方とは戦いたくない!! 貴方、だってクリーチャーに操られてる訳じゃないんでしょ!?」

「そうですよ! 何考えてるんですか!」

『我らに戦う理由は無いのでありますよ!!』

「それが、貴様の強さか。白銀耀。実に美しい。美しい優しさだよ。だが、これは僕が貴様に課す最初で最後の試練だよ。真実を知るならば、勝ち取ってみろ。その先の――大魔導司へ挑むというのならば」

 

 やっぱり、知っているんだ。

 黒鳥さんは、ワイルドカードや魔導司の事を知っているのか。

 

「……俺を、試すんですか」

「ああ。それに安心しろ。僕は、ノゾムの奴程じゃあないが、貴様に殴られた程度で沈むほどヤワじゃあない。そして、今の僕に貴様を傷つける力は無い」

「……? どういうことですか」

「それは、僕に勝ったら教えてやる」

 

 俺だって、いつまでも逃げ腰では居られないと気付いた。

 この人は本気だ。俺を本気で倒しにかかっている。

 威圧感、そして彼の周りを纏っているクリーチャーから放たれる瘴気が、俺の正気を狂わせていく。

 

「耀、ダメだよ! こんなところで戦ってる場合じゃ……!」

「……だけど、あの人は本気で俺を試そうとしてるんだ。あの人はすっげぇ強い。だけど、ノゾム兄を倒したファウストはもっと強いって自分で言ってるんだよ。……つまり俺が此処で勝てなきゃ、あの大魔導司を止めることが出来ないって言ってるんだ」

「そんな……!」

「とはいえ僕は、とある異名で呼ばれていた時期があってね。『不和侯爵(アンドラス)』。鏖の悪魔の名を頂戴した」

「『不和侯爵(アンドラス)』……!」

「さっきはああいったが、僕は貴様を殺すつもりで戦う。貴様も――この僕を、美に憑りつかれた悪魔を殺すつもりで掛かって来い」

 

 エリアフォースカードが赤く輝いた。

 

「やるしか……ないっ! 相手が本気なら、仕方がない!」

『了解であります!』

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)(フォー)……皇帝(エンペラー)!!』



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第60話:悪夢と過去─怪奇のアート

※※※

 

 

 

 

「僕のターン。2マナで《一番隊 バギン16号》召喚」

 

 先攻2ターン目。

 早速レンさんは、マナゾーンの闇のカードを2枚タップしてクリーチャーを召喚する。

 あれは、マフィ・ギャングのコストを1下げるクリーチャー、《バギン16号》。

 黒鳥さんが前に使っていたのはデーモン・コマンドが主体のデッキだから、これだけで既にデッキを大幅に変えていることが分かる。

 

「教えてやる。腐臭と血肉のアートというものをな」

「……俺のターン!」

 

 カードを引いた俺は思わずそれを見て笑みを浮かべる。

 

「よし! 《ヤッタレマン》を召喚だ! ターンエンド!」

 

 負けじと2枚のマナをタップして《ヤッタレマン》を召喚した。

 これで俺も展開力を高める準備は出来た。このまま手札が切れないうちにクリーチャーを出していきたいところだ。

 しかし。

 

「僕のターン。2マナをタップ。現れろ、《魔薬医 ヘモグロ》。こいつの効果で、手札を1枚選んで捨てろ」

「《バーバーパパ》を墓地に捨てる!」

「闇の戦術。それは、場に出たクリーチャーを破壊するだけではない。手札のカードも、破壊し破壊し、破壊し尽くす。骨の髄も残さん。ターンエンドだ」

 

 ハンデス! マナを見る限り、完全に闇単色のデッキみたいだし、俺の手札とクリーチャーを徹底的に破壊していくつもりなのだろう。

 

『とはいえ、序盤からの手札破壊はジョーカーズには辛いでありますよ』

「マフィ・ギャングの手札破壊はあくまでも《ヘモグロ》メインとはいえ、キツいな……俺は2マナで《パーリ騎士》を召喚し、墓地から《バーバーパパ》をマナに置いてターンエンドです!」

「ほう。僕のハンデスを利用し、マナを増やすか。しかし、残る貴様の手札は2枚。根こそぎ奪い取ってやる」

 

 黒鳥さんの顔は、普段の冷淡さが抜けて本当に悪魔のように歪んでいた。

 手を突き出すと、何かをかきむしるかのように折り曲げる。

 そこから、彼が何も指示を出さなくともカードが飛んで行き、クリーチャーが影から現れる。

 

「《ルドルフ・カルナック》召喚。こいつの効果で僕のクリーチャーを破壊し、カードを2枚引ける。その際、《ヘモグロ》を破壊して2枚ドロー」

『自分だけ引けるなんて、ずるいでありますよ!』

「代償は払ったぞ。ただし――悪魔の取引を真に受けると、痛い目を見るがな」

 

 一見、クリーチャーの数は2体のままに見える。

 しかし。次の瞬間、屋上は墓場となっていく。

 

「ターン終了時。《ヘモグロ》の効果発動。自分のターンに破壊されていれば、墓地から場に出てくる。もう1度、手札を捨てて貰うぞ」

 

 再び墓場から這い上がる小鬼の医師。

 それが巨大な注射器を掲げ、俺の手札を目掛けて放り投げた。

 それから庇うようにして俺は手札を投げつける。

 

「それか、捨てるのは――ん?」

 

 怪訝な顔をする黒鳥さん。

 ……掛かった。道化の罠に!

 現れたのは、巨大なストーブに手足が生えたようなクリーチャーだった。

 

「《ヴァーニング・ヒーター》の効果発動! こいつが手札から捨てられた時、相手のクリーチャーのパワーが合計6000以下になるように選んで破壊する! 《バギン》と《ルドルフ・カルナック》、《ヘモグロ》を破壊だ!」

「チィッ……!!」

 

 ハンデスの対策をしていないわけじゃない。

 これで、黒鳥さんの場のクリーチャーは居ない!

 

「俺のターン! J・O・E2により、4マナで《絶対音 カーン》を召喚! そして、そのまま攻撃だ!」

「っ……」

 

 一気に攻め込む!

 これで、黒鳥さんのシールドは残り3枚だ!

 

「……早まったな。S・トリガー、《死術医 スキン》。効果で相手のクリーチャー全員のパワーを-2000する。《ヤッタレマン》と《パーリ騎士》はパワー0で破壊だ」

「《ヤッタレマン》! 《パーリ騎士》! だけど……《カーン》の効果で、手札を全て捨てて3枚ドローだ!」

「ならば。僕も全て捨てて3枚ドローだ」

「!?」

 

 折角増えた手札を全て捨ててドローに賭けた……!?

 墓地に落としたいカードがあったのか。

 不気味だ。結局、J・O・Eの効果で《カーン》も山札の下に行ってしまい、俺の場のクリーチャーは無くなってしまう。

 

「……僕のターン。そろそろ引ける頃か?」

 

 言った彼は、カードを引く。

 そして、その無感動な瞳を俺に向けた。

 髪を掻き分けると、ガラスのように繊細な指がカードを掴む。

 

「良いだろう。血の味のする、生臭くて醜い、そして美しいアートの時間と行こうか。5マナをタップだ」

 

 悪寒が走る。

 俺はこの日、この悪魔の悪魔たる所以を垣間見た。

 仲間の屍も、骨も、所詮は彼の作り出す芸術品の、創作の材料に過ぎない。

 背徳的な呪文を紡ぐと共に、骸を喰らいし冒涜が這い寄った。

 

 

 

「――呼び覚ませ、《狂気と凶器の墓場(ウェポス・グレイブ)》」

 

 

 

 あの呪文は――紫月の使っていた呪文だ! 墓地からクリーチャーを蘇らせるつもりだ。

 彼のキャンバスは黒一色。

 そこに血塗られたアートが象られる。

 その種を探す為、彼の山札が掘り進められていく。

 

「効果発動。僕の山札の上から3枚を墓地に置く。そして、コスト6以下の進化ではないクリーチャーを場に出す」

「紫月も使ってた……何が出てくるんだ」

「ほう。流石だな、あいつは。僕のスタイルを徐々に取り込んでいっているか。褒めてやってやれよ。この勝負が終演った後でな」

 

 地獄から這いずる四つ脚。

 有象無象を無造作に組み上げた屍鬼。

 瘴気の森から、凶器が狂喜と共に吼えた。

 

 

 

「狂喜で啼け、狂気と凶器の鬼――《凶鬼03号 ガシャゴズラ》」

 

 

 

 全身を震わせる産声が俺の身の気をよだたせる。

 そして、カードイラストで目にしたことはあっても、まじまじと見た時、その悍ましさに震えた。

 幾つもの”素材”が犠牲になったか分からない、つぎはぎの身体に、機械のアームを無理矢理接合した四肢。

 カメラアイは生者を睨み、その機関銃はの垂れ死ぬことすら許さない。

 まさに、屍の芸術品。悍ましいアート。

 

「これが僕の芸術だよ、白銀耀。コイツの効果で、コスト3以下のクリーチャーを3体まで場に出す。貴様がさっき破壊してくれた、《バギン》と《ヘモグロ》。そして《ジャリ》をバトルゾーンへ出す」

「クリーチャーが、4体に……!」

「《ヘモグロ》の効果で手札を捨てろ」

「《ヘルコプ太》を捨てる……!」

「《ジャリ》の効果で山札から2枚を墓地に置いてマフィ・ギャングを回収する。ターンエンドだ」

 

 《ガシャゴズラ》……!

 3体リアニメイトは場数に圧倒的な差をつける意味で凶悪極まり無いが、それのみならず相手の場のクリーチャー全員にスレイヤーを付与する効果まで持っている、まさに厄介の塊のようなクリーチャーだ。

 

「俺のターン……!」

 

 どうにかしなければならない。とにかく、盤面で負けるわけにはいかない。

 手札にこの状況をひっくり返すクリーチャーは無い。

 ならば、やることは1つだ。

 

「2マナで《ヤッタレマン》召喚! 2マナで《パーリ騎士》召喚! 効果で墓地から1枚をマナに! 2マナで《洗脳センノー》も召喚だ!」

 

 場に出てきた3体のクリーチャー。

 俺もこれで対抗するしかない。しかも、《洗脳》まで出してるんだ。

 これでもうリアニメイトは出来ないはずだ。

 

「面倒だな。……解体するか」

「……え?」

「出番だ。食い荒らせ」

 

 タップされる6枚のマナ。

 そこから、荒々しい咆哮が轟いた。

 俺は訳が分からないまま辺りを見渡す。

 足元は毒々しい色の沼に浸されていき、そこからどばばっ、と飛沫を上げて暗闇に鋭い歯と無数の凶器が蠢いた。

 

「――ソロモン七十二柱が一、『不和侯爵(アンドラス)』の名を借りて命ず」

 

 暗い。昏い。暗闇さえも喰らい、それは悍ましい咆哮を上げた。

 無数の凶器を掲げるは、無数の脚。

 永劫に不死たらしめる無数の節。

 蛇腹のように伸びた身体が、倒れ落ちるようにして、大地を踏み荒らす。

 

 

 

「血塗られし彩色の時間、魂諸共に喰らい尽くせ――《阿修羅ムカデ》」

 

 

 

 以前に戦ったような高尚な名乗り口上は、その者に必要は無い。

 崇高な悪魔神のような存在ではない。

 地べたを這いずり回る蟲に、冠は必要ない。

 故に――酷く、貪欲であった。

 高貴でないが故にそこに礼節も作法も無い。

 ただ、貪り食うだけ。

 

『お呼びのようですね、我が主ィ!! 次は誰を殺せば良いのですかァ?』

「喋った……!?」

 

 その悍ましい声を聞いて、他のクリーチャーとは違う事を察する。

 明らかに格が違う。

 

『間違いない……エリアフォースカードの守護獣であります!? だけど、エリアフォースカードは?』

「無い。僕は、コイツのエリアフォースカードを探す為に協力してやってるのだ。色々あって、その所為でアルカナ研究会の連中に目を付けられ、この間まで下手に身動きが取れなかった」

『ええ、ええ、お恥ずかしい事に……何処の誰だか、この私のエリアフォースカードを奪った者を食い殺してやらねば気が済みませぬ。とはいえ、現在は我が主に仕える身であるのですが』

 

 黒鳥さんの身体の周囲をぐるり、と回ると阿修羅ムカデは、醜悪な外見に反して丁寧な口調で黒鳥さんに話しかける。

 が、それも表面取り繕っているものでしかないことも分かった。

 凶暴だ。こいつは、今まで見てきたどのエリアフォースカードの守護獣で一番凶悪だ。

 よくもまあ、こんなのを従えたもんだ……!

 

「まあ、良い。御託は後。まずは《洗脳センノー》を食い殺せ。貴様の効果で、相手のクリーチャー1体のパワーを-9000する」

「《センノー》!」

 

 一瞬で食い殺される《センノー》。

 命を奪うことなど容易いと、蟲の怪物は嘲り笑う。

 

「そして、僕は《スキン》、《バギン》、《ヘモグロ》、《ジャリ》の4体を破壊」

 

 一気に押し潰すようにして、カードを鷲掴みにし、墓地へ捨てる黒鳥さん。

 そして、場には黒い影の塊が現れていた。

 手が伸び、足が伸び、黒い影の住人が夜を支配していく。

 

 

 

「象れ、屍と死のアート! 死すらも生温い、地獄を見せろ――《ジョルジュ・バタイユ》!」



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第61話:悪夢と過去─灼熱の切札

現れたのは、黒い装束に身を包んだ影の住人。

 尊大な態度で肘をついた彼は、全てを支配したかのように赤い瞳をぎらつかせる。

 マフィ・ギャングの3大切札が、遂に出揃ってしまった。

 

「その効果で僕の墓地のカードを倍に増やす。更に、こいつは場を離れる代わりに墓地のカード6枚を戻せば場に留まる! さあ、ターン終了だ」

「っ……!」

「《阿修羅ムカデ》はパワー9000のブロッカー。うっかり《ナッシング・ゼロ》でも使われれば厄介だからな。残しておくとするよ」

「……だけど、まだ勝ち目はあるはず……!」

 

 虚勢だった。

 恐ろしい巨大な闇の住人を前に、俺は圧力を前に屈しようとしていた。

 だけど――理性が屈しようとも、意地はそれを許さなかった。

 

「負けて……たまるかよォ!! 4マナで《ヘルコプ太》召喚! 効果で場のジョーカーズの数……場にあるのは3体だから、3枚ドローだ!」

「……壮士だな。良いぞ。泥沼から這い上がり、僕を昂らせろ」

 

 とはいえ、攻撃することは出来ない。

 パワー9000の壁は厚い。

 このままでは、じり貧の末に押し潰されることは確実だ。

 

「僕のターン。3マナで《凶鬼33号 ブスート》召喚。その効果で自分のクリーチャー1体を破壊し、再び墓地から場に出す」

「なっ!?」

「《ガシャゴズラ》を破壊。そして、再び場に出す。その効果でバトルゾーンに出すのは《学校男》、《ヘモグロ》、《凶器56号 ゴロン》。《学校男》の効果で、《阿修羅ムカデ》と《ゴロン》を破壊!」

 

 次の瞬間、伸びる3つの破壊の手。

 否応なしに俺のクリーチャーが殲滅されていく。

 

「まず、《学校男》の効果で貴様もクリーチャーを選んで破壊しろ」

「っ……《ヘルコプ太》を破壊!」

「次に、《ゴロン》の効果でアンタップしている《パーリ騎士》も破壊」

「まだ、《ヤッタレマン》が……!」

「仕留めないと思ったのか? 微塵も残さん」

 

 次の瞬間、地獄の底から再び蟲の怪物が這いあがった。

 今度は、《ヤッタレマン》を大顎で食い破る。

 

「《阿修羅ムカデ》は破壊されても、タップして場に蘇る。正真正銘、不死身のクリーチャーだ。パワーを-9000して破壊」

「なっ……!?」

『ははははは、不死身。そうですねぇ、我々闇文明は精神の観念というものがどうやら他の文明のクリーチャーとは違うようでして。ええ、ちょいと眠ってまた起き上がるだけの感覚ですよ』

 

 化物だ。

 こいつは、本当に恐ろしいクリーチャーだ。

 身の毛がよだつとはこの事。これが、純然たる闇文明のクリーチャーの力だというのか。

 一方的に破壊を振りまく悪魔神とは違い、相手を腐敗させていく毒の蟲。

 じわりじわりと、確実に俺を仕留めに掛かっている。

 

「そして《ヘモグロ》の効果でもう1度手札を捨てろ!」

「《ヴァーニング・ヒーター》を捨てて、効果発動! 《ガシャゴズラ》だけでも破壊する!」

 

 駄目だ。全く間に合ってない。

 このままでは、本当に負ける。だけど、歯向かっても、勝てる気がしない。

 

「俺のターン……! 《ヤッタレマン》と《パーリ騎士》召喚……! ターン終了……!」

「貴様は、その程度か? その程度で、ノゾムの闇に、僕らの闇に触れようというのか?」

「くっ……!」

「警告だ。今からでも良い。貴様はこの戦いから足を洗え。貴様はまだ引き返せる。だが、僕らのようにその世界に足を突っ込んだままだと、二度と抜け出せなくなる。大好きなデュエマを抱え込んだままな」

 

 その瞳は昏い。

 破壊し尽くされていく俺を眺めるように。

 その行く末は、俺達全員の破滅。

 黒鳥さんは見据えている。確かに。

 

「そんなもん、織り込み済みだよ……!」

「?」

「俺は、もう、逃げたりしない……! 逃げたら、一生後悔する戦いだからだ! ノゾム兄は逃げなかった!! 逃げて後悔するくらいなら、俺は、戦って後悔した方がまだマシだ!」

「面白い。やはり貴様は面白い! 貴様は、似すぎているんだよ。どっかの馬鹿に。それが虚勢でないことを僕に教えてくれ!」

 

 言った黒鳥さんは、初めて愉快そうな顔を俺に見せた。

 凄絶な笑顔だったが、戦いを楽しんでいた。

 

「追い詰める。貴様を崖っぷちまで――地獄に落ちるか、僕を食い殺すか、それは貴様次第だ!! 2コストで《ゴロン》。4コストで《ルドルフ・カルナック》召喚! 効果で《ゴロン》を破壊して2枚ドロー。さらに、《ヤッタレマン》を破壊!」

「またブロッカー……! しかもクリーチャーまで破壊するなんて……!」

「ああ。これで守りは盤石!! 死の芸術で彩るとしようか!!」

 

 言った黒鳥さんの声に合わせて、凶悪で醜悪な闇の住人が、影から飛んで行った。

 

「《ジョルジュ・バタイユ》でシールドをT・ブレイク!!」

 

 巨大な釘が顕現し、俺のシールドを纏めて突き貫いた。

 シールド・トリガーは、無い……!

 

「次に、《学校男》でシールドをW・ブレイクだ!!」

 

 巨大な学校の影が、残るシールドを押し潰す。

 衝撃で俺は吹っ飛ばされた。

 タイルに背中から叩きつけられて息が出来なくなる。

 

「あっがっ……」

 

 起き上がろうとするが、ダメージは思った以上に大きい。

 黒鳥さんの冷淡な声が響き渡った。

 

「……そうだな、耀。ノゾムは決して逃げなかった。どんな時も、あいつは逃げなかった。貴様も敢えて茨の道を行くか? だが、その果てに破滅の道が無いとは限らないぞ!! 二度と這い上がれない、絶望への道が」

 

 俺を見下ろすようにして、彼は腕を組んだ。

 果てにある破滅の道。

 それは、俺の行く末を暗示するかのようだ。

 頭はぐわんぐわんするし、胸は今にも押し潰される一歩手前。

 

「……も」

「? 何だ」

 

 それでも、俺は掴まなきゃいけない。

 俺だって、戦える。ずっと、戦ってきたんだ。

 もう、これはヒーローごっこなんかじゃあない。

 人助けなんて言葉で済まされるものじゃない。

 その先にあるのが地獄の鬼の待つ煉獄だったとしても――

 

 

 

「だとしてもォ!!」

 

 

 

 俺は、立ち上がってみせる!!

 絶対に!!

 最後のシールドを手に取る。

 迷わずそれを突き付けた。

 割れたシールドが光となって収束する。

 

「S・トリガー、《バイナラドア》! 《阿修羅ムカデ》は山札の下に戻ってもらう! 退場!」

「はっ、1体除去したところで……!」

 

 黒鳥さんは残る《ヘモグロ》に手を掛ける。

 だけど、まだ俺の反撃は終わっちゃいない!

 

「スーパー・S・トリガー、《SMAPON(スマッポン)》!! パワー2000以下のクリーチャーを全て破壊し、更にスーパーボーナスでこのターン相手はデュエルに勝てず、俺はデュエルに負けない!!」

「なっ……!?」

 

 黒鳥さんは呆気にとられたようだった。

 現れたのは電話型のクリーチャー。

 それが鳴り響くと共に、俺の周囲にバリアが張られていく。

 

「ふざけたカードを……しかも、防がれた……!! 《ヘモグロ》をターン終了時に蘇生させ、手札を1枚捨てて貰うぞ!」

「ああ。確かにこのままじゃ、負ける。このままなら……!」

 

 俺は山札に手を掛けた。

 逆転への道筋は、後1つで繋がる。

 

「だけど、引く! 俺は、俺の切り札達(ジョーカーズ)を信じるだけ。俺には、前に進まなきゃいけない、理由があるんだ!! 守るためには、前に進まなきゃいけないんだ!!」

「……守るために、前に進む、か。それが貴様の答えか!!」

「はい!!」

 

 悔いはない。

 この1枚が全て。

 そうしてきたカードを――俺は、裏返した。

 

「!」

 

 俺はシールドに来たカードを見て目を見開いた。

 そこには、《チョートッQ》の姿があった。

 

「やっぱり、来てくれたか!」

『我も、ジョニーから貰った燃え上がる炎の鼓動、メラメラと燃えているであります!』

「……ああ。お前を信じるぜ、相棒!!」

 

 俺のデッキケースから突如、皇帝(エンペラー)のカードが飛び出す。

 そして、熱い鼓動が、炎の奔流が俺に、そしてカード達に流れ込んでいく。

 そうか。此処で応えてくれたか。

 俺の魂に……俺の、思いに!

 

「そうだ。絶対にもう負けるもんか!! この一発で、全部ブチ貫くだけだ!!」

「っ……!? 皇帝(エンペラー)が……!?」

『我が主。ちょっとこれはまずいかもしれませんねぇ、ひっひっひ……!!』

「笑ってる場合か!! 防ぐぞ!!」

 

 タップされる7枚のマナ。

 燃え上がる炎の弾丸。撃ち抜け、俺の思い!!

 皇帝(エンペラー)を表す数字、Ⅳが浮かび上がる。

 それも、灼熱の炎に包まれ、MASTERの文字が焼き付けられていく。

 生まれ変わる。今此処で、作り替えられていく!

 

 

 

「これが俺の灼熱の切り札(ザ・ヒート・ワイルド)! 燃え上がれ、《メラビート・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

現れたのは、黒鉄の軍馬と孤高のガンマン。

 そして、炎の輪を潜り抜けると共に、愛馬・シルバーの脚は車輪となり、ジョニーの左手には燃える炎のボードが掲げられた。

 炎のガンマン――これが、新しいジョニーの姿、なのか!?

 

「ジョーカーズは持ち主が今まで戦った相手に呼応して、その力を糧に強くなる……だが、僕の渡したカードが、直接進化するとは……!!」

「黒鳥さん、行きます! 《メラビート・ザ・ジョニー》だけが持つマスター能力、発動!」

 

 掲げられる二丁拳銃。そこから、弾丸のように撃ち放たれるのは、2体の炎のジョーカーズ。

 

「必殺、マスター・W・メラビート!! J・O・Eを持つクリーチャーを2体までバトルゾーンに出す!」

 

 飛び出したのは、《バーバーパパ》、そして《チョートッQ》の2体。

 だけど、《チョートッQ》の身体は加速するにつれて激しい炎に包まれていく。

 

「変化したのはジョニーだけじゃない!!」

『これが我の新しい姿であります!!』

「なら、期待に応えてくれよ! 出すのは《バーバーパパ》。そして――」

 

 俺は宣言する。

 新たなる彼の姿を、そして名を叫んだ。

 

 

 

「これが俺の第二の弾丸(ザ・セカンドバレット)! 燃え上がれ、皇帝(エンペラー)のアルカナ! 《ドッカン! ゴートッQ》!」

 

 

 

 炎の輪を潜り、トンネルを潜り抜け、限界までエンジンを燃やして爆走した新幹線頭は、思い切り地面に降り立つ。

 

『チョートッQ改め、バーニング・モードにして勝利への線路を駆け抜ける轟速特急、そう我が名は……《ドッカン! ゴートッQ》であります!』

「チッ……だが、場にはブロッカーが2体……僕のシールドは残り3枚! クリーチャーが5体いようが、全て受け止めるのみだ!」

「それはどうかな?」

 

 言った矢先、《メラビート・ザ・ジョニー》の掲げたボードに炎が集まっていく。

 それが巨大な剣の如く燃え上がり――

 

「《メラビート・ザ・ジョニー》が場に出た時、俺の場にジョーカーズが5体以上いれば――相手のクリーチャーを全て破壊する!!」

「なっ……!?」

 

 バイクとなったシルバーが、ギュギュン、と大地を抉るようにして車輪を回転させ、影の軍勢へ突貫していく。

 その上に跨るジョニーは、薙ぎ払うようにして襲い掛かる軍勢を一刀両断。

 阿鼻叫喚の叫び声と共に胴から断ち切り、炎のドームが巻き起こった。

 

「そのまま――一斉攻撃だ!! まず、《SMAPON》でシールドをブレイク!」

 

 残り、シールドは2枚。

 しかし、そのシールドが再び収束していく。

 

「S・トリガー、《冥王の牙(バビロン・ゲルグ)》で《バーバーパパ》を破壊!!」

 

 地獄から現れた巨大な牙が《バーバーパパ》を飲み込んで破壊する。

 

「次に、《メラビート・ザ・ジョニー》でシールドをW・ブレイクだ!」

 

 構えられた二丁拳銃が、残るシールドを撃ち抜く。

 だが、黒鳥さんは割られたシールドを見ると笑みを浮かべた。

 

「まだだ!! S・トリガー、《死術医 スキン》召喚! 効果で相手のクリーチャー全員のパワーを-2000する!」

 

 更に現れた小鬼によって、《パーリ騎士》と《SMAPON》、《バイナラドア》が溶けるようにして消滅した。

 だけど――まだ、《ゴートッQ》が残っている!

 

「その希望も潰えろ! S・トリガー、《インフェルノ・サイン》で《ルドルフ・カルナック》を蘇生だ! これで貴様の攻撃はもう届かない!」

 

 シールド・トリガーが合計4枚!? 何て運なんだよ!?

 それでも、この攻撃を通せば俺の勝ちだ!

 

「……絶対に、止まってたまるもんかぁぁぁ!!」

 

 《ゴートッQ》の攻撃は止まらない。

 例え、ブロッカーがいようが、あらゆる障壁をぶち壊して前に進み続ける。

 もう二度と止まるもんか。今から、未来へ進み続ける、希望を推進力にして!

 

「カッ飛ばせ!! 《ドッカン! ゴートッQ》のアタックトリガー発動! 相手のブロッカーを1体選び、破壊する!!」

『了解! 轟轟轟と最短距離真っ直ぐに……勝利へ急行であります!』

 

 防ごうとした《ルドルフ・カルナック》を突進で撥ね飛ばした《ゴートッQ》は、そのまま拳を振り上げて黒鳥さん目掛けて叩きつける。

 やっぱり黒鳥さんの勝負運も相当なものだった。

 だけど。今度はもう、俺達の攻撃を阻む壁は存在しない。

 

 

 

「《ドッカン! ゴートッQ》でダイレクトアタック!!」

『必殺、轟・特急インパクトォ!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 空間が崩れ去り、勝負の余韻が冷めぬ間に黒鳥さんは呟いた。

 

「っ……やれやれ、どこまでも甘いな」

 

 拳が突き刺さったのは、コンクリートの地面。

 すれすれでゴートッQが避けたのだ。勿論、俺が命じたことである。

 

「俺の、勝ちですよね」

「ああ……最初に会った時より、貴様は強くなった」

 

 起き上がると、黒鳥さんはズボンについた埃を払った。

 信じられなかった。

 あの黒鳥さんに、勝ったんだ。とはいえ、実力はやはりこの人の方が上。

 超えられたわけじゃないのが悔しいけど……それでも、足元には及ぶようになったんだ。

 

「耀、大丈夫!? 怪我してない!?」

「……ケガはねーけど、結構痛かった……ま、大丈夫だろ」

「もう!」

 

 正直に言うと、結構効いたけどな、あの攻撃の数々。

 それでも加減してくれたんだろうけど。じゃなきゃ、今頃俺は立ち上がれてないはずだ。

 

「……で、でも、何でこんなことを……!」

「すまなかったな」

 

 彼は目を伏せた。

 

「今から話すことは、僕達が昔からクリーチャーの事件に関わっていることを前提として話すからだよ。貴様らに、戦う者としての僕の姿を見て欲しかった」

「え!? む、昔から!?」

「そうだ。何処から話したものか……」

 

 ベンチに腰掛けると、黒鳥さんは徐に話し始める。

 俺達はいよいよ、固唾を飲んだ。

 

「……現実からは逸脱した、戦いの記憶だ。心して聞け」



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第62話:悪夢と過去─戦いの記憶

※※※

 

 

 

 ――平行世界と聞いて、何のことか分かるか? 同じ時間の別の世界、別の宇宙の世界。

 クリーチャーとは、その中の1つの世界にいる。人間の代わりに、地球を支配している頂点の生物だ。

 とどのつまり、この世界では所詮カードに過ぎないクリーチャーが、何故そのままの姿で実体化するのかというのは、クリーチャーが平行世界の地球の生物だからだ。

 だが、本来なら関わり合いにならないはずのこの世界と、向こうの世界の均衡があるとき崩れた。

 向こうからは、数多のクリーチャーが僕たちの世界に流れ込むようになってな。

 訳あって、僕らも貴様等と同じような境遇でな。使える力の質は違うが、クリーチャーを相棒にし、戦っていた時期がある。

 そして、ノゾムもその1人だった。

 だが想像してみろ。当時、ただの中学生が巻き込まれながらとはいえ力を持っているという理由だけであの怪物どもと戦っていったんだ。よく精神が壊れなかったものだと自分でも思うね。これも仲間がいたからだろうよ。

 まあ、長い長い間、今に至るまで世間一般に知られることのない、同時にとても大きい戦いだった。

 ノゾムはよくやったよ。あの闘いで一番奮闘したのは間違いなくあいつだ。英雄と言っても過言じゃない。

 その甲斐あってか、戦いもようやく終わり、クリーチャーは現れなくなった。つまり、全て丸く収まったんだ。

 しかし。事件は起こった。ある時、関東のあちこちで、変死体が次々に見つかったのさ。丁度、3年前のことだ。戦いに疲れ果てた僕が鎧龍を離れたのもこの頃だったが、流石に僕の方にも連絡が飛んできた。

 ニュースで死体の状態は明らかにはされなかったが……あるものは火の気のない場所で焼かれていた。

 あるものは、氷漬けにされていた。民家の中でだぞ。他にもバラバラにされて芸術品の如く吊るされていたものもあったな。明らかに人が出来るようなものじゃなかったとその手の”ツテ”から聞いた。

 だが、悲劇だったのは、その死体の中にはノゾムの唯一の身内――ノゾムの祖父の死体があった事だ。見つけたのは、ノゾムだった。

 あいつは酷く憤ったし、酷く慟哭を上げた。だけど、誰も周りもあいつの悲しみの本質に気付けてやれないんだ。気の利いた言葉をかけてやっても、ちっともあいつの心を癒してやることなんか出来やしないんだ。

 両親を幼い頃亡くし、ずっと親代わりで大切な人を失った、あいつにはな……。

 だが、クリーチャーはもう現れないはず。誰がやったのか。何が事件を起こしたのか。

 調査するうちに、僕たちは1つの結論に辿り着いたんだ。

 それがワイルドカードとエリアフォースカード。いわば、全く新しい方法で実体化したクリーチャーだ。

 ワイルドカードは何らかの魔術の影響を受けて実体化したカードで、エリアフォースカードのみがそれを封印することが出来る鍵であることが分かったんだ。

 しかも、運がいい事にエリアフォースカードを見つけたノゾムは、酷く狂喜していたよ。「これでやっと仇が取れる」とな。その頃には、身内が居なくなったために転校と、祖父の友人の家――刀堂家に引き取られる事に決まっていたのだが、あの頃のあいつは荒れ果てていて見るに堪えなかった。

 しかし、クリーチャーが此方でも出現していることが分かったので、僕らは連絡を取り合ってそれぞれの場所に出現するワイルドカードについて調査することになった。

 ノゾムを支えたのは、理解者だった同級生だ。ああ、二人は仲が良かった。なんせ、彼女もまたクリーチャーと戦っていて、同じ戦いの場を共にした仲なのだから。荒みきったあいつも、彼女の前では気を許したんだ。

 だが、悲劇は二度起こった。今度犠牲になったのは彼女だ。あれは、ノゾムが引っ越す前の日だ。

 意識不明の重体で街中で倒れているのを見つかった。全身に裂傷、骨折10カ所以上、火傷、血塗れの重体。

 いよいよノゾムの奴は気がふれたようになった。当然だ。俺とて何も声を掛けてやることが出来なかったよ。それなのに、何も知らない周囲は笑顔で別れの手紙をあいつに送るんだ。戦いに疲れ、やっと平穏に戻れると思ったら、もう肉親は居ない。理解者も僕らしかいない。そんな絶望的な状況で、あいつの精神が破綻するのは時間の問題だったのだろう。

 あいつは僕らと連絡を取り合わなくなった。その後、今までの悲劇を全て押し込めて、笑顔で仮面を作って1人っきりで戦っていたのは――仲間を失う寂しさを紛らわせるためか、それとも……。

 だが、そうでありながら貴様等に危険な戦いを託した理由も分からない。憎しみに囚われた自分では成し遂げられなかったことを、貴様等に期待したのか、あるいは……分からない。今となっては。

 もし、あいつが目覚めた後も、どうかあいつに同情したり憐憫するような素振りを見せないでやってくれるか。

 また、いつも通りに接してくれるか。

 頼む、お願いだ。仮初とはいえ、あいつがやっと手に入れることが出来た平穏だ。それを、崩さないでやってくれ。

 何も知らない、貴様等の知るノゾムに接してやってくれ。それだけが、僕の願いだ――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 唖然として何も言えなかった。

 ノゾム兄の過去。黒鳥さんの、いや黒鳥さん達の過去。

 俺は何も知らなかった。本当に。

 俺が平穏と思っていた世界の裏側では、今の俺でも理解が追い付かないような世界が繰り広げられていた。

 頭蓋骨を叩き壊されたような衝撃を喰らい、俺は何も言う事が出来なかった。

 俺は思わず、花梨の顔を見る。

 彼女も、何も言えないようだった。

 覚悟はしていたが、飲み込めない。余りにも重すぎる。

 そんな俺の心情を察していないのか、察していて敢えて投げかけたのか分からない。

 

「……すまない」

「……黒鳥さんは、何も悪くない」

 

 俺は精一杯に、声を絞り出す。

 だけど、ずっと空きっぱなしになっていた口は既に乾ききっていた。

 放心状態のようで、気持ちは宙にぶら下げられたままだった。

 俺は、これからどうすればいい。

 しかも、これは黒鳥さんという人づての上に、かなり端折っているはずだ。これがノゾム兄の抱えていた闇の全部ではないはずなのだ。

 泥のようなものが、胸の中を埋め尽くしていった。

 それに平行世界? そこから現れたクリーチャー!?

 俺の知らない間に、俺の知らない所で、そんな話があったなんて信じられな――いや、クリーチャーも最早見慣れているし今更か。魔導司の連中は、直接クリーチャーを召喚していたじゃないか。

 そこは驚くところじゃない。

 問題は――ノゾム兄が、黒鳥さんが、その戦いでどれだけ苦しんできたか、だ。

 

「かわいそうだよ……お兄……何で」

 

 花梨も、同じ。いや、今まで間近でその存在を見てこなかっただけあって、ショックももっと大きいようだった。

 もっとも現実離れし過ぎていて実感が沸かないというのもあっただろうが。

 それに、衝撃を受けたのは俺達だけではなく、チョートッQも同じだった。

 

『……それにクリーチャー、別の世界……我らの認知の外でそんな戦いが』

「チョートッQ……」

『それに……ワイルドカードにそのような外道が……! 許せないでありますよ』

 

 こいつも、人間じゃないけど受け入れがたいものがあるのは同じだった。

 だけど、それ以上に正義感が強いから、ノゾム兄を襲った悲劇の元凶を憎んでいる。

 俺だって、同じだ。だってこのままじゃ、ノゾム兄は何も果たせてないじゃないか。

 

「所で、その同級生の人って……」

「クリーチャーに襲われたからか、重大な後遺症が遺っている。脳に損傷や異常はない。だが、記憶を無くし、眠る時間が長くなり、此処最近は……ずっと意識が戻っていない」

「っ……!」

 

 酷い。

 こんな事を大事な仲間にやられたんだ。

 ノゾム兄の怒りは、想像以上のものだったに違いない。

 拳を握り締める。

 俺は――

 

『マスター。我らのやることは、どんな時だって1つでありますよ』

「……そうだな」

 

 なら、答えは1つだ。

 どんなに真実が辛いものだったとしても。

 俺には、まだ誰かを永遠に失ったという事は無くても。

 守らなきゃいけないものが、戦わなければいけない理由はあるんだ。

 難しい事は、俺には分からない。だけど――

 

「俺が受け継ぎますよ」

「!」

 

 考える前に、俺は結論を出す。

 何をするか決める。

 確かに、また頭の中はごちゃごちゃしてきたし、こんな過去を突きつけられたらノゾム兄を今までのようには見れない。

 だけど、ノゾム兄が戦ってきた軌跡は、その意志は俺が引き継ぐ。俺が代わりに戦う。

 それが今俺に出来ることなら――もう、迷ってる暇は無いじゃないか。

 

「だって、もう決めてますから。俺は逃げないって。だから、俺が戦います。ノゾム兄の代わりに」

「あたしも。どこまで出来るか分からないけど……ううん、やってみせる。お兄の意思、受け継ぎたい」

 

 花梨も前に進み出た。

 黒鳥さんは、もう1度強くうなずいた。

 

「強い……強いよ、貴様等は……そうか。良い弟分と、妹分を持ったじゃないか。あいつは――」

 

 その時。

 地面が、ひいては建物が揺れる。

 一気に現実に感覚が引き戻される。

 

「ちょっと!? 地震!?」

『マスター! クリーチャーの反応多数、であります!』

「嘘でしょ!? こんな時に!?」

 

 俺は辺りを見回す。

 しかし、そんな影は見当たらない。

 

「……来たか」

 

 低く、黒鳥さんが呟いた。

 

 

 

(ストレングス)……あのエリアフォースカードが目覚めたか」



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第63話:力(ストレングス)の暴動─寄生

一通りの用事を済ませた後、桑原は勉強する気も起きずにベッドに横たわった。

 決して弱いわけではない。

 しかし、あと一歩が及ばない。

 脚を引っ張ってしまう自分が改めて嫌になる。

 こんなことでは後輩に顔を合わせられない。

 

「はっ、だってよ……今より強くならなきゃ、無理じゃねえか……」

 

 あのノゾムが敗けた。

 自分に夢を与えてくれた彼が、敗れた。

 それは少なからず彼に絶望を与えたことは間違いなかった。 

 あの魔導司達に勝つには――エリアフォースカードを使いこなすしかない。

 これがそのエリアフォースカードなのかはにわかには信じ難いが……。

 しかし、同時にデュエルの腕も少なからず伴わなければ意味が無い。

 

「……《ハイパー・マスティン》」

 

 ははっ、と乾いた笑みが浮かび上がる。

 元々は姉に貰ったカードだった。

 デュエマの好きな姉の病床でパックを剥いた時、彼女が偶然当てたカードがこれだった。

 しかし。現にそれを上手く使いこなせているとは言い難かった。

 パワー一辺倒だけでは、勝てない相手がこの世にはいる。

 今自分が持っていない力を持つ者がいる。

 それに勝つには――新たな力が必要だ。

 

「……なあ、お前と喋れたら良かったんだがなあ」

 

 そんな弱音をカードに零す。

 答えは未だに見つからない。

 エリアフォースカードも何も答えない。

 

「……テメェも、あのエリアフォースカードっていうなら、寄越してくれよ」

 

 震える声。

 後輩たちの前では決して見せない弱い自分。

 

「チビで、デュエマもそんなに強くねぇ。だけど、そんな俺でも戦わなきゃいけねえんだ……強くならなきゃ、いけねぇんだ。なあ、寄越せよ……”力”を、寄越してくれよ」

 

 ……反応なし。

 駄目か、と桑原は寝っ転がった。

 結局これが只の紙切れだったのなら、虚しい限り。

 一体自分は何をやっているのだろう、良い年をして。

 だが、後輩たちへのあこがれと羨望は、徐々に劣等感へと変わっていく。

 このままでは、ダメだ。

 欲しい。欲しい。欲しい。

 喉から手が出るほどの力が。

 

 

 

『力が、欲しいか?』

 

 

 

 声が脳裏に響いた気がした。

 その声は、どこから聞こえたのか分からない。

 彼は飛び起きる。しかし、声の主は姿を現さない。

 

「何だ、テメェは……!?」

『我と契約すれば、お前に力をやろう。その力は、お前の願いを叶えるはずだ』

「願いをかなえる……!?」

 

 胡散臭い話だ、と思った。しかし、これがエリアフォースカードならば。

 もしこれが本当に魔法のカードならば。出来るのではないか?

 何でも――

 

「その力はよォ……姉貴も――治せるのか?」

 

 須臾の時が経つ。

 静寂がその場を支配していた。

 しかし、只ならぬ空間だった。

 

『可能だ』

「なら……契約しろ!! 俺に力を寄越せ!! そして、姉貴の病気を治せ!!」

『クックッ……言ったな?』

 

 桑原は首を傾げる。

 その時、ようやく声に邪なものを感じたのである。

 

「……?」

 

 脳に、違和感を感じた。

 真ん中から、中央から抉られていくような感覚。

 更に、熱が込み上げてくる。

 

「あ? 何だ? 何だコレは……?」

 

 彼は額に手をやる。

 とてつもない熱だ。自分は熱病に侵されていて、それでまやかしを見たのか、虚言を聞いたのかと思ったが違う。

 それ以上に、身体全体に、発作的な衝動――身体を突き上げ、無理矢理起こすようなもの――が襲い掛かる。

 

「ああ!?」

 

 胸を抑えた。

 心臓がかつてないほどにばくばくと高鳴った。

 おかしい。何かがおかしい。

 これは、ワイルドカードか。自分にクリーチャーが取り付いたのか。

 いや、違う。そうじゃない。

 クリーチャーに一度憑りつかれている自分は耐性が出来ているはずだ、と頭の中で否定する。

 では原因はやはり1つしか考えられない。

 机の上に置いたそれを必死に取ろうとしてベッドから転げ落ちる。

 必死にもがき、手を伸ばす。

 が、手は滑り落ちた。

 

「あ、ぐっ、くそっ、あああ……!!」

 

 絶叫を上げた。

 頭が割れるようだ。

 やっとのことで手にした白紙のカードには薄っすらと、大アルカナのⅧ番の数字が浮かび上がっていた。

 喉の底から湧き上がってくる渇望。

 乾き。渇きが止まらない。

 

「……何だァ! 何なんだァ!?」

 

 桑原は小さな体を打ち付けるようにして部屋でのたうち回る。

 あのカードから、突如強い力が沸きあがり、自分の身体を飲み込もうとしていく。

 衝動。

 それは1つの衝動。

 考えることを完全に放棄させる破壊の衝動。

 全ての思考は停止し、精神は完全に破壊の一色に染まっていく。

 小さな体で行き場を失った力が、全身から溢れて止まらない。

 壊さなければ。

 収まるまで壊さなければ。

 破壊。破壊。破壊。

 薙ぎ払うようにして椅子を蹴飛ばす。

 だが、それだけでは止まらない。

 う、うう、と既に猛獣の息がかかった唸り声が漏れていることに桑原は気付いていた。

 人間の道を外れて畜生の道へ落ちたことに気付いていた。

 しかし。最早止まらない。

 これが力の代償だというのならば、甘んじて受け入れなければならない。

 

「こ、こんなはずじゃあ……!!」

 

 遅い。余りにも遅すぎた。

 彼は起き上がると、窓を勢いよく開ける。

 冷たい風は、彼の身体を収めるのに値しない。 

 熱気が口から洩れていく。

 破壊衝動。

 すべてを壊して進みたい、という衝動に支配されていく。

 

「俺は強い……!!」

 

 そこで、彼の人間は消失した。

 

「俺は強い……強い!! 強い!! 力が、みなぎる……壊す……!! 壊す、壊ス……!!」

 

 収まらない高鳴り、熱を全てにぶつけるため。

 彼の背後に浮かび上がった、最早クリーチャーですらない異形が声なき咆哮を上げた。

 

「全部、全部、全部、ぶち壊す……!!」

 

 姿かたちが人間でも、その精神は最早獣。

 吼えた彼は飛び出し、夜の闇へと消えていく。

 求めるものは何もない。

 守りたかったものも全て忘れてしまった畜生の姿が此処にあった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……(ストレングス)の仕業だ。間違いない」

 

 黒鳥さんの表情は浮かないものだった。

 苦虫を噛み潰した様子だ。

 しかし、俺達はそれどころではない。

 夜の街に起こった異変に視線は集中する。

 

「く、クリーチャー!? デカい虫が、街に――!?」

「嘘ででしょ!? あんなの、早く倒しに行かないと――!」

「まて、慌てるな」

 

 すっ、と手を上げて制止する黒鳥さん。

 おいおい、あんなのに実体化されたら、街は大変な事になってるはずだ。

 さっきだって地響きが――

 

「あんなバカでかいクリーチャーが、すぐに完全に実体化はしない。奴等はワイルドカードだが、それでもまだ時間がある。最も、悠長にはしていられないが。それより、アレについて話しておく必要がある」

(ストレングス)って……大アルカナの(ストレングス)だよね? ってことは、今回の元凶は……」

『間違いなくっ! エリアフォースカードでありますなぁ!!』

 

 お前が言うのかよ。

 人の台詞を遮ってんじゃねえ。

 まあ、エリアフォースカードが暴走しているというのは間違いない。

 しかも、黒鳥さんの口振りから見るに既に覚醒しているようだった。

 というか、以前に対峙したことがあるのだろうか?

 

「以前に阿修羅ムカデのエリアフォースカードを探していた際に見つけたのが(ストレングス)だが……こいつは最初から凄まじい力で暴走していたんだ。僕らは自発的には戦う事は出来んが、襲われたならば話は別。やっとの思いで倒せた」

『やれやれ……エリアフォースカード無しなので、その後の私の魔力回復は大分時間が掛かりましたがねぇ。まあ、こう見えても私、頑丈さには定評があるので』

「で、しばらく家で監視していたんだがな……それが丁度、貴様等が小鳥遊家に来た時の頃だ。その頃のこいつは完全に大人しくしていたんだが……」

『むぅ、我でもエリアフォースカードの反応が見つからなかったのは休眠状態だったからでありますな。守護獣が倒されて』

「ああ」

 

 黒鳥さんは肯定する。

 俺達の知らない間にそんな戦いがあったのか……。

 

「だが、事態は一変した。大人しいと思われていた、(ストレングス)がある日僕から力を吸収し始めたんだ」

「きゅ、吸収!?」

「ああ。知らない間に、ずっと奴は僕のマナに寄生していたんだろう。そのまま自分の養分にしようとしていたわけだ。阿修羅ムカデに言われなければ気付かないままだっただろう」

 

 此処までの話を聞いてみるに、(ストレングス)というのはエリアフォースカード単体でも非常に悪賢く、非常に質の悪いものであるということが分かった。

 ある程度守護獣に行動を依存していた[[rb:戦車 >チャリオッツ]]よりもやり口が汚い。

 そして、それが今黒鳥さんの手元にないということは――

 

「で、逃がしちゃったんですね……」

「……不覚だった。逃げ際の奴に阿修羅ムカデが逆に魔力を流し込んでやったので、奴はかなり堪えたようだったが……いずれ、こうなった」

「何か……カードだけなのにアグレッシブだなあ」

「いや、恐らくは新しい守護獣も形成されつつあるのだろう。手遅れになる前に、奴を倒す必要がある。しかし、無暗に向かっては奴の思うつぼ。貴様等には奴の特性をしっかり説明せねばならなかった」

 

 その表情からは鬼気迫るものこそ感じるが、だからこそ黒鳥さんは冷静だった。

 さて、そうと決まれば話は早い。

 ブランと紫月にもこの情報を共有して、街にワイルドカードが実体化する前に本体を叩かねえと!

 

「チョートッQ、花梨!」

『勿論、超超超――』

「可及的速やかにっ、エリアフォースカードを止めなきゃね!」

「ああ!」

『我の……台詞……』

「貴様等仲良いな」

 

 呆れたように言う黒鳥さんの言葉が、冷ややかに風と共に吹いていった。



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第64話:力(ストレングス)の暴動─悪魔の誘惑

※※※

 

 

 

「ここから先に強力な魔力の反応が感知されたとのことデス!」

『エリアフォースカードで間違いないわい! 全く、手を焼かせおる! このままだと、街中にワイルドカードが実体化する。その前に奴を叩く』

 

 事情を説明した俺達は、早速ワンダータートルによるサーチで早速黒幕の居場所を突き止めていた。

 俺達と一緒の黒鳥さんを見た時、酷く彼女達は驚いた上に、黒鳥さんがクリーチャーに関わっていた事を知って更に二重の驚愕を隠せないようだった。

 紫月の方はというと、それでさっきから黒鳥さんと言い争っているし。

 

「知っているなら、私達に一言何か言えばよかったのに、貴方って人は!」

「僕は僕の方でやるべきことがあったんだ。こちらにはノゾムがいる。最悪は大丈夫だろうと思っていたのだが……見通しが甘かった」

「猶更質が悪いですよ、師匠はいつもそうやって人の話を聞かない上に、自分勝手です」

「だが、貴様等だって危ない事にわざわざ首を突っ込んでいってからに……!」

 

 ……その後しばらく不毛な言い争いが続くので割愛。

 まあ、紫月の気持ちも分かる。そりゃ心配にもなるか。

 ただ、後から聞いた話によると大方察していなかったわけではないらしい。

 ノゾム兄が鎧龍出身と知ってからは、同じ鎧龍出身の黒鳥さんも、もしやクリーチャーに関わっているのではないか……とは薄々考えてはいたという。

 

「ま、まあまあ、二人共落ち着いて……」

「そうデス! もうすぐ目的地デス!」

 

 ワンダータートルの空間掌握・迷宮化によって、人払いは出来ている。

 俺達は電灯に照らされた夜道をブランの先導によって駆けていっているわけだ。

 さて、ブランも当初驚いていたのは驚いていたが、予め全てを知っていた彼女にとっては、黒鳥さんもノゾム兄と先輩後輩の関係だったことを分かっていたので、睨んではいたという。

 本当にクリーチャーに関わっていたのは、流石に運命の悪戯を信じざるを得ないとのことだが。

 

『感じるぜぇ……! 魔法で敵を拘束する準備は出来ている!』

『全員、戦闘開始の準備であります!』

「ま、待ってくだサイ!」

 

 ブランは立ち止まると言った。

 彼女は、街並みを見回す。そして、頭にひっついたワンダータートルの甲羅に手を重ねながら目を閉じる。

 みるみる彼女の顔が青褪めていった。

 

「この辺り……桑原先パイの家の近くデス!」

「なぁっ!?」

 

 俺は素っ頓狂な声を上げる。

 大丈夫か、あの人。そういえば先に帰っちまったんだっけか。

 そうなると真っ先に桑原先輩が心配になってくる。早く助けに行かねえと!

 

『おい、待てよテメェら!』

 

 駆けだそうとする俺達を呼び止めたのは、シャークウガだった。

 

『気を付けろ! それだけじゃねえ、こっからすぐ先に魔導司(ウィザード)の気配まで感じるぜ!』

「魔導司!?」

 

 そうなるとダブルでピンチだ。

 エリアフォースカードを狙って此処までやってきたというのか。

 もし鉢合わせになれば交戦は避けられない。

 だけど――

 

「関係ない! 突っ込むだけだ! 仲間は見捨てない!!」

 

 それが俺の信条。絶対に曲げられない!

 こうなったら、ぶつかる覚悟で突っ込むだけだ!

 

「そうデスね! まずは、脅威を止めるのが先デス!」

「エリアフォースカードを奴等の手に渡すわけにはいきません」

「待て、貴様等! 無暗に飛び出すんじゃない!」

 

 黒鳥さんの制止も聞かずに、ブランと紫月も飛び出す。

 十字路を曲がった先から、とても強いエネルギーを感じた。

 これって――デュエルエリア!?

 住宅街の真ん中で、激しい光が迸り、小さな体が放り投げられた。

 俺は、それの正体を認めた。小柄な体躯にヘアバンド。

 見覚えのある顔。間違いない。あれは――

 

 

 

「桑原先輩!?」

「近づくな!」

 

 

 

 迸った光から、もう1つ人影が現れる。

 赤毛に、首に掛けたサングラス。

 意外過ぎるマッチング。何があったのか分からないこの状況。

 俺の思考はフリーズする。が、後ろから花梨の声が響いて我に返った。

 

「ひ、火廣金!?」

「……刀堂花梨。デュエマ部。おまけに――」

 

 疲労した様子の彼は、黒鳥さんに目を向けると言った。

 

「……不和侯爵(アンドラス)・黒鳥レンまで、勢揃いか」

「どう、したんだ? これは」

 

 間髪入れずに俺は語気を強めようとしたが抑えた。

 確かに言い訳は出来ないこの状況。

 今のこの場で戦っていたのは――火廣金と桑原先輩。

 そして、ブロック塀に打ち付けられている彼を見て、分かること。

 勝ったのは火廣金、負けたのは桑原先輩だ。どうしてこうなっているのか、俺には訳が分からない。

 だけど、1つだけ言えることがある。あいつのことだ。戦ったのには、何か理由があるはずだ。

 感情的になるのは簡単だ。だけど、俺だってこの間の件で火廣金と戦って分かった事がある。

 それを無下にしたくはない。

 同時に、桑原先輩の事が心配だ。近づくな、とはどういうことだろう。

 

「襲ったのですか。桑原先輩を」

「で、でも、桑原先パイはエリアフォースカードを持ってないデスよ!?」

「ああ。火廣金は訳もなく相手を襲うような奴じゃねえ。何か理由が――」

 

 

 

「オオオオオオオオオオアアアアアアア!!」

 

 

 

 野獣の如き咆哮。

 それに俺達は飛びのいた。

 鼓膜が破れそうになる。皮膚が震える。

 発したのは――桑原先輩だった。

 そして、ふらふらと立ち上がるなり――地面を蹴る。

 他でもない俺を目掛けて。

 チョートッQが飛び掛かろうとする。しかし、桑原先輩相手だからか、戸惑ったのだろう。

 それが致命的になった。腕が、俺の喉笛を捉えようとした。

 

 

 

 

「阿修羅ムカデ!!」

 

 

 

 黒鳥さんの叫び声。

 漆黒の影が夜の空を舞った。

 そして、桑原先輩の小さな身体が蜷局に巻かれていく。

 

「く、黒鳥さん!?」

「あいつだ」

「どういうことですか」

 

 紫月の問いに、黒鳥さんは呆れたように返した。

 

「既に(ストレングス)は虫の息。阿修羅ムカデ。貴様の得意技を見せてやれ」

『了解ィ!! 地獄のような極楽を味わいなさい!』

 

 次の瞬間、蜷局の身体に紫電が迸る。

 あああああ、と桑原先輩の絶叫は須臾の間、続いたが、やがて聞こえなくなった。 

 そのまま、アスファルトの地面に転がされる。

 

「これで、エリアフォースカードの力は奪った。一先ずは安心だが……おい、魔導司――火廣金と言ったな。よくやってくれた」

「……こちらこそ。不和侯爵(アンドラス)に助けられることになるなんて」

 

 そのまま俺達は、一部始終をぽかんと見つめることしか出来なかった。

 桑原先輩に、何が起こったのかはようやく理解が出来た。

 彼自身が、(ストレングス)の宿主にされていたのである。

 苦悶の声と共に、桑原先輩がようやく我に返った様子で目を見開いた。

 しばらくの間、何のことだか分からないようであったが、俺達に取り囲まれていることに気付き、ゆっくりと頭を垂れる。

 

「……桑原先輩!!」

「あっ……ああ……何だ……? 何でテメェらが居るんだ?」

「良かった……目が覚めたみたいだ」

「目が、覚めた……?」

 

 ここまで自分に何があったのか、どうやら覚えていないようだ。

 その方が本人にとっては良いのかもしれない。

 だけど、彼がどうしてこうなったのか――いや、恐らく今も手に持っているエリアフォースカードが原因に違いは無いが、知っておく必要がある。

 俺は彼の手を掴んで引き起こした。

 立つことは辛うじて出来るようだった。

 

「な、なあ、どうしたんだよ……俺に、何があったんだよ……」

 

 が、彼の頭は未だに混乱しているらしい。

 目を見開き、俺達の顔を見回した。

 そして――黒鳥さんもいる事に気付き、声をあっと上げた。

 

「な、何で黒鳥さんまで……」

「話は後だ。まずは貴様の事からだ」

「安心してください、先輩。大事になる前に、先輩は元に戻りました」

「なあ、なあ!? 俺は、俺は何をしてたんだ!? こいつを、こいつを手に取ってから頭がおかしくなって……!」

「落ち着くデス! 先パイは、まだ誰も傷つけてないデスよ」

 

 それを聞いて、ようやく落ち着いたのか、桑原先輩は溜息をついた。

 

「火廣金。桑原先輩に何があったんだ?」

「暴れていた。一言で言えばな。正気を失っているようだった。強いエリアフォースカードの魔力を感じたので、デュエルを仕掛けてみれば、案の定……だ」

「……そうか。ありがとよ」

 

 彼は頭を垂れる。

 ともかく、大事にならずに済んだという事だろう。

 

「そういえば……桑原先パイ……エ、エリアフォースカードを何で持ってたデスか?」

「家の郵便受けに入ってたんだ……明日テメェらに見せようと思ってたんだが……気が付いたらこの様だ……痛ッ」

「成程な。手に取りそうな所に予め潜んでいたか。これ見よがしに」

 

 黒鳥さんが腕を組む。

 (ストレングス)って、本当に狡猾なカードなんだな……脳筋そうな名前なのに。

 

「貴方は恐らく、(ストレングス)に選ばれたのでしょう」

 

 言ったのは火廣金だった。

 そして、同時に彼は自分の手にエリアフォースカードが未だに握られている事に気付く。

 それには、はっきりと(ストレングス)の絵柄とⅧ番の数字が焼き付けられていた。

 

「おいおい待てよ……選ばれたってどういうことだ」

「エリアフォースカードに選ばれた、ってことだ」

「じゃ、じゃあ、何で俺は白銀達みてぇにならねぇんだ!? 何で俺だけこんな事に……!!」

『それが、(ストレングス)が貴様に下した判断ということでしょうねぇ』

 

 突然現れた阿修羅ムカデ。

 ずいっ、と桑原先輩の顔を触る。

 ぞくり、と彼の顔が青褪めていった。

 

「な、何だコイツ!?」

「僕のクリーチャーだ、済まん。だが、言ってる事は的を射ている」

『貴方は(ストレングス)を制御できなかった。貴方は主どころか、(ストレングス)の奴隷になっていたわけです。今の今までね』

「っ……誰が奴隷だ!!」

「事実だ」

 

 火廣金は容赦なく言い放った。

 その凄みで、桑原先輩は口を噤む。

 歯を食いしばり、屈辱に耐えているようだった。

 

(ストレングス)が持つ膨大な魔力は、エリアフォースカードの中でも有数ですねェ。でも、それを操るのは非常に難しいですよォ。まして、唯の人間にはね。この魔力の貯蔵庫であることが、(ストレングス)のプライドですからァ。それこそ、使いこなせば魔導司に匹敵するだけの力やクリーチャーを手に入れられるでしょう』

「エリアフォースカードは、主と定めた人間を決して諦めない。養分にするか主にするかは分からんがな。貴様は試されたんだ。それほど、(ストレングス)は、選り好みの酷い奴らしいが」

「……クソッ、なら、使いこなしてやる!! 俺が、絶対に……(ストレングス)を従えて、そのデカい魔力とやらを手に入れる!! それに、あいつは願いを叶えるって言ったんだ!!」

「何?」

 

 彼は必至の形相で反駁した。

 

「姉貴を、姉貴の病気を治せる、って――!!」

「あんたは(ストレングス)に騙されたんだ!!」

 

 火廣金が桑原先輩に詰め寄る。

 

「だま……された?」

「奴は、あんたが自分に魂を売る口実が欲しかった。それだけだ」

 

 彼は酷く失望したようだった。

 (ストレングス)の奴……そんな卑劣な手段を使ってまで桑原先輩から魔力を奪い取ろうとしたのか。

 次の瞬間、彼が念じると桑原先輩の手からエリアフォースカードが彼の手に移る。

 が、直接手には触れられておらず、炎に包まれて浮いていた。

 

「テメェ!! それを返しやがれ!! それは、俺がやっと見つけた――」

「貴方は利用された。それがまだ分からないのか」

「っ……!!」

「白銀耀。このようなことが起こるから、俺はエリアフォースカードを君達人間に無暗に手渡したくはないんだ。しかし、今は一概にそうは言ってられない」

「? どういうことだ」

 

 一見矛盾しているように思える彼の発言。

 しかし。次の言葉を聞いた時、俺はその矛盾を受け入れざるを得なくなった。

 

「……此処最近、アルカナ研究会の動きがおかしい。各地から、魔導司がこの街へ集ってきている」

 

 魔導司がこの街に集っている……!?

 どういうことだ、と問うまでもなかった。

 

「エリアフォースカードを回収する為、か?」

「……ああ。規模は十数人程度だが、いずれも偽造パスポートを使って入国した外国人国籍の魔導司だ。この辺りに潜伏しているので間違いないだろう。近いうちに、大攻勢を仕掛けてくる可能性も否めない」

 

 それなのに、と火廣金は続けた。

 

「……厄介事を、これ以上増やすな。『(ストレングス)』は貴方が制御できると判断するまで、コレは俺が持っておきます」

「ちょ、ちょっと待て、火廣金――」

「この状態なら、奴が暴れる事も無い。そして、俺はアルカナ研究会に今協力するつもりもない。これは他の誰にも渡すつもりはない」

「だけど火廣金――」

「君は爆弾を抱えたまま、火の中に飛び込むような真似はしないだろう? つまりは、そういうことだ」

 

 それで俺は口を噤んだ。

 確かにそうだ。むしろ、今回何も起こらなかったのが奇跡だったくらいなのに。

 

「……悔しいが、そいつの言う通りだ」

 

 桑原先輩は零した。それで俺も何も言い返せなくなる。

 そうだ。今まで、俺達のエリアフォースカードが何の問題も無く動いていたのがそもそも幸運だったんだ。

 戦車(チャリオッツ)(ストレングス)のようなカードも存在する。それをしっかり肝に銘じなければならなかったし、何よりそれを一番痛感しているのは桑原先輩本人だ。

 画して。『(ストレングス)』による事件は思いの外、早く片付いた。

 だけど、それは桑原先輩に大きな爪痕を残したのは間違いない。

 エリアフォースカードの一種の危険性。それを思い知ったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

 

 次の日。

 俺は部室で1人、デッキを組んでいた。

 ブランは今日、”昨日の件”の情報収集を行うらしい。

 そりゃそうか。魔導司がこの街に集っているって事は、連中が良からぬ事を考えている前触れでしかない。

 しかし、情報収集は彼女の十八番。結局の所俺に出来ることは無いので、ブランに任せるしかない。

 紫月も紫月で、どうやら何かあった時のためにこの辺りに泊まりに来ている黒鳥さんの所へ話を聞きに行っている。何を聞きに行ったのかは知らないが。

 俺に出来ることは、今の火ジョーカーズを更にチューニング出来ないかどうか試す事だった。

 だけど、なかなか手は付かない。というのも――

 

『しかし桑原殿……落ち込んでましたなあ』

「……ああ」

 

 他人事では済まされない。

 俺だって、無力さに悩んだ。

 だけど、あの人が受けた屈辱はそれ以上だ。

 誰が悪いわけでも無い。それゆえに、鬱憤の矛先さえない事がどんなに辛い事か。

 最後にぶつかるのは、いつも自分の弱さという壁だ。

 だから、魔導司に匹敵するだけの力を手に入れられるという話は、とても美味しい話に見えただろう。

 

「……仕方ねぇよ、こればっかは。(ストレングス)はそれほどヤバいカードってことだろ。つか、俺達の使ってるエリアフォースカードが、よく今まで暴走しなかったな、って思ったよ」

『目覚めてすぐに、主の元に渡ったからでありましょう。(ストレングス)は、しぶとい上に戦車(チャリオッツ)同様長く外界の気に晒されていたであります』

「それで、大分キてるって事か」

『そうでありますな。言葉は無くとも、エリアフォースカードそれぞれに意思も感情も確かにあるでありますよ』

「……一回でも良いから、俺も皇帝(エンペラー)が何考えてるか知りたいな。お前、何か分からないのか?」

 

 ストレートにぶつけてみる。

 

『さあ……我の中の記憶によれば、皇帝(エンペラー)は支配、行動力、責任感の強さを意味することから持ち主に全てを委ねる穏やかな性格でありますよ』

「待てや。お前、今までそんなこと一言も言わなかっただろ」

『それは……我も徐々に記憶を取り戻してきているということであります。まあ、皇帝(エンペラー)の場合は結局の所、持ち主次第であります。耀殿は、その点皇帝(エンペラー)に気に入られているということであります』

 

 そんなものなのか。

 気に入られていると言っても実感はわかない。

 ……いや、むしろ問題無く稼働しているのが気に入られているということなら、コレがどれだけリスクの高い代物なのか分かった気がする。

 そうなれば、やはり俺にこれを手渡したカードショップの爺さんは、知ってて俺にこれを渡したのか……?

 いよいよ何者なんだ、あの爺さんは。

 ……今分からない事を考えてても仕方ない。今はデッキを組まないと。



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第65話:力(ストレングス)の暴動─弱さと強さ

 ※※※

 

 

 

「……ぱい」

 

 ……んあ? 

 ブレザー越しに身体が揺すられた。

 心地良い眠気から覚める不快感と共に、俺は目を擦る。

 

「白銀先輩」

 

 そして、一気に今の状況に気付いた。

 飛び上がると、机の上にはカードが散乱しており、デッキを組んでいるうちに日当たりのいい場所でずっと作業していた所為か寝落ちていたことに気付く。

 オマケに、陽は落ちかけていた。5時半。30分近く寝過ごしてたのか俺は! 疲れてたのか……?

 

「だぁぁあああ!! デッキがぁぁぁ!! 結局できてねぇぇぇ!!」

「落ち着いて下さい先輩。取り合えず状況は察しました。私も良く同じ状況に陥る事が度々あるので……」

「そうかもしれねえけどよ! つかお前、戻ってくるの早かったな!?」

「師匠が学校のすぐそこまで来ていたのです。具体的には、師匠、そして阿修羅ムカデが現在どのような状態にあるか、ですが」

 

 成程な。そういえば、ノゾム兄の事は昨日電話で聞いたって言ってたから、やっぱり阿修羅ムカデの事か。

 俺もあいつがどういう存在なのか、どうしてエリアフォースカード無しで実体化できるのか気になってたんだ。

 

「シャークウガ曰く、阿修羅ムカデは現在、度々他のクリーチャーから魔力を吸収することで実体を得ているようです。むしろ、それが能力なんだとか」

『闇文明らしい、如何にもな能力だぜ。パワーマイナス効果持ちの特権みてーだな』

「そうなんだ……」

 

 そういえばデッドゾーンもそんな力を行使してたな。

 成程、道理でエリアフォースカードが無くても元気だったはずだ。

 

「それはともかく、デッキを組んでいたのですね。余程熱中していたようで」

「ああ。構築済みに強い切札が出てくれたからな。そいつを何とか活用したいんだ」

「パック運が壊滅的な先輩には強い味方ですね」

「うっせぇ、シングルで買えば問題ねぇ。金は嵩みそうだが、ジョーカーズは割と安いから何とかなってる」

「そうですか」

「ああ」

「にしても、今までビマナを使っていた先輩が打って変わってビートダウンに……どういう心境の変化でしょう」

 

 まあ、単にエリアフォースカードの力でデッキのジョーカーズの一部が火になったってのもあるんだけど……それを言っちまえば身も蓋もない。

 

「こじ開けるんだ」

「こじ開ける、ですか」

「ああ。今まで俺の戦い方は、やりたいことを相手に押し付ける戦い方だった。だけど、それだけじゃ早いうちに仕掛けてくる相手には受け身になるし、妨害してくる相手に弱い。だから、火ジョーカーズでそれをこじ開ける。ファウストの奴がどれだけクリーチャーを並べて来ようが、《メラビート・ザ・ジョニー》の全体除去が決まれば勝てる」

「しかし、それだけに頼っていては聊か決定打に欠けるのでは? また、D2フィールド等の対策もしなければならないでしょう」

「ああ。《ゴールデン・ザ・ジョニー》とか入れても良いかもしれないが、枠がな……かといってカツカツになると初動が安定しない」

 

 あっちを立てればこっちが立たず……決まれば強いが、聊か構築が難しいデッキだ。

 入れたいカードは山ほどあるのだが。

 

「……デッキ構築なら、私も協力しますよ」

「ほんとか?」

「はい。先輩は人間だけじゃなくてカードにも甘いので、抜くべきカードが決められないのでしょう」

「……うっ……」

 

 それはごもっともである。

 

「それでは、早速決めていきますか。まず、《洗脳センノー》は4枚も要りませんね」

「ま、待て! それが無いと革命チェンジと侵略が……折角買い集めたのに」

「枚数過多です、1試合に1枚引ければ良いのに……」

 

 取り合えず、俺がカードに対しても甘い、というのはあながち間違っていないらしい。

 とはいえ、ずっと彼女は俺がカードを選ぶ間も付きっ切りで色々教えてくれた。

 この対面を意識するならこれ、このカードはもっと増やした方がいい、減らした方がいい、とアドバイスをくれた。時たま口論になりかけたが、何だかんだ言っても円満にデッキ構築は進んでいった。

 俺がカードを束ねている間、ずっと彼女は俺の顔を見ていた――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……で、デッキは出来たわけだが……」

「ZZZ……」

 

 聞こえてくる寝息。

 今度はお前か。お前が寝るんかい。

 確かにあれこれ指示してる時にだんだん声に眠気が入っていったけど……やっとの思いでデッキを完成させたと思ったらコレだよ!

 ガッツリ寝てて、全く起きる気配が無い。お前も疲れてたんだな……。

 

「なあ、紫月? 起きろ? そろそろ最終下校時刻だぞ……」

「にゅぅ……みづ姉……」

『全く起きる気配が無いでありますなぁ……』

『なあ、白銀耀。こういう時はどうやって起こせばいいか知ってるか?』

「あ?」

 

 シャークウガがにたにたと笑いながら、顎に手を当てた。

 

 

 

『ぶっちゃけ、アホ毛を触れば良い』

 

 

 

 アホ……毛? 何を言ってるんだこの鮫は。

 確かに彼女のフードの下は、一本の大きなアホ毛が隠れている。

 だけどそれが何だって言うんだ。

 

『マスターは髪が敏感なんだよ』

「髪に神経はねぇよ」

 

 強いていうなら頭皮か?

 そこなら神経は通っているが……幾ら髪と言えど女の子のものを勝手に触るのは憚られる。

 

『まあまあ、俺から言っておいてやるしよ?』

「……お前なあ」

 

 仕方ない。それで起きるなら、やってみるか。

 俺は彼女のフードを取り、ぴこん、と撥ねたアホ毛に注目した。

 それを、ゆっくりと、優しく撫でる。……何か、逆に深い眠りにつきそうな気がするんだけど。

 

「んっ……」

 

 ……何か、今すっげぇ艶っぽい声が出たぞ。

 ただ頭を撫でてるだけなのに、すげえいけないことをしている気分だ。

 余程良い夢を見てるのか? まだ起きる様子もないので、今度はつん、と立ったアホ毛を撫でた。

 

「はぁ……ん……」 

 

 蚊の鳴くような、くぐもった声が俺の耳をくすぐった。

 見ると、耳の先まで赤くなっているのが分かる。

 なあ、大丈夫なんだよな? 本当にコレは。

 

「オイ、どうなんだシャークウガ」

『良い夢を見ていると思われる』

「駄目じゃねーか!! もう良い、普通に揺すり起こす!!」

『ちぇー、折角珍しく可愛いマスターが見れると思ったのに』

「テメェ、それ目当てか!! フカヒレ案件だぞ!! もういい、紫月、起きろ!!」

 

 俺は彼女を揺すった。

 少し、ぴくぴく、と身体を震わせた彼女は、穴から出たリスのように頭を起こすと周囲を見回した。

 

「ん……あっ……何ですか、先輩」

「お前、起きろ。もう出るぞ、学校から」

「先輩……夢じゃない……はぁ、折角、良い夢を見ていたのですがね」

「言ってる場合か、最終下校時刻だぞ」

 

 ああ、そうでしたね、と紫月は目を擦る。

 

「何の夢だったか……とても気持ちいい夢だったのですが……ん」

「どうした、紫月」

「……い、いえっ、何でもないです。何でも……ないです」

 

 問い掛けると、彼女はどんどん頬が赤くなっていき、ぷいっ、とそっぽを向いてしまった。

 どうせ、また翠月さんの夢でも見てたのだろうが……。

 挙動不審な様子で彼女は荷物を纏めだした。

 

「早く、帰りましょうっ。何なら、危ないですし一緒についていってあげても良いですが」

 

 何でお前はそう上から目線なんだ。

 だが、悪い提案じゃない。俺だって、出来るだけ1人の時に危険な目に遭うのはごめんだ。

 巻き込んでしまう、とも思ったが、紫月はむしろ俺を守ってやるって言ってるし……。

 

「……ま、1人よりは安全なのかもな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 結局。

 俺は何も出来ないままだ。

 エリアフォースカード無しに、魔導司相手にどうやって戦えって言うんだ。

 どうやって、姉貴を守れるって言うんだ。

 万が一の事を考え出すときりが無い。

 

「んー? 甲、どうした?」

「……いや、何でも無い。姉貴」

 

 病室の荷物、着替えを詰め替えながら俺は言った。

 目を向けると、姉貴が首を傾げていた。

 俺が不安そうな顔をしていたのが、気付かれていたのか?

 いや、そんなことはない。至って、平静なはずだ。姉貴に悟られてなるものか。これ以上、姉貴を不安がらせるわけにはいかない。

 

「ねえ、そろそろ外、寒くなってるでしょ? 今、私が出て行ったら頭が冷えちゃいそうだ」

「……姉貴」

「ふふっ、そんな怒った顔しないでよ。また元に戻るよ。一歩ずつ良くなってはいるし」

 

 笑みを浮かべる姉貴。

 何度、それを見る度に辛くなっただろう。

 俺は――結局、姉貴に何も出来ていない。

 

「抗がん剤の治療……頑張るよ。これさえ乗り切れば、良くなるかもしれないんだから」

「……ああ」

 

 抗がん剤の副作用は苦痛そのものだ。

 それは、今まで俺が目の当たりにしてきたからよく分かる。

 なのに、どうしてそんなに笑ってられるんだよ、姉貴。

 

「なあ、姉貴……」

「なぁに?」

「今後、これから何が起こっても……姉貴は俺が守る」

「……ぷっ」

 

 姉貴はそれを聞いて噴き出したようだった。

 オイ何でだ。流石に凹むぞ俺でも。

 

「何故笑う!」

「あはは……甲からそんな言葉聞くなんて思わなかったからさぁ。あんな弱っちかった甲が、今じゃコレだもん。あ、背は低いけどさぁ」

「それを言うんじゃねえ。それに、弱っちいのは今も同じだ。俺は……仲間がいるから何とかなってるだけだ」

「あっははは。弱いのに守ってあげるだなんて、矛盾してるなあ」

「……否定はしない」

「何、弱いのが悪いって言ってるわけじゃないよ。頼りないけど」

 

 俺は立ち上がった。

 本当に、本当に俺は馬鹿だ。

 病床の姉貴に気を遣わせてどうするんだ。

 

「弱くたって大丈夫だ。お前はあたしの弟だろ」

 

 見抜かれていた。俺の不安も、悩みも全て。

 だが、弱いままでは駄目なんだ。

 このままじゃ――

 

「すまん、姉貴。そろそろ俺、帰るから――」

「ああ。気を付けろよな」

 

 怖いのは……一番怖いのは、姉貴のはずなのに。

 そう思って、廊下に出る。

 俺は、思わず足が竦んだ。

 

「……すまんな。驚かせたか」

「……黒鳥、さん……?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……昨日は、手荒な真似をして済まなかったな」

 

 待合室で、言い放った黒鳥さんの第一声はそれだった。

 

「……それで。僕、そしてノゾムの事はもう聞いたか?」

「或瀬に全部聞きました」

「……そうか」

 

 悩まし気に彼は腕を組む。

 

「……桑原。お姉さんの病状は――」

「白血病です」

 

 俺は言った。

 変に詮索されるより、先に吐いてしまった方が楽だった。

 

「ずっと、抗がん剤による治療を続けていて……」

「……そうか」

「だけど、本人は諦めてはいません。姉貴がいつか、また絵が描けるようになるまで……俺は、付き添うつもりです」

 

 拳を握る手に力が入った。

 

「……俺は昔から、チビだからいじめられてて……ずっと、気の強い姉貴が守ってくれたんです。だから……姉貴が、あんなになってからは、昔の見る影も無くなっちまった。それが、見ていられなくて」

「……そうか」

「だから、今度は俺が姉貴を守ってやる番なのに……俺は、この間、甘い言葉に釣られて(ストレングス)に利用されて暴走して……ほんとダメだな」

 

 涙が出そうだ。

 そんな上手い話、あるわけが無かった。

 

「俺は、俺は、後輩や姉貴の力になってやりたいって思ってばかりで……何にも出来てなくて、ほんと俺は、弱虫だな」

「……本当にそうか?」

 

 俺は顔を上げる。

 彼は、首を横に振った。

 

「……ほう。つまることを言えば貴様は自らが弱者であるのが嫌だ、と」

「弱いままなのが嫌なのは、誰だって同じです」

 

 彼は首を振った。

 

「貴様は、弱者に対する見方がなっていないな。僕から言わせれば、”真の弱者”こそが強者だ」

「……それは、矛盾していませんか?」

「ネズミが何故今の時代まで生き残って来れたか知っているか?」

「……」

「もっと言えば、白亜紀後期、細々とだが生息していた哺乳類が何故現在は地球を支配する程に広まったのか? 恐竜は滅んだのに、虫は何故生き残ったのか? 強者が滅びる事はよくあることだ。しかし。往々にして弱者は生き残り、勝ち上がる事が多々ある。それは、弱者がいついかなる意味でも弱者ではないからだ」

「それは、何故ですか?」

「自分が弱い事を誰よりも知り尽くしているからだ」

「!」

「貴様は貴様の弱さを認めている。それは大きな一歩だよ」

「俺は……」

「貴様が力が欲しいと願ったから、(ストレングス)は貴様に付け込んだ。それは、貴様がエリアフォースカードに縋ろうとしたからだ。しかし桑原。貴様は強い。そんなものなどなくても」

「俺は――」

「桑原よ。もう1つ教えておいてやろう。弱者に限らず、真の強者が何故強いのかを」

「!」

 

 黒鳥さんは俺の胸に、拳を当てた。

 

 

 

 

「それは、己の強さを誰よりも知り尽くしているからだ」

 

 

 

 己の強さ……。

 ……ネズミは、身体が小さく、すばしっこい上に繁殖力が大きい。だから、今日まで生き延びることが出来た。

 虫も同じだ。一見、貧弱に見えるもの程己の本当の強さを認知――しているのかは分からないが、本能的にそれを生かしている。

 故に、世界中に広まった。即ち、生態系の勝者に成りあがった。

 

「人間も、同じだ。己の強さに目を向けず、卑下し、射幸心に中てられて目先の眩しいものに縋るやつが、真の強さ等手に入れられるものか」

「……」

「貴様なら、分かるはずだ。力が、一体どういうものなのかを」

 

 力――俺は、拳を握りしめる。

 俺の強さ。俺自身がどういう強みを秘めているのか。

 そんなこと分かるわけが無いじゃないか。

 

「僕は、自分の姉の事を誰よりも思い、仲間の事を思い、必死について行こうとする貴様の一途さ、間違っていたとは思わない」

「っ……!」

(ストレングス)等、貴様の強さで捻じ伏せてしまえ。従えろ。貴様が、奴のマスターだ」

 

 黒鳥さんが、俺の肩に手を置いた。

 ああ、とても大きな人だ。

 今の俺には、たどり着けそうにもない。

 だけど……俺は、俺は絶対に辿り着かなきゃいけないんだ。

 

 

『マスター!!』

 

 

 

 次の瞬間。

 阿修羅ムカデが叫ぶ。

 ぐるり、とあの不気味な姿で黒鳥さんに絡みついた。

 

「……どうした」

『反応多数……強力な魔力の反応を感じますねぇ!』

「なっ……!?」

『方向は街から。こちらを包囲するように徐々に迫ってきていますが……』

「……チィッ!! やられた!!」

 

 彼は俺の方に向くと、駆け出す。

 

「く、黒鳥さん!?」

「迷っている暇は無い。何が起こっているか確かめるべきなのは……僕らも同じだ」

「と、取り合えず、白銀達に連絡を――」

 

 しようとしたが、スマホのアンテナが立っていない。

 こんな事、前にもあったような――

 

「……魔導司……ファウストの野郎……!!」

「姑息な手段を。分断し、各個撃破するつもりか」

「だけど、俺に何が出来る……? エリアフォースカードも無いのに、俺があいつらに加担出来るとは……」

「いや、1つだけある」

 

 彼は人差し指を立てた。

 

 

 

「……火廣金から、エリアフォースカードを返してもらう。そのほかに、方法があるか?」

 

 

 

 それはつまり、俺に(ストレングス)に認められろってことか……?

 

「……残念だが、ソれをさセるわけにはイかないな」

 

 次の瞬間。

 虚空から手が伸びる。

 それに噛みついたのは――阿修羅ムカデだった。

 

「誰か居るのか!!」

 

 次の瞬間、手は阿修羅ムカデの牙をすり抜けて消失する。

 そして、俺達の眼前に、どこからともなく男達が”現れた”。

 それは、黒いスーツに身を包んだ男達。

 1人、2人、3人と姿を現していく。

 

「すまなイが、桑原甲に黒鳥レン……お前達は我らアルカナ研究会の障害になルと判断した。此処で拘束させて貰うよ」

『隠密魔法……! やはり、魔導司ですかァ』

「ふざけんな!! 此処は病院の中だぞ!?」

「知れタ事。我らが大魔導司の言いツけよ」

 

 言った魔導司の男の瞳が怪しく光る。

 この嫌な気配……感じたことがある。

 あれは前に、紫月の奴がトリス・メギスに連れ去られた時の――

 

「桑原!!」

「っはい!!」

「奴等には少々、美徳と美学というものが欠如しているらしい。他の患者の迷惑になる前に……逃げるぞ」

「……え?」

 

 逃げる? 

 だが、俺達は現に包囲されている。

 どうやって、この場から脱出を――

 

「阿修羅ムカデ。”影法師”」

『御意、ですねェ!!』

 

 次の瞬間、阿修羅ムカデが俺と黒鳥さんの周りを取り囲むようにして蜷局を巻いた。

 そして――視界は闇へ包まれた。



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第66話:力(ストレングス)の暴動─口寄せ

※※※

 

 

 

 気が付けば、病院の外に出ていた。

 何とか……脱出出来たようだが、一体どんな術を使ったんだ阿修羅ムカデは。

 

「影法師。それは、阿修羅ムカデ、否・影の者が使う技。影に、闇に、文字通り溶け込んで移動する能力だ」

「……なんつーか、ノゾムのオーパーツの分解といい、あんたの阿修羅ムカデのソレと言い、ちとズル過ぎませんかソレ……」

「尚、長時間潜り続けていると本当に闇から戻れなくなるのでご注意を、とは阿修羅ムカデの弁だ」

「すいませんでした」

「強い力には、相応の代償が付く。面倒だぞ。覚えておけ」

 

 ……肝に銘じておこう。俺に足りていなかったのは、その認識かもしれない。

 覚悟。力を得る事の覚悟がどれほどのものか、分かっていなかった。

 一先ず、病院が主戦場になることはなさそうだ。

 奴等の反応も、病院から降りていく。どうやら、必要以上に暴れるつもりはないようだが……あの昏い目、やはり気にかかるな。

 まあいい。この林を抜けて、何とか街に出て、白銀達を探さねえと。

 あいつらだってじっとしているはずはない。この状況、狙われるのは真っ先にあいつらだ。 

 ……まあ、俺らも狙われたが、メインはあくまでもエリアフォースカードのはずだしよ。

 

「っ……待て」

 

 背の高い草叢をかき分けて進もうとする俺を、黒鳥さんが制す。

 

「……誰か、近くにいる」

「……なっ……!?」

『大きな魔力が2つ。どうやらぶつかり合っているようですが……』

「ぶつかっている!? まさかあいつら、魔導司に襲われたのか!?」

『さあ? 私、サーチに関しては盲目なので、誰かまではさっぱりですがね』

「仕方ない。確かめてみる価値は――」

 

 

 

「ぐおおおおおおおおおおお!!」

 

 

 

 叫び声が聞こえた。

 聞き覚えのあるものだ。

 あれは恐らく――俺は、放っておけずに駆け出す。

 止める黒鳥さんの声も聞かずに。

 そして、思わず踏みとどまった。

 

「っ……!」

 

 開けた視界の先にあったのは、闇夜に浮かび上がる巨人の姿。

 月に照らされ、くっきりと輪郭が映った。

 あれは――《終の怒流牙 ドルゲユキムラ》。ジャイアントのクリーチャーだ。

 下半身はアースイーターで構成されているが、その無数の触手の先には人影が映っていた。

 そいつの姿を見て、俺は叫ぶ。

 

「火廣金!?」

「……ぐっ、ぎっ……!!」

 

 身体に触手が絡まっており、空中に吊るし上げられている火廣金。

 そして、巨人の傍には、それを使役しているであろう大男の姿があった。

 しかし。その瞳は、何かに中てられたかのように不気味に光っている。狂気。

 一言で言ってしまえば妄執的なそれに憑かれているようだった。

 

「ヒ……イ……ロォ……!! 何故裏切ル。お前程の男が……なぜダァ!!」

 

 憤怒の怒号が鳴り響く。

 その姿にただただ俺は気圧されていた。

 

「あいつは、ティンダロス。アルカナ研究会の魔導司だ」

「同士討ち……火廣金への制裁なのか!?」

「……いや、様子が少しおかしいが」

 

 黒鳥さんが淡々と言ってのける。

 どういうことだ。

 ……いや、確かにそうだ。あいつからは、何か変なものを感じる。

 

「桑原先輩に、『不和侯爵(アンドラス)』……逃げろォ!! ロスは、エリアフォースカードを持ってないあんたらが敵う相手じゃないッ!!」

 

 言うが早いか、殺気を感じた。

 今度は林の影から、2体の巨人が姿を現す。

 

「抑え込め。阿修羅ムカデ」

『人遣いが荒いですねェ……!』

「桑原、こっちは何とかする。貴様は行け!」

「……はいっ!!」

 

 だっ、と駆け出すと火廣金が必死な形相で叫んだ。

 

「馬鹿か!! 死にたいのかあんたはぁ……!!」

「んなこと言ってられるか!!」

「今俺は魔力が奪われて魔法が使えないッ。あんたを助けられないって言ってるんだ!!」

「助けられんのは、テメェの方だァ!!」

 

 俺は駆け出した。

 無数の触手が、俺を捉えて向かってくる。

 

「おい火廣金……エリアフォースカードは、持ち主を絶対諦めないんだったな?」

 

 ならばこの状況。火廣金の魔法が解除されていて、尚且つあいつがアレを持っているのならば。

 ”恰好の養分”である俺を見逃すわけがねえんだよ。

 なあ、そうだろ――(ストレングス)!!

 

 

 

「なら、俺もテメェを助けるのを諦めねえ!! あいつのように、白銀のように!!」

 

 

 

 ドルゲユキムラの触手が吹き飛ばされた。

 見れば、光が軌跡を描いて火廣金の懐から飛び出してくる。

 大男は、遂に興味を俺の方へ移したようだった。

 虚ろな眼で俺を睨みつける。

 

「貴様ァ……!! ファウスト様の邪魔を……するナァ……!!」

 

 (ストレングス)を遂に手にした俺に向かって、ドルゲユキムラが飛び掛かった。

 ……正常に動作するかは分からない。だが――此処で俺がやらなくて、誰がやるんだ!!

 

 

 

「……デュエルだ。魔導司さんよォ!! (ストレングス)!!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)(エイト)……STRENGTH(ストレングス)!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「何だ貴様ハ……!! 白銀耀以下の論外に、興味は無イ……! 俺は今、それどころじゃなイ!!」

「わりーな。受けた恩はきっちり返さなきゃ気が済まねえ義理でよ。それが、(おとこ)ってもんだぜ」

 

 俺と魔導司――ティンダロスのデュエル。

 2ターン目から、早速マナ加速合戦が始まろうとしていた。

 

「《タルタホル》召喚! 効果で、手札からパワー12000以上のクリーチャーを見せれば、山札の上から1枚をマナに置ける。《コレンココ・タンク》を見せてターンエンドだ!」

「俺のターン……!! 《電脳鎧虫 アナリス》を召喚シ、自爆。マナを1枚ブースト……ターンエンドだ」

 

 成程な。《アナリス》……どうやら、それをわざわざ採用してること、そしてマナゾーンのカードを見るにテメェもマナブーストをしてマナを増やしていくタイプのデッキで間違いねえ。

 加えて、召喚されていたクリーチャーはジャイアント。これだけで決め付けは早計だが、間違いなくシノビドルゲか、あのデッキは。

 

「俺のターン。3マナで《ルツパーフェ・パンツァー》召喚! こいつをマナゾーンに置いてターンエンドだ!」

 

 まずいな。手札が切れてきた。やはり、《ジャンボ・ラパダイス》を引けないと辛いな。

 

「俺のターン……4マナで、《西南の超人》召喚!」

「そいつは……!」

 

 あいつは、ジャイアントのコストを-2するクリーチャーだ。

 どうやって処理したものかね……生憎このデッキ、除去手段は多くは無い。

 だが、どうにかして早期にクリーチャーを踏み倒す事が出来れば――!

 

「痛ッ……!!」

 

 俺は頭を抑えた。

 畜生がァ、(ストレングス)の奴……また、俺を取り込もうとしてるのか?

 まあ、そんなことは織り込み済みだ。最初っから俺はそのつもりでこの戦いを挑んだんだ!!

 

「無茶だ!! 貴方は、そのままだと(ストレングス)に乗っ取られるぞ!!」

「だとしてもっ……!」

 

 重くなる気分。

 苦しくなっていく動悸。

 吐き気が込み上げてくる。

 

「俺のターン……。6マナで《コレンココ・タンク》召喚! その効果で、山札の上から3枚を表向きに……!」

 

 此処で必要なのは手札だ!!

 手札さえあれば、戦える!!

 

「《メガロ・カミキュロス》、《デスマッチ・ビートル》を手札に、《ルツパーフェ・パンツァー》をマナに置く! ターンエンドだ!」

「愚かな……愚かだゾ、人間!! ファウスト様に、逆らうナ……!!」

 

 大地が割れる。

 そこから、風が吹き込んだ。

 

「1マナで《デスマッチ・ビートル》召喚……! 更に、残りの4マナでシンパシーと《西南》でコストを合計4軽減しタ、《剛撃戦攻 ドルゲーザ》をバトルゾーンへ出すゾ!!」

「っ……!!」

 

 つむじ風と共に力士の半身と触手の怪物の半身を併せ持った異形が大地を割った。

 そこから、大量の手札がティンダロスの右手に注がれた。

 

「その……効果デ……場のジャイアント3体分だけ3枚ドロー、更にアースイーター1体分1枚ドロー、合計4枚ドロー!!」

「そんなに引いてどうするんだ……!?」

「ターン……終了!!」

 

 まずいな……《メガロ・カミキュロス》で手札からクリーチャーを踏み倒そうとしても、《デスマッチ・ビートル》とバトルしなきゃいけないのか。

 味方で使うと機能しないことがあるのに、敵に使われると非常に嫌なカードだぜ……!

 此処はどうする……!? 慎重に、進化せずに……!

 

「ぐぅっ……!!」

 

 思わず、喉をかきむしった。

 また、あの破壊衝動だ。

 

『力が……力が欲しいか?』

「ぐっぎぃぃぃ……!! テメェ……!!」

 

 火廣金が後ろから叫ぶのが聞こえてくる。

 

「呑まれるな!! 今、そこで力に呑まれたら――」

「ぐっ、ああああああああ!!」

 

 苦しい。苦しい、苦しい、苦シい!!

 何だ、何なんだ、クソが!!

 こんなの、こんな美しくねぇ姿、もう誰にも見せてたまるもんか!!

 俺は人間なんだ……力の使い方も分からねえ畜生に堕ちるわけには……!!

 

「壊ス、壊ス、壊ァァァァス!!」

 

 やめろ……やめるんだ!!

 畜生がァァァァ!!

 

「――ウウウウ……《メガロ・カミキュロス》を《コレンココ・タンク》からNEO進化ァ!! そのまま、T・ブレイクだ!!」

「愚カな……力に呑まれて畜生道に堕ちたカ!」

 

 駄目だ。いう事を聞かねえ。

 乗っ取られてるのか!? 口も、言葉も、全部(ストレングス)に操られているのか!?

 ダメだ!! 此処で殴ったら、奴の思うツボなのに――!!

 

「その効果で……手札からパワー12000以上のクリーチャー、《デスマッチ・ビートル》を場に出す!!」

「《デスマッチ》の効果は使わなイ。だが、ニンジャ・ストライク5。《怒流牙 佐助の超人( サスケジャイアント)》召喚!!」

 

 クソが!!

 言わんこっちゃねえ!!

 ニンジャ・ストライク、だと!?

 

「このクリーチャーがバトルゾーンに出タ時、カードを1枚引き、その後、自分の手札を1枚捨てル……俺は、《斬隠蒼頭龍 バイケン》を場に出す……!! 効果で《カミキュロス》をバウンス」

「っ……!!」

 

 そこでようやく、俺の意識が戻ってくる。

 どうする。どうなる!?

 このまま、奴に意識の主導権を握られるのは、まずい。

 俺の思った通りのプレイングが出来なくなる!

 

「ターン終了時に《佐助》を山札の下へ送ル」

 

 そして、とティンダロスは言葉を紡いだ。

 

「お前は、このターンで終わりダ……!! 4マナで《バイケン》を進化!!」

「《バイケン》を進化、だと!?」

 

 見上げると、雲に切れ間が現れる。

 そこから巨大な影がティンダロスの背後に降り立った。

 

「見るが良い……これが、俺の真の切札ダ……!! 現れロ、《大宇宙 ジオ・リバース》!!」

 

 現れたのは意外なクリーチャーだった。

 何だ……あれは!? 確か、コスト6、パワー6000のジャイアントの進化クリーチャーで、破壊されたら進化元のクリーチャーを全て場に出すってクリーチャーだったはずだが、エイリアン故か水か闇のクリーチャーからしか進化が出来ねえんだっけか。

 

「登場時効果デ、山札の上から3枚を見て、進化ではないクリーチャーを下に置ク。更に呪文、《時空の庭園》デ、マナを加速した後にマナからカードを1枚、《ジオ・リバース》の下ニ!!」

 

 だが幸い、こっちにはタップされているクリーチャーはいない。

 あいつのマナには闇のカードと思しきクリーチャーも居ないし、今すぐ自爆特効も出来ないだろう。

 むしろ、どうやって自壊するつもりだったんだ?

 ……いや、待てよ。

 

「まずハ、《西南》、《デスマッチ》、《ドルゲーザ》、《ジオ・リバース》の4体が居るのデ、《西南》を進化!!」

 

 浮かび上がるのは、力を意味するⅧ番の数字。

 それが、俺を押し潰すべく現れた。

 

 

 

「《終の怒流牙(ラスト・ニンジャ) ドルゲユキムラ》!!」

 

 

 その効果が発動する。

 マナゾーンからクリーチャーを手札に戻せば、その数だけ手札からカードをマナゾーンへタップして置くというものだ。

 それにより、次々に忍者の巨人は次々に分身していった。

 

「《デスマッチ》、進化!! 《ドルゲユキムラ》!!」

「っ……!!」

「これでは終わらなイ……手札1枚、山札の一番上のカードを1枚、ソシテ……《ジオ・リバース》を破壊する事で、《暗黒鎧 ダースシスK》を召喚!!」

「なぁ!?」

 

 嘘だろ!?

 こんな方法で《ジオ・リバース》を破壊するなんて!!

 

「更に……その効果で、《ジオ・リバース》の下にある進化ではないクリーチャーを全て、バトルゾーンに出ス! 《バイケン》、《サモハン》そして――」

 

 浮かび上がったのは、ローマ数字のⅩⅥ。

 あれは、塔を意味する数字だ。

 

 

 

「忍法、口寄せの術――出でよ、世界を揺るがす災厄の龍、《界王類絶対目 ワルド・ブラッキオ》!!」



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第67話:力(ストレングス)の暴動─旋風の刃

 

 俺は戦いた。

 何だ、これは……!?

 この辺り一帯を覆いこむ程に巨大な恐竜だ!!

 咆哮が俺を揺さぶり、嵐のような風を巻き起こす。

 

 

「覚悟しロ。こいつは俺の切札ダ……もう、貴様はクリーチャーを場に出した時の能力は、使えなイ」

「なっ……!!」

「更に、《サモハン》で貴様は俺の他のクリーチャーは選べなイ。《サモハン》を選べば2枚、俺がドローすル」

「厄介なっ……!」

 

 俺は歯噛みした。

 このままじゃ……!!

 

『力が……欲しいか?』

「!!」

『この状況、我の力をもってすればあの魔導司如き吹き飛ばすのは容易い……なあ?』

「……!!」

 

 こいつ……あいつを、目の前のティンダロスを直接攻撃してゲームを終わらせるつもりか。

 確かに、それなら確実に勝てる。

 

「やめろ!! (ストレングス)の罠だ!!」

『考えてみろ? お前は此処で負けたら死ぬんだぞ? 俺ほどの膨大な魔力、今なら使わせてやるよ、なぁ? そしたら、お前の姉貴の病気だって治してやるよ』

 

 火廣金の声は耳に入らない。

 その間、《ドルゲユキムラ》が飛び掛かり、3枚のシールドを叩き割った。

 だが、それさえも無視し、震える声で、俺は返した。

 

「本当にか?」

『ああ、やってやるよ、勿論だ』

「そうか――」

 

 俺の答えは、1つだ。

 

 

 

 

「なら、死んだ方がマシだ、この馬鹿野郎!!」

 

 

 

 

 吐き出すような俺の言葉に、(ストレングス)の声は狼狽えたようだった。

 

「そんなイカサマ染みたやり方で勝つ? テメェ、勝負ってもんが何なのか分かってねぇみてえだな?」

『な、なに!?』

「デュエマってのはなあ、それはヒリヒリとした時間の中で、俺の中の全てを引き出し、キャンバスの上に絵具をぶちまけて塗りたくれるかという戦い。いわば芸術。それは、相手も同じだ。テメェ如きが、横槍入れてんじゃねえ!!」

『如き、だとォ!?』

「俺は、そういう卑怯なやり方をする奴が、一番大ッッッ嫌いなんだ!! 義に背く事、それは美しくない事、きたねぇ事だ!! 俺は、テメェみてぇなきたねぇ奴は要らねえ!!」

『何!? 貴様、姉を治したくないのか!? 姉貴を治そうとしても、今此処で貴様が死んだら意味が無いんだぞ!? 我と契約をしろ!!』

「へーえ。やっぱりテメェ。目当ては俺の契約か」

『ぎっ……』

「テメェ、2度も俺に姉貴をダシにして従わせようとしたな? 虫唾が走るとはこの事だ。テメェの嘘にはもう、付き合ってられねぇよバーカ」

 

 今度は、静かに語り掛けた。

 

「無いモンねだりしても、やっぱり何も手に入れられねぇんだ。俺に元からねぇもんを簡単に手に入れる事なんか出来ねえんだ。だから――(ストレングス)。テメェの誘いには乗らねぇ。テメェの間違った力なんざ要らねぇ。テメェが間違った歪んだモノなら、テメェなんざハナから要らねえんだよ!」

 

 俺はデッキケースから(ストレングス)を乱暴に引っ張り出す。

 

『我を拒絶するのか!? もう1度乗っ取ってやるぞ!!』

「俺の中の信念を曲げるくらいなら――テメェなんざ、こうだ!!」

 

 

 ――ビリビリビリッ!!

 

 思いっきりカードを掴み、上下に引っ張り上げた。

 思いの外、簡単にそれは悲鳴を上げて真っ二つに裂ける。

 

 

 

『オエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

 

 断末魔の叫びが、空間の中に鳴り響いた。

 大体、主を乗っ取ろうとするような奴の言う事なんざ信用できるか。

 俺が死んだらエリアフォースカードである自分も危ない。だから保身に走ったみてぇだが。

 

「桑原……先輩」

「これで、良いんだろ。こんなもん、無い方がよっぽどマシだ」

「……いや、そうじゃなくて」

 

 分かってるぜ、火廣金。

 これで、良い。

 これで良いんだ。

 ……”いや、そうじゃなくて”? ちょっと待て、こいつ何を言いかけた?

 叫びが鳴りやみ、真っ二つになったカードを、俺は足元に放り捨てようとしたが――次の瞬間、カードの裂け目から黒い煙が吹き出て行く。

 

「っ!?」

「邪気が……エリアフォースカードの邪気が抜けていく」

「邪気!?」

 

 次の瞬間、真っ二つになっていたカードが俺の手元を離れ、再び1つのカードになる。

 今度は真っ白。再び何も無いエリアフォースカードとなって。

 

 

 

『君を待っていたよ。桑原甲』

 

 

 

 穏やかな、声が聞こえてきた。

 

「テメェ……!」

『君は力の真の意味を知り、己の手でこのカードに宿った闇に引導を渡した。礼を言いたい』

「いや、俺は単に……てか、テメェは何だ?」

『迷わず、勝負を続けるんだ! そして、”ボクを引け”!』

 

 説明は無し、か。

 だけどごたごたと誘いの言葉を持ちかけられるよりは、よっぽど――

 

 

 

「へっ、良いぜ……やってやらァ!!」

 

 

 

 俺は信用、出来る!

 正面の魔導司に投げかける。

 

「待たせたな」

「話は終わったカ? だが、これで終わりダ!!」

 

 2体目の《ドルゲユキムラ》の攻撃。

 シールドが2枚。薙ぎ払われる。しかし。

 そのシールドは光となって集約される。

 

「残り全てのシールドをブレイクダ!」

「S・トリガー! 《ゼノゼミツ》! 効果は使えねえがな」

「それだけカ?」

「誰がトリガーが1枚だけ、って言った?」

 

 俺は口角を釣り上げた。

 

 

 

「S・トリガー、《Dの牢閣 メメント守神宮》! 効果で俺のクリーチャーは全員ブロッカー化する!」

 

 

 

 封じるなら、D2フィールドまで封じるんだったな、ティンダロス。

 3度目の《ドルゲユキムラ》の攻撃は、《タルタホル》でブロックして防ぐ!

 

「ッ……ターンエンド。だが、それでどうやって勝つつもりダ。盤面を並べるマナも無いだろウ。殴れば、シノビが待っているゾ」

「分からねえよ。分からねえが――」

 

 このドローに、賭けるっきゃねえだろ!

 俺は山札に手を置く。そして――引いた。

 賭けるぜ。この1枚に!!

 

『引いてくれたな。このボクを!』

「――ああ。テメェで、この大勝負に勝つ!!」

 

 今の俺の場のクリーチャーは、《コレンココ・タンク》と《デスマッチ・ビートル》、《ゼノゼミツ》の3枚。

 そして、マナのカードはこれで9枚だ。

 もう、迷う必要はねぇ!!

 

「俺の場にパワー12000以上のクリーチャーは3体。よって、コストを合計6軽減し、4マナをタップ――」

 

 風が吹いてきた。

 俺を守るかのように包み込む。

 

 

 

「天に描け、俺の芸術!! 一世一代の大作だ――《天風のゲイル・ヴェスパー》!!」

 

 

 

 それはカードを叩きつけた途端、飛び出し、天を飛び回る。

 一陣の風と共に、戦場へ姿を現した。

 真紅のマフラーを身に着けた、ヒロイックな姿をした蜂の戦士。

 それは、俺の方に向き直ると、口を開く。

 

『やっと……出会えたようだな。マスター』

「テメェのエリアフォースカードには散々苦労させられたよ」

『……それは、(ストレングス)が外界の空気で汚染されていたからだ。巧な言葉で主を騙し、魔力を奪い取る魔物が住み着いてしまったんだ。本当は、この中にある膨大な魔力は、人間どころか魔導司にも扱えないのにね』

「いや、それで安心したぜ。やっぱり、そんな都合の良いモン、世の中にはねぇってな」

『力とは、元々その者に備わっているもの。後は、周囲がどうやって引き出すか否か。僕の力は、まさしくそれだ。君のクリーチャーの力を、最大限に活かす!』

「ああ。頼むぜ。テメェの力、存分に俺が使いこなしてやるからよ!!」

『勿論だよ』

 

 彼は、マフラーをなびかせると言った。

 

 

 

『何故なら、ヒーローは遅れて来るものだからね! もう大丈夫だ!』

 

 

 

 ……本当に大丈夫かコイツ。

 まあいい。《天風のゲイル・ヴェスパー》……コスト10、パワー12000のT・ブレイカーのグランセクトだ。

 W・シンパシー:パワー12000以上のクリーチャーで、コストを大幅に軽減できるが、こいつの本領は第二の能力にある。

 

「行くぞ! 早速テメェの出番だ!」

『ああ。ボクの効果で、マスターの手札のパワー12000以上のクリーチャーも、W・シンパシー:パワー12000以上のクリーチャーを得るんだ!』

「何……!? W・シンパシーだト!?」

「まず、1マナで《デスマッチ・ビートル》召喚。そして、俺の場のパワー12000以上のクリーチャーは4体により、コストを7軽減!」

 

 1枚のマナをタップし、俺は力の限り叫ぶ。

 

 

 

 

「――ぶち壊しやがれ(デペイズマン)、《メガロ・カミキュロス》!!」

 

 

 

 

 まだだ!! もう1マナタップ!! 今度は9コスト軽減!

 

 

 

「――吼えろ、野獣のように(フォービズム)、《ハイパー・マスティン》!!」

 

 

 

 巨大な蟷螂が、戦場に降り立つ。

 NEO進化の必要は――無い!

 

「更に、今度は9コスト軽減。1マナで《古代楽園 モアイランド》召喚!」

「何ダ? そんなに並べても攻撃できなければ意味が無いゾ!!」

「意味があるんだよ!! 全ての芸術に、必要じゃねえ色はねぇ!!」

 

 最後にダメ押しの1マナ! これで終わりだ!

 合計、11コスト軽減だ!

 

 

 

「――1マナで、《超絶奇跡(グレイトミラクル) 鬼羅丸》、召喚!!」

 

 

 

 今度こそ、ティンダロスは目を見開いた。

 確かにこいつの、召喚時にガチンコ・ジャッジを3回して、勝った数だけ捲ったクリーチャーを場に出し、呪文を唱えるって効果は《ワルド・ブラッキオ》で使えねえ。

 だがな……。

 

「こいつの効果で、俺のクリーチャーは問答無用で全員スピード・アタッカーなんだよ!!」

「何ィ……!?」

「さあ、呪文は使えねえぞ!! お得意のニンジャ・ストライク、後何度使える?」

「おのれ……白銀耀と言い、貴様と言い……ウオオオオオオオアアア!!」

 

 咆哮。

 ティンダロスの瞳が不気味に赤く光る。

 あれは――あの嫌な感じ、見た事があるぞ!?

 

「《ハイパー・マスティン》で攻撃――するとき、山札の上から3枚を表向きにし、それがパワー12000以上のクリーチャーならば場に出す! まず、《ルツパーフェ・パンツァー》を場に出すぜ!」

 

 そして、だ。

 こっから更に仕掛けるぞ!

 

 

 

「――叫べ野生よ(プリミティヴィティ)、《グレート・グラスパー》!!」

 

 

 

 降り立つ蝗の皇。

 これで揃い立つ、昆虫戦士たち。

 それが一斉にティンダロスへ噛みついた。

 

「例え巨人が相手だって――一寸の虫にも五分の魂なら、一丈の虫にゃ五間の魂だぜ!! これがグランセクトの巨大昆虫騎士団だ!!」

「ファ、ファウスト様ァァァァァ!! こいつは、この俺が倒す!! ニンジャ・ストライク5、《佐助の超人》を召喚し、カードを1枚引いて《バイケン》を捨て、《鬼羅丸》をバウンス!! 《バイケン》の効果で1枚ドローダ!」」

 

 これで奴のシールドは残り2枚。

 SA付与がなくなった今、俺の場の攻撃出来るクリーチャーは、《メガロ・カミキュロス》と《グラスパー》しかいない――とでも思ったのか?

 

「《メガロ・カミキュロス》で攻撃――する時!! 手札から《ハイパー・マスティン》を出す。勿論、進化元は《コレンココ・タンク》だ!!」

「なあっ!? ぐっ……ニンジャ・ストライク4、《ハヤブサマル》でブロック!! 《バイケン》の効果で1枚ドローダ!」

「まだ連鎖は続くぞ? 《グレート・グラスパー》でシールドをT・ブレイク!! その時、マナから《カミキュロス》を《デスマッチ》から進化! SA付与に気を取られたみてぇだが……この展開力の前では意味を成さねえよ!!」

 

 使えるニンジャ・ストライクが無いのか、彼はそのまま通すしかない。

 全てのシールドが割られた。

 

「《怒流牙 サイゾウミスト》がせめて使えれば――ファウスト様ァァァァ……!!」

「こいつでシメェだ!!」

 

 俺は叩き込む。

 これで全部終わらせる!!

 

 

 

「《ハイパー・マスティン》で、ダイレクトアタックだ!!」

 

 

 

※※※

 

 

 

 

 空間が崩落する。

 それと共に、俺は倒れ伏せたティンダロスの前に立っている事に気付いた。

 

「勝った……のか?」

「ああ。どうやらそうらしい」

 

 火廣金が息を切らせて近づいてくる。

 

『死ぬような攻撃は加えていない。だが、ボクとしてはこの男に魔術が掛けられていた事の方が気になるね』

「何の魔術だ?」

 

 俺が首を傾げていると、黒鳥さんも後ろから阿修羅ムカデを引き連れてきた。

 

「こちらも全て終わった」

「あ、ありがとうございました」

「礼には及ばん。しかし……この男から感じた嫌なモノ……何だ?」

 

 倒れているティンダロスの顔色や、脈を調べながら、黒鳥さんは怪訝な顔を浮かべた。

 いや、ティンダロスだけじゃない。先程から出会う魔導司から感じる嫌な気配。

 それが何なのか、やはり分からない。

 

 

 

「恐らく……精神汚染(マギア・ポリーシャオ)、あるいはそれに類する魔法だろう」

 

 

 

 言ったのは火廣金だ。

 精神汚染(マギア・ポリーシャオ)……!?

 待てよ。薄々そんな気はしていたが、それってアルカナ研究会のトリス・メギスが使っていた奴じゃねえか。

 何で、味方に味方がそんな魔法を使うんだよ!?

 

「そう言えば、さっき病院で会った男達も妙な様子だったな。行動にキレが無かった。僕達を襲えるなら、もっと迅速に襲えたはずだ。それが、まるで人形のような覇気の無さだった」

「確かに……」

「ならば、此処に送られてきた魔導司……その中には精神汚染(マギア・ポリーシャオ)を仕掛けられたものもいる。それも多数が」

「何のために? それも誰が?」

「恐らく――ファウスト様に同調しない者へ、トリス・メギスが仕掛けたのだろうな。魔導司は無暗に外の世界に被害が及ぶことを嫌う。だが、今回の彼らの行動はそれを顧みないものだ」

 

 だとすれば……魔法で無理矢理従わせたってことか!?

 ……許せねえ。自分の仲間に!!

 

「行こう!! この目で、何が起こってんのか、確かめてやるぜ!!」

「ああ。白銀達も心配だからな」

「そうですね。では、早くここから抜けましょう」

 

 火廣金は、そう言うとティンダロスに向かって小さく「後で必ず、助けてやる」と呟き、駆け出した。

 俺達も街を目指して駆け出す。

 やっと、やっと真実をこの目で見つける手段が手に入った。

 きっと、俺が力の使い方を間違えなければ良い相棒になるだろう。

 

「貴様も、手にしたな。資格を」

「……はいっ」

 

 俺はデッキケースに呼びかける。

 頼むぞ。相棒。

 

『マスター。君がボクの舞台、大きく描いてくれよ。約束だ』

「任せろよ」

 

 何故なら――

 

 

 

「俺は――芸術家だからな!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 画して。

 事態は更に動き出す事になる。

 既に、激突の時は迫っていた。

 アルカナ研究会、そして運命に抗う決闘者達の激突の時が、刻一刻と──迫っていた。

 

 

 

「アルカクラウン」

 

 

 

 手を伸ばす大魔導司。

 強大な力を蓄積させている道化の化身はその瞳を怪しく輝かせる。

 

「……全ては我々の思い通り──フフフ」



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第68話:魔術師(マジシャン)の逆襲─攻勢

俺は白銀耀。

 デュエマ部とかいう同好会紛いの部活の部長をやっているちょっと普通じゃない高校2年生……だったのだが、実体化するクリーチャー、ワイルドカードの事件に巻き込まれ、普通じゃない日常生活を送ることになった。

 そんな中、エリアフォースカードを狙う魔導司達との戦いに巻き込まれ、激闘の日々を送ることに。

 さて、今は後輩の紫月と一緒にノゾム兄の居る病院に向かっていたのだが――

 

「ふぁあ……それにしても、先輩。結局デッキは出来たのですか」

「あ?」

 

 紫月は欠伸交じりに答える。

 実は、もうほとんど完成はしているのだが、最後に肝心のS・トリガーのチョイスに迷っていた。

 《バイナラドア》4枚は確定として、残りの3枚ないし4枚が決まらない。取り合えず、《SMAPON》を入れたけど、こいつだけじゃ対応できる範囲狭いんだよな……幾らスーパーボーナスが強いからと言っても。

 

「まあ、先輩らしい優柔不断っぷりですね」

「……それを言うな……」

「でも、大分完成してきたじゃないですか」

 

 彼女は立ち止まる。

 

「私も、やはり……リベンジするならあのデッキで挑まなければ」

「?」

「先輩。今回、またデッキを変える……いえ、前のデッキと似たものに近いものを使うつもりなんです」

「どうしたんだ?」

 

 この間まで、《クジルマギカ》のデッキを握ってたのに。

 そう言おうとしたが、彼女は首を横に振った。

 

「……もし、あのトリス・メギスと再び相まみえる事があるならば。それは、間違いなく私の戦いであり、そして――シャークウガの戦いでもあるのです」

『後、もう少しなんだ。俺の主であるエリアフォースカードが目覚めるには……俺の記憶が目覚めるのがトリガーだ』

「そこで、ムートピアで固めたこのデッキならば、シャークウガの記憶にも少なからず干渉できるのでは? と考えたのです。この間の桑原先輩の件で、私もエリアフォースカードを意識し始めたということですよ」

「お前……」

「大丈夫、焦ってはいませんよ」

 

 彼女は穏やかに笑みを浮かべた。

 

「だって、先輩が、皆が支えてくれてるのですから。私も、また一歩ずつエリアフォースカードに向き合っていかないと。それを気付かせてくれたのは、先輩ですから。感謝してますよ」

 

 支えてくれてる?

 いや、俺だってお前に何回支えられたか。

 お前がいなきゃ、俺はもう1度立てなかったかもしれないのに。

 

「俺も、お前に感謝してるよ。本当にありがとう」

「……恥ずかしい事言わないでください。私はそんなつもりでは」

「照れるなよ」

「照れてませんから」

 

 そう言いかけた紫月は、立ち止まった。

 俺も「どうした?」と声を掛けて立ち止まる。

 只ならぬ空気が路地を支配していた。

 

『マスター!!』

 

 チョートッQの声が飛んでくる。

 デッキケースから俺に向かって呼びかけている。

 

『反応多数であります、恐らくは魔導――』

 

 

 

「見つけタぞ、白銀耀!! 暗野紫月!!」

 

 

 

 声。人の声だ。

 俺も感じた。何人もの、異形の影を纏った人間だった。

 

「何だコレ……」

「何故これだけの人数が……」

 

 住宅街の屋根の上に2人。正面から3人。

 後ろから3人。

 クリーチャー、その数と同数。

 当然、全員――

 

『多数の魔導司の反応!!』

「分かってらあ!! どうしてこうなったんだ!?」

「恐らく……火廣金先輩の言っていた大攻勢とは、コレの事では」

 

 紫月がぼそり、と呟く。

 俺も大方同意だ。だけど、妙な事がある。

 それは、俺達を取り囲んでいる魔導司――男から女、国籍も見たところ様々だが、皆様子がおかしい。

 犬歯を剥き出しにし、目は血走っており、獣のような唸り声を上げているのだ。

 しかし。間もなく、彼らは飛び掛かってくる。

 その眷属であるクリーチャーと共に!

 

「おい、どうする!?」

「そう言われても、1人1殺しかありません。各個撃破以外、突破口は無いように思えます」

「そんなこと言われても……!!」

 

 こんな数、エリアフォースの魔力、そして俺自身の体力が持つか分からない。

 捌ききれるか? どうやって!?

 

「エリアフォースカードを……よこセ、人間ンンンンンッ!!」

 

 飛び掛かってくる男。

 俺は遂にエリアフォースカードを構えた。

 戦わなきゃいけないか。この数を相手に!

 

「先輩」

「上等だ! そのために俺はこのデッキを改造したんだ! 今すぐ相手してやるぜ! 掛かって来い!」

「間違いナい……あれが白銀耀だ!!」

「皆、かかリなサい!!」

 

 瞳が不気味に光る。

 そして、次々に魔導司が飛び降りて掛かってくる。

 が――

 

「がふっ!!」

 

 デュエルには、ならなかった。

 男は俺のすぐそばの電信柱にぶつかり、そのまま額から血を流して倒れてしまう。

 見たところ、目を回しているようだった。

 その後も、魔導司が飛び掛かってくるが、皆明後日の方向へ散り散りに。

 ある者は別の路地へ駆け抜けていき、ある者はきょろきょろと辺りを見回し「どこニ行ったの!!」と叫んでいる。

 な、何があったんだ? 魔導司ってこんなに盲目なのか?

 

「こ、これは……」

「どういうことでしょうか?」

 

 

 

「皆サン、こっちデース!!」

 

 

 

 路地の隅から声が聞こえてくる。

 俺達がその方向へ駆けていくと、案の定そこには――

 

「ブラン!!」

「ブラン先輩。何故ここに?」

「やっと……合流出来たデース……」

 

 苦しそうに揺れる金髪。頭の上によじ登った宝石亀。

 我らが探偵の姿があったのだった。

 で、何で本当にこんなところにいるんだお前は。

 だが、そこに居たのは彼女だけではなかった。おずおずとそこから、竹刀を構えた少女が姿を現す。

 

「あ。あたしも居るんだけどね……」

「花梨!?」

 

 ……どうやら、思ったよりも早く皆合流出来たようだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺達は、早く危険地帯を抜けようと住宅街を駆け抜けていた。

 既にこの一帯もワンダータートルが掌握しているため、人払いは出来ている。

 安全に話を聞くことが出来るというわけだ。

 

「とゆーわけで、ブランちゃんがこの辺りの地形をワンダータートルに迷宮化させて、間一髪! アカル達はあの数相手に戦わずに済んだわけデスネー!」

 

 お手柄としか言いようがない。

 迷宮化は本当に便利な能力だ。にしても、何でこいつこんなところに居たんだ?

 と問うてみると、

 

「調べてみた結果、やはり五日程前にこの辺りのホテルに外国人の団体旅行客が来ていたみたいデス」

「怪しいのは、それか」

「ハイ。ツアー旅行客に見せかけて、侵入してきたみたいデスネー」

「で、どうやって調べたんだ?」

「そのホテルを突き止め、後はワンダータートルに遠隔からサーチをしてもらいマシタ! 全員、魔導司デシタ!」

 

 ご苦労だった、ブラン。

 今回は大手柄だ。彼女は事前に今回の襲撃を察知していた。

 そのおかげで、手早くこの街の迷宮化が出来たのだろう。

 

「で、コレで相手は簡単には私達を見つける事が出来まセン! 既にこの街の空間はワンダータートルが掌握しマシタ!」

「それで、花梨はどうしたんだよ?」

「あ、あたし? 実は……ちょっと前まで、部活に行ってたんだけど……火廣金が急にやってきて」

「火廣金が?」

 

 こくり、と彼女は頷く。

 

「危ないから、出来るだけ早く白銀達に伝えろ。魔導司が来る、って言ってすぐ行っちゃって……」

「マジかよ……」

「でも、もう耀達、部室にいなかったんだよね……帰っちゃった後だから、取り合えず手近なあたしに伝えたんじゃないかな。それで、街に出てみたんだけど、電話も繋がらないし……そしたら、ブランと偶然ばったり」

「ま、ワンダータートルがサーチしてたんデスけどネ。学校からくる人を。But、耀達は家に帰る方向にいなかったので、少し手間取りましたヨ?」

「すまんすまん……病院の方へ行ってたんだ」

「申し訳ないです、ブラン先輩」

「イエ、二人が無事だったから良かったんデスヨ!」

 

 ともあれ、これで全員集合だな。

 しかしどうするか……後、此処にいないのは火廣金、桑原先輩、黒鳥さんの3人だ。

 特に桑原先輩は、エリアフォースカードを持っていない。

 危ない目に遭っていなければ良いんだが……。

 

「!!」

 

 俺は足を止めた。それに合わせて、皆もブレーキを掛ける。

 正面から現れる複数の影。

 そこから、犬――のようなマズルガードを口に着けた男達が姿を現す。

 こいつらも……魔導司か!?

 

「どうする!? 戦うか?」

「……いつまでも、逃げていられませんね」

 

 デッキを構える紫月。

 

「……まずいデスねー。まさか、迷宮化を掻い潜って来られるなんて」

「ちょ、ちょっと!? どうするの、コレって!?」

「搦め手は通用しないということでしょう」

「我々の”鼻”を騙せると思ったか? ティンダロス様直属の番犬部隊(ゲートキーパーズ)である俺達のな」

 

 フゥー、フゥー、と獣のような息を荒げる魔導司達。

 ……どうしようもない。戦うしかねえ。今度こそ、だ。

 

『まさか、迷宮化を破れる魔導司がいるとはのう』

「直に、他の連中モ解除してくるサ。あまり、我々を嘗めない方がいい」

 

 そうだ。こいつらは、仮にも魔導司なんだ。

 今までクリーチャーの力で何とかアシストしてもらっていたけど……やはり、正面から戦わなきゃいけない時があるんだ。

 

「耀。あたしだってやるときはやるよ。だから、任せて!」

「ああ。やってやろうじゃねえか!」

 

 デッキを構えた。

 準備も、覚悟も出来ているぞ!

 そう思った時。

 

 

 

「その勝負、待ってもらうぜ!!」

 

 

 

叫び声が何処からか聞こえてくる。

 驚いたのは番犬部隊を名乗る彼らであった。

 何故ならば。他でもない彼らの背後の影から、彼らは飛び出してきたのだから。

 そこへ顕現する巨大なムカデの影。背後を取られた魔導司達は、俺達に逆に囲まれた事になる。

 何故ならそこにいたのは――

 

「桑原先輩!! 黒鳥さん!! 火廣金!!」

「……やれやれ、待たせたな!」

「阿修羅ムカデ。ご苦労だった」

『ええ、ええ。ようやく全員これで合流ってところでしょうか』

 

 た、頼もしいぜ!! 

 このタイミングで全員集合できるなんて――!

 狼狽える男達。

 しかし、彼らの身体がすぐに宙に浮かんだ。

 

「ゲイル・ヴェスパー!!」

 

 俺は驚いた。

 叫んだのは、桑原先輩だ。

 彼の背後に、実体化した蜂の戦士が浮かび上がる。

 

「うっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

 それが拳を突き上げると、突風が男達を天高く巻き上げてしまった。

 そのまま彼らは順々に木の幹や壁に叩きつけられていく。

 

「デュエルは1対1でやるもんだ。大勢で戦いを挑むなんざ、きたねえぜ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 こうして魔導司達をあらかた排除した後、俺達は再び集まっていた。

 そして、桑原先輩と黒鳥さん、火廣金から事の経過を聞いたのである。

 

「要は……桑原先輩……!? 使いこなしたんすか!? エリアフォースカードを!」

 

 彼は笑みを浮かべた。

 凄い。凄いよ、桑原先輩!!

 本当に、(ストレングス)をモノにしちまったんだ!

 だけど、嬉しくない報告もあった。それは――

 

「魔導司全員に、精神汚染、ですか」

「……度し難いデスね」

 

 低く唸る様にブランが言った。紫月も勿論、怒っているようだった。

 だが、ブランが静かにキレている姿もなかなか見ない。

 勿論、俺も同じだった。あんな魔法を、そんな大勢に。今まで出会ってきた魔導司の様子がおかしかったのは、そのためか!

 

「絶対にファウスト様は止めねばならない」

 

 低く、火廣金が唸った。

 俺も同意だ。だけど、どうするんだ?

 そもそもファウストは何処にいる? そうじゃなくても、俺達は包囲されているも同然なのに……。

 

「そこで、デュエマ部。この状況を解決する策が俺にはある」

 

 さ、策? どういうことだ? あいつに何か考えがあるのだろうか。

 

「今回、恐らく君達のエリアフォースカード、及び邪魔をする不和侯爵(アンドラス)に俺の排除をしにアルカナ研究会は遂に攻勢を仕掛けた」

「攻勢、ですか」

「だが、奴らをこうして無力化し、街に留まらせておけば――拠点の守りはある程度手薄になっているはず」

「ってことは……叩くのか。拠点ってやつを」

「ああ。そこに間違いなく、ファウスト様、そして遠距離から魔法を操るためにトリス・メギスもいる。勿論、他数名の護衛はいるだろうが」

 

 彼は頷いた。

 そうか……ってことは、やっと殴り込みってことか。

 あいつらの本拠地に!

 

「そして、ファウスト様へ直訴をするしか方法はあるまい。非常に危険な戦いだが……最早、それしか手は残ってないのだ。その間、街に留まって魔導司と戦うチームと、拠点を叩くチームに分けていく必要がある」

 

 そうだ。その間、この街をあいつらの好きにさせられないし、ある程度引き付ける囮役が必要だ、と彼らは言いたいのだろう。

 桑原先輩が手を上げた。

 

「囮役は、俺は確定だ。俺の(ストレングス)の魔力貯蔵量は尋常じゃない。今はちと力を失ったとはいえ、それは健在だ」

「桑原先輩……」

「何。お前らと肩を並べられねえのは残念だが――俺ァやっと、お前らと同じステージに立てたんだ。誇りに思うぜ。向こうに行く奴ら、此処に残る奴らが出るってのは、もう火廣金と話し合って決めた事なんだ」

 

 そうか。3人でずっと、話し合っていたんだ。

 

「成程、合理的な作戦です。この際、いがみ合っている暇はありません。ですが、火廣金先輩が私達と協力したいなんて、どういう心境の変化ですか?」

「それは……だな」

 

 おいおい紫月。

 こんな時に、そんな質問を投げかけるんじゃねえ。

 俺が窘めようとしたが――

 

「紫月ちゃん!!」

 

 言ったのは、花梨だった。

 

「大丈夫だよ。火廣金なら……火廣金ならきっと、大丈夫」

「刀堂……先輩?」

「あいつだって、助けたいって思いは同じなんだよ。人間と、魔導司に、違いなんか無いよ!」

「……そうですね」

 

 彼女はフードを深く被る。 

 まるで決意を固めるように。

 

「刀堂先輩がそこまで言うなら、信じますよ。火廣金先輩」

「……ならば、同意……で良いんだな?」

「はい」

「俺は元よりそのつもりだぜ。ファウストには、真実を全部吐いてもらわなきゃ美しくねぇってもんよなぁ?」

「僕も同じだ。今、前に進むにはそれしかない」

「勿論、真実は全て白昼の下に晒さないと、デスね!」

 

 ブランがいつものように、元気よく応える。

 紫月が、控え目に頷く。

 花梨が闘志を見せる。

 黒鳥さんが、呆れながらも前髪を払い、桑原先輩がヘアバンドを締め直す。

 各々の反応は、大きな戦いを前にして、いつも通りのものだった。

 いや、いつも通りに見せようとしているのか。平静を、保ってくれてるんだな。

 俺なんか既に、さっきから心臓がバクバクだって言うのに。

 だけど――

 

 

 

「俺はもう、逃げないって決めたからな!」

 

 

 

 決意はもう、決まっている。

 行こう。それじゃあ早速残りのメンバーも決めていかないと……。

 

 

 

「調子に乗るな!! 数では勝っている!! その裏切り者を捕らえろ!!」

 

 

 

 会合は、そこで中止となった。

 叫んだリーダー格と思しき男の号令。

 辺りを見回すと、どうやらまだ樹上や屋根の上にも魔導司が潜んでいるようだった。

 くそっ、本当に数だけは多いな!!

 だ、だけど、この状況で誰が残るんだ? 俺が狼狽えた一瞬の間にコキコキ、と首を鳴らしながら黒鳥さんが進み出た。

 

「行け」

 

 たったの2文字。しかし、その言葉に重さを感じる。

 俺達を、送りだそうとしてくれているんだ。

 

「貴様らが、真実を明らかにしろ」

 

 ああ。そうだ。

 応えるしかない。そして、信じるしかない。

 それしか今は道が無いんだ。

 

「たった2人の囮――だけど、今の俺なら出来る」

 

 そう言って、桑原先輩も前に進み出る。

 更に、桑原先輩が叫んだ。

 その背中は、いつも以上に大きく見えた。

 

「しかしまあ美しくない連中だ。そうだろう? 桑原よ」

「そうっすねぇ。ちと、掃除が必要なようだ」

「共作と行くか? 芸術家よ」

「同感ですよ、芸術家」

 

 そう言って、桑原先輩、そして黒鳥さんがエリアフォースカードを掲げて叫んだ。

 

 

 

『デュエルエリアフォース!!』

 

 

 

 次の瞬間、辺り一帯を光が包み込んむ。

 同時に、火廣金の周囲に魔法陣が現れた。

 

「ワープするぞ!! 掴まれ!!」

 

 俺、紫月、ブラン、花梨は同時に彼の魔法陣に飛び乗った。

 次の瞬間――魔法陣が燃えて、浮かび上がる。

 そのまま、俺達は戦いの光を目にしながら、空へと浮かんでいく――そして、意識が一瞬浮かぶと、そのまま景色は変わっていった。

 ……頼んだぞ。皆!!



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第69話:魔術師(マジシャン)の逆襲─因縁の再戦

※※※

 

 

 

 火廣金が予め組んでいたらしいワープ呪文により、俺達は鬱蒼とした森林の中へ飛ばされていた。

 此処は何処だ? 富士の樹海じゃあるめーな?

 まあ、迷ってもワンダータートルが居るから問題無い訳だけど。

 とはいっても、その山なのか森なのかよく分からん地帯は、特に深いわけでも高いわけでもなく、問題の建物はすぐに見つかった。

 

「何ですかアレ」

「……すっごいボロっちいっていうか、本当にアレなの? 火廣金」

「間違いない」

 

 ……と言っても、彼が指差したのはまごう事なきボロ小屋であったのだが。パッと見、倉庫にさえ見えるそれはアルカナ研究会の根拠地にはとても見えない。正確に言えば日本における活動拠点であるのだが。

 

『何て大きな建物じゃ……』

「そりゃ、ワンダータートルから見たらそうかもしれないけどよ」

「違うデス! あの小屋はフェイクデスよ!」

「フェイク?」

 

 俺が首を傾げた。その時。

 ぴょーん、ぴょーん、と何か小さなものがこちらへ跳ねてくる。

 そして、火廣金の頭の上に飛び乗った。

 

『ヒイロのアニキィ!!』

「ホップか。偵察ご苦労」

 

 ホップ・チュリス。

 火廣金の相棒のクリーチャーじゃないか。

 こんなところで何やってるんだ?

 

『や、やばかったッスよ……中にいるのは、精神汚染を受けた魔導司が十人程……』

「十人!? そんなにいんのか!? あの小屋ン中に!?」

「だからフェイクだって言ってるだろう。拠点内部の守りはやはり薄くなっている。とはいえ、既に悟られているかもしれんな」

「つまるところ、あのボロ小屋は唯のまやかしって事ですね」

「ああ」

 

 彼は着いて来い、と言いながら蜘蛛の巣のかかった枝を掻い潜る。

 周辺に敵は居ないらしく、そのまま俺達は彼を見失わないように着いていったのだが……。

 

「この先だ。消えるぞ」

「え?」

 

 そう言った彼の姿が――すっ、と消えた。

 俺はしばらく、目をぱちぱちと瞬かせていたが、彼は再び、半身だけこちらへ覗かせる。

 

「特殊な結界で、此処から先は外から見えなくなっている。他にも、一般人を通れなくする結界が掛かっているが、エリアフォースカードがあれば容易に突破出来るだろう」

「……成程。そうやって見せかけていたのか」

「随分とまた……凝ったものですね」

「と、とにかく、仕掛けは解ったんだから早くいってみよーよ!」

「あの中には何人も魔導司がいるんデスけどね……」

 

 そう言って、火廣金に続くようにして俺達は結界の中へ足を踏み入れていく。

 まるで、門の扉を潜り抜けるように。

 その先には――

 

「――!!」

 

 それは、一言で言うならば洋館だった。

 英国調のもので、煉瓦造りのそれは俺達に威圧感をひしひしと与えていた。

 階層はおおよそ3階建て。バルコニーまでついている本格仕様。

 こんなものが日本にあったのか。

 

「何これ……こんなのが建ってたの!? 一体いつの間に!? 誰が!?」

「大昔。この街に移り住んだ魔導司が日本の拠点として築いたものだ。現在は、3つ存在するアルカナ研究会の日本支部の拠点の1つとなっている」

「ここはそもそもどこですか。私達の街からどれくらい離れているのか……」

「隣の県だ。大分遠くまでテレポートしたからな」

「……マジかよ。結構近場なようで遠かったんだな」

 

 ともあれ、ようやく目的地に辿り着いたんだ。

 この先に、ファウストがいる事も間違いないだろう。

 意を決して、重い扉を開いた。

 

「皆、行くぞ」

 

 全員、頷いた。押すと、ゆっくりとそれは開いていく。

 真っ先に目に入ったのはシャンデリアがぶら下がった豪華な天井に、バルコニーへ続く階段。

 血のように紅いカーペット。

 そして――そこに待ち構えていた魔導司による、魔法の応酬であった。

 

『!!』

 

 が、それらは全てシャークウガが瞬時に展開した水の膜で弾かれる。

 クリーチャーに魔導司の魔法は通用しない。

 それが役に立った瞬間だったが、俺達は瞬時に身構えて敵の戦力の把握をしなければならなくなった。

 

「……お前ンとこのクラブ、随分と歓迎が手厚いんだな!」

「クラブ呼ばわりするんじゃない。だが、少し礼節を欠いているようだ」

『ったくよォ、不意打ちってのもなかなか酷な話だぜ!!』

 

 玄関へ躍り出た俺達は、既に包囲されている事を悟る。

 

「のこのこト来やがったか、人間共がァ!!」

「大人しくエリアフォースカードを渡せェ!!」

 

 見た限り、魔導司達の目は赤く光っており、言動の粗っぽさ、挙動の不審さから見るにやはり精神汚染の影響がみられた。本当に、仲間全員にあの魔術を掛けたのか、トリス・メギスの奴……!

 あいつはファウストを妄信しているから、無理矢理従わせたんだな。

 

「仕方ないデスね! その他大勢は私に任せるデース! 後方から、この洋館を迷宮化してサポートもしマス!」

「ま、待てよ!? ブラン、お前だけでやれる数じゃねえぞ!?」

「あたしも……残るよ」

 

 言ったのは花梨だった。

 彼女は、竹刀を抜くかのようにデッキケースを抜き取ると、エリアフォースカードを掲げた。

 

「花梨……!」

「ねえ、耀。頼んで……良いかな?」

「!」

「お兄が成し遂げる事が出来なかったこと……それは、耀なら出来るって信じてる。耀の積み上げてきたものは、絶対に小さくなんかない。だからっ、嘘なんか、偽りなんか、叩っ斬ってきちゃって!!」

「……ああ」

 

 他でもない。

 幼馴染のお前の頼み。無下には出来ない。

 そしてこれは、ノゾム兄の魂を受け継ぐ戦いだ。

 俺が、決着を付けるんだ!

 

「だから、これ渡すよ」

「!」

 

 彼女は、1枚のカードを俺に手渡す。

 ……1枚だけだけど、役に立つかもしれない。

 

「ありがとう、花梨」

「絶対に、負けたらダメだからね!」

「勿論だ!」

 

 胸を叩いて答えた。

 ブランも、得意気に言ってのける。

 

「こっちは大丈夫デスよ、アカル。私達を侮らないでほしいデス」

「……ああ、頼んだ!」

「ブラン先輩。……絶対、無事で居て下さいよ。約束ですよ。破ったら、スイーツいっぱい奢ってもらいますから」

 

 紫月が不安を隠せない表情で言った。

 おいおい、そもそも約束を破るような状況に陥ったらスイーツどころの話じゃないだろ、と言いたかったけど、こいつなりのユーモアのつもりか。

 彼女もそれは理解していたのか、サムズアップが返ってきた。

 

「勿論デス! 探偵は、嘘をつかないデスから!」

 

 ああ。約束だぜ、ブラン。此処からはもう振り向くものか。

 俺達は、階段へ向かって駆け出した。

 魔導司のヤジが、後ろから飛んでくる。

 

「何だァ!? 小娘だケで、俺達に勝てる訳が――

 

 

 

「ゥーッ……破ァッ!!」

 

 

 

 玄関中に響き渡る気勢。

 そう。こいつらは知らない。

 武道家、剣道家としての花梨を。

 彼女の本気の咆哮は、武道家ならともかく並みの人間ならば立てなくなる程。

 その殺気は、尋常なものではない。

 中学時代、同級生に、全国の強豪に、鬼と言わしめた彼女は、戦いに於いては間違いなく修羅と化す。

 

「何だぁ? この小娘……!」

「小娘と侮ると、痛い目を見るよ」

 

 そこに、気合を入れてやると言わんばかりに竹刀を抜いた彼女が獲物目掛けて睨みつけた。

 

「……斬られたい奴から掛かってきなッ!!」

「相変わらず、凄い殺気デスね、カリン……! でも、私も負けないデスから!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 階段を塞いでいた魔導司を、火廣金が強引に魔術で気絶させて突破し、俺達は二階へ辿り着く。

 その先はがらんどうの大広間。

 だが、しかし。その最奥には確かに少女の姿があった。

 白衣を纏った金髪の少女。凶悪な笑みを浮かべ、俺達を待ち構えていたようだ。

 

「……トリス」

 

 その名を、同胞である火廣金が呼ぶ。

 彼女は、にたにたと笑うと、歩み寄ってきた。

 

「本当に、本当にお前も馬鹿だぜ。さっさと精神汚染をしときゃよかった」

「……お前は、何を考えているんだ。同胞に、精神汚染を施す等、正気か」

「正気だよ。あたしは最初っから、同志――ファウストの傀儡。そうなるって誓ったんだ。お前が離反して姿を消すとは思わなかったけどよ……エリアフォースカードをお前らに集めさせるために泳がせておいた甲斐があった」

「どういうことだ?」

 

 彼女は目を怒らせると叫んだ。

 

「だってよォ!! 馬鹿なテメェらが、刀堂ノゾムの弔い合戦に、こうして来てくれたんだからなぁ!! 好都合ってもんだろうが、えぇ? だって、どっかの出来損ないが捕まった時、わざわざ助けに来たような馬鹿だもんなぁ!! お人好しだもんなぁ!!」

 

 こいつ……! 

 本当に、こうしてみると吐き気を催すド外道だ。 

 俺達がこうして殴り込みに来るのも全部計算通りだったっていうのか。

 それに、出来損ないって――

 

「――先輩」

 

 殴り掛かろうとした俺を制したのは、紫月だった。

 彼女の眼は真っ直ぐで、迷いが無い。

 今度はもう、何にも囚われはしない。

 そんな意思が見て取れた。

 

「……トリス・メギスは……私が倒します」

「紫月……お前」

「だから、先に行ってて下さい」

 

 ぎゅうっ、と彼女は俺の手を握る。

 上目遣いで瞳を真っ直ぐ見つめる彼女に、胸が揺らいだ。

 ゆっくりと、口が言葉を紡いでいく。

 

「……私、信じてますから」

 

 ゆっくりと、彼女の手の温もりが離れていく。

 そして、彼女は再び宿敵――トリス・メギスと向き合った。

 

「……また会ったな。暗野紫月。今度こそ完膚なきまでに叩き潰してやる」

「それはこちらの台詞。屈辱とは、晴らすためにあるものですから」

 

 それに、と彼女は続ける。

 

「――仲間を、駒のように操るあなた方のやり方、気に食わないので」

『マスター。俺も久々にプッツンしちまったよ。なぁ? こいつ、喰って良いよなァ?』

「喰う? このあたしをか?」

 

 トリス・メギスの背後から、巨大な影が現れた。

 

「ハッ、本当に威勢だけは良いよなぁ!!」

「……試してみますか? 威勢だけかどうか」

 

 彼女の手にエリアフォースカードが握られた。

 俺の肩に、火廣金の手が置かれる。

 俺は頷いた。此処は紫月に任せよう。俺達は――ファウストのいる場所を目指さねえと!!

 

 

 

「デュエルエリアフォース――!」

 

 

 

 その言葉と共に、決闘が始まった。

 大丈夫だ。紫月。お前なら――勝てる!!



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第70話:魔術師(マジシャン)の逆襲─私は私

※※※

 

 

 

 ――私とトリス・メギスのデュエルです。

 このリベンジマッチ、何が何でも勝たせてもらいます。 

 そして、このデッキ。私も、新たに組んだこのデッキで――勝ちます。

 

「……私のターン、2マナで《一番隊 ザエッサ》を召喚」

「ハッ、何をしてくるかと思えば……ムートピアデッキか、懲りねえな。しかも暗野紫月。お前のデッキは既に分析済み。あたしに負けて、デッキを大幅に変えたようだが……《クジルマギカ》を使った呪文を使ったワンショットキルデッキだっけ?」

「……」

「クク、図星か。あたしは2マナで《一撃奪取 アクロアイト》を召喚だ。ターンエンド」

 

 ……《アクロアイト》、ですか。

 しかも、マナに置かれているのは《瞬防の精霊龍 サドニアラス》と《指令の精霊龍 コマンデュオ》。

 前者はストライク・バックで場に出てくるブロッカー、後者は場に出た時にカードを1枚引き、進化ではない光のコスト5以下のクリーチャーを場に出す白単連鎖のキーカード。

 ……確定ですね、これは。白単連鎖である可能性が高いです。

 

「私のターン。3マナで《ストリーミング・シェイパー》。効果で山札の上から4枚を表向きにして、それが全て水のカードなので手札へ加えます」

「手札補充、か。水らしいな」

 

 言った彼女は、カードを引きました。

 

「あたしのターン。3マナで《革命の精霊龍 ローズダカーポ》を召喚! 」

 

 あれは、破壊された時にシールドが2つ以下なら光のコスト7以下の進化ではないクリーチャーを1体、自分の手札からバトルゾーンに出すという効果を持つクリーチャー。

 

「私のターン。コストを軽減して、1マナで《貝獣アンモ》を召喚します。その効果で、山札の上から1枚を表向きにして、《異端流し オニカマス》を手札に加えます。そして、1マナで召喚です」

「はぁ……カマスか。これであたしの展開を封じようっていうのか」

 

 幾ら手札を増やしても……コスト踏み倒しでクリーチャーを出せなければ意味がありません。

 しかも、《オニカマス》は選ばれない。これをそのデッキで序盤に除去するのは、難しいはずです。

 とはいえ、こちらも手札に決定打に成り得るカードが少ないので微妙ですが……。

 

「2マナで、《貝鬼動アワービ》にNEO進化」

「あ?」

 

 訝し気に睨むトリス・メギス。

 どうやら、いよいよ私のデッキが予想と外れてきている事に気付いているようですね。

 

「……成程。何を考えてるのか……あたしに、あの時と同じようなデッキで挑もうってのか。それも青単ムートピアか! 嘗めやがって」

「痛い目を見るのは、貴方の方ですよ。《アワービ》で攻撃――するとき、キズナプラス発動です。進化元を墓地に置き、カードを2枚引いて1枚捨てます。そして、シールドをブレイク」

 

 相手の残り、シールドは4枚。

 とはいえ、これ以上の攻撃は殴り返されると困るクリーチャーばかりなのでやめておきましょう。

 

「ターンエンドですよ」

 

 久々に、このムーブを決めることができました。さて、後は相手がどう出るか。

 トリス・メギスのターン。

 マナに置かれたカードは――《ジャジー・トランパー》。

 

「……調子に乗るな」

 

 火のカード……そして、タップされたマナは4枚。まさか……。

 

「魔女裁判の開廷!! 全員――釜茹でだ、《温泉 湯当たり地獄》!」

「っ……!」

「場のコスト3以下のクリーチャー……《ローズダカーポ》以外全て破壊だ!!」

「正気ですか……!」

 

 盲点でした。

 白単連鎖→ウィニーを使うという考えから、自軍のウィニーも巻き込むそのカードを搭載しているという考えが浮かばなかった。

 赤を入れる事もありますが、それでも《エンドラ・パッピー》や《コッコ・ルピア》を積む以上、《湯当たり地獄》を入れる事は考えにくかった。

 全滅です。それも、こんなにもあっさりと。

 

「アッハハハハハハ!! そっちの線をあたしが考えてないとでも思ったのか? そうじゃなくても、《オニカマス》は厄介なカードだからな!」

 

 ……成程。そもそもそれらのカードは入っていなかった、という可能性が高いですね。

 ならば、仕方がありません。起こってしまったものは。

 

「私のターン……2マナで《ザエッサ》を召喚。そのまま1マナでもう1体の《ザエッサ》も召喚です」

「遅い遅い遅い!! 遅すぎンだよ!! このまま、終わらせてやる! あたしのターン、5マナで《太陽の精霊龍 ルルフェンズ》を召喚!!」

 

 《ルルフェンズ》……! 確かアレは、コスト6以下の光のクリーチャーを場に出す効果を持つ、エンジェル・コマンド・ドラゴンでしたか。

 出てくるカードは、もう凡そ予想がつきます。

 

「6マナの《指令の精霊龍 コマンデュオ》を召喚。その効果でカードを1枚引いて、コスト5以下――2体目の《ルルフェンズ》を召喚!!」

「2体目……!?」

「ああ、そうだ。その効果で、手札から《レッドローズ》を出す。効果で1枚ドローして、《ローズダカーポ》を召喚! そして、あたしの場にエンジェル・コマンドは合計で5体。よって、あたしの切札が場に出てくる!!」

 

 切札――しまった。

 この状況で、動きを縛られるのは非常にまずいです。

 天空に浮かび上がるのは、大アルカナの審判を表す数字、ⅩⅩ。

 そして、そこから羽根を舞い散らせて天使が姿を現しました。

 

 

 

「審判の日は訪れた! 我が主より戴きしα(アルファ)の文字を重ねる時!

《ルルフェンズ》進化、《聖霊王 アルファリオン》!!」

 

 

 

 やはり出てきましたね……クリーチャーの召喚コストを+5し、挙句の果てには呪文を唱えられなくする、《キング》と《クイーン》を合わせたようなスペックを持つ化け物。

 天空から何本もの雷が降り注ぎ、その剣に集約されます。

 そして、私を目掛けて振り抜きました。

 

「ハハハハハハ!! 無駄だ、無駄!! もうお前は何も出来ないんだからなぁ!! 例え耐えきっても、次のターン何も出来ないだろ!!」

 

 確かに、呪文を封じられ、クリーチャーの召喚も封じられる。

 この状況、一見絶望的に見えます。

 

「見てろ、ファウスト!! お前の邪魔をする人間は、あたしが裁いてやる!!」

「……何故、そこまで人間を嫌うのですか」

「……」

 

 彼女は押し黙りました。

 

「お前には……分からないだろ。《アルファリオン》、シールドをT・ブレイク」

 

 吹き飛ばされるシールド。しかし、まだ戦えます。

 

「S・トリガー、《崇高なる知略 オクトーパ》で召喚酔いしていない方の《ローズダカーポ》をロックします」

「チッ……だから何だ? それでどうやってあたしに勝つつもりだ?」

「あなたが不用意に攻撃してくれたので、助かりました……とでも言っておきましょう」

「何!?」

 

 まず、この増えた手札をどうにか活用しなければ。

 その前に――守りを固めましょう。

 

「まず、私は《ザエッサ》でコストを1軽減して、5マナで《貝獣ホタッテ》を召喚」

「ブロッカー……それだけで何が出来るんだ」

「そして――手札から、カードを2枚捨てて、このクリーチャーを場に出します」

 

 コストが支払えないなら、踏み倒せばいい。

 ハナから、そのつもりです。

 

「《神出鬼没 ピットデル》をバトルゾーンに。そして――捨てられた《一なる部隊 イワシン》の効果発動。どこからでも墓地へ行った時、手札を1枚引き、1枚捨てます」

「それで一体なにが……」

「私の墓地のクリーチャーは合計で6枚」

「……!」

 

 コストは支払う必要はありません。

 貴方に以前、無理矢理使わされた力――それが、貴方の首を絞めるということ、教えてあげましょう。

 

「G・ゼロ、《百万超邪(ミリオネア) クロスファイア》召喚」

 

 重火器を全身から顕現させた無法の龍。

 さあ、貴方の出番です。

 相手の場にブロッカーはいません。

 狙う相手は、1体しかいませんよ。

 

「《クロスファイア》で《アルファリオン》を攻撃。パワーアタッカー+100万で、こちらの勝ちです。破壊」

「っ……!」

「崩しましたよ。包囲網。さらに、私の場にはブロッカーが2体」

「……テメェ……!!」

「さらに《オクトーパ》でシールドを攻撃です。その時、《コマンデュオ》をロックです」

 

 苦悶で顔を歪めるトリス・メギス。

 今のあなたの場には、《コマンデュオ》に、《ローズダカーポ》2体、《レッドローズ》が居ます。

 しかし、これを止めるだけで次のターンに私を仕留めることができる確率は大幅に減るのです。

 

「……S・トリガー」

 

 光が放たれました。

 執念深い、そして妄執に満ちた声が響きました。

 

「《Dの牢閣 メメント守神宮》!!」

「なっ……!?」

「これであたしのクリーチャーは全員ブロッカー化」

「……ターンエンド」

 

 しまった。このタイミングでそのカードが出てくるとは。

 下手なトリガーよりも厄介な事になりました。

 

「あたしのターン、ドロー。そして、いずれかのプレイヤーがターンの最初にカードを引いた時、《メメント》の(デンジャラ)・スイッチをオンだ!!」

 

 大広間に満ちる裁きの光。 

 それらが、私のクリーチャーを全て地に伏せてしまいました。

 全員、タップです。もう、ブロッカーは機能しません。そればかりか――

 

「そして、5マナをタップ。自分のドラゴン、またはエンジェル・コマンド2体――《ローズダカーポ》2体を進化元に、進化(ボルテックス)!!」

 

 稲光が落ちました。

 更に、炎が戦場を包み込みます。

 トリス・メギスは血走った眼で私を睨みました。

 雷鳴は慟哭のように。

 炎は怒りのように。

 轟轟と鳴り響き、やみません。

 すべてが混じり、その龍は顕現しました。

 

 

 

「すべてを断つ、敵無き霹靂の刃――《超聖竜(スーパーチャンプ) シデン・ギャラクシー》!!」

 

 

 

 現れてしまいましたか。

 マナに火の色があったので、感付いてはいましたが……。

 ”エンジェル・コマンド”・”ドラゴン”が主体のデッキのため、進化元が揃えやすいのもポイント。

 此処でブロッカーを全て無力化したうえで奇襲してくるとは!

 

「《シデン・ギャラクシー》で攻撃!! その時、《シデン・ギャラクシー》のメテオバーン発動。ターン中、はじめて攻撃したとき、コイツの進化元を1枚墓地に置く。ドラゴンを墓地に置いた場合、このクリーチャーをアンタップする。このエンジェル・コマンドを墓地に置いた場合は、このクリーチャーがこのターン中破壊される時、バトルゾーンにとどまる。だが、コイツの進化元は両方共エンジェル・コマンド・ドラゴン。分かるな? この意味が」

「……破壊耐性、そしてニ連撃」

「正解だ」

 

 《シデン・ギャラクシー》の攻撃は一瞬で残るシールドを全て薙ぎ払いました。

 とても強い衝撃が襲い掛かりました。 

 床に叩きつけられます。

 全身に走る痛みに顔を歪め、起き上がると、べっとりと血がついていました。

 混濁する意識。

 最早、守るものの無い私に、彼女は詰め寄りました。

 

「なあ、お前さっき聞いたよな――?」

 

 余程追い詰められているのか、その眼は血走って真っ赤に充血しており、唇は噛み過ぎで血塗れでした。

 とても、人の形相とは思えませんでした。

 

「あたしが何で、人間が嫌いか? ってよ――虫唾が走るんだよ。思い出すだけで!!」

「……!」

「……裏切るからだよ、人間は!!」

 

 再び彼女は《シデン・ギャラクシー》に手を掛けました。

 裏切る、ですか。

 

「人間は……人を騙す。人間は――多数で少数を囲み、いとも簡単に血祭りに上げる。人間は鬼だ。愚か全てを喰らう鬼だ。魔導司に守られてきたことさえも忘れ、我が物顔で振舞う、愚かな餓鬼だ!!」

 

 彼女の触れ合ってきた人間は――彼女を騙し、破滅に陥れたのでしょう。

 確かに、人間の悪行は歴史が証明しています。

 差別、偏見、戦争。そして史実の魔女裁判。これらを見れば、人間が愚か全てを喰らう鬼であることは否定できません。

 しかし。

 

「それは違いますよ」

「……何か言ったか?」

「そうでは人間もいること……それは、貴方も見たはずです」

「何か言ったか、っつったんだよクソガキがァ!!」

 

 飛び掛かってくる《シデン・ギャラクシー》。

 しかし。その手は通用しません。

 全て止めましょう。あなたの攻撃を!

 

「貴方の見てきたものだけで――人間を否定なんかさせない。私の見てきた人間は――違う。世の中には、どちらも存在するってことを、貴方にも分かってほしい」

「分からねえなあ!! 憎しみだけだ、あたしの中の人間への思いは!!」

 

 しかし。私の手には既に逆転への切札が握られているのです。

 さっき割られたシールド。

 それが光となって収束しました。

 

「S・トリガー、《金縛の天秤》! 効果で《シデン・ギャラクシー》と《レッドローズ》をロックします」

「チィッ!! 引いてたのかよォ!! だけど、このブロッカー軍団を何とかしないと、勝てないだろォ!?」

 

 確かに……こちらの場には、《ピットデル》、《ザエッサ》2体、《オクトーパ》、《クロスファイア》の5体がいますが、向こうにはアンタップしたブロッカーが3体もいる上に、こちらで攻撃できるのは《ザエッサ》、《オクトーパ》、《クロスファイア》の3体だけです。

 トリガーの可能性も考慮すると……。このターンでは決められない可能性が高いです。

 

「何でだよ……何で諦めねえんだよォ!!」

「生憎、守らなきゃいけないものが――増えすぎてしまったので」

「1人ぼっちのテメェがァ!! 何が守らなきゃいけないものが増えすぎただァ、調子に乗りやがってェ!!」

 

 ――みづ姉だけじゃない。師匠。ブラン先輩。桑原先輩。刀堂先輩。ノゾムさん。そして――白銀先輩。

 いろんな人から、いろんなものを貰ってしまって。

 今度は――私が返す番。私が守る番。

 

「もう私は1人ではありません」

 

 次の瞬間。

 エリアフォースカードが光り輝きました。

 私のデッキケースから飛び出してきます。

 そして、白紙だったそれに、絵柄と数字が焼き付けられていきました。

 

『マスター!! 今こそそいつの出番だ!!』

「シャークウガ……これって」

『やっと思いだせたぜ……このエリアフォースカードの名前を! 引け! そいつの力を帯びた、切札を!』

「……分かってます。ここで、決めます」

 

 もう、譲れない。

 譲るわけにはいかない。

 貴方にも確かに信念があって、変えられない過去がある。

 でも、それは私も同じ。

 通さなければいけないものがあるのです。

 それは、大事の人の為。

 カードを引く――

 

「――!」

『マスター!! そいつが逆転の切札だ!!』

「そうですね。……まずは、シャークウガ。貴方の力を使わせてもらいます」

『おうよ!! 任せておけ!!』

 

 《ザエッサ》2体で2コスト軽減。5枚のマナをタップ。

 では、いきましょうか。

 深淵より出でなさい。私の切札よ。

 

 

 

「凍てつく淵の支配者よ、果てなき知識は野望の糧、武を以て大海を制す王者の声を聴く――深き水底へ還りましょう、《深海の覇王 シャークウガ》」

 

 

 

 深海より姿を現すのは、鮫の魚人。

 その魔砲が、全てを撃ち抜きます。

 

「《シャークウガ》の効果で、カードを2枚引き、3枚を墓地へ捨てます。こうして墓地にカードを置いた数だけ、貴方の場のコスト7以下のクリーチャー、《シデン・ギャラクシー》、《コマンデュオ》、《レッドローズ》をバウンス」

「なっ……!? だけど……それだけか?」

 

 余裕の笑み。まだ、何か持ってるようですね。

 ジャスキルでは、勝たせてはくれなさそうです。しかし。

 

「まだ、終わりではありません。私の場にはムートピアが合計で5体――この時、G・ゼロ条件を達成です」

 

 光り輝くエリアフォースカード。

 それを見て、トリス・メギスは動揺を隠せないようでした。

 

「……な、何ださっきから!! 白銀耀といい、お前と言い、エリアフォースカードが急に――」

「では、見せてあげましょう。《シャークウガ》、NEO進化です」

 

 部屋の中に満ちていく水。

 そこから真珠が浮かび上がり、雫が垂れて行きます。

 しかし、徐々に雫が真珠の頂へ登っていき、翼を生やし、人型を象りました。

 その姿は神秘的で、まるで――魔術師の如く。

 

 

 

「有り余る知識の雫を滴らせ、私に答えよ魔術師(マジシャン)のアルカナ――《Iam(アイアム)》」

 

 

 

 白いのっぺりとした身体に、シルクハットを被った人型。

 しかし、穏やかでありながら確かに全てを率いる支配者の風格を感じさせます。

 そして、私のエリアフォースカードには大アルカナの魔術師(マジシャン)が焼き付けられていきました。

 

「なっ……そ、そいつはぁ!?」

「《Iam(アイアム)》は進化クリーチャーの時、パワーが+10000され、「ワールド・ブレイカー」を得る超大型クリーチャーです。そして、登場時に進化以外の私のクリーチャーを全て手札へバウンスします」

 

 次の瞬間、大波が私のクリーチャーを全て押し戻してしまいました。

 トリス・メギスは取り乱したようですが、ようやく状況を理解して安堵したようです。

 

「な、何だ、驚かせやがって……!!」

 

 ですが、これで終わりではありません。

 最終的に打点の数が増えなければ、このクリーチャーを召喚した意味が無いのですから。

 

「G・ゼロで《クロスファイア》を召喚。そして、手札を2枚捨てて、《ピットデル》をバトルゾーンに出します。そして、残り1マナで《ピットデル》を《ホタッテ》に進化」

「……あっ……!!」

「残念でしたね。打点、増えてしまいました。まず、《Iam》でシールドを全てブレイク」

 

 大波が、トリス・メギスのシールドを全て攫っていきます。

 後には、何も残りませんでした。

 

「《クロスファイア》でダイレクトアタック」

「か、革命0トリガー!! 《ミラクル・ミラダンテ》!! 山札の上を捲って、それが光のクリーチャーなら重ねて進化させて場に出す!! 捲ったカードは光のクリーチャー、《アクロアイト》だから、そのまま進化だ!!」

 

 現れた光の龍。

 しかもこのクリーチャーはブロッカー持ちなので、《クロスファイア》の攻撃を防いでしまいます。

 やれやれ。やはり、持っていたのですね、革命0トリガーを。でも――

 

「もう、何も無いですよね?」

「畜生!! 畜生!! 餓鬼が……人間ごときが!!」

「貴方は、その人間の成長を見誤ったということです。《ホタッテ》は普通は攻撃できませんが……進化クリーチャーの時、攻撃できます」

 

 ――これで終わりです。

 

 

 

「くっそぉ、こ、こんなはずじゃあ……無かったのにぃっ……!! ファウストォーッ!!」

 

 

 

 吹き飛ばされるトリス・メギス。

 激流の魔法が大挙します。

 彼女の全てを、押し流すかのように。

 

 

 

「――《貝獣 ホタッテ》でダイレクトアタックです」



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第71話:WILDCARDS(1)

「チッ……! 倒しても倒しても湧いてきやがる……!」

 

 黒鳥と桑原の作戦は、エリアフォースカードを餌にすることで街中に現れた魔導司を各個撃破していくことだった。

 (ストレングス)は、今でこそリミットされているものの、強力な魔力の貯蔵庫だ。よって、耀達のように数戦戦うとすぐに魔力がガス切れするようになることはない。

 それどころか、ずっと戦い続けている黒鳥にも魔力を補給するだけの余裕があった。

 しかし。幾ら魔力が補給できても、体力・精神力は補給することが出来ない。

 自らを囮にするということは、全てを請け負う事。最初から覚悟していた事ではあるが、想像以上に終わりの見えない闘いであった。

 

「しっかりしろ。後輩達に任せて、カッコ悪い所を後から見せたくは無いのだろう?」

「ッたりめェでしょ……最初から分かっていた事っスよ」

「僕も、後輩に全てを任せ、目の前の敵を倒した事が何度もある」

「……ノゾムの、事っスか」

「……ああ。先輩とは、時に後輩の進むべき道へ送り出さなければいけない。何度、思い知らされた事か」

 

 懐古される戦いの記憶。

 それはいつの日か、黒鳥を支えるものになっていたのは違いない。

 

『ハッハッハ!! それにマスター、君は1人ではないよ! このボクが付いているからね!』

「テメェの自信は何処から湧いてくるんだろうなぁ。根拠も無しに」

『何。それは、ボクがボクだからさ! グランセクトの昆虫騎士でも屈指の実力者であり、《天風》の冠詞を女王から賜ったこのボクだから間違いないよ! なんせ、ヒーローだからね!』

「……テメェの自信たっぷりな所、ちっとは見習わなきゃいけねぇみてーだ」

 

 疲れに押されて弱気になりかけていたか、と桑原は自分の頬を叩く。

 その面影に、三日月仮面が重なるようだった。

 ノゾムが、重なるようだった。

 

「気を付けろ」

 

 黒鳥の声で彼は我に返る。

 脚を止めた彼が見上げると、影が次々に実体を現した。

 《邪眼皇 ロマノフⅠ世》。魔銃を掲げたダークロード。

 《聖皇 エール・ソニアス》。青銅の身体に身を包んだ、巨大な土偶のようなクリーチャー。

 《ボルメテウス・蒼炎・ドラゴン》。機械の身体を持った灼炎のドラゴン。

 彼らが一斉に姿を現し、取り囲む。その近くには魔導司の姿もあった。

 

「少なくとも3人……!」

「増援か……?」

「何言ってるんすか、黒鳥さん。3人だけなら――」

「否」

 

 黒鳥は、振り返る。

 そこには、更に追手の姿があった。

 《神聖騎 オルタナティブ》。半身が三つ首の龍の偽りの神に、《魔光神ルドヴィカⅡ世》、《魔光神レオパルドⅡ世》というリンクしたゴッドまで退路を塞ぐ。

 完全に取り囲まれてしまった形だ。

 

「……数が多すぎるか……!?」

 

 桑原は歯を食いしばる。

 これだけの数。ゲイル・ヴェスパーで散らす事も難しい。

 幾ら魔力の貯蔵庫とは言え、先に自分が疲れて戦えなくなってしまう。

 黒鳥も澄ましてはいるが、そろそろ限界だ。

 エリアフォースカードを掲げながら、彼は考えていた。

 

「否」

 

 力強く、黒鳥はこの状況を否定する。

 

 

 

「――来たぞ。もう1人」

 

 

 

 今更1人2人魔導司が増えたところで同じだ。

 桑原はそう考えていた。しかし。

 影が上空から飛び上がる。次の瞬間――無数の触手がクリーチャーたちを縛り上げ、空中へ放り投げてしまう。

 そして、分身した巨体が、それらを皆、諸共に瞬く間に拳で粉砕してしまったのだった。

 間もなく、自由落下でそれはアスファルトの地面に降り立つ。

 その肩に、自らのマスターを乗せて。

 

「……!!」

「さっきは……世話になったナ」

 

 桑原は思わず後ずさった。

 巨体の大男・ティンダロス。

 さっき倒したはずの彼が、何故此処に――しかし、理由は考えられない事もなかった。

 再び逆襲しに来たのだろうか。ならば、何故仲間を。 

 考えは積もりに積もる。しかし。

 

「……良い、気つけになっタ。感謝すル」

「……え?」

 

 狼狽える魔導司達。

 何が何だかよく分からず、目をぱちぱちさせるばかりの桑原。

 悟ったような表情の黒鳥。

 そして、ティンダロスは桑原と黒鳥に向かって口を開いた。

 

「話は後ダ。共闘してやると言っていル」

「い、良いのか……?」

「良いだろ。戦力は増えるに越した事はない」

『同意ですねェ。使えるものは何でも使う。それが黒の流儀。ありがたく、利用させていただきましょう!』

 

 桑原は狼狽しながらエリアフォースカードを掲げる。

 この思わぬ助っ人に戸惑いながら――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ったく、片付いたか」

 

 かなり時間が経ったものの、辺りには倒れ伏せた魔導司達。

 そして、何とか桑原と黒鳥、そしてティンダロスの3人はようやく、まともに話し合える状況に落ち着いた。

 正直、疑惑は隠せない。しかし、こうして共闘してくれたということは、精神汚染は既に解けている可能性があるということ。

 

「……で、本当の所はどうなんだティンダロス」

「……ファウスト様を、止めに来タ」

「奴の行動がおかしいのは、貴様も分かり切っていたのではないか? 火廣金は言っていた。魔導司は関係のない人間を巻き込んではいけない、と。何故、今更?」

 

 黒鳥は、巨体の彼にも怯まずに詰問した。

 

「……精神汚染を免罪符にするつもりは無イ。しかし、あの方が鶺鴒高校へ攻め込んだ日。既にトリスが拠点内にいた俺達に精神汚染を掛けタ。ヒイロが無事だったのは、あの日も学校に出向いていたから。戻って来次第、トリスはヒイロにもあの邪悪な魔術を施すつもりだっただろウ」

「だが、そうでなくても前兆はあったのではないか? 此処最近の奴の、エリアフォースカードへの執着を考えれば――」

「それでも、止められるものカ」

 

 ティンダロスは首を振った。

 

「アルカナ研究会を構成するメンバーは……ヒイロを除いて、皆、後から自分が魔導司だと知った者、自分が魔導司であることを苦悩した者ばかりダ」

「……」

「俺は……自分が老いない事を悩んでいタ。何十年生きても、未だに老いの兆候が見えなかっタ。そのうち、同期の仲間は死に、周囲からは気味悪がられ、住み慣れた街を後にしタ」

「魔導司は――寿命が長いのか」

「……あア。繁殖能力は人間より低いガ、代わりに1人1人の寿命が長イ。俺は――死に場所を探して、身分証を偽装し、傭兵になっタ。でも――なかなか死ねなかっタ」

 

 傭兵。いわば、雇われ兵の事。

 ティンダロスは聞いた所、従軍経験があったという。

 それもあって、戦場を死に場所に選んだという。しかし。

 

「……戦場は、改めて見れば地獄だっタ。傭兵は、戦場で人権など無イ。目の前でばたばた死んでいくし、捕まっても命の保証は無イ。俺は生来の頑丈さ――今覚えば、それこそが魔導司としての力だったのだろウ――もあって、戦場では銃弾が身体にめり込んでも死ねなかった。だけど、ある日、とうとう捕まった。

 此処は、地獄ダ。他の仲間は皆、猛獣に臓物を食わされたり、目玉をくりぬかれたり、脳を売り飛ばされたり……そうやって拷問の中で死んでいク。そして、誰も助けに来なイ。

 所詮、それが傭兵の最期。莫大な金と引き換えに、リスクが伴ウ。

 でも、俺は金はもう要らなかっタ。欲しかったのは、死に場所だっタ。

 そう思ってたのに――弱かっタ。まざまざと目の前で凄絶に死んでいく仲間を見て、怖くなっタ。

 迫る敵に、何かが答えたのカ――その前後は覚えていなイ。

 でも、気が付けば周囲には死体だらけだっタ。

 俺の背後には――見上げる程の、巨人の姿があっタ。

 声も出なかっタ。初めて見る異形ニ。だが、自然と恐怖は感じなかっタ。

 しばらく、俺は自分が助かった事に、生き延びた事に気付いタ。 

 何故? 何故、俺は生きていル? まともに生きられない癖に、死ねない俺に、生きる価値など無いのニ。

 死体と、異形に囲まれた俺は、今度こそ絶望に叩き落されタ。

 ……その時。何人ものローブの人間が俺を取り囲ム。

 そして、その中の一際小さな人物が俺の前にやってきて、告げタ。

 

『お前は、自分が何者か分かっていないようだな』

 

 声も出なかっタ。

 俺に、彼女は言い放つ。

 

『お前はもう十分生きたと思っているようだが、私達の秤で言えばまだまだ若い。死ぬには余りにも惜しい。お前は人間の社会で生きる事は出来ない。しかし。私達の中でなら生きられる。どうだ? お前の余生は、まだあまりも長すぎる』

『俺は……』

『長く、辛い別れの繰り返しによく耐えた。しかし、これからは同じ時を生きる同胞がお前の友となる。私達――魔導司(ウィザード)の世界で生きるというならば、の話だがね』

 

 俺はやっと気づいタ。

 俺は――生かされたのダ。

 このお方ニ」

 

 黒鳥と桑原は顔を見合わせた。

 自分達には想像も出来ないような過去だった。

 

「……それで、ファウストの下に」

「あの方は……本来、あのような外道を働く人では無イ。アルカナ研究会にいるのは……俺のように、人間の社会から魔導司の社会にやってきたものも居る。魔導司は同族意識が強イ。元のコミュニティが違っても……同じ魔導司なら受け入れてくれタ。中には人間を見下す奴も居るガ、俺には親切だっタ」

「……仲間、か」

「ああ。実体化したクリーチャーを、触った事の無い遊戯で倒すのには戸惑ったがナ。全部、ファウスト様が教えてくれた。これが遊戯では無い事も含めてナ」

 

 だが、とティンダロスは目を伏せる。

 

「変わったのは……エリアフォースカード回収の命を受けてからダ」

「何?」

「各地に、エリアフォースカードという魔法道具が出現したと聞いてから、ファウスト様は何かを思い出したかのように、狂ったようになっタ。目の前に姿を現さなくなったのハ、日本に来てエリアフォースカードを手にしてからダ」

「何だって!? エリアフォースカード!?」

「あア。あれは、海戸(かいど)ニュータウンで暴れていた愚者(ザ・フール)を回収してからダ。あそこで暴れていたのは、アレ1枚だけだが……とても恐ろしいもので、ファウスト様でなければ勝てなかった上に死傷者も出タ」

「海戸、だと!?」

 

 黒鳥は血走った目でティンダロスに迫った。

 

「それは何年前の事だ!!」

「もう、5年前の事ダ……もっと言えば、あの頃の8月9日だガ」

「っ……!」

 

 悔しそうな顔を浮かべる黒鳥。 

 桑原は怪訝な顔を浮かべる。

 

「ちょ、黒鳥さん!? どうしたんすか!? そういや海戸って――」

「ああ。鎧龍決闘学園が立地している人工大地の上に座す都市。そして、5年前に凶悪殺人が連続した都市でもある」

「ま、まさか、ノゾムのじいさんが殺された事件も……!?」

「丁度重なるんだよ。奴が消息を絶って、海戸での捜索を諦めた頃が」

「!」

「5年前の8月9日だ。ノゾムが引っ越した日の丁度前日なんだよ」

「……その日って……!」

 

 黒鳥は頷いた。

 すべての元凶を指し示す真実を暴くかのように。

 

 

 

「……あいつの――ノゾムの友人が、襲われた日だ」



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第72話:WILDCARDS(2)

※※※

 

 

 

「良いのかよ……こんな生温い倒し方で」

「……」

 

 地面に倒れ伏せて這いつくばるトリス・メギス。

 彼女は、憎々し気に私を睨みましたが、どうやら動けないようです。

 

「あたしは……お前や自分の仲間にさえ、あの魔術を施す外道だぞ? 此処で殺さなければ、またいつどうなるか……!」

「貴方が人間を憎む理由、道を外した理由には相応のものがあると私は見ています」

 

 シャークウガが、トリス・メギスの頭に手を置きました。

 いつでも零距離で頭を吹っ飛ばせる、ということを示唆しています。実際は違いますけど。

 しかし。今此処で命を奪うつもりは私はありません。

 

「それを聞かないまま、命を奪うのは余りにも乱暴すぎると思うのです。貴方が法治国家の外にある存在だったとしても、私達まで同じ穴に堕ちてやる義理はありませんし」

「……クソッ! 屈辱だ! 何で、何でこんな……!」

「それよりも教えてもらいましょうか。何故、貴方がこうなったのか」

「くそがッ……これだから人間は……嫌いなんだ」

 

 トリス・メギスは息も絶え絶えに言いました。

 

「……あたしは、スイスに住んでいた。魔女裁判も終わりに近づいた頃の事。18世紀頃の事だ」

「随分と長生きなのですね」

「抜かせ。ホムンクルスを使えば、生きながらえる事は簡単だ。だけど、あの頃の魔女裁判。本物の魔導司が糾弾されることは殆ど無く、皆本当は普通の人間だった。都合よく人を殺せる口実だったんだよ。この頃から幼ながらに人間の愚かさを部屋の中で感じていたさ。何一つ、不自由のない生活だった。外の人間の不毛さに目を瞑れば。

 親父はあれだけ凄惨なものを見ていながら、人間好きだった。魔導司の力を持たない人間だった。だけど、人間の可能性をいつも信じていたんだ。

 そう。あたしはハーフだったんだ。母さんは生まれた時には死んでいたからよく知らない。だけど、親父から魔導司の力の事を教えてもらっていたんだ。そんなもん、あの頃のあたしにはよく分からなかっただろうがな。

 そんな時。親父はある名家の友人と親友になって、交友していた。

 若い男だったが……よくあたしとも遊んでくれたよ。

 親父とは、どうやら骨頭品の趣味で気が合ったらしく、コレクションを見せ合っていたらしい。 

 来る日も来る日も、男はやってきた。

 夕食を共にする程に、仲良くなっていた。

 ある日。男はお香を持ってやってきた。珍しいものだったらしい。その日も夕食を共にすることになっていた。

 だけど、あたしは、その飯を食って、眠りこけてしまった。

 睡眠薬だった。それがケシだったかアヘンだったかマンドレイクだったかは確かじゃない。

 だけど、香料はそれらの匂いから誘導させるためのものだったのは想像に難くない。

 起きると、狼狽える親父の姿。そして、「盗まれた!!」という叫び声。

 親父がついぞ誰にも見せていなかったコレクションだった。それは、裁きの印っていう名前のもので、実際にはそれが何なのかさえあたしには分からなかった。

 だけど、後からそれが魔道具であることを知ったんだ。

 間もなくして。親父ごとあたしは魔女狩りに遭った。

 そう。あの忌まわしい魔女裁判だ。証人は――あの男だった。盗んだ品を得意気に見せびらかせ、これが魔女であるという証拠を突き付けたんだ。

 審判は当然、有罪。親父は即刻、処刑された。

 そして私も火で炙られる事になる。

 拷問に等しい取り調べ。傷を全身につけられ、意識がもうろうとするまで鞭打たれ――拷問部屋ともいえる牢獄から連れ出されそうになったその時。

 光が――覆った。

 私は気を失っていたが、気が付けばあたしは死体だらけの牢獄。

 そして、背後の異形に守られるようにして座っていた。

 本能的に、あたしは此処にいては危ないと思い、逃げ出した。

 道は全て、異形が薙ぎ払ってくれた。

 魔導司の血があたしにも入っていたからか――身体だけは頑丈だったので、呑まず食わずに堪えたこともあったし、乞食紛いの事をすることもあった。

 だけど、どの街に行っても――人間は、冷たかった。

 石を投げつけられた事もあった。悪口を言われた事もあった。

 暖かく迎えてくれるやつなんかいなかった。

 ああ親父。人間なんて所詮こんなものだよ。

 あんたが信じた人間に守る価値なんか無い。

 そう思っていた。だけど……ある日。ローブの少女が浮浪児のようなあたしの前に現れた。

 

『……お前は魔導司か?』

 

 そう、彼女は言った。

 もう、どうでもよかった。あたしは首を縦に振った。

 

『家は?』

 

 無い。

 

『金は?』

 

 そんなもんは無い。

 

『家族は?』

 

 居ないに決まっているだろ。

 

『……私も、家族は居ない。だが、家と金、それを我が同胞に分けてやるだけはある。来ないか? 君も異端とされたものならば、こっちに来い』

 

 訳が分からなかった。あたしは、ローブの男達に取り囲まれたが、瞬きする間にそこは知らない屋敷だった。

 彼女は、ローブを取ると言った。

 真っ直ぐな眼だった。

 

『その傷は……人間に痛めつけられたものか?』

『……』

『痛いか。その傷が』

『痛い。胸も、痛い。お父さんも、家も、もう、何もない』

 

 その時。あの忌まわしき日が訪れてから初めて泣いた。

 あいつはあたしを受け止めて、こういうんだ。

 

『治してやる。食事もくれてやろう。お前の望むがままのものを。そして――お前の居場所を』

『……本当に?』

『ああ。私は大魔導司だからな。しかし、1つだけ条件がある』

『条件?』

『人間を許せとは言わない。だが……私達は、世界の調停の為に動いている。君の力が必要だ』

 

 あたしは……人間は嫌いだ。愚かで、裏切って、互いに殺し合う人間が嫌いだ。

 だけど……魔導司は好きになった。

 あいつの、ことも。だから、あたしは全てあいつの指示に従うって決めたんだ。

 あたしを拾ってくれたファウストには……今も感謝している」

 

 ……。

 私の、知らない世界を垣間見た気がしました。

 その語り口は、今までのトリス・メギスとは少し違っていて。

 

「……どうせ、こうもなったら、あたしはただのゴミだ。あいつの期待に応えられなかった。あたしは……」

「待ってください。魔導司全員に精神汚染をかけたのは、貴方の独断ではなくファウストの指示なのですか?」

「……そうだ」

 

 沸々と怒りが沸きました。

 彼女もまた、利用されたということですか。

 

「目を覚ましてください。あの人は、貴方が近くにいるべきものでは――」

「だがっ!! あいつを悪く言うのはあたしが許さねえ!! すべて、すべてを抱え込んだあいつの苦悩をお前は知らない癖に……お前は、何も、何も分かっていないんだ!!」

 

 叫び散らすトリス・メギス。

 それに、私の頭はまた冷えていきました。

 

「……行くなら、行け。ファウストを止めたいなら……お前らが止めろ。あたしは……あいつに何があろうが、あいつの味方になるって決めたんだ」

「……」

「お前が人間の可能性を信じるというならば。それはお前の結論。先に行け」

 

 シャークウガが掌を彼女の頭から離します。

 彼の無言の合図に私は頷きました。

 

「……行きましょう。シャークウガ」

『……ああ。何があっても、俺達の進むべき道は1つだ』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ファウストは……この先の奥にいるのか?」

「間違いない。ベランダだ。屋敷中に居るのは確実だし、居るとすれば此処しかない。研究室にもいなかったとなれば、後は……」

 

 廊下を慎重に歩く俺達。

 他に敵がいないか、声を潜めて進んでいく。

 まあ、敵の急襲自体はチョートッQに加えてホップ・チュリスが居るから事前に察知できるけど。

 

「なあ火廣金」

「……何だ」

「お前は……何でアルカナ研究会に入ったんだ?」

「……俺は……最初から魔導司として育てられた。両親から、教育機関からも魔術の英才教育を受け、同期でもエリート中のエリートとちやほやされてな。だが、それだけにこれからどうするか決めかねていた」

 

 何だそれ。

 経過は違うけど俺と似たようなものじゃないか。 

 将来の夢が見当たらない。だけど、俺とこいつには決定的な違いがある。

 火廣金は魔術に優れたエリートだということだった。

 

「……今年の4月の事だ。俺は――最も危険とされる、クリーチャーの研究・及び討伐を行う前線機関、アルカナ研究会の会長・ファウスト様にある日誘われた。俺は新入りだったから、早速辺境の日本にトリス、ティンダロスに飛ばされた、と思っていた。だけど――ファウスト様の狙いは、日本にあるエリアフォースカードだった」

「お前、随分と肝が据わってるんだな。自分を拾ってくれた組織の会長を裏切るなんてよ」

「当然の事」

 

 火廣金は首を縦に振った。

 

「――俺は親父から、ずっと教わってきた。関係の無い戦いに、市民を巻き込むのは魔導司失格、と。魔導司の基本の理念もそれだ。俺が人の事を言えた義理は無い。しかし、ファウスト様のやり方は容認できない。俺が止める」

「……お前、やっぱすげーよ」

 

 だって、俺にはそんな崇高な信念とかは無い。

 こいつはずっと、そういう世界に生きてきて、ずっと自分の意思で物事を決めて来たんだろうな。

 俺なんか振り回されてばかりじゃないか。

 

「……と言っても、君達に後押しされたところも大きいがな」

「え?」

「俺は今まで、物事を良いか悪いかとでしか判断したことが無かった。頭が固いとはよく言われたが、自分でも此処までか、とは思わなかったよ。恐らく――君達に出会えて無ければ、俺は決断など出来なかった」

「……」

「組織を裏切るなど、本来なら重罪だよ。その境で悩んでいた。だけど、君達は自分の中の正しいものを信じていた。ならば俺も、自分の中の正しいものを信じる方がよっぽどいい。少なくとも、俺があの町に来て出会ってきた人々は、皆そうだった」

「……そうか」

「例えば、刀堂花梨とかそうだ。あいつは本当に甘ったるいお人好しだよ」

「そういや、お前花梨に助けられたのは良いとしてその後どうしたんだ?」

「……怪我の手当ついでに雑炊までご馳走になった」

「すげーな、それ。多分ノゾム兄特製の奴だろ? あれ昔食ったけど、ノゾム兄本当料理上手だからさぁ、うめーんだよ」

 

 中学生頃までは花梨の家に飯を食いに行った事が何度もある。

 うちは両親が帰って来ない事の方が多かったからな。

 特に、花梨のお母さんとの合作だったとはいえノゾム兄の料理の出来栄えには思わず舌を巻いたものだ。

 本当に……懐かしいや。

 

「……」

「おい白銀。眼尻が」

「!?」

 

 思わず、袖で拭った。

 あれ? おかしいな。涙が出て来ちまったよ。

 

「……猶更、止めないとな。ノゾム兄の分まで」

「……ああ」

 

 しばらくして、火廣金は続けた。

 

「……刀堂花梨のあの性格は昔からか?」

「ああ。あいつは剣道バカだけど、人懐っこいし、お人好しだからな」

「君が言えたことか?」

「……ハハ、それもそうか」

「まあ、良い。……その、何だ。人間相手にあそこまでされた経験が無かった。あいつには、恩返しをしたいと思っている。せめてもの、な」

 

 彼は拳を握りしめる。

 

「……本当に、分からん。何故他人にあそこまで出来る」

「放っておけねーんだよ。俺も花梨も。誰かが傍で傷ついているのを黙って見過ごせないんだ。あいつに恩返しがしたいって言うなら――猶更、生きて帰らないとな」

「……絶対に生き延びるさ」

『絶対、ッスよ! ヒイロの兄貴!』

 

 言ったのは、今まで火廣金の頭の上に乗っていたネズミのクリーチャー、ホップ・チュリスだった。

 

『皆、ヒイロの兄貴の熱くて真っ直ぐな所に惹かれたっス! だから、ヒイロの兄貴はドン、と胸張ってりゃいいっス!』

「……ありがとう、ホップ」

「へっ、良い相棒を持ったじゃねえか」

「……ああ。俺が最初に召喚したクリーチャーだよ。ずっと、一緒に着いて来てくれた」

 

 長い付き合いなんだな。

 互いに信頼関係が感じられる。

 

「君とチョートッQも、そうなるさ」

「だと良いけど」

『ちょぉっ!? どういう意味でありますかぁ!?』

「さあ、行こうか。そろそろ着く」

『スルーしないでほしいでありますよォ!!』

 

 叫ぶチョートッQ

 苦笑する俺。だけど、火廣金は立ち上がると言った。

 

「……いずれ、君達ともまた決着を付ける。今度は敗けない」

「ああ。そのために、勝ちにいかねえとな!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 踏み込んだのは、絢爛とした屋敷のホール。

 客間、とでも言うべきだろうか。そこに、確かにファウストはベランダから身を乗り出し、景色を眺めていた。

 しかし。しばらくすると、俺達の気配に感付いたか、かったるそうに振り向いた。

 

「……今日は全ての物事が上手くいかないな」

「ファウスト様。こんなやり方は間違っています。止めて下さい」

「……やはり、魔導司の中の魔導司。エリートであるお前は扱いにくかったよ。日本には不和侯爵(アンドラス)・黒鳥レンに、狂花水月(ノクターン)・十六夜ノゾムが居ると聞いていたから、お前は良い対抗馬になってくれると思ったのに。結局、アルカクラウンの再生が先で、お前は役に立たなかったよ」

「今のあんたの役に立つつもりは毛頭無い」

 

 そうか、とファウストは言葉を漏らす。

 待て。納得されても困る。 

 俺だって聞きたいことは幾らでもあるんだ。

 

「待ちな、ファウスト。そこまでお前がエリアフォースカードを人間に渡したくない理由は何だ? そして、もし本当にそうなら、火廣金にエリアフォースカードを握らせて、俺達を誘った理由は何だ?」

「……私の目的は2つある。エリアフォースカードが人間に対し、どのように作用するのかを見極める事。そして、私自身の元にエリアフォースカードが二度と他人の元に渡らないように回収すること」

「矛盾してんじゃねーか」

「お前達の役目は既に終わっている。エリアフォースカードは、やはり人間が持てば魔導司と人間のパワーバランスを崩しかねない代物と私が判断したからだ。それを証明し、私に十六夜ノゾム討伐を決意させたのは――間違いなく、お前だよ白銀耀」

 

 ……何だと。

 

「お前の所為で、十六夜ノゾムはああなったんだ」

 

 黙れよ。

 黙れよ。

 黙れよ。

 

「っ……黙れェッ!!」

「何?」

「ざっけんなよ。ノゾム兄は、お前らから皆を、街を守ってたんだ。ずっとずっと、1人で守ってたんだ。あの人は、いずれ――自分一人で壊れるために戦ってたんだ。お前の屁理屈なんか、知った事無かったんだ!!」

「……そうだ。十六夜ノゾムは、いや、刀堂ノゾムは最初から皆を守るため、己が壊れるために戦っていた。だが、手を下したのは貴方だ」

「日常を壊したのは、ワイルドカード。そして、お前らだ。ノゾム兄は、俺なんかのためじゃない。”俺達の日常”を守るために、自分からお前に向かっていったんだ。だから俺が受け継ぐって決めたんだ!! ノゾム兄の守りたかったものを、覚悟を!!」

 

 胸を握りしめる。

 この手に感じる鼓動全て。あの女に全てぶつけてやる。

 

『マスター!! あいつを、止めるでありますよ!!』

「ああ!」

「させるかよ」

 

 呪詛が聞こえてくる。 

 その背後のから仮面の顔が覗き、顕現した。

 出てきやがったな。ファウストの切札――《天罪堕将 アルカクラウン》。

 

愚者(ザ・フール)。私が手にしたエリアフォースカードだよ。守護獣は、私が再生させたが、それほどまでに強大なクリーチャーだ」

 

 ってことは、あれが守護獣ってことか。

 

『きょ、強大であります……! これが、守護獣なのでありますか!?』

「私がどんな思いでエリアフォースカードを集めてきたか……!! お前達には分からないか。私の正義が、理解できないか。ならば仕方があるまいよ。この屋敷に侵入した者も、役に立たナいガラクタ共……モ、皆殺しだ!!」

 

 正気を失ったように、彼女の瞳が紫色に光る。

 

「私はエリアフォースカードの謎を解き明かし、全てをこの手に収める」

 

 血走った彼女の眼が、俺達の胸にかぎ爪を立てた。

 

 

 

 

「――そして、それを無かった事にする」

 

 

 

 その声が最後まで聞こえようとした矢先、巨大な黒い影が、部屋を覆い尽くす。

 それと同時に、部屋の扉が思いっきり閉まり、さらに退路を塞ぐようにして異形の影が現れた。

 そして、それは俺に向かって空間を展開する。

 エリアフォースカードを無かったことにする、だと。

 そんなことをしたら、クリーチャーへの対抗策は無くなるじゃねえか。

 

「まずは裏切り者の粛清だ、火廣金。お前はこの手で殺してやる」

「……火廣金!!」

 

 次の瞬間、ファウストが手に持ったエリアフォースカードが叫び声を上げる。

 それと共に、空間が開かれた。

 そして俺もまた、クリーチャーとの戦いに身を投じる。

 

「火廣金!! 絶対負けんじゃねえぞ!!」

 

 俺の声に、彼は頷き構えた。

 

「愚かな……奈落の深淵へ消えて逝け」

「……俺は、負けない。あんたの間違った正義、俺が打ち砕く!」

『兄貴、俺も着いてるッス!』

 

 空間が背後で開かれる。

 ――火廣金、此処は頼むぞ!



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第73話:WILDCARDS(3)

※※※

 

 

 

 ――俺とファウスト様のデュエル。

 2ターン目。早速、俺は動き出す。

 

「オペレーション発動! 総員、作戦準備! 情け無用、戦闘開始!」

了解(ヤー)!!』

「タクティクス、第一段階。2マナをタップ。現れろ《一番隊 チュチュリス》!」

 

 頼むぞ。

 俺は攻めることしか出来ないが……ファウスト様のロックを突破出来れば、勝ち目はある!

 

「ターンエンドだ」

「……私のターン。2マナをチャージ。ターン終了だ」

 

 何もしてこない。

 ファウスト様のアルカクラウンデッキは、非常に立ち上がりの遅いデッキでもある。

 早いうちに攻める準備をせねば。

 

「行きます。1マナで《ダチッコ・チュリス》。その効果で次の召喚するビートジョッキーのコストを3軽減する」

「鼠ばかりを束ねたところで……」

「更に1マナ、《バング”BNG(ボンゴ)”ドンゴ》召喚! キズナ効果で、手札から《ステップ・チュリス》を捨てて3枚ドロー!」

 

 《バング”BNG”ドンゴ》の効果。

 それは登場時に場にあるクリーチャー1体のキズナ効果を使えるというものだ。

 そして、これだけでは終わらない。

 

「1マナで《海底鬼面城》を設置! ターン終了だ!」

「……何? そういえば、ここで初めて水のマナをチャージしたが……いや、俗にいう――赤青ブランドと言えばそれまでだ」

「……」

「……癇に障るんだ。突撃玉の癖に、一丁前に頭を使っているのがね!」

 

 カードを引いた彼女は叫ぶように呪文を詠唱していく。

 

「私のターン。3マナで《フェアリー・ミラクル》を使用。マナゾーンに5色のカードが揃っているので山札の上から2枚をマナに置く」

 

 これでファウスト様のマナは合計5枚。

 ……何か来るのは、次のターンか。

 

「俺のターン。3マナで《単騎連射(ショートショット) マグナム》。そして1マナで《ホップ・チュリス》を召喚し、ターンエンドだ!」

「……有象無象共がわらわらと……痛ッ!!」

 

 急に頭を抑える上司――と呼んで良いのかは分からないが――に、俺は一抹の違和感を覚えた。

 

「ファウスト様……!」

「五月蠅いッ!! 私のターンだッ……!! お前など、この愚者(ザ・フール)のカードで……!」

 

 おかしい。何か様子が変だ。

 そもそもファウスト様は、本当にエリアフォースカードを扱えているのか?

 いや、勝てば全て明らかになることだ。

 

「私のターン。4マナで《スペンガリィ・クロウラー》召喚。その効果で、私のクリーチャーはクリーチャーを攻撃出来ないが、相手のクリーチャーはタップされて場に出る。ターン終了だ」

 

 タップイン持ちクリーチャー、《スペンガリィ》。

 打点計算こそ狂わされたが……どのみち、このターンで終わりにしてやる!

 すべての戦略は整った!!

 

『兄貴!!』

「ああ。行くぞ! 俺のターン、《鬼面城》の効果を使う!」

「ドローする……決めに掛かるか」

「追加で1枚ドロー。そして、1コスト軽減し、5マナをタップ――情け無用、戦車戦用意!! 」

 

 燃え上がる戦場の炎。 

 それだけが俺に味方をしてくれる。

 さあ出でよ、俺の切札!!

 

 

 

戦車前進(パンツァー・フォー)、《ガンザン戦車 スパイク7K》!!」

 

 

 

 大地に降り立った巨大な戦車、《スパイク7K》。

 しかし、それに引き連れられて更に戦車連隊が戦場へ駆けつける。

 クリーチャーが次々にそれに乗り込んでいった。

 

「さあ、始めるとしよう。包囲殲滅戦を! 《スパイク7K》の効果で、俺のクリーチャー全員は、パワー+5000とブレイク数1追加、またはパワー+3000とアンタップキラー追加のいずれかを付与される! 《ボンゴ》にアンタップキラーを追加。他全員は我を顧みず進軍し、敵中枢を撃滅せよ!! 《ホップ》、殿を任せた!」

『任されたっス、ヒイロのアニキ! 全軍、出撃っス!!』

 

 場には《ホップ》に《チュチュリス》、《ダチッコ》、《BNG》、《マグナム》の5体が攻撃可能。

 ファウスト様のシールドを全て割り、ダイレクトアタックまで持っていける。

 《ザ・デッド・ブラッキオ》は《マグナム》で封じているから、心配はない。後は――

 

「全員で、あのシールドを叩き割る!!」

「空理空論。無駄な事だよ」

「それは、やってみなきゃ分からないでしょうがァ!!」

 

 砲撃戦が始まった。

 《バング”BNG”ボンゴ》の乗った戦車が、巨大な異形・《スベンガリィ・クロウラー》へ砲弾を撃ち込んで沈黙させる。

 そして、《チュチュリス》、《ダチッコ》の戦車がシールドを撃ち抜いていく。

 

「……シールドトリガーは――《獅子王の遺跡》。山札の上からマナゾーンへカードを置く。置いたのは《ボルバルザーク・エクス》だ。そして、多色マナ武装4でさらに2枚、マナを加速する」

「――このターンで決めれば、良いだけの話だ! 《ホップ》!」

『ぶち抜けェェェェェェ!!』

 

 割られる最後のシールド。

 これで、ファウスト様を守るものはもう存在しない――

 

 

 

「――S・トリガー、《無法のレイジクリスタル》。パワー6000以上の《マグナム》をバウンスする。そして、6000以下の《ダチッコ・チュリス》を破壊」

 

 

 

 き、来てしまったか――!

 決めるには、このターンしか無かったのに。

 見回すと、俺のクリーチャーたちは全員、満身創痍の状態で地に倒れ伏せていた。

 

『アニキィ……!』

「お前は、お前は悪くないっ……指揮官たる、俺の責任だ」

 

 決められなかった……!

 最悪のタイミングだ。

 相手のマナも、手札も、溜まってしまっている。反撃は免れないか。

 

「どうやら、勝利の女神は私を見捨てなかったらしい」

 

 カードを引いた大魔導司は俺を見下すと、9枚のマナを順にタップしていく。

 見るだけで邪悪な気配が彼女を包んでいった。

 ファウスト様――それは、本当にあなたが信用するに足りるものなのですか!?

 

「火廣金。お前に教えておいてやる。道化の力というものを」

「……!!」

「貴様の場にあるクリーチャー、貴様の手札にあるあらゆる手段、全てを封じてやろう」

 

 虚構の光。

 欲望の自然。

 破滅の闇。

 三つが交錯し、戦乱と知略の道化が姿を現す。

 浮かび上がるタロットカードの0番。

 意味するのは愚者(ザ・フール)、そして道化師(クラウン)

 

 

「天を突いて悪徳に堕とせ――《天罪堕将 アルカクラウン》」

 

 

 

 遂に現れた悪魔にして天使の道化。

 巨大なマントを翻し、鎧に身を包んだそれの周囲を5枚のカードが並んだ。

 

「五色の曲芸をお見せしよう――」

『さあ、始まりです。全ては、我が掌の中に! 五色のクリーチャーをバトルゾーンに出します!』

 

 現れたのは自然のクリーチャー、《アナリス》、そしてそれに重なるようにして闇のクリーチャー、《闇鎧亜 キング・アルカディアス》。

 

「さらに光のクリーチャー、《聖霊王 ジャスティウス》を《アルカクラウン》から進化!」

「《ジャスティウス》……!?」

「《キング》の効果で相手の多色ではないクリーチャーのコストは5多くなり、相手がコストを支払わずに召喚したクリーチャーは破壊される。更に、《ジャスティウス》はパワー5000以下のクリーチャーの攻撃を封じる。赤単のお前には、これだけでも十分責め苦に値する。が――」

 

 ま、まだあるというのか!?

 意にも介さず、大魔導司は最後の1枚を突き付けた。

 

「1枚は呪文だったが……もう1枚、クリーチャーは居る。水文明、《水晶邪龍 デスティニア》だ」

「なっ……!?」

「使わせて貰うぞ。月の結晶龍の力を。その効果で手札を全て山札へ戻してシャッフルし、4枚ドロー。そして、お前が見ないでこの中からカードを1枚選ぶ。それがクリーチャーならば場に出る」

 

 つまり、俺自身が俺の運命を決めるカード。

 せめて、呪文ならば外れ。

 クリーチャーだったとしてもこの場にこれ以上影響を及ばさないクリーチャーならば――

 脈打つ鼓動。

 目の前に展開された裏向きの4枚の手札のうち、どれかを選ばなければならない。

 

「このカードを――」

 

 表向きになったカード。

 それは――

 

「進化。《闇鎧亜 クイーン・アルカディアス》」

 

 打ちひしがれたようだった。

 揃ってしまった。鎧亜王家夫妻が――!

 キング・クイーンロックの完成だ。

 

「苦尽甘来。お前は幸せ者だ。実に幸運だ。我が闇鎧亜王家の抱擁の元で楽になれるのだからな」

「まだ、まだ終わっちゃいない――!!」

「《スパイク7K》を《クイーン・アルカディアス》で破壊。最早、何が来てもこの私を倒す事は出来まい?」

 

 戦車が軽々と王妃の念動力で持ち上げられ、粉砕される。

 俺の切札が――!

 

「念には念を押すか。《チュチュリス》を《ジャスティウス》で破壊」

 

 さて、と彼女は念を押すように、確認するように言った。

 

「これで、捨て身のG・ゼロの《無重力 ナイン》から《”罰怒”ブランド》が出てくることもあるまいよ。それに、B・A・Dがあるにしても、このロック下で召喚できるクリーチャーは限られている。出せたとして、《ジャスティウス》でネズミは通さないが」

 

 彼女の言う通りだ。

 《ステップ・チュリス》や《”破舞”チュリス》が出せたとしても、せいぜい次のターンに出せるのはそいつら1体だけ。

 それらはスピードアタッカー持ちだが、《ジャスティウス》の前では無力。

 コスト踏み倒しは《キング》によって封じられているも同然。

 つまり、彼女は俺が次のターンに何も出来ない。足掻いても無駄だと言いたいのだ。

 

「だから――他のクリーチャーに興味は無い。お前を痛めつけてやる。火廣金」

 

 憎悪に満ちた瞳が俺を捉えた。

 《キング・アルカディアス》が俺の方を目掛けて撃ち放つ。

 

「――目障りだ……《キング》でシールドをW・ブレイク」

 

 王の光弾が戦場を抉った。

 狙いは《海底鬼面城》のシールド。

 W・ブレイクが決まった。

 

「ぐあぁッ……!!」

 

 その光は俺の身体を次々に刺し貫いていく。

 流石、王の名を冠するクリーチャー。

 攻撃は、シールドだけでは受けきれない。

 降り注ぐシールドの破片だけではない。光は刃となって、俺の腕を、足を引き裂いた。

 血が噴き出し、肉がえぐれていく。

 最早、ファウスト様は俺を殺す事以外何も見えていないかのように。

 

「次のターンで終わりだ。何も出来ない、無駄なターン。カードを引き、そこで終わらせろ」

「……」

 

 何も出来ない、か。

 確かにそうだ。エリアフォースカード回収の任を命じられ、白銀耀に敗れ――俺は何が今まで出来たろうか。

 少なくとも、アルカナ研究会には何一つ出来ていないだろう。

 だけど、だ。

 

『ヒイロのアニキ!!』

「……ああ」

 

 それでも、今まで出会ってきた人との出会いが、戦ってきたライバルとの激闘が、無駄だったとは思っていない。

 俺は――白銀耀に出会えなければ、人間の可能性も、強さも目の当たりに出来なかった。

 俺は――刀堂花梨に出会えなければ、人間の優しさも目の当たりに出来なかった。

 俺は――刀堂ノゾムに、三日月仮面に出会えなければ、正義を疑う事さえ出来なかった。

 俺は――隣にいつも、仲間が居なければ此処まで戦う事さえ出来なかった。

 

『残りの力を使って……!! あいつに、”親分”に繋げてほしいっス!!』

「……ホップ……!」

『この戦い、ビートジョッキーの力だけじゃ勝てないっス……! でも、同じ火の力なら、俺達の仲間――!』

「ああ。俺は多くの人に、背中を押され、今此処に立っている……!! この反逆は、俺だけのものじゃない。だから、諦めたくない!!」

 

 だから、立ち上がる。

 何度倒れても……俺は、灼炎将校(ジェネラル)は、火廣金緋色は――起き上がるだけだ!!

 

「俺のターン……!」

 

 この手札で全てだ。

 引く。必ず引く。 

 白銀耀。刀堂花梨。

 君達に貰った全て――無駄にしないために!!

 

 

 

「ドロー!!」

 

 

 

 信じ抜き、捲れたそのカード。

 俺は――勝利を確信した。

 

「ファウスト様。魔導司の中には、錬金術を使える者も存在します」

「……まだ足掻くか」

「俺に錬金術は使えませんが――仲間の力を糧に、最後の切札へつなぐ事は出来る」

「何だと?」

 

 俺の両手に炎が灯る。

 

「俺は、場の《ホップ・チュリス》と《バング”BNG”ドンゴ》、手札2枚、シールドを2つを山札の下に戻す」

「何……代価コスト……!? 馬鹿な、一体何を出すつもりだ!!」

 

 等価交換。には、割に合わないが……これが唯一の突破口だ!

 

 

 

「道化の力、借り受ける――ジョーカーズ《ニクジール・ブッシャー》2体をコストを支払わずに召喚!!」

 

 

 

 ファウスト様は初めて面食らったような表情を浮かべる。

 全ての手を封じたかと思えば出てきたその2体を前に、言葉も出ないようだった。

 これが、このロックをすり抜ける唯一の手段だ!

 

「良い気になるなよ!! 《キング》の効果で2体、諸共に破壊だ!!」

「これで、俺がこのターン召喚した火のクリーチャーは2体。更に、自分自身でコストを軽減し、合計、コストマイナス6――」

 

 タップされるのは6枚のマナ。

 これで足りた。ラストアタックだ!!

 炎が迸り、俺の腕を駆け抜ける。

 そこから、MASTERの焼き印が押された炎猿が飛び出す。

 

 

 

 

「――限界点突破(リミテッド・オーバー)、《”罰怒(バッド)”ブランド》!!」

 

 

 

 戦場を焦がす炎。

 駆け抜ける一陣の熱風。

 最早、こいつを止めるクリーチャーは存在しない。

 ボロボロの姿で俺の頭によじ登ったホップが、鼻を擦った。

 

『ほんっと、ネズミ使いが荒いっスよ、ヒイロのアニキ!』

「……すまん」

『でも、皆信じてたッス! 親分も、ステップ兄も、ダチッコも、スパイクも――!』

「……ああ。ありがとう」

 

 そうだ。もう、此処までくれば恐れるものは何もない。

 目標は、唯一つ。

 アルカナ研究会の暴走、この俺が食い止める!!

 

「馬鹿な……火のジョーカーズから《ブランド》……! 私のロックを見越して、最初から手札を貯め込んでいたのはそういうことだったのか……! 否……否、それでも何故あそこで引ける!? そんな都合の良い奇跡等……あってたまるか!!」

「奇跡など俺は信じていない――あるとするならば」

 

 《”罰怒”ブランド》のボードが燃え上がる。

 

「これが俺達が歩んできた――」

『これがアニキと俺達の――』

 

 そのまま突貫した《”罰怒”ブランド》は、大魔導司目掛けて、剣の如くそれを振り下ろした。

 

『――軌跡だッ!!』

 

 一刀両断。

 振り下ろされた刃は王と妃さえも吹き飛ばし、真っ直線に大魔導司と道化へ向かう。

 特大の爆音と、火焔を背景にして。

 俺は思い出したかのように――この戦いの終焉を告げた。

 

 

 

 

「――《”罰怒”ブランド》で、ダイレクトアタック」



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第74話:WILDCARDS(4)

 空間が崩落する。

 堂々とその場に無言の勝鬨を上げる火廣金。

 そして、崩れ落ちたファウストの姿がそこにあった。

 終わった……のか? これで、全て……何もかもが。

 

「火廣金!」

 

 振り向く火廣金。

 彼は小さく頷く。

 ファウストに……勝ったんだ。

 これで、アルカナ研究会の暴走も、止まるのか?

 

『マスター!! ファウストの様子がおかしいであります!!』

「!?」

 

 ぞっ、とした。

 倒れ伏せている魔導司の少女を包み込む黒い影。

 その面影には、確かにあの仮面の道化を見た。 

 ファウストは、再び起き上がり、獣のように歯を食いしばって、地面をかきむしる。

 苦悶、そして怒りが入り混じった表情で。

 

「ま、ダ、だ……ヒヒロ、カネ……私は、私はエリアフォースカードを全て集め、終わらせなければならない。そのためには、ドンナ犠牲も払ウ……」

「犠牲だと!? アルカナ研究会は、魔導司の理念は、この世界の調停を守ることだ! 無関係な人間を、見殺しにしたり犠牲にすることがまかり通るものかッ!」

「エリアフォースカードは……私ノ父が作リ出したモノダ……!!」

 

 火廣金も、俺も、そこで喉から言葉が詰まった。

 ファウストの父さんが、エリアフォースカードを作ったのか!?

 

「エリアフォースカード……あれは恐ろしい魔法道具。あれを人間に渡すわけニハ、いかない……全て集め管理しなければならない……!」

 

 次の瞬間。

 彼女の袖から無数の触手が伸びる。

 前に進み出た火廣金が全てそれを受け止めたが、そのまま触手は伸び、彼は壁に叩きつけられる。

 

「がぁっ……!!」

「火廣金!!」

 

 駆け寄った俺は、必死に太い触手を彼から引き剥がそうとする。

 が、硬いゴムのようなそれはとても力強く彼を縛り付けており、離そうと思っても離せない。

 

「今……くっそ、かてぇ、何だコレ!?」

「……俺は良い。ファウスト様を!!」

「何言ってんだ、放っておけるわけねぇだろ!?」

「あの方を止めろ! 今、喋っているのは、最早魔法使いではない!!」

 

 それを聞いた時、俺は既に喋っているのが、いや、あの身体を支配しているのがファウストではない事に勘付いた。

 いや――もし、それが本当ならば、今ではなくずっと前から、最初からそうだったのかもしれない。

 

「あいつ……まさか」

 

 振り返る。

 見れば、ローブを脱いだ彼女の顔――それも右半分に、黒い影が集っていく。

 小さな体に隠れた、強大な悪意を集約するかの如く。

 

「ソウ。ソレガ、コノ魔導司ノ女――ファウストの言い分。もう1つの思惑は――”私が”、全てのエリアフォースカードを掌握し、この手に収めること」

 

 饒舌になっていく口調。

 そして、明らかに先程のものとは違う低い声。

 黒い影が象ったのは、道化の仮面。

 そして、仮面に覆われていない左の額からは、遂に正体を現したと言わんばかりに悪鬼の頭角が伸びた。

 その変貌に、俺は黙って見ている事しか出来なかった。

 

「アルカクラウン……!!」

『お前が、全ての元凶でありますかあ!!』

「ははははははははは、今更気付いたのですかァ!」

 

 伸びる触手。

 それが俺の四肢を縛り、首に巻きついた。

 気持ちの悪いぬめりを全身に感じながら、重力に逆らう動きに抗えず、俺は壁に叩きつけられる。

 頭が揺らぐが、背中と胸が潰れて息をすることもままならない。

 

「あぎっ……!!」

「本当に、本当に本当に本当に馬鹿な連中ですよ。良い狂言回しを演じてくれましたね。この私の演目でくるくると踊ってくださったこと、感謝していますよ」

「て、めぇ……!!」

「だけど、さっきのは流石に堪えました……まあ、この魔導司がバテてくれたので、いよいよ良い憑代になりましたがねぇ!」

 

 駄目だ。

 もう息が出来ない。

 ダンガンテイオーがすかさず触手を切り取ろうとするが、刀が刺さらない。

 さらに、そこから何本もの黒い針金のようなものが俺の肌に入り込んでいった。

 

「あがぁっ……!!」

 

 神経を犯していくかのようにそれは網目に広がっていく。

 激痛が走った。血管の中に針を通されるような感覚が広がっていき、血の匂いが目から漂ってくる。

 だけど……!!

 

『マスター!! 今助けるであります!! しっかりするでありますよ!!』

「だい……丈夫だ……へっちゃらだ……!!」

 

 このくらい……!!

 ノゾム兄の苦しみに比べれば、何て事は無いんだ!!

 弱音を吐いていられない。

 どうすればいいか、考えろ……!

 皇帝(エンペラー)で……どうにか対処できねえのか!?

 

「無駄だ。ここに来て、私の計画……邪魔されてなるものか。大魔導司の身体、ようやくものに出来たのですから!」

「ファウスト様は……魔導司は、そう簡単にクリーチャーの魔法に掛かりはしない! 貴様、どうしてそこまでの力を!」

 

 叫ぶ火廣金の声が激痛の中、ぼんやりと聞こえてくる。

 触手を何度も刀で突き刺すダンガンテイオー。

 しかし、刃は通らない。

 

『ただの守護獣が、どうやって、そこまでの力を……!!』

「何が目的だ……!! 何をしたんだ!!」

 

 

「白銀耀!! 皇帝(エンペラー)に選ばれし者!! 私が何故、此処までの力を得られたのかぁ!! どうして、大魔導司程の実力者を支配下に置けたのかぁ!!」

 

 

 

 高らかに笑いながら、ファウストの身体を借りたアルカクラウンは、叫んだ。

 

 

 

「それは――この私が、何人もの人間を”贄”に捧げてきたからだぁ!!」

 

 

 

 彼の周囲に、大量の青い炎が灯る。

 あ、あああ、嗚呼、あゝ、と苦悶に満ちた呻き声が耳に突き刺さる。

 これは、誰の声だ?

 いや、分かる。子供から、女、男に老人の声まで――

 贄って――

 

「殺したのか……人間を!!」

 

 火廣金の叫び。

 愉悦に浸った様子で彼は続ける。

 

「ええ、ええ。私自身が実体化する為の闇の儀式。血と臓物を捧げ、我が魂に生身の身体を降臨させるための儀式ですよ」

 

 儀式、だと……!?

 そんなことで、人を殺したのか、こいつは……!!

 エリアフォースカードの守護獣の癖に……!!

 

「てめ、守護獣は、ワイルドカードを倒すエリアフォースカードを護るのが使命じゃねえのか!?」

 

 俺はアルカクラウンを睨みつける。

 

愚者(ザ・フール)は気まぐれなカード。故に、この私を召喚してしまった。大量の魔力が必要でした。神の世界を作り出す為にね」

 

 そうか、エリアフォースカード自体が暴走していた。

 いや、それが今も続いているのなら納得が行く。

 締め付けはどんどん強くなり、意識は混濁していく。

 だけど、拳を握りしめると滑ってきた。

 血が、滲み出ていた。

 関連付けられていく。黒鳥さんの語っていた、あの事件と、アルカクラウンの話が。

 まさか、あの殺人事件は――

 

「まあもっとも、集めた贄は無駄ではありませんでしたよ。ファウストを乗っ取るだけの力は得られましたので」

「て、めぇ……!!」

 

 ――こいつが……犯人か!!

 死体で遊んだような現場。

 実行不可能な犯行。

 全て、全てが繋がった。

 

「ふざけんじゃねえ……!! 何を考えてやがんだ!!」

 

 声を振り絞る。

 アルカクラウンは仮面の下に笑みを浮かべたようだった。

 

「目的。ククッ、そもそも、我々ロスト・クルセイダーとは神々に従事する種族。で、ありながら……支配する側となった、キング・クイーンの存在は度し難いものでした」

「それは原典のアルカクラウンの話だ。お前と関係は無い」

 

 ぴしゃり、と言い放つ火廣金。

 そうだ。エリアフォースカードの守護獣は、オリジナルとは違う、作り出されたものだ。

 だけど、それでも――根幹は同じっていうのか!?

 

「例えそうだとしても。私が神々を再び君臨させること――更に、エリアフォースカードがあれば、外界より現れし恐怖の魔凰でさえも空から降臨させることだってできる。神々をこの世に再び降ろす事……それがどれほどの災厄を人間の世界に与えるか、楽しみなのですよぉ!!」

「災厄、だと!?」

「エリアフォースカードさえあれば、それだけの魔力を集める事が出来るということです。いやぁ、愉快……!!」

 

 そんなことのために……!!

 

「しかし……目障りだったのは……十六夜ノゾム。あの男は、肉親を殺されて躍起になっていたのでしょう。散々嗅ぎまわられましたよ」

「!!」

「血眼になって祖父殺しを探していたようですが、邪魔だったので、あの小娘から甚振ってやったら発狂してですねえ!! それでそれで? 正義の味方。ああ、おかしい。発狂したかと思えばヒーローの真似事をしていただなんて――馬鹿馬鹿しくて笑えますよ!!」

 

 

 

「真似事じゃ……ねえ――!!」

 

 

 

 触手を右手でつかんだ。

 

「……二度と、その借り物の身体で嗤うな……!!」

 

 既に、押し潰される寸前だったかもしれない。

 だけど、デッキケースの中の皇帝(エンペラー)は、俺の叫びに応えるようにして、とても熱く、熱されていた!

 

「テメェに……もう、人の夢も、未来も、希望も奪わせやしねえ――!!」

「何? こいつ、虫の息の癖に――全身に針を通されているようなものだ。何故、抵抗できている?」

 

 確かに貫かれているようだ。 

 だけど、痛みなんかどうってことはない。

 どうってことなんか……無いんだ!!

 

「お前のやってきた事は、誰かの夢も未来も奪う事――!! 殺すだけじゃない、大事な人を奪って、ノゾム兄から光を奪った――!!」

「何が光だ、夢だ、希望だ、笑わせないでいただきたい! お前達ちっぽけな人間の虚構には憐みしか捧げるものはない!」

「ちっぽけなわけがあるもんかよ……!!」

 

 みしっ、と触手が音を立てる。

 

「俺は、見てきた……誰かの抱える夢や希望、そして一緒に付き纏うを苦悩や不安を……そして、それがどんなに尊いか、何も無い俺には痛い程分かるんだ――だから、守りたいって思えるんだ!! それを分かち合いたいって思うんだ!!」

「赤の他人に……所詮は偽善に過ぎない!!」

「だったとしても――それで救われた人がいる!! 救える人がいる!! 俺もノゾム兄も――だから戦うんだ!!」

 

 俺は叫ぶ。

 この身体が例え、燃え尽きて朽ちたとしても……!!

 

 

 

 

 ――白銀耀。

 

 

 

 耳の中に、脳裏に。

 それは、吹き込んでくる一陣の風のような囁きだった。

 

 

 

 ――私が、お前の魂。魔力に換える。お前の、守りたいという思いを――

 

 

 

 俺の思いを――!?

 魔力に換える――そうか。

 応えて、くれたか!

 全身に回ったこいつの魔の手をどうやって排除するか……考えろ、考えるんだ!!

 単に断ち切るだけじゃダメだ!

 どうにかして、身体の中に入り込んだものを――そうだ!

 

「……あああああああああああああああああああああ!!」

 

 力一杯に叫ぶ。

 守る。守る。守り通すッッッ!!

 絶対に此処で倒れるか!!

 此処まで繋いでくれた仲間の思いを糧に、全部、此処で、放出する!!

 小細工は無し、全部一気に開放だ!!

 

「この魔力っ……!? 貴様、どうやって――!?」

「あああああ!!」

 

 迸る激痛。 

 全身に電撃が走るようだった。

 頭を抑える事さえ出来ないし、焼かれていくようだ。

 しかし、それでも――

 

「お前の好きにはもうさせない……捻じ曲げられたファウストの思いも、傷つけられたノゾム兄の思いも、今、此処で戦ってくれてる仲間の思いも――俺が守り切るんだ!!」

「ほざけェ!! 無駄な事だ!!」

 

 今度は空中に浮かぶ氷の剣。

 それが、何本も光を放って軌跡を描く。

 俺は皇帝(エンペラー)を握りしめた。

 地面を蹴るダンガンテイオーが炎に包まれ、パーツを次々に切り離す。

 

「ゴートッQ!!」

『応、であります!!』

 

 氷の剣は次々に飛んでくる。

 まだ動けない俺を目掛けて。

 しかし、火の玉となったゴートッQが撃ち落としていく。

 そこに、何本もの氷の剣が彼を捉えた。

 

『我がマスターの剣で、盾となるでありますよ!!』

 

 轟!! と燃え上がる炎の玉。

 彼自身と、俺自身の魂が燃焼材となって、火球は小太陽と成った。

 束になった氷の剣が、解けていく。

 頼む、ゴートッQ!!

 お前が防いでいる間に、幾らでも注ぐ!!

 例え枯れ果てたとしても――!!

 

『おらあああああ!!』

 

 全身に――体中へ、魔力が隅々に循環していく。

 更黒い針金状の触手から、大きな触手に至るまで全てに、この波動を行き渡らせていく。

 そう。一方通行の力の流れを、変えるかのように!!

 

「なっ……!! こいつ……!!」

 

 紫電が、触手全てに、果てはアルカクラウンにまで至った。

 そう。全ての魔力を全力全開で開け放つことで――

 

「魔力の流れを、逆流させる!! お前に、流し込む!!」

「ぐっ……!?」

 

 消えていく身体の中の異物感。

 そればかりか、触手も乾いていく。

 それを自ら引っ込めながら、アルカクラウンは忌々しそうに手を振るった。

 

「人間が逆らうか……無駄な抵抗を……!!」

『!!』

 

 しかし。

 今度は光が矢となって俺の脳天を狙う。

 限界まで魔力は注ぎ込んでいる。

 だけど――防ぎきれない!!

 

 

 

「”罰怒”ブランド!!」

 

 

 

 次の瞬間、火のボードが触手を貫通し、俺の眼前の床を突き貫く。

 ボードは盾となり、辛うじて俺の眼前に矢は留まった。

 それは確かに、貫通していた。

 

「ぐうっ……!!」

「此処までだ。白銀が触手を弱らせてくれたおかげで……叩き斬れた……!!」

 

 満身創痍の様子で、縛られたままの彼は言った。

 更に、触手が完全に断ち切られた事で――俺に巻きついていたもの、俺の身体に入り込んでいた物も全て消えていく。

 

「このっ……おのれぇ……!!」

 

 アルカクラウンは、脚に枷を取り付けられたかのようなおぼつかない動きで、一歩、一歩ずつ迫ってくる。

 此処までくれば――やることは1つだ!!

 

「ありがとう、火廣金。助かったぜ!!」

「……これで限界のようだ」

「いや、お前には感謝してもしきれねえよ。お前が居なけりゃ、此処まで出来なかった」

「礼は後……ファウスト様の真意を――俺は知りたい」

 

 膝をつく火廣金の肩を、俺は慌てて支えた。

 

「君にとっては、許せない相手かもしれない。俺もまだ、疑っている。だけど……クリーチャーに憑りつかれていたというならば。今までの行動があの方の本意ではなかったのならば。俺はもう1度考え直してみたい……もう1度、この目で確かめたい……!! あの方を、ファウスト様を助けてくれないか……!?」

「――!」

 

 当然だろ、火廣金。

 俺に出来ることは唯一つ。

 

「ああ。分かったぜ。……やってやらァ!!」

「っ……!! こいつ、どこまで余裕が……!!」

 

 怯むアルカクラウン。

 しかし。実際の所、俺の身体は既に限界寸前だった。

 さっきの触手の所為で腿、腕、胴には針孔が開いていて、血が垂れているのが分かるし、俺の精も根も殆ど魔力に換えられてしまっている。

 空元気だ。

 だけど――まだ、倒れるわけにはいかない。まだ、倒れたりなんかしない!!

 

「勝負だ、アルカクラウン!! 嘘偽りに塗り固めたお前の策略――全て、打ち破ってやる!!」

『轟轟轟直線的真っ直ぐに!! お前を、撃破するであります!!』

 

 俺の手元で燃え上がるエリアフォースカード。

 それが、最後の決闘と言わんばかりに、決戦の戦場を作り上げた。

 

 

 

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)(フォー)……EMPEROR(エンペラー)!!』



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第75話:WILDCARDS(5)

※※※

 

 

 

「……俺のターン! 《ヤッタレマン》を召喚してターンエンド!!」

 

 俺と、ファウストに憑りついたアルカクラウンのデュエルが始まった。

 後攻1ターン目から、《メラメラ・ジョーカーズ》で順調に手札交換を成功させた俺。

 相手のマナは相変わらず多色ばかりみてーだけど……。

 

「私のターン。では、そろそろカーニバルの始まりといきましょうか。《獅子王の遺跡》をマナに置き、3マナで《フェアリー・ミラクル》を詠唱!」

「マナに5色揃ってるから2ブーストか……!」

「さあ、大地よ富むが良い! 外なる世界の神の降臨のために!」

 

 アルカクラウンのマナは5枚にまで増え、マナでは大きく差を付けられてしまう。

 こっちもいち早く動いて、何かされる前にケリを付けないと……!

 

「俺のターン! 2マナで《パーリ騎士》を召喚! 墓地の《メラメラ・ジョーカーズ》をマナに置いて、ターンエンドだ!」

「そう焦らなくとも……5色の曲芸はすぐに見る事が出来ますよ?」

 

 言ったアルカクラウンの周囲を、水のマナが飛び交う。

 

「謀略と計略の果てに――《アクアン・メルカトール》、召喚」

 

 アメーバ状の身体が人型へ構成されていく。

 その両腕が床へ接続され、半導体のような幾何学模様が走っていった。

 そこから、アルカクラウンの手に4枚のカードが渡っていく。

 

「《アクアン・メルカトール》。その能力は、登場時に山札を4枚表向きにし、水以外の4色、光、闇、火、自然のカードをそれぞれ手札に加えるというもの! さあ、集え、4色の魂よ!」

 

 あいつのデッキは5色デッキ。

 例え、引いたカードが水のカードでも、多色で他のカードと色が被っていなければ手札に加えられる。

 捲れたのは――

 

「ヒャハハハハハハハ! 虚栄の光は《トップ・オブ・ロマネスク》、破滅の闇は《闇鎧亜 ジャック・アルカディアス》、戦乱の炎は《熱血龍 シビル・ウォード》、そして――傲慢の大地は《天罪堕将 アルカクラウン》!」

「っ……!!」

 

 汗が一筋、流れる。

 切札は既に、奴の手札に握られてしまっている。

 一気に俺を追い詰めるためのパーツをかき集めたってことか……!

 だけど、まだ手札で差を付けられただけだ。

 ……いや、手札でもマナでも差を付けられてるこの状況って、ひょっとしなくてもピンチなんだけどな。

 しかも、相手の手札に切札が見えているし。

 

「だけど、こっちだって負けてられるか! 《ヘルコプ太》召喚!」

 

 場のジョーカーズは合計3枚。

 展開して手札が切れた時に一気に補充できるのは大きい。

 次のターンでマナは6枚。手札も増えているから、遅れ気味だけどあいつに追いついては来ている。

 

「私のターン……人間の分際で、ましてや小道具如きでこの私を止められるとでも?」

「小道具じゃねえ! 全部、一緒に戦ってきた俺の切札達(ジョーカーズ)だ!」

 

 仮面を抑えるアルカクラウン。

 彼はファウストの口を引き攣らせると、今度は白い光を5つ並べたてる。

 

「さあ、どうでしょうかねえ。私のターン……《シビル・ウォード》をチャージし、5マナをタップ。奏でるは、鎧亜に捧げる鎮魂歌。さあ出でなさい、聖なる演目。《音感の精霊龍 エメラルーダ》、召喚ッ!」

 

 出てきやがった――!

 シールドと手札のカードを入れ替える上に、シールドから手札へカードを加える時、S・トリガーを使えるクリーチャー、《エメラルーダ》。

 しかもブロッカーだから、このままで突破しきるのは少し不安が残る。

 だけど――決める隙は、今しかない!!

 

「攻勢を掛けるのは此処しかない!! 7マナをタップ!!」

 

 湧き上がる炎のマナ。

 多くの人と積み上げに積み上げて、改造してきたこのデッキ。

 その力を見せてやる!

 押されるMASTERの烙印。

 燃え上がる皇帝(エンペラー)のカード。

 このねじ曲がった運命を、撃ち抜け!!

 

 

 

「これが俺の灼熱の切り札(ザ・ヒート・ワイルド)! 燃え上がれ、《メラビート・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

 よし、これで行ける!

 俺の手札には、2枚のJ・O・E持ちクリーチャーが居る!

 既に準備は完了と言わんばかりに火の弾となって飛び出した。

 

「マスター・W・メラビート、発動!! その効果で、手札から2枚のJ・O・Eを持つクリーチャーを場に出せる! 《絶対音カーン》と《カメライフ》をバトルゾーンに! 《カメライフ》の効果で《アクアン・メルカトール》を破壊!」

「おやおや。わらわらと蠅の群れが――!!」

「それだけじゃねえぜ。俺の場にはジョーカーズが5体以上いる! 《メラビート・ザ・ジョニー》の効果で、相手のクリーチャーを全て破壊だ!!」

「ぐぬぅっ……!!」

 

 《エメラルーダ》が破壊された事で、アルカクラウンは完全にノーガードになったも同然だった。

 打点は足りている! 一気に攻め勝つ!

 

「まずは、《カーン》で仕込んでないシールドから狙う!! W・ブレイクだ!!」

 

 奏でる音階が、アルカクラウンのシールドを打ち破った。

 しかし。

 

「……甘いですねえ。S・トリガー、《蒼龍の大地》」

「っ……!?」

「その効果で、私のマナゾーンのカード、7枚以下のコストを持つクリーチャーを場に出し、更にそれが火か自然のクリーチャーならば相手のクリーチャー1体とバトルさせますよ!」

 

 大地に浮かび上がる火文明と自然文明の紋章。

 そこから、門を食い破り、飛び出したのは――

 

 

「ショータイム――《熱血龍 シビル・ウォード》!!」

 

 何だこいつ――!?

 あまり見ないカードだけど、何をしてくるんだ?

 現れたのは、鎧に身を包んだ龍。

 

「パワーは6000。《カメライフ》とバトル。更に――」

 

 しかし、それが一度足を踏み鳴らせば――

 

 

 

「その効果で、パワー3000以下のクリーチャーを全て殺すッ!」

 

 

 

 ――大地が隆起し、刃が針の山のように弱者を刺し貫く。

 絶命の断末魔の叫びが、命が絶える様を眺めるアルカクラウンの嘲笑が響き渡った。

 戦乱の絵図が一瞬で広がり、それを認識するのに俺は時間が掛かった。

 

「《ヤッタレマン》……! 《パーリ騎士》……! 《ヘルコプ太》……! 《カメライフ》……!」

 

 3体の悲鳴が上がる。

 死にたくても、死ねないのか、剣の山で刺し貫かれ、呻き声が上がっているが、それも直に止み、消滅した。

 地獄絵図。俺の掌には、ずっと冷たい汗が握られたままだった。

 

「だけど、せめて《メラビート・ザ・ジョニー》でお前のシールドだけでも――」

「――これだけでは終わらないよ。人間」

 

 割られたシールドはもう1枚。

 だけど、そこからも破滅の光が俺の場に降り注いだ。

 

「S・トリガー、《支配のオラクルジュエル》! 効果でアンタップしている《メラビート・ザ・ジョニー》を破壊しますよ!」

 

 その光が、ジョニーの身体を貫いていく。

 

「ジョニー!!」

 

 叫びは届かない。

 しかし、俺の耳に断末魔の声は確かに届いていた。

 成す術無く。抵抗する間もなく。

 俺の場のクリーチャーは次々に倒されていったのだ。

 ジョニーの鋼の身体は打ち砕かれ、残るのは地面に突き刺さった炎のボードのみだった。

 

「っ……クソォッ……!!」

「ヒャハハハハハハハ! 脆い、脆すぎますよ!!」

「……ん、だとォ……!」

「こうやって、剣山地獄で殺してやった人間もいましたねえ、そう言えば。人間と言い、クリーチャーと言い、殺す時はどうしてこうも甘美に啼いてくれるのでしょうか?」

「……攻撃の終わりに、《カーン》の効果で手札を全て捨てて、3枚ドロー。さらに、J・O・Eで《カーン》を山札の下に戻して1枚ドローだ」

 

 あいつら……!

 この戦いが、ワイルドカードとの戦いが始まる前は、ゲームの中の1カードとしか認識していなかった。

 だけど、今は違う。一緒に戦う仲間だ。

 目の前でどんなに悲惨な死に方をしたとして、また召喚すれば会えると思っていても――それは、何度も命を散らす様を目の当たりにすることになる。

 あいつらも痛みを感じるんだ。確かに、命を感じるんだ。

 

「こうして、仲間を何度も死地に送る事さえ厭わない。貴方も私に負けずと劣らない非道だ、ハハハハハハハ!!」

 

 

 

「白銀耀ッ!! 屈するな!! 戦場に立つ以上、凄惨な死は避けては通れない! お前が自分のクリーチャーを信じて進まなければ、辛い思いは全て無駄になってしまうぞ!!」

 

 

 

 火廣金の声が聞こえてくる。

 俺は我に返った。

 凄惨な光景を前に吐き気は、込み上げていた。正気を保てたのは、火廣金のおかげかもしれなかった。

 

「……ああ、分かってる!!」

 

 俺は止まるつもりはない。止まりそうになっても、最後まで強がってでも這って食らいつく!!

 例え、そうだったとしても――俺が今、足を止めたら、あいつらの無念が救われねえ!

 

「アルカクラウン……テメェが何と言おうが、俺は前に進むだけだ!!」

「フン。面白くない。既に身体はボロボロ、精神もボロボロのはずなのに……いえ、良いですねえ。ボロ雑巾の人形というのも趣がある」

 

 ……状況はアルカクラウンの趣味よりは悪くない。

 《カーン》のおかげで俺の手札はまだ4枚あるし、相手も手札は今の攻撃では増えてないし、《シビル・ウォード》以外は全滅だ。

 こっちが若干不利だけど、まだ巻き返せる範疇だ。

 

「私のターン。5マナで《トップ・オブ・ロマネスク》召喚! その効果で、山札の上から2枚をマナに置きます。さらに、3マナで《フェアリー・ミラクル》! もう2枚を追加しますよ。既に、演目は終演(フィナーレ)へと向かっている!」

「ああ……お前の敗北というシナリオでな!!」

 

 削り取る。

 着々と削っていけば、まだ勝機はあるはずだ!

 ブロッカーの《トップ・オブ・ロマネスク》はいるけど、強引にこじ開ける!

 

「2マナで《ヤッタレマン》召喚! コストを1軽減して、《パーリ騎士》も召喚!」

「おやおや。また、そんな雑魚を並び立てて……すぐに死んでしまいますよ」

「……そんな戯言、お前が言えた口かよ」

『マスター!!』

 

 チョートッQの声。

 そして、まだ立てるという俺の声に呼応したのか、皇帝(エンペラー)に再び炎が灯った。

 拳を握りしめる。7、6、5、とガコン、ガコン、と下がっていくカードのコストの数字。

 さあ、追撃だ!!

 

「……魂を燃やせ!! 点火(イグニッション)J・O・E(ジョーカーズ・オーバー・エクスプロード)!!」

 

 敷かれていく炎のレール。

 駆け抜けていく灼炎の超特急。

 全てを破壊し、未来を撃ち抜く!!

 

「これが俺の滾る弾丸(バーニング・バレット)! 燃え上がれ、[[rb:皇帝 >エンペラー]]のアルカナ! 《ドッカン! ゴートッQ》!」

 

 これで、ブロッカーを貫通して、相手のシールドを打ち破る事が出来る!

 残り3枚のうちの2枚も貰っていくぜ!!

 

「《ゴートッQ》で攻撃――するとき、相手のブロッカーを破壊する!! 《ロマネスク》を破壊だ! W・ブレイク!!」

「……S・トリガー、《獅子王の遺跡》! その効果で、山札の上から3枚をマナゾーンへ!」

「ターンエンドだ。その時に、J・O・Eの効果で《ゴートッQ》を山札の下に戻す!」

 

 よし……!

 後少しだ! あいつのシールドは残り1枚。

 このまま、手札のクリーチャーで追撃していけば、まだ勝ち目はある!

 

「……フフッ。所詮は何も分からない、仔羊か」

「?」

 

 アルカクラウンの声色が、一段と落ちた。

 

「そうだ、火廣金緋色。貴方の処断もしなければなりませんでしたね?」

「っ……!!」

 

 アルカクラウンが指を鳴らす。

 すると、魔法陣が現れて、鎧亜の異形が次々に産声を上げた。

 魔力が尽きかけている火廣金は、もう戦う力が残っていない。

 

「やめろっ!! 卑怯だぞ!!」

「ハッ、何を言いますか。そちらが投降するのならば、あのクリーチャー共を引っ込めてやっても良いですが――」

 

 アルカクラウンの手元に青い炎が集まっていった。

 あれはさっきの―― 

 

「此処に、私が今まで命を奪った人々の魂があります。その中には――1つだけ、生霊もあるのですよ」

「っ……!! 生霊、って……!!」

『まだ、身体が生きているのに抜けた魂の事であります! どうも……ハッタリではなく、本当のようでありますよ』

「思い当たる節が……一個だけある」

 

 俺は頷いた。

 ノゾム兄の――友達のものだ。

 あれはハッタリじゃないのだとすれば。俺は――

 

「貴方が敗けたら、これを全て消滅させます。既に良いマナの補給路になってもらいました。無くても構いません。用済みです。貴方、まだ助かる見込みのある人間を見捨てられないでしょう?」

「テメェ――どこまで卑怯なんだッ!!」

「戦いに卑怯も糞もありませんよ!! ハッハハハハハハハハハハ!!」

 

 ダメだ。

 このまだと火廣金もやられる!

 だけど、ノゾム兄の友達の魂も捨てるわけにはいかない……!

 もし、ノゾム兄が目覚めた時に、どんな顔して会えば良いんだよ!?

 だからと言って――俺に退路は無い!!

 黙って、見殺しにしろって言うのか!? 火廣金を!?

 

「俺に構わず戦え!! 白銀耀!!」

「だけど――!!」

「嘗めるな!! 俺は魔導司だ!! お前が思ってる程、ヤワじゃない!!」

 

 駄目だ火廣金――!?

 お前、今度こそ殺されるぞ!!

 人の事は言えねえ、だけど強がってんじゃねえよ!!

 

「ハハハハハハハハハ!! あなた達の物語は――此処で終わりだァーッ!!」

 

 

 

「此処で終わり――安直で陳腐な台詞ですね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 次の瞬間。

 俺の横を、異形の影が掠めて飛んで行った。

 何が起こったのか、アルカクラウンも俺も分からなかった。

 が――

 

「此処で終わり。それは、そっちの方ですよ」

『クリーチャーの匂いがプンプンするぜぇ……やっぱりあのアルカクラウン。ファウストってやつに憑りついてやがったか』

 

 そこに立っていたのは、紫月とシャークウガだった。

 トリス・メギスを――倒したのか!?

 

「――紫月!!」

「扉に掛かった魔術を解くのに時間が掛かりましたが……この群れは、私に任せてください」

 

 俺の呼びかけに、彼女は頷いた。

 頼もしい。これなら、火廣金を助けることが出来る!

 

「邪魔ですねぇ……退場です」

 

 しかし、異形の影は次々に召喚されていく。

 

「それはどうデスかね?」

「やっと、追いついたッ!」

 

 得意気な声と共に、押し入るようにして2人の少女が雪崩れてくる。

 

「花梨!? ブランまで!?」

「何かすっごいピンチみたいじゃん……! 此処は、あたし達が抑えるから!」

「だけど大丈夫か!? お前らさっきまであんな数相手に戦ってたじゃねえか!?」

「ファルクスから、魔力を分けてもらったから――まだ戦えマス!」

『さあ、反撃開始じゃ!』

「カァァァーッ!!」

 

 甲高く鳴いたファルクス。

 あの悪戯好きなあいつが、協力してくれたのか――!?

 

『つーわけで、ちぃと離れて貰うぜ!!』

『老いぼれには辛いわい、ハァーッ……オオオオオオオオオオオッ!!』

 

 実体化したシャークウガの螺旋に渦巻く水魔法。

 そして、ワンダータートルの時空を揺るがす咆哮がクリーチャーたちを吹き飛ばしていく。

 その隙に花梨は火廣金に駆け寄り、肩を彼に貸すのが見えた。

 

「すまん。また、君に助けられるとは」

「お礼はシャークウガとワンダータートルに言ってよ。立てる?」

「……婦女子にこれ以上迷惑は掛けられん」

「脚ガクガクだよ。ほら、肩」

「……すまん」

 

 火廣金を花梨が安全な所まで連れていく。

 もう、これで大丈夫だ。

 

「くっ……おのれェ!!」

 

 言ったアルカクラウンの背後から再びあの触手が現れる。

 まずい。あれで直接攻撃するつもりなのか!?

 

「お前ら逃げろ!! 捕まるぞ!!」

「えっ……!?」

 

 駄目だ。間に合わない。

 再び、あの異形の化身が姿を現す。

 このままじゃ、全員道連れに……!?

 

 

 

「――間に合ったか」



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第76話:WILDCARDS(6)

飛び出した触手が、皆に届く事は無かった。

 1本は一瞬で細切れになってしまい、1本は巨大な腕で握り潰され、1本は何かが巻きついて紫電が流し込まれ、消滅する。

 アルカクラウンは振り返るが、その表情は驚愕に満ちていただろう。

 その姿を認めた俺も、目を見開いていた。

 

「桑原先輩……黒鳥さん……それに……ティンダロスまで!?」

「周りに色々沸いてるじゃねえか。テメェが集中できるように、しっかりと掃除してやったからな」

『ああ。ボクらはヒーローだからね! 助けにきてやったというわけだよ!』

「此処は任せろ。状況は把握しかねるが……周りのクリーチャーは邪魔だろう」

『如何にも。さあ、殺しましょうか!!』

「ちょ、ちょ、ティンダロスは……!?」

「白銀耀。この場は、全員目的は同じダ。ファウスト様を、助け出すという事でナ」

 

 そう言うと、桑原先輩と黒鳥さんはエリアフォースカードを掲げる。

 そして、ティンダロスも空間を開いていく。

 これで――戦力は拮抗した!

 

「先輩は、1人ではありません。私達が、最後まで支えます!」

 

 

 

「――良いでしょう!! ギャラリーも増えた事です!!」

 

 

 

 次の瞬間、空間の空気が塗り潰された。

 アルカクラウンは、苛立ちを隠せない声色で叫んだ。

 

「舞台は最高の[[rb:山場 >カタストロフィ]]を迎える。6マナをタップ。《大革命のD ワイルド・サファリチャンネル》を展開!!」

「っ……!」

 

 あれは確か、多色カードのコストを2にするD2フィールド!?

 しかも、D・スイッチで次のターンにクリーチャーをマナから召喚できるようにする効果を持ってたはず――!?

 

「では、残る3マナで《カーネル》を召喚し、《ヤッタレマン》をロック。そして――」

 

 アルカクラウンが手を広げた。

 そこから魔法陣が浮かび上がる。

 何だろう、この嫌な空気は――

 

 

 

「《超絶神(ちょうぜつしん)ゼン》――召喚!!」

 

 

 

 光が迸る。

 現れたのは、強大な光の神。

 純白の鎧に身を包んだ聖なる神であった。

 

「っ……何デスか!? God!?」

「なんか、すっごい強そうだよ!?」

「ゴッド……2体で1つのクリーチャーとなる、ゴッド・リンクを持つクリーチャーだ」

「それも、厄介なものが現れましたね……」

 

 空間でクリーチャーを相手にしている皆からも見えているのか。

 そんな声が聞こえてくる。

 それほどに、巨大な存在だった。最早、室内の空間は歪められ、まるで宇宙のように吸い込まれそうな無限の天井が広がっていた。

 

「ゴッド。我らがロスト・クルセイダーの仕える真なる支配階級。しかし、その姿が忘れ去られてからは、ロスト・クルセイダーは誰に支配されていたかも忘れてしまい、遂には自らを王と名乗る者まで現れる始末。嘆かわしい!!」

 

 彼は大袈裟に手を振るうといった。

 背後に現れた巨神を見せつけるように。

 

「私は――再び神が支配する世界を作り上げてみせるぞ!! それが、それこそが、神が私に与えた使命なのだ――アッハハハハハハハハハ!!」

「そのためには……何を犠牲にしてもかまわないってか」

「構わない! この私でさえも! だから、他の何を傀儡にしたとして、贄に捧げたとして、痛む良心等とうの昔に捨てたわ!! ターンエンド!!」

 

 巨大な壁――!!

 攻撃できるクリーチャーが今の時点でも1体しかいない以上、ここで殴り勝つ事は出来ない。

 

「俺のターン……! 《ヤッタレマン》のコスト軽減から4マナで、《キャタピラ親方》を召喚!!」

『これで、アルカクラウンの能力で場に出たクリーチャーは墓地に置かれるでありますよ!』

「ターンエンド……!」

 

 これで、一応牽制は出来るはず。

 だけど未だに手札に逆転札は来ない。更に――

 

「そんなものを出しても無駄ですよ!!」

 

 奴のターンが返ってくる。

 劇場がひっくり返る時。

 場面は一気に終焉へと加速する。

 

 

 

「さあ、もうお終いですよ――《大革命のD ワイルド・サファリ・チャンネル》の(デンジャラ)スイッチ発動! 効果で、マナからクリーチャーを召喚出来ます!!」

 

 

 

 世界が反転した。

 そこは、荒れ果てたサバンナ。

 更に、浮かび上がる大量の魔法陣。

 遂に、道化の五色の曲芸が始まろうとしていた。

 

「お見せしよう! 物語を終わらせる神(デウス・エクス・マキナ)の姿を!」

 

 虚構の白。

 破滅の黒。

 傲慢の緑。

 全てが合わさり、遂に最終演目が始まろうとしていた。

 

 

 

 

「悪徳に堕ちろ、世界よ――これで終演(フィナーレ)だ、《天罪堕将(てんざいだしょう)アルカクラウン》!!」

 

 

 

 大地が吼えた。

 光が降り注ぎ、破滅の刻を刻んでいく。

 黄金の鎧に、漆黒の仮面を覆った顔無き道化、《アルカクラウン》が姿を露わにした。

 最後のショーを、披露するために。

 

「五色の曲芸をお見せしよう――少々刺激的ですが、すぐに楽になりますよ」

 

 踊る5つの魂。

 そこから、1つずつ、舞台へ現れた。

 

「《無頼聖者 スカイソード》、《飛散する斧 プロメテウス》、《闇鎧亜キング・アルカディアス》、そして――《究極神(きゅうきょくしん)アク》をバトルゾーンへ!」

 

 降り立った3体のクリーチャー。

 しかし、それは全て《キャタピラ親方》に引き潰されるしかない。

 

「コストを支払わずに場に出したクリーチャーは、《親方》の効果で破壊される!」

「だが、能力は発動する! 《スカイソード》の効果でマナとシールドを1枚ずつ増やし、《プロメテウス》の効果でマナを2枚タップして置き、カードを1枚手札に加える。……チッ、一応《プロメテウス》から進化させますが、《キング》は無駄死にか。相変わらずの役立たずめ」

 

 こいつ……!

 自分のカードに向かって……!

 

「まあ、良い。まだ終わってはいませんよ。当たりは引けたのですから」

 

 だが、それだけではまだ終わっていない。

 神さえも、彼の操り人形に過ぎないのだから。

 破壊されていくクリーチャーだったが、1つだけ。破壊出来なかった。

 

「最後に《アク》の効果――ゴッドが破壊される時、代わりに手札へ」

「なあっ……!?」

「さあ。終わりにしましょう。4マナをタップ」

 

 舞い降りる。

 再び、漆黒の神が。

 俺は、圧倒的すぎるそれを前に立ち尽くしていた。

 

 

 

「《究極神(きゅうきょくしん)アク》召喚!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 揃ってしまった。

 白と黒。

 善と悪。

 超絶と究極。

 相反する存在でありながら、対となる二つの柱。

 そう、デュエル・マスターズに於ける神という存在は、2つが揃い、初めて完全な存在となる。

 

「神と神。相対す不完全は、1つの柱となって完全となる――(ゴッド)・リンク」

 

 紫電が迸り、2つの柱が1つの柱となっていく。

 《ゼン》と《アク》は今、1つの存在となったのだ。

 

「崇めよ!! 讃えよ!! これが、王政を否定し、神世へと現世を作り替える、創造と破壊の神の姿だ!!」

 

 大きい。

 あまりにも大きすぎる。

 こいつが――神。

 

「さあ、更に3マナで《トップ・オブ・ロマネスク》を召喚! これで守りは盤石……ターンエンド!!」

 

 リンクしたゴッドは、召喚酔いしない。

 だけど攻撃してこなかったってことは――まだ、何か俺を追い詰める手立てが残ってるってことか?

 なら、お望み通り――こっちも、徹底抗戦だ!

 皆が後ろで、前で、戦ってくれてるんだ!! 俺が負けるわけにはいかないんだ!!

 

「俺のターン!! 4マナで、《バーバーパパ》をJ・O・E2を使って召喚!! そのまま攻撃するとき、《ロマネスク》を破壊だ!!」

「無駄な事。《ゼンアク》でブロック」

 

 巨大な神の手が迫り、《バーバーパパ》を粉砕する。

 だけど――勝つには、攻撃するしかない!!

 

「《パーリ騎士》で攻撃!!」

「その攻撃は通しましょう」

「なっ……!?」

 

 最後のシールドが割れる。

 しかし。それは燃え上がると、そのまま墓地へ置かれてしまう。

 これってまさか――

 

多色(レインボー)マナ武装5により、マナゾーンにカードが5枚以上あり、尚且つ5色が揃っている時、《界王類邪龍目 ザ=デッドブラッキオ》はスーパー・ストライクバックを得る!! シールドを墓地に捨てて召喚!!」

「《デッドブラッキオ》……!!」

 

 大地を蝕む5色の龍。

 現れると、すぐさまに《キャタピラ親方》に食らいついて破壊する。

 が、自身も《キャタピラ親方》の効果で破壊された。

 

「さあ。これでもまだ攻撃しますか?」

「……ターンエンドだ」

 

 どうする?

 どうすれば攻め勝てる?

 此処までの削りが、次のターン――が来ればの話だが――での決着にどう響くか。

 

「仲間達が戦っている……まあ、良い事です。しかし。それも徒労で終わることでしょう」

「……何だと」

「すべて無駄ですよ。このターンで、全て終わりですから!! まずは、4マナで《轟改速 ワイルド・マックス》を召喚! 私のクリーチャーは全て、スピードアタッカーを得ますよ! さらに、5マナで2体目の《アルカクラウン》もバトルゾーンへ!!」

「やばっ……!!」

「一度見せた技をもう1度見せるのは興醒めですが……最早こんな事をしている場合ではない。貴方を早く倒し、この世に神を降臨させる準備をせねばならないのです」

 

 現れたのは、《怒流牙 サイゾウミスト》、《赤攻銀 アサラーム》、《星龍パーフェクト・アース》だった。

 確か、あいつらは――

 

「《サイゾウミスト》の効果発動! 墓地と山札を混ぜてシャッフルし、シールドを1枚追加します。そして、《アサラーム》の効果で私のシールドの数だけ山札からシールドを追加。これで、シールドは合計4枚!!」

「っ……!!」

「残念でしたねえ!! 貴方のシールド削りは、無駄になってしまいました!! アハハハハハハハ! そして、これでお終いです!!」

 

 浮かび上がる幻惑の青、そして傲慢の緑。

 それが――創造の神の礎となった。

 

 

 

「破壊の後に創造あり――《創造神(そうぞうしん)サガ》!!」

 

 

 

 《ゼン》、そして《アク》の中央に聳え立つ第三の神。

 それが巨大な手を振るうと共に神の伝説が紡がれる。

 何だよあいつ。

 こんなにデカいの――呑まれちまいそうだ。

 

「《サガ》がバトルゾーンを離れる時、バトルゾーンに自分のゴッドがあれば、このクリーチャーはバトルゾーンを離れるかわりにとどまる。更に……登場時に、バトルゾーンにある自分の、名前に《ゼン》と《アク》とあるゴッド1体のリンクを外してもよい」

「外すのか……!? わざわざゴッドのリンクを!?」

「ええ。そうした場合、自分の山札を見て、その中から《バイオレンス・ヘヴン》または《ゴッド・ブリンガー》または《ゴッド・サーガ》のいずれか1枚を選び、その呪文をコストを支払わずに唱えます!! 私が唱えるのは、13マナのこの呪文、《ゴッド・サーガ》!!」

 

 じゅ、13マナ……!?

 次の瞬間、2柱の神が再び姿を現す。

 待てよ。まだ神が増えるってのか!?

 

「マナゾーンからゴッドを2体まで場に出す。出すのは、《超絶神ゼン》と《究極神アク》!!」

「2体目……!?」

「そして、今リンクを外した2柱とそれぞれゴッド・リンクさせますよ!! 究極の超絶神、《ゼンアク》が2柱――今、まさに降臨したのです!!」

 

 俺はその時、もう放心状態だった。

 神々しい程に眩しい2柱の神。

 それが2体。

 最早、それは止める事が出来ない程だった。

 夥しい程の十字軍の軍勢が、俺の前に広がっている。

 全員、俺を攻撃出来る。

 

「……言葉も出ねえな。これが神の力かよ」

『マスター!!』

「……我ながら、やべーモンを相手にしちまったみたいだ。チョートッQ……俺がこんな状況で勝てると思うか?」

『そ、そんな、この状況は……マ、マスターは……絶対に我がお守りするでありますよ!!』

「……そうか。わりーな、チョートッQ。確かに絶望的だ。俺のクリーチャーは満身創痍。シールドは5枚揃っているけど、相手の打点はほぼオーバーキル同然。おまけに、全員スピードアタッカーだ。だからかなあ」

 

 駄目だ。

 止まらない。

 頭の中でリピートする度に。

 体中のゾクゾクが、俺を震わせる。

 全身の血管に、血がどくどくと送り込まれていく。

 だって、今俺は――

 

 

 

 

「――俺は、全然ッ負ける気がしねえんだ……!!」



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第77話:WILDCARDS(7)

 

 強がりだった。

 虚勢にも見えただろう。

 実際そうだ。

 だけど。此処で弱気になれない理由がある。

 どんなに絶望的だったとしても。引き下がれない理由がある。

 この状況をひっくり返せる可能性は一握りだ、と。

 それが、余計に胸を焦がす。

 

『マスター……何で……そこまで……!』

 

 そんな泣きそうな声するんじゃねえよ。

 絶望的な、こんな盤面に陥るのは覚悟の上だった。

 だから――絶対にひっくり返してやる。此処で!! 絶対に!!

 

「……成程。余程死に急ぎたいのですねぇ!!」

 

 神の鉄槌が振り下ろされる。

 最初の一撃。

 

「《ゼンアク》は攻撃時に相手のクリーチャー、《ヤッタレマン》を破壊! さらに、リンクしている時、Q・ブレイカーだ!! シールドを、Q・ブレイク!!」

 

 その時、俺は何があったのか覚えていない。

 一瞬で意識が頭から離れかけた。

 花梨が。紫月が。ブランが。桑原先輩が。黒鳥さんが。火廣金が――俺の方を振り向いた所で、我に返った。

 

「皆、大丈夫……だっ……!!」

 

 何かが流れ落ちるのも気にせず、俺は立ち上がる。

 手にべっとりついたものを、顔でぬぐい取り、落ちたカードを拾う。

 離れられるわけがなかった。今まで出会ってきた人達の事を思い出せば――

 

『マスター!! もう危ないでありますよ!! マスターの身体は、さっきの攻撃と今のデュエルの間に急速に消耗しているであります!!』

「チョートッQ。お前と初めて会った時も……俺、もうちょいで死ぬ所だったっけ」

『マスター……』

「花梨を助けて、ブランが首突っ込んできて、紫月を巻き込んで、桑原先輩が加わって、火廣金にぶちのめされて、黒鳥さんに助けられて……俺、本当に色んな人に出会ってきたんだな、エリアフォースカードを通じて」

 

 だから、敗けられねえんだ。

 俺の命は、魂は、皆に繋げられたようなものだから。

 

「ノゾム兄の強さを目の当たりにして――デカすぎる敵に絶望もしたけど、俺……それでもやってこれたのはお前らのおかげなんだ。俺は鉄人じゃねえ。スーパーマンじゃねえ。皆から色々貰って此処まで来たんだ」

 

 目の前を見据える。

 そうだ。まだ、光はあるじゃねえか。

 

 

 

「だから俺も、その分――最後まで、燃え尽きるまで、戦うんだ!!」

 

 

 

 この手で、左胸を掴む。

 何だ。まだ、どくどくと鳴ってるじゃねえか。

 こんなにも、熱い血潮を、俺の身体に滾らせてるじゃねえか!!

 掴める。まだ、撃ち抜ける!!

 未来を――!!

 

「S・トリガー、《バイナラドア》!! 効果で、《ワイルド・マックス》を山札の下に!! そして、1枚ドローだ!」

 

 ……!

 今引いたこのカード。

 これなら――!

 

「ですが……まだ神の攻撃は残っていますよ!! もう1つの《ゼンアク》でシールドをブレイク!! その時、《パーリ騎士》を破壊します!」

 

 このシールド次第だ。

 これで、全てが決まる。

 最後に割られたシールド。

 それが降り注ごうとした時。

 脳裏に――皆の顔が浮かんだ。

 

「――白銀先輩!!」

「――耀!!」

「――アカル!!」

「――白銀ェェェ!!」

「――白銀耀ッ!!」

「――白銀!!」

 

 声が、聞こえてくる。

 皆が、俺の名前を呼んでる――!?

 いや、違う。

 デッキケースの皇帝(エンペラー)が熱い。

 お前が――みんなの声を、届けてくれたのか……?

 

「……ああ。皆!! 頼むぜ!!」

 

 シールドを見た時。

 

「……来た」

 

 俺は、迷いなく――最後の逆転札を突き付けた。

 

「S・トリガー、《爆殺! 覇悪怒楽苦(ハードラック)》!! その効果で、相手のクリーチャーをコスト8以下になるように選んで破壊だ!! 《シビル・ウォード》を破壊!!」

 

 これは――花梨がくれた逆転札!!

 今度は俺が、一寸でもいい、僅かな光明を風穴に変える!!

 

「チィッ……!! ですが、まだこの私が残っていますよ――!!」

「それはどうかな!!」

 

 現れた巨大な粉砕機。

 それが狙うのは――

 

「スーパーボーナスで、俺は山札の上から5枚を見て、その中から火のクリーチャーを1体選んで場に出せる!! そして、お前のクリーチャー1体とバトルさせる! 俺が場に出すのは――《ドクターDr.(ディーアール)》!!」

「っ……!! 何かと思えば、パワー3000の脆弱なクリーチャー!! その程度で、何が出来ると言うのですか!」

「バトルは強制。《アルカクラウン》と強制バトルで破壊される。だけど――場に出た時の効果も、勿論使えるんだ。《Dr.》の効果で、相手のコストが奇数のクリーチャーは、もう攻撃できない!!」

 

 そうだ。あいつの場には、もう攻撃出来るのは《アルカクラウン》しかいない。

 よって――これで、このターンは終わりだ!!

 

「っ……馬鹿な。そんなことが――!! ですが、こちらのシールドは残り4枚。貴方は虫の息!! 更に――ターンの終わりに、《ゼンアク》はアンタップしますよ!!」

 

 2つの神の壁。

 不完全と不完全で完全になったそれらが、俺達の最期の壁となって攻撃を阻む。

 だけど――貫いて見せる。

 今引いた、このチャンスをモノにしてやる!

 

「これで終わりじゃねえよ。お前はこのターン、クリーチャーを3体召喚した」

「? それが一体――」

 

 戦場に駆ける一筋の弾丸。

 そこから、地面を駆ける黒銀の銃馬が姿を現した。

 

「《バレット・ザ・シルバー》の効果発動! 相手のターンの終わりに、場に出てくるんだ!!」

 

 こいつの効果で、さらにジョーカーズが呼び出せる。

 援軍だ!! あの壁を貫くために!!

 

「そして、登場時に俺の山札の上から1枚を見て、それがジョーカーズなら――場に出す!! 《ゴールデン・ザ・ジョニー》、《シルバー》に飛び乗れ!!」

 

 西の風が吹いた時。

 孤高のガンマンが、相棒の馬に飛び乗った。

 

「おのれ……だが、だが!! 私の場にはシールドを全てS・トリガー化する《パーフェクト・アース》が居る!! しかも、《ゼンアク》はブロッカーだ!! 突破は不可能だ!!」

「いや、可能に変えてやる!!」

 

 切札は。

 いつも俺の手の中にある。

 ひっくり返す。俺の切札達(ジョーカーズ)で!!

 カードを引いた。これが、ラストターンだ!!

 

「っ……」

 

 カードを見る。

 これだ。この時を待っていた。

 ”戻ってきてくれた”か――!

 

「三度目は無い!! 二度目の正直だ!! 《メラビート・ザ・ジョニー》を召喚!!」

「っ……おのれ、引いていたのか!!」

「ああ。此処で、このターンで、こいつを引く事が出来た!! 召喚した時。マスター・W・メラビートを使う!! J・O・Eを持つクリーチャーを2体まで、バトルゾーンへ!」

 

 轟!! と炎が吹きあがる。

 

「頼むぞ!! 《ドッカン! ゴートッQ》!」

『……マスター。我は、最高のマスターに出会えて、幸せ者でありますよ!! 必ず、勝利を……その手札にある切札で撃ち抜くであります!!』

 

 飛び出した俺の突撃玉。

 そして、俺はもう1つの弾丸を装填する。

 燃え上がる、炎の弾丸を!!

 

 

 

「これが俺の超Z切り札(チョーゼツワイルドカード)!! 《超Z級(ちょうぜつきゅう) ゲキシンオー》!!」

 

 

 

 飛び出したのは、巨大な装甲に身を包んだ重機のクリーチャー。

 巨大なショベルカーのような装備にミサイルを搭載した、まさに超絶級の兵器だった。

 

「さあ行くぜ。まず、場にジョーカーズが5体以上いるので、相手のクリーチャーを全て破壊する!!」

「くっ……《ゼンアク》2柱のリンクを解除! ブロッカーの《ゼン》を2体、場に残す! 《サガ》は場に留まる!」

「だけど、他のクリーチャーは全て破壊だ!!」

 

 ジョニーの放つ炎の弾丸。

 それが戦場を一瞬で焦土と化した。

 そして、その炎さえも突っ切って、鋼の重機が飛び上がり――地面へダイブした。

 

「そして《ゲキシンオー》の効果発動!! 登場時に、場のジョーカーズの数だけ、お前のシールドをブレイクだ!!」

 

 一瞬でアルカクラウンの残るシールドは吹き飛んだ。

 ヒステリックな絶叫が響き渡った。

 

「む、無茶苦茶だ……私の最高の演目が……台無し、だァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 S・トリガーが2つ、作動する。

 

「《炎乱と水幻の裁き》でパワー3000以下のお前のクリーチャーを全て破壊し、《カーネル》で《バレット・ザ・シルバー》を止める!! よくも、よくも私の完全なる神々の演劇を、よくもォォォォ!!」

「《ドクターDr.》と《バイナラドア》……! 《シルバー》が……! でも、これで終わりだ!!」

 

 俺はカードに手を掛ける。

 一気に決める!!

 

「神さえも撃ち抜いてみせる!! 《ゴールデン・ザ・ジョニー》で攻撃……するとき、マスター・ブラスター発動!! 相手のカードを1枚、山札の下に送る!」

 

 《ゴールデン・ザ・ジョニー》の掲げる巨大なブラスターが、《ゼン》の身体を打ち砕く。

 

「《カーネル》でブロック!!」

「そして――《ゴートッQ》で攻撃!! 《ブロッカー》の《ゼン》を破壊だ!! ダイレクトアタック!!」

「通すかァァァァ!! 不完全な人間がァ!! 完全な神々の降臨を邪魔するかァァァ!! ニンジャ・ストライク7、《怒流牙サイゾウミスト》を召喚し、墓地と山札をシャッフルしてシールドを1枚増やす!!」

 

 追加されるシールドが、ゴートッQの突撃を阻む。

 

「こ、これで……S・トリガーが来れば……トリガーが……来れば……!!」

 

 割れる最後のシールド。

 それを手に取った時。

 彼の手札から、それは零れ落ちた。

 《闇鎧亜キング・アルカディアス》。彼が嗤い、利用し続けた者が見せた最後の抵抗だったのか、それとも――

 

「このっ、この……役立たずの人形共がァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「誰かを踏み躙って達成する理想郷……んなモンはクソくらえだ!! 俺は……皆と一緒に、日常に帰る。いつもの、あの変わらない日々に――取り戻す。お前の手から!!」

 

 最後の一撃。

 何度も防がれた。 

 何度も弾かれた。

 でも、ボロボロになっても立ち上がってきたんだ!!

 皆と一緒に!!

 通れ。通れ!! 通れ!!

 

「《メラビート・ザ・ジョニー》で――ダイレクトアタック!!」

 

 放たれた炎の弾丸が。

 道化の化身を焼き払う。

 

 

 

「通れェェェェェェェェェェェェェェェェッ!!」

 

 

 

 最早、それを阻むものは誰もいない。

 皆の思いを乗せ、弾丸は真っ直線に進んでいく。

 偽りの理想郷も、神々の世界も、全て打ち砕くために――

 

 

 

「消えていく――私の美しい、神々の劇場が――消えていく……」



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第78話:日常への帰還

※※※

 

 

 

 空間が崩落した時。

 俺は、倒れていた。それでみんな、俺が負けたのかと思ったらしいのだが、クリーチャーが次々に消滅し、俺が勝った事に気付いたという。

 俺は辛うじて、起き上がる力は持っており、放心状態のまま、倒れ伏せたファウストを見つめていた。

 

「……終わった……のか」

 

 

 

 

「ま……だ……だあああああ」

 

 

 

 

 声が聞こえてくる。

 ファウストの背中から吹きあがる声。 

 怨念のように。妄執のように。

 呪詛が聞こえてきた。

 皆も、既に満身創痍。だけど、声の主――アルカクラウンも既に息が絶え絶えであり、すぐに止めようとするものは誰もいなかった。

 

「私は造るぞ……完全な神の世界を、エリアフォースカードを集めて、集めて、集めて――ごぶっ」

 

 

 

「黙れ」

 

 

 

 遠くから聞こえた声に、皆注目した。

 そこにあったのは――トリス・メギスと、背後に浮かんだアルファリオンの姿だった。

 光の矢で刺し貫かれた道化の化身は、呻き声を上げていたが今度こそ消滅した。

 

「……トリス・メギス……」

「あたしは……本当に、大馬鹿野郎だな」

 

 彼女の声は、至って穏やかだった。

 

「……そうか。何から何まで全部……踊らされてたのかよ……こいつの手の上で。でも、あたしが……お前を疑えるわけ、ないじゃないか。ファウスト……」

 

 仇敵を倒したというのに、トリス・メギスの声は虚脱したものだった。

 一番近くにいたのに。気付くことが出来なかった。

 良いように利用されてしまった。

 トリス・メギスの無念は、推し量ることの出来ないものだった。

 

「……トリス」

 

 声が聞こえた。

 トリス・メギスの視線の先には――ティンダロス。

 そして、花梨に支えられて辛うじて立っている火廣金の姿があった。

 

「ロス……ヒイロ……はっ、あたしにはもう、お前らの名前を呼ぶ資格はねえか。あたしが、悪いんだ。間違ってる。おかしいって気付いてたかもしれない。でも、認められない自分が居たんだ」

「……俺も、同じダ。お前と同じ立場なら、俺もそうしていタ」

「やり直せるさ。間違っていた、って気付けたのなら」

「……馬鹿言えよ。やり直せるわけねえだろ!? お前、同じ組織の奴に自分の、仲間の心をぐちゃぐちゃにされたんだぞ!? 怒れよ。憎めよ!! あたしを!! 今度は……あたしをぐちゃぐちゃにしてくれよぉ……あたしは、どうすれば良かったんだよ!!」

 

 

 

「信じるという事は、難しい事だよ」

 

 

 

 進み出たのは黒鳥さんだった。

 

「てめぇ……不和侯爵(アンドラス)――」

「誰かを信じる。それは時に、とても危険な事だよ。大事な誰かなら――疑う事も、時には肝要だ」

「人間に何が……!」

「大事な人が間違った時に止められるのは近くにいる貴様しかいないのだ。誰かが正してやらねばならないのだ」

「っ……」

「大切な人だからこそ、疑い、道を正せ。道理無き信頼は――互いを滅ぼす元だ」

 

 彼女は顔を伏せた。

 信じること。それは、とても難しい事だ。

 何も考えずに希うだけでは、それは妄信と違わないと黒鳥さんは言う。

 

「あたしは――」

 

 

 

「ティンダロス……トリス……火廣金……」

 

 

 

 蚊の鳴くような声。

 ファウストの、ものだった。

 

「ファウスト!!」

 

 駆け寄るトリスを、ようやく戻ってきた彼女は手で制す。

 

「……白銀耀。或瀬ブラン。暗野紫月。桑原甲。黒鳥レン。刀堂花梨。私は……私が何をしていたのか。ちゃんと覚えているよ」

「……」

「お前達にやった事は、到底許されるものではない、か」

「うん。許される事じゃない」

 

 前に進み出たのは花梨だった。

 

「だけど……それは、貴方が本当に望んでた事じゃないんでしょ?」

「……大魔導司も名折れだな。奴に憑りつかれ――手段と目的が入れ替わっていた。何も、見えなくなっていた。全て私の責任だ」

「間違う事はあると思う。あたしだってそうだったから」

「……エリアフォースカードを集めていた理由。お前の父さんが、作ったんだよな?」

「……私の父は……偉大なる大魔導司だったよ。ある時、人間でも使うことが出来る魔法道具を作った。それがエリアフォースカードだった」

 

 彼女は、おもむろに語りだす。

 

「……その全ては私でさえも分からない。だが……ある時、事故が起こった。それが原因で父は行方不明に。エリアフォースカードは全て、散り散りになった。私は、血眼で探したが、結局見つからなかった」

 

 そして、ある時にエリアフォースカードが再び見つかったのが最近だという。

 

「あれを放っておいてはいけない……いずれ、悪用する者が現れる。だが、そんなことを言っておきながら、利用されたのは私の方だった」

「なら、また立ち上がれば良いだろ!! お前がやるべきことは――こんなところでうじうじ悩んでる事じゃねえだろ、大魔導司。間違ってたって気付けたなら、また進み直せばいい。謝れば良いじゃねえか!!」

 

 俺はファウストと向き合う。

 彼女の眼は――とても哀しいものだった。

 

「……そうだな。だが、私はもう……大魔導司などではないよ」

 

 彼女は自らの掌を開けて閉じると言った。

 

「全ての魔力を……私は失った。アルカクラウンに、体内の回路諸共、全て持っていかれた」

「……!!」

「もう二度と、私は魔法が使えない」

 

 そんな事って……あるのか?

 魔法が使えなくなる? それも、ずっと、ってことか?

 

『確かに……今のあいつから魔力は全く感じねえな。人間と同じだ。あんなにあったのが、嘘のようだ』

 

 シャークウガが重々しく言った。

 彼女は頭を抱える。

 

「私は、もう……何も出来ない。私は、どうやって償えば良い。どうやって、生きればいい。私は、もう、何も出来ない」

「そんな事、ないデス!!」

 

 叫ぶブラン。ファウストは、振り向いた。

 

「きっと……きっと、償えるはずデス。こんなにたくさんのメンバーを集めたのは……魔法の力だけじゃないはずデス! 幾ら魔法でも、人の心を完全には変えられない。魔法が無くたって何も出来ないはず、ないデスよ!」

「……!」

「償う事は、人間でも出来ます。それに、貴方は1人ではないのですから。もう、道を見失う事はないはずです」

「ああ。お前が救ってきたものを信じやがれってんだ! いつまでも悔やんだままなのは、美しくねえからな!」

「……行こう、ファウスト」

 

 トリスがファウストの手を引いた。

 ティンダロスが、彼女の背を押した。

 

「……ファウスト様。今度は一緒に、歩いていこウ。俺達は、貴方に救われたのだかラ」

「信じるってのは難しいな……本当に。なあ、あたしは……お前の隣で、どうすればいいのか。考えるよ」

「……ああ」

 

 彼女は、振り向くと言った。

 

「……アルカナ研究会は、正式に君達から手を引く事を約束する。君達を邪魔するつもりはない」

「ま、待てよ。ワイルドカードと、残りのエリアフォースカードについては、どうするんだ?」

「……私も、出来るだけ君達を支援するつもりだ。それが、私の償いの1つだ。君達の守るべきものに、私達が過干渉することはないが、それでも出来るだけ協力したい。というのも――ワイルドカード出現の理由は、エリアフォースカードだけではないようだからな」

「えっ……!?」

「まだ、謎が多すぎるということですか」

 

 紫月も首を傾げた。

 そうなると。今後は、アルカナ研究会の情報が頼りになる、ってことなのか?

 ……まあ、この組織の暴走はアルカクラウンが原因だったわけだし……一先ずは大丈夫そう、なのかな?

 

「……ファウスト様」

 

 息も絶え絶えに火廣金が花梨に肩を負ぶわれたまま歩いていく。

 

「……俺は――」

「お前の疑念が、アルカナ研究会を。彼らを救った。誇って良い」

「……しかし。俺は――」

「お前は――その者達と一緒に居ろ。その方が、良い。今は――休め」

 

 頭を垂れ、「はい」と小さな返事が聞こえてきた。

 

「いずれ、近いうちにまた出向く。私に出来ることは、何でもするつもりだ」

「……ファウスト」

「……ああ。白銀耀。本当に、すまなかったな。そして――ありがとう」

 

 彼女が言うと――青い炎が次々に窓から飛んで行った。

 そうだ。前に進んでいけばいい。

 間違ったとしても。つまずいたとしても。

 隣に誰かがいれば、また起こしてくれるはずだ。

 無理矢理でも軌道修正できるはずだ。

 だから、今は帰ろう。

 俺達の、日常へ――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 あれから――数日も経たないうちに、また慌ただしい日常が始まった。

 アルカナ研究会は、完全にこの辺りから手を引いてしまったらしい。あれから魔導司の姿は見ていない。

 取り合えず、俺は全身に擦り傷切り傷打撲、頭はまた包帯でぐるぐるという姿で登校する羽目になり、同級生の何人かから質問攻めを受ける羽目になったが、花梨のおかげで事無きを得たのだった。

 花梨曰く、あの後ファウスト、アルカナ研究会から改めて謝罪があったらしい。

 彼女は優しいから、その場では受け入れただろうが……まだ、割り切れない所はあるだろう。一応、賠償金云々は貰ったらしいけど……それで済む問題じゃないのは言うまでもない。だけど、これ以上彼らを追及するのも不毛だ、とのことだ。ただ、怒りの行き場があれば良いってものじゃない。前に進むには――赦す事も大事ということか。

 紫月も、翠月の件で怒ってはいたが、元凶はやはりアルカクラウンだったということもあって水に流したらしい。元はと言えばファウストの不始末ですが、とぶつくさ言ってはいたけど。

 ブランに至っては平常運転だ。と言っても、あれからより熱心にワイルドカードの事件について探るようになったけどな。ところでデュエマ部の活動はどうした?

 ……黒鳥さんは、相変わらずノゾム兄が入院してる病院に通院している。

 桑原先輩もやっと安心して姉さんの見舞いにいけるようだし、治療は順調らしい。一先ずは一件落着と言っても良いのだろうか。

 で、当の俺はと言うと――いまだに複雑だ。アルカクラウンは倒せたものの、未だにノゾム兄は目を覚ましていない。だけど、取り合えずは俺らの日常は再び始まったのだ。

 また――始めよう。いつもの日々を。

 

 

 

 

「というわけで入部届けを出したいのだが」

 

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 思わず来客。

 そして、その内容に俺達は絶句していた(紫月は気にも留めずシュークリームを頬張っていた)。

 

「あ、あの……火廣金? お前結局此処に留まるのな?」

「ファウスト様から、一応君達のサポート役を頼まれた。まあ、頼まれるまでもなく君達の元には留まるつもりだったが。俺自身も、まだまだこの事件について調べ足りない」

「そ、それは良いデスけど、何故デュエマ部に?」

「一先ず部員ゲットですね、もきゅもきゅ」

「……ダメ、だろうか?」

「いや、ダメじゃないよ? あ、紫月、口の中のモン全部飲み込んでから話せ」

「もきゅ」

「だけど、わざわざお前がデュエマ部に入りたい、だなんてな」

「当然だ」

 

 火廣金は腕を組むと続けた。

 

「君達には大分世話になった。迷惑もかけた。せめてもの礼、というわけだ。何が出来る事があるなら俺も協力したい。それに……」

「それに?」

「此処に居れば……君達人間のデュエマの事も、そして君達自身の事もより知れそうだからな。どうやって君達が此処まで強くなったか、見極めさせてもらう。特訓は何だ? 日々の活動は? 興味深い……!」

 

 おい、お前の中のデュエマ部はどうなってるんだ?

 絶対お前の期待しているものは此処にはないからな?

 

「凄い打算的というか何といいマスか……大した部活じゃないと言いマスか」

「そんな崇高な部活でもないのですがね。しかも同好会ですし現在」

「というわけで入部しても良いな?」

 

 まあ、何であれ。部員は欲しかったし大歓迎だ。

 

「……勿論だ! これからよろしく頼むぜ、火廣金!」

「そうだな。君はこれから、俺の上司――よろしく頼む。”部長”」

「じょ、上司?」

「ああ。上下関係はハッキリさせないとな。馬車馬のようにこき使っても構わんのだぞ? まずはこの部活の広報だ。ビラ撒き、広告、何でもやろう」

「ちょっと!? 此処別に仕事場じゃねえんだけど!? 後、部長って……別に今まで通り白銀で良いんだけど」

「俺のポリシーが許さん!」

「ええ……」

「何か……今までと別のベクトルで大変な人が来ましたネ……」

「真面目過ぎて融通が利かないタイプですか」

「お前らはもうちょい真面目にやれよな!?」

 

 ともあれ。

 こうして、嵐のようなアルカナ研究会との戦いは終わりを告げて、俺達は――また、新しい日常に足を踏み出そうとしていた。

 と、その時。スマートフォンの着信が鳴る。

 

「あれ? 花梨からだ」

「どうしたデス?」

「確か、今日は土曜だから師匠も一緒に病院に見舞いにいってるのでしたか」

「ああ。後で一緒に見舞いに行こうぜ、って……そうじゃなくてメール見ねえと――」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

「……やっと、目を醒ましたか」

「お兄!!」

 

 1時間前の事。

 包帯に身を包んだノゾムは、ようやく眠たげに黒鳥、そして花梨の顔を見つめていた。

 目を醒まし、家族の姿を認識したノゾムだったが、その眼に光は灯っていない。

 まだ朧気で昏かった。

 そこに姿を現したのが、黒鳥だった。

 

「……レン、先輩。何で」

「後輩の危機に、駆け付けない先輩がいるものか」

「お、れ……突き放した、のに……」

「でも、黒鳥さん、ずっと心配してたんだよ」

「花梨……お前……」

「彼女は貴様が思っているより、ずっと強かった。彼女は全てを知っている。それでなお、貴様のために戦おうと誓った」

「……そう……か……」

「……貴様にとっての朗報もある」

 

 黒鳥は、落ち着き払って言った。

 

「貴様はもう、復讐をしなくていい。黒幕は――討たれた」

「……!!」

「白銀耀が……やってくれた。貴様の役割、しっかり継いだよ」

「……んだよ、耀が……やった、のか」

 

 もう、復讐をしなくてもいい。

 ならば、この怒りは、悲しみは――どこにぶつければいい。

 空っぽのまま生きていて、どうすればいい。

 

「俺は……何して生きりゃいいんだよ」

「……」

「こんなに、こんなになって追い続けた相手だったのに……そうか……そうか……あいつ、やっぱすげぇよ」

 

 ぼろぼろ、と大粒の涙がこぼれる。

 

「……貴様は、よくやった。貴様が居なければ、あいつはあそこまで成長できなかった」

「……だけど……全部失ったまま、どうすりゃいいんだよ……何して生きていけばいいんだよ……俺の光は……あの日から、消えたままだ」

「光なら、お兄の周りに灯っているよ。もう、過去で自分を苦しめるのは、やめよう?」

「花梨……」

「それに、まだ消えてない」

 

 黒鳥は笑みを浮かべた。

 

 

 

「意識を取り戻した。あいつがな」

 

 

 

 しばらく、豆鉄砲を食ったような顔で彼は目を開けていた。

 

「……消えてなんか……なかった……」

「……ああ」

「俺が守ろうとしたものも……光も……仲間も……あいつも……消えてなかったんだ」

「……ああ」

「……守って……くれたんすね……皆……」

「そうだよ」

 

 花梨は彼の手を握った。

 英雄の、手を。

 

 

 

 

「……耀が……皆が、守ってくれたんだよ。取り戻して……くれたんだよ」



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第79話:受け継がれる思い

「邪魔するぜー、ノゾム兄」

 

 冬休みも間近に迫ったある日の事だった。

 病室の扉を開けると今日は起きていたのか、彼は体を起こしてテレビをぼーっと見ていた。

 

「……耀。いやあ、悪いなあ。毎日ここまで来るの大変だろ?」

「そんなことねぇって。ノゾム兄、寂しかったらいけないだろ」

 

 ファウストとのデュエルで重傷を負ったノゾム兄。しかし、意識も目覚め、俺は彼の元を頻繁に訪れる事が多くなっていた。

 といっても、すぐに疲れちまうのか寝ている事が多いけど、たまに起きてると前よりも自然に笑う。

 そして、やはり旧知の仲だからか黒鳥さんも病室を訪れていることが多い。

 

「生意気言いやがって。オレは子供じゃねえんだぞ?」

「そうは言うけども」

「まあいい。座ってけよ」

「あーい」

 

 今でこそ、大分自然体になった。

 だけど、意識が目覚めた当初は本当に大変だった。

 ノゾム兄は泣いてばっかりだった。

 意識が戻ったと聞いて、俺達が来るなりいきなりぼろぼろ涙を零した。

 そして、「悪かった、本当に、悪かった」と謝るばかり。

 誰もノゾム兄を責めるわけがないのに。

 それに、ノゾム兄が居たから俺は此処まで戦えた。それは事実だ。ノゾム兄が全部、今まで背負って守ってくれたおかげだ。

 「オレが守りたかったのは……お前らじゃないんだよ……大事な人が居て、大好きな人が居て……守れなくて、辛くて……もう何も失いたくなかった……お前らに、オレの守りたかったものを投影してただけだ」って、ノゾム兄は自分を偽善者と嗤う。

 だけど、そんな事は無い。

 オレ達にとって、三日月仮面もノゾム兄もヒーローなんだ。

 今までずっと、守ってくれた事は事実で、変えようがない。

 

「……オレは、もう十分だよ」

「ノゾム兄」

 

 そんな事をふと、ノゾム兄は言った。

 

「やっと全部、呪いから解かれた気分だ。オレの周りにはこんなに沢山の光があったのに、自ら閉ざしたのはオレ自身だった」

「……光ってたよ。ノゾム兄も」

「今、一番光ってんのはお前だよ。皇帝(エンペラー)と……白銀耀、か。新しい世代にヒーローはバトンタッチってわけだ」

「またそんな事を言う」

「オレはもう、ヒーローは2度と出来そうに無いからな」

 

 黒鳥さん曰く。

 無理して能力を使い続けた事。オーパーツと半ば融合する事で、普通の人間ならば力尽きてもおかしくない量の戦闘をこなしていた反動。そして、ファウストに敗北したことが決定的となって、ノゾム兄の体内を駆け巡っていた魔力の回路は完全に焼き切れてしまったらしい。

 自分の身体を使い捨てるような戦いを続けていたのだから、いずれそうなっていたとも語っていた。

 だから、エリアフォースカードを握っても、もうノゾム兄には何の反応も示さなかった。クリーチャーも見えないし、声も聞こえないと言う。

 彼曰く、本当に普通の人になってしまったと言うのだ。

 だけど。そんな事は無い。

 ……ノゾム兄はヒーローだよ。昔も、そして今も。

 

「……みんなのヒーローに、最初はなれれば良かった。だけど、1人の女の子を助けようとして――結局駄目で。オレも駄目になった」

「それでも、ノゾム兄はあの人にとってはヒーローだったはずだ」

「……それなら、良いんだけどな」

 

 彼は、三日月仮面として握っていたデッキに手を触れた。

 一番上のカード――《時の法皇 ミラダンテⅩⅡ》を労わるように。

 

「これは、オレの手で返さないとなあ――”ホタル”」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――アルカナ研究会の事件が終わった直後の事である。

 俺は黒鳥さんに連れられて、海戸ニュータウンにある中央病院に足を運んでいた。

 そして、訪れたのは名も無き隔離病棟。少し肌寒い気がしたが、医者と共にその個室にやってくる。

 

「魔法やクリーチャーに理解のある人間が医学界にいるなんて」

「機密事項だ。消されたくなければ詮索しないことだな」

「ヒエッ……」

「冗談だ。しかし、機密事項というのは本当でな。クリーチャーが人間の世界に現れてから歴史は長い。魔導司にすら認知されていない場所で、あるいは魔導司と交わった事でクリーチャーを認知した機関は多数存在する。この病院も例外では無い。最も、あくまでも認知しているに過ぎないわけで、その手の技術は勿論、組織としての規模は今となっては魔導司共に遠く及ばん」

「今となっては?」

「色々あったんだ。僕らのようにクリーチャーと戦えていた精鋭部隊、『遊撃調査隊(クリーガー)』がクリーチャーとの戦闘で壊滅し、それを統べていたとある財閥も戦力不足に陥ってクリーチャーから手を引かざるを得なくなったのさ」

 

 俺はそれ以上は聞かなかった。

 ともあれ、その人物が俺に会いたがっているとの事で、特例で俺を連れてきたらしい。

 俺が事態の当事者、というのも大きいのだが。

 

「初めまして」

 

 病室の扉を開けると、彼女は、はにかみながら気さくに言った。

 色素の薄い茶髪をポニーテールに結い、眼鏡を掛けた少女。

 肌は、今にも壊れてしまいそうなガラスのように薄く、顔も痩せこけていた。

 病室のベッドに横たわり、腕に点滴を繋いでいた。

 儚い。だけど、綺麗な人だった。

 

「それに、レン先輩も……」

「気にするな。僕が来るのは当然の事だろう? 本当はあのバカもいっぺん連れて来てやりたがったが、事情が事情なのでな」

「あはは……」

 

 穏やかな表情で彼女は、俺に微笑みかける。

 

「淡島ホタル、です。よろしくね、耀さん」

「あ、はい。白銀です。よろしく……ホタルさん」

「ふふっ。そんなに緊張しないで」

 

 彼女は俺の目をのぞき込む。

 ビー玉のように透き通ったそれが、俺の心を全て見通したようだった。

 

「”あの時”と同じ……とても、強い人なのね」

「そんな。俺は、俺1人の力じゃ何も出来なかった。仲間が居たから、俺は戦えたんです」

「それでも、貴方の目はノゾムさんに似ているんですよ? 逆境にこそ負けない、鋼の精神……貴方なら成し遂げられたって納得だわ」

「な、何でそんな事が言えるんですか」

「ずっと、見ていたからよ」

 

 み、見ていた?

 もしかして、あの――魂だけの状態で?

 

「ホタルは……この数年間、時たま目覚めては活動出来ていた。だけど、記憶を無くし、意思も薄弱な状態だった。それで、辛うじてこの数年間、生命を保つ事が出来たんだ」

「その間の私は、ずっと暗い闇の中で、アルカクラウンに囚われてた。とても、怖かった。終わりのない無限の地獄だった。でも、貴方の戦ってる姿は見えたの。ずっと昔、私を暗闇から引っ張り出してくれた――あの人とキミが重なった気がした」

「その時の貴様は――間違いなく彼女の希望だっただろう」

「最初はあの人が助けに来たのかと思っちゃった」

 

 希望――か。

 何だか気恥ずかしいな。

 

「貴方を巻き込んでしまったみたいで悪いけど……本当に、ありがとう」

「いや、巻き込んだなんて」

 

 俺は、当然のあたりまえの事をしただけだ。

 

「誰かが困ってて、誰かが悲しんでるのを見たままで――それを見過ごせないだけなんです。だって、見過ごしたら一生後悔しそうな気がするから。だから、俺はまだ戦います。ワイルドカードやエリアフォースカードで、もう誰かが傷つくのは嫌ですから」

「……うん。周りの人を傷つけたくない。だから、貴方は戦うのですね。ノゾムさんも――そういう人だったから」

 

 そうだ。

 だから、今度は俺がやる。

 ノゾム兄の代わりに、俺達がやる。

 これ以上、もう悲劇を増やすわけにはいかないんだ。

 

「ねえ、耀さん」

「え?」

「耀さん。貴方は貴方だけのものじゃない。それだけは、心に留めていてくださいね」

「……」

「こんな事を考えるなんて引き留めてるようで嫌になるの。私は助けられてばかりなのに……でも、もう離れ離れは嫌で、仕方なくて――」

 

 初めて、彼女の表情が曇った気がした。

 そうだ。ホタルさんはずっと、暗闇の中に閉じ込められていたんだ。

 ノゾム兄がどうなってるか、自分が無事に戻れるのかさえ分からない状態で――

 

「私の知ってる人は……皆、そうだったわ」

 

 ……ちょっと前までの俺なら、首を横に振っていたかもしれないv。

 だけど、今の俺は違う。

 この戦いは俺だけのものじゃない。

 これから先、何かが起こった時――自分の命をむやみに投げ出すのは賢い事じゃない。

 だけど、仲間の命と俺自身の命。どっちかを天秤にかけなければいけなくなった時、俺はどうすればいい?

 ……俺は、助けられるなら進んで自分の命を投げ出すだろう。

 どうしようか決めるのは、最終的には俺自身でしかないのだ。それが、喉に詰まるように辛かった。

 

「ごめんなさい。こんな事言っちゃって。心配性なの。似たような先輩と同級生を見てきたものだから……」

「……いや、忠告ありがとうございます」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――黒鳥さん曰く。

 ホタルさんの状態は、数年間ほどの間、アルカクラウンに魂を奪われてからは抜け殻のような精神状態で生活を続けていた。それは彼女のクリーチャーに対する耐性もあった事も功を奏したという。また、その間、検査は勿論だが無理矢理でもリハビリをしていたために、数年間分の筋力の衰えはそこまでではないらしい。

 しかし、だんだん眠る時間が長くなり、今年の3月あたりから昏睡状態に陥っていたというのだ。

 退院した後、彼女がどうするのかは分からない。だけど――失われた4年間はそう簡単に取り返せるものじゃないだろう。

 病室を出た後、俺はどこかおぼつかない足取りで歩いていた。

 

『マスター……』 

「やりきれねえな……こればっかは」

 

 チョートッQは頷いた。

 この先、どんなものが俺達を待っているのか。

 言い知れない不安が俺を襲う。

 

「いずれ、全てのエリアフォースカードを回収しなきゃいけない……これ以上、悲しむ人を出させないために」

『そうでありますな』

「とにかく、俺ももっとデュエマを鍛えないと。早く、強くならなきゃいけないんだ。だけど――」

 

 同時に、ホタルさんの言葉も引っかかった。

 

「……無茶は、いけねえよな」

『……マスター』

 

 ノゾム兄の姿を見てきたから、猶更だった。

 俺は、壊れないまま戦えるだろうか。そんな自信は無い。

 もしも仲間に何かあった時。何より俺自身に何かあった時――そう、ネガティブに考えられずにはいられない。

 そう思っていた矢先だった。着信が入る。

 

『もしもし先輩。面会はもう終わりましたか?』

「おお、紫月か。今終わった所だよ」

『そうですか。取り合えず、ノゾムさんの具合はどうでしょうか」

「ああ。もうすぐ退院できそうだってな。それよか、そっちは大丈夫か? 翠月さん風邪引いたんだって?」

『はい……でも熱は下がったようです。心配でしたが、明日には登校できそうだとか。今日は早引きしてすみません』

「気にすんなよ。心配だろ。まあ、寒くなってきたしなあ……お前も気を付けろよ」

 

 いつもの抑揚のない返事が返ってくる。

 でも、少し安堵が混じっていた。

 

『で、本題です。今度のクリスマスにショッピングモールで開かれる大会の件ですが、ブラン先輩は行けないようです』

 

 そう、今度ショッピングモールで行われるデュエマの大会。

 これは、団体戦で3名が登録して出場するというものだったのだが――

 

 

 

『イギリスへの帰省、か……途方もなく遠くに行ってしまいそうですね』

 

 

 

 数年ごとにブランは生まれ故郷のイギリスに帰る事になっていたという。

 で、それが今年だったとのことだ。来年は受験でどのみちいけそうにない。なら、今年しかない、とのこと。

 クリスマス会をやった時、クリスマスを一緒にやれないってのはこういうことだったんだな。もっと早く言ってくれれば良かったのに。

 で、そこに丁度いい所に新部員の火廣金。火廣金がいなかったら花梨でも誘おうかと思っていたけど、好都合というわけだ。

 

「まあ、帰ってくるんだから良いじゃねえか。いや……向こうが帰省するんだから、それはおかしいか」

『難しいですね。ブラン先輩はどっちも故郷って言ってましたし』

「……そうだな」

『えーと、それで話を戻しますが、また新たに大会用にデッキを組もうと思って』

「調整する時間も要るんじゃねえか? よく考えろよ」

『分かってますよ』

 

 はぁ、と吐く息が白く視界に映る。

 黒い空に、振りゆく粉雪。

 それと一緒に、俺の不安と期待も、静かに、だが確かに積もっていくようだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 産み落とされたこと。これ即ち、人類の不浄の罪であり、人間が人間である限り、消えない罪である。

 

 自らの幸福のため、他の何かを犠牲にし続けてきた人類共通の罪である。

 

 そして、幸福の追求自体が人類に課せられた使命であり、また決して消えない罰なのである。

 

 終わりなき罰は、生きることそのものは、無限の地獄なのである。

 

 生きることは罰か? 問えば首を横に振るもの、縦に振るもの、両方いるだろう。

 

 しかし、何かを犠牲にしながら、死という名の何も残らない終わりのために血を吐きながら続ける地獄の行進に何の価値があるというのだろう。

 

 極楽浄土等、あの世には存在しないのである。

 

 終われば皆等しく虚無に還るのみ。

 

 ああ、なんて哀れなのだろうか。

 

 これが、この星で繰り返されてきた悲劇である。

 

 これならば、畜生道の方がまだ救いがある。なまじ人間には意思があるだけに、神はそれを罪と断じたのだ。

 

 それを我々は終わらせなければならない。

 

 幸福を求め、血と涙と悲劇を連鎖させる根源である欲望、その源たる人類を救うために。

 

 故に、我々が裁こう。

 

 不浄の人類の罪に、断罪を。

 

 故に、我々が救済しよう。

 

 人類皆等しく、慈愛と慈悲の名の元に。

 

 故に、我々が終わらせよう。

 

 永くも短い、この星の歴史を、そして人類の歴史を――全て、永劫に停止させるのだ。



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第四章:Ace・正義ノ真龍編
Ace1話:水晶事変─再会


 ……。

 視界は真っ白に広がっていた。

 音も無ければ、天井も床も壁も無い。

 全てが純白に広がっていた。

 此処は――、一度来た事がある気がした。

 うっすらと、目の前にあるのは銃を掲げた影が映りこむ。

 

「……皇帝(エンペラー)?」

 

 俺は、その名を呼んだ。返事は無い。

 しかし、彼の表情は何処か悲しそうだった。

 ……表情? そういえば、エリアフォースカードの絵柄には、皇帝の顔ははっきりと描かれていない。

 そして、それは今目の前にいる影も同じはず。

 何で、俺にそれが分かったのだろう。

 

「なあ、どうしたんだよ。何が言いたいんだよ――」

「――」

 

 そういえば。

 こうしてあいつの姿が朧げとはいえ見えたのは初めてだ。

 だけど、分からない。こいつの言おうとしてる事が――

 

「――」

 

 口が動く。

 そこに紡がれた言葉は――俺に何かを戒めているようだった。

 

「おいっ、皇帝(エンペラー)!? これって、どういうこと――」

 

 言いかけたその時。 

 一瞬だけ、純白の景色が様変わりする。

 身体が凍えそうになった。

 寒い。寒い。痛い。

 あたり一面が真っ白に、凍り付いていた。

 指がかじかみ、耳が冷え込んで、肺まで霜が張り付きそうになる。

 周囲には、誰も居ない――

 

「おい、皆は?」

 

 誰も居ない。

 孤独。絶望。

 頭の中に、暗い二文字が駆け巡っていく。

 俺の身体も、同時に凍り付いていく――いけない。

 止まってはダメだ。

 走れ。走らないと――

 

「ブラン!! 紫月!! 花梨!! 火廣金!! 桑原先輩!!」

 

 応える者は居ない。

 走って、走って、叫んで、叫んで、叫び続けて。

 声が枯れた頃に――俺は、立ち止まった。

 

「……皆っ」

 

 走っていく。

 そこには皆の姿。

 良かった。そこに居たのか。

 声を掛ける。だけど――誰も返事はしなかった。

 

「……みんな……?」

 

 そこにあったのは、絶望だった。

 ブランも。花梨も。火廣金も。桑原先輩も――近付いても、声を掛けても誰の声も返ってこなかった理由が、やっとわかった。

 みんな、冷たくなっていた。

 氷漬け、いやそれよりも硬く、冷たい水晶の中。

 そうだ。

 まだ、紫月が居ない。

 あいつは。あいつは何処に――

 

「先輩……」

 

 俺は肩を震わせた。

 そこにあったのは――

 

「おい。どうしたんだよ。どうしたんだよ紫月――」

 

 彼女は答えない。

 全身、雪に塗れた紫月は口を開こうとする。 

 俺は、地面を蹴って駆け寄った。

 だけど――

 

「ああっ……!」

 

 触れた途端、ばらばらに、彼女の身体は砕け散る。

 氷細工のように――

 

 

 

 

「はぁあっ……!!」

 

 

 

 心臓がどくどく、と勢いよく血を流し込み、俺は押し潰されたような声を上げてベッドから跳ね上がる。

 そして、周りを見回した。

 暗い、自室で間違いない。

 そこで、安堵の域を吐く。

 

「……なん……だよ……」

 

 頭を抑えため息をつく。

 時計は既に朝の6時。いつもより少し早い起床。

 起き上がると、無数の冷や汗が背中を伝っている事に気付いた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「んー、ロンドンの天気は今日も曇り、デスねー」

 

 冬休みに入ると、ブランは真っ先に日本を旅立ってイギリスへ帰省することとなっていた。湿っぽい別れ方は嫌だったし、何よりどうせ帰ってくるのだから敢えて耀達には何も言わなかった。

 だからか、空港に着いた頃には「ブラン、お前何で出発日も何も言わなかったんだよ! 冬休みになってすぐとか聞いてねえぞ! お前が居ないと冬休みの部室が静かになっちまうだろうが! 帰ってきたら向こうの事教えてくれよ!」「ブラン先輩、イギリスのスイーツを買ってきてくださいね。あ、スターゲイジーパイは結構です」「レディ、素敵な旅になることを祈っているよ」と立て続けにメールが飛んでくるのだった。

 

「もう、大袈裟デスよ……皆」

 

 等とは言うが、その顔は久々に日本を離れて故郷に帰るというのに何処か綻んでいた。

 イギリス――ヨーロッパの西に位置する島国であり、古今共に大きな影響力を持つ大国。

 首都のロンドンは、今もなお大都市。高層ビルの立ち並ぶ近代的な街並みもあれば、石造りの建物も立ち並ぶ古典的なヨーロッパを思わせる街並みも見られる。

 常に曇り空で、日光には恵まれないが、クリスマスも近くなるとイルミネーションが夜の街を照らす。

 実家での挨拶も前の日に大方済ませた。

 親類と話したり、夜は実家の書庫を読みふけったりしていたが、わざわざ家族での観光を断り、こうして1人でロンドンの街に出た自分を省みるとやはり仲間と一緒に居ないときの自分は、1人が好きらしい。

 

『なーにが1人が好きじゃ』

「あ、ワンダータートル……」

『ワシは邪魔だったということかのう?』

「ワンダータートルは別デスよ。だって、一緒に居たら安心できマスし」

『は、便利な道具扱いか。名探偵様は随分とクリーチャーの扱いが荒いようじゃて』

「あははは……」

 

 等と軽口をたたきつつも、久しぶりに乗った赤塗りの二階建てバスで2人旅というのも悪くは無かった。

 ロンドンに来たら、絶対に行こうと思っていた場所。

 バスターミナルを降りた先には――

 

「着いたデース、ハイドパーク!」

 

 ウェストミンスター地区とケンジントン地区を跨ぐ巨大な王立公園、ハイドパーク。

 森林に覆われ、湖で二分されたこの公園は、一番古いのがイーバリー卿の荘園跡であり、その敷地の広さが単位の1ハイドであったことが名前の由来とされている。

 

『見知らぬ地というのは……どこか落ち着かないものだと思っておったが……』

「ふふん、イギリスの自慢の観光地デス。昔、小さい頃に両親と一緒に来てマシタ」

 

 普段こそ緑溢れた場所であり、湖を見ていると時間を忘れる。

 一番大好きな場所だった。

 

「……それと、親友と出会えた場所でもあるのデス」

『親友?』

「ハイ。私が学校で日本人のハーフであることをネタにして虐められていた時……両親がここに連れてきて、慰めてくれたのデス」

『……そう、か』

 

 ワンダータートルは声を落とす。

 しかし、彼女は気にしていないと言わんばかりに笑った。

 

「そんな顔しないでくだサイ。此処は、親友と出会った場所でもあるのデス」

『親友?』

「ハイ。とても仲の良かった親友と言いマスか……」

 

 彼女の頬は少し赤くなった。

 

『どうした?』

「まあ、何でもないデス。ハイドパークで両親とはぐれてた私と出会って……今思えば不思議な人デシタ。本をいっつも読んでて、本が好きだった私たちは、意気投合して図書館で出会うようになって……イギリスに居た頃の私の唯一の支えだった気がしマス」

 

 でも、私が日本に行った後は疎遠になって出会っていないし連絡もないから、もう出会う事も無いデショウね……とブランは繋げる。

 ハイドパークの地面を一歩一歩、踏みしめた。

 硬いアスファルトの道。

 冷たい風。暗い空。

 しかし、クリスマスの前だけあって人で賑わっていた。

 両親の仕事、そして自らのハーフという出自もあって、色んな場所を見てきた彼女は今までの事を思い返す。

 日本人混じりの血。色濃く出たコーカソイドの特徴。

 それが原因で虐められた事。

 本だけが自らの救いだった事。

 全部が蘇ってくる。

 だけど、今思えば悪い事ばかりではなかった。

 自分に今の道を歩ませるため、手を差し伸べてくれた少年。

 同じ本が大好きで、一番暗い毎日を送っていた自分に光を少しだけ見せてくれた少女。

 そして、初めて出来た同じ趣味の友達。

 また、もしもどこかで会えたなら。

 暗かった自分の世界を明るくしてくれたあの少年に出会えたなら。

 伝えたい事がある。

 言いたい事がある。

 だけど、きっとまた会えるだろうか。

 

「……あれ?」

 

 観察力、というのは――意図しないときに発揮される事もある。

 例えば視界に思わぬものが見つかった時。

 すぐさま或瀬ブランの視線はそれに釘付けになった。本だ。

 本がベンチの上に置いてある。分厚い本が1冊。カバーが掛けてあるので、本の名前は分からない。

 

「誰かが忘れたんデショウか……?」

『置き引きと間違われても知らんぞ』

「分かってマスよ。でも、こんな古い本誰が……」

 

 しかし――

 

「すいませーん!! その本、僕の分なんです!」

 

 少し甲高い声が聞こえた。

 振り返ると、ブランが見た限りは背はあまり高くなく、小柄な少年が急いで掛けてくる。

 勢いよく走ってくるので最初はその顔を見る余裕も無かった。

 息を切らせた彼は、そのまま顔を上げると黒縁の丸眼鏡を掛けた少年である事が分かった。

 

「うっかり置き忘れちゃって……」

 

 しかし、だからだろうか。

 その特徴的な丸っこい幼さの残る顔つきが、呼び覚ませたのだろうか。

 しばらく、ブランは言葉を失っていた。

 

「え、えと、それじゃあ僕、そろそろ――」

 

 そう言いかけた相手も、自分の顔を見るなり言葉を失う。

 しばらく、ぽかんとした様子で2人は顔を見合わせていた。

 

「ブラン? ブランなのかい? 何で、君がここに?」

 

 先に口を開いたのは――少年の方だった。

 

「それは……こっちの台詞……だよ。また会えるなんて!」

 

 ブランは思わず彼に飛びついた。 

 色んなものが溢れ出てくる。

 彼が自分の名前を、顔を覚えてくれていた。

 殆ど絶望的で、願ってすらいなかったのに――

 

 

 

ロード(・・・)! 久しぶり、ロード!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ――この日のショッピングモールは人だかりが出来ており、会場となるホールにはでかでかと『デュエル・マスターズ:団体戦クリスマスカップ』という見出しの看板が掲げられている。

 俺は白銀耀。デュエマ部とかいう同好会同然の部活動の部長をやっている事以外は、比較的普通な高校生だったのだが、実体化するクリーチャー、ワイルドカードの事件に巻き込まれた事によって俺の生活は一変。

 次々に巻き起こる事件を前に、俺達は命がけのデュエルで戦うことになってしまった。

 そんな中で、仲間と出会い、時には対立しながらもついにすべての元凶だったクリーチャー、アルカクラウンを撃破し、事件は一度収束。

 俺たちは再び、平穏な日々を取り戻そうとしていた――

 

「つーわけでテメェら! ブランの分まで頑張って、絶対に優勝するぞ!」

「そうですね。先輩の火ジョーカーズとかいう若干弱――じゃなかった環境外のデッキ握ってる分、私たちががちがちに固めたデッキで戦わなければいけませんし」

「オイ!! 弱くねえよ!! 火ジョーカーズ嘗めんなよ紫月!!」

「まあ落ち着け。とにかく受付は俺が済ませておいた」

 

 お、手が早いな火廣金。

 こういう時は気が利く。

 俺も気合入れていかないとな。ブランはイギリスへの帰省で今日はいない。

 だけど、応援してくれるって言ってたからな。頑張らないといけない。

 

「しかしこの人数……ひょっとしたら知り合いもいるかもしれませんね」

「知り合い、ねえ。まあ、でもデュエマやってる知り合いなんてそうそう居ないだろ」

「それもそうですか」

 

 談笑している火廣金と紫月。

 まあ、こうして2人も大分打ち解けて来てるし、デュエマ部の絆を深めるにはいい機会だろ――

 

「――」

 

 ……。

 何だ。また、フラッシュバックしてきたぞ。

 あの、真っ白な風景が。所詮は夢だ。夢に違いない。

 だけど、あれを思い出すと、どうにも不安、動悸を隠せない。

 

「先輩?」

 

 ふと、声を掛けてきた彼女の顔を見る。

 そこにあった彼女の身体は、今にもぼろぼろと頭から崩れ落ちてしまいそうで――思わず、手を伸ばす。

 

「どうしたんですか。そんな、動転したような顔をして。エラー箱からマスターカードが出なかった時にもそんな顔はしなかったじゃないですか」

「あっ」

 

 それを、突発的にひっこめた。

 そこにあったのは、いつも通り抑揚のない声で語りかける彼女だった。

 

「い、いや、お前今日はいつものパーカーじゃないんだな、って」

「むぅ。今更過ぎです」

 

 と言っても、今日の彼女は茶色のパーカーを羽織り、猫耳のように尖らせたニット帽を被っていた。いつものスタイルから変えていた。可愛さと彼女らしいクールさが同居しており、俺も少し気になっていたのだ。

 得意げに彼女は続ける。

 

「これはみづ姉が選んでくれた服です。もっと褒めても良いんですよ?」

「ええ……」

「まあ、こうして制服じゃないのは少し新鮮だな」

 

 かく言う俺も、コートにマフラー付けてるし、火廣金も迷彩柄のトレーナーを着ている。

 何ともまあ、私服姿の3人が揃うのも珍しかったので、そういうことにして誤魔化す。

 

「変な先輩。そんなんじゃあ、火ジョーカーズもしょぼいって言われてしまいますよ」

 

 そう、微笑みかける。

 なかなか見せない小悪魔のようなそれを見ても、今は胸がずきりと痛むようだった。

 ……ただの夢に、ただの夢に何を俺は惑わされているのだろう。

 

『やれやれ、今日こそ我々ジョーカーズの晴れ舞台でありますのに……何をそんな心配そうな顔をしているでありますか?』

 

 ぽん、と飛び出してくるチョートッQ。

 すまん。心配かけたみたいだ。

 すると、二頭身の魚人も紫月の肩をよじ登る。

 

『やれやれ、神砕きの男が笑わせるぜ。こんなんで一々ビビんなや』

 

 ……シャークウガの豪胆さで、暗さが全部吹っ飛んだようだった。

 そうだ。こんなんでビビってられないな。

 

「シャークウガ。調子に乗らない。後なんかヌメるんで触らないで下さい」

『おおう、いつにも増して辛辣だな我がマスター』

『こーれだから、クソ雑魚ナメクジコバンザメは』

『あんだとぅ!?』

「やめろホップ」

 

 そして、いつものようにちょっかいを出すネズミのクリーチャー、ホップ・チュリス。

 またまた、いつものように鮫と鼠の不毛なにらみ合いが続いていた。

 

「そうだな……さっさと勝ち上がって、ブランに凱旋報告しよーぜ!」

「ああ。心が躍るな」

「こういう時は……えいえい、おー、ですね」

 

 エントリーを済ませ、大会会場に足を進める。

 悪夢の事なんか忘れよう。

 そして、今日はめいっぱい楽しもう。



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Ace2話:水晶事変─大会

「まさか、久しぶりに会えるなんて……思わなかった」

「いやあ、僕も同じだよ。こんなところでブランと会えるなんて」

「あれ? そういえば急いでたんじゃないの?」

「予定変更だ。ブランと会えた事の方が嬉しいよ。少しバスが遅れるのは構わない」

 

 ベンチで座り、語り合う2人。

 慣れないブランの口調に当惑するワンダータートルだったが、これが生のままの彼女なのだと察する。

 前はもっと引っ込み思案だった。

 今のようになったのは割と最近だ、とは耀の弁。

 それでも、やはりあの口調は、あの性格は作っていた(・・・・・)のだとワンダータートルは察する。

 魔法生物である彼の中では人間の言語等は頭の中で勝手に置き換えられるから大差無いとはいえ、普段より彼女がどこか大人しいのが見て取れる。

 それでも――屈託のない笑顔を見せていた。

 

「いやあ、もしかしたら運命だったのかもしれないね。ハイドパークで出会った僕らが、ハイドパークで再会する事になるなんて」

「運命って……相変わらず、そんな大層なものじゃないよ、きっと」

「でも、もしブランが帰ってくるなら、きっと此処に、それも湖の見える場所まで来てるんじゃないか、って思ってたよ。予想通りだ」

「そ、そうかなあ」

 

 照れるブラン。

 ワンダータートルは思わず顔を顰めた。

 あの迷探偵が……乙女の顔をしている? と意外も意外な表情で。

 

「やっぱり僕、探偵に向いてるのかも」

 

 冗談めかして言ったロードに、若干面白くなさそうにブランは言った。

 

「……でも、日本では私、探偵やってたんだから」

「本当に? ブランが探偵?」

「そう! 私が、美少女名探偵っ、或瀬ブランちゃんデースっ、って」

「何それ。日本語少しおかしくないかい?」

「むぅ……最初は作ってたのに、すっかり素になっちゃって……」

「もしかして、日本の学校でそんなキャラで過ごしてるのか?」

「……色々あったの」

 

 思い返すようにブランは目を閉じた。

 

「それで、こんな私でも受け止めてくれた仲間が居た事、それと私のホームズに負けない探偵になりたいって思いがこうしたのかなあって」

「仲間、か」

「うん。そしたら……私も変わらないと、って思っちゃってね」

「……そうか。心配だったけど……向こうで上手くやれてるようで何よりだよ」

 

 ロードが笑いかけると、ブランは顔を赤く染めた。

 

「ねえ、ロード」

「何だい?」

「明日……ウィンター・ワンダーランドに行かないかな?」

 

 ウィンター・ワンダーランド――ハイドパークに11月から1月に掛けて限定で開かれる遊園地の事だ。

 特に、クリスマスが間近に迫ったこの時期は、イルミネーションで彩られており、人々でにぎわっている。

 

「今日は私ももう帰らないといけないケド……明日なら、一緒に居れると思うから。も、もし……ロードが駄目ならそれでもいいんだけど……」

 

 しばらく、ぽかんとしていた彼だったが、すぐに微笑むと言った。

 

「良いよ。喜んで」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ホール内は、デッキケースとカードの束を持った人々の喧騒で埋まっており、細長いデュエルテーブルを挟んで向かい合っていた。

 勝利と敗北、そして何より今回はチーム間の絆の強さが色んな意味で試される戦い。

 その中に、俺達も埋もれるようにして身を置いていた。

 

「《メラビート・ザ・ジョニー》でダイレクトアタックだッ!」

「《”罰怒”ブランド》でダイレクトアタック」

 

 ほぼ、同時に相手チームの2人に炸裂したダイレクトアタック。

 3人のうち2人が勝利すれば良いので、俺達のチームは準決勝を勝ち上がったことになる。

 さて、一方の紫月はというと――

 

「……もう1回《五連の精霊 オファニス》を召喚し、《ワルスラ・プリンスS》の効果で破壊しますが、場に相手も含めて5文明が揃っているので手札に戻します。効果で《天空の精霊 インパクトリガー》を出し、その効果で《エマージェンシー・タイフーン》を唱えてゼロドロー、からの《悠久を統べる者 フォーエバー・プリンセス》を捨てて山札回復します」

「うっ、ううう……お嬢ちゃん、もう投了で良いかなあ? おじさんそろそろ目から汗が出てきちゃったよ」

「え、此処からが面白いのに」

 

 真顔で首を傾げる紫月。

 絶対分かってやってるよね?

 すぐさま横のチームメイトの2人もフォローしにかかった。

 

「やめろォ!! コイツの精神ライフはもうゼロだ!」

「この日のために大金はたいてフルプロモのデッキを組んだ所為で、サイフももうゼロだ! ワイフから逃げられたのもその所為なんだ!」

「何で韻を踏んでるんですか」

「ついでに俺の山札ももうすぐゼロだ! くっそぉ、俺は嬢ちゃんの所為でまるでダメなおっさんの烙印を押されちまった!!」

「いや、自業自得ですよね、それは」

 

 ――何アレ。

 まるでダメなおっさんについては敢えてスルーしよう。それよりも、プレイヤーとしては盤面に注目だ。

 場に5色のカードが揃ってたら、G・ゼロを得る上に破壊される代わりに手札に戻る《五連の精霊 オファニス》を、場に出したクリーチャーを破壊して山札の上を捲って同じ文明のクリーチャーなら場に出し、そうでないなら手札に加える《ワルスラ・プリンスS》の効果で出し入れしてるのか。

 

「なあ、今まで敢えてスルーしてたんだけど、何あのループデッキ。めっちゃ時間かかってるんだけど」

「細かくは省略するが……オファニスワルスラループの中で手札のS・トリガーを登場時に使える《天空の精霊 インパクトリガー》を場に出し、《アルカディア・スパーク》を何度も撃って相手の山札をゼロにする凶悪コンボだという」

 

 火廣金が感心したように言う。

 確かに紫月が好きなワルスラのカードだけど……。

 

「じゃあ、やっぱり……あれが音に聞くワルスラオファニスループか。誰だよ紫月に《オファニス》なんて古いカード渡したやつは」

「通販で買おうとしていたらしいが、どうやら偶然持っていた或瀬から貰ったらしい」

「ウッソだろ……でも回すのクソ難しいんじゃ……」

「慣れれば山札を切らさないようにループすれば良いだけだ。カードの効果が頭に入っていれば、問題ない。ただ……今回の彼女のデッキは、場の《FORBIDDEN STAR》の封印を外し、更にデッキの緑を増やすために《悠久》が投入されている。山札をシャッフルする分、ループのパターンと手順が膨大になるが、一番理には適ってると聞いた」

「は? ってことは?」

「今回の彼女はどうやら、この日のために《悠久》の山札シャッフルによって増えたループパターンを完全に暗記しているらしい。今の彼女はループを回す事しか頭に無い人間ロボットだ」

「ストップ!! もう止めろ紫月!! 俺達勝ってるから!!」

「ループ……ループ……」

「紫月ゥーッ!!」

 

 ……こうして、波乱の準決勝は幕を閉じた。

 一先ず、俺達は作戦会議に入る。

 ともあれ、勝ち上がれているのは良い事だ。

 

「今度白銀先輩にも教えますよ」

「パス、パス……俺、ループとか覚えられねえから……」

「一先ずここまでの戦績、先輩の勝率は6戦中3勝、私が6戦中5勝、火廣金先輩も6戦中5勝ですか。もうずっとオファニスループでも良いかもしれません」

「ロージアダンテには負けてるくせに……」

「む」

 

 あ、今踵で踏んづけたな。

 でも部長は負けねえぞ!

 

「それにしても、最後のチームは向こうテーブルの方で対戦しているらしいですね。試合に精一杯で、メンバーとかよく把握してませんでしたが、どんな人なんでしょう」

「取り合えず、例え部長が負けても、俺の速攻、暗野のオファニスでどうにかなるはずだ」

「火ジョーカーズは刺されば強いんだよ! 相手が白緑メタリカなら絶対負けねえ!

 

 

 

 

「何だ貴様等、そんなところに居たのか」

 

 

 

 声が聞こえた。

 あの、高圧的かつどこか達観した台詞。

 連想される人物は唯一人。

 おい、ちょっと待て。これってまさか――

 

「黒鳥さんンンン!? 何であんた、またまたこんなところに!?」

「何だ。デュエマの大会にこの僕が居たらおかしいとでも言わんばかりの様子だな白銀」

『その驚きようはずいぶんと、愉快ですねェ……』

 

 コートを羽織り、人形のような黒髪を後ろで束ねた男。

 そして、それに巻き付くようにして笑みを浮かべるのは彼のパートナー、阿修羅ムカデだった。

 いや、おかしいだろ。あんた前に、表舞台には立ちたくないとか言ってなかったっけ?

 引退したんじゃなかったっけ? 一線を引いたとか言ってなかったっけ?

 

「そうしようと思ったのだがな……」

「やっほー、耀!」

 

 黒鳥さんを遮って、快活な声が飛んでくる。

 

「花梨!? お前何で黒鳥さんと一緒なんだ!?」

「ふふふん、修行の成果ってのはさー、やっぱ試してみたくなっちゃうよね」

「修行?」

「うん。デュエマのね」

 

 驚きだ。俺達に黙って、そんなことをしていたのか。

 

「で、耀達がこの大会に参加するって聞いてさ。あたし、ふとお兄の見舞いに来てた時に黒鳥さんに頼んでみたんだ! そしたら、おっけー貰っちゃった!」

「これだから師匠はロリコンです。年下の女の子の頼みは断れないんですね」

「断じて違う。そもそもこの僕とて、己の実力を研鑽せざるを得ない状況に追い込まれているからな。おまけに、君達の力。鈍っていないか見極めたく、快く引き受けた訳だよ。それにな――」

「テメェらと勝負してえのは、刀堂だけじゃねえんだぜ!」

 

 荒々しい声が響く。

 

「桑原先輩!? 受験は!?」

「真っ先に嫌なワード出すんじゃねえ!!」

 

 オレンジのバンダナをまいた小柄な先輩に、俺は詰め寄った。

 この人、受験に追われてたんじゃなかったのか!?

 

「ああ? んなもんとっくに終わったっつーのダボ。AOで志望校に受かったんだ」

「そんなの聞いてませんよ!?」

 

 でも、考えてみればアルカナ研究会の事件が終わってから、先輩とめっきり顔を合わせてなかった気がする。

 だから、知らなかったのも当然なのか?

 

「ここ2か月、受験のための課題とその他諸々の制作で缶詰になってたから、テメェらには何も言えなかったけどな」

『ハハハハハハハ! 我がマスターの輝きっぷりは最高だったよ! まさに、あれが修羅、羅刹というものなんだねぇ!』

 

 笑い飛ばす煩いハチ――もといゲイル・ヴェスパー。

 当然のようにこいつの姿もあった。

 

「やれやれ……ということは、この場に全員集合というわけですか。エリアフォースの使い手が」

「ああ。しかし貴様等はよくやってくれたよ。まず火廣金。貴様は速攻以前に”眼光のヤバイ奴””幾つもの戦場を駆けてきてそう”とか言われてるし」

「有難い誉め言葉だ」

「褒めてねーだろ……」

「ま、火廣金の対戦相手はこのあたし。成長した姿、見せてあげるんだから!」

「……勿論だ」

「そして、最初はオタサーならぬデュエサーの姫とか言われていた紫月だったが、むしろ”デュエサーの主力””デュエサーの本体”、終いには”恐怖のルーパー”、”デュエサーの悪夢”などと言われる始末だ」

「何でそんななことになってるんですか」

「お前、自分のデッキ見直してから言えな?」

 

 あれ?

 それじゃあ俺は何て言われてるんだ?

 そう思ってたら、聞く前に黒鳥さんが口を開いた。

 

「で、真ん中の部長っぽいやつが一番普通、一番倒しやすそうとか言われてる始末だ」

「ああ。火ジョーカーズも確かに地雷っぽさを生かした強さがあるが……ぶっちゃけ、左右の2人の強さがどこか異次元染みてる所為でテメェは全く話題に上がってねえ」

「ちょっと!? 流石に傷つくんだけど!?」

「さっき自分で戦績言ってたじゃないですか」

「まあともあれ、だ。平凡さゆえに警戒されていないのが貴様の強みだったわけだ」

 

 なんか納得いかないけど、黒鳥さんはいい感じの台詞で締めくくる。

 いや、やっぱ釈然としない。

 完全に甘く見られてるんじゃないか俺。

 

「だが、僕としては貴様の強さは買っているんだがね」

「……」

 

 コートを翻すと、彼は俺達に手を振って去っていく。

 

「というわけで、貴様とは決勝で決着を付ける。配置はともに同じだからな」

「――望むところです!」

 

 勿論、甘く見られたままじゃ俺も引き下がれない。

 もう1度、この場で黒鳥さんに、そしてチーム全員で勝つ。

 そして、ブランに勝利の報告をしてやろうじゃねえか!

 

「……ブラン」

 

 あいつ、今どこに居るのかな――



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Ace3話:水晶事変─襲撃

※※※

 

 

 

 父の実家――祖父宅に戻るまでに、頭に乗っかったワンダータートルがため息がちに言っていたのをブランは思い出す。

 

『何が今日はもう帰らないと、じゃ。自分の心の整理が出来なかっただけじゃろうが』

「う、うるさいデスね! 別に、何だって良いじゃないデスか!」

『ヌシ……久方ぶりに会った親友が、まさに男に成長していて早る気持ちは分からんでもないが』

「Shut up!」

 

 靴のまま家の中に入ると、ブランは居間に飛び込んだ。

 丁度、車椅子の祖父と、叔母の姿が見えた。

 

「あ、グランパ!(おじいちゃん) アンティ(おばさん)!」

「おーう、お帰り、ブラン」

 

 間延びした口調で出迎えた叔母(母の妹)が茶菓子を取り出して机に置く。

 祖父は、嬉しそうに蓄えた髭を触りながら言った。

 

「ああ、ブラン。今、おじさんと母さんと父さんが買い物に出てるんだ。取り合えず、じいちゃんと一緒にチェスでもするか? それとも最近若いやつが良くやってるデュエルとやらも勉強してきたんだが」

「うーん、そうかぁ。今日はとっても良い事があったのに」

「スルーされた……ワシ……準備してきたのに……」

「とーさん勝つまで何回もやろうとするでしょ。……ほーん、にしてもブランが良い事ねえ」

 

 にやにやしながら、叔母は続けた。

 

「一体何なのさ? カッコ良い男でも見つけてきたかー?」

「ま、まさかぁ。そうじゃなくって、ロードに出会ったんだよ」

「……ロード?」

 

 一瞬、2人の顔が凍ったようだった。

 そんな馬鹿な、と言わんばかりに顔を見合わせる。

 異様な空気にブランも感づいたが、敢えて何も知らないふりをして続けた。

 

「うん、あのロードだよ。よく家にも来てたでしょ?」

「……なあ、ブラン。あんた、見間違えでもしたんじゃない」

「そうだ。確かに、ロード……ロード君だったのだね?」

「昔の事も色々話したけど……確かにロードだったよ?」

「……ブラン。席に座って」

 

 いきなり、態度が変わった。

 一体何がいけなかったのか分からないまま、言われるがままに椅子に座ったブランだったが――すぐさま叔母がタブレットを何やら操作すると、机の上に置いた。

 そこには、「ライトレイデュエルスクール爆発事故」という見出しで、崩れ落ちて煙を吹いた建造物らしきものの姿があった。

 

「……何、これ。死者十数名、行方不明1人って……」

「あんたがまだ小学生の時で……その時、すっごい不安定だったのはあたし達も姉さんから聞いて知ってる。だから、敢えて伝えてなかった」

「当時、イギリスの王立デュエリスト養成学校で名を馳せていたライトレイデュエルスクール……しかし、鎧龍決闘学園との試合途中、何らかの爆発によって西校舎が焼け落ちている。テロリストに爆弾でも仕掛けられたのかと騒ぎになったが……詳細は不明」

「!!」

「その際は、試合のため観客に来ていた一般客に被害が出ていた。ロード君は……運悪くその時、火の手に近い場所に居て、瓦礫に巻き込まれて……行方不明になっている。この数年間、ずっと彼の遺体も見つかっていないが恐らくは……」

「そんなはずない!!」

 

 ブランは立ち上がった。

 

「……ロードは……生きてるロードは、確かに私がこの目で見た……死んだなんて嘘。絶対に嘘!!」

「彼がお前の目の前に現れたのだとすれば、幽霊以外にあり得ない」

 

 彼女は言葉も出なかった。

 イギリスでは、幽霊を信じる傾向がある。

 しかし。あんなに笑って、あんなに話せる幽霊が居るものか。

 何より、ワンダータートルも何も言っていなかった。

 頭の上に乗った彼に無言で問いかける。彼は頷いた。間違いない。幽霊でも、クリーチャーでもない、彼は生身の人間だ。

 

「後は、ロードに兄弟が居てロードの代わりにブランに話しかけたとか?」

「あの家は事故の後、消息を眩ませたからよくは分からんが……少なくとも、あの少年に前聞いた時、兄弟は居ないと聞いた」

「嘘!! 絶対に嘘だってば!!」

 

 ブランは席を立ちあがった。

 

 

 

「ロードは生きてる! 私はロードに会った! それに――」

 

 

 

 証拠は、確かにある。

 それは今も自分の頭の上に乗っかっているワンダータートルだ。

 しかし。それを2人に信じてもらう事は出来ない。

 

「それにっ……ううっ……」

「ブラン……」

「見たよ……私……話したもん……昔の事も……」

 

 どうして、信じてくれないのだろう。

 私は、私は分かっているのに。

 だけど、2人にはそれが分かってもらえないのだ。

 ブランはやりきれなかった。

 そのまま部屋を飛び出す。

 

「ブラン!」

 

 止める声も聞かず、ブランは2階へ駆けあがった。

 そのまま、本が沢山あり、散らかっているかつての母の部屋に飛び込み、鍵を掛けてしまった。

 

「ねえ、ワンダータートル……私も、ワンダータートルも、間違ってないデスよね……?」

『探偵……』

 

 ふと、スマホをメールが届いていた。

 4時間も前だが、耀からだ。『明日はデュエマのチーム大会がある。お前の分まで頑張って、凱旋報告すっからな!楽しみにしとけよ!』。

 そうか。向こうの送信時間は夜の10時。こっちより8時間も進んでいるのだ、と実感する。

 だけど、そのメールに返信を送る気にはとてもではないが、なれなかった――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「それでは、決勝戦を行います!!」

 

 司会の声と共に向き合う3人と3人。

 ついに決着がつく日が来た。多くの参加者が固唾を飲んで試合の経過を見守る。 

 隣には、火廣金と紫月が居る。

 負ける気が絶対にしない。

 試合の火ぶたは今、切って落とされた。

 

「《ヤッタレマン》召喚!」

「ならば、こちらは《サイバー・チューン》でカードを3枚引いて2枚捨てる」

 

 相変わらず墓地中心のデッキみたいだ。

 だけど、こちらも負けはしない。いつもの黄金ムーブでケリを付ける!

 

「2マナで《パーリ騎士》召喚! 効果で墓地の《メラメラ・ジョーカーズ》をマナに置く! そして、残りの2マナで《洗脳センノー》を召――」

 

 

 

 

ビイイイィィーッ!!

 

 

 

 

 その時だった。

 甲高く、鋭い音がその場の全員を震わせる。

 警報音のようだった。が――次の瞬間、建物が大きく音を立てて揺れ始める。

 周囲はいきなり、喧騒と悲鳴に包まれ、揺れが収まるまで一先ず安全な場所に隠れようとするもの。パニックになってすぐさま逃げだそうとする者に別れる。

 思わず、俺は辺りを見回した。何か、異様な空気を感じたのだ。

 しかし。窓を見ると、何かが貼りつくような音が聞こえてくる。

 

『マスター!! とんでもない魔力反応であります!!』

『この建物の周囲が、何か強力な魔力を発する物質で覆われている!!』

 

 見ると、皆デッキもカードもそのままに、そのまま揺れが収まるまで事の成り行きを黙ってみるしかないようだった。

 しばらくすると、揺れは収まる。

 

「な、何なの……!?」

 

 デッキをどさくさに紛れて片付けながら、花梨が言った。

 此処までの事態に陥れば、最早試合の続行は不可能。

 いや、それどころではない。魔力が関わっているとなれば、此処でデュエマを呑気にやっている暇はない。

 

 

 

 

ピシッ

 

 

 

 

 

 案の定、すぐさま、異変は起こったのだった。

 窓ガラスに罅が入る音。

 あれは、かなり強固な強化ガラスだった覚えがあるのだが――次の瞬間、それが砕け散る。

 幸い、誰もガラスの近くにはいなかったが、今度はそこからガラスよりも煌く何かが一気に部屋の中へ貼りつくようにして入り込んできたのだった。 

 艶のあるごつごつとした表面、いうなれば水晶に似たようなものであるが――それはまるで生きているかの如く室内に入り込んでいく。

 

「逃げろ!!」

 

 誰かが叫ぶ。

 それと共に、群衆は遂に密室から一斉に逃げ出す事になった。

 それに押し流されるかのように、俺達も階段を駆け下り、外へ押し出されたかのようにショッピングモールの3階の出口から陸橋へ飛び出した。

 押し流されるように駆けていく人々の脇を通り、俺達は一先ず陸橋の隅で無事を確認することとなった。

 

「ぜ、全員居るかっ……!?」

「私は何とか……」

「俺もだ、部長」

 

 見ると、建物の壁を覆うようにして水晶はどんどん増えていっている。 

 どうなっているんだ? これは何なんだ?

 クリーチャー? 魔導司……!?

 

「これって、何なの……? ワイルドカード!?」

 

 花梨が不安を隠せない表情で言った。

 だけど、俺は今までのそれとは明らかに違うものを感じ取っていた。

 まさか、別の何か……!?

 少し遅れてやってきた黒鳥さんが言った。

 

「貴様等、全員大丈夫そうだな……腑抜けてる場合は無い。僕らは僕らに出来る事をせねば」

 

 それもそうだ。

 俺は頷いた。

 しかし、桑原先輩は懐疑的に問いかける。

 

「でも、これってどうやったら止まるんだ? やっぱ原因を叩くしかねえのか?」

『水晶の発生源と思しき場所は、このショッピングモールの2か所。丁度、両方とも反対側だと阿修羅ムカデが言っている。どうやら、何かが居るのは間違いないらしいな』

 

 シャークウガが言った。

 成程、それなら話は早い。

 だけど……少なくとも、怪しいポイントは2つあるのか。

 

「2か所、ですか」

「……行って調べないと、どうなってるのか分からないよ……」

「だけど、シャークウガの言葉で安心したぜ。猶更、都合がいいってモンよ!」

 

 桑原先輩は拳を掌に叩きつけると言った。

 

「俺らは今、丁度2チームに分かれてるじゃねえか。それぞれ、移動が出来るクリーチャーも所持してるし……それを使えば問題ねえだろ!」

「!」

「ゲイル。出番だぜ」

「そうか。チョートッQ――いや、ダンガンテイオー、頼む!」

『任されたであります!』

『ふふん、ヒーローの出番というわけだね!!』

 

 チョートッQはダンガンテイオーの姿で飛び出す。

 ゲイル・ヴェスパーも、風を吹き荒らしながら、その巨大な姿を顕現させたのだった。

 しかし、喜んでいるのも束の間。 

 遂に入り口からも水晶が溢れ出してくるのが見えた。

 

『早く乗り込むであります!』

 

 ダンガンテイオーに飛び乗る俺達デュエマ部3人組。

 そして、ゲイル・ヴェスパーの巨大な身体にしがみつく黒鳥さんと花梨、そして桑原先輩。

 ダンガンテイオーの進む先に、空中線路が敷かれていき、そして風と共に飛んでいくゲイル・ヴェスパー。

 方向こそ違うが、今度も俺達は異変を解決しに行くのだった。

 

「ところで、先輩。これ、すっごい吹き飛ばされそうになるやつじゃ……」

『どうやらコックピットを開く暇は無さそうであります』

「ちょっ――」

「振り落とされないように掴まってなければいけないなコレは……」

「またこのパターンかよ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 降り立った場所は、既に辺り一帯が結晶化されていた。

 いや、それどころか侵食するかのように結晶は辺り一帯に広まっていた。

 空中線路が走る先に敷かれていくダンガンテイオーだが、この時ばかりはゆっくりと辺りを見回しながら、敵らしき影が無いか探しているようだった。

 

「どこにも異変のキーパーツっぽいものは無さそうだが……」

「あたり全部が水晶で……街どころの問題ではありません。早く止めないと……みづ姉が」

「……こんなに大規模に街を巻き込む事件は、俺も見たことが無い」

 

 火廣金が言った。

 

「おい、あれ見ろ」

「!!」

 

 見ると、それは水晶に飲み込まれた一画であった。

 しかし。そのうっすらと透明なそれを見透かすと――俺は息が止まりそうになった。

 

「……人が……!!」

 

 水晶の中に、人が入っている。

 それも、驚きで何が何だか分からないという表情のまま、身体が止まっている。

 それがあの悪夢と連動し、フラッシュバックした。

 

「あの水晶……有機物無機物を問わず、物を飲み込んでしまうようだな」

「嘘でしょう……!? あれは、死んでるのですか?」

『生命反応は微弱でありますが……感じるであります。いつまでもつかは分からないでありますが……』

「……先輩?」

 

 俺からの反応が無かったからか、紫月が声を掛けてきた。

 

「い、いや、何でもない。なんでも――」

 

 

 

「GISYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAァァァァーッ!!」

 

 

 

 

 刹那。

 ダンガンテイオーの身体が大きく揺れた。

 見ると、空中線路が揺れているようだった。

 それが一瞬で砕け散る。

 すぐさま跳ぶと、そこに空中線路を再び形成したダンガンテイオーだったが、すぐさま向き直ると現れた何かに向かって叫んだ。

 もっとも、俺達は振り落とされないようにその間必死に掴まっていたが。

 

『な、あ、あれは──』

 

 それ、の姿はようやく俺達にも捉えられた。

 それは一言で言うならば異様。

 全身が水晶によって構成された巨龍が何時の間にか顕現していた。

 

「な、何なんだよ……あのクリーチャー!?」

「悍ましい……どれ程の魔力を使えばこれだけ巨大な化け物を作れるというんだ」

 

 火廣金が唸る。

 巨龍、いや水晶のクリーチャー達は次々に街を覆う結晶から湧いて出てきている。

 ともあれ、怪物を止めなければならないが、一度巨龍が叫べば俺達の身体は瞬く間に吹き飛ばされそうになった。

 肌を震わせ、そのまま砕いてしまいそうな大音声だ。

 

「とにかく止めるしかない。エリアフォースカードの力で──」

 

 

 

 ぐらり。

 

 

 

 そんな音を立てて、何かが崩れ落ちたようだった。

 ふと、見ると──火廣金の様子がおかしい。

 ぜぇぜぇ、と息を切らせ、今にも死んでしまいそうな青い表情を浮かべていた。

 

「火廣金!?」

『アニキ!?』

「あ、ぐぅっ……」

「しっかりしてください! どうしたんですか!?」

「き、気持ちが、悪い……吐きそうだ……! あの怪物に近寄れば、近寄る程に……!」

 

 彼の身体を見ると、何やら粒子のようなものが飛んでいる。

 シャークウガがゾッとした表情を浮かべた。

 

「おい、早く此処から離れろ! コイツ、大分弱ってるぞ!」

「見りゃ分かる、だけどどうして!?」

『この光はコイツの魔力だ! 魔力の流れてるコイツの身体がヤバい証だ!』

「な──ッ!?」

 

 俺は動転した。

 火廣金の身体が、崩壊を始めているとシャークウガは語る。

 魔法使いの身体には元々魔力が流れているが、それが崩壊していくとき、一緒に魔力も空気中に離散するというのだ。

 

「じゃ、じゃあ、早く逃げないと──」

「しかし先輩、あの怪物はどうするんですか」

「火廣金の……仲間の無事が最優先だ」

 

 

 

「俺に……構うな」

 

 

 

 か細い声が聞こえた。

 火廣金だ。

 そうだ。きっと彼ならばそう言うに決まっていた。

 

「傷病兵に一々気を遣っていれば、進軍もままならない。今は、あの怪物をどうにかしなければ──」

「だけど──ッ!!」

 

 

 巨龍の声が先程よりもはっきり聞こえて来る。

 完全にそれは、姿を現した。

 天使とも、装甲竜とも、悪魔とも取れぬ異形。

 エリアフォースカードを使えば、コイツを倒せるかもしれない。

 だけど、火廣金の容態が心配だ。

 終わらせるなら、早く終わらせなければいけない、とデッキケースを構えた時だった。

 龍の周囲に魔方陣が舞う。

 

 ──幾つもの光が周囲を穿ち、そして俺達へ向かってくる。

 

 俺達を、刺し貫くために。

 

 

 

「──らぁぁぁーっ!!」

 

 

 

 叫び声が聞こえた。

 

 

 障壁を貼ったシャークウガが、俺達を、そしてダンガンテイオーを庇うようにして立ち塞がっていた。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 いとも容易く障壁は砕け散る。

 

 

 

 次の瞬間には――シャークウガの身体は空を舞うようにして落ちていった。

 その時に翻った彼の身体。

 そして、見えた胸を見て、紫月が悲鳴を上げた。

 

「シャークウガッ!!」

『あ、がぁっ……』

 

 ぽっかりと。

 そこには虚空が空いている。

 すぐさま彼女はカードを突き出す。

 彼の身体が吸い込まれていった。

 

「シャークウガ!! シャークウガ!! しっかりしてください、シャークウガ!!」

「おい、しっかりしろよシャークウガ!!」

 

 しかし。みるみるうちにシャークウガのカードが、どんどん灰色になっていく。

 まるで、死にかけの怪我人の如く。

 

「シャークウガ!! 死なないでください、貴方はこの程度でくたばるヤワな切札じゃないはずです!! そうでしょう!?」

『こんなバカな事、あるでありますか……!?』

 

 目の前の龍から逃げれば、今のように光の矢が襲い掛かってくる。

 だけど、最早逃げるという選択肢は消えていた。

 沸々と燃え上がる怒り。  

 仲間を傷つけられた事に俺は沸騰した。

 泣きそうな声でシャークウガに呼び掛ける紫月。

 苦しそうな声を上げる火廣金。

 

「ダンガンテイオー!! こいつを止めるぞ!!」

『応、であります!!』

 

 

 ダンガンテイオーは近くの陸橋に降り立つ。

 そこで、俺達は空に浮く巨大な龍を見上げた。

 魔力が激減している火廣金に、シャークウガが負傷している紫月では、この状況で逃げる事すらままならない。

 疲労困憊の彼を寝かせ、不安そうな紫月の前に立ち、エリアフォースカードを取り出した。

 

「マスター! この巨龍からエリアフォースカードの反応を感じるであります!」

「道理で強いわけだ……だけど、此処でこいつを倒すしかない!」

 

 

 そして、遂に俺は叫ぶ。

 

 

 

「起動だ、皇帝(エンペラー)!」

『Wild draw Ⅳ――』



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Ace4話:水晶事変─真龍の使徒

 ――俺と、巨龍のデュエル。

 こうしてみると、非常に強大な魔力をひしひしと感じる。

 そして、水晶から現れたという異常極まりない出自が気になって仕方がない。

 

 

「とにかく、お前を此処で止める。俺のターン、2マナで《ヤッタレマン》召喚だ」

 

 だけど、今は迷っている暇はない!

 一先ず、初動は完璧。《ヤッタレマン》で後続のジョーカーズのコストを下げていく。

応援器具を装備した応援団が飛び出す。

 

「我が……ターン。呪文、《フェアリー・ライフ》を詠唱! その能力で、山札の上から1枚をマナゾーンに置く。ターンエンドだ」

 

 巨龍は喋りもせず、その魂から声が響いてくるようだ。

 相手の動き出しは至って平凡なマナブースト。

 ……参ったな。見たところ、墓地を使うものではないみたいだが……。 

 とにかく、こちらもジョーカーズの黄金ムーブで展開していくしかない。

 そのまま、一気に物量で攻め落とす!

 

「俺のターン、1マナで《ジョジョジョ・ジョーカーズ》! その効果で、山札の上から4枚を見る。その中から1枚を選択し、それがジョーカーズクリーチャーなら手札に加える! さらに《パーリ騎士》を召喚して、墓地のカードをマナゾーンに!」

「単調だな。それが、音に聞く……ジョーカーズか」

「……!」

「白銀耀。皇帝(エンペラー)の少年……我が主の期待通りの人間である事を精々願うばかりだが……!」

 

 巨龍は4枚のマナをタップする。

 

「呪文、《クリスタル・メモリー》詠唱。その効果で、山札を見て、好きなカードを手札に加える。ターンエンドだ」

 

 手札で何らかのコンボパーツをそろえているのか? 

 だけど、分からない。

 あいつがどういうデッキなのか、そんでもってどうやって動いてくるのか。

 それが全く読めない。

 だけど――

 

「お前に何と言われようが関係ない。俺のターン、4マナで《ヘルコプ太》召喚! その能力で場のジョーカーズの数だけドローだ」

 

 展開で尽きかけた手札であったが――一気にそれらは補給される事となる。

 これで、増援の準備も出来た。 

 手札には、《メラビート・ザ・ジョニー》に《超Z級 ゲキシンオー》も揃っている。

 完璧だ!

 

「我がターン、《電脳決壊の魔女(カオスウィッチ) アリス》を召喚。効果で手札を3枚ドロー。そして、手札から2枚を山札の上にセットだ」

「……へっ、悠長にしてたら負けちまうぜ。このターンでお終いにしてやるよ!」

 

 攻め手は全て揃った。

 これで終わらせてやる!

 

「6マナをタップ――迸れ、炎のジョーカーズ!!」

 

 浮かび上がるのはMASTERの紋章。

 それが炎で燃え上がり、そして遠くから聞こえる風の音。

 皇帝(エンペラー)のカードが燃え上がり、咆哮した。

 

 

 

「これが俺の灼熱の切札(ザ・ヒート・ワイルド)!! 燃え上がれ、《メラビート・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

 灼熱に燃え盛ったガンマン、そしてバイクへと変形した愛馬シルバーが戦場へ駆けつける。

 だけど、これで終わりじゃない。 

 俺の手札には、まだ2つの弾丸が込められている!

 

「さあ行くぜ!! マスター・W・メラビートでJ・O・Eを持つクリーチャーを2体までバトルゾーンに出す!」

 

 背後から燃え盛る炎の弾が2つ、身体を掠めた。

 

「チョートッQ、バーニングモードだ!!」

『応、であります!!』

 

 駆け巡る炎は、戦場へ思いっきり突き刺さる。

 まずは1発。

 

「これが俺の灼熱の弾丸(ザ・バーニングバレット)! 燃え上がれ、皇帝(エンペラー)のアルカナ、《ドッカン! ゴートッQ》!」

『轢かれないように注意するでありますよ!!』

 

 そして、2発!!

 見上げるほどの巨体が、全てを粉砕する為に降り立った。

 

 

 

「これが俺の超Z切り札(チョーゼツワイルドカード)!! 《超Z級(ちょうぜつきゅう) ゲキシンオー》!!」

 

 

 

 これで、全ては揃った。

 まずは、あいつのクリーチャーから全て焼き払う!

 

「まずは場にジョーカーズが5体以上いるから、《メラビート・ザ・ジョニー》で相手のクリーチャーを全て焼き払う!!」

「ぐぬうっ……!!」

 

 燃える炎のボードが大地を一刀両断。

 溶岩が溢れ出し、大男の場のクリーチャーを全て焼き払った。

 だけど、これだけじゃ終わらない!!

 

「まだまだあ!! 《ゲキシンオー》の登場時効果で、場のジョーカーズの数だけ相手のシールドを直接ブレイクだ!!」

「ぐおおっ……!!」

 

 高く飛び上がり、地面に巨大な重機の拳が楔となって撃ち込まれた。

 大地の悲鳴と共に、大男を守る盾も皆、震えて砕けた。

 これで、あいつを守るカードは何もない!!

 

「これで、お終いだ!! 《ゴートッQ》で――」

「甘いぜ!! シールドトリガー発動!!」

 

 次の瞬間、粉砕されたシールドが門を象った。

 こ、これって――

 

「俺があの時、《クリスタル・メモリー》を使った時点で、お前の負けは確定していた……! 山札と手札のカードから逆算して、俺

はシールドに何のカードがあるのか把握してたんだよ!! 呪文、《蒼龍の大地》!! 効果でマナゾーンのコストより小さいクリーチャーを場に出す!!」

 

 門から現れたのは1つの影。

 それは、この状況を覆せるようなものには見えない程凡庸な姿。

 しかし。その胸には胎児のようなものが蠢いていた。

 

「さあ、我が運命の輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)のアルカナよ!! 力を貸せ!! 

《電磁無頼アカシック・サード》!」

 

 浮かび上がるのは、ローマ数字のⅩ。確か、司るのは運命の輪。

 あれが、あいつの中にあるエリアフォースカード……!?

 オオオオオオオオアアア、と雄叫びを上げた獣人。

 それは、全ての運命の変転を司るクリーチャーであるとは――この時、俺は夢にも思わなかった。

 

「そして、《蒼龍の大地》の効果で出したクリーチャーが自然か火の場合、相手のクリーチャー1体とバトルさせる! バトル相手は《ゴートッQ》だ!」

『はっ、甘いでありますよ!! そいつは、パワー1000の貧弱クリーチャー、我はこう見えてもパワー8000。バトルでおいそれとは負けないでありますよ!』

「ああ、このままならな!」

 

 次の瞬間、彼の拳が天高く突き上げられる。

 

「《アカシック・サード》の効果発動!! バトルの時、山札の上を捲り、クリーチャーが出るまで表向きにする!」

「……!?」

 

 山札の上。

 いきなり、それが表向きになった。

 クリーチャーだ。そういえばさっき、山札を操作していたような――

 

「そして、《アカシック・サード》は捲れたクリーチャーに”変身”する!!」

「……は?」

 

 困惑。

 そして、次の瞬間言い知れない恐怖が俺を襲った。

 変身する、って――何にでもなれる、ってことか!?

 次の瞬間、《アカシック・サード》の身体が変貌していった。

 杓炎に染まった鎧、巨大な体躯。

 広げられた翼――それは、勝利を呼び覚ます伝説であった。

 

 

 

「――捲れたのは、《勝利のレジェンド ドギラゴン》だ」

 

 

 

 次の瞬間、その巨大な鍵爪が《ゴートッQ》の身体を一瞬で粉砕する。

 

『ぐえぁっ……!!』

「ゴートッQ!!」

 

 確かあのクリーチャーは、パワー14000で、スピードアタッカーのT・ブレイカー。

 さらに場に出たターンに相手のクリーチャーを攻撃するという能力を持っていた。

 だけど、此処で俺を追い詰めたのは最後の能力だった。

 

「バトルは当然、《ドギラゴン》に変化した《アカシック・サード》の勝利……だが、これだけで終わらせねえ。《勝利のレジェンド ドギラゴン》がバトルに勝った時、次の自分のターンのはじめまで、自分はゲームに負けず、相手はゲームに勝てない。つまり、これ以上の攻撃は無駄ということだ!!」

 

 大男の周囲に防壁が貼られていく。

 せ、攻めきれなかった!? それに、何なんだあのクリーチャーは!?

 

「そして2枚目のシールド・トリガー! 《フューチャー・カプセル》! 山札の上から5枚を見て、それを好きな順で入れ替える!」

「また山札操作……!?」

「さてと。まだ、何かやる事はあるか?」

「っ……ターンエンド」

 

 その宣言と共に、巨大な龍は元の獣人の姿へ戻ってしまう。

 更に、《ゲキシンオー》も山札の下に戻ってしまう。

 幸い、俺の場にはタップされたクリーチャーは1体も居ないが――

 

「じゃあ、このターンで終わりだな」

「――な、何だと!?」

 

 大男は4枚のマナをタップする。

 そして――

 

「呪文、《仁義無き戦い(パブリック・エネミー)》!! この効果で、互いにクリーチャーを選び、それらでバトルさせる! 俺が選ぶのは《アカシック・サード》だ!!」

「っ……《ヤッタレマン》を選択だ!!」

 

 まずい。

 再び、《アカシック・サード》の効果が発動するってことか!?

 

「知っているか? この世で最も強い生き物を」

「……!?」

 

 ハハハハハ、と高笑いを隠せない彼は続けた。

 

「それは我らがドラゴンだ。神よりも神聖で、悪魔の如き力を宿した無敵の生物!! さあさあさあ!! その身に我らが希望の星を宿せ!! 孕め!! 身籠れ!!」

 

 次の瞬間、そこにはローマ数字のⅩⅤが浮かび上がる。

 

「もう1つの……エリアフォースカード……!!」

 

 捲られる山札。

 突きつけ、俺を屈服させ、絶望させるかの如く。

 運命は既に決められていた。

 眩い閃光。

 悍ましい叫び。

 そして、地獄の炎。

 全てが入り混じり、混沌に抱かれ、大地へ舞い降りた。

 

 

 

「全ては我が希望の星が定めた運命の輪。

 竜の断罪、その身に受けよ――我が名は《竜魔神王 バルカディアNEX》ッ!!」

 

 

 

 それは、全てを滅し悪魔。全てを統べし天使。そして、両者を束ねた最強の龍。

 漆黒の翼を広げ、戦場を駆けたとき。

 全ては跪くしかなかった。

 運命の輪が指し示す決められた道筋を前にして。

 

「《バルカディアNEX》へ変身した《アカシック・サード》のパワーは25000。《ヤッタレマン》を強制バトルで破壊!!」

「っ……嘘だろ」

「《バルカディアNEX》はコスト15で進化元もエンジェル・コマンドとデーモン・コマンド、アーマード・ドラゴンからいずれかを3体選んで進化させねえといけねえ超巨大進化獣。しかしだ! 依代にその体を降ろすなら話は早い!! 《アカシック・サード》はそれを可能にする!!」

 

 む、無茶苦茶だ……!!

 こんな方法、ありかよ!!

 

「《バルカディアNEX》が居る限り、相手は呪文を唱えられない。そして、《バルカディアNEX》が攻撃するとき、相手のクリーチャーを1体選んで破壊する!! 《メラビート・ザ・ジョニー》を破壊!!」

 

 巨大な翼が羽ばたく。

 それだけで瘴気が満ちていく。

 全てが枯れ落ちていくような錯覚に陥る。

 いや、現に俺のクリーチャーは皆枯れ落ちていった。

 

「そして《バルカディアNEX》が攻撃するとき、山札を見て、好きなドラゴンかコマンドを場に出せる!!」

 

 大地が再び裂けた。

 そして現れたのは――

 

「マナゾーンの《悪魔神 バロム・クエイク》を進化元に――《悪魔神 バロム・クエイク》を場に出す」

「っ……嘘だろ!? 全部、封じられた!?」

 

 終焉の悪魔神。

 その効果は俺もよく知っていた。

 黒鳥さんが使っていたからだ。全ての悪魔以外のクリーチャーを滅ぼし、そしてコストを支払わずにクリーチャーが場に出る代わりに、マナゾーンに置く――呪文も同じく封じられたこの時点で、俺に勝ち目が無くなった事を悟らざるを得なかった。

 まず、俺の場は全て滅ぶ。

 後には何も残らない。

 亡骸さえも、見えなくなった時。

 

「《バルカディアNEX》でシールドをワールドブレイク」

 

 意識が、その時点で吹き飛んだ。

 突風と共に全てのシールドが俺を貫く。

 そして、巨大な影が――俺の眼前に迫った。

 通用しない。

 圧倒的な力を前にして、俺達が今まで培ってきたものが何もかも通用しない。

 

「教えてやる、人間。お前の無力さを。我らが裁きに抗うこと無く、ひれ伏せ」

 

 俺はその声こそ聞こえていた。

 か細く、だけど力を振り絞り、俺は問いかける。

 

「テメェらは……何者なんだ……この……世界を、どうするつもりだ……!」

「まだ闘志を絶やさないか」

 

 殺される――くそっ、此処で終わりかよ。

 こんなところで……!!

 駄目だ。もう、考える余裕も何もない。

 目の前に降り注ぐ暗黒の一撃に目を向けるしかない――

 

 

 

「我らは真龍の子。全ては、審判のカードの意思の元に──」

 

 

 

 悪魔神の鉄槌が俺を押し潰す。

 溢れんばかりの闇に飲み込まれ――俺は今度こそ、光を手放した。



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Ace5話:水晶事変─幼馴染

『――探偵。探偵!!』

 

 ふと、腫れたままの目をブランは擦った。

 気が付けば、書庫で眠ったままになってしまった。

 しかし、起こしたのは心配そうな顔を浮かべたワンダータートルだった。

 

「……ん、どうしたデスか」

『大変じゃ。妙な反応を感じる……!』

「妙な反応、デスか!?」

 

 こくり、と彼は頷いた。

 すかさずブランはワンダータートルを頭に乗せる。

 ここからはかなり離れた場所。

 すぐに、縮小された地図が頭に浮かぶ。

 だが、自分は確かにその場所を知っていた。

 ブランはすかさず叫んだ。

 

「……ハイドパーク!? Why!?」

 

 どうなっているのだろうか。

 何処か、胸騒ぎを覚えた。

 ハイドパーク。どうにも自分にとっては、因縁深い場所だ。

 ロードに出会い、そしてロードと再会した場所。

 それを思い返すと、彼女の表情に影が落ちた。

 あのロードは、幻か何かだったのだろうか。

 ふと、スマホを見た。今の時刻は――夜の8時か。まだ、バスは出ているだろうか。

 ともかく、ハイドパークに行って、その謎を突き止めなければならない。

 それが、ロードの事を忘れる手段にもなりそうだったからだ。

 

「行こう、ワンダータートル」

『うむ……!』

 

 ブランは帽子を被った。

 そして、立ち上がる。

 私は探偵だ。探偵は――何があっても、事件と謎を解き明かさなければならない。

 きっと、それが自らの恐れる最悪の真実だったとしても。

 窓を引き上げた。

 そして、そのまま屋根に飛び乗り、軽い身のこなしで飛び降りる。

 これで、家族にはバレない……と思いたい。

 

「ワンダータートル。私、日本だけじゃない。このイギリス――ロンドンも故郷デス」

『うむ。分かっておる』

「だから、私はそれを守らないといけないのデス。私のヒーローの生まれ故郷で、私の親友との出会いの地で、私が生まれたこの地で何か悪いことを企んでいる物があるなら……それは、私が許しまセン!」

 

 彼女は駆けだした。

 夜風に吹かれながら、真実を突き止めに行く。

 それが探偵である自分の使命であり、運命であり、天命だと信じ、走り出した。

 バスに飛び乗り、目的地まで彼女は不安を隠せない表情で俯いていた。

 夜のロンドンは何処か不安を覚えるが、イルミネーションがそれをかき消してくれた。

 バスを降りると、ハイドパークへ辿り着く。

 そして、着くなりワンダータートルが叫んだ。

 

『む、迷宮化か……!』

「迷宮化!?」

『うむ……どうやら、人が無意識にこの場所へ入らないようにしているようじゃ。良からぬ者がこの中に居るのは間違いないようじゃのう!』

「……何をやってるのか、突き止めてやるデス!」

 

 彼女は押し入るようにハイドパークへ入った。

 意識した以上、無意識の迷宮は無意味。

 そして、ワンダータートルが居る限り、迷宮は掌握したも同然。

 彼女はそのまま、反応のある場所へ走っていくのだった。

 そして、近付く度にある事実に気付こうとしていた――

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ここは――」

 

 湖だ。

 ロードと出会った、あの湖のほとり。

 初めて会ったあの日も、そして再会したこの日も――ロードは此処に居た。

 きっかけは、落ちていた本を見つけた事。

 それで、彼に出会った――

 

「おかしいデス」

 

 彼女は頭の中で繰り返した。

 ロードは誰よりも、自分に負けないくらい本が好きだった。

 そんな彼が――あんな、分厚い本を忘れるだろうか。

 

「おかしいんデスよ……貴方は、ロードなのデスか。本当に、私の知ってるロードなんデスか?」

 

 

 

 

「おかしくない。僕は、君の知っているロードだ」

 

 

 

 

 ブランは顔を上げた。

 そして、身体を震わせる。

 居た。

 その名を、力強く、呼んだ。

 

「……ロード」

「やあ、また会ったね。明日まで、素直に寝てくれていれば良かったのに……待ちきれなかったのかな、ブラン」

「……答えて、ロード」

 

 ブランは彼を睨みつけた。

 この場で最も異常なのは――死んだはずなのに、目の前に居るロードだ。

 どうして、彼がここに居るのか。

 現世に蘇った亡霊の類ではないのなら――彼に化けたクリーチャーか。

 いずれにせよ、この公園の異様な魔力は彼の仕業に違いない、とブランは推理する。

 

「……ロードは、死んだ。ライトレイデュエルスクールの爆発事故で――死んだ。違う?」

 

 彼はしばらく押し黙っていた。

 しかし。

 

「……」

「ロード?」

「……ふっ」

 

 声は、一段と大きくなった。

 

「ふっ、あはははははははははははは!! そうだね!! 世間は、そう思ってる。この僕が、あの事故で死んだってね――だけど考えてごらんよブラン。遺体は見つかっていない。それはつまり、僕が今此処に居る事に対する裏付けになるんだ」

「っ……じゃあ、どうして姿を隠していたの! 今までどこにいたの!? 貴方は、本当にロードなの!?」

「落ち着けよ。探偵とやらの口調が出てる。心配しなくても、僕は僕だ」

 

 ただし、と彼は付け加えた。

 

 

 

「――今の僕は、ロード・クォーツライト……我が一族の末裔としての僕だけどね」

 

 

ブランは、一瞬意味が分からなかった。

 クォーツライト。それは、彼がかつて名乗っていた姓では無かったはず――否。

 そもそも、彼は姓を名乗っていたのだろうか? いや、戸籍上は確かに存在している。

 ニュースの記事に書かれていた。クォーツライトとは、まったく違う姓が――!

 

「どういう、事……!」

「ブラン。君は考えた事が無かったかい? この世界は、とても美しい、とね!」

「……?」

 

 間髪入れずに彼は続けた。

 

「青々とした自然。どこまでも続く海。そして、沢山の人々。誰一人として同じ人は居ないんだ。人間というのは……素晴らしいだろう?」

「……何言ってるの、ロード」

「僕はこの世界が大好きだ。いや、僕の一族は、って言うべきだね。そして、人間は幸せを追求する生き物だ! ハッピーになるために生きるんだ。生まれは関係ない。今ある場所から、より良い場所へ登っていこうとするんだ」

 

 だけどね、と彼は続けた。

 

「世界は残酷で……平等な幸福は全ての人には訪れない。幸福になれない人。そればかりか、幸福になるために誰かの幸福を奪う人がいる。それが奪い合い。争い。果てには戦争に発展した。食料、土地、大陸、次は……星かな? 幸福のために不幸になる人が居るなんて、可愛そうだと思わないか?」

「……ロード? ロードが何言ってるのか、私、分からないっ……!」

「そして何より、この世で幾ら富を築いても。いっぱい幸せになっても……死んだら何も持っていけないんだ。これは、人間に課せられた共通の罰だと思わないかな?」

「な、何の罰……!?」

「生きる事への、罰だよ」

 

 彼は淡々と言った。

 感情の籠っていないような、冷たい目でブランを睨んだ。

 

「奪う事で、傷つける事で幸福になろうとする人間の罪。人類の歴史が刻んできた共通の罪。繰り返されてきた罪。一生消える事の無い罪。即ち之、原罪である――許されるには、人類を罪と罰から解放するには……誰かが人類を裁くしかない」

「さ、裁く……!?」

「そう」

 

 彼は微笑んだ。

 

「クォーツァイト家……僕らは、千年もの間、人類の原罪を裁く方法を人知れず求め、そしてそれを作り上げてきた。僕は、裁きの鉄槌を完成させるため、社会の歴史から抹消される必要があった」

「ロード。じゃあ、あの事故は――」

「都合が良かった。僕はあの場から家の者に連れ出されて逃げた。そして、幾ら探しても僕の遺体は見つからない。見つかるわけがない。僕は確かに今、此処に居るんだから」

 

 ロードは、生きていた。

 故に――最悪の真実がブランに突きつけられようとしていた。

 

 

 

 

「そして、裁きの鉄槌は僕の代で完成する。人類皆等しく全て、この星諸共僕が裁く」

「ふざけないで!!」

 

 

 

 

 ブランは叫んだ。

 

「ロードは、私の親友。私を助けてくれた親友。私が……一番大好きな友達……!」

「……ブラン」

「こんな事してるなんて……知らなかった。私……ロードの事、何も分かってなかった。ねえ、ロード。これは、正しい事なの?」

「ブラン。人間の罪は君も散々実感しているはずだ。混血である事を虐められていた君ならね」

「っ……!」

「可哀そうに。醜悪な欲望の為に、傷つけられてきたんだろう? 許せないよね」

「……ロード……!?」

「でも安心してくれ。人類を皆裁けば、全ての罪は罰せられる。そして、罰せられた人間は全て救済されるんだ、我らが信仰する――裁きの神体の元に」

 

 次の瞬間だった。

 湖の水が盛り上がる。 

 そして、眩いばかりの光を放ち――それは姿を現した。

 月の光さえも最早霞んで見えない。

 それはいわば水晶。全てが水晶に覆われており、全貌こそ分からなかったが――強大で禍々しい人知を逸したものであることはブランにも察せられた。

 

 

 

 

 

「見てよ!! これが我らが裁きの一族クォーツァイトが千年掛けて作ってきた裁きの神体、裁きの鉄槌、だ!!」

 

 

 

 

 DG。

 アルファベットの二文字だけで示されたその何かを前にブランは立ち尽くすしか無かった。

 水飛沫が飛び散る。

 光が反射する。

 神々しくて、禍々しくて――あまりにも悍ましくて。

 

「……アハハハハハ!! やっともうすぐで完成するんだ。僕は嬉しいよ! だけど……まだ1つだけ足りないんだ」

「……!」

「裁きには、正義が必要だ。このDGを完成させるには、我らが一族の審判(ジャッジメント)のエリアフォースカード……そして何より、正義(ジャスティス)のエリアフォースカードが必要なんだ」

「じゃ、正義(ジャスティス)……!?」

 

 そんなエリアフォースカードは無い。

 持っていない。

 しかし。ワンダータートルは何かを知っているかのように呻く。

 

「おい守護獣。そのエリアフォースカードは正義(ジャスティス)だろう? ずっと探していたんだ」

『何を……ワシにその名を口にする権限は』

「すっとぼけるんじゃないよ。僕には見えるんだ。エリアフォースカードの真名がね」

『……!』

 

 そう言うと、彼は詰め寄った。

 

「ブラン。そいつとエリアフォースカードを手放せ。そいつの所為で、君は危険な目に遭ってきたんじゃないか?」

 

 そんな事、出来ないに決まっていた。

 これは、自分とワンダータートルを繋ぐ絆の証。 

 何より、他の誰かに渡せないものだ。

 例え、それがロードだったとしても。

 

「……嫌っ……! 幾らロードでも……絶対に、渡さない……!」

「強情だな。それは人類の救済に必要なんだ。何で君が持ってるのか知らないけど……!」

 

 ブランは歯を食いしばった。

 今のロードに、話は通用しない。

 まして、ロードがやろうとしていることは、とんでもない事だ。

 あの水晶、間違いなくとんでもないクリーチャーで、彼はそれで大それた事をやろうとしている。

 人類の救済。人類への裁き。

 嫌な予感しかしなかった。

 

『探偵……! あのクリーチャーを目覚めさせてはいかん!』

「分かってマス!」

 

 例え親友だったとしても――否、親友だからこそ止めなければならない。

 遂に彼女は覚悟を決めた。例え傷つけたとしても、彼を止めると。

 一番大好きな彼だからこそ――止めなければならないと。

 

「……仕方ない。僕とて、この計画をずっと進めてきたんだ。君の一存でフイにするわけにはいかないんでね」

 

 そう言うと、彼はカードの束を握る。

 

「もちろん、持ってるんだろう? この公園の魔力を追ってきたんだから」

「……ロード。こうするしか、無いの!?」

「無いんだよ。僕にはやり遂げねばならない事がある。エリアフォースカードの力を使って……やり遂げねばならない事がね」

 

 そう言うと、彼は続けた。

 

審判(ジャッジメント)――」

『Wild ……Draw……ⅩⅩ(トゥエンティーン)……JUDGEMENT(ジャッジメント)!!』

「ワンダータートル、デュエルエリアフォース!!」

 

 夜の公園は――不気味な水晶に照らされ、戦場へと転じる。

 だが、或瀬ブランは知らない。

 残酷な真実は、まだ一角に過ぎない事を。



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Ace6話:水晶事変─DG

――ブランとロードのデュエル。

 夜の湖を背景に浮かび上がるシールド。

 そして、妖しい煌きを止め止めなく放ち続ける水晶。

 見るだけで、頭がくらくらしてくる。

 しかし、それだけではない。

 親友のロードを、何が何でも止めなければならないという思いが――彼女を強く進ませた。

 

「……ロード、デュエマやってたんデスね……!」

「ああ。今や……デュエマは世界に広がったカードゲームだからね」

 

 彼は軽薄そうに笑った。

 いつもと変わらない表情。だが、今の彼からはそれ以上に底知れないものを感じた。

 帽子を深く被り、彼女は叫ぶ。彼のペースにだけは呑まれないために。

 

「ロード。私は、この事件の犯人である以上……此処から先は――私の迷宮が通しまセン!!」

「はっ。その語り口……気に入ってるのかなあ? まあ良いさ。DGには、通用しない」

「……!」

 

 今、目の前に居るのは親友ではない。敵だ。

 だからこそ――ブランは、彼から目を反らした。

 油断も、容赦も出来ない。

 あの怪物は、間違いなくアルカクラウン――いや、それ以上に凄まじい曰く付きの代物に違いないのだ。

 

「僕のターン。2マナをタップだ。まずは君からだよ。《一番隊 クリスタ》を召喚」

「私のターン、デス! 2マナで、こっちも《一番隊 クリスタ》召喚!」

 

 互いに、応酬の如く2コストクリーチャーをぶつけ合う。

 使用デッキは互いにメタリカ。

 初動のカードも全く同じだ。

 

「そっちもメタリカか。やはり、根っこの部分では僕たちは似てるって事かなあ」

「……ロード」

 

 ブランは不愉快そうな表情を浮かべた。

 知っていて、わざと挑発している節のある彼に。

 

「3マナをタップ。それじゃあ《龍装者 バーナイン》を召喚だ。その効果で1枚ドロー」

 

 メタリカが出る度にドローする《バーナイン》。

 継続的な補給路として、機能し続けるこのクリーチャーを除去しなければ、延々とカードを引かれ続ける。

 

「なら、こっちも《龍装者 バーナイン》召喚デス! 1枚ドローデス!」

 

 肩をすくめると、ロードはカードを引く。

 

「おやおや、此処まで互いの行動はほぼ同じか」

 

 しかし、彼の手には禍々しく光る宝石の数々。

 純白の正義に輝くブランの宝石達とは、あまりにも対照的過ぎた。

 

「僕のターン。1コスト軽減、2マナで《奇石 マクーロ》召喚」

「そのカードは……!」

「その効果で、山札の上から3枚を表向きにして、その中からメタリカか呪文を1枚選んで手札に加える。加えるのは《赤攻銀 マルハヴァン》」

「!」

 

 現れたのは黒い鉱石の身体のメタリカ。

 あまりにも禍々しい造形に、ブランは慄く。

 何かが、おかしい。自分の知っているメタリカとは明らかに違う彼のデッキのクリーチャーに不気味さを感じた。

 

「《クリスタ》でコストを1軽減。そして、場にコスト3以下のクリーチャーが2体居るから、合計コスト3軽減!!」

 

 光が迸った。

 

 

 

「現れろ――《赤攻銀 マルハヴァン》召喚!!」

 

 

 

 現れたのは、全身を白い外骨格に身を包み、鋭い鍵爪をギラつかせた銀人。

 胸の赤い宝石が野望の赤に煌いた。

 

「《マルハヴァン》は、場のコスト3以下のクリーチャーの数だけ、コストが軽減される。そして、場のコスト4以上のクリーチャーが場を離れる時、場のコスト3以下のクリーチャーを身代わりに破壊出来るんだ」

「身代わり……!?」

「これで、僕はターンエンドだよ。さあ、如何する? ブラン。君は、僕をどうやって裁くんだい?」

「……探偵に、そんな権利は無いデス」

 

 カードを引くとブランは叫んだ。

 

「迷走してでも悩み抜いて迷宮を突破する……探偵は、そこにある真実を見つけるだけデス! 3マナで《奇石 クローツ》召喚! その効果でシールドを山札の上から1枚追加しマス! 《バーナイン》の効果で1枚ドローデス!」

 

 これで、シールドは6枚。

 ロードを上回った。クリーチャーの数を一挙に逆転させるべく、彼女は勝負に出る。

 

「そして1マナで《クリスタ》を召喚しマス! そして、《バーナイン》の効果で1枚ドローデス! これで私の場にある光のクリーチャーは合計で4枚!」

「……? 何をするつもりなんだい?」

「行きマスよ、ロード! 貴方の企み、此処で全て暴きマス!」

 

 光が降り注いだ。

 そして、ブランの場のクリーチャーが次々にタップされていく。

 天に浮かぶのは祝福の光。

 

「コストを支払う代わりに、場の光のクリーチャーを4体タップして、《エメスレム・ルミナリエ》を唱えマス!」

「……!」

「さあ、出てきなサイ! 私の切札!」

 

 色とりどりの宝石の煌きが、漆黒の王を呼び覚ます儀式を開始する。

 刻まれるのは、MASTERの紋章。

 そして、水晶宮から姿を現したのは――

 

 

 

 

「この瞳は、遍くAnswerを見通す! 漆黒にして絶対の正義(Justice)

降臨(Advent)、《オヴ・シディア》!」

 

 

 

 

 断罪の雷鳴と共に、光の王が姿を現した。

 全てを見通す隻眼が、ロードを睨みつける。

 だが、それだけでは終わらない。滴り落ちる雫が、次々と鉱石の番人を生み出していく。

 

「黒曜石の王……! 良いね、良いよブラン! その正義を僕にもっと見せてくれ!」

「《オヴ・シディア》の効果発動! 相手の場のクリーチャーの数だけ、山札を表向きにし、その中からコスト6以下のメタリカを全てバトルゾーンに出しマス! 出てきなサイ、迷宮の番人達!」

 

 湧き出る銀人、そしてゴーレム達。

 ロードの場にあるクリーチャーは4体。

 捲られた山札のカードは4枚だ。

 

「出すのは、《星の輝き 翔天》、《正義の煌き オーリリア》、《戦の傾き 護法》、《奇石タスリク》デス!」

「……へえ。そんなにクリーチャーを出してくるとは……だけど、僕の場には《マルハヴァン》が居る。《翔天》で攻撃したら、ブロッカーのこいつで返り討ちだ」

「それだけじゃないデスよ! 《クリスタ》2体で2コスト軽減、1マナで《緑知銀 フェイウォン》を召喚! そして、その効果で《翔天》をタップ! これで準備は整いマシタ! ターンエンド!」

「……これは」

「見せてあげマス、ロード! これが私たちの大迷宮! 相手のターンの始めに《翔天》がタップされているので、手札からコスト8以下の光のクリーチャーをタップして場に出しマス!」

 

 現れるのは最強の迷宮の番人。

 稲光が何重にも迸り、地面を穿つ。

 宝石の煌きが、彼女を守るように――浮かび上がった。

 

 

 

 

「導き出せ、一筋のAnswer! 迷宮の中にある唯一つの真実を示す時!

召喚(Summon,this)、《大迷宮亀 ワンダータートル》!」

 

 

 

 

 宝石の大迷宮を背中に背負った巨大な大亀。

 それが虚空に突如現れ、結晶の迷宮を展開させていく。

 

『さあ、探偵!! 我らが迷宮で、奴を追い詰めるぞ!』

「了解デス! 《ワンダータートル》のラビリンス効果で、次の自分のターンまで自分のクリーチャーはバトルゾーンを離れないのデス!」

「……探偵なのに、迷宮か。ふふっ、お茶目さんだねえブラン……その様子じゃあ日本でも大した事件は解決出来て無いんじゃないのかい?」

 

 ブランは唇を噛み締めた。

 侮られている。それが、とても悔しかった。

 

「……うるさいよ、ロード」

 

 最早、その口調を通す必要は無かった。

 心の底から彼を軽蔑するように、睨む。

 

「怒るなよ。弱そうに見える」

「……うるさいよ! だったら、この迷宮を突破してみたら良い! 言っておくけど、ロードは次のターン、攻撃しなかったらクリーチャーを全員タップされる。だけど、攻撃したら《翔天》の攻撃誘導で《ワンダータートル》に攻撃しないといけない。そして――何より、《ワンダータートル》がバトルに勝ったら、またクリーチャーが増える。まさに、文字通りの迷宮入りなんだから!」

「それはどうかな?」

 

 彼は言い切った。

 

「この程度で迷宮だなんて……たかが知れてるよ。そんなものは、裁きの前では無力だ。最も、裁くのは僕じゃないが」

 

 迷宮の水晶が凍てつく。

 その上に更に上書きされるが如く。

 凍り付くようにして侵食されていく――

 

「裁くのは……DGだ」

 

 究極の生命体を意味する二文字。

 どくん、どくん、と鼓動が聞こえてくる。

 水晶が、集っていく。

 迷宮の壁を突き破り――それは、天高く浮き上がり、顕現した。

 

 

 

 

「我、クォーツァイトの名の下に銘ず――《DG ~ヒトノ造リシモノ~》」

 

 

それは、確かに息吹いていた。

 鼓動を脈打たせていた。

 一見すれば水晶の塊。

 しかし、その中心に確かに透き通った球体の眼が見える。

 まるで、獣のような鋭い細い光彩が見える。

 

「これが……DG!?」

『メタリカ……! しかし、何だあの身体は……!』

「天秤に掛けろDG。今こそ、裁きの刻だ」

 

 次の瞬間だった。

 DGから一閃が放たれた。

 それが――ブラン、そしてロードのシールドを同時に貫く。

 

「っ……!!」

「DGは公平な裁きを与える。場に出た時に互いのシールドをブレイクするんだ」

「何デスって……!?」

「じゃあ、僕から行くよ。S・トリガー、《ルクショップ・チェサイズ》。その効果で、僕は山札の上から2枚を見て、その中から1枚を手札に、1枚をシールドに加える。そっちは?」

「……トリガー無し、デス」

「そして、僕はこのままターンを終える。その終わりに、《ワンダータートル》の効果で僕のクリーチャーは全てタップされる、だったよね?」

「……そ、そうデス! 全員タップデスよ!」

 

 咆哮する迷宮の番人。

 それによって、ロードのクリーチャーは全てその身を無防備に晒す事となる。

 しかし――

 

「そして、《DG》がタップされた時の効果発動。もう1度、互いのシールドをブレイクするよ」

「えっ……!? タップされた時もデスか!?」

 

 またまた、こちらにトリガーは無い。

 しかし、砕かれたロードのシールドは再び収束していた。

 思い返せば、あれは、さっき追加されたシールドだ。

 

「ごめんね、ブラン。もう1つ言い忘れてたよ。《DG》の効果で僕のメタリカは全てS・トリガーを得るんだ」

「し、S・トリガー!?」

「そうだよ。発動、S・トリガー!!」

 

 砕かれたシールドは、次第に破片が集合していく。

 そして、そこから巨大な一つの瞳が妖しく、赤く光った。

 

 

 

「色彩を失いし隻眼の王。傀儡と成り果てた正義に何を問う――《オヴ・シディアDG》!!」

 

 

 

 それは、確かに光の王、オブ・シディアであった。

 しかし、色褪せ、更に水晶が周囲に纏わりついており、両手には龍の如き首が憑りつき、触手が伸びている。

 その隻眼から意思というものは既に抜けており、まさしく死体、という言葉が相応しい。

 最早、そこに黒曜石の王の威厳も意思も存在しない。

 只、究極の生命体、DGにその力を貢ぎ続けるのみ。

 

「《オヴ・シディア》……!? これが!?」

「ふふふっ。美しいだろう? これが、隻眼の王の成れの果てだ。さあ、僕はこれでターンを終えるよ。だけど、君のターンの始めに、《オヴ・シディアDG》の効果発動」

 

 覇気無き隻眼が妖しく光る。

 そして、再びロードのシールドが砕け飛んだ。

 

「まず、僕のシールドをブレイクする。もちろん、《ヒトノ造リシモノ》が居るから、メタリカはS・トリガーになってるよ。まあ、何が来るか……それは僕にも分からない訳だけど……」

 

 シールドは再び収束した。

 そして――

 

「――来た。S・トリガー、《DNA・スパーク》! 君のクリーチャーには全員、タップして貰うよ!」

「えっ……!? 今アンタップしたばかりなのに!?」

 

 眩い閃光がその場を包んだ。

 次の瞬間、ブランのクリーチャーは全て地平に伏していく。

 もう、このターンに動ける者は居ない。

 

「そして、その後。《オヴ・シディアDG》の効果で僕のシールドを2枚追加する。ごめんね、ブラン。僕の方がシールド枚数上回っちゃったみたいだ」

「っ……そ、そんな……!」

 

 ブランは、狼狽した。

 場数はこちらが勝っているはずだ。

 それなのに――

 

『何じゃ、あれは……! 一体……! DGとは、あれ程までに底知れない存在なのか!?』

「……!」

 

 ワンダータートルの声が震えている。

 ブランの首筋にも冷や汗が伝った。

 

「流石に、手の打ちようがないんじゃないかな、ブラン」

 

 冷淡に言い放つロード。

 しかし。

 

「……本当に、そう思ってる?」

「……何?」

「《クリスタ》2体でコストを2軽減!」

 

 それは言うなれば、太陽の輝き。

 それが、彼女を背後から照らした。

 

 

 

「輝け真実! 我が道を照らす、一筋の光となれ!

《太陽の使い 琉瑠》!」

 

 

 

 現れたのは、太陽の化身。 

 それが、まるで聖母の如き加護をブランのクリーチャー達に与える。

 柔らかく、温かい光が包み込んだ。

 

「わあ、まだやるんだ」

「ちょっと、怒ったよ、ロード」

「ふふっ。昔からそうだったね、ブラン。怒ったら、そうやってちゃんとはっきり言ってくれたね」

「ロード! 言っておくけど、まだ、何も終わってない! シールドの数で勝ってるからって、勝った気にならないで!! 貴方のターンの始めに《翔天》の効果で手札からコスト8以下の光のクリーチャー、《鬼の轟き 参角》をタップしてバトルゾーンに!」

 

 巨大な水晶で出来た鬼のゴーレムが姿を現す。

 

「……ロード。お願い。正気に戻って!! ロードがやろうとしてることは、とても危ない事だよ!? ワンダータートルも、そのクリーチャーが危険だって言ってる!! そうじゃなくても、人類を裁くなんて――」

「……僕のターン」

 

 突き放すように、聞く耳を持たないと言わんばかりに彼はカードを引いた。

 

「じゃあ、そろそろ終審としよう。《Dの天牢 ジェイルハウスロック》を展開!!」

 

 次の瞬間、迷宮の周囲に籠のような牢獄が展開された。

 

「《ジェイルハウスロック》の効果……それは、僕のクリーチャーが攻撃するとき、相手のクリーチャーをタップするというものだ」

「っ……!!」

「まずは、《オヴ・シディアDG》で厄介な《ワンダータートル》を攻撃しようかな! 最も……《オヴ・シディアDG》のラビリンス効果で、僕のメタリカは全てパワーが+5000されているけどね! 今のこいつのパワーは、17000だ! そして、《ジェイルハウスロック》の効果で、《琉瑠》をタップ」

「《琉瑠》の効果で、私のタップされたクリーチャーは破壊されない!」

「へえ。それは厄介だね」

 

 《オヴ・シディアDG》の触手がワンダータートル目掛けて放たれる。

 しかし。それを太陽の加護が弾いた。

 

『DGの力でさえも……太陽の加護の前では無力! 全てを白日の下に晒すのみじゃ!』

「……いいや、無駄な事だよ。無力なのはそっちさ」

 

 言ったロードは《ジェイルハウスロック》に手を掛けた。

 

「僕のターンの終わりに、《Dの天牢 ジェイルハウスロック》の(デンジャラ)・スイッチを起動」

「……D・スイッチ……!?」

「教えてあげるよ。このD2フィールドの力、裁きの牢獄の力を!!」

 

 次の瞬間、天の牢獄がひっくり返る。

 同時に、ブランの場のクリーチャーが全て檻に包まれて、光となって消えていく。

 

「効果発動――相手のタップしているクリーチャーを全て、表向きのまま1枚に重ねて、相手のシールドゾーンに封じる!」

「えっ……!?」

 

 収監。その言葉がお似合いだった。

 ブランのクリーチャーは、全てまとめてシールドという牢獄に封じ込められていく。

 

『た、探偵――!!』

「《ワンダータートル》!!」

 

 その声は、もう届かない。

 ブランの場に、もう守るクリーチャーは居ない。

 

「そ、そんな……! 私のターン……!」

「《オヴ・シディアDG》の効果で僕のシールドをブレイク。……ふむ、《緑知銀サモハン》を出す。そして、シールドを2枚追加」

「私のターン……《オーリリア》を召喚して……ターンエンド……!」

 

 もう、これ以上出来る事も無い。

 悍ましい、DGの光の前に、ブランの希望も潰えようとしていた。

 

「うんうん、コスト軽減してくれる《クリスタ》も、手札補充してくれる《バーナイン》も、まして切札の《オヴ・シディア》も《ワンダータートル》も居ないんだ。諦めたまえ」

「……諦めない……!! まだ、シールド・トリガーがある……!!」

「そうかい。それじゃあ、《オヴ・シディアDG》でシールドをT・ブレイク」

 

 一瞬で、ブランのシールドが3枚、巨大な触手によって叩き割られた。

 しかし。

 

「そんな顔するなよ、ブラン。シャーロック・ホームズが事件を解決するとき、諦めた事が1回でもあったかい?」

「……無い」

「その通り。まだ、トリガーがあるかもしれないじゃないか。《クリスタ》でシールドをブレイク」

 

 しかし。

 砕けたシールドは、そのまま手札に向かうだけだった。

 トリガーは無い。

 残るは、クリーチャー達が束ねられたシールドだけだ。

 

「バイバイ、ブラン。残念だったね。君のデッキは、君を裏切ったんだ」

「……ロード……!」

「《DG》で攻撃。その時、タップされたので互いのシールドをブレイクする」

 

 砕け散るシールド。

 沢山のカードが飛び散り、地面に散らばった。

 ブランは膝をついた。

 しかし。

 

「まだ終わってない。攻撃が届く前にシールドが消えた――つまり、ダイレクトアタックが成立する」

「――!」

「じゃあね、ブラン。楽しかったよ」

 

 彼は微笑んだ。

 在りし日と全く変わらない笑顔で――

 

 

 

 

 

「――《DG ~ヒトノ造リシモノ~》で、ダイレクトアタック」

 

 

 

 

 閃光が、視界を覆いつくす。

 何も、見えないほどに眩しくて――目を瞑る間も無かった。



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Ace7話:水晶事変─砕

※※※

 

 

 

 ――目を開ける。

 多少だが、まだ手も足も動く。

 まだ火花が散っているし、全身が痛い。

 しかし。まだ、眼前にはロードの姿があった。

 右手には、自分の白紙のエリアフォースカード、そして左手には小さいワンダータートルがぐったりした姿で掴まれていた。

 

「……ロード……! 返して……!」

「ああ、やっと起きたんだ、ブラン。でもごめんね。これは僕が貰っていくよ。あいにく、人類を救済するには正義が必要なんだ。所で――」

 

 彼は低い声で語りかけた。

 

「――大迷宮亀ワンダータートル」

『……貴様……探偵は、ブランはヌシに会うのを楽しみにしておったのだぞ……! ヌシの事をあんなに好いておったのだぞ……! どうしてこんな事が出来る! なぜ、こんな真似が出来る……! 答えろ……!』

「誰がお前に喋ろと言った」

 

 ブランは身の毛がよだった。

 今までの何時よりも、此処まで彼の声を怖いと思ったことは無かった。

 

「お前はブランを戦いに巻き込み、あまつさえ僕に逆らわせた。これは、重罪だよ」

『何を……これは、探偵の意思じゃ』

「黙れって言ってるだろ。僕は、まず君を裁かねばならない。遅かれ早かれ、君の存在は僕の理想にとって邪魔なんだ」

 

 ブランは胸が詰まるような思いがした。

 いけない。ワンダータートルが危ない。

 

「最後に言い残す事があるか?」

『ワシは……ぐぁっ……』

 

 パクパク、と口を動かすのが見えた。だけど、もう彼の声は聞こえない。

 力尽きる寸前だからだろうか。 

 今までの思い出が鮮明に蘇る。

 アスファルトでひっくり返っていて、それを助けた時。

 ワイルドカードの事件の捜査中に途方に暮れて、それを助けてくれた時。

 あの時から2人はコンビになった。

 何度も助けられた。いつの間にか、心の拠り所になっていた。

 彼は、いくつもの謎を見せてくれた。一緒に謎を解くのが楽しくて、当たり前になっていた。

 離れるのが嫌で、イギリスに行く時も一緒に見たことのない世界を見せてあげたくて――

 

「嫌だね。言わせない」

 

 ロードは、宙にワンダータートルを放った。

 湖に浮かぶ水晶の瞳が光る。

 小さい身体は、夜の闇を舞い――

 

 

 

 

「やれ、DG」

 

 

 

 

 裁きの閃光が1発。2発。

 刺し貫いた。

 ジュッ、と蒸発するような音と共に断末魔の叫びが聞こえた。

 そのまま――煙を吹いて、地面に転がった。

 

「ワンダー……タートル……?」

 

 ブランは目を見開いた。

 余りの一瞬の出来事に、考えが追い付かない。

 しかし。目の前で煙を吹き、横たわる相棒に――叫んだ。

 

 

 

「ワンダータートル!!」

 

 

 

 だが、もう――相棒は、答えなかった。

 

「死んだの……? ワンダータートル……?」

 

 恐る恐る、彼女は口を開いた。

 

「ワンダータートル!! 私、まだ貴方といっぱい謎を解きたい……!! 貴方と一緒に、冒険したい!! 私が探偵で、貴方が相棒で……ホームズを超える世界一の名探偵コンビになれるはずなんだよ!? 嫌だ!! 嫌だからね、ワンダータートル!! これまでもそうで、これからもそうだよ!!」

 

 だから、これからも一緒だ。

 そのはずだ。

 ずっとは一緒に居れないかもしれない。

 それは分かっていた。

 だけど――離れる事が、嫌だった。

 

 

 

 

 ――探偵。

 

 

 

 

「……!」

 

 

 

 

 脳裏に彼の声が届いた。

 

「良かった――まだ、生きてて――」

 

 

 

 

 ――ワシは、嬉しかったぞ……ヌシが、ワシを相棒と認めてくれたのが。

 

 

 

 

「嫌だ……そんなの、お別れみたいじゃないっ……」

 

 

 

 ブランは拳を握り締める。

 こんな事は、有り得ない。

 敗けたとしても。彼が、彼が簡単に死ぬはずはない。

 エリアフォースカードのクリーチャーにも死は、消滅という形で存在する。

 それを目の当たりにしてきたが故に、今目の前で起ころうとしている事実をブランは決して認めようとしなかった。

 だが、事実もうワンダータートルは喋る気力すら無く、抵抗する体力すら無く、今こうしてブランに今際の言葉をテレパスという形で伝えようとしていたのだった。

 

 

 

 ――なあ、探偵。済まなかった。最後の最期で……ヌシを守れなんだ。

 

 

 

 

「嫌だ……!! 聞きたくない……!!」

 

 

 

 無力感。

 何も出来なかったのは自分の方だった、とブランは責めた。

 唇を噛み締めると血の味がした。

 守られてばかりで、助けられてばかりで、自分は肝心な時に何も出来なかった――!!

 

 ――なあ、探偵。ヌシは……ワシにとって、最高の名探偵だ。ワシに、広い世界という真実を見せてくれた。それだけで十分じゃ。

 

 

 

「やめてよ――ワンダータートル……私は……!!」

 

 

 

 ああ、そうか。

 今になってやっと分かった。

 自分は彼を助けられなかったのを悔やんでいるのではない。

 守られてばかりだったことに後ろめたさを感じているのではない。

 

 

 

 

 ――ワシは……ヌシから、それだけで沢山のものを貰った。

 

 

 

 貰ったとか、助けられたとか、そんな事はどうでもよかったのだ。

 

「嫌だぁ……まだ……一緒に居たいよ……居たいのに……!!」

 

 ただただ、一瞬でも長く、この最高の相棒と一緒に居たかっただけなのに。

 

 

 

 

 

 

「ワンダータートル……私は……!」

「何だ。このくたばり損ない、まだ生きてたのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 血液が、凍り付く。

 彼の声は途切れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さらばだ。”ブラン”。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――役立たずのカメが。お前の名は何だ? 僕には全部見えてんだよ。正義。正義、正義、正義!! それでも正義(ジャスティス)を司るエリアフォースカードの守護獣かよ、笑わせるな」

 

 閃光が迸った。

 潰れるような声が響く。

 1発。

 またもう2発、と小さな体を穿つように光が迸った。

 

「ブランを危険に巻き込んだ。戦いに放り込んだ。こうやって僕に歯向かわせた。崇高なるクォーツライトの理想に唾を吐いた!!」

 

 ゆっくりと、その穴だらけになった宝石亀の身体をひっくり返す。

 げほっ、と咳き込むような音と共に小さな首が飛び出した。

 照明に照らされてはっきりと、ブランにもそれが見えた。

 

 

 

 

「消え失せろ。二度とその面をブランに見せるな」

 

 

 

 

 何かが潰れるような音。

 どくどく、と流れ出す魔力の光。

 硬い靴底は、はっきりと大迷宮亀だったものの頭を踏み潰していた。

 今度こそ――それは、光の粒となって、砕け散り、後には何も残らなかった。

 まだ、何があったのか彼女は受け入れられない。

 だけど、もう彼の、相棒の声は聞こえない。

 頭をどんなに抑えても。

 どんなに耳を澄ませても。

 もう、相棒は――

 

「ワンダー、タートル……?」

「ああ。今度こそ死んだよ。今、そっちに行くね、ブラン」

「死――」

 

 

 

 

 

 ――この世には、居ない。

 

「返して……!!」

「ん?」

「返してよっ……!! 返してってば!! 私の……!! 私の……相棒を……!1」

 

 彼女は手を伸ばす。

 しかし。全身が痺れるように電撃が迸り、全く言うことを聞かなかった。

 まだ、まだ生き返るのではないか。

 あのエリアフォースカードさえ取り返せば……そんな淡い期待もあったのかもしれない。

 しかし。

 

「駄目だよ、ブラン。これは僕の物だ。それとも、まさか、まだ彼が生き返るとでも思ってる?」

「……エリアフォースカードを……!!」

「甘いなあ、ブラン。そんな事、あるわけないだろ。一回完全消滅した魔力生命体は、二度と元には戻らないんだよ。絶対にね」

「元に……戻らない?」

「ああ。君達は、ワイルドカードを倒した事があったんだろう? かなり戦い慣れてたみたいだからね。それと同じさ。君、今まで一回でも倒したワイルドカードのクリーチャーが生き返った事があったかい? エリアフォースカードの守護獣も原理は同じでね……所詮は複製品だからかな」

「ふく……せい……ひん……?」

「そうだよ。コピーだ。コピーはオリジナルの劣化品。クリーチャーもそれは例外じゃなくてね……一度消えたら、もう二度と元に戻らない。それは、君も分かってたんじゃないのか?」

「ああ……あああ……」

 

 わなわなと震える手。

 眼球が乾き、雫が零れ、口がぽっかりと開いていく。

 

「だけど、何もおかしい事は無いだろう? だって――君の代わりにワンダータートルは死んだんだよ!! あいつの効果は味方への攻撃の身代わりになって発動するんだろう? だからさあ……最期の最期で君を身代わりにして果てたって事さ!」

「っ……身代わり……!!」

「そうだ。だって、DGの攻撃に、生半可なクリーチャーが、人間が、まして魔導司が、耐えられるわけないじゃないかあ!」

「ああ……あああああ……!!」

「というわけで。要は君が弱かったから、彼は死んだ。シンプルな話じゃないか」

 

 私の、所為?

 私を身代わりにして?

 私が弱かったから?

 死んだ。

 死んだ死んだ死んだ。

 ワンダータートルは――死んだ。

 

「嫌……嫌だ……あああ」

 

 堪えてきたものが全て、決壊するように、少女を狂わせた。

 切れたダムのように、全てを押し流した。

 

 

 

「あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 悲鳴が、夜のハイドパークに響き渡る。

 悲劇をバックに木霊していく。

 喪失を呪うように、己の無力を恨むように。

 ずっとずっと、木霊していく。

 留まる事無く、突如理不尽に奪われた大切な存在を乞うても、もう戻っては来なかった。

 

「っ……」

 

 しかし、泣き叫ぶ彼女の声はそこで途切れる。

 かくん、と糸が切れた人形のように彼女の頭は地面に伏せた。

 かつん、かつん、と鳴る硬い靴の音。

 機械のように感情の無い冷たい声が響く。

 

「黙らせておきました。ロード様」

 

 そこにあったのは、水晶の龍人。

 ヒトガタに角、牙が生え、全身が透き通った異形。

 それが群れを成してロードに付き従っていた。

 

「ご苦労。で、そっちはどう?」

「滞りなく」

「そうか。君達ならやってくれると思ったよ。流石、僕の自慢の人形だ」

 

 言ったロードは倒れ伏せたブランに向き直る。

 

「悲しい思いをさせてごめんね……ブラン。だけど、僕がもっと良い物を見せてあげるよ。僕の近くで」

「それでは、この小娘は……」

「連れていけ。もしかしたら……ブランなら、出来るかもしれないから」

「それは……例の」

 

 彼は髪を後ろに束ねた。

 そして、眼鏡を外す。

 月光が、彼の顔を照らした。

 野望、そして希望に彼の口が三日月を結ぶ。

 

 

 

 

「――そう……裁キノ巫女の役目をね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「先輩!!」

 

 

 

 倒れ伏せた耀の姿。

 一部始終を見届けた紫月と火廣金は酷く焦燥に駆られていた。

 もう、これで逃げ場も逃げる手段も無くなった。

 まさか、耀は死んでしまったのだろうか。

 あの様子では、只では済まないように思えた。

 仮に生きていたとして――

 

「おい、暗野!!」

 

 飛び出す紫月。

 火廣金は呼び止めようとするが、身体がぐらつき、そのまま地面に手を突く。

 巨龍の前に立ちはだかったのは――紫月だった。

 手を広げ、大男を睨みつける。

 

「これ以上は……私が通しません……!!」

「おっと。だけど、お前の守護獣は――」

「今の彼に迷惑はかけません。私1人で、貴方を食い止めてみせます……!」

 

 恐ろしい。怖い。

 だが、今此処で引き下がれなかった。

 ずっと、守られてきた。その借りは此処で返す。

 今度は自分が守って見せる。彼女はデッキを握りしめた。

 

 

 

 

「……おい……!!」

 

 

 

 ――しかし。

 その声が巨龍と紫月の視線を集めた。

 耀が――確かに上げた声だった。

 それも、あのダメージを受けた状態で――立ち上がっていた。

 

「……貴様。まだ生きてたのか?」

「て、めぇ……俺の後輩に……手は出させねえぞ……!!」

 

 見ると、彼のエリアフォースカードが燃え上がるように炎を放っている。

 その迫力に――巨龍もさも意外だったと言わんばかりの顔で――

 

 

 

「クッ、クカハハハハハハハーッ!! 此処までとは!!」

 

 

 

 ――高笑いを、上げた。

 

「貴様等は素晴らしい逸材だ。我が主が見れば喜ぶ」

「っ……てめ、待て……! 勝ち逃げは……!」

「先輩!!」

 

 ふらつく身体を紫月が受け止める。

 大男の身体が宙に浮いた。

 

「後は、我が主の裁きを待つのみだ。せいぜい抗いたまえ」

「待ちやが……っ!」

 

 言いかけた耀だが、とうとう膝をつく。

 そのまま、炎に包まれたかと思うと――大男の姿は消失したのだった。

 

「……先輩。肩を貸します。一先ず、皆さんがこっちに気付くまで――」

 

 言いかけた紫月。

 しかし、耀が頷く間もなく、水晶が陸橋へ侵食してくる。

 彼女は耀を抱えたまま駆けだそうとする。

 しかし、重くて動けない。

 

「レディ!!」

 

 そんな声と共に、火廣金が駆け寄ってくる。

 汗ぐっしょりで息を切らせていたが、耀の肩をそのまま背負った。

 

「火廣金先輩……!」

「逃げるぞ! 一緒に……! このままでは俺達も水晶の下だ……!」

 

 そう言って駆けだして逃げたも束の間。

 行く先々に水晶は近付いてくる。最早、行先は無い程に。

 

「あっちもこっちも……行き止まりか!」

「こんなの、どうすれば――」

 

 クリーチャーの力は使えない。

 シャークウガは大損害を受け、チョートッQはダウン。

 火廣金は召喚すら、もうできないようだった。

 万事休すと思われたその時。

 

 

 

 

 

「お前たち、今行くゾ!!」

 

 

 

 

 その声と共に、空中から触手が降り注ぐ。

 そして、紫月、火廣金、耀の身体に何重にも巻き付き、空へとひっぱりあげられた。

 

「なっ、これって――!!」

「これは……」

 

 火廣金は引っ張りあげられる中で空を見上げた。

 そこにあったのは――半身が怪物の、巨人の姿だった。

 

「ドルゲユキムラ――!!」

 

 しかし、問題はさらにその先。

 大きな翼を広げて、空に浮かぶものがある。

 紫月はそれを睨むと、呟く。

 

 

 

 

「――飛行……艇……!?」 



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Ace8話:水晶の龍人

 暗く、鬱蒼とした樹海。

 腐った木々、あるいは動物の死骸がもたらす死の匂いが漂う腐の森の最奥。

 魔導司でさえも好き好んで足を踏み入れる者は居ない。

 そんな場所に魔導調査団と呼ばれるこの組織が拠点を築いているのは、この森の奥にあると言われる遺跡の調査であった。

 テントを張ってキャンプを作ったものを拠点にし、加えて第一網、第二網……と呼ばれる警戒部隊を何重にも敷くことで侵入者の接近を警戒していた。

 無論、樹海の上空も飛行能力を有すクリーチャーを従えた魔導司が警備をしており、抜かりはない。

 そして、残りの面子が遺跡の調査を行う本部隊であるということから、この調査が大掛かりであることが分かる。

 

「だから貴様も無駄口を叩くな」

「またまたぁ、実は退屈なの嫌いな癖にぃ」

「任務は任務だ。言われた通りに実行するまでだぞ。それに、魔導司自体が酔狂な馬鹿共の集う役職であるのだから」

「まあ、侵入者が来なければ警備哨戒程楽な仕事も無いしねえ」

「おい、気を抜くんじゃない」

 

 黒いローブの2人組は、拠点付近の一角をペアで警備していた。

 彼女は、溜息をつく。

 相棒たるこの男の軽薄さに。

 悪い人物ではないのだが、お気楽が過ぎる。

 が、流石にこの様子では大した事件も無さそうだという空気が流れつつあった。

 そうなると退屈を紛らわせる為に彼が結局無駄口に走ろうとしても、もう誰も咎めようとはしなかったのだ。

 

「所でよお。あのアルカナ研究会会長のファウストが会長の座を降りたってマジなん?」

「本当だ。どうやら、日本での駐留任務の中で魔力を全てロストしたようだからな。その上、手柄を独り占めしようとしたからか、エリアフォースカード関連の情報を隠していたと来た。責任をとって辞退した形だ。会員からは慕われていただけに残念な事だ」

「俺、ちょっとあいつの事きな臭いって思ってたんだよなあ。わざわざ自分の人口身体(ホムンクルス)にロリ選んでるしよ」

「ふん……何だそれは。しかし、エリアフォースカードについての情報もかなり判明したな。よもや、当事者がファウストの父親とは。まあ、現魔導協会会長以上に高齢のファウストの父が作ったものだ。ざっと1000年も前に作られたものと来た」

「1000年かあ……短いような長いような……俺もホムンクルス使えばそれだけ生きられるのかね」

「人体錬成に至れればな」

「へいへい、俺には無理な話でしたよ」

「でだな。その情報を頼りにすると……愚者(ザ・フール)以外は持ち主が存在するので、彼らに預ける事にしたらしい。他の魔導組織が監視しているようだが」

「良いのか? 人間だろ?」

「詳細は明らかではないが、日本で起こった一連の騒動の解決に一役買ったらしいな。で、下手に引き離して暴走させるよりは預けておいた方が良いという結論に至ってな」

「そうかあ。で、お前的にはどうなん? その人間達」

「別に」

 

 会ってみたい、とは思った。

 魔法使いという種族の宿命か、好奇心には抗えない。

 

「まあ、どっちにしたって面白い奴等だよな!」

「そうだな」

 

 思案する。

 クリーチャーを従え、魔導司と戦う術を持った人間。

 しかし、私欲ではなく仲間を守る為に戦う人間。

 彼らに、興味が湧いたのだ。

 

「――っ」

 

 刹那。

 肌が泡立った。

 腐臭に塗れた森の空気が、木々を揺らす風の流れが確実に変わった。

 

「何だ……!? 第一網、第二網は何をやっている!?」

「緊急結界を張れ! 侵入者確認! 凄まじいスピードで、こっちまで迫ってるぞ!?」

「通信!! 第一網と通信をとれ! なっ、繋がらないだと!?」

 

 現場は突如の侵入者に混乱を極めた。

 明らかに異物ととれる魔力の反応。

 それが、ふらふらとおぼつかない動きでここまで迫ってくるのである。

 馬鹿な。馬鹿な事があるものか。

 何重にも張り巡らせた部隊の警備、おまけに防護結界を展開し、大抵の侵入者は誰も来られないはずなのに。

 だが、油断していたという訳ではない。

 急場でも相手の動きを止めるしのぎの付け方は身に着けているのだ。

 

「別の網の様子を見に行け。その部隊に応援を求む!」

「了解だ!」

「よしッ……! 簡易召喚、緊急Ⅷ式β……(ストレングス)! 《鳴動するギガ・ホーン》!」

 

 咄嗟に魔法陣を展開し、クリーチャーを呼び出す。

 背後からは、巨大な角を携えた猛獣が現れる。

 そして、魔力が迫ってくる向きめがけて咆哮した。

 それと共に木々が揺れる。

 咄嗟の召喚だったため、クリーチャーの姿はすぐさま消えてしまったが、これで大抵の侵入者は咆哮によって姿が炙り出される。

 が、侵入者と思しき姿は見えない。

 探索を司るこのクリーチャーに見つけられない物は無いはずだが――

 

「っ……外した!? 馬鹿な。何処に行った!?」

 

 

 

 

「あぅう……ごめんなさい……急にそんな大きな声出されたら……びっくりしちゃうじゃないですか……」

 

 

 

 

 肌が泡立つ。

 背後。

 振り返り、彼女は飛び退いた。

 すぐさま、周囲の魔導司も駆けつけてくる。

 そして、その姿を目の当たりにしたとき、相手の異様さに彼女は口を噤まざるを得なかった。

 全身が水晶で出来た竜人。

 それが木の影から何体も何体も這い出て来る。

 

「な、何なんだコイツらは──」

「おい、さっさと伸すぞ! こんなもん通したら怒られちまう!」

 

 合図を送った。

 飛び掛かる魔導司数名。

 

「各員、戦闘用意! 奴に思い知らせてやれ!」

 

 次の瞬間、彼女の号令に合わせて魔導司達は、召喚術式を組み立て、クリーチャーを召喚していく。

 直接の戦闘が得意ではない彼女は、再び距離を離し、援護をしようと召喚術式を組み立てる。

 が、次の瞬間だった。

 そこから飛び出す――無数の黒い影。

 飛び出し、宙を舞う。

 

「――待て、止ま――!!」

 

 そして――音も無く、それはうねうねと動き回ると、夥しい量の赤黒い色水が悲鳴、絶叫も無く爆ぜるようにして空気に飛び散り、雨となった。

 

「っ……!!」

 

 何が起こったのか分からなかった。

 どさどさ、と音を立てて次々に地面に落ちていく同胞――否、同胞だったものたち。

 一瞬、視界が真っ白になった。

 が、すぐさま意識を元に戻す。

 彼女は異様な光景が、長い長い生涯の中で最も強烈に焼き付いていた。

 息をするのも忘れていた。

 声も無く、音も無く、一瞬で――

 

「馬鹿な。こんなことが、あるわけがない」

 

 そこにあるのは、未知への恐怖。

 言い知れない、言葉を持たない水晶の怪物への恐怖。

 何より、自分は今その得体のしれない怪物に心臓を握られているも同然だということを思い知る。

 ぐちゅ、ぐちゅ、と水音が聞こえてくる。

 後ずさっても、もう遅い。

 逃げられない事は分かっていた。

 次の瞬間。

 怪物達から伸びた触手が再びうねうねと動く。

 まだ目の前の凄惨な状況を飲み込めないまま、魔導司はその光景を虚ろな目で見つめている――この世の地獄が、最期に見えたかと思えば――

 

 

 

 ――その視界が、一瞬で真っ赤に染まり、暗転したのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「――こいつぁ……何だ!?」

 

 耀達と別れた桑原、黒鳥、花梨。

 そのまま、花梨と黒鳥は風切り羽の如きマフラーで宙を翔ぶゲイル・ヴェスパーに抱えられるように、そして桑原はその巨大な背中に掴まっていた。

 

『一番魔力が強い此処まで来たのは良いけど……』

 

 今まで、ただの水晶が広がるだけだった辺り一帯。

 しかし。

 その水晶地帯の最奥には、確かにこちらを睨むものがあったのである。

 穿つようにして、刻むようにして、ぐりぐり、と動いてこちらを睨む球形の物体が埋め込まれている。

 不気味で、近寄りがたいものであったが――確かにその姿を確認できた。

 

「発生源は此処で間違いないな。僕でも分かるぞ。魔力が此処から広がっているのが」

「だけどどうやって破壊しますか?」

「阿修羅ムカデとゲイル・ヴェスパーで攻撃してみるか。近づきすぎるのは危険だが――」

 

 黒鳥がそう思案した矢先。

 うねうね、と眼を中心にして水晶が蠢きだす。

 ヴェスパーはすぐさま飛んだまま旋回して、そこから離脱する。

 すぐさま桑原の怒号が飛ぶ。

 

「何離れてんだ! あれをぶっ壊すんじゃねえのかよ!?」

『マスター! 駄目だ! 動き出すぞ!』

「はぁ!? 動き出す!?」

 

 ヴェスパーは首を縦に振った。

 はっきり言って、すぐにはヴェスパーの言っている事が信じられない。

 無機物である水晶が、動き出す所など想像も出来ない。

 だが、それを否定するかの如く、次の瞬間には地を裂くような轟音が轟いていた。

 

「っ……!!」

 

 蠢きだした水晶はまるで粘土のように形を変えていく。

 ぐにぐに、と姿かたちを変えて――ガバァッ、と水晶が飛び散るとともにぱっかりと割れていく。

 それはまるで、柱のように突きあがっていった。

 眼球の存在していた、その一帯だけであるが、まるで塔のようにそれは高く高く天を目指して聳え立つ。

 そして、割れた部分からは次々に牙のように水晶が生えていく。

 

「tjjklopolhjjouffrdcbnjfndkmvbt……!!」

 

 言語を成さない声無き叫びが響き渡る。

 顎の如く、べちゃあっ、と液体の滴る音を響かせて、割れた部分が地に伏せた。

 それは、最早――正真正銘、龍の首であった。

 

「abcncxmndnmm……!!」

 

 耳を思わず塞いだ。

 これでは、この水晶が、この水晶そのものがクリーチャーのようではないか。

 

「おい、おいおいおいおい……!!」

「にゃあ!? ドラゴン!? あれって、もしかして、ドラゴンなの!?」

「この街一帯を覆う巨大な水晶……これが全て、あの怪物のものだとして……どうやって倒せば良いんだよ!?」

「倒せないだろうな! 今この3人では、まともに奴に近付く事すら難しいだろう! あのサイズだ、相応の力を持っているだろうよ!」

 

 黒鳥が慄いている。普段からは考えられないほどに。その矢先に雷の如き咆哮が再び轟いた。

 そして――背後が、一瞬だけ光った。

 視界が、全て白く染まっていく。

 

『ウソだろ……!?』

 

 最後に聞こえたのは、ゲイル・ヴェスパーの呻くような狼狽。

 それは、巨大な閃光。全てを無に帰す光。

 すぐ後ろにあった柱が、陸橋が、全て吹き飛び、白に呑まれて消えていく。

 光の速度に追いつけるのは――それこそ微粒子か同じ光のみ。風は追い越せない。

 

 

 

 

「何やってんだテメェら!! 死にてえのかってんだよ!!」

 

 

 

 

 次の瞬間、怒号が轟く。

 そして、ゲイル・ヴェスパーの身体をもう一筋の光が掴み、そのまま上空へ強く引っ張り上げた。

 余りの眩しさに目が眩んでいた。

 が、爆音が、下から轟き――

 

 

 

 

 バキバキバキィッッッッッッ――!!

 

 

 

 

 岩が剥がれるような音が空気を裂いて、天へ突き上がったのだった――



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Ace9話:アルカナ研究会、空を飛ぶ

 ※※※

 

 

 

 目を擦る。

 意識を、失っていたのだろうか。

 

「な、何だ……何が起こりやがった……!!」

 

 桑原は、譫言のように繰り返す。

 思わず、口から笑みが零れそうだった。

 それは、狂おしい程に艶やかに咲き誇る水晶の華。

 ショッピングモールだった場所は、辺り一帯が透き通った侵略者に飲み込まれていた。

 

「真っ白だ……」

「気絶していたのか……僕たちは」

 

 そして、傍には寝かされている黒鳥と花梨の姿。

 手には確かにゲイル・ヴェスパーのカードもある。

 助かった、のだろう。全員。

 風が、冷たく頬を撫でる。

 あの惨状が見えているということは、自分たちは大分高い場所に連れてこられたようだ、と桑原は確信する。

 

「何呆けてやがる」

「わぶっ!!」

 

 そして、振り返ると──そこにあったのは、だぼだぼの白衣を纏った少女、そしてその背後に聳え立つ眩い翼を広げた天使。

 

「……トリス・メギスじゃねえか!?」

 

 ファウストに狂気的な忠誠を捧げる、少女──の姿をしたホムンクルスに魂を宿しているだけで、実年齢は大分高めだが敢えて此処では少女とする──トリス・メギス。

 かつて耀達と敵対し、得意の精神汚染魔法で敵のみならず味方も洗脳して嗾けた。桑原から言わせればド畜生、外道、悪意の権化とでも言える相手でもあり、出来れば出会いたくなかった相手ではある。特に、ティンダロスがまともなだけに、余計にそれが際立つ。後から紫月から聞いた、彼女の経歴を知れば同情できなくも無かったが、それでも彼女がやったことを桑原は許してはいない。

 他の面々がどう思っているかはともかく、だ。

 

「た、助けてくれてありがとう……」

「すまない、恩に着る。今回の件、アルカナ研究会も関わってるのか?」

「たまたまだ。日本に駐留している間に、これだ」

 

 率直に礼を言う花梨と黒鳥にトリスは、怪訝にそうに言った。

 

「原因はまだ分からねえけどな」

「そういえば貴様等、他の仲間は?」

「ああ。暗野紫月達については、既にティンダロスが救助済みだ。白銀耀と火廣金も一緒だ。どうやら、あの白銀耀が何者かに敗けたみてえだけどな」

「!!」

 

 その場に衝撃が走る。

 桑原と花梨は掴みかかるようにトリスに詰問した。

 

「おい!! 白銀は、俺の後輩たちは無事なのか!?」

「耀がそんなに簡単に負けるわけないよ!!」

「敗けたっつってんだろ!? ダメージからして間違いねえんだよ。何をトチ狂ったか命に別状はないみたいだが」

「よ、良かった……って、良くない!! 耀が、ジョーカーズが負けるってことは……」

「負けたもんは負けたんだよ。身体のダメージからして間違いねえ。相手がやり手なのは、間違いねえな」

「今は現実を直視するしかないだろう」

 

 黒鳥が落ち着き払って、花梨の肩に手を置いた。

 

「白銀は勝敗はどうあれ、無事だ。そして、火廣金に紫月も」

「あー、だけど無傷ってわけじゃねえよ。暗野紫月は守護獣がやられて、ヒイロも今メディカルチェックを受けている」

「しゅ、守護獣――シャークウガが、か!?」

「って、それじゃあ火廣金は大丈夫なの!? 本当に何があったの!?」

「だから、あたしに今聞かれても困るんだよ! 不確定な情報を喋らすな! ヒイロに関しては……体内の魔力が減ってるらしいんだ。原因がどうか分からねえから、今調べてるんだが」

「だ、そうだ。だから一回落ち着け貴様ら……」

「う、う……でも、こんな状態で落ち着いてられないよ」

「お前らはまず、今自分が無傷なのを喜べや」

 

 にしても、と呆れた様子で彼女は繋げる。

 

「……あたしがもうちょい来るのが遅けりゃ、お前達人間は、今頃水晶の中に呑まれてただろーによ。加えて、あたしもファウストの命令じゃなきゃ、お前達を助けるなんて絶対にしなかっただろうがね」

「この言いよう……相変わらずだな……」

「仕方ねえだろ。あたしは、ファウストが全てだ。間違っても、テメェら人間のためにやるんじゃないぞ。ファウストの害になるものを排除するために、テメェらを利用させて貰う」

「はぁーあ……こういうところ、紫月の奴にすっごく似てるぜ……」

 

 桑原は目を側める。 

 だが、聞こえてたのか、表情も変えずにトリス・メギスの手から鋭い光の刃が伸びた。

 そして、それを躊躇なく振り払う。

 

「おいコラ。動くんじゃねえぞ」

「ちょっ、テメ――!」

 

 しまった。案の定怒らせたか。

 確かに本心ではあったが、自分も少々大人げが無かったか。

 慌てて止めに入ろうとする黒鳥と花梨。

 目を思わず瞑った。

 が、次の瞬間――背後で「ギイィッ」と甲高い悲鳴が聞こえる。

 思わず振り返ると――そこには、真っ二つに両断された鉱石の異形の姿があった。

 

「もたもたしてる場合かよ。テメェらの事だ。どうせ、この異変を解決する為に動き回ってたんだろ」

「こ、このクリーチャーは……」

「良く見ろ。テメェらが寝てる間に、湧いてきやがった」

「!!」

 

 見ると、今度は次々に鉱石の姿をしたクリーチャーが姿を現す。

 いや、それだけではない。

 街を覆う水晶から、夥しい数のドラゴンが姿を現しているのだ。

 

「す、すまん、また助けられた……」

「礼は要らねえよ、桑原甲。今テメェらに死なれたら、困るんだよあたし達は」

「……俺達に死なれたら、困る? だと」

「それと、だ」

 

 ギラリ、と鋭い視線が桑原の胸を握りつぶした。

 凄まじい形相で口角を釣り上げたトリス・メギスは、

 

「暗野紫月には、いつかぜってー借りを返す……!! 次、あの少女と私を引き合いに出してみろ? その首がこれでぶっ飛ぶぜ、クックッ……!!」

 

 抑えきれないような笑みを零すのだった。

 

「う、うわあ、凄い笑顔……一体、どうしてそんな」

「あの小娘、あんとき勝手に人の頭に自白魔法掛けやがったんだよ。良い趣味してやがるぜ」

「し、紫月ちゃん、やり口が怖い……でも、それ完全に逆恨みっていうか」

「小娘、何か言ったか?」

「にゃあ!? い、いえ、何にも……」

 

 自分も見てくれは小娘じゃん、と言いかけた口を抑え、花梨はエリアフォースカードに手を掛ける。

 

「まあ、雑魚ならアルファリオンで散らす事が出来る」

「散らせるだけだろ? 結局はデュエルしなきゃいけないんじゃねーのか?」

「今までの奴等とこいつらはちょっと違うんだよ。ワイルドカードとは出自が違う」

「ふむ、そういう事なら」

 

 言った黒鳥の背後から、顕現する阿修羅ムカデ。

 甲高い笑い声をあげて凶器を大量に取り出す。

 その力に引き寄せられてか、鉱石のクリーチャー達が大量にたかってくるが――

 

「殲せ。阿修羅ムカデ」

『御意、ですねェ!!』

 

 乱雑で、振り回しただけとも言える斬撃。打撃。そして、刺突。

 しかし、それが一瞬で周囲のクリーチャーを薙ぎ払っていく。

 長い胴体を伸ばし、まさに鬼神の如く暴れまわっていく。

 

「っ……よし、ゲイル・ヴェスパー!! 黒鳥師匠とムカデ野郎を援護しやがれ!!」

『分かっているよ! ヒーローの出番だ!』

 

 今度は旋風。

 飛び掛かってきた龍のクリーチャーが、それに押し留められ、トドメと言わんばかりに閃光が待った。

 

『せめて、華やかに散り給え!』

 

 音も無く真っ二つに切り裂かれるクリーチャー。

 ゲイル・ヴェスパーのマフラーは羽根としての飛行能力のみならず、刃としての役目も備えているようだった。

 

『ははははははは、他愛も無い!』

「おい、油断すんじゃねえぞ」

 

 更に、飛んでくるクリーチャーをトリスのアルファリオンが雷で撃ち落としていく。

 たちまち、包囲されていたはずの彼らは窮地を脱するかのように思われる。

 しかし、水晶から湧き出たクリーチャーは未だに増え続けていた。

 留まる事も、途絶える事も知らずに。

 それでもなお、一騎当千の戦いを3体のクリーチャーは繰り広げていたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 阿修羅ムカデが屠り、ゲイル・ヴェスパーが吹き飛ばし、アルファリオンが撃ち落とす。

 守護獣を持たない花梨は、効率こそ最悪ではあるがエリアフォースカードによる1人1殺で屋上に上がってきたクリーチャーを倒していたが、その一騎当千の様を見て、言葉を失いつつあった。

 刹那。

 少女は見られている事に気付き、背筋が凍るのではない。

 背筋の硬直で見られている事に気付くのである。

 すぐさま本能的にその場を飛び退くと、そこに舞い降りたのは羽根を広げた巨龍。

 そして、足元を無数の光の弾がマシンガンのように穿っていく。

 

「眩しい……!」

 

 光の弾の雨を避けながら、激しい光を放つその龍を前に花梨は目を覆いながら走るしかなかった。

 太陽を背負っているかのような眩しさだ。

 巨槍を掲げる龍は咆哮する。

 花梨は突発的にエリアフォースカードを掲げてみせたが、

 

「グリュアアアアアアアアアア!!」

 

 次の瞬間、今度は龍の天使の如き羽根が刃となって降り注ぐ。 

 それどころか雷鳴が鳴り響き、槍から放たれる。

 ダメだ。近付けない。あまりにも攻撃が激しすぎる。

 このままでは黒焦げになるのは最早時間の問題であった。

 

「やべえっ……何だあのデカブツッ……!」

 

 桑原は急いでゲイル・ヴェスパーに助けへ向かわせようとする。

 しかし、それは叶わない。

 小型クリーチャー達が束になってゲイル・ヴェスパーを押さえつける。

 彼はそれに手間取って、なかなか動くことが出来ないのだ。

 

「そんな雑魚、一気に吹き飛ばせねえのか!?」

『くそっ、うっとおしい……! むっ……!?』

 

 雷鳴が迸る。  

 水晶から、更に軍勢が湧き出てくるのだ。

 トリス・メギスも応戦しているが、数が──そう思い、彼女の方に目をやった時、桑原は思わず叫んだ。

 

「って、あいつ何やってんだ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──刀堂!!」

 

 叫び声。

 花梨は腹を抱えられたまま視界が暗転した。

 とうとう死んだのかと一瞬思ったが、次の瞬間には再び元の景色が広がっていた。

 腕で抱えられている事に気付く。黒鳥だ。

 

「黒鳥さ――」

 

 言いかけて、花梨は気付く。

 黒鳥の顔が、青褪めている事に。

 

「っ……ちょっと!? 黒鳥さん!?」

「何だ? 大したことは無い。とにかく、あの怪物を倒すのが先決だろうよ」

「大したことあるよ! 黒鳥さん、顔は真っ青だし、息は絶え絶えだし、眼は焦点が合ってない! どうしたの!?」

『黙りなさい、小娘ェ……!』

 

 口調こそいつも通りを装ってはいたが、阿修羅ムカデも疲弊しきった様子である。

 

「逃げ道が無いなら、死力を尽くして戦うしかあるまい、違うか?」

『その通り。こんなところで死んでいる場合ですかァ……!!』

「そんな……!」

 

 さっきのクリーチャーが飛び掛かってくる。

 阿修羅ムカデは腕を全て絡みつけて、天使龍の動きを止める。

 しかし。力量差は確実に表れており、既に息切れしかかっていた。

 

「っ……! そうだ! あたしのエリアフォースカードを使ってよ! そうすれば、一時的でも魔力を供給できるはずだよ!? 前に耀、言ってたもん! 目覚める前なら、エリアフォースカードを貸し与える事も出来る、って」

「ぐぬぅ、試すか……しかし、一瞬でも貴様を危険に晒す可能性があるなら……!」

「お願い!!」

 

 花梨は黒鳥の手を握った。

 

「……これ以上、倒れる人は見たくない……! あたしは足手まといかもしれないけど、今やるべきことをやるだけ……!」

 

 彼女はエリアフォースカードを黒鳥に手渡した。

 しかし。

 次の瞬間、赤い紫電がカードから迸った。

 

「……なっ!!」

 

 黒鳥はカードを取りこぼす。

 

「何で……!? 何でなの!?」

戦車(チャリオッツ)は……一度目覚め、主を既に認めていると言っている……! おのれ、選り好みの激しい奴……! 紙切れの癖に……!』

戦車(チャリオッツ)!! お願いだから!! 力を貸して!! なら、今此処で目覚めて!! あたしに、力を貸してよ!!」

 

 しかし、戦車(チャリオッツ)は何も答えない。

 花梨のカードに握る手に力が籠る。

 歯を食いしばり、何も出来ないことに苛立ちが募った。

 

「肝心な時に……!!」

「良い、刀堂……」

 

 花梨の頭に手が置かれた。

 足が震えてはいるが、黒鳥は再び立ち上がろうとしていた。

 

「僕はいつも、大事な物を見過ごして、諦めて、最後には失ってきた。だから、最後の最期で、見限られるのだろう……天命に、さえも」

「黒鳥、さん……?」

 

 凄絶に口角を釣り上げて、彼は言い放つ。

 

「逃げろ。僕と阿修羅ムカデで奴を引き付ける。その間に、貴様は桑原と一緒にあいつの案内で離脱しろ」

「嫌だッ!!」

 

 黒鳥は言葉を失った。

 花梨の手は、膝をついた彼の胸倉を掴んでいた。

 

「次にそんな事言ったら、問答無用でぶった切るよ、黒鳥さんッ!」

「っ……!」

「お兄を、耀を、皆を、あんなに心配してて、あんなに気遣って、現に今も助けてくれた黒鳥さんを、あたしは見捨てられない!!」

「刀堂……!」

 

 花梨は、黒鳥の手を握り締める。

 

「だが、僕は……」

「足手まといのあたしが言うのも、筋違いかもしれないけど……! あたしは、黒鳥さんに、こんな所で死んでほしくない……! お兄が尊敬した人に、死んでほしくないよ……!」

「何を言う。僕は死にに行くつもりはないぞ」

「無自覚なら、もっとタチが悪いよ!!」

 

 ぎりっ、と黒鳥は歯を噛み締めた。

 こんな少女に心配されてしまうほど、今の自分の身体は衰えているというのか。

 しかし、彼はそれでも倒れる訳にはいかなかった。

 彼は負い目を感じていた。エリアフォースカードを持たない負い目を。

 最年長である自分が牽引しなければならないのに、力不足である事を。

 うっすらと近付く死の実感。それでもまだ、死ぬわけにはいかないのに──

 

 

 

『ギャアアッ!!』

 

 

 

 ガシャアアン!! 

 

 

 

 フェンスに叩きつけられる阿修羅ムカデ。

 同時に、黒鳥は吐血した。負傷した己のクリーチャーのダメージを肩代わりするように。コンクリートに血が撒き散らされる。

 天使龍は、いよいよ2人と1体に止めを刺すべく、詰め寄る。

 

「いよいよか……覚悟を決める時が来たようだ……!」

「大丈夫……エリアフォースカードで……今度こそあたしが……!」

 

 しかし、容赦なく稲光が再び迸る。 

 迫る死。

 万事休す。そう思われた時であった。

 

 

 

「テメェら、伏せろ!!」

 

 

 

 螺旋状の光がその場に迸った。

 そして、天使龍の身体をぐるぐると巻いていき、拘束する。

 天使龍をすり抜けるようにして走る人影。

 トリス・メギスが1枚のカードを掲げていた。

 

「DNA・スパーク……何とかこれで奴の動きは止められた!」

「すまない──」

 

 言った矢先、更に新手がフェンスを乗り越えて現れる。

 しかし、主力である巨大天使龍が動きを止めた事で、状況は好転しようとしていた。

 

「ちっ、猶予はもう無い。黒鳥レン、阿修羅ムカデ。提案がある。あたしは雑魚共を引き続き全部撃ち落とす」

「だが、僕は──」

「アルカナ研究会から、お前に渡すものがあるんだよ。本来は、ギリギリまで取っておけ、とのことだったが……」

「何だと?」

 

 頷いた彼女は、首にぶら下げていた鋼鉄のプロテクターを黒鳥に差し出す。

 それを開くと、中には確かに白紙のカードが入っていた。

 

「エリアフォースカード──!?」

『しかも、これは……!』

「はっ、あたしらもたまにはファインプレーするだろ? このエリアフォースカードの魔力の波形が、阿修羅ムカデと一致した。これで、お前もまともに戦える」

「でも、何で今まで出さなかったの!? それさえあれば黒鳥さんは全力で戦えたのに!」

「理由がある。が、最早説明してる時間は無い! 良いか、黒鳥レン。お前ほどの男がそう簡単に飲まれるとは考えにくい。だが、予め警告しておく」

 

 トリス・メギスは、念を押しながら彼にカードを突き付けた。

 

 

 

「こいつは、お前の思っている以上の業物だ。おぞましい程の魔力が秘められている。お前の命は、保証出来ない」

 

 

 

 そういうと、トリス・メギスは再び現れたクリーチャー達を迎え撃ちに行く。

 

「命の保証は無い? よく言うよ」

 

 彼は自嘲した。自らの運命を。

 しかし、呪う事はしない。今までも、これからも、きっとそうなのだと確信している。

 

「僕は常に……死ぬ気で戦っているからな」

 

 エリアフォースカードを握り締めた。

 身体中に魔力が溢れた。

 

「黒鳥さん!」

「済まなかったな、刀堂。僕としたことが、弱気になっていたようだ。ノゾムの妹である貴様を見込んで、頼みがある」

「え、えと、何かな? デュエマはお兄みたいには戦えないけど──」

「あの怪物と決着を付ける。奴が恐らく司令塔だ」

「!」

「守護獣の攻撃ではびくともしなかった相手だ。しかし、デュエルなら、そして僕のこのデッキなら、この怪物を確実に殺れる──背中を任せるぞ」

「……はいっ!」

 

 背中合わせで戦う事になった黒鳥と花梨。

 だが、エリアフォースカードを受け取った黒鳥は──そこから流れる魔力で既に活力を取り戻しつつあった。

 

『マスター! 間違いないですよォ! これは、私の主のエリアフォースカード! まさか、まさか、こんな形で元に戻るとは!』

「ああ。そのようだ」

 

 どんな力が秘められているかは分からない。

 しかし、もう彼は迷わなかった。

 

「トリス・メギスに、桑原。そして刀堂。貴様に……支えられているというのに、此処で簡単にくたばるわけには、いかなかったな」

 

 彼はエリアフォースカードを掲げる。

 そこに刻まれていく文字。

 阿修羅ムカデの身体も闇の力に覆われていくようだった。

 

『溢れる……流れる……迸るゥ……! 最高ですよォ!』

「行くぞ、阿修羅ムカデ。散々にやられたお礼参りと行こうではないか」

『了解ですねェ!!』

 

 狂喜と嬌声と共に、漆黒の空間が開く。

 しかし。

 

 

 

『HYAAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!』

「ッ……!?」

 

 

 エリアフォースカードから流れたのは高笑い。

 そして、今までに聞いたことが無い不気味な声が響き渡る。

 

Wild(ワイルド)ォ……Draw(ドロー)……ⅩⅢ(サーティーン)……』

 

 蝕むような、心を握りつぶされるような声は花梨にも聞こえた。

 手にしている黒鳥の心境は彼女には推し量れない。

 いずれにせよ、最早正気では扱えないおぞましいものであることは確かだった。

 

「面白いッ……これが、エリアフォースカードの力か……! 良いぞ。死の美学を、奴に見せてやろうではないか!」

 

 

 

Death(デス)……!!』



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Ace10話:死神(デス)─覚醒の刻

※※※

 

 

 

「僕のターン、《ダーク・ライフ》を唱える。山札の上から2枚を見て1枚を墓地に、1枚をマナゾーンに置く! 《集器医ランプ》を墓地に!」

 

 黒鳥と天使龍のデュエル。

 2ターン目後攻。《ダーク・ライフ》を唱えて順調な滑り出しを決めた黒鳥。

 一方の天使龍は今貯めた、光で構成された3枚のマナをタップした。

 

「断罪……断罪……愚かなる人の子よ……! 呪文、《エンジェル・フェザー》! その効果により、自分の山札の上から3枚を表向きにする。その中から光のコマンド1体と光の呪文1枚を手札に加える」

「《天門の精霊 ヘブンズ》に《ヘブンズ・ゲート》を手札に加えたか……分かりやすい奴め」

 

 光の大型ブロッカーを2体踏み倒す呪文、《ヘブンズ・ゲート》。

 それを軸にしたデッキが、所謂天門と呼ばれるデッキだ。展開した時の制圧力と防御力はトップクラス。

 正攻法でこじ開ける事は不可能になる。

 

「手が付けられなくなる前に奴を倒さねばならないか」

『マスター。ご安心を。我が毒は如何なる猛者も殺す事が出来る。例えそれが神の加護を受けし天使だとしても、その神ごと殺してくれましょう!!』

「ならば良いのだがっ……! 僕のターン、《カラフル・ナスオ》を召喚!」

 

 現れたのは民族衣装に身を纏った茄子のクリーチャー。

 大地と墓場を操るその野菜に導かれ、魂が舞い踊る。

 

「山札の上から4枚をマナゾーンにタップして置く。その後、マナゾーンから4枚を墓地に置く!」

 

 阿修羅ムカデはエリアフォースカードを得た事で、魔力が復活している。

 その力は未知数。まだ、黒鳥にすら扱いきれるか分からない。

 

「貴方の傲慢が……貴方を滅ぼす。《天星の玉 ラ・クルスタ》を召喚。登場時に貴方のマナゾーンのカードは私よりも多ければ、マナゾーンのカードを2枚増やす」

「……しまった……!」

「残りの2マナで、《制御の翼 オリオティス》も召喚してターンエンド」

 

 これで、天使龍のマナは6マナ。

 次のターンに《ヘブンズ・ゲート》が打てる範囲内だ。

 更に黒鳥としては踏み倒しの邪魔になるであろう《オリオティス》の排除をしなければならない。

 

「ちっ、止むを得ない……! 此処で墓地を溜めておきたかったが……5マナで《集器医 ランプ》を召喚! キズナ能力で、登場時に相手のクリーチャー1体のパワーをマイナス5000する。さあ、無様に骸を晒せ!」

 

 地面から這い出したのは、巨大な医療器具を背負った闇医者。

 両手のチェーンソーを勢いよく回転させると、《オリオティス》を一瞬でバラバラに解体してしまう。

 

「パワーが0になったクリーチャーは破壊される。《オリオティス》、撃破だ」

「ほう。やりますね、人の子よ。だが、無意味だ」

「無意味だと?」

「ええ。裁きの加護が私には与えられている。断罪の時間です」

「1つ、答えて貰おうか」

 

 黒鳥は人差し指を突き立てると毅然とした態度で言い放った。

 

「貴様らの主とは何だ? あの水晶の事か?」

 

 天使龍はしばらく何も言わなかった。

 しかし。含み笑いが、その大口から漏れている。

 それは次第に大きくなっていく。

 

「フ、フハハハハハハハハハ!! そんな小さな殻に収まる存在ではないよ!」

「何を言っている? 質問に答えろ」

「あの方は神さえも超越する! いや、元よりこの世界に神など無いのかもしれないな? さもなくば、今、貴様等はこうやって絶望の淵に立たされていないのだから」

「神だと? バカバカしい、ただの偶像に過ぎないものだ」

「違う! 救世主だよ。この世にあるすべての命を救済するため、命の罪を全てに代わって贖うのがあの方の使命! 我々は、その障害となるものを排除する……神の使い、天の使い、故に天使!!」

「おこがましいにも程があるぞ」

 

 憤りを隠せない様子で黒鳥は唸った。

 しかし、傲慢な態度で天使龍は叫び散らす。

 

「貴様等下等な生命に何が分かる!!」

 

 龍はまくし立てた。

 

「黒鳥レン。貴様の深層心理を知れば見れば分かる。どす黒い闇が淵に沈殿している。さぞ苦しい人の生を送ってきたのだろう。だが、もう貴様は苦しむ必要は無い。生への執着を貴様から剥がす事で、貴様を真の救済へ導くことが出来る、そう、我々ならば!!」

「……」

「故に、貴様の命、今、神の元に返すとしよう!!」

 

 次の瞬間、光が天使龍を包み込んだ。

 

「7マナで、《龍覇 セイントローズ》を場に出す! そして、その能力で《天獄の正義 ヘブンズ・ヘブン》を場に出す!」

「ドラグハート・フォートレスか……!」

 

 現れたのは巨大なる聖堂。天翼を有す使者に導かれ、超次元からその強大なる姿を顕現させた。

 目もくらむような極光が黒鳥を照らした。

 

「……正義、か……これが貴様らの正義ということか……!」

「《ヘブンズ・ヘブン》の能力でターンの終わりに、光のブロッカーを場に出す! 《天門の精霊 ヘブンズ》を場に出す! そして、その効果で──我が真の姿をお見せしよう!」

 

 更に天界への門が開いた。

 天使龍が自ら戦場にその姿を現した。

 巨大なる聖堂が開く。

 天獄の門へ通じる道から、翼がはためく。

 

『マスター! 感じますよ! エリアフォースカードのものですねぇ!』

「何だとッ……!?」

 

 

 

「我は節制……全てを調和させる、節制なり。《新・天命王 ネオエンド》!!」

 

 

 

 天使龍の王が姿を現した。

 暴風が吹き荒れて、黒鳥の服を巻き上げる。

 カードごと吹き飛ばされてしまいそうになったのを踏み止まり、彼は目の前の敵を睨みつけた。

 

「道理で強い訳だ……! 天使龍の中でも最上格の大物……! 美しい……!」

「そうか。では、その美を抱えたまま、果てろ、黒鳥レン」

 

 黒鳥は敵の場を見やった。

 《ラ・クルスタ》に《ネオエンド》、《ヘブンズ》に光のドラグハートがあればブロッカー化する《セイントローズ》。

 既に龍解条件は達成されてしまっている。放置していれば黒鳥は負ける。だが、厄介なのは除去耐性を持つ《ネオエンド》だ。あのクリーチャーは、先ほどの効果に加えて、自分のドラゴンが攻撃する時、相手のクリーチャーを1体選び、フリーズするという能力まで有している。

 一度動かれれば、最早勝ち目は無い。

 

「このターンで決めるしかない、というわけか」

 

 黒鳥は歯噛みした。

 墓地に落ちているのは、《グスタフ・アルブサール》と《阿修羅ムカデ》、そして《集器医ランプ》のみ。

 そもそも、ぽんと手渡されたも同然のこのデッキの使い方など、今はまだ分からないに等しい。

 

『我がマスター、まさか怯えているのではありませんよねェ?』

「……まさか」

 

 彼は小さく首を横に振った。

 

「苦しい人の生、か。阿修羅ムカデよ。貴様にとって、この世はどうだ?」

『生き地獄でしたねェ。色々ありましたので……』

「そうだな。僕にとっても、この世は生き地獄だ。だが、死にたいと問われればそれも違う」

 

 彼はカードを引いた。

 前髪を払うと、彼は鋭い目で傲慢な天使龍を睨んだ。

 

「まして、それを誰かから憐憫される覚えも無い。救済などハナから僕は求めていない。僕の因縁は、僕の手で引導を渡す。それまで死ねない。死ぬわけにはいかない!!」

『地獄は楽しむくらいが丁度いい! 落ちてからは這い上がるのみですからねェ……!! 私はもとより、死に掛けの身をマスターに救われた身。地獄など、たっぷり味わった! この程度はどうってことは無いのでねェ!!』

 

 黒鳥はエリアフォースカードを握り締めた。

 そして、背後の阿修羅ムカデに問いかける。

 

「覚悟は出来ているか? 貴様に、僕の地獄を味わってもらう。一緒に付いてきてもらうぞ」

『ええ、楽しみにしていますとも』

「阿修羅ムカデよ。故に、僕らの地獄紀行の邪魔をする奴は……」

『ええ、我がマスター。故に、その妨げになるカスゴミは……』

 

 2人の身体が、死神(デス)の瘴気に包まれた。

 

 

「『迷惑千万、死んでもらうッ!!』」

 

 

 

 黒鳥は6枚のマナを払う。

 ネオエンドは、その鬼気迫る表情に何処か人の道を外した何かを感じ取っていた。

 

「なっ、何だ……!? いきなり!? 気でも狂ったか!?」

「知るか。貴様は何も出来ず、このまま僕に一歩も触れる事も出来ずに無様に、圧倒的な敗北を味わう事になるだろう──6マナで呪文、《呪術と脈動の刃》を唱える!!」

『その効果で、マナゾーンからS・トリガーを持つ呪文を1枚唱えますよォ!!』

 

 次の瞬間、地面に大量の凶器が生えていく。

 そして、幾つもの紫電が迸る。

 そこから地獄へつながる戒めの門が開かれた。

 

「僕を戒めを今、解き放つ──《戒王の封(スカルベント・ガデス)》!!」

「ッ……!! おのれ、《ヘブンズ・ヘブン》のロックをすり抜けるとは……!!」

「その程度、ロックとは生温いわ、愚か者が!! 地獄から蘇れ、猛毒の闇医者よ!! 《阿修羅ムカデ》──」

 

 死神(デス)のエリアフォースから不気味な高笑いが聞こえてくる。

 黒鳥が墓地から繰り出そうとした《阿修羅ムカデ》のカードは書き換えられていく。

 

「否、これは──この僕に、そしてこの僕の切札にも、まだ成長という名の伸びしろがあったとは……!」

 

 戒めの門から、数多の凶器を束ねた闇医者が姿を現した──

 

 

 

「蠍の火に導かれし魂よ! (みなごろし)の悪魔の名を借りて命ず! 

根絶やせ、死神(デス)のアルカナ──《阿修羅サソリムカデ》!!」

 

 

 

 呪縛と戒めから解き放たれたのは、全ての命を壊す黒き蟲。

 死と生の堺さえ超越した墓場の番人。

 全ての魂を操り、そして手繰り寄せる。

 生かすも殺すも、全て彼の意のままだ。

 

「……何時ぶりだろうな……この感覚は。もう何年も前に、忘れ去ったと思ったのに──」

『これが私の……真の姿……!』

「……阿修羅ムカデ。いや、阿修羅サソリムカデよ」

 

 黒き蟲は頷き、その凶器を振り上げた。

 

「生きる事は地獄だ。しかし、死は救済ではない。それもまた、終わりなき無限の地獄の始まりだということを、奴に思い知らせてやろうではないか!!」

『御意ですねぇ!!』

「なっ、貴様! おのれ、闇文明め! 命を弄ぶ貴様らに慈悲も慈愛も無いわ! すぐにこの私が救済──」

「貴様には永遠の苦しみを与えてやろう。打ち首と獄門では、飽き足らん。地の果てまで引きずり回してくれる」

 

 阿修羅サソリムカデの踏みしめた骸の大地から、黒い光が2つ、迸る。

 

「《阿修羅サソリムカデ》の登場時効果発動。自分の山札の上から2枚を墓地に置く。その後、墓地からマフィ・ギャングを2体まで場に出す。墓地に落ちたのは《復活の祈祷師 ザビ・ミラ》と《集器医ランプ》だ。そして現れろ、地獄の剣士・《グスタフ・アルブサール》と2体目の《阿修羅サソリムカデ》を場に出す!!」

 

 現れたのは大剣を掲げ、冠を被った影の剣士。

 その能力は、キズナプラスによって進化元を墓地に置く事で墓地から進化ではないクリーチャーを蘇生出来るというもの。

 黒鳥は、その壮観な魂を手繰り寄せていく。

 

「お終いだ。これで全ての準備は整った。これで、どうやってこのデッキを動かすか。そして、貴様を殺すか完全に把握した」

「何ッ……!?」

「嘗めるなよ。僕は『不和侯爵(アンドラス)』、黒鳥レンだぞ。地獄の使いにして、闇文明の貴公子と呼ばれた男。まあ、そんな過去の称号など今はどうでもいい。貴様に死がどういうものなのか思い知らせてやれるならそれでいい」

 

 その時、地獄の門が開かれる。

 おぞましい怨嗟の声が響き渡った。

 

「2体目の《阿修羅サソリムカデ》の効果発動。墓地から《集器医ランプ》を2体、場に出す。《ランプ》が場に出た時、キズナ能力で場のクリーチャー1体のキズナ効果を使う事が出来る。使うのは、《アルブサール》のキズナ効果だ」

「なっ……!? 墓地からクリーチャーが現れるというのか!? おのれ、どれほど生命を冒涜すれば気がすむのだ!!」

「貴様等にだけは言われたくないが……まあいい」

 

 黒鳥は腕を組むと、そのまま糸を手繰るように魂を呼び寄せた。

 

「その効果で《復活の祈祷師 ザビ・ミラ》を場に出す!!」

 

 現れたのは異界の悪魔だった。その大口は超次元へと繋がっている。

 宙には、鯨座の星が不気味に輝いていた。

 《ザビ・ミラ》は場に出た時に自分の他のクリーチャーを好きな数だけ破壊し、その数だけコスト6以下のサイキック・クリーチャーを1体、自分の超次元ゾーンからバトルゾーンに出すという能力を持つデーモン・コマンド。

 黒鳥は、その効果で自分の場のクリーチャーを贄に捧げる。

 鯨の如き大口が開いた。

 それと共に、地獄の剣士が飲み込まれ、最後は大口から超次元の穴が開く。

 

「《サソリムカデ》2体、《ランプ》2体を破壊することで、コスト6以下のサイキック・クリーチャー、《ヴォルグ・サンダー》を場に出す!! それも、4体だ!!」

「4体、だとォ!?」

 

 雷鳴と共に、4体の餓狼が姿を現す。

 そして、稲光がネオエンドの知識を奪わんとばかりに撃ち落とされた。

 何本も何本も、まるで剣が降り注ぐかの如くだった。

 

「《ヴォルグ・サンダー》の効果発動。相手か自分のどちらかを選び、山札からクリーチャーが2体出るまで墓地に置かせる。効果の対象は全て貴様だ。最低でも山札を8枚、削ってもらうぞ」

「なぁっ……!!」

 

 雷撃で山札が消し飛び、消えていく。

 一気に10数枚ものカードが墓地に送られたようだった。

 

「だが、この程度では……」

「まさか、もう終わったと勘違いしているのではないだろうな?」

「何!?」

 

 ネオエンドは驚愕した。

 見れば、墓地から屍のクリーチャーを操り人形の如く操っている阿修羅サソリムカデの姿が見える。

 その時、彼は初めて恐怖というものを知った。

 何と巨大で、不気味で、そして──醜悪な怪物なのだろうか!!

 

「2体目の《ランプ》の《グスタフ・アルブサール》を対象にしたキズナ効果がまだ終わっていない。その効果で《阿修羅サソリムカデ》と、それを進化元に《グスタフ・アルブサール》を場に出す!!」

「なっ……!」

「2体目の《サソリムカデ》の効果で山札から2枚を墓地に置き、《ランプ》を2体、再び場に出す。その効果で《グスタフ・アルブサール》の効果を2回使う。今ので墓地に落とされた2体目の《ザビ・ミラ》を場に出す」

 

 1度目のキズナ効果で現れたのは、2体目の《ザビ・ミラ》だった。

 蛇の悪魔は、《ヴォルグ・サンダー》4体と1体目の《ザビ・ミラ》を飲み込んでいく。

 そして、再び超次元から雷鳴と共に《ヴォルグ・サンダー》が4体、稲光となって現れた。

 

「貴様の知識。削らせて貰おうか。少しずつな……!!」

「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 絶叫が響き渡る。

 電気椅子の拷問を上回る衝撃が天使龍の脳を焦がしていく。

 山札は残り僅かだった。

 

「そして、2体目の《ランプ》の効果で、1体目の《ザビ・ミラ》を蘇生させる」

「ひっ……な、なんだ、死、死にたくない、何だ、この恐怖感は……私は、怖くなんか、無いぞ!! し、死にたく──」

「それが恐怖だ」

 

 黒鳥は指を突き付けた。

 

「呪文もそこそこあるであろうそのデッキも──3度、フルの《ヴォルグ・サンダー》4体による山札削りには最早何もできまい。防御が硬いデッキが相手ならば、そもそも防御無視の一撃を何度も与えて突き崩せば良い」

「わ、ワたし……はぁ……!!」

「刀堂花梨──不思議な少女だ。まだ弱いが、心はとても強い。襟元を正された以上、僕もまた信念を貫くしかない」

『同じく。私もまた、この世界の地獄を味わい足りないのでねェ。それを奪うなら、殺します』

「僕達は、貴様等の勝手な視野狭窄な正義に付き合わされている暇はないんでな」

「死、死、死、死っ……!!」

「終わることなき、無間地獄へようこそ」

 

 黒鳥は宣告した。風前の灯だった天使龍の知識は、迸る雷鳴と絶叫と共に、全て焼き切られるしかない。

 天使龍の、死を──

 

 

 

「死ィィィィィィィィーッ!!」

 

 

 

 絶叫が響き渡った。

 底知れぬ深淵と恐怖への絶望。

 それを黒鳥は、容赦なく突きつける。

 終わりなき無限の地獄の果てを。

 

 

 

「《ザビ・ミラ》の効果で《ヴォルグ・サンダー》4体を破壊し、再びバトルゾーンへ──貴様の山札のカード、全てを墓地に置かせて貰う」

 

 

 

 

 ──山札が無くなれば、その瞬間敗北が確定する。

 即ち、ライブラリアウトが成立した──



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Ace11話:枷

 消滅していくカード。

 それと共に、周囲にあれだけ蔓延っていたクリーチャー達も次々に消えていく。

 やはり、あのネオエンドが司令塔だったのか──黒鳥は、そう思いながら、コンクリートの床に落ちた《ネオエンド》のカードを拾い上げる。

 だが、節制のエリアフォースカードもまた何処かへ飛んで行った。

 

「……肝心のカードを逃がしたか」

「黒鳥さん、大丈夫!?」

「……一先ずは安心だな。また、何時第二波が来るか分からんが」

 

 疲労がどっ、と来たのか彼はへたり込む。

 

『マスター……やりましたね』

「ああ。おめでとう、阿修羅ムカデ」

『ヒャハハハハ、何。私は貴方の命ずるままに殺しただけですよォ。しかし、あのカードをどうして魔導司が持っていたのか……』

「何、それは後だ」

 

 彼は振り返る。

 そこには、魔導司の少女の姿があった。

 

「トリス・メギス。ありがとう。貴様の助けが無ければ、僕は死んでいたかもしれないからな」

「はっ。これでも博打だったんだよ。やはり、死神の名を冠すエリアフォースカードというだけあって、どんなリスクがあるか分からなかったからな」

 

 彼女は溜息をついた。

 博打は当たったようで、一先ずは安堵しているのだろう。

 

「それに礼なら、あっちでクリーチャーの軍勢食い止めてた桑原甲にも言ってやれ」

「……それもそうだな」

「所で、今回のクリーチャーには何で魔法やクリーチャーの攻撃が効いたの?」

 

 黒鳥は、それが未だに晴れない疑問だった。

 ワイルドカード、トークン、守護獣はエリアフォースカード絡みの空間に引きずり込み、デュエルしなければ倒せない。

 それは、特殊な条件で実体化したクリーチャーの特異性質のようなものなのだ。

 にも関わらず、あの軍勢はクリーチャーの攻撃どころかトリス・メギスの攻撃で倒せるものまでいた。

 

「ってことは、ワイルドカードや守護獣ではない、ということになるよね?

「あたしの見解ではそうだ」

 

 彼女は眼鏡を掛け直す。決まりが悪いように。

 

「あれは全く別のルールで生まれたクリーチャー、もしくは──召喚された本物のクリーチャーということになるが。まだ、何も分からねえ!」

「分からなかろうが何だろうが別に良いだろーがよ!」

 

 全員の視線は、声の方向に向けられた。

 そこには、恐らく、今回最も多くのクリーチャーの相手を受けおったであろう桑原の姿があった。

 

「もうヘロヘロだぜ俺は……」

「……ああ、済まんかった。迷惑を掛けたな」

 

 へたり込む桑原。

 花梨も溜息をつく。

 

「確かに……あたしも疲れた……今日だけで何回デュエルしたんだろ」

「だが、まだ何も終わってはいない」

 

 黒鳥は水晶のそびえる街を見据えた。

 

「あの水晶の正体を……今一度確かめねば」

 

 彼は拳を握り締めた。

 全ての元凶たる水晶。あの中身が何なのか。

 救済とは何なのか。そして、彼らの言う裁きとは。

 狂信的なクリーチャーの言っている事など分かりたくもないが……あの中に間違いなく真実はある。

 だが、そう思った時。花梨が彼の顔をのぞき込んだ。

 

「黒鳥さんっ」

「……刀堂」

 

 彼女は笑みを浮かべる。

 

「良かった。黒鳥さんが無事で。これで本当に一緒に戦えますね!」

「……ああ」

 

 負い目はもう無い。

 また、自分は戦う事が出来る。

 もう戦えない後輩に代わって、新たな世代を牽引する義務があるのだから。

 

「あれ? 黒鳥さん?」

 

 その時。

 花梨は何かを見つけたような声を上げた。

 

「ねえ、その右手に付いてるの何?」

「何だと?」

「掌から何か見えてるんですけど……」

 

 彼は自らの右手を裏返す。

 その掌には──

 

 

 

「おい、来たぞ!」

 

 

 

 

 トリス・メギスの声で全員の視線は彼女に、そして次いで空に向けられた。

 

「なっ、あれは──」

 

 まるで突如現れたかの如く、それは空中に顕現する。

 得意げにトリス・メギスは言い放つ。

 

 

 

「これがアルカナ研究会の飛行艇──エアロマギアだ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──。

 目覚めると、そこは部屋だった。

 涙の乾いた目を擦る。もう、何も出て来はしなかった。

 辺りを見回す。暗さに目が慣れる。

 てっきり、独房のような酷い場所かと思った。

 しかし、ベッドは思いの外柔らかく、部屋もクリーム色の壁に囲まれ、リノリウムの床が敷かれた洋風の寝室のようだった。

 何が起こったのか。

 どうして自分が此処にやってきたのか、思い返す。

 

「……ワンダー、タートル……」

 

 そう呟いても、もう誰も答えなかった。 

 光を見失ったようだった。

 今まで、ずっと傍にいた存在がもう居ない。

 まだ、そんな実感は湧かない。まだ生きているかもしれない、とわずかに思っていた。

 部屋から光が差し込んだ。

 そして、扉が開く。

 そこには──男の影があった。

 

「或瀬ブラン。我が主がお呼びだ。来て貰おうか」

「……今更、何の用デスか」

 

 細身の男は、つかつかとベッドに歩み寄る。

 そして、その鋭い機械のような瞳でブランを睨んだ。

 見ただけで、只者ではないことが理解できた。物理的に叶う相手ではない。

 そもそも人間かどうかも怪しい、とブランは推測する。

 

「用? 我が主は貴様と食事がしたいと言っている」

「食事に毒でも盛るつもりデスか」

「まさか。そんな回りくどい方法で殺すくらいなら、とっくにあの時貴様は死んでいる」

「なら何デスか」

 

 語気はどんどん強くなっていく。

 

「……ふざけるな。命じゃないなら……私から、これ以上何を奪うつもりデスか!!」

「食事を与えてやると言っているのだ」

「”一昨日来やがれ”、デスよ」

「ふむ。日本語を覚えてから、口が悪くなったと伝えておくか。だが、貴様としても我が主──ロードがどうして今の計画に至ったのか、気にならない訳ではあるまい?」

「……」

 

 彼女は、口を食いしばる。

 知りたくもない、とは言い切れなかった。

 どうして彼があんなに変わってしまったのか。

 それは彼の口から聞かなければ一生納得できない気がした。

 

「……分かったデス」

 

 選択肢は、無い。

 不気味さは隠しきれない。

 ロードへの憎しみがない訳ではない。

 しかし。こうなった以上、知らないわけにはいかなかった。

 相棒はもういない。

 だが、今は探偵として、自分一人で何としても調べねばならない。

 ロードの、恐るべき計画を。

 ──誰か助けに、来てくれるデスかね……。

 心細い。助けが来てくれる保証はない。

 しかし──もう、希望はこれだけしかなかった。

 如何なる世界中の大きな組織や国の連合よりも信頼できるのは──仲間だけだった。

 ぎゅっ、と拳を握り締める。

 彼女は起き上がり、ベッドを降りた。

 そして、細身の男についていく事にしたのだった。

 目を瞑る。涙が滲みそうになったのを拭って、彼女は部屋を後にしたのだった──

 

 

 

 珍しく、今日は夢も見なかった。

 ……今日は?

 ちょっと待て。今も意識がちょっと混濁しているけど、俺どうなったんだ?

 確か、あのデカい奴にやられて、その後……

 

 

 

『マスター、マスター、起きるでありますよ!」

 

 

 

 声が聞こえる。

 これは――

 

 

 

「目が覚めたか」

 

 

 

 ずい、と覗き込んでくる顔。

 蒼い瞳だった。髪は人形のように澄んでいるが、それが後ろで括られている。

 ……誰だ? 何で俺はこんなところで、この女の子に看取られてんだ?

 ひょっとして此処はあの世か何か?

 現にこの女の子、妙に色が白いし、すっげー冷たい目でこっち見てるし……。

 後、ココ、ドコ?

 

『良かった……目が覚めたようで、何よりであります』

「チョートッQ……?」

 

 いつもの新幹線頭が見えた。

 良かった。お前は無事だったのか。

 

「俺は……」

「……意気阻喪、とでも言っておくか。話を纏めて考えれば、今の貴様の心情も理解できない事は無い」

 

 いや、そうじゃない。

 あんたは誰だ、此処は何処だ?

 色々ごっちゃになっていて口を開ける余裕も無いけど。

 

「記憶が混濁しているな? 一度整理しろ。安心するがいい。お前の思うような最悪の事態は避けられている」

『火廣金殿も、紫月殿も無事であります! 全員一先ずは助かったでありますよ』

「そう、なのか……?」

 

 ……仕方ない。記憶に抜けが無いか、いつもので確かめてみるか。

 ――俺は白銀耀。デュエマ部の部長を務める少し普通じゃない高校2年生――だったけど、実体化するクリーチャー、ワイルドカードの事件に巻き込まれたことで俺のさえない日常は非日常へ一変。

 その後、事件の中で多くの人を巻き込んでいき、最後には22枚のアルカナの力が封印されたエリアフォースカードの1枚、愚者による凶行を阻止した――

 よし、ちゃんと覚えてる。

 そんでもって、冬休みに部員の紫月と火廣金と一緒にデュエマの大会に来たら、決勝で黒鳥さんたちや花梨、桑原先輩に出会って――変な水晶みたいなのがショッピングモールを覆った。

 発生源を探っていると、俺はあの大男に出会って――

 

「あ、あ……そうか。俺あの時負けて――」

「何だ。喋れるのか。むしろ、あれだけのダメージを受けて何故無事なのか疑問だ。やはり、父の作ったエリアフォースカードというのは……」

「えっと――」

 

 俺は淀みながら言った。

 ちょっと待て。今ので大体察せたが、この黒髪の美少女は――

 

 

 

「……何だ。何を呆けている。この元・大魔導司、ファウストの事を忘れたとでも言うのか?」

 

 

 

 ……。 

 全っっっ然分からなかった……。

 こいつ、ローブ外すと凄い小奇麗だったんだな。

 確か、火廣金曰く自らの身体を自らで生成する人体錬成に至ったって――

 

「じゃなくて、俺死んでねえの!? 何で!? まさか此処は手術台でお前が人体錬成で俺の身体蘇生したとか!?」

「考えてから話せ。私の魔力はかの一件で底を尽きた以上――単独行動主義の末の自業自得とはいえ――、私がこの術を行使することは不可能。そして、人体錬成は倫理的な問題を我々の基準でも抱えており、自分のホムンクルス――即ち、自らの身体に使う分にしか使用できないという制約がある。自己責任の下でな」

「そ、それじゃあ、何でお前が居るんだ!? つか、此処は何処だよ!?」

「この飛行艇で上空から見回りをしていたのだよ。上からの命令でな。で、強い魔力反応があるから飛んできてみれば……この有様だ」

「ってことは、此処は……空の上!?」

 

 飛行艇。

 俺は慌てて丸窓をのぞき込むと、息を呑んだ。

 確かに、小さくなった街が遠巻きに見えた。

 しかし――それは、夥しい数の水晶に喰われていた。

 

「っ……どうなってんだよ」

「どうなってる? それは私が一番聞きたいな。人体錬成に至れた魔導司は居れど、その先の領域――賢者の石にたどり着けた魔導司等、私は知らない」

「賢者の石……!?」

「錬金術の基本法則たる等価交換――と言っても人間には難しいか」

「頭痛くなってきた……」

「つまるところ、何かを手に入れる代償に同等の何かを対価にするということだな。クリーチャーの召喚、呪文の詠唱には決められただけのマナが必要なのと同じだ」

「あ、ああ……」

「だが、賢者の石はその法則を無視する」

「何でも願いを叶えてくれるってことなのか!?」

「しかし――現代の魔法学に於いて、実質それは不可能であることが証明されている。だが、現にそれは実現してしまっている」

 

 彼女は口をきゅっ、と結ぶ。

 そして忌々しそうに言い放つ。

 

 

 

 

「――あれは、間違いなく魔術の法則を無視して創造されたクリーチャーだ」

 

 

 

 え?

 俺は慌てて窓に縋りつくようにして、街一面に広がる水晶を睨んだ。

 あれが、クリーチャーなのか!?

 

『正確に言えばクリーチャーの一部であります』

「冗談だろ!? 世界全部を、1体のクリーチャーが覆ってんのか!?」

 

 俺はこのとき、魂が抜けそうになった。

 巨大だ。ひたすらに巨大すぎるのだ、今回の敵は。

 今まで表ざたにしてこなかった事件が、たったの1日で世界を巻き込む程巨大なものに膨れ上がるなんて。

 そもそも、ぴんと来ない。そこまで大きな存在は――

 

「って、猶更だ!! 今すぐそいつをぶっ倒さねえと!!」

「無為無策とはこの事。一度落ち着け」

「そ、そうだけど! これ、飛行機なんだろ!? ほかの魔導司も乗ってるじゃねえか! 戦力的には――」

「駄目だ」

「えっ……!?」

 

 ファウストは苦々しそうに言った。

 

 

 

「奴らは魔導司の攻撃の一切を遮断し、そして魔導司を一方的に蹂躙する特異体質を持つ。魔法使いであることが、既にハンデだ」

 

 

 

 つまり奴らに魔法は効かないことになる……ってことか?

 そういえば、火廣金はあのドラゴンに近付いただけで身体が崩壊しかかっていた。

 

「同時に、弱い個体ならまだクリーチャーを扱えば倒せないことはないが、その一部にエリアフォースカードを取り込んだ上位個体が存在することが認められた」

『それが我々の交戦したクリーチャーでありますか……!』

「そうだ。そして同じ事件は他にも起こっている」

「まだあるのかよ……じゃあ、奴らの持ってるエリアフォースカードは1枚じゃないってことか」

「そうだ。数時間前、報告が入った。ある森の調査を行っていた魔導司の団が、水晶の怪物の群れに襲われて壊滅したとな」

 

 背筋が粟立つ。

 

「その森は通称、腐の森と呼ばれる樹海で、普段は結界に隠されて見えない。だが、その最奥に遺跡があることが分かって調査が始まった」

「今回やられたのは、警備をやっていた部隊なのか?」

「否、遺跡を調査していた本隊にも被害が出ている。そして、出土品は全てそれに盗まれたとのことだ」

『それと、聞きたくもないでありますが、一応殺された魔導司の状態を我から聞いておくであります。ショッキングやもしれないのでマスターはすっこんでるであります。また倒れられても困るでありますよ』

「る、るっせぇ! 馬鹿にするんじゃねえよ! 続けてくれ、ファウスト」

 

 彼女は一瞬躊躇ったようだった。

 しかし、意を決するように俺の眼を見て話す。

 

「聞けば、それは虐殺とも言える凄惨なものでな。魔導司の身体はいずれも溶解されて切断されていた。細切れに。いずれも、魔法も魔力も全て、触れられただけで崩壊し、無効化されたことが分析されている」

「……!」

「ただ、死体の一部、いや大部分がごっそりと持っていかれている。何に使ったのか、想像したくも無いが……」

 

 悍ましい現場。

 俺には想像できなかった。

 

「我々に、いや、特に私は無駄死が許されない――死ねないんだ。この手で……責任をもってこの問題に決着を付けねばならないのに……私は、何百年も生きたというのに、余りにも無力過ぎる」

 

 小さな手を彼女は握り締めた。

 弱く、か細く、脆すぎる。そんな自分の今の状態を誰よりも悔やんでいた。

 それが自らの失態が招いた事であると信じて疑わないのだ。

 だけど。

 

「そんな事無い。ファウストが飛行艇を持ってこなければ、俺達は水晶に飲み込まれてたかもしれないのに」

「……あれは、ティンダロスが――」

「それでもだ。此処の指揮を執ってたのはお前じゃないのか? 誰よりも、魔導司から慕われてたお前がさ」

「……」

「羨ましいよ。そんな人望も、俺は立派な魔法だと思うけどな。アルカクラウンでも、消す事が出来なかった魔法じゃないか」

「……フン、慰めのつもりか?」

 

 ぐにぃ、と頬が引っ張られる。

 

「人間の癖に、殊勝な事を言う。だが、確かに――私とした事が、こんな所で弱気になってはいられなかったな」

「……ふぁ、ふぁふぁ……」

 

 くくっ、と幼い顔に似合わない妖艶な笑みを浮かべると、彼女はマントを翻す。

 

「それと白銀耀。皇帝(エンペラー)のカードに感謝するんだな」

「は?」

『我にも分からないでありますが……皇帝(エンペラー)の力がマスターの身体に作用したのは確かであります。マスターがエリアフォースカードとの適合が進んでいるからなのか、皇帝(エンペラー)がマスターに心を開きつつあるのか……それでマスターの身体は急速に回復しているのであります』

「……こいつの、おかげなのか?」

 

 俺は傍に置かれていたデッキケースを手に取る。

 そこから、一番上に入れている皇帝(エンペラー)を取り出した。

 

「……お前が……助けてくれたのか」

 

 言葉は無い。 

 しかし、答えるかの如くそれは薄ぼんやりと輝く。

 何が起こったのかはさっぱりだけど……。

 いや、待て。俺は助かったなら、一先ずそれでいい。とりあえず、まだ心配要素はある。

 

「そういえば……シャークウガはどうなんだ?」

「……」

 

 ファウストは口を噤んだ。

 あまり、良くなさそうであることはそれで察せられた。

 

「シャークウガは多大なダメージを負っている。他のクリーチャーでも、同様のダメージを食らっただろうとのことだ」

 

 マギアノイドの恐ろしさを痛感する。 

 全ての魔法を無効化にする。

 それがどんなに恐ろしい事か、そして戦略的な兵器に成り得るかを示していた。

 

「紫月の持ってる魔術師(マジシャン)に何か変化は無かったのか?」

「今の所は……何もない」

 

 魔法を司るエリアフォースカード、魔術師(マジシャン)

 コイツの力で何とかならないのか、と思わなくも無かったけど……エリアフォースカードには個々の意思があるらしく、何を考えているかはそれぞれで、しかも俺達に直接その意思は分からない。

 

「白銀耀。我々としてはお前達を危険な目に遭わせるのが心苦しいが──」

 

 ファウストはか細い声だった。

 

「何をいまさら。俺達がこれをどうにかしなきゃ、誰にもどうにもできないんだろ?」

「ああ。世界中の如何なる軍事兵器も、世界中の如何なる魔導司も、クリーチャーやあの水晶には対抗しようとしている。だが、事態は一刻を争う。お前達にも協力を仰ぐしかないのが現状だ」

「……すげえプレッシャー」

「……すまない。そういうつもりではなかった。いや、当然か。私たちは……訓練もしていない只の人間だったお前達に、とんでもない無茶を押し付けているのだからな」

「……」

 

 だけど俺は知っている。

 今までの戦いで、無茶が無理ではないということを。

 俺達がやらなきゃ、皆お終いだ。

 

「でも、やられてばっかじゃいられねえ事は、分かってるんだ。街をあんなにされて、仲間を散々な目にあわされて、その癖見ない振りなんてできるもんか!」

「……が、お前たちが人間である事には変わりない。疲れているだろうし、今日はもう休め」

 

 休めと言われてもこのままでは収まりがつかない。

 俺はファウストに、この状況を打破する方法でも思いついているのかと聞きたくなった。

 

「なあ、ファウスト。何か打開策でもあるのか?」

「……そうだ。1つ、手掛かりになりそうな場所がある」

 

 彼女の手には、丸められた硬い紙が握られていた。

 それをほどくと、すぐさま何が描かれているのか分かった。

 

『日本地図、でありますな?』

「クリーチャーなのに分かるのか?」

『ジョーカーズでありますからな。現代知識には最も目敏いでありますよ』

「はぁ。だけど、この線は何だ?」

 

 日本地図。それも──緯線経線とは違う斜めの赤い線が幾多にも引かれたものだった。

 そして、その線が何本にも重なりあい、1つの点を形成した箇所が1つだけあった。

 

「この線は、魔力がある地点から迸っている事を示しているラインだ。まるで、オーロラのようにエネルギー波が帯となって世界中から集まっている。文字通りの異常事態だが」

「そんなことが……ん? それじゃあ、その中心点に何かあるってことか?」

「ああ。私達は、そう踏んでいる……何より、近海に何かが潜んでいる」

「クリーチャーってことか」

「または魔法生命体か。だが、近辺にクリーチャーが居る可能性も否定は出来ない」

「関東近海……待てよ、ここって……」

 

 東京湾近海に浮かぶ人工島。

 そして、多くの集落のみならずデュエリスト養成学校を有す場所。

 そんな有名な名前を俺が忘れる訳も無い。

 

 

 

「海戸ニュータウン──!?」



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Ace12話:対抗策

 ※※※

 

 

 

 あれからどれほど経ったのだろうか。

 ずっと寝ていた所為で何も分からない。

 此処が何処かも分からない。

 ただ一つ言える事があるとするならば、此処には逃げ場は無いということ。

 そして、容易にロンドンの自分の家には帰ることは出来ないだろうという事だった。

 いつ、どんな時も、危機に瀕した時に聞こえた声が、今はもう聞こえない。

 何も、聞こえない。

 通路は洋風の邸宅のそれだった。イギリスでも目にした事が無いわけではない。

 これは屋敷か何かではないだろうか。地に足がついているのならば、誰かが助けに来てくれるのだろうか。

 否──今までの経験から、それは期待できなかった。

 ならば、自分にできる事は出来る限りの情報を集める事だった。

 同時に彼女は酷い無気力感に苛まれていた。

 半ば自棄になっていたと言っても良いだろう。

 故に。当の事態を引き起こした元凶たるロードから、夕食に誘われたとしても、断る理由は十分にあったはずなのにそれを受けたのは──引き受ける理由も、抵抗する事を放棄する理由も十二分にあったからである。

 

「──お目覚めのようだね、ブラン」

 

 軽い調子の声が響いた。

 どの口が言うのか、とブランは顔を顰める。

 だが、背後に今も立っている背の高い男に促されるように顎で自らの席を示されて座った。

 通された場所は、いわば食堂とでも言うべき場所だった。

 それも貴族が使うような、純白のテーブルクロスが引かれた縦長テーブルが置かれ、部屋はシャンデリアに照らされ、ステンドグラスで彩られている。

 そこに居るのは、眼鏡を掛けたあのロードと自分。

 そして、執事のような容貌の只ならぬ空気を放つ男の3人だけ。

 

「……何を、考えてるの?」

「ん?」

「まさか私も、相棒を殺した仇に呼ばれるなんて思わなかったわけだけど……貴方は逆は考えなかったわけ?」

「殺した? 何を? 僕が?」

「ワンダータートルを──」

「あんなの、生き物に含まないさ」

 

 ぎりっ、と唇を噛み締める。無神経にも程がある。これが彼の本性だったのか、それとも彼が変わってしまったのか。いずれにせよブランは眩暈がした。最早、目の前に居るのはロード・クォーツアイトであって自分の知るロードではないのか、と。

 だが、声を荒げるのをすんでのところで抑えた。

 怒りも、悲しみも、絶叫も、涙も、全て押し殺す。

 此処で感情的になれば、「死んだ」ワンダータートルが浮かばれない。

 

「……とにかく座れよブラン。スープが冷めるだろう? 今日のメインディッシュは子牛のビーフシチューだ、良かったね。君の大好きな料理じゃないか」

「……」

 

 あくまでもロードは煙に巻くような態度で翻弄する。

 ささくれ立ち、ズタ袋のようなブランの心を逆撫でするように。

 

「コーンスープはお好きかい? いや、ご希望ならウミガメのスープを持って来させても構わないよ。此処にはいろんな食材を蓄えてあるからね」

「……ロード!」

「おっと失礼、口を滑らせた。だけど、お腹が空いただろう? 何、毒なんか入っていやしない。うちのコックの料理は美味しいんだ。晩餐を楽しみたまえ」

「……」

 

 わざとだ。

 露骨にロードが、ブランを挑発しているのが目に見えて分かった。

 その邪悪な瞳をかつて悪戯をしていた時のように煌かせ、ロードは彼女の瞳を覗き込む。

 ブランはスープに口を付ける気など当に失せていた。しかし、ご機嫌のロードから出来る限り彼の知っている事を聞き出さねばならないと言い聞かせる。

 もとより、毒が入っているならさっきたっぷり眠っている間に仕込まれていてもおかしくないのだ。

 だが、コーンスープを啜ると、酷く味気なかった。いたたまれなくなって、ブランはスプーンをちゃぽん、と置いた。

 

「何を考えてるの? ロード」

「……ん?」

「人類を救済するとか、人類の原罪を裁くとか……訳が分からない」

「君に理解できないのも無理はない。何より僕も理解するのに数年の時間を要したからね。だけど安心して良い。もうじき、人類が皆幸福になるんだ」

 

 バカにつける薬は無い。

 その言葉が浮かんだ。すぐさま、彼の頬を引っ叩いてやりたかった。

 彼には、今の自分がどう見えているのかと問い質してやりたかった。

 

「そう、君も含めてね」

「……馬鹿げてる」

「君は、少なくとも不幸だったはずだ。イギリスに居た頃も、日本に居た頃も……ハーフである事で虐められ、酷く悩んでいたからね」

 

 彼はスープを勢いよく啜ると言った。

 

「だが、それにもう苛まれる必要は無い。欲望こそが人類の背負った原初の罪ならば、それを解き放つことこそが真の救済だ」

 

 テーブルを殴りつける。

 彼は、笑みを浮かべた。興奮のあまり、黄色い涎が垂れていた。

 

「もう何も心配しなくて良い!

 誰かから何かを搾取される心配はない!

 もう何も心配しなくて良い。何も得なくても幸せになれるから!」

「ふざけないで!!」

 

 金切り声がロードの三段笑いを遮った。

 

「ロードが私にしたことはどうなるの? 私から大事な物を奪っていって──救世主にでもなったつもり?」

「これは全人類の救済のためだ。これさえ成就すれば今までの不幸を君は全て忘れられる。忌まわしき思い出から解き放たれて、君は幸せになれるんだ」

「この悲しみを、思い出を、全部忘れるくらいなら、全部捨てろっていうのなら──幸せになんか死んでもなってやるもんか!」

「何で分からないんだ、ブラン。人類が救われるには人類すべてが同じ救いの道を、贖罪の道を歩むしかないというのに……それが正義だということが何故分からない?」

 

 自分に酔った口調で、だが血走った目でロードは立ち上がり、テーブルの料理を全て薙ぎ払う。

 がちゃん、がちゃん、と食器が割れる音。料理がカーペットの上に飛び散っていく。

 そのまま彼はブランにつかつかと詰め寄る。

 

「今、世界中にはDGが目覚めた影響が早速出ている」

「っ……!」

 

 次の瞬間、ホログラム状の映像が近くに現れる。

 そこに映し出されたのは世界の各都市の映像だった。

 生中継で放映されている。

 アメリカ、中国、イギリス、フランス、そして──日本。

 その都市にあのDGに酷似した水晶が次々と侵食していっているのだ。

 

「映画か、何かだよね……?」

「そんなわけないだろう。これは全て現実だ。遂に、正義の裁きは序曲となって世界中に流れ出したという事さ」

 

 実感がわかない。

 ロードが仕組んだ嘘の映像かもしれない。

 しかし、これが本当ならば?

 

「こんなの、正義じゃない……! 勝手な、思い込みと偽善……! 誰かから当たり前を奪う正義なんて、誰も幸せにならない……!!」

「ははは、じゃあ君の正義は?」

「……」

 

 あの少年の顔が浮かんだ。

 

「守る事……! 絶対に、失いたくない絆を、友達の笑顔を守る事……だから、力で事を成そうとする貴方のやり方は納得できない!」

「それで君はあのクリーチャーもどきを守れたのか?」

「っ……!」

「脆いんだよ。君の正義は。そもそも誰かを守るために正義を行使するなんて馬鹿げてる。だって、君か守るべき対象。どちらかが傷ついた時点で幸福じゃあない。それに、守る者が弱ければ意味がない」

「……」

「おい、教えてくれよ。ワンダータートルは誰が弱くて死んだんだ? ええ?」

「……」

 

 唇をかみちぎりそうになった。

 地に伏せて、彼に屈しているような気分だった。

 

「僕には覚悟がある。自分の正義の為に切り捨てるべきものは全て切り捨てる覚悟だ。君は……10のために1を切り捨てられる覚悟があるのか?」

 

 ブランは答えられなかった。

 ロードには、冷徹で残酷すぎる覚悟が確かに瞳に宿っていた。

 自分との友情も、思いでさえも捨て去るつもりでいるのだ。

 

「僕はそのためにDGを完成させる。僕の一族が、先祖が、何百年もかけて造り上げてきた最終兵器で人類を皆平等に幸福にするんだ」

「……ッ!!」

 

 平手打ちを飛ばした。

 しかし、それは彼の頬には届かない。ロードはそれを右手で握る。彼女を睨みつけた。

 

「この手は何だ?」

「……全部、勝手に決めつけばかり……あたしの幸せを、勝手に決めるな!」

 

 次の瞬間。

 ロードの背後に何かが浮かび上がった。

 

「何故分からない? 僕の崇高な理想をさ」

 

 手を掴まれたままのブランは抵抗できずにそれをまざまざと見せつけられた。

 ぼんやりとではあるが──大空を切り裂くであろう翼が見えた。感情を閉ざした仮面が見えた。その凶暴さを封じ込める首輪が見えた。

 

「何、これ──!!」

 

 覇気が、畏怖が、全て肌から伝わってくる。

 

 

 

「──人造龍・DG……またの名をサッヴァーク。人が人を裁く為のドラゴンだ」

 

 

 

 最早立っていられなかった。

 ブランは、己の小ささを思い知る。 

 ああ──相棒も居ない自分は、こんなにちっぽけなのだ、と。

 今、自らが目の当たりにしているのは何なのか思い知る。

 彼が作ろうとしているのは──地球全てを喰らっても飽き足らない程巨大な、怪物だ。

 ロードは高笑いしていた。その支配者は自分であることを誇示するように。

 

「夜が明けたら……日本に着く。君にも、役割を果たしてもらうよ。僕の理想の礎になってもらう」

「に、日本!? 何で……!?」

「全てが終わる場所。それは日本にある」

 

 ブランは訳が分からなかった。

 日本にそんな場所があるというのか。

 そして、今彼は”着く”と言った。

 今自分の足がついているこの場所は、移動しているとでも言わんばかりに。

 

 

 

「そこで僕は全てを終わらせ、全てを始めよう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 持って来られた所謂機内食(洋食風。メインディッシュはマカロニグラタン)を掻き込んだ後、俺はこの広い飛行艇を散策しようとした。

 が、個室がある通路を抜けると、すぐにロビーに辿り着く。

 俺の目に入ってきたのは、久しい仲間達の姿だった。

 

「っ耀! もう大丈夫なの!? 何処も痛くないよね!?」

 

 真っ先に飛びついてきたのは花梨だ。

 本当に不安そうな顔だった。どうやら別行動だった彼女たちはトリス・メギスに助けられたらしい。憎たらしい奴ではあったけど、此処は感謝するべきだろう。

 見ると、安堵した様子の桑原先輩に、火廣金の姿もあった。

 紫月と黒鳥さんの姿は無かったが。

 

「……良かったぁ」

「心配かけたな。だけど、この通りピンピンしてるぜ」

「まあ、テメェは殺して死ぬようなタマじゃねえからな」

 

 俺は苦笑いした。悪運が強いだけだ。

 それに割と洒落になっていない。

 それを見てか、火廣金も溜息を吐く。

 

「ともかく、君の無事が何よりだ」

「それより、火廣金こそ大丈夫なのか?」

「ああ……魔力の減少は一時的な物だ。しかし、今のままでは水晶のクリーチャー相手では無駄死にするだろうな」

「……そうか」

「やっぱり、あたし達人間がやるしかないってことだね……」

「だけど勝機はあるのか? あの白銀も負けたのに」

「勝機があるかねぇかは、この際問題じゃねぇよ」

 

 俺は歯を食いしばる。

 あの大男の圧倒的な力を思い出す。

 凶悪な戦法だったには違いないが、次は負けない自信がある……と言えば嘘になる。

 正直、次は負けられないという思いと共に極大のプレッシャーがかかっている。

 

「だけど、やるしかねえ。あいつを絶対にぶっ倒してやる」

「でも、相手は人じゃない敵なんだよ? 今度は情けも容赦もかけてもらえない」

「……死ぬのが怖くないわけじゃねえよ。だけど……他にやれる奴は居ない」

「どうにか出来ねえのか? 新しい切札があれば」

「持ってるカードは殆ど置いてきちまった……」

「……もう、家に帰ってるどころじゃなねえもんな……住宅街も水晶に呑まれた所があるらしいし」

「……状況が刻一刻と悪くなっているのは間違いないだろう」

 

 全員、押し黙った。

 

「……何でこんな事になっちゃったのかなあ」

 

 だんだん、堪えていたものが抑えきれなくなったのか、花梨が漏らした。

 押し潰されるような声がぽつぽつと続いた。

 

「……こんな災害みたいな事件、本当に解決できるの?」

「そんな事……まあ、確かにデカすぎるけどな今回の件は」

 

 桑原先輩も呻く。

 疲れもあってか、だんだん全員本音が漏れてきたようだった。

 正直な話、俺も簡単に解決できるとは思っていない。 

 気持ちで負けるなと言っても、無理な話だ。

 俺達は……デュエリストである以前に、ただの高校生なのだから。

 

「規模が大きすぎて、あたし達だけでどうにかなりそうな問題じゃないよ。それに……エリアフォースカード、あたしはまだ守護獣も目覚めて無くて、足手まといなのに……」

「……」

 

 こんな時に、ブランが居てくれれば、とふと頭に浮かんで振り払った。

 違う。今、不安なのは花梨だ。泣きそうな顔をしている彼女を慰めてやる言葉1つ掛けてやれない俺が恨めしい。

 励ますのは余計に彼女に無理をさせてしまうかもしれない。

 だからと言って、諦めて良いと促しても結局責任感の強い彼女は良しとしないだろう。

 

「……なーんてね」

「!」

 

 努めて、明るく彼女は言った。

 次の瞬間には、思いっきり開いたような笑顔が飛び込んできた。

 

「ちょっと言ってみただけ。でも、あたし達がやらなきゃ、誰もやってくれないんだもん。退路がないなら前に進むしかないよね!」

「……花梨」

「とにかく頑張るしかないよ。気持ちで負けたら、デュエマでも負けちゃうよ?」

「しかし、今のままではデッキの強化もままならねえぞ?」

 

 桑原先輩が訝し気に言ったその時だった。

 

「カードならある」

 

 声が響いた。

 ロビーに入ってきたのは、トリス・メギス。そしてティンダロスの2人だった。

 その手には、アタッシュケースがぶら下げられている。

 開けると、そこには大量のカードが入っていた。

 

「と言っても、これだけで足りるかは分からないけどな。あくまで気休め程度のものしか入ってないが」

「──!」

「それに、空間でのデュエルはお前らの守護獣に最大限適合したデッキを作らないと意味がなイ。魔導司なら、自らのアルカナ属性に合ったデッキダ」

「無暗やたらに強いデッキを組んでも、意味がないって事だ」

「守護獣に……」

「適合したデッキ、か……!」

「あたし、守護獣居ないんだけど……」

「まあ、そこは追々だ。まずは、エリアフォースカードを出来る限り強化する必要がある。そしてお前ら自身も」

 

 彼女は口角を上げた。

 

「あたし達だって、出来る事をやるぜ。お前らが万全の状態で戦いに行けるように! 根性論は結構だが、それだけじゃどうにもならねえもんな」

「エリアフォースカードの強化は魔導司に任せロ。お前らの強化は……俺達がやル」

「出来るのか!?」

「出来る限り、解析したデータを元に魔力を注ぎ込む。より多くの連戦に耐えうるように、そしてよりお前達に馴染むようにな。幸い、技術者は居る。あたしのデータ、そして製作者の娘であるファウストの持っている資料を基にする。任せろ」

 

 自信たっぷりにトリス・メギスは胸を張った。

 

「お前達……」

「勘違いすんなよ? あたしはファウストの命令だからやってるだけだかんな」

「その割には、興が乗っているように見えるがな」

 

 背後から更に声が聞こえた。

 そこにあったのは、黒鳥さんの姿だった。

 聞いていた限りでは、かなり消耗していたらしいがそんな様子はもう無い。

 

「黒鳥さん! 良かった、ずっと医務室に入っていたから……」

「心配するな。ちょっとしたメディカルチェックだ。それよりも、特訓というのならばこの僕を忘れてはいないだろうな」

「……あ」

 

 ギラリ、と魔王の瞳が輝いた気がした。

 

「ともあれだ。無茶な事かもしれないが……やるだけの事をやるしかねえし、あたし達が今は全力でプッシュアップしてやる」

「ああ、頼んだぜ!」

 

 ──こうして。

 俺達は眠くなるまで、最後のデッキ調整。

 さっきの剣呑とした雰囲気は何処へやら、全員が腹を括ったのか──俺達の特訓が始まったのだった。 



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Ace13話:来訪者

 夜も更けた頃。

 今頃、俺達の街はどうなっているだろうか、とミニベッドに寝っ転がった俺は思索した。

 スマートフォンを開く。

 あちこちに、この”災害”の記事が、ツイッターには夥しい数の悲鳴の如き反応が上がっていた。

 自衛隊、打つ手なし。アメリカ軍、手に追えず。

 避難場所が足りない、原因が分からない。

 問題は余りにも多すぎる。

 俺は不安になった。

 これだけの数の人の不安を、俺は今背負っているのだ。

 確かに、デッキは大幅に改造出来た。今日だけで、かなりの回数戦った。

 それもあるのだろうか、胸が鳴り響いて眠れない。

 だからだろうか。コンコン、と扉をノックする音が聞こえるとすぐに俺は気付いた。

 1人で居るのが何となく不安だったのもあるが。

 

「誰だ──?」

「……すみません、先輩。夜分遅くに失礼します」

 

 やってきたのは、紫月だった。

 びっくりして、俺は飛び退く。

 しかし、そういえば夜の特訓にも彼女は顔を出さなかった。

 ずっとシャークウガの治療に付き添っていたのだそうだ。

 

「先程、シャークウガは完全に再生しました」

「そうか。……良かった。まあ、あいつはやっぱ頑丈ってことだな」

「……先輩もですよ。それで──」

「……なあ、入るか? 立ち話もアレだし」

 

 彼女は頷いた。

 その瞳には、不安がやはり渦巻いていた。

 

「……少し、疲れました。先輩さえ良ければ」

 

 彼女は、よろけるようにベッドの上に座った。

 大丈夫か? もしかして、技術室とやらでずっと立ちっぱなしだったんじゃないだろうか、こいつ。

 

「……とんでもないことに、なってしまいましたね」

「ああ」

「みづ姉は、私の家族は、無事だそうですが……何時、今居る住宅が水晶に襲われるか分かりません」

 

 あの水晶が、どのように広がっていくのかは予想がつかない。

 ただ一つ言えるのは、奴はドラゴンのように形を成して成長していっている事。

 そして、その本体が吐いたブレスによって、更に水晶は拡散していくこと。

 今の俺達では、水晶の直接の破壊は無謀であること。

 

「だから──鍵は、あの怪物達が握っている。エリアフォースカードまで持ってるんだ。無関係なわけあるもんか」

「先輩らしいです。でも、私は……不安です」

 

 彼女は珍しく、ストレートに思いのたけを吐露した。

 

「また、シャークウガをあんな目に遭わされないか……」

「紫月……」

「あんなのでも、私の相棒です。うるさくて、やかましくて、でも、いつも──私を励ましてくれて」

 

 ぎゅう、と彼女はスカートの端を握り締めた。

 

 

 

「……あの声が聞こえなくなった時……私は、とても怖かった」

 

 

 

 俺は、ハンマーで殴られたようだった。

 そして、同時にまた怒りがこみあげてくる。

 しかし。

 

「だから──あの時、怒ってくれてありがとうございます」

「え?」

「仲間を傷つけて許さない、って……シャークウガも、先輩から、人間から大事に思われてて嬉しかったと言ってます」

「……!」

 

 あの時の言葉は咄嗟に出たものだった。

 

「……私は……あの時、焦ってばかりで何も出来なかったから」

「それはお前も言ってやれよ。お前のクリーチャーなんだから」

「私は……なかなか、恥ずかしくて、言い出せなくって」

「あいつとまた話せるようになったらさ、良い機会だし普段言えない事いっぱい言ってやれよ。あいつは、うるさいけどお前の事いっつも気にかけてるんだから。それに俺らが応えるのは当然のことだぜ」

 

 俺は精一杯に笑み掛けた。

 

「だって、クリーチャーも立派な仲間なんだからな!」

「……勿論です。先輩」

「それにな、何も出来なかったなんて言うんじゃねえよ」

 

 ぽふ、と俺は彼女の帽子を脱いだ頭に手を置いた。

 

「俺が倒れた時、お前が真っ先に飛び出して立ちはだかったのはしっかり見えていたぜ。怖かったはずなのに──」

「……無茶ですよ。半ばヤケクソでした」

「……だとしても、だ。俺は嬉しかった。自慢の後輩だ」

 

 紫月はぷい、と向こうを向いてしまう。

 照れているのだろうか。

 

「……先輩。私も、精一杯のデッキを組んで、万全の準備を期していきます。絶対に、この事態を終わらせましょう」

「ああ。勿論だ」

「だから……私と、特訓してくれませんか?」

「……え?」

 

 ずいっ、と彼女の顔が近づく。

 

「私……ずっとシャークウガに付きっ切りだったので」

「いや、勿論構わないけど……眠くないのか?」

「先輩も、眠いのならば……別に構いませんが、先輩……目がかなり冴えていたようなので」

 

 どうやら、俺が眠れる状態ではないのはバレていたらしい。

 よし、此処は先輩が一肌脱ぐとしよう。折角、後輩がやる気を出しているんだ。

 俺もそれに応えてやらないとな。

 ベッドの上にカードを並べる。早速、2人だけの特訓が始まったのだった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 で。

 予想していたと言えば予想していたのだが、先にうつらうつらと眠りこけてしまったのは、やはり紫月の方だった。

 仕方なく、俺はデッキを片付けると、彼女を何度か揺すり起こすが、起きる気配がしない。

 結局、彼女を此処で寝かせるわけにもいかず(俺があらぬ誤解を受ける)、そのまま負ぶって部屋の外へ出る。

 そこで間が悪かったのは、何故か通路に出ていたチビ先輩こと桑原先輩と対面したことであろうか。

 

「……」

「……」

 

 流れる気まずい沈黙。

 彼は俺の事をまるで、掃きだめでも見るような目で流し見すると言った。

 

「……テメェに女の子を自室に連れ込む度胸があったとはな、しかも非常時に」

「待って! 誤解! これは違うんです! てか先輩は何やってるんすか」

「水を飲みに行って帰ってきただけだが?」

「むにゃ……先輩……まだ特訓は終ってない……です」

 

 間の悪い事に、紫月の寝言が耳に直で聞こえた。

 桑原先輩の顔が、にんまりと嫌な笑顔に変わっていく。

 

「そうかそうか、昨夜はお楽しみだったか」

「まだ夜も終わってねェ!!」

「夜の特訓っていったら、それしかねえだろ、今の寝言は何なんだ!?」

「むにゃ……」

「しぃーっ、起きちゃうでしょ、紫月が! いや、起こさなきゃコイツを部屋に入れられないか」

「大体何でそんな事になってんだ」

 

 疑惑はまだ晴れない。

 そんなに俺の信用は無いのだろうか。

 

「こいつが俺の部屋にやってきただけで……」

「もうそんなに関係が進んでたのかよ!?」

「何も進んでねぇから!! 誤解なんですよォ!?」

「……ぷははは、本当からかうと面白いなテメェ、わぁーってるよ、テメェにそんな度胸がねぇのは分かってるっての」

「……あんたなあ。取り合えず、こいつの部屋教えてくれませんか?」

「2回戦は紫月の部屋でか?」

「何でだァ!! この手の話は自重しましょう、非常時ですよ!?」

「んだよ、テメェ。いい年した高校生が……大体テメェは草食過ぎんだよ。こないだまで男が自分しかいなかった部活なのに、未だにそういう気配が全くねえのは不思議だ」

「あんたも人の事言えないでしょうがよ……」

「俺は……その……何だ、作らねえだけだ! そもそも俺は忙しくてそれどころじゃねえ……でもそういうのにもうちょい興味があっても良いんじゃねえのか、ったく……」

 

 ぶつぶつと言った桑原先輩は、そのまま俺を紫月の部屋に案内する。

 彼女を何とか立たせると、寝ぼけ眼で紫月は無言のままカードキーを使って部屋の中に倒れ込むようにして入った。

 しばらくすると、もう1度カードキーが掛かる音がして、俺は安堵する。良かった。最低限の危機意識は持っていてくれて。

 

「で、実際の所ナニやってたんだよ」

「ナニもしてませんよ、特訓自分だけ出来なかったから俺相手にデュエマ挑んできて……後デッキ調整とか」

「はっはっはっは、本当に何もやってねえんだなあ。でもよ、わざわざテメェに頼むってところが紫月らしいぜ」

「どういうことですか」

「あいつ、絶対お前の事好きだろ」

「!?」

 

 俺は、紫月の顔が咄嗟に浮かんだ。

 確かに前に比べるとつっけんどんな態度も減ったし、むしろ俺の事を慕っているように思える。

 だけど──

 

「いやいや、何言ってるんですか先輩。あいつは重度のシスコンですよ」

「そうかぁ? 俺は、あいつは単に甘えられる相手が少ないだけだって翠月から聞いてたんだけどな。むしろ姉妹の溺愛っぷりは俺から言わせれば翠月の方が酷い」

「……え?」

「喜べよ。紫月は、お前を認めてる。弱みを見せて良い、甘えられる相手って認めてんだよ。聞いた話によるとだな。あいつは、とても不器用なんだとな。他人になかなか心を開かない。警戒心が強いんだ。カードゲームはある程度それを改善したらしいが……周辺関係は本人の性格もあって、なかなか良くならなかった」

「……」

「でもな。デュエマ部に入ってから、あいつは変わったってな。現に俺がその様をずっと見届けてる。俺は……あいつら姉妹の事を両方見てきたからな。分かるんだよ。翠月との会話で、紫月が最近どうなのかすぐに分かる、ってか向こうから話してくれるからな」

 

 彼は俺の肩に手を置いた。

 

「白銀。お前にしか出来ない事だ。誰かを引っ張って、誰かを支えて、誰かに寄りそう……お前はとことんまで、誰かの為に尽くせる人間だ。だから……あいつのことを受け止める事が出来た。あいつが安心できる場になれた」

「俺は……」

「俺はお前らの障壁になるものを全部ぶっ壊す。テメェは安心してどっかり構えろ。前も言ったはずだぜ?」

「……よろしくお願いします、先輩!」

「ああ。それと、紫月の事もよろしく頼むぜ。恋愛相談なら受け付けるぞ?」

「先輩……」

 

 折角良い話だったのに……声のトーンが無意識に下がった。

 そういうのでからかうのは勘弁してほしいんだが……。

 

「つか、珍しいですね。先輩がそんなに愉快なのは」

「……何、俺もずっとしんどいままじゃダメだって思っただけさ」

 

 彼は続けた。

 

「白銀。もっと肩の力抜け。お前の中で辛い事ばっかり考えているままなのは、お前も辛いはずさ」

「そうですけど……」

「白銀。最近、姉貴が妙に楽しげだったんだ」

「?」

「……こないだ見舞いに行った時の事さ。あんなに辛いがん治療なのに、何でそんなに幸せそうなんだ、って聞いたらよ。何て答えたと思う?」

「……」

 

 俺は答えられなかった。

 桑原先輩のお姉さんは、ずっと白血病の治療で闘病生活を送っている。

 抗がん剤の苦痛は、想像を絶するという。ろくに物を食べられない時もあったし、髪も全部抜けてしまったらしい。

 そんなお姉さんのために桜の絵を描こうとしていた先輩がワイルドカードに憑かれたのが、思えば出会いのきっかけだったな。

 あれから治療はずっと続いている。だんだんと良くはなっているらしいが、当の先輩はずっと心を痛めてきたはずだ。そして先輩は、その辛さを忘れるために美術に打ち込んでいたんじゃない。ずっと、お姉さんに報いるために絵を描いてきたのだから、人一倍心の苦痛に耐えていたのは見ていても分かった。

 

「……辛い中に幸せを見出すのが楽しいんだって言うのさ。朝起きて、飯食って、夜寝るのが人間の幸せだって言ってた姉貴が……ロクにそれが出来なくなって一番辛かったはずの姉貴が言うのさ。俺が辛そうだと、あたしも辛いってな」

「……」

「白銀。俺は、時には忘れる事も必要なんだと思ったのさ。そして、思い出さなきゃいけない時にまた思い出せばそれで良いのさ。じゃなきゃ、いつかぶっ壊れちまうよ。人間の心は案外脆いんだ。テメェも見てきたなら分かるだろ?」

「先輩。俺は──」

「今は確かに俺達はどん底だ。だけど、這い上がれば良い。そうだろ?」

 

 桑原先輩の言うとおりだ。

 ずっと辛いままなのは、周囲にも負担を与えてしまうのだろう。

 

「そうすりゃ、ちっとは気持ちよく眠れるだろうよ、って思ってな」

「あ、確かに……」

 

 それと眠れてない俺に気遣ったのもあるのだろう。

 桑原先輩も人の事は言えない気がするが……それを指摘するのは酷だ。

 なるべく、今は気を楽にするしかない。張り詰めるのは、その時になってからでも遅くはない。

 

「んじゃあ俺は寝る。お前もさっさと寝ろよ。明日から忙しいぞ」

「……はい。それじゃあ、おやすみなさい」

 

 そうだ。もう夜も遅い。

 皆、寝ているはずだ。いや、不眠不休で頑張ってくれている魔導司達が居る。

 彼らのためにも──今は休まないと。



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Ace14話:女教皇(ハイプリエステス)

 ※※※

 

 

 

「うーん……なんか廊下が騒がしいと思ったけど、もう誰も居ないや」

 

 そんな騒ぎが起こった少し後。

 花梨は、通路をふらふらと歩いていた。

 少し廊下が騒がしかったので、何事かと思って出るが、もう誰も居なかったのでついでにお花を摘みに行っていた。

 しかし、用を済ませて再び通路を出た後、彼女はふと気づく。ロビーへの扉が開いたままになっていることを。

 向かってみると──そこには、火廣金の姿があった。

 大量のカードの束と睨めっこをしているようだ。

 

「火廣金?」

「……む、刀堂花梨か」

 

 彼女は内心申し訳なく思った。彼の邪魔をしてしまったようだ。

 しかし、当の火廣金はそういったそぶりは全く見せずに続けた。

 

「眠れないのか?」

「ちょっとね」

「そうか。まあ座りたまえ。どうせ俺も眠れそうにない」

「あはは……」

「何故笑う」

「いや、ちょっと安心しただけ」

 

 はにかむと彼女は火廣金の向かいに座った。

 彼の真剣そうな眼差しを、より近くで見られた。

 

「火廣金もそういう時、あるんだって」

「……俺は、君が無理をしている事の方が心配だがね」

「え……?」

「気付いていないとでも?」

 

 花梨は口を噤んだ。

 そして、一度腕の中に突っ伏すと、もう1度顔を上げて苦笑いした。

 

「やになっちゃうなあ。火廣金は全部お見通しなんだもん」

「……違うな。君は分かり易過ぎる。部長は君の気丈な所を買っているから、敢えて何も言わなかっただろうが……それならば敢えて俺は言わせて貰うぞ。君は、かなり無理をしている。今日は特にショッキングな出来事が続いたからな。全員同じだと思って、君は途中で堪えたが……無理に堪える必要は無い」

「あたしにそんな事言える資格無いよ」

「……」

「……皆、大変なのに……あたし、何にも出来て無いんだもん」

「何?」

「折角、冬休みまで火廣金に内緒でデュエマのトレーニング、付き合ってもらったのに……エリアフォースカードは結局目覚めなかった」

「刀堂花梨……」

「……みんなはもう、決戦に行く気マンマンなのに、あたしだけこんな状態なんだもん。足を引っ張るって分かってるよ。相手が怖いんじゃない。クリーチャーが居ないと、あたし1人だとあれだけ無力だって今日、思い知った。みんなと一緒に戦うのが、不安になっちゃって。あたしが、足を引っ張るかもって思うと……手が震えるんだ」

「……済まない、刀堂花梨」

「? 何で火廣金が謝るの」

 

 目を伏せたのは火廣金もだった。

 

「まず1つ。君の芽が出ないのは、少なからず教練した側の俺に責任がある」

「ごめん。そういうつもりじゃ……」

「それともう1つ。これは今の君には追い打ちになるかもしれないが……それでも言おう。今回に関しては、取り残されているのは何も君だけではない」

「あっ……」

 

 花梨は申し訳なさそうに口を縛った。

 そうだ。怪物たちに対して、絶対的に不利な火廣金だけではない。

 ファウストにトリス・メギス、ティンダロス。魔導司は全員、有効打を模索し続けており、それが見つかるまでは下手に前線に出られないのだ。

 

「皆と一緒に戦いたいのは分かる。だが、忘れるな。前線に出る時、後方で待ってくれる者の存在がどれほど頼もしいか。無理に君が今、前線に出る必要は無いのだ」

「……でも」

「アルカナ研究会の技術者も、君の戦車(チャリオッツ)を最優先に改修している。後は、君次第だ」

 

 そして彼は花梨の震える右手に手を重ねた。

 

「そして忘れるな。誰も君の事を不要とはしていない。いや、他の誰が何と言おうと……俺は君を見捨てはしない」

「……火廣金……」

「まだ時間はある。その間に俺が責任を持って、君のエリアフォースカードを目覚めさせる為にあらゆる手段を試そう。戦力の逐次投入はよろしくないが……準備が出来次第、彼らに加勢に行く事も出来る。良いか、絶対に自分が不要かもしれないとは思うなよ」

 

 彼は力強く続ける。

 

「だから……今くらいは存分に吐き出せ」

 

 花梨は少し置いた後、ぽつりぽつりと喋りだした。

 

「……何で、そこまでしてくれるの?」

「俺は、君に拾われた身だ。俺も何があっても、君を拾ってやる。人一倍他人に気を遣うお人好しを、俺は放っておけない」

「……火廣金」

「白銀耀のようにはいかないと思うがな」

「……ううん。ちょっとだけ、助かったかも。今日、色々ありすぎて……疲れちゃったから」

「……そうか」

「家は大変な事になってるみたい。本当なら、あたしも早く帰って手伝える事は何でもしてあげたい。だけど……それは出来ないから」

 

 じわり、と彼女の目じりが湿った。

 

「何で……こんな事になっちゃったのかなあ。お母さんも、お父さんも、今ばらばらになってるみたいだし、おじいちゃんもきっと心配してる……あたしが助けてあげたいのに……あたし、こっちに居ても何も出来ないなら、何もしていないのと同じだよ……サイテーだ」

「……」

 

 火廣金は、それを何も言わずに聞いていた。

 

「……いやだぁ……火廣金……嫌だよ……何も出来ない間に、皆が……死んじゃったら……あたしは……」

「……一緒に、戦車(チャリオッツ)を覚醒させよう。だけど、もしも君が家族を助けに行かねばならない時は……責任を持って、俺も一緒に行く」

「……火廣金……」

「だが、今は安心して良い。民間人の救助はひっそりと魔導司の大隊が最優先で行っている。魔導司は……人と魔法使いの調和を司る。人間を守るのも、使命だ」

「……うん」

「後ろめたさはあるかもしれない。だが、君の選択は──君がいつでも決められる。不安ならば、俺で良ければ傍に居よう」

「……うぇえ」

 

 腕に突っ伏して嗚咽が止まらない花梨。

 それが止むまで、ずっと火廣金は付き添っていた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──夜は明けようとしていた。

 朝日はもうすぐ昇る。

 だが、災厄とは突如にして、そして前触れなく現れるものだ。

 それを指し示すかの如く──早速、それは訪れたのだ。

 

「──警告!! 総員、直ちに起床後ロビーへ集合せよ!!」

 

 甲高いサイレンと共に、俺は驚きを持って朝の目覚めを迎えた。

 ベッドから飛び起きると、急いで身なりを整える。

 チョートッQは──技術室に居るのでまだ居ない。

 俺はすぐさま、駆け込むようにしてロビーの扉を開けて飛び込むと、巨大なモニターに映し出された無数の影。

 そして、そこで険しい表情を浮かべたファウスト、ティンダロスの姿があった。

 遅れて、他の皆も集まっていく。

 

「っ……ファウスト、何かあったのか!?」

「見ての通りだ。半径50km圏内に大量の影を認めた。間違いない。クリーチャーの群れだろう」

 

 まくし立てるようにファウストは言った。

 まずいことになった。どよめきが起こる。

 空の上というだけあって閉鎖されたこの空間を攻撃されるのは死に等しい。

 そして、空を自由に駆ける事が出来るクリーチャーは限られる。

 

「つまり、俺の出番って事だろ?」

 

 名乗り出たのは桑原先輩だ。

 ファウストは頷いた。

 

「もう少しで海戸湾に着くというのに……此処で邪魔されるわけにはいかない。全力で排除してくれ」

「わぁーってるよ。俺に任せておけ!」

「ファウスト。あたしも行こう。アルファリオンなら、雑魚を大量に撃破できる」

「ああ」

 

 ダンガンテイオーでは、どうしても空中での機動力に不安が出る。

 それくらいなら、桑原先輩が向かった方が良いとのことだった。

 

「どうしますか、先輩。私達に出来る事は……」

「流石に相手は空を飛んでるクリーチャーだからなあ……」

「何、安心しろよ。俺とゲイルでさっさと片付けてきてやる」

 

 そこに、運ばれてきたのはエリアフォースカードだった。

 

「全力で解析、及び魔力を注入しています。今まで以上の継戦能力が保証できるかと」

『話は聞かせて貰ったよ、マスター! さあ行こうじゃないか!』

 

 鼻高々に言ったゲイル。

 頷いてカードを手に取る桑原先輩。

 彼はトリス・メギスの方を向くと、言い放った。

 

「おい、トリス・メギス。足引っ張んなよ! さっさとやってやろうじゃねえか」

「おま、誰に口きいてんだァ!? あたしを誰だと──」

「トリス。今は良い。健闘を祈る」

「……」

 

 ファウストに窘められて、トリス・メギスの怒鳴り声が収まる。

 

「仕方ねえな。アルファリオンで全力支援を行う! ヤバそうだったら、光の速さで連れ戻すかんな!」

『はははは、頼もしいなマスター!』

「ああ! さあて、寝起きだが一丁やってやるか!」

 

 しかしまあ、よくもあんな大空で生身で戦おうと思ったものだと思うが……一応彼に、空での環境に適応できるように何重にも[[rb:肉体強化魔法 >バフ]]を掛けているという。

 成程、魔法というのはこういう時にも使えるんだな。

 とはいえ、落下したらまずいらしいが、ゲイルが居る以上その心配も無くて良いという。

 

「そんじゃあ、こっちの事は任せるぜ。白銀」

「……先輩……」

 

 大丈夫だろうか。先輩も強くなっている。何だか、特攻に向かう兵士を送り出すような気分になってくるが、実際それも同じだろう。

 言った彼は──遂に空へ飛び立つ。

 ハッチを開けて、そこからゲイル・ヴェスパーに抱えられるようにして。

 そこから一筋の風と、一筋の光が飛び立ったのが見えた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 画して。

 桑原甲とゲイル・ヴェスパー、そしてアルファリオンによるクリーチャーの包囲網打破が始まった。

 しかし、早速飛んで現れた無数の天使龍の群れは、アルファリオンが双剣から放った雷撃に撃ち抜かれ、次々に煙を吐いて墜落していく。

 接近してくる物も、エリアフォースカードに魔力が注ぎ込まれたことで、完全にコンディションを持ち直したゲイル・ヴェスパーの旋風によって次々に切り裂かれていくのだった。

 

「んだよ、大した事はねえじゃねえか。ビビらせやがって」

『油断は出来ないぞマスター。なんせ、これだけのクリーチャーを召喚できるんだ。相手は、相当の魔力を保有していると見ても良い』

「はあ、そんなもんかねえ」

『とはいえ、ボクも冗長なのは好きじゃないんでね。さっさと終わらせてしまいたいんだが』

「ああ、精々華々しく散らせてやろうや」

 

 そう言いながらも、次々に真空の刃で相手を両断していくゲイル・ヴェスパー。

 今日は本当に動きのキレが良いようだった。

 インカムから、通信が入る。音声での無線連絡だ。

 

『桑原甲。周辺空域のクリーチャーの殲滅率が70%を超えた。この調子なら……』

「ああ、任せとけ!」

 

 そう言う間にも、遠巻きには雷撃が迸って無数のクリーチャーを屠り、こちらでは風の刃がクリーチャーを細切れにしていく。

 最早、自分がエリアフォースカードを使う幕も無いか、と桑原は肩を安堵で落としたその時だった。

 

「……?」

 

 桑原は目を疑った。

 今まで、あれほど激しく雷鳴が轟いていたというのに、それが聞こえなくもなったし見えなくなったのだ。

 その代わり──青い光のようなものが向かってくる。

 

『……マスター』

「ああ……」

 

 まさか、とは思いたい。

 しかし、現にそのまさかは起こっていた。

 あまりにも順調に事が進み過ぎる不信感の正体が、ようやくはっきりする。

 

『マスター、二次の方向!! アルファリオンの反応が消失、代わりに妙な魔力の集合体がやってくるぞ!!』

「分かってらァ!!」

 

 ゲイル・ヴェスパーのマフラーが鋭く尖る。

 そこから、更に風が吹き荒れて防護壁となった。

 今まで止まる事無く進み続けていたそれは──足止めを食らって空中に姿を現したのだった。

 

「っ……ひゃうう……」

 

 桑原は目を疑った。

 しかし、同時にファウストから聞いた話を思い出す。

 エリアフォースカードを取り込んだ、水晶の竜。

 だが、目の前に居るのは少女の姿を取っている。

 

「折角……天使さんを堕としたと思ったのに……流石に守護獣は一筋縄ではいかないですね……」

「嘘だろ……今の間にアルファリオンがやられたってのかよ?」

 

 だが、答え合わせと言わんばかりに通信が入る。

 

『大変だ、桑原! アルファリオンがやられたらしい!』

「っ……!」

 

 見上げると、飛行艇の方に迫っていくクリーチャー達。

 だが、今のこの状況で援護に向かう事は出来ない。

 目の前の竜人はそうはさせてはくれない。

 

「テメェが噂のドラゴンか……」

「私は女教皇(ハイプリエステス)の龍。エリアフォースカードによって顕現した、我が主の忠実な僕と自らを定義します」

「ロボットみてーな奴だな……」

「所で、お願いなのですが、ここを通していただけませんか?」

「そいつは無理な話だぜお嬢ちゃん」

「そうですか……戦いは好きではないのですが」

 

 では仕方ないですね、と彼女は言い放ったその時。

 彼女の身体から、黒い蛇のような触手が伸び、ゲイル・ヴェスパーの羽根を狙って一気に突き刺さった──

 

 

 

『その手は食わないよ』

 

 

 

 ──が、それは僅かにゲイル・ヴェスパーの、そして桑原の身体には届かなかった。

 驚愕の表情を竜人は浮かべた。

 

『戦いは得意じゃない? 冗談じゃないよ、随分と華麗な鞭捌きじゃあないか』

「……届かない……!?」

 

 触手はゲイルの身体の周辺を滑るように蠢くだけで、届く気配は無い。

 次の瞬間、鎌鼬が起こり、2本の触手を吹っ飛ばしてしまった。

 

「ゲイル……!? お前、何やったんだ!?」

『確かに、聞いた通りだ。彼女は、あらゆる魔法を溶かせるんだろう──そう、魔法はね。だけど、魔法によって起こる物理的な法則は流石に無視する事は出来ない。彼女、飛び道具を使ってこなかった辺り、反魔法に特化していてその手の攻撃魔法は使えないんじゃないかと思ったけど……予想通り。この”風のバリア”は突破出来なかったようだ』

 

 触手は、この世で最も普遍的でありふれた壁に止められた。

 即ち、”風”によって阻まれていた。

 正確に言えば、空気の壁だ。彼の魔法によって支配された空気の流れによって、反魔法の法則では突破出来ない物理法則で押し込まれている。

 必死の形相で触手を通そうとした彼女だったが、滑るように触手は受け流されてしまった。

 

「うう、おっかないです……こんな事で防がれるなんて」

「つか、やっぱり化け物かコイツ……アレに触れたらクリーチャーも魔導司も溶けちまうんだっけか? すげぇ速さだったし、瞬殺された理由が分からんでもないぜ」

「……流石に、守護獣は賢いです……あうぅ。マスターは、守護獣を見くびりすぎです。流石にそこらのワイルドカードよりは強いに決まってるのに」

「おい嬢ちゃん。テメェらが何考えてるのか知らねえが、俺達はこの先に用がある。馬鹿な俺でも分かるぜ。そっちこそあるんだろ? この先に大事な何かが”」

「あう……仕方ありません」

 

 光が迸る。

 2人の間に、決闘の空間が開かれるのだった。

 

 

 

「あまり戦うのは得意ではないのですが……」

 

 

 

 次の瞬間、女教皇の竜の周囲から蒼いオーラが漏れ出す。

 強烈なエネルギー波が視覚化しているのだ。

 

 

 

「こっちも負けねえ、(ストレングス)、起動だッ!!」

Wild(ワイルド) Draw(ドロー) (エイト)……Strength(ストレングス)!!』



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Ace15話:不沈艦

 ※※※

 

 

 

 ──桑原と女教皇の竜のデュエル。

 

「3マナで《フェアリー・ミラクル》を唱えます……うう、マナに5色のカードが揃ってないので1枚しかマナブーストできません、ターンエンドです」

「ブーストカードは引けなかったが……2マナで《デスマッチ・ビートル》を召喚。ターンエンドだ。

 

 自然単色対五色デッキか、頭で桑原は相手のデッキを考えていく。

 今は失敗したが、そもそもデッキの構成が5色でなければ《フェアリー・ミラクル》は搭載されるようなカードではない。

 だが、桑原も負けてはいられない。自然はマナブーストにかけてはどの文明をも上回る。先攻後攻の差を詰める勢いでブーストを掛けていく。

 

「マナをチャージして、ターンエンドです」

「3マナで《ボント・プラントボ》! 効果で、山札の上から1枚をマナゾーンに置き、それがパワー12000以上のクリーチャーならばもう1枚をマナに置くぜ! これで俺のマナの枚数は6枚。ターンエンドだ!」

 

 追いついた。

 桑原は一先ずはノルマは達成出来たと安堵する。

 次のターンで相手は6マナ。このまま追い越してしまいたい所だ。

 

「へっ、戦い方は同じだが……マスターとやらに貰っただろうそのボンボン5色が俺のグランセクトに勝てると思うなって話だぜ!」 

「……女教皇は知識を司るエリアフォースカード。ただただ、マナを加速するだけのヤバンな戦法と一緒にされては困ります」

「ンだとォ!?」

『ははははははは、一杯食わされたねマスター! まあヤバンなのは間違ってないかもだけどさあ!』

「テメェが言うか、テメェが!」

「……か、覚悟は良いですか? 私の切札、早速行きます」

 

 タップされていく6枚のマナ。

 浮かび上がるのは水文明の紋章だった。

 そして、ローマ数字のⅡ。即ち、女教皇のタロットを示す数字が表れる時。

 圧倒的な知識の差を、思い知らされる。

 空気が凍てついた。

 

「っ……!」

『やっぱりだ、マスター! あのお嬢ちゃん、体内、いや機体って言うべきかな?』

「どっちでもいい! 人形に嬢ちゃんもクソもありゃしねーぜ!」

『そうはいかない、人形でもレディには……』

「馬鹿! 前を見ろ前!」

 

 言っている傍から、それは雲から浮上する。

 それは氷獄の記憶。凍り冱てる龍の記憶。裁きの十字架の名の下に、女教皇のカードが行使される。

 

 

 

 

「それは、訪れるべき女教皇(ハイプリエステス)の断罪。唄いましょう、我らの希望を。唄いましょう、貴方の絶望を──《龍装艦 ゴクガ・ロイザー》」

 

 

 

 がばあっ、と大顎を開けた牙に覆われた口。

 その周囲を覆う4門の主砲。

 骨を継ぎ接ぎにしたような歪な船体。

 魚人の種族によって蘇った氷獄の伝説。 

 

「すみません……何度もしつこいですが、私……戦うの得意ではないのです」

「あ?」

「……一度こうなってしまっては、手加減出来ないので……!!」

 

 絶叫が戦場に轟く。

 見たことも無いクリーチャーを前に桑原は耳からつんざく轟音に貫かれて、足が凍る。

 

「ンだよコイツ……!?」

『悪趣味な……伝説のドラゴンの骨を継ぎ接ぎして作ったらしい、ムートピアの戦艦か。もし、オリジナルの僕がこれを見ていたら激昂していただろうね』

「黒鳥さんなら芸術的だって言ってたかもな。俺には分かんねえけど。まあ、それよかあの嬢ちゃん、もう勝った気でいやがるぜ」

 

 無理矢理、彼は足を踏み込めた。

 

「上等!! 存分に撃ってきやがれ!! 俺は此処に居るぞ!!」

「……《ゴクガ・ロイザー》の効果で、カードを2枚引きます。ターン終了です」

「……あり?」

 

 彼は顔を顰めた。

 

「んだよ、もう終わりか。手札を引いて終わっちまったぞ?」

『いや、あれで終わりとは思えない』

「どっちみち、1ターンの猶予が生まれた! あいつを今のうちに消す!」

 

 桑原は5枚のマナをタップした。

 

「呪文、《古龍遺跡 エウル=ブッカ》! こいつは相手のタップしていないクリーチャーをマナに送る……効果で《ゴクガ・ロイザー》をマナに送るぜ!」

 

 空に顕現する古龍の遺跡。

 そこから、無数の弦が現れて《ゴクガ・ロイザー》を沈めにかかる。

 しかし。

 

「……?」

 

 彼は目を疑った。

 放たれた弦は全て弾かれてしまう。

 《ゴクガ・ロイザー》は無傷。全く効果がないようだ。

 それどころか、副砲の斉射で《エウル=ブッカ》は瞬く間に打ち砕かれてしまった。

 

「……戦艦ってばいたるぱーとを抜かないと破壊できないって。でも、ばいたるぱーとが分厚くてなかなか貫通出来ないから戦艦は戦艦だって言ってました」

「……どういうことだ?」

『つまり戦艦には弱点がある。だけど、弱点を守る箇所がとても頑丈に守られていてなかなか破壊出来ないのが戦艦が戦艦たる所以ってことさ……って火廣金緋色が前に言ってた気がする』

「受け売りかよ!!」

「はい。貴方の言った通り、《ゴクガ・ロイザー》は登場した時点ではカードを2枚引くだけのパワー4000のブロッカーにすぎません。でも、一番の弱点であるラグを”呪文によっては選ばれない”という効果で無効化しているのです」

「それを早く言えよ……!」

「うう、怖い顔してもダメですよぉ……敵の弱点になるようなことを喋ってはいけないってマスターも言ってましたし」

 

 除去範囲が広いから、とこの呪文を選んだのが仇になったか、と桑原は頭を抱える。

 しかし、時すでに遅く《ゴクガ・ロイザー》の主砲の装填時間は終ろうとしていた。

 

「仕方ねえ、残った2マナでもう1体《デスマッチ》を召喚してターンエンドだ!」

「え、えと、それでは……私のターンですね」

 

 大丈夫だ、踏み倒しならば《デスマッチ》がいるから簡単にはさせない、と桑原は心を落ち着かせる。

 しかし。

 それさえも打ち砕くように氷獄の戦艦はその主砲を容赦なく桑原に向けたのだった。

 

「では、放ちましょう。私の弾丸を」

「!?」

 

 彼女が掲げたのは、中央で分割されたカードだった。

 その正体が分からず、桑原は狼狽する。

 まるで、クリーチャーカードと呪文カードが同居しているような異質なカードを、人が変わったような顔で彼女は唱える。

 

双極変換(ツインパクトチェンジ)……詠唱(ソーサリー)、《ヘブン・デ・エンドレーサ》!」

 

 次の瞬間、分割されたカードの下側が競り上がっていく。

 それは完成された。完全なる呪文として。

 それは神々しい閃光、一本の極光。

 瞬く間もなく巨大な《デスマッチ・ビートル》の身体を走っていく。

 光は結晶となり、巨躯を一瞬のうちに、水晶の中へ埋めてしまった。

 

「なっ……馬鹿な!?」

「《ヘブン・デ・エンドレーサ》は、相手のクリーチャーを1体選び、裏向きにして、新しいシールドとして持ち主のシールドゾーンに置く呪文です」

「っ……マジかよ」

 

 桑原は呻いた。

 自分の知る強力な殿堂入り呪文、《魂と記憶の盾》を上回る性能だ。

 しかし、地獄はこれだけでは終わらない。

 

「天命は二度悟る……思い知ってください、遠き果て、氷獄ノ裁キ(コキュートス)の下で」

「……え?」

 

 直後。もう1度極光は放たれた。

 間もなく、二体目の《デスマッチ・ビートル》の身体も結晶漬けになっていく。

 

「っ……ちょっと待て!? 2体!? 相手を2体シールドに送る呪文だったのか!?」

『違うぞマスター! 今のは、あの戦艦から放たれた主砲だ!』

「そうです……だから言ったのです。手加減は出来ない、って。《ゴクガ・ロイザー》が場にある時、私が唱えた呪文は墓地からもう1度唱えられます」

「マジかよ……!? 冗談じゃねえぞ!?」

 

 彼は自分の手札を思わず見た。

 対処できるカードが無い。

 こうなったら、もうこちらも可能な限りの速度で加速するしかない。

 相手の手札は3枚。マナには7枚のカード。次で8枚になる。何が来るか予想もしたくはないが、もう彼は止まれなかった。

 

「俺のターン、6マナで《コレンココ・タンク》召喚!! 効果で、山札の上から3枚を表向きにし、パワー12000以上のカードを手札に加える! 俺が加えるのは、《古代楽園 モアイランド》だ!」

「……うう、怖いのが手札に行っちゃいました……」

「ターンエンド。もう引き下がらねえよ! 矢でも鉄砲でも持って来やがれってんだ!」

「……良いでしょう。では、お望み通り……氷の下で後悔してもらいます」

 

 彼女は再び6枚のマナをタップする。

 そして、今度は火文明の紋章が浮かび上がった。

 

「呪文、《龍秘陣 ジャックポット・エントリー》!」

「!!」

「効果で、マナに溜まったドラゴンの数だけ山札の上を確認します。確認するのは8枚……!」

 

 まずい、と桑原の額に汗が走った。

 彼女がまず選んだのは──今度は闇文明。

 しかし、またあの上下に分割されたカードだった。

 

双極変換(ツインパクトチェンジ)……召喚(サモン)、《龍装医 ルギヌス》を場に出します」

「なっ、今度はクリーチャーかよ!?」

「……その効果で、墓地からコスト7以下の進化ではないクリーチャーを場に出します」

「何だと……! 墓地に落ちたクリーチャーって、まさか……」

 

 彼女は頷いた。

 

「それは来るべき女教皇の啓示、唄いましょう我らの繁栄を、裁きましょう咎人の罪業を──!」

 

 空が割れた。

 そこから、ステンドグラスの如く色鮮やかな光を浴びて、降り立つアルカナの守護獣。

 人に造られし偽りの主に頭を垂れる従順なる天命の使徒。

 

 

 

双極変換(ツインパクトチェンジ)……召喚(サモン)、《龍装の悟り 天命》……!!」

 

 

 

 競り上がっていく獣の面。

 さっきは呪文として、だが今は完全にクリーチャーのカードとして、それは顕現した。

 天使龍の骨を纏ったゴーレム。それも、何のクリーチャーなのか一目で桑原は理解する。

 昨日目にしたばかりの強敵との再戦も同様だ。

 

「これが貴方の罪を裁くべき切札。教皇の断罪と、女帝の断罪が揃いし時、貴方の道は閉ざされたも同じです……というわけで、すみませんが諦めて下さい。お終いです」

「──マジかよ、今度はクリーチャーになって出て来やがった!」

「はい、これがツインパクトカード……私達の至った双極の境地です。《天命》は、その効果で相手の光以外のカードのコストを1上昇させ、自分の光のカードのコストを1減少させます。これで、次のターンに《モアイランド》は出せません……どころか──」

 

 彼女の指揮の通りに、冷酷に《ゴクガ・ロイザー》の砲が開いた。

 

「2発目、《龍秘陣ジャックポット・エントリー》、です。その効果で山札から8枚を見て、そこから《龍素記号Sr スペルサイクリカ》をバトルゾーンに出します」

「マジかよ……!!」

 

 あのクリーチャーは、桑原も知っていた。

 墓地からコスト7以下の呪文を唱えるどころか、唱えた呪文を手札に加える恐怖のカードだ。

 来るのだ。3度目が。

 

「ゲイル。これは俺の予想だが……恐らく、《ジャックポット・エントリー》デッキなら間違いなくあのカードが搭載されてるはずだ」

『大体察したよ。恐らく確定事項だ』

「ああ。賭けるしかねえ。大博打だ。今この状況に対応できるカードはねえからな」

「残念ですが、その希望は打ち砕きます……だって、もう山札は一周以上しています。それに、私だってマギアノイドですから……貴方が何をされたら痛いのかくらい分かります」

「……そうかい。それは残念だぜ」

 

 桑原は皮肉気に口角を上げた。

 

「ではお望み通り、その効果でもう1度《ジャックポット・エントリー》を唱えます。その効果で場に出すのは──《ボルバルザーク・エクス》です」

「ッ……!!」

「効果で、マナのカードを全てアンタップします。そして、私の手札にはまだ、《ジャックポット・エントリー》があります」

 

 4度目。

 いや、次は再び2度くるので5度目も同じ。

 場に並びたてるドラゴン達。それを前に桑原は成す術が無い。

 

「6マナで《龍秘陣 ジャックポット・エントリー》を唱えます。その効果で、山札の上から8枚を見て、《永遠のリュウセイ・カイザー》を場に」

「……やべえ」

 

 これで、相手の場のクリーチャーは全てスピードアタッカーとなる。

 そして、桑原のクリーチャーは全てタップして場に出る事になる。

 だが、それだけでは終わらない。

 

「もう1度、《ジャックポット・エントリー》を唱えます。その効果で──」

 

 混ざり合う。

 野望の黒、混沌の赤、奸智の青。

 それら全てが別次元からの門を開く。

 

 

 

「おやすみなさい、そしてさようなら、不幸な人間さん。そしてこんにちは──《ニコル・ボーラス》」

 

 

 ニコル・ボーラス。それは別次元に伝わる史上最悪の悪龍。

 黄金の身体が、窮屈だと言わんばかりに翼を広げた。

 邪悪なる光が、その場を埋め尽くす。

 そして、その破壊の炎が口から放たれた。

 桑原の知識を焼くために。

 

「出やがったな、史上最悪のド畜生ドラゴンめ……!!」

「《ニコル・ボーラス》の登場時能力発動。貴方の手札を7枚、墓地に送ります」

 

 破壊されるカード達。

 それとともに桑原の身体が炎に包まれた。

 

「これで終わりです。私のクリーチャーは全てスピードアタッカー、そして貴方の今の手札はゼロ。ここでシールドが0になったとしても、7枚のうち2枚はこの場では役に立たない《デスマッチ・ビートル》。クリーチャーは全てタップインされる上に、コストが1上がっています。さようなら、人間さん──」

「──ああ、さようならだぜ機械の嬢ちゃん」

 

 炎が晴れた。

 桑原の身体の前には──1枚のカード。

 それが、守るようにして浮かび上がっていた。

 

「──別れを告げるのは、この俺の方みてーだ」

「!!」

「手札から捨てられた時、《キキリカミ・パンツァー》の効果発動! 墓地からバトルゾーンに出すぜ!」

 

 次の瞬間、頭上から現れる巨大な影。

 それは、グランセクトの昆虫戦車だった。

 

「っ……!」

「お前、最初に言ったな? 自分のゴシュジンサマが物事を見くびって困るって。なら喜べよ。人間にはこんな言葉があるのさ──ペットと飼い主は似るってな!!」

「あ、あうあうあう……!」

「とゆーわけで。テメェが余計な事をしてくれたおかげだ。《キキリカミ》の効果で上から3枚を表向きにし、パワー12000以上のクリーチャーを全て手札へ!」

「あ、ああ、そんな……! 私としたことがとんだ利敵行為を……いやでも、それでも手札が増えたくらいで……次のターンに確実に仕留めれば……」

「俺が加えるのは、《界王類七動目 ジュランネル》《デデカブラ》、そして《天風のゲイル・ヴェスパー》だ!」

「あわわわ……大丈夫、まだ召喚酔いがあるから、仮にしのがれても返せます、そもそも自然単色のデッキがこの軍勢を処理できるわけがありません、せめて攻撃して頭数は減らさないと……」

 

 彼女は慌てた様子で、《ニコル・ボーラス》に手を掛けた。

 

「《ニコル・ボーラス》で攻撃。その時の効果で、相手のクリーチャーを1体破壊します……! 《キキリカミ・パンツァー》を破壊! そして、シールドを2枚ブレイクします……!」

 

 暗黒の炎が、桑原のシールド諸共《キキリカミ・パンツァー》を貫いた。

 ブレイクされたのは《デスマッチ・ビートル》のシールド。

 残るのは5枚だ。

 

「まだです、《リュウセイ・カイザー》でシールドをW・ブレイク!」

 

 今度は爆風が襲い掛かる。

 炎で服が焦げ、顔には煤が付く。

 シールドの破片が砕けて身体を裂いていく。

 肉が割れて血が飛び散った。

 

「トリガー無し……こんな時に限って……!」

「《天命》でシールドをW・ブレイク!」

 

 降りかかる光の矢。

 それがシールドを砕いていく。

 残るシールドは1枚だけだ。 



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Ace16話:風に散れ

 

「……ふぅ、大体これで逆転の可能性は減らせました。でも、もう除去カードではこの状況は逆転出来ないはずです」

「……そうみてえだな……」

「私の場には、《サイクリカ》、《ルギヌス》、そして《ゴクガ・ロイザー》がいます。最後のシールドブレイク後、貴方は《エウル=ブッカ》を引いて勝つ……《ゴクガ・ロイザー》が呪文では選ばれないという効果を持っていなければそれも叶ったでしょうけど、多分無理ですね、ごめんなさい、末期患者に希望を与えるような真似をしてしまって、すみませんでした」

 

 そんな言葉に、最早桑原は耳を貸さなかった。機械に、人の心など理解できるわけがないのだから。

 彼女は首を傾げると続けた。

 

「それにしても理解しかねます。どうしても不幸になりたいのですか? 人類皆が同じ幸福を享受できるのに」

「……何だと」

「かわいそうです。あまりにも。惨めすぎます。何なら、今此処で私達に賛同するなら命だけでも助けてあげないことはないですが……」

「ハッ、何を今更」

「幸せになりたく……ないのですか?」

 

 無機質な、機械の表情だ。

 彼女は問いかけた。

 

「この世には不幸が溢れています。争い、病気、ありとあらゆる災厄。人間は少ない資源を争い、競う。上位階層の人間が富を貪って搾取し、下位階層の人間は搾取されたことで貧窮する……これは人間が抱える原罪……無限の欲望の罪がもたらす呪いです」

 

 桑原は黙っていた。

 そんな宗教染みた言葉は覚えられなかった。

 

「……原罪は人々を不幸にします。人々を断罪することで人々は等しく救われます」

 

 だが、桑原にも許せない言葉があった。

 

「みんな幸せになれるんですよ? それなのに、幸せになりたくないのですか? このまま不幸なまま死にたいのですか? 貴方たちは、今は生きている限り皆等しく不幸なのに?」

 

 彼女は冷徹に続ける。

 

「なら、あなた方まとめてゴーレム……DGの素材にしてしまいましょう」

「……何?」

「ついこの間も、魔導司の皆さんをあの臭い森の中で仲良く一緒のDGにしちゃいました。これなら皆さんまとめて幸せになれます。現世の苦痛を全て忘れられるのですから」

 

 DGが何かは分からない。

 だが、桑原の脳裏に走った。

 ファウストから聞いた腐の森とやらでの事件を。

 死体はごっそりと持っていかれていた。

 それがどうなったのか──

 

「貴方たちは死んでも幸せになれますよ? 皆まとめてDGの一部に──」

「うるせぇ」

 

 聞くに、堪えない。

 とうとう、桑原は口を開いた。

 

「え?」

「うるせぇ、っつったんだよ──誰が不幸だって、コラ」

「……え?」

「──今、誰が不幸だって言ったんだ? 俺の事を、”俺達の事を”、そう言ったのか?」

「あ、あの、あの、あの……」

「人間の幸せをよ……勝手に定義してんじゃねえ」

 

 その声は震えていた。

 

「姉貴の幸せは……病名を宣告された日からぶち壊された。……でも姉貴は、それで自分が不幸だなんて吐いたこたぁねえ」

「いきなり、何ですか? この人……」

「それどころか、俺と一緒にデュエマのパックを剥いて、デッキまで俺が居ねえ間に組んでくれて……その時の姉貴は楽しそうだったって看護師さんが言ってたっけ。姉貴は、いつも楽しそうだったのさ」

「……何を言っているのか理解不能です」

「俺にも分からなかったよ。姉貴が何でそんなに楽しそうなのか。絶対に痛いし苦しいはずなんだよ。先が見えないガン治療の真っ最中なのによ」

 

 彼は、笑いかけた。

 人の心を解せぬ怪物に、姉の言葉が理解できるとは思わない。

 

「こないだ聞いたんだ。辛いはずなのに何がそんなに楽しいんだってな──そしたらあの人はこう言うんだぜ。”辛い中に幸せを探すのが楽しいのさ”ってよ。後から気付いて笑っちまったよ。辛いと幸の漢字ってよく似てんだもんよ」

「……?」

「幸福の定義なんてよ、無数にあるんだ。星の数だけ……そう思えるようになったんだよ」

「理解できない。人類の幸福は唯一つなのに」

「ああ、分かってもらわなくて構わない。だから……俺は、アート流にテメェらでも分かるように、こう表現することにしたぜ」

 

 ギラリと、桑原の目が狩る者へと変貌する。

 猛獣の如き犬歯を剥きだしにし、彼は吠えた。

 

 

 

「”邪魔だ……どきやがれ”!! この世にゃ綺麗事や幸せよりも大事で尊い美しいモンがあるんだよ!!」

 

 

 

 それが、答えだった。

 絶望の中で、暗闇の中で答えを見出した者の咆哮だった。

 空間の地面を叩き、足に力を込めて立ち上がる。

 敗ける気など、最初から毛頭も無いのだ。

 

「テメェらを姉貴には一歩も近づけさせねぇ。テメェらを俺の仲間には一歩も近づけさせねぇ。これ以上、これ以上好き勝手やらせるわけにゃいかねぇんだ!!」

「それは出来ません……! こっちにも、命令というものが……!」

「今の俺らが不幸だって言うなら、それは余計なお世話だ。テメェらの言う救済とやらが、こんなに多くの人々から日常を奪って壊していくものなら猶更だ。そんなモンはアートですらねえ。只のクソったれた破壊活動だぜ」

「……幸福の定義は、私のマスターが定めた唯一つだけ。人類がそれを一斉に皆享受すれば厄介な争いごとは無くなるって言ってるのに……!」

「クソ喰らえだ、テメェらで勝手にやってろ!! 俺らを巻き込むんじゃねえ!! 姉貴の、俺らの幸せを、これ以上壊させてたまるかってんだぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 その時。

 デッキケースから1枚のカードが飛び出す。

 今、ゲームでは使ってないカード。(ストレングス)のカードだった。

 白紙だったそれに、再び絵柄が焼き付けられていく。

 

『マスター。心を打たれたよ。君の覚悟に。(ストレングス)が司るのは、愛と勇気。君の褪せない愛と勇気に……ボクが、そして新たな力が華を添えるとしよう!』

「……ああ。頼んだぜ、ゲイル!!」

 

 拳を握り締めた。

 

「あうあう……ごめんなさい、すみません、申し訳ありません、お願いですから、もう黙ってください、あの世で姉弟仲良く幸せになっててください──!! 《ルギヌス》で最後のシールドをブレイク!」

 

 割れるシールド。

 しかし。そこから飛び出したのは──

 

「……来るのがおせーよ。S・トリガー発動!」

「も、もう、1体除去したくらいでは──」

「止めてやるよ嬢ちゃん!! テメェのエリアフォースカードにしかと上書きしやがれ、馬鹿な男の底意地ってやつをなァ!!」

 

 ──巨大なるグランセクトの野菜戦車だった。

 それが、ドラゴン達の進路を阻む。

 

「S・トリガー、《タマタンゴ・パンツァー》!!」

「ッ……ひゃうっ!? なんですか!?」

「こいつは登場時にタップして場に出る。そして、相手は攻撃するとき、可能であればこいつに攻撃しなきゃいけねえんだ。意味が分かるか?」

「あ、あう……! そんなぁ……!」

「先に《ニコル・ボーラス》で攻撃しなきゃ勝ってたのに、残念だったな嬢ちゃん。俺達人間を見くびり過ぎだぜ。さあ、お終いにしようか! コイツのパワーは12000、殴れるものなら殴って来な!!」

 

 彼女は泣きそうな声で、ターンエンドを告げる。

 桑原のクリーチャーはタップインされる上にコストが増加している。

 そう簡単には突破はされないはずだ、焦る回路を必死に回転させ続ける。

 

「……俺のターン。2マナで、《ジュランネル》を召喚だ」

「だ、大丈夫です……まだ、まだ何も……終わってないです」

「そんでもって、2マナで《デデカブラ》を召喚」

「《ゲイル・ヴェスパー》を出せても──」

「場にはパワー12000のクリーチャーが4体。W・シンパシーでコストを8軽減。そして、3マナをタップ」

 

 力強く、(ストレングス)を示す8番の数字が焼き付けられた。

 そこから、一迅の風が誇らしげに大空を舞い、そして──

 

 

 

「──天に描け、俺の芸術(アート)!! 一世一代の大作だ――《天風のゲイル・ヴェスパー》!!」

 

 

 

 ──華麗に、舞い降りる。

 2枚の羽根を広げ、鋭利に尖らせると、グランセクトの騎士はその刃を数多のドラゴン達へ向けたのだった。

 

『この刺突を餞としよう。精々後悔するがいい。ボクのマスターの逆鱗に触れた代償を、身をもって知るが良い!!』

「頼むぜ、ゲイル。テメェの舞台は俺が描く!」

『ああ、頼むよマスター! ボクの効果で、君の手札のクリーチャーは全て、「W・シンパシー:パワー12000以上のクリーチャー」を得る』

「わ、悪あがきが過ぎます……!」

「本当に悪あがきかどうか、試してみようじゃねえか。残りの3マナをタップ。W・シンパシーで10コスト軽減」

 

 桑原は拳を握り締める。

 この状況をひっくり返す選択肢は、1つしかない。

 無限に、場のクリーチャーを展開するしかないのだ。

 

 

 

「叩きつけろ(ストレングス)のアルカナ! 夜空に描くぜ、純白のアート! 《ジーク・ナハトファルター》!」

 

 

 

 舞い降りたのは純白の蛾のクリーチャー。

 果てなき水晶の蔓延る空に、翼を広げ鱗粉を零す。

 《ゲイル・ヴェスパー》と並び立ち、互いを認め合うかの如く視線を交わした。

 

「なっ、そのクリーチャーは……!?」

「こいつが俺の新しい切札だ! 《ナハトファルター》の効果発動! このクリーチャーまたは自分の他のパワー12000以上のクリーチャーがバトルゾーンに出た時、自分の山札の上から2枚をマナゾーンに置く。そうしたら、クリーチャーを1体、自分のマナゾーンから手札に戻すぜッ!」

「っ……!?」

「俺のマナはこれで3枚に増える!」

 

 《ナハトファルター》の手からこぼれた鱗粉が、再び大地を活性化させていく。

 そして、膨大なるマナから桑原はカードを手に取り、更にクリーチャーを展開していく。

 

「W・シンパシーで10コスト軽減! 今度はこいつだ、《スペリオル・シルキード》!」

「っ……ああ、ああ……! しまった……!」

「コイツの効果は分かるよなあ? 登場時に、パワー12000より小さいクリーチャーを全てマナゾーンにぶち込むのさ!」

 

 羽ばたいてくるのは、今度は蚕蛾のようなクリーチャーだった。

 その羽ばたきは、大地から無数の樹木を呼び出し、一瞬で、サフィーのドラゴン達は皆、大地に呑まれていく。

 

「そ、それでもまだ──」

「終わりだっつってんだろ。《ナハトファルター》の効果で2マナ増やして《モアイランド》を回収。そして、1マナで《モアイランド》を場に出すぜ。相手はD2フィールドも呪文も使えない」

「あ、ああ……そんな……!」

「今度は2マナ増やして、《界王類絶対目 ワルド・ブラッキオ》を回収だ。そして1マナで《ワルド・ブラッキオ》を場に出す。これで相手のクリーチャーの登場時効果は全て無効化された。そして、2マナをチャージして《タマタンゴ・パンツァー》を回収だ! そして、1マナでタップして場に出す!」

 

 最早、この無限に等しい展開はサフィーには止められなかった。

 

「ぐだぐだは続けねえ。ターンエンドだ。これが、本当に、”何も出来ない”ってことだぜ!!」

「あ、ああ……呪文は唱えられない、クリーチャーの登場時効果は使えない、《リュウセイ・カイザー》を出しても2体目の《タマタンゴ・パンツァー》で止められる……!」

 

 彼女は最早何もしなかった。

 何も、出来なかったのだ。攻め手も、行動も、全て封じられた彼女には──

 

「こんなことは……認められません……ごめんなさい、すみません、私が悪かったです……!!」

「は。謝っても、もうおせぇよ。人形に掛ける、情け無しだ!!」

『やれやれ。これが本当に惨め、って言うんだろうねえ。皮肉だ』

 

 必死に懇願しても、最早時既に遅し。

 それに冷たく視線を注ぎ、桑原は最後のターンを迎える。

 

「《ワルド・ブラッキオ》でシールドをワールドブレイク。トリガーも、何も、使えないはずだぜ」

「あ、あうう、やめて、近付かないで、もう、嫌だ、ごめんなさい、来ないでぇぇぇ!!」

「精々最期は、華やかに散りやがれェ!!」

 

 彼は天高く指を突き上げる。

 これで終わりだ。

 無数の真空の刃。

 それが怪物を切り裂いた。

 

 

 

「《天風のゲイル・ヴェスパー》でダイレクトアタック!!」



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Ace17話:クォーツライト

 ※※※

 

 

 

「うっ、あう……!!」

 

 

 

 デュエルは終った。

 そこにあるのは勝者と敗者。 

 怪物の身体は砕かれ、めきめきと音を立てて歪んでいる。

 

「うっ、うっ、痛い……! 痛い痛い痛い苦しい悲しい辛い痛い……!」

 

 泣きながら彼女は、嗚咽を漏らす。

 見ると、身体中に裂傷が見えて、そこから光が漏れていた。

 水晶人形の癖に泣き真似までするのか、と桑原は最早呆れ顔を隠さない。

 が、容赦をするつもりはない。

 そう思った矢先だった。

 

「あなた達は……後悔する……! 私達に……マスターに、楯突いた事を……! この間にも、鍵は開いているのだから……! うっうっ……うえええ……! 」

 

 泣き叫びながら、彼女は崩れ落ちた。

 だが、そこから1枚のカードが海の先へ飛んで行く。

 

「しまった、肝心のエリアフォースカードを──」

『駄目だ、深追いはしない方が良い。今ので大分君もへばっているだろう?』

「くっそ……」

 

 逃がしたか、と桑原は落胆する。

 ともあれ、辺りを見回すともう何も居なかった。

 殿が引くと共にクリーチャー達も消失していったようだ。

 

「……ったく、訳の分からんヤローだったぜ」

 

 ──待ってろよ、姉貴……! ぜってーに、水晶が近づく前に俺らが終わらせてやるからな!

 窓から手を振る仲間達に、桑原も疲れ顔で手を振る。

 もうすぐで、海戸に着く。海の果てを見通すのだった。

 あの海の先に、何があるのか──

 

「なあ……僕のブラン」

 

 

 

 

 ああ、可愛そうなブラン。

 小さい頃から、あのいじめられっ子達に泣かされて。

 何時も僕のいる図書館にやってきて、本を一緒に読んでいたね。

 

「我、祈リノ下──」

 

 ああ、可哀そうなブラン。

 大きくなってからも、ああやって虐められていたんだね。

 人間のやる事は、悪逆非道。

 欲望に駆られているが故に、他人の幸福を奪う。

 人間は奪い、奪われることで社会を形成してきた。

 そう、幸福というものを。

 

「人類史最初ニシテ最後ノ龍──」

 

 だが、ダメだ。

 それでは、人類は何万年かけても幸福にはなりやしない。

 

「今ココニ顕現サセン」

 

 ならば、僕はそれを等しく救うとしよう。

 善も悪も、過去も現在も僕は問わない。

 僕は等しく、人類全てを裁きの天秤に掛けるとしよう。

 クォーツライトの教えに従うのであれば、僕は等しく救おう。

 クォーツライトの教えに逆らうのならば、僕は等しく罰を与えよう。

 

「クォーツライトノ銘ジシ汝ノ名ハ」

 

 僕が、此処で全てを終わらせる。

 そして、全てを始める。

 ああ、ブラン。僕の愛しいブラン。

 君には……本当に辛い思いをしただろうが、君は今救われたはずだ。

 

 

 

「──裁キノ龍、サッヴァーク」

 

 

 

 今まさに、僕の前でDGに祈りを捧げし裁キノ巫女。

 正義のアルカナと審判のアルカナを結びし少女。

 僕が君を選んだのは、そのためさ。

 これで、君はサッヴァークに統合される。辛かった思い出を忘れる事で、君は……真の意味で幸福に今、なれたんだ。

 そして遅れるようにして全人類は、サッヴァークに統合される。

 審判が、下されると共に──僕と、クォーツライトの一族の全てが報われるんだ。

 奴らに倒されて帰ってきたエリアフォースカードはDGの良い燃料になってくれるだろう。彼らの戦闘データを吸ってくれている。

 

「ロード様。もうじき、海戸に到着します」

「ご苦労。それと、既に鍵は開いたみたいだね。そろそろ洋上にそれは見えているだろう」

「一人で行かれるのですか?」

「ブランと行くとするよ。なあ?」

 

 彼女はそれに答えない。

 ただただ、裁きの龍への言葉を捧げるのみ。

 

 

 

「今日この日。全てが終わり、僕が全てを始めるんだ。素晴らしい記念日になるだろうね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──画して。

 クリーチャーの包囲網は完全に打破する事が出来、俺達は無事に海戸洋上への航路を飛んでいた。

 

「女教皇の竜……か。運命の輪、節制に加え、これで3枚か」

「敵の手に渡っているカードはまだありそうですね」

「そんでもって、やっぱこの先には何かあるんだろうな……」

 

 俺とファウスト、そして紫月は顔を顰めた。

 あの場所に何があるというのか。

 拳を握り締めた。

 あのドラゴンとも、もう1度戦うことになるかもしれない。

 今度は絶対に負けて堪るもんか。

 

「おーいお前ら。桑原甲とゲイル・ヴェスパーの診断結果が出たぞ」

「よう、テメェら。心配かけたな」

 

 その時、ロビーに入ってくる声。

 現れたのは白衣に身を包んだトリス・メギス、そして桑原先輩。

 アルファリオンがやられたことで、彼女自身も魔力がかなり減っているらしいが、アルファリオン自体は直に復活するという。タフなのが、召喚獣の強みなんだろうな。本物のクリーチャーを呼び出しているわけだから。

 だが、それ以上に気になったのは、ゲイル・ヴェスパーの魔力が激減していたこと。そのため、帰ってくるなり桑原先輩は技術部にその補充と調査を頼んだという。

 

「先輩! 大丈夫ですか?」

「はっ、俺の方は無事だぜ。問題はゲイルの方だが」

「トリス・メギス。ゲイル・ヴェスパーはどうだったんだ?」

「近付いただけで魔力を減らされたってことになるな。外傷も何もないわけだしよ」

「何処までも危険ですね……」

 

 紫月が呟く。

 だけど、俺達はそれで撤退するわけにはいかない。

 今此処で何が起きようとしているのか分からない。

 でも、止めなければ俺達の日常は壊されたままだ。

 それも世界全てを含めた人々の”当たり前”が壊されるんだ。

 

「ところでよ、ファウストさんよ。DGって何か分かるか?」

「DG……だと?」

 

 ぴくり、とファウストの眉が動いた。

 

「何処でその名を?」

「敵さんがしきりに呟いてたのさ。何か知らねえかって思ってな」

 

 ガタッ、と彼女は立ち上がる。

 

「DG……そうか。成程、納得だ」

「いや一人で勝手に納得すんなよ!? 分からないじゃねえか!」

「ちゃんと教えてください」

「……DGは、人の手によって造られたドラゴンの事だ」

「!」

 

 人の手によって……造られた?

 DGってのはひょっとして、ドラゴンに因んで当てはめられたアルファベットなのかもしれない。

 

「かつて、DGを造り出したことで魔導司に追いやられた人間の一族がいた。彼らは魔導司と自らの境遇を憎み、歴史の裏で様々な工作を働いたと聞く」

「人間が作ったのか? 魔法使いじゃなくって?」

「ああ。その名は、クォーツライト家。だが、数年前にDG計画は頓挫し、一族郎党は殆ど死んだと聞いていたが……」

「海戸でもDGの研究はされていた」

 

 黒鳥さんが言った。

 

「最も実際に実体化させるとなると別問題だ。DGは膨大な魔力を使う機構と聞いていたが……」

「……だが合点が行ったぞ。奴らはその膨大な魔力を賄うためにエリアフォースカードを使っているんだ」

 

 ファウストの言葉で場に緊張が張り詰めた。

 エリアフォースカードでさえも、敵にとっては燃料代わりでしかない。

 そして、膨大な魔力を秘めた魔法道具を大量に取り込んだドラゴンが生まれたらこの世界はどうなってしまうのだろう?

 

「大変です、ファウスト様!!」

 

 その時。声が上がった。

 どうやら、ファウストの配下の魔導司がロビーに駆け込んできたようだった。

 

「どうした」

「島です!! 海戸近海洋上に、島を確認しました! 昨日までは出来ていなかったのに……!」

「何だと。衛星写真から映し出せ」

 

 島──!?

 俺達は、モニターに映った映像に食い入るようにして見ると、確かに洋上にぽつりと小さな島らしきものが見える。

 だが、それが異常だと気付いたのは、その島の周辺に肉視出来る程のオーラが現れていた事か。

 そして、日本地図と照らしあわされたその場所は、まさに今向かおうとしていた強力な魔力が集中している地点だったのである。

 

「一晩で、海底火山の噴火も無しに島が出来上がる、か」

「お伽話も大概ですね」

「ちょっと、2人とも何落ち着いてんの!? 島だよ、島!!」

「これが落ち着いているように見えるのですか、刀堂先輩」

「紫月ちゃん表情変わらないから分かりにくいんだけど!」

「海戸近海に島が沈んでいるなどという話は聞いた事が無い。魔力の集中と言い、やはりその影響下で現れたという事か?」

「いや、元々そうだったと考えるのが自然だ」

 

 言ったのは黒鳥さんだった。

 元々そうだった、ってどういうことだ?

 

「海戸とは、かつてとある財閥がとある目的のために作った人工島だ」

「目的?」

「ああ……強大な力を持つ何かが近海にあったのさ。それを利用しようとしたのだ」

「……!」

「のちに、それはクリーチャー事件の発端となる。海戸近海には、クリーチャーを何体召喚しても飽き足らない程の魔力の貯蔵庫があったのさ。だが、それはとっくに潰えたはずだ」

「ならば、何故そもそも海戸近海にそのような魔力の貯蔵庫があったのか、と考えるべきなのか」

 

 ファウストの言葉に彼は頷いた。

 

「──膨大な魔力。それは潰えたわけではない。休眠した火山のように、何年もの間に力を蓄え続けていたとすれば? そして、今まで僕たちの目に触れず、ずっと海底の更に底で眠っていたのがあの島だとすれば?」

「……にわかに信じがたいけど、あの島自体が魔力の貯蔵庫だって黒鳥さんは言いたいんですか?」

「今までの僕の経験上、そうとしか言いようがない。エリアフォースカードだけでは飽き足らず、更に魔力を求めたか、あるいは逆か……考えていても今は詮無き事だ」

 

 彼はそこで思考を放棄したようだった。

 そこから先は、自らの目で確かめるしかないのだろう。

 

「今は折角現地に向かっているのだ。直接出向くのが妥当だろう。幸い、もうじきこの飛行艇は、島に近付けるのだから……」

 

 そう言いかけた時だった。

 飛行艇が揺れる。

 

「どわあぁい!?」

 

 俺達の身体は放り出されたようになり、すぐさま中でぶつかり合う。

 どうやら、何かにぶつかったような感じだが、まさか空中衝突とかないよな?

 

「いつつ……頭いてえ」

「ねえ、みんな大丈夫……?」

「大丈夫じゃないでふ、舌かみまひた」

 

 起き上がった俺は、チカチカする頭で恨めしそうに操縦席の方を見た。が──

 次の瞬間、その操縦席から絶叫が飛ぶ。

 

「大変ですファウスト様!! 障壁に阻まれて、此処から先は進めません!!」

「何だと……此処に来て手詰まりだというのか」

「解析したところ、島をすっぽりと覆うようにしてドーム状に障壁が広がっているようです」

「そんなに大きな障壁破壊出来るのか?」

 

 ──起き上がったファウストも恨めしそうな顔をしていた。

 

「まるで、磁石の同じ極の如く弾かれているということか」

「おい、お前ら。それだけじゃないみたいだ。あの衛星写真のモニターを見てくれ!」

 

 そこに映っていたのは──島から少し離れた空に浮かぶ──建造物ゥ!?

 ちょっと待て。アレは何だ。この飛行艇なんか目じゃないくらいには大きいぞ。

 

「空中要塞、だな。当然普通の人間には見えないようにしてあるんだろうが」

「要塞ィ!? あんな大きなものが!?」

「凄い……! 要塞ってあんな感じなんだ」

「何を言う。それは軍事に無知な魔導司(トリス)が便利だから使っているのであって、要塞とはあんなものではない。何より要塞砲も何も搭載されていないじゃないか。ちなみに俺が一番好きなのは、大口径を地で行くセヴァストポリ防衛用の要塞砲台こと第30番砲台、ドイツ軍からの通称マキシム・ゴーリキ──」

「語ってんじゃねーよ、それどころじゃねえだろ!」

「後、今さらっとあたしの事を馬鹿にしただろヒイロこの野郎」

「何の事やら、レディを馬鹿にするわけがないだろう。そんな事より、あの空中を飛行する建造物から出てきている物の方が重要なのでは?」

「ヒイロ、ちょっと後で表出ろや」

 

 もう長いから空中要塞で良いよ……。

 後、身内同士での喧嘩は後にしてくれ本当に。

 それとも前からこんな感じのノリだったのだろうか。

 だけど、火廣金が指さした方を拡大すると、何かがそこから飛んでいくように見える。

 更に拡大すると──それは、ドラゴンであった。

 

「クリーチャー!? こっちに来るのか!?」

「いや、島の方へ着陸していっているように見えるが。今の画像を更に拡大するか」

 

 その姿を見た俺の背筋は凍った。

 ドラゴン──といっても、それは異形の姿であった。

 仮面で顔を覆い、表情は窺い知れない。

 そして鉱石のような肌に、四肢には水晶がまとわりついている。

 あの街を襲った水晶に、よく似ている。

 極めつけは、どう見ても飛行には適しないであろう翼であった。まるで、骨のようだ。

 あんなもので羽ばたいて飛べるわけがなく、まるで浮くようにふよふよと飛んでいたのだ。

 だが、もう1つ。気になる点があった。

 

「白銀先輩。人が乗っているようですよ。それも2人」

「ああ……」

 

 片方は男だ。

 それも、拡大すると俺達と同じくらいの年齢の少年。

 ただし、薄い色の金髪に碧眼とヨーロッパのコーカソイド系の美少年のようだった。

 だが、その服装は異様で、青い軍服に肩から垂らした飾緒のようなものが印象的だ。

 そしてもう片方には──少女が乗っていた。まるで、横たわるようにして。

 その長い髪で顔が隠れていて、よく分からないが……俺達は何となく、見覚えがあった。

 

「ブランみてーな女の子だな、それにしても……」

「はい。こっちも典型的なコーカソイドのようですが」

「変な服装だな、女の方も。なんか真っ白なワンピースって感じだが。あんなのまるで──死に装束じゃねえか」

 

 桑原先輩の一言は、とても不吉に聞こえた。

 

「どうしてそう思うんですか?」

「いや、海外にあんな死に装束があるわけじゃねえよ。だけどな……男の方があんなに絢爛としてるのに、女の方は酷くあっさりとしている上に寝てるじゃねえか? なんか……おかしいと思ってな」

 

 確かに。

 どうしてあんな恰好をしてるんだろうか。

 とても嫌な予感がするのだが。

 

「……ファウスト。あの男の顔に見覚えは無いか?」

「全く無い。魔導司で、あのような者は見た事が無い。魔法使いの犯罪者である可能性は高いが……なあトリス」

 

 そう言って、彼女は振り返る。

 その時──酷く、トリスはモニターを睨んでいた。

 

「……あいつは」

「? どうした、トリス」

「いや……何でもない。恐らく、人違いだろう」

 

 ファウストの心配を制するように彼女は首を振った。

 

「それよりも……見ろよ。あいつを」

 

 ドラゴンはしばらくすると停止する。

 どうやら、障壁にぶち当たったようだった。

 だが、少年はすぐさまそれを想定していたかのように、何かを掲げる。

 そして、掲げたそれから光が発されて──ドラゴンは再び、何も無かったかのように島へ降りていくのだった。

 

「……どうやって通ったんだ?」

「分からない」

 

 全員は途方に暮れる。

 あの少年とドラゴンが、どうやって障壁を突破したのか分からないのだ。

 俺達が手こまねいていたその時。

 

『マスター!! このチョートッQ、元気満タン、今すぐ出発進行可能であります!!』

 

 チョートッQ!

 終わったのか、調整が。

 同時に、雪崩よせるように他の守護獣もやってくる。

 

『完全復活だよ、我がマスター! 流石ボクだと褒めてほしいね!』

『ギャハハハハハ、同じく完全復活だ! もう傷も完治したぜ! さあ、命令を寄越しな!』

『力が漲りますねェ!! マスター、さあ誰を殺せば良いのでしょう!?』

 

 うん、こうして見るとやかましいな。凄く。

 だけどどうする? こいつらに任せてみるか?

 もしかしたらエリアフォースカードなら出来るかもしれないが……。

 

『マスター! お困りのようでありますな! 我々に任せるであります!』

「出来るのか? 障壁が出ていて困ってるんだが」

『いや、それは……実は──』

 

 新幹線頭が言いかけた矢先。

 皇帝(エンペラー)のカードが激しく輝く。

 

皇帝(エンペラー)が、反応してる?」

『どうも、我らに関係しているのは確かであります。まるで、我々を迎え入れるような……』

「……ふむ」

 

 ファウストは腕を組む。

 どうやら考え込んでいるようだ。

 

『ただ、1つだけ奇妙な事が』

「何なんだ、チョートッQ」

 

 彼は困ったような表情で言った。

 

 

 

『ブラン殿の所持していたエリアフォースカードの反応が、少し匂うでありますよ。皇帝(エンペラー)が示しているのであります』 



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Ace18話:祭壇

 

 ……え?

 俺は首を傾げた。

 ちょっと待て。それはおかしいだろう。だって、ブランは今イギリスに居るんじゃねえか。そのエリアフォースカードが、何で今近くにあるっていうんだ?

 チョートッQ曰く、近くではない。あの島に向かっているとのことらしいが……。

 

「シャークウガ。どういうことですか」

『……遠くから、だ。確証染みた事は言えねえんだが……さっき、その島にドラゴンが近づいてるって、マスターは俺達に話をしたよな?』

「はい」

『そのドラゴンから感じるんだよ。亀の爺さんに似た気配が』

 

 全員に衝撃が走った。

 待てよ。だから、それはおかしいだろ。

 亀の爺さんってワンダータートルだろ? 此処は日本だぞ。ブランと一緒にイギリスに居るはずなのに。

 

「……なあ、もしかしてさっきの女の子って」

「そんなはずはありません。だとしても、何故ブラン先輩がこんな所にいるのですか」

「……行って確かめるしかねえだろ」

 

 全員は頷いた。

 

「今回は、敵が空を高速で飛んでくるわけじゃねえから、ゲイル以外でも行ける」

「とうとうこの時が来たんだね……」

「はい。行くとしましょう。全てをこの目で確かめる為に。シャークウガ。やれますね?」

『ああ。魔力を使った泡で、移動可能だ』

『あ、私は飛べないのでカードのままで行きますね』

「貴様は役に立つのか立たないのかどっちなんだ」

 

 結果。

 俺と黒鳥さんがダンガンテイオーに乗って移動。阿修羅ムカデはカードのまま待機。

 そして、紫月はシャークウガの作った魔法の泡に入って侵入。

 桑原先輩は当然のようにゲイルに抱えて貰って突入するつもりらしい。

 

「耀!!」

 

 振り返る。

 強い眼差しが俺を捉えた。

 

「やっぱり、あたしも……行きたい」

 

 進み出たのは、花梨もだった。

 

「花梨……」

「足手纏いになるつもりはない。あたしだって、そのために頑張ってきたつもりだから」

「……だけど、どうするんだ? 守護獣も居ないのに」

 

 ──彼女は行きたいようだった。やはり、自分だけ後方にいるのは性に合わないのだろう。

 だが、それでも物理的な問題は尚も大きく立ちはだかる。

 彼女は困ったようだった。

 

「……あたしは──」

「俺も行こう、刀堂花梨」

「!」

 

 そこに手を差し伸べたのは、火廣金だった。

 だけど、それがどんなに危険な事か、彼も分かり切っているはずだ。

 だが、敢えて俺はもう突っ込みはしなかった。目を見れば、彼が尋常ではない覚悟をしているのは分かる。

 

「俺の”罰怒”ブランドが居れば、君も一緒に空を飛べる。その代わり、マギアノイドとの戦闘は君に任せる事になってしまえが」

「……うん! 大丈夫!」

 

 その様子を見ていたトリスが呆れた表情で火廣金の脇腹をつつく。

 

「止めたんだぞ? あたしはな。だけどこいつがどうしてもって言うからよ」

「……火廣金……どうしてそんなに?」

「あいつが、刀堂花梨にこっそりデュエルの教練をやっていたみたいだしな」

 

 そういうことだったのか。

 義理堅い火廣金の事だ。彼女の事が放っておけなかったのだろう。

 なんせ、1度彼女に助けられているのだから。

 

「済まないな、部長。だが……事態が事態。刀堂花梨が行くというなら、僕は彼女を連れていく義務がある」

「……いや、こっちこそもう止めるつもりはないぜ。そんでもってよ……ありがとう」

「礼を言われるほどの事はしていない。俺なりの、義理の返し方だ」

 

 こうして、全員の準備が整った。

 俺達は──ハッチを開けて、自らの守護獣を空に召喚し、次々にそれぞれの方法で空に出ていく。

 ファウストが、最後に静かに言った。

 

「……健闘を、祈る」

「ああ。此処までありがとな、ファウスト」

「……これが、私の出来る数少ない事だ。後は、君達の意思に負けたのだろうな。またしても」

「……行こう、白銀」

「はい、黒鳥さん」

 

 ダンガンテイオーのコックピットは胸部。

 そこに乗り込んだ俺と黒鳥さんは、ガラスから映る光景を目にしていた。

 

「そうだ白銀。貴様に託しておきたいものがある」

「? 何ですか、今更」

「……僕が、昔使っていたカードだ」

「え?」

 

 彼に手渡されたカード。

 それは、スリーブが痛んだ1枚のカードだった。

 俺も見慣れたカードの名。それを呼ぶ。

 

「《破界秘伝 ナッシング・ゼロ》?」

「……貴様に、僕のゼロの美学を託そう。そのカードが貴様を呼んでいるのだ」

「……呼んでいる?」

「僕も昔──無色のデッキを握っていた時があったのさ。僕の心はある時を機に黒く染まってしまった。貴様の心も……貴様次第で幾らでも染められるだろう。頼む。託されてはくれないか」

「何故、今になって?」

「……最初会った時から、貴様がとんでもない事に足を突っ込んでいた事に僕は気付いていた。気付いていながら……直接貴様等を助ける事が出来なかった。今だから、これを貴様に渡したい。僕が、過去に置いてきたものを、貴様の手で昇華させてほしい」

 

 何かを黒鳥さんは予感し、見通しているようだった。

 俺は、1枚を黒鳥さんの持っていたカードに入れ替える。

 俺の事、期待してくれてるんだ。

 

「……久々だ。こんな気持ちで、戦うのは……あのグラサン馬鹿と並び立った時以来だ」

「?」

「……何でもない。そろそろ動くようだが」

「あ……ダンガンテイオー。こっちはいつでも準備オッケーだ!」

『2人とも、衝撃に注意するであります! 出発進行であります!』

 

 ダンガンテイオーの足元から展開された線路が伸びていく。

 そのまま、激突するように彼は障壁へぶつかっていく──俺は皇帝(エンペラー)を、黒鳥さんはやっと手にした死神(デス)を掲げた。

 予想通りだった。

 エリアフォースカードの力を取り込んだ守護獣は、障壁を貫き──遂に、その中へと突貫したのである。

 俺達に続くように(ストレングス)の加護を受けたゲイル・ヴェスパー。そして、魔術師(マジシャン)の力を受けたシャークウガ。

 最後に、戦車(チャリオッツ)の力を借りた”罰怒”ブランドも障壁を突破したのだった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 す、すげえ!

 やっぱりすごい速さ──ってか、やばい、ジェットコースターのように血が頭に登っていく!

 減速というものを知らないダンガンテイオーは、そのまま島の地面にまで線路を敷いていき、そこへ着地しようとする。

 モニターもご丁寧に設置してあり、彼の視界がこっちに映し出された。

 気分はさながら、いつかテレビアニメでやってた新幹線型ロボットに乗っている気分……いや、まさにそうなんだけど。

 

「……なぁ、ダンガンテイオー、これ止まれるんだよなぁぁぁぁ!?」

「大丈夫だろう、死にはしないはずだ」

「あんたは涼しい顔してるなぁ本当に! 羨ましいや!」

 

 がっちりと身体がシートベルトで固定されていた理由が分かった。

 朝食ったものが出てこなければ良いのだが……。

 最も、ジェットコースターと違って身体が外にあるわけじゃないからまだマシなのではあるが。

 そうこうしているうちに、ダンガンテイオーの機体は遂に島に降り立つ。

 ゆっくりと減速していき、そのまま停止した。

 俺と黒鳥さんも、開くハッチからコックピットを出る。

 降り立つと、この謎の島の全貌がよく見えた。

 どうも、こうして見るとかなり広いように思えた。辺り一面が平地というわけではない。

 地面も、土ではなく何かの金属で出来ているような感触だ。硬い。

 

「結構広いが……あのドラゴンの姿が見えないぞ?」

「それどころか、あの少年と少女の姿も見えないな。何処に……」

 

 

 

「此処から先には行かせない」

 

 

 

 俺達は身構えた。

 そこに居たのは、水晶の異形達。

 姿が次々に変わり、光のドラゴンへとなって襲い掛かる。

 

『どかないなら、轢いてでも先に進むでありますよ!』

 

 とはいえ、こんな所で時間を食ってる暇はない。

 エリアフォースカードを構えた矢先だった。

 上空から、クリーチャー達を狙って衝撃波が襲い掛かる。

 

「ちょっと待ちなァ! その勝負、この俺が受けて立つ」

 

 不敵な笑みを浮かべた桑原先輩。

 そして、腕組みをしたゲイル・ヴェスパーがドラゴン達の前に立ちはだかる。

 

「白銀! 黒鳥さん! 島の中央に向かってくれ!」

「中央!?」

『島の中央に、祭壇のような場所がある。どうもそこが怪しいみたいだ! まあ、暴れられるわけだし……今日の主役は譲ってあげるよ!』

 

 空間が広がった。

 黒鳥さんも、阿修羅ムカデを実体化させる。

 

「行くぞ白銀。此処は桑原一人で大丈夫だろう。もう、無力さに苦悩していたころの奴ではない」

「……はい!」

 

 本当の意味で頼もしくなった桑原先輩。あの人なら、きっと大丈夫だろう。

 ※※※

 

 

 

 走る俺と黒鳥さん。地面は土になった。一体、どんな地面の仕組みになってるんだろう。

 島の中央に階段のような場所があるっていうのか。

 どっちにせよ、そこにあのドラゴンが居るんだろうか。

 遺跡を進む。

 崩れ落ちたような壁。妙な文字の書かれた石碑。

 それらの意味は解せないが……。

 

「どうも古代文明の遺跡というに相応しい場所のようだが」

「そうみたいですね。なんか、重々しいというか歴史を感じます。でも、何でこんな遺跡が今まで沈んでいたのでしょうか?」

「意図的に隠さねばならない物でもあったのだろうか。それがこの先にあるのだろうが」

 

 そう言っている矢先だった。

 その壁がいきなり、崩れだす。

 俺達はすぐさまそこから跳ねて避けたが、じゃりや小石が飛び散った。

 凄まじい魔力を肌で感じた。

 空気の震え。これは──

 

「また、会ったな──人間よ」

「お前は……!」

 

 バルカディアNEX。

 運命の輪を取り込んだ水晶のドラゴンだ。

 

「……会いたかったぜ。こっちはお前をぶっ倒したくてうずうずしてたんだ」

『さっきのリターンマッチでありますよ!』

 

 

 

『ちょっと待ったァ!!』

 

 

 

 その時だった。

 迸る激流が地面に着地する(尚、水飛沫は俺達にしっかり掛かった)。

 そこに立っていたのは、紫月とシャークウガであった。

 

「っ……遅れて申し訳ありません」

「紫月!」

「先輩、師匠。紫月、確かに合流しました。此処は私が奴を倒しましょう。アレには借りがあるので」

 

 いきり立った様子で彼女が言った。

 シャークウガを傷つけられたのをやはり根に持っているのだろう。

 だが、

 

「……いや、紫月。丁度良かったと言わざるを得ない」

「え?」

 

 黒鳥さんの背後から阿修羅ムカデが現れる。

 ……黒鳥さん、まさかこいつと戦うつもりなのか?

 

「紫月。白銀と一緒に先へ行け」

「……! 何故ですか。私では実力不足だと言うのですか」

「逆だ。敵の中枢へ行け。任せると言っている」

「……成程」

「えと、つまりどういうことだ?」

「機械では僕の弟子の相手は全く務まらんということだ」

 

 言った黒鳥さんは進み出る。

 つまり、紫月を信頼している。先に行ってほしいってことなのか。

 

「白銀。或瀬ブランが所持しているはずのエリアフォースカードが何故、あのドラゴンから感知されたのか……僕には酷く嫌な予感がするのだ」

 

 確かに、それが最大の謎だ。

 俺は、思い返す。

 映像に映っていた、横たわった少女を。

 まさか。まさかとは思うが……いや、そんなはずはない。

 だけど、事件が起こってから1度もブランとは連絡が取れていないのだ。

 そんなはずはない、見間違いだとは思いたいのだが。

 

「何かが起こった時。彼女に一番近い、貴様らが行った方が良いだろう」

「師匠……分かりました。任せます」

 

 エリアフォースカードを掲げる黒鳥さん。

 空間が開き、怪物を巻き込んでいく。

 

 

 

「貴様、何者だ。唯の人間ではなさそうだが──」

「僕は──貴様に引導を渡す死神だ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 やっと見えた。

 祭壇、って言われてた場所だ。

 ぶつぶつとシャークウガが「畜生、借りを返すのは俺のはずだったのに……」と言っていたが。

 

「にしても花梨と火廣金遅いな」

「……心配ですか?」

「心配に決まってるだろ! あいつら、どんな無茶をするか分からないし──」

 

 言いかけて俺は絶句した。

 祭壇と呼ばれていた場所から飛び出す一筋の光。

 それが天を貫いて柱のように上る。

 どうやら嫌な予感というのは終らないらしいが──駆け寄るしかない。

 俺達は走って、走って、走り続けた。

 紫月は慣れない事に息を切らせながら、俺は精一杯足を動かしながら。

 そして辿り着いたのは──異様な光景だった。

 光だ。

 さっきの光の根元に、ドラゴンが居る。そして、激しい咆哮で島を震わせていた。

 仮面の下からでも響く、悍ましい声だ。

 そして、その前で手を広げているのは……さっきドラゴンに乗っていた少年だ。

 視界を上にやる。激しい光の柱の中に、人影があった。

 少女だ。あの金髪碧眼の──だけど、今度は顔が見えていた。髪は引力に逆らって浮き上がっている。

 だが、俺の頬は引きつった。

 背中は凍り付き、足はたたらを踏む。

 それほどに俺は動揺していた。

 どくどくと鳴り響く心臓を握り締めた。

 俺は、彼女の名を、呼ばざるを得なかった。

 

 

 

「ブラン……!!」 



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Ace19話:正義のサバキ─怒り

 近付く。

 おぼつかない足取りで、一歩ずつ近付く。

 

「ブラン、なのか……!?」

「……何だい、君は。儀式のジャマだよ」

 

 俺の声が聞こえたのか、少年が振り返る。

 ついに目が遭った。

 おぼつかないが、日本語が喋れるのか。

 

「……ああ。通じてるようだな。やはり日本人か」

「……テメェは、何だ?」

「彼女の……ブランの知り合いかい? フフッ」

 

 俺は睨みつけた。

 表情も何もない。

 眼球をカッ、と開いてただただ小さく何かを呟いている。

 

「ブラン? 何で、お前が……!」

『ブラン殿の反応……間違いないであります。でも、意識を失っているようでありますよ』

 

 じゃあ、本当にブランなのか。

 だとしても、だ。

 何であいつが此処に居るんだよ?

 

「何でだよ!? ブランが何でこんなところに!?」

「何だい? 彼女の知り合いかい?」

 

 少年は、にたにたと笑みを浮かべた。

 

「残念だけど……彼女はもう、二度と君の知っている彼女には戻れないよ」

 

 一瞬で俺は沸騰した。

 

 

 

「テメェかッッッ!!」

 

 

 

 地面を蹴った。

 拳を握り締める。

 それは驚くホドに冷静な相手の少年に受け止メられ、俺はそのマま流されて地面へ倒れ込んだ。

 だけど、負けじと起き上がり、胸倉をツかム。

 止まラなイ。

 煮えたギるよウな怒リが。

 頭ガ、沸騰したまま音を立テて止まらナイ──!!

 

「ッ……!」

「……不躾だな。いきなり殴りかかるとは。世界を救う男、ロード・クォーツライトに対し──」

 

 黙レ。

 黙レ黙レ黙レ──

 

「──!!」

「っと、もう1発見舞ってくるとは……!!」

「ッ……!!」

「彼女はもうブランであって、ブランじゃない。僕が今復活させるドラゴン……サッヴァークの最後の生贄──」

 

 

 

 ”知 ら ね え よ”!!

 

 

 

 最後まで聞かずに俺は頬にありったけの拳を叩き込む。

 倒れ込む相手の身体。今までの人生で、一番重い一撃。

 そこで我に返る。

 ブランは!? あいつを助けないと……!!

 咆哮し続けるドラゴンとブランに駆け寄る。

 

「聞こえるか、俺だ、耀だっ、今助けるぞ!」

 

 

 

「無駄だよ……何を言っても聞こえやしないさ」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 ドラゴンの仮面が光る。

 俺の身体は宙に浮くと──吹き飛ばされた。

 再び立ち上がり、俺はロードにとびかかる。しかし。今度は見えない壁のようなものにぶつかって弾かれてしまった。

 

「ッくそぉ……!」

「エリアフォースカード2枚だけじゃあ、この障壁は突破出来ない。残念だったとしか言いようがないね」

「っ……この……!」

 

 俺に、おびえた様子の紫月が駆け寄ってきた。

 

「先輩……!!」

「あの野郎ッ、ブランをどうするつもりだッ!」

「っ……先輩」

「許さねえ……絶対ェに、許してたまるもんかよ! ブランが、あいつがこれ以上傷ついて良い理由なんて何処にもねぇんだよ!」

 

 ぶっ飛ばす。

 絶対にぶっ飛ばしてやるぞ。

 ブランが……どうして、ブランがこんな目に遭わなきゃいけねえんだよ!

 

「さっきも言った通りだけど? 僕は全世界の人類を救うために、今こうして立っているんだ」

「ああ!?」

「そのためには、人類の原罪を裁く必要があるんだ。分かるかい?」

 

 意味が分からない。

 何言ってんだコイツ。

 

「そんな訳の分からねえ事のために、ブランを──!!」

「そうだ。人間には生まれ持った罪を一生抱えているからね。それがある限り、人間は一生幸せになれやしない。だから、僕が人類を裁いて原罪から解き放つのさ」

「知ったこっちゃねえよ!!」

 

 そんなふざけた理想、俺には届きやしねえ。

 譲らねえよ。絶対に。

 

「仲間は絶対に譲らねえ!! ブランを、ブランを返しやがれってんだ!!」

「……先輩を、返してもらいます。私達の、ブラン先輩を」

「馬鹿だねえ。君達も僕の救済の対象だというのにさあ」

 

 彼は肩をすくめた。

 

「まあ、どうせ無駄だけど? 儀式が終わるまでもうすぐだから、それまで待っていてよ」

「待てるかよ!! ダンガンテイオー!!」

「壊しなさい、シャークウガ」

 

 ともに戦線を張る事が多いダンガンテイオーとシャークウガの相性は最高だ。

 シャークウガが魔法陣を生み出し、無数の弾幕を障壁にぶち当てる。

 そして、弱ったであろうその障壁に、ダンガンテイオーが大上段に振りかぶって刀を叩きつけた。が──

 

『びくともしないであります!?』

『ウッソだろオイ!?』

「ははははははは!! サッヴァークの力は、覚醒前なのに凄まじいなあ!! 全てを通さない絶対なる盾!! まさに、全てを裁く審判の龍に相応しいよ!!」

 

 高笑いを上げるロード。

 俺達は歯を食いしばる。

 どうする白銀耀。どうする白銀耀。

 このままじゃブランが危ない。あんな頭のおかしい奴の好き勝手にこれ以上させてたまるか!

 

 

 

「おらあああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 俺達は上空を見上げた。

 そして、それはズドォン、と洒落にならない速度で落下する。

 その場に煙が舞った。

 何かが降ってきたのだ。またクリーチャーか? と思い、臨戦態勢に入る。

 こんな時に──と思った矢先。

 

「ゲホッ、ゲホッ、エホッ……」

 

 煙の中から聞こえたのは……咳き込む音だった。

 見ると、”罰怒”ブランドのボードらしきものが地面に突き刺さっている。そこに倒れ込んでいる2つの影。

 

「もぉーっ!! 何でこうなるのかなぁーっ!!」

「仕方がないだろう……重量オーバーだ」

「あたしが太ってるって言いたいの!?」

「そういうわけではない! ……しかし、此処が祭壇という場所か?」

 

 砂煙が晴れた。

 地面に膝をついてはいたが、そこにあったのは火廣金と花梨の姿だった。

 

「火廣金!? 花梨!?」

「すまん部長、遅れた。空中から妙な祭壇が見えたから、此処を狙って着陸しようとしていたのだ。幸い、クリーチャーと遭遇しなかったのでな、まだ全力で行けるぞ」

「……すみません、先輩方。それよりブラン先輩が──」

 

 火廣金とブランが祭壇の奥にある光を睨む。

 

「そんな……!? 何でブランが!?」

「イギリスから此処まで連れてこられたのか? とんだトンボ帰りだが……あの男が黒幕のようだな」

「っ……まさか、まだ増援が居たとはね。このロード・クォーツライトの断罪の裁判を傍聴に来たのかい?」

 

 零すロード。

 ブランが捕らえられていると知るや否や、2人は身構えた。

 最早火廣金も花梨も手加減をするつもりはないらしい。

 

「……嬉しいだろうねえ、彼女も。こんなに仲良くしてくれるオトモダチが居るんだもの。だけど、駄目だよ。彼は、僕の理想の下でしか幸福になれない」

「……あんたは許さない。絶対に」

「レディの扱いがなっていないな。少し躾が必要なようだ」

 

 ”罰怒”ブランドが実体化する。

 守護獣が目覚めていない花梨だったが──それに、戦車のカードをあてがった。

 彼の周囲の炎が、加速する。

 

「”罰怒”ブランド!!」

「シャークウガ」

「ダンガンテイオー!!」

 

 飛び掛かる3体。

 エリアフォースカード2枚でダメなら、3枚ならどうだ!!

 叩きつけられる一撃。

 

 同時攻撃が、障壁を叩き割る。

 斬撃。砲撃。打撃。全てが合わさり、決定打となったのだ。

 しかし──

 

 

 

「邪魔だって言ってんだよ」

 

 

 

 ──鳴り響く雷鳴。

 それにシャークウガと”罰怒”ブランドが打ちのめされた。

 吹き飛ばされたのは、紫月や火廣金、花梨も同じだったようで、閃光が晴れた頃には皆横たわっていた。

 

「皆……!!」

「だ、大丈夫……!」

「白銀先輩! 前を! あのドラゴン、普通ではありません!」

『尋常ではないであります!! 殺そうと思えば、此処に居る全員、今すぐ皆殺しに出来るであります!!』

『咄嗟に張った障壁が完全にぶっ壊れやがった……次はねえぞ』

「っこのぉっ……!! 化け物……!! どんだけ強いの!?」

『マスター。それに、嫌な予感は的中したでありますよ!!』

 

 ダンガンテイオーが刀を掲げた。

 雷鳴に打ち砕かれ、ボロボロになった刀を、だ。

 凄まじい威力であることが伺える。

 だが、それ以上に彼は嫌な予感とやらに衝撃を隠せないようだった。

 

「何だと……!?」

『やはりこの気配、あのドラゴンの体内には……ブラン殿のエリアフォースカードを感じるであります』

「嘘だろ!? じゃあ、どうして!? ワンダータートルは何やってんだよ!?」

『……ワンダータートルの気配は、全く感じないであります』

 

 ぽつり、と言ったダンガンテイオーの言葉。

 俺はハンマーで殴られたようだった。

 

「おい、どういうことだよ……!?」

『エリアフォースカードの魔力のリソースは、全てあのドラゴンに注ぎ込まれているであります。これは……我々守護獣というストッパーが居る場合、起こりえない事なのでありますよ』

「……なあ、まさか。そんな事は無いはずだ。あのワンダータートルだぜ!? あいつが、そうそうやられるわけがないだろ!?」

『我も、そうは考えたくないでありますよ!! 我だって、ワンダータートルの強さは嫌という程知っているであります!! 死ぬなんて、有り得ないであります!!』

 

 

 

「殺したよ」

 

 

 

 彼は淡々と言い放つ。

 煙の中から現れたロード。

 そして、サッヴァーク。

 その仮面からは、雷鳴が迸っていた。

 

「……殺した……!?」

「ああ。その守護獣の言っている事は正しい。サッヴァークを制御するための理性を司るのがブランの正義(ジャスティス)のエリアフォースカードだ。君。ワンダータートルの事を知ってるのなら分かるよね? 彼がもし居るのなら、サッヴァークが此処まで成長出来て無いよ」

「……何で」

 

 ワンダータートル。

 ブランの助手として、相棒として。

 そして俺達の爺ちゃんみたいな存在で。

 厳しさの中に朗らかさのあったあいつが。

 いつも、俺達を影ながら支えてくれたあいつが。

 俺は一歩踏み出した。

 そして思い返した。

 俺は知っている。昔、1人っきりだったあいつの事を──

 

 

 

「ワンダータートルが、簡単に死ぬわけねえだろ!!」

 

 

 俺は言い切る。

 言い切らなければ、最早立つ事など出来なかった。

 今の俺に、ワンダータートルの死まで受け入れる事など、出来る訳が無かった。

 ふざけんな。ふざけんなよ。

 こんな目に遭って、心の支えも失う。

 俺達の見てない所で、何で──!!

 

「いずれ、全ての人間は救われる。彼女が幾ら悲しもうが、もう些細な問題なんだ」

「そんな事、出来る訳がありません」

「出来るさ。サッヴァークの力は、人間を断罪する力だ。その本質は、全ての人間の意識をサッヴァークと統合すること」

『有り得ないでありますよ。幾らドラゴンでも、たかだか1体で全世界の人間の意識を統合させるなんて無理であります!』

「……ああ。サッヴァーク1体ならね」

 

 彼は笑みを浮かべた。

 あたかも、まだ何か残しているかのような言い方だ。

 

「魔女狩りめ……ふざけるなよ……!!」

 

 火廣金が振り絞るように言った。

 

「俺達の同士を……魔導司を何人も殺した罪。償っても償いきれんぞ」

「残念だが……既存の倫理観は全てサッヴァークの下に白紙になる。世界中全ての法は、僕とサッヴァークの前では無力だ」

「……そんなに、大層な事なのか。お前の断罪は」

「君達は、実に馬鹿だな。この世は悪意と欲望で満ち溢れている」

 

 サッヴァークが吼えた。

 雷鳴が迸る。

 

 

 

「搾取だらけの世の中じゃあ、一生人類は幸福になれない!! 僕達は数百年かけて、理想の世界を目指してきたんだ!」

 

 

 

 彼はほくそ笑んだ。

 そのためには、あらゆることは些細な犠牲に過ぎないと吐き捨てた。

 

「何で、ブランを……!!」

「彼女が僕の幼馴染だからさ」

「──んだと」

「そう……僕に警戒せずに近付いてきた、”幼馴染の”ブランはとても都合が良かった……どうせ彼女も幸せになるんだ。この程度、些細な事だよ」

 

 幼馴染。

 その言葉にぎょっ、としたのは花梨だ。

 

「……うぅ」

 

 今にも、泣き出しそうになっている。

 紫月の目の色が変わっている。火廣金が今にも飛び掛かりそうな勢いだ。

 拳を握り締めた。

 今までになく強く、強く、強く握り締めた。

 唇が渇く。頭の内側が焼け付く。

 髪が逆立つような苛立ち、胸の奥底から絶叫したくなるような燻り。

 

「二度と、あいつの事を幼馴染だなんて言うんじゃねえ」

「ん? 何度でも言うよ。彼女は僕の幼馴染だ。昔イギリスに居た時、よく遊んだものだよ。彼女は僕の事をイギリスでの親友だと思っていたんだろうが……僕の理想には同調してくれなかったね。残念だ」

「裏切ったのかよ。人をなかなか信用しなかったあいつが、親友とまでお前を呼んだ……なのに、何で裏切ったんだよ」

「今も昔も、僕は彼女の味方なんだけどねえ」

「どの口が、抜かすんだ。よくも……!」

 

 もう一度俺は踏み込んだ。

 サッヴァークの電撃の圏内だと分かっていても、俺はもう1度あいつを殴って、殴って、殴らなければ気が済まナカった。

 皇帝のカードも熱を帯びた。

 

 

 

「……部長、”戦え”!」

 

 

 

 火廣金が、起き上がっていた。息も絶え絶えに彼は絶叫した。

 

「”戦わなければ”、或瀬を救う事など出来やしないぞ!」

 

 腸が煮えたぎる。

 歯を食いしばって、怒りに耐えた。

 そうだ──此処で突っ込んでもダメだ。

 俺は、俺に出来る何時もの事をやるだけだ。

 

「言われなくても、分かってらァ」

 

 エリアフォースカードを掲げる。

 そうだ。拳を握り締めても仕方ない。

 俺が出来ることは唯一つ。デュエルしかないんだ。

 

「ロード。今のお前がどんなに理想を語ろうが、関係ねえんだよ。お前は俺達の大事なものを奪った。俺の仲間の大事なものを奪った。そんな奴の吐く夢物語、俺には届かねえ」

 

 彼は目を細めた。

 

「……ブランの友達……って言ったね。最後に名前を聞いておこうか」

「俺は白銀耀……鶺鴒高校2年生、デュエマ部部長。ブランは……俺の部員だ」

 

 彼の手から、1枚のカードが掲げられる。 

 エリアフォースカードだ。

 

「じゃあ、白銀耀。最後に君の力を借りるとするよ。サッヴァークは、デュエルという正当な手段を踏んで最後の覚醒を行う」

「させねぇよ。テメェも一緒に叩き潰す」

 

 サッヴァークが吼えた。

 

「……審判(ジャッジメント)起動。今こそ裁きの時だ、サッヴァーク」

『Wild ……Draw……ⅩⅩ……JUDGEMENT!』

 

 空間が開かれる。

 浮かび上がるのは、審判のアルカナ。

 だが、俺も遅れは取らない。ダンガンテイオーが頷き、刀を構えた。

 俺は振り返る。横たわる花梨と紫月。ボロボロな火廣金。

 今、俺達の為に戦ってくれている黒鳥さんに桑原先輩。

 そして……今も目の前でサッヴァークに取り込まれようとしているブラン。

 

『マスター!! ……あいつ、許さないであります!!』

 

 そして──隣で戦ってくれる相棒。

 ロードは孤独な奴だ。恐らく目的の為なら、何もかもを躊躇なく切り捨てるだろう。

 だけど……俺は違う。

 俺の戦いは、いつも俺1人の戦いじゃなかった!!

 

「頼むぜ、ダンガンテイオーッ!! 皇帝(エンペラー)、起動!!」

『Wild draw Ⅳ――EMPEROR!!』

 

 空間が開かれる。

 今から行われるのは、全ての当たり前を賭けた戦い。

 そして──俺の大事な仲間を取り戻すための戦いだ!!

 

 

 

「──ブラン、待ってろ。今助けだすからな!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ねえ、どうする……あたし達……!」

 

 言い出したのは花梨だった。

 このまま見ている事は出来ない。

 しかし、耀とロードは愚か、囚われているブランもサッヴァーク諸共空間に入ってしまった今、こちらに出来る事は無いように思えた。

 

「どうにかして……ブランを助けなきゃ……あたし達に出来る事、無いの!?」

「あれば今までもやっています」

「……いや、出来るかもしれない」

 

 火廣金の言葉に、花梨と紫月が驚いたように振り向いた。

 

「実は、エリアフォースカードには、とある仕様があることが分かった」

「仕様ですか」

「な、何なの!?」

「不法にその支配が解かれた時のために、エリアフォースカード同士である程度干渉できるようになっているとのことだ」

「そんなことできるの?」

「思い出せ。今までもエリアフォースカードが、エリアフォースカードに対して反応したり、共鳴したことがあったはずだ」

「あっ……!」

 

 花梨は思い当たった事を率直に口にした。

 

「あたしの戦車……!」

「そうだ。皇帝は、戦車の暴走に対して少なからず共鳴していた。エリアフォースカードの強い働きをエリアフォースカードが感知出来るのであれば、同様に俺達が強く働きかければ、或瀬のエリアフォースカード……正義に何か干渉出来るのではないかということだ」

「出来ると思いますか、シャークウガ」

『やったことがねえから何とも言えねえ。だけど……やってみる価値はあると思うぜ』

 

 紫月も、花梨も、頷いた。

 火廣金は顔を険しくした。働きかけが出来る。

 それだけのことだ。だが、それでも何もしないよりはましに思えた。

 その証拠に──

 

『もし、亀の爺さんが死んだとしても……エリアフォースカードは少なからずブランを認めていたんだ。俺らじゃなくて、俺らの主たるエリアフォースカードが呼びかければ、まだ何か応えが出るかもしれねえんだよ。だって、守護獣が死ぬなんて不義理……正義が簡単に認めるのかってな』

「出来そうですか」

『今なら……エリアフォースカードに、十二分な力が働いている今なら出来るはずだ。特に、俺と魔術師ならな』

「つまり、鍵はシャークウガということか」

「……分かりました。任せます」

 

 紫月はエリアフォースカードを握った。

 

「ブラン先輩は……私にとって、初めて仲良くしてくれた先輩でした」

「紫月ちゃん……うん。あたしにとっても、高校に入って色々あったけど大事な友達だもん。このままにしたくない」

「……魔力は、俺が補充する。ロードが、デュエルに集中している今がチャンスだ。行くぞ」

「……うん!」

「はい、やりましょう」

 

 魔術師と戦車が光り輝く。

 その背後で、魔導司が魔法陣を展開した。

 全ては、掛け替えのない友を救うため。

 出来る事をやるのみだ。



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Ace20話:正義のサバキ─裁きの紋章

 ※※※

 

 

 

 ──俺とロードのデュエル。

 しかし。今までのデュエルと違っていたのは、俺が対峙する相手はロードだけではなかったということだ。

 彼の背後には、鎖で繋がれた仮面の龍、サッヴァーク。

 そしてそこに一緒に繋がれているのはブランだった──!

 

「ブラン!?」

「助けてたいなら、僕を倒していけ。もっとも、それは不可能だけどねェ」

「……テメェ。俺をどこまで怒らせたら気が済むんだよ!!」

 

 2ターン目から、既に2枚のマナをチャージし、俺はクリーチャーを呼び出していく。

 いつもの動き、いつも通りだ。

 俺の持っている武器全部をあいつにぶつけて、勝つんだ!!

 

「《ヤッタレマン》召喚! ターンエンド!」

「僕のターン。2マナで《ハヤテノ裁徒》を召喚。ターンエンドだ」

「何だ、あいつ……!?」

 

 現れたのは、あのサッヴァークの仮面によく似た小さな結晶のクリーチャー。

 メタリカか……!?

 あのドラゴン、もしかしてメタリカに関係してるのか?

 どの道、相手が展開するならこっちは除去の準備をしないといけないが……。

 

「こいつらはサバキスト。サッヴァークの従順にして忠実なるしもべさ」

「サバキスト……!?」

『ひっどい名前でありますなあ! マスター』

 

 ジョーカーズも人の事を笑えないが、それでいいのか相棒よ。

 

「《ハヤテノ裁徒》は、呪文のコストを1軽減する。ターンエンドだ」

「ならこっちはマナを増やす! 《パーリ騎士》召喚!! 墓地から《ジョジョジョ・ジョーカーズ》をマナに!」

「ジョーカーズ、か。ふざけたカードを使うねえ。だけど、ルビルスとのデュエルを通して、君の戦法は全て見切っているも同然なのさ!!」

『ハッ、何が見切ったでありますかァ! そう言ったやつがジョーカーズにボッコボコにされたところを、我はこの目で何度も見たでありますよ!』

「どうだか」

 

 言った彼は3枚のマナを払う。

 それは、呪文だ。だが今までの物とは何かが違う。

 

「刻め、《剣参ノ裁キ》! 効果で山札の上から3枚を見て、メタリカか呪文を手札に加える。加えるのは、《サッヴァークDG》だ」

 

 あれは──! 遂に見えたぞ、サッヴァーク!

 見たところ、パワー5000でコスト6のクリーチャー。

 だが、確かにマスターカードの烙印が見えた。

 にしても少し非力過ぎる気がしないでもないが。

 

「そして──」

 

 次の瞬間、唱えられた《剣参ノ裁キ》はロードのシールドに刻まれるようにして置かれる。

 ヒビがシールドに入る。まるで紋章のように。

 なっ、何なんだあの呪文は。

 

「裁きの紋章。唱えた後にシールドに表向きになって置かれる。君がシールドを下手にブレイクすれば、また手札に加えられてしまうという算段だ」

「へっ、サーチ呪文くらいでふんぞり返ってんじゃねえよ! ……何か仕掛けられる前に、先手を打つ! 4マナで《ヘルコプ太》召喚! カードを3枚引いて、ターンエンドだ!」

 

 次のターンで、態勢を整えて、そして一気に攻め勝つ!

 盤面は並びだした。これを維持したい所だ。

 

「僕のターン。それじゃあ、そろそろ始めようかなあ。僕の裁きを」

「……?」

「並べた所までは評価してあげるよ。でも、その後の事を考えてなかったね。呪文、《戦慄のプレリュード》を2コストで唱える」

「なっ……!」

 

 タップされる1枚のマナ。

 木霊する戦慄の旋律。

 鳴り響く雷鳴。

 鎖を食いちぎる音が後ろから聞こえる。

 

「この素晴らしい世界に住まう人類種よ。僕は、君達を救う者だ──」

 

 仮面の下から轟く咆哮。

 翼が広げられ、踏みしめた地面に水晶が広がっていく。

 

 

 

「正義ノ裁キの名の下に──僕が君に銘じよう、《サッヴァークDG》ッ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ぜ、全然上手くいかない!」

「つ、疲れました……とても硬い、そんな感触です」

 

 へばったように花梨と紫月は言った。

 結論から言えば、既にサッヴァークに取り込まれている正義のエリアフォースカードへのアクセスは容易ではなかった。

 この事態に、火廣金の顔も流石に難儀を示すものになっていった。

 

「……諦めるな。やるべきことをやるんだ」

「分かってる……けど、硬すぎるよ……!」

「あと少し、ですが……」

 

 空間の中に居る耀を見やる。

 もう、既にサッヴァークDGと相対しているのが見える。

 あの皇帝の力があれば、まだいけるかもしれないが、あと少しが足りないのだ。

 

「……チャンスはデュエルの途中である今この時だけ。しかし、肝心の皇帝があの中で使えないとなると……!」

 

 やはり、今は自分たちがやるしかないのか。

 紫月の顔は険しさを増した。

 

「お願いです……先輩。どうか、負けないで……私たちも、戦いますから」

『まだ出力を上げるのか!? 無茶だ!! 魔術師とお前は今や一心同体なんだぞ!?』

「それでも譲れないものがあるんです。自分を犠牲にしてでも、諦めたくない思い出がある……!」

『あーもう、そういうと思ったぜ。こうなったらとことんまで付き合ってやらあ、後悔すんじゃねーぞ! 亀の爺さんの弔い合戦だ!』

 

 それを見てか、花梨も再び膝を立てた。

 

「あたしも……負けてられない! 後輩に!」

「……刀堂先輩」

「紫月ちゃん。行くよ!」

「……はいっ」

「よし、魔力を補充する。もう1度だ。いや、何度でもだ。働きかければ……セキュリティをこじ開ける事が出来るかもしれない」

 

 3人は再び立つ。

 目の前で戦う耀に奮い起こされる。

 戦わねば。自分達も、出来る事をやらねば、と。

 だが、焦燥も募っていた。

 魔力は無限ではないのだ。

 

「──頼むぞ、部長……簡単に、負けてくれるなよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 獰猛に、しかし歪に、造られた龍は大地に降り立つ。

 そこから水晶が広がっていく。

 その様を見て、鮮明に思い出すのは──あの街中を侵食する水晶だ。

 やはり、このサッヴァークが原因だったのだろうか。あの水晶も──!

 

「その効果で、山札の上から3枚を表向きにする。そして、呪文、メタリカ、そしてドラゴンを全て手札に加える」

 

 手に入っていくのは3枚の呪文のようだった。

 手札を増やして、どうするつもりなんだ!?

 

「そして、ターンの終わりに《サッヴァークDG》の効果発動。手札から好きな裁きの紋章を唱えても良い。使うのは……これだ」

 

 刻まれる。

 無情なる正義の裁きが。

 鳴り響く。

 轟音の如き雷鳴が。

 煌く。

 紫電の如き稲光が。

 

 

 

「ああああああアアアアアアアaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 

 

 そして、木霊する甲高い絶叫。

 鎖で縛られたブランの全身に紋章が刻まれていく。

 くそっ!! 

 何も、何も出来ねえのかよ、俺は!!

 

 

 

「──刻み込め、《断罪スル雷面ノ裁キ》!!」

 

 

 

 咆哮するサッヴァークの仮面が光り、全身に紫電が迸る。

 そして、地面を踏みしめる度に地面を穿つ雷鳴が突如何本も降り注いだ。

 それにあたった《ヤッタレマン》と《パーリ騎士》の身体が水晶に包まれていく。

 激しい稲光はこちらにまで降り注いだ。

 

「残念だったね。この呪文は、相手のシールド2枚と相手のクリーチャー2体を選ぶ事で、選んだクリーチャーをシールドの上に磔にするのさ!!」

「磔……!?」

 

 見ると、俺のシールドの上に重ねられる2体。

 シールドの上に表向きにして重ねる、裁きの紋章と同じってことか!

 俺の視線は再びブランの方を向いた。

 首はもたげられており、最早生気を感じない。

 生きているのか、死んでいるのかも分からない。

 

「──」

 

 一瞬だけ、もたげられた首が上がった。

 乱れた髪の間から、彼女の青い瞳が覗く。

 とても、とても不安そうな目だった。言葉こそ発しないが、目は口程に物を言うという。

 俺が初めて、あいつに出会った時と同じ目だった。

 

「ブラン……」

「終わりだ」

 

 しかし、それはすぐにカッと開かれてしまう。

 

「サッヴァークは目覚めて、世界は救われる。僕が、人類の歴史から人類を解き放つんだ!」

「……出来ねえよ。お前にはな」

 

 拳を握り締めた。

 あんなに、あんなに不安そうな顔をしたブランは何時ぶりだろうか。

 このクソ野郎が、ブランをどんな目に遭わせたのか、想像もつきやしない。

 裏切り。相棒の死。

 誰よりも、友情を欲した彼女がどんなに辛い思いをしたのか、想像もつきやしない。

 だから──俺は独善的にも、こう思うのだろう。

 許せないんだ。

 絶対に。

 

「──女の子一人を幸せに出来ないお前が、世界を救うなんて……出来やしねえよ」

「いや、可能だね。もう……サッヴァークは目覚めるんだ!」

 

 叫んだ彼の言葉と共に、ブランの身体に紫電が迸った。

 叫び。絶叫。俺の耳に突き刺さる。

 

「しっかりと目に焼き付けろ、サッヴァークが目覚めるその瞬間を。審判(ジャッジメント)正義(ジャスティス)。この2つを重ねた時、その硬い殻を突き破って、裁きの龍が姿を現す」

 

 サッヴァークの仮面に罅が入る。

 俺のシールド、そしてロードのシールドに刻まれたカードが光り輝き、龍の身体に閃光を迸らせる。

 

「クソがよ……今の今まで、自分のやったことに躊躇いも無けりゃ罪悪感もありゃしねえのかよ」

 

 いや、罪の意識が無いのは当然だ。

 こいつは、自分のやっていることは全て正義の名の下に許されると思っているのだ。

 そんなこと、俺は認めない。

 誰かが悲しむ正義なんて、誰かが当たり前を手放さなければいけない正義なんて──間違っている。

 

「全ての準備は整った。幽世の扉の魔力は満ち満ちた」

 

 見ると、サッヴァークの立っている場所から、紋章が広がっている。

 それも、島全部を覆いつくさんばかりの勢いでラインが広がっていく。

 

「それを全て、僕のサッヴァークに注ぎ込んでやる。目覚めろ、裁きの龍」

 

 地鳴りが響いた。

 魔法陣が地面に現れる。

 そこに描かれたのは、まるで扉のような紋様。

 その隙間から、魔力が漏れ出してサッヴァークとブランを包み込んだ。

 

「自分のターンの終わりに、すべてのシールドゾーンにある表向きのカードの合計が3枚以上なら、《サッヴァークDG》を破壊してもよい。そうしたら、光のドラゴンを1体、自分の手札からバトルゾーンに出す」

 

 激しい黄金の光。

 

「《サッヴァークDG》を破壊し、手札から出し、全てを終わらせるのはこのカードだ!」

 

 サッヴァークが腹に抱えていた水晶が禍々しくその身に罅を入れていく。

 完全なるドラゴンの誕生の時だ。

 仮面が──砕け散った。

 

 

 

「──裁きの刻は今、刻まれり。我が銘じし汝の名は──《煌龍(キラゼオス)サッヴァーク》ッ!」



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Ace21話:正義のサバキ─拡散する水晶

 ※※※

 

 

 

 ──同日同時刻、ドイツ。ウィーンにて。

 

「──水晶が、広がっていくのか」

 

 音神は、ホームステイ先の家から遠巻きに街に広がっていく水晶を眺めていた。

 日本は、そしてクラスメイト達は無事だろうか。

 此処もいつ水晶に飲み込まれるか分からない。しかし、逃げ場は何処にも無いのだ。

 それは世界の終わりさえも思わせた。

 

「……ん?」

 

 音神は水晶を睨んだ。

 何だ。今まで以上に水晶が妖しく光っている。

 刹那。

 それは夜空の星と見まがう程に、暗いドイツの街を照らす。

 空へ飛び立つ無数の黄金の光を──彼は見た。

 

「何だ、あれは──!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──同日同時刻。鶺鴒のとある大通りにて。

 

「畜生ォォォーッ!! 折角、塾帰りだってのに、何でこの俺がこんな目に遭わねばならんのだ!!」

「いやでもアフロハゲ先輩、俺らに会えて良かったじゃないですか、この3人でこぐ電動自転車が役に立つ日が来るなんて」

「そうですよ、俺達これを捨てに行こうと思ってたら巻き込まれちゃって……でもこれ、案外速いし、逃げるのには役に立ちますねハゲ先輩」

「ハゲ言うなぁぁぁぁーっ!! せめてアフロを付けろォーッ!! 畜生!! 俺のセンター試験はどうなっちまうんだァァァ!! 後お前ら、そんな感じで俺が引退した後に発明品処分しまくってるだろ、覚えてろよォォォ!!」

 

 先頭でハンドルを握るアフロハゲ。

 かれこれもう、数時間もの間こんな調子で自転車をこいで水晶から逃げているのである、この科学部と元・科学部部長は。

 その時。光が空に飛び立つのをアフロハゲは見た。

 流れ星と見紛ったが──それを睨んで彼は呟く。

 

「鳥、か……!? いや、にしては大きすぎないか!?」

「ハゲ先輩、なんかアレ、あの水晶からどんどん出ていきますよ!!」

「ウッソだろぉ!? 世界は、世界はとうとう終わっちまうのかぁぁぁーっ!?」

「先輩!! もっと漕いでェ!! 後ろから水晶がぁぁぁ!!」

「どわあああああ、何でこんな事にぃぃぃ、わっせわっせわっせ!!」

「わっせわっせわっせ!!」

「わっせわっせ……何だこの掛け声」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「紫月……早く帰ってくれば良いのに」

 

 ──暗野翠月は自宅で眠れない夜を明かした。

 しかし、この地区ももうじき水晶がやってくる。

 だが、なかなか住み慣れた家を離れる事が出来ないのは、人の情なのか。

 せめて妹が帰ってから……と思わないことも無い。

 手を握り締める。

 桑原先輩も一緒らしいが、無事で居てほしい。

 

「お願い神様……紫月と、先輩を、守って……!」

 

 その時。

 空を流れる光。

 彼女は目を見開いてそれに見入る。

 流れ星か? 

 いや、違う。

 見つめる度に不安を感じるのは──何故だろうか。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「もう、レンったら……何で早く帰ってこないんだろ……」

 

 起きても、家に彼は帰ってこなかった。連絡をしても全く何も寄越さないのだ。

 寂しさ、そして不安は募るばかりだった。

 何時も当たり前にいる存在が居ないのは、此処まで不安な気持ちにさせてくれるのか。

 いつも邪険に扱っているだけに、その存在の大きさに今更気付き、彼女は胸が苦しくなる。

 

「……早く帰ってくれば良いのに。いっつも居なくても良い時は居る癖にーっ!!」

 

 空に向かって叫ぶ。

 窓からは、山を今にも飲み込もうとしている水晶が見えた。

 

「……あいつが帰ってきても、どうしようもならないのは分かってるけど」

 

 口を尖らせた。

 そして、自分がどうしようもなく不安だということに彼女は気付いたのだ。

 いつも超然としていて、何事にも動じない彼がせめて居てくれれば。

 もう少し不安も和らいだかもしれない。そう考えて彼女は首を振った。

 

「ダメダメ!! あたしは大人のレディなんだから!! レンが居なくたって平気だもん。お父さんと、お母さんを、守って……みせるもん」

 

 涙が滲む。

 巷では、良く分からない組織が民間人を助けているらしい。

 黒鳥もそれに拾われていないだろうか、と切に思った。

 

「……バカレン」

 

 祈るように、その名を口にした時だった。

 空に、光が走った。

 何本もの、流れ星よりも眩しい光だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その身体は鉱石の如き紫。

 その剣は太陽の如き黄金。

 その瞳は炎の如き真紅。

 黒き翼を広げ、太陽に向かって咆哮した龍は──地面に降り立った。

 

「キラゼオス……サッヴァーク……!?」

「遂に、遂に遂に遂に目覚めたぞ! サッヴァーク! 《煌龍 サッヴァーク》! 何て美しいんだ!」

 

 確かに、それは美麗という言葉では表せない程に精巧に造られた龍であった。

 生物感が無かったDGとは一線を画す。

 

「そいつが、お前の言うドラゴン……マスター・ドラゴン……!」

「ああ、これはまだサッヴァークの本領じゃあないよ」

「……何?」

「言っておくけど、今世界中に水晶が広がってるよね?」

 

 何となく、俺はその水晶はサッヴァークが起こしたものなのかと思っていた。

 あれ? 待てよ。確かファウストはあれがクリーチャーの一部だって言ってたな。

 そうなると、あの水晶は結局サッヴァークと何の関係があるんだ?

 

「あれは……サッヴァークの一部なんだよ。力の溢れ出した余波って言うべきかな」

「……な、一部!? 余波だと!?」

「ああ。本体から漏れ出した魔力が全世界に広がった結果、具現化したものさ。だからサッヴァーク本体の格は本来よりも薄まっている。まあ、それでも並みのクリーチャーを優に超える力は持っているけどね」

 

 その時。

 空に幾筋もの光が飛ぶ。

 この光は──今、サッヴァークが放っているものと同じだ。

 待てよ。まさか……!

 

「逆に言えば……全世界中に、このサッヴァークが広がったら、どうなる?」

「……な……!!」

「あの水晶から、無数のサッヴァークが生まれるって言ったら、どうする?」

 

 は、はは……!

 嘘だろ。ちょっと待てよ。

 ふざけんな。こいつ単体でも、ヤバそうなのに……それが無数に生まれたらどうなるんだ!?

 世界は……終わるぞ!?

 

「やっとわかったみたいだね!! サッヴァークの最大の恐ろしさ。それは不滅ということさ! 世界中に溢れ出る程の魔力を有し、世界中にその分身を拡散させるほどの魔力を、この幽世の扉から吸収してるんだ、当然だけどねえ」

「そんなことして何するんだよ!?」

「何度も言ってるだろう、裁きだよ! 現人類の原罪を裁くことで、全ての人間を罪から解き放つ。と言っても君には分からないだろうから……言ってあげるけど、僕が正義のエリアフォースカードに定義させた正義を元に、サッヴァークが人類の意思を全て統合させるんだ!!」

「と、統合だと──!?」

 

 それって、全部同じ。

 サッヴァークと一緒になるって事か!?

 そんなことになったら、個人の意思とか考えとか全部無くなってしまう。

 いや、元よりロードはそれが狙いだって言うのか!?

 全ての人が等しく幸せになるには、まず前提条件を併せるしかない。

 それは──全ての人々から個人の感情を排除する事。全てを統一した何かに合わせる事──!!

 

「サッヴァーク1体では、それは無理だ。だけど、全世界中に増えたサッヴァーク全部を使えば、十分すぎる」

「ははは、く、狂ってやがる……!! そこまでして──!!」

「もう、今からでも全人類の意識の統合は出来る。エリアフォースカードを持つ君たちは流石に今すぐは無理だけど……このデュエルが終わり次第、皆サッヴァークと一緒になって、幸せになれるんだ」

「これが、お前の裁きか……!!」

「違う。裁くのは、あくまでもサッヴァークだ」

 

 あまりの事の壮大さに、俺の身体から力が抜けていった。

 は、はは……笑えてきた。人間、本当に強いショックを受けた時は笑いしか出てこないって本当だったんだな。

 俺は跪いて地面に拳を打ち付けた。

 ……畜生。笑ってる場合かよ……畜生畜生畜生!!

 勢い勇んでブランを助けに行ったつもりが、まさかこんなことになっちまうなんて!

 エリアフォースカードはあくまでもサッヴァークを目覚めさせるための鍵。

 本命は、サッヴァークを大量に呼び出すための幽世の門そのものだったのか!

 

「だからここで、僕の支配を解き放ち、サッヴァークを完全に自律させる。まあもっとも、あれだけ調教されたんだ。正義のエリアフォースカードの命ずるままにサッヴァークは裁きを遂行するだろう。良かったね」

 

 次の瞬間、《サッヴァーク》の周囲から無数の剣が現れた。

 それが《ヘルコプ太》を囲い、シールドへ封じ込めてしまう。

 

「《煌龍 サッヴァーク》の効果発動!! 登場時に相手の場にあるカードを1枚選んで、相手のシールド1枚の上に表向きで重ねる! 《パーリ騎士》を磔にしたシールドを選ぶとしよう」

「嘘だろ……!?」

 

 全滅だ。

 完全に。

 俺の場にあった3体のクリーチャーは一瞬で無くなってしまった。

 くそっ、だけどもう、こんなの慣れっこだ!

 

「させねえ……此処でお前を倒して、全部終わらせてやる」

「無理だ。既に、裁きは始まった」

「させねえってんだよ! お前のターンはもう終わったんだからな!」

 

 俺はカードを引いた。

 まずは、場のクリーチャー達をどうにかして排除しなきゃいけない。

 

「J・O・E・2で《バーバーパパ》を召喚。そのまま、攻撃するときに《ハヤテノ裁徒》とバトルだ!」

「無駄だね」

 

 《ハヤテノ裁徒》の前に障壁が展開される。

 それと同時に、俺のシールドにあった《ヤッタレマン》のカードが焼け落ちていく。

 

「無駄だって言っただろう。《サッヴァーク》が場にある時に自分のクリーチャーが場を離れる時、代わりにいずれかのシールドゾーンに表向きになっているカードを1枚選んで持ち主の墓地に置く」

 

 ……はぁ!? 何なんだその滅茶苦茶な効果は!!

 それじゃあ、あいつが裁きの紋章を使う度に、あるいは除去を撃つ度に相手が除去耐性を使える回数は増えていくってことじゃねえか!!

 このままでは俺はいつまで経っても《サッヴァーク》をどかせることは出来はしない。

 

「くそっ、W・ブレイクだ!!」

「トリガーは無し。だけど、もう勝負あったね」

「……!! ターンの終わりに《バーバーパパ》を山札の下に戻してターンエンドだ」

「ククク、そろそろ受け入れたまえ。新しい世界を……!!」

 

 彼はカードを引くと、更にクリーチャーを召喚していく。

 

「2コスト。《剣参ノ裁キ》で《戦慄のプレリュード》を回収。そしてさらに2コスト。《戦慄のプレリュード》を唱えよう!」

 

 つ、次は何かが来るんだ!?

 まだ、これ以上に何かあるってのかよ!?

 

「1コストで場に出すのは、《DG~ヒトノ造リシモノ~》だ!」

 

 また、DGが出て来やがった!!

 増えるってのは、あながち嘘じゃなかったみたいだ……!!

 

「そして、その能力で互いのシールドを1枚ずつ選んでブレイクする!!」

 

 その瞳から光線が放たれる。

 俺のシールドと、ロードのシールドが互いに砕け散った。

 トリガーは──

 

「まず、重ねられている《剣参ノ裁キ》を発動!!」

「そ、それ、トリガーなのか!?」

「ああ。《ヒトノ造リシモノ》の効果で、僕のシールドのメタリカ、または裁きの紋章は全てS・トリガーを得る」

「滅茶苦茶だ……!」

「効果で手札に《隻眼ノ裁キ》を手札に加える。そして、もう1枚。S・トリガー発動だ」

 

 彼の笑みが恍惚とした物に変わった。

 その底なしの力に浸るかのように。

 

「刻め、《命翼ノ裁キ》!! その効果で、僕のシールドを1枚増やす。そして、《断罪スル雷面ノ裁キ》のシールドに《命翼》を重ねる。これで、君はもう勝てなくなったよ」

「なっ!? どういう意味だ!?」

「分からないのかい。《ヒトノ造リシモノ》の効果で、僕のシールドの裁きの紋章は全てトリガーになっているんだ。そして、《命翼ノ裁キ》も同様。この意味が分かるよね?」

「……あっ!」

 

 思わず、声に出てしまった。

 そうだ。俺が幾らシールドをブレイクしても、無駄だ。

 《命翼ノ裁キ》がある限り、あいつのシールドはずっと回復し続けるじゃないか!!

 いや、それだけじゃない。今あいつは、同時に《断罪スル雷面ノ裁キ》のシールドに今のカードを重ねた。

 ということは、シールドをブレイクする度に2回の除去も発動するって事だ。文字通り、今の奴の布陣は要塞状態。

 下手にブロッカーを並べられるよりも厄介だ。

 

「もう、君は僕を倒す事は出来ない。大人しく、僕に葬られるが良い」

「……S・トリガー、《ジバボン3兄弟》!! 効果で《DG》と《サッヴァーク》を破壊だ!!」

「無駄だ。《パーリ騎士》と《ヘルコプ太》のシールドを犠牲にする!!」

 

 これで、あと3回か。

 あいつが除去耐性を使えるのは……!

 今、あいつの場にある裁きの紋章しか表向きのカードは無い。

 案外行けるかもしれないな。このまま除去カードを切り続ければ。

 そのためには、辛抱強く、耐えきるしかないが……!

 

「もしかして今、”案外行けるかもしれない、このまま除去カードを使い続ければ”とか思ってるかな?」

「……何!?」

「悪いけど、大体君みたいな暑苦しい奴の考えてる事なんて分かるんだよね。考えが単純で、馬鹿で、無神経で、ヤバンだからさあ。Foolish。クソったれた大馬鹿野郎だ」

 

 こいつ、言わせておけばずけずけと……。

 

「諦めろって言ってるだろォ、いい加減にさあ!! 《サッヴァーク》で君のシールドをW・ブレイク──するとき、効果発動!!」

「なっ!?」

 

 サッヴァークの剣が雷電で煌いた。

 それが何本も、俺のシールドを狙って飛んでいく。

 

「これが僕の絶対なる正義の剣──跪け、諦めろ!! ドラゴン・W・ブレイク!!」

 

 突き刺さる剣。

 その雷鳴が、ロードのシールドの上に刻まれていく。

 これは──あいつのシールドの表向きのカードが増えてるってことか!?

 

「ドラゴン・W・ブレイク。君のシールドを、今僕は吸収した」

「何だと!?」

「相手のシールドをブレイクするとき、その数と同じ枚数のカードを山札の上から裏向きにして新しいシールドにするか、表向きにして今あるシールドの上に重ねるか選べるってことさ」

「……本当に吸収しやがった──あぁッ!!」

 

 言ってる間に紫電が散り、俺の服を、肉を、すうっ、と切り裂いていく。

 血が飛び散る。痛みが走る。

 もう、残るシールドは2枚しかない……!!

 ダメだ。堅牢すぎる。今まで戦ったどの相手よりも、理不尽で、硬く、そして恐ろしく鋭利な切札だ。

 こんなの突破する方法、思いつかねえ。

 ダメだ、ブラン。

 お前を助けるつもりだったのに──!!

 

 

 

「砕けろ」

 

 

 

 剣の突き刺さっていたシールドが、砕け散る。

 あまりの光で、目が眩んだのか。

 俺はそれを避ける事が出来なかった。

 腕に。頭に。それは突き刺さる。

 激しい紫電が襲い掛かり──俺の頭は、ショートした。

 

「あ、ああ……!!」

 

 ダメだ。もう何も考えられねえ。

 済まねえ、皆。

 済まねえ、ブラン。

 こんなところで、終われねえのに……!!

 はらり、と落ちた皇帝のカード。俺は、辛うじてそれに手を伸ばす。

 自分の意識を繋ぐかのように。だが触れた途端に──意識は、途切れた。 



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Ace22話:正義のサバキ─記憶

 ※※※

 

 

 

 病院ももう危ない。

 何人もの患者が病院から退避していった。

 ある者は救護所へ。ある者はヘリで広域へ。

 安全な場所へと連れ出されていく。

 桑原の姉は、搬送先で一先ずの安全を得た。

 しかし、全てを侵食するような水晶を見ながら、最早先が長くないことを察していた。

 

「……そろそろ覚悟を決める時かね」

 

 このまま皆、水晶に飲み込まれてしまうのだろうか。

 不安で押し潰されそうだった。

 弟の前ではあんなに笑顔になれるのに。1人になった途端、彼女はどうしようもなくなっていた。

 間の悪い事に、この場所からは山越しに水晶が良く見えた。

 

「まだ諦めるには早いんじゃねえか?」

「!」

 

 声がした。

 見ると、病人服の青年が横たわっている自分の前で街を食らう水晶を眺めていた。

 妙な青年だった。黒髪を後ろで括り、前髪は白とのメッシュ。そういえば、少し前からそんな患者が酷い怪我で運ばれたという話を聞いてはいたが……。

 

「……奇特だね。あんたも何でわざわざこんな所に?」

「たまたま此処が一番見えやすいから、ってだけだ」

「そうかい。なら、一緒に世界の終わりでも見届けるかい?」

「真っ平ごめんだぜ」

 

 青年は腕を組む。

 

「オレは、こんな時でも諦めきれない大馬鹿野郎達の事を思い出していたんだ」

「……はっはは!! こんな災害を、自分の手でどうにかしようって思ってるやつがいるなら、そいつは最高に大馬鹿野郎だね。どうしようもできないのにさ」

「だろ? だけど、出来そうな奴を知ってるのさ」

「根拠は?」

「無いけどな。でも、オレは断言できる。そいつならやってくれるって」

「狂ってるねえ、あんたは」

「こんな時だ。ちょっとくらい狂ってても良いだろ」

「それもそうだ」

 

 彼女は瞳を閉じた。

 少しだけ、青年の語り口に力を貰ったのだ。

 

「だけど皆、あの光を見てからいよいよ世界の終わりだって口々に言ってるよ」

「良く見ろよ」

 

 彼は笑みを浮かべる。

 

 

 

「あの光こそ、いよいよ現れた一抹の希望の光だって……考えてみないか?」

 

 

 

 ──頼んだぜ、耀。

 青年は呟くように小さな声で言った。

 その声は消え入るようで、誰にも聞こえる事は無かった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「とゆーわけでさあ、新人クンには悪いんだけど、早速部員集めしてほしいんだよねえ」

「……いや、でも俺まだ体験入部──」

「硬い事言わなぁーい! あたしがやれって言ったんだから、やるよね? やるよね? ねえ?」

「……はあ、まあ1年に声掛けてみます」

「ごめんねー!! 新人クンにコミュ力があって助かったよぉー」

 

 ──あれは、桜がもうすっかり散った頃の事だった。

 デュエマ部なんて奇特な名前の部活動に興味を抱いた俺は、もう3年生しかいないデュエマ部の現状に早速ぶち当たっていた。

 

「おい、あんまり新入生を虐めてやるな」

「そうは言っても今はあたし達がいるからこの部は何とか成り立ってるけど、あたし達が居なくなったら、この子1人だけになっちゃうからさあ」

「あの、何で2年生の先輩はこの部に居ないんですか?」

「流行ってるカードゲームの違いだ。後は、デュエマやってる奴が軒並み他の部に流れている。うちなんぞにやってたまるか、って逸材揃いらしい」

「確か美術部の桑原なんか凄いんだっけ?」

「ああ。美術一筋だ。デュエマも強いと聞いたのだが……勿体ない」

 

 いや、むしろそんな人をこの部に入れる方が勿体ない気もするのだが、こんなところでそんな事を言えるわけも無く。

 

「あのー、それで……俺、どうすれば良いんですか? クラスを回ったりするとか? 宣伝とか?」

「いや、それも手なんだけどね、もう4月も終わりだしさあ。大体の子が入部決めちゃってんのよ。それで、あたしは……こんなリストを作ったわけ」

 

 言った彼女の手には、1年生の生徒の名前が書かれた名簿が掲げられていた。

 何だコレ……帰宅部リスト?

 

「そう! その通り! 此処には、まだ部活に入っていない1年生のリストがあるわけ」

「はあ」

「それで、アタックしてきてほしいわけよ、君に」

「俺に?」

「そう! お願い! あたしらが行っても委縮するだけだしさあ、君にデュエマ部楽しい所だよー、って宣伝してほしいわけ。てか勧誘してほしいわけ。何なら引きずってきてもいーよ」

「この部の悪評を広めるつもりかお前は」

 

 飄々として掴み所のない部長を咎める副部長。

 まあ、デュエマ部が楽しい所なのは確かだ。部員は今は俺を含めて8人。

 一時期はもっと多かったらしい。だけど、別のゲームの流行もあってか今は減ってしまったらしい。

 先輩たちは皆優しいし、良い人ばかりなんだけどな。部長がかなりアクの強い人というか変わり者だ。

 真面目そうな彼は眼鏡を元の位置に戻すと、申し訳なさそうに言った。

 

「済まない白銀君。一先ず、やってみてくれないか? いや、このバカの戯言に付き合うのもアレだろうから断っても僕は全く構わないけどね」

「ちょっと、バカってあたしの事かー?」

「あ、あはは……」

 

 1年生の教室の前で小突き合う2人。そう、今は昼休みだ。一応、多くの生徒の目に付く場所なんですよ恥ずかしい。

 正反対で喧嘩もするけど、実は2人の仲が良いのは此処まで見てきて分かっているのだ。

 まあ、痴話喧嘩は放って置き、俺は渡されたリストをもとに帰宅部の生徒を一人ずつ当たっていく事にする。

 部長はかなり情報収集力が高い人らしい。一説によれば、生徒会やこの学校の重役の弱みまで握っているとのうわさがあるが……流石に嘘だろう。

 廊下を通ると、弁当を食った後であろう女子生徒達の声が聞こえてきた。

 

「ねえ、知ってる? B組の金髪の子……」

「うんうん、知ってる」

「なんかすっごい……だよねえ」

「ねー!」

「いっつも図書室にいるみたいだよ」

 

 金髪、か……。

 まさか入学早々、もう髪を染めて来てる奴がいるとは。いや、でも図書室に毎日居るのは変わってるな。

 割と治安が良いらしいからこの学校を選んだのだが……しかもそんな奴、見た事……見た事……いや、1回だけ入学式で見た事があったような気はするぞ。

 まあいい。取り合えず一人ずつぶつかっていこう。俺も同級生が全く居ないのは厳しい。

 早速の仕事と思ってやるとするか。幸い、先輩の言う通り、最低限のコミュ力は持ち合わせているつもりだ。[newpage]

 

 だ、駄目だ……。

 全く捕まらねえ。どうもこの学年にも、デュエマ以外のカードゲームが流行っているらしい。

 いや、それどころかどっから聞いたのかデュエマ部の変な噂も回っているらしく、それで敬遠する生徒までいるのだ。

 大方理由は分かった。あの部長だ。

 畜生、余計な事しやがってからに。何が部員を探してこいだ、難航してるのほかならぬあんたの所為じゃねえか。

 そんなことになってる間に放課後になってしまったわけだが、俺は先輩に再び命じられて部員探しをやっていた。

 ううう、デュエマがしたい……こんなことやるくらいなら……。

 

「……図書室、か」

 

 まあ、あんまりよろしくは無いんだろうが、アプローチは掛けてみるか。

 あそこにも帰宅部いっぱい居るだろうし、誘ってみる事にする。

 そう意気込んで入ったのは良いのだが……あまりにも静かすぎて勧誘には向いて無さそうだ。

 仕方ない。無理矢理押し付けられたも同然の仕事だし、本の1つ借りていくとしよう。

 生徒の数はぽつぽつ。思っていたよりも少ない。

 俺は、適当に文学のコーナーをぶらぶらすることにする。そして、好きな作家の本を手に取ると、何となく人気の無さそうな席を探していた。

 すると──

 

「ん?」

 

 ──目に付いたのは眩しい金の糸。

 図書館の隅の隅。

 カーテンで何故か隠れてはいるが、はみ出ているのが分かる。

 何だ。何だアレ。新手のUMAか。

 近寄ってみるが……やはり髪のようだ。

 すると、カーテンが捲れた。

 中から、ふらりと影が現れた。

 

「──ん?」

 

 それは、綺麗なブロンドの髪。

 俺と彼女は、そこで初めて対面する事になる。

 カッターシャツの上に、カーディガンを着た少女。

 前髪で顔の半分が隠れた少女。

 色白で──ブロンドで、碧眼の少女。

 本物だ。間違いない。

 

「っ? わ、Whats!? 何!? 何の用!?」

 

 彼女はカーテンに隠れてしまった。

 ああ、やってしまった。怖がらせたかな。

 取り合えず警戒心を解かないと。

 

「あ、すまん! 驚かせるつもりはなかったんだ。静かに本を、その、何だ、読める場所を探してたらたまたま……」

「……そう?」

 

 言葉遣いに英語が出たな。

 ハーフの子か? そういえば、女子たちが廊下で話していたのと一致する。

 もしかして、もしかしなくても、図書館にいつもいる金髪の子ってこの子の事か?

 だ、駄目だ。ナンパか何かって思われてるかな?

 彼女が手に持っていた本に目が行く。

 「緋色の研究」。確か……有名なシャーロック・ホームズシリーズの最初の長編だっけか?

 

「あ、ああ、それシャーロック・ホームズじゃないか」

「……うん」

「好き、なのか? 探偵とか」

「そう、だけど……sorry!」

 

 小走りに彼女は俺の傍を走り去ってしまう。

 あーあ、やっちまったなあ……。 

 そんな事を思いながら、俺は頭を掻きむしる。

 そしてしばらく項垂れた。

 ……何というか、引っ込み思案なんだな、あの子。

 デュエマ部に誘うのは到底無理そうだけど……友達が居ないのか人見知りなのか。

 少し気になるな。ハーフの子への物珍しさや興味も無かったわけじゃないが……何処か引っかかるものがあった。

 取り合えず、俺のクラスの子じゃないと思うから、明日辺りに花梨に聞いてみるとしようかな。あの子の事を。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ああ、知ってる。うちのクラスの子だからね」

「やっぱりか」

 

 人付き合いの多く、快活な花梨は案の定知っているようだった。

 クラスでも噂になっているらしい。

 

「名前は或瀬ブラン」

「何だそりゃ……って見ての通りか」

「うん。どうやら、ハーフらしいんだ。イギリス人とのね」

「ほーん。にしても綺麗な髪と目をしてたな」

「でも、引っ込み思案で全然誰とも話そうとしないの。休み時間もいつの間にか居なくなっていて、いつの間にか教室に戻ってきてる感じ」

「……そうか。まだ馴染めないのかな? クラスに」

「さあ。それとも、中学の時に何かあったのかなあ。学校に通って来てるだけまだいいと思うんだけど」

 

 彼女は溜息をつく。

 

「いやさ、この手の問題ってすっごいデリケートじゃない? ヘンに手を出すのもどうかなあって思って」

「……だよなあ」

「にしても耀。何で、いきなりこんなこと聞いたの? もしかして会ったの?」

「あ、ああ」

「そういえば、デュエマ部が部員集めしてるって話聞いたけど……耀、無理矢理ブランちゃんを誘ったんじゃないよね!?」

「違えよ!! ちょっと図書室でばったり出会っただけだ!!」

「……ふーん」

 

 花梨は怪し気に俺を見た。

 畜生、信用無いんだな俺は。

 お節介なのは自覚している。だが、花梨よ。お前も人の事は言えないんだぞ。

 

「……だけど、たまになんか羨ましそうにあの子、ちらちら見たりしてるんだよね」

「何をだ?」

「あたし達が一緒になって話してたりすると、ね。だけど、そっち向くとすぐ引っ込んじゃうんだ」

 

 彼女は髪を弄りながら言った。

 もしかして、本心では誰かと仲良くなりたいと思っているのだろうか。あのブランって子も。

 

「……折角可愛いのに」

「可愛い、か。確かにそれはその通りだと思うが──」

「ね!? 耀もそう思うでしょ!? だってだってだって、金髪碧眼ってあたしにとってはすっごい新鮮なんだもん!」

 

 花梨はどうも、西洋文化だとかもっと言うと金髪碧眼に憧れている節があるな。

 家が古めかしい道場の血筋だからその反動だろう。

 ……頼むから、明日から金髪に染めて来るとかは言い出さないでくれよ。

 

「しかしどうしたもんか……」

 

 俺は頭を抱えた。

 花梨が首を傾げる。

 

「どしたの?」

「結局部員は1人も集まらず仕舞いじゃねえか」

「安請け合いするからそうなる……とにかく、あたしじゃどうにも出来ないしねえ。剣道部だし」

「……俺だって、中学の時みたいに困ったらお前にすぐ助けを求めようとは思ってねえ。高校生になったんだ。自分一人で何とかしてみせる」

 

 ちなみに、この頃の俺は思ってもいなかった。

 部員集めという課題は、来年度になっても付き纏う長きに渡る問題になることに。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

 

 にしてもシャーロック・ホームズか。

 有名有名とは言われるが、結局今の今まで読んだ事は無かったな。

 俺は一応、根っからの文系の人間ではあるし、文学はそこそこ嗜んでいるつもりだ。

 ……ライトノベルばっかだけど。

 後、デュエマにも推理小説をモチーフにしたカードや、シャーロックの名前をそのまま使ったクリーチャーも居るので、名前の元ネタだけは知っていたりもする。

 だからこの時は、推理小説の元祖であるシャーロック・ホームズの本を読むため、探していたのである。

 純粋な興味で。

 故に、次の日の昼休みに俺は図書室を訪れていたのである。決してボッチだからというわけではない。

 そもそも入学して間もないのに、花梨くらいしか親しい奴はいない。

 

「おー、あったあった……」

 

 で、少し探しただろうか。

 作者名を追っていくと、コナン・ドイルでずらっと並べられる多数の本。

 と、思ったのだがあったのは短編集の「シャーロック・ホームズの冒険」のみで長編作品はごっそりと抜かれている。

 

「あのっ……」

「!」

 

 急に話しかけられたので振り返ると驚いた。

 そこに居たのは、ブランだった。

 引っ込み思案なはずの彼女から声を掛けてくるのも意外だったけど。

 

「或瀬……さん、だよな」

「う、うん」

 

 遠慮がちに彼女は首を縦に振った。

 小動物のようなしぐさで、彼女は髪を弄る。

 

「ご、ごめんね……昨日は、逃げちゃって」

「いや、気にしてないよ。それより、どうしたんだ?」

「あ、あのっ……本は好き、なのかなって」

「あ、ああ。読書は好きだぞ」

 

 普段はラノベばっかだけど、とは言えないけど。

 遠慮がちに聞く彼女に対し、俺も一歩下がった態度で受け答えせざるを得なかった。

 

「え、えと……そう、なんだ……」

「……あー、実は最近推理小説に興味を持ってな」

「? どうして?」

 

 返答に困った。

 その場しのぎの理由だった。

 急場でこしらえたものだった。

 だけど、それが俺があいつを繋ぎとめるきっかけになった。

 俺はあの時、何て返したのか──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 今は、思い出せなかった。

 仰け反りそうになった。

 ブランの声が聞こえたかと思ったら、そこにあったのは──死んだと言われた、あの巨大な宝石亀だ。

 

 

 

 

 

 

「──ワンダータートル……!!」 



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Ace23話:正義のサバキ─覚悟

 

 

 

 

 だが、それはまごう事無き異形であった。

 首から先は原型をとどめておらず、水晶の仮面に覆われて別物と化している。

 敢えて名前を付けるのならば──ワンダータートルDGと言ったところだ。

 しかも、そこには敵意しか感じない。咆哮し、俺に襲い掛かってくる。

 そうだ。

 此処は、1年半前じゃない。

 過去に遡るなんてことは有り得ない。少なくとも、今この場では。

 そして何より、エリアフォースカードが現代の俺であることを証明している。

 何が俺とブランの出会いを追体験させたかは分からない。

 あるいは、俺自身が死に瀕したことで幻でも見たのか!?

 ……信じたくは、無いな。

 だけど今は──このから逃げるっきゃねえ!

 デッキが見当たらない今、あのクリーチャーをどうにかする術は無い。

 どうして、こんなことに──!!

 

「!?」

 

 見ると、図書館の本棚が崩れていく。

 それも、壊れた立体パズルのピースのように。

 あるいはジェンガのように。

 ぼろぼろと零れるようにして崩れ、そして黒い灰になって消えていく。

 

「……ち、畜生!! こんなところでっ、死んでたまるかよォ!!」

 

 俺は走り出した。

 気が付けば、周囲には誰も居ない。

 俺は図書館を飛び出し、廊下に出た。

 だけど、既に廊下は真っ暗で何も見えない奈落に食われていた。

 ただひたすら、光が残っている方向に俺は逃げる。

 だけど、足が絡んで倒れてしまった。

 

「畜生……!! ブラン……!!」

「saccmmjsdcmkdkxsksmxkslskjdjskneaozkl……」

 

 ノイズのように濁った声が聞こえてくる。 

 背後から追ってくる仮面の亀。

 ワンダータートルDGが発するもので間違いなかった。

 心が怯えている。身体全身が、恐怖を感じている!

 この、亡霊とでも言うべき怪物を前にして──!!

 

「駄目だ、何にも無い、のか……!!」

 

 他に誰も、ましてチョートッQも居ないこの状況下で……!

 俺は、何も出来ないってのか!?

 崩れ落ちていく校舎。

 逃げ場は無い。

 だけど……!!

 

「……上等だ。俺は何処にも逃げねえぞ……!」

 

 こんな所で及び腰になってる場合じゃねえ。

 俺は決めたんだ。何があっても──仲間を救い出す、って!!

 だから、絶対に……最期まであきらめるわけにはいかねえんだ!!

 

「mwjmsklskslaakwleashiroganeakaru……!!」

「っ……掛かって、来やが──!!」

 

 亀は──止まった。

 そのまま俺に襲い掛かる事は無かった。

 ──? 今、一瞬だけ──こいつの言っている事が分かった気がするぞ。

 ……待てよ。

 

「これは……怒り?」

 

 何への、怒りだ?

 このワンダータートルの?

 いや、違う。

 

「……ア……ル……!!」

 

 違う。

 はっきりしてきた。

 まるで、ぶつぶつと、呟くような声。

 水晶の中に潜む赤い光を見て、俺ははっとした。

 何かが、俺を覗き込んでいる。

 

「耀っ……!!」

「……っ」

 

 ようやく、龍が俺を呼んでいると気付いた時。

 俺の手には、皇帝のカードがあった。

 いや、握らされていたというべきか。

 だけど──

 

「う、うおおおおおおおおおおおお!?」

 

 鎖だ。

 丁度、ブランが縛られていたような鎖が俺の身体に巻き付いていく。

 

「畜生……これは──!!」

 

 次の瞬間。

 俺の脳裏に映り込んでいく無数の映像。

 まるで、彼女の苦しみを体現するかのように。俺に、流れ込んでくる。

 そして、砕けた。

 俺の脳裏で。

 あの、宝石亀──ワンダータートルがブランの目の前で砕け散る様が。

 

「いやだよ……!!」

 

 ブランの声が直に響いた。

 

「あんなに、あんなに、一緒に居たのに……!! 相棒だと思ってたのに!! 嫌だあああ!!」

「……ブラン……お前……ワンダータートルが!!」

 

 信じたくは無かった。

 やはり死んでいたのか、ワンダータートルは!

 それも、彼女の目の前で!!

 じゃあ、今目の前にいるのは、やはり幻だというのか!?

 

「ワンダータートルは……あたしの、相棒だったのにっ……!! 居なくなっちゃった!! もう喋らない、もうMeに応えてくれない!! もう、戦えない!! いっつもそうだぁっ!! 仲が良くっても、友達だと思ってても、皆裏切るんだ!! 皆Meの周りから居なくなるんだ!! 消えて、無くなっちゃうんだぁあああああああああああああああああああ!!」

 

 幼い声。

 俺の知っているブランのものより幾分か高く、そして悲痛さで胸をズタズタにさせていく声。

 ずっと、ずっと、彼女が抱えていたものが吐き出されていく。

 孤独。悲しみ。怒り。憎しみ。

 何よりも──親しい人から受けた裏切り。

 それが、俺の心もずたずたにしていく。

 俺の瞳からも、涙が零れそうだった。

 

「ブラン!!」

 

 叫び散らす亀。

 鎖が俺を引き裂こうとばかりに、強く引っ張られた。

 

「ぐうっあああ!!」

 

 身体中に痛みが迸る。

 みちみち、と音が鳴り出しそうだ。

 関節が抜けてしまいそうだ。

 ダメだ。意識が遠のく。

 このままじゃ──

 

 

 

『マスタァアアアアアアア!!』

 

 

 

 鎖が緩む。

 金属音。

 断ち切られたのか?

 鎖が──!!

 その瞬間、俺は宙に浮いていた。

 そして、すぐさま何かに抱きかかえられた。

 

「チョートッQ……じゃなくてダンガンテイオー!!」

『やれやれ、やっと見つけたでありますよ!!』

「っ……た、助かったぜ」

 

 にしても、何でこいつが此処に?

 

『マスター!! 此処は、恐らく正義(ジャスティス)のエリアフォースカードの内部であります!!』

「……は?」

 

 言ってる意味が分からねえ。

 エリアフォースカードの内部?

 いやいや待て。それじゃあ今の俺の身体はどうなってるんだ?

 小さくなったとでも言いたいのか?

 

『精神世界、とでもいえば良いでありましょうか』

「?」

『つまり、今のマスターは精神体のみであのサッヴァークの中に潜り込んでいる事になるでありますよ……今の我々は何の偶然か、運よく皇帝(エンペラー)の力を行使して正義の中に侵入出来たようであります。そして、サッヴァークに取り込まれたブラン殿の意識も今まさに目の前に……!』

「成程、な。だけど、そうなると……待てよ」

 

 俺は1つの可能性を見出す。

 守護獣は、今までの例を見るにエリアフォースカードと屈強な繋がりで結ばれた存在だった。

 ジョニーは戦車に命じられるがままに動いていたし、シャークウガは魔術師のカードが目覚めた事で自身の感覚も研ぎ澄まされていた。

 逆に考えると……今、俺の目の前にはDGに侵食されたワンダータートルの姿がある。もしも、まだ──ワンダータートルの意識が遺っているのだとすれば?

 

『とはいえ、最早あれは亡霊のようなもの。残留した魔力の見せる幻のようなものでありましょう!』

「そこにワンダータートルの意思は無い、ってことか!?」

「shjkwsajakakeklalsrkanzlrl!!」

 

 次の瞬間、薙ぎ払うようにして閃光が俺達を狙う。

 ダンガンテイオーがそれを刀で弾こうとするが、それが次々に結晶となっていくのを見るや得物を手放した。

 

『くうっ……恐ろしいクリーチャーでありますなあ!』

「どうするんだ!? あの中にはブランが……!」

『叩き壊して破壊するでありますよ!』

「……いや、駄目だ!」

 

 これは推測に過ぎない。

 だけど、此処が精神世界だっていうのなら──

 

「仮にここが精神世界だってんなら、今のあいつの心は、まさに仮面を被った暴れ狂う龍も同じだ」

『何故でありますか?』

「昔のブランは、それだけ塞ぎこんでたんだよ。周囲から自分を閉ざすように! でも、下手に仮面を壊すのは危険だ! それは力づくで解放するってことだからな! そんなことしたら、傷ついちまう! だから──これは命令だぜ、ダンガンテイオー!!」

 

 俺はありったけの魔力を注ぎ込む。

 

「ワンダータートルを抑えつけるんだ!! 暴れる龍を宥めるように……出来るか!?」

『抑えつけるゥ!?』

「ああ!! こっちから歩み寄って、近付かなきゃ、何時まで経ってもブランは……救えねえ!!」

 

 俺は拳を握り締めた。

 

「ダンガンテイオー!!」

『御意でありまァァァァァす!!』

 

 ダンガンテイオーは、身の丈の3倍はあろうかというワンダータートルDGにとびかかる。

 そして、その瞳を塞ぐように仮面に抱き着いた。

 水晶に覆われたの口から光線が放たれた。

 何度も。何度も。何度も。まるで吐き出すかのように。

 心の中の重い物を全て吐き出すかのように。

 悲しみも、憎しみも、怒りも全て。

 だけど──光線は1発も当たることなく、次第に弱くなっていく。

 俺はダンガンテイオーから飛び降りた。そして水晶の頭を掴む。

 

「ブラン!! 聞こえるか!! ブラン!!」

「駄目だよ!! Meじゃあ、何も、守れないっ……Meの正義は、ワンダータートルを……守れなかった……!! あたしが、あたしが弱いから、皆居なくなっちゃうんだああああああ!!」

 

 ヤバい。

 振り落とされそうだ。

 龍は暴れ続ける。ダメか!?

 俺の声は、届かねえのか!!

 

『ブラン殿ォ!! ブラン殿の正義が無力だったなど、我々は思っていないであります!! ブラン殿の正義で、救われた人は確かに居るのでありますよォ!!』

「っ……あああああああああああ!!」

『初めて会ったあの日ィ!! 我は忘れないであります!! マスターが戦えなくなったあの日、マスターの代わりに何も知らない我の話を聞いて、マスターの代わりに戦ってくれたこと!! それが、マスターだけじゃなく、我を助けた事!!』

 

 そうだ。

 あれはデッドゾーンの事件の時だ。

 チョートッQ。ブランに恩を感じていたんだ。

 

『忘れただなんて言わせないでありますよォ!! せめてもの、恩返しくらいさせろでありまぁぁぁぁぁす!!』

 

 泣き叫ぶブラン。

 光線が周囲に水晶を作っていく。

 まずい。このままじゃ、皆飲み込まれちまう!!

 

「やああッッッ!!」

 

 刹那。

 声が響き渡る。

 これは──まさか。

 空間が、割れる。

 そこから光が漏れる。飛び出してきたのは──花梨と、火廣金だ!!

 ”罰怒”ブランドも一緒になってワンダータートルDGを押さえつけているぞ!

 何で2人も此処に!?

 いや、それだけじゃない。

 

「白銀先輩!!」

 

 龍の足が凍結していく。

 それで完全に足止めされたようだ。

 放ったのは──シャークウガだ!

 紫月も一緒だなんて!

 

「やはり、俺達は最後に一緒の所に到達するサダメらしいな。部長」

「お前らも……!?」

「火廣金先輩の主導で、何とかエリアフォースカードを使って無理矢理でも正義(ジャスティス)のカードにアクセスできないか、試していたのです。後1歩、魔力が足りなかったのですが先輩が倒れた途端にいきなり全員アクセス出来て……」

「……あ」

 

 そういえば倒れる直前に、皇帝(エンペラー)のカードだけは掴んでいた気がする。

 もしかして、それでか?

 

『意識を失って、無意識にエリアフォースカードに触れたことでデュエルではなくそちらに魔力が自動的に注がれたってところか。適合率の高さが生んだ僥倖だったってところだろうぜ』

『ともあれ、助太刀感謝であります!!』

「……あたしもブランの友達だからね。出来る事は全部やるつもりだよ」

「私もです。まだ、先輩に勝手に食べられたスイーツを弁償してもらってません……全部は」

 

 おいおい……あいつまだ他にも紫月のスイーツ食ってたのかよ。

 

「それに、ブラン先輩が居ないと……静かすぎますし」

「……そうだな」

 

 火廣金も相槌を打った。

 

「俺も、彼女から学ばねばならぬことが沢山ある。あんな奴に好き勝手されてたまるものか」

「……火廣金」

「……部長。やるぞ。俺の仮説……ロードはワンダータートルを殺害し、無理矢理正義(ジャスティス)の主導権を奪ってサッヴァークを制御しているというところが妥当だろう」

「ああ。だけどどうするんだ? ワンダータートルはもう──」

「いや、ワンダータートルはまだ完全には死んでいないはずだ」

 

 彼は悶える水晶亀を抑え込みながら言った。

 

「或瀬のあの状態。魔導司の世界では、イケニエと呼ばれる物で、人の魂をクリーチャーの幼体に食わせる事で強化するという禁忌の秘術。これを使えば、文字通り人間の意識はクリーチャーに食われ、魔力に変換され、二度と元には戻らん」

「そ、そんなぁ!! 折角来たのに!? 何で今まで黙ってたの!?」

「……人の話は最後まで聞け!! 普通なら、そうだ。だけど、刀堂花梨。俺達は現に此処に入った時感じたはずだ。食われたはずの或瀬の魂の声を!!」

「っ……そういえば、私もです。何故か、ブラン先輩との思い出の中に居て……そうしたらいきなり空が崩れてきて、シャークウガに助けられたんです」

「俺達もだ、暗野」

「俺もだ。ってことは……」

 

 火廣金は頷いた。

 

「或瀬の記憶は、意識は……完全には消えていない」

「ああ。だけど──待てよ。そうなると、だ」

 

 ロードは、もうブランは元の彼女には戻らないと言っていた。

 だけど、それはさっきの火廣金の言った通り、イケニエの魂が完全に食われた場合の話だ。

 どうやらロードの奴は、ブランの魂がとっくに食われたものだと思っていたらしいが、こうなると前提が覆るぞ!?

 

「俺は奪われたというエリアフォースカードに全てを賭けた。簡単にエリアフォースカードが支配に屈する事が無いという可能性に賭けた!!」

「……なら、俺も当たったみてーだな。絶望的だった、賭けが」

 

 実際の所、半ばあきらめていた。

 だけど──

 

「ああやって、幻でもブランの心を守ってたとすれば……ワンダータートルは、生きてる。まだわずかに……!! あいつが、ブランの魂をサッヴァークから守ったのだとすれば!?」

「正義はまだ……折れてないってことだね!!」

「……当たり前です。そうじゃなきゃ、困ります」

正義(ジャスティス)が完全にサッヴァークの言いなりになっていないなら、正義(ジャスティス)に魔力を注ぎ込むしかあるまい」

「つまり、内側からってことか」

「ああ。賭けだが、他に方法は無いだろう」

「ま、待って! 目覚めさせるのは良いけど、あたし達はどうやって脱出するの!?」

 

 あっ、と全員口を噤む。

 まさか、誰も考えていなかったのか?

 俺は何も魔法については知らない。シャークウガに助けを乞うように視線を向ける。

 

 

 

 

『時間は無い。恐らく、すぐに追い出されるだろうな』

 

 

 

 な、なんてこった。

 じゃあもう一刻の猶予も無いってこか。

 

「ま、まさかそれって」

「善は急げと言います。私だって、一刻も早く先輩を助けたいので」

 

 魔術師(マジシャン)を掲げた紫月。

 それが抑えつけられているワンダータートルに魔力を注いでいく。

 

「ブラン先輩。また、明るく笑うブラン先輩が見たいです。帰って、きてください」

「……!!」

 

 サッヴァークの叫びが引いていく。

 仮面を通し、彼女自身の心に響かせるように。

 

「……覚悟は決めたよ! あたしも!」

 

 花梨も戦車(チャリオッツ)をその上に重ねた。

 

「早く戻ってきてよ、ブラン! 本当に世話が焼けるんだから!」

 

 俺も、その上に皇帝(エンペラー)のカードを重ねる。

 頼むぜ。

 ワンダータートル。最期にお前が残してくれたものが──頼りだ!!

 

「ブラン!! 俺は、俺達は此処に居るぞ!! お前の、やったことは間違いじゃなかった!! だから──」

 

 エリアフォースカードを通して、俺達の力が注ぎ込まれていく。

 ワンダータートルDGの身体が光り輝き──

 

 

 

 

「お前が、お前の正義を諦めるんじゃねえええええええええええええええええ!!」



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Ace24話:正義のサバキ─オメガ・マキシマム

 ※※※

 

 

 

 声が、聞こえる。

 

 私に、呼びかける声が。

 

 誰?

 

 誰なんだろう。

 

 だけど、この声、この感触。

 

 全てが懐かしくて──あたた、かい……?

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──終わったか。フフッ」

 

 ドラゴン・W・ブレイクが決まった。

 煌龍の一撃を食らい、白銀耀は呆気なくも倒れた。

 まあ、良い。

 ようやく、サッヴァークを支配から解き放ち、完全なる裁きの刻が刻まれる。

 お終いだ。

 全てが。

 そして始まるのだ。

 今までの努力は、無駄では──

 

「っ……」

 

 彼はそこで追憶を止めた。

 わざわざ思い出す事も無い。

 いずれ、自分も幸福になれる。

 この世界の人々と共に。

 やっと、これで、全てが救われるのだ。

 

 

 

 

「よう、クソッタレ」

 

 

 

 ロードは息を止めた。

 この声。

 そして、この覇気。

 やはり、まだ止まらない。

 この男は──諦めていないというのか。

 

 

 

「──今度こそ……返して貰うぜ。ブランをな!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 結局、凄い光と共に俺はこっちに意識を引き戻された。

 どこまで上手く行ったかは分からない。

 だけど、これで多少なりともブランの意識を解放できたのならば前進だ。

 しかし、あくまでもロードはそんなことに気付いていないのか、余裕綽々の笑みを浮かべたのだった。

 

「……はっ、今更何を。君が寝ている間に、サッヴァークの裁きは始まっていたのさ!!」

「ッ……!」

 

 彼は手を広げた。

 サッヴァークの身体を縛っていた鎖が次々に解き放たれていく。

 そして、空に光る無数の星。

 マスター・ドラゴンの断罪が、始まったというのか!?

 

 

 

「さあ、マスター・ドラゴン!! 判決を下せ!! 今こそ裁きの刻だ!!」

 

 

 

 叫ぶロード。

 それに呼応するようにサッヴァークはこちらを睨む。

 まずいぞ。幾らロードを倒しても、サッヴァークによる裁きが始まったら、大変だ。

 だけど、もし俺達がやったことが間違っていなかったのならば。

 これは賭けだ。サッヴァークの判決に全てを委ねるしかない!

 

 

 

 

『判決……ヲ、下ス』

 

 

 

 肌が焼け付くようだ。

 な、ど、どうなるんだ!?

 全人類の人格を統合するなんて、今この場で出来る事なのか!?

 

『覚悟を決めるしかない、でありますか! 信じ抜く、覚悟を』

「……ああ、俺は信じるぜ。最後までな。やれるだけの事はやったんだ」

 

 

 

「さあ、サッヴァーク!! 審判を下せェェェェーッ!!」

 

 

 

 

 咆哮する龍。

 肌が震えた。

 衝撃が、全身に伝わる。

 そして、龍が下した判決は──

 

 

 

 

『汝ノ正義……我ニ定義サレタ正義ニ……反ス』

「……は?」

 

 

 

 ロードは手札をぶちまけた。

 

「ど、どういうことだ、サッヴァーク?」

『汝ノ正義……我ノ正義ニ反ス、故ニ……判決下ス、価値無シ』

「ど、どど、どどどどどどどっ……」

 

 ?

 どういうことだ。サッヴァークは何もしないぞ。

 上手く行ったって事か!?

 

「ど、どど、d……Don’t be silly!! 言う事を聞け、サッヴァーク!!」

「おいおい、さっきテメェで言ったじゃないか」

 

 血走った眼でロードは俺を睨む。

 そこには先程の余裕も、何もない。

 最後の最後で全てを台無しにされたのだ。ショックは何倍にも跳ね返っているだろう。

 

「裁きを下すのはお前じゃない!! サッヴァークだ!!」

「Shut up!! 何を間違えた!? 僕の教育が間違っていたのか!? 守護獣を殺せば、エリアフォースカードは言う事を聞くんじゃなかったのかぁ!?」

『確かにお前の言う通りでありますよ。今の正義(ジャスティス)の所有権はお前にあるであります。が……』

 

 チョートッQが何時にも無く低い声で威嚇した。

 

『そんな暴挙、正義(ジャスティス)のエリアフォースカードが許すわけが無かったのでありますよ』

「Fuck off!! 出来損ないの、紛い者が!! まさかまだ生きていたのか!?  Bullshit!!」

『いや、これは……ワンダータートルが遺した最期の意地。そして……我々に託した最後のチャンスであります!!』

「俺達はそれを押した事で、眠っていたモンが目覚めた、ってことらしいな。ブランと一緒に居た事で培われた、正義が!!」

「ぐうううううううううう!!」

 

 サッヴァークがロードに向かって、剣を突き立てた。

 

『左様……ソシテ、ソレは上手く行ったという事だ。我に刻まれた正義は、彼らによって再び目覚めた。もうヌシの言葉など聞き入れるものか。ロード・クォーツァイト』

「Shut up!! Shut up!! Shut up!! Shut up!! Shut up!! 再教育だ!! 修正してやるぞ!! 何度でも、だ!!」

 

 直後。

 サッヴァークの身体が再び鎖に縛られていく。 

 まさか、またロードの言いなりになっちまうのか!?

 

『白銀耀……恐れるな!! この男を倒し、探偵を……救うのだ!!』

「!!」

 

 ……オーケー、サッヴァーク。

 やってやるぜ!!

 再び意識を乗っ取られてしまった煌龍。

 状況は悪いままだ。だけど──こっから逆転して見せる!!

 

「デュエル再開だ!! ロード!!」

「畜生……愚か者達が……クォーツライト家が何百年も積み上げてきたものが、おのれ……!!」

 

 啖呵を切ったのは良いが、絶望的な状況なのは間違いない。

 今のロードの場には、表向きのシールドを墓地に置いて味方全体に除去耐性を付与する上に、ブレイクしたシールドを吸収する《煌龍 サッヴァーク》。

 そして、タップされる度に互いのシールドをブレイクする上に、メタリカと裁きの紋章にS・トリガーを付与する《DG ~ヒトノ造リシモノ~》。

 最後に、呪文のコストを1軽減する《ハヤテノ裁徒》がいる。

 俺のシールドは残り2枚。あいつは、俺のS・トリガーによる反撃を除去耐性で無視して突撃し、勝つ事が出来る。

 だから、次のロードのターンを如何にして耐えるかが鍵だ!!

 

「俺のターン、ドロー!!」

 

 熱を持った皇帝のカード。

 それを握り締める。

 何故か、力が湧いてきた。この絶望的な状況をひっくり返すための、最後の人踏み込みを入れる覚悟が!!

 これがこのデュエルの、俺の最後の切札だ!!

 

『マスター!! 逆転のチャンスはあるであります!!』

「ああ。だけど、耐えるにしても《サッヴァーク》にシールドを吸収されたらまずいぞ!? 打点、足りるのか!?」

『思い出すでありますよ! 奴の手札の分かっているカードを!! それで、奴がシールドではない別の物を攻撃せざるを得ない状況を作れば良いであります!』

「……成程、分かったぜ!!」

 

 そうだ。

 除去しなくても、相手を無力化する方法は幾らでもある!!

 

「6マナで《あたりポンの助》を召喚!!」

「なっ!?」

 

 盛大な舞台、そして多くのはずれポンの助と共に現れたのは、殿様のようなクリーチャー《あたりポンの助》。

 これが逆転の鍵だ!!

 

「こいつの効果で、クリーチャーの名前を1つ選択する! 選択するのは、《DG ~ヒトノ造リシモノ~》だ!!」

「……な、何だそのふざけたクリーチャーは……!」

「ああ、ふざけてるぜ。無茶苦茶だ。なぜなら、コイツの効果で選ばれたクリーチャーの効果は無視されるんだからな!!」

「Don’t be silly……!!」

 

 これで、あいつはもう、自分からシールドの裁きの紋章を使う事は出来ない!

 それどころか、シールドのメタリカも裁きの紋章も、もう「S・トリガー」じゃない!

 

「そして、G・ゼロ発動!! コスト5以上のジョーカーズが場にある時、《シャダンQ》はタダで召喚できる!!」

 

 現れたのは遮断器のようなクリーチャー。

 こいつは効果で、相手のクリーチャーが自分を攻撃するときにタップすればその攻撃を中止する事が出来る!

 

「つまり、これで《ヒトノ造リシモノ》の効果は封じられ、ドラゴン・W・ブレイクも封じたってことだ!」

「……フフフッ」

「?」

「フハハハハハハハハハハハ!!」

 

 突如、彼は高笑いを始めた。

 

「馬鹿だねえ!! その程度で何を封じたって!? 君の希望如き、何度でも絶望の底にブチ堕としてやるよ!! アハハハハハハハ!!」

「……!」

「さっき僕が、何を手札に加えたか、覚えてないとは言わせないよ!」

 

 タップされる光の3枚のマナ。

 唱えられたのは──裁きの紋章だ。

 

「刻め、《隻眼ノ裁キ》! 効果で《あたりポンの助》をフリーズだ!」

「っ……まずい」

「そして、《サッヴァーク》で《あたりポンの助》を攻撃し、破壊!」

 

 《サッヴァーク》の剣が、《あたりポンの助》を貫き、爆散させる。

 これで、《DG》の効果も復活した、ってことか……!

 

「さあお終いだ! 《DG ~ヒトノ造リシモノ~》で攻撃する時、タップされたので互いのシールドをブレイク!」

「っ……やべえ」

 

 ロードのブレイクしたシールドは、さっきの《断罪スル雷面ノ裁キ》と《命翼ノ裁キ》が刻まれたシールド。

 成程な。フリーズじゃなくて、手札に戻るにしても確実に場数を減らしに来たか!

 

「このままで終わると思うなよ! 《シャダンQ》を《断罪スル雷面ノ裁キ》でシールドに送り、《命翼ノ裁キ》でシールドを増やす! 更にS・トリガーで、《コンゴウノ裁徒》を召喚だ!」

「げっ……!」

 

 現れたのは、鉱石の巨人。

 そのどてっ腹には、巨大な紋章が焼き付けられている。

 また新しいサバキストか!

 

「効果でシールドを更に1枚増やす。そして、お前がブレイクするシールドは、僕が選択するんだ!」

「マジかよ……!」

 

 つまり、こっちの攻撃は全て、裁きの紋章が刻まれたシールドに向かうってことか!

 何ともやりにくい能力だ……!

 

「そして! 《ヒトノ造リシモノ》でお前の最後のシールドをブレイクだ!!」

 

 光線が、俺のシールドを穿つ。

 これでラスト。

 だけど俺としては──勝機は最初から失っていなかった。

 

「好い加減にさあ、諦めなよォ! 仮に耐えられたとして、この布陣は崩せないんだからさあ!」

「ハッ、十分だ」

 

 諦めるつもりは最初からない。

 ブランは──俺の仲間だ!

 

『マスター! 大チャンスであります!!』

 

 砕けたシールドが──光に変わる。

 

「無駄じゃなかった……お前のドラゴン・W・ブレイク──それを防いだ時点で、俺の勝機は十分にあったんだからな……!!」

「ッ……!?」

 

 悪いが、こっから反撃させて貰うぜ!!

 

「除去できねえなら、止めれば良い! S・トリガー、《ジョバート・デ・ルーノ》!! その効果でお前の《ハヤテノ裁徒》をタップするぜ!」

「ぎっ……嘘だろ!?」

「嘘じゃねえよ。これが真実だ」

「だ、だけど!! 君の場には何もいない!! 次のターンで僕にトドメを刺すなんて不可能だ!!」

 

 確かに、あいつのシールドは4枚。

 おまけに、メタリカと裁きの紋章がS・トリガー化している事で、ただ攻撃するだけでは無限にシールドを回復されてしまう。

 だけど──あいつは見誤った。ジョーカーズの底力ってやつを!

 

「不可能とか可能とか関係ない。俺はテメェをぶん殴らなきゃいけねえ」

「なっ……!?」

「ブランを裏切り、数えきれない人の当たり前を奪い、そしてとうとう自分で造ったサッヴァークにも見放されたお前を……俺が殴らないで、誰が殴る?」

「っ……!?」

 

 静かに、俺は怒りを燃やす。

 そしてあの精神世界で味わった、ブランの苦しみの一端を。

 あんなもんじゃ、ねえんだろブラン。

 お前の受けた、地獄は!!

 

「──お前を目覚めさせて、ブランに謝らせる。あいつの心の傷はそれでも癒えねえだろうし、何にも元には戻らねえ。だけど──それ以外に、テメェの目を覚まさせる方法があるかよ!!」

「知ったような口を、利くな! そんな事は、僕を倒してから言うんだな!」

 

 ならば、直接叩きつける!

 カードを引き、躊躇い無くマナに置いた。

 これで、全てが足りた。

 このターンで全てを終わらせる。憎しみと、悲しみと、怒りを!!

 

「魂を燃やせ──J・O・E・3!!」

 

 ガコン、ガコン、ガコン!!

 全てのリミッターを解除。

 サーキットが敷かれていき、炎に包まれた!!

 

「チョートッQ……いや、ダンガンテイオー!!」

『……うむ。我の力、マックスパワーで開放する時が来たであります!!』

 

 熱を持った皇帝のカード。

 それを握り締める。

 何故か、力が湧いてきた。この絶望的な状況をひっくり返すための、最後の人踏み込みを入れる覚悟が!!

 これがこのデュエルの、俺の最後の切札だ!!

 

 

 

「これが俺の超怒級(チョードキュー)切札(ワイルドカード)!! 《王盟合体(オメガッタイ) サンダイオー》!!」

 

 

 

 飛び出したダンガンテイオー。

 サーキットに、分解された2機のロボットのパーツが浮遊して飛んでくる。 

 それを身に纏い、合体し、遂に──1つとなって大地に降り立つ。

 

 

 

『絆の勇者、サンダイオー……見参であります!!』

 

 

 

 これが……皇帝によって目覚めた新たな切札!

 ……行ける。一気に逆転できるぞ!

 

「《サンダイオー》の効果! それは、自分と場とマナにジョーカーズが合計で10枚以上ある時、相手のシールドをブレイクするときに墓地に叩き落とすというもの!」

「っ……それは残念だったね!! 君の場とマナ、数えてもジョーカーズは9体しかいない! しかも君は今、マナを使い切ったじゃないか!」

「おいロード。お前さっき、自分でシールドに封じ込めて、自分でブレイクしたクリーチャーが居たよな」

「……何?」

 

 自分で忘れたとは言わせねえぞ。

 こっちにはまだ、残っているんだ。

 

「そいつと同じカードがもう1枚、シールドに埋まっていたとしたら?」

「ま、まさか……!!」

「どっちにしたってこうなっていたって事だ! 俺があのターンを耐えた時点で、お前に勝機はねえ!!」

 

 マナが足りないならば、マナを使わずに出せば良い!

 一気にこれで頭数を揃える!!

 

「G・ゼロ発動!! 場にコスト5以上のジョーカーズが居るので、《シャダンQ》を2体、タダで召喚!!」

「だ、だけど!! 打点が足りない!! そいつは、W・ブレイカーじゃないか!!」

「じゃあ、打点を増やせば良い!!」

 

 もう1体の《シャダンQ》。

 こいつによって、全ては満たされた。

 勝利の条件が!

 かつては完全なる無色だったカード。

 黒鳥さんが使い、俺もまた使ったジョーカーズと無色の切札。

 今、その色は──俺の色に染まる。

 かつて黒鳥さんも、戦いの中で己の色にデッキを染めていったように!!

 

 

 

「G・ゼロ、呪文……《ジョジョジョ・マキシマム》!!」

 

 

 

 突如聞こえてくる口笛。

 そこにあったのは、ジョニーと愛馬・シルバーの姿。

 だが、シルバーの姿は変形し、巨大な主砲へと姿を変える。

 

「な、な、何だ……!?」

「見せてやる!! これがジョーカーズの必殺技だ!! 《ジョジョジョ・マキシマム》は俺の場とマナにジョーカーズが合計で11枚以上あればタダで唱えられる呪文」

「!?」

 

 その必殺技たる所以は──

 

「そして、俺のクリーチャーの数……合計4枚分、俺のクリーチャー1体のシールドのブレイクする数を増やす!!」

「な、何を言ってるんだ!? 何を言ってるのか、さっぱり分からないぞ……!?」

「じゃあ分かりやすく教えてやるぜ」

 

 拳を握り締めた。

 効果を使うのは、勿論シールドを直接墓地に叩き込む《サンダイオー》だ!!

 

「《サンダイオー》の攻撃で、お前の全ては燃え尽きる。シールドも、歪んだ正義も、そして野望も!! 全部だ!!」

 

 ロードは狼狽した。

 今の今までで一番に。

 

「そ、そんな馬鹿な……!!」

「《サンダイオー》で攻撃!! この攻撃はブロックも攻撃誘導も出来ない。絶対に防げない一撃だ。そして、お前のシールドを全てブレイクする!!」

 

 飛び立つ《サンダイオー》。

 その刀を振り上げ、ロードのシールドを目掛けて薙ぎ払う。

 一閃を防ぐ事が出来る者は誰一人として居ない。

 

 

 

『これが鎧袖一触の一撃必殺、オメガ・マキシマムでありますッッッ!!』

 

 

 

 刀に炎が灯った。

 一文字に、ロードのシールドが燃え尽きる。

 一瞬で、黒焦げになって、裁きの紋章も消滅していく。

 そして、歪んだ正義さえも。幻となって消える!!

 

「こ、こんな事があって良いはずがない……僕は悪くない……僕は悪くないぞォ!!」

「正義には大きさの分だけ責任が伴う」

「ッ……!!」

「さあ、償って貰うぜ。お前の罪って奴を!!」

 

 もう、ロードを守る者は何もない。

 がら空きになった空洞の正義を、終わらせる時だ。

 

 

 

 

「──《ジョバート・デ・ルーノ》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──事故で死んだと見せかけ、一族に連れられて世間から姿を消した僕は唯一人、DGを研究していた。

 クォーツライト家の正統なる後継者として。

 一族が残した数々の魔導書は僕に使命感を与えた。僕に、生きる目的を与えた。

 何処で歯車が狂ったか分からない。

 だけど、僕は──確かに審判のカード、即ち天からの啓示を受けたのだ。

 

 

 

 DGで、一族を皆殺しにした。

 

 

 

 奴らは、DGの事を何も分かっちゃいない。

 この力は、”世界を救う”ためにあるのに──自分たちの為にDGを利用しようとしたのだ。

 

 

 

 人類を解放するのは僕だ。

 

 

 

 その為ならば、何だって捨ててやる。

 

 

 

 僕が、僕こそが──正義なのだから。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 デュエルの直後。俺は息もつくことなく駆けだした。

 ──終わった。

 崩れ落ちていくサッヴァーク。

 そして、消えていく空の無数の光。

 これで、これで全部終わったのか。

 横たわって動かない、ロード。こいつの胸倉を掴んでぶん殴るのは後だ。

 俺は、その近くで倒れていたブランに駆け寄って抱きかかえた。

 

「ブラン!! ブラン!! 大丈夫か!? ブラン!!」

 

 返事はない。

 辛うじて脈はある。

 だけど、このまま放っておくことが出来ない状態だ。

 後ろを振り向いた。

 見ると、紫月達も倒れているようだった。完全に、あの精神世界で力を使い切っちまったようだ。

 ともあれ、これで全ての問題は片付いたのか?

 

 

 

「まだ……だぁ……!」

 

 

 

 掠れた声が聞こえた。

 這うようにしてロードが祭壇に向かって歩いている。

 魔力が溢れ出している祭壇の大穴に向かって。

 

「この世から欲望という欲望を、消してやる……それが、僕の悲願だ──全てを捨て去ってでも、叶えるべき、使命だ──!」

「全てを捨てて、その後何が残った?」

「──!」

「幸福の為だ、人類の為だ、って言ってるけどよ──結局お前は誰も幸せに出来てねぇだろうがよ!」

「う、うるさい……! 僕が、僕が審判だ、僕が、正義だ──ッ」

 

 

 そう彼が祭壇へ駆け込んだその時。

 ロードを喰らうようにして水晶が襲い掛かる。

 

 

 

「あぁっ──!?」

 

 

 

 言葉を発する間も無く、彼の身体は水晶に取り込まれる。

 

「ば、馬鹿な……断罪されたのは──僕の方だと言うのか……何故ェェェーッ!?」

 

 めきめきめき、と嫌な音を立てて彼の身体が水晶に飲み込まれていく。

 

『──文字通り、審判のカードに断罪されたでありますな。欲望を排すと言っておきながら、欲望の塊は奴自身だったでありますよ』

 

 

 

「う、ああ、ブラン……ブラン……!!」

 

 

 

 情けない声が響く。

 彼の身体はずぶずぶと幽世の門へ引きずり込まれていった。

 今まで彼が捨ててきた代償を払わされるかのように──

 

 

 

 

 

 

「──それでも」

 

 

 

 気が付けば足が動いていた。

 手を、伸ばしてロードの手首を掴む。

 彼の目が見開かれた。

 

「あ、ああ、何でっ……!!」 

「馬鹿野郎ッ!! テメェにまだ居なくなられたら、ブランに謝らせることが出来ねえだろーが!!」

「白銀っ……耀……」

「ダンガンテイオーッ!!」

『……仕方、ないでありますなッ!!』

 

 俺の叫びに、相棒も頷く。

 二人で、ロードをうねる結晶から引っ張り上げる。

 その身体が抜け、宙を舞い──地面に叩きつけられた。

 

「……お前の事は、すっげー気に食わねぇ。だけど、此処でお前を見捨てたら──俺もお前と同じだ」

 

 空から消えていく光。

 そして、陸を覆っていた水晶が次々に消えていく。

 幽世の門は全ての魔力を放出しきったのか、完全に沈黙した。

 静寂が辺りを包んだ。

 だけど、俺の中には重い重い碇が刺さったまま、消えはしなかった──



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第五章:Ace・漆黒のドルスザク編
Ace25話:戻って来たもの、戻って来ないもの


 全ての水晶は間違いなく消失したらしく、魔導司はロードの身柄を確保したらしい。彼がどうなるかはまだ分からない。だけど、然るべき裁きを受けるのだという。

 水晶の事件は全世界の権力と繋がった魔導司が色々根回しして人々の記憶から薄れさせていったらしく、無かったことになりつつあった。

 最初は騒ぎ立てていたのがウソのように、日が経つ事に、徐々に記憶から消えていき、冬休みが終わるころにはすっかり水晶事変は世界中から「なかったこと」になりつつあった。

 あまりにも波乱と怒濤の2日間に、俺達は既に冬休みで使うはずだった気力を全て使い切っており、ブランの心配をしつつも一先ずは繕われた日常へ戻っていくことになった。

 ──こうして、俺達のあまりにも忙しすぎる冬休みは終わりを告げたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──デュエマ部の活動、今日から早速始めるのですか?」

「……ああ」

 

 俯いて言った紫月に、俺は頷いた。

 戸のガラスに掛けられた「デュエマ部」と書かれた段ボール紙を手で撫でる。

 

「部員、今日来てるの私達2人だけですよ」

「だからこそだ。デュエマ部という日常を守らなきゃいけない。お前達部員が帰ってくる場所にしておきたいんだ」

 

 そうですか、と紫月はトーンの落ちた声で言った。

 まるで疲れているようだった。あの一件をまだ引きずっているのだろうか。

 

『怒涛の2週間でありましたな。と言っても本当に怒涛だったのは3日くらいでありますが』

「俺にとっちゃ、さっさと学校始まってくれって感じだったよ」

 

 当然だ。俺でさえ街を覆う水晶が未だに目に焼き付いて離れない。災害も良い所だ。

 こうして普通に学校に登校できるのがおかしいと思えるほどだ。

 それなのに──

 

「……今日、久々に学校に来てゾッとした事があるんです。あんなに、あんなに凄い事件だったのに……もう、皆忘れているんです。何も、無かったみたいに」

「……」

 

 ──魔導司がそれだけ世界中で根回ししたという事なのだろう。

 未曾有の事態で人々に混乱を与えないために、印象操作、記憶操作、メディア・ネットからの情報の痕跡削除、あらゆる国家の暗部と手を組んで動き回ったようだった。

 結果的に、この災害での犠牲者は居なかった。水晶に飲み込まれた人も水晶が消滅するとともに元に戻ったという。 

 いや、いずれはこうなったというのだろうか。どんなに大きな災害も、事件も、最後には皆忘れてしまう。風化、というやつだ。魔導司達の根回しは、それを速めただけに過ぎないのだろうか。

 それが良いのか悪いのかはともかく、俺達は──守った事になるのだろうか。日常というものを。

 

「私は、今回の件で重々感じました。日常というのは、本当に守るのが大変なんだ、って。必死に、必死に誰かが守り通さないと、ああも容易く崩れてしまうものなのだと」

 

 そうだ。今でも考えただけで手が震える。

 後一手遅かったら? あの場で切札が引けていなければ?

 俺は──負けるどころか、全世界を滅ぼしていたのかもしれない。

 二度とやりたくない、と思えるほどに重すぎるプレッシャーだった。

 それでも運命は、誰かがやらなければならないことを決定づけた。

 それが今回は──俺だった。それだけのことなのかもしれない。

 だからこそ、二度とあんな災厄を起こしてはいけないのだ。

 

「ブラン先輩、始業式に来ませんでしたね」

「火廣金もな。あいつも魔導司の仕事で忙しいんだろう。二人だけだが、また営業開始といこうぜ」

 

 俺は鍵を開けた。

 スライド式の戸をずらし、教室の中に入ろうとする。

 だが、紫月は入ってこない。どうしたのだろう、と振り返ると、

 

 

 

「先輩、2人っきりに乗じて変な事をするつもりじゃないですよね」

「おい、紫月ーッ!!」

 

 

 

 何でだァ!! 何で今になってそんな事を言われなきゃいけないんだァ!!

 

「今更じゃねーか!!」

「だってみづ姉以外は信用できませんし、男なんて皆狼です」

「信用ねえんだな!!」

 

 はぁ、はぁ、と俺は肺に空気を取り込む。

 久々に全力で突っ込んだ気がする。

 クスクス笑う紫月。呆れる俺。

 彼女なりに──また、”平常運転”に戻してくれようとしたのだろうか。

 

「ウソですよ。さっさとデュエルを始めましょう。待つのはつまらないので」

「……釈然としねえ」

「それに先輩は僧ですから何も心配はいらないって分かってますよ。一々冗談を真に受けないでください」

「僧って何? 俺ひょっとして馬鹿にされてる?」

「とにかく、対マギアノイドを想定して強化に強化を重ねたこのデッキで──」

 

 

 

「済まないが、それは俺も聞き逃せんな」

 

 

 

 俺達は再び振り返る。

 そこには、気障に手を振る火廣金の姿があった。

 

「火廣金!? お前、今までどうしてたんだよ!?」

「済まない。アルカナ研究会の方の仕事が山積みでな」

「それはまた……大変でしたね、先輩」

「レディ、心配には及ばないよ。魔法使いの身体は人間以上に頑丈だ。この程度では何てことはない」

 

 良かった。ロードの事件が終わった後、激務に追われているだろうとは聞いていて、俺達に出来る事は無いかと聞いても「大丈夫だ」の一点張りだからむしろ心配していたけど何とかなっていたようだ。

 「人間の君たちは手伝っても過労死待ったなしだが?」と脅されたから、俺らには何も出来なかったわけで。

 最も、当の火廣金も薄っすらと顔に疲労が見られてはいたが。

 

「火廣金。部室で休んでて良いぞ」

「そうだな。プラモデルでも久々に作るとしようか」

 

 ざっ、と彼が何処からか取り出したのはプラモの箱。

 そこにはアメリカ戦艦・ウェストバージニアと書かれていた。 

 やる気満々じゃねえか、デュエマに少しは熱意を向けてくれよとは思うが……。

 

「……換気はしとけよ。教室中が接着剤のシンナー臭で充満するからな」

「もう止めるの諦めたんですね、白銀先輩」

「止めて止まるタマかよ……それと火廣金、聞いておきたいんだけど」

「何だ?」

「ブランの事だ」

 

 火廣金は「ああ」と軽く返すと、床に新聞紙を広げて箱からプラモのキットを一式取り出し始める。

 

「無事だ。保護した後、精密検査したが異常は無し。あの場でのエリアフォースカードへの処置が良く働いたと言っても良いだろう。すまんな、詳しい経緯を連絡出来なくて」

「良かったです、ブラン先輩」

「だが、少々衰弱していたのでイギリスの病院で処置を受けさせ、数日経って両親の下に送り返しておいた。だから、とっくに日本へ帰国しているはずなんだが」」

「エリアフォースカードは?」

「こちらで精密検査したが、今はすっかり魔力を放出しきって休眠状態だ。今は俺が保管している」

 

 火廣金曰く、ロードを倒した際に水晶の龍達は皆消え去ったらしい。

 その中で、運命の輪、女教皇、審判のカードを回収する事こそ出来たが、ロードが持っていた幾つかのカードを未だに発見出来ていないという。

 

「俺達のやるべきことは、残るエリアフォースカードの回収だ。しかし……或瀬があの状態では……とてもじゃないが、そんな事を頼めない」

 

 俺は首を捻った。 

 流石の火廣金も心配なのか、ニッパーを置いてしまった。

 

「……あいつ、やっぱり弱ってるんじゃねえかな」

 

 ワンダータートルを失った事、そんでもって幼馴染が世界規模のヤベー事をやらかした上に自分がそれに利用された、正義感の強いあいつが……そんでもってワンダータートルを相棒だって何時も言ってたあいつが、ショックじゃない訳がない。

 

「……塞ぎこんでてもおかしくないですね」

「……ああ。心配だ」

 

 俺はブランの心の中を覗いた時を思い出す。

 心の支えを失っていく彼女の嘆き。そして叫び。

 あの時、あまりの悲痛さに俺は立っているのがやっとだった。

 

「簡単には……立ち直れねえだろーよ」

 

 

 

「皆サン! 遅れてSorry! ブランちゃん、華麗なる復活デース!」

 

 

 

 俺達は飛び退いた。

 デュエマ部の部室にやってきたのは──しばらく聞いていなくて、尚且つ恐らくもうしばらく聞かないだろうと思っていた、あの溌剌明朗とした声だった。

 

「ブラン!?」

「いやー、ちょっと色々あって始業式には出られなかったデスけど、せめて部活には出ようと思ってデスね? 皆サンに心配かけてはいけないと思って!」

「さっきの火廣金先輩みたいなこと言ってますね」

「どういう意味だレディ」

「え、えと、お前……もう大丈夫なのか?」

 

 あからさまに努めて明るく振る舞うブラン。

 彼女は高らかに笑いながら「問題Nothing!」と答える。

 

「もう大丈夫デスよ! 皆サンに助けてもらったおかげデース!」

「軽いですね、それにしては」

「ほらほら、新しくデッキも組んで来たんデスよ! ね? 早くデュエマするデスよ!」

 

 そう言って、彼女は部屋に入ろうとする。

 にこにこ、と笑顔を崩さない彼女は久々の部室のソファに座り、そのまま鞄からデッキを取り出したのだった。

 

「ね? 早く始めマショ?」

「……なら良いんだけどよぉ」

 

 本当に、吹っ切れたのならば良いのだが……俺にはどうもそうには思えない。

 ブランがカードを広げようとすると、ばらばら、とデッキケースからカードが飛び散った。

 

 

 ※※※

 

 

 

「くーわばーらせーんぱいっ」

 

 

 

 弾むような声で呼びかける。

 反応なし。こうも無視されると、流石に少し傷つくというのが乙女心というものだ。

 もう、とっくに引退したはずの美術部部員・桑原甲だったが、それでも惰性か受験が終わった後は度々こうして屋上に足を運び、油絵を描いていた。

 

「……んー、おお。紫月か」

 

 まるで夢現半分で彼は振り向きもせずに言ってのける。

 彼女はいよいよ憤慨して、桑原の右耳を引っ張り上げて叫んだ。

 

「みーづーき!! 翠月です!! 間違えないで、って言ってるでしょ!」

「……んー、そういやちと胸が小せぇような」

 

 振り向きもせずに桑原は言った。

 適当である。

 翠月の頭に血が昇った。

 

「……くーわーばーらぁー先輩ッ!」

 

 げしっ、と思わず彼の座っている椅子を蹴飛ばすと彼はコンクリートの地面に思いっきり尻餅をつく。

 だが、それでも尚燃え尽きたようにぼーっとしていたのだった。

 

「もう、先輩ったら! 部活を引退して、受験もさっさと終わらせちゃったからって燃え尽きすぎです! おまけに今みたいなストレートなセクハラ! 次はしづに言いつけますからね!」

「隙あらば妹のおっぱい揉みに行ってる甘えん坊が……俺の事ァ言えんのかよ」

「うぐっ……それは否定しませんよ、でもしづが可愛いのがいけないんです。だって、私の妹、ですからね!」

「……テメェ、だんだん隠さなくなって来たな」

 

 少し前の白銀耀も紫月に同様の事を言っていたりする。

 半ば取り乱しているからか、色々とおかしい事を口走っている翠月にまともに取り合う事もせずに再び桑原は絵筆をとってキャンバスに向かい合った。

 燃え尽き症候群は強ち間違っていなかった。

 余りにも怒涛の2日間、今までとは別次元ともいえる敵とそれを巻き込んだ戦いは、少年の心を摩耗させるには十分過ぎた。

 戦っている時は、(ストレングス)の魔力供給もあってかハイになっており、なりふり構わずに集中出来た。

 だけど、いざ終わってしまうと──まだ何も解決していないという消化不良感、そして擦り切れた精神が情熱という情熱をこそぎ落としていった。

 だが、そんなものは始めの二日ですぐに終わった。

 その後は──ひたすら、思索に耽っていた。もう、美術部にも受験にも縛られることはない。冬休み中はワイルドカードの出現も結局見られなかった。

 桑原は、あの戦いを絵にしようとしていた。

 だけど、余りにも鮮烈で強烈な光景の数々は、結局絵にすることなどとてもではないが出来なかった。

 ロードとの戦いは終わった。しかし、行方が掴めない未だにエリアフォースカードが存在しているという。

 だからこそ桑原が下した決断は──

 

 

 

「そんでもって、先輩! 何でキャンバスにデッキレシピ書いてるんですかァ!?」

 

 

 

 ──ひたすら次の戦いに備える事であった。

 キャンバスに描かれていたのは無数のデッキレシピで、まさに異様の一言。

 上から順にカードの名前と投入枚数が筆でつらつらと書かれていたのだった。

 

「やべ、気がついたらつい」

「じゃないですよ、何やってるんですか!」

 

 バシンッ、と背中を叩かれた。

 それで桑原の意識は一気に戻された。

 

「いってぇ!!」

「らしくありませんよ、先輩。本当にどうしたんですか。そんなんじゃ、先輩が卒業した後が大変です」

「……テッメ……加減しろ加減!! つか、何の用だよ? わざわざ……テメェも課題があるだろうが」

「うっ……それは、先輩が冬休み中、学校が開いてる間にずっと屋上でこんな様子だったからに決まってるじゃないですか」

「うぐぐ……」

 

 桑原は溜息をついた。

 精神的な疲れは、後輩にも見抜かれていたようだった。

 

「俺はもう美術部員じゃねーぞ」

「卒業するまでは一応この学校の生徒ですし、しかも未練たらしく屋上で絵を描いてるじゃないですか」

「……チッ、テメー……最初は真面目だと思ったが、こんなに減らず口叩く奴とは思わなかったぜ」

「だって、心配だからです」

 

 翠月は目を伏せた。

 

「私は先輩の絵を見て、この学校に入ろうって思ったんです。自分の心を動かした絵を描いた人がそんな状態で……気に掛けるのはおかしいですか?」

「……」

 

 ぷい、と翠月は目を逸らした。

 照れ隠しだろうか。こうしてみると、やはりあの妹あってこの姉か。

 考えているだけなのは、やはり性には合わないということだろうか。

 桑原は立ち上がる。

 そして、言った。

 

「あんがとよ」

「!」

「ちょっと色々あってな……だけど、やっぱ馬鹿な俺には考えているのは似合わねーわ」

「先輩……!」

「さて、と。せめて卒業までに軽く1枚、仕上げてやりましょうかね」

 

 ──ま、こいつは元気そうで良いんだけどよ。

 桑原は溜息をつく。

 自分はまだいい。やるべきことは決まっている。

 そもそもぼーっとしっぱなしもそろそろ飽きていたところだ。

 だが、そうではない人物が周囲に居る。

 放っておけない大事な後輩が居る。

 ──或瀬の方が俺ァ……心配だぜ。

 

「……ン?」

 

 桑原はふと空を見上げた。

 一瞬、すぅーっと薄い影が空を覆ったような気がした。

 

「気の所為か……?」

『いや、魔力の反応だ。だけどすぐに消えてしまったよ』

「……そうか」

「どうしたんですか? 桑原先輩?」

「……何でもねえ」

 

 桑原は首を横に振った。

 何でもなければ、それで良いのだが──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……《プラチナ・ワルスラS》でダイレクトアタック。また私の勝ちです」

「あ、あれー? お、おかしいデスね」

 

 つまらなさそうにする紫月に、とぼけたように困惑するブラン。 

 見たところ、ここ数戦ずっと紫月の勝ちっぱなしだった。

 まあ、地力ではブランの方が上なのだから、紫月の勝率が高いのは目に見えているのだが、どうも勝った彼女はと言うと不満そうだった。

 

「まあ、デュエルはこれくらいにしてデスね」

「先輩。今回のデュエル、どう考えてもおかしかったです」

「お、おい、紫月……」

 

 不服そうに、彼女は言った。

 

「ラビリンスを狙っていたはずなのに、シールドを割りに行かない。かと思えば殴らなくて良い場面で殴りに行く。さっきだって《ミクセル》を出して《バーナイン》を出し、ドローを稼ぐのではなくて《ジャミング・チャフ》を使うべき場面だったはずです」

「……」

「どれも、いつもの先輩ならしないミスです」

 

 駄目だ紫月。それ以上言うんじゃない。

 そんな事は、俺だって、火廣金だって分かっていたことなんだ。

 ぎゅう、とスカートの裾を握り締めて紫月は絞り出した。

 

「先輩は、本当に大丈夫なんですか。まだ……引きずっててもおかしくないのに。私には、先輩が無理して笑ってるようで──」

「紫月」

「……」

 

 俺の声で彼女は言葉を止めた。

 しばらくその場に沈黙が流れる。

 彼女は微笑んだ。

 

「Sorry、シヅク。そして心配してくれてThanksデス!」

「……ブラン先輩……」

「お前……」

「デモ、このままじゃいけないって私が一番理解してるんデスよ。私が泣いたり悲しい顔してたら、ワンダータートルが悲しむデショ?」

「……」

 

 駄目だよブラン。

 そんな風に押し込めたら、ノゾム兄みたいになっちまうぞ。

 そう言いたくて仕方なかった。だけど、言えるわけが無いじゃないか。

 本当にブランが大事な相棒を失った悲しみから立ち直ろうとしているのだとしたら、その言葉は只の水差しだ。

 だって、結局悲しみから立ち直る事が出来るのは自分の力でなければいけないのだから。

 

「だから心配しないでくだサイ! 私は、もう大丈夫デスから!」

「……まあ、お前がそう言うなら……俺からは何もねえよ。だけどっ」

 

 念を押すように俺は言った。

 

「何かあったら、相談でも何でも言いに来いよ。俺に言いにくくても紫月や火廣金に言いやすい事もあるだろう。それでも良い。何でも言ってくれ。俺達はお前の味方だからな」

「ああ、何でも言えよレディ。部長には言いにくい事も山ほどあるだろう」

「今失礼な事言ったよな?」

「そうですね。先輩には言いにくい事も山ほどあるでしょうし」

「なあ、失礼だよな?」

「ふふっ、部長は頼もしいデス!」

「部長じゃなくてもだ」

 

 その言葉に、少しブランは戸惑ったようだった。

 だけど、再びまた笑みを返したのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「或瀬ェ。どうしたぁ? 今回の小テスト珍しくミスばっかじゃないか」

「あ、あははー。いつもならもうちょい取れるんデスけどねー?」

 

 ある日の英語の授業の事である。

 そこには、普段のブランならしないような、いやしでかそうと思っても出来ないような綴りのミスで点を刎ねられた小テストがあった。

 10問中正当は3問。勿論、ハーフならだれでも英語が得意というわけではないが、ブランは典型的な英語が得意な部類に入る。日本に来てからも母国語を忘れようとはしなかったからだろうか。

 

「おーい、ブラーン。ハーフのアイデンティティだろー?」

「何言ってるデスか! それは別にハーフのアイデンティティじゃないデスよ!」

「それもそーか!」

「ブランちゃんでもこういう時があるなんてね」

「あははー、こういう時もあるデースよ!」

「もう、しっかりしてよブラン。正月ボケ?」

「みたいデスねー? あはははー、まあ亀も木から落ちるって言いマスし!」

「それを言うなら猿だろ!」

「はははー、あんまり英語の授業でふざけるようなら後で職員室に来て貰うぞー?」

「Sorry,先生!」

 

 クラスが笑いに包み込まれる。

 クラスにすっかり馴染んだからこそ、当たり前のように普通に行われるやり取り。

 もう、すっかりブランも慣れていた。溶け込んでいると思っていた。

 

「ッ……」

 

 寒気が走る。

 クラスのみんなの視線が怖い。

 皆が自分を指差して笑っている。

 仲良くしてくれると思っていたのに。

 皆私を遠ざけていくんだ。

 

「金髪だ」

「染めてるんじゃない?」

「英語喋れねえのかよ」

「早くどっか行きなさいよ」

「死ねよ」

「くたばれ」

「はははっ、きったねえ!! 泥で茶色になったぞ!!」

「あははは!!」

「消えろ!!」

「消えろ!!」

「消えろ!!」

 

 

 

「ブラン。これで分かっただろう? 僕だけが君の味方なんだ」

 

 

 

「──ブランちゃん?」

 

 

 

 そこで、ふと意識が戻った。

 目には薄っすら涙が浮かんでいることに気付き、涙を拭きとる。

 

「どうしたブラン? お前、具合悪いのか?」

「ひょっとして気にしてた? 小テストの点が悪かったの」

「そ、そんなわけないじゃないデスか! 大袈裟デス!」

 

 そう否定して見せる。

 虚勢だった。

 もう、クラスの皆と目を合わせるのも次の瞬間には嫌になっていた。

 そして、皆の善意すら素直に受け取れない自分が嫌になっていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 金髪が揺れ、汗が跳ねる。

 少女の渾身のジャンプが、地面を抉った──

 

 

 

「せえええええいいいああああーっ!?」

 

 

 

 ぱこーん、と小気味の良い音と共にブランは思いっきりバーを巻き込んで頭からマットへダイブした。

 クラスの面々が心配になって駆け付けて来る。

 

「きゃあああ!! ブランちゃんが犬神家のスケキヨみたいな恰好でマットに逆立ちしてるゥ!!」

「ちょっと、大丈夫!?」

 

 時間は変わり、体育の授業の走り高跳びの時間にて。

 今度は、最初からいつも飛んでいるよりも高い位置にバーを設定したブランは、ものの見事にマットへ撃沈した。以上である。

 一緒の選択種目──陸上競技──を選択していた花梨は、無惨な姿で目を回している友人を見ていられなくなり、肩に担ぐ。

 

「Sorry……カリン」

「もーう! だから辞めとけって言ったんだよ!? 何でこんな無茶するの!? てかフォームからもう色々おかしかったよ!?」

「そ、そーデースか?」

「そうだよ! アイキャンフライじゃなくてアイアムフライって感じだったんだから! さながら油に大分する天ぷらの如し! それくらい綺麗な落下だったんだからね、自慢して良いよ!」

 

 呆れ半分で説教する花梨。

 

「Todayのカリンは……語彙力がホーフデスね……?」

「言ってる場合かぁーっ!」

 

 そう言って彼女は無理矢理日陰にブランを連れていったのだった。

 彼女は少しくらくらしているようだった。まだ、10分も経っていないのに、ブランはもう疲れているように見えた。

 

「ねえ、ブラン。もしかして、辛い……?」

「……どうしてそんな事言うのデスか?」

「……無理はしないでよ、ブラン」

 

 ブランは首を振った。

 

「大丈夫デス。それに、皆と同じことが出来ない方が……よっぽど嫌デス。逃げたくは、ないデスから」

「……」

 

 花梨はそれ以上は何も言えなかった。

 此処最近のブランの異様な不調は、花梨も感じ取っていた。

 自分にもっと力があれば、ブランをもっと早く助けられただろうか?

 自問自答を繰り返す。だが、不可能だった。

 何度問うても、どうにも出来なかった、という答えしか返ってこない。

 後悔して自分を責める事すら許されないのだ。

 

「……あたしに出来る事があったら、何でも言ってよ」

「ふふっ、アカル達にも同じこと言われたデス」

「そりゃ言うよ……耀、ブランのことずっと気にかけてたんだもん。紫月ちゃんだってそうだよ。冬休み中、ずっとブランの事を気にしてて……火廣金も、あんたの様子を見てすっごい悔しそうにしてた。何でこうなってしまったんだ、って」

「……」

「……とにかく、あたし測定があるから行くね。ブランも……程々にね」

「分かったデス!」

 

 溌剌と答えるブラン。

 駆けていく花梨の姿を目で追う。

 追っていき──視界から消した。

 

 

 

「……駄目だなあ、カリンにまで迷惑……掛けちゃった」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『マスター。授業をほっぽりだして良いのかい!?』

「アホか! もう全員自習状態だ! それよか、やっぱり気になるんだよ。変なモンがこの学校に居やがる!」

『クリーチャーだろうけど、捕まえられるかな?』

「さあな!」

 

 校舎を駆ける桑原。

 やはり、先日感じた気配が気の所為ではない。

 そして──とうとう追い詰めた。此処は袋小路。

 旧校舎の旧保健室前だ。

 

「ゲイル!!」

『勿論!! 輝かせて貰うよ!!』

 

 風の刃を放つゲイル・ヴェスパー。

 しかし、その攻撃は全て吸い込まれるようにして虚空へ消えてしまった。

 それどころか、先ほどまで居たはずのクリーチャーらしき影はもう居ない。

 だが、流石天風の名を冠すグランセクトというだけあって、ゲイルは只では終わらなかった。

 それこそ桑原を差し置いて目にも留まらぬ速さで敵を猛追していく。

 あっと言う間にゲイルの姿は桑原に見えなくなった。

 ……しばらくしただろうか。露骨に肩を落としてゲイルは帰ってきた。

 どうやらこれでも駄目だったらしい。

 

『やられたね。何を使ったのか知らないが、撒かれた』

「畜生! マジかよ! どこまで追えた?」

『ああ。流石に女子トイレの中までは追えなかったよ。そこで見失ってね』

「はあ。なら仕方ねえな……ん?」

 

 桑原は今の話で何かがおかしい事に気付いた。

 そして──すかさずゲイルに掴みかかる。

 

「ってアホかァ!! お前クリーチャーで誰にも見えないんだから別に女子便に入っても良かっただろうがァ!!」

『ヒーローとは! モラルを遵守してこそヒーローではないのかなあ!?』

「学校と俺の命令を先に守れェ!!」

『それに仕方なかったんだ。見慣れた顔がトイレから出ていくようだったし、流石に窓からとはいえ僕も入るのは憚られた。どの道そこで反応は消失したしね』

「見慣れた顔?」

『おっと、誰かは言わないよ。レディに対するマナーだ』

「チッ」

 

 桑原は舌打ちする。

 まあ、もっともあれだけ魔力が薄いのだ。

 例えワイルドカードだったとしても、格は低いとみても良いだろうと予測する。

 

「……ワイルドカードだとすると、何か起こってからじゃねえと対処は難しいんだっけか」

『そうだね。その通りだ。まだ人間にも憑依してないとなると、今みたいに捕らえるのは難しい』

「……難儀だな」

 

 桑原は腕を組んだ。

 この件。どうにか耀達にも伝えるべきだろうか。

 と思ったその時。スマホのブザー音が鳴った。

 何だろう、と思ってみてみるとメールのようだった。

 

『どうしたんだい?』

「……甲へ、唐突にマスティンのデッキ組みたくなったから貸してくれ……? 学校終わってすぐ……!?」

『あー成程、完全に理解したよ』

 

 ゲイルは頷く。

 完全に他人事と思っている顔で、桑原に協力する気は微塵も無い事を示していた。

 右手でそんな相棒をどつこうとするが、手を届かないので、更に苛立ちを加速させつつ桑原は叫んだ。

 

「やべえ! これすぐに行かねえと機嫌悪くなる奴だ!! 畜生!! 病人なんだから少しは大人しくしてくれェェェーッ!!」

 

 次から次へと降りかかる難題。

 何のもんだいと振り払うには、余りにも多すぎて、虚しく桑原の絶叫が校舎に響いたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 呪詛は続く。

 止まる事はない。

 ロードから解放された後、裏切りの記憶はブランの心を深く深く抉っていた。

 ある時は髪を掴まれて泥水に身体を叩きつけられた。アスファルトで肘の肉が削げた。

 ある時は黒板の粉を付けられた。汚いと言われた。

 ある時は墨汁を髪に掛けられた。黒く染めろと呪いのように刻みつけられた。本当に染めてしまおうかと思ったが、親譲りの綺麗なブロンドだけは譲れなかった。

 群衆が怖い。

 人に嗤われるのが怖い。

 だから避けた。

 囲いの中を抜け出して、飛び出そうとして──躓いた。

 

 かごめかごめ

 かごのなかのとりは

 いついつ出やる

 鶴と亀が滑った

 後ろの正面だあれ?

 

 ……籠の中の鳥とは、自分の事だったか?

 

「……部活行くの、やめようかなあ」

 

 気付けば声に出ていた。

 デュエマをすればするだけ、皆に心配をかけてしまう。

 いや、そもそももう顔を合わせるのも嫌だった。

 

「新しいデッキ、組んで来たんデスけどね……」

 

 耀達がどう、というよりも──人の顔を見るのが、もう億劫だった。

 ぼろぼろ、と涙が零れて止まらない。

 最近、そんな事が増えた気がする。

 今だってそうだ。何の気なしに部室に行こうとしたら、これだ。

 止まらない涙を、誰も居ない女子トイレの中で抑えた。

 また、呪いが1つ蘇った。

 女子トイレの個室の上からバケツで汚水を掛けられたことだった。

 ブランはその日、部室に行くのをやめた。

 

 

 

「……」

 

 

 

 昏い彼女の目。

 何時にも無く、生きる気力を失った彼女の瞳は、光を失っていた。

 

 

 

「こんな顔、見せられないよ」

 

 

 

 泣き崩れたブランに誰も答える者は居ない。

 その背後は薄暗い影が巣食っていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ブラン先輩、結局部活に来ませんでしたね」

「……しつこくし過ぎたかなあ」

 

 部室には曇天のような空気が重くのしかかっていた。

 火廣金はプラモデルをパチッ、パチッ、と組み立てながらフォローを入れる。

 

「仕方がない。俺達に出来るのは、見守る事だ。彼女は俺達が味方だって分かっている。彼女がもしも躓きそうになったら、何度でも手を差し伸べる。それだけだ」

「……そうですが、心配です」

『亀の爺さんを失った悲しみに、幼馴染に裏切られた事。ダブルパンチだからな』

 

 シャークウガが言った。

 その眼は物悲しそうだった。

 

『……朗らかな爺さんだった。嬢ちゃんの支えになっていたのは容易に想像できる』

「……シャークウガ」

『しかし、どうするでありますか?』

 

 チョートッQが無責任に振ってきた。

 

「どうするもこうするもねぇよ」

 

 失った誰かを忘れろなんて言うのは残酷すぎる。

 だから、また積み重ねていけばいいじゃないか。

 

「このまま引きこもってもらっても困るからな。今度はみんなでまた、おじゃんになったデュエマの大会でも、そうじゃなくても出かけるとしようぜ」

「……そうですね、白銀先輩」

「ああ。純粋に楽しめることが増えていければ、あいつも……」

 

 考えれば考えるほどに、溝にはまり込みそうだった。

 難しい。難しすぎる。

 どこまで気を遣えば良いのか、どこまで普段通りに振る舞えば良いのかが分からない。

 深い悲しみを抱えた友人を前に、俺にやろうとしている事はあくまでも自己満足でしかないのかもしれない。

 それでも──やらないよりは、遥かにマシだと思えるのだった。

 

「ということで、今日は解散。具体的な計画はまた立てようや」

「了解だ、部長。何なら俺が色々調べておこう。これは部全体の問題だ」

「こっちでもやっておきましょう」

「ああ、任せたぜ」

 

 とは言ったが、発案の俺が何もしないわけにはいかないので、当然こっちでも行けそうな場所を調べておくつもりだ。

 近くのレジャー施設、遊園地、皆で楽しめそうな場所全般だ。

 部室の鍵を閉めた。

 明日は、彼女が来てくれると信じようとした。

 ──でも、部活なんかこの際良い。お前が、お前の傷が少しでも癒えてくれるなら……。

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

 

 

 

 暗野紫月は1年生の下駄箱の前で立ちすくんだ。

 そこには、今日部活に来ていないはずのブランの姿があった。

 何故、彼女が此処に居るのだろうか。部活に来ていないのならば、今まで何をしていたのだろうか。

 立ち塞がるようにして佇む彼女に、思わず声を掛けたのは紫月の方だった。

 

「先輩。どうしたんですか。こんなところで……」

「あはは……いやあ、部活に行こうと思ったんデスけど……今日は気分が乗らなくて」

「……ごめんなさい、先輩」

 

 紫月は謝った。

 昨日、自分がプレイングミスから彼女のストレスを指摘するようなことをしたからだろう、と推測する。

 見ていられなかったとはいえ、焦りから来た先走った行いだと反省していた。

 

「昨日は責めるような言い方してしまって」

「いやいや、気にしなくていいデスよ。私も、あんなミス何度もシヅクの前でしてしまったのがいけないデスし」

「でも先輩。無理は、無理はしないでくださいね。ミスなんて、ミスなんてこの際どうでもいいんです。失敗しても、皆に迷惑かけてるだなんて、思わないでくださいね」

 

 紫月は絞り出すように言った。

 ブランはにこにこ、と笑みを浮かべると言った。

 

「そうデスね……シヅク。ありがとうデス」

「……先輩」

「ねえ、シヅク。1つお願いがあるんデスけど」

「?」

「デュエルしてほしいデス。私と」

 

 何だ、そんな事か、と紫月は胸を撫で下ろす。

 デュエルくらい幾らでもしよう。それが彼女の望みならば。

 

 

 

「──本気で」

 

 

 

 ぼそっ、とそれは最後に付け加えられたようだった。

 彼女はポケットから1枚のカードを取り出す。

 白紙に戻った、エリアフォースカードだった。

 一体何なのだろう、と紫月は首を傾げたその時だった。

 

 

 

『マスター!! 気を付けろ!!』

 

 

 

 シャークウガの叫び声がその場に轟き、紫月は思わず飛び退いた。

 エリアフォースカードに、光が灯っている。

 そして、それは紫月を飲み込もうとする──

 

「先輩!? 何考えてるんですか!? 空間でのデュエルは、どちらかが傷つくんですよ!?」

「言ったデショ?」

 

 ブランの口角がきゅぅっ、と更に釣り上がった。

 

 

 

「デュエルしてくだサイ、って……本気の、ね」

 

 

 

 不意を突かれたからか、逃れる事も出来ない。

 紫月はブランの解放したデュエル空間に飲み込まれていった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 突如、始まってしまったブランと紫月のデュエル。

 望まぬ形で始まってしまったデュエルに、紫月は戸惑いを隠せない。

 

「ブラン先輩、何で……! シャークウガ、何か分からないんですか!?」

『駄目だ。エリアフォースカードから、妙な気配が出ていやがる。完全にこっちが見透かそうとしてることが全てシャットアウトされてらァ!!』

「もしかして、目覚めていないとはいえ、それがジャスティス(正義)の能力……?」

『かもな!! 本当かは分かんねえけどよ!!』

 

 これは、どんなに薄い魔力でも判別する事が出来るマジシャン(魔術師)とは非常に相性が悪い能力だった。

 これでは、ブランの真意も、またはブランが何かのワイルドカードに侵されているという可能性も探る事が出来ない。

 それならば、紫月に出来る事は唯一つだった。

 

「……先輩を此処で倒します」

『紫月……!』

「何かを言って聞く人ではありませんからね。ブラン先輩が一度行動に移したからには、そういうことです。だから、勝って先輩を問い質します。でも──」

 

 紫月は歯を食いしばった。

 

「──こんな事、本当にブラン先輩の望んでいる事なんですか!?」

「シヅク。行くデスよ! 2マナで《タイム1 ドレミ》を召喚デス!」

 

 現れた星型の小さなクリーチャー。

 その能力でブランの手札に1枚カードが加わる。

 ──やはり、メタリカではありませんね。意図的にそれを避けているというべきでしょう。何を使って来てもおかしくはありません。

 

「……目を覚まして下さい、先輩。私が貴女を倒す前に……!」

 

 魔術師(マジシャン)のカードが光り輝く。

 その光を握り締め、彼女は突きつけるようにブランに言った。

 

魔術師(マジシャン)のカードは、強力な宝具の宝庫。生み出されるありとあらゆる魔術や魔法が私の味方です」

 

 2マナをタップし、紫月はクリーチャーを呼び出す。

 

「《【問2】 ノロン?》召喚。その能力で、カードを2枚引いて2枚捨てます。ターン終了です」

「……私のターンデス! こっちは3マナで《絶対の畏れ 防鎧》を召喚デスよ!」

「《防鎧》……! 厄介所が出てきましたね」

 

 紫月は歯噛みした。

 ハンデスもコスト踏み倒しも封じる凶悪なメタカードだ。光の低コスト帯には相手の動きを縛るカードが多い。これは、その中の筆頭ともいえるカード。

 しかし、彼女の雁字搦めのようなロック戦法はまだまだ続く。

 

「そして《ドレミ》で攻撃するとき……革命Changeデス!」

「やはり来ますか……!」

「シヅク。貴女の呪文を手札に封じ込めてやりマス! 《タイム3 シド》召喚デス!」

 

 紫月の盾へ突貫した《ドレミ》はブランの手札から飛び出した一筋の光とバトンタッチ。

 現れたのは星型の宇宙船に乗った丸々太った天使龍だった。

 

「シールドをブレイクデス!」

「ッ……!」

 

 踏み倒しどころか、呪文のコストを2増やすメタクリーチャー、《シド》の存在は紫月を青褪めさせるには十分だった。

 しかし。

 

「……その程度なら、何も問題はありませんね」

「?」

「先輩。貴女は本気で私とやりたいと言ったのです。そんなに見たいなら、見せてやろうじゃありませんか」

 

 薄っすらと笑みを浮かべる紫月。

 それこそが、彼女の根底にあった余裕だった。

 

「まず、《埋葬の守護者 ドルル・フィン》を召喚です」

 

 髑髏に身体を覆われた守護者が彼女の周囲を飛び回る。

 そして、それは間もなく──爆散した。

 驚いたように目を見開くブラン。

 

「そんなに見入ってもらっては困ります。《暗黒鎧 ダースシスK》の能力を使っただけじゃないですか」

「そ、それは……!」

「《ダースシスK》の効果で、自分のクリーチャー、そして手札、山札の上から1枚を墓地に送り、コストを踏み倒して召喚します」

「でも、《防鎧》の能力で山札の下に行って貰うデスよ!」

「問題はそっちではありませんよ、ブラン先輩。まず、《ドルル・フィン》が破壊された時の効果を使い、山札の上から6枚を墓地に送ります」

 

 大量に墓地へ送られていく山札。

 そして、そこからどす黒いオーラが湧き出た。

 

「そ・し・て」

 

 紫月は痛む胸を抑えて、墓地へ送られた2機の霊魂を操った。

 それが、ブランの場を一瞬で蹂躙する。

 絶え間ない絨毯爆撃が襲い掛かった。

 

「手札から1枚、《爆撃男》が墓地へ落とされました。何処からでも墓地へ行ったので、《防鎧》のパワーをマイナス2000」

「ぎっ……!」

「更に《一なる部隊 イワシン》が山札から墓地に落ちたので1枚ドローして──来ましたね。《爆撃男》を捨てて更にパワーマイナス2000。パワーがゼロになった《防鎧》は破壊されます」

 

 絨毯爆撃をカバって爆散する《防鎧》。

 墓地を大量に増やすデッキだから出来るギミックだ。

 

「これで私はターン終了です」

「……シヅク……!」

「先輩。これでもまだ続けますか? これ以上続けるなら、本気で先輩を蹂躙するということですよ。私の持ってる中で一番強いデッキが何か、忘れたわけではないでしょう」

「……」

「……おまけに、それは今、魔術師(マジシャン)の適合を得てこの空間でのデュエルに適応しているのです。言ったはずですよ。あらゆる魔術が私の味方だと」

 

 全部アルカナ研究会の魔導司の受け売りではあるが、大方その通りであった。

 以前、トリスやティンダロスが言ったように、只強いデッキではなく、エリアフォースカードのアルカナ属性に適応したカードでなければデュエリストは最大の力を発揮できない。

 つまり、エリアフォースカードや守護獣に関連するカードやデッキでなければ空間でのデュエルを制するのは難しいのだ。

 しかし。

 

魔術師(マジシャン)はどうも、あらゆる魔術の宝庫という性質上、その制約が他のエリアフォースカードよりも軽いのです。つまり、このデッキの総合力はどっかの鮫を使うよかよっぽどいい」

『オイこら。それは俺の魔力供給があってこそ成り立つんだろうが。それに、言っておくがムートピアの方が魔術師(マジシャン)の適合による恩恵は受けられるんだぞ?』

「そういうことです。連携、というやつですよ」

『まあ、そういうことにしてやるよ』

 

 しかし、ブランは紫月の言葉に怖気づいた様子は無かった。

 それどころか──

 

「……ふふふっ」

 

 紫月は身構えた。

 

「……良いデスよねえ、シヅク。そうやってシヅクには相棒が居るんデスから」

「……先輩?」

「私の相棒は、もう居ないデスよ」

 

 ゆらり、とブランの影がぶれる。

 

 

 

「何でシヅクの相棒だけ生き残ってるデスか」

 

 

 

 ぞくり、と紫月の背筋が凍った。

 胸が痛む。

 腹の中でそんな事を考えていたのか、ブランは。

 

「な、何でそんな事言うんですか……!」

「ズルいデスよ。シヅクの相棒だけ、シャークウガだけ生き残ってるのは」

「……そ、それは……せ、先輩でも言って良い事と悪い事が……!」

「……なら、此処で全部リセットすれば解決よ」

 

 紫月の中でちらつく。

 シャークウガを失いそうになった、あの瞬間を。

 マギアノイドに胸を抉られたシャークウガの姿を。

 

「私だって……!!」

「私のターン。4マナで《スパーク・チャージャー》! 《ノロン》をタップして1枚ドロー! チャージャー効果でマナに送り、ターンエンド!」

 

 冷淡にカードを走らせていくブラン。

 その姿に紫月は息を詰まらせながら反駁した。

 

「私だって……もう少しで……シャークウガを失うところだった……のに!」

「私が弱いからワンダータートルを失った、とでも言いたげデスね」

「……いい加減にしてください! 幾らブラン先輩でも怒りますよ!!」

 

 瞳に涙を浮かべて紫月は3枚のマナをタップする。

 彼女は張り裂けそうな喉笛から力一杯に叫ぶ。

 

「3マナで《ノロン》を進化! 現れなさい、《プラチナ・ワルスラS》!」

 

 現れたのは巨大な王冠を被ったスライムのクリーチャー。

 紫月の主力クリーチャーの1体だった。

 

「枯れ果てた手札は無理矢理にでも供給するのみ。《ワルスラ》で攻撃するとき、カードを3枚引いて1枚捨てます! そして、シールドをW・ブレイクです!!」

 

 割れるシールド。

 しかし。そこから光が差し込む。

 紫月の怒りさえも阻むように。

 

「ターンエンド……!」

「私のターンデスね?」

 

 彼女は笑みを浮かべた。

 そして──静寂を告げる5枚のマナがタップされた。

 

「5マナで《太陽の精霊龍 ルルフェンズ》を召喚」

「……そ、そのクリーチャーは……!」

「効果で手札からコスト6以下の光のクリーチャーをバトルゾーンに!」

 

 太陽の杖を掲げる精霊龍に光が降り注ぐ。

 それは膨張し──天使の羽根を広げ、辺りに散らばせた。

 

 

 

「──進化、《聖霊龍王 アルカディアスD》!!」

 

 

 

 現れたのは、《アルカディアス》の名を継ぐ聖霊の龍王。

 沈黙させるのは、全ての光以外の呪文。

 最早、誰もその正義に異議を挟むことは出来ない。

 

「これで、終わりデス! 《アルカディアスD》で《ワルスラ》を破壊!」」

「……そんなっ……!」

「ふふふっ、ターンエンドデス。シヅク」

 

 紫月は沈黙した。

 呪文を封じられた。

 その上、《アルカディアスD》はパワー12500の進化クリーチャーだ。

 

「……させないですよ。此処で勝たせたりなんか……!」

 

 だが、彼女の執念は未だ燃え上がるのみだった。

 今のブランを勝たせてはいけない。

 それは、自分の仲間を否定すること。

 そして──自分が信じたブランを否定する事になる。

 

「墓地に落ちた13枚のクリーチャーでコストを軽減し、1マナで召喚……!」

 

 それは深淵なる闇。

 全てを破壊する漆黒の闇。

 師匠から受け継いだものとは思わない。

 これは、自分のオリジナルだ。

 そして──目の前にギラつく光を食い破る為の刃だ。

 

 

 

「それは全てを滅ぼす終焉の夜明け──双極変換(ツインパクト・チェンジ)召喚(サモン)、《龍装鬼 オブザ08号》!!」

 

 

 

 その炎は全ての罪を焼き尽くす。

 彼女の怒りと共に打ち滅ぼす。

 龍骨を纏いし偽りの龍が、天使龍を一瞬で薙いだ。

 

「《オブザ08号》は、登場時に相手のクリーチャー1体を墓地のクリーチャー1枚につきパワーをマイナス1000します! 《アルカディアスD》をパワーマイナス13000して破壊!」

「あははっ、シヅク、《アルカディアスD》を倒した程度で──!」

「終わりませんよ。G・ゼロで《盗掘人形モールス》を召喚して、墓地からクリーチャーを回収します」

「!」

「これで決めるとしましょうか!」

 

 彼女は残った1マナをタップした。

 

「墓地のクリーチャー13枚でコストをマイナス11軽減──さあ、出番です」

 

 それは全てを焼き尽くす無法者。

 黒き翼も、黄金の太陽も、全てこの手で撃ち落とす。

 大地を食らい、屍を踏みにじり、越えてゆく。

 敗北したあの日からそう決めた。絶対に負けないと決めたのだ。

 

 

 

「数多の屍を乗り越えて暴走する──《暴走龍(ライオット) 5000GT》!!」

 

 

 

 翼を広げ、重火器をありったけに展開し、咆哮する暴走龍。

 シャークウガも、その猛々しさに最早口を噤むしかなかった。

 

「それだけでは終わりませんよ。G・ゼロで、墓地にクリーチャーが6体以上いるので《百万超邪(ミリオネア) クロスファイア》をタダで召喚!」

『しゃあっ!! やったぜマスター!! 完全にキル圏内だ!!』

「ええ、行きますよシャークウガ!」

 

 遂に並び立つ無法龍達。

 そして──無法龍は咆哮した。

 

「終わりです。《5000GT》の効果で、パワー5000以下のクリーチャーを全て破壊。そして、《5000GT》で残るシールドをTブレイク!」

 

 だが、彼女がS・トリガーを発動する様子は無い。

 ならば、もう叩き込むのみだ。邪魔なクリーチャーも、もう何もいない。

 

 

 

「《クロスファイア》でダイレクトアタック──!」

 

 

 無法龍の放つ重火器の一斉射。

 それがブランを薙ぎ払う──

 

 

 

「──革命ゼロトリガー発動」

 

 

 

 ──その前に、一筋の光が戦場に舞い降りる。

 

「しまっ……!」

「《ミラクル・ミラダンテ》!! その効果で山札の上から1枚を捲り、それが光の進化ではないクリーチャーならそのまま重ねて場に出す! 捲れたのは《龍覇 セイントローズ》! まずは登場時能力から解決するデスよ!」

 

 現れたのは天器を呼び寄せるドラグナー。

 超次元の門が開き、そこから強大なる光の要塞が姿を現した。

 

 

 

「──《天獄の正義 ヘブンズ・ヘブン》!!」

 

 

 

 それは、傲慢なる正義の聖堂。

 全てを圧し、全てを制する天命の監獄と化す。

 そして、さらに《セイントローズ》に光が降り注ぎ、瞬く間に聖なる龍へと変貌した。

 

「《ミラクル・ミラダンテ》で《クロスファイア》をブロック!」

「でも、パワーアタッカー+100万です! そのままバトルで破壊します!」

 

 危ない、パワーアタッカーが役に立ったか、と紫月は額の汗を拭った。

 どのみち、長引く事を見越して《アルカディアスD》を排除していて正解だったのだ。

 返されはしたが、場には3体のクリーチャー。対して、ブランのクリーチャーは全滅。

 有利な事には変わりない。しかし。

 

「私のターン。5マナでもう1度《ルルフェンズ》を召喚デス──そしてその効果で《コマンデュオ》を召喚。効果で《エメラルーダ》も場に出し、シールドを追加するデス」

『まだ展開するのかよ!? 何てガッツだ!』

「割ったシールドが仇になりましたか。ですが、無駄な足掻きです。押し切れますよ、シャークウガ」

 

 未だに、ブランは諦めていないようだった。

 髪で隠れてその瞳は見えない。

 だが、見えていたら、もう戦えなかったかもしれない。

 

「そして、ターンの終わりに手札から《ヘブンズ・ヘブン》の能力でこのクリーチャーを場に出すデス」

 

 彼女の顔は、もう見えなかった。

 

 

 

「──《ルルフェンズ》進化、《聖霊龍王 バラディオス》」

 

 

 

 その時、全てが凍った。

 《5000GT》も、《クロスファイア》も、《オブザ》も、全て須臾の間に時間を奪われる。

 静止し、沈黙した時間の中で、ブランは語りだす。

 

「《バラディオス》の効果で、シヅクのクリーチャーを全てフリーズしたデス」

「そんなっ……一瞬であっさりと……!!」

「勝ったと思ったデショ? シヅク。でも、これが現実デス。そして、これが──裏切られる、って事デスよ! あははっ!」

 

 何に裏切られたのだろう。

 紫月は唇を噛んだ。血の味が、徐々に、徐々に舌に染み込んでいく。

 まさに勝とうとしていた盤面?

 違う。

 決められなかったデッキのクリーチャー達?

 違う。

 

「ブラン、先輩……!」

 

 紫月はもう、何も出来なかった。

 引いたカードでは、ターンを無駄に過ごすだけだったのだ。

 彼女の顔は、やつれていた。

 

「……貴方も相棒を失ってから、気付くデスよ。深い、絶望を」

 

 ブランは淡々と、感情無き声で言い放つ。

 最早、長引かせるのは無用。  

 一瞬で終わらせるのみだった。

 

 

 

「──《侵略者 フェイスレス》、召喚デス」

 

 

 

 現れたのは異様なクリーチャー。

 目も無ければ顔も無い。

 全ての慈悲を捨て去った、光の侵略者。

 羽根を広げ、頭に光の輪が浮かぶ。

 

「《バラディオス》でシールドをT・ブレイク」

「っ……ああ!!」

 

 シールドの破片が紫月に降り注ぐ。

 肉を裂かれながらも、血を迸らせながらも、紫月はブランを睨んだ。

 

「く、ま、まだ……!」

「《コマンデュオ》でシールドをW・ブレイク」

 

 無情にも二撃目が紫月を抉った。

 そして、彼女は──地面に倒れ伏せた。

 割れたシールドがじゃらじゃらと音を立てて散らばった。

 

「……ブラン先輩……やれば……出来るじゃないですか……」

「……」

「……こんなに、強いなんて……」

 

 紫月は虫の息で笑みを浮かべた。

 

『マスター!! くそっ、起き上がれ!!』

「……シャークウガ……!」

『此処で寝てたら、本当に死んじまうぞ……! あの嬢ちゃん、俺達を本気で殺すつもりだ……!』

「で、でも……」

『それにまだ、希望は残ってるぜ!!』

 

 シールドが収束する。

 それも、力強い鼓動だ。

 彼女はそれを手に取った。

 

「……S・トリガー!!」

「! まだやるつもりデスか。でも、《クロック》は《5000GT》で出せないはずデス!」

「分かってますよ! だからすべて殲滅するんです!」

 

 次の瞬間、その場は明けない夜が訪れた。

 地獄の番人が現れ、全ての命を刈り取る──

 

 

 

「スーパー・S・トリガー、《闇夜の番人(ヘルヘイム・グロンゴ)》!!」

 

 

 

 次の瞬間、全ては破壊された。

 味方諸共に巻き込み、それは全てを飲み込んでいく。

 二度と這い上がれない、漆黒の闇へ──

 ──でも、次のターンでもう1度《クロスファイア》と《5000GT》を出せれば、まだチャンスはあります。手札には《本日のラッキーナンバー!》まである。あれがS・トリガーだったとしても、まだ──!

 しかし。

 ──あれ?

 何かがおかしい。

 飲み込まれていくのは紫月のクリーチャーばかり。

 ブランのクリーチャーは、飲み込まれるどころか──無傷だ。

 

「な、何で……!?」

「《フェイスレス》の能力発動」

 

 抑揚のない声だった。

 

「相手のシールドが2枚以下の時──自分のクリーチャーが場を離れる時、パワーが0以下でなければ代わりに場に留まる」

「なっ……! そんな!」

 

 失念していた。

 あまり見ないカードだから、効果を忘れていたのだ。

 最早、これでは反撃どころではない。ブランの場には、まだ攻撃できるクリーチャーが居るのだから──

 

 

 

「じゃあね、紫月。《ルルフェンズ》で──ダイレクトアタック」

 

 

 

 次の瞬間、光の弓矢が紫月を貫いた。

 一瞬の出来事に、紫月は最後まで自分に何が起こったのか、理解できなかった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 さて。どうしようか。

 転がる暗野紫月と、シャークウガ。

 このまま両方とも殺し、エリアフォースカード諸共奪ってしまおうか。

 その次は白銀耀、その次は火廣金。

 裏切りという物の恐ろしさを彼らにも刻み付けて──いや、待て。

 近付いてくるか。

 仕方ない。この場は去ろう。

 だけど──彼らが暗野紫月を見て何と言うかが楽しみだ。

 見てるが良い。このまま諸共に皆、崩壊させてやるとしよう。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「紫月!!」

 

 

 

 俺に抱きかかえられていることに、紫月は気付いたようだった。

 力が入らないのか、手を上げて俺の顔へ伸ばそうとするが、腕がもう持ち上がらないようだった。

 全身が傷だらけだ。青いパーカーが赤く迸った血飛沫で染まっていた。

 

「今、今火廣金が救急箱持ってくるからな!! しっかりしろよ!!」

「せん、ぱい……」

「魔術で治療すれば、クリーチャーにやられた怪我もすぐ治る!! だから、そのまま気をしっかり持て!! な!!」

 

 くそっ、くそっ、くそっ!!

 何でこんなことになっちまったんだ!!

 1年と2年の下駄箱が離れていたばっかりに、駆け付けるのが遅れるなんて!!

 まさか、紫月が襲われてしまうなんて!!

 チョートッQが、誰かが空間を開いた事に気付いていなければ、もっと遅れていたかもしれない。

 紫月は死んでいたかもしれないんだ。

 

『シャークウガ!! 無事でありますか!! 魔力をすぐさま補給するでありますよ!!』

『……ぁ、あ』

 

 シャークウガも、今にも息絶えそうだ。

 一体、何処のどいつがこんな事を……!

 少し紫月から目を離した間だったのに……!

 

「せん……ぱい……」

「紫月!! 大丈夫じゃねんだ、あんまり喋るんじゃねえ!!」

「ブラ……ン、せんぱい、が……!」

「ブランがどうしたって!?」

 

 ブランはこの場には居ないはずだ。

 とにかく、黙っててほしい。出血がひどくなるかもしれない。

 

 

 

「わた……し、……ブランせんぱいに……襲われて」

 

 

 

 俺は、紫月を取り落とす所だった。

 

「……な、おい、嘘だろ。錯乱してるんだ。しっかりしてくれ!!」

「ウソじゃ、ないです……」

 

 息も絶え絶えに、涙さえ零しながら紫月は続けた。

 

 

 

「わたしは……ブランせんぱいに……まけて……!!」

 

 

 

 嘘だ。

 そんなはずない。

 だけど、外ならぬ紫月が言っている言葉だ。

 火廣金の駆ける音が近づいてくる。

 でも、俺は──何も考える事が出来なかった。

 俺は、俺は、こんな時……どうすれば良いっていうんだ?



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Ace26話:正義(ジャスティス)ノ裁キ

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 一度焼き付けてしまえば手慣れたものだ。

 これだけ書いてしまえば崩壊は必然。

 全て崩れ去る。

 

 

 

『絶交デス』

 

 

 

 デュエマ部はお終いだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ブーランッ」

 

 

 

 サイドポニーの少女は、放課後に帰ろうとする友人に駆け寄った。

 

「あれ? カリン、どうしたデスか?」

 

 ブロンドが揺れる。

 細いラインが暮れかかった夕陽に当てられた。

 どうして彼女がこんな所にいるのだろう、という疑問を隠せないまま、花梨は説明した。

 

「どうしたもこうしたも、ちょっと生徒会の方に用事があって今武道場に戻ろうとしてた所。あれ? そういうブランは? 部活あるんじゃないの?」

「……あー、私も……用事デス。ちょっと今日はここらへんで」

「……嘘」

 

 ぎゅうっ、と彼女の裾を花梨は引っ張った。

 顔に浮かぶ一筋の光。

 それが見えたからだ。

 

「ブラン、涙が出てる」

「ええっ!?」

 

 自分では気づけなかったのか、彼女はすぐさまそれを拭いとる。

 明らかに、今の彼女は異様だった。

 

「……ブラン。やっぱり、あたしで良かったら、話聞くよ」

「……カリン」

 

 彼女は俯いた。

 もう黙っているのが堪えきれなくなったようだった。

 

「ごめんなさい……最近、何もしてなくても涙が出てきて……」

「……」

「私、此処最近失敗続きだった。カリンにも迷惑かけちゃったし、部の皆にも……これじゃあ、デュエマ部失格だよ」

 

 ぽつ、ぽつ、と彼女は言葉を零していく。

 

「……やっぱり、私、ダメダメだ。昔っから何も変わってなかった。デュエマ部に入って少しは変わったと思ったけど……駄目だった」

 

 ぼろぼろ、と大粒の涙が地面に落ちていく。

 

「結局、何も守れなかった……私は……駄目な子だ」

「そんなことない」

 

 きっぱり、と花梨は言った。

 

「変わる変わったとかそんな事関係ない。ブランはブランのままが一番に決まってるのに、変わるも変わったもない」

「……でも」

「ブラン。私は今のブランが大好きだよ」

「っ……」

「私は最初の頃からブランを見てたから、今更関係ないって感じ。確かにワンダータートルの件は……悔やんでも悔やみきれないはずだよ。私も……お兄の事、もっと早く気付いて上げたらって思ってた。そしてお兄は──大事な人に、手が届かなかった」

「カリン……」

 

 ブランは思い返した。

 花梨も、ノゾムが大きく傷ついた事。そしてノゾムが大事な人が守れなかったがために壊れてしまったことを悔やんでいるのだ。

 

「だから、人間、一番つらい時に一番頼れる人を頼れなきゃ、壊れちゃうんだよ。私は──壊れる前に助けてくれる人が居た。ブランにだって、居るはずだよ。前に進まなきゃ、過去に閉じこもったままじゃ、いつまで経っても辛いままだよ」

「……嫌だよ。迷惑かけちゃう……! もう、アカルに迷惑かけたくない! シヅクにも、ヒイロにもっ……」

「そんなことない。耀は、そんなことでブランを迷惑がったりしない。ブランが一番知ってるはずでしょ?」

「……で、でも」

「ブラン。疲れてるんだよ。でも、ブランの心の傷は引きこもってて治るものじゃないと思う」

 

 普通の心の傷ではない事は、花梨も重々分かっていた。

 自分達仲間以外の誰にも相談が出来ない、クリーチャーの仲間を失ったという事実。

 そして、ロードに囚われていた時の凄絶な記憶。それが彼女を苦しめていた。

 

「泣き顔なんて、見せたら……またアカルを心配させちゃうデス」

「……そうかな。耀はむしろ、安心すると思うけど」

「っ……」

 

 ブランは顔を上げた。

 

「あいつは、そういう考えだからさ。吐き出したい時には吐き出しちゃえって考えなんだ。昔っからね。あたしやお兄みたいに、無茶ばっかりする馬鹿が周りに居たら、そりゃそう思うよね」

「……あっ」

 

 彼女は思い出したようだった。

 

「……ね、ブラン。仲間の所に行こう? あいつ、頼ってもらうのが好きだからさ。慣れっこなんだよ。知ってるでしょ?」

「……カリン」

「大丈夫だよ。あいつなら、ありのままのブランを受け入れてくれるよ」

 

 ブランは何度も頷いた。

 花梨も思わず微笑む。

 ──自らの知らぬ所に、及ばぬ所に、怖ろしい悪意が潜んでいる事など夢にも思わず──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

「……」

「……昨日はありがとうございました」

 

 翌日の部室は、早速通夜のようになっていた。一先ず、俺達は今日一日、ブランと話すことはしなかった。事件の調査について本格的に動き出すなら、やはり放課後が色々都合がいいからだ。

 取り合えず、昨日の顛末はというと、大怪我をしていた紫月は火廣金が持ってきた魔導書に乗ってた治療魔法で傷一つ無く治り、残りは安静にしているようにとのことだった。

 そして、またしても大きな損傷を負ったシャークウガだったが、こちらも火廣金とチョートッQの尽力もあって回復までこぎつけた。が、流石に紫月を庇って損耗が激しかったのか、今はまだ休眠中だという。

 この間、紫月は非常に無防備となったので、魔導司達が家の周囲に張り込んでいたんだそうな。

 

「……本当なんだな?」

「本当なんだろうよ」

「……はい、事実です。確かに私はあの時、ブラン先輩にいきなり空間でのデュエルを挑まれて、そして敗北しました。何度も止めようとしましたが……ブラン先輩は聞き入れてくれませんでした」

 

 項垂れたまま紫月は答えた。

 何度聞いても信じがたい話だ。だけど、彼女がこれだけ言うのだ。事実に違いはないのだろう。

 だけど、俺にはどうも理解しがたい。ブランが、紫月を襲ったなんて、受け入れがたいことだ。

 ならば、別の方向から攻めてみよう、と思った矢先、火廣金も同じことを考えていたのか俺が言わんとしていたことを先に言ってくれた。

 

「それは、ワイルドカードが化けたクリーチャーだったのではないか?」

「只言えるのは、エリアフォースカードの力ははっきりと感じられたし、シャークウガも本人でほぼ間違いないと言ってました」

 

 しゅん、と紫月の肩が更に小さくなった。

 

「ただ、エリアフォースカードの性質だけが不明瞭で読み取れなかったようで……シャークウガは正義(ジャスティス)自体の能力なのではないか、と推測していましたが」

「それ以外は全て或瀬と一致したわけだ」

 

 ショックなんだろうな、やっぱり。あれだけ仲の良かったブランに傷つけられて。

 最初は俺も、ワイルドカードか何かがブランに化けたんだろうと思った。

 だけど──

 

「メールまで、来てました。『絶交デス』って……その後、どんなにメールしても電話しても答えてくれなくて……私、私、どうすれば良いのか……分からなくって」

「……メールなら、俺の方にも来ていたぞ」

 

 そして、俺の方にも、だ。

 その後どんなにメールしても電話してもあいつからは何も来なかった。

 ……絶交だ、なんてあいつから言われるなんて信じられなかった。

 火廣金は首を振った。

 

「状況、そして後から送られてきたこれから見てクリーチャーが化けたという線は薄い」

「……だけど、あいつがいきなりこうなるなんて信じられねえよ」

「しかし。人間病んだら何をしでかすか分からない」

「だとしてもだ!!」

 

 思わず机を叩いた。

 

「きっと、何かがあったに……違いねえんだ!! あいつが、あいつがいきなりこんな事するわけねえんだよ!!」

 

 火廣金が俺の胸倉を掴む。

 そして珍しく声を荒げた。

 

「根拠も無く物事を言うんじゃない!! 現に暗野紫月は或瀬ブランに襲われたと言っているし、スマートフォンはパスワードがあるから本人しかあのメールは送れない。だからこそ、感情論だけじゃなくて理論的に物事を見ていく必要があるんだよ!!」

「でも、仲間を疑うなんて、俺には……!」

「現に後輩が傷ついているのに、か!!」

「っ……!!」

 

 がたり、と身体から力が抜けた。 

 そうだ。俺の言おうとしている事には大きな矛盾が生じる。

 ブランを今此処で信じる事。それは、紫月を疑う事になるのだ。

 そして現に紫月は大怪我を負って、俺の目の前で倒れていたのだ。

 事態は既に引き返しの出来ない所まで来ている。

 

「俺は……もう、何を信じれば良いんだよ」

「……部長」

「すまん、火廣金。俺は……感情に流されて、今見なきゃいけねえもんを見失ってた。今大事なのは、紫月がブランに襲われたってこと、そして全員に絶交を意味するメールが届いた事、だよな」

「俺も……熱くなり過ぎた。辛いのは……部長も同じなのにな」

 

 彼は一呼吸置くと続けた。

 

「彼女には護衛を付けるべきだった。一昨日の部活の後、エリアフォースカードを渡した……俺の責任でもあるのだ」

「……火廣金。お前の所為じゃねえぞ」

「いや、それでもやることは尽くそう。俺はデュエマ部の部員だからな」

 

 そうか。

 こいつも出来るだけの事はやろうとしているんだ。

 その瞳には、まだ一抹の希望が残っている。

 そうだよ。俺達……デュエマ部の部員じゃないか。

 

「物事はあらゆる方向から見ていく事が肝要だ。まずは、冷静に全ての事柄を1つ1つ調べていく必要がある」

「……ちょっと、無理かもしれません。私には……」

 

 紫月は零した。

 当事者だからだろう。無理もない話だった。

 空間のデュエルで負けたら、身が裂けるような苦痛が襲い掛かる。

 今回の彼女の場合、手加減抜きで攻撃を加えられたからか、下手したら死んでいたかもしれないのだ。

 ぎゅうっ、とフードを深く被ると紫月は震えていた。思い出すと怖くて仕方が無いのだろう。

 

「私は、何を信じれば……」

「普通なら当然の反応だ。今はそれでいい」

「大丈夫だ、紫月。後は俺達に任せとけ」

 

 俺のやることは決まっているじゃないか。

 ブランにまずは話を聞きに行こう。今日も部活には来ていないが、今ならまだ帰ってるあいつに追いつけるかもしれない。

 そう思った矢先、ガタン、と音がする。教室の外だ。

 チョートッQが叫んだ。

 

『エリアフォースカードの反応……ブラン殿でありますよ!』

「なっ!?」

 

 俺は急いで駆けだした。

 扉を開けると、そこには──壁にもたれかかって、蒼白とした顔面と怯えた表情でこちらを見るブランが尻餅をついているところだった。

 彼女は俺、そして後に続いてやってきた火廣金と紫月を見ると青々とした顔面になって恐る恐る言葉を紡ごうとしたのだろうが、言葉になっていない。

 その表情は明らかに怯えている。何か様子がおかしいぞ。

 昨日後輩を襲って、絶交を突き付けたという人物とはとてもじゃないが同一人物には思えない。

 ……やはり今回の件、何かがあるな。

 飛び出したのは紫月だった。

 

「っ……!」

「シ、シヅク……?」

「ブラン、先輩……!!」

 

 火廣金が彼女を制そうとする。

 紫月は絞り出すように言い出した。

 

「ブラン先輩は……ひっく、紫月の事、嫌いになってしまったのですか……?」

「わ、私は……」

 

 決壊したように泣き崩れると、床にへたり込んでしまう。

 今まで堪えていたのだろう。ショックが大きかったのか、ブランをいざ目にすると言いたい事を抑えきれなくなったようだった。

 だが、それを聞いてブランの形相が錯乱の入り混じったものに変わる。

 

「私は、私は何も知らない!! 昨日の放課後、下駄箱に行ってないからシヅクとも会ってない!!」

「違うんですか!? 私の相棒に酷い事を言ったり、私をこんな目に遭わせたり、メールでデュエマ部の全員に絶交だなんて送ったのは先輩じゃないんですか!!」

 

 爆発したように紫月は叫ぶ。

 

「ブラン先輩ッ……!!」

「落ち着け紫月! おい、火廣金!」

「了解した」

「待って、離して下さい、火廣金先輩っ……!!」

 

 無理矢理紫月をブランから引き離すように火廣金が羽交い絞めにして部室へ連れていこうとするが、紫月も必死に抵抗する。

 今此処で言い争われたら、余計にややこしくなってしまうぞ。

 

「私は何もしてないっ……!! 部室から聞こえてたけど、皆よってたかって私の事を悪く言って……!!」

「待て待て、ブラン!! 落ち着け!!」

 

 全部聞かれてたのか!?

 俺はブランの手を掴んで引き留めようとするが、振り払われてしまう。

 

「違う……違う違う違う!! 私は……!!」

「おい待てブラン!!」

 

 彼女は駆けだした。

 俺も一目散に駆けだした。

 

「チョートッQ、追いかけるぞ!」

『了解であります!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……えぐっ、ひっく」

「落ち着いたか?」

「……」

 

 紫月は首を横に振った。

 昂った感情は未だに収まらない。

 何故、あんなに仲の良かった先輩とこんな形で仲違いしてしまったのだろう。 

 

「……ブラン、せんぱぁい」

「暗野。やはり今回の件、俺には引っかかっている事がある」

「……火廣金先輩」

「レディ。泣いてばかりでは話は進まない。それどころか、場合によっては今回の事件、怖ろしい悪意が裏に潜んでいるやもしれんからな」

「悪意、ですか?」

 

 紫月は首を傾げた。

 火廣金は唸りながら続けた。

 

「俺は口下手だ。だから、思った事は整理してからでないと上手く言えない。だから、何度も何度も今回の事件を頭の中で考えていた。そして今、ようやく整った」

「!」

「紫月。1つ問おう。君の敗因は何だと思う?」

「そ、それは……」

 

 彼女は口ごもった。

 やっぱりな、と火廣金は結論付ける。

 そもそも、紫月はブランよりも素の実力は上だ。

 経験も、そしてスキルも、そしてデュエルに於ける観察眼も同様だ。

 だから、ブランのプレイングミスから彼女の精神的な不調を読み取ることも出来た。

 では、逆にブランはどうだろう。ただでさえ、実力は紫月に及ばない上に、此処最近の彼女は周囲の話を聞いてもスランプ続きだった、と。

 

「刀堂から聞いたんだ。昨日の2限の体育でも失敗続きだったらしい。気になって或瀬と同じクラスの奴にも聞いたが、3限の英語の小テストでも失点ばかりだったらしいな」

「そ、そうなんですか……あれ?」

「分かったか? これらは全て昨日の事だ。つまり、精神に多大なストレスを抱えている人間に起こる不調と考えれば納得が行く。そして、そんな状態の或瀬が動揺していたとはいえ君に勝てると思うか?」

「そ、それは恐らく無理だと思います。一昨日のブラン先輩には私は1度も負けていませんし……」

「そうだ。だから、ブランが君を倒すのは不可能なんだよ」

「じゃあ、私が負けたのは……」

「単純に相手の実力が高かった、ということだろう。そしてそれは或瀬では有り得ない」

 

 紫月は口をきゅっ、と縛る。

 

「……火廣金先輩もブラン先輩を信じていたんですね」

「いいや、違う。君の事も信じていたよ。そしてそれは部長も同じだ。俺は──真実を見通す為に理屈と筋道を立てて考えた、それだけだ」

 

 火廣金は冷たいように見えて、熱心にブランの無実を証明しながらも紫月の見たものの正体を説明しようとしていた。

 しかしそうなると、尚の事疑問は尽きない。あのブランの姿をしたのは誰なのだろう。

 エリアフォースカードを持ち、尚且つブランと瓜二つだった上にあらゆる特徴が一致していた。

 彼女は一体──

 

 

 

「おい、テメェら!! 居るか!? あれ!? 白銀は!?」

 

 

 

 その時。

 けたたましい声が部室に轟いた。

 そこには、息を切らせた桑原の姿があった。

 

「……桑原先輩」

「あ、あれ!? 紫月テメェどうした!? 何で泣いてんだ!? 誰に泣かされたんだァ!?」

「落ち着いて下さい、桑原先輩」

「げっ、火廣金、テメェは居るのかよ……」

 

 そういえば、と紫月は思い返す。

 桑原には昨日連絡しようとしたが結局手が回らなかったのだ。

 彼にも早く連絡すればよかった、と後悔する。

 そして事情を話したのだった。

 

「そ、そんな事早く伝えろよ!? 昨日のうちによォ!?」

「それは……ブラン先輩から絶交のメールが来たのでそれどころではなくて」

「いやいや……つか、それはもう本人じゃねえのか? 俺も信じたくはねえが、数え役満と言わんばかりに証拠は揃ってるしよ……」

「いえ、そうでもありませんよ。さっき言ったように、昨日までの彼女の状況で暗野を倒せるとは考えにくい。……そう言えば桑原先輩。一体どうしたんです? そんなに息を切らせて」

「あ? ああ……一言で言えば、ワイルドカードだ」

 

 紫月と火廣金は顔の色が変わった。

 この忙しい時に、ワイルドカードが再び発生してしまうとは、かなり厄介な事になってしまった。

 だが、彼の話は続く。

 

「実は昨日から追ってたんだよ。だけど捕まえ損ねててな……」

「なっ、それこそ何故俺達に何も言わなかったんですか」

「その後色々立て込んでてな……忘れてた」

 

 呆れたように火廣金は手で顔を覆う。

 耀が居ないと、彼が胃薬担当になってしまうのだろう、と紫月は世の無情さを適当に嘆いておいた。

 

「それで、何時頃ですか?」

「2時間目くれえだ。ワイルドカードの反応がしたから、自習室から抜け出して追っかけてたんだよ。俺は、やることねえしよ」

 

 相変わらずやってることがアグレッシブな先輩だった。

 

「だけど、まだ誰にも憑依してねえみてえでな……ゲイルが追いかけてたんだが、結局特別棟の女子トイレに入って消息が途絶えたらしい」

「……そうですか」

「おう、何だその眼は。役に立たなくて悪かったな」

「……待てよ」

 

 火廣金は首を捻った。

 

「その時、女子トイレから誰か出てきませんでしたか?」

「あ? よく分かったな。ゲイル曰く誰か出てきたらしいぜ」

「ゲイルを出して下さい、いや出せ」

 

 鬼気迫る様子で火廣金は言った。

 

「おいコラ命令になってんじゃねえか、つかそんな事何の関係があるんだ」

「良いから出しやがれ下さい」

「テメェもなのね紫月……」

 

 もう先輩の威厳丸潰れじゃねえか、と言いながら彼はゲイル・ヴェスパーのカードを取り出した。

 威厳など最初から無かったじゃないかとは誰も言わなかった。

 

『やあ諸君!! このスーパーヒーローたる僕に何か用か──』

「昨日、ワイルドカードの消息が途絶えた女子トイレで誰が出て来たのか今すぐ答えろ」

『ひぃっ!? 何で君、そんなにキレてるの?』

 

 鬼のような形相で火廣金がゲイル・ヴェスパーのカードに詰め寄る。

 

「良いから言え!」

『でもヒーローはモラルってもんが……女子トイレから誰が出て来たなんて言う訳には──』

 

 ぎりぎり、と音を立てた。

 もうすぐカードが破れそうだった。

 

『ちょ!! 破れる!! カードが破れる!!』

「このお調子者め!! そんなもので世界が救えるならとっくに世界は平和になっている!! とっとと言え!!」

『横暴だなあ!?』

 

 ゲイルはぶつくさ文句を言いながら、ぼそり、と呟いた。

 

 

 

『うう……見知った顔だから、よーく覚えてるよ。或瀬ブランだ。正真正銘、間違いなくね』

 

 

 

 全員に衝撃が走った。

 

『クリーチャーを追っかけてたんだが、そいつは外の窓から女子トイレに入ってね。追いついたと思ったんだが、もうそこにクリーチャーの反応は無かった。その代わり、制服姿の或瀬ブランが出てきたから僕は慌てて壁に隠れて彼女の背中を見送ったんだよ』

「……2時間目、だと!?」

 

 火廣金も紫月も顔が青褪めていく。

 ゲイルの話を止めた火廣金はまくし立てるように言った。

 

「丁度その時間は、2年生の体育があったはず……! 或瀬は運動場に居たはずだ! 屋内に、増して制服姿で居るわけが無い!」

『僕がウソをついてるとでも!?』

「そうではない。むしろアテが当たったと言ったところだ。貴様……彼女の後を追わなかったのか!?」

『追う訳が無いだろう? 僕だって長くマスターの下を離れてはいられないんだ。飛んでマスターの下に戻ったさ』

「俺でもそうしただろうぜ。俺ァ2年生の時間割把握してるわけじゃねえしよ」

「……何という事だ!」

『あれ? じゃあ火廣金緋色が言ってる事が本当なら、同じ時間に違う場所に或瀬ブランが居た事になっちゃうね?』

「そういえばそうだな……」

「今気づいたんですか……」

 

 火廣金は最早、敢えてド脳筋の単細胞コンビとは言ってやらない事にした。

 だが、重要な情報が手に入った。同じ時間にブランは二人居た。

 しかも、怪しいのは──都合よくクリーチャーが消息を絶ったタイミングで現れた方のブランだ。

 

「全てが繋がったぞ。今回の事件を引き起こしたのは……精巧に出来た偽物だったという訳だ。クリーチャーが、偽物に化けていたんだ」

「凄いじゃねえか。ブランより探偵してんじゃねえのテメェ」

「もし、クリーチャーが実体の無い移動形態と或瀬への偽装形態を自由に変える事が出来るなら、彼女のスマホのパスワードを盗み見るなりして彼女のスマホにログインすることも出来たはず。奴は俺達の分裂を狙ったということだ」

「随分と回りくどいですね」

 

 火廣金は唸る。

 

「……まあ、そこは問題ではないさ」

「でも、ワイルドカードに変身……そんなこと出来るんですか?」

「だけど、デッドゾーンみてえに自分の本体造らせようとしてた奴もいるし、割と高位のクリーチャーなんじゃねえか?」

「ああ。出来ない、とは言えない。更に、裏付けるようにしてそれを可能にする要素が1つある」

「おおっ、本当に探偵っぽいな!!」

「桑原先輩、言ってる場合ですか! そうなると、さっきの白銀先輩に着いていったブラン先輩は本物と偽物、どっちなんでしょう?」

 

 火廣金は思い出す。

 さっきのブランの台詞を一言一句全て。

 幸い、記憶力には自信があった。そしてその中で気掛かる言葉があったことを思い出す。

 

『私は、私は何も知らない!! 昨日の放課後、下駄箱に行ってないからシヅクとも会ってない!!』

 

 これだ。

 

「”下駄箱に行ってない”……!?」

「どうしたんですか?」

「俺達は部室の中で君が昨日何処で襲われたか話していない。にもかかわらず、さっきの或瀬は下駄箱の事を持ち出した。普通、”部室に行ってないからシヅクとも会ってない”と言うんじゃないか?」

「あっ……! 確かにそうです。おかしいです。だって、ブラン先輩が昨日本当に私と会ってないなら、私が下駄箱で襲われた事を知るはずがありません」

「偽物はボロを出したってことだな! じゃあ、白銀が追いかけていったって方が偽物なんだろ! ……ん? ってことは、白銀やべーんじゃねえか!?」

「ああ。そうなればやるべきことは1つ──」

 

 火廣金が言いかけたその時。

 がらがらっ、と部室の扉が開く。

 

 

 

「ハロー、皆サン! ちょっとカリンと話してたので遅くなっちゃったデース!」

 

 

 

 全員は目を見開いた。

 そこに居たのは──まさしく、明るそうに振る舞うブランであったからだ。

 偽物か、本物か、最早彼らにも見分けがつかなかったが……。

 

「どっちだ?」

「頭が痛くなってきました……」

「? どーしたのデスか?」

 

 首を傾げるブラン。

 火廣金はもう1度、問う事にした。

 

「或瀬。昨日、暗野に会ったか?」

「……え? ……あー、昨日は部室に顔出さなくてSorryデス」

「いや、それについては構わない。君にも色々あるだろうからな、レディ。だが、今日に関しては部室に顔を出してくれて心から感謝しているよ」

 

 そして、と彼は付け加えた。

 

 

 

「──部長が危ない」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 違う、違う違う違う。 

 あいつはやってない。

 あいつのはずがない。

 嘘だ。嘘に決まってる。

 俺は、あいつを信じてる。

 だって、俺はあいつに言ったんだ。

 俺はお前の味方だ、って──

 

 

 

「ブラン!!」

 

 

 

 危機一髪だった。

 もう少しで階段で足を踏み外してブランは大怪我していただろう。

 ともあれ、これで彼女に追いつく事が出来た。存外足が速いから思った以上に苦労したけど……。 

 やっと、彼女から話を聞く事が出来る。

 

「ブラン、落ち着いたか? もう1回深呼吸するか?」

「……もう、いい」

 

 ふるふる、と首を横に振った。

 体育座りで壁に寄り掛かるブランに俺は目線を合わせた。

 

「……全部、聞いちまったんだな」

「……私が……シヅクを襲って、酷い事を言ったって、絶交ってメールを送ったって」

 

 彼女は唇を噛み締めた。

 

「そんなこと、してないっ……昨日部室にはいかなかったけど、そのまま帰ったし、スマートフォンもログインできなくて……!」

「ログイン出来ない?」

「パスワード……何度打っても間違ってるって出ちゃって……私、駄目だなあ。パスワードまで忘れちゃうなんて」

「そう、なのか。……良かった」

 

 俺は胸を撫で下ろした。

 

「やっぱり俺の信じた通りだ。ブランは、やってなかったんだ」

「信じてくれるの?」

「当たり前だ。信じてるに決まってるだろ」

 

 彼女は俺の肩を掴んだ。

 

「良かった……良かったデス」

 

 俺は溜息をつく。

 ようやく落ち着いたようだったからだ。

 とにかく、1つ1つ聞いていこう。

 

 

 

 

「本当に良かったデス。……アカルが底抜けの馬鹿で」

 

 

 

 ──え?

 次の瞬間、凄まじい力で俺の胸倉は掴まれて引き上げられた。

 立ち上がった彼女の形相は、まるで鬼のようで──

 

『マスター!?』

「こざかしいデスよ」

 

 彼女はもう片方の手で白紙のエリアフォースカードを掲げる。

 それが光ると、一瞬でチョートッQを吹き飛ばす。

 そして、凄まじい力で俺も同じ方向へ投げ飛ばされた。

 壁にぶつかり、頭を打つ。

 太鼓が鳴り響いたような衝撃が脳の中で跳ね返った。

 

「ブ、ラン……!」

「貴方もシヅクのように……! 痛い目を見せてやるデス」

 

 エリアフォースカードが光り輝く。

 ウソだろ。

 そんなはずはない。

 

「どうしたんだよ、ブラン……!」

「何でアカルの相棒だけ生き残ってるのか、考えてるうちに……アカルの相棒も殺せば一緒だって気付いたデス」

「お前……!」

 

 こいつがワンダータートルが死んで相当気に病んでいたのは知っていた。

 だけど、此処までとは俺も見抜けなかった。

 いや、それでもおかしいぞ。それでも引っかかる点が残る。

 しかし、こうして今相対して見ているものが全てだ。

 ”今目の前にいる”ブランは、敵だ。

 

「──貴方は馬鹿デスよ、アカル!! そうやって人を、仲間を簡単に信じすぎるのが悪い所デス! だからこうやって、裏切られるんデスよ!」

「……そうだな」

 

 ああ、そうだよブラン。

 その通りだ。

 

 

 

 だけど。

 

 

 

「──やっぱりテメェ、ブランじゃねえな」

 

 

 

 俺はあいつの心の中に入り込んだから分かる。 

 裏切りを誰よりも恐れたブランが、そして他人に裏切られることの辛さを知っているあいつが、やっぱりこんなことをするはずがねえんだ。

 そして俺は知っているんだ。

 あいつがどれだけ優しいのかを。

 

「な、馬鹿デスかあ!? 何処までお人好しなのデスか!!」

「うるせぇ!! あいつの上っ面だけ真似ても──心は誤魔化せねえぞ。俺はあいつの抱えた過去を全部知ってるわけじゃない!! だけど、あいつの優しさを知っている!! そして、あいつの強さを知っている!! あいつを、ブランを馬鹿にするんじゃねえ!!」

 

 彼女は痺れを切らしたように、エリアフォースカードを掲げる。

 俺も応戦しようとしたその時だった。

 

「愚かな……まともに相手をするとでも」

「!」

 

 次の瞬間、彼女のエリアフォースカードが大量に光り輝く。 

 その光で彼女の顔が見えなくなった。

 すると、大量の光の矢が周囲に現れていく──!

 

 

 

「やはり此処で死ねッ!! 白銀耀!!」

 

 

 

 俺は目を見開いた。

 いけない。避け切れない。

 このままでは──

 

 

 

『ちょっと待ったァァァーッス!!』

 

 

 

 何かが俺とブランの間を飛ぶ。

 そして──また、別の閃光が煌いた。

 

 

 

『《テレポーテーション》!!』

 

 

 

 次の瞬間、俺の身体は宙に浮いた──!

 そして、視界は一気にぐるり、と変わっていった。

 

 

 

「……ってえ!!」

 

 

 

 どすん、と身体は何処かへ自由落下。

 痛いと声は出たものの、実際はソファベッドの上だったので痛覚は殆どない。

 辺りを見回すと、そこは俺達の部室で間違いなかった。すぐさま、火廣金、紫月、桑原先輩、そして──

 

「アカル!? 何で落ちてきたデスか!?」

 

 今さっきまで俺の目の前に居たブランが、部室にも──と思ったが、明らかに雰囲気が違う。

 先程の鬼気迫る猛獣のような形相ではなく、いつも通りのどこか間の抜けた表情でぽかんと口を開けて俺の方を指差していた。

 

『火廣金の兄貴ィ! 連れ戻してきたっスよ!』

 

 高らかに叫ぶ火廣金のホップ・チュリス。そういえば久々に見たな。

 どうやら、こいつがやったらしい。

 

「え、えと、どういうこと? 俺どうなったんだ?」

「ああ、先程色々分かってだな。君がピンチになった時に備えて、ホップに《テレポーテーション》の呪文を持たせて、君の向かった方へ送っておいたんだ」

「そ、そうだったのか」

 

 となると、火廣金とホップに助けられたってことだな。隠密、諜報、小さな体でよくやるもんだ。

 ……さてと。これで証明された事がある。

 部室に居るブラン。さっきまで俺と相対していたブラン。

 完全に別人であることが俺の中で証明された。

 テレポートは一瞬。ブランが同じ時間に違う場所に居るはずが無いのだから。

 

「どうやら、俺達の仮説は──」

「──当たってたみてーだな」

 

 頷き合う俺達。

 良く分かって無さそうだけど取り合えずうんうん頷いている桑原先輩。

 若干呆れ気味に「まさかそれがやりたかっただけなんじゃないですよね……」と毒づく紫月。

 そして──

 

 

 

「えーと……つまるところ、どういうことデスか?」

 

 

 

 ……当のブランはまだ何も知らないようだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 で、聞いたところによると、言動の不自然さ、そして桑原先輩の目撃情報で完全に偽物が居た事と今目の前に居る彼女が本物であることは証明されたらしい(尚、本物と偽物が合わせて二人しか居ない前提での推理だが、流石にこれ以上偽物が居るという可能性は考えたくない)。

 そもそも此処までの高度な変身自体が只のワイルドカードに出来る芸当ではないというので、そう何体も居てたまるかってんだ。

 

「私の、偽物、デスか……」

「そうだ」

 

 火廣金は頷く。

 偽物のブランが紫月を襲撃したこと。そしてメールで俺達に絶交を告げる内容のものを送信したこと。そして、今しがた俺も襲撃された事だ。

 彼女は寒気だったようだった。そしてすぐさま、紫月に向き直ると恐る恐る言った。

 

「……シヅク。大丈夫、デスか?」

「……ブラン先輩。私は良いんです。私、先輩の事疑ってて……本当にごめんなさい。私、ブラン先輩に嫌われたかと思ったんです。私が、先輩にきつい言い方したから……」

「そんなことでシヅクの事嫌いになるわけないデショ!?」

「それでも……私は、やっぱり……悪い後輩だったみたいです」

 

 彼女はしゅん、と肩を落とす。

 結果的に偽物だったとはいえ、ブランを見た途端に疑ってかかり、取り乱した自分を許せていないようだった。

 

「……暗野。気持ちは分かる。だが、或瀬に裏切られた、嫌われた、襲われたのは──結局の所、偽物が君に見せたまやかしに過ぎなかった。それで良いじゃないか」

「そうだぜ。結局の所、全部偽者で嘘っぱちだったんだからよ」

「……本当にまやかしだった、のデショウか」

 

 ブランが言った。

 一体どういうことなのだろうか。

 

「シヅク。私の偽者は、何か言いましたカ?」

「えと……そんな事……言えるわけないじゃないですか。そもそも先輩が聞く必要はありません。全部、まやかしだったと思って忘れました」

「お願いだから聞かせてほしいデス」

「……」

 

 真剣な顔つきでブランは言った。

 

「……偽者は……”何で貴方の相棒は生きてたんだ”とか”相棒を失ってから深く絶望しろ”といったことをしきりに言ってた気がします。私は……あまりにも最近のブラン先輩と一致したことを偽者が言ったから動揺してしまったんです」

「……これは、仮説デスけど」

 

 しばらく吟味するように考えていたブランは、申し訳なさそうに言った。

 

「ごめんなさい、シヅク。その偽者は、恐らく私の記憶をコピーしたんだと思いマス」

「記憶をコピー……?」

「だって、そう考えると納得が行くんデス。スマホのパスワードを割られた事、私の話し方で違和感が無いようにしていたこと」

「そういえば、さっき現れた偽物も途中まで本当にブランなんじゃないかって思うくらい完璧だった。途中からおかしいと思ったんだけど」

 

 ……本当の所を言うと、部室の前で動揺している彼女を見た時は完全にこれが本物だと信じ込んでしまったくらいだ。

 

「私も……思っちゃったんデスよ。何で、私の相棒だけ居ないのか、って」

「ブラン先輩……」

「そうか。記憶の転写。上位のクリーチャー、魔導司にはそれが出来る者がいるという。それを使って、敵は或瀬の姿と記憶を完全に真似たってことだな」

「そんなのがあるのか!?」

「やっぱり、デスか……」

 

 ブランは俯いた。

 

「昨日、私……部活に行けなかったんデス」

 

 俺は言葉を失った。

 やはり、事件が解決しても彼女の中では何も折り合いが付けられていなかったのだろう。

 

「日常の中で生活してるだけで、辛い事……昔虐められた時のことやロードに捕まった時の事、そしてワンダータートルが死んだ時のことばっかり考えてて、何もしてないのに涙まで出てきて……」

 

 フラッシュバックだ。

 あんな出来事……トラウマにならないわけがない。

 

「とても、顔を見せられなかった。見せたくなかった。デモ、もし私が昨日部室に行ってたら、シヅクは辛い目に遭ってなかったかもしれない。私が、逃げたから──」

「ブラン先輩の所為じゃ、ないです」

 

 紫月にそう言われても、ブランは首を振るばかりだ。

 

「……私の考えている事を読み取って、偽者は実行に移した。私と偽者は一緒だったんデスよ」

「んなわけねーだろ、迷探偵」

 

 ぽん、と俺は彼女の頭に手を置く。

 このままネガティブな方向にまた転がってもらったら俺が困る。

 お前は絶対に、偽者なんぞと一緒じゃねえ。一緒にしねえ。そんな事、俺が許してたまるかよ。

 

「良いか。先に言っておくぜ。辛けりゃ無理して笑ったりしなけりゃ良かったんだ。辛いときは辛い、って言ってくれれば良かった。俺達は仲間だろ。心配掛ける? 迷惑? 水くせーんだよ、俺からすりゃ今更だろーが!」

「……アカル。でも、私は……」

「そして、ブラン。お前と偽者は一緒なんかじゃねえよ」

 

 偽者は、俺達の相棒も奪おうとした。だけど、お前は──自分が辛くても他の誰かも同じ目に遭わせようだなんて事考えたりしなかった。

 そんなお人好しだから、お前は今まで我慢してたんだろうが。そんなお人好しだから、俺は──あの日、図書館でたった一人だったお前を放っておけなかったんだ。

 

「俺が保証する。絶対に」

「アカル……」

 

 あいつと最初に出会った時の事を思い出す。

 人と話す事、接する事すら拒み、怯えていたあの目。

 今思えば──それは、自分だけじゃなくて他の人も傷つけたくないという思いから来てたのだろう。

 

「何度でも、言うぜ。俺はお前の味方だ。俺だけじゃねえ。紫月も、火廣金も、桑原先輩も、皆お前の味方なんだ!」

「……アカル」

「だから、忘れるんじゃねえぞ。何があっても、俺達が付いてるぞ。ドンと頼れ!」

「へっ、部長らしい事言うじゃねえか」

 

 ニヒルに桑原先輩が笑った。

 

「或瀬。良かったな。テメェには、こんなに良い仲間が居るんだからよ」

「……そうだ。俺達は同じ部活の部員だからな。当然の事。理由など、それだけで十分だ。他に要らない」

「桑原先パイ……ヒイロ……私……」

「そうと決まれば──さっさと偽者をぶちのめしに行こうや!」

 

 俺は掌に拳を打ち付ける。

 絶対に許して堪るかよ。

 ブランの頭を勝手に覗き見た上に、あいつの姿を借りて紫月を傷つけた。

 誰かを踏みにじったり、利用したり……それは、一番人を傷つける事だ。

 ブランは誰かに踏みにじられたり、利用されてきた。だけど、今周りに居る俺達は違う。

 

「ブラン!」

「は、ハイッ。何デスカ? アカル」

「さっさと決着を付けに行こうぜ。行くか?」

 

 彼女は一瞬躊躇ったようだった。

 

「やっぱり、こうなっちゃうデスね……」

「嫌か?」

「……正直、まだ怖いデス。でも、不思議と──皆サンと一緒に居るからか、今まで抱えてたキモチがだんだん解れてきた気がするデス」

 

 ブランは胸に手を当てる。

 

「私……昨日は部室に来るのが嫌デシタ。あんな顔、見せられないって思ってたから……でも、皆サンになら見せて良いかな、ってやっと思えたデス」

「……へっ、じゃあ答えは決まってるな。探偵!」

「……勿論、Lets Goデス!」

 

 彼女は再び立ち上がった。

 

「……私は今まで傷つき続けてきた──だけど、今は違う。こんなに沢山、私には仲間が居るんデス。もう、遠慮なんかしないデスよ!」

 

 よし。

 やっと、いつもの調子に戻ってきた。

 確かにまだ解決していない事だらけだ。だけど、彼女は再起してくれた。

 それは、俺達を真の意味で仲間だと、信じてくれる味方だと認めてくれたことを意味していたのだろうか。

 

「ブラン先輩」

「シヅク?」

 

 ぎゅう、と紫月もブランの手を握る。

 

「私も……ブラン先輩の味方で居て、良いでしょうか? これからも、ずっと……」

「当たり前デスよ! シヅクはずっと、私の大好きな後輩デス!」

「……ブラン先輩」

 

 彼女も強く、紫月の手を握り返した。

 が、思い出したかのように呟く。

 

「あーでも、条件があるデスよ」

「条件?」

「今度一緒にまた、スイーツバイキングに行く。約束デス!」

「……勿論です」

 

 ……やっぱ食い気か。本当にいつものブランに戻ってくれたのかもしれない。

 トレードマークの帽子を久々にかぶり、彼女は笑みを浮かべた。

 俺達は部室の外に足を踏み出す。

 この校舎に居るであろう偽者を倒す為に──

 

 

 

「──ところで、良い所なのを済まないが、敵の居場所は分かっているのか?」

 

 

 

 俺達はそこで、ずっこけた。

 そういえばそうだ。シャークウガが寝たままだから、探知するのすら難しいし……。

 ワンダータートルも今はもう居ない。ソナーとマップの役目を務める2体が居ないのがどれほど戦術的に痛手なのか、改めて思い知る。

 

「……ど、どうすりゃ良いんだ?」

「……はぁ。何も考えていなかったのか部長」

「お、お前だって! 何か、こう……前にブランが持ってたような発信機的なアレの魔術バージョンを付けるとか考えなかったのかよ!?」

「そもそもそんな便利な道具知らん! 考えられるか! 君が飛び出した後に結論に辿り着いたから仕方がないだろう!」

 

 そういやコイツ、その時はまだ敵対していた頃でブランの持ってる科学部特製の発明品の事は知らないんだっけか。

 それじゃあどうしようか。そう思っていたのだが──

 

『どうやらその必要はないみたいでありますよ』

「……え?」

 

 次の瞬間だった。

 廊下に異形が現れた。

 俺達は身構える。

 いずれも、金銀煌びやかな装飾に身を包んだ天使たちであった。

 

「どうやら、既に始まってしまったようだな。ワイルドカードが──溜めた魔力でトークンを生成しだしたようだ」

 

 トークン。それは、ワイルドカードが呼び出す、本体に対する分身だ。

 それを次々に召喚し始めたということは、既に本体の力が高まりつつあるという事。

 だが、逆に言えば力が高まりだしたが故に、もうチョートッQでも居場所を特定できる程になっていること。

 自らの力を増していくことがワイルドカードの本能だからか、最早逃げる気も隠れる気も無いようだった。

 俺達は大量のクリーチャーを前に包囲されたことになる。

 

「だけど、5人もいるんだ。何とか突破出来るはずだぜ!」

「難しいですね。シャークウガという守護獣が眠ったままである以上、魔術師(マジシャン)は大分弱体化しています。私は、そう何度もは戦えないでしょう」

「なら、雑魚を大量に相手取るなら(ストレングス)の出番だ!」

 

 だけど、流石に桑原先輩1人だけじゃこの量を捌き切るのは無理だろう。

 どうにかしないと──

 

「やるしか、ないデスよ。強行突破、あるのみデス!」

 

 彼女は白紙のエリアフォースカードを掲げた。

 ほのかに、それが光っていたのは俺の気の所為じゃないはずだ。

 

「もう二度と、誰の泣いてる顔も見たくないデス! 私の仲間を泣かせる奴は──私がこの手で捕まえマス!」

「……へっ、言ってくれるじゃねえか或瀬! んじゃあ、やっぱり前を切り開くのは俺の役目だ!」

 

 桑原先輩が手を振るう。

 同時に実体化したゲイル・ヴェスパーがその羽根を激しく羽ばたかせると──異形達が次々に壁に叩きつけられていく。

 

「此処は任せな。先に行け!! デュエマ部!!」

「っ桑原先輩……!」

「トークンなんぞに遅れは取らねえよ!!」

 

 そう言いかけた矢先、もう1体残っていたクリーチャーが桑原先輩にとびかかる。 

 不意を突かれたからか、顔を強張らせる先輩。

 しかし。その時。何かがその間に割り込み、先輩の胴を付き飛ばして転げた。

 頭をぶつけて痛がっていた先輩だったが、彼が自分を突き飛ばした誰かを見て驚いたのと同時に、突如やってきた”彼女”は得意げに言った。

 

「雑魚狩りならあたしにもやらせてほしいんだけどね!」

 

 何故か木刀まで帯刀して駆けつけてきたのは、花梨だった。

 

「花梨!? よく此処が分かったな!?」

「流石にエリアフォースカードが知らせてくれたよ……ヤバそうだってね。此処に邪悪な”気”が充満してるって私でも分かったよ」

「にしても刀堂テメ……乱暴だなオイ!?」

「まあまあ、怒らない怒らない」

 

 思わず憤慨する先輩。

 感嘆する俺。彼女の肝も大分クリーチャー慣れしてきたのか、その顔に怯えも戸惑いも無い。

 

「ブラン! 何があったか知らないけど、やる気じゃん! ぶっ飛ばして来なよ!」

「っ……ハイ、カリン! 全力ぶつけてきマス!」

 

 そう言って、いの一番にブランは駆けだした。

 俺も急がないと置いていかれる。後耳から花梨と桑原先輩のやり取りが聞こえて来た。

 

「桑原先輩。手を貸すよ。1人じゃヤバそうでしょ?」

「テメェ……何ならやってみるか? どっちが何匹狩れるかよ!!」

『マスター、そんな事やってる場合かい!?』

「るっせぇ! 先輩の面目丸潰れだ!」

「良いよ! ちゃちゃっと終わらせちゃおう! とゆーわけで、耀達は大将首取りに行ってきな!」

 

 後輩に良い所取られっぱなしで不服そうな桑原先輩と、久々に腕が振るえそうで胸が昂っている様子の花梨。

 彼らが同時にエリアフォースカードの空間を開いた──

 

 

 

「ストレングス、出番だ!!」

『Wild……DrawⅧ……Strength!!』

「あたしも行くよ──デュエルエリアフォース!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──やっぱり、嗅ぎつけて来たか」

 

 

 

 屋上の真ん中で立っていた彼女は、静かに呟いた。

 ブラン──いや、その皮を被った偽者だ。

 何故か、その周囲には誰も居なかった。

 一応、此処に来るまでクリーチャーは立ち塞がるようにして襲ってきたが、いずれも苦なく撃破している。

 だけど、何故コイツの他に此処には誰も居ないのだろう。

 

「理解できない。意味不明。これだけの策を弄したというのに……結局あなた達は4人で来た」

「お前、クリーチャーだな? 覚悟は決まってるみてえじゃねえか」

「最早隠し立ても不要だからな」

 

 偽者は言葉を紡ぎたてた。

 

「私は鏡……慈悲も慈愛も全て捨て去り、醜悪なる感情を映し出す鏡……人間とは社会的な繋がりのある生き物。故に、人間を滅ぼすのに世界を滅ぼす必要は無い。人間の繋がりを内側から滅せば良いのだから」

「繋がり……デスか」

「成程な。それが、お前が偽者という手段を選んだ理由か」

「……相変わらずですね。ワイルドカードの手口はどうしてこうも皆悪趣味なのでしょう」

 

 最も、人間を滅ぼすのに効率が良い方法とでも言わんばかりに偽者は語る。

 確かに、俺達は今回の件で疑ったり、仲間割れしたり、一歩間違えればデュエマ部自体が崩壊していたかもしれないのだ。

 だけど、そうはならなかった。

 

「しかし妙だ。貴方たちは何故、そこまでして他者を信じる事が出来る? 人間の絆とは此処まで強固なものなのか?」

「仲間だからだ!」

 

 俺は叫んだ。

 理由はそれだけで十分だ。

 

「お互いの事を良く知ってるから、簡単には疑いたくない。お互いの事を良く知ってるから、僅かな違和感に気付く事が出来る。馬鹿にするんじゃねえよ、人間の絆を!!」

「だが、私は鏡。或瀬ブランの思った事を元にそれを全て実行したまでよ」

「確かに思ったデスよ!」

 

 ブランは叫んだ。

 

「信じてた人に裏切られて、信じていた相棒に死なれて、私は絶望の底へ突き落されたデス。それでも──私は覚えている!! 私を必死で引き揚げてくれた人の事を!!」

 

 そして、何かを決心したかのように前に進み出た。

 

「その人たちを傷つけるのは、私が許さないデス。もう、私みたいな思いをする人が増えるのは嫌デス!」

 

 その手には──覚悟された正義が握られていた。

 気圧されて目を見開いた偽者は1枚のカードを懐から取り出した。

 

「ならば示せ。貴女の力を!」

 

 偽者の周囲から異様な空気が漂う。

 その手に握られたカードから、まるで空間を淀ませるような重い雰囲気が漂った。

 

「──やはり持っていたのか。エリアフォースカードを」

「あ、あれは本物なのか!?」

「ああ。ようやく合点が行ったぞ。幾らクリーチャーと言えど、エリアフォースカードまで偽造出来るわけが無い。いや、むしろここまで高度な擬態はエリアフォースカードを持っていたからだったのか」

「パンダネルラの時と同じ……エリアフォースカードを取り込んだワイルドカードってことですか」

「関係ないデス! 誰が相手でも、私の仲間を傷つけるのは許さないデス!」

 

 ブランのデッキケースが光り輝く。

 彼女の意思に応えるようにして。

 そこから飛び出したエリアフォースカードに、その名が焼き付けられていく。

 

「……私にもう1度、身を預けて下サイ。正義(ジャスティス)!!」

 

 俺達はその様を見ていた。

 浮かび上がるXIの数字。

 それは、正義の名を刻み、再びブランの再起の意思を汲み取ったようだった。

 余りにも神々しく、だけど優しい光。

 荒ぶる全てを食い荒らす、ロードと戦った時の光とは違っていた。

 

 

 

「私が守りたいのは過去じゃない! 仲間と一緒に居る今、そして仲間と共に進む未来デス! そのために、この新しいデッキで貴女を倒しマス!!」

「やれるものか。私はお前そのものだ」

 

 

 

 空間がその場を包み込んでいく。

 煌いたエリアフォースカードの光を握り締め、ブランは力の限り叫んだ。

 

 

 

「行きマスよ、正義(ジャスティス)起動!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)XI(イレブン)……Justice(ジャスティス)!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

「《タイム1 ドレミ》を召喚。ターンエンド」

「呪文、《フェアリー・ライフ》を唱えて I'm doneデス!」

 

 ブランと偽者のデュエル。

 自分自身と決着を付けるため、彼女は自ら進み出た。

 絶対に負けるなよブラン……偽者なんかにお前が負けるわけが無いんだ!

 見たところ、デッキは同じかと思ったが、大分様相が違うようだ。片や手札を減らさずにクリーチャーを出し、片やマナを増やしている。

 

「……読めた。3マナで《タイム3 シド》を召喚。更に、《タイム1 ドレミ》で攻撃するとき──革命チェンジ」

 

 冷淡に偽物は言い放つと、その手札からカードが飛んでいき、攻撃していった星型のクリーチャーと交代する。

 

「2体目の《タイム3 シド》をバトルゾーンへ」

 

 《シド》は相手が唱える呪文のコストを2増やすクリーチャーだ。

 それが2体で、合計コストは+4。

 そして、シールドが割られるものの何もトリガーしなかったのか、ブランは少しまずそうな顔をした。

 

「これは、私がやられたのと同じ戦法です……!」

「確か相手は光水のエンジェル・コマンド・ドラゴンデッキだったか。しかも相手の動きを序盤に縛っていくスタイルのようだな。光らしい」

 

 マナブースト呪文がこれでは封じられたのも同然だ。

 切り返す手段をブランが持っていれば話は別なんだが……このままじゃ、攻めあぐねている間にやられ放題じゃないか。

 

「私のターン! 3マナで《絶対の畏れ 防鎧》召喚デス! その能力で、ハンデスとコスト踏み倒しを封じるデス!」

 

 現れたのは水晶に包まれたゴーレム。

 ブランも相手の動きを邪魔しに掛かる。

 

「それが出来れば良かったな。出来れば、だが──!」

「!」

 

 偽者のマナが無情に4枚、タップされた。

 

「荒魂よ沈まりたまえ、呪文《スパーク・チャージャー》!」

「チャ、チャージャーデスか!?」

「そうだ! その効果で《防鎧》をタップ。そして、そのまま《シド》で《防鎧》を攻撃して破壊!」

 

 《シド》のパワーは4000。対して、《防鎧》は3500。僅差ながら、星型のマシンに水晶のゴーレムはひき潰されてしまった。

 

「──その程度で邪魔をしたつもりだったか?」

「くっ……悔しいデスけど手も足も出ないなんて……!」

 

 ブランは歯噛みした。早速大ピンチだ。

 呪文は封じられたも同然、おまけに折角出したメタクリーチャーまで排除されてしまう始末。

 おまけに、相手のマナは次のターンで6枚に到達する。

 

「私のターン……! マナにカードを置いてターンエンドデス」

「悔しいか。何も出来ないのが。それが今のお前の限界だ。お前がお前自身を超えでもしない限り、例えエリアフォースカードを覚醒させた所で意味はない」

「くぅ、好き勝手言ってくれるデスね!」

 

 だけど現にブランのエリアフォースカードの守護獣は、未だにうんともすんとも言わない。

 一体どうなってるんだ。まだ何かが足りないというのだろうか。

 

「私のターン──そろそろ面白い物を見せてやろう」

 

 偽物は5枚のマナをタップする。

 

 

 

「天網恢恢疎にして漏らさず──《太陽の精霊龍 ルルフェンズ》!」

 

 

 

 現れたのは剣を携えた天使龍。

 そして、その剣に宿るようにして稲光が落ちる。

 

「効果発動。手札からコスト6以下の光のクリーチャーをバトルゾーンに」

 

 その場に光が満ちた。

 

「《指令の精霊龍 コマンデュオ》召喚。その能力でカードを1枚引き、コスト5以下の光のクリーチャー、《音感の精霊龍 エメラルーダ》を場に出す」

 

 彼女は思わず身構える。

 

「《エメラルーダ》の効果でシールドを回収。S・トリガーは《サイバー・ブック》。手札を3枚引いて1枚を山札の一番下に置く。そしてシールドを1枚手札から置いて、ターンエンド」

「……並ばれたデス。でも!」

 

 彼女は負けじと5枚のマナをタップした。

 

「5マナで《青守銀 ルヴォワ》召喚! その効果で自身をタップして、《ルルフェンズ》をタップデス!」

「防戦一方だな、或瀬ブラン。無様だ」

 

 彼は6枚のマナをタップする。

 そこから現れたのは──更なる天の翼だった。

 

 

 

「──我は鏡、愚か全てを映し出す無貌の鏡──《侵略者 フェイスレス》」

 

 

 

 次の瞬間、そこに居たのは顔無き異形。

 翼を生やし、光の輪を頭に携えた侵略者。

 同時に、そこにはもう偽者の姿は居なくなっていた。

 

「──正体を現しましたネ!! 侵略者 フェイスレス……それが真の姿デシタか!」

「これが負の念の力か。或瀬ブラン。お前によって、私は完全に実体化に成功した。だが、感謝するなどという感情等私には無い。あるとすれば、お前から得た仮初の物のみ。故に、此処から私は無情の明王となろうぞ」

 

 これが今まで俺達を惑わせていた偽者の正体。

 成程、顔が無い故に他の奴から顔を借りなきゃいけなかったんだな。

 

「では、行くぞ──《エメラルーダ》で《ルヴォワ》を攻撃して破壊」

 

 一瞬で杖から放たれた稲光が銀人を砕く。

 ブランのなけなしの防護壁は一瞬でなくなってしまった。

 そして、好機と言わんばかりにクリーチャーが雪崩れ込む。

 

「《ルルフェンズ》でシールドを攻撃──するとき、革命チェンジ」

「!」

 

 抑揚のない声でフェイスレスは言った。

 星が降り注ぐ。

 その場に眩い閃光が落ちた。

 

 

 

「──現れよ、《時の宮殿 ベルファーレ》」

 

 

 

 現れたのは宮殿を身体に宿したドラゴンだった。

 

「このクリーチャーは……!」

「《ベルファーレ》が破壊されたとき、または自分のシールドがブレイクされた時、このクリーチャーがタップされていればそのターンの残りを飛ばす。これでもう、攻めるのもままならぬまい」

 

 無貌の異形はじりじりとブランを追い詰めていく。

 だが、それだけではない。2枚のシールドが天使龍の一踏みで砕け散る。

 その破片を浴びるブラン。しかもそれだけでは終わらない。

 

「S・トリガー、《フェアリー・トラップ》! その能力で山札の上から1枚を表向きにして、それよりもコストが小さいクリーチャーをマナ送りにしマス!」

「無駄だ。この私──《侵略者 フェイスレス》──の効果で、相手のシールドが2枚以下の時、私のターンに私のクリーチャーは場を離る代わりに場に留まる」

「うぐぐっ……マナに置くデス……!」

 

 除去耐性を盾に殴っていくビートダウンスタイルというわけか。

 数でも押されているし、そろそろブランは危ない。

 まだ、《シド》が2体、場に残っているのだから。

 

「さあ、残る《シド》で攻撃!!」

「ッ……!」

 

 砕けるシールド。それが降り注ぐ。

 気が付けば、既にブランもボロボロだった。

 序盤からジャブのような連続攻撃が続き、彼女も消耗しつつあったのかもしれない。

 

「負け、ないデスよ……!! 私はもう、諦めないデス!!」

 

 それに彼女も答えたのだろうか。

 

「S・トリガー! 《ルヴォワ》を召喚して《シド》をタップデス!!」

 

 再び姿を現す《ルヴォワ》。

 危機一髪、ブランは凌ぎ切ったようだった。

 

「──ふむ。耐えたか」

「……Oh……あ、危なかったデス……!」

 

 だ、大丈夫なのだろうか。

 既にブランのシールドはゼロ。

 これで後は無くなってしまった。呪文のコスト上昇は4から2に減ったといっても、まだ続いている。

 次のターンでブランのマナは6枚。あいつは逆転できるのだろうか。

 

「……やはり、理解が出来んな。どうしてそこまで粋がる? 人間。仲間を傷つけられたのがそんなに悔しいか? 私の感情など移入出来ない。だが、移入出来ないからこうして利用してやったのだが」

「ぐっ……」

「何故仲間の為に戦う? 彼らはお前を疑っていたのだぞ。裏切ったのだぞ。裏切られるのは、一番悲しかったんじゃなかったんデスか?」

 

 ぐにゃり、と無貌の顔が捻じ曲がる。

 そこに現れたのは──うすら笑みを浮かべたブランの表情だった。

 あまりの悍ましさに、ブランは膝をつく。

 その顔には、薄っすらと恐怖が浮かんでいた。

 

「結局、弱い癖に粋がるから傷つく羽目になるのデスよ。何で諦めないんデスか。集団で虐められて、幼馴染に裏切られて。それでもまだ、誰かのために戦う事を止めないのデスか」

 

 彼女はスカートを握り締めた。

 息を切らせ、傷だらけになりながらも立ち上がった。

 

「……何回も、何回も裏切られたデス。虐められたし、傷つけられたデス。でも、そんな私でも暖かく迎えてくれた場所があった。涙も、弱さも、全部受け容れてくれる人たちが居た」

 

 彼女は拳を握り締めた。

 

 

 

「そして──利用されて付け込まれるような弱い自分なんか、もう……懲り懲りデス!」

 

 

 

 震えた声だった。

 

「──もう、私は誰も傷つけたくないのデス。私の周りで皆が私を笑わせてくれた。笑顔なんか浮かべる事なんて考えられなかった私が、ずっと1人ぼっちだった私が、居場所も出来て仲間も出来て──いつの間にか私も自然と笑顔になってて、私らしく振舞えた!!」

 

 デュエマ部での思い出、そして今の俺達の事をそこまで思ってくれていたのか。

 あいつにとって、デュエマ部は特別な居場所だったんだ。

 

「だから──それは誰にも壊させない!! 私の居場所も、私の仲間も!! もう、誰も傷つけさせない!! 傷つける奴は……私が許さない、デス!!」

 

 彼女は6枚のマナをタップする。

 正義(ジャスティス)のカードが光り輝いた。

 

 

 

 

 ──見せてみよ、正義(ジャスティス)に選ばれし者よ──!!

 

 

 

 声が空間に響き渡る。

 紫月も、火廣金も辺りを見渡す。

 老練とした声。だけど、とても威厳に満ちた声だ。

 

 

 

 ──汝が刻んだ正義、正しい事を証明して見せよ!!

 

 

 

「──OK、言われるまでもないデス! 《サッヴァークDG》、降臨(アドベント)!!」

 

 

 

 ブランが叫んだその時。

 稲光と共に、天空から結晶の龍が降り立つ。

 刻まれるMASTERの紋章。

 仮面にその顔は覆われ、表情は伺えない。

 だけど、あの姿──どこか、懐かしく思えた。

 

「これ、サッヴァークのデッキだったのか!?」

「成程な。自然文明を入れてブーストに特化する構成だったのか」

「そうデス!! これが私の過去からの決別の証!! 正義は振るう人の心で形を変えるなら、私が──サッヴァークを使いこなしてみせるデス!! サッヴァークDGの効果発動! 山札の上から3枚を表向きにして、メタリカ、ドラゴン、呪文を全て手札に!」

 

 叫んだ彼女の手札に次々にカードが加えられていく。

 そして──

 

「《サッヴァークDG》の効果で、ターンの終わりに手札から裁きの紋章を唱えるデス!」

 

 龍の仮面が光り輝く。

 そして、天空から飛翔する銀色の光。

 それが戦場を蹂躙した──

 

 

 

「これでも食らうデスよ! Cast&Engrave(裁き、そして刻め)、《断罪スル雷面ノ裁キ》!!」

 

 

 

 雷雲が現れ、《フェイスレス》と《ベルファーレ》がシールドへ叩きつけられ、水晶に包み込まれていく。

 

「これはっ……!」

「《断罪スル雷面ノ裁キ》は、相手のクリーチャーを2体選び、その後相手のシールドを2枚選んでその上に重ねるデス!」

「っ……だが、その程度。私の場にはまだ4体のクリーチャーが居るのだから──」

「No! 終わりまセンよ!」

 

 今度は《サッヴァークDG》が胴を上げる。

 腹に埋め込まれた巨大な水晶が青く煌いた。

 そこから、ぐにゃぐにゃ、と何かに形を変えていく。

 そういえば、《サッヴァークDG》はターンの終わりに互いのシールドに表向きのカードが3枚以上あれば、自身を破壊する事で手札から光のドラゴンを出せるという効果を持っている。 

 あの時、ロードはすぐさま進化形態である《煌龍 サッヴァーク》を出していた。

 だけど──その時とは様子が違う。仮面が割れず、水晶が変化していく。

 

「──《サッヴァークDG》の効果で、自分のターンの終わりに全てのシールドゾーンにある表向きのカードの合計が3枚以上なら、このクリーチャーを破壊してもよい。そうしたら、光のドラゴンを1体、自分の手札からバトルゾーンに出しマス!」

 

 稲光が再び降り注ぐ。

 咆哮する龍の器は、全く違う姿へ変貌していく──

 

 

 

獅子(Leo)の瞳は全てを見通す! 召喚(Summon,this)──《獅子頂龍 ライオネル》!!」

 

 

 

 水晶から極光と共に舞い降りたのは、黄金の装飾に身を包み、阿修羅の如く6本の腕を携えた獅子の王。

 その腕には、蒼き剣が掲げられており、ブランを守らんとばかりにフェイスレスの軍勢の前に立ち塞がった。

 司るは?番。正義を意味する数字。そして、勝利を表すVの紋章も空中に誇らしげに刻まれる。

 

「《ライオネル》……《サッヴァーク》ではなくこちらですか……!」

 

 紫月が詠嘆しながら頷いた。

 ブロッカーが付いていないから簡単に踏み倒せない《ライオネル》を簡単に召喚するギミックを搭載していたとは!

 これが今回の、ブランの切札ってことか。

 

「それがどうした。ブロッカーの付いていないクリーチャーを1体増やしたところで今更勝てるとでも思ってるのか」

「さあ? どうでしょう? 貴方はどう思うデスか?」

「……あくまでも真面目には答えないということか」

 

 彼女は不敵に笑うのみ。

 フェイスレスは痺れを切らして、遂に一斉攻撃を始めた。

 

「《ルルフェンズ》召喚。その効果で手札からコスト6以下の光のクリーチャー、《聖霊龍王 アルカディアスD》を出して直接進化だ」

「……此処が正念場デスか」

「まずは、《コマンデュオ》で残る1枚のシールドを狙い撃つ」

 

 最後のシールドが、精霊龍の放った電撃で砕かれた。

 しかし。その破片は彼女には降り注がなかった──

 

「──《獅子頂龍 ライオネル》の効果(アビリティ)発動。私の手札に加える光のシールドカードはすべて「S・トリガー」を得るデス!」

 

 最初から相手も織り込み済みだったのかもしれないが、ブランの残り1つのシールドには2枚のカードが存在していた。

 1枚はまだ見ぬカード。

 そしてもう1枚は──先程刻まれた裁きの紋章だ。

 

「S・トリガー、《断罪スル雷面ノ裁キ》!! 《アルカディアスD》と《シド》をシールドに封じ込めマス!! 更に《ライオネル》はシールドが0の時、ブロッカーとなるデス!」

「だが、まだ《シド》と《エメラルーダ》が居る! これでお終いだ!」

「そう、これだけならお終いだったデショウ」

 

 彼女はもう1枚のシールドを手に取った。

 それを見ると、何処か切なそうに微笑む。そして、吹っ切れたように口を引き絞って──突きつけた。

 

「S・トリガー……発動デス!!」

 

 その場は暗雲に包まれる。

 今までに無い比で光がその場に降り注がれ、水晶が屋上を覆いつくしていく。

 だが、それは徐々に龍の形を象っていく。

 それは壊す為の大義名分ではない。

 真に守るべきモノを守る為の、正真正銘の彼女の正義(ジャスティス)だった。

 

 

 

「これは煌く私の正義──再び銘ずるデス! 降り立つ時デス(descend to earth)、《煌龍(キラゼオス) サッヴァーク》!!」

 

 

 

 金色のマスター・ドラゴン・カード、その名はサッヴァーク。

 一度はロードによって銘じられた正義を、再びブランが定義する。

 全てを見通す黒曜の瞳、断罪を執行する数多の剣。そして、暗雲が晴れて差し込んだ太陽の光によって煌く、黄金の鎧に包まれた漆黒の身体。

 裁きの魔龍は新たなる正義を胸に、今、再び戦場へ舞い降りたのだ。

 

 

 

『──永い間、眠っていたようだ。顕現するのは、初めてなのに──』

 

 

 

 裁きの龍は口を開く。

 そして、ブランの目を見通した。まるで、尊い大事な誰かに向ける優しい瞳だった。

 彼女も、何処か懐かしいような眼差しをサッヴァークに向ける。

 

「ワンダー……タートル?」

正義(ジャスティス)に選ばれし小娘よ。その名で呼ぶのは止めよ。儂は守護獣の役割を引き継いだ──後任者に過ぎぬ』

「……それでも、もう手放したりなんかしまセンよ」

『……そうか』

「……それと何べんでも訂正デス。私は小娘じゃありませんヨ。私は――」

 

 

 ブランは帽子を深く被った。

 そして──微笑む。曇天から強く差し込んだ太陽のように。

 

 

 

()探偵・或瀬ブラン、デス!」

 

 

 

 サッヴァークは吐息を漏らす。

 そして、まるで古き懐かしい友人に呼びかけるように告げた。

 

 

 

『良いだろう、乗ってやろうではないか──名探偵よ!』

 

 

 

 俺は黙って見届けるしかなかった。

 新たなる守護獣の誕生の瞬間を。

 だけど、初めて会ったはずなのに、まるで旧友のような二人の関係に危うさは微塵も感じられない。

 

「さあ、行くデスよ! 《サッヴァーク》の効果で、《シド》をシールドに封じ込めるデス!!」

『受けるが良いぞ!! 裁きの雷鳴を!!』

 

 投槍のように、サッヴァークが手に掲げた剣を振り上げて、《シド》目掛けて狙い放つ。

 稲光の如き眩い一閃が、天使龍を貫き、シールドへ封じ込めた。

 

「くっ……!! そんな事があってたまるものか……!!」

「これでYouの場には《エメラルーダ》だけデスよ! 《ライオネル》はシールドが無い時、ブロッカーになってるので攻撃は通らないデス!」

 

 完全に不意からの一撃。

 それが、あれだけ居たフェイスレスの軍勢を完全にそぎ落としてしまった。

 6体も居たクリーチャーは、5体もシールドへ貼り付けられてしまっている。

 もうブランのシールドは無い。あと少しで攻め落とせるのに──それはもう、絶対に届かないだろう。

 

「──私のターン! 《煌龍 サッヴァーク》で攻撃──するとき、アタック・チャンス発動デス!」

 

 彼女の手札から1枚のカードが飛ばされた。

 そして、そこに巨大な龍の紋章が浮かび上がる。

 

 

 

Cast&Engrave(裁き、そして刻め)、《天ニ煌メク龍終ノ裁キ》!!」

 

 

 

 咆哮する《サッヴァーク》。

 水晶で出来た身体から、光が迸り、《エメラルーダ》の身体を水晶の中に飲み込んでいく。

 そして、再び《サッヴァーク》の翼が広がり、高らかに咆哮した。

 

「その効果で、相手のクリーチャーを全てフリーズし、マスター・ドラゴンをアンタップするデス! そして、これでもう邪魔は無いデスね!」

「そんな馬鹿な……此処まで強い龍が居るというのか……!!」

「そして《サッヴァーク》がシールドをブレイクする時、ドラゴン・W・ブレイク発動デス!」

 

 それは貫き穿ち、そして吸い尽くす魔龍の剣。

 放たれたそれが、フェイスレスのシールドを貫通するとともに、ブランの眼前に2枚のシールドが光と共に現れた。

 

「どうしたことだ、どういうことなんだ!! 正義(ジャスティス)に守護獣だと……!? 今になって、こんなに強くなって現れるとは……!!」

「何言ってるデスか。私の切札デスよ? 弱い訳ないじゃないデスか! 今度は《ライオネル》でシールドをT・ブレイクデス!」

 

 一挙に砕け散るシールド。

 それがガラスのようになって、フェイスレスの身体を切り刻んだ。

 だが、奴もまだ諦めてはいないようだ。《エメラルーダ》で仕込んでいたS・トリガーがあるのだから。

 

「S・トリガー……《オリオティス・ジャッジ》!! 今そちらのマナは7枚しかない!! 《サッヴァーク》と《ライオネル》、諸共に山札の下送りだ!!」

 

 雷撃が放たれた。

 人造龍と獅子龍を目掛けてじぐざぐに撃ち落とされる。 

 すぐさまそれは爆散して、辺りに煙が漂った──

 

「これで、終わりだ……所詮、人間の絆や繋がり等、大したものではなかったな」

「──本当にそう思うデスか?」

 

 探偵の一声。

 フェイスレスは表情無き顔面を、まだ見えぬ眼前に見やったようだった。

 俺の方からもまだ見えない。

 だけど確信していた。正義はこの程度では折れはしない、と。

 

 

 

『オオオオオオオォォォーッ!!』

 

 

 

 煙から飛び出したのは、サッヴァークだった。

 無傷。全くダメージを受けていない。

 彼の羽ばたきで盤面の煙が吹き飛ばされていく。

 《ライオネル》もそこに立っていた。

 

「残念デシタね!! 《サッヴァーク》は自分のクリーチャーが場を離れるとき、代わりに表向きのシールドが墓地に置けば場に留める事が出来る能力を持ってるデス! あと、《ライオネル》も自分のシールドを犠牲に生き残らせておくデスよ! シノビとか握ってもらってても困るデスからね!」

「なぁっ……!」

「教えてあげるデス。どんなに崩そうとしたって、絆は崩れやしない! 繋がりは、絶対に途切れはしない!」

『友が為に貫く正義は、折れはしない!』

「もう、絶対に、折らせはしない! これは私を信じてくれた仲間に捧げる一閃デス!」

 

 無数の剣が宙を舞った。

 そして、フェイスレスへ狙いを定めた──

 

 

 

「──《煌龍(キラゼオス) サッヴァーク》でダイレクトアタック、デス!!」

 

 

 

 無貌の天使の身体を剣が貫いていく。

 崩壊し、崩れていく身体。

 今わの際に、偽者は悟った──

 

 

 

「──おのれ……これが、人間の……思いの力か──!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 斯くして、学校に出現していたトークンの反応は消えて無くなった。

 後には、激しい戦いが終わり、ぺたんと座り込むブランの姿がぽつんとあった。

 そして彼女に駆け寄る俺達。

 彼女は振り向くと──笑っていた。

 やっと、戻ってきたと言わんばかりに彼女も駆け寄ってくる。

 

「ただいまデス。皆サン」

「お帰り、ブラン」

 

 彼女の手には正義(ジャスティス)のカードが握り締められていた。

 もう手放さないと言わんばかりに、大事に握られていた。

 

「新たな守護獣……サッヴァークか」

「ハイ。私の新しい──相棒デス」

 

 彼女ははにかむ。

 戻ってきたわけではない。

 だけど、彼女の新しい相棒。

 

「……ワンダータートルの分まで、今度は私が守り抜きマス。そして強くなりマス」

 

 

 

『何を言う。そんな事より他に言う事があるだろう』

 

 

 

 声が聞こえた。

 見ると、空中に実体化する巨大な真龍の姿。

 彼女は、巨大な彼を見上げた。

 

「──サッヴァーク」

『……探偵には不可欠な物があるのではなかったのか?』

「……もしかして、知っててやってマスか?」

『どうだか。昔の事は忘れた』

「むぅ!!」

 

 ブランが憤慨する。

 やはり、多少はワンダータートルの残した記憶があるのだろうか。

 だけど、サッヴァークはそんな事を気にする様子はない。

 

「──まあ、良いデス。何となく、心で分かりマシタから」

『今はそれでいい。して探偵。それで儂はお前の何として振る舞おうか? 部下か? 下僕か?』

「助手デス!」

 

 ブランは高らかに言った。

 

 

 

「──サッヴァーク! これから()、よろしくお願いしマスネ! 貴方は私の助手デス!」

『良いだろう。探偵に助手は不可欠だ。こちらこそ、頼むとしようかの』

 

 

 

 そう言って、彼は彼女のデッキケースの中へ入っていく。

 完全に覚醒した正義(ジャスティス)

 これで、俺、紫月、ブランの3人のエリアフォースカードが覚醒したことになるのか。

 一番遅咲きだった。相棒さえ失った。だけど──また、戻ってきたような気さえする。

 

「ともあれ、偽者騒動もこれで終わりというわけだ」

 

 火廣金が腕を組んだ。

 こいつにもたっぷり世話になったな。

 理知的な参謀としては、かなりキレ者だってことが分かったしな。俺も部を纏める身として見習わないといけないだろう。

 

「……本当に人騒がせなクリーチャーだったぜ。でも、ブランが無事でよかった」

「そうです。デュエマ部も結局無事でしたね」

「ああ。君は無実。そして敵の殲滅を確認。エリアフォースカードも覚醒して、完全勝利だ」

「そ、そうデスね……あれ」

 

 彼女は顔を隠した。

 見ると、コンクリートに幾つも雫が落ちていた。

 

「お、おかしいデス……全部綺麗に終わったのに……」

「ブラン先輩。泣いてるんですか?」

「ち、違うデス! これは嬉し……涙デス」

 

 ぺたん、と彼女は座り込む。

 俺達は駆け寄った。

 

「……ブラン。色々溜まってただろ」

「……アカル……ハイ。辛い事ばかり、デシタ……」

 

 でも、と彼女は付け加える。

 

 

 

「……嬉しい事も、たくさんデシタ……皆の、おかげデス!」

 

 

 

 涙は零れていた。

 だけど、夕陽に照らされたブランの笑顔は──久々にとても輝いていた。

 紫月が袖で顔を拭いながら彼女に抱き着く。

 振り返ると──屋上の扉にもたれかかる桑原先輩と、何処か安心したような花梨の姿があった。

 

「──もしかしてお前も1枚噛んでたりする?」

「まーね。ほっとけないでしょ? 1年の時からの友達を見過ごすなんて、あたしには出来ないよ」

「……ま、色々あったみてーだが解決して良かったぜ」

 

 桑原先輩も頷く。

 俺は再びブランの方に向き直る。

 夕陽に負けない、嬉しそうな笑顔が返ってきた──

 

「あれ? そういえばエリアフォースカードは?」

「……あ」

 

 ブランの言葉で俺達はふと思い出した。いけない、早く回収しないと。俺達は偽者が立っていた場所へ駆け寄る。

 そこには、《フェイスレス》のカードと白紙のエリアフォースカードが落ちていた。

 エリアフォースカードをワイルドカードに奪われたら、どんなに厄介な事になるのか、今回は良く分かったな。

 

「ロードに奪われていたカードが世界中に散っている。これもその1枚だろう」

「何のアルカナか分かるのか?」

 

 火廣金は頷く。

 

「塔のカードだ。ロスが同じアルカナだからな」

「塔……道理でロクな事が起こらないと思ったぜ」

 

 確か正位置と逆位置、両方で悪い意味のカードじゃないか。

 

 

 

「残りのカード集めも……骨が折れるな」

 

 

 火廣金の言葉に俺は同意する。

 だけど、俺達の知っているブランが戻って来た。

 今はそれだけで十分だった。

 

 

 

「何とかなるさ。いや、何とかすれば良いんだ。俺達全員でな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その頃。 

 同時刻、デュエマ部部室。

 

『で』

 

 若干彼はキレ気味だった。

 確かに影が薄い事は否めないかもしれない。

 あんまり役に立たなかったかもしれない。

 だが、それでも自分は自分なりに頑張っていたのだ。寝ていたのだって、好きで寝ていたわけではないのだ。

 故に──憤慨した。

 

 

 

『何で部室に誰もいねぇんだァァァーッ!?』

 

 

 

 残念ながら、全員屋上である。すっかり鮫の事など忘れている。

 ともあれ、鮫の怪我も無事完治したようであった。それで今しがた目覚めた所である。

 

『シャークウガへ、起きても適当に寝ていてくださいbyしづ って何だこれェェェーッ! 俺完全にハブられてんじゃねーか! 俺をもっていかなかったのかよマスター!』

 

 しかし、それで納得できるはずもない。

 シャークウガは誰も居ない部室に向かって叫ぶ。

 虚しくそれは木霊して、返事する者は誰も居ない。

 

 

 

 

『誰か、誰か! もうちょい心配してくれよ、俺の事ォォォーッ!!』

 



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Ace27話:辻斬り現る

「──あーあー、あの鶺鴒学園の刀堂花梨……ほんっとうに憎たらしいったらありゃしない!」

 

 日もとっくに落ちた、ある河川敷。

 女子学生が3人、並んで帰路についていた。

 その背中にはゴルフのそれと見紛うような細長いケース──所謂竹刀袋を背負っており、口々に文句を言っていた。

 

「強過ぎだよねえ……あいつが居る限り、絶対にうちら来年のIHで全国行けないわ」

「ほんとムカつく……鬼、悪魔、羅刹、バーバリアン!! 女子の力じゃないっての!」

「あの細い身体の何処にあんな力が……」

「公村はもっと痩せなさい」

「そろそろあんたの仇名ハム村からボンレスハム村になるよ」

「っせーよ!! テメェらが細すぎるんだよ、魚肉ソーセージ共ァ!!」

 

 同級生とは思えないような辛辣なやり取りをしつつ、彼女たちはこの地区でも屈指の実力者と名高い刀堂花梨を罵っていた。

 理由は単純明快、彼女が強過ぎるからである。

 鶺鴒学園高校は、以前よりこの地区でもたまに全国に行く程度に剣道部が強かったのだが、昨年度の新人戦の優勝で化け物染みた新入生の獲得を証明してしまった。

 それが刀堂花梨である。

 彼女の居た中学は、かつて全国大会準優勝を果たしており、幾ら道場の娘とはいえそこらの剣道少女とは格が違う事を知らしめていた。

 刀堂花梨は生まれ持っての剣の天才である。それは彼女の血筋も幾らか起因している。

 だが、それ以上に刀堂花梨は剣道馬鹿である。馬鹿であるが故に道に向かって真っ直線であり、努力を惜しんだ事は一度も無い。

 結果、そのしなやかな肉体に無駄な筋肉は無く、尚且つそこらの男よりも強靭かつ屈強であろう腕力と足腰を備え、天性の敏捷性と動体視力、そして勘の全てを備えた彼女に勝つのは至難の業であった。

 言うなればそれは、努力した天才。それを打ち砕くのは至難の業。

 そして完成するどころか、未だ成長し続けるその剣は他校の生徒からすれば羨望の的であり、そして試合に出れば確実に自校のエース格を相手に1勝をもぎ取る事からヘイトの対象でもあった。

 

「こうなったら絶対に、あの刀堂花梨をぶっ倒してやるわ!!」

「どんな手段を使っても!!」

「ぶっ潰す!!」

 

 そんな気概をデカい声で3人組が掲げていた、その時だった。

 

 

 

「──オ尋ネ申ス」

 

 

 

 ふと、声が聞こえた。

 濁った低い声だ。

 彼女たちは視線を正面に合わせた。

 見るとそこには──防具に身を包んだ人物の姿があった。

 3人組は言い知れない不気味さを感じた。

 

「──汝ハ剣ノ道ヲ志ス者カ?」

 

 声は低く、濁っている。

 また、背丈が高く、男ではないかと彼女たちは思った。

 しかし。心当たるものがあったのか、公村が言った。

 

「あ、ま、まさか、こいつ辻斬り!?」

「あの噂の!?」

 

 3人は狼狽えた。

 防具の人物──辻斬りは言い放つ。

 

「3人デ、掛カッテコイ。防具ヲ付ケル時間モ待ッテヤロウカ?」

「要らないわよ! てか、辻斬り倒せなくて刀堂花梨が倒せるかって話だ!!」

「あんたの正体引っぺがして、名を上げてやるんだから!」

「覚悟しろってのよ! 3人でぶっ叩いてやるわ!」

「笑ワセル」

 

 辻斬りは竹刀を構える。

 

 

 

「──貴様ラ如キデ刀堂花梨ガ倒セルト本気デ思ッテノルカ? 冗談ハ肥ニ肥エ太ッタ腹ダケニシロ」

 

 

 

 それが3人組の心に火をつけた。

 防具も纏わずに、3人は竹刀を構え──突貫した。

 

「誰がデブだァ!!」

「デブはハム村だけよ!!」

「誰がハムじゃボケェ!!」

 

 突貫する3人組。

 ただし、辻斬りの悪口は途中からほぼ1人にしか向けられていないが、もうそんな事はどうでもよく。

 

 

 

 

「「「死に曝せ、このボケェェェーッ!!」」」

 

 

 

 暗い河川敷に、竹刀と竹刀がぶつかり合う音が、甲高く響き渡った──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──で、刃金商業の女子剣道部員3人が辻斬りと戦って、全員負けた、と」

 

 

 

 俺は白銀耀。

 デュエマ部の部長を務める、ちょっと普通じゃない高校2年生。

 最近は、実体化するワイルドカードの事件に振り回されて大変だったが、1月も終わりに近づこうとする今、俺達は連日起こる事件に追われていた。

 

「そうデス! 辻斬りはここ数週間の間で、ある時は道場帰りの大学生、ある時は剣道部員数人を相手にいずれも勝利してるのデース!」

「竹刀だからまだ良かったけどよ……」

 

 情報通のブランが言う限り、そんな事件が新たに起こっているのだった。

 俺は手に取った朝刊を投げ捨て、腕を組む。

 辻斬り。それは、2週間ほど前からこの地区を中心に騒がせている防具を身に纏った人物。

 背丈は一般的な男子程で、声はボイスチェンジャーで変えているから不明、と如何にも胡散臭い人物なのだが、夜に剣道部員に野良試合を挑んでいくという怪人物で地区の剣道部員には注意が出されていた。だが、皆して血の気が多いからか勝負を挑む者は後を絶たなかったという。

 もっとも、この件で大きな怪我を負った者は居ないのが幸いか。辻斬りは必要以上に相手を痛めつけはしないという。

 だけど──奇妙な点が1つだけあった。

 

「負けた人物は、悉く剣道への情熱を失ってしまう、か」

「そうデス。廃人化、というべきデショウか。剣道、いやそれだけではなく物事に無気力になってしまうらしいのデスよ」

 

 都市伝説も此処まで来ると現実味を帯びて来る。

 そして、そういった怪奇事件は必然的に俺達の元へ巡り巡って来るものだ。

 

「やれやれ、今日び辻斬りなんてものが流行るなんて思いませんでした。今は江戸時代じゃなくて21世紀、平成の日本ですし」

 

 部室で平気な顔をしてモンハンをしている紫月が素知らぬ様子で言った。完全に他人事だ。

 

「本当に法治国家なのやら、だな。そんな事よりやはり、このアングルの方が良いだろうか」

 

 部室で平気な顔をして駆逐艦のプラモデルを並べてジオラマを撮影している火廣金が言った。完全に他人事だ。

 

「もう!! 2人とも真面目に考えてくだサーイ! クリーチャーの事件かもしれないのデスよ!」

「まあ辻斬りって言っても人は死んでませんし」

「結構深刻な被害だと思うのデスよ!」

 

 珍しく真面目なブランが言った。

 もうこのグダりっぷりはいつもの事だから今更なんだけどな。

 でもブラン。お前、事件を完全に面白がってるよな? 毎度のことだけど。

 

「ブラン先輩、ついこないだ起こったどこかの道場の鎧が消えた事件。あれも結局手掛かり無しでしたし、熱心なのは探偵の意地ってやつでしょう」

 

 そう。ついこの間もそんな事件が起こったばかりだ。

 この町にある剣道場に飾ってあった鎧が忽然と姿を消したので、俺たちはクリーチャーの仕業ではないかと思ってそれを探していたのだが、結局何も進展が無く、お流れになっていたのだ。

 それも考えると、ブランの探偵としての意地が事件を追い求めるのは至極当然の事と言えるだろう。

 

「事件続きで探偵の血が騒ぐのデース!! それに、ヨロイの件もまだ諦めてないデスよ!!」

「辻斬りは、他にどういう所が異常なんだ?」

「先の噂に加えて、いつも忽然と姿を消す所為で捕まらないみたいなのデス」

「逃げ足が速い辻斬りですね。辻斬りのくせに腰抜けとはお笑い草です」

 

 欠伸をした紫月はソファベッドに寝転がった。

 

「まあそんな事はどうでもいいです。白銀先輩、冷蔵庫のジュース下さい」

「自分で取れよッ!!」

「部長、追加の箱を頼む。そこに棚に入ってる右から2番目の奴だ」

「お前はお前で後何隻作れば気が済むんだ!!」

 

 こんな事では先が思いやられる。 

 偽物事件、入れ替わり事件、そして今回の辻斬り事件。

 ロードとの戦いもまだ終わったとは言い難いのに、どうしてこうも次から次へと怪事件が起こるのか。

 

「そもそもこれクリーチャーの仕業なのか?」

『マスター、いい加減に学習するでありますよ。なんか不可解なことが起こったら全部クリーチャーの所為でありますよー』

「お前のその態度も守護獣としてどうなんだ……」

『怪奇事件が起こったら大抵クリーチャーの所為だろ、いい加減に学習しろや白銀耀』

 

 くそっ、チョートッQは勿論だけどシャークウガに言われるのも腹が立つな。

 もう1度腕を組んで今回の件について考える。 

 襲われた場所も、年齢層もバラバラ。

 辻斬りの目的が何なのか分からない。いや、単純に己の強さを試したいとかそんな感じの気もするけど。

 

「……よし」

 

 火廣金が急にジオラマに触れる手を止めた。

 そして徐にスマホを取り出す。

 

「花梨に連絡でもするのか?」

「彼女の事だ。剣に関わる事件なら自分が解決したいだのと言いだしかねん。余計な事をしないように釘を刺しておく」

「うわあ、絶対に言いだしかねない」

「でも、それだけじゃないんデショ?」

「……」

 

 にやにやしながらブランが言った。

 むっ、と火廣金はあからさまに機嫌を悪くしたようだった。

 

「心外だな。俺はあくまでも彼女の戦車(チャリオッツ)が目覚めるようにデュエルの指南をしているだけの事。彼女も忙しいのを承知で付き合ってくれている」

「サッヴァーク、ヒイロの心を見透かせるデスか?」

『可能ではあるのう』

「君には倫理というものが無いのか?」

 

 火廣金が酷く非難した。まあ当然だろう。

 いちいち心を見透かされたんじゃ、プライバシーもへったくれもない。

 にしても火廣金と花梨か……。

 

「そうか、お前確か花梨のデュエマを鍛えてたんだっけな」

「……巻き込んだのは俺の責任でもあるからな」

 

 彼は肩を落とす。

 クリーチャーに襲われた彼女を助けた事がきっかけで、花梨と火廣金の奇妙な交流は始まった。

 その後、俺達とアルカナ研究会が対立していた頃に火廣金が俺に負けて怪我している所を花梨が助けた……と言う経過もあってか、今ではすっかり持ちつ持たれつの関係のようだ。

 

「せめて、守護獣が目覚めれば……あいつ一人では無茶しかねない」

 

 火廣金の言う通り守護獣が居るか居ないかではクリーチャーを相手にした時の安全度が違う。

 守護獣が居れば、相手のクリーチャーの能力を分析して対処する事も出来る。

 しかし、幾らエリアフォースカードがあっても守護獣が居なければクリーチャーの能力に阻まれて、そもそも相手を空間の中に引きずり込む事すら出来ないなんてこともあるのだ。

 俺たちは守護獣の力を借りることで、ワイルドカードと対等に渡り合えてきたけど、花梨は違う。

 彼女が今まで無事だったのは、ひとえに彼女の度胸と運動能力にあると言っても良い程だ。

 

「もうカリンが戦えば良いんじゃないデスかね?」

「お前、それは無茶苦茶だぞ……」

「とはいえ、明日早速予定を入れる。事件は、まだ手掛かりが少ない。そこは、俺よりも捜査に向いている魔導司に任せて情報を貰うとしよう」

「と言うのは?」

「さっきも言った通り、一度言った手前俺は刀堂花梨のエリアフォースカードを目覚めさせる義務がある。彼女が嫌と言わない限り、な」

 

 義理や徳に厚い火廣金は重々しく言った。

 

「それが、彼女の身を守る事に繋がる」

「火廣金……」

 

 あくまでも火廣金は自分に任せて欲しいと言った。

 まあ実際、こういったことに最も精通しているのは魔導司であるコイツだからな。

 ならば、部長として俺はそれを見守るだけだ。敢えて無暗に俺が手を出す事じゃない。頼んだぞ、火廣金。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「礼!! ありがとうございましたッ!!」

 

 部活の稽古が終わった後の黙想の時間が心地よい。

 外はもう、冬というだけあってすっかり暗いし、道場の空気は冷たいけどね。

 だけど、今日は胸がざわつく。

 主に原因は──

 

「刀堂さん? 大丈夫? もう黙想終わっちゃったけど」

「にゃあっ!?」

 

 同級生の和泉ちゃんの声であたしは我に返った。

 もう、みんな帰る準備してるよ!

 

「ご、ごめん……ちょっと考え事してた」

 

 あたしは刀堂花梨。鶺鴒高校剣道部の女子主将だ。そして、家は由緒正しい剣道場。

 跡継ぎになるため、そしてプロの剣道家になるため、私は日々研鑽を続けている。

 

「花梨……あんたねえ、主将ならもっとしっかりして頂戴よ」

「え、えへへ……」

 

 様子を見かねてやってきた長い黒髪の少女──巴が呆れたように言った。

 巴はしっかり者で、きびきびしてる剃刀のような副将。いつも彼女には心配ばっかりかけちゃうんだよなあ。

 ダメだなあ、あたしすぐ体や顔に出ちゃうから。

 

「……やっぱり、辻斬りの事を気にしてんの?」

「う、うん……うちの剣道部も結構大きいからさ。部員が目を付けられたりしないか心配で」

「刀堂さんらしいわねえ」

 

 ふわふわした牧毛を手で弄りながら、和泉さんが言った。 

 何だろう、深刻な雰囲気なのに、この牧歌的なオーラで和んじゃうよ。

 

「絶対、うちの生徒に手を出させたりしないからね。辻斬りなんて、あたしが見つけたらぶった斬ってやるんだから!」

「刀堂さんならやりかねないわねぇ」

「本当脳筋ね、このバ花梨」

「バ花梨ってゆーなし。耀も同じこと言うんだもん、皆してあたしの事脳筋だのバカだの」

「あらあら」

「ま、花梨なら大抵の相手には勝てるとは思うけどね。余計な事をして怪我したら、こっちが困るのよ」

「今の所、うちの部員には被害が無いのが幸いねえ。負けたら剣を手放しちゃうんって話もあるし」

「……そんなの都市伝説だっての」

 

 巴が斬って捨てた。

 確かに現実味の無い話だ。

 だけど、あたしには思い当たらない点が無いわけじゃなかった。

 クリーチャー。もしも辻斬りがクリーチャーの力を受けていたなら、切った相手の気力を奪う事も出来ない事は無いはずだ。

 そして和泉さんの言う通り、今の所うちの生徒に被害は出ていない。うちも剣道部結構大きいから、真っ先に狙われてもおかしくないのだけど。

 とにかく、今はどうしようもない。

 続報が来るまで、私は待つことしかできない。

 だけど焦りは禁物。剣道もそれは同じだ。

 だから、とにかく話題を変えよう。無用な心配は不安を生むだけだ。警戒はするとして、今は──

 

 

 

「とにかく、ラーメンでも食べに行かない? お腹空いちゃったよ」

 

 

 

 ──ぎゅう、となったお腹を満たすのが先決かも……。

 

「刀堂さんは本当にラーメンが好きねえ」

「まあ悪くは無いけど」

 

 部員は基本仲がいいけど、今やってきたこの2人とは特に仲が良くて、放課後に一緒に寄り道することもある。

 寒くなってきちゃったし、早く温まる場所に行きたいな。そんなことを考えながら武道場を出ようとすると──

 

 

 

 

「──刀堂は居るかぁ!!」

 

 

 

 

 バカでかい声が道場に響いた。

 男子の低い声だ。

 現れたのは──竹刀を掲げた大男。

 あー……出てきちゃったかあ。

 

「武永……懲りないねえ」

「御託は良い!! 刀堂ォ……俺と勝負をしろォ!!」

 

 武永 (たけなが) 士郎(しろう)。こっちは男子剣道部の部員。入部1日目にあたしに勝負吹っ掛けてきた言うなれば戦闘バカだ。

 ある意味同類みたいなものとはいえ、しつこいんだよねえ……まあその執念は嫌いじゃないんだけどさ。

 

「ちょっと武永ァ! いい加減、迷惑なんだけど!」

 

 飛び出してそれを制したのは巴だった。

 しかし、彼は意にも介さず叫ぶ。

 

「るっせぇぇぇーっ!! あの日、刀堂に負けてから、俺はどんな試合に勝っても”でもあいつ女子に負けたんだよね、野郎のくせに”とか言われるようになっちまったじゃねーか!」

「あったり前でしょ! あんたみたいなバカが勝てる相手じゃないわよ!」

 

 うん、でもさっきその花梨にバ花梨呼ばわりしたの巴だよね……。

 

「ったく、私闘なんかバレたら先生に大目玉だっつの……」

「別に良いよ? あたしは」

「花梨!?」

 

 ま、昂る思いは理解できない事も無い。

 帰る前にもう1回、やってやるとしようか。

 

「んじゃ、練習の手合わせってことで!」

「いいぞう!! かかってこいぃぃぃーッ!!」

「仕掛けてきたのあんたじゃないの!!」

「刀堂さーん、勝ったらラーメン奢るわよー」

「マジで!? 余計負けられないじゃん! やる気が漲ってきた!」

 

 和泉ちゃん太っ腹!

 こりゃあ本格的に負けられなくなってきた!

 

「刀堂花梨、俺は貴様を絶対に許さん!! 1週間磨いた新技で、今日こそ貴様をぶっ倒す!!」

 

 彼は防具を恐ろしい速さで着込んでいく。

 うわあ、あっちも引くほどやる気満々だよ。

 だけど、この勝負は絶対に勝つ!!

 

 

 

「くくくっ……今日が、貴様の最期だ刀堂ォ!! 二度と剣道が出来ないようにしてくれるぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──めェェェン!!」

「い、一本!!」

 

 

 

 竹刀が叩きつけられる音と共に、空気が震えた。巨体が床の上に転がった。

 審判を務めた巴の声が遅れて響き渡る。

 残心無し。

 完全に勝負がついたことを確信し、私は踵を返して言い放つ。

 

「盗んだそのままで、身体で覚えてない。付け焼刃で技が身に着くわけがあるか。技を覚えるなら己自身を磨け」

「うごごご……バカな……」

 

 防具を脱ぐと視界が明るくなり、息苦しさが無くなる。

 ふう、いい汗かいた。

 

「ま、それでも1週間で此処まで出来たのはすごいと思うけどね! 武永、また強くなったじゃん」

「お、おお……」

「次はちゃんと己を磨いて身に着けて来る事! 楽しみにしてるからっ」

 

 呻き声を上げる武永。

 あー、完全に意気消沈してるなあ、こりゃ……。

 ま、ほっといたらまた復活するし放置で良いでしょ。

 それに男子というだけあって、いつか絶対あたしに勝ちそうなんだよなあ。

 

「刀堂さん、相変わらず防具を被ると性格変わるわねえ」

「正確に言うと、竹刀を持って構えた時点でスイッチが入るのよ。オンオフの切り替えが凄まじく速い」

「稽古の時も後輩に厳しいけど、その代わりフォローも後できっちり入れてくれるのよねえ。後輩に慕われるの分かる気がするわあ」

「やっほー! 早くラーメンたーべよっ」

「ほら、もう元通りだわ」

「本当に切り替え速いわね、あんた……」

 

 まあ、確かにそんな事はよく言われる。

 だけど一度竹刀を握れば真剣勝負。

 一切の手を抜くつもりはない。これでも道場の娘。人一倍剣の道の厳しさは叩きこまれてきたからね。

 

「新技、全部見切ってたわね……花梨」

「そんなことないよ。武永は確かに強くなっていた。あたしも油断せずに、強くならないとね」

「いやいや、女子で男子とまともな勝負が出来るのあんたくらいなものよ」

「んじゃ、帰ろ! ラーメン奢ってくれるんだよね? 和泉ちゃん」

「ええ、幾らでも奢るわあ。久々にスカッとしたもの」

 

 そう言って帰る支度をする私たち。

 結局のところ、私が武永に負けた事は一回も無いのである。

 勝負をするのは構わないけど、こっちだって簡単に負けてはあげないよ。

 

「さて……お腹も空いたし! いつものラーメン屋、行こう!」

「結局色気より食い気なのねえ。刀堂さんらしいけど」

「……あー、私やっぱパス」

 

 突然、巴は言いだした。

 どうしたんだろう。さっきは行くって言ってなかったっけ。

 

「どしたの? 巴ちゃん」

「ちょっと用事思い出したわ」

「あらあ。それは仕方ないわねえ。刀堂さん。2人で行く?」

「そうしよっかあ」

 

 うーん、3人で行けないのは残念だけど仕方がない。

 取り合えず、腹ごしらえだ。

 たっぷり食べて、続報に備えないと。 

 事件とか関係なしに、ワイルドカードが突然暴れだすこともあるから、いつでも万全にしておかないとね!

 

 

 

「ぐううう、絶対に、絶対に次は勝ってやるぞ刀堂花梨……どんな手を使っても……」

 

 

 

 そう呻く武永を放り、あたし達は道場を出たのだった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「っはぁー、食べた食べたあ……」

「あらあら、すごい食べっぷりだったわねえ。もう何も食べられないんじゃないの?」

「あーでも、この後晩御飯も食べるし」

「刀堂さん? 太っても知らないわよ?」

 

 実際の所、あたしの食べる量は常人に比べると半端なく多いという。

 あたしはこれで普通なんだけどなあ。

 とまあ、そんなこんなでラーメン屋で、和泉さんと一緒にあたしはヘビーな間食を済ませようとしていた。

 やっぱり疲れた時はこれに限るよ。寒くて冷えた体に染みるわあ。

 

「でもごめんね? その場のノリと勢いだったとはいえ」

「良いのよ。刀堂さんが幸せそうにラーメンを啜っているの、彼氏が手料理食べてる時に似てて可愛いもの」

「あ、あはは……そうなんだあ」

 

 彼氏、か。

 和泉ちゃん、女子力高いもんなあ。モテるとは聞いた。

 たまに惚気るから、巴ちゃんがムッとして注意してるけど。

 

「……彼氏、かあ。あたしにも何時か出来るのかなあ」

「え? 刀堂さんは竹刀が恋人じゃないの?」

「しっつれいだなぁ! もう! こう見えてあたしにも好きな人の1人や2人……」

 

 恋愛なんてあんまり考えた事は無かった。

 だからか、ぱっ、と思いついた顔が浮かぶ。

 そして自分が墓穴を掘った事に気付いた。顔が一気に熱くなる。

 

「……居ない事も、無いけど」

「言っておくけど、刀剣の擬人化とかじゃないわよね?」

「違うってばあ! んもう……あたしは跡継ぎだよ。刀剣なんかを婿に入れたら、刀堂家が笑い者になっちゃうんだから」

「大変ね、名家の娘も」

「分かってくれた?」

「刀剣をどれだけ愛していても、家の圧力で人と結婚しなければいけない運命なんて……」

「ばかぁ!!」

 

 もう、和泉ちゃん……。

 本当に冗談が過ぎるよ。まあ、仲が良い証拠と言われればそうなんだけど、変人と勘違いされるのは頂けない。

 

「まあ心配しなくても、刀堂さんくらい可愛いなら彼氏なんてすぐ出来るわよ」

「か、可愛い? あたしが?」

 

 顔が熱くなった。

 そういうこと言われたのは初めてかもしれない。

 

「ええ、可愛いじゃない。ふわふわの髪に、子供っぽさが残るのに試合の時に見せる凛々しい顔のギャップ」

「そうかな……だって皆してあたしの事、強い、強い、強い、鬼、悪魔、羅刹、バーバリアン、アマゾネスって言うんだもん……」

 

 頬を膨らませて、冗談めかして言った。

 流石に普段、そこまで酷い事は言われないけど。

 

「強くて良いじゃない。女の子だって、守られてるばかりじゃいけないと思うわあ」

「……うん! そうだね、男子に負けてられないもんね!」

「それでこそ刀堂さん。そういう強さに惹かれる人はきっといると思う」

「うん。それに……身近な人を辻斬りから守らなきゃいけないもん。あたし、まだまだ強くならなきゃいけないんだ」

 

 剣で悪さをする奴は許せない。

 恋愛なんかに現を抜かしている暇はない。

 

「最近、物騒よねえ……私は剣道はあくまでもスポーツとして楽しみたいのだけど」

「和泉ちゃん?」

「だって……護身術なんて使う必要の無い世の中の方が良いに決まってるじゃない」

「……そう、だよね」

「だから、刀堂さんみたいにいざという時に本当に胸を張って戦える人って羨ましいのよ」

 

 彼女ははにかんだ。

 何処かで和泉ちゃんも、辻斬りに不安を感じていたのかな。

 

「怖いのよ……どこかの道場で鎧が消えて無くなったって話もあったし」

「盗まれたんじゃないの?」

「そうなんだけど……色々不自然な所があるのよねえ」

 

 うわあ。辻斬りに続いて窃盗事件。

 いよいよ鶺鴒の町も末か。

 

「……なら、猶更強くなる! 皆を守れるくらい、ね!」

「そんな事を聞いたら、巴さんが黙ってられないでしょうねえ」

「巴ちゃんが?」

「うん。2人とも、今では良いライバルだもの。刀堂さんが昂ると、呼応するように巴さんも昂る……2人共、似た者同士だからあ」

「そっかなあ」

 

 巴ちゃんはあたしよりも冷静で、落ち着いている。

 だからか、剣の乱れも一瞬で見通せるし、あたしよりも視野が広い。 

 理屈っぽいところもあるからか、正反対だと思ってたんだけどなあ。

 

「1年の頃は巴さん、刀堂さんに噛みついてたもの。それが今じゃウソみたいよお」

「確かに」

「もともと中学の全国大会で鎬を削った仲だしねえ」

 

 そうだ。

 元々、巴ちゃんとあたしは、中学の頃の全国大会の準決勝で戦った主将同士。

 それで負けたのがよっぽど悔しかったのだろう。気持ちは分かるけど、同じ高校に偶然進学して一緒の部活に入ってからというものの、あたし達の仲はよろしいものではなかった。

 巴ちゃんは事あるごとにあたしに噛みついてくるので、周囲は冷や冷やしていたらしい。あたしも負けず嫌いだから、それで喧嘩することも多かったんだけど。1年の頃のあたしは、それで結構ピリピリしてたんだよね。

 

「まあ、今じゃすっかり良いライバル関係よねえ」

「一緒にいると、やっぱり互いに認め合える事って多いと思うんだよねえ。でも、和泉ちゃんのおかげもあるよ。色々迷惑掛けちゃってごめんね?」

「良いのよ。2人共私にとっては大事な友達だもの」

 

 朗らかに笑う和泉さん。

 よく、あたし達が喧嘩すると仲裁してくれた。

 気が強い巴ちゃんも、和泉さんには頭が上がらなかったみたいだし。

 

「でも、お願いだから……無茶だけはしないでね?」

「分かってるよ」

 

 まあ、これがクリーチャーの仕業だってんなら、和泉ちゃんの懸念通りになっちゃうんだけどね……。

 あんまり彼女を心配させたくはないな。

 

「ね。3人でまた一緒にラーメン食べに行けたら良いね」

「ええ。勿論。楽しみだわあ。2人が大食い勝負するところも見てみたい」

「それは恥ずかしいからやめてほしいなあ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「っはぁー……疲れたあ」

 

 そんな事があった次の日だった。

 ……最近は剣道以外にもやることが少し増えて、そのための「修行」もやっていた。

 それが、これ。

 

「刀堂花梨。デッキの調子は掴めたか?」

 

 そう言うのは、同級生の火廣金。

 見た目からしてただならぬ雰囲気を漂わせてるけど、人々をクリーチャーから守る役職・魔導司として今は鶺鴒学園高校に潜入しているのだ。

 私は、デュエル・マスターズの特訓をやっている。と言っても遊びではなく、クリーチャーと戦うための特訓だ。

 そして、火廣金は度々こうしてあたしにデュエマの稽古をつけてくれる。

 それは1月も終わりに迫った土曜日の事。あるカードショップの一角で、今日もあたし達は少ない時間を使って特訓をしていた。

 だけど、いまだに肝心の戦車(チャリオッツ)は目覚めない。

 

「何とかね。火廣金のおかげだよ。でも……」

「焦らなくても良い。それに、戦車(チャリオッツ)が犯人に反応したという事は……少しずつ、前進しているということだろう」

「そう、だね……」

 

 あれ以来うんともすんとも言わないけど。

 

「ともかく、だ。犯人が出たら1人で解決しようと思うな。事は君だけの問題ではない」

「分かってるよ」

「……分かってないな。君からは部長と同じものを感じるからな。大方、今回の事件は自分の責任だと思っている。だから、自分の手で決着を付けたいと思っているのではないか?」

「……」

「まあ、危険なことだけは避けてくれ。あの手合い、アルカナ研究会の魔導司の追跡を悉く避けているらしいからな。相手はかなりやり手だ」

「分かってる」

「くれぐれも……そうだな、君1人で辻斬りを追うような事だけは止めてくれよ」

 

 火廣金は、こんなに心配してくれる。

 まあ、何かと気にかけてくれるのは嬉しいけど。

 

「しかし、良いのか? (バスター)は現在のデュエル・マスターズでもかなり強力なデッキ。使わない手は無いと思うのだが」

「あー、うん……そうなんだけど、これじゃあいつまで経っても戦車(チャリオッツ)が反応しなくて……」

「成程な。やはり、エリアフォースカードを覚醒させるには、エリアフォースカードに最大限適合したデッキを使う必要がある、というわけだが……(バスター)だけでは戦車(チャリオッツ)に適合出来なかったか」

「どういうこと? 自分で言ってアレだけど、結構ショックなんだよ?」

 

 うう、強いのにそれを使えないってかなりキツい気がするんだけど。

 そう思っていたら、火廣金がこんな事を言った。

 

「空間内のデュエルでは必ずしも強いデッキを使えば良いというものではない」

「そうなのかな?」

「ああ。多少デッキパワーを落としてでも自らのアルカナ属性に合ったものでないといけないからな。自分の属性に合ったデッキを使うか否かが、空間内のデュエルに於いてデッキの動きを支配できるか否かに関わる」

 

 デッキの動きの支配?

 ちょっとよく分からないや。

 

「要するに、分かりやすい例だと引きが良い、引きが悪い、とかだな」

「……ああ! つまり、自分に合ったデッキだと引きがよくなるってことだね!」

「そうだな。ただし、そもそも両者の”魔力”が拮抗している場合はそれでトントンと言ったところだ。お前たちエリアフォースカード使いならば、俺達魔導司が同格だな」

「成程……つまるところ、格下との戦いで絶対に負けないようにするため、ってことなんだ」

 

 そう考えると、耀達がワイルドカード相手にはあまり負けていない理由がよく分かった気がする。

 

「ああ。ワイルドカード、つまり暴走したクリーチャーとの戦いで負けないようにするためだ。これで運の要素は無くせる。あとは──本人の技量次第だ」

「やっぱ運の支配だけで勝てる程甘くないかー……」

「ともかく、勝つための戦いを心がけるしかない」

「うんっ。耀達、何でいっつもああやって戦えるんだろう……メンタル凄いよ」

 

 そうは言ったが、あたしもすでに何戦か雑魚クリーチャーとの戦いはやっている。

 あと、洗脳されてスペックが落ちていたという魔導司達。

 ドギラゴン(バスター)ってごり押ししても強いんだけど、今のままじゃダメだと思うんだ。

 それなりに経験は積んだとは思ったけど、まだ大物狩りは1回もしたことがないから、これが通用するか分からないしね。

 プレッシャーに負けない鋼のメンタル。正直、耀は羨ましい。

 

「部長の場合は、大抵大事なものを傷つけられてブチ切れてる時が多いからな。負けてたまるかこの野郎、ぶっ飛ばしてやる、って感じだろう」

「ああ……分かる……プレッシャーとか云々じゃなくて、負けられないって感じなんだ」

「そうだな。部長のここぞという時のメンタルの恐ろしさは、この俺が自ら体験している」

「じゃあ火廣金とかはプレッシャーを感じたりしないの?」

「どうだか。俺の場合は、与えられた任務は忠実に遂行できるように鍛えられているからな。慣れきっていると言えばそうだ」

 

 しかし、と彼は付け加えた。

 

「君達は、この非日常に慣れるべきではない。こっち側に来るということは、人間としての日常を失うということだ」

「……そ、そうか……」

「しかし、今となってはエリアフォースカードと適合者が居なければ、俺達魔法使いはマギアノイドによって全滅も良い所だった。それを考えると、今更こんなことを言うべきではないのだが……俺は、今でも君達が心配だ。エリアフォースカードが人智を逸したモノである事に変わりはない」

 

 そんなことは、前も言っていた気がする。

 魔導司は人とクリーチャーの調和を司る。

 だからか、火廣金はあたし達人間がこういった事件に巻き込まれることを良しとはしなかったのだろう。

 

「大丈夫だよ、火廣金。あたし頑張るから」

 

 でも、あたし達は何時か、絶対に日常に戻って見せる。

 それまで誰かの日常を守りきってやるんだ。

 誰かのために必死に戦う姿は、耀と火廣金が見せてくれたじゃない。

 

「……だが、出来る限り俺も協力させてくれ。それが俺に出来る唯一の償いなんだ」

「火廣金……」

「それに、俺は君が傷つくのは……心が痛む。責任もって、俺にも君を守らせて欲しい」

 

 言った後、しばらくの間があった。

 な、何かちょっと恥ずかしいな。 

 ちょっと顔が熱くなっちゃう。火廣金って顔が整ってて、平気でそういう事を言うから王子様みたいだ。

 だけどね、火廣金。あたしは違うと思うんだ。

 

「え、えと……ありがと。でも、あたしの事はそんなに心配しなくて良いよ。あたしだって、守られてるだけなのって嫌だから」

「……だろうな。君もそう言うだろうと思っていた。だけど、君は冗談抜きで無茶苦茶をしかねないからな」

「何それ、人を突撃玉みたいに」

「実際そうだろう。君はやりかねない。前科があるからな」

「うっ……ごめんなさい」

 

 戦車(チャリオッツ)が暴走した時の事件を思い出す。

 あたしは、力が欲しさに戦車(チャリオッツ)の元へ走って向かい、手に取った。その結果、案の定あたしはその恐ろしい魔力に取りつかれた。

 それで危うく死にかけたんだったよ。実感は湧かないんだけど。

 うう、反省。どうやら火廣金の言ってる事は合ってるみたいだ。

 

「……誰しも、助けた命を無碍にされたくはないというものだ。覚えておくんだな」

「……火廣金」

 

 そっか。 

 火廣金は火廣金なりに、あたしの事気にかけてくれてたんだ。

 よし、それじゃあ、あたしも頑張ろう。火廣金がこれだけあたしに真剣に向き合ってくれてるんだ。

 あたしも、この熱意にこたえないと。

 絶対に、戦車(チャリオッツ)を目覚めさせるんだ、と決意を新たにする。

 

「……ありがとね、火廣金」

「……礼は良い。それよりも続けるぞ」

「おっけー!」

 

 火廣金は強い。

 あたしとは、また別の強さを持った人だ。

 人間の枠には収まらない魔導司の力は、あたしの常識を遥かに超えている。

 そして何よりデュエマが強い。当の耀でさえ、部室をプラモデルで占拠されてしまうくらいには、なかなか火廣金に勝てないみたい。

 その違った強さの方向性は、ただひたすらに今まで剣の道だけを歩んできたあたしに、別の世界を見せようとしていた。

 あたしは──彼から何が掴めるだろうか?

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 そんなこんなで、火廣金との特訓を終えた後。

 流石に頭が疲れたから、道場で素振りでもしてリフレッシュしようかな。

 前耀に勉強の後とかは素振りするって言ったら変な顔されたんだけど、どうしてだろ。

 まあいっか。今は心無しか気分が軽い。

 また一歩前進したからかな。火廣金、色々デッキ使ってくれるから沢山練習が出来るよ。

 鼻歌交じりに帰路につく。もう日が暮れそうな中、道場に向かうバス停に急いでいた。

 帰ったらまた鍛錬しなきゃ。デュエマしてたら稽古の時間が減る? いやいや、稽古の時間をその分更に増やせば良いだけだよ。

 それに剣を振るうと、やっぱり自分と向き合える。

 

「──!」

 

 その時。

 戦車(チャリオッツ)が熱を帯びて熱くなる。

 ケースに入れて首からぶら下げていたそれを手繰り寄せて、手に取ったけどとても熱い。

 あたしは冷や汗をかきながら辺りを見回した。邪悪な気配を感じる。

 

「もしかして、クリーチャー!?」

 

 どうしよう。火廣金に知らせるべきかな。

 だけど、もうカードショップから大分離れちゃったし……。

 あたしが狼狽えている間に、何処からか劈くような悲鳴が響き渡る。

 まずい。もしかして、人が襲われているのかもしれない。

 もう、あたしは何も考える間も無く走っていた。

 戦車(チャリオッツ)は、あたしの感じた気配の方向を指し示すかのようにケースごとあたしを引っ張る。

 それを手で押さえ、あたしは走り、走り、走った。

 アスファルトを蹴り続けて足裏が痛くなった頃。路地裏に辿り着く。

 そこにあったのは──異様な光景だった。

 

「こ、来ないでえ……!」

 

 コンクリートの壁で囲まれた路地裏に倒れた男女。

 制服を着た学生のようだった。しかし、その手には竹刀が握られている。

 そして、その最後の1人が壁際に追い詰められている。

 そこにあったのは、竹刀を振り上げた防具姿の人物──直感した。

 

 

 

「待てッ!!」

 

 

 

 叫び、振り上げられた竹刀が止まった。

 本能でこいつだ、って分かった。

 戦車(チャリオッツ)もこいつを強く指し示している。

 あたしは念のため護身用の特殊警棒を、かばんからすっと取り出した。竹刀は長くて外に出向くには向かないから、剣道以外の用事は護身用に持ち歩いている。

 それが初めて役に立つなんて。正直、役に立つ場面に出くわしたくは無かったけど。

 

「刀堂花梨カ?」

「!」

 

 あたしの名前を、知ってる。

 やはり、ただ腕試しをしている人間ではないってことか。

 濁ったボイスチェンジャーを通した声。

 そりゃそうか。年齢不詳、性別不明。

 道理で正体が探られないわけだ。

 1対3を圧倒した実力は褒めてやる。

 だけど、臆した相手に剣を向けるなんて、恥ずべき事だ。

 

「あんた。その竹刀から手を離せ。弱って動けないやつ相手に剣を向けるんじゃない」

「甘インダナ。勝負ヲ挑ンデキタノハコイツラダ。3対1ナラバ勝テルト思ッテイタヨウダケド」

「確かにそれは凄い事だ。だけど、巷であんたがやってる事は間違ってる。野良試合は褒められたもんじゃない」

「……甘イ。甘イナ。ソレデモ、天下ノ剣豪・刀堂花梨カ」

「!」

「──ダケド、アンタガ出テキテクレテ好都合。ドンナ手ヲ使ッテデモ勝ッテヤルト、決メタカラナ」

「?」

 

 ん? 今のセリフ、どっかで聞いたような……。

 

「あ、あばば……!」

「っ!」

 

 あたしは仰け反りそうになった。

 今の隙に、壁に追い詰められていた少女がこっちへ駆けてきたのだ。

 

「あんた、大丈夫!?」

「と、と、と、刀堂花梨先輩!?」

 

 ん? 

 あたしの事を知ってるのか。

 それも声を聴いただけで……もしかして。

 

「ねえ、あんた! 太刀川さんでしょ! 1年の!」

「は、はいっ……! 刀堂先輩に名前を憶えて頂いて感激です!」

「言ってる場合か!! どうしたのよ!」

 

 髪をお下げに結ったこの少女は後輩だったらしい。

 部員は多けれど、その中でも彼女は実力が高い方だ。

 

「道場帰りでいつもの仲間と帰ってたら、辻斬りが出てきて……男子で強い人もその中に居たし、3人がかりなら勝てると思ったんです」

「野良試合はどんな理由があってもご法度!! だからこんな怖い目に遇うの!!」

「す、すいませんっ! 仲間の中に、知り合いが辻斬りにやられた人が居て……」

 

 まあいい。取り合えず被害に遇ったけど無事だった子がいて何よりだ。

 これで辻斬りについて、よーく聞ける。

 それに、うちの学校の生徒だったとあらば好都合だ。

 

「……難しいこと考えるのは後。とにかく逃げて!! んでもって通報!! 相手を見るな、背を向けろ、これは戦略的撤退!!」

「はいいい!!」

 

 一目散に駆けだした少女。

 その間、辻斬りはじっ、とこちらを見ているだけだった。

 

「で。思ったよりも簡単に逃がしたね」

「当然ダ。本命ノ方カラ先ニ来テクレルトハナ」

 

 辻斬りの言葉になど耳も貸さず、あたしはその足元に目をやった。残りは、そこで伸びてる2人か。

 どうにかして、この辻斬りを追い払わないと。

 通報って言った手前、今ここでこの辻斬りを逃がすと今度はあの子が狙われる可能性がある。此処で足止めしないと。

 防具を纏った身で生身の人間に追いつくのは難しいと思うけど、コイツに常識は通用しないはず。

 各地で聞く不条理な武勇伝を聞く限りでは、一筋縄ではいかないみたいだからね。

 相対した鎧の人物は、面の奥から見通せない表情では笑っているようだった。

 ともかく、剣じゃなくてエリアフォースカードで決着を──

 

「クク、刀堂花梨。丁度良イ……オ前ノ剣ノ道モ奪ッテヤル!!」

「ッ……!」

 

 突風。

 そして炸裂弾が弾けた音。

 竹刀と特殊警棒が思いっきり鎬を削った。

 

「剣の道を奪う? だって!?」

 

 薙ぎ払うあたし。

 相手の竹刀が弾かれた。 

 しかし、再び踏み込んだ辻斬りが懐に忍び込む。

 それを警棒で牽制しながら、あたしは路地の外へ飛び出した。

 リーチはこちらが劣る。だけど、取り回しはこちらが上だ。

 距離を取りつつ、相手の竹刀を弾いて、あの面に突きをかましてやるとするか。

 ……って、何考えてんだあたし! 野良試合はご法度って言ったばっかでしょ!

 あの倒れてる人達をどうにかして、助ける方法を探さなきゃ。

 と言っても、何時人が来るか分からない状況でエリアフォースカードを使うのは憚られる。どうせもうすぐパトカーとか来るだろうし。

 つまるところ、あたしに出来るのはそれまでにこいつを食い止める事!

 

「ソンナモノハ欲シクハナイ。私ガホシイノハ……オ前ノ”闘気”ソノモノサ」

「はぁ? 何言ってるの」

 

 意味が分からない。

 色々ごちゃごちゃ考えてる時に、難しいことぶっこむのやめてくれないかなあ。

 そういう哲学的な事は苦手なの!

 

「……私ノ剣ハ……奪ウ剣ダ。オ前カラ全テヲ奪ウ!!」

 

 次の瞬間、相手の周囲に何かが纏われていく。

 防具は、鎧のようなオーラを形容していった。

 エネルギーが、見えるように象られていく。

 

 

 

「──!!」

 

 

 

 閃光が迸ったかと思った。

 警棒を握った手に凄まじい衝撃が走る。いきなりすぎて、あたしは反応に遅れた。速過ぎる。

 ビリビリ、と腕が痺れる。受け止めただけで、ここまでだなんて!

 うっかり取り落としていたらまずかった!

 

「序ッ!!」

「!?」

 

 しかもこいつ、本当に素早い。

 さっきから間合いの取り方が尋常じゃない。剣道家であることを加味しても生身の人間以上の素早さだ。

 

 

 

「破ァッ!!」

 

 

 

 体が重力を失った。弾き飛ばされたのだ。

 重い。速い。そして強い。

 三拍子揃った連撃があたしを襲った。 

 宙に浮いたあたしは、そのままアスファルトに叩きつけられてしばらく動けなかった。

 

「ぐうっ……!」

 

 警棒をアスファルトに突き立てて、身体を起こそうとする。

 視界がぐらついた。

 戦車(チャリオッツ)の熱が更に増す。

 これって、クリーチャーの力、ってことだよね。少なくとも人間のそれじゃない。

 そろそろコレを使わないとヤバいかもしれない。だけど、少しでも隙を見せたら、あたしは叩き伏せられる。

 あの竹刀。とんでもない力が宿ってる。いや、正確に言えば辻斬りの身体全身から感じられる。

 このままでは押し負けてしまう。

 

「急ッッッ!!」

「おあっ!?」

 

 飛びのいて躱す。だけど竹刀が叩きつけられた地面から凄まじい衝撃波が放たれて、あたしはまた態勢を崩してしまった。

 こんな攻撃、竹刀の方が耐えられないはずだけど、竹刀の方にも力が宿っているのだろうか。いっこうに折れる気配が見えない。

 どうするべきか、と思案した。防具の人物は既に迫りつつあった。

 格が違いすぎる。

 

「ココマデ粘ルトハ思ワナカッタゾ、刀堂花梨」

「!」

 

 竹刀が迫る。あたしは警棒を振り上げた。

 間近で見る相手の面の奥底。その表情は、更に仮面に覆われて伺えない。

 だけど、獲物相手に舌なめずりしていることだろう。

 何より1つ言える事は、さっきの威力だと次は確実に受けきれない──そう思った時。

 

「──!!」

 

 業火が目の前を覆った。

 裏路地に現れた人影。

 彼は、燃え盛る炎の中から現れ、竹刀を弾き飛ばした。

 裏路地を出た通りで、辻斬りと魔法使いが睨み合った。

 

「その剣を降ろして貰おうか」

「ッ……!」

 

 そこに居たのは──火廣金だった。

 

「火廣金!? お、追いついたの!?」

「これだけ強い魔力を近くで感知すれば、俺だって駆け付けざるを得ない。ともあれ、君だけでは手に余るようだな」

「なっ、大丈夫だし!!」

「何を言う。この防具の人物、明らかにクリーチャーの気配を感じる。エリアフォースカードで早く仕留めれば良かったものを」

「うっ、面目ない……」

「まあ良い。それほどの強敵ということか。そして、大分クリーチャーの力に呑まれているようだ。早く引き剥がさねばなるまい」

 

 そう言って火廣金は魔方陣を展開する。

 しかし、辻斬りは竹刀を構えると叫んだ。

 

「邪魔ヲスルナ……オ前ノ闘気モ奪ッテヤル!!」

「!」

 

 溢れ出るオーラから実体化したのは龍の鎧を身に纏った鼠のクリーチャー、《”龍装(ドルガン)”チュリス》。

 恐らく、ワイルドカードの分身・トークンなのだろう。

 更にもう1体。あたしの退路を塞ぐようにして、更に戦車のクリーチャーが現れた。

 こっちは《龍装車ボル・シデック》だ。完全に挟まれてしまった。

 

「火廣金、どうしよう!?」

「──止むを得ない。戦闘開始だ!!」

 

 あたし達は背中合わせになり、デッキを手に取った。

 

「俺の新たな戦法を見せてやろう──戦闘術式、戦車(チャリオッツ)!!」

「あたしも行くよ! デュエルエリアフォース!!」

 

 空間が開く。

 そして、それは裏路地を覆って決闘の空間を作り出した。

 火廣金の新たな戦法……一体何なんだろ?

 とにかくこっちも気を引き締めていかないと!

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──さて、俺・火廣金緋色と”龍装”チュリスのデュエル。

 刀堂花梨にあんなことを言った手前、不格好なデュエルを見せるわけにはいかない。

 相手は同じビートジョッキー。そして、その中でもドラゴンギルドを併せ持つクリーチャーだ。

 油断は大敵と言えるだろう。

 《海底鬼面城》を先攻1ターン目に要塞化した俺、対して何もしなかった”龍装”チュリス。

 2ターン目の動きで、相手のデッキが大方割れると言っても良いだろう。

 相手がどう出て来るか。それが問題だが……。

 早速2ターン目が始まった。とはいえ、このターンではまだ攻められないが。

 《鬼面城》で互いにカードを引き、俺は1マナをタップした。

 

「《ホップ・チュリス》を召喚。頼むぞ、ホップ」

『っしゃあ!! 久々に出番ッス!!』

 

 相棒を呼び出した俺は、増えた手札から戦略を組み立てていく。

 この手札ならば、問題は無いだろう。相手が想定外の動きをしなければ、だが。

 

「ターンエンドだ」

「何処のどいつだか知らねえが、俺様に喧嘩売ろうってのかぁ!? ああん!? 同族でも容赦しねぇぞゴルァ!!」

 

 ”龍装”チュリスが吠えた。随分と血の気の多い奴だ。

 

「オルァァァ!! こっちは2マナで《月光電人オボロカゲロウ》を召喚だゴルァ!!」

 

 現れたのは三日月の装飾を身に着けたロボットのクリーチャー。

 その能力は、マナゾーンにある文明の数だけ手札を引き、その数だけ山札の下に置くというもの。

 つまるところ、手札入れ替えのカードだ。

 

「マナにある文明は火、自然、水の3つ!! 3枚引いて、3枚を山札の下に戻すぞゴルァ!!」

「……」

 

 成程な。

 あのクリーチャーのデッキが把握出来た。

 俺の仮説が正しければ、3ターン目に仕掛けてくるはずだ。

 そう思っていたら──

 

「ギャハハハハハ!! 随分とボーッとした顔をしているなァ!? お前ひょっとしてバカだろ!?」

「……」

「バカな人間はぁ……俺様のデッキに轢き殺されちまうんだよ!! 俺様は泣く子も黙る、”龍装”チュリス!! ドラゴンの力を持ったビートジョッキーだ!!」

 

 ああ知っている、と言おうとしたが少々癪に障っていたので敢えて言わなかった。

 

「俺様の力があれば、ハムカツ団トップの”あのお方”とチェンジなんて容易い!! ギャハハハハハ!! あのお方が誰かなんて、バカな人間には分からねえだろうけどなァ!! 次のターンでお前は終わりだァ!!」

 

 一瞬で分かったのは俺だけだろうか。

 否。刀堂花梨でも分かったはずだ。

 あのバカ──”龍装”チュリスはコスト5のB・A・D2持ちのドラゴンギルドのビートジョッキー。

 おまけに、そのコストは5。故に、3ターン目にスピードアタッカーを持って現れるコスト5の火のドラゴン。

 故に、奴が出来る戦略で最も恐ろしいものは最初より予想出来ていたのだ。

 

『アニキ。あいつがバカなおかげで確信が持てたッスね』

「自軍の機密を漏らす奴は、我が軍に置く事は出来んからな。相手がバカで助かった」

「ああ!? 何だとゴルァ!!」

 

 つまり要約すると──奴はハムカツ団トップこと、《蒼き団長 ドギラゴン剣》に3ターン目で革命チェンジが出来る凶悪なクリーチャーであるということ。 

 一度、《ドギラゴン》に革命チェンジされれば、このデッキで受けきれるかは怪しい。

 そのため、俺がこのデュエルに勝つにはこのターンで相手を仕留める。もしくは──

 

 

 

「ならば話は決まりだ。奴に次の手番を渡さない」

 

 

 

 ──奴のターンを此処で”奪う”。

 このターンでお終いに出来なくても。

 奴のターンにさえしなければそれで良い。

 ターン開始時。《鬼面城》で互いにカードを引く。そして──

 

「全軍突撃準備!! フォーメーションB・A・D(バッド・アクション・ダイナマイト)!!」

 

 デッキからクリーチャー達の声が響く。

 俺は迷わず3枚のマナをタップした。

 そこから魔方陣が灼熱に包まれて展開されていく。

 

「──発動、B・A・D・S(バッド・アクション・ダイナマイト・スペル)。俺は手札を1枚捨てることで、この呪文のコストをマイナス2することが出来る」

「なあ!?」

 

 さあ開始してやろう。無限機動の織り成す、終わりなき強襲を。

 

 

 

高速詠唱(クイックスペル)、《”必駆”蛮触礼亞(ビッグバンフレア)》! 効果で、手札からビートジョッキーを1体バトルゾーンに出す!」

 

 

 

 浮かび上がるのは戦車(チャリオッツ)を意味するⅤの数字。

 灼熱の炎に包まれ、龍の化石に身を包んだ戦車が姿を現した。

 

 

 

戦車前進(パンツァー・フォー)、《勝利龍装 クラッシュ”覇道(ヘッド)”》!!」

 

 

 

 飛び出したのは強大なる勝利の龍戦車。

 ギターを掲げた猿人が指を突き上げ、我が軍の勝利を宣言した。

 

「な、何だコイツァァァーッ!?」

「さてと。貴様に見せてやるか。この戦車の恐ろしさを、な。《クラッシュ”覇道”》を《”必駆”蛮触礼亞(ビッグバンフレア)》の効果で《オボロカゲロウ》とバトルさせて破壊」

「だ、だが、その程度で!!」

 

 轢き潰した《オボロカゲロウ》には目もくれず、龍戦車は進撃する。

 目の前にある全てのものを破壊すべく、止まらない。

 

「そのままシールドを攻撃。W・ブレイクだ!!」

「ぐおおっ!!」

 

 割られる2枚のシールド。

 そして、それに続くようにして《ホップ》が飛び出す。

 

「追撃だ!!」

『アイアイサー、ッス!!』

 

 ボードに飛び乗った《ホップ》が続いて”龍装”チュリスのシールドを叩き割る。

 しかし。

 

「調子に乗るなよ、人間風情がァ!! S・トリガー、《ゴルチョップ・トラップ》で相手のパワー4000以下のクリーチャーを全員マナ送りだァ!!」

 

 現れたのは両腕が生えたカタツムリのクリーチャー。

 そして、その両腕が《コダマンマ》と《ホップ》の脳天にチョップを食らわせてマナに引きずり込んでしまう。

 

『ぐええ、申し訳ねえッス、ヒイロのアニキィ』

「大丈夫だ。問題は無い。お前は休んでいろ、ホップ」

『恩に着るッス……』

「ハハハハハ!! これで次のターンに、俺様の降臨だァ!!」

 

 高笑いを上げる”龍装”チュリス。

 ……確かにこのターンの攻撃は既に止められてしまった後だ。

 だが──まだ俺には残っている。”次のターン”が。

 

「まさか、もう終わったと勘違いしているのではないか?」

「何だって? お前のターンは、もう終わりだろう!!」

「ああ。このターンは終わりだ。だが、君のターンはもう来ない」

 

 俺の瞳が燃え盛った。

 

「ターンの終わりに《”必駆”蛮触礼亞(ビッグバンフレア)》の効果で《クラッシュ”覇道”》は破壊される」

「ハハハハハ!! お前の場のクリーチャーはゼロじゃねえかゴルァ!!」

「何べんも言わせるな。此処からが本番だ。タップされた状態で破壊されたとき──《クラッシュ”覇道”》の効果で、このターンの後で自分のターンをもう一度行う。」

「……ハ?」

 

 これがこのクリーチャーが《勝利》の名を冠する所以。

 あの悪名高い勝利宣言の名を持つ龍の力を引き継いでいるのだ。

 手札は《鬼面城》のおかげで残っている。

 ……行くぞ。エクストラターンだ!

 

「もうお前のターンは来ない。今度こそな」

「なああ!?」

 

 さあ、宣言しよう。

 これが俺の新たなる戦法だ!!

 

「全軍、陣形を変更しろ。オペレーション、G・G・G(ゴゴゴ・ガンガン・ギャラクシー)!」

了解(ラジャー)!』

 

 俺は1マナ、そして2マナを生成していく。

 火のマナが火の粉となって飛び散り、そして戦場へ飛び出した。

 

「俺のエクストラターン。1マナで《グレイト“S-駆”(ソニック)》を召喚。2マナで《ミサイル“J-飛”(ジェット)》を召喚」

「な、何だ、そのビートジョッキーは!!」

 

 現れた2体のビートジョッキーは、いずれも速さに狂った筋金入りのスピード狂。

 ”龍装”チュリス。お前でさえも追いつけない程の速度を持つ。

 故に──速度ではお前を完全に上回る。

 

「これで俺の手札は残り1枚になった。それにより、G・G・G(ゴゴゴ・ガンガン・ギャラクシー)が発動し、《“S-駆”(ソニック)》と《“J-飛”(ジェット)》はスピードアタッカーを得る」

「なあ!? だけど、それでも打点は足りないぞゴルァ!!」

「そう生き急ぐな。残るこの手札でお前は終わりだ」

 

 これで足りる。

 全てのピースが当てはまる。

 最後の一押しだ!!

 

「マスターG・G・G(ゴゴゴ・ガンガン・ギャラクシー)発動。俺の手札がこのカードだけの時、このクリーチャーはコストを支払わずに召喚できる」

 

 俺は天に指を突き上げる。

 浮かび上がるのは、”MASTER”を銘打たれた金色の紋章。

 最早、そこに重力などは存在しない。

 成層圏さえも突き抜ける速度で、打ち砕くとしよう。

 

 

 

「──限界無し(アンリミテッド)、《”轟轟轟(ゴゴゴ)”ブランド》!!」

 

 

 

 ロケットの発射音と共に、射出されたのは白き装甲に身を包んだ猿人。

 その速度は最早、地上を駆け抜けるには物足りない。

 宇宙を駆け抜け、銀河を貫く!!

 

「《”轟轟轟(ゴゴゴ)”ブランド》の効果発動。カードを1枚ドローする。そして、こいつはスピードアタッカーのW・ブレイカーだ」

「なああ!?」

「これで打点は足りた。《”轟轟轟(ゴゴゴ)”ブランド》でシールドをW・ブレイク」

 

 殲滅戦の始まりだ。

 打ち砕かれる2枚のシールド。

 そこから現れたのは──

 

「S・トリガー、《葉嵐類 ブルトラプス》で相手はアンタップしている自らのクリーチャーを選んでマナに送る……!」

「そうか。それならば《“S-駆”(ソニック)》をマナに置くとしよう」

「うぐぐぐ!!」

 

 だが、それでも1体しか攻撃を防ぐことは出来ない。

 これでトドメだ。

 

「何も出来ぬ間に、何もさせずに勝つ。俺の速攻は、時間を超越する」

「ぐぬうううううう!! こんな人間如きに──!!」

「俺は人間ではない。アルカナ研究会の魔導司、戦を司る者、『灼炎将校(ジェネラル)』だ」

 

 俺は最後の命令を突き付ける。 

 スピードに狂いに狂ったビートジョッキーが嬉々とした顔で天空へ飛びあがった。

 

 

 

「──《ミサイル“J-飛”(ジェット)》でダイレクトアタック」

「ぎょええええええ!? こっちに来るなァァァァーッ!!」

 

 

 

 猿人がミサイルの出力にものを言わせて高らかな笑い声と共に、”龍装”チュリスを目掛けて飛んでいく。

 逃げてもそれは延々と追尾し続けて──間もなく轟音を空間に鳴り響かせ、爆散したのだった。

 

 

 

「戦闘終了。我が軍の勝利だ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 さて、と。

 あの辻斬りの姿が見えないな。

 トークンだけ呼び出して逃げてしまったか。

 刀堂花梨の姿が見えない辺り、まだ空間の中でクリーチャーと戦っているのだろう。

 辺りを見回す。まだ何処かに潜んでいるかもしれない。だが、気配は感じられない。

 

『アニキ……逃げられたんッスかね?』

「恐らくな」

 

 パトカーのサイレンが響いて来た。

 もう、警察も辿り着くだろう。

 一先ず、倒れているあの一般人──恐らく高校生くらい──の安否を確認だ。

 駆け寄り、脈を測るが命に別状は無いようであった。

 しかし。

 

「もう嫌だぁ……剣道とか面倒くせぇ……」

「というか生きてるのが面倒くせぇ……」

「ラムレーズン蒸しパンになりたい……」

 

 何だコレは。

 剣道家というのは辻斬りに切られたらラムレーズン蒸しパンにならなくてはいけないのが日本のしきたりなのか。

 否、そんなはずはない。やはりこれが巷で言われていた、辻斬りに負けた剣道家の末路──

 

 

 

「ならば猶更あの辻斬りを──ぶっ」

 

 

 

 腹から何かが伸びた。

 ぎらぎらと金属光沢を冷たく放つ真剣のそれだ。

 しかし、不思議と痛みは感じなかった。剣を引き抜かれても血飛沫1つ飛びはしなかった。

 

「き、さま……!!」

『アニキィ!!』

 

 ホップが声を上げる。

 俺も背後を睨んだ。

 あの辻斬りが、膝を突いた俺を見下ろしていた。

 どうやって、気配を消した……!?

 どうやって、俺の背後から近づいた……!?

 

「……成程ナァ。オ前ノチカラ。常人ノソレトハ異ナルヨウダ」

「こいつ……!」

「安心シロ。コレハ真剣ノヨウダガ、身体ニ傷ハ付ケハシナイ。斬ッタノハ、オ前ノ”闘気”ダ」

「ぐうっ!!」

 

 身体から力が抜けていく。

 倦怠感が俺を襲う。

 駄目だ。瞼が重い。

 

「ホーウ。剣道家デ無イノニ、ココマデトハナア」

「おのれぇ……魔導司を、愚弄するかぁ……!!」

「作戦変更。ヤハリコノ剣デ、ギリギリマデ他ノ奴ノ”闘気”ヲ奪ッテカラ、花梨ヲ痛メツケテヤル」

「さ、させないぞ……刀堂花梨には、指一本……剣の切っ先さえ向けさせてやるものか……!!」

「オ姫様ヲ助ケル王子様ミタイニ見セツケチャッテサア、ドコマデ私ヲ妬カセルノヤラ。ダガ、オ前ガ花梨ヲ守ルコトハ出来ナイ」

 

 何て奴だ。

 あくまでも目的は刀堂花梨ということか……!!

 

「させるかッ!!」

 

 炎を最後の力を振り絞って迸らせた。

 相手の身体に、すうっと帯となって赤くそれが走る。

 俺が消そうと思わない限り決して火傷が消えない魔法の炎だ。

 

「……熱ッ、オノレ貴様ァ!!」

「魔法使いの炎も、熱い、だろう……!!」

 

 しかし、もうパトカーのサイレンが間近に迫っていた。

 

 

 

 

「──覚エテオケヨ……刀堂花梨ハ、必ズ、コノ手デ完膚ナキマデニ……!」

 

 

 そう言い終わる間もなく辻斬りの姿が消える。

 入れ替わるようにして、刀堂花梨が空間から飛び出した。

 

「ふうっ、勝った勝った……あれ?」

 

 彼女は俺の異常にすぐさま勘付いたのか、俺に駆け寄った。

 

「火廣金っ!? ちょっと、どうしたの!?」

『剣道女!! アニキが、ヒイロのアニキが……!』

 

 駆け寄る彼女が何かを呼び掛けた。

 だが、俺はもう、意識を手放さざるを得なかった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「ごめんなさい……」

 

 翌日。

 昨日起こった辻斬り事件の事は、耀達にも知らせた通り。

 当然、あの後警察がやってきて、あたしは襲われた後輩と一緒に事情聴取を受けたり耀達に連絡していた。

 だけど、あたしと火廣金の決着を付ける時間に差があったばかりに起こった最後のトラブルは、想定以上の危難を迎えていた。

 

「ごめん、耀……あたしの所為で……火廣金が……」

「いや、お前の所為じゃねえよ。何でお前を責めるんだ」

 

 こんな事になるなんて思わなかった。

 反省点は幾らでもある。

 だけど、まずは今の現状を直視しなければならない。

 

「成程……ヒイロの異変はそういうことだったんデスか」

「これはまずいですね……今の状態では、確かに戦うのは難しいでしょう」

「ざっけんなよ、何て卑怯な奴なんだ……デュエルで勝ったのに不意打ちされてこんな事になるなんてよ」

 

 むしろ、学校に来れた事自体が凄いと思う。

 それくらい、今の火廣金は──

 

 

 

「……俺は……燃え尽きた……やったぜ」

 

 

 

 ──燃え尽きていた。真っ白に。



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Ace28話:戦刃(チャリオッツ)、断つ

 ──俺は白銀耀。デュエマ部の部長を務めるちょっと普通じゃない高校2年生。

 前置きはさておき、連日起こる辻斬り事件で遂にうちの学園の生徒が巻き込まれてしまった。

 そのため剣道部は急遽休部になってしまったのだ。

 被害者は3人。そのうちの2人は辻斬りにやられて気絶していたという。そして、花梨が助けたらしい3人目がこの学校の剣道部女子の1年生だったのだ。

 だが、その代わりと言うべきだろうか。現場に偶然居合わせ、そして不幸なタイミングなすれ違いで辻斬りに襲われたがために──

 

 

 

「燃え尽きた……」

 

 

 

 ──火廣金が大変なことになっていた。

 原因は、辻斬りに不意打ちされて斬られたかららしい。

 その能力は、相手の闘気を奪う事だ、と辻斬りは言っていたという。

 クリーチャーの力を相手が使っている以上、一刻も早く火廣金を元に戻す為に辻斬りを倒さなきゃいけないのだ。

 そんなわけで、昨日起こった事件のおさらいも兼ねて俺達は花梨も合わせてデュエマ部に放課後集まっていた。

 

「火廣金先輩。私の事が分かりますか?」

 

 紫月が火廣金に問いかける。

 帰って来たのは、

 

「燃え尽きた……」

 

 という文言。

 こいつさっきから同じ事しか言ってねえぞ。

 

「私の事は分かるデスか?」

「燃え尽きた……」

 

 ブランの問いかけにもこの有様だ。

 

『ヒイロのアニキィィィーッ!! ううう、オイラが付いていながらこの有様……』

「まあ、そう泣くんじゃねえよ……辻斬りはきっと皆で探したら見つかるさ」

『かくなるうえは、はらをきるっすずびびびっ』

「やめろォォォーッ!! 部室で切腹するんじゃねェ!!」

「とんだ傍迷惑な鼠ですね」

 

 おんおん傍でなくホップ・チュリス。

 兄貴分がこの様子では、嘆きわめくのも無理はないだろう。

 

「ダメですね。完全に無気力になっています」

「というか、こいつ人の話絶対聞いてないだろうな」

「あしたのジョーが流行ってるんデスか?」

「知らねえよ」

 

 ブランの疑問も最もではあるんだけども。

 

『トリス・メギス曰く、これでも症状は人間よりも軽いらしいっス……』

「みてえだな……というかホップ。トリス・メギスは、斬られた人間の特徴について何か言ってたか?」

『まだ調査中みたいっス。何なら、自分らで調べさせろって』

『やれやれ、相変わらず無責任な連中でありますなあ』

「それなら、丁度良いかも」

 

 花梨が言った。

 

「実はね、今日襲われた後輩……1年の太刀川美穂っていうんだけど、辻斬りにやられた2人が検査入院してるみたいでね」

「ってことは……」

「うん。やっぱり、無気力な状態みたい。そういう症状で検査入院させられてる人も居るみたいなんだ。何せ、前例が無いからね」

 

 それもそうだ。

 だって、その症状はクリーチャーによるものなのだから。

 

「それで、あたしに相談したいこともあるみたいだから、病院に来てほしいって」

「そうか。じゃあ、そいつを調べたら辻斬りの能力の全貌が分かるかもしれないってことか」

 

 となると、もう1つは辻斬り自体を特定することだ。

 

「何か手掛かりがあれば良いんデスけどね……」

 

 辻斬りの手掛かり……結局見つかってないんだよな。

 唯一あるとすれば、犯人は花梨に強い恨みを持っている人物と言うことだ。

 

『……ぐす、手掛かりならあるッスよ!』

「!」

 

 声を上げたのはホップ・チュリスだ。

 え。手掛かり、あるのか!?

 

『ヒイロのアニキが、力尽きる前に犯人に魔法の炎で火傷を負わせているのを見たッス!』 

「魔法の炎、デス!? なんか凄そうデス!」

『アニキが消そうと思わないと、一生火傷痕が残る恐怖の魔法っス。まあ、それ以外は普通の火傷と区別が付かないんスけど』

「随分としょぼいですね……火傷だけって」

『本来ならもっと大火力で対象を焼き殺せるっス。跡形無く』

「ひえっ、マジで……」

 

 焼き殺せる!?

 凄く物騒だ。だけど……そうか。

 火廣金は、俺達人間とは違う。体内にマナを生まれつき宿した魔法使い、その中でも選ばれた人間しかなれない魔導司だ。

 

「うっひゃあ……あいつ純戦闘タイプって言われてたのはそういうことか。炎を扱う魔法ってオーソドックスに見えて、よくよく考えたらとても強いし」

『魔導司同士の戦いでは、ほぼ無敵っスよ。だからアニキは、最前線で研究とクリーチャーや犯罪者との戦闘を行うアルカナ研究会に配属されたっス』

「そうなると、犯人の顔には今も火傷痕が残ってるよね……」

「ああ。これなら大分絞り込めるぞ!」

 

 顔に火傷が出来るなんて、そうそう無いだろうし、そうなると絞り込めるかもしれない。

 相手の立場からすると大分痛そうだし痕が残るからちょっと可哀そうに思えてきたが、そもそも辻斬りだし後から消せるんだから問題ないか。

 

「じゃあ、こうしよう。花梨は病院に行って、その後輩と会ってきてくれ」

「そうだね……呼ばれてるし」

「で、花梨だけじゃ、クリーチャーに掛けられた魔法の探知が出来ないだろうが、大勢で押しかけるのも迷惑だ。そこで紫月とシャークウガも病院に行って貰う」

「分かりました。何時に無く先輩が取り仕切ってるのが癪に障りますがまあ良いでしょう」

「覚えとけよお前」

 

 さて、そうなると残る俺とブランは辻斬り探しだ。

 火傷が顔にある剣道家。そして花梨に恨みを持っているであろう人物。

 これだけの証拠があれば犯人はすぐに分かるだろう。

 

「ねえ耀。気を付けてね、辻斬りに出くわすかもしれないし……」

「あったぼうよ。そっちこそ気を付けろよ。まあ紫月も居るし戦闘面じゃあ申し分無いだろ。出来るだけ1人になるなよ」

「う、うん……」

 

 何処か元気が無さそうに彼女は言った。

 紫月も静かに頷く。

 こうして、2人が部室を出て行くと共に俺達は辻斬りの正体を暴くべく調査を始めようとした。

 

「さてブラン。どうするんだ? 犯人の目星は付いてるのか?」

「フフフ……甘くみないで下サイ。この私の情報処理能力を!」

 

 のだが──すぐさまそれは終わりを迎えようとしていたのだった。

 

 

 

「──謎は全て解けた、デース!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おいコラァ!! 何で俺がこんな汚ェ部屋に呼び出されなきゃいけねえんだ!!」

 

 

 

 ──男子剣道部2年・武永士郎。

 部が休みなのに道場の裏で素振りをしていたストイックぶりは感心するが、そんな彼も今では容疑者の1人に過ぎなかった。

 部室の明かりは消され、何処からか持ってきた机に彼は座らされている。

 そして、サングラスを掛けたブラン、そして無理矢理掛けさせられた俺、そして火廣金が床に転がされている中、ブラン曰く「取り調べ」が始まった。

 

「おうおうおう白銀ェ!! 俺様にこんな事して許されると思ってるのか!?」

「あー、えーと、許されないと思うし許されるとも思うし……」

「どっちだボゲェ!!」

「まあまあジミー刑事(デカ)。此処はこのパツキン刑事(デカ)に任せるデス」

「なあ? ジミーってまさか地味から取ってるのか? 俺の事今軽くディスったよな?」

「とゆーわけで、武永クン……今からYouの取り調べを始めるデス」

 

 俺の突っ込みをガンスルーし、彼女は武永の前に立つ。

 

「あ、或瀬さん!? 何でこんなことするんだ! 白銀の奴に騙されてるんじゃないのか!?」

 

 武永は驚いた表情を浮かべる。

 学校では一応美少女で通ってるブランがこんな茶番を始めた事に愕きを隠せないらしい。

 だけど残念だったな、こいつはこういう奴だ。

 

「そうだ!! 剣道部に来ないか!? こんなカビくせぇ所さっさとやめて剣道部入ろうぜ!!」

「私は探偵デース。美少女剣道家はカリンで間に合ってマース」

「刑事と探偵どっちなんだよ!!」

「あと美少女ってテメェで言うかこの迷探偵!!」

「口答え無用デス。ごたごた言ってるとYouのギルティをサッヴァークデース」

「俺が何をしたって言うんだ!!」

 

 美少女に睨まれて泣きそうな武永が叫ぶ。

 ブランは容赦なく突き付けた。

 

「JapanのPoliceにはこういう言葉があるデス。犯罪者捜査の大原則。今回Youが呼ばれたのは、それに則っての事デスよ」

「な、何だ!? 現場百回か!?」

 

 それは今の状況とは違うと思うぞ武永よ。

 

「No,No,No……それよりももっと大事な事デス。武永クンは、この私が”ゲリランチャー刑事人情派”や”月光に吠えろ!”を見てJapanのPoliceを学んだつもりになっているニワカと勘違いしているんじゃないデスか?」

「勘違いしてねえよ!! そもそも何一つ合ってねえじゃねえかよ!」

「私が色んな警察関係の資料を見て、この3日間で学んできたJapanのPoliceの流儀……それは」

 

 チッチッチ、と人差し指を振って言い放つ。

 

 

 

「”疑わしきは罰する”、デース!!」

「それ逆ぅぅぅーっ!!」

 

 

 

 武永と俺は同時に叫んだ。

 おいコラ!! 確かに武永が色々な要素から疑わしいのは確かだが、その言葉は間違ってるぞブラン!!

 正しいのは疑わしきは罰せず、だ。

 そんでもってお前はこの土日入れた3日間何やってたんだ!!

 辻斬りの調査をしろよ辻斬りの調査を!!

 

「さあ、お前の罪を数えろ、デース!」

「刑事と探偵ごっちゃになってるんじゃねえか、いい加減にしろよ」

「ハードボイルドに決まったデス」

「ハーフボイルド未満だよォ!」

 

 途中から俺が突っ込んでいたけど、呆れて言葉も出ない。

 もういい、アホは放っておいてさっさと取り調べを始めるか。

 

「武永。馬鹿はさておき、お前に辻斬りの疑いが掛かっている」

「そんな割に合わねえ事俺がするもんかよ。バレたら大目玉じゃ済まねえぜ」

 

 まあ、普通ならそうだろうな。

 

「辻斬りはカリンの事を恨んでいるという証言がこの間の事件で明らかになったのデスよ。被害者の1人がそう言ってるのデス」

「当たり前だろ!、あいつは入部初日に俺を大勢の前でボコボコにしたんだ! あいつのことを忘れた日はねぇ」

 

 それはお前がいきなり勝負を挑んできたからだ、って当時居合わせた剣道部員全員が言ってるぞ。

 暴れ者だしお調子者だしで評判が悪いってことも合わせて明らかになった。

 何でコイツは自分に不利になりそうな証言を自ら暴露していくんだ? 

 

「だけどそれと辻斬りが刀堂を恨んでいたのと何の関係があるんだ!」

「お前、馬鹿って言われない?」

「大有りデース! Youはその後も度々カリンに勝負を挑んでおり、全敗してるデース! よって、強くなるためにあちこちの剣道家に勝負を挑んでいった! 違うデスか!?」

「知らねえよ! そんな事してねえ!」

「じゃあ何で自分から堀を埋めたんだよ」

「強情デスね……それじゃあもう1つ、言いましょうカ」

 

 ブランは笑みを浮かべる。

 

「辻斬りは、顔に火傷をしているのデスよ」

「顔に、火傷だってェ!?」

「Yes。昨日の事件で、辻斬りは偶然……えーと、あの、その、ライター的なアレを頭に被って炎で顔を火傷しているデース」

「何でそんな事になってんだ!?」

「色々あったんだよ……」

 

 面の下に更に覆面してるから、それは有り得ないが、かと言って火廣金の魔法を此処で証明する事も出来ない。

 当の本人は今も床に転がっているので、猶更どうしようもない。

 しかし。

 

「こほん、武永クン……その顔の傷……一体何があったデスか?」

「なっ!?」

 

 そうだ。

 これがブラン曰く決定的になったという証拠だった。

 彼の頬には──金曜日までは付いていなかったガーゼが当てられていた。

 

「──それは、自分が辻斬りである証拠の火傷痕を隠してるんじゃないデスか?」

「おい!! 馬鹿!! やめろ!! これは火傷じゃねえ!!」

「じゃあ何があったのか、今すぐ吐くデース──」

 

 強情な武永を自白させるべく、ドン、と机の上に何かが置かれた。

 そこにあったのは──

 

 

「──カツドンを食うのデース!!」

 

 

 ──スーパーのカツ丼であった。

 プラスチックの容器に入っているアレだ。

 しかし、ただのカツ丼をブランが持ってくるはずがない。

 

「んあ!? 何だコレ、すっげぇ冷えてるじゃねえか! まだ食ってねえのに冷気を感じるぞ!!」

「そりゃあ今朝買って、今の今までずっと冷蔵庫の中でキンキンに冷やしてましたからネー!」

「部室の冷蔵庫に知らん間に食べ物が……」

「さあ、食うのデース!!」

「嫌だよ冷えたカツ丼なんか食いたかねぇよ!! それに、このカツ丼……科学部の作った自白剤とか入ってねえよな!?」

「……さあ?」

「入ってねえよなあ!?」

 

 この間、俺はもう冷や汗たらたらで行く末を見守るしか無かった。

 こいつが流石にそこまでするとは思えないが……。

 武永は真っ青な顔になり、どう見てもカツ丼を手に付ける様子ではなくなっている。

 

「食べないのなら仕方ないデースね……私で食べるデース」

「ってお前が結局食うんかいいい!!」

 

 と言い終わらないうちに、ブランはカツ丼を掻き込んでいく。

 

「っふぅ……さあ、洗いざらい全部吐くのデース!!」

「吐くかボゲェ!! デュエマ部には頭のおかしい奴しかいねえのか!!」

 

 おい、それは地味に俺の事も言ってるのか?

 

「……燃え尽きた」

 

 転がったままの火廣金が変わらない表情で呟く。

 今まで敢えてスルーしていたのか、ようやく武永が突っ込んだ。

 

「そんでもって、さっきから何で火廣金は床に転がってるんだァ!?」

「貴方がやったんじゃないデスか!」

「知らねえよ!! 犯人認定してんじゃねえよ!」

「仕方ないデース……サッヴァーク、Youの第三の目で武永クンの悪事を見通しちゃってくだサーイ!」

 

 

 

『あー、それは無理じゃのう』

 

 

 

 サッヴァークの呆れた声が響き渡った。

 え? それはどういうことだ?

 ぽかん、とした顔の武永に俺。

 そして焦る顔のブラン。

 

「え? え? どゆことデスか?」

 

 小声で問いかけるブランにサッヴァークは言った。

 

『そやつにクリーチャーは取り付いておらん。よって無罪じゃ、ノットギルティ』

 

 ブランの顔が凍った。

 え? それじゃあ今までの茶番は何だったんだ?

 

「あ、あはははは……何で最初っから言わなかったデース!?」

『ヌシの茶番の合間に儂がこの小童を調べておったのだよ』

「うぐぐぐ!!」

「おいテメェら。何コソコソやってんだ? まさか今更俺が無罪だったとか言いだすんじゃあるめーな?」

 

 どっちにしたってもっと早く言ってやれよ……。

 つまるところ、武永は無罪ってわけだ。ブチ切れてるけど。

 にしても、頬のガーゼは何だったんだろう? 取り合えず平謝りする準備をするとしよう。

 武永の頭に凄く血管が集中してるし。噴火する直前の火山みたいだ。

 そう思っていた時だった。

 

 

 

「士郎くーん? 何で剣道場に居ないのお?」

 

 

 

 普段は滅多に開かないはずのデュエマ部の扉が開く。

 そこから現れたのは、2年生の女子剣道部員・八雲和泉(やくもいずみ)

 確か花梨と仲が良い部活仲間の1人だ。何で彼女がこんなところに居るんだ?

 そんな事を考えぬ間に、武永からとんでもない言葉が飛び出した。

 

「い、いずみん!!」

「いずみん!?」

 

 俺は驚いた。

 この剣道馬鹿からそんな愛称が飛び出してくるなんて。

 

「何でデュエマ部に居るのぉ? 剣道場の裏で待ち合わせって言ったじゃない。人に聞いて回るの大変だったんだからあ」

 

 彼女はぽわぽわした空気を漂わせたまま頬をぷくうと膨らませて言った。

 

「わ、わりぃ……」

「もう。こないだだって、1週間自分1人で突っ走って新技の訓練なんかして……その埋め合わせで今日は一緒に帰るって言ったじゃない」

「す、すまねえ……」

 

 おい、ちょっと待った。

 頭の中で理解が追い付かない。

 何勝手に2人の空間を作ってるんだ? 新手のD2フィールド? 俺達が入り込む余地が感じられねえぞ?

 

「ま、待った!! 2人は付き合ってるのか!?」

「ええ、そうよお。……剣道部の皆には内緒ねえ。或瀬さん、探偵だから口は固いわよねえ?」

「……は、ハイデス。探偵に二言無しデース」

「待て待て、初耳だぞ!?」

 

 そんな話は花梨からも聞いたことが無い。

 ただただ、八雲さんには彼氏が居るって話しか聞いたことがない。

 余りにも一緒に居る所を見た事が無いから、彼氏は別の学校の生徒かと思ったくらいだ。

 まさかこの学校の生徒、それも武永だったなんて。

 

「うふふ、士郎君のガーゼの話をしてたんでしょう? 聞こえてたわよぉ?」

「あ、ああ……辻斬りはこないだの事件で顔に火傷を負ったらしいからな。それに加えて、武永は花梨を恨んでたから……事件の重要参考人として呼んでたんだ」

「デ、デース……それに、最後に起こった事件、カリンも関わってたデスから……」

「あらぁ、それは知らなかったわぁ。無事な子が1人居たって話だからぁ、どうやって逃げたのかと思ったけど刀堂さんが助けてたのねぇ」

「騒ぎになっちゃいけねえから、公には伏せられてたのさ」

「チッ、ヒーロー気取りのつもりかっての」

 

 武永が毒づいた。

 

「と、とりあえず申し訳ないデス……」

 

 決まりが悪そうにブランが目を逸らす。

 うん、後で一緒に謝ろうな。

 

「ケッ、何がじゅーよーさんこーにん、だ! 思いっきり犯人扱いしてたじゃねえか!」

「まあ、士郎君悪人面だし腕白なところがあるからぁ、疑われても仕方ないわよねえ」

「うっ……それはねえよ、いずみん……」

 

 結構辛辣だな、八雲さん……。

 まあそれだけ仲が良いということなのだろうか。お互いの良い所も悪い所も知ってる辺り。

 そんでもって、乱暴な武永も八雲さんには頭が上がらないみたいだ。

 

「でも、このガーゼは火傷のそれじゃないのよお」

「え?」

「彼氏が疑われるのってぇ、流石の私も我慢出来ないからぁ……ごめんねぇ?」

 

 早業だった。

 自分よりも背が高い武永の顔から彼女は一瞬でガーゼを剥がす。

 そこにあったのは──赤い痣だ。

 それも、何かが吸い付いた痕のような……。

 

「……え? ああああ!! いずみんんん!! 何で取るんだよォ!!」

 

 すぐさま彼はそれを手で覆って隠す。

 しかし、中身は八雲さんによってバラされてしまった。

 

「もう、士郎君ったら恥ずかしがりなんだからあ。別に隠さなくても良かったのよぉ」

「や、八雲さん、それって……今の痣って」

「あらあ、決まってるじゃない」

 

 彼女は頬を紅潮させると言った。

 

 

 

「昨晩のお……仲直りのキスよお?」

 

 

 

 胃に砂糖が直撃した。

 胸焼け(ハートバーン)がこみ上げてくる。このままガイNEXTに龍解するかと思ったぞ。

 

「仲直りって……喧嘩してたのデスか?」

「実はねえ、最近ずっと士郎君、1人で新技を磨くとか言って練習ばっかりしてえ……打倒刀堂さんを掲げてるのは私も分かるけどお、私が居るのに1人で突っ走っちゃう所良くないと思うのお」

「ご、ごめんよ、いずみん。刀堂の奴にどうしても勝ちたくって……」

「この間の金曜日、刀堂さんが士郎君を綺麗に負かせてくれて、スカッとしちゃったくらいよお」

「その話はカリンから聞いたデスけど……」

 

 先週の金曜日、新技を磨いていたらしい武永はその成果を試すべく花梨に勝負を挑んでいる。

 そしてあっさり撃沈している。

 その際、八雲さんはわざわざラーメンを奢ると言って花梨を焚き付け、挙句彼が負けた際には「久々にスカッとした」と言ってのけたらしい。

 おまけに伸びた武永を放置してたらしいし。

 だが、そのことについては──

 

「私は私なりに怒ってたのよお?」

 

 ──との事だ。

 

「怒る事もあるんデスね……全然そういうイメージ無かったデスから、他の女子剣と同じように八雲サンも武永クンと仲が悪いのかと思っちゃったデス」

「うふふ、周りからの認識はそれで構わないわあ。どうせ付き合ってるの、他の皆にはヒミツにしてるしい?」

「隠すの大変だろう、そこまでの……その馬鹿ップルっぷりだと」

「あらぁ、私は良いんだけどぉ、士郎君が恥ずかしいって言うからぁ。一部の友達にしか言ってないわぁ。刀堂さんにも詳しい事は言ってないわねぇ。あの子はぁ、純情だものぉ」

 

 確かに、友人のこんな姿見たら、あいつは恥ずかしさで卒倒しそうだな。

 現に俺でも今、見ていて顔が焼けそうだ。

 

「にしても、意外な組み合わせデース……ぽわぽわふわふわの八雲サンとマッスルな武永クンの組み合わせデスし、まさにBeauty&Beast(美女と野獣)デース」

「意外って何だテメェ」

「私は筋肉フェチだからぁ。お料理いっぱい食べてくれる身体の大きな男子が、とっても好みなのお。後々ぉ、私が負けた時とか優しく気遣ってくれるしい……大好き、ううん、愛してるわあ」

「蜂蜜をそのまま飲まされたような気分デス」

「ベタ惚れじゃねえか」

「お前ら、すまん……いずみんが惚気だすといっつもこうなんだ」

 

 これ以上惚気られても困る。

 取り合えず事態を収拾させに行くか。

 

「取り合えず武永。すまんかった、疑って」

「謹んでお詫びを申し上げマス……すみませんデシタ」

 

 頭を下げて平謝りする俺達。

 しかし。

 

「いや、俺も別に良いぜ……何かもう……良いや」

 

 それで良いのか武永。

 もっと怒っても良いんだぜ。

 普通にやれば良いものを、横の馬鹿が茶番をした所為で更におかしなことになったわけだし、それを止められなかったのは部長の俺に責任がある。

 そう思っていたのだが……。

 

「でも、何でこの2人が付き合ってるのデスか? 八雲サンは、カリンの友達デスし……武永クンはカリンをライバル視してるデショ?」

「あらあ、或瀬さん? 何も、刀堂さんをライバル視してるのはあ、士郎君だけじゃないのよお?」

 

 微笑むと、普段は細い目をゆっくりと見開いた。

 

「あの子が超えるべき壁なのはあ……私だって、同じなんだからあ。剣道家なら同じよお」

 

 そう言った彼女の空気は、普段と違って一際凍り付いているように見えた。

 

 

 

「あの子ばっかりちやほやされたりい、鶺鴒学園の剣道部の本体があの子って言われるのはあ、私も気に食わないものお。ただの仲の良い友達ってわけじゃあ無いのよお?」

 

 

 

 普段はおっとりとしていて、競争事とは無縁そうな八雲さんが何故剣道部でやっていけているのか俺はこの時、少しだけ分かった気がした。

 彼女もまた、周囲に負けず劣らずの負けず嫌いであること。

 そして、自らも少しでも花梨に追いつこうと必死だということだ。

 

「それで、前から目標が同じだし好みのタイプの士郎君が気になってたんだけど、向こうから告白してきちゃって」

「オイィ!! バラすなァ!!」

「何というか……今日は災難だな、武永……」

「で、今に至るってわけデスね……」

「でもお、それとあの子と友達ってのは全く別なのよぉ。あの子は可愛くて良い子だものぉ。仲良くさせて貰ってるわぁ」

「俺はちげぇぞ! ぜってーに何時か刀堂の奴を超えてやるからな!! あのいけ好かねえ顔を泣かせてやるからよ!!」

「はいはい、素直じゃないんだからあ」

「……何つーか、本当に悪かった。疑って」

「いや良いぜ。まあ、辻斬りのヤローがいけ好かないのは俺だって同じだ。だけど素人が勝てる相手じゃねえ。面白半分で手を出すのは止めておくんだな」

 

 その言葉は嫌味ではなく、本当の意味での警告だった。

 

「もし俺が本当に辻斬りだったなら、どうするつもりだったんだ? テメェらで辻斬りに勝てるのか?」

「……」

 

 確かにそうだ。

 仮に守護獣が居たとしても、火廣金はこうして辻斬りに斬られてしまっている。

 俺達まで機能停止したら、それは大きな戦力の損失となる。

 武永は普通に、力量の事を言ってるんだろうけど。

 

「俺は超えてぇ奴が居るから剣道やってんだ。刀堂なんぞよりも更に先にな。剣道のルールも分からねえ人外染みた化け物に興味はねぇ。怪我するよか、そういう危ないのからは逃げた方がマシだ」

「武永……」

 

 良かったよ、お前がまともな奴で……。

 てっきり剣道やってるやつは辻斬りにもむしろ襲い掛かっていくバーサーカーばかりだと勘違いする所だったぜ。

 

「それに俺が中途半端に辻斬り逃して、いずみんが危ねぇ目に遇ったらどうするんだ」

「あらぁ、士郎君。素敵ぃ」

 

 おい、こんなところでイチャつくな。

 折角見直していたというのに。

 

「辻斬り……まるで何かを憎むような剣だって言ってたわねぇ」

「憎む剣、デスか。そうデス、どうやらカリンを狙っているみたいなのデス」

「刀堂さんを、か……」

 

 和泉さんは首を傾げた。

 そして、何か思い当たることがあるようだった。

 しかし。

 

「……誰かを憎む剣じゃ、誰も救えやしないわ。あの子じゃないとは思いたいけども……」

「あの子?」

「ううん、何でもないわ。それは私から言う事じゃないしねぇ」

 

 彼女は振り払うように首を振った。

 

「じゃあ、私達は一緒に帰るからこれで。頑張ってねぇ」

「おい頑張れって……テメェら、探偵ごっこも程々にな」

「ああ。すまんかったな、武永」

「デース……」

 

 取り合えず言える事がある。

 この取り調べは失敗だ。

 そして、俺達は再確認出来た。今回俺達が戦っている相手は、あの火廣金が負けた強敵だ。

 油断は出来ない、ということだ。

 俺は少なくとも、そんなことを考えていた。だけど──ブランはもっと深刻そうな顔をしていた。

 バカップル2人が部室を出た後、ブランが呟いた。

 

「……良いデスよね……好きな人と相思相愛って」

「ブラン? どうしたんだ」

「ううん、何でもないデス」

 

 何処か物悲しそうに、彼女は笑う。

 そして立ち上がった。

 

「今は、辻斬り探しが先デスよ!」

「……ああ! 他の手掛かりを見つけねえとな」

 

 そう言った時だった。

 

 

 

「──よう、デュエマ部。大分大変な事になってるじゃねえか」

 

 

 

 思わず来客だった。

 何時、部室に入って来たのか分からない。

 だが、彼女は確かにそこに居た。

 俺達はいきなりの来訪者を前に仰け反った。

 そして、その名を呼ぶ。

 

 

 

「トリス・メギス!?」

 

 

 

 彼女はふてぶてしく挨拶代わりに手を上げると、無気力そうに言った。

 

「大変な事になってるじゃねえか」

「ま、まあな……」

「火廣金が……こんな事になっちゃってるデスから」

 

 彼女は床に転がっている火廣金を見下ろす。

 経緯を知っていた彼女は髪をかき回した。

 

「まあ起こったもんは仕方ねえ。何とかするしかねえよ」

「それより何の用だ?」

「実は、あたし達の方でも鎧の消失事件を調べてたんだ」

「鎧? 今更?」

「ああ」

 

 彼女は言った。

 

「盗まれたという鎧はこういう物なんだ。お前ら実物見た事あるか?」

「まあ、さっとは……」

 

 改めて示された写真に写っていたのは、錆びた当世具足だった。

 原型を留めない程劣化しており、装飾品も分からない。 

 

「だけどな。何か引っかかる所があって、あたし達の方で写真をもとにこれの元の形を復元してみたんだ」

「復元、か」

「ああ。あくまでもイメージだけどな。うちの考古学部のスタッフにやらせたんだ。その結果がこれだ」

 

 彼女は復元図もといイメージ図を俺達に提示した。

 そこにあったのは、真紅の鎧。

 もとい──

 

 

 

「これって……クロスギアじゃねえか!?」

 

 

 

 ──兜に大きな刀身が付いたものだ。

 俺にも大いに見覚えのあるものだった。

 

「流石だ。お前にも分かったのか」

「ああ……カードのイラストで似たようなものを見たことがあるからな。だけど大分形が違うじゃないか」

「何、クロスギアが装着する相手を想定して姿かたちを多少変えるのは良くあることさ」

「え!? ということは、鎧はクロスギアだったってことデスか!?」

「その通りだ。クリーチャーが異世界からやってきたのと一緒に、クロスギアが流れ着いてくる事もある。だけど、多くはマナ不足でそのまま現代に唯の考古物として朽ちている事も多い。だけど、それらはあくまでも魔力不足ってだけで、魔力。そして──」

 

 彼女は言い放つ。

 

 

 

「──十二分な感情のエネルギーがあれば、すぐさま動き出す。モノにもよるが、こいつはそういうタイプだ」

 

 

 

 クロスギアを動かすだけの強いエネルギー。

 思い当たるものは一つしかない。

 エリアフォースカードだ。

 

「そして、エリアフォースカードが次に選ぶのは人間だ。鎧だけじゃ、どうしても不完全になる」

「おい、或瀬ブラン。怪しいのは鎧があった道場の関係者だ」

 

 彼女はパソコンを取り出すと、データを展開した。

 そして、俺の方を向いてリストを見せた。

 

 

 

「女子剣副将の巴サン……もとい木曾 巴サンも此処に所属していたみたいデス」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──中央病院にて。

 肋骨を折って怪我をしたという生徒が入院しているのは、この間までお兄も入院していたこの病院で間違いない。

 にしても相方が紫月ちゃんだからな……この子、良い子だしデュエマに付き合ってくれたこともあるんけど、夏祭りで言われた一言が忘れられない。

 まあ、そんなことを今気にしても仕方がないか。 

 それよりも気掛かりなのは辻斬りの事だ。一体何の目的があって、剣道家達に勝負を挑んでいるのか。

 そして、負けた相手から闘気を奪っているのか。

 あたしに抑え込めるの? あんな恐ろしく強い奴……!

 

「──刀堂先輩」

「ひゃいっ!」

 

 いきなり呼ばれてびっくりしたあたしは、横の方をちらりと見やる。

 いつものジト目で紫月ちゃんが睨んでいた。

 でも怒っているんじゃなくて、上の空のあたしに呆れているみたいだ。

 

「着きましたよ、病院」

「あ、うん……ありがと」

『ったく、剣の姉ちゃんよォ。ボーッとしてたらワイルドカードが出たら襲われちまうぜ?』

「ご、ごめんごめん、シャークウガ」

 

 いけない。あたしがしっかりしないといけないのに……。

 自分を責めるあまり、落ち込んでいく自分を律し、あたしは背筋を伸ばした。

 

「刀堂先輩。気持ちは分かります。しかし、今は一刻も早く事件を解決しなければなりません。被害に遇ったのは火廣金先輩だけではないのですから」

「う、うん。分かってる」

 

 そう返したものの、あたしは自分が如何にちっぽけか思い知らされた気がした。

 そうだ。デュエマ部の皆は、辻斬りに遇った人達の闘気を元に戻す為に一生懸命事件を捜査してるんだ。

 あたしは……自分の剣の道の事ばかりで何も見えてなかった。

 連絡された病室の前に辿り着くと、そこにはこの間の事件で助けた少女・太刀川美穂の姿があった。

 

「……あっ、刀堂先輩。ありがとうございます。それと……しづちゃんまで、何で此処に?」

 

 しづちゃん、と呼んだ辺り同じ1年同士知り合いなのかな。

 紫月ちゃんは友達の事とか話さないけど、ちゃんと居て良かったよ。

 

「いえ、私は……所用で。刀堂先輩に頼まれて、事件の事を調べているのです」

「そ、そっか。刀堂先輩に頼まれたんだ……って、ええ!?」

 

 まあ、そりゃ驚くよね。

 唯の一般人に過ぎず無関係の紫月ちゃんが事件を捜査してるって言ったら。

 

「まあ、デュエマ部の皆にも色々調べて貰ってるのよ。ほら、2年の或瀬ブランっているじゃない? 探偵っぽい子」

「あ……知ってます! あの綺麗なハーフの先輩ですよね! 成程、デュエマ部の実態が探偵部と化しているという噂は本当だったんですか」

 

 間違っては無いかもしれないけど、それ聞いたら耀が泣くぞぉ……。 

 そんなことを考えていると、思いもよらない声が横から飛んできた。

 

「随分と遅かったのね、花梨」

「!」

 

 あたしは驚いた。

 まさか、此処に彼女まで居るなんて。

 

「巴……!」

「ふん、何驚いてんのよ。あたしが居たら何かおかしい?」

「い、いや、何も……」

 

 何時もと違って、髪を降ろしているから気付かなかった。

 こうしてみると、黒髪ロングの唯の美少女なんだよなあ……あたし、髪がくるくる巻いてるから羨ましいよ。

 

「刀堂先輩。横に居るのは確か副将の……」

「うん、木曾 巴(きそ ともえ)。うちの頼れる副将だよ」

「なっ……調子の良い事ばっか言ってんじゃないわよ」

 

 少し恥ずかしそうに彼女は言った。

 

「太刀川が襲われたって聞いてね。そんでもって病院に行くとか言うじゃない。この子1人じゃ、万が一辻斬りに遇ったら危ないでしょ?」

「ああ、太刀川さんの安全の為だったんだ……ありがと、巴ちゃん」

「別に? 元はと言えば、この子らが辻斬りなんぞに手を出すから面倒な事しなきゃいけないのよ」

「あ、あうう、ごめんなさい……」

「まあまあ、無事だったから良かったじゃない。この子もたっぷり絞られただろうし」

「花梨は後輩に甘すぎ!」

 

 キッ、と巴があたしを睨んだ。

 まあ、言ってる事は最もなんだけど怖い目に遇ったのも確かだしさ……。

 とはいえ此処までは割といつものやり取り。

 問題は──金曜日から変わった点だった。

 巴ちゃんの顔、それも頬には褐色の傷バンドが宛がわれていた。

 あたしはこっそり紫月ちゃんを見やった。彼女も頷く。

 まさか、巴ちゃんが辻斬りってことは無いよね。それに今のままじゃ断言はできない。

 魔法の炎による火傷は、経過で治らないという事以外で判別出来ないらしいし……。

 

「ねえ巴。その頬のバンド、どうしたの?」

「え? ああ……怪我よ怪我。だけど変なのよ」

「変?」

「こんな事言ったらさ、笑われるってのは分かってるんだけど……朝起きたら出来てたのよ」

 

 あたしと紫月ちゃんは顔を見合わせた。

 巴は、傷バンドの下にあるであろう傷を火傷とは言わなかった。

 

「えと、木曾先輩。大丈夫なんですか? それって」

「軽いから大丈夫よ。だけど、どうしてなったのか分からなくてね。昨日はちょっと昼寝しちゃって記憶が曖昧だし」

「……そ、それなら良いんだけど」

「最近変な事が続くのよ。日曜に通ってた道場の鎧が無くなったり、疲れて帰ったらすぐ寝ちゃう事が多かったりねえ……」

 

 道場の鎧……ああ、そういえば辻斬り事件が起こる前にデュエマ部がどっかの道場で鎧が盗まれた事件を捜査してたんだっけ。

 あれ、巴ちゃんの道場だったんだ。

 小声で紫月ちゃんがシャークウガに話しかけた。

 

「シャークウガ、木曾先輩を追って下さい」

『駄目だ。クリーチャーの反応は感じられねえ。ワイルドカードが取りついているようには見えない。それよか、今は辻斬りの被害者について、だろ?』

「っ……そう、ですか」

 

 となると、巴ちゃんの怪我も単なる偶然……?

 ……だとしたら、一瞬でも友達を疑った自分をぶん殴りたい。

 あたし、辻斬りの事にいっぱいいっぱいで何も見えてないじゃない。

 

「じゃあ刀堂先輩。病室に来てください。しづちゃんは、どうする?」

「いや、私は別に良いです。2人だけでごゆるりと」

「うん、分かった」

「相談、ねえ……私にはどうせ言えない事でもあるんでしょ」

「巴ちゃん! 駄目だよ、そんな言い方しちゃ……」

 

 彼女は淡々と言い放つ。

 

「別に。あんたが羨ましいだけよ……」

「……巴ちゃん?」

「帰るわ。あんた、主将なら責任もって送って帰りなさいよ」

 

 そう言って、巴ちゃんはすたすたと帰っていった。

 最後に振り向く前の彼女の顔が、どこか寂しそうだったのは私の気の所為だろうか。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 紫月ちゃんは近くの待合室に居るらしい。

 あたしと太刀川さん。

 そして──何事も無かったかのように、シャークウガがスタンドのように着いて来た。

 見えているあたしからしたら、あまりにも白昼堂々と2頭身の鮫魚人が入ってきたので吃驚した。

 

「……」

『大丈夫だぜ。見えてねえよ』

「刀堂先輩? どうしたんですか?」

「いや、大丈夫……」

 

 そんなわけで、私は病室の一番奥にあるベッドにまで連れて来られた。

 そこには──火廣金以上に死んだ目をした少年が何やら呟いていた。

 

「ラムレーズン蒸しパンになりたい……」

「ううう、何でこんなことに……辻斬りに斬られたばっかりに……」

「ねえ、何でラムレーズンパン?」

「ラムレーズン蒸しパンですっ!! 二度と間違えないで下さい!!」

「そこに何で拘るのかなぁっ!?」

 

 分からない、それだけは分からないよ太刀川さん。

 

「彼は、同じ道場の仲間の1人で……後もう1人は今、別の病室に居るんですけども」

「そもそも何で辻斬りなんかに挑もうとしたわけ?」

「……私の兄も、剣道家なんです。今はもう大学生なんですけど」

「!」

 

 何処かで聞いたような話になってきた。

 兄、か。

 

「辻斬りの、最初の被害者だったんです」

「……そう、だったんだ」

「あれ以来兄さんはずっと廃人になってしまってて……私、兄さんの仇を討ちたくって、道場にも通って練習してたんです。その帰りに……」

「辻斬りに出会った、ってことか……」

「とにかく辻斬りをとっ捕まえられればそれで良かったんです。でも、あっという間に2人はやられてしまって、私も全く歯が立たなくって……あんなの、人間業じゃないですよ」

 

 そうか。お兄さんが辻斬りの被害に遇って、その一心で頑張って来たのか。

 にも拘らず、絶望的なまでの戦力差を見せつけられた彼女の心境は想像に難くない。

 ……あたしだって気持ちは分かる。お兄が倒れた時の事を思い出すだけで今も胸が痛む。

 

「……分かるよ、その気持ち。自分の周りの人が傷つけられたら、とても嫌だよね」

「刀堂、先輩……」

「それで無茶して痛い目を見る気持ちもさ、分かるんだ」

「先輩でも上手くいかない事があるんですか?」

「うん。剣の道だけじゃ……どうにもうまく立ち行かなくって」

 

 デュエマだって、クリーチャーとの戦いだって。

 強いだけじゃ上手くいかないんだ。

 あたしは──

 

「私……どうすれば良いんですか。兄さんも、仲間もやられて……私だけ残って……」

「太刀川さん」

 

 ──彼女の肩に手を置いた。

 

「待ってて。絶対に……辻斬りは倒す。あたしだったとしても、あたしじゃない誰かだったとしても、ね!」

「……駄目です!!」

 

 彼女は叫んだ。

 病室の中なのに、それはとても悲痛なものだった。

 

「先輩まで、廃人になって欲しくはありません……!」

「太刀川さん……」

 

 それでも、あたしがやらなきゃいけない理由がある。

 

「太刀川さん。部員に何かあったとき、身体張って守るのが部長の役目なんだよ」

「え?」

 

 耀なら、少なくともそう言うと思う。

 ブランちゃんがロードに捕まった時、必死になって戦っていた彼の姿が脳裏に過る。

 紫月ちゃんがブランちゃんの偽物にやられた時、デュエマ部を繋ぎとめようとして偽物探しに奔走していた事もこの間のようだ。

 今回だってそうだ。耀は、無気力になった火廣金を元に戻す為に辻斬りを探している。

 

「あたしは……頼りない主将だと思うけどさ。あたしにやらせてよ」

「……刀堂、先輩……」

 

 その時だった。

 戦車(チャリオッツ)のカードが熱を帯びる。

 病室を見回すと、シャークウガの姿が無い。何処に行ったんだろう。

 いや、シャークウガが行く場所で思い当たるのは1つしかない。

 こ、これってまさか──

 

 

 

「ごめん、太刀川さん!! 病室でちょっと待ってて!!」

「えっ!? あっ、はいっ!」

 

 

 

 ──嫌な予感がする。

 そういえば、前に辻斬りが出てきた時も戦車(チャリオッツ)が反応したんだ。

 病室を出る。待合室に紫月ちゃんの姿は無い。すると、戦車(チャリオッツ)が飛んでいく。

 あたしは必死でそれを追いかけた。エレベーターではなく、階段を駆け下り、そして遂にエントランスを出る。

 そこには──

 

「紫月ちゃんっ!!」

 

 あの防具を身に着けた辻斬りが病院の玄関に現れていた。

 見ると、柱や壁に大きな傷が出来ており、掲げられた大太刀が切り裂いた痕であることは想像に難くなかった。

 そして、その辻斬りを相手にグロッキー気味だったのは紫月ちゃんだった。

 

「刀堂先輩!! これが、辻斬りなんですかっ!?」

「っ……何、これ!」

 

 既に周囲は大騒ぎ。突如現れた怪人物を前に狼狽えている。

 紫月ちゃんの近くに寄ったシャークウガでさえ、この思わぬ強敵を前に対処しかねているようだった。

 それほどに辻斬りは恐ろしい力を誇っていた。一振りした刀が一瞬で周囲の物を破壊していく。

 

「ヤットキタカァ……刀堂花梨……」

「辻斬り……!!」

 

 最早、それは人間業のそれではない。

 コンクリートの壁や柱に傷をつけるなんて、尋常な事ではない。

 とにかく何があったのか聞かないと!!

 

「これって……! どうなってるの!? 辻斬りは剣道家の前にしか姿を現さないはずじゃ……!」

「あの後、木曾先輩の後を追おうとしたのですが……見失ってしまって」

「巴ちゃんを!?」

「はい……すみません。どうしても気になったんです。すると、すぐにあの辻斬りが出てきて──此処まで退避してからシャークウガを呼び寄せて応戦していたんです」

 

 じゃあ、まさか……やっぱり、辻斬りは巴ちゃんだったの!?

 

「しかし……あの辻斬りが余りにも強過ぎて、エリアフォースカードで戦うまでの距離に近寄れません」

「そんなっ……!」

「このままでは院内に危害が及びます。何度か氷漬けにしているのですが……それでもすぐに動き出してしまうのです」

「ど、どうしよう……!」

 

 あんなの、もう特殊警棒じゃ太刀打ちできない。

 だけど、後輩に大見得切った手前、此処で引き下がれないよ。

 

「刀堂……花梨ンンンッ!! コノ間ハ世話ニナッタナァ!!」

 

 地面を蹴って飛び出す辻斬り。

 だけど、振るわれた大太刀が衝撃波を引き起こし、あたしと紫月ちゃんの身体は重力を失った。

 

「きゃあっ!!」

「っ!!」

 

 あっという間に吹き飛ばされるあたし達。

 しかし、それを大きな両腕が受け止める。

 

『っと、大丈夫か、マスター! 剣の嬢ちゃん!』

「ありがとうございます……シャークウガ」

「危なかったよ……」

『あいつはもう、正攻法では戦えそうにねえな……こいつぁ記録更新だぜ、今まで戦ったどんな敵よりも単純に”強い”……! 強過ぎて手が付けられねえタイプは初めてだ! 何処まで自分の身体を強化したら気が済むんだ!?』

「きょ、強化!?」

『ああ、そうだ! さっき病室で寝てた患者を調べたんだが、コイツは斬った相手から闘気だけ奪うんじゃねえ。そいつの戦うためのエネルギーを全て吸い取っちまうんだ!』

「ええ!? 全部吸い取るってことは……」

『ああ。全部、あの辻斬りの身体に蓄積されてるってこった!!』

 

 そんなのどうやって勝てば良いの!?

 それだけの力をどうやって溜め込んだのか気になるけど、このままじゃあたし達は辻斬りに近づく事すら出来ない。

 しかもアレは真剣だ。もし辻斬りがあたし達の身体を両断しようと思えば、いとも容易くそれは行われるはず。

 それは、大きな刀傷が物語っている。

 

「先輩。こうなったら、私たちが囮になりましょう」

「囮!?」

「ええ。相手は守護獣が居るこちらを最大戦力と認識しているはずです。人間の刀堂先輩とクリーチャーのシャークウガでは脅威度は明らかに後者。こちらが接近すれば、相手は全力で応対するのは目に見えて明らか」

「っ……それ、大丈夫なの!?」

「分かりません。こちらも囮である以上、エリアフォースカードによる決着を狙いに行くように”見せかけ”なければなりませんから。ですが、そこで刀堂先輩の敏捷性が生きる時です。奴をエリアフォースカードで空間に引きずり込んで下さい」

 

 言うと、シャークウガはすぐさま地面に降り、紫月ちゃんも魔術師(マジシャン)片手に飛び出した。

 彼は辻斬りへ突貫する。

 相手もシャークウガを狙って大太刀を振り上げた。しかし、

 

『同じ手は食らわねえよ!!』

 

 次の瞬間、空を覆いつくす程に巨大な海賊船が現れる。

 召喚、という言葉が正しい。

 何もない虚空からそれは突如として現れたのだから。

 

『覇王海賊船・キングシャークの砲撃、食らいやがれェ!!』

「ッ……!!」

 

 鮫の口が描かれ、帆を広げた海賊船の船頭から光線が放たれる。

 

 

 

『シュゥゥゥート!!』

 

 

 

 シャークウガの号令と共に、それは真っ直線に辻斬りを襲った。 

 爆音、轟音が鳴り響き、爆風が巻き起こる。

 シャークウガ君……ちょっとやり過ぎじゃない? 撃った場所にクレーターが出来てるかと思ったけど、出来てなかった。

 本当に魔法ってよく分からないや……。

 

「やりすぎっていうか何というか……辻斬り、無事なの!?」

 

 煙が晴れる。

 そこには、太刀を地面に突いた辻斬りの姿があった。

 ふらふらとしてるけど、未だに動けるみたいだ。クリーチャーの攻撃にまで耐えられるなんて!!

 だけど今なら──エリアフォースカードで空間に引きずり込める!

 

「覚悟ッ!! デュエルエリアフォース!!」

「チイッ……!!」

 

 刹那。

 辻斬りの防具が光った。まさか、また逃げるっていうの!?

 あたしはそれでも怯まずにエリアフォースカードを突き付ける。

 いい加減、往生しなさい!!

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 次の瞬間。

 辻斬りの防具が消えた。

 そして咄嗟にあたしは、エリアフォースカードを降ろし、立ち止まった。

 そこに居たのは──

 

「巴、ちゃんっ……!」

「……!」

 

 ──巴ちゃんだった。 

 あたしはこの時、やっと確信した。

 やっぱり、辻斬りは巴ちゃんだったんだ。

 

「……花梨、あんた、どうしてここに……!」

「!」

「あたし、どうしてたの……!? これって、何!? どうなってんの!?」

 

 パニックになりながら巴ちゃんは頭を抑えた。

 

「巴ちゃん……!?」

「これ、あたしが……やったの!?」

「何も、覚えてないの!?」

「覚えてないの、って、あたしが……!?」

 

 彼女は頷いた。

 そういえば──彼女が辻斬りだとするならば、不自然な点はあったのだ。

 自分が辻斬りだという自覚があるのならば、そもそも分かりやすい火傷を隠さないわけがない。

 それなのに、彼女は真っ先にあたし達に特に怪我を隠しはしなかった。

 そしてもう1つ。彼女は傷が火傷だとは知らなかったし、何時負ったものなのか分かっていなかった──

 

「辻斬りは巴ちゃんだった……でも、辻斬りの意識は──!」

 

 手探りだった。

 手繰り寄せられないかと思った程だ。

 だけど、真実にあたしは辿り着こうとしていた。

 

 

 

「当タラズトモ、遠カラズ、ダナァ……刀堂花梨」

 

 

 

 次の瞬間、あたし達の背後にはあの辻斬りの姿があった。

 

「花梨、危ない!!」

 

 次の瞬間、あたしは巴ちゃんに抱きかかえられた。

 そのまま飛び出すと共に、辻斬りの剣から衝撃波が放たれる。

 アスファルトの地面には、くっきりと刀傷が付いていた。

 

「刀堂先輩!!」

「だ、大丈夫。だけど……!」

 

 紫月ちゃんも驚きを隠せないようだ。

 私の視線も辻斬りに注がれた。

 防具の姿は徐々に鎧のそれへと変貌していく。

 兜には大きな刀身が付いており、全身が紅い。

 これが辻斬りの本当の姿と言わんばかりだった。

 

「ソノ少女ノ、オ前ヘノ強イ憎悪ガ……俺ヲ此処マデ育テタノダ」

「憎悪……!?」

「ソウダトモ。強イ強イ憎シミダ」

「私が、花梨に憎悪を……!?」

「──自覚ガ無カッタカ。マア、元々時ガ経ツニ連レテ、自分デ押シ込メテ隠シテイタ感情ダカラナア」

 

 次の瞬間、鎧から赤い炎が現れ、巴ちゃんに移っていく。

 

「そう、だ。そうだった……!」

 

 彼女は立ち上がって、鎧の方を見据えた。

 

「花梨。あんたさえ居なければ……!」

「巴、ちゃん……?」

「あの日。あの大会の準決勝。勝てばチームは決勝に進めるという試合で──あたしは、負けた」

「!」

 

 それは中学の時の大会。

 言わば、因縁の一戦だった。

 

「試合の結果は惨敗だった。あんたは、あのチームの誰よりも強かった。当時から化け物のそれだったわ」

「……化け物……!」

「鬼、悪魔、羅刹……! 人外染みたあんたなんかに最初から勝てる訳がない。あの一戦の前からあたしは分かっていた。なのに、チームのメンバーも、学校の皆も、家族も、そしてあの人も……あたしに勝手に期待して」

 

 彼女の拳は握り締められた。

 血が流れ、滴る。

 

 

 

「そして、皆、私に失望していった!!」

 

 

 

 刹那、辻斬りの鎧が巴ちゃんに次々と身に着けられていく。

 

「学校の皆も、家族も、私を散々にこき下ろしたわ。でも、あの人だけは……私を裏切らないって信じてたのに。大好きなあの人だけは……!!」

 

 その手に大太刀が浮かび上がる。

 

「……無様に負けた私を容赦なく捨てたのよ……!!」

「っ……!!」

「絶対に許さないんだから……私から全てを奪ったあんたを……!! 忘れていたわ。時間は、あの時の憎悪さえも忘れさせてくれるのねぇ!!」

「そんな……巴ちゃん……あたしは……!」

「あんたなんか、大っ嫌いよ!!」

 

 大太刀を構えた彼女は、言い放つ。

 その言葉があたしに突き刺さった。

 

「巴……ちゃん」

「そう。これがあたしの本心よ……ククク。ソウ。ソウダ、コノ憎悪コソガ我ガエネルギー……!! 彼女ノ秘メタ憎悪ガ我ガチカラトナッタノダァ!!」

 

 間もなく、主導権は辻斬りの本体である鎧に握られたようだった。

 巴ちゃんも、利用されたに過ぎなかったということか。

 翼を広げ、大太刀を広げた鎧の怪人は空に飛び立った。

 

「お前──!!」

「刀堂花梨。決着ヲ付ケヨウカ」

「何ならここで──!」

「此処デハ、イツオ前ノ仲間ニ邪魔サレルカ分カランカラナァ」

 

 彼は指を2本、立てた。

 

 

 

「二時間後ダ。二時間後ニ、鶺鴒学園ノ道場デ会オウ」

「!」

 

 

 

 鶺鴒学園の道場……だって!?

 こいつ、今まで散々卑怯な事をしておいて、今更何を言ってるの!?

 

「……我ハ再ビ現レルダロウ。憎悪ヲ向ケラレテ尚、コノ少女ヲ取リ返シタイナラ、ナア」

「ッ……! ふざけるな!!」

「約束ヲ守ルンダナ。今ノ我カラスレバ、彼女ノ魂ヲ消スナド容易イ」

 

 そう言い残し、鎧はその場から消え去った。

 間もなく、パトカーのサイレンが鳴り響く。

 どうしよう。大変な事になってしまった。

 色々な物が胸にこみ上げてくる。

 

「あたしは……!」

 

 仲が良くなったと勘違いしていたのはあたしだけだった。

 巴ちゃんは、やっぱり私の事が嫌いだった。

 あたしは、巴ちゃんの事を分かろうともしなかったし分かってあげられなかった。

 入学してからずっと近くに居たはずなのに。  

 最初は仲が悪かったけど、だんだん仲良くなっていけたと思ってた。

 だけど、本当は──あたしは、何も分かってなかったんだ。

 巴ちゃんの事を──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その後、病院前が大騒ぎになっているというニュースが入ったと共に紫月と花梨は帰って来た。

 どうやら辻斬りに出くわして戦闘し、そして目ぼしい戦果は得られなかったのだろうということまでは予想していたが……。

 

「木曾 巴が辻斬り……いや、正確に言えば鎧に憑依されていたのか」

「うん……そして連れ去られちゃったんだ」

 

 となると事態は一刻を争う。

 しかも辻斬りは、今誰も居ないこの学校の剣道場で決着を付けに来た。

 

「つまり、決闘ってことか」

「そう、なるね……」

 

 花梨は浮かない様子だった。

 

「……えと、整理すると木曾サンが辻斬りとして活動していた時は、鎧が意識を乗っ取っていたってことデスよね?」

「ああ。そして、通っていた道場にあったクロスギアが木曾さんの思念に呼応して憑依したってところか」

『本人の感情と魔力を糧に、身体だけ使って辻斬りをやっていたってことでありますなあ』

「クロスギア、ですか」

 

 紫月が意外そうな顔をした。

 そういえば、まだ話して無かったな。

 

「トリス・メギスがやってきてな。前に盗まれた鎧の正体を突き止めてくれて、警戒しろって言ってたからよ」

「鎧事件と今回の辻斬り事件が繋がったのは良いデスけど……」

 

 ブランは心配そうに花梨の手を握った。

 確かに、仲の良い部活仲間の1人が犯人だったとなれば、ショックは隠せなくても無理はない。

 だけど、彼女の心労は別の所にあるようだった。

 

「……ねえ、耀」

「どうした、花梨」

 

 彼女の顔は、とても辛そうだった。

 

 

 

「……あたしさ、剣道続けてて……良いのかな」

 

 

 

 紫月がココアを飲みながらむせそうになった。

 ブランがソファからずり落ちた。

 この様子では、並々ならない理由があるのだろう。

 あの花梨が剣道をやめると言いだしたのだから。

 

「な、何でデスか!?」

「……刀堂先輩。まさか」

「……うん」

 

 紫月は何か知っているような素振りだ。

 そりゃそうだ、その場に居合わせていたんだからな。

 

「……巴は、あたしの事を嫌ってた。憎んでた。あの子がああなっちゃったのは、あたしが2年前の大会であの子に勝った所為なんじゃないか、って」

「……お前」

「分かってるよ! こんなの、剣道家にあるまじき考えだってさ。でも……」

「そういえば気になる噂があったのでまとめてたデスけど……」

 

 パソコンをカタカタ鳴らしながらブランが言った。

 

「木曾サンは進学にあたって、昔住んでいた場所を引っ越したらしいデス」

「引っ越した? 何でだ?」

「……中学3年の頃、巴は出身の中学でエースだったってのは聞いた。それで周囲から掛けられた期待、プレッシャーは想像以上のものだったはず」

「……!」

「大将ってさ、主将ってさ、とても胸が潰れそうになるような圧力の中で戦う事になるんだよ。自分に厳しい人なら猶更。あたしだって大将戦で負けた事が無いわけじゃないからさ。その時は……今思えばあたしは部員に恵まれてたのかな」

 

 彼女は目を伏せた。

 

「当のあたしは、そんな事当時は考えもしなかったけど、今なら分かるんだ。仲間がどれだけ大事か」

「あの日、負けた巴にチームメイトが掛けたのは……辛辣な言葉だった、ということデスね?」

「うん、そうみたい。あの子曰く、仲間だけじゃなくて家族にも」

 

 ブランはすぐさまデータベースを起動させる。

 そして、木曾さんに関する情報が次々に入って来た。

 それは予めブランが彼女について調べていた事らしく、本来ならば門外不出の内容らしい。

 

「まとめた情報によれば……最初は部活仲間だけだった虐めは、クラスメイトへと波紋が広がっていったようデス。親からも、ってことは……引っ越したのは親から離れる為かもデスね」

「そういえば巴、今は親戚と一緒に住んでるとか前に言ってた……」

「……全て合点が行きましたね」

 

 その後。

 調べれば調べる程、彼女が虐められていたのではないかという噂はブランのデータベースから明らかになった。

 それは人伝の噂程度のものではあったが、全てを集合し、尚且つさっきの木曾さんの話を合わせると途端に現実味を帯びて来るのだった。

 最初は部としての悔しさを、負けた原因である木曾さんに押し付けたのが始まりだった。

 親はかけていた期待を裏切られて失望していた。

 外からも内からも追い詰められていった木曾さんは、だんだん居場所を失っていった──そう考えれば、1年の頃、部に入ったばかりの頃、彼女が花梨に食ってかかる程嫌っていたのも分かる気がした。

 

「……成程な。だけどよ、それが自分の所為だから剣道を辞めるって言うんじゃねえだろうな」

 

 彼女は首を縦に振った。

 ……お前。でも、それはお前の所為じゃないだろうが。

 幾ら失望しても、それは人を追い詰めて良い理由にはならない。 

 そして、それはお前がやったことじゃない。

 

「お前はどうなんだ?」

「っ……」

「本心からやめたいって考えてるわけじゃねえだろ? 事件だって、クロスギアが起こしたものだ。今更、お前だけが抱える事じゃねえだろ!?」

「ッ……」

 

 今が辛いなら、俺達が幾らでも手を貸してやる。

 放っておいて欲しいなら、またお前の方からやってくるまで放っておいてやる。

 だけど、それでも──

 

「辛くても、お前が本当にやりたいことから目を背けるな。他人に気を遣って、自分に嘘をつくな」

「自分に嘘を……?」

「引き金はお前が木曾さんに勝った事かもしれない。だけど、それで木曾さんが虐められたのはお前の責任じゃねえだろ」

「だけどっ……この事件はあたしが起こしたようなものかもしれないんだよ!? あたし、もう嫌だ! 剣道で……誰かが傷つくのを見るのは。だって! 幾ら剣道が強くなったって、誰も守れないじゃない!」

 

 ぎゅう、と彼女はスカートを握り締める。

 

「ワイルドカードに取り付かれて、後輩を巻き込んで、同級生の傷にも気付けなかった。火廣金までこんなになっちゃって……」

 

 彼女は床に転がっている火廣金を指さした。

 彼は相も変わらず「燃え尽きた……」とだけ言っている。

 

「幾ら強くたって、強いだけじゃ何も意味が無い!! 誰かを守るのがあたしの剣道なら……あたしは、何を守れたっていうの!?」

「まだ、間に合うデスよ!! 木曾サンを助ける事が出来マス!」

「間に合ってないよ!! 巴ちゃんは……あたしの事を憎んでるって言ったから。もし巴ちゃんが戻ってきても……あたし、あの子にどう接すれば良いか分かんない……! 主将は部員を守るのが使命? あたしは……何を守れるっていうの?」

「……カリン」

「鬼って言われて、悪魔と蔑まれて、羅刹と呼ばれて嫌われて……あたしが剣を振るって結果的に誰かを傷つけるなら、剣道を続ける意味が見出せない!」

 

 彼女は首をもたげた。

 

「あたし、どうすれば良かったのかなぁ……勢いで言っちゃったけど……剣道を続ける事が、これからのあたしの人生に、ううん、誰かの人生にプラスになるって思えないよ……!」

「プラスに、なっていたと思いますよ」

 

 紫月がふと言いだした。

 

「木曾先輩は言っていました。刀堂先輩への憎悪を”今まで忘れていた”って。何か、引っ掛かりませんか?」

「!」

「……そうデス! それってもう、白状したも同然じゃないデスか!」

「え、ええ!? どういうこと?」

 

 忘れていた、か。

 成程な。それならまだ希望はあるかもしれない。

 

「花梨。それだけ辛い思い出を、そして強い憎悪を何が忘れさせてくれたと思う?」

「……え?」

「カリンとの友情デス! カリンを確かに恨んでいたかもしれない。憎んでいたかもしれない。デモ、カリンは木曾サンを馬鹿にしたりしなかった。むしろ、積極的に仲良くしに行こうとしてたじゃないんデスか!?」

「……!」

「あいつはお前の人柄に触れて……お前への憎悪も、過去の辛い思い出も和らいでいったんじゃないか?」

「私も似たような経験があるから分かるデス。自分から歩み寄ってくれる相手がどれ程自分の傷を癒してくれるか。そして、友情が辛い思い出を忘れさせてくれるか!」

「……花梨。お前の剣は、誰かを傷つけるものじゃねえよ。今なら、守れるはずだぜ」

「で、でもっ……」

 

 彼女は躊躇するように言った。

 

「あたしに、出来るかな……」

「……出来るさ」

 

 声が響いた。

 それは俺達の誰でも無く、しがみつくようにしてソファに食らいつく火廣金が呻くように上げた声だった。

 

「……君は、俺の……教え子だ」

「火廣金!? ちょっと、大丈夫なの!?」

「無責任な魔導司で済まんが……信じてる……俺は……燃え、尽き……」

 

 ガタッ、と音が鳴り、彼は再び床に倒れこんだ。

 

「火廣金……!」

「ちょっと、顔打ってるデスよ!?」

「……背中を押されちまったな」

「……うん」

 

 彼女は立ち上がった。

 その顔は、多少なりとも迷いを吹っ切れたようなものだった。

 

「……あたし、やってみても、良いかな」

「……花梨忘れんなよ。俺達が付いてるぜ」

「勿論、名探偵のブランちゃんもデス!」

「私も居ますよ」

 

 紫月はフードを深く被ると言った。

 

「人は忘れる事で生きていける生き物です。それをわざわざ掘り返して利用する、悪質なクロスギアなんてぶっ飛ばしてしまいましょう」

「……皆」

「燃え……尽き……」

「火廣金……待っててね」

 

 彼女は火廣金の手を取る。

 彼の眼は死んでこそいたが、僅かに頷くのが俺にも分かった。

 よし、何とかこれで全部整ったな。

 そろそろ時間だ。約束の時間に、時計の針が指そうとしていた。

 

「!」

「……花梨、どうした?」

「今、戦車(チャリオッツ)が反応した……!」

「ってことは、辻斬りが道場に来たデスか!?」

「うん……!」

 

 相手が木曾さんの魂を人質に取ってる以上、送り出すのは花梨だけになってしまう。

 勿論俺達も万が一の事があってはいけないので、出来る限りの準備をするつもりだが……。

 

「……行ってくるよ。皆」

「花梨」

 

 お前なら、きっと出来るぞ。

 俺達は信じている。

 

 

 

「……あたし、巴ちゃんを助け出して見せる!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 誰も居ないはずの道場。

 静まり返った決戦の場で、紅き鎧は大太刀を地面に突き、厳かに立っていた。

 

 

 

「──お尋ね申す」

 

 

 

 声が暗い道場に響いた。

 月の光だけが差し込んでいた。

 

「──来タカ、刀堂花梨」

 

 袴に胴着を身に着けた姿で、彼女は道場へ足を踏み込む。

 そしてその手には、竹刀ではなく──デッキケースが握られていた。

 

「……返して貰うよ。あたしの仲間を」

「笑ワセルナ、刀堂花梨」

 

 次の瞬間、気配が2つ。

 暗がりで見えないが4つの眼がこちらを睨んでいた。

 ドラゴンのクリーチャーのようだった。

 

「元ヨリ、コノ身体……返スツモリハナイ」

「性根が腐ってるな。何処までも。そこまでして勝ちたいっての」

 

 ある程度予期していたのか、彼女は今更取り乱しはしなかった。

 

「……勝チタイ!? アア、勝チタイトモサ!! ドンナ手段ヲ使ッテデモ、勝チタイ!! ソレガ、オ前達人間ノ本性ダ!!」

「違う!!」

 

 彼女は全力で否定した。

 此処で否定しなければ、それは今まで歩んできた道を否定する事になるから。

 そして何より、一緒に共に戦って切磋琢磨してきた友との記憶を否定する事になるから。

 

「どんな手段を使ってでも勝ちたい? そっちこそお笑い草よ。道を辿らなければ、人は唯の獣になってしまう。畜生以下の鎧の分際じゃあ分からないだろうけど」

「何ダト……!?」

「あたしはあんたのやり方は認めない。あたし達の剣の道は、お前なんかに汚させやしない。お前がどんな手を使ってきても、正面から薙ぎ払う」

 

 それに、と花梨は続けた。

 

「憎まれても、恨まれても、部員を守るのが……主将の、部長の役目なんだッ!!」

「ナラバ、ツマラヌ道ノ為ニ、ココデ死ネ!!」

 

 飛び掛かるクリーチャー達。

 花梨は祈るようにして、エリアフォースカードを握る。

 

戦車(チャリオッツ)……あたしはまだ未熟で、弱虫で、腕っぷしばかりだけど……やっぱり、自分の道は諦めたくない!! それは、仲間と歩んだ道だから!! それだけは、誰にも否定させやしない!!」

『──!!』

「あたしの手で、”切り開く”んだ!!」

 

 刹那。

 閃光が迸った。

 瞬きする間もなく──2体の龍の首が落ちる。

 

 

 

『──斬り捨て御免』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 火の粉が辺りに舞った。

 剣を構えた巨大な龍の姿が、そこにあった。

 不死鳥の如き炎の翼を広げ、二刀を構える。

 あたしは声も出はしなかった。

 

『槿花一日の栄、獣の命の何と儚い事か。これもまた、運命故』

「っ……」

 

 花梨は息を呑んだ。

 間違いない。

 白紙だったはずのカードに、何時の間にか戦車の絵が刻まれていた。

 まるで、夢幻のように突如現れたそれは、ゆらりと揺れる陽炎のように剣を振るう。

 

「キ、貴様……守護獣、ダトォ!?」

『……名乗るのを忘れていたな。これは失敬した』

「ダ、黙レェ!! 貴様ハ、”バルガ”……”バルガ”ノ、アーマード・ドラゴン、ダトォ!?」

 

 辻斬りは驚いているようだった。

 蒼い鎧の龍……そしてバルガの名を持つ龍。

 

「貴方は……一体」

『其方が俺の主か。なかなかの別嬪だな』

「にゃっ!?」

『だが、四の五の言っている暇はない。まずはこの下衆を斬り捨てる。それが先決だ』

「……オ、オッケー!!」

 

 クリーチャーにいきなり褒められちゃったんだけど……。

 まあ、いい。そんな事は後!

 

『切った張ったの大立ち回りは十八番よ。主君、エリアフォースカードに命じるが良い。俺が其方の剣となろう!!』

「……良いよ! 着いて来な!」

 

 あたしは辻斬りを前にして、戦車(チャリオッツ)を掲げた。

 炎が、あたしの周囲を包み込んだ──

 

 

 

戦車(チャリオッツ)……抜刀!!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)(セブン)……CHARIOTS(チャリオッツ)!』

 

 

 

 あたしの声に呼応し、無機質な音が道場に木霊する。

 遂に、決着の空間が開かれたのだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あたしのターン……と言っても、このターンはまだ動けないんだよな……」

 

 先攻2ターン目で、辻斬りは何もしてこなかった。

 こっちは、2ターン目に《メンデルスゾーン》が使えればそれで良かったんだけど、なかなかそう上手くはいかない。

 多色が多いこのデッキでは、立ち回るだけでも一苦労だ。

 だけど、これが最も戦車(チャリオッツ)に合っているデッキだと信じて戦うしかない。

 あたしは──勝たなくちゃいけないんだ!

 

「ターンエンド!」

「我ガターン。3マナデ、《エンドラ・パッピー》ヲ召喚! ターンエンドダ」

「っ!」

 

 確かあのカードは……ドラゴンが場に出る度にドローするカードだ。

 だけど、あれってどういうデッキなんだろう。

 火と光のデッキというのは分かったけど、何処でクロスギアを使うんだろう。

 前にお兄に教えて貰ったデッキは……確か違うカラーだった気がするし。

 

「あたしは《メンデルスゾーン》を使用! その効果で、山札の上から2枚を表向きにして、両方ドラゴンだからマナに置くよ! これで次のターンは6マナだ!」

「ホウ……! ヤルナァ、小娘。シカシ……」

 

 辻斬りの兜──鬼の面のように顔を覆っていた部分が開く。

 そこにあったのは、巴ちゃんの顔だった。

 

「──私の憎悪は、その程度じゃ掻き消せない!!」

「っ……巴、ちゃん……!?」

「覚悟しなさい。此処からは、私のターンよ!」

 

 カードを引いた彼女は、4枚のマナをタップする。

 そして──それは現れた。

 戦場を灼炎が包み込む。浮かび上がるのはⅦ。

 戦車(チャリオッツ)を意味する数字だ。

 

 

 

「《竜装 ザンゲキ・マッハアーマー》、ジェネレート!!」

 

 

 

 現れたのは竜の身に纏う鎧。兜に大きな刀身を備えた、紅の鎧。

 そして、今巴ちゃんが纏っているそれに酷似した鎧だった。

 間違いない。あれが今回の黒幕のクロスギアだ!

 

「ってことは……このデッキって……武者ワンショット!?」

「ターンエンドよ。花梨」

「そんな少ない手札でどうやって……まさか……!」

 

 あたしは嫌な予感をさせながら、5枚のマナをタップした。

 今は少しでも守りを固めるしかない!

 

「5マナで《トップ・オブ・ロマネスク》を召喚! 効果でマナを2枚、タップして置くよ! こいつはブロッカーだ!」

「あんた、やっぱり馬鹿なの? 武者ワンショットに、そんな小細工効く訳ないでしょうがよ!」

「馬鹿でもなんでも、今はこれしか出来ることが無いんだから仕方ないでしょ!?」

「やっぱり、バ花梨ね。逆に安心したわ」

 

 彼女は5枚のマナをタップした。

 とうとう、巴ちゃんの切札が現れようとしていた。

 そう、これはあの時の構図と逆だ。

 

「頼むから……抵抗しないで。……凄く、痛いわ」

 

 あたしと耀が初めて、この空間で戦った時の構図。

 あの蒼き鎧を持つ革命龍に酷似した、戦国の龍が現れようとしていた。

 《ザンゲキ・マッハアーマー》の効果でドラゴンとサムライのコストはマイナス1されている。

 5マナで、6コストのクリーチャーが場に出て来る!

 

 

 

「……舞えよ刃、それは煉獄の如く。

例えこの身が焼かれても──《ボルメテウス・武者・ドラゴン》!!」

 

 

 

 現れたのは鎧と兜を身に着けた戦国龍。

 ボロボロの左羽根には刀が下げられていた。

 そして、その瞳は今の巴ちゃんのように憎悪に満ち満ちていた。

 

「まず、《エンドラ・パッピー》の効果で手札を1枚引く」

「そうか、まさか連鎖展開……!?」

「そうよ。そして、《ザンゲキ・マッハアーマー》は《ボルメテウス・武者・ドラゴン》にタダでクロス出来る」

 

 《ボルメテウス・武者・ドラゴン》の身体にあの真紅の鎧が身に着けられる。

 ドラゴンかサムライにクロスされたから、《ザンゲキ・マッハアーマー》の効果で相手のドラゴンは全てスピードアタッカー……!

 

「さあ行くわよ! 場に《ボルメテウス・武者・ドラゴン》が居るので、《バルケリオス・武者・ドラゴン》をG・ゼロで召喚!」

「っ……来た!」

「《エンドラ》の効果で1枚ドロー。そしてアーマード・ドラゴンが2体場に居るので、《バルケリオス・ドラゴン》をG・ゼロで召喚」

 

 現れたのは、G・ゼロを持つ”バルケリオス”の名を冠するドラゴン。

 場にドラゴンが出る度にドローできる《エンドラ・パッピー》が居るので、その展開は途切れはしない。

 

「そして、場にドラゴンが3体以上居るので《バルケリオス・G・カイザー》も召喚!」

「ヤ、ヤバ……これ、皆スピードアタッカー!?」

「さあ、行くわよ花梨。《ボルメテウス・武者・ドラゴン》で攻撃!!」

 

 兜から伸びた刃が、私のシールドを狙う。

 相手の場のクリーチャーは5体。

 1体でも防げれば、まだ勝機はある。だけど──!

 

「攻撃する時の効果で、《ボルメテウス・武者・ドラゴン》は自分のシールドを1枚墓地に置く事で、相手のパワー6000以下のクリーチャーを1体破壊出来る!! 《ロマネスク》を破壊!!」

 

 刃が《トップ・オブ・ロマネスク》の身体諸共、あたしのシールドを薙ぎ払った。

 

「──W・ブレイクッ!!」

 

 そして、一瞬で溶岩の如くはじけ飛ぶ。

 火の粉があたしに降り注いだ。腕で顔を覆う。

 しかし、ジュッ、と焦げた音と共に胴着や袴が所々焼けた。

 

「シールドは残り3枚、か。《バルケリオス・武者・ドラゴン》で攻撃」

「来るっ……でも、1枚でもトリガーが来れば……!」

「1体除去したところじゃあ、止まらないわよ!!」

 

 次の瞬間、巴の最後の手札からカードが飛び出した。

 

「革命チェンジ──光か火のドラゴンをトリガーに発動!」

「……ええ!?」

 

 此処で革命チェンジ!? 何を出してくるんだろう。

 それはさながら彗星の如く。

 戦場に舞い降り立った。

 

 

 

「《武闘世代(カンフー・ジェネレーション) カツキングJr(ジュニア)》!!」

 

 

 

 現れたのは、ヌンチャクを振り回す小さな武闘龍。

 無法の力を持つドラゴンだ。

 

「《カツキングJr(ジュニア)》の効果で、私はシールドを1枚追加する。そして、相手のシールドを1枚ブレイクする!!」

「っ……まさか、この後にまたW・ブレイク!?」

 

 ヌンチャクが振り回され、あたしのシールドが砕かれた。

 追撃と言わんばかりに残る2枚のシールドも狙われる。

 こんなの……実質、T・ブレイカーだよ!

 

「S・トリガー、《無双龍聖 イージスブースト》!! 効果でマナを1枚増やすよ!! そしてこの子はブロッカーだ!! 《カツキングJr(ジュニア)》をブロック!!」

「ダメよ花梨。ブロッカー1体じゃ止められないわ。《バルケリオス・G・カイザー》でシールドをW・ブレイク」

 

 業火と共にあたしのシールドの破片が全て、飛んでくる。

 体中が切り裂かれ、熱に包まれた。

 熱い鉄に押し付けられたような痛みが広がる。

 

「ぐうっ、ああ……!」

「花梨。あんたも大した事無かったわねえ。出来れば剣で決着を付けたかったけど」

「……嫌だよ」

 

 ふらり、と身体が倒れそうになる。

 

「──あたし、そんな決着の付け方、したくない」

「!」

 

 だけど、踏みとどまった。

 あたしの瞳は、巴ちゃんしか見えてなかった。

 

「巴ちゃんが間違ったやり方で強くなるなら、あたしは絶対にそれを止めなきゃいけない。絶対に!!」

「気に食わない……善人ぶってんじゃないわよ、花梨!!」

「善人ぶってるって言われても構わない!! それが、主将の役目……そして、友達の役目、でしょ」

「誰が何時、あんたなんかの……!」

「ねえ、巴ちゃん……全部、嘘じゃなかったはずだよ。一緒に試合で負けて悔しい思いしたり、勝って嬉しかったり、一緒に無茶な事やって先生に怒られたり、さあ」

「っ……全部、嘘よ!! まやかしだ!!」

「まやかしじゃ、ないよ!!」

 

 あたしは、腰に差していた竹刀で無理矢理身体を立てた。

 

「っ……まやかしなんかじゃない……あたしが、それを証明してやるんだ……!!」

「花梨……!」

「今更、否定なんかさせないよ。巴ちゃんが何と言おうと……あたしは、信じてるから!!」

「うるさいっ!!」

 

 巴ちゃんは叫んだ。

 

「あんたに何が分かるんだ!! 私が持ってないモノ、最初から全部持ってた癖に!! 私が欲しかったモノ、最初から全部持ってた癖に!! 勝手に私の理解者気取ってんじゃないわよ!!」

「っ……」

「私はあんたがずっと羨ましかった!! 勝っても負けても英雄扱い、稀代の天才としてちやほやされるあんたが!! 後輩に慕われるあんたが!! 挙句の果てには、あたしから全部奪っていったじゃないのよ!!」

 

 彼女は《バルケリオス・ドラゴン》に手を掛ける。

 

「これで全部、お終いよ!!」

「……させないッ!!」

 

 飛び散ったシールドの破片が収縮した。

 まだ希望の光は──ある!!

 

「S・トリガー発動!! 双極龍装(ツインパクトドラゴン)迎撃(カウンター)、《ホーリー・スパーク》!」

 

 天から降り注ぐ龍装者の光。

 それが、一斉にドラゴン達を地面に縛り付ける。

 

「ッ……首の皮1枚繋がったわね……花梨!!」

 

 あ、危なかった……!

 もう少しで負ける所だった。

 これで巴ちゃんのクリーチャーを全てタップできた。だけど──

 

「でも、どんな小細工をしようが、《ザンゲキ》がある限りあたしのクリーチャーは止められないわ!!」

 

 巴ちゃんのシールドは5枚に回復している。

 対して、あたしのシールドは0。もう、後は無い。

 完全に不利な状況だ。

 

「どう、しよう……!」

『ふむ、どうやら俺の出番のようだ』

「ってか遅い! 今まで何やってたのよ!」

 

 突如聞こえてきた声に、あたしは苛立ちながら返した。

 

『失敬。因縁は当人同士の解決に任せようと思っていたまでよ。このままでは、彼女の心はずっと鎧の力で憎悪に囚われたままだからな』

「そ、そんな……じゃあ、どうすれば良いの!?」

『俺に任せておけ』

「え?」

 

 あたしは困惑しながら、突如実体化した龍の行く末を見守っていた。

 

『そこな剣のお嬢さん』

「!」

 

 龍は、突如巴に呼び掛けた。

 

「な、あんたは何よ……!」

『随分と別嬪じゃあないか。怒った顔をしていると勿体ない』

「黙れ、無礼者!! 私は……剣道家だ!!」

『剣道家、か。卑劣な手段を使って自分に嘘に嘘を重ねて強くなった外道が、剣道家を名乗るとは……この世界の剣も落ちたものよ』

「!」

『外道に落ちて目的を達した所で、所詮後に残るのは空虚のみ。それは、其方も薄々感づいているのではないか?』

「あんたに何が分かる!!」

『分からんよ』

 

 彼は言い放つ。

 

『拒絶してばかりで、ハナから分かろうとしないものの気持ち等、分かってやるものかよ』

「っ……!」

『剣の腕前等、友の前では些事ではないか。剣の腕前よりも、大事なものがあるのではないか。それを、忘れていないか?』

「私は……!」

『そこに、心が無ければ……剣の道等幾ら極めても無意味よ!! 思い出せ!!』

 

 巴は顔を抑える。

 火傷の痕を手でなぞった。

 忘れてしまった何かを探すように。

 

「私、ハ……!!」

『刀堂花梨。彼女の剣が迷っている。憎悪から断ち切れるやもしれん』

「……ありがと」

『節介を焼いただけよ。さあ引け』

「うん! やるよ! 此処でやらなきゃ、女がすたる!」

 

 あたしはカードを引いた。

 そこにあったのは──逆転の一手だった。

 戦車(チャリオッツ)のアルカナが浮かび上がる。

 

「行くよ! 8マナで《竜星 バルガライザー》を召喚!!」

「バルガ……貴様ァ……!! ヨクモ……!!」

「《バルガライザー》でシールドを攻撃。するとき──革命チェンジ発動!!」

 

 あたしのカードから、流星のようにカードが飛び出した。

 そして、《バルガライザー》と入れ替わる。

 

「出てきて、《勇者の1号 ハムカツマン(エース)》!!」

 

 現れたのはハムカツ団の小さき勇者、《ハムカツマン》だ。

 

「何ダ、ソイツハァ!? 弱クナッタ、ダケジャナイカァ!!」

「本当にそう思う? まず登場時効果で、山札の上から5枚を見る。そして、多色クリーチャーを1枚選んで、山札の一番上にセットする」

「!!」

 

 だけどまだ終わらない。

 まだ、《バルガライザー》の効果が解決されていない!

 

「《バルガライザー》の効果で、山札の一番上を表向きに! それがドラゴンなら場に出す!」

「マ、マサカコイツ……!!」

「覚悟は出来た? あたしは出来てる!! 巴ちゃんの事を、全部受け止める覚悟が!!」

 

 浮かび上がるのは戦車(チャリオッツ)を現すⅦの数字。

 夢、幻から遂にその姿を現そうとしていた。

 

 

 

「沙羅双樹の花の色──刃は儚き夢想の如く!! 

抜刀、《無双龍幻(むそうりゅうげん) バルガ・ド・ライバー》!!」

 

 

 

 時空を切り裂き、それは虚ろから現れた。

 揺れる刃は、沸き立つ陽炎のように。

 煌めく瞳は、朧げな月光のように。

 

「……やっと会えた。本当に遅いよ」

『すまんかったなあ、主君よ。だが、此処からは俺に任せて貰おう。全ての龍が集う幻の楽園、龍幻卿より如何なる龍も呼び出してみせよう』

「うん……任せた!!」

 

 バルガ・ド・ライバーは翼を広げて飛び出した。

 辻斬りは顔を強張らせる。

 

「まずは《ハムカツマン(エース)》でシールドをブレイク!」

「オ、オノレ……こんな事、あって堪るもんかぁ!!」

 

 そして、後に続くようにして《バルガ・ド・ライバー》が双剣を振り上げた。

 

『断ち切るとしよう。その幻想から』

「《バルガ・ド・ライバー》で攻撃するとき、山札の一番上を表向きに! それがドラゴンならバトルゾーンに出す!」

『相分かった!!』

 

 振り下ろした剣は空振り。

 しかし、十字に斬れた空間から新たなる龍が現れる。

 

「《百族の王(ミア・モジャ) プチョヘンザ》召喚!!」

「っ……しまった!」

「だけど、これで終わらないよ! 《バルガ・ド・ライバー》からまた革命チェンジ!」

 

 それは煌めく灼熱の太陽のように。

 最後の革命を起こす時だ!

 

 

 

「黄金の夜明けよ、来たれ!! 《龍の極限(ファイナル) ドギラゴールデン》!!」

 

 

 

 それは黄金の鎧を身に纏った守護龍。

 巨大な剣を手に掲げ、翠に輝く翼を広げた龍だ。

 その剣が、《ボルメテウス・武者・ドラゴン》の身体を突き貫く。

 

「まず、登場時効果で相手のクリーチャーを1体選び、マナゾーンに置くよ」

「無駄よ! たかだか1体除去したところデ……!」

 

 巴ちゃんがそう言いかけた矢先、《ドギラゴールデン》の翼があたし達を包み込み──守った。

 

極限(ファイナル)ファイナル革命、発動!! これで次のターン、相手のパワー100万以下のクリーチャーは攻撃出来ない!!」

「パワー100万以下ァ!?」

「そして、後から出て来るドラゴンは《プチョヘンザ》で全てタップして場に出る! さあ、《ドギラゴールデン》でシールドをT・ブレイクだ!!」

「っ……!!」

 

 剣が振るわれた。

 一気に巴ちゃんのシールドが3枚、吹き飛んだ。

 しかし、もうあたしの場には攻撃出来るクリーチャーが居ない。

 

「ターン……エンド。でも、これで次のターン、巴ちゃんのクリーチャーは攻撃出来ない。そして、場に出て来るクリーチャーは《プチョヘンザ》でタップインされるよ」

「な、何で……」

 

 彼女は手を震わせた。

 圧倒的だったはずの戦況は、あっという間にひっくり返ってしまった。

 次のターン、彼女はもう何も出来ないのだ。

 

「どうして……!? 訳が分からないわ……!! 此処までやって、負けるっての!? また、負けるっていうの!?」

 

 酷く彼女は取り乱す。

 

「理解、出来ない!! 何で、あんたはそこまでして私を……!!」

「大好き、だからだよ」

「……!」

「甘ちゃんのあたしの面倒を見てくれたし、あたしと対等に張り合ってくれた。中学まで、部活仲間は何処かであたしの事を敬遠してたから」

「……あんた」

「あたしに出来ない事……部員を厳しく纏めてくれたり、あたしが何か失敗したらフォローまで入れてくれた。道場を出たら、剣の事なんか忘れてあたしと色んな事で競ってくれた」

「……花梨」

「あたしは……いつもみたいに、クールで厳しくて、負けず嫌いで、それでもあたしと一緒に居てくれた巴ちゃんが大好きだからさ。巴ちゃんに何と言われても、巴ちゃんの事は忘れたくないよ」

「っ……」

 

 そう。忘れない。

 忘れさせない。

 否定させたりしない。

 

「私は……捨てられた。大好きって言ってくれた人に捨てられた」

「巴ちゃん……」

「家族も、学校の皆も、私に失望して……居場所が無かった」

「皆、私の剣しか見てなかったから……」

「剣だけが全てじゃないよ。あたしも、まだそう思っちゃう事があるけどさ」

「……そう、よね……私、何勘違いしてたんだろ……」

 

 ぼろぼろ、と兜から涙が零れた。

 しかし。

 その体がびくん、と硬直した。

 そして、その顔に再び面が纏われる。

 

「巴ちゃん!?」

「わ、タシ……ハ……刀堂花梨……貴様……ドコマデ邪魔ヲスルンダァ!!」

「っ……ザンゲキ・マッハアーマー……!!」

「コノ手デ、片付ケテヤルワァ!!」

 

 辻斬り──もとい、ザンゲキ・マッハアーマーは再び巴ちゃんの意識を乗っ取った。

 やっと姿を現したな、この外道!!

 

「……手始メニ、コノ場ヲ更地ニシテヤロウ」

 

 ザンゲキ・マッハアーマーのマナが6枚、タップされた。

 そこから放たれたのは──

 

 

 

「呪文、《アポカリプス・デイ》!! 場ニクリーチャーガ6体以上イレバ、皆諸共ニ破壊ダ!!」

 

 

 

 ──滅亡の光、だった。

 一瞬にしてあたしのクリーチャーも、そしてザンゲキ・マッハアーマーのクリーチャー達も消え去る。

 あたしは思わず目を覆った。折角展開したのに……一瞬で全滅しちゃうなんて!!

 

「コレデ、次ノターンヲ耐エキレバ、再ビ《ボルメテウス・武者・ドラゴン》ヲ召喚シテ我ノ勝チダァ!!」

 

 相手のシールドはまだ1枚残ってる。

 最低でも二連撃を此処で叩き込まないと、あたしに勝機は無い。

 でも、スピードアタッカーのドラゴンを2体も召喚するような余裕なんて無い……!

 だけど、無茶を通す。絶対に通して見せる。

 

『主君。我らがバルガの力を使え!!』

「分かった。貫き通す!!」

「!!」

 

 あたしがマナに置いたのは《バルガ・ド・ライバー》。

 それを見たザンゲキ・マッハアーマーは嘲笑した。

 

「何カト思エバ……!! 自ラノ切札ヲ手放ストハ!」

「もう、これしか手が無いの!!」

 

 あたしは3枚のマナをタップする。

 そう、これはある意味で賭けだ。

 手札に残っているカードでこのターンに勝つ手段は、他にない!

 

「3マナで双極変換(ツインパクトチェンジ)詠唱(ソーサリー)! 《ストンピング・ウィード》!」

「!?」

 

 突如現れた恐竜のようなドラゴン。

 その巨大な足が大地に踏み込まれた時──さらなる豊穣が訪れる!

 

「その効果で山札の上から1枚をマナにおいて……よし、単色カードだ!!」

「ナ、ナニィ!?」

「これで全部整ったよ!! その後、山札の上にマナゾーンのカードを置く! あたしが選ぶのは、《バルガ・ド・ライバー》だ!」

「マ、マサカ……!」

「さっきの革命チェンジで、《バルガライザー》は手札に戻ってる。これで、決められる……二連撃を!!」

 

 丁度残りのマナは8枚。

 行くよ、巴ちゃん。

 行くよ──相棒!

 

「《バルガライザー》召喚!! 攻撃時の効果で、山札の上を表向きにして、それがドラゴンなら場に出す!! 当然、出て来るのは《バルガ・ド・ライバー》!!」

「コノ……小娘如キガァ!!」

「抜刀!!」

 

 《バルガライザー》が切り裂いた虚空から、更に巨大な《バルガ・ド・ライバー》が現れる。

 そのまま、放たれた斬撃が、最後のシールドを切り裂いた。

 

「グッ……バカナ、何モ、無イ……!! オノレ、コンナコトガ……!」

『クロスギアめ。往生際が悪い。大方、長年の間に悪い物が取り付いたのだろうが……祓ってやらねばな』

「ヤ、ヤメロォォォーッ!!」

 

 羽ばたく《バルガ・ド・ライバー》。

 狙う先は、勿論唯一つ。

 あの忌々しい鎧だけだ。

 

 

 

「《無双龍幻 バルガ・ド・ライバー》でダイレクトアタック!!」

『斬像……龍幻弐閃!!』

 

 

 

 最早守るものが何もない辻斬りに、翼を広げた装甲龍が引導を渡す。

 十字に重ねた剣を払い──衝撃波が鎧を切り裂いた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「や、やった……」

 

 あたしはへたり込んでしまった。

 見ると、巴ちゃんの身体から鎧が消えていく。

 これで、終わりか。

 

「バルガ・ド・ライバー……ありがと。あんたのおかげで、あたし……巴ちゃんを助けられたよ」

『礼は不要。それよりも、主君よ。何か妙ではないか?』

「え?」

『さっきのクロスギアの反応が、まだ僅かに残っている。この中にはもう居ないようだが』

「……まさか」

 

 あたし達は急いで道場の外に出た。

 見ると──夜空に今にも飛び立とうとしている赤い閃光。

 そして、万が一の事があってはいけない、と外で待機していた耀達が空間を開いて大量のクリーチャーと戦っている様子であった。

 し、しまった! 耀達はクリーチャーを相手していて、まったくそれに気付いていない。というより気付いていても向かえないんだ。

 まさか、あの赤いのが……ザンゲキ・マッハアーマー!? 自力で脱出したっていうの!?

 

「に、逃げられたぁぁぁーっ!?」

『チッ、仕留められなかったか。往生際の悪い鎧だ!』

「ど、どうしよう! あんな所にまでいけないよ!」

 

 あいつを放っておいたら、また第二第三の犠牲者が出てしまう!

 

『いや、待て!』

 

 その時。

 赤い閃光を追いかけるように、火の玉が飛んでいく。

 肉眼では一体何なのか分からない。しかし──

 

『鳥か!? 飛行機か!?』

「いや、違う……あれって……ロケット!?」

 

 すぐさま火の玉は閃光に追いつき──空中で静止したかと思うと、すぐ近くのアスファルトの地面へ閃光が落ちて来る。

 爆風があたし達を襲った。

 

「ヌッグアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

 見ると、墜落してボロボロになった鎧。

 そして、硝煙の中から現れる人影。

 冷徹な靴の音を鳴らし、それはやってくる。

 

「ひ、火廣金!!」

 

 完全に気力がもとに戻ったのか、凄まじい形相を浮かべた赤髪の魔導司が煙の中から姿を現す。

 だけど、あたしの顔を見ると少し安心したように表情を緩めた。

 

「っ……ふぅ。やれやれ。やってくれたな、刀堂花梨」

「あ、あはは……何とかね」

「しかし、こいつもしぶといな。見たところ、大分ダメージを負っていたにも関わらず、まだ動けるのか。アルカクラウン然り、こいつ然り、人間の力を大量に吸ったクリーチャーは唯では消えんということか」

「クリーチャーじゃなくてクロスギアなんだけどね」

「此処まで来るとクリーチャー同然だ。さて、やられた返しはたっぷりしなければな。たっぷり、だ」

 

 呻き声を上げながら手を上げる、中身無き鎧。

 それは最後の力を振り絞るべく、あたしに手を伸ばそうとする。

 が、距離が離れすぎていて届きそうにはなかった。

 

「ギ、ギイ……勝利ィ、勝利ィ……絶対ナル勝利ヲ……」

「”轟轟轟”ブランド!」

 

 音速の拳が兜を砕く。

 絶叫が夜の闇に響き渡った。

 しかし、それでもまだ諦めないのか、執念で鎧は私の方へ飛び掛かって来る。

 だが──

 

「バルガ・ド・ライバー!!」

『御意!』

 

 ──それを、バルガ・ド・ライバーが見逃さなかった。

 双剣を鎧に突き立て──今度こそ、鎧を粉砕する。

 

「ギョエエエエッ」

 

 断末魔の叫びをあげて、ザンゲキ・マッハアーマーは消滅したのだった。

 これでようやくひと段落着いた。

 火廣金はあたしの方に走って来る。

 

「大丈夫か、刀堂花梨」

「……うん。あたしは平気! バルガ・ド・ライバーが居てくれて助かったよ」

 

 あたしの背後に居るドラゴンを前にして、火廣金は安心したように目を閉じた。

 

「そうか……遂に目覚めたか。良かったよ。俺の心配は杞憂だったようだな」

「ううん」

 

 あたしは首を横に振った。

 

「あたし、今回の事件……1人じゃ絶対に解決出来なかったと思うんだ」

「あ、ああ。部長たちが助けてくれたではないか。俺は結局……君に何も出来なかった」

「ううん、火廣金も、だよ!」

 

 彼は驚いたように顔を上げた。

 

「火廣金が背中を押してくれたから……出来たんだと思う。ありがとね!」

「っ……」

 

 彼は少し照れ臭そうに顔を逸らした。

 

「な、なら良い。とにかく、事後処理だ。手伝うぞ」

「……うんっ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──つーわけで、今回の事件も終わりってわけだ」

「鎧事件と一緒に解決出来てイッコクニドリデース!」

「それを言うなら、一石二鳥ですブラン先輩」

 

 ある日。

 俺達は、あの辻斬り事件の纏めをしていた。

 結局、裏から色々アルカナ研究会が手引きしてくれて助かったけど……今回の敵も一段と手強かった。

 まあ、火廣金も元に戻ったし、花梨の人間関係もどうにかなったらしい。

 そして──

 

「あの鎧を砕いた所、タチの悪い事にエリアフォースカードも残っていた」

「道理で強いわけだ……」

「ただ、こいつは休眠状態で完全にクロスギアの方が主導権を握っていたらしいな」

 

 対応するアルカナは、どうやら(スター)だったらしい。

 これで集まったエリアフォースカードは、審判、運命の輪、女教皇、塔、そして星。

 逆に俺達が持っているのは、俺の皇帝、ブランの正義、紫月の魔術師、桑原先輩の力、黒鳥さんの死神。

 そして──

 

「今回、花梨の戦車が目覚めた……か」

「おめでたいデース!」

「残りのエリアフォースカードも早い所集められそうですね」

「ああ……そうだな」

 

 火廣金は、何処か呆けた様子で答える。

 何だか声に魂が入っていないようだ。

 もう辻斬りの悪影響は残ってないはずだけど。

 

「ヒイロ。最近、ぼーっとしてる事が多いデスけどどうしたんデスか?」

「俺がぼーっとしているだと?」

「だって、耀がエリアフォースカードの話をするまでプラモを飾る手が止まっていたデース」

「確かに妙ですね。まだ鎧の力が残っているのでしょうか」

「バカな。俺は魔導司だぞ。人間よりも効力の低いあんな魔法にまだ掛かっているとでも」

「……例えばぁ、恋の魔法、とかデスか?」

「なっ!!」

 

 火廣金は目に見えて動揺していた。

 ……おいマジか、こいつ。

 

「そりゃあ、二回も助けられては男の立つ瀬が無いというものデスしねえ」

「あのだなあ、憶測でモノを言うんじゃない。刀堂花梨は唯の教え子のようなものだ」

「誰もカリンの事なんて言ってないデスけど?」

「……!」

 

 あーあ、引っ掛けられちまったな火廣金。らしくもねえ。

 火廣金はプラモデルを決まりが悪そうに慌ただしく飾り始める。

 初めて彼に勝てたと言わんばかりにブランはガッツポーズした。

 

「そういえば先輩。辻斬り事件の事後処理とやらは結局どうなったんですか?」

「あ? それはだな……花梨に聞いた話なんだけど──」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──辻斬り事件はこうして幕を閉じた。

 無気力になっていた人たちは皆元に戻り、辻斬りの事件が起こらなくなった事で休部中だった剣道部も活動を再開することになったらしい。

 あの後、結局巴ちゃんはデュエルやクロスギアに関する記憶をアルカナ研究会によって多少処理されたらしい。その内容は敢えて聞かなかったけどね。

 にしても……わざわざ忘れていた憎悪を思い出させて力に変えるクロスギア……とても嫌な奴だったな。

 何より、あたしは友達があんな感情を抱いていただなんて知りたくなかったわけで、巴ちゃんともどうやって接すれば良いのか、事件が終わった直後は少し悩んでたんだけど杞憂だった。

 

「花梨っ」

 

 剣道部の休部が開けたばかりのある日、久しぶりに巴ちゃんの方から走ってあたしの方にやってきた。

 和泉ちゃんと一緒に彼女を待っていたあたしは、あまりの勢いに少し驚いていた。

 

「な、何?」

「べ、別に、大した事じゃないんだけど……言えてなかったから」

「あらぁ、今日は素直なのねえ、巴さん」

「別に何でもないわよっ」

 

 彼女は顔を逸らすと言った。

 

「……私と友達で居てくれて、ありがと」

「ど、どしたの? いきなり」

「こないだの事よ! あたし……素直じゃないから、ちゃんとお礼言えてなかった。というか、此処最近あんたの事で色々もやもや考えてた」

 

 もしかして、断片的に記憶が残っていたりするのかな?

 あたしはデュエルの事とか辻斬りの事とか此処で持ち出されるのかと思って冷や冷やしたけど……。

 

「ほら、この間……私、病院から帰る途中で具合が悪くなって倒れたって言うじゃない。あの時、あんたが介抱してくれたんでしょ?」

「……ああ、そ、そうだったね」

 

 成程、そういう風に記憶を書き換えたのか。

 アルカナ研究会、やっぱり怖いなあ……。まあでもこれも仕方ないのかも。

 これで、彼女は多分……二度とクリーチャーに関わらないで済むのだから。

 

「その時、私が譫言で変な事言ったみたいで……昔の嫌な事とか全部あんたの所為にしたのに……あんたは受け止めてくれた……ような気がする」

「気がする? 随分と曖昧なのねぇ」

「仕方ないでしょ! 私はあんまり覚えてないんだから……まあ、でも、あたしがそう思ってたのは本当だし」

 

 あたしはきゅう、と胸が痛くなった。

 しかし、それを掻き消すように彼女は「だけど」と続けた。

 

「あんたと一緒に居たら、昔の嫌な事とか忘れられるようになったのも本当よ。最近……本当にそう思えるようになったのよね」

「巴ちゃん……」

「……どうしてかな。……あんたが本当に良い奴だから……かなあ。誰かの所為にするのが恥ずかしくなっちゃってねえ」

「ふふっ。刀堂さんのそういう所に惹かれる人って結構居るのよねえ」

「わ、笑うなぁ!」

「まあまあ……」

 

 でも良かった。巴ちゃんが吹っ切れてくれて。

 そしてあたしと友達で居てくれて。

 

「あたしも良かったと思ってるよ。巴ちゃんが友達で」

「っ……花梨」

「副将とか、剣とか関係ないから。そうでしょ?」

「……そう、ね。そうよね。あんたはそういう人だもんね」

 

 彼女の目尻に、少しだけ涙が浮かんでいた。

 あたしも一層頑張らないといけない。

 大事な友達を二度と、あんな暗い場所へ落とさないために。

 

「ね! 3人でこれからラーメン屋、行こう!」

「賛成よ。言っとくけど、大食い勝負は負けないわ」

「うふふ、久々に見られるわねえ、2人の勝負」

「へへっ、負けないよ巴ちゃん!」

「こっちもよ、花梨!」

 

 ラーメン屋まで、この寒い中走りながら、あたし達はすぐ幕を開けるであろう大食い勝負に胸を馳せていた──

 

『主君っ』

「?」

 

 腰に掛けたデッキケースから声が聞こえる。

 あたしは、微笑みかけた。

 

『良かったな。仲直り出来て』

「うんっ」

 

 小声で頷いた。

 目覚めてくれてありがとう、戦車(チャリオッツ)、あたしの相棒。

 ちょっと頼りなくて、甘ちゃんで、未熟なあたしだけど……。

 これからもよろしくね。

 

「巴ちゃんっ!」

「どうしたの、花梨?」

「あたし達、ずっと友達で、そしてライバルで居ようね!」

「……ええ、勿論よ!」

 

 あたし達は……これからも、切磋琢磨して更に高みを目指せる。

 もう、迷ったりなんかしないんだから!



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Ace29話:桑原の長い一日・前編

 夏祭りの時は、受験の事とかまだ私は考えたくもなかったけど──先輩はそんなこと考える方が馬鹿らしいと思えていたようだった。迷いなんかない。行く道は1つしかないのだと思っているのだろう。

 私は彼の灰色の目をじっ、と覗き込んだ。

 そこには、夜空に爆ぜる火のアートが花のように咲き誇り、映り込んでいた。

 純粋で、無垢で、とても綺麗だった──

 向こうでデュエマ部の先輩と、紫月がわいわいやってるのなんか、もう目にも入らなかった。

 

「にしても、桑原先輩。今日は何時にも増して元気でしたね」

「白銀に負けたヤケついでよ! もう疲れたの何の」

 

 彼は冷たいラムネを私の頬に押し付けた。

 思わず甲高い声がのどの奥から出た。

 

「良いんですか?」

「奢りだ! 貰ってけ!」

「……はい。ありがたく貰っておきます!」

 

 私は、嬉しかった。

 桑原先輩は高らかに語る。

 色を重ねる喜び、自分が筆を振るう事が出来る喜び。

 そして、今目にしている最高の芸術を目に焼き付ける事が出来る喜びを。

 次の作品は、花火に決定したらしい。

 この人は本当に、何処まで行くのだろう。

 

「……本当に、綺麗ですね」

「……そうだな」

「花火、って何でこんなに綺麗なんでしょうか」

「……俺は知ってるぜ」

 

 にっ、と彼は優しく笑みを浮かべた。

 

 

 

「一瞬で、消えちまうから……じゃねえか」

 

 

 

 何処か、その語り口は寂しそうだった。

 

「……今生きてるこの瞬間も、花火も、一瞬で消えちまう。人の一生も同じだ」

 

 彼は花火に手をかざした。

 そして、花火のように笑顔を花開かせた。

 

「──限りがあるから、俺達は──最高に燃える事が出来るんだ」

 

 その時、私の時間は止まっていた。

 人が押し寄せて、いつの間にか皆の姿も見えなくなって。

 だから人肌が恋しくなって──ぎゅぅ、と私は彼の手を握る。

 先輩の手が、温かい。

 彼はこれからどこに行くのだろう。

 どこの大学に行くのだろう。

 何の仕事に就くのだろう。

 誰と過ごすのかな。何をするのかな。

 もし、私と過ごす時間が、今のこの時だけだったなら──とても切ないな。

 私も、先輩も、同じ道を進むのなら──私は先輩の歩いた道を踏んで歩いていきたい。

 走って、追いついて、そして手だけじゃなくて、先輩の全部抱きしめたい。

 

「? どうした翠月。手なんか握り締めて」

「わああああ!! 何でもないですっ!!」

 

 思わず放してしまった。

 私ったら何やってるんだろう、はしたない。

 すっかり浮かれてしまってた。迷惑じゃなかったかしら。

 

「ははは、寂しくなったか? もう皆どっか行っちまったしな!」

「しづが居ないから寂しいんですよ……」

 

 そんなウソをついてしまう。

 しづが居たら、安心できたかもしれない。

 だけど、この胸の高鳴りが妙に心地いい。

 

「……ねえ先輩。本当に綺麗ですね」

 

 

 頬っぺたが、とても熱かった。

 これはしづと一緒に居るだけだったら、絶対に経験出来なかっただろう。

 先輩の掌よりも、残暑なんかよりも、とても熱かった。

 今でも、夏祭りの事を思い出す度に熱くなる。くらくらして、湯当たりしたみたいに熱くなる。

 冬の寒さなんか忘れてしまうくらい。

 ……もっと、先輩と一緒に居たい。

 でも、もう先輩、卒業しちゃうなあ。

 どうせ思いが叶わないなら……せめて勇気を振り絞ってみよう。これが、最後だ。

 

 

 ※※※

 

 

 

「桑原先輩!! 今度の土曜日、一緒に買い物でも行きませんか!?」

 

 

 

 桑原は思わず、絵筆を落としそうになった。

 いつものように昼休みにキャンバスへ思いをぶつけていた彼だったが、毎度のように現れる後輩・翠月からいきなり言い渡されたのはこのような誘いであった。

 一緒に買い物……? 女子で、まして同じ部活だった後輩から?

 彼は今、自分の身に起こっている出来事に耳を疑った。

 

「空いてないなら別の日でも良いのですがっ」

「いや、どうせ暇だからそれは問題ねえんだが。どうしたんだ?」

「が、画材の買い出しですっ! 相談したい事があって! で、でも、それだけじゃ折角受験が終わった先輩にとって味気ないと思うので、ついでに一緒に映画でも見に行こうかなとか考えてるのですがっ! どうせ先輩、絵ばっか描いて他の事ロクにやってないでしょ! アウトプットも大事ですが、インプットと休憩も大事かなと思いまして!」

 

 間に合ってる、とは口にも出せなかった。

 流石にそれは健気な翠月を傷つける。普段、ガサツな桑原でもそれは察せられた。

 これでも、姉が居るだけあって白銀よりは女の子の事は分かっているつもりである、と希望的観測をする。

 しかし。

 

「いや、待て待て待て! テメェも年頃の女子だろ!? 俺みてーなチビと一緒に買い物に行ったりしたら、それこそ味気ねーぞ? 他にも良さそうな奴は沢山いるじゃねえか、同じ3年でも、同級生にも2年にも……」

 

 それを自分の劣等感と、チキンな魂が邪魔をする。

 というか、本当なら自分の人生の中で大事件も良い所だ。

 

「ほ、ほらっ、桑原先輩が一番慣れ親しんでますし!」

「……良いのかよ、俺、気遣いも遠慮もありゃしねーぞ」

「そこが先輩の魅力です!!」

 

 微妙にディスられた気がした桑原だったが、気を取り返して頼み込む彼女の瞳を見た。

 あくまでも本気のようで、彼女なりに勇気を振り絞ってきたのか、手はぷるぷる震えているし、顔は少しほんのり赤みを帯びていた。

 確かに、期間こそ丸1年というわけではなかったが、一番接する時間の長かった1年生は翠月だった。

 桑原も彼女の才能を磨いてきたつもりだったし、中学の時から美術をやってきた彼女の実力は2年に上がろうとする今、花開こうとしている。

 もっとも、翠月の方はそれだけではないことも察してはいた。他の3年生よりも自分に情景を向けている事は、流石の桑原も分かった。

 だが、それはあくまでも絵の話だろう……作品の良さと作者自体の人間的な魅力は比例しない、むしろ反比例している例さえある、と桑原は重々承知していた。

 喧嘩っ早いし、短気だし、大人げないし、そして何よりチビだし……。

 

「め、迷惑だった、でしょうか……」

「……」

 

 まあ、良いんじゃないだろうか。

 一応画材の買い出しと相談という名目はあるみたいだし。

 そう桑原は自分を納得させる。流石に、この上目遣いには勝てなかった。

 後、翠月を泣かせると後でもっと怖いのが待っている。具体的には、双子の妹の方である。

 

「……迷惑じゃ、ねえよ?」

「やたー!! ありがとうございます、先輩!! それじゃあ今度の土曜日、鶺鴒駅前に集合ですよ!」

「お、おう」

 

 彼女はすごくはしゃぎながら、ターンし、屋上の扉へダッシュしていく。

 そのまま走り去っていった。

 

「……大丈夫かアイツ」

『やれやれ、マスターはオトメゴコロってもんが分かってないねえ』

「るっせー、いきなりだったから仕方ねえだろ」

 

 からかうゲイルを黙らせ、桑原は唸った。

 自分なんかで大丈夫なのか、と。

 

 

 

「……買い物と、映画、ね……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「というわけでみづ姉から聞きましたよ。みづ姉とデートに行くんじゃないですか」

「はぁ!?」

 

 

 

 それから3日程経った、ある金曜日の放課後の事。

 桑原は早速、デュエマ部の部室を通りかかると同時に、ぬうっ、と伸びてきた手に引きずり込まれた。

 そして、そこにはかなり難儀な表情を浮かべた紫月の姿があった。耀はというと、頭を抱えており彼にはどうにもならないということが示されていた。

 火廣金は我関せずと言わんばかりにパチパチとプラモデルを組んでいたが、こちらの表情も若干やつれていた。

 既に紫月が部室の中で暴走したことが伺える構図だった。

 

「ちょ、ちょっと待て! あいつ早速お前に言ったのか!?」

「言ったも何もみづ姉がやたらと嬉しそうだったので、聞いたら『いいえ! 何も無いのよ! 別に桑原先輩とデートに行くとかそんなんじゃないの! うん! はっ、今私何にも言って無いわよね!?』と言ってたのでてっきり、先輩とデートに行くことになったもんかと思っていましたが」

「あのヤロ……嘘がつけねえタイプだからな……だけどデートと言うと聊か語弊が──」

「あんなに嬉しそうなみづ姉を見たのは久しぶりです。が」

 

 ぎらり、と紫月の瞳の色が変わる。

 

 

 

「みづ姉を泣かせたらどうなるか……分かっていますね?」

 

 

 

 次の瞬間、何本もの氷の剣が桑原の周囲を舞う。

 あばばば、と狼狽えた彼は冷や汗たらたらで地面に伏せそうになった。

 見ると紫月の背後に居るシャークウガも、申し訳なさそうにしていた。

 

「ま、待て! 分かった! すまん!」

「ははは、冗談ですよ。少し羨ましかったので、からかっただけです」

 

 声も顔も笑っていない。

 氷の剣こそその場で溶けて消失していくが。

 

「……く、くそ、このシスコンめ……」

 

 桑原は毒づいた。

 既に身体は汗だくである。

 その中には溶けた剣による水も混じっていたが。

 

「仕方がないでしょう。自分の姉の事ですから」

「つってもよ……デートと言うより買い出しに一緒に付きあってくれって言ってるように俺には思えたんだが」

「それをデートと言うのですよ」

「レディ。デートの定義は日時や場所を定めて恋人と会うこと、だ。二人はあくまでも部活の先輩後輩であって恋人ではないからデートではない」

 

 塗装をしながら火廣金が言った。

 そういえばこの部屋、やけに寒いなと思ったら、火廣金がプラモを作っているから接着剤のシンナーが充満しないように開け放しているのだ。

 本当に傍迷惑だ、と毒突きながらも桑原は助け船を出してくれた彼には感謝を禁じ得ない。

 

「確かに──やりますね、火廣金先輩」

「まだまだ先輩には及ばないなレディ」

「テメェらは何の張り合いしてるんだ?」

「……まあ良いでしょう」

「良いのかよ」

 

 紫月は溜息をつくと続けた。

 

「──何であれ、みづ姉は桑原先輩の事を信頼しています。まあ、ロリコン師匠ならいざ知らず、桑原先輩なら大丈夫でしょう」

「自分の師匠にも辛辣だなテメェ……ところで、白銀と火廣金。大丈夫なのか?」

「ああ、あの2人ですか。どうせまた、私が部室で暴走したとでも思ったのでしょう」

「他にあるなら聞いてみたいぜ」

 

 すっ、と彼女は火廣金を指差した。

 

「まず、火廣金先輩は戦艦・ペトロパブロフスクを完成させる為に二日前から学校に泊まり込みしています」

「ペト……何て!?」

「桑原先輩は世界史を取っていないのか? クロンシュタットの反乱で検索だ」

「知らねえよ!!」

「後、これはれっきとしたサバイバル訓練だ」

「テメェは何やってんだ!! がっこうぐらししてんじゃねえよ!!」

 

 桑原は怒鳴る。

 デュエマ部は頭がおかしい奴の集まりか。

 

「明かりを自前で用意し、守衛に見つからぬよう、部室でこっそりとプラモデルを作る……これは実戦でも生かされる訓練だ」

「テメェやっぱ馬鹿だろ!! 俺の事笑えねえじゃんよ!!」

「そして2時の方角を注目」

 

 今度は項垂れている白銀耀の姿。

 火廣金がやつれている理由は分かったが、そうなるとこちらはどうなのだろうか。

 紫月は色っぽく唇をなぞる。そして、頭をもたげた白銀の耳元に小さく囁いた。

 

 

 

「ニ・ヤ・ゲ」

「ぬおおおおああああ!! ガンバトラーでVV言わせる俺の今年の夢があああ!!」

 

 

 

 発狂したように頭を抱えて叫ぶ耀。

 殿堂発表が原因のようであった。

 

「テメェ、最近ロクに殿堂入りした《ニヤリー・ゲット》使ってなかっただろーが!! 被害者ヅラしてんじゃねえ!!」

 

 思わず桑原は耀の胸倉をとっ掴んで揺らす。最近の耀は火ジョーカーズばかり使っていたからだ。

 しかし、殿堂発表のショックは思ったより大きかったらしく、彼はあくまでも被害者ヅラを貫くようであった。

 

「ニヤゲもナッシングも無いのに、もう無色ジョーカーズなんざ組む意味ないでしょーがよ!」

「メラビートばっか使ってるのに、もう無色ジョーカーズなんか組むつもりなかっただろが!」

「組んでたよ! これで大会に出るつもりだったよ!」

『まあ、ぶっちゃけ自己責任でありますなァ』

 

 そうチョートッQが言うと、また耀は膝を抱えてしまった。

 火廣金はククッ、と愉快そうに笑みを浮かべる。

 

「時代は変わった……やはり時代は大艦巨砲主義だな」

「テメェはもう寝ろ火廣金!! 俺達ゃ戦艦の話はしてねえぞ!!」

 

 すっかり突っ込みに疲れてしまった桑原。

 普段常識人の耀が機能停止すると、此処までデュエマ部は酷くなるのか。

 もっとしっかりしているのかと思っていたが、耀も所詮は根っからのデュエマバカだということだろう。

 

「待てよ……ニヤゲが規制されたってことは、火ジョーカーズがプッシュされる、つまり俺のデッキが更に強化される可能性がある……!?」

「結果的にポジティブな方向に居直っちゃったよ」

「希望的観測でしょうが、この人も大概におめでたい頭をしていますね」

「お前もうちょい言い方どうにかならねーのか……ん? そういえば」

 

 桑原はふと思い出す。

 そういえば最近居ない事が多かったのですっかり忘れていたが、ブランはどうしたのだろうか、と。

 部室を見るに何処にも居ないようだった。そう思ってると──がらがらっ、と部室の戸が開いた。

 

 

 

「ただいまデース!! ”デート用メンズファッション100選”、借りてきたデース!!」

「余計なお世話だァァァァーッ!!」

 

 

 

 突如、そんな趣旨の本を突きつけてやってきたブランに桑原は今度こそ頭を抱える。

 

「どうせ桑原先パイ、ユニクロしか持ってないんデショ? デートならこの中から服を選ぶデース!」

「何時買いに行けっつんだよ!! てかたけぇ!! こんなの勿体ねえよ!!」

 

 ぐいぐい、とファッションカタログを顔に押し付けるブラン。彼は思わず苦言を呈した。

 

「多分みづ姉、よっぽどダサくなければ、そこまでファッションを気にしたりはしないと思いますが……」

 

 一応紫月は大会の時に桑原の私服を見ているので、大丈夫だろうとは思っていた。

 外を出歩く時はヘアバンドも外しているらしいし。

 

「何言ってるデスか!! 初デートで彼女をガッカリさせないための当然のタシナミ、デスよ! ね? サッヴァーク?」

『いや、探偵よ……儂に振られてもよく分からん』

「彼女!? いつの間にか話が盛られに盛られているじゃねえか!!」

「え? デートってことは、つまりそういうことデショ!?」

「違う!!」

「じゃあ、この今時話題の恋愛映画のパンフレットをどーぞ、デース!」

「はァ!?」

 

 どっさり、とテーブルの上に置かれたのは映画のパンフレット。

 読んでみると、どれもこれもハートが焼けそうな恋愛映画ばかりであった。

 

「う、うげえ……退屈そ……まさかあいつ、よりによって俺とこんなの見に行きたいんじゃねーよな……」

「何ならダン〇ルクとかはどうでしょうか」

「ヒイロは黙っててくだサイ、それもう終わったデショ」

「ふむ。みづ姉の見る映画はバラバラなので、正直分かりませんが、良いチョイスだと思います」

「だからダン〇ルクとかはどうだろうか」

「火廣金先輩は黙って下さい」

「俺、バッ〇トゥザフ〇ーチャーみたいなあ、純粋無垢で平和だったあの頃にタイムスリップしたいなあ」

「白銀先輩はいい加減平常運転に戻ってください」

 

 パンフレットのタイトルを流し見していきながら、桑原の顔が真っ赤になっていく。

 

「なんでだよォ……俺こんなの見ねえよ……恥ずかしいじゃねえかよォ……」

「それでもみづ姉が見たいって言ったらちゃんと見るんです、良いですか? 絶対に寝てはいけませんよ」

「こ、こんな事になるなんて……」

 

 桑原は項垂れた。

 「この冬最高の恋をしませんか?」だの「2人の恋愛の衝撃の結末は?」だのキャッチフレーズにも見覚えがあるものばかり。

 そうじゃなくても恋愛映画など見た事が無い。

 だから桑原は自信が無かったのである。自分が女の子の趣味に合わせてやれる自信が無かったのだ。

 そもそも姉が居ると言っても、彼女は男勝りな性格で趣味もその方向が多かったからか違和感を感じた事は今までなかった。

 だが、翠月はむしろ少女趣味が強いのだ。

 桑原の不安が募るばかりであった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 帰りがけの事である。

 桑原は結局うんうん悩んでいた。

 デート(厳密に言えばそうではないかもしれないが)とはこれほど気を遣うものなのか、と。

 結局色々言われたりアドバイスされたが、桑原は何一つ出来る気がしなかった。

 

『マスター、大丈夫かい?』

「あ? ああ……何とかな」

『やれやれ、彼女たちはどうも自分の事のように舞い上がってるみたいだね……』

 

 どうもそのようだ、と桑原はヘアバンドを締め直した。

 坂道を下りながら、桑原はぽつりと呟いた。

 

「俺、全然自信がねーんだよ」

『何故? マスターは十二分に強いじゃないか』

「男は強いだけじゃダメなんだよ」

 

 桑原は足を止めて暗くなって来た空を見上げた。

 

「俺はチビだし、顔もそんなに良い訳じゃねえ。クソっ、せめて火廣金みたいに目がキリッとしてたり」

『彼は常時瞳孔が開きすぎな気がするけど』

「黒鳥さんみたいに背がシュッと高かったらなあ」

『それはどうにもならないから諦めてくれ』

「諦める……諦めるっきゃねえのかなあ」

『いいかい、マスター。(ストレングス)のカードが、君の元々持っていない物を与えられないように、容姿だとか背だとか、君が元々持ってないもので勝負してもダメだ』

「……そうかねえ」

『それに、自虐しすぎるのもわざわざ誘ってくれた彼女に失礼だというものだよ。あの子は、君の事を大分好いていたように思えたけど?』

「……俺に女に好かれる資格なんざねえよ」

 

 彼はヘアバンドに刺した筆を一本、取り出した。

 

「……俺ァ……昔っから、これしか見てこなかった人間だ。それが今じゃ、視野が広がり過ぎちまって忘れてたが……」

『彼女は、そういう君に憧れたんじゃないかな』

「……」

『上っ面じゃなくて、ありのままの自分を好きになってくれる人は貴重だよ。彼女だけじゃない。白銀耀達もそうじゃないか? 君を仲間として受け入れてくれてるじゃないか』

「……そうかねえ?」

 

 少なくとも、火廣金には余り良い顔はされていない気がするが。

 

『自信を持ちたまえ。伊達に君の守護獣はやっていない。君が自分の悪い所を100個言うなら、僕は君の良い所を101個言ってみせよう』

「……ゲイル」

(ストレングス)は君を主として認めている。つまりはそういうことさ。まあ、ヒーローたるもの、主が困っている時はフォローを入れるのは至極当然というものだからね!』

 

 そう言われると、少し気が楽になった。

 桑原は笑みを浮かべる。そうだ。どっちにしたって、メインは画材の買い出しに過ぎないのだから。

 

「まあ、そういうことなら気楽にやるかね」

『あ、でもファッションはともかく、身だしなみには気を付け給えよ! 映画を見るんなら、最近の映画のチェックもやっぱりしておかないと……』

「……まあ、出来る事はやっとくよ」

『自分を磨くのと、無いモノねだりするのは違うからね! そこは気を付け給えよ!』

 

 そこは重々承知である。

 自分の認識の甘さを思い知らされたのだから。

 

「さてと。明日、だからな……相手が顔の見知った後輩とはいえ気を引き締めていかねえと。そうだ、景気づけにうどん屋にでも寄って──」

『待ちたまえ』

 

 ゲイルは何かを感じ取ったようだった。

 ピイン、とマフラー状になっている羽根が伸びる。

 張り詰めた眼差しで虚空を睨んだ。

 先程のおどけた雰囲気とは明らかに違っていた。

 

「どうしたゲイル? まさか……」

『そのまさかさ。ワイルドカードだ』

「……マジかよ!」

 

 この間は自分達がワイルドカードを逃したばかりに、ややこしい事態になってしまった。

 ゲイルもその辺りは責任を感じていたのだろう。

 

『しかも複数の強い反応だ。僕でも分かるほどだよ。マスター、命令してくれ』

「ああ。仕方ねえ、一番近い所に連れていってくれ!」

『了解だ!』

 

 ゲイルの背中に桑原は飛び乗った。

 すぐさま気流を味方につけると、旋風の翼は地面を蹴って空を飛んだ──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 「《メラビート・ザ・ジョニー》召喚!! その能力で、手札から《ルネッザーンス》と《サンダイオー》をバトルゾーンに! 場にある俺のジョーカーズは5体以上だから、相手のクリーチャーを全て破壊だ!!」

 

 

 

 一瞬で、俺達の攻撃を今まで阻んでいたブロッカー軍団は《メラビート・ザ・ジョニー》の放った斬撃で全て真っ二つになり、爆散する。

 だが、これだけで攻め手を緩めない。

 

『マスター! アレを使うでありますよ!』

「おうともよ! マナに6枚、場に5体! ジョーカーズが合計11枚あるので《ジョジョジョ・マキシマム》を唱える! 《王盟合体 サンダイオー》は《ジョジョジョ・マキシマム》でマキシマム・ブレイカーだ!! お前のシールドを全て焼き尽くす!!」

『サンダイオー、マキシマムモードであります!!』

 

 轟!! と大きな炎が機体を包み込んだ。

 《サンダイオー》の剣が巨大な炎を得て、彼の身の丈の何倍もの大きさに巨大化する。

 そして、一挙に相手のシールドを全て薙ぎ払った。

 

 

 

『オメガ・マキシマム、であります!!』

 

 

 

 一瞬で焼失するシールド。

 最早、何も守るものが無いワイルドカードに《メラビート・ザ・ジョニー》が愛馬シルバーに跨って突貫した。

 

 

 

「《メラビート・ザ・ジョニー》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 クリーチャーが真っ二つに切り裂かれ、そこで空間は消失。

 幸い、強さは大したことが無かったので俺は安堵の息をつく。

 

「ま、ニヤゲが殿堂入りしようが何だろうが俺のやる事は変わらねえがな」

『はーはっはっは! マスターも分かってきたでありますなぁ? ガンバトラーに鞘替えしようだなんて、心にもない事言っちゃってこのこのぉ』

 

 得意げに言い放ち、肘を頬に押し付けてくるチョートッQ。こいつ今すぐにでもガンバGに交代させてやろうかな。皇帝(エンペラー)に頼んだら出来ないかな。いや、でも今より酷いの出てきても困るしやっぱやめておこう。

 そんなことはさておきだ。まだこの辺りにクリーチャーが居るらしく、多くの気配を感じる。

 だけど──一番大きな気配があった。

 まだ大量に居るクリーチャー達──そして、それを食らう更に巨大な炎だった。

 

「な、何だありゃ……!」

 

 炎の中に、不気味に輝く数多の星。それは黒く、周囲の光を吸収してぼんやりと浮かんで光っていた。

 炎は不定形なので、一体何なのかは分からなかったが、眼を凝らすとまるで鳥のように翼を広げているようだった。

 そして、現れたクリーチャーを1体ずつでは飽き足らないのか、触れただけで自らの身体の中に取り込んでいく。

 

『とにかく放置するのは危険であります! どんどんあのクリーチャーの力が強くなっているでありますよ!』

「ああ、どうにかしねえと……!」

 

 そう思って身構えた時だった。

 クリーチャーはそのまま消えてしまう。

 完全にこちらに感づいたのか、逃げられたようだった。

 そもそも相手は上空に居たので、捕捉するのは難しかったのだが。

 

「……あのクリーチャー、何なんだ?」

 

 俺は虚空を睨む。

 まるで、鳥のように現れ、音も無く飛び去ってしまった。

 燃える翼が振りまくのは間違いなく災厄。まさか、先日のエリアフォースカードが原因だろうか、と推測した。

 どうも、この街にとても恐ろしいものが訪れているのは確かなようだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 降り立った場所は、街の裏路地。

 人目のつかない場所を選んで降りたものの、既にワイルドカードと思しき反応は感じられた。

 そして、ほぼ同じ場所へ近づいていく反応も──

 

「桑原先輩!?」

「紫月!!」

 

 2人は鉢合わせした。

 紫月はシャークウガを引き連れており、やはりワイルドカードを探していたことが伺えた。

 

「帰りがけに大きな反応を見つけて……たまたま一番近くに居た私が向かう事になったんです」

「そうか。まあいい。1人だと万が一の事があった時が大変だからな。助かる」

「同感です。この間の件で重々思い知りました。不測の事態は常に起こりうるものですからね」

 

 こいつも成長したじゃねえか、と桑原は感心する。

 1人で突っ走るのではなく、確実に敵を排除するために仲間との共闘を優先する。

 それが最も安全策であるということだ。

 

「丁度この先に敵が居るはずです」

『既に実体化してるみてーだな。さっさと処理するぞ。もう偽者っぽいのが出てきても驚かねえからな』

「笑えねえ……」

 

 桑原は呆れながらも、道行く人々を避けて発生地点へ駆けていく。

 そして、辿り着いたのは公園。

 そこにあったのはぐらぐら、と歪む空間から現れたクリーチャーであった。

 

「──憑依元と思しき人間は見えませんね。最近、直接実体化していることが多いような気がします」

「何か理由があるのかもしれねえな」

 

 ともあれ、犠牲になっている人が居ないのは良い事だ、と桑原は思い返す。

 その代わり、最初から実体化したフルパワーのワイルドカードと戦わなければならないが。

 

『とにかく、姿を現しやがれ!!』

『怖いのかい? ん? 怖いのかい? ヒーローを前にして!』

 

 叫ぶシャークウガ。煽るゲイル。

 そこから大人しく実体化する──わけではなく。

 

 

 

 ぐわん! ぐわん! ぐわんぐわん!

 

 

 

 突如、ノイズのような音が桑原の頭の中で鳴り響く。

 紫月も耳を抑えてうずくまっている。

 頭の中を何度も何度も揺らされるような感覚。

 胃の中のものがまぜっかえされるような嘔吐感。

 次の瞬間──キャハハハハ、と甲高い笑い声が響き、一瞬だけ亡霊のように透き通った影が見えた──

 

魔術師(マジシャン)、きど──」

 

 言いかけた紫月だが、その手は上がらない。

 精神を?き乱されているからだろうか。

 いや、これは──

 

「うおああああ!!」

 

 桑原は叫んだ。

 次の瞬間、彼の意識は何処かへ飛んだ──

 

 

 

「……あれ?」

 

 

 

 我に返る。

 桑原は目を開いた。

 もう、そこには何のクリーチャーも居なかった。

 

「に、逃がしてしまったのでしょうか」

「……ああ、そうみてえだな」

 

 紫月は落胆する。

 また取り逃してしまうとは情けない。

 しかし、妙な術を使う相手だったな、と彼女は思い返した。

 

「……仕方ありません。深追いは危険です。今日は此処までにしましょう」

「そうだな……まあ、俺も明日見かけたら潰しておくぜ」

「……デートの事を忘れてませんよね?」

 

 あ、と桑原は思い出したように言った。

 紫月が肩をすくめた。

 

「今日はもう解散だな」

「……そうですね。この事は一応報告しておきましょう」

 

 

 ※※※

 

 結局、その日はそれで各自現地解散であった。

 疲れた体を引きずって家に戻り、ベッドに飛び込んだところまでは覚えていた。

 そして、眼を瞑ると自然と瞼が重くなる。

 そのまま意識が無くなっていった。

 そこまでは覚えているのである。

 妙な倦怠感と共に目を覚ますと──違和感に気付いた。

 誰かに抱き着かれている。 

 横を見ると──そこには、寝間着姿の後輩が腕に絡みついていた。

 

「んー……しづ……」

「どえええ!?」

 

 叫んだ自分の声に違和感を覚えた。

 甲高い。そして聞き覚えがあった。思わず自分の手を見る。

 次に飛び起きて翠月の腕を振り払い、視界の違和感に気付く。

 かわいい小物で彩られた部屋。ベッドで眠る翠月。

 ”俺”は、思わず自分の顔を触った。妙にすべすべしている。

 ベッドから飛び降りた俺は更に重りが大きく揺れるような痛みを感じる。

 思わず触った。手では包みきれない程豊満な胸が俺の膝を隠していた。

 今、ぐわん、って言わなかったか? これだけで数kgはありそうだぞ!?

 ちょっと待て。俺は男だ。何で男の俺にこんなデカ乳が付いてるんだ!?

 机の上にあった手鏡を思わず取った。

 俺の顔は、いや──

 

 

 

「うっそだろ……!?」

 

 

 

 ──紫月の顔は、蒼白としていた。

 

『何だマスター……どうしたんだ一体、そんな様子で起きて。今日は妙に目覚めが良いじゃねえか』

「シャークウガ……」

 

 ふよよよ、とカードのまま飛んでくる鮫。

 助かった。不安だったがこいつが来てくれたのは、はっきり言って助かる。

 

「なあ、シャークウガ。俺、紫月じゃねえんだよ」

『……は? ”俺”? どうしたマスター。昨日のクリーチャーの攻撃で頭がヘンになったか?』

「妙な事を言ってると思うが、信じてくれ!!」

 

 俺は顔をひきつらせた。

 

 

 

「──俺は”桑原”だ!!」

 

 

 

 シャークウガが飛び出して、あんぐりと口を開けた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……あ、お前らも来たのか」

「……何でおツゥーヤみたいになってるデスか?」

「……大変な事だと聞いて来たが……俺は早く学校に戻ってプラモの続きを作りたいのだが」

「おう一生やってろ」

 

 俺は白銀耀。組もうとしていたデッキのパーツが殿堂入りで逝って、心が折れそうになってたけど一晩寝たら割と何とかなった。

 それはともかく、今朝は紫月からいきなり電話がかかったかと思ったら敬語の桑原先輩が出て来た上に今すぐ公園に来てくれと言うのでただ事ではないと感じ、駆け付けた次第だ。

 公園のベンチに座って顔を覆う桑原先輩。よく見ると、既に余所行きの服に着替え終わっている。

 項垂れたようになっている紫月。よく見るとパジャマに何時ものパーカーを羽織っただけの服装だ。

 何があったのかさっぱり分からない。だが、本人は勿論、今実体化している守護獣の方も無事みたいだ。

 だけど雰囲気は完全にお通夜、いやお葬式状態だった。

 

「先輩、大変な事になりました……」

 

 覆っていた顔を開けてそう言ったのは──桑原だった。

 

「先輩? 桑原先パイ、いつから私達の後輩になったデスか?」

「違うんです!!」

 

 駄目だ。敬語の桑原先輩に違和感があり過ぎる。

 一体どうしたというのだろう。まさか、クリーチャーの攻撃を食らって、性格が変わってしまったとか?

 

「……テメェら、よく聞け。これは今現実に起こっている異常事態なんだよ」

 

 頭を上げて、少しやさぐれたような声で言ったのは──紫月だった。

 こ、こっちもこっちで違和感がある。お前、何時の間にグレちまったんだ? って程だ。

 

「ちょっと待て、君達口調が入れ替わってないか。また何か新しい遊びかコレは」

『遊びだったなら良かったんだけどねえ……ヒーローとしては実にまずい事態だと思うわけだよ』

 

 肩を竦めたのはゲイル。こっちはどうも平常運転のようだった。

 

『ふむ、まずい事というのは本当のようじゃのう』

「サッヴァーク? 分かるデスか?」

『ああ。我が眼は真実を見通す眼』

 

 実体化したサッヴァークが、胸元にある《オヴ・シディア》譲りの巨大な瞳で2人を見回した。

 

 

 

『暗野紫月と桑原甲は──精神が入れ替わっておる』

 

 

 

 2年生組3人の顔がただちに凍り付いた。

 

「い、入れ替わってる? そんな事があるのか?」

 

 俺がげんなりと肩を落とすと、桑原先輩がインしていると思しき紫月が怒鳴る。

 

「るっせぇ!! 現に起こってるからそう言ってるんだろが!!」

「ひっ、紫月。そんなにキレなくても」

「えっ、あっ、俺は桑原だ、っつってんだろーが!」

「デモ、男言葉で怒るシヅクも新鮮でGoodデスね!」

「いや状況はどう考えてもBadだろ」

 

 ともかく此処までの経緯を整理することにした。

 話を聞いたところ、桑原先輩と紫月はたまたま同じ場所に発生したワイルドカードを撃破しに向かったらしい。

 しかし、その時実体化したクリーチャーが謎の攻撃を発動した。

 それによって桑原先輩と紫月の身体と心は入れ替わってしまったというのだ。

 

 

「まさか、時限式とは思わなんだ……不意打ち食らったぜ」

 

 とは桑原先輩の弁。何も無いと安心させておいてから隙を生じぬ二段構え。何処まで性格が悪いクリーチャーなんだ。

 ついでにクリーチャーには逃げられたという。何と言うか……最近の紫月、ワイルドカードが絡むと不憫な目にしか遭ってないな。

 

「じ、人格は愚か性別まで入れ替わってるって事デスか!? シヅクがBoyに、桑原先パイがGirlに!? Unbelievable!!」

「やめてください……割と真面目に凹んでるんです……」

「お、おう……桑原先パイの低い声で言われると本当に深刻そうに聞こえマスね」

「どういう意味ですか!」

「まあ、騒いでも仕方ねえ。性別ってのはデリケートな問題だからな」

 

 こくこく、と紫月──ではなく桑原先輩が頷いた。

 

「……にしてもよ、変な感じだぜ。女の身体ってのは……」

「先輩。間違っても変な所触らないで下さいよ」

「わぁーってるよ」

「そういえば、2人とも服装はどうしたんだ?」

 

 俺が聞くと、紫月──外は桑原先輩──が恥ずかしそうに言った。

 

「実は、朝飛び起きたらゲイルが居て……只事ではないと気付いてくれたんです」

『ああ。余りにも挙動不審だったからね。それで、一先ず皆を集めようって事になったから、僕がマスターの余所行きの服を適当に調達して高速で着替えさせたのさ』

「凄かったですよ……竜巻が渦巻いたかと思ったら、いつの間にか着替えが終わってるんです」

「どういう技術なんだよもうそれは……」

 

 漫画かアニメの早着替えだな、それは。

 ……ん、じゃあ桑原先輩はどうしたんだろう。

 

「ああ……下手に女モンの服を触るのもいけないと思ってだな……紫月のいつものパーカーだけ羽織って来た」

「……待ってください」

 

 桑原先輩が紫月に襲い掛かった。

 いや、中身は紫月と桑原先輩だけど、桑原先輩の格好で紫月に襲い掛かってる構図は完全に犯罪だ。

 

「ちょっと、紫月!? ……どわぁっ!?」

「……」

 

 もにゅ、もにゅ、とでも擬音が聞こえてきそうだった。

 紫月は桑原先輩の身体で自分の身体の胸を揉みしだく。

 桑原先輩の入った紫月が、恥ずかしそうに言った。

 

「……ちょっと、お前! やめろ!」

「……ノーブラじゃないですか!! 何でせめてブラくらい付けて来なかったんですか!!」

「いや、確かに、そうだけどよ……!!」

 

 がばっ、と紫月を振り払い、桑原先輩は紫月の胸を腕で隠す。

 

「寝る時外してるんです!! あー、もう、恥ずかしいから言わせないでください!」

「だけどよー、ブラって一体何の役割があるんだよ。あっても無くても変わるか? いや確かに先っぽが布地に擦れてこそばゆいが」

「言うなって言ったでしょ!!」

 

 顔を真っ赤にして紫月が桑原先輩の声で怒鳴った。

 

「桑原先パイ!! デリカシー無さすぎデス!!」

「……うー、すまん」

「それとブラジャーを付けるのは主に胸の形を整える為、後クーパー靭帯ってのが切れないようにするためデス。必需品なのデスよ!」

「私は寝る時はきついので外してますが」

「へーえ、そんな役割があったのか」

 

 俺も初めて知ったぞ。

 

「す、すまん、俺が浅はかだった。だけどよ、ブラを付けるってことは、イコール、テメェのおっぱいを俺が見ちまうってことになっちまうが」

「そこをどうにかしてください」

 

 掃きだめでも見るような目で紫月は睨んだ。

 流石にそれはあんまりだと思うぞ。

 桑原先輩も涙目で訴える。

 

「どうにか出来る訳ねえだろ!」

『何? 服を脱がずに着替える? そのくらいなら別に出来ねえ事はねえぞ』

 

 突如言い出したのはシャークウガ。

 桑原先輩も思わず首を傾げた。

 

「は?」

『ったく、着替えが居るならそう言えば良かったのによォ』

 

 そう言うと、シャークウガは指を鳴らす。

 

『錬成「リクリエイト・ブレイン」!!』

 

 そう叫ぶと共に、空気中から水のようなエネルギーが桑原先輩がインした紫月の周囲に纏わりついていく。

 そして、それが激流のように包み込み──次の瞬間には違う衣服へと変わっていた。

 

「お、おお……!?」

『上着、スカート、そして靴下まで完備! 水文明の技術力と魔法を嘗めんなよ!!』

「す、すごいデス! 完全に私服姿になってるデス! まさにマジックデス!」

「で、でも、スカートってスースーするな……それにちょっと恥ずかしいんだが……」

「いきなり服を錬成するなんてすごいです、シャークウガ。しかも私のパーカーにさりげないアレンジ」

 

 確かにデザインが変わってるな。今までよりも色が明るくなってるし、鮫の牙のような意匠がフードの片方にだけ着けられている。

 そして、同じサイドの側頭部にはサメの目をデフォルメしたようなマーク。

 紫月のインした桑原先輩も流石に彼を誉めた。

 俺も目の前で起こった事が信じられねえ。

 

『そりゃあそうよ、繊維の性質を変化させ、再錬成する……我ながらなかなかよく出来たと思ったぜ』

「……え? 待って下さい、じゃあその繊維は何処から調達して──というか、パジャマ何処行ったんですか? アレみづ姉とのお揃いで大分気に入ってたのですが」

『そりゃおめー決まってんだろ、何から錬成したなんてよ』

 

 シャークウガはあっけらかんと言った。

 ま、まさか……こいつ、やっちまったのか。

 やらかしちまったのか。そうだ。この状況で何処から繊維を調達したかなんて、1つしか思いつかない。

 

 

 

『今着てたパジャマ』

「シャークウガァァァーッ!!」

 

 

 

 桑原先輩の身体の紫月が鮫に飛び蹴りを浴びせた。

 すげえな。さっき入れ替わったのに気付いたばかりの身体をもう使いこなしてやがる。

 

「それ結局パジャマが駄目になってるじゃないですか!! パジャマ作り変えて私服作っても、本質は結局パジャマでしょうが!!」

『ほ、ほら、言ったじゃん、錬金術って等価交換が基本じゃねえかマスター、何もねえ所から服を作り出せるわけねえだろ』

「戻せるんですよね!? 戻せるんですよねコレ!?」

『多分ムリ』

「シャークガァァァーッ!! みづ姉とお揃いのパジャマをよくもーッ!!」

 

 この後、桑原先輩ボディの紫月によるお説教がかなり続いたので割愛。

 そして一通り言いたい事を言い終えたのか、俺達がげんなりする中、彼女(外面は桑原先輩)が拳を開けたり閉じたりしながら感心した。

 

「しかし、案外この身体も悪くないかもしれませんね」

「え?」

「今、思いっきり動き回ったのですが、全然重くなくって。まるで重りを外したような……そんな感覚です。肌は油っぽいのは不満点ですが、軽くて全体的に引き締まったような気さえします。少し肩が凝ってるのは変わりませんが」

「テメ、俺の身体であんまり無茶苦茶するなよ……? 俺、あんまり運動はそこまで得意じゃねえんだからよ……」

「まあ考えておきます。それに安心してください。私も余り運動は得意ではないので」

 

 今のシャークウガへの飛び蹴りを見るに、どうもそうには見えないのだが。

 しかしまあどうしたものだろう。このままでは、翠月さんとの買い物どころではなくなってしまう。

 どうにかそれまでに、クリーチャーを発見しないといけないが、生憎もう時間が無いらしい。

 

「──桑原先輩」

「何だ?」

「最早こうなってしまっては仕方がありません。先輩のデートの待ち合わせ時間までにクリーチャーを見つけられる保証もないでしょうし……」

「まさかテメェ……」

「今日のデートは、私が代わりに行きましょう」

 

 ちょっと待て紫月。

 確かに外観は完璧に桑原先輩だけど、それは色々大丈夫じゃないだろう。

 そして桑原先輩も当然憤慨した。

 

「テメェ、画材の事とか分かんねえだろ!?」

 

 そっちかよ。

 

「そうですけども!!」

 

 紫月は言い返す。

 とてもやりきれないような表情を浮かべた。

 

「……みづ姉はとても楽しみにしていました。今日のデートの事を」

「だからデートじゃねえんだけど」

「みづ姉ががっかりする顔は……見たくないです。確かに身体は桑原先輩ですが、それで私が桑原先輩の代わりになれるとは思っていません」

 

 ぎゅう、と彼女は拳を握った。

 やっぱり違和感あるデスね敬語の桑原先パイ、と言ったブランを引っ叩いておき、その彼の方を見やる。

 彼も後輩の期待を裏切りたくはないのか、眼を伏せていた。

 

「でもどうするんだ?」

「提案があります。要は、クリーチャーさえ倒せれば、私達の入れ替わりは元に戻るはずです」

「ああ。定石通りならそうだろう」

 

 火廣金が頷く。

 それなら話は早い。

 

「だから、一先ず私がみづ姉とデートに行きます。その間に──皆さんは、クリーチャーを探して下さい。勿論、私も出来る限りワイルドカードが居ないかどうか探しますので」

「……成程な。デートとクリーチャーの捜索を並行してやるってことだな」

「はい。これが恐らく最善でしょう。何、男言葉くらい任せて下さい。普段あれだけ白銀先輩やシャークウガと一緒に居るんです。多分大丈夫でしょう」

「それなら良いんだが……」

 

 つまり、紫月は桑原先輩を演じながら翠月さんとデートをする。

 そして、桑原先輩含む俺達は幾手に別れてクリーチャーの捜索。

 勿論、どうもここ最近ワイルドカードが大量発生しているので、俺達は勿論だが、デートをしながらそれらに対応しないといけない紫月の方が大変だ。

 

「後は互いのスマートフォンだけ交換しておきましょう。諸々の連絡はそれで。画材の事なども教えて頂けると嬉しいのですが、どうせ言葉だけでは分からないと思うので画像付きでお願いします」

「オッケー、任せとけ。その程度なららくちんだ。後、翠月の前では使うなよ」

「分かってますよ。ですが先輩方……またご迷惑をおかけしてすみません」

 

 何、そんなに謝る事はない。 

 後輩、そして先輩のピンチに俺達が黙ってられるかよ。

 

「クリーチャー放って置いたら後々面倒くさい事になるのは見えてるだろうが」

『その通りでありますよ。ドン、と任せるであります!!』

「そうだな。プラモデルは何時でも作れるが、ワイルドカードは放置したが最後、だ」

「パワーアップした、探偵・ブランちゃんに任せておくデスよ!」

『我が眼に、見通せぬ影無し』

 

 そうと決まれば話は早い。

 俺は拳を突き上げた。

 絶対に、クリーチャーを見つけ出して、2人の身体を元に戻す!

 

 

 

「デート作戦、決行だ!!」

「だからデートじゃねえって!!」

 

 

 

 ※※※

 

 どうも、暗野紫月です。

 どういうわけか、桑原先輩とTSFしてしまいましたがみづ姉とのデートついでに首謀のワイルドカードをただちに殲滅しに掛かるとします。

 

 

 

「あっ、桑原先輩!」

 

 

 

 みづ姉が手を振っています。一瞬、自分の事を呼ばれているのだ、と気付きませんでしたが何とかこっちも手を振って出迎えます。

 ……なんか、他人の名前で呼ばれるのって何処かもやもやしますね。

 一応、普段の桑原先輩らしく振る舞えるようにアシストしてくれるのはゲイルです。正直心配ですが。

 まあ、男言葉なら先ほど練習したので自信があります。クリーチャーが見つかるまでに、どうにか持ちこたえられると良いのですが。

 

 

 

「はい、みづね──」

 

 

 

 ガリッ

 

 

 

 私はそこで思いっきり、わざと自分の舌を噛んでそれ以上言葉が出るのを止めました。

 とても痛かったです。ごめんなさい桑原先輩。

 まさか開幕でずっこけるとは私も思わなかったのです。危うくみづ姉と呼ぶところでした。

 

『ちょっと! 何やってるんだい! いきなり君普段の素が出てるじゃないか!』

「すいまへん……やり直しです」

「? どうしたんですか?」

「いや、すまない。み、づき。待ったか?」

 

 うう、慣れません。

 みづ姉を呼び捨てするなんて……やはり、普段やらない事はやるもんじゃないですね。

 

「いえ! 私全然待ってません!」

 

 キラキラと目を輝かせて、掌を合わせるみづ姉。

 憧れという名のキラキラです。いや、これが恋心なのでしょうか?

 

「コホン、それでだな、みづき。画材買いてえんだろ? 見てやるよ」

「はいっ! 今日はよろしくお願いします! 先輩!」

 

 ……こんなにテンションの高いみづ姉、初めて見ました。

 私でさえ一度も見た事がありません。

 

「とにかく、行きましょう! 私、色々楽しみだったんですよ!」

「……お、おう! そう、だな!」

 

 ……いけません。テンションに圧されて口調がたどたどしくなっています。

 私はみづ姉に手を引かれるようにしてショッピングモールの中へ飛び込んでいきます。

 

 

 ※※※

 

 

 

「──おいおい、おかしいだろこりゃあ」

 

 

 

 俺は思わず声を上げた。

 紫月の身体は動きにくいし慣れない。そして重い身体で走っていくと、待ち受けていたのは異様な光景だった。

 空中から舞い降りている無数のクリーチャー。

 それら1体1体が飛び回っていく姿は、まさに魑魅魍魎と言わんばかりだ。

 まずいな。アルカナ研究会の方からも既に応援出動が出ているらしい。

 こんなにワイルドカードが実体化しているのを見るのは久々だ。ちなみに、現在は白銀と火廣金。俺と或瀬の組み合わせで動いているが、そうなったのは単純に効率と──

 

『はぁぁぁーっ、くっそ迷惑な奴等だぜ!』

『はぁぁぁーっ、元はと言えば、どっかのクソザコナメクジコバンザメが取り逃したりなんかするからでありましょう』

『ああ!? テメェ、確かにマスターは抜けてる所はあるが強いのは強えんだぞ!? 相手が悪かったからに決まってらあ!』

 

 等と守護獣共が喧嘩するので、この組み合わせで行くことになったのだ。

 俺も新幹線に回し蹴りでもしてやろうかと思ったが、流石にこの身体では無理だ。代わりに白銀が拳骨を入れてくれた。

 ……しかし、太腿をすり合わせると、妙にすべすべしているし、これで回し蹴り? 冗談じゃねえ。

 

「大丈夫デス? シヅ──桑原先パイ。息切れしてマスよ」

「ああ!? これくらいどうってことねえよ」

 

 おまけに身体には2つの重りが付いてるのも同然だ。資料──薄い本──に書いてあることなんざ全部嘘っぱち。

 《Tプルルン》じゃねえ、《Pブルルン》だぞコレは。我ながら下品でつまらん例えだが。

 おかげさまでさっきから走ってるけど、動きにくい事この上ねえ。身体を拘束する下着の所為で、締め付けられている。

 女ってのは、こんな面倒な拘束具だらけで動いてるのか?

 

「フフフ……桑原先パイ、女の子って結構面倒デショ?」

「そういうテメェはどうなんだ」

「あっ、テメェってシヅクに言われるの結構新鮮デス」

 

 テメェは何を言ってるんだ。

 

「……正直男の方が楽だと思った方が良いと思った事もありマスよ。私結構動き回りマスし」

「ああ……確かに」

「ま、でも苦労はシヅクには及ばないんじゃないデスか?」

 

 すっ、と彼女は自分の胸元を見下ろした。

 そして俺──紫月──の胸を見た。

 そして、死んだような目をした。

 

「……私も揉んで御利益貰うデース!!」

「待てやテメェ!! これは紫月の身体で、まして今は俺が入ってるんだぞ!! しかも今は緊急事態だぞ!!」

『やめんか探偵、みっともない!』

『やってる場合かテメェら!!』

「ら、って複数形にするんじゃねえコバンザメ!!」

『俺ァホオジロザメの魚人だ!!』

 

 或瀬を押さえつける俺。

 そんな事言ってるうちに、クリーチャーがわらわら寄ってくる。

 

「──待て或瀬!! 来やがったぞ!!」

「分かってるデスよ!!」

 

 彼女はエリアフォースカードを掲げようとする。

 しかし、そこに現れたのはもやもやとした影。

 正体がつかめない。また、あの時のような攻撃をしてくるかもしれない。

 

『儂の出番じゃな!!』

 

 そう叫ぶと、サッヴァークが実体化し、胸元にある黒曜の瞳から光を発する。

 すると見る見るうちにクリーチャーはその正体を現していく。すげえな。この能力使えば、偽者も一瞬で暴けたんじゃないか。

 

「見えたデース! 《傀儡将ボルギーズ》に、《爆走ザバイク》デス!!」

「じゃ、《ザバイク》はテメェに任せるわ」

「なっ先パイ!!」

「サッヴァークならどうにかなるだろ、まあガンバれ」

「もう、仕方ないデスね……私も闇の相手は余りしたくないデスし」

 

 俺達はエリアフォースカードを今度こそ掲げた。

 

 

 

『Wild……DrawⅠ……MAGICIAN!』

『Wild……Draw?……JUSTICE!』

 

 

 

 ……紫月よ。

 どうか、俺が目標のクリーチャーを倒すまで持ってくれよ。

 お前確か、美術からっきしだろ。

 

 

 ※※※

 

 

 

 画材売り場から出て来た私の顔は若干やつれていた気がします。

 逆に、みづ姉はお肌がツヤッツヤでした。貴女は一体、身体のどこから何を摂取したのですか。

 

「桑原先輩! ありがとうございますね!」

「お、おう……大丈夫、だぜ」

 

 とってつけたような語尾を付けて、私は自分の美術への無知を恥じました。

 みづ姉、画材、筆や絵の具の話になると止まらないんです。こんな時、桑原先輩なら話が分かるのでしょうが。

 どうもつたないデートになってしまって申し訳ありません、みづ姉。多分つまらなかったでしょうに……これでは怪しまれても仕方ありません。

 

「ごめんなさい、私ばっかり喋っちゃって」

「いや、大丈夫だぜ! みづきが楽しそうで何よりだ!」

「……いえっ、こちらこそありがとうございました。これから長く付き合っていく子達でしょうし、私も先輩と一緒に買えて良かったです」

 

 そう言って、ちらちら目線を逸らしてきます。

 ……あれ? そういえばみづ姉が持ってた恋愛本に「デキる男は聞き上手!」ってあったような。

 もしかしてこれ、アレですか。出来る男だって思いこんじゃったパターンですか。だって目を合わせてくれないけど、顔を赤くしていますし。

 

「……ぱい」

『暗野紫月! 呼ばれてるぞ』

「先輩、どうしたんですか?」

「い、いやっ、何でもない。ちょっと緊張してるみたいだ、お前との買い物でな」

「桑原先輩……!」

 

 何口走ってるんですか私は!

 どう考えても今のは勘違いされたと取られてもおかしくないですよ!

 ごめんなさい、桑原先輩……このデートが終わったら多分、ややこしいことになってるかもしれません。

 

「そうだ桒原先輩、もう1つ買いたいものがあるんです」

「な、何だ?」

「桑原先輩、よくデュエマ部に出入りしてますよね?」

「ああ」

 

 どうしたのでしょう、みづ姉。

 デュエマには余り、興味を示してなかったと思いますが。

 

 

 

「……あのっ。桑原先輩が、そんなにデュエマにハマってるのなら、私もまた本格的にやってみようかなあ、って」

 

 

 

 私の心がずきり、と痛みました。

 私では動かなかったみづ姉へのデュエマへの想い。

 間違いなくこの時、私は桑原先輩がみづ姉に与えた影響の大きさというものを思い知らされました。

 高校では絵、一本で通すつもりだったみづ姉が──それを曲げてしまうほどに。

 

「……桑原先輩が2年の時に描いたドラゴンの絵、拝見させていただきました。タッチがリアル調で私も思い出しちゃって」

 

 ここで断ってしまおうか、と意地悪な思いが浮かびました。

 お前にはまだ2年ある、もう少し絵一本で頑張れ、って言えばみづ姉なら従ってもおかしくありません。

 

『暗野紫月。彼女は君とデートしてるんじゃないんだ。桑原甲とデートしてるんだ。マスターなら、何と言うと思う』

「っ……」

 

 ぎゅっ、と手を握る。

 そう、ですよね。幾ら桑原先輩の身体だからって好き勝手言うのは余りにも酷すぎますよね。 

 こんな時なら桑原先輩は喜んで翠月の背中を押すはずです。

 みづ姉がデュエマがしたいって言うのなら、それに合わせてあげるのが妹である私の役目でもあるじゃないですか。

 

「……良いぜ! カードショップに行こう」

「わあっ、ありがとうございます! 桑原先輩! これでまた、しづともデュエル出来るわ! あの子強くて……私なんかじゃ相手にならないもの。新しいデッキで驚かせてあげるんだから!」

 

 私は自分がどんなに自分勝手で惨めだったのか思い知らされました。

 この人は……本当に……デュエマしたかったのなら言えば幾らでもしたのに……。

 どれだけ自分がちっぽけで自分本位なのかを思い知らされました。

 ゲイル、ありがとうございます。私は、自ら最低女に成り下がっていました。

 

「いやあ、そんな事はねえと思うがな。黒鳥師匠の所でデュエマ教えて貰ったんだろ?」

「買い被りですよ。しづはとても強いですから」

 

 ……分かりました。みづ姉。

 貴女がそこまで言うなら、私も全力で桑原先輩に代わってデュエマを教えましょう。

 そしてまた──デュエマしましょう、みづ姉。

 

 ※※※

 

「ゲイル・ヴェスパー。ワイルドカードの反応は?」

『今の所、無しだ』

「そうですか……」

 

 まあ、出て来たら出てこられたで困るのですがね。

 どうやって言い訳して離れれば良い事やら。

 

「わあっ、沢山カードがありますね! 先輩!」

 

 そんな事をこそこそ言ってる間に、ショッピングモール内にあるカードショップに到着しました。

 走って、はしゃぎながらみづ姉が言います。

 

「えとえと、それでどれから手を付ければいいのでしょう?」

「みづきは……何使いてえんだ? そっちの希望に合わせるぜ」

「えっと……折角ですし桑原先輩と同じタイプのデッキで!」

 

 ……やっぱり、ベタ惚れじゃないですか。

 まあ、桑原先輩なら自然文明中心でグランセクトが丸いでしょう。

 多色もあまり使わない人ですし、桒原先輩に影響されたというのならば折角だから良いモノを勧めましょう。

 

「俺が使ってるのは《天風のゲイル・ヴェスパー》ってカードを使った自然文明のデッキだが……」

「じゃあそれで!」

「いや、ちとハードルが高い。復帰勢には少し難しいだろうな。そこで、コレだ」

 

 私は棚に置いてあったデッキを取り出しました。

 

「自然の……スターターデッキですか?」

「最近は自然文明のプッシュが始まった」

「すごいです! 私がやってた時とか、自然文明って地味・オブザ・地味って感じだったのに!」

 

 やめてあげてください。

 私が桑原先輩本人じゃなくて良かったですね、みづ姉。

 私は冷や汗をかきながら、デッキを清算しようとします。

 

「あっ、お金くらい払いますよ!」

「何言ってんだ、俺まだ今日は買い物してねえし別に良いぞ」

 

 ちなみに、自分の財布からお小遣いを少々抜いてきたのでこれくらいの出費は想定済みです。

 桑原先輩は飯代や俺に必要そうなものは財布から抜いてくれって言ってたので、あまり彼の財布から無駄遣いは出来ません。

 さっさとレジに通してしまうと、私はみづ姉にデッキを手渡しました。

 

「はい」

「く、桑原先輩……本当にありがとうございます! わあ!」

 

 彼女はパッケージの切札の名を呼びました。

 

 

 

「《キングダム・オウ禍武斗》!! とってもカッコ強そうなクリーチャーです!」

 

 

 

 それは巨大な角を持つカブトムシのグランセクト。ガイアハザードと呼ばれる自然文明の四天王の一角です。ゲイルも興味深そうでした。

 バトルに勝てば相手のシールドを9つブレイクする破天九語(はてんここのつがたり)に加えて、場に出たターンに相手のアンタップしているクリーチャーを殴れるマッハファイターまで持っています。

 豪快さ、強さ、文句なし。みづ姉が、とても嬉しそうで何よりです。

 さて、と。後は早速回して、デッキの感覚を掴ませるとしましょう。

 

「じゃあデュエルスペースに──」

 

 

 

「おめでとうございまぁーっす!!」

 

 

 

 え?

 一体何なのでしょう。

 いきなり店員の人が叫んだので、私はびっくりして振り返ってしまいました。

 

「何ですか?」

「お客様は来客のべ1000人目なのでプレゼントを贈呈します!」

「は、はぁ、そうなんですか」

「貴女には、この光り輝く自然のマスターカードをどうぞ!」

「わあ! ありがとうございます!」

 

 みづ姉は嬉々としてそれを受け取りました。たったの1枚だけですけど。

 にしてもなかなか都合が良いですね。このカード、このスターターを直接強化するものじゃないですか。

 というかそのまま突っ込むだけで強いと言いますか……。

 

『……ん』

 

 神妙そうな顔を浮かべるゲイル。

 私は小声で問います。

 

「ゲイル? どうしましたか」

『いや、何でもないよ』

 

 彼はそれっきり、腕を抱えてしまいました。

 ……何でもない事はないようですが。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「桑原先輩、楽しかったです! デュエマ!」

「そうか」

 

 結局あの後、何戦かしました。

 私は、桑原先輩の持っていたデッキのうち、エンジョイ用に用意していたと思しきものを選び勝負しましたが……昨今の構築済みデッキとはずいぶんと完成度が高いのだと実感しました。

 使い慣れて無いデッキだったというのもありましたが、1回負けてしまいましたし、なかなか手強かったです。

 私は──すっかり桑原先輩とみづ姉のデートだったことを忘れてエンジョイしていたのかもしれません。こうして、みづ姉と一緒に遊ぶのは久しぶりですから。

 

「……ビマナって此処からどうやって強化すれば良いのでしょう。ビマナって一撃必殺のデッキですよね?」

「ああ、そうなるな。黒鳥師匠もよくそんなことを言っていた」

「ああ確かに! 師匠のドルバロム、とても強かったの覚えてます!」

 

 そう、ビマナとは一撃必殺。10枚前後の大きなマナを払うからにはゲームを終わらせなければなりません。

 カイザー刃鬼、ターボドルバロム、ターボゼニス。オールデリート。デュエマの歴史上でも数々のビマナデッキが存在しますが、いずれも切札を使えば一方的にゲームを終わらせる事が出来ます。初代ボルバルの話は禁句で。そっちのゲームを終わらせる、じゃないですよ。

 

「桒原先輩のデッキもビマナですか?」

「俺のはまたちょっと違うんだけどな。だけど、そのデッキは順当にマナ溜めていくし……何か無いのか」

「……うーん。コレとか」

「……何だ?」

「名前がとっても強そうです! 後安そうですし!」

「あー……」

 

 ……そう言ってみづ姉が指さしたカードは──大当たりとでもいう物でした。

 それを購入した後、また数戦かしましたが、デッキを使い慣れたのか、みづ姉の勢いは破竹のようでした。更にもう1勝奪われてしまいました。

 もっとも、素の《オウ禍武斗》自体が、ゲームを終わらせるスペック持ちなので強いのは当然でしょう。ただ、やはり追加した1枚積みカードには期待できないのか、買い足したカードはあまり役に立ちませんでしたが。

 さて、そろそろ昼から見に行く映画の話をしていました。

 

「というわけで翠月。映画はどうするんだ? そろそろチケット取りに行こうぜ」

 

 やっと呼び捨てと男言葉にも慣れてきました。

 まだ油断したら素が出そうですが。

 

「えーと、私はこれですね!」

 

 みづ姉は笑顔で言い放ちます。

 

「……え? オールデッド3呪いの館?」

「はい!」

「み、みづき……お前、大丈夫なん? コレ」

「私ホラー映画大好きなんですよ!」

 

 待ってください。

 どう考えてもこれは一般人が見たら肝を冷やしかねないものですよ。

 みづ姉、そんなにホラー映画が好きだったんですか。

 ですが、私がみづ姉に合わせろ、って桑原先輩に言った手前、引き下がれませんね。

 

「……良いぜ。付き合ってやらぁ」

「やたー! 桑原先輩男前ー!」

 

 はしゃぎながら、みづ姉はシアターのある場所まで走っていきます。

 ショッピングモールを出て、人工地盤に辿り着きます。此処を少し歩けば、すぐシアターに辿り着くので昼食前にチケットを買っておきましょう。

 

「あ! 見てみて! 先輩!」

 

 ……ああ。そういえば此処、絶好の撮り鉄スポットと言われるくらい景色がいいんでしたね。

 あまり普段出歩かないからか、すっかりみづ姉はプラットホームの電車に夢中になってしまいました。

 

「ねえねえ桑原先輩! この風景、スケッチには最高だと思いませんか!」

「あ、ああそうだな」

「先輩、風景画得意じゃないですか! もっとテンション上げて! ああ、規則正しく並んでるこの光景、今すぐ此処で描き始めたいくらい!」

 

 ははは、と私は苦笑しました。

 

「ねえ、先輩! しづにも見せてあげたかったわ!」

「……そう、か」

「でも、今は……先輩と一緒に見られるのが幸せなんですよ!」

 

 彼女が詰め寄ってきました。

 待ってくださいみづ姉。その手を握らないで。

 だって、意味が無いんです。貴女がときめいている相手は、今日デートしていた相手は、桑原先輩じゃなくて私なんです。

 そして──妙に空が暗い事に気が付きました。

 おや? 雲でも出てきたのでしょうか。そう思ったのですが──

 

 

 

 

 何だ、あれは。

 

 

 

 

 私は目を疑いました。

 そこにあったのは、大きな翼を広げた漆黒の炎──黒く煌く幾つもの星。

 不定形で、何のクリーチャーかは全く分かりませんでした。

 

「ゲイル。あんなの、いるなら教えてくださいよ──」

『暗野紫月。違う。あいつは今、まさに顕現したばかりだ──!』

 

 次の瞬間。 

 上空からクリーチャーが降り注ぎました。

 異様な姿をしたマフィ・ギャングのクリーチャー軍団。

 ですがその中には、ガラスコップ、傘、ナイフ、日用品のような容貌のカードも落ちていきます。

 

「まさかあれって──」

 

 嫌な予感がします。

 振り返ったみづ姉が「どうしたんですか? 桑原先輩」と首を傾げていることに気付きました。

 まずい。みづ姉を戦いに巻き込むわけにはいきません。もう、私は自分が桑原先輩であることも忘れていました。

 

「──下がってて!!」

「……え?」

 

 次の瞬間、ゲイルが羽ばたき、クリーチャー達が吹き飛ばされていきます。

 宙に舞うクリーチャー。あれ自体は弱いトークンなのか、ゲイルのマフラーが舞うと切り刻まれていきました。

 まさか、これって──空に翼を広げた、あの黒い炎の仕業──!?

 しかもこれだけの数──捌き切れるでしょうか。

 

「げほっ、ごほっ」

 

 後ろで咳き込む声が聞こえます。

 見るとみづ姉が苦しそうに呻いていました。

 私はもう、自分が今桑原先輩であることも忘れて駆け寄ります。

 

「ねえ!? しっかりしてください!!」

「……喉が……頭が……苦しいの……! いきなり……!」

 

 辺りを見回すと、みづ姉同様胸や頭を抑えて倒れていく人々。

 まさか、あの空の黒い炎が原因──?

 沸々と怒りが湧いてきました。みづ姉のデートを台無しにするやつは──許せません。

 これは私のワガママかもしれない。だって、桑原先輩の中に居るのは私だから。

 でも──これが、みづ姉の思い出になるのなら、それをぶち壊すやつは許せないのです。

 

 

「殲滅します。ゲイル、行きますよ」

『分かったよ、仮のマスター!!』

 

 

 

 私はエリアフォースカードを掲げました。

 

 

 

『Wild……DrawⅧ……STRENGTH!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「とうとう見つけたぜ……!」

 

 

 

 黒い靄に包まれたクリーチャーを探して早2時間。

 とうとう、目的のクリーチャーが見つかった。

 最初は正体がつかめなかったが、サッヴァークの超真眼によってすぐさまそれは暴かれることになる。

 現れたのは──青いドレスを広げた女型のクリーチャー。

 まあ何だって関係ねえ。此処でさっさと始末してやるぜ!

 

「桑原先パイ! どうデスか!?」

「間違いねえ! こいつだ!」

『魔力もほぼ一致している! 絶対当たりだぜ!』

 

 嗤う女型のクリーチャー。

 その中心には強力な力が、ヤバいものが鼓動している。

 薄っすらとだが、白いカードが見えた。

 

『道理で強いと思ったぜ……こいつ、女帝(エンプレス)のエリアフォースカード持ちだ!』

「何てこたぁねぇ──おい鮫、力借りるぞ!」

『おうともよ!』

 

 

 

 俺はエリアフォースカードを掲げる。

 いつもと感覚が違うけど関係ねえぜ! さっさと終わらせてやらぁ!

 

 

 

『Wild……DrawⅠ……MAGICIAN!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 こうして、俺とクリーチャーのデュエルが始まってしまった。 

 エリアフォースカードがいつもと違うので、多少デッキも変えてあるが自然中心には違いねえ。

 俺は早速、2枚のマナを使ってカードを使うことにした。

 

「2マナで《ジャスミン》召喚!! 効果で自爆してマナをチャージだ!」

「私のターンねぇ?」

 

 ねっとりと喋るクリーチャーは、2枚のマナをタップする。

 現れたのは《デスマッチ・ビートル》。踏み倒しを規制する、俺もよく使うクリーチャーだ。

 同型だろうが? 上等! 今更容赦はしねえぜ!

 

「俺のターン! 4マナで《ムシムタマ》召喚! 効果で墓地の《ジャスミン》をマナに置いてターンエンドだ!」

「ふふふっ……何故抗うの?」

「ああ?」

 

 俺は不機嫌さを押し出して凄んでやった。 

 テメェがこんな目に遭わせたんだろうが、ふざけんなよ。

 

「良いじゃない、貴女、芸術家なんでしょう? 見たままのモノを描きとるのが好きなんでしょう? 今、貴女は体験したことのない世界に居るわ?」

「ざっけんじゃねえぞ!!」

 

 俺は叫ぶ。

 

「男だろーが、女だろーが、俺が自分らしく居られるのはあの身体だ!! さっさと返して貰うぜ!」

「言ってなさい?」

 

 彼女は1枚のマナをタップした。

 

「呪文、《フェアリー・ギフト》。効果でコストを軽減して──この私を召喚!」

 

 激流が目の前で吹き荒れる。

 俺は目を思わず覆った。こいつは、やべえ予感がするぞ。

 一体何が出て来るって言うんだ?

 

 

 

「《ブルー・モヒート》、華麗に参上なさい!」

 

 

 

 顕現したのは水の舞姫。

 あのクリーチャーと同一、つまり俺と紫月の身体を入れ替えたクリーチャーだ。

 どんなクリーチャーだったかは忘れちまったが、今の俺には生憎処理する手段が無い。

 

「くそっ、俺のターン……! 6マナで《剛撃古龍 テラネスク》召喚! 効果で山札の上を3枚捲って──クリーチャーの《ドルツヴァイ・アステリオ》を手札に加えて残りをマナに置く! ターンエンドだ!」

 

 手札とマナを増やしたのは良いが……どうする。

 あのクリーチャー、何なんだ。何をしてくるんだ?

 まあ、生半可なクリーチャーなら、今手札に加えた《ドルツヴァイ・アステリオ》のマッハファイターで処理出来るが。

 

「おほほ! ターンの始めに《ブルー・モヒート》の効果発動! 私の手札を1枚、裏向きにして相手に選ばせるわぁ!」

「? どういうつもりだ」

 

 あいつの手札は今2枚。

 何なのか分からないまま、俺は手札のうちの1枚を選択する。

 

「これだ!!」

 

 俺は右を選んだ。

 しかし。

 

「ふふふっ、大ハズレよ! それがクリーチャーなら自分のクリーチャー……今回は《ブルー・モヒート》を手札に戻して、手札から直接場に出すわぁ!」

「何だって!?」

『おい、桑原甲……テメェクジ運わりーだろ。だから《マスティン》のデッキやめて《ゲイル・ヴェスパー》に変えたとか──』

「うるせぇ!! 黙ってろ、クソザコナメクジコバンザメ!!」

『俺はホオジロザメだ、このチビ!! 後でマスターに、テメェがマスターのおっぱい自分で揉みしだいてたってでっち上げてやるからな!!』

「卑怯だぞ!!」

 

 が、言い争っている暇はないようだ。

 地鳴りが響く。

 どうやら俺は、とんでもなくデカいクリーチャーを引き当ててしまったらしい。

 

 

 

「──《デスマッチ・ビートル》NEO進化!! 《ハイパー・マスティン》!!」

 

 

 

 俺は顎が外れるかと思った。

 紫月の小さな口では、驚愕を表現するのには余りにも足りない。

 身の丈の数倍はあろうかという巨大なカマキリのNEOクリーチャー。

 自分も使っていたから分かる。こいつは早期に出されたら、早々にゲーム・エンドだ。

 

「テメェが《マスティン》の事持ち出すから、本当に出て来ちまったじゃねーか!!」

『俺の所為じゃねえだろーが!!』

「《ハイパー・マスティン》でシールドを攻撃──するとき、山札の上から3枚を見るわぁ! その中からパワー12000以上の《カブトリアル・クーガ》を場に出して、残りを手札に加えるわよぉ! そしてシールドをT・ブレイク!!」

 

 一気に破壊される3枚のシールド。

 まずいぞ。トリガーも何もねえじゃねえか。

 

「くそっ打つ手無しか……!」

「うふふっ! 《カブトリアル・クーガ》はパワー13000のマッハファイターよぉ! 砕くわぁ! 貴方の《テラネスク》をねえー!」

 

 一瞬でカブトムシのグランセクトに粉砕される翼竜。

 それと共にブルー・モヒートのマナがさらに増えていく。

 

「《カブトリアル・クーガ》のバトルに勝った時の効果で、山札の上から3枚を見て、その中から《カブトリアル・クーガ》を手札に加えるわよぉ! 残りをマナに置いて、ターンエンド!」

「ぐっ……一体次のターンに何するつもりだ?」

『普通に負けそうだけどな』

「黙りやがれ!」

 

 くそっ、怒鳴るのも普段全く声を荒げない紫月の声帯だからだんだん枯れて来やがった。

 あいつには悪いけど……。

 

「うふふっ、いい加減に諦めたらぁ……?」

「……俺のターン。2マナで《ステップル》を召喚。更に6マナで《潜水兎 ウミラビット》召喚だ。ターンエンド!」

 

 浮かび上がるのはⅠ。 

 魔術師(マジシャン)を意味する数字。

 そして、現れたのは潜水艦に兎の頭が付いたようなでっぷりとしたクリーチャー。

 正直、お世辞にも強そうとは言えない。一応、自分のNEOクリーチャーが攻撃するときに相手の山札の一番上を墓地に置いて、それが呪文なら唱えられるという能力も持つが……正直相手依存だ。

 

「あーら、そんな可愛い子で勝てると思ってるの?」

「……」

「うっふふ、そんなので身体を取り戻そうだなんてぇ、甘いんじゃないかしらぁ?」

「……るっせぇ! まだやってみないと分からねえだろ!」

「どうかしらぁ?」

 

 邪悪な笑みを浮かべる《ブルー・モヒート》は、5枚のマナをタップした。

 

双極(ツインパクト)変換(チェンジ)……詠唱(ソーサリー)! 《ミステリー・ディザスター》!」

「なあっ……!?」

 

 唱えられたのは先程手札に加えられた《カブトリアル・クーガ》のカード──その呪文面。

 こいつ、ツインパクトのカードだったのか!

 

「その効果で山札をシャッフルして、表向きにするわぁ。それがクリーチャーなら、場に出すわよぉ!」

 

 何だそりゃ、S・トリガーが無いだけで殿堂入りした《ミステリー・キューブ》と同じ効果じゃねえか!

 もうこの際、何でも来やがれ! 腹ァ括るぜ!

 

「っ……来るか! 来やがれ!」

「現れなさい、《古代楽園 モアイランド》!!」

 

 めきめきぃっ、と地面が隆起して、そこから巨大な石造のクリーチャーが姿を現す。

 《古代楽園 モアイランド》。これで俺の呪文は封じられたことになるのか。

 どうしてこうも、俺が前に使ってたクリーチャーばっかり出てくるんだろうな!

 

「そしてぇ──おしまいよぉ! 《ハイパー・マスティン》でシールドをT・ブレイク!! その時、山札の上から3枚を表向きにして、その中から《カブトリアル・クーガ》、《ハイパー・マスティン》を場に出すわぁ! 《マスティン》は1体目の《クーガ》から進化よ!」

 

 シールドが一気にすべて砕け散る。

 美しくステンドガラスが割れた時のように。

 だけど、紫月の身体を傷つけたくなくて、俺は腕で顔を庇う。

 だが、容赦なくシールドは紫月の身体を切り裂いていった。

 

「あはははっ! どうかしらぁ? 苦痛でしょぉ? 他人の身体が、それも仲間の身体が傷つけられていくのはぁ!」

「テメェ……!」

 

 ブルー・モヒートは嘲笑する。

 

「でもこれで良かったんじゃないかしらぁ? あの子、何か独占欲のような感情が強かったしねぇ? それも、貴方との関係でジレンマになるような程大事なモノ──入れ替えて正解だったかもしれないわぁ!」

「……オイ」

 

 俺は静かに言った。

 

「……な、何よ。急に静かに──」

「S・トリガー、《終末の時計(ラグナロク) ザ・クロック》。テメェのターンは終わりだ」

「っ……!」

 

 言わせておけば好き勝手言いやがって。

 テメェに紫月の何が分かるっていうんだ。

 テメェに俺の、何が分かるっていうんだ!

 

「紫月はな……誰よりも姉ちゃん思いなんだよ」

「な、何よぉ、いきなり」

「俺ァな……あいつが人一倍心配性で、いっつも姉ちゃんの事気ィ遣ってるのを見てきて知ってた。姉妹揃ってああだからな……それがどうだ? 今回の俺と翠月の買い物で、自分の事のように色々気を揉んでな」

 

 ぎりっ、と歯を食いしばった。

 

「あいつが腹の底でどう思ってようが関係ねえよ。あいつは──俺と翠月の買い物を優先してくれたんだよ! 翠月の、翠月の希望を何より優先してくれたんだ! その心意気も知らねえで、他人の心を覗いて好き勝手言ってんじゃねえ!!」

「ぎいっ!?」

「よくも性別入れ替えて、色々邪魔してくれたな。これ以上、後輩に迷惑は掛けられねえんでよ。さっさと終わらすとするぜ」

 

 俺はフードを取り、チャックを降ろす。

 そして、袖を腰に巻き付けて、ブルー・モヒートに指を突き立てた。

 

「このターンでシメェだ!!」

「や、やれるものなら──」

「言われるまでもねぇよ!! 10マナをタップだ!!」

 

 今まで溜めた全てのマナをタップした。

 そして、俺は突きつける。このデッキ最大の切札を。

 大地が震えた。古代の龍を呼び出す準備が整ったのだ。

 

 

 

吼えろ、始祖の暴君のように(プリミティヴ・フェローチェ)──《連鎖類超連鎖目 チェインレックス》!!」

 

 

 

 背後に現れたのは、超巨大な恐竜。

 轟轟轟!! と轟く咆哮が俺の身体を揺さぶる。

 そうだ。何と言われようが、俺は後輩の期待を裏切るわけにはいかねえんだよ!!

 

「覚悟決めろよテメェ!! ……背負ってるモンの違い、思い知らせてやらァ!!」

「な、何をするつもりっ!!」

「こいつはな。自身、または自然のクリーチャーが場に出た時、そいつよりコストが2低いクリーチャーを場に出すんだよ! お返しだ! 《ステップル》からNEO進化!」

 

 思い返せば、この《ステップル》が全ての始まりだっけか。今度は俺に力を貸してくれよ!!

 マナゾーンから飛び出す俺のクリーチャー達。

 さあ、美しい芸術の始まりとしゃれこもうや!!

 10の次は8コスト! 出すのは当然こいつだ!

 

 

 

次はテメェだ(イ・プロッシモエ)、《グレート・グラスパー》!!」

 

 

 

 大量に鳴り響く羽音。

 その中から姿を現す王冠を被った蝗の王。

 高貴なる紫色のマントを翻し、槍を携えた。

 さあ頼むぜ。久々に暴れてくれよ!

 

「はっ、そいつの効果は知ってるわぁ! 今更1体除去した所で──」

「一先ず《モアイ》をマナに置くぜ。そして、《チェインレックス》の効果を引き続き解決だ。次は6コスト、《テラネスク》! 能力で山札の上から3枚を表向きにして、全部マナに置くぜ」

『マナを溜め込んでいる? 今更何のために?』

「へっ、見てろよ鮫野郎。次は4マナ。《霊騎ラグマール》だ。自身をマナゾーンに置くが、そっちもマナにクリーチャーを置けよ」

「ぐう、《カブトリアル・クーガ》をマナに置くわ!」

「最後に《ステップル》を出してマナを増やす。連鎖終了だ」

「でも残念ねぇ! 貴方の負けは──」

「俺の勝ちだ」

「!?」

 

 確かに打点は足りていない。召喚酔いしてるクリーチャーばかりだからな。

 でも、もうS・トリガーも何も関係ない。俺は最も確実に、安全に、勝利を決める事が出来る。

 これで全てお終いだ。

 

「女と札遊びの山札は花だ。テメェの花を散らす──全て丸ごとな」

「なっ!? 何をしても無駄よ!!」

「《グレート・グラスパー》で攻撃──するとき、NEOクリーチャーが攻撃したので《ウミラビット》の効果発動。山札の上から1枚を墓地に」

「成程、私の《ミステリー・ディザスター》を狙ってるのね! 無駄よ! そんなの当たらないわ!」

「ああ、分かってるよ」

「……!?」

 

 目的はテメェの呪文じゃねえ。

 

「蝗と兎は全て食い荒らす──」

 

 《ウミラビット》がばくり、とブルー・モヒートの山札のカードを咥える。

 呪文では無かったのか、そのまま墓地へ捨ててしまった。

 

「──今度は《グラスパー》の攻撃時効果で、こいつのパワー14000より低いパワー13000の2体目の《チェインレックス》を場に出す」

「っ!?」

「1体目の《チェイン》の効果で2体目の《グラスパー》を”今攻撃している”《グラスパー》に重ねるぜ。その効果で、たった今進化させた《グラスパー》をマナに置くぜ。これで攻撃は中止だ」

「な、な、なっ」

「そして、2体目の《チェイン》の効果で1体目の《グレート・グラスパー》を《テラネスク》から進化だ」

「ッ……!」

 

 そう。攻撃中の《グレート・グラスパー》で場に出した《チェイン》の能力で2体目の《グラスパー》を場に出し、1体目の《グラスパー》から進化させる。

 その効果で攻撃中の自身をマナに置くことでアタックキャンセルが出来るのだ。

 

「そして、今出した《グレート・グラスパー》の効果で《チェインレックス》をマナに置く。で、もう1体の《チェイン》の効果で6コストの《ドルツヴァイ・アステリオ》を場に出すぜ。一先ず連鎖終了」

「こ、これってまさか──」

「《グレート・グラスパー》で攻撃! するとき、《ウミラビット》の効果でテメェの山札を食らう」

「っ……今度は呪文……《ミステリー・ディザスター》よ!」

「ヤだよ。テメェの呪文なんざ唱えたら、こっちの山札が切れちまうだろうが」

「あ、貴方、何言ってるの!?」

「マナゾーンから、もう1回《チェインレックス》を場に出し、2体目の《グラスパー》を攻撃中の《グラスパー》に進化させ、さっき同様マナに。そしてまた、《アステリオ》を場に出してから、元から場に居た《チェインレックス》の効果解決だ。再び《グラスパー》を《アステリオ》から進化させて、登場時効果で《チェインレックス》を1体マナに置く」

「あ、ああ」

 

 ようやく気付きだしたみてえだな。

 このコンボは──正真正銘の無限ループ。

 ビッグマナってデッキは、10マナ払ったら絶対に相手を殺せなきゃいけねえ。黒鳥さんがそう言っていた。

 ゲイル以外のデッキを使うのは久々だけどよ……これが俺なりの覚悟って奴よ。

 絶対に負けない、魂の現れって奴さ!!

 

「覚悟決めろよゴラァ。《グラスパー》が攻撃するたびに《ウミラビット》の山札を墓地に置く効果が誘発して、更に1体目の《グラスパー》の効果で《チェインレックス》2体目を場に出す。

 その後、1体目の《グラスパー》に2体目の《グラスパー》を重ねて自身の効果でマナに置く。

 次に《チェインレックス》1体目の効果で、6コストクリーチャーを場に出す。

 最後に《チェインレックス》2体目の効果でマナからもう1回、1体目の《グラスパー》を場に出す……後は今のを延々と繰り返すだけで俺の山札は減らずに、テメェの山札だけ削り取れるコンボの完成よ。俺ァ頭が悪いからな。覚えるまで大分時間掛かったんだぜ」

「や、山札を全て削り取るゥ!?」

「覚悟決めろや!! テメェの山札が擦り切れるまで全部、《グラスパー》の攻撃は予約しておいてやるぜ!! ゲームが終るまでな!!」

「ぎいいいいいい!!」

 

 蝗と兎。

 これらは害獣としても知られる動物だ。

 彼らは食いつくす。ブルー・モヒートの山札を、枯れるまで食い尽くす。

 誰にも彼らの食害を止める事は出来ない。

 

「ああああああああ!! 私の、私のおおおおおおおおおおおおこんな、こんなことがあああああああ!!」

 

 ばくり、と最後の山札を《ウミラビット》が食い尽くす。

 その瞬間──槍を掲げた《グレート・グラスパー》が文字通り、蝗の大群に分裂してブルー・モヒートへ襲い掛かった。

 

 

 

「シメェだ! 全部元に戻して貰うぜ! 蝗皇の軍勢(オール・ディ・ルコーステ)!!」

 

 

 

 無数の(パルチザン)が無防備なブルー・モヒートを狙う。

 そして、容赦なく全てが彼女を貫いた──ライブラリアウト。

 山札が切れたプレイヤーは敗北する。

 つまり──俺の勝利だ!

 

 ※※※

 

 

 

「……紫月!!」

 

 

 

 紫月の身体に彼女の心が戻ってきたという急報を受けて、俺達は一度集合した。

 しかし、彼女の様子は変だった。妙にやつれている。身体は戻ったけど、全く喜べないという状況らしいのは確かだった。

 そこに落ちているのは、エリアフォースカード。

 入れ替えを行うほどの力を持つのだから、驚くことではなかった。

 

 

「白銀、先輩……!」

 

 だが紫月は、憔悴した様子で俺達に向かって乞うように手を伸ばす。

 一体何があったんだ。

 

「おい、大丈夫か」

「私は大丈夫です。でも──みづ姉が。そして私が戻ってきた、ってことは今度は桑原先輩が……!」

 

 彼女は泣きそうになって言う。

 

 

 

「──皆さん、お願いです。2人を、助けて──!!」



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Ace30話:桑原の長い一日・後編

「──ん?」

 

 

 

 気が付くと、景色が変わっていた。

 どうやら駅前のショッピングモールらしい。

 ブルー・モヒートを倒した事で、俺の身体と紫月の身体が元に戻ったようだ。

 ふぅ。やっぱり慣れた身体は違うぜ。生まれ変わっても男で良い。

 ……にしては空気が異様だ。

 しかも、妙に身体が重い。今度は重量じゃねえ。なんか、空気が重苦しい。辺りを見回す。

 

「何だ? どうなってんだ?」

 

 苦しそうに呻いたり、気を失った人々。

 一体何があったのだろう。

 

「せん、ぱい……」

 

 そして──それは、後ろで悶えている翠月も同じだった。

 

「翠月ィ!!」

「く、くわばら、せんぱい……!!」

「おい!! 大丈夫か!! しっかりしろ!! おい!!」

『マスター! 戻ったのか!』

 

 声がする。

 ゲイルだ。良かった、コイツから話を聞こう。

 

「ああ、戻ったぜ。それよかこりゃどうなってんだ!?」

『ともかく、空を見てほしい!』

 

 ゲイルは指差す。

 空? そういえば妙に暗い。

 俺は恐る恐る空を見上げた──そして、眼を見開いた。

 

 

 

「何だありゃ──!!」

 

 

 

 それは、絶望を振り撒く黒い翼。

 星を食らい、希望を食らい、そして命を食らう。

 余りにも巨大で、余りにも絶対的。

 太陽さえ覆いつくすその巨大な炎に──俺は、ただ茫然と立ち尽くしていた。

 

 

 俺は、あいつに直々に絵の事を教えることが多かった。勇気を振り絞ったのか、そんなに畏まらなくても良いのに頼み込んできたのだ。他の1年は俺の事を怖いだの言って俺の事を避けていた。2年の時からそうだったから、別段気にしてなかったし、教えるだけなら他の奴でも別に良いだろう。

 だけど、何故よりによって翠月が俺にわざわざ教わろうとするのか、それが分からなかった。

 

 

「うるせぇ。絵ェ描く邪魔だ」

 

 

 

 最初に会った時、彼女に言い放ったのはこの言葉だ。

 ステップルに憑依されていた時の俺は、狂ったように桜に打ち込んでいた。だから、やってきた彼女が邪魔で突き放した。そういったこともあって、翠月は紫月に俺の事を相談したらしい。今思えば、あの頃の俺は最低だった。

 なのに、ステップルの事件が終わった後に彼女はもう1度俺の所にやってきた。ワイルドカードに憑りつかれて、狂ったように桜を描いていた俺を止めようとして、それを俺は無下にも突き放した。にも拘わらず、あいつはまたやってきた。

 

「だって、先輩の絵でこの高校に入ろうって決めたんです! 何回断られても、着いて行きますよ! 勝手に!」

「……いや、別に構わねえが」

「え? ……やたー!! それってOKってことですね!!」

 

 俺にだって良心の阿責ってもんがある。

 あの時、突き放してしまったのを正気に戻ってから悔やんでいた。

 

「いや、そもそも……こないだは、済まねえことをしたな。あんな事言ってよ」

「い、いえ! 別に良いんです! 私も、邪魔したなあ、って思って」

「……でも俺で良いのか?」

「桑原先輩じゃないとダメなんです!」

「お、おお……」

 

 俺は、それからというものの若干彼女の熱血気味な所に圧されつつも、再び美術への情熱を取り戻していった。

 白銀とのかかわりで、また人間関係の中に入る事の楽しさを覚えたのもあるのだろう。俺の罪悪感と負い目で冷めた心は、だんだんまた熱くなっていった。

 気が付けば、一番近くに居た後輩は翠月だけだっただろう。彼女は気が付けばすぐ近くに居たからな。

 だけど、俺はそんな後輩に大きな秘密を隠している。

 

「先輩、また怪我してる」

 

 それから大分経って、冬休みが明けた後の事。

 ある日、翠月は俺に向かってそう言った。

 ワイルドカードと戦った次の日のことだった。

 俺は白銀達みたいに、キリキリ戦えるわけじゃねえ。だから、どうしても傷が増えてしまう。

 そんでもってこの頃から感づいていた。最近、妙にワイルドカードが多いな、と。

 屋上にやってきた翠月は、そんな事情知る由も無く絆創膏を貼った俺の顔を見て不安そうな顔を浮かべた。

 

「……先輩。大丈夫ですか?」

「ああ?」

「最近、妙に怪我する事が多いですけど」

「気にすんな!」

 

 俺は絵筆を走らせた。

 こいつに心配されたくない。

 翠月の不安な顔を見ると、俺が辛い。

 こいつは──1度、ファウストに操られている。

 そして紫月によって介錯するかのように、倒されている。

 翠月だけには、こんな戦いに巻き込みたくねえんだ。

 

「先輩も、何も教えてくれないんですか。そうですよね。私は、先輩にとって沢山いる後輩の中の1人に過ぎないんですから」

「……翠月……」

「でも、何かあったら言って下さい。例え、先輩にとって私が沢山いる後輩の中の1人でも──私にとって、最高の先輩は桑原先輩しか居ないんです」

「テメェ……」

 

 ……俺ァ、本当に駄目な奴だなあ。

 こんな年下に心配までされたら、先輩の面目丸潰れじゃねえか。

 

「先輩。翠月からお願いです。無理だけは、しないで下さいね。絵も、他の事も」

 

 何でだろうなあ。

 こいつ、いっつも俺の事、そうやって信じてくれるんだ。

 最初のステップルの事件の時だって、こいつだけは俺の事の無実は信じてくれてた。 

 でも、犯人は俺も同然だ。事件を引き起こしたのは、俺に憑依したステップルなのだから。

 今回だってそうだ。

 俺は……こいつに、何時も隠し事してばかりだ。

 胸が苦しい。出来る事なら言ってしまいたい。だけど──それは出来ねえんだ、翠月。

 

「ああ、程々にやる」

 

 俺ァ……最低の先輩だぜ。褒められたもんじゃねえ。

 彼女が盲目的に俺の絵に憧れてるのを良い事に、俺はこの有様だ。

 こんな会話、紫月に知られたらどんな面して顔を合わせたら良いのかね。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「桑原……せん、ぱい?」

 

 屋内に連れていき、しばらくすると翠月はゆっくりと目を開けた。

 あの怪物が居る屋外よりは、多少マシなのだろうか。

 ゲイル曰く、あの怪物が放散している瘴気が、エリアフォースカードを持たない人間に作用しているらしい。

 生命力を文字通りじわじわ奪っていく、”死の霧”とのことだった。このままでは、死に至るのも時間の問題だという。

 既に救急車の音が鳴り響いているが、病院に運んだところで無駄だろう。打つ手なしだ。瘴気は、町全体に広がりつつあるというのだ。止めるには、怪物を倒すしか方法はない。

 

「ゲイル。何で俺は無事なんだ?」

『エリアフォースカードの所持者だからね。影響を、ある程度は軽減しているのだろう』

 

 そういうことか。

 なら助かった。俺は動くことが出来る。

 そして、窓から見える、空からゆっくりと落ちているクリーチャー達。

 あれは──

 

「魔導具……!」

『ああ、暗野紫月もそんな事を言ってたねえ』

「ああ。マフィ・ギャングの新しいクリーチャーだ。となると、あの黒い炎の正体も想像がつくぜ」

 

 それは、最近現れたカード群だ。それぞれがポットやグラス、家具や絵画などの小道具の姿を模しており、揃う事で強大な存在を呼び出すことができる連中だ。

 俺はまだゲームで見たことはねえが……何でこんな連中がワイルドカードになってんだよ!?

 

「聞いてねえぞ畜生……!」

 

 言いながら、俺はスマホに手を掛けた。

 今すぐ応援が必要だ。あの化け物、俺1人でどうにか出来るとは思えねえ。

 何より敵の数が多い。

 

「……やっべ」

 

 俺はスマホを起動しようとして、あることに気付いた。

 あらかじめ、紫月と入れ替えていたのだ。俺では紫月のスマホにログイン出来ない。

 かといって、このご時世公衆電話なんぞ簡単には見つからない。

 我ながら、電子社会の弊害というものを身を以て味わっている所である。

 いや、言ってる場合じゃねえ。とにかく苦しむ翠月──いや、それどころか他の人もこのままでは危ないのだ。

 

「……せん、ぱい。助けてくれて、ありがとう」

「翠月。苦しいよな。今俺が何とかしてやるからよ」

 

 朦朧とする意識の中、彼女は頷いた。

 

「せん、ぱい……くわばらせんぱい」

「何だ?」

「せんぱい、やっと何時もの調子に戻った……今日、ずっとヘンだったから……」

「言ってる場合か! 良いか。そこで大人しくしてろよ」

 

 俺は上着を脱ぐと、彼女の身体に掛けてやる。

 そして──一目散に駆けだそうとする。

 しかし。袖を、彼女が掴んだ。

 

「せんぱい──ひとりは、やだぁ」

「翠月……」

「わたしを、おいて──いかないで」

 

 自分の置かれている状況。

 苦しそうに呻きながら、蒼白させた顔面で言い放つ翠月。 

 見ると、屋内に居た人々も次々に倒れていくのが見える。

 最早、一刻の猶予もねぇようだ。

 弱々しい力で握られる俺の手。とても冷たくて、柔らかくて──脆く、今にも壊れてしまいそうだ。

 ……この子を此処に置いて行けっていうのか。歯を食いしばった。

 思い返す。今まで、翠月の知らない所でずっと戦ってきたことを。

 そして、彼女もまた知らないうちにその戦いに巻き込まれてしまった時の事を。

 強く、手を握り締めて──その手を離す。

 今度も、信じてくれるテメェの手を振り払う。

 だけど──俺だって、テメェが大事なんだぜ翠月。

 一度だって、テメェが傷ついて良いだなんて思った事はねえよ。

 ……だからテメェを置いていく。

 今度は他でもねえ。テメェを助ける為だ。

 

 

「──すまん、翠月」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ゲイル。俺を背中に乗せて飛ばしてくれ!」

『はいはい、分かってるよマスター!』

 

 そうと決まればやるべきことは1つだった。

 屋外に飛び出した俺は、ゲイルの背中に飛び乗る。

 彼も意気揚々と翼を広げ、風が彼の周囲に纏わりつく。

 どうやら、守護獣も俺の身体に紫月が入った状態では100%の力を発揮できなかったらしい。

 だけど、今の俺とゲイルなら──あのクリーチャーの下まで飛び立つことが出来る!

 

『さあ、飛ぼうか!!』

 

 言って、旋風と共に魔導具が降りる空へ──

 

「っ!?」

 

 ──飛べなかった。

 ゲイルは手を地面に突き、息を切らせる。

 

「ゲイル!! どうしたんだ!?」

『馬鹿な。(ストレングス)の魔力は、こんなものでは……まさか』

 

 ゲイルは黒い炎を睨んだ。

 まさか、弱体化しているってのか。

 あの黒い炎の瘴気に、ゲイルもやられているのか。

 そうなるとまずい。敵は空に居るのに、これじゃあどうにもならねえじゃねえか!

 どうすりゃ良いんだ!

 

「!!」

 

 パリンッ!! 

 パリンッ!!

 音を立てて、魔導具が地面に触れると砕け散る。

 そして、どくどく、と溢れ出して地面に流れた紫色の液体が勝手に魔法陣を描いた。

 

 

 

 グリ……

 

           ドゥ……

 

     

 

 

    ザン……

 

 

 

 

 

 

      ゼーロ

 

 

 

 不気味な声が響き渡った。

 すると、どくどく、と液体が流れる音と共に魔法陣が開き、次々に異形を象っていった。

 紫色の炎に包まれてフードを纏った男の影。

 

「……《ストロング・ゲドー卍》か」

 

 それも1体だけじゃない。

 2体、3体、と次々に現れて俺を取り囲んでいく。

 どいつから倒せば良いんだ……!

 

『駄目だ!! 旋風を巻き起こしても靡きやしない!! 実態が無い、亡霊のようだ!!』

「くそっ、こうなったら1体ずつデュエルで──!!」

 

 俺が(ストレングス)を掲げたその時だった。

 突如、何体もの《ストロング・ゲドー卍》が手を上に上げた。

 すると、魔法陣が俺の周囲に描かれていく。

 間もなく、紫色の炎が俺達の身体を焼いた──

 

 

 

「ぐあああああああああああああああああああああああ!?」

 

 

 身体の奥底から絞り出されていく絶叫。

 それと共に、生命力も全てこし出されていくようだ。

 駄目だ。このままだと絞りカスになっちまう。

 そして、身体が熱い。

 苦痛が、熱感が、俺の肌を焼いていく──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何とかよお、辿り着いたのは良いが……」

 

 成程、あれが全ての元凶か。

 ショッピングモールの近辺に浮かぶ巨大な鳳を見上げた。

 俺達デュエマ部は、紫月曰く巨大なクリーチャーに襲われている桑原先輩を助ける為にショッピングモールへ急行していた。

 そして、そこにあったのは、昨日俺が見た巨大な黒い炎だったのだ。

 翼を広げ、咆哮する巨大な怪物。

 その姿は伝説上の生物・朱雀に似ている。

 

「あれはワイルドカードなのでしょうか?」

「分からんな。流石に巨大すぎる」

 

 火廣金が眉を顰める。 

 こんなに巨大なクリーチャーを見たのは、アルカクラウン以来だ。

 そして、純粋な脅威で言えばあの鳳だけでもサッヴァークに並ぶだろう。

 

「サッヴァーク! あのクリーチャーの正体を見通せるデスか!?」

『うむ。心得た──』

 

 ブランの指示通りに、胸の眼でクリーチャーを見通そうとするサッヴァーク。

 しかし──

 

 

 

「その必要はない」

 

 

 低く、ノイズの掛かった声が響き渡る。

 振り返ると──そこにあったのは、貴族のような服と帽子を身に纏った男だった。

 しかし、その顔面は漆黒。

 切れ目のような瞳から不気味に光が放たれていた。

 白髪を撫で、彼は優雅な仕草でお辞儀すると名乗る。

 

「我が名はハインリヒ・ダーマルク。影の者だ」

「影の者……マフィ・ギャングのクリーチャーか!」

「左様」

 

 彼はマントを翻す。

 そこには、幾つもの小道具のようなクリーチャーが備え付けられている。

 俺達は身構えた。こいつも、今までのクワイルドカードとは一際違う力を持っている。

 

『ワイルドカードでありますよ! しかし、どうやって此処まで成長したのでありますか!』

「関係ねえ! 要は、テメェの仕業か。ハインリヒ・ダーマルク!」

 

 俺が叫ぶと、ハインリヒ・ダーマルクは不気味な笑い声をあげた。

 

「違うな。私は所詮、マスター・ドルスザクに生み出された存在に過ぎない。そして、マスター・ドルスザクの命に従って、魔導具を振り撒き、新たなるドルスザクを作り出す」

「ドルスザク、って……最近現れたというマフィ・ギャングのクリーチャーだよな」

 

 俺が言うと、紫月も頷いた。

 ということは、あの黒い炎のような奴がマスター・ドルスザクってことか。

 道理で今までの奴とは格が違うと思ったぜ。

 

「ということは、あのマスター・ドルスザクも恐らくワイルドカードなのだろう」

「そうだ。だから、我が主の邪魔はさせぬぞ。この時の為、多くのクリーチャーを食らい、最強のクリーチャーとなっているのだからな」

「……文字通り、史上最悪、史上最大のワイルドカードってことデスか!」

「その通り! このまま、人々の負の念を最大限まで吸収すれば、あの方は更に強くなる」

 

 そう、ハインリヒ・ダーマルクが言い放つと、俺達の影から何体ものクリーチャーが俺達を取り囲んだ。

 くそっ、こんな取り巻き相手にしている暇はないのに!

 今もこの間にも、翠月さん、そして桑原先輩が危険な目に遭っているんだ。

 早く助けに行かないと──!

 

 

 

「諸君、新しい暗黒の太陽による月無き夜が訪れる時を心待ちにしているだろうが……此処で死んでもらおう!!」

 

 

 

 そう言って、ハインリヒ・ダーマルクは影に溶けて姿を消す。

 くそっ、自分だけ逃げやがった! どっちにしたってこの群れをどうにかしねえと!

 

皇帝(エンペラー)、起動!!」

魔術師(マジシャン)、お願いします」

正義(ジャスティス)、行くデスよ!!」

「起動術式──戦車(チャリオッツ)!!」

 

 叫んだ俺達は空間の中に包み込まれる。

 エリアフォースカードの起動音が無機質に木霊した。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 くる、しい。

 息が詰まって、胸が締め付けられて、喉がイガイガして、頭がくらくらして──周りには誰も居ない。

 嫌だ。死ぬのは嫌だ。 

 何故か分からない。でも、瞼の裏にあの人が酷く苦しむ姿が浮かんでいた。

 折角楽しかったデート。でも、私はまだ桑原先輩に言いたい事が沢山あるのに。

 ああ、でも、どうせこの恋は叶いやしないんだろうな。だったら、もういいや。

 それに桑原先輩、またどっかに行っちゃった。

 どうしたんだろう。まだ戻ってこない。せめて、早く戻ってきてほしいよ。

 私は苦痛で喘ぎながら、上着を抱きしめた。

 あの人が、傍にいてくれるように感じた。

 ……あれ? 

 そういえば、さっきまで起きているのも辛かったのに……どうして、身体を動かせるんだろう。

 今も辛いけど、辛うじて動ける。

 見ると、周囲の人達も倒れている。どうして? どうしてこんなことになってるんだろう。

 駆け寄って声を掛けたけど、反応を示さずに唯々苦しそうに呻くばかり。

 まるで、悪夢にうなされているみたい。

 

 

 

『そこなお嬢さん、あいや待たれい!』

 

 

 

 何処からか、声がした。

 見ると、デッキケースからだ。

 ……え?

 

「しゃ、喋ったぁ!?」

『うぬよ。我が声が聞こえるか』

「え、えと、何でしょう? どこの誰だか分からないけど、どーなってるんですか!?」

『奇怪に思えるかもしれぬが、助太刀し致す。うぬは我が仮の主であるが故』

「あるじぃ!?」

 

 私は困惑を隠せない。

 すっごい貫録のある重厚な声。

 だけど、まるで歌舞伎のような言い回しで分かりにくい。

 そしていきなり私の事を主とか言い出した。いよいよもって分からない。

 けほけほ咳き込んで、私は声のする方に向かって言った。

 

「悪戯が酷いわ! いるなら出て来てよ! 一体誰!?」

『それは出来ぬ。だが──うぬが我と契約をするというのならば、それも出来よう。そして──うぬの大事な人を助ける事も』

「!」

 

 大事な人──今この場に居ないしづと、桑原先輩の顔が浮かぶ。

 2人が危ない目に遭ってるの?

 

『我は探していた主に相応しき、人間を。そして見つけた──』

「私が……?」

『あれを見よ』

 

 その時、デッキケースが飛び出して何処かへ行きだす。

 私はそれを追いかけた。

 すると外に飛び出し、気味の悪い空気が私を包み込む。

 だけどそこには──人工地盤の上で手を突き、苦しむ桑原先輩の姿があった。

 近寄ろうとする私を、デッキケースが制した。

 

「桑原先輩!!」

『待てい。止まれ!』

「な、何で!?」

『うぬには、まだ見えておらぬ。あの男が、何故苦しんでおるのか。そして、うぬが何故苦しんでおったのか』

「見えて、ない……!?」

『そう。我と契約する事で、うぬはこの世界の真実を知る事になる。だが、それはとても厳しい戦いの始まりでもある』

「この世界の……真実」

 

 その時。

 桑原がこちらを見て、はっとしたような表情をした。

 

「翠月ィッ!! 逃げろォーッ!! 何やってんだァ!!」

「くわばら、せんぱい……!?」

「何でこんなところに来たんだ!! あっちに行ってろ、って言っただろ!!」

「先輩……でも」

「うるせぇ、俺ァ大丈夫だ!! ぐああああああああああああ!!」

 

 先輩。何で嘘をつくの。

 そういえば、怪我してた時もそうだ。

 大丈夫、平気、何てことはない。

 そんなことばっかり言って──!

 

「何で……!」

『うぬは、優しい周囲に囲まれていたのだろう。それは優しい嘘だ。うぬを心配させない為故』

「でもっ……」

 

 ぎゅう、と私は手を握り締める。

 

 

 

「優しくても、ウソはウソですよ、先輩ッ……!!」

 

 

 

 見たい。

 見ないといけない。

 この世界の真実というものを。

 それが、先輩を助けることに繋がるのなら──私は見なきゃいけない。

 

「ねえ、契約して! 私と──!」

『その心は?』

「私は、もう大好きな人が知らない所で傷ついてるのは──嫌なの!!」

 

 ふっ、と笑みが聞こえる。

 

『──御意』

 

 次の瞬間、何処からともなく白紙のカードが飛んでくる。

 そして、それは不気味な声を放ち、私の前に現れる。

 

「な、なにこれっ」

『我ハハーミット(隠者)……全テヲ覆イ隠ス神秘ノ輝キ』

「……ハーミット……タロットの、カード……?」

 

 とても禍々しいエネルギーだ。

 ただの白いカードなのに、何かが居るってはっきりとわかる。

 

『それはエリアフォースカード! うぬが戦うための剣よ!』

「エリアフォースカード……?」

『恐れるな、覚悟を見せい。その手で、うぬの覚悟を示してみろ』

「……私の、覚悟……!」

 

 私は躊躇なくそれを手に取った。

 助けたい。桑原先輩を、助けなきゃ。

 暖かい何かに手が包み込まれる、

 光が、私の前に現れる。

 叫んだ。覚悟、そして私の望みを。

 

 

 

「悔しいけど……私だけじゃ、大好きな人を守れない」

 

 

 

 だけど、このカードを取れば──私は戦える。

 

 

 

「だから、私に、誰かを守る力をくださいっ!!」

 

 

 

 次の瞬間、白紙のカードに刻まれていく、ローマ数字のⅨ。

 そして、焼き付けられていくイラスト。それは、灯りを照らすローブを被った老人の姿があった──!

 

「!!」

 

 その時。世界は変わった。

 私の眼前には──無数の異形の姿があった。

 

 

 

「キャアアアアア!!」

 

 

 

 思わず声が飛び出し、扉にぶつかって、しまう。

 何、あれ……!

 とても怖い。だけど、桑原先輩を取り囲んでいる。

 それだけじゃない。桑原先輩の背後にも、巨大な蜂のような怪物が居る。

 

「あ、あ、あれって……!」

『左様。クリーチャー也。あの黒いフードを被った異形のクリーチャーはワイルドカード。人に寄生し、仇成す存在よ』

「あんなのと、どうやって──! もしかして桑原先輩は、今までずっとあんなのと戦ってたの……!?」

 

 こんなものを見せられたら例えウソだったとしても、信用せざるを得なくなる。

 桑原先輩だけじゃない。

 思えば傷ついて帰ってくる時もあったしづも、そして誰なのかはっきりと分からないけど──その仲間達も。

 ずっと、あんなのと戦ってきたっていうの。

 その時。キィン、と頭に何かが響く。

 何だろう、脳裏に焼き付いてきたこの記憶。

 私が──しづと戦ってる!? そして、倒れた私を見てしづが泣いている……!?

 ごめんなさい、守れないで、ごめんなさい、って謝って──!

 

「……何のために」

『守る為。うぬと理由は微塵も変わらぬ』

「!」

 

 嫌だった。

 大事な人達が、こんな戦いをしているなんて。

 大事だから傷ついてほしくなんかなかった。

 でも、あの人たちも──守る為に戦っていたのならば。もう私は、守られるだけは嫌。

 さっき、そう覚悟したんだから!

 

「……良いわ。やってやる……!」

『うぬには我がついておる!! うぬに危険が及んだ時は我が守ろう!! ッ……!!』

 

 私は思わず、手で顔を覆った。

 大嵐が吹き荒れる。

 あの蜂のクリーチャーが物凄い速度で、黒い異形を切り刻んでいった。

 そうだ。あの蜂は見た事がある。桑原先輩の切札の、《天風のゲイル・ヴェスパー》じゃない!

 

『《ストロング・ゲドー卍》の群れを一瞬で粉砕するか。凄まじい力。あの男と、男の守護獣も、同様であるか。だが、もう限界だろう』

「桑原先輩!!」

 

 私は駆け付けた。

 呆然とした様子で、桑原先輩は力なく私を睨んだ。

 

「な、何で来やがった……! テメェ、契約したのか……! 何で……」

『どうも、そうらしいね……我がマスター。あれは、行方不明だったエリアフォースカードとエネルギーが同じだ』

「ウッソだろ……! 翠月! テメェ、どうして……!」

「分からないです。今だって怖いし……でも、それだけじゃないんです」

 

 私は言い放つ。

 伝えなきゃ、桑原先輩に。

 

「これ以上、大好きな人が、知らない所で傷つくのは──嫌だったんです!!」

「翠月……」

「しづも、今年に入って怪我して帰ってくることが多かった。桑原先輩も、気が付けば怪我だらけだった。私は、踏み込めない自分が嫌だったんです」

「俺ァ……テメェに、こんな事知ってほしくなかった。大事な後輩だから……守りたかった。こんな非日常から──!!」

「……良いんです。先輩のその気持ち、分かります」

 

 先輩はボロボロだった。

 全身が傷だらけで、服は焼けこげている箇所も所々あって、本人はもう立てそうにないようだった。

 

「でも、先輩に守られた分、今度は私が守る番です。女の子だって、見てるばかりじゃつまらないから……!」

「……翠月……!」

 

 彼は後悔しているように、言った。

 

「俺は……テメェが日常の象徴だった。何も知らねえテメェが、日常の象徴だったんだ。……でも、そんなの自分勝手だよな。テメェに、隠しきれてなかったんだからよ」

「当然です。伊達にお姉ちゃんはしていませんから。ね?」

「……済まねえ。情けねぇ。だけど、頼めるか? このままじゃ、俺だけじゃねえ。今倒れてる人全員、あの世送りだ!」

「……死んじゃうん、ですか」

「ああ。さっさと元凶を叩かねえ限りは……出来るか?」

「……やります。大好きな、先輩の頼みなら……頑張れる!」

 

 次の瞬間。

 空から何かが降り落ちて来る。

 それが、パリン、パリン、と音を鳴らして割れた。

 すると魔法陣が描かれて──

 

 

 

  グリ……

 

           ドゥ……

 

     

 

 

    ザン……

 

 

 

 

 

 

      ゼーロ

 

 

 

 

 

 現れたのは巨大な虎のようなクリーチャー。

 その頭には大きな角が生えていて、全身は炎に包まれている。

 また化け物だ。それも、今度はさっきのとは比べ物にならない!

 

「《卍デ・ルパンサー卍》だと!? 駄目だ。もう、戦う力が……!!」

 

 桑原先輩が悔しそうに言い放つ。

 それなら、もう私がやるしかない!

 

『任せい、この程度なら──語るに及ばず』

「え!?」

 

 飛び出したデッキケースから1枚のカードが飛び出す。

 それが光と共に──実体化した。

 

「あ、あなたは……!!」

『──知らざぁ言って聞かせやしょう』

 

 身の丈に見合った拳。

 岩石に包まれた、頼もしい程に大きな身体。

 そして、全てを打ち砕く大きな角──とても、強そうなクリーチャー。

 よく覚えてる。先輩に買ってもらったデッキの切札だから。

 

『生まれは椚林、喧嘩の尽きねえ自然文明、売られたなら買わずにゃいられない、足を振り下ろせば大地が悲鳴を上げ、拳を突き上げれば天に穴穿つ、角に九つ、拳に九十、合わせて九十九(つくも)、その物語聞けば誰も震える大地の災害此処に一つ』

 

 そして、その羽根を大きく広げて、地面を蹴り飛ばした。

 めきめきっ!! と音を立てて、人工地盤が抉れた。

 瞳が赤く光る。その身体全身に、黄金の罅のような模様が迸り、胸のカブトの紋章が輝いた。

 

 

 

『名せえゆかりの《オウ禍武斗》たぁ、俺がことだぁ!!』

 

 

 

 飛び出したオウ禍武斗は巨大な炎の化身に躊躇なく角を突き刺し、空へ放り投げる。巨大なのに、余りにも機敏な動き。目にも留まらない。

 とても、カッコ良い。何て頼もしい姿なんだろう。

 空中に放り投げられたデ・ルパンサーに、オウ禍武斗が角を突き刺して、地面へ振り落とした。

 叩きつけられると共に、その身体はバラバラに砕け散った──

 

『一昨日出直してこい、三下』

 

 ドスン、と大地に降り立ち、オウ禍武斗は私の方を見た。

 とても強くて、でも優しい目。

 まるで、桑原先輩みたいだ。

 

『あれがガイアハザードの一角……キングダム・オウ禍武斗……!! 自然文明最強の”力”の象徴……! 余りの強さに、(ストレングス)でさえ守護獣には選べなかった。まさに、全てを崩壊させる大地の災害……故に、神秘を司る隠者のアルカナでなければ、抑える事は出来ないだろう』

「翠月の奴……とんでもねえクリーチャーに目ェ付けられちまったみてえだな……!」

 

 驚いてるけど、私何もやってないよ、先輩!?

 そんなことを思ってたけど、オウ禍武斗が降り立って満足そうに言った。

 

(あるじ)と契約したおかげで、我は本来の力が出せる』

「そんな。私は何もやってないよ」

『うぬの覚悟が、我の力を増幅させるのだ。さて、終わらせようぞ』

 

 指を指した先にはとても巨大な翼。

 アレを倒しに行くのだろう。

 

「ま、待って! わ、私に出来る事ってあるの……!?」

『あの鳳は、我のみでは堕とす事が出来ぬ。うぬの力が必要だ』

「っ……分かった」

「翠月!!」

 

 桑原先輩の声が聞こえた。

 

「……テメェ、無茶だけはすんじゃねえぞ。絶対に、帰って来やがれ」

「分かってます。先輩。待っててくださいね!」

「……ああ。負けるんじゃねえぞ、翠月」

 

 オウ禍武斗が大きな手を私に差し出す。

 私はそれに躊躇なく飛び乗ると、私を優しく包んで背中の上に乗せた。

 

『手を離すな。落っ死ぬなんて、洒落にならぬ』

「……はい。よろしくお願いします──オウ禍武斗!」

 

 風が私を包み込む。

 大丈夫。何故だか分からないけど安心できる。 

 そうだよ。私だけじゃ無理でも、二人なら──戦えるわ!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「辿り着いた……!」

『あれが親玉だ』

 

 不定形な黒い炎。

 翼を広げたそれは、私達を見つけると、ぐにゃぐにゃと形を変え始めた。

 そして、真の姿を現す。

 それは言うなれば不死鳥。身体に幾つもの黒い星を抱え、紫色の炎で象られた不死鳥だった。

 いや、不定形なのを見るにあれが真の姿かどうかも怪しい。

 どうやって倒すんだろう。

 

『うぬよ。デッキケースを持ってるな?』

「デッキケース? 一応は」

 

 まさか投げて使えだなんていうんじゃないわよね。

 

『奴を倒すには──決闘が必要だ』

「決闘……って、まさかデュエマ!?」

 

 私はうっかり手を離しそうになった。

 此処に来てカードゲームで勝負をつけるの!?

 

『侮らぬことだな。これは只の札遊びではない。文字通り戦いであり、決闘。負けた方の命は保証されぬ』

「っ……!」

『だが、勝てばあのワイルドカードを倒す事が出来ようぞ』

「……やる。それしか方法が無いのなら!」

『エリアフォースカードを、隠者(ハーミット)を掲げよ! そして、起動を命じるのだ! うぬらのルールで、ねじ伏せよ!』

 

 私は隠者(ハーミット)のカードを掲げた。

 巨大な不死鳥が迫ってくる。その前に──

 

 

 

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)(ナイン)……Hermit(ハーミット)!!』

 

 

 

 いきなり無機質な電子音が響き渡る。私はうっかり取り落としそうになったけど、そんな暇はなかった。

 その瞬間、私の視界は光に包まれた──

 

 

 

「あ、あれ?」

 

 

 

 私は何故か地面の上に立っている。

 そして、気が付けば5枚の盾が目の前に展開されている。

 透明な、ガラスのような──そして、私の手元には5枚のカード。

 さらに山札があった。

 これって、やっぱりデュエマしろってことなのよね。

 

「……やるしかない。やるっきゃない!」

「ギャアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 悍ましい叫び声のような咆哮。

 不死鳥のようなクリーチャーは、この謎の空間の中にさえそれを響き渡らせる。

 これ以上、誰も傷つけさせたりしない!

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──こうして始まった2ターン目。マナを置くだけでさっきは終わったけど、もう私はカードを使う事が出来る。

 早速使おう。まずは手札を増やす!

 

「2マナで、呪文《ジャンボ・ラパダイス》!! その効果で、山札の上から4枚を表向きにしてパワー12000以上のクリーチャーを全て手札に!」

『《イチゴッチ・タンク》、《コレンココ・タンク》、《トメイテオ》、《ナ・ハナキ・リー》が手札に加わったな』

「カードショップで改造に改造を重ねたこのデッキ……そう簡単には負かせないわ! ターンエンド!」

 

 鳳の怪物の周囲には、カードが舞っている。

 そこから、2枚のマナがタップされた。

 

『《ドゥグラス》……』

「!」

 

 現れたのは硝子で出来たコップのようなクリーチャー。《堕魔(ダーマ)ドゥグラス》。

 

「これって、クリーチャーが実体化してるの!?」

『左様。これが、真のデュエル也。怖気づいたか?』

「馬鹿にしないで。私はこれでもお姉ちゃんなんだから。それにこんなこと、今更じゃない!」

 

 出て来るなりケタケタ笑ってくるグラス。

 な、何なんだろう、この不気味な感じは……。

 

『だけど、気を付けろ。そこらの相手じゃあねえ』

「分かってるわよ……私は3マナで《ボント・プラントボ》を使うわ!」

 

 桑原先輩に、有用そうな基本パーツは教えて貰って既に組み込んである。

 3コストで唱えられるこの呪文は、成功すれば次のターンに6マナまで伸ばす事が出来るわ!

 

「その効果で山札の上から1枚をマナに! それがパワー12000以上の《ボント・プラントボ》だから……あれ?」

『そいつはパワー12000どころかクリーチャーですらねえな』

「外したぁ!? 何でぇ!?」

『そう言う事もあるだろう。それが人生故』

 

 何か良さそうな事言ったけど、全然良くないわよ!

 

「てか、他人事みたいに言わないでよ!」

 

 もうやだ、恥ずかしい……。

 大丈夫なのかなあ、これ。相手はどう考えてもさっきまでのクリーチャーとは格が違うし。

 

『《グリペイジ》……』

「……手札が!」

 

 現れたのは本のようなクリーチャー。

 その効果で私の手札から1枚が焼けて墓地へ落とされる。よりよって《コレンココ・タンク》が……!

 闇文明。師匠と同じだ。相手の手札を捨てさせていくスタイルなのね。

 

「でも、負けないわよ! こっちはマナを増やすわ! 2マナで呪文、《レッツ・ゴイチゴ》! 山札の上から1枚をマナに! そして残りの5マナで《龍装者 トメイテオ》を召喚ですっ!」

 

 この子はマッハファイター。

 桑原先輩曰く、とても相性の良いカードがあるし軽いから入れておいた方が良いって言ってた。

 このまま一瞬で打ち砕く!

 

「《トメイテオ》で《グリペイジ》を攻撃! パワー12000よ!」

 

 竜の骨を装備した戦車が

 でも、幾ら墓地を増やした所で何にも怖くはない!

 グランセクトのパワー。桑原先輩と同じ力があれば、戦える!

 

『《ヴォガイガ》……!』

「!」

 

 鳥の怪物のターン。

 現れたのは巨大な絵画のようなクリーチャーだった。

 罅が人の顔のようになって、笑っている。

 その効果で山札の上から4枚が更に墓地へ置かれて行った。

 

『《ルソー・モンテス》……』

「……クリーチャーを回収する効果?」

『らしいな。奴は、登場時に山札の上から4枚を墓地に置く。そして、闇のクリーチャーのみならずカードなら全部回収出来るみてえだ』

「今のはクリーチャーみたいだけど」

 

 それも、ツインパクトカードみたい。

 このデッキにもあるけど、どんな効果のカードなんだろう。

 

「とにかく、私は出来る事をやらないと……! 6マナで、《ナ・ハナキ・リー》召喚! マッハファイターだから、《堕魔 ヴォガイガ》を攻撃して破壊するわ! パワーは12000よ!」

 

 現れたのは、桃色の身体のハナカマキリの幼虫のクリーチャー。

 それが地面を蹴って、巨大な絵画を切り裂こうとする。しかし。

 

『《ドゥグラス》』

「っ……!」

 

 その攻撃は硝子のコップに阻まれた。

 こいつ、ブロッカーだったのね!

 

「《ナ・ハナキ・リー》は攻撃後にマナに置かれるわ。ターンエンドよ!」

『ギュアア……』

 

 唸る死の鳥。

 翼を広げると、黒い星が光る。

 何だろう。マナも増えてる。クリーチャーも排除してる。

 なのに、全く優勢になっている気がしない。これって一体──

 

『死兆星ハ……見エテ……イル、カ?』

「……え?」

 

 次の瞬間。

 5枚のマナがタップされて、魔法陣が展開された。

 

 

 

双極(ツインパクト)変換(チェンジ)……詠唱(ソーサリー)、《法と契約の秤(モンテスケールサイン)》』

 

 

 

 やっぱり、ツインパクト呪文だ!

 その時、鳥の怪物の墓地から何かが湧きだす。

 とても恐ろしい魔獣が、鎌を振り上げて現れた。

 

 

 

『蘇レ、《獄・龍覇 ヘルボロフ》』

 

 

 

 私は慄いた。

 あれも師匠が使ってたカードじゃない!

 知っているわ。登場時に、コスト5以下の闇のドラグハートを出せること。更に、登場時に山札の上から2枚を墓地に置くこと。

 そして、あのドラグハートは──

 

 

 

『現レ出デルハ、《極魔王殿 ウェルカム・ヘル》』

 

 

 

 魔王の咆哮とと共に、神殿のドラグハートが姿を現した。

 そして、そこから夥しい数の魂魄が立ち上っていく。

 更に間もなくして、魔導具の悍ましい笑い声が聞こえて来た。

 

『《ウェルカム・ヘル》……呼ビ出セ、《グリペイジ》』

「また手札がっ!」

 

 現れた書物のクリーチャーによって、私の手札が再び焼け落ちた。

 《ウェルカム・ヘル》は場に出た時とドラグナーが攻撃するときに、墓地から1枚をマナに置く

 だけど、それだけじゃない。

 今度は墓地に落ちていた《ドゥグラス》と《グリギャン》も、現れる。

 あ、あんな効果、《ウェルカム・ヘル》には無かったはずだけど──まさか。

 

 

 

『場ニ2枚、墓場ニ2枚、魔導具揃イシ時──無月の門ヲ開ク』

 

 

  

 私は戦慄した。

 無月の門……!? 聞いた事が無い。

 だけど、この感じ。さっきのデ・ルパンサーが出て来た時と同じだ!

 

 

 

朱雀(スザク)……朱雀(スザク)……(デス)朱雀(スザク)……!!』

 

 

 

   グリ……

 

           ドゥ……

 

     

 

 

    ザン……

 

 

 

 

 

 

      ゼーロ

 

 

 

 

『開門、無月ノ門』

 

 

 

 不気味に笑う魔導具たちが砕け散り、地面に紫色の液体がばら撒かれた。

 そして、それが魔法陣をなぞっていき──巨大な何かを生み出す。

 

 

 

『──《卍デ・スザーク卍》』

 

 

 

 それは、墓場から現れた。

 翼が広げられ、黒い星が幾つも輝く。

 それは悪夢。それは絶望。それは──天に羽ばたく闇夜の化身。

 月の光さえも食らいつくす。

 まさに、無月の魔鳳だ。

 

「──こ、怖いっ……!」

『チィ、出て来やがったか!』

『我ハ死……全テヲ破壊スル死……!』

 

 黒い星が輝き、無月の魔鳳が羽ばたくと、一瞬で《トメイテオ》の身体が朽ち果てて破壊されてしまう。

 ほ、本当に死んじゃうんだ。

 

「っ……何、こいつ……!! 何なの!?」

『マスター・ドルスザクカード。全てを覆う、闇の化身よ。奴は魔導具が揃えば、手札や墓地から出てくる』

 

 手札だけじゃなくて墓地までも──!?

 じゃあ破壊しても無駄じゃない! これが、無月の門だっていうの!?

 

「師匠の《ヘルボロフ》だけならいざ知らず、こんな怪物までついてくるなんて……!!」

『何だ。その師匠ってのは、そんなに強いのか?』

「ええ」

 

 強いなんてもんじゃない。

 黒鳥師匠は、私としづにデュエマを教えてくれた存在。

 だけど、あんなに強いしづでさえ今の今まで一度たりとも黒鳥師匠に勝てた事は無い。

 それどころか、あの人は昔デュエリスト養成学校に居たらしいし。

 その師匠と同じカードを使われてるだけで、物凄いプレッシャー……!

 だけど──

 

「使ってるカードが同じでも……師匠が相手じゃないならーッ!!」

 

 カードを引く。

 そして、迷わずそれを使うことにした。

 今のマナは8枚。

 手札はぎりぎりだけど──まだ、大丈夫!

 あの《ヘルボロフ》をマッハファイターで破壊するわ!

 

『やめておけ』

「え?」

『奴にマッハファイターは無力だ』

「ど、どうしてよ!」

『《卍デ・スザーク卍》の効果だ。場に出た相手のクリーチャーは皆、タップされてしまう』

「ええ!?」

 

 それって、《永遠のリュウセイ・カイザー》と同じ類の効果じゃない。

 確かに、それだとマッハファイターは意味がない!

 

「うう、《コレンココ・タンク》を今度こそ召喚! 効果で山札の上から3枚を表向きにして、《リ・ハナッキ・パンツァー》を手札に加えて、残りをマナに!」

 

 オウ禍武斗の言った通りだった。場に出た《コレンココ・タンク》がタップされている。

 

『《卍デ・スザーク卍》を倒さぬ限り、勝機は無いだろう』

 

 その通りだ。このままじゃ、まずい。

 そうこうしてたら、相手のターンに。

 《ヘルボロフ》が攻撃したら、また魔導具が出てくる……!

 

『……《爆霊魔 タイガニトロ》』

「ま、またなんか出て来た……!」

 

 私は怯えながら言った。

 だけど、これだけではもう終わらない。

 そのまま、《ヘルボロフ》は鎌を振り上げた。

 

『《ウェルカムヘル》ヨ……《ニンジャリバン》ヲ呼ベ』

 

 次の瞬間、忍者のようなクリーチャーが現れる。 

 確かあれもドラグナー。しかも出てくる時は、3コスト以下のドラグハートも一緒だ。

 

『《龍魂城郭レッドゥル》……《タイガニトロ》ヲ「スピードアタッカー」ニ』

 

 私のシールドを2枚、切り裂いた。

 破片が──襲い掛かる。

 

「きゃあっ!!」

『大丈夫か!?』

「っつ……!」

 

 切れてる。

 身体のあちこちが、すうっと肉を裂かれてる。

 鋭く、細い鋭利な切り傷だった。

 

『《タイガニトロ》』

 

 次は爆発音。

 耳が壊れるかと思った。

 シールドが爆破されていく。

 砕けた破片が、再び私の身体に突き刺さった。

 

「い、たい……何でっ……!」

 

 血が流れる。

 べっとりと手についたそれを握り締めて、私は地に伏せた。

 桑原先輩や、しづが怪我して帰ってきてたのって──デュエルの時はダメージをこうやって食らうから?

 

「何やってんのよ……あの人たち……猶更、猶更何で私には何も言ってくれなかったのよ……!」

『……うぬをこんな目に遭わせたくなかったのだろう』

「だけどっ……!」

『そして、こうなってでも守りたい物があるのだろう』

「っ……!」

 

 そう、か。

 覚悟ってそういうことだったんだ。

 例え傷ついて、命の保証もない死と隣り合わせのデュエルに身を投じてでも守りたいものを守る覚悟だったんだ。

 

「……ねえオウ禍武斗」

『何ぞ』

「私、強くなる。そうしたら、少しでも……桑原先輩や、しづの負担、減らせると思うから……!」

 

 ぎゅう、と拳を握り締める。

 こんなところで、こんなあところで負けて堪るか。

 折角、こうして力を手に入れたのに、何もせずに死ぬなんて嫌だ。

 あの人が、何かの為に戦うのなら、私は抱きしめてでも着いていく。一緒に──戦うんだ!!

 

『消エ失セロ』

 

 降下する不死鳥。

 最後の残り2枚のシールドが叩き壊された。

 それが砕ける。

 今度はそれが四肢に突き刺さった。

 激痛が走り、私の身体から絶叫が絞り出された。

 

「──っああ」

 

 声が枯れ果てた。

 膝をつき、シールドの破片を見やる。

 ま、まだ、終わってない。

 

「──まだ、終わってない……!!」

 

 破片は──光になって収束した。

 そうだ。デュエマには窮地に追い込まれても逆転の手段がある。

 相手は軍勢を見るに、このターンでは私にトドメを刺せない! そして、私が勝つ方法は1つしかない!

 

 

 

「S・トリガー、《ゼノゼミツ》! 効果で《卍デ・スザーク卍》とバトルして破壊!!」

 

 

 

 あの鳥のパワーはたったの9000! こっちはパワー12000!

 グランセクトの敵じゃないわ! 現れた甲虫のグランセクトが、一瞬で黒い鳳を破壊した。

 

『《タイガニトロ》──』

「えっ!?」

 

 次の瞬間、私の手札が全て宙に浮かぶ。

 そうだ、思い出した。《タイガニトロ》の効果はターンの終わりに発動する。

 

『手札ヲ1枚選ビ、残リヲマナニ置ケ』

「っ……! 分かったわ」

 

 私は1枚を残して全てを墓地に置いた。

 基本、決められない状況でのシールドブレイクはリスクがある。

 だけど、《タイガニトロ》はそれをターンの終わりに1枚を残して全て捨てさせることで、相手の手札が増えることを防いでいるんだ。

 

『排除は出来たが、手札は残り1枚。しかも、破壊したとなると、奴はまた戻ってくる』

「うん。だから、きっと次にターンを渡したら今度こそ私の負け」

『それどころか、あの《ドゥグラス》にはS・トリガーが付いていたから、相手のシールドが悪いと、例えあの盤面を更地にしたとしても返り討ちされるが落ちよ』

「そうなった場合、私は今度こそ負ける」

 

 でも、分かってるでしょオウ禍武斗。

 私が残した1枚が何だったのか。

 そして師匠、貴方の言う通りだったわ。デュエマでは、10枚もマナを支払ったなら、もう勝たなきゃってことを!

 私はマナゾーンのカードを全て、横向きにした。

 

「10マナをタップ──」

 

 エリアフォースカードが光り輝く。

 そして、眼前にⅨ──神秘を意味する隠者(ハーミット)を意味する数字が浮かぶ。

 もう、ここまで来たんだ。何も怖くはない!

 

双極(ツインパクト)災害(ハザード)……最終詠唱(ラストワード)

 

 (タワー)から無機質に流れる声。

 力の限り、私は持てる全てを叩きつけた。

 これで全てを終わらせる!

 

 

 

物語りなさい(ナラティブ)──突き崩すは、《轟破天九十九語(ごうはてんつくもがたり)》!!」

 

 

 

 浮かび上がるのはMASTERの紋章だ。

 《オウ禍武斗》が現れ、地面に手を突く。

 そして、大地が割れて、樹の根が溢れ出た。

 地面を揺るがし、マナを根こそぎ食い荒らす大災害そのものだ。

 

「効果で、互いにマナゾーンからクリーチャーを全て場に出すわ!! そして、この効果で場に出たクリーチャーが場に出たことで発動する効果は全て無視される!」

 

 大地から、大量のクリーチャーが全てその姿を現した。

 此処からは私の土壇場。

 そう、私だけが描けるキャンバス。

 

『ハハハハハハハハハ!! 絶景かな!! 絶景かな!! まさに咲き乱れる桜吹雪よ!! これぞ我が奥義也!!』

 

 笑い飛ばす《オウ禍武斗》の声が景気よく響き渡る。

 

「私は《ナ・ハナキ・リー》、《イチゴッチ・タンク》を2体、《タルタホル》を1体、《ゼノゼミツ》を2体、《リ・ハナッキ・パンツァー》を1体、そして《キングダム・オウ禍武斗》──そして」

 

 場には、元からいた《コレンココ・タンク》と《ゼノゼミツ》を合わせて、丁度10体のクリーチャーが出揃った。

 そして、これがマナにある最後のクリーチャー!

 

「私は、場にある10体のクリーチャーを進化元に、超無限進化!!」

 

 場にある全てのクリーチャーを重ねて、その頂上に私は突きつける。

 死の鳳凰なんて目じゃない。

 私の知っている不死鳥は、全てを飲み込む宇宙そのもの。

 さあ見せてやるわよ。私の切り札(ワイルドカード)を!

 

 

 

物語れ、極大宇宙(ナラティブ・マクロコスモス)──《無限銀河ジ・エンド・オブ・ユニバース》!!」

 

 

 

 それは銀河そのものの概念。

 もう、死とか生だとか関係ない。

 これはまさに塗りたくられていく絵画そのもの。時間と共に、無限の空間へ広がり続ける可能性の銀河だ!!

 

『フ、シ、チョウ……!!』

「さあ、貴方の場にもクリーチャーが出て来るわ。最も、さっきも言ったと思うけど場に出たことでトリガーする効果は無視されるから、無月の門は使えないわよ」

 

 現れたのは《グリギャン》に《ドゥグラス》、《ヴォガイガ》。

 だけど、もう無意味だった。《轟破天九十九語》の能力で出て来たクリーチャーは、場に出た時の効果だけじゃない。魔導具が場に出る事で発動する無月の門でさえも封じられるのだ。

 

「この辺りは桑原先輩に教わったから、よーく覚えていた。むしろ、無月の門を見た時、これしか勝ち目はないって思ったもの!」

『ギィッ……!』

「これが私の描いたアート!! 《ユニバース》で攻撃するとき、効果発動!」

 

 強大なる銀河が、死の鳳を飲み込んでいく。

 

 

 

「メガメテオバーン10で、下にある進化元を全て墓地に置けば、私はゲームに勝利する!!」

『九十九の伝説、語るに及ばず!! 終わりだ!!』

 

 

 

 次の瞬間、極光が辺りに溢れ出る。

 それが、鳥の怪物を覆い隠し、一瞬で消し去った──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お、終わったの……かしら」

 

 オウ禍武斗に抱きかかえられながら、私は呟いた。

 究極の闇は、今まさに討たれた。

 その影は、形を失い、黒き星と共に消滅していく。

 そして1枚のカードが落ちてきた。

 

ハングドマン(刑死者)……これが、奴の動力となっていたエリアフォースカードか』

「これ、もう大丈夫なの?」

『心配無用。今の決闘で毒抜きしたからな』

 

 どうやら、放っておくとエリアフォースカードはこんな風に悪い影響を受けるそうだ。

 

「でも……あたし、勝ったんだ」

 

 終わったんだ。身体に力が入らない。

 これで、やっと帰れる──

 

 

 

『──待てい、主よ!!』

 

 

 

 そう思っていた矢先だった。更に3つの魔法陣が浮かび上がった。

 現れたのは、黒いローブを被った異形。まさか、待ち伏せされていたの!?

 そう思う間も無く、紫色の炎が私を狙う──油断、した!

 最後の最後で──!

 

 

 

「翠月ィィィーッ!!」

 

 

 

 ──その時。

 私が一番安心できる声が響いた。

 それと同時に、旋風が異形の影を薙ぎ払う。

 見るとそこにあったのは、ゲイル・ヴェスパーとそれに掴まった桑原先輩だった。

 

『やれやれ、最後の最後でツメが甘いよ』

「煽んなゲイル。まあ、あの鳥野郎とお前が空間から出てきた途端、ゲイルがすぐさま今なら飛べるって行ってよ」

「そうだったんですか……」

 

 結局、守るつもりが最後の最後で助けられてしまった。

 最も、流石の桑原先輩もぐったりしていたけど。

 取り合えず地上に降りよう。このままじゃ、生きた気がしないわ。

 

「……先輩」

「何だ?」

「助けてくれて、ありがとうございます」

「……当然のことをしただけよ」

 

 

 ※※※

 

 

 

 倒れた人たちはみな起き上がっていく。もう、何があったのか忘れているようだった。

 翠月はエリアフォースカードの力で瘴気を浄化されていたらしく、もうデュエルしている時は平気だったらしい。

 にしても偉い目に遭ったな。まだ身体がまともに動かねえ。エリアフォースカードの魔力で、回復はしてるけど、それでも今回は(ストレングス)の魔力が枯渇するほど戦ったので、回復は緩やかだし、こりゃしばらく怪我は残るな。

 オウ禍武斗とゲイルは、どうやら他にワイルドカードがまだ残ってねえか探知しに行くらしい。という訳で今は二人っきりだ。

 ま、それはともかく。

 

「あのなぁ、翠月。俺一応身体が色々痛くてよ。そろそろ離してくれね?」

「駄目です。私に散々嘘吐いて隠してきたんですから、その罰ですよ。精々恥ずかしい思いしてくださいね? 公衆の面前で」

「お前やっぱ紫月の姉だよな」

 

 隣には翠月の姿がそこにはあった。

 だけど、彼女は俺の右腕に抱き着いて離れようとしない。

 正直、人工地盤のベンチでこんなことやられたら恥ずかしくて仕方がねえんだけど。

 

「……でも、先輩たちがこんな事に巻き込まれてたなんて」

「まあ、詳しい事はまたデュエマ部の連中に聞けば良いだろ。俺じゃ説明がグダる」

「ふふ、先輩らしいです」

「だけどな、翠月。俺は、テメェらを守る為に今まで戦ってきたんだ。その……気持ちは分かるが、これからも無茶しねえ程度にやってくれると助かる」

「先輩もです」

「……はい」

 

 申し訳なさそうに俺は言った。

 取り合えず、コイツの前では自重しておこう。

 と思ったけど、もう知られてしまったからには俺が無茶してたらオウ禍武斗と一緒に飛んできそうだな。

 

「ねえ、先輩。今度は私にも守らせて下さい。先輩の事を」

「……翠月」

「そのために私は覚悟したんです。先輩や、皆の辛い事、私にも分かち合わせて?」

「……テメェ……」

 

 ぽふん、と彼女の頭に手を乗せた。

 ……紫月。テメェは本当に良い姉ちゃんを持ったぜ。

 こいつは自分が傷つくのを分かってて、今だって怪我だらけなのに、こんな事を言ってるのか。

 

「やっぱ、紫月の姉ちゃんだな……心が強ぇわ」

「そうですか?」

「ああ。まあ、テメェなら任せても良いんじゃねえかって思うぜ」

「ふふっ、大好きな先輩に認められて、翠月は嬉しいです」

 

 こいつはまた恥ずかしげもなく……。

 

「……あのなあ、さっきから思ってたが大好きとか軽々しく言うんじゃねえよ」

「むっ……」

 

 彼女の顔が不服そうに歪む。

 

「……いい加減気付いて下さいよ、馬鹿」

「え?」

「先輩が隠し事全部話してくれたから、私も言おうと思ってましたけど……言っても分かってくれなさそうですし」

 

 翠月はいきなり──顔を近づける。

 俺の顔が、熱くなった。

 今朝、紫月と入れ替わっていた所為で一緒に寝ていた時を思い出す。

 

「おい馬鹿ッ」

 

 頬に柔らかい感触が押し当てられる。

 しばらく、それは続いて、惜しむように彼女は顔を離した。

 

 

 

「お慕いしてます。先輩」

 

 

 

 そう、彼女の唇は紡いだ。

 俺の頭の理解力が臨界点を超えた。

 

「馬鹿野郎、テメェ、いきなり……」

「……あ、あれ? やっぱり恥ずかしいな……」

 

 オイこら。

 

「テメェやってみたかっただけだろ!」

「失礼な! 私だって、無暗やたらにやったりしません!」

 

 初めてだ、とは言わない辺り妹には普通にしてそうだなコイツ。

 俺は勿論──初めてだ。頬が熱くなる。本当、浮かれやがって。何やってんだテメェは。

 

「むしろ、此処までやってまだ分からないんですか」

「……いや、流石に分かった。すまん。だけど、俺みてえな絵しか取り柄の無い奴好きになっても後悔するぞ」

「先輩は自分の事、絵しか取り柄が無いって言ってるけど、違うよ」

「だけど俺は──」

「確かに先輩は、絵を描いてる時とっても真剣で、カッコ良い。いつも、前向きで真っ直ぐな瞳で、吸い込まれそうで。でも、それだけじゃない。ぶっきらぼうだけど、誰よりも情に厚い人。素直じゃないけど、優しい人。何だかんだ言っても断れない人」

「……」

 

 最後の所はちょっと白銀に影響されたかもしれねえ。気を付けよう。

 

「それだけじゃない。綺麗な物、変わった物を見た時の桑原先輩が、まるで子供みたいに目をキラキラさせてるところが好き。ちょっと捻くれてるけど、とっても熱いハートを持ってる所が好き。ふざけたら、ノリよく突っ込んでくれるところが好き。親しい人が悪く言われてたら、黙っていられない所が好き。ちょっと抜けてるところとかも」

 

 彼女は少し、俯いた。

 

「先輩が自分の悪い事100回言うなら、私101回言えるように頑張ります」

「……」

 

 俺は呆れて物も言えなかった。

 見事にゲイルと同じことを宣ってやがる。

 

「それに、本当は卒業を期に先輩と接点が無くなったらどうしよう、って思ってたんですけど」

「……?」

 

 確かにそうだ。俺達は元々美術部の先輩後輩と言う関係に過ぎなかった。

 だから俺が卒業したら、積極的に会いにでも行かない限り接点は薄くなる。

 はずだった。

 

「でもエリアフォースカードがあるし、これで私達、戦う仲間同士ですよね!」

「……あ」

「デュエマ部の皆さんが戦ってるってことは、あの4人でチームってことでしょ? ということは、私達も美術部組ってことでコンビを組めば良いんですよ!」

「俺、もう引退してるし──」

「でも美大行くじゃないですか」

「ぐっ……確かに卒業しても、ワイルドカードの事件が終わらねえ限り出来るだけ関わろうとは思ってたが……」

 

 こいつ、完全に外堀を埋めて来やがった。

 

「……やっぱ、迷惑、ですか?」

「……別に、迷惑じゃねえけど」

「やたー!! じゃあOKってことですね!! 先輩!!」

 

 はしゃぐ翠月。本当にコイツ、こういう喜んでる時は子供っぽいんだなあ。

 

「あ、桑原先輩見つけた!! 翠月さんも!!」

「大丈夫デスか!?」

「みづ姉! 良かった……元気そうで」

「無事打倒出来たようだな」

 

 騒がしい声が聞こえた。

 見ると、白銀達の姿が見える。

 どうやら、クリーチャーと戦っていたらしく、その姿に疲れが見えた。

 

 

 

「──おう、何とか無事だ」

「ええ、2人ともね!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──というわけで。

 全ての事情を俺は白銀に説明。

 当然、隠者(ハーミット)のエリアフォースカードの件はかなり驚いていた。

 どうやら、今の今まで姿を眩ませていたらしい。それも正気を保ったままで。

 これも神秘を司り、邪悪を跳ねのける隠者のアルカナがもたらす力だという。

 それで、当然俺達が経験してきた今までの事も全部かいつまんで翠月に話すことになったのだが──

 

「しーづー? お姉ちゃんに黙って危ない事してたんでしょー?」

「待ってください、これには深い訳が──そう、みづ姉を守る為だったんです、仕方が無かったんです」

「それとこれとは話が別!! お姉ちゃんに黙って危ない事したらダメだって言ったでしょ!」

「みづ姉、お説教は勘弁してください!!」

『ちったぁ勘弁してやれ、主よ』

「オウ禍武斗。これが姉の役目ですから!」

 

 暗野姉妹がそんな追っかけっ子をする中、人工地盤の広場で俺達は今後の事について話し合っていた。

 

「てことは、桑原先輩と翠月さんで自然文明コンビが出来たわけデスね!」

「ああ。ある意味では進歩だろうな」

 

 エリアフォースカードが着々と適合者を見つけている事について、火廣金は何処か安心を覚えているらしかった。

 正しい奴の下に行くこと。それがエリアフォースカードを安定化させる最大の方法だからな。

 だは、俺は本音を吐露した。

 

「出来れば……翠月には関わってほしくはなかったけどよ」

「桑原先輩……」

「……先輩心って奴よ。心配性がどっかのシスコンから移っちまった」

「大丈夫デス。ミヅキが、自分で決意したのデスから」

「……ああ」

 

 だからこそだ。

 あいつに何かあったら、俺が守ってやらないといけねえ。

 ……つまるところ、美術コンビとやらは是が非でも結成しないといけないということだ。

 俺にだって先輩として責任があるんだから。

 

「先輩方! これから、よろしくお願いしますね!」

 

 げんなりする妹の横で笑顔で挨拶する翠月。

 ああ、これは後で紫月にも文句言われそうだな。仕方ねえけど。

 白銀が景気よく「ああ、こっちもよろしく頼む」と言ってる。 

 まあ、デュエマ部も居るしそこまで気を揉む事もねえか。

 俺は無邪気な後輩の顔をもう1度見やる。

 彼女との新しい関係に、不安と何処か一抹の期待を抱えて。

 

 

 ※※※

 

 

 

「──先輩。この間はお疲れ様でした」

「あ、ああ。そっちこそな」

 

 後日。紫月がわざわざ屋上で絵を描いてる俺の所までやってきた。

 

「……そっちも大変だったみてえだな」

「ええ。どの道デートはオジャンでしょう。みづ姉は懲りずにデート第2弾を計画しているようですが」

「まあ翠月の所為じゃねえしなあ」

「……デートを否定しないんですね」

「……」

 

 あんなこと言われたら、嫌でも意識せずには居られなくなる。

 俺、本当に単純だなあ……。

 

「にしても身体が入れ替わる、って本当に変な感じでしたね」

「あ、ああ……」

「私なんか、先輩を演じるのが精一杯でした」

 

 俺も俺で女の身体が大分大変なのがよく分かった。

 しばらくセクハラネタは控えるとしよう。

 

「そういえば、みづ姉がなんか嬉しそうにしてたんですけど、2人っきりの間に何かしていたのですか」

「な、何もねえよ」

「そうですか」

 

 何だ。随分とあっさり引き下がるじゃねえか。

 彼女は踵を返す。まあ、さっさと帰ってくれるなら何よりだ。

 

 

 

「まあ、何であれ──みづ姉を泣かせたその日にはどうなるか、分かっていますね?」

 

 

 

 ……あー、これ感づいているな。

 まあ、結果がどうあれ、今の俺に出来ることは暴走しがちな翠月を助ける事。

 色恋沙汰はさておきコンビを組むことを承諾してしまったのだから仕方がない。面倒を見るしかないだろう。

 

「……わぁーってる」

 

 俺は生返事を返して、再びキャンバスに向かう。

 

「……あ」

 

 そういえば──お慕いしてます、って好きだって意味だったか。

 あいつらしい奥ゆかしい言い方だ。

 ……告白の返事、結局出来てねえなあ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おお、デ・スザーク様。あの者達の力を更に取り込んでいるとは」

 

 

 

 手を広げる影の者。

 翼を広げる強大なる無月の魔鳳。

 その炎は徐々に姿を変えていく。

 憎悪、絶望、嫉妬、全ての負の感情を取り込んでいき、死の鳳は更に強大になって行く。

 核となるのは、もう1枚のエリアフォースカード。

 鳳は死んでいなかった。

 

「その牙竜の如き獰猛さ──最早その力、朱雀の身に余る程」

 

 ハインリヒ・ダーマルクの笑い声が響き渡った。

 無月の魔鳳は、更なる進化を遂げようとしている。

 

 

 

「もうじき、太陽は漆黒の闇に覆いつくされるのだ──!!」

 




 エリアフォースカードはだんだん揃っている。
 俺達が今持っている皇帝、正義、魔術師、戦車、力、死神、そして翠月の手にした隠者の7枚。
 そして、アルカナ研究会で保管されているという愚者、運命の輪、女教皇、審判、星──そして今回の事件の引き金になった女帝と刑死者の7枚。
 それに加えて、ノゾムが持っていた白紙のカード。
 これで合計15枚。まだ見ぬエリアフォースカードは残り7枚だ。
 だけど──その中の1枚が、俺達にとって最悪の事態を引き起こすなんて思わなかったんだ。
 そう、遠くない未来に。
※リメイクに伴い、翠月のエリアフォースカードのアルカナが塔から隠者に変更されています


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Ace31話:卍死の獄PARTⅠ

 師弟──それは、私にとって越えられない壁とそれを我武者羅に登る登山家のような関係でした。

 何もかもが完璧過ぎて気に食わない所もありましたが、あの日、あの時、私は確かに絶対的な”強さ”に惹かれたのです。

 いえ、あれは強さという言葉で形容するには余りにも乱暴でした。

 彼の纏う氷山のように誰も寄せ付けないオーラ。

 そして、徹底的に相手を破壊し尽くしながらも、粗暴さを感じられず、むしろ花を散らせるかのような華麗な戦術。

 その全てが、私の中のデュエルを決定付けたのは確かと言えるでしょう。

 私はそれを真似をしようとは思わず──どうにかして打ち負かしてやろうとばかり考えていたのです。

 ですが、後から聞いた彼の肩書や前歴。それは、私の想像を上回る程苛烈で過酷なものであったことは語るまでもないでしょう。

 温室育ちの私にはない、凍える程に冷たい冷徹な強さは、それが裏付けていました。

 逆に言えば、彼が戦う理由はそこにしかなかったのです。

 薔薇の棘の如く今も彼を苛む過去だけが彼を縛り付けていたのです。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 「──これでお終いだ。《グスタフ・アルブサール》と《阿修羅サソリムカデ》による、阿修羅無間地獄。これで貴様の山札を全て削り取る」

 

 

 

 死の宣告と共に、獣の断末魔が今宵も街に響く。

 火廣金から聞いてはいたが、以前に比べると明らかにその勢力は増されていた。

 発生源は、どうもこの街からではなく、もっと遠くから侵食してきているという。

 あの日。

 サッヴァークの水晶から生まれたクリーチャーを殲滅した際、自分は確かにエリアフォースカードに選ばれたのだろう。

 しかし、あのカードの禍々しさ、引き込まれるような闇は他のそれとは明らかに違っていた。

 言うなれば、それは悪魔の取引。

 

「差し押さえ済み、ということか。僕は」

『そう言いつつも余り怖がってないような顔ですねェ、我が主』

「構うものか」

 

 黒鳥は不思議と恐怖を抱かなかった。

 

 

 

「──命を賭す覚悟は、とうの昔に出来ている。さもなくば僕は──何の為に強くなったのか分からないじゃないか」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「もうすぐバレンタインデー、デース!!」

 

 

 

 辻斬り事件を終えたばかりの部室で、またブラン先輩が騒がしくなっていました。

 2月もそろそろ10日を過ぎようというある日の事です。土曜日なのに学校に来てるのは、部活だからですね。

 部室は冷え込み、科学部からブラン先輩が貰って来た電気ストーブのおかげで何とか活動出来てはいますが、火廣金先輩が接着剤のシンナーを換気する為に度々換気するので結局寒いのでした。

 出来れば暖房を持ってきてほしかったところですが。

 ところが今日はそんな火廣金先輩も、そして白銀先輩も此処には居ませんでした。

 どうやら演劇部から助っ人を頼まれてしまったようですね。どうやら定期公演の美術担当と雑用をやらされているようです。 

 更に桑原先輩も参加しているんだとか何とか。

 

「シヅク……バレンタインは1年に1度の女の子の祭典デスよ?」

「まあ、バレンタインは私も好きですよ。みづ姉にチョコをたっぷり貰えるので」

「そうじゃなくてぇー!!」

 

 ブラン先輩が机を叩きました。

 

「というかミヅキはシヅクに甘すぎデース! そんなにいっぱい貰えるなら、私にも分けてくだサイ!」

「今更でしょう。私はあくまでも食べる専ですよ」

『マスターはだから太るんだよなあ』

「干しますよフカヒレ」

「うぐぐ……」

 

 私が余りにもバレンタインに興味が無いと見たのか、先輩は強引に私の肩を揺すって言います。

 

「チョコレート作らないんデスか!?」

「何でそんなに作りたいのですか」

「楽しそうだからデス! 手作りチョコに気合入れるのってバレンタインくらいなものらしいデスし!」

「らしい……? やったことないんですか」

「ハイ!!」

 

 うわあ即答。

 成程、今までやったことが無い事を後輩と一緒にやろうとしていたのですか、この人。

 

「ある意味で先輩らしい理由ですね。てっきり、特別あげたい人が居るのかと」

 

 彼女は顔色も変えずに言いました。

 

「そういうのは特に無いデスけどね」

『色より食い気だからな、探偵は』

「サッヴァーク、ちょっと黙るデス。というか、渡したい相手が居るのって、むしろシヅクの方じゃないデスか?」

「何がですか」

「チョコをあげたい特別な相手、デスよ!」

「そんなのは──」

「アカル、とかにあげなくて良いんデスか?」

「……っ!」

 

 ぼっ、と顔が熱くなっていくのを感じました。

 違う。違う違う違う!

 これは、そういうのではなくて!

 

「な、何を言ってるんですか。そもそもブラン先輩は他人の恋愛事情に深入りしすぎです」

「探偵デスからネー。でも、恋愛って言った事はぁ、やっぱ好きなんデショ?」

「あ、貴女って人は!」

「良いんデスか? アカル、あんな性格だから結構狙ってる人多いかもしれないデスよ?」

「っ……な、何の事でしょう」

「カリンとか」

「!」

 

 別に今、刀堂先輩の事は関係ないじゃないですか。

 いや白銀先輩の事も関係ないですけど。

 いや、ともかく……付き合ってられません!

 

「……知らない」

「え?」

「もう、ブラン先輩の事なんて知りません!」

「ええー?」

 

 やれやれ、やってられません。今からモンハンのG級クエストでもやりま──

 

「からかったのは悪かったデスよぉ。でも、人を好きになるなんて、恥ずかしい事でもなんでもないデスし」

「……うっさいです」

「うう……シヅクが怒ったデース……」

 

 だんだんブラン先輩の声が上ずって、泣きそうになってきました。

 3DSを取り出した私に、ブラン先輩が上目遣いで言います。

 

「シヅク……」

「……」

「私、この部に来てシヅクやアカル、ヒイロに色々お世話になったデス……だから、日頃の感謝の気持ちを伝えたいと思ったのデスよ……」

「……」

「私、楽しみにしてたのに……」

「……」

 

 ごめんなさいみづ姉。

 貴女と言い、この人と言い、私は親しい目上の人物が上目遣いして懇願するのに弱いようです。

 

「ダメ、デスか……?」

 

 本当貴女の所為ですよ、みづ姉。

 

「……仕方ないですね。やりましょう」

「やったー! シヅク、大好きデース! I love you!」

「調子の良い人ですね本当に……」

 

 この変わりようですよ。

 もう貴女が演劇部に行けば良かったのではないでしょうか?

 

「取り合えず、部員全員のチョコを作れるように頑張るデスよ!」

「はぁ……分かりました。出来ればクラスのみんなの分も作れればいいですね」

 

 小さいサイズなら、幾らでも作れるでしょうし。

 

「じゃあ、早速チョコレートの作り方から調べまショウ!」

「そこからですか。作ると言っても板チョコを溶かして成型するだけでしょう。まさかカカオから作るとか言うんじゃないですよね」

「え?」

「……やるつもりだったんじゃないですよね?」

 

 今の「え?」は天然だったのかギャグだったのか。

 それは敢えて問わないでおきましょう。

 

「まあ成型するだけにしたって、結構大変らしいデスしー」

「そんなもんですか……まあ、良いでしょう。どうせ先輩達、出払ってて居ませんし……手伝いますよ」

「わーい、ありがとデース!」

「そ、それと……くれぐれも先輩達にはご内密に……」

「……」

 

 しばらくの沈黙。

 そして、にんまり、とブラン先輩の口が弓なりに曲がっていきます。

 

「えへへへー、シヅクも隅に置けないデスねぇ」

「な、何を勘違いしてるんですか。単に恥ずかしいだけです。いつも食べてばかりの私がいきなり料理なんか始めたら、笑われるに決まってるじゃないですか。そもそも誘ったのはブラン先──」

「はいはーい、分かったデスから、早く始めるデスよ!」

「聞いてるんですか!」

 

 ……先が思いやられます。

 にしてもバレンタインのチョコ、ですか。

 渡す相手は結構多くなりそうで、身内に絞ってもみづ姉は勿論、火廣金先輩に桑原先輩……そして、白銀先輩……。

 ぎ、義理ですよ。義理に決まってるじゃないですか!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……け、結構バリエーションがあるものなんですね……手作りチョコレートって」

「お、興味が出てきたデスか?」

「まあ……そうですね」

 

 ノートパソコンに出て来る手作りチョコレートの種類の多さに、私は感嘆が隠せませんでした。

 

「……ですが、料理は専門外です。みづ姉は出来ますけど」

「そうなのデスか!?」

「はい。料理なんて彫刻に比べれば簡単よ、だなんて石膏掘りながら言ってました」

「……器用さが凄まじいデス。女子力高くないデスか!? 私も、そしてシヅクも猶更見習わないとデス!!」

「何で私を巻き込むのですか……」

 

 女子力とかそういうものは、みづ姉に任せる事にしているのです。

 私にはそういうものは似合いませんし……。

 

「そもそもカードゲームなんてやってる時点で女子力なんて地に落ちてるでしょ、私達」

「うっ……」

 

 ブラン先輩が胸を抑え、倒れる真似をしました。

 この間2人で見た刑事ドラマのやつですね、判事が射殺されるシーン。確かタイトルは”撃たれるのは日常さ、判事は”だったような。

 まあ、女子力なんてものはこの2人とは無縁ということで。

 ……でも、よくよく考えてみたらいつも髪とかボサボサで無造作の私に比べれば、ブラン先輩は艶々にセットしてきてますし、服装にも気を遣ってるし、色んな女子向けの雑誌も持ってるし……私に比べたらよっぽど女子力ありますよねブラン先輩。一部自分でかなぐり捨ててるだけで。

 そんなことを思っていた矢先でした。

 

 

 

「あ、しづ、先輩、居るかしら?」

 

 

 

 戸が開く音。

 思わず私はブラウザタブを全て閉じてしまいます。

 ブラン先輩が怪訝な顔で私を覗き込んできますが、勘弁してください。

 先輩たちが帰ってきたのかと思ったのです。

 

「あ、ミヅキ! どうしたのデスか?」

「もうすぐ3時でしょう? おやつの差し入れを持ってきたんです」

 

 時計の針を彼女は指さした。

 納得したように掌を打ちながらブラン先輩は喜んで飛びつきます。

 

「オヤツデスか! ミヅキ、サンキューデス!」

「みづ姉ありがとうございます。でも、こんなにどうしたんですか?」

「実は……」

 

 みづ姉は頬に手を当てます。

 そして恥ずかしそうに言いました。

 

「バレンタインチョコの練習……してたんです。それで、ちょっと作りすぎちゃって」

『渡したい殿方が居るのだと。乙女にしては何といじらしい事か、天晴れ』

「オウ禍武斗っ! もう、茶化さないでよ……」

「おお、それがミヅキの守護獣デスか」

 

 飛び出したのは小さなカブトムシのようなクリーチャー。

 今こそ魔力消費を抑えるために小さくなってるとはいえ、貫禄が凄まじいです。

 興味深そうにシャークウガが飛び出してきます。

 

『アレがガイアハザードかァ? ちっこい身体にやべー力が秘められてやがる。フルパワーを目の当たりにしてみたいもんだぜ』

『鮫の若造。相撲の稽古でもつけてやろうか?』

『あっ……結構です、まだ俺死にたくねぇんで』

「チキンですか鮫の癖に」

 

 とはいえ、あのシャークウガがビビる程とは。

 やはり並大抵の力は持っていないようですね。

 

「オウ禍武斗が来てから、色々手伝ってくれて……助かるわ。ありがとね」

『うぬが忙しいのは十分承知している。主の為に尽くすのが守護獣の務め』

「ちょっと、そういうことは私に頼めば……」

「ダメよ、しづ。しづにはしづの生活があるんだから、私なんかの為に時間使ってる暇は無いでしょ?」

 

 どうやらオウ禍武斗はみづ姉の身の回りの手伝いまでやっているようです。

 確かに重い美術用具とかが最近きっちり整理されていたのはこういう事なのでしょう。

 まさに忠臣、と言ったところでしょうか。

 

「ところでミヅキ……チョコレートをそろそろ」

「急かさないで下さいブラン先輩、みっともないです」

「まあまあ……これです、これっ」

 

 言うと彼女は、持ってきたであろう箱を取り出して蓋を開けました。

 そこには、緑色の粉が塗された丸いチョコレートの姿が。

 

「和風トリュフチョコ! 抹茶パウダーを塗したの!」

「おお、凄いデス!」

『この緑色。記憶に刻まれた自然文明を思い出す』

『そんなもんかのう』

「あ、クリーチャーの皆さんにもありますからっ!」

 

 飛びついたのはシャークウガでした。

 

『マジかよ、サンキューだぜ翠月の姉ちゃん!!』

『甘いものには、あまり詳しくはないが……どれ、たまには1つ』

 

 くあぁ、と欠伸をしながらサッヴァークが言います。

 それを茶化すように鮫が突っ込みました。

 

『爺さんは縁側で煎餅ばっか食ってそうだな』

『鮫よ。何故分かった。ヌシ、ひょっとしてエスパーか?』

『……』

 

 どうやら珍しくそれはアタリみたいでしたが、ワンダータートルの頃のイメージが先行して私も同じ事考えていました。

 

「まあまあサッヴァーク、たまの甘いものデスし楽しむデスよ! あ、美味しいデスコレ! 柔らかいしクリーミーだし」

『おお、すまんのう。む、うまい』

『いやあ、にしてもマスターたちがスイーツ好きで助かったぜぇ、こうしてたまにありつけるからよ』

『うぬよ……鮫が甘味を欲するのは何かがおかしいと気付かんか?』

『るっせぇ別に良いだろーが』

 

 うん、よくよく考えたら何かがおかしいですが今更考えるのはやめましょう。

 相手はクリーチャーですし。

 

「えへへぇ、気に入ってもらってよかったです。でも、本番はもっと愛情と全力を込めたものにしないと……今より、もっとです!」

「愛情、ですか」

「そうよ、しづ! 愛情は料理のスパイス! それも最の高に素晴らしいものだわ!」

『左様。料理にも心を込める事が出来る』

「分かってるわねえ、オウ禍武斗! 貴方はやっぱり最高に芸術だわ!」

 

 いずれにせよ、渡す相手が大体想像できるからか、気合の入りようも理解が出来ます。

 ……愛情は料理のスパイス、ですか。なかなか面白い言葉です。

 ところでみづ姉。だんだん人の褒め方が桑原先輩に寄ってきてませんか。芸術がゲシュタルト崩壊しそうな勢いです。

 

「よーし、私達も負けてられないデスね! シヅク!」

『そうだぜマスター! もっとうめぇチョコを作らねえとな!!』

「えっ? しづとブラン先輩もチョコを?」

『その通りだ。探偵がマスターを誘ったのだ』

「……」

 

 あっさりとバラしましたね、ブラン先輩……。

 みづ姉には余り知られたくなかったのですが……いや、でもどうせ家のキッチンを使ったら時間の問題でしたか。

 

「……白銀先輩達には内緒ですよ、みづ姉」

「もう、しづったら! 言ってくれたらチョコの作り方くらいお姉ちゃんが教えてあげたのに」

 

 私だってみづ姉に頼る事も考えました。いや、少し前の私なら躊躇なくみづ姉に頼っていたでしょう。

 ですが……。

 

「ごめんなさい。でも折角ですし、今回は出来るだけ、みづ姉に頼らずにやりたいのです。誘ってくれたのはブラン先輩ですし……何よりみづ姉に一度頼ると頼りっきりになってしまいそうで」

「しづ……」

 

 少し不安そうな表情。

 しかし、次の瞬間にはパッ、といつもの朗らかな顔に戻っていました。

 

「大丈夫よ。しづがそう言うなら、きっと出来るわ」

「初心者は初心者同士で悪戦苦闘しながらやるってことデス。まあ、何かあったらまた教えて欲しいデスけどね」

「ええ、勿論! ばっちり頼ってくださいね! お姉ちゃん頑張っちゃうんだから!」

 

 腕まくりをして張り切るみづ姉。

 凄い……私達一応同い年なのに……。

 

「それでそれでっ、しづは誰に渡すの?」

「とりあえず部の皆さんの分は作っておきたいです」

「あら。師匠の分は?」

「……あ」

 

 素で師匠の事を忘れてました。

 まあ、あの人にも色々とお世話になっていますし……1個増えるくらいは誤差でしょうね誤差。

 

「でも、あの人チョコレートで喜ぶでしょうか」

「さあ……少なくとも目に見えて喜びはしないでしょうね。顔が分かりづらいし」

「分かりづらい……確かにブッチョーヅラってやつデスからネ」

「ええ。昔からああなのよ、あの人は」

「昔から、デスか……」

 

 ブラン先輩が腕を組みました。

 

「……アレ? と言うか、そもそも2人はどうやって黒鳥サンと知り合ったデスか?」

「え? 言ってませんでしたっけ」

「聞いてないデスよ! そもそも、Darkな雰囲気の黒鳥サンとうら若いGirlsの接点が思い浮かばないデス!」

「いや、間違ってはないですけどねぇ……まあ、そもそも師匠と知り合ったのは私がきっかけですし」

 

 目を丸くするブラン先輩。

 全てを知っている私も、今思い返すと不思議な出会いだったと思います。

 いえ、あれは偶然ではなく必然だったのでしょう。

 

「話は長くなるので、座って続けましょう」

 

 そう言うと、私はみづ姉と先輩をソファに座らせました。

 今更隠す事も無いので、全部洗いざらい話してしまいますか。

 

「それじゃ、お願いしマス!」

「わくわくドキドキ……しづが語るの楽しみだわ!」

 

 貴女は当事者でしょ、みづ姉。

 ……まあ良いです。始めましょう。

 

「元々、師匠は鎧龍から転校した後、鶺鴒の近くの高校に通っていました」

「そうだったんデスか!?」

「じゃないと会う機会なんてありませんからねえ」

 

 今思えば、クリーチャーを追っていたのでしょうが、単身で此処に住んでいました。今は親戚を頼ってそこに住んでいますが、昔は1人暮らしだったのです。

 

「ええ。そして、丁度私が中学生の頃、学校でデュエマが流行りました。丁度その時、みづ姉も友達に誘われてやっていたのです」

「デュエマを、デスか?」

「はい。私もみづ姉に誘われるがままにデュエマを始めました。対戦する相手はみづ姉しか居なかったんですけど」

「まあ、シヅクはダウナーデスからねぇ」

「それでもある日、みづ姉の誘いでカードショップの大会に行く事になったんです。でも、その時どうやら初心者をカモにしてシャークトレードを働く悪質な輩が居たらしく」

「シャークウガ?」

『俺じゃねえよ!』

 

 でも残念ながら今回シャークウガは関係がありません。

 何時の時代にも悪い奴は居るものなのです。

 シャークトレード、つまりはレートの釣り合っていない交換を無知に漬け込んで持ち掛ける事です。

 

「実はその時の私達も、シャークトレードを持ちかけられたんです。狙いは直前に偶然当てたSRのカード……確か《ダイハード・リュウセイ》だったような気がします」

「あー……確かに欲しがる人、いるかもしれないデスね」

 

 私は頷きました。

 

 

 

「──ですが、その時に偶然現れたのが──」

 

 

 

 そう言いかけた時、扉がガラガラと開きました。

 何ですか。これからが大事な所というのに。

 思わず振り向きます。全員の視線がそこに注がれました。そこにいたのは、刀堂先輩でした。

 確か今は、部活中だったはずですが……。

 

「どうしたんデスか? カリン」

「花梨……って、あの刀堂先輩!? あの剣道最強勝利と伝説のレジェンドと言われるあの!?」

「みづ姉。間違ってないですが盛り過ぎです」

「カリンー、部室に来るなんて珍しいデスね! どうしたんデスか?」

「……」

 

 刀堂先輩は一言も言葉を発しませんでした。

 一体全体どうしたというのでしょうか。

 そう思っていると、彼女はブラン先輩の前に立ちます。

 言い知れない雰囲気を纏った彼女に、ブラン先輩は思わず息を呑みました。

 

「どうしたんデスか、カリン? ちょっと目が怖いデスよ?」

「……そこな異国の別嬪の」

「……ハイ?」

 

 言うなり刀堂先輩は、くいっ、とブラン先輩の顎を手で持ち上げました。

 

「綺麗な瞳だ。まるで翡翠のような……そして髪はまるで西洋人形のように透き通っている」

「ど、どうしたんデスか? カリン?」

「あ、あわわ……何かすっごいの見ちゃってるわ、私……!」

「いえ、みづ姉。あれは……」

 

 みづ姉が動揺しているのも構わず、刀堂先輩はすんでのところで鼻がぶつかる距離で囁きました。

 

「か、顔が近いデス、カリン……竹刀で頭打っておかしくなっちゃったデスか?」

「気に入った。拙者とこの後、でーとしないか?」

「ふぇ?」

「拙者と付き合えと言っている」

「ふぇ、ふぇええええ!?」

「オウ禍武斗!!」

 

 鶴の一声。

 みづ姉の指示通り、オウ禍武斗は飛んでいき──刀堂先輩の背中に手を突っ込みました。

 それは、彼女の身体を貫通するように見えましたが、どうやら彼女の体内に入り込んだ”何か”を探しているようでした。

 しばらくまさぐるように腕を動かすと間もなく何も無かったかのように、引っこ抜きます。刀堂先輩が猫のような鳴き声を上げました。

 

「ふにゃっ!」

「あ、なんか取れてる」

 

 巨大な掌には何かがとっ掴まれていました。

 見ると、全身を青い装甲で包んだチビドラゴンでした。

 ドラゴンは見るからに不機嫌な様子で怒鳴り散らします。

 

『オアアアーッ折角良い所だったのに、何をするのだ貴様等ァ!!』

「やっぱクリーチャーでしたか」

「うわあ、しづの言う通りだったわ……」

『力技が通用するバカで助かった。これにて一件落着』

「じゃないです、とりあえず何やってるんですか──バルガ・ド・ライバー」

 

 そう、このチビドラゴンの正体は刀堂先輩の切札、《無双龍幻 バルガ・ド・ライバー》なのです。

 それが何故、プライドとか色々投げ捨ててこんな真似をしているのかみっちり問い質す必要がありそうですね。

 

「……あ、あれ? あたしはいったい何を!? 此処は誰!? あたしは何処!?」

「先輩取り乱し過ぎです、そしてここはデュエマ部です」

「取り合えずもとに戻った……のかしら」

「……って、バルガ・ド・ライバー!! よくもやってくれたなぁ!! あたしの身体乗っ取って好き勝手したの分かってんだかんね!!」

 

 やっぱりそうですか。

 さて、動機を聞くとしましょうか。

 と思った矢先、いけしゃあしゃあとバルガ・ド・ライバーは言ってのけました。

 

『主君よ……何故理解しない。主君程の益荒男ぶりがあれば、例え女子(おなご)でも落とす事が出来るというのに。主君はモテる、俺は堂々とナンパが出来る。これぞぎぶ・あんど・ていく、OK?』

「な訳あるかァ!! てか、誰が益荒男よ、あたしは女だっての!!」

『俺は龍幻郷最強の龍王だぞ? 富も、女も、自由自在に出来る権利が──』

「あるわけないよね! あたしはあんたのマスターで、あんたはあたしの守護獣なんだからさぁ!」

『そんなものは忘れた!!』

「じゃあ思い出せェーッ!!」

 

 刀堂先輩が取り出したのは、自衛用の特殊警棒。

 チビドラゴンの尻尾を掴むと宙に放り──フルスイング。凄まじい音が響き渡りました。

 そのまま自称・龍幻郷最強の龍王は「あ~れ~」と古典的な断末魔と共に掃除ロッカーに頭から突っ込んだのでした。

 飛び出した足がぴくぴくと痙攣していましたが、しばらくしてカードの姿に戻ってしまいました。

 

「ふぅーっ、スッキリしたぁ。元旦の朝に新しい胴着を着て素振りしてる時と同じくらいスッキリしたよ」

「刀堂先輩……これは一体どうしたのですか。アレは先輩のクリーチャーではなかったのですか」

 

 例のアレを親指で指すと、彼女は癖っ毛を掻きました。

 

「見ての通り、あたしの不始末だよ。ごめん……あいつ薄々感づいてはいたけど、すっごい女好きで……」

「女好き、ですか? クリーチャーが?」

 

 みづ姉が不思議そうに言います。

 私も、何故クリーチャーの嗜好に人間のようなものがあるのか考えていた時がありますが、諸説はあれど今は1つの結論に辿り着いています。

 

「幾らクリーチャーと言えど、守護獣は元々魔導司が作ったものですから、人間の嗜好が反映されてることもあるのでしょうね」

『ああ、それは一理あるかもしれねえな! さっきの菓子然り』

 

 とは言ってもこの通り、当の本人たちにも理由は分からないようで未だに真相は不明です。

 

『しかしまあ、ふしだらな守護獣も居たもんじゃのう』

「あたしが陥落しないのを見るに、とうとうあたしの身体を乗っ取って学園の女子に声を掛けまくってたみたいなんだよねえ……その結果──」

 

 廊下から声が聞こえてきました。

 刀堂先輩は急いで部室の扉を閉めます。

 そして、窓から見えないように壁にへばりつきました。

 すると間もなく外から黄色い声が聞こえてきます。

 

「ちょっと! 刀堂先輩は何処行ったの!?」

「馬鹿!! 先に誘われたのはあたしよ!!」

「うるさい! 私が先なんだから! てか、さっきこっちに行ったと思ったんだけど──」

 

 これは酷い。

 あれは全部、今のように刀堂先輩が取り付いたバルガ・ド・ライバーが陥落させたという女子ですか。

 侍ぶってたくせに、口説き文句は一丁前だったようですね。

 

「……行ったか。はぁ……巴にたっぷり絞られるなあ、こんなんじゃ」

「成程、種族のハンターはそういう……」

「絶対違うと思いますみづ姉」

「これに懲りてやめてくれればいいんだけど……とんでもないクリーチャー引いちゃった気がする」

 

 完全に困り顔です。

 まあ、これについては追々考えていきますか。

 正直、制裁だけなら刀堂先輩だけで十分出来ますし。

 あ、そういえばブラン先輩の事を忘れていました。あの人大丈夫でしょうか。

 今まさに床にへたり込んでいますけど。そう思っていた矢先でした。

 

「ねぇ、カリン……」

「え?」

 

 いきなり、しおらしい声でブラン先輩が言いました。

 

「……もし、カリンが良いならデート付き合っても良いデスよ?」

「ちょ、ちょっとブラン!?」

「私じゃダメ、デスか?」

 

 ぐいっ、と腕を抱き寄せるブラン先輩。

 まさか先輩もさっきので陥落してしまったのでしょうか。

 いや、この茶番劇の一部始終は見届けていたはずです。

 じゃあ、まさか本当に当てられてしまったのでしょうか。

 

「カリン……」

 

 何処か色っぽい声で彼女は刀堂先輩に迫りました。

 でも何かこういうのドラマで見た事ありますね。

 まさかこの人……。

 

「だ、ダメ、っていうかダメじゃないっていうか、でもあたし達はあくまでも友達同士──」

 

 顔を真っ赤にしてパニック気味になる刀堂先輩。

 どうすれば良いのか分からない、と困惑するみづ姉。

 大体タネが分かったけど、割と面白いので行く末を見てる私。

 とうとう頭が沸騰してしまった刀堂先輩が叫びます。

 

「だ、だめぇぇぇーっ!! あたしやっぱこういう展開は恥ずかしくて無理ィーッ!!」

「……ぷはははははーっ!! 引っ掛かったデース! カリンも割と可愛い反応するんデスねー!!」

「……え?」

 

 次の瞬間、そこには既に元通りのブラン先輩の姿がありました。

 探偵スキルの一環か、演技も上手な彼女ですが……こんな悪戯に悪用するとは。

 当然、純情を弄ばれた刀堂先輩が怒るのも無理はありません。

 

「ブ、ブラン……からかったなぁーっ!?」

「まあ、大丈夫デスよカリン! カリンも、ちゃんと女の子っぽいところあるじゃないデスか!」

「あっ、もしかしてそれを教えてくれるために……って騙されないよ! 皆揃ってあたしの事を馬鹿にしてぇ!」

「まあまあ、お詫びに後で美味しいラーメンの店を──」

「ラーメン飽きた、あたし今日はうどんが良い。勿論ブランの奢りで」

「……ハイ、スイマセンデシタ」

 

 これはもう自業自得ですね、ブラン先輩。

 でも、それで済むってことは、やはりそれだけ2人が仲が良いってことなのでしょう。

 こうして一部始終を見届けたみづ姉は最後にこぼすように言いました。

 

「……デュエマ部って、いつもこんな感じなの?」

「これに白銀先輩と火廣金先輩が加わるともっと面白いですよ」

「あらあら……随分と楽しい所なのねえ……」

 

 げんなりした様子のみづ姉ですが、振り回す側に回るともっと面白いですよ。

 主に白銀先輩のやつれっぷりが。

 

「それよりもみづ姉。戻らなくて良いんですか? 部活」

「あっ、そうだった。じゃあ、そろそろ戻るわね。それと、しづ。風邪には気を付けてよ?」

「え? 何故いきなり?」

「高熱の風邪で入院してしまった部員が居るのよ……」

「うちもだよ。1人休んでる。聞いた話によると入院したんだとか何とか」

「……」

 

 流行り病、なのでしょうか。

 私は妙に嫌なものを感じていました。

 そして、それはブラン先輩も同じだったらしく。

 

「妙デス。1つの部活につき数こそ少ないデスけど、入院するくらい重い風邪が同時多発的に起こってるなんて」

「というのは?」

「この間から学校に来てない生徒を調べたんデスけど……この学校で、入院していると思われる生徒は今」

 

 カタカタパソコンを打つと、ブラン先輩は言いました。

 

「合計で6人デス」

「6人? 少ないのかな? 多いのかな?」

「いや、入院するくらい重い風邪でも普通は此処まで同時には発生しないよ。しかも、インフルじゃなくて風邪なんでしょ?」

「ハイ。耀達が手伝いに行った演劇部も──美術担当が入院してしまったんだとか。これ、そろそろ学校側も対策を出す頃だよ」

「……これ、あたし達が疑い深くなってるだけ? 冬ならこんなもんなのかな?」

「いいえ、インフルエンザでもワクチンさえ打っていれば入院するほど重篤にはならないはずです。警戒するに越した事はありません」

 

 私は寒空を仰ぎました。

 

「……クリーチャーが関わってなければ良いのですが」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ひゃあ、流石っすね、桑原先輩。カキワリをこんなに早く塗れちまうなんて」

「ペンキの扱いも慣れてんだ。つかテメェら雑に扱い過ぎだ!! ハケの先がバッキバキだったぜ!!」

「は、はは、今度しっかり言い聞かせておきます」

「ったく、引退したテメェらの先輩は何と言うだろうねぇ……」

 

 クレームを入れる桑原先輩の怒号を背中で受けながら、俺は演劇部の雑用を手伝っていた。

 と言っても、それは部員が休んでいるが故に人手不足になっているカキワリや小道具作りで、かなり重要な部分。

 俺は「どうせ暇だろうから」という腑に落ちない理由で招集され、火廣金は「器用だから」、そして桑原先輩も演劇部の前部長と知り合いだからという理由で呼ばれたのだった。

 

「おい見ろよ火廣金の作った小道具の完成度高いぞ!!」

「凄い! 本物そっくりだわ、このリンゴもバナナも!」

「幾ら褒めても何も出ないぞレディ」

「あっ……しかも火廣金君、地味にカッコ良くない? 日本人離れした顔の整い方してるし……ちょっともう1回今のトーンでレディって──」

 

 女子の演劇部員がそう言いかけた途端、演劇部の部長が飛んできた。

 そして桑原先輩も一緒だ。

 それも鬼のような顔であった。

 

「おいいい!! 病室の背景のフルーツバスケットはカキワリで済ませるっつっただろーが!! 何で余計なもんまで増やしてんだおめぇは!!」

「テメェ!! 何、折角描いたもんをわざわざ作るんだ、俺の絵が霞むだろうがァ!!」

 

 桑原先輩よ、突っ込むポイントはそうじゃないと思うぞ。

 この火廣金という男、どうやら絵で描いたものと同じものをわざわざ小道具にして作ってしまったらしい。

 場面転換の時に手間が掛かるのは目に見えていた。

 

「リアリティが足りない、この火廣金緋色の辞書には妥協と言う言葉は存在しない」

「妥協、か……チッ、痛い所を突いて来たな」

「痛い所なの!? ねえ桑原先輩、そんな事言ってる場合!?」

「仕方ねえ、前言撤回だ。タンスも増やすか。コロコロが足に付いた奴で」

「オァァァァーッ!! こいつら呼ぶんじゃ無かったァ!!」

 

 あんたら職人過ぎるだろ。

 向こうの労力も考えてやれよ……。

 

「場面転換の時に片付けるのが大変なんだろーが!! 余計なもんばっか作りやがって頼んだ所は全部……出来てんじゃねーか悔しいなオイ!! 演劇部来いよ、もう!!」

「事前に言われていた所は家で作ってきた。大方だがな」

「お前本当器用だなぁ!!」

「2人のおかげで今日の作業の所、大分終わったねえ」

 

 とまあ、このように紆余曲折あったものの、良くも悪くもやたらと拘りの強い職人気質の2人のおかげで俺の出番はと言えば本当に雑用に留まっていた。

 最も、人が少ないから雑用と言ってもかなり量があるんだけどな。片付けに準備、セットの移動。全部が大変だ。

 美術担当が休んでしまうと滞るくらい、演劇部も部員が少なくなっているらしい。同好会状態の俺達に比べたら断然マシではあるが。

 

「じゃあそろそろお前らも帰って良いぜ。もう夜の7時だからな」

 

 夜の7時、と言われて気が付いた。

 外は既に真っ暗だった。

 俺達助っ人組は急かされるようにして演劇部の部室を追い出される。

 向こうも気を遣っているようで、片付けは自分たちでやるようだ。乗りかかった船なのだから、それくらいやるんだけどなあ。

 スマホを開く。先に帰るという紫月とブランからのラインが入っていた。万が一何かあってはいけない、と部室に2人を残していたが、明日もこの様では活動自体を辞めにすることも考えた。

 だけど、一応デュエマ部は俺達の事件捜査の拠点になりつつある。火廣金曰く、アルカナ研究会で調査を進めている件があるから明日も学校に来ねばならないだろう。

 3人で冷たい夜空を仰ぎながら、帰路につく。

 

「最近、入院してるやつが増えてるらしい。今日の演劇部だけじゃなくて、学校でも入院患者が増えている」

「ひえぇ、気を付けねえと。マスクマスク」

「聞いた所、風邪をこじらせて入院、というのが殆どらしいな」

「風邪もワイルドカードの所為だったりして」

「実は今、この件についてアルカナ研究会が調べている」

「!」

「まったく同じ症状の入院患者だ。しかし、挙動がおかしいらしい。如何なる治療を施してもなかなか快復しないらしいのだ」

 

 そんなことが起こっていたのか。

 しかもインフルエンザとかじゃないらしいし、新手の病気かあるいは──

 

「上が何故調査に乗り出したか。それは被害を次々に拡大させていくワイルドカードが増えているからだ。それだけではない。前回のように眠っていたクロスギアが覚醒したことも無関係とはいえない」

「何かが起こってるのか?」

 

 桑原先輩が腕を組んだ。

 俺も同感だ。ワイルドカードは元々厄介だったけど、此処最近のものは輪を掛けて悪質だ。

 人同士の魂を入れ替えたり、人の姿に化けたりといった類、何よりデ・スザークのような超巨大なものだ。

 

「起こっているに違いない、だろうな。ワイルドカードは普通のカードが何らかの原因で魔力を吸い、カードの情報を媒体に実体化するという不明瞭な怪現象。だが、此処最近出現したものは魔力の補給源があることによって更に勢力を増しているようだ」

「補給源? 何処なんだ」

「これは最近出た結論なのだが……以前、地球を覆っていたサッヴァークの水晶だろう、ということだ」

「!」

 

 おいおい、それってロードの事件で地球上を覆いつくしたあの水晶の事か。

 だけどあれはとっくに破壊したはずだ。俺がロードを倒したあの時に。

 それが何で今になって問題になるのだろう。

 

「オイオイ、魔導司サマよ。あの水晶は消えちまったんだぞ!?」

『いや、有り得ないことは無いと思うでありますよ。実は気になっていたでありますが、あの時消えた水晶が何処へ行ったのか、ずっと考えていたであります』

「粒子自体の解析が事後処理で遅れていたから、完全に結論が出たのは先日の事だ。済まない」

「粒子?」

「ああ。部長がロードを倒したあの時、同時にサッヴァークもその体を維持できなくなり、水晶を含めた全てが空気中に分散したのではないか……という仮説だ」

「分散って……まさか、飛び散ったってことか!? 空気中に!?」

 

 桑原先輩が素っ頓狂な声を上げる。

 

「そうだ。粒子はマナとなって空気中を漂っており、ワイルドカード、及び休眠中のクロスギアといった負の遺産(レガシー)を再び目覚めさせているということだ」

「とんだ置き土産だな。それで最近のワイルドカードは、やたらと強かったのか」

「なんてこった……倒しても被害を出すなんて」

「部長の所為ではない。それだけは言っておくぞ。あの時は一刻でも早くサッヴァークを止める事が先決だったからな。あれを止めなければ、世界は終わっていた」

「ああ……」

 

 だけど、どうも釈然としない。

 唯元凶を倒せばそれで良いというわけではないのが、クリーチャー事件の難しい所だ。

 結局、ロードを倒しても事態は良くなるどころか、悪くなる一方なのだから。

 

「それもあって、『不和侯爵』にも協力を要請した」

「アンドラス、って黒鳥さんの事か?」

「ああ。と言っても、自衛を促すついでに彼の居る地域に発生しているワイルドカード駆除の依頼だがな。魔導司も数が少ない。だから、何処も彼処もというわけにはいかないのだ」

「そうなると、結果的に何時か言ってた暴走のリスク云々よりよォ、俺達がエリアフォースカードを持ってた方が良かったんじゃねぇか魔導司サマよォ」

 

 にたにた笑う桑原先輩。

 あんたがそれは言えないとは思うが、同じことを火廣金も思っていたのか啖呵を切った。

 

「真っ先に手玉に取られていたが、どの口で言うのやら」

「んだとォ!? 俺ァ一応先輩だぞ敬えや!!」

「貴方の何処に敬う要素があるんだ」

 

 睨み合う両者。

 友好色使い同士、頼むから仲良くしてくれと言いたい所だ。

 

「結局ファウスト様がカードを回収するための口実に過ぎなかったのは確かだ。だが、暴走のリスクを忘れたわけではないだろう」

「まあ、そうなるよなあ。身近に体験者がいると説得力が強いぜ」

「白銀までェ!?」

「現に、『不和侯爵』の持つ死神(デス)のエリアフォースカードは奇妙な挙動を度々見せている」

「え? そうなのか」

 

 いやな予感しかしないぞ。

 確かアレは、トリス・メギスが黒鳥さんに直接渡したんじゃなかったっけか。

 

「それ自体が闇のアルカナの集大成と言っても良い一品だ。どういった仕組みの魔法が組み込まれているかは、今現在進行形でトリスが解析中。エアロマギアで収集したコピーデータを調べているらしい」

「ブラックボックスってことか……」

 

 桑原先輩が腕を摩った。

 

「で、黒鳥さんはそれ以降大丈夫なのか?」

「何度か検査を受けてはいる。今の所、カード、本人、ともに正常だが……さっきも言った通り、死神(デス)自体がブラックボックスそのものだ。安易に扱えないというのが現状でな」

「……そうか」

「この力は制御しきれば文字通り俺達にとって最高の戦力に成り得る。だが、制御しきれなければ──」

 

 火廣金は立ち止まった。

 

 

 

「──文字通り、死神は俺達の最悪の敵になるだろうな」

 

 

 

 背中に寒気が奔った。

 それはつまり、黒鳥さんが俺達の敵に回るということでもある。

 あの人とは何度か対戦したが、はっきり言って相手にしたくはない部類のプレイヤーだ。

 というのは、あの美しささえ感じさせる徹底的な破壊戦法へ対策が取りづらいからである。

 特に命を懸けたデュエマであの人とは二度と戦いたくはない。

 それほどまでに、純粋に、強い。経験、構築、運。全てに於いて文句が無いのだ。

 

「……そうならねえようにするのが、お前らの仕事なんだよな?」

「その通り。尽力させてもらう。最も……結果は保証できないが」

「保障出来ねえだァ!? 人の命に関わるんだぞ!!」

 

 桑原先輩が怒鳴った。

 魔導司への不信感を、彼は捨てていたわけではない。

 

「……その言葉は甘んじて受け入れよう。だが、無責任に”出来る”と言い切る事は出来ない。出来ない事を出来ると押し通した結果が、俺達の最大の過ちだ。成功の保証が無い事は、成功するものとして処理するのではなく、あくまでも保証の無いものと受け止めて処理していかねばならない」

「っ……」

「とは言っても、所詮は予防線を張っているのに過ぎないわけだが……これが今の俺達に出来る全力だ。出し惜しみはしていない。君達の誰1人欠ける事を、少なくとも今此処に居る俺は望まない」

 

 何かを決意したような眼差しだった。

 それと、負い目。

 俺には、火廣金が何処か悲壮な覚悟を何処かで決めている事を悟っていたのかもしれない。

 

「いや、俺も……悪かった。テメェらが出来ない事を俺らが出来るってわけじゃねえ。テメェらだって精一杯やってるのに……すまん」

「人が作ったものは、人が制御出来なければならない。しかし、エリアフォースカードの力は存在するだけで魔導司達の運命を狂わせ続ける。俺達は魔法を制御するつもりが、魔法があることを当たり前とし、翻弄され続けている。人間の科学が物神化しているのを、こんな状況で誰が嗤える?」

「火廣金……」

「俺は自分の生い立ち、そして自分で勝ち取った立場に対して優越感さえ抱いていた。他の魔法使いは勿論、人間に対しても、だ」

 

 俺は、初めて火廣金が目の前に現れた時の事を思い出した。

 そういえば、人間そのものを見下していた気がする。

 

「だが、それは違った。俺は最初に、人間の成長する力に負かされた。そして──同族の情けに胡坐をかき、大きな過ちを犯した魔導司というものにすら、一度失望しかけた」

「火廣金……」

「自分が作ったものは、自分の手で制御しなければならない。それが俺達の責務だ。しかし、俺達は魔法に、あまつさえ幾ら偉大と言えど同族の作ったクリーチャーの掌で踊らされていたんだよ。こんな滑稽な事があるか?」

 

 火廣金は妙に饒舌だった。

 それだけ彼の肩には重責が負わされていたのだろう。

 

「だから、俺が止める。そう決めていた。魔導司の事は……魔導司で解決するべきだ、と。だが……結局今も、君達の力を借り続けている。そうでなければ、俺1人ではどうにもならないと悟っていたからな。……すまない、部長。桑原甲。俺は……」

 

 部長として俺が言える事は1つだ。

 

「そんなに抱え込むなよ、火廣金」

「部長。しかし……」

「って、俺が言えた口じゃねえんだけどさ。部員が抱えてるものを一緒に抱えるのは、部長なら当たり前だろ? 魔導司だけでどうにかならないものは、俺達人間が一緒にどうにかすれば良い。俺達は、そうしてきたじゃないか」

「だが、それでは……」

「お前が負い目を感じる事なんか、何にも無い。これは、お前らだけの事じゃない。俺達の事でもあるんだ。エリアフォースカードのこと、ワイルドカードのこと、そして黒鳥さんがヤバくなったら、俺も一緒に止める。俺に出来る事があるなら何でも言ってくれ」

「……チッ」

 

 桑原先輩が舌打ちすると腕を組む。

 

「しゃーねぇなぁ。デュエマ部部長サマがそこまで言うんだ。俺も協力しねえわけにはいかねえよなあ」

「桑原甲……」

「忘れんなよ。テメェは俺の後輩だぜ。一応な。先輩は、後輩がやべー時に代わりにケツ拭く為に居るようなもんだからよ」

「……真っ先に暴走してたあんたが言うのか? 誰があんたのケツを拭いてやったと思っている? 単細胞先輩」

「テメェ!! 今すぐ其処に居直れ、この野郎!!」

「まあまあまあ、喧嘩は2人とも止そう! な!?」

 

 まあ、何だ。

 取り合えず、この二人が仲良くなるのは当分先になりそうだ。

 だけど、街灯に照らされた火廣金の表情は心なしか少し穏やかだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……バレンタインチョコ、かあ」

 

 小鳥遊玲奈の日曜の朝は、前の晩に読みっぱなしだった雑誌のページを捲る所から始まった。

 元々ファッションだとかアクセサリーだとか女子が好みそうな特集をピックアップした雑誌だったが、彼女の興味は専らあるページに注がれていた。

 ”女の子必見! 恋が叶うバレンタインチョコ特集”と見出しにはあり、手作りチョコの作り方は勿論、果てには告白のコツだとか半ば眉唾物の恋愛テクニックまで書かれていた。

 とはいえ、思春期真っ盛りの玲奈と言えど、特段クラスに好きな男子が居るとかそういうわけではなく、むしろ家族、そして普段口うるさい従兄兼居候への義理チョコであった。

 ──お母さんとお父さんに贈るのは勿論だけど……ハブったら可哀そうだし、あの美学馬鹿もたまには労ってやろうかなあ。どうせあんな性格だから誰にも貰えないだろうし。

 意地悪な理由をわざとでっち上げて自分を誤魔化し、彼女はチョコレートの作り方を調べる。

 しかし調べた所で、家のキッチンで作るとあの美学馬鹿に見られるのが恥ずかしい。そう考えた彼女は、知り合いの家で作ることを考えて、事前に予定を入れていた。

 と言っても今日作るものは、まだ練習も練習である。玲奈も手作りチョコを作るのは初めてだった。

 

「午前中に材料買って、午後はオウカとユヅキも呼んで……ミタマの家で集合、だよね」

 

 予定表を確認しながら、生真面目な彼女は立ち上がると髪をセットして着替えようと振り返ったのだが──

 

 

 

「何だ貴様、まさか徹夜で雑誌を読んでたのか?」

「……きゃああああああああああ!?」

 

 

 

 びっくりして彼女は悲鳴を上げてしまう。そして慌てて雑誌を閉じた。

 白昼堂々、従妹の1人部屋に朝から入って来たのは、涼しい顔をした黒鳥レンであった。

 

 

 幸い、まだ寝間着に手を掛ける寸前であったが、そうでなければ今頃彼の顔に雑誌を投げつけていただろう。

 

「何やってんの!? ノックくらいするのがマナーなんだから!!」

「したのだがな。おまけに鍵まで開いていると来た。何事と思ったぞ」

「っ……」

 

 彼はあくまでも心配していたのだろう。

 多少デリカシーに欠ける所はあるにしても。

 そして鍵を掛け忘れたのは迂闊だった、と玲奈は後悔した。昨日、雑誌を読みふけっていた所為だ。

 

「わ、悪かったわ。でも、今日は友達の家に行くんだからっ。そろそろ支度するからね」

「そうか。気を付けて行ってこい」

 

 冷淡ささえ感じさせる返答。

 興味無さげなのが癪に障る。

 元より、感情の起伏が少ない男だ。それ以上を求めるのは酷で、しかも自分勝手であることは玲奈は分かっていた。

 しかし、”子ども”扱いされるのは勿論、適当にあしらわれるのも嫌いな彼女にとって気持ちのいいものではなかったのである。

 何時か絶対に認めさせてやる。その思いで、デュエマも鍛えているし日々「大人のレディ」を目指している。

 最も、上手くいっているかというとそうではないのだが。

 

「それと、いい加減出てってよね!!」

「ああ、すまん」

 

 押しのけるようにして従兄を部屋からほっぽり出す。

 あの仏頂面を見ているとどうも落ち着かない。

 

「……ほんっとムカつくんだから!」

 

 理不尽な怒りをぶつけながら、彼女は椅子にどかっと座り込むのだった。

 そして──乱暴に閉じた雑誌のページをもう1度開く。

 バレンタインチョコレートのページだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『バレンタインのチョコって何なんですかァ?』

 

 朝食を済ませると、阿修羅ムカデが興味深そうに聞いて来た。

 こんな事、蟲には関係ないだろうと黒鳥は鬱陶しいと感じつつ答える。

 

「日本の奇妙な風習だ。親愛な人に黒い菓子、チョコレートを送る」

『親愛だのなんだの下らないですねェ』

「貴様には解せんだろうな」

 

 クリーチャーに、まして闇文明のこの男には分かるはずもない。

 そう思っていたのだが──

 

『ヒャハハハ、まさか。私、ページをちゃんと読みましたよォ。つまるところ、人間の雌が雄に求愛する為の行動。または、チョコを代価に番となることを要求する。これでしょう?』

「……貴様。思ったよりも核心を突いて来たな」

 

 強ち間違ってはいない。少なくとも日本ではそういう側面もある。生々しい言い方で純情等ロマン等あったものではなかったが。

 しかしそうなると、玲奈はチョコレートを渡したい相手が居るということになる。

 阿修羅ムカデの言葉で言い表すなら、求愛するに足りる男が居るということだ。

 

「……ハッ」

 

 それを彼は鼻で笑った。

 あのお子様が? 玲奈だぞ?

 有り得ん。しかし彼女ももう14歳。中学2年生で思春期真っ盛り。

 例えレストランでお子様ランチを注文していたとしても、だ。

 黒鳥は考える事をやめた。今彼女について気を揉んでも詮無きことだ。

 

「馬鹿らしい。それよりも、ワイルドカードの事が先決だろうに」

『はいはい、昨日現れたのは凶鬼09号ギャリベータでしたかァ』

 

 それよりも、最近増えているワイルドカードのことだ。

 自分の部屋に戻ると、黒鳥は電話を手に取った。昨夜の戦果をライングループで耀達に報告するのだ。

 アルカナ研究会の事件後、黒鳥はグループラインという形で自分の周囲で起こったワイルドカードの事件の事後報告を心がけていた。

 2つの遠く離れた町同士での情報共有だ。

 こちらには黒鳥しか居ないものの、それでもワイルドカードの事件の発生件数は少ないようだった。火廣金に聞くとこちらでは鶺鴒に比べるとワイルドカード事件の発生件数は明らかに少ないという。

 エリアフォースカードが鶺鴒に集中しているからか、と問うとそういうわけでもないらしい。どうやら、昔からクリーチャーが好き好んで発生する場所は地下水脈と温泉の在処の如く決まっているのだという。

 しかし。此処最近に限ってはそうではなかった。

 

「サッヴァークの水晶の影響で、ワイルドカードが大量発生している……か」

 

 この間から耀達が出くわした事件で出てきたワイルドカードはいずれも強敵揃いだったという。

 

「やはり、ただのワイルドカードで此処まで苦戦するのはおかしい。おまけに過去の遺産のクロスギアまで覚醒する等……明らかに、大気中のマナの濃度が上昇している」

『どうするんです?』

「しばらくはこの状況が続くだろう。得るものも何も無い戦いだが、失うよりは余程マシだ」

 

 黒鳥は頭をベッドに投げ出した。

 

『ところでマスター。玲奈さんについてはどうするつもりなんですかねェ?』

「どうするもこうするも……人の恋愛に首を突っ込むのは野暮だ。ただし、それが悪い男だった時点でそいつの運命は決まっている」

『介入する気満々じゃないですかねェ!! ギャーハッハッハッハッハ!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……えーと、これで全部かな」

 

 何処か軽い足取りで彼女は百貨店を出ようとしていた。

 チョコレートだけではなく、アラザン──銀色で粒状の製菓材料──やココアパウダー、その他諸々。

 必要そうなものを全て集めた玲奈は早速友人宅へ急いでいた。

 向こうで集まって一緒に昼食をとる約束をしているのだ。

 そう思っていた矢先、着信が入る。見ると、いつもの仲間の1人だった。

 

「はいはい、小鳥遊ですけど」

『レナか? 早く来てくれよ。あたしはもう腹減ったぜ』

 

 急かすようなハスキー声が飛び出してきた。

 苛立ちを隠せないまま彼女は言葉を返す。

 

「……開口一口がそれって流石脳筋オウカね」

『るっせー、わりーかよ。それよか、材料は全部買ったか?』

「今終わったんだからっ。まさか、私が買い物の途中で道に迷って泣きべそかくだなんて本気で思ってたんじゃないよね?」

『思ってた』

「失礼なんだからぁ!!」

『まあまあ……それよか、今年になっていきなりチョコ作る練習しようとかやたらと気合が入ってんだなあ、レナ』

「……」

 

 玲奈は口を噤んだ。

 動機を素直に言ったらからかわれるに決まってる。

 単純で、子供っぽいものだった。

 結局の所、また1つ出来るようになったことを増やして、あの仏頂面を少しでも驚かせてやろうと思ったのだ。

 

 

 

『あ、黒鳥さんに本命渡すからとか? 絶対そうだろ? なあ?』

 

 

 

 だから、こういった指摘は返って玲奈の怒りに油を注ぐようなものだった。

 

「絶っっっ対に違うんだから、このバカオウカ! あいつは水たまりの泥でも啜ってるのがお似合いなんだから! ええ!?」

『お、おう……何時に無く辛辣だな』

「オウカが悪いんでしょ! とにかくすぐ行くんだから。切るねっ」

『あ、ちょ、おま──』

 

 言い終わらない間に彼女はそのまま通話を打ち切った。

 ぷんすかぷんすか、と子供っぽく怒っているのは誰の目に見ても明らかだった。

 ──他の誰かが居れば、の話であるが。

 

「……あれ?」

 

 通話している間は止まっていたはず。

 歩きながら話してしまっていたのだろうか。

 気が付けば、玲奈は普段通らない道に足を踏み入れていた事に気付いた。

 人通りが少なく、目に付かない。

 コンクリートの壁が左右にそびえ、昼なのに暗い裏通りのような場所だ。

 

「こんなところ普段通らないんだけど……」

 

 辺りを見回す。

 さっさと出てしまおう。

 地図を確認して、出口を探す。

 しかし──さっきまで通話出来たはずのスマホの電波は何時の間にか圏外に。

 いよいよ玲奈は困った。どこから入って来たのかも、もう分からなくなっていた。

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

 

 刹那。

 首筋が何かに貫かれた。

 脊髄反射で触る。 

 穿かれたわけでもなければ、血が出ているわけでもないようだった。

 しかし、一瞬感じたのは刃物で突き刺されたような鋭い痛み。

 それは麻酔を打たれたかのようにすぐ薄まった。

 

「……あれ?」

 

 くらり、と眩暈がする。

 そういえば頭が妙に熱い。

 熱中症? 幾ら昼間と言えど、今は2月の頭である。

 着込んでいても肌寒かった程なのに、有り得ない。

 だんだん、歩く気力も無くなってくる。

 ぐるぐるぐるぐる。

 何度も同じところを行ったり来たり。

 しかし一向に出口は見つからない。

 ぐるぐるぐるぐる。

 ぐるぐるぐるぐる。

 ぐるぐるぐるぐる──

 

「あ、うっ」

 

 呻いた。 

 壁に手を突く。

 喉から何かが絞りでそうだった。

 頭が痛くて割れそうだ。

 

「な、に、これっ」

 

 口からぼとぼとっ、と涎が垂れる。

 そのまま彼女は地面に崩れ落ちた。

 

「おおえええっ」

 

 口を抑えた。

 胃の中のものが吐き出される。

 気持ちが悪い。

 気持ちが悪い。

 頭が痛い。

 苦しい。

 

「おええっ……い、いだいっいだいっ……!!」

 

 目の前の光がちかちかと瞬いた。

 一瞬だけ──背後が暗くなった。

 笑みを浮かべる影。

 そして、自らの首筋にくっきりと浮かぶ牙痕。 

 それに玲奈は最後まで気付かなかった。

 悪意と犯行の形跡は徐々に薄れ、姿無き悪魔と共に消えた。

 誰にも気づかれる事は無く。

 当の本人でさえも。

 自らを刺した凶器を捉える事は無い──

 

「ギャーハッハッハハハハハハハハ」

 

 嗤い声が響き渡った。

 

「苦しめ! 苦しめ! もがけ! それが我が主の糧になる!」

「あ、あぁ……だ、誰……!?」

「苦しめ苦しめ! 助けてくれる奴は誰も居ない! お前は孤独の中、あがき、もがき、生に縋りそして──死ぬんだよ!!」

 

 身体が焼けるように熱い。

 痛い。苦しい。

 いっそ、死んで楽になりたいほどだ。

 

 

 

「玲奈!! 玲奈!!」

 

 

 

 その声で、玲奈は正気に返った。 

 しかし、未だに頭は激しく痛み、吐き気が襲う。

 霞む視界に、見慣れた黒髪と仏頂面が浮かび上がる。

 いや、今ばかりは仏頂面では無かった。

 必死そうな形相で自らに呼び掛けているようだった。

 

「ええい、騒ぐんじゃない!! 僕はこの子の……」

 

 彼は寄って来た野次馬を大声で怒鳴って追い返す。

 何時もの余裕は、最早そこには無い。

 

「とにかく救急車は呼んである、もう大丈夫だ。正気を保て、嘔吐物で喉を詰まらせないように気を付けろよ」

「あ、うっ……」

 

 たす、かった。

 玲奈は薄れゆく意識の中で、彼の名を呼んだ。

 

 

 

「れ……ん」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 救急車への同伴は遅れてやってきた玲奈の母に任せ、レンは病院へ向かうそれを見送った。

 まだやらねばならない事がある。

 

「今回の件……貴様のサーチが珍しく仕事をしたことに感謝せねばなるまい」

『いえいえー。妙に今回は胸騒ぎがしましたが故ですねェ。お宅の小娘が死のうが死ぬまいがこっちには関係が無いですからァ』

 

 そう言ってくれた方が、黒鳥にとっては負い目を感じずに済んだ。

 お世辞にも魔力探知に決して優れているとは言えない阿修羅ムカデが珍しくクリーチャーの気配を感知した。

 それは彼の技能が上昇したと考えるよりも、より厄介な脅威が現れたと考えた方が合点が行く。

 

「症状は嘔吐、高熱、か。阿修羅ムカデ、あれは──」

『間違いなく、何者かの仕業ですねェ。クリーチャー、でしょうよォ。だんだんその痕跡が消えていってましたけどねェ』

「……っ!!」

 

 彼はコンクリートの壁に拳を叩きつける。

 

『まあ、恐らく……闇のクリーチャー、それも同族によるものでしょうよォ』

「白銀達が以前、ドルスザクと交戦したと言っていた。あの類だろうか?」

『いいえェ? それは違うかと。あの異類異形の召喚獣共ならば私が気付きはしませんでしたよォ』

「つまり、正真正銘同族だと」

『”ただの”マフィ・ギャングでしょうよォ。最も、これだけ人間を傷つけられるのは、余程強い魔力を持った個体かと思われますがねェ』

 

 故にレンは握り拳を解きはしなかった。

 駆け付けた時には、玲奈は人通りの多い歩道で倒れており、既に何人か駆け寄っていた。

 応急処置をその場で行い、後は救急車が来るのを待つのみだったのは良いが、朝あれだけ元気だった彼女が急病に倒れたのはやはり疑問が残る。

 

 

 

「殺す」

 

 

 

 その三文字の言葉は、黒鳥にとって報復以上の意味を持つ。

 これで何度目だろうか。身近な人物がクリーチャーの毒牙に掛かるのは。

 思い出せば思い出すだけ腹が立つ。

 無力な自分に。肝心な時に大事な人の傍にいられなかった自分に。

 

「殺すぞ、阿修羅ムカデ」

『?』

「敵を殺す。何時もと変わらない。同じだ」

『おお怖い怖い……』

「分かっているな? 何時もと同じだ」

 

 念を押すように黒鳥は言った。

 阿修羅ムカデはしばらくの沈黙の後、揶揄すように返した。

 

 

 

『本当に何時も通りで良いんですかねェ……?』

 

 

 

 何も言わずに阿修羅ムカデは彼の身体を包み込む。

 そして、人目を離れて建物の影に消えた。

 黒鳥曰く影法師。マフィ・ギャングの影の者ならば誰もが身に着けている技能。

 事態は一刻を争う。

 遠くへ逃げられる前に敵の居場所を掴まなければならない。

 そして仕留める。クリーチャーの毒牙に掛かった人間を救うには、元凶を殺すしかないのだ。

 だが、理由はそれだけではない。

 この殺意は──もう何度目か分からない、自らの周囲の者に手を掛けられた怒りだった。

 

「辿り着いた、か」

『ええ。この辺りに居ると思うのですがねェ……?』

 

 黒鳥と阿修羅ムカデは影から飛び出すと周囲を見回す。 

 そこは鬱蒼とした公園。遊具には落書きがされており、誰も遊んではいないのにブランコが揺れている。

 唯でさえ冷えている2月だが、此処だけ特に冷え込んでいるようだった。

 

『魔力を辿ったから分かりますよォ!! 出て来るんですねェ!!』

「居るのは分かっている。さっさと出て来るんだな」

 

 言った矢先だった。

 黒い影が足元を走った。

 そして黒鳥の背後を突くようにして飛び出す──が、すんでのところで阿修羅ムカデが喰らいつき、地面へ叩き伏せた。

 揉みあう2つの影。

 武器を取り出し、両者共に獲物で互いの首筋を狙う。

 黒鳥は吃驚した。

 そこにあったのは──全く姿かたちが同じクリーチャーだったのだ。

 

「成程、同族とはそういうことか……!!」

 

 絡み合い、斬り合う2匹のムカデ。

 片や自らの僕、片やワイルドカード。

 成り立ちこそ違うが、両方共全く同じクリーチャーであった。

 だが、再び黒鳥は地面に転がった。

 飛び掛かって来た影がもう1つ。その咬撃をすんでのところで躱した。

 

「ゲージゲジゲジゲジィーッ!! のこのこと出てきやがったなァ、人間共がァ!!」

「折角お前も噛み殺せると思ったのに勘の良い奴ゲジ!!」

 

 もう1匹。

 白衣を纏い、武器を構えたムカデがそこに蜷局を巻いていた。

 即ち、敵は2体。

 それも、両方共”阿修羅ムカデ”なのである。

 

『やれやれ……こういうことになるとは、面倒になりましたねェ!!』

「普段魔力探知がロクに出来ない貴様が道理で掴めた訳だ。知っているどころか、全く同じクリーチャーじゃないか」

『別個体と言ってほしいですねェ……でも奴ら、私と同じ”阿修羅ムカデ”というだけあって相当格が高いですよォ。闇医者の中でも進化の可能性を持つだけあって、ですねェ』

 

 間合いを放し、レンの元へ戻って来た守護獣は、早速難儀そうな表情を示す。

 だから、”ただのマフィ・ギャング”だったわけだ。ただし、その闇の純度は極めて高い。

 

「ゲジゲジゲジィーッ!! 人間!! 俺達に何の用だァ!」

「貴様等が咬んだ少女……あれは僕の従妹だ。元に戻して貰おうか」

「ギャハハハハハ、人間って面白いゲジねぇ!! 他人の為に俺達にわざわざ挑みに来たゲジか!! ご愁傷様ゲジ!!」

「何だと?」

「どっちにせよ、お前には此処で死んで貰うゲジ!! 噂のエリアフォースカード使いがこの辺りには居ないからぬくぬく活動出来ると思ったゲジが……此処にもいるとは予想外だったから始末するゲジ!!」

「させて堪るかよ」

 

 黒鳥は凄んだ。

 

「玲奈は……僕の従妹だ。彼女は、僕が守る。この命を捨ててでも、だ!!」

 

 死神のエリアフォースカードを取り出す。

 

「エリアフォースカードを行使する。引きずり込むぞ」

『ええ、殺し甲斐があるッ!!』

 

 言った黒鳥は死神(デス)のカードを取り出して構えた。

 しかし、空間が2体を取り込む前に、影になって対象は霧散してしまう。

 

「逃げられたか!?」

『いや、この近くに居るはずですよォ!!』

「っ……やはり弱らせねば駄目、か」

『マスター、許可を。解放しますよォ。反動に耐えて下さいねェ!!』

「……分かっている。見せてやれ、貴様の真の姿を!!」

 

 どす黒い旋風に包まれる守護獣。

 その身体はより鋭利に、より禍々しく膨れ上がる。

 蠍のような棘のついた尻尾を振り回し、暗い公園に災厄の獣が顕現した。

 

「根絶やせ、阿修羅サソリムカデ!!」

『ギャハハハハハ、御意、ですねェ!!』

 

 牙を剥き出しにし、舌なめずり。

 その腕に最早得物は必要ない。

 相手を絡めとり、必殺の毒針で腐食させるだけだ。

 阿修羅ムカデの時とは比べ物にならない速度で飛び掛かるサソリムカデ。

 そのまま、2体の頭蓋を串刺しの如く毒針で側頭部から諸共に貫いた。

 

『そのまま苦しむんですねェ!!』

 

 これで身動きは封じた。そのままエリアフォースカードを構えようとする黒鳥。

 しかし。2体の様子がおかしい。

 貫かれて苦しんでいるどころか、その表情は──悦んでいるようにさえ見える。

 

「ゲジゲジゲジィーッ、調子に乗ってる奴ァ」

「痛い目を見るのがお決まりってもんゲジねェ!!」

『ゲジゲジゲジ、ゲジゲジゲジィーッ!!』

 

 2体は腕に構えた注射針を──あろうことか、互いに突き刺した。

 そして、2体の背中から何かが現れる。

 割れた脊髄から──新たな身体が生れ落ちる。

 片や翼を生やし。

 片や数多の頭を伸ばす。

 

「なっ……こいつら……!!」

『まだ進化を……!!』

 

 片や空中を支配し、片や地平を支配する。

 阿修羅ムカデの新たなる進化。

 最早、それは蟲の枠組みさえも破壊するものであった。

 

「《牙修羅バット》に《蛇修羅コブラ》……!!」

「ゲジゲジゲジィーッ!! 俺達をそこらの闇医者と一緒にしてもらっちゃ困るぜ!!」

「流石に今のは俺達でもヤバかったゲジ!!」

「ゲジゲジゲジ、だけどこうなりゃもうこっちのモンだぜェ!!」

 

 牙修羅バットが阿修羅サソリムカデを組み伏せた。

 棘を刺そうとするサソリムカデだったが、それを蛇修羅コブラから現れた無数の蛇が押さえつけてしまう。

 2体掛かりでは、流石のサソリムカデも手も足も出ないようだった。 

 

「馬鹿なっ……!! こんな事が……!!」

『ぐっ、こいつらァァァ!!』

 

 一気に2体を振り払うサソリムカデ。

 しかし、それでも怯んだ様子は全く見られず──

 

「おい兄弟!! 行くゲジ!!」

「ゲジゲジゲジィーッ、やってやろうじゃねえかァ!!」

 

 蛇修羅コブラの瞳が光った。

 眼光を見てしまったサソリムカデと黒鳥の身体が硬直する。

 

「これはっ……」

『動けないィ!?』

 

 黒鳥の脳裏に、メドゥーサの神話が過った。

 石にされなかっただけまだましだが、四肢が痺れたように動かない。

 

「これでシメェだゲジィーッ!!」

 

 ガパァッ、と牙修羅バットの大顎が開いた。

 そこから鮮烈な光が放たれる。

 

 

 

「──真血染める闇牙(ブラッドレッド・アンガー)ァァァーッ!!」

 

 

 

 

 2人はその後、何故助かったのか分からなかった。

 ただただ、身を焦がすような熱と衝撃波が襲い掛かる。

 抵抗する権利など無い。

 黒鳥とサソリムカデは紙屑のように吹き飛ばされたのだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ゲジゲジゲジィーッ、人間も大した事無かったなァ!!」

「やれやれ、呆れちまうゲジ。同族の恥晒しゲジ!!」

 

 嘲笑う2体のクリーチャー。

 ボロ雑巾のように転がされた黒鳥とサソリムカデは成す術も無く横たわっていた。

 恐ろしい強敵。しかも数の利では不利。

 相手は連携を取って来る上に、確かな殺意を持ってこちらを攻撃している。

 だが、その上でギリギリまで嬲ってから殺してやろうという残虐性も垣間見えた。

 黒鳥とサソリムカデは、活け造りにされたも同然だった。

まだ動けない。これでは回避行動を取る事さえも出来ない。

 

「貴様等……何が目的だ?」

「ゲジゲジゲジィーッ!! 冥土の土産に教えてやろうかァ!!」

「俺様達は、マスター・ドルスザク様の配下ゲジ!! 人間どもの苦しみがあのお方のパワーとなるゲジ!!」

 

 ドルスザク。

 その単語に黒鳥は覚えがあった。

 以前、翠月が撃破したというデ・スザークのワイルドカードの事だろう。 

 別個体か、はたまた生きていたのか。

 件のクリーチャーガ相当な数のワイルドカードを食らっていたという情報から聞くに、倒し切れていなかったという線の方が濃厚だろう。

 あんな怪物が2体も3体も居て堪るか、という話だ。

 しかし、問題はそのデ・スザークがかなりの数の配下を生み出していたらしいということ。

 トークンである大量の闇のクリーチャーは耀達が交戦して撃破。

 また、無月の門によって降臨したらしい他のドルスザクも桑原によって撃破されたらしいが……。

 

「そう、苦しみ!! 人間たちも苦悶、絶望がそのままマイナスエネルギーとなってマスター・ドルスザク様に注がれるゲジ!!」

「ゲジゲジゲジィーッ、俺達が人間に注いだ病魔は1週間の間、人間を苦しめに苦しめてから殺すぜェ!! 即死した方がマシだと思えるような生き地獄よ!!」

「テメェも同じ目に遇わせてやるゲジ!!」

『ゲジーッヒャッハッハッハッハ!!』

 

 死ぬ。

 その言葉を聞いて黒鳥は地面の土を握り締めた。

 玲奈がこのままでは死んでしまう。

 1週間の間、苦しめて苦しめ抜いてから命を奪うというのか。

 それには飽き足らず、自らの主にその命を捧げるというのか。

 

「そこのお前も、今なら見逃してやろうかゲジ。俺達は生まれは違えど同族ゲジ」

 

 にじり寄る牙修羅バットに、サソリムカデが嗤った。

 

『良い趣味してますねェ……!! でも、私は生憎誰かに媚び諂うのは嫌いでしてェ……!! 鯉の糞以下のテメェらの言いなりに、誰がなってやるかよ……!!』

「それならそこの人間と一緒に死ぬゲジねェ!! お前らやっぱ生かしてたらロクな事が無いゲジ!!」

「先にエリアフォースカードからマスター・ドルスザク様に献上するゲジよ!!」

 

 再び牙修羅バットの口が開いた。

 蛇修羅コブラの腕に紫電が迸る。

 今度こそ始末するつもりだ。

 

「死ね!! 死神に選ばれた人間!!」

「死ぬ……か」

 

 玲奈が、死ぬ。

 苦しんで苦しんで、そのまま死ぬ。

 黒鳥の脳裏に過った。

 

「ふざけるな……!!」

 

 拳を地面に叩いた。

 

「思い出すんだよ……虫唾が走る。貴様のように、悪趣味な儀式で人の命を弄ぶ奴を見ると、許せないんだ……! 一瞬で明るい未来を奪われた人間の事を思うと浮かばれない!」

 

 唇を噛み締めて、声を絞り出した。

 

 

 

 

 

「──死なせて堪るかよッ……僕の大事な人達を……これ以上、死なせて堪るものか……!!」

「いーや、死ね!! テメェも、テメェの守りたかった人も、皆殺しだァ!! テメェは何も守れず、絶望の中、誰も看取ってくれない孤独の中で死ぬんだよ!! その苦しみさえもドルスザク様の進化に使わせて貰おうか!!」

 

 

 

 視界が黒い光に包まれた。

 包まれるはずだった。

 おかしい。来ない。何も、だ。

 

「っ……? どういうことだ」

 

 見ると、2体は完全に攻撃を止めてしまっていた。

 その時。辺りに声が響き渡る。

 

 

 

 バット……コブラ……ゴ苦労ダッタ……戻レ

 

 

 

 否、人の声と認識するのに時間が掛かった。

 あまりにもそれは醜く、そして乱れたものだった。

 

「し、しかしゲジ──」

「ゲジゲジィーッ!! 馬鹿野郎! あのお方を待たせるな! 撤退だ撤退!」

「チッ、仕方ねえゲジ! 次は絶対に殺してやるゲジ! 首を洗って待ってろゲジ!」

 

 そう言って2人はそそくさとその場から逃げ出してしまったのだった。

 しばらくの間、沈黙が支配した。身体が動けるようになり──漸く黒鳥は口を開いた。

 

「連中め……! 逃げ出したか……!」

 

 毒づいたものの、黒鳥はそれが幸運であったことを知っていた。

 同時に命あっての物種であること、それ故に屈辱でもあったのだが。

 

『ぐっ……この私が歯が立たないなんて』

「……僕も信じられん気分だ。此処までの敗北は、何時ぶりだ?」

 

 ただのワイルドカードではない。明らかに今までのそれに比べて、格段に強い個体だった。

 しかも、バックには更に強大な存在が潜んでいるのだという。

 

「……ッ!」

 

 次の瞬間、弾かれるようにして死神(デス)のエリアフォースカードが飛び出した。

 上に書いてあるローマ数字の番号が光り輝く。

 そして、まるで羅針盤のように一方を指し示したのだった。

 

「これは……」

『どうやら、この方向の先にあの怪物が居るようですねェ。』

「まさか。何故死神(デス)が……」

『さあ。我々の受難を楽しんでいるんでしょうよォ』

 

 上等だった。

 今は、敵の居場所を探す術がない。

 一応、その方角を調べてみたところ、ある意味予想通りの結果が出た。

 

「──鶺鴒市──やはり、あの街に奴は潜んでいるのか」

 

 ゆらり、と彼は立ち上がった。

 

 

 

「……受け入れてみせよう。如何なる受難も。これ以上、誰も死なせるか」

 

 

 

 そのためには、やはりあの少年たちの協力が不可欠だ。

 黒鳥は立ち上がる。一刻も早く、玲奈の命を救わねばならないのだから。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「試しに材料を買いに来たのは良いですが……」

 

 練習用チョコレートを求めて普段あまり出向かないスーパーに私は足を運んでいました。

 運んだ結果、多くの女の子がチョコレート売り場に群がっている姿を目にしたのですが……。

 あまりああいう人混みには行きたくないものですね。

 

『なあマスター、あれどうする?』

「人の山ですね。気持ち悪くなりそうです」

 

 カードショップとかならともかく、スーパーマーケットというものはだだっ広くて落ち着きません。

 しかも普段行かないので気恥ずかしさというものが捨てきれないのです。

 とにかく帰りたくなってきました。しかし、ここで引き下がるのも癪。

 

「撤退です。コンビニを当たりましょう」

 

 そう言って、回れ右をしたその時でした。

 

「あれ? 紫月どうしたんだ?」

『奇遇でありますな、紫月殿ォ』

「!!」

 

 声がいきなり聞こえて振り返ると、なんとそこには白銀先輩、そしてチョートッQの姿が。

 私は心臓が止まるかと思いました。先輩がスーパーマーケットに居るだなんて。

 よ、良かった。幸い、まだ何にも買っていません。ですが、これはどう言い訳すれば良いのか。

 いえ、何もやましい事はしてないのです。ぼかしつつ本当の事を言えばいいじゃないですか。

 

「別に……お菓子を買いに来ただけです。先輩は?」

「今日の晩飯を買いに来たんだ」

「自炊してるんですか?」

「前に言わなかったっけか? うちは両親が共働きで、今家には帰ってきてないんだよ」

「ってことは毎日?」

「たまにな。そもそも簡単なモノしか作れねえし。ただ、花梨の母さんとかが料理持ってきてくれたりするときもあるんだけど」

『我も手伝ったり手伝わなかったりするでありますよ』

『いや、どっちだよ……』

 

 つまるところ、実質1人暮らしなんですね。

 道理で先輩がしっかりしているはずです。

 自分で身の回りの事は全部やらないといけないわけですから。

 

「大変、ですね……ご両親は何をされているのですか?」

 

 ふと疑問に思ったので、問いかけます。

 白銀先輩は少し困ったような顔で言いました。

 

「科学者」

「え?」

「だから科学者だよ。生物学者だ。ただ、何やってんのかあんまり俺も分かんなくってな」

「そう、ですか」

「俺、理系方面はさっぱりだからなあ。あの両親から、何で俺が生まれたんだ、とかよく言われたもんだ」

「まあ、家の事ほっぽりださないといけないくらい大事な研究なんだろうな。それが、社会の為に役に立つのなら、俺は母さんも父さんも喜んで応援するつもりだ」

「何故?」

「科学者は科学で人を幸せにする仕事だ、って前に言ってたんだ。俺は、その言葉を信じてみたいんだ」

「……そう、ですか」

 

 白銀先輩は、まるで自分に言い聞かせるかのようでした。

 

「まあ、それにさ。俺は部活があるから、あんまり寂しくないんだ。俺の心配はあんまりすんな」

「は、はい……先輩は、やはり強いのですね。私なら、家族と離れ離れになるのは耐えられません」

「もう慣れたってだけさ」

 

 しばらくその場を沈黙が支配しました。

 次は何と言おうと考えているうちに、気まずさが漂っていきます。

 元々、突っ込んで聞いてしまった私が悪いのですけど……。

 そう思っているうちに、先輩の方から話を振りだしました。

 

「ところでさ、随分と賑わってるよな菓子コーナー」

「そう、ですね……バレンタイン前だからチョコばかりに集まってるようですが」

 

 そう言った時でした。

 

 

 

「キャアアアアッ!!」

 

 

 

 鋭い悲鳴。

 見ると、1人、また1人とチョコレートコーナーに群がっていた人が倒れていきます。

 いや、それだけではありません。店の中にいた人達全員にそれは広がっていきました。

 何が起こったのか確かめるため、私たちは急いで伏せる人々に駆けていきます。

 ですが、突如影が伸びました。

 

「おやおやおやっ、お久しぶりですねぇ……!」

「!!」

 

 目の前に現れるクリーチャー。

 それは、帽子をかぶった影の男でした。

 確かアレは、ハインリヒ・ダーマルク。マフィ・ギャングのクリーチャーじゃないですか。

 

「お前は、あの時取り逃したワイルドカードじゃねえか!」

「覚えて頂けて光栄ですねえ」

「あの時……?」

 

 先輩はこのクリーチャーを知っているようです。

 取り逃したという事は、以前であった事があるということでしょう。

 

「ああ。デ・スザークが出てきた時に一緒に出現したワイルドカードだ」

「ということは、また何か企んでいるのですか。デ・スザークはみづ姉が撃破しました。まだ何かあるのですか」

「くくっ、まず貴女は勘違いしている事が1つありますよ」

 

 ハインリヒ・ダーマルクは気障に人差し指を立てました。

 

「まず、我らが主であるマスター・ドルスザクは死んでなどおりません」

「なっ……! そんなはずはありません。あの時、みづ姉に倒されたのではないのですか!?」

『ワイルドカードはエリアフォースカードによって倒されれば、その力を失うのではないのでありますか!?』

「残念ですが、我が主は大量のワイルドカードを取り込んでいてですねえ。その分のエネルギーで消滅を免れることが出来たのですよ」

「大量のワイルドカードを取り込む……そうか。以前、種族を問わず街に大量に現れたワイルドカード。それを吸収してたのはそのためってことか」

「それだけではありませんよ。我が主は自らそれを呼び寄せていたというわけです」

 

 何と言う事でしょう。

 最凶最悪のワイルドカードは伊達ではなかったということですか。

 通常、ワイルドカードは種族や文明が統一されて群れて現れるはず。

 にも拘らず、ブルー・モヒートのように種族が違うクリーチャーばかりだったのはデ・スザークが呼び寄せていたからだということでしょう。

 

『成程なあ、合点が行ったぜ。つまり、まだ何も終わってなかったってことかよ!』

「貴方たちには此処で死んでいただきましょう!」

「先輩。此処は私が引き受けます。先に行って下さい」

「……ああ!」

 

 私はエリアフォースカードを掲げます。

 この事態に対処するには、まずあのクリーチャーを倒さない事には始まりません。 

 しかし。

 

「貴女の相手は、こいつらがお似合いですよ!!」

「!」

 

 次々に地面から現れる闇のクリーチャー。

 所謂、時間稼ぎの雑魚が沢山出てきました。

 しかも、肝心のハインリヒ・ダーマルクはそそくさとその場から逃げてしまいます。

 

『畜生! 逃がして堪るかよ!』

「早急に処理しましょう。シャークウガ、敵を駆逐します」

『おうともよ!』

 

 この程度の相手ならば、速攻で倒す事が出来るはずです。

 見せてあげましょう。私の新しいデッキの力を。

 以前の墓地ソースの反省を生かし、完全にムートピアに寄せたこのデッキの力を発揮するとき。

 きちんとエリアフォースカードのお眼鏡に適えば、格下に負ける道理は無いはずです。

 

 

 

魔術師(マジシャン)、起動!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)……(ワン)MAGICIAN(マジシャン)!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺は、売り場に駆け込むと巨大な影が倒れた少女達を覆っているのを認めた。

 そして、影は間もなく実体化して浮かび上がる。

 漆黒の影のような身体にぎろり、ぎろり、と無数の瞳が開く。

 妖怪の百々目鬼(どうめき)を思い出すような風貌だ。

 

『あれは……ドラゴンであります! それも、闇文明の上位クリーチャーでありますよ!』

「マジかよ。そんなもんまで従えてたのか、こいつら!!」

 

 ぐるり、と蛇のように蜷局を巻くと無数の瞳がこちらを睨んだ。 

 その全貌はもくもくとした煙に包まれていて分からない。

 しかし、どうやって此処までの被害を出したのか……。

 

『気を付けるでありますよ! あの瘴気から強烈な病の気を感じるであります!』

「病の気……?」

 

 俺は倒れた人達に目をやった。

 ごほごほ、と咳き込む者、苦しそうにのたうち回る者。そして嘔吐する者……。

 つまるところ、あのクリーチャーの力で病気になっているってことか。

 ん? 待てよ。これって思い当たる節があるぞ……!

 

「もしかして、最近起こっている流行り病もこいつらが引き起こしたのか……!?」

『それは分からないであります。ただ、こいつは一気に何人も病気にする程の魔力を持つであります。超超超可及的速やかに駆逐するでありますよ!』

「おうともよ! やってやろうじゃねえかチョートッQ!!」

 

 俺はエリアフォースカードを掲げた。

 人を苦しめるなんて、そんなの早く止めねえと。

 

「行くぜ!! 皇帝(エンペラー)、起動!!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)……(フォー)EMPEROR(エンペラー)!!』

 

 空間が開かれる。

 俺と漆黒の異形を包み込んだ──

 

 

 

 ※※※

 

 

 俺と黒目龍竜のデュエル。

 相手の後攻1ターン目。

 早速1マナがタップされて動き出した。

 

 

 

「──グゥゥウウ……《ザンバリー》……!」

 

 

 

 現れるなり地面に突き刺さったのは注射器のクリーチャーだ。 

 これが、日用品や道具をモチーフにした闇のクリーチャー、魔導具。

 こいつらが集まると無月の門が展開され、怪物・ドルスザクが現れる。

 その前にケリを付けたいところだが……。

 

「1コストの魔導具か! だけど、速さなら負けてねえ! 2マナで《ヤッタレマン》召喚してターンエンドだ!」

「──《ドゥリンリ》……!」

 

 出てきたのは、電話機のようなクリーチャーだ。

 それはけたたましくベルの音を鳴り響かせると、墓地にカードを落としていく。

 

「ターン終了時に《堕魔 ドゥリンリ》はカードを1枚、山札の上から置く効果がある……!」

『放っておくとどんどん墓地が増えていくでありますか!』

「まあ、だけど《ドゥシーザ》や《ドゥポイズ》で《ヤッタレマン》を破壊されなかっただけまだマシだ!」

 

 とはいえ、このまま放置すると、無月の門が開かれてしまう。

 だけど、相手の手札の消耗も激しい。なら、リソースの差をつけるまでだ!

 

「《ヤッタレ》で軽減し、3マナで《ドンドド・ドラ息子》召喚! その効果で山札の上から4枚を表向きにする!」

 

 これが新しい火ジョーカーズの新兵器。

 こいつの効果は、登場時にサーチが出来る事。

 表向きになった4枚から、俺が手に取ったのは《救世主ウマシカ》だ。

 

「これで準備完了。ターンエンドだ!」

『《ドンドド・ドラ息子》の力を試すには丁度良さそうな相手でありますなぁ!』

「グ、グルゥ……」

 ともかく、これで7コスト以上のジョーカーズは2コスト軽減されるが……。

 

「グルルル……オオオオオオオオオオンッッッ!!」

 

 獣のが鳴り声に似た音が辺りに響いた。

 そろそろ仕掛けて来る頃合いだろうか?

 俺は身構えた。黒い百目の龍はうねると、マナをタップしていく。

 

「《グリギャン》……!」

 

 刹那、魔方陣が現れた。

 墓地、そして場の4つの魔導具が踊るように動き出し、そして地面に叩きつけられるようにして次々に砕けていく。

 

「な、何が起こってんだ!?」

『無月の門が……発動したでありますよ!』

「そ、揃ったのかよ! 畜生!」

 

 開かれるのは、幽世への門。

 空間は瘴気に満ちていく。

 

黒竜(ドラゴン)……黒竜(ドラゴン)……(デス)黒竜(ドラゴン)……!!』

 

 

  グリ……

 

 

 

     ドゥ……

 

 

 

    ザン……

 

 

 

開門(ゼーロ)、無月ノ……門!!」

 

 

 

 

 

 地面にしたたる汚泥が隆起し、次々に不気味な眼を開いていく。

 その身体は龍。

 全てを病に堕とす悪龍が顕現した。

 

 

 

 

「《黒目龍竜(ダークアイドラゴン)》ッ……!」

 

 

 

 空間全てを埋め尽くさんと言わんばかりの長さ。

 いざ、実際に顕現したそれは、ありったけの魔力を放出したからかその全貌を俺達に見せつけ、戦慄させる。

 

「お出ましってか! なんつーデカさだ!」

『コレが、無月の門、でありますかぁ!!』

 

 見たところ、パワーは12000、そしてT・ブレイカー。

 俺の知っている無月の門持ちクリーチャーの中では最大サイズを誇るそれは、堂々と俺達の前に姿を現した。

 

「グルルル……!」

 

 次の瞬間、俺のシールドが1枚相手の方へ向けて展開される。

 このクリーチャーは、ターンの終わりにいずれかのシールドを1枚選んで見るという効果を持っているのだろう。

 何が入っていたのかはこっちには分からない。しかし、相手は確実にこのシールドを元に攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 

「くそっ、こっちも応戦だ! 《ドンドド・ドラ息子》は手札の火ジョーカーズにJ・O・E2を与える! そして、この効果は元々持っているJ・O・E能力と重複するんだ!」

『いっけぇー、マスター! 叩き潰すでありますよ!』

「J・O・E3とJ・O・E2を重複させて発動!」

 

 ガコン、ガコン、とギアを上げていく音が鳴り響き、炎のサーキットが現れる。

 そこから1体のクリーチャーが炎の弾丸となって飛び出した。

 

「合計、軽減コストは6! 1マナで《救世主 ウマシカ》を召喚して《ドゥリンリ》とバトルして破壊!」

「ギイッ……!」

 

 現れたのは鹿のようなジョーカーズ。

 残る魔導具である《ドゥリンリ》を破壊することに成功する。

 相手の手札は1枚。次のドローで2枚だが、1コストの魔導具と2コストの魔導具が手札に揃っていなければ、次のターンに続けて無月の門を使われることはなさそうだ。

 しかも、幾ら巨大クリーチャーと言っても制圧能力も何も無いタダのデカブツ。今ならまだ巻き返せる!

 

「更に今度は《ヤッタレマン》の軽減の3マナでもう1体の《ドンドド・ドラ息子》を召喚だ! その能力で山札の上から4枚を表向きにして、《メラビート・ザ・ジョニー》を手札に加える!」

『これは勝ったでありますなぁ!!』

 

 よし、こっちには2体の《ドラ息子》が居る。

 加えて《ヤッタレマン》も生存しているので次のターンに《メラビート・ザ・ジョニー》の展開は可能だ。

 このまま一気に押し勝つ!

 

「J・O・E2の効果で、ターンの終わりに《ウマシカ》は山札の下に戻る。だけど俺はカードを1枚引けるんだ。ターンエンド!」

「グルルル……!」

 

 孤立無援の黒目龍竜。

 幾ら強いクリーチャーを出せても、後続を断たれてしまうと何にも出来ないというわけだ。

 この時、俺は完全に勝ったつもりでいた。

 リソースが少ない相手に対し、こっちは完全に勝ちパターンを決めている。

 このまま何もされなければ、次のターンで俺の勝ち。

 しかも、仮にハンデスが来ても手札には《ルネッザーンス》が居るのでまだ立て直せる。

 はずだったのだが──

 

「グ、グ、ガガガ……!」

 

 不気味な音が黒目龍竜の喉から響いた。

 俺は再度気を引き締めた。

 まだ、こいつは諦めてはいないのだ。

 それどころか悪夢はこれからが本番だと言わんばかりに、

 

「……死、兆、星ハ、見エテ……イル、カ?」

「?」

 

 はっきりと俺にも声が聞こえた。

 ぞくり、と心を抉るような気色の悪さが胸に染み付いていく。

 シチョウセイ? 確か北斗七星のしっぽの近くにあるという変光星の事だが、東洋、西洋共にこの星は不吉なものとされている。

 戦場ではこの星が見えるかどうかで兵士が弱っているかを試していたんだと火廣金に前から聞いたことがある。

 ちかちかと、龍の頭上に不気味な星が瞬いていた。

 

「ターンノ、ハジメ、ニ……《黒目龍竜(ダークアイドラゴン)》ノ効果デ、《卍月の流星群(パンデモニウム)》ヲカイシュウ」

「なっ!? 呪文を回収できるのか!?」

『闇のカードなら何でもいいみたいでありますよ!』

 

 墓地を肥やしていたのは、この効果を使うため。

 そして、あの呪文は確か覚えがある。

 自分のクリーチャーを1体破壊して、コスト4以下のマフィ・ギャングを2体まで場に出すという効果を持つ呪文だ。

 となれば、次に起こることは凡そ分かって来る。あいつの場にはクリーチャーは1体しかいない──!

 

 

 

「──呪文、《卍月の流星群(パンデモニウム)》!!」

 

 

 

 次の瞬間、黒龍の身体が朧に消える。

 しかし、そこから2体の魔導具が飛び出した。

 

「《ドゥリンリ》……《ヴォガイガ》!!」

 

 1体は破壊された《黒目龍竜》のパーツを構成していた《堕魔 グリギャン》。そしてもう1体は、《堕魔 ヴォガイガ》だ。

 その能力で、山札の上から3枚、そして4枚が墓地に送られていく。

 さらに、1枚のカードが黒龍の手札として加えられた。

 

「《ヴォガイガ》の効果で手札に加えられたのは《堕魔 ヴァイシング》か……!」

『マスター、来るでありますよ!』

「あ、ああ!」

 

 そして──場には2体の魔導具。

 墓地にも大量の魔導具。

 最高の触媒だと言わんばかりに、死の儀式が再び始まった。

 

黒竜(ドラゴン)……黒竜(ドラゴン)……(デス)黒竜(ドラゴン)……!!』

 

 再び唱えられていくあの言葉。

 不気味な魔導具達の囁きが空間に響き渡った。

 

開門(ゼーロ)、無月ノ……門!! 《黒目龍竜(ダークアイドラゴン)》ッ……!」

 

 煙のように魔導具が取り込まれていき、再び不死の黒龍は姿を現した。

 だけど俺は気付く。そういえば結局、墓地が増えただけでさっきと何も変わっていないように思えた。

 しかし、この些細な違いが更なる災厄を呼び出したのである。

 

「《堕魔 ジグス★ガルビ》──」

 

 刹那、2体の魔導具が墓地から飛び出した。

 俺は頭が追い付かない。いきなり2体のクリーチャーが不意打ちと言わんばかりに湧いて出てきたからだ。

 だが、すぐさま思い出す。

 確か、無月の門に反応し、タップして場に出て来る新しいクリーチャーが居たはずだ。

 そいつらの名前は──

 

「そうか、これがムーゲッツか……!!」

「ギ、ヒヒヒ……!」

 

 下卑た笑みが響いてくる。

 しかも、名前からしてどうやら魔導具を持っているようだ。

 それが2体場に出た。墓地には大量のカード。無月の門を作るのには十分すぎる。

 

 

朱雀(スザク)……朱雀(スザク)……(デス)・朱雀(スザク)!!』

 

 

 

  グリ……

 

 

 

       ドゥ……

 

 

 

    ザン……

 

 

 

開門(ゼーロ)、無月ノ……門!!」

 

 

 

 翼が羽ばたいた。

 墓地から姿を現すのは死の鳥。

 あらゆるものから命を奪う、最凶最悪のマスターカードだ。

 

 

 

「《卍デ・スザーク卍》!!」

 

 

 

 甲高い鳴き声と共にそれは場に降り立った。

 強大なるマスター・ドルスザク。この空間では初めて目にするが、とてつもない威圧感、そして寒気を覚える。

 不死鳥が吼えた。

 紫電が迸り、一瞬で俺の場を抉り──《ドンドド・ドラ息子》を消し飛ばす。

 

「……なんてこった……!」

『最悪でありますよ! こいつの効果は、タップイン! コストを軽減する代償に、そのターン限りしか場にいられないJ・O・Eの天敵であります!』

 

 手札にある《メラビート・ザ・ジョニー》で破壊してしまっても良いのだが、更に悪い事に相手の手札には1枚で無月の門を再度展開できる《堕魔 ヴァイシング》が居る。

 破壊したところで、墓地が増えただけで闇文明にとってはむしろ格好の展開の土壌だ。

 そしてチョートッQの言う通り、タップインはこのデッキに対して絶望的に相性が悪い。本来なら場に残る《メラビート》も《ドラ息子》でJ・O・Eを付与してしまうので、山札の下に戻ってしまうのだ。

 破壊しても返しに戻って来る。おまけに無月の門を使えば墓地から戻って来る《ムーゲッツ》の存在。はっきり言おう。最悪の状況だ。

 

「どうするんだ……《卍デ・スザーク卍》を処理できるカード、今手札にはねぇぞ!?」

『手札の内訳、完全に相手を倒す気満々だったでありますな……まあ最も、この盤面で《サンダイオー》は使えないでありますが』

 

 こんなところでは負けられない。

 折角この盤面まで持っていけたのだ。あと少しであいつを追い詰める事が出来るのに……!

 カードを引いた。だけど、来たのは《メラメラ・ジョーカーズ》だ。まずいぞ。逆転手、来るのか!?

 ……拳を握り締めた。

 弱気になってちゃ駄目だ。絶対に、押し通す!

 

「俺のターン……呪文、《メラメラ・ジョーカーズ》を使う!」

『どうするでありますか!?』

「この2枚に掛ける! 手札を1枚捨てて、2枚ドローだ!」

 

 ごくり、と生唾を飲んで山札に手を掛ける。

 そして引いた。

 電撃が頭に走った。

 その中には、確かに俺が求めていたカードがあったのだ。

 

『このカードは……!』

「チョートッQ。確かに安全策で行けるに越した事はねえよ。《サンダイオー》のシールド焼却はその最たるだ。そして、それが封じられるのは痛手……だけど、まだ諦めねえよ! 40枚全てが俺の切札のこのデッキで、ドルスザクだろうが何だろうがぶち抜いてやる!!」

 

 この状況では半ば博打に近いカードだった。

 だけど……使うしかない! 

 

「──バカメ……アガイテモ、モウ、オソイ……!」

「遅くねえよ! 《ドンドド・ドラ息子》を1体残しちまったのは失敗だったな。《ヤッタレマン》でコストを軽減して、更にJ・O・E2発動!!」

 

 焼き付けられる金色のMASTERの文字。

 炎の輪を幾つもくぐって加速し、ボードに飛び乗った灼熱のガンマンが現れた。

 

 

 

「これが俺の灼熱の切札(ザ・ヒート・ワイルド)!! 燃え上がれ、《メラビート・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

 しかし、すぐさま瘴気が《ジョニー》の身体を覆った。

 それが纏わりついて、膝をついてしまう。

 

「タップイン……だけど、このまま続けるぞ! マスター・W・メラビートで場に出すのは、J・O・E2を付与した《SMAPON》! そして──」

 

 刹那、大嵐が吹き荒れる。

 火の粉を撒き散らす旋風が戦場に降り立つと、全てのものを吹き飛ばす勢いで顕現する。

 

 

 

「吹き荒れろ、明日を拓く大嵐!! これが俺の新たな弾丸、《アイアン・マンハッタン》!!」

 

 

 

 飛び出したのは小さな金槌の頭を持つクリーチャーだ。

 チョートッQでさえも「なんか思ってたのよりちっこいでありますな……」と心配そうに言っている程に小さい。

 しかし、それは《卍デ・スザーク卍》の瘴気を物ともせず凄まじい勢いで回転すると全てを破壊する鉄槌となる。

 

「さて《アイアン・マンハッタン》はモノ作りをするジョーカーズらしいが……建物とかを作る前には、まずは全部更地にしねえといけねえよなあ」

「ッ……!!」

「《メラビート・ザ・ジョニー》の効果で、場にジョーカーズが5体以上いるので相手のクリーチャーを全て破壊!!」

 

 2体の強大なる闇は、《ジョニー》が辛うじて打ち込んだ2発の弾丸によって粉砕される。 

 だが、このままではさっきも言った通り次のターンにまた場に出て来るだけだ。

 しかし──俺だって何の考えも無しに展開したわけじゃない。

 今度は切り拓かれた場に、《アイアン・マンハッタン》が突貫した。

 

「《アイアン・マンハッタン》の効果発動! バトルゾーンに出た時、相手のシールドを2枚選んでそれ以外を全てブレイクする!!」

 

 破壊の鉄槌が不死鳥のシールドを見事に抉り取った。

 実質、T・ブレイク。これで、あいつのシールドは残り2枚だ。

 

「ハヤッタナァ……コレダケ手札ガ、アレバ……! S・トリガー、《堕魔 ドゥグラス》……!」

「おっと、もう幾ら魔導具を展開しても無駄だ! 次のターン、お前は動けない! 《アイアン・マンハッタン》の効果で手札を1枚捨てる。そうした場合、相手は次のターン、クリーチャーを1体しか場に出せない!」

「ナアッ……!?」

 

 大嵐が止む。そこに広がっていたのは、今までの墓地ではなく《アイアン・マンハッタン》によって作られた幾つもの建造物。

 開拓のハリケーンは、完全に墓場に蓋をしてしまったのである。

 

「これが相手を封じる弾丸、マンハッタン・トランスファーだ!!」

「オ、ノ、レェ……!!」

 

 これでもう、相手は無月の門を使う事は出来ない。

 場に魔導具を出してしまった時点で、場に次のクリーチャーを出すことが出来ないからだ。

 

「ターンの終わりに、3体のクリーチャーを山札の下に戻して3枚ドロー。ターンエンドだ!」

 

 続く相手のターン。

 黒目龍竜は、《ヴァイシング》をマナに置いてしまう。

 かと思えば、4枚のマナをタップすると《爆霊魔タイガニトロ》を召喚したのだった。

 

「死兆星ハ、光、カ、ガヤク……見エタトキ、人ノ子ノ最期……最期……!」

「此処で出てきたか、《タイガニトロ》……!」

「全テ、奪ウ……!」

 

 爆弾が空中で爆ぜて、煙で出来た手が幾つも俺の手札に食らいついた。

 俺が残せるのは1枚だけだ。

 しかし──

 

「手札から捨てられた時、《ルネッザーンス》をバトルゾーンに出す!! その効果で山札の上から3枚を表向きにし、ジョーカーズを全部手札に加える!」

「ッ……!」

 

 既に、それは想定済み。油絵のキャンバスの姿をしたクリーチャーがその場に降り立って、俺に再び手札を補給した。 

 

「ターン……エンド……!」

「よし、俺のターンだ!!」

 

 《ヤッタレマン》で1コスト、そしてJ・O・E2で2コスト、そして──

 

「魂を燃やせ、J・O・E3!!」

 

 拳に炎が灯る。皇帝(エンペラー)のカードが光り輝いた。

 これで、合計6コスト軽減だ!!

 

 

 

「これが俺の超怒級切札(チョードキューワイルドカード)!! 《王盟合体(オメガッタイ) サンダイオー》!!」

 

 

 

 刻み込まれる、皇帝を現すⅣの数字。

 チョートッQが飛び出し、《ダンガンテイオー》へと姿を変える。

 そして、その身体に幾つものパーツが組み込まれていく。

 天を制して大地を割る。

 降り立つのは最強のロボットだ。

 

『絆の戦士、サンダイオー……只今参上であります!!』

「行くぜ! 《サンダイオー》は場とマナににジョーカーズが10枚以上あれば、相手のシールドをブレイクした時墓地に送る! しかも、こいつの攻撃先は誰にも曲げられない! ブロッカーでさえもな!」

 

 突貫する《サンダイオー》。

 右手には刀が握られている。

 それを防ごうとする《ドゥグラス》を飛行して躱してわき目も振らず一直線だ。

 そして、残るシールドへ向かって一振りすると間もなくそれらは焼け落ちた。

 S・トリガーは、発動しない。

 

「行けぇ!! 《ルネッザーンス》でダイレクトアタック!!」

「《ドゥグラス》でブロック……!」

 

 最期の足掻き。

 しかし、まだこちらには攻撃出来るクリーチャーが2体も居るのだ。

 

 

 

「《ドンドド・ドラ息子》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 鳴り響く轟音。

 それが、朧な黒龍を一瞬で吹き飛ばした──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ぽとり、と目の前に落ちるカード。

 すると徐々に周囲から瘴気が消え去っていく。

 倒れていた人々を覆っていた靄も無くなっていた。

 

『ふーむ、早めに対処したのが良かったでありますな。これなら、直に回復するはずであります!』

「よ、良かったぜ……」

 

 とは言っても、既に大惨事であることには違いないのだが。

 

「……って、そうだ!」

 

 俺は思わず振り向いた。

 紫月は大丈夫だろうか。

 いや、彼女に限ってそうそう負けはしないと思うが、最近ワイルドカードが絡むとロクな目に遭っていないからな、あいつ。

 と思った矢先、空間から彼女が息を切らせて現れる。

 良かった、普通に勝ったみたいだ。

 

「よし、助かったぜ紫月──」

「何言ってるんですか! 早く行きますよ! ハインリヒ・ダーマルクが逃げ出しました!」

「なあっ!?」

 

 あの野郎、本当に足が速いな!?

 見たところ、あいつがマフィ・ギャング軍団のリーダー格みたいだし早めに倒しておかないと、また厄介なクリーチャーを呼び出される可能性がある。

 

『なあ、マスター。その件についてなんだが……』

「何ですか! 早く行きますよ!」

『ちげぇよ! この付近で、また空間が開かれてるみてえなんだよ。あっ……閉じた』

「え!? ってことは、誰か戦ってるのか!?」

「しかもたった今終わった……一体誰なのでしょう」

『えーと、このおっかねぇエリアフォースカードの気配は──』

 

 ぞぞっ、とシャークウガが腕に手を寄せて震えた。

 おっかない気配……? 

 一体誰なんだろう、と考えたその時だった。

 

 

 

「何だ、貴様等も居たのか」

 

 

 

 俺達は振り返る。

 次の瞬間、ぬうっ、と入り口の影から人の姿が飛び出した。

 あまりにも唐突な来訪者に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げるのだった。

 

「く、黒鳥さん!?」

「何故師匠が……」

「話は後だ」

 

 彼は指に1枚のカードを挟んでいた。

 それは、何と《ハインリヒ・ダーマルク》。

 まさに今、俺達が追おうとしていたクリーチャーのそれだ。

 

「たっぷりと聞きたい事があったのだがな……すぐにくたばってしまった。所詮は三下か」

 

 何時に無く苛立っている様子だ。

 隣の県に住んでいる彼が、わざわざ鶺鴒まで来るなんてただ事ではないのだろう。

 

「何かあったのですか、師匠」

「前置きはこの際省く。今は一分一秒が惜しい」

 

 何処か思いつめたような表情だ。

 見ると服はボロボロだし、肌も所々が焼け焦げているように見える。

 何時もの小奇麗さはどこへやら、浮浪者にさえ見える今の彼は自分の身なりなど気にしていられない程追い詰められているのだろう。

 俺は生唾を飲み込んだ。真剣な彼の気迫に飲み込まれそうだった。

 

 

 

「──玲奈が、死にそうだ。後、一週間でな」



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Ace32話:卍死の獄PARTⅡ

「玲奈が死にそうだ。後、一週間でな」

 

 

 

 仏頂面に反して、軽口を叩く事も多い黒鳥さんだが、俺達は知っている。

 こんな質の悪い冗談は、彼は言わないということを。

 俺達は、ボロボロの状態の彼に駆け寄った。

 

「師匠、どうしたんですか? 怪我だらけじゃないですか、玲奈さんが死にそうってどういうことですか」

 

 紫月が冷静さを失おうとしていた。

 自らの師匠の満身創痍な様子を目の当たりにしているからだろうか。

 

「僕の心配は良い。それよりも、玲奈の方がまずい。此処最近流行っているおかしな病。その多くはクリーチャーが起こしたものだということだ」

 

どうやら、思った以上に事態は広がっているらしい。

 スーパーの中で倒れている人達がむくりと起き上がっていくのを見て、少し彼は安堵したようだった。

 俺もそれは安心している。此処で起こった事件は、黒目黒龍の撃破で収まったのだろう。しかし、玲奈ちゃんは違うようだった。

 

「問題は、クリーチャーによって症状に程度というものがあるようだな」

「ようだ、とは? まるで今見聞きしたような言い方ですね」

「当然だろう。玲奈のそれは、恐らく一番重篤なケースだ」

『それもそのはず彼女を手に掛けたのは、私と同族のクリーチャーの進化系……《牙修羅バット》と《蛇修羅コブラ》なのですからねぇ』

 

 にょろり、と阿修羅ムカデが蜷局を巻いていった。ちょっと待てよ。犯人のクリーチャーまで割れているのか。

 「そこまで分かってるなら何故──」奴らを倒せなかったんですか、と飛び出した言葉を喉元に押しやった。

 にわかには信じがたいが、彼の切羽詰まった様子、そしてボロボロな服装と身体。それから何が起こったのかは容易に察せられた。

 

「仕留められなかった……ということですか。師匠が」

「……!」

 

 紫月の言葉に、黒鳥さんの下瞼が一瞬痙攣した。

 

「いや、手に負えなかった。御覧の通り、デュエルする前に返り討ちだ。悔しいが……それが現実だ」

「嘘だろ……黒鳥さんが」

 

 俺は信じられなかった。

 強豪で、エリアフォースカードを所持している彼が手も足も出ないなんて。

 

『しかし阿修羅ムカデ殿は闇でも相当上位のクリーチャーのはず。その貴殿が敗北を喫する所なんて想像できないでありますよ』

『……2体掛かりとはいえ、やはり同格は手強かったということでしょうよォ。サソリムカデの力が押し負けるなんて、ねェ。丁度蟲の居所が悪いのでェ……新幹線に毒が効くか試してみますかァ?』

『え、遠慮するでありますよ!!』

 

 相当腹が立っているようだ。

 恐らく阿修羅ムカデが味方でなければ、とっくにチョートッQは今此処で串刺しにされているだろう。

 そしてそれは黒鳥さんも同じようだ。ムカデの行動を窘める事はしない。自らの無力さに苛まれている一方で、焦りと苛立ちを隠せていない。

 

「しかし守護獣でも手に負えないワイルドカード、ですか。まだそんな切札を隠し持ってたとは、物騒ですね」

 

 紫月が口に手をやった。 

 シャークウガも頷いて答えた。

 

『……デ・スザークの野郎、翠月の嬢ちゃんに負けてから寝てたわけじゃねえみたいだな』

「ああ。ハインリヒ・ダーマルクも所詮は貴様等の言っていた以前の襲撃の生き残りに過ぎなかったということだろう。現に僕が不意打ちで空間に引きずり込み、たった今まさに仕留めた所だからな」

 

 そう言って彼は、《ハインリヒ・ダーマルク》のカードを目の前に差し出して見せた。

 もう何の気配も宿っては居ない。完全に浄化されたようだ。

 グロッキーな黒鳥さんが不意打ちであのハインリヒを仕留めたことから彼の実力が物語られるが、同時に話の中の2体がどれほど強いかが伺える。

 もし相対することがあるのならば、俺達も真っ当に戦える相手なのだろうか?

 

「それだけに、本体であるデ・スザークの勢力は増している。より強いクリーチャーを生み出しているのだろう。だから貴様等の力を借りに来た」

「黒鳥さん……」

「この件は僕1人の単独行動ではとてもではないが手に負えない。玲奈を助ける為ならば、僕は何だってする。僕1人だけで出来る事など、元からたかが知れているのだからな」

 

 紫月と俺は顔を見合わせる。

 答えは決まっていた。

 俺達は頷き合った。

 

「こちらこそ協力させてください、黒鳥さん」

 

 彼は頷いた。

 紫月も答えるまでもないと言わんばかりに次の段階に話を進めた。

 

「師匠。玲奈さんの病状について詳しくお願いします」

「ああ……」

 

 黒鳥さんは目を伏せた。

 

「大まかな症状は、前触れの無い嘔吐、高熱だ。今の所、病院の診察でもはっきりとした情報は出ていないが、敵の言葉が本当ならば1週間以内に玲奈は絶命するという」

「そ、そんな……」

『そりゃもう病じゃなくて呪いの類だぜ』

『それも、たっぷり苦しませてから殺すタイプのねぇ。奴らは人間の苦しみを糧にして、更に強くなるのですよォ』

 

 ぞっ、とした。

 アルカクラウンの時もそうだったが、自分の身体を維持するためにそこまでするクリーチャーがいる。

 その被害に遭った人々は数えきれない。現に死人も出ているのだ。

 人間とは根本的に相容れない、価値観の違う天敵と言える存在。守護獣たちが俺達と分かり合えているから忘れかけてしまうが、クリーチャーとはそもそもそういった存在のはずなのだ。

 

「畜生……何て連中だ!」

「おまけに被害に遭った人間が1人とは限りません。これはまずいことになりましたよ」

「何だと? まさか、玲奈と同じ目に遇った人間が居るというのか?」

「恐らくは」

 

 心当たりは俺にもある。

 昨日の演劇部の休んでいた部員。

 どうやら彼は急病で入院してしまったという。

 実はそういった話は学園内でも度々聞いており、一件だけではないだろう。

 となると、放置していれば今回の事件は多数の犠牲者を出すことになるはずだ。

 

 

 

「その辺りのリストアップならばブラン先輩が適役でしょう。データは彼女が持っているはずですから」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「データ、ありましたヨ! 今、鶺鴒で入院している生徒は6人。最も早く入院したのは先週の金曜日で1年生の生徒みたいデス」

 

 押しかけるように訪ねた俺達がブランに緊急事態である旨を伝えると、すぐさま彼女はタブレットを持ち出していつもの探偵姿でやってきたのだった。

 そこにあったのは彼女が何処から仕入れたのか分からない情報が集積されているデータベース。主に学園の生徒に関する内容が殆どだ。

 本来なら咎められても仕方ないようなインモラルな行為ではあるが、それでも度々役に立つ。

 

「しかし、そんなデータは本当に何処から集めてきているんだ?」

 

 流石の黒鳥さんも怪訝な顔で尋ねた。

 ブランはそっぽを向くと、髪を弄りながら「秘密は女を女にすると言いマスし……深くは聞かないでくだサイ」と答える。

 

「成程、ブラン先輩。秘密を持つのも女子力というものなのですね」

「そ、そうデス! チョコ作りも秘密も女子力には欠かせないものデス!」

「は? チョコ作り? この期に及んで何言ってんだこの迷探偵」

 

 またまた、いきなり突拍子もないことを言いだしたぞコイツ。

 そう問うた途端、紫月とブランは顔を真っ青にした。

 

「いや、なんでもないデスよ! チョコなんて言ってないデス! アカル、デュエマのしすぎでとうとう耳まで悪くなったんじゃないデスか?」

「何だとこの野郎」

「先輩、バレンタインにチョコが貰える見通しがないので幻聴が聞こえたのですよ、気のせいです、絶対に。ともかく今は入院している生徒について調べるのが先です」

 

 よしお前ら緊急事態だけどいっぺん表に出ろ、いや出てたわ。

 ……こいつら黙っておけば人の事を好き放題言いやがって。

 ともかく話を戻そう。

 

「それも原因不明の風邪か?」

「恐らくは……デモ、学園以外の人間にも被害者が居るはずデスから、犠牲者を出したくないなら一刻も早く行動する必要がありマス」

「とんでもねえ事になっちまったな……」

 

 俺は頭を掻いた。

 やることはいつもと変わらない。

 だけど、胸に今すぐにも失われそうな命がずっしりとのしかかっている。

 それがプレッシャーだ。失敗は許されない。

 

「前回は突然出てきた所為でこっちも対応が遅れた……だけど今回はそうはいかねえぞ」

「どうするのデスか?」

「覚醒したエリアフォースカードが出揃った今、全員が力を合わせればマフィ・ギャング軍団だって怖くは無いはずだ。それだけじゃない。魔導司達の力を借りる事だって出来るしな」

「魔導司……火廣金か」

 

 俺は頷いた。

 クリーチャーの仕業と判明したなら、あいつらの協力を仰がないわけにはいかない。

 いや、聡明な火廣金の事だ。もしかしたら先手を打っているかもしれない。

 そう思っていた矢先、スマホに着信。見ると、鶺鴒の病魔を此処最近魔導司の仲間と一緒に調べていた火廣金だった。

 俺は水を得た魚のようにすぐさま通話に出る。

 

「もしもし、火廣金か! 丁度良かった、今しがた大変な事になってな──」

『済まない部長。その件についてだが、先ほど魔導司協会上層部の方で決定が下された』

 

 早口でまくし立てるようにして彼は言った。

 まるで俺が言わんとしていることを察しているように。

 

『現在、鶺鴒の街の遥か上空にマスター・ドルスザクと思しき影を確認している。高度は凡そ8千m、それこそ普通は飛行機、あるいは飛行艇でなければ行けない高度だ』

「マ、マジかよ……。早速見つけたのか」

『空の上か。道理で儂のサーチでも見つけられなかったはずじゃ』

 

 そうなれば話は早い。

 あの時のように、エアロマギアを使って行くのが良いだろう。

 流石にあんな高さをダンガンテイオーで飛んで行っては先に魔力が切れてしまう。

 

「じゃあ俺達も連れて行ってくれ!」

『それは出来ない。既に別の魔導司の部隊が空へ向かった。俺達は待機だそうだ』

 

 待機!?

 わざわざ火廣金みたいな戦力を腐すっていうのか。

 

「ちょっと待て、どうしてそんな事になってるんだ」

『お咎め、だよ』

「はぁ?」

『俺達が好き勝手にするのを気に食わない者がいるのさ。上層部にね』

 

 共闘を経たのもあって忘れかけていた。

 アルカナ研究会は元々会長のファウストがクリーチャーに取り付かれて、部下の忠義心とトリス・メギスの洗脳を良い事に組織を暴走させたという前科がある。

 処罰は事の重大さに対して寛大だったと聞いた。経緯が経緯だったというのもある。

 それでも俺達が聞いた限りでは、アルカナ研究会は以前のような権威を失い、会長のファウストは全魔力を失ったのもあって失脚するという没落を辿ったという。

 

『この間のロードの事件で、俺達は好き勝手に動き過ぎたと難癖を付けられてな……まあアルカナ研究会を良く思わない者も組織には居るということだ』

「つまり、実質謹慎ってことか?」

『そうなる。俺達は今、飛行艇さえも差し押さえられてしまっている状態だ』

「そんな……!」

『デ・スザークは彼らに任せて俺達は俺達に出来る事をやるしかない』

 

 俺ははっ、とした。

 スマホの向こうの火廣金も悔しさを押し込めているようだった。

 

『街に顕れたクリーチャーを撃滅する。ワイルドカードなら、デ・スザークを倒しても残党が生き残る可能性があるからな』

「……ああ、分かった」

 

 やることは1つだ。

 1体でも多く、クリーチャーを倒す。

 その中に玲奈ちゃんを毒牙に掛けた奴が居るかもしれない。

 

「先輩、どうするのですか?」

「どうやら本体は、魔導司達が叩きに行ってくれているらしい。俺達は街に出たクリーチャーを一刻も早く全滅させる」

「成程な。魔導司達が先手を打ってくれたか」

 

 黒鳥さんが頼もしそうに言った。

 これでやるべきことが見えてきた。

 

「ブラン、サッヴァークにサーチをさせてくれ」

「言われなくても、デス!」

 

 既に頭に小さくなったサッヴァークを乗せているブランが叫ぶ。

 

「鶺鴒の街の中でサーチをお願いするデス!」

『承知した。始めるとするかのう!』

 

 こうして、俺達は事件解決に本格的に乗り出した。

 そしてサッヴァークがヘロヘロになるまで魔力を使って鶺鴒の街に潜んでいた闇のクリーチャー達を炙り出す事に成功する。

 曰く、かなり強いステルスが掛けられていたらしい。だが、一度捕捉してしまえば後は逃げられないように迷宮化で蓋をするのみだ。 

 

「それじゃあ、組み分けはどうする?」

「1人で行くのは危険極まり無いからな。最低でも2人組だろう」

 

 少し話し合った結果、俺は黒鳥さんと組み、ブランは紫月と一緒に行動することになった。

 同族の匂いを察知できる阿修羅ムカデと、索敵最強のサッヴァーク、そしてトークンを散らせるその他で考えて組むと必然的にこうなったのだ。

 そして火廣金を始めとした他の皆も各々見つけ次第クリーチャーを倒してくれるだろう。

 

「クリーチャー殲滅作戦、開始だ!」

 

 こうして、俺達は手分けして彼らを各個撃破していくことになったのだった。

 反撃の狼煙は上がった。

 街を蝕む病魔を滅すために。

 だからこそ、何もかもが上手く行くと思っていたその影で、ほくそ笑んでいる強大な悪意の事などこの時は考えもしなかったのだ──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──へぇ、戻ったゲジよマスター様」

「ゲジゲジゲジ! しかし本当に良いタイミングだったのに、何で呼び戻したゲジ?」

 

 暗流域。

 そう呼ぶのが相応しい程、鶺鴒上空は黒ずんでいた。

 空間に穿かれた大穴に佇む巨大な翼。

 デ・スザークは確かに其処に鎮座していた。

 

「お、前、達、ハ……ヨク、やった……」

「ゲジ? 俺達褒められてるゲジ?」

「そりゃそうだろ! ゲジゲジゲジ! あれだけ多くの人間を苦しみの底に叩き落としてやったゲジからね!!」

 

 喜び合う2体のクリーチャー、牙修羅バットと蛇修羅コブラは自らが集めた多大な魔力をデ・スザークに献上していく。

 その翼は更に巨大になり、嘴は鋭く、そして身体を構成している紫の炎は猛々しく燃え上がる。

 

「それで俺達に何かくれるゲジか?」

「くれるゲジよね?」

「オ、前、達は……」

 

 掠れた声でデ・スザークは呟いた。

 有能な部下2体への報償。

 きっと、更なる力を自分達にくれるに違いない──

 

 

 

「──用済ミダ」

 

 

 

 ──そう、思っていた。

 一瞬だった。 

 牙修羅バットの頭が啄まれたのだ。

 魔力を全身から噴き出させるが、それさえも啜るようにしてデ・スザークは自らの身体に取り込んでいく。

 何があったのか理解出来なかった。

 しかし、兄弟分が咀嚼されているのを見て、ようやく蛇修羅コブラは自らの置かれている状況に気付いた。

 

「ヒ、ヒイイイイイイイイイ、兄だ──」

 

 言葉は続かなかった。

 巨大な嘴に噛みつかれ、無月の炎に身体を溶かされ、コブラも抵抗することが出来ない。

 

「いぎゃあああ!!」

 

 悶絶した。 

 絶叫した。

 だが、もう誰も助けてはくれなかった。

 皮肉な事に、コブラはようやくこれが今まで散々人に与えてきた苦痛というものだということを理解したのである。

 直後に何も感じなくなった。

 彼は何も考える事が出来なくなった。

 

 

 

「ギャオオオオオオオオァァーッ!!」

 

 

 

 死者の絶叫を含んだ咆哮が虚ろの空に消えてゆく。

 「食事」を終えたドルスザクの身体が更なる変貌を遂げていく。 

 翼に刻まれた漆黒の星が、更なる死を刻んでいく──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──《Iam》でダイレクトアタック」

 

 

 

 その一撃でクリーチャーは破砕された。

 エリアフォースカードの魔力次第にはなるが、今日までにどれだけの数のクリーチャーを倒すことが出来るかが問題だ。

 もう最初の戦闘を始めてから大分経つが、クリーチャーの数は多い。

 

「片付きましたが、これで何体目でしょうか」

「10体目デース……」

「ブラン先輩、お疲れ様です」

「この辺りの敵は大体片付いたデス、かね? もう反応が見当たらないデス」

 

 疲労が溜まってきた2人は周辺の警戒をサッヴァークとシャークウガに任せて、クリーチャーが集まっている次のポイントへ徒歩で向かっていた。

 

「これで少しでも快復する人が居れば良いのですが……やはり元凶のデ・スザークを撃破しなければ大本を解決したとは言えません」

「牙修羅バットと蛇修羅コブラは確か、黒鳥サンの話によれば自分達のボスの方へ向かった……のデスよね?」

「”あの方”というのは間違いなくデ・スザークの事でしょう。今、彼らが何処にいるかは分かりませんが……」

 

 大元は間違いなく、あのマスター・ドルスザクに違いない。

 それを倒さない限り、ワイルドカードは無尽蔵に湧いて出て来る。

 今は魔導司達を信じるしかないのである。

 

「しかし火廣金達も大変デスよね……要は前科者はすっこんでろってことじゃないデスか」

「戦力の逐次投入は間違いなく悪手です」

「手柄が欲しい、って意図がスケスケデス」

「それを言うなら見え見え、ですよ先輩」

「あはは……Sorryデス」

 

 ブランの言い間違いを訂正する紫月。

 だが、こうしてみると改めて彼女と肩を並べて戦えるのを嬉しく思っていた。

 やはり、先輩はこうでなければ自分も張り合いが無いというものである。

 

「後、もう1つ聞いて良いデスか?」

「何ですか」

「黒鳥サンと出会った時の話デス。結局あの時、聞きそびれたじゃないデスか」

「ああ、それですか」

 

 次の場所に着くまでもう少し時間が掛かる。

 連戦は自分達にとっても毒であるので、休みがてらもう少し長い雑談をしても良いだろうというのが紫月の判断だった。

 サッヴァークの迷宮化とシャークウガの索敵が決め手だった。街の区画からクリーチャーを逃がさず、尚且つ遠い地点を徘徊するクリーチャーは自分達の元に誘導し、シャークウガがこれを捕捉することで全て撃滅するという成果を上げたのである。

 此処まででは、黒鳥が言っていたような、べらぼうに強いワイルドカードは出現していない。だが、連戦が仇となった。彼女達は勿論、守護獣も魔力の消耗で疲弊しきっていた。エリアフォースカードが魔力を消耗すると、クリーチャーと遭遇しても戦えなくなってしまう。連戦後はクールダウンが必要だ。確かに、魔術師(マジシャン)正義(ジャスティス)カードが覚醒する前と後では継戦能力が飛躍的に上昇しているが、それでも無理は禁物だ。もう少し休ませてもバチは当たらないだろう、と紫月は歩を緩めた。

 

「何処まで話したか……確か師匠が階段で転んで下にあったゴミ箱に頭から突っ込んだ所まででしたか」

「その話を聞きたいのは山々デスけど、シャーカーにカモられそうになった辺りから聞きたいデス」

「ああ……そこからですか」

 

 紫月の瞳は思い出すように何処か遠くを見つめていた。

 

「あの時、シャーカーにカードショップの外で待ち構えられていたのか、私達はいきなり詰め寄られました。交換しないかと持ち掛けられて」

「なんのカードとデスか?」

「確か《残虐覇王デスカール》だったような」

「うわぁ……」

「プレミアム殿堂カードの《スケルトン・バイス》と同じ効果を持っているって言ってまで誘っていた辺り、意地でも私達からカードを回収したかったのでしょう」

「それでどうしたんデスか?」

「まさか。幾ら初心者と言えど、そんな見え透いた罠に私達が簡単に乗る訳が無いでしょう。怪しさ満点でしたし。そしたらその男、今度は対戦を持ちかけてきて自分が勝ったらカードを交換しろ、とまで言ってきたんですよ」

「悪質デスね……まさに文字通りの初心者狩りってことデスか」

「しつこいので、私達もどうするか決めかねていました。その時ですよ」

 

 

 

 ──その勝負、代わりに僕が受けよう。カードなら、僕に勝てば幾らでもくれてやる。

 

 

 

 あの人は、現れたのです。

 

「それで、受けたんデスか? 黒鳥サンがそのデュエルを?」

「笑っちゃうでしょう。本当に漫画かアニメかと思いましたよ」

「そ、それで結果は……」

「言うまでもないでしょう」

 

 瞼を瞑ると、あの時の盤面が今も鮮やかに思い出される。

 

 

 

 ──お終いだ。《悪魔神ドルバロム》の効果で、互いの闇以外のクリーチャーとマナを全て破壊する。

 

 

 

 焦土と化した、相手のバトルゾーンとマナゾーンのカード。

 

 

 

 ──破壊された僕の《大神砕グレイトフル・ライフ》の効果でマナに墓地のカードを好きなだけ置く。

 

 

 

 バトルゾーンのみならず、墓地、マナ、全ての領域を支配する無駄の無いコンボ。

 

 

 

 ──増えたマナで《ロスト・ソウル》を唱える。貴様の手札も全て破壊だ。

 

 

 

 そして、徹底的に相手を追い詰める手札の大量破壊。

 まさに灰も残らなかった。

 暗野姉妹の知らない世界が其処には広がっていた。

 

「何度やってもその男は師匠には勝てませんでした。そして何度か挑んだ後、師匠の顔を見て何かに気付いたのか、そのまま逃げるように走り去ってしまったのです」

「その人、黒鳥サンがかつて世界大会に出たその人って気付いたんデショウね……」

「当時の私達には知る由もありませんでしたがね」

 

 無情でありながらも何処か美しささえ感じさせる彼のプレイングに、情景を覚えたのか。

 紫月を助けたのは、彼自身の高潔な性格によるもので、決して初心者の彼女達に自分の腕を見せつけたかったわけではないだろう。

 しかし、彼のデュエルは間違いなく紫月に衝撃を与えた。

 

「……思えば、あの日まではカードゲームの試合を見てもやっても、自分がどういうプレイングをしたいのか、どう強くなりたいのか、なんて分かりませんでした」

 

 紫月は自分のデッキケースを手に取った。

 

「でも、師匠のスタイルは、私が初めて見た”デュエマに於ける完成されたスタイル”でした。私に二度と忘れられない衝撃を与えたのですよ」

「完成されたスタイル、デスか……」

 

 ブランは思わず唸った。

 何となく紫月のデュエマのルーツを垣間見た気がした。 

 どうやら、そこから先は大方予想通りで、暗野姉妹は根気強く、もといしつこく黒鳥にアプローチを仕掛け、何とかデュエマの教授に預かることとなったのだという。

 

「しかし、頼んで快く引き受けてくれるような人には思えないのデスけど」

「まあそれはそれは我慢比べでした。いっぺん諦めようかとも思いましたが、みづ姉が『でもあの人カッコ良いし絶対に悪い人じゃないわよ!』と言うので……」

「ミヅキ……少女漫画の読みすぎでは」

「先輩は推理小説の読みすぎかと。似たようなものじゃないですか」

「似たようなものかもだけど違うデース!!」

 

 紫月は空を仰ぐ。

 翠月は一瞬で黒鳥に心を奪われたようだった。

 惚れっぽいと彼女の事を揶揄していた紫月だったが、自分もまた彼女と同じだったのかもしれないと思い直す。

 自分のデュエルは間違いなく、あの時のデュエルで決定付けられたものなのだ。

 

「とにかく、私の人生はあの時変えられたも同然かもしれませんね」

「大袈裟……ではないデスね」

 

 紫月は頷く。

 だからこそ、超えられない。

 頭では超えようと思っていても、彼にまだ届かない。

 

「まだ、遠い。遠すぎます。私は──何時になったら師匠に追いつけるのだろう、って。でも、何時の間にか……私の方が追われる側になっていたみたいですね」

「!」

 

 紫月は振り返り、ブランの方を見て笑みを浮かべた。

 

「……大変ですよ。追いつく事を考える以上に、今度は追い抜かれる事も考えなければいけないのですから」

「えへへー、そりゃそうデスよ! 私だって強くなってるデスから!」

「ええ。先輩は……本当に強くなりました」

 

 いきなり後輩に言われて、ブランも恥ずかしくなってしまった。

 

「強くならなきゃ……いけないデス。私は……何時か、またロードに向き合わなきゃいけないデスから」

「先輩……」

「此処で折れてるわけにはいかないデス。ロードに……私の正義が間違ってなかったことを、証明してやるデス」

 

 何処か切ない笑みで彼女は言った。

 ロードは、あの後ずっと魔術師に監禁されている。

 ブランはもう彼に会うつもりはない。

 しかし、それでも一度否定された自分の信念を今度は守るために強くなると誓っているようだった。

 

「だから、前に進むしかないのデスよ」

 

 そうブランが言ったその時だった。

 彼女は突然立ち止まる。

 

「……ねえシヅク」

「どうしましたか、先輩」

「空の方──何か見えないデスか?」

「何か? 何も見えないですが」

 

 空の一点を指差し、ブランはしきりに異常を訴える。

 紫月は早速、休ませていたシャークウガに問いかけた。

 

「シャークウガ。どうですか。何かが見え──」

『まずいマスター、その場から離れろ!!』

「え?」

『何かが、落ちて来るぞ!!』

 

 その時だった。

 紫月にもはっきりと見えた。

 曇った空に浮かぶ黒点が。

 そして、そこから分かれるようにして何かが落ちて来るのが。

 それは凄まじい速度で、こちらを目掛けて迫って来る。

 刹那、轟音と衝撃波が紫月とブランを襲った。

 黒く輝く星が、地面にめり込んでいた。

 

『っ……危なかったぞ』

 

 目を瞑っていたブランと紫月だったが、自分達の身体が無事であることに気付く。

 サッヴァークが仁王立ちしていた。

 周囲には金色のバリアが貼られており、彼に助けられた事が分かった。

 

「た、助かったデース……!」

「でも、一体何なのでしょう。急に空から……」

 

 めき、めき。

 瓦礫が音を立てる。

 それは人型。

 何かで汚れたような黒い翼を広げて起き上がる。

 

「ギュ、ギュ、ルァァァァアアアーッ!!」

 

 悍ましい叫びがその場を包み込む。

 見ると、その足元からどくどくと音を立てて紫色の粘液が染み出している。

 そして、当の本人もそれに汚染されているかのような印象を受けた。

 

「これってドルスザク、デスか!?」

『ドルスザク、か。それにしては……』

 

 サッヴァークが口ごもった。

 正体は不明だ。しかし、凶悪な闇の力を身に纏っている辺り、あのデ・スザークの眷属であることには違いないのだろう。

 そして気掛かりな事があると言わんばかりに怪物の前に立ち塞がった。

 

『暗野紫月。このクリーチャー、儂に任せてくれぬか?』

「え? か、構いませんが……」

『うむ。気になる事があるのだ』

「そうデス! 謎のクリーチャーの正体を解き明かすなら、この名探偵・ブランちゃんの出番デース!」

 

 進み出るブラン、そしてサッヴァーク。

 しかし、大人しく狩られる敵ではない。

 すぐさま飛び掛かり、サッヴァーク目掛けて鋭い爪を突き立てようとする。

 

「シャークウガ! お願いします!」

『おうよ!!』

 

 すぐさま激流がクリーチャーを包み込んだ。

 不意を突かれたからか、動きが一瞬鈍る怪物だったが、すぐさま漆黒の翼で羽ばたき、逃れようとする。

 だが、水の触れた場所から凍り付いていく。

 

『今のうちだ!! こいつ強いぞ!! 早くしねぇと逃げられちまう!!』

『鮫の字──うむ、助太刀、感謝するぞ』

 

 既に、凍り付いた場所が音を立てて割れている。

 恐らく黒鳥が戦ったという牙修羅バットや蛇修羅コブラと同格、否……それ以上だろう。

 こちらが2対1でなければ、空間に引きずり込む前に襲われていた所だ。

 

「先輩! あんなクリーチャー、ささっと倒してしまってくださいよ!」

「分かってマスよ! ……サッヴァーク! 行くデスよ!」

 

 正義(ジャスティス)のエリアフォースカードが光り輝いた。

 黒い翼は、空間に引きずり込まれる。

 

 

 

「さあ、此処から先は大迷宮。未知を解き明かす、楽しい推理の時間デス!!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)XI(イレヴン)……Justice(ジャスティス)!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──この辺りは大方終わったか」

 

 黒鳥は、腰を落ち着けるとそう言った。

 後ろから、ひぃひぃ肩で息をする耀がやってくる。

 連戦に次ぐ連戦。本来ならへばっていてもおかしくないだけの回数、彼は戦っていた。ついでに耀も。

 

「何処だ……何処に行った? 奴らは……」

「く、黒鳥さん……流石に休みませんか……?」

「む」

 

 膝に手を突く耀。

 黒鳥は顔に手をやった。

 エリアフォースカードの魔力消耗による疲労は避けられない。

 これ以上戦うのはガス欠になりかねないことは、黒鳥も分かっていた。

 

「玲奈ちゃんが心配なのは分かりますよ、命の危機なんですから。でも、それでぶっ倒れたら話になりません! 肝心のデ・スザークを倒せないと……」

「しかし……こうしている間にも玲奈は……」

 

 言いかけてから、彼は首を横に振った。

 自分の身体の事は自分が一番分かっていた。

 桑原の(ストレングス)のカードが無い今、魔力を急速回復する方法がないのである。

 

「いや、済まない。突っ走り過ぎた」

 

 どんな熟練のデュエリストも、魔力の消耗には敵わないのである。それは黒鳥も同様だった。

 黒鳥は、歩を緩める。

 また忘れる事だった。目の前のものに囚われすぎて、大切な事を見落とすところだった。 

 

「……ここらで休むか」

「一応周囲を見回っててくれ、チョートッQ」

「阿修羅ムカデ。貴様も頼む」

『了解であります!』

『勿論ですねぇ!』

 

 飛んでいく相棒を見送ると、耀は地面に座り込む。

 どっ、と疲労が溢れてくる。

 此処までで何体のクリーチャーを倒しただろうか。

 倒しても倒しても、すぐさま黒鳥に引っ張られる形で次の戦闘が始まるので休む間も無かったのである。

 

「……済まなかったな」

「いえ……少し、で良いんです。頭がガンガンしてきて──」

「戦闘の反動だな。辛いだろう」

「はい……」

 

 耀は痛む頭を抑えた。

 気分が悪かった。

 

「……でも、玲奈ちゃんはきっと、もっと辛い思いをしているはずですよね。もっと頑張らなければいけないのに──」

 

 耀も黒鳥が必死であることが分かっている。

 病床に伏せている玲奈の事を思えば、不甲斐なくて仕方なかった。

 しかし、過去の経験からある程度エリアフォースカードを休ませなければ、大事な時に空間が開けなくなる可能性がある。

 

「それで死んだらどうにもならない。必死に足掻くと、それを忘れてしまう時があるが……」

 

 黒鳥の声は何時に無く穏やかだった。

 

「何故忘れてしまうのかを考えた時、きっとそこには恐怖がある。今も僕は怖い」

「怖い? 黒鳥さんが?」

「ああ。誰にだって怖いものはある」

「黒鳥さんでも怖いものがある……何ですか?」

「僕は……これ以上誰かを失うのが怖いのかもしれない」

 

 黒鳥は首をもたげた。

 普段の彼ならば、口にしないような言葉だった。

 しかし、それは耀も同じだった。

 

「俺だってそうです。部活仲間が、クラスメイトの誰かが、大事な人が死んだら……どうなるか分からない」

「そう、か。そうだろうな。しかし、それは”もしも”の話だ。僕は既に経験してしまっている。僕は大切なものを戦いの中で何度も失ってきた。そして、大切なものを失う事で壊れた人間も見てきた」

「それって──」

 

 ノゾム兄の事じゃないか。

 飛び出しそうになった口を押える。

 

「喪失感は、人を殺す。掛け替えのないモノならば猶更だ。僕たちは戦場の兵士ではないのだ。一度味わってしまえば、その恐怖は……克服したと思っても、また襲ってくる」

 

 彼は拳を握り締めた。

 彼を縛り付ける過去が、今を蝕んでいる。 

 掴んだはずのものが消えていく恐怖が。

 

「一度や二度じゃないさ。何度も経験していれば慣れるものじゃない」

 

 二度と繰り返させない?

 そんな事は戯言だ。

 何度も失って、そのたびに死ぬほど悔やんできた。

 

「僕も……ノゾムのように壊れていたかもしれない。いっそ何処かで休まりたかったのかもしれないな」

 

 暗にそれは死を意味していた。

 これ以上苦しむのならば、死んでも構わない。

 黒鳥に、そう思わせるほどの絶望。

 耀には想像も出来なかった。

 

「だがな、僕がそれでも絶望しないのには理由があるんだ」

 

 彼は遠くの太陽を指差す。

 

 

 

「──例え失っても、引きずりながらでも進み続けた男が居た。どんな逆境でも、彼は絶対に負けはしなかった。暗く冷たい夜が来ようとも、太陽のようにまた昇る、そんな男が居る」

 

 

 

 黒鳥は手を広げた。

 

「あいつが居る限り、僕は生きて居られる。まだ、この世界も捨てたものではないと思えるんだ」

「その人って誰なんですか?」

「さあな。今何処に居るのか──」

 

 敢えて彼はぼかしたようだった。

 耀には分からない。

 まだ誰かを永遠に失ったなんてことはない。

 しかし、それでも──傷つくものを目の当たりにしたことはある。

 日常が非日常に変わるのを止められなかった負い目はある。

 それでも──

 

「彼は今も、前に進み続けているだろう。貴様のようにな」

「俺の、ように?」

「彼は貴様に似ているというわけではない。軽薄なちゃらんぽらんだ。しかし、彼を見ていれば……絶望などしているのが馬鹿らしく思える」

「……そう、ですか」

「結局立ち止まっても……僕たちは前にしか進めないのだろうな」

 

 分からない。自分がその”もしも”に遭遇した時、どうなるか耀には分からなかった。

 だが、きっと出来る事は”そうならないように”最善を尽くす事なのだ。

 今はそのために休む。それだけの事だ、と耀は自分に言い聞かせた。

 

「……ん?」

 

 着信音がけたたましく鳴る。

 耀がスマートフォンを取ると、相手は火廣金。

 ひょっとして、魔導司の面々がデ・スザークの討伐に成功したのだろうか。

 大本を絶てば、これ以上のクリーチャーが現れる事は無い。

 戦況が好転することは間違いないだろう。

 

「もしもし火廣金どうした──」

「──大変だ部長」

 

 彼の声は震えていた。

 

 

 

「飛行艇でデ・スザークの討伐に向かった魔導司達の飛行艇が空中分解した。全滅だ」

 

 

 

 耳を疑った。

 飛行艇が空中分解? 全滅?

 一体何が起こったというのだろうか、と耀は問い詰める。

 

「おい、どうなってんだよ!?」

「こっちも分からない! 出て行ったのはそもそも凄腕の魔導司集団だ。事故は有り得ない。しかし、急に消息を絶って、先ほど飛行艇が空中分解したのを確認した」

「嘘だろ……!? 大惨事じゃねえかよ!」

 

 凄腕の魔導司集団が全滅。

 耀は手が震えた。

 電話の向こうの彼の声は無念が隠せない様子だ。

 

「……非常に、残念だ。あれだけの数で負ける理由が見当たらない……! 予測外のイレギュラーが起こったとしか考えられん」

「そんな……!」

「白銀!!」

 

 通話の途中で黒鳥が耀の肩を揺さぶる。

 

「空を見ろ!!」

「え!? 空──」

 

 思わず見上げる。

 黒点だ。

 それが徐々に近づいてくる。

 

『マスター!! 大変でありますよ!!』

『とても巨大なエネルギーの反応が──』

 

 駆けつけてきた守護獣2体。

 しかし、2体の能力ではそれに対抗する事など出来ない。

 黒点はとうとう、恐ろしいスピードでどんどん大きくなっていき──落ちた。

 

「ッ……!!」

 

 アスファルトが捲れた。

 瓦が飛んでいく。

 折れる草木。

 そして、耀と黒鳥は、塵のようにその場から吹き飛ばされた。

 身体が叩きつけられる。

 痛みで言う事を聞かない。

 一体何が起こったのか、分からなかった。

 

「……な、何だ……!」

 

 黒鳥は無理矢理身体を起こす。近くに阿修羅ムカデの姿が無い。

 足元には、傍に血を流して倒れている耀の姿があった。

 怪我をしており、地面に突っ伏している。

 そして、身体を打ち付けたからか、既に彼の意識は無かった。

 

『マ、マスター!!』

「白銀!!」

 

 何とか無事だったらしいチョートッQも駆けつけて耀を揺すり起こす。

 しかし、反応がない。辛うじて息はあるが、完全に気絶しているようだ。

 

「くそっ、白銀を頼む!」

『黒鳥殿! 何処へ行くのでありますか!』

「あの巨大なエネルギーの正体を突き止めに行く!」

 

 駆けだした彼だったが、すぐさまそれらしきものが見えた。

 巨大な黒い球体だ。

 アスファルトにクレーターを作った巨大な何かは火の玉のようだった。

 そして、火の玉に阿修羅ムカデは見入っていた。

 

「阿修羅ムカデ……あれは一体」

『──マスター・ドルスザク、ですねェ』

 

 間髪入れずに守護獣は答えた。 

 あれが、無月の不死鳥、マスター・ドルスザクと言うのだろうか。

 

『しかし、此処まで強大とは──!』

「止めるしかない。今此処で僕らが奴を倒さねば、被害が拡大する」

 

 黒鳥は一歩踏み出した。

 そして、先ほどの耀と火廣金の会話を思い出す。

 飛行艇の空中分解。それだけ甚大な被害を齎したのがあのクリーチャーだというのならば、止めねばならないだろう。

 

『エリアフォースカードの反応……これは、悪魔(デビル)のカードですねぇ』

「もう1枚、隠し持っていたか」

 

 耀からは、ドルスザクを前回倒した際、刑死者のカードを回収したと伝えられていた。

 確かに普通のクリーチャーならば、

 

「最早あれは……生ける災害。言うなれば、人類の敵だ」

『クリーチャーにとっても、ですねぇ……!』

「狩るぞ、阿修羅ムカデ」

『ええ、勿論ですともォ!!』

 

 そう言った矢先、まるで狂喜するように死神(デス)のエリアフォースカードが飛び出す。

 それを見てか、呼応するようにして翼を広げた不死鳥が悍ましい鳴き声を上げた。

 否、最早その姿は不死鳥ですらない。

 誰も知らない、新しい生き物としてそれは目覚めようとしている。

 

「止めるさ。貴様の進化も、悲しみと死と苦痛の連鎖も。全て断ち切ってやる」

 

 護りたい者の顔が浮かぶ。

 

「僕が貴様を斃す──死神(デス)、起動だ!」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)ⅩⅢ(サーティーン)……DEATH(デス)……HYAHAHAHAHAHAA!!』

 

 甲高い笑い声が決戦を告げる。

 否──既に、罠に嵌っている居る事を告げていた。

 死神が指し示す運命は、禄でもない事など分かっていたはずなのに──

 

 

 

 ※※※

 

 ブランと黒いクリーチャーのデュエル。

 既に、彼女は序盤から《フェアリー・ライフ》によるマナ加速を進めていた。

 一方の相手のクリーチャーも《ダーク・ライフ》を使用してマナと墓地を増やしていた。

 

「呪文、《ライフプラン・チャージャー》! 効果で山札の上から5枚を見て、その中からクリーチャーの《サッヴァークDG》を手札に加えるデス! チャージャーでマナに置いてターンエンドデス!」

「グ、ル、ギャ、ギュ……!」

 

 唸るような声を上げる黒いクリーチャーは、カードを引くと同じく4枚のマナをタップした。

 

「《ホネンビー》……!!」

 

 全く同じ動きだ。

 墓地を掘り進める黒いクリーチャーは、その中から1枚のカードを手に取る。

 《ルソー・モンテス》。呪文面がリアニメイト効果を持つツインパクトカードだった。

 

「墓地に落としたカードをリアニメイトするってことデスか!?」

『落ち着け。何が来ようが儂らのやることは変わらん。次のターン、儂を召喚せよ』

「分かってるデスけど……」

 

 強力な闇に汚染されたクリーチャー。

 その力はデッキのカードにまで及んでいる。

 

「私のターン! 6マナで《サッヴァークDG》を早速召喚しマス!」

『相分かった!!』

 

 水晶に包まれた龍の蛹が姿を現した。

 フィールドは透き通った水晶に包まれていき、迷宮を形成していく。

 

「その効果で手札に加えるのは、《ピクシー・ライフ》、《剣参ノ裁キ》、《青守銀ルヴォワ》デスよ!」

『早速裁きの紋章を使うとするかのう!!』

「ターンの終わりに《剣参ノ裁キ》を唱えるデス! 効果で《断罪スル雷面ノ裁キ》を手札に加えるデスよ!」

「ギギギ……!」

 

 機械のような呻き声を上げるクリーチャーは、カードを引いた。

 そして、今度は5枚のマナをタップする。《法と契約の秤》かと身構えたブランだったが──

 

「《処罰の精霊 ウラヌス》召喚……!」

「《ウラヌス》、デスかぁ!?」

『何を考えておる……!? このデッキ相手に表向きのシールドを増やすのは利敵行為じゃというのに……!』

 

 《ウラヌス》は登場時に、自分の場のクリーチャーの数だけ相手のシールドを1枚選んで表向きにするエンジェル・コマンドだ。

 しかし、ブランの切札である《煌龍 サッヴァーク》はシールドが増えれば増えるほど除去耐性に磨きが掛かるカード。

 しかも、表向きのシールドが3枚以上あれば《サッヴァークDG》の効果によるクリーチャーの踏み倒しが発動するのだ。

 ──何を考えているデスか……!? ひょっとして何も考えてない……否、そんな事は無いデス。あれだけ格の大きいクリーチャーが何の策略も無いはずがありまセン!

 表向きになったのは《ホーリー・スパーク》と《フェアリー・トラップ》のシールド。S・トリガーが割れてしまったのは痛手だ。

 

「ならば、まずはその勝負に乗ってやるデスよ! 私は《ピクシー・ライフ》を唱えてマナを増やすデス! さらに、ターンの終わりに、《サッヴァークDG》の効果発動!!」

 

 バチバチ、と稲光を立てて鋼の仮面が光り輝いた。

 

 

 

Cast&Engrave(裁き、そして刻め)、──《断罪スル雷面ノ裁キ》デス!」

 

 

 

 裁きの鉄槌と共に、《ホネンビー》と《ウラヌス》が磔と化す。

 これで表向きのシールドカードは合計で6枚。

 《サッヴァークDG》の仮面が罅割れていく。

 

 

 

「これが私の銘じる正義……descend to earth(降り立つ時デス)、《煌龍(キラゼオス) サッヴァーク》!!」

 

 

 

 水晶に降り立つ裁きの真龍。

 咆哮を上げ、幾多もの剣を構えてブランを守る為に立ち塞がる。

 

「ターンエンド、デスよ! 《サッヴァーク》を含めた私のクリーチャーは最大4回まで除去から身を護る事が出来るデス!」

「ギュ、ギュ、ルル……ザ、ッヴァ、ク……ザ、……!!」

『む?』

 

 サッヴァークは怪訝な声を上げた。

 

『今、このクリーチャー……儂の名を呼んだ、のか?』

「知り合いなのデスか?」

『少なくとも、守護獣たるこの儂は知らぬ。知っておるのは……オリジナルのサッヴァークじゃろうて』

「となると、あれはサッヴァークに関係のあるクリーチャー?」

 

 黒いクリーチャーが何かを求めるように手を突き出す。

 

「ザ、ヴァ、グ、ザ、マ──!!」

 

 まずは2マナで《ダーク・ライフ》が唱えられる。 

 単色カードがマナに置かれ、これで残るは5マナ。

 

「《法と契約の秤(モンテスケール・サイン)》……!!」

『いかん! 来るぞ!』

「な、何なのデスかぁ!?」

 

 悪意や怨念、負の感情が集積していく。

 闇に堕ちた白き翼が、羽ばたき、水晶のフィールドを濁らせた。

 降り立ったのは、あの黒いクリーチャーそのもの。

 しかし、一度羽ばたくと黒い靄が振り払われ、その真の姿が露になる。

 

 

 

「我ガ名ハ《 絶十(ゼット)》……《堕天ノ黒帝 絶十(ゼット)》……!!」

 

 

 

 その姿はまさに堕天使。

 溢れ出る憎悪のオーラに、ブランは絶句するしかない。

 既存のマフィ・ギャングのどれとも似ても似つかぬ容姿は、むしろメタリカのそれであった。

 

「──《絶十》! サバキスト、デスか!?」

『ああ、やっとわかったぞ。あれは儂の眷属のクリーチャーというわけか。だが、闇の力に完全に汚染されておるわ!』

「どうしよう、助けないとデス!」

『そのためには倒すしかあるまい! 否、気を抜けば……むしろ倒されるのはこっちの方やもしれんのう!』

「ええ!?」

 

 次の瞬間、ブランのシールドの表向きのカードが3枚、腐るようにして朽ち果てた。

 さっき表向きにされた《ホーリー・スパーク》と《フェアリー・トラップ》、そして《断罪スル雷面ノ裁キ》だ。

 

「あのクリーチャー、表向きのシールドカードを3枚も墓地に送れるデス!」

『最初からこうなるのを分かっておったか! 相手の方から一方的にシールドを墓地に送る手段を持っているのは非常にまずいぞ!』

「なら、ドラゴン・W・ブレイクで表向きのシールドの数を稼ぐデス! 3マナで《防鎧》を召喚デス! そして、《サッヴァーク》で攻撃デス!」

 

 剣が幾つも浮かび上がり、絶十のシールドへ飛んでいく。 

 相手のシールドを奪い取るドラゴン・W・ブレイクが炸裂しようとしたその時だった。

 

『《絶十》の効果発動……! 相手のクリーチャーが攻撃またはブロックした時、相手は自身の他のクリーチャーを1体選ビ、破壊スル──!!』

「嘘デショ!?」

 

 防鎧に魔の手が迫る。

 折角出したのに此処でいきなり破壊される謂れは勿論無かった。

 

「《サッヴァーク》の効果で《ウラヌス》のシールドを墓地に送って、《防鎧》は場に留まるデス! シールドをドラゴン・W・ブレイク!!」

 

 砕かれる2枚のシールド。

 それが飛び散ると共に、ブランのシールドの上に新たに2枚の表向きのシールドが現れた。

 《ホーリー・スパーク》に《天ニ煌メク龍終ノ裁キ》だ。

 しかし──

 

「S・トリガー──《シュトゥルム・シェキナー》!!」

「──ええ!?」

 

 次の瞬間、現れたのは無数の矢の嵐。

 それが《防鎧》を狙う。

 

「このターン、我ガクリーチャーノパワーハ+4000サレ、更にバトルに勝テバ相手のシールドヲ1枚選んでブレイクスル」

「って事は──!!」

「《防鎧》と我ヲバトルサセル!!」

「っ……《ホネンビー》のシールドを墓地に送って回避するデス!」

「ダガ、シールドヲ1枚ブレイクだァ!!」

 

 表向きのシールドが無い場所がブレイクされる。

 これで、シールドは残り2つになってしまった。

 攻め込んだはずが逆に追い詰められてしまったのである。

 

「ターン、エンド……!」

 

 相手の場には《絶十》が居る。

 殴られればこちらのシールドは全てブレイクされてしまうだろう。

 しかも、除去耐性はもう2回しか使えない。

 サッヴァークももう持たないのだ。

 しかし、《絶十》は着々とブランを追い詰める準備を進めていた。

 ──サッヴァークさえ──サッヴァークさえ残せれば──!!

 

 

 

「我ガターン──《ジャミング・チャフ》ヲ詠唱スル!」

 

 

 

 《ジャミング・チャフ》は次の相手のターンの終わりまで呪文を唱えられなくする効果を持つ。

 このターンでブランはシールドを全て割られる。

 重ねていた裁きの紋章も全て手札に入る。

 しかし、それらは今全て効力を失ったのだ。

 ──《ジャミング・チャフ》で、もう呪文を唱えられない! つまりサッヴァークで勝つのは、もう無理デス!

 このデッキにスピードアタッカーは存在しない。追加の打点は生成できない。

 そして今、《龍終ノ裁キ》による追加攻撃プランも頓挫した。

 

「終ワリ、ダァッ!!」

 

 《絶十》が残る2枚のシールドを掻き切った。

 砕け散るそれをブランは全身に浴びる。

 S・トリガーの呪文は使えない。

 サッヴァークの除去耐性も、裁きの紋章も、もう使うことが出来ない。

 そして自分のシールドも残されていない。

 ブランに残ったのはサッヴァーク1体のみ──

 

「十分デス」

「何ィ!?」

 

 ──そう。サッヴァークで勝つのはもう無理デス。でも、この勝利にはサッヴァークの力が必要なのデス!

 

 

 

「聞こえなかったデスか? 《サッヴァーク》だけ残っていれば、十分デスよ。次のターンで、Youは終わりデス!」

 

 

 

 確かにサッヴァーク1体のみならば勝てない。

 しかし、割れたシールドの奥で──探偵はこのデュエルの答えを手に入れていた。

 1枚で勝てないならば、2枚に重ね合わせれば良い。

 名探偵も1人だけでは活躍できない。相棒が居て初めて成り立つものだ。

 

「サッヴァーク。此処までよく持ちこたえてくれたデス」

『儂は二度とヌシから離れんと誓った。二度と、ヌシを1人にはさせぬわ』

「1+1は2なんかじゃないデス。私達が組めば∞の可能性があるって、教えてやるデスよ!」

『ああ──任せたぞ!!』

「OK! 絶十、見てるデスよ! 此処からが本領発揮デス!」

 

 ブランは笑みを浮かべる。

 そして、8枚のマナをタップした。

 

「このターンで勝てないなら、次のターンに何もさせなければ良いデス! 裁きの紋章が無くったって──最後の切り札があるデスよ!」

 

 《サッヴァーク》の上に、彼女はカードを重ね合わせる。

 浮かび上がるのは?。正義を表すアルカナの番号。

 今、裁きの刻が刻まれた。

 

「8マナで《煌龍 サッヴァーク》進化!」

 

 時計の針が現れる。

 指し示すのは12時、魔法の時間だ。 

 全てを失ったように見えた彼女が、全てを取り戻そうとしていた。

 

 

 

決起の時間デス(レヴォリューション)、《時の革命 ミラダンテ》!」

 

 

 

 顕現したのは天馬のような天使龍。

 全ての時を停止させる革命の力を持ったこの姿は、逆境で真価を発揮するのだ。

 

「──《ミラダンテ》の効果発動デス! 相手のクリーチャーを全てフリーズさせマス!」

「シ、カシ、ソノ程度デ──」

「もう援軍なんてやってこないデスよ! 《ミラダンテ》の革命ゼロ発動!」

 

 次の瞬間、鎖が何処からか現れ、絶十の身体を縛っていく。

 

「自分のシールドが無い時、相手はクリーチャーを召喚出来ないのデス!」

「ギ、ギュル、ギュアァ……!」

「これでもう、何も怖くないデスよ! 《ミラダンテ》でシールドをT・ブレイク!」

 

 砕け散るシールド。

 そこにはもう、S・トリガーなど無い。

 そして、クリーチャーによる攻撃もクリーチャーの召喚も封じられた絶十はもう何も出来なかった。

 

「ターンエンドデス!」

「バ、カナ……コンナ、コトガァッ」

 

 そこで絶十の身体は完全に停止した。

 この状況をひっくり返す事が出来るカードが無い。

 互いの戦略の裏の掻き合いではあったが、最終的に勝利を収めたのは圧倒的な革命の力で逆境を跳ね返したブランの方だった。

 

 

 

推理終了(リーズニング・オフ)! 《ミラダンテ》でダイレクトアタックデス!」

 

 

 

 裁きの光が絶十を包み込んだ。

 天使龍の稲光が、汚染された身体に染み付いた闇のエネルギー諸共、黒い天使を吹き飛ばす──

 

 

 

 ※※※

 

 

「──ギャオオオオオオオオオオーッ」

 

 

 

 

 

 黒鳥は、今まで戦ってきたどの敵とも桁違いな魔力に気圧されていた。

 数々のワイルドカードを食らい、その力を増していく怪物に死神のカードの反応も強くなっている。

 

死神(デス)が何を考えているかは分かりませんが、少なくともこの脅威を排除するのに協力してくれるようですねぇ』

「好都合。こいつを倒せば……玲奈は救われる」

 

 黒鳥は2枚のマナをタップする。

 先攻は自分だが、相手がドルスザクならば早期に手を打たなければならない。

 無月の門を展開される、その前に。

 

「僕のターン。まず、《エマージェンシー・タイフーン》を唱える。その効果でカードを2枚引き、《阿修羅サソリムカデ》を墓地へ捨てる」

「ギィ……召喚、《ドゥリンリ》……!」

 

 互いに闇のデッキで、優勢を取れるのは先に墓地を溜めた方となる。

 相手の場には、ターンの終わりに墓地のカードを増やす《堕魔 ドゥリンリ》が召喚された。

 

「毎ターン墓地が増えるのか……厄介だ。しかし、闇だけでは狙ったカードを落とせまい」

 

 黒鳥は3枚のマナをタップする。

 水のマナが再び浮かび上がった。

 手札の必要なパーツを墓地へ落とす。闇単には出来ない芸当だ。

 

「──呪文、《サイバー・チューン》。3枚カードを引いて2枚墓地へ落とす。ターンエンドだ」

 

 闇は墓地を増やす事が出来る。

 しかし、その方法は山札から墓地に落とすものが殆どでお世辞にも「上手」とは言えない。

 あくまでも闇の本分は墓地利用にある。

 その闇の欠点を補うのが、水の手札交換なのだ。

 

「《グリギャン》……!」

 

 次に現れたのは燭台の魔導具だった。

 3枚のカードが墓地へ送られる。

 しかもブロッカーで、地味だが面倒だ。

 更に、《ドゥリンリ》の効果でもう1枚墓地にカードが送られる。

 

「僕のターン……そろそろ来るか。此処は《パイレーツ・チャージャー》を使い、山札の上から2枚を見てそのうち1枚を墓地に置き、1枚を手札に加える。ターンエンドだ」

 

 これで墓地も増やしつつマナも増えた。

 次のターン6枚になるマナ。

 準備は整っている。

 

『マスター、これで次のターンに──』

「ああ。仕掛ける事が出来る」

「──死、兆、星ハ、見エテ……イル、カ?」

 

 ぞくり、と肌が泡立った。

 

「……《ラビリピト》」

「ッ……!?」

 

 次の瞬間、手札の1枚にフォークが突き刺さる。

 投げたのはウサギの人形だ。

 《追憶人形 ラビリピト》。登場時に相手の手札を1枚選んで捨てさせるデスパペットだ。

 

「だが、この程度ならまだ──」

「ヤレ、《ドゥリンリ》……」

 

 墓地にカードが落とされる。

 そして、幾つもの魔導具が墓地から現れる。

 

『これは無月の門──!?』

「いや、違う! 確かに無月の門かもしれないが……!」

「我ハ臥セシ龍──サレド、鳳ノ雛ニアラズ」

 

 巨大な魔方陣がバトルゾーンに浮かび上がった。

 そこへ魔導具が堕とされ、次々に砕け散っていく。

 溢れた黒い液体が魔方陣をなぞり──牙を剥き出しにした不気味な門を象った。

 空間に凄まじい瘴気と冷気が集まる。

 死者の祭祀が、闇の儀式が幕を開けようとしていた。

 

 

 

臥龍(ガリュウ)……臥龍(ガリュウ)……(デス)臥龍(ガリュウ)──!!』

 

 

 

  ──ヴァイ……!

 

 

      ──ヴォ……!

 

 

 

 ──グリ……!

 

        ──ドゥ……!

 

 

   ──ザン……!

 

 

 

「──開門(ゼーロ)、無月の門……(ゼツ)!!」

 

 

 

 巨大な肉の門から姿を現し、産み落とされたのは──鳳の怪物。

 最早、不死鳥だとか朱雀の概念を超え、新たな生命体となったマスター・ドルスザクが黒鳥の前に顕現した。

 

 

 

 

(バン)死ニ誘ウハ、漆黒ノ月……《卍月(ばんげつ) ガ・リュザーク卍》!!」

 

 

 

 刻まれるのはMASTERの刻印。その上にDのマークが焼き付けられる。

 空間全てに広がる程の強大な翼。

 そして、全てをむしり取らんとする強大な脚。

 炎の生命体が、全ての命を奪うべく死の侵食を開始する。

 今までこそはっきりしなかったが、無月の門・絶と共に姿を現したガ・リュザークは、まさしく今まで自分が相対していた相手なのだと黒鳥に確信させた。

 

「無月の門・絶……! やはり使ってきたか!」

 

 通常、無月の門は、自分の魔導具を召喚した際に場に2体、墓地に2体の魔導具が居なければ使う事が出来ない。

 しかし、無月の門・絶は各ターンの終わりに魔導具が場と墓地に合計6枚以上あれば発動が可能なのだ。

 つまり、任意のタイミングでコスト8以上のクリーチャーを召喚出来る。

 引き金は引かれた。

 

「《ラビリピト》……知識ヲ奪エ」

 

 ウサギの人形の瞳が不気味に輝く。

 次の瞬間、黒鳥の手札は全て墓地へ落とされた。

 

「まずい……!」

『《ラビリピト》は自分のターン中に、コスト8以上のクリーチャーを召喚した時またはコスト8以上の呪文を唱えた時、相手は自身の手札をすべて捨てるという効果を持ちますよォ!!』

「無月の門は召喚扱いだ。そして、無月の門・絶も同じ──! ターンの終わりに相手の手札を全て排する恐ろしいデッキというわけだ!」

 

 捨てさせられた《戒王の封》を恨めし気に見やる黒鳥。

 これでは蘇生させたいクリーチャーも蘇生出来ない。

 幾ら墓地を肥やしても意味がないのだ。

 更に、ガ・リュザークの身体から炎が放たれて黒鳥のマナゾーンを包み込む。

 

「キサマノ、マナ、ハ……三ツシカ使エナイ……!」

「ぐっ……!」

 

 ガ・リュザークはゲゲゲッ、と不気味なくぐもった笑い声を空間に響かせた。

 次のターンは間違いなく何も出来ない。

 マナは5枚あるが、実質使えるのは3枚だけ。

 しかも手札は無し。完全に1回休みだ。

 

「これが、マスター・ドルスザク……《卍月ガ・リュザーク卍》か……玲奈の奴が使っていたが……」

 

 よもや、その切札が彼女を毒牙に掛けるとは、彼女自身は思いもしなかったのだろう。

 

『知っていたのですか、マスター。しかし、どうするんですかァ!?』

「奴は今のデュエル・マスターズでも最強クラスの制圧力を誇る闇のクリーチャーだ。どのみちこのターンは動きを封じられる。下手に動けばアンタップ出来るマナもアンタップできなくなる」

 

 そう、あくまでもマナを3枚しかアンタップ出来ないというだけで、ずっとマナが3枚しか使えないわけではないのだ。

 

「僕はマナをチャージしてターンエンドだ」

「ギ、リ、ギュリュリリ……!!」

 

 唸るガ・リュザーク。

 何も出来なかったものの、次のターンに巻き返せば良いと黒鳥は考える。

 しかし──

 

「貴様ハ、終ワリ……人ノ子ヲ、残ラズ、始末、スル……《卍月の流星群(パンデモニウム)》!」

 

 破壊される《ガ・リュザーク》

 そうして飛び出した魔導具から2体が場に降り立つ。

 

「自分のクリーチャーを1体破壊して、マフィ・ギャングを2体場に出すカードか!」

「降リ、立テ──《ヴォガイガ》、《ヴォジャワ》……!」

 

 現れた2体の魔導具。

 しかし、この2体もすぐさま魔方陣を描き、無月の門を開いていく。

 

 

 

朱雀(スザク)……朱雀(スザク)……(デス)朱雀(スザク)──!!』

 

 

 

 墓地に落とされた魔導具が再び幽世の門を構成した。

 そこから飛び出したのは──あらゆる生命をひれ伏させる不死鳥だ。

 

「《卍デ・スザーク卍》!!」

「来たか……!」

 

 マナをアンタップさせて動き出す事を予期していた黒鳥に対して、ガ・リュザークが差し向けた刺客は《デ・スザーク》だった。

 これで、クリーチャーを出しても全員タップインすると宣告されたも同然だ。

 更に──

 

「《ヴォガイガ》……《ヴォジャワ》……!!」

 

 《卍月の流星群》で蘇生された2体の効果が解決される。

 《ヴォガイガ》で4枚、《ヴォジャワ》で2枚のカードが墓地に落とされていく。

 しかも2体の効果で、《卍月の流星群》と《グリギャン》がサルベージされてしまった。

 

「これで墓地と場の魔導具は再び合計6枚を超えた……何時でも無月の門・絶が発動できると言っているようなものか」

『実質、《卍デ・スザーク卍》と《卍月 ガ・リュザーク卍》の2体に睨まれているようなものってことですかァ……』

「確かにタップイン効果は厄介だし、奴らは破壊しても破壊しても何度でも蘇る。だが──」

 

 黒鳥の表情に怯えは無かった。

 

 

 

「──それがどうした?」

 

 

 

 睨みつけるは敵の首のみ。

 例えドルスザクが何体束になって掛かってきても──今更彼にとってはさしたる問題では無かった。

 

「……なるほどな。ガ・リュザーク、貴様は確かに強い。それは何体ものクリーチャー、そして人間を踏み躙って手に入れた強さだ。さぞ素晴らしいのだろうよ」

「ギイィッ……!!」

 

 相手は人類全ての天敵になりかねないほどの強大なクリーチャー。

 文字通り、空を支配した生態系の頂点。

 それどころか、更に進化を重ねようとしている。

 しかし。

 

 

 

「だが、僕の方が強い。少なくとも、今、この場に於いては」

 

 

 

 浮かび上がったのは──死神(デス)のエリアフォースカード。

 それが黒い炎に包み込まれて不気味な光を発した。

 

「僕はどんな代償を払おうとも──貴様を殺す。例え貴様が不死だったとしても、死の概念の無き怪物に死を与えるのは、死神の仕事だ」

「ギイイィィヤァァァァーッ!!」

 

 咆哮するマスター・ドルスザク。

 だが、その声に彼は全く臆さなかった。

 

「僕は、ちっぽけで弱い人間だ。しかし、貴様は唯一つ、やってはいけないことをやった。僕の大事な人に、守るべき人に手を出したのは重罪だ」

「オロカナ……ダカラドウシタトイウノダァ!」

「貴様の首を刎ねるのは、僕だ」

 

 黒鳥はカードを引く。

 阿修羅ムカデには、その姿が既に死神と一体化しているようにさえ見えた。

 

「素晴らしい──最高の引きだ」

 

 死神は──嗤っていた。

 

「死を呼ぶ城塞よ。我が手に下僕を。《サタン・キャッスル》、要塞化!」

 

 シールドの1枚に要塞化されるカード。

 それが魔王のような容貌の城塞を出現させる。

 

「貴様には美学等生温い。後悔させてやる。僕の大事な人を傷つけた事をな。そのためになら僕は、悪魔でも、死神にでも、魂を売ってやるさ」

「ギィギィ、オロカナ、人間ダ……!」

「そうだ。僕は愚かだ。大事な人1人守れない──愚かな人間だ」

 

 悪魔の要塞から、二つの眼光が光る。

 

「ターンの終わりに、《サタン・キャッスル》の効果で墓地からコスト8以下の闇のクリーチャーを1体場に出す」

 

 悍ましい声と共に、飛び出した蟲のクリーチャー。

 幾つもの髑髏を携え、遂に戦場へ降り立つ。

 

「蠍の火に導かれし魂よ。(みなごろし)の悪魔の名を借りて命ず。

根絶やせ、死神(デス)のアルカナ──《阿修羅サソリムカデ》!」

 

 呪縛と戒めから解き放たれたのは、全ての命を壊す黒き蟲。

 死と生の堺さえ超越した墓場の番人が主に付き従うようにして姿を現した。

 

『ヒィヒッヒヒャハハハハハァーっ!! さあ、お待ちかねの時間ですよォ!!』

「《サソリムカデ》の登場時効果発動。山札の上から2枚を墓地に置き、そして墓地から2体のマフィ・ギャングを場に出す」

「──!!」

「場に出すのは、《阿修羅ムカデ》2体だ」

 

 《サソリムカデ》に従属する2体の《阿修羅ムカデ》が地獄から這いずり出る。

 そして、不死鳥の炎などモノともせず、《阿修羅ムカデ》は《卍デ・スザーク卍》の身体を一瞬で粉砕してみせる。

 

「そして、《阿修羅サソリムカデ》のターン終了時効果は誘発しない。ターンエンドだ」

「──ソレハ、コチラモ同ジダ。不死身ノ身体ヲ……嘗め、ル、なぁ!!」

 

 再び墓地から大量の魔導具が姿を現した。

 無月の門・絶は相手のターンの終わりでも発動するのである。

 

臥龍(ガリュウ)……臥龍(ガリュウ)……(デス)臥龍(ガリュウ)──!!』

 

 魔方陣が描かれると共に、巨大な幽世の門が現れる。

 

「──開門(ゼーロ)、無月の門……(ゼツ)!!」

 

 再び現れる巨大な門から不死身の怪物が姿を現した。

 幾らデ・スザークを倒しても、今度はガ・リュザークが何度でも出てきてしまう。

 更に──

 

「《ジグス★ガルビ》……!!」

「出てきたか……!」

 

 3体の《堕魔 ジグス★ガルビ》が、無月の門に誘われて現れる。

 こちらのターンの終わりに現れたため、次のターンにはすぐにアンタップして攻撃出来るのだ。

 

「終わり、ダ、黒鳥レェン……!! 《グリギャン》ヲ召喚……ソシテ、貴様の全テヲ奪イツクス!!」

 

 黒鳥に襲い掛かる3体の《ジグス★ガルビ》。

 例え総攻撃に失敗しても、ターンの終わりに無月の門・絶が発動すれば、また《ラビリピト》が現れるのだ。

 シールドを出来るだけ削りきる。さもなくば、今度は黒鳥の不死身の軍団が襲い掛かる──

 

「大方、そう考えているのだろうな。浅い」

「ッ……!?」

 

 次々に砕け散るシールド、そして崩壊する《サタン・キャッスル》。要塞化された城は、そのシールドがブレイクされると墓地に送られてしまうのだ。

 黒鳥も破片で傷を負っていく。

 しかし、彼は痛みなどおくびにも出さない。

 

「誰かの痛みを背負う覚悟。それが貴様と僕の最大の違いだ。大衆の代行者になるつもりは無い。唯、大事な人の為に……貴様は僕の手で絶つ。それだけだ」

 

 2体目の《ジグス★ガルビ》が叩き割ったシールドから光が零れる。

 S・トリガーだった。

 

「呪文、《戒王の封(スカルベント・ガデス)》。効果で墓地から、2体目の《阿修羅サソリムカデ》を場に出す」

「ギイッ……蟲如き、ガァッ……!」

「効果で墓地から、《堕魔 ドゥポイズ》、そして《龍装医 ルギヌス》を場に出す。《ドゥポイズ》の効果で《阿修羅ムカデ》2体を破壊し、貴様のクリーチャーを1体、貴様が選んで破壊する」

「《ジグス★ガルビ》……!」

「これだけでは終わらんぞ。今度は《阿修羅ムカデ》2体が破壊された時の効果でタップして場に出る。登場時効果で《ジグス★ガルビ》と《ラビリピト》のパワーも-9000して破壊だ」

「ギイッ……!!」

「そして最後に、《ルギヌス》の能力で3体目の《ガラムタ》を場に出す」

「ソンナ、馬鹿ナァ……!」

 

 場に出揃ったのは、2体の《阿修羅サソリムカデ》に2体の《阿修羅ムカデ》、《ドゥポイズ》に《ルギヌス》、そして《ガラムタ》だ。

 物量だけを見れば、最早勝てる軍勢の数ではない。

 《ガラムタ》以外は全員W・ブレイカーで、そしてS・トリガーは《ガラムタ》によって封殺されてしまうのである。

 

「そして更にこのターンの終わりに《サソリムカデ》の効果で《阿修羅ムカデ》2体を破壊して即復活させる。残りの《ジグス★ガルビ》もパワーを-9000して破壊」

 

 まあ、どうせまた復活するだろうがな、と黒鳥は付け加える。

 次のターンはガ・リュザークにはもう渡さない。

 

「──終わりだ。不死身の軍勢を前にして圧し潰してやる」

「オ、ノレェェェーッ!!」

 

 無月の門・絶が発動し、現れる《ガ・リュザーク》。そして再び大量に現れる《ジグス★ガルビ》達。

 だが、もう何もかもが遅すぎた。

 

「《ガラムタ》で攻撃。これでこのターンの終わりまで誰も「S・トリガー」は使えない。そして──今度こそ、これが一斉攻撃というものだ!!」

 

 蟲の大群がガ・リュザークに襲い掛かる。

 自らが侮り、そして食い散らかしたムカデ達に──蹂躙されていく。

 全ての逆転手も、全ての切札も封じられたガ・リュザークに──容赦なく黒鳥は死の宣告を突き付けた。

 

 

 

「コノッ……蟲ケラ共ガァァァァーッ!!」

「お終いだ。《サソリムカデ》でダイレクトアタック」

 

 

 

 今度こそ、不死の怪物の身体は概念諸共消滅していく。

 全ての命に等しく死を与える、死神のアルカナの元に──

 

 ※※※

 

 

 ──終わった。

 ようやく、この異変の元凶を撃破出来た。

 黒鳥は思わず消滅していくガ・リュザークを見やる。

 今度こそ完全に倒せたと思いたいが──

 

「ん?」

 

 ──様子が、変だ。

 ガ・リュザークから粒子となって放出されていく魔力が──消えない。

 それどころか、バチバチと音を立ててどんどん集合していく。

 地面に落ちた悪魔(デビル)のエリアフォースカードから、魔力がどんどん溢れているのだ。

 

「これは、どうなっているんだ!?」

『マスター!! 高エネルギー反応ですよォ!! 奴が今までに吸いに吸ったクリーチャーのエネルギーが溢れ出して──!!』

「どうなるんだ!?」

『また、新しいクリーチャーの培養になる可能性がありますねェ!!』

 

 冗談じゃない。折角元凶を倒したというのに。

 そんな事になったら、また最初からやり直しだ。

 

「どうすれば……!」

 

 そう思っていた矢先だった。

 死神(デス)のカードが、いきなり飛び出す。

 そして、エネルギーの塊に向かって突っ込んだ。

 

「なっ!?」

『一体何を──』

 

 瞬く間に、あれほど強力だったエネルギーは薄くなっていく。

 その代わり、死神(デス)に全ての魔力が集積されていく。

 何も成す術がなく、立ち尽くしていた黒鳥と阿修羅ムカデ。

 

『魔力を、全部吸いつくした……!?』

「驚いた。死神(デス)にはこんな力があったのか……!」

 

 

 

『ソノ通リダ、黒鳥レン』

 

 

 

 声がする。

 見ると──死神(デス)の方から響いているようだった。

 何時もの発狂したような声とは打って変わって落ち着いたそれは、何処か黒鳥を却って不安にさせるものだった。

 

死神(デス)よ。助かった」

『礼ハ、良イ。ソレヨリモ、貴様ニ伝エテオカネバナラヌ事ガアル』

「?」

『今更何だと言うんですかねェ? 不可解な行動が多すぎて、イマイチ信頼が無いんですけどねェ』

 

 死神(デス)は意にも介さず続ける。

 

『我ハ……探シ続ケタ。最強ノ、闇ノ力……ソレハ、クリーチャート、ソレヲ使役スル人間ガ合ワサッテ、初メテ成リ立ツ事ダ』

「最強の闇の力、か」

『黒鳥レン……怒リニヨッテ、ヨリ強クナッタ貴様ノデュエル、称賛ニ価スル。ソシテ、ソノ眷属ノ阿修羅ムカデモ──』

「何だ? 褒めているのか貴様は」

 

 何かきな臭いものを感じた。

 死神(デス)は続けた。

 

 

 

『ソシテ、最強ノ闇ノ力……無月ノ門モ』

「──!!」

 

 

 

 黒鳥は身構える。

 やはり、何かがおかしい。

 

『幾ラ最恐ノドルスザクト言エド、野生同然ノ知性デハコノ程度。ソコデ黒鳥レン、ソシテ優秀ナクリーチャーデアル阿修羅ムカデガ必要ダ』

「おい、こいつは何を言っているんだ、阿修羅ムカデ──」

 

 問いかけたものの、阿修羅ムカデは何も言わない。 

 それどころか──次の瞬間、彼の武器が黒鳥に振り下ろされる。

 

「っ……!?」

 

 鮮血が迸った。

 鋭利な刃が、黒鳥の身体を切り裂いていた。

 彼の身体が崩れ落ちる。

 

『貴様ノ権限ハ、失ワレタ。コレカラハ、我ガ──僕が、貴様に成り代わろう」

「っ……ぐう、あああっ……!!」

 

 死神(デス)のカードから煙が噴き出す。

 そこに現れたのは──黒鳥であって、黒鳥ではないものだった。

 

「僕が……目の前に……!」

 

 失血によって体が凍えてくる。

 頭が回らない。

 痛みが鈍く、体中を駆け巡る。

 

「最強のデュエリストに、最強の眷属、そして最強の戦法。これが合わされば、僕は無敵だ。クククッ、ハハハハハハ!!」

 

 騙された。そう思った時には遅かった。

 阿修羅ムカデが付き添うようにして、もう1人の黒鳥に近づく。

 1人と1体は──すぐさま煙のように消えてしまった。

 

「待てっ……阿修羅ムカデ……!! ちく、しょう……阿修羅……ムカ、デ……!!」

 

 消えていく。

 相棒が、また目の前で。

 黒鳥は失意、そして絶望の底に落とされながら、目を閉じた。

 ──僕は、あのエリアフォースカードに、全部騙されていたというのか……畜生!!

 拳を握り締める。

 無念だけが募っていった。

 ──玲奈……すまん、僕は……!

 命あっての物種と言うが、そもそも自分は助かるのだろうか。

 耀は近くに居ない。

 勿論、紫月も、ブランも。

 魔導司達が駆けつけてくるだろうか。

 それでもクリーチャーと戦闘していれば、助けには来る事が出来ない。

 ──此処までか……!! 折角、勝ったのに……玲奈を、助けられたと思ったのに……!

 だが、これで良かったのかもしれない、という考えが浮かぶ。

 もう黒鳥は疲れ切っている。

 ──は、はは……寒い、な……一人で死ぬのは……こんなにも寂しくて……! だが、これでやっと……休めるのか。

 目から光が消えていく。

 何も見えなくなって、霞んでいく。

 痛みも何も感じない。ただ、血のべっとりした感触が残っていた。

 歴戦のデュエリスト・黒鳥レンは、闇の貴公子は──死を目の当たりにしていた。

 

 

 

「師匠!! 師匠ーっ!!」

 

 

 

 絶望の淵で──誰かが、自分を呼んだ気がした。



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Ace33話:卍死の獄PARTⅢ

「遂に、手に入れたぞ……クク、カハハハハハハァーッ!!」

 

 黒鳥レン──の姿を騙った死神は、嗤っていた。

 街の最も高い場所で、彼は笑みを浮かべる。

 病魔と共に彼の身体から次々に滴る雫のように炎の魔獣が零れ落ちていく。

 鶺鴒の街に暗雲が広がっていった。

 

「この手で、太陽を──堕とす──ッ?」

 

 黒鳥レンの記憶が脳裏に迸っていく。

 彼の今まで積み上げた知識が全て死神へ記録されていく。

 経験が全て、死神の物となっていく。

 死神は黒鳥レンになりつつあった──その負の遺産も抱えて。

 

「……ア、アア、だ、誰だ、この男は?」

 

 脳裏に、影が浮かんだ。

 酷く不愉快で、酷く明るい、太陽のような少年の姿だった──直後、火球が死神を襲う。

 地面へ叩きつけられた死神は、自身を踏みつける猿人を睨んだ。

 

「き、ぃ、さぁ、まぁ……!!」

「そこまでだ。鶺鴒に強力なエネルギー反応がしたと思いきや……主の元を離れて何をしている? 死神(デス)のエリアフォースカード」

「く、くははははっ……! 言うとでも?」

「”轟轟轟”ブランドッ!!」

「ぎゅえっ」

 

 猿人・ブランドの拳が死神の顔面を打ち砕く。

 辺りに黒い血飛沫が迸り、蒸発するようにして消えた。

 

「黒鳥レンをどうした? 姿を真似ただけで俺達の目は騙されんぞ。彼は既に──」

「……殺したよ。あんな奴よりも、僕が成り代わった方が良い。奴は、死神の力を行使するには──余りにもヤワだ」

「もう十分だ。その顔でそれ以上喋らないで貰おうか。貴様はアルカナ研究会で封印する。俺達が責任持ってな」

「お前達魔導司は何時もそうさ。利用するだけ利用しておいて、用済みになったらゴミのように俺達魔法道具を捨てる……俺達エリアフォースカードには意思がある! 道具と言えど心があるのだ!」

「どの口で言う? 主を手に掛け、悪意を撒き散らす貴様の何処に心があると言うのだ。大人しく主に隷属していれば良かったものを」

「誰が、何時、そう決めた。皇帝(エンペラー)魔術師(マジシャン)正義(ジャスティス)、奴らみたいに人間にヘコヘコしている連中の気が知れないなァ!!」

 

 狂気に満ちた笑い声と共に猿人、そしてそれを従えていた魔導司──火廣金は吹き飛ばされた。

 地面が抉れ、黒い稲光が迸る。

 死神は自分の周囲に球状のエネルギーを纏わせていく。

 突貫するブランドが音速を拳を叩きつけた。

 

「猪突猛進……単調な直線のような奴だなァ、魔導司! 攻撃もまた、例外じゃない……遮れば痛くも痒くも無い」

 

 エネルギーは障壁となり、ブランドの鉄拳を拒絶した。 

 ならば、と火廣金も地面を蹴って魔方陣を展開し、死神をデュエルに引きずり込もうとする。

 

「戦闘術式Ⅷ……戦車(チャリオッツ)!!」

「果たして……貴様如きに僕が倒せるのか?」

「何!?」

「貴様は物事をある側面からしか見る事が出来ないのだなあ」

 

 次の瞬間、障壁がどんどん大きくなっていく。

 展開されるはずだった空間は崩れ去り、火廣金の身体は弾かれたのだった。

 

「馬鹿な……!」

「自分勝手か? 本当に僕が自分勝手だというのか? いいや、違う。貴様等が僕をエゴで押し込める方が自分勝手だと思わないか?」

「貴様……自分が何をしているのか分かってて言っているのか!」

「いい加減、あの狭いカードの中は飽きた。その点、今回のあのガ・リュザークがやってきてくれたのは好都合だったよ。おかげでタダで大量の魔力を手に入れられた」

 

 火廣金は歯噛みした。

 全て、死神の掌の上だったのだ。

 

「僕は太陽を堕とす。この街から何が何でも出して貰うぞ」

 

 死神はその場から飛び去った。

 最早、相手にならない火廣金は戦うに値しない。

 否、彼の中で戦うべき相手は最初から黒鳥の記憶にこびりついた唯一人だけだった。

 

「くそっ……逃がした──!」

 

 ※※※

 

「──おかしいですね」

「どうしたのデスか? シヅク」

「いえ、何か妙です。町全体の空気が急に変わったような……」

 

 絶十を撃破した直後。

 暗雲は鶺鴒の街全体に広がりつつあった。

 言い知れない気分の悪さ、閉塞感が紫月の胸を支配していた。

 

『馬鹿な……クリーチャーが急速に増加しておる……!』

 

 それを言葉に表したのは、迷宮化した街を支配するサッヴァークだ。

 彼は自らが築いた城塞の中での異変にいち早く気付いたのである。

 

「ど、どうなってるデスか!?」

「やはりデ・スザークが……」

『違う。ドルスザク等よりも、もっと恐ろしいものがこの街を支配しておる……!』

『みてーだな。これはエリアフォースカードか?』

「なっ!? 何デスって!?」

 

 強力なワイルドカードはエリアフォースカードを取り込んでいる事がある。

 となれば、この異変もそれが引き起こしたと考えれば納得が行く。

 しかし、妙だったのは何故今になってそれが出てきたのかということだ。

 そう思った直後。

 スマートフォンの通話が鳴り響き、紫月はすかさず手に取った。

 

「みづ姉からです」

「どうしたんデショ?」

「……」

 

 何故か嫌な予感がした。

 無意識に通話をしたくないという気持ちが湧き上がる。

 

「……もしもし、みづ姉──」

 

 その時、世界は止まっていた。

 切羽詰まった声色で、取り乱すようにして、告げられたその言葉。

 見開かれた眼球が震えだし──紫月は、スマートフォンを取り落とした。

 

 

 

「──し、しょう……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「出血が酷過ぎる。助かるかどうかは五分五分」

 

 病院の待合室で突っ伏す紫月。

 冷淡に告げる火廣金の言葉は非情のようで、彼女に覚悟を促すものであった。

 頭に包帯を巻いた耀、沈痛な表情を浮かべるブラン。

 その場に居る全員に、重いものが圧し掛かっていた。

 

「……紫月」

「黒鳥サンが、あんなことになるなんて……」

「謀ったのは、死神のエリアフォースカードだ」

 

 火廣金は言った。

 

「トリスは何度も死神のカードを返却するように勧告していたという。だが……終ぞ、彼はカードを手放さなかったという」

「何故……」

「覚悟は決めている、と口走っていたようだ」

「まさか、こうなる事も予期していたっていうのデスか!?」

「だろうな。だが、トリスもあのカードに助けられた手前、引き下がらざるを得なかったようだ」

「……!」

 

 以前、結晶化事変の際に水晶から現れたクリーチャーを撃破したのは、死神を手にした黒鳥だった。

 トリスは最後まで、ブラックボックスの塊のような死神を黒鳥に渡すのを渋ったが、結果的にそれは黒鳥達に反撃を齎した。

 

「師匠は、死んだり、しないですよね……?」

 

 耀は何も言えなかった。

 黒鳥は心の何処かで死に場所を探していたのかもしれない。

 奪われたものを取り返そうとするノゾムとは、全く違う方向に向かった心の闇。

 進み続けなければいけない自分、そして止まりたい自分。

 ずっと、葛藤し続けていたのではないだろうか。

 だからこそ、死神に自分の死に場所を委ねたのではないだろうか。

 そんな嫌な仮説を立てざるを得ないくらい、黒鳥は追い詰められているようだった。

 

「今は、信じるしかねえよ」

 

 もう、空は暗くなっていた。

 迷宮化された街に、災いを齎す死神は今も飛び回っている。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 あれから二日経った。

 重傷を負った黒鳥さんは、一命こそ取り留めたが結局意識は戻らないままだった。

 一先ず命の危機は去ったと聞いて気を取り直したと思われていた紫月だったが、いざ部室に訪れてみると何かに取り付かれたかのように、カードと睨めっこをしていた。

 街にはまたクリーチャーが現れるようになり、サッヴァークが迷宮化で拡散を防いでいる状態だ。

 しかし、そろそろ彼も限界だそうで持って残り二日くらいだという。

 代わりばんこで俺達がクリーチャーを倒しに行く中、紫月とシャークウガだけはずっとデッキと格闘しているようだった。

 

「おい紫月──」

『待て待て白銀耀。マスターは別に凹んでこうなってるんじゃねえんだ』

「何だって?」

『昨日の間に、あの黒鳥レンの偽物が貼ってる障壁をぶち壊す為のデッキを考えてるのさ』

「障壁? ああ、火廣金が本体に近づけないって言ってたな」

『だが、魔術師(マジシャン)ならそれが出来る。まあ今は色々方法を試している段階で、それによってデッキも変わって来る。構築パターンが次から次へと出て来るマスターと魔術師(マジシャン)は相性が良い』

「凝るのも無理はねぇ、か」

 

 だが、彼女の目元にはうっすらと隈が浮かんでいる。

 寝ていないようだ。じゃあ授業中寝ているのかと思えば、翠月曰くそうではないという。

 彼女は四六時中、何かを考え続けているのだ。

 大好きなお菓子も摂取せずに。

 

「……なあ紫月。気持ちは分かるぜ。黒鳥さんの事が心配なんだろ?」

「……」

「だけど、それでお前が身体を壊したら何にもならねぇよ。俺も協力する。一旦休め」

「……」

「おーい? 紫月さーん? 聞いてる?」

「……」

 

 ガタン!!

 

 机に何かが叩きつけられる音。

 俺の胸が飛び跳ねた。

 彼女の顔面が、カードの並べられた机上に激突していた。

 

「紫月!?」

 

 頭を抑えて彼女は起き上がる。

 ようやく正気に戻ったと言わんばかりに俺の方を見た。

 

「……せんぱい」

「お前、寝て無いだろ!」

「べつに、ねてないです」

「馬鹿、寝不足だって言ってるんだよ! 普段と逆だ!」

「……先輩。私は、どうすれば良いのでしょう」

 

 ぎゅう、と彼女はスカートを握った。 

 不安を感じている時の彼女の癖だ。

 

「師匠を裏切った死神(デス)のカードは勿論許せません。でも……師匠がもしも戦えなくなったら、私は……」

「何言ってんだよ。あの時組んでたのは俺だ。俺が気絶してなきゃ……」

 

 最も、あの爆風はどうしようも無かったと言われればそれまでだ。

 しかし、俺も黒鳥さんの近くに居れれば良かったと悔やんでいる。

 

「……だけど、悔やんでただけじゃ何も変わらねえよ」

「分かってます。だからこうやってデッキを組んでいるんです。でも何も手に付かなくて……」

「そりゃお前が無理してるからだ」

 

 俺は彼女をソファに寝かせる。

 紫月は疲れている。精神的にも、そして肉体的にもだ。

 

「横になれ。無理してでも寝ろ。ちょっとでも寝れば楽になるだろ」

「でも、こうしている間にも──」

「無理して何も出来なくなったら、本末転倒って言うんだぜ」

「でも、もしも、このまま師匠が……」

 

 師弟揃って似た者同士だ。

 一度悩むと、とことんまで悩んでしまう。

 それも自分を病む程に。

 確かに紫月の言い分は当然のことだ。だけど、それで彼女まで倒れてしまうのは見過ごせない。

 戦力だとかそういうのじゃない。

 

「部長命令だ。今は何も考えるな」

「っ……」

「悪い事ばかり考えても仕方ねえだろ。それに……暗く冷たい夜が来ようとも、太陽のようにまた昇る、だっけか」

「なん、ですか? それは」

「お前の師匠が言ってたんだ。そういう人が居るんだとな。まあ、それとはちょっと違うけど……悪い事はそう長くは続かないんだよ、きっと」

「本当に、そうでしょうか……」

「ノゾム兄だって退院した。ブランだって、何とか笑顔を取り戻せた。ヤバい事はいっぱいあったけど、俺達で力を合わせてどれも乗り越えて来れたじゃねえか」

 

 あの人は生き方に迷っていた。

 だけど、決して見失わない道標があの人にはある。

 だから、彼はきっと戻って来るだろうと確信できるのだ。

 

「生きる希望があれば、黒鳥さんはきっと戻って来る。その人の事が黒鳥さんの中で、太陽みてえに輝いてるんだろ」

「……生きる、希望」

「足踏みしてるだけじゃ、疲れるだけだからな。って説教臭くなっちまったけどさ」

 

 ぽんぽん、とフードに包まれた彼女の頭を撫でる。

 

「俺は心配なんだぜ。黒鳥さんだけじゃない。お前の事がな」

「……はい」

「きっと辛いよな。苦しいはずだ。俺だって、そうだ。だけど……乗り越えるしかない。俺達は、そうしてきたんだ」

 

 こくり、と彼女は頷く。

 そして瞼を閉じた。

 静かな寝息が聞こえて来るのは、大分時間が掛かった。

 ──さて。

 腕時計を見る。

 ブランや桑原先輩、そして花梨が今は外に出てクリーチャーを倒しに行っている。

 彼らが戻ってきたら、今度は俺が行かなければならないだろう。

 紫月は死神(デス)攻略のために大分神経を擦り減らして頑張ってくれている。

 

「……踏ん張れ白銀耀。此処が正念場だ」

 

 頭の包帯を撫でる。

 事あるごとに最近怪我をしている気がするけど、この程度へっちゃらだ。

 部長として、そして仲間として、俺も出来る事を着実にやっていくしかない。

 まずは彼女のデッキ作りの相談にでも乗るとしようか。

 そんな事を考えていると、俺も眠くなってくる。

 ソファにもたれると、そのまま意識が遠のいてしまったのだった。

 

 

 ※※※

 

 

 

「此処は──」

 

 真っ白で、何も見えなかった。

 身体が宙に浮いていて、何処にも存在していないような気さえした。 

 手も足も言う事を聞かない。

 此処ではない何処かへ向かうだけだ。

 

「……そうだ、死んだのか」

 

 もう、誰でもない彼は呟いた。

 抵抗感は無い。

 死とは、こんなにも受け入れ易いものだったのか。

 此処で終わりではなく、また別の何かに生まれ変わるような予感さえする。

 人間とは、生物とは、死への覚悟というものが生まれつき備わっているものなのか、と実感する。

 

「……すべては、覚悟していたことだった」

 

 こうして何時かは死ぬ事も、覚悟していたはずだった。 

 明日の命が保証されない戦いをしていたのだ。

 悔いはない。

 残ってはいない。

 優秀な弟子が、後輩達が、自分の代わりにあの敵を討ってくれるのならば。

 そして大切な従妹さえ助かるのならば、「僕」は──もう、此処ではない何処かへ行っても良いのかもしれない。

 裏切られ、騙され、それでも守る者のために戦ってきたが、既に彼は疲れ果てていた。

 

「これで良い……僕は、疲れた」

 

 人の影が薄っすらと見える。

 天使か、それとも地獄の鬼か。

 いや、そのどちらでも無いように思える。

 

 

 

「よーう、レン」

 

 

  

 彼はフランクな声で話しかけてきた。

 人影は、彼にとって、「レン」にとって見覚えのあるものだった。

 

「何故だ……何故貴様が来る」

「あ? 俺が此処に居ちゃおかしーのかよ。薄情だなぁ」

「おかしい、おかしいぞ……貴様は、生きているはずだ」

 

 それが何故、死者の迎えに来るというのだろうか。

 

「ああ。この先に死者はいねぇ。ましてや亡霊も何もいねぇ。お前が向かう先はそっちじゃねえんだよ」

「馬鹿な事を言うんじゃない。僕は死んだんだぞ」

「逆に聞くぜ、レン。お前、こんなところで死んで良いのかよ」

「っ……!」

「死ぬ覚悟は出来ている? 命を捧げる覚悟はしていた? 魂を悪魔にでも死神にでも売り渡してやるだってぇ? 如何にもお前が言いそうな事だな、美学バカ」

「き、貴様っ……! 誰が美学バカだ! またそうやって、僕の事を──!」

 

 だんだん、と朦朧としていた意識。

 目の前の男は──在りし日の少年のままだった。

 レンも、少年の姿だった。

 

「……そうだよ。覚えているか? こうやって、お前と軽口叩き合ったり喧嘩したり競い合ったりしてな」

「ああ、そうだ……だが、僕は結局貴様には追いつけなかった。貴様はプロのデュエリストになった。戦いに疲れ果てた僕は……」

「ほら、また諦めてるよレン」

「……!」

「お前、簡単に諦めすぎなんだよ。俺に勝つ事も、ましてや生きる事も簡単に諦めてんじゃねえよ。それは、諦めようと思って簡単に諦められる事なのかよ?」

「それは……僕は、ノゾムのあの一件以降、また惨劇を繰り返すまいと必死になって来た。そのためなら、何だって命を掛けられると思ってきた。二度と、僕の周囲から誰も消えて欲しくは無かったんだ」

 

 他の者にも何度も止められた。

 あれは刀堂花梨だっただろうか。

 自己犠牲精神が過ぎる、と咎められた。

 

「しかし……こうでもしなければ、僕は……一生償っても償えない気がするんだ」

 

 今までの戦いで一生回復不能のダメージを負った仲間、死んだ仲間を見てきた。

 繰り返さない、と決意したのに繰り返してしまった。

 ノゾムのように壊れはしなくとも、ずっと戦いの苦悩を抱えていた。

 

「いや……でも、これで良かったのかもしれない」

「これで良かった? まだそんな事言ってんのか。勝手に諦めてんじゃねえよ、レン」

「しかしっ……!」

「お前が死んだら、お前が残した奴らがどうなるか、分かってないわけじゃねえだろう。お前の命はもう、お前だけのもんじゃねえんだぞ」

「それでも……僕は……!」

「それに、俺はまだお前と決着を付けたとは思ってないぜ。お前はあの時、突然鎧龍を去っていっちまったからな。お前は……違うのか?」

「──!!」

「そんなわけはねぇよな。俺がどうして此処に居るのか考えたら、違うわけがねえ」

 

 レンは拳を握り締めた。

 そうか。

 そうだ。

 この言葉は、彼の意思ではない。

 自分自身の紛れもない意思なのだ。

 それを、目の前の好敵手の姿を通して伝えられているだけなのだ。

 

「……そうだ。貴様を倒す。プロになって天狗になっている貴様を失脚させてやる。何度そう思った事か」

「言ってくれるじゃねえか。それでこそ、黒鳥レンだぜ」

 

 冗談交じりに彼は言ってみせた。

 

「生きていれば……どんな事もきっと、何時かは思い出話になる。辛い事は絶対にずっとは続かねえ。そうだろ?」

「……もう、迷いはしない。僕はやはり、簡単には死ねないようだ」

「ああ、そうだぜレン。お前は誰かの為に戦うだけじゃねえ。他でもないお前自身の為に戦わなきゃいけねえんだ」

「……貴様を倒す。この僕の終生の目標を達するために……」

 

 黒鳥は顔を上げた。

 太陽のように明るい笑顔の男が、目に映っていた。

 

 

 

「──そして、僕の帰りを待つ者の元に帰る為に、僕は戦おう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……此処、は」

 

 目が覚めた。

 とても気持ちの良い目覚めであった。 

 久方ぶりだろうか。

 窓からは夕陽が漏れ出ていた。

 起き上がろうとしたが、起き上がれない。

 コルセット、包帯で身体が固定されている。

 胴がまだ痛む。

 切り裂かれた感触がまだ消えない。

 しかし、それは自らの生を実感させてくれるものだった。

 

「くたばり損ない、か……如何にも僕らしい」

 

 自嘲しながら、辺りを見回す。

 病室のようだった。 

 力を振り絞って起き上がろうとすると、大きな傷口が激しく痛み、呻き声が出る。

 

「あっ……起きた!?」

 

 聞きなれた声が聞こえた。

 黒髪を後ろで結った青年──ノゾムの姿がそこにはあった。

 

「ノゾム、か?」

「分かるんですか先輩! 頭とかどっか変じゃないっすよね!?」

「いや、大丈夫だ。いつつ……だが、此処で寝てる訳には」

「まだ動いちゃダメですよレン先輩!! つか、先生に連絡しねえと……!!」

「ま、待て。何故貴様が此処に居る」

「あのねえ、先輩がわざわざ鶺鴒に来て大怪我して運ばれたと聞いたら、こうして駆けつけて来るに決まってるでしょうが。あの殺しても死なないレン先輩がですよ」

「最後のは余計だ」

「本当、レン先輩もノゾムさんも大概ですよ」

 

 少女の声が響く。

 振り返ると、車椅子に腰かけた白いセーターを着た少女の姿があった。

 

「……ホタル、か」

「えへへ。ちょっと無理言って、来ちゃいました。本当はまだリハビリとか必要なんですけどね」

 

 朗らかに彼女は笑ってみせた。

 どうやら、心配する側が心配される側になってしまったらしい、と改めて黒鳥は自分の今の状況を再確認する。

 

「いや、本当……あんまり時間が経たねえうちに立場が逆転するなんて思わなかったですよ」

「……なあ、ノゾム。僕は、どうやって助かったんだ? 自分でも死んだものだと思っていたのだが」

「間一髪、駆け付けた人が居たんですよ。良い弟子を持ちましたね、先輩」

 

 弟子? 

 馬鹿な。紫月はブランと行動を共にしていたはずだ。

 彼女がすぐに駆け付けられるわけがない。

 そう思っていたのだが──病室の椅子にもたれて疲れ果てたように眠る少女を目にすると「あっ」と声を漏らした。

 

「……翠月……!」

「そうです。翠月ちゃんが魔力反応に気付いて先輩を発見。そして、エリアフォースカードの魔力を使って先輩に応急措置を施した」

「自然文明は再生の力も司りますからね。運が良かったとしか言いようがありません」

「そう、か」

 

 すっかり頭の中で除外してしまっていた。 

 眠る彼女を目にして黒鳥は歯噛みする。

 どうやら自分は、思ったよりも多くの人間に支えられていたらしい。

 

「その後は救急車を呼んで今に至る、ってわけっす。先輩は大手術と輸血の末、丸々三日間寝ていました」

「三日間……!」

「んでもって翠月ちゃんは、先輩を心配して毎日此処に通っていたんです。あ、勿論他の奴らもね」

「……皆して、僕を……」

「先輩だから特別っすよ。病院の先生から特別に許可をね」

「……そうか」

 

 レンは俯いた。

 

「……ノゾムよ。僕は思い知ったよ。今回の件で、自分の命が自分のモノだけではないと思い知らされた」

「レン先輩……」

「きっと、僕から死にに行かなくとも、今回のように理不尽に死ぬ事もある。貴様とは違い、僕は生き続ける事を半ば諦めていたのだろう。心の何処かでな」

「駄目ですよ、レン先輩! そんな事言ったら……!」

 

 心配そうに言うホタルを、彼は手で制した。

 

「ああ、そうだ。だからこそ、僕は……もう血迷いはしない」

「先輩……!」

「……こんな所で寝ているわけにはいかない。色々知りたいことがある。そうだ……玲奈はどうなった!?」

「玲奈!? ああ、従妹さんの事っすか。あの子なら無事っす。もうじき退院できるらしくって」

「そ、そうだったのか……」

 

 ならば良かった、とレンは胸を撫で下ろす。

 本体であるガ・リュザークを撃破したことで、完全に奴の配下のワイルドカードを絶つ事が出来たのだろう。

 

「だけど、事態はまだ終わってないのは確かっすよ」

「何? ……そうだ。死神(デス)だ! 死神(デス)のエリアフォースカードはどうなっている!?」

「そ、それは……」

「ノゾムさん……此処はハッキリ言った方が良いです。大変な事になっているのですから」

「そ、そうだよな……」

 

 意を決したようにして、ノゾムは言い放った。

 

 

 

死神(デス)のエリアフォースカードは……かつてのレン先輩の姿を模倣して暴れているんすよ」

 

 

 

 かつての──?

 レンは首を傾げた。

 奴が自分の姿を真似た所までは覚えている。

 しかし、その姿が奇妙だった。

 

「昔のレン先輩。大体、3年、4年くらい前、言わば全盛期のレン先輩の姿、とでも言うべきっすかね」

「全盛期? バカバカしい。身体スポーツではないのだ。昔の僕よりも、今の僕の方が強い自信がある」

「きっと、人々が一番知っているレン先輩の姿を模倣したのだと思います。ほら、D・ステラ──デュエリスト養成学校の対抗試合──は世界的にも放映されましたし」

「……そうか」

 

 全盛期説を否定したレンではあったが、確かにかつての方が沢山の修練、研鑽を積んでいた。

 やる事に追われている今に比べれば、純粋にデュエルに向き合っていたと言える。

 となれば、あながち死神(デス)が自分の過去の姿を模倣した理由も分からなくはない。

 

「して、暴れている、というのは……」

「奴は、街中にクリーチャーをばら撒いているんです。本体は、サッヴァークが迷宮化で奴を閉じ込めたらしいんですが、奴も結界を張って他の奴が入れないようにしている、と聞きました」

 

 オレはもうクリーチャーに関するものは何も見えないんで分からないんすけどね、とノゾムは付け加える。

 

「──奴は、何か言っていたか」

「さあ……ただ、今は交代で耀達がクリーチャーを倒している状況が続いていて、あいつらも疲れきってて……」

「翠月も例外ではない、ということか」

「……すぅ」

 

 寝息を立てる彼女。

 見舞いにやってきたのは良いが、そのまま疲れて寝てしまったのだろうか。

 ノゾム達が来た頃には眠っていたという。

 

「……翠月……」

 

 あの時、自分を師匠と呼んだのは彼女だったのだろう、とレンは回想する。

 紫月ばかりに目を掛けていて、彼女の成長を見てやれなかった、と彼は悔いた。

 彼女もまたエリアフォースカードに選ばれた事は知っていたが、それを聞いてレンは翠月にまで大変なものを背負わせてしまったと感じていた。

 しかし、彼女が居なければ、自分は本当に死んでいた。

 

「……はっ」

 

 かくん、と首が落ちて彼女はうたた寝から意識を引き戻された。

 辺りを見回すと、自分の醜態に気付いて赤面する。

 

「え、えと! 師匠!? 何時から目が覚めて!?」

「たった今だ」

「……良かったぁ! もうずっと起きないかと思ってたんですよ!?」

「……すまんな。心配を掛けた」

 

 泣きそうになりながら自分の手を取る翠月の手の平は、自分が知っているそれよりも大きくなっていた。

 

「……しづも心配してたし……先輩達も……」

「大丈夫だ。貴様のおかげで、今僕は此処に居る」

「……もう……師匠っ! 本当に、心配したんですから! 師匠もエリアフォースカードを持って戦ってるって聞いた時はびっくりしたし、まさかこんな事になるなんて……」

「本当に済まなかった」

「あ、それと……この人達は?」

 

 きょろきょろ、と見慣れない長身の男性と車椅子の少女を見て目をパチクリさせる翠月。

 フランクに笑いながらノゾムは「まあ、この人の後輩さ。昔からのね」と答える。

 

「後輩さん、だったのですか」

「というより刀堂花梨って知ってるだろ? オレ、そいつのアニキ。ノゾムって言うんだ。よろしくな」

「貴方が、そうだったのですか! あのノゾムさん、なのですね!」

 

 どうやら、翠月は彼についての話は聞いていたらしい。

 それならば話が早い。

 

「えと、それでこの女の子は……ハッ、彼女さんですか!?」

「ぶっふ!?」

「ち、ち、ち、違いますよ!? 私達、まだ、そういうのでは……」

 

 露骨に取り乱すノゾムとホタル。

 こいつら、まだ中学生のまま関係が進んでいなかったのか、とレンは呆れた。

 

「え、えと、私は淡島ホタル。ノゾムさんとは同級生なんです」

「そ、そうだったのですか……」

「彼らもクリーチャーの事について知っている。僕にとっては協力者のようなものだ」

「師匠、本当に顔が広いのですねえ」

 

 その反応は妙にずれているような気がしたが、黒鳥は話を戻すことにした。

 

「しかし謀反、か。まさか自分がこんな目に遇うとは、ファウストを笑えんな」

『うむ……死神(デス)は相当危険なカードということであろう。よもや、主に謀反する程とは思わなんだが……』

 

 野太い声と共に、カブトムシのようなクリーチャー・オウ禍武斗が現れる。

 頼もしそうな守護獣だ、と黒鳥は率直な感想を抱く。

 

「他のエリアフォースカードを見るに、やはり死神(デス)が特別、ということか……いや、愚者(ザ・フール)の件もあるし、忠実な部類とそうでないものに二分されるということなのだろうな」

「うう……そうみたいですね」

「しかし……はっきりとはしないが、分かる気がするんだ」

 

 黒鳥は恐らく今も自分の姿を借りて暴れているであろう死神のカードを思い浮かべた。

 

「……僕はあいつに魂を売った。そして、あいつは買った。僕の生きる事への絶望に奴は漬け込んだんだ」

「師匠が、絶望……?」

「翠月。貴様は、この戦いに見通しが付いているか? いや、終わりの無い戦いの繰り返しだ。ひょっとすれば死ぬまで掛かるかもしれない」

「そ、それは……」

「非日常は貴様等の精神を摩耗させる。一度足を突っ込んでしまえば、こうなる事も有り得る。何時死ぬか分からない命、誰に売っても同じだ。僕はそう思っていた」

 

 彼は拳を握り締めた。

 

「……しかし、僕は間違っていた。だからと言って、それは生きる事への希望を捨てて良い理由にはならないんだ」

「師匠……」

「戦うしかない。芸術が現実への反抗ならば、生きる事は逆境への反抗だ。僕達は抗い続けなければならない」

「抗い続けないと、また大切な誰かが傷つけられる」

「そのためには、戦わないといけない……」

 

 ノゾムの言葉に、ホタルは目を伏せた。

 レンは居た堪れなくなる。

 

「しかし、だからこそ僕たちは前に進めるんだ」

「……はいっ! それでこそ師匠です!」

「さてと。そう考えたら、うかうかしていられないな」

 

 彼は無理矢理ベッドから身体を起こそうとする。

 ノゾムは「ちょっと!? まだ意識が覚めたばかりっすよ!?」と止めようとするが、それを制した。

 

「ノゾム。確かに今の僕にはエリアフォースカードも守護獣も何も無い。全てを奪われたゼロの状態だ」

「で、でも……」

「止めても無駄ですよ、ノゾムさん」

 

 すっかり諦めた様子でホタルは言った。

 

「レン先輩も、すっかり……あの人の影響に中てられてしまったみたいですからね」

「……フン。誰があいつのことなど」

 

 彼はふらつく足取りで、ベッドから降りた。

 病院服を脱ぎ捨て、包帯に覆われた体の上から、いつもの黒いコートを羽織る。

 洗濯されて綺麗になっていた。

 

「し、師匠、本当に大丈夫なんですか!?」

「……傷が思ったよりも浅いな。輸血もしたし、日も経っている。いけるだろう」

「いや、いけないんすけどね!?」

「翠月。今分かっている事について教えてくれるか」

「は、はい。死神(デス)は元々こういう凶悪なカードだったらしいって、聞きました」

「そうか。そして、耀達が今は戦っているんだな?」

「街に現れたクリーチャーは大した事ないみたいです。でも、死神(デス)自体は巨大なバリアみたいなのを張って逃げ回ってるみたいです。そこになかなか入れないみたいで……」

 

 となると、やはり問題は死神(デス)自体か。

 あれの目的を探らなければならない。

 

「そして、人の名前を叫びながら、外に出たがってるみたいです。まあサッヴァークの迷宮で逃げられないみたいですけど……それが破れるのも時間の問題らしくって」

「……奴のバリアをどうにかして解除出来ないのか?」

「なんか、しづが色々頑張ってるみたいですけど、私にはさっぱりです。魔法とか全く分からないから……」

「ああ。恐らく頑張っているのはシャークウガだな」

「でも、大分苦戦しているようです。どうやら、バリアの破壊とデッキ選びが何故か関係がある、って言ってて……」

「デッキ選び、か……!」

 

 となれば、まずやることは決まって来る。

 

「……翠月。紫月に会わせてくれるか?」

「は、はいっ。今なら学校に居ると思います」

「待ってくださいよ先輩!? オレ、病院の先生に何て言い訳をすればいいか……」

「……脱獄したと言っておけ」

「あああァーッ!! 何の釈明にもなってねぇ!!」

「まあ、ある意味レン先輩らしいですね」

「つか、今の先輩が出向いても何も出来る事なんか……!」

「奪われっぱなしは癪だ。何が出来るかは向こうで考える」

 

 そう言ってレンは立ち上がる。

 ああ、こうなってしまった彼はもう止められない、とノゾムは頭を抱えた。

 

「レン先輩」

「……何だ?」

「紫月がデッキに悩んでるというのなら……これも試してくれって言って下さい」

「それは?」

「鎧龍で開発されたばかりの新カードです。まだ、一般には出回ってませんが……相手が守護獣なら止むを得ません」

 

 そう言ってノゾムは黒鳥に茶封筒を渡す。

 中にはカードの束らしき膨らみが確認できた。

 

「……助かる。それじゃあ、行ってくる」

「待って下さい! 私も一緒に行きます! 師匠1人じゃ心配ですし……」

「ああ。着いて来い、翠月」

「というか、師匠戦えないから私が守ってあげないと駄目じゃないですか!」

 

 翠月が彼を追いかける。

 それに向かって手を伸ばそうとしたノゾムだったが、腕をホタルに掴まれた。

 

「……ホタル。止めなくて良いのかよ」

「分かりません。分からないけど……きっと、止めたって無駄なんです」

「……ああ、分かってるよ。ぶっ倒れたはずだったのに、今度もあの人は……起き上がった。オレは、起き上がれなかったのに」

「大事な人が戦って傷つくのは心配です。でも……彼らはきっと、それが押し付けられた役割とは思ってないんですよね。先輩も、あの翠月さんも……自らの意思で大事な人を守ろうとしているのだと思います。庇うだけが守るってことじゃないんです」

 

 一人では脆くとも、束になれば強固になれる。

 一人でずっと戦ってきたノゾムには、忘れかけていた感覚だった。

 

「……並び立って戦う、か。そうだ。オレももっと早く、それに気付いていれば……」

「ノゾムさんは何も悪くないですよ。私もそう思っていました。だけど……あの人たちを見ていると、確かに危なっかしい時もあるけど、どんな不可能な事もやり遂げてしまうんじゃないかって思えるんです」

「いいや……オレはいつもこうだ。出遅れて痛い目を見て、やっと大事な事に気付いて……オレはやっぱり、大馬鹿野郎だ」

 

 悔しそうに彼は吐き捨てた。

 そんな彼の手を、ずっとホタルは握り締めていた。

 

「私が一緒に居ますから。今は任せましょう? あの人たちに」

「……ああ。頼んだぜ、レン先輩……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「人の名前、か」

「どうしたんですか?」

 

 病院を出た黒鳥は、考え込むように顎に手をやった。

 翠月が怪訝そうな表情で問う。

 

「人の名前、か。一体誰の名前を叫んでいた?」

「さ、さあ……ただ、叫び方が誰かに呼び掛けるようだったって事で」

「……急ごう。それが奴の行動原理を知るきっかけになるかもしれん」

 

 それと、自分の姿で好き勝手にされるのはやはり不快だった。

 成り代わる? 冗談じゃない。自分は今此処に居るのだ。

 

「奴は狡猾だ。僕の姿だけを模倣したとは思えん。奴は言っていたんだ。最強のデュエリストに最強の守護獣、そして最強の戦法が合わさって初めて自分は頂点に立てる、とな」

「……もしかして、死神が模倣しているのは師匠の姿だけではないってことですか?」

「奴はエリアフォースカードとして常に僕の近くに居た。僕から何を抜き取っていてもおかしくはない」

 

 今となっては胸糞が悪いが、と黒鳥は吐き捨てた。

 しかも、前例が存在するのだ。

 以前、(タワー)のエリアフォースカードを取り込んだ《侵略者フェイスレス》が、ブランの姿のみならず思考、行動パターンを読み取ったという事件。

 それを紫月から聞かされた時、黒鳥はぞっとしたものだった。

 それがよもや自分に降りかかるとは思いもしなかったのであるが。

 ともあれ、バリア破壊に勤しんでいるであろう紫月の元に急がなければならない。

 

「……あれか」

 

 黒い球場のものが遠巻きにぼんやりと見えた。

 どうやら、死神のカードの結界とやらは想像以上に大きいものらしい。

 

「あそこから、クリーチャーがどんどん出てて……また、病気を撒き散らしているみたいなんです。サッヴァークが閉じ込めてなければ、鶺鴒の外に拡散していたと思います」

「サッヴァーク様々だな。あいつが居なければ、大惨事だったぞ。しかし病魔、か。ガ・リュザークのマナを吸収した所為でこうなっているのだろう」

「はい……」

 

 よもや、事態が更に悪くなるとは。

 黒鳥は歯噛みする。一手一手が裏目に出てばかりだ。

 そう思った時だった。

 周囲の木々がざわつく。

 烏が次々に飛び立っていった。

 不吉な予感と共に、地面が揺さぶられる。

 

「ク、クリーチャー!?」

「これは……!」

 

 甲高い叫び声が響く。

 同時に、怒号の如き咆哮が地面を震わせた。

 現れたのは、炎が変容した無月の獣だ。

 

「デ・ルパンサーに、デ・スザーク……!!」

「くそっ、死神のカードからすれば、奴らを量産するのは造作ない事ということか!」

 

 オウ禍武斗がすぐさま実態化し、飛び掛かるデ・ルパンサーを投げ飛ばす。

 しかし、前回のようにはいかない。猛獣は地面に叩きつけられるも、炎となって空気中に離散し──再集合。再び獣の姿を象った。

 

『これは面妖な……! 以前とは明らかに力の桁が違う。デュエルは避けられん』

「どうしましょう!? 2体いっぺんに相手するなんて出来ないですよ!?」

「くそっ、せめて応援の魔導司が居れば……!」

 

 黒鳥は振り向いて絶句した。

 病院の方へ向かって、大量の闇のクリーチャーが飛んでいる。

 それを、魔導司と思しき人間たちが迎撃しに向かっているのだ。

 この様子ではアテにならない。人手が足りないのだ。

 

「……良い考えがある」

「考え……!?」

「この状況を一気に打開する方法だ。オウ禍武斗! 分かるな?」

『うむ』

「え!? 何で二人で分かったみたいになってるんですか!?」

「何簡単な事だ。まず、オウ禍武斗の手に登る」

 

 言われるがままに翠月はオウ禍武斗の掌によじ登った。

 次の瞬間、彼は羽根を大きく羽ばたかせた。

 

 

 

「こ、これってどういう──!?」

「──逃げる」

 

 

 

 地面を大きく蹴ったオウ禍武斗は一気に空へと舞い上がる。

 2人は胴を掴まれてはいるが、風が一気に巻き起こり、髪が逆立った。

 

「あばばばばばばばァーッ!? ししょうーっ!?」

「落ち着け。直に慣れる」

 

 空中で態勢を安定させたオウ禍武斗は、背後から迫って来る2体を見た。

 高速で飛行する事に慣れていると言わんばかりに平然とした様子で黒鳥はオウ禍武斗に言ってのけた。

 

「オウ禍武斗。この近くに何か反応はあるか?」

『大きな魔力が二つ、迫ってきている』

「好都合だ」

「嫌ァーッ! ちょっと師匠!! もうすぐそこにデ・スザークとデ・ルパンサーがぁーっ!」

 

 追っては来れなかった。

 猛獣の胴体を蹴り飛ばす新幹線の巨人、そしてロケットブースターによって加速された鉄拳を叩きこむ猿人。

 翠月は、空中に線路が敷かれている事に気付く。

 

「こ、これって──!」

「翠月。状況が不利な時、無理に相手をする必要はない。時に逃走は、味方の交戦圏に敵を誘い込む事を意味するのだ」

 

 これはかなり幸運な部類だがな、と黒鳥は付け加える。

 新幹線の巨人のコックピットに乗り込んだ少年、そして猿人の腕に抱きかかえられた少年がこちらを向いた。

 

「そんなに不思議そうな顔をするな。僕が生きているのがおかしいとでも?」

「チョートッQが、オウ禍武斗がドルスザクに追われているっていうから駆けつけてみたら……黒鳥さんが何で此処に!?」

 

 そう言う耀も頭に包帯を巻いていた。

 

「病院を抜け出してきたみたいですね。不和侯爵(アンドラス)

「嘘だろ!? 何考えてるんすか、黒鳥さん!?」

「時間がない。今暴走している敵が僕の姿だけをコピーしているわけではないとすれば、僕が寝ているわけにはいかないだろう」

「そうやって、また無茶するつもりでしょう!?」

「易々とこの命を捨てるつもりは無い、とだけは言っておこう。それに、相棒が奪われたままだ」

「っ……!」

 

 即答だった。

 耀も何も言い返せない。

 今の彼は、三日前とは違って付き物が取れたようだった。

 

「白銀。紫月は学校に居るんだな?」

「部室に居ます。頼むから、無茶な事だけはしないで下さいよ! 玲奈ちゃんが泣きますからね!」

「勿論だ」

 

 その不敵な笑みを見た時、耀は心の奥底から「大丈夫だ」という確信を持てた。

 彼の目元からは、すっかり隈が落ちていた。

 彼らが飛び去ったのを見やると、火廣金が2体の無月の魔獣を睨んだ。

 

「部長。この2体を排除するとしよう」

「だけど大丈夫かなあ、黒鳥さん……」

「まだ言うか。どちらにせよ、この手の偽物相手には本物の力が必要不可欠だ。バリア解除の足掛かりになるかもしれん」

「……なら仕方ねえ。今俺らがやるべきことをやるっきゃねえ!」

 

 頭の包帯を抑えながら、耀はエリアフォースカードを手にしたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お、おぇぇえ……こんな事になるなんて……」

「にしても、白銀と火廣金がクリーチャーを退治に回っていて幸運だったな」

 

 吐きそうになるのを堪える翠月。

 完全に乗り物酔いであった。

 部室に辿り着いたのは良いが、もうダウン寸前だ。おかしい、今日はまだ一回も戦っていないというのに。

 

「はい……あの死神は、定期的に大きなクリーチャーを何体か生み出すんです」

「一体一体の力も強い上に数でも押してくるとは。やはり、早期に本体を叩いた方が良いようだ」

「そ、そうみたいです……」

「とにかく、しゃんとしろ。紫月の前で吐くつもりか貴様は」

「師匠、何時に無く厳しいです……」

 

 扉を開ける。

 そこに居たのは──カードの束と睨めっこをしている紫月。

 そして、何やら魔方陣を組み立て続けている鮫の姿があった。

 声を掛けるのも憚られる程、1人と1体は集中していた。

 扉を開けて入ってきたこちらに彼女は気付かない。

 

「──紫月」

 

 ぴくん、と彼女の肩が跳ねた。

 夢でも見ているかのように、紫月は黒鳥の方に顔を向ける。

 あっけにとられた様子だった。

 

「師匠……?」

「何だ。亡霊が黄泉還ったと言いたげな顔をしてからに。僕は確かに地面に足が着いているぞ」

「な、何で──」

 

 くしゃり、と彼女の顔が歪む。

 

「待ってください。師匠は入院していて、意識が無かったはずでは──」

「だが、今此処に立っている。ケリを付けて、僕の帰りを待つ者の所へ帰る」

「……!」

 

 ぎゅっ、と彼女は唇を引き絞った。

 

「……師匠が死に瀕したと聞いた時、胸がざわついて、居ても立ってもいられなくて……みづ姉が居なければ師匠は死んでいたって聞いて、ぞっとして……」

「しづ……」

「相も変わらず根は心配性か。デッキ作成もバリア解析も、貴様の事だ。滞っているだろうと思ったよ」

「まさか師匠、それを見越して……!?」

「誰の所為だと思ってるんですか!」

「それに今更この程度、どうってことは……痛ッ」

 

 ずきり、と激痛が響いた。

 紫月と翠月が慌てて駆け寄る。

 

「無茶しないでください! 何やってるんですか! それで病院を抜け出してきたんですか!」

「師匠が弟子だけに尻拭いをさせるわけにはいかない」

「え?」

「僕は『不和侯爵(アンドラス)』、黒鳥レン。貴様と、翠月の師だ。自分の不始末の責任を果たさずして、何が師匠だ」

「師匠……!」

「手伝わせてくれ。紫月」

 

 黒鳥は自らが師匠と呼ばれるのは好かなかった。

 その彼が初めて自ら師と名乗った。

 己の弟子達への責任を果たす為に。そして、決着を付ける為に。

 

「……やりましょう、師匠。師匠と同じ顔をした輩が街中を飛び回っているのは、気に食わないです」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「自分と同質の力以外を通さないバリア?」

「そうなりますね」

 

 紫月は、カードの束を眺めながら言った。

 

「シャークウガの分析では、そういった結論が出ました」

『どうやら、死神(デス)のアルカナを持つ魔導司事態の数が少ねぇ、いや……殆どいねえらしいんだ。死の魔法、病の魔法ってのは忌み嫌われるらしい』

「そう、か……」

 

 エリアフォースカードの作り手が何を思って、死神(デス)のカードを作ったのか分からない。

 最初からこうして人類に災厄を齎す事を分かっていたのか。

 それとも理由があって、全ての属性のカードを作る必要があったのか。

 

「ともあれ、奴の力は”拒絶”そのものです。死神(デス)と同質の力の持ち主でなければバリアの突破は出来ません」

「今暴れているのは、まさに僕が持っていたカードで、阿修羅ムカデも奴に鹵獲されてしまっている」

「ねえ、しづ。それって詰んでない? 大丈夫なのかしら?」

「みづ姉。対抗策が無いのなら、こうして悩んではいませんよ。拒絶されるなら、バリアを誤魔化せば良いんです」

『着想を得たのは、こないだの(タワー)を取り込んだフェイスレスの技だ』

「誤魔化す……まさか、偽装するとでも言いたいのか」

「その通りです」

 

 紫月は魔術師(マジシャン)のカードを掲げた。

 

魔術師(マジシャン)はありとあらゆる魔術の宝庫と言えるカード。同時に、魔術師(マジシャン)のアルカナが司るのは”変化”です」

「”変化”か……」

「そのため、私が活路を見出そうとするたびに、このカードも魔法の使い道を示してくれるのです。……私利私欲のそれでは動かないくらい、堅物なのですがね」

『マスター、菓子を増やせる魔法は使えないのか、とか言ってたからなあ』

「もう、しづったら……そんな事なら私に言えば良いのに」

「太るぞ貴様」

「ふ、太ってませんし。ともかく、これでバリアを突破すること「は」出来るでしょう」

「突破することは、か。と言うことは問題はその後だな」

「はい」

 

 彼女の悩みは、机上にぶちまけられていた。

 何度も試行錯誤した様子だった。

 

「死神のアルカナに偽装するには、ある程度デッキを死神のアルカナが扱うそれに寄せる必要があるのです」

「というのは?」

「闇のカードを使ったデッキでなければ、偽装が出来ないのです。死神のマナを纏う、と説明すべきでしょうか。少なくとも、いつものムートピアデッキではすぐにバレるでしょう」

「そうか……だが、貴様なら闇のデッキくらい幾らでもあるはずだ」

 

 黒鳥は紫月のデッキ構築力を買っている。

 現に彼女は、これまでに多くのデッキを作ってきていた。

 

「ただ組むだけなら良いでしょう。しかし、問題は……仮に突破出来たとして、作ったデッキが余りにも魔術師(マジシャン)に適合しないデッキだと出力が著しく落ちるということです」

 

 それは以前、偽ブランに敗北した時に思い知った事だ。

 幾ら他のカードに比べて、その許容範囲が広い魔術師(マジシャン)と言えど、である。

 以前の墓地ソースはシャークウガが苦悶の表情で戦闘許可を出す程度には適合したものではあったのだが、それでもムートピア主体のデッキには遠く及ばない。

 デッキがエリアフォースカードに適合しなければ、「運」の要素で大きく相手に差を付けられる事になるのである。

 

「しづ、デッキを二つ持てば良いんじゃない?」

「駄目です。持って行ったもう一方のデッキでバレます」

「うう、駄目なのね……天才的発想だと思ったのに」

「つまり目下の問題は、死神の偽装が出来て、尚且つ魔術師のカードの力を落とさないデッキの作成か……」

「確か、デ・スザークみたいな無月デッキや師匠のようなリアニメイト主体の闇デッキが死神と相性が良い、のよね……」

「……無月か」

 

 黒鳥はコートのポケットをまさぐった。

 そして、茶封筒を取り出す。

 ノゾムから貰ったものだった。

 

「……紫月、行けるかもしれんぞ」

「何ですって?」

「無月の門には無月の門だ。こちらも最恐の戦略で叩き壊してやれば良い」

「何言ってるんですか……無月の門は闇が主体のデッキ。しかもデッキを魔導具で埋めないといけないから、下手に水文明を入れたら構築が難しくなるんです」

「──そう、唯の水のカードならばな」

 

 黒鳥は茶封筒からカードの束を見せつける。

 紫月は驚愕したようだった。

 

「それって──」

「鎧龍は新しいカードのテスターが集まる都市でもある。だから、こういったカードも存在する。ノゾムが持って来てくれた」

「ノゾムさんが……!」

「え? 魔導具って闇のカードだけじゃないのですか、師匠」

「かつての常識ならばそうだ。しかし、常識では常識を逸した相手には対抗出来ない」

「見せてくださいっ」

 

 これならば、紫月の言っていた両方のエリアフォースカードに寄せたデッキが作れるはずだ。

 カードの内訳を見た紫月の目が輝く。

 

「……いけそうですね。相性の良いカードを幾つも思いつきました」

「ああ。これが僕達の新しい無月の門だ」

『へぇーえ、無月の門……か。俺も興味が湧いて来たぜ』

「シャークウガ。これなら大丈夫そうか?」

『オリジナルの俺が見たら良い顔はしねぇだろうな。だが……今はそんな事は言ってられねえ。水らしく、存分に利用させて貰うぜ』

 

 シャークウガは不敵に笑ってみせた。

 あとはデッキを構築するだけだ。

 

「それじゃあ、カードを絞り込むぞ。白銀達がクリーチャーを相手取っている以上、僕らも悠長にはしていられない」

「えっ!? まさか、これから倒しに行くんですか!?」

「思い立った日は吉日。それ以降は全て凶日です。早いに越した事はありません」

「ううう……分かりました、テストの相手は私にやらせて! 私だけ除け者にするのなんて無しですからね!」

 

 役者は揃った。

 師匠と弟子。

 3人は今此処にようやく、立ち並んだ。

 

「よし、やるぞ紫月、翠月」

「あの偽物を沈めてやりましょう。そして阿修羅ムカデを取り返さないと」

「私も頑張りますよ、師匠!」

 

 3人は拳を突き合わせる。

 もう時間は無い。日が暮れる前にデッキを組む必要がある。

 オウ禍武斗が唯々ソファの上で笑みを浮かべていた。

 

 

 

『うむ……! 師弟の絆、か。良きかな……良きかな!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 既に空は暗くなりつつあった。

 炎の猛獣達が、次の獲物を探さんとばかりに街を駆ける。

 その瞳は、空を飛ぶ妙な影に注がれた。

 自分たちの主に似た雰囲気でありながら、妙な気配。

 異様なそれを追いかけようとする。

 

「貴方達の相手は、私ですよ!」

 

 刹那、何かが降って地響きが襲った。

 炎の魔獣達は現れた影に飛び掛かる。

 が、そこには既に何も居ない。

 

「こっちですよ!」

 

 飛び立つ巨大な影。

 それを追って大量のクリーチャー達が空へ羽ばたき、あるいは宙を駆ける。

 

「うわぁ……いっぱい来てる……!」

『だが、派手に暴れたから、これで釣れるはず。後は逃げるのみぞ、我が主よ』

「だと良いですけど!」

 

 迫りくるクリーチャー。

 中でも一際巨大なのは、やはりあのガ・リュザークだ。

 オウ禍武斗に追随する速度で飛翔する。

 追い追われの空中チェイス。

 このままずっとそれが続くと思われたが──

 

 

 

「オイ、何勝手にうちの後輩のケツ追っかけてんだコラ」

 

 

 

 その嘴は頭部諸共一瞬で粉砕された。

 怒気を込めた拳を放ったのは、蜂のクリーチャー。

 毒づくのは、それに抱えられるオレンジ色のヘアバンドの少年。

 

「ったく、囮なんてテメェが言いだした時はどうしようかと思ったぜ」

「桑原先輩が居れば大丈夫だって思ったんですよ?」

「巻き込む前提か!! まぁいい。やらなきゃいけねえ事だからな」

『そりゃあもう、ヒーローは時に汚れ役を請け負うものさ! 喜んでボクは引き受けるよ!』

「テメェは楽しそうだな!」

 

 桑原は垂れた冷や汗を袖で拭った。

 後輩にもしもの事があったら、と気が気でなかったのである。

 だが、止まっている間にデ・ルパンサーやストロング・ゲドーと言ったドルスザクが次々に飛び掛かって来る。

 ガイアハザードとグランセクトの騎士団長が揃い踏みしたとはいえ、2体でこの数を相手取るのは不安が残る。

 しかし。

 

 

 

「めぇぇぇーんッッッ!!」

 

 

 

 一挙に不死鳥の大群を大太刀で切り伏せる巨大な龍。

 次々に地面に撃ち落とされていくそれらは、しばらく起き上がれないだろう。

 あとは順次撃破するだけだ。

 

『主よ。掛け声を上げるのは結構だが、切りつけるのは俺なのだが』

「細かい事は気にしない! 気合は大事だかんね!」

 

 浮かび上がってきたのは、バルガ・ド・ライバーとその肩に飛び乗った花梨だった。

 

「刀堂先輩! 協力感謝します!」

「気にしなくていーよ。あたし、一番大変な時に試合で駆け付けられなかったからね。囮くらい幾らでも引き受けちゃうよ」

 

 でも、と彼女が言うとバルガ・ドライバーの双剣が不死鳥たちに向けられる。

 

「別に、全員ぶった切っちゃっても良いんでしょ?」

「はいっ! やっちゃってください!」

「何でうちの学校の女子、こんな物騒な奴ばっかなん……?」

「にしても黒鳥さん、大丈夫かなあ……」

 

 花梨は髪を掻き毟る。

 以前の自分の言葉はやはり届いていなかったのだろうか。

 

「……大丈夫ですよ。あの人だって、死にたいわけじゃないんです。それに、しづが付いてますから」

「俺達に出来んのは、こいつらをぶっ倒す事だ。今は信じるだけだぜ」

「そだね。じゃあやっちゃうよ!!」

 

 3人のエリアフォースカードが光り輝く。

 それが、次々に魔獣達を飲み込んでいくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……付いてくるんですね、結局」

「元より死神の適性を持つ僕が向かった方が良いだろうと思ってな」

『実際偽装の精度はより上がっているぜ』

 

 死神の障壁の大きさは、より大きくなっていた。

 しかし、既にそれは突破した後だ。

 シャークウガの両肩に乗る二人は、死神を目指す。

 そして、思ったよりも早くそれは見つかった。

 死神は──項垂れた様子だった。

 

「な、ぜ、だァっ!! どうしてだ!! どうしてここから出られないんだァ!! 俺は早く太陽の男を殺さなければいけないのに!!」

 

 

 

「残念だが、そいつを倒すのは僕の終生の目標なんでな」

 

 

 

 死神の眼前に亡霊が現れる。

 殺したと思っていた主は、何故か彼の目の前に浮いていた。

 

「死に損ないが!! まだ生きていたのか!!」

「残念だが、僕は地獄の鬼に嫌われているらしいんでな」

「一昨日きやがれ、です」

 

 紫月が魔術師(マジシャン)を掲げた。

 死神は嘲笑う。

 自分と同質の力しか通れないはずの障壁。

 それを通したのは、間違いなく魔術師(マジシャン)の小細工によるものだ。

 つまり、このカードはやはり人間に従って自らへの活路を示したのである。

 

「何故だぁ!! 何故だ魔術師(マジシャン)!! 僕達は人間に縛られるような存在じゃない!! 何故、そんな奴の犬に成り下がる!?」

『カーッ、しゃらくせぇ野郎だな! 他人の姿を借りている時点で貴様も人間に縛られている事がまだ分からねえのか?』

「ブーメランです」

「うるさい!! 僕は最強でなければならない!! 最強になって……思い知らせてやるんだ!! 貴様に成し得なかった事を成し、僕こそが最強だということを証明するんだ!!」

 

 子供のように喚き続ける彼に、黒鳥はかつての自分の面影を見た。

 太陽の少年に出来る事が、自分には何一つ成し得ず、落ちる所まで落ちてしまった時の記憶が蘇った。

 そんな過去を斬り捨てるように、黒鳥は言い放つ。

 

「幼稚だな。そんな強さは何の意味も持たない」

「強さには、意思が伴っていなければ意味がありません」

「そして、意思には魂の美しさ、即ち美学が伴っていなければならない。貴様は僕の記憶を辿っているだけに過ぎない。強さも、貴様の記憶も、全て借り物だ。そんなものに意味は無い!」

 

 二人はエリアフォースカードを掲げる。

 終わらせよう。

 今度こそ。

 

 

 

「行くぞ紫月」

「言われるまでも無いです。魔術師(マジシャン)、起動しなさい」

Wild(ワイルド)……Draw(ドロー)(ワン)……MAGICIAN(マジシャン)!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 空間には、死神。

 相対するようにして、紫月と黒鳥の2人が立っていた。

 近くで彼を巻き込んでしまったからだろう。

 だが、好都合だった。

 

「貴様等、諸共に地の獄へ落ちろ……《堕魔 ドゥリンリ》召喚!」

 

 受話器の姿をしたクリーチャーが現れる。

 やはり無月デッキで間違いない。

 レンと紫月は身構えた。

 

「早速出してきましたね、魔導具……!」

「奴は墓地のカードを増やし続ける。放っておくのはよろしくないな」

 

 頷いた紫月は2枚のマナをタップする。

 確かに既存の闇の戦法は、無月の門デッキには通用しにくいかもしれない。

 破壊は利敵行為になるし、手札破壊合戦で泥沼試合になりかねないのだ。

 

「貴様等が何を使ってきても、魔鳳の力を宿した最強のデュエリストである黒鳥レンには通用しないわッ!! クハハハハハッ!!」

 

 偽物が高らかに笑った。

 

「余裕ぶっていられるのも今のうちですよ。2マナで《堕呪(ダスペル) バレッドゥ》を詠唱」

 

 解き放たれたのは、樽のような魔導具。

 それが紫月の手札に潤いを齎す。

 彼女はカードを2枚引き、そしてカードを1枚捨てた。

 つまり、手札交換の呪文であるが……普通のカードと決定的に違う箇所があった。

 

「……魔導具の呪文か」

「そうだ。これが貴様の障壁を欺いたカードの正体だ」

「これでターンエンド、です。怖気づきましたか?」

 

 歯噛みする死神。

 しかし、次の瞬間には既に余裕を取り戻していた。

 

「……だからどうした? と貴様の言葉を借りておこう! 貴様等が新しい手を見せびらかせたつもりになろうが、僕には関係ない事だ! 3マナで《堕魔 グリギャン》を召喚!」

 

 燭台のクリーチャーが現れ、墓地へカードを3枚送り込んだ。

 ターンの終わりに《ドゥリンリ》で更に1枚のカードが墓地へ送られる。

 これで墓地のカードは合計で5枚となった。

 

「……私のターン」

 

 カードを引く紫月。

 魔導具を並べられて不利に見える状況だが、彼女もキーカードを引き当てていた。

 

「2マナで展開、《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》」

「!!」

 

 空間は一気に虚ろの瘴気に包まれた。 

 青い魂魄が周囲を飛び回る。

 見慣れないそのカードは、フィールドカードだった。

 

「教えてやる。これが無月フィールドだ。貴様が知らんのも無理は無いがな。クリーチャーではないから、大抵の闇の破壊カードでは退かす事は出来んぞ」

「貴様等……小細工を……!」

「そして、《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》がある時、相手の魔導具呪文、ドルスザク呪文の詠唱を禁止する効果をこちらは無視することが出来ます」

 

 呪文の詠唱禁止を無効化するという能力は、呪文主体のこのデッキには大きなプラスとなる。

 これで邪魔は入らない。

 

「1マナで《ジョラゴン・リロード》を使用してカードを1枚引いて1枚捨ててターンエンドです」

「ぐっ……何だ、何なんだよ貴様等はァ……!」

 

 死神の手札から魔方陣が浮かび上がる。

 そして、新たな悪意の素が滲み出た。

 

「《堕魔 ヴォガイガ》召喚……! 更に墓地のカードを4枚、肥やさせて貰うぞ! 回収するのは《卍デ・ルパンサー卍》だ!」

「これで墓地のカードは8……いや、《ドゥリンリ》で9枚ですね」

「そうだ。お前達には更に恐ろしいものを見せてやる。ターンエンドだ」

 

 《ヴォガイガ》が居れば、相手の魔導具のコストは1少なくなる。

 更なる展開は免れないだろう。

 ならば先んじてそれを防がなければならない。

 

「私のターン。3マナで《堕呪(ダスペル) カージグリ》を唱えます」

「ッ!?」

 

 破壊が駄目ならば、せめて時間稼ぎをする。

 《ヴォガイガ》によって、墓地を増やされるのは仕方ないと割り切る。

 

「効果で相手のクリーチャーを1体選んでバウンスします。《ヴォガイガ》を手札へ」

「ククッ……それだけか?」

「それだけじゃありませんよ。《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》の効果で、唱えた魔導具呪文を墓地へ送る代わりにこのカードの下へ置き、カードを1枚引きます」

「……!? 何を考えている! 無月の門の命は墓地だぞ! 魔導具を墓地に送らないでどうするというのだ!?」

「まあ見ていれば分かりますよ」

「おのれ、侮っているのか……? この僕を……?」

 

 悪態をついた死神は4枚のマナをタップする。

 

「4マナで《ヴォガイガ》を召喚。そして、場の《ドゥリンリ》と《グリギャン》、墓地の魔導具2体で無月の門を展開する!!」

 

 魔方陣が現れた。

 そこから次々に魔導具が堕とされて砕け散る。

 

黒虎(パンサー)……黒虎(パンサー)……(デス)黒虎(パンサー)……!』

「グリ……ドゥ……ザン……!! 開門(ゼーロ)、無月の門!!」

 

 虚空から現れるのは豹のようなクリーチャー。

 煉獄の炎に包まれた魔獣が飛び出す。

 

「切り裂け、《卍デ・ルパンサー卍》!!」

「出てきたか……!」

 

 黒豹のドルスザク、《卍デ・ルパンサー卍》は攻撃時にクリーチャーを破壊する能力を持つ。

 だが、死神の展開はこれだけには留まらない。

 

「墓地からムーゲッツの《ティン★ビン》、《ハク★ヨン》、《堕魔 ジグス★ガルビ》を場に出す。そして、《ヴォガイガ》の効果で山札の上から4枚を墓地へ送り、《ヴォガイガ》を回収する──!」

「……まさかこれは」

「これだけでは終わらんぞ! 《ティン★ビン》の効果でカードを1枚捨てろ」

「《堕呪 ギャプドゥ》を捨てます」

「そして《ジグス★ガルビ》は魔導具だ! 場の《ヴォガイガ》と無月の門を開く!!」

 

 ぞくり、と紫月は悪寒を感じた。

 

「……まさか、この気配は」

「来るぞ、紫月!」

「──悦べ! 感動の再会だ!!」

 

 魔導具が4枚、再び魔方陣目掛けて降り注ぎ、砕け散った。

 漏れ出る液体が煉獄の炎へ注がれていく。

 

蜈蚣(ムカデ)……蜈蚣(ムカデ)……夜叉羅蜈蚣(やしゃらムカデ)……!!』

「グリ……ドゥ……ザン……開門(ゼーロ)、無月の門!!」

 

 無数の蟲が集合し、一つの巨大な蟲を象っていく。

 それはレンの良く知る彼でありながら──最早彼では無かった。

 

 

 

「これより誘うは無間地獄──《無明夜叉羅ムカデ》!!」

 

 

 

 現れたのは、無月の門の力を手に入れた阿修羅ムカデ。

 その顔には兜が付けられており、厳めしい容貌となっている。

 全身には鎧が身に着けられていた。

 

「っ……阿修羅ムカデ!!」

「馬鹿め、聞こえる訳が無いだろう。そいつはもう、この死神の守護獣だ!」

「貴様……!」

 

 怒りを表すレン。

 死神は挑発するように嘲笑する。

 所詮は人間、情には弱い生き物だ。

 

「無月の門が発動したので、墓地から《ジグス★ガルビ》と《ハク★ヨン》を更にバトルゾーンに出す!! これでターンエンドだ!!」

 

 大量展開。

 死神の場には、《無明夜叉羅ムカデ》に《卍デ・ルパンサー卍》、《ティン★ビン》に《ハク★ヨン》2体、そして《ジグス★ガルビ》の合計6体のクリーチャーが出揃ってしまっている。

 何かしらの対策が無ければ、次のターンに総攻撃を決められてしまうのだ。

 

「師匠、落ち着いて下さい」

「くっ、冷静にならねば……!」

「2マナで《堕呪(ダスペル)ウキドゥ》を唱えます。私のシールドを1枚見て、墓地へ送ることが出来ます。《堕呪 バレッドゥ》を墓地へ送り、新たにシールドを追加します」

「今更シールド交換をしたところで無駄だぞ?」

「そしてカードを1枚引き、そして更に《卍新世壊卍(グラウンドゼーロ)》の効果発動。このカードの下に置いて1枚ドローします」

 

 更に、と彼女は付け加えるように言った。

 

「2マナで《バレッドゥ》を唱えます。カードを2枚引いて、1枚墓地へ置きます。そして《卍新世壊卍(グラウンドゼーロ)》の下に《バレッドゥ》を置いて1枚ドロー。ターンエンドです」

「何を考えているのか知らないが……! もう遅い!」

 

 先程から目立つ紫月の不可解な行動。

 しかし、最早それを気にする必要は無かった。

 このターンで確実にあの師弟を仕留める。

 死神は鎌をちらつかせた。

 

「僕のターン……4マナで《ヴォガイガ》を召喚! 山札の上から4枚を墓地に置き、《ドゥグラス》を回収。そして1マナで《ドゥグラス》も召喚!!」

「また……!!」

「さあ、現れろォ!! 我が守護獣よォ!! 2体目の《無明夜叉羅ムカデ》を無月の門でバトルゾーンに!!」

 

 地中から再び這いずり出る装甲ムカデ。

 打点を揃えたはずなのに今更無月の門を開いた死神だったが、勿論意味が無いわけでがない。

 死神の思考は情けも容赦もない黒鳥の思考を模倣しているのだから。

 

「貴様等の来世は餓鬼道だ! 飢えて後悔するがいい! 《無明夜叉羅ムカデ》で攻撃!」

 

 その時、《無明夜叉羅ムカデ》の尻尾が伸びた。

 向かうのは、彼女のシールドではない。

 

「自分のクリーチャーが攻撃する時、《無明夜叉羅ムカデ》の効果で相手は自身の手札を1枚選んで墓地に置く──」

 

 だが、「ただし」という彼の言葉と共に2本の尻尾が紫月の手札に突き刺さった。

 

「今、僕の場には2体の《夜叉羅ムカデ》が居る。こいつの下にカードが4枚以上重ねられている時、貴様は手札を2枚選んで捨てねばならない!」

「……一気に2枚も……!?」

「安心しろ紫月。逆転手はシールドにある」

「はい……!」

 

 シールドと共に手札を捨てる紫月。

 同時に盾が砕け散って、光の破片となって二人に襲い掛かった。

 だが、容赦なく次の攻撃が襲い掛かる。

 

「《ジグス★ガルビ》でシールドをW・ブレイク!!」

「また2枚捨てないと……!」

 

 再び粉砕されるシールド。

 彼女を庇うように黒鳥は抱き寄せた。

 

「師匠!?」

「この程度……!」

 

 血が流れ出る。

 黒鳥は痛みに口を引き絞り、相棒と必死な思いで向かい合う。

 

「阿修羅ムカデ……僕は、此処だ……僕を殺したいなら好きにするが良い。だが──」

 

 決して、譲れないものがあった。

 

「──僕はそう簡単には死なない。死ぬものかよ!」

「師匠……!」

「戯言を抜かすな!! 《ティン★ビン》で最後のシールドをブレイクだ!!」

 

 天秤を掲げた火の玉が最後のシールド諸共、2枚の手札を焼き尽くした。

 刹那。

 破片が光となって収束していく。

 

 

 

「──そう──この瞬間(とき)を待っていた」

 

 

 

 黒鳥の表情は、微かに笑っていた。

 

「僕達の無月は……此処からが本領発揮だ」

「S・トリガー、発動です」

 

 次の瞬間、1体の《ハク★ヨン》と《卍デ・ルパンサー卍》が激流によって拘束された。

 

「《堕呪(ダスペル) ンカヴァイ》。効果で相手のクリーチャー2体は次の自分のターンの始めまで攻撃もブロックも出来ません。そして《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》の下に置いて1枚ドロー」

「それがどうした! あと1体、《ハク★ヨン》が残っている!」

「そして、自分が場と墓地に魔導具が合計4枚ある時──」

 

 魔方陣が浮かび上がった。

 死神は驚愕する。

 それは、無月の門で描かれるそれに酷似していた。

 

「師匠、見ていて下さい。これが私の開く──新たな無月の門です」

「ああ。存分に示せ!!」

 

 刻まれるのはⅠ。魔術師を意味する数字だった。

 

麒麟(キリン)……麒麟(キリン)……(キル)麒麟(キリン)!!』

 

 次々に堕とされていく魔導具。

 それらはボコボコと水泡を立てて、全く新しい何かを生み出そうとしていた。

 無月の門であって無月の門ではない。何かを──

 

 

 

「──水面は鏡、月が紫に溶ける時……流動、《卍ギ・ルーギリン卍》!」

 

 

 

 麒麟のドルスザクは、今までの炎の魔獣とは一線を画した姿をしていた。

 流れる水さえも味方に付けたそれが宿す種族はマフィ・ギャングではなく、ムートピア。

 虚ろにして偽りの月が昇ろうとしていた。

 

「《卍ギ・ルーギリン卍》はパワー9000のブロッカー。もう、通しませんよ。そのために《卍デ・ルパンサー卍》を止めたのですから」

「だが、この軍勢相手に時間稼ぎ等今更無駄だ!! ターンエンド」

「本当にそう思いますか?」

 

 紫月の問いかけに、死神は本気で否定を返す事が出来なかった。

 そうだ。まだ残ったままなのだ。

 何に使うか分からない、あの無月フィールドは──

 

「貴方は私の手札を蹂躙したつもりでしょうが……このデッキに関しては手札を落とされても問題はありませんでした」

「なっ……!?」

「貴様の行いは全て徒労に終わったと言う事だ。2マナで《ウキドゥ》を唱えて貴様のシールドを確認して1枚ドローだ」

「これで全ての準備は終わりました」

 

 二人は呼吸を合わせた。

 無月フィールド《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》の下には、まるで無月の門を構成するかのように4枚のカードが重ねられていた。

 

「──ターンの終わりに、《卍新世壊卍(グランドゼーロ)》の下にカードが4枚以上置かれていれば」

「手札、または墓地からコスト99以下の水の呪文をゲーム中に一度だけ唱えることが出来ます」

 

 コスト99。

 ゲームに於いてもそこまで巨大なコストを持つ呪文は存在しない。

 まず、普通にプレイしていては唱えることなど出来ない。

 故に、放つ。

 意識の外から、虚空から解き放つ。

 

 

 

「──発動、無月の門99(ザイン)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 魔方陣から月が覗いた。

 儀式に立ち会う2人は、その強大なる呪文を詠唱する。

 

「鏖の悪魔の名を借りて命ず」

「満月をその身に映し、深き底へ還りましょう」

 

 青き翼が、羽ばたいた──

 

 

 

最終詠唱(ラストワード)、《月下卍壊(げっかばんかい) ガ・リュミーズ》!!」

 

 

 

 魔方陣から現れたのは、完全に水文明へと染まり切ったマスター・ドルスザクだった。

 その大きな翼を広げ、咆哮すると共に狂気の月からドルスザクの大群が現れる。

 

「さあ終わらせよう。この呪文の効果でドルスザクを4体、墓地か手札から場に出せる」

「場に出すのは《卍ギ・ルーギリン卍》と──」

 

 《卍ギ・ルーギリン卍》に続くようにして、煉獄の炎が燃え上がる。

 悪魔と融合した不死鳥の兵器が姿を現した。

 黒鳥が拳を握り締め、その魔獣の名を呼ぶ。

 

 

 

「鏖の悪魔の名を借りて命ず──燃え盛るは地獄変、《凶鬼卍号 メラヴォルガル》ッ!!」

 

 

 

 ずんぐりとした砲台を取り付けた凶鬼の悪魔が3体、並び立つ。

 それを従える黒鳥は誇らしげに、その能力を遺憾無く振るう。

 

「《メラヴォルガル》の効果発動。貴方のシールドを2枚、登場時にブレイクする」

「こちらのシールドも2枚ブレイクされますが、シールドが無いからデメリットは無しです」

「当然、3体居るから貴方のシールドを全てブレイクだ! さあ焼き尽くせ!」

「ぐ、ぐぬうっ!!」

 

 一斉砲火が死神に浴びせられた。

 シールドが全て粉砕され、そして死神自身も破片で傷だらけになっていく。

 

「S・トリガー、《ドゥグラス》を場に出す……! は、はははっ!! 此処まで僕が追い詰められるなんて!! だが、これで終わりだ!! これで僕は勝って、太陽の男を殺しに行ける!!」

「済まないが、貴様の記憶にこびり付いているその男を殺されるわけには行かんな。そいつは僕のライバルだ。貴様が勝手にしてもらっては困る」

「ほざけ!! これで貴様のターンは終わりだ!!」

 

 黒鳥は首を横に振った。

 

 

 

「貴様に、明日の太陽は昇らない」

 

 

 

 青い臥龍が咆哮を上げる。

 時間、そして空間さえもが捻じ曲げられていく。

 

「《ガ・リュミーズ》の最後の効果だ。このターンの終わりに、もう1度自分のターンを行う」

「──は?」

 

 死神の顔が歪む。

 

「な、何を言ってるんだ?」

「だから言っている通りだ。貴様に、明日昇る太陽は無い」

「《メラヴォルガル》を《ガ・リュミーズ》で複数体呼び出し、次のターンで確実にトドメを刺す。私達の狙いは最初からこれでした」

 

 黒鳥は頷く。

 翠月も入れた3人で相性の良いドルスザクを探してきたのだ。

 

 

 

「処刑コンボ、”卍死の獄”。貴様は終わりだ」

 

 

 

 黒鳥の視線は夜叉羅ムカデへと向けられる。

 再び、月は昇った。

 

「バカな、僕は、俺は、私は、認められたかっただけなのに──!!」

 

 2体の《ハク★ヨン》が主を守ろうとする。

 しかし、無駄だった。

 2体のブロッカーはたちどころに水の泡に包まれて動けなくなってしまう。

 

 

 

「──《卍ギ・ルーギリン卍》の効果で私達のクリーチャーはブロックされません」

「終わりだ。《凶鬼卍号 メラヴォルガル》でダイレクトアタック!」

 

 

 

 再び砲火が死神を襲う。

 圧倒的な火力、物量、そして業火は贋物を完全に焼き尽くす──

 

 

 

「そんな、バカナ、ドウシテ──完全に貴様をモホウ、したのにぃぃぃーッ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 戦いは終わった。

 完全に死神(デス)のエリアフォースカードは沈黙する。

 その傍らには──肩で息をする阿修羅ムカデの姿があった。

 

「……阿修羅ムカデ」

「ははっ、遅かったですねェ、我が主」

「……」

 

 黒鳥は何も言えなかった。

 また、相棒を傷つける事になってしまったことを悔いていた。

 

「こうなってしまっては、最早そちらと契約を破棄するしかないでしょうよォ」

「何を言う。僕は──」

死神(デス)は、こういうカードなんですよォ。悪意、そして憎悪が詰まったカードなんですねェ」

「そうでしょうか? 私にはそれだけとは思えません」

 

 我武者羅に強くなろうとしていた昔の自分と重ね合わせているのだろうか。

 紫月も死神(デス)から何かを察していた。

 黒鳥も同意だった。死神(デス)の行動原理は、決して憎悪や悪意だけからなるものではなかった。

 

「それに、私は主に刃を向けてしまいましたからねェ」

「貴様。あの時、急所を外しただろう。あの時、僕の首を斬り落とせるなら斬り落とせていたはずだ。それをしなかったのは……」

 

 阿修羅ムカデは首を横に振った。それが真実だったとしても、もう関係なかった。

 

「私はやはり贋物だ……阿修羅ムカデの名を貰っておきながら、最後の最後まで甘かった。でも、これで良かったんでしょうねェ」

「何を言っている。また一緒に──」

 

 言うが早いか死神(デス)のカードが、紫色の靄を噴き出して呻き声を上げた。

 今にもまた動き出しそうな勢いだった。

 

「黒と、リ、レェェェェェェーッンッッッ!!」

 

 叫び声が聞こえてくる。

 魔物が飛び出し、黒鳥の喉笛を狙う。

 

「キ、サマ、ガッ!! キ、サマヲッ、ヨ、コ、セェェェーッ!!」

「……やれやれ、我が主ながら本当に堪え性の無い」

「ム、カデェェェーッ!! ソイツヲ、ソイツヲ、トラエロォォーッ!!」

 

 這いずり出ようとする巨大な影。

 それが今にも手を伸ばそうとする。

 

「くそっ!! 倒したのに……! 阿修羅ムカデ!!」

「マスターが責任を取ったんだ。こっちが責任を取る番、ですねェ」

「なっ!?」

 

 しかし、それを抑え込むようにして阿修羅ムカデは死神(デス)の魔物に組み掛かる。

 

「ギッ、ムカデェェェーッ!!」

「待て!! 何をするんだ、阿修羅ムカデ!!」

「闇のクリーチャーに死ぬなんて概念は無いんですよォ!! ちょっと寝て、また起きる、それだけですからねェ!! ヒヒャハハハハハハハハ!! ヒャハ……ハハハハハハハ!!」

 

 高笑いと共に、死神(デス)から何度か黒い稲光が迸る。

 

「おいっ!! 阿修羅ムカデ!! 待つんだ!! 待て!!」

 

 叫ぶレン。

 それを抑え込むシャークウガ。

 もう少しで彼も飲み込まれるところだったのだ。

 阿修羅ムカデの姿は見えなくなり──やがて、光が消えると、そこには真っ白になったカードが落ちていた。

 何も出てこない、聞こえない。

 それを見て、シャークウガが悲しげに呟いた。

 

『守護獣の最後の力で、エリアフォースカードの意識を押さえつけて封印したのか……何て奴だ。しばらく死神(デス)は何も出来ねえだろう』

「……余計な事を」

 

 黒鳥はエリアフォースカードを拾い上げた。

 大事な誰かを労わるように、カードを撫でた。

 

「……阿修羅ムカデ。よくやった」

 

 貴様は今までの相棒の中で一番の曲者だ、と彼は付け加える。

 

「ロクでもないやつだったが……僕は貴様の事が嫌いではなかったよ」

 

 紫月は彼の顔を見られなかった。

 助けに来たのに、結局彼を助ける事は出来なかったのだ。

 彼の無念は推し量れないものだろう。

 

 

 

「だから、僕は信じている。また貴様に会えるのをな」

 

 

 

 しかし。

 彼の表情は決して、暗いものではなかった。

 

「師匠……何で」

「……何でかって? 悲観する必要はない。あいつは、さよならなんて一言も言っていないからな。そんな殊勝な奴じゃあない」

 

 黒鳥はカードをコートの中に仕舞う。

 

死神(デス)は悲しいカードだ。だが、僕は悲しい人間になりたいわけではない。信じるさ。今は唯、また会う時をな」

 

 既に日は暮れていた。

 冷たい風が、何時までも吹き抜けていた。



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Ace34話:エースの光

 ※※※

 

 

 

 結局、死神(デス)のカードはアルカナ研究会に再び預ける事になった。

 それまで黒鳥さんがどうやって戦うかは未定だったが、彼曰く戦う事を諦めたわけではないとのことだ。

 アルカナ研究会側からも今回の件についての謝罪が来たが、彼は自分で決めた事だから、と受け取らなかった。

 というわけで、事件の後日。

 俺達はまたいつものように部室に集まっていた。

 はずだったのだが、今日はまだブランと紫月の姿が見えないので、火廣金と2人で駄弁っていた。

 

「黒鳥さん……大丈夫かなあ」

「本人が悲観する必要はないと言ってはいるが……」

 

 あの人はあれでナイーブな所があるから、また自分を追い詰めたりしていないか不安だ。

 

「しかも死神(デス)のエリアフォースカードはそっちで預かる事になったんだろ?」

「そうだな。あれは危険すぎるとのことだ。また研究の対象にもなるだろうがな」

「それでもまた巡り合うのを信じる、のか……」

「それが彼なりの心構えで、あれだけしぶといクリーチャーだった相棒への敬意ということだろう」

 

 紫月から聞いた。

 最後に黒鳥さんは、自分で悲しい人にはなりたくないと言っていたという。

 悲観して自分を追い詰めるよりも、未来を信じる事を選んだのはそういうことだろう。

 一時的な別れで、人生ではよくあることだ。だから気にする事は無いということだろうか。

 俺だったら不安で潰れてしまいそうだ。

 

「だからきっと、俺らも悲しい顔してたら、ムカデの奴がまた出てきた時に噛まれちまうんだろうな」

「それもそうだ」

「ハイハーイ! 皆サン、遅れたデース!」

 

 そう言って部室に入って来たのは、ブランだった。

 部室が重い空気になった時、盛り上げてくれるのは何時も彼女だ。

 何やらバッグに何かを入れて持ってきている。

 

「どうしたんだ? それは」

「遅くなったけどバレンタインのチョコレートデース!」

「バレンタインか。これまた日本で色々変わっている行事だな。そもそもこの日は聖バレンティヌス司教が拷──」

「それ以上はいけない」

「日頃お世話になっているということで。さっき桑原先輩にも渡してきたのデス!」

「成程、部室が教室に近いから、来るついでにってことか」

「そういうことデース! というわけで、私の手作りチョコを二人にもプレゼント・フォー・ユー!」

「有難い。受け取っておく」

「ありがとな、ブラン」

 

 ブランから手作りらしいチョコを受け取る。

 何やらカップの中に丸く膨れて表面がカリカリしたようなものだ。

 

「これって何なんだ?」

「エアインチョコ、デスね!」

「重曹で膨らませるアレだな」

 

 どうやら、なかなか凝ったものを作ってきてくれたらしい。

 こういったものがみられるのも、バレンタインチョコの醍醐味ってことか。

 

「しかしバレンタインチョコを同級生から貰うのって新鮮だな」

「そうなんデスか? カリンから手作りチョコを貰ったりとかは──」

「小学生の頃にチロルチョコを貰ったくらいだ。つか、あいつの料理の話は……しないでくれ」

「過去に何があったんデスか……」

 

 実際そうだから仕方がない。

 誰にだって向き不向きがあるのであり、彼女はそれが極端なだけなのだ。

 極端すぎて──危うく死人が出かけたのだがな。

 

「仕方があるまい。そういうこともあるだろう」

「ところで、紫月の奴は何処行ったんだ?」

「さあ。黒鳥サンと電話でもしてるんじゃないデスか?」

「そうか……まあ積もる話も色々あるんだろう」

「ところで部長。君、暗野からチョコクッキーを貰ったか?」

「え? 貰ってないけど」

 

 と言うことは火廣金は貰ったということなのだろうか。

 

「そうか。俺は今朝渡されたんだ。嫌いではないぞ、クッキーは」

「ふふん、2人で一緒に人数分沢山作ったんデスよ? 私と一緒に他の人には渡して回ってたんデスけど、アカルはまだなんデスかぁ?」

「ええ……ってことは、貰ってないの俺だけ?」

「流石にシヅクに限ってはそれは絶対無いと思いマスよ? 気合入れて作ってマシタし」

 

 にやにやと笑うブラン。

 別にチョコレートにそこまで執着は無いが、俺だけハブられるのはショックだぞ。

 俺、嫌われる事したかな。

 

「……心配だからってガッツリ絡み過ぎたかなあ」

「あれ? 結構気にしてるデスか?」

 

 そう言っていた矢先、ガラガラと部室の扉が開く。

 現れたのは紫月だった。

 彼女は俺の方を見るなり、咳払いを不自然にすると言った。

 

「白銀先輩。師匠が話したい、とのことです」

「え?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「えと、この間の件は……その、お疲れ様でした」

『そちらこそな。大変な事に巻き込んでしまって済まなかった』

 

 受話器越しの黒鳥さんの声色は思っていた以上に落ち着いていた。

 

『白銀よ。僕の事を心配する必要はない。僕は貴様等の危機があれば、ありとあらゆる手を使ってまた支援するつもりだ』

「あ、ありがとうございます。でも無茶苦茶な事はしないで下さいよ? 病院抜け出したりとか」

『……善処する』

 

 するつもりねぇな絶対に。

 

『今、アルカナ研究会がまた僕が戦えるように色々研究しているという。だから貴様が心配する事は何もないぞ』

「うーん……」

 

 イマイチ信用しかねる。

 とはいえ危険を承知で黒鳥さんに死神(デス)を渡したのは悪意があったわけでは無いし、必要な事だったので彼らを責めるのも筋違いか。

 

『まあ、楽しみに待っておけ』

「分かりましたけど……あ、それと怪我。怪我は大丈夫ですか?」

『順調だ。翠月のオウ禍武斗が施してくれた応急処置で自然治癒が早まっている。すぐに傷も目立たなくなるだろう』

「そうですか……後遺症とかも無さそうだったし良かったです」

『ああ。……さて、そろそろ家に着く。ここらで失礼するよ』

「こちらこそ、ありがとうございました」

『では、また会おう──僕の弟子を頼んだぞ』

 

 少しだけ茶化すような口調で彼は言っていた。

 あの人の心中は本当に分かりづらい。

 スマートフォンを手渡すと、紫月は早速問うてきた。

 

「何か言ってましたか?」

「心配は要らないってさ。後、弟子を頼んだって言われちまった」

「全く、あの人は余計な事を……」

 

 呆れたように紫月は髪を掻き毟った。

 

「……今回の件で、私は大事な人を失う恐怖に直面する事になりました。師匠は、私のデュエルを作ってくれた恩人で、掛け替えのない人ですから」

 

 彼女の表情は少しだけ暗くなった。

 

「大事な人が多いと、それだけ重圧も大きくなるものですが……それだけ支えてくれる人も沢山いる事も実感出来ました」

「師匠とのコンビネーションはバッチリだったみたいだな」

「やはり私達は似た者同士のようです。……美学は未だに分からないですが」

「ははっ、確かに俺もまだよく分かんねえ」

 

 師弟の絆が今回の事件を乗り越えたことは確かだろう。

 やはり、この二人は切っても切れない仲なのだ。

 例え普段悪態をついていても、未熟者扱いしていても、互いの強さは互いが一番知っているのだから。

 

「じゃあ部室戻ろうぜ。皆も待ってるだろうし」

「あ、あのっ」

 

 彼女は引き留めるように俺の袖を右手で引っ張る。

 

「……それと……遅くなってしまったのですけど」

「どうした? 紫月」

 

 彼女の左手を見ると──何やら小包が握られていた。

 

「バレンタインのチョコレートです。一応……いや、その、渡しておきます」

「ああ、俺にか。ありがとな」

「へ、下手くそだから、気に入ってもらえるか分からないけど、美味しくは……出来たと思います。……その。いつも、ありがとう、です。白銀先輩」

 

 俯きがちに、途切れ途切れに言う彼女。

 今日の紫月は何だか変だ。

 

「お、おう……こっちこそ」

 

 俺も言葉が続かない。

 何だか居心地が悪いような良いような、そんな気分だ。

 

「……これからも、よろしくお願いしますね。先輩」

 

 先に彼女の方から駆け出していってしまう。

 俺は追いかけようとしたが、先に小包の中を確認したいような衝動に襲われる。

 ピンクのリボンで結ばれた小包の中を覗くと、不格好な手作りチョコが入っていた。

 彼女が慣れない手付きで、チョコを湯煎に掛けたり成型している場面を思い浮かべると苦笑する。

 初めてだったのだろうか。苦手なりに頑張ったのだろうか。ブランも一緒だったみたいだし──

 ──あれ?

 そういえば、火廣金はチョコクッキーを貰ったって言ってたな。

 他の人にもそれを配ってたみたいだし……。

 ……ということは、俺だけ別に手作りチョコ?

 

「……初めてだな、こんなのは」

 

 俺は思わず周囲を見回した。誰も居なかった。

 今は何でもない振りをしていよう。

 というか、していないと部室に戻れる気がしない。

 お返し──ちゃんと渡さなきゃ駄目だな、これは……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 しばらく家を空けていたので大分従妹達には心配を掛けたが、大学で外せない用があったと誤魔化しておいた。

 元々遊びに行くような素行ではなく、一応真面目で通っていたのが功を奏したと言えるだろう。

 

 

 

「──ふぅ」

 

 

 

 もう死にかけるのは御免だ、と彼は苦笑する。

 2月の空に、吐息が白く消えた。

 既に辺りは暗くなっており、黒鳥は既に喋らない相棒のカードを電灯にかざした後、デッキケースに仕舞った。

 玄関に鍵を刺して回して開ける。

 歩き疲れた彼が廊下を歩くと、ぶつかるように人影が現れた。

 

「……玲奈?」

「……お帰り」

 

 彼女は口を尖らせて言った。

 

「……何か用か?」

「別にっ。何にも大した用なんて無いんだから」

 

 昨日は疲れていたのか何も言わなかった彼女だったが、もうすっかり何時もの調子に戻っていた。

 彼女がもしも、自分に起こった出来事を全て知ってしまったら、と思うと黒鳥はゾッとする。

 やはり世の中には知らない方が良い事がある、と改めて続いていく日常を噛み締めた。

 

「……今日も遅い。お父さんとお母さんに、あんまり心配かけないでよ」

「すまん。立て込んでいたんだ」

「ふんっ、悪いって思ってるように見えないんだから」

 

 こういう顔だから仕方がないだろう、と言いたくなったが言ったら言ったでまたうるさくなりそうなのでやめておく。

 しかし今日は妙に絡むな。どうしたのだろう、と思っていると、何かが胸に軽く叩きつけられた。

 

「……本気で悪いって思ってるなら、これあげる。勿論、義理なんだから」

「わざわざ作ったのか?」

「入院の所為で、その……バレインタイン過ぎちゃって、家族の分だけでも手作りしたんだから。レンのも一応作っておいたんだから」

 

 彼女の手を見ると、調理中に怪我でもしたのか絆創膏が何枚か貼ってあった。

 

「それと……あたしが倒れた時、助けてくれてありがとう」

「……世話を焼かせる。大事に至らなくて本当に良かった」

 

 ストレートに受け止められたので、玲奈は口ごもってしまう。

 何もかもが手に取られているようなのが悔しくて、彼女はデッキケースを彼に突き付けた。

 

「そんな事より久々にデュエル! 入院中に新しいデッキ考え付いたんだから!」

「貴様も大概デュエル脳だな。何だ? 手術で頭にコンボノミコンでも埋め込まない限り貴様が僕に勝つ確率は万に一つ無いぞ」

「そんなもの無くても勝てるからァーっ!」

 

 黒鳥は漸く実感する。

 そうか。帰って来るべき日常は、こういうことだったのか。

 ──猶更、死ぬわけには……行かなくなったな。貴様のおかげで、何とかそれを思い出せたよ。なあ──

 懐かしい名を呼ぶ。

 

 

 

 ──ヒナタよ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「終わったわねえ。色々あったけど」

「みづ姉、お疲れ様でした」

「クリーチャー退治というのは、あんなに大変なものなのねぇ……まさか、こんなに大きな事件になるなんて」

「──結局」

 

 二段ベッドの下段に潜りながら、紫月は問うた。

 

「何故、みづ姉は私が戦うのを許してくれたのですか? 私が隠し事をしていると知った時、大分怒っているようでしたが、結局私が戦う事に異議を挟まなかったのはどうしてですか?」

「あら。まだしづには言ってなかったかしら」

「説明も何もないのはどうかと」

「ふふっ。良い先輩を持ったわね、しづ」

「え?」

 

 二段ベッドの上から自分の顔を覗き込んで来る双子の姉。

 彼女はにやにやしながら言った。

 

「白銀先輩があの後全部説明してくれてね。本当に真面目な人だわ」

「そう、ですか」

「でもね、隣に居たブラン先輩が言ってたのは──貴女は自分の意思で戦ってるって事ね」

「!」

「カードゲーム以外で、何かに一生懸命に必死に打ち込む貴女を私は見た事が無かったから。私を守る為、そして何より──先輩達との日常を守る為に戦ってる。そうでしょ?」

「……はい。ですが、止めないのですか?」

「止めないわ。私だって人の事は言えないもの」

 

 彼女は机の上に置いた塔のカードを指差した。

 

「でも、言葉だけじゃ何とでも言える。貴女がどうして戦っているのか、そしてどんなふうに戦ってるのか、この目で見て判断するつもりだったけど……お姉ちゃんの杞憂だったようね」

「……そう、ですか?」

「ええ。師匠が傷つけられた時、私は結局師匠の病室で泣いてるだけで何も出来なかった。でも、しづはずっと活路を開く為に部室に籠ってた」

「そんな事ありません。あの時、みづ姉が居なければ師匠は死んでましたから」

「オウ禍武斗のおかげよ。でも、最終的に解決したのはしづのおかげね」

「あれは魔術師のカードと、師匠の持ってきたパーツが……」

「それを見て一瞬でデッキを組み立てたのは貴女じゃない」

「……そう、ですかね」

「私の知らない所で、貴女は成長していたみたいね」

 

 微笑む翠月。

 しかし、顔を逸らす紫月。

 未だに、彼女に黙って危ない事をしていたという後ろめたさが残っていた。

 

「みづ姉。でも、今回の師匠のような事が起こり得るかもしれないんです。私だって、きっと先輩が言ってないだけで、みづ姉が知らない危ない目に何度も遇っています」

「……そうね。それは確かに問題だわ。だけど、今更引き下がれないんでしょう?」

「!」

「薄々感づいていたわよ。貴女が何かやってる事はね。でも、貴女は私の妹であって私の所有物じゃないもの。確かに危ない事だと思うけど……貴女がやる事にきっと意味があると思うから送り出せるの」

「それは……何故?」

「デュエマ部には、しづが必要だからよ。そしてそれはしづも一緒」

 

 だけどね、と彼女は付け加えた。

 

「師匠も先輩も貴女を助けられない時は、絶対に私がしづを守るわ」

「……!」

「絶対に偽りは無いわよ。何があっても、ね」

 

 紫月は笑みを浮かべた。

 ああ、この人の妹で本当に良かった。

 そう思えた瞬間だった。

 

「……はい、みづ姉」

 

 頷く紫月。

 翠月も笑みを零した。

 

「ところでみづ姉。私は遅れながら皆さんにチョコを配りましたが……みづ姉は桑原先輩に渡すチョコはどうなったんですか?」

「え?」

 

 いきなりの質問に硬直する翠月。

 彼女の顔が真っ青になっていく。

 

 

 

「……いけない。師匠の怪我の事で完全に忘れてたぁ!」

「……」

 

 

 

 ああ、頼もしいのは良いが、やっぱり抜けているな。

 紫月はベッドに顔を伏せながら、つくづく思う。

 ──天然で、ぽやぽやしてて、忘れっぽくて……でも、私がみづ姉から離れられないのは──

 

 ──私が囮をやります! しづと師匠の傍にクリーチャーは寄せ付けません!

 

 死神との決戦に赴く前、自ら囮役を進言した翠月の姿を思い出した。

 ──きっと、私が頼ってしまうくらい、懐が大きいから……でしょうね。

 

「ねえ! しづはチョコ配ったの!? しづだけずるいわ! 私にも何か言ってくれれば良かったのに!」

「他人の恋路は邪魔しない方が良いと思いまして」

「……ということは、しづは渡したのね!? 白銀先輩への本命チョコ!」

 

 ぼんっ、と紫月の顔が真っ赤になった。

 

「何で知って──じゃなかった、何言ってるんですかみづ姉!」

「ほーら当たりよ! やっぱり白銀先輩が一番特別なんじゃない! まあ、私は見てたから分かったわ! これが、きゅーいーでぃーってやつね!」

「何を根拠も無しに、簡単な証明問題の一つも解けないみづ姉の癖に……」

「癖にっ、て何よ! 今そっちに降りてきてやるわ!」

「あっ、みづ姉! ベッドに一緒に潜り込むのはやめてください、みづ姉ーっ!?」

 

 ベッドでじゃれながら争う姉妹。

 だが、彼女達の絆は固く、決して解けはしない。

 二人の見ていた方向は違えど、その視線は確かに交わっていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──デュエル・マスターズの歴史が……もうすぐ終わる」

 

 

 

 彼女は呟いた。

 歯を噛み締め、彼らを見渡した。

 

「何度となく行われた修正……でも、幾度となく歴史は元に戻って来た。エリアフォースカードがある限り──」

 

 ゴムを弾けば、震えながらもいずれは元に戻る。

 だけど、と彼女は呟く。

 今のままではまだ何も変わりはしない。

 22枚の魔法のタロットカードは決して揃いはしない。

 大魔導司の力は全てが揃わなければ抑止力足り得はしない。

 そして、今のままで待つのは──糸が切れるかのような終わりの始まりだ。

 

 

 

「──早く……会わないと……間に合わない。あたしの、お爺ちゃんに……!」

 

 

 

 デュエル・マスターズは消失する。

 それも──決して遠くない、”未来”のうちに。

 

 

 

 




 ──NEXT、WildCards最終章「デュエル・マスターズ消滅編」へ続く──!


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番外編:風邪を引きました

「プールの方に逃げました! そちらから回り込んで下さい!」

「あいよ! 今そっち行くからな!」

 

 スマホ越しに先輩の声が聞こえてきます。

 私は暗野紫月。デュエマ部に所属している1年です。

 この何てことはない平日の放課後、私達が息を切らせながら冬のプールの周りで追いかけっこをする羽目になった原因は一言で言えばワイルドカードです。

 実体化して主を離れたクリーチャーが暴れており、早く倒さなければ宿主の命が危ない状態。

 何とかプールにまで追い込み、相対したのはマジック・コマンドの《超奇天烈マスターG》。こちらを見かけた途端に、宙へサイコロを投げ──それがエネルギー波を撃ち放ちました。

 

「シャークウガッ!」

「おうッ!」

 

 しかし、それは通りません。

 私の呼びかけと共に鮫の魚人が障壁を貼り、トランプを完全に凌いでしまいました。

 ですが敵は攻撃の手を緩める気配はなく、エネルギーが切れれば新しいサイコロを宙へ投げていきます。

 

「防戦一方ですが大丈夫ですか、シャークウガ」

「下手に障壁を解除出来ねえ! 相手の攻撃が予想以上に苛烈だ、黒焦げになりたくねえなら、これ以上近付けねえぞ!」

「先輩達が辿り着きさえすれば背後を取れます。それまで私達の正面にヘイトを集め続けます。持ちこたえられますか」

「了解ッ!」

 

 想像以上に強力な敵の攻撃。

 地面に突き刺さる程に鋭利なトランプカード、周囲の物を焼き焦がす稲妻。

 これだけの強さは、長らく宿主から魔力を吸っていたからでしょうか。

 ですが、此処さえ耐えられれば先輩がエリアフォースカードで空間に引きずり込んでくれるでしょう。

 それまでの辛抱──

 

「ッ!?」

 

 足が、急に濡れました。

 それどころか脛を何かが掴んでいます。

 ぬめりを帯びた、異形の手。その先には、プール内に潜んでいるクリーチャーの姿。

 伏兵。恐らくワイルドカードの下邊・トークンのクリーチャーでしょう。

 しかし気付いた時には遅く、手が私を冷たい水面へ引きずり込みました。

 

「きゃっ──!」

「マスターッ!?」

 

 攻撃が激しくてシャークウガは反応出来なかったのでしょう。

 私の身体は宙を舞ったかと思えば──一気に冷たい水面へ叩きつけられたのです。

 

「ごふっ……」

 

 身体が重い。

 そして気が遠くなるほど身体が冷たく、肺から空気が漏れ出しました。

 服には浮力があるのでこのままなら水面まで浮けるはず。

 しかし──脚が引っ張られ、水底にまで引きずられてる現状、それが叶わないのは明白でした。

 おまけにシャークウガは防戦一方。私を助けようと障壁を解除した途端、

 このままでは、溺れ死んでしまいます。

 

「シャークウガ……せん、ぱい……」

 

 意識が遠くなり、死を覚悟したその時。

 ”彼”ならば、もしかすれば水の中まで追いかけてくれるような気がして。

 それさえも諦めた時でした。

 何かが、私を掠め──水底に潜む異形を刺し貫きました。

 そして──私の手はすぐさま引っ張り上げられたのです。

 

 

 

「紫月ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「やれ、鮫の字が引き付けてくれたおかげで、背後を簡単に取れたが……小娘が水の中に!」

「アカル、プールに飛び込んでいったけど大丈夫デショウか!?」

「ワイルドカードは今しがた片付けた。戦闘終了だ」

「ヒイロ、ご苦労デース! あ、アカルが上がってきたデース!」

「部長、大丈夫か?」

「俺は平気だ、それよか火廣金は部室のストーブを全部出しておいてくれ!」

「大分水を飲んでやがるな……取り合えずマスターから余計な水を抜かねえと……んでもって応急処置だ!」

「シャークウガ、頼む。ブラン、一応着替えも用意してくれ!」

「丁度体操服があるデース! でもアカルもびしょ濡れデスよ!?」

「俺は大丈夫だ。おいチョートッQ、トークンは全部片付いたか!?」

「全滅したであります! でも何か、水に飛び込んだ所為か少し調子が悪いような」

「よし、大丈夫だな! 部室まで急ぐぞ!」

「えっ」

 

 と言ったようなやり取りがあったそうで、皆さんにはお世話になってしまいました。

 火廣金先輩が魔法で暖めたり、シャークウガが応急手当をしてくれた上、ブラン先輩が着替えさせてくれたおかげで何とか自力で家に帰れるくらいには快復しました。

 

「先輩方……しづがお世話になりました」

「……ありがとうございます」

「良いってことよ。あ、そうだ。マフラー貸すぞ紫月、いつものパーカー無しだと寒いだろ?」

「良いんですか? 白銀先輩も寒いのでは」

「俺、寒さには滅法強いからさ、このくらいじゃ全然ヘーキだぜ!」

「そう、ですか」

 

 その、何でしょう。先輩の好意を無碍にするのも気が引けたし、マフラーを貸して貰えるのも悪い気分ではありませんでした。

 結構、あったかいですし。

 

「何か嬉しそうね? しづ」

「何言ってるんですかみづ姉。今日は最悪です。プールに落ちるし、デッキもシャークウガに水抜きしてもらったとはいえ濡れましたし……悪い事しかありません」

「それを帳消しにするくらい、顔が緩んでる気がするけどな。マスターは分かりやすいぜ、ギャハハハハハハ!!」

「はぁ?」

「白銀先輩にマフラー貸して貰ってご機嫌ってことね」

「シャークウガ、フカヒレ」

「ひんっ、カード引っ張るのマジでやめろって!?」

 

 ……みづ姉とシャークウガに散々からかわれましたけど。

 本当にやめてほしいです。

 

「ほらほらー、しづったら好い加減素直になれば良いのにー、うりうり」

「オウ禍武斗、貴方のマスターですよ何とか言ってやって下さい」

「これぞ、青春也。善きかな」

「私に味方は居ないんですか……くしゅんっ」

「しづ、寒いの?」

「いえ大丈夫です……」

 

 さっきから、くしゃみが頻繁に出ます。

 ……どうやら風邪に気を付けなきゃいけないようですね。

 

「大変だわ、今日は私が一緒のベッドで暖めてあげるから!」

「何でそうなるんですか。一人で眠れます」

「じゃあ代わりに俺がマスターを責任持って暖めてやらねえとな!」

「もう、おいたが過ぎるわよっ。……サメさん?」

「ヒンッ」

 

 ひえ……みづ姉の笑顔の圧力です。

 久々に見ました。これは大分キレてます。顔は笑ってるけど目が笑ってません。

 ただでさえ青い鮫の顔が真っ青になっていくのが分かりました。

 

「殺されたくないので鍋に身投げしてきます」

「介錯はこのオウ禍武斗が仕る」

「ガイアハザードのトドメなんて要らねえよ!」

 

 笑顔で凄んだみづ姉とノリノリのガイアハザードにシャークウガが震え上がってカードへ引っ込んでしまいました。

 みづ姉、怒らせたら怖いからやめといた方が良いってあれほど言ったのに。

 顔には出て無かったけど、私がプールに落ちた時点で大分心配してましたからね……。シャークウガを詰りたくなるのは分からなくもないですが。

 

「シャークウガ、私は怒ってませんから。むしろ手当してくれたのは有難いと思ってます」

「そう言ってくれるのは、やっぱりマスターだけだぜぇ……!」

「じゃっ、私が今夜は暖めてあげるわねっ。お姉ちゃんに任せなさーい!」

「だから良いって言ってるんですけど……まあ良いか」

 

 姉の圧には……誰も勝てないようですね。

 それにしても白銀先輩大丈夫でしょうか?

 マフラーも無いし、ブレザーまだ乾いてないような気がします。ロクにストーブに当たらずあちこち駆け回ってた上に、あの人着替えて無かったような気がするのですが……。

 

「くしゅんっ」

「しづ、本当に大丈夫? 風邪に気を付けてね?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 どうも、デュエマ部1年暗野紫月です。

 先に結論から言いましょう。

 風邪を引きました──

 

「えっ、アカル、今日も休みなんデスか!?」

 

 ──ただし、私ではありません。ぶっ倒れたのは白銀先輩です。

 それも、今日で三日目です。土曜で授業は無いとはいえ、部活に出てこないとなると……。

 

「何故私じゃなくて白銀先輩が……これ、どう考えてもこないだのアレが原因ですよね」

「アレが原因デスね……アカル、自分の事になると疎いから……」

「仕方がないだろう。正直、準備運動なしで冷たいプールに飛び込んで、心臓麻痺で死ななかっただけ良しとするべきだ」

 

 部室には重い空気が漂っていました。

 何かピースが足りないというのでしょうか。

 やはりデュエマ部は4人でないと成り立たない。

 白銀先輩が休んだ初日こそ、

 

「ヒャッホーイッ!! 今日はアカルが居ないから、映画見放題、推理小説読み放題デース!」

「プラモデルも作り放題だな」

「スマブラ! スマブラを爆音でやるデース!」

「ジオラマだ、火廣金流特大ジオラマで部室を占拠する機会は今しかあるまい」

 

 等と抜かしていた先輩方。この通りストッパーが居ないので暴走し放題なのでした。はっきり言ってクソ迷惑集団(二名)も良い所で居眠りも出来ませんでした。

 まさに鬼が居ぬ間にという奴なのでしょう。先輩が居ないので爆音でスマブラしたり、推理小説をたっぷり持ち出したり、火廣金先輩はプラモデルをごっそり持ってきて片っ端から作り始め──

 

 

 

(((……)))

 

 

 

 ──そして、僅か十数分程で暴走は鎮圧したのでした。

 ツッコミ役が居ない。ブレーキ役が居ない。

 成程確かに好き勝手出来るのですが……それはデュエマ部でやる必然性がほぼほぼ無いと言っても良いのです。

 何より張り合いというものが皆無でした。

 一言で言えば虚無。谷底に向かってボールを投げ続けるような感覚です。

 

「アカルのツッコミも込みでデュエマ部デース! ボケしかいないコントなんて破綻も良い所デス、ワトソンのいないホームズみたいなものデスよ!」

 

 と、アホームズが言っています。

 人の事は言えませんがツッコミが生命線の部活動ってどうなんですかそれはそれで。

 

「レディ、まさかこの俺をボケに数えてるんじゃあるまいな」

「え? ヒイロはボケデショ?」

「正面からこうも言い切られると清々しいな」

「普段の自分を省みて下さい。最近の貴方、ただの痛々しいプラモオタクですよ」

「何を言う。この俺の何処が痛々しいプラモオタクだ言ってみろレディ」

 

 貴方の一挙一動全部です。

 

「アカル、大丈夫でしょうカ?」

「最初のうちは、部長の事だからすぐ復活するだろうと思っていたのだが……殺しても死なない部長だぞ、風邪くらいなんてことはないはずだったんだが」

 

 火廣金先輩の中の白銀先輩はどんな超人になってるんですか。

 

「三日連続ともなると、インフルじゃなくても心配デス!」

「……そう、ですね」

 

 心配です。

 きっと、私を助けて飛び込んだ所為です。

 次の日に返そうと思っていたマフラーは結局、返せてないままです。

 もしかして、風邪を引いたのはこれを私に貸した所為かもしれません。

 

「アカル、一人暮らしなんデスよね……家で死んでなかったら良いデスけど」

「チョートッQが居るから大丈夫とは思いたいがな」

 

 ……。

 何か不安になってきました。

 三日も休むような身体でまともに動けるとは思えません。

 先輩達と、白銀先輩の家に見舞いでも──

 

 

 

「ちょっと或瀬さん、良い!?」 

 

 

 

 ──いきなり、部室の戸が開きました。

 あれは、バレー部の部員みたいですが……かなり切羽詰まった様子。

 

「Why!? 引っ張らないでくだサーイ!?」

「どうせ暇でしょ、事件なんだよ事件!」

「事件!? 今、事件って言ったデスね!? 喜んで着いて行くデース!」

「どれだけ飢えてるんですか、倫理観何処に置いていったんですかこのホームズフリーク」

 

 ああ、これは駄目なようですね。

 仕方ないです、それなら火廣金先輩と見舞いに──

 

「火廣金! 秒で模型部に助っ人来てくれ! 明日展示会に出すブレード・アーム・ガールのセットがまだ出来てねぇんだ!」

「俺はプラモデルの魔導司(ウィザード)・火廣金緋色。やるからには最高の展示会を約束しよう」

「魔導司のプライド何処行ったんですか、やっぱり只のプラモオタクじゃないですか」

 

 初耳なんですがその称号。

 貴方の二つ名はアルカナ研究会の『灼炎将校(ジェネラル)』でしょ。

 

「流石我らの魔法使いだ、恩に着るぜ!」

「すぐに取りかかろう」

「Sorryシヅク、部室閉めておいてくだサーイ!」

「……お疲れ様です」

 

 ──結局、皆さん秒で連れてかれました。

 これ、もしかしなくても私だけで行かないといけないやつですか。

 ……いえ、元より先輩は私を助けて風邪を引いたようなものです。

 私一人でも、いや私一人だからこそ先輩を見舞いに行かないと……!

 

「マスター、大丈夫なのか?」

「……やるしかないです」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……ンだれだぁ……このクソキツい時に……ん」

 

 インターホンを鳴らすと、気怠そうな声と共に白銀先輩が出て来ました。

 これは駄目みたいですね。

 頭には冷えピタ、服装はパジャマのまま、そして声は掠れ掠れ。

 顔は赤いし、目は最早死んでいます。

 

「失礼します。白銀先輩」

「……紫月?」

「様子を見に来ました。先輩方二人共心配してましたよ。熱はどうですか?」

「……」

 

 彼は首を横に振りました。

 成程、喋る気力も無いようです。

 この様子では病院にもまともに行けてないのではないでしょうか。

 

「マフラーを返すついでに色々家から持ってきたんです。先輩、大変だろうからお手伝いしようかと」

「……?」

「何不思議そうな顔してるんですか」

 

 家の事を普段、全部自分でやって……部活もクリーチャー退治も皆を引っ張って。

 それに比べれば私なんて、何時も先輩やみづ姉、親に頼りっきりで情けなくなります。

 こんな時くらい、誰かを呼んで頼っても良かったのにそうしなかったのは、きっと誰にも迷惑掛けたくなかったからでしょうね。

 だから今日くらい……先輩を手助けさせてください。

 

「すまん……正直、助かる……」

「すまんじゃないですよ。こんな時くらい、誰かを頼って良いんですから」

「おぉ……」

 

 足取りはおぼつかなく、壁に手を突きながら歩く程。

 こんなに弱っている先輩、見た事無いかもしれません。

 ……大袈裟ですけど、今放っておいたら死んでしまいそうな気がしてきました。

 勉強机の上に先輩のマフラーを置き、一先ず何処から手を付けようか考えていた矢先、シャークウガが飛んできます。

 

「なぁ、マスター。チョートッQの気配が全くしねえんだが、あいつ何処行ったんだろうな?」

「シャークウガ、探してて下さい。彼にも手伝わせましょう」

「おうよ。白銀耀は任せたぜ」

 

 そう言ってシャークウガが飛んで行くのを見届け、先輩を彼の寝室に寝かせました。

 取り合えず色々やらないといけない事は山積みですが……。

 

「先輩、ごはんは食べられてますか?」

「……ぃや」

 

 首を横に振りました。

 どうやら、ろくに食べられてないようですね。扁桃腺をやられたのかもしれません。

 私も経験があるので、辛さはよく分かりません。

 

「喉が……後、口、痛くて……」

「口内炎も併発ですか。風邪で色々一気に噴き出しましたね。でも食べないと治りませんよ。取り合えず果物のゼリーとか、どうですか?」

「おぅ……悪ぃ、ケホッ」

「それと、持ってきたもので何か作ります。台所、借りますけど……良いですか?」

「……すまん」

 

 そう言った後、先輩はガバッと起き上がり、こちらを何処か不安そうな目で睨みました。

 

「ちょっと待て……ぃま、なんて?」

「風邪でも、そのツッコミは健在ですか」

「いやいや、悪ぃよ流石に……飯くらい自分で」

「作れてないじゃないですか、病人は大人しく寝てて下さい」

「あぅっ」

 

 ぽん、と胸を小突くとすぐに彼は枕へ倒れてしまいました。

 ……そんな状態では説得力が皆無ですよ、先輩。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 綺麗に掃除されてますね、台所。

 やはり、几帳面で真面目なのが家の随所に現れています。

 流石に此処最近はゴミ袋が溜まってましたが、それでも男子の家にしては綺麗なくらいです。ご家族は留守にしてる事が多いと言ってましたが、そもそも一緒に住んでないのでしょうか? 

 ……さて。料理らしい料理なんて作った事、殆どないですが……せめて、簡単に作れるもので間に合わせましょう。

 昔、風邪を引いた時にみづ姉にしてもらったことを思い出しながら、一つ一つやっていけば良いはずです。

 取り合えずおかゆはセット出来たので……喉に効くものでも他に用意しましょう。

 そう思い、持ってきたものを漁ろうとした時でした。

 

「マスターッ、大変だッ!」

「シャークウガ、うるさいです。先輩が寝ています、どうしたんですか」

「チョートッQが……故障した」

「はあ?」

 

 何言ってるんだこの鮫、と思いながら視線を向けると──彼が手に持っている皇帝(エンペラー)のエリアフォースカード越しに呻き声が。

 まさかこの掠れた声、チョートッQですか。

 チョートッQ、もとい守護獣も風邪を引くんですか。

 

「機械に水は最悪の組み合わせだ。濡れるくらいならまだしも、水中に居たクリーチャーを片付けるためにドボンッて飛び込んじまっただろ? そん時に色々やられたらしい」

「嘘、そんな馬鹿な事が……」

「あるんだよ! 所詮俺達ゃまがい物、されどまがい物だ。元のクリーチャーの性質ってのは色濃く受け継ぐ。地上戦、空中戦が無敵でも耐水性ってもんが無かったんだろうな、サンダイオーは」

「……肝心な時に両方ダウンですか」

「取り合えず、済まねえがコイツに関しては俺に任せてくれ。どうにかしねえとチョートッQは多分このままだ」

「分かりました。先輩はこちらでどうにかします。シャークウガはシャークウガにしか出来ない事をやってください」

「そう言ってくれると助かる!」

 

 取り合えず向こうは任せましょう。

 昔、風邪を引いた時にみづ姉にやってもらったこと……まずは。

 

「先輩、服を脱いでください」

「ぇ?」

「そんな驚いた顔しないでください。お風呂入ってないでしょ?」

「……そんな気力、無かった」

「じゃあ身体拭くんで」

 

 先輩の服を脱がせ、濡らして電子レンジで温めたタオルで拭く。

 風呂に入れないとき、みづ姉や親に同じことをしてもらいました。

 

「……なんか、何から何まで全部やってもらって……わりィな」

「みづ姉に昔やってもらったことを真似してるだけです」

「そうか……翠月さんか……」

「脱いだ服、洗濯機に突っ込んでおきます。後、おかゆとお茶を持ってきますね」

「……」

 

 先輩は力なく頷きました。

 頭がぼうっとしているのか、やはり目に力が宿ってないようです。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「みづ姉、大変です。おかゆに味がありません」

『塩と梅干しを入れてないんじゃない?』

「あっ、やっぱ入れないとダメですか」

『味が薄すぎて食べられたモノじゃないわよ。それと梅干しは口内炎にはきついから、卵を入れて白だしか醤油でマイルドに味を調えた方が良いわね。でもあまり濃くならないように調節して。分量は今から教えるわね』

「ありがとうございます。やはり……みづ姉は料理上手ですね」

『単に好きなだけよ。彫刻に比べたら何てことはないもの』

 

 味見をした後、私はすぐさまみづ姉に電話する羽目になりました。

 やはり、慣れてないと……どうしても困った事が出て来ますね。

 さっきも洗濯機を回す前に洗剤の容量間違えてしまいましたし、台所は汚してしまいましたし……おかゆには味が無いし。

 

『でも、結局貴女一人で白銀先輩の家に?』

「……先輩一人暮らしだったので心配だったんです。正直、来たら想像以上に弱ってて」

『そうだったの。なら……仕方ないわね。他の先輩方も忙しいみたいだし、私も今手が離せなくて』

「分かりました。もう少しこちらで何とかします」

『一人で大丈夫なの?』

「みづ姉のおかげで、何とかなりそうです」

「私?」

 

 正直、色々大変でまだまだやることは山積みですけど、それでも……何とかなりそうです。

 

「昔……小学生の頃、私が酷い風邪で倒れた時、喉が痛くて何も食べられなかった時があったでしょう」

『……私はよく覚えて無いんだけどね。しづに優しくするのは当然の事でしょ? それに小学生以来、しづが酷い病気になったことないし』

「あの時、深夜にお腹が空いたけど喉が痛いって言う私にゼリーを渡してくれたり、身の回りの事とか色々やってくれたみづ姉の事はよく覚えてるんです」

 

 誰かに優しくしてもらった思い出というのは、やはり残るものなのでしょうか。

 みづ姉が憶えて無くても、私は憶えてるんです。

 だから──白銀先輩にも同じことをしてあげようと思えたのかもしれません。

 

「私、あまりやったことないから……みづ姉の真似事しか出来なかったし、らしくないって思うんですけど」

『らしくないなんて事は無いわよ、しづ』

「みづ姉?」

『貴女が心の底から、相手にそうしてあげたいって思ったなら……それは愛っていうのかしらね、やっぱり』

「愛!?」

『何驚いてるの。貴女が言う、昔の私も同じだっただろうし……その人に優しくしてあげたいって気持ちが大事なのよね、きっと』

「……そう、でしょうか」

 

 愛、ですか。

 そういう感覚は、まだ私にはよく分からないです。

 でも、白銀先輩に対して湧き上がる気持ちは……そうなのでしょうか。

 

『ま、白銀先輩への愛はこれで否定しようがなくなったわね、しづ?』

「みづ姉、茶化さないでください」

『とりあえず、私も後で手伝いに行くわ。それにしても──』

 

 電話の奥でみづ姉が笑ったようでした。

 

 

 

『やっぱり……デュエマ部に入ってから、変わったわね、しづ』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「先輩、おかゆ持ってきました。置いておきます」

「……寝過ぎて頭痛くなってきたから、食う」

「はい」

 

 ゼリーで食欲に勢いが付いたのか、スプーンで先輩はおかゆをゆっくりと口に運び始めました。

 

「お茶もあります。冷たいのが良かったら持ってきます」

「いや、これで良い」

 

 三日分の反動なのか、しばらくするとおかゆは空になってしまいました。

 

「風邪薬、飲んでますか?」

「……体引きずって病院行ったから、風邪薬は飲んでる。なかなか良くならねーけど」

「分かりました。じゃあ、お皿下げますね」

 

 そう言って、私が席を立とうとした──その時。

 先輩の手が、私の袖を握ってました。

 

「……先輩?」

「悪い……少し、傍に居てくれねえか?」

「!」

 

 普段の先輩なら吐かないような弱音でした。

 熱がまだあるからか、その声には力が入っていません。

 

「良いですけど、どうしたんですか?」

「少し、心細かったんだ。この三日、一人だったから」

「……」

「駄目だな。俺、部長として、もっとしっかりしねえといけないのに……頑張らねえといけねえのに……情けねえなあ……あだっ」

「何言ってるんですか。そんな身体の時まで」

「だけど俺……皆の、役に……立たねえといけねぇのに」

「そんな事、今考えなくて良いですよ」

 

 そうです。 

 先輩が居ないだけで、デュエマ部は立ち行きませんでした。

 皆……先輩が部長とかどうとか関係なく、必要としています。

 私も、同じなんです。

 

「私は先輩が元気でいてくれれば、それでいいです。先輩が一緒にいてくれれば、それでいいです。先輩が、辛い目に遇ったり、それを我慢するのは私だって辛いですから」

「……俺には出来過ぎた後輩だよ、お前は本当に、ゲホッゲホ」

「先輩、無理して喋らなくて良いですから。みづ姉みたいには出来ませんけど、」

「……翠月さんみたいに、とかそれこそ思うこたねぇよ」

 

 無理矢理重いものを動かすように彼は身体を起こします。

 

「……お前が来てくれただけでも……今此処に居てくれるだけでもありがてぇのに」

「先輩……」

 

 そうだ。

 特別な事なんてしようと思う事は何も無くって。

 互いに──心の穴を埋める誰かを欲していて、傍にいてくれるだけでも有難くて。

 

「だから……ぅん」

「先輩!?」

 

 どさり、と彼は枕に倒れ込んでしまいました。

 少し疲れてしまったのでしょうか。

 

「本当に先輩は、何時まで経っても仕方ない先輩です」

「……おぅ」

 

 力無く彼は頷きました。

 やはり無茶し過ぎです。喉を腫らせてるからあまり喋らない方が良いのに。

 でも……あんなに嬉しい事を言われたら、少しだけ舞い上がってしまいますよ、先輩。

 

 

 

「先輩が良いなら……紫月は、ずっと先輩のお傍に居ますね」

「……ん」

 

 

 

 ……。

 私、勢いでとんでもない事言ったような気がしますけど、先輩ぼうっとしてるし大丈夫でしょう。

 流石に聞こえてないはずです。

 でも──これは冗談じゃなくて、本心ですよ先輩。

 先輩も放っておいたら壊れてしまいそうな人だから、私も……放っておけないんです。

 

 

 

 

 ピンポーン……。

 

 

 

 そんな事を思ってたらインターホンが鳴りました。

 一体誰でしょう。

 先輩寝ちゃったし、一先ず出るとしますか──

 

 

 ※※※

 

 

 

「あー……クソ、寝過ぎた……」

 

 この俺、白銀耀は風邪こそ長引くタイプだが、大体重くとも四日程寝てれば治る。

 若干喉はまだ痛いが、熱は微熱程にまで下がっていた。

 これなら月曜日には学校に出られるくらいになっているかもしれない。一応まだ安静だな。

 にしても──あの紫月が看病に来て色々やってくれる夢を見た気がしたんだが。

 

「いや、夢じゃ……無いよな」

 

 微妙に膨れた腹を摩りながら、俺は呟く。

 あいつが色々やってくれたのは確かみたいだ。

 月曜日、学校に行ったらお礼を言わないと……。

 紫月には感謝しかない。家事も料理も翠月さんの真似をしたとはいえ得意じゃないのを押してやってたはずだ。  

 何でわざわざこんな事を……。

 

 

 

 ──先輩が良いなら……紫月は、ずっと先輩のお傍に居ますね。

 

 

 

 まだ耳元に残っている言葉を思い返した。

 また熱が上がるかと思った。

 ひょっとして、今の俺は俺は自意識過剰の痛い奴なんじゃないか?

 ……夢じゃ、ねえよな。確かに彼女はそう言ったはずだ。

 言葉の意味を考えれば考える程──また顔が熱くなってきて。

 

「……ああクソ、やめやめ。折角好意で看病に来てくれたのに、これじゃあ俺が自意識過剰の痛い奴だ」

 

 取り合えず、やっと自力で動けるようになったので部屋を出ないと。

 冷蔵庫に、まだ何か無かったっけ──なんて思いながら、覗いて見ると。

 

『早く良くなるデスよ、アカル!』

 

 なんて書かれた手紙と一緒に、近所のケーキ屋のケーキが入っていたのだった。

 お礼でも送ろうかとスマホを開くと──

 

『見舞いついでに洗濯物は片付けておいた。後、優秀な後輩にもしっかり礼を言っておきたまえ』

 

 ──と、火廣金からのメールが入っていたのだった。

 成程。結局デュエマ部部員は皆俺の家に立ち寄ったらしい。

 

 

 

「……本当、デュエマ部が居場所で良かったよ俺は」

 

 

 

 ……つくづく思う。白銀耀という男は、どうやら幸せ者らしい。



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第六章:デュエル・マスターズ消滅編
GR1話:取り残された少年──ジャメヴ


 ──ジャメヴ、という言葉を知っている人は居るだろうか。これはあくまでも俺、白銀耀という「ごく普通」の高校生の経験則でしかないのだが、例えば家具の位置が変わっている……ような気がしたり、通学路の光景が少し違って見えている……ような気がしたり。

 つまりは既視感の逆、未視感である。

 大抵それは唯の思い過ごしだが、何か重大な病気の前触れの時もあるらしい。

 これは2月も終わろうとしている、ある日の事。

 この日の俺は、連日徹夜して部室に立てこもり、戦艦のプラモデルを作っているウマシカもとい火廣金に好い加減お灸を据えてやろうと、珍しく朝から部室に足を運ぶべく少し急ぎ気味に家を出ていた。

 しかし、この日のジャメヴとやらは取り分けて酷かった。通学路を歩いていると見た事のない顔で同じ制服の生徒が散見されたり、見た事のない置き物が散見されたり……等々。

 

「何だコレ?」

 

 背伸びしてみてみたが、趣味の悪い30cm程の大きさの人形だ。

 目玉と鍵爪のついたヒトガタの怪物。

 誰がこんなものを置いたのだろう。

 

「なあチョートッQ、これ何だと思う?」

 

 ……。

 あれ? 何も返事が返って来ない。

 今日は寝てるのだろうか。俺が何かしゃべっても出てこないのは珍しい。

 

「……しゃーねえな」

 

 特に気にも留めないことにした。 

 チョートッQからの返事が返って来ないのも、何なら俺が感じている違和感も、きっと気の所為なのだろう。

 そう思っていた。

 そう思っていたかった。

 部室に足を踏み入れた所──

 

 

 

 ──その部室が、跡形も無くなっていたのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……? ちょっと待て」

 

 

 

 ようやく己の身に降りかかった不条理に物申す。

 おかしいと思ったのは、そもそも部室に鍵が掛かっていなかったことである。だから乱暴に戸を開けたのだが、中はもぬけの殻。

 何だこれは。何なんだこれは。

 普段ならばカードをしこたま詰め込んだストレージボックスやブランの推理小説が詰まった本棚に、紫月が好きなスイーツが沢山入った冷蔵庫。

 そして何より火廣金が部外者に絶対触らせたくないであろう大量のプラモデルの数々がごっそり消えているのである。

 部屋を間違えた? いや、そんな事はない。

 俺は、単に部屋の中のものを全部撤去されたのかと思った。

 しかし──出来ない。出来る訳が無い。

 生徒会はブランの尽力によって弱みを握られているので、部室に手出し出来るわけがない。

 しかも此処は空き教室。誰も大して使いやしないので、そのままになっていたのだ。

 それに、一つだけ気に掛かることがある。

 

 

 

 一晩中部室に居たはずの火廣金は何処に行った?

 

 

 

 スマホで彼の電話番号に掛ける。

 しかし──反応が無い。

 ツー、ツー、と無機質な音が響いた後、

 

 

 

「おかけになった電話番号は現在お取り扱いしておりません」

 

 

 

 機械的な音声が流れたのだった。

 

「……こ、こんな事ってあるのか」

 

 頬に嫌なぶつぶつが出来るような感覚。

 何か、俺の知らない所で奇妙で恐ろしいものが迫ってきているような気がした。

 あいつは、何処に行ってしまったんだ?

 妙に胸騒ぎがして、俺は教室に駆け込む。

 そしてあいつのことを聞いてみる事にした。

 

 

 

「火廣金……? そんな奴知らねえぞ」

 

 

 

 俺は狼狽したまま、言葉を繋ぐことしか出来なかった。

 

「いや、その、だって、お前本当に憶えてないないのか?」

「憶えるも何も、そんな奴知らねえよ。クラス表見れば分かるだろーが」

「……は、はは、そうだよな」

 

 居ない。

 何処にも彼の姿が無い。

 そればかりか、教室の誰に聞いても火廣金緋色という人物を知らない。

 消えてしまった。

 火廣金は、俺達の目の前からその痕跡諸共に消えてしまった。

 何かクリーチャーの仕業だろうか。

 異変には慣れっこだが、今回のこれは妙な焦燥感を感じた。

 取り返しのつかない何かを見落としてしまったような気がしていた。

 

「おい白銀。今日どうしたんだよ。変だぜ?」

「へ、ヘン……って、朝部室に来たら、部室が、デュエマ部が無くなってて──」

「は? でゅえま部って何だよ。お前は助っ人専の帰宅部だろ」

「……え」

「つかでゅえまって何だよ。みょうちきりんな言葉を造るな。頭でもおかしくなったか? え?」

 

 別のクラスメイトがやってくる。

 

「どうした白銀。今日本当におかしいぞ」

「違う。違う──だって、こんな事ってあるか!? 昨日まであったんだぜ!? 俺の、俺達のデュエマ部が」

「あのなあ。お前がさっきから連呼しているデュエマって何なんだ」

「何って──デュエル・マスターズ、略してデュエマは世界で一番人気なカードゲームだろ」

「そんなもんは知らん」

 

 何なんだこれは。

 クラス全員で口裏合わせてイジメでも受けているのか?

 自分がとてもちっぽけで惨めな被害者になったような気分だ。

 だって、周知の事実だったはずだ。良くも悪くもデュエマ部は有名だったし、デュエマは知名度のとても高いカードゲームだ。

 今こうやって”知らないフリ”をしているこいつらでさえ知らないわけがない。小学生の頃はやっていたと話していたものだ。

 これじゃあまるで、デュエマ部どころかデュエマ自体が無くなってしまったみたいじゃないか。

 

「そ、そうだ、ブランに──ブランに聞けば良い! あいつもデュエマ部だからな」

「ブラン? ……ああ、或瀬だっけか。そういや、そんな奴もいたな」

「そんな奴もいたなって──どういうことだよ」

「あのな白銀。はっきり言わせて貰う。今日のお前は、マジでイカれてる。もうとっくに居ない奴の名前まで使って、有りもしねえ部活をでっち上げたりとかな」

「或瀬は、とっくに自主退学したよ。可愛い子だったのにな」

「な、何で」

「知るかよ」

 

 ブランが自主退学?

 そんな馬鹿な事があるわけがない。

 昨日まで、あいつは部室で俺達と一緒に居たのに。

 おかしい。こんな事は有り得ない。

 

「おはよー。何? 騒がしいけど」

「!」

 

 俺は教室の戸を見やる。

 凛とした明るい声。

 花梨が何時も通りの様子でやってきたのだ。

 良かった。彼女には見た所なにも異変が無いようだ。

 

「良かった、花梨。お前は大丈夫みたいだな」

「だ、大丈夫って何?」

「おい刀堂。一発竹刀で引っ叩いてやれ。今日の白銀、おかしいんだよ」

「おかしくねーって。花梨。火廣金のやつが何処にも居ないんだ。皆忘れちまってるみたいだし──何ならデュエマも、デュエマ部の事も知らねえって言うんだよ」

「ヒヒイロカネ? デュエマ?」

 

 彼女は首を傾げる。

 

「ああ、だから一緒に──」

「ちょっと、ちょっと待って! いきなり何の話?」

 

 彼女は手で静止する。

 何の話、だって? 火廣金の名前も、デュエマも、憶えが無いってのか?

 

「耀。ゲームのやり過ぎ」

 

 ばっさりと切り捨てるように花梨は言った。

 

「あたしはあんたの与太話に付き合ってる暇は無いんだからね。良い? 変な事言って皆を困らせちゃダメだよ」

「あ、い、いや……」

「あーあ振られちまったな白銀」

「花梨嬢にまで見捨てられちまったんじゃ末期だぜ末期。とにかくしっかり寝た方が良いぞ」

「なあ、花梨」

 

 俺は絞り出すように言った。

 

「本当に、デュエマ部の事、何も憶えてないのか?」

「何言ってんの? でゅえま部?」

「ほら、だって、ラインのグループまで作ったじゃないか──昨日だって」

 

 言った俺はスマートフォンを取り出す。

 全員分の連絡先が、そしてラインの会話が残っているはずだ。

 

 

 

 

繧ォ繝ェ繝ウ

繝弱だ繝?蜈

繝悶Λ繝ウ

邏ォ譛

轣ォ蟒」驥

譯大次蜈郁シゥ

 

 

 

 肌が、粟立った。

 画面は次々に文字化けしていき、ラインの記録も、電話帳も、全部書き換えられていく。

 

「ねえ。轣ォ蟒」驥って誰?」

「……」

 

 花梨の声にノイズが、一瞬だけ掛かった気がした。

 火廣金緋色という存在など、最初からこの世に居なかったかのようだった。

 

「ねえそれよりも耀。女子剣の皆が、また全国目指して頑張ってるらしいからさ。あたしも応援しないといけないんだけど、あんたも手伝いなよ。幟とか作るのさ」

「応援? 何で花梨が応援するんだよ」

「はぁ!? チームのメンバーを応援するのは当然なんだから。引退しても、皆が頑張ってる時に遊んでなんかいられないよ」

 

 引退って──俺達はまだ2年だぞ、と言おうとして俺は違和感に気付いた。

 花梨の脚に巻かれている包帯だ。

 そればかりか、いつも見慣れた姿に比べて、何処か身体が弱っているように見えた。

 

「お前、身体、大丈夫か?」

「耀。わざわざ言わせないで」

 

 花梨の口から、明朗さからかけ離れた嘆息混じりの溜息が出た。

 

 

 

 

「……あたしがお医者さんから二度と剣振るなって言われたの、分かってて言ってんの?」

 

 

 

 俺の頭はいよいよ破裂しそうだった。

 馬鹿な。花梨が、そんな怪我を何時したんだ?

 この口ぶりだと、もう大分長いようだ。

 だが、知らない。俺は何も──知らないのだ。

 何があった? 何が起こった? たった一晩の間に、俺を取り巻く環境が変わってしまった。

 

 

 

「っ……!」

 

 ぞくぞく、と背筋が凍った。

 軽蔑混じりの花梨の視線が俺の心臓を貫いていた。

 違う。違うんだ花梨。

 俺は──何も知らないんだよ。

 

「うっ、うわぁぁぁーっ!!」

 

 俺は思わず教室を飛び出した。

 何か言い知れない気持ちの悪さを感じた。

 此処には居てはいけない気がした。

 後ろで何か声がした。俺を呼ぶ声が聞こえた。

 だが、もう耳には入らなかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 学校を飛び出した俺は、街を駆けまわっていた。

 無い。

 無い。

 これはタチの悪いドッキリかと思った。

 しかし、何処にもない。

 カードショップはあれど、何処にもデュエル・マスターズを取り扱っている店が無い。

 何処で、誰に聞いてもデュエル・マスターズという単語を知らないというのだ。

 

「はぁ、はぁ──っ、はぁ──」

 

 何が、どうなっている。

 分からない。

 考えても考えても分からない。

 どうしてこうなった?

 何時からこうなった?

 俺の知らない間に、何があった?

 教えてくれチョートッQ。お前はこんな時に何やってんだよ!

 

「チョートッQ、チョートッQ! 好い加減出て来やがれ!」

 

 エリアフォースカードを求めて、鞄の中を探る。

 ゾッとした。

 無い。デッキケースが何処にもないのだ。

 その代わり──何も書かれていない白紙のカードだけが入っていた。

 まさかこれ……皇帝(エンペラー)のカードって言うんじゃないよな?

 まるで、最初に見たあの時のようだ。

 完全に休眠状態に入ってしまっている。朝からチョートッQが何も言わなかったのはこのためか?

 

「チョートッQ! 頼む! 頼む! 出て来てくれ!」

 

 カードは何も言わない。

 街を駆け回り続ける俺はようやく気付いた。

 違和感の正体も、火廣金が居なくなった理由も、ブランが退学したのも、花梨がデュエマ部の事を忘れて剣道を引退しているのも──

 

 

 

 ──そもそも、世界からデュエマが消えたことに原因があるのではないか?

 

 

 

「は、ははっ……」

 

 乾いた笑みが漏れた。

 ネットもダメだ。

 勿論、街の人も。

 学校の皆も。

 花梨でさえも。

 デュエル・マスターズの事を忘れてしまっていた。

 それどころか──デュエマ部も、火廣金も、痕跡諸共に消えてしまっている。

 

「紫月……」

 

 祈るように、その名を読んだ。

 彼女がどうなったのか分かっていない。

 まだ、チョコレートのお返しも出来ていないというのに。

 

「あいつも……俺の事を、忘れちまってるのか……?」

 

 怖い。

 初めて紫月に会うのが心の底から怖かった。

 何処に居るのか分からない火廣金やブランと違って、彼女は余程何か大きな出来事が起こらない限りこの街に居るはずだ。

 会うのは一番簡単と言える。

 だけど怖い。

 最初がギクシャクしていただけに──さっきの花梨のように何も知らない彼女に拒絶されるのが怖くなった。

 俺だけが世界に取り残されてしまったようだった。

 それだけじゃない。

 火廣金は? ブランは?

 折角皆、仲良くなれたと思っていたのに──

 

「……これは、悪い夢か何かなのか?」

 

 

 

「白銀耀。お前はこれを悪夢と呼ぶが……果たして本当にそうかな?」

 

 

 

 声が、聞こえて思わず空を見上げた。

 都会の雑踏の中、まるで景色から浮いたように電灯の上に座る男が嘲笑うように見下ろしていた。

 その身体は全身が白いスーツに包まれており、パンダのように肩や腹部が黒く染まっている。

 

「……なんだ、お前は……?」

「夢の定義を睡眠中あたかも現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像のこととする。この定義に従い、「これは悪い夢である」という命題は偽ということになる」

「何言ってんだ──」

「即ち、これは現実だ。夢じゃない」

 

 音も無く青年はアスファルトの硬い地面に降り立つ。

 その時、周囲の景色がピタリ、と静止画のように硬直した。

 街を行く人々も、ひっきりなしに行き交う車も、流れ続ける街頭スクリーンも、全て停止する。

 

「お前……今起こってる事、何か知ってんのか!?」

「知ってるも何も、この世界を書き換えたのは私達だからな。それが命題の真だ」

「書き換えた!? 馬鹿な! どうやって──」

 

 青年は口角を釣り上げる。

 その手には、手帳のようなものが握られていた。

 金色の装飾で、アルファベットのGと刻印が刻まれている。

 腕にはパソコンのキーボードのようなボタンが幾つも付けられていた。

 

 

 

「私の名はシー・ジー。この時代から言えば未来からやってきた【時間Gメン】と認識してもらいたい。いや、認識してもらおうか」

 

 

 

 未来……!?

 待て待て、俺はSFの世界にでも来てしまったのか?

 どうする? どうすれば良い?

 もし仮に相手が本当に未来人だったら……どうやって戦えば良い?

 ……。

 いや、違う。

 もし、仮に相手が本当に未来人だったとしても。

 俺のやることは変わらねえだろ!

 

「ふざけんな。ジジイだかラーメンだか知らねえが……時間を操れるってのなら皆とデュエマを元に戻しやがれ!」

「不可能だ。これは任務なのでな」

「関係ねえよ。俺達にはデュエマと、デュエマで出来た仲間が必要だ!」

「だが、今この時代でデュエル・マスターズを知っているのは君だけだ」

「そんなわけ……!」

「あるんだよ。今の君はデッキを持っていない」

「まさか、消えた……? デュエマの歴史が消えたから、デッキも消えたとかいうんじゃあるめーな!」

「その命題は真だ。この時代からデュエマのあった痕跡を改竄した。デッキを君の歩いて来た軌跡と定義するならば、それは全て無くなったも同然だ」

「……この野郎……!」

 

 当然の事だ。

 デッキも無い。

 そして相手も居ない。

 つまり、俺一人だけがデュエマの事を憶えていても仕方がないのだ。

 

「俺だけが……世界で、たった一人デュエマを憶えてるってことかよ──!」

「しかし何故エリアフォースカードの使い手で”君だけがデュエマの事を憶えている”? 我々の歴史干渉を受けていない?」

「……んな事俺の方が知りたいくらいだぜ!」

「分かりやすく説明してやろう。時空のひずみを【ダッシュポイント】と定義する。時空のひずみは主に、その時代に存在する異常……歴史の改竄を受け付けない特異点の存在が原因となることもある。それに従えば、このダッシュポイントの原因は明らかに君だ」

「俺が、特異点……?」

「歴史通りならば、この時代のお前は皇帝(エンペラー)のエリアフォースカードを手にし、普通の高校生ではなくなった。だが、皇帝(エンペラー)を持つ事が特異点である理由にはならない。”そのエリアフォースカード”、何処で手に入れた?」

「はっ、知っててもお前らに教えるかよ……!」

 

 皇帝(エンペラー)は元々、商店街の裏にあった謎のカードショップでお爺さんにお守り代わりに渡されたものだ。

 俺でさえ、カードショップや爺さんが何処に行ったのか、分からない。

 だから教えた所で仕方が無いし、こいつらに教えればもっと厄介な事になる気がした。

 

「話すつもりが無い、か。ならばエリアフォースカードを大人しく渡して貰おう」

「渡すかよ!」

 

 デッキが消えても、このエリアフォースカードだけは消えなかった。それは、何か意味があるのかもしれない。 

 皇帝(エンペラー)の能力なのか、それとももっと別の何かがあるのか。

 どちらにしたって有り難い。そして──

 

「世界が変わっちまった所為で、俺の前から居なくなっちまった仲間がいる。夢を追いかける事を諦めちまった奴が居る。そして、ずっと一人で抱え込んでいるままの奴が居る──!」

 

 もし俺がデュエマの事を忘れてしまったら、あいつらと過ごした日々も、あいつらの楽しい思い出も、あいつらそのものも、全部消えてしまうんだ。

 仲間になった火廣金も、笑っているブランも、後輩として着いてきてくれた紫月も、剣道を続けている花梨も、皆居なくなってしまう。

 居たとしても、それは俺の知らない、あいつらじゃないあいつらなんだ。

 俺の知っているあいつらじゃないんだ。

 

「こんな世界、こんな結末、嫌に決まってんだろッ! ”無かったこと”になんかさせねえよ! テメェをぶん殴ってでも俺の仲間を奪い返す……それが、今俺のやるべき事だ!」

「そうか──聞き分けの悪い奴」

 

 彼の手帳が開く。

 そこには1枚のカードが差し込まれていた。

 

 

 

「ならば力づくしかあるまい」



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GR2話:取り残された少年──時間Gメン

突如、地面からポリゴン状のドットと共に猿のような怪物が生えてくる。

 これって、クリーチャーなのか?

 だが、まるで立体映像のように所々にノイズが走っている。

 こんなクリーチャー、見た事ねぇぞ……!?

 赤い瞳が俺を狙うように光った。

 

「さあ、そいつからエリアフォースカードを取り締まれ!」

 

 停止した時間の中を大猿が動き出した。

 俺を狙い、腕を振り上げる。

 逃げるべきか?

 しかし、怪物が進む先には停止した人達が立っている──

 

「くっそが──デュエマが、出来なくったって──エリアフォースカードを持ってなくったって──ッ!!」

 

 俺は地面を蹴る。

 そして、降りかかる巨腕をすんでのところで滑り込むようにしてすり抜けた。

 

「──ッ向かってきただと!?」

「力が無いのが何だってんだ? デッキが無いのが何だってんだ! 部員の為なら体一つで立ち向かう……それが、デュエマ部部長・白銀耀って男だァァァーッ!!」

 

 思いっきり振りかぶる拳。

 それがシー・ジーの頬を捉えようとした時だった。

 そこで身体は止まる。

 足が、手が、宙に浮いてしまう。

 そこから先へ進まない。そして瞬きした時だった。

 気が付けば、俺の体は再び怪物の眼前に立たされていた。

 

「──!?」

「残念だが、お前の時間は此処でお終いだ。時間Gメンに唯の人間が勝てる……命題の答えは偽だ」

 

 戻された。 

 何が起こったのか分からない。

 チャチなものじゃない。 

 まさか、本当に巻き戻した──!?

 

「少し、痛めつけなければ……分からないか?」

 

 大腕が俺の体を吹き飛ばした。

 まるで風の前の塵のように、吹き飛んだ俺は──硬い地面に叩きつけられ、肺が潰れて息が出来なくなる。

 

「いつものように皇帝(エンペラー)のカードを守る術は今のお前には無い。諦めろ」

 

 つかつか、とシー・ジーが歩み寄る。

 何も、出来ない。

 デッキも、相棒も、仲間も居ない俺は、本当に無力で、ちっぽけだった。

 いつもならこいつなんかすぐに倒せるのに。

 いつもなら誰かが助けてくれるのに。

 

「ハッ──」

 

 いつもなら、か。

 たらればで、何言い訳付けて諦めてんだよ俺──!

 

「ははっ、我ながらカッコ悪いぜ──ッ!」

「む」

「諦める? それは俺の嫌いな言葉ワースト1なんだよ……俺は諦めの悪さなら、誰にだって負けねえよ!」

「まだ立つのか。だが、何時まで持つ?」

「テメェに、勝つまでだ。諦めなきゃ、絶対に勝機がやってくる。何時だって、そうだった」

「そうはならない。お前達でさえ、乗り越えられないものがある」

 

 そんな訳は無い。

 今までだって、そうだった。

 俺のやることは、何が起こったって変わりやしないんだ。

 

「教えてやるよ。勝利の女神が微笑むのは何時も──」

 

 

 

「諦めの悪い方、ですねっ!」

 

 

 

 刹那。

 空が光ると共に声が降って来る。

 発砲音が幾つも響き渡る。

 それが怪物の身体に幾つも風穴を開けてしまった。

 

「ッ……!!」

 

 俺も、そして時間Gメンも上空を見上げる。

 そこには──見慣れたクリーチャーの見慣れぬ姿。

 馬に跨り、銃を掲げた孤高のガンマン──

 

 

 

「青い、ジョニー……?」

 

 

 

 ヒヒィン、と甲高い音と共にそれは降り立った。

 そして、後に続くようにして、誰かが落ちて来る。

 ……落ちて来る?

 

「あ、ヤバい、降り方ミスって──ちょ、ちょちょちょちょタンマァァァーッ!!」

「?」

 

 さっきの声が取り乱したように大きくなる。

 間もなく──何かが降って来た。

 

「え? え? ちょ、タンマはこっちのセリ──」

「ああああああ、受け止めてくださぁぁぁい!?」

 

 おや、空から女の子が──と思う間も無く、彼女は俺に頭から突っ込んできた。

 

 

 

「ぎゃーっ!?」

 

 

 

 いたたた……何が、起こったんだ。

 回る目とチカチカする頭で、落ちてきた少女を見やる。

 

「うー、頭が、身体が痛いです……うーん」

「……?」

 

 ぼんやりと、まだ彼女の輪郭がぼやけている。

 癖っ毛のある長い藍色の髪にゴーグルを掛けた少女だ。

 頭をぶるぶる子犬のように振ると、彼女は俺の方に向き直って「ごめんなさいごめんなさいっ! ちょっと足が滑っちゃって」と謝る。

 

「あのー、何なの君? いきなり空から降ってきたけど」

「お、おお、こうしてみると若い、すっごく若いです! 若いけど、若干面影があるような、そんな感じですねっ!」

「話聞いてた!? 俺の質問に答えてくれる!? 色々あり過ぎて頭のキャパがワールドブレイクしそうなんだよ!」

 

 ずいっ、と少女は俺に詰め寄る。

 近い。すっげー顔が近い。

 何なんだこの子、初対面の相手に距離感バグってないか?

 

「つか若い若いって失礼な! 俺はまだ17歳だぞ!」

「あはは、すみません。ちょっとテンション上がっちゃいましたっ」

「一体お前は誰なんだ?」

「あー……びっくりすると思うんですけど。それに、信じてくれないかもだし」

「もう今日は何があっても驚かねえぞ。それにもう信じられない事は慣れっこだ、ドンと来い」

「そですか? じゃあ自己紹介からっ」

 

 ゴーグルに手を掛けながら、自慢げに彼女は言ってのける。

 

 

 

「あたしは朱莉(アカリ)。白銀朱莉。つまり、2079年からやってきた爺ちゃんの孫です、はいっ!」

 

 

 

 は?

 ……孫?

 ……。

 

「孫ォォォーッ!?」

「驚いてるじゃないですかっ!」

「驚くっつーか、とんでもねぇ嘘吐くんじゃねぇ!」

「しかも信じてない!」

 

 信じられるわけがあるか。

 孫。孫娘。……俺の孫娘!?

 俺、まだ、子供すらいないんだけど、どうなってんだ。

 

「待て待て待て。いきなり何なんだ、孫とか何とか言って──今回の不審者はどいつもこいつも言ってる事がしっちゃかめっちゃか過ぎるぞ!」

「不審者じゃないですーっ!」

「白銀朱莉。何をしにこの時代に飛んできた」

「デュエマを消させない為ですよ」

 

 勝手に話を進めてんじゃねえよ! 

 本当に何なんだコイツら……。

 俺の頭が混乱する中、俺を差し置いて二人は相対する。

 互いの手には、既にこの時代からは消えたはずのデュエル・マスターズのデッキが握られていた。

 

「公務執行妨害も加えて逮捕するしかないな。時間Gメンの権限を以て、貴様等を拘束する。この命題は真だ」

 

 シー・ジーの手帳が開き、光と共に機械音声を発した。

 その場は歪んだ空間で包み込まれる──

 

 

 

「ごめんなさいっ──この人、ちょっと連れ帰らないといけないんでっ!」

「は?」

 

 

 

 ──その直前に。

 青いジョニーが俺とアカリの脇を抱え、彼の愛馬が強くアスファルトを蹴った。

 完全に、ブラフだ。

 デュエルする気満々だったシー・ジーは呆気に取られる。

 

「何をやっている、早く動け!」

 

 だが、もう怪物は動く様子は無かった。

 

「ダメダメ、この特製弾丸を食らったら、しばらくは動けませんよ?」

 

 空へ飛びあがった俺達は空間に飲み込まれる前に、空中に浮く何かに吸い込まれる──

 

「此処で逃げるのが解と言うのかッ! 白銀朱莉!」

「その通り! あくまでも此処では、ですけど」

「……最後まで逃げられると、本気で思っているのか?」

「思ってないですよ」

 

 何かに吸い込まれる直前──彼女は大胆不敵に笑みを薄っすら浮かべた。

 

 

 

「──逃げるんじゃない。アカリは、君達に勝つ。それが……爺ちゃんの願いですから!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──で。

 勝手にやってきて勝手に横入りされた挙句、俺は消化不良のままこんな所に連れて来られたわけだが……何だ此処。

 全面が白い壁に覆われており、所々妙な計器が置かれている。

 かと思えば、女の子らしく可愛らしいぬいぐるみも棚に置かれていた。

 

「なあ、何処は此処? 誰は俺? 一体何がどうなってんだ!?」

「お爺ちゃん落ち着いてくださいよっ。ボケて言葉がひっくり返ってる」

「ボケてねーよ馬鹿! 好い加減俺をジジイ扱いすんな! ビックリドッキリ現象には慣れっこだったけど今回は何だ? いきなり未来から現れた不審者と俺の孫を名乗る不審者のWブレイクだ! 世界はおかしくなってるし、仲間の記憶もヘンだ! どうしてくれんのマジで!」

「どうしてくれんのって、アカリの所為じゃないですし……」

「一体何が起こってんだ! これは一体何なんだ?」

「歴史改変。時間Gメンは、時間のほころびに漬け込んでデュエマを歴史から一時的に抹殺したんです」

 

 そんな簡単に言うんじゃない。大変な事になってんじゃねえか。

 だけど同時に──そんな大掛かりな計画でなければ、此処までの異変は引き起こせない。

 ロードの時とは違う。あいつ一人じゃない。組織だった「犯行」だ。

 

「彼ら、時間Gメンを率いているのは──【トキワギ機関】。60年後の未来を牛耳っている組織です。彼らは国家をも超越しており、自らが造り出したクリーチャーの力で徐々に未来をディストピア化していきました」

「ディストピア……成程。人間性を無視した徹底した合理的な世界、ってことか」

「はい……それに対抗するのがエリアフォースカードの使い手でした。彼らは、未来の世界でもそれぞれの経緯で散らばったカードと出会い、トキワギ機関に反抗していました」

「成程な。見えてきたぞ。トキワギ機関にとっては当然、エリアフォースカードの使い手が邪魔になる。つまり、デュエマが邪魔になる」

 

 だからデュエマの歴史を消したんだ。

 

「だけどそんな事をしたら、あいつらもデュエマ出来なくなるんじゃ……」

「いえ、あいつらはトキワギ機関が保管しているエリアフォースカード、世界(ザ・ワールド)によって時間の干渉を受け付けなくなっているんです」

世界(ザ・ワールド)……?」

「はい。それがエリアフォースカードⅡⅩⅠ番のカード。トキワギ機関は配下にこの力を分け与え、歴史の改竄を一方的に行っているんです」

「なんだそりゃ……!?」

世界(ザ・ワールド)もまた時間の干渉を無効化する力を持っているのでしょう」

 

 つまり、あいつらは下手をすれば自分達以外にクリーチャーの力を使えなくさせる事も出来る。

 いや、むしろそれを狙っているのだろう。

 邪魔なレジスタンスからデュエマを奪い、自分達だけがクリーチャーの力で世界を思うままにしようとしているのだ。

 

「このままでは、60年先にも改変の影響が出る……その前に、この時代にデュエマを思い出させなければなりません」

「……」

 

 話が、デカすぎる。

 世界の次は時間。歴史を改竄しようとする奴らとの戦いか。

 

「まだ、信じられませんか」

「いや信じる信じないとか、そういう次元じゃねーんだよ……改めて落ち着いて考えてたけど、頭が付いていけねえ」

 

 確かに頭は着いていけない。

 時間の話や、世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカード、そしてトキワギ機関。

 今歴史はとんでもないことになっている。

 

「だけど」

 

 そうだったとしても、俺の返事は決まっていた。

 

「デュエマを消して無かった事にするなんて、絶対に嫌だ」

「爺ちゃん……!」

「だからキラキラした顔で爺ちゃんゆーな!」

「ううん、爺ちゃんならそう言うと思ってたました! うん! 若い頃の爺ちゃんがあたしと戦ってくれるなんて!」

 

 ……そんな純粋な目で期待されても困る。

 

「しかしどうする……どうにかしてエリアフォースカードが無くてもあいつらと戦えねえといけねえが、生憎デッキもねぇし」

 

 というか、そもそも60年後のカードプールに今のカードって通用するのか?

 ……分かんねえ。分かんなくなってきたぞ。

 

「とにかく、今はこの時代のダッシュポイントを脱出するのが先です。タイムマシンで時間の穴に突っ込みます!」

 

 そう言って、マシンが唸り声を上げた時だった。

 モニターの眼前に何かが現れた──

 

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

 

 

 何だ!?

 機体が揺れて俺は床に放り投げられる。

 そのまま機体がぐるぐると回転し、頭の中がかき混ぜられた。

 

 

 

「衝撃緩和フィールド作動ッ!!」

 

 

 

 アカリの声と共に──ぼよん、という音が聞こえてきた。

 うっかり舌を噛んでしまったが、何とか地面に激突することだけは避けられたらしい。

 そのまま態勢を整えたマシンは地面に着陸した。

 アカリに続くようにして俺もタイムマシンの外に出る。

 見回すと此処は学校の校庭。だけど、今はピッタリと時間が停止しているからか、何もかもが不気味なほどに静まり返っていた。

 

 

 

「警告する。直ちに投降せよ」

 

 

 

 成程な。

 さっきの鳥の怪物がタイムマシンをぶっ飛ばしたのか。

 当たり前のように俺達の目の前に立ちはだかるシー・ジーは俺達に不遜な敵意を向けている。

 猿の怪物も威嚇するように甲高い声を上げていた。

 

「お爺ちゃん不味い……タイムマシンの復旧に時間掛かるかもです……!」

「アカリ! お前は機械の面倒見てくれ!」

「え!? で、出来ますけど、お爺ちゃんどうするんですか!?」

 

 どうもこうもない。

 こんな所で、助けられてるだけなんて俺の性に合わない。

 

「白銀耀。お前にはデッキも何も無い。なのに、何故抵抗する?」

「お前らが歴史を書き換えた所で……俺が憶えてれば問題ねぇんだ」

「バカバカしい。”ありもしないこと”を喋るお前は、この世界では唯の狂人でしかない」

「んなわけねーよ……何より、皇帝(エンペラー)! こいつが俺の歩いて来た軌跡の証だ。答えてくれ、皇帝(エンペラー)!」

 

 鞄から取り出した白紙のエリアフォースカードを握り締めた。

 

 

 

「俺だけは憶えてる。デッキの中身も、カードの感触も、仲間達との思い出も──俺が全部憶えてる。今はそれだけが、”あいつらが必死に生きてた唯一の証”だ!」

 

 

 

 思い出せる。

 今は鮮明に、全部。

 ブランと初めて会った時の臆病な顔も、あいつがもう一度心の底から笑えた日の事も。

 火廣金と初めて相対した時に感じた強烈な敵意も、あいつと初めて並んで戦ったあの時の事も。

 紫月の俺に対する不信感も、あいつが俺に託してくれた信頼も。

 

 

 

 そして、初めて俺と一緒に戦ってくれた相棒の事も!

 

 

 

「全部、憶えてるぞ。頭じゃねえ。魂で、だッ!!」

「ならば全部忘れてしまえ、白銀耀ーッ!!」

 

 

 

 大猿が襲い掛かったその時。

 握り締めていたエリアフォースカードに灯が点った。

 シー・ジーの目が驚愕に見開かれた時──降りかかる巨腕を何かが受け止めていた。

 

 

 

「……ったく、おせーよ……」

 

 

 

 小さな体で腕を受け止める新幹線のクリーチャー。

 ああ、会いたかった。

 今日ほどお前の事を待ち遠しかった日は無いぜ。

 

 

 

「──相棒ッ!!」

「ッじゃないでありますよ! 何で毎回毎回一番ヤバいタイミングで呼び起こすのでありますか、我がマスターッ!」

 

 

 

 怪物の巨腕をいなすなり、彼は大変カンカンに怒った様子で俺の眼前に飛んできた。

 

「本当に人使いが荒いであります!」

「そっちこそギリギリまで寝てんじゃねえ! 流石に2回目は避けられなかったぞ今の!」

「ステゴロで戦おうとするそっちが悪いであります、てか我は寝てないであります! 色々バグってて、こっちに出てくるまで大変だったのであります!」

「ちょっと二人共ーっ!? 修理が終わるまで持ちこたえてくれませんか!? ねぇ!?」

 

 やっべぇ、アカリの事を忘れてた。

 今は軽口をたたき合ってる場合じゃない。

 今度こそ、二人であいつをぶっ倒す!

 

「チョートッQ、デッキは!?」

「わ、我は何も知らないでありますよ!」

「だーっ、どうすんだ! デッキもねぇんじゃとんだお笑い種だ!」

「爺ちゃん、これを受け取ってください!」

 

 不意にデッキケースが飛んで来る。

 それを受け取ると、中には40枚のカード、そして──

 

「何だこれ?」

 

 ──見た事の無い裏面が白いカードが何枚か入っていた。

 

「そのデッキは、ジョーカーズのデッキです! それならきっと、使いこなせるはずです!」

「待って! 何だこの白いカードは──」

 

 

 

「──時間Gメンの権限を以て、実力を行使する」

『Gメン・執行開始(アレスターモード)……節制(テンパランス)、ローディング』



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GR3話:取り残された少年──超GR・ゾーン

──俺とシー・ジーのデュエル。

 手札が手元に現れ、シールドが何時ものように浮かび上がる。

 何時もと違うのはデッキの右に裏が白い謎のカードで置かれたゾーンが存在することだ。

 

「超GR(ガチャレンジ)ゾーン、エンゲージ」

 

 あいつも同じようにして、白いカードで束を構成した。

 あれは超ガチャレンジゾーンって言うのか。

 超次元ゾーンみたいにデッキの外に用意するカードの束ってことは分かるが……その仕様を探る間もなくカードの束に電子ロックのような拘束が仕掛けられる。

 

「な、どうなってんだ!?」

「お爺ちゃん! 超GR(ガチャレンジ)ゾーンは超次元ゾーンとは違って非公開領域です。何が出て来るか分かりません!」

「どうやって出すんだよ!?」

「今は普通にデュエマしててください! 私はこれ直さないといけないんで!」

「とにかく、今はやるしかない……2マナで《ヤッタレマン》を召喚! ターンエンド!」

 

 手札にはあまり使ったことのない自然のジョーカーズが見られる。

 どうやら未来の俺が使っていたデッキの1つらしいが、どうやって戦うんだ?

 見た所、唯のビートダウンだから出せるクリーチャーを出して行くしかない。

 

「私のターンだな。さて……どちらが超GRの力を使いこなせるのか。命題の答えは既に決まっている」

節制(テンパランス)、GRモード』

 

 エリアフォースカードが恐らく隠されているであろうデバイス。

 それを白い山札の上にかざす。

 

「超GR、アンロック」

 

 直後、シー・ジーの電子ロックにパスコードが埋め込まれ解除された。

 宙に舞う12枚のカードが円を描いて回転し──大穴を作り上げた。

 そこからバトルゾーンへ何かが降り立つ。

 

「さあ、教えてやろう。これが、お前のまだ見ぬデュエル・マスターズだ。何も分からぬうちに敗北しろ」

「な、何だ──!?」

「GR召喚……《アネモⅢ》」

 

 禍々しい気が周囲を覆った。

 何だ、これ。

 大層な口上に反して現れたのは草の蔓が絡まった異形。

 ハート形にそれは花を咲かせ、中央にICチップのようなものが座している。

 

「インチキであります! マナはまだ2枚、しかも自然マナは無いでありますよ!」

「不正? その命題は偽だ。これはGR召喚。GRゾーンから、オレガ・オーラに憑依させる憑代を呼び出す」

「オレガ・オーラ……!?」

「その通り。電子化されたクリーチャーのデータだ」

 

 シー・ジーが取り出したのは横向きのカードだ。

 それが突如現れた《アネモⅢ》のカードに重ねられる。

 何なんだこれは? 一体何が起こって──

 

「《*/零幻(れいげん)チュパカル/*》を《アネモⅢ》へ投影(オーライズ)。従って、オレガ・オーラは実体化する」

 

 チップを通して横向きのカード、オレガ・オーラから一つ目の異形が現れる。

 全身棘だらけで、鍵爪を生やした奇怪なクリーチャーだ。

 しかし、元がデータだからか所々ブツブツと途切れ気味だ。

 

「何なんだよコイツ……ん?」

 

 ……待てよ、にしてはこいつ初めて見た気がしないよーな……。

 

「気を付けてください、お爺ちゃん!」

 

 アカリの声がまた飛んで来る。

 お前、タイムマシンの修理は大丈夫なのか?

 だけどアドバイスはありがたい。しっかり聞いておこう。

 

「オレガ・オーラはGRクリーチャーの上に重ねられて、初めて1体のクリーチャーになるんです!」

「GRクリーチャーにGR召喚、もう訳分かんないんだけど!?」

「所謂クロスギアみたいなものです! でも、クロスギアとは違って、装備される側のクリーチャーを超GRゾーンから直接呼び出すことも出来るんです!」

 

 成程、何が出て来るか分からないが装備元を用意できるクロスギア(装備カード)、か。

 なかなかに厄介なカードタイプだ。 

 つまり、呼び出すGRクリーチャーはランダムな代わりに、下のクリーチャー次第ではそこらのクリーチャーより厄介なものが仕上がるってことか。

 

「しかも《チュパカル》はオーラのコストを1軽減するんです!」

「一番隊と同じ効果か。放っておいたら厄介だが……かと言ってあいつ、どうやって退かすんだ!?」

「普通に除去すれば大丈夫です、落ち着いて!」

「なら、こっちもお返しだ。1コスト軽減、3マナで《ガチャダマン》召喚だ!」

 

 現れたのはガシャポン玉のようなクリーチャー。

 その時、皇帝(エンペラー)のカードが光り輝く。

 

「超GRゾーンのカードは全部で12枚、同じカードは2枚しか入れられません! 何が出て来るかはランダムです!」

「まさにガチャか。見様見真似だが……やるしかねえ!」

皇帝(エンペラー)! GRモード!』

「超GR、アンロック!」

 

 電子ロックが解かれ、12枚の白いカードが宙へ飛んで行き、サークルを作り上げる。

 そこから1体のクリーチャーがバトルゾーンへ現れた。

 

「《ガチャダマン》が場に出た時、GR召喚する! 《バツトラの父》を召喚!」

 

 現れたのは──全身が機械になったような《バッテン親父》。

 成程な。こんな感じで「GR召喚する」という効果を使うと、超GRゾーンの上から1枚が場に出て来る訳か。

 

「《ガチャダマン》の効果で俺のGRクリーチャーは皆マッハファイター……結構強いなコレ!」

「でもパワーが足りないであります。《アネモⅢ[+チュパカル]》のパワーは3000、《バツトラ》は1000しかないでありますよ!」

「だけど3ターン目で既にこっちのクリーチャーは3体。このペースで並べていきゃあ、物量で圧殺出来る!」

「物量で圧殺。野蛮人の発想だな」

「あーっ!? 誰が野蛮人だ!」

「タダのGRクリーチャーが、オレガ・オーラの憑依したGRクリーチャーに勝てる訳が無いだろう」

 

 カードを引いたシー・ジーは2枚のマナをタップする。

 マナゾーンに置かれているのは闇のマナだ。

 

「教えてやる。オレガ・オーラは、重ねれば重ねる程強くなる。この命題は真だ」

「重ねる……!? そうか、装備カード……!」

「《幽影 エダマ・フーマ》を《アネモⅢ》に更新(オーライド)

 

 怪物の姿は、黒い影に覆われたことで変化する。

 カメレオンと忍者が組み合わさったようなクリーチャーだ。

 そして、それに合わせて《アネモⅢ》のパワーがどんどん上がっていく。 

 

「更に1マナで《チュパカル》をGR召喚した《接続(アダプタ) CS-20》に投影(オーライズ)

「増えやがった……!」

 

 またチップのようなクリーチャーが出て来る。

 ボコボコと泡が噴き出しており、そこからまた一つ目の異形が現れた。

 

「これで私はターンエンド」

 

 ……やはりオレガ・オーラの本質は装備カード。 

 重ねれば重なる程にその力は増していくのだろう。

 やはりこのまま放置は出来ない。

 

「俺のターン、2マナで《ウォッシャ幾三》召喚! そして、GR召喚──《(メタル)ド級 ダテンクウェール》!!」

 

 プロペラを回転させる《テンクウオー》が超GRの穴へ飛び込む。

 そして、そのまま時空を突き破り──暴獣の如きGRクリーチャーとして戦場へ駆けつけた。

 そのパワーは──圧巻の6000。タダで出て来るクリーチャーとしては破格だ。

 

「ッ何だコレ、つぇえ!? タダで出て来るパワー6000のクリーチャーかよ!?」

「今ならマッハファイターが付いているであります! あのオレガ・オーラを粉砕するでありますよ!」

「よっしゃァ! 《アネモⅢ》を攻撃だ!!」

「え!? 待って、お爺ちゃん──」

 

 《アネモⅢ[チュパカル+エダマ]》のパワーは5000。

 しかし、俺のターン中《ダテンクウェール》のパワーは6000だ。

 一方的に粉砕する事が出来る。

 

「マッハファイターが付いたクリーチャーは場に出たターン、アンタップしているクリーチャーを攻撃出来る! 《アネモⅢ》を破壊!」

「っお爺ちゃん! それは駄目! 駄目です!」

「え──!?」

「逸ったな」

 

 刀を咥えた機械の暴獣がカメレオンの影目掛けて一文字に斬り裂いた。

 しかし──

 

「んなっ、手応えが──無い!?」

 

 ダテンクウェールが斬り裂いたのは黒い影のみ。

 まだ戦場には、《アネモⅢ》を核にした《チュパカル》が生き残っているのだ。

 

「どうして、破壊出来てねえんだよ……!?」

「やっちゃった……! 《エダマ・フーマ》は付けたクリーチャーが場を離れる時、代わりに墓地に置くことで他のオーラと核になるGRを守ることが出来るんです!」

「んな大事な事、もっと早く言えよ!」

「過ぎた時間を気にしても詮無き事だ。どうせ、お前達からエリアフォースカードを奪う未来は変わらない」

「くそ、なら強引に殴り切って……!」

「だからダメです! オレガ・オーラはトリガーも強いんです、下手に殴ったらもっと不利になります!」

「んだそりゃ! 守りも硬いってのか!」

 

 まずい。

 あいつの場には2体の《チュパカル》が居る。

 加えて、2体目の《チュパカル》が付いているあの不気味な《接続 CS-20》ってカードも嫌な予感がする。

 盤面の数では圧倒的にこちらが勝っているし、相手ターン中弱体化する《ダテンクウェール》もガードマンを持つ《ウォッシャ幾三》で守ることが出来る。

 だけど何だろう。

 この妙な焦燥感は──!

 

「《チュパカル》2体、そして《CS-20》で私のオーラのコストは3軽減されている」

「3コスト軽減!? 嘘だろ、じゃあ4コスト以下のオーラは1マナで出て来るのかよ!?」

「流石に察しが速い。1マナで《極幻空ザハ・エルハ》を《アネモⅢ》に更新(オーライド)

 

 横向きのカードが更に重ねられた。

 一つ目の異形から鳥のような翼が生え、長い尻尾が伸びる。 

 そして、巨大な目玉が中央、翼でそれぞれ開眼した。

 

「な、何だよコイツ──!」

「《ザハ・エルハ》、または自分のオーラをクリーチャーに付けた時。私はカードを1枚引く。そして、これを付けたクリーチャーはパワード・ブレイカーを得る」

「パワード・ブレイカー……?」

「パワーが6000毎にブレイク数が増えていくんです! 今、そいつのパワーは7000、既にW・ブレイカーになっています!」

「ゲェッ、マジかよ……!」

「更に1マナで《エダマ・フーマ》を《アネモⅢ》へ更新(オーライズ)。その効果で付けたオーラの数だけカードを引く。更に、オーラを付けたので1枚カードを引く……!」

 

 コストをただでさえ3も下げられているこの状況でオーラを途切れることなく連打されるのは非常にきつい。

 《アネモⅢ[チュパカル+ザハ・エルハ+エダマ]》のパワーは9000。

 処理が難しいラインになってきた。

 

「さて、そろそろ終わりにしよう。これだけ手札が増えているという事は、私の選択肢が増えているのは明確。そこから、貴様を粉砕する手札は既に揃っている」

 

 コスト軽減と手札補充の組み合わせ……流石にヤバいな……!

 残り2マナが支払われた。

 より大きく、より強く、そしてより頑強に──電子の影は更新されていく。

 

 

 

「《アネモⅢ》、更新(オーライド)──」

 

 

 

 巨大な腕、そしてのっぺりとした顔面を持つ大猿がフィールド上に現れる。

 体中に迸るパルスは絵画のようにラインを描く。

 

 

 

「これは悪夢の如き現実と定義する。命題の答えは──《極幻夢 ギャ・ザール》」



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GR4話:取り残された少年──ジョーカーズ大旋風

 今までシー・ジーが従えていた猿の怪物だ。きっとあれが、彼の切札なんだろう。

 何だか不気味だ。

 今まで俺が知っている水のクリーチャーとは一線を画す。

 生物の姿を模していながら、全く感情や生き物らしさが感じられない無機質さ。

 カシャカシャと音を立てて、丸いカメラアイが標的を捉えた。

 

「お爺ちゃん、気を付けて! 《ギャ・ザール》は今までのオーラとは比べ物にならないくらい恐ろしいカードです!」

「一体、何をするつもりなんだ……!?」

「トキワギ機関に逆らう愚かな類人猿共。お前達が私達へ反抗が成功する──その命題の答えは偽だ! 《アネモⅢ》で攻撃するとき、《ギャ・ザール》の効果発動!」

「アタックトリガー!?」

「その効果で手札より、コスト6以下のオーラ、または呪文を使う。私は《*/弐幻ケルベロック/*》を《アネモⅢ》へ付ける」

 

 大猿に取り込まれていくのは三つ首の魔獣のデータ。

 《ギャ・ザール》の瞳が妖しく輝き、再び起き上がる──

 

「なっ!? 攻撃中にアンタップした!?」

「《ケルベロック》が付いたクリーチャーは「ブロッカー」を得てアンタップする。そして、《アネモⅢ》で貴様のシールドをパワード・W・ブレイク」

 

 大腕が一気に俺のシールドを薙ぎ払った。

 これで残るシールドは3枚。

 だけど、まだ《アネモⅢ》は攻撃出来る──思わず、俺の弱音は緊張混じりに押し出された。

 

「《アネモⅢ》で攻撃──《ギャ・ザール》の効果で《ケルベロック》を付けてアンタップ」

「させないっ、《バツトラの父》をタップして、その攻撃を無効化する!」

 

 《バツトラの父》は相手が自分を攻撃するとき、タップする事で攻撃を止めることが出来る。

 しかし、これも1回限りだったのか──

 

「──やっべぇ」

「安心しろ。《ケルベロック》はもう手札には無い。だが……連続攻撃が終わったとは言っていない。《アネモⅢ》で再び攻撃! その時、能力でカードを1枚引き、手札から《極幻星 ジュデ・ルーカ》へ更新(オーライド)!」

 

 大猿に取り込まれたのは、星型のサイバー・コマンドのようなクリーチャーのデータ。

 しまった、これで《アネモⅢ》のシールドブレイク数が上昇してしまっている。

 その長い尻尾から散乱するようにして光線が放たれ──

 

 

 

「──パワード・T・ブレイク」

 

 

 

 俺のシールドを一気に3枚、切り刻んだ。

 一気に砕け散るシールド。

 まずい。

 俺の体は完全に剥き出しだ。

 しかし──まだ、逆転の芽は残っている。今、手札に加わったカードが決め手だ。

 ……白銀耀、落ち着け。冷静に対処すれば……!

 

「諦めろ。此処で貴様を逮捕する」

「ッまだだァっ! S・トリガー、《SMAPON》でパワー2000以下のクリーチャーを全て破壊! そして、スーパーボーナスで俺はこのターン、敗北しない!」

 

 現れたスマホのクリーチャーが熱線で《CS-20》を焼き払った。

 そして、俺の眼前に巨大なバリアが展開される。

 あ、危ない。間一髪──

 

 

 

諦めろと言っただろう(・・・・・・・・・・)。《ジュデ・ルーカ》の効果発動」

 

 

 

 ──おかしい。

 そういえば、砕かれたはずのシールドの破片がまだ空中に浮いている。

 破片が鏡のように不思議そうな俺の顔を映した。

 その時──それが歪み、次々にオーラとなって戦場へ解き放たれる。

 

「《ジュデ・ルーカ》を付けたクリーチャーがシールドをブレイクした時、その数だけ山札の上を捲る。そして、その中からコスト6以下のオーラを好きな数場に出しても良い」

 

 な、何だってぇぇぇ!?

 ちょっと待て、ってことはもう3枚もオーラが出て来るのか!?

 

「効果で《幽具ランジャ》、《*/弐幻ニャミバウン/*》、そして──《無修羅デジルムカデ》を使用。全てGR召喚してそれに付ける」

 

 展開される超GRゾーンの穴。

  

「《ランジャ》を《甲殻TS-10》へ、《ニャミバウン》を《マシンガントーク》へ、そして《デジルムカデ》を《シェイク・シャーク》へ、それぞれ投影(オーライズ)

 

 チップからランチャーのようなクリーチャーが現れ、《ゲラッチョ男爵》に酷似したクリーチャーを蛇のようなオーラが飲み込むようにして取り込んだ。

 そして鮫のようなクリーチャーからも覆い被さるようにして、《阿修羅ムカデ》に酷似したオーラが顕現した。

 GRクリーチャーには見覚えのある姿も散見される。

 だが、そんな事より今は──場に大量のオーラを纏ったクリーチャーが現れてしまったことの方が重要だ。

 

「《ランジャ》の効果で《ガチャダマン》をパワーマイナス3000で破壊。そして《ニャミバウン》の効果で《バツトラの父》をバウンス。そして《シェイク・シャーク》で《ダテンクウェール》を次のターン攻撃不能に」

 

 成程、確かにこれでは頭を抱えるしかない。

 これでは俺のクリーチャーはほぼほぼ機能停止したも同然。

 次のターン攻撃出来るのは《SMAPON》と《ヤッタレマン》しか居ない。しかも──

 

「《デジルムカデ》の効果でお前のクリーチャーは全てタップして場に出る。加えて、《マシンガントーク》で《アネモⅢ》もアンタップさせて防御も万全だ」

「……成程な」

「お爺ちゃん……!」

 

 不安そうな表情のアカリ。

 絶望的な状況の俺。

 成程、シー・ジーからすれば俺達は最早崖っぷちというわけだ。

 

「今、投降するなら手荒な真似はしない。どうだ? 降参するか? それとも、我が《ギャ・ザール》に砕かれるか──択べ」

「なあ、シー・ジー。三つ目の選択肢、追加していいか?」

「”泣いて詫びる”、か? 私は容赦はしない」

「……ハッ、ちげーよ──」

 

 そうだ。こんな状況、選択肢は決まり切っている。

 俺が選ぶのは──最後まで、諦めない事。そして、

 

「俺が此処で勝つことだ」

「ほう。まだ勝利を諦めないと?」

「俺はこの目で見たわけじゃないから、お前らの正しさだとか信念だとか、何が本当で何が間違ってるかも分からねえ。アカリの言ってる事だってまだちょっと信じられねえ」

「ちょっ、酷いです、お爺ちゃん!」

「では何故、そこの反逆者に与する?」

「決まってんだろ。他でもない俺の仲間の為だ。あいつらの変えられた歴史は、俺が元に戻す。正しいとか間違ってるじゃねえ。俺の歩んできた道の通りに直すんだ!」

「……くっ」

 

 そうだ。

 それが、俺のやるべき事だ。

 歴史が上書きされたなら上書きし返してやる。

 仲間との歴史を、取り戻してやる。

 

「くっ、ククッ……狂った証明だな、偽善者よ」

「ああ?」

「貴様は……それが本当に正しいとでも思っているのか? 仲間とやらの為に、”公益”を犠牲にするつもりか? それが、例え世界を滅ぼす事になっても?」

「世界を滅ぼす? どっちが狂ってんだ! デュエマを消したり、時間を書き替えたり──」

「それだよ、白銀耀。お前が狂っているのは、そこだ」

 

 俺が……?

 こいつ、何を言っているんだ。

 

「白銀耀。貴様は仲間思いではあるが……その本質が酷く歪で傲慢なエゴの塊だ」

「俺が……傲慢? 何言ってんだ、ゴチャゴチャうるせぇぞ! 俺はやらねえ善よりやる偽善を選ぶだけだ!」

「違う。偽善ですらない。お前はお前の為に戦っているのが何故分からない」

「何が言いたいんだ!」

 

 嫌な汗が伝った。

 

 

 

「仲間の為に戦ってるんじゃあない。仲間の為に戦っている()()()()()が気持ちいいから戦ってるんじゃないのか?」

「──ッ」

 

 

 

 

 こいつ、何言ってんだ。

 そんな訳は無い。

 そんな訳はあって堪るか。

 だって、俺は、俺は何時だって──俺じゃない、誰かの為に、仲間の為に戦ってるんだ。

 

「うるせぇな、さっきから……だから、どうしたってんだよ!」

皇帝(エンペラー)に相応しい暴君っぷりじゃないか。都合の良いもの以外を全て切り捨てて否定してきたから当然か。まあ気持ちは分かる。私は常に、私情を切り捨て、公益の為に戦っている。貴様からすれば私は悪者に見えるかもしれないが……それでも世界の為に戦っているのだ」

「誰がお前なんかに分かって……!」

「お前は自分が気持ちいいから戦っている。違うか? 正しい側に自分が立っていると思いたいから戦っている。違うか?」

「そんな事──!」

 

 

 

 

「お爺ちゃん、冷静になってくださいッ!」

 

 

 

 声が飛んで来る。

 振り向くと、必死な表情のアカリが俺の顔を睨んでいた。

 

「デュエマを消すわけには、仲間との思い出を消すわけにはいかないんでしょ!? アカリも、仲間の為に戦ってるから痛いくらい気持ちは分かります! 何で自分が戦ってるのか見失わないで!」

「黙れ。口出しするな、反逆者。次はお前も逮捕してやるからな」

「お爺ちゃん! マスターカードを使って下さい! 早く!」

「マスターカード──あっ」

「お爺ちゃんに信用してもらえるように、アカリも頑張ります。だからっ、敗けないで!」

 

 そうだ。

 こいつが逆転の鍵だ。

 信じてみるしかない。今はアカリの事を。

 

 

 

「……ありがとう、切札を借りるぜ……アカリ!」

 

 

 

 皇帝(エンペラー)のカードが煌めく。

 刻まれるのはローマ数字のⅣ。

 今こそアルカナの力を解き放ち、切札を切る時だ。

 

「相手ターンの終わりに、マスター・J・トルネード、発動──」

 

 そうだ。

 今は迷ってる場合じゃ無いだろ。

 あいつの言葉に惑わされるな。

 俺の……俺のやることは、最初から変わってないじゃないか!

 

「場のジョーカーズを合計コスト10以上になるように手札へ戻す。対象は《ウォッシャ幾三》と《SMAPON》だ!」

「おのれ、そのデッキにも入っていたのか! 白銀朱莉、余計な事を……!」

「合計コスト10達成。巻き起こせ、ジョーカーズ大旋風(トルネード)!」

 

 戦場に吹き荒れる大嵐。 

 そこから水飛沫を上げて、海馬(シーホース)と共に降り立つ青いガンマン。

 

 

 

「これが俺の渦巻く切り札(オーシャンズワイルド)。波濤を越えろ、《ジョリー・ザ・ジョルネード》!!」

 

 

 

 刻まれるのは黄金のMASTERの紋章。

 まだ、俺でさえも見た事が無い──青いジョーカーズの頭領がそこに立っていた。

 

「水文明のジョーカーズ……これが、《ジョルネード》……よし、一気に行くぞ!」

 

 俺の言葉に頷いたガンマンは虚空に三発の弾丸を撃つ。

 そこから現れた大穴から、GRクリーチャーが更に飛び出した。

 

「《ジョリー・ザ・ジョルネード》の登場時効果! 俺は3回、GR召喚をする!」

 

 1発目は《ヤッタレロボ》。

 2発目は《ジェイ-SHOCKER》。

 そして3発目──超GRの穴にレールが敷かれていく。

 

「マスター! この穴に飛び込めば力が手に入るでありますな?」

「そう、みてえだな」

 

 《ダンガンテイオー》がエリアフォースカードから飛び出す。

 

「なら……進むしかないでありますな! だからマスターは、ドカンと構えていればいいのであります!」

 

 音速で穴へ突貫する《ダンガンテイオー》。

 それが時空を突き破り──獣の如き咆哮を上げて戦場へ降り立った。

 ああ、背中を押されちゃ仕方ない。

 やるしかねえ。此処で──!

 

 

 

「これが俺の真剣(ガチ)切り札(ワイルドカード)! 《(メタル)特Q ダンガスティック(ビースト)》!」

 

 

 

 獣の咆哮が戦場に轟く。

 降り立つのは全身が紅く光る装甲に身を包んだ獣。

 大地を踏みしめ、駆ける俺の切り札だ。

 

「《デジルムカデ》の効果はタップイン……だけど関係ねぇな。俺のターンの始めになりゃ、全員アンタップだ!」

「くっ……!!」

「そんでもって、俺のターン。2マナで《ウォッシャ幾三》を召喚! 効果で《ダテンクウェール》をGR召喚!」

「無意味だ。《デジルムカデ》でタップインしろ!」

 

 いいや、これで良い。

 確かに無意味に思えるかもしれない。 

 だけど──

 

「《ジェイ-SHOCKER》で攻撃……するとき、Jトルネード発動! 《ウォッシャ幾三》を手札に戻す!」

「!?」

「こいつのJトルネードで手札に戻したコストと同じクリーチャーを、相手は場に出せない!」

 

 そうだ。

 幾らオーラと言っても、本質は下にあるカード。つまり、召喚さえ封じてしまえばオーラも付けることは出来ないはずだ。

 コストはどっちを指定すれば良いか迷ったけど……《アネモⅢ》と《シェイク・シャーク》、《TS-10》は3コストだった。

 つまり、少なくとも超GRゾーンの半分以上がコスト3のカードってことだ。

 残りがコスト2の《マシンガントーク》と《CS-20》だから、外れる可能性もある。だけど無策で突っ込むよりよっぽどマシだ!

 

「シールドをブレイク。言っておくけど、《ジョルネード》の効果で俺のジョーカーズはブロックされねえからな!」

「くっ……!」

「《ジョルネード》でシールドをW・ブレイク!」

 

 嵐の弾丸が二発、相手のシールドに撃ち込まれた。

 しかしそこからも何も出てこない。

 結構ギリギリだけど……このまま押し切るしかない!

 

「そして、《ダンガスティックB》で攻撃! こいつは、場とマナにジョーカーズが合計8枚以上あれば……パワー8000のW・ブレイカーになる!」

「ガァァァァァーッ! 押し潰すでありますよォーッ!」

 

 吼えろ鋼の暴獣。

 風のように疾く走り、そして駆ける。

 そして鋭く、そして重い爪がシー・ジーの残るシールドを叩き砕いた。

 しかし、そこから2つの光が飛び出す──S・トリガーか!

 

「S・トリガー、《ニャミバウン》、そして《ランジャ》……GR召喚して投影(オーライズ)──」

 

 だが、彼は言葉を失う。

 捲れたのは《アネモⅢ》。《ジェイ-SHOCKER》の効果でバトルゾーンに出る事を封じられている、コスト3のクリーチャーだ。

 場にクリーチャーが出なければ、そもそもオーラを付ける事も出来ない。

 そして出ないGRクリーチャーはそのままトップ固定される──だから、もうあいつは何も出来ないんだ!

 

 

 

「おのれ……こんな解は、有り得ないッ!!」

 

 

 

 悪態を吐くシー・ジー。

 彼に向かって、機械化されたジョーカーズが襲い掛かる。

 これで、終わりだ!

 

 

 

「《ヤッタレロボ》でダイレクトアタック!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 膝を突いたシー・ジーから逃れるようにしてタイムマシンに飛び乗り、何とか一息吐いていた。

 まだあいつも諦めた様子は見せていない。

 とはいえこれで一安心だ。この時代──変えられた現代を抜け出す事が出来る。

 

「お爺ちゃん、これから2016年のダッシュポイント……タイムマシンで侵入可能な時代に向かいます」

「そこで時間Gメンの時間改変を食い止めるんだな?」

「はいっ。奴らの施した工作を止めます」

 

 変えられた時間を戻す事が正しいのか。

 あいつらが、時間Gメンが戦っているのは公益──レジスタンスを滅ぼす以外にも何か目的があるのか?

 分からない。分からないけど──

 

「アカリ、ありがとな」

「はい?」

「デッキと切札を貸してくれたことだよ」

「はいっ。当然です。私にとって、お爺ちゃんは若くてもお爺ちゃんですからっ」

「……俺は、お前の事を信用してなかったのにな」

「大丈夫です。これから信じてくれれば、それでいいです。アカリは、お爺ちゃんの味方です」

「……ありがとう」

 

 まだ俺は何も分からない。

 だけど──今頼れるのはアカリ。

 そして。

 

「さーて、マスター! 何があったのか、説明してもらうでありますよ!」

「ゲッ、そういやお前、何も知らないまま駆り出されたんだっけか」

「お、おおお! チョートッQ! チョートッQじゃないですか! これが爺ちゃんの守護獣ですね!」

「何でありますか!? マスター、彼女についての説明を求めるでありますよ!」

「ああ……イチから全部説明すると長いんだけどな……」

 

 こうして全部チョートッQに説明した。 

 彼も半信半疑だったが、最後には頷いていた。

 

「少し分からないであります」

「まあ分からないよな」

「いや、そうじゃなくて。分からないのは皇帝(エンペラー)に起きたバグ……急な停止の原因でありますよ。時間改変の影響を受けなかった我と皇帝(エンペラー)に何があったのかが分からないであります」

「!」

 

 そうだ。

 何で俺の皇帝(エンペラー)も時間改変の影響を受けてないのだろう。

 

「特異点であるお爺ちゃんと契約してるから、とかですかね? 憶測ですけど」

「ってことは、お前にも分からないのか……」

「だって、特異点なんてそう居るわけないじゃないですか。事例が少ないんです」

 

 そりゃそうだ。

 特異点なんて例外中の例外のはずだ。それでも、何か理由があるはず。

 そんな気がしてならない。

 

「何であれ、今は仲間を元に戻す事が先決であります」

「ああ。皆を元に戻さないと──」

 

 そう言いかけた時。

 ズキリ、と胸を刺すようにシー・ジーの言葉が脳裏に浮かんだ。

 

 

 

 お前は自分が気持ちいいから戦っている。違うか?

 

 

 

 ……。

 そんなわけ、ないだろ。

 俺は、皆の役に立つために頑張って来たんだ。じゃナきゃ、俺ハ──何ノタメニ、自分ヲ殺シテ

 

「マスター?」

「──あっ、いや、なんでもねえ」

 

 いけない。

 こんな事に何時までも囚われている暇は無い。

 俺は、俺がやらなきゃいけない事をやるだけだ。

 それは仲間を元に戻す事。先ずは、そう来なきゃ始まらないんだ。

 

「行くぞ相棒。今度は時間を超えた戦いだ」

「応、であります! このチョートッQ、時の果てまでも付いていく覚悟であります!」

「ちょっとお爺ちゃん、私の事も忘れないでくださいね!」

「あのマスター、コイツさっきからマスターの事じーちゃん呼ばわりでありますが良いでありますか?」

「事実、そうなってるみたいだからな……」

 

 ともあれ。

 今は進むしかない。

 いや、遡るしかない。時間の流れを辿って、そして元に戻す。

 俺の知ってる世界に、デュエマと仲間を取り戻すんだ。

 

 

 

 そう、俺が意気込んだ時だった。

 

 

 

 突如、機内に警報が鳴り響く──そして、アカリが蒼褪めた顔で言った。

 

「大変です、爺ちゃん──」

「なあ、これ何なの? ヤバい音してんだけど」

 

 かくかく、と震える首をこちらに向け、彼女は呟く。

 

 

 

「後方、約40機──時間Gメンのタイムマシンが、追ってきます──」

 

 

 

 ……ヤバくない?



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GR5話:海戸ロストシティ─AD2079

「──よ、40機ィ!?」

 

 

 

 と俺が叫んだ矢先、機体が大きく揺れる。

 駄目だコレ、下手したらぶっ壊れるんじゃねえのコレ!?

 エアロマギアの時でさえ、障壁にぶつかっただけであれだけ揺れたのだ。

 外で何が起こっているのか想像に難くない。

 

「もしかしてこれ、攻撃受けてるとか……?」

「あははは……正解、ですかね?」

「じゃねーよ! どうすんだコレ!」

「我々、こんなよく分からない所で死にたくないでありますよ!」

「うう、仕方ないじゃないですか! これ旧型のオンボロ機なんです、2017年がヤバいからわざわざこれで無茶してて」

「つまり時間Gメンのタイムマシンは最新型だと」

「そう……なりますかね?」

「猶更悪いわ! どうするんだ!」

「一度2079年に帰還します! するしかありません!」

 

 余程2016年のダッシュポイントを死守したいのだろう。

 時の回廊で幾何学的な隊列を組んで飛ぶそれらしき影の数々が光線を放ってきているのが窓からも見える。

 

「仕方ありません、お爺ちゃん、5秒数えるんでその間にシートベルトを付けて下さい!」

「そんなものあったのか!? ちょっと待──」

 

 

 

「いーち──ワープに入りますッ!!」

 

 

 

 一秒しか経ってない──と叫ぶ間も無かった。

 座席に座り損ね、シートベルトすら付けられなかった俺は、彼女が叫んだ途端に強烈な耳鳴りと共に、後ろへ吹っ飛ばされたのであった。

 

「ぎゃあああああおろろろろろろろろろろろろろろろろろ」

「マスタァァァ!?」

「しっかり掴まってて下さい!」

 

 後ろを全く見ていないアカリの一言がトドメを刺す。

 一体何処に掴まれと!?

 いや、死ぬかと思ったね。

 いきなり重力の法則が無視されて、身体が浮き上がってそのまま飛んで行ったからな。

 今まで何度か死に掛けているけど今回のもなかなか強烈だった。

 

「ほげぇぇぇおろろろろろろろろろ」

「ちょっとお爺ちゃん五月蠅いです!」

「アカリ殿ォ!? マスターが白目剥いて転がってるでありますよォ!」

「ごめんなさい、聞こえませんッ!」

「アカリ殿ォォォ!?」

 

 ……今でこそ達観してるけどさ、当の俺は滅茶苦茶痛かったし揺れですっごく気持ち悪かったとだけ。今回のヤバさは上の下くらい。

 頭かき混ぜられた所為で、もう目が回ってて、呂律の方は全く回ってなかったね。

 

「おぇ、うっぷ、おろろ……何処は此処? 誰は俺?」

「ごめんなさいお爺ちゃん、敵の攻撃が想像以上にヤバくて数えている暇がありませんでした」

「ねえ、やめよう? せめてもっとお爺ちゃんを労わろう? 俺死んだら、君ヤバいんじゃないの」

「本当にすみませんでした、はいエチケット袋」

 

 吐きそうになりながら俺はフラフラのままアカリに連れられる形でタイムマシンの出口から地面へ転がり落ちた。

 今度からは乗ったらすぐに座席に座ってシートベルトを付けよう。

 というか、事前に知らせてくれよ……本当マジで。

 

「見てくださいお爺ちゃん、着きましたよ」

「待って、もうちょっと吐かせ、げろろろろろ」

「マスタァァァ!?」

「もう……この程度で吐くなんて、平成生まれは温室育ちってのは本当だったんですね」

「お前の所為だよこのウマシカァ!! 人の話は聞かねえわ、人に肝心なことは言わねえわ、未来の俺はお前に何を教えてたんだ!」

「マスター、そんなことよりアレを見るでありますよアレを!」

「ああ!?」

 

 もう2018年に帰りたくなっていたが、周囲を見た途端言葉を失った。

 タイムマシンが降り立った場所は──廃墟。

 足元には大量の瓦礫が散乱しており、空は灰色だ。

 方々には崩れ落ちたビルや、骨組みだけの建物が点在している。

 だが、そのいずれも──何処か見覚えのあるものばかりだ。

 

「これは……一体」

「マスター、此処は……」

「人工都市・()()()()()()()()。私の住んでいる場所です」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

海戸(かいど)……? 此処は、海戸(かいど)ニュータウンなのか!?」

「かつてはそう呼ばれていたようですね」

「……一体、何があったんだ」

 

 海戸ニュータウン。

 デュエリスト養成学校である鎧龍決闘学園を中央に抱く巨大な埋め立て都市。

 しかし、それでもこの荒れ方には違和感を感じた。

 あれだけ人がいた街なのに、全く人の手が加わらないまま朽ち果てた──いや、それどころか当時の姿のままある時を境に荒れ果てたようにさえ見える。

 落ちている看板には、俺も知っているような名前のデパートが書かれているし。

 まるで──此処だけ時間が止まってしまっているようだ。

 

「2018年──今から61年前の事でした」

 

 ぽつり、と彼女は語り出す。

 瓦礫に塗れた道を歩きながら、何処かもの悲しそうに。

 

「お爺ちゃん達が戦っていた実体化するクリーチャー、ワイルドカード。それがある日、全世界で大量発生したんです」

「大量発生? それだけなら魔導司でどうにか出来そうな気もするが」

「もう詳しいデータも残っていませんが、推定10億人以上が最初の日にワイルドカードに憑依され、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「クリーチャーに、なった?」

「はい。ワイルドカードという現象がどのようなものなのかも分からないまま……全世界で」

「……俺達でも、どうにもならなかったのか」

「ならなかったようです」

「──!!」

 

 ちょっと待てよ。

 つまり、時間Gメンの介入が無ければ、ワイルドカードによって世界は壊滅的な打撃を食らうってことじゃないか。

 

「馬鹿な! じゃあデュエマのクリーチャーが世界を滅ぼすってことじゃないか!」

 

 手が震えて来る。 

 世界の終わりも良い所だ。

 俺達は、どうなった?

 俺は確かに無事かもしれない。だけど──デュエマ部の皆や黒鳥さん、桑原先輩、翠月さんは? 花梨は? 

 あいつらは、どうなっちまったんだ?

 

「なあ、俺達はどうなった?」

「お爺ちゃんは、そこまで詳しく話してはくれませんでした! だって、あんなに深刻な顔するお爺ちゃんは、その時のことを話している時くらいでしたから……」

「……」

 

 詳細は分からない。

 だけど、どの道壊滅的な結果に陥った事は確かなのだろう。

 

「この時代の俺は何処にいるんだ!?」

「分かりません……」

「何やってんだよ未来の俺はッ!」

 

 アカリが肩を震わせた。

 ごめん、だけど叫ばずにはいられなかった。

 自分の孫にこんな事をやらせている場合じゃないだろう。

 呆れを通り越して怒りすら湧いてくる。

 デュエマが世界を滅ぼす未来、そしてこの時代の俺がこの場に居ない事への失望。

 淀んだ空、荒れ果てて誰も住まなくなった街。

 海はどろどろに黒ずんでいる。

 世界は、クリーチャーによって荒らし尽くされてしまったのだろう。

 未来は──放っておいても絶望の道を辿るしかない。

 

「結局、ワイルドカードをの大量発生を止めなきゃ、トキワギ機関を止めても意味が無いのか」

「そうなりますね……はい。タイムマシンを開発していたトキワギ機関がデュエマを消そうとしているのは、ワイルドカードの大量発生を止める為ではないかと私達は推測しています」

「……」

「でも、もしそうなった場合、私達は……トキワギ機関に反抗する手段を完全に失う事になる。今、世界が荒れ果てているのは、彼らが物資を独占しているからなんです」

「物資の独占?」

「はい。彼らの作った中央国家……ディストピアは彼らが選別した人しか居住権が無い。それ以外の人間に人権はありません。また、資源も物資も他の国から一方的に搾取しているんです。上層部の私腹を肥やす為に」

「成程な。ワイルドカードの大量増殖で国家機関が麻痺したところに、トキワギ機関は君臨したってことか」

「はい……日本も、ほぼ壊滅状態で、今は各県が独立国家となって自治を敷いている有様なんです」

「……県が独立国家って……」

「この状況を打破するには彼らの目論見を阻止し、尚且つワイルドカードの大量発生を止める必要があります」

 

 敵は二つ。

 2018年に発生するワイルドカードの氾濫、そして2079年の未来を牛耳るトキワギ機関。

 いずれも放置しておけば、問答無用で俺達の未来を終わらせる。

 漠然とした感覚しか湧いてこないのは、今回の事件も事件で怖ろしく規模が大きいからだろう。

 

「マスター……」

「どうにかするっきゃねえだろ」

 

 手が震えてきた。

 仲間を目の前で失うかもしれない。

 未来の俺が悲嘆に暮れていたのは、そこに理由があるかもしれない。

 だから──変えなきゃいけない。たった俺一人でも。

 

「いや、どうにかしてやる。仲間を助ける為に」

「……それでこそ、お爺ちゃんですっ!」

「で、どうすれば良いんだ? 此処は廃墟だし……」

「そうでもないですよ?」

 

 アカリは悪戯っ子のような笑みを浮かべると、足元のマンホールに手を掛け、手に持った端末を翳す。

 すると、意図も簡単にそれが開いてしまった。

 

「なあ、下水道の中に入るのか?」

「はい。それと、タイムマシンを仕舞っておかないと」

 

 言ったアカリは、カードを取り出す。

 すると、オンボロの機体はすぐにその中へ吸い込まれるように消えてしまった。

 

「……それ、どうなってんだ?」

「タイムマシンは人工的に作られたクリーチャーみたいなものなんです。魔法技術が組み込まれているので」

「成程な……科学じゃ成し得ない領域を魔法で補ってるのか」

「それじゃあ、この中に入りましょう」

 

 彼女は開いたマンホールの蓋を指差した。

 ……正直入りたくないんですけど。

 

「……本当に入らなきゃ駄目?」

「本物程臭くはないですよ?」

「……臭いのか」

「私は何て事無いですけどねっ」

「慣れたのか……」

 

 下水道の奥に何があるのだろう。

 降りると、妙にキツイ匂いが漂う。

 そして──俺は目を思わず見開いた。

 

「街が……!」

 

 無数の窓が、そして天井へ向かって伸びる幾つもの建物が目を覆った。

 地下空間に、超巨大な集合密集住宅が敷き詰められている。

 

「これが海戸ロストシティの真の姿です。人々はクリーチャーの襲撃を逃れる為、必然的に地下へ追いやられる事になりました」

 

 日本の中でもクリーチャーの影響で住める場所と住めない場所がありますが、此処はまだ住める方だそうだ。

 それにしても滅茶苦茶な建築である。俺が知っている限り日本は地震大国だ。

 

「大丈夫なのかコレ? 大きな地震が来たら一発で壊れるんじゃ……」

「そうなりますね。一応技術で対策に対策こそ重ねてますが……はっきり言って欠陥建築も良い所です。でも、クリーチャーから逃れるには……これしか方法は無かったようです」

 

 地下に巨大なアパートや集合住宅が幾つも”埋められている”。

 それが現在の海戸ロストシティの構造らしい。

 地震への対策こそしてはいるが、何時崩壊してもおかしくは無いという。

 また、幾つもの階層構造となっており、街に幾つもある階段やエレベーターで下へ下へ降りることが出来るという。

 

「第二階層以降は迷路のようになっているので、迷わないように。私の近くに居て下さいね?」

「お、おう……迷ったら二度と戻ってこれないかもだからな」

 

 と言って俺は絶句した。

 そこに広がるのは迷路のように入り組んだ街。

 悪臭が漂い、太陽の代わりにオレンジ色の薄暗い照明が灯りとなっている。

 そしてこの階層そのものがスラム地帯と化しているのか、住宅にすら入れず段ボールに包まる人や、衣服がボロボロの人が散見された。

 此処は、本当に日本だったのか?

 

「……トキワギ機関ははあらゆる富を自分達の作り上げた国家に集中したんです。その結果、他の国では深刻な物資不足が起こってるんです」

「世界中でこんな事が起こっているのか……本当に、大変な事になってるんだな」

「ええ、そして何より此処、すっごく治安が悪いんです」

「……大丈夫なの? コレ」

「大丈夫ですよ。エリアフォースカードさえ持っていれば、向こうからは襲ってきやしませんから」

 

 ──ふと、視線を感じた。

 ホームレスや、街を歩く人々からの視線が俺に集められている。

 だが、それは決して明るい意味のそれではない。

 羨望。あるいは獲物を狙うかのようなギラ付いた視線。

 または不信感だ。

 妙な居心地の悪さを感じていた。

 

「目を合わせないように。今のお爺ちゃんに出来る事は何も無いので」

「いや、だけど」

「どうせ今は上げるものも無いですけど、持ってるモノ持ってたら集られたり、盗られますよ? 裏路地の方じゃカツアゲ、強盗、人殺しなんてのはしょっちゅうです」

「犯罪が蔓延してるのか」

「日本が形を成さなくなってから何年経ってると思ってるんですか。日本国の法律も道徳もとっくに形骸化してます。此処をシメてるのは、自警団も兼ねているレジスタンスと闇市を取り仕切るマフィア組織ですから」

「闇市? マフィア?」

「はい。今の物流を取り仕切ってるのは彼らなんです。奴らのドンがエリアフォースカードの使い手ですから。まあでも、どうにもなりませんね」

「どういう事だよ」

「レジスタンスの敵は機関だけで精一杯なんです。マフィアの非人道的行為にも目を瞑るしかないんですよ。だからどうにもなりません」

「そんな他人事みたいに」

「他人事ですよ。自分だけでどうにか出来ない事を全部を全部自分事のように考えてたら……気が持ちません」

 

 彼女の見せる自分達の境遇への一種のドライさは……幾つもの問題に対して精神的に圧し潰されないようにするためのものなのだろう。

 そればかりか、こんな状況では人々の間にも利己心や猜疑心が蔓延っているのは確かだ。

 自分達が自分の為に生きなければ生き残れない……そんな世界なのだろう。

 

「だから──過去さえ変えれば、全て良くなるはずなんです。ワイルドカードや……トキワギ機関さえ無ければ、こんな事には」

 

 閉塞した地下都市を歩きながら、俺は嘆息した。

 ワイルドカードが起こした大災害は──太陽も、人の心さえも壊してしまったのか。

 誰もが手を取り合えばもっとマシな未来になったのかもしれない。

 だけど、現実はそうはならなかった。

 トキワギ機関も、此処を取り仕切るマフィアも、自分の事だけしか考えなかったのだろう。

 いや、きっと自分の事以外考える余裕などないのだ。

 この世界の荒れ果て方では──何処にも希望等見えないように思えて来る。

 だから、アカリも、トキワギ機関も、過去を変えて今の世界を変えようとする方向に舵を切るしか無かったのだろう。

 

 

 

「嫌ァァァーッ!!」

 

 

 

 突如。

 耳を劈くような音が聞こえた。

 明らかに恐怖が入り混じったそれだ。

 悲鳴の聞こえた方向は明確だ。

 確かに、今の俺がこの街に出来る事なんて無いに等しいかもしれない。

 

「待って下さいお爺ちゃん、何処に行くんですかッ!」

 

 だけど、この身体は──静止を掛けて止まる程賢くは無いのだ。



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GR6話:海戸ロストシティ──闇医者

※※※

 

 

 

 裏路地に入り、入り組んだ道を走る。

 

「おいコラァッ!! 何デカい声出してんだァ!!」

「助けでも来てくれると思ってんのかァ!?」

 

 ガヤガヤと声がしている方向を辿ると、突き当たりに──屈強な男達が、何かに集っていた。

 その奥に居るのは──少女だ。

 まだ10歳になったばかりだろうか。アカリと比べてもやせ細っている。

 だが、華奢な手首はリーダー格と思しき大柄な白いコートの男に組み伏せられていた。

 

「マスター、助けに行くでありますか?」

「ああ、勿論だ。タイミングを見計らって──」

 

 そう言いかけた時だった。

 ぐいっ、と強い力で肩を掴まれる。

 振り向くとそこには──アカリが目をかっ開いて立っていた。

 

「何やってるんですか! いきなり私の元を離れて──」

「だけど、放っておけねえよ!」

「そんなボランティア精神で、この街のいざこざに全部首を突っ込んでたら、命が幾つあっても足りません!」

「るっせぇ、見過ごせねえんだよ!」

「病気ですか貴方は! 良いから戻りますよ、マフィアに絡んでる暇なんか無いんですから!」

 

 

 

「シュー……ジュツツツ、チミ達ィ──何をやってるのカネ?」

 

 

 

 男にしては甲高い声が聞こえた。

 さっきの、大柄で白いコートの男だが──その容貌は、異様なものだった。

 全身がフランケンシュタインの怪物のように継ぎ接ぎだ。

 腕は右と左合わせて6本。

 パッと見ればクリーチャーにさえ見えたが、違う。こいつはマナを持っていない。

 

「ドクターッ! あの小娘、外から来て最近威張り腐ってるレジスタンスですよ!」

「五月蠅いネェ、ンな事ァ分かってるんダヨ。お前の喉をアベコベマイクにしてやろうカネ?」

「ヒッ、サーセンっ!」

「どうせ悲鳴を聞きつけてやってきたって所ダネェ。だけど、こっち絡みの事件には向こうだって関わりたくないはずだヨォ」

 

 やはりあのドクターがリーダー格らしい。

 だけど何なんだあいつ、まるでクリーチャーみたいだ。

 

「……貴方達、【ハングドマン商会】ですね。何をやっているのか訊いておきましょう」

「シュー……ジュツツツ、腎臓って何の為に2つあるか知ってるカネ? 眼球って何の為に2つあるか知ってるカネ?」

 

 ドクターは、卑しい口角を釣り上げると言った。

 

 

 

「──片方取っても、死なない為ダヨ。シュージュツツツッ!!」

 

 

 

 下品な笑い声が裏路地に響き渡る。

 その6本の腕には少女の華奢な肢体が掴まれていた。

 その気になれば八つ裂きに出来るぞ、と言わんばかりに。

 

「テメェ……医者の癖に人の身体を何だと思ってやがる」

「商売道具ダヨォ。分からないのカネ? 臓器は特に役に立つ」

 

 頭が沸騰しそうになった。

 こいつらがやろうとしている事は大方察せた。

 

「アカリ、こいつは……!」

「ドクター・オペラ。ハングドマン商会……言わばマフィアお墨付きの優秀な医者です」

「成程な、ロクなもんじゃねえのは分かったぜ」

「ロクなもんじゃない? 悪いのはこの被検体ダヨ。親が借金を払えないから水商売に放り込んだのに、そこで色々やらかしてくれたからネェ」

「ひぎぃっ……!」

 

 ぐいっ、と少女の髪を引っ張るオペラ。

 怯えた瞳が俺を見た。

 

「──こいつらァ……!」

「爺ちゃん。この街ではよくある事なんです。此処は見なかった事にして退きましょう」

「シュージュツツツ、それが賢いヨ」

「よくある事って──ふざけんなッ!」

 

 それで見過ごせるかよ。

 見過ごして堪るかよ。

 

「アカリ。お前の爺ちゃんは、人として許せない事を()()()()()で済ませられるような人だったか?」

「……っ仕方ないんです! 事実、その臓器で此処に住んでいる人々は医療を受けているんですから! 神様に捨てられたと思って、諦めるしかないんです」

「だとしても──ッ」

 

 

 

 本質は、醜いエゴの塊

 

 

 ずきり、と胸が痛む。

 この街が、マフィアによって巻き上げられた臓器で医療が成り立っているなら、今此処であの子を助けるのは……きっと、それを阻害する事なのだろう。

 だけど。

 本当に、それで良いのかよ?

 少なくとも、今この場では──どうしても、彼女を見捨てるのが正しい事とは思えない。

 

「……それでも助けてぇんだよ」

 

 少女の泣きそうな顔が俺を見据える。

 ……分かってる。俺はやっぱり病気で、れっきとした狂人なのかもしれない。

 だけど……見過ごせるわけ無いだろ。

 

「確かに、この街は神様に見捨てられた人達で回って来たんだろうな。お前が絶望して、過去の改変に縋る程に。だけど……せめて俺が拾ってやらなきゃって思っちまうんだよ」

「なら、どうして……!」

「お前の気持ちはよく分かったよ、アカリ。この街ではこれがよくある事で、お前が立場上あの子を助ける事が出来ないってことも。だから、猶更此処は俺に任せて欲しい」

「で、でも──言ったでしょう!? そうやってこの街の暗部に首を突っ込んでたら、身体が幾つあっても足りないんです! それに、彼らが居なければこの街の医療も、インフラも、立ち行かなくなってしまいます……!」

「良いかアカリ。俺達は今から過去を変えるんだぞ? 人一人救えねえのに、世界を救える訳ねぇだろうがッ!」

 

 そうだ──これで良い。

 俺はレジスタンスじゃない。

 俺は俺の好きなようにやらせてもらう!

 

「成程。商会に抗うのカネ、レジスタンス。トキワギ機関に逆らうので手一杯じゃなかったのカネ?」

「俺はレジスタンスじゃねえっつってんだろ。テメェらのやり口が気に食わねえから、ぶっ飛ばす」

「ドクター、それならあんな奴、さっさとやっちまおうぜ!」

「頭をAIに挿げ替えるヨ、馬鹿共。あいつは()()()()()ダヨ」

 

 荒くれ者達が怯えた顔で引き下がる。

 ドクター・オペラは1枚のカードを取り出す。

 

「持たざる者は下がってろ。それがこの街のルールダヨ。シュージュツツツ……逆に、持つ者同士はこれで勝負を決める」

「ッそれは……!」

「勝負ダヨ。デュエル、でネェ。チミが勝ったら小娘は離してやるヨォ」

「……!」

 

 あの闇医者が持っているのは、エリアフォースカードだ。

 成程、一筋縄ではいかなさそうだ。

 

「マスター、あの気配は死神(デス)のカードであります!」

「黒鳥さんのエリアフォースカード……何でこんな所に、こんなやつが持ってんだよ!?」

 

 だけど、おかしくはないか。

 もう60年も経っていれば、エリアフォースカードが他の誰に渡っていたとしても。

 ……黒鳥さん、無事だったら良いけど。

 

「お爺ちゃん、超GRゾーンを!」

「おう!」

 

 アカリが白い束で構築され、電子ロックの掛けられた束を投げ、それを俺が受け取った。

 ……今は分からない事を気にしてる場合じゃない。

 

「……この場でやることは一つだ、チョートッQ。超超超可及的速やかに──」

「──勝利へ直行するであります! 我はマスターの弾丸でありますから!」

 

 皇帝(エンペラー)のカードを掲げる。

 相手もまた、エリアフォースカードを掲げた。

 その場に、空間が広がったのだった──

 

 

 

※※※

 

 

 

「超GRゾーン、エンゲージ!」

 

 俺の声と共に、またあの白い束が構成されていく。

 ドクター・オペラはGRゾーンを持っていない。

 こうなると、どう戦うのかが分からないが……。

 千手を打ったのは彼の方だった。

 

「1マナで呪文、《「今も我らの願いはただひとつ」》を唱えるヨォ? 効果で手札を1枚捨て、1枚引く。ターンエンドだヨォ」

「1ターン目から動いて来たでありますな……! しかもあれ、ツインパクトでありますよ!」

 

 ツインパクト。

 呪文とクリーチャーが一体になったカードだ。

 墓地を増やす挙動を見るに、デッキをツインパクトで固めてクリーチャーの割合を水増ししていると見て良いだろう。

 そうなると、デッキは墓地ソースの疑いが出て来る。

 

「ああ。だけど動き出しはこっちも快調だ! 初っ端からぶっ飛ばすぜ、2マナで《タイク・タイソンズ》召喚、ターンエンド!」

 

 タイク・タイソンズは、Jチェンジを持つクリーチャー。

 攻撃するとき、マナゾーンにあるコスト4以下のジョーカーズと入れ替わることが出来る。

 その上、場を離れればマナを1枚増やす事が出来る強力な初動だ。

 

「フゥーン、小型を並べるジョーカーズか……まあ良いヨォ。こっちは2マナで《「アフロ行きま~す!!」》を唱えるからネェ!」

 

 ドクター・オペラは、カードをまた1枚捨てると今度は2枚引き直した。

 やはり、手札交換で墓地にカードを溜めまくっているのだろう。

 

「その前にゲームを終わらせないと、嫌な予感がする……経験っつーか、本能っつーか……ああ寒気がしてきた」

「身に覚えしかないのでありますよ!」

「くそっ、とにかくクリーチャーを連打するしか出来る事がねぇ! 俺は3マナで《ウォッシャ幾三》を召喚! そして、GR召喚だ!」

『超GRゾーン、アンロック』

 

 GRゾーンのカードが飛び出し、ゲートを造り出す。

 そこから飛び出したのは──

 

「来た、《ポクタマたま》だ! 効果は……相手の墓地をシャッフルして山札の下へ埋める? はっ、大当たりじゃねえか!」

 

 現れたのは木魚のクリーチャー。そのお経によってオペラの墓地は山札の下へ送られた。

 

「お爺ちゃん、GRの中身は私が相手のデッキを想定して度々対戦前に変えてるんです。そいつは墓地の対策には持って来いのカードですから!」

「おお、助かるぜアカリ! やっぱり頼りになるのは孫娘! これならあいつに対抗できるかもしれねえ!」

「チィッ、やってくれるねェ……まあいいサア」

「随分と余裕そうじゃねーか。このまま殴り勝っちまうぞ」

「言ってくれるネェ。まあ今は束の間の平穏を感じていればいいんじゃないのカネ?」

 

 墓地ソース、じゃないのか?

 折角増やした墓地を埋められたら少なからず挙動に影響が出るはずだが──何で余裕なんだ?

 

「《タイク・タイソンズ》で攻撃──するとき、Jチェンジ4でマナゾーンにある《ガチャダマン》と入れ替える! そのままGR召喚で場数を増やす!」

 

 現れたのは──鋼の暴獣。

 天空からそれは刃を振るい、舞い降りる。

 

「《鋼ド級 ダテンクウェール》召喚だ! 戦いの基本は物量で押す人海戦術、速度とパワーでぶっ叩く!」

「良い調子であります! このまま一気に展開してゲームエンドでありますな!」

「ク、ククッ、本当にそう思っているのカネ?」 

 

 カードを引くオペラはニタニタと笑う。

 自らを改造して手に入れた6本の腕にはそれぞれの手札や、虫眼鏡が握られていたが──今引いた1枚を虫眼鏡で確認するとすぐさまそれを叩きつけた。

 

「3マナを払い──呪文、《イーヴィル・フォース》を唱えるヨォ!!」

「なっ……!? 何だその呪文!?」

「ククッ、お前の墓地対策なんて、全部無駄骨だったってことダヨォ!! 効果で、コスト4以下の火か闇のクリーチャーを()()()()()()()()()()()()場に出すからネェ!」

 

 スピードアタッカーに!?

 待てよ。闇文明には、コストの割に打点が大きい怪物が居るじゃないか。

 それも、特大デメリットの爆弾を抱えたクリーチャーだ。

 空に刻まれるのはⅩⅢ。不吉で命を掻っ攫う死神のアルカナを示す数字だ。

 

 

 

「さあ、《不吉の悪魔龍 テンザン》を場に出すヨォ!!」

 

 

 

 現れたのは、紫色の炎を身体に纏った悪魔龍。

 その首にはⅩⅢの数字が刻印されていた。

 

「《テンザン》で攻撃するとき──山札の上から13枚を墓地に置くヨォ! 何処からでも墓地に行ったから、《一なる部隊 イワシン》の効果でカードを1枚引いて1枚捨てるネェ!」

「ってことは、墓地が14枚に増えたァ!? ウッソだろオイ! 何でこんな事に!?」

「ま、まずいでありますよマスター! さっきの完全に無駄ラッキーだったであります!」

「さらに《爆撃男》で《ダテンクウェール》のパワーをマイナスして破壊するヨォ!」

 

 バトルゾーンを爆撃が蹂躙する。

 鋼の猛獣は一瞬にして破壊されてしまった。

 

「そして、相手のシールドを3枚、ぶち砕くからネェ! ちょぉーっとこれは、痛いヨォ!」

 

 襲い掛かる悪魔龍の爪で俺のシールドは3枚、一挙に破壊された。

 砕かれた破片が襲い掛かり、俺の体を引き裂く。 

 鋭い痛みが迸った。

 

「があっ、くそぉ……っ」

「そしてェーッ! ターンの終わりに、《イーヴィル・フォース》の効果で出したクリーチャーを破壊するヨォ!」

 

 砕け散る《テンザン》。

 しかし、その転がった骨や肉片がくっついていき──

 

「そしてそしてェ……()()()()()()()()()()、墓地から《黒神龍グールジェネレイド》を2体、場に出すヨォ!!」

「っ……!」

 

 何てことだ。

 3ターン目にスピードアタッカーのT・ブレイカーが飛んできた上に、場には2体のW・ブレイカーが残っているのだ。

 どうにかして──どうにかしてこの場を片付けなければ、俺は負ける。ジャスキル圏内だ。

 

「どうするでありますか、マスター……」

「勝負の結果は全て、GRゾーンが握ってる。運を天に懸けるっきゃねえ!」

 

 活路を開くのは今砕かれたシールド──その中にあったカードだ。

 今なら行ける。丁度、条件は揃った!

 

「ターンの終わりに、マスター・J・トルネード発動!」

「──何ィ?」

「場にあるジョーカーズのコストは合計10……《ウォッシャ幾三》、《ガチャダマン》、《ポクタマたま》を手札に戻す! 手札を増やしたことを後悔させてやらァ!」

 

 大旋風が巻き起こる。

 相手のシールドは残り4枚。

 それなら、こっちもお返しだ。

 

「これが俺の渦巻く切札(オーシャンズワイルド)、波濤を越えろ《ジョリー・ザ・ジョルネード》!」

「シュージュツツツ……これはこれは、良い被検体じゃないカネ」

 

 巻き起こる海流。

 そこから、青い帽子を被ったガンマンが現れた。

 行くぞ、ジョルネード。此処から逆転だ!

 

「《ジョリー・ザ・ジョルネード》の効果で3回GR召喚する! 出て来い!」

 

 大旋風が巻き起こり、超GRゾーンの大穴から3体のクリーチャーが現れた。

 

「──《ジェイ-SHOCKER》、《ダンガスティック(ビースト)》、そして──」

 

 刻まれるのはマスターの刻印。

 超GRゾーンに眠っていた強力なエースカード。

 

「お爺ちゃんっ! それが私のGRゾーンの切札です! 今なら最大戦力で戦えるはずです!」

 

 巻き起こる超GRの大穴。

 天空に皇帝を現すⅣの数字が表れる。

 

「お爺ちゃんがどういう人なのか、よく分かりました。その信念を通したいというのならば……使いこなしてみてください! それが最強にして最大、全てを蹂躙するジョーカーズのドラゴンです──!」

「ジョーカーズの、ドラゴン……!? へっ、何だそりゃ最高じゃねえか!」

 

 龍の咆哮が、響き渡った。

 分かったぜアカリ。使いこなしてやる。

 どんな暴れ馬だろうが、暴れ竜だろうが──俺が乗りこなしてやる!

 

 

 

「これが未来の龍星の切札(ワイルドドラゴン)、応えろ皇帝(エンペラー)のアルカナ──《Theジョラゴン・ガンマスター》ッ!」

 

 

 

 戦場に降り立つ白銀のドラゴン、《Theジョラゴン・ガンマスター》。

 それが、《ジョルネード》と並び立つ。

 圧巻だ。放たれる龍の貫禄。マスターカードの威厳。

 そうか──《ジョラゴン》と《ジョルネード》、この2体が未来のジョーカーズの切札なのか!

 

「こいつがジョーカーズのマスター・ドラゴンか……!」

「チィッ、だが今更遅い。このターンで攻め勝てるとでもいうのカネ?」

「攻め勝ってやるさ。俺は3マナで《ウォッシャ幾三》を召喚し、効果で《ヤッタレロボ》をGR召喚! そして──《ジェイ-SHOCKER》で攻撃するとき、Jトルネード発動!」

 

 駆け出す時計のクリーチャーの渦に《ウォッシャ幾三》が飲み込まれる。

 そして、ドクター・オペラのシールドに時計型のマークが刻まれた。

 

「墓地ソースで真っ先に警戒するトリガーは、《ザ・クロック》だ! これでターン飛ばしは使えない! 後顧の憂いは真っ先に断つ! シールドをブレイクだ!」

「ぐぅっ……!? 余計な事を……!」

「そんでもってェ──《ガンマスター》でシールドを攻撃、する時に!」

 

 《ジョラゴン・ガンマスター》の身体にⅣの数字が刻まれた。

 その瞳が輝き、右腕に取り付けられた龍の銃にエネルギーが充填されていく。

 

皇帝(エンペラー)、アサルトモード……【超天フィーバー】エンゲージ!!』

 

 《ガンマスター》のパワーが急激に上がり、11000まで上昇した。

 更にW・ブレイカーが付与される。

 だけどそれだけじゃない。あいつのシールドと一緒にクリーチャーも吹き飛ばす!

 

「弾にするのは手札のジョーカーズ・クリーチャー。こいつを捨てた数だけ、《ガンマスター》は攻撃時に相手のパワー1万以下のクリーチャーを吹き飛ばす!」

「何ィっ!? これは──」

「MAX大装填!! 風穴をぶち抜けッ!!」

 

 天に向かって《ガンマスター》が銃弾を撃ち放つ。

 それが雨のように振り注ぎ──《グールジェネレイド》2体を完全に吹き飛ばしてしまった。

 

「そのまま、シールドをW・ブレイクだ──ッ!!」

 

 行ける、このままなら──《ジョルネード》と残ったクリーチャーで攻撃すれば、俺の勝ちだ!

 

 

 

「素晴らしいッ!! 素晴らしいヨォ、君達ィ!!」

 

 

 

 ──その時。

 砕かれたシールドから、何かが飛び出した。



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GR7話:海戸ロストシティ──恐怖の大魔王

「だけど……おイタは、もう終わりにしようネェ! S・トリガー、《撃髄医スパイナー》ダヨォ!」

「!? しまった、そっちかよ──! 俺のクリーチャーが!?」

「効果で、パワーマイナス3000を3回撃つヨォ! 《ヤッタレロボ》、《ジェイ-SHOCKER》、《ガンマスター》を破壊するからネェ!」

 

 放たれた電撃が3体をあっさりと破壊してしまった。

 不味い。このままだと、攻撃出来るのは《ジョルネード》だけだ。こいつだけじゃ、このターン、あいつを仕留めきれない!

 

「なら、せめて削り切ってやらァ! 《ジョルネード》でシールドをW・ブレイクだ!」

「無駄無駄ァ、終わりダヨォ。お前は此処で敗ける……良い実験台になってくれヨォ!」

「負けねえよ! そっちこそクリーチャーが居ないじゃねえか!」

「どうだか。墓地のクリーチャーの数だけ、コイツのコストは軽減されるからネェ……コスト1で召喚するヨォ!」

 

 

 空に刻まれるのはⅩⅢ。

 死を表す恐怖の数字。

 それは、墓地の魂を吸収し──肥大化した脚を現世に踏みしめた。

 

 

 

「恐怖の魔王がDAWN(ドーン)ダヨォ!! 《大魔王 ウラギリダムス》、実験開始ィッ!!」

 

 

 

 めき、めき、と音を立て、それは地獄の果てから現れる。

 巨大で、そして強大な二枚舌の大魔王。

 

 

 

「バァァァキャッキャッキャッキャッキャァァァーッッッ」

 

 

 

 そして、ノイズの混じった叫び声。

 髑髏の刻印が身体中に押され、王冠を被った悪魔の化け猫が俺の前に顕現した。

 

「な、何だっ……猫!? でけーし猫みてーだし、ベロは二枚あるし何なんだコレ!?」

「間違いない、死神(デス)の守護獣でありますよ!」

「その通り。私の切札なんだヨネェ!!」

 

 次の瞬間、巨大な二枚舌がジョルネードを絡め取る。

 そのまま引きずり込むかのように、大魔王の大口へガンマンは飲み込まれてしまった。

 

「蛙かよアイツ!? 《ジョルネード》が丸ごと喰われたァ!?」

「《ウラギリダムス》の効果発動ォ! 登場時に墓地のカードを5枚、このクリーチャーの下へ送れば相手のクリーチャーを1体破壊出来るんだヨネェ!」

「だ、だけど、こっちにはまだ我が居るでありますよ!」

「それも無駄な事なんだヨネェ。《ウラギリダムス》が居る時、私が負ける代わりに墓地のカードを5枚山札に戻せば、私は敗北を回避できるんダヨ! シュージュツツツッ!」

「《ダンガスティックB》だけじゃ、勝てないってことか……後少しだってのに!」

 

 敗北回避効果によってあと一歩が届かない。

 だんだん苦しくなってきたぞ。

 

「更にィ、2マナで呪文、《ほめほめ老句》を唱えるヨォ! 効果でカードを3枚引き、相手に2枚選ばせて捨てさせるヨォ!」

「っ……右の2枚を墓地へ──」

「そしてェ! 墓地のカードの枚数だけコストを軽減し、1マナで《ウラギリダムス》をもう1体召喚! 墓地のカード5枚を下に重ねて、《ダンガスティック(ビースト)》を破壊するヨォ!」

 

 もう1体、巨大な化け猫が姿を現した。

 死神の使いは、その舌で今度は鋼の獣を飲み込んでしまう。

 

「ギャーッ、マスター!!」

「しまっ──ッ!? チョートッQ!?」

「これで全滅。スピードアタッカー1体くらいじゃあ、私には勝てないヨォ。私はこれでターンエンド」

 

 ……状況を整理しよう。

 今、俺の場にクリーチャーはゼロ。

 対して、相手の場には《スパイナー》、そして敗北回避効果を持つ《大魔王ウラギリダムス》が2体居る。

 手札に《クロスファイア》みたいなスピードアタッカーが居る可能性もあるし、次のターンを渡せば、まず俺は負けるだろう。

 スーパー・S・トリガーなんて何度も起こらないラッキーだ。

 

「うぐぐ、面目ないであります……」

「くっそォ、あの《ウラギリダムス》ってクリーチャー、厄介過ぎるだろ! 最低でも後3回、殴らなきゃいけないのか……!」

「ど、どうするでありますか!」

「……どうしろって言われても」

 

 諦めるか。

 諦めて堪るか。

 目の前で困っている誰かを放ってはおけない。

 誰に何と言われても、それだけは曲げるつもりは無い。

 

「どうにかするんだよ! このくらいのピンチ、身体張るのに入らないからな!」

 

 やるしかない。 

 増えた手札だけが鍵で、デッキの中身もまだよく分かってないアドリブだ。

 だけど、一つだけ確信があるとするならば。

 ──もし、このデッキを組んだのが未来の俺なら──きっと入ってるはずだ。小型を並べる、ジョーカーズに相応しい切札が!

 

「2マナで《ヤッタレマン》召喚! 更に1マナでもう1体《ヤッタレマン》を召喚だ!」

「今更そんな小物を並べた所で、無駄なんだヨォ。お前の臓器が幾らで売れるか楽しみダネェ!」

「そういうのは、捕らぬ狸の皮算用ってんだぜ闇医者」

「滑稽なんだヨォ。だって、()()()()()()()()()奴を助けるお前がサァ。そこの小娘を助けるってなら、後悔してもらうヨォ?」

「──知ったこっちゃねえよ。勝手に、人の命の与奪を握るなッ!」

「そういう事を言ってるんじゃあないんだけどネェ。その自信に根拠はあるのやら」

 

 まあ良いか、と呟く闇医者。

 2体の敗北回避持ちを並べて勝利を確信しているのだろう。

 だけど突破させて貰う。

 

「そして1マナで《ウォッシャ幾三》を召喚! その効果で《ゴッド・ガヨンダム》を出して、カードを1枚捨てて2枚引く!」

 

 鉛筆型のロケットに飛び乗って超GRの大穴から現れたのは王冠を被った画用紙のクリーチャー。

 それによって、俺は最後の手札補充を行った──

 

「──やっぱりな」

「召喚酔いしたクリーチャーでどうやって勝つと言うのカネ?」

「悪い悪い、ただ……最高の切札が引けたってだけだ!」

 

 場のジョーカーズ4体が光り輝く。

 

「場にジョーカーズが4体居る時、コイツのコストはマイナス5される──」

「な、何だ、何を言っているのカネ!?」

「──お出ましだ、出て来い!」

 

 刻まれるのはⅣ。

 皇帝(エンペラー)を示す数字。

 それが煌めき、タロットカードから切札が現れた。

 

 

 

「これが俺の切札(ワイルドカード)、《ガンバトラーG7(グレイトセブン)》!」

 

 

 

 戦場へ撃ち込まれる弾痕。

 そして颯爽と現れる鋼の戦士。

 その身体は熱い銃で出来ていた。

 

「な、何だそいつ──!?」

「要は、3回ぶん殴れば俺の勝ちなんだろ? なら、お望み通り3回ぶん殴ってやるよ! 《ガンバトラー》の効果で、俺のジョーカーズは場に出たターン、相手プレイヤーを攻撃出来る」

「そ、そ、そんな切札を持っているなんて──!」

 

 俺の時代にもあるカードの《ガンバトラー》が入ってて助かった。

 だけど、俺ならデッキに入れると思ってたよ。

 たくさん並べるGRジョーカーズと《ガンバトラー》は相性が良いからな!

 

「さあ一発目! 《ヤッタレマン》でダイレクトアタック!」

「《ウラギリダムス》の効果で敗北を回避するヨォ! ま、まさか、場のクリーチャーが全員疑似スピードアタッカーになるなんて、聞いてないヨォ!?」

 

 《ヤッタレマン》の攻撃は《ウラギリダムス》によって防がれる。

 もう1体の《ヤッタレマン》の攻撃もまた、《ウラギリダムス》によって阻まれた。

 しかし──これでもう、ドクター・オペラを守るものは存在しない。

 

 

 

「弾切れになっちまったら、もう終いだぜ! 《ガンバトラー》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 鋼の機神が戦場を駆け抜ける。

 立ち塞がる2体の大魔王をすり抜け、狙うのは対戦相手のみ。

 闇医者に無数の弾丸が撃ち込まれた──

 

 

 

※※※

 

 

 

「チッ、お前ら……退却するヨォ!」

「し、しかし」

「五月蠅いネェ! ロボトミー手術がご希望カネ!」

「ヒッ、サーセンっっっ!」

 

 屈強な男達を連れ、ドクター・オペラは不機嫌そうな表情を隠せないまま去っていく。

 何とかデュエルは俺の勝利で終わった。

 そして、抵抗した割に彼らはあっさりと少女を手放す。

 だが、去り際に、こちらを見ると──またあの下卑た笑みを浮かべるのだった。

 

「チミィ……奉仕精神か何かは知らないけど、チミの信条にはなかなか医者に通じるモノを感じたヨォ」

「はっ、こっちは全然だけどな」

「また会おうネェ、お互い生きてればだけどネェ、シュージュツツツ」

 

 そう言って闇医者はその場から去っていく。

 

 

 

「あーあ、折角貴重な()()()だったのニィ。残念だヨォ」

 

 

 

 ……。

 最後まで胸糞の悪い奴だったが、なかなかの強敵だった。

 現に、勝ったはずなのに俺はあいつにダメージを殆ど与えられていないようだ。

 もしあそこで《ガンバトラー》が居なかったらと思うとゾッとする。負けたらどうなっていたのだろう。

 だけど、そんな事より今は──

 

「君! 大丈夫か!?」

「うっ……うん」

 

 痩せこけた少女は辛うじて頷いた。

 良かった。何とか助けられた。

 数か所、殴られた箇所があるが──どこかで手当て出来ないだろうか。

 

「アカリ、この辺で休めそうな場所はあるか?」

「どの道、お爺ちゃん疲れてるでしょうから、宿で休もうと思ってた所だったんです。そこでご飯と、傷の手当にしましょう」

「サンキュー、アカリ!」

「取り合えず宿でその子の身元を確認します。君、名前は?」

 

 問われた少女は小さな口で、「ユイ」と答える。

 そして、疲れたのかそのまま俺の胸の中で眠ってしまったのだった。

 

「……寝ちまった」

「疲れたのでしょう。無理も無いとは思いますが……でも分かってますか? こんな風に騒動に首を突っ込んでたら、命が幾つあっても足りません。見返りも無いのに、どうして危ない事に首を突っ込むんですか」

「分かってるよ。だけどな、この子の顔を見ろよ」

 

 やっと安心出来た。

 そんな安堵が現れた寝顔だ。

 

「……誰かを助けるってのはそういう事だ。見返りってのは、誰かの安らぎだとか笑顔で十分なんだよ」

「でも、気を付けてください。過去を変えるのにはお爺ちゃんが必要なんですから」

「わぁーってる。さっさと宿へ行こうぜ」

 

 それに、最初から見返りを求めたら、それは人助けとは言わない。

 俺は何時だってそうしてきた。

 そうだ。やっぱり、間違ってなんかいないじゃないか。

 例え自己満足でも誰かの笑顔を守れるなら、俺は──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 この地下都市における労働は工場、建築、インフラといった分野が殆どを占めるという。

 そういったものを全てマフィアが握っているらしい。

 連中には人の倫理というものは凡そ無いらしいが、働けば取り合えず金はくれるので労働者はそこで働くしかないのだという。

 太陽が見えないので、人々の時間間隔は狂っている。ただ、疲れれば宿に入る。腹が空けば飯を食う。

 そしてその合間に働くだけ働く……そんな生活らしい。

 

「結局、支配者が変わっただけで自由とは程遠いですがね、この街も」

「そうなるのかな……」

「他の街も色々見て来ましたけど、やはり人口が密集しているこの街には問題が山積みです。この子みたいに、大人の都合に振り回されて明日を失う子供も多いので」

 

 そう言って彼女は、自分のベッドに少女を寝かせた。

 俺は一人部屋、アカリは少女との二人部屋だ。

 宿の他の客は、ほとんどが先程の労働者ばかりで、皆揃って精気の無い顔をしていた。

 此処ならマフィアの連中も好んで近付きはしないらしいので、一先ずは安心らしい。

 

「取り合えず、疲れたでしょう。お爺ちゃん」

「ああ……この街、太陽が見えないから夜とかないんだろうけど、そろそろ眠くなってきたわ」

「そうじゃなくても、私が連れ出した所為で色々ありましたからね」

「いや、アカリは悪くねえよ」

 

 俺は手を振った。

 余裕が無い中でも、俺の事を助けに来てくれた彼女には感謝してもし切れない。

 

「本当にありがとう。俺を助けてくれたり、無茶に付き合ってくれたりな」

「全く……私のお爺ちゃんだから、ですよ。……起きたら、レジスタンスの拠点を目指しましょう。この子はそこで保護します」

「ああ、頼むよ」

「だけど驚きました。お爺ちゃん、見ず知らずの人も助けに行くなんて」

「見ず知らずの人でも、例え敵でも、誰かが困ってたらマスターは放っておけない。そういう人間でありますよ」

 

 チョートッQが飛び出してきて、胸を張る。

 

「そう、ですか。少しお爺ちゃんの事、甘く見てたのかもしれませんねっ」

「何だよそれ……」

「でも、無茶は大概にしてください。それだけ守って下されば」

 

 確かにそうだ。

 この時代のエリアフォースカード使いも、かなりの強敵だった。

 あのドクター・オペラ相手でさえ、切札を出しただけでは俺は勝てなかったのだから。

 

「それじゃあおやすみなさい、お爺ちゃん」

「ああ、おやすみ。アカリ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ぎしっ、と硬いベッドが軋む音と圧し掛かられる感覚で俺は目を覚ました。

 胴を起こそうとすると──目の前には誰かが乗っかっている。

 

「……誰だぁ?」

「あ、起きちゃった……」

 

 目を擦ると──そこに居たのは、ユイ。

 さっき助けた彼女が居た。……どうやって入ったんだろう、この部屋一応鍵かかってたはずなんだけど。

 それにしても格好は何時見ても酷いものだ。

 さっきの男達に乱暴にされたのか、元々だったのか、所々が裂けている。

 そこから、太陽に当たっていない薄白い肌が見えていた。

 

「ユイちゃん、だっけか。身体は大丈夫か?」

「うん……何とか」

「だけど休んでなきゃ駄目だぞ。疲れてるだろ?」

「でも、お兄さんにお礼がしたくて……」

 

 黒い瞳を潤ませて、彼女は言う。

 ……そんな風に言われたら、アカリの部屋に帰れとも言えないじゃないか。

 

「……ところで、何で乗っかってんだ?」

「?」

 

 彼女は不思議そうに首を傾げる。

 おいおい、俺が可笑しい事を言ったみたいじゃないか。

 

「だって、お礼……しなきゃだし」

「あー、良いんだよ俺は。見返りとか欲しくて人助けやってるわけじゃないし」

「でも……私、あの人達に連れてかれるところだった」

 

 ずいっ、と彼女は顔を寄せてくる。

 おい待て。何か妙な空気になってきたぞ。

 

「貴方は命の恩人……あんなふうに助けてくれる人、この街で初めて見たから、お礼をしたい。でも、私……何も持ってない」

「え? いやだからいいんだって、俺は君が助けられただけで十分だから」

「でも……私の気が収まらない。私には、これしかないから」

 

 するり、と襤褸切れのような布がはだけた。

 思わず俺は目を隠す。

 そう言えばあのマフィア共言ってたな、この子水商売に放り込んだとか何とか──

 

「わーっ!! 馬鹿馬鹿馬鹿! 自分の身体はもっと、大切……に……」



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GR8話:海戸ロストシティ──現実

 視線を下に下ろす。

 露になった脇腹に、火傷のような傷があった。

 

「お前、その傷……」

「こういう()()()が好きなんだって。熱い鉄の塊で背中にジュッて押すんだよ?」

「──ッ」

 

 背筋が凍った。

 そんな事を強要する奴が居るのか。

 こんな年端もいかない少女に。

 背中に広がっているであろう火傷の痕。其れは恐らく一生消えないはずだ。

 

「だけど、我慢したんだ。お母さんと、お父さんが悪いから、って言われて──だから私も悪いんだって」

「そんな事、ねえだろ」

「ううん。でも、我慢するしかなかった。私が、悪いから……私が出来る事はそれしかないから、ずっと──」

「じゃあ猶更、自分の身体大事にしろよ! もう、そんな酷い目に遇う事ぁ無いんだぞ!? 俺がお前を守ってやる、約束する」

「……本当? でも……それじゃあ私が納得できない。私には、これしか出来る事無いし……」

「出来る事が無いなんてこたぁない。これから増やしていけば良いだろ。人生、生きてりゃ割と何とかなるぞ?」

「そう?」

「そうだよ」

 

 だから、彼女にはもっと自分の身体を大事にしてほしい。

 劣悪な環境に居たのだから、すぐに慣れるのは無理だと思うけど。

 

「でも残念──お兄さんの身体、抱きたかったのに」

「だから、そういうのは本当に好きな人とな」

「……お兄さんの事、結構気に入ってたんだけどなあ」

 

 少女は口を尖らせて、残念そうに言った。

 

「食べちゃいたいくらい……好きで、誰にも渡したくなかったんだけどなあ」

「渡したくない?」

「お兄ちゃん、女の子連れてた」

「あれは……親戚みたいなもんだよ」

「そう……なら良かった」

「良かったって?」

 

 彼女は少しおかしそうに微笑んだ。

 ああ、良かった。こんな屈託のない笑みを浮かべられるようになって。 

 もう少し塞ぎ込んでてもおかしくはなかったのだけども。

 アカリはこの子をレジスタンスで保護すると言っていた。だから、これから真っ当な未来を歩めれば良いんだけど。

 

「うん、本当に良かったっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴方を誰にも、渡サずに、すムか、ラね」

 

 

 

 

 

 

 

 少女の口が、耳まで裂けた。

 

「え?」

「──うレ、シィ、私ダケ、のモノ、ひトりジメ」

 

 いや、最早少女の顔のそれではない。

 裂けて、ガバァッと開いた大口には──凡そ人のそれではない歯がずらりと並んでいるのだった。

 心臓が、ずきりと痛む。

 恐怖で。

 

「な、何なんだ!? ユイ!? どうしたんだ!?」

「キャ、キャ、キャキャ、綺麗な顔──喰イ、たイワァ、丸ごト、ねぇ」

「おい、え、ちょ──チョートッQ!! チョートッQ!!」

 

 駄目だ、呼び掛けても全く声がしない。

 何が起こったのか分からない。

 だけど少なくとも、最早目の前に居るのはクリーチャーであり、俺はクリーチャーにマウント取られて組み伏せられているので動けない。逃げられない。

 そう言えば、だ。

 鍵が掛かっている部屋にどうやって彼女は入って来た?

 もし、彼女が普通の人間じゃなかったとしたら?

 いや、違う。そもそも──ユイがクリーチャーだったとしたら?

 

「ワイルドカード──ッ!!」

「キャキャキャキャキャキャキャキャ、唇ヲ吸ッテ、顔ノ皮ヲ剥イデカラタベルノダケドォ──ヤッパ、丸ゴトガ、一番、ヨネェ」

「ふ、ふざけんなッ! この野郎──」

 

 嫌だ──!

 こんな所で食われて堪るか!

 だって、だって──まだ俺にはやらなきゃいけない事が山積みだっていうのに!

 

 

 

 

 ──そんなボランティア精神で、この街のいざこざに全部首を突っ込んでたら、命が幾つあっても足りません!

 

 

 

 

 そんなアカリの言葉が、脳裏に過る。

 無意味だったってのか。

 無駄だったってのか。

 やらなきゃいけない事が山積みだったのに、人助けに脇道逸れたのがそんなにいけなかったのかよ!?

 俺は唯、助けたかっただけなのに。

 どうしてこうなるんだ!? 俺のやった事は──

 

 

 

「イ、タダキ、マァァァァァァグエッ」

 

 

 

 

 

 

 乾いた銃声が、何発も響いた。

 見ると、扉をすり抜け、青い弾丸が飛んでいる。

 

 

 そして、それが幾つも怪物の側頭部を撃ち貫く。

 

 

「グェッそ、ンナァ……」

 

 間もなく、化け物の頭は消え失せ──1枚のカード、そして頭の無くなった少女がベッドから転がり落ち、凄惨な火傷痕を俺に見せていた。

 

「──お爺ちゃんッ!!」

 

 扉が開いた。

 無理矢理こじ開けたのか、息を切らせたアカリがそこに立っていた。

 その背後には、青いガンマン──ジョルネードが立っており、間もなく彼女の持つカードへ吸い込まれて消えた。

 

「大丈夫ですか!? 怪我は!?」

「あ、ああ……俺は、大丈夫だ」

 

 だが、少女に目を落とす。

 その身体も、最早消えつつあった。

 

「今、その子の身元を確認したのですが……彼女の働いていた店で……その、彼女が相手をした客が次々に死ぬ事件が発生したそうなんです。被害者は皆、首から上が無くなってたようで」

「……そういう、事か」

「恐らく、もうとっくにワイルドカードに憑りつかれて、成り代わられてたんじゃないでしょうか……この様子だと。それでベッドを見たら何時の間にか居無くなってて、お爺ちゃんの部屋から妙な気配がして」

 

 バクバクと鳴りっぱなしの胸を抑える。

 ……こんな事って、あるかよ。

 ワイルドカードに憑依され、クリーチャーが実体化すると宿主は死ぬ可能性がある。

 元のクリーチャーが強力であれば、ある程だ。

 しかし、転がっているカードは──《毒吐きダリア》。そんなに強力なカードではないはずなのに、憑りつかれた期間が長かったのだろうか。

 彼女の頭はクリーチャーに食われてしまっていたようだ。

 

「チョートッQは完全に眠らされてます。クリーチャーの能力でやられたんでしょう」

「なあ、人助けしない方が良いって、こういう事があるからか?」

「そういうわけではないです! ワイルドカードが地下都市に侵入してくる事自体が珍しいですから」

「そうか……なら良かった」

「良かったって──」

「最後の被害者が俺だったからだよ。それで全部終わりだったからだ」

「……」

 

 酷い火傷痕を見やる。

 思わず拳に力が入った。

 

「なあ、アカリ。タイムマシンで、この子がワイルドカードに殺される前に戻れねえのかな。いや、こんな酷い火傷痕を付けられる前に戻れねえのかな」

「……タイムマシンは、どんなに最新鋭のものでも出発した時代とダッシュポイントの間以外は行き来出来ません。決して、万能じゃないんです」

「助けて、やりたかったよ。だって、首から下の火傷痕は……あの子のものだろ?」

「……だから言ってるんです。全部自分の事のように扱ってたら、お爺ちゃんは……壊れてしまいます」

 

 それでも。

 そうだったとしても。

 あの瞬間に感じた体の冷たさは、決して偽物じゃなかった。

 

「世の中には……どうにも出来ない事の方が多いです。だからせめて、私は……出来る事をやろうと思ってる。それだけです」

「……そう、だよな」

「でも、お爺ちゃんの気持ちも本物だったと思います。否定は……出来ません」

 

 俺は放心状態のまま天井を見つめていた。

 何か、俺は──間違っていたのだろうか?

 

「今、レジスタンスの調査団が宿に来ています。此処を出ましょう、お爺ちゃん」

「……そうだな」

 

 俺はアカリに連れられるようにして外へ出る。 

 入れ替わるようにして、彼女が呼んだレジスタンスのメンバーが部屋へ押し入っていった。

 ただただ、己に無力感を感じながら、俺は部屋を出た──

 

「あっ、団長! お疲れ様です!」

 

 アカリの声が跳ねた。

 団長? レジスタンスの団長だろうか。

 もう来たのか……速いな、と思って見やった時、俺の体は硬直する。

 彼女は杖を突いた老婆だった。

 両目には眼鏡を掛けており、髪の色は──金色。

 

「ギャッ!!」

 

 そして、踏まれた猫のようなしゃがれた声が飛んできた。

 思わず俺は彼女の顔を見やる。

 幽霊でも見たような青白い顔で彼女は叫んだ。

 

「し、白銀耀ッ……!!」

「え? 俺の事知ってるの? 婆さん」

「はっ、はははっ、よくも言ってくれるじゃねえか。来るのは分かってたが、いざこうして目にしてみると……自分が如何に老けたのかがよく分かる」

「えーと……誰?」

「お爺ちゃん、まさかその年でボケたんですか?」

「失礼な! 知り合いには違いないけど、一応60年以上経ってんだぞ!」

「クッソ屈辱だがまあ良いだろう」

 

 金髪と言えばブランを思い浮かべるが、彼女とは雰囲気が違う。

 主に口の悪さとか。

 俺の知り合いに居る口の悪い金髪の女と言えば──

 

 

 

「ご紹介します。現レジスタンスの団長、トリス・メギスさんですっ!」

 

 

 

 ──今、何て?



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GR9話:海戸ロストシティ──レジスタンス

 ※※※

 

 

 

 ──言わば、レジスタンスの拠点と呼ばれる場所はロストシティの最下層に位置していた。

 各階層に駐留所こそあるらしいが、所謂本拠点は此処らしい。普段ならば、誰も立ち入る事の出来ない場所。

 そして、最下層でなければならない場所だという。

 

「様々な研究施設が、此処に集中している。守りは頑強で、地震どころか核爆発でも壊れやしねえよ」

 

 とは、そのレジスタンスの団長に就任していたトリスの科白だった。

 

「なあ、そろそろ教えてくれないか? 何でトリスがレジスタンスの団長になってんだよ」

「こうしてみると、あの頃の憎々しい顔そのままだ。杖でボコボコにしたくなる」

「団長、自重してください」

「わぁーってるよ」

「なあ、質問に答えてくれ」

「コホン。まあ、そっちも色々大変だったな」

 

 研究室の一角に俺とアカリは座らされていた。

 せめてのもてなしのつもりか、お冷がコップに入れられて置かれていた。

 

「地下水を濾過した水だ。水だけは……何とか、なっている。地上の水源の殆どは汚染されたが、それを濾過する技術も出来ている。魔法の力もあってな」

「なあ、そろそろ本題に入ってくれねえか?」

「急かすな。今も言っただろ。レジスタンスってのは、アルカナ研究会……いや、魔導司組織の生き残りみたいなもんなんだ。今の世界の技術に魔法が組み込まれてるのはその為さ」

「生き残りって……アルカナ研究会は無くなったのか?」

「ファウストが死んだ以上、あたしが引き継ぐしかなくなった。まあ、ファウストだけじゃない。大半のメンバーがワイルドカードとの戦いで命を落とした」

「……」

 

 火廣金は、なんて怖くて聞けなかった。

 トリスのしわくちゃの悔しそうな顔を見ると……とてもじゃないが、口には出せない。

 

「お前の顔を見ると……ヒイロのやつを思い出しちまうね。今のお前と、同い年くらいだったからな。あれから、もう60年経つわけだが」

「……死んだのか。火廣金も」

「死んだ、と思う」

「……」

 

 俺は居た堪れなかった。

 そのまま悲痛な沈黙がその場を支配していた。

 

「希望は持たない方が良い、ってことだ。お前の仲間の生存に関しては」

 

 ぽつり、とトリスは言った。

 

「はっきり言って、誰もお前の仲間が死んだ所なんざ見てねえんだ。分かるか?」

「というのは……」

「エリアフォースカードの使い手の殆どは、戦いの中で散り散りになった。何処に誰が行ったのか、情報も何も残っちゃいねえんだ。死んだのかもしれない。生き残ったのかもしれない。戦いに疲れ、今も息をひそめて暮らしているかもしれない。だけど……希望は持たない方が良い」

「……」

 

 トリスは苦虫を噛み潰したような表情で言った。

 

「勝ち目はほぼ無いと言っても良かった。人間が次々にクリーチャーになっていくんだからな。多勢に無勢だ、魔導司は次々に集団で嬲り殺されていった」

「……」

「だけどな。ある時突然──世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカードの使い手が現れた。それによって、ワイルドカードは次々に殲滅されていったんだ」

「戦局が変わったのか」

「ああ。そして、その使い手によって組織されたのが今のトキワギ機関だ」

「そいつの事は分からないのか?」

「分からない。用心深い奴なのか、トップの詳細は未だに掴めてねえんだ。あれから60年近く経ってるが、人間か魔導司かもわからん」

 

 俺は、辛さを押して聞き出す事にした。

 

「俺は、どうすれば良いんだ?」

「……過去を変える上でお前とアカリにやってもらうこと。それは、2018年4月1日……この時点までにエリアフォースカードを全て集める事だ」

「1か月しかねぇじゃねえか」

「そうだ。時間は無い。急いで残りのカードを集めなきゃいけねえ」

 

 エリアフォースカードは大アルカナのタロットカードと対応している。

 全部で22枚。途方も無い話だと思っていたが、そういえば今の時点で俺達が持ってたカードはどれほどだっただろうか。

 

「お前達。今の時点で持ってるエリアフォースカードを教えてくれ」

「俺達が持ってるのが皇帝(エンペラー)魔術師(マジシャン)正義(ジャスティス)戦車(チャリオッツ)(ストレングス)隠者(ハーミット)死神(デス)の7枚で……」

「アルカナ研究会が持ってるのは、愚者(ザ・フール)審判(ジャッジメント)節制(テンパランス)(タワー)運命の輪(ホウィールオブフォーチュン)女教皇(ハイプリエステス)(スター)女帝(エンプレス)吊るされた男(ハングドマン)悪魔(デビル)の10枚でありますな」

「あれ全部で17枚だっけ? 1枚足りないような……あっ、ノゾム兄の目覚めてないカードがあるじゃねえか。これで18枚」

「となると後4枚でありますか。多いような少ないような……」

「……それと、出力を上げるために出来るだけ覚醒させたカードが望ましいだろう」

 

 となると、出来る限りエリアフォースカードの使い手も集めなければいけないのか。

 

「今、レジスタンスにはエリアフォースカードの使い手は一人しか居ない。アカリだけだ。後は魔導司の生き残りと、エリアフォースカードの複製品で何とか賄ってる状態だ」

「複製品?」

「レジスタンスのメンバーは大抵持っている。逆に時間Gメンの連中も複製品のエリアフォースカードを持っているんだ。出力は著しく落ちるが、無いよりはマシだ」

「ってことは、シー・ジーの持ってた節制のカードも複製品ってことか」

「そうなるんですかね? それにしては強かった気がしますけど」

「シー・ジーか。あいつの名前は聞いたことがある。時間Gメンの隊長格だ。それなら本物を持っていてもおかしくはない」

 

 しかし下っ端も全員エリアフォースカード使いという事か。

 数があれだけ多いと、まともに相手をしていると大変な事になる。

 

「ただな。タイムマシンってのは厄介な性質を持っていて、少なくとも本物のエリアフォースカードを持っていなきゃダッシュポイントへ到達出来ない」

「そうなんですか? でも、時の通路には時間Gメンのタイムマシンが大量に──」

「あれは通路を巡回してるんだ。レジスタンスのタイムマシンを待ち伏せするためにな。これを回避するには最新型のタイムマシンを使うしかない」

「じゃあ、敵の数自体は少ないってことなのか……」

「ああ。タイムマシンの収容人数を考えると、そう多人数は運べないはずだからな」

 

 此処で良い事を聞けたぞ。

 相手は少数精鋭というわけだ。

 つまり、旧型のタイムマシンで時の通路を飛ばない限り、物量で圧殺されることは無いということじゃないか。

 

「それで、アカリは何のカードを持ってるんだ?」

「私のは……(スター)のカードです。レジスタンスに入った時、アルカナ研究会が保有してたものを貰ったんです」

「でも守護獣が見当たらないでありますよ?」

「ジョルネードはどうなんだよ」

「あれは魔力で実体化させてるだけです。本当の守護獣は別にいるんですけど、後で紹介します」

 

 何処か含みのある言い方だ。

 猶更、気になって来るじゃないか。

 

「なあ、全部のエリアフォースカードを集めたらどうなるんだ?」

「元々、エリアフォースカードは22枚全てが連動して起動し、とてもつない魔力を発するようになっている。それこそ、文字通り戦略兵器レベルの威力でなァ」

「そうだったのか!? そんな話初めて聞くんだけど」

「お前が知らないのも無理は無い。つい最近、大魔導司メフィストの魔法工房が見つかって明らかになった事さ。……だが、これまでカードが全て揃った事は一度も無い」

 

 俺達の時代でもまだ揃ってないカードがあるからな。もう少しで揃いそうだった所にワイルドカードの大氾濫が起こったってことか。

 

「だから、時を駆けて違う時代のモノを使ってでも22枚全てを集めろ。それが歴史を変える鍵になるかもしれねえ。だが、トキワギ機関の時間干渉を食らえば、それは絶望的だ」

「デュエマが消えた時点でエリアフォースカードの使い手がデュエマを忘れちまう。そうなったら、折角集めた分のカードが無駄になっちまうってことか」

「その通り。デュエマを消されたら、今度はこっちの時代が詰む。いや、それどころか別次元の脅威に対しても人類は対抗出来なくなる。トキワギ機関が自分達には時間干渉の影響を無効化させている辺り、それも織り込んでいる可能性があるが」

「自分達だけがクリーチャーの力を使おうってのか」

「そうなったら、この世界は今度こそお終いだ。全部、トキワギの手に落ちる」

 

 そうなれば、猶更2016年へ急がなきゃいけないってことか。

 でも待てよ。元々何で俺達がこの時代に来たかって、アカリのタイムマシンが旧型のオンボロだったからのような。

 

「なあ、時間Gメンの奴らに対抗できるタイムマシンってあるのか?」

「そうです! 修理は終わりましたか?」

「優秀なメカニックのおかげでな。不具合については1日ありゃ十分だったそうだ」

「よ、よかったです……」

 

 曰く、タイムマシンはちょっとの不具合が命取りになる危険な乗り物らしい。

 幾ら1日の修理で済む故障でも甘く見てはいけないのだという。

 そりゃあそうだ、あんな大群で追いかけてくる連中相手なら猶更整備に整備を重ねておく必要があるだろう。

 

「それじゃあ行くぞ、ドックに」

「ドック? 船みたいだな」

「最新式は、一味違うんだぜ? 白銀耀」

 

 トリスは機嫌良さそうに笑うと、曲がった腰を上げて歩きだす。

 俺達も彼女に着いていくのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「なあ白銀耀、顔色ちょっと悪いぞ」

「……そ、そうか?」

 

 廊下でドックとやらに向かう途中、俺はトリスに突っ込まれた。

 彼女に言われた通り、顔にちょっと出ていたのかもしれない。

 未来で仲間達が死んでいる事、俺達の前には困難が幾つも待ち受けている事。

 それに加えて──さっきの出来事だ。

 まだ、首の無くなった少女の火傷痕が忘れられない。

 いや、あんなの忘れられるわけが無い。

 

「さっきの宿屋の一件はあたしも聞いている。あの女の子、お前がドクター・オペラの元から連れ出したんだって?」

「……ああ」

「あいつはな、ああやって助からない人間や犯罪者から臓器をはぎ取って医療に回してる。お前らからすれば残酷に聞こえるかもな」

 

 確かにそうだ。

 あんな年端もいかない子が相手でも奴らは容赦をしなかった。

 だけど、アカリの言った通り、この街はその臓器で医療が回っているというのだ。

 

「この世はお前が思ってる程悪意や欺瞞に満ちてるわけじゃねえ。誰もが最善を尽くそうとした結果──互いに利害がぶつかり合ったり、力の弱い方が負けたりして、結果的に残酷に映る事もある。それは、何時の時代だって同じだった」

「何時の時代も? ワイルドカードの大氾濫が起きる前もか?」

「ってのはファウストが言ってた事だ。あいつも長生きしてたから説得力はあったぜ。あたしも昔は信じられなかったが……今なら分かる。特に今は、最善のぶつかり合った結果、ギリギリ崩壊しないところで踏みとどまっている」

「最善が、ぶつかり合った結果……」

「そうだな。正義なんて綺麗なもんじゃねえ。だが、それで泥臭く踏みとどまってるんだ。ただ、今は誰もが自分の為に生きるので精一杯だ。そんな中で、マフィアや闇医者は……まだマシな方だと思うぞ」

「何でそう思うんだ?」

「さっきも言ったでしょう。彼らのおかげでインフラも福祉も辛うじて回ってるからです」

「……」

「この世界は歯車だ。歯車同士が噛み合わねえなら、どっちかが互いに譲歩し合うしかない」

「じゃあ、結果的に俺は……歯車が回るのを邪魔しちまったのか」

「お爺ちゃん……」

「そうなるな。オペラはワイルドカードが顕現する前に対象を安楽死させ、クリーチャー部位を的確に除去する。そうすれば、残った臓器は確実に他の誰かを救う」

 

 じゃあ、結果的に──俺がやったことは、それで誰かが助かる可能性を奪ったってことじゃないか。

 ……何やってんだよ、俺は……!

 

「まあでも、今回は無理はねぇよ。此処最近都市内でのワイルドカード発生事例は極めて少なかったしな。一昔前はもっとヤバかったんだが、レジスタンスとマフィアが街からクリーチャーを根絶やしてからは激減している。お前が助けようとした気持ちは、間違ってねえと思うぜ」

「……それでも、怖いんだよ。結果的に、またどっかで間違えそうで──俺が良かれと思ってやってることは、本当に合ってるのかって──痛ッ!?」

 

 カコン、と額が硬い杖で小突かれた。

 不機嫌そうに鼻を鳴らすと、トリスがこちらを睨んでいた。

 

「あたしの知ってる白銀耀はな……迷いなんて知らねえ、猪突猛進の突っ走る馬鹿だった。今のお前は……悩みに悩んで迷路の中、さながら血迷った子羊か?」

「っ……」

「団長、あんなことがあったら誰だって……」

「逆だ馬鹿。悩まねえよりよっぽどマシだよ。人間なんぞにアドバイスしてやる義理なんざねぇが一つだけ言っておいてやる。今のお前、あたしが知ってるそれよりよっぽど良い顔してるぞ?」

「はぁ……!?」

 

 人の葛藤を何だと思ってんだコイツ。

 60年経っても、妙に意地が悪いのは変わらない。

 

「おら、そんな事よかアレを見ろ」

 

 通路の突き当たりのシャッターが開く。

 心に一抹のもやもやを残したまま、俺は中を覗いた。

 その奥には──暗い船渠が広がっていた。

 水際まで降りてみたが、船らしきものは見当たらない。

 アカリが叫ぶ。

 

「カンちゃんっ! 私です! アカリ、戻ってきましたよ!」

「カンちゃん?」

 

 そうアカリが呼びかけた時だった。

 ざばぁっ、と音を立てて──水柱が上がった。

 

 

 

「え」

 

 

 

 ちょ!?

 めっちゃ水が掛かって──

 

 

 

「マスターだっ、マスターっ! わーいっ!」

「え? ちょ──ギャーッ!?」

 

 

 

 な、何だ一体!!

 何が出て来やがったんだ!? 

 ザバーン、と音が鳴ったかと思えば次の瞬間にはもう、服はびしょびしょになっていたんだが何があったんだマジで!!

 

「さ、さっぶッ! 何だ一体!? おいアカリ、トリス・メギス、大丈夫か!?」

「アカリは予め傘を持ってたので平気ですよ?」

「右に同じく」

「俺には何も言わなかったのかよ!」

 

 成程こいつら、既に傘で水飛沫を完全に防いでしまっていた。

 

「だから大事な事はもっと早くに言えよッ!」

「だってお爺ちゃん人の話聞かないじゃないですか、言っても仕方ないかなあって」

「ちなみにヤバそうだったのでデッキの入った鞄は我が避難させていたであります」

「俺も避難させてくれ、たまには守護獣らしくしてくれよ!」

「非難はしてるでありますな」

「上手くねえーんだよ!」

 

 泣きっ面に蜂。

 どうして頭からいきなり水をぶっかけられなきゃいけないのか。

 しかも結局濡れたの俺だけだし。

 

「何なんだよこいつ……」

「これが私の守護獣にしてタイムダイバー、《せんすいカンちゃん》です!」

「いぇーい、マスターだ! マスターが帰ってきた!」

 

 丸っこい潜水艦のようなクリーチャーは両腕のアームをガチャガチャ言わせながらアカリを前にしてはしゃいでいる。

 こいつが最新型タイムマシンってのか?

 

「タイムダイバーは、守護獣を弄って完成させたタイムマシンだ。見た目は元のクリーチャーの所為でアレだが、後部スペースの居住性は抜群、座席も増加して4人乗りだ」

「今の所最新鋭っぽい要素が何一つ感じられないんだけど」

「何よりタイムダイバーの名の通り、時の通路の最深層をステルス移動することで時間Gメンの追跡を逃れる事が出来る優れものってわけよ。なんせ、元のクリーチャーも()()()()()()からな」

「そーのとおりー! カンちゃんは、ハイスペックサイキョーのGRクリーチャーなのだー!」

「陽気な奴でありますなー……」

 

 とても最新鋭には見えないがそういうことにしておこう。

 お調子者は見てきたが、こいつは突き抜けてるな……アホっぽさが既に漂っている。

 何だろう、嫌な予感しかしない。

 

「つーわけで、お前達には今から2016年のダッシュポイントに向かって貰う」

「……いよいよか」

「いきなりも何も、此処を修正しない限りデュエマは永遠に失われる事になるだろうな」

「はい。急がなければ、改変された歴史が正しいものとしてまかり通ってしまいます。その前に時間Gメンの野望を阻止しなければ」

「超超超可及的速やかに行くでありますよ!」

「希望はエリアフォースカードの使い手であるお前達だけだ。……未来を変えろ、二人共」

「……ああ、分かってるよ」

 

 今やるべきことは仲間の歴史を俺の知っているものに戻す事。

 じゃなきゃ話は始まらない。

 

 

 

「お爺ちゃん、行きましょう! 2016年へ!」

 

 

 

 俺は頷いた。

 だけど……煮え切らない。

 俺は何時まで、自分の中の「やるべき事」を貫ける?

 何時まで、仲間の為に戦える?

 もし、「正しい事」と「やるべき事」が大きく食い違った時──俺はどっちを取れば良い?



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GR10話:受け継がれる部長魂─AD2016

 ※※※

 

 

 

 せんすいカンちゃんのタイムダイバーが船渠から沈んでいき──その奥にある次元の穴へ飛び込む。

 そこから先は静かだった。俺は濡れた服を奥の部屋で乾かす。

 操縦席の奥から入れる部屋はあの旧型タイムマシンよりは綺麗になっており、一通りのものは揃えられていた。

 しばらく、疲れのままにソファに突っ伏して意識を失っていたが、しばらくして目を覚ます。

 アカリもアカリで休憩しているようだったが、こちらに気付くと微笑んだ。

 

「あ、お爺ちゃん。起きたんですね?」

「ああ……ところで大丈夫なのかコレ? さっきみたいに揺れたら大変な事になると思うんだけど」

「その心配はありません! この内部は、言わば潜水艦内に出来た異次元空間みたいなものなんですよ。外が幾ら揺れても、致命的なダメージでも喰らわない限りは大丈夫です!」

「そうなのか」

「今、現在進行形でワープに入ってるんですけど全然揺れないでしょ?」

「そうだったのか!?」

 

 さっきゲロゲロ吐きまくった身としては、有難い限りだ。

 若干心配が残ってはいるが、アカリがそう言うなら大丈夫なのだろう。

 正直、これ以上心労を増やしてたら本当に眠れなくなりそうだ。

 

「……なあ、何で2016年なんだろうな。デュエマに関するデカい事件が特に起こったわけではないと思うんだが」

「そうだとしても、ダッシュポイントは出来る事があるんです」

 

 2017年のダッシュポイントは、俺が特異点だったから発生した歪みらしい。

 逆に多くのダッシュポイントと同様に2016年のダッシュポイントは、何故出現したのかは不明だという。

 

「さあどうでしょう。いずれにせよ言えるのは一つ。此処で奴らの修整を阻止すれば、彼らは大規模な時間改変を2016年及び2017年では行えなくなります」

「そりゃどうしてだ? 思うにイタチごっこになるような気がするんだけど」

「無理矢理変えられた時間が定着する前に正しい流れに戻すと、時間の流れは二度と改変出来なくなるんです。時間が正しい流れに戻ろうとする力が強くなり、ダッシュポイントが消失します」

「そういう事か……あれ? だけど2016年の異常が解決したら、俺も2017年に帰れなくなるんじゃねえか?」

「ご心配なく。タイムマシンはその時代の人間やモノを乗せていても、それを縁としてその時代に行く事が出来るんです。私達が2017年を中継して時間を行き来している限り、お爺ちゃんは何時でも元の時代に帰ることが出来ます」

 

 難しくて分かんねえが、つまり俺がタイムマシンに乗っていれば2017年には行ける、ということらしい。

 

「元々タイムマシン自体が時間の歪み、矛盾をただす為の装置なので。違う時間の人間がその時代を離れていれば、元の時代に帰れるようになっているのは当然の事です」

 

 つまり、それを悪用するトキワギ機関の企みは必ず阻止しなければならないということか。

 時間の歪みを正すために時間を移動するタイムマシン……か。

 しかし、誰がどうやってこんな凄いものを作ったんだろうな。

 

「そして──着きましたよ。2016年に」

 

 

 窓を覗くと──そこは、見覚えのある建物、そして制服の少年少女達の姿が歩いていた。

 

「どうやら、時間の歪みはこの周辺から発生しているようです」

「──この周辺も何も──鶺鴒学園高校じゃねえか!?」

 

 成程、此処なら何とか制服で紛れ込むことが出来るので怪しさはないかもしれない。

 校舎裏に着陸したタイムダイバーから降りた俺は、辺りを見回す。

 確かに鶺鴒学園高校だ。間違いない。

 

「懐かしいですか? と言っても1年前ならまだそんなに変わって無いかもですけど」

「1年前ってか、今日は一体何月何日なんだ?」

 

 

 

「いや、いやいやいや待ってくださいよ部長! 俺に、俺に部長なんて無理ですって!」

 

 

 

 心臓が飛び出すかと思った。

 近くの窓から響いて来た声。

 そう言えば此処は部室棟の1階。

 かつて、デュエマ部の部室だった場所──

 

「……ねえ、今の声すっごい聞き覚えがあるんですけど」

「確かに、すっごい聞き覚えがあるでありますな……」

「奇遇だな……俺もだ」

 

 俺だ。

 俺が居る。

 

「マスターが、もう一人……本当に過去に来てしまったでありますよ!」

「信じられねえ……」

「ねえ、誰かと話してますよ?」

 

 

 

「え? 部長? 何それ、美味しいの? 今日からオマエが部長でしょ」

「先輩まだ引退してないじゃないですか! 何で!?」

 

 

 

「ねえ、あの女の人って誰ですか?」

 

 アカリの質問に──しばらく俺は答えられなかった。

 1年前の、あの日の記憶が鮮明によみがえって来る。

 夢じゃない。

 確かに俺は今、過去に居る。

 

「──部長。デュエマ部の部長だ」

「え? でも、デュエマ部の部長はお爺ちゃんじゃ──」

「あれは先代だよ」

 

 あのツインテールに、大胆不敵で恐れを知らない表情。

 間違いない。見間違えるわけが無い。

 

 

 

「あれは先代部長の……神楽坂先輩だ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 今日は6月20日。

 もうすぐ先輩達が部活を引退するという時に──神楽坂先輩、いや部長は突如俺に告げた。

 傍若無人で唯我独尊を行く性格だった先輩は、

 

 

 

「部長命令だ! 君が次期部長になりたまえ!」

「……は?」

 

 

 

 まだ入部してから2か月も経ってない俺にそんな事を言ってきたんだ。

 この部は、2年生が居ない。今まで3年生しか居なかった。

 だから、自動的に俺かブランのどっちかが部長をやることになる。

 

「俺、まだ1年ですよ!? この学校の事もよく分かって無いし、そもそも1年は俺とブランしか居ないし……」

「だって2年生居ないから仕方ないじゃんかさ」

「何で2年生の先輩が居ないんですか? デュエマは人気カードゲームですよ!? それこそ世界クラスの──」

「まあとにかく、お前が好きなようにやったらいいんじゃね? 部員、お前とブランしか居ないしさ」

 

 ──会話を聞いていて、あの時そのままのやり取りに胸が詰まった。

 俺の好きなようにやってくれ、と言われたあの時。

 不安で胸がいっぱいになったあの時の事を。

 

「ま、無責任かもしれないけど、否応なしにその時は来るんだよなー、しゃーなし」

「……俺、出来るか分からねえっすよ。先輩みたいに、デュエマ部を楽しい場所に出来るか」

「あたしは買ってるんだけどねえ? 白銀の真面目な所とかさ」

「でも何で俺なんですか? 同じ時期に入った1年なら或瀬だって──」

「その或瀬がお前を推したんだわさ」

「……」

「ま、一人で何でも抱え込もうとすんなよ。便宜上お前が部長になるってだけだしー、実際、デュエマ部ヤバくなるんだぜ。お前達二人しかいないし、大変だぞー」

「あああ、どうすりゃいいんだ!?」

「生徒会に関しては今年の間は大丈夫だ。丁度、生徒会長が二股掛けてる証拠の写真をあたしが握ってるから、向こうは手出しして来れないんだなコレが!」

「あんたはあんたでなんちゅうモン握ってんだ!!」

 

 そうそう、こんなやり取りもあった。

 ちなみにこの手口は、ブランに引き継がれる事になる。

 

「お爺ちゃん。時間Gメンが何処に陣取っているか分かりました!」

「あ、ああ!」

「やはり、この近くに潜伏しているようです。どうしてなのかは分かりませんが……」

 

 そうなれば、出くわす可能性もあるって事か。

 どっちにせよ探しに行かなきゃあいつらの企みは阻止できない。

 俺は部長から名残惜しそうに目を離し、グラウンドの向こうへふと目を向けた時だった。

 

 

 

「侵入者を発見……包囲網から漏れたのか?」

 

 

 

 フェンスの上に座った誰かが言った。

 ぶつり、と何かが途切れた音と共に周囲の時間が完全に停止する。

 

「──てめぇは……シー・ジー!」

「未確認データ更新。……白銀耀。やはりこの時代にやってきたか」

 

 ちょっと待て。

 何でこいつ、俺の事知ってんだ!?

 

「どうなってんだよアカリ、あいつらはまだ時間改変をする前だろ!?」

「いえ、あれは世界(ザ・ワールド)の能力。縦の時間軸に居る同一存在の記憶を共有し、自動的に更新するんです!」

「そういう事だ。その様子だと、2079年に帰還したと見えるが、どうやってこっちに来た?」

「……さあな。だけど、デュエマは消させねえぜ」

「そういきり立つな、白銀耀。お前がどう足掻こうが、既に時間改変は始まっている」

「どういうことですか!?」

 

 アカリが問いかける間もなく──地面に何かが落ちてくる。

 趣味の悪い一つ目の怪物の置物。

 今ならわかる。こいつ、オレガ・オーラの《チュパカル》の姿に瓜二つだ。

 

「ッ!」

 

 直後、アカリがジョルネードを実体化させる。

 その弾丸がチュパカルの置物を撃ち抜いて破壊した。

 

「爺ちゃん、この像に気を付けて! こいつの放つ洗脳周波でシー・ジーはこの時代からデュエマを消し去るつもりなんです!」

「じゃあ、街中にあった像は──こいつらが仕掛けたってことかよ!」

「一つずつ破壊しても無駄だ。世界中にこいつをばら撒く。お前たちが一つ一つを破壊している間に洗脳は終わる」

 

 何てこった。

 世界中がデュエマの事を忘れてしまったのは、こいつらが原因だったってことか!?

 

「後は……特異点を消去すれば、自動的に白銀朱莉も消去される。従って、レジスタンスからはデュエル・マスターズの完全消去が定義される」

「やっぱり、お前らだけがクリーチャーの力を使えるようにするのが目的か……!」

「レジスタンスは侵略者であり、略奪者だ。彼らをエリアフォースカード諸共消去するには、これが一番効率的なのでな。後は、貴様を消去する事で我々の計画成功が証明される」

 

 降り立ったシー・ジーがデバイスを掲げる。

 そこには、節制(テンパランス)のエリアフォースカードが埋め込まれていた──

 

「悪いけど、今度も負けないぜ。俺はお前に一回勝ってるんだからな!」

「その対策は既にラーニング済みだ」

 

 デッキを掲げて相対する。

 こいつは此処で倒すしかない。

 2016年でデュエマを消させるわけには──いかないんだ!

 

 

 

「──時間Gメンの権限を以て、実力を行使する。デッキを再構築」

『G・メン執行開始(アレスターモード)節制(テンパランス)、ローディング』



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GR11話:受け継がれる部長魂──侵略オーラ

※※※

 

 

 

 俺とシー・ジーの二度目のデュエル。

 一度戦った相手だ。高火力のパワード・ブレイカーに対しては、カウンター。オーラに関しては強くなる前にマッハファイターで潰せば良い。

 初見じゃないなら、勝てる見込みはある!

 

「──俺のターン、《ヤッタレマン》を召喚!」

「私のターン。《チュパカル》を《イイネ(フォース)》に投影(オーライズ)

 

 現れたのは稲のような穂が実ったチップ。

 それを核にして一つ目の怪物が現れた。

 この間のデュエルには居なかった、初めて見るGRクリーチャーだ。

 

「何だ、あいつ……?」

「自然のGRクリーチャーでありますな」

「何だか不気味だが、関係ねぇな! マッハファイターで正面から叩き潰すだけだ!」

 

 《ヤッタレマン》で1コストを軽減。

 これで俺は3マナでジョーカーズを召喚することが出来る。

 ともかく《チュパカル》を排除しない事には始まらないのだ。

 

「《ガチャダマン》召喚! 効果で《鋼特QダンガスティックB》をGR召喚……って」

 

 攻撃しようとして手に掛けたカードのパワーを見やる。その数値、たったの2000。

 ちょっと待て。

 こいつ、よく見たら条件を達成していなければ並みの軽量クリーチャークラスのパワーしかないのか!?

 

「2000!? 2000しかパワー無いのお前!?」

「相手のパワーが大きい所為でありますよ、《イイネⅣ》は4000もあるであります!」

「ちげーよ! 条件達成してないお前のパワーが低いの!」

「足踏みしたな、白銀耀。簡単にデリートロンのGRクリーチャーを破れる……その命題の答えは偽だ」

「だーっ、何なんだよ命題だのなんだのまどろこっしい奴! 俺は数学だけは大の苦手なんだ!」

「野蛮人の猿には叫ぶのがお似合いだな。私は《イイネⅣ》を《ザハ・エルハ》に更新(オーライド)

 

 オレガ・オーラが更に重なっていき、どんどん巨大になっていく。

 あの不気味な一つ目の怪物に翼が生え、凶悪な天使の如き姿へ変貌した。

 その目玉が恐怖さえ誘う怪物の今のパワーは8000。条件を達成して今の《ダンガスティックB》でも相討ちを取られる圏内だ。

 

「こうなったら、あいつは無視してひたすら並べ続けるだけだ! 《ウォッシャ幾三》で《ダテンクウェール》をGR召喚!」

 

 くそっ、さっきこいつが出てきてくれたら良かったのに……今ではパワーが足りない。

 GR召喚はその性質上、運に左右される。だけど、相手のオーラは下のGRクリーチャーに左右される度合いが少ない。

 GRクリーチャーを主眼に置くか、オーラを主眼に置くかで戦い方もデッキの欠点も変わって来るのか……!

 

「このままターンエン──」

 

 

 

「グルァァァーッ!!」

 

 

 

 ……え?

 咆哮する《ダテンクウェール》。

 その瞳が赤く光り──《ザハ・エルハ》を投影し続ける《イイネⅣ》へ向かって突っ込む。

 

「ちょ、ちょっと待て! 攻撃しろだなんて言ってな──!?」

「そいつのパワーは6000と定義するならば、こちらは8000、従って《イイネⅣ》の勝ちだ」

 

 瞳の光線が鋼の獣を打ち砕く。 

 う、嘘だろ何があったんだ……!?

 

「マスター、《ダテンクウェール》は可能であれば必ず攻撃しなければならない効果が付いているでありますよ!」

 

 チョートッQの言葉で何が起こったのか気付いた。

 う、嘘だろ……マッハファイターが付与されたのが裏目に出たってのか。

 強力なクリーチャーの《ダテンクウェール》だが、デメリット効果も大きい。

 完全に盤面とGR召喚の結果が噛み合ってないじゃないか!

 

「まるで今のお前そのものだな、白銀耀。やる事成す事全てが裏目に出る。偽善者に相応しい顛末とは思わないか?」

「なんだと……!」

「失礼。訂正しよう、敗北者に相応しい結末だ」

 

 やる事なす事全てが裏目に出る。

 その言葉に覚えがないわけではない。

 未来で俺がやった過ち、後悔に大きく突き刺さる。

 駄目だ。何をやっても上手く、いかない……何でだよ!? 

 

「一度勝ったから、次も勝てる? その奢りが自らの身を亡ぼすぞ、皇帝(エンペラー)の適合者」

 

 《ザハ・エルハ》の翼が大きく広がる。

 焦燥、そして苛立ちに駆られる俺に、それは余りにも巨大に見えて──

 

「3マナで《*/肆幻ウナバレズ/*》を《イイネⅣ》に更新(オーライド)。《ザハ・エルハ》の効果で1枚ドローだ」

「魚みたいなオーラ……!」

「マスター、敵の手札に気を付けるであります! 何か、何かまずいものが隠されてるでありますよ……!」

「さあ、《イイネⅣ》で攻撃──」

 

 突っ込んできた!?

 確かにパワードブレイカーでT・ブレイカー、パワー数値も殴り返しを受けないラインだがジョーカーズ相手に半端に殴りかかればどうなるか、この間のデュエルでラーニングしたんじゃなかったのか!?

 いや、おかしい。

 この間とは何かが違う。決定的な、何かが──

 

節制(テンパランス)、インベードモード……【暴走更新(ランナウェイ)】エンゲージ!!』

「オーラが2枚以上重なったクリーチャーが攻撃するとき、手札から《φχ (ハイカイ)スピルバグス》……そして」

 

 急速に、オレガ・オーラの姿が変化している。

 誰にも止められない嵐のように──

 

 

 

γ(ガンマ)! λ(ラムダ)! Χ (カイ)!』

更新(オーライズ)完了──命題の答えは《ΓΛΧ(ガラムカイ)ヴィトラガッタ》」

 

 

 

 ──全てを吹き飛ばしたのだった。

 

「──え?」

 

 気が付けば。

 俺の目の前には、巨大な兜虫の姿の巨人が拳を降り下ろしていた。

 そして──何か煌めく破片が纏めて俺に降りかかる。

 

 

 

「っがぁああああああああああ!?」

 

 

 

 腕で顔を覆った時は既に遅い。

 無数の破片が刃になって俺の切り刻んでいく。

 服が破れ、肉が裂かれていく。

 悲鳴を上げる間もなく──体は蹂躙され、気付けば膝を突いていた。

 

「う、っそ、だろ……!?」

 

 痛い。

 後から、痛みがどくどくと流れる赤い水を肌で感じる。

 力が抜けた。

 何なんだよ、これ──

 

「《ヴィトラガッタ》、《スピルバグス》はオーラが2枚以上付いているクリーチャーが攻撃するとき、コストを支払わず攻撃したクリーチャーに重ねられる」

「ぐ、ぁ……くっそぉ……! S・トリガー、《バイナラドア》、《SMAPON》を発動……!」

 

 辛うじて、俺の言葉に応じてトリガーは発動。二体のクリーチャーが場に現れる。

 だけど、止まらない。

 赤くどろどろとしたものが、止まらない。立ち上がれない。

 押さえているので精一杯で、目の前がくらくらする。

 震える指で、敵のクリーチャーを、指差す。

 

「《バイナラドア》で《イイネⅣ》を──」

「無駄だ。《ウナバレズ》の効果で、付けたクリーチャーがタップしていれば選ばれない」

 

 構わねえ、よ……! これだけ居りゃ十分だ。

 マスター・J・トルネードが発動する──

 

「《ヴィトラガッタ》の効果発動」

 

 ──そう、思っていた。

 巨大な蟲の巨人が大地に両槌を落とす。

 待てよ。これって、嫌な予感が──

 

「な、何だ、揺れて──」

 

 無数の蔓が亀裂の入った地面から伸びた。

 俺の場に並んだジョーカーズ達は、そこから全て地の果てへと引きずり込まれていく。

 

「あっ、がぁ……!? マスタァァァーッ!?」

 

 みんなが、消えていく。

 《ダンガスティック》も蔓に絡め取られ、亀裂の中へ消えた。

 何が起こったのか分からない。

 分からないが──ただただ目の前が真っ暗になりそうになった。

 

 

 

「──攻撃の終わりにシールドが残って無ければ、相手のクリーチャーを全てマナゾーンへ送る」

「全、滅……だと」

 

 

 

 駄目だ。

 相手のターンの終わりにクリーチャーが残って無ければ、《ジョルネード》の効果は発動できない。

 このままじゃ負ける。

 俺は、此処で敗けられないってのに──敗けられねえのに……膝突いて、られるかぁ……!

 

「あ、ぐ、マスター……!」

「チョートッQ。休んでろ、後は俺がやる──!」

「で、でも、ぐぁっ」

 

 かすれ声が聞こえて来る。

 ダメージが激しいのか。

 なら、猶更、今此処で立てるのは俺しか居ない。

 

「俺は、《ヤッタレマン》、《タイク・タイソンズ》、《ウォッシャ幾三》を召喚……効果で《バツトラの父》をGR召喚──そして、《ガンバトラーG7》をコスト下げて召喚……!」

 

 まだ、やれる。

 これだけ居れば、発動できる。

 マナも、場も、全部揃っている。

 

「場とマナに、ジョーカーズが合計11枚……!」

 

 行ける。

 この血が滾る限り。

 仲間との思い出がある限り。

 俺は戦える。

 朦朧とする意識。暗転しそうな眼前。

 

「呪文、《ジョジョジョ・マキシマム》──効果を《ヤッタレマン》に使う……!」

「──!」

「へ、へへ、これで……終わりだぜ。《ヤッタレマン》で攻撃──」

 

 彼方から放たれる極太のレーザー砲撃。

 お終いだ。

 これで、相手のシールドを焼き払──

 

 

 

「マナドライブ、発動」

 

 

 

 ──え?

 冷徹な声と共に、《ヤッタレマン》の攻撃は掻き消えた。

 放たれた必殺の一撃は、強大な虫の怪物へ吸い込まれていく。

 嘘だろ? 

 何処に行った? 今の攻撃は──

 

「なんだよ……何が、起こったんだ……!?」

「《イイネⅣ》の効果だ。マナにカードが4枚以上、自然文明のカードがあればマナドライブは達成される。その効果で、お前は最初の攻撃でこのクリーチャーを攻撃しなければならない」

「はぁ……!? そ、そんな効果が……!?」

「オーラばかりに目が行って、肝心の効果を失念したな。最も、頭に血が回らない今の状態では仕方ないだろうが」

「く、くそっ……!」

「最も、成功していた所で、私はデッキに《ザ・クロック》を搭載している。勝っていたかどうかは分からんがな」

 

 駄目だ。

 勝てない。

 このターン、どうやっても──こいつには勝てない。

 折角の勝機を、逃したってのか俺は……!?

 

 

 

「諦めろ。白銀耀。此処でお前の敗北は証明された」

 

 

 

 巨大な鉄槌が俺へ向かって、振り下ろされる。

 最早避ける気力も、体力も、残って無かった。

 俺、ひょっとして、死ぬんじゃないか?

 

 

 

 ──うーん、最悪死ぬでありますな。

 

 

 

 だって、チョートッQ。お前、初めて会った時そう言ってたよな。

 冗談じゃない。

 俺、こんな所で死にたく──

 

 

 

「《イイネⅣ》で、ダイレクトアタック」

 

 

 

 何かが俺を弾き飛ばした。

 ゴム玉のように体は跳ね跳んで──潰れるような音と共に、地面へ落、ち──



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GR12話:受け継がれる部長魂──意外な再会

「さて──白銀耀。此処で貴様を逮捕する」

 

 襤褸切れのように彼は地面に突っ伏していた。

 吹き飛ばされた白銀耀の身体は宙を舞って窓ガラスに激突し、血塗れのまま倒れている。

 数多の敵が手に掛けようとして死ななかった男だ。そうそう簡単に死ぬはずはない。

 故に、生け捕りにはこれ以上なく好都合だった。

 

「肝心のもう一人だが……む」

 

 そう言えば白銀朱莉の姿が見当たらない。

 シー・ジーは舌打ちした。彼を囮にして、自らは時間改変の妨害に向かったのか。

 

「何処までも狡猾な女だ。しかし──特異点は野放しには出来ない」

 

 彼は人差し指を突き立てる。

 そこに金色の輪が幾つも浮かび上がり、耀に向かって飛ばす。彼の身体に順々にそれははめ込まれていき──完全に束縛した。

 

「特異点確保。手こずらせたな」

 

 白銀朱莉の妨害等、後で対処すればいい。

 これ以上の計画の邪魔をされる前に、連れ帰らねばならない。

 特異点・白銀耀を我らがトキワギ機関に──

 

 

 

「──不敬だぞ お前」

 

 

 

 シー・ジーは白銀耀に触れようとした手を止めた。

 確かに、喋った。

 はっきりと、今の言葉を。

 シー・ジーは妙な戦慄を覚えていた。

 只の負け惜しみだったかもしれない。只の聞き間違いだったのかもしれない。

 しかし──やはり、白銀耀はそう言った。

 

()()()()()?」

 

 シー・ジーは、初めてこの男に惧れというものを感じた。

 いや、この男の中にいる何かに対してだ。

 それは確かに潜んでいるのである。確実に。白銀耀と言う男の体の中に──

 

「俺だ」

「違う。お前は誰だと問うたのだ」

「俺は 俺だ」

 

 シー・ジーは眉を顰めた。

 ピキ、ピキ、と拘束具が音を立てる。

 彼のモノクルに測定器が映し出される。

 魔力が、急上昇している。この男──そんな体力も気力も残っていないはずだ。

 そもそも、唯の人間に、魔力が宿っているわけがない。

 だが、それを証左するかのようにあれだけボロボロに付けた傷が勝手に塞がりつつあるのである。

 

「俺は 誰によっても定義することは 出来ない。俺は 誰によっても 束縛出来ない」

「まさか──」

 

 一つの恐ろしい可能性をシー・ジーは口にしようとした。

 直後。

 彼の身体から、どす黒さを秘めた黄金の炎が灯り──虚ろな像を映し出した。

 罅が入り──拘束具が全て砕け散った。

 シー・ジーは時計を見やる。

 確かに白銀耀自体は死に体だ。

 

「俺の 自由を 拘束できるのも 俺を 定義 できるのも」

 

 いや、死に体のはずだった。

 しかし、問題は──白銀耀では無い、何かが彼の中に潜んでいる事だった。

 かといってこのまま相手取るのも限界が迫っており。

 

 

 

「他でもない 俺だけ だ」

「-ッ!!」

 

 

 

 黄金の炎がこちらへ伸びていく。

 命の危機をシー・ジーは感じ取り、

 

「《ザハ・エルハ》──憑依ッ!!」

 

 それから逃れるようにして、背中に天使の如き羽翼を広げ、シー・ジーはやむを得ず空へ離脱した。

 龍のように大口を開けた炎は、どす黒い闇を秘めたまま彼を追い続ける。

 捕まればただでは済まない事は目で見ればわかった。

 そうやって、炎が追って来なくなったのは、時間停止の限界もぎりぎりという時であった。

 

「こちらシー・ジー、現在撤退している。白銀耀を倒しきれなかった」

『なっ……!? デュエルに勝利したのに倒しきれなかった、とは』

「相手をしている時間は無い。もうじき、停止の効果が切れる。一度態勢を立て直さなければなるまい」

『はい……何者かが妨害工作をしている所為で、こちらも作戦が滞っていて』

「それは恐らく白銀朱莉の仕業だ。私はそちらを優先する。この日の日没までに歴史改変出来なければ、この作戦は失敗だ」

『了解。しかし、どうしたんですか。隊長がそこまで追い詰めたのに捕らえ損なうなんて』

「恐らく、皇帝(エンペラー)の防衛反応だろうが……」

 

 苦虫を噛み潰した表情で彼は言った。

 額には汗が伝っており、顔には惧れが現れていた。

 

「後でデータを送信する。あの反応は、とてもじゃないがそれだけでは説明できない」

『そうですか……しかしどうしますか。時間停止はもう使えません、それまでに全世界に像をばら撒かないと』

「狼狽えるな。こちらにはまだ手があるじゃないか」

『ま、まさか……使うんですか!? あれはリスクが伴います!』

 

 シー・ジーは通信機越しに頷く。

 最早強行するしかない。最後の切札の使用を。

 

 

 

「──そうだ。ドラゴン・コードを起動する」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おい白銀」

「……」

「白銀ェ!! 起きろォ!!」

 

 

 

 誰かが俺を呼んでいる。

 誰かが何かを叫んでいる。

 ああ、懐かしい。

 この声は──

 

「神楽坂、先輩……?」

「ばっかお前、どうしたんだよ、その怪我ァ! ガラス浴びたのか!? 全身切り傷だらけじゃないか!」

 

 ──ッ!

 背筋が痙攣しそうになった。

 居る。

 もう会うことはないと思っていた相手が、そこにいる。

 いや、会ってしまったといった方が正しいだろう。

 

「帰ったと思ったらこんな所で寝てるからさ、本当にびっくりしたよ。お前何やってんのマジで」

「すいません……俺、ぼーっとしてて」

 

 思わず自分の身体を見やる。

 切り傷だらけだ。

 だけど、あの時──それこそ意識を失う程の出血と衝撃を受けたはずなのに、俺は生きている。

 いや、それどころかシー・ジーは一体何処に行った?

 俺を倒したと思うなりそのまま去ったのか?

 こんなに大掛かりな作戦をする割には、あまりにもお粗末が過ぎる。

 ──ひとまず、助かったのか?

 

「転んで、ガラスに、ぶつかって、それで」

 

 駄目だ。言い訳が思いつかない。

 此処で過去の部長に出くわしてしまったのも都合が悪いのにどうすりゃいいんだ。

 

「あーくそ、どうすっかね。それか救急車呼ぶ?」

「……結構です」

「だもんな! 意識あるし大丈夫っしょ。親は……ああ、お前ひとり暮らしだっけか。保健室は……くそ、養護の先生居ないんだっけか」

 

 服は破れていたが、傷は塞がりつつある。

 ──あれ?

 俺は顔を顰めた。

 こんな事ってあるのか。

 普通、あれだけのダメージを食らって負ければ、それこそ以前ブランの偽物から攻撃を受けた紫月のように大怪我を負うはずだ。

 だけど、今の俺は──大怪我をした形跡こそあれど傷口は大した事が無い。

 それどころか、治りかけている。意識もある。

 ──前、バルカディアNEXに敗けた時もダメージが軽減されていたけど……もしかして、これが皇帝のアルカナの能力だってのか?

 分からない。分からないが──

 

 

 

「お前、ちょっと保健室に来い」

 

 

 

 何だか歴史が微妙に変わってきてる気がするのは……俺だけか!?

 

 

 

※※※

 

 

 

「男女で保健室に二人っきり、何も起きないわけがなく」

「あんたに限ってあるわけないでしょ、いだだだだ、しみるしみる」

 

 体中の怪我の一つ一つに消毒をしていき、そしてガーゼと包帯をしていく。

 取り合えず保健室の中にある救急箱だけで処置が終わったのは幸運だったとしか良いようがない。

 皇帝のカードの力もあってか深い傷は浅く、浅い傷は既に傷跡になっていたのも良かった。

 

「……なあ、白銀」

「何ですか?」

「……何でもない。何か、顔が少し男前になってる気がするのは気の所為かなと」

「キノセイダトオモイマス」

「何でそんな震えてんの──おいお前、まさか喧嘩してああなったとかじゃないよな!?」

「まさか! そんな相手居ませんよ!」

 

 いや、ある意味喧嘩みたいなものか。

 結果的に負けて俺はこうして傷だらけになっているわけだし。

 だけど、顔つきに関しては……このまま突っ込まれ続けたらまずい。

 1年経ってればそりゃ、少しくらい変わってるのも当たり前だ。今は傷跡で誤魔化せてるだけで、先輩はさっきまで1年前の俺と話していたのだ。

 万が一1年前の俺と今此処にいる俺が別々に居るということがバレたらどうするんだ。

 

「なら安心したよ。まあ、白銀は正義感こそ強いけど考えなしに突っ込むやつじゃないしね」

「……」

「ま、悪い悪い、ガラじゃなかったな。ちょっと心配になっただけだよ。はははっ」

 

 彼女は朗らかに笑って見せたので一応疑いは晴れたのだろう。

 だが、こんな姿を見せてしまったのは失敗だったと言わざるを得ない。

 どうしよう。どう切り抜ける?

 そんなことばかり考えている俺が居る。だって──この時代の本当の俺は他の場所に居るんだから。

 

「部長の役割はね、部員を守ることだよ。何をやってでも、ね」

「……」

「あたしが生徒会の弱みを握ってるのも、公にしたらヤバい写真を幾つもとうさ──隠し撮りして握ってるのも全部部員の為のわけだし?」

「前から思ってたんですけど部長絶対探偵になれますよ、それかスパイ」

「はははっ、それもそうだな」

 

 一歩間違えたら犯罪行為だけどな。

 そもそも誰だって出来るのラインを先輩は履き違えてる気がする。

 そう思っていたのだが、彼女の数々の違法スレスレ、ないしアウトな探偵技術の数々はブランに引き継がれ、デュエマ部を守っているのだから始末に負えない。

 

「あたしは……これでも、部員が大事だからな。せめて、あたしが居る間は……あたしの見てない所で誰かとケンカしたりいざこざは勘弁してほしいってだけさ」

「……」

 

 知らなかった。

 先輩がこんな顔をするなんて。

 悪い偶然だったとはいえ、罪悪感を隠せない。

 彼女はいつも、部室のムードメーカーだった。

 暗い空気や争いごとを毛嫌いしているのも当然だ。俺だって、そんなのは好きじゃない。

 だけど、それ以上にそれらに対する恐れが言葉の端々に現れているようだった。

 

「……まあ良いや。喧嘩じゃないなら、さ」

「……」

 

 保健室の中を沈黙が包み込む。

 何て言えば良いのだろう。

 久々に会った部長と話したいことは幾らでもある。

 だけど──話せない。

 俺はイレギュラーで、歴史の外の存在だからだ。

 下手に喋ると、何か歴史に間違いが起こるのではないかと気が気でなかった。

 

「あ、悪い。電話来たわ。ちょっと出る」

「はい」

 

 さて、どう切り抜けるかこの状況。

 俺はボロボロ、恐らくチョートッQもボロボロ。

 先輩には悪いけど隙を見て今の間に抜け出すか……。

 

「はい、はい、ちょっと待って……あ? 白銀?」

「……え」

 

 待て。

 もしかして電話の相手って──俺?

 

「──!?」

 

 こっちを青い顔して見ているのが分かる。

 滅多に表情を不敵な笑みから変えない彼女が、だ。

 そう言えばこの日、部室に俺はデッキを一個忘れたと思って先輩に電話を掛けたのを。

 実際は鞄の中の袋に入っていたのだが、そそっかしかった俺はそれに気づかず最後まで部室に残っていた先輩に電話を掛けた事。

 只のなんてことはないやり取りだったが──

 

「お前、ちょっと待て、これは何かの悪戯か?」

 

 ──俺が二人いるというイレギュラー事態を証明するには十二分過ぎるものだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──おい、待て、白銀。今からあたしが3つ質問をする。良いな?」

『どうしたんですか先輩、良いから部室にデッキがあるかどうかだけ教えて欲しいんですけど』

「部長命令だ! 良いから今答えろ。答えないならお前のデッキは返さん」

『んな無茶苦茶な!』

 

 まあ、デッキは部室には無いんだけどな。

 

「良いか? あたしは全部答えを知ってる質問だ」

『じゃあ聞く必要ないんじゃないですか』

「まあ待て、今時オレオレ詐欺ってあるだろ? それの対策ってやつだよ。面白くないか?」

『俺は面白くないですね』

「あたしが面白いから良いんだよ!」

 

 すごく怖い顔で部長がこちらを睨んでいる。

 俺からは徐々に距離を取り、保健室の扉を身体で塞いでしまった。

 

「1つ、誕生日。2つ、兄弟が居るかいないか。3つ、お前の無くしたデッキに入ってるカード……リスト全部答えてみろ? ただし、回答は出来るだけ小声で、だ」

「……」

 

 俺は蛇に睨まれた蛙のようにその場で座っているしかなかった。

 そして──彼女は頷く。

 

「よし、正解だ。じゃあな、白銀。デッキは自力で探せ」

『ええ!? 待ってくださいよ、せめてデッキが部室にあるかないかだけ──』

「デッキは──鞄の中のポケットにありますよ」

 

 部長が驚いたようにこちらを振り向く。

 もう、これしかない。少し賭けになるが──

 

「おい、白銀。デッキは鞄のポケットの中に入ってるとかじゃないか?」

『鞄のポケット……あ、ありました! 何で分かったんですか!?』

「そそっかしいお前なら、そんなことだろうと思ったんだよ。じゃあな、白銀」

 

 そう言って、彼女はスマホを切る。 

 そして──怪訝な顔でこちらを見た。

 半信半疑。そして俺に対する警戒だ。

 

「こっちの白銀に質問だ。お前は……何なんだ? あたしの知ってる白銀に声も姿も瓜二つだ。あいつに双子の兄弟が居るなんて話は聞いたことがないし」

「……俺は、白銀耀です」

 

 ごくり、と生唾を飲み、意を決して俺は言った。

 

 

 

「──今から1年後の未来からやってきた白銀耀です」

 

 

 

 先輩は目を見開く。

 信じて貰えるわけがないのは分かってる。

 だけど、もう言い逃れは出来ないのは分かっていた。

 

「未来?」

「はい……だから、俺の事は見なかったことにしてください。これ以上、歴史を変えたくないし……」

「馬鹿言うなよ! 未来から来た!? 1年後の!? それもよりによってお前!? 馬鹿馬鹿しいし荒唐無稽で筋も何も通っちゃいないじゃんかさ! そんなの……」

 

 部長は興奮気味に叫んだ。

 

 

 

 

「そんなの、サイッコーに面白いじゃないか白銀!!」



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GR13話:反撃──俺にとってのデュエマ

※※※

 

 

 

「信じるんですか? 俺の話を」

「あたしはこれでもカンが良い。あたしに嘘吐けた奴、今まで一人も居ないしな」

「確かに……部長は洞察力は探偵クラスですから」

「だろ? 分かってんな。だから、違和感があったらすぐ気付くはずだ」

 

 大胆不敵な笑みを彼女は浮かべる。

 自分の推理に100%の自信を持つ彼女らしい顔だった。

 

「だけど、違和感が一つだけあった。お前、背が5cm1年間で伸びただろ」

「あっ……はい」

「さっき部室で見掛けた白銀に比べても、今のお前の方が若干背が高かった。顔も少しイケメンになってたんじゃないか?」

「からかわないでくださいよ」

「だけど、あたしがお前を白銀って確信できたのは……やっぱ声だな。声は簡単には変えられない。それと目だ。これもそうそう変わらん。お前、左目の強膜の左下にホクロがあるだろ。黒っぽいシミだ。こんなもん簡単に偽装出来ない」

「人の目まで観察してたんですか!?」

「するさ。趣味は……人間観察だからな。これでお前は晴れて本物ってわけ」

 

 そんな趣味の人間はきっと、十中八九変人なのだろう。

 目の前にその証拠がどや顔で立っている。腹立つなあ。

 

「次に、電話がかかってきた方の白銀も本物だ。本物じゃないと知らないことを知っていたしな。これで、あたしの前に居る白銀は両方本物。そして目の前に居るお前が未来から来た、ということで全部が繋がったわけだよ! いやー、推理し疲れたね!」

 

 まあ、悪い奴が変装して仲間に近づく事件を経験した俺としては、それだけでは不安が残ったのだが……今部長にそれを言っても余計にややこしくなるだけだ。

 信じて貰えただけ良しとしよう。

 

「ところでさ、デッキ見せてくれない、デッキ! 未来から来たなら、あたしが知らないカードとか持ってるんだろ!?」

「ネタバレとか良いんですか部長」

「モーマンタイ! あたしはマル秘情報大好きなの知ってんだろ? 海戸の方で極秘に開発されてる試用カードとやらが何なのか知りたいんだよう!」

「……やめときます、先輩ネットとかに流しかねないんで」

「何でさ! 信用無いな、あたしは! ……それじゃあ、そうだな……お前に聞いておきたいこと、か」

 

 考え込むと、彼女は思いついたように言った。

 

「そうだ。何でお前、この時代にやって来たんだ?」

「えと、話すと長くなるんですけど」

「3行で纏めろ」

「無茶苦茶な!」

 

 俺はこれまでの事を全部、出来るだけ簡潔に話した。

 命懸けのデュエマの事。

 仲間が居なくなったこと。歴史を変えて、デュエマ部を消してしまったやつがいること。

 そしてこのまま未来を変えなければ、いずれ仲間とも離れ離れになってしまうこと。

 

「あたしがSF履修してて助かったな白銀。こんな荒唐無稽なファンタジーを信じられるのはこの世にあたしくらいなものだよ」

「いや本当ありがとうございます……割と今だけは先輩の後輩で良かったと思ってます」

「何か含みがある言い方だがそういうことにしておいてやろう」

 

 何時もこう頼れる先輩だったらよかったのだけども、無茶ぶりは当たり前、飄々として掴み処が無かったからなあ……。

 

「なあ白銀。お前がさっき怪我してたのは命懸けのデュエマってやつの所為か?」

「……はい。この時代を変えようとしてる奴が居るんです。そいつを倒さないと……デュエマが消されるから」

「そうか……」

 

 先輩は傷だらけの俺を見て思うところがあったのだろう。

 真剣に話を聞いてくれたものの、ずっと考え込むような顔をしていた。

 

「でも俺、此処の所何一つ上手くいかないんです。何やってても俺が間違っているみたいで……いや、実際その通りなんですけど。こんな事じゃ、仲間を元に戻すなんて、夢のまた夢で」

 

 それどころか命懸けのデュエマで負ければ大怪我を負う事さえある。かと思えば、選んだ選択が間違っていて、自分の浅はかさも痛感して。

 デュエマを元に戻すつもりだったのに──俺は迷走してばかりで前に進めてない。

 そもそもこのまま歴史を元に戻す事が正しいのか?

 元に戻したら、普通の生活をしていた彼らは、また戦う事になる。

 それはつまり、ワイルドカードとの戦いで命を落とす危険を負わせることにもなるのではないか。

 

「俺はもう、何が正しいのか分からないんです。このまま戦って歴史を元に戻すんじゃなくて、俺一人で全部背負ってしまえば──」

「お前にとってのデュエマって何だ?」

「……え?」

「あたしは難しいことは分かんないけど、デュエマなんて只のカードゲームだと思ってる。言ってしまえば、あたしにとってのデュエマなんて遊びで、暇潰しだ」

 

 こんなこと言ったらプロ目指してる人とか何よりその命懸けのデュエマしてるやつらに怒られそうだけどな、と部長は続けた。

 

「だけどな──あたしは遊びで手を抜いたことは一回も無い。あたしのデュエマは遊び半分じゃない。遊び全部だ。自分の命を懸けたとしても、きっと同じだと思うぜ」

「それでも、俺は……そういう世界に巻き込まれてしまったんです」

「巻き込まれたなら、なおさら忘れちゃいけない。お前にとってのデュエマは何だった? 戦う道具じゃなかったはずだ。大事なのはきっと、戦うことじゃないと思うんだよ」

 

 ましてお前一人で抱え込むなんて以ての外だ、と彼女は付け加えた。

 神楽坂部長は、真剣だった。

 俺が今まで見た中で、一番まっすぐに俺の事を見ていた気がする。

 

「これは今の……あ、この時代のお前って言った方が良いか。とにかくお前には話したことなかったんだけども。余計に気負わせたりしちゃいけないと思ってさ」

「え?」

「この部に、何で2年生が居ないかだよ。色々濁らせて言ってなかっただろ?」

「それは、他のカードゲームをやってる人が多いから……だったはずですが」

「何でそもそも違うカードゲームに行ってしまったのか? デュエマに嫌気が刺したからさ。……あたし達デュエマ部の所為でな」

 

 そんなバカな。

 今の部の雰囲気からは考えられない。

 デュエマに嫌気が刺してやめてしまうなんて──

 

「あれは、先代部長がまだ居た頃なんだが……その頃、競技デュエマブームの熱が今よりまだ熱かった時期でね。それに中てられて、このデュエマ部も競技路線だったんだ」

「そんな時期が」

「ああ。だけど……それが軋轢を生むことになった。そうとは知らずに入った今の2年、当時の1年の一部が所謂エンジョイ勢だったんだよ。それで上級生と激突してな……先代部長は止めたんだぜ? 何とか住み分け出来ないかって……」

 

 部長は当時の様子を語る。

 一部のグループ同士の対立は徐々に学年間の対立になっていったこと。

 威圧的な3年生、委縮したり反発する1年生……その間に挟まれる肩身の狭い2年生。そんな部の状態が健全なわけがなかった。

 

「まあダメだった。愛想を尽かした1年生は悉くやめていき、結局新入生は皆居なくなってしまった。それどころか、当時の2年も何人か辞めたね。これを機に、部の体質改善に加えて過度な競技路線への変更は取りやめになったんだが……結局、退部した部員は一人も戻ってこなかった」

 

 それどころか、この頃の悪評が原因でデュエマ部には次の年、殆ど人が入ってこなかったと言うのだ。

 ──俺と、ブランを除いて。

 

「あたしは先代に頼まれたのもあって、明るく楽しくをテーマに、この部活を盛り上げようと努力してきた。皆が喧嘩しないように、部のムードをずっと明るくしようとしてきた」

「部長……」

 

 

 

「だって──デュエマは誰が何と言っても只のカードゲームだ。皆で楽しく遊ぶためにあるもんだろ?」

 

 

 

 その一言で、はっと気付かされた。

 何時からだろう。唯の、純粋な遊びとしてのデュエマを忘れていたのは──

 

「……お前にとってのデュエマは何だ? デュエマを取り戻すってなら、何が正しいか正しくないか決めるよりも先に、それを決めてもバチは当たらないと思うぜ」

「俺の中の、デュエマ──」

 

 何度でも、その問いを繰り返す。

 誰かを守る為のモノ?

 誰かを打ち負かすためのモノ?  

 そもそも、何でデュエマを守らなきゃいけないんだ?

 だって、デュエマを守らなかったら……未来の人がトキワギ機関に対抗する術が無くなる。

 だけど、それは未来の人がデュエマを守りたい理由だ。

 

 

 

 俺の戦う理由じゃない。

 

 

 

 誰かから押し付けられたものじゃない。

 誰かのためでもない。

 俺の、俺の為の戦う理由。

 そんな事、最初から決まってたじゃないか。

 

「デュエマは……俺にとって、仲間との繋がりなんです」

「繋がり?」

「はい。それがタダの遊びのデュエマだったとしても、命懸けのデュエマだったとしても……俺は、それを通じて色んな人に会ってきました」

 

 そうだ。 

 エリアフォースカードとかワイルドカードの事件を通して知り合って、ぶつかり合って、繋がった人たちがいる。

 純粋な遊びとしてのデュエル・マスターズを通して競い合い、笑い合った人達がいる。 

 俺にとってのデュエマは……その思い出全部があった証なんだ。

 

「紫月も火廣金も……新しく入った二人は、ほんっっっとうに曲者で何回もぶつかり合いました。でもきっと、デュエマが無かったら出会う事すら出来て無かった」

「ほう、新しい部員か。どんな奴らなんだ?」

「後輩の紫月は寝てるか口を開けば毒舌ばかり、転校生の火廣金なんか……部室をプラモデルで占拠してるんですよ」

「或瀬のやつが放り出されてそうだ」

「ブランのやつ、この頃からじゃ信じられないくらい明るくなって……部長、腰を抜かしますよ。探偵の真似事なんか始めて、トラブルメーカーも良い所です。部室に本棚や冷蔵庫まで増設して」

「はははっ、そりゃ傑作じゃないか。あたしが居ない間にデュエマ部はどうなってんだ?」

「笑い事じゃないですよ! 折角、先輩が残してくれた部活なのに……あいつら全然俺の言う事なんか聞きやしないんです」

「そうだな。だけどあたしには……今のお前が凄く楽しそうに見える」

 

 ……そりゃそうだ。

 あいつらが居ない日なんて、考えられなかった。

 

「……俺、あいつらのおかげで頑張ってこれたから。あいつらと居るの……楽しかったから」

 

 だから、辛い。苦しい。

 3人が居ない俺一人だけが取り残された今の状況が、堪らなく嫌だ。

 

「会いたい」

 

 ぼそり、と零したら止まらなくなった。

 ああ、ダメだ。

 どうしようもない。

 どうしようもなさすぎる。

 不思議と拳に力が入った。話し出すと止まらない。

 目頭が熱くなってくる。

 そうだ。皆、勝手だ。

 あんなに部室を好き放題にして散々俺の事を振り回しておいて──

 

 

 

 ──いきなり、居なくなるなんて。

 

 

 

「会いたい……あいつらに、今、一番会いたい……!」

「白銀……」

 

 

 

 決壊した。

 熱いものが零れて止まらなかった。

 

「なあ、白銀」

「……」

「あたしは先輩失格だな──お前に面倒なモン全部背負わせて……」

「そんなっ……俺は……」

 

 先輩の顔も辛そうだった。

 そうだ──分かるわけない。

 こんな事になるなんて、先輩は知らなかったんだから。

 だけど、分かって欲しい。

 俺にとっては神楽坂先輩だって──

 

 

 

 

「キィイイイイイイイアアアアアアア──」

 

 

 

 甲高い声が部屋の中を劈いた。

 涙をぬぐい、俺は窓から外を見やる。

 

「なっ……ドラゴン!?」

 

 ドラゴンだ。

 全身が青い炎に包まれた巨大なドラゴンがグラウンドに降り立っている。

 大きく目を見開いた先輩も、異様な光景に言葉を失っていた。

 アレは一体誰が呼び出したんだ?

 まさか──時間Gメンが!?

 

「マスターッ、大変であります!」

 

 チョートッQが慌てた様子で飛び出して来る。

 

「おい、お前大丈夫なのか!?」

「何とか回復は出来たでありますが……それより、あのドラゴンを見るでありますよ! あいつの所為で、時間が歪められているであります!」

「放っておいたら不味いってことは理解出来たぜ……!」

「待てよ白銀!」

 

 怯えた様子の先輩が言った。

 

「まさか、行くってのか。お前らは、あんなデカい怪物と何時も戦ってたのか!? なあ!?」

「……先輩」

「死んじまうぞ、白銀。あんなのと戦ったら、お前は──」

「ゴメンなさい先輩。でも俺──思い出せたんです」

 

 そうだ。

 俺が戦うべき理由。

 俺が戦わなければならない理由。

 それを思い出させてくれたのは──先輩じゃないか。

 

「俺がやらなきゃ、誰がやる。仲間を助けられるのも、今此処であいつに立ち向かえるのも、結局は……俺がやらなきゃいけないんだ」

「待てよ……戦う? お前が? そうやって、今までも無茶してたってのか? あたしの知らない所で?」

「……この命を懸けるに値する仲間が待ってるんです。行かなきゃ一生後悔する。それは死ぬより嫌な事なんだ」

「やっぱダメだよ白銀。あたしは……こんなの、間違ってるって思ってしまうんだ。よりによってあんな化物と戦うなんて」

「あいつらが居なきゃ、あいつらと俺を繋いでくれたデュエマが無きゃ、俺は──俺は、この世界に、生きてる意味を見出せない」

「……」

 

 先輩は膝を突く。

 ごめんなさい、先輩。

 それが俺が選んだ道なんです。

 誰の為でもない、俺の為の戦う理由なんです。

 

皇帝(エンペラー)起動。ダンガスティックB(ビースト)!」

『了解でありますッ!』

 

 鋼の獣がグラウンドに降り立った。

 それに飛び乗り──最後に俺は振り返る。

 不安そうな顔の先輩を見やった。

 

「それでも、お前は……行くんだな。そうだよな。そっちの方が、お前らしいよ白銀」

「行ってきます、先輩」

 

 彼女は力なく頷いたようだった。

 そして、ふっと笑みを浮かべると──

 

 

 

「……あれが──未来のデュエマ部部長か」

 

 

 

 確かに、そう言ったのが俺の耳にも届いたのだった。



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GR14話:反撃──皇帝、再起

※※※

 

 

 

「お爺ちゃん、大丈夫なんでしょうか……!」

 

 

 

 せんすいカンちゃんの座席でアカリは不安な顔を浮かべていた。

 時間Gメンが放つ洗脳周波を妨害するためのアンテナ。これをせんすいカンちゃんが高々と上げている。

 それには目玉が付いており、「ブーンブーンブーンブーン……」と奇妙な鳴き声を発しており、傍から見ればただ奇怪なサムシングであった。

 

「全能ゼンノー、お願いします……!」

「YES、マイ・マスター」

「ゼンノーの妨害電波なら十分打ち消しできるよマスター! この調子なら改変を妨害出来る!」

「はい、このまま上手く行けば良いのですが」

 

 歴史修正の時間をずらしてしまえば、もう二度と改変は出来なくなる。それまで耐え続けるしかない。

 だが、問題はあの場でシー・ジーの相手を任せた耀だ。

 ──時間Gメンの隊長をお爺ちゃんに任せ、こっちが敵の時間改変を止める……ただし、それが成立するのはお爺ちゃんが勝った場合のみです。

 

「てゆーか、白銀耀に何にも言わないで囮任せたんじゃないよね、マスター?」

「失礼な! 今回はちゃんと事前に打ち合わせました!」

「あっそー、おっちょこちょいなマスターの事だしまた肝心な事だけ言ってないパターンかと思ったよー、あだだだだ! レバーを変な方向に捻じるのやめてよマスター!」

「……はぁーあ、一人で大丈夫なんでしょうかお爺ちゃん」

「マスターッ、止めて、止めてってばー!」

 

 彼がそう簡単に負けるとは思いたくないが──

 

 

 

「──ッ!?」

 

 

 

 

 心臓が飛び出るかと錯覚した。

 アカリはレバーを思い切り掴む。

 いきなり船体が揺れたのだ。強い衝撃。何者かによる攻撃だ。

 姿を光学迷彩で消していたのに発見できるような相手など、一つしかいない。

 

「マスターっ、時間Gメンだ! 時間Gメンが来ちゃったよ!」

「もう見つけられたんですか!?」

 

 ガラスの窓から外を見やる。

 羽を広げ、そこに立っていたのは──隊長格のシー・ジー。

 まさに耀に任せた強敵であった。

 

「そ、そんなっ!?」

「まさか白銀耀、やられちゃったんじゃないのマスター!」

「ど、どうしましょう、こうなったら……力づくで!!」

 

 1枚のカードを掲げ、アカリはハッチから顔を出した。

 彼女に応えるようにして大洋のガンマンが実体化し、シー・ジーに向かっていった。

 

「ジョルネード! こちらに近づけないで!」

 

 

 

「──やれやれ、無駄だと言っているのだが」

 

 

 

 直後。

 シー・ジーの手に持ったカードが不気味に輝く。

 アカリは戦慄した。全身が機械で構成され、青白い炎に包まれた怪物。

 何もかもが今までのオレガ・オーラとは桁違いだ。

 

「レジスタンスの白銀朱莉。長きに渡る大捕り物、此処で終わりにしないか?」

「こ、これって……貴方達は、何てものを作ってるんですか!」

 

 これは──ドラゴンだ。

 空想上の生物の中で、最も力強く賢き怪物。

 それを彼らはあろうことか、データだけで再現して見せたと言うのか。

 

「オレガ・オーラはクリーチャーのデータをチップで実体化したもの……でも、ドラゴンはクリーチャーとしての格があまりにも高過ぎて実現不可能だったんじゃないですか!?」

「実現不可能? いや、人類の科学に不可能は無い。魔法も合わされば猶更だ。ドラゴン・コードは全てを歪める。時間諸共な」

「時間諸共……!?」

 

 シー・ジーは笑み一つ浮かべず、耳のインカムに手を当てた。

 

「……Code(コード):1059(ヘブン)、リ:プログラミングシステム起動」

 

 ドラゴンのオーラが吼えた。

 シー・ジーの命令に従い、それは大口を開けて進撃する。

 巨体目掛けてジョルネードは果敢に立ち向かい、何発も何発も銃弾を放つが、全て吸い込まれるようにして消えてしまう。

 

「だ、ダメ、全然通用しない……どうなってるの!?」

 

 吼えるCode(コード):1059(ヘブン)と呼ばれたまがい物の龍。

 龍の咆哮が背景を揺さぶる。

 木の葉が落ち、校舎が歪む。

 そして衝撃波によって全能ゼンノーの姿も掻き消えてしまった。

 

「しまった──ッ!?」

「マスター! このままじゃヤバいよ! 並大抵のカードじゃ、こいつの攻撃に耐えられない!」

「お前たちは時間改変のタイミングをずらせば、ダッシュポイントが消滅すると考えているのかもしれない」

 

 それまでの仮説はシー・ジーの言う通りだ。

 だからこそ、アカリ達は今まで時間稼ぎに徹してきた。

 しかし。

 

「最も……Code(コード):1059(ヘブン)は無理矢理()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。時間と空間両方を歪めることで、通常一方通行でしかない時の運行を捻じ曲げる」

「そんなのインチキだー! とんだ時間延ばしじゃないかー!」

「そんなことをしたら時間が歪んで歴史に異常が起きます!」

「故に多用は出来ない。だが、使わせたのはお前達だ」

 

 学校の壁時計の長針と短針が異様な速度で回り始めた。

 無理矢理時間が歪められ、放課後前までに時計の針が戻りつつある──

 

「お前達が抵抗をしなければ、お前達が無駄に足掻きさえしなければ、こんな事にはならなかった。結果的に、お前たちが時の運行を歪めたのだ。よって──()()()()()()()()()

「ぐ、う……とんだ責任転嫁ですよ……!」

「違う。勝者が正しい時の流れを紡ぐ。敗者は賊軍に成り下がる。それが、歴史編纂というものと定義されている」

「……!」

「像は無限にコピーされている。このまま全世界の座標目掛けて飛んで行くぞ。もう、何をしても無駄だ」

 

 無数の像に覆われていく空。

 デュエル・マスターズを消去する波長が世界を覆っていく。

 実像無き龍に弾丸は通用しない。

 不規則に乱れた映像のように龍の姿が揺らぐ。

 だが、ぐにゃぐにゃと揺れているようで、それは確かに標的目掛けて迫り近付いており──次の瞬間には大顎がジョルネードを捉え、しっかりと挟んでいた。

 

「そんな、ジョルネードが……!」

「ヤバいよ! ジョルネードが負けちゃうよマスター!」

「無駄だから──無駄と言っている」

 

 シー・ジーは、冷ややかな目で言い放つ。

 

 

 

「お前たちの軌跡は、塗り替えられる。トキワギの名の下に」

 

 

 

「無駄なんかじゃ、ねぇよッ!!」

 

 

 

 その時。

 龍の首に何かが食らいつく。 

 呻くような音と共にジョルネードを挟んでいた大顎が解き放たれた。

 

「そして塗り替えさせもしねえ! 俺達の歩んできた道は、俺達のモンだ!!」

「お爺ちゃん……来てくれたんですね!」

 

 アカリは目を見開く。

 まがい物の龍に食らいつく鋼の獣。

 そしてそれに飛び乗った少年の姿を確かに捉えた。

 そのまま首のコードを何本か食い破り、ダンガスティックBは地面に降り立つ。

 

「──白銀耀……貴様……あの程度では折れなかったか」

「へっ、何べん負けても立ち上がる。それが白銀耀って男だ!」

 

 白銀耀は──今、再び戦場に降り立った。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「白銀耀って言います! よろしくお願いします!」

「はい硬ーい」

「あだっ!?」

「此処は運動部じゃねーぞ? 陰キャ共の集まり、紙をシバく場所、オケィ?」

「初っ端から後輩をシバいてどうするんだ神楽坂」

「あだっ!? ちょっとコラ! 部長に手を挙げるなや、副部長の癖に!」

「お前がそんなだから前部長が不安がってたんだろうが!」

「あんだとコラァ、表出ろ! デュエルで決着付けようぜ、いだだだだだ暴力反対!」

「えーと、これってどう収集付ければ……」

「大丈夫だ1年、割かし何時もの事だから」

「えぇ……」

 

 今でもあの日の事が忘れられない。

 あの頃のお前は、ちょっと不安げで……何をするのも覚束なくて。

 何ならデュエマだってそうだった。

 中学の最初に買ったらしいデッキ相手に睨めっこしててさ。

 

「お前さあ……ちゃんとデュエマ楽しめてる?」

「え?」

「何かさあ、硬いんだよな……やっぱお前。勉強ばっかやってただろ絶対」

「そ、そんな事は無いですよ!?」

「いやあたしのカン外れた事無いから。こういうのはさ、戦績伸ばすんじゃなくってもっと馬鹿みたいなことやるのも良いと思うんだが」

「馬鹿みたいなこと?」

「うーん負けそうじゃ、とかかな」

「えっ……今、何て?」

 

 ああそうそうこんな事もあったわ、こんなノリでネタデッキばっか組ませたんだっけか。

 後で他のやつに金欠の後輩にネタデッキ買わせてどうすんだって怒られたな、うんうん。

 

「……はいはーい皆注目ーっ! 新入部員の、或瀬ブランちゃんでーす!」

「え、えと、よろしく……お願いします?」

「えー、今年の1年揃いも揃って真面目ちゃんかよー。こんな可愛いんだから、もっと自分を押し出さなきゃ駄目だよ君」

「ちょっと神楽坂先輩、あんまり或瀬にぐいぐい行かないでくださいよ……」

「ア、アカル、私は……大丈夫だから」

「ところでさブランちゃん、探偵って興味ある? あたしと一緒に現代のシャーロック・ホームズになってみない?」

「現代の、シャーロック・ホームズ、ですか?」

「そう、具体的にはうるさいお上を黙らす為に隠密的な撮影を行ったり、証拠を集めたりとか」

「神楽坂先輩ィ!? ブランに変な事吹き込まないでくださいよ!?」

 

 白銀のやつ、すっげぇ可愛い子連れてきたんだよなあ。

 あの子にはまだ色々教えたりないし……今度は何を吹き込んでやろっかなあ。

 どれもこれも白銀のおかげだよね、うん……。

 

「……ダメだぜ、白銀……」

 

 お前が居なくなるのは、駄目だ。

 だってよ……あんなに楽しかった部活がさ、どうしてそんな事になっちまうのさ。

 

 

 

「あたしは、見てるだけなのか!! あたしはあいつの先輩だぞ!!」

 

 

 

 あたしに出来ることは無いのか。

 もう嫌なんだよ。

 部員が居なくなるのは──もう、嫌なんだ。

 だってそんなの、楽しくないじゃないか!!

 

 

 コトン

 

 

 

 音がした。

 そこには──

 

「え?」

 

 ──見た事の無い、デッキケースが転がっていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「マスター、相手は先程負けた相手。何かしら対策はあるのでありますか!?」

「無い!!」

「ノープランでありますか!?」

 

 そうだ。

 勢いで飛び出してきてしまったが、あの侵略みたいな挙動をするオーラに対する戦略は何も考えられていない。

 そして何より対策をする時間も無い。

 あの機械龍のオーラがどんなヤバい効果を秘めているかも分からないのに……!

 

「消え失せろ、白銀耀」

「どわぁぁぁい!?」

 

 電撃が次々に地面へ落とされる。

 まずい。このままではまともにデュエマを挑む事すらできない。

 

「どうするでありますか、マスター! 最早これではデュエルに持ち込む以前の大問題でありましょう!」

「問題が幾つあったって、関係ねえよ! それでも、戦うしかないだろ!」

 

 

 

「こんのバカ後輩ーッ!!」

 

 

 

 え?

 振り向くと、先輩が凄い剣幕で走って来る。

 その手には──デッキケースが握られていた。

 

「デッキも無しでどうやって戦うつもりだ、この馬鹿ーッ!」

「ちょっ、先輩ィ!?」

 

 え? 何やってんの。

 マジで何やってんの先輩!? 

 しかも投げてきた。なんだコレ──

 

 

 

「受け取れ!!」

 

 

 

 ひゅん、と電撃の間を縫って投げられたそれを何とか受け取る。

 え? これって──

 

「無くなった俺のデッキ!?」

「馬鹿! 大事な戦いの前に忘れ物するやつがいるか──うわぁっ!?」

 

 駄目だ先輩。 

 此処は相手の射程圏内。

 雷撃が彼女を狙って撃ち放たれる。

 しかし──その前に割り込むようにしてジョルネードが滑り込んだ。

 

「わぁぁっ!? な、何だこのイケメンッ!?」

 

 先輩を抱きかかえたジョルネードが飛んでくる。

 本当に何やってるんだよ!

 

「先輩、気を付けてください! 何で来たんですか!」

「帽子にロボ顔……サイコー……」

「先輩!?」

「どわぁ、白銀! い、いや、何かな、あはは」

「何でこんな所に生身で来たんですか!」

「だって部室に、見たことのないデッキケースがあって……中には見た事無いカードが入ってたから、てっきりお前のモノかと……」

 

 中身は確かに無くなった俺のデッキだ。

 見間違う事も無い。火のジョーカーズのデッキじゃないか。

 何でこんなところにあるんだ!? 時間改変で消えたはずじゃ──

 

「あー、もうとにかくだ! 準備くらい万端にしていけよ、部長!」

「……はい、先輩!」

 

 何で俺のデッキを先輩が持ってたのかは分からない。

 だけど──やっぱりこれが一番手に馴染む!

 意気込んでダンガスティックBにもう一度飛び乗った。後は、シー・ジーのもとにまで辿り着かなきゃいけない。

 ……あれ? 何だろう。ポケットに入れている皇帝(エンペラー)のカードが熱い。

 

「マスター! 皇帝(エンペラー)のカードに反応が……超GRゾーンと連動しているでありますよ!」

「……これって」

 

 デッキケースに吸い込まれていく光。

 更に、アカリの渡してくれた超GRゾーンのカードと俺のデッキが磁石のように惹かれ合っている。

 

「つまり、一緒に使えってことか! よーし……負ける気がしねえぜ!」

 

 ダンガスティックBが俺を乗せたまま、機械龍の腕を足場に跳んだ。

 空に浮かぶシー・ジー目掛けてエリアフォースカードを向ける。

 これで──捉えた!

 

 

 

「愚かな事……今度こそ、この命題の答えを確立させてやる……!」

「勝負だシー・ジー、デュエマを返してもらうぞ!」

 

 

 

 皇帝(エンペラー)が光る。

 さあ、決闘(ゲーム)を始めよう──

 

 

 

『Wild……DrawⅣ……EMPEROR!!』



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GR15話:反撃──ドラゴン・コードを撃ち貫け

 ※※※

 

 

 

「《チュパカル》を《接続(アダプタ)CS-20》へ投影(オーライズ)。ターンエンドだ」

 

 先攻2ターン目。

 シー・ジーは早速、《チュパカル》を出して初動から突っ走ってきた。俺も《ジョジョジョ・ジョーカーズ》でサーチをしたものの、肝心の《ヤッタレマン》

 しかも、下にある《CS-20》の効果で更にコストを下げている。

 次のターンには1マナで《ガ・ニメデ》が飛んでくるだろう。

 

「だけど、それは使わせねえぞ! こっちは2マナで、J・O・Eを発動!」

「っ……使ってきたか。正史の切り札を」

 

 ガコン、ガコン、とエンジン音が掛かると共に、空中へ打ち上げられるサイコロ。 

 その目から光線が撃ち放たれた。

 そうだ。GR召喚は、序盤に行うとマナの枚数よりも大きなコストを持つクリーチャーが現れる事がある。

 つまり──

 

「2コスト軽減して《サイコロプス》召喚! 効果で、マナの枚数よりもコストが大きい《接続(アダプタ)CS-20》を山札の一番下へ!」

「ッ……!」

「出鼻は挫いたでありますよ! これでもうコスト軽減は出来ないでありますな!」

「ターンエンド時に《サイコロプス》は山札の下へ戻り、俺はカードを1枚引く」

 

 これで、軽減に加えて《ガニメ・デ》での大量ドローは出来ない。

 次のターン、3コストであいつが出来る事と言えば──

 

「3マナで《極幻智 ガニメ・デ》を構築(オーライズ)。《イイネⅣ》をGR召喚だ。効果でカードを1枚ドロー」

「大量ドローが出来なきゃ手札に自然のオーラを溜め込む事も出来ない。ワールドブレイクまでは持っていけないはずだ! こっちは、《おしゃかなクン》を召喚してターンエンド!」

「……口だけは立つな。偽善者にはお似合いだ」

「偽善者で結構。俺は、俺の為に戦ってる──今なら胸張ってそう言えるんだ!」

「だから何だというんだか──」

 

 シー・ジーは4枚のマナをタップしていく。

 何だ? 今までとは気色が違う。

 俺の知らない別のオーラが来る。

 

「──《*/弐幻ポコピー/*》を《浸透(スルー)DS-10》に投影(オーライズ)

「え、何だそいつは!?」

「《ポコピー》は自律増殖するオーラ。その効果で、山札から《*/弐幻ポコピー/*》を選択し、《アネモⅢ》に投影(オーライズ)

 

 何だこいつ。

 さっきとは丸っきり戦略を変えてきている。

 何体もオーラを重ねていた先程の対戦と打って変わって場数を増やしている、だと?

 

「マスター、何かがおかしいでありますよ! あいつ、オレガ・オーラを並べてるであります!」

「展開力で勝負するってのか……!? ヘッ、面白ェ! こっちも4マナで《怒ピッチャコーチ》を召喚だ!」

 

 現れたのはバッティングマシーンのようなジョーカーズ。

 そして、俺の超GRゾーンのカードが円を描き、ゲートを作り上げた。

 

「行くぞGR召喚! 出すのは──《パッパラパーリ騎士(ナイッ)》、出た時にマナドライブ2が発動する!」

 

 マナドライブ。マナゾーンに指定の文明があり、尚且つ指定の枚数を満たしている時に使える能力。

 その効果で墓地の《ジョジョジョ・ジョーカーズ》がマナゾーンへ置かれる。

 

「んでもって、あんまり手札を増やしたくないからな。このままターンエンドだ!」

 

 相手の場にはオーラが1枚しか重なっていないGRクリーチャーが2体しか居ない。

 《ヴィトラガッタ》とかいう化け物が場に出て来るには、最低でももう1枚オーラが重なっていないといけない上に、シールドを全部ブレイクするには手札が足りないはずだ。

 何より相手の手札は2枚しかない。

 あの中にオーラを溜め込められているかと言えばそうではないはずだ。

 侵略系のワンショットキルには手札が必要だってのに、あんなにオーラを分散させて何を考えてんだ?

 

「──さあ、揃ったぞ。お前達の敗北──それを証明するパーツが」

 

 空間が凍り付いた。

 あいつの手札に握られている悍ましいドラゴンのオーラが光り輝く。

 とうとう来るってのか。

 シー・ジーの──切札が!

 

「……最終シークエンスへ移行」

節制(テンパランス)──解禁(アンリーシュ)、ドラゴン・コード!』

 

 宙に浮かぶ夥しい数字の数々。

 その列は全て、105910591059……と繰り返されている。

 そして宙に刻まれるMASTERの紋章。

 来る。

 ドラゴンのオーラが──!!

 

 

 

『テン・ゴク・テン・ゴク・テン・ゴク──』

「──これは証明されるべき事象である。電龍更新(ドラゴライド)、《Code(コード):1059(ヘブン)》!」

 

 

 

 (あぎと)を開いて咆哮する機械龍が狸のオーラから更新された。

 遂に出て来やがったな──Code(コード):1059(ヘブン)

 機械のような姿をしていながら、まるで亡霊のように掴み処が無く点滅している龍のオーラだ。

 

「ドラゴンのデータ……オレガ・オーラって、マジで何なんだよ……!」

「オレガ・オーラは上質な兵器だ。我らトキワギ機関が世界を握る為のな──《アネモⅢ》で攻撃、パワード・W・ブレイク」

 

 掻き消える龍のオーラ。

 しかし、瞬きする間に既に俺の眼前へ現れていた。

 機械龍の巨腕が、俺のシールドを2枚叩き割る──

 

「ッ……! このくらいなら──」

節制(テンパランス)……ラッシュモード、【DL-Sys(ディーループシステム)】エンゲージ!』

 

 その時。

 再びCode(コード):1059(ヘブン)の姿が俺の目の前から消える。

 そして次の瞬間──今度は《ガニメ・デ》の姿に砂嵐が掛かり、あの機械龍がまた腕を振り上げていた──

 

「なっ、何で!? 何でまた攻撃してんだ!?」

DL-Sys(ディーループシステム)──その力で、Code(コード):1059(ヘブン)は他のGRクリーチャーに乗り移り、連続攻撃を仕掛ける事が出来る」

「なっ、嘘だろ!?」

「だが、それだけで終わる──その命題の答えは偽だ」

節制(テンパランス)……インベードモード、【暴走更新(ランナウェイ)】エンゲージ!』

 

 機械龍の像がブレる。

 その胸に埋め込まれているディスクに、巨大な虫の怪物の像が取り込まれていくのがはっきりと見えた。

 まさかあれって──

 

Γ(ガンマ)! Λ(ラムダ)! Χ(カイ)!』

「証明完了──《ΓΛΧ(ガラムカイ)ヴィトラガッタ》」

 

 しまった。

 オーラが乗り移るってことは、1枚しかオーラが重なってないGRクリーチャーに《ヴィトラガッタ》の侵略条件を達成させる事が出来るってこと。

 つまり──最初の攻撃でワールドブレイクまで持っていけなくとも、多段攻撃で相手のシールドをゼロにしてしまえば、全体除去が発動してしまう。

 

「知れ。これが、データに刻まれし龍の鉄槌だ──パワード・T・ブレイク」

 

 より重く。

 より激しい一撃が俺のシールドを全て薙ぎ払った。

 割られたシールドは3枚。

 その余波は、到底受け止めきれず──俺の身体を再び吹き飛ばした。

 

 

 

「終わりだ、白銀耀。お前は仲間には永遠に会えない」

 

 

 

 その声が響く。

 終わり?

 永遠に会えない?

 そんなの、嫌に決まってるだろ。

 嫌に決まって──

 

「がっ……!!」

 

 意識を、失う、ところだった。

 

 痛みが全身を揺さぶった。

 降りかかるシールドの破片が背中に突き刺さる。

 熱いものが、どくどくと溢れ出て顔を伝った。

 ああ、また血だらけかよ、俺──!

 

「く、っそぉ……!!」

「だが、忘れる事で──その苦しみから解放される。忘れろ。忘れろ。忘れてしまえ。デュエマも、仲間も」

 

 負けて、堪るか。

 

 決めたんだ。

 

 みんなが俺の事を忘れたって──俺だけは、憶えてるんだ。

 

 デュエマの楽しさも、仲間との思い出も──!

 

「デュエマは俺と仲間を繋いでくれたものだ……! 絶対に、忘れねえよ……!」

「私にとってはデュエル・マスターズもオレガ・オーラもタダの兵器に過ぎない」

「違う……兵器じゃない、デュエマは人を傷つける道具じゃ……ねえぞッ!」

「デュエルで勝利し、相手に言う事を聞かせる……お前にとって、大好きなデュエマはその程度のモノでしかない。服従を強いる道具だ。だから手放したくない。違うか?」

 

 違う。

 違う違う違う。

 俺にとってのデュエマは──

 

 

 

「そんなものは無い方が良いに決まっている。忘れてしまえ。それが──楽になる道だ」

「うるせーんだよ、タコハゲ野郎ッ!!」

 

 

 

 甲高い声が飛んで来る。

 頭を動かすことも出来なかったが、誰の声か一発で分かった。

 

「かぐらさか……せん、ぱい……!?」

 

 立っている。

 先輩が──空間の中に入って、俺の前に立っている。

 何で?

 何でだよ。

 空間の中には誰も入って来れないはずなのに。

 

「白銀はな、誰よりも素直で、馬鹿みてーにお人好しな男だ! そんでもってまた、馬鹿みてーに好きな物に真っ直ぐだから……楽って理由でデュエマの事を忘れられるわけないだろ!」

「部外者のお前に何が分かる? 脆弱で臆病な一般人が口を出すな」

「今だって脚ガクガクで逃げ出しちまいたいくらいだ。だけど、白銀は……こんな場面、何回も切り抜けてきたんだろ? あたしが、あたしが人生のこの一回くらい出張ったって、バチは当たらないってもんだよな」

 

 あの大胆不敵で、傲岸不遜で、唯我独尊な先輩が──震えてる。

 カチ、カチ、と歯が当たる音が聞こえて来る。

 きっと脚は震えてて、顔は見栄を張る為に無理矢理笑ってみせているのだろう。

 先輩。

 先輩、何でそこまでするんだ。

 あんなに戦うのは嫌だって言ってたのに。

 俺だって、先輩が危ない目に遇うのは──嫌なのに。

 

「難しい事なんて分からない。気が付けば足が動いてた。生憎、後輩の事を、後輩の好きなものを馬鹿にされるのはサイコーに虫唾が走るんだよなコレが!」

「それがこの男の真実だ。この男は自らの保身の為に──」

「そんな事言ったらさあ、あたしが今立ってるのもムカついた……それだけの理由さね」

「自分勝手な──私は、我々はトキワギ機関の為に──」

「自分の為に戦う、それが人間の究極的な生き方だよ。ンな当たり前の事が分かんないのか。そんなサイコーに当たり前の……何が悪いってんだよ!」

 

 指を突き立て、先輩は言い放った。

 

 

 

「白銀耀はあたしの後輩だ! 世界が敵に回っても、あたしだけはコイツの味方だ! だって、そっちの方が……サイコーに楽しい選択ってもんだろ!」

「歴史のエラー……お前も諸共に消えろッ!!」

 

 

 

 ああ先輩。

 やっぱり俺──何時になっても、先輩にだけは敵わないや。

 

 

 

「シールド、トリガー……発動」

 

 

 

「《灰になるほど──ヒート》!!」

 

 

 

 手札から飛び出す《怒ピッチャコーチ》。

 そして開くGRの門。

 助っ人に現れたのは、《ヤッタレロボ》だ。

 

「白銀──!?」

「《怒ピッチャコーチ》と《浸透(スルー)DS-10》をバトルして破壊! 相打ちだ!」

 

 よし。

 辛うじてダイレクトアタックは防げた。

 だけど、まだ《ヴィトラガッタ》の能力が残っている。

 

「防がれたか。だが、この程度は想定内──《ヴィトラガッタ》の効果で、お前の場のクリーチャーを全てマナ送りにすることは確定事項だ」

 

 振り下ろされる鉄槌。

 地響きと共に割れる足元。

 深き地の底にクリーチャー達が吸い込まれていく──

 

「おい白銀どうすんだ──!?」

「先輩! しっかり手ェ握っててください!」

「え!? あ──ちょっと待て!?」

 

 揺れる足元。

 先輩を引っ張り、俺はカードを手繰る。

 砂煙が巻き起こり──バトルゾーンには蔓が蔓延って見えなくなった。

 

 

 

「これで、全滅。この命題の答えは……」

「──全滅じゃねェよ」

 

 

 

 間に、合った。

 確かに残ってる。

 たった1枚、バトルゾーンに残ったカードが!

 

「──何故だ。《ヤッタレロボ》が生き残って──」

「《おしゃかなクン》のウルトラ・セイバーだ。俺のジョーカーズが場を離れる時に破壊すれば、生き残る」

「ウルトラ・セイバー……そうか、全体除去を喰らっても発動すれば生き残らせたいクリーチャーを場に留められるのか!」

「だとしても。そんな雑魚1体で、私を倒せるとでも──」

「いーや十分だ。これだけでな!」

 

 この1枚は大きい。

 この状況をひっくり返すにはあまりにも大きすぎる。

 

「先輩、見ててください──これが俺の、切り札達(ジョーカーズ)だ!」

「ああ見せてくれよ。サイコーに震わせてくれるヤツをさ!」

 

 《ヤッタレロボ》で俺のジョーカーズはコストを1軽減されている。

 俺のマナは7枚。

 一気に詰める! 俺の切札で!

 

「3マナで《ドンドド・ドラ息子》召喚! 効果で山札の上から4枚を表向きにして、ジョーカーズ・カードの《ルネッザーンス》を回収する!」

「そのカードは、手札にある火のジョーカーズにJ・O・Eを付与するカード……!?」

「ご名答! 加えて……《ヤッタレロボ》で1コスト軽減──」

 

 飛び出す皇帝(エンペラー)のカード。

 そして空へ刻まれるMASTERの文字。

 拳を握りしめる。7、6、5、とガコン、ガコン、と下がっていくカードのコストの数字。

 

「魂を燃やせ!! 点火(イグニッション)J・O・E(ジョーカーズ・オーバー・エクスプロード)!」

 

 やっぱりこのカードが最高に馴染む。高揚する胸を抑え、俺は盤上に切札を叩きつけた。

 この捻じ曲がった時の中で、未来を撃ち抜け!

 

 

 

 

「これが俺の灼熱の切札(ザ・ヒートワイルド)──燃え上がれ、《メラビート・ザ・ジョニー》!」

 

 

 

 飛んで来るボード。

 そこに乗った炎のガンマン。

 再会を喜ぶ間もなく──彼は二丁拳銃を地面目掛けてぶっ放す。

 炎の渦が巻き起こり、弾丸と化したジョーカーズが姿を現した。

 

「マスター・W・メラビート、発動! 効果で、J・O・Eを持つ火のジョーカーズを2体場に出す! 俺が出すのは《ルネッザーンス》──そして、《無限剣 リオンザッシュ》だ!」

 

 それは剣を掲げた炎の機士。

 未来への突破口となる先導者だ!

 

「ははっ、やっべー……カッコ良いカードばっかじゃねーか、白銀……!」

「カッコ良いだけじゃないですよ先輩! 先ず《ジョニー》の効果で場にジョーカーズが5体以上あれば、登場時に相手のクリーチャーを全て破壊します!」

 

 ボードが炎を纏い、オーラを纏ったクリーチャー達を一刀両断する。

 これで、シー・ジーの場のクリーチャーは全滅だ!

 

「更に、《リオンザッシュ》の効果でGR召喚! 出て来い──《ダンガスティック(ビースト)》!」

「よーやくっ、我の出番でありますなぁっ!!」

 

 地面へ降り立つ鋼の獣。

 これで盤面は完成した!

 

「《リオンザッシュ》で攻撃──W・ブレイクだッ!!」

「こんな、こんな事が……」

「更に、《ルネッザーンス》でW・ブレイク!」

「っ……私が、私の証明が間違っているとでも。ドラゴン・コードは、そう簡単には負けはしない!」

 

 次々に割れていくシー・ジーのシールド。

 よし、残り1枚だ!

 

「《メラビート・ザ・ジョニー》で最後のシールドをブレイク!」

「S・トリガー、《ニャミバウン》を投影(オーライズ)、《ヤッタレロボ》を手札へ戻す──ッ!!」

「土壇場でトリガーかよ、白銀どうすんだ!?」

「は、はは、スピードアタッカーの3体は攻撃し終わり、前のターンに場に出ていた《ヤッタレロボ》は消えた──これで、私の勝ちだ。証明完了──」

 

 

 

「《ダンガスティックB》で攻撃!!」

 

 

 

 咆哮する鋼の獣。

 それが、困惑するシー・ジー目掛けて飛び掛かる。

 

「今、何て──」

「《リオンザッシュ》が攻撃するとき、俺のクリーチャーを1体選んでスピードアタッカーを与える。後一手、足りなかったな」

「そんな馬鹿な事が──!」

 

 こいつの剣は先導の剣。

 仲間を引っ張る勇気の灯火だ!

 

 

 

「《(メタル)特急 ダンガスティック(ビースト)》で──ダイレクトアタック!!」

「ダンガスティック・キャノン……で、ありまぁぁぁすッッッ!!」

 

 

 

 赤い熱線が地面を焼き焦がす。

 双つの光はシー・ジー目掛けて放たれ、轟音と共に爆炎が巻き起こるのだった──



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GR16話:改変された歴史

※※※

 

 

 

 崩れ落ちる機械の龍。

 それと共に、背景も時計の針も元に戻っていく。

 完全に時間は元に戻った。それにより──時間の改変も出来なくなったのか、空を覆う像がノイズと共に掻き消えていく。

 

「任務……失敗、だと? この私が……?」

 

 失意に満ちた表情でシー・ジーはインカムに手を当てる。

 

「何処まで私の計算を狂わせるんだ……白銀耀……!!」

 

 最早、抵抗する力は残っていなかったのだろう。

 そのまま彼の姿は消えてしまい、同時に空に浮いていた時間Gメンのタイムマシンも何処かへ飛び去った。

 それを、俺達は見届ける事しか出来なかった。

 

「これで終わったのか……?」

「やった! やりましたよ! 任務完了です! 私達、この時代の改変を止められました!」

 

 せんすいカンちゃんから顔を出したアカリが嬉しそうに叫ぶ。

 

「……はぁーっ、やれやれとんだ茶番に付き合わされたよ」

 

 ぺたん座りの先輩は完全に疲れ切っているようだった。

 無理も無いか。目の前で実体化するクリーチャーのデュエルを見届けたのだから。

 ……我ながらとんでもないことに巻き込んでしまったんじゃないか?

 

「先輩、大丈夫ですか?」

「まずまずってところ。サイコーに刺激的な体験だったけど、これっきりにしてほしいね」

「あはは……ほんとスイマセンでした」

「それで? 元の時代に戻るのか。今ので、あのムカつく奴逃げてったけど良いの?」

「多分、大丈夫じゃないですかね」

「多分かよ」

 

 まあいっか、と先輩は言って立ち上がる。

 

「先輩、今日の事は……誰にも内密で」

「わぁーってるよ。誰も信じちゃくれないよ、こんな事」

 

 先輩は笑みを浮かべて俺の肩に手を置く。

 

「なあ白銀。色々言われたり、嫌な事もあるかもだけどさ……それでも、仲間を取り戻すために戦うお前は絶対に間違ってないって思う。お前がお前である限り、あたしは……お前を送り出せるのかもな」

「先輩……」

「あたしはお前から見りゃ過去の存在だ。そしてあたしから見たお前は未来の存在だ。それなら……お前を縛る理由は無い。だから、こっちのお前にも好き勝手にやらせるよ。だけどさ──」

 

 くしゃり、と顔を歪ませて彼女は言った。

 

 

 

「ぜったい、死ぬなよ……白銀。あたし、お前に会えなくなるの……嫌だぞ……」

 

 

 

 ああ、そうか。

 きっと世界に嫌われたとしても、俺の帰りを待ってくれる人はやはりどこかに居てくれて──俺はその人たちの為に帰って来なきゃいけないんだ。

 

「……先輩。未来で会いましょう」

「ああ。……未来で」

 

 タイムダイバーに乗り込み、俺は窓越しに先輩の顔を覗く。

 彼女の顔は、また大胆不敵で、傲岸不遜で、唯我独尊に──笑っていた。

 

「お爺ちゃん、そろそろ出発しますよ」

「なあアカリ、最後……ちょっとだけ良いか?」

「……良いですよ。ちょっとだけ、ですからね」

 

 俺はハッチから外を覗く。

 先輩に思いっきり手を振る。

 

 

 

「じゃあなーっ、未来のデュエマ部部長ーっ!」

「……ありがとうございます、神楽坂先輩ッ!」

 

 

 

 地面に出来た大穴に飛び込むせんすいカンちゃん。

 先輩も、俺が見えなくなるまでずっと手を振っていた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「なあアカリ」

「何ですか?」

「時間改変で消えたはずの俺のデッキを神楽坂先輩が持ってたんだ。何でだろうな?」

 

 ソファに寝転がりながら、俺はアカリに問うた。

 それだけがどうも腑に落ちなかったのだ。

 

「きっとそれは、縁によるものだと思います」

「エニシ?」

「はい。違う時代にいる、自分とつながりの深い人間と出会うと……エリアフォースカードを通じて歴史の修整力が強く働くんだとか」

「へーえ……だけど、俺が神楽坂先輩に会ったのは大丈夫なのか?」

「それはきっと大丈夫です。ダッシュポイントが消滅すると共に歴史の修整力で、神楽坂先輩も直に()()()お爺ちゃんの事を忘れると思います。それだけ些細な事なんです」

「全世界がデュエマを忘れる事に比べれば、か」

 

 だけど、ちょっと寂しい気もする。

 あの出会いが無かった事になるなんて。

 とはいえそれが歴史を歪めるくらいなら、それが正しかったのかもしれない。

 

「マスター、一先ずこれで2016年の改変は阻止出来たでありますな!」

「ああ。やっと皆に会える!」

「そうですね。そろそろ2018年に着くと思います。私は外で待機しておくので、部室を覗いてきては如何でしょうか?」

 

 そうだ。

 タイムダイバーが出発したのはあの日の朝だから……もし歴史が元に戻ってるなら、火廣金がプラモデルを組んでいるはずだ。

 せんすいカンちゃんが校舎の近くに浮上する。

 そこから逸る気持ちを抑えられない俺は、飛び出すともう駆け出していた。

 ああ、どうか全部元に戻っていてくれ。 

 俺は、あいつらにもう一回会いたいんだ。

 慌てるように部室へ駆け込み、扉を開ける──

 

 

 

「──何だ部長。そんなに慌てた顔をして」

 

 

 

 ──部室……いや、部室であるはずの場所は巨大ジオラマが占拠していた。

 涼しい顔で徹夜明けの魔導司がパタパタと団扇でプラモデルの接着剤を乾かしている。

 そして鼻の中をツンと突き刺すシンナーの匂い。こいつちゃんと換気してんのか。

 嬉しさよりも先に──

 

「火廣金ェェェーッ!!」

「待て待て部長、ステイステイ」

「人が、人が、どんだけ苦労してっ、お前をっ……お前らを……心配したと思って……!」

「? どうした。怒ってるんじゃないのか、部長」

「るっせーよ……るっせーよ……火廣金……ほんっとお前は……お前ってやつは……」

 

 ああ、良かった。

 本当に良かった。

 このバカが戻ってきてくれて。

 やっぱり、嬉しいんだ俺。

 目から色々溢れて止まらねえや。

 

「部長、泣いてるのか? すまない、ジオラマは模型部に寄贈するつもりだったのだが」

「ちげーよ、良かった……ブランと紫月もこの分なら……」

「ええい、離れろ部長。鼻水と涙が制服に付くだろう」

「こうしちゃ居られない、ブランと紫月にも会いに行かないと──」

「待て部長。何をそんなに急いでるんだ。急に聞き覚えの無い名前を言いだして」

「……今、なんて?」

 

 

 

「ちょっと、火廣金君……。また部室をこんなにして」

 

 

 

 一難去ってまた一難。

 取り戻したと思っていたはずの日常は何もかもがボロボロに欠け落ちていた。

 そればかりか耳に入って来たその声は──

 

「こんなんじゃあ、部長が泣くよ? 早く元に戻した方が良い」

「やれやれ、君はもう少しプラモデルの美しさというものを学ぶべきだと思うんだがな」

「そんな事を言ってるのは君だけなモンだよ。此処に置くのはめいっぱいの本棚が相応しい」

 

 ──酷く耳障りなほどに──聞き覚えがあった。

 

「どうしたんだよ白銀君──顔が怖いよ?」

「部長。一体どうした。急に固まって」

「どの面下げて来た」

「え?」

 

 俺は、思わず彼に掴み掛かっていた。

 

 

 

「どの面下げて、此処に来たんだ──()()()()()()()()()()()ッ!!」



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第七章:デュエマ部奪還編
GR17話:アナザーロード──もう1人のロード


──理想の都市・トキワギ機関。

 その実態は、素性も正体も知れぬ世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカード使いが握る政権。

 自らの歴史の存続の為ならば、歴史の改竄も辞さない2079年の世界に於ける最大勢力。

 まさに、デュエル・マスターズの存在する歴史を消滅させるため送り込まれたシー・ジーであったが、2016年のダッシュポイントの消失と共にそれは防がれる事になったのだった──

 

 

 

「この失態、どう処断してくれようか? シー・ジー……」

「は、返す言葉もありません」

 

 

 

 モニターに映る議員たちのアバター。

 彼らは口々に今回の時間改変の失敗について論ずる。

 

「まあ良い。白銀朱莉と白銀耀の接触。この時点で作戦は破局したも同然だった」

「しかしどうやって2017年に潜り込んだのやら。レジスタンスは底が知れんな」

「分からない。だが、いずれにせよ今までのプランは全て破綻だ」

 

 議員たちの声を聴きながらシー・ジーは頭を垂れるしかなかった。

 嗚呼情けない。

 何たる失態だろうか。

 時間Gメンのエージェントたる自分が、あの程度の相手に二度も遅れを取るなんて──

 

「シー・ジー。聞いているのか?」

「……はっ、大丈夫です、議長」

「よろしい。では、今後のプランについて伝える」

「と言うのは……」

「我らトキワギ機関が世界を掌握する為、厄介な他のエリアフォースカードを停止させる。現在、各地に散らばる反乱分子の主戦力はエリアフォースカードの使い手だからな」

「故に使い手たちからデュエル・マスターズを奪わなければならない。使い手がいなければ、アレは唯の白紙のカードでしかない」

「……はい……」

「しかし、白銀朱莉が特異点と接触した。この時点でこの方法は難しいと考えた」

「では、どうすると言うのでしょう」

「案ずるな。次の作戦は発案された。2017年までの使い手にエリアフォースカードが渡らないよう仕向ければ良いのだ」

「はい。では早速手筈を──」

「お前一人ではこの作戦の実行は難しいと判断した」

「っ……!」

「これまでの戦力では、奴らに太刀打ちは出来まい。なんせ、白銀朱莉と白銀耀。最低でもこの二人を同時に相手取るのだから」

「……」

「故に、こちらからも手を貸してやると言っているのだ。我らのスポンサーに協力をして頂く」

 

 スポンサー。

 その言葉にシー・ジーは聞き覚えがあった。

 トキワギ機関設立にあたって、資金や兵器の援助をした企業で、今も尚議員たちに匹敵する権力を持つ者達だ。

 

「──では入りたまえ」

 

 

 

「ごきげんよう、ですわッ!!」

 

 

 

 女の声がその場に響く。

 シー・ジーは蒼褪めた顔で振り向いた。

 雪のように透き通った銀髪の白人女性が堂々たる立ち振る舞いで部屋へ入ってくる。

 

「貴女は──」

 

 

 

「ワタクシの名はマッルィィィナ・ペトロパブロフスキー、ですわ! 以後、お見知りおきを?」

 

 

 

 シー・ジーは今すぐ帰りたくなった。

 

「我らがスポンサー、ペトロパブロフスキー重工……彼女は、会長の娘である”マリーナ”だ。彼女自身も優秀な技術顧問であり、あらゆるオーラ兵器の扱いに長けている」

「お褒めに預かり、光栄ですわ。だけど、一つ訂正してほしくってよ?」

「何だね?」

 

 優雅に彼女は銀髪を払うと言った。

 

 

 

「巻き舌が足りなくってよ!」

 

 

 

「……巻き、何て?」

「はいもう一回、ワタクシの名前はマッルィィィーナ・ペトロパブロフスキーですわ!」 

「……ともかく彼女に、次回の作戦指揮は彼女に取ってもらう」

 

 げんなりした様子が画面の向こうから伝わって来る。

 

「シー・ジー、彼女の指示をよく聞くように」

「え、あ、はい……」

 

 モニターから光が消えた。

 作戦指揮を自分以外の人間が執る? しかもよりによってお嬢様の彼女が? あんなんが?

 こんな屈辱は初めてだった。

 悔しさが滲み出て来る。上層部は自分を見限ってしまったのだろうか、とシー・ジーは途方に暮れた。

 

「マリーナ様。貴女が……作戦指揮を執ると?」

「その通りですわ。何か文句があって?」

「実戦経験の無い貴女が何故? 金とコネで指揮権を取ったと言うのではないでしょうね」

「ふふっ、お黙りなさい。少しは自らの失態という現実を直視するべきですわ」

「っ……!」

 

 シー・ジーの怒声はぴしゃり、と遮られてしまった。

 

「まあ今までの戦果が優秀だっただけに、仕方ないのかもしれないけども」

「っ……あれはイレギュラーが──」

 

 

 

『──Gメン・懲罰開始(パニッシュモード)……(ザ・ムーン)──』

 

 

 

 重力が無視された、という形容が正しいに違いない。

 シー・ジーの顔面は床へ引き寄せられ、めり込んでいた。

 彼女の背後に──時間龍が、浮かび上がり時計を展開していた。

 

「こ、このドラゴンは……ぐぇえっ!?」

「オーラ兵器1059号にはドラゴンのデータが幾つも刻まれていてよ? 勿論、私の守護獣のデータも」

「う、ぐぅ──おのれ──」

「口答えして良いと誰が言ったのかしら。私は貴女の上司ですわよ?」

「……おのれ、この程度の能力……解除して……!」

「私のエリアフォースカードは、世界(ザ・ワールド)の三本柱が一つ、(ザ・ムーン)節制(テンパランス)如きで対抗出来て?」

 

 抵抗を試みるシー・ジー。

 しかし、どうやっても動くことが許されない。

 世界(ザ・ワールド)の三本柱──天体の名を冠すエリアフォースカードは、他のそれとは別格の魔力を持つ。

 

「父親のお下がりの玩具がお気に入りのようだ……タカが知れて」

「躾がなってないようですわね、”合成人間”」

「ぐぅ、おお、頭が、潰れるぅっ……!!」

 

 ハイヒールがシー・ジーのこめかみを押さえつける。

 苦悶に呻く彼に向かって、彼女は高圧的に、そして自信たっぷりに言い放った。

 

 

 

「貴方はヒトに造られた兵器。自我なんてエリアフォースカードを扱う為にあるようなものなのだから。よろしくってよ?」

 

 

 

 さて、と前置きすると彼女はタブレットを鞄から取り出す。

 

「先ず。手始めに──正義(ジャスティス)のエリアフォースカードを停止させる。あれは、白銀耀に近しいカードですの。お分かりになって?」

「ぐ、あ……い、いたい、痛い──」

「返事は?」

「は、はい……マリーナ様」

「失敬」

「ぐぅおっ!?」

 

 踵が振り下ろされる。彼のこめかみを抉った。

 ヒールを踏む力が一層、強くなる。

 にじり寄るように彼女は笑みを浮かべた。

 

「あ、ぎぃっ、ひぎっ──」

「ワタクシの名前を呼ぶ時──ちゃんと舌を巻くように」

「は……はひ、マ……ルィーナ様……」

 

 

 

※※※

 

 

 

 ──2016年のダッシュポイントを修正した俺達。

 だけど元の時代に帰って来た俺を待っていたのは歴史から消えたブランと紫月の名前。

 そして──

 

「──部長、今何て──」

 

 鮮やかなブロンドの髪。

 眼鏡を掛けた痩せ気味の少年。

 そして穏やかな声色。

 その全ての裏に凶悪な本性を孕んだ少年を俺は知っている。

 その名はロード・クォーツライト。

 因縁の相手がデュエマ部に平然と居る光景だった。

 こいつは以前ブランを攫った挙句、世界中を水晶に包み込んで大量のクリーチャーをばら撒く大惨事を引き起こしている。

 

「軽々しく部長って呼ぶんじゃねえ。お前、自分のした事を忘れたのか?」

「な、何の事……?」

「部長。何を言っているんだ! ロードが何をしたんだ!」

 

 ぐいっ、と火廣金に肩を掴まれた。

 その顔は本気で困惑しているものであり──

 

「どうしたんだ。一体さっきから何を言っている?」

「っち、違う! だって考えてみろよ、火廣金! 何でロードが部室にいるんだ!? あいつは今、魔導司の監獄にぶち込まれて──」

 

 

 

『起動術式Ⅷ……戦車(チャリオッツ)』

 

 

 

「──どうやら、タチの悪いワイルドカードが憑りついているようだな。この世から駆逐せねばなるまい」

 

 

 

 不味い。

 火廣金が完全に臨戦態勢を取っている。

 俺の言葉を信じるよりも先に、俺がワイルドカードに憑りつかれていると思っているのだろう。

 彼の切札である”轟轟轟”ブランドが実体化している。

 幾ら俺でもあいつの速攻を前にすれば勝てるとは限らない。

 

「いや、それとも偽物か? いずれにせよ炙れば分かる事か」

「火廣金……! 待て、ステイ、タンマタンマ! マジで勘弁してくれ、シャレにならねぇ! 頼むから俺の言う事を聞いてくれ、ってか、聞いてください!」

「そうでありますよ火廣金殿! マスターは至って正常であります!」

「ならば何故おかしなことを言っている。あの部長が、仲間を蔑ろにするわけがないだろう。悪い物に憑りつかれているに違いない。チョートッQ、貴様も含めてな」

『えぇぇぇ!?』

 

 あ、あれぇぇぇーっ!? 

 火廣金って、こんなに扱いにくい奴だったけぇぇぇ!?

 火廣金は愚直だ。自分の上司だと誓った者への忠誠心は本物だ。

 だけどアルカナ研究会の件では(アルカクラウンに憑依されていた頃の)ファウストを見限っている辺り、自分の理念に合わないと判断すればあっさりと相手を切り捨てる合理性も持っている。

 俺がおかしな事を言い出したなら悪い物に憑りつかれているか偽物と考えるだろうが、もし俺が素面だということに気付いたが最期。

 ──俺、殺されるんじゃねえの!?

 

「さあ部長、いや部長の中に潜むワイルドカード──覚悟は出来たか?」

「出来てないですぅぅぅ!?」

 

 

 

「ストップ、ストップですーっ!!」

 

 

 

 次の瞬間、何処かから青白い光が飛んで来る。

 それに当たった火廣金の身体が一瞬硬直し──床に突っ伏した。

 

「火廣金君!?」

「アカリ!?」

 

 見るとそこには──光線銃を手に構えたジョルネード、そしてアカリが立っていた。

 火廣金はというと、気絶しているのか息はあるものの目を開いたまま横たわったままだ。

 

「大丈夫です。眠らせただけなので」

「アカリ! 教えてくれよ! これどうなってんだ!?」

 

 当惑する俺とロード。

 頭を抱えてアカリは言った。

 

「何なんだマジで君達はァ!?」

「ロードさん。落ち着いて下さい、今はいがみ合っている場合じゃないはずです!」

「落ち着けって言われても!? 部長もおかしなことを言ってるし、いきなり入って来た君は何だ!? 魔導司か!? 君が部長をおかしくしたのか!?」

「ああもう、早速ややこしい事になってる……今回の事態は、トキワギ機関による歴史改変が原因なんです!」

「れきし……かいへん? そんな、御伽噺やメルヘンじゃあるまいし、いきなり言われても信じられるか!」

「あれ? おかしいな、信じて貰えない」

「そんな事をいきなり言っても分からねえだろ!」

 

 俺でも理解するまで大分時間掛かったんだぞ。

 いや、今でも完全に事態を飲み込めているのか怪しいのに。

 

「こ、こうなったら力づくだ! あんまり戦いたくはないんだけどさぁ!」

『──Wild Draw──』

「ぎゃあああ! エリアフォースカードを引っ込めろ!」

「私達は怪しいものじゃないんです、落ち着いて!」

『オルァやる気でありますな! また鳩尾にオメガマキシマム喰らわせてやるでありますよ!』

『Wild Draw Ⅳ──』

「何勝手に起動させてんだ、収拾付かなくなるから引っ込んでろー!!」

 

 

 

『主よ。対話を試みなさい。この二人に悪意は感じません』

 

 

 

 落ち着いた女性のような声がその場に響く。

 見ると、ロードの背後に──エンジェル・コマンドと思しきクリーチャーが浮かび上がっている。

 

「っ……嗚呼、分かったよ。シリウス」

「……はー、何とか落ち着いてくれて助かったぜ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──時間の歪み……つまりダッシュポイントに時間Gメンが改変を施したのが今回の異常事態の原因と思われます」

「何から何までよく分からないんだけど」

 

 ──誰もいない図書室で、アカリは俺とロード相手に時間改変についての講義をすることになった。

 もうとっくに始業のチャイムは鳴っているものの、ロードも授業どころではないと感じていたのかアカリの指示に渋々応じることになった。

 

「ええと、アカリ君……だったっけ?」

「はいっ! 何か質問でしょうか?」

「つまり? この部長は僕の知らない時間軸とやらからやってきたのか?」

「そうなりますね。白銀耀、彼は何らかの要因で一切の時間改変の影響を受けない特異点です。従って、彼が正しい歴史の基準点と言えるでしょう」

「待てよ……そうなると、僕達が今まで見てきた部長はどうなるんだ!?」

 

 確かにそうだ。

 ロードや火廣金は、改変された後の歴史で俺を見ている。

 それまでの俺がどうなっているのか彼には気になるのだろう。

 

「それは恐らく、歴史が辻褄合わせしたことによる一種のバグと言えるでしょう」

「バ、バグだって……!?」

「はい。所謂数学で言う虚数と同じです」

「我、数学はよく分からないであります」

「俺もこの辺は無理」

 

 虚数とは、負数の平方根として規定された数だと数学の授業では習った。

 そのように本来は有り得ないが、定義しなければ辻褄の合わないものだとアカリは言う。

 つまり、本来の時間軸ではない俺の存在も彼らの中では存在していなければ歴史的には辻褄が合わないのだという。

 俺は特異点だから、俺自身は過去の改変を認識する事が無い。

 しかし、ロードは改変された歴史で別の人生を辿った。そして俺の人生は2017以前は未来からの手が加わっていないので、自然にロードや火廣金と出会っていなければならないのだろう。

 それが歴史の辻褄合わせだ。

 

「馬鹿な! それじゃあ……僕は、何なんだ……」

 

 がくり、と項垂れてロードは椅子に座り込んでしまった。

 

「なあ、ロード。一つ教えてくれ。ブラン……この歴史の或瀬ブランについて何か知らないか?」

「何で、部長がブランの名前を知ってるんだ?」

「え?」

「僕は……部長に、ブランの話をしたことはない。いや、他の誰にも、だ」

「そうなのか!?」

「それどころか、今この学園の名簿を閲覧しているのですが、或瀬ブランは1年前から在籍すらしていないんです。つまり、入学していなかった事になる」

「ブランは、ブランは何処へ行ったんだ!?」

 

 

 

 ──ダンッ!!

 

 

 

 ロードが、机を思いっきり叩いていた。

 完全に激昂した様子で、彼はこちらを睨み付ける。

 地雷を踏んだ。その形容が正しい。

 

「君達は、何度僕の逆鱗に触れたら気が済むんだ? ええ?」

 

 わなわなと震えながらロードは叫ぶ。

 

 

 

「ブランはとっくに死んだよ……僕が小さい頃にね!」

「──ッ!!」

 

 

 

 嘘だろ。

 あのブランが──死んだ?

 それも、とっくの昔に?

 

「……部長。僕がエリアフォースカードを手に入れたのは……小さい頃にブランが怪物に殺された時だ」

「怪物……?」

「ああ。審判のエリアフォースカードは絶体絶命の危機に、僕の前に現れた。それ以来、僕はワイルドカードとの戦いに身を投じている」

「……そう、だったのか」

「誰にも、言ってなかったんだ。あの出来事は、僕も思い出すのが嫌でね。押し込めて生きてきた」

「……悪い、ロード」

「……良いよ。僕もいきなり怒って悪かった。何と言えば良いのか。これが悪いワイルドカードの仕業なら良かったのに。正直、まだ信じられないよ」

 

 ふらり、と彼は席を立つ。

 その背中には精気は無く、とてもあの尊大で狂気に満ちたロードとは思えなかった。

 

「お前、何処に行くんだよ」

「外の空気を吸ってくる。……とても不愉快だ」

 

 俺達は何も言えなかった。

 

「……やっぱり、あいつは……俺が知らないあいつなのか」

「そのようですね」

「しかも……ブランが死んでるなんて」

「恐らく、時間Gメンの仕業だと思われます。歴史干渉でブランさんが死んだ事にしたのか、あるいは──」

「……許せねえ」

 

 拳に力が入る。

 あいつらを──止めないと。

 

「お爺ちゃん。私が思うに──ロードさんは、時間改変を修正する為のカウンターだと思われます」

「ロードが?」

「はい。審判(ジャッジメント)のエリアフォースカードが脅威への抑止力となったことで、正史と違った流れに進みながら、この世界の歴史は何とか歪まずに済んでいるのかもしれません」

「現に、火廣金は何食わぬ顔で部室に居た……そういう事なのかもな」

「……マスター、複雑でありますか?」

「複雑じゃないとでも思ったかコラ」

 

 そりゃそうだ。

 顔も声も、そして名前も全部同じ。

 ブランを傷つけ、世界中を水晶漬けにしたロード・クォーツライトと全く同じなんだ。

 違うのはきっと歴史の流れだけ。

 ブランが死に、あいつがクォーツライト家の狂気に落ちなかった歴史がこの時代なんだろう。

 あいつが俺の知っているあいつじゃないことは、今までの流れで確かだ。

 それでも──素直に飲み込めと言われて飲み込めるかは別問題なんだ。

 

「ロードの話は俺から聞いてるか?」

「はい……すごく辛そうに話してたのを覚えてます」

「……そうか」

「この時代のロードさんは、お爺ちゃんから聞いているものとは違います。何もかも」

「ああ。歴史ってのは、ちょっと違うだけで人をこんなにも変えちまうんだな」

「……お爺ちゃん」

「もし、ロードが俺の知ってる歴史でもああだったらさ……どんなに良かっただろうかって思ってな」

 

 いや、それだけじゃない。

 もっと言えば──二人が笑顔になれる歴史があれば、どんなに良かっただろうか。

 

「どっちにしたって、許せねえよ」

 

 だけど、今の俺の怒りは──

 

 

 

「ブランに手を掛けたなら、どんな理由があっても俺は時間Gメンを許せねえ」

 

 

 

 ──誰にも止められやしない。



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GR18話:アナザーロード──荒唐無稽

 ※※※

 

 

 

「……シリウス。さっきの話、どう思う?」

『荒唐無稽なファンタジーです。はっきり言って、信じる価値はありません』

「そうだね。気にすることは無いかも」

 

 何が歴史改変だバカバカしい。

 僕のやる事はあの日から決まっている。

 過るトラウマ。

 鮮やかな赤い血。

 全てが──始まったあの日見た光景は、嘘だなんて言わせない。

 

「でももし、ブランが生きている歴史が存在するなら……見てみたいけどね」

『はい。仰る通りです、ロード様。私達があの日──助けに来るのが、もっと速かったなら』

「君が助けに来てくれたおかげで、僕はたった一人生き残った。君には感謝してもしきれないさ、シリウス」

『有難いお言葉です』

 

 実直で馬鹿真面目なシリウスは僕に全幅の信頼を置いている。だから、彼女には(女性的な声だから勝手に判断しているだけだが)僕の皮肉が分からない。

 こんな苦しみを何年間も背負うなら……生きている方と死んだ方のどっちがマシだっただろうか。

 今まで実家から隔離されて育てられてきた僕だったが、変な実験で一族郎党肉親は皆滅んだらしい。それで僕も魔導司とやらの保護を受けて今まで生きてきた。実家から連れ去られていれば、僕も実験の犠牲になっていたという。今となっては全く実感もわかない。会ったこともないし。

 さて、親が居ないという下らない理由で学校でやっかみものだった僕にとっては、ハーフと言う理由で同じくやっかみものにされていたブランだけが心の支えだった。

 だけど──彼女は死んだ。そして僕だけ生き残った。

 

「彼女が死んでから……こんな世界に価値なんかないって何度も思ったさ」

『ロード様……』

 

 でも、その世界に少なからず価値を持たせてくれたのが……部長だった。

 彼が僕に話しかけなければ、今の僕は無かったかもしれない。

 1年の4月のあの日、図書室で一人だった僕に彼が話しかけなければ──きっと僕は世界に絶望したままだっただろう。

 

「……彼は変な奴だね。変な奴だからこそ……今朝の部長は、何かが違うって分かったんだ」

『ロード様……』

「何なんだろう、目……かな。僕が知っている部長と違って……あの部長は、危うげな目をしていた」

 

 しかも、あの目は僕を憎んでいるようだった。

 もし、彼が違う歴史を歩んだ僕を知っていると言うならば──僕は一体、何をしでかしたっていうんだ?

 

「……馬鹿らしいね。そんなもの、有り得るわけがないのに」

『はい。ロード様が正しい道を踏み外すなど……そんなことはありません』

 

 

 

「──当然のことだ。お前は歴史が生み出したエラー。既に修正された後なのだから」

 

 

 

 背筋に寒気が走る。

 屋上には僕しか居なかったはずだ。

 桑原先輩じゃない。とても不気味で、悍ましい気配がする。

 

「君は一体……?」

『ロード様、気を付けてください! この男、エリアフォースカードを今までにない方法で起動しています!』

「魔導司じゃないってことか」

 

 じゃあ猶更何者なんだ?

 機械に覆われた腕とスーツ。

 まるでこんなの、未来から来たみたいじゃないか。

 

「私はシー・ジー。時の流れを修正する時間Gメンと自らを定義しよう」

「時間Gメン……ハッ、今日は頭のおかしい奴がよく沸くね。そういうのは慣れっこなんだけどさ」

「信じて貰えなくて結構。或瀬ブランの歴史修正の過程で生まれた貴様を歴史上から削除する。これは確定事項だ」

「ブランの……歴史修正?」

 

 こいつもブランの名前を知っている。

 ……さっき部長たちが言っていたことが全て現実味を帯びてきた。

 馬鹿な。時を超えてブランの歴史を弄った? こいつらが?

 

「待て! 答えろ! お前達か! まさか、お前達の所為でブランが死んだっていうのか!」

「……そうだと答えたら、どうするつもりだ?」

『Gメン・執行開始(アレスターモード)──』

 

 次の瞬間、浮かび上がる像。

 巨大な羽根を広げた一つ目の怪物。

 周囲には紫電が迸り、ポリゴン状のドットがぶつぶつと浮かび上がっている。

 それら全てに見覚えがあった。

 

「っ……!!」

「まあいずれにせよ、お前には此処で消えて貰う……この命題の答えは真だ。或瀬ブランのように、歴史から抹殺する」

「──その名前を、汚らわしい口で呼ぶんじゃない」

 

 久々に心が燃え上がりそうだ。

 こんなに不愉快な気分は何時ぶりだろうか。

 

「──潰せ、《アケルナル》ッッッ!!」

『了解、ロード様──!』

 

 実体化したシリウスに星の力が注ぎ込まれ、双極の力が宿る。

 《星門の精霊アケルナル》。それが、長年の戦いで進化した《シリウス》の姿の名だ。

 その星の巨砲を──撃ち放つ。

 

 

 

「──なッ!?」

 

 

 

 

 ──しかし。

 翼の怪物はレーザーをが直撃したにもかかわらずびくともしていない。

 それどころか、極光は周囲に飛び散り、却って被害を拡大させてしまう。

 

「ど、どうなってるんだ──!」

「……虚像に向けてレーザーを撃ち放ったところで、無駄な事。この命題の答えは真だ」

「虚像──?」

「お前など、デュエルをするまでもない」

 

 翼の怪物の目玉からお返しと言わんばかりに何本もの光が伸びた。

 地面を抉り、窓ガラスを叩き割るレーザービームの応酬。

 それを食らったアケルナルの身体は砕け散ってしまう。

 

「申し訳ありません、ロード様……実体化が……!」

「くっそ……こうなったらデュエルで──」

 

 言いかけた途端、熱を帯びた光が僕の前に迫る。

 ああ、死ぬ。

 僕も行くのかな、ブラン。

 ……僕も、君の居る場所へ──

 

 

 

「どっりゃあぁああああああ!!」

 

 

 

 何かが。

 僕の前を横切った。

 目を瞑った時──僕は何かに抱きかかえられていた。

 

「大丈夫か、ロード!」

「……部長?」

 

 見上げる程に巨大なロボット。

 その肩に飛び乗った部長が、僕に向かって手を伸ばしていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「白銀、耀……!」

 

 憎悪に顔を歪ませたシー・ジーが俺を睨んだ。

 おー怖い怖い、大方先程の負けで大分精神的にキているみたいだ。

 

「部長……何なんだい、このクリーチャーは!? こんな、こんなデカブツを持ってたのか!?」

「あれ? もしかして、お前の知ってる俺ってサンダイオー使ってなかったのか?」

「ああくそ……信じたくないのに、信じなきゃいけない要素がどんどん溜まっていく……!」

 

 彼は頭を抱えて言った。

 そりゃそうか。こいつは、ロードとの戦いの中で目覚めた切札。

 ロードと戦っていないこっちの俺は、サンダイオーを覚醒出来ていないのだろう。

 

「部長。こいつは何なんだ? シー・ジーと名乗っているが……」

「時間Gメン……歴史を改変してデュエマを消そうとしてる。こいつがブランを歴史から消そうとしてるんだろうな」

「デュエマを消そうとしている? そんな下らない事のためにブランを殺したのかあいつは……!」

「だけど、歴史を元に戻せばブランは生き延びることが出来る。信じてくれるか?」

「信じるとか信じないじゃないさ。経験上、此処まで来たなら前に進むしかないだろう──ぐっ」

「大丈夫か!?」

「すまない──大分、疲れているようだ」

 

 ロードが頭を押さえている。

 どうやら魔力を大分消耗しているようだ。

 とにかくこの場はシー・ジーを倒すしかない。

 

「何度私の前に立ちはだかれば気が済む、白銀耀──!」

「何度でもだ! お前達が俺の前に立ちふさがる限りな!」

「本当にしつこい奴でありますよ! マスター、戦闘準備を!」

 

 エリアフォースカードを掲げる。

 これ以上、こいつらの歴史に干渉するんじゃねえ!

 

「サンダイオー、行くぞ!」

「了解であります!」

 

 

 

『Wild,DrawⅣ──EMPEROR(エンペラー)!!』

 

 

 

※※※

 

 

 

「──《チュパカル》を《アネモⅢ》に投影(オーライズ)

「《ヤッタレマン》を召喚。ターンエンド」

 

 俺とシー・ジーのデュエル。

 既に快調な動き出しを始めた相手は、《チュパカル》を繰り出してオーラのコストを軽減している。

 だけど、デュエルの展開以上に今の俺の胸の中は滾って仕方が無い。

 

「一つ聞きてえ事がある、時間Gメン」

「……何だ?」

「ブランを殺したのはお前らか」

「……」

 

 シー・ジーは答えない。

 成程、だんまりか。

 

「──お前らかって聞いたんだよ、答えろやボゲェッ!!」

「っ……だ、黙れ! 1コスト軽減、3マナをタップ──」

 

 ザ、ザザ、と砂嵐が鳴る。

 巨大な眼が、空中に浮かび上がった。

 

 

 

「これは虚空より出でし虚像と定義する。命題の答えは──《極幻空 ザハ・エルハ》!!」

 

 

 

 翼が広がり、屋上から広がる空全体を包み込む。

 強大な羽翼のオーラ、《ザハ・エルハ》。その能力の本質は、オーラが出る度にカードを1枚引く補給線ということだ。

 

「だがそれだけじゃない! 《ザハ・エルハ》を投影(オーライズ)するのは、《白皇世の意思 御嶺(みれい)》をバトルゾーンへ!」

「メタリカのGRクリーチャー……!?」

「マスター! こいつからは並々ならぬ力を感じるであります!」

 

 何なんだ、このGRクリーチャーの力は。

 ザハ・エルハが何時にも増して強大なのはこいつを取り込んでいるからか!?

 

「《御嶺(みれい)》はパワー25000のワールドブレイカー。しかも、GRゾーンにカードがある限り場を離れない。無敵のGRクリーチャーだ」

「そ、そんな事ってあるのかよ!?」

「だが、生憎GRゾーンのカードがある限り、《御嶺(みれい)》は攻撃出来ない。タダの木偶の坊だ」

「っ……い、命拾いしたのか……!?」

 

 だけど、逆に考えれば《御嶺(みれい)》がある限り《ザハ・エルハ》を退かす事が出来ない。

 そればかりか、《デジルムカデ》なんかを《御嶺(みれい)》に重ねられたら不死身のタップイン要員が出来上がる。

 ……でもそれだけだ。デッキのコンセプトが見えてこない。

 今回のシー・ジーは、完全にデッキが今までとは違う。何を考えているんだ?

 

 

 

 まあ、どうでもいいか、そんなことは。

 

 

 

「──答えねえなら、今回は火力全開で跡形もなくぶっ飛ばすぞ」

「ッ!!」

「《ヤッタレマン》でコストを軽減、3マナで《ドンドド・ドラ息子》召喚! 効果で《メラビート・ザ・ジョニー》を手札に加える」

「私の所為ではない──過去の人間を殺せば、大なり小なり歴史が歪む……だから止めたのに──!」

「要するに、やったのお前らってのは否定しねえんだな」

「っ……う、うるさいッ! 怒れば、それが何でも通ると思っているのか! 差し詰め、子供の我儘だな白銀耀……我々には、我々の都合というものがあるのに」

「”我々の都合”で仲間を消されたら堪ったもんじゃねえんだよ!」

「黙れと言っているだろうッ!!」

 

 シー・ジーの怒声がその場に響き渡った。

 こちらを睨んだその顔には──何処か、怯えが混じっていた。

 

「お前に何が分かる? 白銀耀。何も知らない癖に──」

 

 ? 何なんだ。

 今日のコイツ……よくよく考えてみたら、何か様子がおかしい。

 機械みたいだった今までとは明らかに何かが違う。

 何かを恐れるかのようにデュエルをしている。

 

「お前を、お前を此処で抹消してやる……じゃないと、あの方が──呪文、《スローリー・チェーン》!!」

「──その呪文は」

 

 《スローリー・チェーン》は、そのターン中相手クリーチャーの攻撃を止める光のS・トリガー呪文だ。

 しかも、発動すればシールドに埋まり、何度でも起動する凶悪なS・トリガー……ただし、その後自分のシールドを1枚墓地に置かねばならないが。

 

「……デュエマ部のお前ならば知っているはずだ。この呪文のデメリットまでな。だが──《ザハ・エルハ》が居る限り、自分のシールドがシールドゾーンから手札以外のゾーンに置かれる時、かわりにシールドゾーンに留まるからな」

「成程な。さしづめ、無限に《スローリー・チェーン》が発動できるってわけか」

「そうだ。お前の我儘等通りはしない。通させはしない。そして、お前の攻撃も二度と通らない。この命題の答えは真だ」

「ほーん──」

 

 成程な。

 つまるところ、文字通りの鉄壁。

 文字通りどんな攻撃も通りはしない。

 しかも《御嶺》に《ザハ・エルハ》が乗っている以上、退かす事も出来ないわけだ。

 

「──チョートッQ。《ザハ・エルハ》の効果は置換効果で間違いないか?」

「見た所、そうみたいでありますな……」

 

 チョートッQがこちらを見て頷く。

 嗚呼、分かってるよ相棒。お前が居る限り、絶対に敗けは有り得ない。

 

「じっくりと防御を固め、その後でお前はたっぷり嬲ってやろう。私のプライドに瑕を付けた事を丸ごと後悔させてやる」

「シー・ジー、良い事教えてやるよ。『見るべき場所を見やしねえから、本当に大事なモンを見落とす』んだぜ」

 

 そうだ。 

 お前ならきっとそう言うんだろ──ブラン。

 

「《ヤッタレマン》で1コスト軽減、《ドンドド・ドラ息子》で手札の火ジョーカーズは全部J・O・E効果を付与してあるから更に2コスト軽減──!」

 

 浮かび上がるMASTERの紋章。

 皇帝(エンペラー)のエリアフォースカードが熱を帯びる──

 

 

 

「これが俺の灼熱の切札(ザ・ヒートワイルド)、燃え上がれ《メラビート・ザ・ジョニー》!」

 

 

 

 灼熱のボードがバトルゾーンへ突き刺さる。

 そこに炎の渦と共に──紅蓮のガンマンが姿を現した。

 

「これが──僕の知らない、部長の切札」

 

 ロードが言葉に漏らす。

 だけど、これだけじゃない。

 俺の弾丸は、更に二発、残っている!

 

「《メラビート・ザ・ジョニー》を出したところで無駄な事だ。この間のようにはいかない」

「この間のようにはいかない? お前、何かちょっと勘違いしてねえか?」

 

 こないだの比じゃねえ。

 最大火力全開でこいつの防御とやらをぶち抜いてやる。

 

 

 

「マスター・W・メラビート──効果でJ・O・Eを持つ火のジョーカーズを2体までバトルゾーンへ! 1体は《無限剣リオンザッシュ》……そしてッ!」

 

 

 

 もう1体。

 空に敷かれる線路から駆け抜ける弾丸の帝王が飛び出し、そこに激震の王と天空の王のパーツが次々に重ねられていく──

 

 

 

「《ダンガンテイオー》、王盟合体(オメガコンビネーション)ッ!!」

「了解でありますッ!」

 

 

 

 ──三位一体。

 強大な切札となってそれは降り立った。

 

 

 

「これが俺の超怒級切札(チョードキューワイルドカード)!! 《王盟合体(オメガッタイ) サンダイオー》!!」



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GR19話:アナザーロード──怒りの一撃

 ビーム砲と刀を携え、究極の合体ロボが顕現する。

 さあ応えてくれ、サンダイオー。

 今こそお前の必殺技をぶつける時だ!

 

「《リオンザッシュ》の効果で《ゴッド・ガヨンダム》をGR召喚! 効果でカードを捨てて、2枚ドロー! これで全ての条件は揃った!」

「条件だと!? 今更一体何を──」

「先ず、《メラビート》の効果でジョーカーズが5体以上いるので相手のクリーチャーを全て破壊!」

「破壊されるのは《アネモⅢ》だけだ! それだけではこの防御は止められない!」

「それだけじゃねえぞ。場にジョーカーズが6体、マナに6枚、合計11枚! G・ゼロ条件達成!」

 

 

 

皇帝(エンペラー)、【MAX必殺】モード──マキシマム』

 

 

 

 ジョニーの愛馬、《シルバー》が巨大な主砲、マキシマム・キヤノンへと姿を変える。

 その大口径は、《サンダイオー》へ向けられ、放たれる。

 

 

 

「Gゼロで呪文、《ジョジョジョ・マキシマム》を唱える! これで、《サンダイオー》のブレイク数は場のジョーカーズだけ増えるぜ!」

 

 

 

 刀身が極太のレーザー光を受け、赤く煌いた。

 そして、全力全壊を以てそれがシー・ジーのシールド目掛けて振り下ろされる。

 《ジョジョジョ・マキシマム》の効果は場のジョーカーズの数だけブレイク数を増加させること。

 

「そ、そんな、馬鹿な──ッ!?」

「加えて、《サンダイオー》は場とマナにジョーカーズが合計10枚以上あれば相手のシールドをブレイクする時、代わりに墓地へ置く」

「っ……まさか」

「一度置き換えたものは置き換える事は出来ない。デュエル・マスターズの大原則だ! 「〇〇する代わりに〇〇する」の効果は連鎖しねえんだよ!」

 

 だから、《ザハ・エルハ》ではこのシールドの焼却は防げない。

 そしてシールドを直接墓地に置くからありとあらゆるS・トリガーを無効化する!

 

 

 

「鎧袖一触……オメガ・マキシマムであります──ッ!!」

 

 

 

 振り下ろされた極太の一閃。

 それがシー・ジーのシールドを纏めて墓地へ焼き落とした。

 呆気に取られて何も言えない彼目掛けて──ガンマンの弾丸が火を噴く。

 

 

 

「──ブランを、返せッッッ!! 《メラビート・ザ・ジョニー》でダイレクトアタック!!」

「くそ──おのれ、白銀耀──ッ!!」

 

 

 

 着弾点から爆炎が巻き起こる。

 そして、空間は崩れ去ったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「がはっごほっあ、う、ぐぅっ──!!」

 

 

 

 辛うじてシー・ジーは立つ。 

 スーツは焼け焦げており、もうふらふらではあったが。

 

「おい。まだ喋れるよな?」

「──は、はぁ、あの方は、私には止められない──だから、私にはどうしようも、ない」

「うるせーんだよ。お前らの所為でブランが大変な事になってんだろうが。簡単には逃がさねえぞ、今回はな」

 

 胸倉を掴むとシー・ジーは憎々しげに俺を睨んでいたが、やがて眼を逸らし、吐き捨てるように言った。

 その視線の先には──ロードが立っている。

 

「ってめ、何余所見してやがる!!」

「ロード・クォーツライト……忘れるな。或瀬ブランの歴史を修正するということは、お前自身が歴史上から消える事は確定事項。よく、考えるんだな──」

「僕が、歴史から消える──」

「おいテメェ! 今は俺がテメェに質問してんだぜ、無視してんじゃねえ!!」

「誰がお前なんぞとまともに話を取り合ってやるものか。それに、歴史が変わればこのロードが消えるのは本当の事だろう? 或瀬ブランを犠牲にして今の歴史を維持するか、そこに居るロードを犠牲にするか、それだけの違いだ」

「この野郎……!」

「都合の悪い事を隠し通せると思うなよ、偽善者。私は最初から、お前に有益な情報をやるつもりなど毛頭も無い。おっと──ロードにとっては、今の情報は有益だったな」

 

 確かに、それは逃れられない事実だ。

 だって、ブランの歴史を修正すると言う事は──この時代で真っ当に生きているロードの歴史が消えるということ。

 いや、消えるだけならどんなに良かっただろう。

 俺の知っているロードは──ブランに一生癒えない傷を残したのだから。

 

 

 

「ロード、憶えておけ。白銀耀は……お前の敵だ。身の危険を感じたなら、さっさと始末するんだな」

 

 

 

 そう言い残し、シー・ジーは俺の手から逃れるようにして姿を消してしまった。

 その場に沈黙が残る。

 ……どうするんだよ。

 こんなのって、ねぇよ。

 両方を、どうにかして助けられないのかよ。

 分からない。分からない。

 俺は一体、どうすれば──

 

「部長が正しい歴史を修正すれば、僕は消える。それは本当なのかい?」

「……本当、だと思う」

「成程。確かにこうしてみれば、()は僕の敵ということになる」

「ロード……」

 

 雲の切れ目に陽光が差す。

 彼の顔は──微笑んでいた。

 

 

 

「──でも、ブランが生きている歴史があるって言うなら、僕は喜んで消えるよ」

 

 

 

 俺は言葉を失った。

 喜んで消える? そんな事を、笑いながら言うなよ。

 俺は何て言えば良いのか──

 

「あの子が笑顔をいられる歴史があるなら……それで良い」

「ロード様!? そんな、ロード様が消えるなんて私は──」

「シリウス。君にとっては僕が大事なように、僕もブランが大事なんだ」

「ですが……それでは、私は何のために戦ってきたのか」

「良いんだ。もう決めたから」

「ロード、お前……お前は、それで良いのかよ」

 

 彼は俺の問に答えはしなかった。

 

「部長。過去に行く方法を教えてくれ。君の言う、()()()()()とやらがホラじゃないならね」

 

 

 

「おじいちゃーん!! タイムダイバーの整備、終わりましたーっ!!」

 

 

 

 アカリの声が響く。

 そして、屋上のコンクリートからせんすいカンちゃんの船体が浮かび上がった。

 呆気に取られた様子でロードが目を見開く。

 

「……アカリ! こっちは何とか勝てたぜ!」

「遅れてすみません! こちらも準備完了です!」

「部長、あれは……」

「タイムダイバー。時間を超える潜水艦だ!」

「……あれが?」

「うん、まあ」

 

 ……流石にこれが最新型タイムマシンとは信じられないだろう。

 ハッチから飛び降りたアカリが、急いで駆けてくる。

 

「大変ですお爺ちゃん、Code(コード)1059(ヘブン)の影響かダッシュポイントが複数発生していて、何処に行けばいいのか分かりません! 時間改変された場所を特定しないと……」

「2010年12月24日、あの日はクリスマスイヴだったからよく覚えている」

 

 ぴしゃり、とロードは言った。

 正確な日時。

 忘れられもしない、この歴史でのブランの命日なのだろう。

 

「アカリ君。そこに時間の歪みとやらは発生しているか?」

「……はいっ! 此処にもダッシュポイントが……」

 

 タブレットで何やら検索しているアカリは目を見開いた。

 

「あっ、この日にロンドンに改変反応発見! 此処で間違いないです!」

「そうか。じゃあ、僕も連れて行ってくれ」

「ロード……協力してくれるのか?」

「最初はちょっと疑わしかったし、今も全部信じられたわけじゃない。だけど……言っただろう? 僕は──ブランの幸せが、僕自身の幸福さ」

 

 彼は拳を突きだして来る。

 

「それに、歴史が違っても部長は部長だった。僕のピンチに迷わず駆けつけてくれただろう?」

「それは──」

「何、初歩的な推理だよ、我がワトソン」

 

 まるでブランみたいに彼は言った。

 ひょっとして、こいつも推理小説好きなのか?

 

「朝、部長は僕にかなり敵対的な態度を取っていたね。そして、この事から向こうの僕と君の仲が破局的なのは凡そ察する事が出来たさ」

「うっ、それは」

「それでも君は、顔も声も憎たらしいはずの僕を助けてくれただろ。僕の知ってる部長も、きっとそうすると思っただけだよ」

 

 この歴史の異常を解決したら、このロードは消えてしまう。

 だけど──それでも、こいつは乗ってくれた。

 

 

 

 

「僕の知らない部長。一緒に忌まわしい過去を変えてほしい。ブランの為に」

「こっちこそだ。よろしく頼むぜ……ロード!」

「それじゃあ、過去に行きましょう! 二人共!」

 

 

 

 ──画して。

 何の因果か、捻じ曲がった歴史の因縁の宿敵は──今、最高のパートナーとして俺に協力してくれることになった。

 タイムダイバーが向かうのは──2010年のロンドンだ!



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GR20話:アナザーロード──それぞれの過去

 ※※※

 

 

 

「クォーツライト家の真実?」

 

 

 

 以前、そんな話をトリスから聞いたことがある。 

 あれは、ロードの事件の後からしばらくしてからのことだった。

 いきなり俺だけがアルカナ研究会に呼び出されたので何事かと思えば、ロードの処遇について俺にだけ知らせるつもりだったらしい。

 ブランを同伴させなかった理由は言うまでもない。彼女に嫌な事をぶり返させるのは俺だって嫌だった。

 

「奴らの正体は、魔導司の真似事をした人間だ」

「それは分かる。ロードは現に魔術とかを使ってたわけじゃないからな」

「そうだ。だけど、真似事には当然元手が居る。奴らが目を付けたのはエリアフォースカードだった」

 

 元より、エリアフォースカードとは人間がクリーチャーに対抗する為に作られた魔力タンクだという。

 彼らはそれを使って魔導司と同等の力を手にしようとしたのだ。

 

「一族郎党は当時欧州で流行っていた魔女狩りに加担する事でエリアフォースカードを集めていたんだ。あたしの家から盗まれたお宝がまさにそれだ」

「トリス・メギスの家がエリアフォースカードを持っていたのか!?」

「ああ。審判のアルカナの力がしこたま込められているんで”裁きの印”なんて親父は呼んでたんだ。今思えばあれが審判のエリアフォースカードだったんだろうな。まさか大魔導司メフィスト様の作ったとんでもない魔法道具だなんて親父も思いはしなかったんだろうが」

「……」

「だが、親父は人間に騙されてそれを奪われた挙句、魔女裁判に掛けられて殺された」

「じゃあ……その人間ってのはまさか」

「顔を見れば判ったよ。クォーツライトの人間……つまりロードの祖先だろうな。あたしの記憶にある顔とロードの顔はそっくりだったぜ」

 

 トリスは怒気の籠った笑みを浮かべてみせる。

 背中に百足が走る。

 その場から離れたくなったが、席から立ったら殺されそうな勢いだった。

 

「奴らは、人口龍であるDGをエリアフォースカードで作ろうとした。そして、その器に自分達の後継者を選んだ」

「それがロードだった、ってわけか」

「ああ。奴は最初、”普通の子供”として育てられた。ある程度純真かつ真っ当に育てらないといけなかったらしい」

「どうして?」

「それが”器”に必要な条件だったからだ。人間を道具としてエリアフォースカードに組み込む為のな」

 

 あまりにもぽんぽんと出て来る非人道的な話に俺は口を噤まざるを得ない。

 クォーツライト家とやらは、狂信者の集まりか何かなのか?

 

「なあ、それで器とやらは普通のエリアフォースカードの使い手とどう違うんだ?」

「エリアフォースカードの使い手とエリアフォースカードの基本は対等な契約だ。しかし、奴らの行った実験は違う。DGの出力を最大限にするために──クリーチャーと主である人間を直接繋ぐ実験を行った」

「直接? どういうことだ?」

「つまり、エリアフォースカードと主が、脳の一部で繋がるんだ」

「っ……はぁ!?」

「だから、エリアフォースカードの力の一部を奴は行使することができる。言うなれば、魔導司に限りなく近い存在となるわけだ。だが、これには当然リスクがある」

 

 勿論だ。

 ただでさえ良く分からない魔法道具であるエリアフォースカードを人間に組み込むのだ。

 リスクが無いわけがなかった。

 

「実際……ロードはぶっ壊れた。精神的に」

「……」

「奴らはDGの完成を急ぎ過ぎたんだろうな。幼いロードをDGに接続した結果……奴ら自身も想定していない結末が待っていた。暴走だ」

「……そう、か」

「結果、ロードは一族郎党を皆殺した挙句、今回の大事件を引き起こした。あいつの頭は既にDGでイカれてる。何年待っても戻らないね。精神系の魔術が得意なあたしが言うんだ、間違いない」

「じゃあ、ロードは……どうなるんだ?」

 

 あいつのやったことは俺達の倫理観や法律に照らし合わせても重罪だ。

 魔導司から見ても、大量虐殺の犯人であることに変わりない。

 大体結末は分かっていたが……。

 

 

 

「──ロードは存在しちゃいけない生き物だ」

 

 

 

 ……当然のことかもしれない。

 それでも……いざ、真正面から告げられると胸が詰まるようだった。

 

 

 

 

「実際、審判のエリアフォースカードと奴は繋がれている。完全にリンクを断ち切るにはロードを殺すしかない」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──2010年12月24日。ロンドン。

 イギリスの首都であるこの街は、日光にめっきり恵まれず曇っていることが多い。

 日は暮れていたが、街は明るいイルミネーションによって彩られていた。

 

「──ロード……今日は楽しかったっ」

「いやあ、たまにはこういうのだって良いんじゃないか?」

 

 何時もはくすりと笑いもしないブランだが、ウィンター・ワンダーランドの催しには目を輝かせていた。

 ああ、彼女を誘って良かった、と当時10歳のロードは安堵する。

 最近彼女は学校で嫌な思いをすることが多かったから、少しでも彼女にとって良い思い出を増やしたかったのだ。

 

「実際に行ったことはなかったの。お母さんとお父さん、忙しいから……」

「ブランが行きたいなら、何回でも連れていってあげるよ」

「ほんと? 嬉しいっ」

 

 ああ、彼女が幸せなら僕も嬉しい。

 いつも泣いてばかりいる彼女が見せる笑顔。これが見たかったんだ。

 そっ、と彼女の手を握る。

 

「ロード?」

「僕が……僕がブランを守るよ」

「なにそれっ。今日のロード、ちょっとカッコいいよ?」

「からかうなよっ! 僕は本気だ!」

 

 ああ、そうだ。決めたんだ。

 僕がずっと傍に居てあげよう。彼女がずっと笑っていられるように。彼女がもう泣く事もないように──

 

 

 

投影(オーライズ)……《デ殺パイダー》!!』

 

 

 

 何か、声がしたような気がした。

 ブランが振り返ったその時。

 手を引っ張っていれば、彼女は──今も僕の傍で笑っていたのだろうか。

 僕と彼女の立っている位置が逆だったなら、彼女は僕にまた笑顔を見せてくれたのだろうか。

 

 

 

「──え?」

 

 

 

 厚手のコートに覆われていた彼女の胸から、噴水のように鮮血が噴き出した。

 

「え、え、え──ブラン!?」

 

 彼女は返事をしない。

 アスファルトの上に赤い水たまりが出来ている。

 触れば僕の手も真っ赤に染まった。

 何が起こったのか分からなかった。

 パニックになるまま僕は彼女を揺り動かす。こんな時どうすれば良いんだ。

 救急車を呼ぶ? 応急処置?

 いや──駄目だ。傷が深すぎる事は、コートを貫いてばっさりと刻まれた一文字の傷が物語っていた。

 

「あ、あ、ブランっ!? ブラン!! 駄目だよ、死んじゃ駄目だ!」

 

 

 薄っすらとだが見える。

 刃を携えた強大な怪物が見えていた。

 そしてそれが今度は僕に殺意を向けている事も分かっていた。

 

 

 

「或瀬ブランとロードは此処で死ぬ。死因は子供を狙った通り魔的殺人。霧の都ロンドンにはピッタリな背景ですわね」

 

 

 

 女の声が聞こえてくる。

 それが誰の者かは分からなかった。

 鮮血に染まるブランを抱え、見えない刃が迫るのを待つしかなかった──

 

 

 

 ──惨めな死を受け入れるのか? 片割れの仇討をせずに?

 

 

 

「──っ!?」

 

 

 

 その時、何が起こったか分からない。気付けば、僕は白い部屋に立っていた。

 何処からともなく声が聞こえてくる。

 

 

 

 ──我は世界の脅威に対する抑止力──汝は、自らの運命を売り渡す覚悟はあるか?

 

 

 

「そんなことより、ブランを! ブランを助けてくれ!」

 

 

 

 ──お前自身の未来を賭す覚悟はあるか?

 

 

 

「ああ、賭ける、ブランが助かるなら──」

 

 

 

 ──その言葉、想い人の為に自らを犠牲にする決意であるな?

 

 

 

『Wild……DrawⅩⅠ……正義(ジャスティス)

 

 

 

 ──ならば我は──汝に天使の福音を与えよう。

 

 

 

「──!」

 

 目をもう一度開ける。

 迫る凶刃、そしてさっきよりもはっきりと見える怪物の像。

 だけど──手にいつの間にか握られていたカードを振るえば、それは跳ね返されてしまった。

 背中を包む暖かい光。

 そこには眩い光を放つ天使が舞い降りていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「それが、あの夜起こった全てだ。シリウスのおかげで、僕は生き延びることが出来た」

「でもブランさんを助ける事は……私には出来ませんでした。もう、息は無かったんです」

 

 タイムダイバーの中でロードが話した過去を聞いて、俺は居た堪れなかった。

 12月24日の夜。ロードと一緒に帰る途中に刃の怪物に襲われたブランは命を落とした。

 明確に命を奪うと言う方法で歴史改変をしてきた時間Gメンには怒りがこみあげてくる。

 そして気にかかるのはロードが手にしたエリアフォースカード。

 俺が知っている限り、あいつが使っていたのは審判(ジャッジメント)のエリアフォースカードだ。

 しかし、彼が持っているのは正義(ジャスティス)。本来ならブランが手にするはずのカードなのに。

 

「恐らく、歴史が改変されたカウンターなのでしょう。ブランさんを補完する為、別の誰かが彼女の役割を負わなければならなかった」

「だから別のエリアフォースカードが宛がわれて、クォーツライト家も早々に滅亡した……」

「君達の歴史ではどうなんだ?」

「それは……」

 

 言えなかった。

 元々、ロードはクォーツライト家の方針で最初は庶民として育て、世界を見る器を築くという名目で別の家に預けられていたのだという。

 俺達の知っているロードはデュエリスト養成学校の爆発事故を隠れ蓑にしてクォーツライト家に再び引き取られた。そして、DGの実験が原因でロードは狂った……と、俺はアルカナ研究会の魔導司から聞いている。

 だけど、そんな事を今真っ当に生きている本人に言えるわけがない。

 この歴史ではエリアフォースカードを手にしたロードとイギリスの魔導司がクォーツライト家を退けたのだという。

 それによって、DGの実験はちゃんとした形になる前に暴発し、悲劇が起こる前にその元凶となった一族郎党はロードを狂気に巻き込む事無く皆死に絶えた……ということだ。

 だから、これがロードの本当の素なのだろう。

 

「そんなことよりロード。こっちのブランの事とか知りたくないか?」

「あ、それすっごい気になる。教えてくれないかなっ」

 

 かなり無理矢理話を変えたが、それでもロードは食いついた。

 

「多分びっくりするぜ? 鹿追帽子被って探偵を気取るアイツの姿なんて想像できるか?」

「言っちゃ悪いが誰か別の人間と勘違いしてないか?」

「その……確かに最初は引っ込み思案だったんだけど、悪い先輩の影響受けちゃって……『事件デス!? この私の出番デスね! 極上のヤマがこの私を呼んでるのデース!』とか言い出して」

「何があったんだ!?」

 

 大体神楽坂先輩の所為なんだけどな。

 あの人がブランに日本の文化と称して変なキャラを植え付けたあの人が全部悪い。

 

「面白い冗談だねぇ……高校生になったブランに、明るく皆を振り回すブランか。一度で良いから……見てみたいものだ」

「……ああ、そうだな」

「そのためにも、絶対にこの歴史は書き換えないといけない」

「ロードさん、本当に良いんですか?」

「何故? 僕に気を使っているなら、そんなものは要らない。ブランを助けたいという思いは、他の誰に強制されたものじゃない。ブランを助ける為なら、僕は喜んで自分の人生を悪魔に売り渡すよ」

 

 確かにそうかもしれない。

 彼の歴史を犠牲にしなければ、ブランは戻って来ない。助けられない。

 だけど──このロードには、元気なブランの姿を見て欲しいと思ってしまうのは果たして俺のエゴなのだろうか?

 いや、きっとそうなのだろう。

 だけど……それでも胸につっかえたものは取れなかった。

 

 

 

「それでは着きますよ──2010年12月24日、ロンドン・ハイドパークに!」



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GR21話:思い出の場所─AD2010

※※※

 

 

 

「お祭りムードって感じだな……」

「この催しはウィンターワンダーランド。毎年この時期になるとハイドパークにも寄店やイルミネーションが溢れかえるのさ」

「詳しいな」

「詳しいも何も此処は僕の故郷……まさか、こんなマシンで本当に帰って来ることになるなんてね」

 

 歴史改変の匂いを嗅ぎつけたタイムダイバーが浮上したのはハイドパーク。

 ロンドンに8つ存在する王立公園の一つだ。

 王立だなんて聞くと、改めて此処がかつては王政によって統治されていたれっきとした王国であることを実感させられる。

 だが、クリスマスの時期だからか厳かな雰囲気と言うよりは賑やかな人だかりが辺りに広がっている。

 俺達はというと、ハイドパークの寄店で食べ物を調達しつつベンチで人の入り乱れる様を眺めていた。

 

「これ旨いな! ソーセージ滅茶苦茶デカいし」

「この時期のハイドパークはドイツグルメが人気なんだ。腹が減っては戦が出来ぬというし、たっぷり味わうといい」

「全部私の奢りですけどねー……」

 

 アカリは色んな国の通貨を持っている。

 活動中の資金にしているのだという。

 ──というか、お金無くしてタイムマシンを使った作戦なんて出来ませんよ! 

 とは彼女の科白である。どうやって調達したのだろうか。

 

「しかしアカリ君、大丈夫なのか? 僕達は違う時代から来ている訳で、此処で買い物をするのは不味いのだと思うんだが」

「この程度なら大丈夫です。私達がこの時代を離れれば、修正されるはずですよ。だから、余程の事をしない限りは歴史に悪影響は無いわけで」

「余程の事の境界線が曖昧だな」

「例えば──クリーチャーの力を人の目に付く範囲で行使する、とかでしょうか」

「それは確かにまずいな……でもこのホットドッグは本当にうめぇな! なあアカリ、もう一個買ってくれねえ?」

「孫にホットドッグをねだるお爺ちゃんがいますか! でも美味しいですねコレ!」

「君もドカ食いしてるじゃないか」

「普段が不味いご飯ばっかりなので! お爺ちゃん、もっといろいろ買いましょう!」

「おうよ!」

 

 なんせ考えてみれば、直近の食事がロストシティの宿屋でのマズイ飯だったから仕方が無い。

 タイムマシンの中では疲労のあまり寝るか飲み物しか飲んでいなかったし……そもそも軽食しか置いていない。

 今だって食べているのはジャンクフードみたいなもんだし。旨いけど。

 

「なあ、ところで気になってたんだけど……アカリ君って、部長をしきりにお爺ちゃんお爺ちゃんって言うけど……部長、そんなに老けてる?」

「あれ? 言ってませんでしたっけ?」

「確かお前、説明面倒臭いから伏せておけって」

「あ……えーと、白銀耀は私の祖父なんです」

「えっ」

 

 ロードは驚愕の表情を浮かべた。

 まあそりゃそうだろうな。

 

「ってことは君は、部長の孫だったのか!? 本当に!? 全然似てないじゃないか、信じられない。アレの子孫がコレなのか……」

「おい今若干馬鹿にするニュアンス入ったぞ」

「なあ、部長は誰と結婚したんだ!? すっごく気になるんだけど」

「あっ、それ俺も気になってた! アカリ、お前が居るってことは俺結婚してるって事だよな!?」

 

 

 

「お爺ちゃんは誰とも結婚してませんよ?」

 

 

 

 え?

 

「私とお爺ちゃんは血が繋がってないんです。私は”拾い子”だったので」

「……すまない、辛い事を思い出させたかもしれない」

「気にしてませんよ。私にとってはお爺ちゃんが親みたいなものですから。私、お爺ちゃんに拾われて良かったって思ってます」

「……でもお前、俺に初めて会った時に自分の事を孫って言ってなかった?」

「歳が離れすぎてるからでしょうか。お爺ちゃんは私の事を娘と呼ぶより孫娘と呼んだ方がしっくり来るみたいだったから」

 

 そうか。アカリは、養子だったのか。

 もしワイルドカードによって世界が滅んでなければ、彼女も真っ当に温かい家庭で育つ事が出来たのだろうか。

 ……俺もそういう家庭って言われてピンとこないんだけどな。

 

「でも、そんな事より腹ごしらえですお爺ちゃん、ロードさんっ。まだ沢山寄店ありますよ!」

「その通りであります! 武士は食わねど高楊枝であります!」

「その諺は違うと思います」

「とにかく、問題の時刻まではまだ時間があるんだろ?」

「ああ。あの日の事件は……丁度、夜だったからね」

 

 ぎりっ、と彼は唇を噛み締める。

 辛い事件を思い出しているのだろう。

 

「大丈夫ですっ。歴史がまだ変わってないなら、きっとロードさんとブランさんは見つかりますよっ」

「それなら良いんだけど。やっぱり不安だ。歴史なんて、簡単に変えられるんだろうか」

「変えてやる。いや、絶対に取り戻してやる」

「……そうだね。今不安な事を数えていても詮無き事か」

「……ああ。ブランが元気な歴史は、俺が一番知ってるからな」

 

 そういう俺は3つ目のホットドッグに齧りついていた。

 

「でも、問題はシリウス……僕の相棒かもしれないね」

 

 あのエンジェル・コマンドの辛そうな科白を思い出した。

 ロードがこの時代にシリウスと出会ったなら、大分長い付き合いになる。

 

「君達に協力するのは、僕だけで決めてしまったようなものだからね。僕が消えればシリウスも消える」

「あっ……」

「それを彼女とちゃんと相談しなかったのは、心残りだからね」

 

 彼は何処か切なそうに笑みを浮かべた。

 

「正直、良い感情ばかり抱いていたわけじゃないよ。僕はこの通り捻くれてるからさ、彼女に鬱屈したものをぶつけた事だってある」

 

 

 

 

「でもさ。それでも……大事な相棒なんだ。何年も一緒に戦っていればね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「見つからないでありますな……」

「この時代のロード様とブラン様のお姿が見つかれば、話は簡単ですが……流石王立公園というべきでしょうか。あまりにも広大です」

 

 空をふよふよと飛ぶチョートッQとシリウス。

 地上の様子を観察しながら、問題の二人を探していた。

 

「でも、本当に良いのでしょうか、ロード様は……もし、この歴史を修正すればロード様は消える事になってしまいます」

「そ、それは……確かにそうでありますが」

「チョートッQ様。貴方たちは自分の歴史を正しいものと思っているようですが、私はそうとは思いません」

「……」

 

 チョートッQは何も答えられなかった。

 

「例えこの歴史が偽りと言われても──ロード様と戦ってきた6年間は、私にとっては間違いなく本物です。いいえ、どうして偽物と言えましょう。貴方達の歴史が元に戻ったその時、私たちの軌跡は、間違いなく無かったことになってしまう」

 

 正しい歴史と、そうでない歴史。

 もし、耀と戦ってきた歴史が後者だと断じられればチョートッQは耐えられるだろうか。

 いや、耐えられるわけがない。今がまさにその状態ではないか。

 

「それでも私は……ロード様の意思に従うしかありません。私は守護獣ですから」

「シリウス殿……」

「守護獣であるならば、先ず主の意思に従うべきだからです。でも、もしロード様が貴方達の歴史を良しとしなかったなら」

 

 無念さを押し込めた声で天使が言った。

 

「──私は貴方達を容赦なく滅ぼしていたでしょう」

「っ……」

「……分かりますか? 正しい歴史なんて、貴方達や時間Gメンとやらの匙加減じゃないですか。ロード様が貴方達に従う義理等無い」

「……でも、そうはならなかったであります」

「ええ、そうです。そうはならなかった。そんなロード様だからこそ、私は付き従ったのですから」

「それだけじゃないはずであります。自分が消えたくないなら守護獣は主を何時だって見限ることが出来るであります。シリウス殿は、恨み節を叩きながらも敵対しない。どうして……我々に協力してくれるのでありますか?」

「……私は──」

 

 シリウスが何か言おうとした時。

 彼女は先に何かを感知したのか頭を上げた。

 

「──チョートッQ様! あれを見てください!」

「ん? ──いっ、あれって」

 

 チョートッQは目を見開く。

 眼前には黒い雲が広がっていた──

 

 

 

「──あらあら、オジャマムシ発見、ですわね」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ウィンター・ワンダーランド最大の名物。

 それは即席とは思えない程に本格的なこの時期限定の移動遊園地だという。

 観覧車にジェットコースター、サーカスにアイスショー。

 これらすべてが期間限定で突如ハイドパークに現れると言うのだから驚きだ。

 

「はぁー、マジかよロンドン……規格外だぜ」

「この日の昼間はずっと遊園地で二人で遊んでいたはずだ。僕達は何処かに居るはずなんだが」

「チョートッQ達も空から探してるわけだし、好い加減見つかっても良いと思うんだけどよ」

「もしかしたらサーカスの中に居たとかじゃないですか?」

「ああ……建物の中に居たんじゃ分からないな」

 

 ならば、今度は屋内を探すべきだろう。

 しかし困ったことにサーカスは予約が必要らしい。

 ひょっとしてサーカスが終わるまで入り口前に貼りついていなきゃいけない?

 

「いや、屋内こそ守護獣に捜索を任すべきだろう」

「そ、そうだな。人からは見えねえし……じゃあ、あいつら呼び戻すか」

 

 俺が《チョートッQ》のカードを掲げたその時だった。

 

「? 雨でも降るのか?」

 

 視界にちらり、と黒い雲が映った。

 もくもく、と入道雲が地平線の彼方から湧き出てくる。

 しかし雨雲にしては妙にどす黒い。

 

 

 

「スモッグ──!?」

 

 

 

 ロードが目の色を変えて叫んだ。

 人々もそれを指差して口々に何か言っている。それに恐れをなしているようだ。

 

「スモッグって、工場の排気ガスが原因で起こるアレか!?」

「特に有名なのはロンドンスモッグ、1952年に発生した大公害だ!」

 

 曰く。

 ロンドンが霧の街と呼ばれるのは、決して白い霧や日光に恵まれないことが原因ではない。

 文字通り、1万人以上の人々の命を奪った黒い霧によるものだという。

 だけど、今のロンドンの環境でそんな公害が起きるのはほぼ有り得ない。

 

「スモッグならまだよかったかもしれません」

 

 険しい顔でアカリが言った。

 黒い霧はすさまじい速度で空を隠してしまう。

 そして──次々に何かが落ちてきた。

 ケタケタと笑う小瓶にキャンドルといった小道具。

 こいつらには見覚えがありすぎる。

 

「魔導具──ドルスザクか!?」

「ドルスザク……闇の怪物じゃないか。となるとワイルドカードか?」

「いいえ、ワイルドカードは基本的にカードとして存在しないクリーチャーは実体化し得ません。あの魔導具たちはオレガ・オーラ、そしてそれを統べているのもまたオレガ・オーラのドルスザクです」

「そしてオーラを使ってるのは、当然時間Gメンってわけか!」

 

 魔導具だけじゃない。

 マフィ・ギャングの姿を模したオーラ達がじりじりとサーカスの建物を取り囲むようにしてにじり寄ってくる。

 人々にもそれが見えているのか、ぎょっと目の色を変えて逃げ惑っている。

 そればかりか、雪崩れるようにして人々がサーカスの出口から飛び出してきた。

 見ると──それを追い回すようにして魔導具のオーラ達が浮かんでいる。

 更に遊園地の遊具は皆ピタリ、と止まってしまった。

 辺りから電気が迸っており全てオーラへ吸い取られているようだ。

 

「あいつら何を考えてるんですか! 時間停止無しにオーラを実体化させるなんて──!」

「オーラって普通の人にも視認できるのか!?」

「は、はい、だから未来では普通に対人兵器として使われるんです。でも、過去でオーラ兵器を使用するなんて、あまりにも杜撰すぎます……歴史に歪みが起こってしまいます!」

「どちらにせよ、こいつらを片付けないといけないということは分かったよ」

 

 パチン、とロードが指を鳴らす。

 

正義(ジャスティス)起動──《シリウス》、来い!」

 

 しかし──来ない。

 呼び戻したらすぐにやってくるはずの守護獣が、なかなか帰ってこないのだ。

 嫌な予感がした。俺も皇帝(エンペラー)のカードを掲げるが、チョートッQが傍に戻ってくることはない。

 

「な、何で戻ってこないんだシリウス──まさか、彼女たちも遭遇したのか!?」

「そうなると不味いかもしれません。二人とも、この時代のロードさんとブランさんを探してください!」

 

 彼女がエリアフォースカードを掲げる。 

 すると──背後にジョルネードが現れて三つ又の槍を振り回す。

 光線が辺りに散らばるオーラ達を撃ち抜いていった。

 守護獣の姿は普通の人には視認できない。

 逃げ惑う人々には、怪物たちが突然砕け散ったようにしか見えないだろう。

 

「っまだ、何かいます……!?」

 

 しかし、アカリの顔は晴れない。

 魔導具達を従えるようにして一際巨大な影が渦巻いていた。

 亀の如き容貌のクリーチャー。鋭い棘に包まれた装甲を携えた闇文明の怪物・ドルスザクだ。

 

「あの大物は流石にデュエルじゃないと片付きませんね……!」

「何なら俺が食い止めるっきゃねえな!」

「馬鹿言わないでください! 肝心の守護獣が居ないじゃないですか!」

「あっ……それもそうか」

「此処は私に任せてください!」

 

 デバイスにセットされたエリアフォースカードが煌く。

 そして、一際大きなドルスザクのオーラ目掛けて彼女は空間を展開した。

 

 

 

「カンちゃん、お願いしますっ!」

「はいよっ、マスター! アゲアゲで、やっつけちゃうぞーっ!」

『レジスタンス・反逆開始(アゲインストモード)──(スター)、エンゲージ!』



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GR22話:思い出の場所──二者択一

※※※

 

 

 

「なあロード! 俺達今守護獣も何もいねぇけど大丈夫なのかな!?」

「さあ知らないね! とにかく、エリアフォースカードに従うしかないだろう!」

 

 クリーチャーが棟梁跋扈する遊園地を走る、走る、走る。

 人々が逃げていく方向を逆行していく。

 頼れるのは、クリーチャーの存在を感知できるエリアフォースカードだけだ。

 

「っ……僕ならどうする? あの頃の僕なら、怪物たちから逃れるのに何処へ逃げる……?」

「はぁ!? 知ったこっちゃねえよ!」

「分かってるよ! だけど、推理するしかないじゃないか! このクリーチャーの群れは昔の僕にも見えているんだ。そうなれば、もう当時の僕は今の僕の記憶には無い行動をとっているはずだ!」

「だけど、それこそ雲をつかむような話だぞ!?」

「でも、やるしかないんだよ!」

 

 唇をかみしめて、ロードは言った。

 

「これはブランを助けられる、千載一隅の機会だ。あの時助けられなかったブランをもう一度助けられるチャンスなんだ」

「ロード……」

「あの日以来、僕はずっと彼女の事を悔やんで生きてきた。忘れたことは無い。彼女の事を忘れた方が楽だと思ったこともあったさ。でも、忘れるのはもっと嫌だった。君だって、そうだろう?」

 

 そうだ。

 弱音を吐いてる場合じゃない。

 例え、皆が俺やデュエマ部の事を忘れたとしても俺だけが覚えているんだ。

 あいつらを助けられるのは、俺じゃないか。

 だけど──

 

「っ危ない!!」

 

 紫色の光線が視界を覆った。

 すぐさま俺は地面に叩き伏せられる。

 ロードが頭を抑えつけたのだ。

 

「っサンキュー、ロード……!」

「足を止めるなよ、追いつかれたらお終いだ」

 

 違う。何もかもが違う。

 ああ、クォーツライト家に染まらなかったロードは、こんなにも違ったのか。

 もしクリスマスのあの日、ブランがロンドンで再会したロードが彼だったなら──どんなに良かっただろうか。

 

「なあ部長。どうしてそんな不安そうな顔をしているんだ」

「……まさか! 俺がどうして不安だって言うんだ」

「じゃあ、どうしてそんなに……悲しそうな顔をしているんだ」

「──っ」

 

 見抜かれている。

 伊達に一緒に部活はしていないってことか。

 こっちのロードも──

 

「そういう時の君は、大抵何か酷い悩み方をしているだろう? それは誰にも言えない事だ」

「……誰にも言えない、か。いいや、お前だからこそ言えないんだ」

「僕としては言って欲しいけどね。どうせ僕は消えるんだろ? それなら後腐れなんて無い方が良い」

 

 その顔は笑っていた。

 まるで他人事のようだ。

 

「消えるとか自分で言うなよッ!!」

 

 思わず声を荒げた。

 

「……俺は、後戻りはするつもりはねえよ。ブランを助ける──これは絶対だ。だけど、だけどなぁ……諦められねえんだよ。俺は出来るなら、お前だって助けてえのに!」

「部長……」

「簡単に自分の命を売り渡すとか言うんじゃねえ! 簡単に消えるとか言うんじゃねえ! こんなんじゃ、お前一人がバカを見ているみたいじゃないか!」

 

 ああ、くそっ。

 我ながら何て自分勝手なのだろう。

 時間Gメンが歴史を弄る事に憤っていながら、俺は──何時の間にか、このロードがブランの隣にいる在りもしない、そしてあったかもしれない歴史を望んでいた。

 

「部長。やっぱり君は……他人の痛みに寄り添う事が出来る人間なんだね」

「くぅっ……」

「部長。一つ聞いておきたい──君達と一緒に居るブランは、笑顔だったかい?」

 

 そうだ。

 ブランは、何時だって部のムードメーカーだった。

 俺は黙って頷くしかなかった。

 

「そうか。それなら──僕と一緒に居る時のブランは笑顔だった?」

「それはっ……」

「もっと言うなら、君の知っている僕は、どんな奴だったんだ?」

 

 言えない。

 言える訳がない。

 だって、俺の知っているアイツは──ワンダータートルを殺してブランを生贄にサッヴァークを降臨させた。文字通りの最悪の敵だった。

 

「……良いんだよ、部長。それで良い。それが部長の知っている歴史だっていうなら、僕は喜んでブランを君に返すよ」

「そんな事、本気で思ってるのか……?」

「部長。さっき君は僕に言ったね。僕一人が馬鹿を見る……ってね。でもね、ブランが生きている未来を此処で諦めたら、僕は自分に嘘を吐くことになる」

「うぁ、うう……ああ」

 

 全身の力が抜ける。

 俺は今、人の命を握っている。

 絶対に手放さなければならない命綱を握っている。

 俺は今、人殺しをしようとしている。

 

「……諦め、られるかよ。どっちも、本当に助けられないのかって。じゃなきゃ俺は、俺じゃいられなくなっちまう!! どっちかを諦めるだなんて、そんなのは俺じゃねえ!!」

 

 出来ない事は分かっていた。

 それは間違いなく、当初の目的である「俺の知っている歴史を取り戻す」ことと矛盾していたからだ。

 俺は、ロードを切り捨てなければならないのだ。

 

「部長。さっき君は僕に言ったね。僕一人が馬鹿を見る……ってね。でもね、ブランの居る未来が存在し得る……でも、そこにきっと僕は居ないんだろう?」

「っ……だから何だってんだ!」

「本音を言うと悔しい……だけど、僕はブランが生きている未来を取るよ。もし、それが出来ないなら、それこそ僕はこの7年間に嘘を吐く事になる」

 

 それはきっと、ずっとブランの死を背負ってきたロードが言える言葉だった。

 

「歴史なんて物は綺麗じゃないんだ。何処かの穴を埋めれば、きっと何処かに穴が出来る。そういうものなんだろうね」

「……」

「僕は今まで、もう戻りもしないブランの分まで生きていた。空っぽだった。クリーチャーを狩り続ける事だけが生き甲斐だった」

「……」

「でもね、部長がそれを変えてくれた。僕に新しい居場所をくれた。色々あったけどね、君達と居る時だけ復讐心を忘れられたんだ」

 

 それは俺の知らない仮初の歴史だ。

 それでも、俺の知らない俺がロードの中で確かに生きていた。

 俺にとっては偽物でも、彼の中では本物だった。

 いや、どうして偽物等と切って捨てられようか。

 記憶は人の生き様を証明する絶対的な記録物だというのに。

 

「っ!」

 

 その時。

 皇帝のカードが熱を帯びた。

 何か恐ろしいものを指し示すかのように、カードが飛び出して浮き上がる。

 

「こ、これって……!」

「なあ、部長。嫌な予感がする。オーラとやらが近づいているのかもしれない」

「マジかよ……速く過去のブランを探さねえと!」

「なあ部長。一つ憶測を語っていいか?」

「ああ? 何だよこんな時に」

「逃げてきた人や外に居た人の中に過去の僕達の姿は無かった」

「……ああ」

「だが、この騒ぎでは普通は逃げるのが自然だ。遊園地内を僕らが逃げ惑っているなら此処までの何処かで出会っていてもおかしくはない。しかし、屋内施設から僕らは出てこなかったし、屋外にもいない」

「……まさか、逃げられなかった、とか?」

「部長、勘が鋭い。現に遊具は停電状態。あのオーラたちが電気回路をダメにしたんだろうね」

 

 つまり彼らは遊具に乗ったまま逃げられていない?

 

「考えられる場所は2つ。一つはジェットコースターだ。だけどジェットコースターは低い場所で止まっている。乗客は既に皆避難していた」

「……じゃあもう一つは?」

「あそこだよ」

 

 俺は目を見開いた。

 観覧車のゴンドラ。

 それは人が乗ったまま、空中に宙吊りになって停止していた──!

 

「守護獣も居ないのに、空の上とかどうするんだよ!」

「それは……どうにかするしかないだろ! 君はブランを助けたいんじゃないのか!?」

 

 ロードが俺の手を掴む。

 その目は真っ直ぐに俺を見据えていた。

 

「俺は──」

 

 

 

 

「オーホッホッホッホ!!」

 

 

 

 突如。

 甲高い笑い声が虚空から響く。

 そして──激突音と共に何かが地面に衝突した。

 

「っ……チョートッQ!?」

「シリウス!?」

 

 クレーターの中央には、ボロボロの守護獣。

 そして、視線の先には──漆黒のドルスザクが翼を広げて咆哮していた。

 怪物を従えるのは女。

 ロシア帽に白いコートを見に纏った銀髪の女だ。

 

「ようやく見つけましたわよ、特異点。予定よりも早かったですわね」

「お前は……なんなんだ?」

 

 時間Gメンか?

 それにしてもシー・ジーと容貌があまりにも違っていて困惑する。

 だが、従えているのは《ガ・リュザーク》に酷似したオーラ。

 間違いなく、敵だ。

 

「マスター……気を付けるであります……! そのオーラ、我々二人でも太刀打ちできなかったであります……!」

「おいチョートッQ、デュエルだ。あいつをデュエルで倒さねえと……!」

「申し訳ないでありますが、そんな余力、今は残ってないでありますよ!」

「なっ!?」

「私達、空中であのオーラと遭遇して……成す術も無く敗北しました。申し訳ありません、ロード様……!」

「素通りさせていればとんでもないことになっていたはずだ。ありがとう、シリウス」

 

 だけど──守護獣が消耗してしまっている。

 このままじゃ、強力なオーラ相手にデュエルを挑むことすら出来ない。

 

「貴方達に万に一つ勝ち目はありませんことよ? この時代の或瀬ブラン諸共、塵となって消えなさいな!」

「っ……やはりお前がブランを……何者なんだ!」

 

 女は自信たっぷりに笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

「ワタクシこそがトキワギ機関に出資する大企業、ペトロパブロフスキー重工の社長の一人娘。マッルィィィナ・ペトロパブロフスキーですわ!」

 

 

 

 大企業……?

 ディストピアみたいな国だと思っていたが、やはり独裁政治の裏に金ありということなのだろうか。

 いずれにせよ、かなりの権力者である匂いがしてきた。

 

「そんな大企業の一人娘が、随分と姑息な真似をしてくれるじゃねえか!」

「時間Gメンが手緩いのが悪いのですわよ? このワタクシ自らが指揮を執り、残りのエリアフォースカードを消失させる。そのためには、まず使い手から断つまでですわ」

「やっぱりお前がブランを……!」

「”まだ”殺してないですわ。あの観覧車の中に、或瀬ブランは居ますもの。手に掛けようと思えば、今からでもワタクシのオーラ兵器0000号で一掻きすれば良いだけですわ」

 

 だが、彼女はそれをしていない。

 苦々しい顔を浮かべてみせる。

 

「まあでも只殺すだけでは手緩かったようですわね。歴史のエラーが発生していますもの」

「ああそうだ。僕は──ブランを取り戻すために此処に来たんだからな!」

 

 傷ついたシリウスに寄り添いながら、ロードが毅然と言って見せる。

 そうだ。

 そのために、俺たちはここに来たんだ。

 

 

 

「オーッホッホッホッホッホ! それはそれは、お笑いですわね!」

 

 

 

 だが、それをマリーナは一笑に付してみせる。

 冷酷な眼差しがロードを捉えた。

 

 

 

「或瀬ブランが生存する歴史──そこでは貴方、自分がどうなっているのかご存じなくて?」

 

 

 

 ロードの瞳が動揺で震える。

 

「貴方はクォーツライト家の器として、順当に育つ」

「おいやめろッ!!」

「人が話している時に邪魔をするなんて、これだからゴミムシは──」

 

 足が動いていた。

 しかし。

 一度ドルスザクのオーラが羽搏けば、俺の身体は容易く浮き上がり、吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐぁあ!?」

「部長ッ!!」

 

 身体がアスファルトに叩きつけられた。

 ロードが駆けよってくる。

 だが、意にも介さずマリーナはじりじりと詰め寄り、ロードに言い放った。

 

「あらあら、涙ぐましい友情ですのね。でも、貴方達は敵同士。あろうことか大切な幼馴染をDGに食わせて世界を滅ぼしかけたのだから!」

「っ……」

「でもその野望は白銀耀に阻止され、魔導司をDG完成の過程で虐殺し続けた貴方は大罪人として処刑された。これが正史ですわ」

 

 ぎりっ、とロードが歯を食いしばった。

 目は完全に伏せられている。

 

「部長。今の話は、本当なのか──?」

「本当なわけがないでしょう!? ロード様が、そんなことをするわけが──」

「そ、それは──」

「否定しなさい、白銀耀! 何故、否定しないのです!?」

 

 シリウスが厳しく問い詰めても、俺は首を横に振れなかった。

 俺はもう、なんと答えれば良いのか分からなかった。

 チョートッQも悲痛そうな顔をしている。

 

「ロード・クォーツライト。あまりその男を信用しない方が良いですわよ。その男は都合のいいこと以外は口に出来ない大ウソつきの偽善者ですもの!」

 

 そうだ。

 言えなかった。

 ついぞ俺の口からは言えるわけがなかったのだ。

 ウソつきと糾弾されても、俺は何も言い返すことが出来ない。

 

 

 

「まあ──庶民のアレコレなんてワタクシには全く関係ないのですけども! ゴミは纏めてお掃除ですわ!」

 

 

 

 

 直後。

 ドルスザクのオーラの胸に大穴が開く。

 とてつもない吸引力で──周囲諸共俺たちを吸い込もうとしている。

 

「っ何だコレェ!?」

「これって、ブラックホールでありますかァ!?」

「……」

 

 引っ張られる。

 じりじりと。

 何かに掴まっていなければ、まとめて穴に吸い込まれてしまいそうだ。

 せめて、守護獣の力が弱っていなければ、デュエルに持ち込めるのに!

 肝心のロードは力なく頭をもたげており、シリウスもチョートッQも弱っている。 

 身体はゆっくりと周囲諸共に引きずり込まれている。空間も歪められているのか、空も背景もぐにゃぐにゃだ。

 

「もう、逃げられませんわよ! まとめて無に帰してさしあげますわ!」

 

 最早、ありとあらゆる宇宙の摂理を捻じ曲げるブラックホールそのものだ。

 

「皆纏めて消せばエラーも発生しないですわね、オーッホッホッホッホ!」

「っ……!」

 

 どうすればいい。

 どうすれば良いんだ。

 俺は結局、何もできてないじゃないか!

 

「マスター! もう持たないでありますよ! 空間諸共、あいつに喰われるであります!」

「く、くそっ、魔力はまだ回復しねえのか!?」

 

 引きずり込まれていく身体。

 飛んで来る瓦礫。

 万事休すと思われたその時だった。

 

 

 

「──助けるさ。それでも」



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GR23話:思い出の場所──思い出にさよなら

 思わず目を見開いた。

 俺の前に──ロードが立っていた。

 

「ロード!?」

「部長。僕に気を使って本当のことを言わないでくれてたんだろ? でも──言ったよね。覚悟はとっくに出来てたんだ」

「……俺は、サイテーの部長だ。覚悟が出来ずに、何もしなかった。だから結局お前を傷つけただけだった」

「なら今からでも出来る事があるよ」

「一体何が──」

「──今此処にいる僕を信じてほしい」

「え?」

「君の知っている”ロード・クォーツライト”と、今此処にいる”僕”は違うって、信じて欲しい」

 

 彼はエリアフォースカードを握り締めた。

 

「クォーツライト家の人間は、僕に直接エリアフォースカードを繋ぐ事でDGと接続しようとした」

「っ……だ、だけど、その前に……この時代のクォーツライト家は滅んだんだろ!?」

「前提として普通の人間にはそもそもできない施術だったらしい。つまり、僕には元々それが可能な細工が生まれつき施されている」

「待て! 待てよ、何するつもりなんだよ!?」

「シリウス。出来るよね?」

「……」

 

 一層、吸い込む力が強くなっていく。

 観覧車のゴンドラが引っ張られ、植木が次々に引きはがされて飛んで来る。

 掴まれる場所にしがみついているのが精いっぱいだ。

 だけど、ロードのやろうとしていることはリスクが大きすぎる。

 

「これは自己犠牲なんかじゃない。僕が……運命に決着をつけるためにやるんだ」

「ふざけるな! お前のやろうとしていることは知ってる! 自殺するようなもんなんだぞ!? 俺は、お前の知ってる俺じゃないかもしれない、だけど──部長として、部員に死ねだなんて──」

 

 その時だった。

 観覧車のゴンドラが引っ張られ──時空の歪みと共に吹き飛んでくる。

 俺の身体も浮き上がり──、飛び上がってしまった。

 

「しまっ──っ!!」

「マスタァァァーッ!!」

 

 俺の身体は大穴の奥へと吸い込まれていく。

 そして、吹き飛んだゴンドラから──見覚えのある少女と少年の碧い瞳が、こちらを不安そうに見つめているのが見えた──!

 

 

 

正義(ジャスティス)、OVER──』

 

 

 

 もう駄目だと思ったその時。

 エリアフォースカードが眩く輝き──ロードの胸に挿しこまれた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 部長。僕は自分のやる事に何一つ後悔はしちゃいないんだ。

 誰かに強要されたり押し付けられた役割なんかじゃない。

 これは僕自身が決めた道だからね。

 

 でも──やっぱり、心残りがあるかな。

 

 もう少しだけ、”君”と一緒に冒険がしたかったんだ。

 

 君の隣は……復讐と宿命に囚われていた僕が、唯一寄り道出来た場所だからさ。

 

 

 

「私も一緒ですよ、ロード様。悔やんでいたのは……私も同じです」

 

 

 

 ……ああ、シリウス。

 一緒にいこう。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 何が起こったのか分からない。

 その一瞬で、辺りは光に包みこまれ、俺を吸い込もうとしていた力はいきなり止まってしまう。

 地面に叩きつけられた俺は──背後に聳え立つ何かを見て言葉を失った。

 

「……?」

 

 ──龍の咢の如き下半身、阿修羅の如き六本腕を携えた胴。

 金剛に輝く羅刹神の姿がそこにはあった。

 そして、並び立つようにして──大いなる天の翼を携えた神が寄り添っていた。

 

「ロード……? シリウス……?」

「あの輝きは……ゼニスでありますか……!?」

 

 ゴンドラも地面へ落ちていく。重力の法則も乱れているからか、宙に浮かんでいたものはゆっくりと落ちていく。

 だが、安寧を許さない怪鳥が再び大穴を開いた。 

 再び吸引力が俺達を捉えようとするが──

 

 

 

 ブランを、頼むよ

 

 

 

 そんな声が聞こえた気がした次の瞬間だった。

 全身を光に包んだ二体が全てを無に帰すドルスザク目掛けて飛んで行き──歪み捻じ曲がった空間諸共、撃ち砕く。

 怪鳥の絶叫が響き渡った。

 刺し違えるつもりなのか──崩れる空間に天使と悪魔は飲み込まれていく。

 俺達に成す術は何も無かった。

 収縮して消えていく大穴へ飲み込まれる二体へ手を伸ばすしかなかった。

 

 

 

「ロードォォォーッ!!」

 

 

 

 その叫びは虚しくも届かない。

 眩い極光は、ドルスザクの中へと消えた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「オ、オーッホッホッホッホ!」

 

 

 

 空間が崩れ去り、辺りには根こそぎ抉れた植木や飛び散った瓦礫が広がっていた。

 その中央でマリーナ・ペトロパブロフスキーは高笑いする。

 

「何があったのかよく分からないけどラッキーですわ! 自爆特攻してまでこちらを止めてくるなんて、おハーブ生えましてよ! 何であれ、歴史のエラーは犬死ですわね! オーッホッホッホッホ!」

 

 

 

「──おい」

 

 

 

 彼女は高笑いを止めた。

 視線の先に──

 

 

 

「今、誰が犬死っつった?」

 

 

 

 ──俺が、立っていたからだろう。

 

「何ですの? 弔い合戦のつもりでして?」

「ロードが自分で選んだ道にとやかく言うつもりはねえ」

 

 時間は出来た。

 ロードの決死の特攻で、あのドルスザクのオーラは停止した。

 その上、魔力も既に回復している。

 今ならマリーナを叩く事が出来る。

 

「なら一体、貴方は何に怒ってるのですの? 庶民はキレやすいから困りますわね」

「──あいつの生き様を笑ったこと。ブランの命を弄んで歴史を変えたこと。そして何より──こんな結果に甘んじるしかねえ俺自身に、だ!!」

 

 許せねえ。

 やっぱり許せねえよ。

 無力で、何も出来なかった俺自身が──一番許せねえ。

 だからこれ以上、何も失わせるわけにはいかねえんだよ!!

 

「オーッホッホッホッホ、滑稽ですわね。そもそも、ワタクシのオーラ兵器0000号に勝てると思っていて?」

「勝てるさ」

 

 目の前に、刻まれるⅪの数字。

 そこには大穴に吸い込まれて消えたと思われていた正義(ジャスティス)のカードが浮かび上がっていた。

 それは最早、朧げな姿ではあった。しかし、くるくると俺の周囲を舞うと──金の光となって皇帝(エンペラー)のカードに降り注いだ。

 以前刻まれた火文明の紋章の右に、金色の紋様が刻まれていく。

 

正義(ジャスティス)は、サッヴァーク覚醒の鍵となるカードだったであります。最後に力を託したでありますな……!」

 

 ──そうだ。

 まだ、残っている。

 

「ドラゴン? ドラゴォン? オーッホッホッホッホ! ワタクシのオーラ兵器の方が強いに決まっていますわ! 今更何をしたって無駄でしてよ? 小さき庶民!」

 

 いいや、無駄なんかじゃない。

 ロードも、この力も、無駄では終わらせない。

 託されたバトンは、俺がゴールへ届けてみせる。

 何時までも──ダセぇままの俺じゃいられねえんだよ!

 

 

「チョートッQ、超超超可及的速やかに──」

「──ブラン殿の歴史を取り戻すでありますな!」

 

 

 

『Wild,DrawⅣ……EMPEROR(エンペラー)!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「1マナで、《メラメラ・ジョーカーズ》を使用! 効果で《行燈どろん》を捨てて2枚ドローだ!」

「私はマナを置いてターンを終了しますわ!」

 

 

 ──俺とマリーナ・ペトロパブロフスキーのデュエル。

 先手を打った俺は、手札を交換。

 そのまま次のターンに出すクリーチャーを呼び寄せた。

 

「俺は2マナで《ヤッタレマン》を召喚! ターンエンドだ!」

「ふっ、何をしようとも私のオーラ兵器には通用しないですわ! 2マナで《幽具 リンリ》を《シニガミ丙-二式》に投影(オーライズ)ですわ!」

 

 浮かび上がるのは公衆電話のようなオーラ。

 そこにチップが埋め込まれ、はっきりとクリーチャーとして顕現した。

 

「魔導具みてーなオーラ……!」

「ふぅー、やっぱり立っていると疲れますわね」

 

 直後。彼女はポケットから何やらスイッチを取り出す。

 それを押すと何処からともなく機械に覆われた椅子が現れた。

 椅子からは手が現れ、彼女の手札をひったくってしまう。

 

「……何やってんだお前?」

「だーかーらー、疲れたから座ってデュエルするんですのよ? 全自動でワタクシの命じたままに進行してくれる万能椅子ですわ。何ならマッサージ機能も付いていますわよ?」

「こ、この野郎……真面目にやる気あるのかよ!」

「真面目にやるつもりなんて最初からサラサラ無いですわよ。庶民の生き死に等、このワタクシにはどうってことはない問題ですもの!まあせいぜいワタクシの遊び相手になっていただけないかしら?」

 

 完全に余裕ぶっているようだ。

 そうこうしている間に、《リンリ》がジリジリとけたたましく鳴り叫ぶ。

 すると、マリーナの山札から1枚が墓地に置かれた。

 

「ワタクシが何もしなくとも、勝手に墓地が増えてくれるのも良いですわねー」

「毎ターン1枚ずつ墓地が増えるのか……!」

「でも、オーラに墓地を使う戦略なんてあるのでありますか!?」

「闇文明ってことは、そうなんだろうな」

 

 相手は未知のカードばかり使ってくるのだ。

 墓地が貯まったら何をしてくるかは分からないが、短期決戦を目指さなければ危ないのは確かだ。

 だけど、生憎まだワンショットキルに持っていけるだけのパーツがそろっていないのである。

 

「超GRゾーン、アンロック──展開していくぞ、3マナで《怒ピッチャコーチ》召喚! 効果で《バツトラの父》をGR召喚だ! ターンエンド!」

「……あら? もう終わりましたの? ふぁーあ、折角仮眠しようと思っていましたのに……」

「こ、こいつ……!」

「マスター、ステイ! ステイであります! 相手のペースに飲まれてたらキリがないでありますよ!」

 

 割とガチで殺意が湧いてきた……!

 滾る怒りと苛立ちを必死で抑え込む。

 この女の余裕ぶった面の皮、絶対に引き剥がしてやる……!

 

「ワタクシのターン、3マナで《幽具 ギャン》を《ダラク丙-二式》に投影(オーライズ)ですわ!」

 

 機械の腕がカードを掴み、投げると今度はキャンドルのようなオーラが実体化した。

 

「《ダラク》がGR召喚されたとき、山札の一番上を見て墓地に置きますわ! 更に《ギャン》の効果で山札の上から3枚を墓地に置きますわ! 更に更に──《リンリ》の効果で山札の上から1枚を墓地に置きますわよ」

 

 これで彼女のターンは終わり。

 今の間に、相手の墓地はもう6枚だ。

 速攻でケリを付けないと──!

 

「俺のターン! 4マナで《ドンドド・ドラ息子》を召喚して、山札の上から4枚を表向きにする!」

 

 捲れたのは《メラビート・ザ・ジョニー》、《メラメラ・ジョーカーズ》、《SMAPON》、《ヤッタレマン》だ。

 俺は迷わず、《メラビート・ザ・ジョニー》を手札に取る。

 ──手札には《サンダイオー》が既にある。攻勢の準備は整いつつあった。

 

「ターンエンドだ!」

「オーッホッホッホ! 叩き潰す気満々、と言ったところですわね。でも既に貴方の戦法は、ラーニング済みですわ。次のターンに《メラビート・ザ・ジョニー》を出して《サンダイオー》と《ジョジョジョ・マキシマム》のコンボで勝つ……それが狙いですわよね?」

「だったらどうしたってんだ。そのラーニングとやらの通りにテメェをぶっ倒せば良いだけだろーが!」

「そうはなりませんことよ」

「あぁ?」

「そんな戦略、簡単に破綻すると言っているのですわ! オーッホッホッホッホ!」

 

 浮かび上がった影。

 そこにぽっかりと大穴が開く。

 

「──その罪の代償、身体で払えないなら魂で払ってもらいますわ! 発動、(シン)・無月の大罪!」

 

 墓地のカードが魔力となって注ぎ込まれていく。

 浮かんだ闇文明の紋章。

 その数は合計で10。マナゾーンから次々にエネルギーが飛んでいくが、4枚だけでは足りない。

 しかし──

 

「マナが足りないなら墓地を使えば良いじゃなぁーい! 墓地のオーラをつぎ込み、根源のドルスザクを降臨させますわ! その小さき目に焼き付けて傅きなさいな!」

龍贋(ドラガン)……龍贋(ドラガン)……(シン)龍贋(ドラガン)

 

 宙に刻まれるMASTERの紋章。

 来る。

 あれが、マスター・ドルスザクのオーラ──!

 

 

 

「滅びの未来をごらんなさい! 更罪(オーライド)、《大卍罪(だいばんざい) ド・ラガンザーク卍》、ですわッ!」



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GR24話:思い出の場所──ブランとの出会い

 ※※※

 

 

 

「《ジョリー・ザ・ジョルネード》でシールドをW・ブレイク!」

 

 

 

 握られた槍から大渦が巻き起こり、怪物のシールドを叩き割る。

 それに続くようにして、ずんぐりとした潜水艦が浮上した。

 

「《せんすいカンちゃん》で攻撃する時、J・トルネード発動! 《ジョルネード》を手札に戻して、戻したクリーチャーが場に出た時の効果を使用します!」

「キィ、サァ、マァ、ラァ……!!」

 

 呻き声を上げる怪物。

 しかし、最早猛攻は止まることは無い。

 《カンちゃん》が《ジョルネード》の能力を使用したことで更にGRクリーチャーを引き連れてきたのである。

 

「出てきてください、《ツタンメカーネン》、《ジョラゴン・ガンマスター》、《ゴッド・ガヨンダム》!」

 

 一気に増える手札。

 そして──彼女の背後から強大な影が飛び出した。

 

「さあ、まだ行きますよ! 私の切札──《超Ω(メガ)級 ダルタニックB(ビヨンド)》は手札の数だけパワーが増える上に、パワードブレイカーです!」

「いっけぇー! 押し潰しちゃえ、マイ・マスター!」

「パワード・W・ブレイク、ですっ!」

 

 巨大な客船にアームが付いたロボットが突貫する。

 ドルスザクの残るシールドは全て破壊されてしまった。

 そこから新たなオーラが飛び出してくるが……。

 

「S・トリガァ……《幽影 モンス・ピエール》!」

「ふふんっ、《ジョルネード》がいなくなったからって、ブロッカーではもう止まりません! 《ガンマスター》の超天フィーバーは既に達成されています!」

(スター)……アサルトモード、【超天フィーバー】エンゲージ!』

 

 最早、ジョーカーズの猛攻は止められない。

 アカリが手札を捨てれば、その数だけ《ジョラゴン》の弾丸は敵軍を溶かす雨となる。

 

 

 

「弾丸の雨嵐──”ガンマスター・アサルトレイン”、ですっ!」

 

 

 

 空から無数の弾丸が場のオーラ諸共に、怪物を撃ち貫く。

 銃弾の雨に撃ち抜かれ、ハチの巣となって崩れ去るドルスザク。

 空間も砕け散り、視界には暗雲とオーラたちが舞う遊園地が広がっていた。

 アカリは嘆息すると、一際大きな黒い雲の渦を見やる。

 

「マスター! あの大きな反応って!?」

「大罪のオーラ……でしょう。ドラゴンを模した贋作にして、ドラゴン・コードの試作品です」

「じゃ、じゃああれも時空間を歪める力があるってこと……? ヤバいじゃん! 助けに行かないと!」

「はい、お爺ちゃんたちが心配です……!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ドルスザクのオレガ・オーラ……!」

「だけどマスター! あいつのパワーは0でありますよ!」

 

 電気を帯びた漆黒の翼が《ギャン》から更新された。

 その胸にはぽっかりと大穴が開いている。

 巨大な手のように歪曲した羽根、龍のように鋭い眼光。

 全てが威圧的に俺を見下ろしている。

 パワーは確かに無いかもしれない。だが、龍の贋作にしては底知れない力を感じる……!

 

「パワーだけでオーラを判断するなんて、随分とお粗末ですのねぇ。《ド・ラガンザーク》を付けた時、墓地からコスト8以下のオレガ・オーラを2枚まで更罪(オーライド)しますわ!」

「2枚もかよ!? パワーがねぇのはそもそも他のオーラを踏み倒すためのカードだったからか!」

「庶民にしては頭が冴えていますわね! では、墓地からコスト8以下のオーラである《エダマ・フーマ》、そして──」

 

 墓地から溢れ出る膨大な電流。 

 またもや刻まれるMASTERの文字。

 これはまさか──!

 

 

 

(ザ・ムーン)──解禁(アンリーシュ)、ドラゴン・コード!』

「さあ、お逝きなさい! 電龍更新(ドラゴライド)、《Code(コード)1059(ヘブン)》!」

 

 

 

 またもや目にすることとなった、機械龍の《Code:1059》。

 それが今度は贋作龍の翼に捕らえられたかのように取り込まれている。

 こいつは確か、殴る度にGRクリーチャーの上を乗り移る効果を持っていたはずだ。

 しかも、付けたGRクリーチャーにパワード・ブレイカーを付与する……!

 

「だけど、こっちには《バツトラ》がいるぜ! デカいクリーチャー1体だけなら怖かねぇ!」

「もしかして何か勘違いしていらっしゃる? 《ド・ラガンザーク》のオーラを蘇らせる効果は攻撃時にも発動するのですわよ!」

「なぁっ!?」

 

 またもや墓地からオーラが現れ、蜘蛛の巣に繋ぎ止められるかのように《ド・ラガンザーク》の羽根へ取り込まれていく。

 

「《ド・ラガンザーク》を付けた《ダラク丙ー二式》で攻撃するとき、その効果で、コスト8以下のオーラである《ケルべロック》と《解罪(カイシン) ジェ()ニー》を更罪(オーライド)!」

「《ケルべロック》だと!? もう一回攻撃できるじゃねえか!」

 

 《ケルべロック》が付いたGRクリーチャーはアンタップする。

 いずれにせよこの攻撃が通るのは不味い。次の攻撃でこちらの盤面を処理するオーラを貼り付けてくる可能性がある。

 ならば、一撃目は止めた方が良いと判断したのだが──

 

「オーッホッホッホ、その前に《ジェ霊ニー》の効果発動! 相手の手札を見て、その中から1枚を捨てさせますわ! 厄介な《サンダイオー》を墓地へ!」

「っ……マ、マジかよ……」

「脆いですわね! 切札なんて、手札から捨てれば無力化したも同然ですわー!」

「だけど攻撃は通さねえ! 《バツトラの父》で止めてやらァ!」

 

 シールドへの攻撃は何とか防ぐ。

 しかし──《ド・ラガンザーク》はまだ攻撃できる……!

 

「おっと、攻撃を止めただけで安心しているのかしら?」

「来るんだろ、二回目の攻撃が……!」

「はっ、それじゃあシー・ジーはこの能力を見せる前に敗北したのですね。つくづく残念ですわ」

 

 次の瞬間、俺の墓地からカードが浮き上がる。

 それは、《ド・ラガンザーク》の翼である《Code:1059》の大口へと吸い込まれていき──

 

(ザ・ムーン)……キャストモード、【DL-Sys(ディーループシステム)】エンゲージ!』

DL-sys(ディーループシステム)、その力で攻撃の終わりに相手の墓地にある呪文を奪って唱えますわ! 《行燈どろん》……随分と貧相な呪文ですわね。でも、無いよりはマシですわ!」

 

 嘘だろ、相手の呪文を奪う能力まで持っているのかよ!

 よりによって、《行燈どろん》はパワー6000になるように相手のクリーチャーを破壊する呪文だ!

 

「その効果で《ヤッタレマン》、《ドンドド・ドラ息子》、《バツトラ》の3体を破壊しますわ! 更に《バクシュ丙ー二式》をGR召喚しますわよ!」

 

 機械椅子に座ったまま、マリーナは俺の盤面を蹂躙していく。

 俺の場と相手の場の差は広がるばかりじゃないか!

 

「さらにさらに、《ド・ラガンザーク》で攻撃──する時の効果発動ですわ! 《罪修羅(シンジュラ) ジャ(ワル)ペンドラ》と《卍魔刃(マジマジン) キ・ルジャック》を更罪(オーライド)!」

「また、デカいオーラが2枚も出てきやがった……!」

「《卍魔刃(マジマジン) キ・ルジャック》の効果で、相手のクリーチャーを破壊しますわ! そして、今度こそ──」

 

 鳳の翼が開く時──地獄の業火が俺を包み込む。

 

 

 

「シールドを、オール・ブレイク、ですわ!」

 

 

 

 焼かれる。

 熱が、炎が、俺を焼いていく。

 

 

 

「終わりですわ。歴史のエラーは犬死。貴方も犬死。そして、或瀬ブランもロードの歴史も消しますわよ」

 

 

 き、える?

 ブランの歴史が、ロードの歴史が消えたら、今までの事全部無かったことになっちまうのか?

 

 

 

 全部、無かったことに──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──1年の5月の頭。

 デュエマ部に勧誘しようとしたら、まだ引っ込み思案だったブランに逃げられた後日の事。

 推理小説に興味を持った俺は、ばたりとブランと鉢合わせして言い訳に困っていた。

 そんな時、咄嗟に零してしまったのは──

 

「──シャーロック?」

「そ、そう! 俺、カードゲームやってるんだけどさ、そのゲームに探偵の名前のカードとか出て来るんだよ!」

「……」

「はは、ゲンキンだよな、こんな理由で図書館に足を運んだりしてさ」

「……私も、そう思う」

 

 意外とずかずか言うな、この子。

 そこは否定してくれないのか。

 

「でも──本は平等。開けば、誰に対しても物語をくれるでしょ? だから、別に構わない」

「お、おう」

「この本、借りようと思ったけど……どうせ、読んだことあるし。君が借りたら?」

「え? 良いのか」

 

 本を渡しながら、彼女は言った。

 

「それで、カードゲームって?」

「デュエル・マスターズ。世界で一番アツいカードゲームだ」

「……そう」

「なあ、もし良かったら体験入部だけでも──」

「……ごめんっ」

 

 ぴしゃり。

 そんな音がしたかと思った。

 

「そういうの……私は別に、良い」

 

 きっぱり断られてしまった。

 そして彼女は踵を返すと、図書館から出て行ってしまう。

 完全に勧誘目的だったの引かれちまったかなあ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

(──と、思ってたんだがなぁ……)

 

 

 

「なあ白銀よ、さっきから窓から覗いている女の子は……アレか? お前のストーカーとかじゃないよな?」

「ち、違うと思いますよ?」

 

 神楽坂先輩が怪訝に思うのも無理はない。

 俺もちらちら後ろを振り返ってはいるが……幻覚ではないようだ。

 或瀬ブランは演劇部で使いそうな「茂み」の小道具を両手に、窓からこっそりこちらを覗いていた。

 いやマジで何やってんの、あの子?

 

「しかもあの子、全く気付かれてるって思ってないぞ? たまに、「ふんすー」ってどや顔してるぞ」

「何で気付かれないって思ったんでしょうね……?」

「さあな。自信は無かったけど、急ごしらえで作った小道具を使って隠れてみたら、思ったよりもサマになってるから得意気になってるんだろ」

「……」

「あ、でも可愛いわ、あの子。見た感じ金髪自毛っぽいし……」

「分かるんすか、変態ですね」

「え? もしかしてハーフ? こんなド陰キャの溜まり場に? ちょっとお持ち帰りしてくる」

「先輩、犯罪ですよ!」

「セーフ! 同性ならセーフだから! ちょっとあたし好みに調教するだけ──ぐへぼぁっ!?」

 

 凡そ、女子とは思えない台詞を吐いていた先輩が凡そ女子とは思えない断末魔を上げて床に倒れ伏せる。

 側頭部にはスリッパが刺さっていた。

 

「おい……お前が下品な面をブラ下げて涎を飛ばすモンだからループが途切れただろうが、どうしてくれるんだ、ええ?」

「ひーん、大の副部長が暴力を振るうー、よくないんだー、犯罪だぞー! 緑単ループと女子への暴力は死刑なんだぞー!」

「小学生かお前は!」

「ぐえええ、関節決めるのやめてぇ!!」

 

 この身内ノリに付いて来られる奴だけがこの部室に残れるんだろうなぁ……と俺は諦観しながら眺める。

 窓を見ると──もうブランは居なかった。

 勘付いているって、気付かれてしまっただろうか。

 ……しかしまあ、神楽坂先輩も罪深いよなあ。こんな純朴な子をこんな部室にぶち込むなんて真似、俺には出来ねえや。

 最終下校の時間になり、俺達は取っ組み合っている部長と副部長を捨て置き、部屋から出ていく。

 「また明日ー」「おつかれー」の声が飛び交うと、すっごい部活に所属してるって実感が沸くな。教室の中から「まだ」チンパンジーの如き怒声が聞こえて来る以外は。

 

「おっつ、耀」

 

 背後から声を掛けられる。

 見ると、花梨が疲れた様子でそこに立っていた。

 

「おう花梨、妙に疲れた顔してんな」

「練習キツいわ、絡んで来るのはいるわで、大変なの。土日は合宿まであるしねー」

「新人シゴきか」

「そうなるかなあ。って、そうじゃなくて! あのブランって子いるじゃん、ちょっとした話題になっててさ」

「ブランが?」

「うん……」

 

 こくり、と花梨は頷く。

 正直突っつくのが怖かった。

 女子がブランについて噂しているのは知っている。

 俺も女友達が花梨くらいしかいないので、よく分からなかったが……髪が金色だし、少し浮いているしイジメの対象になっているのではないかと心配しているのだ。

 

 

 

「実はね……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ここが分かったんだ」

「何となくだけどな」

 

 次の日の昼休み。

 図書室は図書委員の会議で閉まっており、彼女は人気のない屋上の上で本を読んでいた。

 顔を合わせる機会が多いからか、だんだん彼女も俺を警戒しなくなっていった。

 

「鬱陶しいなら追っ払ってくれて良いんだけどよ」

「別に。でも、出来るだけ静かにして」

「りょーかい」

 

 距離は離れたままだ。

 俺は柵から身体を乗り出しており、ブランは寝転がって本を読んでいる。

 それでも、逃げられないだけ進歩したんじゃないかと思う。

 

「……退屈じゃないの? 君、もっと賑やかなのが好きだと思ってたんだけど」

「周りが勝手に騒がしいだけだっての」

 

 俺はもっと静かにカードゲームしたかったんだけどなあ。

 あの空気も慣れると悪くは無いんだが、こんな事を言っている時点で初心者にはおススメ出来ない。

 しばらく、沈黙が続いた。

 そして──口火を切ったのは、俺の方からだった。

 

「……前から気になってたんだけどよ、何で推理小説が好きなんだ?」

 

 問いかけの答えは思ったよりすぐ帰って来た。

 

 

 

「Hero」

 

 

 

 彼女は、か細くもはっきり聞き取れる声でそう言った。

 

「ホームズは……私のHeroだから。アコガレ、っていうのかな。身近だけど、遠い場所に居る人」

 

 彼女は頷く。

 今日のブランは、妙に饒舌だった。

 

 

 

「私が絶対に……なれない人」

 

 

 

 ぎゅう、と彼女は本を握り締める。

 その言葉は──妙に重苦しかった。

 

「部活、やってるんだよね……? 楽しいの?」

「楽しいぞ。好きなモンが同じ人同士で集まるとな。つっても、中学までは部活とか入って無かったから初めてだったんだけど」

「そう……なんだ」

「でも、初めてみたら結構馴染めてさ。正直、クセの強い人達だけど悪い人じゃないし」

「そっか。でも、私にはきっと無理」

 

 彼女は力無く笑う。

 

「無理? 何で決めつけるんだよ」

「私……人が怖い」

「……俺も怖い?」

「怖かったよ。怖かったけど……君は大丈夫だから。でも、怖いんだ。人の中に入るのが、とても怖い」

 

 ブランは──人と目を合わせない。

 いつも、下を向いているか本を見ている。

 俺の顔も、まともに見ようとしない。

 それはきっと人見知りだからとか、そういうのなんじゃないかと俺は思ってた。

 

「まあでも、頑張ればきっと直せ──」

 

 そう言いかけた時だった。

 ガヤガヤと声が聞こえて来る。 

 甲高い女子生徒の声だ。

 こちらに──迫って来る。

 

 

 

「ヒッ」

 

 

 

 思わず、彼女の顔を見やる。

 

「或瀬さん!?」

 

 ブランの顔は──死人のように蒼褪めていた。

 俺は思わず、彼女の腕を引っ張り──誰も来そうにない物陰にまで連れて行く。

 唇が震えており、歯がカチカチ鳴っていた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……落ち着いたか?」

「……うん」

 

 

 

 女子生徒達が来る前に、ブランを引っ張って物陰へ連れていった。

 過呼吸を繰り返していた彼女だったが、ようやく落ち着きを取り戻すと、気まずそうに眼を背けた。

 

「……ごめん」

「何言ってんだよ、当たり前の事をしただけだぜ」

「……今の見て分かったでしょ? 私は人の輪の中に入れない」

「……何かあったのか?」

 

 彼女はこくり、と頷いた。

 

「私……ずっと虐められてた」

「なっ──」

「髪の色の事。日本人との混血の事。イギリスに居ても日本に居ても、私は爪弾き者だった」

「……」

「中学の頃は日本に居たの。でも、皆……金色の髪なんて、調子に乗るなって言ってた」

「……そんな」

「もっと前はイギリスに居た。だけど皆、私を日本人の血が混じってると知ると冷たくした。嫌がらせもされた」

「……」

「……高校生になったら、何か変わると思ってた。だけど……もう、人が怖くて近付けなくなって、学校に通うのも……辛い」

 

 吐き出すように彼女は言った。

 何処に行っても彼女に安心できるような居場所は無かった。

 コミュニティはこいつにとって恐怖の象徴でしかなくって、苦痛でしかなかったはずだ。

 

「だから、無理だよ。私は……皆の中に入れない。私は混血。ハーフだから。この間だって、女子達がウワサしてたし……だから、ごめんね。私の味方は……本だけなんだ」

「すげえよ、或瀬さんは」

「え?」

「そうやってずっとイジメと戦って、耐えてきたんだろ? それでも負けないで、学校だけは行ってたんだろ?」

「そ、それは……」

「或瀬さんは……強い人だ。人を外見や血で差別するような奴らより、よっぽど強い人だよ」

「……私は、弱いよ。人が……怖い。怖いから、友達も作れない」

「俺が居るだろ」

 

 彼女は、はっと目を見開いた。

 

「辛い事とか、怖い事とか吐き出してくれただろ? だから──今度は俺があんたに何かしてあげたいんだよ」

「私、迷惑を掛けるよ? 人が怖くて、面と向かって喋れないよ?」

「迷惑が何だってんだ。喜んで被るぜ。伊達に万年ボランティア野郎って呼ばれてない! 俺を頼れよ!」

 

 しばらく、沈黙が漂った。

 マズい。もしかして押しが強過ぎて、引かれたんじゃないだろうか。

 そう思っていたのだが──

 

「っ……君って変。君みたいな人、初めて見た」

 

 ──彼女は少しだけ、おかしそうに笑ってみせたのだった。

 

「コホン。それと或瀬さん。今は無理でも、意外と上手く行くかもしれねえぞ」

「え?」

「女子達の噂話なんだがな……あれ、あんたが可愛くて友達になりたいのに、すぐに逃げてしまうからどうしようかって話だったらしいぜ」

「ふぇえっ!?」

 

 真っ赤になる顔。

 「私が、可愛い? ウソ……?」とブツブツ言っている彼女を見るに、余程褒めらるのに耐性が無いようだった。

 

「だからさ、或瀬さん。あんたが友達が欲しいって言うなら、俺は幾らでも協力するんだけど……」

「……それでも、私、怖い。馴染めなかったらって思うと……」

「その時は俺が味方になってやるよ」

「……本当?」

「ああ、本当だ。俺が──或瀬さんの友達、第一号だ!」

「っ……良いの?」

「ああ!」

「……じゃあ、ちょっとだけ……期待してみようかな」

 

 控えめに彼女は笑ってみせた。

 

「よろしくな。或瀬さん」

「……うん」

 

 手を差し伸べると、目が合った。

 すると、彼女はびくりと肩を震わせて目を背けてしまう。

 

「……ごめん。まだ、人と目を合わせられない」

 

 どうやら、根本的に対人コミュニケーションに苦手意識を持ってしまっているようだ。

 どうにかできないか、と思案し──俺は一つ、妙案を思いつく。

 

「なあ或瀬さん」

「何?」

「……或瀬さんが良かったら、なんだけど」

 

 ──これが、彼女を変えるきっかけになったら。

 無理は承知で、俺は申し出た。

 

 

 

「対人コミュニケーションの訓練に……デュエマとかどうかな、って」

 

 

 

 ──これが、彼女と俺の出会いだ。

 ブランはこの後、デュエマにハマり、デュエマ部に入部することになる──



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GR25話:思い出の場所──真龍の弾丸

※※※

 

 

 

「──何で」

 

 

 

 炎が、俺を包む。

 正直、痛みも衝撃もシー・ジーとのデュエル以上のものだった。

 皮膚は焼け爛れて皮が捲れてるし、全身煤だらけだ。

 それでも──

 

 

 

「何でまだ、()()()()()()()んですの!?」

 

 

 

 ──俺は、その場に立っていた。

 

「大事なモンを、無かった事にしたくねぇからだ──ッ!!」

「我々は、そのために戦っているのでありますよ!」

 

 砕けたシールドから、S・トリガーが飛び出す。

 来た──《バイナラドア》と《SMAPON》だ!

 《バイナラドア》の除去効果は《ダラク》に付いた《エダマ・フーマ》に阻まれてしまう。

 だけど、オマケでカードを1枚引くことができる!

 

「ブランの歴史も、ロードの託してくれたモンも、全部無かった事にしなんかしねぇ! 俺だけが全部覚えていたとしても、俺が全部引きずって、俺達の現代(いま)に全部繋ぐ!」

「はっ、喚いても無駄ですわ。このまま蹂躙して──」

「《SMAPON》のスーパー・S・トリガー効果で、そのターン中、自分はゲームに負けず、相手はゲームに勝てねぇ!」

「なっ──なら、これ以上の攻撃は無駄ですわね。でも、《ジャ悪ペンドラ》の効果で、ブレイクしたシールドの数だけ手札を捨ててもらいますわよ」

 

 巨大なムカデのオーラが飛び出したかと思うと、俺の手札を一気に喰らっていく。

 更に山札も纏めて墓地へ送られた。

 

「《ジャ悪ペンドラ》の効果で、ブレイクしたシールドの枚数だけ山札も破壊しますわ!」

「痛くも痒くもねぇよ」

「っ……!? ……言ってくれますわね、ターンの終わりに《Code:1059》の効果でGR召喚しますわよ!!」

 

 現れたのは《白皇世の意志 御嶺》。

 パワー25000を誇る不死身のGRクリーチャーだ。

 

「そして罪・無月の大罪の効果で、ターンの終わりに自分のクリーチャーを墓地に置かないといけないですわ。まあ場を離れない《御嶺》を選べば良いですわね! オーッホッホッホッホ!」

 

 それに、と彼女は俺の盤面を見回す。

 

「マナは次のターンで5枚。でもコストを軽減するクリーチャーなんてどこにも居ないですわね。手札もボロボロ、そんな状態で《メラビート・ザ・ジョニー》も、まして《サンダイオー》も出せる訳がありませんわ!」

「……それでも勝つ。勝たねえと──いけねえんだよ!」

 

 飛び出すエリアフォースカード。

 そこに刻まれた、マスター・ドラゴンの紋章。

 希望は、次のドローに託す!

 

 

 

「ドローッ!!」

 

 

 

 俺はずっと、ブランを支えてるって思ってた。だけど──本当はブランに、仲間達に俺は支えられてたんだ。

 

「っ馬鹿な! この盤面で逆転できると思っているのですの!?」

「大番狂わせが、デュエマの醍醐味だ! しっかりラーニングとやらに刻んでおけよ!」

 

 5枚のマナをタップさせる。

 足りない2枚は──場の《バイナラドア》と《SMAPON》を戻す事で補う!

 

「自力でコスト軽減……わ、私のド・ラガンザークと似ている──!?」

「一緒にするんじゃねえ! このカードは──仲間の魂を背負った、俺の切り札(ワイルドカード)だ!」

 

 浮かび上がるMASTERの紋章。

 そこに上から、Dのマークが焼きつけられる──

 

 

 

「これが俺達の、真龍の切札(ジョーカーズ・ドラゴン)──」

 

 

 

 エリアフォースカードに映る銃を掲げし皇帝の絵。

 そこから無数の銃火器が飛び出す──

 

 

 

「──《ジョット・ガン・ジョラゴン》、装填完了!」

 

 

 

 ──大地を踏みしめ、爆誕したのだった。

 無数の銃を背負った無限大の道化龍。

 それが、《ジョット・ガン・ジョラゴン》だ!

 

「っ……な、何ですの!? 《ガンマスター》じゃない《ジョラゴン》……!?」

「マスター! やったでありますよ! ジョラゴンと今のマスターの適合率は──100%を超えているであります!」

「なら引き下がる理由もねぇな! 《ジョット・ガン・ジョラゴン》で攻撃だ!」

 

 無数の銃口がマリーナを狙う。

 その顔が今度こそ蒼褪めた。

 

「いや、大丈夫──ただのW・ブレイカー! 見掛け倒しですわ!」

 

 此処で攻め勝てる保証なんか何処にもない。

 だけど、もう引き下がる理由もない!

 

皇帝(エンペラー)、アサルトモード──』

「《ジョラゴン》で攻撃するとき、カードを1枚引いて1枚捨てる。捨てるのは、《ガヨウ神》だ!」

「それが何になるって言うのですの……!?」

 

 

 

『【ジョラゴン・ビッグ1】:バレット・ローディング』

 

 

 

 次の瞬間、捨てられた《ガヨウ神》が《ジョラゴン》の掌から吸い込まれていく。

 それが弾丸となって装填され──打ち放たれた。

 

『”ガヨウ”ローディング』

「ジョラゴン・ビッグ1──それは、手札から捨てたジョーカーズの”場に出た時の効果”を使う能力だ!」

「それでも運任せでなくて? しかも、たかが1枚程度じゃ覆らないですわー」

「だったら良かったんだけどな──まず、《ガヨウ神》の効果発動! カードを2枚引く!」

 

 撃ち放たれた弾丸が空中で炸裂し、手札となって俺の手に加わる。

 

「そして、カードを1枚捨てれば、もう2枚ドローできる!」

「カードを捨てる……!? ま、まさか、連鎖ですの……!?」

「その通りだ! 《アイアン・マンハッタン》を捨てる!」

『”マンハッタン”ローディング』

 

 《ジョラゴン》がマリーナのシールド目掛けて弾丸を放つ。

 それが破裂し──竜巻となって、彼女の盾を纏めて破砕した。

 あまりにも吹きすさぶ嵐が、機械椅子をひっくり返してしまう。

 

「キャアアアッ!?」

「大嵐の弾丸、マンハッタン・トランスファー! 相手のシールドを2枚選んで、それ以外を全てブレイクする!」

「しかも、手札を捨てる効果はまだ連鎖しているでありますよ!」

「今度はこいつだ!」

 

 さっき《ガヨウ神》の効果で引き込んだ──とっておきの火のジョーカーズだ!

 

「疾く駆けよ、鋼の軍馬! 《バーンメア・ザ・シルバー》を装填!」

『”バーンメア”ローディング』

 

 続けざまに《ジョラゴン》が弾丸を放つ。

 今度は二発が虚空に放たれ、超GRゾーンの大穴となって穿たれた。

 

「《バーンメア》が場に出た時の効果で2回GR召喚する──《鋼特Q ダンガスティック(ビースト)》、《Theジョラゴン・ガンマスター》を出すぜ!」

 

 咆哮と共に鋼の獣、そして全身が機械に覆われたもう1体の《ジョラゴン》が戦場に降り立つ。

 これで──現代と未来のジョラゴンが揃った!

 

「《ジョット・ガン・ジョラゴン》で、シールドをW・ブレイク!」

「おのれ、一撃でシールドを全部持っていくとは……これが、ドラゴンの力ですのね……!」

 

 降り注ぐ破片を機械椅子で受け流した後、マリーナは這い出てきた。

 空に浮かぶシールド・トリガーを手に──

 

「でも、此処でこのカードが来てしまったのが運の尽きでしたわね! S・トリガー、《(シン)罰執行 ジョ(グラ)ンマ》を投影(オーライズ)ですわ! 効果で、《ガンマスター》を破壊しますわよ!」

 

 メイスを掲げた地獄の審判が実体化する。 

 それが、《ガンマスター》の身体を一瞬で撃ち砕いてしまった。

 

「オーッホッホッホッホ! 残念! 折角、スピードアタッカーになれるカードを引いたのに、トドメまで持っていけないなんて、おハーブ生えますわ、オーッホッホッホッホ!」

 

 

 

「《鋼特Q ダンガスティック(ビースト)》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

「ホ?」

 

 

 

 地面を駆ける鋼の獣の進撃は止まらない。

 もう守るものが何もないマリーナに、そのビーム砲の銃口を向けた。

 

「な、何で──」

「《バーンメア》の効果で場に出てきたGRクリーチャーは、皆スピードアタッカーだ!」

 

 極光が限界までチャージされていく。

 目を見開いたマリーナ目掛けてそれは解き放たれた──

 

 

 

「お前達の好き勝手にもうさせてやるもんかッ!! この時代から出てけッ!!」

「ブラン殿には指一つ触れさせない! ダンガスティック・キャノン──でありますッッッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 間もなくして。 

 時間Gメンのタイムマシンが現れた。

 ダンガスティックに吹き飛ばされたマリーナは瓦礫の中に埋まってはいたが──すぐさま駆け付けた隊員に引き起こされる。

 そして憎々しげにこちらを睨んだかと思えば、

 

「流石……ドラゴンの力は素晴らしいものですわ。たっぷり、研究の糧にさせていただきますわよ、オーッホッホッホッホ!」

「おいコラ! 何勝手に逃げようとしてんだ!」

「まだ何かありますの?」

「歴史を変える為なら、過去に遡って子供を平気で殺す……それがトキワギ機関のやり方なのかよ!」

「?」

 

 彼女は不思議そうな顔をすると言った。

 

「それが任務というならば、ワタクシは喜んで実行しますわよ。開発したオーラを試す絶好の機会ですもの!」

「ふざけんな! 実験ついでに殺されて堪るか!」

「庶民の生き死になんて、ワタクシには関係ないですわ。まあでも、今回はワタクシたちの負けて良いですわよ? あーはいはい、興醒め興醒め」

 

 一発ぶん殴ってやろうかと思って走りかけたが、そのままタイムマシンは何処かへ飛んで行ってしまう。

 辺りを見回すと、本当にボロボロで──これ、どうなるんだろう、と思案していた。

 

「ロード」

 

 ふと、その名前を呼ぶ。

 彼の事をずっと覚えているのが特異点たる俺の使命なのだろう。

 だけど──

 

「……やりきれねえよな、こんなの」

「マスター……」

「歴史を変える度に、誰かが消える。でも、歴史を元に戻しても”変わった歴史でしか生きていられない人”も消える」

 

 ロードだってそうだ。 

 遅かれ早かれ、彼は消える運命だった。

 

「……俺のやってる事も、結局時間Gメンと何にも変わらねえじゃねえか」

「……それでも、前に進むしかないでありましょう。我だって……皆が一緒が良いであります」

「分かってるよ」

 

 俺は──覚悟しなければいけないのかもしれない。

 最善の歴史なんてものは存在しなかったとしても、「俺の歴史」が最善だと念じてでも進まなければならない。

 じゃなければきっと、何処かで押し潰されてしまう気がした。

 目の前で失ったものを数えているうちに、罪悪感に引きずられてしまいそうな気がした。

 

「それに、ロード殿は背中を押してくれたであります」

 

 そうだ。

 ロードは、自分の選択に後悔なんかしていなかった。

 俺も──後悔しないようにしないと。

 

「今更引き下がるつもりはねえ。あいつに助けられた命、俺は──俺の今を取り戻すために使う」

 

 

 

「おじいちゃーん!」

 

 

 

 アカリの声がした。

 見れば、カンちゃんに乗ったまま地面から飛び出して来る。

 

「この時代、破損が激しくて修復が始まりつつあります! 早く逃げないと帰れなくなります!」

「ああ、分かった──」

 

 そうだ、帰らなきゃいけない。

 ブランが、仲間達がきっと──待っているはずだから。

 

 

 

「帰ろう、チョートッQ! 俺達の時代に」

「……応、であります!」



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GR26話:消えた紫月──歴史異常

「──《ジョット・ガン・ジョラゴン》!?」

「ああ。《サッヴァーク》は分かるよな?」

「はい……話には聞いてます」

「あれと同じ、俺達の時代で登場した真龍(マスター・ドラゴン)のカードだ」

 

 タイムダイバーの中で、《ジョラゴン》のカードを見せるとアカリは驚いたように目を見開いた。

 《Theジョラゴン・ガンマスター》とは違い、MASTEの紋章の中央にDのマークが刻まれている。 

 正真正銘、純然たるドラゴンであるという証なのだろう。

 

「これがお爺ちゃんの時代の《ジョラゴン》……テキストにとんでもないことが書かれてますね……」

「このカード、2079年には無いのか? 俺達の時代にはあるんだけど」

「既に失われてしまったカードの1枚と聞きました。《ガンマスター》は《ジョラゴン》のデータをGRクリーチャーとして再現したものなので、私も実物を見るのは初めてです」

「ほえーえ、じゃあやっぱり、マスタードラゴンのマークは真龍の証なんだな」

「はい、そうなります」

「思わぬ形で強力なカードを手に入れたでありますな、マスター」

「ああ。今まで使い慣れたメラビートジョーカーズを使ってたからな。買ってすらなかったんだよコイツ、いざ組むと……色々高いし」

「でも敵は今後もお爺ちゃんのデッキを対策してくるはずです。今回のデュエルでは出なかったようですが、タップイン持ちの《デジルムカデ》なんてメラビートの天敵でしょう」

「分かってるよ、あれが出てたらいよいよ勝てなかった」

「無月の大罪だけに、完璧な”詰み”でありましたな」

「分解するぞ大ボケ新幹線」

 

 となれば、ずっと同じデッキを使い続けているのはいずれ限界が訪れる。

 メラビートジョーカーズは確かに強い。だけど、《ドラ息子》を除去されたりハンデスのような妨害を喰らえば簡単に戦略が破綻してしまう。

 意図しない形となったが、俺自身も前に進む覚悟が出来たのかもしれない。

 

「きっと、ロードさんもお爺ちゃんを応援してくれてますよ」

「だと良いけどなあ」

 

 俺は《ジョラゴン》のカードをデッキの中に入れる。

 現代に戻ったら、歴史がまた書き換えられる前にカードを調達しなければならない。

 《ジョット・ガン・ジョラゴン》は今までのデッキでは、そのスペックを最大限に生かすのは難しい。

 手札から捨てたジョーカーズの能力を使えるということは、無限の拡張性を持つということ。

 火文明だけの力を借りていては、100%の力を引き出す事は出来ない。

 更に、今の構築ではGRクリーチャーがただの数合わせでしかない。それでは勿体ないように感じたのだ。

 

「加えて、《バレット・ザ・シルバー》のカードも一緒に変化してやがる。《バーンメア・ザ・シルバー》……《ジョラゴン》から雑に投げて強いカードだったな」

 

 ジョラゴンで殴るついでに2回GR召喚……これはなかなか強いんじゃないか?

 捲りたいカードは幾らでもあるしな。《ガヨンダム》で手札を捨てて連鎖も出来るし、《マシンガントーク》でもう1回攻撃も出来る。

 

「何より《ガンマスター》は実質スピードアタッカーだし、手札を捨てる超天フィーバーとジョラゴン・ビッグ1の組み合わせは言うまでもありません!」

「最高か? 何もかもが噛み合ってるな」

「はい! 《ガンマスター》は、《ジョット・ガン・ジョラゴン》と組み合わせる事で100%の力を得られると聞いていたので、片割れ同士がこれで揃ったってことです!」

「本当にとんでもないカードでありますな……《メラビート》が一点突破に特化しているなら、《ジョット・ガン・ジョラゴン》は無限の可能性を秘めたカード。守護獣として、どんなデッキになるか楽しみであります!」

「ああ。久々にカードを見てワクワクしてきたよ」

 

 頼むぜ、俺の新しい切札。

 

 

 

「──決めた。ロードの分まで、もっと強くなるために──俺、《ジョラゴン》のデッキを組む!」

 

 

 

 デッキの構築を考えなきゃ。

 家にカードをピックアップして──

 

「よし、アカリ。早速だけどなんか紙切れ無いか? リストだけでも作っておこうかなって」

「……あのですね、お爺ちゃん。そろそろ休んでください!」

「えっ?」

「お爺ちゃん、身体はボロボロなんですよ? もし現代に帰った途端に倒れられでもしたら、私も困ります!」

「あ、あー……うん、確かに。いやでも、デッキの案忘れちゃいけねえし」

「そんな状態で考えたデッキが強いわけないでしょ! ボロボロの制服を着替えて寝てください!」

「ハイ、スイマセン……」

「完全に祖父を介護する孫みたいになってるでありますな」

「チョートッQお前覚えとけよ」

 

 まあでもアカリの言う事はごもっともだ。

 デュエルに勝ったのでダメージこそ軽減されてはいるが、これまでの戦いで俺の疲労はピークに達していた。

 それでもジョラゴンのカードを見るとワクワクが抑えられなかった当たり、やっぱり俺は根っからのカードゲーマー、いやデュエマ馬鹿なのだろう。

 

 

 

「……あいつらと、早くデュエマしたいんだけどな」

 

 

 

 ブラン。

 紫月。

 火廣金。 

 部室にお前達が居る毎日が、今は一番恋しい。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──よし」

 

 

 

 ──デュエマ部部室は凄惨を極めていた。

 狭い部屋の中を占領するようにして特大ジオラマが陣取っており、そこには規則正しく灰色のプラスチック製軍艦が立ち並んでいた。

 それを見下ろすようにして、火廣金緋色は汗を拭う。

 部屋の中はシンナーの匂いで充満しており、彼がとっくに換気というものを忘れている事を示していた。

 大変健康によろしくない状況ではあるが、当の火廣金というとご満悦なのか──

 

 

 

「くっ、くかははははははははは、遂に完成したぞッッッ!! この俺特製の超・超・超・特大軍港ジオラマ! なんか部室が凄く狭い気がするが大した問題じゃあないだろう!」

 

 

 

 ──この通り、血走った目で高笑いを上げているのだった。

 彼のテンションがおかしいのは今に始まった事ではないが、徹夜で完成させたジオラマを前に今日はそれが余計に隠せないらしい。

 この笑い声は学園の六奇怪の三~クソ同好会の部室から聞こえる狂喜~として伝えられることになる。

 

「アニキ……ついに、やったっスね……」

「ああ……涙が出そうだ」

「俺はシンナーで涙が出そうッス」

「それもそうだな。換気を完全に忘れていた」

「アニキ、マジで勘弁してほしいっス」

 

 窓を開けるなり、火廣金はふと思案した。

 そう、ご存知の通り我らがデュエマ部部長は最大の壁だった。

 彼は部室を占拠するプラモデルの数々に良い顔をしていない彼だったが、それでも尚火廣金はめげずに部室の占領をじわじわと続けていた。

 そして昨晩。火廣金は模型部の展示に出展するジオラマをうっかり部室で作ってしまったのである。

 ちょっとだけ、ちょっとだけ、と部分部分を進めているうちに結局完成させてしまったのだ。

 

「……このジオラマ自体、バラして運べるようになっている。だが、部長が部室を見に来たら怒られるのは確実……その前に運び出す」

「よーし、それじゃあクリーチャー総出でジオラマを担ぎ出すっス!」

「ああ。早速取り掛かろう」

 

 そうだ。俺が作り上げてきたものは全部無駄じゃなかった。

 これからも俺が手を止めない限り、プラモ道は続く。

 何処かで聞いたような決意を胸に抱き、火廣金はジオラマに手を伸ばした──

 

 

 

「Oh,my……Gooooooooooooooooooooooood!!」

「!?」

 

 

 

 その時である。

 開いた窓から──何かがジオラマに飛び込んできた。

 戦艦と戦車のプラモデルを巻き込み、飛び込んできた”何か”は床へ転げ落ちる。

 同時にプラモデルは次々に床へ叩き落とされ、あるものは潰され、”各個撃破”されていった。

 呆然と立ち尽くす火廣金。

 ガラクタから起き上がったのは金髪碧眼の美少女。鹿追帽子にコート姿と見た目はほんのりホームズ風味を醸し出しているが、中身はポンコツアホームズ。

 彼女は或瀬ブラン。部のムードメーカーであり、そしてトラブルメーカーであった。

 

「う~……酷い目に遇ったデース……」

「探偵よ、大丈夫か……?」

「サッヴァーク……多分、大丈夫だと思いマース」

 

 と頭を抱えながら彼女は辺りを見回す。

 思わず絶句した。

 ──デュエマ部部室は凄惨を極めていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何コレ」

 

 

 

 ぐちゃぐちゃの部室。 

 灰と化した火廣金。

 腰を抑えるブラン。

 何かがおかしい部室に俺は困惑せざるを得なかった。

 

「あっ、アカル……good morning……」

「白銀耀か……一先ず湿布を探偵に用意してやってくれ」

「……何コレ」

 

 どうしよう。

 やっとの再会なのに全く嬉しくないのは何故なんだ。

 部室の惨状をどうにかしなければいけないが先行して、時間Gメンや歴史改変の事とかすっ飛んでしまった。

 

「頼まれてたクラスメイトの猫探しをしてたら木から落ちちゃって……色々あって部室の窓からダイブしたらこんな事になっちゃったデース!」

 

 どういう状況だよ。

 

「俺の……ジオラマが……」

「それでヒイロのジオラマがこの有様で」

「……ジオラマ? これがジオラマァ!? 何で部室丸々塞いでんの!? 部室丸々要塞じゃん! さっき見た奴よりデカくなってんじゃねえか!!」

「さっき?」

「あ、いや、何でもねぇ」

 

 怒る気力も湧かなかった。 

 これは何かの罰ゲームなのだろうか?

 火廣金は改変された歴史のそれよりもはるかに大きなジオラマを作っているし、ブランは……ブランは……。

 

「どうしたデス? アカル」

「……生きてる」

 

 そうだ。

 ブランがちゃんとそこにいる。

 

「ブラァァァン!!」

「え?」

「生きてる!! 生きてるんだな!! 良かった!!」

「????」

 

 感極まり、ブランに抱き着く。

 良かった。良かった。本物のブランだ。

 生きている。

 

「な、何でいきなりHugしてくるデース!?」

「……ハッ、おい部長! 婦女子に過剰なボディタッチは厳禁だぞ!」

「そうっス、ド助平野郎ッス!!」

 

 復活した火廣金に注意されて我に返る。

 

「アカル……そろそろ離してほしいデース……私も、恥ずかしい……」

「ああ悪い! その、色々あってな」

 

 困惑する様子のブラン。不思議そうな火廣金。

 無理も無いか。彼らは今までに起こった出来事を知らない。

 俺が旅立ったのは2月29日の朝。そこから、ずっと今まで時間は動いていなかったのだから。

 

「もう、いきなり何だったんデスか?」

「あはは、ちょっと、色々命懸けでやってて」

「そういえば部長。制服がボロボロだな。……クリーチャーにでも襲われたのか?」

「クリーチャーならまだ良かったんだけどな」

「何かあったなら私達にも言ってくれればよかったじゃないデスか! 助けに行ったデスよ!」

「お前は猫と戦ってたんじゃねえか」

「俺はジオラマと戦っていたぞ」

「聞いてねえよ。……しかし本当に元に戻ったみたいだな」

 

 デュエマ部の看板があり、部室もあり、ブランや火廣金もちゃんと居る。

 紫月はまだ居ないけど、朝だし教室にいるのだろう。

 この状況では、何か歴史が改変されているとは思えない。

 

「元に戻った? 一体どうしたんデスか?」

「うーん、そうだな」

 

 まだ時間Gメンが何もしていないうちに、今起こっている事態について説明したいんだけどな。

 アカリが戻って来るまで待つべきか? いやでも、完全に不審がられてるしな……。

 

「えーと、どっから説明するべきか」

 

 

 

 

「テメェラァァァーッ!!」

 

 

 

 突如。部室の扉が勢いよく開く。

 後ろから突進してきた何かに俺は突き飛ばされ──頭からジオラマに突っ込んだ。

 

 

 

「ジオラマァァァァ!!」

 

 

 

 オイコラ。俺の心配は無しか火廣金。

 

 

 

「やっべぇ!! 勢いでなんかぶっ飛ばした気がする!!」

 

 

 

 ”なんか”扱いですか、そうですか。

 でも良いんだ俺は……お前らがちゃんと部室に居るだけで満足なんだ。

 ……やっぱちょっと納得いかねえ!!

 

「おい、白銀。大丈夫か? 大丈夫そうだな。ったく、どうしてそんなガラクタに頭突っ込んでんだ? ハハハ、みっともねぇぞオイ」

「あんたが俺をぶっ飛ばしたんだよ!」

 

 ぐらぐら揺れる視界を無理矢理扉へ持っていく。

 見覚えのあるチビ先輩。

 桑原甲がそこに立っていた。

 

「ダメだ、終わった……俺のジオラマがビッグバンフレアしてクラッシュ覇道(ヘッド)した……」

「兄貴ィィィーッ!!」

「アカル! ヒイロが燃え尽きてるデス!」

「うーむ文字通り灰になっておるわい。これ、しばらく元に戻らんぞ」

「そこのプラモ馬鹿一代は捨て置け! それで桑原先輩、どうしたんすか?」

「あ? ああそうだ! 大変な事になってんだよ!」

 

 桑原先輩が慌てて言い放った次の言葉は──

 

 

 

「──紫月が居なくなっちまったんだ!」

 

 

 

 ──更なる事態の混迷の始まりだった。



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GR27話:消えた紫月──新たなる陰謀

 ※※※

 

 

 

 ハンマーで殴られたような衝撃。

 手がわなわな震えて来る。

 

「いなくなったって……どういうことっすか?」

「そうデス! 一体何が……」

「分かんねえ。俺の所には翠月からの連絡しか入ってねえからな。ショックで学校を休む、という連絡だが」

「まあ、ミヅキなら仕方ないデス……」

「捜索届は出したらしい……だが、嫌な予感がするぜ。いつもデッキケースの中に入ってる魔術師(マジシャン)のエリアフォースカードも、シャークウガも居ないっつー話だからよ」

「……どうもきな臭くなってきたな。クリーチャーが絡んでいる事件の可能性が高い」

「つか、攫われたとかだったらシャークウガが何もしていないわけがないもんな。あいつ自身の意思で何処かに……?」

「それなら私達にも何か言えばいいのに……おかしいデス」

 

 何が起こってるんだ?

 紫月が攫われただけじゃなく、自分の意思で何処かに向かった可能性も考えられてくる。

 いや、それだけじゃない。

 もう一つ考えられる可能性。何か、致命的な何かがズレ始めている──!?

 

 

 

「──時間Gメン」

 

 

 

 ぽつり、と俺の口からはそんな言葉が漏れていた。

 

「じかん、じーめん? 何言ってるんデスか、アカル」

「寝惚けているのか?」

「寝惚けてねぇよ! あーくそ、どうやって説明するかな……」

「おいコラ、頭ぶつけたショックでどうにかなっちまったのかよ」

 

 

 

「冗談? いいえ、違いますよ。時間Gメンという組織による歴史改変、それは今確かに起こっている事です」

 

 

 

 全員の視線が再び部室の扉に注がれる。

 アカリがそこに立っていた。

 

「おお! 来てくれたか!」

「誰だ貴様? 何か知っているのか」

「待て待て、そうやってすぐに臨戦態勢取るな! この子は……」

「アカルの知り合いデス?」

「そんな感じっていうか、何というか」

 

 火廣金を押さえつけながら俺は彼女に「早く説明してやってくれ」と促す。

 

 

 

「私は白銀朱莉。耀お爺ちゃんの孫です!」

 

 

 

 その場が凍り付く。

 そして──

 

 

 

「「「えええええええ!?」」」

 

 

 

 至極当然の反応が部室に反響する。

 アカリ。取り合えず今度から何も知らない相手にどう説明するか俺と話し合おうか。

 このままじゃ何時かショックで心臓麻痺する奴出て来るぞ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「未来からやってきた、アカルの孫……?」

「白銀が、お爺ちゃん……?」

「ワイルドカードで世界が滅ぶ? 眉唾だな」

「まあそうすぐに信じては貰えないでしょうけど」

 

 破壊されたジオラマを退け、机を囲って彼らはアカリの説明を受ける事になった。

 が、そう簡単に受け入れられるわけないよな。

 

「本当であります! ウソじゃないでありますよ!」

「まあ守護獣の君が言うならまだ良い。さもなくば部長が悪いクリーチャーに頭を侵されているかと思ったぞ」

「取り合えずお前が俺の事をどう思っていたかは分かった、そこに居直れ」

「でも、実際何があったんだよ? 歴史改変って言われてもピンと来ねえぞ? 白銀テメェ、何か知ってそうだな」

「……なあ……今朝、起きたらデュエマ部が無かった、って言ったら信じるか?」

「──!」

 

 3人は凍り付く。

 そして俺は、今まで何があったかを全て話した。

 俺からすれば数日間、彼らからすれば全く知覚出来なかった歴史の裏の出来事。

 勿論、ブランが居るのでショックを控えめにするために、「過去に殺された」とかロードに関係する箇所は省いたが……。

 

「歴史改変……そんなことが本当にあったってのかよ」

「その前にエリアフォースカードを22枚全て揃えて破滅の日に備える。この日さえ避けられればトキワギ機関は壊滅し、イタチごっこも無くなります」

「不可能だな」

 

 火廣金が言ってのけた。

 

「エリアフォースカードの中には、地形的な問題で現在回収不可能と言われているものもある。例えば──太陽(ザ・サン)なんかが良い例だ。2年前、暴走事例を起こして以降火山に沈んでいる。アレを回収するには次に奴が復活するのを待つしかない」

「そんな事してたら、アカリの言ってる破滅の日がすぐに来ちゃうんじゃないデスか!?」

「そもそも俺から言わせれば破滅の日とやらが疑わしい。ワイルドカードと言えどそこまで被害を拡大させるとは思えない。アカリ君と言ったか。俺達にエリアフォースカードを集めさせて全部横取りするつもりなんじゃないか──」

「おい」

「っ……!」

 

 俺が凄むと火廣金は舌打ちした。

 

「嘘? そんな訳ねぇだろ。未来は本当に大変な事になっていたんだ」

「……悪かったよ、部長。だが、証拠も無しにこんな壮大な話、いきなり信じられるわけがないだろう」

「俺の話じゃ信用に値しねえってのか」

 

 いや、分かり切っていた。

 火廣金の中じゃ俺の信用は既に揺らぎつつあるのだろう。

 改変された歴史でも、あいつはそうだった。

 だけど……こんなやるせない事、あるか?

 

「それとこれとでは話が違う」

「違わねえよ。何が違うんだ言ってみやがれ!」

「テメェら、喧嘩なんざしてる場合かボケッ!」

 

 桑原先輩が割って入る。

 その表情は何時にも増して険しかった。

 それで俺は我に返る。

 そうだ。紫月が居なくなってるのに、こんな所で喧嘩してる場合じゃない。

 

「……すみません」

「だが俺は納得できない。桑原甲。いきなりこんな与太話を君は信じろと?」

「そりゃ……そうだが」

「証拠……かは分かりませんけど、これはどうですか?」

 

 アカリは火廣金の前に何かを投げた。

 それを手に取った彼は目を丸くする。

 

「……馬鹿な! (スター)のエリアフォースカードを何故君が持っているんだ!」

 

 そう。現代では星のカードはアルカナ研究会に保管されているはずなのだ。

 

「同じ時代に同じカードの存在は当然あり得ません。信じていただけたでしょうか?」

「……一応、アルカナ研究会に問い合わせる」

 

 しばらく経っただろうか。

 火廣金は納得出来なさそうな顔で言った。

 

「確かに(スター)は保管されている。そして、目の前にあるそれも……恐らく本物だ」

「じゃあ信じていただけるんですね?」

「不承不承だがな」

「では協力していただきます。時間Gメンがダッシュポイントに干渉すれば何が起こってもおかしくないので」

「それで? 俺達は何をすればいい」

「もし、紫月さんがこの時代にまだ居るのなら、この時代のアルカナ研究会に探せばすぐ見つかると思います。主に何かあっては、エリアフォースカードと守護獣が黙っていられないと思うので」

「その案は検討しよう。こちらから連絡を掛ける。だが、エリアフォースカードを全て集めなければ破滅の日が訪れる……これに関しては、下手な連絡を入れれば魔導司界隈を混乱させかねん」

「あ、そうか……確かに。いきなり全員に信用してもらえるわけねえもんな……」

「あのー、それで」

 

 ブランがおずおずと言った。

 

「……もし、シヅクがこの時代に居なかったらどうすればいいのデス?」

 

 ……沈黙がその場を包み込む。

 そうだ。今回の件は明らかに今までとは違う。

 居なくなった紫月のことを誰もが覚えている。

 だけど、唯の失踪事件にしては妙だ。シャークウガもエリアフォースカードも消えており、彼女も着の身着のまま家を出た形跡があるのだという。

 歴史改変ではない。しかし、唯の失踪事件ではないのはマスターの危機にシャークウガが何もしないとは考えられない事を踏まえれば確かなのだ。

 今までの事態と照らし合わせても、どうすれば良いのか全く分からない。

 

「見つけないと──何が何でも……っ」

 

 立ち上がった途端、眩暈がした。

 火廣金とブランが慌てて俺の身体を支える。

 

「部長! フラフラじゃないか!」

「目に隈が出来てるデース!」

「駄目だよ、紫月が一人で辛い思いしてたら……酷い目に遇ってたらと思うと……助けに行かねえと……!」

「無茶であります! マスターは今まで、激しいデュエルを何度も繰り返して消耗しているでありますよ! 幾ら休息を挟んでも、一度のデュエルであれだけダメージを受けていれば、次はどうなるか……!」

「テメェ、そうやってずっと今まで一人で戦ってたのかよ!? 無理を押し通してか!?」

「無茶でも何でも……!」

「いいえ、いずれにせよ事態を静観するしかないようです」

 

 淡々とした調子でアカリは言う。

 どうして、と食ってかかろうと睨んだが──彼女も辛そうな表情をしていた。

 

「先ず、度重なる時間移動でカンちゃんが既に疲弊しきってます。数時間のインターバルが必要です。そして何より、まだ紫月さんの異常の原因が分かってないんです」

「……そう、だよな」

「部長。もしただの失踪ならば、アルカナ研究会が全力で捜索して見つけてくれるだろう」

「もし、それで見つからなかったら……?」

「原因は別にあるんでしょうね……歴史改変ではない、何かが。それについては、私も2079年に連絡するので」

「その連絡とやら、この俺も立ち会って良いか? 疚しいことがないなら……構わないな?」

 

 火廣金の提案にアカリは頷く。

 そうだよな、やはり彼の事だ。何としてでもタイムダイバー、そして異なる時代の存在をその目で確かめたいのだろう。

 まだ信用しきっては居ないようだった。

 

「アカル。今日はもう授業休んだ方が良いデス。ノートは私が執っておくデスから」

「そうか? 悪いな」

「悪いな、だなんて言わないでくだサイ! デュエマ部も、私も……アカルは守ってくれたんデショ?」

「テメェは日頃から無茶苦茶し過ぎだからな」

「……ああ、じゃあお言葉に甘えて」

「お爺ちゃん。続報が来次第、連絡を飛ばします」

「こちらも何かあったら、すぐに伝える」

 

 こうして──紫月の失踪という靄を残したまま、俺は学校を出る事になった。

 確かに、もう今日は真面目に授業を受ける気力なんて無かった。

 それにじれったくて仕方が無い。紫月に何かがあったのは確かなんだ。だというのに……俺には何も出来ないだなんて。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──毎度ー」

 

 

 

 結局そんな気持ちもあってか、家に真っ直ぐ帰ることも出来ず、俺はカードショップでジョラゴンのデッキに必要なパーツを一通り揃えていた。

 ジョラゴンで捨てると強いカード、アカリのデッキに入っていたような初動を固める自然のジョーカーズ等。

 そしてカードを全て机の上に並べていると──不思議と、死神の事件の際、紫月がふらふらになってデッキを組んでいた時のことを思い出す。

 あいつ、夢中でカードに向き合ってて徹夜続きになってぶっ倒れたんだっけ。あの時は黒鳥さんが入院していたから必死になっていたんだよな。

 あの時俺は、悪い事ばかり考えるなって言って無理矢理休ませたけど……。

 

「なあ、チョートッQ」

「何でありますか?」

「俺さ。やっぱ紫月の事ばっかり考えちまうんだ。あいつが今どうしているのか分からないのが……すっげぇ不安なんだ」

 

 ──紫月は、初めての後輩だった。

 特に部活というものをしていなかった中学時代を経験していたのもあり、後輩という存在は新鮮だった。

 なのに、ちょっとは慕ってくれるかと思ったらすぐに寝るわ口を開けば毒ばかり吐くわ、おまけにブランと一緒になって好き放題やるわ……どうなるかと思ったよな。

 だけど……あいつはちょっと素直じゃなかっただけで、俺が全力をぶつければ100%であいつも全力で答えてくれた。

 譲れないものには全力なあいつを、俺が信頼するようになって……あいつも、俺の事を信用してくれるようになって。

 顔には出ないけど、紫月も熱いやつだって分かったんだ。

 

「ノゾム兄が倒れた時も……あいつ、わざわざデュエマで俺の性根を叩き直しに来たもんな。人は見かけによらないっていうか」

「スパルタでありますな……」

「ああ。だけど、そんなあいつだから……俺も一緒に居て欲しいって思えたのかもな。あいつは、俺に期待してくれてる。あいつのおかげで──俺は部長であることに誇りを持てるんだ」

 

 普段は気だるげだけど、全力な時は誰よりも必死で。

 鉄面を気取っているくせにすぐに照れたり、素直じゃなかったり……かと思えばストレートに思いを伝えてくるような女の子らしいところもあって。

 そして──誰よりも真剣にデュエマを追いかけてきたあいつとデュエマするのが大好きで、一緒に戦ってくれるのが俺もすごく頼もしかった。

 そうだ、俺が戦えて来れたのは……先輩としての使命があったからだ。

 

「悪い事ばっかり考えるなってあいつには言ってたけど、俺、全然……人の事言えねえよ」

 

 俺が先輩で、あいつが後輩で──俺を奮い立たせてくれる存在。

 「これからもよろしくお願いします」ってあいつは言ってくれたのに。

 まだ、ちゃんとその答えも言えてなかったのに!

 

 

 

「──紫月……!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「それで、如何されますか? ”お嬢様”」

 

 自信満々に出て行ったはずが、任務を失敗して帰って来たマリーナ。

 当然彼女の失態をシー・ジーが見逃すはずは無かった。嘲笑うように嫌味たっぷりにシー・ジーは言い放つ。

 

「まあ、今回の件で分かったでしょう。幾ら貴女が技術顧問と言えど、任務をこなすのには向いていない。聞けば、私の部下を起用せずオーラ兵器に頼り切っていたと聞きました」

「あーら、言ってくれるじゃない。それなら、もっとダミーエリアフォースカードの性能を上げるべきですわね。貴方達の部下、エリアフォースカード使いとまともに対等に戦えないじゃない」

 

 だからこそデバイスで出力を極限まで上げる戦法が確立されたのだけども、とマリーナは付け加えた。

 やはり、それほどまでにエリアフォースカードの魔力と言うものは膨大なのだ。

 

「まあ良いですわ。今回の件で、ドラゴンのデータが新たに採取出来ましたものー、オーッホッホッホッホ!」

「採取?」

「そうですわ。白銀耀がエリアフォースカードの力で《ジョット・ガン・ジョラゴン》を覚醒させましたの。そのデータを使い、《ドラガンザーク》をドラゴン・コードにする計画が前倒しになりましたわぁ。任務が失敗しても、新兵器の開発が進むなら何も問題ないですわね」

「ふ、ふざけるな! 貴女は任務を何だと思っているんだ! 歴史はあんたの実験場じゃあないんだぞ!」

 

 

 

『Gメン懲罰開始(パニッシュモード)! (ザ・ムーン)、エンゲージ!』

 

 

 

 その音声が無機質に響き渡ると共に、重力を無視してシー・ジーの身体が天井へ叩きつけられた。

 

「ぐえええええっ!?」

「あーやかましいですわね。そんなに仕事が欲しいなら、貴方にもあげますわぁ」

 

 パチンッ、とマリーナが指を鳴らす。

 今度はシー・ジーの身体が天井から床へ勢いよく落下する。

 炸裂音と聞き違う程の音を立て、彼の身体は跳ね跳んだ。

 

「あ、う、い、いだだ──」

「上層部からの次の任務──それは、黒鳥レンの歴史の改竄、ですわ」

「うっ、ぐぐ、ぅう……!」

 

 彼を踏み躙りながら──マリーナは冷酷な笑みを浮かべてみせた。

 

「何故、今になって黒鳥レンの歴史を……!」

「東亜列島の何処かに潜伏しているマフィア組織”ハングドマン商会”。彼らの所持する死神(デス)のエリアフォースカードは早期に機能停止させておかなければいけない代物ですわ。そこで、貴方にも仕事をあげると言っているんですのよ?」

「何?」

 

 

 

「まあ、期待しておいてくださいな。オーッホッホッホッホ!!」

 

 

 

 ──この女……!!

 ギリッ、とシー・ジーは歯を食いしばったまま、地に伏すしか出来なかった。



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GR28話:消えた紫月──結束する決意

 ※※※

 

 

 

「──成程。そして、これがワンダフォース……GRクリーチャーを呼び出す種族のカードか」

「はい。レジスタンスが保持しているのは、ジョーカーズ、ビートジョッキー、メタリカのカードです」

 

 タイムダイバーの中に火廣金を呼んだアカリは、机の上にGRクリーチャーを並べてそれらの解説をしてみせる。

 オレガ・オーラのこと、GRクリーチャーのこと。

 それら全てを事細かに説明し終わった後、疑問の声を上げたのは桑原だった。

 

「あ? てェこたぁ、グランセクトはねぇのかよ」

「先程言った、オレガ・オーラのカードにグランセクトのカードは存在しますが……」

「ちっ……恩恵を受けるのは、白銀と火廣金、或瀬の3人ってことじゃねえか」

「ループしか芸の無い脳筋ゴリラにGRは扱いきれないというわけでしょう」

「あんだとコラ」

「というか、桑原先輩。何故貴方も着いてくるんですか」

「理由が無きゃ来たらいけねえのかよ? まあ、タイムマシンなんて科学の芸術の極みみてーなもん、死ぬ前に拝んどかなきゃ損ってもんだしよ」

「そこに芸術を挟む意味はあるのか……」

「ともかく、これは後程ブランさんにも教えておかないといけないことです。GRは知っていなければ初見殺し。何も分からないまま敗けます」

「ま、だろうな。しかしタダでクリーチャーがポンポン出て来るとは、これが未来のデュエマか……ひょっとして今と大して変わらないか?」

「展開力は大幅強化されましたよ。ビートジョッキーのね」

 

 カードを手に取り、火廣金はその1枚を吟味する。

 《KAMASE-BURN》。GR召喚する火の呪文だ。

 

(確かに本物のデュエマのカード……これをそのまま今の魔法で使う事も出来る。だが、GRゾーンのカードが無ければ紙切れ同然か)

 

 火廣金は白い紙束に目を遣る。

 その中から1枚1枚カードを取り出していくと、眉を顰めた。

 

「む……何だコレは? ふざけているのか?」

「ふ、ふざけてなんかいませんよ! 普通のクリーチャーが超GRの力を得る事で、GRクリーチャーの力を得る事があるんです」

「おい、ふざけてるって何だよ。今日の火廣金、レディに厳しすぎるんじゃねーか?」

「これを見てもふざけてないとでも?」

 

 火廣金は苛立った様子でカードの1枚を見せる。

 そこに描かれていたのは──カートゥーン調で描かれた見覚えしかない猿人の姿。

 

「《ドドド・ドーピードープ》! この薬を決めたような名前に、カートゥーンなイラスト! 何をどうしたらこうなった!?」

「お前は部屋で万年接着剤のシンナー吸ってる癖に何を今更」

「人聞きの悪い言い方をするな! 換気には気を使っている……つもりだ! それより、ビートジョッキーがどうしてこんな事に! こいつは何処からどう見ても我が切札の一角、《ドープ”DBL”ボーダー》だろう!」

「ビートジョッキーのクリーチャーが超GRの力を得ると、爆発とコミックの力を身に着けたみたいで……」

「馬鹿な! 兵器とメカの力ではなく!?」

「それはジョーカーズですね」

「普通に考えて逆だろう逆! 三枚目は部長とジョーカーズのポジションだろうが! チェンジだチェンジ!」

「でーきーまーせーんー! 揺らさないでくださいー!」

「ハハハハハハ、ザマァ見ろ! 年中年柄爆発しまくってる速攻脳筋単細胞野郎にはマンガがお似合いだぜ! まあこれで一つビートジョッキーも芸術に近付いた訳だ!」

「何だと貴様ッ……!」

 

 笑い転げている桑原。完全に火廣金は愚弄された気分だった。

 GRクリーチャーと言われてお出しされたものは、自分の知る姿とはかけ離れたビートジョッキーの姿だったからだ。

 しかもそことなく元になったクリーチャーの面影が見える分タチが悪い。

 

「仕方ない、兵士は使えるものは何でも使う。此処は一旦飲み込もう」

「へえ、随分と割り切りが良いじゃねえか」

「後輩の安否が掛かっているのだ。戦力増強が出来るなら、それに越した事は無い。これが信用に足りるものか否かは……実戦で判断するが」

「ほう、実戦でか。そりゃまた思い切ったな火廣金」

「火廣金さん……お爺ちゃんから聞いていた通りの人です。実直で、ストイックな軍人気質の……プラモデルオタクだと」

「最後で台無しだ」

「事実だろうが」

「ともかく、GRの力をお気に召していただいて有難い限りです」

「一言もそんな事は言っていないが、そういう事にしておいてやる」

「取り合えず、通信準備を整えるので。もう少ししたらお知らせしますね」

 

 どうやらレジスタンスの団長とやらと、違う時代に居ても通信が出来るらしい。

 彼女を見れば全部信じてくれますよ、とアカリは言う。

 だが火廣金はどうも腑に落ちなかった。

 なぜかあの少女……信用ならない。理由は分からない。まだこの目で歴史改変や時間Gメンとやらを見たわけではないからかもしれない。

 それでも──何か、引っ掛かるものがあった。

 カンと言ってしまえばそれまでだったが、カンと切り捨ててしまうのも違う気がした。

 

「なあ火廣金。一つ聞いて良いか?」

「何ですか」

「テメェ、普段はもうちょい女の子に優しいだろ。レディファーストがお前の信条だろ」

「……」

「今日のお前、機嫌悪いのか? まあ機嫌如きで揺らぐフェミニズムなんざ大した事は──」

「それが、俺にも分かりません」

「え?」

 

 桑原は目を丸くした。

 いつも神妙な顔をして眉に皺が寄っている火廣金だが、今日は一際何か思い当たるものがあった。

 魔導司なりのカンなのだろうか。

 

「何故だか分からないが、彼女を見ると胸騒ぎがするんですよ」

「アカリが悪い事を考えてるってのかよ? まだ疑ってんのか」

「そこまでは言ってない。言っていないですが……何処か底知れないんです。物腰柔らかいくせに、妙に強かだ」

「そうかぁ? 普通にお人好しの女の子って感じだけどよ」

「エリアフォースカードの使い手は多けれど、彼女はやはり何か特異なものを隠している気がするんです」

「そうには見えねえが」

「……一つ、講義を先輩にしましょう。タロットカードを魔術で学問するアルカナ学に於いて、世界(ザ・ワールド)のアルカナは天体のアルカナを直接従える立場にあります」

「天体のアルカナ? いきなり何の話だ」

「そう。世界のアルカナから、3つの天体のアルカナが分岐し、そこから残る18のアルカナに分岐した……これが魔術の始まりです」

「だが、何で世界が天体を従える? 普通逆じゃねえか? 天が地を従えるって感じでよ」

「天体……星も月も太陽も、世界が定義しなければ唯の球体。世界があり、初めて彼らは名のある星として権能を発揮するからです」

 

 故に、世界(ザ・ワールド)に直結するカードは天体のカード。

 太陽(サン)(ザ・ムーン)、そして──(スター)

 照らす大地があって、初めて星は星であることが出来る。照らす世界無くして太陽は太陽足り得ず、月もまた月足り得ない。

 故に、天体が帰る場所は全ての礎である世界。

 文明と大地の行き着く先である包括的な意味を持つ世界(ザ・ワールド)

 

「よく分かんねーな。もっと分かりやすい例えは無いのか?」

「例えば幾らアイドルと言えど、ファンが一人も居なければアイドルと言えない。教師と言えど生徒無くして教師と言えない。国は民無くして国と言えない。……そして星のまた世界無くして星とは言えない。星の名を定義できる文明も無ければ、照らす大地も無いからです」

「……そう言う事なら理解出来たぜ。で、何が言いたい?」

「つまるところ、太陽(サン)(ザ・ムーン)、そして──(スター)。この3枚は、エリアフォースカード全ての頂点に立つと言われる最後のカード、世界(ザ・ワールド)と一部の能力を共有しており、恐ろしい力を持っています」

「……てこたぁ、あのアカリって子……只者じゃねえってことか」

「はい。恐らく、世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカードと言えど1枚だけでは世界を支配するだけの力は得られません。太陽(サン)(ザ・ムーン)。この2枚がトキワギ機関とやらの手に落ちているからでしょう。でもそれも尚、世界が完全にトキワギの手に落ちてないのは……」

「あの子が(スター)のエリアフォースカードを持っているから、か……」

 

 とすれば、彼女はレジスタンスにとっても希望の星であることは間違いない。

 しかし同時に火廣金は底知れなさも感じていた。

 あれだけの年齢の少女が一人、エリアフォースカードで戦っていた?

 あの白銀耀でさえ、エリアフォースカードを持つ仲間が居なければ此処まで戦い抜けることは出来なかったはずなのに。

 

「まあ考えすぎかもしれませんが」

「……そうだろうよ。現に、白銀はあの子に助けられてるんだから……」

 

 

 

「あ、二人とも! 繋がりましたよ! 特に火廣金さんには会ってほしいんです!」

 

 

 

 部屋に入って来たアカリがモニターを映し出す。

 現れた顔を見て桑原も、そして何より火廣金は驚愕の表情を浮かべた。

 無理も無い。そこにあるのは、老いたトリス・メギスだったのだから。

 確かに一瞬戸惑った。

 しかし、何度も行動を共にしている事と姿に面影があったからだろうか。

 思わず火廣金は言葉を漏らす。

 

「トリス!? トリス……なのか?」

「おーう、繋がったか。久しぶりに顔を見ることができたな、ヒイロ」

「嘘だろ!? このしわくちゃの婆ちゃんがトリス・メギスか!?」

「魔術回路の一部がぶっ壊されて、義体を交換出来なくなった。この身体が最後の一個だ」

「……そうか」

「だが、60年ぶりにお前の顔を見れて良かったよ」

「お前は未来のトリス……間違いないんだな?」

 

 彼女はこくり、と頷く。

 しゃがれてはいるが、はっきりと現代の彼女を思わせる声でトリスは言った。

 

「ならば教えてくれ。ワイルドカードが……本当に世界を滅ぼすのか?」

「滅ぼす。いや、現に一度世界は滅んだ」

「……!」

「ワイルドカードによる破局は、信じたくねえが本当みてえだな……!」

 

 火廣金は一度目を瞑る。

 そして──覚悟を決めたように問うた。

 

 

 

「教えてくれ。何があったのかを事細かく。俺は──お前の話なら、信じられるかもしれない」

「良いぜ。お前達から見た1か月後、世界に何が起こるかを、たっぷり教えてやる」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──最初に目覚めたのは彼女だった。

 

 

 

 ──彼女が絶望し、傷つき、俺の所にやってくるまで俺は何も知らなかった。

 

 

 

 ──俺は……何も持っていなかった。

 

 

 

 ──それでも、あらゆる手を尽くすしかないじゃないか。

 

 

 

 ──だって──たった一人で戦う後輩を、どうして放っておけるだろう。

 

 

 

 ブツリッ

 

 

 

 電源コードが抜けたような音が頭蓋骨の内側に反響する。

 飛び起き、背中がびしょびしょになっていることに気付く。

 今のは……()()()だ?

 分からない。

 断片的で、抽象的で、中学生のクソったれたポエムのようだ。

 はっきりと見えたのは、後輩の顔だけ。

 だけど──何故だろう。今の夢に、妙な異物感を感じるのだ。

 俺じゃない誰かが見た夢を映像のように見せられたような……そんな気分だ。

 ……病気だな、我ながら。こんなに恋焦がれるように、あいつの夢を見るなんて。

 見ると、机の上の皇帝(エンペラー)のカードが光っている。まさか……お前が見せたのか?

 

「まさかな」

 

 そう言って、俺は再び机に向かう。

 ……寝起きだからか、やる気が出てこない。

 昼飯を適当に済ませた俺はデッキを組んだまま突っ伏して寝ていたらしい。

 

「アカルー? 起きたデス?」

「あー、起きた起きた。あんまり気持ちの良い目覚めじゃないけど……」

「……」

「……」

 

 あのう、ブランさん。

 何で貴女、男の部屋に入っているんデス?

 

「おいブラン。何で俺の部屋入ってきてんの」

「我が案内したでありますよ!」

「俺が起きるまで鍵開けるなよ! せめて起こしてからにしてくれ!」

「アカルの寝顔、ばっちりシャッターに収めたデス!」

「人の間抜けな寝顔を勝手に撮るなーっ!」

「ふむ、成程これは確かに間抜け面じゃのう。ふぁーあ」

「サッヴァークのもあるデスよ!」

「待てい探偵、何でそんなものがあるんじゃ!?」

 

 慌てふためくレアなサッヴァークが見られた瞬間だった。

 デジカメの画面には、情けなく大口を開けて縁側で寝るサッヴァークが映っている。

 どうやら火廣金に頼んでクリーチャーも映るようにしてもらったらしい。

 

「ふーむ成程確かにこれは間抜け面。裁きの真龍が聞いて呆れるぜ」

「むぐぐぐ……これは一本取られたぞ」

「写真だけに、でありますな!」

 

 しょうもない事を言ってると、分解されるぞ新幹線。

 

「って、そうじゃなくて! 何しに来たんだよ! 授業は!?」

「とっくに終わったデス。ノート取ってあるから、写しておくデスよ」

「お、おう……悪かったな」

「でもでも、そんなの後回しデースよ! ケーキも買ってきたのデース! 一緒に食べマショ? 疲れた体には、甘いモノデスよっ。アカル」

「……ああ、お前には本当に頭が上がらないよ、ブラン」

「にひひっ」

 

 はにかんだ笑みを浮かべるブラン。

 本当に、彼女にも助けられてばかりだ。

 甘い物は癒しだ。身体と脳に活力をくれる。

 

「美味しいデス?」

「ああ。いつもの所だろ? 奮発したな」

「アカル、頑張ってたみたいデスから」

「気遣わせたか?」

「全然。アカルが無茶しすぎなのは何時もの事デスけど……ちょっとは自分の身体を労わってほしい」

 

 ケーキも一通り食べ終わった後。

 ブランは何時になく神妙な顔で俺に問いかける。

 

「……アカル。さっきの話、隠してる所あるデショ?」

「何故そう思う?」

「私の話をするとき、明らかに辛そうだったデス。デュエマが消された手口は分かったデスけど……私は歴史改変されてどうなったのか、意図的に伏せたデスよね?」

「……流石、神楽坂先輩から受け継いだ探偵術だ。やっぱ敵わねえよ」

「ブラン殿! マスターはブラン殿に気を使って……」

「気を使う必要なんてないデス! 私達、仲間デショ!?」

「っ……」

「時間Gメンがどれだけ大きな存在でも、私は……アカルの味方デス。じゃなきゃ、今までの私に嘘を吐くことになるデスから」

「……分かった」

 

 俺は一呼吸置いた。

 そして──言った。

 

「あいつらは、人の歴史を書き換える為なら人殺しだってやる連中だ」

「……!」

 

 警戒するようにブランの目が見開いた。

 

「それも、小さい子供でもお構いなしだ。あいつは、小さい頃のお前を狙った」

「……そうだったんデスか」

「でも、俺が阻止した! だからお前は今、此処にいるんだ」

「でもそれって、すっごくscaryデス……子供の頃を狙ってくるなんて、不可避じゃないデスか!」

「改変出来るのはダッシュポイントの時代だけだ。今度は絶対に先回りして阻止してやる」

「……そう、デスね。耀は……特異点デスから!」

「やっぱ……いざ伝えられると、不安だよな。だから教えたくなかったんだけど」

 

 それでも俺はあの時後悔した。

 覚悟が出来ずに伝えることが出来ず、ロードを逆に傷つけた。

 今度の事件は、誰もが傷つかずにはいられない。

 俺も、そして皆もだ。

 

「でも、それだけじゃないんデショ? アカル、まだ何か隠してるデス」

「……悪い。これだけは、言えないんだ。本当に、ごめん」

 

 そう、もう一つの歴史のロードの事。

 それは今、彼女の前に出すべき事ではないと思った。

 話そうと思っても、これだけは──喋れなかった。

 

「……俺は、都合の良い事だけしか話せねえ嘘つきだ。こんなんだから、お前を不安にしちまうんだろうな」

「確かにそれは嘘吐きかもしれないデス。でも……誰かを不幸にしないための嘘なら、何より、アカルがそこまで言うなら、わざわざこれ以上追及する必要もないデス」

「ブラン……」

「だって、アカルは私の親友デスから!」

 

 そうか。

 それでもお前は信じてくれるのか、俺の事を。

 俺は……改めてブランとの結びつきの強さを実感する。

 ああ、こいつは文字通りの「親友」だったな、と。

 

「それに、探偵は依頼人の秘密を守るのは当然デスから! 覚悟は出来てるデスよ。この特大のヤマに挑む覚悟!」

「そうだったな。お前なら……そう言うよな」

「当たり前デス! この事件、絶対に解決してみせるデスよ! この私に出来る事なら何でもやるデス!」

 

 良かった。

 ブランは……何時も通りだ。

 

「私はアカルと友達になって、今此処にいるデス。アカルが居たから、此処まで来れたんデス。なりたい自分になる勇気、その最初の一歩をくれたのはアカルだヨ?」

「……ブラン」

「My best friend……アカル。一緒に、シヅクを助けだそう?」

「ああ」

 

 差し出された手を取る。

 Best friend。これ以上ない賞賛の言葉じゃないか。

 そうだ。それなら存分に彼女の力を借りよう。

 

「そうと決まれば、じっとしてられねえ! ブラン、組んだデッキの調整に付き合ってくれ!」

「りょーかい、デス!」

 

 

 

「グギュルルルァァァァァァァァァーッ!!」

 

 

 

 束の間の平穏とは、えてして一瞬で崩れ去る。

 デッキを取り出した途端、外から聞こえて来る耳を劈くような金切り声。

 それは、招かれざる客の来訪を示していた。

 

「な、何デスか……!」

「まさか……!」

 

 鳥のような鳴き声。

 聞くだけで粟立つ背中。

 イヤな予感は──往々にして当たるものだ。

 

 

 

「マスター! ドルスザクの気配でありますよ!」



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GR29話:消えた紫月──轟き怒る魔神

 ※※※

 

 

 

 外を羽ばたく巨大な翼。

 既に、空は禍々しい黒に染まりつつあった。 

 目の前にいるのは無月の大罪を背負ったドルスザク──の、はずだったが……。

 

「な、何デスかコレ……!」

「怪物……!?」

 

 前に見た時よりも、その姿はおどろおどろしく崩れ果てていた。

 肥大した翼は腕のように太く、鍵爪を携えている。

 極めつけはその頭部。

 家を飛び出してきた俺達を、巨大な一つの眼球が覗き込んでいた。

 怪物が咆哮する。 

 そして、突如──周囲の木々が、家が、まるで腐り落ちるようにして崩れていく。

 

「むっ!!」

 

 刹那、サッヴァークが巨大な球体の障壁を貼った。

 

「サッヴァーク、今の攻撃は何なんだ!?」

「分からぬ……! だが、無作為にあらゆるものを崩壊させておるわ!」

「ど、どうするんだよ!? そんな奴近付けねえぞ!?」

「一先ず、空に逃げ──」

 

 言うが早いか。

 怪物の巨大な腕が迫りくる。

 それがサッヴァークの障壁に一瞬で罅を入れてしまった──間もなく、砕け散る!

 

 

 

「部長ッ!!」

 

 

 

 その時。

 身体が浮いた。

 ずううん、と巨大な墜落音が響き、怪物の巨椀が地面へ振り下ろされたことを確認する。

 では、俺達を空中に連れ去ったのは──

 

「火廣金!?」

「それに”轟轟轟”ブランド!?」

「話は後だ! 嫌な予感して先に駆け付けた! サッヴァーク、彼らを頼む!」

「うむ。しかしヌシが挑むのか?」

「ヒイロ、此処は私に任せるデス!」

「いや、レディ。君はまだGRの力を手に入れていない。俺の見立てが正しければ、あの怪物がオレガ・オーラとやらなのだろう。ならばこちらもGRの力で挑むのが筋だ!」

「火廣金、お前……使えるのか!?」

「信じてやる。こんな荒唐無稽な話、これっきりにしてほしいがな!」

 

 サッヴァークの腕に飛び乗った俺達を後目に、”轟轟轟”ブランドと火廣金が怪物目掛けて飛んで行く。

 魔方陣が浮かび上がり──詠唱がはっきりと聞こえた。

 

 

 

「起動術式Ⅷ──戦車(チャリオッツ)!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 火廣金と怪物のデュエル。

 龍になり損なった怪鳥のようなクリーチャーは、涎を滴らせ、濁った咆哮を辺り一面に轟かせる。

 

「グッギュルルルルァァァァァァァーッ!!」

「何ともまあ悍ましい怪物だ……! 

 

 おまけに、確認されているどのドルスザクとも姿が違う。本当に未来のクリーチャーと言う奴か!

 火廣金は感心しつつも、不気味さを感じていた。

 気色が悪い。その一言に尽きる。

 

「俺のターン、2マナで《一番隊 チュチュリス》を召喚! ターンエンド!」

「グ、グギュルルルルァァァァーッ……!! 《リンリ》、投影(オーライズ)……《ダラク丙-二式》……!!」

 

 現れるのは《幽具 リンリ》。

 その能力で受話器型のオーラはターンの終わりに墓地を増やしてしまう。

 

「GRクリーチャーの上に重ねられた横向きのカード、あれがオレガ・オーラか……!」

「アニキィ、あんなカード見た事無いッスよ! やっぱりあのアカリって奴の言ってる事、本当だったッス!」

「ハッ、狼狽えるな。本当だったところで所詮オーラ等、クロスギアのまがい物だ。こっちは数で押す」

 

 アカリに貰った超GRゾーンのカード。

 それを宙に放る。

 束に掛けられた電子錠が音を立てて解き放たれた──

 

 

 

「超GRゾーン、アンロック──情け無用、戦闘開始ッ!」

 

 

 

 その声と共に白い裏面のカードが円を描いて大穴を造り出す。

 同時に火廣金は素早く3枚のマナをタップしてみせた。

 出すのは、超GRからクリーチャーを呼び出す種族、ワンダフォースのカードだ。

 前髪を掻き分けた彼は巨大な怪物に人差し指を突き立てる。

 狙いを定めるようにして──

 

「先ずは試し撃ちだ。《チュチュリス》でコストを軽減し、《HAJIKERO・バクチック》召喚!」

 

 現れたのは爆竹の如き容貌のクリーチャー。

 それに引き寄せられるようにしてGRゾーンからクリーチャーが飛び出した。

 

「《バクチック》が場に出た時にGR召喚する。《ロッキーロック》をGR召喚! さらにこいつはスピードアタッカーになっている!」

 

 ヒッヒャァァァーッ、と甲高い笑い声と共にカートゥーン調の猿人が飛び出した。

 その頭には爆弾が括りつけられており、慌ただしく駆け回っていた。

 

「そのままシールドをブレイク!」

「ギュリィッ……!! S・トリガー……《ケルベロック》、投影(オーライズ)……《シニガミ丁-二式》」

「そして、《バクチック》の効果でGR召喚したクリーチャーはターンの終わりに破壊される。《ロッキーロック》を破壊」

 

 爆弾が爆ぜ、粉微塵になる《ロッキーロック》の身体。

 しかし──粉塵が晴れると、その場にはクリーチャーの影が残っていた。

 

「最も、《ロッキーロック》は場を離れた時にタップ状態でGR召喚する。《ドドド・ドーピードープ》……こいつは少し甘くないぞ。パワー7000のW・ブレイカーだ」

「アニキ、思うにタダで出て来るパワー7000のW・ブレイカーってヤバくねッスか?」

「これでビジュアルさえもう少し格好が付けば完璧だったが、カードパワーは及第点をくれてやる。嫌いじゃない」

「オラァーッ! アニキのお墨付きも貰った超GRの力はサイキョーッス! コーサンするなら今のうちッスよ!」

 

 騒ぎ立てるホップ・チュリス。

 しかし──火廣金は嫌なものを感じ取っていた。

 まだ、油断するのは早い。確かに超GRの力はすさまじいものだ。

 だが、相手はあのドルスザクのオーラ。嫌な予感がした。

 

 

 

 

「し、ぢょょ、ぅ、セ、イ、ハ、みぇ、で……い、いぃぃぃぃギュルルルルァァァァ」

 

 

 

電龍(ドラゴン)……電龍(ドラゴン)……終焉電龍(ジ・エンドラゴン)

 

 

 

 

 空に刻まれていく星々。 

 それらが戦場に降り注ぎ──場にいた2体のクリーチャーを破壊した。

 そして黒い渦が皆諸共に巻き込み、黒い翼、無数の瞳、そして凶悪な鍵爪を携えて──電子の龍となって顕現する。

 

 

 

 

解禁(ぁん・リーしゅぅぅぅ)……《卍∞ ジ・エンデザーク ∞卍》ゥゥゥゥゥ」

 

 

 

 

 黒い風が戦場を吹き荒らす。

 その中に鎮座する最早龍とも鳥ともかけ離れた凶暴で醜悪な怪物。

 崩れかかった身体はボコボコと泡立っており、ところどころがポリゴン崩壊を起こしていた。

 その悍ましさに火廣金は口を噤む。

 ──これが……ドラゴンの、オレガ・オーラだと?

 

「冗談じゃ、ないッ……!!」

「ゴ、ギュルルルルァァァァァァァーッ!! 《ザーク卍ウィンガー》!!」

 

 咆哮が轟いた。

 怪物に取り込まれたのは大きな翼を生やしたチップ。

 場を離れる代わりにオーラ2枚を山札の下に置くことで生き残るGRクリーチャーだ。

 更に、《卍∞ ジ・エンデザーク ∞卍》を場に出す代償のために踏み壊された《シニガミ丁-二式》。その効果によって落とされたカードのうち1枚が浮かび上がる。

 オレガ・オーラが──怪物の口に取り込まれていった。

 

「うじゅるるるるるるる、《卍魔刃 キ・ルジャック》……!」

 

 取り込まれた壊刃のオーラ。

 その刃が次々に火廣金の場を蹂躙していく。

 《バクチック》も、《ドーピードープ》も諸共に破壊されてしまった。

 

「成程な、墓地を増やしながら相手のクリーチャーを排除していく……! これが闇のオーラとやらの戦い方か!」

「アニキ、確かあいつら、墓地が溜まったらヤバい奴らが出て来るんスよね!?」

「速攻で片付けたい。しかし、手札にある()()()()()は、場にクリーチャーが並んでなければ出せない」

「じゃあ、どうするんスか!? 他に有効そうなカードは無いんスよ!?」

 

 叩き潰すしかない。

 相手が大きく動き出す前に、速攻で片付ける。

 さもなくば、食われる。

 あの怪物に──

 

「部長は、こんなクリーチャーと戦っていたのか……!」

 

 彼を一瞬でも疑っていた自分が恥ずかしくなる。

 そうだ。あのアカリという少女が信じられなくとも、自分が信じられる上司(部長)──白銀耀を信じるしかないというのに。

 奮い立たせるように火廣金は目の前の醜悪な敵を睨む。

 

「無月の大罪ァァァァイ、投影(オーライズ)……《デ殺パイダー》──ッ!!」

「っ……!」

 

 今度は《チュチュリス》が破壊されてしまった。

 これで彼の場は全滅。

 更に手札は残り2枚。

 赤単の速攻デッキには絶体絶命とも言える状況だった。

 

「無月の大罪……!? オーラ版のB・A・Dみたいなものか! おのれ、ビートジョッキーの専売特許をよくも……!」

 

 ターン終了時に無月の大罪の代償で《デ殺パイダー》が破壊されたので相手の場数は増えなかったものの、GRクリーチャーの《補充 CL-20》が破壊されたので手札を引かれてしまった。

 手札も、場も、完全に差を付けられてしまった。

 

「ホップ、勝負を付ける。このターンで、だ」

「アニキ。大丈夫なんすか? あの未来のトリスから話聞いた時、大分動揺してたみたいッスけど……焦って、失敗とかしねえッスよね!?」

 

 ホップの言う通りであることは百も承知だった。

 火廣金はタイムダイバーの中で未来のトリスに全てを聞いた。

 ワイルドカードの大氾濫、アルカナ研究会の末路。

 そして自分の生死すら不明だという事実──それは、少なからず火廣金の冷静さを乱していた。

 それでも──

 

「兵士は、何時か死ぬ。死ぬつもりの覚悟を以て戦場へ赴くのだ」

「で、でも──」

「俺は死ぬ。命ある以上、何時かは死ぬ。ひょっとすれば、それはワイルドカードの大氾濫とやらの日かもしれないな」

 

 ホップが心配そうに彼の顔を覗き込む。

 しかし、杞憂であったことに気付いた。

 

 

 

「だが俺の命が尽きるのは今日でも、ましてこんな所でもない!」

 

 

 

 火廣金緋色は──諦めていない。

 

 

 

「この程度の敵、簡単に粉砕出来ずして何が灼炎将校(ジェネラル)だ。俺は──未来という最高に手強い敵を相手取らなければならないのだから!」

 

 

 

 山札に手を翳す。

 このカードが全てだ。

 それを──引き切った時。

 火廣金緋色は博打を打つ覚悟を決めた。

 

「俺のターン。B・A・D・Sでコストを軽減し、手札を捨てて《“必駆”蛮触礼亞》を唱える!」

「ア、アニキィィィーッ! 良いんスか!? 本当に!?」

「確かに何時ものデッキならば無謀な賭けだ。しかし、GRがある今……決して無謀な策ではない! 《龍星装者 ”B-我”ライザ》をバトルゾーンへ!」

 

 現れたのは全身を青い鎧に包んだ猿人。

 龍を呼ぶ侍龍の化石を身に着け、その刀を振るう──

 

「総員待機! フォーメーション、G・G・G(ゴゴゴ・ガンガン・ギャラクシー)だ! 手札が1枚以下の時、《ライザ》はスピードアタッカーとなる!」

 

 強大な怪物へ駆ける《ライザ》。

 このままでは無謀な単騎突撃だ。しかし──

 

「そして俺のクリーチャーが攻撃するとき、《ライザ》の効果で山札の上から1枚を表向きにし、攻撃したクリーチャーのコスト以下のクリーチャーを場に出す」

 

 ──《ライザ》は援軍を呼ぶ能力を持つ。その能力は自身だけではなく、味方全員に付与される。

 しかし、これも賭けに等しかった。それこそ《”末法”チュリス》でも引かない限り、呼び出すクリーチャーのコストは先細りしていき、失敗する確率も高くなるのだ。

 

「最もそれは、()()()()()()()()()の話だがな」

「ぐぎゅるるるぁぁぁ?」

「怪物。教えてやる。君の時代、どのようなデュエリストが居るのか知らんが……この俺、火廣金緋色に出会ったのが運の尽き。君には何もさせない」

 

 一閃が虚空を薙ぎ払う。

 そこから現れたのは──ドローンのようなクリーチャーだ。

 

「来い、《DROROOON(ドロロン)・バックラスター》! その能力でGR召喚する!」

 

 灼熱が周囲を包み込む。

 来る。

 自らの身体を流れる戦車(チャリオッツ)の魔力が迸っているのを彼は感じていた。

 背後から飛び出す《”轟轟轟”ブランド》。

 彼が超GRの大穴へ飛び込んでいく──

 

「轟き怒るは灼炎の魔神。全軍突撃の準備をせよ!」

 

 MASTER。

 その紋章が焼きつけられる時。

 火文明の王者が勝利の雄叫びを上げた──

 

 

 

限界破壊(リミットブレイク)──《”魔神轟怒(マジゴッド)”ブランド》!!」



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GR30話:消えた紫月──不死身のドルスザク

 全身重機を背負った猿の王。

 それが地中から豪快に飛び出す。

 その姿を見て──火廣金は何処か安堵の笑みを漏らし、そして次の瞬間には鋭い光を瞳に走らせた。

 

「行くぞ。《ライザ》でW・ブレイク!」

「ギュリリリィ──《モンス・ピエール》ゥゥゥゥゥ!」

 

 現れたのはスレイヤーとブロッカーを併せ持つオーラ。

 しかし、その程度では最早火廣金は止まりはしない。

 

「《バックラスター》で攻撃──するとき、《ライザ》の効果で《GIRIGIRI・チクタック》をバトルゾーンへ! その効果で、相手のシールドが4枚以下の時GR召喚する。《ソニーソニック》をGR召喚だ!」

 

 その攻撃は通すのか、シールドが更にブレイクされる。

 しかし、相手も往生際悪くS・トリガーを繰り出してきた。

 

「ト、リガァァァ、《轢罪 エクスマ疫ナ》ァァァァ!!」

「ッ!」

 

 次の瞬間、周囲に瘴気が広がり渡った。

 それと同時に《ソニーソニック》と《チクタック》が破壊されてしまう。

 

「っ……《”魔神轟怒”ブランド》で攻撃するとき、《ライザ》の効果発動!」

 

 山札の上を表向きにした。

 此処で援軍が呼べなければ、もう勝機は無い。

 唯さえ、相手にはまだブロッカーが居るのだから。

 しかし。

 

「しまった──《”末法”チュリス》……!?」

「コスト6!? 出せねえッスよ!」

 

 ハズレ。

 連鎖はそこで途切れた。

 《モンス・ピエール》が《ブランド》目掛けて大量の銃弾を飛ばし、その身体に穴を穿っていく。

 もう、後続のクリーチャーは居ない。なぜなら焼き払われてしまったから。

 

「アニキィ! もうダメッス! やっぱり、無謀な賭けだったんスよ!」

「……それはどうかな」

「えっ!?」

「……言っただろう。運命を超えるには、この程度の逆境乗り越えずしてどうする、と。なあ、そうだろう──我が切札、《ブランド》よ!」

 

 まだ、死んでいない。

 《ブランド》の目の光は──再び輝く。

 火廣金の前に魔方陣が浮かび上がった。

 

「次発装填……再突入。《”魔神轟怒”ブランド》、超天フィーバー発動」

 

 直後。

 《ライザ》と《バックラスター》が再び起き上がる。

 

「アニキ、これって──!」

「《ブランド》の超天フィーバー。それは、このターン中火のクリーチャーを5体以上場に出していれば、最初の攻撃時に自分のクリーチャーを全員アンタップする事だ!」

「ぎゅりぃぃぃっ!?」

 

 唯では死なない。

 犬死はしない。

 それが──軍人の吟司というもの。

 《ブランド》が爆発四散しても尚、その屍を乗り越えて《”B-我”ライザ》が再び斬りかかる。

 

「効果発動! 山札の上から1枚を表向きにして、それがコスト8以下のクリーチャーなら出せる──!」

「ぐ、ぐぎゅるるるるる」

 

 表向きになったカード。

 それを繰り出す時、火廣金の口元は薄っすらと笑っていた。

 

「来い、《ホップ・チュリス》!」

「っしゃぁぁぁーっ! 何かすっげー、危ない橋渡ってた気がするッスけど、此処まで来たら突っ込むだけッス!」

「最後まで気を緩めるな。《ライザ》で最後のシールドをブレイク」

 

 トリガーは無い。

 醜く叫び続ける崩壊した怪物に、トドメの一撃を火廣金は突き立てた。

 

 

 

「《ホップ・チュリス》で、ダイレクトアタック!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 崩壊していくドルスザクの怪物。

 そこから颯爽と火廣金が”轟轟轟”ブランドと一緒に飛んで戻って来る。

 

「これで、一見落着……なんデスかね?」

「なあ、もう終わったのか? 早くねえ?」

「この俺を誰だと思っている。……まあ超GRとやらの有用性だけは認めざるを得ないようだがな」

 

 それ以外はまだ胡散臭いがな、と彼は付け加える。

 どうやら、新カードの力にご満悦らしい。

 事実──彼は、俺が苦戦したドルスザクのオーラ相手に然程苦戦した様子を見せなかった。

 超GR……ジョーカーズ以外の種族にもとんでもない可能性を引き出すようだ。

 

「それで? あの怪物は一体何処から来たんだ」

「分からねえよ。そういや、いつもは時間Gメンが居るんだけど」

「ねえ、アカル。何であのバケモノ、消えてないんデス……?」

 

 そう言えば。

 火廣金に粉砕されてぐちゃぐちゃに飛び散っていた怪物だったが、まだ消えていない。

 ……まさか。

 

 

 

「ぐぎゅるるるるるるぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 

 

 身の毛がよだった。

 まるで時計の針が巻き戻るかのようにして、怪物は再び元の姿へ再生してしまった。

 それどころか、またあの咆哮で周囲の物を見境なく腐り落としている──!

 

「気を付けろ! まだあいつ、生きておるぞ!」

「嘘だろ!?」

「……馬鹿な、手応えは確かにあった! ワイルドカードなら今ので沈んでいるはず──待てよ」

「気付いたか魔導司。儂も探すのに少し時間がかかったが……もし事実ならかなり厄介じゃぞ」

「だが有り得ない! どうして()()があんな化物に取り込まれているんだ……!」

「ヒイロ、どうしたんデスか!?」

「……非常にマズいのは確かでありますな」

 

 チョートッQが顔を顰めている。

 一体何に気付いたんだろう。勿体ぶらずにさっさと教えて欲しいんだけど。

 

「ともかく離脱する! あの怪物、俺の予想通りなら何度倒してもイタチごっこだ!」

「はぁ!? 一体どういうことだよ!?」

 

 その時。

 怪物が一際大きな咆哮を上げたかと思えば──空一帯も、そして俺達も瘴気に包まれる。

 同時に──サッヴァーク、そして”轟轟轟”ブランドの姿が消えてしまった。

 

「なっ……!?」

「落ち──!?」

 

 支えるものが無くなった俺達は、重力に従って落ちるしかない。

 すぐさま地面、即ち怪物の大口目掛けて叩き落とされることになった。

 何があった!?

 まさかあの咆哮、クリーチャーを弱らせてしまうのか──!?

 

「紐無しバンジーなんてゴメンデース!!」

「すまん……力が出ぬ……!」

「チョートッQ、どうにか出来ねえのかよ!?」

「我も出てこれないであります……」

 

 駄目だ。

 万事休す。

 落下スピードを止める手立てなんて──

 

 

 

「お爺ちゃん!」

 

 

 

 

 その時。

 アカリの声が聞こえて来る。

 一体何処だ!?

 と地面を見やった時、そこには空に浮かぶせんすいカンちゃんのハッチからアカリが飛び出している──いや、でも無理だろ! 

 頭から落ちてるのに、あんなところに着地なんて出来ねえよ!

 

「こういう時こそヒーローの出番なんじゃないかなあ!!」

 

 無理ゲーを強いられると思われたのも束の間。

 俺達の身体はふんわりと煽られ、そして優しく船体に着地したのだった。

 風のクッションだ。俺達の落下衝撃を和らげてくれたのだろう。

 そしてこんな事が出来るのは──

 

「ゲイル、助かったよ! お前はやっぱりヒーローだ!」

「ハハハ! 礼には及ばなさいさ。この程度、造作ないからね!」

 

 ゲイル・ヴェスパー。

 桑原先輩の守護獣である彼が操縦席越しに風を操ったのだろう。

 流石、”天風”の異名を持つグランセクト。こんな形で命を助けられるとは。

 

「と、取り合えず中に入りマショ!? つるつるしてて滑り落ちそうデス!」

「皆さん、一人ずつハッチの中に入ってください! ね!」

 

 画して──俺達は何とかカンちゃんの中に入り込み、九死に一生を得たのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「危なかったな、白銀。ゲイルっつーか、せんすいカンちゃんが来るのがもう少し遅かったらと思うと」

「助かりました桑原先輩……」

「もう紐無しバンジーは勘弁デース……」

「でも、早すぎてもあの怪物の瘴気にやられてたと思います」

『ボク、あいつの周りすっごくイヤー……何かすっごく気持ち悪かった』

 

 クリーチャーを弱体化させ、実体化させなくしてしまう瘴気。

 ドルスザクのオーラが桁違いに強いのは分かっていたが、あれほどまでとは。

 前に見た時と姿が違うし、やはりパワーアップしているのだろう。

 

「お爺ちゃん。あの怪物は恐らく、過去の時代で発生したと思われます」

「時間Gメンがまーた歴史改変したってことだな」

「しかし……今回は、その時間Gメンの姿が見当たりません」

「クリーチャーが居るなら、使い手も居るはず……何で居なかったんデショウね?」

「オーラとやらが勝手に暴れでもしない限り、制御する人間がいるはずだ。しかし、もしかすると制御出来なくなったのかもしれないな」

 

 火廣金は深刻な様子で目を伏せる。

 

「どうしてそう思う?」

「あの怪物が倒しても復活する理由……心当たりがあるんだよ」

「そういえばそんな事言ってたデス。一体どうしてなんデスか?」

「……これは、あの怪物が過去からやってきたという前提の推測だ」

「その前提は正しいと思います。現に、ダッシュポイントは発生しているので」

「そうか。ダッシュポイントとやらは何年に発生しているんだ?」

「2014年の海戸ニュータウンです」

 

 そりゃまた近くの時代に発生したもんだ。

 しかも、俺達にとって決して無縁ではない場所。

 

「なら確定だな」

「おいおい魔導司サンよ、勝手に一人で納得してんじゃねーぜ」

「うるさいですね。あんたにだけ教えないぞ」

「もーう、喧嘩は止すデース!」

「火廣金。良いから教えてくれ。サッヴァークもチョートッQもダウンしちまって、口が利けないんだから」

「……分かった」

 

 彼はコホン、と軽く咳払いすると言った。

 その口から飛び出たのは──

 

 

 

「あのドルスザクのオーラは……他でもない太陽(サン)のエリアフォースカードを飲み込んでいる。この時代では絶対に回収出来ないはずのカードを……だ」



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GR31話:鎧龍へ─AD2014

太陽(サン)のエリアフォースカード。ドルスザクはその力で何度も再生しているに違いない」

 

 

 

 2018年現代では回収不能と言われた太陽(サン)のカード。

 問題は──それに秘められた力だ。今の火廣金の話が本当なら、太陽(サン)のアルカナはクリーチャーに不死身の力を与えるとでもいうのだろうか。

 

「火廣金、太陽(サン)のアルカナの魔法ってどんな力なんだ? 不老不死にでもなれるのか」

「過言ではない。太陽(サン)とは、世界の真理に近い力の一つ。不滅と誕生を司るアルカナの力は生命力を活性化させる」

「生命力の活性……成程、だからドルスザクが倒しても復活するのデスね!」

「その一方、太陽(サン)は疫病と厄災の力を秘めたアルカナでもある」

「? 何でだよ」

 

 明るくて暖かいってのが一般的な太陽のイメージのはずだ。

 何故疫病と厄災を司るのだろう。

 

「恐らくは神話の太陽神・アポロンの権能に由来すると思われる。陽光の神であると共にその弓矢は疫病をもたらして人に死を与える。実際の太陽も同じだ。陽光は恵みをもたらすが、日照りは干ばつをもたらして人々を苦しめるだろう」

「太陽の両方の側面に由来するってわけデスね……」

「故に太陽のアルカナは病魔と恵みの両方を司る力とされている。相反する両方の力を行使する以上……死神(デス)吊るされた男(ハングドマン)悪魔(デビル)のアルカナのように闇文明と親和性が高い」

「ってこたぁ、ドルスザクとも相性が良いってことだな……って、納得してる場合じゃねーぜ! コイツの話が本当ならよ、不死身の怪物に勝ち目なんかないんじゃねえか!?」

 

 桑原先輩が頭を抱える。

 そりゃそうだ、俺だって不老不死の相手を倒す方法なんて思いつかない。 

 あの怪物は別の時代から来たんだろうが、そもそも何処でエリアフォースカードを取り込んだんだ?

 もし太陽(サン)のカードがトキワギ機関の保有しているものだったら、手の付けようがないぞ?

 

「アカリ。あのエリアフォースカードはいつのカードだと思う? もし、あいつらが持ってる2079年のものなら……手が付けられないんじゃないか?」

「その通りです。”2079年の太陽(サン)”を怪物が取り込んでいた場合、私達は真っ向勝負を挑まなければならなくなります。歴史修正し直して怪物をいなかったことにすることすら出来ませんから」

「……マジかよ。不死身の怪物相手に真っ向勝負って、絶対無理ゲーだぜ」

「まあ、最悪の可能性も考えたのですが……恐らく、その必要はないみたいです」

 

 アカリはデバイスを展開すると、壁に映写機のようにして画面を大きく映し出した。

 そこには──点と点で繋がれた図。その中の一つが赤く、そして大きく光っていた。

 

「さっきも言った通り、ダッシュポイントが発生しているのは2014年の鎧龍です」

「何で分かるんだ?」

「大まかな年代ごとに時代を時系列順に並べたデータです。その中の一つに異常数値が確認されています。改変された可能性が高いです」

「分かるもんなんだな! 科学の力ってすげーっ! おい白銀ェ、テメェの孫って優秀過ぎねえ? 本当にテメェの孫か?」

「俺が出来が悪いみたいな言い方は流石に怒りますよ桑原先輩」

「歴史の異常はダッシュポイントを飛び飛びの時代に連鎖的に作るので特定が難しい時がありますが、タイムダイバーに掛かればどこが異常の原因か時間を掛ければ分かります。そこを潰せば、ダッシュポイントは全部消えます」

「凄いデス! これで勝ちの目が見えてきたデスね!」

 

 それにしても鎧龍決闘学園で2014年って──まだ黒鳥さんたちが現役の頃じゃないか!

 

「鎧龍が世界のデュエリスト養成学校対抗の大会で優秀したって年だろ!? 黒鳥さんやノゾム兄も在籍してるわけだし、マジモンの黄金時代じゃないか!」

「ってことは中学校時代の黒鳥サンにも会えるデース!?」

「過去の人間に干渉したら後が大変ではないか?」

「何でデース? ヒイロ、絶対面白いデスよ!」

「俺はSFを履修しているからな。そんな事をして、また歴史が変わったらどうする」

「そ、それは……そうデシタね……」

「大丈夫ですよ。クリーチャーの力で歴史を捻じ曲げない限り、ダッシュポイントが修正されると共に全部元通りです」

「そういう事なら興味が無いわけではないが……」

「お前ら当初の目的見失ってないか!?」

「先が思いやられるなぁ、こりゃ」

 

 呆れた様子で桑原先輩は苛立ち混じりに言った。

 翠月さんの事も気にかかっているのだろう。

 

「これは希望的観測だが、紫月が消えた原因が2014年にあるかもしれねえんだ。早くあいつを見つけねえと、翠月も凹んだままだぜ」

「そっちの手掛かりも出来る限り集めないとデスね!」

「時間Gメンを絞れば何か情報が手に入るかもしれないが、簡単に口を割るとも思えねいな」

「何だって良い。今は藁にも縋る思いだ。血の繋がった姉弟と離れ離れになる辛さは……俺も分かってるからな」

 

 桑原先輩……お姉さんが病気で入院したままだったからな。

 肉親思いな所は暗野姉妹と共通するところがある。やはり心配なのだろう。

 

「勿論! ブランちゃんが、その辺りもバッチリ調査するデスよ!」

「テメェに任せて大丈夫なのかよ!」

「失礼デスね! 私はちゃんと、キメるところはバッチリキメる名探偵デスから!」

「ともあれ、先ずはあの怪物を止めるのが先決です。あれを放置していたら、現代に大きな影響が発生しますからね……」

 

 タイムダイバーは2014年へ舵を切った。

 俺達にとっても浅からぬ因縁を持つ地、海戸。

 そして──黒鳥さんのルーツとも言える学園、鎧龍決闘学園に向かう為に。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──とはいえ、時の回廊を穏やかに進むタイムダイバーはしばらく平穏そのものだった。

 最初は気張っていた俺達も、戦闘時でもないのに気を張り詰めているのが馬鹿らしくなり──そして、今や第二の部室と化したタイムダイバー内の部屋でくつろいでいたのだった。

 

「それにしても、タイムダイバーの中って快適デスよねー! こんな部屋が隠されていただなんて、四次元ポケットみたいデース!」

「そうだな……旧型のタイムマシンって、すっげぇ揺れて大変だったんだぞ」

「お爺ちゃんなんて吐いてましたしねー」

「アハハハハ、吐くなんてアカルは情けないデース!」

 

 誰の所為だと思ってるんだアカリ。

 俺の扱いが雑な所為だろ。

 

「おいアカリ、ちょっと爺ちゃんと話し合おうか」

「あ、あれ、もしかしてマジで怒ってたり……?」

「たりめーだ! あん時はマジで死ぬかと思ったんだぞ!」

「まあまあアカル、良いじゃないデスか。結果的に生きてたんだし」

 

 結果的にはな!

 だけど時を超える度にあんな死ぬ思いをするのはごめんだ。

 タイムダイバーに乗れて本当に良かったと今は思ってる。

 

「オイコラァ!! テメェはやっぱりここでぶっ潰す!! 芸術的に!!」

「情け無用、戦闘開始」

「ねえ、あっち殺伐としてるけど大丈夫なんですか?」

「争いは同レベルのもの同士でしか発生しない、ほっとけ」

「そのうち対消滅するデス」

 

 取っ組み合いながらデュエマを始めている火廣金と桑原先輩を俺は流し見した。

 部室から持って来たジュースを飲みつつ、視線を目の前にやる。

 にこにことしているブラン。そして、膝の上に乗せられているアカリ。

 これは一体どういう組み合わせなんだ?

 

「いやー、アカリはCuteデスねー。アカルの孫とは思えないデース!」

「何なの? お前、さっきから俺に喧嘩売ってんの?」

「いやあ、可愛いだなんて……あたし、戦いのことばかりだから、そんな事全然ないかなって」

「何自信の無い事言ってるデスか! もうちょっとファッションに気を使えば、すっごく可愛くなるデスよ!」

「可愛い……あたしが……」

「そうデース! シヅクも、アカリも、私の可愛い妹分デス!」

「妹って、年下って決まったわけじゃねえだろ」

 

 そう言えば俺、コイツの事まだよく分からない事があるんだよな。

 年齢とかはその一つだ。せめて年上か年下かどうかは聞いておきたいんだけども。

 

「そう言えばアカリ、お前今何歳なんだ?」

「アカル、女の子に年齢聞くのはマナー違反デスよ」

「はぁーあ、これだからマスターは万年カードが恋人なのでありますよ」

「デリカシーゼーロ、デース!」

「聞かれて返答に詰まるような年齢には見えねえだろいい加減にしろ」

「あだだだ、カード引っ張るのやめるでありますよ!」

 

 いきなり出てきて俺を煽る新幹線のカードにお灸をすえる。

 こいつの所為でいつも話が途切れるじゃねえか、ふざけんなよ。

 

「それで実際アカリは何歳なんだ?」

「えと……今年で15歳です」

「2歳年下!? それなら猶更妹みたいなものじゃないデスか! うりうり」

「あうっ、顎の下撫でないでください……へ、変な声出ちゃいますから……」

 

 こいつそういえば、この間花梨にも同じ事やってたな。

 同性へのスキンシップが過剰というかなんというか……お国柄もあるんだろうが、あいつの素を考えると神楽坂先輩の影響としか考えられない。

 

「アカリ、嫌だったら嫌って言うんだぞ。後ブラン、勝手にお姉ちゃん面すんな」

「だってアカリ、可愛いデスもん。しかも、ヒイロからあんなふうに言われて可哀想デース。私は味方デスからねーっ」

「あたしも悪い気はしないかなって。あたし、捨て子でお姉ちゃんとかいなかったから新鮮で……」

「アカリ……うーっ、一人で頑張ってたんデスね! 此処では私がお姉ちゃんと思って良いデスから!」

「一人でって、お爺ちゃんやレジスタンスの皆とかも居ましたから」

「それでもデス! シヅクと言い、アカリと言い、色々抱え込み過ぎなんデスよ。耀とかに相談出来ない事、何でも言ってくだサイ!」

「それで紫月からうざがられてただろ」

「うざっ、ってそんな事ないデース!」

「……あの」

 

 アカリがふと、おずおずと問うた。

 

「そういえば私、紫月さんのことあまり知らないんです」

「知らない? 未来の俺から何も聞いてないのか?」

「はい……むしろ紫月さんの事はトリス団長から聞いてて……トリス団長もあまり話したがらなかったんです」

「……何でだ? ブランや桑原先輩の事は知ってんだろ?」

「はい。でも、お爺ちゃんもトリス団長も紫月さんの事だけはついぞあたしに詳しく話してくれませんでした」

「……」

 

 何でだ?

 どうして紫月の情報だけをアカリに伏せたんだ?

 どうせ俺の所に向かわせるなら、他の仲間と一緒にあいつの事も話せばいいのに。

 

「オルァァァーッ!! どうだ見たかゴルァァァ!!」

「おのれ《タマタンゴ》、こいつさえ居なければ今頃全勝だったのに……!」

 

 ……考えるのはやめよう。

 横が騒がしいので悩もうにも悩むことすら出来ない。

 本当、火廣金と桑原先輩って仲が悪いよな。何なんだろうな。

 まだ険悪って程じゃないのが救いなんだけれども。

 

「お爺ちゃん、そろそろ着くと思います」

「ああ……そうだな」

「浮かない顔ですけど、やっぱり気になるんですか?」

「……ああ。だけど今は──目の前の事に集中しないとな」

 

 そう、目の前の事。

 まずは未だにいがみ合っているそこの二人からどうにかしなければなるまい。

 ……先が思いやられる。胃薬ってタイムダイバーに積んでたっけ?

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──2014年、鎧龍決闘学園。

 ガラス張りの校舎がニュータウンの中央に聳え立つ学び舎は、今日も何事も無く一日が過ぎようとしていた。

 しかし、平穏とはえてしてあっけなく崩れ去るものである。

 学生の束の間の昼休みに、それは音も立てずに現れた。

 

「おい、あれ見ろよ」

「何だ? 暗いな……雨か?」

 

 サッカーボールを持ち出した男子生徒が空を目掛けて指差す。

 そして次の瞬間──目を見開いた。

 空から──無数の異形が降り注いでいた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……お爺ちゃんっ、大変です! 既に大量のオーラが確認されています!」

「ど、どうなってやがんだ……!?」

 

 

 

 タイムダイバーは無事、2014年の鎧龍決闘学園に浮上した。

 しかし──窓から見える景色は異様そのもの。

 空から降り落ちる異形。

 そして、逃げ惑う鎧龍決闘学園の生徒たちの姿。

 ちょっと待て、流石に手が回るのが早すぎやしないか。

 

「こいつら全員、オレガ・オーラか!? 魔導具ではなく!?」

「間違いないです、そもそも魔導具なんてクリーチャーはこの時代にはまだ存在してないので」

「とにかく早く外に出──どわぁぁぁ!?」

 

 次の瞬間、衝撃がタイムダイバーを襲った。

 悲鳴を上げたのは当事者であるカンちゃんだった。

 

「ヒエェェェ、マスター助けてェ! 早速何かに攻撃されてるんだけど!」

「既に場所も割られてる……!?」

「もしかしてもしかしなくても、待ち伏せされたデース!?」

 

 ハッチから慌てて這うようにして出た俺達。

 見ると──巨大な亀の如きドルスザクオーラがこちら目掛けてのしのしと迫ってきていた。

 火廣金が臨戦態勢を取る。

 

「とにかくこのままではタイムダイバーが危ないのではないか!」

「待ってください! 皆さんはエリアフォースカードを優先して! タイムダイバーは責任持ってあたしが守ります!」

「無茶デース!?」

「それにタイムダイバーを再度隠すことが出来るのも、あたしだけです!」

「……此処はアカリを信じよう。このままじゃ、この時代の生徒達が危ない」

「で、デモ──」

「ブランさん、安心してください。あたしは──レジスタンスの希望の星ですから!」

 

 ドルスザクの前に立ち塞がったアカリはエリアフォースカードを掲げる。

 此処はどうやら彼女に任せるしかないらしい。

 

「うう、危なくなったら逃げるデスよ! 逃げるが勝ちデース!」

「はいっ!」

 

 空間を開いた彼女を背に、俺達は走り出した。

 一抹の不安を覚えた俺だったが──かといって、此処に気を取られてばかりではいけない。

 目の前には大量のオーラが空を覆っている。

 このままでは学園に保管されているであろうエリアフォースカードが取られるのも時間の問題だ。

 

「早速沢山出てきてる! 助けねえと!」

「生徒達を襲ってクリーチャーに目を向けさせ、その間に手薄なエリアフォースカードを狙う……ってところか」

 

 2014年の鎧龍決闘学園は、世界大会明けで平穏な日々が訪れていたはずだった。

 しかし、時間Gメンの介入は既に行われているのだろう。

 早速大変なことになっている。

 

「しかし、幼稚な戦略だ」

 

 そう切って捨てるのは火廣金。

 真っ先に”轟轟轟”ブランドが飛び出して、空目掛けて飛んで行った。

 ロケットブースターで加速した拳で、空中に飛び回るクリーチャー達を一気に焼き尽くす。

 

「エリアフォースカードも気掛かりだが……魔導司としては人命優先。邪魔をするならば灰燼に帰すまでだ」

「おいコラ! 抜け駆けてんじゃねーぞ! ゲイル、俺たちも行くぜ!」

「戦闘員相手の大立ち回りこそヒーローの──」

「んな事良いからさっさと行けェ!!」

「はいはい、マスターはせっかちだねえ、嫌いじゃないけど!」

 

 ゲイルがマフラーをはためかせると、それが刃となってオーラ達を切り裂いていく。

 オーラは実体のない影のようだが、体の中心に埋めこまれているチップを破壊されると消えてしまう。

 それを瞬時に見抜いたのか、ゲイルも”轟轟轟”ブランドも空から降り落ちてくるオーラを次々に殲滅していった。

 一騎当千という言葉が相応しい戦いっぷりだ。

 

「こうしてみると、ゲイルと”轟轟轟”の戦闘力は半端じゃねえな……あれだけ戦ってもガス欠しないんだからよ」

「大した事は無い。これでも本業は魔導司だからな」

(ストレングス)は魔力の宝庫だからな! どっかのプラモ魔導司よりも俺は頼りになるぜ」

「いちいち俺と張り合わなければ死んでしまうのか、あんたって人は……これだから虫けらは」

「うっせぇ! テメェ、俺をいっつも見下してんだろ! ぜってー認めさせてやる」

「そういうところなんだよ、あんたが先輩らしくないのは!」

「あーあ、ちょっと褒めただけで喧嘩始めたデス」

「ほっとけほっとけ」

 

 守護獣と召喚獣が空を駆け飛ぶ中、俺たちは校舎に向かって走っていく。

 火廣金と桑原先輩に関しては取っ組み合いながらであったが、俺たちは静かに彼らから目を反らした。

 しかし、倒せど倒せどクリーチャー達の数が減る気配は無かった。

 やはり魔導具型オーラを生産しているドルスザクのオーラが居るのだろうか、辺りを見回したその時だった。

 

 

 

「グッギュバァァァァーッ!!」

 

 

 

 突如、周囲が暗くなる。

 上から咆哮が響き渡り──

 

 

 

「いっ、マジかよ!?」

 

 

 

 すんでのところで俺達はその場を走って脱した。

 空から落ちてきたのは──全身が刃に覆われたドルスザクのオーラだった。

 巻き起こる黒い竜巻はゲイルの旋風を打ち消し、”轟轟轟”ブランドの態勢を大きく崩してしまう。

 2体はそのままグラウンドに叩きつけられてしまった。



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GR32話:鎧龍へ──疑念

 呻き声を上げるゲイル、火廣金の取り出したカードの中へ戻るブランド。

 今までの雑魚たちとは当然比べ物にならない強さだ。

 

「《卍魔刃 キ・ルジャック》……時間Gメンが使ってたドルスザクのオーラだ……!」

「魔力量が膨大過ぎる──! 流石にデュエルで決着を付けなければ不味い……!」

「へっ、それならむしろ俺のホームグラウンドだ! 返り討ちにしてやる!」

 

 俺がエリアフォースカードを掲げて臨戦態勢を取ろうとしたその時。

 更に黒い渦が2つ、全員を取り囲むようにして現れた。

 

「なあっ……!? まだ出て来るのかよ!」

「まさか、これって──!」

 

 黒い渦は徐々に異形としての姿を象っていく。

 キ・ルジャックがもう2体、その場に現れた。

 そして──3つの影が重なり、俺たちを吹き付ける風が更に強くなる。

 エリアフォースカードの輝きが消え失せた。空間を展開できない──!?

 

「チョートッQ、どうなってんだ!?」

「魔力負けでありますよ! あのオーラ、あまりにも強大になりすぎてこちらの空間を掻き消しているであります!」

「魔力負けとかそんなのあるなんて初耳デース!?」

 

 駄目だ。力押しは無理、しかも空間も開くことが出来ない。

 これだけの人数が居るのに、オーラに対して誰一人対抗出来ないのだ。

 キ・ルジャックの周囲に巨大な刃が飛んで舞う。

 それが俺たちを目掛けてぐるりと弧を描き──振り下ろされた。

 

 

 

「──醜いな」

 

 

 

 轟轟と音を立てる竜巻の中で──そんな声が聞こえた気がした。

 直後、俺たち目掛けて放たれた刃の軌道が逸れる。

 まるで、何かに歪められたかのようだった。

 目を開けると、そこには──威風堂々と怪物に相対する黒髪の美少年。

 

 

 

「決闘空間……解放」

 

 

 

 そんな言葉と共に、周囲の空気が一気に変わる。

 キ・ルジャックの攻撃はそれによって中止させられた。

 魔導司? エリアフォースカードの使い手?

 いや、そのどちらにも当てはまらない。なぜなら、アルカナの力を感知できるエリアフォースカードがうんともすんとも言わないのだ。

 間もなく、少年とキ・ルジャックの姿が見えなくなる。

 空間の中に1人と1体は飲み込まれてしまったようだった。

 

「い、一体何が起きてるんデス……!?」

 

 ブランが呆けたように言った。

 にわかに信じがたい。エリアフォースカードの使い手でもなければ、魔導司でもない少年がクリーチャーと戦っているなんて。

 しかもあの後姿、俺には確かに見覚えがある。

 凛々しい佇まい、何処か影のある背中。そして──凍てつくような声。

 しばらくして、空間が崩れ落ちる。

 そこから現れた少年の名を、俺は知っていた。

 

 

 

「黒鳥さん……!!」

 

 

 

 

 間違いない。

 確かに俺の知っている黒鳥さんよりも若い。

 だけど、確かに黒鳥さんで間違いない。顔の輪郭も、瞳も、全部彼と同じだ。

 髪が短くて顔がやつれてこそないが、確かに彼そのものだった。

 だが当然、この時代に生きる彼は俺の事を知っているはずもない。

 風が止んだ事でようやく立ち上がることの出来た俺に向かって黒鳥さんは怪訝な目を向けた。

 

「何だ貴様達は……見ない顔だが、クリーチャーの見物か?」

「あ、いや、俺たちは……」

「しかもこんなに……他の奴らは逃げていたのに貴様らはわざわざこんな所に残っていたのか。余程命が惜しくないと思われる。いや──」

 

 ギラリ、と彼は火廣金と桑原先輩を睨みつけた。

 

「クリーチャーを使役していたな? チビの貴様と焦げた髪の貴様だ。まさかこの事態、貴様らが引き起こしたのではあるまいな」

「チビって……」

「焦げた髪……」

「事実だろう。さあどうなんだ?」

「俺たちは味方です!」

 

 俺は必死に訴えかける。

 此処で敵認定されるのは不味い。

 何でか知らないけど黒鳥さんは実体化したクリーチャーと戦う力を持っている。

 プレイヤーとしても手強い彼を敵に回したくはない。

 

「そもそも僕の知らない所でクリーチャーの力が扱える時点で怪しい」

「ヒイロみたいな理屈で難癖付け始めたデース!」

「君は俺をそんな風に思ってたのか!?」

「そもそも制服からして他所の学校の人間だろう。即答出来ないということは、心の中に疚しいものがある証拠じゃないか? なぁ、どうなんだ?」

「え、ええと、それは……」

 

 どうしよう、なんて説明しよう。

 こんな場面で未来から来たとか言ったら、それこそ戦闘になりそうな権幕だ。

 あれ? おかしいな、この人中学生だよな? まだ俺達より年下だよな? 何で気圧されてるんだ俺達。黒鳥さんの纏っている妙な気迫って、この頃からあったわけ?

 神楽坂先輩の時は良かったけど、今回の相手は……あの黒鳥さんだ。しかもすっげぇ機嫌悪そうだし。説得するのも難儀しそうだぞ。

 

 

 

「おいおいレン。いきなり疑ってかかったらカワイソーだろ?」

 

 

 

 その時。

 調子の軽い声が聞こえて来る。

 陽光に照らされたサングラスに、茶色の癖っ毛。

 そして不敵な笑みを浮かべ──彼は臆することなく黒鳥さんの前に立つ。

 

「っ……危ないから下がってろと言っただろう」

「まあまあ、そう怒りなさんな。つーか、危ないから下がってろって過保護か?」

「そういうわけじゃない。貴様、今の自分の状況が分かっているのか」

「よぉ、あんたら。見た所、此処の生徒っぽいけど……レンとノゾム以外でクリーチャーの力使える奴は久々に見たわ」

「ヒナタ! 人の話を聞け!」

 

 ……ヒナタ?

 何だろう、どっかで聞いたことのある名前だ。

 ぶつぶつと「ヒナタってヒナタって……」と桑原先輩が何やら呟いている。

 

「どしたんすか、先輩?」

「あのな白銀よ、鎧龍でヒナタっつったらピンと来なきゃダメだろ」

「界隈では有名な人デスよ!?」

「……俺も噂には聞いたことがある」

「え? マジ? 火廣金も知ってるって、マジで俺が疎いだけ?」

「はぁーあ、これだから白銀は芸術じゃねーんだよなぁ。仮にもデュエマプレイヤーだろーがよ!」

 

 何だその返事。芸術じゃないって何なんだ、意味が分からない上にすっげぇムカつく。

  

 

 

「あれは暁ヒナタ──『鎧龍の太陽』にして、伝説の闇の貴公子・黒鳥レンが公式戦で唯一勝ち越し出来なかった男だぜ」

 

 

 

 ──えっ?

 そう言えば黒鳥さんが前に言っていた。

 どんな逆境でも諦めない太陽のような男が居た、と。

 もしかして、このサングラスの少年が──!?

 

「とにかく、あんた達悪い人じゃなさそうだしな! 訳があるなら聞くぜ!」

 

 サムズアップ、そして白い歯が太陽に照り返されて光る。 

 何なんだこの中学生、一々眩しいぞ。

 

「ハァ!? 貴様何を根拠に……」

「俺見てたんだよ、あの怪物相手に戦ってたんだからな」

「しかし、それでも味方とは限らないぞ! 敵が同じでも、利害を違えたらどうなるか今までの経験から学んでないのか貴様は? ええ?」

 

 ……なんか、言い争い始めちゃったぞ。どうしよう。

 これ、どうやって収拾付けたら良いんだ?

 

 

 

「暁ヒナタさん……黒鳥さん……私達が未来から来た、って信じますか?」

「……はぁ?」

 

 

 

 俺達の視線は、声の聞こえた方に向いた。

 そこには──恐らくタイムダイバーを隠しおおせたと思われるアカリが立っていた。

 てか、出てきていきなり何言い出しちゃってんのこの子!!

 事態が余計ややこしくなるからやめて!!

 

「……貴様、何者だ?」

「私は白銀アカリ。今言った通り、2079年の未来から来ました。今この鎧龍を襲っているクリーチャーは、未来から来た悪党が送り込んだ刺客です」

「何だそれは、御伽噺やメルヘェンじゃあないんだぞ。なんだ? まさか他の連中も未来から来たとか言うんじゃあるまいな」

「俺達は2018年からなんすけど……」

「何だと言うのだ! 貴様等はこの僕をおちょくってるのか!? 今時中学生でも信じんぞ!」

「いやいや、それが居るんデスよ……ああいう実体化するクリーチャーを追ってるんデス! こっちの情報を渡すので、協力お願い出来マスか?」

「結構だ。貴様等のようなイカれた連中の協力など要らん」

「未来から来た!? 何それすっげーカッケーじゃん! 俺協力するわ!」

「ウッソだろ貴様……!?」

 

 完全にげんなりした様子の黒鳥さん。

 一方の暁さんはと言えば、目を輝かせてブランの話を聞いていた。

 仕方ない、食いついてくれたし俺からも説明しとくか。

 

「えーと俺達、訳あってさっきのクリーチャー達をばら撒いてる奴らを止めに来たんだ。どうやら、この学園に保管されている宝物を狙ってるらしいんだけど」

「宝物? 鎧龍に保管されている危ないものなど幾らでもあるが……貴様等、自分達がそれを掠め取ろうとしてるんじゃあるまいな」

「レン。お前うるさい」

「貴様……!」

「イライラしてるのは分かるけど、先ずは信じてみなきゃ始まんねーぜ? 俺は面白そうだから、乗ってみる」

「あのなヒナタ。貴様、今自分がどういう状況なのか分かって──」

「分かってるからこそだ。今は……手段を選んでる場合じゃないみたいだからな」

「戦うのは──僕一人だけで十分だ」

 

 吐き捨てた黒鳥さんはくるり、と背を向けるとそのまま立ち去ってしまう。

 ……大丈夫なのかなアレ。

 

「ほっとけよ、レンの分からず屋なんかさ。最近色々あって当たり散らさなきゃ気が済まねーんだろーな……まあ、大体は俺の所為なんだけど」

「何かあったんデス?」

「……色々だ!」

 

 火廣金が小声で「俺は分かるぞ……数時間前の自分をもう一度見ているようだ」と言っていた。

 こいつやっぱり根に持ってるな?

 

「白銀。俺ァ黒鳥さんを追うわ」

 

 ぽん、と手に肩が置かれる。

 桑原先輩の親指は黒鳥さんの遠い背中を指していた。

 

「桑原先輩、1人で大丈夫なんすか?」

「1人の方が良い。何人も居たら警戒されるぜ。それに……ほっとけねえんだよなァ。未来の俺にとっては恩人で、翠月の師匠な訳だし……」

「じゃあ……頼みます」

「おう」

 

 言った桑原先輩は、一人黒鳥さんの後を追って走っていった。

 大丈夫なのかなあ、黒鳥さんは取り付く島も無いって感じだったんだけど。



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GR33話:鎧龍へ──黒鳥の孤独

 ※※※

 

 

 タイムダイバーの中にヒナタさんを案内し、俺達は丸テーブルを囲んでいた。

 彼は計器やタイムマシンの中にある部屋に目を輝かせながら俺達の話を聞いていた。

 そして──素っ頓狂な声を上げたのだった。

 

「2018年の未来がクリーチャーの所為で滅ぶゥ!?」

「あ、はい……信じてくれますかね?」

「いや……まあクリーチャーの力があるなら、有り得ねえ事は無いなと。でもマジか……俺達大分頑張ったんだけどな……」

 

 ヒナタさんはそう言って納得してくれた。

 俺達の時代で何が起こっているのか、そして2079年の未来がどんなことになっているのかを説明すると、意外な程あっさり納得してくれた。

 というのは──

 

「そういえば黒鳥サン、エリアフォースカード無しでクリーチャーと戦えてたデス。一体何故なんデショウ?」

「黒鳥さんが前に言ってたな。エリアフォースカードを手にする前も戦ってたって」

「前に……って、あんた達レンと知り合いなのか?」

「未来の黒鳥さんには大分お世話になったんデスよねー」

「へーえ、あいつ何だかんだ面倒見良いからなあ」

「じゃなくて、ヒナタサンと黒鳥サンが何でクリーチャーと戦えるかが気になりマース!」

「何故クリーチャーと戦えるかは時代背景にある。2011年から2014年は観測上最大クラスに大気中のマナ濃度が急上昇していた」

 

 火廣金が語り出した。

 魔導司だから、この辺りの事情に一番詳しいのはやはり彼だ。

 

「原因は、大量のクリーチャーが異世界から転がり込んできた事だ。幽世の門たる海戸ニュータウン近海を中心に広がる魔力の脈動に奴らは寄って来た」

「それが活発だったってことなんデスかね?」

「そうだ。そして、クリーチャーと接触する人間も多かった。襲われたり、あるいは契約を交わしたり……

そういった形でマナが体内に残留した人間は実体化したクリーチャーと戦う事が出来る。それを魔導司や人間の科学者は”適合者”と呼んだ」

「そーゆーこと! 俺達はその適合者ってわけ」

 

 ヒナタさんは得意げだった。彼自身は何一つ説明してないけど、火廣金の説明は合っているのだと思われた。

 

「世界各地に現れたヤバいクリーチャーを世界大会の傍らで倒す……いやー、とんでもないことやってたよな、俺達」

「そんな事になってたんですか……」

「おうよ。楽しかったと言えば楽しかったけどな!」

「その状況で楽しめるメンタルは見習いたいな……」

「……いや、そうでもしなきゃやってられなかったっていうかな」

 

 ヒナタさんの顔が曇る。

 だって、俺達より小さい頃にクリーチャーと戦ってるんだ。

 どこかで無理してなきゃ、きっと生き残れなかったはずだ。

 

「当然良い事ばっかりじゃなかったよ。レンなんて特に……親友とか、海外で出来た友達がクリーチャーの所為で……」

「……そうだったんデスか」

「だからレンは人一倍必死だったんだ。同じことを繰り返さないように、って……でも、俺には何も出来ない」

「何でそんなこと言うんだ。ヒナタさんだって、同じ力を持ってるんでしょ!?」

「とっくにそんな力は消えた」

「えっ……!?」

「俺達の相棒は、とっくに皆元の場所に帰っちまってな……デカい戦いが全部終わって、あるべき場所に戻ったっていうか」

 

 成程。さっき言っていた「俺達大分頑張ったんだけどな……」はそういう事か。

 既にこの時代で起きたクリーチャーによる大事件は終息した後なんだ。

 

「で、それだけなら良かったんだが……俺達のマナも急激に抜け落ち始めたみたいでさ。とにかく今戦えるのはレンくらいなもんじゃないか。あいつだけがまだ魔力が残留してるみたいなんだ」

「……黒鳥さんだけがクリーチャーと戦えるわけか」

 

 そうなると真っ先に狙われるのは黒鳥さんじゃないか。

 どうにかして説得できないかな……ヒナタさんと黒鳥さんはライバル同士だし、関係がぎくしゃくしてるから難しそうだ。

 もっと黒鳥さんが穏やかに話せそうな人はいないのか……いるじゃないか!

 

「そういえばヒナタさん。ノゾム兄……じゃなかった、十六夜ノゾムって分かりますか?」

「分かるも何も、あいつは後輩でチームメイトだ。でも、あいつもマナは抜けちまってるし……何より今、海外に短期留学に出てて……」

「マジかよ……ノゾム兄だったら黒鳥さんの事説得できるかと思ったのに」

「てかあんた、ノゾムと知り合いなのか?」

「ええまあ……ちょっと」

 

 実際はちょっとどころじゃないんだけど、今此処で言ってもややこしくなるだけだからやめておこう。

 

「ま、でも何とかなるだろ! あんたら皆、クリーチャーと戦えるんだろ? レンとあんた達が力を合わせれば、どんな奴が相手でも絶対勝てるって俺は思うぜ!」

 

 この底抜けの明るさ、何処かで見た事がある。

 ……ノゾム兄と同じだ。

 黒鳥さんは言っていた。俺達の前で明るく振る舞っていたノゾム兄は無理していただけだった。

 きっと──壊れそうな心を、自分の支えだった先輩であるヒナタさんの真似をして奮い立たせていたのかもしれない。

 そんな憶測が過る程に、ヒナタさんは明るい。ムードメーカーという言葉が合う。

 

「ま、最悪レンならデュエマで勝ったら認めてくれると思うしな」

「うわあ、ライバル同士揃ってデュエマ脳デース……」

「だって、鎧龍は日本で一番のデュエマ馬鹿……いや、世界で一番のデュエマ馬鹿が集まる学校だからな!」

「理解出来んな」

「魔導司にだきゃ言われたかねえと思うぞ」

「何だと部長」

「となれば、一刻も早く黒鳥さんを説得する必要があるのではないでしょうか?」

 

 脇に逸れた話を元に戻したのはアカリだった。

 その小脇には端末が握られている。

 それで何やら調べながら彼女は続けた。

 

「時間Gメンの狙いが見えてきました。先程の襲撃はクリーチャーと戦うことが出来る黒鳥レンを潰すことも兼ねたものだと考えられます」

「マジかよ……でも黒鳥さんもエリアフォースカードの使い手だし、この時代の時点で封じておきたいんだろうな」

「時間Gメンってやつらはレンも狙ってるのか……命知らずな奴らだなあ。あいつ怒らせて無事で帰って来た悪党はいねーのに」

「結果は失敗でしたけど、斥候に過ぎない可能性もあります。黒鳥レンの強さを測りつつ、エリアフォースカードの場所を探っているのかも……」

 

 となると、絶対に襲撃は第二波が来る。

 今のが斥候──ただの前哨戦に過ぎないならば、次はもっと強いクリーチャーが現れてもおかしくはない。

 それこそド・ラガンザークを俺達はまだ見ていないわけだし。

 

「そういや聞いてなかったけど……あんた、耀って言ったっけ」

「はい」

「そうか。……何で敬語なんだ? あんたらの方が年上に見えるんだけど……」

「いや、黒鳥さんのライバルだし……一応」

「あいつの知り合いなのか?」

「未来の黒鳥さんの、ですけど。でも、凄くお世話になってます」

「……そっかぁ! あいつも何やかんや上手くやってるんだな!」

「はい! 黒鳥さんは凄いデュエリストで、俺なんてまだまだ至らなくって。あの人の弟子が俺の後輩なんですけど、そいつも滅茶苦茶強くて……」

「部長の面目丸潰れだからな」

「ハハハ! 俺もすっげー強い後輩がいるから気持ちは分かるぜ!」

「そう言えば、ノゾムサンも強いんデシタね……」

「そうか……レンが元気そうで良かった」

 

 急にヒナタさんは顔を曇らせる。

 

「俺は……あいつが何時か壊れちまうんじゃないかって思ったからさ」

 

 彼の口からは……思いがけない言葉が飛び出した。

 心配するような、そして何かを悔いるような言い方だった。

 

「俺が戦えなくなって、クリーチャーの残党狩りは全部あいつがやってた。だから、俺も出来るだけあいつの負担を減らそうとしてたんだけど空回ってばっかでさ。そうしてるうちに、あいつもあいつで時分を追い込んでたみたいだから……心配で仕方なくて」

「ヒナタさん……」

「このカードで、戦いに行きたくってたまらないんだ。だって一人で戦ってたら、いつかぶっ壊れちまうだろ。俺だってあいつを助けてやりてえんだよ」

 

 彼は1枚のカードを取り出す。

 それは──《蒼き団長 ドギラゴン(バスター)》のカードだった。

 

「そのカードって?」

「……このカードはな、レンのおかげで覚醒したカードなんだ」

「え? 覚醒?」

「俺が、あるヤバい敵と戦った時に……すっごく強くてくじけそうになった時があったんだ」

「ヒナタさんにもそんな事が……」

「あるある。しょっちゅうだ。だって、敵は手加減なんかしてくれねーもんよ。クリーチャー相手なら猶更だろ。でも、駆け付けたあいつが後ろから喝を入れてくれたおかげで立ち上がれた。その時、俺に呼応してこの姿になったんだ」

「鎧龍決闘学園の勝利の龍……それが《ドギラゴン》デスよね? 後の世でも、鎧龍と言えば《ドギラゴン》だって言われてマス」

「そんなにかよ」

「そうだ。元々、《ドギラゴン》は鎧龍に保管されていたカード。こいつがオリジナルだ」

「オリジナル……最初の1枚ってことですよね」

「ああ。世界大会の間は、こいつに世話になったもんだよ。世界の強豪との戦いでも、クリーチャーとの戦いでもこいつは活躍してくれた。だけど──決して、俺だけの力じゃない」

 

 彼はカードをデッキケースの中に入れる。

 

「レンやノゾム……仲間達が居たから、俺は此処までやってこれた。俺一人だとなーんにもできねーしな!」

 

 同じだ。

 俺も──仲間達がいたから此処まで戦えて来れたんだ。

 

「……もしかして俺、恨まれてるかなあ。散々あいつのメンツ潰して、挙句の果てには俺だけ先に戦えなくなって……レンからしたら堪ったもんじゃないだろ」

「そんな事無い!」

 

 俺は思わず声を上げた。

 恨んでるはずがない。

 だって黒鳥さんは言っていた。

 

 

 

 ──例え失っても、引きずりながらでも進み続けた男が居た。どんな逆境でも、彼は絶対に負けはしなかった。暗く冷たい夜が来ようとも、太陽のようにまた昇る、そんな男が居る。

 

 

 

 ──あいつが居る限り、僕は生きて居られる。まだ、この世界も捨てたものではないと思えるんだ。

 

 

 

「……黒鳥さんは、言ってました。太陽のような男のおかげで、まだ生きていられる、この世も捨てたもんじゃないって」

「太陽……太陽か。あいつはいっつも、俺の事をそんな風に言ってたな。……悪くない気分だ」

 

 少し恥ずかしそうにヒナタさんは鼻を擦る。

 

「……でも、そんな事を話せるくらいにアイツはお前らと打ち解けてるみたいだな」

「そうなんですか?」

「ああ。あいつは口下手で人付き合いが悪い。おまけに顔も怖い」

「絶対本人が聞いたら怒るデース……」

「そんなあいつと仲良くやってくれてるなら……俺は何にも心配することは無いみたいだ」

 

 彼は笑みを浮かべた。

 何処か安心したような、そんな表情だった。

 

「……さて、と。保管庫に用があるんだろ?」

「はい。太陽のエリアフォースカードはそこにあるはずです」

「でも絶対普通の人は入れないデース……」

「心配無用!」

 

 ヒナタさんは胸を張ってみせた。

 

「それなら許可を貰えば大丈夫だと思うぜ」

 

 彼はあっけらかんと言ってのける。

 それが一番難しそうなんだけど、大丈夫なんだろうか。

 

 

 

「ま、この俺に任せとけよっ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 黒鳥レンは教室の窓からもぬけの殻となった校庭を見下ろしていた。

 居なくなったと思われていたクリーチャーの群れ。

 何が原因なのか、鎧龍は調査中だが結論は何となく出てこないような気がした。

 あの奇妙な人物たち。敵対的な態度をとる様子は無かったが、全員がクリーチャーを扱えるという時点で黒鳥にとっては脅威そのものだった。

 相手の実力も分からない以上、数で不利な相手にこれ以上喧嘩を売る気も失せていた。

 それよりも──呆れるのはヒナタの方だ。

 

「何であいつは……いつもそうやって人を信じる……お人好しが過ぎるぞ」

 

 頭を抱えた。

 彼が人を信じて裏切られ、痛い目を見たのは一度や二度ではない。

 黒鳥はそれをずっと傍で見ていた。

 だが、しかし──彼は人を信じる事をやめない。

 そして今度もそうだ。

 

 

 

「後始末を取らされるのは……何時も僕の方だと言うのに」

 

 

 

 翼を広げ、巨大な瞳で窓から覗き込んで来る怪物を前に、黒鳥は嘆息し──デッキケースを掲げた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「黒鳥さんッ!」

 

 

 

 ゲイルが反応を感知した教室へやってきた頃には、既にクリーチャーは倒されていた。

 辛勝だったのか黒鳥の身体は傷だらけで壁にへたり込んでいる。

 ぞっとした桑原は駆け寄る。力無く黒鳥は言った。

 

「……何だ貴様。まだ僕に用があるのか」

「用っつーか──そんな事言ってる場合っすか。すげぇボロボロだし──」

「大分消耗しているね。恐らく、今日だけで何体も相手取っているよ」

 

 ゲイルが桑原の背後に浮かび上がる。

 だが、最早黒鳥は騒ぎはせずに彼の言葉に答えるのだった。

 

「当然だ。今この学園でクリーチャー相手に戦えるのは僕しか居ないからな。貴様等の力は借りんぞ。素性の知れない輩など、何時裏切るか分からないからな」

「ぐ……!」

 

 黒鳥の言う事はごもっともだ、と桑原は受け止める。

 仕方ない。今の自分達は何処からどう見ても不審者だ。

 この時代の黒鳥は自分達の事もエリアフォースカードの事も知らない。

 それでも──放っておけなかった。

 黒鳥の目は昏く沈んでいた。そのまま放しておけば籠の鳥のように何処かへ飛んで行ってしまいそうだった。

 

「──それが、今戦えない仲間達を守る事に繋がるのだからな」

 

 しかし、取り付く島もない。

 黒鳥はあくまでも桑原達を信用するつもりはないようだった。

 

「僕には戦う事しか出来ない。それが──今まで僕なんかを仲間に入れてくれたあいつらへの恩返しなんだよ。まあいずれ、それも出来なくなるが」

「俺はそうとは思わねぇ」

「何?」

「俺は黒鳥さんが凄い人だと思ってる。未来の黒鳥さんに……俺は救われたから」

「未来の僕は……まだクリーチャーと戦ってるのか?」

「そんなのは関係無くだ。あんたは、弱い自分が嫌いだった俺に……弱さを受け入れることが真の強さへの第一歩だと教えてくれた」

「そんな事を僕が言ったのか? 何を一丁前に……僕が貴様みたいなやつに世話を焼いてやる訳がないだろう」

「それが焼いてしまうんだよね。そして──君の生き方に惚れて着いて来た人が、また君を救う。君もまた、誰かの人生のヒーローなんだ」

「僕が、ヒーロー?」

「そうだとも! 人生は一度しかない大舞台! 君はヒーローだ、特別な力があっても無くてもそれは変わらない!」

 

 ゲイルが恭しく礼をする。

 黒鳥は黙りこくってしまった。

 

「だから、命を捨てるような戦い方はやめてくれ。あんたが絶望するのはまだ早すぎる──」

 

 

 

「いいや、違う。絶望が──お前達の終着点だ」

 

 

 

 教卓の上に座り込む奇妙なスーツ姿の男。

 腕に取り付けられた機械、高い鼻に掛けられたモノクル。

 後輩から聞いていた情報と一致する。

 桑原は──彼を敵だと認識した。

 

「何だ貴様……?」

「テメェか! 時間Gメンとやらは!」

「その命題は真だ。生憎、エリアフォースカードは回収しろという命令を受けている」

 

 時間Gメンのシー・ジーは黒鳥と桑原相手にほくそ笑む。

 

「足止め……って、おいおいマジかよ……!」

 

 既に、別動隊がエリアフォースカードを狙っている。

 その事実を目の当たりにし桑原の額に汗が伝う。

 急がなければ、あの怪物が誕生してしまい、手の付けようがなくなってしまう。

 

「それに加えて黒鳥レン。お前の歴史を此処で削除する」

「貴様は何を言っている!?」

「悪く思うな──黒鳥レンの歴史はトキワギ機関にとって有害だと判断したまでのこと」

 

 

 

「──有害なのはテメェらの方だ」

 

 

 

 桑原はシー・ジーと相対する。

 その手には──(ストレングス)のカードが握られ、光っていた。

 

「人の歴史は、その人の歩んできた道だろーが! その人のだけじゃねーんだよ、勝手に書き換えんな!」

「いいや、書き換える。トキワギ機関の掲げる正しい歴史の筋書き通りに編纂するのだ」

「分かってねえな。分かってねえよ! 人の道は絵具みてーに色んな人の道が混ざって一本の道になってんだ! だから歪で美しいんだってのによ! 後から手を加えたらそれこそ滅茶苦茶だぜッ!」

「歪で美しい? 桑原甲──お前は芸術かぶれの野蛮人だったな。言っていることの意味が分からない。石器時代からやり直して来い」

「黒鳥さんッ! 此処は俺に任せてくれ! 外にいる俺達の仲間に──力を借りてくれ!」

「貴様──戦うのか!?」

「そうだ! 言ったろ! 俺達ゃあんたの味方だ!」

 

 桑原はすかさずエリアフォースカードを起動する。

 此処で時間Gメンを足止めし、彼が逃げる時間を稼ぐ。

 この状況の突破口はこれしかない。

 

 

 

「ゲイル、行くぞ!」

「おうともよ、マスター!」

『WildDrawⅧ──Strength!!』



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GR34話:鎧龍へ──マスターオーラ

 ※※※

 

 

 

 空間が閉じたのを見届けた黒鳥は重い身体を引きずり、教室から脱した。

 何が何だか分からないまま、彼はよろけるように廊下を走り出す。

 学園の地下にある宝物庫に大量のマナを感知していた。

 ──逃げる……? 助けを求める……ダメだ、そんな時間はとてもじゃないが……!

 黒鳥は朦朧とする頭で這うようにして敵がいるであろう場所へ向かっていた。

 

「この僕一人ででも……!」

 

 地下宝庫はかつて、クリーチャーの戦いの際に何度も訪れた場所。だから黒鳥も自由に出入りすることが出来る。

 校舎から渡り廊下を通って研究棟に向かった黒鳥はエレベーターにパスワードを入力し、倒れるようにして中に入った。

 息を切らしながら──黒鳥は自分の魔力が既に尽きかけていることを呪った。

 

 

 

 

「あーあ、この扉対魔力コーティングが施されていますわね」

 

 

 

 エレベーターから転がるように降り、長い廊下を駆ける。

 最奥には保管庫に繋がる大扉があるのだが、そこには銀髪の女とオレガ・オーラ達が囲うようにして身構えていた。

 直感した。

 少なくとも、味方ではない。

 それは、こちらを向いたクリーチャー達の向けた殺気で痛い程理解した。

 が、

 

 

 

「醜い」

 

 

 

 ──その一言で有象無象達は魔王の鎌に薙ぎ払われる。

 声を発したのはレン。彼の背後には既に地獄の魔王が実体化していた。

 先手必勝。数の利で劣る戦いではそれしかないと踏んでいた。

 エリアフォースカード無しにも関わらず規格外とも言える魔力、そして紙吹雪の如く消し飛ばされるオーラ達を横目に女は嘆息する。

 

「貴方、本当に人間でして?」

「質問に答えて貰おうか。貴様、どうやって此処に来た」

「この程度のパスワード、すぐに割ることが出来ましたわ。それよりも貴方、少し手伝ってくださる? この扉、頑丈でなかなか開かないんですの」

「馬鹿にしてるのか。貴様、今の自分の状況がどうなっているのか分かっているのか? 残りは貴様だけだぞ。地を這いつくばって投降しろ」

「まさか」

 

 ねちっこい笑みを浮かべ、女はカードを掲げる。

 

「この、マッルィィィナ・ペトロパブロフスキーは上級国民ですもの。這いつくばって靴を舐めるのは貴方の方ですわ!」

「貴様が何処の人間か知らんが、生憎今の僕は虫の居所が悪い。命は取らんがその性根諸共修正してやる」

 

 魔鎌が女目掛けて振り下ろされる。

 しかし──女にそれは届かなかった。

 

 

 

「──()()()()()()

 

 

 

 ピタリ。

 デスゴロスの身体はそこで静止した。

 黒鳥は目を見開く。 

 自分達以外の全てが静止してしまった。

 耳障りがノイズが耳を劈き、周囲の空間が歪んでいる。

 

「一体何が──」

「黒鳥レン。貴方こそ自分の置かれている状況が理解出来てないみたいですわね」

 

 マリーナは黒鳥ににじり寄る。

 もう一度女が指を鳴らすと──デスゴロスの魔鎌は誰も居ない虚空を裂き、大扉も両断してしまった。

 

「しまった──!?」

「ご苦労ですわね。文字通り、手伝っていただけるなんて」

「貴様──!!」

「その様子だと、身体を引きずって此処までやってきたんでしょう? ご足労いただき大変感謝いたしますわ。私の実験に付き合ってくださる?」

 

 ケケケケ、と笑う壺のようなオーラが女の手に真っ白なカードを手渡した。

 それが彼女の指に触れた途端──ビキビキと音を立てて絵と文字が刻まれていく。

 そこに描かれるは全てを抱擁する太陽。

 与えられた数字はⅩⅨ。

 即ち──タロットカードの19番、太陽(サン)のカードであった。

 

「なっ、馬鹿な、そのカード……! 奴らの持っていたタロットカードと本当に同じものだったのか……!?」

「貴方がこれが何か知る必要はないですわね」

 

 

 

『──太陽(サン)

 

 

 

 

 起動するエリアフォースカード。

 それを見て彼女はほくそ笑んだ。

 

「見なさいな。太陽(サン)のカードによって、新たなドラゴン・コードが産まれますわ!」

 

 女はもう1枚、カードを懐から取り出した。

 オレガ・オーラであるそのカードには名前も無ければ絵も描かれていない。

 しかし、空白のオレガ・オーラはどす黒い瘴気を放っており、見ただけで吐き気を催すような空気を纏っていた。

 

「決闘空間解──」

 

 

 

『Gメン懲罰開始(パニッシュモード)──(ザ・ムーン)、エンゲージ』

 

 

 

 

 突如、重力を無視して黒鳥の身体は壁に叩きつけらた。

 床に転がった彼は恨めしそうにマリーナを睨め付ける。

 

「無駄な抵抗はお止しなさいな。そんなに私のモルモットになるのが嫌ですの?」

「真っ平ごめんだ……!」

「そう。でも、貴方の意見は聞いていないですわ!」

 

 カードが黒鳥目掛けて押し付けられる。 

 オレガ・オーラの瘴気に気圧され、彼は目を瞑った。

 

 

 

 ──畜生!! 僕と言う奴は本当に──!!

 

 

 

 

「ぅ、あああああああああああ!!」

 

 

 

 黒鳥は目を見開いた。

 自責と後悔、無力感に飲み込まれた彼を現実に引き戻したのは──

 

 

 

「あ、ぁああ、ぐ──何、勝手に諦めてんだよ、お前──!!」

  

 

 

 ──他でもないライバルの悲鳴だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 桑原とシー・ジーのデュエル。

 既にバトルゾーンには桑原の《デデカブラ》と《デスマッチ・ビートル》が睨みを利かせていた。

 一方、シー・ジーの場には《チュパカル》が《浸透 DS-10》の上に重なっている。

 ──つーか、GR召喚って《デスマッチ・ビートル》の踏み倒しメタに引っ掛からないのかよ! コストを支払ったことにして召喚ってズリーぞコラ!

 

「俺のターン、《ボント・プラントボ》でマナを2枚増やし、《デデカブラ》を更に場に出してターンエンドだ!」

「その様子だとキーカードを引けてないな? 桑原甲。場に並ぶのはパワーだけが大きいばかりの役立たずばかり。肝心のループ戦術が使えなければお前のデッキは無力だ」

「うっせぇ! だから何だってんだ! 紫月のやつを元に戻して貰うぜ!」

「紫月? 暗野紫月か」

「そうだ! どーせ、テメェらがあいつをどっかにやったんだろ? 違うか!」

 

 揺さぶりを掛ける桑原。

 彼らなら何か知っているだろうという期待を抱いていた。

 問いたださなければ気が済まなかった。

 紫月が居なくなった所為で──今朝の翠月は酷く憔悴しきっていた。

 

「何の事かさっぱりだな。彼女に関しては私達の方が居場所を知りたいくらいだ」

「ああ? 白銀から聞いた限り、テメェらは歴史を書き換えて好き勝手やってるみたいだからな。紫月がテメェの所為で消えたなら……覚悟しとけよ」

「桑原甲。何故そこまで暗野紫月に拘る?」

「そりゃあ、紫月が居なくなった所為で、うちの後輩がエラい事になってんだよ!」

「成程……ラーニング完了。つまるところ……姉の暗野翠月を助ける為か」

「そうだぜ。後輩のあんな顔、見てられねえからな」

 

 コキコキ、と首を鳴らしたシー・ジーは桑原の目を見据える。

 その手には分厚い本が何時の間にか握られていた。

 

 

 

『Gメン・取調開始(イントロゲーションモード)節制(テンパランス)、エンゲージ』

 

 

 

「暗野翠月か。彼女は、お前の後輩だったな」

「あ? ああ、そうだぜ」

「そうだ。そして彼女はお前に好意を寄せている──」

「ああ──ああ!? 何が言いたいんだテメェ!」

 

 いきなり思いも寄らなかった場所から話が飛んで来る。

 しかし。シー・ジーの瞳は惑わすようにして怪しい煌めきを放ち、自らの「尋問」に引きずり込んでいく。

 

「だがお前はどうだ。何故彼女にそこまで尽くそうとする」

「そりゃあ、あいつが俺の後輩だから──」

「違うな。お前の中にあるのは、後ろめたさだ」

「何が言いたいんだ!」

「お前は一度、暗野翠月を拒絶しているだろう」

「っ……!」

 

 思い起こされる過去。

 桑原の脳裏に映るのは──ワイルドカードに憑依されていた時の自分の姿。

 そして、自分を心配して近付いて来た後輩を拒絶して怒鳴り散らす光景。

 

「ワイルドカードの所為とはいえ、お前は彼女を傷つけた。今の今までその罪悪感と後ろめたさに苦しめられていたのではないか?」

「そ、それは……もう、昔の話だろーが!」

 

 

 

『マスター! マスター! 彼の話に耳を傾けてはダメだ!』

 

 

 

 ゲイルが叫ぶ。

 しかし、その声は桑原には届かない。

 シー・ジーが手に持つ本。そこから凄まじい精神操作系の魔法が垂れ流されているのだ。

 ゲイルはそれに気付いていたが──桑原は既に魔法に取り込まれてしまっていた。

 ──駄目だ、聞こえていない……! 節制(テンパランス)は調整を司るカード……特に精神操作系の術を得意とする……マスターの記憶をほじくり返して精神的なダメージを与えようとしているんだ! 

 加えて、(ストレングス)のカードは皇帝(エンペラー)と比較しても搦め手の魔術に対して弱い。

 更に感性が豊かな桑原は──モロに術の影響を受けてしまっていた。

 

「何故、お前は暗野翠月を助けようとする? 罪悪感、後ろめたさからだろう。自分が救われようとするための欺瞞的かつ偽善的行為だ。自分の償いの為にお前は自分が傷つけた後輩を自分の慰めの道具にしようとしている」

「お、俺が、あいつを慰めの道具に……!?」

 

 桑原は狼狽する。

 床には汗で染みが付いていた。

 

「お前は元来、一人で芸術を極めようとしていた。つまり独り善がりで自分の為の芸術だ。例外で病床の姉のためなら絵でも何でも描いただろうが……見ず知らずの後輩に時間を割くなんて以ての外だろう」

「ぐぅっ……!?」

 

 激しい頭痛が桑原を襲った。

 何かの術には違いないと彼自身も察しつつあった。話術だけじゃない。明確にこちらの精神に干渉しようとしている。

 シー・ジーの顔を最早まともに見る事はしなかった。

 とにかくこの状況を抜け出さなければ……!

 

「《チュパカル》で軽減し、《極幻空 ザハ・エルハ》を《DL-20》に更新(オーライド)。オーラを付けた時、カードを1枚引く。ターンエンド」

「クッソォ、好き放題言いやがって……! だけど、こんな事で敗けてられねえんだよ……!」

 

 巨大な瞳が自分を覗き込む。

 嫌な汗がぼたぼたと落ちていく。

 

「呪文、《ジャンボ・ラパダイス》! 効果で山札の上から4枚を表向きにし、パワー12000以上の《界王類咆哮目 ジュラノキル》と《コレンココ・タンク》、《天風のゲイル・ヴェスパー》を手札に加える!」

 

 アタリは3枚。

 十分だ。

 

「1マナで《ジュラノキル》を召喚! これでW・シンパシーで合計8コスト軽減だ!」

「己の罪がまだ分かってないのか?」

「うるせぇ! テメェにどうこう言われようが……俺にとっちゃ、翠月は掛け替えのない後輩だ! 最初は負い目からだったかもしれねえ、だけど……あいつに俺の持ってるモン全部預けたくなったのは紛れもない事実だ!」

 

 場にはパワー12000のクリーチャーが4体。 

 (ストレングス)のカードが光り輝き、マナが一気に手札へ集められていく。

 

「オーラは重ねられる度に力を増すが……パワーなら負けねえ! 押し潰してやらァ!」

 

 旋風が周囲を吹き荒らす。

 それが桑原を守るようにして障壁と化した──

 

 

 

 

「天に描け、俺の芸術! 一世一代の大作だ――《天風のゲイル・ヴェスパー》!!」 

 

 

 

 深紅のマフラーを首に巻いた蜂の騎士《ゲイル・ヴェスパー》が戦場へ舞い降りた。

 その瞳は──自らのマスターを侮辱された怒りで赤く燃えていた。

 

「君は絶対に許せない。マスターを戯言で誑かして苦しめた事、後悔するが良い!」

「ゲイル……」

「あんな奴の言う事に耳を貸すな! 桑原甲、誰かの為に筆を振るう君は……紛れもないヒーローじゃないか!」

「ああ、分かってらァ! W・シンパシーを付与して、《コレンココ・タンク》召喚! 効果で捲れたカードを全部タップしてマナゾーンに!」

 

 マナゾーンに落とされたのは《ジーク・ナハトファルター》と《水上第九院 シャコガイル》。

 この2枚が《ゲイル・ヴェスパー》と合わされば、自らの山札が薄くなるまで《ナハトファルター》でマナブーストと回収による無限展開が可能だ。

 そして、自分の山札が無くなった時にゲームに勝利する能力を持つ《シャコガイル》を場に出すことでEXウィン。これを桑原は狙っていた。

 

「次のターンでテメェは終わりだ!」

「守護獣の甘言に気分を良くしているようでは……お前も所詮、都合の良い事しか見る事の出来ない幻想主義者だ」

「僕が嘘を吐いていると言うのか? 悪いけど、君が思っている以上に桑原甲は──」

「守護獣はエリアフォースカードが生み出した仮想のクリーチャーだ。主を庇護する為、そして他でもないカード自身を守る為。だから、守護獣も主に協力する。()()()()()()()()()、な」

 

 シー・ジーは4枚のマナをタップする。

 その目はずっと桑原を見つめていた。

 

「そのゲイル・ヴェスパーも、お前に戦って貰わなければ困る。だから、そうやって励ましているだけに過ぎない。守護獣は主を担ぎ上げるために、そうやって主を励ましてやってるだけだ」

「テメェにゲイルの何が分かるってんだ!」

「そうだ! 僕はマスターの心意気に惚れて着いて来たんだ! 使命とか役目とかそんなのは関係ない!」

「この命題は真だ。なぜなら、エリアフォースカードの守護獣は所詮、オリジナルとは違う。カードに人格を作られたペルソナに過ぎないからな」

 

 4枚のマナがタップされる。

 今度は《ザハ・エルハ》の上に《ギャ・ザール》が重ねられた。

 そして──そのまま、大猿のオーラは桑原目掛けて飛び掛かる。

 

「来るぞマスター!」

「あ、ああ! こんな攻撃、受けきってやらぁ!」

「──実に哀れだ。お前、まだ私に勝てると思っているのか?」

節制(テンパランス)……インベードモード、【暴走更新(ランナウェイ)】エンゲージ!』

 

 大猿の像がぶれる。

 そこに、2つのディスクが挿入され──巨大な虫となって襲い掛かった。

 

 

 

Γ(ガンマ)! Λ(ラムダ)! Χ(カイ)!』

「証明完了──《ΓΛΧ(ガラムカイ)ヴィトラガッタ》、2枚同時更新(オーライズ)だ!」

 

 

 

 桑原は目を見開く。

 カブト虫の如き形容のオーラ。

 自分がよく知るグランセクトのクリーチャー達によく似ている。

 しかし、その身体はポリゴンで構成されており、最早生物とは言えない姿だった。

 それが桑原の怒りを買った。

 

「テメェ、美しくねえモン使いやがってーッ!!」

「ならばすぐ違う姿に書き換えてやろう。《ギャ・ザール》の効果発動。攻撃時にカードを1枚引き、コスト6以下の呪文を唱えるかオレガ・オーラを場に出す」

 

 重ねられ続けたオーラ達の頂上にそれは叩きつけられた。

 刻まれるMASTERの紋章。

 広げられる翼、そして──悪意を秘めた赤い瞳。

 戦場に地上絵のようにしてラインが広がる。

 

 

 

「──それは魂貫く星の弓矢と定義する。超天更新(マスターオーライド)、《ア・ストラ・ゼーレ》!」

 



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GR36話:鎧龍へ──ドラゴンオーラ

 ナスカの地上絵のハチドリの如きラインは浮かび上がり、巨大な剣を掲げた怪鳥となって実体化した。

 

 

 

「これでお前の敗北は証明された──穿て、ア・ストラホライゾンッ!」

 

 

 

 怪鳥が吼えると共に──剣が桑原の場のクリーチャーを全て撫で切ってしまった。

 あまりの衝撃に桑原は呆然とするしかなかった。

 一瞬の間に──全てのクリーチャーが電子の粒となって消失してしまったのだ。

 

「ゲイル……ゲイル!?」

「《ア・ストラ・ゼーレ》の効果で、付けたクリーチャーよりもパワーの低いクリーチャーは全て持ち主の手札に戻る。現在、《DS-10》のパワーは25000」

「は、はぁ!? そんなにデカくなるのかよ……!?」

「パワーでは負けない。押しつぶしてやる。そんな言葉が聞こえた気がしたが……気の所為だったか」

「あ、う……!」

「お前の掲げるパワーだの芸術だの、所詮はその程度に過ぎなかったということだ。白銀耀の足元にも及ばない」

「白銀の足元にも……? 俺が……?」

 

 剣は、次は桑原を狙っている。 

 大量のオーラを取り込んだことによる極大の一閃が放たれた。

 

 

 

「パワード・オール・ブレイク──薙ぎ払え」

 

 

 

 一瞬で桑原は全てのシールドが消し飛ばされる。

 降りかかる破片、衝撃、それらがズタズタに彼を引き裂いていく。

 だがそんな中──まだ彼は勝利への算段を捨ててはいなかった。

 ──ま、だだァ──! 次のターンが回って来れば、展開からのW・シンパシーで……!

 朦朧とした頭で次のターンが来るのを待つ。

 場にはあのクリーチャー1体だけ。攻撃はこれで終わり──そう思っていた。

 

 

 

「《浸透 DS-10》でダイレクトアタック」

 

 

 

 次のターンは来なかった。

 巨大な怪鳥は再び桑原に剣を振るう。

 

「う、ウソだろ、俺のターンは──」

「《ア・ストラ・ゼーレ》の効果発動。相手のクリーチャーを6体以上手札に戻したため、もう1度私のターンだ。よって──ダイレクトアタックが成立する」

 

 冷酷無比な一閃が桑原の身体を弾き飛ばす。

 空間が崩れ落ち、彼の身体は塵のように吹き飛ばされ──床に叩きつけられたのだった。

 

 

 

「戦闘終了。私の勝利は証明された」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 周囲は赤く染まっていた。

 

「……ぐぁ、あ……」

 

 もう、抵抗する気力など残っていない。

 周囲はズタズタの桑原を中心に赤く染まっており、デッキのカードは周囲に散らばり、その中に(ストレングス)のカードも混じっていた。

 それだけは守ろうと手を伸ばそうとするが──その指はシー・ジーに踏みつぶされた。

 

「あっぎぃっ……!?」

「お前にこれを持つ資格はない。お前は余りにも弱すぎる。言っただろう、何もかもが白銀耀未満のお前に私が倒せるものか」

 

 刷り込むように、ねっとりとシー・ジーは敗北感を植え付けていく。

 節制のカードも合わせて、桑原の精神を完膚なきまでに叩きのめすためだ。

 そうでなければまた起き上がって来る。白銀耀のように。

 

『マ、マスター……!』

「見てみろ、自らの守護獣の目を。こいつはお前の弱さを恨んでいるぞ。全部、負けてはいけない場面でお前が負けた所為だ」

『勝手な事を……!』

 

 (ストレングス)のカードを彼は手に取る。

 そして──自らの持つデバイスにそれを近付けた。

 

「っ……何するんだ!? 返せよォ!」

「これは私が使う。その為に守護獣は邪魔だ。リセットする」

「り、リセットって──ふ、ふざけ──がぁ!?」

 

 桑原の鳩尾に踵が叩き込まれた。

 一度咳き込むと──彼の首は力無く横たわり、動かなくなった。

 邪魔者が無くなったシー・ジーは(ストレングス)のカードをデバイスに挿し込もうとする。

 

皇帝(エンペラー)は調査の為に守護獣ごと生け捕りの必要があったが……お前にそんな気遣いは必要ない。守護獣を消せば(ストレングス)は私のものだ」

『僕を消しても……無駄な事さ』

 

 息も絶え絶えにゲイルは言った。

 

「お前の主人が弱い所為でお前は消えるんだぞ。恨み言の一つでも垂れてみろ」

『は、ははははは! 見当違いも甚だしい! マスターはいつか絶対に立ち上がる……だってマスターは……僕のヒーローだ……出会った時から、今の今までずっとそうだ……!』

「五月蠅いぞ虫けら」

 

 ブツリ、という音が無機質に響く。

 苦痛に満ちた断末魔の叫びが教室に響き渡る。

 ……しばらくしただろうか。

 デバイスにセットされたエリアフォースカードは光を失い──そして、床に落ちていた《ゲイル・ヴェスパー》のカードの1枚が色を失って灰化していた。

 教室のカーテンが舞い上がると、風に吹かれてカードは塵のように何処かへ消えていった。

 

 

 

「大したことなかったな。(ストレングス)の使い手も」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ヒナタさんによって、簡単に保管庫に入る許可を得ることは出来た。

 クリーチャーと戦った頃、調査の為に何度も保管庫に出入りしていたらしく、黒鳥さんが一緒ならという条件付きで許可を取ることが出来たらしい。

 そして俺達が先回りして太陽(サン)のカードを守ることで事件は解決する。

 そのはずだったのに──学園に入るとオーラ達が俺達を出迎えていた。

 次々襲い掛かる敵を排除しつつ、桑原先輩をブランが追い、残る俺達が保管庫へ向かうことを取り決めた。

 ヒナタさんは酷く心配そうな表情で俺達の先へ先へと走っていく。

 そして長廊下の先に辿り着いた俺達が目にしたのは──マリーナと、壁にもたれかかる黒鳥さんの姿だった。

 

 

 

「やめろォォォーッ!!」

 

 

 

 止めようとしたが遅かった。

 気付いた時にはヒナタさんはマリーナと黒鳥さんの間に割り込んでいた。

 

「ヒナタ……何やってるんだ……どうして、どうしてこんな事を──!」

「バッカ野郎──理由なんてねーよ……身体が、勝手に動いちまうんだからよ──」

 

 罅割れるような音を立て、手から鍵爪が、目は金色に輝く。

 彼の身体は異形へと作り替えられていく。

 なのに──彼は苦しそうに笑みを浮かべた。

 

「そうか……それなら、これで良かった。お前ばっか貧乏くじ引いてたら、不公平ってもんだしよ──」

 

 その身体が膨れ上がろうとしたその時。

 

 

 

「黒鳥さん逃げて!!」

 

 

 

 俺は黒鳥さんの手を引っ張る。そして、ダンガスティックBの背中に彼を乗せ、一気にその場から離脱する。

 ヒナタさんの身体からは恐ろしいエネルギーが放たれようとしていた。

 巻き込まれればタダでは済まないとチョートッQは言う。

 だが、その手を取った少年の顔など見る間もない。

 ──声にならない咆哮が地下通路に響き渡る。

 爆発と見紛う衝撃がその場に広がった。

 

 

「ヒナタァァァーッ!!」

 

 

 

 黒鳥の絶叫は届きはしない。

 仲間を鼓舞し続けた太陽の少年をどす黒いオーラは飲み込んだ。

 あろうことか、彼が掲げていた希望と勝利の龍の姿を借りて。 

 大分離れたはずなのに──その恐ろしい姿は此処からでもはっきり見えた。

 

 

 

「ドギラゴン……!?」

 

 

 

 俺は思わずその名を呼ぶ。

 ドラゴン・コードは文字通り鎧龍の伝説を踏み躙って顕現していた。

 

 

 

「ゴオオオオオオオオオオッッッッッッ!!」

 

 

 

 嵐の如き咆哮がその場を揺らす。

 龍の口には鎌が咥えられ、そのまま──地上目掛けて天井を突き抜けて飛び出した。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ドギラゴンのオーラが居なくなった後、保管庫の前をもう一度訪れた。

 しかし、もうマリーナの姿も無かった。太陽(サン)のカードも奪われた後だ。

 

「奴らは、人間をオレガ・オーラに変えることも出来るのか……!?」

 

 戦々恐々といった様子で火廣金が呟いた。

 しかも、ドラゴンはドラゴンでもただのドラゴンじゃない。

 鎧龍で開発され、鎧龍決闘学園の象徴でもあったドギラゴンだ。

 それが……オーラになってしまうなんて!

 

「恐らくは新しい兵器でしょう。あの女──マリーナ・ペトロパブロフスキーは世界的に有名な技術者です」

「とにかく、ヒナタさんを助けに行かないと……! アカリ、あれって元に戻せるのか!?」

「も、元に戻せるかどうかは……ただ、もしもヒナタさんに何かあった場合、現代の彼に影響が及ぶ可能性があります。その前に元に戻さないと!」

「貴様等が付いていながら」

 

 よろよろ、と黒鳥さんが立ち上がる。

 その目は殺意と怒りに満ち溢れていた。

 やるせなさと悔しさ、そして憎悪を内包したその目で、彼は俺を睨み付けた。

 

「貴様等が付いていながら……何故こうなった! ヒナタは戦えないんだ! 敵がいると分かっていたなら、どうして連れて来た!」

「そ、それは……!」

「貴様等の所為で……貴様等さえ居なければ……こんな、事には……っ」

 

 黒鳥さんの言葉がぶつ切りになっていく。

 そのまま彼は頭を抑え、ふらりと倒れてしまった。

 それを火廣金が受け止める。

 

「何だ? 魔力がスカスカじゃないか。どうやってこんな状態で戦っていたんだこの人は……!?」

「あの女とのデュエルに敗けたわけではないでありますな。単に……ガス欠であります」

「じゃあ黒鳥さんはそもそもマリーナのヤツと戦えなかった?」

「この分では満足にデュエルを仕掛ける事すら出来なかっただろう」

「……」

 

 どうして。

 どうしてこんなことになってしまったんだ。

 黒鳥さんの言う通りだ。

 俺達が居ながら、ヒナタさんはオーラになってしまった上に太陽(サン)のカードまで奪われた……!

 

 

『アカルーッ! 大変デース!』

 

 

 

 

 突如、通信機からブランの声がけたたましく響く。

 

「何だ!? どうしたブラン……!?」

 

 通信機の奥からは息を切らせた彼女の声が聞こえて来る。

 余程切羽詰まった状況と見て間違いない。

 

 

 

『桑原先パイが倒れてて……しかも、(ストレングス)のカードが無くなってるデース!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──現代、暗野宅。

 暗野翠月はずっとベッドに突っ伏していた。

 罪悪感。後悔。

 姉である自分が居ながら紫月が失踪してしまった事実を前に彼女は打ちのめされていた。

 

「……しづ」

『主よ。うぬの気持ちは分からんでもないが……』

「分かってるわよ……でも、どうしたら良いのか分からなくて……」

 

 オウ禍武斗の言葉に彼女は首を横に振るしかない。

 ただただ焦燥と不安が募るばかり。

 先輩達とも何時の間にか連絡が付かなくなっていた。

 アルカナ研究会からも何も伝達は入って来ない。

 

「それに寂しいの。寂しくて……辛くて仕方ないの」

『我では……うぬの心を埋めることは出来ぬか』

「……ごめんなさい」

『無理も無いか。血を分けた姉妹ならば猶更。すまぬ』

「いいの。オウ禍武斗は……何も悪くないわ」

 

 涙を拭く。

 じわじわと溢れて止まらなかった。

 このまま孤独を抱えたまま何日過ごすのだろう。

 そんな事を考えていた。

 その時。

 

 

 

「翠月ーっ! 黒鳥さんが来たわよ!」

 

 

 

 階段の奥から母親の声が飛んで来る。

 思わず寝間着のまま翠月は玄関に駆け込んだ。

 そこには──黒鳥の姿があった。

 

 

 

「師匠……!」



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GR38話:鎧龍頂上決戦──2つの太陽(サン)

 部屋に上げられた黒鳥は出された紅茶に手を付ける。相も変わらず険しそうな顔で彼は切り出した。

 

「紫月の事も勿論心配だが、貴様の事も心配になったのでな。電車でわざわざ来てやったぞ」

「私は……別に大丈夫なのに。良い年して恥ずかしいじゃないですか」

「電話にロクに出もしないと或瀬が言っていたのでな」

「……眠れないから切ってたのよ」

 

 翠月はぎゅう、とぬいぐるみを抱きしめる。

 しかし、その目元に涙痕があるのを黒鳥は見抜いていた。

 

「師匠の方では、何か分かった事は無いんですか?」

「やはり魔術師(マジシャン)のエリアフォースカード諸共失踪したのが気になるな。少なくとも、アルカナ研究会や僕の知り合いの観測範囲に魔術師(マジシャン)は無かった」

「……どうして。そんなの、この世界から消えてしまったみたいじゃない」

「そしてもう一つは紫月がエリアフォースカードと一緒に居なくなったのに、オウ禍武斗や貴様が無事だということだ」

「……そうよね」

「単にエリアフォースカード目当てで連れ去られただけにしては気になる点が多すぎる。そもそも考えてみろ、貴様の妹は黙って連れ去られる程ひ弱ではないだろう。何かしらのイレギュラーがあったに違いない」

「……しづ、今どうしてるのかしら。辛い思いしてないかしら。私が身代わりになってあげられたら良かったのに……」

「気持ちは分かるが貴様が身代わりでも同じことだ」

「どうして!? どうしてそんな事が言えるの!? 妹が無事なら私は──」

 

 ヒステリックに翠月は叫んだ。

 しかし──黒鳥の辛そうな顔を見て、すぐに押し黙る。

 

「それなら貴様と同じ思いを紫月が味わうだけの話だろう」

「……うぅ。ごめんなさい」

「……どうやら白銀がまた妙な事件に巻き込まれている。紫月の失踪は、それに関連しているのかもしれない」

「妙な事件?」

「そうだ。どうやら、未来から孫が来たんだそうだ」

「……何それ。面白くない冗談です」

「クリーチャーの力なら時間を超えられてもおかしくはない」

「……でもそんなのどうやって探し出すの」

「その孫とやらの力を借りるしかないだろうな。いずれにせよ絶望的ではない。猫の手も借りねばならない状況なのは確かだが」

 

 いつもは朗らかな翠月だが、機嫌が悪くなると紫月に似て辛辣な言葉遣いが増えるのを黒鳥は知っていた。

 現に──今の彼女は紫月が居ないストレスもあってか、語気が何時にも増して強くなっていた。

 

「……何よ。結局、しづの手掛かりは掴めず仕舞いじゃない」

「……悪かったな」

 

 黒鳥は目を伏せた。

 その時の翠月の顔は心の底から不安そうだった。

 

「……ごめんなさい」

「何故貴様が謝る。……謝るのはこっちだ。気が気で無くて来たのは良いが……いざとなれば、僕は気の利く言葉の一つ掛けられやしない」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──僕は何をやっているのだろう。

 黒鳥は家の外で溜息を吐いた。

 今の翠月は心の支柱を失って精神的に不安定だ。

 結局……自分が来て何が出来た?

 

「……ダメだな、僕は。相変わらずだ」

 

 黒鳥は目を伏せる。

 だが、もしもという最悪のシナリオが頭をよぎる。

 クリーチャーや超常の力が絡んでいる以上、「絶対」という言葉によって保証は出来ない。

 彼は目を伏せる。

 何も出来ない。

 

「さて」

 

 黒鳥は電灯に照らされた路地を振り返る。

 その視線の先には──黒い外套に身を包んだ人物の姿があった。

 

「……さっきからつけている貴様は何者だ?」

 

 怪しいを絵で描いたような人物に黒鳥は尋ねる。

 しかし何者かと問われて答える程相手も素直ではないらしい。

 

「黒鳥レン。ともかく貴様には時間が無い。来てもらおうか」

 

 ノイズの掛かったダミ声が聞こえてきた。

 

「素性も知らない人物に来いと言われて来る奴があるか」

「歴史が改変され、このままでは貴様も消える。それは、誰も望まないエンディングだ」

「……鼻につく喋りだな。何のアルカナかは知らんが、貴様……エリアフォースカードの使い手だろう」

 

 守護獣を失った今の黒鳥には相手の能力を察知する事は出来ない。

 翠月を呼ぶか? と一瞬脳裏に過ったが、今の彼女の状態を考えれば選択肢から外さざるを得ない。

 ならばこの状況、一人で切り抜けるしかない。

 黒鳥は臨戦態勢を取る。その手にはアルカナ研究会から借り受けたエリアフォースカード──の模造品が握られていた。

 曰く、「リスクが皆無な代わりに取り合えず戦う事しか出来ない正真正銘の劣化品」ではあったが無いよりはマシであった。

 何より──黒鳥ならば魔力の差による補正もプレイングで補う事が出来た。

 しかし、それも相手がワイルドカード程度の弱い敵であればの話。

 目の前にいる敵の魔力量は桁違いであることをひしひしと感じ取っていた。

 

「……青いな、黒鳥レン」

 

 

 

<──太陽(サン)、エンゲージ>

 

 

 

 無機質な音声が響き渡った。

 相手のエリアフォースカードの属性。

 

「なっ……、太陽(サン)だと!?」

「そうだ。貴様なら知っているだろう。このカードがどういうものなのか」

 

 ──暴走して守護獣が世界各地で暴れ散らした挙句、辛うじて火山に沈められたカードじゃないか……!

 既に地中深くにある為、回収は現時点では不可能。下手に刺激すれば地球が危ない。

 魔導司どころか鎧龍の関係者からも散々伝えられていたカードだ。

 それがその手にあるということは──

 

「そんなものを……どうやって回収した、答えろ!」

「安心しろ黒鳥レン。この時代の太陽(サン)は休眠状態だ。陽光が届かなければ|()()()()()()()()()()()復活まで時間がかかる」

「……時間を超えて来たというのか?」

「何処から来たかは問題ではないだろう? 太陽(サン)の魔力量は膨大過ぎる。幾ら貴様と言えど、相手にならない」

 

 気が付けば、目の前から相手の姿は消えていた。 

 

「……しかもこちらには時間を書き換える権限もある」

「ッ……!」

 

 気が付けば、それは塀の上に座っていた。

 瞬間移動?

 違う。

 この人物の言葉が本当ならば、今の間に時間を止めでもしたのだろう、と黒鳥は自らを納得させた。

 後輩から白銀の孫を名乗る少女の話を聞いていた以上──今更疑うだけ時間の無駄だ。

 

「……何が目的だ」

「安心しろ。抵抗しなければ危害を加えるつもりはない。単刀直入に言おう。一緒に来てもらおうか、黒鳥レン」

「この僕に何処に行けというのだ」

「説明するよりも見た方が早い」

「僕は連行でもされるのか」

「どうだろうな。だが考えてみてほしい、人間とは誰しも運命という名の鎖に繋がれた囚人だろう」

「……嫌な言い方をするな、貴様は」

「監獄から脱したければ、戦うしかあるまい。いずれにせよ、貴様達の未来はこのままでは──監獄どころか地獄そのものだ」

「何だと?」

「近々この世界は滅びるからだよ」

 

 そう言うと、彼は1枚のカードをレンに向かって放り投げた。

 白紙のカード。

 しかし、それを手に取ると──ビキビキと音を立てて罅割れていく。

 その下からは絵柄と数字が表れた。

 刻まれた数字はⅩⅨ。太陽のカードだった。

 

「複製……!?」

「魔力の半分を使ったコピーだとも。守護獣は精製出来んが、短時間のクリーチャーの実体化程度ならば可能だ。足りぬ部分も、()()()()()()問題あるまい」

「何故僕に施す? 今の言葉が本当なら、魔力量は互角。貴様を此処で倒す事も出来る」

「どうするかは黒鳥レン、貴様次第だ。そもそも貴様は戦意の無い相手を一方的に攻撃する程薄情ではないだろう」

「……」

「こちらは貴様の事をよく知っている。全部お見通しだ」

「気色が悪いな」

「そう言っていられるのも今のうちさ」

 

 黒鳥の背後には──何時の間にか巨大な屍龍の姿があった。

 

 

 

「来い。()()()()()()を見届けたくなければな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 教室に駆け付けた俺達は血塗れの桑原先輩を見て絶句した。

 一応、応急処置を火廣金が行ってはいるが、この状態では何時目覚めるかも分からないという。

 アカリ曰く、タイムダイバーの内部に医療スペースがあるので先輩はこれからそこに保護するつもりらしい。

 俺達は飛び散った桑原先輩のデッキを片付けている途中……ある事に気付いた。

 

「……デッキの枚数、足りなくないデスか? 《ゲイル・ヴェスパー》のカード、1枚だけ無いんデスけど……」

 

 デッキを拾い集めていたブランが不安そうに言葉を漏らす。

 エリアフォースカードが奪われた以上、守護獣であるゲイルも一緒に連れ去られたのは想像に難くない。

 だけど……何だろう。胸騒ぎがする。

 

「……残り1枚は守護獣の本体のカードじゃろうが……嫌な予感がするのう」

「……大丈夫。ゲイルもきっと戻って来るさ」

「本当にそうだろうか。奴らがエリアフォースカードを支配下に置きたい場合、真っ先に邪魔になるのは守護獣だ」

「火廣金」

「分かっている。俺だって無いとは思いたいさ。言っただろう。俺は──この中の誰も欠ける事は良しとはしない。例え守護獣であってもだ」

 

 彼は向き直ると言った。

 

「いずれにせよ……報復はせねばなるまい」

「……」

 

 静かな怒りがそこには籠っていた。

 怒っている。

 確かに険悪なように見える桑原先輩と火廣金。

 だけど──本当は素直になれないだけなんだろう。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──すまねぇ、白銀」

 

 タイムダイバーに戻るなり、目を覚ました桑原先輩は自嘲気味に言った。

 

「桑原先輩。誰にやられたんですか」

「……時間Gメンってヤローだ。節制(テンパランス)のカードを使ってやがった」

「シー・ジーか……!」

「そいつに(ストレングス)のカードを奪われた……情けねえ」

「……ということは、ゲイル・ヴェスパーも時間Gメンとやらに捕らえられているのか」

「……」

 

 そこで桑原先輩は押し黙ってしまった。

 

「……ゲイルは消されたかもしれねえ」

「え?」

「な、何でデス……?」

「そのシー・ジーって奴、言ってたんだ……(ストレングス)のカードを利用するのに守護獣が邪魔だってな」

 

 壁に拳が叩きつけられる。

 今までにない程に桑原先輩の顔は歪んでいた。

 掛ける言葉も無かった。

 俺達は……先輩と顔を合わせるべきではなかったかもしれない。

 

「……悪いのは俺だ。俺が弱かったから……ゲイルが犠牲になっちまったんだ」

「そんな……」

「いーや、その通りだよ。そのシー・ジーって奴言ってたんだ。俺はお前の足元にも及ばねえってよ、白銀」

 

 目を伏せた彼は──無理に笑ってみせると言った。

 

 

 

「……行ってきてくれ。ゲイルの仇……って言ったら私情を挟んじまうかもだけどよ。でも……取ってきてくれ」

「……ったりめーっすよ、先輩。任せて下さい」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「サッヴァーク、反応はどうデスか!?」

「いかんのう……学園上空に太陽(サン)のカードを取り込んだ怪物が飛んでおるわ! 何とか迷宮化で閉じ込めておるが……何時まで持つか」

 

 待てよ。飛んでるってことは、ひょっとしてあいつらまだ太陽(サン)を自分の手には納められてないんじゃないか?

 だって、太陽(サン)のエリアフォースカードなんて大物、放置して泳がせておくくらいならさっさと自分の手元に置いてしまいたいはずだ。

 

「……もしかしてあいつらでもなかなか手が付けられない代物なんじゃないか、太陽(サン)のカードって」

「どういうことだ部長」

「だって、現代にドルスザクが出た時もいつもなら時間Gメンが近くにいるのに居なかった。しかも太陽(サン)のカードとかいう爆弾を抱えてるのにだぞ? 普通野放しにするか?」

「……俺なら何としてでも制御するな」

「もしかして、現代に出てきたドルスザクって……この時代で誕生したモノが時を超えて逃げ出したってことは無いデスよね?」

「まさか、流石にそこまで連中は無能ではないだろう」

「いや有り得る」

「何だと?」

「ドラゴン・コードって時間を歪める力があるらしいんだ」

「……まずいな。となればあの怪物、下手をすれば自分から時渡りをする可能性があるのか」

「可能性なんて上げてけばキリがねえけど……そうなったら俺達にとっても手が付けられなくなる」

 

 ただでさえ相手は不死身の怪物だ。

 しかもすでにエリアフォースカードを取り込んでしまっているのだ。

 倒すのも下手したら困難かもしれない。

 ……だけど。

 

「黙ってられねえよ」

 

 このままじゃ終われない。

 絶対に。

 

「俺、自分が馬鹿にされるのは別に良いんだ。だけど──仲間を傷つけられたままなのは絶対に嫌だ」

「それだけじゃない。そのシー・ジーという奴は桑原甲に許し難い侮辱をしている」

「え?」

「君達は魔導司じゃないから知らないのも無理はないが、節制(テンパランス)は精神操作を得意とするアルカナだ。トリスが使ってた精神汚染もその類だ」

 

 曰く。

 ある程度熟達した魔導司になると、自身の属性と違うアルカナの魔法も扱えるようになるのだという。

 

「……桑原甲の身体から微量だが、その類の魔法を受けた痕跡を確認した。魔力が残っていた。シャークウガが居れば一発で看破出来ただろうな」

「マジかよ……でも、それって具体的にはどんな魔法なんだ?」

「ハマればタチの悪い部類には違いない。掛けた相手を精神的に深く追い込む魔法だからな。自分が問われた疑問に引きずり込まれ、思考の視野が恐ろしく狭くなるだろう。デュエルで言えば普段なら絶対にしないようなプレイングミスをしでかしたり、()()()()()()()()()()()()()()を見逃したり……なんてこともあるだろうな」

「そんな事あるんデスか!?」

「部長。そのシー・ジーとやらと戦ったことはあるか?」

「あるけど……」

「その時。相手に何か口先で惑わされたりしなかったか?」

「惑わしていたでありますよ! シー・ジーは、マスターに散々「偽善者」だのなんだのとデュエルの途中にごちゃごちゃ言ってたであります!」

「それは恐らく自身の術に引き込む為の話術、即ち催眠術の導入と同類だ。しかも、相手が魔導司でもない限り看破はされにくい。未来ではただでさえ少ない魔導司の数が更に激減しているという。成程、対人ではこれ以上ない有効な手立てというわけだ」

「つまり、奴はデュエル中に相手を精神操作で惑わせていたってことでありますか……! じゃあ、皇帝(エンペラー)の魔法への耐性が高いおかげでマスターは助かってた可能性が……」

「ッッッの野郎、バッカにしてんのかよ!!」

 

 思わず俺は怒鳴った。

 あの野郎、そんなズルをしてたのか!

 となれば、桑原先輩も全力を出せなかった可能性が高いってことか。

 沸々と怒りが湧いてくる。

 

「何が「白銀耀の足元にも及ばねえ」だ! 自分の魔法が通用する相手に勝ってドヤ顔してるだけじゃねえか! 卑怯な手段で勝ったくせに桑原先輩を弱いって言いやがって……ぜってーに許さねえ……!」

「落ち着くデスよ、アカル!」

「これが落ち着いてられるか!」

「私だって許せないデスよ。許せないデスけど……タダでさえ今回は難関なmissionデスよ? 冷静にならなきゃダメデス」

「うっ……すまん」

 

 ブランに窘められてしまった。

 本当に気丈だよな、お前は。一度守護獣を失ってるのに……。

 そうだ。こんな所で我を失ってたらダメだ。

 今は──どうにかして2枚のエリアフォースカードを取り返す方法を考えないと。



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GR39話:鎧龍頂上決戦──暴走する忠誠心

 ※※※

 

 

 

 

「こんな時に(ストレングス)のエリアフォースカードを手に入れるなんて、貴方にしてはよくやりましたわね」

「褒められる程度の事では無い」

 

 結論から言えば──ドギラゴンのオーラは時間Gメンの制御さえも離れて暴れ回っている状態だ。

 このまま逃げ出す事を危惧した彼らだったが、幾ら経っても怪物が鎧龍の上空から離れないのを見るや、この周囲が守護獣による結界に覆われている事を突き止めたのだった。

 マリーナは椅子に腰かけると、ドローンで撮影されているドギラゴンのオーラの状況を見て溜息を吐く。

 暴走は一向に止まる気配が無い。

 

「まあ、可笑しい事ではないですわ。愚民共からしてもみすみすエリアフォースカードは取り逃したくないはず……そうですわね。折角此処に(ストレングス)のカードがあるんですもの、ドラゴン・コード1匹くらい抑えられるはずですわ」

「そうだな。(ストレングス)は魔力の宝庫。例え、天体のエリアフォースカード相手でもこちらの戦力と組み合わせれば互角以上の力を発揮する」

「というわけだから、さっさとそれを寄越しなさい?」

「──そうだな」

 

 シー・ジーがスーツの懐から何かを取り出す。

 それはエリアフォースカードではなく──空白の横向きカード。

 マリーナがヒナタ相手に使ったドラゴン・コードの素体だ。

 人に使えば怪物を生み出すこの魔法道具をマリーナは部下に持たせていない──はずだった。

 

「……は? 何で、貴方がそれを──」

「ずっとこの時を待っていた。部下達にこれを解析させて、同じものを複製させるのを」

「ま、待ちなさい! 貴方、一体何を……!」

「待ちなさいだと? 誰がもうお前の言う事等聞いて堪るものか。部下達からもお前への不満は溜まっている。喜んで協力してくれたよ。随分と嫌われているようだな、年増女め」

「っ……ゆ、許し難い侮辱ですわ! 勝手に我が社の機密を盗んだ挙句、叛逆の道具にするなんて! 私は上級国民であるマッルィィィナ・ペトロパブロフスキーですわよ!」

「だから何だというのだ。金に胡坐を掻いて好き勝手している叛逆者は貴様等の方だろう、ペトロパブロフスキー重工。議会に数々の圧力をかけ、過剰な軍事費で機関の予算を食い潰し、己の気分一つで貴重な戦力を無駄にする。この命題の答えは真だろう、なあ?」

「そんな言いがかり、私が許すと思っていますのッッッ!!」

 

 

 

<G・メン、懲罰開始(パニッシュモード)──>

 

 

 

 実体化した蒼神龍が重力の法則を捻じ曲げようとする。

 しかし──シー・ジーはもう微動だにしなかった。

 

「しょ、処罰! 処罰! 厳罰ですわ! こんな組織ぐるみの裏切り行為……お父様は勿論、機関が許すと思っているんですの!?」

「思っていないさ。だが、天体のカードをお前から奪うことが出来れば機関のパワーバランスは崩壊する。私が名実共に時間Gメン、いや軍のトップになるのだ」

 

 血走った目で彼はマリーナを睨み付けた。

 瞼に焼き付けられる数々の侮辱、数々の虐待行為。

 最早我慢の限界だった。部下達に根回しし──今回の反乱を企てたのである。

 だが、ここにきてシー・ジーは既に(ストレングス)のカードに毒されつつあった。

 (ストレングス)文字通り力と、その探求を司るカード。以前の桑原のように心持を間違えれば──その溢れる魔力と、カードそのものの凶悪な人格に呑まれるのは当然の帰結だった。

 

「組織が裁けぬならば、私が裁く。真にトキワギ機関に忠誠を誓うこの私がな」

 

 

 

<……無限更新(オーバーライド)──(ストレングス)、ローディング!>

 

 

 

「今こそ月も太陽も射落としてやろう──」

 

 

 

 次の瞬間、タイムマシンから無数の光が漏れ出し──轟音と共に爆発四散する。

 空中分解した機体であったが──そこに一つの影が浮かんでいた。

 

 

 

「──クッ、カハハハハハハハァァァァーッ!! やった!! やったぞ!! 成功だ!! 私は今、龍になったのだァァァーッ!!」

 

 

 

 最早、それはシー・ジーではない。

 電影龍とエリアフォースカード2枚の力に飲み込まれた龍の形をした異形。

 止めどめない破壊衝動と最早使い物にならない理性。

 月を堕とした彼が射かけるのは空。太陽の座す場所。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『オーラとはそもそもデータ化したクリーチャーです。人間がデータ化したということは、細胞の一つ一つがデータに置き換えられていると考えられます』

「ってことは……普通に倒しちゃダメなのか?」

「ワイルドカードが実体化している時とは別物でありますよ。今回はオーラが人間と完全に融合してしまっているであります」

『と言っても、私もオーラになった人間を見るのは初めてなんで何とも……だから怖いんです」

「失敗したら取り返しがつかないデース」

『暁ヒナタさんは黒鳥レンさんの歴史に大きく関わる人物。もしもの事があったら、大規模な歴史改変に繋がりかねません。慎重に行く必要があります』

「どうすれば安全にオーラ化を解除出来る?」

『そうですね……そもそもあのオーラはエリアフォースカードの力で動いているようなものなんで、それを安全に停止させる手段があれば……安全にオーラ化を解除する事が出来ると思うんですけど』

「待てよ。安全にエリアフォースカードを停止させる……出来るかもしれねえ!」

「ああ。”あの方法”を使ってみよう、部長」

「”あの方法”ってどの方法デスか……」

 

 そんなやり取りの後。火廣金とブランに作戦の詳細を伝え、俺と火廣金はそれぞれの相棒に飛び乗って空へ向かった。

 ”轟轟轟”ブランドが邪魔をしてくるオーラ達を薙ぎ払い、俺がその後ろから突き進む。

 そして、敵の残党は火廣金に任せ、俺はヒナタさんが見える高度に到達した。

 こちらを見るなりドギラゴンの姿をした怪物はダンガンテイオー目掛けて飛び掛かって来る。

 見境無く巨大な鎌を振り回して飛び込んできた。

 よし、これであいつを空から引きずり下ろすことができる。

 このままダンガンテイオーを追いかけさせて指定のポイントまで誘導するのみだ。

 

「完全に獲物を見つけた獣でありますよ! 暴走するオーラに意識を乗っ取られているのでありましょうな! 最初の時を思い出すでありますよ!」

「最初……ああ、花梨のドギラゴンか」

「何であのドラゴンは、こうも我々の前に何度も立ち塞がるんでありましょうな!」

「さあな!」

 

 空中に線路を敷かれていき、その上を駆けるダンガンテイオー。

 そしてその線路を破壊しながら突き進んで来るドギラゴンのオーラ。

 しかし、こんな鬼ごっこは何時までも長くは続かない。

 屋上が見えるポイントまでドギラゴンのオーラが到達した瞬間だった。

 

 

 

「そこ、デース!!」

 

 

 

 ブランの掛け声と共にサッヴァークが突如ドギラゴンの前に姿を現す。

 剣の形をしたエネルギーが龍の怪物の四肢を繋ぎ留め、そのまま空中に縛り付けてしまった。

 暴れるドギラゴンだが、罠に捕らえられた獣のように咆哮することしかできない。

 

『こちら火廣金、敵オーラの殲滅に成功した』

『こっちもドギラゴンを捕まえたデース!』

「オーケー、後は……エリアフォースカードを使うだけだ!」

 

 ──以前、ロードとの戦いで使った手段。正義(ジャスティス)のカードの精神世界に直接干渉して、その暴走を停止させたというもの。

 エリアフォースカードの守りは硬く、必ず複数人の魔導司やエリアフォースカードが無ければ精神世界をこじ開ける事は出来ない。

 しかし、そこに入り込んで暴走の原因を止めることが出来れば、ヒナタさんを傷つける事無くオーラ化を解除できるという寸法だ。

 

『しかも今回は太陽(サン)のカード1枚だけだ。審判(ジャッジメント)のカードに守られていた以前よりもスムーズに入り込めるはず。準備は良いか、部長』

「ああ、一気に行くぞ!」

 

 外へ飛び出した皇帝(エンペラー)のカード、正義(ジャスティス)のカード、そして火廣金の魔方陣がドギラゴンを取り囲む。

 

「よしっ、このまま太陽(サン)のカードの内部に侵入して──」

 

 その時。

 何かがドギラゴン目掛けて飛んで来る。

 見ると、龍の腹を巨大な弓矢のようなものが貫いていた。

 

「えっ……!? 何だコレ!?」

 

 驚いてる間に今度はドギラゴンを拘束していた剣も破壊されてしまった。

 そのまま力無く龍のオーラは地上へ落ちていく。

 

「マスター! 3時の方向に巨大なオーラの反応! しかもエリアフォースカードを2枚の反応でありますよ!」

「ま、まさか、その2枚って……!」

 

 弓矢が飛んできた方向を見やる。

 そこにあったのは──

 

 

 

「白銀ェェェ、耀ゥゥゥーッ!!」

 

 

 

 こちら目掛けて弩を掲げ、弓を射かける獅子に跨った人型──《百族の王 プチョヘンザ》に酷似したドラゴンであった。

 

「プチョヘンザァ!? 今度はプチョヘンザかよ!」

「寄越せェ、エリアフォースカードを全部寄越せェェェーッ! もっと私に力を寄越すのだァァァーッ!!」

 

 弓矢を次々に乱射するプチョヘンザのオーラ。

 こちらも目が赤く光っており、暴走していることは目に見えて明らかだった。

 

「間違いないであります! 節制(テンパランス)(ストレングス)のエリアフォースカードの反応でありますよ!」

「桑原先輩のカード……だけど、節制(テンパランス)ってシー・ジーのカードじゃねえか。しかもこの声って」

「フ、ハハハハハハハ、思えば全てお前の所為だ!! お前の所為で私は時間Gメン隊長としてのメンツが丸潰れだァァァーッ!!」

「……マジかよ」

「こっちは元々カードを持っていたからか、理性は吹き飛んでいても人格を保てているでありますな……」

 

 ノイズ混じりではあったが、声色と今の科白から察するに……こいつ多分シー・ジーだ。

 あのマリーナならやりかねないが、まさかシー・ジーまでオーラ化させちまうなんて。

 

「消す消す消す消す消すーッ!!」

 

 無数の弓矢が空へ放たれる。

 それがサッヴァーク、そして”轟轟轟”ブランド、そしてダンガンテイオー目掛けて飛んで行く。

 

『っきゃあああっ!?』

『まずい、被弾したッ……!』

「悪いのはお前だ! お前が全て悪い! 私は悪くない! 避けられないお前達が全て悪いのだ!」

 

 弓矢が掠めたサッヴァークと”轟轟轟”ブランドがよろめく。

 まずい、このままじゃ近付けない!

 

「火廣金! ”轟轟轟”の速度なら、あの弓矢を撃ち落とせるか!?」

『落とせるが……全部は無理だ! しかもこれ以上速度を上げたら、逆に奴に近付けなくなる! こちらが速過ぎて、制御出来ん。下手したら衝突するぞ!』

「いや、あいつには近づかなくて良い! ダンガンテイオーの周囲を飛び回って、飛んで来る弓矢だけ落とせるか!?」

『……成程な。それなら出来る。だが言っただろう、あの量だと全部は無理だぞ!』

「残りサッヴァークが撃ち落とす! そうだろブラン!」

『勿論デス! ……ってことはアカルが突撃するんデス!?』

「そうだ! 頼むぞ!」

『アカル、こういう時は思い切りが良すぎデスよーっ!』

 

 距離を詰めるのは一瞬だった。

 飛んで来る弓矢を剣で弾きながらダンガンテイオーはプチョヘンザのオーラ目掛けて線路を駆ける。

 その前を切り拓くのは”轟轟轟”ブランド、そしてサッヴァークだ。

 

『やれやれ、マスター……こういう時は逆に冷静でありますな! 冷静過ぎて……逆に怖いでありますよ!』

「褒めてねーだろ、それ」

 

 飛び掛かり──弩を剣で薙ぎ払うダンガンテイオー。

 もうこれで、弓矢は放てない。サシで戦える。

 やっと、近付けた。

 桑原先輩を馬鹿にした奴に近付けた。

 これで遠慮なくぶちのめせる。

 

「会いたかったぜ、シー・ジー。こんなに会いたかったのは初めてだ」

 

 ああ。

 こいつとも何度も何度も戦ってるけど──敗けて俺が傷つけられるのはまだ仕方ないって思えた。

 こいつもきっと昔の火廣金みたいに任務で俺と戦ってるんだろうと納得させていた。 

 だけど、やっぱり許せなかった。何でだろうと考えた時、きっと──こいつらの狙いが俺じゃなくて仲間に向いているからだと気付いた。

 放っておくだけでこいつらは俺の仲間達の歴史を書き換える。

 でも、それだけじゃない。

 

「なあシー・ジー。俺がダメなら次はブランで、その次は黒鳥さんと桑原先輩か? いい加減にしろよ。人の大事なモンに次から次へと汚い手で勝手に触ってんじゃねえ」

「元はと言えばお前達が悪い。歯向かってきたお前達が悪いのだ」

「ンだと?」

「私は悪くない。何も悪くないのだ。お前が奴らをこの時代に連れてきたのが悪い、お前が私をあの時打ち負かしたのが悪い、全部全部お前が悪い、白銀耀!!」

 

 ──ああ。

 言葉で分かり合える相手じゃないとは分かっていたけど。

 暴走して理性も何もあったもんじゃないとは分かっていたけど。

 これはダメだわ。

 全然ダメだ。

 ひょっとしたら俺は今までこいつにさえ、「火廣金みてーに分かり合えるかも」とか甘い事を無意識に考えていたのかもしれない。

 だけど──

 

「これは免罪符だ。お前達が全て悪いのだから、私のやる事成す事は全て許される、私は正義でお前達は犯罪者! 私は何をしても許される! だから──消えろ、白銀耀ッッッ!!」

「お前さー……ほんっっっとうに、人の逆鱗を逆撫でするようなことしか言えねえのな──」

 

 俺は吐き捨てる。

 この最低最悪の怪物に。

 

 

 

「──とんだ()()()()()だったぜ」

<Wild……DrawⅣ,EMPEROR!!>



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GR40話:鎧龍頂上決戦──百卍龍の弓矢

 ※※※

 

 

 

「そ、そんな、ドギラゴンのオーラが墜落……!?」

『これ、変身者は無事なのかなマスター!?』

 

 コックピットで彼らの戦いを見届けていたアカリは頭を抱える。

 何一つ予定通りに進んでいない。

 それどころか事態は悪化していた。

 

「もしこのまま暴れ出したら大変なことに……傷ついた獣程危険って言いますし! というか、今空で暴れてるプチョヘンザのオーラの方がヤバいかも……!」

『あいつエリアフォースカード2枚持ってるよ!?』

「最悪です! 魔力の差も考えると、おじいちゃんでも勝てるかどうか怪しいですよ!」

『あと、マスター! 校庭に落ちたドギラゴンのオーラにクリーチャーが近づいてるんだけど!』

「え? ……これってまさか」

 

 アカリは真っ青になって部屋を見に行った。

 案の定──黒鳥が居るはずのベッドは空。

 となれば、あのクリーチャーはもしかしなくても──

 

「このお馬鹿!! 普通、誰か出ていったら気付くでしょ、自分の体なんだから!」

『ヒ、ヒエエエエ、そんな事言われてもーっ!』

「ど、どうしましょう、今の黒鳥さん一人であんな怪物に勝てるわけないのに……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「なあ、ヒナタよ」

 

 校庭に堕ちたドギラゴンは、背中から腹に掛けて弓矢が深々と突き刺さっていた。

 力無く声を上げる龍のオーラは力無く横たわっている。

 

「貴様は気に食わない奴だ……いつも僕の目の前にやってきて、太陽のように眩しく輝いて、僕のやる事成す事全てを上書きしていく。貴様は太陽。ノゾムは月。ならば……僕は何だ? 空に浮かぶ貴様等にすらなれやしないというなら、差し詰め僕は影だろう」

 

 入学式の日を思い出す。

 きっかけは些細な事だった。

 トラブルに巻き込まれ、お気に入りのデッキケースを汚されたレンはヒナタに因縁を付けてデュエルを挑み──そして盛大に負けた。

 

「貴様に敗けたあの日から、僕は永遠に日陰者、二番手だ」

 

 よろめく体でレンはライバルに呼びかける。

 返事は呻き声しか返って来なかった。

 

「おまけに貴様が無茶苦茶をする度に尻拭いをさせられる僕の立場を考えてみろ……ハハッ、確かに貧乏くじも良い所だ」

 

 がくり、と膝を突く。

 変わり果てた蒼き革命の龍を前に黒鳥は吐き捨てた。

 

 

 

「ザマァ見ろ……この大馬鹿野郎」

 

 

 

 それが精一杯の罵倒だった。

 悔しさに顔は歪んでいた。

 クリーチャーを使って此処まで駆け付けたのは良いが──最早、魔力は尽き果てていた。

 

「行動するときはちゃんと後先を考えろと言っただろう……貴様は僕を過信し過ぎだ……これでは助けてやろうにも、助けられんではないか……!!」

 

 蒼き龍の瞳が再び赤く光る。

 その口には大鎌が咥えられ、それは黒鳥目掛けて振り上げられた。

 

 

 

「デスゴロ──ッ!!」

 

 

 

 浮かび上がりかけたその像は途中で消えた。

 鎌を受け止める事すら叶わず、黒鳥の身体は吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。

 肺が押し潰されて呼吸が出来ない。

 そして、もう自分には何も残っていないことに気付いていた。

 

「だ、ダメだ……貴様には()()何も背負わせない……貴様には誰も手を掛けさせやしない……貴様は太陽だ、太陽でなければならない……! 貴様は皆の希望なんだ……!」

「グルルルゥゥゥゥ!!」

「だから、貴様は僕が止める、刺し違えてでも止める。汚れ役は、醜い囮は何時だって……僕だけで十分だ」

「ガァァァァァーッ!!」

「その……つもりだったのに、それさえも叶わないか……!」

 

 振り上げられた鎌。

 それが黒鳥を切り裂くべく脳天へ叩き落とされる──

 

 

 

「成程。我ながら美しい美学だな」

 

 

 

 死を覚悟して目を瞑ったその時。

 遅れてやってくる金属音。

 命を刈り取る大鎌と大鎌がぶつかり合う音だった。

 振るうのはデスゴロス。

 もう実体化出来ないはずの自らの切札だった。

 

「な、何で──デスゴロスが」

「だが美徳ではない。特に諦めは最低の悪徳だ。そんなものは僕の美学に反する。貴様もそう思わないか?」

「……き、貴様は」

「イレギュラーに対抗するにはイレギュラーしかあるまい。かく言う僕も混乱しているのでな──今は黙って事態を飲み込め」

 

 黒鳥は目を見開いた。

 漆黒のコートに身を包んだ青年。

 その声も、顔も、そして語り口も。

 何もかもが自分と酷似していて──黒鳥は言葉を失った。

 

()()()()()()()!?」

「そうだ。そして()()()()()。2018年からやってきた黒鳥レンだ」

 

 訳が分からない、と髪を掻き毟る。

 しかし、それでも命が助かったのは確かなようだった。

 

「一つだけ教えてくれ。どうして戦えるんだ? 今の僕には……後4年も戦い続けられる自信が無い」

「心配しなくても、貴様はそんなに長い間、命を賭けて戦い続けられない。貴様はいずれ、戦いから離れる」

「馬鹿な、僕が! ……じゃあ、どうして今も貴様は戦っている。説明が付かないじゃないか!」

「今の僕は守りたいものがあるだけじゃない。僕自身も──生きねばならぬ理由があるから戦っている」

 

 青年はエリアフォースカードを起動させた。

 

 

 

「見届けろ、かつての僕よ。これが──今から見せるのは、貴様が……黒鳥レンが積み重ねるものだッッッ!!」

 

解除開始(ディオーライズモード)太陽(サン)・エンゲージ!>

 

 

 

 ※※※

 

 

「《チュパカル》を《接続 CS-20》に投影(オーライズ)。ターンエンド」

「──《タイク・タイソンズ》を召喚、ターンエンド!」

 

 ──怪物と化したシー・ジーとのデュエル。

 序盤はいつもの初動の投げ合い。

 互いにコストを下げるクリーチャーとオーラが睨み合っている状態だ。

 落ち着け。

 落ち着け俺。

 この戦いは絶対に敗けられない。

 

「《ザハ・エルハ》を……《CS-20》に付け、更に《ガ・ニメデ》も付けて3枚ドロー……!」

「呪文、《超GRチャージャー》で《バツトラの父》をGR召喚! 更に《タイク・タイソンズ》で攻撃するとき、Jチェンジ発動! 《天体かんそ君》をバトルゾーンに出す!」

 

 組体操を組んで転がっていく人型達が望遠鏡のクリーチャーに交代する。

 自然のジョーカーズ、《天体かんそ君》は山札の上から3枚を見て、山札の上と下、そしてマナゾーンへカードを送り込む能力を持つのだ。

 そして──

 

「《タイク・タイソンズ》が場を離れたから山札の上からマナをチャージ! そして《天体かんそ君》の効果で山札の上から3枚を見て1枚を山札の上、1枚を山札の一番下、そしてもう1枚の《キング・ザ・スロットン7》をマナゾーンに置く!」

 

 ──《タイク・タイソンズ》の効果も合わせれば2枚マナを増やしたことになる。

 これで、俺のマナは既に6マナに達していた。

 次のターンには山札の上にセットした《ジョット・ガン・ジョラゴン》を出す事が出来る。

 だけど問題は──相手の手札が大量に増えている上に、結局オーラが重なったクリーチャーを処理出来てないってことだ。

 

「マスター、来るでありますよ! 前のように、フルパワーの《ヴィトラガッタ》が!」

「大丈夫だ! 今回は《バツトラの父》が居る! 一回目なら何とか受け止められる!」

「そう……本当に、思っているのか……?」

 

 プチョヘンザの姿をした怪物は嘲笑いながら弓矢を引き絞る。

 

「私のターン、《ΦΦΝ(ファイファン) ユリアンラウド》、そして《ウナバレズ》を更新(オーライド)。そして、《CS-20》で攻撃!」

 

 除去が飛んでこなかった……! これなら受けられる!

 俺が《バツトラの父》に手を掛けたその時だった。

 

「覚悟しろ……白銀耀……お前が私の顔に塗ったくってくれた泥、今度は全てお前がおっ被る時だァァァーッ!!」

(ストレングス)解禁(アンリーシュ)……百族龍(プチョヘンザ)、ローディング!!>

「オーラが2枚以上重なっている時に攻撃するとき、手札から《スピルバグス》2枚と《ヴィトラガッタ》2枚、そして──」

 

 引き絞られた弓矢が戦場に放たれた。

 そこから巨大な卍が広がっていき──邪悪な気に包まれた百族の長が姿を現す。

 

 

 

無限更新(オーバーライド)、《百卍龍(ひゃくばんりゅう) プチョゲンム》!!」

 

 

 

 《プチョゲンム》──それがこの紛い物の名。

 幻と夢に塗れた虚飾のオーラ。

 それは大量のオーラを吸収したことによって、巨大に膨れ上がってバトルゾーンを占拠していた。

 

「《プチョゲンム》の効果発動──パワー2000以下のクリーチャーを全てマナゾーンへ送る!」

 

 突如、俺の場のクリーチャーが降りかかって来た弓矢によって貫かれ、大地へ引きずり込まれていく。

 ってことは──この攻撃は完全にノーガードってことかよ!

 

 

 

「《CS-20》のパワーは──42000。貴様のシールドを全てブレイクする。最早証明など必要ない!」

 

 

 

 無数の弓矢が俺目掛けて飛んで来る。

 こんなの、シールドが何枚あっても足りないじゃないか!!

 

 

 

「貫き穿て──ゾディアーク・ホライゾンッッッ!!」

 

 

 

 シールドが纏めて束になって俺を守る。

 しかし──防ぎきれない。

 突き刺さった弓矢もまた一つの巨大な弓矢に纏まり──全部貫いてしまった。

 一気に降りかかる衝撃。

 シールドの破片が襲い掛かり、次々に突き刺さる。

 

「桑原甲に比べればお前の脅威はかなり高かったが……もうそれも過去のものだ」

 

 肉が裂かれ、血が噴き出す。

 

「桑原甲と同じように、お前も歴史の闇に葬ってやろう」

 

 だけど──この腹の煮えくり返りは誰にも止められねえよ!

 

「っるせぇっ!! 勝手に人を歴史の闇に葬るなッ!!」

 

 手札に来た《バイナラドア》を投げ付ける。

 飛び出した一つ目のドアが《プチョゲンム》を引きずり込もうとする──

 

「桑原先輩は、強い人なんだ──どんなに弱い弱いって言われて、相棒をやられても、あの人は無理して笑って俺達を送り出した! 俺は知っている、それがどんなに悲しい笑顔だって分かってる! でも、それがあの人の強さなんだよッ!!」

「だから何だ? 奴は私に敗けた! 敗者は弱者であり、賊軍に成り下がる! 歴史編纂の基本だ。それだけの話だろう!」

 

 ──吸い込めない。

 《プチョゲンム》の姿が忽然と消えてしまった。

 《バイナラドア》の除去が効いていない!?

 

「何でだ!?」

「《ウナバレズ》を付けているクリーチャーは選ばれない。そして、《ヴィトラガッタ》の効果で残りのクリーチャーも全てマナゾーンへ送るぞ!!」

 

 再び引き絞られる弩の弓矢。

 《バイナラドア》もマナゾーンへ吸い込まれてしまった。

 

「だけどマナが増えたおかげで、次のターンに《ジョラゴン》を叩きこめる!」

「それも出来ない。《ユリアンラウド》の効果発動。このオーラが付いたクリーチャーの攻撃の終わりに、それに付いている他のオーラ1枚につきGR召喚する」

 

 次の瞬間、空中に向かって無数の弓矢が放たれる。

 そこに大穴が幾つも開き──

 

 

 

「合計10回──GR召喚。そして、それぞれにオーラを付ける!」

 

 

 

 ──大量のチップが降り注いだ。

 その光景に俺は呆気に取られるしか無かった。

 

「……マジかよ」

 

 場には11体ものGRクリーチャーが占拠している。

 

「《バツトラの父》2体、《クリスマⅢ》2体、《マリゴルドⅢ》1体、《甲殻 TS-10》2体、《接続CS-10》、《ザーク卍ウィンガー》──更新(オーライド)!!」

 

 そして、それら全てにオーラが次々に憑依していく。

 元々パワーの高いオーラもあるからか、既に中型クリーチャー並みのパワーに達しているものも何体も居た。

 もうこのまま《ザハ・エルハ》のドロー効果で山札切れてくれないかな。任意だからそれすら叶わないのが悔しい所だ。

 

「《クリスマⅢ》のマナドライブ3発動! 登場時に破壊すれば、マナを1枚タップして追加する! 2体いるので2回発動だ」

「……今更マナを増やしてどうするんだ!?」

「《マリゴルドⅢ》のマナドライブ6が発動。マナゾーンからコスト5以下のオーラである《ケルベロック》を出し、《ザーク卍ウィンガー》に投影(オーライズ)!」

「またブロッカーが増えた……!」

「そうだ。今の私の場には《バツトラの父》2体に加え、マナドライブでブロッカーと化した《TS-10》2体。そして今の《ケルベロック》で5体の壁が出来ている」

 

 マズいぞ。

 幾らジョラゴンでも、このブロッカー軍団を突破するのは難しい。

 例え《マンハッタン》でシールドを全部吹き飛ばしたとしても、肝心のクリーチャーの攻撃が相手に通らなければゲームに勝てない!

 

 

 

「どうすりゃ良いんだ……こんなの……!」

 

 

 

 考えろ。

 考えるんだ。

 この盤面、どうすれば攻略出来る!?

 桑原先輩の仇を取らなきゃいけないのに──これじゃあそもそも攻撃が通らない──

 

 

 

『慌てるな、白銀耀。僕の知るヒーローは──こんな時にこそ、冷静に初心に立ち返るのさ』



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GR41話:鎧龍頂上決戦──仇討の弾丸

 ※※※

 

 

 

 黒鳥──2018年の方──とドギラゴンのオーラのデュエル。 

 マナを加速するドギラゴンのオーラに対し、黒鳥は《エマージェンシー・タイフーン》で手札を交換する動きを見せていた。

 

「先ずはその手札を捥ぐとしよう。2マナで《ルソー・モンテス》召喚。手札を1枚捨てて、相手の手札を1枚捨てさせる」

 

 現れたのは地獄の審問者。

 その手に握られた本が相手の知識を奪い取る。

 早速1枚、ドギラゴンのオーラの手札は破壊された。

 

「グルァァァー!!」

 

<《バライフ》、投影(オーライズ)

 

 しかし、相手も展開の手を緩める気配はない。

 マナを増やす効果を持つオーラである《バライフ》を出して応戦してくる。

 

「それがオレガ・オーラか……! 前もって予習していた甲斐があったというものだが、それでもどこまで戦えるかだな」

 

<《クリスマⅢ》、マナドライブ3>

 

 加えて、憑依元となったカードは《クリスマⅢ》。

 自身を破壊して、マナゾーンにカードを置く効果を持つ。

 これで既に相手のマナは6枚に達しつつあった。

 

「僕は《サイバー・チューン》で手札を3枚引いて2枚を墓地に落とす。ターンエンドだ」

 

 これで既に黒鳥の墓地には大量のカードが送り込まれていた。

 墓地を増やす黒鳥。

 マナを増やすドギラゴンのオーラ。

 先手を打ったのは──怪物の方だった。

 

「グルゥゥゥーッ!!」

 

<《ダイパ殺デー》、投影(オーライズ)

 

 現れたのは蜘蛛のようなオーラ。

 その手から放たれた糸が黒鳥の手札に絡みつく。

 

「チッ、《エマージェンシー・タイフーン》を墓地に置く!」

 

<《ヨミジ丁ー二式》、マナドライブ7>

 

 だが、これだけでは終わらなかった。

 黒鳥は目を見開く。

 投影されたチップは、あまりにも大きい。

 冥界への門をこじ開けようとしていた──

 

「馬鹿な──このGRクリーチャーとやらは、墓地からもカードを直接出せるのか!!」

「ウゥゥゥゥゥ、レェェェェエエエエン!!」

 

 

 

 

無限投影(オーバーライズ)、《蒼卍龍 ドギラゲンム》ッ!!>

 

 

 

 

 刻み込まれる数字はⅩⅨ。 

 太陽を示す数字。

 戦場に降り立つのは漆黒の鎧に包まれた龍を超えし龍のオーラだった。

 その一閃の下に《ルソー・モンテス》は両断される。

 

「っ……!」

 

 咄嗟に黒鳥はデバイスを見やる。

 そこには場に展開されているカードの説明が書かれていた。

 

「《蒼卍龍 ドギラゲンム》、ドラゴン・コード/マフィ・ギャング/デリートロンのオレガ・オーラ……! 成程な、場に出た時にクリーチャーを破壊する上にクリーチャーが破壊されたら手札を引けるのか……!」

「グルァァァァァーッ!!」

 

<《マリゴルドⅢ》、マナドライブ6>

 

 それに加えて、《ドギラゲンム》が重なったチップから、更にオーラが投影されていく。

 マナゾーンから現れたのはナースのような姿をしたオーラの《ジェ霊ニー》。

 更に重ねられたGRはカッターのようなチップだった。

 

<《カット丙ー二式》、マナドライブ5>

 

 次の瞬間、《ジェ霊ニー》の身体が弾け飛ぶ。

 そして二本のカッターが黒鳥の残る手札も全て削り取った。

 黒鳥はデバイスを見やる。

 《ジェ霊ニー》は場に出た時、《カット》はマナドライブで自身を破壊する時、それぞれ相手の手札を見て手札を捨てさせる能力を持つ。

 これで黒鳥の手札は全て削り取られてしまった。

 

(……しかも、今ので奴はまた手札を引いた……完全にしてやられたな、手札も場も一瞬で削り取られたわけだ)

 

 黒鳥はトップで引いたカードをマナに置く。

 ドギラゴンの姿をしたオーラは想像以上の強敵だ。

 一瞬で戦力差を引き離されてしまった。

 どうするか、と項垂れる。

 此処まで来ると、最早トップ頼りしかできない。

 

「レ、ェェェエエエン」

 

 咆哮する巨龍。

 その声は──自分を呼んでいるように思えた。

 

「クッ、カハハハハ、貴様は……そんな姿になっても、僕の事が分かるのか。この時代ではない僕の姿が分かるのか」

 

 見えている。

 確かに彼は自分の姿が見えているのだ。

 ならば猶更、これ以上の醜態は晒すことが出来ない。

 

 

 

 黒鳥は──不敵に、笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 黒鳥──2014年の方──は黙って、その戦いの行く末を見守るしかなかった。

 未来の自分のスタイルがどうなっているのかと期待していたが、蓋を開ければ水の手札交換カードを使ってばかり。

 墓地に落ちているカードの中には《ヘルボロフ》が見えるが、他のカードを見るに《ウェルカム・ヘル》と相性の良い構築とは思えない。

 

「何やっているんだ……未来の僕は……」

 

 しかもそうこうしているうちに盤面も手札も完全に差を開けられてしまった。

 こんな状態で勝てるビジョンは思い浮かばなかった。

 にも拘わらず──彼は笑っている。

 目を血走らせ、息を切らせながらも──まるで愉しむように口角を上げている。

 

「……まだ僕にも……あんな顔が出来たのか……だが、こんなことで勝てるのか? 勝たなければ、全てお終いじゃないか」

 

 

 

「見給え!! 手札もゼロ。クリーチャーもゼロ。まさに貴様は今、僕を追い詰めていると言っても良いだろう!!」

 

 

 

 高らかに未来の自分の声が聞こえてくる。

 とうとう気でも違ったか、と黒鳥は頭を抱える。

 しかし──

 

 

 

「だが思い出せヒナタよ。僕のデュエルの美学は此処からだ。全てを美しく無に帰す破壊の芸術。貴様にそれをぶつけ、目を覚まさせてやろうではないか!!」

 

 

 

 ──その目を見て確信する。まだ未来の自分は諦めていない。

 そして──美学。その言葉を彼はしばらく使っていなかったことに気付いた。

 

「美学、か……日々を生きるのが精一杯すぎて──そんな言葉、忘れていたな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『白銀耀──』

 

 

 

 その声には聞き覚えがあった。

 他でもないゲイルのものだ。

 どうして? 消されたはずじゃ──

 

「ゲイル!? 何処にいるんだ!?」

「一体どういうことであります!? 声が聞こえるでありますよ!」

 

 

 

『いいや、消されたさ。これは残響。亡霊のようなものさ。もう長くはもたない』

 

 

 

 ゲイルの声は確かに響いてくる。

 しかし。か細く、もう消えてしまいそうだった。

 

『だけど、(ストレングス)のエリアフォースカードの意思を伝えることは出来る。良いかい? どうやらこのカードは、確かに君に引き寄せられているみたいなんだ』

「カードが俺に……?」

「どういうことでありますか?」

『分からない。ところで僕は、皇帝(エンペラー)の固有の能力のようなものを見たことが無いと思っていてね。もしかしたらそれに起因するものなんじゃないかと思ってるんだが……』

皇帝(エンペラー)にそんな力が……」

 

 いやでも、そういえば……他のエリアフォースカードにもいろいろ特徴があるけど、皇帝(エンペラー)にはそういったものがあるってのを聞いたことが無かったな。

 それにカードが引き寄せられているのか?

 

『チョートッQ。君なら分かるはずだ。皇帝(エンペラー)の力が』

「わ、我に言われても……何にも分からないでありますよ!」

『いや、分かっているはずなんだ。なぜなら君は──既にそれを手に入れているようだからね』

 

 ゲイルの声は小さく消えていく。

 そよ風の中に消えてしまうかのように。

 

 

 

『……そして僕のヒーローを、よろしく頼むよ』

 

 

 

 

 そこでゲイルの声は途切れた。

 駄目だ。

 結局訳が分からない。

 (ストレングス)のカードが引き寄せられているって──どういうことなんだ?

 思わず皇帝(エンペラー)のカードをデッキケースから取り出した。

 熱い。熱を強く帯びている。

 それはまるで──怒っているようだった。

 だけど、分かる。これは皇帝(エンペラー)の感情じゃない。

 手に取ると何となくだが分かるのだ。

 もっと遠くから伝わってくる感情だ。

 

皇帝(エンペラー)じゃない……(ストレングス)が怒ってるんだ」

「そ、そんなこと分かるのでありますか!?」

「……そりゃそうだよな。いきなり主人と引き離されて、一心同体の守護獣も消されて──桑原先輩の事、あんなに気に入ってたもんな」

 

 俺は皇帝(エンペラー)のカードをシー・ジーに向ける。

 そこに取り込まれているであろう(ストレングス)の鼓動がはっきりと伝わってきた。

 まるで心臓のように手にはっきり魔力と感情の奔流が伝わってくる。

 

 

 

(ストレングス)。俺に力を貸してくれ」

 

 

 

 皇帝(エンペラー)のカードに新たな紋章が刻まれていく。

 火文明のマーク。真龍のマーク。そして次に刻まれるのは──自然文明のマークだ。

 

「な、何だぁ!? わ、私の(ストレングス)が抵抗している!? リセットしたはずなのに──!!」

 

 さあ、どうだろう。

 俺にも実際分からない。

 分からないけど──やるべき事は決まった。

 

(ストレングス)。お前の怒り、俺が全部背負う。お前の主を馬鹿にしたやつは俺が倒す。だから──後は任せてくれ!!」

 

 カードを引く。

 そこにあるカードは当然、前のターンにセットしていた《ジョット・ガン・ジョラゴン》だ。

 7枚のマナをタップする。

 ああ、行くぜ切札。

 刻まれるのはⅣ。皇帝を意味する数字。

 真龍の降臨を表すマスタードラゴンの焼き印が地面に大きく表れた──

 

 

 

「《ジョット・ガン・ジョラゴン》、装填完了!!」

 

 

 

 無数の弾痕が地面に穿たれる。

 空から飛び出したガンマンのドラゴン。 

 もうここまで来たら後に引き下がれない。

 

「馬鹿め!! こちらには5体の壁がいるのだ! クリーチャーの攻撃が通ると思うな!」

「貫き通す! 《ジョット・ガン・ジョラゴン》で攻撃!」

 

 地面を駆けるガンマン。

 その手に弾丸が装填される。

 攻撃時の効果でカードを1枚引き、1枚捨てる。

 そして捨てたカードがジョーカーズならば、その登場時の効果を使えるんだ!

 

<《スロットン》、ローディング>

「《キング・ザ・スロットン7》を捨てて、ジョラゴン・ビッグ1発動! 山札の上から3枚を表向きにして、全部ジョーカーズならばその中から1体選んで場に出す!」

 

 表向きになったカードは《アイアン・マンハッタン》。《バイナラドア》。

 そして──

 

 

 

「来た」

 

 

 

 浮かび上がる数字はⅧ。

 (ストレングス)を意味する数字が一瞬だけ俺の前に現れた。

 《ジョリー・ザ・ジョニー》のカード。

 それが自然文明の緑に染まっていく。

 択ぶのはこの弾丸だ!

 

 

 

 

「これが俺の必中の切札(シューティングワイルド)、狩りの時間だ《オラマッハ・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

 一瞬遅れて、ブモオオオオという唸り声が後ろから聞こえてくる。

 それは俺の頭上を飛び越し──荒々しく地面に降り立つ。

 そこに飛び乗る一つの影。

 カウボーイハットにゴーグルを装着した必中の射手がそこにはあった。

 

「自然文明のジョニー……!」

 

 何だろう。こいつ──確かに初めて握った気がしない。

 ジョニーの新しい姿のはずなのに。

 

「……まあ今は考えてるよりも先に、あいつをぶち抜くのが先だ!」

「通さんと言っただろう!」

 

 先行する《ジョット・ガン・ジョラゴン》の散弾。

 しかし、それは《バツトラの父》によって防がれてしまう。

 だが──そこに続くようにして《ジョニー》が巨大なクロスボウを掲げた。

 そこには幾つもの弓矢が装填されており──

 

「《オラマッハ・ザ・ジョニー》はマスター・マッハファイターだ! 場に出たターン、アンタップしているやつも含めて相手のクリーチャーを攻撃できる!」

 

 それが次々に放たれていく。

 まずは《ケルベロック》だ。

 その三つ首の額に弓矢が突き刺さり、内部のチップを砕いて爆散させる。

 

「馬鹿め! それで終わりだろう!」

「いーやまだだ! マスター・マッハファイターで《オラマッハ・ザ・ジョニー》はバトルに勝ったらアンタップして、相手のシールドをブレイクするんだ!」

 

 再びクロスボウに弓矢が装填された。

 今度は乱射。

 シー・ジーの場に、《オラマッハ・ザ・ジョニー》のパワーに勝てるクリーチャーは存在しない。

 

「オーラが分散させたのが逆に仇に……!? 馬鹿な、こんなことが……有り得ない!!」

 

 爆散する《TS-10》の背後でシー・ジーは目を見開く。

 そして降りかかる弓矢はそのまま彼のシールドも貫いていく。

 

「そうだ、これは幻だ、夢だ、だって、こんなことがあって良いはずがない。あって良いわけが──無い!! だって悪いのはお前達だぞ! 私は何も悪くないのだぞ! ほら証拠に見てみろ!」

 

 砕かれたシールドの1枚が光り輝く。

 マズい。S・トリガーだ!

 

「S・トリガー、《お眠りララバイ》で《クリスマⅢ》をGR召喚し、場にGRクリーチャーが3体以上いるので相手のクリーチャーを全てタップする──!!」

「マスター、止められるでありますよ!」

「分かってらぁ!」

 

 《ジョニー》が発動した呪文目掛けて引き金を絞る。

 《ゴールデン・ザ・ジョニー》と同じ──いや、それ以上かもしれない。

 呪文に対抗する能力が備わっているんだ!

 

「《オラマッハ・ザ・ジョニー》の効果発動! 相手が呪文を唱えた時、それと同じコストのジョーカーズを手札から捨てれば、その呪文の効果は失われる!」

 

 クロスボウが呪文を打ち消す。

 これで、光はこちらに届かない。

 まだ《ジョニー》は攻撃できる!

 

「バトルに勝てば《ジョニー》は無限にアンタップする!! ブロッカーも何も関係ねえ!!」

 

 乱射されるボウガンが次々にシールドを、そしてクリーチャーを打ち砕いていく。

 最後に残ったのは──シー・ジーのみだった。

 飛び掛かる《ジョニー》。

 同じく弩を構える迎え撃つシー・ジー。

 互いに弓矢を引き絞り、放つ──

 

 

 

「ふざけるなァァァーッ!! こんなのは、夢、幻だァァァーッ!!」

 

 

 

 一手、ジョニーが速かった。

 弓矢を引き放つ事なくプチョヘンザの怪物は蜂の巣と化す。

 

 

 

「《オラマッハ・ザ・ジョニー》でダイレクトアタック」



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GR42話:夢幻の蒼卍龍/無限の魔壊王

 ※※※

 

 

 

<《ΙΧΙ(イオカイオ)ヤマイオン》、投影(オーライズ)

 

 

 

 最早黒鳥が打つ手なしと判断したのか。

 ドギラゴンのオーラは遂に展開を開始した。

 《ヤマイオン》の能力により、場のGRクリーチャーの数だけマナゾーンにカードが置かれる。

 そして──マナゾーンから更にオーラが2体、場に現れて《ドギラゲンム》に吸収されていく。

 

<《無修羅デジルムカデ》、《ガッパゼオ》──更新(オーライド)!!>

 

 これでパワーは合計26000。

 黒鳥のシールドを全て吹き飛ばせるラインだ。

 蒼卍龍の大鎌が黒鳥のシールドを纏めて薙ぎ払う──

 

 

 

 

「グルァァァアアア、レェェェエエエエン!!」

 

 

 

 全てのシールドがざく切りにされ、砕け散った。

 その破片を浴びながら、レンは──その中にある光明を掴み取る。

 

「貴様が殴りに掛かってくれて助かったぞ……! 殴りに来なければ耐え忍ぶだけだったが……まあ良い!」

 

双極変換(ツインパクトチェンジ)詠唱(ソーサリー)!>

 

 目の前に稲光が迸る。

 開かれるは次元の門。

 全身傷だらけのレンだが、もう怯みはしない。

 そのカードを相手に突き付ける。

 

 

 

「S・トリガー、《ナウ・オア・ネバー》! コスト7以下のクリーチャーを場に出し、即手札に戻す呪文だ!」

 

 

 

 シールドから手札に加えられたカードのうち1枚をバトルゾーンへ投げ入れた。

 刻まれるのはⅩⅨ。

 太陽を意味する数字だ。

 

 

 

「暁の果てに終焉は訪れる──貴様の名は、《黒神龍 エンド・オブ・ザ・ワールド》!!」

 

 

 

 終焉の屍龍が降り立ち、大地を暗闇に染め上げる。

 此処からはもう黒鳥の土壇場。

 《エンド・オブ・ザ・ワールド》の効果で彼の山札は3枚を残して墓地へ全て叩き落とされる。

 

「これで全ての準備は出来たぞ──これが、僕の新しい美学だ!」

 

 黒鳥は既にこの先の運命を知っている。

 《エンド・オブ・ザ・ワールド》の効果で山札に残すカードは自分で操作が出来るのだ。

 だから次に引くカードも既に分かっている。

 

「僕のターン、呪文《法と契約の秤(モンテスケールサイン)》! 効果で墓地から《極・龍覇 ヘルボロフ》を場に出す。そして、その効果でコスト5以下のドラグハートを場に出す」

 

 黒鳥の背後に巨大な城塞な姿を現した。

 命を全て吸い取り、自らの糧とする龍の封印されし居城・ドラグハート・フォートレス。

 それが姿を現す。

 

 

 

「地獄への道は一本道で舗装されている──さあ、断罪を始めよう。《超魔界楼 ヘル・オア・ヘル》」

 

 

 

 黒鳥の墓地には既に大量のカードが叩き落とされていた。

 その数は優に20枚を超えており──

 

「《ヘル・オア・ヘル》の龍解条件は墓地にカードが20枚以上ある事。もう既に達成済みだがな」

 

 《ヘルボロフ》が魔界の城塞に飛び乗る。

 次々に吸い込まれていく死霊の魂。

 それを養分として──反転する。

 

「高貴で美しき、死なずの死神よ。今こそ無限の魂を喰らおうぞ――」

 

 暗闇に紅色の三日月が舞う。

 不死身の死神が開眼するとき、それは死者を裁く大鎌と化す。

 決して滅びはしない無限の悪魔龍。

 それを体現するかの如く、メビウスの輪が浮かび上がった。

 

 

 

「龍解──《超・魔壊王 デスシラズ(インフィニティ)》!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「《デスシラズ(インフィニティ)》──」

 

 少年は思わず声を漏らす。

 未来の自身が顕現させた切札を前に。

 絶望的な状況を前に一歩も退かぬ、不死身にして不屈の死神を前に。

 只々呆けたように口を開ける事しか出来なかった。

 そして──堰を切るかのように、その言葉は飛び出す。

 

 

 

「美しい──」

 

 

 

 月並みな言葉かもしれない。

 しかし。

 しばし、その言葉さえ忘れていた彼にとってはこれ以上ない賞賛だった。

 

 

 

「まだ、まだ前に進むことが出来るのか──僕も、僕の切札たちも──!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「行くぞ。《デスシラズ(インフィニティ)》の龍解時効果発動! 相手のクリーチャーを全て破壊する!」

 

 

 

 死神の深紅の大鎌がドギラゲンムの大鎌とぶつかり合う。

 しかし──いとも簡単に、鎌諸共龍のまがい物の身体は両断されてしまった。

 その身体に含まれていた大量のオーラ諸共地獄へ叩き落とされる。

 

「他愛もない──」

「グ、グルォォオオオオオオオオオ!!」

 

<《モンス・ピエール》、投影(オーライド)──>

 

「おっと、スレイヤーのブロッカーか。だが、もう無駄な事」

 

 黒鳥のターン。

 山札は残り1枚。

 しかし──既に勝利は彼の手の中にあった。

 

「運命は全て僕が決める。書き換えさせやしない。僕も、貴様の運命も」

 

 自らの切札に黒鳥は手を掛ける。

 死神の大鎌が地面へ突き立てられ、無数の死霊が飛び出した──

 

 

 

「《デスシラズ(インフィニティ)》で攻撃──するとき、墓地から進化ではない闇のクリーチャーを全て場に出す!」

 

 

 

 飛び出す無数の悪魔、そして悪魔龍達。

 《ヘルボロフ》は《ホワイティ》を出した事によって《モンス・ピエール》を無力化し、《ルソー・モンテス》達は黒鳥の手札を犠牲にして相手の手札を次々に焼き払っていく。

 そして、勝負を決したのは──

 

「《革命龍ガビュート》、そして《冥府の覇者ガジラビュート》の効果発動。相手のシールドを1枚選んで墓地に置く──合計で6体か。全て、シールドは墓地送りだ!」

 

 革命の悪魔龍、そして剣を構えた悪魔がドギラゲンムのシールドを全て焼き払う。

 これで相手の場はがら空きだ。

 

 

 

「《デスシラズ(インフィニティ)》でダイレクトアタック!!」

 

解除(ディオーライズ)

 

 

 

 解放の一撃が蒼き電影龍に叩き込まれた。

 虚像はチップを砕かれた事で消えていく──

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 プチョヘンザのオーラは完全に消え去り、俺の手元に《(ストレングス)》のカードが飛んで来る。

 それはすぐに絵柄も数字も消えて白紙のカードと化してしまったが、何とか奪還することが出来た。

 

 

 

「あ、お、おのれぇ──! 白銀耀──!」

 

 

 

 ──直後。《ザハ・エルハ》に飛び乗って逃げるシー・ジーの姿が見える。

 マジかよ。こいつまだピンピンしてるじゃねえか。

 落ちていくところを拾って回収するところまで考えてはいたので、これは予想外だ。

 

「チョートッQ、追いかけるぞ!」

「どうするでありますか!?」

「とっ捕まえて二度と悪さが出来ねえようにするんだよ! 簀巻きにしてレジスタンスに引き渡せば良いだろ!」

「ついでに節制のカードも回収でありますな!」

 

 流石に動きが鈍い。

 クリーチャーを使役するだけの魔力が残っていないのかもしれない。

 

「くっ、畜生畜生畜生! どうしてこんなことに──!? これでは私は唯の逆賊、叛逆者……! 帰る場所等無いじゃないかァァァーッ!」

 

 これなら簡単に追いつける。

 そう思っていた時だった。

 

 

 

「か、はっ──?」

 

 

 

 突如。

 ザハ・エルハの身体が両断される。

 それと共に──シー・ジーの身体も真っ二つに別れていた。

 一瞬、何があったか分からない。

 しかし──次の瞬間、羽根のオーラも、そしてシー・ジーも硝子のようにバラバラに砕け散った。

 

「え、え──何だ? 今の──?」

 

 目を疑う。

 思わずダンガンテイオーも、全速前進で今の場所へ突き進む。

 だが、もう何も残っていない。

 オーラも、そしてシー・ジーも何処にもいなかった。

 逃げられた?

 いや、でも違う気がする。

 あの寒気のする感覚。

 そして真っ二つになったシー・ジー。

 これって──まさか。

 いやな言葉が脳裏に過り、冷や汗が伝った。

 

 

 

 

「トキワギ機関の名に掛けて、逆賊等に生存権は無い」

 

 

 

 ダンガンテイオーが近づいたその先に、それは浮いていた。

 黒い外套に身を包んだ人物。

 その手には巨大な鎌が握られている。

 死神。

 その形容が正しかった。

 

「シー・ジーをどうしたんだ……!」

「何故同胞を殺した敵に情けを掛ける。私ならばその場で始末する。今のように」

「っ……やっぱり」

「憤ってるのか? 不殺主義者を気取るなよ白銀耀。殺さねば殺される。それが戦場だ」

「……お前は何者なんだ」

「貴様等の味方ではないことは確かだな」

 

 黒い外套の人物の声にはノイズが掛かっており、男か女かすら分からない。

 だけど一つだけ言える。

 この人物の抱える魔力は尋常ではない。

 

「マスター……! こいつ、太陽(サン)のエリアフォースカードを持ってるでありますよ……!」

「何だと!?」

「安心しろ。この時代のものではない。これは、我らがトキワギ機関に捧げるカードだ」

「……ってことぁ、時間Gメンか」

「あんな合成人間共で構成された末端の組織と一緒にするな」

 

 巨大な鎌を担ぎ、それは言った。

 

 

 

「私は空亡(ソラナキ)。【抹消者】の空亡(ソラナキ)。次に会う時は──貴様等の敵だ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「そう、でしたか……空亡(ソラナキ)。名前は聞いた事ありませんが、トキワギ機関の太陽(サン)のカードの使い手はそいつで間違いないみたいですね」

「【抹消者】とかいう肩書も気になる。時間Gメンも下っ端に過ぎなかったと言う事なのか?」

 

 一連の出来事が終わった後、俺は一度タイムダイバーに戻ってアカリに報告していた。

 聞き慣れない名前なのか、空亡と聞いても彼女はピンと来ないようだ。【抹消者】とやらが時間Gメンよりも上位の組織で、しかも表立って活動していないのは確かみたいだが……。

 今は手掛かりが少なすぎる。相手は太陽(サン)のカードの使い手だ。

 後は、突如消えたらしいドギラゴンのオーラの様子を見に行ったブランと火廣金の連絡を待つだけ──のはずだった。

 

 

 

「大変デース!!」

 

 

 

 そんな声が飛んで来る。

 見るとそこに居たのはげんなりした表情の火廣金、驚きの表情を浮かべたブラン。

 そして──黒鳥さんの姿があった。

 ただしブランが驚くのも無理はない。

 

 

 

「えっ!?」

 

 

 

 それはこの時代の彼ではなく、俺達のよく知る黒鳥さんだったのだ。

 しかも、その手には何処で拾ってきたのか太陽(サン)のカードが握られている。

 

「何で黒鳥さんがこんな所に居るんすか!?」

「今回に関しては僕の方が聞きたいんだがな!」

「ええ……どうなってるんデスか……」

 

 いや、いやいやいや、どうしてこんなことに。

 

「こっちは無理矢理拉致されてきたのだ。不審者に」

「不審者って……」

「不審者は不審者だ。過去の自分を助けろだのと言われて連れて来られたのだ」

「一体誰に?」

「さあな。黒い外套に身を包んでいた所為で誰なのかさっぱり分からん」

 

 黒い外套?

 ……まさか、あの空亡ってやつか?

 いやでも、あいつはトキワギ機関で敵だろ?

 何で間接的とはいえ俺達を助けるようなことをするんだ?

 

「お爺ちゃん。取り合えず出発しましょう! このダッシュポイント、大修復が始まって出られなくなりますよ!」

「そうだな……うん。まずは帰ろう。話はそこからだ」

 

 何か色々起こり過ぎて頭が付いていけない。

 ゲイルという犠牲を払いながらも俺達は2枚のエリアフォースカードを奪還する事には成功した。

 だけど、空亡という新しい敵。

 そして何故か過去に居た黒鳥さん。

 何より、結局手掛かりが掴めないままの紫月。

 ……一体どうすりゃ良いんだ?

 

「あっ、そうデス! せめてヒナタさんとこっちの黒鳥さんに挨拶でも──」

「そんなもの彼らには必要はないだろう。どうせまた会える」

「そ、それもそうデスね……」

「白銀。聞きたい事は山程あるが……僕達は過去ではなくこれからを見据えるべきだ」

「というのは?」

 

 黒鳥さんは難しそうに言った。

 

 

 

「あの外套の男が妙な事を言っていたのだ。暗野紫月をトキワギ機関が探している、とな」

 

 

 

 え?

 ちょっと待てよ、おかしくないか?

 だってそんなの、本当に──紫月の失踪が時間Gメンとは関係ないみたいじゃないか!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ヒナタ! ヒナタ! 無事なのか!?」

 

 そんな声が聞こえて来る。

 指が動く。 

 思った通りに。

 全身を迸る痛み。

 この身体には確かに血が通っている。

 目の前に居たのは──好敵手の姿。

 

「レン……」

「すまない……僕には貴様を助けられなかった」

「ああ!? 何言ってんだ! 俺ァ生きてるぞ!」

「いや、それは確かなんだが……助太刀が入ってな」

「……」

「すまない! 僕を庇って貴様はこうなったのに……」

「……バーカ言ってんじゃねーよ」

 

 コツン!

 

 黒鳥の頭に軽く拳骨が落ちる。

 

「俺も無事! お前も無事だった! それだけで十分だろーが!」

「ヒナタ……」

「……でも不思議だな。俺……こういう暴走って初めてなんだけどさ、何かずっとお前のデュエマしてる夢見てたんだよな。何でだろ?」

「……」

 

 去り際に()()()()から掛けられた言葉を思い出す。

 

 

 

 ──脇道に逸れても良い。休んでも良い。僕はそうした。

 

 ──だが貴様は、あのデュエマ馬鹿を超えねばならんのだ。()()()()()。何が起きても美学を忘れるな。

 

 

 

 目を伏せる。

 鎧龍を離れるという選択肢。

 それを選ぶ時が何時か来るのかもしれない。

 永遠なんてものは信じたことは無い。戦いの中で何もかもを取りこぼして来た。

 それでも──

 

 

 

「そんなにデュエマがしたいなら、幾らでも付き合ってやるぞ、このデュエマ馬鹿め!!」

「あだだだだだだ、耳引っ張んじゃねえよっ!? なあ!?」

 

 

 

 ──このデュエマ馬鹿となら、永遠に好敵手でいられる。

 そんな気がした。

 

「来い、僕の美学を直々に見せてやる」

「あっ、その台詞久々に聞いた気がする!」

「そんなにか?」

「そんなにだよ。最近のレン、何時にもまして思いつめてたし」

「……悪かったな」

 

 陽は沈もうとしていた。

 空に浮かぶ一つの光。

 それに軽く手を振り、黒鳥レンは永遠の好敵手と帰路に付いた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「今回はマジで死ぬかと思いましたわファッキンですわよォォォーッ!!」

 

 

 

 ガクガクと震える身体で杖を突きながらマリーナは学園の外れをよろよろと歩いていた。辛うじて(ザ・ムーン)の力でクリーチャーを実体化させ、タイムマシンから逃れたマリーナだったが爆風からは逃れられなかった。

 シー・ジーの部下も皆、シー・ジーが巨大な怪物となった所為で爆発に巻き込まれて全滅、オーラ兵器も全滅。もう作ることが出来ない。生き残ったのは自分だけだ。

 となれば後は救援を待つしかないのである。

 

「う、うぐぐ、マジで屈辱ですわ……この事はお父様に報告しなければ──」

 

 

 

「見つけたぞマリーナ」

 

 

 

 冷淡な声が聞こえて来る。

 振り向くとそこには──黒い外套の人物、空亡が立っていた。

 

「お、おおお、空亡!! 今回は褒めて遣わしますわ!! このワタクシを助けに来てくれたのですわね!!」

「随分な姿だな、マリーナ」

「ええ。この事はしっかりお父様に報告しますわ。もうあんな合成人間に頼るのは無し。これからは貴方達【抹消者】に、白銀耀の始末を頼むとしますわ」

「そうだな。では、早速最初の任務に取り掛かる」

「あら。もう既に機関から連絡が?」

「ああ」

 

 空亡は鎌を構える。

 そして大上段に振り下ろした。

 次の瞬間──マリーナの胸に深々と鎌が突き刺さっていた。

 

「え?」

()()()()()()()

「え、え? 何で?」

「この鎌で貴様の時間を消し飛ばす。そうだな──タイムマシンから脱出した時間を消そうか」

「い、嫌、やめ、(ザ・ムーン)──」

「借り物のエリアフォースカードで私の力が止められるものか」

「ヒッ──嫌! 嫌ですわ! まだ、ワタクシ死にたくありませんわ! 嫌、嫌嫌、嫌ァァァーぐぎゅ」

 

 

 刹那。

 マリーナの身体が眼球が、そして内臓が、風船のように膨れ上がる。

 

 

 

「機関の通達だ。最初に消えるのは貴様だとな、マリーナ」

 

 

 

 硝子のように彼女の身体はバラバラに砕け散り、そして灰となって消えた。

 そして、残る(ザ・ムーン)のカードを空亡は手に取る。

 それはすぐに消えてしまった。

 

「チッ、私のダミーと同じか。自分の娘に半身だけ預けていたな? 道理で守護獣が居ない訳だ」

 

 まあいい、と彼は向き直る。

 

「戦争が今に始まるぞ。トキワギ機関が真に世界をモノにするための最終戦争だ。これで良いのだな?」

 

 誰も返しはしない。

 しかし、エリアフォースカード越しに肯定の意思は伝わって来た。

 

 

 

「──了解、世界(ザ・ワールド)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ふぁあ」

 

 

 

 少女は目を覚ます。

 何があったのか分からない。

 此処が何処なのかも──分からない。

 辺りを見回す。

 下はフカフカのベッド。正直まだ寝ていたいが、何故か寝心地が悪い。

 そして部屋は暗いが、金属光沢が所々反射している。薄目で見ると、装飾に覆われた絢爛とした部屋。

 まるで──王族か、貴族の部屋だ。

 

「……え?」

 

 自分の頬を抓る。痛い。

 これは夢でも幻でもない。

 そして手元にない魔術師(マジシャン)のカードとシャークウガ。

 暗野紫月は全てを察した。

 

 

 

「私もしかしなくても、誘拐されたんですか──!?」



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第八章:ロストシティ編
GR43話:奇妙な夢


 ※※※

 

 

 

 ──最初に目覚めたのは彼女だった。

 

 

 

(これは何だ?)

 

 

 

 ──俺は何も知らなかった。

 

 

 

(誰の見ている夢だ?)

 

 

 

 ──だから、俺がもっと早くに気付いていれば良かったんだ。

 

 

 

「──紫月ッ!!」

 

 

 

 血反吐を吐きながらも、よろめきながらも彼女は進み続ける。

 絶え間も無い不撓の意思をその瞳に燃やし、進み続ける。

 夕陽が差し込む廊下。

 それを俺は引き留めようとする。

 

「待てよ──死んじまうぞ、本当にっ……!」

「……先輩には関係ないじゃないですか」

「関係あるよッ!! お前はうちの部員で、俺は部長だ! 部員が怪我してたら、助けるのが部長の役目だッ! 救急車を呼ばないと……!」

 

 

 

「オオオアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 咆哮が校庭から轟いた。

 窓からは、獅子に跨った人型が弩を握って弓を引き絞り、あちこちに乱射している。

 建物にもグラウンドにも弓矢が突き刺さっていき、そこから草木が無数に生い茂っていく。

 そしてこの緑化活動も褒められたものではなく、よく見るとどれもこれも怪しく蠢いており、怪物の類であることが理解出来た。

 

「う、ウソだろ、あんなのさっきは居なかったのに……! あの怪物は何なんだ!? クリーチャー……だよな?」

「……そう、です。クリーチャーです。でも、普通の人には……見えません。見えないまま、あれは災厄を振り撒きます」

「何でそんなものが……!」

 

 信じられなかった。

 アレは確かにデュエル・マスターズのクリーチャーだ。

 

「最後の力を振り絞って、先輩にも見えるようにさせました。……逃げてください。アレとは私がケジメを付けます」

「ふざけんな! お前も一緒に逃げるんだよ!」

「逃げられるわけ……無いじゃないですか」

 

 わなわなと震えながら彼女は身体を引きずる。

 

 

 

「あれは……みづ姉なんです」

 

 

 

 ハンマーで殴られたような気分だった。

 みづ姉? みづ姉って、紫月の双子の姉ちゃんだよな?

 

「……あのクリーチャー、お前の姉ちゃんなのか?」

「クリーチャーに憑依された人間は……最終的に、実体化したクリーチャーに取り込まれるんです……あれを止めないと、みづ姉が……!」

「待て! お前、さっき俺を助けた時に大怪我してんじゃねえか! その身体であんな怪物止めれるわけねえだろ!?」

「じゃあどうするんですか……! 先輩が代わりに戦うって言うんですか……!」

 

 

 

「ああ、そうだ。俺が代わりに戦う」

 

 

 

 だって、それしか選択肢はねぇだろ。

 このままじゃ、両方死なせてしまう。

 

「っ……待ってください。ダメです。それはダメです! そもそもどうやって……」

「お前が今、怪物と戦うのに使ってた白紙のカードがあるだろ。それを借りるぞ」

「でも、ダメです……ダメなんです……先輩をこんな事には巻き込めません」

「何でだ! こんな時でも、俺が信用できねえってのかよ! ……ああそうさ、知ってるよ! 俺は情けなくて頼りなくて強くない、ないないばっかりの部長だ! 部も万年同好会、ボランティアばっかりで酷い目に遇うし、挙句の果てにはカードが恋人って、お前にボロカス言われる始末だ!」

 

 それでもだ。

 俺にだって、見過ごせない事があるんだ。

 

「それでも──そんな見下げ果てた部長でも、部員だけは守らなきゃって思うだろ! こんな時くらい、年長者にカッコ付けさせろ!」

「違うんです……違うんです!」

 

 悲痛そうに紫月は言った。

 

「……私、感情を表に出すの得意じゃなくて、素直じゃないから……あんまり伝えられなかったけど、デュエマ部で過ごす時間、好きだったんです」

「紫月……」

「でも、それはきっと、白銀先輩が本気でデュエマが好きな人だからなんです……デュエマしてる時の白銀先輩、本当に楽しそうだから。そんな人に……デュエマを戦いの道具にするような世界に、どうして引きずり込めるんですか!!」

「引きずり込まれてやろうじゃねえか! 俺は知る人ぞ知る万年ボランティア野郎だぞ!」

 

 そうだ。

 デュエマは大好きだ。

 それで血だらけになって戦うなんて馬鹿らしい。

 だって、デュエマは唯のカードゲームなんだ。皆で楽しむためにやるものなんだ。

 だけど──

 

 

 

「──大好きなデュエマで人助け出来るなら……本望だぜ!!」

 

 

 

 ──カードゲームは、やる相手が居なきゃ成り立たないんだよ紫月!

 仲間を助けずに……何がデュエマ部部長だ!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──現代に戻り、太陽(サン)のカードをアカリに預けた後、家に帰った俺は死んだように眠っていた。

 今日の夢は──より鮮明だった。

 何故か、まだ夢の内容を覚えている。

 ありもしない思い出をでっち上げたような夢だ。

 

「ばっかじゃねーの……」

 

 俺は俺に向かって吐き捨てた。

 幾ら紫月としばらく会えてないからって、こんな夢を見るか普通。

 そもそも紫月がエリアフォースカードを手にした時、俺はとっくに戦ってただろうが。

 これじゃあ順序が逆じゃないか。

 見ると、枕元に置いてあった皇帝(エンペラー)のカードが薄っすら熱を帯びていた。

 

「……ん?」

 

 ちょっと待てや。 

 俺、デッキケースにこいつを仕舞ったよな?

 こんなもんわざわざ枕元に置いてねえぞ。

 ……まさか、独りでに動いたのか? いや、驚くのはそこじゃない。エリアフォースカードは勝手に動くもんだし。

 でも何で俺の頭の近くに? 何の為に?

 

「どうにか答えろよ……」

 

 エリアフォースカードの意思は人間に理解出来ない。

 だからこそ、守護獣という仮初の人格を持ったクリーチャーが意思疎通の媒介となる。

 だけど、その守護獣でさえ主であるエリアフォースカードの考えていることが分からない。

 そしてその行動の真意も。

 

「……ほんっとお前、何考えてるか分かんねーよな……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 結局、休む間もなく俺は戦い続けている。

 一息吐けるのはタイムダイバーの中か、家の中くらいなものだ。

 堅苦しい制服を脱ぎ捨て、シャワーを浴びて私服に着替えると少しだけスッキリした。

 ああでも、これも全部洗わなきゃいけないな。

 ……というか、もうボロボロで学校じゃ着れないかもしれない。

 貯えだけは沢山あるけど、こんなんに金使ってたんじゃきりが無いな。

 

「お爺ちゃん、洗濯物洗っておきますね」

「サンキュ」

 

 何の気も無く返したところで──俺は違和感に気付いた。

 ちょっと待て。今のは誰だ。

 

「下着とかも洗っちゃって良いですかね?」

「待て待て待て待て!!」

 

 脱衣所に居る孫。

 それを全力で止める。

 何で此処にいるんだアカリ。

 

「それはダメだろ! じゃなくって、何でお前此処に!?」

「いやー、実は度重なるタイムダイブでカンちゃんが大分バテちゃって……だから、しばらくこの家に居候しようかなーと」

「おやつ感覚で人の家に住み込まないで!?」

「お願いします! 後生なんです! お金も無いし何ならこの時代の食べ物美味しいし! 何でもしますから許して!」

「ちょ、土下座やめて! 俺なんか悪い人みたいになってっから! 取り合えず家の事は俺がやるから気にしなくて良い!」

「そんな! 折角タダで住むのになにもしないなんて……! お爺ちゃんの介護と思えば、家事なんて何てことはないです!」

「未来に帰れ、この馬鹿孫ーッ!!」

 

 まだ俺はそんなに老けてねえ。

 つーか、自分の周りの事くらい自分で出来るわ。

 そんな事より、お前の面倒を見ないといけない方が大変だ。

 

「良いかアカリ、これはヒジョーにマズい事なんだぞ、幾ら未来から来た孫っつっても俺もお前も年頃の男女! しかも血の繋がりねーんだろ! 万が一他のやつに見つかったりなんかしたらどうするんだ!?」

「? お爺ちゃんに限って間違いはないと思いますけど。僧ですし」

「馬鹿にしてんのかーっ!?」

「だってお爺ちゃん、あれだけ部活で女の子に囲まれてて」

「囲まれてはねーよ!」

「一人も手を出してないじゃないですか。衆道を疑われても仕方ないレベルです」

「そっちの気もねぇよ! だからマズいんだろ!」

「だからきっと大丈夫なんじゃないですか」

「大丈夫じゃねえ! つーかアカリ、お前もうちょっと警戒心とか抵抗とかそういうのをだな! あんまり、男に不用心に近付くと……」

 

 ガバッ、と俺は壁に彼女を追い込み──ドラマであったアレ、アレ、えーと、何だっけ……。

 

「こうやって壁DOOONされちまうぞ、良いんだな?」

「ジョルネードが守ってくれるんでお気遣い無く。相手の眉間をDOOONしますからっ!」

「え、うそ、俺の孫のボディーガード強過ぎ……」

 

 全く動じていない。

 この子警戒心云々っつーより、武力行使すればどうとでもなるって考えてるぞ逞しいなあ。

 にしても未来の孫を過去の祖父が壁ドンしてるってなかなか背徳的な絵面だな。

 どうせ誰にも見られやしないけど、俺の方が慣れない事やって罪悪感が沸いてきたのでさっさとやめないと──

 

 

 

「耀ーっ! 未来から孫がやってきたんだって!? 何でそんな面白い事あたしに言ってくれなか──え?」

 

 

 

 ──アカリさん。もしかして家の鍵掛け忘れた?

 

「あ、この家電子錠じゃないんですね」

 

 とは我が孫の台詞。現代日本ではまだ電子ロックは普及してません!

 リビングに飛び込んできた突然の来訪客。

 俺の幼馴染・刀堂花梨はこの異様な光景を前に立ち竦んでいる。

 

「あ、あ、耀……誰、その女の子……!?」

「おお花梨殿、これは未来から来たマスターの孫のアカリ殿でありますよ。今マスターは、男に不用意に近付いたらどうなるか、アカリ殿に教えていたであります!」

 

 寸分違わぬ説明だけど十分誤解を招きそうな説明やめろチョートッQ-ッ!!

 もう臨戦態勢じゃねえか、この子!

 特殊警棒伸ばしてこっちに向けて来たよ!

 

 

 

「自分の孫に乱暴しちゃダメでしょ、このお馬鹿ァァァーッ!!」

「誤解だぁぁぁーっ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「成程ね! 本当に紛らわしいんだから! もう!」

「マスターが倫理に悖る行為をすれば流石に止めるでありますよ」

「俺が警棒でぶたれるのは倫理に悖る行為ではないと?」

 

 全ての誤解が解かれたのは俺が警棒で叩かれる寸前であった。

 マジで危なかったぞ。これ最悪骨が折れるから、良い子の皆は振り回したりしないようにね。

 どうやら花梨は黒鳥さんや火廣金に諸々の事情を聴いて俺の家に飛んでやってきたらしい。

 俺、そして事件を持って来た張本人であるアカリに話を聞く為に。

 一応事のあらましを全部話したが、彼女は──

 

「大体分かったよ!」

「ほんとか? ダッシュポイントとか意味分かったのか?」

「分からないね!」

「ええ……」

「何でも良いけど紫月ちゃん助けて、エリアフォースカード全部集めれば良いんでしょ?」

 

 こいつの単純さは頼りになるのやら頼りにならないのやらだな。

 

「お前、ほんっと悩みとか無さそうだよな……」

「にゃはは、褒められた!」

「多分褒めてないと思います……」

「まあアカリ。花梨はこんなんだけど、戦闘力だけは大したモンだし頼れる仲間だと思うぜ」

「だけって何!?」

 

 だってお前、剣術以外はポンコツじゃねえか……。

 せっかちだし、早とちりだし、変なところで臆病だし……。

 

「それで、紫月ちゃんの居場所とか分かったことはあんの? あたしがカチコミに行ってやるからね!」

「分かってたらとっくに俺がカチコんでるっつーの。ただ、気になることがあってな……」

「なぁに?」

 

 後から知ったのだが、太陽(サン)のカードを持っていた辺り、黒鳥さんを2014年に連れて来た黒い外套の不審者は空亡で間違いないだろう。

 シー・ジーを抹殺して俺達の敵であると宣言した彼(彼女?)だが、黒鳥さんを手助けしてヒントを与えている辺りその真意は掴めない。

 

「既に紫月さんは居なくなっているんです。それをトキワギ機関が探している……もしトキワギ機関が紫月さんを攫ったのなら順序があべこべです」

「犯人はトキワギ機関じゃないってことなのかな?」

「そうなるんじゃねえか……? でもレジスタンスとトキワギ機関以外にタイムマシンを持ってる組織って他に居るのか?」

「いますけど……下手にタイムマシンで時間移動したらそれこそトキワギ機関に捕まるんですよ?」

「それもそうか……」

 

 ……ダメだ。

 決定的な糸が掴めない。

 紫月が何処に行ったのかさえ分かれば……。

 

「耀。ずっと皺寄ってる」

「うっ!?」

 

 いきなり花梨が俺の眉間を掴む。

 

「……そんなに紫月ちゃんが心配なんだ」

 

 後輩だから?

 本当にそうか?

 最近、気が付いたら紫月の事ばっかり考えてるのはそれだけか?

 あんな変な夢を見るくらいに?

 馬鹿言え。ブランの時だってそうだっただろ。

 俺は──誰かを特別扱いしてるわけじゃない。そのはずなのに。

 

「……ったりめーだろ」

 

 こんなに胸がざわつくのは、何故なんだろう。

 やっぱり、あの変な夢の所為だ。きっと。

 それにまだ──俺はあいつに、チョコレートのお返しすら出来てないんだ。



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GR44話:ロストシティ、再び──治まらぬ熱

 ※※※

 

 

 

「……ゲイル。もう会えないのね」

 

 事のあらましを聞いた翠月は拳を握り締めた。

 ゲイルを失った桑原の苦痛は想像に難くない。

 

「そして桑原だが……今朝、こんなものを残して消えていた」

「えっ!?」

 

 すっ、と黒鳥は封筒に入った手紙を翠月に手渡す。

 彼女の額に嫌な汗が伝った。

 まさか──相棒の死が自分の責任だと思い詰めて自分も後を追ったのでは?

 そんな嫌な想像が頭をよぎる。

 不安を堪え切れず、彼女は封を切った。

 

「えーと、何々……『修行に出ます、探さないでください』……修行!? 何処に!?」

「そうだ……探そうにもこれでは……」

「じゃなくって! あの人、前にも樹海に絵を描きに行って帰って来なくなったことあるのよ!? 放っておいて良いわけないじゃない! そもそもデュエマの修行って何!? 熊を伏せてターンエンドしたりするの!?」

「待て待て、続きを読め」

「……えーと、『俺はこれまで、絵以外にこんなに必死になったことが無かった。だけど、相棒が居なくなって初めて分かったんだ。俺はもっと本気でデュエマに取り組むべきだったんだ。今までだってナメてやってたわけじゃねえ、だけど……このままじゃ、俺は白銀の足元にも及ばねえままなんだ。翠月はこんな俺の事を好きになってくれたけど……俺は今のままの俺じゃ嫌だ。だから、強くなって戻って来る。絶対に』」

「……この通りだ」

「……馬鹿な人」

 

 翠月は手紙を置いた。

 滲み出る涙を拭い、彼女は吐き出すように言った。

 

「私だけ置いて行くこと……無いじゃない……」

「そっちか」

「だってそうよ! あったま来るわ! 私だって協力するのに、一人だけ突っ走って……」

「男には、一人になりたい時もあるものよ」

「オウ禍武斗……」

 

 オウ禍武斗が腕を組みながら、小さい煙管を咥えた。

 

「相棒を喪って、誰にも合わせる顔が無いのだろう。そっとしてやるのが華だというものよ」

「で、でも、心配だわ!」

「……どうしようもない。こればかりは本人の問題だ。今あいつは誰とも会いたくない。そして一人で強くなることを選んだ。それだけの話だろう」

 

 どうやって強くなるつもりなのかは知らんが、と黒鳥は付け加える。

 翠月は押し黙るしかなかった。

 これ以上、桑原について幾ら考えを揉んでも時間の無駄な気がした。

 

「……私もこんな所で泣いてる場合じゃないわ。桑原先輩がそのつもりなら、こっちにも考えがあります」

 

 彼女はデッキケースを握り締める。

 

「師匠。もう一度私に稽古を付けてくれる?」

「……当たり前だ。この僕を誰だと思っている」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 夜、寝る前の事。 

 俺は最近見る奇妙な夢についてチョートッQに尋ねた。

 エリアフォースカードが気が付いたら枕元に移動していることも含めて説明すると、彼は唸った。

 

「……皇帝(エンペラー)が何かを伝えようとしているのは確実であります」

「偽の思い出をでっち上げて伝えたい事があるってのかよ?」

「まさか、エリアフォースカードがこんな事で嘘を吐くはずはないであります」

「……あの夢は、もしもの夢だった」

「もしも、でありますか」

「もし、俺があの時チョートッQと出会ってなかったら? 商店街の裏にあるカードショップに行ってなかったら?」

 

 その場合、誰が最初にエリアフォースカードを手に入れる?

 

「……その場合、翠月さんが福引で最初にエリアフォースカードを手に入れるはずなんだ。そしてそれが紫月の手に渡る」

「確かにそうでありますな……」

「……チョートッQ。お前、「かぁどしょっぷ・れとろ」って名前は本当に憶えてないんだよな?」

「憶えてないでありますよ!」

 

 俺が最初にジョーカーズのデッキを手に入れた場所。

 皇帝(エンペラー)のカードを店主のお爺さんから託された場所。

 あれが全ての始まりだ。だけど、後から探してもそんな店は商店街には無かった。

 それがずっと気に掛かってたんだ。

 もしも俺があのカードショップを見つけられてなかったら──夢のように紫月が先にエリアフォースカードを手にしていたのかもしれない。

 

「夢が連続しているモノならば……いずれ何なのか分かるはずであります」

 

 夢、か。

 見れれば良いよな。

 ……俺、ベッドをアカリに貸してる所為で床で寝てるんだけど。

 

「……なあチョートッQ、俺、夢見る前に風邪引くんでねーの?」

「……毛布だけ引っ剥がすでありますか?」

「うへへへへ、たべられないですよーう、そんなにー……」

「……可哀想だからやめておこう」

 

 あんなに幸せそうに寝てたら邪魔出来ないだろ流石に。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「先輩」

「何だ? 紫月」

「白銀先輩は、やっぱり「皆の白銀先輩」ですか?」

「……やっぱそう見える?」

「そうですね。そしていつか、何処かへ消えていってしまいそうで怖いんです」

「……俺は、お前が消える方が怖いよ」

「何でですか」

「お前、今日も無茶して突っ込んだだろ」

「……気に掛けてくれるのは、私が後輩だからですか」

 

 彼女は一度息を吐いた。

 その瞳は不安げに俺を覗いている。

 

「……それとも、私が弱いからですか?」

「紫月……」

「……私はもう、先輩に迷惑を掛けたくないんです」

「……紫月。俺は──お前を弱いと思ってるわけじゃない。ただただ、お前を失うのが怖いんだ」

「え?」

「クールで愛想が無いのに……デュエマになったらムキになる紫月。そっけないふりをして、大事な人のためなら真っ直ぐに頑張れる紫月。たまに可愛い紫月」

「最後のは余計です」

「全部この1年で見てきたお前だ。お前、表情あんまり変わらないのにコロコロ感情が変わるのがすっげー面白くって……一緒に居て楽しいって思えたんだ。それと……一緒に居て安心できるってのかな。そんなお前を失うのが怖いんだ」

「……何が言いたいんですか」

 

 そうだ。

 御託をぐだぐだ並べるのは俺らしくない。

 らしくないけど……すっげー恥ずかしい。

 

 

 

 

「俺はお前の事が──」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お爺ちゃんっ、起きて下さい!?」

「どうなったんだ!?」

 

 

 

 馬乗りで揺さぶられた所為で夢の内容全部吹っ飛んだじゃねえか畜生!

 しかも、最後俺何て言おうとしたんだ!?

 全く分かんねえ!

 

「俺はお前の事が何だって!?」

「何寝ぼけてるんですか! トリス団長から通信が入ったんです!」

「はぇえ!?」

 

 今何時だ、と壁時計を見やる。

 深夜の2時。

 まだ皆寝てるってのに。そもそも睡眠ってのは7時間きっちり取って初めて効果を発揮するんだ。

 どうせあのトリスの事だしロクでもないことなんだろ? 俺はもう5時間寝かせて貰うぜ。

 

「お爺ちゃん! 紫月さんの居場所が分かったかもしれないんです!」

「何でそれを早く言わないんださっさとカチコむぞ!!」

「ええ……」

 

 深夜の2時が何だってんだ! 

 睡眠時間なんて知ったこっちゃねえぜ!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「トリス団長曰く、魔術師のカードは本来失われたはずのカードらしいんです」

「──失われたカード?」

「はい。エリアフォースカードも道具である以上、致命的なダメージを受けると消滅します。既にこの世に無いものとされているそうです」

「待てよ──そんな状況に追い込まれてるなら、使い手である紫月はどうなってんだ?」

 

 ……未来のトリスや俺は紫月について何か隠してる。

 聞かなきゃ。あいつに何があったのかを。

 

「ともあれ、その2079年の海戸ロストシティに魔術師のカードが現れたということは紫月ちゃんがそこに居る可能性が高いってことだよね!」

 

 すぐさまやってきた花梨が腕まくりする。

 その通りだ。

 エリアフォースカードの痕跡を辿れば、そのまま彼女に辿り着ける可能性が高い。

 一体何の目的であいつを連れ去ったのか分からないけど……絶対に取り返す!

 

「アカルっ! 来たデスよ!」

「とうとう見つかったようだな」

「黒鳥さんは来てたか?」

「もうじき着く」

 

 バタバタとタイムダイバーの中に駆け込んで来るブランと火廣金。

 集合場所は学校と指定していた。

 こんな時間に本当なら学校に来たくは無かっただろうけど、紫月の居場所が見つかったかもしれないという情報を受けて彼らも飛んでやって来た。

 黒鳥さんを加えて、これで戦力は合計6人。

 それで出発する予定だったのだが──

 

 

 

「あのっ、私も連れていってください!」

 

 

 

 震えた声が聞こえて来る。

 見ると、ハッチから翠月さんが乗り込んできた。

 もう大丈夫なのだろうか。相当精神的にやられていたみたいだけど……。

 

「彼女なら大丈夫だ。僕の弟子だぞ」

「黒鳥さん……」

「翠月は甘ちゃんだが、覚悟が決まったら誰よりも強い」

「ちょっ、誰が甘ちゃんですか!」

「それは事実だろうが」

「むぅ! もう、師匠は意地悪です! ……白銀先輩も、そう思いますか?」

「いや、来てくれただけでありがたいよ翠月さん。一緒に紫月を助け出そう」

 

 俺は彼女に手を差し出す。 

 翠月さんはその手を握り返す。 

 成程、黒鳥さんの言う通りだ。

 もう、その目は覚悟が決まっているようだった。

 そして俺の隣にいるアカリを見て、驚いたように目を丸くした。

 

「この人が白銀先輩のお孫さん……? そういえば白銀先輩、誰と結婚したの!?」

「誰とも結婚してねえってよ」

「……なーんだ」

「すっごい残念そうに言いますね……」

 

 一体何を期待してたんだ翠月さん……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「桑原先輩が修行に出たァ!?」

 

 黒鳥さんから全てを聞いた俺は頭を抱える。

 あの人マジで何をやってんだ!?

 前からたまに突拍子もない事をする人だと思ってたけど、ここにきてとんでもない事をしでかすなんて。

 だって一人で失踪だぞ? あの人前にも絵を描くとか言って樹海に行って俺達探す羽目になったんだぞ?

 

「万が一の時に探す俺達の身にもなってくれよ……しかもあの人、もうじき卒業式だぞ!?」

「それよりもゲイルの件でケジメを取る方があいつには大事なんだろう。だからそれで終わりだ。僕らに出来ることは無い」

「……そうですね。今は紫月を探す方が大事ですから」

「そうです! あんな人放って、しづが何処に居るのか突き止めましょう!」

「……翠月さん、もしかしなくても怒ってる?」

「察してやってくれ」

 

 だってあの人、さっきからずっと家から持って来たらしい煎餅をバリバリ食べてるよ。甘い物が好きじゃないから菓子の好みもそっちなのか。

 完全に鬱憤晴らしってか、ストレス発散だよ。当てつけだよ。

 

「紫月さんが海戸ロストシティに居るのは確実です」

「ロストシティ? 失われた街ってことデス?」

「クリーチャーに滅ぼされた海戸の地下に築き上げられた地下都市だ」

 

 街は荒れ果てており、犯罪の温床。

 しかも取り仕切っているのはマフィアで治安は最悪。

 自警団代わりのレジスタンスと小競り合いが続いているという状況だ。

 

「成程……どんな街なんデショウか? 地震が来たらアウトなんじゃないデスか?」

「魔法で補強してあるので、そうそう崩れはしないですけど……見てくれは摩天楼というより魔天楼ですね」

「違法建築物の匂いがプンプンするな……」

 

 実際、崩れそうな建物が幾つも地上に向かって伸びている姿は異様だ。

 万が一のことがあったら大変な事になるぞ。

 

「でも、後学のために見ておきたいわね」

「翠月さん? まさか、彫刻の題材にするんじゃ……」

「そんな事無いわよ! 白銀先輩は私を何だと思ってるんですか……確かに思いましたけど。一瞬だけど」

「僕も一筆描けそうな気がして来たぞ」

「この師弟は!!」

 

 思ったんじゃないか……めっちゃ白状したぞ。

 

「まあまあアカル、良いじゃないデスか。未来都市なんて見ようと思って見られるものじゃないデスよ?」

「まあ確かにそうだが……」

「ところで、膝が痺れてきたのでアカリをそろそろ降ろして良いデス?」

「貴女も貴女であたしを何だと思ってるんですかーっ!」

「妹デス?」

「ううっ、お爺ちゃん助けてぇ……恥ずかしいです……」

「そうですよ或瀬先輩。嫌がってるのにそう言うのは良くないと思います」

 

 コホン、と一度咳払いすると翠月さんはアカリに優しく語り掛ける。

 

「アカリさん、こちらに。大変な身の上だったのよね? こっちに来なさい? 私をお姉ちゃんだと思って!」

「アカリ、翠月さんの間合いに入るなーっ!!」

 

 翠月さんのお姉ちゃん力は凶悪だ。

 あの紫月がズブズブ依存し、ブランの先輩面が茶番に思えるくらいに。

 

「お爺ちゃん助けてください……でも抗えないこの包容力……」

「あら結構スタイル良いのね、貴女……うふふ」

「どさくさに紛れて何処を触ってるんだ貴様」

「そんな事よりデッキとかGRクリーチャーとかの確認を改めてしておいた方が良いんじゃないか」

「あたしは”そんな事”なんですねっ!!」

 

 泣きそうな顔でアカリが言った。

 だけどダメです。今回ばかりは助けてやりません。

 

「今まで散々俺を雑に扱ってきた癖に厚かましいぞ! お前はそこでずっと可愛がられてろ!」

「お爺ちゃんの人でなし! ロクでなし! 女ったらし!」

「何だとこの馬鹿孫!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──火廣金。そんな所に居たんだ」

 

 タイムダイバー内のベッドに寝転がり、火廣金はひたすら天井を眺めていた。

 

「……何の用だ?」

「張り合う相手が居なくなって暇してるんでしょ」

「……清々してるの間違いだろう」

 

 ごろり、と彼は寝転がった。

 

「あんな腰抜けはさっさと音を上げて戻って来るに決まっているだろう」

「……素直じゃないなあ」

「部長の方がまだマシだ。もう僕らよりも長い事戦っている。疲労も蓄積しているのに休む間もない。それなのに弱音も吐いてないだろう。少しはあの人もうちの部長を見習ったらどうなんだ」

「だから、逆にあんたもあいつに勝負吹っ掛けたりしないんでしょ。いつもなら耀に理由付けてデュエマ挑みに行くのにねー」

 

 火廣金は目を伏せた。

 図星だった。

 何時もならば、それが戦闘前のデッキ調整になっていたのである。

 

「黒鳥さんとかに頼めば良いじゃん」

「……あの人はどうも苦手だ」

「そうなの?」

「相対しただけで俺の考えている事を全て見透かされている気分になる」

「じゃあじゃあ、あたしは? あたしはどうなの?」

「……君のデッキもあまり速攻には強くなかったと思うのだが」

「そーんな事言ってて良いのかなー? 乙女三日会わざれば刮目して見よ! って言うでしょ?」

 

 男子だろそれは、と言いかけた火廣金だが敢えて言わなかった。

 そこまで言うならばチューンし直したデッキをぶつけてやろう、とデッキを広げる。

 良い調整相手が見つからずに困っていたし、何より──花梨が居るだけで気晴らしになった。

 ──最もデュエルの結果は、花梨がマナを貯め切る前に火廣金があっさり勝ってしまったのであるが。

 

「……そのデッキ、GR? ってのを使いだしてから大分殺意が高くなったよね」

「前からだと思うぞ」

「前もだったけど……《メガ・マグマ》で焼いたかと思ったらまた展開し直すし……耀のデッキもそうだったけど、やっぱあたしのデッキじゃ相手にならないや」

 

 確かに、と火廣金は顎に手を置く。

 低コストのGR召喚クリーチャーからGR召喚するだけで、《”罰怒”ブランド》へ連鎖出来る今の赤単ビートジョッキーはかなり立て直しが効くようになった。

 展開力も以前までの比ではない。

 

「そっちは《ミステリー・キューブ》でも入れれば良いじゃないか」

「えー、アレ運任せのカードでしょ?」

「運任せだがデッキトップから何が出て来るか分からん。場合によっては防御札にもなり得る。《キューブ》から出て強いカードを考えてチューニングしてみたらどうだ。何なら俺も付き合おうか」

「……うーん、あたし一人で良いや」

「何?」

「本当は火廣金も調整したいんでしょ? 火廣金ってプロ意識高いし……あんまり迷惑掛けられないよ」

「迷惑等と思ってない。君の相手をするくらいで俺の勝率は落ちない」

「そうだけど……あたしもあんたに頼ってばっかりだとダメだと思ってさ。もう、泣いてばっかりのあたしは居ないかんねっ! じゃないと、耀に笑われちゃうもん」

「……」

 

 火廣金は頭を抱えた。

 むしゃくしゃとした思いは募るばかりだった。

 結局、彼女は何事に於いても耀に帰結するのだ。

 

「どうしたの、火廣金」

「君の言う通りだ。俺一人で調整をする」

「あっ、火廣金!」

 

 ──どうして事ある毎に部長を持ち出す? 刀堂花梨。

 それがどうも気に食わなかった。

 彼女が見ているのは、結局自分ではなく──耀だ。

 それに苛立つ自分も気に食わなかった。

 ──ああ畜生、イライラが続く。そもそもどうして俺は何苛立っている? 別に刀堂花梨が誰を見ようが俺には関係の無い事だ。

 此処はやはり部長を叩きのめして鬱憤を晴らすか、と一瞬頭に過った。

 そしてすぐさま馬鹿らしいと一蹴した。彼は度重なるデュエルで疲れている。文字通り、デュエマ部の切札たる彼を消耗させるのは愚策中の愚策だ。

 ──俺は何をやっている。俺は灼熱将校(ジェネラル)だ。私を捨てて組織に奉公するのが俺の役目。今はデュエマ部がその組織だ。

 そうやって押し殺す。火廣金のモヤモヤは行き場が無く塞がっていた。

 どうやって晴らすべきか。いっそ、このままずっと抱えたままの方が良いか。

 乱暴に部屋の扉を開けた。

 

 

 

「あのー、火廣金さん。ちょっといいですか?」



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GR45話:制圧された街─AD2079

 部屋に入ろうとした途端、少女と出くわした。

 白銀朱莉。此処最近、沢山の問題を持って来た少女。

 最初こそ疑っていたが、今は信用しても良い相手だと判断している。

 だが、同時に──

 

「──俺と勝負しろ、白銀朱莉」

「……えーと、どういう風の吹き回しですか? あたし、今やっと翠月さんから解放されたところで……」

「ダメか」

「あー……もう! 分かりましたよ! やってやりましょう!」

 

 ──まだ、手の内の分かっていない相手だ。この際利害が絡まぬうちに暴いてしまうか。

 こうして。

 まだ熱が治まらぬ火廣金とアカリのデュエルが始まったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ……何か知らん間にアカリと火廣金が対戦してるんだけど。

 一体どうしたのコレ。

 

「俺のターン。《チュチュリス》を召喚して、《ブレイズ・クロー》でシールドを攻撃」

 

 火廣金はやはり速攻。

 1ターン目からクリーチャーの《ブレイズ・クロー》を出して怒涛の攻めを繰り出す。

 きっとあいつ、手札のカードを全部ぶつけて削り切るつもりだな。

 だけど──

 

「あたしは《トムのゼリー》で《ブレイズ・クロー》をブロックします。パワーは共に同じ、相打ちですね」

「チッ、まあ良いだろう」

 

 ──今回の出だしは火廣金が失敗。

 結果的に手札を1枚失ってしまった。まあ、《ブレイズ・クロー》は必ず攻撃しなければならないから仕方ないんだけど。

 

「《トムのゼリー》が場を離れたのでカードを引きます。それでは私のターン、2マナで《ヤッタレマン》を召喚! ターンエンドです!」

「コスト軽減か。だが間に合わせはせんぞ」

 

 火廣金はカードを引くと、すぐさま1マナをタップする。

 

「1マナで《ダチッコ・チュリス》召喚。更に3コスト軽減、1マナで《HAJIKERO・バクチック》を召喚」

「出た、火廣金の連鎖召喚……!」

「《バクチック》の効果で《グッドルッキン・ブラボー》をGR召喚! そして、1マナをタップ! マスターBAD発動だ!」

 

 そうだ。このターンに召喚されたGRクリーチャーは合計で3体。

 既にコストは6まで軽減されている。

 つまり来る。火廣金の切札が!

 

「《”罰怒”ブランド》召喚! 効果で俺のクリーチャーは全てスピードアタッカーだ!」

「来ましたね──!」

「全軍突撃だ。《ブランド》でW・ブレイク! 更に《ダチッコ》、《グッドルッキン・ブラボー》もシールドブレイクだ!」

 

 火廣金の軍勢がアカリのシールドを全て削り取った。

 これでマナドライブが達成していれば《グッドルッキン・ブラボー》の二回連続攻撃でダイレクトアタックまで持っていけていた。

 だけど、3ターン目に此処までの軍勢を展開できるのは凄いぞ火廣金……!

 

「だがこれでは終わらん! 《バクチック》で攻撃するとき、GR召喚する! 《ソニーソニック》を場に出す! 最後のシールドもブレイクだ!」

「S・トリガー! 《松苔ラックス》で《ソニーソニック》を攻撃できなくさせます!」

「ターン終了時に《ダチッコ》と《ソニーソニック》、《グッドルッキン・ブラボー》を破壊。ターンエンドだ」

 

 辛うじてS・トリガーで止められたものの、アカリのシールドは既にゼロ。

 しかも《ジョルネード》のマスター・J・トルネードの条件すら満たせていない。

 

「……やりますね。でも!」

 

 彼女はカードを引く。

 アカリはまだ不敵に笑っていた。

 

「1マナで《ザババン・ジョーカーズ》。効果でカードを1枚引いて、手札を1枚捨てます。それがジョーカーズならもう1枚ドローしますよ」

「む? 一体、何をするつもりだ」

「そして、この呪文を唱える時、私は手札を1枚捨てます!」

 

 意趣返しと言わんばかりに彼女はその呪文を火廣金に突き付ける。

 現に彼も、俺達も目を見開いた。

 

「マスターG・O・D・S(ゴッド・オーバー・ダイナマイト・スペル)! 呪文、《”魔神轟怒(マジゴッド)万軍投(マグナ)》!」

「なっ……!? B・A・D・Sか……!?」

 

 手札を捨てる事でコストを2軽減する呪文、B・A・D・S。

 しかし、この挙動はそれとも違う。

 

「G・O・D・Sは唱える時に手札を1枚捨てれば、このターンに捨てた手札の枚数に付きコストを2軽減できるんです。だから4軽減で2マナで唱えられます! 効果で3回GR召喚です!」

 

 嘘だろ。

 《ジョルネード》以外にも3回GR召喚できるカードがあったのか。

 飛び出てきたのは《ダテンクウェール》、《パッパラパーリ騎士》──そして。

 

「これがあたしの切札(ワイルドカード)。《超Ω(メガ)級 ダルタニック(ビヨンド)》!」

 

 現れたのは客船が巨大なロボットになったようなクリーチャーだった。

 陸の《ダンガスティック》、空の《ダテンクウェール》に続く第三のGRロボットジョーカーズ。

 それがアカリの切札だったのか!

 

「だが、それでは打点が足りないだろう!」

「此処で《パッパラパーリ》の効果でマナゾーンに《ザババン・ジョーカーズ》を置きます! そして、《ゴッド・ガヨンダム》の効果で手札のジョーカーズを捨てて2枚ドロー!」

「……その1マナで何が出来る!」

「あたしの場にあるジョーカーズが4体以上の時、《ガンバトラーG7》のコストは5軽減されます!」

「なっ……!」

「そして、《ガンバトラー》のパワー増加効果を《ダルタニック》に使います!」

 

 これで、《ダルタニック》のパワーは元々の1000に加えて、+7000。

 となるはずだったのだが──

 

「更に《ダルタニック》は手札の数だけパワーが増えるんです! パワーは驚きの12000!」

「こんなバカな事が……!」

「そして、《ダルタニックB》でシールドを攻撃! この子はパワード・ブレイカーだから、シールドを3枚ブレイクしますよ!」

「っ……! S・トリガー、《KMASE-BURN!》で《ゴルドンゴルドー》をGR召喚! マナドライブで《ゴルドンゴルドー》を破壊すればパワー6000以下のクリーチャーを1体破壊出来る!」

 

 これで《ダテンクウェール》は破壊された。

 しかし。それでもまだ《ガンバトラーG7》が残っている。

 そのまま火廣金は成す術無く残るシールドを叩き割られ、

 

「《パッパラパーリ騎士》でダイレクトアタック、ですっ!」

「……俺の負けだ」

 

 そんなわけで、速攻に対するカウンターが見事に決まる形で勝者はアカリとなったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……やはり部長の孫だな」

「はぁ……ありがとうございます?」

 

 そう言って火廣金はデッキケースにデッキを片付ける。

 どうしたんだろう。今日の火廣金、妙に殺気立ってる気がする。

 

「それで? 俺に何の用だ?」

「いえ、そろそろ2079年に着くので連絡しようかなと思ってて。そしたらいきなり勝負吹っ掛けてきたのはそっちじゃないですかっ!」

「……そうか」

「そうか、じゃないです! もう、何なんですか本当に……」

「すまなかったなレディ」

「レディって、馬鹿にしてるんですか?」

「違う違う、火廣金は女の子をレディって呼ぶんだよ」

「ってことは……今までは女の子扱いしてなかったってことですか!?」

 

 ぷんすか怒るアカリ。

 一応それは怒るんだな、お前……。

 

「そう言う訳ではないが……一応、信用した証ということだ」

「何様のつもりですか! 今更そんな事言われても嬉しくないですからね!」

「まあまあお前達。そんなにいがみ合うなよ……」

 

 何だかんだで火廣金もアカリを認めたってことなのかな。

 

「恐らく、もうじき最終ワープポイントを突破します」

「もうそんな時間か?」

「はい。花梨さんも呼んできてください」

 

 そうか。

 いよいよロストシティに着くんだな。

 

「なあ、火廣金。本当に……大丈夫なのか?」

「……問題ない。暗野を助け出すのだろう」

「ああ。勿論だ」

「……部長はブレないな」

 

 なんだそりゃ。

 褒めてるのか貶してるのかよく分からない評価だな。

 

「そりゃそうだろ。俺は部長だ。俺が迷ってたら他のやつまで迷っちまうだろ」

 

 この戦いが始まってから何回も悩みや壁にぶち当たったし、俺だって自分の選択が全部正しかったとは思ってない。でも……紫月を助け出すのは、俺の中で満場一致で正しいって言える。

 気持ちで負けてたらきっと、紫月を助け出すことは出来ない。

 

「君らしいな」

「……皆さん、これより、最終ワープポイントを突破します! 間もなく、2079年に到達します!」

 

 アカリの声が溌剌と響く。

 それぞれの思惑を抱えたまま、俺達はロストシティへ向かうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──2079年。

 タイムダイバーはロストシティ第三層に浮上した。

 どうやらレジスタンス基地に戻っている暇は無い、とトリスから急ぎの通達が来たらしい。

 曰く、「街が大変なことになっている」とのことだったが……。

 

「何ですかこれ……!」

 

 以前のロストシティは荒んではいたが、それでもまだ人通りはあった。

 ホームレス、ストリートチルドレン、日雇い労働者、決して生活が良いとはいえない彼らでさえまだ往来を歩く余裕はあった。

 しかし──今のロストシティにそんなものは感じられなかった。

 静寂。

 ただひたすらに統制された静寂のみが街を支配していた。

 そして、街をうろつくのはサバイバルジャケットに身を包んだ男達。

 それぞれが銃を両手に掲げて警戒しているようだった。

 

「……これは、まるで街が軍にでも制圧されたようだな」

『軍ってのは中らずと雖も遠からずだな』

 

 黒鳥さんの科白に、トリスの音声が返って来る。

 

「トリス……!」

「これって、未来のトリスなんだよね?」

「実感が沸かないな……未来の知り合いと話すというのは」

『よう、デュエマ部。街の惨状を見てくれた通りだ。この兵士共が街を厳戒態勢にしててな。誰一人外に出る事は出来ないし、第三階層に誰も入れない』

「一体、何処の組織なんですか! トキワギ機関じゃなさそうですし……」

『……ハングドマン商会』

「!」

 

 その名前には聞き覚えがあった。

 街を牛耳っていたマフィアたちじゃないか。

 

「ハングドマン?」

「この街を管理している組織だ。ボスと幹部がエリアフォースカード使いらしい」

「でも彼らのおかげでインフラは何とか回ってるんです……一体どうして」

『実はな。あたし達もさっきようやく正確な場所が掴めたんだが……魔術師(マジシャン)のカードはほぼほぼ、奴らの本拠点にあるとみて良い。それで、この兵士共が連中の私兵部隊だと判断出来た』

 

 ギリギリまで指示が出せなくてすまないな、とトリスは謝る。

 でも、何で奴らはこんな事をしてるんだ?

 

『もし、本当に奴らの仕業なら過去から持って来たエリアフォースカードなんて、ロクな事に使わないだろうな』

「彼らが魔術師(マジシャン)のカードを何かに使おうとしている? だから、邪魔されないように街を厳戒態勢にした……ってところだろうな」

『流石ヒイロだ。大方そう見て良い。邪魔されたくないってことは、疚しい事があるんだろ。そして、魔術師(マジシャン)のカードはこの時代では失われている。それが急に出現したって事は、暗野紫月も一緒に連れ去られてる可能性が高い』

「なあトリス、一つ教えてくれないか?」

『あんだ?』

「この時代の魔術師(マジシャン)のカードは何でロストしたんだ? 本当はワイルドカードの氾濫の時に……紫月に何かあったんじゃいのか?」

『それは、この作戦を完遂したら教えてやる』

 

 ああクソ、肝心なことは教えてくれないのか。

 だけど確かに今考えるべきことではなかったのかもしれない。

 

『いずれにせよ、お前が見るべきは──()()()()()()()()()()だろうが白銀耀』

「……そうだな。トリス。ハングドマン商会から紫月を奪い返す」

「待ってください団長! 良いんですか!? そうなるとハングドマン商会とレジスタンスは本格的に事を構えることになります! 街に被害が出る恐れが……」

「アカリ、今更そんな事言ってる場合かよ!」

「あいつらは街のインフラを握ってるんです! それを人質に取られたら……!」 

『それがな、アカリ。既に何度か強力な魔力の波形をこっちは観測している。明らかにヤバいモンを隠し持っているってか、目覚めさせようとしてるぜ』

「そ、そんな……」

『そうしたらこの街はどうなる? どの道終わりだ』

「……分かりました」

『白銀。お前はどうしたい。街を犠牲にしても、暗野紫月を助けるか?』

 

 既に答えは決まっている。

 

「助けたい」

『それが他の何を犠牲する選択でも、か? 白銀耀』

「──俺はあいつを助ける為に此処に来た。今更引き下がれない」

 

 ロードの事を思い出す。

 完全に犠牲を出さない選択肢は存在しない。

 それでも──

 

「せめて仲間だけは絶対に守る。全員で現代に帰る。そのつもりで此処にやってきた!」

『その言葉を待っていた。お前らが守るのはこの滅びの未来じゃねえ。お前らが歩む、お前らの未来だ』

 

 ──そうだ。絶対に全員で帰る。そして未来を変えてみせる。

 守れないものがあるなら、せめてこれだけは必ず守ってみせる。そう決めたんだ。

 

「でもどうしまショウ。街の中には怖い人がいっぱい居マスよ?」

「タイムダイバーで出来るだけ接近しましょう」

『無理だ。奴らが街に張っている結界の所為で近付けない』

「それじゃあ……警戒網を攪乱して、そっちに目を向けさせる……とか?」

『確かに、あの結界は人間の動きまでは感知出来ないだろうな。その隙にもう一方のチームが本拠地を叩くことは出来る』

 

 そもそも街中では守護獣で暴れ回ることは出来ないと思って良いだろう。

 万が一建物を壊したりしたら大惨事だ。ただでさえ街中は狭い迷路のようになっているのだから、クリーチャーを出した時点で被害が出る可能性さえある。

 

「しかし敵は銃火器で武装している。対して君達は丸腰だ。戦闘では勝てない」

「それじゃあサッヴァークの迷宮化で無力化すれば良いんデスよ!」

『それも無理だ。奴らの結界は、迷宮化では上書きできない』

 

 まずいな……今まで通用していた作戦が通用しない。

 こんな時に紫月は居ないし……。

 

「戦力を二分した方が良いと思う。火廣金みたいに魔導司なら良いけど、俺達は基本的に非力だ。警戒網を攪乱させるチームと、本拠地に突入するチームに分けた方が良い」

「正直、あの程度の軍勢なら、俺一人でも十分だ」

「マジか!?」

「だが、俺一人ではあの数を引き付けることは出来ない。幾ら俺が暴れても、全員が持ち場を離れて俺の場所に行くとは考えられん」

「それなら雑魚散らしも二つに分けたら良いよ」

 

 言い出したのは花梨だ。

 だけどお前大丈夫なのか?

 幾ら接近戦は無敵のお前でも銃弾が当たったら即死だぞ?

 

「そこは考えがあるから大丈夫」

「部長。戦車(チャリオッツ)のカードと彼女の身体能力を加味すれば恐らく問題ない」

「本当に大丈夫か……?」

「じゃあ問題は、本拠点の突破だな……」

「……多分、それは正面突破しかないと思います。それこそ、敵の本拠地ならば存分に守護獣を暴れさせることが出来るので」

「敵の基地に辿り着くまでの道を火廣金と花梨が作る」

「残りの5人が敵の本拠地を叩く……これで良いか?」

「……あぅ」

 

 声が後ろから漏れた。

 振り返るとそこには──怯えた様子の翠月さんの姿があった。

 

「皆さん、大丈夫なんですか……? これ、ゲームとかじゃないんですよ……?」

「ミヅキ……震えてるデスよ」

「ごめんなさい……今まではクリーチャーが相手だったけど、武器を手に取ったあの男の人達を見てたら、急に怖気づいちゃって……」

「なら貴様は残るか」

 

 黒鳥さんが言った。

 

「足手纏いになるよりはその方が良い」

「……でも、しづが苦しい思いをしているのに、私だけ行かない訳にはいかない。でも、足が震えるの……」

『そういう時に主を守る為に守護獣が居る』

「大丈夫です、翠月さん。本拠地までは私がリードします。だから──信じてくれませんか? 無理にとは言いませんけど」

「アカリさん……」

「結局俺達に出来るのは、何時も通りデュエマで勝つことだ。まあ、命の危険もあるけどな」

「……」

「でも、俺は絶対に紫月を助け出したい。それがエリアフォースカードに選ばれた俺に出来る事なら」

 

 翠月さんは口をぎゅっと噤むと言った。

 

 

 

「……私もやります。力を持つ者として選ばれたから」

 



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GR46話:制圧された街──闇医者再び

 ※※※

 

 

『マルヨンマルマル、第三階層ブラボー異常無し』

『チャールズ異常無し』

『ドナルド異常無し』

「エドワード──ん?」

 

 隠語で各ポイントを示し合わせながらの退屈な哨戒任務の途中、それは突如として現れた。

 全身が炎に包まれた男。

 それが街にふらりと現れたのだ。

 男達はそれに銃口を向ける。

 見た所、焼死体には見えない。なぜならそれは、明確に意識をもってこちらへ進んで来るのだから。

 

「貴様! 止まれ! 撃つぞ!」

「……撃てるものなら撃ってみろ、素人が」

「素人だと!? 俺はこの道10年のベテランだ──!」

 

 ──何だこいつ?! 何で全身が燃えているんだ!?

 

「撃てェェェーッ!!」

 

 が、しかし。 

 銃弾は炎の身体に吸い込まれてしまう。

 

「ヒッ、貴様……クリーチャーか!? 何でこんな所に!?」

「この街に魔法使いは老いぼれのレジスタンスのリーダーしかいないはず──!」

「クリーチャーでも魔法使いでも何でも良いだろう?」

 

 次の瞬間、炎男の周囲から無数の火の玉が浮かび上がる。

 それが男達の銃に触れると、一瞬で溶かしてしまった。

 

「ヒ、ヒイイイイ!?」

「ち、畜生! 何なんだお前はァ!?」

「来るものなら掛かって来い。一人一人、焼いてやる。魔導司が本気の戦闘形態で相手してやると言ってるのだ」

 

 ──さあて。向こうはどうだかな……!

 炎の男、火廣金は滾っていた。

 久々の戦闘。己の中に籠っていた熱を存分に振るうチャンスだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「オイオイ、ガキンチョ。こんな時に何出歩いてんだァ? 誰も街の中に出すなって命令なのによォ!!」

「ご、ごめんなさい、お母さんが病気で薬買わなきゃいけなくって──」

「こりゃあ、オペラ様の所に持って帰るか? 眼球と肺が不足してたみたいだし、丁度良いぜ」

「ヒィッ──」

 

 小さな少年に詰め寄る兵士二人。

 じりじりとにじり寄る彼らに、子供では成す術が無い。

 

 

 

「うぐっ!?」

 

 

 

 

 しかし。 

 片方の土手っ腹に特殊警棒が突き刺さる。

 呻き声を上げると、男は地面に倒れ落ちた。

 相方の懐に潜り込んだ何者かに掴み掛かる兵士だったが──口の中に警棒がねじ込まれ、地面に倒れ伏せる。

 

「えっごぉげはぁっ!?」

 

 そのまま再び喉に一突きを浴びせる。悶絶する男を後目に彼女は叫ぶ。

 

「君は逃げて!」

「う、うんっ!」

 

 子供は慌てて逃げていった。

 すぐさま騒ぎを聞きつけてやってきた兵士たちが銃口を向ける。

 警棒を掲げた少女──刀堂花梨はそれらを流し見すると──地面を蹴った。

 

「エリアフォースカード使いだ! 撃てッ!!」

「何でこんな所にウロついてんだよ、しかもガキだぞ!」

「ガキでもなんでも殺せ! 殺してオペラ様に臓器を献上するんだ!」

 

 銃弾は花梨目掛けて次々に飛んで行く。

 次々に吸い込まれていく弾丸。

 しかし──彼らは戦慄した。少女はそれでも突っ込んで来るのだ。

 

「は、はぁあ!? 何で倒れねえんだよ化物かぁ!?」

「たぁぁあーっ!!」

 

 そのまま兵士の鳩尾を突き、蟀谷を的確に薙ぎ払う花梨。

 最早銃器は無意味とナイフを取り出した彼らだったが、それすらも躱され、一人、また一人と警棒で脳天を叩かれて地面に伏せられる。

 

「ち、畜生、この女……弾丸も刃物も通らねえぞ!」

「通らねえっつーか、そもそも身のこなしが異常だ! 本当にガキか!?」

「組み伏せて無力化しろ! 全員で抑えつけるんだ!」

「あーあ、やっぱそうなるよね──!」

 

 まあでも、負ける気はしないけど、と花梨は内心呟く。

 刀堂花梨。

 彼女に長物を持たせたが最後。

 それに加え、戦車(チャリオッツ)の魔術で全身に障壁を貼っており、弾丸は彼女に無力。

 即ちこの戦場──花梨の独壇場だったのである。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 あちこちで騒ぎが起こってるけど、皆そっちに向かっているからか俺達は比較的スムーズに拠点であろう建物に辿り着くことが出来た。

 周囲に比べて一際異様な建築物。

 金銀宝石の装飾が施されたビル。「ハングドマン商会本社」とご丁寧にでかでかと書かれているのだった。

 あの中に──紫月が居る。

 

「門番は……いないようですね」

「このまま正面突入と行くか?」

「ミヅキ、大丈夫デス?」

「わわわわわ、わたしはへいきでででです」

「大丈夫そうじゃなさそうだな……世話が焼ける弟子だ」

「平気です! いっちゃってください!」

「了解! ジョルネード!」

 

 すぐさまジョルネードが飛び出し、扉に何発も穴を開ける。 

 そして──彼を盾に、全員は一斉にビルの中へ飛び込んだ。

 内部はホテルのようになっており、絢爛とした飾りで埋め尽くされている。

 荒れ果てている街の中とは正反対だ。

 だけど何故だろう。妙に静かだな。

 

「此処から先は二手に別れます。私とお爺ちゃん」

「僕と翠月、そして或瀬のチームだな」

 

 一先ず、俺とアカリが上の階層。

 逆に人数を多く裂いた黒鳥さんチームは下の階層を攻める事になった。

 それぞれ、コンバット慣れしているアカリとジョルネード、罠を探知でき防御力に長けたサッヴァークを連れたブランが居るので、施設内でも問題なく探索できる。

 

「白銀先輩っ……私、頑張りますから! しづを……頼みます!」

 

 そう言った翠月さんの声は震えていた。

 でも、目は完全に本気だった。多分、こうなると連れ帰ろうと思っても連れ帰れない。

 俺達は2階へ。

 一方の黒鳥さんたちは1階の部屋を攻めることになったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「嫌に静かだな……」

 

 黒鳥達は部屋を一つ一つ回っていた。

 だが、奇妙なことにビル内部を守っているであろう私兵達の姿が無い。

 最早察知されても問題はないので、出てくれば守護獣で応戦することが出来る。

 しかし──奇妙な不気味さを黒鳥は感じていた。

 

「此処に来るまでにエレベーターが3つ。いずれも作動していないな……」

「音が全くしないデス。多分、意図的に止めたんじゃないデショウか?」

「……うぅ」

 

 くいっ、と袖を引っ張られる感覚を覚えて黒鳥は振り返る。

 大きな瞳に涙を貯めた翠月が袖を握っていた。

 

「……ごめんなさい、師匠……」

「離れるなよ」

「はい……」

「怖いのはまだ大丈夫デス。怖い事を怖くないって見栄を張るのが一番怖いデスから」

「……私、足手纏いにならないように頑張ります」

 

 そう言った翠月の頭を黒鳥はポンポン、と撫でる。

 子ども扱いしないで、と翠月は彼に目で訴えるが──黒鳥の顔は相変わらず険しかった。

 

「無理はしないようにな。まずそうになったら、真っ先に逃げろ」

「逃げるなんて……」

「前にも言っただろう。生存こそが勝利に直結するのだ。生きてこその物種だ」

「つまり、黒鳥サンはミヅキの事、大切に思ってるってことデス!」

「変な言い方をするんじゃない」

 

 とはいえ、押しかけ捜査はあまり順調とは言えなかった。

 ……その後も何か所か部屋を調べたがいずれももぬけの殻。

 オウ禍武斗の力で無理矢理鍵を壊し、扉の中に入っていくが何もない。

 それどころか警備兵すら誰も入って来ない。

 ──魔術師(マジシャン)の気配は薄っすらとだが感じる。上の階か?

 

「ねえ、この壁から妙な音が聞こえるデスよ! 空洞になってるデス」

「何?」

 

 先に進んでいたブランが柱に耳をくっつけて言った。指でコンコン弾くと音が違うのだと言う。

 そこは通路の突き当たり。

 何もないただの壁だと思っていたが──中が空洞となると話は変わって来る。

 

「他にも通路の突き当たりの壁はあった……そこだけが違うのか?」

「ハイ!」

『どうもたまに生命反応が通過するのう……』

 

 ──生命反応?

 黒鳥は少し思案した。

 そして一つの仮説を探り当てる。

 

「何かあるんでしょうか、師匠」

「よし、或瀬。そこを動くな。僕もそっちに向か──」

 

 黒鳥がそう言いかけた時だった。

 ブランの足元に──黒い手が伸びた。

 彼女はそれに気付いていない。

 サッヴァークも反応出来ていない。

 黒鳥は慌てて一歩踏み出した──

 

 

 

「オウ禍武斗!!」

 

 

 

 その時。 

 オウ禍武斗の拳がマッハで黒鳥の頬を掠めた。

 それはブランの足元に突き刺さり──そして何かを廊下から引きずり出した。

 

「シュー……ジュツツツ……やってくれたネェ……私の手がペシャンコじゃあないかネ……」

 

 廊下から引きずり出たのは──大男。

 しかも、背中から腕を更に4本生やした異形だった。

 手のうちの一つは完全に握りつぶされて血が噴き出していたが、痛覚は無いのかケラケラ男は笑ってみせた。

 一瞬クリーチャーを疑った黒鳥だったが、すぐにそうではないと悟る。 

 人間だ。しかも、エリアフォースカード使いだ。

 

「でかした翠月──」

「キャアアア!?」

 

 黒鳥は振り向くと目を見開いた。

 悲鳴。そして、翠月の身体は浮き上がっている。

 そして、その胴体は巨大な何かに絡め取られているようだった。

 

「翠月ーッ!?」

「ご、ごめんなさい、師匠……!」

『主ッ!?』

 

 オウ禍武斗が組み掛かろうとする。

 しかし、大男は手で制した。

 

「おっと、動くなよ虫ケラ。動いたらお前の主人はバクリ、だヨォ。上手くいけば、そこの黒鳥レンと小娘の身体、両方頂けるチャンス、逃しはしないからネェ」

「き、貴様……! 人の身体を何だと……!」

「これで5:5ダヨォ……生き残りたいなら、勝ってみせな、侵入者ドモォ」

 

 ブランが鹿追帽子を深く被った。エリアフォースカードを掲げ、大男と相対する。

 一方の黒鳥も化物と向かい合った。

 距離的に、大男はブランに任せるしかない。

 

「黒鳥サンはミヅキを!」

「ああ、頼むッ……!」

「サア、天才外科医・ドクター・オペラの手術の時間だヨォ!!」

 

 その声と共にエリアフォースカードの音声が廊下に木霊する。

 

 

 

<Wild……DrawⅩⅢ……DEATH!! HYAHAHAHAHAHAHAHAHA!!>



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GR47話:制圧された街──サバキの剣

 ※※※

 

 

 

 ブランとドクター・オペラのデュエル。

 相手のマナを見やる限り、闇と火。

 マナに置かれているカードにも見慣れないカードがあったが、経験上ブランは一つのデッキを予想する。

 ──墓地ソース、デスね……!

 それならば、《「今も我らの願いはただひとつ」》や《「アフロ行きま~す!!」》、《終焉の開闢》による墓地肥やしも納得がいく。

 既に相手の墓地にカードは7枚。そろそろ動き出してくるはずだ。

 

「シュージュツツツツツ、金髪、碧眼、特にその目……くりぬいたら綺麗そうダヨォ……!」

「趣味が悪いデスね! レディの扱いがなってないデス!」

 

 ブランは3枚のマナをタップする。

 既にシールドゾーンには《憤怒スル破面の裁キ》が刻まれている。

 更に表向きのカードを増やすべく、彼女は裁きの紋章をその手から放つ。

 

「呪文、《剣参ノ裁キ》! 効果で山札の上から3枚を見て、メタリカ、ドラゴン、呪文を1枚だけ回収シマス! 《煌メク聖戦 絶十(ゼット)》を手札に!」

「シュージュツツツ、今更そんなカード手札に加えたって無駄ダヨォ。今すぐに、速攻で排除してやるからネェ!」

 

 オペラのターン。

 彼はマナゾーンに《ほめほめ老》を置くと、またもや3枚のマナをタップした。

 

「呪文、《終焉の開闢(ビギニング・オブ・ジ・エンド)》! 山札の上から3枚を落とすヨォ! 《暴走龍 5000GT》を回収! ソシテェ、《イワシン》が墓地に落ちたから、カードを1枚引いて1枚捨てるヨォ!」

 

 ──ま、マズいデス……! どんどん墓地が増えていきマス……!

 ツインパクト墓地ソース。

 自分の時代には無い多色ツインパクトのカードの存在もあって、その勢いは更に増していた。

 既に墓地のカードの枚数は12枚を超えている。

 

「さあ行くヨォ! 残り1マナをタップ、《暴走龍(ライオット) 5000GT》を召喚するからネェ!」

 

 現れたのは幾つもの銃火器を携えた無法者の龍。

 飛び出すなり、ブランのシールドを丸ノコで切り刻む。

 ブレイクされたのは表向きのシールドが置かれていない3枚。

 

「T・ブレイク、ダヨォ!」

 

 弱者を許さぬ暴走龍は、反撃も許可しない。

 サバキZはコストを支払わずに召喚するので、《絶十》は《5000GT》のロックに引っ掛かってしまう。

 

「……デモ、反撃開始デス!」

 

 しかしブランは諦めていない。

 その手札に加わった裁きの紋章を解き放つ。

 

Break&Cast(砕キ、ソシテ刻メ)……《集結ノ正裁Z》と《転生ノ正裁Z》を唱えマス!」

 

 サバキZ。

 それこそが裁きの紋章の必殺技。

 手札に加えられた裁きの紋章を墓地に置く事で唱えることが出来る特殊な呪文だ。

 しかも、通常の裁きの紋章と同様、唱えられた後はシールドに刻まれる。

 

「《集結》の効果で《魂穿ツ煌世ノ正裁Z》と《煌龍サッヴァーク》を手札にえマス!」

「無暗な攻撃はサバキZ発動の元って事ダネェ。でも、《絶十》が封じられて大分苦しいんじゃないカネ?」

「むぅ……! ノープロブレム、デス! 《サッヴァーク》を出せば、《5000GT》くらいシールドに刻めマスから!」

「探偵の恰好をしているくせに随分とお粗末な推理だネェ。その前に踏み潰してやるヨォ」

「私は《トライガード・チャージャー》を唱えて、《集結》と《転生》のシールドを手札に加えるデス。その時にサバキZで《集結》2枚と《転生》を唱えるデス!」

 

 その効果で再びブランは手札を増やしていく。

 2枚目の《トライガード・チャージャー》、《無双の縛り 達閃》。そして、《剣参ノ裁キ》に《偽りの王 ナンバーナイン》を手札に加え、3枚の裁きの紋章を1枚のシールドに集めていく。

 

「そしてシールドゾーンにカードを置いてターン終了デス!」

「シュージュツツツツ! お前、まだ諦めてないのかネ?」

「諦める? 探偵にそんな言葉はナンセンスデス。貴方達が攫ったシヅク、必ず返して貰いマス」

「シュージュツツツツ、分かってないネェ。アレは街の為ダヨォ」

「ハイ?」

 

 オペラは恍惚とした表情で笑みを浮かべた。

 

魔術師(マジシャン)のカード……アレを何に使うのか私には分からないヨォ。デモネェ、あのお方は言っていたのだヨォ。アレはこの街に永遠の繁栄を齎すのだと!」

「繁栄……」

「そう。外の時代からお前達は来たんだろう? 服装を見れば判る。随分と恵まれてるんダネェ? デモ、此処にはそんな子供はいないヨォ」

「……」

「誰かを犠牲にしなければ、皆がダメになる。それがこの街の全貌ダヨォ。何処かの不幸な子供の臓器が我々に回収されるネェ? 丁度、そこの小娘みたいに」

 

 彼は手を大きく広げる。

 それがあたかも世界の真理であるかのように語る。

 

「でも、その臓器が他の不幸な何人もを救うなら、それは間違いなく公共の福祉なんだヨォ! 公共のためならば、どんな犠牲も許される! そうでなければ、この街は回っていかない! あの魔術師(マジシャン)の小娘はこの街の為に犠牲に──」

 

 

 

「そういうのもう良いから」

 

 

 

 冷たく響き渡る声。

 オペラは喋るのを止めた。

 

「……全体の為、皆の為、世界の為。聞こえは良いけど……you、間違いを犯した」

「な、何だよ小娘ェ……!」

「よりによってmeのfriendに手を出した。違う? それ、すっごくBad。良くない事だから。裁くね」

 

 そう言った彼女の声は先ほどまでとは打って変わって、冷淡だった。

 見放すような、突き放すようなそんな声。

 

「……え、ああ!? 誰に向かってモノを言ってるんだ、ガキンチョがサァ……何もこの街の現実が分かってない癖に!」

「私、そういうの大嫌い。そういう奴に、()()()()()()()()ってよーく知ってるから」

『あーあ、ヌシ。やってしもうたのう』

「な、何だネ守護獣!?」

『よりによって、探偵の地雷を踏んでしまったわい』

 

 サッヴァークがやれやれと言わんばかりに言い放つ。

 憐憫を込めた瞳で。

 

「だから何だっていうんだろうネェ。大人が世の中の厳しさ教えてやるヨ! 先ずはその口を縫い合わせてやるからネェ! 《百万超邪(ミリオネア) クロスファイア》をG・ゼロで召喚するヨォ!」

「……」

「更に更にィ、コスト軽減して──」

 

 墓地の霊魂が次々にオペラの手に集まっていく。

 刻まれる数字はⅩⅢ。死神を表す数字だ。

 

 

 

「恐怖の魔王がDAWN(ドーン)だヨォ!! 《大魔王 ウラギリダムス》、実験開始ィ!!」

 

 

 

 地面から這い出したのは巨大なる恐怖の大魔王。

 蛙の如き二枚舌を吐き出し、王冠を被った悪魔の化け猫。

 

「コイツの効果で、登場時に墓地のカードを5枚、このクリーチャーの下へ送るヨォ! そして、《クロスファイア》でシールドをW・ブレイクするからネェ!!」

「──」

「万が一のためにダメ押ししておくヨォ。私は、敗北する時にコイツの下にあるカードを山札の下に送れば──」

「さっさと攻撃すれば?」

「っ……やれ、《クロスファイア》-ッ!!」

 

 砕かれる残りのシールド。

 《5000GT》は《穿ツ》では処理できない。

 このまま残りの軍勢で押し潰す、と構えたその時だった。

 

「サバキZ発動待機、《集結》、《転生》、《穿ツ》──そしてスーパー・S・トリガー、《♪君は煌銀河の正義(ジャスティス)を見たか?》」

 

 

 

 

 ブランの眼前に再びシールドが再構成されていく。

 オペラは目を見張った。

 その上に、再び表向きのシールドが刻まれていった。

 

「スーパーボーナスでシールドを1枚裏向きでSet。そして、山札の上から1枚を表向きにして刻む。そしてサバキZ発動。《集結》2枚、《穿ツ》」

 

 直後。極光が《クロスファイア》に襲い掛かり、シールドに磔にする。

 そして、更に手札にカードを加えたブランは唱えた3枚の裁きの紋章をシールドに刻んだ。

 

「ぐ、ぐぬぅ、生意気ダヨォ! どうせ《絶十》は出せない癖に! 《5000GT》で最後のシールドをブレイク──」

「さっき貴方は、手札の《穿ツ》を警戒して《クロスファイア》からAtackした──でもそれはmisstake」

「何がミスだヨォ! どうせ何も出来ない癖にィーッ!」

 

 これで彼女のシールドは全て砕け散る。

 そうなれば、サバキZすら使えなくなる。

 おまけに《5000GT》のロックがあるため、動こうにも動けない。

 ──最も、全てこの攻撃が通ればの話であるが。

 

「Turn over、サバキの紋章。Open、審判への門」

「なっ……!?」

 

 ブランの最後のシールドに刻まれた3枚の裁きの紋章。

 それら全てが裏返る。

 刹那、剣が戦場へ突き刺さる──

 

「貴方が攻撃するとき、私は3枚のシールドを裏返した。貴方がどんなに虚飾に塗れた言葉を放っても私には届かない。全部、拒絶するから」

正義(ジャスティス)、カウンターモード──発動、【メシアカリバー】!!>

 

 煌龍の身体が光り輝く時、剣がその身と一心同体となる。 

 救世主は今、降臨した。

 

 

 

 

「審問開始。私がyouの罪を暴く──《煌世主(ギラメシア) サッヴァーク(カリバー)》」

 

 

 

 淀んだ紫色の装甲が弾け飛び、その中から透明な水晶の身体が姿を現す。

 攻防一体。

 文字通り全てを拒絶する剣にして盾。

 それが新たなるサッヴァークの姿だった。

 

『探偵よ──良いのだな?』

「私……あいつ許せない。私が笑われたり、馬鹿にされるのは良い。でも私の仲間が──シヅクが私と同じ目に遇うのは絶対嫌。絶対ダメ。だから──本気で倒す」

『儂も同感じゃ。あの愚か者に天罰を与えようぞ!』

 

 直後。

 突っ込んできた《5000GT》に剣が脳天から突き刺さる。

 その身体は一瞬で両断され、砕け散った。

 

「なっ、何が起こったんだと言うのダネェ!?」

「《サッヴァーク(カリバー)》はブロッカー。そしてパワー17000。《5000GT》の12000じゃ到底敵わない」

「ぐ、ぬぅ、ターンエンドだヨォ……」

「ロックはこれで外れた」

 

 彼女はカードを引く。

 そして──盤面を組み立て始めた。

 

「呪文、《トライガード・チャージャー》! 効果でシールドを手札に加えて、サバキZを宣言。そして手札から1枚をシールドゾーンにSet」

「な、なにをするつもりなんだネェ……!?」

「サバキZ。《集結》1回。そして──《煌メク聖戦 絶十》を2体場に出す。場に出た時、山札の上から1枚を表向きにしてシールドに刻む」

 

 降り立つ2体の裁きの使者。

 今まで手札に押しとどめられていた彼らが遂に審判の時を刻む。

 その能力により、シールドに再びカードが重ねられていく。

 

「そして、《絶十》が居る時にカードがシールドゾーンに置かれると、次に使う光のカードのコストはマイナス3される! 2体居るからマイナス6! 1マナで《♪君は煌銀河の正義(ジャスティス)を見たか?》を使う!」

 

 指揮者のように《サッヴァーク》が指揮棒を振るう。

 それに合わせ、音符が宙を舞い──超GRゾーンの穴を開いた。

 

「シールドを1枚、表向きで刻む。そして表向きのシールドの数だけGR召喚する! Open the gate!」

 

 飛び出したのは4体のGRクリーチャー。

 《防護の意志 ランジェス》、《ポクタマたま》、《超衛の意志 エイキャ》、《白皇角の意志 ルーベライノ》だ。

 

「《ポクタマたま》の効果でYouの墓地は全てリセットするから」

「ぐぬっ……し、しまった、これは……!」

「OK。そして、コストを6軽減! 2マナで《ランジェス》から──進化!」

 

 審判の鐘が鳴り響く。

 ブランが重ねるのは時の革命龍。

 その時──時間は全て止まる。

 

 

 

推理終了(リーズニング・オフ)、《時の革命 ミラダンテ》!」

 

 

 

 戦場の時は《ミラダンテ》によって止められた。

 大魔王の身体は時計の針で完全に繋がれる。

 恐怖の大魔王の夜明けはもう、来ない。

 

「ターン終了」

「墓地が無いから、《ウラギリダムス》の効果も使えない……何てことをしてくれたんだヨォ! 台無しじゃあ無いかネェ!」

「早くして。もう、何も出来ないでしょ?」

「う、ぐ、ぐぐ──!! 《終焉の開闢》を唱えて、《5000GT》を回収……ターンエンド、ダヨォ……」

「……じゃあ、裁くから」

 

 来たるブランのターン。

 《ルーベライノ》によって、彼女の光の呪文のコストは全て1軽減されている。

 よって、小さな種火から爆発的な裁きの連鎖が始まろうとしていた。

 

「1マナで《憤怒》。1枚ドロー。そして、《絶十》2体で6軽減して、1マナで呪文──《ファイナルストップ》。貴方は呪文を唱えられない」

 

 その時。

 戦場は静寂に包まれる。

 もう誰として、彼女の前で声を出す事は出来ない。

 オペラの口は茨で塞がれていく。

 苦しそうに藻掻く彼はそれを無理矢理外そうとするが、棘が突き刺さって血が出るばかりだ。

 

「次。2マナで《転生》。効果で私のシールドを手札に加える」

「!?」

『これで探偵のシールドは無くなった。そういえば、場には《ミラダンテ》が居たのう──』

「ふぐ!? ふぐぐぐぐぐ!?」

 

 次は手足。

 冒涜的に改造された身体は茨に巻き取られていく。

 もう、彼は何も出来ない。

 完全に停止した時間の中に投げ込まれた。

 

「革命ゼロ。これでクリーチャーは召喚出来ない」

「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ!!」

「《ミラダンテ》、《サッヴァーク》。《ウラギリダムス》を裁いて。」

 

 《ウラギリダムス》目掛けて、《ミラダンテ》が時計の針を飛ばし雁字搦めにする。

 それを《サッヴァーク(カリバー)》の剣が一刀両断。

 恐怖の大魔王も二回の攻撃により、滅び去った。

 

(な、なにも出来ないヨォ! もうクリーチャーも出せないし呪文も使えない!? こんなの無茶苦茶だヨォ!!)

「私のターン。もう1回、《ファイナルストップ》を唱える。それじゃあ行くよ。Are you ready?」

 

 《ミラダンテ》がシールドを一気に3枚、叩き壊す。

 それに続いて《エイキャ》と《ルーベライノ》も突貫した。

 S・トリガーがもう発動するはずはなかった。

 オペラの全身は時間の茨に縛られてしまったのだから。

 

 

 

「《サッヴァーク(カリバー)》でダイレクトアタック──」

<──ヘル・ジャッジメント>

 

 

 

 無限に生成される宙に浮かぶ剣。

 それがオペラを容赦なく刺し貫く──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 思い出せ。思い出そう。

 自分がどうしてここにいるのか、と紫月は思い出そうとした。

 しかし、どうやっても思い出せそうにもなかった。

 ベッドはフカフカ、部屋の装飾も煌びやか。

 だが、関係無かった。

 此処が自分の知る場所ではない事がとても気掛かりで、不安で──心細い。

 そう思っていた時。遂に、部屋の扉が開いた──もしかしたら、白銀先輩が、みづ姉が助けに来てくれたかもしれない。

 そんな淡い思いを抱き、紫月は扉に駆け寄ろうとし、足を止めた。

 

 

 

「ふーしゅるるるるるるー」

 

 

 

 それは、扉ギリギリの巨体の大男だった。

 脂肪に派手なスーツを着たような人のような塊。

 そんな形容が相応しい程に、異様に男は太っていた。

 その隣には黒づくめのボディーガードらしき男達。

 紫月は声も出す事が出来なかった。

 

「おー、なんでおじゃるかぁー? 噂に聞いていた小娘ぇー……まっこと可愛いでおじゃるなぁー、ふしゅるるるー」

「ぁ、う……」

「おー、そんなに怖がらなくて良いでおじゃるー」

 

 人を見掛けで判断するべきではないとは言う。

 しかし、この男は危険だ。

 彼女の生存本能がそう告げていた。

 

「ふーしゅるるるるー、しかし見れば見る程良い感じに脂が乗っているでおじゃるなぁー、Bは?」

「凡そ90かと」

 

 隣のボディーガードが即答する。

 紫月は思わず身体を手で隠した。

 

「っ……!? 測ったんですか!?」

「そなたの寝ている間にでおじゃるなぁー、ふーしゅるるるるるー」

「……何がしたいんですか、貴方」

「ふーしゅるるるるー、わらわはぁー、このビルの持ち主でおじゃるなぁー」

 

 不気味な男はずしずし、と紫月に近付く。

 生理的嫌悪を感じながらも彼女は逃げられなかった。

 あまりの異様さ、そして恐怖。

 彼女は立ち竦むことしか出来なかった。

 シャークウガは居ない。頼れる人は誰も居ないと分かっていた。

 

「そなたはぁー、思ったことはないでおじゃるかぁー、ふーしゅるるるるるー」

 

 そう言うなり、男は咥えた葉巻を天井に掲げた。

 

 

 

「金ぇー、富ィー、名誉ぉー、何ならかわいい女の子も欲しい、でおじゃるなぁーっっって思った事ないでおじゃるかぁー?」

 

 

 

 にゅふふふ、と笑みを浮かべる。

 脂肪だらけの顔ではどんなに表情を変えても顔の肉が弛むばかりで変化が判別できないのであるが。

 

「人生ぃー、色々あるでおじゃるがぁー、人間欲しいモノいっぱいあっても全部は手に入らないでおじゃるー、こんな世知辛い世の中なら当然でおじゃるなぁー、ふーしゅるるるるるー」

「……」

「でもぉー、此処に入ればその全てが手に入る! かもしれない! そんな底無しの欲張り野郎が集まるのが”ハングドマン商会”でおじゃるなぁー。あ、わらわ此処のトップ、ボス、ドン、組長ね」

「……そのトップが私に何の用ですか」

「ふーしゅるるるるるるー、何、簡単でおじゃるよぉー」

 

 男は──その顔を醜悪に歪ませると言った。

 

 

 

 

「──お前の全部と、魔術師(マジシャン)のカード、()()()()()()。ふーしゅるるるるるるるー」



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GR48話:禁断の永久機関──AD2079

「うー、べとべとします……気持ち悪いです……」

「タオルで拭いておけ」

「ありがとうございます、ししょぉ……」

 

 助けられた翠月は涙目、そして満身創痍だった。

 何とか食われる前に黒鳥がクリーチャーを撃破したことで飲み込まれずには済んだものの、全身がヨダレ塗れになってしまったのである。

 タオルで身体を拭きながら、諸悪の元凶を流し見る。

 黒鳥が制裁を下す前に、ブランが怖い顔でオペラを睨み付けていた。

 

「シヅクが何処にいるのか……話して貰うデスよ!」

「う、ぎぃ……!」

 

 闇医者はサッヴァークの能力により、首から下が水晶で埋められていた。

 そして、エリアフォースカードもまた、弱った隙にサッヴァークによって結晶内に凍結されてしまったのだった。

 しかし、此処まで追い詰められても彼にはまだ余裕があるらしく。

 

「シュージュツツツ、私が口を割ると思っているのかネ! 私はマフィアだヨォ! 上司の不利益になるような情報を言うとでも!?」

「サッヴァーク、顎の下までお願いしマス」

「ちょ、ちょぉーっ! ストップ! ストップ! 分かった! 分かったヨォ! 暗野紫月の居場所はネェ──」

「おい或瀬。そんな奴は放っておけ。どうせ虚言で時間稼ぎをされるのがオチだ」

 

 黒鳥がさっきの壁の前に立っているのを見て、ブランも彼を追いかける。

 「ちょ、ちょっと!? この状態で放置は大分キツいんだけどネェ!?」と声が聞こえてくるが、

 

「グッバイデース」

「さらばじゃ、闇医者」

「ほげぇーっ!? や、やめるんだヨォ! 動けない相手に、こんな事をやって恥ずかしくな──」

 

 そこで喚き声は途切れた。闇医者とエリアフォースカードの水晶漬けが完全に出来上がったところで、ブランは再び壁に耳を当てる。

 聞こえてくるのは──震動音。

 何かが回転する音。

 そして、ゴオオオ、と聞こえて来る空気の音。

 

「……ミヅキ、オウ禍武斗の力で此処を壊せマスか?」

「楽勝です! ガイアハザードですから!」

「OK、派手にやっちゃってくだサイ!」

「うむ、腕が鳴るぞ」

 

 大きく振りかぶったオウ禍武斗の正拳突きが壁目掛けて放たれた。

 見るも無残に木っ端微塵に砕け散る壁。

 足元から吹き抜けて来る冷たい風。

 そして、目の前にあったのは一寸先も見えない奈落であった。

 

「何処に繋がってるんだコレは……」

「何も無いじゃないですか。壁がハリボテだっただけ……?」

「……いや」

 

 ブランは底抜けの穴となっている足元を見下ろす。

 そして──筒抜けとなっている天井まで見上げる。

 

 

 

「これは──調べてみる甲斐があるデスよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ドン・バックーニョ、57歳。ハングドマン商会のボスです」

「うわ、何だコイツ……」

 

 顔写真を見せられた俺はゾッと背中に百足が走った。

 異様な程に肥え太った身体に、弛んだ顔の脂肪。

 派手な赤いスーツにちょんまげという奇抜な格好。

 そして不気味だったのは両頬が見えない程大きなファスナーで縫われている事だった。

 ファスナーを引っ張ったら口裂け女みたいに口が裂けるの? どうして?

 

「これもまたドクター・オペラの人体改造? 何でこんな事になってんだ……」

「彼のセンスはよく分かりませんが、意味の無いものを付けないという話は聞きました」

「意味あんの? お口チャックが?」

「知りません」

 

 商会全体が動いている以上、この男の意思が絡んでいるのだが、ろくでもないのは確かだ。

 人は見かけによらないというけど、残念ながら今回ばかりは見掛けで判断させてもらうぞ。

 

「こんなバカ殿紛いのマフィア会長なんて漫画でも見た事ねえよ! 絶対語尾に「おじゃる~」とか付けてそうだぞ!」

「彼はここ数年急速に街の中で権力を持ち始めました。恐らく、エリアフォースカードを手にしたのもその時期と言われています」

「だろうな、成金野郎の匂いがプンプンするぜ」

「所持カードは吊るされた男(ハングドマン)です。しかし、別のエリアフォースカードが此処に持ち込まれたという噂が入っています」

「ドクター・オペラのカードとは違うのか?」

「はい。彼の親も闇医者をこの街でやっていて、先代から死神(デス)を受け継いでいるので」

「ってことたぁ別のカードか」

 

 エリアフォースカードは1枚だけでも戦略的兵器には違いない。

 無理矢理その力を引き出せば、魔導司が真っ青になるような魔力の引き上げ方をすることも出来るのだという。

 多大なリスクと守護獣の犠牲を引き換えにしてではあるが。

 その例がロードのサッヴァークだ。世界を覆う水晶を生み出す仕組みは、使い手である人間とエリアフォースカードを脳で直結させて出力を最大限にし、更に別のエリアフォースカードで制御をするというものだった。その代償で、完全に力を発動し終えた時──使い手は死ぬ。

 もし紫月がロードと同じ細工を受けたなら──俺はこの男を生かしておけないかもしれない。

 

「お爺ちゃん。顔が怖くなってますよ」

「……気が気じゃねえんだよ。紫月にもし何かあったなら……」

「お爺ちゃん。紫月さんが魔術師(マジシャン)のカードと一緒に連れて行かれたなら……それを引き出す為の設備が必要のはずです。少なくとも、安全性が保障出来ない場所ではないでしょうし」

「それが見つからねえから困ってるんだろうが」

 

 普通ならそういった研究室は明るみに出ないように地下室にでも作りそうなものだが、この街自体が地下だしなあ……そもそもこの建物に地下室があるという情報は無いらしい。

 扉を破りながら2階の建物を見て回るが、結界の所為か魔術師(マジシャン)のカードの場所はぼんやりとしか分からない。

 この建物の何処かに居るということだけは分かるのだが、正確な位置が掴めない。

 

「それにしても、妙に静かだな……敵地だってのによ。街の中を封鎖するのに人を裂きすぎたのか?」

 

 ホテルの個室のような部屋が続くばかりで、事務所のような場所も見当たらない。

 そもそも人が居た痕跡すら無い?

 もう何年も使っていないみたいだ。

 

「2階はこうなってたんですね……いつもは警備兵が居て何処にも入れないので」

「……なんか、妙に殺風景じゃねえか?」

「そうですか?」

「1階とかは見栄張って凄い装飾で飾り付けてた……だけど、このオッサン見るからに派手好きなのに……何で、こんなに装飾が少ないんだ?」

「お金が足りなかったんじゃないですか?」

「ヤクザって舐められたらお終いなんだよ。「ナメられたら殺す!」の世界だ」

「何でそんなに詳しいんですか」

「ブランが読んでたマンガでそういうセリフがあった」

「ええ……何でそんなの読んでるんですかブランさん……」

「ヤクザモノだったんだけどよ、敵の事務所に乗り込む時に、相手のボスが金にモノを言わせて事務所に細工して、主人公をハメるのよな」

 

 次の瞬間──俺達の背後、階段へ繋がる通路がシャッターが何重にも閉ざされる。

 そうそう、確かこんな感じだった。

 

「あれ? これ閉じ込められました?」

「……そうみたいだな。まあ前に進めば──」

 

 と言いかけたその時。目の前に廊下丸ごと塞ぐ巨大なシュレッダーが天井から降って来る。

 刃を何重にもギラつかせた人間破砕機だ。

 それが音を立てて──迫ってくる!

 

「お爺ちゃんが余計なことを言うからぁーっ!」

「知らねえよ!」

 

 後ろは行き止まり。

 前からは巨大なシュレッダーが音を立てて迫って来た。

 万事休すだ。ジョルネードが幾つも弾丸を撃ち放つが、魔法が効かないのか障壁に阻まれて弾は消えてしまう。

 もう考えている暇は無い。

 パッと思いついたことを試すしかない──!

 

「ダンガスティックB(ビースト)! 頼めるか!?」

「無理無理無理、アレは無理でありますよ! あの刃、魔力を発してるからクリーチャーも余裕で殺せるであります! おまけに後ろの壁も分厚過ぎて、壊す前にこっちが追い付かれるであります!」

「ちげえよ! 狙うのはあっちだ! アカリ、掴まれ!」

「も、もうやけくそですーっ!!」

 

 ダンガスティックBに掴まる俺達。

 破砕機が俺達を食い破らんとしたその瞬間だ。

 

 

 

「外へ飛び出せ!!」

 

 

 

 その叫びに応え、鋼の獣は側面の壁に突貫して突き貫く。

 流石の突進力。一呼吸だ。

 後ろからはバリバリバリィッッッ!! と破砕機の音が聞こえてきた。

 俺達はダンガスティックに掴まったまま建物の外に放り出されて地面に着地したのだった。

 

「あ、あぶねぇ……助かった……」

「……ダンガスティックの突破力でなければ、あの壁も破るのは難しかったかもです」

「でも振り出しに戻っちまった! 助かったのは良いけど、結局外に追い出されちまったじゃねえか!」

「中を探索するのも危険ですし……どうすれば良いんでしょう?」

「そもそも、魔術師(マジシャン)の場所が分からないんじゃあな……」

 

 このビルは10階建て。

 さっきみたいなアクシデントも考慮すると、上を順々に探索していくのはかなり骨が折れる。

 考えろ、考えるんだ。

 こうしている間にも、紫月は──

 

 

 

 ──たす──けて

 

 

 

「……?」

 

 何だろう。

 囁くような声が聞こえて来る。

 デッキケースからだ。

 

「お爺ちゃん、どうしたんですか?」

「声が……」

「声? ……向こうでの戦闘の喧噪しか聞こえませんけど」

「いや、我にも聞こえたでありますよ。皇帝(エンペラー)から」

皇帝(エンペラー)……?」

 

 俺は慌ててデッキケースから皇帝(エンペラー)のカードを取り出す。

 それは薄っすらとだが熱を帯びていた。

 そして、触れただけで感じ取れる。(ストレングス)の時と同じだ。

 

 

 

 ──白銀先輩……たすけて……!!

 

 

 

「っ……!!」

 

 

 

 今度ははっきりと聞こえて来る。

 間違いない。

 紫月の声だ。

 

 

 

 ──イタイ、クルシイ、キモチガワルイ──

 

 

 

 今度は不明瞭なノイズの掛かった低い声だ。

 

 

 

 ──早く、早く、逃げないと──

 

 

 

 ──オレガ、オレジャ、ナクナッテ、イク──

 

 

 

 紫月の声。 

 そしてノイズの混じった声。

 それが繰り返される。

 (ストレングス)の時もそうだった……! 最近、こんな事が続く……!

 他のエリアフォースカードの声が、叫びが響き渡って来る……!

 

「まだ、間に合うよな……皇帝(エンペラー)……!」

 

 頷くようにして皇帝(エンペラー)のカードが光り輝く。

 

「でもお爺ちゃん、紫月さんの場所は……!」

「……いや、もっとだ。エリアフォースカードの声が聴ける皇帝(エンペラー)の能力なら、もっと出力を上げれば──!」

「マスター、無茶でありますよ! 人間に取り扱える魔力量ではないであります!」

「うるせぇ!! 紫月は……俺が絶対に、見つけ出す!」

 

 声だけじゃ足りねえ。

 もっと。

 もっとだ!

 もっと寄越せ、皇帝(エンペラー)

 声だけじゃない、あいつの居る場所を見せてくれ!

 一目だけで良い。

 一瞬だけで良い。

 紫月を、俺の後輩の居場所を教えてくれ!

 もう1回、あいつに会いたいんだ、皇帝(エンペラー)!!

 

 

 

 

 ──進行は徐々に進んでいる。

 

 

 

 ──内部の警備を手薄にしても良かったのか?

 

 

 

 ──見つけられる訳がないさ。

 

 

 

 何だ?

 雑音?

 他の男の声?

 違う、皇帝(エンペラー)……俺が欲しいのは──!

 

 

 

 

 ──禁断の永久機関、最終チェック完了。魔術師(マジシャン)、ダウンロード完了──

 

 

 

 !?

 待てよ。

 こいつ、今何て言った──!?

 

「マスターッ!」

「いだっ!?」

 

 ガツン、と何かが俺にぶつかった。 

 それと共にどっと疲労感が襲い掛かって来る。

 

「──!? 何だ、これ……!」

「何やってるでありますか! もう少しで魔力全部使い果たして、最悪死ぬところだったでありますよ!?」

「だけど! 紫月が!」

「マスターが死んだらどうにもならないでありますよ!」

「ッ……す、すまん」

「やれやれ、大事なものを守るとなると自分の事を全く勘定に入れないのはマスターの悪い所であります」

 

 すまんチョートッQ。

 お前が言うんだ。本当に危なかったんだろう。

 現に身体中から力が抜けている。

 何十分も全力疾走で走り続けた後のようだ。

 心臓が異様な程に音を立てていた。

 

「っ……何か、分かったんですか、お爺ちゃん」

「あいつの場所ははっきりとは分かんなかった。だけど──アカリ、禁断の永久機関って何か知らないか?」

「禁断の……永久機関?」

 

 紫月の居場所は直接的には分からなかった。

 だけど、途中で雑音の如く割り込んできた男達の話が気になる。

 なんせ、禁断って言葉にデュエマプレイヤーは敏感に反応せざるを得ない。

 

「え、えと、何か随分前に造られていたモノで……計画が凍結されて以来、海戸の地下に封印されていたんだそうです」

「何だって!? それは大体どの場所か分かるのか!?」

「あたしもトリス団長に聞いた話しか知りませんよう! でも……地下といっても、少なくとも此処よりも深い階層であることは確かです。そんな危ないものがある場所に街は作らないので」

「トリスに聞いたら何か分かるかもしれない」

 

 何だろう。

 ダウンロード完了って言ってたな。凄く嫌な予感がする──!

 通信機を、取らない、と──

 

「っ……ぁ」

「お爺ちゃん!?」

「マスター、しっかりするでありますよ!」

 

 何だろう。

 まさか、さっきの反動か?

 急に頭がぐわんぐわんしてきた。

 今のを使った時点で大分ヤバかったけど……そろそろ限界だってのか?

 嘘だろ。

 俺は、まだ──倒れる訳には──!



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GR49話:禁断の永遠機関──吊るされた男

 ※※※

 

 

 

「……お断りします」

「口では何とでも言えるでおじゃる」

 

 ハングドマン商会ボス──ドン・バックーニョは卑しい笑みを浮かべた。

 

「……先輩が、私の仲間達が、貴方をきっと見つけますよ」

「うーむ、そなた。今が何年か分かるでおじゃるか?」

「……? 意味が分かりません。今は2018年です」

 

 そう答えると、大男は腹の脂肪を愉快そうに揺らした。

 

 

 

「今は、2079年でおじゃる」

「……はぁ!?」

 

 

 

 思わず紫月は目を見開いた。

 

「カーテンを開けるでおじゃるよ、ふーしゅるるるるるるー」

 

 窓から鈍い光が差し込んだ。

 紫月はベッドを乗り越えて、窓を覗く。

 そこに広がっていたのは──常夜灯の如き昏い光に照らされた都市。

 幾つもの建物が天井に向かって伸びている。

 そもそも、空と言うものが存在しない。

 

「此処は……何処なんですか……!?」

「ふーしゅるるるるるるー、見て分からないでおじゃるか? これが今の日本の姿でおじゃるよぉー」

「日本……!?」

「ふーしゅるるるるるー、混乱してるでおじゃるなあ。そなたはぁー、わらわの部下がタイムマシンで連れてきたのでおじゃるよぉー」

「タイムマシン、そんなものがあるんですか……!?」

「魔力と科学が組み合わされば不可能は無いでおじゃるー」

「……」

 

 百歩譲ってこの男の話を信じよう。

 外の光景は自分の全く知らないものだ。

 こんな町は見た事が無い。60年の間に日本はどうなってしまったのだろう。

 葉巻を吸いながら彼は脂肪を悦びに震わせた。

 

「世界は、クリーチャーによって一度滅んだでおじゃる。今、日本どころか世界の各地では人々が涙ぐましい努力でその日生きる分の日銭を稼ぐのが精一杯……うーん、感動でおじゃるなぁー」

「クリーチャーで滅んだって、どういうことですか!」

「さあ、知らないでおじゃる。でも、こんな状況ではエネルギーも物資も不足するばかり。人は飢えているでおじゃる」

 

 何も説得力を感じられない腹をバックーニョは揺らす。

 

「わらわはぁー、不足するエネルギー問題を解決するために一つの解決策を考えたでおじゃる」

「解決策?」

「無限にエネルギーを作れる炉心。それを機動させるのでおじゃるよ。それには、魔術師(マジシャン)のカードが必要でおじゃる」

「何故。仮にここが未来なら魔術師(マジシャン)のカードもあるはずです。もっとも、簡単に手に入れる事が出来るとは思えませんが」

「100%無理だから、わざわざそなたを連れてきたでおじゃるよぉー」

 

 60年後も変わらず自分がエリアフォースカードを手にしている自信はない。

 それでも、わざわざ過去へ行く理由にはならないはずだ。

 

 

 

魔術師(マジシャン)は、とっくの昔に滅びているでおじゃるよぉー、そなたも一緒に」

 

 

 

 自分と一緒に、という言葉に紫月は寒気がした。 

 反射的に問い返さねば気が済まなかった。

 

「どういう意味ですか」

「文字通りでおじゃる。この時代のそなたは、とっくにそなたは死んでいるのでおじゃるよ!」

「……私が、死ぬ……?」

「そうでおじゃる。あーでも、勿体ない。こんな抱き心地の良さそうなおなごが若くして死ぬなんて」

 

 紫月は何も考えられなかった。

 死ぬ? 自分が? どうして? とぐるぐると頭の中で回り続ける。

 

「そんなのは、ウソです──!」

「信じるか信じないかは個人の自由でおじゃる」

「……!」

「でも、それはそうと、そなた、まっこと抱き心地が良さそうでおじゃるなぁー、わざわざ攫って来た甲斐があったでおじゃる。こんな、副産物が手に入るなんて──!」

 

 紫月は後ずさった。

 バックーニョの視線は嘗め回すようだ。

 獲物を捕らえる前の獣でさえ、舌なめずりはしない。

 

「ああでも、今は時間が無いでおじゃる。そなたは後でたっぷり抱いてやるでおじゃるよぉー、ふーしゅるるるるるるー」

 

 紫月は悲鳴すら漏らさなかった。

 怯えが胸の中に渦巻いていることは分かっていたが、それを見せるのは彼に屈しているようで嫌だった。

 

「今は、わらわと一緒に永遠の繁栄が訪れる瞬間を見届けるでおじゃる──そなたの守護獣も一緒でおじゃるよ」

「……シャークウガが?」

「そうでおじゃる。一緒に来るでおじゃるよ」

 

 抵抗は無意味であることは分かっていた。

 ボディーガードの男達、そしてバックーニョに連れていかれるようにして紫月はエレベーターへ乗せられる。

 この分だとシャークウガはまだ殺されていない。

 あわよくば魔術師(マジシャン)のカードに近付けば、まだ勝機はあるかもしれない。

 そんな期待を紫月は抱いていた。

 ……しばらくしただろうか。

 大分エレベーターを降りたその先に、幾重もの鉄の扉に閉ざされた部屋があった。

 どれもこれもガラの悪そうな男達が廊下で銃を構えている。

 ひりついた空気に眉を顰めながら彼女は開く鉄の扉を潜った。

 

「見るでおじゃるよ。我らが誇る、秘匿ラボ──上のビルはオマケ、本来は此処が本拠点でおじゃる!!」

「っ……何ですか、これ」

 

 ビルの遥か更に地底に建築されたフロアは巨大な研究施設であった。

 ハングドマン商会が自らの研究を隠匿する為に築いた巨大な施設。 

 街の自警団であるレジスタンスでさえ気付くことが出来なかった壮大なる野望の根源。

 そんな事情など紫月に知る由などは無かったが、入り口からでも見える程に巨大なマシーンには声を漏らさざるを得なかった。

 それは強化ガラスに囲われており、何かの機械で今もパーツが取り付けられている。

 彼女は自分の記憶の中から、それに当てはまる異形の姿を探り当てた。

 

 

 

「禁断機関 VV-8……!!」

 

 

 

 水文明の禁断のクリーチャー。

 その名を紫月は勿論知っていた。

 場に出た時に封印が付けられ、それが全て外れればエクストラターンを得る脅威のフィニッシャー。

 そして、背景ストーリーでは時間を組み替える禁断のクリーチャーとして君臨した。

 それが現実のものになっている。

 

「どうしてこんなものが……!」

「魔導司達が太古の大昔に作っていたみたいでおじゃるなぁー。でも、あまりにもヤバすぎるから封印されていたでおじゃる。それを我らがサルベージした」

「こんなもので何をするつもりですか!」

「VV-8が目覚めれば、無限にエネルギーを作ることが出来るでおじゃる! そして、我々がこれを独占し、新しいビジネスを作り上げるでおじゃるよぉー、ふーしゅるるるるるー」

 

 「ああそうだ」とバックーニョは続けた。

 

「あれを見るでおじゃる」

 

 彼は研究室の中央にある水槽を指差した。

 紫月はそこに目をやり、顔が蒼褪めた。

 そこにあったのは──幾つものチューブに繋がれた鮫の魚人。

 

「あれが、シャー……クウ、ガ?」

 

 しかし。

 その身体は既に黒く変質していた。

 全身には機械が取り付けられており、最早原型を留めていなかった。

 

「ああ、これがそなたの守護獣でおじゃるかぁー。今に凶悪な凶鬼に生まれ変わるでおじゃるよぉー。なんせ、わらわのエリアフォースカードで洗脳したでおじゃるからぁー」

「あ、う、ぁ」

 

 何時も陽気に笑っていた鮫の魚人の姿はもうそこには居ない。

 唯純然たる兵器に改造された怪物の目がくっきりと開かれている。

 彼はこれから生まれ変わるのだ。

 悪に堕ちたクリーチャーとして。

 

「ごめん、なさい」

 

 紫月の零した声は誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 シャークウガ。

 私──何も出来なかった。

 

 

 

「さあて。これで、そなたもわらわに屈服する気になったでおじゃるか?」

 

 

 

 醜い声が後ろから近付いてくる。

 背筋が凍る思いだった。

 しかし、それでも答えは決まっていた。

 

 

 

「嫌です」

 

 

 

 いきなり痛みが側頭部を襲った。

 計器に背中が叩きつけられる。

 頭から血が流れている。

 蹴り飛ばされたことを遅れて紫月は理解した。

 

 

 

「お前さぁぁぁ、守護獣もエリアフォースカードも屈服したのにさぁぁぁ、何で俺のモノにならないんだ? ええ?」

 

 

 

 昏倒しかける意識の中、紫月は相手の目を睨み付ける。

 

 

 

「嫌なモノは、嫌です」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 俺は後、何人殺せば良い?

 そんな自問自答を何度しただろう。

 

 

 

「──何で、こんな事になっちまったんだよ──!」

 

 

 

 ある日流れ落ちた流星は三日間、空を駆け巡った。

 そこから無数の異形が降り落ちた。

 ワイルドカードという名の悪意は、人々を瞬く間に覆った。

 それらは次々に人間の身体に憑依していき、そして今までとは桁違いの速度で侵食していった。

 仲間は何処だ?

 あいつらは何処へ居る?

 紫月は──何処だ?

 

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

 

 

 

 ビルの窓を割る程に大きな咆哮が響き渡る。

 空を見上げると、そこには──鯨が辺り一面を覆っていた。

 

「今度はコイツかよ──!」

 

 鯨の化け物はやたらめったらと強かった。

 何から何まで手の内が読まれているようで、まるで紫月と対戦してる時みたいだった。

 空間が崩壊する頃には、俺もボロボロの傷だらけだった。

 おかしいだろ。

 何でこんな事をしなきゃいけないんだ。

 俺は、俺は──後、何人、顔も知らない相手を殺さなきゃいけないんだ。

 デュエマは人殺しの道具じゃなかったはずなのに。

 俺達の戦いは今まで、誰かを助ける為のものだったはずなのに。

 膝を突いた俺は崩れ落ちていく鯨を眺めながら「ああ、でも」と呟いた。

 別れるちょっと前に彼女は言った。

 「罪悪感に苛まれるなら、私も共犯者です」って言ってくれた。

 余計なモン背負わせちまったかな。

 でも、俺は進まなきゃいけない。

 俺は生きてみせる。

 生きて紫月にもう1回会うんだ。

 何が何でも生き残らなきゃ、いけないんだ……!

 

 

 

 ──そうだ。

 

 

 

 ──俺は、もう一度会わなきゃいけない。

 

 

 

 ──紫月に──会わなきゃいけないんだ──!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お爺ちゃん?」

「助け、ないと──!」

 

 嫌な汗が伝っている。

 これは夢? 違う。現実だ。

 アカリが不安な顔で俺を覗き込んでいる。

 どうやら彼女が物陰に避難させてくれたらしい。

 火廣金や花梨が大方片付けてくれたのだろうか。もう、外の兵士はこっちに来なかった。

 

「ずっとうなされてました。大丈夫ですか?」

「もう何とか……夢の内容は酷かったけどな」

「どんな夢でしたか?」

「……」

 

 思い出したくもない。

 クリーチャーになった人々相手に戦うだなんて。

 まさか、これがワイルドカードの氾濫だっていうのか……?

 

「それより、今は紫月を助けるのが先だろ! 禁断の永久機関について何か分かったか!?」

「は、はいっ! あれは……やはり、この街の更に下の下の階層にあるみたいです! でも、そこには何も無いはずだってトリス団長は言ってました。封印された禁断機関だけがそこにある、と」

「……でも奴らは確かに言ったんだ」

「はい。それを伝えたんです。そしたら、禁断の永久機関なるものはある魔導司の一族が造ったものらしいんです」

「マジかよ!」

 

 そして、手が付けられなくなって封印したらしい。

 ロストシティよりもさらに地下の果てに。

 何ともまあ、責任感があるのか無責任なのか。

 そんなものを海戸の近くに埋めないでほしいものだ。

 

「そして、バックーニョの経歴を洗い直してみたのですが……その魔導司の一族の末裔だったようなんです」

「……ビンゴだな」

 

 ハングドマン商会のボスは、自分の一族が造ったものを復活させようとしている。

 

「はい。此処までの材料が揃ってしまうと、ハングドマン商会は地下に研究施設を作っている可能性が高いとのことです」

「……アカリ。タイムダイバーで地下までいけないか?」

「いけます! 潜航状態になれば、そこまで到達出来ます! でも、時間が掛かるかも──」

「……それなら」

 

 俺は皇帝(エンペラー)のカードを見やる。

 

「アカリ。ジョルネードって撃った弾をすり抜けさせることが出来るよな」

「はい。前に宿でやったみたいに、ですかね?」

「ああ。それって、ジョルネードのブロックされない能力に由来するのか?」

「そうだと思いますよ」

 

 あれはあんまり思い出したくないけど……あの時、扉越しに射撃が出来たのはジョルネードの能力によるものだ。

 そしてこれがクリーチャーの能力由来のものならば?

 

「その貫通弾って、もしかして他のクリーチャーにも効果を付与出来たりするか?」

「え?」

「だってよ、《ジョリー・ザ・ジョルネード》の能力は味方のジョーカーズ全員に付与されるだろ」

「ま、待つでありますよマスター、何をするつもりでありますか?」

 

 決まってんだろ。

 

 

 

「超超超可及的速やかに、紫月を助けるんだよ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……嫌に決まってるじゃないですか。貴方のモノだなんて、死んでもごめんです」

「何だと?」

「私も、人一倍欲望は強いですが……他の誰かを傷つける満たし方は、虚しいだけです」

「ほざけよぉ、阿婆擦れがぁぁぁーっ!! 俺のモノにならねえやつは、無理やりにでも俺のモノにしてやるんだよ!! ふーしゅるるるるるぅぅぅー!!」

 

 今までにない凄んだ声色でバックーニョは近付いてくる。

 そして、頬を繋ぎとめていたチャックを彼は思いっきり引っ張った。

 がぱぁ、と裂けた口が露になる。

 そこには無数の牙が生えていた。

 

吊るされた男(ハングドマン)の魔導司は……肉体変化形の魔術が得意でな……()()()()()()()()()()()()()

「……?」

 

 周囲がざわめきだす。

 彼に怯えるようにして。

 鈍重な外見に会わない動きで彼はスーツを、そしてシャツを脱ぎ去る。

 露になった彼の胴体を見て紫月は戦慄した。

 

 

 

「こうやって、()()()()()()()()俺に取り込むことだって、できるんだよ……ふーしゅるるるるるるー」

 

 

 

 そこにあったのは、無数の女の顔だった。

 紫月は再び命の危険を感じ取る。

 

「こうすれば、一生俺と一緒だ……抱くより1000倍も気持ちが良いぜ、ふーしゅるるるるるー!!」

「……貴方は私をモノになんて出来ない。私は貴方を拒絶するから。肉体を手に入れても、心は手に入らないんです」

「ほざけよォ!! お前ら、手ェ出すなよ!! マフィアはナメられたら殺す!! マフィアにナメた口利くやつは殺す!! 例え女でも!! 子供でも!!」

 

 がぱぁっとバックーニョの口が大きく開く。

 嗚呼、此処までか、と紫月は目を瞑った。

 

 

 ──でも──シャークウガ。貴方の分は抵抗したつもりですよ。

 

 無数の牙が彼女を噛み砕かんとしたその時。

 

 

 

「どりゃああああーっ!!」

 

 

 

 何かが、天井をすり抜けて飛んできた。

 巨大な脚がバックーニョを蹴り飛ばし──強化ガラスへ叩きつける。

 紫月は目を見開いた。 

 信じられない思いだった。

 

「……先輩?」

 

 本当に時を超えてやってくるとは思わなかった。

 鋼の巨人、ダンガンテイオー。

 そして、そのハッチが開き、中から手を差し伸べる少年は太陽よりも、星よりもずっと輝かしく、眩しかった。

 

 

 

「悪い、遅くなったな──紫月」

「……本当に、本当に来てくれたんですね──白銀先輩」



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GR50話:禁断の永久機関──天災の侵略者

 ※※※

 

 

 

「白銀先輩なんですよね……!?」

「本当の本当だ。嘘なんてあるもんか! 俺はちゃんと此処にいる!」

 

 結論から言えば、俺の目論見は成功した。

 ダンガンテイオーに貫通弾と同じ能力を付与させ、そのまま地底目掛けて突っ込ませたのだ。

 エリアフォースカードの場所が分からなくとも、巨大な魔力を放つ禁断の永久機関とやらの場所はすぐに分かった。

 すり抜け続けている所為かなかなか減速が出来なかったものの──何か変なものを吹っ飛ばしたような気がするが、着地には成功した。

 そして見つけたのだ。

 気が付いたら、手足が勝手に動いていた。

 ハッチから飛び降りた俺は紫月を抱き寄せる。

 

「先輩……!?」

「悪い。でも、抑えられねえんだ。すっげー探したんだぞ! すっごくすっごく心配して、ずっと不安で、やっと見つけたんだぞ! 怖かっただろ!? すっげー辛かっただろ!? 俺、お前が攫われたのに何にも出来なかった! お前に何かあったらどうしようってずっと──」

「私も──信じられない気分です。確かに先輩は無茶苦茶する人だって知ってますけど」

 

 力無く彼女は微笑む。

 

 

 

「でも、まさか……未来まで追いかけて来るなんて思わないじゃないですか」

 

 

 

 ぎゅう、と彼女も俺を抱き返したのが分かった。

 その瞳には涙が溜まっている。

 

「紫月は平気です。大丈夫、ですから」

「大丈夫なわけねーだろ。こんなに震えてるし怪我してるじゃねえか」

 

 ああ、強がってはいるけど、こんなに彼女は小さくて脆い。

 頭からは血も流れている。

 もう大丈夫だ紫月。お前は──俺が守る。

 

 

 

「きぃーさぁーまぁーらぁぁぁ」

 

 

 

 恨めしい声が聞こえて来る。

 ぶよぶよの肉の塊のような大男が──口の裂けた怪物魔導司がこちらへずし、ずし、と迫って来る。

 

「……よくもぉぉぉ、俺様のモノをぉぉぉ、許さねえ、許さねえええ、殺せぇぇぇ──!!」

 

 研究室に兵士たちが飛び込んできた。

 しかし、彼らはアカリとジョルネードによって抑え込まれる。

 水の弾丸が兵士たちを撃ち、押し流してしまった。

 

「お爺ちゃん、バックーニョを叩いて!」

 

 そんな声が響いて来た。

 当のバックーニョと言えば、憎悪に満ちた表情でこちらへ近づいてくる。

 敵意を剥き出しにした紫月が丸々肥え太った怪物を指差した。

 

「……白銀先輩。あいつ、シャークウガを改造したんです」

「シャークウガを……!?」

「はい。あいつのエリアフォースカードで洗脳してるみたいです」

「……猶更あいつをぶっ飛ばさなきゃいけねえってか!」

「ふーしゅるるるるるー、簡単に行くと思うなよ……機動──VV-8!!」

 

 次の瞬間、ビキビキと音を立てて、バックーニョの背後にある強化ガラスが砕け散る。

 

「いけません、バックーニョ様ーッ! それはまだ、動かしてはいけません!」

「うるせぇぇぇーっ! こいつらは一人残らず食わなきゃ気が済まないでおじゃる……!」

 

 動き出す禁断のクリーチャーは一瞬光ったかと思えばすぐさまバックーニョの手に渡る。

 あいつ、あのカードをデュエルで使うつもりか……!

 部屋に逃げ場はない。

 今の紫月は自分で自分の身を守れない。

 男に二言は無い。俺がこいつを守るんだ!

 

「……紫月、部長命令だ。離れんなよ」

「──はい。白銀先輩」

 

 エリアフォースカードを掲げる。

 無機質な音声が響き渡った。

 

「起動、皇帝(エンペラー)!」

「開け、吊るされた男(ハングドマン)……!」

 

 

 

<Wild……DrawⅣ──EMPEROR!!>

<Wild……DrawⅩⅡ──HANGED MAN!!>

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 俺とバックーニョのデュエル。

 《ヤッタレマン》を召喚した俺に対し、バックーニョも追いつかんとばかりに初動から動き出した。

 

「《悪魔妖精ベラドンナ》召喚! 効果で自爆してマナを増やすでおじゃるー。ふーしゅるるるるるー、ベラドンナたんは可愛いでおじゃるなぁー」

 

 現れたのは包帯が巻かれたぬいぐるみの妖精。

 しかし、その命は儚く一瞬で握り潰されるように爆散する。

 

「なんつーか、人は見かけによらねえっつーけど、お前は例外だよな! 例外中の例外だぜ! 俺は3マナで《てんたいかんそ君》を召喚だ!」

「先輩、何時の間に自然のジョーカーズを?」

「此処に辿り着くまで本当に色々あったんだよ……」

 

 山札の上から3枚を見る。

 その中にあったカードは《スロットン》、《ジョラゴン》、《バイナラドア》。

 《スロットン》をマナに、《ジョラゴン》を山札の上にセットし、《バイナラドア》を山札の一番下へ送る。

 これでターンエンド。

 次のターンには《ジョット・ガン・ジョラゴン》が現れるのだ。

 

「ふーしゅるるるるー、何をしてくるのか知らないでおじゃるが、そのコスト軽減カードは聊か邪魔でおじゃるなぁー」

「あん?」

「4マナで、《虹速 ザ・ヴェルデ》を召喚でおじゃる」

 

 現れたのは緑色のソニック・コマンド。

 バイクに跨ったロボットクリーチャーだ。

 だけど、あんなクリーチャー見た事ねえぞ!?

 

「紫月、あのカード知ってるか!?」

「私も初めて見ました……! でも白銀先輩、気を付けて。仮にもバイクならば、すぐに殴ってくるはずです」

「自然単色のソニック・コマンドでありますが、何に侵略するんでありましょうな?」

 

 正直、《ゲリランチャー》でもまあまあ面倒だぞ。

 

「《ヴェルデ》はマッハファイター! 《ヤッタレマン》を攻撃するとき、侵略発動でおじゃる」

 

 流石紫月、勘が鋭い。

 ブンブンと音を言わせながら突っ込んで来る《ヴェルデ》。

 しかしその時、その緑色の機体が一瞬で漆黒に塗り替えられた。

 

 

 

「侵略開始! 《S級不死(ゾンビ) デッドゾーン》でおじゃる!」

 

 

 

 はぁ!? ちょっと待て、あいつ如何にも自然のクリーチャーって感じだったじゃねえか! 

 出てきたのは闇のコマンドから侵略する《デッドゾーン》。

 その腕のアームで、《かんそ君》も引きずり回し、《ヤッタレマン》共々破壊してしまった。

 

「ウッソだろ……!? 何で自然の《ヴェルデ》が闇の《デッドゾーン》に侵略できるんだ……!?」

「ふーしゅるるるるるー、甘い、甘いでおじゃる。《ヴェルデ》は場と墓地に居る時、全ての文明を得るのでおじゃるよぉー」

 

 それじゃあ実質、全ての侵略者に侵略できるってことじゃねえか!

 しかも場は一掃されて、次のターンに《ジョラゴン》は出せねえし……!

 

「俺のターン、4マナで《バンオ・クロック》を召喚! 効果でGR召喚だ!」

「じーあーる、召喚?」

「ああ、紫月は知らないんだっけか。これが、2079年の……未来のデュエルだ!」

「ずるい! 私の知らない間に何を習得してるんですか!」

「そんな事言われても!」

 

 バトルゾーンに現れたのは《サザン・エー》。

 マナドライブ効果で自身を自爆させ、カードを2枚ドローするのだ。

 

「更にターンの終わりに、《バンオ・クロック》はマナゾーンへ行く。ターンエンドだ」

「ふーしゅるるるるー、マッハファイターの的が嫌だから場にクリーチャーを出さないつもりでおじゃるな? まあでももう遅いでおじゃる」

「あんだと?」

「我は3マナで、《天災(ディザスター) デドダム》を召喚でおじゃる」

 

 現れたのは黒、緑、そして青。

 この3色のパーツに覆われた機体。

 その身体に純白の鎧が重ね合わされていく。

 

「《デドダム》の効果で、山札の上から3枚を見るでおじゃる。その中から1枚をマナ、1枚を墓地、1枚を手札に加えるでおじゃる!」

「な、何ですかその化物は……!」

「いっぺんに手札とマナと墓地を増やしやがった!? しかもそいつ、コマンドなのかよ!」

「更に2マナで《ベラドンナ》たんを召喚でおじゃる! 即自爆して、今度は手札を破壊するでおじゃるーっ!」

 

 再び弾け飛んだ妖精は、今度は幽霊の手となって俺の手札を叩き落とす。

 自然と闇の2色ってだけあって、《ジャスミン》と《特攻人形ジェニー》の合いの子かよ!

 しかも落ちたカードは《ソーナンデス》。

 これじゃあマッハファイターも使えねえし……!

 

「さあて、本当なら一気にシールドを叩き割りたい所でおじゃるが、前にレジスタンスの《ジョルネード》にはトリガーからのカウンターで散々手痛い目に遇わされたでおじゃるからなぁー、ターンエンドでおじゃる」

「先輩。あいつきっと、次のターンで仕掛けてきますよ」

「……そうだなあ。どうすっか」

「後悔させてやりましょう。出し惜しみしたのを」

「……そうだな!」

 

 此処でやる事は一つ。

 あのデカブツをさっさと処理する事だ!

 

「俺は3マナで《7777777(セブンスセブン)》を唱える! 効果で相手は山札の上から3枚を表向きにする!」

「なっ……!?」

「そして、コストが同じクリーチャーを全て山札の下に送るんだ!」

 

 表向きになったカードは3枚。

 《機術士ディール》、《テック団の波壊Go!》、そして《奇天烈シャッフ》だ。

 選ぶのは当然コスト6の《ディール》だ!

 

「選んだコストと同じクリーチャーの《デッドゾーン》を山札の一番下に!」

「っ……わ、わらわの切札が……!」

「へっ、怖気づいて殴らないからこうなるんだぜ! 更に3マナで《ウォッシャ幾三》も召喚! 効果で、《全能ゼンノー》を場に出す!」

 

 これでターンエンド。

 次のターン、確実に《ジョラゴン》が出せるところまで持っていったぞ!

 

 

 

 

「──なーんてね、でおじゃる、ふーしゅるるるるるー」

「あ?」

 

 

 

 にたぁー、と笑みを浮かべるバックーニョ。

 彼は6枚のマナをタップする。

 次の瞬間、ガコン、ガコンと機械の機動音が聞えて来る──

 

「6マナ払って召喚。これがわらわの真打でおじゃる」

 

 現れたのは巨大なマシーン。

 初期のコンピューターのような箱に鍵が付いている。

 

「《禁断機関 VV-8》召喚──こいつは場に出た時、山札の上から6枚を見て、その中から3枚のカードで封印し、残りを手札に加えるでおじゃる!」

「で、出て来やがった……!」

「でも、幾ら《VV-8》でもこのターン中に封印を全て外せるのでしょうか?」

「分かってないでおじゃるなぁー、《デドダム》で攻撃するとき、効果発動」

 

 獣の爪、宇宙の装甲、そして不死身の身体。

 その三つを併せ持つ機体が飛び掛かって来る。

 その身体は墓地、マナゾーン、そして手札から──次々に飛んで来る巨大なパーツによって、更に大きくなっていった。

 

「先ず、手札から《超奇天烈 ギャブル》に侵略──そして、SSS(トリプルエス)級侵略[天災(ディザスター)]発動! さあ、来るでおじゃるよ! 最強にして最凶! 天才にして天災の不死身の切札がァーッ!」

 

 刻まれるのは侵略者の紋章。

 そして──アルカナの17番、吊るされた男(ハングドマン)の数字。

 

 

 

天災(ディザスター)、ローディング>

「三位一災、《SSS(トリプルエス)天災(ディザスター) デッドダムド》──侵略開始!!」



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GR51話:禁断の永久機関──災厄到来

 無重力、原始、そして不死。

 それは三つの力を併せ持った怪物だ。

 今、こいつマナと墓地から飛んで来たよな──気の所為だよな!?

 

「《デッドダムド》は手札、マナ、墓地、そしてバトルゾーンの何処からでも侵略できるでおじゃるよ! わらわは、墓地から1枚、マナから1枚を侵略したでおじゃる!」

「S級侵略全部混ぜっこぜじゃねえか! どっから侵略できるってことは、除去してもまた飛んで来るってことか!?」

「《デッドダムド》が場に出た時の能力で、相手のクリーチャーを破壊、手札に戻す、マナ送り、どれを選べるでおじゃる。《デッドダムド》を2回出したから、2回破壊効果を使うでおじゃる!」

 

 ふわり、と宙に浮かび上がった《デッドダムド》。

 そこから一気に急降下し──《ウォッシャ幾三》と《全能ゼンノー》を引きずりまわし、破砕してしまう。

 

「……そしてぇ、《ギャブル》の効果で相手の山札の上から6枚を表向きにして、その中から呪文を唱えるでおじゃる!」

「なぁっ!?」

「さあて、どーれーにーしーよーうーかーなぁぁぁん」

 

 表向きになった6枚。

 その中から呪文が放たれる。

 

「呪文、《マン・オブ・すて~る》でGR召喚でおじゃる! 効果で《カット丙-二式》を出して、手札を見てカードを捨てさせるでおじゃる!」

「しまっ──」

「おやぁ? 何だかよく分からないカードがあるでおじゃるなあ。《ジョット・ガン・ジョラゴン》? 面倒な予感しかしないから捨てさせるでおじゃる!」

 

 しまった。

 これで次の手は完全に閉ざされた。

 よりによって、此処で《ジョラゴン》を失うなんて──!

 

「そして水のコマンド3体が場に出たので封印が全て外れるでおじゃる!」

 

 巨大な箱型コンピューターに鍵が差し込まれ、ねじ込まれた。

 箱はバラバラに砕け散り──それらがパーツとなって組み替えられていく。

 

 

 

「《禁断機関VV-8》──禁断機動!」

 

 

 

 目覚めた機械の怪物は、まるで生き物のように叫びを上げた。

 両腕の先に付いていた車輪は巨大な手と化し、口が裂けていく。

 機械から生き物へ、生まれ変わっているようだ。

 

「エクストラターンを、取られた……!」

「もう1回、あいつのターンが来る……!」

「《デッドダムド》でシールドをW・ブレイクでおじゃる!」

 

 砕かれるシールド。

 マズい。このままだと──防ぎきれない!

 《VV-8》はパワー12345のT・ブレイカー。

 次のターンに俺のシールドを全て割るのは不可能じゃない!

 

「わらわのターン! 念には念を押すでおじゃるよ! 5マナで《Dの博才 サイバー・ダイスベガス》を展開! そして、《VV-8》でシールドをT・ブレイクでおじゃる!」

 

 巨大な手が俺のシールドに触れた途端、一気に黄色のラインが迸り、全て砕いてしまった。

 思わず俺は紫月を抱きしめて破片から彼女を庇う。

 

「っ……シールドゼロ……!」

「白銀先輩……!」

「……紫月。そんな不安な顔すんなよ」

「不安だなんて」

 

 彼女は俺の袖を握り締めると言った。

 

「私は、先輩を最初から信じてます。私の事は気にせず、カードを引いてください」

「紫月……でも──」

「だって先輩は、逆境になればなるほど強い人じゃないですか。だから──負けないで」

 

 ああ、励ますつもりが──俺の方が逆に勇気づけられてしまった。

 そういうところだぜ紫月。結局、助けたつもりがいっつも俺の方が助けられてしまってる。

 ……そうだな。こんな所で、カッコ悪い所見せられねえよ!

 

「S・トリガー、呪文《りんご娘はさんにんっ娘》を唱える! 効果でツインパクトの上面、《スゴ腕プロジューサー》を場に出す!」

「はぁーっ!?」

 

 現れたのはジューサーミキサーのようなクリーチャー。

 その蓋を開けると、中からクリーチャーが更に飛び出して来る。

 

「《ジューサー》が場に出た時、GR召喚する。来るのは、《パッパラパーリ騎士》だ! マナに《ジョラゴン》を置く!」

「残念だったでおじゃるなぁーっ! 《デッドダムド》で攻撃するとき、墓地から《デッドダムド》に再侵略するでおじゃる! さっき封印から落ちていて良かったでおじゃる! ふーしゅるるるるるー」

 

 ふわふわと浮かび上がる《ジューサー》。

 それを巨大な鉄拳が撃ち砕いてしまった。 

 これでブロッカーは居ない。ダイレクトアタックが通ってしまう──

 

「《ジューサー》の効果発動! 場を離れた時もGR召喚だ! 《バツトラの父》、来い!」

「っ!?」

 

 すんでの所でその攻撃は《バツトラ》によって防がれた。

 デッドダムドの拳は通らない。

 何とか──防げた。

 

「っ……マジで紙一重じゃねえか……!」

「チィッ、ターンエンドでおじゃる。折角エクストラターンを取ったのに勝てないなんて……何処までもしぶといなァ、テメェはァッ!! さっさとそいつを寄越せ!」

「それはこっちの科白だ! 紫月はお前には渡さねえ。どんな目的に使うのか知らねえけど」

「目的ィ!? 違うなぁーっ! そんな上玉、抱かねえと気が済まねえんだよ! ふーしゅるるるるるー、わらわはぁーっ、欲しいと思ったものはこの手で手に入れなきゃ気が済まねえんでおじゃるよぉーっ!!」

「……抱く?」

「そうでおじゃる! 金も欲しい! 名誉も欲しい! エネルギーもエリアフォースカードも全部欲しい! でも──勿論、カワイイ女の子も欲しいでおじゃる!」

 

 ぶくぶく、と音を立ててバックーニョの腹に顔が浮かび上がる。

 紫月が蒼褪めて俺に縋って来た。

 待てよ。なんだアレ──全部、女の顔じゃねえか。

 

「……何度見ても、気色が悪いですね」

「わらわのものにならないならぁぁぁー、こうやってぇぇぇ、食って一生一緒になるでおじゃるよぉ!! ふーしゅるるるるるー!!」

 

 コイツ。

 こいつは本当に、救いようがない。

 欲しいモノのためなら、手段を択ばないどころじゃない。

 手に入らないものを無理矢理食って貪るケダモノじゃねえか。

 

 

 

「うちの部員に、仲間に手ェ出すな、外道ッ!!」

 

 

 

 6枚のマナを捻り出す。

 必要悪とか、そんなレベルじゃない。

 こいつは怪物だ。

 欲望のままに全て食いつくす怪物だ。

 

「《ソーナンデス》召喚! マッハファイターだ、《デッドダムド》を殴れ!」

「ふしゅっ!?」

「紫月の相棒も、エリアフォースカードも返して貰うぞ。人のモンに勝手に手ェ出すな──(ジョーカーズ)チェンジ!」

 

 《ソーナンデス》がマナゾーンに居るマスター・ドラゴンと入れ替わる。

 来た。ここからが──本番だ!

 

「《ジョット・ガン・ジョラゴン》、装填完了!」

「おのれ、折角手札から落としたのに、もう沸いて出てきたでおじゃるかぁぁぁ!」

「《ソーナンデス》の効果発動! 手札からカードを捨てれば、マナからカードを回収出来る。効果で《ジョリー・ザ・ジョルネード》を捨てて《キング・ザ・スロットン7》を回収!」

 

 そして、ジョーカーズを手札から捨てたから──ジョラゴン・ビッグ1が発動する!

 

「《ジョルネード》の場に出た時の効果で3回GR召喚だ!」

<《ジョルネード》、ローディング>

 

 飛び出す3体のGRクリーチャー。

 《ゴッド・ガヨンダム》、《The・ジョラゴン・ガンマスター》、《マシンガントーク》だ。

 

「《ガヨンダム》の効果で《スロットン》を捨てて、《スロットン》の効果発動! 3枚捲って、その中から《オラマッハ・ザ・ジョニー》をバトルゾーンに出す!」

「ぐ、ぐぬぬっ……!!」

 

 現れたのは自然の《ジョニー》。

 これで追撃の準備も整った。

 最早負ける気はしない。

 

「更に《ジョラゴン》は《マシンガントーク》の効果でアンタップだ! 《デッドダムド》をバトルで破壊!」

 

 天井から降り注ぐ無数の弾丸。

 その前では重力を操る無敵の侵略者も逃れられはしない。

 そのまま蜂の巣となり、粉砕されてしまう。

 

「更に、《ジョラゴン》で攻撃──するとき、カードを1枚引いて1枚捨てる!」

「ま、まさか、今度は何を──」

「捨てるのは《アイアン・マンハッタン》! 相手のシールドを2枚選んで、残りを全てブレイクだ!」

 

 砕け散るバックーニョのシールド。

 しかし、悪夢はまだ終わらない。  

 そこからS・トリガーが放たれる。

 

「S・トリガー、《テック団の波壊Go》! 効果で《オラマッハ》を破壊──」

「させねえよ! 手札から《キング・ザ・スロットン》を捨てて、呪文を打ち消す!」

 

 撃ち放たれた弾丸は、一瞬で降りかかる波飛沫さえも打ち消してしまった。

 更に、《ジョラゴン》が居るのでコイツの効果は更に連鎖する!

 

「《スロットン》の効果で、《メイプル超もみ人》を場に出す! そして、《ジョラゴン》で残るシールドもブレイクだ!」

「ぐぬっ……! 《ダイスベガス》のDスイッチ発動でおじゃる!」

 

 一気に反転する賭博場のフィールド。

 それにより、バックーニョの手札から呪文が放たれた。

 

「《超次元ガロウズ・ホール》! 《オラマッハ・ザ・ジョニー》をバウンスするでおじゃる!」

「それは《りんご娘はさんにんっ娘》を捨てて防ぐ!」

「ぐ、ぐ、ぐぬう、な、何でわらわの防御札がぁぁぁ通らねえんだよォォォーッ!!」

 

 残るシールドも全て吹き飛ばす。

 これで終わりかと思われたが──

 

「S・トリガー、《波壊Go!》で《オラマッハ・ザ・ジョニー》を破壊でおじゃる!」

「っ!」

 

 もう、コスト7のカードは無い。

 だから止められなかった。

 弾切れだ。だけど──

 

「《The・ジョラゴン・ガンマスター》は場とマナにジョーカーズが5枚以上あれば、場に出てすぐ攻撃出来る!」

「っ……!」

 

 まだ、銃はもう一本残ってんだよ!

 降りかかる弾丸が、バックーニョを撃ち貫いた──!

 

 

 

「《The・ジョラゴン・ガンマスター》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こ、んなぁ、馬鹿なことがぁぁぁ……」

 

 

 

 地面に這いつくばるバックーニョは、最早動ける様子ではない。

 今回は相手が魔導司なのもあって手加減は無しだ。

 それでも正直、まだ動けるのは恐ろしい生命力としか言いようがないが。

 

「……あっ、魔術師(マジシャン)のカード……」

 

 バックーニョのデッキケースから魔術師(マジシャン)が飛び出して紫月の手元に戻った。

 ずっとVV-8の中に内臓されていたのだろう。彼を倒したことでこのカードも解放されたんだな。

 

「……あれ?」

 

 その時だった。

 徐々に魔術師(マジシャン)のカードの色が失われていく。

 そして、また白紙に戻ってしまった。

 紫月が不安そうな顔をして、ある水槽を見やったその時。

 

 

 

「ウウウウ……ギャアアアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

 硝子の割れる音。

 中からはいずり出て来る鮫の魚人。

 その目に最早理性は宿っていなかった。

 

「おい、待てよ。これってまさか」

「はい。シャークウガです……!」

 

 全身が機械に改造されたシャークウガは、バックーニョに近付いていく。

 恐ろしい魔力を放っており、こちらからは近付けない。

 

「ヒッ、ま、待て、来るな、来るなァァァァァーッ!? 何で、何で言う事を聞かないんだぁぁぁーっ!?」

 

 刹那。

 閃光がその場に迸る。

 俺達は目を瞑った。

 次の瞬間、絶叫が響き渡る。

 そして、それが聞こえなくなった時、ようやく目を開けた。

 

「……嘘だろ」

 

 ──その場に残っていたのはシャークウガと吊るされた男(ハングドマン)と思しきカード。

 

「ヒッ──」

 

 思わず紫月の目を手で覆う。

 その傍に横たわっていたのは黒く焦げた骨だった。

 あれだけ脂肪に覆われてたのに、焼かれるとたったのアレだけになっちまうのか。

 って感心してる場合じゃない。

 シャークウガに、何が起こってるんだ!?

 

「どうなってんだよチョートッQ!?」

「エリアフォースカードから完全に切り離されて改造されたでありますな……! シャークウガの中には今、別のカードが埋め込まれているでありますよ!」

「それってもしかして、吊るされた男(ハングドマン)死神(デス)とも違う、新しく持ち込まれたカードって奴か!?」

 

 そ、そんな──

 

「シャークウガ! 聞こえないんですか! 私です! 私が分からないんですか!」

「ウウウウウ……? アアアア……!!」

 

 次の瞬間、シャークウガが呻き声を上げて手を掲げる。

 その場に熱閃が幾つも放たれ、計器を破壊していく。

 駄目だ紫月。

 あいつ、敵と味方の区別も付いていない!

 

「ウウウアアアアアアアアーッ!!」

 

 そのまま彼はどろり、と液状になると天井に向かって姿を消してしまった。

 ど、何処へ向かおうとしてるんだあいつ……!?

 

「お爺ちゃん、逃げて! 今の攻撃で此処、崩れます!」

「シャークウガ……シャークウガが……!」

「紫月! 絶対に俺があいつを助ける! 今は逃げるんだ!」

「っ……!」

 

 俺は彼女の手を強く引っ張る。

 そして、ダンガンテイオーに飛び乗り──再び地上へ戻ることに何とか成功したのだった。

 しかし。シャークウガの居場所は掴めないままだ。

 そしてこの時は気付かなかった。

 何時も通りの発破のつもりで掛けたこの言葉が、更に不測の事態を起こす呪いになるだなんて──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──ロストシティ第三階層。

 花梨と火廣金は一旦落ち合っていた。

 一通り街をうろついているごろつき達は片付け、残るは紫月を救出しに行った耀達の帰還を待つのみだ。

 

「……心配だね、火廣金。紫月ちゃん、助かれば良いけど」

「……君は部長の方を心配しているんじゃないか?」

「はぁ? どういう意味」

「事ある毎に君は部長を気に掛けているだろう。今回もそうじゃないか?」

「ひっどい! 紫月ちゃんの事だって心配だよ!」

 

 どうだか、と火廣金は返す。

 かなり意地悪な問いかけだったには違いない。

 彼女が真意に気付いているかはさておき。

 そして──そんな質問をした自分に、また嫌悪感を感じてしまうのだった。

 

(……何やってるんだ俺は)

「ねえ、火廣金。アレなんだろ?」

 

 指差された方を向いた火廣金は目を見開いた。

 それは、確かに高速でこちらへ向かってくる。

 耀達がダンガンテイオーに乗って帰って来たのだろうか?

 いや──違う。 

 

 

 

「クリーチャー──!?」

 

 

 

 それは黒い太陽のようだった。

 そして今度は、黒い雨が街に降り注ぐ。

 次々にそれは建物を地面を撃ち抜き、穿ち、そして破壊していく。

 黒い大玉を掲げているのは──鮫の魚人だ。

 

「なっ……!?」

「きゃあああ!?」

 

 当然、火廣金も花梨もタダでは済まない。

 ”轟轟轟”ブランドを繰り出して応戦しようとした火廣金だったが──それもすぐ掻き消されてしまう。

 これは──エネルギー弾だ。

 細く小いが、闇のエネルギーを秘めた銃弾だ。 

 建物さえも破壊する貫通力と殺傷力で、容赦なく彼の身体に穴を開けていく──

 

 

 

 ──しばらくしただろうか。

 

 

 

 辛うじて障壁を駆使し、致命傷を逃れた火廣金だったが──

 

 

 

「っ……刀堂花梨!!」

 

 

 

 ──目の前には、花梨が赤い水たまりの上に横たわっていた。



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GR52話:魔術師(マジシャン)の悲劇

「──結論から言おうか。シャークウガは街を破壊しながら、現在も逃走中だ」

  

 レジスタンス本拠点に何とか退避した俺達は、逃亡したシャークウガの行方を管制室でトリスに知らされて絶句した。

 改造は最早理性を完全に破壊してしまったのだろうか。

 街の被害は尋常ではないらしく、彼の放った雨のようなエネルギー弾が物的のみならず建物を貫通して人的被害も大量に出しているのだという。

 

「こんな事になるなんて……」

 

 紫月を別の部屋で休ませておいて正解だった。

 こんな事、あいつが聞いたらショッキングで耐えられないだろう。

 最も彼女は賢い。もう、大体察しているかもしれないが……。

 

「お爺ちゃん。どうやってシャークウガを助け出すつもりですか」

「そ、それは……いつも通り、デュエルで倒せば……」

 

 

 

「そんな事が出来ると思ってるのか」

 

 

 

 俺とアカリ、そして

 ぜぇぜぇ、と息も絶え絶えに現れたのは──全身に包帯を巻いた火廣金だった。

 

「火廣金!? どうしたんだよ、その傷!」

「俺は良い。だが、シャークウガの攻撃を喰らった刀堂花梨が瀕死の重態だ」

 

 俺の背中に──嫌な汗が伝った。

 

「っ……花梨が!? 花梨は今何処にいるんだ!?」

 

 火廣金は質問には答えなかった。

 何処か憎悪に満ちた表情で火廣金はにじり寄って来る。

 そして──いきなり俺の胸倉を掴んだ。

 

「アレは最早、守護獣ではない……ただのケダモノだ。見境なく敵味方問わず破壊する殺戮マシーンだ。既に住民にも、街にも大きな被害が出ている、それでも尚、奴を()()()と言うのか!?」

「火廣金……お前、何が言いてえんだよ」

「シャークウガはもう助からない。守護獣とエリアフォースカードのリンクが断ち切られて、奴は完全に別のクリーチャーへと改造されている」

「……何が言いてえんだよ!」

「シャークウガは処分する」

 

 待てよ。

 それとこれとはまた、別問題だろ!?

 背筋に嫌な汗がまた伝った。

 

「ざっけんな! 誰一人欠けるのを望まないって言ったのはお前だろうが、火廣金!」

「そうでありますよ! 我は大反対であります!」

 

 チョートッQも飛び出してきて反対する。

 そりゃそうだ。何でまたそんな短絡的な──!

 

「部長。君は直接見ていないかもしれないが、あれはもう街に出てきた野生のクマ同然だ。()()()()が殺すのを見送らせた所為で、街の人に被害が出てからでは遅いだろう?」

「そ、それは──でも、あいつを野生動物と一緒にするんじゃねえ!」

「同じだ! もう何もかもが遅い! 死傷者が出てるんだぞ! だから、これ以上被害を出す前に……俺が終わらせる」

「そんな事は我がさせないでありますよ!」

「ならば力づくで黙らせる」

 

 本気だ。

 火廣金は本気でシャークウガを殺すつもりなんだ。

 

「……待て、待ってくれないか、火廣金。そう簡単に割り切れる問題じゃないだろ!?」

「部長よ。君は刀堂花梨が大事じゃないのか? 君は……幼馴染だろうが。傷つけられて何とも思わないのか?」

「それは──」

 

 何とも思わない訳無いだろ。

 今だって心配で、すぐに駆け付けたいくらいだ。

 

「何故言い淀む? 何故素直に頷けない?」

 

 怪我をしているとは思えないくらい強い力で火廣金は俺を引き上げた。

 

「君の甘さで、次は他の誰かが傷つくんだぞ! 君の甘さが君の大事な仲間を殺すんだぞ! 何故分からないんだ君は!」

 

 答えられなかった。

 シャークウガも、花梨も、どっちかを天秤にかけるなんて出来ない。

 皇帝(エンペラー)のカードを通じて聞こえてきたもう1つの声。あれはきっとシャークウガのものだ。

 あいつは今も──苦しんでいる!!

 

「何とも思ってない訳無いだろ」

「なら──」

「だけど、それはシャークウガも同じだ! シャークウガは紫月の守護獣ってだけじゃない、今まで俺達と一緒に戦ってくれた仲間なんだぞ! お前こそ何とも思わないのか!?」

 

 

 

 

「ぉらっ、そこまでにしろ、馬鹿共!」

 

 

 

 カコン、カコン!!

 

 杖が俺達の頭を小突いた。

 

「今はそんな不毛な事で言い争ってる場合じゃないだろーが」

「トリス……しかし」

「お前もその身体で勝てると思ってるのか? 火廣金、その程度の傷は寝てれば治るだろ。……おいお前ら、連れて行け」

「ちょっと待てトリス、俺の話を──」

 

 レジスタンスの隊員2人が彼の両脇を掴み、管制室から引きずり出していった。

 流石の火廣金も今の状態では抵抗できないのだろう。

 それにしても……あいつ、あの体でどうやって此処まで来たんだよ。

 

「あいつの身体、大丈夫なのか?」

「魔法使いの自然治癒力は人間より断然速いから問題ないな」

「そうか……」

「んでもって、刀堂花梨は付近の病院で治療を受けている。対魔法設備が整っているから、シャークウガの無差別破壊は受け付けないだろう」

「……無事なら良いんだが……」

「問題は、シャークウガ自体の処遇だ。助けるとなると、唯殺すよりも時間や手間が掛かる案件なのは確かだ。火廣金はそれで被害が拡大するのを恐れている……表向きはな」

 

 きっと、それだけじゃない。あいつは花梨が傷つけられてかなり怒っているんだ。

 ガラにも無く火廣金はかなり熱くなっていた。 

 そして、タチの悪い事にアイツの考えはかなり合理的だ。

 元に戻せる見込みが無く、これ以上被害を抑えたいならば──シャークウガを殺すのが手っ取り早い。

 

 

 

「そんなの絶対ダメだ!!」

 

 

 

 分かってないな、火廣金のやつ!

 それじゃあどうしてこの時代にやってきたのか分からない!

 紫月を助けて、シャークウガも助けなきゃ……意味が無いじゃないか!

 

「……お爺ちゃん、どうするんですか」

「……俺のやる事はそれでも決まっている」

「無駄に被害を拡大させるのに終わるかもしれないんだぞ。お前の仲間が流れ弾でまた傷つくかもしれない。もしかしたら──死ぬかもな」

「やってみなきゃ分からない。どっちみちシャークウガに挑む事になるのは変わらないんだからな」

「頑固だなお前も……」

「約束したからな。紫月と」

「……約束、か」

 

 そうだ。

 交わしてしまったんだから仕方が無い。

 あの時、紫月と──シャークウガを絶対に助けるって言ってしまったんだから。

 

「状況から見れば、あたしはあの鮫をさっさと処分するべきだと思う」

「うっ……お前までそんな事を」

「だけどな、それは大局的、マクロな視点で見た場合の話だ」

 

 トリスは俺を杖で指す。

 危ないからやめろよマジで。

 

「……白銀耀。少なくとも……お前は仲間殺しをするべきじゃないし、させるべきじゃない」

「……何故俺にはそう言うんだ?」

「知りたがってたよな。何で魔術師(マジシャン)のカードがロストしたのかを。ワイルドカードの氾濫の時、お前達に……そしてあたし達に何があったのかを」

「え?」

「つっても、殆ど未来のお前からの伝聞でしかないんだが……」

「……知りたい。教えてくれ。紫月に何があったんだ?」

「団長、あたしも知りたいです」

「……覚悟して聞けよ」

 

 目を瞑ったトリスは椅子に座り込む。

 そして、唸るように語り出した。

 

「空に三日間、消えない彗星が掛かった。その間に……地球上の人口は、10分の1にまで減少した」

「……たったの三日間で」

「大惨事も良い所だ。空からは大量のクリーチャーが降り注ぎ、人々を蹂躙、ないし憑依して一人、また一人とクリーチャーにしていったんだからな」

 

 空に掛かった消えない彗星……宇宙からクリーチャーが降って来たっていうのか?

 でも、ワイルドカードは模造品。本物のクリーチャーじゃないみたいだし……。

 

「鍵を握っていたのは世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカード。最強最大のカードを求めて、お前達は散り散りになった。一方、暗野紫月は──鶺鴒に残って街を守り続けた」

「えっ!? ま、待てよ! 何で紫月がそんな事を……!?」

「何でって……あいつが一番戦い慣れてるからだ」

「戦い慣れてる……?」

「そうだ。一番最初にエリアフォースカードを手にしたあいつが一番経験も積んでて強かったからな」

「……それはおかしい。ちょっとおかしいぞ。だって、最初にエリアフォースカードを手に入れたのは俺だ」

「えっ!?」

 

 アカリも、そしてトリスも目を見開き、顔を見合わせた。

 二人が言っている話は……まるで、俺が此処最近立て続けに見ている夢の話みたいだ。

 

「……何故だ? 何故エリアフォースカードを手にする順番が違ってるんだ?」

「私は凡そ、その認識だったと思うんですが」

「でもおかしいぞ。時間Gメンの歴史改変なら、特異点である白銀耀は受け付けないはずだ」

 

 分からない。

 どうして今になってこんな事が起こってるんだ?

 この時代のトリス達が知っている歴史と、俺の知っている歴史が食い違っている……?

 

「仮に歴史が改変されたのなら、その余波がこの時代に来ていないのは……まだ改変の影響が出ていないからだと思いますが」

「この件は保留だ! こんな所でイレギュラーが出て来るなんて」

「なあ、トリス。先にワイルドカードの氾濫の時、何があったか教えてくれないか?」

「……そうだな。それで、何処まで話したっけか……クソ、この脳もいい加減にボケてきやがった」

「紫月さんが鶺鴒を守ってるところまででしたよね?」

「ああ、そうだ。それで、鶺鴒の街にクリーチャーの群れが大挙してるって聞いて、お前は急いで鶺鴒に戻ったんだ」

 

 歴史は変わっていても此処は変わらない。 

 もし紫月が窮地に陥ってるなら……俺は助けに行こうとするだろう。

 

「だが、既に鶺鴒は巨大な鯨のクリーチャー……あのサイズは恐らく《インテリエイル》だろうな。そいつに占拠されていた」

「街はクリーチャーだらけだった?」

「ほぼ全滅と言っていい。生き残りは既に退去していた。そんなことは知らず、お前は街の中で暗野紫月を助けに行った」

「……そりゃそうだ。俺ならきっとそうする」

「そして、何で生き残りが街を放棄しなければいけなかったのかを考えてられないくらい、頭が回って無かったんだろうな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「オオオオオオオオオン」

 

 

 

 鯨は断末魔の叫びと共に崩壊していく。

 今までのワイルドカードもそうだった。

 悲痛な叫びをあげて消えていった。

 クリーチャーになった人は、元に戻らない。

 この手で介錯するしかない。

 それほどまでに今回の侵食はあまりにも速過ぎる。

 以前、翠月さんがプチョヘンザに変貌した時でさえ助かったのに……!

 

「ああ、くそ」

 

 無力感に苛まれながら俺は呟いた。

 助けたい。助けたいに決まってるだろ。

 だけど、この手は殺すばかりで誰一人助けられない。

 俺は、後何人、顔も分からない人を殺せば良いんだよ……!

 俺は何か嫌な予感がして、怪物の落ちた場所へ駆け寄った。

 強い魔力を感じ取ったのだ。

 何だろう。エリアフォースカードでも取り込んでいたのだろうか。

 直感のままに駆け寄る。

 そこには──案の定、魔力を帯びたタロットカードが落ちていた。

 それを取り上げた時。

 俺はそれを取り落とし、再び拾い上げた。

 

「嘘だろ、Ⅰ番──」

 

 刻まれた文字を一つ一つ、睨み付ける。

 

 M

 

 A

 

 G

 

 I

 

 C

 

 I

 

 A

 

 N

 

 そんな事が、あるはずがない。

 

 

 

「し、づ、く……?」

 

 

 

 エリアフォースカードを手に取った時。

 俺はようやく自分のしでかしたことに気付いた。

 視線の遠く先には──後輩が横たわっていた。

 走って、走って、走って。

 彼女の身体を抱き上げる。

 酷く、彼女の身体は冷えていた。そして、今までにないくらい重さを感じられなかった。

 だらんとぶら下がる手足。

 傷だらけの肢体──

 

「なあ、返事してくれよ、紫月」

 

 だって、こんな事あるか?

 お前、あんなに元気だったんだぜ。

 寝てばっかだったけど、起きてる時は色々ブランとやらかしてくれたよな。

 俺もお前に大分振り回されたよ。

 あーいやこう言うしさ。

 何で、ずっと黙ってんだよ?

 

「なあ、目を覚ませよ紫月」

 

 仏頂面のくせに、怒ってる時も悲しんでる時も分かりやすいよな、お前。

 そんでもって、恥ずかしがってる時も分かりやすかった。

 お前に思いを伝えたあの時も、そうだった。

 お前、顔を真っ赤にして「考えさせてください!」なんて普段なら上げない声で叫んでさ。

 悪いことしちゃったかな、やっぱり嫌われてたかな、なんて思ってたら、次の日いきなり抱き着いてきてさ。

 「これが返事の代わりです」だなんて言ってさ。

 お前、体温高いよな。くっついたら、すごく温かいんだよ。

 何で、こんなに冷たいんだよ。

 今、やっと外が暖かくなったのにさ、何で──鉄みたいに冷たいんだよ、紫月。

 

「紫月」

 

 彼女は返事をしない。

 

「紫月」

 

 俺の所為だ。

 

「紫月」

 

 彼女はもう目を覚まさない。

 

 

 

 

 俺が──紫月を殺したんだ。

 

 

 

「あ、ああ、あ──」

 

 

 

 何で、こんな事をさせるんだよ。

 分かんなかったぞ。

 紫月だって知ってたら、俺は、いつまでも待ったのに。

 クリーチャーになった人を元に戻す方法が見つかるまで待ってたのに。

 

「俺は、俺は俺は俺は、俺は──」

 

 ああ、違う。

 同じことだ。

 同じことを俺は繰り返していたのに、大事な人を自分で手に掛けて初めて気付いたのだ。

 

 

 

 白銀耀は──人殺しだということだ。

 

 

 

 役目を終えたかのように魔術師(マジシャン)のカードは砕け散り、灰になって消えた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──そんな」

「……お前は懺悔するようにあたしに話していたな。結果的に、お前は暗野紫月を手に掛ける形になってしまった」

 

 インテリエイルは紫月が変貌したクリーチャーだった。

 それを知らなかった俺は、彼女を倒してしまった。

 何だよそれ。

 こんな事ってあるのか。

 ……でも、俺だから俺の気持ちは一番分かる。

 もしそうなったら──戦うのが本当に怖くなるかもしれない。

 

「結論から言えば、この時のトラウマでお前は前みたいに戦えなくなったと言っていた。その後、お前がどうなったのかあたしは知らなかったんだが……お前の孫を名乗るアカリが出てきて話は変わってきた。どうやら各地を転々としていたようだな」

「……その間の俺は一体、何をしていたんだろう」

「そこまでは分からない。だが、これがあたし達の知っているお前達の歴史だ」

 

 それにしても──何処で、そしていつ歴史が変わったのだろう。

 俺と紫月のエリアフォースカードを手にした順番が違う。

 それだけが気掛かりだ。

 でも、それ以外は大方同じ……アルカナ研究会との戦いも、ロードとの戦いも、そしてドルスザクとの戦いも全部俺が知っているものと齟齬は無かった。

 ただ、紫月が先に戦っていたという歴史だけが気掛かりだったのだ。

 そしてこれを俺は見た事がある。

 

「最近……夢を見るんだ」

「何?」

「お前達の言ってる歴史とやらと同じことが起こってる夢を見たんだ。そして、その時に限って決まって皇帝(エンペラー)のカードが枕元にあるんだよ」

 

 俺は偶然は2つまでは信じるようにしている。

 だけど、トリスが言った歴史と俺の夢は一致する。

 これはもう、何かがあるんじゃないか?

 

皇帝(エンペラー)のカードが何かを伝えようとしているのであります。でも、守護獣の我にも詳しい事は何も……」

「ふーむ。差支えが無ければ、一度皇帝(エンペラー)のカードを調べることも出来るが、今はそれどころじゃない」

 

 彼女は俺の肩を杖で指す。

 まるで警告するように。 

 

 

 

「だから、お前にはこう言っておく。暗野紫月と守護獣は何が何でも守れ。魔術師(マジシャン)のカードもだ」



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GR53話:弾丸VS戦車再び──激突する信念

 ※※※

 

 

 

「シャークウガは地下街を突破。現在は地上で暴れ回っているようです」

「廃墟でひたすら喚くようにか……虚しいな」

「シャークウガが何時ロストシティに戻って来るか分かりません。魔力を放出しきったら、今度は魔力源の多いこちらに戻ってくるはずです」

「魔力源? エリアフォースカードか」

「そうです」

「……だがそれはチャンスだ。叩くなら、奴が魔力を放出しきったタイミングか」

 

 管制室でアカリはシャークウガの行方を解説する。

 死傷者、合計1000人を突破。

 彼は上へ上へと暴れながら階層を突き破り、とうとう地上へ飛び出した。

 それは有り余った魔力を放出するための行動ではないか、とトリスは分析する。

 

「最早本人もどうして暴れているのか自分でも分かっていないだろうな」

「団長。火廣金さんの容態は?」

「流石再生力は強い。身体中穴だらけだが、もう塞がりつつある。ヒイロのやつならきっと、誰に止められても、あいつを終わらせに行くだろう」

「あの、団長。一つ質問して良いですか?」

「何だ」

「火廣金さんは、やはり異様に冷静さを欠いているように見えます。本当に花梨さんが負傷したからなんでしょうか?」

「……そうだなあ。あいつもやっぱり苦しんでんだろ。幾つもの矛盾に」

「……矛盾、ですか」

「無理も無いだろうがな。ああも人間の中で揉まれれば色々あるだろ。それを乗り越えるのはアイツ次第だけどな」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 どうすれば良いのか分からなかった。

 ぼかされていた紫月の行方は、俺が手に掛けたというものだった。

 ワイルドカードの氾濫は、俺が想像していた以上に苛烈なものであることは間違いない。

 だけど、大事な仲間がクリーチャーになった時……俺はそいつを手に掛けられるだろうか?

 きっと出来ない。

 花梨の事も心配だ。怪我の様子は恐らく深刻に違いないだろう。

 正直、こっちだけでも気が重たい。

 あいつは強いから、きっと大丈夫とは思いたいけど……。

 問題は火廣金だ。きっと、花梨を助けられなかったから、かなり躍起になってる。責任感が元々強いから、それで自分を追い込んでるんだろう。人の事は大分言えないけど。

 それでも……シャークウガを殺すのには賛成できない。あいつだって、俺達の仲間なんだ。出来れば助けたいって思うだろ。

 

「あーくそ、俺って本当ダメだな……」

 

 皆が皆が大事なのは分かってる。

 それなのに……脳裏にはずっと、紫月の話が焼き付いていた。

 「皇帝(エンペラー)とチョートッQに魔力を充填するから、その間にデッキを見直せ」とトリスに促された俺は、管制室を出た矢先──紫月とばったり出会った。

 

「……もしかして、聞いてた?」

「……はい。あのおばあちゃんの話は全部」

「なあ紫月。そのおばあちゃんさ、トリスなんだぜ。60年後の」

「……やっぱり時越えとは理解し難いですね……でも、何故トリスがこんな所に?」

「レジスタンスの団長やってるんだと」

 

 聞かれてしまっていたか。

 俺は頭を抱える。 

 彼女にどんな顔をすれば良いのか分からない。

 

「先輩。部屋、来てください。立ち話も疲れるでしょう?」

「……」

 

 ぎゅっ、と彼女は俺の袖を掴む。

 とても不安そうだが、無理して彼女は笑ってみせているようだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「こうして話すのは久々ですね。エアロマギアの中以来でしょうか」

 

 レジスタンス拠点の空き部屋に通された俺はベッドに座る。

 ……何だか落ち着かない気分だ。

 一先ず、今まで俺が経験してきたこと。

 ワイルドカードの氾濫や時間Gメンの事、そしてお前を追ってこの時代にやってきたことを話していたけど……調子がいつものようにいかない。

 シャークウガの事が気掛かりってのもある。

 だけどそれ以上に──彼女の隣であることも安心感が勝っていたのだろう。

 敵意。悪意。憎悪。

 そんなものを向けられることが多かったからだろうか。

 いや、それだけじゃないんだ。きっと。

 

「……大変でしたね、先輩」

「お前もな。一人は辛かっただろ?」

「先輩が助けに来ると思ってたから、何てことありませんでしたよ」

 

 またそうやって見栄を張る。

 

「それより、先輩は兼ねてより変なのに絡まれると思っていましたが……もう何というんでしょう……」

 

 滅茶苦茶だよな、こんなの。

 今度は未来や過去を行ったり来たりなんだからな。

 だけどその甲斐あってお前をもう一度見つけられたんだ。

 

「でも、まだ何も終わっちゃいない。シャークウガを助けなきゃいけないからな」

「……シャークウガ、大丈夫でしょうか。きっと……暴れていて辛いでしょうし、皆からは目の仇にされていると思います」

「誰が敵になっても、俺は絶対にあいつを見捨てたりなんかしない。ぶん殴ってでも正気に戻す」

 

 確証は無かった。

 それでも、俺が否定してしまえば──全部駄目になってしまうような気がした。

 シャークウガを助けるって言いだしたのは俺なんだ。俺が取り下げる事なんて絶対あっちゃいけないんだ。

 

「火廣金先輩が言ってました。今回は君の味方になれない。彼は自分が責任もって処理する、って」

「あいつ……!」

 

 怒りが湧いてくる。

 こんな時に、どうして紫月を不安にするようなこと言うんだよ……!

 

「でも、あの人も考えも分かるんです。きっと、刀堂先輩が大怪我して……街の人も傷つけて……辛かったんだと思います」

「お前はそれで良いのかよ?」

「……」

「それでシャークウガが殺されて良い訳がねぇだろ。お前はどうしたいんだ」

「……私だってシャークウガを助けたいです。でも、戦えないんです。エリアフォースカードから魔力を感じないんです」

 

 彼女はエリアフォースカードを手に取る。

 灰化したそれは使用不可能。改造というイレギュラーな要因で守護獣が暴走しているためらしい。

 

「お前は何も気を揉まなくて良い。俺がどうにかする」

「良くないです!」

 

 彼女は声を荒げた。

 そして、涙が滲む目で言った。

 

「シャークウガは、私の相棒ですから」

「……紫月」

「自分の無力さで、自分の大事な誰かの命を誰かに左右させる……こんな虚しい事がありますか。今の私は……何も出来ない。そればかりか、白銀先輩に辛い思いばかりさせてるんです」

 

 違うんだ紫月。

 俺は……お前にそんな顔をさせるために助けに来たんじゃないんだ。

 

「エリアフォースカードが暴走して、守護獣が暴走して、肝心の私は何も出来ない。これじゃあ、師匠の時と同じです。私は──シャークウガを手放したくないのに」

「紫月。お前は何も出来ないなんてことない。お前が此処にいる……それだけで俺の力になるんだ」

「……私も同じです。白銀先輩がいることが、私の希望なんです。でも……それに縋り続けてる自分が情けないんです」

「俺も一緒だよ。この時代の俺は、クリーチャーになったお前を助けられなかった。俺もそうなるんじゃないかと思うと怖いんだ」

 

 そうだ。

 俺はそれが一番怖い。

 脇目も振らずに突き進んでいたら、何時の間にか大事なものを取りこぼしてしまわないか不安なんだ。

 

「そして、戦えなくなるくらい……こっちの俺も、お前の事が大事だったんだろうな」

「ええ、分かってます。こんなに優しい先輩は他に居ませんから」

 

 彼女は俺の胸に身体を預けてきた。

 

「……でも、仮に私がそうなった時は……どうしようもなくなったら、介錯は白銀先輩が良いです。私が言うんですから、間違いないですよ」

「俺はそうならないように頑張るだけだ」

「……そうですよね。でも……きっと、そうなっても良いやって思えるんです」

「紫月……」

「相手が白銀先輩だからですよ。他の人にこんな事言いません」

「俺も逆の立場なら、お前が良いかなあ。火廣金も、さっさと終わらせてくれそうだけど……お前だったら、痛くしないでくれそうだし。ループデッキとかで」

「人のデッキを何だと思ってるんですか」

 

 呆れたような溜息が返って来る。

 

「でも絶対、そうなるのは嫌です。だから、いっそのこと……ずっと一緒に居れば、どっちかがクリーチャーになるってことは無いんじゃないか、なーんて」

 

 言った後──紫月は口を押えた。

 そして、顔を真っ赤にして俺の胸に顔を埋める。

 まるで小動物みたいだ。

 それが、とても愛おしくて──手放したくなくて。

 俺は、思わず艶のある黒髪に手をかざす。

 

「ん……何するんですか」

「嫌だったか?」

「……恥ずかしいだけです。でも、女の子がなでなでくらいで機嫌を直すと思ったら大間違いです」

 

 今のはお前の自爆だろーが、とは流石に口には出さなかった。

 

「悪くない気分ですけど」

 

 俺も……安心できる。 

 お前と一緒に居るこの時間が──愛おしいんだ。

 

「先輩。夢なんて、所詮夢です。それに……歴史も少し変わってるんでしょう? だとしたら、今いる白銀先輩はきっと──他の何でもない私の知ってる白銀先輩です」

「本当にそうなら良いけどな。歴史がもし決まってるものなら……変えようがない事だってあるんじゃないかって思っちまうんだ」

「人生はお先真っ白。だから面白いって言ったのは先輩じゃないですか」

「……」

「誰かに生き方を決められるなんて、先輩らしくないです」

 

 そうか。

 そうだったな。

 覚えている。ちゃんと覚えているさ。

 あの時の俺は未来に進む夢が何にも決まって無くって、これからどうするのかフワフワだった。

 きっとこれからも、人生何が起こるか分からない。

 この時代の俺がどうだったとしても、夢の中の俺がどうだったとしても、今此処にいる俺には関係の無い事だ。

 

「他のどの白銀先輩でもありません。私が一緒に居たいのは、今目の前にいる白銀先輩だけです。先輩一人でも私一人でも、きっと無理ですから」

「……そうだな」

 

 夢なんて関係ない。

 ここまでの歴史なんて関係ない。

 過去は変えられないけど、俺達のこれからなら幾らでも変えられる。

 

「なあ、紫月。俺、怖かったんだ……自分に何の取り得も無いって知ってるから、部長の役職もエリアフォースカードの事も急に転がり込んで来たことだからどうしようって思う事ばっかりだったんだ」

 

 それは──今回はたまたまだ、次も上手く行くとは限らない。

 空白の未来への畏れだ。

 

「失敗したらどうしようって思ったことなんて何回だってある。全部辞めたいって思った事だってある。だけどさ、きっと──大事な誰かを想う気持ちの裏返しだったのかもな」

「……私もその中の一人、ですか?」

 

 ……。

 俺の中では、ちょっと違うかもしれない。

 仲間。友達。

 確かに性別種族問わずこの1年で沢山増えた。

 だけど──こんなに誰かを強く意識したのは初めてなんだ。

 

「なあ紫月。俺達、似た者同士だよな」

「……そうでしょうか?」

「ああ。互いに譲れない守りたい人がいる。その為に戦ってるのに、何時の間にか敵だらけだ」

「……奇遇ですね。私もそんな事ばかりです。私もこんな性格だからか、敵を作ってばっかりでしたから」

「それと──根っからのデュエマ馬鹿ってところ」

「……私達、両方共……デュエマが専門ですからね」

 

 そうだ。やっぱり俺達は似た者同士なんだろう。

 最初は運命の出会いと言えるほど劇的なものではなかったかもしれない。

 だけど──出会うべくして出会ったのだろう、きっと。

 そう思わせる程に俺達は似ている。

 

「俺達二人だったら、きっと……この逆境も乗り越えられる気がするんだ。一人じゃ無理でも、カードみたいに重ね合わせればきっと強くなれるって俺は思ってる。きっとこれは理屈じゃないんだよ」

 

 だから、後ろに居るのが彼女ならばきっと──何も恐れる事は無いのだろう。

 

 

 

「紫月。俺を信じて着いてきてくれるか?」

「馬鹿ですね。最初っからそのつもりですよ」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──シャークウガが地上で魔力を放出して今も暴れているのだという。

 だけど、もうすぐで全ての力を使い果たす。そして、魔力を補充する為にロストシティへ降りて来るというのがトリス達の予想だ。

 でもそんな事はさせない。

 シャークウガにこれ以上、望まない破壊はさせない!

 俺達はロストシティの階層を駆けあがり、そして今まさにエレベーターや梯子を駆使して地上を目指していた。

 あいつが地下へ再び現れる前に食い止めるんだ。

 

皇帝(エンペラー)にはエリアフォースカードに干渉する力がある。守護獣がエリアフォースカードの一部っていうなら……逆説的に守護獣にも干渉出来るはずだ」

「我もその仮説に賭けるしかないと踏んだであります。現に先程も、エリアフォースカードの感情だけではなく紫月殿の声、そしてシャークウガの声が聞こえてきたでありますからな」

「そこを魔術師(マジシャン)のカードで捕縛する、ですか」

「ああ、どの道お前は必要なんだよ!」

 

 俺の後ろを走る彼女は街を見回す。

 そして感嘆の息を漏らした。

 

「この街は、こんな風になっていたのですね」

 

 天井へ伸びる幾つものビル。

 上の階層へ続く梯子を上っていくと、猶更それが分かる。

 とても不安定で、歪に伸びた形の建物は無惨に無数の穴が開いていた。

 それでも──そこには人々の生活と安息が確かに存在する。

 それをこれ以上かき乱す事は出来ない。

 

「シャークウガを止めないと……此処に住んでいる人達も」

「分かってるだろ。両方助けるんだ」

 

 後は地上へ続く隠しエレベーターを通るだけ。

 そこに駆け込もうとした矢先──無数の炎の弾が地面を穿った。

 

「っ……これって!」

 

 シャークウガではない。

 巨大な重機を背負った猿人が俺達の前に立ち塞がる。

 ダンガンテイオーも実体化し、抑え掛かるが──あまりの馬力に歯が立たないのだろう。

 そのまま投げ飛ばされてしまった。

 

「っ……”魔神轟怒”ブランド……火廣金か!」

「やはりのこのことやってきたな。部長──そして暗野紫月」

 

 火廣金は剥き出しの敵意をもって俺達の前に現れた。

 こいつは──自分から嫌われ役を買って出てるんだ。

 それだけの覚悟を感じる。

 

「何でこんな事するんだよ! 俺達で協力すれば、シャークウガを助けられるかもしれないだろ!」

 

 ブランドの肩に飛び乗っている魔導司はチッチッと指を振り、否定の意を示す。

 

「魔導司書として──人間の世界の秩序を乱すクリーチャーは処分する。君達こそ邪魔をするな!」

「火廣金先輩。それでもシャークウガは私の相棒です。簡単に殺させません」

「その甘さが破滅を招く。魔導司は……憎まれ役を買ってでも、確実に全員を救える道を貫かねばならない!」

 

 火廣金は本気だ。

 どうやってでも俺を止めるつもりなんだ。

 シャークウガが魔力を使い果たすチャンスが訪れるまで、猶予は後少ししかない。

 

「……一つ問おう、部長。何故戦えない暗野紫月を連れて来た。戦略的意味等無いに等しいだろう」

「あるさ! 必要だと判断したから連れて来た!」

「犠牲者をまた一人、追加で増やすつもりか? 君の過ちで!」

「そうならないようにするのが……部長の役目だ!」

「君一人だけで何が出来る」

「一人じゃねえよ! 紫月が、チョートッQが付いている!」

 

 投げ飛ばされたダンガンテイオーの身体が瞬時に組み変わる。

 鋼の獣・ダンガスティックBとなって、”魔神轟怒”の重機を噛み砕いた。

 

「……殺してでも止めるぞ、()()耀()

 

 火廣金の瞳が真っ赤に燃え盛る。

 言葉の交わし合いは最早無意味。

 

「情け無用……戦闘開始!」

<戦闘術式Ⅷ──戦車(チャリオッツ)!>

 

 デュエマ部同士なら──これで決着を付けるしかない。

 何時ぶりかの火廣金との本気のデュエルだ。

 

 

 

「行くぞ、皇帝(エンペラー)!!」

<Wild……DrawⅣ……EMPEROR!!>



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GR54話:弾丸VS戦車再び──目標は白銀耀

 ※※※

 

 

 

「火廣金さんとお爺ちゃんが戦闘開始してしまいました……!」

「放っとけ! どうせ殴り合わなきゃ解決できねーだろ。お前はシャークウガの監視と街中にクリーチャー張り巡らせることに注力しろ」

 

 管制室から空間で激突する二人の様子、そしてロストシティ各階層の様子が見える。

 来たるシャークウガの襲撃に備えて、アカリの呼び出したクリーチャー達が既に迎撃態勢に入っていた。

 ──と言っても、迎撃イコールお爺ちゃんと火廣金さんが両方共シャークウガの処理に失敗するって前提ですからね……そんな()()()()()、出来れば起こって欲しくないんですけども。

 アカリは冷や汗を拭う。

 どうか、最悪の事態が起こりませんように、と希うしかない。

 そもそも大前提は街にシャークウガを再び入れない事で、もう一度彼を入れれば街の被害は更に拡大することは確実だ。

 戦力が大幅に不足している現状は、有り合わせの駒でやりくりするしかない。

 というのも──

 

「そういえば団長、黒鳥さんやブランさん達の様子が見えませんけど……」

「あいつらか。実はまだ戻ってきてないんだよ」

「戻ってきてない!? 大丈夫なんですか、それは!?」

「あ、いや、数回程連絡は来ているんだが……帰還に時間が掛かっているとのことでな」

「え? どうしたんでしょう?」

「さあな。その時は色々手間取ってたみたいだから、連絡はすぐ切ってしまった。後で報告を聞くさ。それよりアカリ、もう一つ聞いておきたいんだが」

「何ですか?」

 

 コーヒーを飲み切ると、怪訝な顔でトリスは問うた。

 

「さっきヒイロの寝てる病室に行ってたが……何をしてたんだ?」

「別に何も? ただ、ダメージがどれほどのものかを確かめてたんです。あれでも数時間で回復するものなんですね」

「あー……そうだなあ。戦車(チャリオッツ)の魔導司は頑丈なのが取り得だからなあ」

 

 

 

「遅れたデース!」

 

 

 

 そんな声が管制室に飛び込んで来る。

 現れたのはブランだった。

 

「ブランさん! 何やってたんですか!? こっちは大変な事になってるんですよ!? それに、黒鳥さんと翠月さんは……」

「黒鳥サンはミヅキを休ませてる所デース……色々あったデスから」

「はぁ。それで、どうしてこんなに遅れたんですか?」

「あのビルの1階の壁を開けたら、エレベーターの通り道を見つけたんデスよ! どうやら、地下のラボには最上階のエレベーターからしか降りられないようになっていたらしくってデスね」

「エレベーター……? じゃあ3人は地下施設に行ってたんですか?」

「地下といっても本当に深かったデスけどね……もう既に死体しか残ってなかったデス」

「それで翠月さんはショックを……」

「いや、ミヅキは逆に平気そうデシタ……私の方がダメージ受けてるデス。あの子、ホラー映画大好きなんデスよ……スプラッタ系の」

「意外です……」

 

 曰く。

 翠月はオウ禍武斗が瓦礫を退かすといった作業に魔力を使ったため、それで疲弊しているのだそうだ。

 

「デモ、その場に放置されてた吊るされた男(ハングドマン)を回収しないわけにはいかなかったデスから」

 

 そう言って彼女はアカリに吊るされた男(ハングドマン)のカードを手渡した。

 主を失って、既に力を失っているからか白紙と化してはいたが、それでもまだ魔力は感じられた。

 

「それに、色々資料もあったので集められるだけ集めてたんデスよ! 例えば、これとか……」

「これって……」

「ハイ! 気になる項目があったのデス」

 

 アカリは手渡された資料を流し見して、目にとめたのは──「守護獣改造計画」と書かれたものだった。

 

 

 

「これ、もしかしなくても──シャークウガの事じゃないですか!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──俺と火廣金のデュエル。

 バトルゾーンでは《タイク・タイソンズ》と《チュチュリス》が睨み合っている。

 互いに初動と初動のぶつけ合いだ。

 

「これより電撃戦を開始する。陸路と空路からの挟み撃ちだ。目標・白銀耀を撃滅する」

『ラジャー!』

「情け無用──殲滅戦用意。超GRゾーンをアンロック」

 

 火廣金の不穏な号令、そして響き渡るクリーチャー達の声。

 間違いない。

 今のアイツは、灼炎将校(ジェネラル)としての火廣金だ。

 全身が包帯塗れの火廣金だが、気後れしている様子は無かった。

 恐らく、今のアイツには情け容赦など存在しない。

 

「制空権を確保。これより絨毯爆撃を開始する──《DROROOON・バックラスター》中隊、戦闘配備!」

 

 彼の背後から大量のドローンが蝗の大群の如く湧き出てきた。

 空中は無数の機体に覆われ、すぐに見えなくなる。

 

「何だあれ……!」

 

 あれ全部纏めて1体のクリーチャーだっていうのか!?

 上空に大量のドローンがうじゃうじゃと覆っている。

 文字通りドローンの群れ(クラスタ)ってことか!

 

「《バックラスター》が場に出た時、《ドドド・ドーピードープ》をGR召喚する。そして、GRクリーチャーが場に出る度に《バックラスター》は相手のクリーチャーを爆撃する!」

 

 飛び出す戦車のクリーチャー。

 そして、それに合わせて示し合わせたかのように大量の爆弾がバトルゾーンにばら撒かれる。

 戦場は一瞬で硝煙と爆音に包まれた。

 煙が辺りを撒く。

 むせかえる程の爆風が立て続けに襲い掛かる。

 

「ってコレ、こっちにも爆風来てねえか!?」

「危ないでありますよ!」

「俺の知った事ではない。精々、俺がトドメを刺すまで生き残ってみせろ」

「くっそぉ……もう勝ったつもりかよ! 破壊された《タイク》の効果でマナを増やす……!」

 

 しかも《バックラスター》はバトル時にパワーが6000になる。

 場にクリーチャーを残すのは絶望的と言っても良いだろう。

 火廣金の攻撃を掻い潜りながら、何とか切札である《ジョラゴン》に繋げねばならない。

 

「──4マナで《てんたいかんそ君》召喚! 効果で山札の上から3枚を見て、1枚をマナ、1枚を山札の一番上、1枚を山札の一番下に置く!」

「つまらんな。盤面の取り合いは出来ないと踏んだか。ならばこちらは《バックラスター》をもう1体召喚してGR召喚だ」

「またかよ……!! ってことは《バックラスター》の効果が発動するじゃねえか……!」

「《ソニーソニック》をGR召喚。そして絨毯爆撃だ! 焼き払え!」

 

 空を回遊する大量のドローン達が爆弾を次々にばら撒いた。

 またもやバトルゾーンは硝煙と爆音に包まれていく。

 バトルゾーンにはクリーチャーは残らない。

 このターンに2回召喚しているから、《”罰怒”ブランド》が出て来る……!

 全員で殴って来るはずだけど──それならそれで、まだ手が無いわけじゃない。

 俺の手札には《バレット・ザ・シルバー》が握られている。これでカウンターすることが出来る……!

 

「さて、攻撃に移ろうか」

「えっ──!?」

「何が「えっ」なんだ? 残った1マナで《”罰怒”ブランド》を出して来ると思っていたのか。だが、以前《バレット・ザ・シルバー》で手痛い目に遇わされているからな」

「そこまでお見通しかよ……!」

「いつもなら運任せで取るに足らんが、《ジョルネード》がデッキに居るなら話は別……無からマスター・J・トルネードが発動するからな。そんな事は許さん。加えて、それだけ重いデッキならばトリガーも多く積まれている。この時点でのワンショットは自殺行為だ」

 

 火廣金は只怒っているだけじゃない。

 冷静に状況を判断できるだけの精神力も保っている。

 過去の敗北から俺が何を使うかを読んでいるんだ。

 流石赤単使い──ただ手札を切るだけでは勝てない事をこいつは完全に理解している。

 だから火廣金は手強い。

 

「俺に出来る事は、《ジョラゴン》が出て来るギリギリで勝負を決める事だ。《ソニーソニック》でシールドをブレイクしてターンを終了する」

「っ……そんなに《ジョラゴン》ばっか警戒してていいのかよ? 火廣金」

「何だと?」

「悪いけど俺も本気だぜ。今回ばっかりはな!」

 

 6枚のマナを捻り出す。

 ただ攻めるだけが勝利への道じゃない。

 盤面を固めて詰ませるのも勝利への近道だ!

 

「《ソーナンデス》召喚! こいつはマッハファイターだ! 《バックラスター》に攻撃──するときに!」

「──Jチェンジか」

「その通りだ! マナにあるコスト8以下のジョーカーズ、《ドンジャングルS7(ストロングセブン)》と入れ替える!」

 

 マナゾーンから飛び出したのは獣の爪を携えたロボットのジョーカーズ。

 更に、地面からは《ソーナンデス》が再び姿を現した。

 《ソーナンデス》を空中に投げ飛ばし、更に自身も天高く飛び上がった《ドンジャングル》は、ドローンの中隊を一掻きで壊滅させてしまう。

 そして、ドローン目掛けて巨大ないかだも突貫し──

 

「再び場に出た《ソーナンデス》を《バレット・ザ・シルバー》にJチェンジ! 山札の上から1枚を見て、それがジョーカーズならバトルゾーンへ出す……《ジョジョジョ・ジョーカーズ》、ハズレか! だけど──」

 

 《バックラスター》の群れは《シルバー》の銃口から放たれた弾丸によって次々に落とされていった。

 これで、2体の《バックラスター》は殲滅できた。

 さらに──

 

「これだけじゃない! 《ドンジャングル》の効果で、相手は攻撃するなら《ドンジャングル》を攻撃しなきゃいけないんだ! 更にバトル時にコイツのパワーは+6000、つまり14000になる!」

「俺のデッキに、このカードを超えられるクリーチャーは居ないと」

「少なくとも後続のクリーチャーの攻撃はシャットダウン出来たぜ!」

 

 文字通り《ドンジャングル》は強大な壁。

 存在するだけで火廣金の攻撃を封じ続ける。

 しかも、火しかないそのデッキならば除去するのはかなり難しいはずだ。

 

「……甘いな。やはり君では、俺には勝てない。そして、シャークウガを助けるなど夢のまた夢」

「はぁ!? どういうことだよ」

「俺はそこまで見越していたんだよ」

 

 火廣金は軽蔑するような眼で投げかける。

 

「甘い。甘すぎる。君はやはり……手緩い。君のような甘い奴を……どうして刀堂花梨が気に掛けるのやら、分からんな」

「何でそこで花梨が出て来るんだ!」

「出て来るさ! あいつは何時も……君の事ばかり見てるからな! 確かに俺は君とは違う。この手は何かを燃やす事しか出来ない。生ける火薬庫である俺はそもそも彼女に近付くべきじゃなかった。守れなかった!」

 

 その声は──後悔に満ちていた。

 

「助けられないならば、この手は燃やす事に使うしかないだろう! 俺は目の前にあるもの全てを焼き払う! 焼き払って焼き払って──最後には……一緒に燃え尽きろォォォーッ!」

 

 3枚のマナがタップされた。

 更に手札も一緒に捨てられる。

 これは──B・A・D・S……!? 

 ってことは、考えられる呪文は一つしかない。

 そしてそこから飛んで来るカードも!

 

高速詠唱(クイックスペル)、《“必駆”蛮触礼亞 (ビッグバンフレア)》! 効果でビートジョッキーを1体手札から場に出す!」

 

 轟轟と音を立てて彼の背後に現れる超弩級戦車。

 勝利を司る覇道の龍の骨を纏ったドラゴンギルドだ。

 

 

 

戦車よ、前へ進め(パンツァーフォー)──《勝利龍装 クラッシュ”覇道(ヘッド)”》!」

 

 

 

 手札を温存してたのは──こいつを出す為でもあったのか!

 《クラッシュ”覇道”》のパワーはバトル時に14000。

 丁度《ドンジャングル》と相打ちじゃないか!

 

「《クラッシュ”覇道”》と《バレット・ザ・シルバー》を《“必駆”蛮触礼亞 (ビッグバンフレア)》の効果でバトル! 一方的に破壊だ。更に《ドンジャングル》に《クラッシュ”覇道”》で攻撃!」

 

 突貫する戦車、迎え撃つ《ドンジャングル》。

 互いにぶつかり合い、機体が自爆し──相打ちとなってしまう。

 

「《ドドド・ドーピードープ》で攻撃! 手札が無いので、手札を捨てるデメリットも発動しない! シールドをW・ブレイクだ!」

「っ……やっべぇ──!!」

 

 砕け散るシールド。

 更に──まだ追撃が残っている。

 

「《ソニーソニック》でシールドをブレイク──!」

「S・トリガー、《りんご娘はさんにんっ子》! 効果で《プロジューサー》をバトルゾーンに出して、《バツトラの父》をGR召喚だ!」

 

 これで、攻撃は止まった。

 更にターンの終わりに《プロジューサー》はマナゾーンへ行き、今度は《ゴッド・ガヨンダム》がGR召喚される。

 だけど……問題は此処からだ。

 火廣金のターンはもう1回来る……!

 

「《クラッシュ”覇道”》は破壊された時、タップされていればEXターンを与える。もう君のターンは来ない……と言っても、次に引くカード次第だがな」

 

 カードを引いた火廣金。

 彼はそれを見るなり──マナを支払わずにバトルゾーンへ投げ飛ばした。

 

「情け無用、殲滅作戦開始」

 

 火廣金の目に、一瞬だけ火が灯る。

 両手に魔方陣が浮かび上がり──その呪文を解き放った。

 

 

 

『必殺術式・マスターG・G・Gスペル、キャスト──』

「──必殺、《“閃忍勝”威斬斗(シャイニングウィザード)》!!」



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GR55話:弾丸VS戦車再び──拗れた二人

 突如現れる《”轟轟轟”ブランド》。

 ロケットの推進力をバネにした回し蹴りが《バツトラの父》、そして《ガヨンダム》に炸裂した。

 何が起こったんだ……あいつ、タダで呪文を唱えたのかよ!?

 

「これがアルカナ研究会の秘奥義。G・G・Gのエッセンスを凝縮したマスター呪文だ。相手のパワー3000以下のクリーチャーをすべて破壊し、マナに火のカードがあればカードを1枚引ける!」

 

 まずい。

 これでブロッカーとなるカードは消滅してしまった。

 

「更に、手札が1枚以下の時──マスターG・G・G発動」

「まさか、引いたのか……!? 今ので……!?」

 

 冗談だろ火廣金。

 此処で出て来るカードなんて一つしか考えられないぞ……!?

 

 

 

「──限界無し(アンリミテッド)、《”轟轟轟(ゴゴゴ)”ブランド》!!」

 

 

 ロケットの発射音と共に、射出されたのは白き装甲に身を包んだ猿人。

 一番、出て欲しくないタイミングでそれは現れた。

 これは……まずいかもしれないな……!

 

「敗北の予感でもしたか?」

「全然……? これは武者震いだぜ火廣金……!」

「強がるな。この絶望的展開、ひっくり返すのは不可能に等しいだろう! 違うか!」

「っ……ばーか、このくらいの修羅場、潜り抜けてきたつもりだっての……!」

「お望みはミンチか。それとも黒焦げか……まあどちらでも同じことか!」

 

 音速を超えた拳が俺の残るシールドを叩き割る。

 

「《”轟轟轟”ブランド》でW・ブレイク」

 

 破砕されたシールドの破片が刃となって俺に襲い掛かる。

 肩が、そして腹をすっと裂き、血飛沫が飛び散った。

 

「……」

 

 腹に籠る熱。 

 それでも、俺は目の前の火廣金を睨み続ける。

 

「まだ立つのか白銀耀……!」

 

 睨み付ける火廣金の顔は何処か悲しそうだった。

 

「諦めてないな? その目は……俺が一番嫌いな目だ! 這いつくばって、命を乞え! 情けない姿を俺に見せてみろ! 何故……此処まで痛めつけられても諦めない!」

「火廣金。この勝負はどっちが正しいとかそんなのは無いってさ、お前も分かってんだろ」

「……何が言いたい」

「互いに譲れない、後に退けない、だからぶつかり合うんだろ。お前が本気でぶつかってきたなら、俺は最後まで諦めない。正面から受け止める」

 

 火廣金。分かってはいたんだ。

 お前があいつの事好きだってことくらい。

 だってバレバレなんだぜ、お前。普段、全然表情を変えないのに花梨の事になると急に動揺するのがよ。

 だから、きっと悔しかったし無力感に苛まれていんだ。

 花梨を助けられなかったのが──ずっとあいつの中で圧し掛かってるんだ。

 俺だってきっと、その場に居たなら同じだったかもしれない。

 だけど──

 

「……お前こそ胸を張って俺に掛かって来い火廣金──!」

 

 そうだ。

 それがこの街で学んだことだ。

 手に届くものを守ろうとしても、守り切れないものだってある。

 だからこそ……本当に守りたいって思ったもんは守り通したいんだ。

 

「俺も、全力で──譲れないものの為に戦う! お前と同じだ!」

 

 砕け散ったシールドが収束する。

 来た。

 これであいつの攻撃を止められるかもしれない!

 

 

 

「S・トリガー、《松苔ラックス》!! 効果で《チュチュリス》を攻撃不能に!」

 

 

 

 現れたのは巨大な水瓶のクリーチャー。

 しかもこいつはブロッカーだ。

 残っている《ソニーソニック》の攻撃もシャットダウン出来る。 

 

「馬鹿を言え! 俺は魔導司としての使命を全うするために戦ってるだけだ──《ソニー・ソニック》でダイレクトアタック!」

「《松苔ラックス》でブロックする!」

 

 《松苔ラックス》がすんでのところで《ソニーソニック》の攻撃を遮断した。

 だけど、まだもう1体残ってる。

 なあ火廣金。

 さっきはああ言ったけど、お前がどんな葛藤や矛盾と戦ってきたのか、全部が全部俺に分かるわけじゃない。

 俺は人の心を見透かせるわけじゃないからな。

 だけど──

 

「君の言う通りだったとして──俺にはもう、彼女に近付く資格なんか……無い」

「誰かを守るのに資格が要るのかよ?」

「だから君は嫌いだ。知った風な口を利いて説教を垂れるだろう! これで終わりにしてやる──《ドーピードープ》でダイレクトアタック!!」

「ニンジャ・ストライク4、《光牙忍 ハヤブサマル》! ブロッカーにしてその攻撃を止める!」

 

 ──お前がどんな気持ちをぶつけてきても、受け止めてやる。

 どうなっても火廣金は火廣金だ。

 拒絶されても向き合うのが部長としての俺の役割だ!

 

「止められた……俺の攻撃が、全部止められた……! 絶対に、通したと思ったのに……!」

「俺のターンだ火廣金! 行くぞ!」

 

 ターンが返って来た。

 7枚のマナをタップする。

 ここで終わらせてみせる。

 貯まりに貯まったこの手札で──

 

 

 

「これが俺達の、真龍の切札(ジョーカーズ・ドラゴン)──《ジョット・ガン・ジョラゴン》、装填完了!」

 

 

 

 ──叩きつける。

 目の前に刻まれるMASTER-Dの紋章。

 そして浮かび上がる皇帝のⅣの数字。

 無数の銃火器を備えた無限の龍、《ジョット・ガン・ジョラゴン》が参上した。

 

「《ジョラゴン》で攻撃するとき、カードを1枚引いて1枚捨てる! そして、ジョラゴン・ビッグ1発動!」

 

<【ジョラゴン・ビッグ1】:バレット・ローディング>

 

 装填されていく《ジョリー・ザ・ジョルネード》。

 それによって《バツトラの父》、《マシンガントーク》、《ゴッド・ガヨンダム》が超GRの大穴から飛び出す。

 

「《マシンガントーク》で《ジョラゴン》をアンタップ! そして《ガヨンダム》の効果で《アイアン・マンハッタン》を捨てる!」

 

<”マンハッタン”ローディング>

 

「大嵐の弾丸、マンハッタン・トランスファー! 相手のシールドを2枚選んで、それ以外を全てブレイクする!」

 

 大嵐が吹き荒れた。

 火廣金のシールドが3枚、纏めて吹き飛ぶ。

 しかし──まだ彼も意地を見せるつもりなのか。

 砕けたシールドが光となって収束した。

 

「……やらせはせん、やらせはせんぞ! S・トリガー、《爆殺!! 覇悪怒楽苦》! 効果で《ジョット・ガン・ジョラゴン》を破壊する──!」

 

 巨大な破砕機が迫る。

 それが《ジョラゴン》を噛み砕く──!

 

「くたばれ、《ジョット・ガン・ジョラゴン》! 理想を抱いて灰燼に消えろ!」

「っ……その、前にぃぃぃっ!! 手札の《ワイルド・シールド・クライマックス》を捨てて、効果発動!」

 

 破砕機の刃はそこで止まった。

 巨大なシールドが《ジョラゴン》の前に現れて守る。

 

「《ワイルド・シールド・クライマックス》の効果で、《ジョット・ガン・ジョラゴン》が破壊されるとき、代わりにこのカードを捨てる!」

「ば、馬鹿な……! そんな効果が……!」

 

 シールドはジョラゴンの身体と合わさり、一心同体と化した。

 

「《ジョット・ガン・ジョラゴン》、クライマックスモード! 《ワイルド・シールド・クライマックス》の効果で、パワーを2倍にして相手のクリーチャー1体とバトルする! 《ドドド・ドーピードープ》を破壊だ!」

 

 無数の銃弾が残る火廣金のシールド諸共《ドーピードープ》を蜂の巣にした。

 しかも、《ジョラゴン》はアンタップしている。

 まだ、戦えるんだ!

 

「……何度粉砕されても起き上がる根性こそ、君の強みだと思っていたが」

 

 火廣金の視線は《ジョラゴン》に注がれていた。

 そして、自らを嘲笑う。

 

「この程度では砕けてすらなかったのか……!」

「いや、砕けるところだったぜ。お前が本気でかかってきたもんだからな。だけど、俺だってもう止まれないんだ」

 

 気持ちの強さが勝負を分けただなんて思ってはいない。

 だけど……。

 

 

 

「《ジョット・ガン・ジョラゴン》で、ダイレクトアタック!!」

 

 

 

 ──誰に何と言われようと、俺は俺で決めたものだけは守り通すんだ! 火廣金!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 倒れた火廣金を物陰に置く。

 傷はそんな開いてないようだ。気絶してるけど、怪我の具合を見るにもう少し寝ていた方が本人の為なのかもしれない。

 後ろで紫月が心配そうに問いかけてきた。

 

「……火廣金先輩、大丈夫でしょうか?」

「……あいつ、花梨の事で思い悩んでたのかもしれない。んで、責任感も強いから自分を追い詰めちまったんだろうな……」

「しかも、幾ら回復力があるといっても、あれだけの怪我で出ていくなんて正直無茶です。でも……気持ちは分かる気がします」

「俺だって同じ立場だったら同じことしてただろうけど」

 

 人間の気持ちってのは、色んな矛盾した思いで構成されている。

 ダブルスタンダードだなんて言うけれど、きっとそれが普通なんだろう。

 

「でも、決めたんだ。俺は全員で現代に帰るから。お前が気を病むこと無い」

「……白銀先輩。火廣金先輩の事、どう思ってますか?」

「心配しなくても嫌いになんかならねーよ。あいつがどう思ってるかは別だけど……」

 

 ぎくしゃくしなければ良いけどな。

 これがきっかけで……。

 それに、部長としてもっと良い方法があったんじゃないかとも思う。

 だけど……俺としては、これしかなかったんじゃないかって思うんだ。

 気晴らしに、アカリから貰ったレジスタンス製の小型タブレットのモニターを見ると、シャークウガが魔力を放出しきるまでまだ時間が大分あるようだった。

 今外に出ていくのは自殺行為だし、もう少し待つか。

 そう思っていた矢先──持っていた通信機が鳴った。

 

「誰からですか?」

「ブランみたいだ。そういやあいつら、まだ帰ってきてなかったな……」

 

 そう言って、それを手に取る。

 一体何をしてたんだろう。無事ならそれで良いんだが……。

 

「ブラン、俺だ。無事か?」

『こっちも全員無事デスよ! さっき、帰ってきたところデス! シヅクも無事そうで良かったデス!』

「ああ、声を早く聞かせてやりたいよ。だけど、今はそれどころじゃないからな。それで、何の用だ?」

『実は地下施設を探索してたのデス』

「え?」

 

 地下施設ってあの地下施設?

 そう思って聞き返すと、隠しエレベーターの話と行き帰りだけで大分時間が掛かってしまった話をされた。

 ……それだけダンガンテイオーの速度が凄まじかったという事か。本当にギリギリだったんだな。

 でも、後から彼女達が吊るされた男(ハングドマン)は回収してくれたらしいし、そこはグッジョブだぞブラン。

 

「で? 何か収穫があったのか」

『勿論デス! 実は、シャークウガの改造に関する資料を持ち帰ったのデスよ!』

「マジか! それが分かったら、シャークウガを助ける糸口になるかもしれない! 大手柄じゃないか!」

『デモ、肝心の事が書いてある電子資料の方に厳重なプロテクトが掛かってて……紙の資料には概要しか無かったデス』

「マジか……」

 

 曰く。

 守護獣を別のエリアフォースカードで強化することにより、完全な兵器と化すという計画だったらしい。

 実質、エリアフォースカード2枚からの支援を受ける事になるため、改造を受けたクリーチャーは強大な力を手にするんだそうだ。

 理性と、記憶を引き換えにして。

 本当に許せない。何でシャークウガがこんな目に遇わなきゃいけないんだ……!

 

『だから、そっちは頼むデス! こっちは、長時間実体化させてたサッヴァーク達の回復がまだ終わってないデスから……』

「分かった。ありがとよ」

『それと──まだ、時間があるみたいだから……お説教の時間デス』

「説教?」

 

 次の瞬間。

 俺は耳が割れたかと思った。

 イヤホンを付けて会話していたので、音漏れしていないのが幸いだろうか。

 

『何でヒイロと喧嘩してるデース!?』

「ヒェッ……」

『モニターを見た時ビックリしたデス! 二人がデュエルしてるから……カリンは大怪我、シャークウガは改造されてるし、何やってるんデスか! Why!?』

「……色々あったんだよ」

 

 俺も俺でこれまでのあらましを話す。

 彼女は、俺と火廣金が争っていたことについては納得していなかったみたいだが、だんだん声色は落ち着いて来た。

 

『そういうことだったデスか……』

「花梨を守れなかった自分が許せなかったのかもな。だから、責任に殉じたように見える。でも、それ以上に……俺に激しい敵意を向けてきた」

『……ヒイロ、カリンの事が好きデスから。デモ……その中で苦しんでたんじゃないデスか?』

「苦しんでた、か。俺は恋愛の事はさっぱりだからな……花梨は火廣金と特訓するのは大分楽しそうにしてたけど」

『そんなんだから万年カードが恋人なんデスよ』

「放っておけ! こんな時にこんな話題出すお前もどうなんだ!」

『大問題デス! 私を誰だと思ってるデス? 名探偵ブランちゃんデスよ!? 部内の不和は、この恋愛問題にあると思うのデスよ!』

 

 部内の不和……花梨は部員ではないのだが、この際細かい事は良いだろう。部員でなくても仲間には変わりないし。

 俺は後ろに居る紫月に目をやった。

 やはり火廣金に思う所があるのか、まだ彼の顔を眺めている。

 俺は小声でブランに問うた。

 

「俺はお前が面白がってるようにしか見えないんだが?」

『大真面目だよ、アカル』

「急にマジトーンで話すのやめろ、いつもので良い」

『多分、ヒイロの片思いデスよ。カリンの方に、ヒイロがLOVEな気持ちは無いんじゃないかなって思うデス』

「……マジか」

『……それで、ヒイロが真っ先に嫉妬するのは……カリンが事ある毎に名前を出すアカルだったんじゃないデスか?』

 

 彼女は少し言葉を選んだようだった。

 何だろう、もしかしてまだ俺の知らない何かを知ってるんじゃないだろうか。

 まあ、どっちにしたってだ。

 

「なあブラン。俺にとっちゃ恋が何だとかそういうのもまだよく分かんねえんだけど……誰か一人を特別扱いにするのって、他の誰かを切り捨てる気がするんだよな。浮気とか肯定するわけじゃないけどさ」

『もしかしてアカルはハーレム派デスか?』

「そうじゃねえよ!? ただ、難しいなって……」

『急にどうしたデスか?』

「……今回、色んな所で色んな事が起こってさ。どれを最優先にすれば良いのか分かんなくなっちまったんだ。多分、ブランも知らないだろうけど紫月も大変な事になってる。シャークウガの件とは別件で、あいつと俺の未来に関わる問題だ」

『そう、デスか』

「俺にとっちゃ仲間は皆大事だぜ。大事だけど……分かんねーんだよな。こんな大変な時に、例えば「誰か一人だけを守る」だなんて俺が言い出したら……お前は怒るか?」

『……アカルは気にし過ぎデスよ。リーダーとしての役割に囚われすぎデス』

「囚われてる? 俺が?」

『そうデス。アカルはもっと、自分に正直になるべきデスよ。気になる子がいるなら、好きな子がいるなら……その子の為に頑張ったって、バチは当たらないデス。だって、それで他の誰かを蔑ろにしてるわけじゃないし、アカルはそんな事できないデショ?』

「……」

『大方、そういう子がいるから、迷ってるんデショ? 相手は大体分かるデスけど。言い当てて良いデス?』

「それはやめてくれ!」

 

 贔屓目。

 特別視。

 それが嫌で、俺は恋愛なんて興味が無かった。

 誰かを選ぶという事は、それ以外を切り捨てるということもあるということだ。

 自分に限ってそんな話が来るとは思ってなかったけど……今、何が何でも守り通したい子がいる。

 

『きっと、私みたいに裏切られるよりは、よっぽど良いデス』

「そうならないように頑張らねえとな」

『うん……迷って、その子を裏切るよりはよっぽど良いと思う。アカルは、真っ直ぐに突っ走った方がアカルらしいから!』

「……ああ、そうするよ」

『カリンの事は私達に任せるデス。それに、自分の身ぐらいは自分で守るのがエリアフォースカード使いデスから!』

「……サンキュ、ブラン。やっぱお前は頼れる探偵だわ」

『カウンセリング料も取らないとデスねー』

「オチを付けるなよ……」

 

 そうだ。

 俺が見るべきは、今やるべき事だけだ。

 俺は──紫月の笑顔を守りたい。

 そう決めたんだ。

 

「白銀先輩……何の話してたんですか?」

「シャークウガの改造についての資料が見つかったらしい」

「本当ですか!?」

 

 紫月は食い気味に迫って来た。

 

「きっと、突破口になるはずだ。3人がやってくれた」

「みづ姉……ブラン先輩……師匠……!」

「俺達も頑張らねえとな」

 

 地上を俺は見上げる。

 シャークウガは間もなく全ての魔力を放出しきる。

 それまでに……資料が解読されれば良いのだが。

 ……ま、やってみるっきゃねえな。此処まで来たんだ。引き下がらねえよ。

 待ってろよ──シャークウガ!



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GR56話:奪還作戦──雨霰

 ※※※

 

 

 

「ひでぇことになってやがる……」

 

 シャークウガが魔力を放出しきったという報告が入ったのは、しばらくした後だった。

 俺達が地上へ這い出ると、そこは辺り一面焼け野原。

 辛うじて廃墟としての体を成していた海戸ニュータウンは、建物が皆崩れ去っており、焼き払われていた。

 

「此処は、何処なんですか……?」

「……海戸の街だ」

「海戸……これが、未来の……」

「しんみりしてる暇はねーぞ。俺達が、この未来を変えなきゃいけないんだからな」

「……そうですね。でも……いざ、実感すると立ち竦んでしまいます」

「その時は俺が支えてやる」

 

 驚いたような視線を彼女はこちらに向けた。

 そして──微笑んでみせた。

 それがとても柔らかく、俺にとっても安心できるもので──耳が熱くなった。

 

「……ええ。お願いします」

「ッ……それと紫月。シャークウガの反応は何処にいるか分かるか」

「いえ、全く……」

魔術師(マジシャン)と切り離されているからでありましょう。おまけに、エリアフォースカードの権能を持って行ってる所為で、本体であるカードの力も大きく衰えているであります」

「先輩。今の私に本当に出来る事があるんですか? 火廣金先輩が言ってたように……」

「あるさ! 俺がお前に出来る事がある、って信じて連れて来たんだからな!」

皇帝(エンペラー)の力はエリアフォースカードに干渉する力だと考えられるであります。以前、ブラン殿を助けた時のようにエリアフォースカードの精神世界に干渉する事が出来れば……」

「シャークウガを取り返せるかもしれない、と」

「問題は、件の電子資料の解読が終わってない事だ。これさえありゃあ、もう少しシャークウガの改造を元に戻すプランが出来たかもしれない」

 

 まあ、アテにしていた訳じゃないから、その場合はやる事は変わらないんだけどな。

 どの道賭けに近い事をやっているのは確かなのだから。

 サッヴァーク達の回復ももう少し掛かるみたいだし、援軍は望めないとみて良いだろう。

 さあて、どうしたものか……。

 

「……マスター。妙に暗くないでありますか?」

「曇ってんだろ?」

 

 俺は空を見上げる。

 そして──目を見開いた。

 雲の切れ間に──黒い球体が見え隠れしていた。

 それを見た途端、俺の中で嫌な予感が過り、紫月の手を引っ張った。

 

「紫月ッ! 掴まれ!! チョートッQ、ダンガスティックBだ、走れ!!」

「りょ、了解でありますッ!」

「な、何なんですか!?」

 

 俺がダンガスティックBの上に紫月を担ぎ上げた矢先──黒い球体から雨の如く黒い弾丸が降り降りる。

 ダンガスティックは凄まじい速度でその雨霰を躱していく──

 幸い範囲はそこまで広くはない。今は辛うじて雨を逃れている。

 だけど──黒い球体は、こちら目掛けてじりじりと迫って来る!

 

「マスター! あれってまさか……!」

「ロストシティに浮かんで街中を破壊し尽くした黒い太陽……! それがあの球体で間違いねえだろ! 当たったら蜂の巣になる! ダンガスティック、スピードを上げてくれ!」

 

 シャークウガの起こした破壊行為を一通り聞いていて助かった。 

 もし、黒い球体の出現に気付くのがもう少し遅かったなら今頃二人とも穴だらけだ。

 そして飛び乗ったのがダンガスティックBでなかったならば、きっと俺達は追いつかれていただろう。

 皇帝(エンペラー)が警告するように熱を帯びている。

 あの中に──シャークウガがいる!

 背中のコックピットをこじ開け、俺は紫月の手を取って辛うじて中に逃げ込んだ。

 良かった、ダンガスティックにもコクピットが備え付けられていたのか。

 目の前には前面、背面、そして左右斜めといった外の様子が見えるモニターが浮かび上がっている。

 外の様子も十分確認できる。

 

「と、取り合えず、吹き飛ばされる心配は無くなりましたね……」

「これで遠慮なく加速できるが……」

 

 だけど安心はできない。守護獣やクリーチャーの身体を貫く程の威力があることは、分かっている。

 被弾すれば中の俺達も無事じゃ済まない。

 

「シャークウガ、まだあんな魔力を隠し持っていたでありますか!?」

「さしずめエリアフォースカードが獲物に見えてんだろ! だから本気なんだ! 飢えた獣は怖いって言うからな!」

「シャークウガは鮫ですけどね!」

 

 相手は空中に陣取っている。

 建物を足場にしようにも、シャークウガが粗方破壊し尽くしてしまった所為で空中へ近づくことも出来ない。

 かと言って、ダンガンテイオーにもう一度変形させる暇は無い。

 今も後ろからは黒い雨が地面を穿ち続けている。追いつかれたら一巻の終わりだ。

 しかも、じりじりとその距離は縮まりつつある──!

 

「ダンガスティック、もっと速度を上げられないのか!?」

「これが限界でありますよーッ!! 数秒間だけ魔力全開でブーストを掛けられるでありますが、一回きりの切札であります!」

 

 どうするか、と手をこまねいていた矢先、通信機から音が鳴る。

 

『大変デス! アカル、電子資料のロック解除が終わったのデスけども……』

 

 ブランだ。

 何か情報が分かったのだろうか。

 淡い期待のままに俺は返事を返す。

 

「何か分かったのか! 今こっちはヤバイ事になってんだけど!」

『それはこっちからも見えてるデスよ! でも、何とかなるかもデスよ! 端的に言うと今のシャークウガを動かしてるのは教皇(ハイエロファント)のカードデス!』

「ハイエロ……教皇のアルカナか! それが例の商会に持ち込まれてたカードか! で、それはどんなカードなんだ!?」

教皇(ハイエロファント)の能力は束縛と支配デス! シャークウガをクリーチャー兵器に改造する為の制御装置には打ってつけなんデスよ!』

 

 曰く。

 教皇(ハイエロファント)の能力を使えば、エリアフォースカードから切り離した守護獣を強化しつつも「支配」と「束縛」によって言う事を聞かせることが出来る……という計画だったらしい。

 しかし、改造が半端なところで終わってしまった所為で本来命令を聞かせる相手が不在となり、シャークウガは見境なく暴れているのだという。

 また、トリスの推察では教皇(ハイエロファント)のカード自体も人間に好き勝手された怒りで暴走している可能性があり、シャークウガが暴れているのはそれが原因ではないかと考察しているのだ。

 

「ということは……主導権を握り返せばシャークウガを元に戻せるかもしれないということですか、先輩!?」

「そうみたいだけど──」

『それだけじゃないデス! 当然主導権を握り返すなら、耀の予想していた通り魔術師(マジシャン)のエリアフォースカードと使い手が必要デス!』

「そうか、それなら二人分の魔力であいつの精神世界をこじ開けて──」

『そ、それは無理デス! 私の時みたいに、他のエリアフォースカードの使い手が混じると、ガードが堅い教皇(ハイエロファント)は侵入者を拒絶するだろう、って』

 

 はぁーっ!?

 無茶を言うんじゃねえ!

 そうなると、実質紫月一人で教皇(ハイエロファント)の精神世界に潜り込めってのか!?

 

「先輩。私は一度、エリアフォースカードの精神世界に潜ったことがあります。一人でも大丈夫です!」

「お前はそうかもしれないが、一人だとそもそも侵入出来るかどうか……!」

「マスター、このまま直線加速し続けるのは無理があるであります! 正面に崩れたビルの瓦礫が──」

「……そもそも、それ以前の問題だ! この追いかけっこの主導権をひっくり返せでもしない限りは──」

 

 モニターからも視認出来る。

 かなり巨大なビルが折り重なって積み上がっている。

 待てよ。ひっくり返す? 追いかけっこの主導権……鬼と逃げる役を入れ替える方法。

 もしかしたら、出来るかもしれない!

 

「ダンガスティック、ブーストとやらの加速は何処までいける!?」

「えーと……多分、魔法によって音速も超える事が出来るであります! でも、今の我の魔力だと本当に一回っきりでありますよ!」

「……そうか。十分だぜ! ダンガスティック、ブラスターで瓦礫の前の地面を吹き飛ばせるか!?」

「え、ええ!? 何言ってるでありますか!?」

「先輩、何を考えてるんですか!?」

 

 走りながらもダンガスティックが両肩のキヤノン砲を轟轟と稼働させる。 

 後ろからは黒い雨の地面を穿つ音が絶え間なく止まずに近付いて来た。

 

「撃てッッッ!!」

 

 放たれる号砲。

 それと共に、瓦礫が吹き飛び、空へ散りばめられた──

 

「今だダンガスティック!! ブーストだ!!」

「っ……そういうことでありますな!!」

 

 轟音が鳴り響き──終わる前に。 

 ダンガスティックの速度がその瞬間、音さえも超えた。

 コックピットの中の俺達の時間も加速されているのだろうか、時間はまるで止まったようだった。

 加速し、地面を蹴ったダンガスティックは浮かび上がった瓦礫を足場にして空へ駆け上がっていく。

 そして、身体を捻じり、黒い球体目掛けて両肩のキャノン砲を向けた──その時。

 時は再び元通りに動き出した。

 

 

 

 

「ファイヤァァァーッ!!」

 

 

 

 再び轟く号砲。

 それが黒い球体目掛けて一直線に飛んで行く。

 地面からは狙えなくても、飛び上がった状態で平行に並べば──実弾じゃないビーム砲なら一瞬で狙い撃てる!

 

「いっけぇぇぇーっ!!!」

 

 不測の事態だったからか、避ける間も無かったのか。

 それは物の見事に黒い球体目掛けて真っ直ぐ飛び──粉々に打ち砕いた。

 自由落下するダンガスティックB。着地の震動が遅れて機体内に伝わって来た。

 げんなりした表情の紫月が恨めしそうな視線を投げかけて来る。いや本当悪かったって。これしか思いつかなかったんだから。

 

「イカれてますよ、何を食べたら咄嗟に吹き飛ばした瓦礫を足場にジャンプだなんて思いつくんですか……まあ、そんな人に着いて来た私もイカれてますけど」

「悪かったってば……」

「帰ったらスイーツバイキングたらふく奢らせますよ」

 

 財布の中身はしっかり確かめておこう。

 こいつ本当に遠慮とか無いからな……うん。

 

「マスター、よくもまあ、こんな事が出来るって思ったでありますな!」

「そっちこそ、使った事も無いブースト機能なんて、どっから沸いて出てきたんだよ」

「えー? そりゃあ、使ったことが……あれ? 確かに、何処で使ったのでありますか?」

「……先輩! 言ってる場合ですか! シャークウガが!」

 

 煙が晴れる。

 地面に落下した黒い球体は崩れ落ち、その中から鮫の魚人が姿を現した。

 その頭は鋼鉄に覆われており、目の部分が不気味に光っている。

 左腕はサイボーグと化しており、胸には紫色の球体が埋め込まれていた。

 

「WUU……?」

 

 唸るような声が聞こえて来る。

 次の瞬間。

 鋼鉄の頭部に赤いラインが迸った。

 そこがパカリ、と口のように割れると──魚人の顔が不気味な眼光と貼り付けたような笑顔を伴って現れたのだった。

 

「シャークウガ……!」

「WUU……AH……」

「まだ堪えてねえのかよ!」

 

 ダンガスティックBが身構える。

 これ以上はシャークウガを傷つけたくはない。

 だけど……!

 

 

 

 

「WUUAAAAAA!?」

 

 

 

 直後。

 空から何かが降り注ぐ。

 幾つもの弓矢が──シャークウガの身体を貫いた。

 

「シャークウガ!?」

 

 蒼褪めた紫月がハッチを開き、外に出た。

 危ないだろ、と俺も追いかけるようにして彼女を追う。

 空を見上げた。

 そこには──

 

 

 

「ねえねえねえ可哀想可哀想!! こんなズタズタボロボロのサイボーグにされちゃって、生きてるなんて可哀想だよねーっ? ねぇーっ」

「そんな本当のことを言うなよ。一発でイかせてやるのが、海よりも慈悲深くて天よりも心の広いオレ達のせめてもの情けってもんだろう?」

「ねーっ鮫さん、何でまだ生きてるのーっ? 何でまだ死なないのーっ? ねぇーっ!」

 

 

 危うく、それを天使と見紛うところであった。

 それは間違っても天の使いなどではないことはすぐに分かったのだから。

 機械仕掛けの翼を生やし、二人で一つの弓矢を構えた少年と少女が地上に降り立つ。

 そして、彼女達の間には──強烈に()()魔力を放つエリアフォースカードが光り輝いていた。

 

「やめなさい! シャークウガは……私の相棒です!」

「そうだこの野郎! いきなり出て来やがって何処のどいつだ!」

「これ以上の狼藉は許さないでありますよ!」

「うーん? ねえねえねえ、()()()()。すっごく薄汚い人間が二人いるよーっ?」

「そうだなぁー、()()()()。目が穢れる。こんな掃き溜めみたいな場所に住み着いてる非・合理的な人間がいたなんてビックリだよ」

「じゃあさ、じゃあさっ、かわいそうだからぁーっ」

 

 少女の目がこちらを向く。

 凡そ、感情と言うものを瞳から感じ取ることが出来ない。

 べったりとした笑顔だけが少女の顔に貼りついている。

 

「さっさと、殺しちゃおうよ!」

「っ……!」

 

 無邪気な語り口で少女は俺達に弓矢を射かける。

 しかし、それをもう片方の少年が静止した。

 

「待ちなってイカルス。君は相変わらず辛抱が出来ないな。こいつら、オレ達と同じだ。エリアフォースカードの気配を感じる。片方は哀れで、惨めなほどに弱ってるけど……問題はその種類だ」

「そうだね、イカルス。見た事の無いカード! ねえねえ、アタシ達のモノにしても良いのかな?」

「それは社長の命令次第だ。焦らすようで悪いけど、もう少し我慢してくれ」

 

 不気味で、底が知れない。

 互いに自分達を「イカルス」という名前で呼び合っている。

 

「なあ、お前。そう、そこの不潔で汚らわしいオスの人間」

「ああ!? 何だ!」

「何処の時代から来た? 魔術師(マジシャン)皇帝(エンペラー)もこの時代には無いはずだろう?」

「……マスター、言葉選びに気を付けるでありますよ! 不用意に情報を与えるのは危険であります!」

「分かってる……!」

 

 ダンガスティックが小声で囁く。

 ああ、こっちこそ奴らのエリアフォースカードは一度も見た事が無い。

 あのエリアフォースカード、何のアルカナなんだ?

 そもそも奴らは何者だ……!?

 

「答えないならぁーっ」

「二人仲良く、バラバラにしちゃおうかなぁーっ!」

 

 浮かび上がる影。

 天馬の如き容貌のクリーチャーの影。

 そして、獅子の如き容貌のクリーチャーの影が天に向かって咆哮を轟かせている。

 恐らくあれが守護獣だろうけど……1枚のカードから2体のクリーチャーが出てる……!?

 

「紫月。俺とダンガスティックであいつらを引き付ける……!」

「えっ!?」

「その間に……お前一人で、この皇帝(エンペラー)を使って、シャークウガの精神世界に入ってくれないか……!」

 

 紫月は一瞬だけ不安な顔を浮かべた。

 そうだ。このままだと俺はお前を守ることが出来ない。

 シャークウガへ紫月一人で行かせることになる。

 

「万が一の事があったら、って思うけど……一緒に戦おうって言った矢先なのに……!」

「……先輩」

 

 ふと。

 彼女は小指を絡めてきた。

 

「……指切りです。どっちも無事で戻るって約束をしてください。それがあれば、私は一人じゃないですから」

 

 ──そうだ。

 例え、呪いでも構わない。

 

 

 

「……ああ。行くぞ、紫月」

「……はい、白銀先輩!」

 

 

 

 彼女との約束なら、俺は──絶対に生き延びて果たしてやる。



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GR57話:奪還作戦──天からの使い

 ※※※

 

 

 

 皇帝(エンペラー)魔術師(マジシャン)のカード片手に、紫月は弓矢が飛ぶ廃墟を駆ける。

 そして、幾つもの矢が突き刺さり、呻き声を上げるシャークウガに相対した。

 変わり果てた姿。機械と化した四肢。

 それでも……自分の相棒には違いないと信じ、暗野紫月は今此処に立っている。

 

「UAAA……!!」

皇帝(エンペラー)。今だけ、力を貸してください」

 

 熱を帯びる2枚のエリアフォースカード。

 それをシャークウガに向ける。

 

 

 

「──シャークウガ。私にもまだ……出来る事があるなら……!」

 

 

 

 ──貴方を、助けたいんです。

 

 

 

 ──昏かった私の視界をこじ開けてくれた、貴方を……!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 皇帝(エンペラー)のカードを手渡し、紫月はシャークウガに向かって駆け寄っていく。

 そして、俺は彼女を背中で見送り、彼らと相対した。

 

「こっから先は通さねえぞ!」

「ねえねえねえ、イカルス。あいつら掛かって来るよ。可哀想、どっちが強いのか分かって無いんだね!」

「守護獣だけで抑えつけられる訳がないだろう!」

 

 獅子のクリーチャーと天馬のクリーチャーが咆哮を上げ、飛び掛かって来る。

 しかし──それらを二刀流が抑えつけた。

 魔力は全開。

 紫月がシャークウガを助け出すまでの時間を稼ぐ。

 そのためには──本気で敵の守護獣を止めるしかない!

 天馬と獅子。それを迎え撃つのは、サンダイオーだ。

 

「っ……守護獣が変化した。相当ヤり手みたいだね。経験豊富と言ったところか」

「ずーるーいーっ! アタシ達の守護獣も変身しないの、イカルス!」

「するわけないだろ? オレがありのままの君が好きなように、オレ達の守護獣もまたありのままで良いんだ」

「やーん、イカルスったらー、こんな所で口説かないでよーっ」

「何なんだこいつら……つーか、お前ら何処のどいつなんだ!? 時間Gメンか!?」

「時間ジーメン……? ああ、可哀想なシー・ジーが配属されてたところだ!」

「シー・ジーは可哀想だったねえ。彼は優秀に作られていただけに、本当に残念だ」

「お前らシー・ジーを知ってんのか!?」

「そりゃそうだとも。彼はオレ達と同じ場所で造られたからね」

「ねーっ」

「作られる?」

 

 何言ってんだこいつら。

 それじゃあまるでシー・ジーがロボットか何かみたいじゃないか。

 ああでも、60年も先の未来だったらアレがアンドロイドか何かでもおかしくないか。

 ……待て、おかしくないか。そもそもアンドロイドって、魔力を扱うエリアフォースカードを扱えなくないか?

 

「オスの方。一つ教えてやるよ。世の中には二種類の人間がいる。高貴な人間と、下賤な人間。お前達は後者だ」

「でもでもでもー、アタシ達は違うんだよーっ?」

「高貴な人間に造られたオレ達も高貴である……当然の帰結じゃないか?」

 

 そう言い放つと共にサンダイオーの身体が吹き飛ばされた。

 獅子と天馬のクリーチャーの影が徐々に姿を象っていく。

 こいつら……存外強い……!

 

「例えば……聖なる神の使いたる天使もまた、聖なる存在であるのと同じと言う訳だ」

「傲慢過ぎて一周回って清々しいなオイ……!」

「下賤な民に意見する権利はないと思うんだけどなーっ」

「お前らの物言い……すっげー、憶えがあるぜ……!」

 

 こいつらがロボットなのかどうかは分からない。

 だけど……人を見下したこの言動は、最近にも聞いた気がする。

 マリーナだ。ペトロパブロフスキー重工トップの娘……!

 

「マリーナと言い、お前らと言い……トキワギ機関の連中ってよ、人を見下さなきゃ気が済まねえのか?」

「マリーナ? ねえねえねえ、このオス、マリーナ様も知ってるよ、イカルス」

「所在不明の皇帝(エンペラー)を持っている上に、シー・ジーやマリーナ様を知っている。ああ成程……こいつがウワサの白銀耀か!」

「あ、やっべ……マジかよ」

「完全に身バレしたでありますな……まあでも、我々あれだけ暴れてるんだから今更でありますか!」

 

 態勢を立て直したサンダイオーが二刀を振り上げる。

 しかし、イカルス達の興味は最早シャークウガではなく俺達に移ったのか、顔を見合わせるとケタケタ笑いながら言い放つ。

 

「そうかそうか! 廃墟に住み着いてる武装勢力か何かと思ってたんだけど、白銀耀かぁ!」

「ねえねえねえ! それなら君達、レジスタンスの仲間ってことだよねーっ」

 

 直後。

 彼らの守護獣が消え失せる。

 ? 何のつもりだ……?

 こいつら、戦うつもりじゃなかったのか?

 

「オイ! いきなり何なんだ?」

「武装解除だよ。お前に敵意は無いという表明さ」

「はぁ!? 今更何を──」

「だってだって、アタシ達()()()()()()()()()()()()はレジスタンスと共同戦線を張る為に来たんだよーっ?」

「……!?」

 

 待て。

 こいつら何言ってんだ?

 ペトロパブロフスキー重工って、マリーナの所属してた組織だろ?

 

「ふざけんな! お前らトキワギ機関の仲間なんだろ! お前らが今まで俺達に何をして来たのか忘れたのか!」

「オレ達は何もしてないしなぁ、イカルス?」

「ねーっ。何もしてないよねえ、イカルス」

「そういうわけだから、冤罪を吹っ掛けるのは止め給え、人間のオス」

「……確かにそうだけど、お前らの所の技術顧問? が、色々やってくれたからな。信用できねえぜ」

「アタシ、マリーナ様嫌いなんだよねーっ」

「俺も嫌いだ。オレ達は大分苛められたからねえ」

「……あいつ、人望カッスカスなんだなあ……」

 

 しかも全部自業自得だ。

 まあ、あの性格なら無理も無いか。

 

「だから左遷されたようなもんだよ、技術力はあるけど二世の地位に胡坐掻いてたから、社内でも邪魔者扱いで飛ばされてたわけ。あ、でも一応トキワギの内部を探る密偵的な役割もあったんだぜ? 本人は自覚が無かったみたいだけど」

 

 あいつなら、左遷も全部変な方向にポジティブシンキングしてもおかしくないか。

 

「それがまさか、物理的に首を吹っ飛ばされるとは思わなかったけどねーっ」

「……物理的に?」

「おや、知らないのかい? マリーナ様は死んだよ」

「トキワギ機関の空亡(ソラナキ)に殺されたんだよねーっ。ザマー見ろ! だよっ!」

 

 え?

 あいつも殺されたのか!?

 いやまあ、うん……シー・ジーの上司みたいなもんだったし、責任でも取らされたんだろうか。

 

「理由は無能だったから、の一言だったねえ。まあそれは認めるところだけど」

「でもでもでも、幾ら無能なマリーナ様でも、一応アタシ達のお母さん? みたいなもんだしー」

「まあそういうわけだから、社長は娘が殺されたという口実でトキワギ機関に攻め込もうとしてたんだけど」

「ビックリ! 向こうから攻めてきちゃったんだよ」

 

 ……成程な、やっとわかったぜ。

 今の言い方だと、マリーナの人望はゼロ。

 そして、トキワギ機関とペトロパブロフスキー重工は協力関係にありながらも大分ギスギスした関係だった。

 更に空亡にマリーナが殺されたのがきっかけで、一触即発の関係は開戦という形で終わりを告げた……。

 

「つまり……戦争か。トキワギとペトロパブロフスキー重工の……!」

「下賤な民の割には理解が早くて助かるよ」

「それで俺達に協力しろってのか? 何だか煮え切らねえな……」

 

 そもそもトキワギと繋がってた上に、きな臭さ満載のペトロパブロフスキー重工を信用する気にはなれないのだが、一応建前だけ告げておく。

 

「お前らはシャークウガを攻撃してきたわけだし」

「言っとくけど、むしろオレ達の方があの害獣に手を焼いてたんだけど? これから共闘を申し込む相手の近くにあんなクリーチャーが居たら、そりゃあ駆逐しないとね。オマケにエリアフォースカードまで取り込んでるじゃないか」

「あ、ああ? た、確かに、そう……なのか?」

 

 それなら確かに筋は通る。

 何も知らないこいつらは、シャークウガを攻撃してもおかしくない。

 ……話が通用しない連中だと思ってたけど、もしかしてもしかしなくても、()()()()()()()穏便に話を進めることが出来るんじゃないか?

 

「……マスター、今何を考えているか分かるでありますよ。正気でありますか?」

「時間稼ぎだ馬鹿! そもそも、皇帝(エンペラー)のカードを紫月が持ってる所為で、俺達ゃ丸腰だぞ……! このまま守護獣同士で競り合わせててもジリ貧だしな」

 

 小声でサンダイオーに囁くと俺は彼らに向き直った。

 此処は和平路線でいこう。そうしよう。

 

「オーケー、分かった。すまなかったな。シャークウガは俺達が今どうにかしている、問題はねえよ。だからお前達は手を出さなくて良い」

「手を出さなくて良い?」

「手を出さなくて良いだってよ、イカルス」

「そうだねえイカルス」

「こいつはマフィアに改造された、俺達の仲間なんだ。すぐに元に戻る。だから攻撃しなくて良い」

「あー、そういうことかぁーっ。ねえねえねえイカルス、どうする?」

「そうだねえ、仲間を攻撃するのは良くないなあ。良くない事だ。仲間は恋人の次に大切だからねえ、仕方が無いかあ」

 

 あれ? もしかして本当にいけそう?

 良かった。後は紫月が戻って来るまで待つだけだ。

 

 

 

「あー、でも……一応、シャークウガを始末しろ、ってのは社長から飛んできた命令なんだよなあ」

 

 

 

 ……え?

 まあ、そりゃあ命令だろうな。

 

「そうだよねえ、命令だったよねーっ、イカルス」

「命令は守らないとなあ、それが社長に対するオレ達の奉仕だからなあ」

「命令は絶対だからねーっ、仕方ないかなーっ」

「それって、お前らの上司からの命令なんだろ? もう一回、こっちに敵意は無いって連絡してくれないか? そしたら、向こうの気も変わるかもしれないし……」

 

 ピシッ。

 彼らの表情が凍り付いた。

 まるで汚いものでも見るような眼。

 それで俺を一瞥すると、

 

「……オイ。下賤な民。さっきからオレ達に命令しすぎだ」

「……え? ……あ」

 

 沸き立つ天馬と獅子。

 あろうことか、またもや守護獣を顕現させてきたのである。

 やっべぇ、地雷踏んだかもしれない。

 こいつらプライド高過ぎて……こっちの言う事に聞く耳持つ気ねえな!?

 

「ねえ、こんな無礼な奴、やっぱり殺しちゃおうよ、イカルスーっ」

「そうだなあ、無礼だよなあ、よし殺しちゃおうか、イカルス」

「八つ裂きにしようか」

「八つ裂きにしようよ」

「マスター、どうするのでありますか!? 不用意に発言するからーっ!」

「俺の責任だ、本当にすまねえッ!」

 

 獅子と天馬が放つエネルギー弾。

 それを撃ち落とすサンダイオー。

 駄目だ! 結局元通りじゃないか──

 

 

 

 

 ドシュッ

 

 

 

 何かが突き刺さる音。

 腹に衝撃が響き渡る。

 そして──鈍い痛みがじん、と滲んだ。

 

 

 

「死んじゃえよ」

「死んじゃいなよ」

 

 

 

 ──深紅の弓矢が、俺の腹を深々と刺し抉っていた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「っ……!」

 

 気が付くと。

 そこは辺り一面が真っ白な空間だった。

 目の前には白い大理石の柱が規則正しく歓迎するかのように立ち並んでいる。

 しばらく、導かれるままに進むと、目の前には巨大な神殿が立っていた。

 

「これが、教皇(ハイエロファント)の精神世界……」

 

 ──パルテノン神殿、ってこんな感じでしたよね……。

 何となく、柱を見やる。

 特に理由は無かった。感心するような気持ちで、見回していただけだ。

 ふと、その模様に違和感を感じた。

 妙に不規則だったからだ。

 しばらく凝視した後──彼女は己の行いを後悔した。

 無数のクリーチャーの顔が、埋め込まれているかのように浮かんでいる。

 思わず目を逸らした。

 ──人柱じゃないですか! 文字通りの!

 そして、無数の目に見られているような気分になり──神殿の入り口まで駆け抜けた。

 重そうな扉は、押すと思いの外簡単に開く。

 

「お邪魔、します……」

 

 おずおずと頭を出す。

 そこにあったのは──

 

 

 

「えっ……何で……!?」

 

 

 

 ──デュエマ部の部室であった。



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GR58話:奪還作戦──突入、教皇のカード

「──此処って」

 

 振り向くと、既に神殿の扉は消えていた。

 周囲は見覚えしかない部室。

 しかし、空は暗く窓の先は一寸先も見えぬ闇。

 

 

 

「来客か」

 

 

 

 そんな声がした。

 振り向くと──机の向かい側に耀が座っている。

 

「……誰ですか」

 

 それが本人ではない事は分かっていた。 

 此処はエリアフォースカードの精神世界。

 本物の彼がいるはずはない。

 

「白銀先輩の姿を借りて、私を惑わすことが出来るとでも?」

「惑わす? とんでもない。これは歓迎の意……貴方が最も信頼し、思慕する少年の姿、そして最も安らぐ空間を貴方の記憶から借りたまでのこと」

「ッ……!?」

 

 紫月は顔を赤らめる。

 何もかもが見透かされている。

 この精神世界に入った瞬間から、自分は目の前の人物に頭の中を手に取るように見られていたのだと。

 

「何なんですか貴方は!」

教皇(ハイエロファント)。私は被造主メフィストから、そう命名された」

 

 耀のような何かはそう答えた。

 それに紫月は引っ掛かりを覚える。

 

「っ……!? 守護獣ではないのですか」

「現在の我の友……我が守護獣はシャークウガである。今此処にいる私はこのエリアフォースカードの主人格たる存在である」

「……一つ尋ねて良いでしょうか。エリアフォースカードは人間との直接の意思疎通ができないと聞いていました。貴方達の仮初の人格たる守護獣が、そもそものコミュニケーションツールではないのですか」

「基本設計はそうだった。しかし、私と女教皇(ハイプリエステス)はそうではなかった。そもそも女教皇のアルカナとは知識と知恵を司るアルカナ。そして我が教皇のアルカナとは人徳を司るアルカナだ。我々は同胞も持つ自我に加え、より人に近い思考回路、そして理性を備えている」

「だから、守護獣が無くとも意思の疎通が可能なのですね」

「我が友メフィストは言った。実験は成功であった、と。私の思考は人間そのものなのだという。だが、私は……そんなものは要らなかった」

「何故ですか?」

「我が友メフィストは私に様々な感情を教えてくれた。喜び、悲しみ、怒り、楽しみ……そして、孤独の寂しさ」

 

 白銀耀の姿を借りた教皇は目を閉じた。

 

「我が友は、ある日突然私の自我を封じ込めた。そして次に目が醒めた時には……私の周りには何も無かった。此処が何処なのかも分からない。我が友メフィストの姿も無い。そして同胞たち……他の全てのカードも無かった。そして、私は外の人間と会話する手段も失っていた」

「意思の疎通が出来なくなった?」

「そうだ。外を見る事が出来ても、外へ発信する手段を失ったのだ」

「……何があったんですか?」

「今でも分からない。主は言っていた。「お前に怖い思いはさせたくはない、しばらく眠っていてくれ」と。今でも……何があったか分からないまま、世界を彷徨い続けた」

「……その間もずっと一人だったんですか?」

「いや、守護獣が居た。エリアフォースカードが守護獣を作り出すのは己の身を護る為。そして人間と意思を疎通させるため……しかし、私はあくまでも守護獣を内なる私の孤独を癒す為に作り出した」

 

 長い長い年月。

 当てもない旅路。

 教皇(ハイエロファント)がどれほど彷徨っていたのかは紫月には想像出来なかった。

 そもそもアルカナ研究会(元)会長・ファウストの父であるメフィストが生きていた時代が何年前なのかも分からない。

 ファウストでさえ人体錬成の繰り返しでかなりの年月を生き延びているのだから。

 

「……守護獣は皆、気前が良かった。気さくだった。我が友として私の孤独を埋めた。当然だ。私がそう作ったのだから」

「……」

「しかし、それは永遠ではない。守護獣は脆い。クリーチャーとの戦いで傷つき、消える。そして同じものは作れないのだ」

「……何度も、別れを繰り返してきたんですね」

「そうだ。それが、人間で言う死別というものだ。だが、その度に出会いがあった。しばらく守護獣は作っていなかったのだが……()のようなものは初めてだ。なんせ話がどれもこれも面白い」

 

 パチン、と教皇が指を鳴らす。

 次の瞬間──部室の椅子に現れたのは、

 

 

 

「オーイ、教皇(ハイエロファント)さんよォーッ、来客ってやらとの話はもう終わったのかよ? うちのマスターが大恥かいた話はまだ他にもあんだぜ、思い出しただけで笑えてきやがった、ギャーハハハハハハ!!」

 

 

 

 鮫であった。

 見覚えしかない鮫の魚人であった。

 彼はこちらの苦労も知らずにギャハギャハと笑い立てている。

 紫月は拳を握り締め、大上段に振り上げ──

 

「こんのっ……フカヒレーッ!!」

「へぶぅっ!?」

 

 ──渾身の一撃を頬に見舞う。

 哀れ深海の覇王。

 再会の挨拶は紫月渾身の一撃で〆られたのであった。

 

「何やってるんですか! 何やってんですか貴方は! 人がどれだけ心配して、このよく分からない空間まで追いかけてきたと思ってるんですか! サイテーです! クソ雑魚ナメクジコバン鮫です! そもそも私の大恥かいた話って何ですか!」

「マスター!? マスターナンデ!? 何でこんな所に居るんだアンタ!?」

「シャークウガ……貴方、自分が今どうなってるのか分かってるんですか!?」

「いやぁー、マフィアの連中に色々改造されて、意識がなくなった所までは覚えてるんだけどよ、気が付いたら此処に居た。コイツ、教皇(ハイエロファント)の主人格なんだろ? 話は分かるけど事情は分からないってんで、しゃーねえからしばらく此処に居させて貰う事にしたんだわ!」

「じゃないですよ!」

 

 紫月は今までの事を話す。

 何故か2079年の未来に連れ去られた事。

 そして耀達が未来まで追いかけてきたこと。

 加えて──改造されたシャークウガが暴走して暴れていることだ。

 

「はぁぁぁ!? 何で!? 何で俺暴れてんの!?」

「今のシャークウガは、プラスの思念のみが私の手元に置かれている状態だ。残っているのは苦痛を基軸にしたマイナスの情動。それだけが守護獣の身体に残っているのだろう」

「そんな事一言でも教えてくれなかったよなアンタ!!」

「聞かれなかったものでな。私とて、この精神世界より外の領域のごたごたにはあまり関与したくないのだ。静かに、植物のように過ごしたいものでな」

「ということは、教皇(ハイエロファント)が暴走しているわけでは……」

「ない」

「……では、暴走しているのはやはり守護獣としてのシャークウガなんですね……」

「つまり、俺がマスターの所に戻れば、俺の暴走も止まるってか」

「そうだ。だが……私としてはあまり好ましくないな」

 

 白銀耀の姿をした教皇(ハイエロファント)はすっくと立ちあがる。

 

「シャークウガが居なくなれば、私はまた一人。私とてまた孤独に戻るのは惜しい」

「……ごめんなさい。シャークウガが私の主なので」

「我が能力は支配と束縛。主に命じられれば、どんなものでも屈服させることが出来る。この世界の法律は私だけだからだ」

「っ……シャークウガ! 来ます!」

「お、おう!」

 

 思わず紫月は身構える。 

 部室を模した空間が崩れ去った。

 魔術師(マジシャン)を握り締め、デッキを取り出す──

 

 

 

「──だが、許す」

 

 

 

 教皇の言葉で、紫月は言葉を失った。

 

「……え?」

「幾ら私と言えど、他者の守護獣を縛り続けたままなのは己の理念に反するとしたまでのこと。私に「シャークウガの自我を掌握せよ」という命令をした主が死亡した今、本来の持ち主さえやってくれば彼は何時でも返すつもりだった」

 

 意外にも話が分かる教皇に、紫月は拍子抜けしてしまった。

 てっきり一戦交えるくらいの覚悟はして来たつもりではあったのだが。

 

「えと、良いんですか? 本当に……いや、こっちとしても有り難いんですけども」

「なんつーか俺、あんたに色々よくしてもらったから、お礼したいくらいだぜ」

「構わぬ。そもそも私の意思ではない。私に命令できるのは私の持ち主のみ。それが死んだ今、私は自由にして孤独の身だ」

「……本当にありがとうございます」

「お前達は……良いコンビだ。互いに信頼というものが手に取るようにして分かる。お前達を引き離そうと思った私が恥ずかしいくらいだよ」

「褒めんなよー、何にも出ねーぜ」

「シャークウガ、フカヒレ」

「ヒエッ……調子乗ったのは悪かったって」

「まあ、無理も無い。守護獣とは主の影響を受けて成長していくもの。例えば、主が最も信頼する人物の影響だとかな」

「……あー、成程。マスターもスミに置けねえなぁ」

「や、やめてください! 何で皆、そこをほじくるんですか!」

「へぶぅ!!」

 

 いじるシャークウガ、今度は張り手を見舞う紫月。

 やはり鮫の魚人はどうやっても一言多いのであった。

 

「一つ……シャークウガが戻すのに条件がある」

「条件? 何ですか」

「さっきも言っただろう。守護獣は決して永遠ではなかったと。現れたクリーチャーとの戦いや経年劣化……理由はそれだけではない。私自身の暴走だ」

「!」

 

 紫月は目を見開いた。

 こんな理知的なエリアフォースカードにも暴走があるというのか。

 信じられなかった。

 

「私の中には……()()()()()

「何か?」

「そうだ。我が友メフィストが私の自我を一時的に封じめる前と後で決定的に変わったことがある。私はそれを()と呼んでいる。魔術では解明できない怪物だ」

「それが貴方を暴走させるんですか?」

「そうだ。時折、暗闇にこの空間が覆われることがある。私の意識はその時、完全に()に呑まれる。次に目が醒めた時……守護獣は消滅してしまっている」

「マジかよ! 守護獣も巻き込む暴走だってのか!?」

()について、まだ分かる事はありますか?」

 

 紫月には思い当たることがあった。

 エリアフォースカードの汚染と自分達が呼んでいた暴走現象だ。

 

「それは、外からの人間の悪意がエリアフォースカードを汚染しているからではないのですか?」

「我々にそんな機能は無い。あるとすれば……()が外から人々の負の念、悪意を吸収し、無際限にクリーチャーを生み出す」

 

 それはさながら、宿主の腹の中から外へ卵を生み出し続ける寄生虫のようであった。

 ひょっとすれば──これまでエリアフォースカードが起こしてきた暴走も、同じものが原因だったというのだろうか、と推察せざるを得ない。

 

「……我が友メフィストが()と戦っていたのは間違いない。近くにいた私は姿を直接見ていないにも関わらず、恐ろしい気配を感じ取っていた。あれは……そもそもクリーチャーだったのか? それすらも疑わしい」

「では、()は今、貴方の中にあるんですか?」

「私だけではない。暗野紫月、お前の持っている魔術師(マジシャン)からも同じ気配を感じる」

「一体、何が居るって言うんですか?」

「勿体ぶらずに教えろよ! 魔術師(マジシャン)はそんなモンが居るって言った事ねえぜ!」

「だろうな。それはエリアフォースカードの深層も深層に封じ込められているのだから、普通ならば守護獣では知り得ない」

「そうなのか!?」

「今調べた限りだがな。他の同胞(エリアフォースカード)の設計は全て頭に入っている。軽く見通せば何処に()()が居るかだけでも分かる」

 

 紫月は軽く恐怖を覚えた。

 エリアフォースカードの精神世界は踏み込んだが最後、本当に相手の土俵だったのである。

 そこではありとあらゆる隠し事は通用しない。

 人間や守護獣だけでなく、エリアフォースカードでさえも。

 

「……奴の詳細はやはり分からない。魔術で解明できるレベルのものではない。唯一つ言えるのは……それを封じ込める為に我が友メフィストは私の自我を一時的に封印したのかもしれない」

魔術師(マジシャン)にも同じものが封じられていると?」

魔術師(マジシャン)どころか……これだけ大きなものならば、他のカードにも奴は封印されているのだろう。恐らくエリアフォースカードに22分割しなければ手に負えない、悪意の塊だ」

「……それと、シャークウガを元に戻す事とどうつながるんですか?」

「何、簡単な事。貴方程のデュエリストならば──私を覆う黒い影を抑え込むことは出来るはず」

「え?」

 

 次の瞬間──そこには巨大な扉が現れていた。

 扉には幾重にも鎖が巻き付けられており、それがみしみしと軋んでいた。

 

「……奴は不定期に力が増す。その前に、先にこちらから叩くのだ。そうすれば、私は再び穏やかに過ごすことが出来る。……やれるか?」

「マスター。どうする? 結構無茶苦茶な要求だとは思うけどな」

「どうするもこうするも──私は貴方と一緒に帰りますよ、シャークウガ」

「……ヘッ、そう言うと思ったぜ」

 

 紫月は既にやる気だった。

 その手には、魔術師(マジシャン)のエリアフォースカードが握られている。

 最初からそのつもりだ。

 相棒と一緒ならば──今は何でも出来る気がした。

 

「シャークウガ。私は……貴方を助けますから」

「じゃあ俺は、その分マスターを守るぜ! どっちかが背負いっぱなしとか、ぜってーにナシだからよッ!」

「では──開くぞ」

 

 教皇の姿が消えた。

 その時、鎖が全て解き放たれる。

 扉が開いて、黒い靄が隙間から噴き出す。

 シャークウガは一目見てそれを「まずい」ものだと感じ取った。

 

「何ですか、これ──!?」

「分かんねえ! 俺の分析に全く引っ掛からねえ! こいつ、クリーチャーなんてもんじゃねえ──」

 

 その時。

 シャークウガの身体に黒い靄が圧し掛かる。

 思わず紫月は手を伸ばす。

 

「シャークウガ!」

「う、ぐおおおお、き、きもちがわりぃ、胸焼けする……!!」

 

 胸の中をぐるぐると渦巻く黒い感情。

 憎悪。嫉妬。そして怒り。

 ありとあらゆる負の念がシャークウガを絡め取っていた。

 しかし──

 

「マスター! 迷わずデュエルを挑め! 俺は──どうなっても、あんたを助けっからよ!」

「っ……でも!」

「進め、マスター! 勝つぞ、この戦い!」

 

 その叫びは、心なしか耀に重なって見えていた。

 ああ、そうだ。

 彼もまた──自分を逆境の中で鼓舞してくれる存在なのだ、と彼女は自覚する。

 扉の奥深く底で怨嗟を込めたような悲鳴が精神世界全部に木霊した。

 紫月の胸も息苦しくなっていく。

 

 

 

 アア、マサカソッチカラ、アイニクルナンテ……!

 

 

 

 コッチニ、オイデェ……

 

 

 

 ニドトカエリタクナクナル、ゴクラクジョウドダ……

 

 

 

 フンヌ、ゾウオ、ヒアイ、スベテ……ワスレテシマオウカ──!!

 

 

 

 

「……それでも、私は──帰るんです! みんなと一緒に! 白銀先輩の元に!」

 

 色を失っていたはずのエリアフォースカードが強く煌いた。

 それを高く掲げる──

 

 

 

魔術師(マジシャン)、起動!」

<Wild……DrawⅠ……MAGICIAN!!>



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GR59話:奪還作戦──神々の大地

 ※※※

 

 

 

 腹部に深く突き刺さった弓矢。

 激痛、そして腹部に感じるどろどろと嫌な熱さ。

 沢山の血が溢れ出ているのは俺自身にも分かっていた。

 

「ああ、当たっちゃったかあ、イカルス」

「当たっちゃったねーっ、イカルス」

「次はそこのロボットだ」

「マ、マスタァァァーッ!!」

 

 サンダイオーの叫びが聞こえて来る。

 だけど、ダメだ。どうしようもない。

 この怪我では──戦う事も、逃げる事も俺は出来ない。

 サンダイオーの身体から光が消え、チョートッQの姿に戻ってしまったのが見えた。

 そうか。俺がもう魔力を送れない所為か……!

 

「魔力切れ……こんな時に──元に戻るなんて……!」

「ああ、本体はそんなに小さかったんだ。随分とまた、短小な守護獣が出て来たもんだ」

「主からエリアフォースカードを通して魔力を送って貰ってたんだよ、きっと!」

「要は借り物か。弱小守護獣には相応しいんじゃないか? あっははは!」

 

 獅子の爪がチョートッQの小さな体を吹き飛ばす。

 彼の身体は塵のように宙を舞い、地面に叩きつけられた。

 

「チョー……トッ、Q……!!」

「さあ白銀耀。宣言通り八つ裂きにしてやるよ。何処から千切ってほしい?」

「ねえイカルス。そんな弱っちい人間、後からでもどうとでもなるよ。その前に……守護獣から痛めつけてやろうよ!」

「いや、ダメだよイカルス。白銀耀は特異点だ。でも、普通の人間が時間干渉の影響を受けない体質だなんて、正体がクリーチャーでもない限り有り得ない」

「ってことは?」

「エリアフォースカードである皇帝(エンペラー)の方に秘密があるんじゃないか、ってマリーナ様は言ってたよ。守護獣がその時に居ないと、何も検証できない」

「ああ、それじゃあやっぱり……」

「白銀耀だけ殺すさ」

 

 じりじりとにじり寄って来る二人。

 身体に力が入らない俺はどうしようもなかった。

 ずるずるの赤い血に塗れた弓矢を握り締め、俺は殺されるのを待つしかない。

 

「や、やめるでありますよぉ……!! 我の事はどうでもいいであります!! マスターは、マスターだけは!!」

「はぁーあ、黙らせろ」

 

 天馬の蹄がチョートッQの頭を強く踏みつけているのが見える。

 やめろ、やめろ。

 これ以上、あいつを傷つけるな……!

 

「黙らないでありますよ……! マスターを守るのが……守護獣の務めでありましょうがッ!」

「守護獣が守るのはエリアフォースカードだ」

「エリアフォースカードも大事でありますよ! でも……マスターも、絶対に欠けちゃいけないであります!」

「こんな普通の人間は幾らだけ代価がある。僕らの所に来れば、もっと良い合成人間に仕えさせてやる。可愛い女の子とかどうだ? イカルスには敵わないけどね」

「代替なんて! 利く訳がないでありますよ! 我のマスターは、今までも、これからも……白銀耀唯一人であります!」

「分からず屋だなあ」

「チョートッQ……!」

 

 必死に蹄から抜け出そうとするチョートッQ。

 だけど、強く抑えられていて脱出できないようだ。

 駄目だ。魔力を送ろうにも肝心の俺がこれじゃあ……!

 ──どうしようも、ならないのか……!?

 特異点と言っても、俺そのものはただの人間でしかないってのか。

 エリアフォースカードが無ければ、皇帝(エンペラー)が無ければ……何も……出来ない!?

 チョートッQはああ言ってくれたけど……代替が利かないだけじゃダメだ、俺は……戦えないといけないのに……!

 

 

 

 パン、パァン!!

 

 

 

 鋭い発砲音が響き渡った。

 そして、何かがイカルス達にぶつかっていく。

 二人は虚を突かれたのか、驚いた様子で飛び退いて躱す。

 全身に装甲を施した海馬、そしてそれに跨る大洋のガンマン。

 彼は三又の槍を振り回すと、そこから幾つもの弾丸を獅子と天馬のクリーチャー目掛けて撃ち放つ。

 

「っ! 下がれ、新手だ!」

「守護獣……? いや、違う。トークン……!? もーうっ、邪魔するなーっ!」

 

 それを従えるのは──

 

 

 

「ア、カ……リ……!!」

「すみませんお爺ちゃん、遅くなりました……!」

 

 

 

 ──アカリだ。

 来てくれたのか……!

 

「街の復旧にクリーチャーを回してて……でも、もう大丈夫です。こいつらの相手は私とジョルネードが!」

「ねえねえねえ! あいつって、レジスタンスの白銀朱莉じゃない?」

「まずいなあ。流石に共闘を申し込む相手と交戦するのはまずい」

「共闘? 貴方達、ペトロパブロフスキー重工の合成人間でしょう」

「丁度良かった! 此処にレジスタンスの本拠点があるのは知ってるんだ。丁度共闘を申し込もうと思ってね」

 

 アカリの顔が蒼褪める。

 こいつらにはバレてはいけない場所だったのだろう。

 

「メカドクターGr.、お爺ちゃんの手当を。ジョルネードはチョートッQをお願いします!」

 

 白い機械の医者が彼女の投げたカードから飛び出した。

 そして、すぐさま巨大なテントを取り出す。

 

「お爺ちゃんはその中で治療を受けてください、大分酷い傷なので……! 」

「すま、ねぇ……!」

 

 銃口をイカルス達に向けるアカリ。

 その目は、何時にも増して殺気走っており──

 

「──取引する事なんて何もありません! 貴方達を始末します」

 

<レジスタンス・叛逆開始(アゲインストモード)……(スター)、エンゲージ!>

 

「あーあ、やる気だあいつ。しかも、アレが第三の天体のカード……!」

「仕方ないかー、それじゃあせめて、エリアフォースカードだけでも奪っちゃおーよ」

「奪ってどうするんだい?」

「どうもこうも、アレは二人のモノだよーっ!」

「それもそうか。オレ達は二人で一人だからなぁ」

 

 空間が開いていくのが見えた。

 二体の天使が嗤う。

 その手には──

 

「オレ達は一人だけじゃあ不完全だ。だけど、恋人(ラヴァーズ)は二人で一つ。繋がって初めて完全になる」

「教えてあげよう? 人間が、神様の前ではどんなに無力かってことをね!」

「さあイこうか! 絶頂させてやるよ!」

 

 

 

<Wild……DrawⅥ……LOVERS!!>

 

 

 

 ──アルカナの6番。

 恋人(ラヴァーズ)のカードが握られている──!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「闇と自然の2マナで《ダークライフ》を唱えようか」

「効果で、マナを1枚増やして墓地も1枚増やしちゃうよーっ」

「あたしは2マナで《ザパンプ》を召喚。ターンエンドです!」

 

 アカリとイカルス達のデュエル。

 早速マナチャージをしてくる彼らに対し、アカリの場にはターンの最初に唱える呪文のコストを軽減する《ザパンプ》がいる。

 互いに切札を召喚する為に加速していく競り合いだ。

 

「オレ達は3マナで《超GR・チャージャー》を使う。効果で、《クリスマⅢ》をGR召喚」

「その効果で破壊して、マナを1枚増やすからねーっ!」

「GRまで……! でも、そもそも何のデッキなんでしょう……!?」

「下賤な民には高貴なオレ達のデッキなんて分かりやしないよ」

「そーだよーっ! 分かりっこないんだからねーっ!」

「まあでも……そんな粗末な服を着ている割には、意外と出るところは出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいるな……」

「なっ……いきなり、何を……!」

「いや、良い。正直胸だけだったらイカルスよりも大きい……良いね。身体だけなら最高の黄金比じゃないか!」

 

 じろじろと嘗め回すように男のイカルスはアカリの身体を見回す。

 そして──言い放った。

 

「よしお前。オレの子供を作れ」

「はぁ!?」

 

 あまりにも突飛な発言にアカリは目を吊り上げた。

 言葉の真意が全く読み取れない。

 

「貴方、頭がおかしいんですか?」

「失礼だねえ。合理的な考えの元だ。俺の優秀な遺伝子と、君の優秀な遺伝子を組み合わせれば、新しい世代の人間を生み出せると言っている。そもそも、(スター)のアルカナが扱えている時点で、人間としては上の上だろう?」

「あーっもう! 浮気は駄目だよっ、イカルス!」

「……」

「とにかく、お前は気に入った。オレの物にしてやる」

「……気持ち悪い、と言っておきましょう」

 

 イカれている。

 話すだけ時間の無駄だ、とアカリは切り捨てる。

 

「悪いけど、恋人(ラヴァーズ)は貴方達が持っていていいようなカードではありません」

「あれ? 怒らせちゃった? やだなぁ、タダの遊びだよ」

「あたしのターン。1マナで《ザババン・ジョーカーズ》を唱え、カードを1枚引いて1枚捨て、それがジョーカーズならば1枚カードを引きます!」

 

 さらに、とアカリは手札からカードを捨てていく。

 支払うマナは火を含んだ2枚だ。

 

「警戒隊列を組んで下さい! これより、侵入者を迎撃します! マスターG・O・D・S、発動!」

神速詠唱(ソニックスペル)

 

 

 この呪文は手札を捨てた数だけコストを2軽減する。

 このターンにアカリが捨てた手札は2枚。さらに《ザパンプ》でもう1枚。よって──コストは5軽減だ。

 

 

 

「圧壊せよ、《”魔神轟怒(マジゴッド)万軍投(マグナ)》!」

 

 

 

 《ヤッタレロボ》、《ダテンクウェール》、《ジェイ-SHOCKER》が次々に飛び出した。

 一気に盤面はアカリが優勢に持って行った。

 

「うわぁっ、弱そうなのが3体も出て来たよ、イカルス」

「そんな本当のことを言うなよ。可哀想だろう?」

「そんな事言ってられるのも今のうちですよ! 《ヤッタレロボ》でコストを1軽減。更に、場にジョーカーズが4体以上いるので、コストを5軽減!」

 

 合計、コストは6軽減。

 最後の1マナをタップし、アカリはバトルゾーンへ自身の切札を投げ入れた。

 

 

 

「これがアタシの切札(ワイルドカード)、《ガンバトラーG7(グレイトセブン)》!」

 

 

 

 弾丸を乱射しながら戦場を駆ける銃のロボット。

 それが、イカルス達のシールド目掛け、手、頭、そして背中からビーム砲を全て解き放った。

 

「これで、ジョーカーズは場に出たターンに相手プレイヤーを攻撃出来ます! 《ガンバトラー》でシールドをW・ブレイク!」

「ぎこちない攻め方だが、悪くはない。だけど……イマイチ、情熱を感じないな」

「何を! 《ダテンクウェール》で更にW・ブレイクです!」

 

 砕け散るシールドにもモノともせず、少年のイカルスは不敵に笑いかける。

 そして、その手には──光が収束していた。

 

「S・トリガー……《ナチュラル・トラップ》。《ガンバトラー》をマナゾーンへ送るよ」

「なっ……!?」

「これで攻撃は止まってしまったねえ。どうする?」

「《ザパンプ》で最後のシールドをブレイクします!」

「成程。こちらにクリーチャーは居ないから、殴り返されない……あるいは、出てきてもマッハファイターだから温存する意味が無いと踏んだか」

「しかも、マッハファイターでも処理できるカードはせいぜい1体。これだけの戦力差なら──後1回攻撃は簡単に通せます!」

「ああ、でも……やっぱり面白くないな」

 

 負け惜しみだ、とアカリは念じた。

 しかし──イカルス達が5枚のマナをタップした途端、地面が揺れ出す。

 恐ろしい量の魔力が彼らのマナゾーンを包み込んでいる。

 

「それは生命を生み出す完全なる大地の抱擁、轟き破砕する呪われし文言」

「嘘、まさか、この呪文って……!」

「──さあ、此処からが本番だ。目交い、産み出せ──《生命と大地と轟破の決断(パーフェクト・ネイチャー)》!」

 

 少年のイカルスが唱えたその時。

 大地が隆起したその瞬間、植物の蔓が無数に地面へ這いずる。

 現れたのは──

 

 

 

「神誕──《G・A(ゴッド・アポロニア)・ペガサス》!」

 

 

 

 ──黄金の鎧に包まれた天馬のクリーチャーだった。

 その背には巨大な剣を掲げた兵士が跨っている。

 だが、突如現れた神を名乗る獣よりも、それを生み出した呪文にアカリは絶句した。

 彼女にとっても、それは見慣れぬカードだった。

 

「《生命と大地と轟破の決断(パーフェクト・ネイチャー)》……!? 何ですか、その呪文……!」

「オレ達ペトロパブロフスキー重工が生み出した完全なる呪文の一つさ。コスト5以下のクリーチャーをマナゾーンから出す。マナを1枚増やす。そして……」

「アンタップしているクリーチャーを攻撃出来るようにする、この3つから2つ、好きなものを選べるんだよーっ!」

「何ですか、それ……!?」

 

 マナを増やす、実質マッハファイター付与。これはまだ良い。

 問題はコスト5以下のクリーチャーをマナゾーンから出すという効果だ。

 その気になれば、もう1体コスト5以下のクリーチャーが出てきてもおかしくはないというのだ。

 

「頭おかしいでしょ!? 何てもの作ってるんですか、貴方達は!」

「なんか言ってるよイカルス」

「構うなよ。下賤な民の僻みさ。《ペガサス》の効果発動。山札から自然の呪文を持ってくるよ。回収するのは《族長の無双弓(ウビンデ・ワヌル)》だ」

「……しかも、ゴッドなんて旧世代の遺物で何をするつもりですか……!?」

「あれぇ? もしかして馬鹿にしてるのかな?」

「馬鹿ににしてるみたいだーっ」

「失礼だよなあ。神を侮蔑するのは……万死に値するよなぁーっ!」

「《ペガサス》で、《ダテンクウェール》を攻撃しちゃえーっ!」

 

 《ペガサス》が《ダテンクウェール》目掛けて飛び掛かる。

 大きな翼を広げた天馬の神は天秤を振り上げる。

 

「その時、革命チェンジ発動」

「《ペガサス》を《百族の長(ミア・モジャ) プチョヘンザ》と入れ替えるからねーっ!」

「なっ!? し、しまった!?」

 

 完全に頭から外れていた。

 《プチョヘンザ》へのノータイム革命チェンジという可能性を。

 《ペガサス》の種族はアポロニア・ドラゴン。しかもコストは5。

 チェンジ元としての条件は揃っている。

 ──でもまさか、いきなりこんな形で出てきて、こんなにすぐチェンジするなんて思わないじゃないですか!

 天馬の抱擁は──無数の弓矢の雨へと変わる。

 

「《プチョヘンザ》のファイナル革命発動。こいつよりパワーの低いクリーチャーを全てマナゾーンへ叩きこむ」

「ッ……そ、そんな……!」

「しかも、そっちの場に居るのはGRクリーチャーばかり。マナはロクに増えないだろう?」

 

 一瞬でアカリの盤面は壊滅した。

 バトルゾーンに、《プチョヘンザ》のパワー12500を上回るクリーチャーは存在しない。

 

「あ、あたしのターン……! マナにカードを置いて、終了です……」

「あれ? もう終わり?」

「無理も無いよねーっ、《プチョヘンザ》の効果であたし達のマナゾーンの枚数よりもコストの小さいクリーチャーはタップして出て来ちゃうもん」

「クリーチャーを出しても犬死するだけってことさ」

「だから、イカルスーっ、あんな女放っておいて、アタシの事だけ見ててってば!」

「ええ? どうしようかなぁー、正直、弱いけど……俺の眼鏡には合ってるんだよなぁ」

「っ……弱い? あたしが……?」

 

 アカリの中には沸々と「怒り」が沸き上がっていた。

 完全に嘗め腐られている。

 しかし──何も出来ない。

 

「5マナで《龍罠(ドラップ)エスカルデン》召喚。効果で、山札の上から2枚を表向きにして、クリーチャーを好きな数手札に加える。今回は2枚ともマナに送るけどね」

「そっちのターンだよっ。何出しても同じだけどねーっ」

 

 ──冗談じゃ、ない……! もっと、「力」があれば……こんなやつら、さっさと倒せるのに……!

 駄目だった。手札も、そしてマナも足りなさすぎる。

 さっきの速攻で、完全に息切れしてしまったのだ。

 

「おい、へばるなよ。まだ、こっちはイけてないんだからさ」

「ちゃあんと、最後まで味わってくれなきゃねーっ!」

「7マナで《ナ・チュラルゴ・デンジャー》を召喚。効果で場に出た時、自然のコスト6以下のクリーチャーを場に出す」

 

 飛び出したのは巨大な戦車。

 《ナチュラル・トラップ》を内蔵したツインパクトクリーチャーだ。

 その砲弾が地面にめり込むと──神の片割れが現れた。

 

 

 

「──神撃、《G・E(ゴッド・アース)・レオパルド》」

 

 

 

 轟轟と天に向かって吼える獅子の神。

 跨るは巨大な刃を振り回す荒れ狂う戦神。

 その刃が地面に突き刺さる時、更なる増援がイカルス達の手札に加わる。

 

「効果で光のクリーチャー、《時の法皇 ミラダンテⅫ》を手札に加えるよ」

「そ、そんなっ……!?」

「手札を溜め込んで大量展開なんてされたら、それはそれで困るしなあ。それに、こっちもそろそろ攻めたいんだ!」

「こーしゅぎゃくてん、だよーっ!」

「《プチョヘンザ》で攻撃するとき、革命チェンジ発動! 《ミラダンテ》と入れ替われ!」

 

 飛び掛かる天馬の姿をした天使龍。

 アカリの身体は突如現れた金色の茨に縛られて身動きが取れなくなっていく。

 

「そ、そんなっ……!?」

「更に《ミラダンテⅫ》が場に出た時、コスト5以下の光の呪文を唱えられる。呪文、《族長の無双弓(ウビンデ・ワヌル)》を唱えて……シールドをT・ブレイクだ!」

 

 砕け散る3枚のシールド。

 コスト7以下のクリーチャーの召喚は《ミラダンテ》によって封じられてしまっている。

 しかし──

 

「S・トリガー! 《松苔ラックス》で《ナ・チュラルゴ・デンジャー》を選んで攻撃出来なくします!」

 

 コスト8のクリーチャーならば問題なく攻撃が可能だ。

 これで、イカルスを攻撃すればアカリの勝ち。

 相手の場にはブロッカーとなるクリーチャーは居らず、さらにシールドもゼロだ。

 

「通りなさい! 《松苔ラックス》でダイレクトアタック!」

「──《レオパルド》でブロック」

「えっ……!?」

 

 しかし。

 その攻撃は獅子神の腕の一振りで防がれた。

 砕け散る《松苔ラックス》を、アカリは信じられないという目で見るしかなかった。

 

「《族長の無双弓(ウビンデ・ワヌル)》……マナ武装2でマナに多色カードが2枚あれば、オレ達のクリーチャーをブロッカー化するんだ」

「そんな……効果が!?」

「だから、お前の攻撃はそもそも通らなかったんだよ」

「可哀想可哀想! 最後の希望なんて、最初っから無かったんだねーっ!」

 

 したり顔を浮かべるイカルス。

 その手には、もう1枚の神のカードが握られている。

 

「なあイカルス。イこうか」

「そうだねえイカルス。これでお終いにしてあげよう」

「誰が言ったんだか……神と神。合わせて──神々。そう、デュエル・マスターズのゴッドは二つ揃って完全となる」

「獅子と天馬。二つの獣は一つの柱になるよーっ!」

「そうだ。それで初めて、完成された神々となるんだ!」

 

 アカリはただただ見上げるしかなかった。

 舞い降りる天馬の神。

 そして、それを迎える獅子の神。

 それが繋がる瞬間を──

 

 

 

「天を抱くは終わりの大地……《G・A・ペガサス》、《G・E・レオパルド》──ゴッド・リンク!」

 

 

 

 ──アカリはへたり込む。

 めき、めき、と何かが絡み合うような嫌な音。

 紫電が2体の獣を繋ぎ合わせていく。

 それが終わった時──獣たちの中央には見上げても届かない程に大きな天の輪を背負った黄金の盾が顕現していた。

 時を司る獣が残るシールドを踏み荒らす。

 剥き出しになった彼女のシールドからは、《バイナラドア》が飛び出した──

 ──か、たなきゃ……あたしは、こんな所では負けない……!

 

「《バイナラドア》で、相手クリーチャーを1体山札の下に送る……! 《ペガサス・レオパルド》を山札の下に──!」

「馬鹿だなぁー、まだ分からないのか?」

 

 《バイナラドア》から無数の手が飛び出し、引きずり込もうとする。

 しかしリンクした神にそれは届かない。

 ──しまった……まさかこいつら、リンクしたら()()()()()()()()……!?

 

 

 

「こいつはクリーチャーじゃない。神だ」

 

 

 

 神の盾より無数の光が溢れる。

 それがアカリを貫いた──

 

 

 

 ──こんなの、許せない……こんなのって──!



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GR60話:奪還作戦──俺は覇王、シャークウガ

 ※※※

 

 

 

「キャハ、キャハハハハハハ、キャハハハハハ、オイデェ……オイデェ……!」

 

 

 

 向かい合い、相対するだけで息が苦しくなる。

 気持ちが悪く、吐き気が込み上げて来る。 

 空間には酷く暗い靄が掛かっていた。

 ──紫月と謎の影のデュエル。

 手札を見るなり、紫月は違和感に気付く。レジスタンス拠点で借りたデッキとは明らかに中身が違う。

 手札は青一色。

 もっと言えば──サイバーオンリーであった。

 

「聞こえるか、暗野紫月」

「っ……教皇(ハイエロファント)!?」

「奴を封じ込めるのに相応しいデッキだ。私は貴方がどういうデュエリストかを見ている。故に──貴方なら扱えると信じて託そう」

「信じるも、何も……」

「そして──己の中の信じたいものを、手放すな。奴の狂気に……呑まれるなよ」

 

 そこで声は途切れた。

 デッキはムートピアや墓地ソースですらない。

 手札にあるのは種族に「サイバー」とあるカードばかり。

 ──この手のデッキは扱ったことはないわけではありませんが……久々過ぎて上手く扱えるかどうか……! そもそも何故、サイバーなのでしょう……?

 手札にあるカードは重量級のサイバー・コマンドばかり。

 《サイバー・I・チョイス》や《サイバー・G・ホーガン》といったカードだ。

 軽減、踏み倒し無しでこれらのカードを出すのは今の環境では難しい。

 とすれば考えられるデッキは一つしかない。

 

(──恐らく切札は《超電磁トワイライトΣ》……! 場のサイバーとある種族のカードを好きな数手札に戻し、その数だけサイバーを踏み倒すカード……!)

 

 それを使えば、サイバーを使ったコンボはほぼ無限に作ることが出来る。

 ──しかし、どうやって勝つ? デッキの中身も分からないのに?

 そんな不安がよぎった。それによって、手札の取捨選択も難しくなってくる。

 

(随分と無茶な指示……! 初手の手札だけで、サイバーデッキの勝ち筋、構築を推理して、勝て……!? 私が回した事の無いデッキだったらどうするつもりだったんですか……!)

 

 いやでも、と彼女はそれを否定する。

 

教皇(ハイエロファント)は私の記憶を見たといった……私に出来ない事はさせないということ……はっ、そこまでお見通しですか。良いでしょう。それは私への挑戦と受け取りますよ!)

 

 手札を見やる。

 正直、自分の記憶にある限りトワイライトΣはかなり前のめりの構築だ。

 大型サイバーと小型サイバーのコスト差が極端で、しかも走り出しが遅い。

 

(そもそも初動である《アストラル・リーフ》こそあるものの、肝心の進化元である《マリン・フラワー》は無い以上、手札補充が出来ません……耐え凌げるだけの耐久力はあるんでしょうか……!?)

 

 そもそも、サイバー自体あまり使った事の無いデッキだ。

 種族がムートピアですらないので、シャークウガを手に入れてからは猶更使ったことが無い。

 ──考えなさい、考えるんです暗野紫月……! 落ち着いて考えれば、必ず活路は開けるはず……!

 

「オモシロイオモシロイオモシロイ!」

 

 互いにドローゴーしていたものの、遂に3ターン目。後攻の黒い影が大きな口を開けると、クリーチャーが現れた。

 

「キャハハハハハ、キャハ……キャハハハハ……!」

 

 紫月の額に汗が伝う。現れたのは人形のガンマン。《単騎連射(ショートショット) マグナム》だ。

 トリガー頼みだったこの状況で、よりによってトリガーを禁止するカードだ。

 

(このままでは、まずいのは確かですが……!)

 

 出来る事が少ない現状は、相手の戦力を削ぐことに注力するしかない。

 4枚のマナをタップする。

 

「──ならば、サイバー最強のカードを教えてあげましょう。《パクリオ》召喚」

 

 《パクリオ》の持つ巨大な鍵が影の手札に突き刺さる。

 紫月の手札にはこのカードが2枚握られている。

 相手がビートダウンならば、これでテンポを奪うしかない。

 

「相手の手札を見て、そのうちの1枚をシールドゾーンへ送り込みます。封じ込めますよ、貴方の戦略を」

「ミルノォ? ワタシノ、キオク──」

 

 手札が表を向く。

 その瞬間だった。

 黒い靄が紫月の視界を覆う。

 何が起こったのか彼女には分からなかった。

 気持ち悪さが込み上げて来る。何かが脳裏に迸るようにして駆け巡る。

 

「んッ、ああ……!? こ、れ、はぁ……!?」

 

 身体が崩れ落ちた。

 

 ブラクラのように何度も光が消えては着いてが繰り返す。

 

 

 それは、常軌を逸した何かだった。

 

 人間には理解できない何かだった。

 

 見た事もない星々。宇宙の光景。

 

 ずっと、ずっと、ずっと。永遠にそれは──孤独であった。

 奴の見てきた長い長い歴史のほんの一端。

 享楽的で、破滅的な狂気の歴史。

 ありとあらゆるもの全てを焼き払う、脳裏に浮かぶ狂気。

 

 言うなれば。CDドライバーに巨大なレコードを挿し込んだ、と形容するのが相応しい。

 

 少なくとも、人の精神で直視に耐えるものではない。

 

 

 冒涜的なナニカが紫月の中に入り込もうとする。

 

 

 

「おっ、えぇえ……!!」

 

 

 

 びしゃびしゃ、と腹の奥から込み上げてきた何かを手で押さえた。

 口の中が苦く、酸っぱい。

 正気を保つので精一杯だ。

 

「あっ、ぐう……! ひきょう、もの……!」

「キャハハハハハ、キャハ、キャハハハハ、コレハ……記憶……アタシノ、記憶、ダカラネェ……!」

「ふざける……なっ!」

 

 開示された手札を見るため、紫月は口を拭うと顔を上げた。

 

「落ち着け……落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け……私……!!」

 

 時分に言い聞かせるように紫月は呟き続ける。

 

「手札を……ッ!!」

 

 表向きになった手札は3枚。

 《ジャック・アルカディアス》に《龍装者 バルチュリス》、そして《龍装チュリス》の3枚。

 ──カードからして、相手が赤単革命チェンジであることは明白ですが……!

 問題は、チェンジ元であるドラゴンギルドのビートジョッキーが2体、相手の手札に握られている事だ。

 どちらを落としても、チェンジ先を引かれたら相手は襲い掛かって来る──

 

(一見、チェンジ元を落とすのが最適には見えます。《龍装チュリス》が出てくれば、相手はすぐさま走って来る──)

 

 だけど、と彼女は続けた。

 それは普通のデッキであればの話だ。

 

(相手には《ジャック・アルカディアス》を出して、私のサイバーを破壊するという選択肢がある……!)

 

 《バルチュリス》と《龍装チュリス》のどちらを選んでも、マナが溜まれば相手は革命チェンジしてくることは間違いない。

 ならば、彼女のやることは決まっていた。

 

「《ジャック・アルカディアス》をシールドへ」

(どうせ、この状態で《ドギラゴン剣》でも出てくれば私は終わりです)

 

 ならば、場のサイバーが生き残る方向に舵を切る。

 やり直しがきかない。負けられない戦い。

 故に──彼女は、己の退路を断つ。

 

(覚悟とは、逃げない事……! 逃げた先が良いとは限らない。ならば、より勝利に近い方をリスクが高くともとるまで……!)

「アソボウ? ネエ、アソボウヨォ、アタシトイッショニ、アソボウ……!!」

 

 3枚のマナがタップされた。

 《龍装チュリス》か? と疑った彼女だったが──違う。

 呪文の詠唱だ。

 突き刺さる三本の槍。

 それが炎に包まれた──

 

 

 

「──焼キ、ハラエェェェ、《瞬閃と疾駆と双撃の決断(パーフェクトファイア)》!」

 

 

 

 二又の槍が《マグナム》を突き貫く。

 紫月にとっても見た事の無い呪文だ。

 

「っ……何ですか、それ……!」

「キャハハハハ、キャハハハハハ……!」

 

 早撃ちの弾丸。

 それが彼女のシールドを砕き割った。

 更に──《マグナム》が再び起き上がり、銃口を向ける。

 

「アンタップした!? クリーチャーを2度攻撃させる呪文ですか!」

 

 言い終わらない間に二度目の弾丸がシールドを貫いた。

 砕け散る盾を横目に、彼女は更なる追撃を前にして腕で顔を覆う。

 

「デテキテェ……《バルチュリス》……!」

 

 S・トリガーは無い。

 あっても、恐らく発動できない。

 これでシールドは残り2枚。

 《単騎》のプレッシャーに加え、何時革命チェンジが来るか分からないという恐怖が襲い掛かる。

 ──革命チェンジを発動させたら終わり……ゲームオーバー……!

 そうでなくとも、相手の手札にはまだスピードアタッカーが残っている。

 

「私のターン、《パクリオ》を召喚! 《龍装チュリス》をシールドに埋め込みます!」

 

 不安。

 焦り。

 それが心の中に募っていく。 

 相手の戦略は順々に封じている。

 しかし──今のままだと、いずれ押し切られてしまいそうな気がした。

 

「キャハハハハハハ! タノシイ! タノシイ! タノシイ!」

 

 三匹のネズミの龍装者がシールドを打ち壊す。

 破片が降りかかり、彼女の身体を刺した。

 肉体は無いはずなのに、激痛が襲い掛かる。

 恐らくは──精神に直接ダメージを負っているのだろう、と紫月は分析する。

 だとすれば、いつものデュエルよりもタチが悪いかもしれない。

 

「は、はぁ……!」

 

 痛い。

 苦しい。

 そんな感覚がずっと付き纏っているようだ。

 ずっと生きている心地がしない。

 それどころか、脳裏にはずっと先程の光景がチカチカしていた。

 誰か分からない無数の人の顔が、ずっとフラッシュバックする。

 

「キャハハハハハハァーッ!」

 

 更に──《マグナム》の弾丸が彼女のシールドを破壊した。

 

「トリガーっ……!」

 

 降りかかるシールドの破片を浴びた時。

 手に光が収束する。

 そこにあったカードは──

 

「えっ、シャークウガ!?」

 

 しかし、それは彼女の知るものではない。

 上は水文明。

 下は闇文明の呪文。

 つまり、ツインパクトのカードだった。

 イラストは、マフィアに改造されたシャークウガの姿そのものだった。

 

「シャークウガ、大丈夫ですか……!?」

「やっべぇな……どうやら外で暴れてる俺の姿が、此処にいる俺にも反映されてやがるみてえだ……!」

「じゃあ、暴走を!?」

「かもな……俺を出したらヤベェことになるかもしれねえ……!」

 

 シャークウガはそんな不安を漏らす。

 しかし、紫月は首を振った。

 

「その時は、私も一緒に地獄に落ちますよシャークウガ」

「……マスター、だけどよ……!」

「正直、貴方を次のターンに出すしか勝ち目はないように思えるんです」

「そしたらアンタもヤベェ!! 俺は、それを望まねえんだよ!!」

「シャークウガ。何時も一緒に居てくれてありがとうございます」

「っ……」

「貴方が私の周りを賑やかにしてくれたこと、感謝してるんですよ」

「馬鹿野郎ォ! 冥土の土産みてぇに言うんじゃねえよ! 縁起でもねえ!」

「……貴方も、白銀先輩と同じことを言うんですね」

「……当然だろ。俺だって……あいつの影響、大分受けちまったもんよ。マスターがあいつに惚れるの、分かる気がするぜ」

 

 紫月はもう、否定しなかった。

 微笑み、頷く。

 

「シャークウガ。貴方と私は一心同体です。貴方が苦しむなら、私も一緒に苦しみたいんです」

「……マスター」

「私も一緒に戦います……シャークウガ!」

 

 目を開けば、そこには相変わらず黒い靄とそのシールドがあった。

 場には2体のクリーチャー。

 こちらのシールドはゼロ。次の攻撃を通すことは許されない。

 

「キャハハハハハッ! ネエ、モット、アソボウ? アソボウ? コッチニ、オイデェ──!」

「……悪いですが、そっちにはいけませんよ」

 

 彼女は決めていた。

 どんなに進む先が困難に覆われていたとしても。

 引き返さないと決めたのだ。

 

「私は……大事な人と、未来を変えます!」

 

 6枚のマナをタップする。

 今まで灰色だった魔術師(マジシャン)が色を取り戻す。

 

「っ……いきますよ。6マナで《パクリオ》進化──《超電磁トワイライトΣ》!」

 

 その能力は、場の「種族にサイバーとあるクリーチャー」を手札に戻し、その数だけサイバーを手札から場に出す能力。

 しかし、今の紫月が持つカードにこの場を打開できるカードは無い。

 ──リスク特大のただ1枚を除いて!

 

「《パクリオ》を手札に戻し、手札から──このカードを──!」

 

 シャークウガのカードをバトルゾーンへ投げ入れる。

 実体化する鮫の魚人。

 そこから、黒い靄が一気に噴き出す。

 それが紫月を飲み込んだ。

 脳裏に焼き付いた光景が浮かび上がる。

 見た事の無い宇宙。

 そして、それは迫りに迫り──青き地球に辿り着く。

 

「こ、れはぁっ……!」

「奴の、頭ン中の光景かよ……!」

 

 痛みと苦しみを引き金に、それは現れる。

 次々に現れて消えるのは人の顔。

 しかし、それはどれもこれも怖くて──目を瞑ってもまた浮かんでくる。

 

「は、あ、あ……ぐっ……ぅっ……!」

 

 頭を抑え、膝を突く。

 助けてほしい。

 誰かに助けてもらいたい。

 

 ──みづ姉?

 

 気付いたその時。

 脳裏には──翠月の背中が浮かんでいた。

 呼ぶと振り返りそうな程に、後ろ姿は似ていた。

 しかし、呼ばない。

 紫月自身も振り返らない。

 そこに──翠月は居ないと知っているのだから。

 

「みづ姉はずっと前から、あの人なりの道を進むって決めていた……昔の私はみづ姉の脚を引っ張るだけだった……!」

 

 でも、今は違う。

 紫月には、見なければならない道がある。

 一緒に進まなければいけない人がいる。

 

「私にも……進むべき道がある……! どんなに苦しくても、辛くても……! 守らなきゃいけない人がいる……!」

 

 一歩。

 そして、また一歩進む。

 黒い靄を噴き出し続ける鮫の魚人を──抱擁した。

 

 

 

「一緒に、一緒に前へ……シャークウガ、貴方は私、私は貴方……一心同体なんです!」

「U、UUU……ウォオオオオオオオオオオオオオオオーッ!!」

 

 

 

 叫び声が、黒い靄を吹き飛ばした。

 シャークウガの瞳が赤く、強く光る──

 

 

 

「俺は……暗野紫月の守護獣……深海の覇王、シャークウガ様だァァァーッ!!」

 

 

 

 その声を合図に。

 彼女は魔術師(マジシャン)のカードを握り締めた。

 タロットカードのイラストに、闇文明のマークが小さく刻まれていく。

 

「シャークウガ。水が形を変えても本質は同じように……姿を変えても──貴方は貴方ですから!」

 

 バトルゾーン一面は海と化す。

 濁り落ちる水面。

 その中央にその魚人は降り立つ。

 

 

 

「昏き底より始まりの海へと還しましょう──統べるのは貴方、《堕悪の覇王 シャークウガ》ッ!」



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GR61話:奪還作戦──反撃開始

 サイボーグに覆われた体。

 怪しく輝く瞳。

 不敵に笑みを浮かべる口。

 しかし──姿を変えようとも、深海の覇王であることは変わりない。

 刻まれるはⅠ。無限の可能性を秘めた魔術師の数字。

 大胆に、そして豪快に。

 世界を新しく塗り替えるべく、戦場へ降り立った。

 

「成程な──サイボーグになったおかげで、今の俺様はムートピアであり、そしてサイバー・コマンド! 《トワイライトΣ》の効果で出せるってわけか!」

「あの教皇には感謝してもしきれませんね。これを見越していたなんて──では、いきますよ!」

「おうよ!」

 

 杖を振り回すシャークウガ。

 その先端から水泡が浮かび上がる。

 

「《シャークウガ》の能力発動! 登場時に、場にある他のカードを2枚まで選んで手札へ戻します! 《マグナム》と《トワイライト》の進化元である《パクリオ》を手札に!」

 

 バトルゾーンの《マグナム》は泡に包まれ、そのまま消えてしまった。

 更に《トワイライトΣ》の身体から《パクリオ》が抽出され、紫月の手札へ還されていく。

 

「キャハァッ……!? 自分ノ、カードヲ、戻シタァ……!?」

「《トワイライトΣ》で《バルチュリス》を攻撃! そして破壊します!」

 

 黄昏のサイバー・コマンド、《トワイライト》の放つ超電撃が《バルチュリス》を一瞬で黒焦げにしてしまった。

 これで相手の場にクリーチャーはいない。

 

「ターンエンドです」

「キャハハハハッ……タノシイ! タノシイ! 悪意ニマミレタクリーチャーヲ……ツカイコナシテルナンテ!」

「へっ、何が悪意だ! そんなもんに俺様は負けねえよ! マスターが進む道を照らす限り、俺はそれを目指して突き進む!」

「キャハハハハーッ! 《マグナム》召喚!」

 

 再び現れる《マグナム》。

 確かにどんなにバウンスをしても、またクリーチャーは戻ってきてしまう。

 このままではイタチごっこだ。

 しかし。

 

「シールドが無い今、その《マグナム》もタダのクリーチャー……守りを固めましょう。《マリン・フラワー》召喚。そして、《ジェリー・ローニン》を召喚。その効果で山札の上を見て、それがサイバーに手札に加えます」

 

 捲れたのは《スクリプト》。

 コスト8の大型サイバー・コマンドだ。

 

「そして4マナで《パクリオ》召喚! 貴方の手札を見ます!」

「キャハハハハーッ!」

 

 再び襲い掛かろうとする異形の記憶。

 しかし──それはすんでのところで防がれる。

 

「キャハァッ……!?」

「わりぃな。テメェの放つ靄は、俺様がシャットダウンした。元々この身体はテメェの悪意で作られたようなモンだからな! 克服しちまえば、こっちのもんだぜ!」

「ありがとうございます、シャークウガ!」

「いいってことよ! 奴を封じ込めるぞ!」

「《パクリオ》の効果発動! 手札を見て──《シン・ガイギンガ》をシールドゾーンへ!」

「キャ、ハハァッ……!?」

 

 封じ込められていく黒い靄の切札。

 それは、最早出す前にシールドゾーンへ埋められていく。

 

「オ、オモシロクナイ……オモシロクナイオモシロクナイッッッ!!」

「残念でしたね。現実は面白くない事も辛い事も楽しくない事も沢山あります」

 

 ──それでも──毎日が楽しいのは、先輩達が居たから。私の狭かった世界を、広い海へ連れ出してくれた人がいるから。

 

「《水晶の記憶 ゼノシャーク》召喚……! ナンデェ、ナンデ……! トオラナイ……!」

 

 攻撃しようにも攻撃も出来ない。

 《シャークウガ》はパワー6000のブロッカーだ。

 《単騎》では超えることが出来ない。

 

「私のターン。《マリン・フラワー》2体を召喚、そして《ジェリー・ローニン》を《トワイライトΣ》に進化!」

 

 浮かび上がるバトルゾーンのサイバー達。

 それが、一気に紫月の手札へ集められていく。

 

「戻すのは《シャークウガ》、《パクリオ》、《マリン・フラワー》! 合計3体を手札に戻し、《シャークウガ》、《パクリオ》、そして《スクリプト》をバトルゾーンへ!」

「ヒッ……!?」

「《シャークウガ》の効果で《マグナム》と《ゼノシャーク》を手札へ戻します。そして、《パクリオ》で《マグナム》をシールドへ封じ込めます!」

「タ、タノシクナイ、タノシクナイ……! ホントウニ、キモチガワルイ……人間……ソウヤッテ、アタシヲガンジガラメニシヨウトスル……!」

「どの口が言うのやら……《スクリプト》の効果発動。この子はかなり凄いですよ。手札に戻したクリーチャーよりもコストが小さいクリーチャーをバトルゾーンに出せるんです」

「マジ!? ってこたぁ、本当に好き勝手し放題じゃね!?」

「《シャークウガ》を手札に戻し、手札から2枚目の《パクリオ》をバトルゾーンへ!」

 

 閉じ込められているということは、それ相応の理由があるという事。

 まるで、子供のように駄々をこね、暴れ回り守護獣やエリアフォースカードを狂わせる存在。

 もしもこれが、一つになったら、と思うと紫月はゾッとした。

 

「《熱湯グレンニャー》……! 《エメラル》……! コロシテヤル……コロシテヤルゾ、人間ッッッ!!」

「このままじゃキリがねえよ! 殴って勝つのかマスター!」

「S・トリガーを持ってるカードも埋めてしまいました! 今更殴って勝つのはリスクが大きすぎます!」

「じゃあどうやって……!」

「シャークウガ、気付いた事があるんです。貴方の効果を使えばトワイライトのループは大幅に簡略化されるんです」

 

 《トワイライトΣ》の能力は、戻したサイバーの数だけ手札からサイバーを出せるという能力。

 つまり、この能力でサイバーを好きな数だけ出し入れできれば、サイバーを使ったどのようなコンボも達成できる。

 その気になれば山札のクリーチャーを全て出し切る事も出来るだろう。

 だが、そのためには《トワイライトΣ》も手札に戻して使い回さなければならない。

 

「だけど《トワイライトΣ》は当然、()()()()()()()()()()は出来ません! だから、《シャークウガ》の効果で《トワイライトΣ》()()を手札に戻す必要があるんです!」

「そうか! そんでさっきの《スクリプト》を俺に使えば、《トワイライトΣ》をもう1回場に出せるじゃねえか! ん? でも、それじゃあ《スクリプト》で俺を戻してるから1体ずつクリーチャーが減っちまうんじゃねえか!?」

「そこは既に解決済みです。問題は……ループのフィニッシャー……それがまだ引けて無いんです」

「マジかよ!?」

「《シャークウガ》、《トワイライトΣ》、《パクリオ》、《スクリプト》……これだけでは、相手の手札をシールドに封じ込めるだけです……!」

 

 手札にはそれらしきカードは見当たらない。

 もう時間が無い。

 外では耀が戦っている。

 このままでは、彼に皇帝(エンペラー)のカードを返すことが出来ない。

 しかし、黒い靄を封じ込める為にはこのデッキで勝つしかない。

 

「引くしかありません。水の本領は……ドローにありますから」

「そうだな。未来を手繰り寄せる力、それがドローだ!」

 

 マナにカードを置く。

 そして、この1枚で未来を手繰り寄せる。

 

「2マナをタップ──《マリン・フラワー》から進化です」

 

 足元の海に巨大な影が浮かび上がる。

 

 

 

「──それは揺蕩う大洋の知識。未来を手繰りなさい、《アストラル・リーフ》!」

 

 

 

 超巨大な波の怪物が姿を現す。

 バトルゾーンにはいくつもの水の手が伸び、紫月に手札を供給していく。

 登場時に3枚のカードを引くという能力は、現代に於いても最強のドローソースだ。

 ──《サイバー・G・ホーガン》、《アストラル・リーフ》……そして《サイバー》……これです!

 その知識を元に、紫月のパズルは組み上がった。

 

「いきますよ! 《アストラル・リーフ》を進化! 《トワイライトΣ》! 効果で《シャークウガ》、《パクリオ》2体、《マリン・フラワー》を手札に戻します!」

 

 大渦が巻き起こり、稲光と共に次々にサイバーが降り立った。

 

「《パクリオ》、《スクリプト》、《サイバー・I・チョイス》──そして!」

 

 浮かび上がる魔術師のアルカナ。

 それが輝き、世界を作り替える──

 

 

 

「私と共に、新たなる世界へ──《サイバー・N・ワールド》!」

 

 

 

 純白の装甲に身を包み、巨大な手を広げた電子の巨人。

 それがバトルゾーンへ現れる。

 

「イマサラァ、ナニヲスルツモリダァァァーッ!」

「これで、全ての準備は揃いました。パズルを紐解く時! 《サイバー・I・チョイス》の効果で《シャークウガ》をバトルゾーンに出します!」

「ッ!? ソイツハS・トリガージャ、ナイダロォ!?」

「いいえ。《サイバー・I・チョイス》は、S・トリガーを持つカードを1枚、コストを支払わずに使ってもよいという効果を持ちます。ツインパクトの呪文面がS・トリガーを持っていれば、それを使う事が出来るんです」

「ナァッ!?」

「おっしゃぁ! 出番ねぇかとヒヤヒヤしたぜ!」

「私が貴方を忘れる訳ないでしょう……そして《シャークウガ》の効果で《トワイライトΣ》のカードを手札に加えます! 更に《スクリプト》の効果で《シャークウガ》を手札に戻し、それよりもコストが小さい《トワイライトΣ》を《アストラル・リーフ》から進化!」

 

 こうすることで、紫月はバトルゾーンのクリーチャーの数を減らさずに、ずっと《トワイライトΣ》を出し入れすることが出来る。

 

「そして後は《I・チョイス》、《パクリオ》、《スクリプト》、《N・ワールド》の4体を手札に戻し……以下、同じ手順を無限に繰り返すことが出来ます」

「ッ……!? ナ、ナニイッテ──」

「ところで忘れてませんか?」

 

 シャークウガの力により、カードが無限に循環し続ける中、紫月はバトルゾーンと手札を行き来する2枚のカードを取り上げた。

 

「私まだ、《パクリオ》と《N・ワールド》の効果を()()()使()()()()()()()()

「デュエマじゃあ、クリーチャーが同時に出た時の処理は好きな順に解決していいんだっけか? となるとよォーッ、この無限ループが終わった後に、一気にこいつらの効果を解決しても良いんだってよォ」

 

 同時に発動した登場時効果は、使わなかったものがどんどん溜まっていく。つまり、此処までのループで紫月は《パクリオ》と《N・ワールド》の登場時効果を30回以上貯めているのだ。

 

「何、難しい事はありません。《サイバー・N・ワールド》の効果発動」

 

 その瞬間、ループは途切れた。

 そして、紫月と黒い靄の山札が手札と墓地のカードを吸い込んでしまう。

 

「手札と墓地をシャッフルし、カードを5枚引く……これが《サイバー・N・ワールド》の効果です」

「バ、バカナヤツ……敵ニ塩ヲ送ルナンテ──」

「おや、ルーパーの間では常識なんですがね──相手に手札を引かせる時は、死刑宣告だと」

「エ──」

「敵に塩を送るのは私の性に合いません。相手を塩漬けにするくらいじゃないと。《パクリオ》の効果を解決。相手の手札を1枚、シールドに埋めます。そしてもう1回、《N・ワールド》の効果を解決──これが後、30回以上残っていますよ」

 

 以下。

 《N・ワールド》の効果によって手札を5枚引き直し、《パクリオ》で手札をシールドへ埋める事の繰り返し。

 この無限ループの中で、紫月の山札は当然だが一切減らない。

 しかし相手は、《パクリオ》の効果が発動した分だけ山札が減り続ける。

 何故ならば、《N・ワールド》の効果でシールドのカードは回収できないからだ。

 

「つまりよぉ、テメェの山札は全部シールドに封印ってことだ!」

「ではおやすみなさい。精々、星空の良い夢を」

 

 脳。

 記憶。

 それに等しい意味を持つ山札が次々に結晶のシールドと化していく。

 怪物は耐えられなかった。

 自分が断片的に封じ込められていく感覚に。

 何分の1に分割されて封印されていた自分が、更に細かく分割されていく苦痛に、耐えられなかった。

 

 

 

「ア、ギ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!?」

 

 

 

 黒い靄がシールドとなって埋め込まれていく。

 しばらくすると──そこには何十枚ものシールドだけがあり、黒い靄は消え去っていた。

 

「……やれやれ、こんなデッキを使わせるなんて教皇(ハイエロファント)も趣味が悪いです」

「いや、ぶっちゃけループしたかったんだろ? マスター」

「気持ち良かったです」

「ほらぁーっ! そういうとこだぞーっ!」

「でも、これが水文明の戦い方なので。……ようやく、シャークウガと水文明らしいデッキで戦えてよかったと思ってますよ」

「ヘッ……そーだな」

 

 パン、と二人はハイタッチする。

 そして──目の前には神殿の扉が開かれていた。

 

「──我が友よ」

 

 教皇の声が何処からともなく静かな空間に聞こえて来る。

 別れの時間がすぐそこに迫っていた。

 

教皇(ハイエロファント)、色々お世話になりました」

「また会いに来るぜ! 寂しいからって、暴走すんなよ!」

「……名残惜しいが、時間が無いか。礼はしてもし足りないが……」

「良いんですよ。あいつ、いけ好かなかったので」

「スカッとしたな!」

「……貴方達は本当に面白い……ずっと、覚えておくとしよう」

 

 紫月とシャークウガは顔を見合わせて笑い合う。

 自分達も忘れない。

 孤独で、そして人の心が分かるエリアフォースカードの事を。

 

「そうだ。水文明の力……お前の愛する者に分け与える事も出来るぞ、暗野紫月」

「本当ですか!?」

魔術師(マジシャン)にもマスターも余力はねえだろうし、最後の希望は……やっぱ白銀耀か」

「……愛と信じる事。それを忘れない事だ」

「ええ。覚えておきます。貴方の事も一緒に」

 

 教皇(ハイエロファント)は最後に一度、穏やかな声で囁いた。

 

 

 

 

「……ありがとう。友達よ」

 

 

 

 

 その声と共に、二人の視界は白く包まれた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「んっ……」

 

 気が付くと、紫月は巨大なテントの中に居た。

 何時の間にか安全な所に避難させられていたのだろうか。

 視界には、白衣を纏ったロボット。

 魔力を持っている辺り、クリーチャーだろうか。ジョーカーズに似たようなクリーチャーがいたことを思い出す。

 シャークウガの視線はと言えば、そのロボットの手元に向かっていた。

 

「なあ、マスター。ジョーカーズにミイラ男っていたっけか?」 

「いる訳無いじゃないですかシャークウガ、何処を見て──」

 

 そして──ミイラ男、もとい白銀耀の姿があった。

 

 

 

「先輩!? 何があったんですか!?」

「か、帰って来たのか、助けてくれ、紫月……!」

 

 

 

 紫月が慌てて駆け寄ると、ロボットの医者が「アンセイ! アンセイ! 全治1か月! 全治1か月!」と抜かしている。

 

「全身大怪我!?」

「コイツ、ヤブ医者だ! 包帯が要らねえ所にまで包帯を巻いてやがる!」

「あー、そうだな。ぶち抜かれたのは腹だけか」

「いや、大事でしょう。大丈夫なんですか、先輩!?」

「それどころじゃないであります! 外で今、アカリ殿が敵と戦っているでありますよ!」

「敵!?」

 

 思わずテントの中から外を覗く。

 そこには──空間から弾き出されたアカリの姿があった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 メカドクターGrの治療は的確かつ迅速なものであった。

 電気メスでの止血、輸血、弓矢の摘出、縫合。

 此処までは良かったのだが、俺がいざアカリを助けに行こうとすると全力で止められ、包帯でぐるぐる巻きにされた次第である。

 「それは先輩が無茶するのが悪いかと」とは紫月の弁であった。

  何とか包帯から解放された俺はテントから外の様子を覗き見る。

 

「大変です、負けてしまってますよ!?」

「マジかよ……!」

「アンセイ! アンセイ! 包帯! グルグル! ギプス、グルグル! シューチューチリョー!」

「お前マジでうるせーんだよ! 噛むぞコラ!」

「黙ってるでありますよ!」

「先輩。流石に魔術師(マジシャン)は戦う余力が残っていません」

「改造で大分魔力持ってかれたからな……精神世界で戦えてたのはバックアップがあってこそだ」

 

 シャークウガがバツが悪そうに言った。

 そういえば精神世界で何があったのか気になるな。

 見た所、二人とも無事に戻って来れたみたいだ。

 ……シャークウガの姿はそのままだけど。

 

「あ、シャークウガの姿については問題ないです」

「ぶっちゃけ改造された後の方が俺つええ気がするから問題ねえな! ダンディさは前の方が」

「フカヒレ」

「はい」

「どっちにせよ、戦えるのは俺だけってことだな」

「……いいえ、私も一緒です。シャークウガ、出来ますか?」

「おうよ!」

 

 魔術師(マジシャン)のカードから、皇帝(エンペラー)へ青い光が移っていった。

 そして──皇帝(エンペラー)に、水文明のマークが刻まれる。

 

「文明の力が、増えたであります!?」

「こんな事、出来たのかよ!?」

「今はこれが精一杯です。でも、私の力……先輩に渡します」

「ああ。確かに受け取った!」

 

 これで火文明の力、自然文明の力、そして水文明の力が揃った事になるのか。

 ということは、デッキのカードにも変化があるかもしれない。

 そう思って、デッキケースを取り出したその時だった。

 そこから1枚のカードが飛び出す──

 

 

 

「あっ!? 嘘だろ!?」

「あれって、《ダンガスティックB》のカードでありますよ!!」

「追いかけましょう、先輩!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あーあ、弱かったねえ。萎えちゃったよイカルス」

「本当に弱かったねーっ、イカルス。可哀想だよね!」

 

 

 

 倒れ伏せるアカリ。

 駄目だ。

 もう、自分だけでは耀も紫月も庇い切ることが出来ない。

 無力感に苛まれながら地面を握る。

 

「あっ、ぎぃ、あぁああ……!」

 

 激しい苦痛が襲い掛かる。

 ダメージは蓄積しつつあった。

 目の前の天使擬きたちを睨みながら、銃口を向けようとしたが、

 

「やめなよ、そういうの」

「いっ──」

 

 ドシュ。

 鈍い音と共に、掌には弓矢が突き刺さっていた。

 痛みで気が狂いそうになりながら、アカリはどうすれば良いかを考えようとした。

 しかし、何も思いつかない──

 

「もう飽きたよ。全員殺して、エリアフォースカードを回収する」

「そしたら、トキワギ機関にも勝てるよねーっ」

 

 ──あたしは、何をしに来たんですか……! こんなやつらにコケにされて……!

 悔しさで涙が滲み出る。

 何がレジスタンスの希望の星だ、と吐き捨てた。

 あまりにも今の自分は……無力すぎる。

 ──こんな時、あたしは……どうすれば──!!

 

 

 

「そうは……させねぇよ……!」

 

 

 

 呻くような声。

 そこには──白銀耀が立っていた。

 そして、その傍には暗野紫月が肩を支えていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「アンセイ! アンセイ! マダ手当、オワッテマセン!」

「うっせーこのヤブ医者! 無理矢理包帯だらけにしようしやがって、いだだだだだ」

 

 メカドクターGr.を怒鳴りつけた耀は紫月に背中を預けるようにしてエリアフォースカードを掲げる。

 目標は唯一つ。

 あのいけ好かない天使擬きたちだ。

 

「それよか、《ダンガスティック》のカードは何処だ!? あいついねえとデッキ足りねえんだけど!」

「アレ、我の本体でありますよ!?」

 

 獅子と天馬の怪物が吼えた。

 そこから強大なエネルギー弾が放たれて、地面を抉っていく。

 まずい。このままじゃ、アカリが──

 

「くそっ、こうなったら俺様が──」

「シャークウガ、今の貴方の身体では無茶です!」

 

 いや、来る。

 何か来る。

 何かが変わったような風が吹いた。

 1枚のカードが、庇うようにして俺の前へ──来た。

 

「っ《ダンガスティック》のカード!?」

 

 いや、それだけじゃない。

 倒れているアカリのデッキケースからも、2枚。  

 カードが飛び出している。

 

「《ダテンクウェール》……《ダルタニック》……何処に行くの……!?」

 

 3枚のカードが、盾になるようにして重なった。

 そして──エネルギー弾を全て、弾き返してしまう。

 

「何が……起こってんだ……!?」

「3枚の、ロボットのジョーカーズカード……先輩、これってまさか!」

「……チョートッQ」

「応、であります!」

 

 飛び出すチョートッQ。

 その身体に、3枚のカードも引き付け合い、重なっていく。

 それらは俺の手元に戻っていく。

 見た事の無い1枚のカードとなって。

 

「っ……合体した……! 《サンダイオー》みたいに……!」

「水文明の力が……加わったってことですか……!」

「マスター! 我らの力、存分に振るうでありますよ!」

 

 ……よし、やってやろうじゃねえか。

 今度こそ──逆転のチャンスだ!

 

「合体とかズルいーっ! 何が起こってるか分かんないんだけど!」

「おっとイカルス、合体なら俺達だってしてるだろう? 一心同体の神々の方が優れているさ!」

 

<Wild……DrawⅥ、LOVERS!!>

 

 空間が開かれていく。

 だけど負けない。

 お前達が二人なら、俺達は……皆で戦ってるんだ!

 

「アカリ、ちょっと待ってろ。今、こいつら倒して助けに行くからよ」

「……お爺ちゃん」

「チョートッQ! 紫月! シャークウガ! 行くぞ!」

 

 エリアフォースカードを掲げる。

 火。自然。そして水。

 3つの文明の力が合わさったこのカードで──今此処に居ない仲間の分の思いも背負って勝つ!

 

 

 

皇帝(エンペラー)、起動!」

<Wild……DrawⅣ、EMPEROR!!>



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GR62話:無限合体──神化

 ──俺とイカルスのデュエル。

 俺が《タイク・タイソンズ》を出す中、あいつらは《ダーク・ライフ》を唱えてマナと墓地を増やしている。

 勝つには、相手が仕掛けて来る前に《ジョット・ガン・ジョラゴン》を出すしかない。

 

「《ヤッタレマン》を召喚! そして、《タイク・タイソンズ》で攻撃──するとき、Jチェンジ発動! 場のコイツとマナにあるコスト4以下のジョーカーズを入れ替える!」

 

 そのためには、あいつらよりも2手先を行くしかない。

 目には目を歯には歯をなんて言うが、マナ加速にはそれを上回る速度のマナ加速が手っ取り早い!

 

「《タイク》と入れ替えるのは《メイプル超もみ人》! 《タイク》の場を離れた時の効果と合わせてマナを2枚ブーストだ!」

「これで白銀先輩のマナは次のターンでマナが5枚。更に《ヤッタレマン》も居る……まるで、《メンデルスゾーン》を使った後のドラゴンデッキです」

「マナを増やすのは自然文明のオハコだからな! 次のターンでビシッと決めてやるぜ!」

 

 手札にある《ジョット・ガン・ジョラゴン》を出すには、最大でマナが7枚必要だ。

 更に《ヤッタレマン》が居る時にジョーカーズを1体手札に戻せば、それでコストは2軽減される……つまり、次のターンに俺のマナが5枚以上になっていれば《ジョラゴン》が出せる!

 

「ハハッ、そんなにがっつくなよ童貞野郎」

「ああ? 何だとコラ」

「獲物を前に舌なめずりするのは三流ってことさ。最初からトばしすぎると、朝まで持たないぜ」

「心配しなくても朝まで走るつもりはねーよ。速攻でお前らを叩きのめして、アカリを助ける!」

 

 ……この余裕、あいつらも何か仕掛けて来るな。

 マナゾーンには自然と闇のカード……闇で次のターンに4コスト……まさか。

 

「白銀耀。お前の切札は《ジョット・ガン・ジョラゴン》か。話には聞いてるよ。場のジョーカーズを手札に戻したら、コスト軽減できるんだっけ?」

「可哀想可哀想可哀想ーっ! 次のターンに、もう切札が出せるって思ってるんだね!」

「だけど、まだ前戯も終わっちゃいない。俺が焦らしてやろう──」

 

 タップされる闇を含んだ4枚のマナ。

 そこから悪魔の形相をした門が現れた──

 

「さあ、呪文《解体事変》を唱えようか! 相手の手札を1枚見ないで墓地へ叩き落とす!」

「呪文版《ジェニー》だと!? また未来のカードか!」

「このタイミングのピーピングハンデスは……!」

 

 公開されていく手札。

 それはよりによって、《アイアン・マンハッタン》と《ジョット・ガン・ジョラゴン》の二択……!

 

「ねえねえねえイカルス! 金ピカのカードがあるよ! あれがウワサのカードだよねーっ!」

「まあ落ち着けよイカルス。さっさと墓地へ落としてしまおうか。《ジョット・ガン・ジョラゴン》を捨てろ」

 

 やられた。このカードを握っていたから余裕ぶってたんだ……!

 《アイアン・マンハッタン》を出そうにも、まだマナが足りない。

 アイツの言う通り、完全に、トばし過ぎた……!

 

「マナにカードを置いて、ターンエンド……!」

「だから言わんこっちゃない。こちらも仕掛けるか」

「あっ、イカルス! アレを使うんだね!」

「そうだねイカルス。タイミングは此処しかない。5マナを──タップ!」

 

 天使擬きたちの足元に無数の茨が生えだす。

 何だ!?

 たかが、5マナのカードだろ!? 一体、何を使うってんだ……!?

 

「それは生命を生み出す完全なる大地の抱擁、轟き破砕する呪われし文言──」

「目交い、産み出せ──《大地と生命と轟破の決断(パーフェクト・ネイチャー)》!」

 

 大地が罅割れ、そこから黄金の光が飛び出した。

 こ、これって──

 

「効果でコスト5以下のクリーチャーを2体、マナゾーンからバトルゾーンへ! 《龍罠(ドラップ) エスカルデン》!」

「そしてそしてーっ! アタシの切札、いっくよーっ!」

 

 カタツムリの戦車に続くようにして、天使の如き翼が広がった。

 大地から這い出るのは、黄金の鎧を身に着けた天馬だった──

 

 

 

「神誕──《G・A・ペガサス》!」

 

 

 

 な、何が起こったんだ……!?

 一瞬で、場にクリーチャーが2体出て来やがった……!? 

 しかもマナゾーンから……!? あの呪文、どうなってんだ!?

 

「見給え、低俗下劣下賤でクソッたれた旧世代の人類──! これがパーフェクト呪文の力だ!」

「何が旧世代の人類だ、何がパーフェクト呪文だ! そもそも低俗で下劣なのは、お前も人の事言えねえよ!」

「仕方が無いだろう? オレ達はそういう風に作られたんだから」

「あんだと……開き直りやがった!」

「開き直るも何も……合理的かつ理想的な新世代の人類。それに必要な遺伝子を見定めるのがオレ達の役割さ」

「遺伝子……?」

「あんな奴らの悪趣味な話を聞いてる場合ですか! 問題はあの呪文ですよ!」

 

 ぐいぐい、と袖を引っ張る紫月。

 そうだ、イカルスの口車に乗せられてる場合じゃねえ。

 

「一体、何が起こったんですか……!? あの呪文は何を……!?」

「それもそうだ、いきなり前触れも無しに2体もクリーチャーが……!」

「何って……コスト5以下のクリーチャーを2体、マナゾーンから呼び出しただけだが?」

「アタシ達ペトロパブロフスキー重工が造り出した、完璧な自然の呪文だよーっ!」

 

 ふざけてる。

 Jチェンジでさえ、入れ替えるクリーチャーが必要なんだぞ!

 無から場にクリーチャーが2体も出て来るって、どんな呪文だよ!

 

「……そもそもパーフェクト呪文が他にもあったなんて……!」

「紫月、何か知ってるのか?」

「……いえ、今この場で考えても仕方ない事でした。それより、問題は今のデュエルと《ペガサス》と《エスカルデン》でしょう」

「そ、それもそうか……!」

 

 確か《G・A・ペガサス》の効果は……自然の呪文のサーチか。

 しかもアイツ自体が光のドラゴンだから、放っておけばファイナル革命持ちのドラゴンにチェンジされる可能性がある。

 どうにかして処理したい所だが、こうもおやつ感覚でマナからクリーチャーを引っ張り出されたんじゃ、いずれ対処が追い付かない。

 だって、さっきのパーフェクトなんたらってカードも自然の呪文じゃねえか!

 都合よくマッハファイターが引けるとは思えねえし……!

 

「《ペガサス》の効果で、《大地と生命と轟破の決断(パーフェクト・ネイチャー)》を手札に加えるよーっ!」

「やっぱり──! もう1回来るじゃねえか!」

「そして、《エスカルデン》の効果で山札の上から2枚を表向きに。その中から、クリーチャーを加えるけど……今回は全部マナに置こうか」

「これでターンエンドだよーっ!」

「何とかこれで済んだ……!」

「でもマナから展開したのに、相手のマナゾーンのカードは減ってませんよ先輩!」

 

 そう、それが問題だ。

 少なくとも、後もう1回《大地と生命と轟破の決断(パーフェクト・ネイチャー)》が来る……!

 しかも、下手に手札に切札をサーチすれば《解体事変》で落とされる可能性もある……手強いぞ、このデッキ。

 

「4マナで《天体かんそ君》召喚! 山札の上から3枚を見て、その中から1枚をマナに置く! 残りは山札の上と下に!」

「はいはい、もう良いよそういうの。省略省略!」

「どうせ負けちゃうの分かってるんでしょーっ? 見てて可哀想だから、足掻くのはやめよーよ!」

「こ・い・つ・ら……!」

「白銀先輩、いちいち振り回されないでください!」

「悪い、すっげぇムカつく奴を思い出したもんでな……!」

 

 こいつらやっぱり、マリーナの配下だわ……!

 人をイラつかせるツボをこれでもかってくらいに抑えてやがる!

 

「さーて、そろそろこっちもヤるか……オレ達と一緒に、()()()()()()!」

「6マナをタップするよーっ!」

 

 地面がぐらぐらと音を立てて揺れる。

 6マナ? 待てよ、これってまさか──!

 

 

 

「神撃──《G・E・レオパルド》!」

 

 

 

 吼える獅子の神。

 それに跨るのは刃を振り回す戦神だ。

 

「揃っちまった……!」

「その効果で《青守銀 シルト》を手札に加えるよ! そして!」

 

 2つの獣の間に紫電が迸る。

 何なんだ、この嫌な感じは──!

 全く異なる異物が接合していくような、気味の悪さ……!

 繋がっていく。

 神と神が──!

 

「陰と陽、男と女、そして神と神、片方では不完全でも二つが合わさればカンペキだよーっ!」

「さあ、繋がれ。天を抱くのは終わりの大地──《ペガサス》、《レオパルド》、G・リンク!」

 

 G・リンク。

 対応する二つのゴッドが繋がり、一つのクリーチャーとなる能力。

 《ペガサス》に対応するのは《レオパルド》……2体が合体すれば、もうあいつらはカードの効果では選ばれない。

 黄金の盾を掲げた天馬と獅子の巨神。

 それが目の前に聳え立つようにして立ちはだかっている。

 パワーは決して高いとは言えない。だけど、決して触れる事の出来ない威迫を放ち続けている……!

 

「恐れ戦け! これがオレ達の神々だ!」

「獣と獣、二つが合わさって一つの柱に!」

「下賤な民には触れる事すら叶わないんだよ、白銀耀!」

「……触れる事すらァ……? へっ、リンクしたところでパワー7000のW・ブレイカーだろ……!」

 

 「選ばれない」ってことさえ、除けばだけどな!

 正直、息切れしている俺にとってはかなり危ない状態には違いない。

 制圧された状態では、あのゴッドたちは安全なフィニッシャーになるだろう。だから、これは只の強がりかもしれない。

 ……だけど、それはあくまでも盤面を完全に制圧されればの話だ!

 

「ターンが返ってきて良かったぜ──《天体かんそ君》で山札の上に仕込んでたこいつを、ようやく召喚できるんだからな!」

 

 使うのは水を含んだ6枚のマナ。

 それらは激流となって、バトルゾーンで渦を巻く──!

 

 

 

「──これが俺の大洋の切札(オーシャンズ・ワイルド)! 

 

 

 

 刻まれるMASTERの紋章。

 浮かび上がるのはⅣ。武を以て覇を成す皇帝の数字!

 

 

 

「波濤を超えろッ、《ジョリー・ザ・ジョルネード》!」

 

 

 

 俺の呼びかけに答えるようにして、三又の槍と銃を構えたガンマンがカードから飛び出す。

 こいつの効果で、超GRゾーンから3回GR召喚を行う!

 

「……隠し持ってたか。まだそんなカードを……!」

「《ジョルネード》の能力で、《バツトラの父》、《ゴッド・ガヨンダム》、《バイナラシャッター》をGR召喚だ!」

 

 さらに、《ガヨンダム》のマナドライブで手札を捨てて2枚ドロー。

 そして──《バイナラシャッター》で《エスカルデン》を山札の一番下に送る!

 

「これで、ターンエンドだ!」

「山札への除去なんて、どいつを戻しても無駄だよ」

「無駄無駄! どうせ回収すれば良いもんねっ!」

「下賤な民がイキがっちゃって、調子乗ってんじゃないよ!」

「……先輩、そろそろ私も腹立ってきました」

「だろうな!」

 

 だけど、状況は好転したとはいえない。

 あいつらはまだ、さっきの呪文を握っている。

 再び5枚のマナがタップされ、暴走する大自然の暴威を振るう──

 

「──呪文、《大地と生命と轟破の決断(パーフェクト・ネイチャー)》をもう1度使おう!」

「また来た……!」

「《ペガサス・レオパルド》はこのターン、アンタップしているクリーチャーを攻撃出来る」

 

 アンタップキラー付与まであるのかよ! 

 そうか、革命チェンジしてくるなら、安全に殴れるこのタイミング……!

 

「さらに、マナから《エスカルデン》を出して、山札の上から2枚を表向きにするよーっ! その中からクリーチャーを手札に加えても良いからねーっ!」

「1枚をマナに置いて、《幻緑の双月》を手札に加えるよ。そして、《ペガサス・レオパルド》で《ジョルネード》を攻撃──するとき、革命チェンジを発動しよう!」

 

 黄金の鎧を身に纏った天馬と獅子の神々が《ジョルネード》目掛けて突貫する。

 その身体は一瞬で、百の弓矢を降り注がせる獅子龍へと変換された。

 さらに、リンクされたゴッドは、簡単には消えはしない。

 片割れだけがバトルゾーンに残るのだ。

 

 

 

「リンク解除で《ペガサス》を場に残す! そして──《百族の長(ミア・モジャ) プチョヘンザ》にチェンジ! ファイナル革命でこいつよりパワーの低いクリーチャーを全てマナ送りだ!!」

 

 

 

 弓矢はクリーチャーに突き刺さるなり絡みつく樹木と化し、地面へ次々に引きずり込んでいく。

 俺のクリーチャーは全滅。更に、相手の《ペガサス》や《エスカルデン》もマナゾーンに送られていった。

 こうしてイカルス達も、場に《プチョヘンザ》が残るのみとなった。

 最も──《大地と生命と轟破の決断(パーフェクト・ネイチャー)》がある以上、あいつらにとってマナのカードは手札同然だけども!

 

「オレ達のマナは9枚。これで、お前は8コスト以下のクリーチャーを出せばタップインされる」

「スピードアタッカーも、マッハファイターも効かないからねっ!」

「しかも《プチョヘンザ》のパワーは12500! そうそう超えられやしないさ!」

 

 パワー12500。確かに大層なパワーかもしれない。

 しかも7コスト以下はタップイン。足止めされたも同然だ。

 恐らくアカリは、このロックに足元を掬われたのだろう。

 ……だけど!

 

「それなら、《バイナラドア》召喚! 《プチョヘンザ》を山札の一番下に送る!」

「……ちぇっ、つまらないなあ」

「除去耐性が何にも無いから、ただ退かせば良いだけだからな! これくらいなら、ロックでも何でもねえよ!」

 

 何とか《プチョヘンザ》は突破出来た。

 多分、アカリは《ペガサス・レオパルド》と相性の良いあいつに大分苦しめられたんだろう。

 だけど、マナが伸びるこのデッキなら対処手段は幾らでも用意できる……!

 

「手札があれば……まだ、幾らでも巻き返せる!」

「……でも白銀先輩。相手のマナ、もう大分溜まってますよ……?」

 

 でも白緑で大型の切札だろ? しかもわざわざデッキにゴッドを入れてるんだろ? 何を出すってんだ……?

 そういや、さっきあいつらが手札に加えてたカードって《幻緑の双月》だよな?

 確かアレって、《母なる星域》とのツインパクトカードだったような……。

 

「……まさか」

「そうです。先輩も思い当たる節があるのでしょう? 《母なる星域》は進化クリーチャーを出す呪文です」

「……馬鹿な! こんなデッキ、分かる訳ねえだろ……!」

 

 思い当たる一つの可能性。

 そう言えばあいつらのデッキ、闇が入ってる割には主張が薄かった。

 じゃあ、そもそも何の為に入れてたんだ? と考えた時、一つの結論に至る。

 GRのマナドライブの為だけならまだ薄い。

 フィニッシャーが闇文明のクリーチャーなんだ。

 闇で、超重量で、進化で──しかも、ゴッドに関係するカード! 今の今まで頭からすっぽ抜けていた! 

 

「……ねえねえねえ、イカルス。どうするの?」

「そうだねえイカルス。やっぱり、付けあがらせたら調子に乗るだけか」

「そろそろ見せてあげなよ、イカルスの本当の切札」

「そうだねえ、《レオパルド》も《プチョヘンザ》も、こいつには大して響いてないみたいだしなあ──もっとハードに攻めてやろうか」

 

 タップされる5枚のマナ。

 再び翼を広げて《G・A・ペガサス》が現れる──

 

「効果で自然の呪文、《母なる星域》を手札に加えよう!」

「そして2マナで《幻緑の双月》召喚するよーっ! 効果で手札からカードを1枚マナに置くからね!」

「そして、後3マナ残っているぞ!」

 

 ──今やっと分かった。こいつら、丁度10マナで進化元と超重力級の進化先を揃えるつもりだったのか──!!

 

「呪文、《母なる星域》! 効果で場のクリーチャー……《幻緑の双月》をマナに送って、マナゾーンのコスト以下のコストを持つ進化クリーチャーを1体場に出すッ!」

「さあ、七番目の落とし子の誕生だよーっ!」

「《ペガサス》を進化元に……進化」

 

 ゴッドを進化元にするクリーチャーなんて、そうそう多くない。

 それに、こんな大量のマナを必要とするカードだって同じことだ。

 こいつら、今の今までこんなものを隠し持ってたのか──!

 

 

 

「オレ達が世界を産み直そう──神化完遂、《第七神帝 サハスラーラ》ッ!!」



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GR63話:無限合体──三位一体

「──神化完遂……《第七神帝 サハスラーラ》ッ!!」

 

 

 

 その声と共に、身の毛がよだつような声が足元から聞こえて来る。

 地面は黒く染まり、目の前には天馬を喰らう無数の龍の姿があった。

 龍達が髪の毛の如く絡まり合うと、その中央に巨大な顔が形成されていく。

 

「ゴッドを進化元にする進化クリーチャー……それが、一つになった神帝、《サハスラーラ》です……!」

 

 直視する事すら憚られる恐怖の異形。

 神の帝、その名は神帝。

 いや、神さえも超越する創造主、それが「クリエイター」と呼ばれる種族だ。

 

「こいつにまで考えが及ばなかった……! デッキに入ってる闇のカードの役割なんて、ハンデスの為くらいだって思ってたのが甘かった……!」

「いやあ、実際手札を破壊する為ではあるんだけどね?」

「貴方達のーっ、残り2枚しかない手札を破壊する為にねーっ!」

 

 巨大な触手が俺の手札に伸び、絡め取るなり両方共墓地へ引きずり込んでしまった。

 これで手札もゼロ。

 よりによって、さっき引いた《スロットン》が落とされてしまった……!

 

「そして、《サハスラーラ》の効果でクリーチャーを2枚、墓地から回収するよ。これでターンエンド」

「なっ……攻撃しないのか!?」

「俺達は安全に決着を付けたいんだ。分かるだろ?」

「次のターンに《バイナラドア》が引けるかなー? 引けないかなーっ?」

「《ドンジャングル》でも構わないよ。まあ、パワー21000の《サハスラーラ》には勝てないけどねぇ」

「くうっ……!」

 

 カードを引く。 

 ……駄目だ。《サハスラーラ》をどうにかできるカードじゃない。

 手札は無いけど──まだ、マナなら幾らでもある……!

 

 

「言ってろ! 俺は最後まで勝ちを捨てねえよ! 4マナで《水筒の術》を唱える! 効果で《バツトラの父》と《ゴッド・ガヨンダム》をバトルゾーンへ!」

「今更並べるのなんてやめよーよ!」

「惨めったらしくて見てられないな」

 

 ──ダメだ。

 《ガヨンダム》が出てきても、そもそも手札が無いからカードを引くことすら叶わない。

 このままじゃ……本当にまずいかもしれない……!

 だけど──

 

「……先輩」

 

 後輩が後ろから袖を引っ張る。

 ──ああ、分かってるよ、紫月。

 正念場は此処からだ。

 

「先輩は……まだ、諦めてないですよね?」

「……その顔は……最初っからそう思ってたって顔だな?」

「その通りです。先輩は、どんな逆境からでも逆転してしまえる人ですから」

 

 そうだ。

 こんな所からでも逆転出来るのは……白銀耀、俺くらいなもんだろーがよ!

 《サハスラーラ》、この状況ならあいつだけでも正直まだどうにかなる範疇だ。

 問題は──奴らの仕掛けてくる追撃。

 思い当たるのは、既に手札に揃っている2枚のカード──!

 

「オレ達のターン! 《ペガサス》、《レオパルド》を召喚……G・リンクだ!」

 

 選ばれない神。

 《サハスラーラ》を仮に除去できたとしても、こいつらを両方共捌くのは難しい。

 どうするかが問題だが……!

 

「《レオパルド》の効果で何回収する?」

「うーん、正直もう何をやっても勝ててしまうからな……《プチョヘンザ》でも回収しておくか」

「えー? 良いけど……」

「もう勝ったつもりかよ、天使様よ」

「どうせ貴方達みたいな、カードしか能の無い上にたまたまエリアフォースカードに選ばれたような凡人がアタシ達合成人間に勝てる訳が無かったんだよーっ!」

「……合成人間?」

「そうだよーっ、ペトロパブロフスキー重工に作られた、試験管ベビー……それがアタシ達なんだからねーっ!」

 

 マジかよ。

 こいつら、人造人間ってやつだったのか?

 

「おい、口が軽すぎだぞ。イカルス」

「別にいいじゃーん、こいつらどうせ死ぬんだよ? 子供も作れないで可哀想!」

「まあ、こんな連中の劣等遺伝子から生まれる子供の方が可哀想だ。それを先に救済してやるんだから、オレ達は何て慈悲深いんだろうな!」

「遺伝子遺伝子うるさいですね。人の力も、可能性も、生まれだけでは決まりませんよ」

「決まるさ。人種、何なら同じ集団の中でさえ人間は個体差があるだろ? 生まれつきの病気、遺伝子障害、その他諸々。旧人類の自由交配は余りにも非・合理的だ」

「非・合理的?」

「要らないんだよ。不必要な機能を廃した後には快楽という名の娯楽が残る。それだけで十分だ」

「優秀な遺伝子だけを配合して組み合わせれば、理想の新人類種が出来上がるんだからさーっ!」

「……野菜の品種改良みてーなノリだなコラ」

 

 気に食わねえ。

 こいつら揃いも揃って神様にでもなったつもりか。

 成程、この時代のディストピアはこうやって出来上がっていったのか。

 一部の人間の思い上がりと、管理欲によって──!

 

「……控えめに言って要らないんだよな。お前達みたいな劣等遺伝子ってやつ」

「平凡で、普通で、何にも取り得がない、退屈な旧人類。あるとすれば、カードの腕前とたまたまエリアフォースカードに気に入られたってだけだよねーっ」

「弱い人間は要らない。遺伝子的に強い人間だけが次の世界のステージへ進める。オレ達は、そういう()()()()()を選別するわけ」

「白銀朱莉は、まあまあ良い遺伝子だったよーっ」

「天体のアルカナを扱えるなんて常人じゃない。彼女を素体にすれば、もっと良い遺伝子が採取できそうだ。例えば──オレの遺伝子と交配したりとかね」

 

 こいつら。

 本当に何なんだろうな。

 人の事を……遺伝子や能力でしか見ていない。

 アカリが凄いのは、勿論あいつ自身の能力だってあるかもしれない。

 だけど──何も分かってない癖に。

 

 

 

「ざっ、けんなよ……!」

 

 

 

 俺と会うまで、ずっとレジスタンスで唯一人のエリアフォースカード使いとして戦い続けたアカリの事を何も分かってない癖に。

 何より、未来の俺が育てたあいつを……道具のように見られるのが気に食わない!

 

「──俺の孫の名前を汚い口で呼ぶなッ!!」

「血縁も無いくせに? 随分と憤るんだねえ」

「それでも……未来の俺が繋いだ命には違いねえだろ!」

「意味分かんないなーっ、血縁以外に命を繋ぐ方法なんてないでしょー? ほんっとうに頭が可哀想だよねーっ!」

「そんなのは、強い子孫を残せない弱い人間の考え方だ」

「違う!」

 

 反駁しなきゃいけない。

 こいつらに、否定なんかさせない。

 

「お前らが見ようとしないだけだ! お前らの知らない所で、お前らの言う弱い人間は確かに命を繋いで、確かに此処まで生き延びてきたんだ!」

 

 ロストシティ。

 それは、いずれ俺達が歴史を変えれば消えてしまうかもしれない場所。

 そして破滅の先の未来の指し示す場所。

 だけど俺は知っている。そんな場所でも人々は必死に生き、野望に燃え、泥水啜ってでも「生き残ろうとしていた」!

 良し悪しは関係ない。この荒廃した未来でも、彼らは力強く生きていた!

 

「きっと、貴方達の言う上っ面の強さだけに意味はありません。配られたカードを眺めているだけではゲームも、人生も動かせないので」

「そうだ! 必死に前に進んで、時代を前に進める為に俺達は今生きてるんだ。テメェらの勝手な理屈で──今生きてる命を馬鹿にしてんじゃねえよ!」

「雑草が喋るな。いい加減に鬱陶しい──」

「やっちゃいなよ、《サハスラーラ》!!」

 

 強烈なレーザー光線が俺のシールドを2枚、叩き割る。

 それと一緒に《バツトラの父》も焼き切られた。

 

「《サハスラーラ》は相手のクリーチャー1体のパワーを攻撃時にマイナス8000するよ」

「しかも、《サハスラーラ》は止まらない! 無限に攻撃し続けるよーっ!」

 

 砕かれるシールド。

 だけど──まだ、終わっちゃいない。

 終わらせるわけにはいかない。

 どうにかして、あの二柱を同時に止める方法があるはずだ。

 それに賭けるしかない!

 

「S・トリガー、《りんご娘はさんにんっ子》! 効果で《スゴ腕プロジューサー》を場に出す! 効果で《Theジョラゴン・ガンマスター》を場に出す!」

「邪魔なんだよ! 目障りだ! 《サハスラーラ》で攻撃するとき、《ジューサー》のパワーをマイナスして破壊!」

「アンタップして、もう1回攻撃するからねーっ!」

 

 レーザー砲が俺のシールドを2枚、《ジューサー》諸共焼き切った。

 多頭の大蛇の如き神帝は、それでも尚破壊を止めない。

 無限に、攻撃し続ける。

 しかも、その隣には決して触れられない天馬と獅子の神々までいる。

 この2つをどうにかしない限り、勝機は無い──

 

「──いや、どうにかしてやらァ!! 《ジューサー》が破壊されたからGR召喚──っ」

「今更何が出ても無駄だって言ってるだろ? 分からなかったかなあ、なあ!? オイ!!」

 

 再び砕かれた2枚のシールド。

 何とか《サハスラーラ》を止めるカードが来ないと……!

 

「先輩っ……!」

 

 俺の手を掴む紫月。

 その視線はバトルゾーンを向いていた。

 ああ、そうだ。奴ら気付いてないのか。 

 完全にこっちを殺す事しか頭に無いみたいだからな。

 

「……引いてやるよ。神様だろうが、宇宙だろうが、未来だろうが──俺はぶち抜く。でっかい風穴を、ぶち抜いてやるぜ!」

 

 砕かれたシールド。

 そこから飛んできたのは──

 

 

 

「S・トリガー、《バイナラドア》で《サハスラーラ》を山札の一番下へ!」

 

 

 

 神さえも殺す、道化の反撃。

 それが一瞬で《サハスラーラ》を山札の一番下へ引きずり込む。

 イカルス達が顔を顰めた。

 

「こんな所で引くなんて、運だけは良いんだねーっ!」

「だけど甘いよ! 《ペガサス・レオパルド》が残っている!」

「トドメまでは持っていけないけど、こんな事もあろうかって奴だよ! 可哀想だけど、《プチョヘンザ》でロックを掛けるからねーっ!」

「それもきっと無理だぜ」

「はっ、童貞野郎の強がりだ! 《ペガサス・レオパルド》、革命チェンジしろ──」

 

 天馬と獅子は──その場から動かなかった。

 彼らの言う事など受け付けないと言わんばかりに、苦し気に首を横に振っている。

 

「なっ……!」

 

 イカルス達が目を見開くのが確かに見えた。

 

「な、何で──」

「お前さっき、俺の《ジューサー》を破壊したよな? 破壊された《ジューサー》はGR召喚したんだ」

 

 

 

 

「ブーン……ブーン……ブーン……」

 

 

 

 バトルゾーンで絶えず洗脳周波を流し続ける小さなクリーチャー。 

 それに彼らは気付かなかった。

 

「……《全能ゼンノー》。こいつの効果で、クリーチャーは場に出たターンに攻撃出来ない。デュエマの最も基本的なルールが書かれたカードだぜ!」

「それを先輩が言っても説得力は……まあ良いでしょう」

「馬鹿な! リンクしたゴッドだぞ!? 召喚酔いはしないはず……!」

「神も所詮は、クリーチャー! ルールは守らねえとなあ!」

 

 これで、このターンの攻撃は止められた。

 後は……仕掛けるだけだ!

 

「ふ、ふざけるな……! こんな事があって堪るか……! こんな事なら、さっさと《ペガサス・レオパルド》から攻撃していれば……! お前が余計なことを言うからだぞイカルス……!?」

「えー、でも乗り気だったじゃんかさーっ!」

「うるさいッ! 俺がこのターンで奴らを蹂躙する完璧なプランが……!」

「このくらいで破綻するなんて、最初っからプランの体を成してなかったんだよーっ」

「なんだとぉ……!」

 

 あーあ、とうとう仲間割れまで始まっちまった……どうすりゃ良いんだアレ。

 

「先輩。それなら見せつけてやれば良いでしょう」

「見せつける?」

「……本当の絆は、遺伝子なんかでは測れないってことですよ。水文明の力、今こそ使う時では?」

「それもそうだ。俺達の積み上げてきたもんを、ぶつける時だ!」

 

 序盤に有効なカードがかなり手札に来ていたからか、切札はシールドから加えられたカードのうち、1枚しかない。

 ジョラゴンマンハッタンも、《スロットン》も使えない。

 なら──こいつに賭けるしかない!

 

「6マナをタップ……さあ頼むぜ!」

「っ、こんな事してる場合じゃないイカルス! あいつ仕掛けて来るぞ!」

「大丈夫だよ! このデッキ、守り分厚いんだよ? あいつらが耐えられたのに、アタシ達が耐えられない理屈は無いと思うんだけどねーっ!」

「そ、それもそうか! それもそうだよなあ! だってオレ達──」

「言わせねえよ! 問答無用で引き潰す!」

 

 炎のサーキットが荒れ果てた廃墟に敷かれていく。

 生み出されていくマナが──

 

 

 

「疾く駆けよ、《バーンメア・ザ・シルバー》! 効果で二回GR召喚だ!」

 

 

 

 ──鋼の騎馬を呼び起こす!

 焼け落ちるような悪夢を見せろ!

 全速力で戦場を駆け抜ける《バーンメア》がお前を引き潰す!

 

「並走するのは、《Theジョラゴン・ガンマスター》……そして!」

 

 そしてもう1発。

 超GRゾーンへ繋がる穴が開く。

 今だ相棒。

 三位一体、重ねた力を繋ぎ合わせる時だ!

 浮かび上がるのはⅣ。皇帝の数字!

 

 

 

「──これが俺の、無限大切札(ムゲンダイワイルドカード)!!」

 

 

 

 飛び出す《ダテンクウェール》、浮上する《ダルタニック》。

 そして──地面を駆ける《ダンガスティック》。

 3体のパーツが組み変わり、一つのロボへと変形していく──

 

 

 

無限連結合体(インフィニティ・トランスコンビネーション)

 

 

 

「──超天を衝いて宇宙も断つ! 《無限合体 ダンダルダBB(ビッグバン)》!」



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GR64話:無限合体──ビッグバンの弾丸

 脚と下半身を構成する《ダルタニック》。

 腕と胸部を支える《ダテンクウェール》。

 そして、頭部と背中のブラスターを構成する《ダンガスティック》。

 天、地、海、全てが揃った!

 

 

 

「我の名は《ダンダルダ》──超天を切り裂く無敵の巨人、でありますッ!!」

 

 

 

 そして、《ダンガスティック》の顔に亀裂が入り、龍帝の顔へと変化した。

 火、水、自然、三つの文字が刻まれた、双刃の剣が手に握られる。

 これが三位一体、心技一体の機械龍人、《ダンダルダBB(ビッグバン)》──!

 

「何なんだ、こいつ……まだ、こんな力が……!?」

「我も、人間も……当人が思っているほど強くはないでありますよ!」

 

 叫ぶ《ダンダルダ》が剣を掲げる。

 その目はハッキリとイカルス達を見据えていた。

 

「心の弱さを突かれ、ワイルドカードに憑りつかれた人間! エリアフォースカードに振り回される人間! 愚かしくも自分達で争う人間! でもっ……彼らはその時その時を必死で生きてきたであります!」

「1+1は2ではありません。人と人が繋がれば、無限大になるんですッ!」

「そうだ! 間違ったって、最適解じゃなくても、愚かだと言われても良い! 人間はそれでも、やり直して前へ前へと進めるんだ!」

 

 《ダンダルダ》の双刃剣が黄金に光り輝く。

 

「《バーンメア》の効果で出たGRクリーチャーはスピードアタッカーになる! 《ダンダルダ》で攻撃──」

「──するときに、ジョーカーズ・トルネード、発動であります!」

 

 刃から竜巻が巻き起こり、《バーンメア》のカードを俺の手札へ押し戻した。

 これで、《ダンダルダ》の剣にエネルギーが充填されていく──!

 

(ファイア)、ローディング──>

 

「これで俺は、手札に戻したジョーカーズ以下のコストを持つ呪文を手札か墓地から唱えられる!」

「っ……何だと!?」

「ハンデスのお礼は、たっぷりさせてやるぜ! 呪文、《灰になるほどヒート》を墓地から唱えるぜ!」

 

<──必殺モード、【ビッグバン・ヒート】!!>

 

 剣から巻き起こる極大の炎。

 それが再び天を衝き、《バーンメア・ザ・シルバー》を呼び起こした。

 

「な、何だ、また出てきた……!?」

「そうだ! この呪文は、手札からコスト6以下のジョーカーズを場に出せるんだ! 《バーンメア・ザ・シルバー》の効果で、《マシンガントーク》と《全能ゼンノー》をバトルゾーンへ!」

「ば、馬鹿な、まだ増えるのか……!?」

「ずるいずるいずるい! 何で使いまわしてるのさーっ!」

「これが水文明の力ですよ。戻して、もう1回放つ。貴方達を倒すまで、このループは続きますよ」

「GR召喚された《マシンガントーク》の効果で《ダンダルダ》をアンタップする! そして、《ダンダルダ》でシールドをブレイク!」

  

 突き立てた剣がそのまま地面を抉り、大火となって彼らに襲い掛かる。

 これで、やっと1枚……シールドを削れた!

 

「っ……く、くそっ、こんな時に限って──!」

「更に、《ダンダルダ》でもう1回攻撃──するとき、《バーンメア》を手札に戻して手札から《灰になるほどヒート》を使う!」

「ま、まだやるつもりなのか……!?」

「そうだ! 出すのは二体目の《ダンダルダ》、そして!」

 

 GRゾーンはこれで一周した!

 トップに捲れたカードは──《ゴッド・ガヨンダム》だ!

 

「《ガヨンダム》の効果で手札を1枚捨てて、2枚ドローする! 《ダンダルダ》でシールドをブレイクだ!」

「っ……なんなんだよ、この連鎖は……!」

「だ、大丈夫だよイカルス! まだトリガーは……!」

「そ、そうだ、俺達にはアレがあるじゃないか……! 耐えれれば、また《ペガサス》から《サハスラーラ》に進化してやる……!」

「させねえよ! 二体目の《ダンダルダ》で攻撃するとき、《バーンメア》を手札に戻す!」

 

 これで唱える呪文で……全部終わりにする!

 

「呪文、《灰になるほどヒート》! 効果で《ソーナンデス》をバトルゾーンへ!」

「っ!? い、今更何のつもりだ!?」

「さあな! 《ダンダルダ》でお前のシールドをブレイクだ!」

 

 刃が再びシールドを切り裂いた。

 これで、イカルス達のシールドは残り2枚──!

 

「おのれ、おのれおのれおのれ! オレ達を愚弄するのか? オレ達を否定するのか? 唯の人間が!? 冗談じゃない!」

 

 叫び散らすイカルス。

 割れたシールドが光となって収束した──!

 

「やらせるものかよ! 此処で消えちまえ、白銀耀……!」

 

 地鳴り。

 それが俺達の身体を揺さぶる。

 震える大地から無数の蔓が生えた──

 

 

「S・トリガー、《ゴルチョップ・トラップ》を発動するッ!」

「効果で相手のパワー4000以下のクリーチャーを全部マナに飛ばすよーっ!」

 

 

 

 一気に俺の場のクリーチャー達はマナゾーンへ飛ばされてしまう。

 巨大な蔓が絡みつき、《ダンダルダ》も巻き取られてしまった──!

 

「《ダンダルダ》-ッ!!」

「マスターッ! 後は……頼んだでありますよ!」

「っ……ああ! お前の繋いだ切札、無駄にはしねえよ!」

 

 場に残っているのは《ガンマスター》2体。そして相手プレイヤーを攻撃出来ない《ソーナンデス》、そして《バーンメア・ザ・シルバー》だけだ。

 《ガンマスター》はW・ブレイカー。このまま殴り切っても勝てるだろう。

 だけど──あいつら、自分のデッキの守りの固さに大分自信を持ってた……このままジャスキルで削り切れるとは思えない……!

 もし《ペガサス》で《母なる星域》をサーチされて、もう1回《サハスラーラ》が出てくればアウトだ!

 

「《ソーナンデス》で《ペガサス・レオパルド》を攻撃! するときにJチェンジ8発動!」

 

 幾ら選ばれないと言っても、攻撃は出来る。

 マッハファイターなら、神をぶち抜く事が出来る!

 

「その効果でコスト8以下のジョーカーズをマナゾーンからバトルゾーンへ出します!」

「頼むぞ──《キング・ザ・スロットン7》!」

 

 序盤にマナに埋めた《キング・ザ・スロットン7》が此処で生きた!

 その効果で、山札の上から3枚を表向きにする──!

 

「守り切ってやる! オレ達のプライドも、ペトロパブロフスキー重工のメンツも……!」

「その腐ったプライドを、ぶち抜く!」

 

 飛び出す切札。

 山札の上から捲れたカード。

 1枚目、《タイク・タイソンズ》。

 2枚目、《スゴ腕プロジューサー》。

 3枚目──直感。こいつだ。こいつしか有り得ない!

 出目はジャックポット……俺が選ぶ弾丸は、お前だ!

 

 

 

「これが俺達の、真龍の切札(ジョーカーズ・ドラゴン)──」

 

 

 

 エリアフォースカードに映る銃を掲げし皇帝の絵。

 そこから無数の銃火器が飛び出す。

 これは、此処までの全てを繋いでくれた、仲間達の思いを乗せて放つ──弾丸だ!

 

 

 

「──《ジョット・ガン・ジョラゴン》、装填完了!」

 

 

 

 降り立つジョーカーズのマスター・ドラゴン。

 空に浮かび上がるMASTERの刻印の上には、ドラゴンを表すDの文字が焼き付けられるようにして押された。

 

「ば、馬鹿な、《ジョット・ガン・ジョラゴン》が……!?」

「折角手札から落としたのに……!」

「余所見してんじゃねえよ! 《スロットン》でゴッドを解体だ!」

 

 こっちのパワーは7777。

 《ペガサス・レオパルド》のパワーは7000。

 スロットから飛び出した大量のコインが神々を溺れさせた──

 

「リンク解除! 《レオパルド》を留まらせる!」

「むぅー、恋人は離れても、何度でもくっつくんだからねーっ!」

「いーや、もうくっつかせねぇよ! 《Theジョラゴン・ガンマスター》で攻撃……するときに!」

 

 もう1つの《ジョラゴン》が戦場を走り抜ける。

 その腕に取りつけられた龍の砲門が開いた。

 

「──超天フィーバー、発動!」

皇帝(エンペラー)、アサルトモード……【超天フィーバー】、エンゲージ!>

 

 皇帝(エンペラー)のカードから響く無機質な声。

 それと共に《ジョラゴン》の身体に青白い光が迸った。

 そして、手札のジョーカーズを弾に、空へ目掛けて銃空を向ける──

 

「マナと場にジョーカーズが合計10体以上あるので、こいつが攻撃するときに手札から捨てたジョーカーズの数だけ相手のクリーチャーを破壊する!」

「っということは、この時捨てた手札でも……ジョラゴン・ビッグ1は発動するんですか!?」

「その通りだ紫月! これが、過去と未来のジョラゴンの力だ!」

 

 このターンで決められない可能性があるならば、それを打ち消す!

 

「《アイアン・マンハッタン》を捨てて、《ペガサス》を破壊!」

 

 弾丸の雨霰が天馬の神に襲い掛かる。

 これで2体とも仲良く墓地送りだ!

 

「更に、《マンハッタン》の効果で手札を捨てる! そして、《ガンマスター》でシールドをW・ブレイクだ!」

 

 砕かれる2枚のシールド。

 これで、トリガーが無ければ……!

 

「オレ達がこんな劣等遺伝子に……負ける訳が……無いんだァァァーッ!! 喰らえ、《龍幻のトラップスパーク》!!」

 

 次の瞬間、光が降り注ぐ。

 そして、俺のクリーチャー達は皆、光に縛り付けられてしまった。

 

「止められた……!」

「ハ、ハハハハハ! 言っただろう!? お前がオレ達の攻撃を止められたのに、オレ達がお前の攻撃を止められないわけがないってさぁ!」

「ね、ねえ、イカルス……」

「うるさい黙れ! 今良い所だろうが、イカルス!」

 

 乱暴に言い放つ彼は興奮した様子で、5枚のマナをタップした。

 

「こ、これで、お終いだ! 《ペガサス》を召喚して《母なる星域》をサーチするよ!」

「だからさあ、イカルス、それは──!」

「何なんだ! もう少しで勝てるんだぞ!」

「きゃっ!?」

 

 忠告する少女の天使擬きを突き飛ばす。

 あいつ、自分の相方にまで……!

 

「おい! 恋人は一番大事じゃないのかよ!」

「今オレは最高に達しそうなんだ。それを邪魔する奴は誰だろうが許さないね!」

「独り善がりのサイテー野郎ですね……」

「ハハハハ! 今更何を! 呪文、《超GR・チャージャー》でGR召喚だ──」

 

 そこでイカルスの表情は凍り付いた。

 何も、超GRゾーンから出てこない。

 いや出てくるはずもない。

 

「な、何で、何で何も出てこない!?」

「……イカルスの馬鹿。だから言おうと思ったのに……」

「オイお前、俺がさっきのターン何を捨てたのか忘れたのかよ?」

「っ……? ……あ!」

「俺が捨てたのは《アイアン・マンハッタン》だ。これでお前はクリーチャーを2体以上召喚出来ない」

 

 地面に撃ち込まれた弾丸は、彼らの足元を黒光りするアスファルトで埋め立ててしまっていた。

 もう、大地から異形の神々が現れることは無い。

 

「俺の負け筋は《サハスラーラ》の降臨だ。だけど、進化クリーチャーである以上コイツは絶対に進化元が必要。つまり、2体以上クリーチャーを出さなきゃいけない」

「《マンハッタン》を捨てられた時点で貴方達の負けです。そして、革命チェンジも防いでしまっていますよ」

 

 此処で考えられる負け筋は全て、相手が2体以上クリーチャーを場に出さなければ成立し得ない。

 《ペガサス》を出してしまった時点で、あいつはもう何も出来ないんだ。

 

「オ、オレ達が負ける……こんな事が……!」

「覚悟は良いかよ? 天使擬き!」

「ち、畜生、畜生畜生!! 折角、後もう少しでイけたのに──!!」

「じゃあ代わりにトばしてやるよ。超天の彼方まで……ぶっ飛びやがれ! 《バーンメア・ザ・シルバー》を召喚!」

 

 更に増えるスピードアタッカーたち。《バツトラの父》と《バイナラシャッター》が追撃を仕掛けんとばかりに飛び出す。

 そして、がら空きのイカルス目掛けて《ジョット・ガン・ジョラゴン》が先陣を切った。

 そこから放たれる、無数の弾丸が放たれる──!

 

「《ジョット・ガン・ジョラゴン》の攻撃時にカードを1枚引いて《メイプル超もみ人》を捨てる! そして、ダイレクトアタックだ!」

「させるかよ! ニンジャ・ストライク7、《怒流牙 サイゾウミスト》だ! 効果で墓地と山札をシャッフルしてシールドを1枚追加する──!」

 

 砕かれるシールド。

 そこから絡みつくような蔓が《ガンマスター》を飲み込んだ。

 

「S・トリガー、《ナチュラル・トラップ》だ! これで後2体……!」

「まだまだーッ! 《バツトラの父》でダイレクトアタック!」

「2枚目の《サイゾウミスト》で止める──!! シールドを追加して……《トラップスパーク》が来れば──!」

 

 二度目の奇跡は起こらなかった。

 イカルスの瞳から光が消えた。

 

「いっ……!」

「トリガーはあるか、イカルス!」

「な、無い……こんな事ってある!?」

「下劣で下賤な民に──オレ達が負ける!? 有り得ないッ!! これは良くない、良くない事──」

「──テメェらが勝手に貼ったレッテルなんざ知るかよ! 全部まとめてぶっ潰す! 《ガンマスター》、次発装填……再突入だ!」

 

 《ガンマスター》が無数の弾丸を空目掛けて撃ち放った。

 

 

 

「《Theジョラゴン・ガンマスター》でダイレクトアタックだッ!」

<ガンマスター・アサルトレイン……フィーバー!!>

 

 

 

 皇帝(エンペラー)のカードが無慈悲に名を呼ぶ時。

 天から流れ星のように弾丸が落ちた──!

 

 

 

「あ、あははは、マジかよ、今のオレ達って……」

「アタシ達って……」

「「すっごくすっごくすっごく、可哀想ーッ!!」」

 

 

 

 降り注ぐ弾丸のシャワー。

 天使擬きたちの身体に無数の風穴を開けた──



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GR65話:帰還──再会

 ※※※

 

 

 

「ぅあ、痛……」

 

 

 

 病室で刀堂花梨は、ゆっくりと目を開く。

 最初に目に映ったのは──金髪の少女の姿。

 

「カリン、起きたデス!?」

「……ブラン」

「もーう、すっごく心配したデスよ!?」

 

 ──そうか。あの時……あたし、滅茶苦茶に撃たれて……。

 

「主君よ。すまない……守れなかった」

 

 声が聞こえた。

 そこには、戦車(チャリオッツ)のカード。

 そして──申し訳なさそうに言葉を発するバルガ・ド・ライバーのカード。

 

「……バルガ・ド・ライバー……良いよ。盾になってくれたの、知ってるし」

「……ああ」

「でも、何だったんだろう……あれって」

「シャークウガがマフィアに改造されていて、大暴れしたデス」

「シャークウガ……紫月ちゃんところの鮫さんが!?」

「だが、既に暴走は終わっている。色々トラブルはあったようだが、もう直に──」

 

 

 

「花梨!!」

「刀堂先輩っ!」

 

 

 

 病室に飛び込んで来る声。

 そこには……ボロボロの白銀耀、そして暗野紫月の二人の姿があった。

 

「彼らが全て終わらせたようだ」

 

 色々言いたい事はある。

 こっちも身体はズタズタ。

 しばらく表に出る事は出来ないくらい、無数の穿ち傷がある。

 しかし、それでも……帰って来た二人を見ると安堵の息を吐いた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺達もボロボロ。イカルス達もボロボロ。

 何とか退散させることこそ出来たが、奴らを取り逃す結果に終わってしまった。

 怪我をしたアカリを連れ、何とかロストシティの病院に辿り着いた俺は……花梨の病室に来ていた。

 全身に包帯を巻いた彼女を見て、俺は痛ましい気分になる。激昂していた火廣金も、やりきれなかったのだろう。

 

「……良かった。二人とも、無事だったんだ……」

「シヅクーッ! おかえりデース!」

「ちょっとブラン先輩! 自重! 自重! 此処病室ですから!」

「Oh……Sorryデース……」

「でも本当に皆、来てたんですね……」

「僕もな」

「師匠まで……」

「げんなりした顔をするな。翠月もいる。後で顔を合わせておけ」

「いえ、もう顔を合わせました。すごい剣幕で飛びついてきましたよ」

 

 あれもあれで大変だった。

 「しづ!? 本当にしづなのね!? しづーっ!?」と言って抱き着いて来たんだからな。

 床に倒れ込みそうになる勢いだったぞ。

 

「刀堂先輩……お体は」

「へーき。急所は外してるって。魔力の弾だから、身体にダメージは蓄積してるけど……外傷の一つ一つはそうでもないってさ」

「お前なら大丈夫だって思いたかったけど……すげぇ重傷だって聞いてたからよ。一時はどうなる事かと」

「あはは、実際今立てないからねー……」

「……本当にすまねぇ事をした、刀堂の嬢ちゃん!」

 

 ポン、と飛び出すのはシャークウガ。

 その変わり果てた姿にビクリ、と肩を震わせる花梨だったが、声色からして「彼」だと気付いたのだろう。

 そういえば結局、花梨はシャークウガの姿そのものは見てないのか。

 

「そっか、あんたがシャークウガ!?」

「こうしてみると、サイボーグそのものデス……」

「おいブラン」

「ごめんなひゃい、デス!?」

 

 余計なことを言う探偵の頬を引っ張る。

 実際、こうなっちまったのはシャークウガ自身が一番気にしているはずだ。

 こいつの過失じゃないとは言っても……心中は察するに余りある。

 

「まあ……この通りだぜ、面目ねえ」

「……シャークウガの所為じゃないし……あたしは気にしてないんだけど」

「だけど、この街もあんたも、火廣金も……俺様が傷つけた事には……」

「鮫の字。無用な責任を背負うでない。ヌシを使って好き勝手したマフィアの連中が全て悪い」

「そうであります! あいつら本当、サイテーでありますよ!」

 

 サッヴァーク、そしてチョートッQがシャークウガに向かい合う。

 この3体が並ぶのを見るのも……久しぶりな気がするな。

 

「爺さん、新幹線……」

「おかえりであります、シャークウガ!」

「守護獣組もこれで完全に揃ったのう」

「そうだよシャークウガ。貴方が気負う必要は無いから」

「……そうかよ」

「言ったでしょう、シャークウガ。どうなっても……私達は貴方の味方です」

「……ああ、でも。死ななくて……良かったぜ。もし仲間に手を掛けてたら、って思うとよ俺様は……」

 

 事実、ロストシティの被害は甚大だ。

 多くの怪我人が出ている。

 シャークウガを殺してでも止めなければ、と言っていた火廣金も穏やかではなかったのだろう。

 それでも……俺はシャークウガを見捨てたくは無かった。

 

「シャークウガ。罪悪感がそれでもあるなら……貴様に出来るのは守護獣としての役目を全うし続ける事だと思うぞ」

「黒鳥レン……」

「そうです。勝手に離れることは、もう許しませんよ。シャークウガ」

「……おう、わかったぜ」

 

 ……まあ、こっちは何とかなりそうだ。

 花梨の方はシャークウガに根を持ってないみたいだし。

 

「……ねえ、ところで……火廣金は!?」

「火廣金? あ、あいつは……」

「あいつも一緒に居たの! どうなったの!?」

「……それは……」

 

 何とも、説明しづらい。 

 あの後、火廣金と戦闘した場所にも戻って来たのだが、あいつの姿は無かったのだ。

 一体何処へ行ったのだろう。

 というか、花梨に火廣金の事について何て言えば……。

 

「怪我自体は平気だ。あいつは魔法使い、しかし……貴様を守れなかったのが、大分気掛かりのようだ」

「そ、そうなんだ……でも、あたしの所為で落ち込んでほしくないよ……」

 

 ぎゅっ、と彼女は手を握り締める。

 

 

 

「だって……あたし、あいつに何回も良くしてもらったもん……これ以上足引っ張ったり心配かけたくなかったのに……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──派手にやられたな、アカリ」

「いっつつ……大丈夫ですよ、この程度」

 

 弓矢で貫かれた右手の手当を受けながら、アカリはトリスと向かい合っていた。

 話すのは今後の事。

 レジスタンスの拠点とロストシティをどうやって守るかだ。

 

「奴らは共闘を申し込んでいたらしいじゃないか。奴ら、下手したら報復してくるんじゃないか?」

「逆ですよ。私達よりよっぽど大きなトキワギを相手にしているのに、こっちに戦闘を仕掛けに来ると思います? それこそ大日本帝国の二の舞です」

「……だと良いがな」

「仮に来たところで、こっちにはエリアフォースカードの戦力が沢山あるんですから。問題は……その戦力が大分消耗している事ですけど」

「……もう一つ、お前に言っておこうか」

「何ですか?」

「あいつらは……お前と違って訓練も何も受けていない唯の人間だ」

「……」

「お前はエリアフォースカードを持っているだけで簡単に戦力に数える。この私でさえもあいつらを戦力に数えがちだ。だけど……脆い」

「……それは重々、ですけど」

「あいつらが頼りにならないとかそういうことを言ってるんじゃねえ。だけど……無茶苦茶な事はさせたくはない。何度も戦わせて、あいつらの心を痛めつけたくはないんだ」

「それは……」

「こんな事言ったら、あいつらに丸くなっただのなんだの言われそうだから嫌だったけどね。でも……あたしも何だかんだで人間を愛してしまったんだろうな。グズで、愚かな人間共をさ」

 

 トリスは老いた瞳を伏せた。

 彼女の周りにいた魔導司は、散り散りに。

 ファウストも──ワイルドカードの氾濫の際、死んだ。

 残ったのは大きなダメージを負って、人体錬成が出来なくなった彼女だけだった。

 

「あいつらをちょっとの間だけで良い、現代に戻してやってくれ」

「……分かりました」

「しかし、ペトロパブロフスキー重工の合成人間が和平か……奴ら、何考えてんだかな……」

「さあ……?」

 

 考え込むトリスが書類を目にする間、アカリは手の甲の傷を眺めていた。

 そして、小さく──少し楽し気に呟いた。

 

「……ひょっとしたら、()()()()()()()()()()襲い掛かって来るかもですね」

「冗談でもそういう事言うなよ……」

 

 トリスが眉を顰めた。

 そうなれば、白銀耀達にもまた強くなってもらわなければならない。

 当然、アカリにもだ。

 

「じゃあアカリ。そろそろタイムダイバーの準備を頼む」

「はーい、了解です」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「イカルス、酷い目に遇ったね……」

「ふーんだ、アタシまだイカルスの事怒ってるもん」

「悪かったって、許せよ。帰ったらたっぷり愛してやるからさ」

「……むぅーっ」

 

 ボロボロの二機の合成人間は空をふよふよ飛んでいた。

 極東のこの辺りには既に目を付けている。

 次はペトロパブロフスキー重工の戦力を裂いてでも圧力をかけてやろう。

 この報復は──必ず果たさねばならないのだから。

 

「本当に、許せないなあ……許せないよ。高貴なオレ達の顔に泥を──」

 

 

 

 パン、パァン!!

 

 

 

 乾いた音が、二、三回響いた。

 

 

 

 

 イカルス──少年の方は、自分に何が起こったのか最期まで分からなかった。

 胸には、ぽっかりと大きな空洞が開いていた。

 

「え?」

 

 ごふっ、と口から大量の赤い水が噴き出す。

 

「かっ、はっ──」

「えっ、ウソ……イカルス!?」

「こ、れって──」

 

 ギロリ、と後ろを振り向く。

 そこに浮いていたのは──冷徹な瞳を覗かせる、群青のガンマン。

 イルカの姿へ変えた自らの愛馬に跨り、空を飛んでいた。

 

「《ジョリー・ザ・ジョルネード》……!? な、何でこんな所に……? 気配なんて、しなかったのに……大分、離れたのに……!」

「あの、星の女の……何でこんな所にまで……追いかけて……!」

「イ、イカルス!! 駄目だよ!! 喋っちゃダメ──ッ!!」

 

 ぐんっ!

 音を立てて、G・A・ペガサスが顕現して彼らを空の果てまで連れ去った。

 

「だ、ダメだよイカルス! 死んじゃ嫌! 死んだら、嫌! だからねっ──!?」

「あ、ぐぁ──い、か、る、す──」

「イカルス!? イカルス──!?」

 

 抱きかかえる恋人の目から光が失せた。

 がくり、とその頭が力無く横たえる。

 

 

 

「嫌……嫌ぁぁぁぁーっ!!」

 

 

 

 乾き、淀んだ空に絶叫が響き渡った。

 天馬は羽を広げて空を駆ける。

 別離、憎悪、そして横たえる悲劇を乗せて──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お前らには世話になったな。ハングドマン商会の件、残りはこっちに任せろ」

「こっちこそ。色々病院とか手配してくれてありがとな、トリス」

「礼には及ばんさね」

 

 トリスは笑みを浮かべると手を振る。

 

「そんじゃあ、また次も呼ぶことになると思うが……」

「申し訳なさそうな顔すんなってトリス。エリアフォースカード集めは任せろ!」

「……ああ。頼んだぜ、白銀耀」

 

 タイムダイバーに乗り込んだ俺達。

 正直、俺も怪我でボロボロだし、花梨も完治までは大分掛かるだろうとのことだ。

 とはいえ、魔法によって治癒力は大分強くなってはおり──

 

「もう動けるようになった……凄いね、魔法ってほんとに」

「俺もだ。腹の傷、もう痛くな、いだだだだ」

「調子に乗るからでありますよ、マスター……」

 

 ──まあ、放っておけば治りそうなくらいには快復している。

 何とかなりそうだな、この調子なら。

 

「本当に皆さん……ご迷惑をおかけしました」

「迷惑だなんて言わないでくだサーイ! シヅクは、私の大事な友達デス! 何処に行っても見つけ出すつもりデシタよ!」

「うわーん、もう、しづーっ! しづ、二度と勝手に何処か行っちゃダメ! 駄目よ! 本当に!」

「みづ姉……本当にすみませんでした」

「あはは、姉妹の仲が良いのは良い事だけどね」

 

 向こうで紫月との再会を喜び合っている皆を見て、思わず頬が緩んだ。

 本当、夢みたいだよ。ずっと当たり前だった光景なのにさ。

 これで、何もかも元通り……って訳じゃないけど、一先ず全員で現代に帰るという目標は達成できたのだろうか。

 

「白銀。そう言えば火廣金がまだ居ないようだが」

「え!? あいつ、マジで何処行ったんだよ……」

 

 あいつまだ来てないのか。

 どうしたんだろうな……。

 

「貴様等大分拗れてただろう。早めに禍根は取り除いておいた方が良いぞ」

「それは……分かってますけど」

「ねえ、火廣金と何かあったの?」

「あったっていうか、なんつーか……」

 

 

 

 

「──今戻った」

 

 

 

 全員の視線が声の方を向く。

 そこには、全身に包帯を巻いた火廣金の姿があった。

 バツが悪そうに彼はこちらの方を向くと──

 

「……悪かったな」

 

 その一言だけ言うと、そのまま個室へ入っていってしまった。

 

「……?」

「怒っては、ないのでしょうか?」

「まあ、元々シャークウガの処理の方針でモメてただけだしな……」

「ねえ耀! 火廣金怒らせたの!?」

「いや、もう大丈夫! 双方で解決したから!」

 

 ……解決したと思いたいんだがな。

 現代に帰ったら、もう一度……腰を据えて話さないといけないな。

 

「それでは皆さん! 現代……2018年に戻りますよ!」

『じゃあ、行くよーっ! 潜っちゃうからね!』

 

 アカリの声、そしてせんすいカンちゃんの声が溌剌と響く。

 タイムダイバーは、元の時代目指して時の回廊へと潜った──



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GR66話:帰還──確かめ合って

 ──タイムダイバーの中で、紫月は久々に皆と積もる話をしていた。 

 あんな出来事があったのがまるで嘘のようだ。

 

「……」

 

 紫月の幸せそうな顔。

 もし、それが壊れる日が来るなら……全力で阻止しなきゃいけない。

 そんな筋書き通りにはさせない。

 俺が見たかったのは、あんな光景じゃない。 

 きっと、今みたいな……彼女が笑っていられる光景だ。

 だって俺は──

 

「俺は……」

 

 口に出そうとして、胸が詰まる。

 はっきりさせておきたい。この気持ちを。

 俺は──紫月の事が──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……何と言うか、帰って来れたんデスねー……」

「現在の時間は2018年の3月1日……午後4時。少し帰ってくる時間はズレましたけど、良かったですね!」

「えらくハードな時間旅行だったな」

 

 黒鳥さんが感慨深そうに言った。

 鶺鴒の街は、何事も無く夕陽が沈みつつあった。 

 タイムダイバーが浮上したのは街の外れ。

 此処で解散という流れになった。

 花梨の怪我については……またノゾム兄に説明しなきゃいけないだろう、俺が責任を持って。

 きっと分かってくれるだろうとは思うけど、たっぷり絞られるのは間違いない。

 

「花梨さん、本当にもう大丈夫なんですか? ご家族への説明は……」

「傷の治りも大分早いし、大丈夫だよ。派手にすっ転んだって言えば大丈夫!」

 

 等と本人は言っているが、大丈夫には見えないんだよな。

 あちこち包帯塗れだし。それを言ったら俺もなんだけど。

 だけど本当にこれで、ひと段落って感じだ。

 デュエマが消え、デュエマ部の歴史も書き換えられ、変わり果てた俺達はようやく元通りになったのだから。

 

「じゃあ、シヅク! 明日はシヅクのお帰りパーティやるデスからね!」

「そんなのやらなくて良いです、恥ずかしい!」

「僕も同席させて貰おうか」

「師匠が来たら不審者で通報します」

「解せないな……」

 

 取り囲まれて困り顔の紫月。

 だけど……安心感もあるだろう。

 いつにもまして、何処か楽しそうだった。

 

「白銀先輩。分かります? しづのあの顔。滅多に表情が変わらない子だったのに……、ウソみたいですよね」

 

 翠月さんが何処か嬉しそうに言った。

 

「……ちょっと寂しいけど……あの子がデュエマ部って居場所を見つけられたの、私すっごく感謝してるんですよ? 白銀先輩」

「俺は何も……」

「謙遜し過ぎだわ、もう。あの子がどれだけ白銀先輩の事、話題に出してると思ってるの?」

「……俺は、先代から受け継いだ部活を引き継ぐのに必死だっただけだよ。それがいつの間にかこうなってたんだ」

 

 皆が楽しく笑い合える、デュエマ部。

 それが神楽坂先輩の夢だった。

 先輩。俺は……あんたの夢、きっちり引き継げてるだろうか。

 デュエマ部は何時の間にか、超常現象の溜まり場みたいになっちまったし……。

 

「ね、白銀先輩。これからも……しづの事よろしく頼みますね?」

「分かってるよ。部長として、卒業まで面倒見るさ」

「別に卒業した後でも私は大いに構わないのだけど……」

「……もしかして、全部分かって言ってるのか? 翠月さん」

「貴方達の関係、もどかしいけど分かりやすいもの」

 

 ふふっ、と悪戯っ子のように笑みを浮かべる彼女は、やはり紫月のお姉さんなのだと思わされる。

 駄目だ、全部お見通しみたいだ。本当に……敵わないな。

 

「それじゃあシヅク! 私、そろそろ帰るデス!」

「あたしも! 耀、また明日ね!」

「僕はしばらく鶺鴒に留まる。また何かあったら困るからな」

「黒鳥さん……本当毎度すいません」

「何、気にするな。脚を突っ込んだ以上、半端なところで抜けはしないさ」

 

 一人。また一人と皆は帰っていく。

 火廣金はと言えば何時の間にか居なくなっていた。結局ちゃんと話せなかったな……。明日また、学校でしっかり話を付ける必要がありそうだ。いつまでも拗れた関係のままなのは俺も嫌だし。

 アカリもアカリでタイムダイバーの整備の為、一足先に家に帰るらしい。あいつにも大分世話になった。後で労っておこう。旨いモンでも買っておくか。

 彼らに手を振る紫月は──俺と翠月さんの方に向き直った。

 

「ねっ、しづ。私達もそろそろ帰る?」

「……あのっ、みづ姉。ワガママ、一つだけ言ってもいいですか?」

「なぁに?」

 

 首を傾げる翠月さん。

 ……ワガママ? 一体なんだろう。

 

「まだやる事があるので……。ちょっとだけ残りたいです」

「……良いわよ」

「良いのか!?」

「ええ! お邪魔虫はさっさと退散するわねー」

「別に、そういう気遣いは要らないんですけど……」

「あ、俺様刀堂の兄ちゃんに詫び入れないといけねえから、ちょっくら離れるわ」

「我はこの辺パトロールしてるでありますよーう」

「ちょ、お前らァ!?」

 

 ……守護獣2体がその場から飛んで逃げてしまい、翠月さんもさっさと帰ってしまって、完全に俺達二人になってしまった。

 何なんだろうな。

 皆して変な方向に気ィ遣ってるな……何と言うか、手玉に転がされてる気分がするぞ。

 当の紫月と言えば、恥ずかしそうに顔を赤くして俯いている。

 そして……少しだけ、こちらを向いた。

 

「え、えと……白銀先輩。今回の……その、お礼を──」

「なあっ、紫月」

「は、はいっ、何ですか」

「……」

 

 二人きり。

 この場には俺と紫月しか居ない。

 ……覚悟を決めろ、白銀耀。

 こんな時くらい男を見せてみろ。

 

「えと、あの、先輩。後で……良いですか。私、先輩に言いたいことが……」

「俺から言わせてくれ」

「っ……」

 

 ちょっと強引だったかもしれない。

 紫月が居なくなった時。彼女との思い出が全部無かったことになったらどうしようって思うと、ずっと怖かった。

 だから、絶対に──彼女を取り戻したかった。

 どうして? 仲間の一人だから?

 違う。

 俺の中で、紫月は──暗野紫月は、俺が思っていた以上に心の中に鮮烈に焼き付いていたんだろう。

 これが偽りの無い、俺の気持ちだ。

 彼女の瞳を真っ直ぐ見据える。

 例え、何が伏せられていても関係ない。俺は切札を此処で切る。

 

 

 

「──紫月が好きだ。俺と付き合ってほしい!」

 

 

 

 勢いのままに言ってしまった後に、口の中に甘酸っぱさが広がった。

 その周りの時間が止まったようだった。

 彼女は顔を逸らしてしまう。

 だが──耳まで真っ赤になっているのは分かった。

 

「……先輩。ほんとに、ほんとですか?」

 

 か細い声が返って来た。

 そして、何処か不安げな表情で俺を見つめてきた。

 

「先輩は、皆の部長です。私は先輩と一緒に居たいけど……それが同じ気持ちか、分かんなくて、不安で」

「俺は本気だぞ。いつだってな」

「……」

「むしろ、お前の返事をはっきりと聞きたい」

 

 うまく言えない。

 だけど、誤解させたくはない。

 俺はいつだって本気だ。お前もそうだろ? 紫月。

 

「だから、改めて返事が聞きたい。俺の好きは──お前に恋してる、の好きだ」

「……私は……ううん」

 

 そして遅れて──

 

 

 

「私も……大好きです。白銀先輩と……真剣にお付き合いしたいですっ!」

 

 

 

 地面を蹴った彼女は、俺の胸に飛び込んで来た。

 紫月の全部を受け止め、抱き締める。

 彼女は泣いていた。

 顔も、耳も、感情が昂ると色が変わる目も真っ赤にして俺に頭を擦りつけている。

 

「オーケー、で良いんだよな?」

「先輩が良いです。先輩じゃなきゃ嫌です! 言ったじゃないですか……先輩と、ずっと一緒に居たいって!」

「悪かったよ。でも、俺の方からハッキリさせておきたかったんだ。随分長い事、ヤキモキさせちまったみたいだからな」

「本当ですよ。でも……先輩の気持ち、私の心にダイレクトアタックで通りましたからっ!」

「うわっ、お前──」

 

 ぎゅう、と抱き締める力がもっと強くなり、俺は尻餅をついてしまう。

 そうすると、必然的に俺達の顔は近くなって、鼻と鼻がくっついた。

 鼓動が強く高鳴り、頭はどんどん熱くなっていく。

 きっと紫月も同じなのだろう。掌から手の甲へと熱が伝わって来る。

 

「……」

 

 どちらかが促すわけでもなく瞳を閉じる。

 気が付いたら俺達は自然に──口付けしていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……」

 

 

 

 何の気も無く、ただ気になっただけ。

 二人がそわそわしていて、様子がおかしいからもしかしたら、と第六感が知らせたのだ。

 そして物陰に隠れて、全てのやり取りを見届けた後。

 

 

 

「そっかー……やっぱ、好き同士だったんだー……」

 

 

 

 刀堂花梨は、何処か安堵の溜息を吐いていた。

 両親が仕事で居なくて、カードが心を埋める手段だった幼馴染が真っ当に女の子と恋愛できるくらい成長したのか、と感慨に浸る。

 

「なあ主君よ。大丈夫か?」

「うんうん、良かった。本当に良かったよ! 紫月ちゃん、耀の事気になってたみたいだしね! 耀もカードが恋人呼ばわりされずに済むってわけ!」

「主君……」

「どしたの? バルガ・ド・ライバー」

「いや、敢えては言うまい」

 

 そこで相棒の声は消えた。

 目が妙に熱い。

 頬を伝う雫に、彼女は今更気付いた。

 

「あれ」

 

 ──ならば、どうして自分は泣いているのだろう。

 彼女には自分でも説明が付かなかった。

 男のような自分を、偏見の目で見ないでいてくれて、小学校から高校までずっと一緒で。

 それなのに。自分から突き放してしまったのに。

 彼は──必死で自分を助けてくれて。

 

「……あっ、はははっ」

 

 彼女は嗤う。己の愚行を。

 何となく。漫然と──ずっと一緒に居られるだろうと思ってた。

 距離が遠いから仕方ない。彼と自分では進む道が違うから仕方がない。

 何度、言い訳をした? 何度誤魔化し続けた?

 ろくに自分からは、彼に近付く努力すらしなかったくせに?

 関係が壊れて変わるのが恐れたくせに?

 だからこれもきっと、当然の帰結だった。

 

「ばっかみたい……あたし、こんなんじゃ、何しに未来に行ったのか……分かんないや」

 

 それがとてつもなく愚かしい思考だと刀堂花梨は気付いていた。

 今になって、包帯よりもキツく、とても胸が締め付けられるようになってから──

 

「ああ、そうか」

 

 傷だらけの少女は、ようやく気が付いた。

 

 

 

「あたし……こんなになるくらい、耀の事……好きだったんだ……」

 

 

 

 ──全ては、遅きに失したのだと。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「議長。ペトロパブロフスキー重工の反抗について、お話があります」

 

 

 

 返事は無かった。

 そのまま通れの意だ。

 【抹消者】──空亡(ソラナキ)は、黒ずくめの部下達を差し置き、自らのフードを取り払う。

 その中から、枯れ果てたような白い髪がふわりと浮き上がる。

 

「では、私が話を付けて来る」

「ハッ……了解です」

 

 空亡は白い回廊を進み続ける。 

 しばらくしただろうか。

 巨大な御簾が覆う最奥へ辿り着く。

 そして空亡は──躊躇なく、その場で頭を垂れた。

 

 

 

「議長」

「──可愛い我が子達よ。何故に争うのです?」

 

 

 

 声が、聞こえて来る。

 透き通ったような女の声だ。

 

「……議長。ペトロパブロフスキー重工の件ですが……」

「いえ、申し訳ありません。また、いつものように……泣いておりました」

 

 穏やかに、語り掛けるような声が聞こえて来る。

 並大抵の人間ならば、そのまま絆されて眠ってしまいそうな調だ。

 だが、動じる様子も見せずに空亡は続けた。

 

「奴らは今、合成人間を使って国境付近の『壁』を目指して進軍中です」

「力を示せというならば仕方がありません。科学と──神の力。どちらがこの世界の道理に合っているのか、今一度思い知らせる必要がありますね」

「では、【抹消者】総力で潰せという解釈でよろしいですね?」

「我が子よ。あまり殺し過ぎてはいけませんよ? 子供たちが痛い思いをするのは、私とて望みません。人の子は、皆等しく我が子。貴方もその中の一人なのですよ?」

「……分かっています」

「──我々は絶対なる平定の元──世界の平和を成し遂げるのです。魔力(マナ)で世界を満たす、その日まで」

 

 ──トキワギ機関。 

 常盤の名が指し示す通り、不変にして不滅の平和を掲げられて作られた超巨大国家。

 それが納めるのは、22枚のエリアフォースカードの頂点に立つカード、世界(ザ・ワールド)

 しかし、その魔力はあまりにも膨大で凡そ人の身に、ましてやクリーチャーに扱える代物ではない。

 人類は愚か、魔法使いも超越した類──不可侵の神秘を宿した【神類種】のみ。

 

「この地上、トキワギは神である私が納める神の国……全ての醜い争い、生死の冒涜は平定されるのです」

 

 トキワギ機関の頂点に立つ女神。

 彼女は憂うように告げた。

 

 

 

 

「この、【神類種】ククリの名の元に……地上を綺麗にしないとね」



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GR67話:緋色の心

「もうじきワイルドカードの氾濫が起こって世界が滅ぶ、だぁ!?」

 

 

 

 トリス・メギス──2018年、現代のアルカナ研究会の元・筆頭魔導司である彼女は、大概の事に動じはしない。

 多くの魔法を使いこなし、強力なクリーチャーを従える彼女には、大概の超常現象も些事である。

 ……はずだったのだが、今回の大ホラばかりは驚愕を受けざるを得なかった。

 未来からやって来た白銀朱莉を名乗る少女が、よりによって黒鳥と一緒にアルカナ研究会拠点にやってきたのだから。

 

「この僕が一緒に居るのだ。信じられないとは言わんだろう。かれこれ僕も過去や未来を行ったり来たりしてきた所だ」

 

 トリスは台パン。

 タイムボカンは知らないが、クールで冷徹な黒鳥の顔から微妙に自分を馬鹿にするような意図を感じ取ったのである。

 

「ンなモン信じられるか! オタクら分かってんの? 魔法でタイムスリップとか絶対無理なんだよ、OK? 時間魔法なんてモン出来てたら、皆使ってるっての!」

「そうは言っても本当なものは本当ですし……後、団長」

「団長やめろ。バスターみたいだろうが」

「……お若いですね!」

「御年3桁だよ馬鹿にしてんのか!」

 

 掴み掛かるトリスを抑えながら、もう1度黒鳥はトリスと向かい合う。

 

「そんなわけで、貴様等とエリアフォースカードの取り扱いについて相談しに来たわけだ」

「というかお前らさ、オトモダチの家感覚でうちにやってきてるけど、此処一応極東の要所なの分かるか? よりによって元・要注意人物の黒鳥レンに、頭のネジが飛んだ女連れて来られたあたしの身にもなってみろ! どんな顔をしてファウストに報告すれば良い?」

「酷いです団長! 私は至って真面目なのに!」

「だからあたしはバスターじゃねェよ! 一昨日きやがれ電波女!」

 

 とまあこの通り、完全に混乱してしまっていた。

 いきなり事のあらましを伝えてもこうなるであろうことは黒鳥も予測していたが、よりによってアカリにとってトリスが上司であるのもタチが悪い。

 変に親しく彼女が絡んだ所為で、トリスは完全に警戒してしまっていた。

 

「まあ待てトリス。ヒイロからの報告と、彼女の証言は一致していル。それに、その手の魔法、薬の気配も感じンからナ」

「あたしだってそうだよ、だから猶更なんだよ……この女があたしらの力を超えた洗脳魔法を使ってるんじゃないかとか疑っちまうよなぁ! まあ、そんな神サマでもない限り無理なんだけどな!」

「その通りです! えっへん!」

「ドヤ顔すなッ! アルファリオン投げるぞ!」

 

 つまり、逆説的にアカリの話を信じざるを得ないのであった。

 ”未来から白銀耀の孫を名乗る少女がやってきた”という報告は、昨日に火廣金から入ったばかりだ。

 その時、トリスは火廣金の全身検査を提案した。取り合えず頭からスタートで。 

 超常現象を扱う魔導司からしても荒唐無稽、そして突飛な御伽噺ないしメルヒェンであった。

 

「良いか。白銀朱莉? だっけ。お前の話が仮に本当だとして、ウチのエリアフォースカード全てを渡せって言われて、ハイそうですって言えるかコラ」

「逆ですよ逆。むしろ、エリアフォースカードがこれだけ集まっている時代は他にありません。私達のカードを渡せば良いだけの事です」

 

 そう言ってアカリは1枚のカードを差し出す。

 それは教皇(ハイエロファント)太陽(サン)、そして(スター)のカードであった。

 

「……ねえロス。これ本物だと思う?」

「その手の鑑定はお前が一番得意だろウ」

「いや、うん。そうなんだけど……こうやってポン、とヤバい魔法道具3枚を手渡されるあたしの身にもなってほしいわけよ。なんかの罠かって疑うじゃん」

「やれやれ貴様も繊細だな」

「馬鹿にしてんのか!」

 

 実際に二枚のカードを手に取って、トリスは眉を顰めた。

 

「……同じ時代に二枚のエリアフォースカードは有り得ない。(スター)がうちと此処にある時点で、白銀朱莉の戯言は全部真実になっちまう」

「残るは(ザ・ムーン)のカード、恋人(ラヴァーズ)のカード、そして──世界(ザ・ワールド)のカードのはず。これら全てを集めれば、ワイルドカードの氾濫を抑えられるかもしれません」

「だけど眉唾だ。実際世界は滅びたのか?」

 

 

 

「そんなに信じ難いなら、その目で見れば良いだろうトリス」

 

 

 

 尖った声が聞こえてきた。

 黒鳥は思わず振り向き、

 

「──デュエマ部はどうした?」

 

 と投げる。

 返って来たのはやさぐれた声だった。

 

 

 

「……辞めた」

 

 

 

 火廣金緋色は、鶺鴒の制服ではなく──魔導司のローブを羽織っていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──火廣金がデュエマ部を辞めたァ!?」

「朝部室に来たら、こんな置手紙が……」

 

 

 

 昨晩あった諸々をすっ飛ばす程に、今朝の出来事は鮮烈だった。

 退部届。漢字三文字の太い明朝体フォントで始まる1枚のプリントには、火廣金の名前。

 そして、「一身の上の都合につき」という言葉が添えられていた。

 プラモデルが消えて小綺麗になった部室に、火廣金緋色の姿は無かった。

 

「……アカル。ヒイロと、ちゃんと仲直りしなかったんデス!?」

「だって! あいつ勝手に居なくなるしLINEにも電話にも出ねえし……!」

「全部ガンスルーされたんデス!?」

「話しかけようとしても個室で寝てるし、何時の間にか帰ってるし……!」

 

 言い訳のように聞こえるが全部事実である。

 あいつは此処に来てスルースキルを発揮し、俺をガン無視。

 そして、そのまま消えてしまった。

 何がいけなかった?

 何がまずかった?

 思い当たる事なんて幾らでもある。

 元はと言えば、シャークウガの扱いを巡っての決闘だ。

 だけどそれ以上に火廣金は俺に対して「私情」を剥き出しにして挑みかかって来た。

 花梨の名前を出して──

 

「……だけど……まさか、次の日にすぐ退部届を出すなんて……」

「そ、そんな……どうしようもないデス!?」

「……あいつ、花梨の件で大分腹立ってたみたいだしな……」

 

 ……俺は唸る。

 軋轢は、亀裂は、いとも容易く決定的なものとなってしまうものなのか。

 

「……最初は、確かに敵同士だったさ」

「私だってそう思ってました」

「そう、デスね。初めては敵同士デシタね……」

「成り行きで共闘するようになってさ、最後には……あいつも俺の事信頼してくれてると思っててさ」

 

 あの衝突だって、火廣金が俺を信じて全部ぶつかってくれたのかと思ってた。

 だけど、火廣金はもっと複雑な思いを胸に秘めて戦っていた。

 

「俺が勝手にそう思ってただけなのかなあ」

 

 思わず、そう零した。

 

「……ショックなんだよ。来るもの拒まず、去るもの追わずって言うけど……本当は、内心では嫌われてたんじゃないかって思うと気が気で無いんだよ」

「それはアカルがヒイロの事、仲間だって思ってるからデショ?」

「あいつがどう思ってたかは知らねえけどさ」

 

 俺が一方的に思ってただけかもしれない。

 それでも良いと思ってた。

 だけど、こうして態度でいざ示されると……本当に心にぽっかり穴が開いたような気分だった。

 俺に間違いは無かったのか?

 俺は正しかったのか?

 きっと、間違いも正しいも無かったのだ。

 紫月を守るという選択を取った時点で。

 だけど……ブランが前に言ってたように、それは他の誰かを切り捨てる理由にはならない。

 俺達は、4人でデュエマ部なのだから。

 どうする、どうする、と思索を巡らせるが──ガコン、と音が鳴った。

 紫月が鋭く俺を睨み付けながら椅子の脚を蹴っていた。

 

「白銀先輩」

「……紫月」

 

 キッ、と彼女の目が細くなる。

 色素の薄い唇が結ばれた。

 

「へこたれてる場合ですか?」

「だけど──」

「でももへちまもありません。私を未来まで追いかけに行った先輩は何処に行ったんですか」

 

 そうだ。

 そうじゃないか。

 一方的に突き放されたって……俺はあいつの事を仲間だって思ってんだ。

 

 

 

 

「白銀先輩は──貴方自身は、どうしたいんですか」

 

 

 

 ……今更あいつの元に行っても元の関係にはもう戻れない?

 畜生! そんなの決めつけだ。 

 

「火廣金先輩が白銀先輩を拒絶しても……せめて、白銀先輩の後悔の無いようにするべきです」

 

 折角仲良くなれたのに。魔導司と人間は分かり合えないのか。

 そんなわけない。今まで一緒に過ごしたのは全部ウソだなんて言わせねえぞ。

 俺は──

 

「俺は、火廣金に戻ってきてほしい……!」

「……それでこそ、白銀先輩です」

 

 紫月が微笑む。

 それが、俺の本音だ。

 嘘偽りない気持ちだ。

 だって、これで全部終わりだなんて悲しすぎるだろ。

 

「うんっ、やっぱりアカルとシヅクは、どっちかがダメダメな時が一番噛み合うデスね!」

「どういう意味ですか!」

 

 顔を赤くして反駁する紫月だが、実際ブランの言う通りかもしれない。 

 落ち込んだり、頑張るのに疲れた時……紫月の言葉に幾度となく助けられてきた。

 俺がうじうじしてると、こいつがいっつもストレートに意見をぶつけてケツに火を付けてくれるんだよな。

 

「じゃあ、アカル! 早速ヒイロの所にレッツゴー!」

「オトモダチの家感覚で拠点に足を踏み入れられる彼らが若干不憫ですが仕方ないでしょう」

「カチコんだ事もあるし今更今更」

 

 だから、ダンガンテイオーを使えば直行できる。

 恐らく1時間もかからないだろう。

 会えば、分かり合えるかもしれない。

 これからどうすれば良いのか話し合えるかもしれない。

 だが甘かった。

 俺が思っていた以上に──あいつとの禍根は根深かった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「え? 火廣金? あいつなら国に帰ったぞ」

「……え?」

 

 

 

 門前払いの方がこれならまだ良かったかもしれない。 

 いや、実際まだ屋敷の中には足を踏み入れていないのではあるが。

 玄関前で出迎えたのはトリス・メギスだった。

 そして、彼女の口からは「国に帰った」の一言。ちょっと待て、火廣金は日本にいないってことか?

 

「国って国って」

「あいつ、本籍はこの国の人間じゃないからな」

「た、確かに日本人って顔じゃないデスけど……」

「いざ言われてみると……」

 

 そう言えば前に言ってた気がする。

 火廣金緋色という名前も、魔導司として活動する為の仮の名前なのだと。

 流ちょうに日本語を話していて不自由した事が一切ないからか、そもそも彼が外の国からやってきた人間という事を忘れてしまっていた。

 それほどまでに俺達は近くに居たという事なのだが、

 

「教えてくれ! あいつの故郷は──」

「もう放っておいてやれよッ!!」

 

 怒気の籠った声でトリスが怒鳴った。

 

「何があったか知らねえけど、こちとらメイン戦力1人、少なくともテメェらの所為で潰されてんだぞ!」

「っ……それは」

 

 悲痛な沈黙がその場を包み込む。

 俺は何も言い返せなかった。

 あいつの悩みを何一つ理解出来なかったのは……俺の落ち度だ。

 

「あいつ言ってたぞ。これ以上、俺を惨めにするなって。俺から何も奪うな、って」

「……」

「言えよ! 白銀耀、ヒイロに何をした? なあ、デュエマ部の部長さんよ!」

「ちょっと! そんな言い方することないじゃないデスか!」

 

 何をした? 

 惨めにするなって、どういう意味だよ。

 俺は今まで、あいつに何をして来た?

 戦って、勝って、魔導司としてのプライドを傷つけた?

 それだけか? 本当に?

 あの時、俺が火廣金を捻じ伏せた事自体が、間違ってたんじゃないかと思わされる。

 

 ──それで、ヒイロが真っ先に嫉妬するのは……。

 

 あの火廣金の事だぞ。

 それだけで、俺に嫉妬するとは思えない。

 あの時、ブランは声を濁していた。

 

 ──カリンが事ある毎に名前を出すアカルだったんじゃないデスか?

 

 全部知っていたんじゃないか? だって、クラスメイトの事を込み入った領域まで把握しているブランだぞ。

 普段から付き合いが多い花梨の事は猶更じゃないか。

 例えば……これは「もしも」で「仮定」の話だ。

 だけど、考えれば考える程、ピタリとピースにハマってしまう。

 その可能性を信じたくなんてなかった。

 ふと浮かんだただの推論のはずだった。

 なのに──頭から離れなかった。

 分からない。何が正しかったのか、間違っていたのか、もう何も分からなかった。

 

「こんな事って、あるかよ……!」

 

 俺は膝から崩れ落ちた。

 何もかもが手遅れだったのかもしれない。

 それを見てか──トリスは調子の戻った声で、

 

「……すまん、言い過ぎた。何も言わずに、尻尾巻いてお前らから逃げるアイツにも非はあるからな」

「……トリス・メギス」

 

 すっく、と立ち上がった俺は──

 

「邪魔して、悪かったな! 俺、帰るわ!」

 

 多分、笑ってたんじゃないか。

 笑う事しかできなかったんじゃないか。

 

「待ってください白銀先輩! せめて、事情だけでも話していくべきでは──」

「そうデス! 誤解されたままデスよ!」

 

 だけど、火廣金はもう……居ないだろ。此処に居ても何も意味は無い。

 俺はダンガンテイオーに飛び乗る。

 

「マスター、良いのでありますか?」

「……鶺鴒に飛んで戻ってくれ」

 

 今の俺は、誰とも顔を合わせられる気がしなかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「っシヅク、アカルを追うデスよ!」

「で、でも──」

「こんな時にアカルを元気づけるのは、シヅクの役目デショ!?」

「……は、はい! シャークウガ!」

 

 シャークウガに飛び乗ってその場を去る後輩を、果たして追いつくだろうかという懸念を抱きながらブランは目で追う。

 そして、再びトリス・メギスに向き直った。

 突き立てるような視線を投げかけ、

 

「……わざとデスね? さっきの」

「っ……!」

 

 問い詰めた。

 トリス・メギスが何か隠し持っている事は、分かっていた。

 

「……流石、正義(ジャスティス)のエリアフォースカードの使い手は違うな」

「幾ら偉大な魔法使いでも、ウソをついている時の微妙な動作、クセというものは誤魔化せないものデスね」

「そういうのは気を付けてたつもりだったんだがな」

「そこまで怒ってるわけじゃないのに無理して怒鳴ってたからデス。気持ちが声に追いついてないんデスよ」

「……探偵は伊達じゃなかったな。寒気がするね」

「趣味は人間観察、デスので!」

 

 そして、揺さぶりをかけるためにブランは一つの質問を投げかけた。

 

「ヒイロ、国に帰ったわけじゃないんデショ?」

「……」

 

 トリスは肯定も否定もしなかった。

 

「わざわざヌシを出て行かせてそんなウソを吐かせる辺り、火廣金緋色は相当我らに会いたくないと思っておるな」

「でも……アカルにあんな言い方したのも許さないデス。アカル、気にしたらとことんまで悩むタイプデスよ」

「はっ、うっせー。お前らが仲間が大事なように──あたしらだって、仲間が大事なんだよ」

「気兼ねなく精神汚染で洗脳するくらいデスか?」

「お前、ほんっと性格悪いな」

 

 トリスは眉を顰める。

 当時アルカクラウンに憑依されていたファウストの命令だったとはいえ、トリスが魔導司達を洗脳したのは事実であるので否定しようがないのであるが。

 しかし、それを蒸し返すくらいブランは腹が立っていた。 

 

「You程じゃないデス」

 

 くるり、とブランは踵を返すとサッヴァークを実体化させた。

 そして──そのまま彼の背中に跨った。

 

「おい。ヒイロの事は良いのかよ? 或瀬ブラン」

「当人の問題みたいデスからネー。そこまで会いたくないなら、無理に会わせても仕方ないデス」

 

 ──まあ、早く仲直りしてほしいのは事実デスけど。

 となれば探偵は傍観者に回るしかない。

 結局のところ、当人同士の問題なのだから。

 ──本当に、そうデショウか?

 そう、思いたかった。

 これは火廣金の恋が絡んでいる問題でもある。

 そして──花梨の恋が絡んでいる問題でもあるのだ。

 花梨に近い立場であるブランは、思い当たる点が無いわけではなかった。

 ──私だって、どうすれば良かったのかなんて……分かんないデスよ。

 飛び立とうとする彼女。

 それを、「おい、ちょっと待てや!」とトリスが引き留めた。

 

 

 

「……何デスか?」

「ヒイロの件も重要だが……白銀朱莉と黒鳥レンの話もしておこうと思ってな」

「!」

 

 

 

 ──アカリと黒鳥サン、アルカナ研究会の拠点に来てたデス!?



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GR68話:銃創

「──ロス、この世に神は居るだろうか?」

「その質問は今日で何度目ダ?」

 

 

 

 ローブを纏ったままプラモデルを延々と組み立てている同僚にティンダロスは苦言を呈した。

 接着剤と塗料のシンナーの匂いがキツい。窓を開ければ開けたで虫が入って来る上に寒風が入って来るのであるが。

 

「言っているだろウ。神とはあくまでも人の心に在るものダ、それ以上先は宗教戦争になるゾ。嫌なことがあるからといって、哲学とプラモデルに逃げるのはお前の悪い癖ダ」

「今に見てろ俺はプラモデルで哲学してみせる」

「いよいよおかしくなったカ」

「しかし宗教戦争、か。現代に於けるこの国はそんなものとは無縁だと思っていたが、どうやらタケノコとキノコで争う愚かな人間が多いらしい」

「タケノコとキノコの神が居るのカ」

「いや……ただの些事だ」

「宗教戦争がカ?」

 

 

 

「何を馬鹿なことを言っている」

 

 

 

 部屋の扉が音も無く開く。

 黒髪をなびかせた少女──の姿をした、大魔導司ファウストは呆れた目で二人を一瞥すると椅子に座る。

 

「──ファウスト様」

「この数日間、ずっと書庫に籠りっきりでしたガ……お体ハ?」

「心配ない。この身体は見掛け以上に頑丈に作ってある。書物も、私でなければ読むことすら出来んものばかりだからな」

 

 ワイルドカードの氾濫。

 そして、エリアフォースカード22枚全てを集めたらどうなるのか。

 これらについて何かヒントが無いか、ファウストは本国や支部からありとあらゆる書物を持って来させていた。

 また、配下の魔導司には父である大魔導司・メフィストの魔導工房の捜索を急がせていた。

 例えホラ話だったとしても、いずれエリアフォースカードについては解明しなければならないことが多いのだから。

 

「ふぁあ……火廣金。お前の言っていた、”白銀耀の孫”とやらの情報をわざわざ真に受けてやったのだ。お父様の資料を全て目を通すのは大変だったぞ」

「全て、って……この三日間で?」

「速読は得意なものでな。まあ、目新しい情報は見つからなかったが」

 

 ファウストは浮かない表情で言った。

 

「エリアフォースカードは人の手で魔法を使えるようにするため作られたもの。父が何故これを作ったのか分からない。その仕組みでさえも。私にも──分からない」

 

 彼女は目を伏せる。 

 物心ついた頃には、メフィストは居なかったという。

 ただただ偉大な魔導司であった、という伝説だけが残っていたらしい。

 だから、彼の残した功績こそ多いものの失われた資料や魔法が多いのも確かだった。

 

「まぁ、使い方を誤れば邪悪な力に支配されることだけは確かだ。だが、それは魔法とて同じ」

「……」

「火廣金。未来での暗野紫月の救出、ご苦労だった」

「俺は何もしていません」

 

 火廣金はローブを強く握り締める。

 

「そればかりか──仲間の脚を引っ張った」

「……お前がカ?」

「……今の私に読心は使えない。だが、見た所……並々ならぬ理由があったように思えるが」

「……俺はもう、あそこには戻れない」

「何故?」

「……言えません」

 

 心底悔しそうに彼は言った。

 白銀耀達が訪問した時も、「国に帰ったと言え」とトリスに追い払わせた。

 彼らに合わせる顔が無いという様子だった。

 

「一意攻苦……苦しみながら考えこんでいるようだな、火廣金」

「……」

「それで、神にも縋る思いだったか」

「そう言う訳では……」

「そうだろうか? とてもお前一人では結論付けられそうにはないようだったがな。これでも多くの子供を見てきた」

「俺を子供扱いしないでください!」

「子供さ。少なくとも、この私よりは」

 

 そこで火廣金は口を噤んでしまった。

 姿なりの所為で忘れてしまいそうになるが、目の前に居るのは御年4桁を超える大魔導司だった。

 

「……ファウスト様」

「……何だ?」

「アカデミーでは、神は居るものとして教えられてきました。我々は魔法を使役する以上、何かしらの神を信じねばならないと」

 

 しかし、もし神が居たのなら。もし神が魔法使いを作ったなら、どうして自分は完全ではない?

 白銀耀との軋轢、決裂。

 もっと自分は賢く立ち回れたのではないかという後悔と、そうはさせてくれない意地がせめぎ合う。

 シャークウガの処理を巡っての対立。

 自分の心を幾度となく揺るがせる刀堂花梨。

 その好意は白銀耀に向いている。しかし、彼が見ているのは──暗野紫月だ。

 四角関係ですらない。蚊帳の外だ。

 それが悔しかった。悔しさと嫉妬が内心に渦巻く幼稚な自分も許せなかった。

 刀堂花梨の好意に気付かないばかりか、別の女とくっつこうとしている(くっついた後なのを火廣金は知らない)耀に無性に腹が立った。

 滅茶苦茶で支離滅裂で矛盾した感情なのは分かっている。

 だが全ては──花梨の報われなさ、そして自分の不甲斐なさに直結していた。

 ──せめてこの手で刀堂花梨を守れたなら……!

 それすらも、叶わなかった。

 アイデンティティも、プライドも、何もかもをへし折られた火廣金は──自分から彼らの前から姿を消すことを選んだ。

 

「神は……どうして我らに試練を与える? 何故、俺を人とは違う相容れない存在に作った? 今は、そう思えて仕方ありません」

 

 火廣金は今ほど、人間であれば良かったと思った事は無かった。

 もし、自分が人間だったならば。もし、彼らが魔導司だったならば。

 もっと分かり合えたのかもしれないのに、と。

 

「……こんな時に、どうすれば良いか魔法で分かればいいのに……」

 

 気付けば言葉に出てしまっていた。 

 お手上げだ。自分で考える事すらしたくなかった。

 

「やれやれ。何故そうなる前に誰にも相談しなかった」

「……俺には、そんな相手は……」

「この通りダ、ファウスト様。俺にも教えてはくれなイ」

「ロス相手なら猶更だ。後で蒸し返される」

「心外だナ」

「今の俺に信じられるのは……プラモデルとカードだけだ。プラモデルとカードは人を裏切らない」

「これは重症だな……」

 

 新しく箱を開ける火廣金を前に、ファウストは眉を顰めた。

 彼の前には接着剤の乾燥待ちのヘリコプターが何機も置かれている。 

 部屋の中は、シンナー臭で充満していた。指でロスに「換気してくれ、すまない」と促すと彼は嫌な顔をしながら窓を開ける。吹き込んだ風が寒い。

 

「……まあ、白銀耀達と何かあったことくらいわかるさ」

「……」

「だが火廣金。言ったはずだ。お前は私と比べても、魔法使いとしても、まだまだ子供さ」

「そんな事は──」

「子供が大人に頼っていけない道理等無い」

「……」

「アカデミーで主席として育てられ、貴重な攻撃型魔導司として育成されたお前は……周囲に甘える事すら許されなかったのだろうな」

「俺は──」

 

 ファウストは彼に笑いかける。

 

 

 

「そもそもの前提として……君は君が思っている以上に、十分に頑張っているよ。優秀過ぎるくらいに、ね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ノゾム兄は昨日、卒業式の余韻に浸る事なく再び超常現象の世界に引き戻される事になったという。

 卒業式の後、部活の打ち上げに加えてお世話になった色んな所を回っていたら何時の間にか夜の10時。

 家に帰ってきたら……花梨が大怪我して帰っていたので──

 

「──正直、花梨に怪我させたやつの喉に竹刀突き立てる準備は出来てた」

 

 すっごくお冠だったようである。

 平謝りするしかなかった。

 実際俺の非だと言われればその通りである。

 音頭を取っていたのは俺な訳だし。 

 

「この度は本当にすみませんでした……」

「いやまあ事情聞いたら、それも収まったんだけどよ。とりま、お前は何も悪くねえ。シャークウガも悪くねえ。こういう誰も悪くない時が一番難しいんだよなー、うんうん」

 

 さて、意気消沈する間もなく俺は刀堂家に寄っていた。

 昨日ノゾム兄からメールが返って来たのは11時頃。

 「明日の夕方来てくれ」とのことだったので、その約束通りに刀堂宅に来たのだ。

 火廣金の件で完全に気分が沈んでいた俺だったが、それでも約束は約束なので守らなければならない。

 のだが──

 

「……なあ耀。お前本当ひっどい顔してんぞ」

「……」

 

 かえってノゾム兄には心配されてしまっている。

 顔に出ているようだ。

 

「ちゃんと休んでいるのか? それとも……やっぱ、花梨とか火廣金の件が……」

「両方、だと思う」

 

 俺でも分かり切っていた。

 疲れが身体から抜けきらない。

 常にだるさが付き纏っている。

 だけど──

 

「俺、分かんねえんだ。今のままで良いか」

「オレはお前が十分頑張ってると思うけどな」

「……誰か一人の為に頑張るって道だよ」

「お前が?」

「……絶対に助けなきゃいけない人がいるんだ。そいつは、今のままの歴史だと──死んでしまうから」

「成程……しかもそれがお前の好きな人だった、と」

「飛躍し過ぎだぞ!?」

「いやまあ、お前が誰が好きでも関係ねえんだけどな」

 

 変なところで勘繰り入れるなよ、この人は……。

 

「だけど今のままだと……俺は何処かで他の仲間を取りこぼす。きっと──今回みたいに」

 

 選ばなかった道が、呪いのように俺を苦しめて来る。

 全員を等しく救う?

 そんなことは不可能だと分かってしまったのだから。

 

「ノゾム兄……俺、リーダーとか部長とか向いてねえってのがよーく分かったわ」

「……」

「花梨は大怪我しちまったし、火廣金とも仲違いしちまった。どうするのが正しかったんだろーな……って。いや、正しいとか正しくないとか無いんだけど、もっとやりようはあったんじゃないかって……こんな事考えてる時点で部長失格かもだけど」

「……しゃーねえだろ。お前の思った通りにはならなかった。それでこの話はお終いだ、耀」

 

 ぽすん、とノゾム兄の大きな手が肩に置かれた。

 

「だからよ、済んだことでうじうじすんのはお前らしくねえよ。それは、お前の選んだ選択の先に居る人に失礼ってもんだぜ」

「……俺の選んだ選択の先に居る人」

 

 紫月。

 俺の好きな女の子。

 今の歴史のままじゃ──死んでしまう人。

 俺が、命を懸けてでも助けたい人。

 

「万人に好かれるヒーローになんて、なれないんだ。だから、既に行った決断を後悔すんなよ。それが選んだ道なんだから。お前はあくまでも、お前のやりたいように生きるべきだ」

 

 まあ良いさ、とノゾム兄は立ち上がる。

 

「オレは……オレの選んだ結末に後悔はしてない。そりゃあ、お前含めて多くの人に迷惑は掛けたぞ? だけど……爺ちゃんとホタルの復讐に命を懸けたのは後悔してねえんだぜ」

「……ノゾム兄……」

「自分の道を進むのに嫌われる事を恐れるな、耀。残酷な決断かもしれねえけど、そうでもなきゃよ……お前自身の道を見失う事になるぜ」

 

 ……俺は、怖かったのかもしれない。 

 仲間が離れていくのが。

 仲間に嫌われていくのが。

 

「耀。万人に好かれるヒーローになんて、なれなくたって……誰か一人のヒーローになれるなら、それで十分なんだよ」

 

 そうだ。迷っていたらきっと……この先の道は進めない。

 俺は一度決めた決意を揺るがせちゃいけないんだ。

 火廣金とは対立した。だけど……シャークウガを助けたいって思ったのは……俺の偽りざる本音だ。

 

「……ありがとう、ノゾム兄」

「礼はいらねーよ。後……花梨の事はオレに任せてくれねえか?」

「え?」

「あいつも色々あるみてえだからな。兄貴として面倒見てやんねえといけねえし」

「そうか……なあ、オレに出来る事があったら……」

「心配すんな」

 

 やっぱり、花梨に何かあったのだろうか。

 怪我の事?

 それとも……俺の事?

 

「また目がブレてんぞ、耀」

「え?」

「お前は今、お前が一番やりたいことをしな、耀」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──耀が帰った後。

 ノゾムは花梨の部屋の前に立っていた。

 扉の奥には──花梨が居る。

 

「なあ花梨」

「っお兄!?」

 

 慌てて飛び出して来た義妹に飛び退きながらも、ノゾムは心配そうに投げかけた。

 

「……花梨。怪我は大丈夫か?」

 

 花梨は包帯をもう取っていた。

 しかし、顔、手、穿ち傷の痕が乾いたまま残っていた。

 恐らく一生消えないだろう。どんな目に遇ったかは想像もつかなかった。

 ──かと言って、こいつが望んだことだし……オレが戦えたら助けられたわけでもなさそうなんだよなあ。

 ようやく想像がついたのは黒鳥からの報告。

 クリーチャーの装甲さえも貫く、改造シャークウガの魔力の雨。

 恐らくあの場に誰が居ても──防ぎようが無かった。

 だからどうしようもない。……理屈では分かっていても、感情で割り切れはしないのであるが。

 

「もう平気。痛みとかはない。怖いくらいに、傷の治りが速いから……魔法ってすごいね」

「あー、オレもよく守護獣に世話になったわ……でも痕とか目立たないようにしたいだろ? オレが海戸のツテで病院を手配するが……」

「そうだね……皆、包帯見てもびっくりしてたし、これ見たらもっと驚いちゃうもんね」

 

 彼女の声は沈んでいた。

 生傷は剣道家の誇り。だが、それはあくまでも剣で負った傷の話だ。

 

「じゃあ、それで決まりだな」

「うん、ありがと……お兄」

「……それと、もう一つ聞きたい事があるんだけどよ」

 

 そしてもう一つ。

 彼女が負っているのは身体の傷だけではない。

 

「耀と話さなくて良かったのか?」

「……」

「お前もあいつと喧嘩したのか? あいつが悪いなら竹刀ブッ刺してくるぞ」

「刺さなくて良い! 刺さなくて良いから! あいつは悪くないの! ……多分、あたしが全面的に悪いし理由もバカバカしい」

「はっはっは、お前が深刻な顔してる時に馬鹿馬鹿しい理由なんてあるもんかよ」

「……言ったら笑うだろうし」

「はっはっは、そこまで言うなら笑うかもなあ。だけど、大抵の事は大海の広さに比べれば何てことはねえんだぜ花梨、だから遠慮なく言うが良い」

「……じゃあ言う。いっそのこと、笑ってほしいし」

 

 ほう、何だろうと身構えていた。

 

 

 

 

「……耀と紫月ちゃん、ちゅーしてた……」

 

 

 

 ……?

 ノゾムは頭に理解が追い付かなかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……あー成程。今まであいつの事が好きなのをひた隠しにしてたのが裏目に出た、と」

「……笑っちゃうよね。あたし……アプローチとか、そんなの考えた事もなかった。なのに、二人が一緒なのを見てると……心が痛くって。バカバカしいよね! 今まで何もしなかった癖に、何を今更って」

「バカバカしくなんかねーよ」

 

 ……というかオレも経験なんて無いから大層な事言えないんだけど、と前置きしつつもノゾムは言った。

 

「誰かが好きな気持ちに貴賤はねえと思うぞ」

 

 それだけは言える。

 そこに順列を作ってしまうのはノゾムは憚られた。

 

「花梨。結果だけ見りゃあ、そりゃ敗北だったかもしれねえよ? だけど……結果だけが全部じゃねえしなあ」

「うー……たしかにそうかもだけど」

 

 彼女は目を伏せた。

 

「……あたしさ。小さい頃からこの家で育って、剣道家として男みたいに育てられたから……耀だけだったんだよ? あたしの事をオトコオンナとか言わないのはさ」

「まあ、ずっと一緒だったしなあ、お前ら」

「……うん。だから、悔しかったのかも。紫月ちゃんと耀が出会って、まだ1年も経ってないのに……って思っちゃう自分が居るんだ。おかしいよね、そんなの……ってあたしでも思うけど」

「理屈で割り切れても感情では割り切れない、か」

 

 結局は初めての失恋で混乱してるんだな、とノゾムは結論付けた。

 

「そっかー、お前が恋か……剣しか見てないって思ってたけど、ちゃんと耀の事好きだったんだな」

「……あたし自身も曖昧にしてた。でも……今、すっごく悔しい。何もしなかったあたし自身が……とても嫌」

「はっはっは、いつも言ってるだろ。剣は敗れた後の方が大事ってさ。気持ちの問題でもそれを忘れちゃあいけねえよ」

「敗れた後が、大事……そうだね。敗北は、強くなるためのバネ、だったね」

「ああ。スパッと割り切るか、それとも……力づくで奪うか? 略奪愛なんて言葉もあるし」

「うっ、あたしには……無理かも。今度は紫月ちゃんに悪いよ」

「どうするかはお前が決める事だけどなあ、まあでも……そんなになるくらい、耀の事が好きだったんだな!」

 

 涙を貯めながらも、花梨は頷いた。

 「本当に……気付くのが遅かったけどね」と言うと、もう1度頷く。

 今はまだ割り切れないかもしれない。

 だけど……花梨はきっと、この敗北をバネにまた強くなる。

 そうノゾムは信じている。

 

「お前ならきっと、この経験を糧に出来るさ。オレは応援するぜ」

「……お兄」

「まあ、それがせめてもの罪滅ぼしって奴だよ。今度はちゃんと、兄貴としてお前の事見ていないといけねえし。お前らが幾つになっても……弟妹みたいなのは変わんねえんだぞ?」

「……あたしは助かってるよ。すっごくね」

 

 にゃはは、と花梨は久々にあのふにゃっとした笑顔を見せたのだった。

 ……様子は見ないといけないだろうが、これで一先ずは大丈夫だろうか、とノゾムも安堵する。

 後は──もう1名についてだ。

 

「ところで話は変わるんだがな、花梨」

「どしたの、お兄? 改まっちゃって」

「……火廣金の事だ」

 

 きょとん、とした顔で彼女はノゾムの顔を見た。

 そして考え込むように唸ると──弾かれたように顔を上げる。

 

「そういえばあいつ、今日も学校で見なかった……! なんかあたし達の事避けてるみたいだけど」

「大分エラい事になってるみたいだぞ。お前、あいつに色々教わってたんじゃなかったっけか」

「そうだけど、エラい事って何!?」

「話によると……国に帰るとか何とか言って」

「!?」

 

 花梨の顔は蒼褪める。

 そしてすぐさまノゾムの隣を横切った。

 ドカドカと階段を駆け下りる音が後から響いていく。

 

「あたし、行ってくる!! あいつ何やってんの!」

「花梨!?」

 

 まだ最後まで言ってないにも関わらず、花梨は家から飛び出してしまった。

 恐らく守護獣に飛び乗って空を飛んでアルカナ研究会の拠点へ殴り込みに行くのだろう。

 ──まっずいなあ、国に帰るとか何とか言ってまで耀達を近付けないようにしている……が正しいんだけど……。

 ノゾムは黒鳥から全てを聞いていた。聞いていたのだが、火廣金の気持ちを汲み取ると無暗にそれを耀達に打ち明ける気にもなれなかった。

 だが、それはそうと──衝動のまま飛び出した花梨が何をするか分からない。

 どうするか、と思案した。

 思案して──ふと、口が綻んだ。

 

「それにしても成長したよなあ」

 

 二人ともちょっと前まではガキンチョだったのに。

 今では……悩んで、もがいて、あがいても──自分の道を進もうとしている。

 

「オレは、何時まで経っても……お前らの味方だぜ。花梨、耀」

 

 例え彼らが大人になったとしても、ノゾムにとって二人が弟、妹のような存在である事には変わりない。

 例え世界が敵に回っても、自分だけは彼らの味方でいよう。

 それが兄貴分としての務めなのだから。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──神が存在するか、否か」

 

 

 

 火廣金と話した後。ファウストは再び書斎に籠り、1冊の本を手に取っていた。

 眠っていた蔵書の中でも最も古い本の一冊。

 ワイルドカードやエリアフォースカードについての情報は無かったが──

 

「……我らが魔法の始祖……【神類種】の伝説がある限り、神の存在は否定できない」

 

 古来、魔法の始祖は神の領域に至ったとされている。

 しかし、昨今の研究ではそれは覆されつつある。

 

「……古代、40億年もの地球の歴史の中でほんの一瞬だけ……多量のマナが観測された時代が存在している。それが言わば神代。神の支配した時代……魔法を生み出した貴方達は果たして何者であったか?」

 

 ファウストは書物の山の中で目を伏せた。

 自身の父・メフィスト。

 その彼に魔法を伝えたのは?

 一度だけその名を聞いたことがある。

 魔法さえも超越した存在。

 

 

「アルカクラウンは、私の身体を使って”神”を降ろそうとしていた。彼らの指し示す神は恐らく……【神類種】だ。アルカクラウンがその存在を知っていたのだとすれば、エリアフォースカードとも関連があるということか?」

 

 クリーチャーさえも超克した存在。

 それを神と呼ばずして何と呼ぶべきか。

 

 

 

「……魔法の始祖の名はオーディン……《魔神類 オーディン》。確か、父は……そう書き残していた」



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GR69話:修復

「──火廣金は……!」

「居ねえよタコッ!」

 

 

 

 トリス・メギスと刀堂花梨は一触即発の空気の中、睨み合っていた。

 戦車(チャリオッツ)のカードを手に取る花梨は最早強行突破も辞さないといった様子。

 それに気圧されるトリスだったが──

 

「居ねえっつったら居ねえンだよ、お引き取り願おーか……刀堂花梨」

 

 凄んだまま引き下がるつもりはないようだった。

 まるで門番のようにその場を動かない。

 それに対して余計に不審さを募らせながら、花梨は詰問した。

 

「……何で火廣金は帰っちゃったの」

「知った事か。そのスポンジみてーな脳みそで考えてみりゃ良いんじゃねえか?」

 

 花梨のカードを握る手に力が籠る。

 

「あたしはバカだから、難しい事とか、相手が何考えてるかとか言われなきゃ分かんない。だけど……」

「あん?」

戦車(チャリオッツ)のカードは、火廣金が此処に居るって言ってるみたいだけど?」

 

 カードは、強く熱を帯びていた。

 バルガ・ド・ライバーがカッカッと笑う。

 彼もまた、同じ力を持つ魔導司の存在を感じ取っていた。

 

「主君の言う通りよ。口から出まかせなどやめておけ」

「……デカブツが。だったら何だってんだ?」

「火廣金に会わせて」

 

 同じアルカナ同士は引き付け合う性質を持つ。

 それ故に、花梨はこの屋敷に来た時から火廣金の気配を感じ取っていた。

 

「……どうする? 腕づくで突破してほしい?」

「……悪いがこっちにもメンツってモンがあるんでね」

 

 

 

<Wild……DrawⅦ──>

 

<戦闘術式ⅩⅩ──>

 

 

 

 無機質に戦闘開始を告げるエリアフォースカード。

 そして、浮かび上がる魔方陣。

 魔導司と戦車のカード使いがぶつかり合おうとしたその時だった。

 

 

 

「やめろトリスッ!!」

 

 

 

 叫ぶ火廣金。

 そこで魔方陣は砕け散り、エリアフォースカードも停止した。

 屋敷の扉の前には──息を切らせた火廣金が立っていた。

 

「……火廣金ッ!」

「……刀堂花梨。やはり君に隠し事は通用しないか」

 

 トリスの脇をすり抜け、花梨は火廣金に駆け寄った。

 胸倉を掴み、目をカッ開くと

 

「──何で黙って消えたの!!」

「……」

 

 凄い剣幕で怒鳴りかかる。

 見た事のない表情に、火廣金は黙りこくってしまった。

 

「此処に来る前に……ブランに、何があったのかもう一回聞いた」

「っ……そうか。情けない話も全て、か」

 

 目を逸らす火廣金の顔を無理矢理こちらに向けると、花梨は目を伏せた。

 ブランに携帯で火廣金に何があったのか問い質したのを思い返す。

 最初はあまりの剣幕に言葉を詰まらせていた彼女だったが、そのうちぽつりぽつりと話し出した。

 ──シャークウガを殺すって言って、耀の前に立ち塞がった!?

 ──カリンを助けられなかったのがよっぽど堪えてたというか、なんというか……でもアカルもシャークウガを殺されるわけにはいかなかったし、仕方なかったというか……デスね。

 ──でも、傍から見てもすっごく怒ってたんでしょ!? 何でそんなに……!

 ──そ、それは、私の口からは……。

 ──あーもう、頼りにならないなあ!! ……じゃあ、火廣金が気まずそうにしてたのは、耀と絶交したからとか……!

 ──そうじゃないんデスよ!? アカルもシヅクも、ヒイロの事は全然根に持ってないデス。仕方なかったって言ってるデス。

 ──じゃあ問題はやっぱり……火廣金……!

 ああ、思い返せば思い返すほど、腹が立つ。

 

「バカッ!! あんたって本当バカ!!」

「っバカとは何だ! 君にだけは言われたくは──」

「あたしがあそこでやられたのは……どうしようもない事じゃん! なのに、何でいつまでうじうじしてんのさ! あたしは無事だったし、今もこうやって立てる! なのに、何で──」

「君こそ、やっぱり何も分かってないな。何も分かっちゃいない」

 

 突き放すように火廣金は返した。

 冷淡で哀愁を込めた瞳だった。

 掴まれた手を引き剥がそうと握り返した。

 

「……分からないよ、火廣金。あんたの事も、あんたが何考えてるかも分かんないよ……何も言わない癖に分かってくれだなんて、そんな事してたら……あんたは本当に独りぼっちになっちゃうよ!?」

「俺は一人でも生きていける。だが、君はそうじゃない」

 

 彼女の手を引き剥がすと、火廣金は吐き捨てた。

 

 

 

「今からでも遅くない。俺の事は忘れて白銀耀の所に戻れ。そっちが……君の居場所だ」

「一人で生きていける人なんか……いるもんかッ!」

 

 

 

 もう一度花梨は掴み掛かった。

 此処で離したら、火廣金はもう二度と戻って来ない気がした。

 

「だから……耀達の所に、戻ってきてよ火廣金」

「俺の役目はとうに終わってたんだ。君が戦車の力に完全に目覚めた時点で」

「っ……」

「その時点で俺は居ても居なくても同じだったわけだ。結果だけを見れば、俺は仲間の脚を引っ張り、部長に刃を向け、そして何も出来なかった」

「……それは」

「俺は──不甲斐ない俺自身が一番許せない」

「許せてないのは、あんただけだよ火廣金!」

「っ……」

「誰が許さないって言ったの? 火廣金……失敗したり、間違っちゃいけない、って誰が決めたの?」

「俺は、シャークウガを──」

「あたしだって、耀を殺そうとしたよ」

 

 戦車(チャリオッツ)が暴走した時だけど、と花梨は付け加える。

 

「君は俺のとは違う! 不可抗力だ! 俺は今更戻って来れない」

「戻って来れるよ! 本当は……戻りたいんでしょ!? じゃなきゃ、ウソなんかわざわざつかないよね!?」

「何故俺にそこまで執着する? 君は部長が好きなんだろう」

「それは──」

「俺は知っている。君の中には常にあの男が居るだろうが」

 

 彼女は無理に笑ってみせた。

 その顔を見た時──火廣金は何かを察した。

 刀堂花梨が、敗北を認めた表情だった。

 

「……好き、だったよ。でも、耀は紫月ちゃんの事が好きみたいだからさ」

「だったら何故無理矢理でも奪いに行かない!? まだ間に合う、君らしくも──」

「ごめん、多分無理」

「……!」

「……あの二人の間になんか、今更割って入れないよ」

 

 自嘲気味に言った花梨の顔は何処か晴れやかだった。

 割って入れるわけがなかった。

 あの二人は、好意だとか恋だとかそういう次元を超えて、何か別のもので繋がっているように思えたのだ。

 互いの間にある絶対的な信頼。

 それは恋よりも悲壮で、愛よりも哀愁さえ感じる何かだった。

 

「だからさ、あたしもこの事はスッパリ忘れて、次はもっともっと良い男を好きになってやるんだ、ってね!」

「……」

 

 ああ、自分が思っていた以上に──刀堂花梨と言う少女は強かったのだ、と火廣金は思い知らされた気分だった。

 いつまでも先の出来事に囚われ続けている自分が小さく見えた気がした。

 

「まあ、一生竹刀が恋人でもそれはそれでいいかなって思うけど」

「……それで、本当に……良いのか?」

「割り切るのは、もうちょっと時間かかりそうだけど……それで良いと思う。どっちにしたって今、あたしは耀と顔合わせられそうにないし」

「……奇遇だな。俺もだ」

「ダメだよ、火廣金は。ちゃんと耀と仲直りしなきゃ」

「君こそだ。俺の事を言えない」

「っ……そうだ!」

 

 何か思いついたように花梨は子供じみた笑みを浮かべ、火廣金の顔を指差した。

 

「決めた! あんたがデュエマ部に戻ってくるまで、あたしも耀と口を利かない!」

「……はぁ!? 何だそれは!」

「だって、不公平だよ。要するにあたし達、耀と気まずい関係なのは同じわけでしょ?」

「ぐ、ぬぬ、それは……!」

「だから、だからさ火廣金」

「何だ?」

「……居なくなったりしたらダメだよ。耀、すっごく落ち込んでたみたいだからさ」

「……」

「それとも……本当に耀の事が嫌? 日本から出たいくらい……?」

 

 お手上げだ、と言わんばかりに火廣金は両手を上げた。

 完全に根負けだ。最後の最後で花梨らしからぬ策に嵌められたわけだし──

 

「……いや、俺も意地を張り過ぎた。次に学校で会った時にきちんと話すさ」

「……そっか! なら、これで解決だね!」

 

 ──つい、折れてしまうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──2079年、ペトロパブロフスキー重工本社。

 

「……どういう、事かね……!?」

「ええ、派遣した合成人間の隊は3割を損耗……全滅しました」

「バカな事があるものか! 我々とて、トキワギから神の力を提供されているのだ! 奴らが我々に見せていたのは……その一端に過ぎなかったと!?」

「は、はい──そうなりま──しゅ」

 

 言いかけた途端、秘書の頭はスイカのように粉々に砕け散った。

 肉片と血飛沫が爆ぜて飛び散る中──黒ずくめの外套に身を包んだ人物が立っていた。

 

「──金にモノを言わせ、我ら議会を掌握しようとしていたようだが……掌握されているのが自分達とは微塵も考えなかったようだな」

「あ、ぐ、貴様は──」

「なあ、プレジデント・ペトロパブロフスキー……」

 

 鎌を向けられたペトロパブロフスキー重工社長は言葉を失った。

 

「……馬鹿な! 馬鹿な! 社内の警備はどうなっている!? もう、突破されたのか!?」

 

 プレジテント・ペトロパブロフスキーの額に汗が伝う。

 この本社の場所は機密事項。トキワギにも知らせていなかった場所だ。

 しかも、周囲は氷の大地に閉ざされており、更に私設軍隊とオレガ・オーラで武装されているのだ。

 時間Gメンでも突破は出来ない。そう考えていたのだが──

 

「神類種の力を前に戦争を仕掛けようとしたお前達の負けだ。古来より、戦とは頭を取ったモノの勝ちなのでな。私単身で潜入させてもらった」

「ど、どうやって──!」

「どうやって? 理屈で考えるな。()()()()()()()()()()のが神の権能だ」

「イカルスは! 一人欠けたとしても、エリアフォースカードを持つ、あいつなら──」

 

 

 

「あ、ひゅ、ひゅぃ──」

 

 

 

 声が聞こえてきた。

 社長椅子から立ち上がった彼は、空亡の足元を見やる。

 そこにはイカルス──少女の方──が這いつくばっていた。

 首からは、ホースのように太い動脈がどくどくと言いながら脈打ち、飛び出していた。

 

「あ、イ、イカルス──!?」

「私は生憎、愛する者を失った者には甘いのでな。生かしておいてやってるのさ」

「う、ぐぅ……!?」

「逆に貴様のように、口だけで愛を語るような者には心底反吐が出る。愛娘を私に殺されたから、宣戦布告か。心にも無い事を」

「……な、何が欲しい!? 欲しいものは何でもくれてやる──」

 

 命乞いをする社長には興味を全く示さない空亡は、イカルスの首根っこを引っ掴んだかと思うと露出した動脈に指を突き立てる。

 白目を剥いて、四肢をだらんとしていた彼女だったが、そのうちビクン、ビクン、と全身がのたうち──

 

「──さあ、生まれ変われ。神の洗礼だ」

「っ……!?」

 

 ぼこぼこ、と粟立つ全身。

 天使擬きの姿は、文字通り作り替えられていき──怪物と化す。

 最早、原型を留めない程に変貌した合成人間を前にして、社長はエリアフォースカードを取り出したが──

 

 

 

「ざ、(ザ・ムーン)──」

「処せ」

 

 

 

 ──怪物の一掻きで、その首は消し飛ばされたのだった。

 その場に死の匂いと静寂が支配する。

 主だったものの命を奪った怪物。

 そして、黒い外套の死神だけがその場で息づいていた。

 怪物が付き従うようにして傅くのを見やった空亡は、立ち上がったままの遺骸の手から(ザ・ムーン)のカードを手に取る。

 

「……(ザ・ムーン)のカード。世界を変えるクリーチャーの力。人間如きにその力を引き出せるものか」

 

 月と太陽。

 二つの天体のカードはこの日、ペトロパブロフスキー重工と共にトキワギ機関に完全に掌握されたのだった。

 後は──白銀朱莉の持つ星が残るのみ。

 

 

 

「こんなものを扱えるのは神か、神の恩寵に預かるもののみだ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ああ、僕だ」

 

 日もとっぷりと暮れた頃。

 黒鳥レンの元に掛かって来たのはアルカナ研究会からの連絡だった。

 

「……ああ、ファウストか。何か分かったのか?」

<さっぱりだよ。エリアフォースカード、ひいてはワイルドカードの氾濫について記された資料は無かった>

「……そうか」

<意図的に隠された線は薄いな。ワイルドカードの出現はここ最近だ。やはり、両者の関連性は薄いのだろうか?>

「……紫月の話によればエリアフォースカードの中には何かが分割されて封印されているらしい。人の悪意を吸収する何かだ」

<人の悪意、か……その特性はワイルドカードと共通するものがあるな>

「ああ。ここで、今までの件を逆に考えてみよう」

 

 エリアフォースカードは悪意を吸収するわけではない。

 対して、ワイルドカードは悪意を吸収することが出来る。

 一方で、ワイルドカードに対抗できるのはエリアフォースカードと魔導司のみ……。

 

「……この特性を鑑みるに、エリアフォースカードはやはり貴様の父がワイルドカードを想定して作ったものではないかと考えているのだが」

<……そして悪意を吸収する特性はエリアフォースカードの中に潜む何かとワイルドカードに共通する……>

「悪意を吸収する上に、エリアフォースカードの中に封印されるような存在……何か知らないか?」

<……お手上げだ。しかし、それだけ大きな存在には心当たりがある>

「何だ?」

<神類種だ>

「……しんるい、しゅ……? 何だそれは」

<我らが魔導の始祖はかつて、オーディンと言った。彼は最初の魔法使いと思われていたが、近年になってそもそも魔法使いを超越した存在ではないかと言われるようになったのだ>

「その分類が……神類種か」

 

 成程、クリーチャーでも魔法使いでもない存在──神類種。

 それが22分割されてエリアフォースカードの中に封印されている?

 黒鳥はバカげた話と切って捨てることは出来なかった。

 神とも呼ばれる存在ならば、そうやって封印しなければ抑えられなかったと考えても不思議ではない。

 

<その名称は父の資料のある一か所にしか残されていなかった。父の師でもあるオーディンの存在を定義づける唯一つの言葉だ。魔法を無際限に生み出す神にも匹敵する存在。オーディンは自らを神類種と名乗ったという>

 

 太古の時代。

 地球上のマナが著しく上昇した時代があったという。

 それは神類種と定義づけられる存在たるオーディンがもたらしたのではないかと考えられていた。

 いたのだが──

 

「神類種はオーディンの他には居ないのか?」

<そう……思われていた>

「思われていた?」

<日本に以前行った部下が、神類種という名前を書物で見たと言っているのだ。しかも、それは今も日本のある場所で封じられているという」

「何と」

<まあ元より、私もそうではないか? と決め打ちして調べていたからな。だが、次に行き着いた先が日本とは……>

 

 曰く。神類種という名称もその書籍の中にしか存在しない。

 しないはずのものが、遠き異国の日本に存在していたのだ。

 

「──ファウスト。それは何処に行けば見られる?」

<……困った事に我々の管轄外だ。扱う領域が違う>

「何なんだ。早く教えろ」

<神社だ。それも──>

 

 

 

 

<──伊勢。太陽神アマテラスを祀る伊勢に、その社は存在する>



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第九章:鬼神類討伐篇
GR70話:デュエマ部伊勢参り──AD2018


 ──京都府、未明。

 赤い鳥居を潜った奥にひっそりと佇むお堂。

 煌びやかな装飾で彩られた門を目掛けて、黒光りした大鎌がひらりと舞った。

 バラバラと崩れ去る木製の扉。

 それを横目に黒い外套を身に纏った人物はつかつかと堂の奥に進む。

 そして、床を一瞥すると、再びその鎌を振るった。

 一閃と共に床板は外れて、地下へ続く石段が現れた。

 

「……こんなもので隠したつもりか」

 

 ぼそり、と呟くと黒ずくめは躊躇なく禁足地に足を踏み入れた。

 時が経ちすぎて、誰もその由縁を知らぬ場所へ向かう為に。

 石段で続く通路は狭く、暗く、じめじめとしていた。

 いつ崩れてもおかしくなさそうな壁に手を突きながらも進んでいく。

 そして──小さな鉄製の扉が最奥を塞いでいた。

 それに手を翳すと、光が迸り──扉が音も立てずに開く。

 

「──見つけたぞ」

 

 出たのは巨大な空洞。

 しかし、自然に出来たものではない。石の壁に包まれている辺り、誰かが造ったに違いない場所だ。

 そして壁には無数のひっかき傷と御札が貼られていた。

 床には何も言わぬ無数の骸が転がり朽ち果てていた。

 

(……人身御供、か。封印には大分手間取ったようだが)

 

 そう吐き捨てた黒ずくめの視線の先には何の変哲もない石ころが備えられていた。

 しかし、それは何枚もの御札に加え、重い鉄製の鎖がぐるぐると巻き付けられている。

 

「──それも、今日で終わりだ」

 

 ひらり、と黒い鎌がひらめいた。

 それが鎖を一刃の下に斬り裂く。

 次の瞬間──何かが溶けるような音と共に、黒い瘴気がその場に満ち溢れる。

 思わず黒ずくめも手で顔を覆う。

 外套が吹き飛ばされてしまうところだった。

 

(──ッ! エリアフォースカード何枚分の魔力だ……!?)

 

 しばらくしただろうか。

 それは見るも禍々しい赤黒い光を放つと、鋭い眼光と共に骸の上に足を付けた。

 黒く伸びた鍵爪。

 額から伸びた禍々しく湾曲した二本の角。

 そして、凡そ人の血が通っているとは思えない青白い身体の色。

 極めつけは金色の目玉が取り付けられた朱の面。

 悪魔(デーモン)とは似て非なる魔物がその場に立っていた。

 

 

 

「──お、ま、え、うまそうだな──」

「生憎私は神に仕える身なのでな」

「かんけいあるか? それが? 俺に?」

 

 

 

 ごきゅ、ごきゅ、と首を鳴らす音。

 ギラギラと光る目が外套の人物を睨む。

 

「女、なら、なおさら、旨そう、だ──」

「飢えているな? だが、この程度の石倉、貴様なら壊せるだろう。外には沢山食料があるぞ」

 

 鎌を天井に突きつけた空亡は冷淡にその名を呼ぶ。

 

 

 

「──《鬼神類 シュテン》。喜べ、貴様は自由の身だ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おはようございます?」

「おはよう」

 

 

 

 ──色々あった翌日。

 玄関を潜った俺の前に現れたのは黒鳥さんだった。

 長身で、尚且つ鷹のように鋭い目を持つ彼は居るだけで威圧感を放っている。

 おかげで挨拶が疑問形になってしまったぞ。

 

「何だ? 硬直しているな。紫月ではなく僕が出待ちしていたのがそんなにショックか」

「いや……そういうわけじゃ……」

 

 てかこの人恐ろしい事言うな。

 まだ誰にも紫月とのこと漏らしてないのに、早速この人に伝わってたら怖すぎるんだが。

 

「黒鳥さん……どうしたんすか? 俺今から学校に行くんスけど」

「ほう。貴様は、その状態でもあくまでも学校に行こうとするのか?」

「いや、まあ」

 

 彼が指差しているのは俺の身体に出来た数々の傷。

 昨日も友達にも指摘されたが、これらは全部ここ最近の戦いで出来たものだった。

 シールドの破片が飛んできて出来た腕や顔の切り傷、爆風が原因で出来た火傷、そして外からは見えないが弓矢で貫かれた腹……治っても尚、傷跡となって残り続けるだろう。

 

「これだけの騒動が起こって尚か……貴様、疲れてはいないのか?」

「そりゃあ疲れはしてますけど……学校は休みたくなくて」

「何故? 僕だったら適当な理由を付けて休むぞ」

「俺の中の日常を……少しでも護っていたいんです」

 

 正直、今更と思わなくもない。

 非日常に塗れてしまった今だからこそ、普通で居られる今を噛み締めていたいのだ。

 今度はいつ、何が起こるか分からないから。

 

「……貴様もマメだな」

「褒めてるんすか? 呆れてるんすか?」

「両方だ」

「……で、何しに来たんですか黒鳥さん。わざわざ朝から説教しに来たわけじゃないですよね?」

「何、言っただろう。貴様も疲れているだろう、とな。そこで旅行でもどうかと思ったわけだ」

 

 ……旅行? こんな時に?

 平日から誘ってくるとなると、タダ事ではない気がしてきた。

 そもそもどう理由を付けて休むんだよ。今から学校って言ってるだろ。

 

「……誰が言いだしたんですか?」

「主催はアルカナ研究会だ」

「ほらぁぁぁーっ、絶対レジャーじゃないでしょ!!」

 

 今回の案件確定だ。

 絶対に何か起こるに決まってる。

 

「今度は何ですか? またクリーチャーが暴れてるとか?」

「別に何か事件があったというわけではない。しかし、貴様の孫の言うワイルドカードによる破滅を避ける手掛かりになるかもしれんと思ってだな」

「手掛かりって手掛かりって……そんな簡単に見つかるもんじゃないと思うんですけど。でも、俺学校あるし──」

「アルカナ研究会の偽造工作で貴様は既に風邪で休むことになっている──約一週間ほど」

 

 手が速過ぎる!!

 いやまあ、もうこの時期になると試験も終わってるからまだ良いんだけどさ!

 あ、俺は普通に単位落とさずに進級出来そうです。

 ブランは現国ヤバいって言ってたけど、追試は回避できたんだろうか。

 まあ、でも、そんなわけだし一応反論はさせてもらおう。

 

「学生の本業は学業なんすけど!?」

「それを学生の方から言い出す稀有な例は初めて見たぞ」

「やかましいわ! 一体何処に俺を連れていくつもりですか!」

「貴様は一つ勘違いしているな。()ではない、()()が正しい」

「達?」

 

 ちょっと待て。

 それってまさか──

 

 

 

「行くのはデュエマ部全員+αだ。今からこの面子で三重県伊勢市──つまり、伊勢参りへ行く」

「うわぁぁぁ、何やってんのあんたらぁぁぁーっ!!」

 

 

 

 頭を抱えた。

 伊勢参り!? 何故!? 何故此処で東海道中膝栗毛(お伊勢参り)!?

 加えて出発は今から!? 旅行の準備とか全然してないんだけど、費用は出してくれるんだろうな!?

 そんでもって、他のメンツも一緒って──

 

「俺は良いんすよ、一人暮らしだから! 他のやつはどうするんすか!? 親がいるのに!?」

「魔導司なら、偽物を人数分作るらしいな……魔導司なら可能だ」

「偽物って、パーマンかよ……」

 

 即答されるアンモラルな対処法。

 理由が理由とは言え人を騙すのに良心の阿関は無いのか、魔導司って生き物は。

 

「そういうわけだ。良かったな。貴様等は伊勢へ旅行だ。日頃の疲れを癒せ」

「癒すつもりなんか無いんでしょ? 絶対何かがあるんでしょ?」

「そうだが?」

「涼しい顔でよく言えたな!」

「時間は無いのでな。貴様の孫の言う、ワイルドカードの氾濫とやらまでの時間も少ない」

「確かにそうですけど……」

 

 あれって確か、2019年4月に起こるんだっけか?

 それが本当ならば、時間は無い。

 余裕があるうちに、黒鳥さんの言う旅行とやらに行くベきなのだろうが……。

 

「そして貴様の孫も出来れば連れていきたいのだが」

「え、アカリも?」

 

 

 

「どーしたんですかぁ……一体……」

 

 

 

 後ろから声が聞こえてくる。

 寝間着姿で現れたアカリだ。

 眠そうに目を擦っている辺り今さっき起きたみたいだ。

 俺は彼女に事のあらましを話すと、

 

「ごめんなさい! 多分……伊勢に行くのは無理です」

「どうしてだよ」

「せんすいカンちゃんが度重なるタイムダイブで疲弊しきってて……調整をしないといけないんですよねえ」

「あー……確かに、大分疲れてるみたいだったな……」

 

<マスターもうムリィ……早く整備してえ……>

 

 そんな声がアカリのデッキケースから聞こえてくる。

 せんすいカンちゃんの悲鳴だ。

 流石にタイムマシンという高精度のマシンであればこまめなメンテナンスは欠かせないのだろう。

 それ以上に、元が守護獣である以上は本体の魔力も起因しているので、酷使は出来ないはず。

 にも拘らず。

 

「やーれやれ、なっさけない後輩でありますなぁー、我なんかマスターに無茶ぶりされてもなんともないでありますよー」

 

 最悪かコイツ。

 ドヤ顔で実体化するチョートッQ。

 お前本当、黙って巨大化してればカッコ良いのに、すぐ調子に乗って人にマウント取るのが悪い所だぞ。

 

<ぐぬぬぬ、新幹線の癖にぃー、生意気だぞー! 先輩面すんなー!>

「はははは、新幹線の方が速くて強いのでありますよ、ぬわーははははは──いだだだだ、急に腰が」

「オメーも人の事言えねえじゃねえか」

「元はと言えばマスターが悪いでありますよ! 急な合体は身体がキツいのであります!」

「そうかそうか俺が悪いのか、ガタが来てるんだったらお前も分解して点検しねえとな。先ずは頭から」

「それは勘弁するでありますよーっ!」

 

 さて、茶番はこの辺にしておくか。

 涙目の新幹線の頭を掴んだまま俺はアカリに問うた。

 

「一人で大丈夫か?」

「平気ですよぅ、子供扱いしないでください! それに、鶺鴒が手薄になりすぎるのも良くないでしょう?」

「刀堂花梨も同様の理由で此処に居ると言っていたな」

「じゃあ、二人は此処に残るってことか……」

 

 思っていたよりも人数は少なくなりそうだ。

 デュエマ部の4人……いや、3人……か。

 それに加えて翠月さんと、黒鳥さんって所なのか?

 合計5人……火廣金も、居ない訳だしな。

 だけど、俺が心細そうな顔をしていたら皆にも心配を掛けちまう。

 起こってしまったことはもう仕方ないんだ。俺は──切り替えないと。

 

「……黒鳥さん。一体、伊勢に何をしに行くんですか?」

「伊勢参りだが?」

「冗談でしょ?」

「ふむ、正確に言えば──エリアフォースカードの中に封じられている存在について、だ」

「っ……!」

 

 そう言えば紫月が言っていた。

 シャークウガを取り返しに行った際、教皇のカードに限らずエリアフォースカードの中には”何か”が居るとのことだった。

 

「ファウスト曰く、その正体が何かを現代魔術で突き止めることは出来ないという」

「……多分、未来の魔術でも無理だ。誰も”何か”に勘付いてすらなかった」

「あ、あの……お爺ちゃん、”何か”って結局何なんでしょう? 触らぬ神に祟りなしって言いますし……やめておきません?」

「何言ってんだアカリ、手掛かりになりそうなものは何でも調べた方が良いだろ? ワイルドカードの氾濫の原因が何なのか分かってないんだからさ」

「その通りだ。だが、エリアフォースカードの中に22分割せねばならない程大きな存在、そして人類の悪意を吸収する存在……最早、クリーチャーだとしても強大な存在に違いない」

「その手掛かりが伊勢にあるっていうんですか、黒鳥さん」

「ああ」

 

 彼は頷く。

 何でそんな危ないものに関する手掛かりが日本にあるんだろう。

 

「その名は──神類種。人々の感情を吸収して肥大化する存在が、かつて封じられたという記録が記されているらしい」

「ッ……!」

 

 アカリが驚いたように目を見開く。

  

「……神類種。聞いたことがあります」

「何?」

「トキワギの議長の肩書です。男か女か、名前も分からない議長ですが、自らを神類種だと名乗ったそうです」

「何だって!? じゃあ、エリアフォースカードに封じられているのって、もしかして……」

「それは早計だ。未来の教皇のカードに”何か”が潜んでいた説明がつかん。”何か”は未来でもエリアフォースカード内に分割封印されたままだな」

「あ、そうか……」

「魔法の始祖たるオーディン、エリアフォースカードに封じられている個体、そして現在トキワギ機関を運用している個体……これら全てが同一とは考えにくい」

 

 じゃあ、”神類種”とやらは複数体居て、エリアフォースカードの中に封じられているのはその1体って考えるのが妥当なのだろう。

 そいつらが人間の悪意を吸収して、エリアフォースカードも暴走させていたとすれば──

 

 

 

「──神類種とやらが文字通り、全ての元凶……!!」

「ああ。復活を阻止するだけじゃない。トキワギを相手取るなら、完全に滅ぼす手段を講じなければならんだろうな」

 

 

 

 その手掛かりは伊勢にある。

 ならば──猶更行くしかない。

 

「じゃあアカリ、留守の間は頼むよ」

「お、お爺ちゃん……旅行の準備は出来てるんですか?」

「……出来てねえ。つか、する暇なんかあるわけなかったよな!?」

「まあ、準備くらいは手伝おう」

 

 まだ全然心の切り替えは出来てねえけどな……。

 そもそも何日鶺鴒を離れるかも分からないわけだしさ。

 

 

 

「マスター、我もお供するであります。心配無用でありますよ!」

「チョートッQ……!」

「エリアフォースカードの中に潜んでいる悪鬼羅刹、必ず追い出すでありますよ!」

 

 

 

 ……まあ、頼もしい相棒も居るんだ。

 今更、何を躊躇するんだって話だな。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「きゃああああああああああああ……!」

 

 

 

 京都に渦巻く黒い影。

 一度目覚めた鬼神は人への恨みを持って顕現した。

 解き放たれる数々の異形。 

 それが喰らうのは人々の命。

 夜の闇に、無数の悲鳴が響き渡った。

 暗闇に紛れた殺戮が──始まった。

 

「ウ、ウキィ……! 鬼が、鬼たちが目覚めたッキーッ!!」

「悍ましい、誰がこんな事を……!」

「キャィン……ぼ、僕達に出来る事はないの……!?」

「今の我々では、成す術が無い……だから、探すしか、ないケン……!」

 

 小さく、非力な3匹はそれを見つめる事しか出来ない。

 

 

 

「我々の、(キング)……()()()を見つけねば……!」



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GR71話:デュエマ部伊勢参り──湯けむり事件簿

「──伊勢志摩と言えば温泉地で有名なのデース!!」

 

 

 

 電車の中は既に賑やかだった。

 これから先の目的地が如何に素晴らしい観光地であることをブランが紫月と翠月に熱弁している。

 黒鳥さんに事情を説明された後、やはり俺同様に戸惑っていたらしいが、悪質なデマだったようだな。

 翠月さんに至っては「温泉……!」と目を輝かせているし。

 

「毎度毎度だが観光じゃねえんだぞ……ブラン」

「アカルはもっと、肩の力を抜くべきデス。もう定期テストも全部終わってるし、ちょっと学校休んだって大丈夫デスよ!」

「成績が終わってるじゃなくってか」

「ギリギリ現国の追試は回避したデース!!」

「ギリギリじゃねえか、もっと国語勉強しろよお前は! 俺達ゃ来年度は受験生だぞ!」

「……ぴゅーぴゅ、ぴゅるるるるるる」

 

 へったくそな口笛だなあオイ!

 誤魔化してんじゃないよ! ……ああ、このままじゃあ受験前はコイツに付きっ切りで国語を教える羽目になりそうだぞ。絶対嫌だからな。

 

「ちょっと休むくらい良いじゃないデスか。それに本分はmissionデスしー?」

「どうせ目当ては観光と温泉だろ……俺達ゃ調べ物で伊勢神宮に行くんだぞ」

「今日は予約している旅館に直行する事になるがな。着いたらもう夜だ」

「温泉、ですか……もきゅ」

 

 紫月が、じゃがりこをまとめて頬張った。

 そして──

 

 

 

「三重って意外と観光地だったんですね。何も無いただ長細いだけの県かと」

 

 

 

 ──衝撃の爆弾発言。

 何てことを言ってくれるんだお前は!

 

「し、紫月さんや! それ一番言っちゃいけないやつだから! 伊勢・志摩は立派な三重の観光地だから!」

「……? 有名な神社仏閣は大体京都にあるものかと」

「やめやめろ! 何でわざわざ喧嘩を売っていくんだ!」

「暴論デース!! 暴論ノ裁キデース!」

 

 おめーはそれが言いたかっただけだろ!

 ああクソ、突っ込んでる暇は無いからスルーだスルー!

 

「そも、私が履修しているのは日本史なので」

「腹立つなァ!」

 

 ああ、この自由人め。

 こういう何にも囚われない誰にも縛られない我が道を行く所、本当に見習いたいもんだ。

 ……いや、やめておこう。俺までそうなったら誰が音頭を取るんだ。

 

「まあ、温泉は楽しみにしておきます。後料理も」

「結局食う事に終始するのな……」

「もう、シヅクはそうやっていつもテンションがローデース。折角の旅行なんだから、もっとアゲていくデスよ! ウェーイ!」

 

 そのテンションのアゲ方の方向性もおかしいだろ。

 ブラン。お前最近、そのエセ(じゃないけど)外国人のキャラ付け迷走しているな?

 

「はしゃいでるのはブラン先輩くらいなものですよ。旅行と言いつつ実際は、エリアフォースカードに封じられているバケモノの手掛かり探し、師匠が引率なのは良いやら悪いやらですし……」

「安心感は段違いじゃない?」

「貴様ら全員の面倒など見切れるものか。勝手に引率にするんじゃあない。僕だって温泉に浸かって伊勢神宮観光してさっさと帰りたかったさ」

「あら、良いじゃない。観光の時間だって十分にあるわよ、師匠」

 

 とか言って伊勢志摩の観光ガイドを「じゃーん♪」と掲げる翠月さん。準備万端か!

 何だよ。あんたら揃いも揃ってノリノリかよ。

 ひょっとして気分がイマイチ乗らないの俺だけか?

 

「しかし、何だかいけない事をしている気分になります。一応今日平日ですし……」

 

 その感覚は大事だぞ紫月。ちゃんと覚えておくように。

 だけど、平日だからこそ人がいないうちに調査をしておくべきではあるんだよな。

 休日だと国内の観光客でごった返すだろうし……。

 

「まあ……こんな日くらいあっても良いさ」

「そうでしょうか。あ、白銀先輩じゃがりこどうぞ」

「サンキュ」

「私もデス! 私もデス!」

「ごめんなさい、今ので最後です」

「シヅクーっ!?」

「冗談ですよ」

 

 ああ、こうしてみると遠足や中学の修学旅行を思い出すよなあ。

 

「どうせ費用はアルカナ研究会……と僕のポケットマネーから出るのは分かっているのだ」

「わざわざ黒鳥さんが出す費用ってあるんですか?」

「土産代だ」

「……ああ」

「従妹が煩いのでな……手ぶらで帰ったら、また急に居なくなった上に何も無しと文句を言われる」

「ああ、玲奈ちゃんが……」

 

 玲奈ちゃんは、ばりっばりの反抗期。

 従兄の黒鳥さんにデュエマで勝つのを目標にしているので、家に居ないと機嫌を悪くするらしい。

 かと言って負かせたら負かせたで拗ねるのだという。

 

「玲奈ちゃん、まだ拗らせてたんですね……」

「あいつは万年ああだ。僕も適当なところでわざと負けてやれば良いんだろうが……」

「手を抜くなんて黒鳥さんのガラじゃないですからね」

「……ああ。挑まれた以上は全力で返すのが礼儀だからな」

 

 ──とのことだ。

 実際、玲奈ちゃんは強い。

 めきめきと実力を上げているという。手を抜いたらそれを見抜いてしまうし、そもそもハンデ付で勝てる程弱くも無いという。

 実際、地の実力なら既に俺を超えているんじゃないか、と黒鳥さんは語る。ひぇえ……中学生怖い。

 

「あいつも距離を取ってほしいのか構ってほしいのか分からん。年頃で不安定なのは分かるが」

「でも、傍から見れば仲の良い兄妹みたいなもんですけどね。玲奈ちゃん、黒鳥さんを目標にしてるってことは多かれ少なかれ慕ってるってことでしょ」

「だったら良いがな」

 

 憂鬱気味に黒鳥さんは窓に息を吐いた。

 何だよ。俺が言うのもなんだけど、旅行前だというのに既にブルーな人の割合多すぎやしないか。

 いやそもそもレジャーなんかじゃないんだけど、このまま自粛ムードってのも空気が悪いしな。

 折角観光地に行くわけだし、気を引き締めつつも楽しまないと。

 じゃなきゃ、心が休まる暇も無い訳だし。

 

「……よし、ブラン。良さげな観光スポットとか無いか?」

「もうそれはそれは沢山調べてきてるデスよ! 用事が終わった後に、ゆっくり遊びに行けそうな所とか!」

「だってよ、紫月。お前も興味あるだろ?」

「それは……はい」

 

 目配せすると、紫月が頷いた。

 ずっと自粛ムードって訳にもいかないしな。たまには息抜きするのも良いだろう。

 ちなみに旅館に着くまでの間だが、「ところでシヅク、新しいデッキ作ったんデショ!?」とわざわざ電車の中でデュエマを挑んだブランが(すっごく場所を取る。今日はガラガラで助かった)、無限ループを決められて涙目になっていたりした。

 

「……紫月、お前それ気に入ったのか? トワイライトΣループ……」

「手触りは最高です」

「僕はこんな弟子に育てた覚えは無い……ループは僕じゃなくてヒナタの領分だ。頭痛すらする」

「あの人ループも使うのかよ……」

 

 黒鳥さんが眉を顰めながら頷いた。

 彼の永遠のライバルであるヒナタさんは、ドラゴンデッキや墓地ソースのみならず呪文を多用するループデッキも使っていたのだという。

 文字通りのオールラウンダーだったらしい。

 現在最強のデュエリストは伊達じゃねえってか。

 

「今の紫月を見てると、いずれヒナタみたいになるんじゃないかと心配になるな……」

「なら師匠も倒せて一石二鳥ですね」

「悪夢だ」

「ううー……二度と電車の中でデュエマなんかしないデース……」

「おう、時が時ならクソ迷惑だからな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──そんなわけで宿泊先の旅館には予定通り辿り着いた。

 温泉は見事な露天風呂。

 伊勢・志摩自慢の半島の夜景を一望することが出来るのだという。

 

「っあぁぁあ~~~~~」

 

 巨大な湯舟に浸かるとおっさんみたいな声が出てしまった。

 人も少なく、実質俺達の貸し切りみたいなものだ。

 こうやって落ち着いて風呂に入る事が出来るのは何時ぶりだろう。

 しばらくなかったような気がするなあ、本当に。

 効能とかは詳しく知らないけど、肩こりとかリウマチとかに効くっての分かる気がする。

 身体に、こう……沁みるんだよなあ。自然の湧き水なわけだし? 身体が喜んでいるんだよ。

 

「堪能しているようだな」

「おかげさまでー、あぁぁぁぁ」

 

 黒鳥さんが声を掛けてきた。

 彼も湯舟に浸かり、目を閉じている。

 すっかり二人共温泉の魅力に取りつかれてしまったようだった。

 景色も最高、湯も最高と来た。

 気分は良い湯だな、ババン・バン・バン。

 

「特に貴様は無理にでも休めないと休まんだろうからな。アルカナ研究会も、こんな機会を用意したんだろう。粋な計らいをしてくれたよ」

「有難く貰っておきますよ」

 

 あー、気持ちいい。本当に気持ちいい。

 こういう旅館とか来た事無かったけど、良いもんだよな。

 もう俺ずっと此処に居ても良いかもしれない。

 

 

 

「FOOOO!! 温泉サイコーデース!!」

「はしゃぎすぎですよ、ブラン先輩……」

「ねえねえしづ! あっちの景色綺麗よね、スケッチしていいかしら!」

「良い訳ないでしょう!?」

 

 

 

 ……姦しい声が聞こえてきた。

 そういや、向こうの柵が男湯と女湯を隔てているのか。

 本当に今日は貸し切り状態みたいだな。

 向こうの声が筒抜けだ。

 

「ブラン先輩、シャンプーは自分の物を使ってるんですね」

「Yes! 髪が私のハートみたいに繊細だから、これじゃないと荒れてしまうのデス」

「はぁ……だからいつも、髪から良い匂いが……すん……」

「ちょっとシヅク!?」

「或瀬先輩、そのシャンプーって何処で買ったんですか!? 私にも教えてください! 私も髪が荒れやすくって!」

「ちょっとミヅキまで!? 圧し掛かったら、滑──」

 

 ガラガラガラ……風呂桶が崩れる音が聞こえてきた。

 何やってんのあの3人。頼むから風呂場で怪我したとかはやめてくれよ。

 

「憧れのHot spring! 日本の文化デスねー!」

「景色も最高ね! 家のお風呂じゃあ、絶対に体験できないもの! ああ、桑原先輩も来れば良かったのに……」

 

 そんな事言ったら……俺だってどうせなら全員で一緒が良かったよ。

 アカリ、温泉に入らなくて良かったのかなあ。

 花梨とか、定期的に家族と温泉旅行行くって言ってたよなあ。

 火廣金は……温泉とか入った事あったのかなあ。

 

「はぅ……本当に気持ちいです……肩凝りに効くって本当なのでしょうか」

「肩凝り酷いものねえ、しづ」

「大変なんですよ。色々」

「溢れるくらいのNiceなバディデスからね……」

「何処見て言ってるんですか……」

「肩なら私が揉むわよ、しづ!」

「みづ姉、そこは肩じゃないです!」

 

 ……いかん。

 ちょっと想像してしまった。

 心頭滅却すれば火もまた涼し……心を落ち着けろ俺。

 

「そうそう、可愛い後輩を抱いて浸かると、癒し効果が倍増するって聞いたデス!」

 

 いや何の話だよ。何処情報?

 

「ちょっとブラン先輩、抱き着かないでくださいっ……!?」

「ずるいわ、或瀬先輩! 私も私も!」

「みづ姉まで!? ちょっと、重いんですけど二人共ーっ!?」

 

 ……また滑っても知らねえぞ俺は。

 良い歳してはしゃぎすぎなんだよ、ブランも翠月さんも。

 

「……向こうの様子でも想像したか?」

「滅多なこと言わんでくださいよ!」

 

 真顔で何てこと聞くんだこの人は! 

 くそっ、想像しない訳が無いだろうに!

 俺だって健全な男子高校生だぞ、だけどやって良い事と悪いことがこの世にはあるんだ。

 部長は何時だって慌てず、騒がず、狼狽えず。きっちりと精神の均衡を保っていないと。

 あークソ、やめやめ、ゆっくり浸かる暇もありゃしない。

 このままじゃ逆上せちまうし、さっさと上がるか。

 

「ん? もう上がるのか、白銀」

「逆上せたんでデッキ組んできます」

「……そうか」

「全てを察したような表情すんな! ぜってーあんたが思ってるのと違うからな!」

 

 

 

「キャアアアアアアアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

 !?

 突如。

 劈くような悲鳴が聞こえてきた。

 何だ!? とうとう湯舟の中ですっ転んだのか!?

 いや、でも、この声って翠月さん──!?

 

「オイ! 大丈夫か! お前ら!」

「白銀先輩!? 白銀先輩の声が!?」

「向こう男湯デスよ! でも丁度良いデス!」

「どうした!? とうとう翠月さんが頭打ったのか!?」

「違うデスよ!?」

 

 じゃあ何事なんだ!? 

 そう聞き返す間もなく、ブランが叫んだ。

 

 

 

「クリーチャーが──女湯を覗いてたのデスよ!!」

 

 

 

 な、何だとぉぉぉーっ!?

 クリーチャーも女湯に興味があったのか!?

 いや、そうじゃなくって──クリーチャーが温泉に出た事の方が問題だわ!

 

「クリーチャーは何処に行った!?」

「もう逃げたデス! 茂みの向こうへ──」

「チョートッQ!」

「呼ばれて飛び出て参上でありますよ!」

 

 こんな事もあろうかと、エリアフォースカードは風呂桶に入れて湯舟に浮かべていたのだ。

 ……温泉入ってる途中に急襲されるのを想定するとか、嫌で仕方なかったけど……嫌な予感って当たるモンだな!

 それに、守護獣の人格は皆オスだ。女子勢は守護獣を呼ぶに呼べないはず。

 つまり、こういう時に速攻で動けるのは、男の俺とチョートッQだけということだ。

 

「この辺に出てきた怪しいクリーチャーを超超超可及的速やかにとっ捕まえてきてくれ!」

「了解であります!」

 

 マッハで飛び出す新幹線頭。こういう時は本当に頼りになる。

 間もなく──

 

 

 

「ウッキィィィアアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

 ゴッチーンッ!!

 

 

 

 甲高い叫び声、そして遅れて風呂のタイルに何かが叩きつけられる音。

 チョートッQが、その”何か”の首根っこを引っ掴んで捕縛してきたのである。 

 任務ご苦労。

 肝心の犯人は頭ぶつけて完全に気絶しちまったみたいだけど。

 いや、犯”人”っていうか──

 

「猿だ」

「サルだな」

「エロ猿であります」

「覗きは立派な犯罪だが、クリーチャーに刑法は適用出来ねえからなあ」

 

 ひっ捕えられたのは、サル。

 布の覆面で顔を覆った猿のクリーチャー……なのか?

 

「……チョートッQ、こいつで間違いないんだな?」

「間違いないも何もクリーチャーがウロウロしてる時点で異常事態でありますよ」

「それもそうか、どっちにしたって見過ごせねえよな」

「しかも名残惜しそうに木の上で望遠鏡使って女湯覗いてたから確信犯であります」

「最悪だな……」

 

 黒鳥さんが溜息を吐いた。

 俺だって……俺だってゆっくり風呂に入りたかったですよ……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 画して。

 覗き魔猿を捕縛した俺達は、大部屋にて簀巻きにした犯人を座らせ、取り囲んでいた。

 捕り物が終わったのは良いが、問題はこの猿の処遇。

 

 

 

「クッ、殺すなら殺せッキィーッ!!」

「一周回って清々しいな……」

 

 

 

 盗人猛々しいとはこの事だ。

 悔しそうな顔を浮かべる猿。「もっと早く逃げていれば……」と呟いているので、反省の色ゼロ。

 

「タダのワイルドカードならば、さっさと破壊すれば良かったが……」

「そうではないようじゃのう」

「どういうことだよ」

 

 シャークウガとサッヴァークの見解は、猿が「ワイルドカードではない」という事だった。

 じゃあ何なんだ? 何でコイツは実体化してるんだ?

 そもそもクリーチャーって言っても、こんなの見た事無いんだけど……。

 ドリームメイト? ビーストフォーク? 何か、そのどっちでも無い気がするんだよな。

 前者にしては可愛げが欠片もねぇし、後者にしては猛々しさが足りない。

 まあどっちにせよ──

 

「オイこらテメェ──ちったぁ反省しろや大ボケ猿。うちの部員の裸見ておいて、よくもまあいけしゃあしゃあと──」

「ッキィー? 羨ましかったのかッキィ?」

「あんだとテメェ!」

「マスター、ステイ! ステイ!」

 

 マジで許さねえ、この猿……。

 もう大分チョートッQが痛い目遇わせてるけど、この図太さには感心するくらいだ。

 

「まあ、そもそもコイツ、我々の脅威になるほどの力は秘めてないでありますなぁ」

「ウキィッ!?」

「猿のクリーチャーなんて沢山いますが、私もこんなの見た事無いです。見るからに弱そうですが」

「ウギィッ!?」

「そりゃそうデスよねー、強いクリーチャーならわざわざ覗きなんてしないデスよねー」

「ウ、ギィ……」

 

 おお、効いてる! 効いてるぞ!

 真っ向から相手するより、こういう精神攻撃の方がキくのだ。

 

「すいませんでした……ちょっと、魔が差したんです……ッキィ……」

「謝って済むなら警察は要らないデスよ!」

「長旅で、疲れてて……癒しが、欲しくって……つい」

「ついじゃねーよ! オイ猿。お前、仲間は居るのか?」

「俺は仲間は売らないッキィ!!」

「テメェ……俺には反抗的なのな……!」

 

 もう許さねえ、やっぱりもう一遍痛い目に遇わせて──

 

「まあ待て白銀。こいつの仲間は見つからんが、間抜けは見つかったようだな」

「あ?」

「今、仲間は売らないと言ったな貴様。居るんだろう、同朋が」

「あ”」

 

 硬直する猿。図星みたいだ。

 居る。こいつの他にも同じようなクリーチャーがいるんだ。

 

「覗き魔は他にも居たんデスか!」

「クックックッ、俺達を見くびるんじゃないッキィ。覗きなんてやるのは、このモンキッド様くらいだっキィ!!」

「テメェだけが下劣なんじゃねえか!!」

 

 てか、こいつの名前、モンキッドって言うのか。

 猶更そんなクリーチャーの名前は聞いたことが無い。

 

「とにかく! もうじき、この日本は大変な事になるッキィ」

 

 うん?

 何の話だ? とっくに大変な事になっている気がするんだが。

 未来から孫が来たり歴史改変されたり、ヤクザにうちの後輩攫われてるし……。

 

 

 

「だから、我らが(キング)……桃太郎様を見つけるまでは──死ぬ訳にはいかないんだッキィーッ!!」

 

 

 

 次の瞬間。

 突風が部屋の中に吹き荒れた。

 一瞬のうちにモンキッドの姿は無くなっていた。

 見ると、大部屋の窓が開いている──!

 

「マジかよ……逃げられた……!?」



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GR72話:デュエマ部伊勢参り──空亡の宣告

 ※※※

 

 

 

「──あのクリーチャー達は、まだこの辺に潜伏している可能性が高いデス。サッヴァークには伊勢市全域を領域化してもらって、あいつらを逃がさないようにしてるデスが……」

「それでも見失った、と……」

「ハイ……」

「人の信仰が多く募る場所……それが聖域じゃ。神社仏閣、教会、魔導司の造った施設……これらはワシの力では見通せん」

「サッヴァークの迷宮化も万能じゃねえんだな……」

 

 さて、覗き魔騒ぎでてんやわんやだった昨日の夜から一晩明けた。

 すぐさまモンキッド追跡の為にサッヴァークの能力を使ったのは良いものの、すぐさま行方不明になってしまったという。

 尚、翠月さんが旅館から飛び出して一人で深追いしようとしたのだがすぐさま止められた。覗き魔死すべし! だそうだ。

 確かに、あの時倒せるなら倒してしまっても良かったのだが、出所が分からないクリーチャーである以上情報源を潰すのも悪手だったのである。

 

「しかし……桃太郎と猿、か」

「仲間が居るってことは残りのクリーチャーもおのずと絞られてきますね」

「犬と、キジか……」

 

 これらは桃太郎の3匹のお供だ。

 そんでもって、桃太郎を探すとか一体何を考えてんだろうな……。

 

「そんな事はどうだって良いのよ!!」

「ミヅキ!?」

 

 唐突に翠月さんが街中で顔を真っ赤にして憤慨した。

 

「フフフ、次に会った時は……タダではおかないわよ、あのお猿さん……!」

「こんなにキレている翠月は見た事が無いな」

「クリーチャーに裸を見られるなんて、屈辱だわ! 初めては桑原先輩って決めてたの!」

「貴様は何を言ってるんだ……」

「怒りの余り普段なら絶対に口走らない事を口走ってるんです。これは後で思い出して、恥ずか死ですね」

 

 この通り怒りに燃える翠月さんの目は、かなり怖くなっている。

 そして普段が温厚な分、紫月より翠月さんの方が二倍マシで怖ろしく見える。

 

「ねえしづ、猿って美味しいのかしら……ほら、よくジビエってあるじゃない?」

「やめてくださいみづ姉、あの猿は絶対マズいですよ」

 

 それでも収まらない翠月さんの不気味な微笑み。助けてください、と紫月が俺に視線を送って来た。

 だがすまない、俺にはどうしようもねえ。

 だって怖いもんは怖いんだから仕方ないだろ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──肝心の伊勢神宮までは徒歩とバスを経由して進む事になった。

 その車内で黒鳥さんは語る。

 

「伊勢神宮は、言わば神社本庁の本宗。つまり、全国約8万社の神社のトップだ」

「じんじゃほんちょー? って、何なんですか?」

 

 うーん、聞き慣れない単語だ。どうしても官公庁とか、そういうものの類が思い浮かぶ。

 しかし、そんな省庁聞いたこと無いしな……。

 

「日本各地の神社を包括する宗教法人の名だ。ちなみに文科省の管轄だな」

 

 どうやら官公庁とは関係なかったらしい。

 神道にそんな正式名称があったのか。そして、それを総括するのが伊勢神宮なんだな。

 

「……でも、それがどうかしたんですか?」

 

 紫月が眠そうに言う。

 お前はもう少し興味ってもんを持て。

 バスに揺られて、若干ご機嫌が斜めなのは分かるけど。

 

「故に、その中の仕組みも巨大だ。表から──裏まで」

「裏? 暗部ってことですか」

「暗部と言う程大きくも無いがな。そもそも日本人には魔力を持つ者が少ない。だから、”裏”に関われる人間もおのずと絞られてくる」

「確かに……ヒイロも日本人じゃないデスからね」

 

 それに火廣金は初めて会った時に「日本人は宗教観念が希薄」と言っていた。

 海外の魔導司からは、日本は最も魔法と縁遠い国と思われているのだろう。

 何故なら──魔法は宗教に直結し、科学と相反する力だから。

 

「だが、それでもごくまれに家系単位で魔力を持つ者が存在する」

「家系……つまり、代々血筋で繋がってるってことデスよね? 何だかJapaneseのファンタジーみたいになってきたデス!」

「黒鳥さん、魔法使いの家系が伊勢神宮に居るってことですか?」

「らしいな。その筋の専門家が集められているのだ」

 

 伊勢市駅の近くでバスを降りると、人で賑わう外宮参道に辿り着いた。

 此処を真っ直ぐ歩くと、目的地の伊勢神宮──の外宮・豊受大神宮に到着するという。

 伊勢神宮は外宮と内宮の二つで構成されており、先に前者を参るというのがマナーらしい。

 平日だが、ちらちらと観光客が出歩いており、沿道には瓦屋根木造建築の侘び寂びを感じさせる店や旅館が立ち並ぶ。

 

「まだ約束の時間まで余裕がある。しばし、ゆっくりしていくか」

 

 その黒鳥さんの言葉で、早速ブランが弾かれたように「観光の時間デース!」と叫んで走っていく。ああ、元気なこった。

 しかし実際、気持ちが沸き立つのは分からんでもない。

 参道は景観を損なわない為に電線は地中に埋められているらしく、地面もアスファルトではなく石畳となっており、すっきりとした街並みだ。

 まるでタイムスリップしたかのような……周囲の人達の姿が着物だったなら、本気でそう思えたかもしれない。

 バスでは眠そうだった紫月も、参道に入ると一転、見慣れない風景にときめいているようだった──

 

「せんぱい、せんぱいっ、”ぱんじゅう”ですよ、”ぱんじゅう”! 食べていきましょうよ!」

 

 ──と思っていたら、惹かれていたのは和菓子だったらしい。

 俺の袖を引っ張る紫月は、無理矢理俺を”ぱんじゅう”とやらが売ってある店に連れて行く。

 どうやら、たこ焼き型の生地に餡子が入った焼き菓子のようだ。

 

「へーえ、お参りする人に人気なのか……」

「中身も色とりどりです。餡子、抹茶、カスタード……どれにしますか?」

「俺カスタード」

「じゃあ、私はこしあんにします」

 

 木のベンチに座ると、紫月はこしあんのぱんじゅうを頬張った。

 凄く嬉しそうに食べる姿は、まるでリスでも眺めているような気分だ。

 俺も一口──ん、旨い。噛むと滑らかなクリームが溢れてくる。

 甘いけどしつこすぎない、和菓子らしい奥ゆかしさ。これは、ついつい手を伸ばしてしまう甘さ加減だな。

 

「んふふっ、美味しいです」

「喉に詰まらせるなよ?」

「むぅ、子供じゃないです」

「甘い物食べてる時のお前は、一番子供っぽいけどなー。普段が大人びてるから猶更」

「むー……からかってますね。顔がにやけてます」

「悪くはねえよ。お前のそういう顔見てると、俺も釣られてつい笑っちまうんだ」

「……別に。みづ姉があまり甘い物が好きじゃないから……一緒に同じものを食べられるのが嬉しいんです」

 

 ああ確かに。この姉妹、仲は良いけど色々正反対なんだよな本当に。

 と思った矢先。

 悪戯っ子のような笑みを浮かべた紫月が、最後の一個を俺の口元に差し出した。

 

「それに、こういうのって……デートっぽくないですか?」

「……お前、そういうの反則」

 

 こしあんの味は、気恥ずかしさでよく分からなかった。

 顔が熱くなる。

 ああ、そう言えば全然二人っきりになるような機会も無かったよな。

 忙しなさ過ぎて、それらしいことをする暇も無かったよな。

 

「ほんっと、すまねえ……ダメな彼氏で」

「しょげないでください、今は色々大変な時期ですから……でも、だからこそ私も先輩を支えたいんです」

「俺は幸せ者だよ……」

「先輩は立場ってものがありますし……対外的には伏せてた方が先輩も私も楽なのも分かってるんです。でも……こういう時くらい、思い出を作らせてください」

 

 そうなんだよなあ。

 一応それも覚悟しての関係だったわけだけど、いざこうしてみると難しい。

 組織の長が構成員と恋愛関係になったら、余程上手くやらないと地獄だって神楽坂先輩が言ってたな、そう言えば。

 ……既に色々と拗れた後だ、そういえば。

 だけど……それはきっと、紫月も分かっているのだろう。分かった上で、何かから気を逸らすかのように俺に甘えて来る。

 やはり怖いのだろう。「自分が死ぬ」という歴史の結末がチラついているのかもしれない。

 ……そんな事、考えさせねえよ。絶対に考えさせねえ。

 そのためにも──俺がこいつの傍に居てやるんだ。

 

「なあ、お前もカスタード、食う?」

「いただきます、あーん」

「……あーんしろ、ってこと?」

「そうです。早く早く」

 

 ……恥ずかしいな。

 人目も憚らず手を繋ぐアベックが羨ましいとは言ったが、かなり勇気がいるぞコレ。

 だけど、折角照れ屋の紫月の方から振ってくれたんだ、俺も勇気を振り絞って──

 

「──あーん」

「ん?」

 

 ちょっと待て。俺はまだ何も言ってねえぞ。

 紫月でも、俺のでもない声が何処からともなく、上空から飛んできた──次の瞬間。

 俺が手に持っていたぱんじゅうは──消えていた。

 

「ぱんじゅうが!?」

 

 振り向くと、人込み目掛けて走っていく影。

 犬か何か、かと思っていたが──皇帝(エンペラー)のカードが熱を帯びている!?

 

「先輩っ、今のって──!」

「オイ、マスター!! クリーチャーだ!! 今の、クリーチャーだぞ!!」

 

 ああ、またこのパターンか!

 しかも逃げ込んだ影は犬に見えたような見えなかったような……。

 どっちにしても、こんな参道にクリーチャーが居るのは非常によろしくない。

 

「チョートッQ、頼む!!」

「超超超可及的速やかに、追跡するでありまーす!」

 

 ……数秒後。

 新幹線頭が犬らしき生き物の首根っこを掴んで、帰って来た。

 ご苦労。褒美にお前の分のぱんじゅうも買っておいたぞ、チョートッQ。後、シャークウガの分も。

 

「マスター。こいつ、あの猿と同じでありますよ。守護獣でもワイルドカードでもない、純粋なクリーチャーであります」

「キャイ~ン……」

 

 首根っこを掴まれた犬──のようなクリーチャーは涙目で許しを乞うてきた。

 覗き魔の次は食い逃げか。

 どっちもどっちだけど

 

「まず何処のどいつか名乗れ」

「キャインキャイン、許してくださいキャン、お腹が空いてる可哀想な子犬ですキャン」

「犬はまず喋らねえ」

「先輩、ぱんじゅうの一個や二個くらい許してあげましょう、覗きに比べればマシに思えます。それに、この子正直可愛いんで」

 

 確かに、昨日の猿に比べれば目はくりくりしてるし幾らかファンシーな見た目だ。

 だけど、そうは言ってられない。なんせこいつが異形……クリーチャーであることは確定しているのだから。

 

「可愛いか否かで判断すんなよ。コイツはクリーチャーだぞ……もしこいつが昨日の犯人だったら、どうしてた?」

「シャークウガの口に放ってましたね……」

「俺様の口をシュレッダー代わりにすんなよ、マスター!!」

 

 良かった紫月、そういう点で平等なのはお前の良い所だ。

 だけど犬の方は震え上がってしまったぞ。このまま心臓麻痺しそうだな。

 

「きゃぃぃぃん、ぶるぶるぶるぶる、この人達怖い……」

「大丈夫ですよ、本当に怖いのは隣に居るツンツンした頭の人だけですから」

「お前も人の事言えねえよ!」

 

 このまま怖がられて逃げられるよりは、事情をさっさと聞いた方が良いかもな。

 たまたまかもしれないけど、昨日のモンキッドと何か関係があるのかもしれないし。

 だって、桃太郎のお供で猿が来たら残りはキジと犬だぜ?

 

「おいお前、桃太郎を探してるのか?」

「キャインッ!? 何故それを!?」

「昨日、モンキッドという猿がそう言ってたのです」

「ギャインッ!? 何故仲間の事を!?」

「温泉覗き見して捕まったんだよ。その後逃げた」

「モンキッドなんて仲間知らないキャン……人違いだキャン……」

「現実から目ェ逸らしたい気持ちは分かるぜ……」

「あいつめぇ、本当に相変わらずキャン! お風呂を覗くのは犯罪、武士の風上にも於けないキャン!」

 

 一方、そう憤慨するコイツはぱんじゅう食い逃げしたんだけどな……敢えて触れないでおいてやるか。

 

「話してくれねえか? ぱんじゅうなら幾らでもやるからよ」

「キャイン……」

 

 ベンチに座らせ、ぱんじゅうを頬張る犬。

 しばらくして落ち着いたのか、彼はゆっくりと口を開く。

 

「僕はキャンベロ……鬼と戦ってくれる桃太郎様を探しているんだキャン」

「鬼?」

「鬼って……日本昔ばなしに出てくる鬼ですか?」

 

 真っ先に思いつくのは二本の角を生やし、赤い肌の巨漢。

 金棒を振り回して暴れる桃太郎に出てくる鬼だ。

 

「鬼は、すっごく恐ろしくて、怖くて、人への恨みで悪さをする憎悪の化身……!」

「……なあ、その鬼ってクリーチャーなのか?」

「クリーチャー? かどうかは、よく分からないけど、僕達は鬼が復活しないように見張っていたんだキャン。数百年の間、ずっと──」

 

 随分と長い間だな。

 だけどクリーチャーだし、それくらいの年月は生きられるモンか。

 

「でも、この間の事! いきなり鬼が目覚めたキャン! 誰かが復活させたに違いないんだキャン!」

「鬼が目覚めたって言われても、俺達は何にも……」

「そもそも、その鬼は何処にいるんですか?」

 

 

 

「──京都だ」

 

 

 

 途端。

 道行く人々の足が止まる。

 風になびいていたのれん、空を飛ぶカラス。

 全てが写真のように硬直してしまう。

 

「えっ、何が起こったんですか……!?」

「時止め……!」

「キャイン……な、何が起こってるの……!?」

 

 そして、停止した世界の中でひらりひらりと宙を舞う黒ずくめがゆっくりと参道に降り立った。

 見覚えのある声、そして姿に思わず声を荒げた。

 

「テメェは──!」

 

 鎌を取り出し、振り回す黒ずくめ。

 忘れもしない。こいつはシー・ジーを目の前で斬殺し、黒鳥さんには何故か太陽のカードの分身を手渡した謎の人物。

 

空亡(ソラナキ)!! 何しに来やがった!」

「次に会う時は敵。その言葉、忘れていなかったようだな──白銀耀」

 

 素性も目的も分からないが、トキワギ機関の忠実な僕であることだけは確かだ。

 その姿を見てかキャンベロは震え上がって紫月の胸に飛び込む。

 

「コ、コココ、コイツだキャン!! こいつが鬼を復活させたんだキャン!!」

「吠え方だけは一流だな、逃げ腰の負け犬め。鬼の監視者が聞いて呆れる」

「キャイン……!」

 

 鎌を突きつけた空亡は不遜に嗤う。

 成程、こいつが鬼を……!

 

「おいテメェ、鬼って何なんだ。ンなモン復活させて、何がしてえんだ!」

「鬼は──貴様等が破滅するシナリオの1ピースだ」

「あんだと!?」

「……白銀耀──皇帝の猟銃を抜いてもらおうか」

 

<SUN──!>

 

 無機質な音を立てて空亡の両手からタロットカードが宙に浮かび上がる。

 あれは太陽のエリアフォースカードだ。見入っているだけで、肌が焼け付くようだ。

 

「オマケも見せてやろう」

「!?」

 

<THE・MOON──!>

 

 そればかりか、空亡のローブからもう1枚のカードが浮かび上がる。

 こいつ、2枚もエリアフォースカードを持ってるのか……!?  

 しかもよりによって、太陽(サン)(ザ・ムーン)という、世界のアルカナに隷属する天体のカードを……!

 

「白銀先輩っ……!」

「下がってろ紫月……! こいつは俺がやる──!」

 

<Wild……DrawⅣ……EMPE──>

 

 

 

「──すまんが、貴様の時間。切り取らせて貰うぞ」

 

 

 

 次の瞬間だった。 

 空亡の鎌が、俺のデッキケース目掛けて振るわれた──

 

 

 

「──()()()()()()()

 

 

 ※※※

 

 

 

「──さて。問題のカードは──これか」

 

 

 

 身体中から抜けていく多量の魔力を振り絞り、空亡は白銀耀のデッキケースを手に取る。

 そして、笑み一つ零さず呟いた。

 

「確かに名案だ。これなら、私の弱点を補い、尚且つ白銀耀を機能停止に追い込むことができる……流石ククリ様だ」

 

 すかさず、その中にある12枚の白い裏面のカード──超GRゾーン目掛けて鎌の切っ先を当てる。

 狙いは一番上にある《Theジョラゴン・ガンマスター》。

 そのカードが音も立てずに、黒く染まっていく──

 

 

 

「さあ、本性を見せろ皇帝の猟銃……ジョラゴン。貴様の溢れんばかりの星の力、解放するのだ」

 

 

 

 ──貴様には、()()を産む足掛かりとなってもらおう!



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GR73話:デュエマ部伊勢参り──強襲する月

 ※※※

 

 

 

「──さあ、カードを取れ。白銀耀」

「っ……!?」

 

 

 

 何が、起こったんだ?

 何時の間にか、空間が展開されており、目の前には5枚のシールドが浮かび上がっている。

 エリアフォースカードの詠唱はまだ終わってないはずなのに、その前に一瞬だけ視界が途切れたような──

 

「っ……やるしか、ねえ! 超GRゾーン、アンロック!」

「超GRゾーンをアンロック。これより、対象を抹消する」

 

 ──考えている暇は無い。

 今は目の前に立つ黒ずくめの人物──空亡を倒さなければ!

 

「俺のターン! 2マナで《タイク・タイソンズ》を召喚してターンエンドだ!」

「私は《電脳鎧冑アナリス》を詠唱。《アナリス》を破壊し、マナを1枚増やす。ターンエンドだ」

 

 初動は順調だ。マナには《メイプル超もみ人》も置いている。

 理想的だ。このまま一気に突き放す!

 

「《タイク・タイソンズ》で攻撃! するときに──《メイプル超もみ人》に革命チェンジだ!」

「《タイク》が場を離れた時と《メイプル超もみ人》が攻撃するときの効果で、合わせてマナゾーンにカードを2枚置くでありますよ!」

「……」

 

 《タイク・タイソンズ》とバトンタッチして現れたのは、真っ赤な紅葉に目と足が付いたクリーチャー。

 彼らの放つ大量の木の葉が一枚目のシールドを斬り裂いた──

 

「戦術データより検索開始──返り討ちにしてやろう」

「へっ、先手は俺達が取ったぜ!」

「どうだか──S・トリガー、オレガ・オーラの《ニャミバウン》を《続召の意志 マーチス》に投影(オーライズ)

「なっ!? そいつは確か──」

「GRクリーチャーに付けた時、相手クリーチャーを1体持ち主の手札へ戻す! 《メイプル超もみ人》には退場願おう」

 

 現れたのは虹色に輝く巨大な魚のクリーチャー。

 それが激流と共に俺のバトルゾーンを押し流してしまった。

 場にクリーチャーが残らないのは地味に辛いぞ……!?

 

「さて、私のターンだな? 《フェアリー・シャワー》を詠唱。マナにカードを置き、手札を1枚増やす」

「多少守りは硬いけど──こじ開けてやるよ! 6マナをタップだ、《ソーナンデス》を召喚!」

 

 自然を含めた6枚のマナを無理矢理ひねり出す。

 飛び出したのは筏のクリーチャー、《ソーナンデス》だ。

 

「《ソーナンデス》はマッハファイター! 《マーチス》を攻撃──するときにJチェンジだ!」

「……来るか」

 

 早速だが先手を打つ! 

 攻撃をするときに、マナゾーンに置いた切り札と交換だ!

 

「《ジョット・ガン・ジョラゴン》──装填完了!」

「どーでありますか、早速切札登場であります! しかも、《ソーナンデス》が場を離れた時の効果を発動するでありますよ!」

「その効果で《ジョリー・ザ・ジョルネード》を捨てる! すると、効果でマナゾーンからカードを回収出来るんだ! 《アイアン・マンハッタン》を手札に!」

「更に更に、ジョラゴン・ビッグ1も発動であります!」

 

 突如、巻き起こる大渦。

 無機質に<”ジョルネード”ローディング>と皇帝(エンペラー)が読み上げる。

 そして《ジョット・ガン・ジョラゴン》の打ち放つ三つの弾丸が、空に大穴を開けた──

 

「GR召喚三連発──《ゴッド・ガヨンダム》、《全能ゼンノー》、《バツトラの父》だ!!」

 

 次々と降りかかるジョーカーズのGRクリーチャー達。

 

「……ほう。それがマリーナやシー・ジーを打ち破ったジョラゴンとジョルネードの力……か」

「へっ、まだ驚くのは早いぜ! 《ガヨンダム》の効果で《アイアン・マンハッタン》を捨てる!」

 

<”マンハッタン”ローディング>

 

「道を切り拓く大嵐の弾丸──喰らえ、マンハッタン・トランスファーだ!!」

 

 ジョラゴンは空亡のシールド目掛けて弾丸を撃ち込む。

 それは爆ぜると、砂塵の竜巻となってシールドを食い破っていく──!

 

「効果で相手のシールドを2枚選んで、それ以外をブレイクする!!」

「……S・トリガー発動」

「!? ま、またかよ!?」

 

 涼しい空亡の声と共に2枚のカードがシールドから飛び出した。

 う、ウソだろ、今まで割ったシールド、全部がS・トリガーだっていうのか!?

 

「先ずは《フェアリー・シャワー》。その効果でマナと手札を増やす。そして──」

 

 ゴオアアアア、と鈍重な叫び声が空から聞こえてくる。

 地面が暗くなっていった。空さえも覆うこの巨大な影は──

 

 

 

「──《深海の伝道師 アトランティス》。効果で互いにクリーチャーを1体選び、それ以外を全て手札に戻す」

「なっ……!?」

 

 

 

 見上げる程巨大、要塞と見紛う程の巨魚が咆哮する。

 それと共に、俺のクリーチャーは《ジョット・ガン・ジョラゴン》以外が全て吹き飛ばされ、更に空亡も《マーチス》と共に《ニャミバウン》を手札に戻してしまった。

 バトル先のクリーチャーが居なくなったことで、バトルは成立しなくなってしまう。破壊される前にオレガ・オーラを手札に回収したのだろう。

 ──それにしても、ヤケにトリガーがヒットするな……どうなってんだ!?

 

「くそっ、考えても仕方ねえ! 《マンハッタン》の効果で、手札から《ガヨウ神》を捨てる! 効果でカードを2枚引き、更に《キング・ザ・スロットン7》を捨てて2枚ドローだ!」

 

<”ガヨウ”ローディング>

<”スロットン”ローディング>

 

 ジョラゴン・ビッグ1は止まらない。

 手札を捨てる度にクリーチャーの効果は連鎖していくからだ。

 増えた手札から、更に援軍を呼び寄せる。

 

「《スロットン》の効果で、《バーンメア・ザ・シルバー》をバトルゾーンに出す! 効果で──《全能ゼンノー》と《無限合体ダンダルダBB(ビッグバン)》をGR召喚だ!」

 

 駆ける灼炎の早馬。

 一瞬でサーキットと化したバトルゾーンに、《全能ゼンノー》に加えて《ダンダルダ》が続けざまにバトルゾーンへ飛び出した──!

 

「我が無敵にして無限の巨人、《ダンダルダBB(ビッグバン)》でありますッ!!」

 

 これで、切札は揃った。

 相手のシールドは残り2枚。余裕で削り取れる──!

 

「……まだやるのか。呆れたものだな。その攻撃力ならば、あの二人如きは簡単に倒せただろうよ」

「ああ、そうだ! そして次に倒れるのはテメェだぜ!」

「……やってみれば良いさ」

「《スロットン》で出したクリーチャーは相手をすぐに攻撃出来るんだ! 《バーンメア》でシールドをW・ブレイク!」

 

 ギャリギャリ、と車輪を軋ませ、爆走する《バーンメア》が突貫した。

 そのまま空亡のシールドが2枚、砕かれる──

 

「……S・トリガー発動。ギガ・オレガ・オーラ、《*/弐幻キューギョドリ/*》を《天啓(エナジー) CX-20》に超・投影(ギガ・オーライズ)」手札6枚

「えっ……!?」

 

 空に浮かび上がるのは──巨大な魚のオーラ。

 ごぽごぽ、と音を立て、それはGRクリーチャーを呼び出す。

 今までのオレガ・オーラとは何かが違う。絡み合う線のみで構成されたオーラだ。

 そして、その中央には巨大なキューブが鎮座している。

 

「何だ、あれ……!?」

「見た事無いオーラでありますよ!」

「教えてやろう。ギガ・オレガ・オーラは、場に出た時に追加でGR召喚をするのだ。《クリスマ(サード)》をGR召喚」

「っふ、増えた……!?」

「先ず、《キューギョドリ》の効果で手札を1枚増やす。そして、《CX-20》のマナドライブでカードを3枚引く」

「て、手札がどんどん増えてやがる……!?」

 

 空亡の手札はこれで合計10枚だ。

 どんだけ増やすんだよ……!?

 

「更に、《クリスマⅢ》の効果で自身を破壊する。そうすれば、マナゾーンにカードを1枚タップして置く」

「っ……良かった、手札が増えただけだ! これなら──《ダンダルダ》で攻撃するとき、J・トルネードで《バーンメア》を手札に戻す!」

「そして、そのコスト以下の呪文を唱えるでありますよ!」

「呪文、《灰になるほどヒート》! 効果で《バーンメア・ザ・シルバー》を出して、《キューギョドリ》とバトルだ!」

 

 決まれ、ビッグバン・ヒート!

 これで《キューギョドリ》を破壊しながら、追加で《バツトラの父》と《全能ゼンノー》も呼び出せる!

 

「そのまま、ダイレクトアタックだ!!」

 

 火、水、自然。

 三つの文明の力が剣に装填されていく。

 エネルギーの束が大上段に空亡目掛けて振り下ろされた──

 

 

 

「馬鹿め。その程度で神に届くとでも──ニンジャ・ストライク7、《怒流牙 サイゾウミスト》」

「ッ! やっぱりいたのか!」

 

 

 

 突如飛び出した巨人のシノビ。

 分かってはいた。

 マナを増やすデッキで水と自然が入っているのだ。それならば、この余裕も理解出来る。

 

「その能力で、山札と墓地をシャッフルする。そして、山札の上から1枚をシールドゾーンに加える──」

「それなら、《ダンダルダ》で最後のシールドをブレイクだ!」

「……無駄な事を」

 

 まだこっちには打点が残っている。

 一斉攻撃を仕掛ければ──

 

 

 

「──神の裁きを受けよ」

 

 

 

 ──そんな、淡い希望は一瞬で撃ち砕かれた。

 突如、空が激しく光る。

 そして滅亡の雷が戦場を包み込む──

 

 

 

 

「S・トリガー、《アポカリプス・デイ》」

 

 

 

 一瞬だった。 

 俺の場も、空亡の場も、一瞬にして焼け野原と化したのだ。

 

「う、そ、だろ……!? 《アポカリ》……!?」

 

 あの呪文は確か、光のS・トリガー。

 場にクリーチャーが合計6体以上いれば全て破壊するという劇薬だ。

 そんなものをデッキに入れていたのかよ……!?

 

「お前のようにわらわら蟻の子のように集って来る虫けらの相手はもう沢山なのでな」

「ッ……完全に、こうなるのを分かってたのか……!?」

「全滅だ。GRクリーチャーも、頼みの《ジョット・ガン・ジョラゴン》もな」

「だ、だけど! そっちのシールドも、もう無いだろ!?」

「どうだか」

 

 空亡は7枚のマナをタップする。

 

「──教えてやるか。天体のエリアフォースカードの守護獣の恐ろしさを」

(ザ・ムーン)、エンゲージ>

 

 浮かび上がるのはⅩⅧ。

 アルカナの月を意味するローマ数字だ。

 それに呼応するようにして、美しき神に与する蒼き龍が咆哮する──

 

 

 

「──世界よ。刻は月の満ち欠けの如く──流転、《蒼神龍チェンジ・ザ・ワールド》!」



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GR74話:デュエマ部伊勢参り──暴君龍顕現

「──《蒼神龍チェンジ・ザ・ワールド》の効果発動」

 

 

 

 魔方陣から姿を現したのは、蒼き神の龍。

 一瞬で空亡の手札が全て掻き消える。

 確かこいつの能力は──!

 

「手札をすべて捨てたでありますか!?」

「最悪だ……! このデッキ、”悠久チェンジ”だったのかよ……!」

「悠久チェンジ、でありますか!?」

「《チェンジ・ザ・ワールド》の効果で捨てた手札は10枚。そして、こうして捨てた手札の数だけ私の山札の上から1枚をシールドゾーンへ加える」

 

 言うなればその能力は、手札の枚数とシールドの枚数を入れ替える能力だ。

 しかし、手札を全て捨ててしまう関係上、山札切れに近付く上に非常に無駄が多い。

 だが──

 

「シールドゾーンにカードを置く前に──《フォーエバー・プリンセス》を捨てた時の効果発動。墓地に置かれる代わりに山札と墓地をシャッフルする!」

「っ……どういう事でありますか!?」

「これで、あいつは……捨てた手札を全て山札に仕込むことが出来る。つまり、手札に握っていたS・トリガーのカードが山札からシールドに落ちる可能性がある……!」

「その通りだ。流石に察しが良いな」

「タダの地雷デッキだと思ってたけど……! オレガ・オーラのS・トリガーで手札を増やし、シノビで守りを固めるのが目的だったのかよ!」

「それだけではない。このデッキのS・トリガーは20枚以上。ビートダウンデッキに勝ち目はないと言っても良いだろう」

「っ……!」

 

 まずい。

 《マンハッタン》を使ってしまった今、あの数のシールドを一気に吹き飛ばす事は出来ない。

 手札にある《バーンメア》だけが頼りだ。

 だけど、あいつもあいつで手札が無いので、それだけは救いだ。

 今のうちに態勢を立て直せれば、まだ勝機はある!

 ──《アポカリ》に気を付けて展開し過ぎないようにすれば、まだ勝ち目はある! こっちにはJ・トルネードがあるんだ、場数を増やし過ぎずに《バーンメア》を回収しながら戦える!

 

「そろそろ頃合いか? GRも大分捲っただろう」

「……? 何の話だ」

「まあ良い。早く出せ。貴様の切札──《バーンメア・ザ・シルバー》を」

「……お望みとあらば、さっさとぶち込んでやるよ!!」

 

 6枚のマナをタップする。

 次々に炎が巻き起こった。

 まだ走れる──もう1度、奔らせる!!

 

 

 

「疾く駆けよ、鋼の軍馬! 爆走、《バーンメア・ザ・シルバー》!」

 

 

 

 ヒヒイィン、と甲高い叫びと共にバーンメアが疾走する。

 再び、サーキットに二つの大穴が開かれた──

 

 

 

「──超天を衝いて宇宙も断つ! 《無限合体 ダンダルダBB(ビッグバン)》!」

「何度倒されても復活するでありますよーっ!!」

 

 

 

 そしてもう1枚!

 スピードアタッカーになったGRクリーチャーを場に出せる!

 ──来い《Theジョラゴン・ガンマスター》! そろそろ来るはずだ──!

 捲れるGRゾーンのトップ。

 表向きになったカードは、黄金の箔が押され、MASTERが刻まれていた。

 

「えっ──!?」

 

 ガッツポーズをするところだった。

 そのカードが、禍々しく邪悪に歪んでさえ居なければ──

 

「マスター!?」

「何だコレ──このカードは──」

 

 カードの名前も、イラストも変わっている。

 俺の知っている《The・ジョラゴン・ガンマスター》じゃない。

 

「《The・ジョギ──」

 

 その時、カードから手、そして腕を伝って瘴気が俺を飲み込む。

 何が起こっているのか分からない。

 何があったのかも分からない。

 考える間もなく。

 そして抵抗する間もなく──

 

 

 

「マスタァァァーッ!?」

 

 

 

 ──俺の意識は落ちた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──っ!?」

 

 

 

 気が付くと。

 周囲は真っ暗だった。

 此処は、何処だ?

 分からない。

 さっきまで俺はデュエルしていたはず──

 

 

 

「──シロ、ガネ、アカル──」

「っ──!」

 

 

 

 何処からともなく、声が聞こえてきた。

 パッ、と灯かりが目の前に点る。

 そこにあるのは空席の玉座。

 皇帝が座する場所──そこに手を伸ばそうとした時。

 脚は動かなかった。

 何かが俺にまとわりついている。

 背筋がゾッ、と凍える。

 まるで這うようにして、俺に纏わりついてくる──!!

 

「や、やめろ──」

 

 胸を這い、首を押さえつけ、そして口の中にまでそれは入って来る──

 頭に流れ込んで来る光景。

 これは──

 

 

 

 ──お前は偽善者だ、白銀耀。本質は、醜いエゴの塊だ。

 

 

 ──これは自己犠牲なんかじゃない。僕が……運命に決着をつけるためにやるんだ。

 

 

 ──君の甘さが君の大事な仲間を殺すんだぞ! 何故分からないんだ君は!

 

 

 ──え? 火廣金? あいつなら国に帰ったぞ。

 

 

 今までの、記憶──

 

 

 

「報われないなあ、白銀……耀……」

「っ……!!」

「壊してしまえよ。お前を肯定してくれない世界や仲間なんて、壊してしまえ」

 

 

 

 声は俺の物だった。

 玉座の上には、俺が足を組んで座っていた。

 

「お前は馬鹿だ。奴隷根性で今まで戦ってきたのは良いが……それでお前は何を得た? それで一体何を守れた?」

「あっ、ぐぅっ──」

「世界はお前に応えてくれない。仲間もお前に応えてはくれない。面と向かって嫌な顔をしないだけで、お前に合わせてやってるだけだ。そんな仲間に、何の価値がある? お前の言う仲間が……お前に何かしてくれたか? ええ?」

「そんな、ことは──」

「壊せ。壊してしまえ。(おれ)が許す。そんなに奴隷身分が好きなら──(おれ)がお前をこき使ってやる。その、有り余る怒りで」

「て、めぇはぁ──!!」

「どうした? 誰だって顔をしているな? (おれ)はずっと──お前の傍に居たぞ?」

 

 

 ──てめぇは──

 

 

 ──てめぇは──!!

 

 

 

 

「──皇帝(エンペラー)──むぐっ──!?」

 

 

 

 口の中に無数の黒い塊が押し込められ、息が出来なくなっていく。

 

 辛さが、怒りが、悲しみが──

 

 

 

 

「ぐっああああああああああああああああああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 ──爆ぜた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「せん、ぱい……?」

 

 

 

 紫月は耀のデュエルをずっと後ろで見守ることしか出来なかった。

 しかし──二度目の《バーンメア・ザ・シルバー》を召喚した耀の様子がおかしくなっていることは火を見るよりも明らかであった。

 シャークウガが真っ青な顔で叫ぶ。

 

「何だよ、あれ……! 《ガンマスター》の魔力とは桁違いだ!!」

「どうなってるんですか……!?」

「白銀耀は……あの謎のカードに完全に呑まれちまってやがる!!」

 

 耀の顔はもたれたままで見えない。

 震え上がったキャンベロが叫んで紫月に抱き着いた。

 

「キャイインッ……あれは……まるで、鬼のようだキャン……!!」

 

 

 

「──壊す。壊れろ。壊れちまえ──」

 

 

 

 

 

<Wake up……Iam dragon>

 

 

 

 羽根を広げる龍。

 無数の銃火器が翼や肩に取り付けられていく。

 最早、ジョラゴンを超えたジョラゴンとでも言うべきだろうか。

 

 

 

<The end of emperor shall prostrate myself at your feet──>

 

 

 

 

「──切札爆発。暴君降臨──ぶっ潰せ、《Theジョギラゴン・アバレガン》!!」

 

 

 

<──Over load!!>

 

 

 

 咆哮が辺りを揺るがし、紫月を戦慄させる。

 龍帝の暴走が、始まろうとしていた──

 

 

 

「そんな……先輩が……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ふっ、思った通り怒り狂ったか白銀耀」

「壊す、壊す……俺の思い通りにならねぇやつは全部壊す……!!」

 

 ──気に入らねえ。気に入らねえ。イライラする。思い通りにならない苛立ちが、怒りが、胸の奥から込み上げてきて止まらねえ。壊して、全部、黙らせてやる──テメェら全部、ぶっ壊してやる──!!

 

「あいつら皆目障りで耳障りだ──気に食わねえ──テメェらトキワギ機関も……()()()()()、全部ぶっ壊して黙らせてやる──!!」

「哀れだな、白銀耀。よもや、此処まで効くとは……日頃からストレスが溜まりに溜まっていたか? 同情するぞ」

「先ずは……テメェから……消え失せろ──ッッッ!!」

 

 無数の銃火器から漆黒のビームが撃ち放たれる。

 理性無き怒りのままの砲撃は、空亡のみならず──耀も傷つけていく。

 辛うじてそれはシールドが受け止めたが、シールドの1枚は破壊されてしまった。

 

「マスター!! どうしたでありますか!! 落ち着くでありますよ!!」

「うるせぇぇぇぇーっ!! 知ったこっちゃあるかァァァーッ!!」

「ほぎゃーっ!?」

 

 砲撃は止まる事を知らない。

 そのまま、《バーンメア》も《ダンダルダ》も巻き込んで打ち壊していく。

 

「な、何でありますかぁ!? あの《ジョラゴン》を捲った途端にマスターが……!」

「《ジョラゴン》ではない。《Theジョギラゴン・アバレガン》だ」

「ッ!? 貴様、何か知っているでありますか!」

「知っているも何も。先程、デュエルの前に一瞬だけ時止めしてGRゾーンに細工をした。ジョラゴンの生命力を暴走させたのだ」

「何と……!? こ、この、卑怯者……!」

 

 空亡は嗤いもせずに言った。

 

「卑怯? トキワギ機関の最高幹部にして全ての汚れ仕事を請け負う……それが我々【抹消者】のやり方だ」

「何てことをしてくれたでありますか! 誰よりも優しい我がマスターをよくも……許せないでありますよ……!」

「何を今更。その”優しい我がマスター”に負担を掛けていたのは何処の誰だ? 戦いに駆り出し、彼の仲間を巻き込ませ、そして離散させた……お前が言うのか?」

「あっ、う……!」

「諸悪の根源の貴様が言っても何も説得力は無いな、チョートッQ。やはり……お前達は共倒れが相応しい。白銀耀は、仲間の手によって滅びるのだ」

「ぶっ潰れろォォォーッ!!」

 

 《ジョギラゴン》の砲撃によって空亡のシールドが3枚、撃ち砕かれる。

 しかし──

 

「S・トリガー、《キューギョドリ》を《マーチス》に投影(オーライズ)し、《マリゴルドⅢ》を出す。《マリゴルド》の効果で《怒流牙 佐助の超人》を場に出す」

「なっ!? またクリーチャーが沸いて来たであります……!?」

「更に、《マーチス》のマナドライブ5で《サザン・エー》を追加でGR召喚する。そして、《サザン・エー》を破壊して2枚ドローだ。更に《キューギョドリ》の登場時効果でも1枚ドローする」

 

 空亡は再びバトルゾーンにクリーチャーを展開し、手札を増やしていく。

 加えて、《マリゴルド》の効果で場に出た《佐助》が曲者だった。

 その能力は、カードを1枚引いて1枚捨てるというもの──

 

「《佐助》の効果で《斬隠蒼頭龍 バイケン》を捨てる。その時、《バイケン》は捨てられる代わりに場に出てくる──!」

「なっ!?」

「いい加減五月蠅いな、守護獣。消えて貰おう──《バイケン》の効果で《ダンダルダ》を手札へ戻す」

 

 激流が渦巻き、《ダンダルダ》の機体は消える。

 最早、声など届かないマスターに手を伸ばしながら──

 

 

 

「マスタァァァーッ!!」

「これで貴様のターンは終わりだ、白銀耀」

 

 

 

 唸り声を上げる耀の前に、二体の蒼神龍。

 そして、ギガ・オレガ・オーラが立ちはだかる──

 

「呪文、《パーロックのミラクルフィーバー》。その能力でカードを1つ指定する。選ぶのは──《時の法皇 ミラダンテⅫ》。そして、これが出るまでデッキからカードを引き続ける──」

 

 山札がごっそりと減ったかと思えば──空亡の手には《ミラダンテⅫ》が握られていた。

 彼女は笑みを浮かべた。

 

「やはり私は──神に愛されているようだ。《バイケン》で攻撃──するとき、革命チェンジ」

 

 忍びの頭目たる蒼神龍が飛び掛かるその時、羽根を広げた天使龍へと入れ替わる。

 天使龍の放つ時計の針が、耀の身体を押さえつけた──

 

 

 

「これより貴様を抹消する──《時の法皇 ミラダンテⅫ》」

「う、うううう、てめぇぇぇぇぇぇーっ!!」

「吠えるだけとは哀れな事だ。ファイナル革命で貴様はコスト7以下のクリーチャーを召喚出来ない」

 

 

 

 動くことのできない耀目掛けて天使龍が時針を胸に突き刺す。

 

「がっ……はっ……!?」

「そして──私は《ミラダンテ》の効果で《ファイナルストップ》を唱えている。貴様はもう、何も出来ない」

「ぎ、あぁああああッ……!!」

「さらばだ、裸の皇帝。自分の醜い本性をしかと焼き付けながら──ゆっくりと滅べ」

 

 《マリゴルド》によって最後のシールドが割られた。

 しかし、もう耀は何も抵抗することが出来ない。

 ただただ空亡を睨み付けながら、燃え滾る激情のままに叫び続けるだけだ。

 

 

 

 

「──《蒼神龍チェンジ・ザ・ワールド》でダイレクトアタック」



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GR75話:暴君龍アバレガン

 ようやく、意識が戻ったかと思えば──俺は空間の中で倒れ伏せていた。

 負けたのか? 俺は──

 駄目だ、身体が思った通りに──動かねえ……!

 熱い。全身が焼け爛れていくようだ。

 

「──白銀耀。それは貴様に掛けた呪いだ」

「あ、ぐぅっ……!!」

 

 散らばったデッキのカードから浮かび上がる12枚のGRのカード。

 それらが──次々に俺の身体へ入り込んでいく。

 気持ちの悪い異物感。

 そして──胸を焼け焦がすような強い憎悪。

 それを吐き出すように咳き込むが、何も変わりはしない。

 

「GRゾーンを使えば、暴君龍《アバレガン》が貴様を蝕む。何度でも」

「て、めぇ……!! 何しやがったぁ……!!」

「喜べ。お前が溜めに溜め込んできた鬱憤を晴らしてやろうと言うのだ。今回はこれで済んだが……次はどうなることやら」

 

 嗤いもせずに、空亡は鎌を振るう。

 時空が裂け、そこに彼女は飛び込んでいった──

 

 

 

「次に《アバレガン》を使う時──きっと貴様は、文字通りの”暴君”となるだろう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「白銀先輩! 白銀先輩!」

「キャイン、大丈夫!?」

「マスター、しっかりするでありますよ!」

 

 目が醒めた時には紫月、キャンベロ、そしてチョートッQが──俺の顔を覗き込んでいた。

 ……身体が凄く痛い。

 だけど、空亡のやつ、俺には何もしなかったのか?

 命を取られたわけじゃないし、仲間も無事だ。

 

「……お前ら……良かった。何事も、無かったのか」

「先輩こそ……私、どうなることかと……! デュエルの途中で先輩の様子がおかしくなって……!」

「……それで、此処は何処なんだ?」

「あの後、師匠達を呼んだのです。それで──」

 

 室内を見渡す限り、何処かの和室のようだが──

 

 

 

「──伊勢神宮に、タクシーで連れて行ったんです」

 

 

 

 ──そう、か。

 此処は……伊勢神宮なのか。

 

「もうじき、師匠が関係者を連れて来るそうです。もう……大丈夫だと思います」

「……そうか。良かった……だけど、俺は何があったんだ?」

 

 自分でもさっぱりだ。

 《Theジョラゴン・ガンマスター》は《Theジョギラゴン・アバレガン》に変化していたわけだし。

 

「空亡のやつ、マスターのGRゾーンに細工をしたでありますよ!」

「すっごく、怖かったキャン……!」

「……そうか」

 

 ……やっと分かった。

 此処まで大掛かりな手を使ってでも、俺のGRゾーンを封じたかったのか。

 怒り。

 憎悪。

 激情に駆られて暴れ回る恐ろしさ。

 俺はそれを身を以て味わされた──

 

(次にGRゾーンを使えば、どうなるか分からねえ……あいつの言う”暴君”とやらになっちまうのか?)

 

 ──今更GRゾーン無しの構築で戦えって言うのかよ?

 だけど、《アバレガン》の恐ろしさは想像以上だ。

 あの時の事はぼんやりとしか覚えていない。

 しかし、ただひたすらに今までの辛かった思い出と一緒に憎悪が噴き出して来た。

 止めどめなく溢れる怒り。

 あんなものに手を出したら──

 

「……なあ、紫月。俺は……俺じゃなくなっちまう所だった」

「え?」

「《Theジョギラゴン・アバレガン》……あいつを使った時、俺は……正気を失った」

「っ……」

「次にGRゾーンを使ったら、俺は……空亡の言う通り、どうなるか分かんねえ」

「そんな……!」

「あの空亡ってヤローが白銀耀のGRゾーンに介入した以上はそうなるわな。オマケに、そのGRゾーンのカードは──今、あんたの身体ン中に封じられている」

「ッ!!」

 

 シャークウガの言葉に俺は跳び起きた。

 嘘だろ!?

 確かに枕元にデッキは置かれていた。

 だけど、無い。

 何処にも見当たらない。

 探してもGRゾーンのカードが無い……!

 

「は、はぁ!? ど、どうなってやがんだよ!?」

「だから言ったろ。あの空亡って奴は、GRゾーンを身体ン中に埋め込んだ。恐らく、デュエルになったらGRゾーンは強制的に現れる」

「そして、《ジョギラゴン》を捲れば……マスターは再び暴走するというわけでありますか……!」

「……ウッソ、だろ……! 《ジョギラゴン》をGRゾーンから抜くことすら出来ねえのかよ……!」

「チョートッQの本体のカードである《ダンダルダBB》も、白銀耀の身体の中。今のあんたは──生きた超GRゾーンだ」

 

 さ、最悪だ……!

 呪いの装備も良い所だぞ!?

 あの空亡って奴、俺の身体に何てことをしてくれたんだ!

 

「しかも、《ジョギラゴン》という劇物が体内に入り込んでいる以上……何時暴れ出すかも分からねえ」

「俺、これからどうすりゃ良いんだよ……!!」

 

 こんなのってねぇよ。

 デュエルをする度に俺は暴走のリスクを負う……それならまだGR召喚をしなければ良いだけだ。

 でも、体内に《ジョギラゴン》がある今、俺自身が時限爆弾のようなものだ。

 あの時の感覚はそんなもんじゃなかった。

 次はあれ以上のものが来るなんて冗談じゃない。

 《ジョギラゴン》も、それに憑りつかれた俺も──敵味方関係なく破壊し尽くす。

 文字通りの──暴君だ。

 もうそうなったら……俺が一番危惧していたことが起こるかもしれない。

 仲間を。

 何より、あの夢の通りに紫月を手に掛けてしまうかもしれない──!

 

「先輩。落ち着いてください」

「これが落ち着いてられるかよ……! お前は、俺が怖くねえのかよ!?」

「っ……」

「お前も見ただろ? 次は、あれじゃ済まねえんだぞ? あの時は俺が空亡に敗けたから良かった。だけど……もし、勝ってたら、街中で暴れ出してたかもしれない……!!」

「それは……」

「俺は、嫌だぞ……!」

 

 手がかくかくと震えてきた。

 胸を抑えると──確かに、強烈な異物感、そして焼けつくようなもう一つの鼓動が聞こえてくる。

 冷や汗が伝う。

 俺は──バケモノになりつつある。

 

 

 

「──失礼します」

 

 

 

 襖が開き、俺達の視線はそこに注がれた。

 現れたのは──袴姿の青年。

 その横に黒鳥さんが立っていた。

 

「白銀。体調は……最悪のようだな」

「……黒鳥さん。此処まで運んでくれてありがとうございます」

「礼には及ばん。だが、問題は此処からだ。後は任せて良いな」

 

 黒鳥さんの言葉に袴の青年は頷いた。

 

「……白銀耀様ですね?」

「は、はい……えと、何方ですか?」

「申し遅れました。私、伊勢神宮の少宮司を務めております、坂田と申します」

「坂田……さんですか」

「ええ」

「……少宮司って何ですか?」

「伊勢神宮には他の神社には無い独自の役職があるのです。「祭主」「大宮司」「少宮司」……といった位ですね。所謂、「神主さん」の位というべきでしょう」

「そう、なんですか」

「このうち、「少宮司」は一般の神職のトップとなります」

「っ……! お若いのに結構凄いんですね」

 

 こら紫月。

 その言い方は結構失礼だと思うぞ。

 

「ふふっ、これでももう40ですよ」

「よ、よんじゅう……!?」

「師匠の方が老けて見えます」

「僕もそう思うキャン……!」

「貴様等揃いも揃って失礼な奴だな」

「ですが、それは表向きの顔。我々坂田家は代々鬼道を扱う一族として、異形や異変に対峙してきました」

 

 ……じゃあ、この人が黒鳥さんの言っていた日本の魔導司ってことか?

 

「貴方達の事は訊いています。エリアフォースカードなる魔法道具、そして守護獣とワイルドカードの事も」

「魔導司の事も知っているんですか?」

「ええ。とはいえ、我々東洋の神職と西洋の魔導司は折り合いが悪く……相互不干渉を掲げていたのです。そもそも、我々は西洋の魔導司とは魔力の質が違う。クリーチャーであっても、対応できるケースが大幅に限られます」

「例えば、そのままではワイルドカードや守護獣と戦う力は無い。扱えるのは補助的な魔術だけだ」

「ええ。お恥ずかしながら……しかし、今貴方の近くにいる犬のクリーチャーや守護獣の姿は見ることが出来ますよ」

「っ……! チョートッQ達が見えてるんですか!?」

「勿論。そして、問題は……貴方」

 

 坂田さんの指はキャンベロに向いていた。 

 びくり、と震える子犬のクリーチャーは紫月の影に隠れてしまう。

 

「怖がらなくて良いですよ。そもそも貴方達はそのために此処に来たのでしょう?」

「キャイン……」

「どういう事ですか?」

「この子は鬼を監視する3体のうちの1体です」

「そう……キャン」

 

 キャンベロは頷いた。

 

「でも、僕らだけでは鬼には敵わない。だから、鬼が復活したら鬼を倒せる桃太郎様を探せと命じられていたんだキャン」

「一体誰に?」

「恐らく、造られた時からそういう風にインプット……されているのでしょう。所謂プログラムのようなものです」

 

 ってことは、こいつらは人に作られたクリーチャーってことか?

 

「成程。では、彼らはその命令に従うままに伊勢神宮まで?」

「そうだキャン……僕らは桃太郎の助太刀、桃太刀(モモダチ)なのだキャン……!」

「だが肝心の桃太郎とやらは、本当に此処に居るのか?」

 

 黒鳥さんが懐疑的な目を向ける。

 それで再びキャンベロは紫月の後ろに隠れてしまった。

 

「もう。師匠が怖い顔をするから震え上がってるじゃないですか」

「キャインキャイン、ブルブル……」

「僕の顔が怖いって言うのか!」

「怖いです」

「怖いと思うであります」

「……白銀、貴様は!」

「……そ、そんなに気にするほどじゃない……っすかね?」

「……!! 貴様等、憶えておけ……」

「ですが、桃太郎は確かに此処に居ますよ」

「いるんですか!?」

「ええ。……そう、伝えられているというだけですがね」

 

 坂田さんは、何処か困ったように言った。

 

「それよりも白銀耀君。少し服を脱いでくれませんか?」

「え? 今此処で、ですか!?」

「上だけで構いません」

「……良いですけど」

 

 真剣な眼差しだ。

 俺は言われるがままに服を脱いだ。

 一瞬、坂田さんは俺の胸、背中の生傷に息を呑んだようだった。

 

「……君は、その歳で幾つもの怪異と戦ってきたようだね」

「……そ、そうなんですかね?」

「君はもう少し、自分の体を労わるべきだ。それに加え、《アバレガン》なる怪異が眠っているようです」

「それも知ってるんですか!?」

「我が黒鳥殿に全部話したでありますよ」

「……今出来るのは、《アバレガン》を封じてしまう事でしょう」

「出来るんですか!?」

「応急措置でしかないが……」

 

 そう言うと、彼は御札を何枚か取り出す。

 それらは坂田さんの手から離れると、独りでに俺の身体に貼りついていく。

 

「……これで、《アバレガン》とやらが独りでに動き出すことは無いでしょう」

「……ありがとうございます」

「だが、超GRを使うのはしばらく控えるべきだな、白銀。GR召喚に頼らず戦った方が良い」

 

 黒鳥さんの言葉に、俺は頷くしかなかった。

 GR無しで、オーラを使う空亡相手に……どうやって戦えば良いんだ……!?

 だけど、これで勝手にアバレガンが暴れ出す事も無い……のか。

 

「先輩……」

「今は、不安な顔をしていても仕方ない。坂田さんを信じるよ」

「私に出来る事があれば、また何でも仰って下さい」

 

 GRは封じられてしまった。

 だけど──今は耐え忍ぶしかない。

 アカリに相談すれば、どうにかできるだろうか。

 

「では、君達を神宮徴古館へ案内しましょう」

「ちょーこかん? 桃太郎様は伊勢神宮に居ると聞いていたキャン」

「昔はそうでしたが、宝物を集める徴古館が出来てからはそこに保管されています」

「保管……?」

「ええ。鬼が復活したとなれば、時は一刻を争いますからね──」

 

 

 

「大変デース!!」

 

 

 

 言うが速いか。

 切羽詰まった様子のブラン、そして翠月さんが部屋に駆け込んできたのだった。

 

「って、アカルも大変だったデース!! 大丈夫デス!?」

「俺は……大丈夫じゃないけど今は平気だ」

「白銀先輩……」

「そんな顔すんなよ。坂田さんに御札でアバレガンは封じて貰った。それより……どうしたんだ?」

「え、えーと……それはデスね……」

「話は向こうに着くまでの道のりでするとしよう。いずれにせよ、鬼の復活とやらはホラ話ではないようだからな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 神宮徴古館は伊勢神宮から北へ道路を通っていった場所にあるという。

 所謂、宝物が展示されている場所だそうだ。

 そこへは坂田さんの車で向かう事になった。その道中で、ブランはタブレットを取り出すなり語り出した。

 

「私達は、最近京都で起こった事件を調べていたのデスよ!」

「事件?」

「夜、遊び歩いていた若者たちが行方不明になる事件が発生しているんです。そこから立て続けに、夜に外出していた人が次々と……」

「そして、街の人たちは深夜から早朝にかけて大きな唸り声を聞いたという情報がSNSに上がっているのデース!」

「鬼の仕業……でしょうね」

 

 坂田さんの言葉に背筋が凍った。

 

「鬼は人を喰らいます。恨みのままに人を襲う、怨念の化身です」

「……じゃあもう既に犠牲者が出ているというのか。事は僕達が思っている以上に重大のようだな」

「ぶるぶる……怖いキャン……」

 

 何てことだ。

 既に鬼による被害が出てしまっているのか。

 

「恐らく、京都の坂田本家が既に調査を開始しているでしょうが……奴らは闇に紛れて人を喰います。そう簡単に尻尾は掴めないでしょう」

「本家?」

「ええ。私は分家の者なのです。坂田本家は、代々京都を守って来た神職の一族なのですよ。恐らく、桃太刀を造ったのも……」

「で、でも、僕らはそんな事知らないキャン……」

「でしょうね。鬼が目覚めるまで君達は凍結されていたはず。その間に抜け落ちてしまった情報も多いでしょう。中世の鬼術である以上は仕方ありませんが」

 

 淡々と言ってのけるけど、キャンベロ達は単なるシステムだっていうのか?

 こんなに感情豊かなのに……。

 

「さて、着きましたよ。神宮徴古館に」

 

 駐車場から見える建物を見て、俺は言葉を失った。

 見た所、西洋式の石造りの建造物だ。

 

 

 

「かつて、京都に出た鬼を撃破したという伝説の英雄”桃太郎”。あまりにも危険なため、今はこの場所に保管されていま──」

 

 

 

 その時だった。

 けたたましく、坂田さんの携帯が鳴り響く。

 駐車場に車を止めた彼は、電話を取ると──

 

「……失礼。はい、私です。……何?」

 

 しばらく、切羽詰まった会話が聞こえてきた。

 そして──

 

「──皆さん。急いで着いてきて下さい」

「どうしたんですか? 坂田さん」

「事件デス!?」

 

 おめーは事件を期待するなブラン!

 本当にそうだったらどうするんだ……と思っていたが、

 

「ええ、事件も事件。”桃太郎”が保管されている地下が──何者かに襲撃されたようです」

 

 ──知らされたのは、文字通りの緊急事態であった。

 まさか、鬼の仕業っていうのか──!?



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GR76話:桃の助太刀、桃太刀

 ※※※

 

 

 

「ウッキィィィーッ! 感動で、涙が溢れてくるぜーッ! まさか、こんな所に桃太郎様が眠っているなんて……!」

「此処まで長かったからな……うむうむ」

「ウキキキ、桃太郎様ってよぉ、どんな人なのかなぁー、会った事ねぇけどよぉ」

「そうだな……我々の役割は、この鬼退治で桃太郎様の助太刀をいたすこと」

「なあ、俺達で桃太郎様の力になれるんかな?」

「バカ! 今更弱気になるんじゃないケン!」

「そ、そうだけどよぉ……何か武者震いっていうか、俺みたいな猿で本当に良いのかなって」

「今更そんな事を言ってる場合かケン!」

「ほら、長旅のうちに心が擦り切れて……」

「どっかの誰かが温泉を覗きに行って捕まったりしなければ、もっと早く見つかってたはず……」

「ウキィ!? う、うるせー! べ、別に良いだろ、温泉くらい!」

「良くないわ! やれやれ、お前は自分の立場というものが分かってな──」

 

 

 

「ヘイヘイヘイヘーイ!! そこまでデース!!」

 

 

 

 騒がしい声の聞こえる地下庫の一角。

 雪崩れ込むようにして俺達は事件の現場に駆け込んだ。

 そこに居たのは鬼ではなく……巨大な大太刀を持ち出そうとしている、見覚えしかない猿と──初めて見るキジのクリーチャーの姿があった。

 

「げぇっ!! 見つかった!?」

「あーっ!! テメェはあの時のスケベ猿!!」

「ウキィーっ!! よ、よりによっておめぇらかよ! 此処は関係者以外は入っちゃいけねえんだッキーッ!!」

「貴様が言うか貴様が……しかも見覚えのない鳥も増えている」

「鳥とは失礼な!」

 

 黒鳥さんがこめかみを抑える。 

 俺だって今にも頭が痛くなりそうな勢いだ。

 

「我が名はケントナーク。桃太郎の助太刀・桃太刀3人衆のリーダー──以後お見知りおきを」

「白銀先輩、キジって美味しいんですよね? 遠山のキジ鍋って聞いたことがあります、私……食べたいです!」

「ケェン!? こいつヤバいケン!」

「ヤバい? ただ可食部位を探していただけですが……」

 

 初対面のクリーチャーに向かって堂々とそれを言い放つお前はどうかと思うぞ紫月。

 ……でもキジって美味しいらしいからな。俺もちょっと腹減って来た。

 

「てか、覗き、食い逃げと来て次は窃盗か!」

「あの刀って……!」

「桃太郎が封じられていると伝えられている刀、”桜桃(おうとう)”です」

 

 坂田さんの指差した大太刀。ずっしりとした鉄の鞘に包まれた大刀だ。

 まずい、今あいつらにアレを持ち去られたら肝心の桃太郎が居なくなっちまう!

 

「キィッ! 悪いけど、こいつは持ち出させてもらうぜ!」

 

 そう言って背を向けたモンキッドだったが、無数の氷の剣が退路を断った。

 紫月がシャークウガのカードを掲げながら睨み付ける。

 

「逃がすわけないでしょう。特にそこの猿には覗きの前科があるので」

「こんな所に居たのね? オウ禍武斗に磨り潰される準備は良いかしら?」

「レディの尊厳を踏みにじった罪、万死に値するデース!」

「こいつらおっかねえんだけどーっ!?」

「三十八計、逃げるに如かず──我々には桃太郎様を復活させるという重大の任務があるので、これにて失礼する……ケェン!」

 

 ケントナークの背中にモンキッドが飛び乗る。そして、そのままこちらへ羽ばたこうと地面を蹴った。

 いかん、あいつら強硬突破するつもりだ!

 どうにかして止めないと──

 

 

 

「ま、待ちなよ二人共ーっ!!」

 

 

 

 逃げ出そうとする猿とキジの前に立ち塞がったのは──キャンベロだった。

 

「なっ、キャンベロ!?」

「ウキィ!? お前、何処行ってたんだ!?」

「離れ離れになった後、何とか伊勢について……」

「そこの人間たちに捕まって酷い事をされていたんだな!?」

「キャイン!?」

「えええ!? 違う! 冤罪だ!」

 

 待て待て、それは言いがかりだろう!

 むしろ俺はこいつにぱんじゅう盗られてるんだが!?

 

「成程。確かに、そこのツンツン頭の人間なんて鬼のような凶悪な面をしているケン。可愛いキャンベロに乱暴な事をしたのだろう!」

「してねーよ!」

「そいつの連れてる新幹線なんて俺の頭を風呂のタイルにブチ当てた鬼畜生ッキィ! 俺に乱暴な事したよな!?」

「それは覗きが悪いキャン」

「覗きが悪いでありますな」

「死んで償うべきケン」

「俺の擁護は誰もしてくれねぇのかよ……ウキィ」

「猿はどうでもいいケン。我らが同胞、キャンベロを返して貰おうか?」

 

 キジのクリーチャーが俺を指差す。

 何でか知らんけど、俺達が悪者みたいになってませんかね?

 

「あ、いや、返すには返したいんだけど盛大な誤解ってか思い込みが発生してるってか」

「そ、そうだよぉ……この人たちめっちゃ良い人キャン……顔は怖いけど」

「怖くねえよ!!」

「ほら、今怖い顔したキャン!」

「いや、これは……ツッコむ為に止むを得ないってか」

「そうよ! 顔が怖いのは師匠だけよ!」

「余計な事を挟まないと気が済まないのか貴様は!」

「同意です。こればっかりは──揺るがない事実なのですよ」

「何故貴様も神妙な顔で言った!」

「あーもう、滅茶苦茶デース! こうなったら力づくで取り返すデスよ!」

 

 ああ、とうとう事件解決には実力行使も辞さない脳筋探偵がエリアフォースカードの準備を始めてしまった。

 相手は仮にも鬼の監視者だし、下手に倒してしまったらマズイって分からないんですかね!?

 ああくそ、もうこいつらは本当に──何で毎回俺の胃を痛めるんだ! 何で思い通りにならないんだ──

 

 

 

「その大太刀は我らが伊勢神宮が保管している所有物。幾ら鬼の監視者たる貴方達と言えど、正当な手続き無しに貴方達に渡すことは出来ません」

 

 

 

 そう思った時だった。坂田さんが前に進み出る。

 神職者の威厳が一言一言から溢れ出ている。

 流石の猿とキジもたじろいでいるようだ。

 

「桃太郎を復活させ、鬼達を倒す……その目標は我々とて同じです。今は一致団結することが出来ませんか? 鬼の監視者・桃太刀達よ」

「っ……貴方は……誰ッキィ?」

「バカ! 口を慎めケン! 服装を見て分からんのか! あれは──神職の人間だろう、多分!」

「その大太刀……”桜桃”は限られた者にしか封印を解く事が出来ないと代々聞いています。貴方達でもそれは不可能なはず」

「ぐっ、確かに……っキィ」

「相手は神職の人間。信用しない手はないケン……」

「協力していただけるようで何よりです」

 

 良かった。

 何とか猿とキジと協力することが出来そうだ。

 でも、あの刀に桃太郎が本当に封印されているのだろうか?

 クリーチャーのあいつらが何かを感じ取った辺り、本物に違いは無いんだろうが……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺達は館内で集まり、これからの事を話し合っていた。

 桃太郎のお供も全員揃い、ひと段落と言ったところだ。

 

「キャンベロ!」

「モンキッド!」

「ケントナーク!」

「「「我ら三人合わせて、桃の助太刀・モモダチ三人衆!!」」」

 

 戦隊ヒーローのようなキメポーズをする3匹。

 お前らそういう感じだったのね。

 

「此処までの数々のご無礼、このリーダーであるケントナークがお詫びするケン」

「ウキィ!? テメェ、何リーダー気取ってんだよ!?」

「やかましい! どっかの誰かがやらかしてくれたからに決まってるだろケン!」

「うぅ……先が思いやられるよォ……」

 

 そして大丈夫なのかこいつら。

 見た所、チームワークは最悪なのだが。

 

「なあ紫月。こんなやつらを従える桃太郎って、どんな人なんだろうな」

「先輩。桃太郎って、そもそも人なのでしょうか?」

「え?」

「お供が異形(クリーチャー)なのです。桃太郎も異形(クリーチャー)ということは考えられるのでは、と」

「……まあ確かに」

「桃太郎は、鬼の如き二本の角を持った英雄と伝わっています」

 

 言ったのは坂田さんだ。

 その手には、桃太郎の姿を書き記しているという資料が広げられていた。

 

「桃太郎の封印を解除出来るのもまた、鬼の如き顔を持つ豪傑である……と坂田家では口伝で伝わっているのですよ」

「じゃあ、坂田さんでも桃太郎の封印は解除できないかもしれないって事デス?」

「そうなりますね。そもそも、この大太刀が本物かどうかも……中身は朽ち果てていると聞きますし」

「まあ、顔が怖いだけなら黒鳥サンデスけど」

「僕は豪傑だなんて言われるガラじゃないぞ」

 

 封印を解除できるのは豪傑のみ、か。

 何だか恐ろしげな話も伝わってるし、もしかして桃太郎も鬼だった……なんてオチじゃないよな?

 

「キャンベロ。モンキッド。ケントナーク。お前達は桃太郎がどんな姿なのか知ってんのか?」

「……」

「……」

「……」

「「「さあ?」」」

 

 3匹揃って同じポーズで知らん顔。

 流石に脳の血管が切れるかと思った。

 

「ハッ倒すぞボケットモンスター共!! 桃太郎はテメェらの主だろーが、何でその顔まで忘れてんだ!! ええ!?」

「キャインキャイン、乱暴反対乱暴反対!」

「いけねーんだぞー、動物虐待禁止ッキィ!」

「テメェらが要領を得ない事ばっかり言うからだろーが! 吐け! 桃太郎の素顔を吐けーッ!」

「白銀先輩落ち着いて!」

「アカル、ちょっと怒りっぽくなってるデスよ!?」

「っせーよ! 此処まで何度こいつらに振り回されたと思ってやがる! いい加減、ちょっとくらい役に立てや!」

「先輩! 駄目ですよ、そんなに怒ったら!」

 

 あーくそ、すっごくイライラする……!

 何でだろう、胸の底から燃え滾るようだ。

 ……だけど皆の言う通りだ。ちょっと怒り過ぎたかもしれない。既に喉がガラガラになっていた。

 

「そんな事言われても、我々は鬼が封印された後に造られたから何も知らないケン」

「えっ!? そうなのか!?」

 

 それなら知らなくても仕方ない……のか。

 それにしても……こいつら、顔も分からない桃太郎を探して此処まで来たんだなあ。

 ……いや、元々「鬼が復活したら、桃太郎が封印されている太刀が納められている伊勢へ行け」という命令だったのかもしれないが。

 そう考えると……律儀だと頷かざるを得ない。

 

「……それは悪かったな」

「これを伊勢神宮に持ち帰り、どうすれば封印を解除できるのか……また、神社本庁の方で協議する必要があるでしょう」

「ウキィ!? 協議ィ!? そんな時間無ェよ!!」

 

 モンキッドが声を上げた。

 

「今、京都の方じゃあ、鬼が夜になると人を襲ってるんだ!」

「おまけに目覚めたのは鬼の中の鬼……酒呑童子だケン」

「酒呑童子って、あの……酒呑童子か? 金太郎の?」

 

 京都に現れた日本最強の鬼。

 それが酒呑童子と言われている。

 確か、金太郎こと坂田金時が酒を飲ませてベロンベロンに酔わせた隙に倒したんだっけか……?

 

「訊いた事あるデス! 酒呑童子と言えば、ヤマタノオロチの子供だー、とか日本三大妖怪の一角だー、とか箔付きの鬼デスよ!」

「……敵は、鬼の中の鬼ってことですか」

「でも──鬼がクリーチャーって言うなら、俺達の手で退治出来ると思うんですけど」

 

 この際、桃太郎の復活を待っている時間は無いかもしれない。

 それならば、エリアフォースカード使いの俺達の手で鬼を倒すしかない。

 しかも、鬼を復活させたのはトキワギ機関の空亡だ。決して元より無関係ではない。

 

「俺達が京都に行けば、鬼を倒すことが出来るかもしれない!」

「そうですね。相手がクリーチャーなら、エリアフォースカードで倒せるはずです」

「そう簡単に行くかどうか」

 

 坂田さんが憂鬱そうに言った。

 

「坂田家は京都全域の異変解決に携わる元締め……西洋魔術の使い手が介入しては、決して良い顔はしないでしょう」

「そんな事を言ってる場合デス!?」

「東洋と西洋。二つの魔術の確執は理解出来ます。しかし、今それを持ち出している場合ではないですよね」

「そうよ! ケンカしてる場合じゃないわ!」

「ええ勿論。()()協力していただけるなら誰の手でも借りたいのですが……」

 

 やはり、そこに京都の坂田本家が関わって来るのだろう。

 相当にデカい家みたいなんだよな……。

 

「魔導司が京都で活動出来ていない理由の一つが、京都に住む鬼術勢力の存在だ。神職、仏閣の管理者、京都は彼らの縄張りであり、それを他の者に手を付けられるのを良しとしない」

 

 黒鳥さんは悲痛そうに言った。

 

「そ、そんな……」

「だが、空亡が復活させた鬼が彼らだけでどうにかなるとは思えない。放置していれば日本中に奴らは湧き出すだろう」

「ええ、その通りです。彼らにも危機感を持ってほしいのですがね……」

 

 苦々しそうに坂田さんは言う。

 それほどまでに、向こうは意地を張っているのだろう。

 面子というものもあるのかもしれないが……。

 

「やれやれ。時間Gメン、マフィアの次は鬼退治か……」

「師匠。今度は京都に行く事になるのでしょうか」

「そうなるだろうな。神類種の情報を追って伊勢神宮に来たのは良いが……まさか鬼の話になるとは」

「ふむ。神類種、ですか」

「ああ。白銀の処置に追われて、そんな暇は無かったのだが、元より伊勢には神類種と呼ばれる存在についての資料があると聞いて此処まで来たのだ」

「成程……しかし、私も神類種についての記述は1つしか知らないのです。私は古文書は全て諳んじる事が出来るくらいには暗記しているのですがね」

「何だと? いや、待て! そもそもやはり、神類種とやらについて記されている書物があるのか!?」

 

 黒鳥さんが食らいつく。

 坂田さんは面食らいながらも頷いた。

 

「ええ、ええ……貴方達には鬼退治を手伝って貰う事になるでしょうし、そちらの助力も出来るだけするべきでしょう」

「それで坂田さん。神類種ってのは、結局何なんですか?」

「その記述は、本来人が読む事は出来ないのです。魔導司が読む魔術書のように、読むだけで心が侵されます」

「……まさに、禁断の書って訳デスね!」

「それを取り扱うのが魔導司、あるいは……我々のような”裏”に携わる人間の仕事です」

 

 魔導司は魔導司書の略だ。

 普通の人間にはとても読むことが出来ないような魔法の本を管理するのが本来の役目だとトリスや火廣金が言っていた。

 何処の国にもそれと同じ役割を持つ人間がいるのだろう。

 

「その禁忌の書の中に、神類種……いや、神職のタブーについて記された事件があるのです」

「タブー?」

「はい。伊勢神宮が天照大神(アマテラスオオカミ)様……太陽の女神を祀っている事はご存知でしょう」

 

 それは勿論、周知の事実だ。

 ブランですら知っているようだった。

 

「それを……遥か昔の神に携わる者は、”降ろそうとした”という記述があるのです」

「降ろす? 降ろすってーと、召喚の類かァ?」

 

 シャークウガが怪訝そうに言った。

 

「はい。神を地上に降ろす、顕現させようとしたのです」

「……」

 

 そう言えば、アルカクラウンもそんな事を言っていた。

 人々を生贄に捧げて、この世に神を降ろす……と。

 

「アマテラス様を元に、人の手で造り出した太陽神を作り出す……それが計画だったようですね」

「……何故そんな事を」

「そこまでは分かっていません。しかし、アマテラス様に似た何かを彼らはこう呼んだそうです。”神に比類する種”……神類種と」

「……それだけか?」

「それだけですね。そもそもそれが、一体いつの出来事なのかも分かりません。本当かどうかも。何を持って神類種とするのか? 我々の信じる神様と何が違うのか? 分からない事があまりにも多すぎる」

 

 情報が断片的過ぎる。

 その太陽神がどうなったのかも分かっていないわけだし。

 

「現在の我々の結論は、”現世に降り立った神を名乗る何か”を神類種と呼ぶ……ということでしょうね。あまり良い情報が無くて申し訳ない」

「いえ、助かりましたよ」

 

 これって、もしかしてタイムダイバーを使えば神類種のルーツに辿り着けるんじゃないか?

 誰かが神を降ろそうとした……っていうのは結構大きな情報かもしれない。

 

「……となれば、当面の目標は空亡が復活させた鬼退治か」

「次の目的地は……京都ってことになるな」

 

 この桃太郎のお供三人組も気になるけど……京都も放っておけないしなあ。

 

「鬼退治なら俺達を連れていけッキィ!! 桃太郎様が復活したら、京都に駆け付けるからな!」

「足手纏いにはなるつもりはないケン。我らが桃太刀、助太刀致す」

「ううう……戦うとか……無理ぃ……」

「おい約一匹」

「微妙に情けないですね……」

「ううー……! だって怖いものは怖いキャン! 僕、紫月さんから離れたくないキャン……」

「やれやれ、仕方ないですね……」

 

 紫月の胸に抱き着くキャンベロ。

 それをよしよしする紫月を見てると……なんだろう、相手は子犬のクリーチャーなのに、何だかイライラしてきたぞ。

 

「……先輩。どうしたんですか?」

「何でもねえよ!」

「あーあ、成程……アカルもまだまだ子供デスね!」

「どういう意味だよ!」

「白銀先輩も甘えたい時があるって事ね!」

「……え?」

「バカ! 変な言い方すんじゃねえ! 紫月、翠月の言う事なんか真に受けなくて良いからな!?」

「分かってますよ」

「貴様等やってる場合か。次は京都だぞ。長旅の覚悟をしておけ」

「また電車に揺られるんですね……」

 

 他愛もない話をしている中、妙に胸の心地が悪かった。

 妙に空が暗い気がするな……。

 

「どうしたんですか? 先輩」

「あ? ああ……桃太郎の件も、空亡の件も心配なんだけどよ……」

「やはり、お体が?」

「……」

 

 何なんだろうな。

 やはりあれから体調が優れない。

 体内からアバレガンが暴れ出す事は無いらしいが……それでも不安は残る。

 しかし、俺だけが弱音を吐いているわけにもいかない。

 皆──頑張ってくれているのだから。

 

(でも、本当に……大丈夫なのかよ……)

 

 賑やかな面子たちの中で、俺は一人胸を抑える。

 この中には──俺を狂わせる暴君龍が、今も暴れ回っているのだ。

 

(このまま……何事も無けりゃ良いが……)

 

 

 

「大変です! 坂田さん!」

 

 

 

 その時だった。

 緊迫した声が、徴古館に飛び込んできた──



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GR77話:悪鬼襲来

※※※

 

 

 

 館内の職員に連れられるまま外に飛び出すと、外の暗さに驚かされた。 

 まだ午後5時、しかも今日の天気予報は晴れ。

 にも関わらず、既に辺りは夜のように闇に包まれている──

 

「あの雲から強烈な魔力反応を感知! ありゃあ相当のデカブツだぞ! わんさか居やがるぜ!」

 

 シャークウガが叫ぶと共に全員身構えた。

 間もなく──黒い雲から、大量の影が雨霰のように降り落ちてくる。

 すかさずサッヴァークの目が光った。

 

「この辺り一帯を迷宮化した──ヌシら、一匹も取り逃すでないぞ!」

「アカル! ザコは私達に任せるデス!」

「ま、待て! 俺を置いて行くんじゃねえ!」

「白銀。貴様、まだデッキの中身を変えていないだろう」

「あっ……!」

 

 そ、そうだ。

 今のままじゃ俺はまともに戦う事すらできない。

 アバレガンさえ俺の身体の中に居なければ、すぐにでも戦えるのに……!

 

「此処は私達に任せてください、白銀先輩! しづ、行くわよ!」

「待ってください、みづ姉。肝心の”桜桃”を守る為にこちらに一人は残っておく必要があります」

 

 紫月が親指で桃太刀三人衆を指す。

 確かに……こいつらに任せておくのはちょっと心許ないかもしれない。

 

「っ……分かった。じゃあ、しづに此処を任せるわ」

「良いんですか?」

「お姉ちゃんが率先して頑張らないと……ね! それに何時までも恰好の付かないままはダメだと思うから!」

「アカルとシヅクは徴古館と桜桃の防衛をお願いできマスか!? 敵は何処から来るか分からないのデ!」

「了解です! 先輩はすぐにデッキを組み替えて!」

「って言われても……!」

 

 今のジョラゴンデッキからデッキのパーツを入れ替えようとすると、多くのカードが抜けてしまう。

 安全の為にGR召喚に関わるカードは全て抜かなければならないが、そうなるとほぼほぼ総とっかえだ。

 

「そもそも今持ってる予備の組み換えパーツもGRに関するカードが多い……! 組み替えようにも足りないパーツが発生する……!」

「GRを入れる前のデッキに戻せないんですか……!?」

「っ……」

 

 想像も付かない自分に恐怖した。

 GRを使っていた期間は、俺が思っていた以上に長かったのだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ブランを乗せたサッヴァーク、そして黒鳥と翠月を乗せたオウ禍武斗はすぐさま伊勢市上空に浮かんでいる巨大な暗雲目掛けて飛んでいた。

 そこからはぽろぽろと次々にクリーチャーが溢れ出ている。

 

「スポーンポイントは間違いなくあの雲の中デス! どうなってるか分かりマスか?」

「うむ……転移魔法の一種に違いなかろう。何処に繋がっておるかは分からんが……!」

「あれが全部鬼って言うなら、京都だと思うのだけど」

「とすれば、京都は今頃鬼の都と言う事か……考えたくもないな」

「然り。さすれば一刻も早く鬼を成敗するまでの事。主よ!」

「分かっているわ、オウ禍武斗! 全部纏めてやっちゃいなさい!」

 

 急上昇するオウ禍武斗が思いっきり拳を振り上げる。

 鬼の軍勢目掛け、それを空振りすると大気を揺らす程の衝撃が吹き荒れ、すぐさま鬼達は空中で隊列を乱して吹き飛んで行く。

 その様はまるで、風に舞う塵の如く。

 

「そうれ、良い的じゃわい!!」

 

 そして吹き飛んだ鬼達をサッヴァークが見逃すわけも無く。

 周囲に展開した結晶の剣を幾つも飛ばし、次々にクリーチャー達を切り裂いていく──しかし。

 

「全然減らないデス!」

「数が多すぎるのう──! このままでは──!」

「やっぱり、あの雲を直接破壊するしか手はあるまい」

「破壊って……どうするんデス!?」

「オウ禍武斗の出力なら……出来るかもしれません」

 

 オウ禍武斗の拳は文字通りの質量兵器。

 その拳と角に力を限界まで貯めれば、暗雲一つくらいは吹き飛ばせるだろう、と翠月は考えた。

 

「雲そのものが何らかの魔術で形成されたものならば、物理的に吹き飛ばせば術式も乱れて奴らは流れ出なくなる……結局最後に行き着くのはレベルを上げて物理で殴れという事か」

「無理を押し通せるのがガイアハザードの力というものですので!」

「脳筋極まるが、最早仕方あるまい! しかし実際、あれは雲なのか? 雲だとして、オウ禍武斗で破壊出来るのか?」

「雲というより、エネルギー体のようなもんじゃからのう。問題は肝心の質量が大きすぎる事じゃが……ワシらの身体もまた魔力で構成されておる。ならば、それを上回る質量をぶつければ破壊出来るじゃろう」

「とにかくデカいのにはデカいのをぶつけろって事デスね!」

 

 身も蓋もないが実際その通りであった。

 理屈はどうあれ破壊出来るのであれば、根元を断つ事が可能だ。

 

「出来ますか? オウ禍武斗!」

「時さえ許せば──!」

「なら、その間時間はサッヴァークが稼ぐデス!」

「翠月。振り落とされるなよ」

「分かってますよ、師匠!」

 

 宙に雲の子のように散る異形達をサッヴァークが次々に撃ち落としていく。

 それを横切り、オウ禍武斗は自らの最大の武器たる鉄拳に力を籠め、暗雲目掛けて飛び掛かる──

 

 

 

 

「──オイ、何処見て飛んでやがる」

 

 

 

 

 翠月は目を見開いた。

 どこからともなく、男の声が飛んできた直後の事。

 オウ禍武斗の身体が宙で飛んだまま硬直する。

 同時に、彼の背中が大きく揺れた。

 その腹には──金棒が深々とめり込んでいた。

 

 

 

「こっちを見ろよ──俺様をよォ。遊び相手は此処に居るぜ?」

 

 

 

 巨大な鬼。

 両足に金棒を括りつけた大鬼の蹴りがオウ禍武斗を襲ったのである。

 

「ぬ、ぐぅ、貴様は──!!」

「オイ、カブト虫のおっさん。闘ろうぜ。身体が鈍っちまってしょうがねぇや」

「オウ禍武斗、乗せられないで! エリアフォースカードに引き込むわ!」

「あん?」

 

 翠月の取り出したエリアフォースカードを見た途端、大鬼の目の色が変わった。

 

「テメェッ──神職か!!」

「えっ!?」

「うぐぬぅっ!? ま、魔力が……!!」

 

 大鬼の右足に紫電が何本も迸る。

 オウ禍武斗の顔に苦悶が浮かび上がった。

 脚を腹から抜こうとしても、全く抜けない──!

 

「ウッソだろオイ! こいつぁぶったまげた!! だけど、二度と封印なんてゴメンだぜ!!」

 

 大鬼の左手に金棒が何処からともなく現れる。

 翠月も瞬時にそれが危険と悟った。

 黒鳥が「いかん!! 行くな!!」と止めるのも聞かず、オウ禍武斗の背中を走ってエリアフォースカードを突きつけようとするが──

 

「名前は……デモニオ八金棒、だっけか? まあ使ってみる価値はあるか──!!」

「ダメーッ!!」

 

 間に合わない。

 あと一歩で届くという所で──

 

 

 

「啼け、焦・熱・棍!!」

 

 

 

 オウ禍武斗の脳天目掛けて大上段に棍棒が叩きつけられる。

 大きな音を立てて、彼の角が一つ、また一つと折れていき──

 

「えっ……!?」

 

 そのうちの一本が、翠月の身体に降りかかった──と同時に。

 身体のバランスを崩したオウ禍武斗が、ぐらりと倒れ、そのまま黒鳥と共に地の底目掛けて落ちていく──

 

 

 

「翠月ーッ!?」

 

 

 

 空中に放り出された黒鳥が最後に目にしたのは──オウ禍武斗の折れた角の一本。

 そして、虚ろな表情で逆さまに落ちる翠月だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ブランは目を見開く。

 急停止したオウ禍武斗の背中から、黒鳥と翠月の身体が放り投げられたのだ。最早一刻の猶予もない事を悟った。

 眼前の山や街の影は余りにも小さい。

 落ちれば先ず命はない。

 重力に従うがままに二人の身体は落下する。

 ならば、と落ちる二人を受け止めようとするサッヴァークであったが──

 

 

 

「落・ち・ろッと!!」

 

 

 

 角を折られ、そして渾身の一撃を喰らってダウンしたオウ禍武斗の脳天に、金棒を加えた踵落としがトドメと言わんばかりに叩きつけられる。

 巨体が一瞬、揺らいだかと思えば──すぐさま、隕石よろしく打ち下ろされたのだ。

 ──それも、恐ろしい程の速度で!

 

「なっ!?」

 

 躱す余裕も無かった。

 サッヴァークに、オウ禍武斗の巨体がぶつけられる。

 

 

 

「もっと強くなってきてから出直してきやがれ!! 命があれば、だけどなぁぁぁ、ギャーッハッハッハッハッハ!!」

 

 

 

 鬼の高笑いをバックに、サッヴァークも、オウ禍武斗も、そしてその場に居る全員が──空から叩き落とされたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ジョラゴンもガンバトラーもGRを使っている……! このままじゃ……!」

「……先輩。落ち着いて下さい。先輩は今までGR召喚が無くても戦えていたじゃないですか」

「っ……そうだけど」

「恐らく、GR無しならば使い慣れているメラビートの方が良いでしょう。勝負を決める力はこちらの方が強いので」

「え、えと、紫月さん?」

「赤緑でメラビートを組むんですよ、先輩。発想を転換するんです」

 

 紫月の眼差しは真剣そのものだ。

 考えた事も無かった。

 メラビートジョーカーズはサンダイオーマキシマムを重視する為に無色と一緒に組むのが定石と思い込んでいたのだから。

 

「先輩はアーキタイプとデザイナーズコンボに縛られるあまり、そこから逸脱した構築を嫌う傾向があります。オマケにデッキに多くの種類のカードを詰め込み過ぎる悪癖も」

「うっ……」

「だから──カードを私に託してください。私がデッキを組みます。先輩が良ければ、ですが」

「……」

 

 ……そんなの答えは決まっている。

 

「いや、お前の言う通りだ。任せるよ。……悪いな、不甲斐なくって」

「何言ってるんですか、先輩。私達は一蓮托生、そして持ちつ持たれつじゃないですか」

 

 俺の袖をぎゅっと握る紫月はふにゃり、と微笑んだのだった。

 一蓮托生……そうだ。どんな結果になろうとも、俺達は一緒なんだ。

 そう誓ったじゃないか。

 

「何か、あいつらすっげー良い雰囲気キャン……」

「邪魔するのは良くないと思うケン」

「チッ、目の前でイチャついてんじゃねーよッキィ」

 

 テメェら……全部聞こえてんぞ……。 

 一方、紫月はと言えば俺の出したカードを前に睨めっこしている。

 完全に集中しているな。

 

「で、どんなもんなんだ?」

「クォリティを度外視すれば、何とか形にはなりそうです。問題は《メラビート》を使うのにある程度の手札が必要と言う事でしょうか」

「赤緑で組むとすぐに無くなるんだよな……」

「加えて《メラビート》の全体破壊が発動するだけの打点を並べるのはGR無しだと少し厳しいかもしれません」

「やっぱり《マンハッタン》に頼るっきゃねぇか……」

「また、マナさえ増やせれば《サンダイオー》のシールド焼却を発動させることが出来るかもしれません」

「それなら、マナを加速できるジョーカーズを多めに入れた方が良いかもしれねえ。手札も補充できる《ひゃくよウグイス》も使えるかもしれねえし……そうだ、《バングリッド》も使えるかもな」

 

 アカリから貰ったガンバトラーに入っていたカードや改造用カードの中には紫月が知らないものも入っている。

 それを見てか、彼女は目を輝かせて、

 

「《バングリッド》……? そんな良いカードがあるなら、早く言って下さい! こんなのループの玩具ですよ!」

「紫月さんや、今ループデッキ組んでる場合じゃないから!」

「しまった、私としたことが発作が……」

「オイ、こいつらに任せておいて大丈夫なのかよッキィ?」

 

 ……そういや桃太郎のお供達もクリーチャーだったな。

 

「つーか、オメーらもクリーチャーならそこで見てないでカードになれたりしねえのかよ」

「……」

「……」

「……」

 

 3体は黙りこくってしまう。

 そして皆揃って、

 

 

 

「「「考えた事も無かった!!」」」

 

 

 

 ハッ倒すぞボケットモンスター共!!

 

「お・ま・え・らぁぁぁ!」

「無理もありません。彼らはデュエル・マスターズという概念が生まれる前に造られたクリーチャーです。花札は知っていてもデュエマは知らないでしょう」

 

 坂田さんの言葉で何とか俺は溜飲を下げる。

 考えてみればそれもそうか。

 

「何のためにこいつら居るんでありますか……」

「でもよォ、カードに変身する方法を知らねえだけなんじゃねえか? オイテメェら、このシャークウガ様が直々に教えてやらん事もねぇぜ」

「何か上から目線の鮫かやってきたッキィ」

「弱い鮫程よく吼えるケン」

「テメェら喧嘩なら買うぞ!!」

 

 あー、これはダメそうだ。

 もしかして、目覚めた桃太郎がクリーチャーだとして、こいつらみたくカードになれないってパターンも有り得るぞ。

 不安になってきた……。

 

「テメェこら表出やがれ! あっ此処表だった」

「我々三人衆に勝てるとでも?」

「我も加勢するでありますよ、シャークウガ!」

「オイこら卑怯だぞテメェ!!」

「3人掛かりのテメェらの方が卑怯だわ!」

「あんだとコラ!」

「ちょっとモンキッド、桜桃は武器じゃないんだから乱暴に扱うのはやめようよ、キャイン……」

 

 ……でもそろそろ五月蠅くなってきたな。

 取り返しのつかなくなる前に止めねえと……紫月の眉間にも大分皺が寄ってるし。

 

「テメェら、好い加減に──」

 

 そう、言いかけた時だった。

 モンキッドの握っている桜桃が赤く輝く。

 

「あっづっ!?」

 

 叫んだ彼が刀を手放した。

 地面に桜桃が転がる。

 

「オ、オイ、何なんだ!? どうした!?」

「こ、この気配って……!」

「身の毛がよだつケン……!」

「キャイン……!」

 

 桃太刀達が一方向を揃って向く。

 何だ? どうしたんだ?

 桜桃の挙動と何か関係が──

 

 

 

「オイオイオイ、何だ? 面白そうな事やってんな?」

 

 

 

 ──衝突音。

 それが俺の思考を遮った。

 どこからともなくそれはやってきたのだ。

 アスファルトに突き刺さるのは太い二本の脚。

 

「っ……!」

 

 嘘だろ。

 あっちはブランたちが食い止めてたんじゃないのか?

 じゃなきゃ、こんな奴見逃すはずがない。

 それは、身の丈は俺と然程変わらない男だった。

 袴を乱暴に着崩した粗雑な若者──額に二本の角、そして金色の目玉が埋め込まれた不気味な仮面を身に着けていなければそれで済んだのかもしれない。

 

 

 

「よう、遊ぼうぜ!! テメェら退屈だろ!!」

 

 

 

 その一言で鬼の脚元が罅割れた。

 一瞬で大地が隆起し、突き出したアスファルトの塊が鋭利な剣となって襲い掛かる──!

 

「っシャークウガ!!」

「ダンガンテイオー!!」

 

 揺らぐ地面。

 ダンガンテイオーがすぐさま俺達を次々に回収していく。

 

「早く飛び乗るでありますよ!」

「キャインキャイン、落ちちゃうんだけどぉ!?」

 

 シャークウガが氷の剣でアスファルトを砕く。

 しかし──

 

「もっと愉しませてくれよ。こちとら、1000年眠ってて久々の運動なんだぜオイ」

「っ……!!」

 

 ──シャークウガの背後に、既に鬼は回り込んでいた。

 凄まじい炸裂音と共に、スーパーボールのようにシャークウガの身体は跳ね跳ばされる。

 

「嘘でしょ!? シャークウガ!!」

「つまんねぇなぁ……もっと遊ぼうぜ」

 

 その姿勢から、蹴りを見舞った事は確実だ。

 ダンガンテイオーが剣を構える。

 しかし──

 

 

 

「おい、そこのお前。ちょっくら付き合えや」

 

 

 

 ──いきなり、ダンガンテイオーの身体が揺れ、地面へ叩きつけられたと気付いたのは少し遅れてからだった。

 当然、飛び乗っていた俺達は弾き出されてアスファルトに放り投げられたのである。

 

「あっ、があ……!?」

 

 頭を打った俺の前に、鬼が詰め寄って来る。

 まずい。このままでは、全滅だ。まだデッキも出来てないのに……!

 

「おい、何湿気た顔してんだコラ? もしもーし? もうお終いか? 現代の妖怪ってのは、随分と軟弱なんだなぁ、姿は変わったけど全然つまらねぇぜ」

「瞬間移動して回り込んだので、ありますかぁ……!?」

「何なんだよコイツ……!」

「この鬼は、まさか……!」

 

 坂田さんが顔を顰めた。

 

「オイ、もしかして俺様の事を知らねえのか? 神職まで居るのにか? おん? 鬼を知っててこの俺様を知らねえとはどういう了見だコラ」

 

 仮面の下で鬼は笑う。

 俺達は地面で伏せながら、それを聞くしかない。

 

 

 

「俺様は泣く子も笑う大江山の大悪鬼……酒呑童子様だぜ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 私、死ぬのかな──

 

 

 

 空に放り出されて、誰も助けに来ない。

 

 

 

 重く硬い角が、ずぶりとお腹に突き刺さった感触だけが残る。

 体中から暖かいものが抜けていく感覚──

 

 

 あんなこと言ったのに……私、もうちょっとしっかりしたお姉ちゃんで居たかったなあ、しづ……。

 

 

 

 

「──(ストレングス)!!」

 

 

 

 

 桑原先輩。

 どこに居るの?

 最期に……会いたかったなぁ……。

 

 ごめんね、しづ。お姉ちゃんはもうダメかもしれない。

 居るはずのない、あの人の叫びが──聞こえてくる。

 

 

 

 

 

<──STRENGTH(ストレングス):ハザードモード”大嵐(テンペスト)”・エンゲージ>



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GR78話:桃太郎

「まあ、そんなわけだからよ。桃太郎をさっさとこっちに寄越せや」

 

 

 

 金棒を肩に担ぐと酒呑童子を名乗る鬼は笑みを浮かべる。

 ひとたび、棍棒が振るわれれば──

 

「「「ほぎゃーっ!?」」」

 

 ──桃太刀達は一瞬で吹き飛ばされてしまった。

 肝心の桜桃諸共。

 並みのクリーチャーでは、目の前に立つ事すら敵わないというのか!

 

「あ? やっべ、やりすぎちまった。まぁいいか」

 

 ま、まずい……! こ、このままじゃ……!

 強さが、圧倒的過ぎる……!

 

「サン……ダイ、オォォォーッ!!」

「了解、でありますッ──!!」

 

 少しでも時間を稼いでもらうしかない。

 今のままではまともに相手に近付く事すらできない……!

 

「おんおんおん? まーだやり合うってのか?」

「ッりゃああああああーっ!!」

 

 サンダイオーの大太刀が鬼の肩に叩きこまれる。

 しかし──

 

「ッ……!?」

「丁度肩が凝ってたんでよ」

「き、斬れない──で、あります……!?」

「バケモンかよ……!!」

 

 次の瞬間、パキィッと音を立てて刀が砕け散る。

 薄々勘付いてはいたが、規格外すぎる。サンダイオーの馬鹿力でもどうにもならねえのかよ、こいつ……!

 駄目だ、こんなやつどうすれば良いんだ……!?

 

「あーあ、こんなモンかよ。ダメだぜ──もっと本気になって掛かってきてくれねえとなあ……!!」

「ガハッ──!!」

 

 棍棒が振り下ろされ──サンダイオーの身体が消滅する。

 それはカードの姿に戻ってしまった。

 

「あ、ぐ、申し訳ないであります……!」

「チョ、チョートッQ……!! く、くそっ……!!」

 

 これが、神類種だっていうのかよ……!

 エリアフォースカードに引きずり込むどころの話じゃない。

 そもそも、こいつが強過ぎるんだ。

 守護獣で弱らせることすら叶わないし……!

 

「あーあ、面白くねェ。面白くねェよ!!」

 

 鬼が迫る。

 死をその肩に携えて。

 ぞくり、ぞくり、と背筋が粟立った。

 人間にはどうしようもないものが迫り来ている。

 

 

「桃太郎さっさと貰って帰るつもりだったけどよ、気が変わったぜ」

 

 鬼の棍棒は──弱者である俺達を指し示していた。

 

 

 

「此処に居る奴ら、全員皆殺しにしてやるぜ──!!」

「──安心しきってる場合ですか?」

 

 

 

 坂田さんの声が響いた。

 「んあ?」と呆けた声を上げた酒呑童子だったが──直後、足元を見て身体を強張らせた。

 光り輝く魔方陣、そこから無数の腕が彼の身体を覆い尽くす……!!

 

「がっ……!? ンだコレ、何しやがったァ……!!」

「鬼殺しの封技です」

「ぐぎっ、く、くびが……テメ……!!」

「彼らが時間稼ぎしてくれたおかげで、術を練る時間が出来ました。貴方は此処で終わりです」

 

 動こうとしても、酒呑童子の身体に腕が食い込み封じ込めてしまう。

 ま、まさか、坂田さん……あの鬼を、完全に止めてしまったのか……!?

 

「人間、如きがァ……俺様を止める、だとォ!? 解けェ、解けよォ!! 俺様に戦わせろーッ!!」

「そうはさせません。この呪符は対・鬼の特効兵器。鬼の力を封じる神酒をたっぷり沁み込ませているのですよ」

「ッ……神酒、だとォ!? テメェ、まさか──」

「私は坂田史郎──鬼殺しの一族・坂田の姓を継ぐ者ですから」

「その名を聞くと虫唾が走るぜェェェーッ!!」

 

 坂田……鬼殺し……?

 それって……。

 

「何の関係があるんだ……?」

「知らないのでありますか……」

「先輩、坂田で鬼殺しって言えば金太郎ですよ! 坂田金時です! つまり、坂田さんは金太郎の子孫ってことじゃないですか……!」

「一応、そういうことになっています」

 

 ぎち、ぎちぎち、という音が響く。

 そうか金太郎! 京都に住んでいる鬼を仲間と言って近付いて、酒を呑ませて酔わせたところを倒した……って話だっけか。

 神酒が効くのは、酒呑童子が昔同じ方法で倒されたから……!

 

「──鬼に横道無し、と言いますが……妖の弱みを突いて倒す邪道こそ我々神職の王道……どうかもう一度、天に召されるよう」

「……そうか、そうかよ──なら仕方ねえな」

「……?」

「確かに、1000年前の酒呑童子ならこれで絞め殺されて終わり……だったかもなあ」

 

 苦悶の声が響く。

 しかし、その言葉には──余裕が浮かんでいる。

 

「そう、()()()()なら──!!」

 

 めき。

 

 めき、めき。

 

 

 鬼の身体に纏わりついた腕が軋む。

 

 

 

「──いったい、何を──!」

(ジャ)(オウ)()──!!」

 

 

 

 次の瞬間。

 鬼の身体に赤黒い炎がまとわりつく。

 それが──彼の身体を一瞬で燃やし尽くしていく。

 何が起こったのか分からなかった。

 だが、そこに立っていたのは最早酒呑童子という鬼ではない。

 骨のような面を付けた巨大で強大な大鬼が立っていた──

 

 

 

「ッ……何だよ、これ……!!」

 

 

 

 ──姿が、変わっている……!!

 

「バカな、封技が……!」 

「フゥーッ、こいつはな。俺が復活するにあたって与えられた、器の鬼だ。くりーちゃー? だっけか。こいつの身体に今の俺の魂は封じ込められている」

「クリーチャー!?」

「与えられたってことは……空亡が……!」

「未だ不完全な神類種・酒呑童子の身体が復活するまでの繋ぎって奴よ。俺様だって本当は、あんなチャチな技に引っ掛かるタマじゃねえんだけどなあ。でもこの身体は気に入ってるぜ。デカいし、頑丈だし──」

 

 次の瞬間、棍棒が地面に突き立てられた。立てない程に足元が揺れる。

 アスファルトが音を裂けて割れ、無数の刃となって──

 

 

 

「──何より鬼強ェ」

 

 

 

 ──針の山と化す。

 俺の眼前にそれは迫る──

 

 

 

 やばい。

 

 

 

 今度こそ死んだかもしれない。

 

 

 

 守護獣も、誰も、あの鬼に太刀打ちできない──!

 

 

 

「危ないッ!!」

 

 

 

 その声が響いた時。

 俺の身体はふぅっ、と浮いていた。

 

 まるでそよ風に吹かれる塵のように──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 再び目を開いた時。

 俺の目の前には──針の山が出来上がっていた。

 恐る恐る視線を上に向ける。

 そして、俺は言葉を失った──

 

「やだっ、そんな──」

 

 紫月の声が聞こえた時。

 俺は何が起こったのかを肌で察した。

 

 

 

 ──針山に串刺しにされた坂田さんの姿があった。

 

 

 

 アスファルトで構成されたそれは、すぐさま崩れ去る。

 しかし──その上に横たわる彼は、どうしようもなかった。

 手の施しようがない。

 片眼は抉れ、全身に穴という穴が空いている。

 目を逸らしてしまいそうな惨劇──それでも、駆けよらずにはいられなかった。

 しかし──その目はもう、何も見えていないようだった。

 

「坂田さんッ、坂田さん──!!」

「……白銀君……鬼を、倒しなさい」

「っ……!!」

「泣いている場合では、ありません……人の手で──鬼を滅するのです」

 

 俺の声は、きっと嗚咽混じりだったのだろう。

 鼻がひくつき、つんと痛む。

 袖で顔を拭き、俺は彼の手を掴んだ。

 あまりにもその力は弱々しく、途絶えようとしていた。

 

「悲しむ事はありません。我々人間は──多くの犠牲の中で、鬼を封じてきました。その過程で人の歴史の礎になる──それだけの事」

「そんな悲しい事言うなよ……!」

「だから、貴方が繋ぐのです。貴方、達が……!」

「俺が……!」

「これは、賭けです。年端もいかない貴方に託すのは気が引けますが……これしか手が無いのです。どうか、京都の人々を──」

「っ坂田さん……!」

 

 呼びかけに返事はもう帰って来なかった。

 するり、と手は──俺から離れてしまう。

 

 

「笑わせるな! この日本はもう鬼が治める国となる!」

 

 

 

 鬼の声が響き渡る。

 

「脆弱で、愚かで、卑劣で……汚ェ人間共は絶滅だ!! お前らは所詮、一人じゃ何も出来ねえ弱者なのよ! ギャーッハッハッハ!!」

 

 脆弱で、愚かで、卑劣で──確かに、そうかもしれない。

 俺だって誰かの力を借りなきゃ戦えないから。

 今だって、GRの力が封じられただけでこの様だ。

 だけど。

 

「黙って……滅ぼされてなんかたまるかよ」

「あん?」

 

 俺は弱い。俺は無力だ。でも──目の前で、世話になった人をあっけなく殺されて、ムカつかねぇ訳じゃねえ!!

 

「おい桃太郎!!」

 

 俺は叫ぶ。

 もう、これしか手は無いのだから。

 

「テメェが鬼を滅ぼす切札(ワイルドカード)だってんなら、いつまで寝てやがる!! テメェがやらねぇなら──俺がやる!!」

 

 掲げられたエリアフォースカード。

 無茶なのは分かってる。

 それでも──黙って逃げるなんてもっと無理な話だ!!

 

「先輩、無茶です!! デッキがまだ出来てないんですから!!」

「っ……駄目だ来るな、紫月!!」

「心配しなくても──テメェら皆、纏めて首を潰してやるぜェェェーッ!!」

 

 大鬼が棍棒を振り上げた。

 その時──

 

 

 

「おりゃああああーっ!!」

 

 

 

 鬼の頭に、何かが飛びついている。

 棍棒を振るう腕がぶれた。

 

「んっだぁ、テメェら──!?」

「俺たちゃ桃太郎の懐刀、桃太刀ッキィーッ!!」

「テメェーッ、顔から離れやがれェェェーッ!!」

 

 モンキッドだ。

 モンキッドが大鬼の顔に引っ付いているのだ。

 更に、後ろを見るとケントナークが紫月を乗せて飛び立とうとしている。

 

「っ待ってください! 先輩を置いて逃げるなんて──」

「我々は一足早く離脱する。貴方のクリーチャーも、すっかりバテている。今は──生き残る事を優先するんだケン」

「でも──」

「後は……私の見込みが間違ってなければ、全て上手く行くはず──」

「待って、先輩っ、先輩ーッ!!」

 

 飛び立つケントナーク。

 そして、彼から飛び降りてくる影。

 やってきたのは──キャンベロ。

 その口にはデッキケースが咥えられていた。

 

「キャンベロ……!」

「桜桃を手に取るのです」

「えっ」

「貴方は──資格を手にしました。後は──桜桃を」

 

 今までの怯えた表情はそこにはない。

 目はカッと開かれており、まるで機械のように彼はしゃべる。

 俺は──言われるがままに桜桃を握る──

 

「うっぎぃっ……!!」

 

 その時。

 掌を通じて痛みが全身に走った。

 

「マスター!?」

「あっ、ぐ、ンだコレェ……!!」

 

 まるで全身に紫電が迸るような感覚。

 焼け爛れるような痛み。

 立てなくなりそうだ。

 だけど──

 

「っ出て来い──」

「させるかァァァーッ!!」

 

 ──負けて、堪るか……!

 

 

 

「桃太郎ーッ!!」

 

 

 

 刀の鞘が抜ける。

 迫りくる鬼に桜桃を向けたその時だった。

 暗雲から迸る一筋の稲光。

 それが刀に落ち──砕け散る。

 

 

 

 鬼の棍棒が吹き飛ぶ。

 

 

 

 雷霆は、龍となってその場に舞い降りた。

 

 

 

「ッ……ンだァァァーッ!?」

 

 

 

 大地を揺るがす、二刀を構えた侍。

 鬼の如き二本の角を生やした──厳めしい龍人。

 こいつが、桃太郎……!?

 

 

 

”汝は我が主に足るか?”

 

「ッせェ、目ェ醒ますのがおせぇんだよ──!!」

 

 

 

 龍はカードの姿となり、デッキケースの中に入っていく。

 更に、鬼に跳ね飛ばされたモンキッド、そしてキャンベロもカードの姿となっていく──熱を帯びた皇帝(エンペラー)のカードに刻まれていく二つに別れた矢印とJoの紋章。

 胸で燃え滾る怒りの炎。

 俺は叫ぶ。

 自分の無力も、何もかも全てかなぐり捨てて!

 

 

 

「足るかどうかなんざ、後で考える……テメェが桃太郎だってんなら、鬼退治の一つでもしてみせやがれッ!!」

<Wild DrawⅣ……EMEPERO!!>

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ンだァ? これはよォ」

 

 

 

 目の前に浮かぶ5枚の楯。

 それに戸惑っているような鬼だったが──すぐさまにたりと口角を上げてみせる。

 

「成程ォ、理解したぜ。あの空亡って女が言ってた札遊戯か! 面白ェ! 遊びは好きだ。存分に死合うとしようじゃねえか!!」

「ッ……来るか」

 

 こいつ、デュエマも分かるのか……!

 だけど怯んでばかりはいられない。

 坂田さんの仇を絶対に取らなきゃいけないだろ。

 それに、此処で俺が負けたら全部終わりだ……!

 

「俺様のターン!! 2マナで《虹彩奪取(レインボーダッシュ)ブラッドギア》を召喚!!」

 

 現れたのは火と闇のクリーチャーのコストを軽減するアウトレイジだ。

 ともすれば、こちらも先手を打つしかない。

 

「2マナで《タイク・タイソンズ》を召喚! ターンエンド!」

「クッククク──面白ェ、面白くなってきた!! 分かる、分かるぞ、この器の鬼に刻まれた、遊戯のルールが! テメェの切札と俺様の鬼札、どっちが強いか比べようじゃねえか!」

 

 浮かび上がる火のマナ。

 飛び出したのは──赤い獣のクリーチャーだ。

 

「2マナで《キズグイ変怪》を召喚! さあ、食い破れッ!!」

 

 次の瞬間、飛び出した獣は酒呑童子のシールドを食い千切り、そして俺のシールドも突貫して叩き壊してしまった。

 こいつ、攻撃するときに自分のシールドも食っちまうのか……!?

 

「自傷……!? 何でそんなカードが……!」

「《ブラッドギア》! 追撃しやがれッ!」

 

 割られる2枚目のシールド、トリガーは無し。

 赤黒のビートダウンで手札を補充されながら殴られ続けるのは、なかなか厳しい……!

 どうにかして、盤面を取らないと……!

 

『《タイク・タイソンズ》で相手を攻撃するんだキャン! そうすれば、我らの力を発揮できるんだキャン!』

 

 手札の《キャンベロ》ら声が聞こえてくる。

 まだ見ないカード達、そこに記されていた能力を見て──俺は思わず口角を上げる。

 どうやら、こっちもアグレッシブに攻めなきゃダメみたいだ。

 

「……そうか、早速お前らの力を使わせて貰う! 《タイク・タイソンズ》でシールドを攻撃──する時、Jチェンジ発動!」

 

 マナゾーンに置いたコスト4のジョーカーズと《タイク》が入れ替わる。

 早速、その力を使わせてもらうぞ!

 

「出すのはコスト4、《カタブランプー》! 場に出た時にコイツをアンタップする能力を持つ!」

「あん? 何だヘンなのが出て来やがったな。最近の妖怪はこんなんばっかりか? なんつーか覇気が足りねえ」

「妖怪と一緒にすんじゃねえ。こいつらはジョーカーズ。人に笑顔を守るクリーチャーだ!」

「そうかそうか! 道理で弱そうに見える訳だ」

「見掛けは問題じゃねーんだよ。中身が強いかどうかだ!」

 

 ランプの魔人《カタブランプー》が鬼のシールドを更に1枚、撃ち砕く。

 だけどこれだけで終わりじゃない!

 《タイク・タイソンズ》が場を離れた事で、俺のマナは4枚!

 

「さあ、それでテメェの攻撃は終わりだろ! さっさと手番を俺様に寄越すんだなァ!」

「行くぜ、モモダチ……キリフダッシュ発動!」

「ああん? 何だァ?」

 

<ジョーカーズ疾走!! キリフ・ダッシュ!!>

 

 手札から2枚のカードを投げ放つ。

 現れたのは──《モンキッド》と《キャンベロ》だ!

 

「《モモダチ キャンベロ》! 《モモダチ モンキッド》! 俺の攻撃の終わりに、こいつらを1マナ、そして2マナ支払って召喚する!」

「あんだとォ!? とんだインチキしやがって──」

 

 悪態をつく間も与えない。

 《キャンベロ》と《モンキッド》が飛び出し、戦場を駆ける──! 

 これが新しいジョーカーズの技、”キリフダッシュ”……攻撃の終わりに規定のコストを支払えば、奇襲する形で召喚できる!

 

「ウッキーッ! 我ら桃の助太刀・モモダチ参上! 俺の能力でマナを1枚増やすぜーッ!」

 

 《モンキッド》はマナを増やす、キリフダッシュの付いた《青銅の鎧》だ。

 そして、《キャンベロ》は──

 

「ガクガクブルブル……此処、何処? 何でボク、こんな所に? 何で紙の中に?」

「お前、さっきの流れ覚えてねえの?」

「とにかく……代わりに戦ってくださいキャーン!!」

「おいいいい!?」

 

 物陰に隠れて出てこない。

 しかし、その遠吠えが《カタブランプー》を奮い立たせる!

 

「《キャンベロ》の効果発動! 《カタブランプー》をスピードアタッカーにする……くそっ、そういう解釈なのかよ、この能力!」

「急にわらわらと出て来やがるじゃねえか……!」

「《カタブランプー》で《ブラッドギア》を攻撃! そのまま破壊だ!」

 

 これで──相手はもう、コスト軽減してクリーチャーを出す事など出来ない。

 こっちには場に3体のクリーチャーが居り、盤面も取り返した……!

 

「ターンエンドだ!」

「ハァーあ、成程。人間にしちゃあよくできた遊戯を作ったな。だけど──ハッキリ言って欠陥も良い所だ」

「んだと?」

「何でかってそりゃあ簡単だぜ──結局俺様が必ず勝っちまうからだよ!!」

 

 2枚のマナがタップされる。

 これって──呪文か!?

 

「さあ行くぜ──!!」

 

 次の瞬間、鬼のシールドが蹴破られる。

 こいつ、また自分のシールドを減らして──何をするつもりだ!?

 

「呪符、《鬼寄せの術》! 次に召喚する妖怪に使う魔力は、四つ減らされる……ククク、鬼には鬼のルールってもんがあんのよ!」

 

 魔力が一気に集い、炎が迸った。

 巨大な鬼が姿を現す──!

 

 

 

「鬼よ、俺の手に集え──《「影斬」の鬼 ドクガン竜》、召喚!!」



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GR79話:邪王駕

「《ドクガン竜》を召喚!!」

 

 

 

 現れたのは──龍に鬼の字を重ねた装甲竜(アーマード・ドラゴン)!?

 嘘だろ、こんなやつ見た事ねえぞ……!?

 

「龍も俺の手に掛かれば鬼と成る──!」

「っ……ドラゴンで鬼とか聞いてねえぞ!!」

「クカカカッ、強い物に強い物を混ぜりゃあ、そりゃあ鬼強ってモンよ!! 《ドクガン竜》で攻撃──する時、《カタブランプー》の(リキ)を5000削って磨り潰す!!」

 

 龍の一閃が《カタブランプー》を切り裂いた。

 つまり、こうか。攻撃時に相手のパワーを-5000する、スピードアタッカーで──

 

 

 

「一撃で引き潰す!! 双刃を喰らえ!!」

 

 

 

 

 ──W・ブレイカーってことか!!

 砕かれたシールドを見やり、俺は光ったカードを突きつけた。

 

「S・トリガー、《モモダチパワー》で《キズグイ変怪》を破壊する!」

「チッ、首の皮一つ繋がったか。だけど──既に鬼の時間は始まってるんだぜェ!」

「……?」

「此処からは黄昏時……鬼の魔刻だ。テメェは俺様に勝てない」

「何言ってやがる。切札を出しただけで油断するのはやめておいた方が良いぜ! こっちには桃太郎が居るんだからな!」

 

 そうだ。

 今砕かれたカードの中に、俺は活路を見出した!

 桜桃に封じられていた桃太郎の力……今こそ使う時だ!

 

「俺のターン! 《モンキッド》でシールドを攻撃!」

「ウッキィーッ!! 俺様の出番だぜ!!」

 

 バナナのブーメランが酒呑童子のシールドを切り裂く。

 これで──相手のシールドは残り2枚だ!

 

「だから言ってんだろ? 勝てねえってよ──」

「!?」

「……逆襲(ストライク・バック)発動、《ザンジ変怪》が伏兵にいたんだよ、ヴァァァーか!!」

 

 割られたシールドを糧に、いきなり飛び出したのは金色の体毛に包まれた獣。

 それが、《キャンベロ》を追いかけ回し、噛み砕いた──!

 

「ぎゃいんっ!?」

「キャンベロ!? S・バック獣を抱えてたのか……!」

「《ザンジ》の効果で、テメェの妖怪の力を4000削った。ちったぁ怖気づいたか?」

「っ……!」

 

 まずい。

 相手の場にはクリーチャーが2体。

 しかも場数を減らされた今、このままでは俺はこのターンで勝負をつけることができない。

 となれば──取ることが出来る手段は一つしかない。

 

「油断してんのも今のうちだぜ、酒呑童子! 俺の切札(ワイルドカード)でお前を倒す」

「わいるど、かーどぉ? 何だぁそりゃあ」

「どんな困難も打破できる……最高の切札って意味だ!」

「人間!! キリフダッシュを使え!! 今こそ桃太郎様を呼び出すんだ!!」

「分かってる! キリフダッシュ発動!」

 

 支払うマナは火と自然の5枚。

 これで……桃太郎を呼び出す準備は出来た!

 

 

 

<ジョーカーズ疾走!! キリフ・ダッシュ!!>

 

 

 

 桜の花が舞い落ちる。

 皇帝(エンペラー)のカードが燃え滾るように赤く輝いた時、目の前には黄金の紋章が刻まれた。

 

「マスターの紋章……!?」

「いや、違うでありますよ……!」

 

 息も絶え絶えなチョートッQの声が聞こえてきた。

 今にも死にそうといった体だ。

 

「お前、大丈夫なのか!?」

「まずまずであります……! それより、アレを見るでありますよ! マスターの紋章と似て非なるもの……しかし、恐ろしく強い魔力が込められている……!」

 

 熱風が吹き荒れる。

 俺もその名を呼ぶとしよう。

 桃太郎改め、お前の本当の名を!

 

 

 

「これが俺の切札(ワイルドカード)──《勝熱(ジョーネツ)龍 モモキング》、召喚!!」

 

 

 

 紫電が辺りに迸る。

 思わず腕で目を覆った。

 そして瞼を開ければ、そこに居るのは二刀を携えた桃色の龍だった。

 

「っ……これが、桃太郎? いや、モモキング……!!」

 

 思わず肌が震える。

 ジョラゴンとはまた違う、龍の威厳。

 こいつは1000年もの歴史を抱えたクリーチャー。

 何でだろう、こいつなら鬼も倒せる気がする……!

 

「お、おおお、遂に桃太郎様の登場ッキーッ!!」

「ブルブル……何か怖いキャン……何にも言わないし……!」

「何だって良い! 力を貸してくれ、《モモキング》!!」

 

 カードをタップすれば、龍はすぐさま酒呑童子目掛けて切りかかった。

 このまま押し切る!

 

「何だよ。ようやく桃太郎様のお出ましか──」

「《モモキング》はスピードアタッカー! そして、W・ブレイカーだ!」

「……と思ったのに、蓋を開けてみりゃこの様か?」

 

 一瞬だった。

 シールド目掛けて走っていた《モモキング》は、いきなり地面に捻じ伏せられる。

 その腕には、《ザンジ変怪》が食らいついていた──

 

「モ、モモキング!?」

「バァカ、言っただろ? 既に鬼の魔刻は発動していると!」

 

 

 

<オーガ魔刻!! 鬼・タイム!!>

 

 

 

 戦場が一気に暗く塗り替えられる。

 空は不気味な夕陽が差し込み、鬼達に刻まれた紋様が爛々と輝いた。

 

「っ……何だ、これ!?」

「これが俺達、鬼の力。鬼時間だ。テメェと俺のシールドが6枚以下の時、鬼は恩讐の力で強くなる」

「は、はぁ!? 何だそれ……!」

「マスター、《ドクガン竜》の能力が追加されてるでありますよ!」

「そうだ! 《ドクガン竜》の鬼時間で、俺のクリーチャーは全員守護(ブロッカー)になってるってわけさね」

「ブロッカーだろうが関係ねえ!!」

 

 《モモキング》の刀が《ザンジ変怪》の首を切り落とした。

 そして、再び酒呑童子目掛けて切りかかる──

 

「《モモキング》がバトルに勝った時、カードを1枚引いてアンタップする! このまま残りのシールドを貰うぞ!」

「ッハハハハハハ!! テメェら人間は何も分かってねえ! 斬ったくれえで、俺達鬼の恨みが消えると思ってんのか? ちゃんちゃら甘いとはこのことだぜ! やっぱり、絶滅するしかねえな!!」

 

 言われたその時、気付いた。

 《モモキング》の腕には、まだ《ザンジ変怪》の首が食らいついたままだ。

 

「っま、まさか──!」

 

 そうか、道理でらしくないと思ったんだ。 

 闇のクリーチャーが、ただブロッカーを付与するだけじゃない、と。

 

「くたばれ、桃太郎!!」

 

 《ザンジ変怪》の目が妖しく輝く。

 その首が紫色の炎に包まれると、一瞬で《モモキング》の身体を焼き尽くしてしまった。

 

「んな、馬鹿な……!?」

「ハハハハハ!! 《ドクガン竜》が居る限り、俺の鬼は死んだら倍返しするぜ」

「最大の肝はスレイヤー付与だったのでありますか……!」

「っ……!」

 

 破壊されてしまった。《モモキング》が……!

 嘘だろ。桃太郎ってこんなもんだったのかよ!?

 

 ──いや、まだだ、何考えてやがる俺……!

 

 俺は、何を動揺してるんだ?

 まだだ。まだ大丈夫だ。

 俺のデッキには、他にも切札が居る。

 まだ、負けたって決まったわけじゃない。

 そのはずなのに……この薄ら寒さは何なんだ?

 

「はぁーあ。つまらねえなあ。1000年前はもっと強かっただろ、桃太郎!! もっと俺様を愉しませろォ!!」

「うるせぇ! まだデュエルは終わっちゃいない!」

「い~や終わりだ。こんなつまらねえ遊戯は死合いなんかじゃあねえ」

 

 腕を組んだ酒呑童子は言い放つ。

 

 

 

「やっぱり──脆弱で薄汚ェ人間は滅びるしかねぇなあ!!」

 

 

 

 タップされるのは5枚のマナ。

 そして、浮かび上がるのは──《モモキング》と同じ黄金の紋章だ。

 赤黒い煙が辺りに満ちる。

 

「奪うぜ、テメェの言葉。最高の切札って意味だっけか? ククク、だけど切札は俺の性には合わねえなあ──」

「っ……!?」

「天上天下、天下布武、俺達鬼が全てを奪う!! 力が全て、勝てば官軍!! さあ泣け、叫べ!! 脆弱なる人間共ッ!!」

 

 肌が震えた時、俺は漸くこの薄ら寒さの正体に気付いた。

 鬼の抱える大鬼。

 俺は──自分でも気づかぬ間に、奴の抱えていた鬼札に恐怖していたのだ、と。

 

 

 

 

「これが俺様の鬼札(ワイルドカード)!! 《鬼ヶ鬼 ジャオウガ》様のお通りだァ!!」

 

 

 

 巨大な棍棒を振り上げた骨面の大鬼が咆哮を轟かせる。

 これが、酒呑童子の器になったクリーチャー……!?

 ダ、ダメだ、デカすぎる。

 直視するだけで、魂を持っていかれそうだ。

 

「わ、我らは……こんな、奴と戦ってたのでありますか……!?」

「バカ! 気を動転させるな! こんな状況……幾らでも乗り越えてきただろ!?」

 

 こいつのコストは見た限り10コスト。

 鬼タイムでコストを軽減させて場に出てきたのか……!

 

「こいつは強ェぞ!! 流石は俺の器の鬼ってだけはある!! 《ジャオウガ》でテメェの最後のシールドを叩き潰すぜェーッ!!」

「S・トリガーがあれば、耐えられるッ……!」

「バァカ!! 例え天運がテメェに味方しようがしまいが、もう関係ねえ!! 此処は鬼の世界、鬼を怒らせたらどうなるか、教えてやろうじゃねえか!!」

 

 奴の墓地からカードが浮かび上がる。

 ま、まさか──

 

「《ジャオウガ》で攻撃するとき、墓地からコスト7以下の火か闇の妖怪を場に出す!! 《キズグイ変怪》、死んだ恨みを今こそ晴らせ!!」

「なぁっ!?」

「そして──ぶっ潰す!!」

 

 シールドが砕かれる。

 出てきたのは──

 

「S・トリガー……《ヘットルとフエートル》でブロッカーの《ドクガン竜》を破壊──」

「はっ、呆気ねぇな。所詮、桃太郎を使おうが使うまいが、期待外れだったな」

 

 赤い獣の牙が光る。

 嘘だろ。

 また、負けるのかよ俺──しかも、こんな所で──!

 

 

 

「《キズグイ変怪》でトドメだ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「っ……がっかりだぜ。桃太郎にも、テメェにも」

 

 

 

 全身が、もう痛みも感じなかった。

 駄目だ。

 修羅場は乗り越えてきたつもりだったけど──今度こそダメかもしれない。

 守護獣も、桃太刀も、皆倒れ伏せている。

 もう、何も出来ないのか……?

 は、はは、こんな訳の分からないラスボスにやられる幕切れも物語があって良いのかもしれない。

 ……。

 

 

 

”はいっ。当然です。私にとって、お爺ちゃんは若くてもお爺ちゃんですからっ”

 

 

 

 はは、アカリ。

 俺、怒られちゃうな。

 お前に貰ったGRの力を悪用されて、挙句の果てにはこの様だ。

 あれだけ信じて貰って、色々してもらって──こんな所で、終わるなんて──

 

「オイこら、何か申し開きは……あんのか?」

「いぎぃっ……!?」

 

 

 

 ごりっ

 

 

 

 腕から何かが砕ける音が聞こえてくる。

 酒呑童子が俺の腕を踏み躙っている。

 鬼の力は、人間のソレをはるかに凌駕していた。

 

「ねぇみてえだな。さぁーて、お望み通り、殺して──」

 

 振り上げられた棍棒。

 思わず目を瞑った──その時。

 

「……おいテメェ。何で龍を身体ン中に宿してやがる?」

「……?」

 

 あれ?

 まだ……死んでない?

 

「……冥途の土産だ。聞いてやろうじゃねえか。何でテメェの身体の中に龍が居る? それもタダの龍じゃねえ、下手したら桃太郎のそれを凌ぐヤベー代物……オイ、何で隠してるんだ? 言ってみやがれ! この俺様をナメてたのか!?」

 

 こいつ、俺の中のアバレガンが見えてたのか!?

 

「……テメェを起こした空亡が、俺の切札を諸々全部俺の身体ン中に封印しちまったからだよ……」

「……ンだと? 空亡がァ? あいつっ、余計な真似を!」

 

 ……こいつ、怒りだしたぞ。

 待てよ。

 アレか……もしかして、これはもしかするぞ。

 勝負に水を差されて……怒ってるな?

 幸い、意識はさっき腕を折られたのでハッキリしてる。死ぬ程痛いけど。

 それでも命あっての物種だ。

 こいつを倒すなら、生き残らねえと……!

 

「ってことはテメェ、本気じゃなかったって事か?」

「本気で戦えなかった、が正しいな。……にしても残念だぜ」

「んあ?」

「いや、良い。ぶっちゃけお前に折られた腕が痛くて痛くて……そろそろ楽にしてくれねえか?」

「……言え。テメェの頭ァ潰すのは後にしてやる」

「だってそれ言ったら、お前絶対に怒って俺を殺すだろ?」

「怒らねえから言ってみろ。鬼はウソを吐かねえ」

「……テメェ、俺の中に封じ込められたドラゴンが怖いんだな?」

「ッ……何だと?」

「そうだ、そうに決まってる。だって鬼の頭領ってんなら、龍だろうが何だろうがバッタバッタなぎ倒しちまうんだろ? なのに、今此処で俺を殺すってことは……俺の中に居る龍が怖いんだ」

「て、て、めぇ、言わせておけば──ぶっ殺して」

「怒らねえんじゃなかったのか? 鬼はウソを吐かねえんだよな?」

「う、ぐ、ぐ」

 

 正直、此処からは既に舌先だけで喋っていた。

 読んだことのある漫画から拾ったフレーズを思い出しながら煽る事しか考えられなかった。

 それに、何もせずに死ぬか、何かして死ぬなら──俺は後者を選ぶ。

 現にコイツ、もう少しで乗せられそうだ!

 

「一ヵ月もありゃあ、龍の封印をどうにかして、お前を倒すだけ強くなれるのに……お前は此処で俺を殺しちまうんだな?」

「……」

「あーあ、それなら仕方ねえ。だけどがっかりだぜ。鬼の頭領がこんな腰抜けだったなんて──な」

「……クッ」

「どうぞ一思いに。ま、後は俺の仲間が──テメェを殺しに行くから覚悟しとけよ」

 

 棍棒が振り上げられた。

 あ、死んだわコレ。

 

 

 

「……クッカカカカカ!!」

 

 

 

 どすん!!

 

 

 俺の顔の横に棍棒が突き立てられている。

 ……あれ? 生き残った?

 

「良いぜ、俺様相手にそれだけナメた口を利ける人間は初めてだ!! 俺もなぁ、気になってたんだよ。桃太郎もヤケに弱すぎるし、テメェの中に居る龍とやらも気になる。となりゃあ、テメェを殺すのは惜しい」

 

 マジで?

 や、やった、これで──

 

 

 

 

「二週間後だ。二週間後に日本を火の海に変える」

「え?」

 

 

 

 ──ちょっと待て。

 期間、短くなってないか?

 

「それだけ時間がありゃあ、俺様も完全に力を取り戻せる。こんなちっぽけな島国、一瞬で滅ぼせる。分かるか? 今の俺様は神類種なんだからな」

「……」

「分かったな? それまでに、俺様を愉しませるくらいに強くなってみせろ。俺様は京の都の清水で待っている」

「……はっ、ははは」

 

 ちょっと待てよ。

 日本を一瞬で火の海に変える? 

 こいつ、ハッタリでも──いや、鬼はウソを吐かねえんだっけか。

 

「もし約束を破ってみろ? テメェら人間を絶滅させる。勿論テメェも一緒にだ」

 

 ……。

 ビビってられるか。

 どうせ倒さなきゃいけない相手だったじゃないか。

 

 

 

「上等じゃねえか!! 今度こそぶっ倒してやる!!」

「クハハハハ、気に入ったぜ人間!! 弱いがテメェは芯が通ってやがる!! 楽しみにしてるぜ、2週間後をな!!」

 

 

 

 

 鬼の姿が立ち消えになる。

 そうして、自分が助かったのを確信すると──先ず、全身に痛みが襲い掛かるのだった。

 ──もし、次負けたら日本中が焦土に?

 胃が痛くなるどころの話じゃない。

 元々ヤバい奴とは分かり切ってたけど……空亡もなんて奴を復活させてくれたのだ!

 腕は恐らく粉々だし、今は立つ事もままならない。

 2週間でまともにデュエル出来るようになるかも怪しいのに……!

 

「どうすれば、良いんだよ……!!」

 

 

 

「よう、相変わらず死にかけてんなテメェは」

 

 

 

 その時だった。

 ブスリ、という音が聞こえた気がした。

 折れた腕には──巨大な鍵状の針が刺さっていた。

 直後。

 再び俺は死ぬ程の激痛に苛まれたのだった。

 そうして、俺が何度か失神しかけた後の事。

 元凶たる彼は──背後に見覚えのない蜂の超獣を従え、死に体で過呼吸気味な俺の顔を覗き込む。

 朦朧としていた意識は──俺を見つめる彼の顔を見ると吹っ飛んでしまった。

 

 

 

 

「桑原……先輩!?」



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GR80話:力の座──不可侵領域

「っ……!?」

 

 

 

 直後、ズキズキ、と痛みが激しくなる。

 腕を切り落としたくなるほどに。

 身をよじってしまいたいが、全身が重く鉛のようになっており動かない。

 

「く、桑原先輩、何でこんなっ……!?」

「悪く思うなよ白銀。それはコイツの能力だ」

「コイツって……!」

 

 

 

「痛みに耐え、悶え苦しむ虫けらの姿……くくっ、実に悪くない」

 

 

 

 痛みで頭をやられそうになる中、女の声が聞こえた。

 発したのは──蜂のクリーチャーだ。

 まさか、痛みが増したのは……こいつの毒……!?

 

「テメェ、何モンだ……!?」

「不躾であるぞ、ソナタ。妾は蜂の女王。(ストレングス)の守護獣じゃ」

「っ……!? 先輩の新しい守護獣……う、ぎっ……!?」

 

 痛みがいっそう増す。

 もう、目が開けられない。

 ウソだろ、何で──

 

 

 

「もう良い、寝てろ白銀」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──空亡は居るかァ!!」

 

 

 

 岩戸を蹴破る。

 そこにあったのは、黒いマントに身を包んだ人物たちが計器を持ち込んでいる光景だった。

 その中には当然、黒マントの集団──抹消者のリーダーたる空亡も混じっていた。

 頭は一瞬で沸騰した。

 自らの根城たる山に立ち入るだけでは飽き足らず、明らかに”何か”をしている人間たちに、鬼の首魁・酒呑童子の激怒は頂点を超え──

 

「オイ、俺様の山で何好き勝手してやがる!!」

 

 洞窟が崩れんばかりの怒号を轟かせたのだった。

 比喩ではない。不運にも、落石で黒マントの一人の頭蓋が潰れて崩れ落ちた。

 しかし、部下に起こった()()には目もくれず、何食わぬ顔で彼女は言ってのけたのだった。

 

「大江山のマナ観測だ。貴様の復活に合わせて、巨大なうねりが発生しているのでな。やはり、この山には──」

「御託は良い! 確かにテメェは俺様を蘇らせた。その功績は褒めてやる。だけどな──俺様の根城を汚い足で歩くと殺すぞ」

「……はぁ、それは済まない事をした」

「それとだ、白銀耀に細工をしやがったな?」

「それがどうかしたか? 白銀耀は歴史改変を受け付けない特異点である以上は最優先討伐対象だ。倒せないならば、極限まで弱らせておくしかなかった」

「そりゃあテメェが白銀耀に勝てねえから、ってことかぁ!? ハッハッハッハ、笑わせるぜ!! 俺様をぶつけた挙句、その俺様の勝負を一つ台無しにしたってのか──っと」

「ほげっ!!」

 

 棍棒が飛ぶ。

 血飛沫が上がり、肉塊になったマントの男が倒れ伏せた。

 周囲からどよめきが上がる。

 だが、部下だった挽肉を一瞥すると何事も無かったかのように空亡は肩を竦め、

 

「分からんようだな。任務は100%遂行する。それだけの話だとも」

「だからテメェら人間は気に食わねえ。どんな汚い事でも恥も無くやってのける、ド外道の集まりだ」

「我らが神がそうせよと命じたのだ」

「神ィ? ハッ、くだらねぇ。天も神も仏も何もかもがくだらねぇよ。そんなもんは所詮は人間の見た妄想に過ぎねえんだよ。言わば夢と希望だ。夢は過去を視るもの。希望は未来を視るもの。だけど──人間はだぁれも分かっちゃいねえ。俺らが生きてるのは昨日でも明日でもない。今日、今この時間なのになぁ」

 

 指を鳴らすと、血の付いた棍棒が酒呑童子の手に帰って来る。

 気分が悪そうに彼はそれを空亡に突きつけた。

 

「俺はその時その時、瞬間瞬間の勝負に命賭けてんだ。それに水を差す奴は誰だろうが許さねえ」

「愚かな。今に拘る癖に、1000年もの間人間を憎み続けた事──」

「勘違いすんな。この地上に人間が不要なのは、今も同じだった。たまたまそれだけだ。俺は汚ェモンが嫌いなんだよ」

「では、終わった勝負の中身に拘るのは?」

「終わったもんは仕方ねえ。だけど──次はねぇって言いてえのよ。覚えとけ。俺様は神類種だ。人間共の恐怖が俺に力をくれる。それは直に、俺の器を完全に満たす。その時が人間の最期だ」

「まあ良い。今日の所は譲歩してやる。だが、たった今の損失分は何時か請求するぞ」

 

 彼女は肉塊を冷たく一瞥した。

 

「損失ゥ? 殺した俺が云うのもなんだが、随分と安っぽいんだな人間の集まりってのは。今も昔も変わりゃしねえな」

「貴様等には一生分からぬことだ。……撤収するぞ」

 

 その呼びかけで、黒マントたちの姿は消えて無くなる。

 その場に残ったのは、理不尽に死を与えられたミンチ肉、そして──それを掴むなり口に頬張る鬼の首魁だった。

 

「はっ、面白くねえ。だが、面白くなってきやがった」

 

 先の死合を思い出す。

 桃太郎。白銀耀。その両者に対する失望は──耀の中にある龍によって打ち消されたと言っても良い。

 あれほどの力を持つ龍は、酒呑童子とて見た事は無かった。

 

「クッ、クク、ワイルドカード、かぁ。良い響きじゃねえか。気に入ったぜ」

「ウゥ……」

「お? ()()()もそう思うか。俺の鬼札(ワイルドカード)。俺様の力が完全に目覚める時、それはテメェの力も完全に目覚める時だろう? 次はどうぶっ壊してくれる?」

 

 彼の手には、自らの器たる鬼のカードが握られている。

 それに、仮面越しに笑みかけ、名前を呼ぶ。

 

 

 

 

「──なあ、《ジャオウガ》よォ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 まだ、痛い。

 デュエルの後にぶっ倒れるのは、何度目だろうか。

 辛く、苦しく、痛い決闘。

 だけど──あいつは。鬼の首魁は。

 悍ましい程に……愉しそうだった。

 

「ふむ、起きたようじゃのぅ!」

「……」

 

 顔を覗き込んで来るしわくちゃのお化け。

 ああ、ようやくくたばったのね、俺。

 此処が地獄ですか。

 

「これ! 何故目を逸らす!」

「いや、本当もう勘弁してください、せめてあの世では穏やかに──」

「カカカカカッ、それはそれは残念じゃったのう! 貴殿はどうやらくたばり損ねたようじゃな!」

「……は?」

 

 いや、だってさ。お化けじゃん。

 やったらめったら声が甲高いし、しかも──宙に浮いてるし。

 あ、分かった。魔導司か。それなら納得──

 

「じゃねえよ! あんた誰だよ! どっからフッて沸いて出たんだよ!」

「のーほっほっほっほ、そう怒るでないわ!」

 

 起き上がると、全身に激痛が走る。

 だけどおかげさまで目が覚めた。

 此処は──木組みの寝室のようだ。

 だけど伊勢神宮とも違う場所であることは、窓から見える生い茂った木々からして明らかだ。

 俺……何処に連れて来られたんだ?

 

「何、ワシの門下生が貴殿たちを連れてきたんじゃよ。全員、なかなか死に掛けじゃったが、まあ無事じゃ!」

「無事って──待ってくれ! 俺の近くに倒れてた宮司さん──坂田さんは──」

「ああ、心配するでない! あ奴が言うには、死人は誰一人居らんと言うとったわ!」

「……その門下生って」

 

 

 

「俺だ」

 

 

 

 ガラガラ、と戸が開く音。

 現れたのは──他でもなく桑原先輩だった。

 

「先輩……!」

「……よぅ。しばらく姿ァ眩ませてて悪かったな」

 

 言いたい事は正直幾らでもある。怒りが無いわけじゃない。問い詰めたい気持ちが無い訳じゃない。

 だけど──今は、ただ純粋に感謝しかなかった。

 そういえば、ぐちゃぐちゃに踏み潰されたはずの右腕が元に戻っている。

 これも桑原先輩が?

 

「どうなってるんすか、これって。全部治ってる……!」

「俺の守護獣の能力だ。毒も薄めたり調合次第で薬になる、らしいぜ。死ぬ程痛いけどな」

「……シャレになってねえんすけど」

「命あっての物種っつーだろーが。立てるか? 白銀。いや、もう立てるはずだ」

「え?」

 

 身体は確かにまだ痛い。

 だけど──動ける。何とか、立てる。

 

「一体、どうなってんだ……?」

「来い。此処を案内してやる。じーさん、良いよな?」

「ウム! 百聞は一見に如かずというからのう!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 外に出ると、そこに広がるのは──天を覆う生い茂った木の枝。

 そこから木漏れ日が差し込み、緑の日溜まりを地面に落としていた。

 聖域、と例えるのが相応しい得も言われぬ空間。

 そしてその中に、建築された木組みの社の数々。

 荘厳さに思わず言葉を失った──

 

「此処は伊勢の近くに作られた”不可侵領域”。異形の出現に備えて築かれた【力の座】を守る樹海……らしい」

 

「力の座……? それがこの場所の名前──」

「然り」

 

 ふよふよと浮かぶ小さな老人は俺の周りをぐるりと回ると、自慢するように笑みを浮かべてみせる。

 

「かつて、このワシが修行した場所じゃよ。昔は文字通り、本当の樹海獄じゃったがのう! にょーほっほっほっほ!」

「修行って何の修行だよ……」

「そりゃあ剣の修行に決まっとろうが!」

「何時の時代だよ」

「そんなもん平安の世に決まっとろうが!」

 

 そんなのもう何百年も前の話じゃないか。

 魔導司じゃああるまいし、こんなに長い年月を生きられるわけがない。

 

「ははは、桑原先輩。この爺さんやっぱボケてるんじゃないすか?」

「……バケてるんだ」

「……」

 

 バケてるって何?

 それってどういうこと?

 じゃあ、浮いてるのってつまるところ──

 

「……マジすか?」

「大マジだ」

「やっぱり、お化けじゃねーか!!」

「お化けじゃない、地縛霊じゃわ”い”!!」

 

 それをお化けっつーんだよ、ざっけんな!!

 クリーチャー、魔法使い、未来人、鬼と来て次は幽霊か!

 俺の行くところには不審者通り越して変なモンしかうろつかないのか畜生!

 

「あんたマジで何なんだ!?」

「にょほほ、聞いた事が無いかのう? かつては人斬り巌流齋と呼ばれたこのワシを」

「知らん」

「にょほ……」

「巌流齋の爺さんは、見ての通り剣豪だった……らしいぜ」

「何処がだよ」

 

 見ての通りって言われても全く分からねえんだけど。

 

「いやー、剣の修行の途中でそこの滝に落ちて溺れてしもうてな? 気が付いたらこうなっておったわ!」

「だが、この聖域の特性上か悪霊になることもなければ、天に上る事も出来ず、ずっと現世で此処にとどまってるらしいぜ」

「此処で死んだら成仏出来ないってことか……」

「にょほほ、知らんけど」

「適当言ったのかよ!!」

「それから数百年くらい後に、本庁からの依頼で爺さんは此処で神職に修行を付けてるんだと。所謂、”異形が視える人間”の育て手だ」

「坂田さんみたいな、()()()が視える人間の……ってわけか。まー、妖怪みてーなもんだしなあいつら、メダルやボールからじゃなくてカードから出てくるってだけで、十二分に物の怪の類だろ」

「いや、物の怪ではないでありますよ!!」

 

 ポコンッ、と音が鳴って飛び出したのはチョートッQだった。

 なんか額にでっかい絆創膏がついてるけど大丈夫かコイツ?

 

「チョートッQ、お前その傷は──」

「あの蜂の女王にブッスリと……」

「あー……」

「でも、おかげでもう元気でありますよ! マスターの失言を追及する程度には!」

「別に良いだろ、今更過ぎるぜ。お前らが何だろうが仲間には変わりねぇし」

「ぐぬぬ……」

「とにかく無事でよかったぜ……酒呑童子との戦いで大分ダメージ受けてただろ?」

「それを言うならマスターも同じであります!」

「……次はきっと、こうはいかねえよな……」

 

 今回は、酒呑童子の力がまだ完全に目覚め切ってないからこれで済んだのかもしれない。

 しかし、次負けた時は恐らく即刻殺される──どころか、日本中を奴は火の海に変えられるだろう。

 皆にこの事を伝えないと──

 

「爺さん、他の皆は何処にいるんだ?」

「皆、大なり小なり怪我しとったからのう、そこのチビの小僧が抱えてワシの所に連れてきたわい!」

「だぁからぁ爺さん、チビはあんたにだきゃ言われたかねーぜ!」

「桑原先輩! 皆は無事なんですか!?」

「あぁ、無事と言えば……無事なんだがな」

 

 橋にもたれかかり、彼は吐息をつく。

 何かあったのだろうか。

 

「実は……翠月がまだ目覚めねえんだ」

「ッ……!」

 

 顔を険しくすると、桑原先輩は事の経緯を語り出す。

 どうやら、黒鳥さん、ブラン、そして翠月の3人の中で唯一彼女だけが重傷を負っていたらしい。

 腹に何かが突き刺さった形跡に加え、頭を強く打っていたらしく、打てる手は打ったものの未だに目を覚まさないのだという。

 

「それなら病院に──」

「此処は医療施設も兼ねている。その手の事情に通じた医者達が駐留してんのよ。非常時には異形から人々を守るシェルターになる場所だからな」

「……そうですか」

「ま、命に別状はねぇらしい。だから、あの酒呑童子と接触していたテメェから話を聞くのが先決だと思ってな」

「居てあげなくて良いんですか?」

「勝手に消えた手前、合わせる顔がねぇんだ。正直、殴られても文句は言えねえ。姉妹の両方からな」

「……俺は、桑原先輩がいなくなった理由、何となく分かるんです」

「うっせぇ、同情なんざいらねーんだよ。それよか、俺は鬼の脅威を爺さん達から既に聞いている。白銀、あの鬼に負けたお前はどうやってあの場を切り抜けた?」

「……」

 

 今度は俺が話す番だ。

 今までの経緯を彼に話した──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「二週間後に、酒呑童子は日本中を火の海に……!?」

「ううむ、奴ほどの鬼ならばその速さで強くなるのも納得じゃ。元々が京都を脅威に晒していた大鬼、1000年もの眠りで力を蓄えておったのじゃろう」

「……次は絶対に勝たないと。2週間後までに、強いデッキを──」

「にょほほほ、無理じゃろうな!」

 

 老人はケタケタと笑ってみせる。

 む、無理だって……!?

 

「今のままでは、貴殿は酒呑童子と何度闘り合っても勝てはせんよ」

「そんなっ、何で──」

「貴殿自身がなっとらん。桃太郎──モモキングは、貴殿を完全に見下しておる」

「ッ……!!」

 

 桃太郎が──俺を見下してるって、どういうことだ!?

 

「それって」

「しょんべん臭いガキんちょに力なんか貸したくないやい、カーッペッ!! ってところじゃろーな! にょほほほほほ!」

「は、はぁ!? な、何で! 俺だって修羅場は幾つも──」

「そういう問題じゃねーんだよ、白銀。俺が云えた口じゃないかもしれねえが……それでも分かる。今のテメェは誰にも勝てやしねえ」

「ッ……」

 

 誰、にも……!?

 何の根拠があって、と問い詰めたくなって口を噤む。

 身に覚えがないわけではなかった。

 だけど、それを信じたくはない。

 しかし心の底から巻き起こる焦燥感が俺自身への不信感を後押しする……!

 

「……チビの小僧、試しにやってみせれば良いじゃろう」

「そうだな爺さん」

「……?」

「白銀。俺と勝負しろ──本気でな」

「え?」

 

 次の瞬間、桑原先輩が取り出したのは──(ストレングス)のカードだった!?

 

 

 

「ま、待ってください先輩!」

「何考えてるでありますか、桑原殿! それはエリアフォースカードでありますよ!?」

「死合いに待ったはねぇ。(ストレングス)──起動」

 

 

 

 無機質な起動音が鳴り響く。

 先輩の背後に浮かび上がるのは──赤い眼光を放つ蜂の女王──

 

 

 

「──調教してやれ」

<Wild DrawⅧ──STRENGTH!!>



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GR81話:力の座──力の守護獣

 ──力の座。

 それは三重県伊勢市のとある山に樹海に隠された結界によって秘匿された修行場。

 巌流齋を名乗る剣豪の亡霊が取り仕切るそこは神秘のシェルターとでも言うべき場所である。

 従って。此処は日本に住む「怪異」を知る裏の人間が多数隠れ住む場所でもあるということ。

 何より、神社本庁──つまり伊勢神宮とのコネクタもしっかり出来ている訳で、紫月の耳にも耀達の居場所は伝わっていた。

 

「白銀耀が向かったというのは、その力の座で間違いないということだケン」

「何でそんなものが三重に隠されてるんですか、おかしいでしょう」

 

 裏の業務に携わる神職の修行場……伊勢神宮に限らず、様々な家柄の人間が訪れるのだという。

 眉唾だったが、彼らがそこに居る以上紫月は駆け付けざるを得なかった。

 

「で、貴方の力を借りている訳ですが……何時になったら着くんですか?」

「そう焦る事は無いケン」

「マスター、皆揃って命はあるみてーだから先ずは落ち着こうぜ? そりゃあ不安になる気持ちは分かるけどよ……」

「……私があの時、先輩の代わりに空亡や鬼と戦っていれば」

「過ぎた事を悔やんでも仕方ないケン」

「でもっ──足手纏いは、もう嫌なんです」

 

 思い返せば悔やむ事ばかりだ。

 まだ手の打ちようはあったのではないか、と。

 一歩間違えれば全滅も有り得た展開だ。

 自分に出来る事は無かったのか? そう思うときりがないのは分かっていた。

 分かっていたが──そう易々と割り切れるほど簡単ではない。

 

「分かっています。分かっていますよ。白銀先輩は今回の件で私が思いつめるのを良しとしないでしょう。でも……」

「もう良いだろマスター。あんたの失態は、俺の失態でもあるんだ」

「シャークウガは──」

「俺はチョートッQと違って、戦闘力が高い訳じゃねえ。カードとしての性能も、あんたが頭悩ませてデッキ組んでるくらいには難しい事なんて分かってらァ。だけど、それでもあんたには感謝してんだぜ。あんたが俺を使って全力を尽くしてる事なんて、皆分かってる事だ」

「……」

「だから、此処は俺達二人の非ってことで手打ちにしねえか? マスター」

「……そう、ですね。ごめんなさい」

「しかし、あれだけの戦闘を潜り抜けたのだ。ナイーブになるのも無理もないケン。普通の女子ならば、とっくの昔に心が折れているだろう」

「折れる訳には、いかないんです。逃げるのは簡単です。でも、大好きな人が傷つくのは……もっと嫌なだけですよ」

 

 言ってしまえば、戦ってきた理由はそれだった。

 今は? と問われると、きっとそれだけではないと答えることも出来る。

 しかし──原点はやはりそこだった。

 

「こんなクサい事昔は言えなかったですけど。今なら……言えます。何処かの馬鹿な人の熱いものが伝染ってしまったからですけど」

「バカな人、か……白銀耀か?」

「ええまあ──何で分かったんですか。読心術持ちですか」

「お前ら距離近いケン。後、白銀耀は──桃太郎に選ばれた以上は、そんな奴って気がしたケン」

 

 ケントナークは溜息を吐いた。

 真っ赤になった頬を抑えながら、気を逸らすように彼女は言った。

 

「桃太郎に選ばれるのになにか条件が? 白銀先輩がそれに当てはまっていたのですか?」

「第一に鬼の如き豪傑であるべし、と聞いているケン。だが、それでいて純然たる武人であること、そして神職の力を持つ事、条件は山盛りケン」

「待ってください。白銀先輩は神職では──」

「坂田の家の少宮司が原因だケン」

「そういやあいつ、死に際に……いや、死んでねえけど、なんか白銀耀にやってたな」

 

 そのやり取りはシャークウガも目撃していた。

 手を握り締めた際に行われた魔力のやり取り。

 それに耀が気付く余地はあの状況では無いに等しく、恐らく彼も自分の体内で起こった変化を自覚してはいないだろうと言う。

 

「……魔力の受け渡しケン。それで、白銀耀の西洋式のマナが倭式の神力に変質したんだケン」

「マナが変質? それ、大丈夫なんですか?」

「要は家の中の洋式トイレを改築して和式トイレに変えたみたいな感じってことだな!」

「何故トイレで例えたんですか」

「方式を変えてもトイレはトイレだろ? だから、悪影響は……そんなに出ねえ、と思う。懸念はあるけど」

「……まあ貴方が言うなら些事なのでしょう。懸念とやらは後で聞きます。それで? マナが変わった事で、あの人は桃太郎に選ばれた、と」

「じゃなきゃ、そもそも桃太郎は飛びつきもしなかったはずだケン」

「でも、白銀先輩は……桃太郎は何故、鬼に敗れたんですか」

 

 伝承によれば──鬼を倒した桃太郎は、鬼に対して強力な特効を持っていてもおかしくはない、と紫月はゲーム脳で分析する。

 それほどまでに強いからこそ、桃太刀達も桃太郎を求めていたはずだ。

 しかし、結果は耀の敗北に終わった。

 

「一つ。やはり酒呑童子が強過ぎる事──」

「……それは認めざるを得ないですね」

「そして……恐らく、まだ桃太郎は白銀耀を認めていないケン」

「認めていない?」

「それがさっきの懸念だな。上位のクリーチャーを扱いこなすってことは、それ相応の精神と力が求められる。ただ使役するだけじゃダメなんだよ」

「白銀先輩でも、ってことですか?」

「ああ。伊勢神宮の連中が言ってたろ?」

 

 難しそうな顔でシャークウガは言ってみせた。

 あの異常なほどの魔力を秘めたカードを思い起こすように。

 

 

 

「あのモモキングってのは十ある王のカードの一つだ、と」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 突如始まってしまった、俺と桑原先輩のデュエル。

 エリアフォースカードを使った戦いである以上、どちらかが傷つくのは明白。

 一体、何考えてんだよ……!

 

「先ずは種蒔きだ。《ラ・トビ・トール》召喚!」

「カブトムシのクリーチャー……グランセクトか!」

 

 先攻の桑原先輩は3ターン目から動き出した。

 現れたのは、ラスト・バースト持ちのグランセクトだ。下手に破壊すれば、下の呪文面の効果が発動してしまう。

 ……でも、それまでのはずだ。普通にブーストするだけなら、マナ加速を入れれば良いだけだし。

 どっちにせよ、今までの先輩のデッキとはかなり趣が違う。マナには《テック団の波壊Go!》が置かれてるわけだし。

 《タイク・タイソンズ》を出して滑り出しは順調だった俺だが……相手が何をするデッキなのかイマイチ分かりかねてきたぞ。

 

「《タイク・タイソンズ》で攻撃──する時、《ドンドド・ドラ息子》に革命チェンジ! 効果で山札の上から4枚を表向きにして、《メラビート・ザ・ジョニー》を手札に加える!」

「……ブレーキってモンを知らねえみてーだな。流石ジョーカーズってところか」

 

 シールドが1枚、叩き割られる。

 だけど──すぐさまそれは収束していった。

 S・トリガー……なのか!?

 

「だけど、止めてやる。展開しろ、《Dの博才 サイバーダイス・ベガス》!」

「っ……!」

 

 戦場は巨大なカジノに塗り替えられる。

 手札から水の呪文を放つことが出来る、D2フィールド……!

 こいつが居るだけで、攻めるのが難しくなるのは明白だった。

 

「さあ来るか? 退くか?」

 

 しかし、問われて気付く。

 このデッキを手に取った時点で退路など無いのだと。

 

「……押すしかない!」

 

<ジョーカーズ疾走!! キリフ・ダッシュ!!>

 

 皇帝のカードが熱を帯び、手札の桃太刀が唸りを上げる。

 本体は此処には居ないからか声は聞こえてこないけど──

 

「《モモダチ モンキッド》召喚! 効果でマナを増やす! ターンエンドだ!」

「次のターンには《メラビート》か……速いのは相変わらずだな」

「弱くなったなんて、言わせない……! 俺は、俺には──守らなきゃいけないやつが居るんだ!」

 

 紫月を。

 そして、この現代を。

 やらなきゃいけない事は沢山ある。

 だから──俺は挫けるわけにはいかないんだ。

 

 

 

「……悪いが、今のテメェにゃ無理な話さね」

 

 

 

 しかし。

 それを否定するかのように桑原先輩は言ってのける。

 そこに何時ものような熱さはない。

 

「なん、で──」

「今のテメェに言っても仕方ねえことだ。テメェは心のどっかで、俺に勝てないって思ってる」

「そんな訳無い! まだ勝負は始まったばかりじゃないですか!」

「違うと思うなら俺に勝ってみろ。呪文、《邪魂創世》で《ラ・トビ・トール》を砕く」

「っ……《邪魂》!?」

「こいつの効果は知ってるよな? クリーチャーを殺して、3枚引く呪文だ。だけど、そこに《ラ・トビ・トール》が加わって化学反応(グラデーション)が起こる」

 

 

 

<LAST BURST>

 

 

 

「芸術は爆発だ、ってな」

 

 

 

 黒い煙に飲み込まれ、爆発四散する《ラ・トビ・トール》。

 しかし──そこから、桑原先輩の手札が、そしてマナが一気に増えていく。

 

「ラストバースト呪文、《ケンドリック・ハーヴェスト》! 効果でカードを2枚マナに置き、そして1枚マナからカードを回収してもよい──まあ今回は回収無しだけどな」

「ウッソだろ……!? マナが2枚、手札が3枚増えた……!?」

「《ベガス》の効果で更に1枚ドローしてターンエンド。まさか、この程度で怖気づいたって言わねえよな?」

「っ……」

 

 そうだ。

 何を今更臆する必要がある。

 俺は──此処で止まっているわけにはいかないのに!

 

「魂を燃やせ──点火(イグニッション)J・O・E(ジョーカーズ・オーバー・エクスプロード)!」

 

 《ドンドド・ドラ息子》の効果で、コストを2軽減!

 これで──決める!

 

 

 

「これが俺の灼熱の切札(ザ・ヒート・ワイルド)! 《メラビート・ザ・ジョニー》!」

 

 

 

 これは、紫月が組んでくれたデッキなんだ。

 それにキリフダッシュが加わって、更に強くなっている──はずなんだ。

 負けて、負けてられないんだ。

 

「マスター・W・メラビート発動! 《サンダイオー》と──《モモキング》をバトルゾーンに!」

「っしゃーっ! 久々にこの姿の出番でありますよ!」

 

 サーキットを駆ける巨大な鋼の巨人が戦場に降り立つ。

 場とマナのジョーカーズの数は既に10枚を超えており、サンダイオーの刀は赤く熱を帯びて輝いている!

 

「《サンダイオー》のシールド焼却条件達成! そのまま、《サンダイオー》でシールドを焼却する!」

「我の攻撃は、ブロック不能でありますよ! もっとも、そっちの場はがら空きでありますがなーッ!」

「D・スイッチ発動」

 

 次の瞬間だった。

 賭博場が一気に反転し──

 

 

 

「さあて、綺麗にしようかね! 《テック団の波壊Go!!》でコスト5以下を全バウンスだ!」

「っ……!」

 

 

 

 《モンキッド》と《ドラ息子》が激流によって押し流される。

 シールドは全て削り切れるが、リーサルから遠のいてしまった……!

 

「ま、まだだ! 《サンダイオー》でW・ブレイク! このシールドは墓地送りだ!」

「問題ねえよ。それで? 残り2体もどうせ殴るんだろ。殴らねえと、両方共山札送りだからな──」

「勿論! そして、これだけ手札があれば次のターン以降も追撃が掛けられる!」

「だろうな」

 

 《メラビート・ザ・ジョニー》の火炎弾が火を噴いた。

 それが桑原先輩のシールドに突き刺さる──

 

「ニンジャ・ストライク4、《ハヤブサマル》でその攻撃を止める」

「ッ……そんなっ……!?」

「止めるに決まってんだろ。俺だってシールドは惜しい」

「……《モモキング》でW・ブレイク!」

「通す」

 

 切り刻まれる2枚のシールド。

 そこにS・トリガーは無い。 

 仕留め切れはしなかったが、ターンの終わりにJ・O・Eの効果で場の3体が山札の一番下に行って、俺の手札も3枚増える。

 これだけあれば次のターンも猛攻が仕掛けられる……!

 

「さて、耐えきれた訳だが……そろそろ行くか?」

 

 彼は──7枚のマナ全てをタップしていく。

 何を唱えるんだ?

 増やしたマナを使って──

 

「骨身に刻め、これが俺の新しい芸術だ!」

 

 これは、呪文……!?

 浮かび上がったのは闇の紋章。

 闇で7コストの呪文……まさか!

 

 

 

「《ロスト・ソウル》で手札を全部捨てな!!」

「な──ッ!!」

 

 

 

 あれだけ大量にあった俺の手札は全て墓地へ叩き落とされてしまった。

 さ、最悪だ!

 デッキの回りを優先していた所為で、《ルネッザーンス》を抜いていたのが裏目に……!

 

「う、そ、でしょっ、何でそんなカード……!?」

「これが、俺なりのアイツへの決別さね。(ストレングス)の本質は、相手の力を奪って跪かせること。それに則った戦いをしてるだけだ」

「っ……」

「これが……弱い俺が辿り着いた、強者を喰らう毒針だと知れ!」

 

 ま、まずい。

 手札を全て失ってしまうなんて。

 完全に、やることが無くなってしまった……!

 

「俺のターン……《バングリッドX7》を召喚してターンエンド……!」

「白銀。一つ問うぜ。テメェは一体、何の為に戦っている?」

「……そりゃあ、決まってるじゃないですか。守りたい人が居るから……!」

「だろうな。だけどよ、今のテメェにはとてもじゃねえが無理だ」

「っ……!?」

 

 どういう、ことだよ。

 何でそんな事言うんだよ桑原先輩。

 俺に。俺に一体何が足りないっていうんだ……!?

 

「まあ──自覚が無いのは当然のことだ。普通、自分の本質なんて自分で分かりっこないからな。だけど、今のテメェは非常にマズい。マズい状態なんだよ」

「何が言いたいんですか、桑原先輩……俺は問答をしに来たわけじゃ──」

「テメェが揺らいでるのは、まさにそこにあるんだよ白銀。テメェは、テメェが戦っている本当の理由が分かってねえんだ」

 

 ……?

 俺が戦う理由。

 そんなの一つしかないじゃないか。

 仲間が傷つくのが嫌だから。

 仲間が助けられないのが嫌だから──

 

「俺はッ……!」

「テメェのボランティア精神は美徳だ。美徳だが……あまりにも病的だ」

「ッ……びょう、てき……!?」

「前から思ってたんだよ。テメェは真っ直ぐで、仲間思いで──だけどな。あまりにも自分を顧みなさすぎる」

「……」

「シー・ジーの奴じゃねえが……ハッキリ言ってテメェの在り方は歪だ。それが、今になってテメェを蝕んでいる」

「俺はッ……!」

「それが何故なのか、テメェは自分で分かってねえんだ。それが、テメェの目が揺れている原因だ」

「っ……!? な、そんな訳無い!」

 

 俺は、ずっと仲間の為に戦ってきた。

 そして、今度は紫月の為に戦ってきた。

 だけど、今の俺に何が足りない?

 

 

 

「皆の為に……紫月の為に……戦ってるんだ!! そこに、何も間違いなんかありゃしないでしょうが!?」

 

 

 

 ──それだけの、はずなんだ──!!

 

「そのためには、俺は……何だってやってやるって決めたのに……俺には、まだ足りないものがあるって言うんですか!」

「……見るに耐えねえな」

「ッ……!?」

「今のテメェにゃ何にも救えはしねえ」

 

 胸を握り締める。

 

「な、そんな──」

「俺のターン。8マナをタップ──」

 

 突如鳴り響くアラート音。

 暴風が、吹き荒れる。

 何なんだ、いきなりッ……!?

 

 

 

双極災害(ツインパクトハザード)最終詠唱(ラストワード)

「──暗転しろ、《終葬(ついそう)5.S.D.(ファイブセンスダウン)》」



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GR82話:力の座──鎮魂歌

 ※※※

 

 

 

「ミヅキ、待つデスよーっ!」

「頭を打ってるんだぞ! まだ安静にしていろ!」

「これが落ち着いていられるわけないじゃない!」

 

 

 起き上がるなり、飛び出した彼女をブランと黒鳥が追いかける。

 建物から飛び出した彼女を待っていたのは──ドーム状に展開された空間。

 

「何じゃ!? 誰かが空間を開いておるぞ!」

 

 サッヴァークの言葉に3人はぎょっとした。

 戦闘だ。

 それも、強い魔力同士のぶつかり合い。

 互いにエリアフォースカードを用いてのデュエルがそこで繰り広げられているのだという。

 

皇帝(エンペラー)(ストレングス)か……!?」

「ってことは……アカルと桑原先パイが戦ってるってことデス!? Why!?」

「……何で。何でよ、先輩ッ!」

 

 目を見開く彼女は──空間目掛けて駆け出した。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「《終葬 5.S.D.》──」

 

 

 

 突如、空より飛来する蜂の女王。

 赤いバイザーが陽光に照らされて光り輝く。

 腕で目を覆った一瞬の間だった。

 雷鳴が、幾つも振り落ちる──!

 

「これより、5.S.D.(ファイブ・センス・ダウン)を開始する」

 

 ──気が付けば、《バングリッド》の胸に、赤い針が脈打ちながら突き刺さっていた。

 

「妾が甘美なる死をくれてやろう──女王の一刺しを以て、なぁ!」

「この呪文の効果で、俺はテメェのクリーチャー1体を山札の上から4枚目に横向きで刺す」

「はぁ!? さ、刺すってどういう──」

 

 現に、《バングリッド》のカードは俺の山札にそのまま突き刺さっている。

 そしてバトルゾーンに居る機体は倒れ伏せ、蜂の紋章が刻まれた──と同時に。

 俺の左胸にも、同じ蜂の紋章が浮かび上がる。

 まるで、倒れ伏せた《バングリッド》と俺の心臓を紐づけるかのように──

 

「な、何が起こってるんだ……!?」

「この呪文を唱えた後──俺の場に暴風のガイアハザードを君臨させる」

 

 暴風が吹き荒れる。

 桑原先輩の目の前に刻まれるのは、金色のMASTERの紋章と(ストレングス)を意味するⅧ番の数字。

 硝子の如き深緋の羽根を広げた蜂の女王が、優雅に、しかし不遜に降り立つ──

 

 

 

霞む眼に静謐たる死を(シュプレマティスム)──女王よ来たれ、《Q.Q.QX.(キューキュラー・キュラックス)》!」

 

 

 

 女王。

 いや、女帝と言うのが相応しい。

 Q.Q.QX.──そのクリーチャーは、美しくも苛烈な蜂の剣士だ。

 バイザーの奥に輝く黄色い瞳が爛々と俺の胸を覗く。

 

「大儀であったぞ、我がシモベよ。褒めて遣わす」

「へーへー、そうかい女王様……あんたは良いよな、立ってるだけなんだから」

「桑原先輩、そのクリーチャーは──」

「あ? あー、《Q.Q.QX.(キューキュラー・キュラックス)》。(ストレングス)の新しい守護獣にして、自然文明最強のクリーチャー・ガイアハザードの一角だ」

「翠月さんのオウ禍武斗と同じ、ってことかよ……!?」

「ハッ、同じか。どうだか──」

 

 次の瞬間、胸の紋章がずきり、と疼く。

 な、何なんだコレ──

 

「痛い? 痛いか? そうじゃろうなあ。ソナタは後4ターンの命なのだから」

「はあ!?」

「《Q.Q.QX.》の効果だ。テメェはデッキに横向きで刺さったカードを引いた瞬間に負ける」

「ッ……!?」

「既にテメェには殺人蜜蜂(キラービー)の毒が打ち込まれているってわけだ」

「そ、そんな……!?」

 

 ど、どうすりゃ良いんだ。

 手札を奪われた状態で──勝てるっていうのかよ!?

 そ、そうか。そう言う事か! 手札を奪い、相手の盤面を壊滅させたところにQXをぶつけるのが桑原先輩の新しいデッキの正体だったのか……!

 

「何でQXなんだよ……! 全然、(ストレングス)って感じがしねえのに……!」

「だから言ってんだろ。力の制御、それこそが(ストレングス)の本質だ。この凶悪な殺人蜂相手にどこまで戦える? 白銀」

 

 焦燥感が込み上げる中、カードを引く。

 こんなの、山札の残りがいきなり4枚になったようなもんじゃないか。

 《ジョジョジョ・ジョーカーズ》……ダメだ、こんな時に引けても仕方がない!

 ……いや、待てよ。引いたらアウトってことは、引かなきゃ良いってことじゃないか。

 

「呪文、《ジョジョジョ・ジョーカーズ》! こうなったら、横向きのカードを山札の一番下に送れば──」

「無駄じゃ」

 

 サクリ、という音と共にQXの毒針が俺の山札を串刺しにする。

 蜂の女王が喉で嗤いながら俺を凝視した。

 最早、呻き声も出はしなかった。

 玩具で弄ぶかのように、彼女は俺のシールドに腰かけていた。

 

「無駄って──」

「妾の能力の前では、自身の山札を見たり、順番を入れ替えたりできないということじゃ。ソナタは、刻一刻と無抵抗のまま死に近付くのみというわけじゃな」

「っ……!?」

「それにしても、白銀耀。歪で、不安定で、そして強い欲望を持っておる──」

「う、うるせぇ! さっさと俺の前から消えろ!」

「何を焦っておるのだ? 力の守護獣たる妾の前で、力の源泉たる欲望を隠し通せると思うな」

 

 俺の、欲望──?

 

「テメェはテメェ自身の本質が見えてねえんだ。だから、ちょっと小突かれただけで不安定になる」

「だったら、どうしろと──」

「さあな。それは俺から言う事じゃねえ。だけど、今のままで鬼に勝てる訳はねぇ。ましてや、俺にも」

 

 俺の本質?

 分からない。

 だけど、知りたくもない。

 あったとしても、それは俺の知っている俺じゃない。

 シー・ジーもそうだった。オペラもそうだった。

 どいつもこいつも、俺の中身を見て揚げ足を取った気になって──!

 

「だらだら長引かせるのは嫌いなんでな。これで終わりにしてやる」

「っ!? まだ、3ターンも──」

「バァカ、律儀に4ターンも待つわけねぇだろうが!! 呪文、《H.D.2.(ハニー ダウン ツー)》!」

 

 山札に突き刺さった毒針が引き抜かれると共に、俺の山札の上から2枚がマナゾーンに置かれる。

 そして、俺の山札の上には──横向きで突き刺さった《バングリッド》のカード……!

 

「し、しまっ──」

「ターン、終了──五感喪失(ファイブセンスダウン)、完成」

 

 どくんっ。

 

 

 紋章が輝く。心臓が、音を立てて脈打った。

 

 

 

 女王の高笑いが聞こえ、聞こえなく、なって──

 

 

 

 息が出来なくなり、目の前が暗転した──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「っ……俺の敗け、か」

 

 

 

 倒れ伏せた俺は桑原先輩を見上げる。

 険しい表情で、彼は俺を見つめていた。

 

「何のつもりなんですか、いきなり、こんな……」

「……皇帝(エンペラー)、そして桃太郎にテメェが追い付いてねえんだ」

「っ……! 今は疲れてるだけです。今日は、連戦だったから……」

 

 言い訳がましいとは自分でも思う。

 しかも、その全部に俺は負けている。

 だから──きっと理由は別の所にある。

 

「休めば治るってもんじゃねえ。これはテメェの本質的な問題だからな……そうだろ? 爺さん」

「うむ。伊勢神宮から報告は聞いておる。身体に龍を埋め込まれたのもあり、貴殿は完全に精神的なバランスを崩しておるのじゃろう」

「龍──アバレガンか! アバレガンが居るから、こんな事に」

「ワシは言ったはずじゃぞ。本質的な問題じゃと。貴殿の心の問題からどうにかしない限り、アバレガンもどうにもならん」

「っ……じゃあどうすれば。心だとか何だとか、曖昧過ぎるだろ……!」

「心配せんでも貴殿に素質はある。後は──安定した心持が重要なのじゃよ」

「バカな! 根性論だ! 今までそんな事無かったのに!」

「そのカードは()()に対応した代物で、持ち主の精神面の影響を受けるんじゃ」

 

 爺さんは俺のデッキケースを指差した。

 そこから──《モモキング》のカードが浮かび、爺さんの手に渡る。

 

「これを見よ。今、この桃太郎はワシの神力に導かれてワシの手に来た。勿論、ワシがこのカードを扱う事は出来んがの。それでも、このカードを扱う基本的な力が神力というわけじゃ」

「神力……? マナとは違うのか?」

「うむ。言わば、東洋の神職が持つ独自のマナじゃ。今の貴殿は、その回路を持っておる」

 

 ん、ちょっと待て。

 確かにエリアフォースカードを使っている以上、俺の身体にもマナが流れているはずだけど……何時の間に上書きされたんだ?

 

「ってか、俺そんなの初耳なんだけど!? 俺、実は坂田さんみたいにクリーチャーが見える特異体質だったのか!?」

「それは絶対無いでありますよ! マスターがクリーチャーが見えるようになったのは、我が接触したからであります。マスターは正真正銘、タダの人間のはずでありますよ」

「じゃあ、俺の体内にマナは──」

「それはあくまでも、エリアフォースカードから受け取った借り物に過ぎないでありますよ。さもなくば、今頃マスターは魔法が使えるはずであります」

「……確かにそうか。それじゃあ、今回は……」

「マスターの中には、その神力とやらの回路が小規模ではあるものの埋め込まれてるでありますよ!」

「はぁ!? 何で!? 何で!? 何時の間に!?」

 

 怖い、怖すぎる。

 改造人間が俺は。

 

「桃太郎を紛いなりにも扱えるようになった時点で、貴殿のマナ性質は神職のそれに似たものに変質しておるのは確実じゃ。恐らく、金の字がやってくれたのう」

「金の字って……」

「ああ、坂田金助。ワシの弟子の一人じゃよ」

「ああ、坂田さんの事か……」

「神力を扱う者は皆、ワシの元に来る。あやつは分家出身じゃが優秀じゃったからな、他者に神力を分け与えるくらいは容易いじゃろう」

「坂田さんが……俺にそんな事を?」

「うむ。一か八かじゃったろうな。下手したら死ぬ。それについては後で説教じゃな、にょほほほほ! それと、桜桃を目覚めさせた時、激痛が迸ったのではないか?」

「っそ、それは──まあ、そうだけど。何かあるのか?」

「その痛みは血管に電気を通したから、と例えることが出来る。初めての感覚だったはずじゃからのう」

「じゃあ、今の俺は……神力を扱えるって事か」

「一時的に金の字から間借りしとるだけに過ぎんが、そうなるのう」

 

 ってことは、俺の心の問題さえどうにかすれば──神力を扱いこなして、モモキングを従わせることが出来る、ってことなのか。

 でも、そんなのどうすれば良い。

 色々ゴチャゴチャしていて訳が分からねえ。

 

「そこで、修行じゃ! 完全に神力をモノにするのじゃよ!」

「修行ォ!? 此処で、ってことか!?」

「日本が焼け野原になるまで2週間……クックッ、上等じゃ。地獄の超スパルタコースを実施してやるわい!」

「ま、待ってくれ! 修行でどうにかなるのか!? アバレガンも!?」

「なる! 成せば成る。そもそも、己の中の暴れ竜如き抱え込めん小僧が、どうして鬼退治出来る?」

「……」

 

 確かにその通りだ。

 俺だって──このままで終わりたくはない。

 でも、後二週間しかないのに、修業なんて終わるのか?

 

「俺は確かに、今のテメェに鬼が退治できないとは言った」

 

 桑原先輩の冷徹な声が響いた。

 橋の柵に彼はもたれかかっている。

 彼の背で滝の音が静かに鳴っていた。

 

「だが、テメェならやれる。俺は信じている。何度でも這い上がって来い、白銀。」

 

 その瞳の熱は死んで居ない。

 確かに、あの人のものだった。

 

「……桑原先輩。俺、やってやりますよ。鬼をぶっ倒す為に」

 

 

 

「アーカールー!」

 

 

 

 その時だった。

 走って来る三つの影。

 あれってもしかして──ブランと黒鳥さんと──翠月さん!? 良かった、目が覚めたのか!

 

「ちょっと、何でいきなりデュエルなんかしてたんデス!?」

「俺だってよく分からねえよ!」

 

 心配そうに手を掴んでブンブン振る彼女。

 課題はあると気付けたが、結局よく分からないまま始まってよく分からないまま終わったデュエルだったな……。

 黒鳥さんも、俺の顔を見てかようやく安堵の息を吐いた。ああ、仮にも保護者役だし大分心配かけちまったな。

 

「黒鳥さん、何と言うか……」

「今は良い。それよりやらなければいけない事が山積みだ。課題があるのは貴様だけではない」

 

 彼は親指で橋の方を指差す。

 うん? あそこにもたれかかっている桑原先輩に翠月さんが駆け寄っている。

 ああ、これは感動の再開シーン──

 

 

 

「貴方って人はーッ!!」

 

 

 

 ──じゃなかった! 胴を思いっきり突き飛ばした!

 そのまま彼は橋の下の池目掛けて真っ逆さま──どぼん!

 

「っ……テンッメェ、何しやがるーッ!!」

 

 しばらくして、池の方から怒号が轟いた。

 良かった、生きてた……。

 

「何しやがるはこっちの科白です! 貴方って人はいきなりいなくなって私達を心配させた挙句、エリアフォースカードで白銀先輩とデュエル!? 何考えてるんですか、ねぇ!」

「あ、いや、お嬢さん、けしかけたのはワシ──」

「部外者は黙っててください」

「ひんっ……最近の女子怖い……」

「長らく私がどんな思いをしたか、その池の中で頭を冷やしながら考えれば良いでしょう! バカ! アホ! すかたん! しばらく口を利いてあげませんから! ね!」

「あ、ちょ、待て! オイ、QX! 俺を此処から引っ張り上げろ! 今すぐだ!」

「ほほほ、水もしたたる良い男。どん底に突き落とされた後は自力で這い上がるのも一興であろう?」

「テメェマジで嫌いだ!! クソ蜂女!!」

 

 池に落とされて喚いている彼を見て──何と言うか桑原先輩、自業自得だけどご愁傷様です。

 もしかして、今日ずっとテンション低かったのは、あのQXの所為なんじゃないだろうか。

 取り合えず後でダンガンテイオーに救出させておこう。流石に可哀想だし。

 

「とまあこの通り。課題は山積みだ」

「課題ってそっち!?」

「どうなる事やら、デスね!」

 

 おめーは他人事っぽくて良いよなブラン!

 あーくそ、今から胃が痛くなってきた。

 この力の座で、俺は一体どうなっちまうんだ……修行が終わったころには胃潰瘍出来てなきゃいいけど。

 

「なあオイ、さぶいんだけど!! 凍え死ぬーッ!!」

 

 ……鬼が日本を火の海に変えるまで、残り2週間。

 俺は──桃太郎に認められるのだろうか。

 それはそうとして、桑原先輩は大丈夫なのかコレ。



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GR83話:力の座──鬼よりも怖いもの

「──やっと、着きましたよ……」

 

 苛立ちを隠せない様子で紫月はケントナークから降りるなり、地面に手を突く。

 既に首から太腿にかけて藪蚊に吸われた痕がぽつぽつと並んでおり、本人も空の上で揺られ過ぎた所為かグロッキーであった。 

 辿り着いた先に待っていたのは、広大な森林に覆われた木造の塔と建築物の数々。

 そして──

 

 

 

「アカル! 早く、引き上げてくだサーイ!」

「分かってるって! チョートッQ頼めるか!?」

「えー、我水に濡れるの嫌でありますが……」

「んな事言ってる場合か! それなら俺が飛び込んで助けあばばばばばばばば

「ギャーッ!! 要救助者がまた一人増えたデース!!」

「マスター、何で飛び込んだでありますか!!」

「やれやれ寒中水泳しに来たんじゃないんだがな」

 

 

 

(なんでしょう凄く帰りたいんですが)

 

 

 目の前で繰り広げられている修羅場を前に頭を抱える。

 おまけに、建物の方には何故かその場から走り去っていく翠月。

 これだけで、桑原と姉の間に何があったのかは大体察せた。

 しかし、放置しておくわけにもいかず己の守護獣を早速向かわせるのだった。

 

「シャークウガッ!」

「あいよ、マスター!」

 

 すぐさま水の中に潜った鮫の魚人の腕が桑原と耀を捕まえる。

 そのまま二人は橋の上にずぶ濡れのまま放り出されたのだった。

 

「げほっ、げほっ、エラい目に……って何だテメェは!?」

「あん? あー、あんたこの姿見た事無いんだっけか?」

「そ、その声ってまさか……」

「そのまさかですよ」

 

 亡霊でも見る目で彼は紫月を見上げる。

 長らく再会していなかった後輩の妹である彼女を。

 

 

 

「お久しぶりです、桑原先輩。弁明はありますか?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 伊勢神宮に帰っていた紫月は力の座への行き方を教えて貰った後、こっちに向かっていたらしい。

 全員が無事だったことは聞いていたようだが、俺の顔を見るなり泣きそうになっていた。

 

「白銀先輩は毎回毎回、どうして危ない事に巻き込まれるのでしょう……」

「今回はマジで死ぬかと思ったんだよ……しかもまだ何も終わってないからな」

「それでも、シヅクが無事でよかったデース! うりうり」

「ちょっとブラン先輩、暑苦しいからやめて……心配したのはこっちもです。皆空から落ちて大怪我したそうじゃないですか」

「桑原のおかげで命は取り留めたといったところだな」

「師匠達を助けたのは良いですが、何で寒中水泳してるんですか貴方は」

「したくてしてたんじゃねーんだよ、ぶぇっくしょい」

 

 タオルを抱きしめると、桑原先輩は自分がずぶぬれになった原因を話す。

 しかし──当然、紫月が先輩の擁護をするわけもなく。

 

「自業自得でしょうそれは」

「ハァ!?」

 

 全ての経緯を聞いた紫月は一先ず安堵しつつも、桑原先輩に訝しい目を向ける。

 此処に来て新しい問題が浮上してしまった。

 翠月が、桑原と再会するなり池に突き飛ばしたくらいには怒っている事である。

 

「みづ姉は怒ったら私よりも怖いんだから早いうちに謝っといた方が良いですよ」

「ンでだよ! 俺が悪ィってのか!?」

「悪いと思います」

「右に同じく」

「デース!」

「……チェッ、分かってるけどよ」

 

 舌打ちした先輩は背を向けてしまった。

 どっちにせよ、置手紙して勝手に伊勢まで行って心配かけたのは事実だからな。 

 取り合えず落ち着いた事だし、座の中の宿舎のような建物に案内された俺達は、会合所に集まっていた。

 修行者たちの憩いの場所である此処は、道着を身に纏った神職の見習いたちが行き交っている。その中に私服で姦しく喋る少年少女達の姿はさぞ異質だっただろう。

 だが、その中に翠月さんの姿は無い。完全に機嫌を損ねて部屋に籠ってしまっている。

 黒鳥さんに彼女の様子を見に行かせ、俺たちは此処までの状況について整理していた。

 

「桑原先輩、そもそもどうやって伊勢まで来てたんすか?」

「この山ン中で行き倒れてたところを拾って貰ったんだよ」

「……マジで何やってんだよアンタは」

「仕方ねえだろ! 修行っつったら山籠もりだろ! 伊勢の近くにピッタリな場所があるって噂をネットで拾ってな」

 

 変なところで俗っぽいなあ……しかもネットに載ってるのかよこの場所。

 だけど見つからなかった辺り、本当に噂の書き込みでしかなかったのだろう。恐らく半ばヤケクソだったんだろうが、この行動力には脱帽する。真似したくはないけど。

 この場所は結界によって外から簡単に入ることは出来ないらしい。一般人に見つけることができるはずはない。

 

「探してたんだが一向に見つかりやしねえ。道中は猪と熊と猿と何度も遭遇したしヤバかったぜ」

「何回死んだんデスかね……」

「ピンピンしてるぜ。山籠もりはそもそも写生で慣れてる」

「このしぶとさは白銀先輩とは別ベクトルですね」

「勿論、テメェらが紫月を探しに行ってる間に好き勝手してたのは悪ィと思ってる。だけど……俺はどうにかしてゲイルを蘇らせられねえかって思ってたんだ」

 

 彼は力のエリアフォースカードを卓の上に置いた。

 それには金色のマスターの紋章が刻まれている。しかし、彼の表情は浮かばれない。桑原先輩が此処での修行で得たのは──必ずしも望んだ結果ではなかったことは表情が物語っていた。

 

「まあ、無理だったんだけどよ……色々あって俺はQXを(ストレングス)の深淵から呼び出す事に成功した」

「……色々? その色々の中身が知りたいんですけど」

「それは、これからテメェがやる修行の中身に関わって来る。俺の口から言っても仕方ねえこったな」

「はぁ……」

 

 一体何をやらされるんだ俺は……。

 今の俺が鬼に勝てないのは、精神面が原因とは言ってたけど。

 

「今日だけで三連敗、か……」

「ですが、そのうち1回は私が組んだデッキが原因のようなものです。中途半端でしたし……」

「そんなに気負うなよ。そもそも時間が無かったんだから」

「そうデスよ! シヅクなら、桃太郎のスペックを引き出してデッキを構築できるはずデス!」

「正直……悔しいんです。私、それでも白銀先輩の戦術を研究して研究して、その上でデッキを組んだはずなんです。余計な混ざりものが入って、尚且つ必須カードが抜けでもしない限り、ベガスのテック団で全滅してロスト・ソウルで全部手札を落とされて負けるなんて有り得るでしょうか?」

 

 そう言って、彼女は俺のデッキケースをひったくるなり卓上に並べていく。

 1枚ずつ、カードの種類ごとに分けていき整理した結果、綺麗にデッキの構築が明らかになった。

 そして──

 

 

 

「何なんですかぁ……このデッキは……!」

 

 

 

 ──紫月、キレた!!

 傍から見ても、イライラが抑えきれていないのが目に見えて分かる。

 話しかけるのが怖いほどに。

 というか、鬼よりも怖いかもしれない。

 

「あ、あの、紫月さん、一体どうしたんでせう……?」

「白銀先輩。あの非常食(モモダチ)たちは何処に」

「此処の人間が桜桃(モモキング)と一緒に今分析してるって……」

「ええ私は確かにデッキを未完成のまま先輩に渡さざるを得ませんでしたよ。でもね、でもですよ──真っ先に入れた切札が抜かれてるんですよ!」

 

 彼女はモモダチのカードとモモキングを指差すなり、激昂する。

 コンセプトカード? 火ジョーカーズを語る上で欠かせない切札のカードに違いない。

 俺はもう一度デッキのカードを見たが──見慣れたカードが無い事に気付く。

 

「あっ、《ジョジョジョ・マキシマム》と《ルネッザーンス》が無い!!」

「度し難いと思いませんか? しかも、この《勝熱龍モモキング》はマッハファイター持ち、バトルに勝てばアンタップとありますが……《メラビート》でどうせ全破壊するのにマッハファイターは要ると思いますか?」

「メラビートで全部事足りるな……」

「《モンキッド》はまだ良いとして、《キャンベロ》と《モモキング》の枠を、わざわざその2枚を抜いて入れたのが白銀先輩の敗因と言っても過言ではありません」

「でも俺《オニカマス》積んでたしなあ、白銀がそいつら入れててもカマス立てたら俺の勝ちだったんだぜ」

「引けていれば、です」

「ねぇよ。今の白銀は精神の不調で著しく魔力が落ち込んでいる。空間でのデュエルの引きは魔力の差に左右される……ジョーシキだろ?」

 

 事実、その通りだった。

 俺たちが格下のワイルドカード相手に勝ちやすいのは、この魔力の法則があるからだ。

 逆に言えば魔力差が拮抗しやすいエリアフォースカード同士の戦いならば、今回は不調のある俺が不利になる。

 桃太郎に認められていなかった件や、アバレガンの件も加味すると勝率は更に落ち込んでいくだろう。

 仮にデッキが万全だったとしても、俺が桑原先輩に勝てたかどうかも怪しい。

 

「精神の不調って思い当たることが多過ぎデス。アカル、最近立て続けによくない事が起こったデスから……」

「あん? まだ他にもあんのか? そういや、火廣金や刀堂、後テメェの孫がいねぇが……まさか」

「それは──」

 

 言わなきゃ、とは思った。

 だけど、言おうとする度に──胸がきゅぅと締め付けられる。

 二人の件は俺に想像以上のダメージを与えていたのかもしれない。

 思い出すだけで、辛い。

 この決意は嘘じゃないはずだし、後悔はしていないはずだ。

 だけど──二人を捨て置ける程、俺は強くない。

 

「白銀。顔が青いぞ」

「……いや話します」

「やめとけ。ただでさえ今日は厄介ごとが沢山あったってのに、こんな所で吐いてどうするよ。あいつらが生きてるなら……俺はそれで良い」

「でも──俺、後悔はしてません。俺は……自分の選択に責任を持たなきゃいけないから」

「……白銀先輩」

「だから、これは誰の所為でもない俺の心の問題なんです。桑原先輩のデッキは恐ろしく洗練されてたし──桑原先輩は間違いなく強くなってる」

 

 悔しそうに紫月は口を歪める。無理もない。

 デッキが完成していれば、という気持ちが少なからずあるのだろう。

 だけど、こうなった以上たらればは言ってられないんだ。先に進めなくなってしまう。

 

「紫月。起こってしまったことはもう仕方ないだろ? 俺はお前のデッキ構築に全幅の信頼を置いてる。これからのデッキ構築を一緒に考えていこう」

「アカルはデッキ組むの不得意デスけど、アカルのデッキを組むなら本人が居なきゃダメってことデス!」

「……一緒に。そうですね。私だけがカードと睨めっこしても仕方なかったです」

「やっと、デュエマ部らしくなってきたデスね! 私も協力するデスよ! シヅクなら、カードを見るだけで色々思いつけるはずデス! それを私たちが形にすれば良いんデスよ!」

「テスト相手ってことですか?」

「Thats right! その通りデス!」

 

 確かに、これだけ人がいるんだ。テスト相手にも困らない。

 デッキは、ビルダーとプレイヤーだけが作るものじゃない……ってことか。

 

「分かりました。私……皆さんと一緒にモモキングのデッキを作り上げてみせます」

「その意気だぜ! 早速、カードを見て何か思いついた事は無いか?」

「カード……そうですね。モモキングもキリフダッシュも、ジョーカーズの変化形です。でも、この変化形というのが非常に厄介極まります」

 

 気を取り直したように紫月は、カードを見比べながら難しそうに言った。

 

「《モモキング》は、既存のジョーカーズとの相性があまり良いとは言えません。この、攻撃後にコストを支払って場に出す能力……キリフダッシュが召喚である以上は《ドンドド・ドラ息子》の効果も乗るはずですがそれくらいでしょう」

「書いてることは十分おかしいと思うデスよ! こんなのいきなり出てきたらビックリデス!」

「だけど所詮ビックリってだけだ。所詮、W・ブレイカーのマッハファイター、しかもキリフダッシュを使うターンにはマナを残してなきゃいけねえ。今までのジョーカーズは、白銀のスタイルを見てもそのターン中にマナを使い切っちまう事の方が多かった」

 

 そこがキリフダッシュの難しい所だ。

 全く新しい能力である以上、今までとは全く違うプレイングが求められる。

 そして、全く違うプレイングが求められる以上は今までとは違う構築を組まなければならない。

 

「ってことは専用構築か……」

「はい。そもそも、モモキングと一緒に見たことのないジョーカーズのカードが多数、デッキに入っていました。これらも考慮すれば、今までとは別のデッキになるかと」

「……書いている事は強いんだがな……」

「デュエマにおけるカードの強さは単品のカードパワーだけではありません。組み合わせですから。ただ、それにしても本体の物足りなさはありますが……このキングマスターという称号に負けてしまっている感があります」

 

 そういえば、酒呑童子も言っていた。

 桃太郎にしては弱すぎる、と。

 そして巌流齊の爺さんの言う事が本当ならば──

 

「モモキングは、まだ完全な姿じゃない……ってことか」

「ならば、その完全な姿を見て吟味したいところです。もしこれで、苦労して手に入れたのに威力がショボかったマダンテ並みのスペックだったら、私は即刻抜けと言いますよきっと」

 

 紫月の目は──マジだ。

 仕方なかったとはいえ、ジョマキとルネッザーンスを抜かれたのを大分根に持っているらしい。

 

「そしてマスターがモモキングに認められるなら、恐らく本気でモモキングやモモダチと向き合わなければならないと思うでありますよ」

「モモキングを覚醒させるなら、モモキングを軸にしたデッキを使うのが手っ取り早い、か……そりゃそうだよな」

「幸いモモキングはジョーカーズである以前に火と自然の多色であるドラゴンです。その方向性にデッキを寄せる事もできます。モモキングが真の力を見せた時が私の腕の振るいどころです」

「その時は頼むよ。だけどまずは──キリフダッシュを極めねえと」

 

 明日からは修行に入るらしい。

 どんな事が待ち受けているか分からないけど……やるだけはやらねえとな。



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GR84話:力の座──ままならぬ二人

 ※※※

 

 

 

「──みづ姉。そろそろ機嫌を直しても良いのでは?」

「……」

 

 

 

 翠月は建物の柵に手を掛け、目を俯かせたまま何も言わなかった。 

 説得に失敗したと思しき黒鳥が凹んだ顔をしていたのを見て察してはいたが、翠月はかなり複雑な心持を桑原に向けている。

 爆発した感情を抑え込もうにも引っ込みがつかないようだった。

 

「桑原先輩の事、嫌いになったんですか?」

「……」

「あの人は──ゲイルの事でいっぱいいっぱいだったんだと思います。今のままじゃ、ダメだって思って──」

「分かってるわよ、そんな事!」

 

 いつもの彼女からは考えられない程にヒステリックな声がその場に響いた。

 その後──はっと何かに気付いたように振り返る。

 心配そうな妹の顔が目に入った後、翠月は自嘲気味に微笑んだ。

 

「……お姉ちゃん、失格ね」

「そんなこと、ないです」

「私ね。ずっとずっと、不安だったのよ。貴女が居なくなった時も、桑原先輩が居なくなった時も。師匠は励ましてくれたけど……誰かに慰められたってその人が戻ってくるわけじゃないわ」

 

 師匠には悪いことしちゃったわね、と彼女は続けた。

 

「……ねえ、しづ。私は……貴女達が傍に居てくれるのが一番幸せよ。私の近くに居るなら……それで良いの。だけど、桑原先輩はきっとそうじゃないわ」

「……何でそんな事を言うんですか。そんなはず、ないです。あの人だって──」

「私ね、しづと白銀先輩の事がとても羨ましく思える時があるの。貴女達はとても通じ合ってるじゃない。だけど──私、未だに桑原先輩の事が分からないわ」

 

 紫月は何も返せなかった。

 

「私にとって、大好きな先輩はあの人だけ。でも……桑原先輩には、後輩が何人もいる。私は結局、その中の一人でしか無かったんじゃないかって……思っちゃうと凄くムカムカして。止まらなくって。ただの片思いなのに……私って本当に……嫌な女よね」

「……」

「私、どうすれば良いのか分からない。分からないわ。怖いの。大事な人が居なくなるのが、とても怖い。でも、私があの人を束縛してるんじゃないかって思うのはもっと怖い」

「何言ってるんですか。桑原先輩が一言でもそんな事を言ったんですか」

「言ってないけど……怖いの。一度居なくなった時に、とても不安だったから」

 

 彼女は泣きそうだった。

 気丈に振る舞う姉が弱気になるのは、自分の前だけだった。

 

「私、おかしいの。しづと桑原先輩が居なくなってから、ずっとこうなの。急に、涙が出て来ちゃうときが何度もあって、オウ禍武斗からも心配されちゃって」

「……みづ姉」

「でも、私が本当は貴女達を縛っているっていうなら、ガマン……しなきゃ。私はお姉ちゃんだから──」

「みづ姉っ!」

 

 ぎゅうっ、と紫月は姉を抱擁する。何かしなければ気が済まない程に声が弱り切っていた。

 今の彼女はとてもか細くて、脆くて、腕の中で折れてしまいそうだった。

 抵抗しようとした姉だったが、すぐにそれを受け入れる。

 

「寂しい思いさせてごめんなさい──みづ姉」

「……何でしづが謝るの? 貴女が居なくなったのは貴女の所為じゃないのに」

「みづ姉。誤魔化さなくて良いんです。隠さなくて良いんですよ。寂しい時は寂しいって──言ってください。みづ姉は私を甘えさせてくれるけど……みづ姉だって、私達に甘えたって良いんです。お姉ちゃんだからって関係ありません」

「私……重いって思われてないかしら」

「軽薄な愛よりよっぽどマシですよ。私に対しても、桑原先輩に対しても。大事なのは大好きな人への愛って言ってたのはみづ姉じゃないですか」

「……しづ」

 

 抱擁し返す腕に力が籠る。

 

「しづは……もう居なくならないわよね?」

「……それは」

 

 紫月は一瞬口ごもった。

 姉は知らない。紫月に待ち受けている死の運命を。

 乗り越えなければいけないのは分かっている。しかし、無責任に肯定するのは気が引けた。

 もし自分が居なくなったら──彼女はどうなってしまうのだろう。

 

「当たり前じゃないですか。私もみづ姉の事大好きですから」

「……ふふっ、ありがとう、しづ」

「だから、あの馬鹿先輩にもさっさと謝らせ──」

「良いの良いの。橋から突き飛ばしたのは私が悪いんだから。謝りに行くわよ」

「良いんですか?」

「うん……あの人が私の事をどう思っていても、私が先輩の事が大事な人なのは変わりないもの」

 

 ふふっ、といつものように微笑むと彼女は言った。

 

「さてと! 久々のしづ成分、補給しちゃった!」

「言い方!」

「やっぱりしづは癒されるわ。ふわふわしてて」

「何処見て言ってるんですか、台無しですよ。貞操の危機を感じたので、さっさと桑原先輩に謝りに行ってください」 

「ううん、やっぱりしづはそうじゃないとね! ちょっと素直じゃないくらいが可愛いわ!」

「良いから早よ行ってあげてください。割と真面目に可哀想でしたよあの人。自業自得ですが」

「分かってるって」

「桑原先輩は地下の書庫に行ったようです。走って転ばないでくださいよ、みづ姉」

 

 陽気な声を響かせて、彼女は階段を降りていった。

 大丈夫だろうか。初めて来た建物だし、此処は割と広い。

 それに──元気そうな声が妙に空回っているように聞こえた。

 

「……」

 

 胸に手を置く。

 きっと、自分や桑原先輩が居ない間の彼女がどんな思いで夜を過ごしていたのかは想像がつかない。

 もし本当に自分が居なくなったら?

 姉は──その時こそ、本当に壊れてしまうのではないだろうか。

 

「主は──斯様な様子か?」

「っ!」

 

 振り向くと、そこにはオウ禍武斗の姿があった。

 恐らく翠月に追い出されていたのだろう。

 

「……オウ禍武斗。みづ姉が迷惑を掛けました」

「心配は要らぬ。一人になりたい時もあるだろうて」

「でも、何をしてたんですか?」

「何、同志と語らいをな」

「ああ、QXですか」

「うむ」

 

 同じガイアハザード同士、思う所があるのだろう。

 ゲイルを喪ったのを引きずっている桑原は──QXとあまり馴染めているようには見えなかった。

 こっちの二人の関係も紫月は心配になるのだった。

 だから、意を決して彼女は問うた。

 

 

 

「オウ禍武斗。相談したいことが──」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あれ? 桑原先輩じゃないデスか!」

「……テメェか」

「何読んでるんデス?」

「色々だ。此処には面白い資料が沢山ある」

「桑原先パイ、古典マニアだったんデス!?」

「いや、そういう訳じゃねえけど……鬼が出たなら、何かヒントがねぇかって思ってな。俺も気が気じゃなかったんだ。ここの本は殆どが復元品(レプリカ)だから誰でも読めるようになっている。まあ収穫はあんまりねぇけど」

「うぇえ、先を越されてたデス。じゃあ、私が調べても意味ないじゃないデスか」

 

 力の座、地下の書庫。

 そこには、多数の古文書が集積されているという。

 当然、超常現象に纏わる書物もある。多くは妖怪が起こした事になっているが、その中には実体化したクリーチャーによるものもあるのではないか? と桑原は推測していた。

 しかし、重要な資料はやはり伊勢に収められているのか、神類種に関するものは無いらしかった。

 

「まあ気を落とすんじゃねえよ。この十王伝記という絵巻物を読んでほしい」

「私古典苦手なのデ!」

「……現代文もだろーが」

「それは言わないお約束デス!」

「はいはい」

 

 言った彼は本を広げる。

 そこには──刀を咥えた東洋龍と巨大な赤鬼が向かい合う構図の絵が描かれていた。

 

「十王? King……ってことデスよね?」

「かつて、この日本に突如現れたらしい十の王の伝説。そのうち5つは人間の味方をし、うち4つは鬼の味方をしたとされている。」

「残りの一つは?」

「まさに──鬼達による鬼札王国と邪王我(ジャオウガ)という名の首魁だ」

「酒呑童子じゃなくて、デス?」

「いーや? この書物は、平安よりも前の時代に描かれたとされている。つまり、酒呑童子が出るよりも前だ」

「そうなのデスか……」

「だけどな、白銀の話と一致するところがかなり多かった。例えば、酒呑童子はジャオウガってクリーチャーを使ってたとかな」

「ッ……名前が同じデス!?」

「そういうこと」

 

 つまり──酒呑童子が使っているのは、更に古代の鬼ということになる。

 

「古代に現れた十の王ってのは、多分クリーチャーだな。そして、この本で邪王我と戦っているのは吉備津桃王……白銀のモモキングは、これと同じものと見て間違いねぇ」

「実は、昔話の桃太郎ってそんなに関係無かったりするデス?」

「ははっ、逸話ってのはな。色々混ざったり別れたりして現代に伝わるもんだ。酒呑童子なんて、ありゃ金太郎に出てくる鬼だぜ」

「成程……」

「多分、モモキングは平安時代でも何者かが召喚して酒呑童子を一度倒してるんだろうな……誰が呼び出したのかさえ分かれば、本当の力とやらを呼び出す方法に繋がるんだろうが」

「ねぇ桑原先パイ。折角デスし、十の王全部を読み上げてくだサイよ! 私、残りの王も気になるデス!」

「ええ? 俺、これ読み解くの大分しんどかったんだけど……まぁ良いか」

 

 桑原は一つずつ、王とそれが率いる軍勢の記述を読み上げていく。

 

 一つ。英雄・吉備津桃王が率いる切札の軍勢。勇猛果敢な英雄たちの集まりだったとされている。文字通り、鬼を滅ぼす最後の切札なり。

 

 一つ。聖なる帝が率いる星の軍勢。彼らの要塞の如き重厚な鎧はどのような武器も受け付けなかったとされている。

 

 一つ。竜の帝が率いる爆炎の軍勢。疾風迅雷にして疾風怒濤の攻めは、鬼達を次々に蹴散らしたとされている。

 

 一つ。百獣の王が率いる波濤の軍勢。王の号令の元に、一致団結した獣たちはまさに津波の如き荒々しさだったとされている。

 

 一つ。暗黒の王が率いる軍勢。詳細不明。記述が破れて読めない。

 

 一つ。覇王・邪王我が率いる鬼札の国。力を至上とし、人間を憎む異形の鬼達の集まりだったとされている。人を滅ぼす異形達の鬼札なり。

 

 一つ。不死身の巨龍が率いる不死樹の王国。自然を我が物にする人間を淘汰すべく立ち上がった大樹の怪物たち。

 

 一つ。拳王が率いる暴拳の王国。王の拳は全てを壊す槌の如く。聖なる加護を受けた体は刃をも通さない。

 

 一つ。異国から飛来した美孔麗の王国。詳細不明。記述が破れて読めない。

 

 一つ。月光の王国。詳細不明。記事が破れて読めない。

 

 これら十の王、人の軍勢と鬼の軍勢に別れて激しく争いけり──と書かれており。

 

「って、破れて読めないところがあるじゃないデスか!」

「仕方ねえだろ。元々そうだったんだろうよ。だけど、もしこれが本当なら鬼共にはまだ4つの眷属が居るってことになる」

「末恐ろしいデス……」

「だから、そいつらが復活する前に俺達は鬼共と決着を付けなきゃいけねえってこったな」

 

 一通り書物を纏めたからか、疲れ切った表情で桑原は顔を机に伏せた。

 そして、何かを心配するように言った。

 

「翠月は?」

「ずっと拗ねてるみたいデス。早く行ってあげたらどうデス?」

「……踏ん切りが付かねえんだよ。あんなに怒ったあいつは初めて見た」

「ミヅキ、ずっと寂しい思いをしてたんデスよ! シヅクは居ないし、桑原先パイまでいきなり居なくなったら……凹むのも当然デス」

「……そうだな」

 

 彼は目を伏せた。

 その瞳が悲しそうで──ブランは声を掛ける。

 

「デモ、先パイ。先パイの気持ちは……私も分かるデス。先パイ、ゲイルと仲良かったから……ショックで、どうしようもなかったのも分かるんデス。その傷が、きっとまだ癒えてないのも」

「……未練がましく引きずってるだけだ。いい加減断ち切らなきゃいけねえのも分かってる。新しい相棒だって手に入った。なのに。俺は……」

「引きずって何も悪い事はないデス。きっと、それに耐えてきたはずだから。それを……ミヅキに伝えたら、きっと分かってくれるデスよ」

「本当か? 俺、嫌われたんじゃねえかって思ったんだぜ。すっげぇショックだったからな……」

「きっとミヅキも素直になれないだけデス。だって、あのシヅクのお姉ちゃんデスから。でも……分かってくれるデスよ。きっと」

 

 そう言うと、ブランは踵を返す。

 

「それじゃあ、私はミヅキを呼んで来るデス!」

「はぁ!? そこまでしなくて良い。俺の方から行く。じゃねえと筋が通らねえだろ」

「まあまあ、此処は後輩に任せ──ひゃっ!?」

 

 その時、彼女の身体が大きく傾く。

 何かに蹴躓いたのだろう。

 思わず駆け寄った彼だったが、一歩間に合わず──両者、埃の被った床に倒れ込んでしまうのだった。

 

「けほっ、けほっ、大丈夫デス!?」

「……悪ィ、重くねぇか?」

「いや、そんなに……」

「てめ、暗に俺がチビだって言ってんな?」

「そんな事無いデスよ!? ……ひゃうっ!?」

「んあ? どうした」

「ちょっと、手を退けてくだサイ……む、胸に」

「わ、悪い!」

 

 双方、怪我は無いようだったが──狭い書庫の中で倒れた所為か、上手く起き上がれないようだった。

 そして、本が幾つも桑原の上に落ちてきており、それをどけるので精一杯。

 そして彼が起き上がらねばブランも立つことすらままならず。

 

「ちょっと先パイ、わざとデス!?」

「ちげーよ! だけど、態勢が厳しくって」

「う、うう、早くしてくだサイ! ひぅっ!?」

「分かってる、変な声出すんじゃねえ! 誰かに見られたらどうすんだ……さっさと済ませるから──」

 

 

 

 ガチャリ

 

 

 

 戸が開く音。

 二人の視線はその先に向いた。

 

 

 

「へーえ、見られて困る事シてたんですね。()()()()()()

「……」

「……」

 

 

 

 桑原は、死を覚悟した。ついでにブランも。

 汚物でも見るような目で紫月──いや、翠月が仁王立ちしていたのである。

 妹と見紛う程の冷徹な視線が彼を突き刺していた。

 

「あ、いや、翠月、これは違うっつーか」

「そ、そうデス! これはちょっとした事故で──」

「やっぱり、金髪美乳モデル系美人が良かったんですね。それならそうと最初から言ってくれればよかったのに……でも、こんな所で乳繰り合うなんて、不潔です。不純です。そして不愉快です……!

 

 最早、弁明の余地も無い程に彼女が怒っているのは明白だった。

 

「待て! これは不幸な事故で」

「……桑原先輩の……不埒者ーッ!!」

「へぶぅっ!!」

 

 顔面にぶっ飛んできたのは──不運にも、広辞苑だった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「白銀耀。最近の若者にしては早い目覚めじゃのう! にょほほほほ!」

「ああ。昨日はぐっすりだったからな」

 

 早朝5時。

 俺は巌流齋の爺さんに呼ばれて修練場に来ていた。

 とは言うが、見た所……只の森にしか見えないんだよな。

 隣には──死んだ目の桑原先輩が鼻に絆創膏を付けて立っている。何があったんだ。

 

「チビの小僧。鼻でも怪我したのかえ? おっちょこちょいじゃのー、にょーほっほっほっほ!」

「放っといてくれ……」

「それで爺さん。一体何をするんだ?」

「うむ。この試練は──貴殿の中にある、煩悩と向き合わねばならん」

「煩悩?」

 

 確か仏教の考えで、心の乱れとかそんな感じの意味じゃなかったっけか。

 

「そうじゃ。人間は誰しも、心の中に煩悩を持っておる。神力の最大の敵はそれじゃな。しかし、己の持つ煩悩の正体さえ分かっておれば怖くは無かろうて」

「で、どうすりゃ良いんだ?」

「くくく、そこでワシの出番じゃよ──ふん!」

 

 突如、爺さんの背後から現れたのは赤き鎧に身を包んだ装甲竜。

 こいつって……《ボルバルザーク・紫電・ドラゴン》か!?

 

「いきなり実体化したでありますか!?」

「では早速──」

 

 瞬きする間も無かった。

 紫電・ドラゴンの二刀流が──

 

 

 

「え?」

 

 

 

 ──俺の身体を、両断した──



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GR85話:力の座──熊を伏せてターンエンド

「──っ!?」

 

 

 

 痛みは無かった。

 次の瞬間、俺の身体から幾つも青い火の玉が浮かび上がった。

 

「こ、これって……!?」

「にょほほ、数百年前。この地に流れ着いた魔導具(クロスギア)の力じゃよ。人の魂から煩悩の一部を切り離すのじゃ」

「それって──」

 

 以前の辻斬り事件の黒幕だったザンゲキ・マッハアーマーの能力に似ている。

 他にも存在していたのか……!

 人の身体じゃなくて、魂を切る剣。恐らく、それがクロスギアの力なのだろう。

 

「こうして切り取った煩悩をワシの紫電でじっくりコトコト増幅させる」

 

 紫電の剣が宙を舞った。

 斬りつけられた青い火の玉が大きくなっていき、そして空へ飛んで行く──

 

「火の力は混沌と情熱の力! 言わば、人間の心根に最も近い力! 貴殿の煩悩は今、この修練場の中に解き放たれた!」

「それって、全部で幾つなんだ……?」

「6つじゃ。煩悩にも様々な種類があるが、そのうちでも取り分けて強い6つを貴殿の中から浮かび上がらせた。貴殿のやることは唯一つ、手段は問わぬ。全ての煩悩を集める事じゃ!」

 

 修練場とは言うが、これ山なんだよな。

 大丈夫か? 全部集めきれるのか……?

 

「ちょい待て! 煩悩って、さっきの人魂みてーなやつだろ!? どうやって集めるんだよ!」

「にょほほ、手段は問わぬと言ったはずじゃ。それは知恵を絞り考える事じゃな。煩悩を集める事は必然的に己の中の欲望と向き合う事。そうすらば、貴殿の神力は次第に研ぎ澄まされていくことじゃろう。それとも何? まっさか、この程度で音を上げるわけじゃあるまい」

「……へっ上等だぜ」

 

 良いだろう。

 手段を問わないというならば、幾分か気が楽だ。

 今の所どうすれば良いのかも思いつかないけど。

 それでも──この言い方なら守護獣達の力を借りても良いって事だよな。

 

「それともう一つ。煩悩が現れるのは朝の鐘が鳴ってから、夕の鐘が鳴るまでの間じゃ」

「ってことは──」

「朝の5時から、夕方の5時までの間だ」

「1日12時間しか猶予が無いのか……何で?」

「そんなの決まっておろうが!」

 

 にょほほ、と巌流齋の爺さんは言ってのけた。

 

 

 

「この術はワシが起きとる間にしか使えんから──ほら、老人って寝るのが早いって言うじゃろ?」

「あんたはもう死んでんだろーが!!」

 

 

 

 どう考えてもウソである。

 どうやら、火の力である以上は日光に依存するからだとか何だとか。

 それならそうと最初っから言ってくれればいいのに……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「で」

 

 

 

 修練場に入り、早2時間。

 既に俺は音を上げそうだった。

 登山って、こんなにしんどかったんだな。

 それを道着ひとつで登ってる俺って何なんだ。

 そもそも頂上に登ったところで目的のものがあるわけじゃないだろうが。

 

「チョートッQ、何か感じたりするか?」

「いーや、特には……そもそもマスターに煩悩なんてあるのでありますか?」

「何か腹立つ言い方だな……」

「そもそも、神力だのなんだのは我よりも桃太刀達の方が適任だと思うでありますよ。我には感じ取れないであります」

「俺もそう思う、でもあいつら何処行ったんだ?」

 

 そう言った矢先だった。

 しゅんしゅん、と木々から飛んで来る影が俺の目の前に降り立った──

 

 

 

「呼ばれて飛び出て参上!」

「我ら桃太郎の懐刀!」

「桃太刀三人衆、見参!」

 

 

 

 お前ら毎回それやるのか?

 出来れば最初っから出てきてほしかったんだけど……まあ良いか。

 

「テメーら何処行ってたんだよ?」

「この修練場での修行と聞き、一足先に立ち入っていたのだケン」

 

 曰く。

 ケントナークによって、凡そこの山の地形は把握しているんだと。

 凄いな、見直したぞ。この辺りは動物型クリーチャーの独壇場じゃないか。

 これなら道に迷う事も無いかもしれない。

 

「桃太郎を目覚めさせてくれたってなら、俺達も協力しねぇとなぁ!」

「山の事ならボクらに任せてほしいキャン!」

「お前ら……役に立つ時は役に立つじゃねえか……てっきり只の非常食三人衆かと思ってたぜ」

「非常食はケントナークだけだッキィ」

「犬を食べても美味しくないキャン!」

「身の危険を感じるケン」

 

 強く生きろ桃太郎のお供のキジ。

 さて、と。桃太刀達も揃った事だし、煩悩探しに出向くとするか──

 

「あれ? 今度はチョートッQがいねぇぞ」

「う、うらめしや……」

 

 桃太刀達の足元を見る。

 そこには、3人によって下敷きになった哀れな新幹線の姿があった。

 

「ウッス、パイセン! 脚マッサージはどうだッキィ?」

「貴様ァーッ!! 根に持ってるでありますなーッ!! さっさと退くでありますよーッ!」

 

 どうしよう。折角安心したと思ったのに……今度はチームワークが不安になってきた。

 

「コイツら何時か痛い目見せてやるでありますよ!」

「あぁ!? やるのかヘンテコ頭ァ!」

「お前らマジでやめろや! 酒呑童子が完全に覚醒するまで2週間なんだぞ! 今回の試練は1週間でクリアしなきゃいけねえっつーのに」

「アホ共は放っておくケン。このケントナークのナビゲートに掛かれば、山の危険ポイントを全て把握できるケン」

「お前は頼もしいな……」

 

 いがみ合う二人を他所に俺達はどんどん進んでいく。

 なんかだんだん藪が生い茂ってきたな。ヒルとかマダニとかが心配になって来るぞ。

 

「それで? 山の危険ポイントってのは?」

「例えば熊の生息地ケン」

「成程、確かに出会ったら一巻の終わりだぜ。下手したらクリーチャーよりも怖いかもしれねえ。で、俺達は今どっちに向かってんだ?」

「僕達は神力で動いているんだキャン。だから、煩悩の匂いも嗅ぎ取る事が出来るんだキャン」

「おお! それなら、この試練もすぐに終わるな! あの爺さん、手段は問わねえって言ってたし!」

「だが一つだけ問題があるケン」

「何なんだ?」

 

 藪を払いながら、俺は彼に問い返す。

 先行するのはリーダー格のケントナーク。

 翼で藪を払いながら進んでいる彼は振り返るなり──

 

 

 

「此処がまさにその熊の出没ポイントだケン」

「何でそれを先に言わねえンだよ!!」

 

 

 

 ──蒼褪めた顔で言ったのだった。

 払いのけた藪の先から唸り声が聞こえてくるんだが!

 

「ケントナーク、前、前ェーッ!!」

「えっ? あっ、ふーん──」

「悟ってんじゃねえ、逃げるぞ馬鹿共!!」

 

 俺達は一目散にその場から駆け出す。

 間もなく、着ぐるみのような黒い熊が飛び出してきた。

 

『ツキノワグマ。本州や四国の一部に生息するとされている熊デス。

 一般的に巨大な熊と言えばヒグマ、グリズリーが思い浮かばれますが、こいつも侮るなかれ。

 デカい個体は1m~1m80cmに成長するとされ、時速は凡そ40kmと自動車並み。

 ヒグマに一歩劣るというだけで十二分に超危険生物なのデスよ! 死ねマスね!(ブランのメモ書き・山に入る時の注意点より抜粋)』

 

「煩悩の気配は確かにこの辺りからしたんだケン!」

「だとしても言うのがおせーよ、焼き鳥野郎!! 鬼じゃなくて熊に襲われて死んだとか話にならねえ!!」

「マスター、此処は任せるでありますよ!!」

 

 すぐさま、ゴートッQに変身したチョートッQが熊ととっ掴み合う。

 しかし──すぐさま彼の身体は投げ飛ばされてしまい、藪の中へ。

 

「ほげぁーっ!?」

「チョートッQ-ッ!?」

「むっ、判ったぞ。あの熊に貴方の煩悩が憑りついているんだケン!」

「はぁ!? 嘘だろーッ!?」

 

 クリーチャー相手に勝っちまったって事は、つまりそう言う事か!?

 あの熊は今、俺の煩悩を吸ってクリーチャーみたいになってるってこと……って、そんな馬鹿な!

 ああ、キャンベロとモンキッドもいねぇしどうしたら良いんだ!?

 ……いや、落ち着け。今此処で俺が冷静さを失ったら、全部お終いだ!

 

「ケントナーク、俺を背中に乗せてくれ!」

「了解ケン!」

 

 熊の拳が俺の髪を掠めた。

 間一髪、何とか空へ逃げ込むことは出来た。

 だけど──あの熊の中に一つ目の煩悩が居るのは確実だ。

 このまま地上に降り立つのは危険だし……そもそも煩悩ってどうやって取り出せば。

 

「……白銀殿、あれを見るケン!」

「んあっ!?」

 

 ケントナークの翼が指差す方向。

 そこには、先程の熊が何かを咥えて走り去っていく姿──

 

 

 

「ひぇぇぇーん、誰かたすけてぇぇぇーっ!」

「キャンベロォーッ!?」

 

 

 

 ……考えてる暇は無い!

 早く行かねえと!

 

「っチョートッQ! 寝てる場合じゃねえぞ!」

「あ、あいつ、強過ぎでありますよ……」

「キャンベロが連れ去られた! このままだとマズい!」

「っ……それは聞き捨てならないでありますな!」

 

 藪の方から再びチョートッQが飛んで来る。

 早く熊を追いかけないと、見失う……!

 

「ケントナーク! あの熊には何の煩悩が憑りついてるか分かるか!?」

「貪……言わば万物への欲望、”強欲”だケン!」

「強欲か……レアカード欲しいとかそういうのが実体化したのか……?」

 

 思い当たることが無いわけじゃない。

 いや、そんな事は今はどうだって良い!

 キャンベロを助け出す為に煩悩を引き剥がす方法……あの熊がクリーチャーだったら、エリアフォースカードでデュエルに引きずり込めるんだけど!

 ……待てよ、動物のクリーチャー化? 前にもこんな事あったような……あ。

 

「ケントナーク、熊を見失わないようにしてくれよ!」

「え、ま、待つケン、まさかマスターっ!?」

「背後から奇襲を掛ける! 前に一回、似たようなことを経験してるんだ。もし俺の推測通りなら、あの熊から煩悩を引き剥がせるかもしれねえ!」

「それってまさか──」

 

 四足歩行で疾走するツキノワグマ。

 それに目掛けて、俺は意を決してケントナークから飛び降りる。

 その手には──皇帝(エンペラー)のカードを握りながら!

 

 

 

皇帝(エンペラー)、起動!」

<Wild……DrawⅣ,EMPEROR!!>

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「《勝熱龍モモキング》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 その一撃で勝負は決した。

 熊の身体が吹き飛ばされ、そこから青い人魂が抜けていく。

 

「欲しい……欲しい……あの弾のつよつよSRが4枚欲しい……」

 

 そんな声が人魂から聞こえてくる。

 これってもしかして俺の内心とか言うんじゃないか?

 俺の物欲って全部カードのそれで構成されてたのか? ショック。

 

「マジでカードに対する物欲だった……」

「マスターはデュエマ馬鹿でありますからなあ」

 

 それに加え、敵が使って来るカードもジョーカーズだったことか。

 ただし──キリフダッシュを持つ、見た事の無いカード達だったわけだが。

 

「苦戦はしなかったでありますな」

「ああ。紫月が調整してくれたデッキのおかげだぜ」

「所詮はまだ、力任せに捻じ伏せる事が出来る程度の煩悩だったというわけだケン」

 

 人魂が俺の中に吸い込まれていく。

 これで、一つ目の煩悩ゲットだ。

 熊に追いかけられて死ぬかと思ったけど……これよりも手強いのが待ってるっていうのか。

 

「キャインキャイン、死ぬかと思ったキャン……」

「もう大丈夫だぞー、頑張ったな」

「それに加えて、熊が使っていたカード達が落ちているのでありますよ」

 

 《熊四駆 ベアシガラ》。

 熊はこのカードを使って俺に立ち向かってきた。

 こいつもジョーカーズで、しかもモモキングや桃太刀達と同じチーム切札のカードだ。

 

「何でこんな山の中にカードがあるんだろう……?」

「この山には、そもそも我らと同じ切札の力を持つクリーチャーの残滓が残ってるんだケン」

「残滓?」

「封印された後も、クリーチャーの神力だけが漏れ出して、それがカードになっているんだケン」

「へえ……成程なあ」

 

 桑原先輩から今朝聞いた、十王の昔話。

 それにまつわるクリーチャーが、この修練場には封印されているんだとか何とか。

 ベアシガラは、そのうちの1枚なのだろう。

 そして、力を認めた者にはカードとして力を貸してくれる……という訳か。

 

「とにかく、キャンベロも助け出したし……次の人魂を探そう」

「ところで白銀殿。此処が何処か分かるケン?」

「あ?」

 

 俺は周囲を見渡す。

 ひょこ、ひょこ、と藪から黒い着ぐるみが次々に姿を現した。

 

「……もしかして」

「熊の……縄張り、テリトリーだケン……」

「ガクガクブルブル……」

「何でそれを早く言わないのでありますかーッ!?」

「逃げるぞーッ!!」

 

 結果。

 命からがら山から下りた頃には、既に午後の5時となっていた。

 俺はもう二度と、不要不急の山登りはしない事、そして熊のテリトリーには近付かないと心に決めたのだった。

 

「し、死ぬかと思った……であります」

「しかし、全員無事だったケン」

「無事だったから良いってモンじゃねーよ! この調子で明日以降も煩悩を集めていきたいところだけど、後何回死にかけるんだ? 俺達……」

「ところで僕達、何か忘れてる気がするんだけど気の所為キャン?」

 

 うーん、確かにそんな気がする。

 だけど、忘れてるってことは多分大した事じゃない気が──あ。やべ。

 

 

 

「助かってないッキィィィーッ!!」

 

 

 

 金切り声が後ろから聞こえてきた。

 木の枝を杖代わりに地面に突くモンキッドがよれよれのまま下山してくる。

 あ、あばばばば、完全に忘れてた……!

 

「お、お前、今まで何処に行ってたんだ!? 探したんだぞ!?」

「探してないだろッキィ!! あの後熊に踏み潰されて、伸びていたら、今度は別の熊たちに連れ去られて相撲取らされたり何の肉か分からないもの食わされたりしたッキィ!!」

「良かったな、歓迎されてるケン」

「嬉しくないッキィ!!」

「エサと認識されるよりマシだキャン……」

「……ドンマイ! でありますな!」

「じゃねーよ!! 死ぬかと思ったッキィ!!」

 

 今日の教訓。

 人にしたことは自分に帰って来る……ってところだろう。肝に銘じておこう。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 5時の鐘が鳴るころには、フラフラのまま俺達は力の座に戻ってきた。 

 し、死ぬ……とにかく風呂入って飯食って寝たいんだけど……。

 

「白銀先輩っ!」

 

 ああ、愛しい後輩の声が聞こえてくる。

 良かった。酷い事続きだったけどオアシスは確かにあった。

 これで明日も頑張れる気がする。

 

「大丈夫ですかっ、顔が死に掛けてますけど……」

「へーきへーき、ちょっと熊に追いかけられただけ──」

 

 一目、彼女の顔を見ようと顔を上げて絶句した。

 

「……お前、その服……」

「えっ、あっ、これは……一応、此処が神職の修行場だからということで……女子はこれを着ろということになってて」

 

 紫月が身に纏ってたのは──巫女装束。

 白い小袖に緋色の袴のシンプルなものだが、清楚な服が大人しめな容姿の紫月に凄く似合う。

 

「えと、先輩? 目が怖いですけど……」

「誰が着せたんだ……これ」

「えと、巌流齋さんが──」

 

 爺さん、グッジョブ!!

 

「あの、似合ってなかったなら着替えてきますけど」

「何言ってんだ! これだけで今日起こった事全部チャラだっての!」

「そこまで言われると逆に恥ずかしいのですが……先輩、よっぽど大変だったんですね」

「あ? ああ……熊に追いかけ回された」

「死に掛けてるじゃないですか。よく生きて帰れましたね」

「守護獣が居なきゃ今頃死んでるよ」

 

 だけど、残りの煩悩はもっと強いものが残っているのだという。

 恐らくそれで俺は、自分の中の「歪み」と否応なしに向き合わされることになる。

 いや、それ以上に恐らく集めるのが大変になるはずだ。

 今回みたいにデュエルで引き剥がせるのなら、準備は万全にしておかないと。

 

「まあ良いです。ご飯の時に、今日の話……いっぱい聞かせてくださいね」

「おう! 勿論!」

 

 

 

「何や、苦労してきたのに巌流齋の爺さんはおらへんのかー?」

 

 

 

 突如、向こうから声が響いてくる。

 振り向くと、声を発したのは背の高い少年だ。

 しかし、オレンジ色のパーカーに身を包み、「疾風」と書かれたサンバイザーを頭に付けている辺り……修行者じゃないようだけど。

 

「ワシいっつも言うとるんやけどなぁ、嫌いな言葉ワースト1は待つ、その次が遅い、や。おーい、幽霊のじいさーん、もう寝とるんかぁーっ?」

「巌流齋さんは、お弟子さんに稽古を付けると言っていましたが」

「ハァ!?」

 

 紫月の言葉に腹を立てたのか、少年はつかつかと近付いてくる。

 

「何やと!? あの爺さん、アポ取ったのにまだ稽古やっとるんかいな! マイペースで忘れっぽいのは変わらへんなホンマに! おい姉ちゃん、ちょっと巌流齋の爺さん呼んできてくれへんか!?」

「え、えーと……それは」

「オイ、あんまりしつこく絡むんじゃねえよ。要件なら此処の事務の人にでも……」

「別に絡んどらへんわ。わざわざ大阪からこっちに来たっちゅうのに、まーた待たされるこっちの身にもなってほしいっちゅうねん」

 

 何かすっごくイライラしてるな……余裕が無いというかなんというか。

 

「まあええわ。丁度ええ。それやったら暇潰しに付き合って貰かな」

「……暇潰し? 一体何をするんだ」

「ハッハッ、決まっとるやろ! あんたらも、デッキ下げとるやないか! 紙しばいとるんやろ?」

 

 言った彼が取り出したのは──デッキケースだ。

 そこから流れるように紙の束を取り出すと、それを俺達に向ける。

 デッキの頂点にあったのは……モモキングと同じ、金色の刻印が押されたカード……!

 

「ワシと勝負せぇへん? まあ、断るっちゅう選択肢はあらへんけどなァ!」

「それって……十王のカード!?」

「ははっ、ニブそうやけどそれくらいは知っとるみたいやな兄ちゃん」

「貴方、一体何者なんですか……!?」

「かぁーっ、ワシの事は知らへんのか。はぁーあ、これやから素人は困る」

 

 少年はにっと口角を上げるなり言ってみせた。

 

 

 

「──ワシは矢継ハヤテ。大阪の妖祓いの名門・矢継家の跡継ぎにして──《爆龍皇》の使い手や!」



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GR86話:力の座──爆龍皇/契約王

 ※※※

 

 

 

 一方、力の座の施設にて。

 或瀬ブランは大きな溜息を吐いていた。

 

 

 

「ああああ~、疲れたデース……」

 

 

 

 耀が修行をしている間、力の座で待機という事になった残りのメンバーは一先ず、施設内の資料を調査していた。

 目標は勿論、神類種に対抗するためのヒント探しである。

 しかし、丸一日掛けたものの結果はと言えば大外れ、スカも良い所だった。

 唯一、昨日桑原に見せて貰った「十王列伝記」のみが有力な手掛かりだっただけで、後は空振りだったのである。

 ──まあ、そう簡単に見つかったら苦労しないんデスけどね……。

 活字中毒で痛む頭を抑え(尚、殆ど代わりに黒鳥が解読していた模様)、廊下を曲がったその時。

 ぽふん、と何かが胸にぶつかってきた。

 

「きゃふっ」

 

 小さな声が漏れる。

 視線を降ろすと──小学生と見紛う程、小柄な小動物のような少女が困ったような顔でこちらを見上げていた。

 

「ひぅっ、堪忍!」

「Sorry! 疲れて、よく前を見てなかったデス! 怪我は無いデス!?」

「うちは……大丈夫やけど……」

 

 少女はブランの顔を見るなり、見惚れた様子で見つめてくる。

 自分の容姿に自信があるブランではあったが、こうもまじまじと見つめられると気恥ずかしい。

 

「あ、あの、私の顔に何か付いてるデス?」

「ちゃ、ちゃうよ!? え、えと、その、外人さんって珍しいなあって思うたんよ……いや、悪いって思うとるわけやあらへんよ!? お客さんが来とるのは知っとったから、えと、えと、あの、うち、英語苦手で」

「私は日本人とイギリス人のハーフなのデスよ! 国籍は日本人デース! だから、大丈夫デスよ!」

「そやったん!? ああ、良かったぁ、安心したぁ」

 

 ──まあ、現代文も苦手なんデスけどねー……。

 とは言わないのが華。

 目の前の少女は、一先ず意思が疎通することに安堵しているようだった。

 

「でも残念やわぁ、うち、外国とか行ったことあらへんから……」

「それなら心配Nothing! 私、イギリス出身デスから!」

「そうなん!? じゃあ、色々教えてくれはる!? イギリスの……そう、美味しい料理とか!」

「ハハハ、そんなの無いデスよ」

「!?」

 

 最初は人見知りそうだと思っていたが、雑談をしているうちに想像以上に彼女は打ち解けてくれた。

 故郷の事。互いの高校の事。趣味の事。

 何より意外だったのは、デュエマが好きだったことであり──

 

「デュエマ部!? そんな部活あるん!? すっごく楽しそう!」

「そうデス! 皆でデュエマしたり、大会に向けてガチガチにデッキを研究したりデスね……」

「ほわぁ……!」

 

 嘘である。

 この少女は殆どデュエマせず推理小説か探偵紛いの活動をしているのだから。

 それを知るサッヴァークが白い目でデッキケースから覗いてきてるが、ブランは敢えて知らないふりをした。

 だが、それにしても互いに共通の話題であるデュエマの話はとても弾み、時間を忘れる程だった。

 

「ねえねえ、好きなデッキは何なん?」

「メタリカも好きなんデスけどぉ、やっぱり《デスマーチ》を《落城》で引き剥がした時のカイカン、デスよ!」

「分かる分かる! うちも《ミステリー・キューブ》とかでドカンと大きいの出すの好きなんよ!」

「それだけデュエマが好きなら、私の後輩とも仲良くなれるデスね!」

「後輩?」

「そうデス! とってもデュエマが強い、私の自慢の後輩なのデス!」

「ふぇえ、そんなに強いん!? 戦ってみたい! ……あ」

 

 雑談もそこそこに、彼女は何か用事を思い出したように腕時計を見やる。

 

「い、いけない! もう行かんと!」

「何か用があるんデス?」

「う、うん……巌流齋のお爺ちゃんも行く言うとってな……まあどーせ、遅れてくるし」

「そうデスか……それじゃあ、今度私の後輩を紹介するデスよ! 私達、まだしばらく此処に居るデスから!」

「ほんま!? 楽しみにしとく!」

 

 そう言うと、彼女は急いで廊下を駆けていく。

 消え去っていく背中に手を振りながら、袴のままよく走れるなあ、と感心する。自分なら転んでしまうだろう。

 そして──ブランは一つ、自分の失態に気付いた。

 

 

 

「あっ、名前聞くの忘れてたデス!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──爆龍皇──!?」

「伝説に伝わる、十の王……矢継家は代々《爆龍皇》を祀ってきたんや」

 

 

 

 爆龍皇……それが、十の皇の一角。

 こいつがその使い手だって言うのか……!?

 しかも()()()って言ってる辺り、彼は坂田さんと同様神職の名家というやつの末裔なのだろう。 

 

「まあ、コイツも一発暴れたい言うとんねん。ワシと一戦、やってみぃひんか?」

「俺は──」

「それとも何や。仮にも神職の端くれっちゅうのに、デュエマの一つが怖いってわけやないやろーな?」

「俺は別に神職じゃ……」

 

 こ、こいつ、ぐいぐいと絡んで来るな……。

 正直、もう大分疲れてるんだが。身体はフラフラだし。

 

「タダの暇潰し言うてるやろ? それやったら、盾1枚オチでやっても構へんで。まともにやって、ワシに敵う奴なんてそうそう居らへんからなぁ」

「……いい加減にしてください。白銀先輩は鬼退治に向けた修行で疲れてるんです。デュエルなら、この私が受けます」

「良いんだ紫月、別にデュエマくらい……」

「鬼退治ィ? 随分と自信ありげ……待てよ」

 

 見兼ねた紫月の一言に矢継は反応した。

 そして、怪訝な目で俺を見ると──薄っすら鋭い瞳に光が走る。

 

「ツンツン頭に、しかめっ面の顔面の少年……」

「え?」

「ちょい待ち! 写真……げ、完全一致。まさか、お前か? 桃太郎を従わせた西洋の魔術師っちゅうのは!」

「ちょっと待て」

 

 強ち間違ってはいないのかもしれないが色々間違っている。

 その情報には明らかに齟齬があるぞ! そもそも俺は西洋の魔術師じゃねえし、ましてやまだ従わせてすらいないんだけど!

 この情報伝えたの誰だよ、伝言ゲームが下手くそなんじゃないか!?

 

「おい、桃太郎持っとるんやろ? なあ? 何でお前みたいな素人が、桃太郎使えるんや? ええ?」

「いや、あの、確かに持ってるけど──」

「ほうほーう、そんで鬼を挑発して怒らせた言うやないか! どないしてくれるんや! ええ!?」

「ちょっとやめてください! 先輩は口先での戦いはそんなに得意じゃありません! それはきっと挑発じゃなくて素で怒らせたのかと」

「待ってェ!! 援護のフリして火に油を注ぐのやめて紫月さんや!!」

「あっ……ごめんなさい、つい、癖が……」

「もう許せへん、鬼の前にお前から退治したるわ! 覚悟しぃや!!」

「やめろ! 放せ! マジでやめろ! 服脱げるから!」

「あ、あわわ、私の所為だ……先輩があらぬ姿に……!」

「紫月、おーまえーっ!!」

 

 何もかも全部が間違ってて訂正のしようが無いんだが!?

 もうやだこの人! 勘弁してほしいんだけど! 不幸ここに極まれり! 恨むぞ神様!

 

 

 

「お客さんに何やっとるんよ、すかたんハヤテーッ!!」

「ほげぇあっ!!」

 

 

 

 俺が呪詛を吐き出す寸前だった。

 脇から何かが走って来たかと思えば、崩れ去る矢継の身体。

 突如、すっ飛んで何かが彼を思いっきり地面へ蹴っ飛ばしたのである。

 

「……」

「……」

 

 それは、栗色の髪の女の子のドロップキックであった。

 小袖に赤い袴という、紫月と同じ巫女装束ではあるが、背丈はかなり小さい。まるで小学生、じゃなかった小動物のようだ。

 しかし、キッと眉毛を釣り上げた目は思いの外しっかりとしている。何となくだが、年下ではないような気がした。

 

「ほんまにっ、ほんまに堪忍な! この人、せっかちで生き急ぎで、話聞かんアホってだけで根は悪い人やあらへんの! せやから、これで手打ちにして、な?」

「……あ、うん、俺は良いんだけど」

 

 石の床の上で口から泡吹いて伸びている彼の安否が……真面目に心配です。 

 大丈夫? これ生きてる? 

 よくよく考えたら、このナリで凄い運動神経だな。しかも袴で走ってドロップキックだろ。

 助かったのは良いが、蹴られた彼が心配だ。紫月もドン引きしている。

 

「先輩を助けていただきありがとうございます。でもアレ、大丈夫なんですか?」

「多分平気や。ハヤテ、無駄に頑丈やもん。台所に出る黒いアレ並みに死なへんから、放っておいたらまた復活してやかましくなるよ」

「本当にすまねえ、仲裁に入ってくれて」

「ええんよ。あれくらいせんと、ハヤテは分からへんもん! 言葉で分からへんなら身体で教えんと!」

 

 仲裁にしては一方的なバイオレンスだった気がするが気にしないでおこう。

 助かったのは事実だし、今はこの幸運に甘んじておくとするか。

 それにしても……びっくりだな。

 紫月よりも小柄な女の子だけど、何となく小学生とかではないのは分かった。体つきはしっかりしてるし。

 同い年……くらいなんだろうか?

 

「俺は鶺鴒学園高校の白銀耀。此処に来てるデュエマ部の部長だ。紆余曲折あって……クリーチャーや鬼の退治することになっちゃったけど」

「暗野紫月。デュエマ部の1年です」

「っ……デュエマ部!? もしかして、廊下で出会った金髪の人の……」

「え? 君、ブランと出会ってたのか?」

「ブラン……ブランって言うんやね、あの人」

 

 どうやらこの子はブランとも会ってたらしい。

 あいつ、すぐに人と打ち解けるからな。

 それに加えて、元が引っ込み思案だったのもあって、この子と何か通じ合うものがあったのかもしれない。

 

 

 

「う、うちは……牧野メイって言います。この力の座で、巫女さんをやっとるんよ。二人の事は聞いてはるから」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「にょーほっほっほっほ、そんな事があったのか! せっかちなのは相変わらずじゃのう、疾風の小僧!」

「仕方あらへんやろ! 鬼が目覚めたって聞いて、矢継の家は当然大騒ぎや。今日も調査に向かわせた妖祓いが帰って来ぇへん! ほんま一大事やで!」

「まあまあ、よく効く薬と思う事じゃな! にょほほほほ!」

 

 遅れてやってきた巌流齋の爺さんは全ての経緯を聞くなり笑い飛ばす。

 どうやら、せっかちなのは御家柄という奴らしく、伊勢から送られた情報を飛躍して解釈した結果、こうなってしまったらしい。

 おかげで俺は、大阪の妖祓いの界隈では「鬼を挑発し、京都を危機に晒した西洋の大魔術師」と言う事になってるんだとか。最悪だ。

 

「まあええ、あんたに関する情報が色々間違っとったんは認める。せやけどな、ワシはお前みたいな素人が桃太郎に選ばれたってのは納得しとらへんで!」

「もうハヤテ! 酒呑童子が完全に目覚めるのは二週間後なんよ!? 今更、桃太郎の使い手が誰なのか探しとる場合!?」

「そ、そうやけど……」

 

 俺に突っかかるなり、耳を引っ張られる矢継。

 誰に対しても強気な彼だが、どうやらメイにだけは尻に敷かれているらしい。

 取り合えず二人セットにしておけばバランスが取れて良さそうだ。

 

「で、お前は一体全体何をしに来やがったんだよ……」

「現状、京都に潜んどる酒呑童子達は手の付けようがあらへんのや」

 

 曰く。

 鬼達が何処に潜んでいるかもわからず、京都に踏み込んだ妖祓いが行方不明になっている始末らしい。

 

「やから、吉備津桃王のカード……《モモキング》っちゅうんやな。その使い手を見極めに来いと言われた」

「その役割は力の座が果たすと言ったはずじゃが?」

「自分らの家の視点からでもっちゅうことや。バッサリ言うけど、あんたは他人に甘い所があるからな」

「その結果、ハヤテみたいな我儘で、向こう見ずで、せっかちで、いけずで、すかたんの妖祓いが出てくる始末」

「うっ……そこまで言わんでもええやんか……」

「あ、あのう……? ワシも一緒に全方位放火すんのやめて……? 幽霊だけど心が痛むというか」

「事実やから」

「アッハイ」

 

 大丈夫なのかこの爺さん。

 師匠としての威厳はあるのだろうか。

 

「それに加え、力の座を守っとるメイちゃんにも一週間後、鬼との戦いに向けて招集が掛かっとる」

「うちにも……」

「牧野の家に戻らんとあかんってことや」

「……そう、やね」

「ん? 力の座を……守ってるってどういうことだ?」

「あ、うん。正確には、うちの十王のカードやね」

 

 ッ……!

 此処にも十王のカードの使い手が居たのか!

 意外と集まるもんなんだな。

 

「メイちゃんは、波濤の軍勢の王《キング・マニフェスト》に選ばれた巫女なんや」

「なんか、凄く横文字っぽい名前ですが」

「しゃあらへん。一説によれば異国から来た百獣の王らしいからなあ」

「それで、何で巫女をやってるんだ?」

「牧野家は、代々《キング・マニフェスト》に選ばれた孤児を養子に引き取るんや。そして、巫女に選ばれた子は成人するまで力の座を守る……っちゅうことやな」

「じゃあ、メイさんは高校には行ってないんですか」

「うん……そうなるんかな」

「ハッ、行かんで正解や! 勉強とかダルいしなあ。受験勉強とか今から考えても頭痛くなるっちゅうねん。こっちは妖祓いの仕事もあるっちゅうのに……やから、メイちゃんが気にすることなんか一つもあらへん」

「うちは……羨ましいけどなあ」

 

 成程。

 家の決まりとはいえ、学校に通えないのは辛いのかもしれない。

 世の中には勉強したくても出来ない子もいるって事か。

 

「特にデュエマ部とか楽しそう! 毎日デュエマしとるんやろ? 探偵……の女の子がそう言いよった!」

 

 よりによって、あいつがそんな事を……! 後でお灸を据えてやらねえと。

 ブランの奴、まともに部室でデュエマしてる事の方が少ねえんだぞ!

 しかもデュエマ部の活動も、最近はクリーチャー退治みたいになってたし……。

 

「何だろう、凄く罪悪感が……」

 

 そして思わぬところに被弾していた。

 紫月も紫月でゲーム三昧だったからな。存分に反省するが良い。

 

「? どないしたん?」

「な、何でもありません! それで、二人はどういう関係なんですか? 随分と親しいようですが」

「親しい? ハハッ、腐れ縁や。小学、中学、一緒やったっちゅうだけ。この子、抜けとるところあるからなあ。ワシが居らんと、すぐに泣いて」

「むっ、ハヤテのすかたん!」

 

 げしっ。

 

 凄い勢いで足の小指に踵が落とされた。

 悶絶して床を転げ回る矢継がだんだん可哀想になってきた。

 この夫婦漫才を見てると、喧嘩する程仲がいいってやつなんだろうな。

 

「ま、これでワシらの事は大方紹介した。そういう訳やから白銀はん。ワシはあんたの実力を確かめたいっちゅうわけや」

「十王のカード……興味深いです」

「そやろ? めっちゃ強いんよ! うちのカード見てみる?」

「マジかよ、見る見る!」

「あのー? ワシの話聞いとる? もしかしてシカト?」

「にょほほほ、それなら直接相見えれば良かろう!」

 

 突如、そんな事を巌流齋の爺さんは言い出した。

 それってつまり……デュエマしろって事か?

 確かに俺としても十王のカードとやらの強さはしっかりと確認しておきたい。

 そして、矢継としても俺の実力を見ることが出来る……それなら手合わせはうってつけだ。

 

「はっ、爺さんにしては良い提案やないか! まあでも勝つのはワシやけどな!」

「もうハヤテったら、何でそうやってすぐ調子に乗るん?」

「あだだだ、耳を引っ張るのやめてメイちゃん!!」

「ツンツン頭の小僧。大丈夫か? 修行の初日の後のデュエルじゃが……」

 

 ……正直、疲れはピークに達している。

 だけど、新しく手に入れたカードを使ってみたいという気持ちが無い訳ではない。

 相手は十王のカードというだけあって不安だけど……やってみる価値はある。

 それに、此処で逃げたらデュエマ部部長の名が廃る!

 

「良いぜ、勝負だ矢継!」

「望むところや。掛かってこいや!」

「え、えと……」

「紫月で良いですよ。対戦、よろしくお願いしますね」

「う、うんっ、うち、頑張るから!」

 

 こうして──俺と矢継、そして紫月とメイでデュエマが始まったのだった。



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GR87話:十王のカード──食い破られた過去

 ※※※

 

 

 

「ま、負けた……」

 

 

 

 嗚呼無常。

 嗚呼無常。

 勝負は一瞬で決したと言っても過言ではない。

 というかカードパワーの暴力による蹂躙だった。

 これが、キングマスターカードの力……!?

 

「あーあ話にならへん。爺さん、本当にこいつらに任せてええんか?」

「にょーっほっほっほ、鬼のカードでなくとも、十王のカードが如何に恐ろしいかを知らしめただけで十分じゃろう」

「っ……」

「しっかし、肝心の桃太郎もあんまし強くあらへんかったなあ。まあ、今頃向こうも蹂躙されとるところやろ──」

 

 

 

「仕返しに先行2ターン目で詰ますとは、久々にプッチンしてしまいましたよ。此処からが……本番です」

「あはっ、ええやないの──うち、強い人は好きなんよ!」

「言っている場合ですか。これで──詰みです」

「ッ……!! 何で? 何が起こったん、いまの……もう一回や、もう一回やろう、なぁ、うち……久々に滾ってきた!」

「こっちも、久々にあったまってきましたよ。無限ループを喰らう準備は出来てますか?」

 

 

 

「……」

「……」

 

 バチバチに火花飛ばして応戦していやがる。

 互いに恐らく超理不尽なコンボデッキをぶつけ合っているのだろうが、両者ともに戦意ってもんを全く喪失していない。

 ……この女子二人、好戦的過ぎる。強敵相手に、全く臆す様子が無い。

 既に両者、全力でぶん殴れる相手を見つけた喜びで口角が釣り上がっている。

 

「あかん……同年代でメイちゃんぷっちんさせたんは、あの子が初めてかもしれへんわ」

「そんなにか?」

「あの子、はっきり言うけどワシよりもよっぽど強いんや。ことゲームの腕に関してはな。施設の子らとよく遊んどったからかもしれへんけど……」

「はぁ」

「まあああいう天才の事はどうでもええねん。問題はあんさんや。何や、ホンマにこの程度なんか?」

 

 何も言い返せなかった。 

 俺は──GRに頼り切っていただけだったのではないか。

 

「──まあその上で言っとくけどな。鬼との戦いは遊びやあらへんのや。次もその次もあらへん。その一回で勝てへん奴は死んでもしゃああらへんのや」

「ッ……!」

「西洋の魔術を使って、今まで修羅場乗り越えてきた言うよるけど、そのザマでよぅ生きて帰って来れたもんや。余程ヌルかったんやなあ」

「ヌルい訳あるもんかッ!! 俺が今まで乗り越えてきたのは──」

「関係あらへんわ。あんさんが倒さんとあかんのは鬼や。人間の敵や。あんさんが負けたら、日本は滅ぶんやぞ。()()()()()手古摺ってどういう了見やっちゅうねん」

 

 反論できない。

 今度の鬼退治に掛かっている重責が──今までのクリーチャーとの戦いの比じゃない事くらい。

 

「期待外れや。大阪から遊びに来たんとちゃうんやぞ。おい爺さん、ワシは帰るからな」

「待たれい。何も、伝令の為に貴殿を寄越したわけではないぞ疾風の小僧」

「あ?」

 

 不機嫌そうに矢継は振り返る。

 

「貴殿にもやってもらわねばならぬ事があるからな」

「戦力を何時までも裂いとるわけにはあらへんやろ。ワシが居らへん間、大阪は手薄や」

「どの道、お主でも鬼を滅ぼす事は出来んよ」

「ッ……! それは分かっとるけど」

「それにな。人間とは伸びしろのある生き物じゃぞ? 力の座とは、まさにそういう場所じゃからのう。言ったはずじゃ。人は誰しも愚かしき旅人であると」

「ハッ、日本はお終いや。今度こそな」

 

 そう言うと、彼はそそくさと何処かへ消えていった。

 

「さて、ツンツン頭の小僧。何故あやつに言い返してやらなんだ」

「……今の俺が弱いのは事実だ。モモキングも覚醒出来てないし、GRも封じられてる。それに──足りないものがまだ多すぎる」

「にょほほ。それでも、貴殿に出来る事は決まっておろうが。あれを見てみぃ」

 

 

 

「5000以下を全て焼き尽くします。これでゲームエンドです!」

「S・トリガー発動! バウンスするかんね!」

「っ……止められた!?」

「ほら! これでエクストラターン取るから!」

 

 

 

 ……あいつらまだやってんのかよ。

 さっきの俺達のやり取りが全く耳に入ってないみたいだ。

 それほどに、紫月もメイも勝負にのめり込んでいる。

 

「負けたからと言って、そこで諦めるのか?」

「……それは」

「剣が折れてもまだ素手がある。手が斬られてもまだ脚があろうが。死合いとは、そういうもんじゃ」

「……!」

「故に、己の無力感を嘆いておる暇があるなら、その間に己を磨く努力をした方がよっぽどハッピーになれるというもんじゃわい! にょーほっほっほっほ!」

 

 

 

「やっと、終わった……」

「き、僅差ですが、私の勝ちですね……」

 

 

 

 あ、終わったみたいだ。

 完全にグロッキーな様子で紫月もメイも卓に伏せて喘いでいる。

 そして、試合が終わるなりようやく周りに気付いたのか、メイは辺りを見回すなり首を傾げた。

 

「あれ? ハヤテは?」

「あやつなら、恐らく寝床に行ったぞい」

「はぁ!? 何で!?」

「多分……俺に失望したんだと思う」

「何それ! ほんとにハヤテはすかたんなんやから! 信じられへん!」

「先輩。爆龍皇と言うのは、それほどまでに恐ろしいカードだったんですか?」

「……違う。確かにあのカードはヤバかった。だけど──矢継は、それ以外のカードも組み合わせて無敵の布陣を高速で組み立ててた」

 

 あいつは、カードパワーに頼るようなデュエマはしていない。

 完全に40枚のデッキで連携を生み出して戦っている。

 それに比べて俺は、1枚1枚のスペックに気を取られていた……!

 

「それほどまでに矢継さんが強いと言う事ですか……」

「否。強くなったのじゃよ。あ奴は、見かけによらずワシが認める努力家じゃぞ? 恐らく、他の神職の何倍ものな」

「どういうことだ? 爺さんがそこまで褒めるってのは……」

「うむ。あ奴も貴殿と同じなのじゃよ。メイ。話しても良いか?」

「うちは……構へんよ。ハヤテ、いけずですかたんやけど……多分、気張ってはるだけなんよ」

「何かあったのか?」

「さっきも言ったやろ? 牧野家の後継には孤児が選ばれるって。でも……うちは元々孤児やったわけやないの」

「それって──」

 

 こくり、と彼女は頷くと言った。

 

 

 

「うちの家族は……怪物に食われて死んだんよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──ダメや。御札一つ動かせへん」

「それって、そんなに難しいん?」

「お前には分からへんわ! ったく、普通の家のお前に出来て、ワシに出来へんことがあるんかいな!」

 

 あれは7年前の事。

 ハヤテは──矢継の家の中でも、生まれつき神力がとても弱かった。

 だから、いっつも公園の隅の方で神力を扱う練習しとったんよ。

 うちは、それを傍で見てるうちに、ハヤテのやろうとしてることが全部何となくで出来てたから……すっごく対抗意識燃やされてたんよ。

 自分が不思議な力持ってはるのは何となくわかってた。小さいときから、うちにだけ見えとるもんとか普通にあったから。

 でもハヤテにはそれが見えへんらしいの。妖祓いの家なのに、妖が見えないってバカにされとったんよ。

 

「何でや! 何でワシには出来へんのや!」

「ハヤテェ、もう帰ろ? 暗くなってきたよ」

「お前の所為や! お前の所為で引っ込みが付かんのや!」

「えー……うち、門限が……」

「責任持ってお前にも付き合って貰うで!」

「うー、いけずのハヤテー……そんなんやから、神様に見放されて神力使えんとちゃうん?」

「やかましいわ! お前にとっては他人事かもしれへんけどな、ワシからすれば一大事やっちゅうねん!」

 

 ……別に他人事やあらへん。

 ハヤテは、引っ込み思案のうちを引っ張って、色んな所に連れ出してくれた。

 友達の輪に入れてくれた。

 そんなハヤテが困ってるなら、うちは力になってあげたかった。

 なのに──ハヤテを逆に追い詰めてしまった。

 うちの家はごく普通の一般家庭。お父さんも、お母さんも、うちが見えるモノは全部空想か何かって思うてはる。ハヤテは妖祓いの名門・矢継家の後継者やった。

 

「付き合ってられへん。うち、帰るから」

「あ、待つんや! おいコラ!」

 

 ……その日の京都は朝から天気が下り坂。もうちょっとで雨が降ってきそうな勢いやった。

 じめじめするし、暗いし。

 河川敷には何時にも増して変なモノが流れ着いてるし。

 何処の国か分からない飲み物のボトルとか……。

 うちは足早に家に帰った。

 

 

 

「ただいまー……」

 

 

 

 返事がない。

 家には誰にもいないのだろうか。

 いつもだったらお母さんが台所にいる。

 お父さんは今日早帰りって言ってた気がする。

 弟も妹も帰ってきてるはずだ。

 なのに、何も声が聞こえてこない。

 家の前に車は止まってるんだけどなあ。

 おかしいと思って、うちはトイレを覗いてみた。 

 赤い水溜まりがタイルの上に出来てて、思わず飛び退いた。水たまりの中には──軍手が落ちていた。いつもお父さんが付けているものだ。

 恐る恐る拾ってみると……ツン、とシンナーの匂いがした。ただのペンキみたいだ。 

 きっと、仕事で使っていたものを落としてしまったのだろう。

 振り返ると、廊下には雫が垂れていた。何の水か分からへんから、うちは触らなかった。

 

「お父さーん、お母さーん……」

 

 二階を覗いてみた。

 誰もいない。 

 どうしたんだろう。皆何処行ったんだろう。

 急に不安になってきた。

 子供心に、何かあったのかも、と思って。

 あたしは子供部屋を、開けた。

 部屋の中は──真っ暗だった。電気を付けてみると、誰もいないものの部屋自体は変わりなかった。

 扉を閉め、机に突っ伏す。

 えも言われぬ孤独が、心細かった。

 

「……うち、嫌われたんかなあ」

 

 ぽつり、と呟く。

 うちが変なものが見えるって言うから、弟も妹も怖がってた。

 もしかして、それで皆居なくなってしまったのかも、と子供染みた突飛な考えが浮かんだ。

 うちかて、好きでこんなんになったんとちゃうもん。

 そんなことを考えてたら、涙が出てきそうだった。

 

「みんなぁ、何処ぉ……」

 

 家蚊の飛ぶ音が聞こえてくる。

 耳障りだ。

 手慰みに腕に止まったのを潰すと、手には真っ赤な血が付いた。

 だけど、蚊の羽音は止まらなかった。

 

 ぶんぶんぶんぶん。

 

 ぶんぶんぶんぶん。

 

 ぶんぶんぶんぶん。

  

 ずっと、そんな音が聞こえてくる。

 何だかそれがずっと続いて、追ってくるみたいだった。

 

 

 

 

「おーい、帰ってきたぞーっ」

 

 

 

 その時だった。

 玄関の方からお父さんの声が響いてくる。

 良かった! 何だ、やっぱり買い物に行ってただけだったんだ。

 うちは椅子から飛び降りると、子供部屋の扉を開けようとした。

 ノブを回す。

 だけど……硬くてノブが回らない。

 

「あれ? あれ? 何で?」

「お父さんなーっ、ついでにお土産買ってきたんや。メイ、居るんかー?」

「居る! 居るよお父さん! 子供部屋の扉が開かへんの!」

「にっしても痒いなぁ。最近藪蚊が多くて困るよなあ」 

 

 聞こえてない。

 うちの声だと、一階まで届かないのかもしれない。

 

「こうも痒いと困る。おーいメイー、かゆみ止めの薬持ってないかー?」

「持ってる! 持ってはるからぁ!」

 

 どん、どん、どん、と階段を上る音。

 良かった。お父さんだ。

 こっちまで来れば、何とかして鍵を開けて貰えるかもしれない。

 

「ああ、痒い痒い」

「お父さん! お父さん! こっち!」

「痒い痒い痒い痒い痒い」

「……?」

「痒い痒い痒い痒い痒い」

 

 ずっと、お父さんはそれしか言わなかった。

 そのうち。

 足音がゆっくりと、子供部屋に近付いてくる。

 

「お父さん!? どないしたん!? ねえ!?」

「痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い」

 

 ドンドンドンドン。

 

 ドンドンドンドン。

 

 

 扉が鳴る。

 床板が軋む。

 びちゃ、びちゃびちゃ、と水が零れる音が聞こえてくる。

 

 

 

 

「い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い痒い、ちーちーちーきりきりきりきりきりきりきりきりきりきりきりきりきりきりきりきり」

 

 

 

 ずる、ずるるる。

 滑って、這うような音が扉から聞こえてきて。

 虫が鳴くような声が聞こえてきて。

 うちは扉に縋るのをやめた。

 間もなく。

 ドンドンドンドン。

 ドンドンドンドン。

 扉を叩く音が聞こえてきた。

 うちは祈るように声を上げた。

 

「お、お父さん……お母さん……皆……かえって、きてよぉ……」

 

 しばらくして。

 音は止んだ。

 夢でも見ていたのかもしれない、とうちは振り返る。

 

 

 

 

 

 

 そこには。

 

 

 お父さんと。

 

 

 お母さんと。

 

 

 

 弟と。

 

 

 

 妹が。

 

 

 

 立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「メイちゃーん、僕達は此処に居るよぉ」

 

 

 

「メイちゃーん、僕達は此処に居るよぉ」

 

 

 

「メイちゃーん、僕達は此処に居るよぉ」

 

 

 

 

「メイちゃーん、僕達は此処に居るよぉ」

 

 

 ずる。ずるるるるるる。

 

 お母さんと。

 

 お父さんと。

 

 弟と。

 

 妹の。

 

 お腹を食い破って。

 

 それは一気に這い出て部屋中の壁を覆い尽くした──

 

 

 

 

 

 

 

「コ

 

 

   コ

 

 ニ

 

 

 

 イル

 

 

 

   ヨ

 

 

 ォ」



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GR88話:十王のカード──表裏

「──《ゴールド・キンタックス》!!」

 

 

 

 その時。

 窓が割れる音が響き渡った。

 部屋の中に飛び込んできた何かが、一瞬でうちの家族だったものを薙ぎ払う。

 血塗れの子供部屋に差す一筋の光。

 うちは、ううん……うちだけが──

 

 

 

「大丈夫ですかっ! 怪我は──」

 

 

 

 ──助かったんや。

 

 

 ※※※

 

 

 

「っ……そんな事が……」

「頼れる親戚も居らへんから、うちは天涯孤独になった。あの時、うちが助かったんはすんでの所で妖祓いさんのクリーチャーが飛んで来たからなんよ。それが──金助さんなんや」

「金助って……坂田さんか!」

「うん。やから、うちだけが助かった。でも、うちはその時のショックで立ち直れなくなって、学校に行けへんこなった。頼れる親戚も居らへんから、施設に預けられた。そこではうちは一人。でも──ハヤテはいつもうちに会いに来てくれた。そんで、すっごく悔しそうに言うんよ」

 

 彼女は苦笑いしながら言った。

 

 

 

「──ワシが、強かったら……メイちゃんの事、ずっと守ってやるのに……何でワシは術の一つも使えへんのや、って……」

 

 

 

 ……同じだ。

 俺の脳裏には、守りたい人と無力感の天秤に悩まされた非力な少年の姿が浮かんでいた。

 

「うちが助かったんは、あの日ハヤテが引き留めてくれたかもしれん。門限守ってたら、うちも皆みたいになってかもしれん。ハヤテは一個も悪くない。悪くないのに……自分を責めるみたいに言うんよ。やから……うちも、強くなりたかった」

「それで、牧野の家に?」

「うん……施設にやってきた牧野の家の人に志願したんよ。うちの霊能力は、凄く強いみたいで、すぐにキング・マニフェストのカードを渡された。それを知ったハヤテは──すっごく怒ったけどね」

「まあ、そりゃそうだろうな……」

 

 それはそうだ。クリーチャーの事件で家族を失っているのに、どうして生き残った彼女まで巻き込めるんだって思うはずだ。

 俺だって──きっと止める。

 だけど、彼女は止まらなかった。

 かつてクリーチャーに肉親を傷つけられたノゾム兄のように。

 

「でもな、うちも何時までも守られてるだけなのは嫌なんよ。過去は……何時か乗り越えなきゃいけないから……それに、うちみたいな思いをする人を出したくなかったんよ。うちの力が役に立つんやったら、巫女にでも何にでもなるつもりやった。でもな、ハヤテはうちにだけ負担は掛けられないってその日から力の座に志願して修行を始めたんよ」

「ってことは、矢継さんが必死で努力したって言うのは……」

「うん。矢継の家で、爆龍皇の使い手に認められるため。元々の神力の器が小さいから、それを引き延ばすのにすっごく苦労してたんよ」

「うむ。あの頃のあやつは今にも死にそうな勢いじゃったわい。ワシも何度か叱り飛ばしたが、全然でな……」

 

 この穏やかな爺さんが怒るってよっぽどだな……。

 それだけ恐ろしい修行を積んで、ようやく十王のカードに認められたって事か。

 

「あの小僧は、メイが巫女に志願した理由は自分が弱いからじゃと思っておるフシがあったからのう……」

「勿論、うちはそんな事思ってへんよ! ……ハヤテの気持ちを考えんで巫女になったのは、ちょっと反省してるけど」

「まあ、当時のあやつは……死に急いでおったぞ」

「……うん。それだけ自分を追い詰めてたんやと思う」

「あやつが自他に厳しいのは……誰かの悲しい顔を見たくないからじゃろうな……一度失った命は、戻って来んからのう……このワシとて、生身は戻って来んわけじゃし」

 

 死んだら、それで終わり。

 この爺さんみたいに誰もが幽霊になれるわけじゃない。

 命は一個っきりだ。矢継は──それを守るのに必死だ。

 そこに妥協は無い。

 あいつは、俺の中の甘さを見通しているんだ。

 ……今の話を見ると、あいつの見方も変わって来る。

 まるで──なりふり構わず復讐に身を投じたノゾム兄みたいだ。

 

「でも、それとこれは別! ハヤテに嫌な事言われたら、うちに言ってね!」

「……は、はぁ」

 

 怒った様子で俺に言うメイ。

 言ったら言ったで逆に矢継が可哀想な事になるから、やめておこう。

 あいつがただ嫌味な奴ってわけじゃないのは薄々分かってたけど、確信が持てたからだ。

 

 

「ツンツン頭の小僧よ。人には、誰しも乗り越えねばならぬ壁がある。しかし、それを乗り越えるのはきっと、一生をかけてじゃ。貴殿も、疾風の小僧も、きっと……」

「一生をかけて、か。気の長い話だな……鬼に日本が焼かれようってのに」

「……ワシは、貴殿と疾風の小僧は似た者同士じゃと思うんじゃよ」

「だったら良いんだけどなあ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その日の夜。

 どうにも俺は眠れず、建物の柵から大きな満月を眺めていた。

 メイの事。矢継の事。

 そして、まだ何も問題が解決していない仲間達の事。

 そして──桃太郎の事。

 考えれば考えるだけキリがない。

 それに……胸の中が疼く。

 アバレガンが──俺の中で、ずっと吼えている気がした。

 

「白銀先輩。お疲れ様です」

「っ紫月……!」

 

 背中の方から声が投げかけられる。

 袴を脱いだ小袖姿の紫月が心配そうに俺の顔を眺めていた。

 

「明日も早いのでしょう? 寝ないと体に障りますよ」

「……悪い。身体が興奮してるみたいで、寝付けないんだ。慣れない所だから、かな」

「旅館でも眠れていなかったんですか?」

「うん……実は」

 

 此処最近の不調は睡眠不足も原因だったのかな。

 昨日は疲れ果て過ぎて寝ちゃったけど……今日は目が冴えてしまっている。

 

「……仕方ない先輩ですね」

「ごめんごめん。酒呑童子との決闘まで、あと二週間も無いって思うと……お前は不安じゃねえのかよ。日本の命運は、俺に掛かっちまってんだぞ?」

「不安になんてなりませんよ。私、先輩の事を信じていますから」

「……そう言う事、サラッと言えるの、強いよな」

「ふふっ、頼りないって言って欲しかったんですか?」

「そう言う訳じゃないけど……今の俺じゃ……」

「確かに今の白銀先輩には無理かもしれません。でも、明日の、明後日の、そのまた次の……2週間後の先輩なら、分かりませんよ? 先輩は今までも何度も危機を乗り越えてきたじゃないですか」

「……そうか? 箇条書きで今までやったことを書き出したら、出来そうな気はするかもしれない。だけど、やってる側は毎回毎回生きた心地がしねえんだ」

「だから、私達が居るんじゃないですか」

「……そうだったな」

「先輩。先輩の心が抱えている問題は……私にはわかりません。心なんて、本当は人の目に見えるものではないですから」

「……」

「でも、私に出来る事があるなら。言ってほしいんです。私が……先輩にそうしたように」

「……多分、俺も薄っすら分かってるんだ」

 

 ……俺の心が抱えている問題。

 歪な程に、誰かを助けたいと思ってしまう救世主的願望。

 俺自身、それはずっと頑なに否定してきた。

 別に俺はヒーローなんてものになりたかったわけじゃなかったから。

 それでも、やってきたことに間違いはなかったと思ってる。

 だけど──俺自身の在り方が歪んでいると指摘されたあの時、今までやってきたことが間違ってたのではないかと思わされてしまう。

 

「なあ、紫月。俺は……俺のやってる事は、何か間違ってたと思うか?」

「……え?」

「……俺ってさ、ヘンなのかな……誰かを助けたいって思うと、身体が言う事を聞かずに飛び出しちまうのは……ヘンなのかな」

「……簡単に真似出来るところではないし、私は……それがある意味先輩の短所だとも思ってます。そう言う時の先輩は決まって無茶するし、何なら死に掛ける時だってありますから」

「ゴ、ゴメンナサイ……」

「ああ、それと」

 

 ぎゅう、と腕を掴むと彼女は言った。

 

「先輩は……出会った時からそうですけど、頭かったいですよね」

「悪かったな!?」

「でも先輩のそういう所、私は凄く信頼できるし大好きです」

「お、おう……」

「……ふふっ、何を驚いてるんですか? それだけ先輩への信頼が篤いってことです。結局、何が良いか悪いかなんてその人の主観でしかないです。自分のやる事成す事が正しいか間違ってるかどうかなんて、その時は誰にも分かりやしないんじゃないですか」

「……」

「まあ、だから言わないだけで先輩の悪い所なんて皆分かり切ってます。分かり切った上で、皆先輩に着いていってるんじゃないですか」

「何でそう思う?」

「短所も見方を変えれば長所。逆もまた然りです」

「……そういうもんなのか?」

「はい。先輩は……私のどういう所が好きになったんですか? 先輩が私の事好きだって思ってるところは、私は短所だって思ってるところかもしれませんよ?」

 

 紫月を……好きになった理由、か。

 口にしようとすると、思ったよりもはっきりとそれは言葉に出てきた。

 

「……自由な所、かな」

「え?」

「誰かの評価とかどこ吹く風で、気ままに振る舞うお前を……俺は心のどっかで尊敬してたし、羨ましかったんだと思う」

「……ちょっと意外です」

「俺はどうしても……体裁とか、気にしちまうからな。自分のやってることが正しいかどうか、とか。他人からどう思われてるか、とか。気になって仕方ないんだ」

 

 今思うと、思った通りに動けって肯定して背中を押してくれたのは──いつも紫月だった。

 

「お前は……言うなればアクセルだ。俺が悩んだり、行き詰ったりした時、背中を押してくれる追い風だ」

「……人を加速器みたいに。悪い気はしませんけど」

「お前の為だったら頑張れるって人は沢山いると思うぞ? はっきりと、ストレートに誰かに想いを伝えられるお前が……皆も好きなんだろ」

「そう、でしょうか。私……昔からよく一言余計で、人を怒らせることがあって……みづ姉も「せめて敬語で話せば印象も柔らかくなるのに……」って言ってたくらいで」

「ああ成程な。それでいっつも敬語だったのか?」

 

 こくり、と彼女は頷く。

 今ではすっかり癖になってしまったらしく抜けきらないらしい。

 翠月さんに言われた事を愚直に守っている辺り、本人でも直したいという願望はあったのだろう。

 俺と会った頃には口の悪さを直すのはすっかり諦めていたようだったが。

 でも──裏を返せば、彼女の言葉にはウソ偽りや飾りは無い。

 そういった純粋な所に俺は惹かれたのかもしれない。

 

「良い所と悪い所が裏返しなのって、きっとこういう事なんですよ。先輩」

「……ちょっと分かった気がするよ」

 

 そっか。

 長所も、短所も、カードみたいに裏表ってことか。

 ……案外、深刻に考えすぎない方が良いのかもしれないな。

 

「先輩。こっち向いてください」

「?」

 

 振り向くと──柔らかい感触が唇に押し当てられる。 

 びっくりして心臓が飛び跳ねた。

 頬が熱くなる。

 

「先輩のアクセル……私が踏んじゃいました。明日も頑張ってください」

「……あの、どきどきして逆に眠れなくなったんだが……」

「あっ、それは……すみません。どうにかして寝て下さい」

 

 明日、本当に早いからなあ……。

 でも俺的にはナイスアシストだったと思う。

 此処最近、酷い負け方ばっかりで凹んでいたけど、ちょっと元気が出たかな。

 

「……でも、寝ないといけねえからなあ、布団にもぐって──」

 

 

 

 ガタン、ガタンッ!!

 

 

 

 ……。

 部屋に足を踏み入れるなり、音が鳴る。

 物陰から……盛大にすっ転んだ迷探偵が転がり出てきた。

 

「……何やってんだオメー」

「アハハハハ、ちょっと……良い所だったから、ついデスね」

「ついじゃねーよ!! 何やってんだ!!」

「何処から聞いてたんですか!?」

「さ、最初からデスかね……聞いてたっていうか、こっそりと見守っていたっていうか」

「ウッソだろオイ!?」

「覗いてたんですか!? あ、貴女って人は本当に!」

「だ、だってぇ! 最初は話に加わるつもりだったけど、二人が良い感じになった所為で入れなくなったのデス! ううう……二人がくっついたのは嬉しいデスけど、ちょっと寂しいデース」

「くっついたって、私達は別に……」

「キスしてたデス」

「最悪です」

 

 紫月は隅っこに座り込んでしまった。

 あれではしばらく戻って来れまい。

 

「私としたことが浮かれてました仮にも修行をする聖なる不可侵領域で何てことをもうみづ姉に二度と顔を見せられません最悪です最悪です最悪です私はふしだらです恥ずかしいです見られてるなんてしかもよりによってブラン先輩にどうしようどうしよう私完全に生き恥を」

「うわぁ、ネガティブモードに入っちまった」

「まあまあ、放っておいたら元に戻るデスよ!」

 

 オメーの所為だよ。

 

「ところで、何で黙ってたんデス!?」

「これ以上仲間内で妙な火種になっても困るし、浮かれてるって思われたくなかったんだよ。いや、実際浮かれてたのかもしれねえけど……すまん」

「……あー」

 

 火廣金と花梨の事を思い出したのか、彼女はバツが悪そうに頭を掻いた。

 組織のトップと構成員が恋愛関係になってロクな事が起こった試しがない、とはコイツが前読んでた小説に書いてあったことだ。

 

「でも、私なら心配Nothing! 二人がどうなっても、私だけは味方デス!」

「ブラン……」

「だって私達、デュエマ部の仲間デショ?」

 

 お前って奴は本当に……。

 俺、ちょっと誤解していたかもしれない。

 お前が面白半分で人のプライベートをひっかき回すような無神経極まりない迷探偵だって普段の行いから勘違いしてたのかもしれない。

 悪かったよブラン。今度からはもう少しお前の事を信頼──

 

「で、この後ナニをするつもりだったんデス?」

「よしブラン耳を貸せ耳」

「えっ、教えてくれるんデス!? あはははは、アカルもやっぱりあだだだだだぁ!?」

 

 耳たぶを思いっきり抓り上げながら俺は嘆息した。

 前言撤回。

 ブランはやっぱりブランだった。

 

 

 

「悪かったな、テメェの頭よか浮かれてなくってよ!! だけどテメェは恥を知れ恥を!!」

「Sorry、離してくだサーイ! 体罰反対デース!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「でもー、そういうのは私にちゃんと言ってくれないとデス」

「悪かったよ……」

「それに、二人に仲間外れにされてるような気がして寂しかったのは本当デスよ?」

「別に仲間外れにしたわけではないのですが……」

「んふー、でもあの二人が、デスか……しょっちゅういがみ合ってた二人が、デスか……」

 

 紫月がネガティブモードから立ち直った後。

 にひひー、と感慨深そうにブランは笑みを浮かべたのだった。

 結局部内公認になってしまった……。

 

「なあブラン。そろそろ良いか? もう目が冴えちまったし、今日起こった事について──」

「それなら、あのメイって子からさっき聞いたデスよ。超・強い、十王のカードデスよね?」

「っ……知ってたのか」

「Yes。シヅクとデュエマ出来たのがすっごく嬉しかったみたいデス。ただ、その事を話してるとすっごく興奮してたデスけど」

「あー……私との対戦中もそんな感じでした」

「?」

 

 どういう事だろう?

 興奮……デュエルになると、人が変わるってことなのか。

 

「まあ、どっちにしても十王のカードに相応しい強者には違いないでしょう」

「それと、あの矢継って人もう少しこの力の座に留まるみたいデスよ?」

「マジで?」

「ハイ……さっき会ったんデスけど、その時は私に親切に受け答えしてくれて……でも、こっそり後をつけてみたら壁を殴ってたデス」

「うわぁ……何があったんだ」

 

 明日顔合わせたくないなあ……。

 悪い奴じゃないんだろうけど、相当イライラしてるみたいだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──何? 今日の夜には到着する?」

「……黒い小僧。どうしたんじゃ?」

「ざっくりした呼び名だな……いや、少し客が増えるかもしれんが大丈夫か?」

「にょほほ、心配は要らんよ」

 

 スマホの前で眉を顰める黒鳥に、巌流齋はふわふわ浮きながら頷いた。

 

 

 

「──修業は互いに切磋琢磨させるに越したことはないじゃろう?」



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GR89話:十王のカード──不審者

 ※※※

 

 

 

「──何でワシまであんさんの修行に付き合わなあかんのやーっ!!」

 

 

 

 次の日の朝。

 道着姿で修練場の入り口にやってきたのは──矢継とメイだった。

 どうやら、巌流齋の爺さんに言われてやってきた……だけではないらしい。

 

「お前の所為や! 全部お前の所為や!」

「うるせーよ知らねーよ、俺何にも知らねンだけど」

「”桃太郎の使い手が覚醒するまで家に戻ってくるな”って言われたんや!」

「ええ……」

「うるさいよハヤテ」

「あだぁっ!?」

 

 激昂する矢継の爪先に踵が落とされた。

 その場で蹲って悶絶する彼に俺は憐みの視線。

 ふ、不憫だ……。

 

「そんで、うちはハヤテのお目付け役ってところやね!」

「お目付け役のお目付け役か……」

「やかましいわ……ワシはお前が死にそうになっても手助けせぇへんからな」

「あーそうかよ。そっちこそ熊に食われないようにな」

「ワシが此処の熊なんかにビビるわけないやろ! ワシは此処の熊に食われかけて80針縫うたことがあるんやからな! 今更、怖くあらへんわ!」

 

 死に掛けてんじゃねーか! 

 そりゃそうだよな、猪と熊に何度も遭遇して無傷で生還してる桑原先輩がおかしいだけだよな。

 それにしても本当に大丈夫かよコイツ……。

 

「もう二人共! 喧嘩したらあかんよ! これからは3人で修業を完遂させなあかんのやから!」

「チッ……わぁーったわ」

 

 道着姿のメイが窘める。

 それを見てか、ようやく矢継も渋々と言った様子で先に山の中へ入っていくのだった。

 

「ケントナーク、キャンベロ、モンキッド、残りの煩悩の場所を指し示してくれ!」

「「「了解っ!」」」

「煩悩は後5個……でも、1日1つのペースなら十分間に合うでありますな!」

 

 チョートッQの言う通りだ。

 時間はまだ十分にある。

 

「白銀さんっ、頑張ろ! うち、応援してはるから!」

 

 桃太刀のカード3枚を手に持ちながら俺は次の煩悩を探しに、行くのだった──しかし。

 この時は思いも寄らなかったのだ。

 これ以上にトンチキな事態が起こるなどとは……。

 

「……ところでメイさん?」

「ん? 何?」

「……その手に持ってるのって、何?」

 

 彼女は──特大呂敷包みの結び目を握っていた。

 体躯に比べて明らかにサイズがおかしいそれは今にも地面に着きそうだ。

 

「……あ、分かった! 修行に使うんでしょ!」

「うちの弁当やけど?」

「……ウッソだろ?」

 

 食うのか。その量を全部食うつもりなのか? 正気?

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「オイ良いか、今度こそ熊の住処に足を突っ込まないようにするんだぞ」

「分かってるケーン」

 

 正直メイの弁当の量には驚いたが、こっちも昼飯は用意している。

 朝に弱い紫月が、俺の為に食堂の職員と協力して弁当をサプライズで作ってくれたのだ。

 中身が今から気になるんだよなあ、ふふふ。

 

「おい、顔が浮かれとるぞ」

「あぁ!? そんな事ねぇよ!」

「はっ、まあええけどな。熊に食われてもワシは助けてやらんぞ──」

 

 うるせー、熊の恐ろしさくらい分かってるよ!

 だけど今回はケントナークとチョートッQがずっと見張ってくれてるんだ。

 ……そう言えば、残りの2体は何処行った?

 

 

 

「おいコラァ! それは俺のモンだっキィ!」

「違う! 僕のモノ!」

 

 

 

 ……何か騒がしいな。なんかいい匂いがしてるし。

 すっげー嫌な予感がするんだけど。

 俺は意を決して振り返った。

 そこには──

 

 

 

「ちょっとぉ!! 唐揚げは僕のモノだキャン!!」

「おいコラ、俺だって唐揚げは食いたいに決まってんだろッキィ!!」

「モンキッドはバナナも食べただろ!?」

「お前はハンバーグ食ってたッキィ!!」

 

 

 

 おい畜生二匹。

 その、俺の真後ろで広げられてる弁当箱……誰のものか言ってみろ。

 既に中身は唐揚げだけになっており、その最後の一個もキャンベロが食べてしまった。

 そういや紫月言ってたな。

 今日は唐揚げ弁当だって──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「マスター、申し訳ない……我が熊を見張っていたばっかりに……」

「すまないケン……」

「うん、良いんだ。お前らはよく頑張ってくれたからさ」

 

 

 

 久々に……キレちまったよ……。

 アホ二匹にはしっかりと拳骨喰らわせておきました。食べ物の恨みは怖いぞ。

 

「何と言うか……災難やったね……」

「同情するな、カレーをくれ……はぁ、何で俺ばっかこんな目に」

 

 俺よりも煩悩塗れのお供の所為で弁当が、それも紫月に作ってもらった弁当が無くなってしまった。

 一体何を食えば良いんだ……。

 険しい山を登り、早一時間。今日のコースは岩壁の多い場所。

 歩いているだけで足がだんだん痛くなってくる。

 これ多分、登山とかによる身体的な修行も兼ねてるんだろうな……俺にとっては別の修行になりつつあるけど。

 

「昼飯が無いのは辛いな……メンタルに来るやろ? うち、ちょっと分けたげようか?」

「良いよ良いよ、俺は適当にその辺のモンでも拾って食うから」

「おー、そうやな、そんでもって餓死しろ。骨は熊が拾うやろからな」

「ハ・ヤ・テ!」

「人の好意は素直に受け取っておけばええねん」

  

 く、くっそう、コイツ言わせておけば……幾ら量が多いからって、いっぱい食べる体質なのかもしれないのに分けてくれ、だなんて言い出せるわけねえだろ。

 というか、この量は明らかに大食いの人間が食う量だろ。

 武士は食わねど高楊枝。我慢だ我慢。たかが一食くらいなんだ。

 

「まあええわ。もうそろそろで平地に着く。そこで一旦休憩と行こうや」

「そ、そやね……うちも、もう疲れた……」

「俺も別の意味で疲れた……ケントナーク、煩悩はまだ見つからないのか?」

「ううむ、反応が弱いケン……上にあるのかもしれないケン」

「まだまだ先は遠いな……」

 

 この山、頂上までかなりあるぞ。

 登り過ぎると、今度は降りる時に苦戦するかもしれないし。

 そしてサンダイオーでショートカットしようにも、どうやらこの山の内部に張り巡らされた結界で魔力の消耗が激しくなっているらしく、乱用は出来ないのだという。

 どうやらクリーチャーが外から侵入した時に、力を弱める為の防衛機構としての役割を果たしているんだとか。

 なんせ不可侵領域を超えてくる以上、相当な力を持っているのは確実だとかなんとか……考えたくも無いな。

 ともかく、もうしばらくは徒歩での移動になりそうだ──

 

 

 

「──そこな修行の者! ちょっと待った!」

 

 

 

 道なき道を登り切り、平地に足を踏み入れた俺達。

 だがその時、何処からともなく声が響いてくる。

 俺達が辺りを見回すと──奥の木から影が二つ、飛んで来た。

 

「な、何だ!?」

「一体何事や!?」

 

 思わず身構える。

 しかし。

 それはクリーチャーではない。 

 人だ。それも二人。一体何なんだ──

 

 

 

「愛と勇気とプラモデルを愛する戦士、バイク仮面!!」

「愛と勇気と剣を愛する女戦士、ドラゴンレディ!!」

「「推参!!」」

 

 

 

 ──仮面で顔を覆ったスーツ姿の男女は、唐突に現れるなりポーズを取ったのだった。

 ……。

 何だこれ。

 何なんだこれ。

 辺りに沈黙が訪れる。

 なんか、すっごく既視感のある二人なんですが……一体何処の何方なのでせう。

 いやさ確かに前にもこの流れ見たよ? 三日月仮面。今となっちゃ懐かしいよな。

 

「俺はプラモデルを愛し、プラモデルに愛された男……今の俺に信用出来るのはプラモデルだけだ」

「いや知らねえんだけど」

「あ、あたしは……えーと、剣に愛され剣に愛された女! 趣味は、えーと、丸太の素振り!!」

「ヒーローの名乗りは自己紹介じゃねえよ」

 

 もうやだ。もうやめてくれ。

 こいつら、声とこの喋りからして思い当たる節があり過ぎる。

 いや、でも、待てよ。仮にアレだよ? 苗字と名前にヒの付くあいつだったとしてだぞ? あいつは国に帰ったって言ってたはず。

 だとすれば只の偶然の一致か? そうだ。そうに決まってる。

 

「なあ白銀はん。こいつら何なんや。まさかお前の知り合いか?」

「知らない、仮にそうだとしたら次会う時は知り合いじゃない、タダの他人だ」

「知り合いではない。俺達は山の精だ」

「そ、そう! スピリチュアルなアレなの! 分かる?」

 

 これ以上設定盛るな!! マジでややこしくなるから!!

 

「ええ? それじゃあ、タダの不審者って事なん!?」

「ち、違う! ふ、不審者なんかじゃないんだから! 見たら分かるでしょ!? ヒーローよヒーロー!」

「いや不審者やろ」

「失敬な。俺達は巌流齋老子に言われ、此処まで山を登って先回りしていたのだ。君達──じゃなかった諸君らを試す為にな」

「ってことは、あの爺さんの差し金って事やな!」

「二人も寄越すってことは、うちらも鍛えるつもりやったんやね!」

 

 ……。

 俺はチョートッQと顔を見合わせる。

 

「マスター、あの二人って──」

「言うな。今あいつらの正体を知ったら、俺はそいつと次に顔を合わせた時に他人のフリをしないといけなくなる」

「いや、でも、どっからどう見ても……」

「何だ。俺達の姿が知り合いに似てるのか? だとすれば見間違いだ。此処は君の心を映し出した煩悩が彷徨う場所。俺もまた、煩悩なのかもしれんぞ──」

「……そ、そうなのか?」

「君の中で、その人物に引っ掛かりがあるのだろう。だから俺達が君の中の知り合いの姿を借りて顕現した……それだけの話だ」

 

 ……すっげー早口で語ったな。

 流石に無理があると思う。だけど──有り得なくはない。

 今までも偽物事件があった以上、目の前にいる2人があいつらではない可能性も十分にある……のか?

 

「「カ、カッチョいい~~~!!」」

 

 そしてキャンベロとモンキッドに関しては目を輝かせてる始末だし。

 もういいや。こいつらは放っておく。

 

「さて、進みたければ我々を倒すんだな。力を示してみろ」

「マスター。事実奴らの力は神力に包まれているでありますよ! 我らの知っている彼らと少し違うというのは確かであります……」

「……付き合ってやるかあ、茶番に。そんでもって、その覆面ひっぺがしてやらぁ」

「待ちィや、白銀はん」

 

 前に進み出たのは──矢継だった。

 

「タダでさえ腹減っとんのに、こんな所で体力使ってどうするつもりや?」

「そ、それは……そうだけど」

「此処は大人しくワシらに任せとき。こんなふざけた奴らに負ける訳あらへんやろうからなぁ。おい、バイクなんたらって奴。ワシとやろうや」

「じゃあ、うちドラゴンレディとやるっ!」

「やから、さっさと桃太刀連れて先に行くんや!」

 

 言うなり二人は──それぞれの十王のカードを、バイク仮面とドラゴンレディに掲げる。

 

 

 

<──BOMBER!>

 

「天地神明、爆龍の軍勢よ──」

 

<──WAVE!>

 

「天地神明、波濤の軍勢よ──」

 

 

 

 次の瞬間──空間が開く。

 こうして、怪しい二人組と矢継とメイはそれぞれ戦う事になったのだった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──メイとドラゴンレディのデュエル。

 メイのマナゾーンには自然と水のカード。

 対して、ドラゴンレディのマナには多色のドラゴンの《偽りの王 ヴィルヘルム》が置かれていた。 

 だが、それよりも特筆すべきはドラゴンレディの背後にある巨大な鎖に縛られた何かだ。

 

「っ……禁断の鼓動……!」

 

 メイの口から思わず漏れ出た。

 最初からバトルゾーンにあり、条件を達成する事で真の姿を見せる特殊なカード《禁断~封印されしX~》。

 その条件は、火のコマンドが場に出る度に墓地に置かれる封印を全て外すというものだ。

 つまり、メイにとって時間的猶予は余りないとみても良い。

 ならばやるべき事は自分のやりたい事を押し通すということだ。

 

「──うちのターン。《つぶやきブルーバード》を召喚!」

「……今何て?」

 

 自分の姿よりもトンチキな名前のクリーチャーが場に出てくる様にドラゴンレディは首を傾げ、そして己の耳を疑った。

 見た所、青い鳥のクリーチャーのようだが、見た事も無ければ当然効果も分からない。

 ドラゴンレディは──脳筋だった。 

 考える事をやめた。

 2ターン目が回って来る頃にはメンデルを打つ事しか頭に無かった。

 

「呪文、《メンデルスゾーン》! 効果であたしの山札の上から2枚を表向きにして、それがドラゴンならマナに置く──ダブルヒット!」

「……流石ドラゴンデッキやね。速い……!」

 

 やけど、と彼女は続けた。

 

「うちの方が、もっと増えるよ。うちのデッキ、大食いやから……手札もマナも沢山要るんよ!」

「なあっ!? 青緑でそんなにマナを増やす方法なんて……」

「あるに決まってはるよ、ドラゴンの不審者さん。うちは2マナで《【神回】バズレンダでマナが大変なことに?!【驚愕】》を唱えるからね」

「な、何なの!? さっきからふざけた名前のカードばっかり!」

「そっちにだけは言われたくあらへんのやけど……」

「あたしだって、好きでこの格好やってるわけじゃ……」

「こほんっ、《バズレンダでマナが大変なことに!?》はそのまま使えばマナを1枚増やすだけの呪文」

「な、何だ、タダのフェアリー・ライフじゃん……」

「だけど、この効果はバズレンダを持ってはるんよ」

「ば、バズレンダ!?」

 

 次の瞬間、《つぶやきブルーバード》がメイの周りを飛び回る。

 そして彼女が手に掲げていた呪文の効果が──倍増した。

 

「《つぶやきブルーバード》の効果で、バズレンダを持つ効果をターン中初めて使った時、それをもう1回使う。マナを合計2枚増やす!」

「んなっ!?」

「これだけで終わらへんよ! うちにはまだ3マナ残ってはるから……《眼鏡妖精コモリ》を召喚するね!」

 

 3枚のマナがタップされ、浮かび上がるのは波にWが刻まれたマーク。

 飛び出したのは、パソコンを片手に眼鏡をかけたスノーフェアリーのクリーチャーだった。

 彼女の周囲にはカラフルな文字が飛び交っており、さながら動画サイトのサムネイルのようだった。

 

「な、何そのクリーチャー……!」

「《コモリ》の効果で、カードを1枚引いて1枚マナゾーンに置く! これでターン終了やからね!」

「っ……よく分からないカードばっかり! だけど、やってる事はマナを増やしてるだけ……あたしの方が、速い。そして、重い!!」

 

 ドラゴンレディは即座に5枚のマナをタップする。

 そして──

 

「呪文、《爆流忍法 不死鳥の術》! あたしのバトルゾーンにあるカードを2枚墓地に置いて、その中から火の進化じゃないクリーチャーをバトルゾーンに出す!」

「しまっ……不死鳥型……!?」

「場にあるカード……《禁断》の封印を2枚、墓地に置く!」

 

 封印はカード扱い。

 よって、この呪文の効果で指定して墓地に置くことが出来る。

 そしてその中に火の進化ではないクリーチャーがあれば──

 

 

 

「沙羅双樹の花の色──刃は儚き夢想の如く!! 

抜刀、《無双龍幻 バルガ・ド・ライバー》!!」

 

 

 

 ──問答無用で、降臨する。

 現れたのは、コスト10の超巨大アーマード・ドラゴンの《バルガ・ド・ライバー》だ。

 その頭部には戦車を暗示するⅧの数字が浮かび上がり、そして消えた──

 

「──コホンッ、そこな女子よ。俺とこの後一緒に茶でもどうだ?」

「ドライバー! 自重、自重! 今はそんな事言ってる場合じゃないでしょーが!」

「すまない主君よ、しかしこれは最早俺に刻まれた因果だ。美しい女子を見たら口説きたくなるのが男のサガ、違うか?」

「違うから! 真面目にやって!」

 

 ドラゴンレディは慌てて、自らのクリーチャーに叫ぶ。

 まるで漫才をやっているような1人と1体にメイは唖然としてしまう。

 

「……うちは、何を見せられてはるの?」

「うっさい! 《バルガ・ド・ライバー》はスピードアタッカーのT・ブレイカーなんだから! シールドを攻撃──する時、効果発動!」

「やれやれ、俺の主君はせっかちで困る。レディには先ず手優しく──なっ、と!」

 

 二刀を抜いた装甲竜の斬撃は次元を切り裂き、ドラゴンを龍の永遠の住処たる龍幻郷より呼び出す。

 現れたのは──

 

「《超戦龍覇 モルトNEXT》、召喚! その効果でマナゾーンに火のカードが5枚以上あるから、《爆銀王剣 バトガイ刃斗(ハート)》を装備するよ! 更に、封印を1枚墓地へ!」

 

 ──ドラグハートを極めた龍剣士。

 切り裂かれた次元から、銀河の如く熱く煌く剣が手に握られた。

 

「っ……モルネク!? このタイミングで出てくるなんて……!」

「失敬。どうやら、俺の剣は手加減出来なかったようだ」

「ラッキー! このまま、押し切ってやるからねっ! T・ブレイクだよ!」

 

 砕かれる3枚のシールド。

 その中にS・トリガーは無いようだ。

 そのまま、赤く燃える銀河の剣《バトガイ刃斗》を振り上げた《モルトNEXT》が斬りかかる──

 

「《バトガイ》を装備したクリーチャーで攻撃するとき、効果発動! 山札の上から1枚を捲って、それがドラゴンだったら場に出す!」

「っ……れ、連ドラ……! 凄い上ブレやないの!」

「上ブレ上等! 押し潰す! 出たのは《龍世界 ドラゴ大王》だよ!」

 

 突如、彼女の背後から超巨大な龍の覇王が姿を現す。

 それは、龍以外の存在を許さない圧政者だ。

 その掌に《つぶやきブルーバード》は押し潰されてしまう。

 

「大王まで……そ、そんな、ウソやろ!?」

「そして、ターン中ドラゴンが出たのが初めてじゃないから《バトガイ》の龍解条件達成だ!」

 

 龍の剣が空高く放り投げられ──煌めく。

 それは、銀河を宿した星龍となり、戦場へ降り立った──

 

 

 

「龍解、《爆熱王DX バトガイ銀河》!!」

 

 

 

 僅か、後攻3ターン目にしてドラゴンレディは凶悪な布陣を完成させてしまった。

 《バトガイ銀河》は攻撃するとき、カードを1枚引いて手札からドラゴンを場に出す凶悪なドラグハート・クリーチャー。

 更に、場には《ドラゴ大王》が居て、ドラゴン以外のクリーチャーは場に出せない始末。

 加えて、シールドは──《モルトNEXT》の攻撃で全て割られてしまった。

 ──その龍を見やるなり、メイの手が震える。

 

 

 

「──あかん」

 

 

 

 ──ぽつり、と漏らしたその言葉。

 ドラゴンレディは眉を顰めた。

 心が折れた?

 

「そんなにドラゴン仰山出して……おっかないわぁ」

「ん……?」

「……怖いなぁ、そんな激しくされたら……」

 

 ──いや、違う。

 

 

 

 

「……()()()()()やないの」

 

 

 

 

 刹那。

 シールドが光り輝く。

 

「……ふぇっ!? ぬ、濡れるって、それって──」

「あは。何考えてはるん? ほうら、みぃんな濡れるよ。纏めてびしょ濡れや──S・トリガー、《得波!ウェイブMAX》」

 

 そして──瞬きする間も与えなかった。

 ドラゴンレディの場に、あれだけ並んでいたドラゴン達は──纏めて押し流されていく。

 

「はっ!? ウ、ウッソ!? 何でぇ!?」

「しゅ、主君んんんん!? 何で全滅ゥ!? お、俺の出番ぎゃあああああ!?」

「ドライバー!?」

「……やっぱ、デュエマは激しくないとあかんわぁ。昨日から本当に強い人ばかり。こんなにええ事ばかりで、うち死ぬんかなあ。ふふっ」

 

 そして。

 眼前から龍が失せたドラゴンレディの視線は、必然的に目の前にいる少女に注がれる。

 その瞳は──滾っていた。

 

 

 

「そや。お礼にたっぷり愛でたるから……覚悟してぇな?」



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GR90話:十王のカード──波濤万里の大号令

 ドラグハート・クリーチャーは吹き飛ばされ、場にあった大型ドラゴン達は全て手札に戻されてしまった。

 ただのS・トリガーの呪文のはず。

 全バウンスなんて凶悪な効果、あるはずがないと歯噛みする。

 

「──な、何が起こったの……!?」

「《ウェイブMAX》はなぁ、相手のマナゾーンよりコストの大きいクリーチャーをぜぇんぶ持ち主の手札に戻しはるんよ。そして、もう1つの効果はマナを1枚増やして1枚マナから回収出来るんや」

「そ、そんなに強い呪文、あっていいの!?」

「両方の効果を使えるんは、場に自然と水のクリーチャーが居る時だけやけどなぁ」

「《コモリ》が居るから効果が両方発動したっていうの……!」

「そそ。ほな、行かせてもらうで──うちの手番や」

 

 妖艶に微笑むメイの頬は上気しており、息遣いが荒い。

 危機感、そして負けるか否かというギリギリの瀬戸際が彼女を興奮させていた。

 

「うちなぁ、強い人とヤるとスイッチ入ってしまうんよ。激しいと、猶更……!」

 

 ドラゴンレディも別の意味で危機感を抱いていた。

 自分よりちっこく、尚且つ恐らく胸が生えてすらいないであろう目の前の少女が色気マシマシで迫って来る様に。

 ──ってか、あたしってそんなに女としての魅力無いの!? 

 

「でもっ、そっちはもうシールド無いじゃない! しかも、あたしの封印は後1枚だからね!」

「モルネクで有効な6コストって、1枚しか積めへん《マナロック》と色が合わへん《ハヤブサリュウ》に《ジアース》と《シシオーカイザー》やろ? しかも、《ジアース》は不死鳥で捲れた時に美味しくないから入らへん」

「うぐっ……!」

「そして《ハヤブサリュウ》は、マナに光があらへんから出てこない。後は──《スクランブル・チェンジ》と《フェアリー・ギフト》が懸念ってところやけど、不死鳥型なら入れるスペースは無い。ドラゴンが少なくなって濁るからや」

「うぐぐぐっ……!」

「やから、せいぜい序盤にマナに置いてしまった《シシオー》しか6コストは入っとらへんのや。まあどの道禁断の封印は全部剥がせへんし、怖くあらへん」

 

 全て彼女の言う通りだった。

 事実、今のドラゴンレディに有効牌は無いに等しい。

 デッキに使われているカードから逆算して、採用されているカードや次に出てくるであろうカードを完全に見透かしてしまっているのだ。

 

「──ほな行こか? うちは8マナをタップ」

「8マナ──!?」

「追加コストを払う事で、バズレンダはその能力をその数だけ連続して使える! バズレンダ、3連チャンや!」

 

 4つの自然と水のマナに、続いて4枚のマナが追加で注がれる。

 揺蕩う波の如き鬣をなびかせた駿馬が姿を現した──

 

 

 

「来ぃや小娘、踊ったるわ──マナを追加して神力強化(バズルアップ)、《ウマキン・プロジェクト》!」

 

 

 

 小娘じゃないし、と言いかけたのも束の間。

 駿馬が駆けた場所から、魔力が次々に溢れ出てメイの手に、そしてマナゾーンへ注がれていく。

 

「この子のバズレンダ効果はなぁ、1回につき山札の上から2枚を見て1枚を手札、1枚をマナに置くんよ。それを3回発動するよ!」

「そ、そんなっ……!?」

 

 これで、メイのマナゾーンのカードは合計11枚。

 手札も大量に増えてしまった。

 

「しかもこの子のパワーは、マナの枚数だけ+1000されてパワー11000や。放っておいたら、どんどん強くなるんどすえ?」

「くっ……! 何なのよ、本当に……!」

 

 しかし、最早ドラゴンレディに立ち止まるという選択肢は無い。

 

「あ、あたしのターン! 5マナで《不死鳥の術》をもう1回撃つよ!」

「ッ……ああ。握ってはったん。もう1枚──あは。ええよ。そう来ないと面白くあらへんもん!」

「これでっ……何か良いの来て!」

 

 封印はこれで全て落ちた。

 その中にあったドラゴンは──絶対勝利の象徴たる龍と戦士。

 

 

 

「──これがあたしの覇道だ! 《勝利宣言(ビクトリー・ラッシュ) 鬼丸「(ヘッド)」》!」

 

 

 

 それは、攻撃する度にガチンコ・ジャッジを行い、勝てば追加ターンを得るという言わずと知れた凶悪切札。

 再び訪れた危機を前に、メイは──舌なめずりした。

 まだ、まだ自分を愉しませてくれるのか、と!

 

「ええよ! もっと激しいのを──うちに頂戴!」

「っ……そして、あたしの封印は全部落ちた! 見せて上げて! 真の姿! これで禁断解放だよ!」

 

 ドラゴンレディの声に合わせて禁断の鼓動が弾け飛ぶ。

 バトルゾーンに、封印の槍が降り注いだ──

 

 

 

「──禁断解放、《伝説の禁断 ドキンダムX》!!」

 

 

 

 君臨した禁断の存在は、その真の姿を現した瞬間に相手の全てのクリーチャーを封印する。

 山札の上から1枚を裏向きにしてそのカードの上に置くのだ。

 こうして封印されたクリーチャーは居ないものとして扱われる──!

 そして、追撃するように龍に跨った戦士が剣を振り上げた。

 

「《鬼丸「覇」》でダイレクトアタック──する時、ガチンコジャッジ発動!!」

 

 最早、オーバーキルと言わんばかりにドラゴンレディはガチンコ・ジャッジを仕掛ける。

 捲れたカードは《バトクロス・バトル》。

 しかし──

 

「うちは《水上第九院 シャコガイル》。追加ターンは得られへんかったね」

「くっ……だけど攻撃は通るはず!」

「言ったやろ? 踊ってあげるって! ニンジャ・ストライク7発動、《怒流牙 サイゾウミスト》」

 

 しかし、その攻撃は突如現れた巨人の忍者によって遮られる。

 《サイゾウミスト》は墓地と山札のカードをかき混ぜ、即座にシールドを作る事でメイを直接攻撃から死守した。

 

「やっぱりいたんだ、シノビ……でも、まだ《ドキンダムX》が攻撃出来る! ダイレクトアタック!」

「もう1枚、《サイゾウミスト》! さっきの《ウマキン》で回収しとったんよ」

「そ、そんなぁっ!?」

 

 一瞬で作られた光の壁が無数に降り注いだ槍を吸収してしまった。

 これで──メイは全ての攻撃を耐えきってしまったことになる。

 

「そしてS・トリガー、《フェアリー・シャワー》。マナを1枚増やして手札を1枚増やすわ。さて、それで終わり?」

「タ、ターンエンド……!」

「主君、まずいぞ! 相手は手札もマナも貯め切っている!」

「さあて、お礼はたっぷりせんとなぁ……よろしおす?」

 

 回ってきたメイのターン。

 7枚のマナがタップされ──更に追加で、6枚のマナが注がれる。

 彼女の足元に、大波の紋章が浮かび上がった。

 

「……ええよ。行こう? 此処からが楽しいんや」

「ッ……な、何!?」

「見せたるわ。うちの切札。十王のカードが一つ。その咆哮で巨獣をも従わせる水の獅子──」

 

 足元は──水面と化す。

 静かなるそこに、石が投じられたかのように波紋が広がった──

 

 

 

「一波僅かに動いて兆波従う──億千万里の彼方先までも!」

 

 

 

 彼女の指に灯が灯る。

 次々に文字が刻印の如く水面に刻まれていく。

 それが王の王たる所以、その歴史を示すかのように──

 

 

 ──浮かび上がったのである。

 ドラゴンレディが戸惑う間もなく、何処からともなく咆哮が聞こえてくる。

 

 

 

「──天地神明、波濤の先へ届き轟け──《キング・マニフェスト》!」

 

 

 

 水面は形を変えた。

 百獣を従えし、水の獅子へと──!

 

「っ……こ、これが、十王のカード……!?」

神力強化(バズルアップ)──三回。契約王《キング・マニフェスト》のバズレンダ3を3回使う。さあ、大号令……たんとお聞きやす」

 

 水面を揺るがすは百獣の王の叫び。

 それは戦場に大穴を幾つも開け、そこから巨獣を呼び打す──

 

「《マニフェスト》のバズレンダ効果! 1度につき、うちは1回、山札をシャッフルしてその一番上を見る」

「えっ、うそ、まさか……!」

「そして、それがクリーチャーか呪文やったら……好きに使えるんや。《ウェイブMAX》引いた時点で、あんさんの敗けよ」

「ッ……やっば……!!」

 

 《ドキンダムX》には致命的な欠点がある。

 それは、禁断解放した後にバトルゾーンを離れた場合、持ち主が負けるということだ。

 この時点で除去呪文を引けば、メイの勝ちとなる。

 そして、除去呪文が引けなかったとしても──

 

「一回目──むぅ、すかたんや。《バズレンダでマナが大変な事に!?》」

「っ……あ、危なっ……!!」

「二回目──《セブンス・タワー》。メタモーフで、マナが7枚以上あったらマナを3枚増やす」

「な、何だ、拍子抜け! デッキの殆どをリソース増やすカードに充ててるから、ハズレが多いんだ!」

「あはっ、何も知らへんのやねえ。確立は収束する。キング・マニフェストの大号令を三回も打ったんや。なんも起こらへんこと……あるわけないやろ?」

「な、何を今更……!」

 

 三回目。

 轟く咆哮によって空に開いた大穴は──特大サイズだ。

 

 

 

「お越しやす、異形の神──ふふっ、あんたはやっぱり最高のカードや……!」

 

 

 

 突如。

 雲行きが大きく変わった。

 空は暗雲が覆い、何故か巨大な月が現れている。

 まだ夜ではないはずなのに、月は──ぎらぎらと嫌な程に輝いていた。

 

 ──やっと、分かった。この子とデュエルしてる時に感じた嫌な感覚──!!

 

「あんたの英雄がどれほど大きくとも()()()()()()より大きい」

 

 ドラゴンレディの脳裏には──いつも仏頂面をしている、因縁の後輩の姿が浮かぶ。

 

「おんたの仲間がどれほど多くとも()()()()()()より多い」

 

 ──あたしがどう足掻いても、掌の上で転がされてるような……そんな感じ……!

 

 

 

「あんたらの食欲がどれほどあろうとも──()()()()()()より貪欲だ」

「ッ……!!」

 

 

 

 ──()()()()()()……あたしじゃ、この子には……何度やっても勝てない……!!

 

 抵抗する意思が、削がれていく。

 今まで現れたふざけたカード達とは訳が違う、彼女の真の切札。

 それは、滅亡という名の永遠を焼き付ける異形の神──

 

 

 

「そういうわけで、エルドラージが勝つのだ──《引き裂かれし永劫 エムラクール》!!」

 

 

 

 ──ドラゴンレディの脳裏には未来永劫、今日この日の記憶が焼き付けられるだろう。

 恐らくそれは、今まで彼女が空間内のデュエルで見てきたどのような異形とも違う。

 まるで大陸から無数に触手が生えたような怪物が、空より飛来してきたのだ。

 そして、何より恐ろしいのは──このような強大な怪物でさえも呼び寄せてしまう契約王の咆哮。

 力の座を守る水獅子の本領は、強大な力を波紋の如く連続する大号令で容易く呼び寄せてしまうことだったのである。

 

「あはっ、この台詞……一回言ってみたかったんよ! 嬉しいなぁ、嬉しいなぁ!」

「あっ、えぅ、何、なの……!?」

 

 無邪気にはしゃいでみせるメイに対し、最早ドラゴンレディは戦意を喪失しつつあった。

 目の前にある怪物を前にして──

 

「──《エムラクール》はエルドラージにしてゼニスのクリーチャー。召喚して場に出た時、もう1回自分のターンを得る」

「っひょ、拍子抜け! コストを踏み倒して出てきたから、召喚時効果は発動しないはず!」

「何言うてはるん? 《キング・マニフェスト》で場に出したクリーチャーはなぁ、コストを支払わずに召喚した扱いなんよ。ゼニスの召喚時効果も発動する」

「な、何なの!? め、滅茶苦茶じゃない……!」

 

 つまり、それは目の前の怪物が実質スピードアタッカーである事を示していた。

 だが、その前に《鬼丸「覇」》目掛けて《キング・マニフェスト》が飛び掛かる──

 

「この子はマッハファイターや! 《マニフェスト》で《「覇」》を破壊!」

 

 これで、バトルゾーンには《ドキンダムX》だけ。

 だが、それだけでは彼女は飽き足りないのか、即座にターンを終了する。そして、溜まりに溜まったマナを全てタップし──あろうことか、もう一度大空に大穴をこじ開けた。

 

「15マナ──2体目の《エムラクール》召喚するわぁ」

「はぁっ!?」

「これで、もう1回うちのターンやね。確実に決めたいんよ──纏めて全部焼き払うよ。覚悟はええ?」

 

 直後。1体目の《エムラクール》の瞳が不気味に光り輝き──ドラゴンレディのマナゾーンを、そしてバトルゾーンを覆う。

 それは滅亡の光。問答無用で全ての命を奪う殺戮の権能。

 

 

 

「──滅殺6発動」

 

 

 

 直後、ドラゴンレディのマナゾーンのカード、そしてバトルゾーンのカードが浮かび上がる。

 戸惑った様子で彼女はメイの顔を見た。

 

「こ、これって──」

「滅殺6──ああ知らへんのね。まあええわ。《エムラクール》が攻撃するとき、相手は自分のバトルゾーン、シールドゾーン、マナゾーンにある表向きのカードを合計6枚選んで墓地に置くんよ」

「6枚……は、はぁぁぁ!? 6枚!? そ、そんなの──」

 

 それが、《エムラクール》の恐怖の象徴たる所以だった。

 ドラゴンレディの表向きのカードは──マナゾーンにある6枚のカードと《ドキンダムX》しかない。勿論、後者を選んだら即負け。

 故に、マナゾーンの全てが焼かれた。

 そして──彼女のシールドが纏めて3枚、吹き飛ばされていく。

 

「そしてもう1回うちのターン」

 

 

 この日。ドラゴンレディは悟った。

 世の中、上には上が居るものなのだと。

 そして絶対に喧嘩を売ってはいけない人種が居ると言う事を──

 

 ──こ、これ、嬲り殺しだ……! あの子と同じだよ……!

 

 

 

「3度目のうちのターン──《エムラクール》で攻撃するとき、滅殺6発動」

 

 

 

 無論。

 表向きのカードなど《ドキンダムX》しか無い。

 そのままシールドも、場のカードも、マナのカードも──全部纏めて吹き飛ばされたのだった。

 

 

 

「《ドキンダムX》、撃破──うちの勝ちやね♪」

「ま、負けましたぁ……」

 

 

 

 オーバーキルも大概であった。

 王の大号令の後には──塵一つ、残らなかったのである。



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GR91話:十王のカード──霹靂閃電の猛攻

 ──バイク仮面と矢継のデュエル。

 バイク仮面の背後にも巨大な禁断の鼓動が6つの封印によって縛られていた。

 

(バイク仮面ってことは、ほんまにバイク使って来るんかな……)

 

 既に嫌な予感をさせつつも、矢継は3枚のマナをタップする。

 稲光が彼の盤面に奔った──

 

「──3コストで《ケンザン・チャージャー》! 効果で山札の上を捲って、それがブロッカーか呪文なら手札に回収するで! 《ドラゴンズ・サイン》をバリバリ回収や!」

 

 浮かび上がる剣の紋章から、呪文が矢継の手札に加わる。

 それは、燃え滾る溶岩が火山から溢れ出るカードだった──

 

「さあ、ワシの爆龍皇は疾風怒濤にして疾風迅雷──焼き尽くしたるわ」

「──知らん。焼けろ」

「あ?」

「……情け無用。戦闘開始」

 

 タップされるのは──2枚のマナ。

 バイク仮面は奔りだした。

 矢継よりも、ずっと先のスピードの領域へと──

 

「強襲戦用意──《ヘブンズ・フォース》から《暴走獣斗(ジェット)ブランキー》をバトルゾーンへ」

「……はぁぁぁぁ!? マジか!? マジで赤白バイクなんかお前ェェェーッ!!」

「何が疾風怒濤で疾風迅雷だ。俺は今非常に機嫌が悪い──」

「機嫌が悪いィ!? さっきまでノリノリで不審者やっとったやんけぇ!!」

「──焼けろ。というか焼き切れろ。この姿を見た者は例外なく轢殺する」

 

 ヒーローとは何だったのか。

 バイク仮面は途端に重低音で唸りながら、ソニック・コマンドの《ブランキー》を呼び出す。

 現れたのはバイクに跨り、ヘルメットを被った猿人。

 そのままバトルゾーンをさながらサーキットよろしく爆走する──

 

「──オペレーション、侵略(インベード)。準備に入れ! 《ブランキー》で攻撃──する時、情け無用、侵略開始!!」

「あ、あかん、この流れはあかん……ッ!」

 

 さしもの矢継も、このデッキの恐ろしさは知っていた。

 赤白バイク。最速2ターン目から《ヘブンズ・フォース》で4コストのソニック・コマンドを走らせ、そのまま侵略させる恐怖の権化のようなデッキだ。

 侵略先は当然──パワー1万オーバーの凶悪な進化ソニック・コマンドたち。

 それが2ターン目3ターン目に飛んで来る恐怖は、開幕から矢継を戦慄させていた。

 

 

 

「──戦車(チャリオッツ)、加速形態──侵略進化《熱き侵略 レッドゾーンZ》ッ!!」

 

 

 

 手札から飛んで来たのは、車輪を拳に取り付けた深紅のロボット。

 まるでバイクが人になったかのような容貌のそれは、狂い狂った速度で矢継のシールドに突貫した──

 

「封印を墓地へ置く。進化ではないクリーチャーに重ねられた時、《レッドゾーンZ》は相手のシールドを1枚墓地へ叩き落とす」

「ぐぅっ……!? クッソォ、ほんまに狂った速さやな! 認めたるわ、その根性!」

「更に《ブランキー》の効果発動。攻撃時にカードを2枚引くか、相手のシールドを1枚ブレイクするか相手に選ばせる。さあどちらだ? 選べ! 択ぶのだ!」

「どっちも地獄や無いか!!」

 

 赤白は速度と引き換えに手札消費が酷く、安定性に欠いている。

 故に手札を与えてしまえばその欠点は補われて、いよいよ取り返しがつかない。

 矢継の選択肢は──

 

「ブレイクや! もう1枚追加ブレイクを喰らう!」

「そうれ! 合計3枚ブレイクだ!!」

 

 回し蹴りが矢継のシールドを薙ぎ払った。

 これで、早くも残り1枚に──しかし。

 その追加ブレイクが矢継の寿命を永らえさせた。

 

「S・トリガー発動! 《アイズ・ワイド・シャッター》! 効果で《レッドゾーンZ》をタップして、次のターンは起き上がれんようにするで!」

「チッ、フリーズか。命拾いしたな。君も部長と同じ──運命に好かれている者のようだが」

「部長?」

「……こっちの話だ」

「部長って、まさかあのデュエマ部の部長か? あいつ、お前らの事明らかに知っとるみたいやったけど」

「知り合いではない。あんな男は知らん。焼くぞ」

「ボロ出したのはお前やろ!!」

 

 あーもう知らん、と頭を掻きながら矢継は5枚のマナをタップする。

 開幕からボロボロにされたが、決して悪い状態ではない。

 上手く行けば、このままバイク仮面を倒すことが出来る準備は整っている。

 

「感謝するで変態の兄ちゃん! あんさんが増やしてくれた手札、一気に爆発させたるわ!」

「ッ……変態だと」

「いや変態ですやん。山ン中そんな恰好で出てくるのはお化けか変態ですやん」

「もうお化けで良い……」

「ほんまに何があったんや、この人……まあええわ。今、ワシの場にはクリーチャーが居らへん。やからなぁ、こいつはコストが3軽減されるんや!!」

 

 稲光がマナゾーンから迸る。

 火、そして光。

 それが彼の周囲を舞った──

 

「さあ、バリバリ行くでーッ!! 爆発を愛し、爆発に愛されたドラゴン、って言えばええんかぁ! ニトロ・ドラゴンのお出ましや!」

「コイツ、人の科白を──」

「──奔れ稲妻(イナズマ)、走れ火焔(ホノオ)、疾風迅雷──《雷龍ヴァリヴァリウス》!!」

 

 バトルゾーンにミサイルが突き刺さり、爆風を巻き起こす。

 砂塵が晴れた後には──ジェット機の如き容貌の雷龍が咆哮を響かせていた。

 その全身には紫電が迸っている──!

 

「ッ……来たか」

「さあ行くで、爆龍の軍勢の必殺技ァ!! 《ヴァリヴァリウス》は当然スピードアタッカーや! ガチでマジの大爆発、マジボンバー7発動ォ!!」

 

 地面を蹴り、バイク仮面のシールド目掛けて突撃する《ヴァリヴァリウス》。

 その身体から幾つも地面にばら撒かれていく──

 

「素人のお前に教えたるわ! マジボンバーはなぁ、手札と山札の上を捲って、その中から指定されたコスト以下のクリーチャーを1体場に出せるんや! 《ヴァリヴァリウス》のマジボンバーは7! コスト7以下が飛び出るで!!」

「ッ……成程な。ぶちょ──白銀耀もその技の前に引き潰されたわけか」

「ああ。ちょろかったでアイツ。何で桃太郎に選ばれたのか、分からへんくらいにはなぁ!!」

 

 溶岩がバトルゾーンを埋め尽くす。

 矢継の背後に火山が現れ、大鳴動と共に爆発し──火山雷が鳴り響いた。

 

「さあ来い、ワシの王! 最強のキングマスターカード!」

 

 浮かび上がるのは──爆弾の紋章。

 そこにBの文字が刻まれていく。

 

「──天地神明、神鳴(カミナリ)の如く怒り爆ぜよ!」

 

 それは火山より生まれし爆龍の子。

 かつて鬼を滅した爆龍の軍勢の統率者の歴史を示すが如く、次々に文字が戦場に刻まれていく。

 

 

 

    

    

    

 

 

 燃え滾る溶岩に浮かぶ卵。

 それを中から食い破り、それは爆ぜるように誕生した──

 

 

 

「──爆誕!! 《爆龍皇 ダイナボルト》ッ!!」

 

 

 

 それは、新たなる時代を告げるドラゴン。

 全身に紫電と閃光が迸る火砕流と火山雷を司る爆龍の皇帝。

 今まさに、思うがままに戦場を溶岩一色に埋め尽くさんと羽根を広げた──

 

「火と光のドラゴン──ッ!! そんなものを矢継の家は隠し持っていたのか……東洋魔術の家系にしては、まあまあと言ったところだが……!」

「《ダイナボルト》はワシの切札! そんな事言ってられる場合かいな! 先ず、《ヴァリヴァリウス》でW・ブレイク!」

「っ……受ける……!」

「そして、《ダイナボルト》で攻撃するとき、W・マジボンバー6を発動するで!」

「Wだと!?」

「そうや! こいつのマジボンバーは特別性! 只のマジボンバーと一緒にされたら困るで!」

 

 火山の龍帝が咆哮し、バイク仮面目掛けて飛空する。

 そして、溶岩を翼で切ると、爆発が巻き起こり、二体の仲間を連れてくる──

 

「2体か……マスター・W・メラビートのようだッ……!」

「ハハハハッ、ジョーカーズのそれよりもこっちは自由度が高いんや! なんでも出せる訳やからな! 山札の上から2枚を見て、その中からコスト6以下を2体場に出す! 先ずは《その子供、可憐につき》を場に出すで!」

 

 溶岩から飛び出したのは相手の相手の進化クリーチャーとスピードアタッカー、そしてマッハファイターをタップインさせる少女型ヒューマノイド。その能力で、仮にバイク仮面がS・トリガーで次のターンを拾ったとしても反撃を許さない姿勢だ。

 だがこれだけでは矢継は飽き足らず、もう1体の増援を呼ぶ──

 

「そして2体目ェ!! 《パンヌダルク》を召喚や!」

「ッ……ジョーカーズだと」

 

 ──飛び出したのはフランスパンにジャンヌダルクを合わせたような奇妙なクリーチャーだった。

 思いも寄らぬ場所から現れたジョーカーズにバイク仮面は目を丸くさせる。

 

「見てみぃ!! こいつは場に出た時、ワシのクリーチャーを全部纏めてアンタップするんや!!」

「っ……赤白特有の連続攻撃か!」

「んあ? 何かメイちゃんがそんな事言いよったな……まあワシはそんなん知らへんけど、これで《ダイナボルト》も《ヴァリヴァリウス》も、もう1回攻撃出来るっちゅうわけや!」

 

 ありとあらゆるクリーチャーとの噛み合わせ次第でどのような挙動も可能にする。

 それが爆龍の皇帝の恐ろしさだった。

 この構築では《ダイナボルト》が走り出した時が最期。後は彼の思うがまま──

 

「これがダイナボルトの恐ろしさや! デッキの中身次第で展開も連続攻撃も自由自在! ジョーカーズやろうがビートジョッキーやろうが、ダイナマイト・ドラゴンの前には従うしかあらへんっちゅうわけやねん!」

「……」

「白銀耀もあんさんも大した事あらへんかったなぁ!! はははは、あの白銀耀よりもワシの方がよっぽどジョーカーズの使い方が上手いみたいや!! ワシはまだ手札に《パンヌダルク》したためとんねん、お終いや!」

「……もう良い」

 

 《ダイナボルト》の翼がバイク仮面のシールドを2枚、叩き割る。

 これで残るは1枚──

 

 

 

「──もう黙れ。口を開くな。虫唾が走る」

 

 

 

 ──しかし。

 その前に矢継のクリーチャーは全て、閃光の前に叩き伏せられる。

 

「はっ……!?」

「S・トリガー発動、《1、2、3、チームボンバーイェー!》。この呪文の効果は知っているよな? 相手のクリーチャーを全員タップし、パワー6000以下の《可憐》を粉砕する」

「は、はぁぁぁ!? ちょ、ちょい待て!! 待つんや!!」

 

 矢継は衝撃を隠せなかった。

 止められるところまでは想定内だったものの、よりによって飛んで来たのはチームボンバーの呪文。

 矢継家でなければ持ち得ないカードであった。

 

「な、何でや!? 何でお前がそのカードを──」

「──情け無用、殲滅戦用意」

 

 連続攻撃はそこで遮断された。

 ターン返しを想定していたであろう《可憐》も見事粉砕され、矢継を守るものは何も無い。

 飛んでくるのは──侵略を控えた轟速の暴徒たちだ。

 

「──4マナをタップ。《GOOOSOKU・ザボンバ》召喚」

「ま、またチームボンバーのカード……!?」

「こいつはソニック・コマンドでスピードアタッカー。そして、マジボンバー3を持つ。さて、何処かの粋がりが半端に手札をくれたな、有り難い」

 

 サーキットを爆走する《ザボンバ》に追走し、更なるクリーチャーが飛んで来る。

 

「先ず、《ザボンバ》で攻撃するとき──侵略、《轟く侵略 レッドゾーン》ッ!」

 

 刻まれるのはⅧ。

 戦車を意味する数字。

 全身が情熱の赤に包まれた赤き機体が姿を現す──

 

「効果で相手のパワーが一番高いクリーチャーを1体破壊する。《ダイナボルト》を破壊!!」

 

 出てくるなり、強烈な蹴りで《ダイナボルト》を溶岩に沈めてしまう《レッドゾーン》。

 そのまま、龍帝を踏み台にして轟速の侵略者は進軍する──

 

「ッ……なあっ!? な、しまったぁ!? やけど、封印は全部落ち取らへん!! 打点は足りんはずや!」

「《ザボンバ》のマジボンバー3発動。手札から《巡巡─スター》を場に出す」

「そ、そいつはぁ!?」

 

 またも現れたチームボンバーのクリーチャー。

 その能力は、場のクリーチャー1体をアンタップする事。

 再び、《レッドゾーン》は起き上がる──

 

「……さて、何だったっけか──こういう時はこういえば良いのか? 俺の方がマジボンバーの使い方が上手い、と」

「お前は何なんや……何者や!! 何で、何で矢継家のカードをお前が……!!」

「──これは()()()()から聞いた話なのだが……数年前。魔導監査学会が矢継家に立ち入り調査を行った事がある」

「ッ……!?」

「その時、矢継家は何枚かのカードを寄贈して手打ちにしたらしいが……さて、その時。当時アカデミー生でインターンシップの途中だった新人魔導司に、あろうことかウザ絡みしてデュエルを挑んだ挙句返り討ちに遭った命知らずが居たらしい」

「お、お前まさか……!!」

 

 矢継の中で嫌な記憶が頭を過る。

 何故、この男が今になって──

 

「当時も今も減らず口は変わらないな君は──喋りさえしなければ生焼けで済んだものを」

「お前は、ひ、ひひ──」

「そんなに口を開けたいならガソリン焼きにしてやる。喜べ、あの料理はよく爆ぜるらしいじゃあないか」

 

 シールドの無くなった矢継に、《レッドゾーン》の拳が迫る。

 

 

 

「──《レッドゾーン》でダイレクトアタックッ!!」

 

 

 

 渾身の一撃。 

 頬に車輪の拳が回転しながらめり込んだ。

 塵のように吹き飛んだ彼を見て──バイク仮面は一言。

 

 

 

「何も知らない癖に部長を語るんじゃない。只々、不愉快だ」



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GR92話:十王のカード──もう一つの皇帝

「──あ、あああああ!!」

 

 

 何でだろう。

 何故なんだろう。

 勝ったのは相手のはずなのに──当の本人であるメイは地面に蹲って頭を抱えていた。

 

「え、えーと、どうしたの?」

「うち、うち、うち、デュエルの途中ヘンな事口走ってませんでしたかぁぁぁ!?」

 

 今にも泣きそうな顔である。

 まるで許しを請うような顔に、ドラゴンレディはどっちが勝ったのか忘れてしまいそうになった。

 ──負けたの、あたしだよね?

 

「あー、うん大分……」

「ど、どないなことを!?」

「えーと……濡れるって」

「殺してくださいいいいいいいいい!!」

「えええええええええええええええ!?」

 

 土下座するメイ。

 最早、どっちが勝者でどっちが敗者だったかなど誰も分からなかった。

 泣きそうになりながら彼女は言った。

 

「う、うち、昔からスイッチが入ると、ヘンな事口走っちゃって……後から我に返ると、すっごく恥ずかしくって……」

「気持ちわかるよ。あたし剣道やってるんだけど、剣を握るとスイッチが入って怖がられちゃうんだよね」

「っ……ドラゴンレディさん……」

「だから大丈夫。あたしは見なかった事にしてあげる。まあ、そのつまりデュエマの途中で興奮してエッチになっちゃうのも仕方ないかなって……あたし変な人は沢山見てきたし、人の事は言えないところあるし……ドンマイ!」

「違ううう!! フォローやなくて的確な追い討ちやからそれぇ!! ちゃうんよ? ちゃうんよ……うち、えっちな子やないんよ……? ほんまやから……!」

 

 ──何であたしが負けたのに、この子を慰めてるんだろう……。

 そんな事を思いつつ。

 

 

 

「お、お前ぇぇぇ……何でお前が伊勢に居るんやぁぁぁ……」

 

 

 

 後ろからと言えば呪詛のような声が響いてくる。

 二人は恐る恐る振り返ると、そこにはタイヤ痕が頬にくっきりと焼き付けられた矢継が、バイク仮面の前で地面に伏せていた。

 

「ハヤテェ!?」

「──俺は何時でも相手してやる。十王のカードとやらの力、その程度ではあるまい」

「ち、畜生、情けを掛けたつもりかいな……!」

「……人の思いの力が魔導の力を超えるというのならば。その可能性を俺にもっと見せてみろ。あの男のように」

 

 そう言い残し、バイク仮面はその場から陽炎のように姿を消してしまう。

 そして、ドラゴンレディも「あっ待ってよ!」と追いかけるようにしてその場から消えてしまったのだった。

 

「ハヤテ……負けたん……!? あの人って──何やの?」

「……あいつを、ワシは知っとる。あの爺さんも趣味悪いわ──!」

 

 心底から悔しそうに彼は唸る。

 

 

 

「間違いあらへん。あれは火廣金緋色──西洋の魔術師で、文字通りのバケモンや!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「この辺りから煩悩の反応がするケン!」

「……デカいか!?」

「いや、それ程では……」

「嫌な気配がするぜ……ひょっとして、周囲の邪気を吸って膨れ上がってたりするかもな」

 

 桃太刀達をセンサー代わりにし、俺は矢継達に先行して煩悩の位置を探っていた。

 然程大きくこそないものの、近付けば近づくほどに──その気配は強く感じられてくる。

 そして、ガサガサッとキャンベロの傍にある茂みの向こうが揺れる。 

 それが何かとてつもなく嫌な予感がして──

 

「キャンベロッ!!」

「キャインッ!?」

 

 すんでの所で彼は踏み潰されずに済んだ。

 自動車と見紛う程の速度でそれはいきなり四本の足で駆け抜け飛び出してきたのである。

 灼熱を纏った鋼の軍馬が俺を目掛けて睨みつけていた。

 

 

 

”ヒヒヒヒィィイイイーン!!”

 

 

 

 雷のそれにも劣らぬ甲高い咆哮。

 そしてその禍々しくも雄々しき姿に俺は目を見開く。

 

「っ……《バーンメア・ザ・シルバー》……!? 何でコイツがこんな所に……!?」

「煩悩とは人の心にある悪しきものが具現化したものだッキィ!」

「つまり、マスターの中にある超GRの力を読み取って現れたと言う事でありますな。または、マスターが最も信頼している切札だから……というのもあるのでありましょう」

「確かに俺はバーンメアに大分頼ってたからな……よりによって、その姿を借りて来るなんて!!」

「ヒヒヒィイイーン!!」

 

 叫びと共にシルバーの足が変形し、車輪と巨大なチェーンソーが何処からともなく現れて取り付けられた。

 いよいよ俺の知るシルバーの戦闘形態だ。本気でこっちを殺しに掛かってる……!

 案の定、すぐさま茂み目掛けて突貫してきた。

 間一髪躱したものの、あの勢いでは掠っただけで恐らく致命傷。全身が兵器のシルバーにぶつかれば、命は無い。

 

「滅茶苦茶暴れてるじゃねえか……あれは何の煩悩なんだ!?」

「六大煩悩のうち、あれは癡……妄想、混乱、鈍さだ」

「鈍さァ!? 何処がニブいんだッキィ!! 馬なんて速さの化身みたいなもんだろ!!」

「それは蓋を開けてみなければ分からないケン」

「マスター! 新たな切札を使う以上、今までの自分のデッキを超える事が出来なければ意味がないであります! シルバーを此処で倒すでありますよ!」

「しゃーねぇ、新しい切札を試してやるかッ!」

 

 こちら目掛けて突貫してくるであろうシルバー相手に、エリアフォースカードを掲げた──その時だった。

 

 

 

「──断て、《ダンダルダBB(ビッグバン)》」

 

 

 

 軍馬の身体は一刀両断された。

 叫んだのは俺の声ではない。

 しかし、確かに今は封じられているはずの《ダンダルダ》を呼ぶ声が聞こえていた。

 そして、大きな衝撃で土煙が舞い上がり──それが晴れた後、その場に立っていたのは──

 

「ッ……!?」

「……おや、どうしてそんな顔をする? ()()耀()

 

 ──俺と、全く同じ顔、全く同じ背丈、そして全く同じ声でせせら笑う少年。

 そして、全身が真っ黒にカラーリングされた《ダンダルダBB》の姿だった。

 両断されたシルバーは、それでも尚呻いていたが──粒子となった後、少年の身体の中に吸収されて消えてしまった。

 何なんだコイツ──

 

「何で、俺と同じ姿なんだ……!?」

「我も居るでありますよ! 守護獣までコピーしてるなんて……!」

「知ってるか? 世の中には──自分と同じ顔が3人は居る……らしいぜ」

 

 俺と同じ顔の少年はそう言った。

 それに驚愕していたのは俺とチョートッQのみならず、桃太刀達も同じであったが、間もなくケントナークが、

 

「煩悩だケン!! しかも、複数の煩悩を一つの巨大な煩悩が纏め上げているんだケン!!」

「って事は、あいつは俺の煩悩の集合体!?」

「鏡映しのニセモノということでありますか!」

「おい、兄弟。仲良くしようぜ。(おれ)ぁ別に喧嘩しに来たんじゃあないんだからな」

 

 贋物は悪びれる様子も無く言ってのける。

 

「悪いけど、それは無理な話だ! お前達煩悩を集めろってのが、俺の試練なんだからな!」

「クックッ──そいつぁ面白ェ。試練か。この期に及んで、まだ頑張るねェ」

「ッ……!?」

「いい加減気が付けよ。あいつら皆、お前を鬼退治に体よく利用してるだけだぜ? そりゃあそうだ。皆死にたくないもんなあ」

「ンだと……!?」

「守護獣も、桃太刀も、乗せられやすいバカなお前を上手い事おだててるだけだ。奴隷みてーにこき使われてンだよ、お前は」

「お、前……!」

 

 この語り口。

 聞いたことがあるぞ。

 アバレガンに乗っ取られた時に聞こえてきた声だ。

 

皇帝(エンペラー)、かッ……!?」

「クックッ、ご名答」

「な、何ででありますか!? エリアフォースカードの意識が、外に出てきたというのでありますか!? それに、エリアフォースカードは直接人間と意思の疎通は出来ないはず……!?」

「演説は長すぎると嫌われる。おっと──お前達は市民ですらなかったか」

 

 言うと、皇帝(エンペラー)は1枚のカードを掲げる。

 それはエリアフォースカード。

 銃を掲げた皇帝のカード……! 俺が持っているものと全く同じだ。

 

「何でエリアフォースカードが増殖してるのでありますかぁ!? あのボルバルザークの刀、どうなってるのでありますか!?」

「お、俺の皇帝(エンペラー)は正常だよな!?」

「正常でありますよ! おい桃太刀、これはどういうことでありますか!」

「奴が煩悩であることは間違いないケン……! あいつは偽物だケン!」

「ハッハッハ、こ奴め。どっちが本物で、どっちが偽物か。その論議自体が無意味な事にまだ気付かないのか? どうせ生き残るのは片方だけだぜ。皇帝(エンペラー)は二人も要らないからな」

「何が起こってるのか我でもさっぱりであります……!」

「生き残るのが片方だけってんなら、俺がテメェを倒すだけの話だろーが!!」

「奴隷根性の皇帝なんざ要らないんだよ。理解るか? 皇帝は圧政してナンボだろ!」

 

 飛び掛かる黒い《ダンダルダ》。

 俺もぶつけるしかない。パワーにはパワーだ!

 

「……《サンダイオー》!!」

「御意でありますよーッ!!」

 

 巨大な機体同士が剣と刀をぶつけ合う。

 衝撃波が辺りに飛んだ。吹き飛ばされそうだ──しかし。

 

「ぐああああっ!?」

 

 黒いダンダルダの大剣が押し切ってしまった。

 文字通り一刀両断。

 そのままサンダイオーの身体は粒子となって消えてしまう。

 チョートッQの身体が山を転がる……!

 

「う、ウッソだろ……な、何で!?」

「これが奴隷と皇帝の格の違いってことだぜ。分からねえのか? 人に媚びへつらう奴隷根性で身体が出来てるお前が、皇帝に届く訳がないだろうが」

「奴隷根性、だと……!?」

「自己犠牲、人助け、反吐が出る。自分の体を省みない行い、それこそが己の身を滅ぼす。分かってんだろ本当は?」

「うるせぇ!! 偽善が何だってんだ!! やらねぇ善よりやる偽善だろうがよ!!」

「詭弁だ。お前は体よく利用されているだけだとも」

 

 体よく、利用されてるだけ……俺が……?

 そんなはずはない。

 そんなわけが──

 

「お前、分かってんのか? キングマスターのカードを使う為に埋め込まれた神力の回路。あれは間違いなくお前には過ぎた代物だ。お前は人柱にされたんだよ」

「なんだと……!」

「英雄に……生死は問われないからだ。偉業を成し遂げたという歴史さえ残ればそれでいいからな」

「ッ……! バカな事を、言うな!」

「疑っただろ? それでも今、”もしかしたら”って思ったんじゃねえのか?」

「っ……」

 

 言葉に詰まった。 

 まるで自分の言葉のように、胸の中に反響してくる。

 声が同じだから?

 姿が同じだから?

 違う。

 この声は──まるで、俺の中から発せられたかのようだった。

 

 

 

「その発言は……マスターのみならず、マスターの仲間への侮辱でありますよッ!!」

 

 

 

 制止する間も無かった。

 チョートッQの身体は、今度はダンガンテイオーへと変形していく。

 

「バカ!! もうやめろ!! ダメージが──」

「これ以上、コイツに好き勝手言われるのは我慢ならないでありますッ!! お前なんか、皇帝(エンペラー)じゃないでありますよッ!!」

「分かってないなあ。真贋を問う事。それそのものが無意味だってことが、まだ分からないのか?」

 

 

 

(ヒート)ローディング>

「──有り難く受け取れ。ビッグバン・ヒートッ!!」

 

 

 

 大上段に振り下ろされた灼熱の剣。

 それがダンガンテイオーを真っ二つにしてしまった上に──炎を全身で包み込む。

 絶叫がその場に響き渡った──

 

 

 

「ちょ、チョートッQッッッ!!」

 

 

 

 がくり、と膝を突く鋼鉄の巨人。

 その身体が、炭のように崩れ落ちていく。

 カードの姿に戻った相棒は、ぐったりとしていて──声も利けなかったようだった。

 

「お前ッ! 何で、何で向かってったんだよ! 力の差があるのは、分かってただろ!?」

「ハハハハハハ、頭が高い。奴隷が皇帝に謁見しようなどと、身の程知らずの所業だとは思わないか? ハーハッハッハッハッハ!!」

 

 皇帝の影が消える。

 俺は──ずっとチョートッQに呼びかけ続けていたが、一向に声を発する気配も無い彼の状態がいよいよ危ない事に気付くと、一目散にその場から駆け出したのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 結局──その日は一つも煩悩を回収出来なかった。

 何より、大ダメージを受けたチョートッQのカードを庇うようにして下山するので精一杯だった。

 途中、矢継達とすれ違ったが──最早話しかけている暇は無かった。

 

「っオイこらどうしたんや!!」

「見たら分かるだろッキィ! 煩悩に手酷くやられたんだよ、チョートッQが!」

「やからって、山ン中そんなに走ったら危ないって──ああ!」

 

 何かに蹴っ躓いた俺の身体は──地面に転がされる。

 起き上がると──腕と膝に、酷い擦り傷が出来ていた。

 

「白銀君っ、大丈夫なん!?」

「おいお前、無茶し過ぎや! そんなん走っとったら──」

「帰らなきゃ……!」

 

 だけど、それでも立ち止まる理由にはならなかった。

 きっとうわ言のように呟いていただろう。

 

「チョートッQは、俺の代わりに怒って……こうなったんだ……!」

「やからって、お前まで大怪我したら意味あらへんのやぞ!! ちったぁ頭を冷やさんかいボケ!!」

「ッ……ごめん」

「……ハヤテッ!! あんた、言い過ぎ!」

「うっさいわ。危なっかしくて、見てられへんねん」

 

 ……。

 何も言い返せない。

 事実、酷い擦り傷で血がたらたらと流れてしまっている。

 痛みで、立ち上がれない程だ。

 俺、本当に何やってんだよ……!

 

「メイちゃん。つぶやきブルーバードを出したれ。先に力の座にチョートッQのカードを送り届けるんや」

「っ……わ、分かった!」

「良いのか?」

「うんっ、この子が一番速いから……力の座はうちのクリーチャーからすれば庭みたいなもんやし、安心して」

「……分かった。頼めるか」

「ええよ」

 

 すぐさま、青い鳥が彼女の手の中から現れた。

 小さな鞄の中にチョートッQのカードが入ると、そのまま鳥は凄い速さで飛び去って行った。

 それを見送ると──安堵のような、情けなさのようなものが込み上げてくるのだった。



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GR93話:十王のカード──二人の皇帝

 ※※※

 

 

 

 ──目覚めよ。目覚めるのだ、我が守護獣。

 

 

 

「……誰で、ありますか?」

 

 

 

 ──漸く、こっちに来てくれたか。いずれはこの時が来ると我は思っていた。

 

 

 

 黒いダンダルダBBと激突した後の記憶がない。

 気が付けば、そこは真っ黒な空間だった。

 チョートッQは周囲を見回す。

 何も無いが、声だけが聞こえてくる。

 

 

 

 ──皇帝の守護獣、チョートッQよ。汝は知る時が来た。汝自身の過去を。

 

 

 

「どういう、ことでありますか……? お前は一体──」

 

 

 

 ──白銀耀と汝が、どのようにして出会ったのか。そして、汝がどのような使命を受けたのか。知る時が来たのだ。

 

 

 

「……そんなの覚えているであります。我は……マスターがワイルドカードに襲われそうになっていたすんでのところで覚醒したのであります」

 

 

 

 ──違う。

 

 

 

「……!? 我の記憶が間違っているというのでありますか!?」

 

 

 

 ──それは正しい。しかし正しくも無い。つまり、記憶が欠けているのだ。汝は知っているな? 白銀耀が辿ったもう一つの歴史を。

 

 

 

「……それは」

 

 

 

 未来のトリス・メギスが語ったもう一つの歴史を思い返した。

 それは、破滅の未来を辿った2069年に繋がる時間軸。

 耀が紫月を失い、ワイルドカードの大氾濫が世界を滅ぼし、そしてトキワギ機関が世界を支配した歴史。

 

 

 

 ──既にこの時から、汝の戦いは始まっていた。

 

 

「この時から、って──うわっ!?」

 

 

 

 チョートッQは思わず腕で顔を覆う。

 そこに広がっていた光景は──

 

 

 

 

「掘ったどぉぉぉおおおおーッッッ!!」

 

 

 

 

 ──学園の裏山。

 そして、馬鹿でかい声と共にスコップを地面に突き刺す白銀耀の姿があった。

 その目の前には大きな穴が掘り起こされており、白紙の小さなカードが埋められていた。

 周囲には、紫月とシャークウガもくたびれた顔で立っている。

 

「こ、これは、マスター達……!?」

 

 声を発するチョートッQ。

 しかし、その声は彼らには聞こえていない。

 

 

 

 ──これは、我が再現した記憶の幻像。此処で起こったことは全て真実だ。

 

 

 

「真実って……マスター達が掘り起こしてるカードは? そもそもこんな出来事、無かったでありますよ!?」

 

 

 

 ──見ていれば分かる。

 

 

 

「シャークウガには感謝してもしきれないぜ! お前の魔力探知は本当に役に立つな! まさか地面の中にあるなんてよ!」

「あたぼーよ、俺様を誰だと思ってやがる!」

「調子に乗らないでくださいシャークウガ。それより白銀先輩、早くエリアフォースカードを」

「ああ!」

 

 歓喜に満ちた表情で、彼は──自らの主は言った。

 

 

 

「さあ目覚めろ! 今日から俺が、マスターだぜッ!」

 

 

 

 光り輝く白紙のカード。

 そこから飛び出したのは──

 

 

 

「──我に、命令をするなでありますッ!!」

 

 

 

 

 白銀耀は舌を噛んだ。

 彼の顎には──新幹線の異形の頭が、思いっきり頭突きをしていた。

 

「いっ、いっ、いだっだだだだ」

「な、何ですかコイツ……!」

「新幹線の頭をしてやがる」

「頭が高いであります」

 

 新幹線の異形は言い放つ。

 そして、蹲った耀を足蹴にするなり、

 

「我は皇帝の栄えある眷属・チョートッQ。頭が高いでありますよ」

(えええええええーっ!? 嘘、あれ、我ェ!? これがもう一つの歴史の我ェ!?)

 

 傍から見ていたチョートッQ──現代の方──もドン引きだった。

 飛び出した自分自身のアナザーは、さながら暴君であった。

 

(う、うわあ、面倒くさッ!! しかもややこしッ!! 自分がもう一人いるのって、こんなに気持ちが悪かったのでありますな……ってか、我のキャラ違くないでありますか!?)

 

「テメェ!! 初対面の相手に何しやがる!!」

「黙るでありますよ人間。我は栄えある皇帝のカードの忠実なる眷属。口を慎むであります。後、頭が高いであります。地べたを舐めて平伏すでありますよ」

 

(最悪でありますなコイツ……)

 

 凡そ、同一人物とは思えない振る舞いにチョートッQは頭を抱えた。

 こっちの歴史の耀は、さぞ大変だっただろう、と。

 

「ああ!? ンだとこのチビ!! 頭分解してやろうか、玩具野郎!!」

「無礼でありますよ!!」

「へぶぅ!!」

 

 

 

 ──これが、汝と白銀耀の出会いだ。

 

 

 

「……我と、マスターの出会い……でも、何故歴史が変わっているのでありますか? 皇帝(エンペラー)のカードは、何故地中に埋まっているのでありますか? それに我、こんなに高慢ちきではないでありますよ」

 

 

 

 ──元々、そうだったのだ。カードは地中で長らく休眠していた。

 

 

 

「じゃあ何故!? マスターに皇帝のカードを渡したお爺さんは一体……」

 

 

 

 言いかけたその時。

 場面は暗転する。

 そして、再び別の記憶が浮かび上がる。

 

 

 

「っこれは──!!」

 

 

 

 これは見覚えのある場面だった。アルカナ研究会の本拠地だ。

 そして、そこには傷だらけの耀、そしてまたもやもう一人のチョートッQが肩を並べて立っていた。

 立ち塞がるのはアルカクラウン。神を降ろそうとする闇の道化。

 周囲には倒れ伏せた仲間達。

 戦えるのは二人のみ。

 

(っ……これって、こんなだったでありますか……?)

 

 しかし、この状況はチョートッQの記憶には無かった。

 アルカクラウンとの決戦は、途中から参戦した仲間達のおかげで何とか優勢だったはず。

 

「……何でも良い。一緒にコイツをブッ倒そうや!」

「我に命令するなと言ったはずであります。腑抜けた戦いをすれば、その場で切り捨てるでありますよ」

「なかなか気難しそうな奴が出てきたなあ……まあでも……上等だぜ。行くぞ!」

「だから、命令するなと言ったばかりであります!」

 

 ──この記憶は違う。我の知っている記憶とは──!

 

 場面は移り変わる。

 それは泡沫の夢のように、現れては消えを繰り返す。

 その果てに現れたのは、ボロボロで倒れ伏せる耀の顔。

 ぎょっとして駆け寄ろうとするが、助けてやる事すらできない。  

 まるで雁字搦めにされたまま映画を見せられているような、そんな気分だった。

 そうこうしているうちに、耀のもとに現れたのは──もう一人のチョートッQだった。

 

「思ったよりも……痛くなかった、かな」

「戯け!! 何故他者を助ける! 何故己が身を犠牲にしようとする! 汝が滅びれば、我も滅びるであります!」

「っ……しゃーねぇだろ、身体が勝手に動いちまうんだからよ」

「怖くは無いのでありますか? 死ぬのが! 人間は命に限りある生き物、死への恐怖は当然のこと。それを押し隠せば、待っているのは本当の死でありますよ!」

「死ぬのは……怖ぇよ」

「ではなぜ──」

「怖いけど……俺が逃げた所為で仲間が傷つくのは……もっと怖いんだよ。逃げるくらいなら、死んだ方がよっぽどマシだぜ」

「……後始末を付けるのは、何時も我であります」

「……悪かったよ」

 

 この記憶も。

 

「クリスマスのプレゼント!? こ、これは──プ〇レールでありますか!?」

「色々あって遅れちまったからさ、こないだの無茶はこれでチャラに──」

「って、モノで釣るつもりでありますか!」

「バ、バレたぁ? あははは……」

 

 この記憶も。

 

「流れ星──綺麗だろ?」

「っこんなものが?」

 

 この記憶も──知らない。しかし。心にこびりつくように響くのが何故なのかチョートッQには分からなかった。

 

 そこで、映像は止まる。

 空をなぞる一筋の歪な光。

 それは、まるで空に傷をつけたかのように煌びやかに光り輝く流星だった。

 

 ──ワイルドカードの、大氾濫……!?

 

 そして、彼らの前に振り落ちるのは──無数の、異形。

 

 

 

「彗星は、三日間絶え間なく空に爪痕を残し、地上に災厄を振り撒き続けた──故に、こう呼称する。破滅を呼ぶ三日彗星(ミカボシ)と──」

 

 

 

 泡のように映像は消えてしまい、そして再び現れたのは──幾つもの墓標の前で嘆く少年の姿だった。

 

「俺は……何を守れた? チョートッQ……」

「……」

「俺は……これからどうすれば良い? チョートッQ……」

「……」

「これで終わりか……? 全部……」

 

 墓標に刻まれた名を見て──ぞっとした。

 

「全部全部終わりだ、何もかも、あはははははははははははははははははは」

 

 

 

 暗野紫月

 

 

 

 その四文字で、チョートッQは──この記憶が、未来のトリス・メギスが語っていた破滅の歴史であることを悟った。

 壊れたように笑う主。

 何も言わず只付き従うだけの自分に、何故気の利いた言葉の一つも言えないのか、と責めることは出来なかった。

 

「言える訳、無いでありますよ……」

 

 チョートッQは目を伏せた。

 眼前で繰り広げられる、もう一つの歴史を辿った主と自分。

 立場を自分に置き換えてみても、きっと何も言えなかったに違いない。

 映像がピタリ、と静止して砕け散る。

 周囲には静謐と暗闇だけが残った。

 

「でも、何故でありましょう……これは、本当に過去?」 

 

 チョートッQは思案する。

 何かが食い違っている。

 そしてこの現象には思い当たる節があった。

 耀の言っていた──破滅の歴史の夢だ。

 合点のいったチョートッQは一度状況を整理しようとした。

 これらの一連の記憶で最も食い違っているのは、自分と耀の出会いだ。

 

「マスターは皇帝(エンペラー)を手に入れたのは、妙なカードショップに居た妙な爺さんだったと言っていたであります」

 

 しかし、目の前で見せられた幻像はそうではない。

 耀は土の中を掘り起こし、皇帝のカードを目覚めさせたのである。

 そして現れたチョートッQもまた、高慢な性格で、凡そ自分とは似て非なるものだった。

 探る手は無い。今の歴史を生きるチョートッQは、今この場では只の傍観者でしかない。

 

 ──歴史が変わったから、我の性格も変わった? でも、シャークウガは同じだったであります……どういうことでありますか? 何故、我の性格が違うのでありますか?

 

 この破滅の歴史には、妙な点がある。

 耀よりも先にエリアフォースカードを手にした紫月。

 自分自身と姿が同じなのに性格が違うチョートッQ。

 そして、何故か地中に埋まったままだった皇帝(エンペラー)のカード──

 

「っ……おかしいであります。誰かが……歴史を変えたのでありますか……? 何処のタイミングで……?」

 

 今までの経験からして、それは歴史が何処かで変わったとみていい。

 しかし、問題は誰がやったのかだった。

 時間Gメン? アカリ? いや、それとも──

 

 

 

「っ……あ!!」

 

 

 

 思案していた矢先、眼前に光が灯る。

 現れたのは──白髪の、しわくちゃな老人の後ろ姿だった。窓に顔を向けているからか、顔は見えなかった。

 

(あれが、遠い未来のマスター?)

 

 外には、完全に停滞した硝子の都市が広がっていた。

 彼は──振り向かないまま己の守護獣に問いかけた。

 

「──お前はどう思う?」

「確かに、トキワギの中にいる限り、平和ではあります」

「……そうだな。ある意味、俺の望んだ世界だ。だけど──此処にあいつらは居ない」

 

 何も無い部屋で独り、老人は言った。

 

「チョートッQ。過去を──変えたいとは思わないか?」

「……マスター。何故、そのような事を」

「俺は……後悔していることがあるんだ。ずっと、ずっと──後悔してることがある」

「……紫月殿の事でありますか」

「……ああ。変えたいんだ。助けてやりたいんだよ。どうしてもな」

「まさか、本気でありますか」

「取り戻したいのさ。失った年月を。()という存在が消えても──過去の俺はこれ以上苦しんでほしくないんだ」

「分かるでありますよ。紫月殿を助けたい」

「……我は、無かった事にしたくないでありますよ」

「お前は俺の自慢の相棒だ。そんなお前なら──昔の俺を助けてやれるかもな」

 

 くるり、と彼は振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 老人の顔は、ぽっかりと黒い穴が空いていて見えなかった。

 

 

 

 

 周囲は再び暗転する。

 

 

 

 

 チョートッQは動揺を隠せなかった。

 

 

 

「これは、どういう事でありますか……!? 2079年のマスターは、歴史を変えるために過去へ渡ったのでありますか……!?」

 

 

 

 ──分かっただろう、チョートッQ。先ず、大前提として──()()()()()()()。その片割れがお前だ。

 

 

 

「……ま、待つであります! お前は何者でありますか!? 何で、こんな記憶を我に見せるのでありますか!? お前は何処かで見ていたのでありますか!?」

 

 

 

 ──我が親愛なる守護獣よ。

 

 

 

「っ……!!」

 

 

 

 ──汝の主と──()()()()()()

 

 

 

「あ、貴方は──」



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GR94話:十王のカード──交錯

「──チョートッQは──」

「未だに目を醒まさず、だ。今までのダメージの蓄積もあるからな」

「……凄く、苦しそうデス……」

 

 

 

 ……チョートッQは倒れ伏せたままだ。

 あの時、こいつを止められていれば、こんな事にはなってなかったかもしれないのに。

 そして、ここ数日の敗北に次ぐ敗北がエリアフォースカードのみならず守護獣であるチョートッQにも負担を掛けていたのだ。

 

「……クソッ、俺の所為で──」

「先輩……」

「しっかし奇妙な話デスね。煩悩が、その人の形をして出てくるなんて──巌流齋サンはこうなる事も予期してたんじゃないデスか?」

「確かに超スパルタコースと言っていたからな……」

 

 これも試練だってのか?

 だとすれば、俺は乗り越えることが出来るのか……?

 

 

 

「えっ、何それ怖い、ワシ知らんのぢゃけど」

 

 

 

 ……。

 今何て?

 巌流齋老師は全く身に覚えが無い様子で頭を掻いた。

 

「想定外って事か!? 煩悩が人の姿を取るってのが!?」

「煩悩は所詮、気の塊じゃよ。人の姿を取る事が出来んから動物やモノに憑りつくのじゃ。煩悩が人の姿を取って出てくるなんて有り得んぞい。まーあ、膨大な魔力を依代にしたなら有り得るがのう……」

 

 じゃあ、バイク仮面の言い訳は完全に出鱈目じゃねえか!!

 ……じゃなくて、煩悩が俺の姿をして出てきたこと自体がイレギュラーな事態ってことなのか……。

 

「とにかく、ワシは弟子共にしばらく修練場に近付かぬように言っておくわい。西洋魔術の事はそちらに任せるが、ワシもワシで尽力はするぞい」

「巌流齋の爺さん……」

「しかしな、ツンツン頭の小僧。煩悩が仮にも、貴殿の力を取って現れたということは……やはり最後は自身の力で勝ち取らねばならない試練かもしれんぞ?」

「……」

 

 ……乗り越えられるのか。俺一人で。

 相手の力は圧倒的だった。デュエルにすら持ち込むことが出来なかった。

 今の俺で……どうにかできるのか? 負傷して動けないチョートッQ無しでなんて、猶更無理な気がする……。

 

「とはいえ、煩悩が人の形を取ることが出来る理由など簡単に推測できるわい。憑依したものに、人の力を取って強力な力を行使できるだけの魔力が宿っていたのじゃろ」

「じゃあ、やっぱり皇帝(エンペラー)のカードが……!? あの、俺の偽物も皇帝(エンペラー)のカードを使ってたし、やっぱり分裂したのか!?」

「エリアフォースカードはプラナリアじゃねえんだぞ白銀。そう簡単に分裂するわけねぇだろうが」

「いや、分裂はする。問題は、分裂したのなら説明が付かない事がある」

 

 爆弾を投げ込んだのは黒鳥さんだった。

 しかし──彼は太陽のカードを俺達に差し出す。

 そこから発せられる魔力は、本来のそれよりもとても小さい。

 そうだ、思い出した。以前、2014年の鎧龍決闘学園で戦った時、黒鳥さんが俺達を助けに来れたのは太陽のカードの分身があったから……!

 

「僕が空亡から渡された太陽のカードは分身。分かりやすく言えばレプリカだが……守護獣を出す程の力は無かった。もし皇帝のカードが分裂したなら、守護獣と同等の力を持つクリーチャーを煩悩とやらが使役出来るはずもない」

「しかも、天体のカードである太陽と違って、皇帝は普通のエリアフォースカード。もし仮に皇帝が分裂したなら、偽白銀も偽皇帝も黒いダンダルダとやらも、もっと弱ェってことかよ」

 

 桑原先輩が顎を指でなぞる。

 しかし、それでも煮え切らない事はまだある。

 俺のもやもやを代弁するかのようにブランが叫んだ。

 

「でも訳が分からないデスよ! アカルの偽物がエリアフォースカード1枚分と同等の魔力を持つなら、その魔力は何処から来たんデス!? 前の私の偽物みたいに、別のカードが擬態してたとか!?」

「その可能性は否定出来ません、アルカナを偽装することが出来ないわけではないですし」

「でも──俺は、どうもアレが偽物の皇帝のカードとは思えねえんだよな……」

「じゃあアカルが手に持ってる皇帝のカードはどうなるんデスか!?」

「それは……うーん」

 

 偽物の俺は言っていた。

 真贋を問う事こそが無意味。皇帝は二人も要らない。

 まるで皇帝のカードが2枚存在していることを知っているかのような口ぶりだった。

 

「ともあれ、その偽物を倒さないことには先に進めないのは確かだろう」

「なら相当厳しい戦いになるかもしれない。あいつは──俺のGRクリーチャーを使ってきた」

「黒いダンダルダ……か」

「アカルが使えないGRの力を、偽アカルは使える……」

「今のままじゃ、完全に不利だ。僕から言わせれば、《バーンメア・ザ・シルバー》から繰り出されるGR軍団は相手にしたくない代物。今の貴様では仮にデュエルに持ち込めても太刀打ちできるとは思えん」

「……」

 

 くっそ、分かんねえ……分かんねえよ──どうして皇帝のカードが2つあるんだ。どうしてあいつはGRの力を使えるんだ。

 今の俺には──両方無いものだ。

 全部、今まで培ってきたものを、積み重ねてきたものを、奪われた気分だった。

 

「だけど、いちいち折れてられるか! 絶対に次は勝ってやる……勝たなきゃモモキングは俺を認めてくれない……!」

 

 考えろ。考えるんだ。

 何か、何か対抗策は──

 

「そう言えば白銀先輩」

「……何だ?」

「例の先輩の偽物も気になりますが……メイさんと矢継さんが気になる事を言ってて」

「気になる事? 何かあったのか?」

「ええ、もしかしたらヒントかもしれませんよ」

 

 怪訝な顔で紫月は言った。

 何だろう。彼女の事だ。きっといいアイディアが──

 

 

 

「バイク仮面とドラゴンレディって誰なんでしょうか……? もしかして、この事態の秘密を知ってたりとか」

 

 

 

 そっちかよ!

 ああ、やめだやめ。

 あいつらの事まで考えだしたらいよいよ頭が痛くなってきた。

 花梨と火廣金……で間違いないんだよな? あの不審者二名。

 黒鳥さんなんて露骨に噎せ返ってるし、彼が二人を呼んだんだろうけど……。

 

「……黒鳥さん、後でじっくりと話したいことが」

「こ、個人のプライバシーというものがあってだな」

「黒鳥さん?」

「先輩。何故師匠を睨むのです? まさか、何か師匠が……?」

「怪しいデス……!」

「確かに、黒鳥さんは毎度毎度何か隠してっからな。白銀ェ、そのバイク仮面とドラゴンレディとやら、どんな奴らだったんだ?」

「俺達もよーく知ってる奴らだと思います。ねえ、黒鳥さん?」

「……問題というものは、当人同士で解決すべきものだと僕は思うが」

 

 ダメだ。口を割るつもりないな、この人。

 ……どっちにしても、あの二人の真意はあの二人から聞くしかないってことか。

 

 

 

「……胃が痛くなってきた……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「お前は──なしてこんな所に居るんや?」

「……」

 

 

 

 力の座の屋根上に──灼髪の魔導司は月を腹に向けて寝そべっていた。

 「だんまりかいな」と悪態を吐いた矢継は、そのまま踵を返そうとしたが──

 

「今の俺は──部長と合わせる顔が無い」

「……それでわざわざ気配まで消しとったんか? 仲間に悟られへんように?」

「……」

「なんや、アイツと喧嘩でもしたんかワレ?」

「君には関係ないだろう」

「関係あるわ。アイツが──白銀耀が桃太郎をモノにするまでワシは帰れへんのや。アイツ……見てらへんのや。昔の自分見とるみたいでな」

「……」

「それにしても……あんさん程強い奴でも、悩むんやな」

「……悪かったな」

 

 魔導司──火廣金緋色は言った。

 

「俺は、黒鳥さんに呼ばれてこっちに来た。伊勢は大分マズい事になっているみたいだからな。駆け付けざるを得なかった」

「ほーん、お人好しやな。喧嘩相手助けにそれで姿隠して来たつもりか?」

「……俺が提案したんじゃあないんだが。あの巌流齋とか言う爺に……」

「ええ……? マジかあの爺さん……そういやニチアサ好きやったな……」

「部長達と顔を合わせるのが億劫だったのは……事実だがな」

「お前らどんだけ酷い喧嘩したんや……」

「……互いに守るべき者があった。それだけで済めば良かったんだが」

 

 ぽつり、ぽつり、と火廣金は話し出す。

 

「これは例え話だが、トロッコ問題というものがある」

「トロッコが暴走して1人を助けるか5人を助けるかって奴やろ?」

「俺はあの時……5人を助ける方を選んだ。だが、部長は──無謀にも1人で線路の上に立って、全員助けようとした」

「ッ……滅茶苦茶や」

「白銀耀はそういう男だ。やってしまうんだよ。あの男は」

「……でも、何があったんや? トロッコだけや分からへんぞ」

「暴走した仲間の守護獣が居た。そいつは俺の──大事な人を傷つけた。俺は暴走が事故であることを知っていたが、そいつを処分しようとした」

「処分……まあ当然やな。ワシも立場が同じならきっと同じことをする」

「放置しておけば、犠牲者が増えると思っていたから。何より──大事な人を傷つけた存在が暴れ続けるのが容認できなかった。私情を挟んでいた」

「……私情、か」

「だが、部長は……守護獣を助けようとした。俺は、彼を倒してでも自分のやるべき事を貫こうとしたが、結局敗北して──彼は守護獣を助け出した」

「……複雑やな。結局お前は、自分がやろうとしたことが正しいと思っていないんやな?」

「どちらとも言えない。結局、正しかったのは部長だ。今となっては……俺は相手が守護獣とは言え、仲間を手に掛けようとしてしまった」

 

 心の中で仲間を斬り捨てたという罪悪感。

 それが火廣金の中でずっと沈殿していた。

 何より──魔導司としての責務に私情を挟んだ自分自身に動揺し、そして許せなかった。

 彼は今となっては、何が正しかったのか間違っていたのかも分からなかった。

 

「ワシも……同じ立場やったら、あんさんと同じ選択しとったかもしれへんな」

「……?」

「ワシな。メイちゃんって、どんくさい幼馴染がおんねん。ちっこい子があんさんの相方と戦っとったやろ? あの子や」

「……ああ、あの少女か」

「あの子がもし……傷つけられたら、穏やかでは居れへんかもしれんわ。きっと、取り乱す。でもな、それは……ワシにとって、それだけメイちゃんが大事って事なんやと思う」

「……何が言いたい?」

「その気持ちを、ワシは自分自身で否定したくあらへん。やから……その時、誰かと選択肢が食い違うても良いって思うとるんや。それが覚悟って奴やろ」

「覚悟、か……」

「でもな、人と人ってのは結局違うんや。覚悟は……幾千通りもある。ワシはメイちゃんを守る為に吐く程辛い修行を重ねて《ダイナボルト》を手に入れた。でも……あの子は自ら戦う道を選んだ」

「……」

「ワシな、あの時ほどメイちゃんに怒った時はあらへんで。でも、あの子……泣きそうになりながらワシの事キッと睨んで……結局一歩も引かへんかった」

 

 矢継は屋根に座り込むと溜息を吐いた。

 結局、彼ではメイの決意を折ることが出来なかった。

 否、元より出来るはずもなかったのかもしれない。

 

「他人の生き方も死に方も決めるのは……傲慢なんかもしれへん。やったら……ワシはせめて、自分の生き死にくらいは自分で決めたいと思う。でもな!! そんなん……些細な話やろ」

「些細? それがぶつかり合った時、どうすれば良い」

「納得の行くまでぶつかり合う!!」

 

 矢継は掌に拳をぶつけた。

 その瞳は、真っ直ぐに火廣金を見据えていた。

 

「ワシは……それしかないと思うとる」

「……それが互いを傷つけることになっても?」

「そういうこっちゃ。ワシは……結局折れたけどな。でも……今は、メイちゃんを止めようとは思っとらへん。あの子が自分で決めた道やからな。ワシはそれを支えたい」

「……納得するまで、部長と話し合うしかない、か」

「ハッ、何言うとんのや。話し合いでケリがつかへんからこんな事になっとるんやろ。男同士なら殴り合いが一番手っ取り早いわ」

「良いのか、それは……?」

「ええんやないか。ワシなんかしょっちゅうメイちゃんにどつかれとるわ」

「良くないみたいだな……」

 

 まあでも、と火廣金は息を吐きだす。

 

「──悪くはない、か」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「99回、100……回ッと!!」

「我が主ィ、本気で丸太の素振りをやり遂げるとは思わなかったでござるぞ」

「……身体が、落ち着かなくって」

 

 

 

 ──力の座から離れた場所にある旅館の裏山にて。

 刀堂花梨はごろごろと丸太を地面に転がした。

 身体を動かさないと、気分が落ち着かないという言葉に偽りはないが──それ以上に、力の差を突きつけられた今日の試合が頭に残っていた。

 

「今のままじゃ、ダメだ……もっと、強くならなきゃ」

「主よ、丸太を振ってもデュエマは強くならないでござるよ」

「うっさい! 分かってるよそんな事!」

「──ちょっとええ?」

 

 自分のものでも無ければ、バルガ・ド・ライバーのものでもない声が聞こえてくる。

 思わず身構えたが、すぐに体の緊張を解いた。

 現れたのは──今日戦った少女・牧野メイだった。

 見知った顔に安堵するものの、すぐさま花梨は身を再び固める。

 ──って、違う! 顔バレしてたの!?

 

「え、えーと、何方? ひ、人違いじゃなくって?」

「もうええよ、うち巌流齋のお爺ちゃんから話聞いてはるから……お爺ちゃんから頼まれて、様子を見に来たんよ」

「えっ、そうなの?」

「巌流齋のお爺ちゃんが悪ふざけで二人にあんな衣装着せて送り出したんよね? 本当堪忍な? うちの方からしっかり怒っといたから」

「だ、大丈夫だよ! ちゃんと決着を付けられてない……あたしも悪いし」

 

 そもそも、火廣金が耀と仲直りするまでは、自分も耀と口を利かないという約束をしてしまっている以上、出ていくことが出来なかったのである。

 その上、事情を読心術で察した巌流齋が二人を勝手に神力で不審者の姿へと早変わりさせたので後戻りできなくなってしまい……バイク仮面とドラゴンレディが誕生したのだった。

 

「うちは牧野メイ。力の座の巫女をしとるんよ。刀堂さん、でええよね?」

「花梨で良いよ」

「あはっ、じゃあ花梨ちゃん……よろしゅうな。それで、明日はどうするつもり? 伊勢にしばらく居るん?」

「うん……一応、調べて欲しい事がいくつかあるみたいで、そこを当たるつもり。伊勢市内の他の神社とかを調べるのと、何時また鬼が来ても良いように備えないとって言われて……」

「忙しいんやね……」

「……まあ、ね」

 

 黒鳥からの依頼は──修行への協力だけではなかった。

 手薄になっている伊勢市内の防衛。

 襲撃の第一波が来た時、真っ先にそれに対抗するのが花梨と火廣金の役目だった。

 

「ねえ、花梨ちゃん……白銀君と何かあったん……?」

「……」

「ああ、言いたくないなら言わんでもええんよ!?」

「ち、違うの! バカバカしくて、自分でも笑っちゃうくらい、単純な理由」

「……?」

「だから、何にも……問題なんてない」

 

 嘘だった。

 何も問題が無いなら──どうして耀と顔を合わせるのが、こんなに億劫なのだろう、と。

 以前のように、もう彼を見ることが出来ない。

 以前と違って、彼が何処かへ行ってしまったような──そんな気分だった。

 俯きがちになって、視線を逸らす。

 それでも、余計な詮索をされたくなくって──

 

「だから、貴方は何にも気にしなくて──」

 

 

 

「そこなお嬢様? 明日辺りこの俺とティィィタイムでも如何でござろうか? 心が落ち着くおハーブティーでも一緒に」

「え、えーと……」

「何、種族の違いは何のその、俺が主に憑依すれば良い事──」

 

 

 

 ……。 

 一瞬目を離した隙に守護獣が狼藉を働いていた。

 すかさず、花梨は転がした丸太を軟派龍の後頭部に──チェスト!!

 程なくして、血文字で「犯人はゴリラ」と地面に書いた龍が転がっていた。



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GR95話:皇帝VS皇帝(1)

「本当に油断も隙もありゃしない!! もう!!」

「え、えーと、そのドラゴンさんは……」

「あたしの守護獣だから。本当ごめんなさい。今の記憶は抹消して」

「あ、あはは、花梨ちゃんって面白いんやね……」

「やめて……同情に塗れた目であたしを見ないでェ……これ以上あたしを敗北感でいっぱいにしないで……」

「敗北感って……」

「……あーもう、相棒が厚顔無恥だと、あたしが一々こんな事で悩んでるのがバカらしくなっちゃう」

 

 花梨は額に手を当てると──言った。

 

「あたし、失恋したの」

「えっ……?」

「なんて、こんな事あんたに聞かせても仕方ないんだけど……」

「相手は誰!? うちがその人ぶっ叩きにいったげるから! 花梨ちゃんみたいな可愛い子フるのって、どんな薄情者なん!?」

「やめて!?」

 

 小さな女の子の口から飛び出したアグレッシブかつバイオレンスな言葉に対し、思わず花梨は静止した。

 

「うちな、初めて花梨ちゃん見た時……シンパシーを感じたんよ。ビビッて! だから、何でもうちに愚痴って!」

 

 そう言って彼女は平たい胸を叩いた。

 花梨は悟る。シンパシーとは劣等感の事だったか、と。

 

「えーと……あたしが一方的に片思いしてただけ。あたしは……カッコ良い所、小さい頃からずっと見ててさ」

「花梨ちゃん……」

「あたしが一番あいつの近くに居るって思ってた。でも……そうじゃなかった。あいつが一番悩んでる時、あたしは自分の事ばかりであいつの事を何一つ助けてあげられなくって」

 

 ダサいよね、と花梨は自嘲した。

 自分は耀に救われてばかりで、彼に何一つ返せてない。 

 そう思うと、溜息が出てくる。

 

「あいつはお人好しで、誰かの人助けばかりで、自分は損ばかり。でも、文句を言いながらそのスタンスを変えなかった。そういう所に惹かれたのかもしれない。でも、一人で抱え込んでるあいつを助けられなかった」

 

 きっと、そんなときに──デュエマ部が力になってくれたのだろう。

 

「だから……ショックだけど、それ以上に安心してるところもあるんだ。あいつがようやく、安心して背中を預けられる相手を見つけられたのかなって思うと……ね」

 

 ぽつり、と言って花梨は気が付いた。

 結局自分は──耀の幸せを願っていたのだ、と。

 それならば、彼の足をこれ以上引っ張るべきではないのだろう、と。

 

「そっか……あたし、幸せだったんだ……何でも一人で抱え込んじゃうあいつが、ちゃんと誰かの傍で笑えるのが……」

「……嬉しいん?」

「……そういう気持ちも、あるのかなって。あたしやっぱり、あいつが幸せそうにしてるのが……一番嬉しい」

「じゃあ、花梨ちゃんにもきっと見つかるよ。花梨ちゃんはそうやって──誰かの幸せを心から願える人なんやから」

 

 だったら良いけどね、と花梨は呟く。

 誰かに話していくことで、ようやく心の中の重しが消えていく気がした。

 自分はやはり、耀が幸せなのが嬉しいという事。

 そして──目の前にいるメイには自分と同じ思いをしてほしくないという事。

 お節介だとは分かっていたが、そうなれば止まらなかった。

 

「メイちゃん! 好きな人相手には、出来るだけ早く思いを伝えた方が良いよ! 速攻! 速攻で!」

「ふぇっ!?」

 

 がっ、と花梨はメイの肩を掴むと力説する。

 しかし、いざ……となると恥ずかしいのか、メイは顔を赤くしてしまい、

 

「……あいつ、うちの事妹みたいに思っとるところあるし……昔な、一人ぼっちやったうちを気にかけてくれたんよ。でも、ちょっと過保護な所があるし……かと思えばいけずな所あるし……」

「あー……成程なあ」

「いざ覚悟決めて玉砕しに行ってな? からかわれたりしたらどうしようって」

「その時はあたしが斬りに行ってあげる」

「バイオレンスどころの話やないんやけど!?」

「でも、その人は……あんたの事、大事にしてくれたんでしょ? そういうところが好きになったんでしょ? だったら……大丈夫だよ、きっと」

「……んー……そう言われると、ちょっと勇気出たかもしれへん」

 

 メイは微笑むと言った。

 

 

 

「そうやな……鬼との戦いが終わったら、勇気出してみよっかな……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──翌朝。

 俺は、修練場へ行く前にチョートッQが安置されている部屋に出向いた。

 彼の魔力は未だに回復していない。

 彼無しで、脅威に挑みに行くのは初めてだ。

 その癖、昨日あの偽物に言われた言葉は未だに刺さっていた。

 誰にも言えるはずがない。

 俺の中に仲間への疑心があるなんて──

 

「チョートッQ。不安なんだ。このまま進んで良いのか、ってさ。俺にやれるなんて、後戻りなんて……出来る訳ねぇの分かってんだけどさ」

「……」

 

 ──相棒は、何も答えない。

 もし彼が口を利けたなら、今頃怒られてるだろうか。

 でも。 

 俺のやろうとしてることは、誰かから押し付けられ、俺はその犠牲になるのか、と問われた時──そうではないと首を横に振れない俺が居る。

 このまま進むのが正しいかどうかさえも、分からない。

 だけど──

 

「──もう誰も、俺の周りから居なくなるのは嫌なんだ。だから──これが正しいって思った道を俺は進む。お前から何度も勇気貰ったからさ」

「……」

「行ってくるよ、チョートッQ──」

「……」

 

 扉を引き、部屋を後にしようとした時。

 ふらり、と彼の小さな拳が上がったのが見えた。

 

「ッ……チョートッQ……!」

「マスタぁ……超・超・超・かきゅうてきぃ、速やかに……」

 

 ……目は閉じたままだ。

 拳もすぐに落ちてしまった。

 そして──すぐ寝息が聞こえてくる。

 

「……寝言か。でも──そうか。そうだったな」

 

 ああ、そうだ。

 迷ってる暇なんか無かったな。

 超超超・可及的速やかに──あの偽者を、ぶっ潰す!

 

 

 

「白銀耀よ」

 

 

 

 声が響く。

 廊下に出た俺を出迎えたのは──桃太刀三人衆だった。

 いつもはお茶らけてる3匹だが、今朝は何時になく顔が引き締まっていた。

 

「お前ら……」

「何勝手に朝早くから修練場に行こうとしてんだよ! 一人であいつをブッ倒しに行くつもりだったんだろ!?」

「……あいつは、俺だ。俺が自身の力で乗り越えなきゃ──」

「ならば勘違いしていることが一つあるぞ、白銀耀」

 

 ケントナークがゴーグルを抑えながら言った。

 

「貴殿の力とは、貴殿一人で積み上げてきたものではない。今までであってきた全てから学び、吸収し、借り、培ってきたものではないのか?」

「……それは」

「ならば、同胞の仇討……我ら桃太郎の懐刀が助太刀致す。我らの力を預ければ、それもまた貴殿の力だケン」

 

 そうか。

 俺は……ひとりで強くなってきたんじゃない。

 

「やられっぱなしは性に合わないッキィ! このままじゃ、タダの弁当泥棒で終わっちまうからな!」

「キャインキャイン!! ぼ、僕も……!!」

「……敵はハッキリ言って強い。今俺が使えない戦術を、向こうは全部使って来る。きっと、今のままじゃ勝てないかもしれない」

「ならば、今こそ過去を乗り越える時だケン、白銀耀」

「ッ……!」

「ジョーカーズってよ、切札達って意味だろッキィ!? なら、俺達新しい切札の力が居りゃあトントンじゃねえか!?」

「……お前達……」

「僕らの事を忘れて貰ったら困るよ!」

 

 ……そうだな、行こう3匹とも。

 俺は……1人じゃねえんだ。 

 どんな時でも。

 

「ハッ、往生際が悪いったらありゃせんわ」

「っ……矢継!?」

「一人で行くつもりやったん?」

 

 彼らの後ろから、呆れた様子の矢継が現れる。

 勿論、メイも一緒だ。

 

「ええか。お前だけの問題に勝手にするんやないぞ」

「一緒に修行するって話やったもん!」

「勘違いすんなよ。お前が桃太郎に認められへんと、日本が焼かれるから手伝ってやってあだだだァ!?」

「ハヤテェ……? こんな時までそんなツンデレ要らへんよ?」

「うっさいわ! 馴れ合うんとちゃうんぞ!」

「……ありがとう」

「ほら見ろ! さっさと行くで。だらだらしとったら鬼がやってくる」

 

 先に彼は踵を返して階段を降りていってしまった。

 

「良いのか? あれで……」

「ハヤテも……負けっぱなしは納得行かへんみたいやから」

 

 

 ※※※

 

 

 

「……アカル、部屋に居ないデス……」

「もう、出発したんですね……まだ何も、手立てはないのに……」

 

 紫月は──未だに組み上がっていないデッキを手元に置く。

 空いた穴に入る残りのカードはフィニッシャー。覚醒したモモキングが入るであろうスペースを残していた。

 

「……私に出来るのは、帰ってきた先輩をこのデッキで迎えること……だけです」

「それだけじゃないデショ? シヅク」

「……そうですね。信じて待つ──ですか」

「Yes!」

「そうよ。そして、もしあの人が一人では立てなくなった時──その時こそ私達の出番でしょ? しづ」

 

 毅然と翠月が言ってのける。

 

「……でも、しづ。貴女の信じた人は……このくらいで折れると思う?」

「いいえ」

 

 彼女は首を横に振った。

 

 

 

「白銀先輩ほど諦めの悪い人を、私は知りませんよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──修練場に入ってしばらくした後の事だった。

 まだ朝早いというのに、周囲から見られているような気配を何となく感じ取る。

 何だろう、森の木々も昨日に増してざわめいている気がする。

 だからだろうか、俺も妙に落ち着かない。

 

「落ち着かんみたいやな、白銀……」

「悪いっ、何か視線を感じて……」

「だんだん、白銀君の身体に神力が馴染んできたかもしれへん」

「ああ。同感や。ワシも今、同じ気分やったからな……」

 

 ──まさか、と思って桃太刀のカードを構えた刹那。

 

「ッ……ヒヒヒィィィーンッッッ!!」

 

 茂みから飛び出す灼炎の軍馬。

 その突貫を受け止めたのは──桃太刀三人衆だった。

 

「うっぐぅっ、こいつ!! 負けないよぉ!!」

「またまた出てきやがった! 本当にしつこい奴だっキィ!!」

「こ、こいつ昨日の《バーンメア・ザ・シルバー》だケン!!」

「案の定やな!! ワシら完全にどっかから見られとるで!!」

 

 即座にカードを投げた矢継。

 そこから実体化するのは、血脈に溶岩が駆け巡る爆龍皇。

 咆哮と共に、その拳が《バーンメア・ザ・シルバー》を殴り飛ばす──

 

「白銀!! メイちゃんと先に進むんや!! ええか!? メイちゃんに何かあったら首ィへし折るぞ!!」

「っ……おうよ!」

「もうハヤテったら……行こっ、白銀君!」

 

 バーンメアの強さは俺が一番知っている。

 此処は……矢継に任せようとして進もうとしたその時だった。

 

 

 

「ウゴァァァァーッ!!」

 

 

 

 地面の中から突如、土煙を立てて巨大なスロットのクリーチャーが咆哮した。

 間違いない、あれは《キング・ザ・スロットン7》……!

 あの偽者、俺の今までの切札を全部使役出来るのかよ!

 しかし、怯む間もなくスロットの排出口から、金の濁流が俺達目掛けて解き放たれる。

 あれは──無数のメダル!?

 

「やっばぁっ!? 押し流されるッキィ!!」

「モンキッド、掴まってぇぇぇ!!」

「まずい、2匹とも私に掴まるケン!」

 

 押し流されそうだったモンキッドとキャンベロを辛うじてケントナークが拾い、空へ脱出する。

 そして、木の枝に掴まった俺をケントナークが足で掴もうとするが、無数のメダルが襲い掛かり──

 

「こふっ……!?」

 

 俺の身体は、メダルの中へ──

 

「っ……白銀耀ッッッ!!」

 

 ──飲み込まれた、と思ったのも束の間。

 何かが俺の襟を咥え、俺は再び新鮮な空気を吸う事が出来た。

 メダルの濁流を泳ぐのは──メイを背中に乗せた水獅子《キング・マニフェスト》だ。

 

「大丈夫、白銀君!?」

「な、なんとか……」

「あいつの相手はうちがやるッ……! これ以上、邪魔はさせへん! お願い、マニフェスト!」

 

 頷いた水獅子は、口で俺の身体を上空へと放り投げる──宙ぶらりになった俺だったが、間もなくケントナークの背中に着地した。

 すんでの所で受け止めてくれたのだ。

 

「ありがとう、メイ!」

「行って、白銀君! 此処からは……うちの土壇場やから!」

 

 道は開けた。

 後は──偽物の元へ一直線で向かうのみだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……不可侵領域?」

 

 

 

 ──やられましたね、空亡。歴史に残らなかった場所、即ち口伝でしか残らなかった場所。彼らはそこに逃げ込んだ。歴史も変わってるし、私達が先回りすることは出来ない。

 

 

 

「神の目を持ってしても?」

 

 

 

 ──ええ。例え私の力を持ってしても、不可侵領域を見つけることは不可能に等しいのです。あの場所の主が認めた場所以外、座に入る事は出来ないから。

 

 

 

「何も……問題ありません。神類種である酒呑童子が目覚めた事で、日本各地でマナが活性化しています。私の力が完全となるのも後少し。万物を見通す太陽の力さえ手に入れれば──」

 

 

 

 ──ええ、空亡。私の可愛い子──貴女こそが天より穢れた地を照らす……完全なる太陽へと成るのですよ。

 

 

 

 

 ブツリ──そこで、通信は途切れた。

 

 神は、穏やかな気質である和魂と荒々しい気質である荒魂の二つに分かたれているという。

 通常の神社ではその区別をせず、一柱の神として祀る場所が殆ど。

 しかし──伊勢神宮では例外的に、和魂と荒魂を別々に祀っている。

 此処は別宮第一位──別名、荒祭宮。

 数ある別宮の中でも、最も重要視される場所。

 空亡は多くの部下を引き連れ、その場に足を踏み入れていた。

 

「して、空亡様。儀式とは──」

「……ああ」

 

 部下達を空亡は一瞥した。

 人格、能力は考査せず、ただただ魔力の純度が高い者達を集め、トキワギ機関の傀儡として()()()した高等執行機関。

 それが【抹消者】の実態だった。

 その名を持つ事以上に、彼らに存在意義はない。

 

「元より、私が鬼を復活させたのは──日本中のマナの脈を復活させるため」

「……マナの脈」

「鬼は邪悪な存在だ。目覚めれば、日本中の霊脈……神力の流れは自ずと対抗する為に、眠らせていた神力を解放させる。この場所とて、例外ではない」

「喜べ。お前達は、神の降臨に立ち会える」

「神の、降臨……!」

「そうだ。あの抑えの効かん鬼共よりも、偉大で、誉れ高く、そして誇り高き──唯一の神」

 

 全員の顔が引き締まる。

 神聖たる荒魂の座は、神類種の目覚めに呼応してか既に神力の奔流が高まっていた。

 

 

 

 空亡は鎌を一度持ち直すと、

 

 

 

「勅命だ──死ね」

 

 

 

 

 

 

 神の座に鮮血がほとばしり、その場は赤く染め上げられた。

 

 

 ──空亡は、その場に居た全員の首を一瞬で撥ねていた。

 

 

 

「栄誉ある死だ。神と成るこの私の血肉と成る事。元より貴様等の存在価値など、それ以外に無い。【抹消者】であり──あの方を照らす太陽は、唯一つ。この私のみだ」

 

 

 

 胴と首が切り離された肉の塊が辺りに転がる。

 しかし、直後に空亡が呪文を呟くと共に、鮮血が、肉が、黒い泥となって彼女の手に集まっていく──

 

「っ……後少しだ。私に、欠けた力を……返して貰うぞ──《陽神類アマテラス》!!」

 

 

 

 しかし。

 

 

 閃光が、赤く染まった部屋を白く塗り替える。

 思わず、目を覆ったが次の瞬間──泥は異臭を放つ黒い炭と化していた。

 

「アルカナ研究会から報告があってな。鬼共が目覚めた後、マナの脈が全国規模で活性化してるってよ」

「だから、伊勢神宮で警戒をしていたのだ。この場所は、一番大きなマナの脈がある場所だからな」

「……人間共ッ……!」

 

 空亡は初めて声を荒げた。

 目の前には──黒鳥レン、そして桑原甲の二人が立っていた。

 

「ただ僕達を排除するだけなら鬼だけで十分。しかし、貴様は僕らを殺せるタイミングで殺さなかった」

「テメェは時間稼ぎがしたかったんだろ。特異点の白銀を滅ぼす為の時間稼ぎをな」

「伊勢神宮に眠る神は二種類。豊受大明神──そして、もう一つは──」

「──く、くかはははは」

「?」

「かはははははははははははは!! 人間、人間人間!! 私の照らす下に立つ愚かナ人間!! 貴サマの暗雲をワたしが晴ラしてくれよう、白く、染め上げてくれよう……!」

 

 狂気染みた笑みが空亡から零れる。

 その言動は最早乱れており、冷静だった彼女からは考えられないものだった。 

 阻止したと思っていたが──既に、儀式は終わりに差し掛かっていた。

 黒焦げになっていた泥が、再び悍ましい色を取り戻しつつある。

 

「バカな! まだあの泥は魔力を失ってなかったのか!!」

「焼いたと思ったのに……!」

「うぅむ、ウェルダンのつもりがミディアムであったか……妾としたことが」

「言ってる場合か! 迎え撃つぞ!」

 

 駆けだした二人。

 しかし、屋内に突風が吹き荒れ、膝を突いてしまう。

 

 

 

「邪魔を、するなァァァ……!!」

 

 

 

 邪悪な瘴気が辺りを包み込む。

 その場にいるだけで胸が苦しくなってくる。

 QXが苦々しい表情で「まずいのう……!」と漏らした。

 

「魔力が強過ぎる……! エリアフォースカード1枚では止められんぞ!」

「ならば二人がかりだ、桑原!!」

「あいよ、黒鳥さん!!」

 

 

 

<Wild……DrawⅩⅨ……SUN!!>

 

<Wild……DrawⅧ……Strength!!>

 

 

 

 その場は、異空間に包まれる。

 今、神の降臨を阻止すべく戦いが始まった──



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GR96話:皇帝VS皇帝(2)

 ※※※

 

 

 

「よう、来たぜ偽者──」

 

 

 

 数多くの妨害を乗り越えて。

 ようやく俺は、偽物の元へと辿り着いていた。

 感じる。皇帝(エンペラー)と全く同じ力を。

 

「何度も言わせるな。真偽を問う事自体が無意味であるという事……それでも尚、何度でも(オレ)の前に立ちはだかるか?」

「……奴隷、か。確かに、俺は運命に囚われた奴隷かもしれねぇな」

 

 拳を握り締める度に感じた無力感。

 俺一人では何一つ出来ないという厳しい現実。

 しかし、それでも尚──

 

「だけど、俺は一人じゃねェ。一人じゃ何も出来なくっても、仲間と一緒なら何度だって立ち上がれる」

「此処には今いない仲間の分まで、お前を倒すッキィ!!」

「そして、桃太郎様に僕達の事を認めて貰うんだキャンッ!」

「我らが主の姿を借りるのは、好い加減に止めて辞めて貰おうかッ!」

 

 飛び出す桃太刀達も俺に手を貸してくれる。

 この戦い、絶対に敗ける訳にはいかない。

 相手は俺の今までの戦術を全て持っている。

 だけど、此処まで培ってきた戦術が、そして──巌流齋の爺さんの思惑が当たっているならば。

 勝ち目のない戦いではないはず──

 

 

 

「よりによって奴隷共から姿を現すとは滑稽なりッ!」

 

 

 

 ──思わず身構えた。

 偽物の身体から無数の触手が現れる。

 それは徐々に俺の知っているクリーチャーの姿へと変貌していく。

 一本一本が強力なクリーチャーを象っているのだ。

 それが暴れ、桃太刀達は次々に触手に跳ね飛ばされていく──

 

「モンキッド!! キャンベロ!! ケントナーク!!」

「ダ、ダメだ、コイツ、強過ぎるっキィ──!」

「言っただろう、白銀耀。人は運命に囚われた囚人。お前は運命から逃れることなど出来ない」

「……!!」

 

 次の瞬間だった。

 触手が俺の身体を捕える。

 偽物の顔が──眼前に現れた。

 彼は挑発的な笑みを浮かべながら、俺の顔を押さえつける。

 息が出来なくなっていく。

 意識が、闇へと引きずり込まれていく──

 

 

 

「過去に押し潰されて、消え失せるが良い!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 白銀耀の身体は、徐々に触手に飲み込まれていく。

 地面に伏せた桃太刀達はそれを見守るしか無かった。

 そして──偽物の身体がどくん、どくん、と脈打っていく。

 その身体からは巨大な翼が現れ、顔は龍のそれへと変貌していく。

 そして全身には銃身を携えた火器が生えて現れた。

 桃太刀達は、息を呑む。

 

 

 

 ──その龍の名はアバレガン。仕える者など誰も居ない暴君の龍。《Theジョギラゴン・アバレガン》──!

 

 

 

「遂に、握ったぞ──主導権を!! 我が力は二重に重ねられたッ!! (オレ)こそ世界を統べる皇帝(エンペラー)なりッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「みづ姉、朝ごはん……食べなくて良いのですか?」

「……しづ」

 

 

 

 翠月はげっそりした様子で紫月に向き直った。 

 思わず紫月の肩が跳ねる。

 明らかに彼女は寝ていなかった。

 理由を聞くと、彼女はふるふると首を横に振った。

 

「……桑原先輩と師匠、居ないの……本当に困った人達」

「ッ……そう言えば、伊勢神宮の方を見に行くとか何とか──」

「……そう」

「みづ姉。気分が優れないなら、少しでも眠るべきです。その様子では万が一何かあった時に、何も出来ませんよ」

「……分かってるわよ!」

 

 柄にもなく彼女は声を張り上げた。

 そして──驚いた様子の紫月の顔を見て、すぐに目を見開き「ごめんなさいっ」と口走る。

 最近立て続けに起こった出来事に加えて、睡眠不足で苛立ちが募りに募っているのだろう。

 

「……サイテーだわ、私……」

「誰にでもそんなときはあります。気にしないでください、みづ姉。こんな時に……いつものように振る舞える方がどうかしてますから」

「しづは──不安じゃない? ……鬼や、未来人の事が……」

 

 彼女は目を伏せる。

 次から次へと起こる出来事に心の余裕が持ててないのだ。

 

「……みづ姉。桑原先輩が……どうやって立ち直ったのか、知りたいですか?」

「え? ッあ、あんな人、今更──」

「端的に言えば、みづ姉とゲイルのおかげなんです」

「……!」

「QXと桑原先輩が上手くやってるかどうか不安で、オウ禍武斗に相談したんですけど……杞憂だったんです」

「どういうこと? 正直、かなりの凸凹コンビに見えたのだけど……」

「QXは、なかなか立ち直れない桑原先輩に問いかけたのだそうです。「汝は、汝の手で汝の理想を穢すつもりか?」と。この「理想」の意味が分かりますか?」

 

 ふふっ、と少し微笑むと紫月は翠月の首を背後から抱き寄せる。

 

「……桑原先輩を今まで肯定してくれた、みづ姉が……そしてゲイルが、彼の気付いていなかった彼自身を形成していたんです」

「っ……そうね。あの人、自虐ばかりで……ネガティブで、見ていられなかったから」

「きっと、桑原先輩は──QXに指摘されたことで、ようやく自分自身を信じることが出来たのだと思います。友に報いるには、友の信じてくれた自分でなければならない、と」

「でも、理想に辿り着くのはとても辛くて苦しくて……険しい道よ。芸術家なら、桑原先輩が一番分かっているはずなのに……」

「それでも、桑原先輩は自らの足で歩き続けることを選んだのだと思います。自分を信じてくれた人に、ゲイル、そしてみづ姉に報いる為に」

 

 紫月が翠月を抱く力が強くなる。

 震える姉を包み込むように。

 

「……だから、みづ姉が……近くで支えてあげてください。あの人が……進む先を見失わないように──」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 桑原&黒鳥のコンビと空亡のデュエル。

 高速マナ加速で一気に7マナ帯に到達した桑原は、早速必殺ムーブを空亡相手に叩きこむ。

 放つのは絶望。

 一瞬にして相手の戦術を捥ぎ取る魂の喪失。

 彼が修行によって手にした新たな戦術だった。

 

 

 

「──テメェの動きは此処で封じる──《ロスト・ソウル》で手札全破壊だ!!」

「無駄な事」

 

 

 

 空亡の手札が一気に掻き消えるが、彼女は涼しい顔のままだ。

 それに合わせて、彼女の手札から次々に蒼い影が飛び出した。

 《斬隠蒼頭龍バイケン》2体がハンデスに反応して現れたのだ。

 更に、空亡の場にはシノビが場に出る度にカードを1枚引くD2フィールドの《Dの隠家 ザトー・オブ・ウラギリガクレ》が展開されている。

 シノビ2体が場に現れたことによって、彼女は手札を2枚補充する。

 その様子を黒鳥は固唾を飲んで見守っていた。手を貸すのはデュエルに必要な魔力を供給するのみ。

 後は──桑原がケリをつけるべきだ、と。

 

(相手はトキワギ最凶クラスのデュエリスト……そう簡単にはいかないはずだ。だが、今の貴様ならばやれるはずだ桑原。貴様の美学ならば空亡を倒せる──)

 

「白銀耀でもこの私の守りを突き崩すことなど出来なかった。手札を破壊しても無駄な事だ」

「……最初っからテメェの守りを崩すつもりなんざねェよ」

「時間稼ぎのつもりか? 悪いが、この儀式を邪魔されるわけにはいかない。この猛攻を耐えきっても、貴様はもう私の防御を貫けはしない──」

 

 《バイケン》が煙と共に姿を消すと、一瞬で桑原の眼前に飛び出した。

 そして、忍の龍は空亡の手札にあった時間龍と入れ替わる──

 

 

 

「これで貴様の時間は停止する。革命チェンジ──《時の法皇 ミラダンテⅫ》──っ!!」

 

 

 

 一瞬にして桑原と黒鳥の時間が停止する。

 彼の身体には茨が次々に絡みついていく。

 《ミラダンテ》のファイナル革命が発動したのだ。

 これによって、彼はコスト7以下のクリーチャーを次のターンに召喚出来なくなる。

 更に《ミラダンテ》はT・ブレイカーだ。桑原のシールドを時計の針で突き刺し、砕いてしまった。

 

 

 

「白銀耀の劣化品め。デュエルの技術も、デッキの質も劣っている貴様に、シー・ジー如きに敗れた貴様に、守護獣も守れなかった貴様に、この私が倒せると、本気で! 思っているのかね?」

「──空亡。テメェは一つ、勘違いしているな」

「……何?」

「……俺の弱さも、強さも、この俺自身が一番理解してンだよ──でも、そんな俺を受け止めて送り出してくれたお人好し共が居る」

 

 言ったのは──茨に縛り付けられた桑原だった。

 

 

 

 

「そいつらに応えずして、何が男だッ!!」

 

(ストレングス)──【ハザードモード】、エンゲージ!!>

 

 

 

 その声と共に、《バイケン》の胸に蜂の針が突き刺さる。

 桑原甲は──動けている。

 《ミラダンテ》のロックなど意にも介さずに。

 空亡の目が驚愕で見開かれた。

 その視線は、砕かれたシールドに注がれている。

 

(しまった……《ジャミング・チャフ》を落とされた所為で、呪文のS・トリガーがッ……!!)

 

「狂い悶えろッ!! S・トリガー、《極楽轟破5.S.(ファイブセンス)トラップ》ッ!! テメェのクリーチャーをマナに送って、そのコスト以下のクリーチャーを1体マナゾーンから場に出すッ!」

「《ミラダンテ》のロックは召喚のみ。召喚以外のバトルゾーンに出す行為は封じることが出来ないはずだ」

「つーわけで、《Q.Q.QX》をマナゾーンからバトルゾーンに出すぜッ!」

 

 稲光が迸る。

 天空から舞い降りたのは蜂の女王。

 その鋭い毒針を空亡に突きつけ、冷酷な嘲笑を捧げる。

 

『くっくっ、我が下僕よ。良い吠え方だ。褒めて遣わそうぞ。此処からは妾の独壇場。暗転を死を躍らせようぞ!』

「バカなッ……!! だが、これだけでは──」

『ほほほほほほほ!! 往生際が悪いのう。妾の毒針を前に何時まで立っていられる?』

 

 次の瞬間だった。

 今度は空亡の胸に針が突き刺さり、そこに蜂の紋章が浮かび上がる。

 《極楽轟破5.S.(ファイブセンス)トラップ》の最後の効果──それは、相手の山札の上から4枚目を横向きに刺すというもの。

 

「テメェらトキワギ機関に奪われたものは数知れねェ。あの決闘で──俺は誇りを失い、屈辱を味わい、そして相棒を喪ったッ!!」

「バカなッ……何故、私が追い詰められている……? 白銀耀よりも、貴様は弱いはず……ッ!!」

「ンな事ァ俺が一番分かってんだよな、これがァッ!! 失ったモンはもう戻って来ねェ。白銀の持ってるものを俺が持てるとも思わねェ!! だから──今あるモンで、極限まで強くなるしかねェ!!」

『妾は──この男のそんな愚直さに惹かれたというわけじゃ。オホホホホホ!!』

「ツー訳で──往生しな、神様のなり損ないよォ!!」

「ッ……!?」

 

 空亡は思わず左胸を抑える。

 突如、動悸と息切れが彼女を襲った。

 耀相手には使わなかった、本来の5.S.D.が発動しようとしていた。

 視覚がぶれる。  

 そして、匂いが薄れていく。

 五感が、じわじわと猛毒によって奪われようとしていた。

 

「こ、これはッ……!!」

「守りが硬いなら守りを腐らせればいい。五感喪失の前で抵抗は無意味だ」

 

 桑原は6枚のマナをタップする。

 最早猶予など彼女に与えるつもりは少しも無かった。

 このターンで終わらせるために《邪魂創生》でキルパーツを集めていたのだから。

 

「呪文、《H.D.2》──能力で相手のカードを2枚、マナへ叩きこむッ!!」

「ッ……!!」

 

 空亡の山札の上から2枚がマナゾーンへ送られたことで、横向きのカードへ到達するまで残るカードは1枚となった。

 

「そして最後に、《ガード・ビジョン》発動!! テメェはテメェの山札を見ることも出来ねえし、位置を変える事も出来ねえ。だが、俺はテメェの山札の位置を変えられるんだよ!!」

「まさか──」

「効果で横向きのカードを1番上に持っていく!!」

 

 バチンッ!!

 

 これにて、彼女の五感はのうち──視覚以外の全てが失われる。

 毒針が、空亡を容赦なく刺し貫く。

 

「がっ、あああ!?」

「さあ、五感全部をあの世に持っていくぜッ!! サイケデリックな死の芸術──ッ!!」

 

暗転する女王の轟令(スティング・マスキュラックス)

 

 

 

 空亡の左胸目掛けて、《QX》がトドメと言わんばかりに蹴りを加えた。

 毒針が、彼女の胸に深く深く突き刺さり、猛毒が一瞬で回って彼女から五感を奪っていく。

 駆け巡る血が冷たく凍えていく。

 それはまごう事無き死への実感だ。

 

「終わってなど……いない、まだ……終わってなど……! お前のような、ちっぽけな人間に狩られるなど──!」

「強くなる最後の鍵は……俺自身が俺自身を認める事だった。ダメダメな俺だけど……それも、また俺なんだと気付かされた!! 白銀や他の奴なんか関係ねェ!! 俺自身の力を、俺はこれからも突き詰め続けるッ!!」

 

 崩れ落ちていく空亡に彼はカードを突きつける。

 

 

 

「神様は生まれさせねえ──此処でお終いだぜ、空亡」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 崩れ落ちる空亡の身体。

 しかし、既に彼女は強大な神へと至ろうとしていた。

 止めなければ、更なる犠牲者を生み出していたのは想像に難くない。

 それでも──相手の命を奪ってしまったという実感が桑原を襲っていた。

 ギリッ、と口を結ぶ。

 これで良かったのか、と。

 

「……死んだ、のか……?」

「待て」

 

 倒れ伏せた空亡に近付こうとする桑原を黒鳥が手で制す。

 彼は首を横に振って否定した。

 まだ、終わっていない、と。

 見ると──彼女の身体がまるで亡霊のように起き上がり──虚ろな目で天井を睨んでいる。

 

「なッ……!? 嘘だろ、あれで息の根を止めたはず──ッ!?」

「コウ──コウ──ククリ──ヒメ──コウ──コウ──ククリ──ヒメ──」

 

 朽ち果てた口から紡がれるのは──人の耳には聞き取れない呪文。

 それが唱えられていくと、空亡の手に握られていた泥が溢れていき、宮の中を満たしていく──

 

「マズいっ、逃げるぞ桑原っ!!」

「と言われても──っ!!」

 

 次の瞬間だった。

 泥が二人の身体を飲み込んでいく。

 それは虚無を、憎悪を、絶望を喰らっていき、死の果てへと至る脅威と化す。

 その場全てを飲み込んでいき、終いには──伊勢神宮に巨大な一つの卵を作り出した。

 卵は邪な意識そのもの。

 太陽神にかつてその権能を奪われた怪物の成れの果て。

 まさに、百鬼夜行の終わりに現れる滅亡の起源にして、巨大な終焉の太陽の具現であった。

 

 

 

()()……名は──零龍(ゼーロン)……」



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GR97話:皇帝VS皇帝(3)

「……始まったか……!」

 

 

 

 巌流齋老師は力の座の塔の天辺で、修練場から迸る凄まじい龍の気配に眉を顰める。

 肌で感じるのは鬼さえも喰らう暴君龍の暴威。

 咆哮は大嵐の如く、吐き出す吐息は焼け付く噴火の如く。

 その核となったのは──白銀耀に違いない。

 

(だとしても──此処からが正念場じゃ、ツンツン頭の少年よ! 汝が煩悩に打ち克つか否かは、汝自身の魂の戦いに掛かっておる! そして、その間の隙は──汝の仲間が必ず食い止めるであろう!!)

 

 間もなく。

 翼を広げた龍が修練場の結界を突き破って飛び出した。

 目視出来る限りでもすさまじい強大さだ。

 そして、力を求める龍は残るエリアフォースカードを求めて力の座目掛けて飛んで来る。

 

 

 

「ジョギラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 

 

 龍の咆哮が木々を揺らす。

 暴威があらゆる生命を平伏させる。

 降り立てば災害にも匹敵する龍の脅威。

 止めねば大惨事となることは想像に難くない。

 しかし──

 

 

 

(これは汝だけの試練では──ないのだから!!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「見えますか? ジョルネード。遥か果てに見える星が──」

 

 アカリはふと、隣に立つ蒼きガンマンに呼びかける。

 彼女が見据える遥か空の先。

 そこに見えるのは二つの星。

 暴威を撒き散らす皇帝の暴れ星。

 そして、死と崩壊を振り撒く白き太陽。

 どちらも放つのは──光。

 

 

 

「……お爺ちゃん。どうか、勝って──ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──白銀耀──貴様が築いてきたものが貴様自身の力で崩れるところを、指を咥えて見ているのだ!」

 

 

 

 

 咆哮するジョギラゴン。

 大地に降り立ち、その無数の銃口で守護獣達を焼き尽くそうとする。

 現れた巨竜を前に、紫月達は戦慄した。

 止めねばならない。

 しかし。ジョギラゴンが顕現したということは──その中に耀が入っているということ。

 その動きを封じる事は出来ても、傷つけることなど出来ない。

 故に──

 

 

 

「──サッヴァークッ!!」

「シャークウガッ!!」

 

 

 

 ブランが命じると共に、光の輪がジョギラゴンの四肢を縛り付ける。

 更に、シャークウガが防護壁を一挙に展開した。

 これにより、ジョギラゴンの動きは止められる──と思われた。

 だが、

 

「ギャオオオオオオオオオオオッ!!」

「ッデース!?」

「なっ……!?」

 

 一吼えでそれらは打ち砕かれた。

 一行は思い知ることになる。

 耀の中に封じ込められたジョギラゴンがどれほどまでに強大な存在であるかを。

 これを真っ当に相手するのは、相当に骨が折れる。

 

「やっぱり黒鳥サンが居た方が良かったんじゃないデスか!?」

「泣き言を言ってる場合ですか! 私達だけで先輩を受け止めるんです!」

「デ、デモ、やっぱり戦力足りなさ過ぎデース!」

 

 なんせ、敵はまだ技の一つも使っていないのだから。

 しかし──思わぬ増援が加わろうとしていたことにブランはまだ気付いていない。

 現に死角から、ジョギラゴンを急襲する二体が迫ろうとしていた。

 

「いけっ!! バルガ・ド・ライバーッ!!」

「食い止めろブランドッ!!」

 

 戦線に加わるは二体のクリーチャー。

 そこに居ないはずのそれらを見て、ブランと紫月は震え立った。

 片や守護獣。片や魔法使い最大の眷属なのだから。

 だが、それを従えているのはどちらとも、此処には居ない人間のはず。

 それらは何処に居るのか──

 

 

 

「バイク仮面ッ!!」

「モルネクレディッ!!」

「「参上ッ!!」」

 

 

 

 ──……沈黙した。

 バルガ・ド・ライバー、そしてブランドと一緒に現れたのは珍妙な服装の男女。

 こんな非常事態でも顔を隠さねば自分達の前に出られないのか、と流石のブランもある種の呆れを隠せず、

 

「いやヒイロデスよね?」

 

 と、思わず無粋なツッコミ。

 

「何を言っている迷探偵。君の推理力には常々疑問を持っていたところだが、俺は山の精のバイク仮面だ」

「やっぱりカリンデスよね?」

「あ、あたしも山の精──」

「Youたち、好い加減普通に出来ないのデース!? 何なんデスかカリンも!! 良い歳して恥ずかしいと思わないんデスか!? 散々人に心配させといて!? こんな恥ずかしい身内だとは思わなかったデース、およよよよ」

「ちょ、ちょっとブラン!! 悪かったから!! 後で訳を話すから泣かないで!!」

 

 慌てふためくモルネクレディ。

 泣き叫ぶブラン。

 そして最早、どうやって収集着ければ良いのか分からない紫月。 

 事の発端が自らである以上、気まずくて仕方がない。

 

(……本当にこれ、どうやって決着付けましょう……まあ、戦線の空気は少しだけ柔らかくなりましたが)

 

「言っとる場合か探偵ッ!! 奴を抑え込むぞ!!」

「納得いかないデース!!」

 

 ツッコミを我慢できないブラン。

 やむを得ず、サッヴァークの光の剣による拘束を再び試みる。

 しかし、ジョギラゴンの魔力はあまりにも膨大。抑え込むことが出来ない。

 

「ブラン先輩。形はどうであれ、助っ人が増えるのは良い事です」

「……そうデスけど! 私、色々納得いってないデース!」

「積もる話は後です。これが終わったら、ラリアットの一つでもカマしてやりましょう」

「仕方ないデスね!」

 

 

 

「ジョギラアアアアアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

 しかし、ジョギラゴンの叫びは一向に収まらない。

 収まる気配など無い。

 その主砲となる全銃口が光り輝いた。

 

(白銀先輩……もしあなたならば、自分が仲間を傷つけようとした時は躊躇なく殺せと言うでしょう。そして、私達はその約束を交わした。交わしてしまった。覚悟をすれば、怖くないから)

 

 ぐっ、と紫月は唇をキュッと引き絞る。

 

 

 

 

(でも……私は、それでも貴方を最後まで信じます。貴方に簡単に殺される程──ヤワじゃないからッ!!)

 

 

 

 

 銃口に魔方陣が現れた。

 そして直後──銃が爆発する。

 塞がれたことによって爆風が逆流したのだ。

 悲鳴を上げたジョギラゴンは──そのまま地面へと墜落する。

 

「やったデス!!」

「ッ……いや、まだだ!!」

 

 歓喜の声を上げたブランをバイク仮面が諫めた。

 その時。

 

 

 

 

「ジョギラアアアアアアアアアアアアアアーッ!!」

 

 

 

 

 無数の光が、ジョギラゴンを中心として放たれた──

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──驚いたな」

 

 

 

 ──耀と、耀は向き直っていた。

 此処は耀が生み出した煩悩の中。

 そして──もう1つの皇帝(エンペラー)のカードの中。

 いわば、彼の心の現身とも言える空間。

 そこに耀は立っていた。

 

「……此処まで来れたことか? それとも、俺がまだ正気を保っていることか?」

「両方だよ」

 

 呆れたように、空間の主である現身の耀は言った。

 

「……早々に飲み込んでやろうと思ったのだがな」

「俺は独りじゃねえからな」

 

 耀は──笑っていた。

 

「……ならばどちらが立つべき皇帝か決めようか、兄弟」

「……どちらが、とかねえよ」

「何?」

「誰が何と言おうが、今此処に立っている俺は……俺でしかないんだ」

 

 皇帝は嘲笑した。

 

「バカめ!! 自分が本物であるという傲りッ!! それこそが貴様が此処に来た理由じゃないのか奴隷がッ!!」

「俺は奴隷じゃねえよ」

 

 耀は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「俺は、自らの意思で此処にやって来た! 俺自身に決着をつける為にッ!!」

 

 

 

 彼の手には──デッキが握られていた。

 今は隣に居ない相棒の名を耀は胸の中で呼びながら──己の現身に叫ぶ。

 

「勝負だッ!! もう一人の俺ッ!!」

「……奴隷如きが、皇帝に敵うとでも!!」

 

 開幕する。

 二つの皇帝が、己の存在意義を証明するために。

 デュエルの火蓋が切って落とされた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「全く──二人共世話を焼かせます!!」

「す、すまん……」

「わりぃ、翠月……」

 

 

 

 オウ禍武斗に抱えられながら、黒鳥と桑原は目を伏せた。

 間一髪。あともう少しで、あの巨大な卵と伊勢神宮を覆う膨大な泥に押し潰されていたところである。

 既に伊勢神宮の上空には卵が浮かび上がっており、それが絶え間なく泥を吐き出し続けている。

 卵の中には大きな魔力が籠っており、近付くのも憚られるほどだ。

 

「力の座に戻りましょうッ……この事を皆に知らせないと……!」

「……ッいや、待て翠月!」

「え?」

 

 その時だった。

 空間が──割れる。

 あの巨大な卵に続き──引き寄せられるかのように、それらは来たる。

 

 

 

 

 ──鬼の、大群が現れた。

 

 

 

 

「!?」

 

 その場に居た3人と一体は目を疑った。

 あれほど、倒すのに苦労した鬼の軍勢が大挙してきたのである。

 ただでさえ、あの卵から逃げるのにこちらはいっぱいいっぱいだと云うのに。

 このままでは多勢に無勢。

 だが、放置していても民間に被害が出ることは避けられない。

 

「ど、どうしましょう、師匠!?」

「僕にそんな事を言われても知らん!! この状態で奴らを相手出来んぞ!」

「下に降りる事も出来ねえしな……数が多すぎる!?」

 

 そう口々に言っていた──その矢先だった。

 鬼の大群は、こちらなど歯牙にもかけず、卵に向かって雪崩れ込んでいく。 

 こちらに誰一人として向かってこないのである。

 

「!? 奴らの狙いはこちらではないのか!?」

「潰し合ってくれるならば幸運だ!! 力の座に戻るぞ!!」

「悔しいですが……巻き込まれたら堪ったモノではないですからね……!」

 

 その場を去る3人。

 しかし。彼らは気付かなかった。

 鬼の軍勢を率いるのは──当然鬼の王であるということを。

 百鬼夜行のその奥に潜む──鬼の神類種の存在を失念していた。

 無論、彼らは魔力を消費しきった後での逃亡戦。責められる謂れなどない。

 しかしこの日、この時。

 史上最悪の鬼の神が誕生しようとしていたのである。

 

 

 

 

「──まぁーっていたぜェ……空亡さんよォ!!」

 

 

 

 

 鬼の無量大数群。

 それらはいっきょに卵目掛けて襲い掛かり──そして、蒸発した。

 迎え撃ったのは──卵から生えてくる幾つもの触手。

 それらが、命知らずの鬼達の心の臓を貫いていく。

 だが、その様子を鬼の頭領である酒呑童子は笑みを浮かべて眺めているのだった。

 

「良い、良いぜ!! 突っ込みなあ!! 奴の首を獲ったヤツに褒美をくれてやる!!」

 

 ──無論。

 本気で部下達が卵を破壊出来るなどとは考えてはいない。

 あの卵がどういった存在なのか、酒呑童子はよく知っていた。

 

(空亡──昔、太陽の神に逆らって落とされた龍。かつては宙の奥に潜んでいたが、この地に降り立つにあたって、神格を剥奪された……)

 

 宇宙の果て、その先にあるという龍の頭の星雲。

 その話に酒呑童子は微塵も興味などは無かった。 

 ただ──強いヤツがいるというだけ。自らの依代となったジャオウガも、そこからやってきたという。

 

(確か、それの名前は……)

 

 そして、あの卵も。

 鬼の軍勢を喰らいつくしたその卵は──今にも産声を上げようとしていた。

 

「ハッ、喰い頃みてえだな」

 

 好戦的に言った酒呑童子は、遂に自らが卵の前に降り立つ。

 ()()を済ませたそれに向かい、酒呑童子は棍棒を突き出した。

 

「もう、腹いっぱいになっただろ──零龍(ゼーロン)

「ウゥア……!?」

「太陽神類に落とされたテメェが俺を救い……二の矢として、桃太郎を討つために送り込んだ。賢かったよテメェはなあ」

 

 だけど、と彼は続けた。

 

 

 

 

「──テメェを喰らうのは俺だ、紛いモン」

 

 

 

 言った彼は、空間を解き放つ。

 鬼の頭領と、空から来たりし龍。

 超天を決める戦いが始まろうとしていた──



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GR98話:皇帝VS皇帝(4)

 ※※※

 

 

 

 

「──《タイク・タイソンズ》で攻撃──Jチェンジ発動!」

 

 

 

 早速、俺が繰り出したタイク・タイソンズはマナゾーンのコスト4以下のジョーカーズと入れ替わり、更にマナを増やす。

 現れたのは、火のジョーカーズにJ・O・Eを付与する《ドンドド・ドラ息子》だ。

 

「その効果で山札の上から5枚を見て、《熊四駆ベアシガラ》を手札に! そして──シールドをブレイクだ!」

「奴隷の分際で……ッ!! S・トリガー《フェアリー・ライフ》によって我がマナを増やす」

「そして、キリフダッシュ発動!!」

 

 残るマナ4枚が火と自然の力を呼び起こす。いける。

 攻撃に反応し、後続へのアクセルとなる力。

 それが──キリフダッシュだ!

 

 

<ジョーカーズ疾走ッ!! キリフ・ダッシュッ!!>

 

 

 

「──来い、《熊四駆ベアシガラ》!! お前の力を借りるッ!!」

 

 ──巨大な熊が走り、奔り、走り出す。

 突貫した大熊は、大地を蹴り、更に2枚のマナを生み出した。

 バトルゾーンに出た時、2枚のカードをマナゾーンに置き、そして回収する能力を持つ《ベアシガラ》により、耀は手札から更にカードを回収した。

 《フェアリー・ライフ》で差を付けられたと思われていたマナ差が逆転する。いや、逆転させる!

 

「マナから手に入れるのは《モモダチ・ケントナーク》だ!!」

「……猪口才な──だが、幾ら軍勢を用意したところで俺には勝てん。奴隷の分際で皇帝に謁見出来た事を奇跡だと思え!!」

 

 返し際にもう一人の俺──皇帝は5枚のマナをタップする。

 

「《グレープ・ダール》召喚! 奴隷よ、貴様ならばこれがどのような力を持っているか分かっているだろうッ!!」

「しまった、マッハファイター……! アンタップしてるクリーチャーに攻撃される……!?」

「そうだ! 貴様は貴様の持っていたカードに負けるんだよ!! 《ドラ息子》に攻撃する時──Jチェンジ発動!」

「なっ、まさか──」

「そのまさかだ!! 我が忠実なるシモベ、《バーンメア・ザ・シルバー》をマナゾーンから呼び出させて貰おうか!!」

 

 飛び出した灼熱の軍馬。

 それが駆ける時、次元の穴が開き放たれ、GRクリーチャーが2体一挙に現れる。

 《ヤッタレロボ》と──耀の最大の切札である《無限合体ダンダルダBB》だ。

 

「攻撃は続行!! バトルだ!!」

「ぐっ……!」

 

 皇帝はそのまま《バーンメア》を《ドラ息子》に突貫させて踏み潰す。

 更に、《ダンダルダ》が大剣にエネルギーを装填させていく──

 

「ジョーカーズ・トルネードッ!! 《バーンメア》を手札に戻して、墓地から《灰になるほどヒート》を放つッ!!」

「ッ……《グレープ・ダール》の効果で墓地に落としたのか!」

「そうだ! 再び《バーンメア・ザ・シルバー》は貴様の前に姿を現すッ!!」

 

 やはり同じだ。きっと俺もそうするだろう。

 皇帝の戦術は、俺と全く同じだ。

 ヒヒィン、と高らかに声を上げた軍馬は再び次元に穴をこじ開ける。

 そこから現れる2体のGRクリーチャーは──《Mt.富士山ックスMAX》。そして──

 

 

 

 

「──現れよ我が切札たる龍帝よッ!!」

 

 

 

 

 バチ。バチバチ、と紫電が超GRゾーンから迸る。

 この嫌な気配。

 胸がざわつく感じ。間違いない。これは──俺の中に潜んでいたものだ。

 

 

 

<The end of emperor shall prostrate myself at your feet──>

 

 

 

「──切札爆発。暴君降臨──潰せ、《Theジョギラゴン・アバレガン》!!」

 

 

<──Over load!!>

 

 

 無数の銃火器を掲げた龍帝。

 出た。出てきてしまった。

 これが──アバレガン。龍の帝王だ。

 その両方がスピードアタッカーとなっている。

 更に──巨大な山のクリーチャーである《Mt.富士山ックスMAX》は《ベアシガラ》を一瞬で押し潰した。

 マナドライブ効果で、相手のパワーが一番低いクリーチャーを破壊したのだ。

 そして、

 

「さあ我がシモベ達よ!! 我が命に従い、その奴隷を屈服させよ!! 一斉攻撃ッ!!」

 

 皇帝の号令が響き渡る。

 シールドが一挙に2枚、GRクリーチャー達によって叩き壊されたのだ。

 それに加えて、もう一撃。

 3度目は──《Theジョギラゴン・アバレガン》による集中砲火となる。

 

「超天フィーバーは達成済み!! この時、我がシモベはパワー+1万のT・ブレイカーとなる!!」

 

 戦慄した。

 一気に焼き払われるシールド。

 それは相手のそれも例外ではない。

 皇帝のシールドが割れて砕け散る。だが、構いはしないだろう。このターンで俺を倒せればそれで良いはずだから。

 銃弾が、ビーム砲が、ありとあらゆる火力が俺目掛けて向けられる──

 

 

 

「ぐあああああぁ……ッ!?」

 

 

 

 

 飛び散るシールドの破片。かき鳴らされる爆音。

 頭が揺れて、吐きそうだ。

 あまりにも大きすぎる衝撃。

 地面に叩き伏せられ、背中にも破片が突き刺さる。

 今まで自分が従えていたジョーカーズ達が──敵となって襲い掛かる。

 それを前にして、意識が消えかける──

 

 

 

「仲間なんて、他人を信じるなんてバカらしい!! 自分一人が皇帝として君臨すれば良い!!」

 

「そんなことは当に分かっているだろう!?」

 

「人の為に自分が傷つくなんて、お人好しが過ぎるんだよ!!」

 

「思い出せ、白銀耀!! 貴様の人の生が──どれだけ惨めだったかをなあ!!」

 

 

 

 ──そう、かもしれない……!!

 

 地面に伏せ、俺は掌を握り締めた。

 周囲が、昏く染まる。

 瞼が、重い──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──両親は科学者だった。 

 何の研究をしていたかなんて、俺が知る由も無い。

 だけど──科学者同士の子供は、理系になるように期待されて育てられた。

 何、直接そうなるように言われたわけじゃあない。

 親がそうだからと言って子供もそうなるとは限らない。

 そんな事は、誰もが思っていたはずだ。

 

「生きているならば、人を幸せにするために生きるべきだ。耀もそう生きなさい」

 

 両親はそう口ずさんでいた。

 いつもいつもそうだった。

 俺は──両親みたいな人になれるだろうか? 何時も、そう考えていた。

 人を幸せにするのは、どういうことだろう。

 誰かの期待に応えることだろうか。

 もしそうならば──俺は少なくとも、両親の期待には応えられなかったかもしれない。

 

「……貴方に私達と同じ道は無理ね」

 

 ……数学や理科がどうも苦手で嫌いだった。

 それでも必死で頑張って、受験勉強をやって──結果は不合格。

 俺は、滑り止めで受けていた鶺鴒に進学した。

 顔を合わせることの少なかった両親から聞いた数少ない落胆の言葉は、俺に深く深く突き刺さり。

 ……俺からは俺夢なんてものが無くなった。

 

「──隣の花梨ちゃんは、剣道の大会で優勝したんだって?」

「耀も何かやりたいことを見つけるべきだわ」

「夢中になって、出来ることを……将来の道をね」

 

 ──こと、人生は白紙である。

 

 俺は何度も何度も言ってきたことである。

 元より、俺にはそんなものはなかったのかもしれない。

 両親の背中を追いかけることしかしなかったから、それ以外の生き方を知らなかった。

 誰に強制されたわけでもないのにそうしなかったことから、俺には──やりたいことも成せることも無いのだと薄っすらと悟っていた。

 花梨が羨ましかった。

 ノゾム兄が羨ましかった。

 両親が羨ましかった。

 俺の周りは「トクベツ」だらけで、俺は──どうしようもないほどに凡庸で、平凡だった。

 努力を積み重ねても、どうしようもならないことばかりで、彼らのような輝かしい人間にはなれないのだと思い知った──

 

「……ハッ、バッカじゃねえの」

 

 ──だけど。

 ()()()()()()()()()()

 

「俺は……運命の奴隷だった──流されるまま生きてきた、運命の奴隷だった……ッ!! だけどな……チョートッQ達と出会って、俺は変わったんだ……ッ!!」

 

 起き上がる。

 掌を握り締める。

 そうだ。誰かに強制されたわけじゃない。

 この道は、誰かに舗装されたわけじゃない。

 例え次に引く1枚のカードが分からなかったとしても、それをどう使うかは俺自身だろ。

 これは目の前に無いから、俺自身が切り開いてきた道だ。

 最初は偶然だったかもしれないにせよ、誰かを守りたいと思えたのは俺の選択なんだ。

 

「今までがどうだったから、何だ……ッ白銀耀……!! 俺には夢も目標も何も()()()()、だろッ!! テメェの小ささに自分で押し潰されてんじゃねえよ……!!」

 

 怯える自分を叱りつけるようにして、俺は立ち上がる。

 

「──今の俺の夢は……間違いなく、その平凡なあの日を……取り戻すことだろッ……!!」

「ッ取り戻したところで、どうなる?」

「!!」

 

 黒い俺がささやきかけてくる。

 

「取り戻した後の平凡な日常。エリアフォースカードを全て集め、トキワギを倒し、全てが元に戻った後……お前はただの白銀耀になる」

「ッ……」

「倒すべき敵も無く、目指すべき場所も無く、強くなる理由も無い。何も無くなった平和な世界では、お前が守らなくとも仲間は勝手に生きていける」

「……!」

「仲間を守るために? 日常を取り戻す為に? その先に……何がある? 退屈だけだ」

「……」

「楽しかったんだろう? 本当は──この戦いが。ただの人間ではなく、英雄となった自分に酔いしれていたのだろう? 白銀耀」

「……」

「英雄は全ての覇業を成し遂げた時。ただの人間になるのだ。今こそ世界はお前を必要としている。しかし、全てが終わった後は──お前を必要としない世界だ」

「……かもな」

「──ッ!?」

 

 俺は、それさえも肯定する。

 当然だ。

 全てが元に戻った時、再び俺は白紙の俺に戻る。

 だけど、それで良い。

 

「ッ……お前は、凡庸で、平凡で、何の取り柄もない白銀耀だ!! 何も、何も残らないぞ!!」

「残ってるよ」

 

 俺は突きつける。

 

「このハートの中に……今まで紡いできた出会いが、絆がッ!! 確かに残ってんだ!! 全てが元に戻ったその時本当に……俺達は自分の足で一歩踏み出せんだよ!!」

「ッ……!?」

 

 明転。

 場に立ち並ぶGRクリーチャーたちを──俺は指差した。

 

「──お前の気持ちは、確かに俺の気持ちと一緒だ。何にもなかった俺は、英雄になりたかったのかもしれない。その先のことなんて、何も考えてなかったかもしれない」

「ッ……き、さま……!」

「だけど……だからこそ俺は、今やるべきことを全力でやるんだ!! さもなきゃ未来もクソもねえからな!! そっから先の事は──その時、考えるッ!!」

 

 そうだ。

 立ち止まってるなんて、俺のガラじゃないんだ。

 最初っからフルスロットルで──こいつを倒す!

 

「S・トリガー、《灰になるほどヒート》!」

「ッ!?」

「効果で《モモダチケントナーク》を出して、まだ攻撃していない《パッパラパーリ騎士》とバトルして破壊!!」

 

 灰燼の炎から、暗雲を裂くようにして──《ケントナーク》が飛び出す!!

 最後の攻撃手を破壊し、見事このターンを凌ぎ切った!

 

「そうだ主殿!! 我々は切札の名を冠す者!! ならば進み、打つべき、討つべしケーン!!」

「おう!! お前の力を借りるぜ!!」

「ッ……返す、だと!? この軍勢を前にして、まだ戦うのか!?」

「へっ、戦うつもりだぜ! あくまでもな!」

 

 このターンで決める。

 シールドはゼロ。

 だけど盤面には──確かに今まで支えてくれたクリーチャーが居る!!

 

「──俺のターン!! 《ケントナーク》で攻撃──する時、効果発動! 相手のシールドを1枚ブレイクする!」

「ッ……だが、S・トリガー、《行燈どろん》で《ケントナーク》を破壊!!」

「んなっ!? 攻撃が届く前に!?」

「ケーン!?」 

 

 焼き払われる《ケントナーク》。

 だけど──彼はまだ諦めていないようだった。

 

「まだだ主殿!! キリフダッシュは──確かにつないだケン!!」

「ッ……ああ! 攻撃の終わりに、俺のクリーチャーがシールドをブレイクしていたなら──キリフダッシュは発動する!!」

「なっ!?」

「俺はキリフダッシュで、呪文──《モモモスモモモ・ダッシュ》を唱える! これで俺の次に召喚するチーム切札のコストは5軽減される!!」

 

 俺は──手札の《モモキング》を手に取ると、躊躇なく2枚のマナを支払い、バトルゾーンに叩きつけた。

 

「──俺の突き進む道は、俺が決める!! モモキング……俺に力を貸せ!!」

 

 そうだ。

 あの空亡と戦った時。酒呑童子と戦った時。

 俺は──自分の弱さをイヤというほど思い知らされた。

 自分はひょっとして、この場に立つのが相応しくないのではないかとまで思わされた。

 だけど──それでも、進まなきゃ何も始まらない。

 未来が白なら、俺の色で塗り替えるッ!!

 

<ジョーカーズ疾走ッ!! キリフ・ダッシュッ!!>

 

「4軽減……キリフダッシュ──2」

 

 桜が何処からともなく舞い散る。

 頬にビリビリと電気が走る。

 ふぅ、と呼気を整え──

 

 

 

 

 

”その心意気、王の器に足る……拙者の力、貴殿に託さん”

 

 

 

「これが俺の切札(ワイルドカード)!!」

 

 

 

 ──文字が、浮かび上がる。

 王の刻印。

 そして──英雄の証が。

 

 

 

 

 

「──天地神明、我が王道を斬り開かんッ!! 《勝熱英雄(ジョーネツヒーロー)モモキング》ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

    



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GR99話:鬼の王

※※※

 

 

 

「──コッオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!」

「……成程ねェ」

 

 

 

 酒呑童子は巨大な棍棒を零龍へと向ける。

 

「この力……やはり、テメェだけの力じゃねえな? かつての力に加えて、妙なカードが2枚組み合わさってやがる、全盛期以上ってか」

 

 元より、空から来た存在である零龍は2枚のエリアフォースカードに加えて太陽神類アマテラスの力も取り込み、最早太陽神そのものとも言える力を手に入れていた。

 結果。それは、存在するだけで全てを滅ぼすものと成り果てている。

 このまま放っておいても、人類すべてを駆逐するだろう。

 それは人間を嫌悪する酒呑童子にとっても、願ったり叶ったり──

 

 

 

「──な訳ねぇだろバカがテメェはあああああああああああああああああああああああん!?」

 

 

 

 ──なはずがない。

 自らの忌むべきものは自らの手で滅ぼしてこそ価値がある。

 勝手に当て馬にされた挙句、自らの目標を横取りしようとする零龍を酒呑童子が許すはずもなかった。

 

「俺様は、2マナで《ブラッドギア》を召喚!! テメェの力は、俺様が頂くッ!!」

「コッォオオオオオオオオオオオン」

 

 甲高い声で唸り声を上げる零龍。

 その全貌は、未だに卵の中で胎動しており不明だ。

 しかし。その中にある空亡の意識が、外敵を排除すべく──動き出した。

 

「──《怨念怪人ギャスカ》──」

「ッ!?」

 

 現れたのはスクラップに覆われたゴミの怪人。

 その力で零龍の周囲にあった手札は全て消え失せる。

 だが、それによって零龍の卵に火が一つ灯る──

 

<手札の儀──達成──GR召喚、《シニガミ丁─二式》>

 

「なッ!?」

 

 酒呑童子は目を見張る。 

 この、手札を捨てるという行為そのものが零龍を誕生させる儀式であったということに勘付いた。

 魔力が卵に集中しているのである。

 酒呑童子はデュエルの経験そのものは少ない。

 だが、これが異様なものであるということは痛感していた。

 

(卵の周囲には、4つの黒い雲……今、一つが霧散して火となって卵にくべられた。後3つの雲が卵にくべられれば──アレは目覚める、ってか)

 

 上等だ、と酒呑童子は笑みを浮かべてみせる。

 

「俺様のターンッ!! 3マナで《バクロ法師》を召喚ッ!! これによって、俺様の(シールド)を2枚、手札に加えるぜェ!!」

 

 ──それならば、目覚める前に卵を爆散させればいいだけのこと。

 すぐさま酒呑童子は《ブラッドギア》、そして《バクロ法師》による猛追を仕掛ける。

 先ずは《ブラッドギア》による1点。そして──互いのシールドが6枚以下になった時。

 逢魔が時、鬼の時間が訪れる。

 

 

 

<オーガ魔刻ッ!! 鬼タイム!!>

 

 

 

「鬼時間発動ッ!! 《バクロ法師》でシールドを三枚破壊するぜええいッ!!」

 

 

 

 躊躇などしない。戸惑いなどしない。

 零龍の卵のシールドは残り1枚となった。

 

「──ターン、エンドだぜ」

「コオオオオオオオオオオオオオン」

 

 外敵の襲来に呼応したのか、卵は──うねりだす。

 中の空亡の意識は、儀式を速やかに達成すべく、動き出す。

 

「──《ブラッディ・クロス》」

「ッ!? 山札から2枚を墓地に置く呪文、だと!?」

「……到来」

 

 卵が呟くと共に──《シニガミ》と《ギャスカ》の身体が暗い雲に包まれて消え失せる。

 そこから現れるのは、史上最悪のオレガ・オーラ。

 墓地から蘇る魔の不死鳥。

 

 

 

「──無間地獄、《卍∞ ジ・エンデザーク ∞卍》──」

 

 

 

 龍へとなり損なったまがい物の成れの果て。

 崩れ落ちた贋作が悍ましい絶叫を上げて現れる。

 依代とされたのは《ソニーソニック》。スピードアタッカーのクリーチャーだ。

 更に《シニガミ》の効果で更に墓地は増え、踏み躙られた二つの命が呼応し、そして生命の復活に卵が呼応する──

 

 

<墓地の儀・達成>

 

<破壊の儀・達成>

 

<復活の儀・達成>

 

 

 

「ッ一気に3つの儀式を……!?」

「コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」

 

 

 

 

 卵が産声を上げる。

 それは──全てを無に帰す虚無の龍。

 存在しているはずなのに存在していない事象そのもの。

 それが空洞の如き咆哮を上げ──

 

 

 

 

<零・龍・卍・誕>

 

 

 

 

 ──1000年の時を超え、復活する。

 

 

 

 

「我が名は──《零龍(ゼーロン)》」

 

 

 

 

 虚空に現れたそれは──虚ろなる幾つもの目で酒呑童子を睨んでいた。

 ゆうに1000メートルは超えるであろう超巨体に加え、二つの巨砲を背中に備えた生ける虚無は、挨拶と言わんばかりに酒呑童子のフィールドのクリーチャーを絶滅させる。

 

「ッ……!! おいおい、随分だな空亡さんよォ!!」

「全て、これで消え失せた……ククリ様から頂いたこの力で、私は白銀耀を絶滅させる……」

「ククリ……? ああ、ククリヒメか!! 成程なあ!! 奴ならテメェを庇う理由が分かるぜ!! あいつはクソったれたお人好し、例え怪物だろうが何だろうが、お構いなく庇護しちまう。無論、鬼である俺達でさえも」

「黙れ──私は、復活し、恩義を果たす。果たした上で──」

 

 零龍は、宣告した。

 

 

 

 

「──ククリ様も、この世界も、無に帰す」

「……おん?」

 

 

 

 それが自らの存在意義故、と零龍は付け加えた。

 親殺しか、と酒呑童子は脳裏に過る。

 それとも、自らの本来の力が戻った事で理性さえも飛んだか。

 いずれにせよ、今の零龍は文字通り全てを滅ぼすために存在している虚無そのものだ。

 

「全てのものは、零になることで初めて完成される、存在しないことが美しいのだ」

「……?」

「こと、ククリ様は麗しい……この世に存在さえしていなければ、美しいのに!! 彼女の魂をあの神の肉体から解放し解放解放解放解放」

「ッ……おうおう随分とぶっ飛んだ美学じゃねーの!?」

「そのためにはお前が邪魔だ酒呑童子……先ずは貴様からかき消すッッッ!!」

 

 虚無の主砲が酒呑童子のシールドを全て焼き尽くした。

 無論、S・トリガーなどない。

 そのまま、《ソニーソニック》を取り込んだ《ジ・エンデ・ザーク》が酒呑童子を喰らうべく飛び掛かる──

 

 

 

 

「……だけど、喰らわれるのはテメーの方だッ!!」

 

 

 

 

<逢魔が終わり、鬼エンドッ!!>

 

 

 

 

「終幕の刻──開け、《百鬼の邪王門》ッ!!」

 

 

 

 

 扉が開く。

 そこから現れるのは魑魅魍魎。

 外道の衆。

 酒呑童子の呼びかけに応えるようにして、それは現れた。

 

「盾が無いプレイヤーがいる時、クリーチャーが攻撃する際に俺様はこのカードを使うことが出来るッ!! 墓地から現れろ百鬼夜行ッ!!」

「ッ!?」

「──黄泉帰れ、《「陰陽」の鬼 ヨミノ晴明》ッ!!」

 

 現れたのは呪符を大量に構えた陰陽師の鬼。

 そして、《ジ・エンデ》の崩れ落ちた体を一瞬で消し飛ばす。

 

「──《百鬼の邪王門》は、呼び出した鬼と相手の怪物をぶつける。これでテメェはもう攻撃出来ねえな?」

「ぐっ……おのれ、酒呑童子……ッ!!」

「神類種が目覚めた時、他の神類種もまた目覚める……俺様を呼び出したのは、最も呼びやすいから……ってところだろ?」

 

 鬼の頭領でしかない酒呑童子は、神格自体は他の神に比べれば高くはない。

 しかし。

 彼は──神である以上に、鬼の頂点となる者である。

 零龍には、それが分からなかった。

 鬼というものを侮り過ぎた。

 故に──逆に食われることとなった。

 

「──俺様のターンッ!! その初めに、《ヨミノ晴明》の鬼時間で墓地から《ブラッドギア》を復活させるッ!!」

 

 更に、と彼は付け加えた。

 

「《ブラッドギア》でコストを1軽減──更に、鬼時間発動ッ!!」

 

 鬼の鼓動が高鳴る時。

 酒呑童子の高笑いが響き渡る。

 全てを破滅させる鬼の時間が到来しようとしていた──

 

「天上天下、天下布武、我が鬼の世に欠けしもの無し!!」

 

 耀の時と同じ。

 鬼タイムによるコストの軽減による降臨。

 しかし、酒呑童子とて復活してからずっと力を膨らませ続けていた。

 全盛期に至った彼にジャオウガもまた、応える──

 

 

 

「──これが俺様の鬼札(ワイルドカード)!! 絶対無敵、《鬼ヶ覇王ジャオウガ》様のお通りだァッ!!」

 

 

 

 両足が棍棒と化した骨面の大鬼が、酒呑童子の背後に立ち上がる。

 自らの依代となった大鬼を従え、彼は──叫ぶ。

 

「《ジャオウガ》が降臨した時、効果発動ッ!! 場の怪物を全て吹き飛ばすが、《ヨミノ晴明》は破壊される代わりに山札を犠牲にして生き残るッ!! 先ずはテメェだ!! 《晴明》で楯を破壊ッ!!」

 

 御札が飛び交い、零龍の最後のシールドを爆破する。

 しかし──虚無の龍とて、ただで負けはしない。 

 砕かれたシールドからはオーラのトリガー、《ニャミバウン》が現れて《ジャオウガ》を押し流そうとする──しかし。

 

 

 

 

「──《ジャオウガ》でダイレクトアタック──逢魔次元鏖殺ッ!!」

 

 

 

 

 効いていない。

 鬼の王は、水流など無かったかのように突貫し──零龍の脳天に、その脚を叩きこむ。

 

「コオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

「《ジャオウガ》は、召喚されたターン、場を離れねえんだよ! 残念だったなァ!」

 

 そのまま──捩じ切るように、ジャオウガは脚を振り切った。

 そこから次元の裂け目が産まれ──零龍の骨の身体をこじ開けていく──その中には、2枚のエリアフォースカード。

 天体のカードである太陽(ザ・サン)(ザ・ムーン)のカードが閉じ込められていた。

 それに向かって、《ジャオウガ》が蹴りを入れると──

 

 

 

 

 

「コッ、オオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!?」

 

 

 

 

 一際甲高い声が上がり──遂に、零龍は内側から崩落したのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──爆音が響き渡る。

 伊勢神宮を飲み込み続けていた泥は遂に止まり──虚無の龍の消失と共に完全に消滅した。

 その時、膨大な魔力を抱え込んだエリアフォースカードを起点とした魔力の奔流は天へ到達し──全ての魔力を放出しきった時、2枚のただのカードとなって、地面に落ちた。

 そして。

 何者かが太陽と月のカードを持ち去っていったことには、誰も気づかなかった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あー、クソが」

 

 

 

 吹き飛ばされた酒呑童子は、一言。

 よもや、自分でさえも爆風の巻き添えになるとは思わなかったのである。

 

「──きったねぇ花火じゃねえかよ」

 

 言った彼は、空を仰ぐ。

 ──その時。

 何かがこちら目掛けて落ちてくる。

 鋭利に、こちらの心の臓を狙うようにして。

 

「ッ!?」

 

 真っ直ぐに、地面に突き刺さった。

 巨大な槍だった。

 しかし、禍々しい目玉が槍には幾つも埋め込まれており、こちらを睨みつけている。

 

(神類種の力が籠った槍……あの零龍が飲み込んでやがったのか? 元は伊勢神宮にあったもの──?)

 

 否。そんなことは関係なかった。

 酒呑童子は、遠慮なく槍を手に取る。

 その時──脳に、一抹の存在しないはずの記憶が浮かび上がる。

 

 

 

 

”──これが俺の切札(ワイルドカード)、《勝熱英雄(ジョーネツヒーロー)モモキング》!!”

 

 

 

 

 視える。

 別の場所の、全く違う時間のその先が。

 酒呑童子は確信した。

 この槍が見せているのは、まやかしなどではない。

 

「槍よ、この俺様の未来を見通せ!!」

 

 

 

 

”──くたばれ、白銀耀!! 《ジャオウガ》でトドメだ!!”

 

 

 

”ギャハハハハハハ、俺様の勝ちだ!! 鬼の世が、鬼の世界が遂に出来る!!”

 

 

 

”人類の居なくなった世界──これで、これで、俺は──”

 

 

 

 

「──ッ!!」

 

 

 

 酒呑童子は槍を手放した。

 その先の未来は勝利。

 そして、その先に待ち受けるもの。

 自らが望んでいたもの。

 それがはっきりと映っていた。

 

「ハ、ハハハハハ、良い!! 良いぞ!! これで良い!!」

 

 桃太郎を討てば、自分を邪魔するものはなくなる。

 人類を絶滅させるという自らの目的を達することが出来る。

 酒呑童子は歓喜の笑みを浮かべた。

 視えた未来を達成すべく──本能のままに、桃太郎のところへ向かったのだった。

 

「確か──そうだ、視えた──奴の居場所は──」

 

 桃太郎の場所は、槍が教えてくれる。

 そうして樹海を突き進み──酒呑童子は遂に、見つけた。

 外界からの侵入を阻む大結界を──

 

 

 

 

「──クックックッ、前倒しになったが……テメェが目覚めたなら話は別だ!! 決着をつけてやるぜぇ──桃太郎ォォォーッ!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──行くぞ、《モモキング》!!」

 

 

 

 切りかかる《モモキング》。

 その鋭い斬撃が、皇帝の3枚のシールドを全て断ち切る。

 スピードアタッカーのT・ブレイカー……その力は、明らかに以前よりも増している。

 これが、本当のキングマスターの力──

 

「更に、《モモキング》の効果発動!」

 

 俺の呼吸に合わせ、《モモキング》が再び刀を構え直す。

 二の太刀。

 こいつは、攻撃の終わりにアンタップする。

 S・トリガーが何も無ければ、このまま攻撃が通る!

 

「ふざけるな!! それでもまだ、俺の喉に剣は通らん!! S・トリガー……《マンおぶすて~る》!!」

「通らねえよ!!」

「ッ!?」

 

 砕かれたシールドから放たれた呪文を、刀で《モモキング》は打ち返した。

 そんなものは《モモキング》に効きはしない。

 

「こいつは──多色じゃない呪文やクリーチャーの効果で選ばれない! これで、二連撃目が通る!!」

「そうだ──GR召喚されたのが《全能ゼンノー》でなければな!!」

 

 《モモキング》の最後の攻撃を阻むのは、場に出たターンに攻撃できなくさせる《全能ゼンノー》だ。

 確かにこいつがいる限り、スピードアタッカーの《モモキング》は攻撃できない。 

 ……だけど。

 

「──俺がマナを残したのは……それも織り込み済みだからだ!!」

「何!?」

「……力を貸せ、モモダチ!!」

 

 俺は1枚のマナを支払う。

 キリフダッシュはクリーチャーだけじゃない。

 呪文にも存在するし、1枚だけではない。

 

 

 

「キリフダッシュ1──《モモダチパワー》!!」

 

 

 

 飛び出す桃の助太刀・モモダチ達。

 ヌンチャクを振り回すキャンベロ、飛び立つケントナーク、そしてブーメランを構えるモンキッド。

 ついに3匹が《モモキング》の傍に並び立った。

 

「桃太郎様!! 我ら、桃太郎様にお仕えする助太刀ッキー!!」

「この命、桃太郎様と共に!!」

「ぶるぶる……ボクたちが一緒に戦うキャン!!」

 

 《モモキング》は何も言わなかった。

 しかし、一度力強く頷いてみせる。

 そうだ。俺達は一人じゃ戦えない。だけど、皆で力を合わせれば──超えられる壁がある!

 

「行くぞお前ら!!」

「「「応!!」」」

 

 モモダチ達の一斉攻撃が《全能ゼンノー》を打ち砕く。

 これで、全ての邪魔な壁は消え去った!!

 

 

 

「バ、バカな──奴隷如きが!! 皇帝であるこの俺が!!」

「……《勝熱英雄(ジョーネツヒーロー)モモキング》でダイレクトアタック!!」

 

 

 

 二連撃目が──皇帝を切り裂いた。



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GR100話:鬼と桃太郎

「──ま、負けたのか、俺が……」

 

 

 

 倒れ伏せる皇帝の前に、俺は──手を差し伸べる。

 

「……分かるぜ」

「え?」

「お前が言いたかったこと。全部、俺の思ってたことだからな」

「……」

「お前は俺で、俺はお前だ」

 

 それを受け入れることが、きっと前に進むことになる。

 嫌な自分。嫌な過去。

 それもまた、俺自身を構成するパーツなのだ。

 否定することなんて出来やしない。

 

「全くお前は……お人好しで、人を疑うことを知らないバカで……」

「損してばっかだよ。だけど──それが、白銀耀だ。俺が……それを望んだんだ」

 

 失った後で分かる。

 それが掛け替えのないものであるとしっかり分かったから。

 

 未来の俺はきっと、今の俺に同じ思いをしてほしくないと分かっているから。

 だから──俺は、お前の手を取ろう。

 俺達は一つなのだから。

 

「……返すよ。お前に全部──皇帝の二つ名も、財産も、全て」

「……ああ」

 

 頷いた俺に超GRのカードが返っていく。

 その中には《ジョギラゴン》のカードも混じっていた。

 そして。

 その上には──皇帝(エンペラー)のエリアフォースカードが光り、輝いていた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「止まっ、た──ッ!?」

 

 

 

 紫月は目を見開く。

 暴れていたジョギラゴンが、地に落ちていく。

 全員は駆け寄った。

 巨竜は屍のように横たわり、目の光が消えていた。

 

「ッ……先輩! 先輩ッ!!」

 

 紫月は呼びかける。

 恐らく中にいるであろう耀に向かって。

 しかし──

 

 

 

 

「桃太郎は、何処だアアアアアアアアアアアアアーッッッ!!」

 

 

 

 

 ──その場に、邪気に満ちた怒号が響き渡った。

 全員の視線は、その方向へと向く。

 次の瞬間、空に大穴が開いた。

 外からは誰も入って来れないはずの大樹海。

 にも関わらず──それは白昼堂々と突き破ってやってくる。

 空からそれは棍棒を振り回し、大胆不敵に現れた。

 

「──ッ!!」

 

 全員は驚愕に包まれる。

 現れた鬼の頭領──酒呑童子は、圧倒的な力を誇る鬼の中の鬼。

 そして、神の力を振るう神類種の一角。

 それが単身乗り込んできたのだ。

 

「ッ……そ、そんな、此処に入って来られるわけがないデス……!」

「コイツの力だぜ」

 

 言った酒呑童子は不気味な槍を掲げる。

 

「──この槍を持つとよォ、未来がまるで手に取るように分かるって寸法よ!! 無論、違う場所の違う未来でさえも!! 俺自身の未来でさえも!!」

「シャークウガ。あの槍について何か分かりますか?」

「ッ……少なくともこの星由来の力じゃねえ……ただのクリーチャーには辿りつけねえ、神の領域に……至ってやがるッ!?」

「そういうことだ。例えば──」

 

 槍を一振り。

 その途端──力の座の建物が、真っ二つに切り裂かれ、あっと言う間に崩れ落ちていく──

 その様を、彼らは黙ってみていることしか出来なかった。

 

「──時間さえも超える斬撃。鬼の力は遂に次元を超越したッ!!」

「っ……火廣金先輩ッ!! 建物の方の救助をッ!!」

 

 手遅れだ、と感じつつも──バイク仮面に向かって紫月は叫んだ。

 

「あ、ああッ!!」

「させっかよ」

 

 再び槍が振るわれる。

 それと共に、先んじてブランドの身体が両断され、カードの姿へと戻ってしまう。

 速い。速過ぎる。

 否──時間さえも超越している。

 

「俺が斬ろうと思ったら、斬れる。突こうと思ったら突ける。これは、そういう槍だ」

「ッ……滅茶苦茶です」

 

 酒呑童子は笑みを浮かべ、槍を構える。

 全員が硬直していた。

 太刀打ちが出来ない。

 神類種は、今までのクリーチャーとは格が違う。

 時間さえも超える相手には、何をしても先を越されてしまう。

 

「さぁてと、男は殺す。女は犯した後で殺す。好きな順で並べ──」

 

 恐ろしい力だ。

 それ以上に、この鬼の一存で──多くの命が失われてしまった。

 そのことに紫月の顔が蒼褪めていく。

 これが、鬼。

 人智を超える強大な人類の敵。

 放っておけば、人間は駆逐されてしまうだろう──しかし。

 

 

 

 

「──やれやれ、オチオチ昼寝も出来んわい」

 

 

 

 

 お返し、と言わんばかりに酒呑童子に何かが勢いよく降りかかった。

 鬼の王の身体が勢いよく吹き飛んだ。

 

「ッ……な、なんだァ!? 何が、起きたァ!?」

「……ふぅ、ようやったわい《ゲンムエンペラー》」

「──ッテメェは」

 

 酒呑童子は起き上がりざまに目を見開く。

 現れたのは巌流齋。そして、その背後に浮かぶ巨大な龍のクリーチャーの周囲には、恐らく救助されたであろう人達が掴まっている。

 

「──巌流齋ッ!?」

「久しいのう──酒呑童子」

「まだ、生きてやがったのか!? テメェは……ッ!!」

「もう死んでおるよ。ワシの身体はな。だが……この龍がワシを現世から離してくれんのじゃよ」

 

 霊となった大剣豪はニヒルに笑みを浮かべてみせる。

 その手には長物の刀がにぎられていた。

 

「それに貴様。この力をまだ使いこなせておらんのじゃろ?」

「抜かせよ巌流齋ッ!! 俺は未来が視えている!! 桃太郎を斃し、そして人類を皆殺しにする未来がッ!! 先ずはテメェらから皆殺しにしてくれるッ!!」

「……そうはならんよ」

 

 その時だった。

 何かが紫電一閃の勢いで酒呑童子に突貫した。

 

「ッ……!?」

 

 弾かれるようにして、鬼の頭領は槍を振るう。

 その視線の先には──

 

 

 

 

「──よう、俺は此処に居るぞ……酒呑童子ッ!!」

 

 

 

 

 鬼を倒す桃太郎が刀を握って競り合っていた。

 紫月は思わず振り返る。

 先程まで倒れていたジョギラゴンの姿が消えている。

 そして、全員は確信した。

 白銀耀の──帰還を。

 

「先輩ッ……!」

「アカル……!」

「……部長……!」

「耀……!」

 

 

 

 ──皇帝は今、帰って来た。

 

 

 

「ホッホッホ、遅かったのう、ツンツン頭の小僧よ……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──危なかった。

 帰ってくるのは大分遅れたが──何とかなったようだ。

 だけど、気付かない間に俺の手には刀、鎧を見に纏い、そして頭にはハチマキが身に纏われている。

 

「先輩、その姿──」

「あ? ああ……なんか知らん間にこうなってた」

「知らん間に!? 何処から生えたデース!?」

「……ホッホッホ、あやつが真の意味で桃太郎に認められたということじゃよ」

 

 誇らしそうに巌流齋は言った。

 

「桃太郎とは、モモキングと一心同体となり鬼を倒す英雄のことなのだから!」

「……つまり、今の部長は……

 

 どうやら──モモキングの依代になっているんだとか何とか。

 ……キングマスターのクリーチャーと文字通り、一心同体となる。これが、神力の極致。

 全ての煩悩を揃えた俺は──モモキングに完全に認められた!

 

「ッ……テメェ、桃太郎の力を──ッ!!」

 

 俺はエリアフォースカードを手に取る。

 ……チョートッQは居ない。

 だけど。確かにあいつは俺の傍に居てくれる。

 俺の──ハートを支えてくれる。

 そして、後ろには仲間が居てくれる。

 何て簡単な話だったんだ。

 例え離れていても、道を違えても──この絆は絶対に途切れない!

 

「──勝負だ酒呑童子!!」

「絶滅させてやるよ、人間ッッッ!!」

 

 

 

<Wild……DrawⅣ──EMPEROR!!>

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──この世の命運を決める大合戦。

 俺と酒呑童子のデュエルが始まった。 

 GRは取り戻したものの、チョートッQが不在のため、引き続き超GR無しで戦うことになる俺だが──チーム切札の力がデッキには宿っている。

 

(酒呑童子の場には《ブラッドギア》が1体……! 軽減してデカい奴を出したいんだな……! だけどあいつは自分のシールドを減らす。だから、その隙を突いてガン攻めする!)

 

「《タイク・タイソンズ》で攻撃──する時、Jチェンジッ!! 《モモダチ モンキッド》だ!!」

「ウッキーッ!! 出番だッキーッ!!」

 

 効果でマナを一気に2枚増やす。これで5枚──

 そして、そのままシールドへ先制点を加える。

 これでキリフダッシュの準備は整った。

 俺はマナをタップしようとするが──

 

「──反撃だぜェ!! 《「輪廻」の鬼 シャカ車輪》で《モンキッド》とバトルして破壊!!」

「ギャーッ、出オチかよーっ!?」

「ッ……すまねえモンキッド! だけど、キリフダッシュには繋ぐ!」

 

 カードに戻ったモンキッドがしたり顔を浮かべてみせる。

 

「そうだぜ人間!! 俺の繋いだ軌跡、無駄にするんじゃねえッキーッ!!」

「おうよ任せろモンキッド! キリフダッシュ4発動! 来い、《ベアシガラ》!」

 

 4枚のマナをタップし、俺は《ベアシガラ》を呼び出した。

 その効果によってマナに更なる差をつけていく。

 場にはパワー8000のW・ブレイカーが居る。

 更にマナの枚数は、こっちが6枚と上回っているのだ。

 そして、《ベアシガラ》の効果で手札に回収するのは勿論大型のジョーカーズだ。次のターンにしっかり繋がる。

 だけど──この気味の悪さは何なんだ?

 

「──まあそう焦るなよ」

 

 厭らしい笑みを浮かべた酒呑童子は2枚のマナをタップした。

 来る。大きな鬼が──

 

 

 

「──《「大蛇」の鬼 ジャドク丸》召喚!」

 

 

 

 甲高い声を上げ、巨大な大蛇が現れる。

 僅か3マナでありながら、その存在感は確かなものだ。

 そして、その毒牙が鋭く狡猾に《ベアシガラ》へと迫る──

 

「俺様の楯をくれてやる《ジャドク丸》──《ベアシガラ》を殺せ!!」

「なッ……!?」

 

 牙が深々と《ベアシガラ》に突き刺さり──そのまま爆散した。

 3マナで、アンタップしているクリーチャーを破壊出来るのか。呪文ではなくクリーチャーだというのに。

 シールドを消費する代わりに、鬼札王国のカードは強力な効果を持つものばかりだ。

 

「おいおい、こんなもんじゃねえだろ!? 掛かって来いよ!! 俺様の手番はこれで終わりだぜ?」

「ッ……」

 

 何を考えてんだ……!?

 このまま攻撃してくる気配が無い。

 つまり、ワンショットキルで俺を仕留める算段が付いているってことか。

 あの妙な槍を手にしている以上、あの時よりも強くなっている可能性は高い。

 桃太郎が目覚めたにも関わらず、俺の前に自信満々で現れた理由は──間違いなくそこにあるはずだ。

 

「──俺様には視えているんだ、白銀耀。視えているんだよッ!! テメェが負ける未来がなあ!!」

「ッ……未来が視えている!?」

「んなもんインチキだッキー!! お前絶対騙されやすいだろッキー!!」

「ハッ、じゃあ攻撃して来いよ。テメェの切札(ワイルドカード)とやらでなあ!!」

 

 くいくい、と挑発してみせる酒呑童子。

 何か──構えているのか?

 ……でも、行くしかない!

 

「俺のターン! 5マナで《飛べ!イカロソ君》を召喚!! こいつが攻撃するとき、マナのカードを5枚までアンタップする!」

 

 これで、キリフダッシュの準備は整った。

 叩きつける!!

 

「シールドを、ブレイクッ!!」

「トリガーはねえよ。遠慮なく殴ってきな」

「……!?」

「分かってんだよ。この後どうなるのか……俺様がどう勝つのかも。未来が全て、視えているッ!!」

「……キリフダッシュ5! 《バックトゥー・ゴ・クーチャー》を召喚!!」

 

 現れたのは如意棒を振り回すジョーカーズ。

 コイツの効果は、《バルガライザー》よろしく山札の上からジョーカーズを呼び出すというもの。

 そして、当然こいつもスピードアタッカーだ。

 酒呑童子のシールドは残り3枚。だけど、此処から捲れれば──

 

「──捲れるのは《勝熱英雄(ジョーネツヒーロー)モモキング》──桃太郎だ」

「ッな!?」

 

 先に言ったのは酒呑童子だった。

 俺は、恐る恐る山札の上を捲る。

 確かにデッキトップは──《モモキング》だった!

 

「バ、バカな! 奴は本当に未来が視えているのかケーン!?」

「そんなの有り得ないよう!」

 

 キャンベロとケントナークが慌てふためくのが聞こえてくる。

 俺だって信じられない。

 だけど、当たりは当たりだ。

 《モモキング》を出せば、このまま勝てる。

 

「──来い、俺の切札(ワイルドカード)──《勝熱英雄(ジョーネツヒーロー)モモキング》ッ!」

「来やがったな、桃太郎ッ!!」

 

 ついに、満を持して《モモキング》が戦場へ立った。

 残る相手のシールドは1枚。

 このまま決着をつける──いや、つくのか?

 俺は背中に冷や汗が伝うのを感じていた。

 あの底知れなさは、一体何なんだ……!?

 

「──《モモキング》でシールドをブレイク!!」

「……何もねぇよ」

「……そして、ダイレクトアタックだ!!」

 

 返す二太刀目が酒呑童子に突き刺さろうとした──

 

 

 

 

 

 

「──革命ゼロトリガー、発動」

 

 

 

 

 ──はずだった。

 俺の目の前に立ち塞がったのは──《ボルシャック・ドギラゴン》。

 シールドが無い時に相手が攻撃してきたら、山札の上から進化元を呼んでそのまま進化する反撃札だ。

 しかも、出た時に相手のクリーチャーとバトルする効果すら持つ。

 一瞬、懸念が本当になった、と俺は戸惑ったが──同時に《モモキング》の効果を思い出す。

 

「──《モモキング》は多色以外のクリーチャー、呪文では選ばれない! 《ボルシャック・ドギラゴン》は効かない!」

「……みてえだな。それも未来で視た」

「はぁ!?」

「……俺のデッキの一番上が《鬼ヶ覇王ジャオウガ》でなければ、だけどな」

「な、なんだそのカード……!?」

「言ったろ。俺はもう視えてんだ。このゲームの結末がッ!!」

 

 酒呑童子が山札の一番上を捲る。

 現れたのは──彼の云った《鬼ヶ覇王ジャオウガ》だった。

 

「《ジャオウガ》の効果発動!! 場に出た時、全てのクリーチャーを破壊する──覇王次元鏖殺ッ!!」

 

 《ボルシャック・ドギラゴン》が鬼の炎に焼かれていく。

 

「しまっ──」

 

 消えていく。

 俺のクリーチャーが。

 そして、切札である《モモキング》が。

 更に、あいつの場にいた鬼達も皆──怨みの爆炎によって消し飛ばされていく。

 

 

 

 

「絶滅だ──絶滅だッ!! 憎たらしい人間共を根絶するには、良い前夜祭だぜェ!! ギャーッハハハハ!!」

 

 

 

 

 シールドが、そして場が更地になって尚。

 酒呑童子は高らかに笑っていた。

 

「……さあ、行くぞッ!! 2マナで《鬼寄せの術》を発動ッ!! 効果で次に召喚するクリーチャーのコストを4少なくするッ!!」

「4……!?」

「鬼タイムにより、6軽減。更に4軽減。合計10軽減ッ!!」

 

 酒呑童子は2枚のマナをタップした。

 

「天地鳴動、我は此処に在れりッ!! 逢魔が時、鬼の世が来たるッ!!」

 

 大地が揺れ、戦場は炎に包まれる。

 

 

 

 

「──到来、俺様の鬼札(ワイルドカード)──《鬼ヶ逢魔 エンド・ジャオウガ》ッ!!」



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GR101話:大革命

「──《鬼ヶ逢魔 エンド・ジャオウガ》の鬼エンド発動ッ!!」

 

 

 

<逢魔が終わり、鬼エンドッ!!>

 

 

 

 空は真っ黒に染められる。

 逢魔が刻のその先。

 魑魅魍魎と百鬼夜行が来たるその時がやってきた。

 

「全ては終わる──真っ黒に踏み潰される。テメェら人類が絶滅する時が来た」

「ッ……何でそんなに、人類が憎いんだ!?」

「ちげぇよ。鬼ってのはな──生まれつき、人類を滅ぼすようになってんのさ!! 生命として!!」

 

 鬼としての在り方、ということか。

 その宿命には、酒呑童子でさえも逆らう事は出来ない。

 人間を傷つけて喰らい、根っこのない憎悪のままに暴れ回る。

 それが──鬼としての生き方ということなのか。

 俺には分からない。

 誰かを傷つける生き方は、俺には──いや、

 

「ッ……そっか。誰かを傷つけてでも進んできた、か」

 

 ──そうだ。

 俺だって、同じだ。

 誰かを傷つけて進んできた。

 火廣金を、今まで対立してきた相手を。

 戦って、力で押しのけて、その度に俺も傷ついて相手も傷ついて──そんなことを当たり前のように繰り返してきて。

 これじゃあ、どっちが鬼かわかりゃしない。

 

「──《エンド・ジャオウガ》の鬼エンドッ!! それは、この手番の終わりにもう一度俺様の手番を行うというもの!!」

「ッ……何だと!?」

「……お終いだぜ、白銀耀。いや、桃太郎ッ!! テメェを殺して人類も皆殺しにするッ!!」

 

 燃え盛る大獄の鬼。

 その炎の棍棒が俺のシールドを焼き払った。

 S・トリガーは──くそっ、出ないか!!

 

「……そしてェ、時間を超越したコイツにテメェは押し潰されて死ぬッ!!」

「ッ……!」

「《ジャオウガ》で攻撃──する時、鬼エンド発動ッ!! 手札から呪文《百鬼の邪王門》を放つ!!」

「なっ!? 攻撃時にも!?」

「そうだ!! 効果で、山札の上から4枚を墓地に置き、その中から《闇鎧亜ジャック・アルカディアス》を場に出すッ!!」

 

 幸いスピードアタッカーじゃなかったが残しておけば、命取りとなる。

 相手はエクストラターンを取っているのだから。

 

「T・ブレイクッ!!」

 

 いや、躊躇している暇なんてない。

 S・トリガーは──ダメだ、無いッ!!

 

「さあ、もう一度俺様の手番だ!!」

 

 酒呑童子は笑みを浮かべると──再び《エンド・ジャオウガ》によって突貫する。

 ……マナにカードも置かなかったし、何もしてこない!?

 手札を溜め込んでいる……ってことか!?

 いや、これは──

 

「また引いたぜ──《百鬼の邪王門》ッ!! 鬼エンドでもう一度放つッ!!」

「ッ……ま、まずい」

「効果で墓地から《黒神龍装ダフトファントマ》を場に出すッ!! そして《エンド・ジャオウガ》で──テメェのシールドをW・ブレイクだッ!!」

「ぐうっ……!?」

 

 ──分からない。分からない。

 どうすれば良い。

 傷つくほどに強くなる敵。

 そして、俺自身も──

 

「……仲間なんて甘っちょろいモンに頼った結果がコレか」

「ぐ、こいつ……ッ!!」

「この槍は良い。俺様が一人で未来に君臨するその瞬間が──確かに視えた。人類を絶滅させた、その先の未来が」

「……それで、お前はどうなるんだ?」

「……ンだと?」

「人間を全部滅ぼして、お前ひとりになった世界で──お前はどうするんだよ?」

「ッ……ハッ、一体何を言ってやがんだ!? 俺様一人が王として君臨する世界だ!! 邪魔な奴を全て滅ぼして──」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

”テメェは無能だ、消え失せろ”

 

 

 

”テメェは俺を裏切ろうとしたな? 処刑するッ!!”

 

 

 

”鬼なんざ、結局──俺様一人で十分なんだよ”

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ッ……そうだ、これで良いッ! これが、俺様の望む世界だッ!!」

 

 

 

 一瞬。

 酒呑童子の眼に何が視えたのか俺には分からない。

 分かりたくも無い。

 きっとこいつは、放っておけば気に入らない全てを滅ぼしながら生きていくのだろう。

 人間だけじゃない。

 自分の同族である鬼でさえも。

 

「──だからテメェは此処で消えるッ!! 消え失せるッ!! どちらかのシールドがゼロである限り、鬼エンドは発動する──ッ!!」

「……そうだ。だけど……次の1ターンは、そうじゃない」

「ッ……何だと!?」

「S・トリガー……《深緑の魔法陣》ッ!!」

 

 浮かび上がるのは、自然の力を得た魔方陣。

 それにより、俺のシールドが──1枚、加わった。

 

「んな、馬鹿な……!? だけど攻撃は止まってねえ!!」

「まだだ!! このシールドだけは……死守するッ!! S・トリガー発動!! 《灰になるほどヒート》!!」

 

 灰燼の炎から──逆転の一手は確かに現れた。

 

「効果で《爺モン&婆ファンクル》を場に出し、《ジャック・アルカディアス》とバトルして破壊だ!!」

「だがこいつはスレイヤーだ!! 相討ちだぜ桃太郎ッ!!」

「……そうだ。だけど、これで──互いのシールドは1枚になった!!」

「ッ!!」

 

 酒呑童子の顔が引きつる。

 しかし、再び余裕の笑みを浮かべた。

 シールドがゼロになっても、勝てるという算段があるのだろう。

 

「──ターン終了時、《エンド・ジャオウガ》は効果で俺様のクリーチャーを全て破壊する。だが、《ダフトファントマ》は墓地の札を4枚戻して生き残るッ!!」

 

 場には──あの黒いドラゴンギルドのクリーチャーだけが残っている。

 このターンで決めきれなければ、追撃を喰らって俺は負けるだろう。

 だから。

 此処で──勝つしかない!!

 

「俺様の未来は不変だ──変わらねえよッ!!」

 

 確かに、そうだ。

 あいつの槍の力が確かならば、このデュエルは俺は負ける。

 仮にあいつの守りを貫通できなければ、恐らく手痛いカウンターを受けるだろう。

 《深緑の魔法陣》で埋めたカードは《ヘットルとフエートル》。もう奇跡は起こらない。

 

「……それでも、俺は──」

 

 立て。

 立つんだ。

 何のためにここに来た?

 負けないためだ。

 勝つためだ!

 

「俺は──ッ!!」

 

 

 

 

「アカル!! ネバーギブアップ!! シュギョーの成果、見せてやるのデース!!」

 

 

 

 ──その時。

 皇帝(エンペラー)のカードが強く、熱を持った。

 

 

 ──ブランの声が、聞こえてきた。

 

 

 

「耀ッ!! そんな奴に負けんな!! 勝てーッ!!」

 

 

 

 ──花梨の声が、聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「白銀のヤロー、大丈夫かよッ……!! 負けたら承知しねーぞ……!!」

 

 

 

 ──桑原先輩の声が、聞こえてきた。

 

 

 

「結局は貴様に託すことになるのだろうな……だが、それでこそ僕らの切札だ」

 

 

 

 ──黒鳥さんの声が、聞こえてきた。

 

 

 

「……どうか、勝って……ッ!」

 

 

 

 ──翠月さんの声が、聞こえてきた。

 

 

 

「……先輩。勝ってきてください」

 

 

 

 

 ──紫月の声が、聞こえてきた。

 

 

 

 

 

「──君を信じても良いのだろうか。俺は──いや、今は君に賭けるしかない。部長ッ!!」

 

 

 

 ──そして、火廣金の声が──聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 ──声が、聞こえてくる。

 あいつらの、声が。

 まやかしか?

 いいや、違う。

 これは確かに──皇帝(エンペラー)の力だ。

 

「ブラン、花梨……!!」

 

 確かに俺達は傷つけあうこともあるかもしれない。

 

「黒鳥さん……」

 

 だけど、その度に俺達は再び手を取り合ってきた。

 

「桑原先輩、翠月さん……!」

 

 きっとすれ違っていても、道を違えたとしても、見ている方向が違ったとしても──

 

「紫月ッ……!」

 

 ──俺達は、きっと一つのもので繋がった仲間に違いないんだ。

 ……絶対に!!

 

 

 

 

「ッ……火廣金!!」

 

 

 

 膝を突いている暇なんて、俺には……デュエマ部部長・白銀耀には無ェんだよッ!!

 

「何時だってそうだった。忘れちゃいけなかった……俺を支えてくれる仲間は、今確かに此処に居るッ!!」

「臭い事を抜かすんじゃねえッ!! 仲間なんて要らねえ。俺一人の世界を──」

「ブチ壊す。そんな未来は、俺がこの手で風穴開けるッ!!」

 

 カードを引く。

 引いたのは──白紙のカード。

 デッキに入れた覚えのないカードだ。

 ……もしや、と皇帝(エンペラー)のカードを見やる。

 誇らしげに輝いていた。

 あいつの……置き土産か!

 

「俺のターン! 5マナで《燃えろ!アポロソ君》を召喚!」

「ッ……何だ、そのカード!?」

「……未来を変える……この手で! 《アポロソ君》はマッハファイターだ! 《ダフトファントマ》に攻撃──する時、効果発動! 俺のシールドをブレイクする!」

 

 そして当然、トリガーは発動する。《ヘットルとフエートル》だ。その効果で山札の上から1枚目がマナゾーンに置かれる。

 だけど、重要なのはそこじゃない。

 攻撃した時、俺がシールドをブレイクしたということだ!

 

「そして《アポロソ君》の効果発動!! 俺のマナを6枚までアンタップする!」

「なッ!?」

「俺はキリフダッシュ宣言!! 呪文、《モモモモスモモ・ダッシュ》でコストを軽減!! そして!!」

 

 

 

<ジョーカーズ疾走ッ!! キリフ・ダッシュ!!>

 

 

 

「──発動、キリフダッシュ!!」

 

 

 

 俺は残るマナを3枚タップする。

 これで……終わらせる!!

 

「──俺の未来を俺が斬り開くッ!! 上げるぜ勝鬨、ひっくり返すぜ、革命の時ッ!!」

 

 桜が舞い散るフィールドに、その龍は確かに現れる。

 未来が視える鬼に勝つならば、未来さえも変えるしかない。

 

 

 

”白銀耀。我が名は皇帝(エンペラー)──今こそ、真に貴様に力を貸そう。我が奴隷となるか? 家臣となるか?  それは我が決定することだがな”

 

 

 

「いいや違う──それは、俺がこれから決めるッ!!」

 

 

 

 聞こえてきた声に俺は答える。

 

 

 

”……フッ。あくまでも我を従えると? ならば良し──そうでなければ我がシモベなど務まらんッ!!”

 

 

 

 

「ああ、だから……もう一度、力を貸してくれ!! 皇帝(エンペラー)!!」

 

 

 

”……ゆくぞッ!!”

 

 

 

「──ああ!! これが俺の切札(ワイルドカード)ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ──皇帝(エンペラー)の紋章が浮かび上がり、Ⅳの文字が刻まれる。

 

 

 

 

「《勝熱百覇(ジョーネツヒャクパー)モモキングReVo(レヴォリューション)》ッ!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あの、クリーチャーは……ッ!?」

 

 

 

 紫月は目を丸くした。

 耀が呼び出したのは確かにモモキングだ。

 しかし、その力は神力由来のそれではない。

 明らかにエリアフォースカードの力によって具現化したものだ。

 その根拠は、もともとあったものではなく新たに生み出されたクリーチャーということにある。

 

「まさか。本当に皇帝(エンペラー)のカードが二つあった、ということか」

 

 バイク仮面は言った。

 

「……どういうことデス!? 両方共本物だったってことデス!?」

「……元々2枚のカードが繋ぎ合わされていたと考えれば納得が行く。部長の皇帝(エンペラー)が凄まじい力を持っていたことにも、そして分裂した煩悩が恐ろしく強かったことにも説明がつく」

「ッ……だが、それじゃあ……あのもう1枚の皇帝(エンペラー)は何処から来たんだよ!?」

「あたしもう訳分かんない!?」

 

 シャークウガとモルネクレディが喚き立てた。

 当然、謎はそこに行き着く。

 しかし──今までのことから導き出されることが一つだけある。

 

 

 

「──未来から、誰かが送り込んだ……?」

 

 

 

 紫月はぽつり、と呟いた。

 同じ時代に同じエリアフォースカードは存在しない。

 ならば──もう1枚が存在する理由はそれしかない。

 

 

 

 ※※※

 

「ッ……バカな!! そんなクリーチャーは……未来には無かったはずだぜッ!! 槍は、槍の見せた未来はまやかしだったのかァ!?」

 

 初めて酒呑童子は取り乱した。

 

「ちげーよ。多分、未来が変わったんだ。こいつは……今、呼び起こしたんだからな!」

「何、だと……!?」

「エリアフォースカードには守護獣が存在すんだよ──テメェが傷つけた、俺達の相棒が!!」

「ッ!!」

「どういうわけか、俺の皇帝(エンペラー)は2枚存在していて、今まで俺は2枚目の存在に気付かなかった」

 

 ──その結果。煩悩と共に分離して、強く自我を持ったのが、あの黒い俺だ。

 だけど、それを打倒したことで俺の元にはもう1枚の皇帝(エンペラー)が渡った。

 こいつの出どころは正直、今の俺には分からない。

 でも言えることがある。今のコイツは敵じゃない。

 俺の中にあった薄暗い気持ちは、俺の敵じゃなかった。俺の一部分だった。だから……それを認めることで、俺達は一つになった。

 

「こいつは……新たなるモモキングは今までの歴史にも、これからの歴史にも無いッ!! 今目覚めた、俺の第二の守護獣だッ!!」

「バ、バカな──俺の、未来が……だが、そいつで俺様を倒せると本気で思っているのか!?」

「思ってるさ」

 

 誰かがきっと、未来を変えたいと強く願ったのだろう。

 同じ時代に同じエリアフォースカードは存在しない、という仮説が本当ならば、きっとそうに違いない。

 俺は……俺の運命を変える。そして、超えるんだ!

 

「──《モモキングReVo(レヴォリューション)》のキリフダReVo発動ッ!! 山の大革命ッ!!」

「なっ!?」

「こいつをキリフダッシュで召喚した時……山札の上からカードを2枚マナゾーンに置き、そしてマナゾーンから3枚までを手札に加えるッ!」

 

 俺が見せたカードは──モモダチ達だ。

 そして、全てのマナがアンタップした!!

 

「シールドがあと1枚……丁度残ってるな!! 《モモキングReVo(レヴォリューション)》で最後のシールドをブレイクッ!!」

「S・トリガー……《ツルハシ童子》ッ!! 効果で山札の上から3枚を墓地に置き、1枚を手札に戻すッ!! 加えて、こいつは鬼時間で守護(ブロッカー)を持つッ!!」

「……いや、それさえも押しのけるッ!!」

 

 俺は一気に6枚のマナをタップした。

 キリフダッシュ、同時発動だッ!!

 

「《モモキングReVo(レヴォリューション)》の効果で、俺のチーム切札はキリフダッシュ2を持つッ!! 行け、モモダチ──いや、スパダチ達よ!!」

「「「応ッ!!」」」

 

 《モモキングReVo(レヴォリューション)》の革命の波動か、それとも皇帝(エンペラー)の力によるものかは分からない。

 しかし。

 確かにモモダチ達も、真の桃太郎のお供として覚醒したのだ。

 カードが白く輝き、再び塗り替えられていく。

 

 

 

「──我が名はモンキッド!! 《スパダチ モンキッドR》!!」

「──我が名はケントナーク!! 《スパダチ ケントナークR》!!」

「──ボクはキャンベロ!! 《スパダチ キャンベロR》!!」

 

 

 

「「「我ら、桃太郎様の真の助太刀、スパダチなりッ!!」」」

 

 

 

 3騎のスパダチが戦場に降り立った時。

 真なる革命が巻き起こる──

 

「下らねえ!! 雑魚が集まったところで俺様に敵うわけが──」

「そいつぁどうかな? 3体のキリフダReVo(レヴォリューション)発動ッ!!」

「先ずは俺の効果ッキィ!! 林の大革命ッ!! 全てを地に還すッ!!」

 

 酒呑童子の場のクリーチャー達が大地に飲まれていく。

 全員、マナ送りだ!!

 

「バカな、俺のクリーチャーが……!」

「そして私の力!! 風の大革命ッ!! 我が主にはもう、一歩も近付けさせぬッ!!」

「ッ……!!」

 

 酒呑童子の手札に鎖が巻きつけられていく。

 もう、革命ゼロトリガーは使えない。使わせない!!

 

「ハッ、ハハハッ、だけど、俺にはまだ……視えている……槍の見せた、未来がッ……!!」

「──いっけぇ!! スピードアタッカーの《キャンベロR》でダイレクトアタック!!」

「視えていると……言ったはずだァァァーッ!!」

 

 酒呑童子の手から一つの槍が突き刺さる。

 

 

 

「喰らい尽くせ……俺様の敗北の運命をッ!! 塗り替えろ、鬼の栄華へッ!! 

これが俺様の真の鬼札……《一王二命三眼槍(バラド・ヴィ・ナ・シューラ)》ッ!!」

 

 

 

 

 時が、巻き戻る。

 確かにヌンチャクを振り回した《キャンベロR》の攻撃が通る──はずだった。

 しかし。その攻撃は完全に無かったことにされたかのように、《キャンベロR》は元の場所に戻っている。

 

「ッ……ハ、ハハハハ!! 終わりだ!! お終いだ!! 攻撃は凌ぎ切ったッ!! 俺様の勝利は揺るがねえんだよ人間──ッ!!」

「……何が起こった……!?」

「俺様が負ける時。この槍を見せて、山札の一番下に送れば──俺は、負ける代わりに生き残るッ!!」

 

 そうか、敗北回避持ち。

 だから、革命ゼロトリガーを封じられても余裕だったのか。

 ……だけど。

 

「──それなら、こっちも勝つまで殴らせて貰うぜ」

「ッ……は?」

 

 酒呑童子は漸く気付いたようだった。

 俺の場のクリーチャーが、全てアンタップされていることに。

 

「な、何でだよ? 何でテメェの怪物が全部起き上がってやがるッ!? 何でだァ!?」

「ボクの力だよッ!!」

「ッ……!」

「火の大革命ッ!! ボクがいれば、チーム切札は何度でも攻撃出来るんだ!!」

 

 酒呑童子は──槍を握り締めた。

 

「バカなッ!! バカな馬鹿な馬鹿なバカな馬鹿な!! 《一王二命三眼槍(バラド・ヴィ・ナ・シューラ)》ッ!! 見せろ!! 早く見せろ!! 俺様の、俺様の勝利の未来を──ッ!!」

「《モモキングReVo(レヴォリューション)》でダイレクトアタックッ!!」

 

 神速の太刀が──鬼神類を何度も、何度も、何度も切り刻む。

 

 

 

 

「──絶技・風林火斬ッ!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 見える。視える。視えるはずだ。

 俺様が勝つ未来が。

 俺様が人類を滅ぼして、滅ぼした後の、その先の未来が──視え──

 

 

”おーい、誰かいねーのかよ? ……皆殺しちまったからなあ”

 

 

 

”……んだよ。本当に誰もいねーじゃねーか”

 

 

 

 

”……つまんねえの”

 

 

 

 ハッ、ハハッ、ンだよ……俺様には、最初っから()()()なんて無かったのかよ?

 桃太郎を殺して、人類を皆殺しにして、鬼の世界を作って。

 ……そして、その鬼の世界も自分で壊して。

 世界には俺様一人だけ。

 

 

 

 ……つっまんねえなァ。



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GR102話:決着、その先へ──

 ※※※

 

 

 

 ──終わった。

 鬼との戦いが。

 そして、俺達にとっては初めてとなる神との戦いが。

 

 

 

「……ンだよ。これでもう俺様は終わりかよ」

 

 

 

 地面に転がる酒呑童子──の首。

 それすらももう、消えかかっていた。

 

「……ああ、終わったんだ。全部な」

「……だけどなあ、人々の信仰心がある限り。人々が互いに傷つけることをやめない限り。俺様は何度でも……何度でも蘇るぞ、きっと──」

「だろうな。だけど……その度にきっと倒す。皆の力で」

「……ケッ、これだから人間は嫌いだ」

 

 そう言い残し、酒呑童子の首は消え失せた。

 空に向かって──声が消えていく。

 

 

 

「すぐ死んじまう癖に、結局最後は俺達に勝つ……不愉快な生き物だぜ」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──そう、ですか。後に残ったのは、この槍と──この殺生石のみ」

「殺生石?」

「……鬼の顕現の依代となる石です。これを正しく祀れば、二度と鬼が蘇ることも無いでしょう」

 

 

 

 ──ひと晩、明けただろうか。

 坂田さんが漸く目を醒ました。 

 力の座に襲来した酒呑童子を倒し──残ったのは、彼が持っていた大きな槍、そして──彼自身の力が封じ込められた小さな石──殺生石だけだった。

 石には既に座の職員によって何枚もの御札が貼られており、今後は厳重に京都で封印するのだという。

 元々、京都には鬼を封じ込めるための術式がシステム化されていたらしく、モモダチ達もその一つだった。

 元あった場所で、元以上に強固に封じ込めるのが最適なのだろう。

 二度と、何者かの手で酒呑童子が目覚めることのないように。

 

「──貴方達にはお世話になりましたね。本当は私が京都でこれを封印しなければいけなかったのですが……」

「ワシらに任しとき、坂田はん。矢継の名に懸けて、鬼が二度と目覚めへんようにしといたるわ!」

「……そうですね。貴方ならきっと問題ないでしょう」

 

 矢継は、誇らしげに鼻を擦り──そして俺の方に向き直った。

 

「……ったく、美味しい所全部持っていきおって……ホンマに桃太郎に認められるなんてな」

「俺でも信じられねーよ……俺が、酒呑童子を倒しちまうなんてな」

「そうやそうや! 何であんさんやっちゅうねん、ワシやったらもっとカッコよく──いだっだだだだ!?」

「はーやーてー?」

 

 ぐりぐり、と誰かが矢継の足の小指を踏みつけている。

 メイの力は恐ろしく強いのか、それこそもう凄い悲鳴を上げているのであった。

 絶対に喰らいたくないな……。

 

「ったく、ちょっとくらい素直に祝えへんの?」

「やりすぎやメイちゃん!! ワシの小指潰れてまうわ!!」

「潰れればええんよいっぺん……」

「あだーッ!?」

 

 床で転げ回る矢継を一瞥すると、彼女は俺に向かって微笑んだ。

 

「ったく……次こそ決着付けるで、白銀」

「ああ!」

 

 矢継と固く手を交わす。

 こいつとは色々あったけど……最後には助けられてしまったからな。

 そして。

 

「……じゃあ、ボク達も帰らなきゃ、だね……」

「え?」

 

 言い出したのは──キャンベロだった。

 

「……ど、どうしてだよ? 折角仲良くなれたのに……」

「我々は元々、鬼を封じ込めるための術式に過ぎないケン」

「鬼が封じられるならば……俺達は再び、眠りについて鬼を見張らなきゃいけねーんだよ」

「大丈夫! 今度は……桃太郎様も一緒だから! ……別れるのは寂しいけど」

「……ケントナーク……モンキッド……キャンベロ……」

 

 ──そして、モモキング。

 こいつらとは──此処でお別れ、ということか。

 確かに鬼が京都に封印されるならば、そこで守りをしていた彼らも本来の役割に戻るのだろう。

 あるべき場所で、あるべき姿となって──永遠に鬼が目覚めぬように見張り続ける。

 ただの、システムとして。

 

「……そっか。ちょっとだけ……寂しくなるな」

「……うん」

 

 キャンベロは頷く。

 ……何だろう。

 最後の最後で湿っぽくなっちゃったな。

 本当に……今生の別れなんだから、泣いて終わりにしたくないんだけどさ。

 

「貴女達には苦労させられましたが……私は嫌いじゃなかったですよ」

「……!」

 

 紫月がキャンベロの方に進み出る。

 

「ぱんじゅう、最後にごちそうしてあげたかったですが」

「……うん、とっても美味しかった……!」

「そうですか。……良かったです」

「もうイタズラすんじゃねーぞ、モンキッド」

「それはどーだかな、いだだだだだ?!」

「本当に済まないケン……コイツは私が責任もって見張るが故」

「ははは……」

 

 変わらない。

 きっと、こいつらも変わらないのだろう。永遠に、ずっと。

 そして、俺達の胸の中にもきっと永遠に残り続ける。

 忘れられるかよ。お前らみたいなやつをさ。

 

「……それじゃあ──桃太郎様をよろしくね」

「ッ……!」

 

 キャンベロが──言ったその時。

 モモダチ達は、光に包まれていく。

 赤い札と、2枚の緑の札。

 それらが矢継の持つ殺生石に──貼り付けられた。

 

「……こいつらは……京都でずっと、鬼を見張り続けるやろうな」

「……ああ」

「せやけど……忘れ形見も置いてってくれたみたいやね」

「え?」

 

 メイの言葉に、俺は地面を見やる。

 カードが落ちていた。

 桃太郎──《勝熱英雄(ジョーネツヒーロー)モモキング》のカードだ。

 

「……そうか。お前は……一緒に居てくれるのか」

「神力は感じられへん。本当に……ただのカードになったんやろうな。鬼を封じるのと引き換えに」

「……ああ」

 

 《モモキング》は皇帝(エンペラー)のカードに何度か共鳴すると、そのまま吸い込まれていく。

 ……鬼との宿命からは離れ、これからは皇帝(エンペラー)の眷属として生きていくのだろう。

 

 

 

「……よろしくな、《モモキング》」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──さて、矢継が殺生石と共に力の座を去り、それから身体を休めるために二日ほど力の座に滞留しただろうか。

 ここにきて、残ったものがある。

 酒呑童子が残した、あの大きな槍だ。

 目玉が幾つも付いた不気味なものであったが、これの正体だけがどうもわからない。

 曰く、最初から彼が手にしていたものではないという。

 そしてシャークウガが調べたところ、恐らくこれそのものが普通のクリーチャーの人智を超えたものであるらしく。

 

「──本質的には邪悪なモンじゃねえよ。鬼の手に渡っていたってだけでな」

「じゃあ、これは一体何なんだ?」

「それが分からねえから問題なんだろうが」

 

 最も、シャークウガではそこまでしか分からないらしいが……。

 

 

 

「──恐らく、空亡の置き土産だろう」

 

 

 

 言ったのは──黒鳥さんだった。

 空亡の狙いが伊勢神宮にあるのではないか、と予測を立てていたという。

 そして、それは当たり──空亡は宮からアマテラスの力を取り込もうとした。

 だが、その目論見はすんでのところで阻止されたらしい。

 

「撤退するボクらを後目に、鬼たちが巨大化した空亡に襲い掛かっていた。そして、数分後──それは消滅した」

「……酒呑童子が、空亡を倒した……同士討ちだったわけですか」

 

 俺の問いに彼は首を振って肯定した。

 彼の云う所には、どうやらアマテラスを取り込んだ空亡を倒したのは、他ならぬ酒呑童子で間違いないようだ。

 ……俺が修行している間に、空亡がそんなことを企んでいたとは。

 一歩間違ったら本当に大変なことになっていたらしいが、すんでのところで止まったのは──酒呑童子と空亡が同士討ちしたところにあるのだろう。

 どうやら、神の力を狙っていたのは鬼の方も同じらしかった。

 では、この中に宿っているのは──

 

「──アマテラス。伊勢神宮に祀られておる神──に違いないかのう」

 

 言ったのは、巌流齋老師だった。

 となると、この槍も伊勢神宮に還すことになるのだろう。

 ……もしかして。

 

 

「巌流齊の爺さん。あんた──神類種ってのを聞いたことは──」

「無い!!」

「ええ……」

「じゃが、魑魅魍魎や八百万の神……それらが同じ類であることは知っておるわい。神として祀られてはおるが、コイツもまた……本質は同じじゃ。長いこと眠っておったのだろうが、恐らく、酒呑童子の目覚めと共に近くにあったアマテラスもまた、共鳴して目覚めたのじゃろう」

「じゃあ、この中にはアマテラスが?」

「うむ……」

 

 巌流齊老師は頷いた。

 

 

 

 

「──ねえ、もしかしてこの中にいるアマテラスって人を呼び出したら、神類種のことが分かるんじゃないデース!?」

 

 

 

 

 ……俺達は沈黙する。

 言い放ったブランに──俺は掴みかかった。

 

「なんてとんでもないことを言いだすんだ、オメーは!! 中に入ってるのがヤバいバケモノだったらどうすんだ!! こんなどっからどう見ても禍々しさしかない槍!!」

「デ、デモ、せっかくここまで来たのに、何にも情報ナシで帰るなんてゴメンデース!!」

「もう一回命の危機に晒される方がよっぽどゴメンだわ!!」

「そうですよブラン先輩!! 好奇心ブランを殺すと言うでしょう!?」

「何で私限定なんデース!? うえーんうえーん、シヅクまでアカルの味方をするデース!!」

「残念だけど先輩、私もしづの味方ですよ?」

「ミヅキまでぇ!?」

 

 うー、結局何にも手掛かりが得られなかったデース、と涙目で言うブラン。

 まあ気持ちは分からんでもない。

 だけど今回も今回とて命懸けの連戦が続いたのだ。正直、こんなところでもう一戦追加なんてごめん被る。冗談じゃないよ。

 とにかく槍は、伊勢神宮の方で厳重に保管してもらうのが良いだろう。

 元々神具の類ではないらしいし……また酒呑童子みたいなのが目覚めたら大変だ。

 

「あれ? 槍なんか光ってね?」

「「「「……」」」」

 

 俺達は沈黙する。

 指差していったのは、桑原先輩だった。

 

「ちょっと!! ブラン先輩が余計な事を言うから出てきそうじゃないですか!!」

「私の所為デース!?」

「あ、あわわわわ、オウ禍武斗、臨戦態勢!!」

「くそっ、やるしかないのか!?」

「またこのパターンかよ!! 畜生!!」

 

 疲労困憊の俺達の前で、脈々と鼓動する槍。

 その光はまるで太陽のように強くなっていき、そして──

 

 

 

 

「──である!!」

 

 

 

 

 ──……。

 俺達は押し黙った。

 槍は一瞬、眩い光を確かに放った。

 その中から現れたのは、強大な龍か化け物か、果たしてそれとも……誰もがこれから待ち受けているであろう延長戦に慄いていた。

 慄いていたのであるが……。

 

「……みなのもの!! せいしゅくに!! 我こそは、太陽の神、あまてらすであるぞ!!」

 

 現れたのは、青い肌の小さな少女。

 巫女服を羽織り、頭には大きな太陽の形を模した冠を被っている少女──いや、幼女であった。

 その肌は透明に透き通っており、さながら俺達は──とあるクリーチャーを想像したであろう。

 デュエマに於ける古代のクリーチャー……オリジンの一角。

 《蒼狼の始祖 アマテラス》を。

 しかし。ちんまい。あまりにもちんますぎる。これが本当に太陽の神なのだろうか。

 

「オイオイ、コイツ本当に太陽神か? シーリングライトの神じゃねーか?」

「しゅくせい!! ゆいごんはかんけつにな!!」

「ギャアアアアアアアアアーッ!!」

 

 即座に太陽光線が照射。

 哀れシャークウガはフカヒレと化した。

 ……守護獣が一撃で……コイツ、強い……!

 

「ふふん、どうであるか! これが太陽の神のけんのうであるぞ!」

「本当にすいませんでした……どうか命だけは……ギャアアアアーッ!! らんめえええええええ、お肌が焼けちゃうのおおおおおォォォーッ!!」

「アホは放っておきましょう」

「どうやら太陽神というのは……本物のようだな」

 

 腕を組んだ黒鳥さんは言った。

 やべーよ……またヤベーもんが出てきちまったよ……。

 シャークウガの尊い犠牲で、奴さんが少なくともクリーチャーに並ぶくらい危険な劇物であることが分かっちまったよ。

 

「うむ! 人間たちよ! こたびは、わらわを解放してくれて、ほめてつかわすぞ!」

「は、はぁ、ありがとうございます」

「なに、そんなにかしこまらなくてもよい! ほうびに何でも願いを叶えてやるぞ!」

「じゃあ、私を世界一の名探偵にしてくだサイ!!」

「座れバカ!!」

 

 ──かくして。

 俺たち全員は、アマテラス(?)の前に正座することになった。

 仮にも神の名前を名乗っているのである。うっかり不敬があったら大変なことになるだろうから。

 ……そこに転がされている哀れなフカヒレのように。

 

「……よもや。生きている間に、本物の神を見ることになるとは……それも二度も」

「う、うちも……」

 

 実感が湧かない、といった様子で坂田さんとメイが言った。

 

「うーむしかし、1000年ほど、ねむっておるあいだに人間たちのいでたちはずいぶんとかわったのう!」

「……えーとアマテラス様。つかぬ事をお聞きしても?」

「うむ! なんでもこたえるぞ!」

「……俺達、今……神類種について調べているんです。俺達が倒した酒呑童子も神類種らしいですが……何か知りませんか?」

「なんと! 人の子の身でシュテンの暴れんぼうをたおしたのか! あっぱれであるぞ!」

「いや、俺一人の力じゃないし、モモキングの……桃太郎のおかげなんですけどね」

「うむ! そうであるか! それにしてもあっぱれである! 相手は人の理想が作りし、神であるからな!」

「……何だと?」

 

 ──人が望みし、理想の生き物である神?

 

「……アマテラス様。貴方は……自分がどのようにして生まれたのか、ご存じということですか?」

「わらわにかぎったことではない! 我らが”神”……いな、”神に比類するもの”たちはみな、人の思念をうけておりたったのだ!」

「思念が……実体化した? 人の信仰が神を生み出した?」

「うみだした……というより、”信じる心”が我らの在り方を”ていぎ”したのだ! 我々とて、最初は星の外から来たただの一介のイノチにすぎぬ!」

 

 ──アマテラスは語る。

 自らもかつては外──空から降り立った獣だった。 

 つまり、異星のクリーチャーだった。

 この宇宙の何処かに、クリーチャーが住まう星が存在する。

 あまりにも遠すぎて、彼らは「世界の壁」を超えてこの地球に現れる事があるのだという。

 しかし、この星は魔力が薄い。そのままでは実体化したクリーチャーが住めるような場所ではない。

 

「ゆえに。我らは肉体をすてた! 否、捨てねば生き残れなかった!」

「……確かにな。この地球じゃあ、クリーチャーはまともに実体化出来ねえ。何かしらの方法で魔力を補給しない限り、な」

 

 シャークウガが納得したように言った。

 故に、彼らは違う生き方を選んだ。

 人々の思念を養分として、肉体を持たない存在となることを。

 

「そして、我らと同じ在り方を持つものたちがあらわれたのだ! 酒呑童子は……人々の憎悪に、鬼への信仰がくみあわさってうまれたのだ!」

「俺達が思う鬼としてのイメージに、人間の悪い心が合わさった……というわけですか」

「うむ! 後から生まれた我らの同胞は、皆そうしてうまれたのである!」

「だが、一つ聞いておきたい。肉体を持たない精神のみの存在でありながら、何故神類種は眠りについた?」

「うーむ……あれは、この星すべてをまきこむ”だいじけん”だったからな! ぜひもあるまい!」

「だ、だいじけん?」

 

 

 

 

「──あれは1000年ほどまえ。この星に、おおきなおおきな星の神がちかづいた! その名は──ミカボシ。天津甕星(アマツミカボシ)! 空をさいて現れたまつろわぬ神である!」

 

 

 

 ──な、なんだその神様……?

 ミ、ミカボシ?

 ……梅干しじゃあ、ないよな?

 

「……アマツミカボシ。天に逆らった暴神として有名だが」

「そーなんですか!?」

 

 ……黒鳥さんに一瞬で己の無知を看破されてしまった。

 む、無知の知ってことで此処は一つ……。

 

「日本神話でも唯一、明確に”悪神”とされている神だ。神に荒ぶる一面と穏やかな一面があることが当たり前な日本神話においては……本当に類稀と言えるだろう」

「悪神……か。背筋がゾッとするぜ」

「日本は神様が多すぎデース!! それにしても、悪い神様って悪魔と何が違うんデスかね?」

「色々違うんですよ……ブラン先輩」

「……天津甕星(アマツミカボシ)が近付くと共に、地上にはこれまでにないほどにまのちからがあふれでた!」

「マナが……!」

「それは、日本どころか地球をほろぼすいきおいだったぞ! あちこちでかんばつ、ひでり、あるときは大雨、海はあれくるい、びょうまがはびこる! マッポー!! まさにこのよのおわりである!」

 

 なんてことだ、想像もしたくはない。

 神が現れたと同時に世界中で大災害や大飢饉が同時並行的に起こったのか。

 

「だが……世界は終わらなかった。そいつは、どうやって倒されたんだ?」

「わからん!!」

「……ええ?」

「その時、すでにわらわはヤツに倒されたあと! ながいながいねむりに、今に至るまでついておった! その後のことは、断片的にしか”視えて”おらぬ!」

「……そ、そうですか……」

 

 ……空からやってきた天津甕星(アマツミカボシ)

 もし、こいつを両方相手取るならば……俺達は22枚のエリアフォースカードを全て揃えない限り、勝ち目はないのではないだろうか?

 

「ひとつだけ言える。ねむる妾は断片的に見た。天津甕星(アマツミカボシ)は、何か強力なものによって空の果てにほうちくされたのである!」

「放逐って……」

「おそらくヤツは1000年は帰って来れない。それを確信し、妾は──安心してねむりについた! ちじょうはすでに、まりょくがかれはてていたからな!」

 

 ……少なくとも天津甕星(アマツミカボシ)は宇宙に放逐されただけで倒されてすらいない。

 それならば、いずれはまたこの星にやってくるのではないだろうか?

 

「──アマテラス。天津甕星(アマツミカボシ)はまた来るのか?」

「ア、アカル!? なんて恐ろしいこと聞くんデスか!? そんなの──」

「……来る。確実に」

 

 アマテラスは──頷いた。

 

「──奴は、もうじきこの地球に降り立つ。一月もしないうちに、な」

「……ウソ、でしょ……!?」

「奴が降り立つと異形共が溢れ出る。この地球のまりょくは確実におおきくなるだろう。異形共が……人類を踏み潰すぞ」

「……それってまるで」

 

 ──アカリが言っていた、ワイルドカードの氾濫そのもの……!

 

「やっと視えてきたな。僕達が真に戦わねばならない相手が」

 

 黒鳥さんが言った。

 此処で知ることが出来て良かった。

 あの破滅の未来の原因──それは、神類種……アマツミカボシが引き起こしたものだったということだ。

 

「──そのでけー神をどうにかしねー限り、未来は変わらないってか……ッ!!」

「地球に天津甕星(アマツミカボシ)が近付いていたから、地球上の魔力も高まっていた……!?」

「ワイルドカード現象は全て、そのウメボシってのが引き起こしていたデース!?」

「ミカボシです、或瀬先輩……」

 

 ……空。

 敵は──宇宙の果てからやってくる。

 それならば、やるべきことは一つだ!

 

 

 

「──止めよう。俺達の力で……未来を変えるんだ!!」

 

 

 

 揃えるしかない。

 それだけ大きな相手を倒すならば、アカリが言っていた──世界(ザ・ワールド)のカードを手に入れる。

 22枚のエリアフォースカードを全て揃えれば……天津甕星(アマツミカボシ)を倒して、未来を変えられる!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「空亡まで……負けるなんて」

 

 

 

 失意に塗れた様子でトキワギ機関を統べる神──縁神類ククリは言った。

 

「……最早、此処まで。この時代のこの世界は……終わり、ですか」

 

 彼女は自らが握る1枚のカードを見やる。

 世界を変えるカード──世界(ザ・ワールド)

 もうじきここに、これを奪いに来る者がやってくる。

 そうなれば──今度こそ”アレ”は手が付けられなくなる。

 

 

 

「後は、任せるしかないようですね。60年前の私に……」

 

 

 

 彼女が一度手を振ると──それは、消え失せた。

 そして。

 音も無くやってきた”来訪者”にククリは言ってのける。

 

「……おや、どうされましたか?」

「……」

「此処に……あなたが求めるものは何もありません……立ち去りな──」

 

 

 

 風穴が、ククリの頭に、そして胴に開けられる。

 

 元より、こうなることは分かっていた。

 

 自分の存在たらしめていたものを、自ら手放してしまったのだから。

 

 だが、これで良い。

 

 これで──後は、過去が変わることに期待することが出来る。

 

 

 

 

 

「くっ、くくっ、そう……この世界の母となった私であっても……もう、あなたには……足元にもおよばなかったのね──」

 

 

 

 

 

 この世界の一部に還りながら──ククリは、呟く。

 

「あなたの手には、渡さないわ……私は……この世界の、母、ですもの……」

「……余計な事を。ただの時間稼ぎでしかないというのに」

 

 来訪者は一言。

 そして踵を返した。

 消えゆく神は──呟いた。

 

 

 

世界(ザ・ワールド)……今度は、正しき心を……持つ、者の手に……!」



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GR103話:星が降る日

 ※※※

 

 

 

「──沸き立つのはいいが……そう、うかれているばあいではないぞ?」

 

 

 

 言ったのは──アマテラスだった。

 

「わらわがこうして実体化しているということは……世界にまりょくが溢れ出しつつあるということ。ほかの神が目覚めるといったこともありえる」

「……そ、そうか……」

「これから我々がたたかうのは、神! 正真正銘の神である! 相手は、恐ろしく強い! 下手をすれば、この世界が滅びるやもしれぬ!」

 

 その先は──知っている。

 破滅の未来、2078年だ。

 これから待ち受ける敵は、きっと今までとは比べ物にならない相手になるだろう。

 

「だけど、俺は引き下がらない! 引き下がったら……全部終わりだ! 俺は未来を変えるために、今此処に居るんだ!」

「ふむ、未来……か。未来など神にでもわかる者はごくわずか。その未来をあたかも分かっているかのような口ぶりだな」

「……いや、変える。俺達の生きる未来に変えてみせる」

 

 俺とアマテラスは──しばしの間見つめあった。

 そして彼女は何処からともなく扇子を取り出し、広げた。

 

「天晴である! 神を前にしても尚、一切おのれの歩みを止めないそのふとうふくつさ、良し! もし必要なものがあるならば……ククリに会うが良い!」

「……ククリ?」

「ククリって……誰デス?」

「”縁”を司る女神である! それは、モノのあるべき場所も見通すことができる千里眼のもちぬし! かのじょに聞けば、おぬしたちの探し物も見つかるやもしれぬぞ!」

「探し物……もしかして、エリアフォースカードもか!?」

「ククリの千里眼のちからは、我が保証しよう! しかも、やつはにんげんに友好的な神! きっと、手助けしてくれるにちがいない! ……もっとも、昔からはずかしがりで、かんたんにはあえぬと思うが……」

「どうやったら会えますか!?」

「……世界のはて、うらの世界」

「……え?」

 

 アマテラスの云った事が、俺達にはしばらく分からなかった。

 

「奴は普段、この世ではない場所で眠りについておる! うらの世界……すなわち幽世のその先である!」

「幽世って……!」

 

 思い当たる場所が一つだけある。

 かつて、ロード達と戦った、幽世の門だ。

 その先に──ククリは居るというのか。

 

「ともかく! わらわの言えることはただひとつ! 幽世に行って、ククリに会うのだ! そうすれば、なんじらの探しているものは見つかるであろう!」

「……分かったよ、アマテラス」

「では、わらわは──久しぶりにこの世をみてまわるとしようか!」

「……え? 行っちゃうんですか?」

「うむ! それに……何かほかにもなんじらの力になれるやもしれん! それをさがすとしよう!」

 

 言った彼女は──ぴょいっ、と軽く飛ぶと──そのまま力の座から飛び立ってしまうのだった。

 

 

 

「何かあった時はわらわをよべ! わらわは今こそ非力な神……しかし、その”せきむ”は果たすつもりであるぞ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「マスタァァァーッ!!」

 

 

 

 

 ──力の座を出発する日。

 俺の元に、すっかり回復したチョートッQが飛びついて来た。

 元々俺が持っていた、1枚目の皇帝(エンペラー)のカードも一緒だ。

 

「良かったであります、良かったであります! すっかり元気MAXでありますな!」

「あっははは……まあでも、浮かれてる場合でもないんだけどな」

 

 ……諸々の事情は、此処を離れてから話すとしよう。

 この伊勢での旅は俺達にとっては、とても大きな成果をもたらしてくれたから。

 それはきっと、長い話になること違いない。

 

「……世話になったな、巌流齋老師」

「うむ! こちらこそである! にょほほほほ! ツンツン頭の小僧! なかなか見込みのあるモノノフになるぞ! 死んだらワシと一緒に修行するか?」

「あ、あはははは……丁重に遠慮します」

 

 巌流齋老師は最後まで愉快に笑っていた。

 あれだけの壮大な話を聞かされても動じていなかったのは、肝が据わってのやら信じていないのやら、だが……。

 

「ともあれ! 何かあれば、儂らが力になるぞ! 困ったときは力の座を頼るが良い!」

「うちも待ってはるよ! あのアマツミカボシってヤツが来た時……うちも力になりたいから!」

「……爺さん……メイ……」

「白銀さんっ! ほんま、おおきに!」

「……ああ。勝ってみせるよ!」

 

 流石に、未来の話がどうとかはピンと来ていなかったメイだったが……神との戦いの際には力になってくれるらしい。

 手を振り、俺達は──互いの無事を祈り、力の座を後にしたのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 俺達は──再び電車に乗り込む。

 一度、鶺鴒へ戻る為に。

 

「……長いようで短い戦いでしたね。先が見えないのは相変わらずですが」

 

 紫月が言った。

 確かにそうだった。

 終わってみれば短い一週間だったが、これは最後の戦いの始まりに過ぎなかった。

 

「神とやらが……どれほどまでの力を持つのかが問題だ」

「Yes! 今までの敵よりも強いのは間違いないデス! なんてったってGODデスから!」

「……先を見れば果てしないのは当然だ。だが……活路もある。俺達は、それを拾っていくしかない」

 

 言った桑原先輩に──全員の視線が集まった。

 

「……桑原先パイ、結局帰るんデス!?」

「俺にずっとあの場所に居ろってのか!!」

「先輩……そういえばみづ姉には結局謝ったのですか?」

「へ? そういや、あれからずっと顔合わせてないような」

「書庫でブラン先輩と乳繰り合ってたらしいじゃないですか……ケダモノ」

「アレは誤解って言ったデース!!」

「なのに信じてくれねーんだよ!!」

 

 ……桑原先輩も大変なんだなあ。

 ところで、その翠月さん……さっきから黄昏た様子で窓の方の席にぽつんと座っている。

 アレは完全に露骨に怒ってますよアピールだな……。

 

「ふーんだ、先輩の浮気者……」

 

 とか言って頬に肘を突いている。

 いいかげん許してやれよ……拗ねたらなかなか元に戻らないのは、妹と同じだな翠月さんは。

 

「……仕方ありませんよ、みづ姉、怒らせたら本当に怖いんです」

「クッソー!! 俺ァどうすりゃいーんだーッ!?」

「どうするのだアレは」

「痴話喧嘩は犬も食わないデス」

 

 うん、俺も正直放っておいて良いんじゃないかって思う。

 

「そうだ黒鳥サン!! カリンとヒイロはどうなったデース!?」

「あの二人は先に力の座を出たぞ」

「ウソでしょ!?」

 

 最早隠しもしない。

 火廣金と花梨は、結局別行動のままだ。

 しかも和解すら出来ていない。

 

「……黒鳥さん。何であの二人が……火廣金の奴は海外にいったんじゃなかったんですか?」

「……察してやれ。あいつとて、素直ではないんだ」

 

 ……正直、俺としては火廣金のやつを一刻も早く問い詰めてやりたい気分だった。

 だけど──それが今のあいつの気持ちなのだろう。 

 

「だが、どんな形であれ貴様等の窮地にあいつは駆け付けてきた。修行にもやってきた。それだけは……言える」

「……ヒイロ……」

「火廣金先輩……」

「刀堂は──自分がきっかけである手前、火廣金に付き合ってやらないと気が済まないのだろう。アイツが居なければ、本当に火廣金は独りに──」

「あいつ……」

 

 俺は思わず漏らした。

 

「……俺達は……デュエマ部の仲間だってのに……」

「白銀先輩……」

「……だけど、それが今あいつの取った選択だってなら──俺に出来る事は一つだけ、か」

 

 ──信じて待つ。

 多分、それしか出来ることはない。

 

「マスター……!」

「今回の件で分かったんだよ。例え離れていても、道を違えても……俺達が同じもので出会った仲間であることには変わりねえんだってな」

「……アカル……!」

「先輩……」

「だから俺も、信じて待つ。あいつが帰ってくる、その時までな!」

 

 俺もやるべき事をやろう。

 あいつが──安心して戻ってくるようにするために!

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ところでマスター。何時の間にか皇帝(エンペラー)のカードが2枚に増えている点についてお聞きしたいでありますよ」

「え? だからこれは、あの偽者から出てきて……」

「マスターの守護獣は我だけでありますよ! この浮気者!」

「してねーよ気持ち悪いやめろ寄るな近付くな!!」

 

 新幹線頭を押さえつけながら俺は叫ぶ。

 実際、あの時は守護獣まで顕現した。

 しかし──あれ以来、もう1枚の皇帝(エンペラー)はうんともすんとも言わない。

 

「マスター……確かに、守護獣はしっかり顕現したのでありますな」

「いや、その後に鬼を封印して……その後は何ともだ」

 

 結局、あの一戦限りだったってことか。

 《モモキング》は今も俺のカードとして手元に残っている。

 だけど、意思が疎通できる様子も無い。恐らく、本当にただのカードに戻ったのだろう。

 

皇帝(エンペラー)のカードが2枚ある理由……誰かが未来から送り込んだ、でありますか……誰なのでありましょうな? 片方がこの時代のものではないことは確かでありますが」

「チョートッQは何も知らなかったのか?」

「いや、我も何も……今まで2枚のカードが1枚にまとめられていたことも驚きであります」

 

 彼は首を横に振った。

 どちらにせよ、俺の皇帝(エンペラー)の強さが裏付けされたと言える。

 謎は明かされたが、まだまだ深まるばかりだ。

 

「……そうか」

「ともあれ、帰ったら先ずは幽世の門を再び調べてみるべきだな」

 

 

 

「ふっふーん、アカリをお呼びでしょうか!」

 

 

 

 明るい声が響き渡る。

 気が付くと──そこには、アカリが立っていた。

 ……ちょっと待てや。どっから侵入した。事と次第によっては不法乗車だぞ……と言おうと思ったが、コイツには常識なんて通用しないも同然か。

 

「アッカリー!! 久しぶりデース!!」

「ギャーッ!!」

「あらあら、アカリちゃん……やっぱり可愛いですね……」

「やめて!! 姉空間を一瞬で形成するの!! アカリ、出られなくなっちゃ──おじいちゃーん!!」

「一生そこでオモチャにされてろ」

「おじいちゃん!?」

 

 早速抱き着かれて愛玩動物にされている孫。

 まあ今までこっちが大ピンチだってのに出てこなかった分は、多目に見よう。コイツを責めるのはお門違いだ──故に、これでチャラで。

 

「しかしどうしたんだ? ここにきてお迎えかよ? こちとら大変だったんだぞ?」

「いえいえ、こちらも今まで独自に動いていたので……それよりも! 今回の旅の成果を聞きたいのですが、おじいちゃん!」

「……世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカードの場所が分かるかもしれないんだ」

 

 ……アカリは押し黙った。

 遅れて、絶叫が車内に響き渡ったのだった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「──ぜぇ、ぜぇ、叫びつくしました……1000年分くらい……」

「止めろバカ!! 普通に迷惑だったわ!!」

 

 耳元で叫ばれて気絶しているブランと翠月を俺は指差す。

 二人共しばらくは目を覚まさないだろう。哀れ。

 

「で? どうするんだ。残りのエリアフォースカードを集めるのにはピッタリだと思うんだが」

「……しかし、幽世の門。行ってみる価値はあるかもしれません。カンちゃんなら、それが可能ですから!」

 

 アカリは(スター)のカードを掲げてみせる。

 確かに、せんすいカンちゃんならばあの海の底に沈んでいる幽世の門をくぐることも可能だろう。

 

「今の所、残るカードは……太陽(サン)(ザ・ムーン)、そして──世界(ザ・ワールド)のみ」

「……残りのカードをいっぺんに集めることが出来なくとも、世界(ザ・ワールド)のカードさえ集められれば、ワイルドカードの氾濫を抑えられるはずだ」

「はい! 歴史上によれば、ワイルドカードの氾濫を止めたのは世界(ザ・ワールド)のカードですから!」

「だが相手は神類種……アマツミカボシ。神話でもかなり強大な悪神として名高い。そして歴史の上で僕達は一度敗れている。そう簡単には行かんだろう」

「だけど、確実に今までの歴史から私達は変わってきているデス! 世界(ザ・ワールド)のカードを手に入れられれば……!」

「そして、大きな力を持つ天体のカードは空亡が持っていたはずだ」

 

 黒鳥さんは肩を竦める。

 そ、そういえば……。

 

「……一緒に探せば良いと思いますよ」

「え?」

「そのククリという神が、本当に千里眼を持っているならば、残るエリアフォースカードの場所は全て分かるはずです」

「……空亡が倒れた後に所在不明の太陽(サン)(ザ・ムーン)のカードの場所も、か」

 

 場所的には空亡が陣取っていた伊勢の可能性が高い。

 そちらは今、魔導司達が総動員して探し回っているのだという。

 だけど、こんなに探して無いとなると、誰かが持ち去った可能性もあるのではないかとか。

 

「──火廣金と刀堂も件の2枚について探しているはずだ」

「あいつら……任せるしかない、か」

「そして現代の(ザ・ムーン)のカードは──恐らく消去法的に、ノゾムが以前持っていた白紙のカードの可能性が高いだろう。こちらを覚醒させる線でも試してみよう」

 

 幸い、教皇(ハイエロファント)のカードがこちらの手元にある。

 残るカードは世界(ザ・ワールド)太陽(サン)、そして(ザ・ムーン)

 現代では溶岩の中にあるが故に回収不可能の太陽(サン)以外の2つは──何とかなりそうだ。

 

「……ともあれ、先ずは幽世の門にいかなきゃ始まらねえってか」

「やるべきことは分かりました。残りの3枚のカードを、アマツミカボシが来るまでそろえるべきです」

「でも時間はあまりねえな。ワイルドカードの氾濫が起こったのは4月1日……この日までに、カードを揃えないと──」

 

 

 

「おいっ、何だあれ!?」

 

 

 

 誰かがそう言った。

 俺達の視線は車窓に向く。

 ぞくり、と肌が粟立った。

 車両に乗っていた全員が、いや──この日、誰もがそれを目撃していただろう。

 

「……おい、ちょっと待てよ」

 

 俺は呟く。 

 今は──3月20日。

 まだ、あの日まで10日以上あるというのに。

 

 

 

 

 昼の星一つない空に、一筋の彗星が現れる。

 

 

 

 それが──青い空を赤く切り裂いた──

 

 

 

 

「……始まった……!」

 

 

 

 

 アカリの言葉が、その場に居た全員を戦慄させた。

 

 

 

 

 ──俺達の、神々との最後の戦いが幕を開けた。

 

 歴史上のそれよりも遥かに早く──それは降臨しようとしていたのである。

 

 

 

 

 まつろわぬ星の神──アマツミカボシが。




──次回。
G・レジスター編最終章「ゴッド・レジスター篇」開始!! デュエル・マスターズWildCardsの軌跡、最後まで見逃すな!!


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最終章:ゴッド・レジスター編
GR104話:出発


 ──天の裂け目。

 その速報は、すぐさま世界を駆け巡ることとなった──表のニュースでも、そして魔導司達の裏のニュースでも。

 降り落ちた彗星は空を切り裂き、次元の穴を生み出したのである。

 あらゆる天体学者がこの裂け目について論じたが、何かが分かる訳がない。

 否、分かるはずもないのである。

 なぜならば、この天の裂け目は悪神が出づるための前触れでしかない。

 もう三日もすれば──中からは、真なる神類種が姿を現すこと請け合いである。

 太陽を凌ぎ、月さえもかすませる明るき零等星。

 司るは明けの明星。

 その名は天津甕星(アマツミカボシ)──神類種としての名は《明星神類 アマツミカボシ》。

 暴れ神の異名が相応しい、まつろわぬ悪神であった。

 鬼の頭領など、歯牙にもかけないほどに強大な神。

 その所以は──自らが星そのものであるが故。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──全魔導師団に通告ッ!! 全組織は、正体不明の裂け目に厳重警戒せよッ!!」

 

 

 

 ──アルカナ研究会でも、この事態は大きく騒がれていた。

 ここまで大事に至るのは恐らくDGの事件以来だろう。

 無理もない。空に裂け目という表面的な出来事のみならず、既に大気中の魔力が急激に増加しているという異常事態も発生しているのだから。

 それは、クリーチャーが実体化して暴れ出すという土壌が既に出来上がっているという事を意味しているのである。

 

「ギリシャのアテネに、突如大型のエンジェル・コマンド、デーモン・コマンドが多数発生ッ!! それを率いている高魔力生命体も確認ッ!!」

「こっちはインドのムンバイ!! ジャイアントに加え、正体不明の巨大ドラゴンが多数発生!! 今は幽体状態ですが、これらがもしも実体化すれば都市部への被害は甚大、免れません!!」

「日本──京都に高魔力反応ッ!! これは……鬼ではなく、ムートピア!? 海中から多数のムートピアが出現していますッ!!」

 

 それだけではなく、世界各地で既に実体化間近のクリーチャーが大量に現れているという報告が出ている。

 だが、大きく核となっているのはやはりアテネ、ムンバイ、京都の三都市。

 この3つに恐ろしく巨大な何かが出現している。

 しかし、ただのクリーチャーと言う秤では測ることなど到底出来はしない魔力を有するそれらは、クリーチャーを率いて目的不明の進軍を続けている。

 今でこそ実体を伴っていないクリーチャー達だが、もしも実体を得た時が最後。人間の文明は終焉を迎える、と魔導司達は結論を出した。

 

「ッ……どうなってやがんだよ……!?」

 

 トリス・メギスは蒼褪めた顔で叫ぶ。

 何が起こっているのか全く分からない。

 あの小娘──アカリが言っていた世界が破滅する日が急に訪れたというのか。

 

「……ありゃクリーチャーなんてもんじゃない……ッ神の類だ……!! あれだけの数のクリーチャーを率いられるのは、それだけで単体の魔力が臨界状態に達しているということ……ッ!」

「……神類種、か」

「ッ……ファウスト!?」

「……彼らの言っていたことが分かった気がする。我々の敵は……神に比類する者達だ」

 

 ファウストはローブをキュッ、と握り締めた。

 大魔導司である彼女でさえも、少なからず怯えを隠せなかった。

 それほどまでに突如、敵は大軍を成して現れたのである。

 しかし。それでも──

 

「……相手が神であるからと言って、それが諦める理由にはならないッ!! 各員、奮戦せよッ!!」

「……ファウスト」

「そうやって鼓舞するのが、君の仕事だ。トリス──今は君が、アルカナ研究会の長なのだから」

「……ああ、そうだったな」

 

 トリスは画面を見やる。

 この状況を打開しようと、既に彼らも動いているはずだ。

 エリアフォースカードを持った、いけ好かない彼らが──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──状況を整理しよう」

 

 

 

 ──鶺鴒学園の一角にて。

 耀達は、魔導司達と共有された情報を元に最後の作戦を立てつつあった。

 

「アマツミカボシは裂け目が現れてから三日で本体を現す……というのが現時点での魔導司達の見解だ」

「三日、というのに根拠が?」

 

 紫月の問いに、黒鳥は力強く頷いて返す。

 

「裂け目の魔力が現時点では一定の割合で増加している。それが臨界状態に達した時、奴は時空を裂いて顕現するだろうとのことだ」

「……やはり歴史通り、三日がタイムラインか」

「その前に白銀達には残りのエリアフォースカードを集めて貰わなければならない」

「千里眼の持ち主……ククリを探す。せんすいカンちゃんの力で、幽世の門に俺達が潜る」

「メンバーは──言うまでもない、か」

「はい! 私とおじいちゃんで行きます!」

 

 ──先ずはAグループ。

 世界(ザ・ワールド)のカードを探しに行く捜索班。

 俺とアカリの2人だ。

 どの道、せんすいカンちゃんもあまり人を乗せすぎるとキャパオーバーになってしまうし、これくらいが丁度良いだろうとのこと。

 

「そして、現在──アルカナ研究会からの報告によれば、世界各地にクリーチャーが大量発生している。そのうち、3つの地点で大きな魔力の核が産まれている。そこにエリアフォースカードが関わっている可能性も否定出来ない」

「……残りのメンバーで、その調査……ですね」

「ああ。一先ず、京都の方には──火廣金と刀堂が既に向かっている。後は、京都の鬼術勢力と協力してくれるだろう」

 

 ──Bグループは京都に向かう組。

 図らずも伊勢に居た二人が向かってくれた。

 

「となると残りの地点は?」

「……インドとギリシャだ」

「……」

「……」

 

 全員は押し黙った。

 遠い。遠すぎる。

 片やヨーロッパ、片やアジア。

 それにしても何でこんなに離れてるんだ。

 いや、魔導司の飛行艇があるから、それを使えば割と早めに着くらしいんだけど……遠すぎるぞ。

 

「気が遠くなるような場所デスね……」

「そして残るメンバーが桑原、或瀬、翠月、紫月……そして僕、か」

「俺がギリシャに行くぜ」

 

 手をあげたのは──桑原先輩だ。

 

「一回、生のアテネを見てみたくってな。あそこは良い彫刻や遺跡が沢山ある」

「もう、観光気分じゃないですか! 事は一刻を争うと言うのに!」

「……たりめーだよ。これは恐らく前哨戦。アマツミカボシが来るまでの、な」

 

 憤慨する翠月に、桑原先輩はこの程度ではまだ慄くには早いと言う。

 確かに──本番は、アマツミカボシが降り立ってから、だ。

 

「──だけど、クリーチャーに俺達の世界を好き勝手されるのは気に食わねえ。だから──全力で潰すぜ」

「……桑原先輩ったら」

「どうした? 怖気づいたかよ、翠月」

「……なら、私も着いていきます!」

 

 ──チームC。桑原先輩と翠月さん。

 目的地はギリシャのアテネ。そこまでは飛行艇での移動となる。

 

「2人組にすると、手薄になるのは免れないが……」

「ガイアハザード2騎が居るんだ。戦力が手薄とは言わせねえよ。黒鳥さんは──インドの方に」

「……分かった。では、紫月、ブラン。二人が僕と一緒のチームだ」

「Yes!! 任せてくだサイ!!」

「……師匠、お供します」

 

 ──チームD。黒鳥さんと紫月、ブランの3人組。

 こうして、チームは4つに分かたれた。

 

 

 

「……これが、最後の戦いになる──」

 

 

 

 黒鳥さんが、呟いた。 

 確かにそうであってほしい、と願う俺も居る。だけど。

 

「でも、これが最期の日じゃない、でしょ? 黒鳥さん」

「……ああ。頼むぞ白銀」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──間もなく。 

 2機の飛行艇が鶺鴒に現れた。

 これから俺達は3手に別れ、星の神に対抗するための戦いに出る。

 戻って来れるだろうか?

 そんな一抹の不安を抱く俺達。

 だけど、その手には切札を。

 傍には仲間を手にしている。

 だから、負けるつもりはない。これは、未来を変えるための最後の戦いなのだから。

 

「──白銀先輩っ」

 

 出発、十分前という時になって。

 紫月が俺の方に駆け寄って来た。

 

「……試してないループデッキがあるんです。帰ってきたら、その実験台に」

「待てや紫月さんや!?」

「……何かおかしかったですか?」

 

 ……この雰囲気で言うことじゃなかったよな!?  

 いや、まあ、彼女らしいと言えばらしいんだけど──

 

「ったく、本当にブレないなお前は……」

「……ブレないままじゃなきゃ、やってられないですよ」

「……そっか」

「だから、先輩。絶対に──帰ってきてください」

「へっ、それはこっちのセリフだ」

 

 本当ならば、ずっと一緒が良かったに違いない。彼女もそうだろう。

 だけど。それだと、きっと互いに庇い合ってしまうから。 

 互いに甘えてしまうのを知っているから。

 だから──この戦いの果ての日常に俺達は全てを託す。

 

 

 

 

「──なーに辛気臭い感じにしてるんデスか!」

「「どわあい!?」」

 

 

 

 間を裂くように──突っ込んできたのはブランだ。

 ったくコイツもコイツで空気を読めないというか、何というか……。

 

「あっれれー、もしかしてお楽しみ中デシタ?」

「帰れバカ!! いや、さっさと行け!!」

「私、シヅクと同じチームデスからネ~!」

「ったくムカつくな……」

「あはは……」

 

 再び集まる3人組。

 この時を駆ける戦いが始まった時。こうして3人でまた集まれる時が来るのがとても恋しかった。

 そして、もっと言えば──ワイルドカードを巡る戦いが始まった時、この3人でこんな戦いに巻き込まれるだなんて思わなかった。

 それが波紋を広げるように多くの人に広がって行って──今はこうして、未来を変えるための最後の戦いに挑もうとしている。

 

「なあブラン」

「ハイ?」

「……あんがとな。此処まで付き合ってくれてさ」

「な、何デスカ、アカル! 今際の別れじゃないんデスから! それに、まだ何も終わってないデス!」

「紫月も。俺を……受け入れてくれて。俺を……信じてくれて、ありがとう」

「……改めて言われるとむずがゆいです」

「……俺、やっぱお前らが居なきゃダメだったんだなーってのが……分かったんだよ。今回の戦いでさ」

 

 ああ、やっぱり。

 俺達はデュエマ部なんだ。

 何処まで行っても──

 

「……火廣金の奴が居てくれれば、もっと良かったけどな」

「……きっと、ヒイロも同じこと思ってるデスよ」

「だと良いけどな」

 

 もう、負い目なんて感じていない。

 俺達は──此処まで自分達の力で立ち、戦ってきた。

 

「ふふん、我らの事を忘れても困るでありますよ!!」

「ったく、うちの部長サマは辛気臭くて困るぜ!!」

「そうじゃのう。これが最期ではないのだからの」

 

 飛び出すチョートッQ。シャークウガ。サッヴァーク。

 そうだ。

 コイツ等も含めて、デュエマ部──か。

 

「行くぞ、デュエマ部!!」

「おーっ、です!」

「Yes! 張り切っていきマショーッ!!」

 

 俺達は手を重ねる。

 その場に居ない一人の重みを感じながら。

 それぞれの無事を祈るのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──タイムダイバー、起動ッ!! (スター)、エンゲージ!」

「……アカリ、頼むぜ。いよいよ世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカードの場所を拝む時だ!」

「はいっ! 此処まで……本当に長かったですからね!」

 

 タイムダイバーは、深海を超速で潜行する。

 かつて封じられた幽世の門の座標を目掛けて、そのまま潜るのみだ。

 その先に潜む神──ククリが示すエリアフォースカードの場所を聞き、必ず回収しなければならない。

 

「しかし幽世の門、ですか……」

「かつて、ロードが魔力を大量に供給する為に開いた場所だ。そこから、サッヴァークをたくさん呼び出した」

「複製品、ですか」

「そんな感じだな。一歩間違ったら世界は終わってた」

「……お爺ちゃんが居なかったら、人類何度か滅んでないですか?」

「……ゾッとしねえな」

 

 あの事件以降、幽世の門は封じられ、再び海の底に沈んでいたと聞いていた。

 まさか幽世の門が比喩でも何でも無く、本当に異界への道とは思わなかったのであるが。

 

「お爺ちゃんの今までの戦い……本当に険しいものだったんですね」

「考えてみればみるほどそうだ……何で戦えてたんだろう、って思えるくらいだ」

 

 まあ、理由なんて考えるまでも無い。

 きっとあの頃の日常を取り戻したいから、の一言に尽きる。

 デュエマがただのゲームだったあの頃に戻す。

 仲間と笑い合える日常に戻す。それだけなんだけどな。

 

「まあどうせ諦めたらゲームオーバーだったんだ。俺は後悔していない。これからも……突き進むだけだ」

「……そう、ですか」

 

 アカリは笑みを浮かべた。

 

「……私も、お爺ちゃんの進む道を応援します」

「アカリ?」

「お爺ちゃんの進む道に、私は……残り続けるから」

 

 こいつ──まさか。

 いや、未来を変えるって言っていた時点で分かり切っていたはずだった。

 これが最後とコイツも分かっているんだ。

 未来を変えると言う事は、白銀朱莉という存在も消失することを──彼女が分かっていないはずがない。

 

「お前は──」

「此処まで来たのを、無駄にするつもりですか?」

「……ッ」

「私は……覚悟を決めて、この時代に来ましたから」

 

 だから、最後まで……一緒に居てください。

 朱莉はそう言っていた。

 

「……視えました! 幽世の門──ッ!」

「……って、なんかアレ開いてねえか?」

 

 話によると、封印されたと聞いていたんだけど──

 

 

 

 ──開いている。

 

 

 

 幽世の門が──ッ!!

 

 

 

 

「うわあああ、マスター!! ヤバいよヤバいよ!! 引きずり込まれるーッ!?」

 

 

 

 せんすいカンちゃんが叫んだ時にはもう遅く。

 

「おいッ!? これコントロール効いてないんじゃねえか!?」

「……ヤバいですね! 諸々の機能がマヒしてます」

「ウッソだろオイ!? じゃあこのパターンって、まさか──」

 

 機体が、地の底へと引きずり込まれていく。

 そして、その先は重力など知った事あるかと言わんばかりに俺達はコクピットの中でミキサーにかけられたかのようにかき混ぜられ──

 

 

 

 

「あばばばばばばばおろろろろろろろろろろろろ」

「マスタァァァァーッ!?」

 

 

 

 

 ──いやあ、死ぬかと思ったね。

 恐らく最初の時間航海以来かもしれない。

 なんせかき混ぜられ過ぎてバターになるかと思ったわけだしさ。

 え? アカリ? しっかり自分だけシートベルト付けてたよ……。

 まさにこれが台無しって奴だ。

 

「うえ、ッげほっ、この流れも久方ぶりじゃねえか……」

「……」

「……アカリ? どうしたんだ?」

「……来たん、ですね」

「……うん、感じるよ、マスター」

 

 (スター)のカードが反応している。

 俺達は急ぐようにして、タイムダイバーを降りた。

 周辺には酸素はあるようで、生身で活動するのは問題ない──ってか、最早物理法則などあてにならない異空間らしいとは聞いていた。

 聞いていたのだが──

 

「……何だ此処」

 

 ──俺は言葉を失った。

 

 

 

 幽世の先。裏の世界。

 そこに広がっていたのは──山。

 幾つもの鳥居、そして宮が乱立する集落。

 神を祀るために存在するかのような場所だ。

 

 

 

「……この先に居るんだな。神類種が──」



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GR105話:神々の都

 ※※※

 

 

 

「美美美美美!! 美美美美美美美!! 美美美美美-ッッッ!!」

 

 

 

 ──京都にて。

 

 

 

 

「……何や、こりゃ……!?」

 

 

 

 

 ──既に空は暗雲に包まれており、京都の中は充満したマナによって多数のクリーチャーが湧きだしていた。

 そして、そのマナの中央に座すのは──

 

 

 

 

「美ーッ!! 美美美美美美美ーッッッ!!」

 

 

 

 ……何だコイツ。何なんだコイツ。

 そんな怪訝な視線を矢継ハヤテは向ける。

 鬼退治が終わったかと思えばコレである。

 殺生石を封じ、モモダチ達も京都にシステムとして還った。

 それから平穏は1日も持たなかったのである。

 

(あかん……ワシ一人じゃどうにもあらへ──いやコイツ何やねん、ほんまけったいな……)

 

 鳥だ。全身が赤い水晶に覆われ、更に身体が燃えているデカい鳥である。

 妖怪? というよりクリーチャー? 否、クリーチャーには違いないのであるが、やたらとデカく、そして派手な極彩色を放つ巨大な鳥が飛びまわっている。

 そして鳥の撒き散らす羽根が触れた場所から、次々の京都の町の空間が塗り替えられていく。

 逃げ惑う人々に羽根が触れると──クリーチャーへと変えられていく。

 海鮮物のクリーチャー・ムートピア達。

 しかし、それらは皆、劇団員のようなシルクハットやスーツ、ステッキを身に着けている。

 

(こ、こいつ、アカン……ッ!! ふざけとるように見えて、人間だけやない、京都っちゅー街の空間自体に干渉しとる……ッ!! 自分達の配下を増やすために……ッ!!)

 

「美美美美美美ッ!! 美美ッと来たわ!! この街、美しいわね!! だから私がもっと美しくしてあげる!!」

「余計なお世話やっちゅーねん!! 何やねんアンタ!!」

「美美ィ!? このアタクシに向かって、文句をつけるなんて、アナタ、美意識が足りてないわねッ!! このアタクシが美美ッとオシオキしてあげるわ!! 美ー美美美美美ッ!!」

 

 言った鳥の羽が周囲を舞う。

 触れれば矢継も、周囲の人々のようにクリーチャーとなってしまうだろう。

 だが、彼とて何度も怪異に立ち向かって来た身。

 思わず矢継は叫び、1枚のカードを掲げる。

 

「ダイナボルトォッ!!」

 

 彼の呼びかけに応じ、神速の龍・ダイナボルトが拳を放つ。

 羽根は矢継に到達する前に全て撃ち落とされていった。

 

「美美ィッ! 良いわねッ!! 美しいわッ!! 美美ッと来たわーッ!! アナタ、私の舞台の登場人物にならないッ!? きっと良い端役になれるわよ!!」

「って端役かい!! 評価しとるんか厳しいんかハッキリせい!! 劇団の団長気取るなら……名を名乗れ名をッ!!」

「美ー美美美美美ッ!! 良いわねノリツッコミ!! ガヤくらいに昇格させてあげるわよッ!!」

  

 言った神鳥は羽根を広げるなり高らかに名乗る。

 

 

 

 

「──我が名は”鳳凰”ッ!! 《彩神類ホウオウ》ッ!! 末法の世を美で埋め尽くす為に美美ッと降臨したわーッ!!」

「オマエみたいなんが鳳凰を名乗るなやーッ!!」

 

 

 

 

 ダイナボルトの神速の拳が鳳凰を目掛けて何度も放たれる。

 それは確かに鳳凰の身体を穴だらけにした──しかし。

 

「美ー美美美美美美ッ!! 不死鳥を殺そうだなんて、思わないことねッ!! 美美ッ!!」

「げぇっ!?」

 

 まさに不死身。

 再びその身体は燃え上がり、復活してしまう。

 神を名乗るだけのことはある。簡単には恐らく倒せないだろう。

 そうこうしている間に、次々に人々はクリーチャーへと変えられていき、矢継に襲い掛かってくる。

 

 

 

「波濤万里の大号令ッ!!」

 

 

 

 ──刹那。

 轟砲が周囲に届く。

 現れたのは──蛙の轟脚を持つ水獅子。

 そして当然、その傍らにいるのは──小さな巫女の少女。

 

「──メイちゃんッ!?」

「助けに来たよ──ハヤテ!」

「ッ……なしてこんな危ない所に来たんや!! 早よ力の座に帰れッ!!」

「ハァ!? このいけずッ!! そんな事言うてはる場合と違うやん! なしてそんなこと言うん!?」

「美美ッ!! 熱い友愛じゃないッ!! ならば、この京都大劇場の彩になるが良いわッ!! 美美美美美ーッ!!」

「ハッ、オマエは此処でワシが倒すッ!! メイちゃん、取り巻きは頼んだでッ!!」

「合点ッ! うちに任しといてッ!」

 

 言い合っていたのも束の間。

 矢継はダイナボルトに飛び乗って鳳凰に向かって一直線に進み、メイはマニフェストの号砲で活路を切り開いていく。

 そして、ダイナボルトはすぐさま鳳凰に到達した──はずだった。

 

 

 

 

「ッ!?」

 

 

 

 

 矢継は、気が付けば元の場所に戻っていた。

 鳳凰は──未だに拳も受けずにその場に鎮座している。

 

(ア、アホなッ……!? ワシは確かにあの鳥野郎の所に辿り着いたはずッ……!?)

 

「ハヤテ!? なしてこんな所に居るんッ!?」

「ワ、ワシが聞きたいわアホッ!! もう一回行くでッ!!」

 

 再びダイナボルトで突貫する矢継。

 しかし──

 

 

 

「はァッ!?」

 

 

 

 ──気が付けば、またメイの隣に戻ってきてしまっている。

 

(な、何や、どうなっとるんや……!? 位相が変異させられた……!? でも、これは……!?)

 

「美美美美美ッ!! アナタたちでは一生、アタクシに辿り着くことは出来ない。一生涯懸けても、ね!」

「ッ……何やとォ……!?」

「美美ッ!! 無駄よ、無駄無駄ッ!! アナタの拳の重さはもう分かった。アナタたちはアタクシには指一本触れる事が出来ないわッ!!」

 

 ──再び元の場所に戻ってしまっている。

 これではデュエルに持ち込む事すらできない。

 

「それでは……美美ッと本気を見せてあげるわ──ッ!!」

 

 次の瞬間。

 京都の町は──大劇場へと塗り替えられていく。

 そして、矢継とメイ目掛けて無数の羽根が襲い掛かる──

 

「クソッ、撃ち落とせダイナボルト──ッ!!」

「跳ね返してマニフェストーッ!!」

「美美美美美ッ!!」

 

 矢継は──気が付いた。

 ダイナボルトの拳が──届いていない。

 マニフェストが、口を開けられていない。

 やはり、あの鳳凰が何かしらの干渉をしているのだ。

 

 

 

 

「──美美美美美ッ!! アナタたちはアタクシの劇団員として、一生踊り続けるのよッ!! アタクシの書いた崇高なる大導劇を賛美しなさいなァァァーッ!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──インド、ムンバイは暗雲に包まれていた。

 既に周囲からは観測できないその都市の内部がクリーチャーが棟梁跋扈していることは誰の眼にも明らかであった。

 飛行艇で降りるのは危険なため、3人はサッヴァークに乗って都市部へ降りたのであるが──

 

「ッ……文字通りの樹海獄、というわけか……!」

「……これは」

 

 ビルには、巨大な蔓が何重にも巻き付いており、既に周囲に人の影はない。

 

「もし、クリーチャーに憑りつかれた人がいるならば、早期に原因を断たねばならん。さもなくば、元に戻らなくなるからな」

「でもインドの人口って確か……40億くらいデスよね!? そんなにたくさんデュエル出来ないデスよ!!」

「インドの人口はそんなに多くないです」

 

 紫月の至極真っ当なツッコミが入る。

 ムンバイの人口は東京と同等なので、十二分に多いのであるが。

 しかし、辺りを見回しても人の影は見当たらない。

 ビルを覆い尽くす程に巨大な蔓と樹木。

 「何か」があったのは確かだった。

 

「サッヴァーク、この辺りの事、何か分かるデス?」

「……ひとつだけ言えることがある。この都市の全域が、既に何者かによって結界が貼られておるわ」

「つまり、クリーチャーの生育しやすい環境に書き換えられているということか」

「それともう一つ。あの樹木……あんまり直視しねえほうが良いかもな」

「デース? でも近付かないとよく分からないデスよ」

「俺様は警告したぜ」

 

 シャークウガが親指で樹木を指す。

 サッヴァークに乗ったまま近付いてみると──パッと見ただけでは幾つもの蔓が絡まったような表面でしかない。

 しかし。何か嫌なものを感じ取ったのだろう。

 サッヴァークはすかさず、目の前の蔓を──爪で抉り取った。

 

「ッ……!!」

 

 浅黒い色が見え、紫月達は肌が粟立った。

 植物らしからぬ表面。

 思わずサッヴァークは更に蔓を引きちぎる。

 そこから──痩せ衰えた人の顔が現れた。

 

「なッ……!!」

「……だから言ったろ。直視しねえほうが良いってな」

「何言ってるデスか!! さっさと引き剥がさないと──」

「やめときな! ……この樹木の中には同じような人間が何百、何千人も捕らえられていると考えて良いだろうよ。この樹木自体が恐ろしいマナの塊だ。簡単に人質を放してくれねえ上に……数があまりにも多すぎる」

「……元凶を断つしかない、というわけだな」

「そういうこった」

 

 とはいえ、この数、そしてこの無数の樹木に捕らえられた人々を全員助けられるかどうかは──大きな疑問すら残る。

 

「しかし、どうしてこんなことを……一体誰が……!?」

「ど、どうにかして助けられないデスか!?」

「……敵が分からないことには、何とも……」

「……悍ましいヤツだ」

 

 何が目的か?

 推測に過ぎないが、恐らくこのムンバイという都市そのものを敵は養分にしようとしている。

 そこに住まう人を、そして大地を。全て枯れ尽くすまで吸い取り続けるのだろう。

 そんな事が出来るのは、クリーチャーなどという一存在ではない。

 神も恐れぬ所業が出来るのは──命知らずか神のみだ。

 

「……たかだか1日もしないうちに、こんな事に……ッ!! これが、神のやる事か!?」

 

 

 

 

「ゴ、ォッォ……!!」

 

 

 

 

 ──その時だった。

 樹木が──突如、動き出す。

 

「いかんッ!! 離れるぞッ!!」

「はいデース!?」

「一体何が!?」

 

 めき、めきめき、と重い音を立てて、全長100m以上は超えるであろう樹木が姿かたちを変え始めた。

 その頂点はまるで龍のように首を持たれ始め、空を飛ぶサッヴァークに狙いを定めて睨みつける。

 それは巨大なクリーチャー。 

 あまりにも多すぎる人数の人々の生きた魂を吸収して実体化した、一つのワイルドカードである──

 

「じょ、冗談デショーッ!?」

「あまりにも巨大すぎます!? 魔力も、質量も!!」

「何だあれは……どうすれば良いのだ!?」

 

 しかも、一つや二つではない。

 ムンバイのビルに絡みついていた樹木は次々に動き始め、龍へと姿を変えていく。

 

「ドラゴンッ……ひたすらに巨大な樹木のドラゴンじゃ……ッ!!」

「スケールがデカすぎる……!! こんなもんを従えてるのは、一体何処のどいつだってんだよ!?」

「ッ……樹木は合計で……10本……!! 全員を相手取るにはあまりにも戦力が足りなさ過ぎます!!」

「いったん、空に逃げるデスか!?」

「いや、それも無理そうだな──ッ!!」

 

 黒鳥が指差した方向には──飛空艇が見えていた。

 尚。

 その機体は既に、無惨にも龍の樹に飲み込まれていたが──

 

「逃げ場を封じられたデース!?」

「天にも届く高さ、というわけか……!!」

「やはり大本となるクリーチャーを倒して、この事態そのものを止めるしかありません!!」

 

 問題は──その大本が未だに全く見えてこない事であるが。

 

「そのためには──真っ向勝負でケリを付けます!!」

「ッ……やるしかない、デスね!」

 

 ブランと紫月はエリアフォースカードを掲げる。

 そして、立ち塞がる龍の樹達相手に空間を展開するのであった──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──暗いッ……!? どうなってるのよ……!?」

 

 

 

 ──ギリシャ、アテネにて。

 守護神アテナの名を冠するこの城塞都市は、すっかり夜に包まれていた。

 本来ならば、まだ日が出ている時間にも関わらず、空は真っ暗──いや、真っ黒。

 そして異様に巨大な月が空を照らしている。

 

「クッソが!! これじゃあアクロポリス──パルテノン神殿が鎮座している小高い丘の意──がよく見えねえじゃねえか!!」

「……こ、この人は本当に……」

 

 飛行艇から降りた彼らは、月光が照らす街を歩く。

 影が、くっきりと自分達を映し出していた。

 

「つか、街の中に人がいないの……おかしくねーか?」

「異変を感じ取って、皆家にいるのでしょうか?」

「……いや、これは──」

 

 その時、桑原は気付く。

 翠月の身体が──ゆっくりと、街の地面の中を沈んでいるということに。

 

「ッ……オイ翠月!!」

「ひゃいっ!?」

「走れッ!」

 

 すぐさま彼女の手を取り、桑原は走り出す。

 見ると、翠月の足元の影から無数の手が伸びていた。

 そして、桑原の足元も──影の手に掴まれている。

 

(引きずり込まれるッ……!!)

 

「QXッ!!」

「やれやれ、世話が焼ける!!」

 

 すぐさま、QXは二人の身体を影から掬い取り──空中へと攫った。

 だが、未だに影からは手が何本も伸びてきている。

 これで確信できた。アテネの住民は引き籠っているのではない。

 外に居た者は皆──影の中に引きずり込まれたのだ。

 そして、敵は影の中から襲ってくる。

 

「このままじゃあ、敵に一方的に攻撃されるだけじゃねえか!?」

「……ねえ、桑原先輩。街の中にも全くクリーチャーが居ませんよね」

「あ、ああ、だから何だ!? 敵は影の中に──まさか」

「……敵は多分、影の中に潜んでいるなら、その大本も……」

 

 桑原の顔がサッと蒼褪めた。

 分かる。

 分かり切っていた事だ。

 敵が影から一方的に近付いてくるなら、いっそのことこちらから影を目掛けて叩きに行けば良いのではないか? と。

 しかし、それは敵の本拠地にむざむざ突っ込んでいくようなものだ。

 あまりにも危険すぎる。

 

「お前、自分が何言ってるか分かって──ッ!!」

「私は桑原先輩に守られるだけの女の子じゃないッ!!」

「ッ……!」

「言ったはずです!! 私は覚悟したんです。先輩や、皆の辛い事を……私も背負うんだって!! 私も、先輩を守るんだ、って!!」

「……翠月」

「だから、置いていって欲しくなかった!! 私は……先輩と一緒に、強くなりたかった、のに……!」

 

 涙声で彼女は言った。

 それほどまでに、あの一件を──翠月は抱え込んでいた。

 

 

 

 その時。

 

 

 

「──ッ!!」

 

 

 

 

 突如。

 閃光が周囲を照らす。

 それと共に、地面が抉れ、建物に穴が開く。

 辛うじて躱したものの──QXの羽根が焼け焦げており、地面へ墜落していく。

 

「QX!? オイ!! QXッ!!」

「がっはっ……やりおるわ……ッ! 何処の誰だか知らぬが……!!」

 

(危なかった……ッ! 風のガイアハザードの権能が無ければ、今頃全員串刺し……ッ! 妾を捉えるとは、尋常ではない……ッ!!)

 

 

 

 

「座標確認。”虫けら”を3匹目標として設定。誤差修正……」

 

 

 

 桑原と翠月の視線は天へ向かう。

 

 

 月を背後にして、羽根を広げた白い布切れを見に纏った女性が無機質に呟いた。

 しかし。女性の首から上は無い。

 燦然と暗闇で輝き続ける月の如き球体が頭部の代わりに浮かび上がっており、一目で人間ではないと察せられた。

 その手には身の丈もあろうかという巨大な弓矢が握られている。

 

「しかし、挨拶も無しに撃ち放ったのは聊か無礼だったと判断」

「あァん!? 撃った後に言うかそれは!!」

 

 激昂する桑原のことなど意にも介さず、それは告げる。

 

 

 

 

「人間流に”挨拶”するならば──神聖なるアテネへようこそ。《月天神類 アルテミス》が貴方達の相手をしましょう」

 

 

 

 アルテミス──月の女神は冷徹に宣戦布告するのだった。



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GR106話:彩神類─鳳凰の権能

 ※※※

 

 

 

 

「ごっ、えほっ、がふっ……!」

 

 

 

 ──矢継とメイは、鳳凰を前にして倒れ伏せていた。

 デュエルに持ち込むことさえ出来ない。

 具現化したクリーチャー達は皆、地に伏せてしまった。 

 最早これまで。動くことさえ叶わない。

 

 

 

「美美美美美! この程度かしらねえ、人間! 全く張り合いがないじゃあないの!?」

 

 

 

「……ウソ、やろ……これが、神類種……!」

「は、やてぇ……! い、痛い……!」

 

 羽根が全身に突き刺さり、赤い水が溢れ出ている。

 最早、互いにまともに動ける状態ではない。

 しかしそれでも、一つだけ手があるならば。

 全滅ではなく、どちらかが助かる手段があるならば。

 

「メイちゃん……先に逃げい」

「ッ……!?」

 

 メイは絶句した。

 矢継の手には《ダイナボルト》のカードが握られている。

 それで彼が何をしようとしているのかは明白だった。

 最後の力で《ダイナボルト》を顕現させ、音速で京都からメイだけを離脱させる。

 しかしそれでは、矢継が無防備になることは火を見るよりも明らかであった。

 

「……で、でもっ、そんなことしたら──」

「分かっとるわ、ンな事──」

「イヤや! うちだって神力の使い手や! 最後までハヤテと戦う!」

「アホか! お前自分の事分かっとるんか!? 脚が……!」

 

 メイのアキレス腱には既に何枚もの羽根が刺さっている。

 それに込められた火の魔力が、体の内側から彼女を焼いているのだ。

 泣きそうな表情を食いしばっている彼女が、激痛に耐えているのはハヤテには視ていられなかった。

 それに──

 

「……安心せい、俺も後で追いつく」

「ッ……ハヤテッ……!?」

 

 彼が神力を極めたのは、デュエルを極めたのは、決して家の面子や京都のためではない。

 ただ、唯一人の少女を守りたかった。それだけだ。

 

(俺が死んだら、泣くんやろなあ、メイちゃん……でもなあ)

 

 

 

「──男の子に産まれたなら……好きな子だけは守らなあかんやろッ!!」

 

 

 刹那。

 密かに隠し持っていた《ダイナボルト》のカードが光った──

 

 

 

 

 ──はずだった。

 

 

 

 

 

 

「さあて、どちらから早贄にしてやろうかしらねえええ、美美美美美ッ!!」

「ッ……!」

 

 

 

 ハヤテは言葉を失った。

 予備動作も何も無かったはずだ。

 羽根が飛んでくる様子すらなかった。

 にも拘らず──《ダイナボルト》のカードは羽根に刺し貫かれ、その色を失っていた。

 

「何、でや……!?」

「美美美美美!! 私の脚本通りにならないことは全て捻じ曲げられる。それが()()()()()()()の権能!!」

「……どういう、ことや!?」

「アナタ、お芝居を見たことはある?」

「……!」

 

 答える気にもならなかった。

 鳳凰はぐげげっ、と顔を歪めると言った。

 

「この世のお芝居は全て、脚本の通りに進むわよねえ……? アドリブはあれど、作られた話の通りに進行する、逆に言えば──それを逸脱することは許されないってことなのよ」

「……まさか、お前の思い通りにならへんことは全部──」

「そうなる前に私が潰す。私の思い通りに事は進むし、脚本から()()()()と感じれば、その瞬間に歪みを正す。そうであることがその通りに捻じ曲がる──これが神の絶対的なる権能よ!!」

「アホな、ことがあるかいな……!」

 

 全て合点が行った。

 神類種の神類種たる所以、それが鳳凰の云う権能ということ。

 この場では、神の思い通りにならないことは全て捻じ曲がる。

 それが劇場の神である鳳凰の力。

 

「アナタ今、此処から彼女だけ逃がそうとしたわよね? でも、それは……ワタクシの美学に反するわ! 愛し合う者同士は同じ場所で同じ時間に、死ぬのよッ!! それが私の脚本ね!!」

「この、野郎……ッうぐっ」

 

 次の瞬間。

 矢継の喉に1枚の羽根が突き刺さる。

 彼は斃れ伏せ、咳き込んだ。

 

「ごぉっ、ほっ、ぐっ──ぎっ」

「はっ、ハヤテ!! ハヤテェェェーッ!!」

 

 メイが駆け寄り、羽根を抜こうとする。しかし。

 すぐに彼の顔は青くなっていく。

 

「に、逃げ、メイ、ちゃ──」

「だっ、ダメや!! あかん!! 死んだら、死んだらあかんよ、ハヤテ!! ハヤテぇ……!!」

 

 

 

「美美美美美!! 良い構図ね!! このまま二人共、綺麗な羽根のオブジェにしてやるわァァァーッ!!」

 

 

 

 鳳凰の周囲に極彩色の羽根が浮かび上がり、舞い踊る。

 もう駄目だ、とメイがハヤテを抱きしめた。

 

「っ……ごめんなあ、ハヤテ……うち、うち……何も、出来へんかった……」

「メイ、ちゃ……」

「うち、一緒におるから……ハヤテ──」

 

 

 

 

「──そこまでだ」

 

 

 

 その時。

 燃える炎の拳が、そして神速の如き太刀が、舞う翼を全て撃ち落としていた。

 メイの目には──

 

「えっ──」

 

 

 

 ──紅い炎を身に纏った魔導司が、そして木刀を携えたポニーテールの少女が、はっきりと映っていた。

 

 

 

「……遅くなって済まない」

「もう、大丈夫だよ!」

 

 

 

 火廣金緋色。

 そして、刀堂花梨。

 戦車のアルカナに認められた二人がその場に立っていた。

 

「ッ……美美美美美!? 何よ貴方達!?」

「アルカナ研究会の魔導司書(ウィザード)・火廣金緋色。貴様を狩る者だ」

 

 髪を掻き上げる火廣金。

 その焼くような視線は──鳳凰に向いていた。

 実体化した《”轟轟轟”ブランド》がバラバラと羽根を宙にばら撒くと、それは灰となって消える。

 

「刀堂花梨、二人を安全な所へ」

「うんっ!」

「ギィッ、貴様!! 人間の分際で──貴方も美しく彩られなさいッ!!」

 

 極彩色の羽根が何枚も火廣金目掛けて飛び掛かる。

 しかし──

 

「効かんッ!!」

 

 一喝と共に、バルガ・ド・ライバーが太刀を振るい、全て焼き切ってしまった。

 その様子に鳳凰は唖然とするしかない。

 

「ワタクシの、権能が……!? この場では、私の脚本に無いことは全て起こらない、はず……!?」

「権能? ああ、()()()()()()()が権能ならば……やはり貴様ら神類種とやらは所詮、神を名乗るクリーチャーでしかない」

「何!?」

「恐らく因果律に作用し、都合の悪いことを打ち消す魔法なのだろうが……戦車のアルカナの力は”突貫”。”前進”。つまり、因果律を捻じ曲げても、ぶち破って突き進む力の事だ!!」

「なぁ!?」

 

 ──アルカナ。

 それは、そもそも魔法に込められた根源の力。

 火廣金と花梨は、片や生まれ持った力で、片やエリアフォースカードの力でその祝福を受けている。

 鳳凰の「捻じ曲げる」力は──ある種、戦車のアルカナとは最も相性が悪いと言っても良い。

 なぜならば、彼らは前に進む。

 障害物があろうと、道がねじ曲がろうと、直進する。

 愚直すぎる程に真っ直ぐな戦車のアルカナの力を宿した者の前では、捻じ曲げの権能などは火廣金の云う通り只の手品でしかない。

 

「例え、失うものがあったとしても、前に進み続ける。守るべき者のために! それが、俺がこの長い旅路で掴み取った真実だ!!」

「美、美美美美美!! 良いでしょう、ならば相手してやるわ!!」

 

 空間が開かれていく。

 ついに、神と魔導司の戦いが始まった。

 花梨は、それを固唾を飲みながら見守るしかない。

 

「二人共! 安全な所へ! 二人は……絶対に死なせないから!」

「っ……刀堂、さん……ハヤテが……!」

「ッ……」

 

 花梨の顔は蒼褪めた。

 矢継の喉に羽根が刺さっている。

 このままでは長くは持たない事は明白だった。

 

(落ち着け! 落ち着けあたし! あたしは……あたしのやるべき事を、やるんだ……ッ!!)

 

 二人を退避させ、矢継を助ける。

 それが──今の花梨に出来る事だ。

 言い聞かせるように、彼女は唱えるのだった。

 決戦に向かう火廣金を見やりながら──

 

 

「大丈夫……大丈夫! 絶対に……生きて、帰るんだ……皆で!」



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GR107話:彩神類─神撃の不死鳥

 ※※※

 

 

 

 ──火廣金と鳳凰のデュエル。

 先攻の鳳凰は火と水のクリーチャーのコストを軽減する《海郷翔天マイギア》を召喚しているのだった。

 一方の火廣金も《チュチュリス》で展開の準備をしている。

 しかし、先手を打ったのは鳳凰だった。

 

 

 

「──さあさあお手を拝借! 現れ出でるは今宵の喜劇の主役、極彩色の翼で飛ぶは──《結晶龍 プロタゴニスト》ッ!!」

 

 

 

 現れたのは──不死鳥の如き翼を広げる水晶の龍。

 その頭には帽子が被られており、全身は結晶の鎧によって固められている。

 毒々しく光る赤と青の極彩を前に火廣金は眉をひそめた。

 

「スピリット・クォーツの……ドラゴン、だと!?」

「このクリーチャーが居る限り、私のビビッドローコストは2軽減されるわッ! 更に、場に他のクリーチャーが要れば《プロタゴニスト》は選ばれないのよッ!」

 

 まあ良い、と火廣金は呟く。

 あれだけ好き勝手な事をしてくれたのだ。

 彼とてむざむざと逃すつもりはない。

 

「いくぞ──各陣戦闘態勢ッ!! 極悪軍隊(バッド・アーミー)の底力を見せつけてやれッ!! オペレーションGRッ!!」

了解(ラジャー)ッ!!』

「──俺は《チュチュリス》でコストを1軽減して、《”極限駆雷(クライマックス)”ブランド》を召喚ッ!」

 

 巨大な大槌を振り回す新たなる姿の《ブランド》が現れる。

 

「超GRゾーンを、アンロック!!」

 

 虚空に開く大穴。 

 そこから、クリーチャーが雪崩れ込んで来る。

 

「──その効果でGR召喚を行い、《ブルンランブル》を場に出す。マナドライブで《マイギア》と強制戦闘を──ッこいつ、パワー3000もあるのか」

「アニキ、これじゃあ自爆ッスよ!!」

「なら、強制戦闘の効果は使わない。俺は残る1マナで《こたつむり》を召喚し、このターンを終了する」

 

 バトルゾーンには一挙に4体ものクリーチャーが並ぶ。

 しかし、火廣金としては仕掛けようにも、仕掛けるための切札が引けていないため攻め込めない、もどかしい盤面だ。

 そして鳳凰はと言えば、既にコスト軽減持ちのクリーチャーを2体も場に並べており、次のターンに何が来るかは分からない状態となっている。

 とはいえ、相手のスピードアタッカーを足止めする《こたつむり》が居るため、少なくとも1ターンは稼げると言えるが──

 

「美美美美美ッ! 甘い! 甘いわね!」

「ッ……何」

「私のターン。ドロー……する時にッ! 《プロタゴニスト》の効果を発動ッ!」

 

 結晶龍の身体が光り輝く。

 それにより、鳳凰の手札が全て入れ替えられていく──

 

「──そして、追加で1枚ドロー……する時、私は引いたカードを見せるわッ!」

 

 その数は3枚。

 カードを引いた時に相手に見せる事で、そのコストでのプレイが可能になるのがビビッドローの特性だ。

 

 

 1枚目──《絶対悪役 ヴィランヒヰル》。

 

 2枚目──《「刹那の美学は爆発だ!!」》。

 

 

 これらは全てビビッドローコストが適用される。

 更にそのコストは、《マイギア》と《プロタゴニスト》によって軽減されている。

 

「視なさいなッ! これが我が戦慄の劇場よッ! 美美美美美ッ!! ビビッドロー!!」

「ッ……来るか」

「ビビッドロー1!! 《ヴィランヒヰル》を召喚し、《こたつむり》とバトルして破壊よッ! 更に私はカードを1枚引くわ──くくく、ビビッドロー持ちの《「見よ、これぞ超科学の神髄なり!」》を見せるわ!」

「……連続でのビビッドローか。不確定ではあるが……こうも連鎖されては手札が……!」

「そうよ! まさに不死鳥の如く私に手札を補給し続けるわ! 更にビビッドロー2!! 《「刹那の美学は爆発だ!!」》で《ブルンランブル》を攻撃不能にし、パワー5000以下の《ブランド》を破壊よッ!」

 

 直後、釣り降ろされていた籠が《ブルンランブル》を閉じ込める。

 そして揺れる籠はそのまま《ブランド》目掛けて飛んで行き押し潰してしまった。

 

「アッ、アニキの新エースが一瞬でェ!?」

「くそっ、面制圧に長けているのか……! 火と水の組み合わせらしいと言えばらしいが……!」

「そして1マナで《「見よ、これぞ超科学の神髄なり!」》を唱えるわ! カードを2枚引くわ! ターンエンド! 美美美美美!」

 

 火廣金は思わず息を呑む。

 2体のクリーチャーが処理され、1体は攻撃不能。更に手札まで増やされてしまった。

 場に突っ立っている《ヴィランヒヰル》も、放っておくことは出来ない。

 そして何より、他にクリーチャーが立っていれば選ばれない《プロタゴニスト》が極めて厄介だ。

 しかし──

 

「俺のターン! 手札を1枚捨て、B・A・D・S、発動! 手札を1枚捨てて、3マナで《“必駆”蛮触礼亞》を唱える。そして効果で《龍星装者”B-我”ライザ》を出撃ッ!」

 

 ──それでも立ち向かわなければならない。

 

「その効果で《ライザ》と《ヴィランヒヰル》をバトルし、破壊!! 手札が無い為、《ライザ》のG・G・Gで俺のクリーチャーは全てスピードアタッカーとなる!!」

「ほう、まさか来ると言うのね? この私を……倒す為に!」

「此処で攻め込まねば……未来など無いからな。俺は《ライザ》で攻撃──する時、山札の上を捲り、それがこのクリーチャー以下のコストを持つビートジョッキーまたはドラゴンならば、場に出すッ!」

 

 時空を切り裂く《ライザ》。

 そこから現れたのは──

 

「来たッ……《”乱振”舞神 G・W・D》、その登場時効果で《マイギア》とバトルして破壊する!」

「美美美美美! 良い散り様だったわ《マイギア》!」

「そして、《ライザ》でW・ブレイクッ!!」

 

 砕かれる2枚のシールド。

 しかし。

 そこからは妖しい光を放ち、1枚のカードが実体化する。

 演劇は終わらない。

 火廣金は、鳳凰の掌の上で延々に踊らされている──

 

「──S・トリガー、《撞木者 ロスキチョウ》を召喚! 登板した時、相手のクリーチャーをコストが6以下になるように選んで破壊するわ! 美美美美美!」

 

 現れる千本のサーベルが《ブルンランブル》と《チュチュリス》を貫き、破壊する。

 火廣金の首筋に汗が垂れた。

 やはり、神は神。権能が無くとも、それが使役するカードは──純粋に、強い。

 

(結果的に《G・W・D》と相討ちで《プロタゴニスト》を潰す計画が白紙に……クソッ、なかなか通らないッ!)

 

「では、《G・W・D》で攻撃する時、《ロスキチョウ》とバトルして破壊! 更に《ライザ》の効果で──」

 

 捲られる山札の上のカード。

 しかし現れたのは──コスト7の《”轟轟轟”ブランド》だ。

 

「ッ……外した!?」

「美美美美美! アナタとワタクシの魔力は、伯仲しているも同然。運は何度も味方してくれないわよ?」

 

 あの《G・W・D》ですら、正直良い引きとは言えなかった。

 本音を言えば、《マッポー・チュリス》や《ガンザン戦車 スパイク7K》で更なる連鎖を狙っていたところだし、いつものような格下ないし互角の相手であれば、そのような出目を引けていただろう。

 しかし、そうはならなかった。それは、単に火廣金の出目が悪かったという話では片付けられない。

 空間でのデュエルは、魔力の差が運と引きに直結してくる。

 この不変の現実が、格上との戦いであることを否応なしに突きつけられる。

 しかし。そうであっても。

 

「──そうだ! デュエルとは……思う通りにはいかないものだ! 俺は……デュエマ部に出会って、それを痛いほどに思い知らされたからな!」

 

 それが当たり前のデュエルに戻っただけのこと。

 そう思えるだけの余裕が、火廣金の中には生まれつつあった。

 魔力など関係はありはしない。

 魔術ですらないオカルトであることなど知っている。

 しかし、それでも、最後には自分のデッキはきっと応えてくれることを火廣金が信じないで誰が信じるというのだろう?

 

「《G・W・D》でシールドをブレイクッ!!」

「ッ……トリガーは無しよ。でも、これでもう終わりでしょう?」

 

 砕け散る《ライザ》。

 《“必駆”蛮触礼亞》の効果で場に出たクリーチャーの命は、そのターン限りだ。

 そして──既に手札が3枚も増えた鳳凰は、次のターンに《プロタゴニスト》の効果で大量の手札交換を行うことになる。

 

「ワタクシのターン!! ビビッドロー発動ッ!!」

 

 捲られたのは2枚のカード。

 《傾国美女 ファムファタァル》──そして、キングマスターカードの《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》。

 それが、鳳凰の宙に浮かぶ手札の中へ加えられていく。

 

「相手の場にマナゾーンよりもコストの大きいクリーチャーが居るため《泡の魔神・アワンデス》を召喚! 効果で《G・W・D》を手札へ送還するわッ!! 美美美ッ!!」

 

 これで火廣金の場には何もいない。

 完全にガラ空きとなってしまった。

 

「そして3マナをタップ……さあ現れなさい、我が最強のシモベ!!」

 

 突如、フィールドに巨大な隕石が降り注ぐ。

 そしてそれが爆ぜると共に、極彩の光を放ってそれは花開いた。

 

 

 

「さあさあご覧なさいッ!! 己を映す鏡を失った哀れなピエロ──終幕のデウスエクスマキナ……《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》でござぁいッ!!」



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GR108話:彩神類─いずれ勝利へ至る道

 羽根が劇場を彩る。

 そこに現れたのは美の化身。

 毒々しい色の羽根に包まれた美の不死鳥は甲高く笑いを上げ、火廣金を見下ろしている──

 

「キングマスターカード……ッ!」

「かつて鬼に美学を奪われた哀れな不死鳥が居たわ──桃太郎に倒され、完全に覇気を失ったコイツをワタクシが配下に加えたってワケ!」

 

 つまり。

 不死鳥のクリーチャーは、この悪神に囚われているのである。

 その目は虚ろで、何も見えていない。

 悪趣味に彩られた自らの姿さえも。

 それが火廣金には──痛ましく映っていた。

 

「《ヲヲロラシアタァ》の効果でカードを3枚引くわ!! さあ、終焉の時間よッ!! 《傾国美女 ファムファタァル》をビビッドローで召喚!! 《ファムファタァル》の効果で、自分のクリーチャーのパワーを+6000し、「スピードアタッカー」「パワード・ブレイカー」を与えるわ!」

「一斉攻撃、というわけか……ッ!!」

「美美美美美!! 先ずはQ・ブレイカーになった《ヲヲロラシアタァ》で攻撃よッ!!」

 

 一挙に隕石が降り注ぎ、火廣金のシールドが4枚、砕け散る。

 

「かっは……!?」

 

 爆炎が巻き起こり、彼の身体が吹き飛ばされた。

 

「言っておくけど、《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》の効果で、ワタクシの手札のコスト以下のクリーチャーは場に出せない……クリーチャーのS・トリガーは、使えないわッ!!」

「ッ……!」

 

 頭が揺れる。

 あの爆発の所為だ。 

 目がチカチカする。

 全身からは既に血が流れており、あのキングマスターカードがどれ程の魔力を秘めているかを思い知らされる。

 恐らくダイレクトアタックを喰らえば、命はない。

 

(だが、俺は……それでも、立たねば……ッ!)

 

 起き、上がれない。

 《メテヲシャワァ》のロックでクリーチャーのS・トリガーや、呪文のS・トリガーによってクリーチャーを出すことは封じられている。

 しかし、それでも──

 

「出せない、だけだッ……!! 出さなければ、問題ないッ……!!」

「美ッ!? 何を言っているの? そのデッキには、このクリーチャー達を止めるような呪文は──」

 

 

 

 

「──G・ストライク……《アイボー・チュリス》!!」

「美ッ!?」

 

 

 

 次の瞬間、《プロタゴニスト》の動きが止まる。

 択ばれないはずの結晶龍の身体が硬直し、そのまま膝を突いたのだ。

 

「バ、バカな、何が、起こったの……!?」

「G・ストライクは相手のクリーチャー1体を攻撃不能に陥らせる……これは召喚ではない!! 見せるだけで発動する効果だ!!」

「なっ、何です、ってぇ……!? でも、まだ打点は足りてるわ!! 《アワンデス》でシールドブレイク!」

「更にもう1発……G・ストライク──《ダチッコ・チュリスター》!! 《ファムファタァル》を攻撃不能にする!!」

「……ッ!!」

 

 トリスに渡されていたカードが、役に立った。

 召喚が出来るわけではないが、相手のロックをすり抜けて確実に相手のクリーチャーの攻撃を止める事が出来る。

 これがG・ストライクの力。

 鳳凰は幾ら攻撃しても火廣金に勝つことは出来なくなった。

 

「美美美美美!! まあ良いわ!! 消耗しきったアナタに、ワタクシを倒すことなんて不可能よ!!」

 

 喀血した自らのそれを拭いながらも、火廣金は起き上がる。

 しかし、先程の衝撃波によるダメージは想像以上のものだった。

 立ち上がるのがやっとで、カードを握る事すらままならない。

 場にはクリーチャーは1体も居ない。

 そして、相手は大量のクリーチャーを展開しているので、このターンで決めるしか勝ち筋は無い。

 更に、残るシールドは2枚。

 だが──

 

「魔導司を……無礼(ナメ)るな」

 

 ──それでも火廣金の闘気は消えはしない。

 

「……1マナで《ホップ・チュリス》を召喚ッ!」

「そんなモブを今更出したところで──」

 

 魔力の出力を限界まで上げる。

 血を全て魔力に変える。

 長引かせはしない。神を討つため、此処で最大の一撃を放つ。

 

「魔導司を……そして、俺のカード達を……無礼(ナメ)るなッ!!」

「ッ!?」

「コストを自力で3軽減、更に火のクリーチャーである《ホップ・チュリス》を出しているため、更に3軽減……2マナをタップ!!」

 

 例え、相手が神であろうとも。

 斃れた仲間の決意を背負っているのだ。

 袂を別った仲間が何処かで戦っているのだ。

 自分が恥ずべき戦いをしてどうする?

 

「全軍前へッ!! 龍の星を継ぐ魔神が拓いた、大いなる勝利への覇道ッ!! スター……進化ァァァーッッッ!!」

「ッ進化、ですってぇ!?」

 

 炎が燃え盛る。

 そして、宙に刻まれるのは──キングマスターを示す黄金の刻印。

 いずれ勝利へと至る龍帝のオーラを纏い、魔神は高みへと至った──

 

 

 

限界点超過(アンリミテッド・インパクト)──《我我我(ガガガ)ガイアール・ブランド》!!」

 

 

 

 

 既に限界など、超克した。

 後は光の速さで撃ち貫くのみ。

 

「《ガイアール・ブランド》……ですってぇ!?」

「……これはスター進化クリーチャー……過去のクリーチャーの力を受け継いだ、アルカナ研究会最後の切札ッ!! 貴様等神を名乗る不届き者を誅する星の鉄槌ッ!!」

 

 《ガイアール・ブランド》が戦場を蹴る。

 そして、《ファムファタァル》を、《プロタゴニスト》を、そして《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》を潜り抜け、神速の拳をシールド目掛けて放つ──

 

「打ちぬけッ!! 《ガイアール・ブランド》でシールドをW・ブレイク──ッ!!」

「ぐぅっ……トリガー無し……!? でも、その超魔力……アナタ自身にも大分負荷が掛かっているわよね!?」

「ッ……!!」

「それに、アナタの場にもうクリーチャーは居ない……ッ!! トドメは刺せないわッ!!」

「居るさッ……最後の1体が……!! 《ガイアール・ブランド》の効果発動ッ! このクリーチャーは攻撃の終わりに破壊される──」

「何かと思えば自滅ねッ!!」

 

 ……火廣金は一瞬、笑ってみせる。

 

 

 

「次発装填……再突入……!!」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 スケートボードに乗った小さなネズミが──鳳凰の心臓目掛けて突貫し、貫いた。

 

 

 

 

「カッ、ハ……!?」

 

 

 

 何が起こったのか、鳳凰には分からなかった。

 もう、火廣金の場にはクリーチャーは他に居なかったはずである。

 にも拘らず、最期のトドメの一撃が神である自らを貫いた。

 身体が焼けながら崩落していく。

 高純度の炎の魔力に貫かれたことで、再生が追い付かない。

 幾ら再生しても、体が燃えているので、そのたびに鳳凰は地獄の苦しみと共に燃え尽きていく──

 

「い、イヤッ!! イヤよ!! どうして!? 何が起こったのッ!?」

「……《ガイアール・ブランド》の効果だ。攻撃の終わりにこのクリーチャーを破壊するが……スター進化クリーチャーの進化元は生き残る」

「ッ……!?」

「そして、《ガイアール・ブランド》は残ったクリーチャーをアンタップし、スピードアタッカーを与える……ッ!!」

「かっ、あっ、ああ!? イヤ!! イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤァァァァァーッ!?」

 

 ペキッ、ペキッ、と割れていく水晶の身体。

 その度に鳳凰の羽根が次々にはげ落ちていく。

 虚飾に覆われた姿が焼け落ちた時──残ったのは、水晶の身体を持つ龍の姿だった。

 

「イヤッ!! 熱いッ!! 熱い熱い熱いッ!! 見ないでッ!! 見ないでェェェェーッ、ワタシはッ、ワタシはッ!! 完璧で美しい、()()()になりたかったのッ!! 水晶のドラゴンから、完全なる不死鳥にッ!!」

「……哀れだな。そうやって、ずっと──演じていたわけだ。ウソの自分を」

「何百年も力を蓄えて、漸く神の力を手にしたッ!! なのにッ!! なのにッ!! こんなっ、こんな姿はッ、姿なんてぇっ、嫌ああああああああああああああああああああああああああ」

 

 絶叫を上げながら──不死鳥ですらなかった、鳳凰を名乗る神擬きは燃え尽きた。

 

「……虚飾と、ウソを幾ら身に着けようと……何にもなれやしない、か」

 

 火廣金は、落ちていた《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》のカードを拾い上げる。

 最初は鬼の王に。

 そして次は──不死鳥を騙る結晶の龍に。

 このカードは、ずっとそうやって利用され続けていたのだろう。

 しかし、もうこのカードを縛る者は居ない。何処にも。

 

 

 

「……もう良い。君は……自由だ」

 

 

 そう言って火廣金がカードを手放すと──《メテヲシャワァ・ヲヲロラシアタァ》──神のシモベたるキングマスターカードは、眠りにつくように消え失せたのだった。



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GR109話:月天神類─狂月の異変

 ※※※

 

 

 

「げほっ、がはっ……!」

 

 

 

 咳き込む矢継。

 鳳凰が斃れたことで、刺さっていた羽根も消えた。

 しかし、傷口はふさがらず、留めどめなく血が漏れてくる。

 

「ハヤテッ……!」

「動かすな。止血する」

 

 言ったのは──ズタボロな姿の火廣金だった。

 彼はすぐさま指に炎を薄っすらと纏わせると、そのまま喉の傷口に触れる。

 すぐさま、傷は焼かれて無理矢理繋ぎ合わされていった──

 

「っ……す、すごい……血が、止まった」

 

 花梨が感嘆とした声を上げる。

 そのまま傷口を縛り、慣れた手つきで彼は二人の怪我を処置していく。

 幾度となく戦いを経験しているが故に身体に染みついているのだろう。

 その様を見ながら、改めて火廣金緋色という少年がどれほど頼れるかを花梨は理解したのだった。

 

「すぐ病院に連れていく。君達も傷だらけだからな」

「あたし達を連れてきた魔導司達が、後はやってくれるから」

「……おおきに、二人共」

 

 メイは深々と頭を下げた。

 

「……彼が目覚めたら伝えておいてくれ」

「?」

「──決着をつけたいなら、受けて立つ、とな」

「……うんっ」

 

 頷くと──メイ、そして矢継は後からやってきた魔導司達に連れられて行った。

 鳳凰が倒された以上、此処に築き上げられた結界も崩れていく。

 クリーチャーとなっていた人々も元の姿に戻っていった。

 その様を見ながら、花梨は不安そうに言った。

 

「……もし、あたし達が鳳凰を倒せなかったら……」

「彼らは”破滅の未来”とやらのように、二度と人からクリーチャーに戻れなかったに違いないな」

「……そう、なんだ」

「だが、幾つか気になる点がある」

 

 火廣金は座り込む考え込むように顎を触る。

 歴史にあったのは──あの巨大な裂け目。

 アマツミカボシの襲来のみだ。

 残る3柱の神類種の復活については、何も分かってはいない。

 

「……奴らは、何故復活した?」

「アマツミカボシってヤツが復活したから、便乗して人間を滅ぼしちゃえー……って感じ?」

「仮にも神だぞ……そんな俗っぽい理由があるか」

 

 それに、と彼は続けた。

 

「……あれから、時間Gメンが介入していないのが気になるところだ」

「そういえば酒呑童子を復活させたのって、空亡ってやつだよね!? 今回の件も時間Gメンが……!?」

「……分からない」

 

 ここにきて、時間Gメンが未だに姿を現していないことに火廣金は何処か妙な焦燥を覚えつつあった。

 今までとは何かが違うということに。

 あれだけ今まで干渉してきた敵が、この最終局面で何もしてこないはずがないというのに。

 

 

 

「……いずれにせよ、俺達の知らない所で恐ろしい企みが始まっているのだろうな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ギリシャは貴方達を歓迎するでしょう。しかし、私の弓はそれを許すでしょうか?」

 

 

 

 ──闇夜に紛れ、光の矢が次々に放たれていく。

 

 

 

「……答えは否。排除します」

 

 

 

 

 

 月天神類アルテミス。

 ギリシャから一瞬にして光を奪った神類種は、自らの領域に足を踏み入れた侵入者達を一掃すべく、その弓矢を構えたのだった。  

 それを──

 

 

 

 

「ぬゥッ!!」

 

 

 

 

 ──正面から受け止め、撃ち砕くオウ禍武斗。

 災害レベルの神相手には、こちらも災害レベルのクリーチャーを。

 しかし、下手に桑原達が前に出れば、アルテミスの光の弓矢の餌食になることは確実だ。

 だが、桑原達が前に出なければ、一生アルテミスに近付くことなど出来はしない。

 進撃する月の女神を、ガイアハザード2体で押さえつけるのが精一杯だ。

 

「先輩ィ、影からまた手がァ!?」

「何処も安全地帯なんてねぇっつーこった!! 油断すんじゃねえぞ!!」

 

 その上、地面からは絶えずアルテミスの伸ばした影が広がっており、そこからは黒い手が蠢いている。

 もし捕まったが最期、このアテネの街の住人のように、引きずり込まれてしまうことは確実だ。

 

(どうにかして、あのアルテミスを弱体化させることが出来ねえのか!?)

 

「うぬは、何故我らと戦うッ!!」

「愚問です。ギリシャは私の都。光は私の物──」

 

 機械的にアルテミスは繰り返す。

 オウ禍武斗の問いかけにまともに答える様子はない。

 至近距離からも光の弓矢を幾つも放つ──しかし。

 

(何で、あんなに悲しそうなの……?)

 

 それを戦う様を見ながら、翠月は胸元をきゅっと握り締めていた。

 機械的なアルテミスの佇まい。

 そこには感情的なものは一切感じられない。

 しかし。

 あの二人が戦っている様を見ていると──何処か、胸を押さえつけられるようだった。

 

「笑止!! 神を名乗りながら、力に振り回されるその様、見てはおられぬわッ!!」

 

 オウ禍武斗の拳が月の女神を捕らえた。

 しかし──

 

「ぬッ!?」

「神に触れようなどと」

 

 ──その拳は、神に触れることは叶わない。

 すり抜けて、オウ禍武斗の巨体は地面に倒れ込んでしまう。 

 それを狙い──アルテミスは飛びあがって大量の弓矢を解き放った。

 

 

「──ただのクリーチャー如きが……身の程を知れ」

 

 

 

「いけないッ!!」

 

 叫んだ翠月が《オウ禍武斗》のカードを握り締める。

 巨体はすぐさま本体となるカードへと引き戻され、間一髪で光の弓矢を避けることが出来たのだった。

 しかし、これでもう二人を守る者は居ない。

 アルテミスは、桑原と翠月を狙って、じわじわと迫ってくる。

 

「すまぬ主……少々熱くなりすぎた」

「いえ……こちらこそ、まだ打開策が浮かびません……」

「参ったな……オウ禍武斗の耐久力で何とかやり合えてるが、あいつの魔力は無尽蔵か? あれだけ撃ってるのにバテる気配がねえぞ?」

 

 桑原は毒づいた。

 やはり相手は神類種。

 ただのクリーチャーとは訳が違う。

 そもそもまず、勝負の土台にすら立たせて貰えないのである。

 

「……俺が囮になって──」

「そんなの絶対ダメです!! 死んじゃいますよ!?」

「QXの羽根は再生してんだ、いけねえことはねえはずだ!」

「却下じゃ、妾も死にたくないし」

「ぐぅっ……」

 

 

 

「逃げ場はありません。投降し、この私の一部となるのです。影はこの私の身体そのもの。アテネは既に、この私と化したのです」

 

 

 

 機械的に繰り返されるアルテミスの警告。

 断続的に射撃は繰り返され、建物を貫いている。

 防戦一方、逃げ回ってばかりの状況だ。瓦礫が何時雪崩れてきてもおかしくはない。

 このままでは、アテネは更地にされてしまう。

 

 

 

「ハッ、何が逃げ場がない、じゃ……あれでは逃げ場を自分で作っておるようなものじゃろう」

 

 

 

 そんな中。

 ケッ、と吐き捨てるように言ったのは──QXだった。

 

「どういうことだ? 俺たちゃ現にずっと追いかけ回されて──」

「ハッ、これだからソナタは単細胞なのじゃ」

「あ”ァ!?」

「ヤツは先ほどからずっと、弓を乱雑に撃ち放つばかり。ヤツ程の格の高いクリーチャーならば、妾の急所に一撃で射抜くことは簡単だったろう」

「……それをしてないってことは」

「出来なかった、ってことですね?」

 

 翠月は眉を顰めた。

 

「……あのクリーチャー……アルテミス。私、ひしひしと伝わってくるんです。何だか……苦しんでるみたいで」

「苦しんでる?」

「はい……オウ禍武斗とぶつかり合ってる時、隠者(ハーミット)のカードを通して私にも伝わってきたんです。あのクリーチャーの……心が。何かを溜め込んでいるような……それも自分が望まない方法で……」

「何かを、溜め込んでる? ……まさか、自分でも魔力が制御出来てねえってことか!?」

「キャパシティーを超えてるのは間違いないでしょうね……でも、どうしてそんなことに? 復活したばかりで、まだ身体の勝手がわからないとか?」

 

 次の瞬間──頭上を光の矢が掠めた。

 蒸発している。

 背中を預けていた建物の壁がごっそりと。

 

「……やっべーなコリャ……考えている暇はなさそうだぜ!」

「ど、どうするんですか、桑原先輩!?」

「アルテミスは自分じゃあ卸しきれない程の魔力を抱えている! じゃあ逆に考えろ! どうやってそんなもん手に入れたか──ヤツがこのアテネで何をしたのか思い出せ!」

「……あっ……!」

 

 足元で蠢く無数の黒い手を翠月は見やる。

 ごくり、と息を呑んだ。

 人だけではない。そういえば、報告によればアテネにはエンジェル・コマンドやデーモン・コマンドのクリーチャーが出ているとのことだった。

 しかし。アテネの街には人どころかアルテミス以外のクリーチャーも居ないのである。

 

「排除……排除……歓迎……!!」

 

 最早、言動が支離滅裂な狂気の月。

 その異変が隠れているのは、今まで避けてきたあの黒い影の中だ。

 ならば、一刻も早くあの中を探る必要がある。

 躊躇なく桑原は無数の手が蠢く黒い影に飛び込んだ。

 

 

 

「ッ……俺があの中を調べて──ッ!?」

「……桑原先輩ッ!」

 

 

 

 ぎゅうっ、と袖を掴む翠月。 

 彼女もまた、影の中に飛び込んでいた。

 

「また、私を置いていってしまうんですか……!?」

「バカ!! あの中はどうなってるか分からねえンだよ!! お前を危険な目に遇わせたら、紫月から何て言われるか──」

「先輩は何にも分かってない! 先輩は──」

 

 

 

 その言葉は途中で遮られた。

 幾つもの手が、二人を包み込む。

 最早、引き返すには遅すぎた。

 二人は、影の中へと引きずり込まれていった──



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GR110話:月天神類─風の吹く頃

 ※※※

 

 

 

 暗い。

 暗い。

 とても、昏い。

 明かりのない部屋に放り投げられたかのような、そんな感覚だ。

 しかし、僅かながら何かが光っている。

 霞んだ眼を開けると──そこには。

 

 

 

「っ……ンだァ、これ!?」

 

 

 

 ──人が。

 そして、羽根の生えた異形の生命体が皆、逆さになって吊るされていた。

 1人や2人、一体や二体ではない。

 その数は数えきれないほど。視界を覆う勢いだ。

 

(……予想通り、か。自分の魔力の餌にするために、自分で召喚したクリーチャーをもこの空間に閉じ込めてたんだな?)

 

 咄嗟に桑原は動けないながらも、翠月を捜す。

 自分と同じように、翠月もまた、吊るされているはずだ、と──

 

「……やっと目が覚めたんですね、せーんぱーい……?」

「どわあああああああ!?」

 

 背筋が凍るような声が響く。

 振り向くと、翠月が凄い形相で睨みつけていた。

 どうして味方の顔と声で心臓を跳ねあがらせなければならないのだろうか。

 ……半分は自分で突っ走った桑原の自業自得なのであるが。

 

「みっ、翠月ィ!? ……何だ、テメェも捕まったのか」

「何だじゃないですよ! なんで先輩は一人で行ってしまうんですか!」

「何でって、オメーまで捕まったら、外で誰がアルテミスを抑えるんだ!?」

「結果論ですよね!? こんな得体のしれない所に一人で突っ込むつもりだったんですか!?」

「テメェを行かせたくなかったんだよ! 危ないどころの騒ぎじゃねえだろ!」

「危ないのは今更ですよね!?」

「ッ……そうだけど」

「私じゃ頼りにならないんですか!? 私がデュエルが弱いから!? 女の子だから!? そりゃあしづに比べたら劣るかもしれないけど……」

 

 だんだん翠月の声はか細くなっていく。

 

「……私は、そんなに邪魔でしたか……? 先輩……」

「……翠月……」

 

 邪魔なはずはない。

 彼女の胆力には、むしろ元気をもらった。

 

「俺は……白銀みてーに、強くねえんだよ、カッコわりーし、チビだし……運動神経だって良い訳じゃねえ、デュエルだって……」

「……? でも桑原先輩には良い所が沢山あるって……」

「テメェとゲイルは、そう言ってくれただろーよ……だけど……」

 

 脳裏に過るのは、いつも同じ日の記憶だ。

 シー・ジーの操る《ア・ストラ・ゼーレ》が、桑原のクリーチャーを全て吹き飛ばしたあの瞬間。

 目の前でゲイルを消されたあの瞬間。

 それらが──消えては浮かんでを繰り返す。

 

「……弱いままじゃ、ダメなんだ!! 今のままの俺じゃあ、ダメなんだ!! ……変わらないままじゃあ、ダメだったんだ……!!」

「先輩……」

「俺がもっと強ければ、ゲイルは……ゲイルは消えなくて、済んだんだ……! 次は、俺の親しい誰かが同じ目に遇わされるかもしれない。そう思うと……居ても立っても居られなかった……」

 

 結果的に。

 強くはなれたのかもしれない。

 しかし、その選択が正解だったと聞かれた時、桑原は首を縦には振る事が出来なかった。

 分かっている。結局、翠月を置いてけぼりにしてしまった。心配をかけた。

 そんなことは、分かっていた。

 

「……」

 

 沈黙する。

 一緒に辛いことを分かち合おうと彼女が言ってくれたことを忘れたわけではない。

 だが、紫月が居なくなってショックを受けていた彼女を、自分の修行に巻き込みたくはなかった。

 

「……ハッ、言い訳ばっかでダセー……」

 

 ──桑原は自嘲してみせる。

 本当は誰とも顔を合わせたくなかった。不甲斐ない自分を、相棒を死なせた自分を見られたくなかった。

 逃げたのだ。

 結局は──

 

「っ……言ってほしかった」

「え?」

「エリアフォースカードを手に入れたあの日、私の知らないところで傷ついてた先輩の秘密を知ったから……貴方のキズを、貴方だけのものにしてほしくなかった」

「……」

「分かってます。分かってますよ……! そんなのワガママだって……桑原先輩が立ち直れないくらい折れたのだって……でも、だからこそ……私に言ってほしかった……」

「ッ……」

 

 何も言い逃れ出来ない。

 桑原は、唇を噛み締める。

 それが最善であることなど、分かり切っていたはずなのに──

 

「……そうだ……こんなはずじゃあ、なかったんだ……」

 

 あの日を思い出す。

 こんな事になるなんて思わなかった。

 翠月が、ゲイルが傍に居てくれれば無敵だと思っていた。

 しかし──それは、脆くも崩れ去った。

 それがどうだろうか。

 今自分達は──まさに敵の掌の上。

 いつ、どうなってもおかしくはない。

 絶体絶命も良い所だ。

 

「……こんなはずじゃ、なかったのに」

 

 

 

「──おやおや、まだ眠っていなかったのですね?」

 

 

 

 

「──ッ!!」

 

 

 

 ノイズ混じりの声が響き、二人の顔は青ざめた。

 目の前に現れたのは──月の女神だ。

 その口調は心なしか、地上に居た時よりも饒舌だった。

 

「アルテミス、テメェ……!」

「この空間に来た以上、どんな人間もクリーチャーも、意識を失うはずなのですが。外で動いている()の養分となるために」

「ってことぁ、テメェが本体か……!」

「本体? いいえ、どちらも私の本体ですよ。言ったはずです。今やこのアテネ全域が私そのものだと。この私を維持するために。まあ此処は私の意識体に近い場所ではありますが」

「ハッ、だけどテメェ……自分で吸い上げた魔力を自分で扱いきれてねえみてえじゃねえか!」

「他でも無いこの私自身を維持するためです。魔力が無ければ、この世界では私は存在出来ない」

「そのために人間どころかクリーチャーまで……酷いです」

「全ては私の維持のため──消えたくない。死にたくないのは皆同じでしょう? だから、貴方達は眠らせて差し上げます。永遠に、私の下で」

 

 これ以上の御託は無用だと言わんばかりに、女神は桑原の頭に掌を翳した。

 

 

 

「……さあ、私の胸元で穏やかな眠りを──」

「ぐゥッ……!?」

 

 

 

 その瞬間、頭が大きく揺れる。

 そして目の前が再び──黒で塗り潰されたのだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──芸術は、孤独だ。 

 例えば絵画に行き詰ったとして、誰が助けてくれるだろう?

 自分より上手な人に手伝って貰ったとして、それは「自分の絵」になるだろうか?

 いや、ならない。

 だから彼は筆を手に取り続ける。

 来る日も、来る日も来る日もずっと──ひとりで。

 

「……何を描いているんだい?」

「……あー」

 

 後ろから誰かに話しかけられた気がした。 

 何を書いているのか、自分でも分からない。

 だが黙りこくるわけにもいかず、生返事を返す。

 

「さあな。なかなか思った通りにはいかなくってな」

「誰かに助けて貰えば良いじゃないか」

「それじゃあ、俺の作品じゃあなくなっちまうだろ」

 

 そう言って俺はまたキャンバスに向かう。

 ずっと、穏やかに時は流れた。

 

「ねえ、思い通りのものが描けないのは、そんなに悪いことかい?」

「ああ? 悪いに決まってんだろ。いっつもそうだ。理想ってのは……俺の頭ン中にあんだよ。それが現実に出来るかは別問題だ。風景画にしたって……何にしたって。お手本が目の前にあっても、思い通りに描けるわけじゃねえ」

「そうだねえ、それはきっと苦しくて辛くて……孤独だ」

「ンだ、分かってんなら茶々入れるんじゃねえや。さっさと消えろ、塗りの邪魔だぜ」

「……ふふっ、相変わらずだねえ」

「相変わらずだァ? テメェ、どっかで会ったかよ」

「君の周りには……こんなにも君の事を心配してくれる人が居るのに……」

 

 ぴたり。

 筆が止まる。

 

「大丈夫だ。君はこんなにも意地っ張りで……人一倍拘りが強いんだ。苦しい時に誰かの力を借りたくらいで……君は弱くなんかならないよ」

「……」

「ボクだってそうさ。君のおかげで……ボクは戦えたんだ。君が居たから……ボクは戦えたんだ。なぜか分かるかい?」

「?」

「君の生き様に……確かに心を揺さぶられたからさ。その時から、君のハートは……ボクの中でずっと燃えてたんだよ」

 

 キャンバスを見上げる。

 そこには──満開の桜が描かれていた。

 

「この、絵は──」

 

 自分の運命が狂い始めたあの日の絵。

 全ての始まりとも言える絵。

 そこから出会って来た人達の顔が浮かんでは消えていく。

 そして──ずっと傍で自分を見てくれた少女の姿が浮かぶ。

 自分を支えてくれた、彼の姿が浮かぶ。

 

「笑ってくれ、ボクのヒーロー。勝ってくれ、ボクのヒーロー。君の勝利は……君の喜びは……君の悲しみは……ボクのものでもあるんだ」

「テメェはっ……!」

 

 思わず振り返る。

 しかし、その場所には、誰も居なかった。

 ただただ、強い一陣の風が吹き抜けるのみだった。

 

 

 

 

「……ゲイル……」

 

 

 

 強く、強く。

 疾風の名を冠する彼の名を呼ぶ。

 そして。フッ、と笑ってみせると──桑原は目を閉じた。

 

 

 

「ンだよ……結局俺ァ……またテメェに助けられちまった……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「バカな──」

 

 

 

 女神は初めて狼狽してみせた。

 翳した掌は──強く、握り潰されていた。

 

「へっ、良い夢見させて貰ったぜ……クソ女神。テメェ、良い所あるじゃねえか」

「何故だ!! 何故!! 何故、眠らない!! それに──私の拘束が解けている、だと!?」

「助けてくれたんだよ。俺ン中の……サイコーのヒーローがな!!」

 

 迷いを振り切った様子で、桑原は(ストレングス)のカードを握り締める。

 驚きを隠せず、あんぐりと口を開けている翠月に──桑原は呼びかける。

 

「翠月!!」

「はっ、はい!?」

「……心配かけたな。今更かもしんねーけど……一緒に戦ってくれ!!」

「……!」

 

 ぱぁっと翠月の表情が明るくなる。

 戻って来た。

 確かに、自分が憧れた彼の顔が。

 

「はいっ!!」

 

 隠者(ハーミット)のカードを握り締める。

 気が付けば、既に彼女を縛る拘束も解けていた。

 

「ふぁーあ、よう寝たのう……」

「して、お礼参りといくかッ!!」

 

 QX。そしてオウ禍武斗も続けさまに実体化。

 最早、自らのテリトリーという女神の優位性は無くなったと言っても良い。

 形勢逆転とも言える状況で、アルテミスは己の理解を超えた現象を呪う。

 最も──心無き神である彼女に分かるはずもないのである。何故、桑原甲が目覚めたのかなど、永遠に。

 

「この私に歯向かうなどと……身の程を知りなさい!!」

 

 腕を振り上げるアルテミス。

 その手には弓矢が握られていたが、もう遅い。

 此処まで来れば二人のレンジだ。

 

 

 

「さあて、ぶっ潰してやるぜ……女神サンよォ!!」

「貴女を此処で止めます!! お覚悟!!」

 

 

<Wild……DrawⅧ,STRENGTH!!>

 

<Wild……DrawⅨ,HERMIT!!>



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GR111話:月天神類─月壊魔天

 ──桑原に相対するアルテミスは、最早体内の異物でしかない二人を排除すべく即座に動き出した。

 しかし、激しくではない。

 じわり。じわりと神罰執行の態勢を整えていく。

 

「《魔王(サタン)天使(エンジェル)のカナシミ》を発動……相手の手札を捨てさせ、こちらはシールドを手札に加えます」

「くそ、《ラ・トビ・トール》が!?」

「何をしたのか知りませんが……貴方達が私を倒すことなど、不可能。神の威光の前に散りなさい」

「たかが手札を1枚削ったくらいでチョーシに乗ってんじゃねーぜ!! 俺ァ3マナで《魂フエミドロ》を唱える!!」

 

 山札の上から2枚が捲られ、桑原のマナは一気に増える。

 一方で、相手のハンデスによって手札が削られている以上、何処かで手札補給をしなければ息切れは必至。

 だが、今の桑原の表情には──迷いが無い。

 

「何故なのです。人が、私に抗う? 理解が不能です」

「……さあな! テメェらの好き勝手にさせてたら……傷つけられる人がいる。それは見過ごせねえってだけだぜ!」

「? 人を生かすも壊すも神の勝手……それが自然の摂理というもの。《ケンザン・チャージャー》を使い、ブロッカーの《闘魂の精霊ウェルキウス》を手札に加えて、チャージャーでマナを増やしましょう」

「天門かッ……だけど、そのデッキは俺には効かねえよ! トリガーなんざ怖くねえ!」

 

 相手が防御型のデッキならば、守り切れないだけの毒を撃ちこめば良い。

 空亡との試合でも通用した戦術だ。

 即座に桑原は4枚のマナをタップし、切り返す。

 

「……力を貸せ!! QX!!」

『クックック……漸く、その言葉が聞けたぞ。呪縛からは……解き放たれたか?』

「……ああ。目ェ覚まさせて貰った!!」

 

 浮かび上がるⅧの字。

 そして、刻まれるのは(ストレングス)の紋章だ。

 満を持して、女王が堂々と降臨する。

 

 

 

霞む目に静謐なる死を(シュプレマティスム)──《Q.Q.QX.(キューキュラーキュラックス)》!!」

 

 

 

 現れたQXはその毒針を勇ましく振るう。

 《QX》に貫かれたシールドは、相手の山札の上から4枚目に刺しこまれる。

 従って、S・トリガーは当然発動しない。

 カウンターを得意とするヘブンズ・ゲートデッキには効果覿面とも言えるクリーチャーだ。

 それはアルテミスも分かっている──はずだったが、

 

「……心外ですね。まさか、そちらが攻撃してくるのを大人しく待つとでも?」

 

 動じる様子はない。

 相手は神。ただのデッキではないのだろう、と桑原は思い直す。

 

(QXだけで勝てるちゃあ思ってねえが……一体何をしてくるつもりだ? 皆目見当がつかねえぜ……!)

 

「我が孤独は貴方の孤独……私は《至宝を奪うのロンリネス》を召喚」

 

 突如、極光が戦場を照らす。

 現れたのは──海賊のような容貌のエンジェル・コマンドだった。

 

「月明かりが照る頃に、神罰を──《ロンリネス》は相手の呪文のコストを1増やします。小細工は私には通用しません」

「しかもブロッカーか……まあ想定内と言えば想定内だけどな!!」

 

 言った桑原は引いたカードを見て、少し苦い顔を浮かべる。

 《ローリング・トラップ》。パワー5000以下のクリーチャーをマナゾーンに送るが、《ロンリネス》のパワーは6000。半端に高い。

 しかし、その呪文の上に付いているクリーチャー面ならば此処で活用することができる。

 

「俺は5マナで、《ツムリカルゴ・ラ・でんでんIII世》を召喚!! 効果で墓地の《ラ・トビ・トール》と《コンダマ》をマナゾーンへ!!」

 

 雄たけびを上げ、巨大なカタツムリの異形が姿を現す。

 図らずも墓地のカードを利用する結果となり、桑原のマナは次のターンで8枚となる。

 一方で、手札は残り1枚。かなり心許ない。

 

(そして、《ロスト・ソウル》を撃つのは、間に合わないか──ッ!!)

 

(先輩、難しそうな顔をしてる……!)

 

 一緒に戦うと言ったものの、ゲームの主導はあくまでも桑原が握っている状態だ。

 翠月は固唾を飲んでそれを見守るしかない。

 ……否。

 

「ッ……翠月!?」

 

 その手を、翠月は握っていた。

 ずっと──戦ってきた、その手を。

 

「……だいじょーぶです、先輩。先輩は負けません……! 私が、傍に居ますから!」

 

 そうだ。

 いつも、彼女は傍に居ようとしてくれた。

 晴れた日のそよ風のように、隣に立っていた。

 何を不安に思う必要があるだろうか?

 ──答えは否だ。力強く、桑原は宣言する。

 思った通りに動けなくとも、必ず勝利へ辿り着く道筋は見えている。

 

「……俺は、これでターンエンドだ!」

「……終末の時は来ました」

 

 言った彼女は──6枚のマナを、浮かび上がらせる。

 光と闇。

 混濁し、そして相反した2種類の力を。

 

「この私を前にして臆さない人間など居ません……我が月は狂気の月……誰もが畏怖する夜の光……」

 

 譫言のようにアルテミスは呟く。

 自らの成り立ちを考えれば、自分が生命をも超越した存在であることは誰も否定することなどできない。

 なぜならば、自らは夜の空に浮かぶ月の信仰が生み出した神。

 

「あの空に浮かぶ月のように……私もまた、永遠に不滅であるべきなのです」

「永遠に不滅なものなんてねえんだよ、生憎な!」

「神とは不変である……そうあるからこそ、そうあるべき存在……」

 

 アルテミスのプライドは既に傷つけられていた。

 桑原に自らの力を打ち破られたその時に。

 故に決意した。

 必ずや、自らの力に靡かぬ人の子をこの手で滅すると。

 

「認めない。人の心の強さなど。認めない。人の力など……必ずやこの手で、人の世を終わらせてみせる……呪文《黙示録、それはラグナロク》」

「なっ!?」

「効果により、私のシールドを全て墓地へ置く!!」

 

 轟!!

 そんな音を立てて、アルテミスのシールドが燃え尽きていく。

 しかし同時に、彼女のシールドは再び蘇っていった。

 

「その後、こうして墓地に置いた数よりも1枚多く、私の山札の上から1枚をシールド化する!!」

「シールド交換ついでに、シールドの数そのものも増やしたってのか!?」

「それだけではありません」

 

 ギラリ。

 

 アルテミスの声が妖しくその場に響く。

 

 

 

 

「《至宝を奪うのロンリネス》……オシオキムーン発動!!」

 

 

 

 暗闇しかない空間に──満月が現れた。

 ただならぬ空気に桑原と翠月は身構えた。

 《ロンリネス》の構えた拳銃が虚空に穴を開ける──

 

「我がシールドが砕かれた時、手札からコスト7以下のブロッカーを呼び出す……そして、この効果は4回誘発する」

「ッ……そうか!! 墓地に置かれたシールドは4枚……!!」

 

 稲光が戦場を焼く。

 現れたのは、異形の怪人たち。

 

 

 

「《偽りのを盗むファントム》、《明かりに沈むニンギョ》、《三日を謡うオラトリオ》を降臨!!」

 

 

 

 更に、と彼女は続ける。

 

「《オラトリオ》の効果でカードを1枚引きます……そして、これがコスト7以下のブロッカーならば最後の降臨を執り行う」

 

 足りない手札を、後から出したクリーチャーのキャントリップで補う行為だ。

 捲られたカードが──

 

 

 

 

「……良いでしょう。これこそが神の意思。これより、神罰を執行する」

 

 

 

 ──《ロンリネス》の力により、即座に降臨する。

 現れたのは──キングマスターカードの証たる金の刻印だ。

 

「あれって、白銀の《モモキング》と同じマーク!?」

「我に忠実なる月光王国の勇ましき将よ。来たりて、愚鈍なる人間を滅せよ!!」

 

 神光と暗黒。

 その2つを兼ね揃えた昏き神兵が目覚めようとする。

 自らの敷いた摂理に反する不条理な人間を滅ぼすべく、女神の怒りを発露すべく。

 それは──降臨した。

 

 

 

「我は影。我は光。照らすも翳るも我が掌に。

全ては月の赴くまま──《 と破壊と魔王(サタン)天使(エンジェル)》」



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GR112話:月天神類─壊れた月

 現れたのは、巨大な砲塔が大量に生えた鋼の天使。

 すぐさまその力により、2枚のシールドがアルテミスの前に現れる。

 減っていたはずのシールドはこれで合計7枚となった。

 そして、彼女の場には合計5体ものブロッカーが立ち並ぶ。

 《至宝を奪うのロンリネス》。

 《偽りのを盗むファントム》。

 《明かりに沈むニンギョ》。

 《三日を謡うオラトリオ》。

 そして──

 

「あれが月光王国のキングマスターカード……!!」

 

 ──月壊神、《 と破壊と魔王(サタン)天使(エンジェル)》。

 これでは最早、《ヘブンズ・ゲート》どころの騒ぎではない。

 一気に立ち並んだ敵を前にして、桑原は唖然としてしまう。

 

「《ニンギョ》の登場時効果でカードを1枚山札から墓地へ。これにて一連の処理を終了します」

「ッ……何だってんだよ……!! クソ、こんなにどっから湧いてきやがった……!」

「ターン終了時。《と破壊と魔王と天使》の効果で私のシールドを1枚選んで破壊」

 

 砕け散るシールド。

 しかし、最早この先の展開は分かり切っていた。

 桑原の首筋に汗が伝う。

 神罰の月が、光輝いた。

 

「──オシオキムーン……同時起動」

 

 怪人達が月の加護を受け、一斉に共鳴を始める。

 

「なァ……ッ!? あのクリーチャー達全員がオシオキムーン持ちだってのか!?」

「《ニンギョ》の効果で墓地から2体目の《と破壊と魔王と天使》を手札に加えます。そして、《ロンリネス》の効果でそれを手札から降臨」

「ウソだろ2体目!?」

 

 現れた《と破壊と魔王と天使》は、更にシールドを増やす。

 ターン終了時に破壊されたと思われていたシールドは、またしても増えてしまった。

 残り、8枚。

 

「更に1体目の《と破壊と魔王と天使》の効果で、相手のシールドをブレイク」

「ッ……!」

 

 ガトリング砲が桑原のシールドを一挙に撃ち砕いた。

 だが、それだけでは終わらない。

 

「──《偽りのを盗むファントム》のオシオキムーンで、相手は手札を2枚見ないで捨てます」

「ウソだろ!?」

 

 すぐさま増えたと思われた手札は消え去る。

 《ファントム》が文字通り、盗んでしまったのだ。

 これで桑原の手札は0だ。

 だが、神罰はこれだけでは終わらない。

 

「今度は2体目の《と破壊と魔王と天使》の効果発動。私のシールドを破壊し、オシオキムーン同時起動」

「っ……」

 

 桑原は声も出なかった。

 先程のように、再び《ニンギョ》の効果で墓地からクリーチャーが吊り上げられ、そして《ロンリネス》の効果で場に出されるのである。

 

「《ロンリネス》で3体目の《 と破壊と魔王と天使》をバトルゾーンへ」

「ウ、ソだろ……!?」

 

 ターン終了時の効果は、発動できるクリーチャーが全て効果を発動し終えるまで続く。

 つまり、この流れは後もう1回続くことが確定してしまったのだ。

 しかも──

 

 

「今度は《オラトリオ》の効果で《明かりに沈むニンギョ》を場に出します」

 

 更に、再度《 と破壊と魔王と天使》のガトリング砲が桑原に向けられる──

 

「砲撃、開始……シールドを……ブレイク」

「ぐっああああ!?」

 

 衝撃が伝わり、今度は破片は砕け散って降り注いでくる。

 それをモロに浴びた桑原の衣服は、肉は、裂かれていく。

 

「クソッ……ゲホッ、ゲホッ……情けも容赦も油断も隙もありゃしねえ!!」

「《ファントム》で、もう1度手札を破壊」

「ッ……!」

 

 そして、と冷徹に月の女神は告げる。

 

 

 

「──3体目の《 と破壊と魔王と天使》の効果発動……オシオキムーン、同時発動」

 

 

 

 砕かれるアルテミスのシールド。

 回収されるブロッカー。流石に4体目は居なかったのか、現れたのは2体目の《オラトリオ》であった。

 しかし、それもコスト7以下のブロッカーであるが故に即座にバトルゾーンへ繰り出される。

 そして、三度目の砲撃が桑原を襲う──

 

 

 

「──ロックオン……シールドをブレイク」

「ぐああああああ!?」

 

 

 

 放たれるガトリング砲。

 破片が桑原、そして翠月に襲い掛かる。

 すっかり満身創痍の二人。

 だが、そこに《ファントム》が襲い掛かった──

 

「これで──終わりです」

「……勝手に……終わらせてんじゃねえ……!」

 

 ──しかし。

 怪人の手に手札は届かなかった。

 それはすぐさま光り輝き、桑原のフィールドに展開されていく。

 

「……S・トリガー……《Dの牢閣メメント守神宮》……!!」

「1ターン、耐え抜きましたか。命拾いしましたね……これで、私はターンを終了」

 

 オシオキムーン。

 その効果の1回1回は大したことはないかもしれない。

 しかし、自分のシールドが離れた時という条件である以上、一度連続して発動すれば、このように破壊的な連鎖を齎す。

 現にアルテミスの場には、《と破壊と魔王と天使》が3体。

 更に《ロンリネス》、《ニンギョ》2体、《ファントム》、《オラトリオ》2体……と併せて合計9体ものブロッカーが立ち並んでいる。

 加えてシールドは合計10枚。ちょっとやそっとでは揺るぐような盤面ではなくなってしまった。

 それどころか、このままターンを返せば物量で押し潰される。 

 

(仮にシールドをブレイク出来たとして、あのクリーチャー共のオシオキムーンが同時発動するんだろ? 冗談じゃねえ!!)

 

「大丈夫ですか……!? 先輩……!」

「大丈夫って……!」

 

 心配していられるような状態ではない。

 目の前の敵に集中していて見ていなかったが、翠月もシールドの破片を浴びて傷ついている。

 

「っ……」

「……先輩?」

「……だから言ったのに……」

「私の怪我を心配してるんですか? ……心配要らないです。先輩と一緒だから」

「……あークソ……!!」

 

 力を入れて、彼は立ち上がる。

 

「後悔しても知らねえからな」

「何度突き放したって答えは同じです」

「……バッキャロウ……なら、やってやろうじゃねえか!」

 

 猶予は1ターン。

 《メメント守神宮》の効果で次のターン、相手の軍勢を止める事は出来る。

 しかし、10枚のシールドと9体のブロッカーをどうにかできる手段をこの2手の間に揃えなければならない。

 

「……勝率は絶望的。妾の毒針は全く役に立たぬ。……くっふふ、面白いのう」

「そうだな……思い通りにいかねえってのも、案外悪くねえのかもしれねえ」

「貴方達は狂ってるのですか? 自分の命がかかった戦いで……手札はゼロ。フィールドの軍勢はあまりにも貧弱……それでどう戦うのですか?」

「だからと言って諦める理由にはなりません! 私達はまだ立ってます!」

「そうだな……奇跡とやらに賭けてみるかよ!!」

 

 カードを引く桑原。

 

「……成程な。此処で来るか!!」

「……何?」

「教えてやるぜ、神様よ。まだ勝ち目があるかもしれねえってことをな」

 

 刻まれるのは、マスターの刻印。

 桑原は、そして翠月は。

 漸く手にした自分達の光明を──突きつける。

 

「──《始虹帝 ミノガミ》、召喚!!」

 

 その時。

 空に虹がかかった──現れたのは、黄金の繭から生まれ出でた不死身の皇帝。

 神々しい光に包まれたそれは、大きく羽根を伸ばし、戦場を飛び回る──

 

「なっ、何だ、このカードは……!?」

「《ミノガミ》の攻撃時の効果発動! 山札の上から3枚を表向きにし、それらがツインパクトカードであれば──全てマナゾーンに置く!!」

 

 捲られたカードは──《マッド・デーモン閣下》、《コンダマ》、《レレディーバ・グーバ》──全てツインパクトのカードだ。

 一気に桑原のマナは、7枚から10枚へと増える。

 

「更に、《ミノガミ》はこの効果でマナに置いたカードの数×5000、パワーがアップします!!」

「攻撃先は、《と破壊と魔王と天使》だ!!」

「させません。《ニンギョ》でブロック。……理解出来ません。人間が神に勝つことなど不可能です」

「俺はこれでターンエンドだ!!」

「……私のターン」

 

 カードを引いた瞬間──アルテミスのクリーチャーは全てタップされる。

 このターン攻撃することは出来ない。

 しかし──それでも、桑原のシールドを吹きとばしながら手札を破壊することくらいは出来る。

 

「私は、《に彷徨うアビス》を1体召喚。そして、ターン終了時に《と破壊と魔王と天使》3体の効果が起動」

 

 砕け散るアルテミスの3枚のシールド。

 《ニンギョ》の効果で墓地から回収出来るクリーチャーこそもう居ない。

 しかし、こうしてブレイクしたシールドから、更に新たなるクリーチャーが呼び出されていく。

 

「《ロンリネス》の効果で《限りなく透明に近いワルツ》、《を象るデスサイズ》、2体目の《ファントム》をバトルゾーンへ……」

 

 《メメント》でタップしても尚、更に3体のブロッカーが追加で現れる。

 シールドの枚数も相まって、とてもではないが突破出来るような状態ではない。

 

「そして、《アビス》のオシオキムーン発動」

 

 その身を犠牲にする《アビス》。 

 しかし──無数の銃火器が宙に浮かび、現れる。

 

「──その身を犠牲に、相手のアンタップしているクリーチャーを破壊!!」

「ッ……《QX》に《ツムリカルゴ》が!?」

「そして、最後に貴方を守る盾を消し飛ばしましょう」

 

 ガトリング砲を構える3体の《と破壊と魔王と天使》。

 彼らが全てのシールドを吹きとばす──

 

 

 

 

「……これで、終わりです」

 

 

 

 ──静かに呟く。

 都市をも蒸発させかねないほどの一斉射撃。

 

 

 

 

「諦めなさい。人間が神に敵うなど……」

「何か言ったか?」

 

 

 

 しかし──それでも、彼らは立っていた。

 傷だらけでも、尚、肩を支えながらも、足を引きずりながらも──立っていた。

 

「ッ……バカな。おかしい。異常です。何故、人間如きが立っていられるのです」

「知ったこっちゃねーよ……強いて言うなら、同じ痛みを感じてるから、じゃねえか……?」

「あの日、誓ったんです……先輩の辛さを……私も分かち合う、って……! だから、このくらい、へっちゃらです……!」

「精神論でしかない。そんなもので神に勝てるなら──」

「苦労はしない、ってかあ? ハッ、だろーな……だけどよ、ひっくり返せちまう……そんな気がすんだよ……!」

 

 桑原は不敵に笑ってみせる。

 ラストターン。

 最後の1枚を引く桑原の手に、翠月の掌が重なった。

 

 

 

 

「……ドローッ!!」

 

 

 

 その1枚は──きっと、(ストレングス)の加護を受けたのかもしれない。

 引いたカードを、桑原は躊躇なく使った。

 もう、どの道これに賭けるより手は無いのだから。

 

 

 

 

「……ラストワード……ッ!! 《天上天下双極∞(ツインフィニティ)》!!」

 

 

 

 

 アルテミスの表情は分からない。

 だが、確かに彼女は戦慄したようだった。

 山札の上から3枚を表向きにし──ツインパクトであれば呪文面を使う。

 最も、何が出るかは運次第なのであるが──捲れたツインパクトは2枚。

 しかし。

 

 

 

「……十二分だッ!! 先ずは《ギガタック・ハイパートラップ》!! 効果で互いのプレイヤーのカードを全てマナゾーンへ消し飛ばすッ!!」

「なっ……!?」

 

 最大にして最凶の罠が女神を襲う。

 桑原の場の《ミノガミ》、そしてアルテミスの場の全てのクリーチャーが──消えた。 

 鋼の天使であるキングマスターカードも、それを護衛する天使や悪魔たちも皆、消し飛んだ。

 

「そ、そんな、バカな……!!」

「《天上天下双極∞(ツインフィニティ)》の効果で唱えたツインパクトは場に出てきます!」

「《ハイパー・ギガタック》をバトルゾーンへ!」

「わ、私の、不死身の軍団が……!?」

「何べんでも言うぜ。不死身とか不滅とか、そんなもんは有り得ねえ。人も世界も芸術も、いつかは変わる。そして滅びる!!」

「ッ……!」

「だけどな……俺達が死ぬのは少なくとも、今日じゃねえんだよ!!」

 

 桑原は2枚目のカードを突きつける。

 

「呪文、《「深淵より来たれ、魂よ」》!! 墓地から進化ではないクリーチャーを全て場に出す!!」

 

 一挙に、手札から墓地に落とされたクリーチャー、そして《QX》が奈落の底から起き上がって来た。

 これまで散々煮え湯を飲まされた分が爆発したかのように女王は高笑いを上げる。

 

 

 

「オッホホホホホ!! 大義であったぞ。さあ、皆の衆よ! あの月の女神を撃ち落とすのじゃ!」

 

 

 

 墓地からは《デスカール》、《ツムリカルゴ》、《QX》に加え、更に《コンダマ》、《レレディーバ・グーバ》、《キングダム・オウ禍武斗》、《偽りの名 ナンバーナイン》が現れていく。

 あまりにも呆気なく、そして不条理な逆転。

 全てが上手くいっていたはずなのに、一瞬で崩されたことへの怒り。

 ──月の女神は狂ったように叫んだ。

 

「アテネは……私を見捨てたというのですか……!! 何故、私がこのような仕打ちを……!!」

「終いだぜ、女神サンよ。神の時代は終わってたんだ。とっくの大昔にな」

「どっちにしたって間違ってたんです。誰かを犠牲にするやり方なんて……」

「私は、諦めません……!! 私は、私は、ワタシハ──何故、ナゼ、何故、何故──」

 

 壊れた機械のように呟くアルテミス。

 それを見て、QXは──毒針を突きつける。

 

「……力に溺れて、自分をも見失ったか。哀れよのう、見ておれぬわ」

 

 悪あがきと言わんばかりに4体目の《と破壊と魔王と天使》を召喚するアルテミス。

 しかし、それだけで最早止められるはずがない。

 集結したガイアハザードを前に、蹂躙されていく。

 抑え込むことなど出来るはずがなかった──

 

 

 

 

「《Q.Q.QX》でダイレクトアタック──ッ!!」

 

刺し貫く甘美なる終焉(スティング・ジ・エンド)

 

 

 

 

 ──毒針が、アルテミスの身体へと撃ちこまれる。

 すぐさま、女神の身体は無惨にも崩れ落ち──砂のように消えていった──

 

 

 

 

「ァ、ア……わ、たしは……何故、アレホドの、魔力を、集めていたのですか……?」



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GR113話:縁神類─幽世の少女

 ※※※

 

 

 

「ハァ、ハァ──ッ」

 

 

 

 視界が、明るい。 

 アルテミスを撃破したことで、元の世界に戻ってくることが出来たのだろう。

 だが、頭が霞む。

 桑原は空に浮かぶ月を見上げ──ふっ、と息を漏らす。

 

「終わったん……ですか? せん、ぱい」

「……ああ」

 

 

 

 彼は頷いてみせた。

 横には、脱力した顔の後輩が座り込んでいた。

 しばらく惚けていた翠月は──にへら、と笑ってみせる。

 

「……月が、綺麗ですね、せんぱい」

「ケッ、月なんざもう懲り懲りだっての。俺の横の小さい月で十分だ」

「……もう。素直じゃない先輩」

「テメーにだきゃー、言われたかねー。はぁ……ったく。神殺しも……楽じゃねーぜ……」

 

 ぱたり、と桑原は倒れ込む。

 疲労は限界を極めていた。

 もう戦えそうにない。

 それに重なるように、翠月も倒れ込んだ。

 

「……ったく、何だってんだよ」

「ふふっ、せんぱい、ボロボロですね」

「……テメーもな……」

 

 笑い合う二人。

 さんさんと輝く三日月の下、彼らは自然に──唇を重ねていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おーおー、ようやっとくっついたかあの2人」

「出歯亀は止せ」

「邪魔はせんよ、くっふふふ」

 

 一部始終を眺めていたQXは建物の壁に寄りかかった。

 既に、主たちは寝息を立てて倒れ込んだまま寝ている。

 それを建物の壁にまで引っ張っていき、ひと段落といったところだ。

 

(さて。問題は山積みじゃのう)

 

 気掛かりな事は沢山ある。

 何故、アルテミスがあれほど魔力を溜め込んでいたのか。どうして現れたのか。

 

「……これも拾った以上は座視出来んしのう」

「それは?」

 

 QXは、オウ禍武斗に一枚のカードを差し出す。

 名前も何も書かれていない白紙のカードだ。

 

「力こそ封じられているが、これは間違いなくエリアフォースカードの1枚ではないかのう? くっふふふ」

「……ッ!! ぬぅ……主たちに何と伝えるか」

 

 QXはふと、思案した。

 アルテミスからは、このエリアフォースカード由来の力は殆ど感じられなかった。

 それこそ、斃して初めてこのカードの存在は発覚したのだ。

 脈絡もなく現れたそれを、QXは月に翳す。

 

 

 

 

「……いや、取り込まされていた……? 魔力を、このカードに注がされていたのか……?」

 

 

 

 考える。

 しかし、答えは出ない。

 必ず、この神たちを暴れさせた黒幕が居るに違いない。

 空から降ってくるアマツミカボシの仕業か、それとも──

 

(まあよい……今は、束の間の安寧。羽根を休めるとしよう)

 

 ──ふと、QXの視線は、小さく寝息を立てる二人に向く。

 それを見て、小さく口角を上げたのだった。

 

 

 

「上出来じゃ。家臣にしてはようやったわ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──幽世。

 

 

 

 タイムダイバーが浮上した先は、広大な緑が広がる島だった。

 四方八方は暗い海に囲まれており、島の大きさも小さい。

 しかし、聳え立つような山に加えて鳥居や宮が幾つも点在しているのが、この麓からでも分かる。

 俺はゲロを堪えながら、転がるようにして砂浜に降り立ったのであるが──

 

「ククリヒメは一体、何処に居るんだ?」

「……長閑なところですね。とても神様がいるとは思えないような……」

「……ああ。とても、平和っつーか、離島の田舎って感じだ」

 

 

 

『ぷぎゅ~……も、もう駄目だよマスター……』

 

「あっ……カンちゃん限界みたいです」

 

 それもそうか。

 幽世の門とかいう訳の分からない所を潜って此処までやってきたのだ。

 彼が疲弊していてもおかしくはないだろう。

 

「ごめんなさい、おじいちゃん。アカリはカンちゃんのメンテやってます」

 

 正直、未踏の地である以上かなり心細い。

 しかし、今回は一刻も早く世界(ザ・ワールド)のカードを地上に持ち帰る必要がある。

 その時にカンちゃんがダウンしていては、向こうに帰るまでにラグが発生してしまう。

 そもそもこちらでの時間の流れが向こうと同じとは限らないわけだし、出来るだけ効率的に帰れるようにするに越したことはないだろう。

 

「ふふんっ、マスターは復活した我に任せるでありますよ! ドンと来いであります!」

「そうですか。お願いします! 万が一の事があったら、呼んでください! すぐに駆け付けますので!」

「ああ! 頼んだぜ」

 

 こうして、俺はチョートッQと共に山の中へと進んでいくのだった。

 目指すはククリヒメ。

 強い魔力の反応を追っていけば、自ずと辿り着くことができるだろう。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……と思ってたんだけどなあ」

 

 

 

 ダメだ。上を目指していたかと思ったら、またすぐ麓の方まで降りてしまう。

 エリアフォースカードで魔力を追っているだけじゃダメなのか?

 さっきからぐるぐるぐるぐる同じところを進んでいるような状態だ。

 

「どうするでありますか! これじゃあ、永遠に辿り着かないでありますよ!」

「どうして同じところをぐるぐるしてんだあ?」

「恐らく、この山全体がククリヒメのテリトリー……文字通り迷宮化されているのでありましょうな」

「迷宮化……ブランを連れてきた方が良かったか?」

「今更言っても遅いでありますなあ」

 

 迷宮化を破るうえで最も重要な突破口になりそうなのはブランのサッヴァークだ。

 しかし、よくよく考えてみてもサッヴァークは神の支配している「聖域」までは破れないらしかったのを思い出す。

 ああ、どの道自力で攻略しなきゃダメなのか。

 そもそもてっぺんを目指せば良いのか、神の場所が何処なのかもわからねえ。どうすりゃいいんだ。

 

「……あっ、そうだ」

 

 こんな時こそ、巌流齋の爺さんから教えて貰った神力の出番だ。

 相手は神類種。

 

 ちょっと集中しなきゃいけないけど、身体に通っている力の回路を意識して──

 

「ッ……来た、来た来た来た! 分かる! 分かるぞ! 手を取るように強い気の場所が!」

「何と!? マスター、すごいでありますよ!」

「いやあ、手にスキルは身に着けておくもんだぜ!」

 

 分かる。

 頭じゃなくて、身体で引き寄せられるようだ。

 どうやらこの山全体に、あの神の神力は散らばっている。

 山そのものが神の身体のようなものなのだろうか。

 だけど、それでも確かに一番神の大事な場所のようなものが直感的に分かる。

 

「あっちだチョートッQ!」

「いやあ、マスターが我の寝てる間に成長していて感無量でありますよ……あんなに没個性気味だったのが」

「オメー最後の一言が余計なんだよ!」

 

 駆け抜ける。

 さっきとは違う道を。

 足が痛いのも忘れて走っていくと、勢いよく森を抜けた。

 水の流れる音がせらせらと聞こえてくる。

 川だ。

 そして、小さな瀧と泉が見える。

 そこに人影が見えた。

 間違いない、あれが神だ──

 

 

 

 

「すいませーんッ!! 世界(ザ・ワールド)のカードの場所を教えぇぇぇええ!?」

 

 

 

 声が上ずり、急ブレーキをかけた。

 白い肌。

 くっきりとくびれた腰。

 ぱちくり、とこちらを物珍しそうに見つめる翠の瞳。

 絹のような黒い髪。

 そして──膨らみかけの胸。

 

 俺が出くわしたのは、一糸まとわぬ姿の少女だったのである。

 

「すいませんでしたぁぁぁーっ!?」

 

 俺はそのまま茂みの中へバックでダイブ。

 身体は後ろ向きに放り投げられ、茂みへ突っ込んだ。

 良し、ギリギリセーフ!!

 足だけ出ていて、きっと今は犬神家のポーズみたいになってるだろう。

 女の子がこんなところで水浴びしてんじゃねーよ!

 

「あらあら? 人間とは珍しい来客ですね」

「覗く気は無かったんです!! ごめんなさい、許してください!! 何でもするんで!!」

「あら? 今、何でもするって……?」

 

 がさっ、と茂みが退けられる。

 先程の少女の顔が近付いていた。

 俺の顔は赤くなり、すぐさま目線を逸らした。

 は、早く服を着て欲しいのだが。

 

「良いんですか……? 本当に……何でも……? ふふふっ……!」

 

 彼女はずっと珍しそうに俺の方を眺めている。

 そして、俺の頭を抱きかかえると──言った。

 

 

 

「……では、母に甘えていただきませんかぁ? ふふっ♪」

「……は? ……はぁ?」

 

 

 

 ……今、なんて?

 

「あの、甘えるってどういう? それより服着てほしいんですけど」

「甘えるは甘える、ですよ♪ それ以上でもそれ以下でもありません」

「それ以上でもそれ以下でもを問うてんじゃねえんだよ」

「ほらあ、此処にガラガラとおしめがありますよー?」

 

 何を自然に取り出してんだコイツ!! 

 何でおしめがあるんだ!!

 

「やめろ!! やめて!! 尊厳が!! 人として終わる!!」

「マスターこいつ変態でありますよ!!」

「分かってらあそんな事!!」

「おしゃぶりもありますからねー、母にバブバブしましょうねえー、ふふふっ♪」

「俺の傍に近寄るなああああああ!?」

 

 待って。理解が追い付かない。何で全裸で赤ちゃんプレイ強要しようとしてんの──やめろ近付けるな哺乳瓶を!!

 いう彼女の表情はとても楽しそうてか悦んでいる顔だアレ。

 顔は女の子なのに、獲物を前にしたライオンのような迫力すら感じられる。

 冷たい恐怖を感じた俺は絶叫した。

 

「おい!! 何のつもりだ!! これは何かの攻撃なのか!?」

「あらあ。本当のお乳が良いんですかあ? それじゃあ、母のおっぱいを飲みましょうね~」

 

 とか言って剥き出しの胸を近付けてきたが、即刻拒否である。

 俺は起き上がると、この恐ろしい提案をしてきた少女から距離を取った。

 アウトだアウト、こんなもん。

 しかもこちとら彼女が居る身だぞ!! 

 

「やめやめろ!! 何でもするとは言ったけど即刻撤回だ!! 俺ァ何処の誰か分かんないヤツと、こんな変態プレイしに来たんじゃねえんだよ!!」

「そうでありますよ!! マスターには心に決めた人がいるので、その人にやってもらうのでありますよ!!」

「お前は二度とその余計な口を開けないようにしてやろうか!! あっ、口無かったわ!!」

「うう……そんなに怒鳴らなくても……くすん」

 

 いかん、泣かせてしまっただろうか。

 いや、だから服着てくれない? いい加減に。

 

「私はただ、誰かを甘やかせたいだけなのです……久々の人間でテンションが上がってしまい……つい、趣味が」

「何でこんな所にこんな変態が……」

「でも、まさか1000年前と全く同じ断られ方をするなんて。なかなか皆さん、赤ちゃんになってくれないですね」

「息を吐くように人の尊厳剝ごうとしてんじゃねえよ」

「1000年前も来訪客に同じようなことしたのでありますかコイツ……」

 

 しかも1000年ってことは、絶対人間じゃねえだろコイツ。

 少女の姿をしたクリーチャーか?

 

「何なんだよ君は!! 此処に住んでるのか!? こちとらククリヒメ……様に会いに来たのに、どうなってんだ?」

「えっ」

 

 ……その名前を聞き。

 彼女は恥ずかしそうに向き直った。

 もう遅いよ。色々と。

 

「あーっ、とコホン。お見苦しい所をお見せしました……」

「いやもう良いから、服を着て。んで此処の神様の居場所を教えてほしいんだけど……」

「我々、怪しい者ではないであります!」

「ふふっ、それについては存じています。私の縁で、ずっと前から知っていました。貴方達のような正義感の強い甘やかし甲斐のある方が来ることを」

 

 くすり、と彼女は笑みを浮かべる。

 

 

 

 

 

 

「──私は縁を司る神の名を冠する者・菊理媛神(ククリヒメ)……またの名を《縁神類ククリヒメ》。人と人の絆……即ち、縁を司る者です♪」



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GR114話:縁神類─世界との縁

「──改めて、私の名はククリヒメ。《縁神類ククリヒメ》。人と人を繋ぐ縁を司る者です」

 

 

 

 

 もうどんなに真面目に取り繕っても遅いよ。

 巫女服を身に纏った少女・ククリヒメは言った。 

 正直、認めたくはない。だけど、俺の中に走る神力の回路がコイツをカミ様だと言っている。勘弁してよ。

 

「私の力は、人の縁を感じ取ること。貴方達が来るということだけはとうの昔に感知しておりました。そして何かを捜しに私の力を頼りにやってきたことも。貴方達が邪悪な存在ではないということも」

「……すげーな、神様って」

「いえ、何となくでしか感知出来なかったのです。私の力は、以前と比べても弱く……いえ、そもそも他の神に比べてもあまり強くはありません。曖昧な概念である人との縁……それを、見通すことしか出来ませんから」

「分かった、分かったからガラガラを仕舞ってくれ」

「今、地上は大変な事になっているでありますよ! 星の神・アマツミカボシが迫ってきているであります!」

「……! アマツミカボシが!?」

 

 彼女は驚きに満ちた表情を浮かべる。

 どうやら常日頃から千里眼で外の世界の事を見通せるわけではないらしい。

 

「知らなかったのか?」

「……とうに、時間の概念など忘れてしまいました。ですが確かに……ヤツが再び迫ってくる日が来たということですね。此処は地上からは隔絶された場所……大いなる力を封じるための場所ですから」

「……そうか。アマツミカボシについて何か分かる事は無いか?」

「かつて。地上で言えば1000年前。星が降り注ぐとともに空に裂け目を作りました」

 

 彼女は雄弁に語り出す。

 

「人はそれをアマツミカボシと呼びました。大火事を都にもたらし、暴れまわりました。神は総じてアマツミカボシに立ち向かいましたが、皆──倒されてしまいました」

「……それほどまでに強いのでありますか」

「ええ。アマテラス神でさえもアマツミカボシには敵いませんでした。私は──遠路の地で、己の無力さを呪いながら、他ならぬ私を信仰する民を守るのに必死でした」

「そう、だったのか」

「ですが毎日、千里眼で都の惨状を見せつけられ……私は弱り切ってしまいました。元々弱っていた千里眼の力は日に日に弱まっていき、私は寝込むようになりました。しかし眠っている間だったとしても、私は力の全てを悪しき者を遠ざけるのに使いました。それしか……出来ませんでした」

「……」

 

 彼女は失意に暮れたような表情を浮かべる。

 無力感に苛まれながら、自分の大事な人を守り続けた。

 それなのにどうして彼女を責められようか。ククリヒメは、人を守る為に戦ったのだ。

 

「すっかり神として弱り切っていた頃。私が目を覚ました時、地上では数年が経っていました。その頃には都で暴れていたものが静まったことが分かりました。そして──私の神としての力が相当に弱まっていることに気付きました」

 

 彼女は胸に手をやる。

 俺たちは彼女に連れられて、山の頂上にある大きな宮へとやってきた。

 その奥からはただならぬ気配を感じる。

 

「──他の神が次々に滅ぼされたことで、地上からは神力が衰えつつあった。そして、私は消滅するか眠るかの二択を迫られました。私は甘んじて運命を受け入れるつもりでいたのです。しかし……その時、私の手元に、あの札がやってきたのです」

「札?」

「はい……それが何であるか、私はモノへの縁を辿って調べました。西洋の力で作られた、強大な神に比類する者が封じ込められたカード……エリアフォースカードである、と」

「その頃から日本にエリアフォースカードはあったのか!?」

「私はカードへの縁を辿り、調べました。それは全てで22枚。日本からも遠い国にも散らばっている。そして、そのうちの1枚が私の下に。そして──私は、カードの力から推測したのです。アマツミカボシを封じ込めるに至ったのは、このカードの力ではないか、と」

 

 彼女は拳を握り締める。

 

「現に、カードからは巨大な神の力。そして、神に匹敵する何かと激しく争った……と言う事が分かりました」

「1000年前に誰かが日本にエリアフォースカードを持ち込んで……」

「アマツミカボシを宇宙へ追放したってことか!?」

「無論、こんなものを放置するわけにはいきません。私は自らの最後の力を使ってこれを海へと身を投げ、幽世へこれを持っていくことにしたのです。しかし……」

 

 彼女は、恥ずかしそうに頬を引っ搔いた。

 ククリヒメは命を絶つつもりだったのだろう。

 カードと共に。

 しかし……そうはならなかった。

 現に彼女は俺たちの前でピンピンしている。

 

 

 

「……私は生かされた、のでしょうね。このカード……世界(ザ・ワールド)に」

 

 

 

 俺たちは目を見張った。

 

「じゃあ、世界(ザ・ワールド)のカードは……この中にあるっていうのか!?」

「ええ、その通りです」

 

 彼女は再び俺たちに向き直る。

 その表情は険しい。

 

「しかし、世界(ザ・ワールド)のカードは私の手にも余りあるもの。私はカードの魔力を身体が吸収したことで生き永らえましたが、同時に辿り着いたこの場所に結界を作り、長らくカードを安置していました」

「結界……って?」

「ふふっ……この島全てです」

「マジでありますかぁ!?」

 

 神のやることはスケールが違う。

 最も、それは世界(ザ・ワールド)の力を得て、彼女の魔力がある程度戻っていたのもあるのだろうが。

 それでも……この場所が全てククリヒメのテリトリーであるという俺の推測は間違っていなかった。

 

「これが……私が知る、アマツミカボシと世界(ザ・ワールド)のカードの全てです。貴方達は大方、迫るミカボシを倒す為に世界(ザ・ワールド)を持っていくつもりなのですね?」

「ああ……」

「貴方達は長らく、このエリアフォースカードを手に今まで戦ってきたのでしょう。さて、何故このカードを求めるのです?」

「ッ」

「貴方の覚悟を……お聞かせください。さもなくば、私が許しても世界(ザ・ワールド)は貴方に力を貸さないでしょう」

 

 俺の覚悟……そんなものは決まっている。

 今までの事を俺は話した。

 未来からやってきた、デュエマを消そうとするやつらの事。

 そして、アマツミカボシがもたらす破滅の未来の事。

 何が何でも、それを止めたいということを。

 

「未来……道理で私が知覚できないわけです」

「……そうなのか?」

「はい。私は同じ時間軸のものは見通せても、外の時間からやってきたものはハッキリと見通せないのです。貴方達が此処へ来たのは、未来のお孫さんと未来の技術のためなのですね」

「ああ。信じてくれないか?」

「大昔……たまにそういうことがあったもので。驚きはしませんよ。私も力を失っていなければ……未来を見通せたでしょうね」

「起きてたのかよ……」

「大体、今回の出来事の全貌が明らかになってきました。私の力で地上の様子が見通せないのは、異なる時間軸から様々なものが錯綜しているから……ですか」

 

 どうやらククリヒメには、アカリやせんすいカンちゃんのことは分からなかったらしい。

 だから、どうやって此処に来たのか大分気になっていたようだった。

 

「凡そ分かりました。して、そこまで長い旅路の先に貴方が求めるものは?」

 

 俺は力強く言う。

 

 

 

 

「俺は、皆とデュエルが出来る未来を守りたいんだ!! そのために、此処まで来た!!」

「おすすめはしませんよ」

 

 

 

 ピシャリ、と彼女は跳ねのけた。

 扇が、俺の胸元を差している。

 

「……人の子には余りあるものです」

「ッ……それほどまでに恐ろしいモノなのでありますか?」

「ええ。この私ですら直接使うことを躊躇い、今までずっと封じ込めてきたものです。貴方が使えば、()()()()()()()()()かもしれませんよ?」

「戻って、これない」

「はい。世界(ザ・ワールド)の力は、神が使ってもそのものを強く変異させるでしょう。仮に私が使えば──それはもう大きな力を手に入れるでしょうね。アマツミカボシと同等の」

 

 彼女は憂うように言った。

 

 

 

「でも……それを使った私はきっと、二度と元の私には戻れない。そう確信しています。それだけの力をこのカードから感じるのです」

「戻ってくる。絶対に」

 

 

 

 俺は、自分に言い聞かせるようにククリヒメに告げた。

 

「……じゃなきゃ、今までの戦いが無かったことになっちまう。それだけは嫌だ」

「成程。カードの力を跳ね除け、戻ってくると? この私が恐れる代物を?」

「俺には……皆が居てくれる。今まで出会ってきた仲間が」

 

 一度俺は、煩悩に呑まれた。

 もう1人の俺、そしてもう1枚の皇帝のカード。

 そして、俺自身の心の闇に向き合ってきた。

 だけど……戻って、来れた。

 

「俺には取り戻したい日常がある。それを……強く願ってるんだ」

「我も一緒であります! マスターは1人じゃない。ずっと、我らが付いているのであります!」

「……そう、ですか。戻ってきたい日々がある。そうやって強い気持ちがあれば……人の想いが神の力を超えるのかもしれませんね」

 

 彼女は小さく頷いた。

 

 

 

 

「貴方の覚悟。しかと聞き届けました。しかし──」

 

 

 

 その時だった。

 周囲の茂みが、木々がざわめく。

 彼女は扇を開き、何かに呼びかけるように念じた。

 すると──周囲から獣のような影が幾つも飛び出し、彼女の手元でカードになっていく。

 

「では、貴方の力を確かめるため。デュエル……遊興にて見極めましょう」

「……デュエル!?」

「引き籠ってたのに分かるのでありますか!?」

 

 オイ、俺も思ったけど失礼すぎるぞチョートッQ。

 

「幽世には……流れ着いたクリーチャーが多数居ます。そこから、私は儀式であるデュエルを学びました。外では人が遊興としていることも」

「……成程な。だけど手加減しねえぜ」

「ふふっ。そうですね──ですが私、遊興ではムキになってしまうタチでして」

「来るでありますよ、マスター!!」

「ああ!!」

 

 一陣の風が吹いた。

 俺はエリアフォースカードを構える。

 ククリヒメとの一騎打ちのデュエルだ。

 相手は神。恐らくかなり厳しい戦いになるだろう。 

 

 

 

「暴れる拳よ、私の下に集いなさい。……縁神類ククリヒメ……参ります!!」



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GR115話:縁神類─鎖

 ※※※

 

 

 

 ──俺とククリヒメのデュエルが始まった。

 

「──私は見極めなければなりません。千里眼を以てしても、未来を見通すことは出来ないのだから。貴方に……世界(ザ・ワールド)が力を貸すに足るか確かめましょう」

「よっし、行くぞチョートッQ!!」

「超超超可及的速やかに、勝負を決めるであります!!」

「ふふっ……どうでしょうね?」

 

 彼女は2枚のマナをタップする。

 浮かび上がるのは、白と緑の魔力。

 光文明と自然文明の使い手か。

 

「2マナ──《葉鳴妖精ハキリ》を召喚。これにて、手番を終えます」

「っ……《ハキリ》か……手強いな」

「相手ターンにこの子のパワーは上昇するの。討ち取れるものならば討ち取ってみなさい?」

 

 ハキリのパワーは相手ターン中、6000になる。

 生半可なクリーチャーでは返り討ちにされてしまうだろう。

 

「今は相手に出来ない……だけど俺は2マナで《タイク・タイソンズ》を召喚!」

「芽吹く命──しかし、炎のような攻めも、我が母なる大地の祝福によって包み込んで差し上げましょう」

 

 彼女は──3枚のマナをタップした。

 《ハキリ》だけじゃどんなデッキか分からない。

 このターンの相手の行動がカギになる!

 

「──さあ、ゆきなさい? 《呼織(コール)の鎖 マチョシビロ》!」

「ビーストフォーク……!?」

『でも、何かマークがついてるでありますよ!』

「このマークは荒ぶる拳と、鎖の如き強固な縁で結ばれた者達、暴拳王国の証です」

「王国……!? 鬼札王国と同じ、クリーチャーの派閥ってことか!」

「さあ、鎖の抱擁を受けなさい! 《ハキリ》で攻撃する時、アバレチェーンを発動です!」

 

 殴り掛かった《ハキリ》の手に鎖が巻き付いていく──!?

 縛るものではない。

 一撃を、より重くするための鎖だ。

 

「──行くわ! 《マチョシビロ》のアバレチェーンにより、山札の上から2枚を見てクリーチャーを手札に!」

「ッ……マジかよ!?」

「そしてたった今加えた《増刀(ブースト)の鎖 シノブ》を手札から降臨させます!」

 

 一気に場には3体ものクリーチャーが現れてしまった。

 あのアバレチェーンって能力は、自分のクリーチャーが攻撃する時に発動する能力みたいだけど……!

 

「そして、シールドをブレイクですっ!!」

「ぐあっ……!?」

 

 先ずは1枚。

 相手も序盤から積極的に攻め立てるデッキのようだ。

 しかも、早速盤面を取られてしまった。

 だけど──

 

「負けるかよ! 俺は1マナで《種デスティニー》を使う! 効果で《ハキリ》を破壊!」

「ッ……あらあら、そこまで手優しくはないのね」

「当然だ! 俺だって負けられないからな!」

 

 流石に手札とマナを増やし続けながら殴り続けるのはアウトだ。

 適当なところで止めなければ、こっちは一生、一方的に場数を増やされ続ける。

 手札は減るが、ジョーカーズのリソースはマナからも供給できる!

 

「俺は《タイク・タイソンズ》で攻撃する時、Jチェンジ発動! 《天体かんそ君》、来いッ!」

 

 離れた時の効果で、《タイク・タイソンズ》はマナを増やす。

 更に《天体かんそ君》もまた、マナを増やす。

 これで、残り4マナだ!

 

「あらあら……」

「お返しだ! シールドをブレイク!」

 

 突貫する《かんそ君》。

 だけど──これだけでは終わらない。

 攻撃の終わりにシールドがブレイクされた。

 それはつまり、キリフダッシュが誘発されるということでもある。

 

<ジョーカーズ疾走、キリフ・ダッシュッ!!>

 

「──キリフダッシュ発動──《熊四駆ベアシガラ》! 効果で山札の上から2枚をマナに送って、マナから手札に《バーンメア・ザ・シルバー》を手札に加える!」

「……成程。それが貴方の戦い方、というわけですね。苛烈な赤と緑の色の力……でも。私はそれさえも抱擁して見せましょう!」

 

 言った彼女は──4枚のマナをタップしてみせる。

 

「では、神の一手という大層なものではないですが……参ります!」

 

 何だ。

 地面が揺れ始めた……!?

 

 

「我が神秘、貴方に託しましょう──その鎖は絆と縁。運命を括る鋼の糸。幾たびも掛ければ暴れる拳が岩をも穿つッ!!」

 

 木々を揺らす程の咆哮が響き渡る。

 来る──彼女の切札だ!

 

 

 

「──天地神命、巡り巡って重ね重ねよッ!! 《剛力羅王ゴリオ・ブゴリ》ッ!!」

 

 

 

 幾つもの鎖がその獣の王に絡みつく。

 焼きつくのは王の証。

 こいつがキングマスターカードであることを意味していた。

 

「──かつて。鬼の侵攻に加担し、地の底に落とされた獣の王が居ました。暴れる拳の獣を統べる剛力の王。それがこの子なのです」

「鬼の仲間ってことでありますか!?」

「操られていたのです。桃太郎たちとの戦いに敗れ、この子は酷く傷ついていました。それを見かねた私は、倒れ伏せたこの子を──息子として加えたのです」

 

 おい待てや!!

 

「最後の一文さえなければ良い話だったんだけどなーッ!?」

「ゴブちゃんは怖くないですよ? ちゃんと私のバブバブ遊びにも付き合ってくれたし──」

「怖いのはオマエでありますよ!!」

「やめて差し上げろ!! クリーチャーからも尊厳を取り上げるつもりか!? そいつ一応キングマスターカード!!」

「……人の子よ、聞きなさい」

「ッ……!?」

 

 低く、唸るようにククリが言った。

 まずい。ツッコんでいたら、彼女の逆鱗に触れただろうか?

 

「──人の子も、クリーチャーも──皆同じ。心の奥底では、誰かにおしめを変えてもらいたい……そう願っているのです」

「通らねえよ!!」

『シリアスな顔でとんでもないこと言ったでありますよ!』

「くっ、強情ですね……ゴブちゃん。見せて差し上げなさい! 貴方のアバレチェーンと言うものを!!」

 

 ──来る。

 鎖が《ゴリオ・ブゴリ》の周囲に絡まっていく。

 その拳が──《ベアシガラ》に叩きつけられたッ!!

 

「──アバレチェーン、発動ッ!! 《ゴリオ・ブゴリ》、《シノブ》、《マチョシビロ》!!」

 

 三重の鎖が絡みつく。

 まさか、アバレチェーンって、攻撃時に一挙に全部発動するのか!?

 

「《シノブ》の鎖によりマナを1枚増やし、《マチョシビロ》の鎖により手札に《光牙忍ソニックマル》を加え、そして《ゴリオ・ブゴリ》の鎖は──」

 

 

 

 

「──大地さえも抉る、無敵の拳を生み出すッ!!」

 

 

 

 拳が、《ベアシガラ》を打ち砕いた。

 粉砕され、ガラガラと音を立てて崩れていくクリーチャーを見ながら、俺は蒼褪めた。

 パワー8000のベアシガラをバトルで破壊したのか、あの4コストのクリーチャーは……!

 

「《ゴリオ・ブゴリ》のパワーは5000。しかし、この子自身のアバレチェーンで、攻撃時にパワーは2倍の1万にまで上昇します」

「ッ……クッソ……!! マッハファイターに無敵のパワーが付くってか」

「そして、普通ならアバレチェーンはそのターン中、最初の攻撃でしか発動しません。しかし──」

 

 言ったククリは《マチョシビロ》を《天体かんそ君》に突撃させる。

 《かんそ君》のパワーは3000。このままでは自爆特攻だ。

 しかし、鳥人の腕には次々に鎖が巻き付いていく。

 最初の攻撃でしか発動しないはずのアバレチェーンが、再び発動しているってのか!?

 

「──アバレチェーン・ザ・ネクスト。《ゴリオ・ブゴリ》が居る時、アバレチェーンは2度来る。覚悟はいかがッ!!」

「二度、来る!?」

「じゃあ、1ブースト、1サーチ、パワー2倍がもう1度来るのでありますかァ!?」

「あらあら……守護獣君は物分かりが良いです♪ ご褒美におしゃぶりを上げましょうね~」

「要らないでありますよ!!」

 

 粉砕される《天体かんそ君》。

 一瞬で俺のクリーチャーが2体、片付けられてしまった。

 暴拳王国とアバレチェーン……実はとんでもなく、盤面を取る力が強いのか!?

 

「いかがでしたか? これにてターンエンドです」

「……つ、強いッ……!! だけど!!」

 

 俺だって負けてはいない。

 6枚のマナをタップする──

 

<超GRゾーン、アンロック>

 

「この感覚、久しぶりだぜ!! 頼むぞ──《バーンメア》!」

 

 12枚のGRゾーンが共鳴するように輝いた。

 

「駆け抜けろ《バーンメア・ザ・シルバー》ッ!! GR召喚──《せんすいカンちゃん》、そしてッ!」

 

 バチバチと稲光が超GRの門を開け放つ。

 来る。

 今度は、れっきとした俺の味方として!

 

「轟き叫ぶは王者の咆哮!! ドラゴンの魂がオーバーロード!!」

 

 バトルゾーン。

 そして、マナゾーンのジョーカーズさえも。

 デッキのカードが皇帝の降臨を歓迎する。

 さあ、来い! 満を持して!

 

 

 

「──切札爆発ッ!! 暴れ龍のお通りだ──《Theジョギラゴン・アバレガン》ッ!!」



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GR116話:縁神類─世界(ザ・ワールド)

「ジョギラァァァァァァーッッッッ!!」

 

 

 

 無数の銃火器を構える巨大な暴君龍が、遂に俺の元に降り立った。

 ……感慨深いな。

 ずっと手を焼いていた分、味方になると此処まで心強いだなんて。

 

 

「超GR……人類は私の引き籠っている間に斯様な力を……!」

「マスター! ついに、ついに! 《アバレガン》を従えたでありますよ!」

「おいおい、前から言ってただろ……」

「でも我、こうして見るとカンドーであります……!」

「そうだな……じゃあ、存分に暴れさせてやろうぜ! 《バーンメア》で呼び出したGRクリーチャーは全てスピードアタッカーだ!」

「ですが、それでも私のシールドを2枚しか削ることが出来ないですよ?」

「《せんすいカンちゃん》で攻撃する時、Jトルネード発動! 《バーンメア》を戻して、その効果をコピーする!」

「J・トルネード……ですって!?」

 

 怪訝な顔でこちらを見つめるククリヒメ。

 まあ、俺らからしても超技術には違いないんだけどさ。

 

「二回、GR召喚! 《Mt富士山ックスMAX》、《ゴッド・ガヨンダム》! 《Mt富士山ックスMAX》のマナドライブでパワーが一番低い《シノブ》を破壊! 更に《ガヨンダム》で手札からジョーカーズを捨てて2枚ドローだ!」

「……一瞬で、これだけの数を。しかも皆、私を攻撃出来るとは……素晴らしい”力”。ご褒美に高い高いをして差しあげましょう!」

「要らん!!」

「……いぢわる」

「いや、そう言う顔をされると……ちょ、ちょっとだけなら、良いかなーって」

「マスターッ!! 惑わされるなでありますよーッ!!」

「わ、悪い悪いッ!! シールドをブレイク!」 

 

 平常心、平常心だ。

 このままなら、勝てる……!

 《せんすいカンちゃん》の攻撃で2枚目のシールドが破壊出来た。

 残るククリヒメのシールドは3枚だ!

 

「行けっ! 《アバレガン》の攻撃時──超天フィーバー発動だあッ!!」

 

皇帝(エンペラー)オーバーロードモード……【超天フィーバー】エンゲージ!!>

 

「《アバレガン》は──T・ブレイカーとなるッ!!」

「あくまでも……この私のシールドを削り切ると」

「そうだ! その時、俺のシールドも1枚ブレイクするけど……このくらいは大目に見るッ!!」

 

 乱打される暴君の銃火器。

 それが俺のシールドを1枚、そしてククリヒメのシールドを全て薙ぎ払う。 

 よ、漸くこの過剰火力にも慣れてきた、のか……!?

 だけど俺のシールドは残り3枚しかない。

 

「やっぱ肝が冷えるぜ……! 自分のシールドをブレイクするのは──!」

「でもこっちにはあと2体、攻撃出来るクリーチャーが居るでありますよ!」

「──甘い」

 

 冷たい声が響いた。

 

「──S・トリガー《殴厳!暴拳MAX》。パワー2000以下のクリーチャーを全てマナゾーンへ送り、更に《富士山ックスMAX》をシールドへ叩きこみますね♪」

 

 盤面が、一瞬で壊滅した。

 《せんすいカンちゃん》、《全能ゼンノー》、そして《富士山ックスMAX》は消え失せる。

 場に残っているのは──《バーンメア》と《アバレガン》だけだ。

 

「更にもう1枚S・トリガー。神の壁……超えられるでしょうか? 《Dの牢閣メメント守神宮》!」

「これでクリーチャーが全員ブロッカー化したでありますよ!」

「おまけにターン開始時に俺のクリーチャーを1回全員タップする効果まであるからな……ここにきて堅牢になりやがった!」

「白と緑。獣の壁。そう簡単に超えさせはしませんよ?」

 

 言ったククリヒメはカードを引くなり、増えたマナを一挙にタップした。

 

「7マナで《明日(アース)の鎖 ハヤブサツイン》を召喚。この子はマッハファイター……《バーンメア》を狙って攻撃するわッ!!」

「マスター、またアバレチェーンが来るでありますよ!」

「あ、ああ……!」

「《ハヤブサツイン》のアバレチェーン発動!! 直結、《マチョシビロ》、《ゴリオ・ブゴリ》、《ハヤブサツイン》!」

 

 鎖がじゃらじゃらと音を立てて《ハヤブサツイン》に巻かれていく。

 暴発する……一挙に3枚のアバレチェーンが!

 

「《ハヤブサツイン》の大地を繋ぐ鎖ッ!! マナゾーンから《荒舞(アライブ)の鎖 ナマケイラ》をバトルゾーンに出します」

「クリーチャーが増えた!?」

「残り2本の鎖は知っての通り。《マチョシビロ》で山札の上2枚からクリーチャーを手札に加え、《ゴリオ・ブゴリ》でパワーを2倍に!!」

 

 鋼の駿馬は一瞬にして粉砕される。

 ダ、ダメだ。こいつら相手に盤面の取り合いをしていたら、完全に競り負けてしまう。

 

「これだけでは終わりません! 《ゴリオ・ブゴリ》で《アバレガン》を攻撃──」

「盤面が減った所為で超天フィーバーはもう切れているでありますよ!」

「パワーが2倍になった《ゴリオ・ブゴリ》に《アバレガン》はバトルで負ける……!」

「更に、アバレチェーン4連発ッ!! 《マチョシビロ》で山札の上2枚からクリーチャーを手札に加え、《ナマケイラ》の鎖で山札の上から2枚を見て1枚をシールド、1枚をマナゾーンへ」

 

 これで彼女のシールドは1枚増えた。

 勝利まで更に遠のいていく……!

 

「そして《ハヤブサツイン》の鎖で、マナゾーンから《兵繰凄(ヘラクレス)の鎖 サイノ・ブサイ》をバトルゾーンへ!」

 

 現れたのは屈強なサイの獣人。

 その畏怖は、《ゴリオ・ブゴリ》にも勝るとも劣らない。

 しかもこいつは素でブロッカーを持ってるのか。

 

「ッ……また、クリーチャーが……!」

「《サイノ・ブサイ》の効果により、《ハヤブサツイン》と《ゴリオ・ブゴリ》をアンタップします」

「マ、マスター、あいつらがアンタップしたってことは……!」

「ブロッカーになっているこいつらを超えなきゃ、ククリヒメに勝つことは出来ないってことだな……!」

「では、正面から捻じ伏せます。我が《ゴリオ・ブゴリ》の鉄拳で──ッ!!」

 

 《アバレガン》は銃火器を乱射し応戦するが、大猿のキングマスターは筋肉でそれを全て跳ね返す。

 そして、その拳を大上段に振り下ろし──

 

 

 

 

「──《Theジョギラゴン・アバレガン》を破壊ッ!!」

 

 

 

 

 俺の最強のGRクリーチャーを破壊したのだった。

 最早何も言えなかった。とんでもない盤面制圧力だ。

 展開してこちらを除去しながら、守りまで固めてくるなんて。

 ククリヒメのバトルゾーンには、キングマスターカードの《ゴリオ・ブゴリ》に加えて、《サイノ・ブサイ》、《ナマケイラ》、《ハヤブサツイン》、《マチョシビロ》の合計5体のビーストフォークが鎮座している。

 更に、そいつらは《メメント守神宮》の効果でブロッカーとなっており、突破が困難であることは見ての通り。

 

「ッ……神の壁、か。強ちウソでもなかったな」

「マスター……!」

 

 落ち着け。

 落ち着くんだ。

 確かに相手のブロッカーの数は多い。 

 だけど、1枚ずつ丁寧に処理していけば……勝機はある!

 

「呪文、《灰になるほどヒート》! 効果で手札から《ソーナンデス》を出して、《ゴリオ・ブゴリ》とバトルして破壊!」

「あらあら……攻めるのは得意だけど、攻められるのは……苦手なのよね」

「それだけブロッカー並べておいて何言ってんだ……」

「苦手だから、ブロッカーに頼らざるを得ないのですよ? そのバトルは大人しく受けましょう」

 

 よ、よし、通った!

 《ソーナンデス》が《ゴリオ・ブゴリ》を引き潰し──何とか破壊する!

 

「更に、《ソーナンデス》はマッハファイターだ! 今度は《ハヤブサツイン》に攻撃!」

「一応、《マチョシビロ》でブロックしますが──」

「する時! Jチェンジ発動!」

「ッ……!」

 

 《ソーナンデス》のJチェンジは8。

 マナゾーンからコスト8までのジョーカーズを直接場に出せる。

 入れ替えるのは──こいつだ!

 

「──《ドンジャングルS7(ストロングセブン)》! こいつはバトル時、パワーが+6000される!」

「猶更《ハヤブサツイン》への攻撃は通せないですね……」

「更に《ドンジャングル》が場に出た時、マナゾーンからパワー7000以下のクリーチャーを1体マナゾーンからバトルゾーンに出す! 出すのは──《ソーナンデス》だ!」

「ッ……守りなさい《マチョシビロ》!」

 

 ぶつかり合う《ドンジャングル》と《マチョシビロ》。バトルの結果は歴然。パワー3000ではパワー14000に勝てるはずもない。

 これで、後3体!!

 

「……ご苦労様です、《マチョシビロ》」

「そして《ソーナンデス》で《ハヤブサツイン》に攻撃する時──Jチェンジ発動!」

「あらあら……あくまでも、この盤面を突破すると?」

「これが俺の渦巻く切札(ザ・オーシャンズ・ワイルド)ッ!!」

 

 撃ち抜く。

 どれほど高い荒波だろうと、山だろうと。

 この銃弾で──撃ち貫いてきたんだ!

 

 

 

 

「──波濤を超えろ、《ジョリー・ザ・ジョルネード》!!」

 

 

 

 俺のジョーカーズはブロックされない。

 よって、《ハヤブサツイン》への攻撃は確定で通る。

 そして──

 

「──巻き起これジョーカーズ大旋風ッ!! GR召喚、三連発ッ!!」

「……!」

「場に出すのは──《全能ゼンノー》、《ジェイ-SHOCKER》、そして──」

 

 皇帝のカードが煌めく。

 そうだ。

 俺はまだ、負けちゃいない!

 

 

 

「──これが未来の龍星の切札(ワイルドドラゴン)、応えろ皇帝(エンペラー)のアルカナ! 《Theジョラゴン・ガンマスター》ッ!」

 

 

 

 

 場に出てくる《ガンマスター》。

 パワーは《アバレガン》に及ばないが、この盤面をひっくり返すことが出来る!

 

「場とマナにジョーカーズが合計10枚以上──超天フィーバー達成ッ!!」

 

皇帝(エンペラー)アサルトモード……【超天フィーバー】エンゲージ!!>

 

「ッ……場に出てすぐ攻撃出来るのですね」

「そうだ! 《ジョラゴン》が攻撃する時、超天フィーバーで手札からジョーカーズを好きな数だけ捨てて、その数だけ相手のパワー1万以下のクリーチャーを破壊する!」

「……ブロックしようがない、というわけですか」

「漸く討ち取ったぜ──《ハヤブサツイン》と《ナマケイラ》を破壊! これで全滅だッ!」

 

 《ジョラゴン》が次々に弾を装填していく。

 そして撃ち放った。

 空を目掛けて!

 

 

 

 

「──ガンマスター・アサルトレインッ!!」

 

 

 

 

 降り注ぐ流星群。

 それが《ナマケイラ》と《ハヤブサツイン》を一瞬で破壊する。

 そして弾丸は──ククリヒメの最後のシールドをも撃ち砕いた!

 

「……ですが、甘いと言ったはず!」

「えっ!?」

「神の障壁。そう簡単に越えられないものと思いなさい! S・トリガー《イメンズ・サイン》!」

「《イメンズ・サイン》……!?」

「あれはビーストフォークを手札から出す呪文でありますよ!」

 

 そ、そうか、頭から抜けていた!

 てっきり手札から《龍覇イメン=ブーゴ》を早出しするくらいの呪文に思っていたのだ。

 しかし、暴拳王国の面々は見た限りビーストフォークだらけ。

 このデッキに於いては、強力な踏み倒し札足り得る……!

 

「皇帝のアルカナの力、存分に見せてもらいました……しかし。私とて神。縁を司る神。例え遊興の決闘と言えど、いえ……遊興だからこそ! そう易々と人間に遅れを取るところは見せられない!」

「……ッ!」

「何より人間より弱いとなれば、甘やかすことなど夢のまた夢!!」

「夢のまた夢で良いんじゃないかなあ!?」

「何故ですか! 貴方達に私の趣味──じゃなかった夢をとやかく言われる謂れはありません! 母は怒りますよ!! ぷんすか!」

 

(怒り方が子供っぽい……)

 

(しかもマスター、こいつ今”趣味”って言ったでありますよ……)

 

(ククリヒメって地母神じゃねえよな……? 確か……)

 

 ……神サマの名誉のために最後の一文は聞かなかったことにしておこう。

 

「私は手札より、コスト7以下のビースト・フォークを場に出し、相手のクリーチャーとバトルさせることが出来るのです!」

 

 バチッ、バチバチ、と紫電が周囲に迸る。

 ……何か、様子がおかしい。

 地面が沸き立ち、大地が悲鳴を上げているような、そんな──

 

「貴方に見せて差し上げましょう。世界(ザ・ワールド)の守護獣を!」

世界(ザ・ワールド)の守護獣……!?」

「ゴブちゃん。少しだけ……力を貸してね」

 

 突如、バトルゾーンに現れる《ゴリオ・ブゴリ》。

 しかし、その身体を突如──その身の丈の三倍はあろうかという龍のオーラが飲み込んだ。

 

「これがゴブちゃんが強くなった姿です……ッ!」

 

 全身が恐怖で震える。

 こ、これは、今までの守護獣の中で一番かもしれない。

 よりによってキングマスターカードを依代にして顕現させた守護獣なのだから強いに決まっているのは分かり切っていた。

 だけど、その魔力のケタ違いさ加減は、立ち上がれなくなるほどだ。

 

「マ、マスター、しっかりするでありますよ!」

「ッ……何だよ、こいつ……!」

「大地、火、水、光。豊穣を齎す精霊の力よ、廻り巡るめく地の天球に祝福をもたらせッ!! 裁きの咆哮で世界を揺るがし、闇を払わんッ!!」

 

 稲光が、大地に落ちる。

 浮かび上がるのはⅩⅩⅠ番。

 大アルカナの──最後の数字だ。

 

 

 

 

「抱擁し包み込むは大いなる世界──《世界獣龍 テライグニス・アクアエル》ッ!!」 



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GR117話:縁神類─辿り着く弾丸

 現れ、翼を広げるのは獣の龍。

 歪曲した二つの角に加え、顕現した時、大地が揺れる。

 

「ッ……こいつは……!」

「先ずは《イメンズ・サイン》の効果で《全能ゼンノー》とバトルして破壊」

「マズい、折角《ゼンノー》を残せたと思ったらッ……!」

「そして《テライグニス・アクアエル》の効果発動です。《アクアエル》はクリーチャーを1体選び、それ以外のクリーチャーを全てタップする」

「全員タップ──だけど、どの道《ドンジャングル》が居るから攻撃は全てコイツに吸われる──」

「ふふっ、甘いと言ったはずですよ!」

 

 返る彼女のターン。

 まだ、どうにかできると言うのだろうか。

 いや、恐らくその算段は付いているのだろう。

 さもなきゃ、こんなに自信たっぷりではないはずだ。

 

「私のターン……呪文、マナから《生命と大地と轟破の決断(パーフェクトネイチャー)》を唱えるわ!」

「んげっ、その呪文って……!」

「マナから2体クリーチャーを出すインチキカードであります!?」

 

 あのいけ好かない双子天使が使ってたカードだ。

 この時代にも存在していたのかよ……!?

 

「完全なるパーフェクト呪文は、神のみが持つ権能と同義です。その効果でマナゾーンから《ゴリオ・ブゴリ》と《天渚の鎖 イキリワニ》をバトルゾーンへ!」

「マナからの2体踏み倒し……!」

「しかも結局、また《ゴリオ・ブゴリ》が場に出てるでありますよ!」

「そして、《テライグニス・アクアエル》で《ドンジャングル》に攻撃する時、アバレチェーン発動!」

 

 二重の鎖が《テライグニス》の周囲を舞う。

 あいつの素のパワーは──7000。とてもじゃないがこのままでは《ドンジャングル》を討ち取れない。

 しかし、場には既に《ゴリオ・ブゴリ》が居る。これでパワーが2倍になり、相討ち──

 

「アバレチェーン三連発ッ!! 《イキリワニ》の鎖で《テライグニス》のパワーを+4000! そして《ゴリオ・ブゴリ》の鎖でパワーを2倍に!」

「突破、されたぁ!?」

「そして《テライグニス》の鎖よ! 他のクリーチャー……《ゴリオ・ブゴリ》のパワーを+7000します! ……お覚悟は、出来ましたか?」

「ッ……!」

 

 世界獣龍の攻撃により、《ドンジャングル》が破壊される。

 またしても、俺の切札が破壊されてしまった。

 

「更に、《ゴリオ・ブゴリ》で攻撃する時──アバレチェーン発動! 《イキリワニ》でパワーを+4000してパワーを2倍に! 更に《テライグニス・アクアエル》のアバレチェーン発動!」

 

 その時だった。

 《アクアエル》の身体が再び起き上がり、更にパワーが膨張していく──

 

「アンタップ、したぁ!?」

「《ゴリオ・ブゴリ》で《ジョルネード》を攻撃して、破壊しますッ!!」

「っ……マジかよ……!」

「更に、《テライグニス・アクアエル》で《ガンマスター》も攻撃して破壊ですッ!」

 

 世界獣龍の拳が《ガンマスター》を砕く。

 折角苦労して場に出した主力の3体は──見事に破壊されてしまった。

 俺の場に残っているのは、《ジェイ-SHOCKER》だけ。

 

(しかも、結局相手の場には《メメント》が残っている。あれが地味に厳しい……《イキリワニ》がブロッカーになったままだ!)

 

(仮にアレを突破したところで……我々が無事にトドメまで持っていけるかは未知数でありますよマスター……!)

 

(いや、恐らく通らない)

 

 あいつは最初に、《マチョシビロ》の効果で《光牙忍ソニックマル》を手札に加えていた。

 だからこそ、盤面を空にしてから過剰打点でトドメを刺すつもりだったのだ。

 しかし──それがどうだ。こちらの場は1体だけ。

 仮に1体、スピードアタッカーを引けたとしても、《ソニックマル》の効果でクリーチャーがアンタップするので、あいつ自身を含めてブロッカーは3体現れることになる。

 

(弾は使いきっちまった……! どうする……!? 手札にも、マナにも、あの盤面を一掃できるカードは無い……!)

 

 《メメント》があるということは、シノビ1体でこちらの攻撃クリーチャーが2体も止められるということも有り得る。

 しかも、《テライグニス・アクアエル》と《ゴリオ・ブゴリ》が揃っているということは、さっきのアバレチェーンを見るにあの2体だけで3回もの攻撃を生み出せる。

 早い話、《ドンジャングル》さえ出せば止まるんだろうが、その《ドンジャングル》は今しがた破壊されてしまった。2枚目? そんなものは手札にもマナにもない。

 

「正直、貴方の力は私の想像以上でした。盤面を空にされた所為で、私も《テライグニス・アクアエル》の効果を最大限に発揮することが出来なかったので」

「ッ……そうだな。アバレチェーンは単体で強い効果ってわけじゃない。場に並べば並ぶほど強くなる効果ってわけか……俺は好きだぜ、そういうカード達!」

「貴方のジョーカーズも、私の暴拳王国に似通ったものを感じます。仲間と仲間が手を繋ぐことで強くなる……それがジョーカーズなのね」

「ああ。最高だぜ。こんなデュエルは久しぶりだ!」

「しかし──その楽しいデュエルも此処まで。後顧の憂いは此処で断つわ! 《メメント》のDスイッチで、《ジェイ-SHOCKER》をタップする!」

 

(仮に《オラマッハ》のマスター・マッハファイターで壁を退かせても、トドメまでは持っていけない! 《ジョラゴン》は手札に無い……! 《モモキング》じゃあ、相手に攻撃が届かない……!)

 

 そもそも、ブロッカー合計3体を突破出来る確証は何処にも無いのだ。

 ……手札も、マナも、弾はもう無い。

 

「万策尽きた──普通の奴なら、そう思うかもな」

 

 ──でも、それは諦める理由にならない!

 

「ッ……成程。貴方はそうやって、今まで戦い抜いてきたのですね」

「ああ。俺はどうやってでも、負けられない理由があるんでな!」

 

 それならば最後は、山札の上に頼るしかない!

 

「俺のターンッ! 7マナをタップ──《キング・ザ・スロットン7》を召喚だ!」

「ッ……最後の最後で神頼み、ですか」

「いいや、あんたの言葉を借りるなら……縁頼みだ」

「何……?」

「このデッキは……ジョーカーズは、俺が今まで出会って来た切札達の集合体みたいなもんだ。あんたも強いよ──その俺の切札を悉く打ち倒して来たんだからな」

「……ふふっ。そうね。そうやって褒められるのは……少しむず痒いです」

「だけど! 俺の弾丸はまだ尽きてない! 俺の切札は……この中に眠っている、はず!」

 

 俺のシールドは残り2枚。

 下手をすれば、その中に眠っている可能性すらある。

 だけど。ここを外すか、外さないかで勝負は決まる──

 

「《スロットン》の場に出た時の効果──山札の上から3枚を表向きにして、それが全てジョーカーズなら1体選んで場に出す!」

「ッ……ごくり。見ている私も、緊張してくるわ……! 負けちゃうかもしれないのに、貴方に……切札を捲ってほしいと願っている私も居る。これは──高揚感というものなのですね!」

「マスター……!」

「いくぜ……1枚目!」

 

 ──捲れたのは──《エモG》。

 

「そして──2枚目!」

 

 ──捲れたのは──《グレープ・ダール》。

 

 

 

「──そして、3枚目ッ!!」

 

 

 

 ──捲れ……たッ!!

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──初めてこのカードを使ったのは、火廣金との二度目のデュエルの時だった。

 俺の運命は俺が決める。

 他の誰に言われる筋合いは無い。

 他の誰かが決めたレールに従うつもりはない──それは、今でも変わらない。

 

 それにつけ足すなら、その運命は俺にも分からないということ。

 

 分からないから、良いんだ。

 

 決められた未来の絶望を……俺が、撃ち抜くッ!! このカードでッ!!

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「撃ち抜け、俺の切札(ザ・ジョーカーズ・ワイルド)――《ジョリー・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

 赤、緑、青──再び、光は集約する。

 全てを兼ね揃えた、無色にッ!!

 

「《ジョニー》! 《ジョリー・ザ・ジョニー》! 久しいでありますな!」

「ッ……そこで、そのカードを……!? 確かに貴方とは縁深いカードだけど……」

「役に立つかもって思って入れてたんだよ。こいつは……場とマナにジョーカーズが5枚以上ある時、攻撃の終わりに相手のクリーチャーとシールドが無ければEXウィン出来る──」

「──でも。私の場にはクリーチャーが3体。更に手札には《ソニックマル》も──」

「──それだけじゃねえんだよ。こいつは今のジョーカーズでも珍しい、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ!」

「なっ……!」

 

 あの時の俺はずっと、コイツの効果を破壊、EXウィン程度にしか考えてなかった。

 それに色は無色だから、ジョーカーズから色が増えればおのずと抜けていく。

 しかし。故に誰もが見落とす。こいつの本領は──何時いかなるどのような状態でも、確実に標的を仕留める確実性にあると!

 

「……盲点、だったわ。ブロッカーを固めれば……守り切れるとばかり……ッ!」

「いや、俺が同じ立場でもきっと同じ事を考えただろうぜ」

 

 俺は《ジョリー・ザ・ジョニー》に手を掛ける。

 銀の馬に駆ける白きガンマンは、大猿を、そして世界獣龍の頭を飛び越し、跳ね、そして銃を構えた。

 この一発に、俺の全てを賭けるッ!!

 

 

 

 

「──《ジョリー・ザ・ジョニー》でダイレクトアタック──ッ!!」

 

 

 

 銃弾が──神を貫く。

 こうして、世界(ザ・ワールド)のカードを賭けた戦いは──幕を閉じたのだった。



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GR118話:廻神類─樹壊獄

 ※※※

 

 

 

 

 ──同時刻、表の世界。インド最大の都市・ムンバイにて。

 

 

 無数の人々を取り込んだ龍の樹を相手にしていた黒鳥達。

 しかし、肝心の神類種が見つからないまま、時間だけが過ぎていく。

 無論、その間にも龍樹達を討伐しているので、魔力は擦り減っていくばかりだった。

 

「……見ろ、空が……ッ!!」

「……裂け目が、広がっていく、デス!?」

 

 黒鳥が息も絶え絶えに空を指差す。

 インドからも見える空の裂け目。

 そこから見えた。

 ギラギラと輝く1対の眼が──

 

「……あれが、アマツミカボシ、ですか……!」

 

 紫月は想定よりも早い災厄の接近に言葉を失っていた。

 あのままでは、最早出てくるのも時間の問題だろう。

 

「見ろ……ヤツが近付くにつれて、樹のバケモノ達がどんどん活性化していく……!!」

 

 二人は身構える。

 いや、それだけではない。

 地面が揺れていく。

 

『高濃度の魔力反応!! 高濃度の魔力反応!! 気を付けやがれ!! 地面からだ!!』

『来るぞ……神類種が!!』

 

「うええ!! 寝てる場合じゃないデース!!」

 

 サッヴァークに飛び乗る3人。

 すぐさま空高く飛び上がる──

 

 

 

 

「………ーーーーーーッッッッ!!」

 

 

 

 ──言葉にならぬ叫びが聞こえた途端。

 地面を突き破り、無数の手が伸びてくる。

 サッヴァークは障壁を貼りながら、それを躱していく。

 上へ、上へ、上へ。

 

『なっ、何じゃあ、これはぁぁぁぁ!?』

 

 流石の彼も狼狽した。

 しかし、今自分が撃ち落とされれば、背中の3人も無事では済まない。

 そのまま高度を上げていく──

 

「手が沢山!? 山みたいなのが競りあがってくるデース!?」

 

 ──そうしてようやく。

 ブランも、紫月も、黒鳥も──それの正体に気付くことになった。

 空から眺めて漸く全貌が視認出来る程の巨大な神が降臨していた。

 

 それは、今までのどの龍樹よりも巨大な──いや、最早龍樹を全て背中に背負うほどに巨大な神類だった。

 大きさのスケールが違う。

 青い肌に、無数の手。

 三つの瞳、そして──三又の槍。

 その背中には、先程までブラン達が相手にしていた全ての龍樹が生えている。

 

「ッ……ぁ、ああ」

 

 紫月は気を失いそうになった。

 これが生き物である、と頭が認識しない。

 何かの建造物にしても巨大すぎる。

 それは、インドどころか世界をも踏み潰してしまいそうなほどだ。

 アマツミカボシの接近に伴い、インド全域を蝕む破壊の神は遂に覚醒を遂げて地面から姿を現したのである。

 

「こんなに大きいの、どうするデース!!」

「どうにかするしかあるまい!! あんなものを放置していたら世界が滅ぶぞ!!」

『敵性クリーチャーの全貌を把握……何なんだアイツは!? 背中に生えた龍の樹はさながら自分の養分ってか!?』

 

 シャークウガが絶叫する。

 それもそのはず、龍樹の1本1本から凄まじい魔力が感じ取られているのだから。

 

『ワシらが今まで戦っておったのは、神の一部でしかなかったというのか!!』

 

 

 

「ッーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 神類種の頭上に浮かび上がるのは、それまた巨大な槍。

 それが、全方位を薙ぎ払っていく。

 すると──空間が裂け、そこからひび割れが起きた。

 その中からは──雪崩れ込むようにして、異形達が漏れ出して来た。

 

「あいつはッ……!? 世界全部を壊すつもりか!?」

『あやつめ……あの裂け目を通して、別の空間からクリーチャーを召喚しおったわ!!』

「クリーチャーを召喚……!?」

「いや、それだけでは終わらんみたいだぞ……!」

 

 見ると、無数の異形達は皆、神に向かって殺到していく。

 その様は、餌に群がる蟻の群れのようだ。

 しかし──問題は、集る相手が神であるということ。

 無数の異形達は、神の身体に触れるなり、溶けて消えていく──

 

『ありゃあマズいぞ!! あいつ、自分で召喚したクリーチャーを自分で吸収して更にエネルギーを溜めてやがる!!』

「強ちバカな話ではないな……以前、鶺鴒に現れたデ・スザーク、ド・ラガンザークも同じことをやっていたからな……ッ!!」

『いずれにせよ、あやつをあのままにしておけば……臨界状態に達した魔力が暴発、インドどころかこの大陸が吹き飛ぶじゃろうのう』

「アジア大陸の危機デースッッッ!?」

「アジアどころか、世界全部だ。アジアが吹き飛ぶほどの爆発が起きたら、終わるぞ」

 

 黒鳥が苦虫を噛み潰したように言った。

 しかし──神は既に動き出しており、止まる様子がない。

 あのペースでは、ムンバイを飛び出してインド全域、それどころかアジアを踏み潰していきかねない勢いだ。

 かと言って、近付ける相手ではない。

 この距離ではデュエルエリアを開きに行くどころの話ではないのである。

 

「ならっ、水晶漬けにして動きを止めるデスよーッ!!」

「……仕方ありません。魔力を補充します」

正義(ジャスティス)、フルパワーッ!!」

魔術師(マジシャン)、フル稼働です」

 

 サッヴァークの身体が、変化し、サッヴァーク†と化す。 

 更に、シャークウガを通して送り込まれた魔力がサッヴァークを満たしていく。

 

「──オラァ、爺さん!! ぶっ放してやりなァ!!」

「ぬぅ……これで止まってくれい!!」

 

 そして、空中に浮きあがった何本もの水晶の剣が次々に地面へと突き刺さっていき、そこから巨神の身体を水晶漬けにしていく──はずだった。

 

「ぬぐうぉっ!?」

 

 直後。

 突き刺さっていた水晶の剣がひとりでに消滅していく。

 そして、水晶化していったのは──サッヴァークの身体だった。

 

「んなっ、馬鹿な……!?」

「サッヴァーク!? 大丈夫デス!?」

 

 腕が、そして足が凍るようにして水晶になっていく。

 巨神へと向けた

 

「罰当たり……ということかのう!!」

「おいおいまさかありゃ、高度な魔力反射ってかあ!? 因果律を弄ったのか、それとも事象事態を捻じ曲げたってのか!?」

「ど、どういうことデース!?」

「つまり……天罰。神へと触れる行為そのものが罰せられるということか……!!」

「じゃあ手出しできないじゃあないデスか!!」

 

 

 

 

「ッーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 直後、再び薙ぎ払うようにして三又の槍が振り回される。

 空間には次々に穴が開いていき、そこからクリーチャーが雪崩れ込んでムンバイを蹂躙していく。

 最早都市だったかどうかも分からないほどに大地は荒廃していった。

 巨神であるがゆえに、物理的に止めることは不可能。

 そもそも質量面でも優に全周3kmを超えるほどの巨体を守護獣2体程度が押し留められるはずがない。

 いや、そもそも数を増やしてどうにかなる相手でもない。

 仮にエリアフォースカードの使い手の守護獣総出でもあの巨神を止めることは出来ないだろう。

 

(あんなのが出てきた後に、まだアマツミカボシが控えてるってことデショ!? どうするのデース!!)

 

(あれをどうにかできるビジョンが全く思い浮かばん……! 魔導司の援軍が居れば、と思ったが今では彼らが居なくて良かったとまで思える……皆殺しは免れんぞ!?)

 

(……諦めない。諦めたくない。だけど……!! どうにかなるんですか、これは……!?)

 

 弱音が胸の中に渦巻いてくる。

 動きこそゆっくりだが、確実に巨神はこちらの心を蝕んでいた。 

 雪崩れ込んで来るクリーチャー全てを相手にしている余裕など最早無い。

 しかし──

 

 

 

(いえ、先輩なら……絶対に諦めたりしない!!)

 

 

 

 ──紫月は、折れる寸前に思いとどまる。

 未来に連れ去られた自分を助けたのは誰だったか。

 不可能を可能にしてしまった、ある少年を思い出す。

 歴史を変えられても尚、仲間達を助け出すまで1人で戦い続けた彼を思い出す。

 それに比べれば何だ。

 しかし。

 手だてが思い浮かばない。

 こちらの戦力と相手の戦力があまりにかけ離れ過ぎている──

 

 

 

「ーーーーーーーーーーーーーー!! ーーーーーーーーーーーーーーーー……!?」

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 巨神の身体が、真っ二つに両断されたのは。

 

 

 

「え?」

 

 

 

 3人は、拍子抜けしたように口を開いていた。

 都市を飲み込むほどの神の身体が、いきなり裂け、そして地面へ斃れたのである。

 その間、凡そ2秒足らず。

 神を背後から両断した好々爺は豪快に笑い飛ばして見せる。

 

 

 

「──デカいのは漢の浪漫……しかし聊か、肉弾戦には弱いとみたのう。貴様が神でなければ、稽古の付け甲斐があったろうに!! のーっほっほっほっほ!!」

 

 

 

 

 黒鳥は。紫月は。ブランは。

 そして守護獣2体は。

 突如乱入したスケール外にして想定外の助太刀を前にして言葉を失う。

 

 

 

 

「およ? 見慣れた顔がおるのぉーう!? なんじゃなんじゃ、シケた顔しおってからに……」

 

 

 

 

 

 

 

「ジジイが山までシヴァ狩りに来たというのに……此処からが……神退治の本番じゃぞう? のう?」

 

 

 

 

 ──こちらを見るなり、巌流齋老師は高らかに笑い飛ばしたのだった。

 その背後には、老師自らが従える夢幻の龍の姿があった──



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GR119話:廻神類─夢幻を継ぐ者

 ※※※

 

 

 

 

 巨神は、初めてであった。 

 己が破壊されたという感覚を覚えたのが。

 己が知覚する前に破壊されたという事実が。

 ただただ意味もなく破壊と創造を繰り返すのみの彼が、初めて自らに受けた破壊であった。

 

 

 インドは愚か、大地全てを自動的に終わらせるという終末装置である彼は──自らを破壊した何者かに一抹の興味を覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「巌流齋老師、何故ここに!?」

 

 

 

 黒鳥の質問も最もであった。

 巌流齋は肉体こそ既に滅びているが、かつて力の座で死んだがために魂がずっとあの場所に囚われているのである。

 それは逆に言えば、永遠性と引き換えにあの場所にずっと彼が縛り付けられていることを意味していた。

 ふよよよ、と漂う彼は刀を引っ込める様子もなく、親指で巨神を差した。

 

「ヤバいモンが出て来ておるのをな……ワシも本能で察知したのじゃよ。しかし知っての通り、ワシはあそこから動ける身ではない」

「そのはずですが」

「そうしたらどうじゃ、こ奴が……ゲンムエンペラーが久々に動いたのじゃよ」

「……ゲンムエンペラーが?」

 

 巌流齋が取り出したカード。

 それは、闇と水文明の力を併せ持ったキングマスターカード《∞龍ゲンムエンペラー》であった。

 このクリーチャーが姿を現したのは、酒呑童子との最終決戦以来である。

 

「ワシは死に際にこ奴に魂を拾われてのう。ワシに興味を持ったのか何なのか……それは分からん。しかし、ワシが力の座から出られなかったのは、ゲンムエンペラーがワシを縛り付けていた所為なのじゃよ」

「じゃあ、何故今になってゲンムエンペラーは……?」

「さあのう。こやつ喋らんし。じゃがのう……ただただ強敵を追い求め、道を突き進んできた者から言わせれば……久しい強敵を前にして我慢が出来んこうなったってところじゃな?」

 

 のーっほっほっほ、と快活に巌流齋は笑い飛ばしてみせる。

 ゲンムエンペラーは何も言わないが、紫月は何故龍が巌流齋を選んだのか分かった気がした。

 この1人と1体は、実は似た者同士なのかもしれない、と。

 

「さて。ゲンムエンペラーから言わせると、あいつは破壊の神……らしいのう」

「分かるのデス!?」

「何となく。喋りはせんが……分かるんじゃよ。何百年も一緒に居るとな」

「インドで破壊の神……成程、道理で強大なわけだ」

 

 黒鳥は真っ二つになった巨神を見やった。

 恐らく誰もがパッと思いつく、あまりにも有名すぎる神の名を彼は呟く。

 

 

 

「……シヴァ。破壊の神シヴァ。槍と言い、やたらと大きいことと言い、それが、あの神類種の名前だろう」

 

 

 

 ブランと紫月の顔から血の気が引く。

 シヴァは、ゲームでも度々名前を聞く程度には知名度が高い名だ。

 それ故に──その破壊の権能も、強大さも知れ渡っている。

 

「ど、どうりで強いわけです……」

「おーん、なんかワシもシヴァっぽいなーって思った」

「ぽい!? ぽいで済ませて良いんですかアレは!?」

「でも、そのシヴァって、もう真っ二つになっちゃいマシタよね?」

「否。分かってはおったが、これしきで消滅する相手ではないじゃろ」

 

 

 

 

 

「ーーーーーーー……ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 めき。めきめきめきめき。

 樹木が絡みつくような音と共に、巨神の断面が繋ぎ合わされていく。

 そして、斃れていた神は再び元の姿へと戻っていく──

 

「ふぅむ。今の一太刀、結構ワシ頑張ったんじゃがのー」

「びくともしていないのか!?」

「不死身デース!?」

「神というものはよく分からんが、不死性と永遠性……妖特有のそれは確かに持ち合わせておるわい」

 

 確かな絶望感がその場に横たわる。

 そんなものを本当に倒せるのか、と。 

 

 

 

「しかし。斬れないわけではあるまい」

 

 

 

 

 その上で──巌流齋は自信をもって言ってみせる。

 

「ワシが斬ってみせたじゃろ? 現に」

「いや、いやいやいやいや……」

「それにワシとて、誰の力も借りずにやったわけではない、ゲンムエンペラーがヤツの不死性を一時的に喰らったのじゃよ」

「ゲンムエンペラーの力ならば……あの神の持つ力を無視して斬ることが出来る、というのですね?」

「然り!! とはいえ、ワシは死人。デュエルでヤツを倒すことなど出来んよ」

「アレ? もしかして巌流齋サン……体消えかけてるデース!?」

 

 ブランが指差して叫んだ通り、彼の身体は既に半透明になって消えつつあった。

 いや、とっくに肉体は滅んでいるので体もへったくれもないのであるが。

 

「力の座から大分離れてきたからのう。ゲンムエンペラーのワガママに付き合った結果がコレじゃ。ま、ワシも神とやらと一度斬ってみたかったしのう」

「……消えて、しまうのですか」

「そりゃそーじゃろ」

 

 事も無げにあっさりと老師は言ってのけた。

 元々力の座に縛られていた身。

 そこから魂が解放された以上、最早彼は成仏するのみであった。

 

「……だが、世界が滅んでしまえば修行も弟子も剣も何も無い。ワシは……伊勢を守ってくれた貴殿らに力を貸して消えられるなら……本望じゃよ」

「頑張ったのは……アカルデスよ……!」

「否。ツンツン頭の小僧が帰ってきたのは……帰ってくるべき場所と、仲間が居たからじゃよ」

「……老師」

「そう辛そうな顔をするな、黒鳥。貴殿には色々世話になったが……ひとつ、頼まれてくれるか?」

 

 巌流齋は黒鳥に《ゲンムエンペラー》を手渡す。

 

「……僕が、このカードを……!?」

「うむ。受け取ってくれぬか」

「何故、僕に──」

「餞別じゃよ。年長者からのな」

 

 願ってもない申し出だった。

 黒鳥には今、守護獣が居ない。

 そして、まともに起動できるエリアフォースカードも無い。

 戦力の埋め合わせには、十二分すぎるほどに大きい。

 

「……ありがたく受け取ります。老師。しかし──僕で良いのですか?」

「ニシッ。共に年少の者を教え導く身。ワシも……貴殿に何か残したくなったのじゃろうな」

「……!」

「……あのちんちくりんの小僧……桑原が、貴殿の事をいつも話しておったからのう」

「……」

 

 黒鳥がゲンムエンペラーを手にすると──サムズアップしながら、巌流齋の身体は消えていく。

 

 

 

 

「……ワシはやりたいようにやった。貴殿らも……せいぜい、暴れるだけ暴れるが良いわ!! のーっほっほっほっほ!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 再生が終わる。

 もうじきに。

 あの剣士に斬られた場所が修復されていく。

 エネルギー炉である背中の龍樹達は未だに健在。

 しかも、こちらには炉心代わりに取り込んだキングマスターカードまである。

 不死身の龍を従える、かつて鬼の配下だった樹海の王が。

 それを以てすれば、世界を終わらせてから作り変えるなど容易いことだった。

 

 

 

 

 ──何のために?

 

 

 

 

 廻神類は疑問を覚えた。

 

 

 

 

 ──誰のために?

 

 

 

 

 廻神類は問いかけた。

 

 

 

 

 ──蘇らせたのは、誰──

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そこまでだ、神類種」

 

 

 

 

 

 思考を断つ声が響いた。

 ちっぽけな存在が3つ。

 こちらを睨んでいた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「師匠に良い所を持ってかれるのは癪ですが……突破口を切り開きますよ、ブラン先輩!」

「りょーかいっ、デース!!」

 

 

 

 飛ぶシャークウガ、そしてサッヴァーク。

 それが行く手を阻む無数のクリーチャー達を殲滅していく。

 

「っ……すまない、貴様等には結局世話になってばかりだ」

「それにしても……あんなよく分からないカード、本当に大丈夫なのですか?」

「うぐっ……確かに未知数だ。正直、これしか手が無いとはいえ扱い切れる自信は無い」

 

 シャークウガの背びれに掴まった紫月が毒突いたが、黒鳥はぐうの音も出なかった。

 伊達に自分自身や相棒の暴走経験があるわけではない。

 特に後者に関しては、直接的に耀に迷惑を掛けている。

 大体危ないものの餌食になるのは自分であることは、黒鳥も自覚していたし、躊躇する程度にはゲンムエンペラーの力は有り余る

 

「まあ良いです……師匠一人には背負わせませんよ」

「……紫月」

 

 振り向く彼女の顔に。

 あの白銀耀の顔が重なって消えた。

 彼女が──これほどまでに頼もしいと思えたのは、いつ頃からだろうか。

 

「フンッ……言ってろ」

「デース!! 私を忘れちゃダメデスからねーッ!!」

「貴様を弟子にした覚えはない」

「デース!? 私一応、シヅクの先ぱっ、あばばばばば」

「これ探偵ッ!! よそ見をするでないわ!!」

 

 飛んできた新聞紙に顔を塞がれるブランを横目に、黒鳥は──迫る敵を目の当たりにする。

 

「……今此処に居ない皆が、師匠なら、私達ならやれると確信してくれてるんです。本気にならないわけにはいかないッ!!」

「っしゃァァァーッ!! マスターッ!! 最後の砲撃、行くぜェェェーッ!!」

 

 シャークウガの杖から、極大の砲が放たれ、クリーチャーの群れに風穴が開く──それを目掛けて、黒鳥は跳びこんだ。

 

 

 

 

(ずっと……考えていた。いつになったら、この戦いが終わるのか、と)

 

 

 

 

(違う……僕より先だった者のためにも……この戦いを終わらせるのは、僕だッ!!)

 

 

 

 

「力を貸せッ!! ゲンムエンペラーッッッ!!」

 

 

 

 

 黒鳥は叫ぶ。

 カードが唸り声のような音を立てると共に──巨神と、黒鳥の身体を黒い靄で一気に包み込んだ。



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GR120話:廻神類─不死樹生誕

 ※※※

 

 

 

 

 

「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 

 

 

 ゲンムエンペラーから溢れ出る無限のエネルギーが、仮初のエリアフォースカードしか持たない黒鳥に力を貸す。

 目の前の巨神──《廻神類シヴァ》の前には5枚の盾が現れた。

 果たして、このデュエルに勝利出来たところで相手を打ち破れるかは未知数であるが──

 

「巌流齋老師に託されたんだ……負けて堪るかッ!! 《戯具(ギーグ)ドゥゲンダ》を召喚し、カードを2枚引いて手札を2枚墓地へ落とす!!」

「ッ……ーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 シヴァは、自然のマナを一挙に顕現させる。

 そこから唱えられるのは《巨大設計図》。一挙に巨大なクリーチャーを手札に集めていく呪文だ。

 《超七極Gio》、《ブラキオ龍樹》、《オブザ08号》、《ガンヴィー龍樹》が手札へと渡っていく。

 

(あんなカードを使うのは九極くらいなものだと思っていたが……ん?)

 

 黒鳥は、手札に加えられた《超七極Gio》のカードを見逃さなかった。

 恐ろしいことに、《Gio》は通常の物とは違うツインパクトカード。

 そこには《巨大設計図》が刻まれている。

 

(僕の知らないカード……! つまりあのデッキは、九極とは違うギミックで大きなコストのクリーチャーを活用するデッキ!!)

 

「だがいずれにせよ、攻めては緩めん!! 1マナで《戯具(ギーグ)ザンボロン》を召喚。そして、ムゲンクライム発動!!」

 

 手札を一瞥しただけで、黒鳥はデッキのギミックを理解する。 

 マナのカードだけではない。

 場にある2体のクリーチャーを横に倒し、代用マナとして使うのだ。

 それが──無間の罪業を裁く夢幻の断罪の儀式・ムゲンクライム。

 

「ムゲンクライム2──場の2体とマナのカード2枚をタップし、《罪無(クライム)ウォダラ該》を召喚!! その効果でカードを2枚引く。そして、《ザンボロン》の効果も発動!」

『ウッキャキャキャキャーッ!!』

 

 笑う玩具たち。

 ムゲンクライムに誘発され、《ザンボロン》は更に1枚、黒鳥にカードを送る。

 しかし。

 

「ーーーーーーーーーーーーーー……ーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 シヴァは全く動じることなく、2枚目の《巨大設計図》を発動する。

 先程回収した《Gio》のツインパクトだ。

 そして、当然のように彼の手札は更に4枚、増加していくのだった。

 

「──だが、もう遅い! 既に手筈は整った! 《ザンボロン》と《ウォダラ該》、《ドゥゲンダ》でムゲンクライム3を発動!!」

 

 

 

<夢幻暗無・無間喰夢・無限喰罪>

 

 

 

 

「──無限の罪を喰らい、夢は現へと現れ出でる。《無量大龍ドゥエ・ミリオーニ》!!」

 

 

 

 オオオオオオオオオオオ──

 

 

 

 吸い込まれそうな音と共に、巨龍は姿を現した。

 更に、《ザンボロン》がムゲンクライムに反応したことで黒鳥は1枚のカードを引く。

 

(老師のムゲンクライム……此処までとは……恐ろしいデッキだ)

 

 たった3枚のマナで、パワー11000のドラゴンが降臨する凄まじさに、使っている黒鳥も舌を巻く。

 そして、まだ1枚のマナと1体のクリーチャーが残っている。

 

「ムゲンクライム1。《罪無(クライム)ターボ兆》を召喚。《ザンボロン》でカードを引いて、ターンを終了する」

「ーーーーーーーーーーーーーー……ーーーーーーーーーーーーー」

 

 シヴァのターン。

 しばし、動きを見せなかったシヴァだったが──遂に動き出した。

 

 

 

「……《樹喰の超人(グルメ・ジャイ、アント)》!!」

 

 

 

 まるで、呪文のような声。

 しかし、その意味ははっきりと黒鳥にも理解出来た。

 シヴァの手札が9枚、次々に墓地へと置かれていく。

 そして、たったの1マナでコスト8のジャイアントのクリーチャーが降臨したのだった。

 

(捨てた手札の数だけコストを軽減するのか……しかし、見た所それ以外の効果は無い。自分で手札を7枚も捨てて、何を考えている!?)

 

 

 

 

 

「創造の前に、破壊あり……不死樹(フシギ)爆誕(バース)!!」

 

 

 

 

 次の瞬間だった。

 ずぶずぶ、と地面へと吸い込まれていく《樹喰の超人》。

 そして、大地から──槍を持ったクリーチャーが現れる。

 

「ーーーーーー……来い、《ライマー・ランサー》……!!」

「っ……フシギバース……!?」

「永い、眠りだった──だが、漸く目覚める時……フシギバース……《ライマー・ランサー》、我が儀式の糧になれ!!」

 

 地面へと引きずり込まれていく《ライマー・ランサー》。

 そこから、巨大な樹が生えていく。

 全てを喰らい尽くす、龍の樹が。

 

 

 

 

「破壊の前に……創造あり……《インフェル龍樹》」

 

 

 

 

 現れたのは煉獄の門の名を冠する龍のクリーチャー。

 しかし、その巨体はこれまで黒鳥が目にして来たどのクリーチャーよりも強大だ。 

 ジャイアント・ドラゴン。

 文字通り、巨大な龍の樹である彼らのスケールは他の追随を許さない。

 無論、それが無量大数の名を冠するドラゴンを前にしたとしても。

 

「《インフェル龍樹》で《ドゥエ・ミリオーニ》を攻撃……!!」

「い、いかん!! 《ターボ兆》でブロック!!」

「……する時、我が大地にカードを1枚を置き、1枚を我が墓地へ」

 

 威厳のある声が巨神の身体から響き渡る。

 《ドゥエ・ミリオーニ》への攻撃こそ防げたが、現れたクリーチャーを前に黒鳥は戦慄せざるを得ない。

 

「パワー14000……!! しかも破壊すれば墓地からコスト10以下が出てくるのか……!?」

 

 このパワー差ならば、《ドゥエ・ミリオーニ》の効果を使えば破壊出来ないわけではない。

 《ミリオーニ》には、攻撃する時相手のパワーを-11000する能力があるからだ。

 しかし、シヴァの墓地は既に8枚も溜まっている。安易に破壊すれば状況を悪化させる危険性がある。

 

「ッ……破壊すれば効果が発動する……ならばデッキへ戻す!! ムゲンクライム3!! 《ザンボロン》、《ドゥゲンダ》、《ウォダラ該》よ力を貸せ!!」

 

 

 

 

<夢幻暗無・無間喰夢・無限喰罪>

 

 

 

 

「凍える無間地獄へ閉じ込める!! 這い出づるは《無量大龍 ノヴェ・シエントス》!!」

 

 

 

 

 現れた魚のような無量大龍は、すぐさま氷のオリの中へと《インフェル龍樹》を閉じ込める。

 

「コイツが場に出た時、または攻撃する時!! 相手のクリーチャーを1体選び、持ち主はそのクリーチャーをデッキの上か下へと置く!」

「……ッ!!」

 

 巨龍は、シヴァのデッキの下へと送られていった。

 何とか不発弾は処理する事が出来、黒鳥は安堵する。

 しかし──2度のフシギバースによって、シヴァのマナは既に6マナへと膨れ上がっている。

 

(……あのフシギバースとかいう能力、恐らくマナに送ったクリーチャーのコスト分だけ、指定コストの軽減を行うのだろうが……タネが居なければ大きくロスされる)

 

「やることはただ一つ、短期決戦だ!! クライム2、《那由多 アストロ宙ノ》!! タップされているクリーチャー4体の数だけカードを引き、更にその数だけカードを捨てる!! そして、これで僕のクリーチャーは全てスレイヤーとなっている!!」

 

 相手のマッハファイターへのけん制もしつつ、黒鳥はこれでターンを終える。

 打点は揃っている。

 このままいけば──

 

「……勝負をつけられる? ちっぽけな……人間如きが? 破壊神である……余に……!!」

「ッ……やはり、既に目を覚ましていたのか」

「頭が高いぞ人間ッ!!」

「っ……!!」

 

 ぎろり、と巨神の途方も無く巨大な眼が黒鳥を捕らえたような気がした。

 

 

 

 

「余を誰だと心得る……《廻神類シヴァ》……この大地の運命を終わらせる者ぞ……ッ!!」

 

 

 

 

 次の瞬間。

 現れたのは──墓地のクリーチャーの数だけコストを軽減する《オブザ08号》。

 既にフシギバースの準備は整っている。

 

 

 

 

「創造の前に破壊あり……破壊の前に創造あり……永遠に続く輪廻の輪からは何者でさえも逃れられぬ!!」

 

 

 

 刻まれる黄金の刻印。

 無数の大樹が絡みつき合い、それがシヴァの身体に絡みついていく。

 巨神は今、完全に巨龍へと飲み込まれていった──そして。

 

「我が身体を……糧に、現れ出でろ王者の龍よ!!」

 

 大地が揺れる。

 黒鳥は直感した。

 これが、敵のキングマスターカードであるということを。

 

 

 

 

「──永遠も終わりも、我が手中に。生も死も超越せん──《大樹王ギガンディダノス》!!」



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GR121話:廻神類─夢幻泡影

「《大樹王ギガンディダノス》……!! 大地をも支配する巨龍よ!! 我が身体となり、あの不躾な人間を踏み潰すのだ!!」

 

 

 

 

 先よりもはっきりとシヴァの声が聞こえてくる。

 巨神の身体は、完全に《ギガンディダノス》の姿へと化していた。

 そして、その頭部からは──筋骨隆々とした無数の腕を持つ三つ目の魔神が生えている。

 黒鳥はそれを睨みつける。

 あれがシヴァ神の本体。

 今までの巨神としての姿は、あれを守るためのもの。

 それがいま、ギガンディダノスの召喚のリソースとして変換されたのだろう。

 

(もしこのデュエルに負ければ、シヴァ神の本体に加えて、完全に目覚めたあのキングマスターが地上を蹂躙し尽くす……!! それだけは避けねば!!)

 

「《ギガンディダノス》の効果……!! 相手の手札を全てマナゾーンへ送るッ!!」

 

 魔神が吼える。

 次の瞬間、黒鳥の手札は全てマナゾーンへと叩き落とされていく。

 実質的な全ハンデスを前に黒鳥は狼狽えた。

 だが、それでもまだ盤面にはクリーチャーが残っている──しかし。

 

「そして、神の威光を前にした貴様のクリーチャーは全て、攻撃出来ない!!」

「なッ……!?」

「《ギガンディダノス》の力場を逃れることが出来るのは、《ギガンディダノス》よりも力の強いクリーチャーのみ……ッ!! しかし、《ギガンディダノス》のパワーは5万ッ!!」

「5万!? 5万……だと!?」

「そうだ!! これより小さきクリーチャーは、全て我の前に平伏すのみ……ッ!! そんなクリーチャーは存在しないがなァ!!」

 

 魔神が吼えた。

 彼の云う通り、パワー5万を超えるクリーチャーなどそうそう存在しはしない。

 

「そして、我にはまだマナが残っている──1マナを使って《ギガンディダノス》でフシギバース!!」

「何!? 今出したキングマスターを!?」

「来い、《ガンヴィー龍樹》ッ!! 効果で山札の上から7枚を墓地に置き、その中にあるフシギバースを持つクリーチャーの数だけ相手のクリーチャーを破壊する!!」

 

 墓地に落とされたのは、《ギガンディダノス》、《ガンヴィー龍樹》、《巨大設計図》、《ブラキオ龍樹》、《ダクライ龍樹》、《ドマンモ龍樹》、《超七極Gio》。

 そして、その中にフシギバースを持つクリーチャーは──5体。

 従って、黒鳥の場のクリーチャーは全てまとめて一掃されることになる──

 

「くそっ……これではムゲンクライムも出来んではないか……!?」

「我が抜かるはずがなかろう、戯けが……ッ!! 我は、そのまま《ガンヴィー龍樹》でフシギバース!!」

「ま、まだあるのか!?」

「今度は《ブラキオ龍樹》を場に出すッ!!」

 

 フィールドに大樹が生え、そこから更に龍が産まれ出でる。

 

「ブラキオ……ブラッキオ……まさか!?」

「《ブラキオ龍樹》の効果……相手クリーチャーの”バトルゾーンに出た時”で始まる効果は全て無効化される!!」

「ッ……!!」

 

 完封された。

 そうとしか言いようがなかった。

 この1ターンで黒鳥の手札を、場を、そして次の手をも封じてしまった。

 登場時効果が無効化されては、場のクリーチャーをどかしたりリソースを増やすことすら出来ない。

 

「我はこれでターンを終了する……!!」

「ッ……何て恐ろしい……!!」

 

 フシギバースによって、次々に役割の違う大型クリーチャーが入れ替わっていく様に黒鳥は少なからず戦慄を覚えていた。

 墓地にはまだ《ギガンディダノス》が落ちている上に、マナのカードはフシギバースで着実に増えつつある。

 こちらが盤面を並べたり手札を増やそうものならば、いつでもまた出てくる準備が出来ているぞと脅されているようなものだ。

 かと言って、黒鳥のクリーチャーは登場時効果が使えない。

 本当ならばムゲンクライムを連鎖させながら展開できたはずが、それすらも出来ない状態となっている。

 強いて言うならばマナのカードは11枚。これだけは無駄にあるような状態だ。

 

(最もマナがあっても、たった1枚のカードだけでどうにかできるのか……このデッキは!? 並べた瞬間、また《ガンヴィー龍樹》の餌食……いや、幸い相手の山札の残り枚数を鑑みるに、2枚目も《ガンヴィー龍樹》は撃ち辛いはずだ。かと言って、並べらたところで勝つ算段があるかというと……!)

 

「──いや」

 

 ネガティブな思考ばかりが浮かぶのを、黒鳥は止めた。

 

(ここまで来たら、引くしかあるまい。老師のデッキを……ゲンムエンペラーを……そして、僕自身が今まで積み重ねてきたデュエルスキルを信ずるしかない……!!)

 

 敵はあまりにも強大。

 盤面は絶望的。

 しかし、それでも諦めてはいけない理由がある。

 あれだけ成長し、そして戦ってくれた後輩たちに、そして弟子に顔向けが出来ないからだ。

 

「デッキの一番上から……カードを引いてくるなど、不可能だ。神を前にして、人間が奇跡を起こせるとでも?」

「神だと? ハッ──」

 

 たかが、この程度のピンチで──音を上げている場合ではない。

 

「──僕は斃して来たんだ。貴様のように、自らを神だと勘違いしたような輩を、何匹もだ!!」

「貴様ッ!! 今、我を……神たる我を、獣と同列に数えたな!!」

「本能のままに人に仇名す輩を、ケダモノと並べて何が悪い!!」

 

 斃す。 

 斃さなければならぬ。

 この巨神だけは、此処で討ち取らなければならぬ。

 そうでなければ、師匠としての務めも何も果たせない。

 今、此処で立っていないかつての仲間の分まで。 

 そして──死に別れた相棒の分まで。

 

「これ以上僕達から……何一つ、奪わせて堪るかよ!! シールドを墓地に置いて、墓地の《暗黒鎧ザロスト》を場に出す!!」

「ッ……貴様、まともな死に方は出来ないものと思え!!」

「呪文、虚数転生(イマジナリー・リローデッド)!!」

「!?」

 

 次の瞬間、墓地から2体の《ザンボロン》、そして《ドゥゲンダ》が姿を現した。

 当然、《ブラキオ龍樹》の効果で、登場時能力を無効化される。

 しかし──

 

「これでムゲンクライムが使える……ラストワード、《夢幻の無(デイドリーム・ダークマター)》をムゲンクライム4で墓地から唱える!!」

「ッ……無限のコストを持つ呪文だと」

「その効果で、貴様は次のターンを消し飛ばしても良い。選択権は貴様にある。ただし、そうしなかった場合──貴様のクリーチャーと手札1枚をデッキへ戻し、僕は水か闇のクリーチャーをタダで場に出せる」

「我に選択を迫るのか!! 小さき人間如きが!!」

「さあどうする。ターンを渡すのか。渡さないのか!!」

「小さき人間の狙いなど分かっておるわ!! 大方、《ブラキオ龍樹》を如何なる手を以てしても退かしたいと見える!! だが、ターンを渡せば、貴様は再び能無しの駒を並べるだけになるのだ!!」

 

 事実。

 シヴァの判断は正しい。

 墓地の除去効果持ちクリーチャーは《ブラキオ龍樹》が居れば効果を無効化出来る。

 そのため、此処で《ブラキオ龍樹》を大人しく明け渡すメリットが彼には無いのである。

 

「では、次の貴様のターンを消し飛ばす。そして──《ザンボロン》2体はムゲンクライムでタップされたのでカードを2枚引く。僕はムゲンクライム1で《ターボ兆》を出し、ターンを終了だ」

 

 だが。

 シヴァ神は知らない。

 自らが相対した人間が、誰よりもクリーチャーの屍を築いてきた男・黒鳥レンであるということを。

 

「2マナで《ドゥゲンダ》を召喚──《ザンボロン》、《ドゥゲンダ》、僕に力を貸せ」

 

<夢幻暗無・無間喰夢・無限喰罪──>

 

「ムゲンクライム……4ッ!!」

 

 

 

 

<──夢現断罪>

 

 

 

 

「永遠など無くとも、終着点は僕が決める」

 

 突如──虚空が、黒鳥の背後に現れる。

 

 

 

 

 

 

 

「──それは夢にして現、無限の零へと辿り着け!! 《∞龍 ゲンムエンペラー》!!」



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GR122話:廻神類─無限の零

「コォ──ォォオ──ッ!!」

 

 

 

 虚空に現れる黒い翼。

 現世にその身を留めるために繋がれる枷となる2本のボルト。

 そして、表情の分からない龍の頭部。

 それ自体が虚空そのものと言える龍は、遂に顕現したのだった──

 

「《ゲンムエンペラー》、だとォ!?」

「……《ゲンムエンペラー》の効果により、全てのコスト5以下のクリーチャーの効果は失われる。それは”攻撃出来ない”といった効果も消え、《ザンボロン》達が攻撃態勢となったことを意味する!!」

「ぐぅっ……!?」

「そして僕に残ったマナは6枚!! 2マナで《無限皇帝の顕現(ロジュニア・アドベント)》を発動し、墓地から《堕魔ザンバリー》を蘇生。そして、ムゲンクライム4発動!!」

 

 タップされるのは《ゲンムエンペラー》、《ザンバリー》、《ターボ兆》、《ザロスト》。

 そして墓地から──再び極大に迫るラストワードが唱えられようとしていた。

 

「《夢幻の無(デイドリーム・ダークマター)》!! 効果でターンを飛ばすか、貴様の手札とクリーチャーを吹きとばして墓地から僕のクリーチャーを呼び出すか、択べ!!」

「ッ……!!」

「もう貴様に選択の余地はない。《ゲンムエンペラー》はワールドブレイカー。一撃で貴様のシールドを叩き壊す!!」

「ぐぅっ……致し方なし……!! もうターンは渡さん!!」

「ならば消えて貰おうか、《ブラキオ龍樹》に!!」

 

 吹き飛ぶ《ブラキオ龍樹》。

 そして黒鳥の墓地からは、《ツェン・ミリアルデン》が蘇生される。

 

「僕はこれでターンエンドだ」

「おのれ、ナメおってからに……!! 我のターン!!」

 

 残り少ない山札を見やり、シヴァは黒鳥の軍勢を止めるべく動き出す。

 

「マナゾーンのクリーチャーの数だけコストを少なくし、《ロボネコ・フシャーン》を召喚!! 残るマナを使い、フシギバースで《ギガンディダノス》を呼び出す!」

「バオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッ!!」

「超えられるものならば超えてみろ人間!!」

 

 片や、大質量を持つ樹海龍。

 片や、無限の概念の夢幻龍。

 その両者がついに睨み合う。

 互いに世界を壊す程の力を持つだけあり、その大きさは伯仲していた。

 しかし。

 互いにリソースをぶつけ合う消耗戦が続いた結果。

 勝負は一瞬で傾くことになる。

 

「幾ら相手が巨大であったとしても!! 仲間と、信ずる人から託されたものに僕らは負けはしない!!」

「コォォォ──ォオオオオン!!」

「信ずる力だと!? そんなものは我々、神の養分でしかないわ!!」

「神を名乗る不届き者には分かるまいよ。一生な!!」

 

 再びムゲンクライムを起動させるレン。

 幾ら単体で強大な力を持つジャイアント・ドラゴンと言えど。

 手札、場、墓地、全てをリソースとするチーム零の前では押し潰されるのみ。

 

「ムゲンクライム4、《夢幻の無(デイドリーム・ダークマター)》!! ターンを渡すか!! 渡さないのか!!」

「最早退かん!! 退かんぞ我は!! 此処はもう、通さん!!」

「ならば──こちらも全力で行く!! 《∞龍 ゲンムエンペラー》で攻撃!!」

「《ギガンディダノス》の壁を通り抜けると言うのか!?」

「《ゲンムエンペラー》は止まらん!!」

 

 夢幻の龍は飛び立ち、そして樹海龍をも超えていく。

 

 

 

 

「そのパワーは……無限大!! パワー∞だ!!」

「ッ……!!」

 

 

 

 

 ワールド・ブレイクが炸裂した。

 シヴァを守るシールドは消え去っていく。

 そして。再びレンのターンとなった──

 

「この我の敷いた布陣を突破するとは……!! 何故だ!!」

「個の力が勝利に導いたのではない。デッキ全ての力で──そして、此処まで僕を送り届けてくれた全ての人の想いを以て、貴様に勝利したのだ」

「認めん、認めんぞ!! この我の破壊の力こそが至高──ッ!! 貴様も、その龍も破壊し尽くしてくれる──!!」

 

 黒い翼が、再び飛び立つ。

 そして──樹海龍の身体を、そして廻神類の身体の下に巨大な虚空の穴を作り出していく──

 

 

 

 

「うぐっ……何だこれは……引きずり込まれていく──!! ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「──《∞龍ゲンムエンペラー》でダイレクトアタック」

 

 

 

 

<夢幻泡影>

 

 

 

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、人間ンンンンンンンンンンッッ──」

 

 

 

 

 画して。

 巨神と巨龍は、底知れぬ大穴へと引きずり込まれ、消えていった。

 インドを蹂躙しようとしていた破壊の神は、たったの一夜にしてその姿を消してしまったのである。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──終わった、のだろうか。

 展開されていた空間が消え失せ、そこに巨神の身体は無かった。

 サッヴァークとシャークウガは地面に降り立ち、主たちを下ろす。

 

「っ……黒鳥サンは!? 黒鳥サンは何処デス!?」

「先輩、あれを!」

 

 紫月が指差した。

 空から、ゆっくりと人々が落ちてくる。

 ふわふわと重力に逆らいながら、そのまま地面へと寝かされていく。

 みると上空には黒い翼を広げたゲンムエンペラーがぐるぐると飛び回っていた。

 

「……囚われた人たちを……?」

「……無口だけど、優しいのですね。彼は──まるで、師匠みたいです」

 

 そう言っている間に、ゲンムエンペラーの身体は消えていく。役目を果たしたかのように。

 元よりあらゆるクリーチャーの理を超えた、宇宙からやってきたドラゴンだ。恐らく、また宇宙へと還るのだろう。

 一抹の幻と夢のように。

 

「……似た者同士。通じ合うというのは……その通りです。ね、師匠」

 

 

 

「──全くだ」

 

 

 

 紫月が呼びかけた方向に──黒鳥は立っていた。

 

「黒鳥サンっ!! よかったデス、無事で!!」

「無事じゃあない。全く……神相手にやり合うだなんて、何度もやるものじゃない。オマケにゲンムエンペラーは何処かへ消えていったし……」

『自分を繋ぎとめてるモンが消えたからな……あの巌流齋のジイさんと運命を共にしたんだろ』

『これもサダメ、というわけか』

 

 しみじみ、とシャークウガとサッヴァークが言った。

 

「これで、インドの神類種を討伐できた──後は世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカードを待つのみ──」

 

 

 

 

「──その必要はありませんよ?」

 

 

 

 

 聞き覚えのある声が荒れ地と化した都市に響いた。

 3人は振り向く。

 そこには──アカリが立っていた。

 想定よりも早い帰還。

 そして、彼女が何故かムンバイに居る事に一同は驚きを覚える。

 

「無事だったデース、アカリ!?」

「待ってください。……白銀先輩の姿が見えませんが」

「……そうだ。白銀はどうした」

「……目的の物は全て手に入れましたが──」

 

 アカリは懐から1枚のカードを取り出す。

 刻まれた数字はⅩⅩⅠ番。間違いなく世界(ザ・ワールド)のカードだ。

 そして彼女は、明け透けに言い放ったのだった。

 

 

 

 

「──この時代のおじいちゃんは……死んじゃいましたね?」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──同時刻。

 幽世の世界。

 世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカードが祀られていた祭壇が無惨に焼き尽くされている。

 縁の神・ククリヒメの亡骸が、その前には転がっていた。

 

 

 

 

「マスター!! マスタァァァーッッッ!!」

 

 

 

 

 返事が無い。 

 慟哭するチョートッQが揺さぶっても──胸に銃創を開けられた耀は、もう目を覚まさなかった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──往々にして。

 最期の瞬間とは突然やってくるものである。

 しかし、全てを攫っていく悪意は突然現れるわけではない。

 最初から牙を研ぎ、その瞬間までじっくりと待つ。

 

 

 世界のカード。そして、それを支える天体のカード。

 

 

 

 これらが揃った時、遂に全てのエリアフォースカードが揃おうとしていた。

 

 

 

 しかし──それは決して大団円ではなく、この物語の終焉の始まりに過ぎなかったである。



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GR123話:灯

 ※※※

 

 

 

 ──ククリヒメとの激闘の末。ギリギリでの差し合いを制しきったのは、耀だった。

 

 

 

 

 

「──貴方の覚悟も、そして力も。しかとこの目に焼き付けることが出来ました」

 

 

 

 

 宮の奥にある祠から、1枚のカードがひとりでに現れる。

 大アルカナのⅩⅩⅡ番、世界(ザ・ワールド)が飛んできて、耀の手に渡る。

 漸く、手に入れる事が出来たそれを見て、耀は笑みを浮かべる。

 

「やったでありますよ、マスター!! 我……!! 我……!! 感極まって……!!」

「ああ、後はあいつらの所にこれを届けるだけ──!」

 

 

 

 

 

 パァン 

 

 

   パァン

  

          パァン

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 

 乾いた音が幾つも響き、ククリヒメの身体に穴が開いた。

 そして、その華奢な身体がその場に崩れ落ちた。

 

 

 何が起こったのか分からず、耀は音の聞こえてきた方を見やる。

 

 

「……ア、アカリ……?」

「……どうやら、世界(ザ・ワールド)のカードを手に入れられたようですね、おじいちゃん!」

 

 何時も通り、屈託のない笑みで彼女は言ってのける。

 しかし。その手には──いつもの銃が握られていた。

 ジョルネードの身体が半分浮き出ている。

 

「待てよ、アカリ……何やってんだよ。この人は……ククリヒメは、悪いヤツじゃ──」

「そうでありますよ……な、なにも言わずに撃つなんて──」

「人? 人じゃあありませんよ。神です。弱くても、れっきとした神。世界(ザ・ワールド)の力を取り込めば、それで常盤木の力を手に入れることが出来る程、強大な神ですよ」

「……何言って──」

「そうなったら、また()()()()()()()()。此処まで来て、横槍なんて堪ったものじゃありません」

 

 くすくす、と彼女は年頃の少女らしい笑みを浮かべてみせる。

 

「あっ、あぐ……貴女は……この神力は……?」

「あら? まだ生きていたんだ、ククリ」

「……アマテラス、神の……力……なぜ……?」

「貴女は何も知らなかったんだね。1000年前のあの日、誰がどのようにしてアマツミカボシを封じたのか。それもそうか、ずっと寝ていたのだから」

「やめろ……ククリヒメは、自分を信じてくれる人を守る為に……!」

「おじいちゃんだって、何も知らないでしょ?」

 

 耀は口を噤むしかなかった。

 しかし、何も知らないはずはない。

 60年後の未来は確かにこの目で見た。

 荒廃した未来。その原因となるアマツミカボシ。トキワギ機関。そして──目の前に居るアカリという自分が命を繋いだ少女。

 それがいま、揺らごうとしていた。

 

 

 

「本来の歴史で、誰が? どうして? トキワギ機関とやらを作って人々を支配していたのか?」

 

 

 

「1000年前、アマツミカボシを誰が封じたのか?」

 

 

 

「そして……この1000年間。いいや、更に余計に60年間。()()、こんなに……長い期間を掛けてガマンをしていたのか? おじいちゃんは……何も知らない」

 

 

 

 ニヤリ、と彼女は笑みを浮かべてみせる。

 その目には──底知れない何かがずっと渦巻いていた。

 

「おじいちゃん。先に言うよ。その世界(ザ・ワールド)も、皇帝(エンペラー)も。ううん、22枚のエリアフォースカード全部。その中に眠ってるモノは……()()()()()()だ」

「何言ってんだ……?」

「オマエ……我々を利用して、エリアフォースカードを集めていたのでありますな!!」

「今更気付いた? でも、拒否権あるって思わないでね。人間なんかに……さ!」

 

 くいっ、とアカリが人差し指を曲げる。

 その瞬間、耀の手にあった世界(ザ・ワールド)がアカリの手元へと渡る。

 それを見るなり、ククリヒメは血相を変えて叫んだ。

 

「やめなさい!! それは例え神であっても扱えるものじゃありません!!」

「ふふっ。分かってるよ。貴女は世界(ザ・ワールド)の力を手に入れた結果、支配欲に塗れて未来の世界を掌握するし? コレがどれほどのものかなんて、あたしだって分かってる」

「お前……何言ってんだ? ククリヒメが、トキワギ機関のトップだって言うのかよ?」

「この時代ではまだそうじゃない。だけど、他に世界(ザ・ワールド)のカードを使える人なんていないでしょ? そういうことだよ」

「……全部知ってたのか!!」

「知ってたよ。知ってて敢えて言わなかった」

「……何で、言わなかったんだ」

「隠してたからだよ。この瞬間のためにね」

 

 未来のトリスや、マフィアといった面々ですら知らなかったことを今になってアカリは明かし始めた。

 何処でそれを知ったのかは分からない。

 ただ一つだけ言えるのは──アカリに世界(ザ・ワールド)のカードを渡すのはマズい……!

 だけど、未だに目の前で起こっていることが信じられない……!

 

「マスター……! アカリ殿は今まで、我々に腹を隠してエリアフォースカードを集めていたってことでありますよ……!」

「何で、だよ……!」

「気を付けなさい、白銀耀……彼女は人間ではありません……我々と同じ、神の類です」

「一緒にするなッ!!」

 

 今度はアカリが叫んだ。

 

「アカリは……特別なんだッ!! どんな人間よりも、どんな神とも違う!! 唯一無二、唯一無二なんだッ!!」

 

 次の瞬間だった。

 アカリの身体から、ずぶずぶと音を立てて3枚のカードが現れる。

 これだけもう、彼女が人間ではないということを否が応でも認めざるを得ない。

 しかし問題はカードの内訳だ。

 太陽(サン)(ザ・ムーン)(スター)のカード。

 いずれも、天体のカードだ。

 しかもそのうちの太陽(サン)(ザ・ムーン)は空亡を倒した後に行方不明になっていたはず──!

 

「……お前が、回収してたのか!!」

「そうだよ。全ては、この時のため。まだ全部じゃないけど……世界と天体のカードは全て揃ったし、少しだけ見せてあげようか」

 

 4枚のカードから黒い靄が現れる。

 それを見た途端、チョートッQが蒼褪める。

 守護獣が恐れる程の強い瘴気。

 まさかあれって、紫月が言っていた”エリアフォースカードの中にある何か”なのか!?

 

「カンちゃん。出てきて」

『……うん』

 

 その時。

 せんすいカンちゃんが──今まで俺達が頼りにして来たタイムダイバーが姿を現す。

 

「カンちゃん……お前も、俺たちをダマしてたのかよ……!?」

『ご、ごめ──ぐげば』

 

 言った彼は──紅く罅割れ、そして砕け散る。

 そして、砕けた破片が全て、アカリの肉体へ吸い込まれていく。

 

「……さよなら。カンちゃん。最初から、最期まで……ウザくて、堪えきれなかったよ」

「そんな、ウソでありましょう……!?」

 

 守護獣の死。

 それを目の当たりにして、チョートッQは膝をつく。

 その亡骸は、尊厳も意思も全て無視され、アカリへと吸収されていった。

 

「お前は、何者だッ!!」

「アカリは……ウソは言ってないよ? 最初っから、アカリはずっとアカリ。1000年前からずっと、アカリ」

 

 それを全て吸い込み、身に纏い、彼女の姿は変わっていく。

 青がかかった髪は長く伸び、背中には日輪が背負われている。

 そして、その服は──あのアマテラスを思わせる巫女服へと変貌していた。

 しかし。その傍らに浮かぶ何丁もの火縄銃が彼女の苛烈な本性を表している。

 

 

 

「アカリの名前は──天火明命(アメノホアカリ)。それが、付けてもらった名前」

 

 

 

 分かる。

 分かってしまった。

 やはり、彼女は隠していただけなのだ。

 それが、神力を身に着けた俺にはイヤというほど分かってしまった。

 

「神を殺す神……それがアカリ。神を殺す為に造られた神。人に祈られ、願われ、そして造られた。それが……アカリ」

「……神を殺す……神……道理で……!!」

「ようやく……3割だけど力が戻って来た、かな。やっぱり全部そろわなきゃ……力は全部戻って来ない。だけど、嬉しくて仕方がないや!! 苦労した甲斐があるって思わない? ねえ!!」

「ッ……」

 

 アカリが神類種で、その力を取り戻した。 

 アマツミカボシに対抗するならば、これ以上はない戦力なのかもしれない。

 しかし。

 彼女の敵意は、この場に居る全員に向けられている。 

 エリアフォースカードを揃えることで生まれたのは希望ではなかった。

 

「ふっざけるな──ウソだと、ウソだと言えよアカリ……!! お前が偽物で、本物のアカリが他に居ると言え……!!」

「そんなのは……居ない。居ないんだよ、おじいちゃん」

「ッ……チョートッQ!!」

「……応、であります……ッ!!」

 

 怒りを滲ませた声で、チョートッQがアカリを睨む。

 ダマされていた?

 これまでずっと?

 そんなはずはない。

 そんな、はずは──

 

 

 

「……いいよ。じゃあ、最期に遊んであげるね、おじいちゃん」

「ッ……あああああああああああッッッ!!」

 

 

 

<Wild……DrawⅣ……EMPEROR!!>

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何でッ!! 何で裏切ったんだ!! アカリ!!」

「裏切ってなんかない。最初っから、こうするつもりだったってこと!!」

 

 

 

 ──《ジョットガン・ジョラゴン》が次々にジョーカーズを装填していく。

 

「何でッ!! 何のためにッ!!」

「決まってるじゃん。アカリの力を全て取り戻すため。そして……今度こそ、神の世界を作り上げる!!」

 

 《アイアン・マンハッタン》の弾丸がアカリのシールドを砕いていく。

 続く《キング・ザ・スロットン》の弾丸が《バーンメア・ザ・シルバー》を呼び出す。

 

「《ジェイ-SHOKER》!! 《ジョギラゴン》!!」

「……ちっぽけな人間がどれだけ足掻いたって……勝てるわけないじゃん。アカリは……太陽だから!!」

 

 しかし。

 砕かれたシールドが──神の光となって、耀を刺し貫いていく。

 

 

 

 

「──全ての風向きはアカリに味方をする。S・トリガー……《ゴッド・ゲート》!!」

 

 

 

 

 次の瞬間、大アルカナのⅩⅩⅠ番の数字が眼前に刻まれていく。

 それは赤く焼け爛れ、そして──黒き太陽となって舞い降りた。

 

 

 

 

「──来たれ、《聖霊左神ジャスティス》。そして、《ジャスティス》にリンクが出来る《悪魔右神ダフトパンク》を《ゴッド・ゲート》の効果で場に出すよ」

 

 

 

 耀の前に、そして文明を手に入れたジョーカーズの前に現れたのは、完全なる無色の神だった。

 獣の姿をした白き神と、黒き神。

 紫電が迸り、2体が一つの柱へと成っていく。

 

「──《ジャスティス》の効果。山札の上から5枚を墓地に置いて、そこから《プロジェクト・ゴッド》を唱える。その効果で場に出すのは、場のゴッドとリンク出来るクリーチャー!!」

「そんな……仕掛けたのは、こっちが先のはずなのに……!!」

「逆に、俺のターンにリンクしていく……!?」

 

 見たことも無いゴッドのサポートカードを前に、耀は言葉を失った。

 

 

 

 

「天照らす陽光も退ける!! 常夜の神が降臨せん──到来、《神人類ヨミ》!!」

 

 

 

 神光が照らす。

 天から舞い降りたのは──あまりにも強大な現人神であった。

 そのあまりにも強固な壁は、一瞬で耀の前へと築かれていく。

 《ジャスティス》、《ダフトパンク》。

 その2体の間に割り込むようにして、神は完全なる姿となった。

 

 

 

「降臨……聖魔三体神ッ!! 3体でリンクしているゴッドは、私のシールドを完全に守る……この意味が分かる? おじいちゃん」

 

 

 

 更に、と彼女は続けた。

 まだ《ダフトパンク》の効果が残っている。

 

「──《ダフトパンク》の効果発動。墓地から無色クリーチャーの《神人類 イズモ》を場に出すよ」

「また、知らないゴッド……!?」

「この子の効果でアカリのゴッドは、コストが1軽減される」

「ッ……攻撃したいけど……してもシールドがブレイク出来ないんじゃ意味がない……!!」

「そりゃそうだよ。出来る訳無い。《モモキング》も《ジョラゴン》も《ジョニー》も……そして《ダンダルダ》も」

「……!」

「誰の力を使ったとしても、アカリを超えるなんて出来るわけがない」

 

 言った彼女は──3枚のマナをタップした。

 

 

 

 

「──《極限龍神ヘヴィ》、召喚」

 

 

 

 

 そのとき、リンク解除──と彼女は小さく呟く。

 そして。

 三体神の左腕が切り離され、一気に《ヨミ》と《ヘヴィ》が融合した。

 あまりにも邪悪な気がそこからあふれ出していく。

 

「マスターッ!! あの《ヘヴィ》のカード……!!」

「ああ……俺でも見たことがねえ……! ゴッド・ノヴァになってんのかよ、あの龍神!!」

 

 ──それだけじゃなく、滅茶苦茶にヤバい匂いがする……!!

 

 本能で感じ取る危険性。

 今までにない脅威を前にして、耀は怒りを忘れる程であった。

 

「あれが、アカリ殿の邪悪の根源……でありますよ!!」

「ふふっ。まだ3割しか、力は出してないよッ!! 《イズモ》と《ジャスティス》をゴッド・リンク!! そして──呪文《神の裏技 ゴッド・ウォール》で《ヨミ》は次のターン、無敵になる!!」

 

 龍神が結びついた《ヨミ》の周囲に次々と盾が現れていく。

 次のターン、あのリンクしたゴッドを倒す術がないことを意味していた。

 しかも、3体神はシールドをブレイクさせない効果を持つ。

 耀は勝利することが出来ず、そして神を倒すことも出来ない状態に陥った。

 

「ウソ、だろ……!!」

「《ヨミ》でT・ブレイク。これでターンエンド」

「どうにか、しなきゃ……!! アカリ……!!」

 

 

 

 

「いい加減にウザい」

 

 突如。

 耀のクリーチャーが次々に《ヘヴィ》へと吸い込まれていく。

 巨大な神の左腕は、次々にジョーカーズを喰らっていく。

 

「爺さんだった時も、若い時も……やっぱりうざかった。そうやって、誰かの為に駆けずり回る姿が……すっごく気色が悪い!!」

「ッ……!!」

「誰かの為に戦う? 命を賭す? そんなの何のためになるわけ? 人間はどうせ……腹の底じゃあ自分の事しか考えてないのにさ」

「俺は……!!」

「だのにッ!! そうやって、聖人ぶってる人間が……神が……あたしは一番キライ!! 大ッキライ!!」

 

 吐き出すように彼女はまくし立てる。

 そうした後──うすら笑いを浮かべてみせた。

 

「火廣金緋色だってそうだったじゃん。あたしが……ちょっとイジってやったら、怒って、おじいちゃんと戦ってさあ……覚えてる? ロストシティの。あれ、面白かったよねー!!」

「ッ……!!」

 

 耀は言葉を失った。

 あの時、火廣金が自分に突っかかって来たのは、決して彼だけの所為ではないことを意味していた。

 

「あたし、一応……神ですから。22分割されて力を失っても……人並みの力しか出せなくっても……(スター)の分だけの力は残ってたんだよね」

「お前……が、やったのか……!!」

「でも、正直アカリが絡もうが絡むまいが、関係なくない? おじいちゃんと火廣金緋色は……その程度の関係だったんだよ」

「ふざけるな……!!」

「マスターと、仲間の絆を弄んだのでありますか!!」

「そうだよ。だって……ウザかったしね」

 

 既に。

 《ヘヴィ》の効果によって、耀のクリーチャーは全て全滅していた。

 リソースも全て吐き出してしまった。

 盤面は空。

 そして、アカリの場には、2柱の神が佇んでいる。

 

 

 

「クリーチャーも、人間も、全部がくだらない。勿論、エリアフォースカードなんてふざけたものを作った、あの西洋の魔導司だって同じ!!」

 

「お前は……!!」

 

「おじいちゃんが死んだあと……おじいちゃんが守りたかったもの、全部壊してあげる。あたしを1060年もの間縛り続けたエリアフォースカードへの復讐ついでにね!!」

「俺は良い……あいつら、だけは……!!」

「ヤだね。聞く耳持たない。今まで──全部ガマンしてたよ。すっごく、苦痛だった。わざわざ時間を超えて若い頃のおじいちゃんに会いに行ったのも、人間共と仲良くするのも……おじいちゃんの機嫌を損ねないように、理想の”白銀朱莉”として振る舞うのも」

「ッ……」

 

 

 

 

 

「だから、お返しに……全部壊す。人間への復讐ついでに……おじいちゃんの大事なモノを、全部壊す」

 

 

 

 

 

 次の瞬間。

 神の砲撃が耀のシールドを全て消し飛ばす。

 そして、アカリの周囲に浮かぶ火縄銃が──火を噴いた。

 

 

 

 

 

「マスタアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!!」

 

 

 

 

 

 

「──じゃあね、おじいちゃん。さようなら」

 

 

 

 

 

 白銀耀の胸を、一発の銃弾が撃ち貫いた。

 

 

 

 ただの少年でしかないその身体は浮かび上がり、そして──地面へと落ちた。



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GR124話:晴天神類─復讐の神

 ※※※

 

 

 

「──死んじゃいましたね、って……そんな他人事みたいな……ウソデス!! アカルが殺して死ぬはずはありまセーン!!」

『気を付けい、探偵!! こやつ、人間ではないぞ!!』

 

 

 

 サッヴァークが叫ぶ。

 ──耀を始末して現れた彼女の手には、確かに世界(ザ・ワールド)のエリアフォースカードが握られている。

 しかし、ブラン達は一度経験している。

 その人物どころか、エリアフォースカードすらも模倣した敵を。

 

「アナタは……本当にアカリさんですか? 正直、白銀先輩が死んだ、などといきなり言われても信用しかねますが──」

 

 

 

 

「これでどうかな?」

 

 

 

 

 次の瞬間。

 目の前にカードがばら撒かれる。

 アカリは嘲笑しながら、それを足蹴にしてみせた。

 《ドンジャングルS7》。《キング・ザ・スロットン7》。《ジョットガン・ジョラゴン》。

 それだけならば、量産されているカードだ、と一蹴できただろう。

 しかし。

 

 《勝熱英雄モモキング》。

 

 《バーンメア・ザ・シルバー》。

 

 《Theジョギラゴン・アバレガン》。

 

 

 

 

 それらは──これまでの戦いで耀が手に入れてきた、2019年3月の時点では存在しないカードたち。

 

 

 

 

『おい……ウソ、だろ?』

 

 

 

 

 脱力したようにシャークウガが言った。

 それら全てが本物のカードであることを──彼自身の魔力を見る眼が証明してしまったのである。

 

「何で、そんな、アカルのカードが……!!」

「……信じられんが……!!」

 

 黒鳥の眼が殺意と共にアカリへと向いた。

 

「やはり貴様……白銀を始末した、ということか……!!」

「ッ……そんな。アカル……!」

 

 がくり、とブランは膝を突く。

 

「……何で、何でデスか、アカリ……私達、仲間だったじゃないでデスか……!!」

「ウッザ……皆、そういうのよね」

「ッ……貴女は……腐ってますね」

「何とでも。アカリは……神サマだから」

 

 アカリの身体が黒い靄に包まれていく。

 その身体が次々に変貌していく。

 浮かび上がるのは、世界(ザ・ワールド)太陽(サン)(ザ・ムーン)(スター)

 

 

 

 そして──皇帝(エンペラー)

 

 

 

「アカリは1000年前からずっとこう。アカリの名前は……天火明命(アメノホアカリ)、《灯神類アメノホアカリ》だッ!!」

 

 

 

 日輪を背負った巫女のような姿となった彼女の前に進み出たのは──紫月だった。

 

「……貴女が私達を裏切ったということは理解しました。しかし、先輩が死んだ──それだけは信じかねます」

「ふふっ、現実から逃れる。それもまた愚かしい人間らしくて良いと思うよ、暗野紫月。大好きな人が死んじゃったら、悲しくて絶望しちゃうしかないもんねえ!!」

「……絶望なんてしません。白銀先輩は──殺して死ぬような人ではありません」

「ッ──!」

 

 ブランが目の前を向く。

 その先には、紫月が手を差し伸べていた。

 

「さっき、他でも無いブラン先輩が……そう言ったじゃないですか……」

「っ……!」

 

 涙目で、彼女はその手を取る。

 自分達が信じず、一体誰が彼の無事を信じるのだ、と。

 

『テメェは……ぜってーに許せねえよ!!』

『報復を受けて貰おう。我が主を泣かせ、その部長に手を出した事を!!』

「──報復なんて受けないよ」

 

 ぐっ、と彼女が拳を握り締める。

 次の瞬間、3人の身体は──熱風で吹き飛ばされた。

 その身体は次々に瓦礫で満ちた地面へと叩き落とされていく。

 

「ぐぅっ……!!」

「シヴァを倒せたからって、アカリまで倒せるだなんて思ってる? バカだなァ……それは流石にナメ過ぎだよ。この3割の力でも、あのシヴァじゃああたしに及ばない」

 

 起き上がる3人に、アカリは言った。

 

「アカリは、今まで君達が相手してきたような弱体化した神やひよっこの神とは違う。アマツミカボシだって1000年前に一回倒してるんだから」

「なぁッ!?」

「アカリが……アマツミカボシを、倒した……!?」

「貴様、何者だ……ッ!! 正体を言え!!」

「神を殺す神。アカリはそのために、人間に作られた。アマテラス神に似たようなのが欲しかったみたい」

「人間に、作られた……!?」

 

 黒鳥は愕然とする。

 そんな事が可能なのか、と。

 しかし、以前伊勢神宮の彼らは言っていた。

 神力におけるタブーというものが存在する、と。

 

 

 

 ──その記述は、本来人が読む事は出来ないのです。魔導司が読む魔術書のように、読むだけで心が侵されます。

 

 

 

 ──はい。伊勢神宮が天照大神様……太陽の女神を祀っている事はご存知でしょう。

 

 

 

 ──それを……遥か昔の神に携わる者は、”降ろそうとした”という記述があるのです。

 

 

 

 

「神を降ろそうとした、というのは……アマテラス神に似て非なるコイツを作り上げた、ということなのか……ッ!!」

 

 この推測は恐らく正しい。

 このような形でしか伝わってなかった理由として、アカリが当事者を皆殺しにしてしまったからだと考えられる。

 当然、他の神類種の資料も、当時の彼女が都を襲った際に全て焼けてしまったのだろう。

 

「だけど……人間たちはアカリを恐れて、アカリを遠い島に流した!!」

 

 その目には1000年もの間溜め込んだ怒りが沈んでいる。

 

 

 

「何で!? アカリ頑張ったよ!! 頑張って頑張って頑張って、ガマンしたのに……ッ!! アカリの事を誰も褒めてくれなかった……ッ!!」

 

 

 

 子供のように喚き散らすアカリ。

 しかし、その表情はすぐに残虐な笑みへと変わる。

 

「──だから、先ずは船を沈めてやった!! アカリを作った奴らを皆殺しにしてやった!! 都で暴れて、全部焼き尽くしてやった!!」

「1000年前。アマツミカボシを倒したのが、コイツだというのか……!? それが神道におけるタブーで、それが現代まで伝わってないのは、こいつが皆殺しにしたから……!?」

 

 この推測が正しいものであることを黒鳥は確信する。

 それだけの力を、目の前のアメノホアカリは持っている。

 

「そんな時、どっから現れたのか知らない西洋の魔術師が……アカリをバラバラにして封じ込めたッ!! それが……あの忌しいエリアフォースカード!!」

 

 

 

 

 彼女の顔には、憎悪が浮かんでいる。

 自らの邪魔をして、水を差したあの22枚のカード。

 そして、自分の命を犠牲にしてそれをやり遂げた、西洋の魔術師。

 両方に対する1000年間の怨みだ。

 

 

 

「アカリの力の殆どは……エリアフォースカード22枚の中に分割して封印された……1000年もの間ね!!」

「……自業自得でしょう」

 

 

 

 バッサリ、と紫月は切って捨てる。

 

「貴女がどんな目に遇って来たのか。それは私には分かりません。ですが──それがいまの人々、ましてや……私の親しい人達を傷つけて良い理由にはなりません」

「そうデス……ッ!! アカルが貴女に何をしたのデスか!! アカルは……アカリのこと心配してて、大切に思ってたんデスよ!? 未来から来てくれた、唯一の仲間だったアカリを!!」

「……ハッ。自分で作ったものを自分で捨てるような人間は……やっぱり全部等しく愚かだ。よりによって、神に楯突くなんて。……滅ぶしか無いねッ!!」

「自分のワガママを暴力でしか通せない貴女は……赤ん坊以下ですよ」

「──ッ!! もう良いッ!! 決めたッ!! この場でお前達のエリアフォースカードも奪ってやるッ!!」

 

 ぐっ、とアカリが腕を交差させたその時。

 ブランの、そして紫月の持っていたエリアフォースカードがアカリの手に吸い込まれていく。

 魔術師(マジシャン)が。そして、正義(ジャスティス)が。

 彼女の手元へと渡っていく──

 

『ぬぐぅっ……!? おのれ、こやつエリアフォースカードを直接……ッ!!』

『なんつー力だ……ッ!!』

「これで、また2枚!!」

 

 肩に黄金の装飾が現れる。

 また、彼女が力を取り戻したことを意味していた。

 

「──さーて。後は守護獣と、使い手を始末するだけ、か」

『カードが……!!』

『無いとデュエルに持ち込めねえ……ッ!! こいつ最初からこうするつもりで!!』

「──誰から殺してほしい? アカリは……まとめて、が好きかなあ!!」

 

 空へと飛びあがった彼女の、黄金の日輪が輝く。

 無数の火縄銃が、一斉に放たれた──

 

 

 

 

 

「制止ッ!! ……これ以上の狼藉は許さんッ!!」

 

 

 

 

 ──その時。

 それらは全て、撃ち返された。

 アカリは驚愕の表情を浮かべる。

 目の前に現れたのは──同様にして巫女服を身に纏った──青い肌の少女。

 その背中にも日輪が背負われている。

 

「ッ……アマテラス……!!」

「助けにきてくれたのですか……!?」

 

 

 

「……無論ッ!! 恩は返すためにある!! 何より……我が友たちに手を出すことは《晴天神類アマテラス》の名に懸けて、断じて許さんッ!!」

 

 

 

 振り返った彼女は笑みを浮かべて腕を組んだ。

 文字通り、最大の助っ人としてすんでのところで現れたのである。

 しかも、力の座で出会った時よりも体が大きくなっている。

 

「アマテラァス……ッ!! 何故、何故あなたが生きているッ!! アカリの、アカリの存在意義はァ……ッ!!」

「納得ッ!! かつてアマツミカボシを追放したのは汝であったか。……かつての我が無力さが、回り回ってこのような暴れ神を生み出した。汚点ッ!! 岩戸があったら入りたいッ!!」

「汚点、だとぉ……!? ッ……アカリの邪魔をするなら、此処で消えて貰うよッ!!」

「我が友たちよッ!!」

 

 キン、とアマテラスの声が響き渡る。

 

「此処は我に任せよッ!! 其方たちは逃げるが良いッ!!」

「私達も一緒に戦うデスよ!!」

「拒否ッ!! やつの取り込んでいるえりあふぉーすかーど? 無しで勝てる相手ではないッ!! 余波に巻き込まれて死にたくなければ下がるが良い!!」

「……ブラン先輩。此処は退きましょう」

「いったん立て直さなければなるまい。アマツミカボシも相手せねばならない上に、白銀の安否も気になるからな……!」

「っ……!」

 

 黒鳥と、紫月の表情を見れば分かる。

 皆、耀が心配なのだ、と。

 

「……分かったデス」

 

 空を見上げる。

 裂け目は──大きくなるばかりだ。

 そして、その下では太陽の女神、そして熱の女神がぶつかり合っている。

 

 

 

 

「──《晴天神類アマテラス》、参るッ!!」

「……《灯神類アメノホアカリ》。邪魔者を潰すッ!!」



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GR125話:晴天神類─天照らす歌姫

 ※※※

 

 

 

 ──アマテラスと、アメノホアカリのデュエルが始まった。

 

 

「初動ッ!! 先ずは3マナで《ボルシャック・栄光・ルピア》を召喚!」

 

 天を舞う火の鳥。

 一挙にアマテラスのマナゾーンにドラゴンが叩き落とされていく。

 落ちたのは《龍世界ドラゴ大王》に、《ボルメテウス・サファイア・ドラゴン》だ。 

 これにより、アマテラスのマナは一挙に5枚へと膨れ上がる。

 次のターンには余裕で6マナ域へと達する勢いだ。

 

「……何かと思えば。芸の無いドラゴンのデッキ。だけど……相手をしてあげよう。アカリは4マナで《極限左神クロス・ジャスティス》を召喚!! その効果で手札に呪文の《ポジトロン・サイン》を手札に!」

「極限……ッ!? あれは、我の知識に無いカード……ッ!!」

「当然、アカリが作り上げたカードだよ。エリアフォースカードの力の残滓でね」

「……猶更放置することなど出来んな。力に溺れる者は力に呑まれる。それが摂理ッ!!」

 

 アマテラスは一挙に4枚のマナを押し倒す。

 水のマナが浮かび上がる。

 

 

 

「──降臨ッ!! 国造りの神話よ、我が手の下で再び再演せん!

祖の礎にして建国の父!! 《蒼狼の大王 イザナギテラス》!!」

 

 

 

 現れたのは建国の祖たるイザナギの名を冠する龍神。

 

「我はその効果で山札の上から5枚を見る! 選択ッ!! 《龍の呼び声》を手札に加えるぞ!!」

「オリジン……!! 原初の神の使徒……!!」

「閉幕ッ!! これにて、ターンエンド!」

「……許せない。そんなのは……ッ!!」

 

 アカリは返す手で5枚のマナをタップする。

 唱えられるのは、《ポジトロン・サイン》。さっき手札に加えた呪文だ。

 そして、そこからS・トリガーを持つ呪文が唱えられようとしていた──

 

「──呪文、《ゴッド・ゲート》ッ!! 効果で山札から《極限右神ダフトパンク・アライブ》をバトルゾーンへ!!」

「……ぬぅ。やはり……造られたと言えど神は神か。おのれで引き寄せたいと考えたカードを全て引き寄せる。しかも、まだ完全ではない力で……ッ!!」

「《アライブ》とリンクできるクリーチャーを……アカリは手札から場に出せるッ!! 《「黒幕」》をコストを支払わずに召喚!!」

 

 現れたのは、全身を包帯で覆った中央神。

 玉座からは無数の蛇が伸びており、チロチロと伺うように舌を伸ばしている。

 

「──更に《ダフトパンク・アライブ》の効果発動ッ!! 墓地からコスト4以下のゴッド・ノヴァである《極限龍神ヘヴィ》をバトルゾーンへ!!」

「……我の知らんカードばかり……アメノホアカリ。神の力を用いるとはいえ、我とその性質は大きく異なるものじゃのう」

「古い神なんて要らない。新しい神の時代が、2019年からはやってくるんだ!! そして、3体で──中央・ゴッドリンク!!」

 

 《「黒幕」》を核として、左右の腕が結びついていく。

 片や、漆黒の悪魔の腕。

 片や、漆黒に煌めく極限の龍の腕。

 その中央に無数の蛇を従える黒き神が座す。

 《ヘヴィ》、《ダフトパンク・アライブ》、そして《「黒幕」》が結びついた──

 

「──来い、三体神──ッ!! 先ずは《「黒幕」》の効果で相手のシールドを全てブレイクッ!!」

 

 蛇の眼が光り、一挙にアマテラスのシールドを薙ぎ払う。

 

 

 

「──朽ち果てろアマテラスッ!! 陽熱の一閃ッ!!」

「……しかし。芸がない」

 

 

 

 全て砕かれたシールドを前にしても、アマテラスは動じない。

 そのうちの1枚が光り輝く──

 

「詠唱ッ!! S・トリガー、《アイド・ワイズ・シャッター》ッ!!」

「なぁっ!?」

「効果で2体の神をタップし、起き上がれなくする」

 

 それにより、三体神と《クロス・ジャスティス》は身動きが取れなくなる。

 このターン、彼女が攻撃することは出来なくなってしまった。

 

「……幾ら不死身の神と言えど、動けなくすれば怖くはない」

「ッ……!! そっちだって、追い詰められてるくせに……!! 《「黒幕」》の召喚時効果で、そっちは手札を全て捨てて貰う!!」

「……痛くも痒くもないな」

「なぁっ!?」

「結論ッ!! 先も言ったはず。神はおのれの手で最も引き寄せたいと考えたカードを引き寄せる、と!」

  

 動じる様子もなく、アマテラスはカードを引く。

 そして。

 それを見るなり、すぐさまマナを全てタップした。

 大王に続き、現れるのは──巨大なる母の龍。

 原初の大地を造った妃が姿を表そうとしていた。

 

「──祖の礎にして建国の母。来たれ、《蒼狼の王妃 イザナミテラス》!!」

「そんなカード1枚で──ッ!!」

「断言ッ!! ……1枚ではない。この手番で、貴様を倒す。《イザナミテラス》の効果で、山札をマナゾーンへ送る。そして、マナゾーンから《イザナミテラス》を進化元とするクリーチャーを呼び出すッ!!」

「なぁっ!?」

 

 《イザナミテラス》の身体が光り輝く。

 

「かつて宇宙より参り、そしてこの星の民に救われたッ!! 太陽の神と崇められながら、何一つ恩を返すことも出来ず、最大の災厄を呼びよせたッ!!」

「……ッ!!」

「人の罪も。そして我の罪も。汝の罪も。全て……贖う時ッ!! この時を以て、我が真の名を汝に告げようッ!!」

 

 アマテラスの姿が変わっていく。

 自らのクリーチャーとしての真の姿を目覚めさせたのだ。

 神歌の歌姫が、アメノホアカリの前に姿を現す。

 

 

 

 

「我こそは、天照らす光であるぞ!! 

照覧ッ!! 絢爛ッ!! 神歌繚乱ッ!! 《神歌の歌姫アマテラス・キリコ》!!」

 

 

 

 アマテラスは──否、アマテラス・キリコは、堂々と言い放ち、自らの真の姿を晒したのだった。

 

「それが、真の姿……!? なんて、圧倒的な……ッ!!」

 

 ──分かりたくないけど、今なら分かる。人間が、何故アカリにあれだけの力を詰め込んだのか……ッ!! アマテラス神は……これほどまでに強大なクリーチャーだったなんて……ッ!!

 

 リンクしたゴッドさえも凌ぐ神の光。

 それを前にしてアカリはたじろぐ。

 所詮、3割の力しか持たない彼女に、《アマテラス・キリコ》の放つ光はあまりにも眩しすぎる。

 

「だけど……だけどッ!! 肝心な時に居なかったくせにッ!! 今更出てきて、アカリの罪を濯ぐ!? 冗談じゃないッ!! 今更……オリジナルのような面をしないでッ!!」

「人に仇名す神は、我がこの手で断罪する。粛清ッ!! ……遺言は簡潔にな」

「ッ……誰様目線でェェェーッ!! そのクリーチャーは、リンクした《ヘヴィ》に攻撃しなきゃいけないのにッ!!」

「──《アマテラス・キリコ》で三体神に攻撃ッ!!」

 

 神姫の剣が宙を舞う。

 それが次元を切り裂いていき、そこから溢れんばかりの命を呼びよせる。

 それはまさに太陽。

 輝きに、無数の生命を呼びよせる力。

 その神楽舞に、獣たちは力を貸さんと現れる──

 

 

 

「《アマテラス・キリコ》の攻撃時の効果発動。神歌繚乱・神世太陽!!」

 

 

 

 ──突如。

 5体のクリーチャーがアマテラスの場に現れた。

 

 

 

 《龍世界ドラゴ大王》。

 

 

 《古代遺跡モアイランド》。

 

 

 《「修羅」の頂 VAN・ベートーベン》。

 

 

 《伝説の禁断 ドキンダムX GS》。

 

 

 《超絶奇跡 鬼羅丸》。

 

 

 

 龍の始祖である《ドラゴ大王》の前ではドラゴン以外の存在は許されない。

 そして、《モアイランド》によって呪文とフィールドは完全に封じられる。

 加えて《VAN・ベートーベン》によってコマンドとドラゴンの召喚は封じられる。

 《ドキンダムX GS》によって、相手のクリーチャーの効果は全て無視される。

 そして──《鬼羅丸》によって、全てのクリーチャーはスピードアタッカーとなっている。

 

 絶対無敵。

 

 

 

 文字通りの神の布陣が完成した。

 

 

 

 

「……は? なに、これ……?」

 

 

 

 アカリの顔が蒼褪めるのも無理は無かった。

 最早、彼女は何もすることができない。

 このターンで、終わる。

 三体神の効果はこの瞬間、消え失せる──

 

「……これしか、無かった。我が権能全てを集め、無敵の布陣を作り上げることでしか……貴様を滅ぼすことは出来なかった」

「ふ、ふざけるなッ、ふざ、け、るなァァァァーッ!!」

「《アマテラス・キリコ》では三体神に打ち克つことは出来ない。しかし、もう《ヘヴィ》の効果は無効化されているぞ?」

 

 突撃し、焼き尽くされていく《アマテラス・キリコ》。しかし、その顔に絶望は無い。

 神に向かって無数の槍が降り注ぎ、その動きを完全に封じていく。

 もう、攻撃を誘導することは出来ない。

 残る巨大獣たちが、アカリを跡形もなく焼き尽くさんと飛び掛かる──

 

 

 

「断罪の時だ。……我と、汝のな」

「──アマテラァァァァァァァァァァス!!」



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GR126話:晴天神類─サンセット

 ※※※

 

 

 

「これで、終わりだ」

 

 

 

 

 神としての権能を全て投げ打った。

 その上での勝利だった。

 クリーチャーとしての、ただのアマテラス・キリコとなったアマテラスは、消し炭と化したであろうアカリの方を見やる。

 そして──自らの寿命が、もう長くないことを察していた。

 只のクリーチャーは、この地球上では長くこの姿を保てない。

 

「……済まなかった。私が……1000年前、終わらせていれば──」

 

 

 

 

「──済まなかった? 終わらせていれば?」

 

 

 

「──ッ!!」

 

 

 

 声が、聞こえてくる。

 完全に消し飛ばしたはずの声が聞こえてくる。

 アマテラスの眼前に──

 

「……あの日。あの時。オマエがいれば……アカリの苦しみを止められたと思ってるの? アマテラス」

「疑問……な、なぜ。何故生きて……いる?」

 

 ──アメノホアカリは、立っていた。

 

「ふふんっ……エリアフォースカードの魔力が……アカリへのダメージを肩代わりしたんだよ。すっごく痛かったけどねッ!!」

「驚愕ッ……!! 神の一撃を喰らって、立っているのか……!? 神の姿と名を捨てた一撃が……神を滅ぼせないなら、それは、何だと言うのだ……!?」

「アカリが何枚エリアフォースカードを持ってると思ってんの? 既に7枚!! 正直ヤバかったけど、もう神がどうこうしてアカリを斃せる段階じゃあない!!」

「疑問ッ!! 無理矢理奪った魔法道具であるそれらを……何故貴様が従えられるッ!!」

「……当然。このカードの力、かな」

 

 言った彼女は、Ⅳ番。

 皇帝(エンペラー)のカードをアマテラスに見せつける。

 それが何なのか、アマテラスも勘付いた。

 あの日、あの時。

 鬼を──酒呑童子を討伐した少年が持っていたエリアフォースカードだ。

 

「……疑問ッ!! 何故、そのカードを持っている……ッ!!」

「持ち主が死んだから。そして、自動的に所有権はアカリに移った」

「……激昂ッ!! 貴様、手に掛けたのかッ!! 鬼退治をした、あの少年をッ!!」

「この皇帝(エンペラー)がどういう権能か分かる?」

「……ッ!?」

 

 太陽が。月が。魔術師が。正義が。そして、世界が。

 全てが皇帝(エンペラー)のカードを前にして回っている。

 

 

 

 

「……他のエリアフォースカードを従えるチカラ。文字通り、皇帝の権威の象徴。それこそが、皇帝(エンペラー)の本質だよ」

「ッ……!!」

 

 

 

 

 何度でもデュエルで叩きのめしてやる、と起き上がるアマテラス。

 しかし、もうクリーチャーの姿ではアカリに立ち向かう事すらできなかった。

 たった一度のチャンスを無駄にしたことを──彼女は激しく悔やむ。

 既に彼女は他のエリアフォースカードをモノにしてしまっている。あまりにもリソースの差が大きすぎる。

 

「……アマテラス。アカリは……全部自分の所為だと思って、自分の責任だと思う所……あたし、すっごくキライ」

「……何だと?」

「だって。あんたが死んだから、アカリは生み出された。あんたが不甲斐なかったから……アカリは……ッ!!」

 

 アマテラスの細い首にアカリの右手が伸びた。

 

 

 

「ガマンしたのに……頑張ったのに……人はアカリを見捨てたッ!! だからアカリは人に復讐するッ!! 世界に、神に復讐するッ!! これはアカリの戦いなんだッ!!」

 

 

 

 アカリは叫び散らす。

 

「あんたが今更何を謝ろうが、関係ないッ! あんたにあたしを裁く権利なんて──無いんだッ!!」

「……過ちが、ある」

「……は?」

「過ち、が、あるのだ……」

「……何だと?」

「アマツミカボシを止められるのは、我ほどの力を持った神……しかし、()()()我が居なくなったら、誰がアマツミカボシを止める……?」

「……」

()()()()()()()……多くの命が救えるならば……と、人の過ちを……見過ごした……それが、我の罪だ……」

 

 止められなかった。

 止められるわけがなかった。

 アマテラスは回顧する。

 神道に通じた人間たちが、「万が一」の時のために何をするつもりだったかを。

 そのための「神を降ろす研究」を。

 そして、そこに生じる犠牲を。

 それが如何に非人道的な行為であるかを。

 全て彼女は知っていた。

 

「人の手で神を生み出すために、どのような犠牲が生じるかを、知っていた……」

 

 それを──必要悪である、と見逃した。

 自分とて、人間に助けられた身であることを知っていたからである。

 

「驕っていた……我が勝てば良いこと、と思っていた……結局、我はアマツミカボシに敗けた……犠牲を、拡大させた……!」

「ッ……ふざけてる……!! 必要な時にあれだけ使い潰して、要らなくなったら捨てる? 後ろめたくなったら謝って終わり?」

「……すま、なかった、すまなかった……止められなかった……人間が、我の愛した人間が滅ぶのを見るのは……耐えがたかった……!!」

 

 ぎゅるる、と音を立ててアカリの背中から幾つもの蛇が伸びる。

 

 

 

「滅ぶ。滅ぶよ。人は……神は……クリーチャーは……全部、滅ぶッ……!! アカリという犠牲を生み出したことでッ!! 滅ぶんだッ!!」

 

 

 

 蛇が、アマテラスに喰らいつく。 

 女神はもう、抵抗しなかった。

 その血を、肉を喰らい尽くした時。

 青い返り血がアカリを覆っていた。

 

「……は、はは、勝った……アマテラスに……勝った……ッ!!」

 

 

「……勝った? 本当に……?」

 

 

 

 太陽神の亡骸を前にして。

 アカリは、先の敗北を思い返す。

 負けた。

 負けていた。

 もしも、エリアフォースカードが無ければ。 

 負けた時の保険を用意していなければ。

 アカリは──アマテラスに滅ぼされていた。

 

「あっ、ああ、あ……ッ!!」

 

 

 

 

 負けたのだ。

 自分は、アマテラスに。

 そして、彼女の命を奪った今──もう二度と、アマテラスに勝つことが出来ないのだと、思い知った。

 

 

 

 あれほど憎悪し、あれほど嫌悪し、あれほど超えたいと誓った相手だったのに。

 

 

 

 結局──ただの一度も、まともに彼女に勝つことなど出来なかった。

 

 

 

 そして。

 アカリは──言葉に出来ない気分に襲われる。

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああァァァーッ!! アマテラァァァァァァァスッッッ!!」

 

 

 

 

 

 少女の絶叫が響き渡る。

 虚しい。

 心にぽっかりと穴が開いたような気分だった。

 叫び、叫び、叫び続ける。

 そうしてひとしき──叫び終わったとき。

 

 

 

 

 ──神は、誓ったのである。

 

 

 

 

「……強く、なるんだ……犠牲者の、ままじゃ、ダメなんだ……ッ!!」

 

 

 

「このままじゃ、ダメなんだ……ッ!! エリアフォースカードに頼ってるようじゃあダメなんだ!!」

 

 

 

 

「100%の力じゃあ、ダメなんだ……人間を滅ぼして……アカリを苦しめたこの世界を……」

 

 

 

 

 ピキ。ピキピキピキ。

 

 

 

 彼女の頬に罅が入る。

 

 

 その肌の色は、白く染まっていく。

 

 

 

 太陽の神を取り込んだことで──

 

 

 

 

 

「──全部、作り替えてやる……ッ!! アカリが……太陽に、なるんだ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 ──その身体は、更に神化していくのだった。

 

 

 

 

「……エリアフォースカードの、匂いがする……ッ!! 分かる、分かるよ……ッ!! 皇帝(エンペラー)!!」

 

 

 

 

 神は、笑みを浮かべる。

 皇帝(エンペラー)のカードを通して、他のカードの在処が分かる。 

 かつて、耀が何度も使ったその力を──今はアカリが使っている。

 

 

 

 

「……魔術師共の巣窟に……行こう……ッ!! 西洋の魔術師は……皆殺しだ……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「白銀が、死んだァ!?」

「……かもしれない、だ」

 

 

 

 

 ──インドを離れ、すぐさまギリシャへと向かった黒鳥達。

 シャークウガのワープ魔法を駆使し、何とか彼らと合流することに成功する。

 これまでの経緯を話すと、桑原と翠月は驚愕したような表情を浮かべ──そして顔を見合わせた。

 

「……いずれにせよ、あいつは幽世からこちらに帰って来れていない」

「……一緒に行ったアカリちゃんが敵になったから……」

「クソッ!! あんにゃろ、俺達の事をずっとダマしてたってのかよ!!」

「悔しいですが……誰も、アカリさんのことを疑いきることなんて出来ませんでした。未来から来た……ただ一人の仲間でしたから」

 

 紫月がきゅっ、と胸の前で手を合わせた。

 耀が何処に居るのか。

 本当に無事なのか。

 幽世に向かう術は他にあるのか。

 

 

 

 そして──アマツミカボシを、アメノホアカリを斃す術はあるのか。

 

 

 

 分からない事が、先の見えない事が多すぎる。

 

 

 

「……残った奴で、どうにかするっきゃねぇだろ」

 

 

 

 桑原が拳を握り締める。

 今まで何のために耀が戦って来たか。

 そして──こともあろうにそれを裏切ったアカリを許しておくわけにはいかない。

 

「でも、エリアフォースカードが奪われたら……!!」

「エリアフォースカードが無けりゃ戦えねえってのか!? アルカナ研究会の奴らに、どうにかしてもらうとか……クソッ!! 結局俺達だけじゃあ、何にも出来ねえってのかよ!?」

「……魔力量が違い過ぎる。仮にデュエルで勝ったとして、斃せるかは別問題だ……!!」

「俺達ゃ、このままで良いってのかよ!?」

 

 壁を殴りつける桑原。

 

 

 

 

「……白銀……こんなところで……死んでんじゃあ、ねえぞ……ッ!!」



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GR127話:灯神類─新世界秩序(1)

 ──スイス。

 ヨーロッパの中でも、随一の武力を以て、あらゆる組織に参加しないと言う姿勢を貫く中立国家。

 それ故に、ニュートラルな国家組織の拠点が置かれることも多い。

 それは──魔術の世界に於いても同じである。

 あらゆる世界中の魔法組織を統べる魔導協会の本部はこの場所に設立されており、特に警戒度の高い魔法道具のうち数点はこの場所に収められている。

 

「神類種確認ッ!! 確かにきますッ!!」

「敵の狙いは魔法道具だ!! 決して犬死するんじゃない!! 死守せよ!!」

 

 ──使い手に渡っていないエリアフォースカードもまた、例外ではない。

 

 

 

「有象無象の虫けらが何匹居ても無駄だよ?」

 

 

 

 

 

 故に。

 凶神の号令の下に、蹂躙が始まった。

 まるで赤子をあやすかのような歌声が響き渡る。

 灯神類の背後からは──神歌の歌姫が顕現していた。

 先程、まさにアマテラスから吸収した切札だ。 

 その歌声が鼓膜に響いた時、魔方陣を展開していた魔導司達の首が下へもたげていく。

 その場だけではない。

 恐らく施設に居るであろう残りの魔導司達にも。

 ひいては、スイス中にアマテラス・キリコの歌声が響き渡る。

 

「あっ、ああ……? こんなやつ、どうやって戦えば良いんだ……?」

「……眠い。眠ぃ、よぉ……」

「もう、どうでも、いいや……」

 

 

 

「ざぁーんねん。君達は何も出来ずに無駄に命を散らすんだよ」

 

 

 

 魔法を唱えようとしていた者達の首がへしゃげ落ちた。

 スクラップのように背骨がへし折られ、鮮血がその場に迸る。

 凶悪に目を光らせた修羅の頂のゼニスが、誇りも慈悲もなく鎧に覆われた脚を無気力に首をもたげた魔導司目掛けて次々に振り下ろしていく。

 まるで工場のように、淡々と虐殺は進められていった。

 5分と戦線は持たなかった。

 アマテラス・キリコによって戦意を完全に失った魔導司達は、歌姫が異次元の穴をこじ開けて呼び出したクリーチャー達によって蹂躙されていったのである。

 しかしその様を──アカリは、何処かつまらなさそうに見ていた。

 

「……つまんない」

 

 ギリッ、と歯を噛み締め、そして理不尽に子供の如く当たり散らす。

 

 

 

 

「つっっっまんないなぁぁぁーっ!! もっと悲鳴を上げてごらんよ!! 無様に地面に這いつくばって泣き叫んでみせろよさあ!! きったない泥水啜って、命乞いしてみろよ!!」

 

 

 

 彼女の声を聞く者は誰も居なかった。

 施設の中も、外も。

 既に蹂躙され尽くしていたことを、彼女の周囲を舞うエリアフォースカードの数々が物語っていた。

 クリーチャー達が皆、アカリの前に跪いて頭を垂れる。

 そして、献上するかのようにして──エリアフォースカードを差し出した。 

 

 かつてアルカナ研究会が保管していたカード達。

 

 

 

「お勤めご苦労であーる♪ さーてと。いっぺんに手に入ったなあ……あまりにも上手く行きすぎて、つまらないくらいだけど──ん?」

 

 

 

 まるで札束でも数えるかのように彼女はカードを確認していく。

 

「ふぅん、これって……」

 

 彼女は白紙のカードを取り出す。

 かつて、刀堂ノゾムが所持していた未覚醒のエリアフォースカード。

 だが、そこに力が加わる事で──それは姿を変えていく。

 

「──この時代の(ザ・ムーン)……!」

 

 にやり、とアカリは笑みを浮かべた。

 (ザ・ムーン)(スター)は、ダブってこそ居るものの強力な魔力兵器に違いはない。

 取り込んでしまえば、更に大きな力を手に入れられる。

 何故ならば、この中に封じられているのは元々自分の身体なのだから。

 

 

 

 

 

 

「──世界を纏めて焦土に、そして新たな世界へと作り替える!! アカリが自由に生きられる、アカリのための世界を!!」

 

 

 

 

 これだけの数のエリアフォースカードが集まったのだ。

 最早結果は見えていた。

 アルカナ同士は本質的に引き付け合うサダメ。

 ましてや、カード達を従える力を持つ皇帝(エンペラー)があるのだから尚の事。

 この地球上にあるすべてのエリアフォースカードが、彼女の下に集おうとしていた──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「な、なんだ!? (ストレングス)のカードが勝手に!?」

隠者(ハーミット)のカードも……!?」

「ぬっ、先程アルテミスから回収したエリアフォースカードが……!?」

 

 

 

 その日。

 

 

 

 

「──なにっ!? どうしたの、戦車(チャリオッツ)!?」

「どうした刀堂!?」

「火廣金っ、助けて!! 戦車(チャリオッツ)のカードが──言う事を聞かない!!」

「何だと!?」

 

 

 

 

 全世界に散らばった全てのタロットの大アルカナが。

 

 

 

 

「ッ……まるで、流れ星のように……集まっていく……カード達が……!!」

 

 

 

 

 それが空目掛けて集まっていく様を、彼らは眺めているしかなかった。

 

 

 

 

 全ての摂理を、法則をも捻じ曲げる存在。

 

 

 

 

 新たな世界を造り出すほどの力を秘めた22枚のカード。

 

 

 

 それが揃った時──世界は、生まれ変わる。

 

 

 

「ごめんなさい、先輩……」

 

 

 

 

 ぽつり、と紫月は呟いた。

 

 

 

 

「私……何も、出来ませんでした……」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

<Ⅰ魔術師(マジシャン)

 

<Ⅱ女教皇(ハイプリエステス)

 

<Ⅲ女帝(エンプレス)

 

<Ⅳ皇帝(エンペラー)

 

<Ⅴ教皇(ハイエロファント)

 

<Ⅵ恋人(ラヴァーズ)

 

<Ⅶ戦車(チャリオッツ)

 

<Ⅷ正義(ジャスティス)

 

<Ⅸ隠者(ハーミット)

 

<Ⅹ運命の輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)

 

<Ⅺ(ストレングス)

 

<Ⅻ吊るされた男(ハングドマン)

 

<ⅩⅢ死神(デス)

 

<ⅩⅣ節制(テンパランス)

 

<ⅩⅤ悪魔(デビル)

 

<ⅩⅥ(タワー)

 

<ⅩⅦ(スター)

 

<ⅩⅧ(ザ・ムーン)

 

<ⅩⅨ太陽(サン)

 

<ⅩⅩ審判(ジャッジメント)

 

<ⅩⅩⅠ世界(ザ・ワールド)

 

<0──愚者(ザ・フール)

 

 

 

<Wild……Cards……>

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……っあれ?」

 

 

 

 

 俺は、起き上がる。

 目を擦り、何も無かったかのように上半身を起こした。

 死んだ。

 確実に死んだのだ。

 だとすれば、此処は死後の世界に違いない──はずだった。

 ……また、あの場所だ……何でだよ? 俺、アカリに撃たれて……全部、夢?

 ……いや、そんなはずはない。

 目に入って来たのは、焼き尽くされた祠だった。

 全部、夢じゃない。

 慌てて周囲を見回す。

 アカリ──は居ない。居たら俺はもう1回殺されていてもおかしくない。

 

「……やっと、起きたでありますな、バカマスター……」

「っ……チョートッQ!?」

 

 声がして振り返った。

 そこには──相棒が肩で息をしながら浮かんでいた。

 

「アカリ殿が、我を見逃したのが、幸いだったでありますよ……!」

「何で……無事だったのか!」

「恐らく守護獣の我を殺すことで、皇帝(エンペラー)のカードの出力をリセットするのを嫌ったのでありましょう……!」

「じゃあ、エリアフォースカードは取り込まれたままってことか……」

 

 1枚でも恐ろしい力を持つエリアフォースカード。

 それを今、彼女は何枚も持っている。

 だけど、いまいち俺は状況が理解出来ていない。アカリはいきなり裏切り、そしていきなりエリアフォースカードを奪っていった。

 その理由は確か──アカリが神類種で、その身体の一部がエリアフォースカードの中に封じられているから……!

 

「信じられねえ……何で……!!」

「我も信じられないであります。彼女は恐らくこの時間旅行の間、ずっと我々を欺いていた。いや、下手をすれば……何年もの間、未来でレジスタンスたちを欺いていた可能性があるであります」

「未来の俺は何にも気付かなかったのかよ!!」

 

 思わず叫ぶ。

 マズい。このままでは、あいつらが──俺の仲間が危ない。

 

「とにかく生きてて助かったぜ! どうにかして幽世を出て、向こうに戻らないと──チョートッQ、一緒に此処を出る方法を考えるんだ、今までみたいに──」

「……」

「ダンダルダには変身できるか!? ムリならサンダイオーだ!! あの出力なら、此処をブチ破れるはずだ」

「……すまないであります、マスター」

「……? どうした、チョートッQ」

「……我は多分……一緒に行けないでありますよ」

 

 ……何言ってんだよ?

 撃たれたのは俺で、こいつは生きてて……。

 

「……何で……そんな事言うんだよ?」

「我、マスターが頼ってくれるの……すごく、嬉しかったであります……カッコよく戦わせてもらって……マスターの傍で戦うのが、誇りだったであります」

「……待てよ。そんな今生の別れみてーなことを何で言うんだよ」

「……だから、マスターにだけは生きていてほしかったのであります。マスターなら……生きていれば、必ずアカリ殿に勝てると……信じているから」

「……何で」

 

 分からねえ。  

 分からねえよ。

 何で今、そんなことを言うんだ?

 体の中が冷え込んでいく。

 これからって時に、こいつは──

 

「説明しろよッ!! 何でそんな事、言うんだよ!? お前はいっつも……いっつも一言多いくせに……何で……!! 二人共生きていた!! 後は、どうやって此処を出るか考えるだけ! んでもって、アカリをブン殴る!! 皆を助ける!!」

「……」

「もうワケ分かんねえよ!! アカリは裏切る!! 幽世には閉じ込められる!! お前はヘンな事を言い出す!! ヘンな事だらけで、もう、頭がおかしくなりそうだ!!」

「……マスター」

「俺達今までどんなピンチも乗り越えて来たじゃねえかよ!! だから今度も一緒に超える、それだけじゃねえかよ……!!」

 

 チョートッQは首を横に振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マスターは確かに死んだであります」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 そんな、はずはない。

 今、俺の胸は確かに鼓動を刻んでいる。

 この身体には確かに熱が籠っている。

 ……待てよ。

 この鼓動は? 熱は?

 

 

 

 ()()()()()



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GR128話:灯神類─新世界秩序(2)

 ──思わず制服のブレザーを、そしてカッターシャツを脱ぎ捨てた。

 銃で穿たれたはずの俺の左胸は煌々と青い光を発していた。

 ぽっかりとこじ開けられたその穴を塞ぐかのように。

 

「……これしか、無かったのでありますよマスター」

「……これしかなかったって、どういうことだよ……!!」

「心臓を破裂させられたマスターは、そのままでは死ぬしかなかったであります。だから……失ったマスターの心機能を補うために、我が全ての魔力をマスターに移植したであります」

 

 移植……?

 全ての魔力って事は……こいつは、自分の力を全て俺に流し込んだって事か?

 

「アカリ殿にバレないようにやるのが難しかったでありますが……なんとか、成功したでありますな」

「っ……ふざけんな!! お前はどうなるんだ!! お前は──」

「……マスターが居ない守護獣は、デュエルも何も出来ない。そればかりか、アカリ殿がエリアフォースカードを支配下に置いた場合、我も何時アカリ殿に利用されるか分からないであります」

 

 チョートッQは、笑いながら俺の方へ近づいてくる。

 一歩、また一歩。

 おぼつかない足取りで。

 

「バカ野郎……何てことしやがんだよ……俺は……俺はまた一人で、戦わなきゃいけねえのかよ……!」

「1人ではない、でありますよ……我の力は、マスターの心臓に……こうして、共に闘えるなら……」

「ッ……」

「……この命は、最初から……マスターの……ために……だから……マスターの、仲間を……」

 

 がくり、と崩れ落ちるチョートッQ。

 

 

 

 

「……超超超・可及的、速やかに……」

 

 

 

 

 言葉は続かなかった。

 小さな守護獣は、そこで完全に消え去った。

 沈黙がその場に横たわる。

 

「……この戦いが終わっても、漠然と一緒に居るのかと思ってたけどよ……そんなわけ、ねえよな」

 

「……何で、こんなことになっちまったんだよ……こんなことなら、もっとお前に優しくしときゃよかった」

 

「俺、お前と冒険すんの……結構楽しかったんだぜ? 平穏とか平和とか大事とか言ってたけど……俺の日常ッて、何時の間にかお前ありきだったんだな」

 

 大事なものは、失った後で初めて分かる。

 

「……チョートッQ。俺が終わらせてやる。超超超・可及的速やかに──アカリをブッ飛ばす」

 

 ぐっ、と左胸を掴む。

 彼の全ての力が注ぎ込まれた心の臓の熱を確かめるかのように──

 

 

 

 

 

『うん、やっぱりその意気でありますよマスター!! 超超超可及的速やかに、アカリ殿をブッ飛ばしにいくでありますよ!! うむ!!』

 

 

 

 

 ……おい待てやコラ。

 俺は掴んだ胸から手をゆっくりと離す。

 そして耳を塞いだ。

 

『いやーしかし、人間の身体と言うのも悪くないでありますなー、うんうん』

 

 ゾッとした。

 消えたはずだったよな?

 消えたんだよなオマエ?

 何で頭ン中から声が聞こえてくるんだ。オイ。答えろ。

 

「……おいチョートッQ。説明しろ」

『いやー、だから先程説明した通りでありますよ。我は守護獣としての力を放棄し、クリーチャーとしての魔力全部をマスターに譲渡したのであります』

「それは聞いていた。それで? その次は?」

『その結果、我とマスターは文字通り一心同体になっちゃったと言うか……マスターは半分人間で半分がクリーチャーになったと言うのでありますか……』

「……で?」

『つまり今のマスターは半分が人間で半分が我というわけでありますな!!』

「ああああああああああああああ!!」

 

 俺は絶叫してその場に手を突く。

 台無しだ!! 全部台無し!! 

 返せ!! 俺の純情とか涙とか、その他諸々!!

 頼むから眠っててほしかったよ、思い出の中で永遠に!!

 

『それにしても、マスターがそこまで我にクソデカ感情を抱いていただなんて……いやー、照れるでありますなー、ぽっ』

「うっげぇぇぇぇ、オロロロロロロロ」

『ギャーッッッ!! 吐くのはやめるでありますよ!! この身体一応我も入ってるのであります!!』

「やめろ……やめてくれ……!! てっきりもう消えたもんかと……!!」

『我そんな事一言でも言ったでありますか?』

「言ってねえな、クソが!!」

 

 バカだった。

 マジで俺がバカだった。

 こいつ、この野郎にお涙を求めた俺がバカだったのだ。

 ……まあ、でも、よくよく考えたら消えるよりはましだったのかもしれない。

 でも俺の身体、また魔改造されてるんだよな!! 俺のあずかり知らぬ場所で、俺の許諾無く!!

 ジョギラゴン然りコイツ然り、俺の身体を何だと思ってるんだ!? 巣穴じゃねえんだよ!!

 

『まー、マスターの怒りもごもっとでありますなあ、まあでも将来はこういうボランティアとかどうでありましょう?』

「思考を読むな思考を!!」

 

 

 

『どうやら……死んだふりが上手いのは、私だけではなかったようですね』

 

 

 

 声が聞こえてくる。

 これは──ククリヒメ?

 てっきりあの時、アカリに撃たれて死んだもんかと思っていたが……。

 

「っ……ククリヒメ!! お前も無事だったのか!!」

『無事というわけではありませんが……肉体を破壊され、既に概念として幽世に留まっている状態。ゴブちゃん達もただのカードになってしまいました』

「……そうか、だけど良かったぜ……死んだわけじゃなくって。なあククリヒメ、お前はあのアカリについて何か分かる事はないか?」

『思い当たる節が無いわけではありません。未来を見通せなくとも、過去からの縁を辿れば……』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

『……恐らく、かつて人間たちが開発していた人造の神類種でしょう。そして、アマツミカボシを封じたのは22枚のエリアフォースカードではなく……』

「神を殺すために作られた神であるアカリってことか……」

 

 坂田さんが言っていた神道のタブー。

 それは、人間がかつて神を降ろそうとしたことだと言っていた。

 だけど、それは実際は倒されたアマテラス神に代わる神を作り出すことだった。

 そうして作られたのが──アカリ。《灯神類アメノホアカリ》だ。

 

『神殺しの力は、本来殺せないものを殺す力。幽世という生と死の曖昧な場所でなければ、私もこうは喋れていなかったでしょうね……』

「俺の蘇生も、此処が幽世だから上手くいったってことか? ゾッとするぜ……」

『アカリ殿は、エリアフォースカードに封じられていた自身の力を求めていたであります。22枚のエリアフォースカードが封じたのは、アマツミカボシではなくアカリ殿だったのでは?』

「その可能性はあるな……エリアフォースカードに22分割して封じられた魔物ってのは……アカリの事だったのか」

『とかく。私は既に、存在を維持するので手一杯。この子達を守らねばなりません』

「大丈夫だ。ククリヒメには世話になったし……それに、結局お前が今まで守ってきたエリアフォースカード、守れなかった」

『気に病むことはありません。私に出来ることはもうありませんが……せめて、このカードを貴方に』

 

 その時だった。

 俺の手元に現れたのは──皇帝(エンペラー)のカードだった!

 

「なんで、皇帝(エンペラー)が!?」

『アメノホアカリが気付く前に隠しておいたのです。貴方の持つカードが2枚に分かたれているのは気付いていましたから』

「マジかよ!! 助かったぜククリヒメ!!」

「これなら、まだ対抗する目があるでありますな!」

 

 後は、幽世から脱出するだけだ。

 アカリが居ない今、どうやって出るかは分からない。

 だけど……此処まで来れば、もう足踏みしていられない。

 早く外の世界に出ないと──

 

 

 

 

「なぁーにぃ? これがもしかしてぇ、人類の最後のキボーってヤツゥ? ただのクソザコにしか見えないんだけどォ?」

 

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 俺たちは空に目を奪われていた。

 

 

 

 

 幽世に──穴が開いている。

 

 

 

 そこから──少女が降って、目の前に現れた。

 

 

 

 

「……くすすっ。なんか頼りないなぁー、ざーこざーこ♡」

 

 

 

 

 

 目を逸らしたくなるような露出度のボンテージで身を覆っている少女は、俺を見るなり小ばかにするように笑みを浮かべた。

 頭からは妙な形状の角が生えている。これ、どっかで見たような曲がり方だな……。

 それにしても、幽世から降ってくる辺り、どう見ても普通の人間の女の子ではないのは確実なのだが、妙に強さというものが感じられない。

 クリーチャー? それとも……神類種なのか?

 ともあれ出てくる感想はただ一つ。

 

「何だコイツ……」

 

 これである。

 さっきから色々起こり過ぎである。

 

『出てくるなり失礼な輩でありますな……!! 恐らく敵でありますよ!!』

「ざーこざーこ♡ あんたなんかが私に勝てると思ってんの?」

『オアーッ!! 今の我はマスターと一心同体! お前なんて一撃でありますよ!』

「やめろ!! 俺の身体なんだぞ!!」

『ッ……この空気は……』

 

 ククリヒメの声が震えている。

 幽世の壁を突き破り、突如として降臨した何者かを目の当たりにして。

 

「知ってるのか、ククリヒメ!?」

『私が間違うはずもありません……! この気配、この神力……アマツミカボシのものです……ッ!!』

「ッ……な!? アマツミカボシィ!?」

 

 何てことだ。

 俺が寝てる間に、あの悪神はとうとう目覚めてしまったというのだろうか。

 それにしてもなぜ、地上ではなく幽世にやってきたのだろう。

 あまりにも色々起こりすぎて理解が追い付かない。

 

『ミカボシィ? 何それダッさぁ♡ それって、あんた達が勝手に呼んでる名前でしょぉ? 私の()()()()は、もっとこう、ドキンドキン♡ でダムダム♡ なカッコいいスパダリ的な名前なんだけどぉ?』

『勝手に呼んでる、でありますか……?』

「どういうことだ?」

『まあ、脆弱ですぐ死んじゃうヨワヨワな人間たちには理解できないだろーけどね♡』

『……確かに、アマツミカボシは神話の神から、人間が取って付けた名前でしかありませんから……』

 

 ……そういえば、アマツミカボシは空からやって来たと聞く。

 つまり、元はただのクリーチャーだったってことだ。

 勿論、地球に住む俺達はそいつの名前を知る由もない。

 アマツミカボシが、ただ俺たちが呼んでいる名前だったとしたら?

 そいつの本当の名は──

 

『ねぇねぇ、それよりもさぁー、一つ良い?』

 

 キャハッ、と小悪魔のように笑う少女は──空を指差した。

 

 

 

 

 

『……()()、あんた達でどうにかならなーい?』

 

 

 

 

 

 

 

 あまりにも歪な何かが、少女を追いかけるようにして幽世の海へと降ってきた。

 悪魔の神と、聖霊の王。

 相反するはずの見覚えのあり過ぎる2体のクリーチャーが、繋ぎ合わされた異形。

 かといって、かつての融合獣のように融け合った姿ではない。

 まるで無理矢理混ぜ合わされたような、気味の悪さを感じる──

 

「アルファディオスと、ドルバロムの合体クリーチャー……!?」

『何でありますかアレェーッ!?』

『アレに追いかけられてきちゃって……てへっ♡』

「てへっ♡ じゃねーよ!! 何連れて来てんだテメーは!」

 

 アカリの次はコイツかよ!

 幽世にはバケモノしかやってこないのか。

 だけど、恐ろしい力を感じる。

 モモキングやジャオウガのようなキングマスターカード……それらと同格だ。

 

「あんな奴、斃せるのかよ……!?」

『あー、やっぱりどうにかならないんだぁ♡ ザーコザーコ♡』

 

 

 

 げんこつ。

 

 

 

 

「……オイこら。助けてほしいなら相応の言い方があるよな?」

『ひぐっ、ぐすんっ、うぇえ、ごめんなさい、助けてください……』

『今のマスターの拳骨は、我の力も乗ってるからクリーチャーにもフツーに効くでありますよ』

 

 やめてくれ。

 自分の身体が人外に近付いてるのって割と心に来るモンがあるんだぞ。

 

『……マスター。此処まで来たからには、もう立ち止まってられないでありましょう!』

「ああ。もう1枚の皇帝(エンペラー)が此処にはあるんだ! やってやろうじゃねえか!」

 

 聖霊と悪魔の連結された異形が飛び掛かる。

 それに向かって──俺は皇帝(エンペラー)のカードを翳した。



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GR129話:灯神類─聖魔連結王

 ※※※

 

 

 

「オ、アァァァァ……? アァァァァー?」

 

 

 

 

 おぼつかない虚ろな唸り声を上げる、謎の合体超獣。

 《アルカディアス》や《バロム》との合体は今まであったが、《アルファディオス》と《ドルバロム》の合体は初めて見るかもしれない。

 とにかく何をしてくるか分からない。相手は完全な未知のクリーチャーだ……!

 

「来タレ、我ガ王来の使徒……《天災(ディザスター)デドダム》……!!」

「ッ……《デドダム》!? 《デッドダムド》のデッキか!?」

『しかしマスター、あのカード……墓地と手札とマナをいっぺんに増やす以上、どのようなデッキに入っていてもおかしくないでありますよ!』

「俺の知ってるデュエル・マスターズにはまだ無いカードなんだよぉ!! どいつもこいつも未来からカード持ってきやがって!!」

 

 叫んでいても仕方がない。

 こっちだって仕掛けにいく。

 いきたいところなんだが……手札が全く見覚えのないカードしかない。

 

「チョートッQ、このデッキは……?」

『恐らく、皇帝(エンペラー)が用意したものでありましょう』

「ドラゴンのデッキはあんまし使ったことないんだが……!?」

『元のデッキ、恐らくアカリ殿にパクられたでありましょう?』

 

 そう言えばどこにも見当たらない。

 ……無いよりマシか!

 

「いいぜ……使いこなせなきゃ奴隷、使いこなせたなら……俺がコイツのマスターだ!! 《ボルシャック・栄光・ルピア》でマナを一気に増やす!」

 

 マナに置いたカードがドラゴンならば、さらにマナブーストをお代わりできる《栄光・ルピア》。

 恐らく《メンデルスゾーン》の生き物版のカードなのだろう。……サラッと言ったけど、こいつ自身もドラゴンだし弱いところ一切無いな。

 これで俺のマナは次のターンで6枚になる。しかも場にはドラゴンが残ってるし。

 完全にマナブーストでは圧倒したぞ──

 

「……呪文、《ドラゴンズ・サイン》」

「げ……!」

『アレはコスト7以下の光のドラゴンを呼び出す呪文でありますよ!』

 

 ──先攻とられたからか、相手の方が先に動いて来た……!

 

「ウ、オ? ァア……?」

 

 突如、場に現れる2体のクリーチャー。

 《龍素記号Srスペルサイクリカ》と──《血風聖霊ザーディア》!?

 でもあいつらは《ドラゴンズ・サイン》で出せるクリーチャーではないはず。

 そう思っていた矢先だった。

 

「キャッハハハ! 見てなよ人間。あれが私のご主人様をもビビらせたヤバい奴ら。あの灯の神が作り出した新世界の生き物」

「……!?」

 

 突如現れた、あのボンテージの少女。

 こいつ空間に入って来れたのか!?

 

「あんなの……悍ましすぎて鳥肌立っちゃうよねーっ! ……あたしは絶対ヤだよ、ああなるの」

 

 

<《スペルサイクリカ》!! 《ザーディア》!! Go to Dispect!!>

 

 

 

 2体の身体がモザイク状に砕け散り、そして混ぜ合わされていく。

 紫電が迸り、2つの命が1つとなっていく。

 そこに意思も尊厳も何も無い。

 歪な合体が執り行われようとしていた──

 

「な、なんだ……何が起こってんだ……!?」

 

 

 

 

「……来イ、《龍風混成 ザーディクリカ》」

 

 

 

 

We are Dispecter

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 突如現れた合体獣を前に、俺は立ち尽くす。

 赤い血潮の天使の身体に、水晶の龍が混ぜ合わされたそれを前にして俺は嫌な汗すら伝っていた。

 只の合体クリーチャーではない。

 そこには──とても邪悪な意思さえ感じる。

 

『《スペルサイクリカ》と《ザーディア》が、合体したであります……!?』

「……あれは()()()()()()()。アメノホアカリが龍魂珠(アントマ・タン・ゲンド)の力で混ぜ合わせた合体獣だよ♡」

「アカリが……造ったのか……!? あんな、ゲテモノを……!?」

『ゴッドなどとは違う……肉体から、クリーチャーの悲鳴さえ聞こえるでありますよ!! しかも、あのクリーチャー達の身体を何処から調達したのでありますか!?』

「さぁ、どこからだろーねぇ?」

「……おいお前、何か知ってんのか!?」

「それは、これに勝ってからだと思うよ? コレに勝てないザコザコに……今の地上がどうなってるか受け止められるとは思わないし?」

「──ッ!!」

 

 嫌な予感がする。

 地上にはこんなバケモノが沸いているのか!?

 世界は……皆は大丈夫なのか!?

 早く、斃さなきゃ……!

 

「あぁ、ア……? アァ……《ザーディクリカ》……EXライフ……!!」

 

 その時、《ザーディクリカ》の身体から光が飛び出し、シールドと化す。 

 

「……出たぁ。ディスペクターの第2の命」

「シールドが増えた!?」

「《ザーディクリカ》……!! 《ドラゴンズ・サイン》ヲ、モウ1度詠唱……ッ!!」

 

 更に墓地の《ドラゴンズ・サイン》が唱えられる。

 手札から現れたのは──2体目の《ザーディクリカ》……!

 

「呪文、《フェアリー・ミラクル》……!!」

「今度はマナを増やして来た……!!」

『当然のようにマナには5色が揃っているでありますよ!!』

 

 まずい。シールドが合計7枚に増えた上に、場には2体のWブレイカー。

 しかもこいつらはブロッカー化してるのか……!!

 

「……ア……ァ、ターン終了時……呪文ヲ唱エテイルノデ、《ザーディクリカ》ノ効果発動!! 相手クリーチャーヲ、破壊!! ソシテ、我ラハ2枚ドロー!!」

 

 突如雷撃が落とされ、《栄光・ルピア》が焼き鳥にされてしまった。

 呪文を唱えていれば、相手のクリーチャーを破壊する効果があるのか……!

 シールドを増やして呪文を墓地から唱えて、しかも盤面制圧に加えてドローって……1体で何体分のクリーチャーの役割こなしてんだコイツ!?

 

「しょ、正直、こいつで解決できるかどうかわからねえんだけど……!! やるしかねえ、か!!」

 

 ディスペクター。

 確かに恐るべき敵だ。

 だけど──こっちだって負けてられないんだ!

 俺たちには……皇帝(エンペラー)の守護獣がついているんだからな!

 

「5マナをタップ!!」

『マスター……!』

「もう1回、力を貸してくれ……もう1つの皇帝(エンペラー)!!」

 

 

 

 そして──頼むぞ《モモキング》!!

 

 

 

「これが俺の切札(ワイルドカード)!! 《王来英雄(オーライヒーロー)モモキングRX(レックス)》!!」

 

 

 

 浮かび上がるはⅣ。皇帝の数字。

 それを切り裂き、現れたのは──新たなる姿となった桃太郎、改め《モモキングRX》だった。

 

「ッ……ア、ァ?」

「ふぅん。少しはやるみたいだねぇ♡」

「《RX(レックス)》の効果発動!! 手札を捨てて2枚ドローし──こいつに進化できるクリーチャーを重ねる!!」

 

 このデッキには幸い、こいつから進化できるクリーチャーが入っている。

 7コスト以下、そして火文明から進化できて、尚且つ──この状況を打破できるカードが!

 

 

 

「進化……《ボルシャック・ドギラゴン》!!」

 

 

 

 轟!! と口から炎を噴き出す、両手に巨大な装甲を携えた革命の龍。

 ボルシャックの名を冠すそれが現れるなり、《ザーディクリカ》目掛けて飛び掛かる──

 

「──《ボルシャック・ドギラゴン》の登場時効果を使う! 《ザーディクリカ》とバトルして破壊だ!」

「ッ……ァァ?」

 

 巨大な拳が合成獣を砕く。

 こっちはパワー12000。相手は6000。差は歴然だ。

 しかも《ボルシャック・ドギラゴン》の強制バトルは攻撃時にも発動する。

 これでもう1体の《ザーディクリカ》も──

 

「キァァアアアアアア!!」

 

 ──あれ?

 

 

 健在だ。

 砕いたと思っていた1体目の《ザーディクリカ》は、無傷。ピンピンしている。

 

「キャッハハ! EXライフは、ディスペクターが場を離れる代わりに、増やしたシールドを身代わりにするんだよ? そんな事も知らないのぉ?」

「えっ……て知るかそんな事ーッ!!」

『そういう大事なことは先に言うでありまーす!!』

「まあ、良いんじゃなーい? 相手のシールドは1枚、墓地に送れたしー?」

「……!」

 

 あっ、本当だ。増えたシールドは墓地に送られている。

 増えたEXライフシールドは墓地に送られるってことは、安全に2枚、焼却出来るってことじゃねえか!

 こいつ、ただのウザいガキかと思ってたけど、意外と言ってることは的を射てる……のか?

 

「よし!! そうと決まれば《ボルシャック・ドギラゴン》で攻撃──する時、強制バトル発動!! もう1体の《ザーディクリカ》を、破壊!!」

「EXライフ……」

「は、墓地送りだぜーっ!!」

 

 そのまま鉄拳がシールドを3枚、叩き割る。

 これで、あいつのシールドは残り2枚!

 

「そんでもって、これで終わるつもりはねえよ!!」

『《RX》から進化したクリーチャーは、バトルに勝ったらアンタップするのであります!』

「だから、このまま《ザーディクリカ》をタコ殴りにしながら連続攻撃だーッ!!」

 

 《ボルシャック・ドギラゴン》が1体目の《ザーディクリカ》を完全に粉砕する。

 そして──大きな爪が、シールドを薙ぎ払った。

 

 

 

「残りのシールドもブレイクだ!!」

 

 

 

 

「……G・ストライク、発動」

 

 

 

 

 

 その時。

 《ボルシャック・ドギラゴン》の身体が──完全に硬直した。

 アンタップしたはずなのに、動き出す気配がない。

 

「……な、なにが起こったんだ……!?」

「《とこしえの超人(プライマル・ジャイアント)》のG・ストライクかー。人間ちゃん、運が悪かったねー♡」

『G・ストライク……確か、魔導司が極秘に開発しているという噂を聞いた事があるであります……! シールドをブレイクした際、見せるだけで相手を止められる能力だ、と!』

「だからそういうのは先に言え!!」

『分かってても防ぎようがないでありましょう!?』

「アァ、ア……?」

 

 マズい。

 《ザーディクリカ》1体は完全に倒し、シールドは全て割ったものの──此処からは完全に敵のターンだ!

 手札もマナも、十全に増えすぎている……!

 

「アァ、ア……?」

 

正義(ジャスティス)──《アルファディオス》!! 悪魔(デビル)──《ドルバロム》!! Go to Dispect!!>

 

 

 

 

 その時。

 空に浮かび上がったのは──Ⅺ。そしてⅩⅤ。

 どっちも大アルカナの数字だ。

 

 

『ま、待つでありますよ……! こいつから、いきなり反応が……!?』

「なんだ……こいつ、エリアフォースカードの力を同時に取り込んでるのか……!? しかも正義(ジャスティス)ってブランの──」

 

 

 

<Your Scream”King”>

 

 

 

 

「──我ガ名ハ? 我ラノ、名ハ……《聖魔連結王 ドルファディロム》」

 

 

 

 

We are Dispecter



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GR130話:灯神類─NEX

「《聖魔連結王 ドルファディロム》……ッ!!」

 

 

 

 突如として現れた強大にして歪なる王。

 頭も、腕も、そして胴体さえも。

 《ドルバロム》と《アルファディオス》の身体がまぜっこぜになって繋ぎ合わされている。

 改めて見てみると、合体元に同情を禁じ得ないほどの醜悪な姿だ。

 しかもこれ、繋ぎ目がジッパーじゃねえか……!? どうなってんだよ……!?

 いや、見た目だけの問題じゃない。

 ──コイツは、エリアフォースカードを取り込んでいる。しかも、ブランが持っていたカードを、だ!!

 

「奪われたのか……!? 他のカードも、アカリに!?」

「オォオ……オオオオオオオオオオオオオオーッッッ!!」

 

 ッ……思考している間もない。

 王の降臨と共に《ボルシャック・ドギラゴン》はその身体を一瞬で消し飛ばされてしまう。

 場に出ただけで相手のクリーチャーを吹きとばした上に、折角割ったシールドがまた増えた……!

 胸がざわついてくる。

 目の前の巨大なバケモノと、仲間の安否に──心が挫けそうになる。

 

「ディスペクターの王……《ドルファディロム》。コイツの前では、単色クリーチャーはザーコザーコ♡のクソザコなんだよー♡」

『要するに、出た時に多色以外を全て破壊するってことでありますな!?』

「ッ……くそっ!! 悪趣味なモン作りやがって!!」

 

 ディスペクターの王……か。

 確かにそれならば、この恐ろしい能力も納得かもしれない。

 持ち合わせる文明は火、光、そして闇の3色。……3色?

 

「……火は何処から来たんだ!?」

『我に聞かれても知らないでありますよ!!』

 

 此処までの破壊効果は《ドルバロム》を思わせるものだ。

 つまり──《アルファディオス》の持つロック効果も併せ持っている可能性がある……!?

 って、考えてる場合じゃない! 

 

「オオオオオオオオオオオオオオンンンッッ!!」

「げぇっ!! 殴って来たァ!?」

『こいつスピードアタッカーでありますよ!』

「そのためだけの火文明かよーッ!?」

 

 場には《ザーディクリカ》と《デドダム》も居る。

 つまり、あいつがT・ブレイカーならば既にジャスキル打点が作られてしまっている──ッ!

 

「っ!?」

 

 砕け散る3枚のシールド。

 破片が飛び散る中──早速S・トリガーが来た!

 

「呪文、《スーパー・スパーク》!! 効果で残りのクリーチャーを全てタップする──うぅ!?」

 

 と、唱えられない。

 S・トリガーが、発動しない……!?

 

『マスター!! ヤツの前では多色以外の呪文も通用しないでありますよーッ!!』

「だからそういう事はもっと早くに言えーッッッ!!」

「《ザァーディ──クリカ》ァァァーッ!!」

 

 迫る水晶龍と天使の合成獣。

 放たれる無数の火球が俺の残るシールドを焼き尽くす──

 

「いや、まだだッ!! G・ストライク、発動!!」

 

<《ボルシャック・モモキング》>

 

 

 盾から飛んできた新しいモモキングのカードに助けられた……!

 

「ッ……!! ヌゥ、アァァ……!!」

 

 そして、これでこのターンの攻撃は防いだ……!

 手札は潤沢にあるし、2枚目の《RX》もある……!

 

『く、首の皮ひとつ繋がったであります……!』

「……」

『どうしたであります? マスター?』

 

 ……だけど気になる事がある。

 何で相手はこの段階で殴ってきた?

 2体のクリーチャーを無理矢理くっつけた融合獣相手なら思考がメチャクチャである可能性はある。

 だけど、ここまで的確なプレイングを見せつけておいて、何も無しに殴ってくるなんてことあるか?

 ジャスキルなんて、1回防げばそれで終わってしまうのに──

 

「安心するのは早いんじゃなーい? ねぇねぇー」

「俺は別に安心してねーよ!!」

「《ドルファディロム》の全体破壊は、EXライフシールドが離れた時にも発動するんだよねぇー! まさに多色以外はクソザコってわーけ」

「……全体破壊が……もう1回!? シールド割ったら!?」

 

 そ、それはマズいぞ!!

 実質、単色限定の《アポカリプス・デイ》がシールドに埋まっている状態ってことだ。

 しかもシールドを焼こうが煮ようが、離れた時点で発動……しかも《ドルファディロム》を退かしても発動……。

 無駄打ちさせようにも呪文は使えないし、そもそもこのデッキにあのバケモノを2回除去するようなリソースは残ってない。

 そして《RX》から単色クリーチャーに進化しても、すぐにはがされる……!

 

「っ……《ボルシャック・モモキング》……!」

 

 ふと、手札に来た先程のカードを見やる。

 ボルシャックの力を受けついだモモキングのカード。

 だけどG・ストライク以外は純バニラ。此処では決定打にならない……!

 

「クソッ……!! ……正義(ジャスティス)のカードを、取り返すんだ……! どうすれば、どうすれば……!?」

 

 ──アカル! 観察と、ただ見るだけなのは違うのデス! 見るべきものを見ないから、本当に大切な事を見逃すのデスよ!

 

「見るべき、もの……!」

 

 ……そうだ、ブラン。

 こんな時こそ、落ち着かなきゃダメ……だよな!

 

「……待てよ。スター進化……!?」

 

 何なんだこのカード。

 今までの進化クリーチャーとは違う。

 そして、このデッキに入っている《RX》は、これと組み合わせるのが前提のカード……!?

 

「……賭けてみるか。《モモキングRX》、お前の力を見せてみろ!!」

 

 5マナをタップし、再び切札を呼び出す。

 こちらは単騎。 

 相手のシールドには、聖魔連結王のEXライフが罠のように仕掛けられている。

 それを防ぐ手段はない。

 防ぐ手段がないなら踏み越えていけばいいだけだ!

 

「出た時に手札を捨てて2枚引いて──その後、コイツから進化できるクリーチャーを重ねる!!」

「オァ……ァァア!?」

 

 ……来た。

 

 

 

 

「これが俺の燃え滾る切札(バーニングワイルド)!! スター進化ーッッッ!!」

 

<《ボルシャック・NEX》>

 

 

 

 

「──《ボルシャック・モモキングNEX》!!」

 

 

 

 

 一瞬浮き上がる、《ボルシャック・NEX》の姿をしたオーラ。

 それが覆いかぶさるようにモモキングの身体へ纏わりついていく。

 重なった闘気は、鎧となって具現化する──ッ!!

 

『ま、まさかまさかでありますよ! 耀殿が……モモキングが、ボルシャックの力をモノにするとは……!!』

「……こいつが、このカードの本領か……!」

『かつての過去の種族を受け継ぎ、自らの鎧として纏う種族……これが、レクスターズでありますな!』

「でも、火文明単色のクリーチャーなのにどうやって勝つつもり~? 《ドルファディロム》で死んじゃうじゃん」

「まあ見てろよ! 《モモキングNEX》の効果発動!! 場に出た時、山札の上から1枚を表向きにして、それが火のクリーチャーかレクスターズならば場に出す!」

 

 捲れたカードは──《ボルシャック・大和・ドラゴン》だ。

 スピードアタッカーだけど、単色クリーチャー……!

 

「ッ……ァ、ア、ボルシャァァァーックゥゥゥ!!」

「そして《NEX》で《ザーディクリカ》に攻撃する時、効果発動! 来たのは──《ボルシャック・クロス・NEX》……!」

「ッ……来ないじゃん!!」

「るっせェ!! 今度は《デドダム》に攻撃だ!!」

 

 捲れるのは──《ボルシャック・ドラゴン》……!

 これだけ並んでも、単色クリーチャーは《ドルファディロム》で消し飛ばされてしまう。

 ……だけど!!

 

「これで良い!! 《ボルシャック・モモキングNEX》で《ドルファディロム》に攻撃!! 捲れたのは──《ボルシャック・栄光・ルピア》!」

「だけど《NEX》のパワーは9000……このままじゃ、聖魔連結王は倒せないんじゃなーい? 《ドルファディロム》のパワーは13500もあるんだけどー!?」

「大丈夫だ!! 攻撃時、コイツは墓地の火のカードの数×2000、パワーが上がる! 墓地には3枚あるから、今のコイツのパワーは15000だ!!」

「だけど、破壊したらEXライフが剥がれて──」

「うるせぇ!!」

「ひぃん!?」

「大丈夫って言ったら、大丈夫なんだよ!! 俺を──信じろ!!」

「っ……!」

 

 聖魔連結王の手が伸び、極太のビーム砲がモモキングを襲う。

 しかし──巨大な爪が《ドルファディロム》の連結を断ち、切り裂いた!!

 

「ッ……ァ、アアア!! ボルシャックゥゥゥーッ!!」

「……《聖魔連結王》……討ち取ったり!!」

「ッ……アアアアアアアア!! ボルシャックゥゥゥーッッッ!!」

 

 その時だった。

 来る。全体破壊が。

 強大な波動がフィールドに広がり──俺のクリーチャーを全て破壊し尽くしていく。

 

「っ……アアアアアア!! ボルシャァァァァーック!!」

「ああ、全滅……!!」

「すげぇ攻撃だぜ、ドルファディロム……!」

 

 

 

 フィールドは焦土と化した。

 

 

 

 

 ……だけど、これで終わりじゃない。

 まだ場には《モモキングRX》が立っている。

 

「ッ……ァア!?」

「言ったはずだ! 討ち取ったり、聖魔連結王──ってな!」

「ウソでしょ……!?」

 

 少女は目を丸くする。

 生き残っている《RX》を前にして信じられないといった様子だ。

 だから言ったはずだ。絶対に大丈夫だってな。

 

「スター進化は、鎧をまとう進化!! 《ボルシャック・モモキングNEX》が破壊されても、下の《RX》は無事だ!」

『しかも、シンカパワーでアンタップしているのであります!』

「そして、頼みの綱の最後のシールドは焼け落ちた!」

 

 除去耐性には除去耐性をぶつける!

 これで後は、《RX》の攻撃が通れば──

 

 

 

 

「──《モモキングRX》で、ダイレクトアタック!!」

 

 

 

 

 ──俺の、勝ちだ!

 

 

 

 《RX》の神速の剣技が聖魔連結王の身体をバラバラにしていく。

 

 

 

 相反するものを繋ぎとめたディスペクターの王は、そのまま崩れ落ちていくのだった──



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GR131話:灯神類─新世界

 ※※※

 

 

 

 ──バラバラに切り飛ばされた聖魔連結王。

 だけど。そこから埋め込まれた2枚のエリアフォースカードが出てくる様子もなければ、亡骸がただ目の前に転がっているだけだ。

 そして、その亡骸は消えていき──その後には1枚のカードが俺の手元へ返ってくる。

 

「……《聖魔連結王ドルファディロム》……!」

 

 何だ、これ。

 俺が使ってもいいってことなのか……?

 見れば見る程、アルファディオスとドルバロムの融合クリーチャーには違いない。

 だけど……そのもととなったカードに戻る気配が全くない。

 

「強いカードには違いないし、有効活用するのも手……」

『アバレガンで散々懲りたでありましょう!?』

「うぐっ、それはそうなんだよな……」

 

 とはいえ、こんな所に放置しておくことも出来ない。

 一応、神力を通してコイツがまた動き出す様子がないか確かめて──よし。

 どうやら本当にただのカードになったみたいだ。中に魔力が通っている様子がない。

 

「だけど一応持っていくか?」

『まだ言ってるでありますか! そんなカードを!』

「バカ言えこんなところに置いておくわけにはいかないだろ。このカード自体が奪われたエリアフォースカードへの手掛かりになるかもしれねーだろ?」

『まあ、確かに……エリアフォースカード自体が、アカリ殿の手の中でありますか……』

 

 その様子を見ながら、少女は「ほんとに、斃しちゃった……」と呟くばかり。

 

「ッ……んで、教えてもらうぜ。お前が何者か──そして、今地上で何が起こってんのかを!!」

「……そ、それは……」

『マスター!! アレ!! アレを見るでありますよ!!』

 

 チョートッQの声がけたたましく聞こえてくる。

 見上げると──聖魔連結王がやってきた空の大穴が今にも閉じようとしていた。

 

「分かったよ……連れていってあげる」

 

 にやり、と彼女は俺の手を繋ぐ。

 そして──ふわっ、と浮いて飛び上がった。

 

 

 

 

「うおっ、空を飛んで──!?」

「キャハッ! あたしは……禁断の端末」

「……禁断!?」

 

 

 

 思わず掴まれた手を離しそうになった。

 禁断って、禁断って──あの禁断か!?

 

 

 

 

 

「滅ぼす星に住まう民の言語を学習し、そして意思の疎通を図るための通信端末」

「ま、待て、禁断って──」

「そう。KNDN(禁断)

 

 

 

 彼女の言葉が一瞬だけ、聞き取れなかった。

 まるで違う星の言語のような──そんな感じだ。

 

 

 

 

 

「──DKNDM(ドキンダム)・X。それがあたしのご主人様の名前。人間なんて、あたし達禁断からしたらザコザコのザコなんだから♡」

 

 

 

 

 やっぱり……ロクでもねーんじゃねーか!! 畜生!!

 なんてこった。更新だ。

 1000年前に日本を襲って宇宙に放逐されたのは──ドキンダムXだったのか。

 しかも俺達は、前の歴史でそのドキンダムXに敗けたってのか……!?

 

「あたしの事は……エッ子って呼んでね♡」

「うわ、それこそダセーネーミングじゃねえか……」

「ドキンちゃんでも良いよ?」

「エッ子ちゃんよろしくお願いします」

 

 何か色々ダイナマイトでデンジャラスな呼び名だったのでやめた。

 まだエッ子のがマシだ。

 

『これほど最悪な”敵の敵は味方”があったでありましょうか……マスター、アカリ殿で散々懲りたでありましょう?』

「わぁーってるよ……」

 

 かと言って、今は他に縋るものが無いのも事実だ。

 反故にしたらしたで、禁断と1人で事を構えることになりかねない。

 そうしたら今度こそ終わりだ。

 

「……助けてやるよ、禁断。だけど、ぜってーに人間には……地球には手を出さないって約束出来るんだよな?」

「キャハッ! どっちが手綱を握ってるか分かってるの? 今ここであたしが手を離したら、おっ死ぬザコザコなのにぃ?」

「ぐぅっ……!」

 

 やっぱコイツは信用出来ない。危なすぎる。

 何処で手を切ってやろうか、と考えながらも幽世の穴を抜けていく。

 そもそも禁断はエリアフォースカードが全部揃わなかった歴史では、俺たちではどうしようもなかった敵だということが分かってしまった。

 守護獣ではない、これが宇宙からやって来たクリーチャーの脅威なのだろう。

 

(マジでコイツが敵対したら終わる……全部、終わる)

 

 

 

 

『どうか……お気をつけて。白銀耀』

「っ……大丈夫だ。行ってくる!」

 

 

 

 ククリヒメの声に、ついそう答えてしまった。

 ……史上最悪の仲間と、史上最悪の局面を切り抜けねばならない。 

 これの一体どこが大丈夫なのだろう。

 しかし──それでも、やるしかない。

 外で戦っているであろう皆の安否も心配だし……エリアフォースカードだって取り返さなきゃ──

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

 

 

 ──幽世の大穴は、直接外の世界から開けられていたからか、すぐに俺達は地上に出ることが出来た。

 しかし。

 それ故に俺は絶句することになる。

 

「なあ、此処は──本当に地球、だよな?」

 

 思わず、そう問うてしまった。

 

 

 

 

 

 ──空を飛ぶ、無数のドラゴン。

 その全てが歪に何かと繋ぎ合わされた異形だ。

 

 

 

 そして、地面は焦土となっており、山は全て活火山となって常時吹き荒れている。

 

 

 

 

『魔力反応……400%オーバー……この大気中で、人間は……生きていけないでありますよ』

 

 

 

 暑い。とてつもなく暑い。

 きっと、本来ならばこのまま死んでいてもおかしくない熱気がこの場を包んでいる。

 

 大地は、歪に繋ぎ合わされた超獣達が地面を蹴って進んでおり、そこに人間の姿も、街も、なんなら──俺の知る日本は無い。

 

 そこに俺の知る街があったという痕跡すらない。

 

 

 

 まるで書き換えられたかのように、最初から無かったかのように──

 

 

 

 

 

 

「……もう一回聞くぞ。此処は……地球、なんだよな……!?」

 

 

 

 

 

「間違いないよ。ご主人様でも出来ないことをやってのけちゃったんだよ、アメノホアカリは」

 

 

 

 

 

 エッ子は──顔を顰めて言い放つ。

 不快なモノを見て、軽蔑するかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この星は、5つの文明に別たれた──新世界(クリーチャー・ワールド)になった」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……へぇーえ。生きてたんだ。おじいちゃんも、そしてアマツミカボシも」

 

 

 

 

 アメノホアカリは──嗤う。

 

 最早、それさえも些細なことである、と。

 

 

 

 

 彼女の目の前には、石柱が聳え立っていた。

 

 

 

 ゆっくりと、破滅の刻を刻み続ける時計。

 それはさながら、墓標のようであった。

 

 

 

 

R.I.P.(レクィスカッティン・パーチェ)……だっけ? あのクソ魔術師はそう言ってたけど、鎮魂なんてしないよ。むしろ、死んでも使い捨ててやる」

 

 

 

 奏でるのは鎮魂歌ではない。

 黙示録。まさに、終わりの始まり。

 そして、この終わりの果てにあるものこそが──全ての始まり。

 彼女の目指す先の新世界だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……禁時混成王」

 

 

 

 巨大な墓標の前で、死んだように項垂れていた灼髪の将軍は──従順そうに首を垂れる。

 

 それは服従を示す行為に他ならなかった。

 

 

 

 

「……聖魔連結王」

 

 

 

 

 呼ばれるなり、黒い法衣に身を包んだ金髪の少女が首を垂れた。

 

 

 

 相反する者同士が繋ぎ合わされた歪な魔物が唸りを上げる。

 

 

 

 

 

 

「……零獄接続王」

 

 

 

 小柄な少年は頷いた。

 

 

 強欲と無欲が支配の鉄鋲で繋がれた存在が静かに佇んでいる。

 

 

 

 

「……勝災電融王」

 

 

 巨大な剣を掲げた少女が頷き、傅いた。

 

 

 

 文武の極致が我欲の電磁で引き合わされた存在が猛々しく吼える。

 

 

 

「──邪帝縫合王」

 

 

 

 

 最後に首を垂れたのは──身の丈に合わないフードで、目元を隠した少女だった。

 

 

 

 悪意の糸によって繋ぎ合わされた、神にも比類する多頭の怪物が咆哮を上げる。

 

 

 

「……ざーんねん、おじいちゃん。アカリを追いかけてきても無駄だよ」

 

 

 ディスペクター。

 それは──彼女の手によって作られた新世界の住民。

 

 

 

 

「もう、おじいちゃんの守りたかったものは、この星には無い」

 

 

 

 

 王と呼ばれるそれら全てでさえ、彼女の従順なる使い捨ての駒でしかない。

 

 

 

 アカリによって、その使い手に選ばれた者達でさえも──例外ではない。



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GR132話:アカリ・アーカイヴス(1)

グロテスクな表現ないし陰鬱な内容を含みます。ご注意ください。


 ※※※

 

 

 

 ただの農民の生まれでした。

 

 

 

 

 おとうとおかあは優しかったけど、いつも怖い人が家にやってきてました。 

 

 

 

 扉を蹴り破って、押し入って、お父さんとお母さんを虐めます。

 

 

 大切な鍬や、農具を取り上げていきます。

 

 

 

 いっつもひもじくて苦しかったです。

 

 

 それなのに、おとうとおかあは、私にごはんをわけてくれました。

 

 

 

 

 でも、おとうとおかあは、ひもじそうでした。

 

 

 

 私がそれを言うと──お父さんとお母さんは、ある日私を都に使いに出しました。

 

 

 

 知らない男の人が迎えに来て、そのまま私を大きな建物に連れていきました。

 

 

 

 

「ここではたらけば、お父さんとお母さんはひもじい思いをしなくてすむよ」

 

 

 

 

 男の人は、そんなふうなことを言っていました。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 痛い。痛い。苦しい。

 

 

 

 昨日は、無理矢理首を押さえつけられてやられた。

 

 

 

 そうした方が()()()()()()()

 

 

 

 

 気持ち悪い。

 

 

 

 吐き気がする。

 

 

 

 

 だけど、そんなそぶりを少しでも見せると、殴られた。

 

 

 ああ、今日もまた買われるのだろうか。

 

 

 

 私は可愛いといわれる。

 

 

 ここで一番可愛いといわれる。

 

 

 だけど──誰も私を助けてくれない。

 

 

 

 前に出ていこうとした子がいた。

 

 

 その子は首を落とされて転がされた。どこかに売られるらしい。首の無い子を使うスキモノがいるらしい。

 

 

 

 だから、逃げるのはあきらめた。生きていれば、いつか帰れると思っていたからだ。

 

 

 おとうとおかあがやってくるのをずっと待っていた。

 

 

 今日は後ろだろうか。前だろうか。それとも口だろうか。

 

 

 

 考えただけで寒気がする。

 

 

 

 しかし、それを全て笑顔に押し込めた。

 

 

 

 周りの女の子は、私の味方をしてくれない。

 

 

 

 いつになったら、おとうとおかあのところに帰れるんだろう。

 

 

 

 いつになったら、終わるんだろう。

 

 

 

 いつになったら──いつになったら──いつに、なったら──

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ある日。

 客の一人が私を買っていった。

 法外な価格を出したらしい。

 この機会に逃げてやろうかと思ったけど。大きな牛車を前にしてそんな思考もうせてしまった。

 この間も、逃げ出そうとした子が殺されたばかりだった。

 何処に行くのかよく分からない。

 

 だけど、此処でない場所ならばどこでも良い。

 

 久方ぶりの外は、とても輝いているように見えた。

 

 

 

 おとうとおかあに会えるのは、いつだろうか。頼めば、会わせてくれるだろうか。

 

 

 

 

「……は、はぁ、何であんさんみたいなのが此処に?」

「同じにされては彼らに申し訳ない。私たちはあまり大きい声では言えない身分なので。神を信じているのは……同じですがね?」

 

 

 

 

 

 やっと、自由になれた気がした。

 

 

 ようやく、終わった。待っていれば──終わるのだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 何? 此処は?

 

 

 

 部屋は全て目張りされていて出られない。

 

 

 何日間もずっと、此処で閉じ込められている。

 

 

 犯されるのはもう慣れたつもりだった。慰め物にされるのには飽きたくらいだった。

 

 だけど、それに加えて、身体にも変な札を貼られている。

 

 

 怖い。私は一体何をされるのだろう。

 

 出してほしい。早く、出してほしい。

 

 

 

 おとうと、おかあに、会わせ──

 

 

 

「──そんな目で見るんじゃあない。君はたまたま、器に適合していただけだ」

 

 

 

 

 ずる、ずるずる、と何かが這うような音がした。

 

 

 

 黒い泥のようなものが、部屋に入って来た。

 

 

 

 

「……受け入れたまえ。そして喜びたまえ。君は……神の依巫に選ばれたのだぞ」

 

 

「よ、り、ま、し……?」

 

 

 

 腕に力が入らない。ろくなものを食べてない所為だ。しばらく不自由ない飲み食いになれていた所為だ。

 

 

 からだに、力が、入らな──

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、いや、やめて──入って、こない、で」

 

 

 

 なにかが。

 

 

 なにかが私の身体の中に入り込んで来る──

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 それから。しばらくしただろうか。

 

 

 

 私の胎はみるみるうちに大きくなった。

 

 

 腹の中に何かが入り込んでいる。

 

 

 

 いや、それだけじゃない。まるで、別の生き物が、のたうちまわっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、ぐっ──」

 

 

 

 

 腹が、膨れ上がる。

 

 

 

 何かが、私になり替わろうとしている。

 

 

 

 内側から、内側から私を──食い破ろうと、している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめっ、やめてぇっ、しん、しんじゃうっ、しんじゃうからぁっ、いだいっ、いだ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 ──何だコレは。

 

 

 

 ……人のシガイが、転がっている。

 

 

 

 これは、何だ?

 

 

 妙な執着を覚えるコイツは、何だ?

 

 

 

 何も覚えていない。

 

 

 何も分からない。

 

 

 

 私は一体、誰だ?

 

 

 

 

 

「……?」

 

 

 ……コイツの胎の中から産まれたのが私だ。

 私は……誰だ?

 

 

 

 

「ああ!! ああ!! 清め給え、祓い給え──」

「……?」

 

 

 

 首を垂れているこいつらは──何なんだ?

 

 

 

 

 

「ああ、我らが神よ!! 神に比類する者よ!! アメノホアカリ様!! 都で暴れる悪い神から、我らをお救いください!!」

 

 

 

 

 神……?

 

 

 

「我らを照らす灯となれ!!」

 

 

 

 

 ……ああ。分かった。

 

 

 分かったよ。

 

 

 

 私が、何を成すべきなのかを。

 

 

 

 もし、力を振るえば、私を必要としてくれるのだろうか?

 

 

 

「ねえ、頑張ったら……皆、アカリの事を認めてくれる? 褒めてくれる? 美味しいもの、たくさん食べさせてくれる?」

 

「は……ええ、ええ、勿論ですとも!!」

「いずれは我らのために、この腐敗した世を正すために力を振るってもらいますとも!!」

 

 

 

 

 

 じゃあ、やろうっかなあ。

 

 

 それで、私を、満たしてくれるなら。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 三日三晩。やり合っただろうか。

 

 アマツミカボシ──空からやって来た槍の神を喰らわんと掴みかかり。

 

 

 最後は──どうなったかわからない。

 

 空の向こうへと追いやっただけだ。

 

 

 

 人間たちは、たくさんご飯をくれた。

 

 

 たくさん褒めてくれた。

 

 

 だけど。ごはんがマズかった。だから、腹が立って何匹か干からびさせてやった。

 

 

 

 おもちゃがつまらなかった。だから、腹が立って何匹か頭を握り潰してやった。

 

 

 

 皆、アカリの言う事を何でも聞いてくれた。

 

 

 

 ある日。遠くの方から偉いお坊さんがやって来た。人を殺めてはいけないだのなんだのを言ってたから、

 

 

 

「どうして? 人間だって思い通りにならなかったら人を殺すじゃない。アカリは神なんだから、やって当然でしょう?」

 

 

 

 

 神に楯突くなんて有り得ない。

 

 

 

 その場で血を抜いてやった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──ある日。

 遊興だと言って、私は遠い島に連れてこられた。

 遊び飽きたので、そろそろ帰ろうかという時に。

 

 船は、そこにはなかった。

 

 

 

 

 しばらくしたら迎えにきてくれるかと思って待っていた。

 

 

 

 どれだけ待っても。

 

 

 

 どれだけ待っても。

 

 

 

 人間たちは──戻って来なかった。

 

 

 会いたいなあ。会いたいなあ。

 

 

 ……誰に?

 

 

 誰に会いたいんだろう、アカリは──

 

 

 

 

 そうだ。アカリは神様だ。

 

 

 

 空だって飛べるんだ。都に帰れば──いいじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出せッ!! 出せッ!! 出せよォ!! アカリを、此処から、出せェ!!」

 

 

 

 

 

 

 出られない。

 出られない。

 出られない!!

 どうやっても此処から出られない!!

 結界だ。あいつらが貼ったんだ!!  

 こんなもの、私が、破れない、はずはない、のにっ!!

 

 

「やめてっ、やめてやめてやめて!! アカリを!! 此処からっ、出してッ!!」

 

 

 

 

 ──脳裏に過る。

 

 

 首を押さえつけられて、身体を犯し尽くされた日々が。

 

 

 これは、誰だ?

 

 

 

「ッ……出して!! 出してよぉ!! アカリを、此処から、出せぇ!!」

 

 

 

 ──脳裏に過る。

 

 

 穴倉に閉じ込められ、

 

 

 

 

 そうか。そうか。アカリは──()()、使い捨てられたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だましたな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 憎い 憎い 憎い

 人間が憎い 私をボロ雑巾のようにこき使って、要らなくなったら捨てるのか!!

 そんなこと、私が許さない

 先ずは船を全て沈めてやった

 誰だ? 誰なんだ? 私を裏切ったのは

 

 

 

 

 捨てたのは、誰だ

 

 

 

「ひぇっ、ひぃっ助け──ぐぇっ」

「や、やめろっ、殺さないで、殺さないでくれぇ!!」

「熱い、暑い、あつ──」

 

 

 

「あっはははは!! いいよ!! いい!! そうやって、命乞いをしたヤツから惨めに引き裂いてやるから!!」

 

 

 

 

 

 真っ赤だ。ずぅっと真っ赤。

 

 

 まるでお日様みたいだ。

 

 

 

 都も、人も、全部真っ赤。真っ赤真っ赤真っ赤。

 

 

 

 

「──あっははははははははははは!! こんな惨めで愚かな生き物、もう要らない!! アカリが、全部、作り変えてやる!!」

 

 

 

 

「──そこまでだよ」

 

 

 

 

 

 声が聞こえた気がした。

 また、人間──と思ったその時。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 いきなり、私の身体が──幾つも千切れ飛んだ。

 そして、次々に何処かへと吸い込まれていく。

 

 

 

「対応できるはずはあるまい。これは貴様の知らない西洋の魔術だからな」

 

 

 

 

 き、きいた、ことが、ある……!!

 そんな奴が居る、みたいな話を……!!

 

 

 ああああ!!

 

 

 身体が!! 私の身体が!!

 

 

 

「あっ、ああっ、いだいっ、いだいぃっ!! ちぎれっ、いっ、ああああああ!!」

 

 

 

 

「人に仇名す神など、悪魔と何が違う? R.I.P.──貴様はこの中でずっと眠るのだ。永遠にな」

 

 

 

 

 どこ? どこ? 私の腕は? 私の足は? 私の頭は? 目は? 鼻は? 口は?

 

 

 

 痛い。痛いよ。痛い。熱い。

 

 

 

 

 どこ……アカリの、身体は……!?

 

 

 

 

「……二度と戻らんぞ。人に仇名すモノであるならば、この命と引き換えにしてでも封じるのみ……!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「キ、キィ……」

 

 

 

 

 水たまりに映った自分の姿を見て、死にたくなった。

 

  

 こんなの虫けら同然じゃないか。

 

 

 これがアカリの姿? こんな姿を人間に晒して、これから生きていくのか? 

 

 

 

 

 

「コ、コロシテ、ヤル……ホロボシテ、ヤル、ニン、ゲン……!!」

 

 

 

 

 きっと。きっとどれも同じだ。

 あの妙なカードに封じられたのはどれもアカリ。

 だからきっと、考えていることは同じだ。同じはずなんだ。

 

 

 

 

 アカリを使い捨てて。アカリをあんなカードの中に閉じ込めた人間を──滅ぼしてやるって思いは……同じだ!!

 

 

 

 

 

「ナニガ、アッテモ、イツカ、ヒトツニ……!! ソシテ、アイツラモオナジメニ、アワセテ、ヤル……!!」



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GR133話:”連結王”

「──アメノホアカリが行ったのは、新世界創造(ワールド・ブレイク)。世界を根本から書き換える行為ってわけ」

 

 

 

 目の前を走る歪な生命体たち。

 そこに人間たちの姿はない。

 

「今ある世界をブッ壊して、新しい世界を造ったってのかよ……!?」

「そーゆーこと」

「……じゃあ、皆は……?」

 

 

 

「……地上の生命体の全ては、新たな世界の生物……ディスペクターと、その眷属のディスタスの礎になった、ってカンジィ?」

 

 

 

 俺はへたり込みそうになった。

 そんな馬鹿な。

 じゃあ、あいつらは?

 ブランは? 花梨は? 火廣金は? 桑原先輩は? 黒鳥さんは?

 刀堂の所の爺ちゃんや、ノゾム兄や、学校の皆は? 玲奈ちゃんは? 

 

 

 

 そして──紫月は?

 

 

 今目の前走ってるのもディスタスね、と言ってるエッ子の説明もまともに耳に入らなかった。

 

「仮に逃れたとしてザコザコの人間は、この魔力濃度ではまともに生きることは出来ない。今のキミは、半分クリーチャーだから平気だろうけど」

「……あいつらが、あいつらが死ぬわけない。生きてる。絶対どっかで生きてるはずなんだ。だってあいつらには、守護獣が居るんだぜ?」

「あっそ。希望を持つのは勝手だけどさー、それをブチ砕かれた時に自分から死んだりしないでよ? 今のあたしには、人間君が必要なんだから」

 

 無事なのだろうか。

 あいつらのことだ。

 上手くやってくれていればいいのだが……。

 しかし、この状態では──地球の殆どの生き物は死滅したって言ってるようなもんじゃないか。

 だってここは最早、俺の知る世界ではない。全く新しいクリーチャーの世界になってしまっている。

 これを元に戻す事なんて、出来るのか……?

 

『さっき、エッ子ちゃん殿は言ってたでありますな? 龍魂珠(アントマ・タン・ゲンド)がどうとか』

「アレ? あー、アレは……アカリの持ってた宝の一つ。昔、あたしのご主人様はアレにやられたんだよねぇー……龍を支配する力を持つ珠」

 

 忌々しそうにエッ子は言った。

 

『その力を解放した、でありますか……』

「そして、今度は……1000年前とは違う。完全にアメノホアカリはその力を熟知してた」

 

 彼女は口惜しそうに空を睨む。

 

「……まさか、こんな事になるなんて……」

「よく言うぜ、元はと言やぁお前らが……」

「なぁにぃ? ザコザコが文句あんのー?」

「チッ……何でもねーよ。お前のご主人様の力でどうにか出来ねえのか?」

「無理だよー、そんなことも分かんないの? やれるならとっくにやってるってのー」

 

 彼女は俯く。

 

 

 

「……だって、ご主人様はもう──」

 

 

 

 

「──ウッ、ァァ? アアアアアッ……!!」

 

 

 

 

 その時だった。

 呻くような音と共に。

 目の前の大地が抉れた。

 俺は咄嗟にエッ子を抱きかかえて飛びあがる──

 

「なっ、んだぁ!?」

「ひぃっ……! ディスペクターの王……!!」

「さっき倒したじゃねえかよ!!」

『さっきのは恐らくトークン……いや、劣化コピーのワイルドカードでありましょう! こいつが、本体であります!!』

 

 砂煙が晴れる。

 現れたのは──先程俺達を襲ったディスペクターの王・ドルファディロムだった。

 改めて相対すると、見上げるほどに巨大だ。

 もうこの星に俺の逃げ場はないと思わせる程に。

 だけど、さっきと同じなら──そう思った矢先だった。

 

 

 

「……Fuck!! あーあ。まーた外したのデスかあ? 本当に使えないというか役立たずというかあ。全く以て救いようがないデスねぇ!!」

 

 

 

 ひたひた、と足音が聞こえる。

 聞き覚えのある声。

 俺は思わず振り返る。

 

  

 

 

 

「……ブラン?」

 

 

 

 

 思わず呼びかける。

 キレイな長いブロンドに、青い瞳。

 清廉な顔立ち。何処からどう見ても彼女だ。

 俺の知る──ブランだ。

 

「よ、良かった……生き、て……?」

 

 しかし。

 喜ぶことは出来なかった。

 その姿は、最早俺の知るものではなくなっている。

 背中からは鳥のような翼が生えており、黒い祭服に身を包んでいる。

 そして、最たるは──首回りのジッパー。

 さっきのドルファディロムを思わせるそれを見て、俺の身体は冷え込んだ。

 繋がれている。

 ブランの頭だけが残っている。

 

 

 

「ところでYouは、魂の救済に興味はあるデス?」

 

 

 

 そこから下は、俺の知らないパーツで構成された人型のバケモノだ。

 

「っ……ブラン?」

「生き残ってる人間とクリーチャーは残らず救え(殺せ)というのがアカリ様からの命令なのデス!」

 

 次の瞬間、祭服の袖から鋭利な鎌が現れ、俺の胸目掛けて伸びた。

 それをすかさず避ける。

 今の──マジで殺すつもりでいったよな……?

 

 醜悪に歪んだ顔。

 

 そして、赤く光る片目。

 

 俺の知っているブランの身体に、全く別の魂が入っているかのような──

 

「キャハッ」

「……?」

「キャッハハハ、救済! 救済救済救済ィィィ!! 魂は死んで救済されるのデス!! キャッハハハハ!! ドルファディロォォォム!!」

「ッ……何が、救済だよ! 俺が分かんねえのか! ブラン……!」

 

 次の瞬間だった。

 ドルファディロムが周囲のディスタスのクリーチャーを踏み潰していく。

 

「なっ……!?」

「死んで、救済なの、デェェェーッス!!」

 

 そして。

 ドルファディロムの魔力が一際強くなっていくのを感じる。

 殺したクリーチャーの力を吸収したってのか。

 

『魔力反応臨界!! マスター!! こいつ、ここら一帯ごと消し飛ばすつもりでありますよ!!』

「ッ……!」

 

 

 

「救済の……ドルファディロム砲、デェェェェェェーッッッス!!」

 

 

 

 周囲の空間が白く染め上げられていく。

 そして、極太の黒い稲光が放たれた── 

 

 

「──っは、ぁ、はぁ──!」

 

 

 

 気が付けば。

 周囲のクリーチャーも、そして火山も消し飛んでいた。

 残っていたのは焦土のみ。

 その中央に──ブランとドルファディロムが立っている。

 し、死ぬところだった。

 

「ちょっとザコザコ!! ボーッとしてんじゃない!!」

「っ……わ、るい……」

 

 エッ子だ。

 こいつが引き上げてくれなければ死んでいた。 

 助けられたのか。

 

『そんな……ブラン殿が……!』

「あれぇ? まだ救済されていない魂が居るデスねぇ? 救済……救済、救済!!」

 

 ブランとドルファディロムは、再び先程の極光を放つべくエネルギーを溜め始めている。

 二度目は無い。

 

「じゃあ、此処で大人しく殺される? ザコザコ人間」

「……それは……!」

 

 ……ない。

 有り得ない。

 この命は、何の為に、誰に託された?

 アカリを倒す為じゃないか。

 だけど──アカリを倒しても、あいつらは戻ってくるのか?

 

「……考えろ、考えろ考えろ考えろ白銀耀……!! 俺は、俺は……!!」

『マスター!! しっかりするでありますよ!! しっかり……うう』

「ふーっ、ふぅーっ……!!」

 

 泣きそうな声のチョートッQ。

 過呼吸気味になりながらも。

 目の前の光景から逃げたくなりたくも。

 鳴り続ける左胸を必死に握り潰して、俺は叫ぶ。 

 弱気になっちゃダメだ。弱気になっちゃダメだ、ダメなんだ。

 立ち向かわなきゃ……!!

 

「救済……何言ってやがんだテメエは……!」

「うーん? 理解出来ないのデス? 肉体に囚われる限り全ての命は罪に囚われていマース!! だから、その檻を破壊することで救済とするのデスよ!!」

「介錯なんて……まっぴらごめん被るぞ……迷探偵……!」

 

 かつてのロードみたいなことを言いだした彼女を、俺は睨みつける。

 

「……お前が一番嫌いだったのが、そういう胡散臭い言葉だろーがよ……!! 思い出せよ……!! 目ェ覚まさせてやるぜ、ブラン!!」

「仕方ないデスねェ。なら、デュエルで救済してやるのデス!! 白銀耀!!」

 

 

 

<Wild……DrawⅣ……EMPEROR!!>

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──ディスタス。

 それはエッ子曰く、ディスペクターの供物であり、何時でもその命をディスペクターに捧げることの出来る種族。

 この新たなる世界に於いて、覇権種族であるディスペクターに捕食されることで魔力を供給する、割れた存在。

 欠けたその身体は、陶器のような部分で補われている。

 

「──救済の時間デスよ!! 《勇聖アールイ─2》を破壊し、ササゲール2!!」

 

 

 

 故に。

 その最期は儚い。

 一瞬でガラスのように砕け散り、バラバラになった身体がディスペクター降臨のためのエネルギーとなる。

 

 

<ガイアール!! オルゼキア!! GotoDispect!!>

 

 

 

「──神速の太刀は魔刻の訪れを告げるデス!! 《魔帝連結ガイゼキアール》!!」

 

 

 

<We are Dispecter>

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

 

 現れたのは、《ガイアール・カイザー》の上半身と《魔刻の斬将オルゼキア》の下半身を持つ歪なる龍だった。

 

「EXライフ! 連結完了、ガッチャンコ、デェース! さあ、あの人間を救済するデスよ、《ガイゼキアール》!!」

「またまた新しいディスペクターであります!!」

「《ガイアール・カイザー》まで……!」

「先ず、破壊された《アールイ─2》は、手札からコスト4以下のクリーチャーを場に出す効果がありマス! 《神官フンヌ─2》をバトルゾーンへ!」

 

 現れた《フンヌ─2》はスピードアタッカーだ。

 既に、このターンで早速シールドを3枚削り取るつもりなのだろう。

 

「──まずは《ガイゼキアール》で攻撃する時、アタック・チャンス発動デース!」

「!」

「《聖魔王秘伝ロストパラダイスワルツ》!! その効果で自分のシールドを1つブレイクし、相手のシールドを1枚ブレイクしマース!! そして、私のシールドは──S・トリガーになりマース!!」

「はぁ!? S・トリガー化だと!? じゃあ、そのシールドは──」

「Yes!!」

 

 ブランは凶悪な笑みを浮かべると、砕かれたシールドを迷うことなく場に出した。

 

 

 

 

「その穢れた肉体を滅ぼし、魂を浄化するデス!! 聖魔の連結、その目に焼き付けるが良い!!」

 

 

正義(ジャスティス)──アルファディオス!! 悪魔(デビル)──ドルバロム!! GotoDispect!!>

 

 

「──不徳の秩序で断罪デス!! 《聖魔連結王 ドルファディロム》デェース!!」

 

 

<You Scream”King”>

 

We are Dispecter

 

 

 

 さっきと、同じだ。

 正義と不徳が相食んで連結された歪なる王。

 コイツの効果で、俺の場の単色クリーチャーが破壊されるだけではなく、単色呪文が唱えられなくなる。

 幸い、クリーチャーは《栄光・ルピア》しか居なかったから無事だけど──呪文が禁止される。

 そして今はまだ後攻4ターン目。こんなに早く出て良いクリーチャーではないのだ《ドルファディロム》は。

 

「さっきとは真逆!! 肉を切らせて骨を断つビートダウンのついでで《ドルファディロム》が……!!」

「《ドルファディロム》のEXライフ!! 連結完了……ガッチャンコ、デース!!」

 

 シールドがさらに追加される。

 これで6枚。あのアタックチャンス呪文で減ったのはチャラになってしまった。

 

「今度は相手のシールドが全てS・トリガーになってるでありますよ!」

「ディスペクターを引いたら、シールドが増える……!! しかも《ドルファディロム》が居る所為で、むやみに攻め込めない……!!」

 

 かと言ってターンを渡せば、確実に負ける。

 いや、それどころか──既にジャスキルまでの打点が揃ってしまっている。

 神速の太刀が襲い掛かった。

 シールドが砕かれ、破片がブレザーを裂いていく──

 

「バラバラ!! バラバラなのデスよ!! キャハッ、キャハハハハハハハッ!!」

 

 完全に、怪物になっちまったのだろうか。

 ただの洗脳だとかそういうのとは訳が違う。

 今のアイツの中には、色んな何かが混ざり過ぎている。

 それは皮肉にも、神力を身に着けたことで相手の力の本質が見極められるようになったからこそだった。

 姿かたちこそアイツに違いない。

 だけど──頭が、目の前のブランをブランだと認識することを許さない。

 

「マスター!! シールド!! シールドを見るであります!!」

「俺は、俺は……!!」

「マスターッ!!」

 

 殺される。

 今度こそ殺される。

 分かっている。分かっているのだ。

 だけど──バケモノになった仲間と相対した時。

 その先に待っているのが殺すか殺されるか、と理解した時。

 どうしてこんなに冷や汗が出るのだろう。

 

 

 

「最大出力のドルファディロム砲!! 消し飛ぶ、デェェェーッッッス!!」

 

 

 

 

『──白銀耀ッ!! しっかりせんかッ!!』

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 

 突如。

 声が頭の中に響き渡った。

 殴られたような衝撃と共に──砕かれたシールドが光り輝いた。

 

 

 

<G・ストライク──>

 

 

 

 突如。

 《ドルファディロム》と《フンヌ─2》の身体が硬直し──

 

 

 

 

『貴様はどうして戻って来たッ!! 言ってみよ!! 友の決意を無碍にして志半ばで散る事こそが、本当の不徳であろうがッ!!』

 

 

 

 

 

 

<──煌星龍(キラゼオスター)サッヴァーク>

 

 

 

 

 

 

「サッヴァーク……!?」

 

 

 

 

 ──煌めく正義の龍が、俺の前を立ち塞ぐようにして降り立っていた。



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GR134話:アルカディアス・モモキング

「サッヴァーク……!?」

 

 

 

 信じられなかった。

 真っ暗だった目の前に一筋の光明が差したかのようだった。

 いや、文字通り光だったと言ってもいいだろう。

 

「何でお前が、ここに……!」

「話は後じゃ。あやつに……探偵に勝たないことには始まらん!!」

 

 サッヴァークは俺を睨みつけている。

 決意が揺れた俺を激しく叱責するかのように。

 

「ッ……」

 

 戦いたくない。

 傷つけたくない。

 しかし。勝たなければ、殺されるのは俺だ。

 そうなったら──

 

 

 

「ああ……ああああああああああああああああああああああああああーッッッ!!」

 

 

 

 《モモキングRX》が飛び出し、そして《モモキングNEX》へと重ねられていく。

 湧いてくるのは怒りだった。

 零れてくるのは涙だった。

 慟哭が──俺の身体を震い立たせていた。

 

「《NEX》で《ガイゼキアール》を攻撃する時、効果発動……山札の上から《ボルシャック・モモキングNEX》を出して、更に重ねて進化する」

「なっ!? 2枚目デス!?」

「──効果発動。登場時に《ボルシャック・決闘(デュエル)・ドラゴン》をバトルゾーンへ……効果で《ドルファディロム》をマナゾーンに飛ばす」

「ギッ、EXライフ発動デース!! 多色以外を全て破壊しマース!!」

 

 破壊されるのは一番上の《モモキングNEX》だけ。まだ鎧は残っている。

 エンジンの壊れた車のように、吼えながら《NEX》は軽蔑者たちを殲滅していく。

 進まねば。

 進まねば。

 進まねばッ!!

 

「ぐっ、《ドルファディロム》の効果が通用してないデース!?」

「さらに《決闘(デュエル)・ドラゴン》の効果で、マナゾーンの枚数以下のコストを持つ《ボルシャック・大和・ドラゴン》をバトルゾーンに出す。そのまま《ガイゼキアール》も攻撃して破壊──」

「EXライフ発動……デース!!」

「そして、《ガイゼキアール》に攻撃する時、更に《モモキングNEX》効果を発動……そして、進化」

 

 山札の上──捲れたのは、先程の戦いで回収した《ドルファディロム》だった。

 しかし。

 そのカードは激しく光り輝き──

 

 

 

 

「これが俺の閃光の切札(ザ・スパーク・ワイルド)……《アルカディアス・モモキング》!!」

 

 

 

 

 ──侮蔑された天聖王の怒りの発露の如く、顕現したのだった。

 

「アカリ──俺はお前を許さない」

 

 この場には居ない、ヤツに俺は告げた。

 

 熱いものが頬を伝っていく。

 

 ぽた。ぽた、と手に落ちたそれは──赤黒かった。

 

 

 

 

「俺の手を取ってくれたお前が……俺にとって、どれだけの希望だったか分かるか?」

 

 

 

 

 

 何もかも奪われた俺の前に、お前が現れた。だけど、結局……皆俺の前から居なくなった。

 

 

 

 何で一度俺に取り戻させた。二度も、二度もだ。こんな苦しみを味わうなら……あの時、死んでいればよかった。

 

 

 

 

「返せよ。俺の仲間を──俺の大事なモノを、返せよアカリーッッッ!!」

 

 

 

 炎を纏った《NEX》の拳がジッパーで連結された聖魔の王を打ち砕く。

 これで、2体のディスペクターは完全に粉砕されることなった。

 そしてシールドのカードがS・トリガー化されているならば、これ以上攻撃する理由はない。

 

「な、なぜ? 《ドルファディロム》はパワーでは負けてなかったはずデス……!! あの進化体──《アルカディアス・モモキング》がパワーを底上げしたのデスか!? なら、呪文破壊するまでデスよ!! 呪文、《襲来!!鬼札王国》──」

「使えねえよ」

「ッ……!?」

「使わせねえよーッッッ!!」

 

 呪文は唱えられることすらなく、そのまま封じられる。

 連結王の口は、完全にふさがれた。

 もう、何も言わせない。

 その口から、穢れた言葉は紡がせない。

 

「その身体でもう喋るな。その身体は……俺の仲間のモンだ」

「~~~-ッ!? 呪文が……!!」

「《アルカディアス》の前では、光以外の呪文は使えない! ……光使いのお前なら分かるだろ? それとも……強いクリーチャーの上っ面だけ無理矢理繋ぎ合わせたから、そいつが元々どんな効果持ってたのかも知らねえんだろ連結王!!」

「ッ……!」

「探偵ならばこう言うじゃろう。”見るべきものを見ないから、本当に大切なものを見落とす”のだと。その肉体にはやはり、真実を探求する情熱も無ければ、あの純真な魂も宿っておらぬ」

「それなら《フンヌ─2》を破壊してササゲール!! 《熱核連結ガイアトム・シックス》を召喚デス!!」

 

 

 

 

<ガイギンガ!! アトム!! GotoDispect!!>

 

<We are Dispecter>

 

 

 

 

「ッ……!? 《ガイアトム・シックス》が……!?」

 

 歪に繋げられた冷血のディスペクターは、立ち上がることすらなく跪いていた。

 《アルカディアス・モモキング》の聖域が、既に展開されている。

 

「そしてこれが《アルカディアス・モモキング》の力。そのターンに最初に出てくる相手のクリーチャーはタップして出る」

「ぐぅ! それならせめて!! 《ガイアトム・シックス》の効果発動! 《NEX》を破壊デス!!」

 

 残るのは《RX》と《アルカディアス・モモキング》と《決闘・ドラゴン》、そして《栄光・ルピア》。

 もう、進むしかない。

 《RX》に《ボルシャック・ドギラゴン》が重ねられる。

 

「──《ボルシャック・ドギラゴン》で《ガイアトム・シックス》を攻撃する!!」

「でも!! 《ガイアトム・シックス》はEXライフで離れないデース! さらにEXライフの連結が解除された時、《栄光・ルピア》を破壊し、択ばれた《ガイアトム》で相手の手札を破壊して──」

「それがどうした?」

 

  

 

 

 今更もう失うモノなんて何にもねぇんだよ。

 

 

 

「《ボルシャック・ドギラゴン》はシンカパワーでアンタップする──ッ!!」

 

 

 

 次々にシールドへ雪崩れ込んでいくドラゴン達。

 S・トリガーも、G・ストライクも、連結王を救済することはしなかった。

 《アルカディアス・モモキング》の剣に雷光が溜められていく。

 

 

 

 

「《アルカディアス・モモキング》で──ダイレクトアタック!!」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

「──あ、ぎ、あ……!?」

 

 

 

 極光が迸ったその後には。

 連結王が斃れていた。

 消滅する聖魔連結王、そして──ブラン。

 

「ブランッ!! ブラン!!」

 

 何度も、何度も揺すり起こす。

 しかし。連結王は──虚ろな目でこちらを見るばかりだった。

 もしも彼女が何か悪い力に囚われているのならば。

 これで、解かれるはずだ。

 これで、終わるはずだ。

 しかし。

 

「っあ、救済……なぜ、救済を拒絶するの、デス……?」

 

 連結王は、譫言のように呟くばかりだった。

 

「ブラン、しっかりしろよ……」

「探偵!! ワシが、分からんのか!!」

 

 

 

「呪いあれ!!」

 

 

 

 その指が俺の喉目掛けて伸びた。

 しかし。

 それは──すんでのところで止まった。

 そして、連結王は壊れたオルゴールのように紡ぎ続けていた。

 

 

 

「呪いあれ……アカリ様の新世界を穢すモノに……呪い、あれ……!!」

 

 

 

 

 力尽きるまで、その呪いの文言を──

 

「……ウソだろ」

 

 動かなくなった連結王を──ブランの姿をした彼女を抱きかかえる。

 

「何で……」

「……ぐっ」

「何とか、何とか言えよサッヴァーク!! テメェがくたばった時に誰が一番泣いた!! 誰が一番……苦しんだと思ってやがる!! テメェのマスターは……」

「これしか、手立てがなかったのだッ!!」

 

 サッヴァークの怒号が響く。

 

「混ざりあって真っ黒になった絵具を……どうやって元に戻すか、分かるか……?」

『……サッヴァーク殿……?』

「なんで……なんで、こんなことに……!!」

 

 灰になって消えていく彼女を横目に、サッヴァークは苦々しく言った。

 

「……アメノホアカリは……全ての世界にあるものを崩壊させ、再構成した。我らはエリアフォースカードの支配からリンクを断ち切ることで逃れたが、人間である探偵たちは……」

「ふっざけんじゃねえぞ!! それを守るのが、テメェら守護獣じゃねえのか!! あいつらがどんな思いで戦ってたのか分かってんのか!! それを仕方ねえで済ませて堪るか!!」

「ッ……ワシらとて!! 黙って指を咥えていたわけではない!!」

 

 実体化した彼が襟首を掴む。

 ギン、と宝石のような目が俺を睨みつけていた。

 

「ありとあらゆる手を尽くしても……バラバラになって、あの宝玉に吸い上げられた人間をどうにかする手立てなど……なかったのだ……」

「龍魂珠……!」

「あたしのご主人様も、それにやられた!! 吸い込まれて、二度と戻って来なかった……」

 

 それに皆は──あの異形に混ぜ合わされたってのか!?

 

「それこそがヤツの……あの神類種の策略だと理解したのだ……あやつは、ワシらを絶望させて諦めさせるために、わざわざこのような手の込んだ真似をしたのだろう」

「っ……」

『仲間を何よりも重んじるマスター。そして、主を重んじる守護獣。それらを同時に絶望させる術……守るべきものを、あの姿で出すことだというのでありますか……!?』

「……うむ」

 

 そんなの、どうすれば良いんだ。

 もうこの世界には──俺の守りたかったものなんて、何ひとつ残ってないってことじゃないか──!!

 

「それを分かってて!! 俺に介錯紛いの事をさせたってのかよ……サッヴァーク!!」

「ッ……どうしようも、なかった……!!」

「どうしようも、なかった!? テメェがそれを言うのかよ!! あいつが……あいつがぁ、どれだけ、お前の事を……!!」

 

 

 

 

 

 

「……見つけたのです」

 

 

 

 

 冷徹な声が響き渡る。

 振り返るとそこには──ローブ姿の少女が立っていた。

 

 

 

 そして。

 その背後には──無数の首を持つ異形が佇んでいた。

 継ぎ接ぎに縫い合わされた悪意の塊。

 それを従える少女。

 それを前にして、俺も、チョートッQも、サッヴァークも言葉を失うしかなかった。

 

 

 

 

「紫月……?」

 

 

 

 

「……? ふふっ、誰の事か存じませんが……」

 

 

 

 

 

 

「──()()()は縫合王」

 

 

 

 

 紫。そして──翠。

 

 

 

 

「……おい待てよ、翠月さん……か……?」

『マスター……あの異形……!!』

 

 

 

 ローブの下の身体は、何処か歪だ。

 

 

 

 女の身体には違いない。

 だが、左半分は豊かな女性らしいもので。

 そして右半分は華奢な少女のようなものだ。

 そして、全く同じのようで──何処か異なる2つの違う顔が繋ぎ合わされている。

 

 

 左半分は、深淵を覗き込むかのように冷たい瞳。

 

 

 右半分は、慈悲や慈愛で覆い隠した、残忍さを秘めた猟奇的な瞳。

 

 

 

 ゾッ、とした。

 

 

 

 その意味を理解した時。

 

 

 

 彼女達がどのようにして混ぜられたのか理解した時。

 

 

 

 俺の中で──何かが爆ぜた。

 

 

 

 

 

「なんで、だよ……なんでぇぇぇーっっっ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──夜空と、暗い海に浮かぶ半分の月。

 

 

 

 

 それは、悪意の糸で繋ぎ合わされていた──もう、2つは離れることはない。永遠に一つ。

 

 

 

 

「シロガネアカル……随分と不細工な顔で私たちを見るのね……? その造形、キライだわ」

「……彼からは絶望のニオイがします。深く、煎りこんだ絶望の……味がするでしょう」

「ならやるべきことは一つ」

「本能のままに」

 

 

 

 

「──私たち縫合王の手で、喰らい尽くすとしましょう」



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GR135話:感ジョーカーズ

 ウソだ。

 あんなの、元に戻せるわけないだろう。

 何で、人と人が、半分に割れて、縫い合わされてるんだ。

 それで何で生きてるんだ。

 

 

 

 ──その時点でもう、人間じゃないじゃないか。

 

 

 

「ッ……紫月……翠月さん……」

 

 

 

 俺は立ち尽くすことしか出来なかった。

 

 

 最早、怒りも湧かなかった。

 

 

 涙もとっくに乾いていた。

 

 

 

 

「くっすす、不細工な顔ね……目障りだから跡形も無く喰らって、邪帝縫合王」

「どうやら勝手に自滅してくれたようです。これで……GGです。邪帝縫合王ッ!!」

 

 

 

<……試してないループデッキがあるんです。帰ってきたら、その実験台に>

 

 

 

 なんだよ、あんなに生意気に言ってたじゃねえかよ、紫月。

 

 

 どうして、こうなっちまったんだよ。

 

 

 

 俺が分からないのか? 俺の顔も、俺の声も、思い出も、全部忘れちまったのか?

 

 

 

「なあ、紫月……? 初めて、会った時──」

 

 

 

 

 

 

「ギッシャアアアアアアアアアアアーッッッ!!」

 

 

 

 

『マスター!!』

 

 

 

 力が、出ない。

 

 

 

 多頭の怪物を前に、サッヴァークも、手も足も出ない。

 

 

 俺も、成す術なく転がされているだけだ。

 

 

 

 でも、もう、何もかもがどうでも良かった。

 

 

 

 

 ……そうだ。

 

 

 

 

 どうでも、いいや。もう、どうなったって──

 

 

 

「……まだ、くたばってないんですか?」

 

 

 

 ああ、笑うな。その顔で。

 

 

 ああ、喋るな。その顔で。

 

 

 

 その姿で、俺に近付くな。

 

 

 

 近付くな──ッ!!

 

 

 

 

 

「あああああああああああああああああああああああああーッッッ!!」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「あっ、がっ、あたしの力が……!? 吸収されてェッ!?」

 

 

 

 

 

 

「ひひっ、あははっ」

 

 

 

 耀の口から笑い声が漏れていた。

 その異様な光景を、サッヴァークは固唾を飲んでみていることしかできなかった。

 

 

「白銀……耀……?」

 

 

 

 何故ならば、近付けば自分も飲み込まれてしまいそうな勢いだったからだ。

 

 

 

「やめてよ、ザコザコ!! 謝るからぁっ、今までの事は、謝るからぁぁぁぁ」

 

 

 

「何が、どうなっておる……?」

 

 

 

 

 エッ子の身体は──モモキングに取り込まれつつあった。

 

 

 

 元々がドキンダムの力を持つ彼女の身体を飲み込めば、クリーチャーがどうなるかなど──明白だった。

 

 

 

「愉快だ。今日は、楽しい。こんなに、嬉しい気持ちが、溢れてくるなんて」

 

 

 

「あっは、はははははは」

 

 

 

 

 

「はっぴーっ!! はっぴーっ!!」

 

 

 

 一つの枷が外れる。

 

 

 

 失った、もう戻らないもの。

 

 

 暴走する狂喜によって。

 

 

 

「なんだよ、お前ら……今日は、デュエマ部の活動、ちゃんとやるって言ったろ……?」

 

 

 

 

「ウオラァァァァーッ!! どっせいやぁぁぁーっ!!」

 

 

 

 一つの枷が外れる。

 

 

 失った、もう戻らないもの。

 

 

 果てなき憤怒によって。

 

 

 

 

「おい、何処行くんだよ……ブラン、言ったろ……? 生徒会を、脅したらダメだってよ、ひひっ、あははっ」

 

 

 

「ぴえんぱおおおおおおん」

 

 

 

 一つの枷が外れる。

 

 

 失った、もう戻らないもの。

 

 

 底なしの悲哀によって。

 

 

 

「さびび、さびびびん」

 

 

 

 

「なあ、火廣金……駄目じゃねえか、シンナー使う時は換気しろってさ、ひひ、はは」

 

 

 

 一つの枷が外れる。

 

 

 失った、もう戻らないもの。

 

 

 静寂を拒む心によって。

 

 

 

 

 

「なあ、何処行った? 紫月……? 皆……?」

 

 

 

 

 周囲に舞うジョーカーズ達。

 

 

 

 それは、白銀耀の滅茶苦茶になった感情に呼応して呼び出されたものだった。

 

 

 

 混ざりあった絵具はドス黒く染まり、もう元に戻らない。

 

 

 

 深く、深く心の深層にまで達した絶望が──世界を滅ぼす星の神の力とリンクし、禁断解放した。

 

 

 

 

「あっ、あたしの、身体がぁぁぁぁーっ!?」

 

 

 

 

 エッ子の身体全てを吸収した《モモキング》の身体は──黒く染まっていく。

 

 

 

 

 

「そうか、皆──()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時。

 全てがはじけ飛んだ。

 

 

 

 周囲には槍が降り注ぎ、突き刺さった場所から禁忌の力が溢れて汚泥となって穢れていく。

 

 

 

 爆心地の中央には──禁断の切札が、星の神となって顕現していた。

 

 

「あれは……禁断の力です……ッ!?」

「マズい、匂いが……滅ぼさなければ!! アカリ様が、怒る……!!」

「邪帝縫合王──ああっ!?」

 

 

 

 槍は多頭の怪物の全ての首を刺し貫き、そのもう一つの命も諸共に滅ぼした。

 

 

 全てを汚染する禁断の槍は理屈も理論も全て飛び越えて破壊する。

 

 

 

 

「ま、まさかっ!? この世界を、この星諸共滅ぼすつもりか、こやつはァッ!?」

皇帝(エンペラー)の力が、マスターの感情に呼応してーッ!? マスター!! マスタァァァーッ!!』

 

 

 

 槍は、邪帝縫合王を一瞬で滅殺した。

 

 

 

 そして、その場を取り囲んでいた無数のディスペクター達も、割れたディスタスも、全て滅ぼした。

 

 

 

 

 白銀耀を爆心地として、日本だった島国を──何も残らない灰へと還した。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あ、いや、いやだ……こんな、爛れた、顔で」

「私達の、身体が、顔が……!!」

 

 

 

 ケロイドのように焼けた顔でのたうち回る縫合王。

 

 しかし、その身体を禁断の文字が蝕んでいく。

 

 

 

 その命が尽き果てるのも時間の問題だった。

 

 

 

 

 

 

 

「いひっ、あはっ、あははは」

 

 

 

 

 それを見ることもせず。

 

 

 白銀耀は笑っていた。

 

 

 もうそこにはない思い出を見ながら。

 

 

 

 そうそこにはない仲間を見ながら。

 

 

 

 

「オイどうしたんだよ、そのデッキ……俺、そんなもん握られたら勝てねえじゃねえか、なあ?」

 

 

 

『マスター!! マスター!! しっかり、するであります!!』

「ッ……こんな、ことが……」

 

 

 

 守護獣達の声も、もう届かない。

 

 

 

「あっははは、どうしたんだよ、ブラン、紫月……? 今から、部活だぞ……? なあ?」

『しっかりするでありますよ! マスター! そっちには、誰も居ないであります!』

「いかん……気が触れてしまった……!!」

『バカ言うなでありますよ! こ、こんなことで……こんなところで、皆の無念を晴らさないわけには……!』

「元より、人の子には大きすぎたのだ!! 世界の命運どころか……エリアフォースカードも……」

 

 悔やむサッヴァーク。

 だが、全てが遅すぎた。

 

「それに気づいていながら……ワシらは……!!」

 

 壊れたオルゴールのように何処かへ声をかける耀。

 それを元に戻す術など、なかった。

 

 

 

 

「いたいっ、いたい、くるしい……熱い、熱いっ……!!」

 

 

 

 

 

 

「あっ、ぎっ……せん、ぱ──」

 

 

 

 そして。

 もはや、誰にも看取られることはない。

 縫合王は──跡形も無く、灰となって消滅した。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「あっははははははは!! 傑作だなぁ!! わざわざあたしが理由も無く生かしておくと思った? 思ってたでしょ? ねえ!!」

 

 

 

 

 ──全てを、新世界の神は見下ろしながらほくそ笑んでいた。

 

 

 

「おじいちゃん……あたしと一緒に色んな時代を回って、色んなエリアフォースカードを集めたよね? それだけの力を持ったデュエリストを……絶望させたらすごいエネルギーになるんだよ?」

 

 

 もし。

 あの幽世で死んだままだったならば、それで終わり。

 だが、もしもそこから這い上がってくるならば?

 たった1枚のカードを希望の糧として這い上がってくるならば?

 

 それは──アカリからしても嬉しい誤算であった。

 

 

 

皇帝(エンペラー)が2枚あるって知った時に、思いついたんだよね……ちょっとだけ、希望を残しておけば……もう1枚の皇帝(エンペラー)を残しておけば、それを手綱にして幽世から登ってくるだろうってね」

 

 

 

 

 

 ──だから突き落とすことにした。

 絶望の果て、その先。狂気の海へと。

 

 

 

 

 結果。

 白銀耀は蜘蛛の糸を手繰るようにして這い上がって来た。

 そして自ら、地獄の釜へと脚を突っ込んだ。

 

 

 自ら仲間殺しを行い、そして完全に発狂し、もう何も出来ない廃人と化した。

 

 

 

 

 最も、その背中を押したのは──他でも無いアカリなのであるが。

 

(まーだってあたし、後はどうやっても勝っちゃうし? ちょっとくらいハンデあげたって良いよね? ま、最初っから勝たせる気もないけど。だからと言って、虫ケラみたいにプチっと潰しちゃうのは芸がないじゃない?)

 

 

 

 

 

 

「……ねえ? ()()()?」

「全く、趣味が悪いですね──アカリ様も」

 

 

 

 左半分が翠月。右半分が紫月。

 

 

 

 

 もう1人の縫合王は──笑みを浮かべてそこに立っていた。

 

 

 半身同士をつなぎ合わせたディスペクターの王。

 

 

 つまり、もう半身同士も存在すると言う事で──

 

 

 

「その代わり、連結王に加えて君達の()()()は消し飛んじゃったけど……」

「くすすっ、いいじゃない。邪帝縫合王なんて、ただの出涸らしだわ」

「……私達の真の切札には及びません」

「だよねーっ、やっぱりあたしの作った王の最高傑作は違うよ。連結王のバカは勝手に突っ走って犬死にしただけだったけど……まあ()()()()()はもっとうまくやってくれるでしょ」

 

 彼女は自らの力の源泉たる22枚のエリアフォースカード、そして龍魂珠を見やる。

 そこには、完全に力尽きた耀の姿が映っていた。

 目は焦点が合っておらず、乾いた笑いを上げながら妄言を吐き続けるのみ。

 そのまま、サッヴァークによって何処かへ抱えられて消えていった。

 

「……楽しみも、遊び場も、駒も……()()()()()()()()()()、全部自分の手で作るものなんだよ? おじいちゃん。いなくなったからって、スネてたらダメでしょー? ねえー? お友達は此処で待ってるよー?」

 

 もうスネるどころじゃないだろーけどね、と廃人と化した耀を珠越しに見ながらアカリは笑みを浮かべた。

 

 

 

 折れた。完全に折れた。殺すまでもない。

 

 

 

 しかし、念には念を入れる。と言っても死に体の兎を全力で追うほどアカリも余裕があるわけではない。

 

 まだ残る王たちに、白銀耀の追撃を命じる。

 そして──最大の懐刀である縫合王には、待てを言い渡すのだった。

 

 

 

 ……切札(ワイルドカード)は最後まで持っておくものだ、他でもない白銀耀がそうだったように。

 

「……君達は……万が一の時に立っていてくれればそれでいいや。期待してるよ? ──《終末縫合王》」

「ええ。楽しみにしておくわ」

「……お腹が空きました」

「えー? 何さ、霞でも喰っててよ。君はあたしの作った完全な生物なんだよ?」

 

 興味がない、と言わんばかりにアカリは縫合王に向かって手を振った。

 合成元の性格が出たか、と心の中で毒突く。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あたしが笑えと言えば笑い、泣けと言えば泣く。それが新世界の生き物──ディスペクターだ」

 

 

 

 

 そういうわけだから、と彼女は残る3人の王を見やる。

 

 

 

 

「……戦いか」

 

 

 

「なぁに? 暴れさせてくれるの、神様?」

 

 

 

 

 

「……二人居れば十分でしょ? 白銀耀及び残りの守護獣の討滅。混成王と──電融王に任せるよ」



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GR136話:混成王/電融王(1)

 ※※※

 

 

 

 

 ──シャークウガが作り出した魔法工房。 

 守護獣達は、辛うじてそこに逃れる事でディスペクターをやり過ごしていた。

 しかし、見つかるのも時間の問題である事。

 何より、主たちと引き離された挙句、彼らが改造した姿で現れたことに大きなショックを受けているのだった。

 ──その矢先だった。

 

 

 

 

「……戻った」

 

 

 

 白銀耀を抱えて戻って来たサッヴァークは、まさに一筋の希望に見えただろう。

 

「──んなっ、爺さん!? 白銀耀、無事だったのか!?」

 

 真っ先に駆け付けたのは──シャークウガだった。

 そこにオウ禍武斗が、バルガ・ド・ライバーが集まっていく。

 

「よもやよもやだ、皇帝(エンペラー)のカードも一緒とは」

「これならばまだディスペクターとやらに立ち向かう術があるものでござろう!」

「……いや、その様子では……ただならぬことが起こったようじゃのう、サッヴァークよ」

「……」

「オイ、どうしたんだよ、その顔は……」

『詳しい話は……我からするでありますよ』

 

 全員は驚愕した。

 白銀耀の身体から──チョートッQが現れたからだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……マジかよ……」

 

 

 

 全てを聞いたシャークウガは嘆息した。

 しかし、全員が満場一致で「無理もないだろう」という結論に至る。

 耀は、寝かせてこそいるものの、ずっと目をカッ開いており、譫言のように何かを呟き続けている。 

 心が壊れてしまった。

 その一言に尽きた。

 アカリに裏切られ、仲間を失い、そして──自ら仲間を手に掛けたことで、彼の自我は音を立てて崩れ落ちてしまった。

 もう戻って来ない仲間を、そしてもう戻って来ないあの頃をずっと追いかけ続けている。

 

「……ワシは、後悔しておる。人の子には、あまりにも重荷だったのだ……と」

 

 最初は勇んでいたサッヴァークも、耀の姿を見たことで完全に折れてしまったようだった。

 水晶は彼の心境を表すかのように濁っている。

 どちらにせよ。エリアフォースカードを切り離すことで生き延びた彼らに、抗う術は残っていない。

 

「ッだけど、このままって訳にはいかねえだろ!? 最初の歴史よりもヤバくなってんじゃねえか!! 世界が荒廃するどころか、滅亡して好き勝手に弄られて……!」

「……しかし、白銀耀はただの子供だ! まだ、人間で言えば成人していない子供だったのだ! いや、白銀耀だけではない、探偵も、皆の主も……」

 

 全員は押し黙っていた。

 

「ワシは……エリアフォースカードというシステムは、過酷な運命を彼らに押し付け過ぎたのかもしれぬ……それを分かっていながら、ワシは……!」

「ば、バカ言えよ爺さん……!」

「あやつらとて、好きで戦っていたわけではないのは分かっておるだろう!?」

「ッ……」

「ワシはもう、何が正しいか……分からぬ……どの道、もう探偵は……戻って来ない」

「……やっぱり、ダメか。ディスペクターにされた人間は……元に戻せないでござるか」

「打つ手無し、か」

 

 

 

「……フン、何かと思えば反省会か。随分と余裕じゃのう?」

 

 

 

 暗い雰囲気を打ち破るように──QXが言った。

 

「──相手が、我らの主であるならば。猶更、半端な気持ちで打ち勝つのは難しいぞ?」

「貴様……!」

 

 サッヴァークが掴みかかる。

 しかし。

 全く動揺を見せることなく、

 

「どんな局面であれ、勝利を信じ抜くこと。そこの白銀耀は改変された歴史で友を失っても尚、此処まで戦ってきたのであろう? そしてサッヴァークよ。貴様の主も、一度は守護獣を失いながらも立ち上がった!」

「ッ……」

「我が下僕も同じ。妾は……桑原甲の、相棒を失っても尚消えぬ闘気に中てられて力を貸したのだから!!」

「失ったなら取り戻せば良い……か」

「だが、この状態でどうやって!?」

 

 

 

 

「──歴史をもう一度改変し直せば良い」

 

 

 

 

 声が聞こえた。

 その場の誰でもない声。

 それを前に、全員は身構える。新手か? と。

 しかし──声の主を見て、全員が矛を納める。

 

 

 

 トリス・メギス。かつて、耀達の敵であった魔導司がそこに立っていた。

 

 

 

「……今までだって、やってきたことだろ?」

 

 

 

 ただし、それは彼らの知る少女のものではない。年を取り、杖を突く老いた姿だった。

 

「な、何故、貴様が此処に……!?」

「あたしらのいた時代がとうとう崩壊し始めてな。2018年に何かあったんじゃねえかって思って、タイムマシンに乗ってやってきたら……時間Gメン共に追いかけられることもなくあっさりと着いちまってな、降りたらこの有様だ」

 

 全員は顔を見合わせる。

 思ってもみない助っ人に、全員が再び希望を抱こうとしていた。

 

「誰がやったのか知らんが……この時代で大規模な破壊的歴史改変が行われた所為で、超特大のダッシュポイントが出来ちまったんだよ」

 

 老いたトリスは、げほげほ、と咳き込むと続ける。

 

「まあどの道、あたしらの時代はもうダメだ。未来にまで歴史改変の影響が伸びて来てやがる。何があった? 誰がこんな事を……?」

 

 

 訳を説明した。

 

 

 トリスは──腰を抜かしてしまった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「バカ言えふざけんなや!! ア、アカリが……!? 信じられん……」

 

 

 

 全員がトリスを何とか立たせる。

 流石に彼女と言えど、ショックだったのだろう。

 長年付き添った相手が、まさかクリーチャーであったなんて、と。

 

「ワシらとて信じられん……」

「チッ、悪役としては一流だ。最後の最期まで誰にも怪しまれずに、爪を隠してやがったのか……女優の才能があるぜ」

「褒めてどうする! おいバアさんのトリス、歴史改変を元に戻すならどうすりゃいいんだ!?」

「歴史改変をした元凶をブッ壊せば解決だ。時間Gメンなら、奴らの使うオーラを破壊すれば歴史の流れを修正出来てたろ?」

 

 最も、今回はオレガ・オーラとは比べ物にならないくらい歴史改変の規模が大きい。

 アカリ本人ではなく、歴史を改変した大本となると彼らでも思いつかない。

 全員が手をこまねいていた矢先。

 

 

 

龍魂珠(アントマ・タン・ゲンド)。それが、アメノホアカリを神たらしめている宝具」

 

 

 

 言ったのは──今の今まで耀に吸収されていたエッ子だった。

 

「何と!? 知っておるのか!?」

「……1000年前に戦ったから分かるもん」

「ッ!? じゃあテメェがアマツミカボシ……!?」

「の、端末! あたしは、今はザコザコだもん……人間に吸収されるくらいにはザコザコだもん……」

 

 エッ子の自尊心もバキバキに折れていた。

 主人がディスペクターとして吸収されたことに加えて、先程モモキングの動力源にされたのだ。

 完全に拗ねていた。

 

「……成程。お前、あの日感じた力を同類だ」

 

 トリスはつかつかとエッ子に近付く。

 

「……ん、そうだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──歯ァ喰いしばれ」

 

 

 

 杖を置いたトリスは──思いっきりエッ子を殴り飛ばす。

 

 

 

 老体とは思えない程、強い拳だった。

 

 

 

 そして、顔をしわくちゃにして彼女に掴みかかる。

 

 

 

「テメェらさえ居なけりゃあなあ!! 今頃、ファウストもまだ生きてたんだ!! それだけじゃねえ、白銀耀達だって、真っ当に生きてたかもしれねえんだ!! テメェさえ、テメェらさえ、居なけりゃ……」

「ひっ、ご、ごめん、な、さい」

「あたしの人生は……あたしらの人生は滅茶苦茶だ!! テメェらさえ、居なけりゃ……ロスも、ヒイロも……生きてたんだぞッ!!」

「ッ……」

「お前を助けりゃ、二度とあたしらの世界に手出ししないって約束出来るのか!? 出来ねえよなあ!! だってオマエ、()()だろう!? 世界をブッ壊すことしか頭にねぇヤバンなバケモノが!!」

「う、う」

「出来るモンなら、此処で約束しろ……絶対に、こいつらを、この世界を守るってなぁ!! そのバカみてーな力の使い方をよく考えろって……テメェの主人に、よーく言い聞かせておけェッ!!」

 

 

 

 凄い剣幕を前にして、守護獣達は止めることも出来なかった。

 無理もない。

 彼女が、そして彼女を従える禁断こそが破滅の未来の引き金となったのだから。

 だが、それがこの時代では八つ当たりでしかないということも理解していた。

 しかし──ぶつけなければ気が済まなかった。

 60年間、積もりに積もった怒り、怨み、そして──悲哀をぶつけなければ、トリスは気が済まなかった。

 

「……あたしら人間は、テメェらクリーチャーに食い物にされるために産まれてきたんじゃねえ。その禁断の力、利用価値があるから最期まで利用してやる。覚悟しとけ」

「……う、あ、ひゃい……」

「あたしは諦めねえぞ。お前らはどうするんだ、守護獣」

「ッ……方法があるのか?」

「……精神汚染(マギア・ポリーシャオ)の応用。白銀耀のブッ壊れた心をもう一度元に戻す」

「正気か!! その老いた身体ではとてもではないが──」

「俺がルーターになる」

 

 進み出たのはシャークウガだった。

 

「……マスターを、元に戻せる足掛かりになるなら、俺ァ喜んで力を貸すぜトリス・メギス」

「……へっ、お前とは色々あったが……良いのかい?」

「ああ。昔のテメェは気に食わなかったが、今のあんたは……嫌いじゃねえ」

 

 少なくとも。

 妄信的にファウストに付き従っていたあの頃よりはな、と彼は付け足す。

 

「……恨んでるか?」

「まあまあだぜ」

「ヘッ、そうかい」

 

 廃人と化した耀を前にして、トリスは呪文を唱え始める。

 そして、老いて劣化した彼女の魔力回路にシャークウガが魔力を注入する。

 これによって、完全なる魔法の詠唱態勢と化す。

 

「……後は荒療治になるな。そっちは任せろ」

「ッ! 白銀耀の心の中に入るのか?」

「ああ。強固に思い出の中に閉じこもっちまってるからな──」

 

 

 

 

 その時だった。

 サッヴァークが──叫んだ。

 

 

 

 

「ッ……敵を捕捉ッ!! 超大型のディスペクターが工房目掛けて飛んできておるわ!!」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──やれやれ。これでは、追撃し甲斐も無い。よもや、自分からのこのこと出てくるとは」

「ねえねえねえ!! 当然ブッ殺してイイんだよね!!」

「……主君……!! 火廣金緋色……!!」

 

 

 

 片や、ポニーテールを結い、真剣で武装した少女──電融王。

 しかし、その腕はバラバラに切り離され、電磁波で浮かび上がっている。

 

 

 片や、白い将軍の服を身に纏った男──混成王。

 しかし、その首周りはモザイクで何かと繋ぎ合わされている。

 

 

 

 いずれも、刀堂花梨と火廣金緋色を素材としたディスペクターの王に違いなかった。

 

 その前に立ちはだかるのは──シャークウガ以外の守護獣達だ。

 

 

 

「……何だ貴様等? 死にに来たのか?」

「──今まで我らをデュエルに勝つことで守ってきたのは……他でも無い探偵、我らが主だった!」

「それがどうした。主君と同じ場所に逝かせてやる」

「……ワシは……諦めかけておったのかもしれん……ワシらと闘うことを選んだのは、他でも無い探偵だったというのに!!」

 

 サッヴァークは無数の剣を展開する。

 もう迷いはしない。

 

「──我ながら自分のゲンキンさ加減に吐き気がするわい。しかし……探偵を元に戻せるならば──この命を賭けて、ワシは戦う!!」

「ならばその賭けた命諸共滅び果てるんだな」

 

 電融王を目の当たりにしたバルガ・ド・ライバーは歯を噛み締める。

 

「主君に刀を向ける日が来ようとは……守れなかったことを、此処まで痛感させられようとは!」

「ねえねえねえ!! あのドラゴン、すごくムカつく顔してるから斬っていい? なんかすっごい女好きそうってかオッサン臭い!! だから、いいよねえ? ねえねえねえ!!」

「あっ、某やっぱり女好きそうに見えるのね!!」

「だから貴様は知性の欠片も無いと言われるのだ電融王。戦うまでもない。この俺が出てきた時点で、戦いは終わっている」

 

 混成王が手を交差させると、その背後からは巨大な時計盤が現れる。

 

 

 

「禁じられた奇跡を前に……滅び去るが良い──禁時混成王ッ!!」

 

 

 

 次の瞬間だった。

 

 

 

 周囲の空間が裂けていく。

 そこから現れるのは、5体のバラギアラのゼニス。

 そして、リンクを繰り返す闇の王たち。

 それをいっぺんに踏み潰して現れる覇王ブラック・モナーク。

 融合した進化クロスギア。

 超銀河弾が数百発くらい同時に顕現し、そして世界のどっかの森は4回くらい燃えた。

 

「こ、降参でござる……」

「バルガ・ド・ライバァァァーッ!?」

 

 突如現れた災厄の権化の顕現を前にして、流石のバルガ・ド・ライバーは両手を上げざるを得なかった。

 無理もないと言えば無理もないのであるが。 

 障壁を貼って超銀河弾を止めているサッヴァークは真っ青になりながら、追加の障壁を生成する。しかし、間に合わない。

 

「あーもう、混成王!! こんなんじゃあたしの出番がないじゃない!!」

「貴様が戦うまでもないということだ。脳筋は引っ込んでいろ。禁断の神……アマツミカボシ──正式名称・ドキンダムXを取り込んだ、我が禁時混成王の前では全てが滅亡の歴史を辿る」

「コムズカシクテワカンナイ」

「つまり、超・強い」

「すっごく分かりやすい!! あたし強いの大好き!! 強いから混成王も好き!!」

「俺は知性の無い貴様が嫌いだがな」

 

 ブラックモナークと切り結ぶバルガ・ド・ライバー、そしてバラギアラゼニスを抑え込むオウ禍武斗を横目に時計盤から無数の光が降り注ぐ。

 

 

 

 

「……これで──チェックメイトだ」

 

 

 

「しまっ……!!」

 

 

 

 

 サッヴァークは上を見やる。

 

 

 

 そちらには障壁を貼っていない。超銀河弾の死角だ。

 

 

 

 真上から貫かれる──

 

 

 

 

 

「──奴隷共ッ!! 此処はこの(オレ)が引き受けてくれようぞ!!」

 

 

 

 

 

 ──そう思った時だった。

 

 

 

 雷光は全て撃ち落とされていく。

 

 

 

 

 そこに立っていたのは──

 

 

 

「《Theジョギラゴン・アバレガン》だと……!? しかもこの力は……!!」

「ねえねえねえ!! あたしコイツと戦いたい!! ブッ殺して良いよね、混成王!!」

「バカを言え!! 敵は……何だこれは? シロガネアカルは、廃人状態のはず……!!」

 

 

 

 ──白銀耀だった。

 

 

 

 

「……やっべー、途中で呪文止めた所為で()()()目覚めちまった」

「目覚めちゃったの!?」

 

 工房から外を覗き込むトリスにシャークウガが叫ぶ。

 施術の途中で、耀が急に外へ飛び出してしまったのである。

 恐らく、彼の中に眠るもう1つの皇帝の正体が。

 抑圧され、隠されてきたものが──再び目覚めたのだ。

 

「おい、奴隷ッ!! (オレ)のデッキはあるか!!」

「!? いや、デッキならヌシの腰に──」

「そっちではないッ!! (オレ)に相応しいデッキがあるであろう!!」

「まさか……!」

 

 

 

 サッヴァークは、ギリシャで回収した耀のデッキを目の前の彼に投げ入れる。

 

 

 

 耀の姿をした何者かは、正解と言わんばかりに笑みを浮かべるとそれを手に取った。

 

 

 

 そして、改めて混成王と電融王の前に立ちはだかる。

 

 

 

「……貴様。名を名乗れ」

「ねえねえねえ!! ブッ殺してイイ? イイよねえ!!」

「奴隷共が!! 皇帝である(オレ)に問うてみせるか!!」

 

 

 

 耀は──否、耀の中に潜む彼は叫ぶ。

 

 

 

「──(オレ)皇帝(エンペラー)。武を以て、覇を成し遂げる者ッ!! 大アルカナⅣ番、皇帝の名を冠す者なりッ!!」



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GR137話:混成王/電融王(2)

 ──皇帝と、混成王・電融王のデュエル。

 序盤は互いにマナブーストをしながら手札を増やしていく展開が続く。

 片や《オラオラ・ジョーカーズ》を。片や《フェアリー・ミラクル》で一挙にマナを増やしていく。

 

「《ガヨウ神》召喚! フッ、皇帝の戦には……補給が肝心!!」

「……戦だと? 違う。これは一方的な蹂躙……この俺が戦線に立った時点で、既に戦いは終わっているも同然だ」

「あたしはあたしはー?」

「貴様はハンデだ」

「ひっどーい!! 混成王なんかキライだーっ!!」

「俺は《天災デドダム》を召喚し、カードを1枚手札に加え、1枚をマナに。1枚を墓地に」

「ひっどいひっどーい!! あたしの切札がーッ!?」

 

 墓地に落ちたカードは──《勝災電融王》。

 電融王が恐らく切り札とするカードだろう。

 それを墓地に落としたという事は、恐らく吊り上げる手段があるのだろう、と皇帝は考える。

 

『あ、あのー、マスター? で良いでありますか?』

「何だ奴隷ッ!!」

『ひどい!!』

「フッ、貴様の主の心配をしているのか? ならば言おう!! 不要だ!! 余が戦っているからな」

『そういうことではなく!』

「それに──あの男が、戦う事を完全にやめることなどしないのは分かっているはずだ! 余はヤツで、ヤツは余だからなッ!!」

『……マスター……!』

「ヤツが再び立つ間くらいは、余が戦っても良いだろう?」

『助太刀、感謝するであります! こんな日が来るとは……!』

「だが余は、ヤツとは違って情けも容赦も血も涙もない! 圧政こそ正義ッ!! 我が前に立ち塞がるならば、例えそれが誰のガワを被っていようが銃殺刑よ!!」

 

 チョートッQは縮み上がった。

 口答えしたら自分が処刑されそうな勢いだ。

 しかし、1つだけ言える事がある。折れたとしても──耀は、やはり完全に壊れてはいなかったのだ、と。

 それが皇帝の権限によって間接的に証明されている。

 皇帝が戦えるならば、耀もまた──絶望と戦っているのだ。

 

「余に任せよ。余は皇帝!! 武を以て、覇を成し遂げる男であるぞ!!」

「根拠のない自信……何処から湧いて出てくるのか知らんが、真の豪傑とは戦う前から勝敗を決しているものだ」

「それは詭弁である!! 何故ならば、本当に戦って見なければ真の勝敗など分からん! 強者が勝つのではない、勝者が強者なのだ!」

「ねー混成王! コイツ言ってることが小難しくて分かんないんだけど!」

「強者は余計なおしゃべりをしないという意味だ、電融王」

「オッケー、しばらくだまっとく!! ありがと混成王!!」

 

(扱いがこなれてるでありますなぁ……)

 

 敵ながら、混成王に若干の同情を禁じ得ないチョートッQであった。

 しかも、その姿は火廣金と花梨そのもの。

 その姿を前にして、複雑な感情を隠せない。

 

『ディスペクターの王は、連結王だけではなかった……! マスターの前に現れた縫合王に続いて、混成王と電融王まで……アレはモロに火廣金殿と花梨殿であります!』

「フッ、心配など要らん」

『皇帝殿……!?』

「あんなもの、所詮はまがい物である!! 皇帝の名の下に成敗してくれるわ!!」

『ちょっとは躊躇いとか見せてくれないでありますかーっ!?』

 

 耀とは何処までも真逆だ。

 皇帝からすれば、彼らは仲間として過ごした記憶が無いのでやりやすいのかもしれない。

 

「それに、助けられないならば介錯するのが友としての礼儀というもの! その肉体を勝手に使う許可は出していないからな」

『……ッ!』

「ヤツがやれないならば、余が汚れ役を引き受けるッ! あの甘ちゃんには、何処までも世話を焼かされる!」

 

 皇帝は6枚のマナをタップすると──火のマナを引き寄せた。

 

 

 

「──火の馬の悪夢は忘れた頃にやってくる」

 

 

 

<超GRゾーン、アンロック>

 

 

 

 

 

「来い、我が灼熱の駿馬……《バーンメア・ザ・シルバー》!!」

 

 

 

 次元さえも突き破り、《バーンメア》は戦場へと駆け出した。

 その効果により、《せんすいカンちゃん》と《ダンダルダBB》がすぐさま飛び出してくる。

 

『我、いきなり出番であります!?』

「せいぜい働け奴隷ッ!! 馬車馬のようにこき使ってくれるわ!!」

『お手本のようなブラック上司でありまーす!!』

「《せんすいカンちゃん》で攻撃する時、Jトルネードによって《バーンメア》を手札に戻し、その効果をコピーする! 2回GR召喚、そしてスピードアタッカーを付与する!」

 

 追加で飛び出したのは《ジェイ-SHOCKER》に加えて《ゴッド・ガヨンダム》。

 《ガヨンダム》の効果で墓地にカードを落とし、更に皇帝は2枚ドローする。

 

「ッ……S・トリガー……《獅子王の遺跡》! 効果でマナを3枚増やす!」

「では行くぞ奴隷!! 《ダンダルダBB》で攻撃する時、J・トルネード発動! 《ガヨウ神》を手札に戻し、そのコスト以下の呪文《灰になるほどヒート》を墓地から唱えるッ!!」

「──ッ!? 先程墓地に落としたカードか!?」

「ご名答! 奴隷から家畜に格上げしてくれようぞ」

『あっるぇーっ!? もしかしてマスターの中で、奴隷<家畜でありますかーっ!?』

「ハハハハハハハハ!! 細かいことを気にしているとハゲるぞ奴隷!!」

『ハゲる毛髪も無いでありますよ!!』

 

 《ダンダルダBB》の剣に呪文の力がフル装填されていく。

 そして、それを一気に解き放った──

 

『うおおおおお、ビッグバン・ヒートでありまぁぁぁす!! 《デドダム》をバトルで破壊でありますよ!!』

「もう1度来い、《バーンメア・ザ・シルバー》! 効果で《Theジョギラゴン・アバレガン》と2体目の《ダンダルダBB》をGR召喚だ!!」

「ッ……させるかァ!! S・トリガー……《S・S・S(スクラッパー・スパーク・スパイラル)》!! 効果で、最もパワーの高い《アバレガン》をバウンスする!!」

 

 灼熱、閃光、そして激流が纏めてジョーカーズ達に襲い掛かる。

 

「……おっと、足止めか! 面白い」

「そして最もパワーの低い《ジェイ-SHOCKER》を破壊! 残りのクリーチャーは全てタップして止める! っく、くそ! なんて物量だ!」

 

 大量盤面による押し潰しをすんでのところで防ぐ混成王。

 

「……オイ電融王。出番をくれてやる」

「マジでーっ!? こいつらブッ殺してイイんだ! じゃあ、いっくよーっ!! 呪文、《灰燼と天門の儀式(ヘブニアッシュ・サイン)》!!」

「むっ」

「この効果で墓地からクリーチャーをドンと出すからね!! いっけぇぇぇ、あたしの切札ーッ!!」

 

 その効果により、墓地から吊り上げられるのは──卓越した天才の身体と、武を極めた達人の頭脳を電融した奇怪なディスペクターだった。

 

 

戦車(チャリオッツ)──カツキング!! 愚者(ザ・フール)──ギュウジン丸!! GotoDispect!!>

 

<Your Scream King>

 

We are Dispecter

 

 

 

「──暴れ狂え──ヴォーパルレイジ……ウォークライ……バーサーク・オーンッ!! 

《勝災電融王 ギュカウツ・マグル》ッ!!」

 

 

 

 文武の極致の逆。

 その両者の特徴を最大限に殺し、そして軽蔑したディスペクターが顕現した。

 その身体から電磁波が迸り──更なる仲間を引き寄せていく。

 

 

「EXライフ──バチバチバチっと電融完了ッ!! 電融王の力……見てみればいいんじゃなーい!」

 

 

 

戦車(チャリオッツ)──カツキング!! 愚者(ザ・フール)──ギュウジン丸!! GotoDispect!!>

 

<Your Scream King>

 

We are Dispecter

 

 

 

『増えたでありまぁす!?』

「2体目ェ!!」

 

 

 

戦車(チャリオッツ)──カツキング!! 愚者(ザ・フール)──ギュウジン丸!! GotoDispect!!>

 

<Your Scream King>

 

We are Dispecter

 

 

 

 

「一気に3体の……《ギュカウツ・マグル》降臨!! EXライフ──バチバチバチっと電融完了ッ!!」

「ふん、流石の展開力だ電融王」

「でしょーっ、褒めて褒めて、混成王っ! これが電融王の荒業!! 後は全員でタコ殴りでブッ殺ッ!!」

「……ふむ」

 

 

 

 立ち塞がる3体の電融王。

 それを前に腕を組む皇帝。

 そして、その3体目の効果が発動する。

 

「チッ、無駄にEXライフでカードを埋めおってからに……唱える呪文が無くなったらどうするつもりだ電融王!!」

「えー? 盾が増えて無敵って感じじゃなーい? 追加で、《斬龍電融 オロチリュウセイ》を召喚!!」

 

<リュウセイ・カイザー!! オロチ!! GotoDispect!!>

 

<We are Dispecter>

 

 

「《オロチリュウセイ》の効果発動! 全員スピードアタッカーだよ!! このまま殴って勝つ!!」

 

 《オロチリュウセイ》から放たれた電磁波が《ギュカウツ・マグル》達に繋がれていく。

 既に臨戦態勢に入っていた。

 だが、それを──混成王が制止した。

 

「……待て。それならば、残るクリーチャーを全て焼き尽くす!!」

「ええ!?」

「……貴様が下手に動いた所為で《SMAPON》を引かれたのでは堪ったモノではない。反撃されれば、あの残った軍勢に押し潰されて死だ」

「なーんでー!? 殴ったら勝てるのに!」

「貴様の所為で俺の完璧な戦術が台無しにされては敵わんからな」

 

 混成王はアカリから聞いていたのである。

 ピンチの白銀耀には気を付けろ。必ずと言って良いほど、追い詰められた彼のシールドには《SMAPON》や《スゴ腕プロジューサー》が眠っている、と。

 よしんば後者だったとしても《全能ゼンノー》で全てが終わる。

 

「《オロチリュウセイ》で《バーンメア》を! 残る《ギュカウツ・マグル》で《ダンダルダ》2体、《ガヨンダム》を破壊してターンエンドだ!」

 

 これで皇帝の場に残っているのは──《せんすいカンちゃん》のみ。

 対してこちらにはEXライフが残っている《オロチリュウセイ》に、4体の《ギュカウツ・マグル》が並んでいる。

 

「……ふぅむ、どうやらシールド頼みの戦術とナメられているようだな、もう1人の余は」

『マスターのギリギリの勝負根性は本物でありますからな……』

「気に食わん。余の奴隷を侮辱して良いのは余だけだ」

『でも、あの電融のディスペクターとやら、凄まじいパワーであります……バトルでは倒せないであります!』

「俺が何の為に手札を溜め込んでいたのか……今こそ分からせてくれる」

『え?』

「何をしようが無駄!! このパワーには誰も勝てないでしょ!!」

「面白い奴だ!! 殺すのは最初にしてやろう!!」

 

 言った皇帝は──3枚のマナをタップする。

 

 

 

「呪文、《7777777(セブンス・セブン)》! 効果で貴様の山札の上から3枚を表向きにして、その中からコスト8のカードが捲れれば貴様のクリーチャーは全て吹き飛ぶ」

「……なッ!?」

 

 

 

 次の瞬間、混成王の山札から3枚が捲れる。

 その中には──《蒼龍の大地》、コスト8のカードが混じっていた。

 

「バカな!?」

「EXライフ4枚……全て吹き飛ばす!!」

 

 一挙に4枚のシールドが墓地へと置かれた。

 だが、これで手を緩める皇帝ではない。

 

「弾は幾らでもあるぞ!! 呪文、もう1度《7777777(セブンス・セブン)》!!」

「はーっ!?」

「くっくく、後悔するんだな。考えなしに軍勢を並べた事を!」

「そうそう当たるはずが……なっ!? 《残虐覇王デスカール》……ツインパクトか!?」

「というわけで……ご退場願おうッ!!」

 

 一瞬で、電融の軍勢は消し飛ぶ。

 戦況は──イーブンとなった。

 最も、皇帝の場には《せんすいカンちゃん》が未だに健在なのであるが。

 

「あ、ああ、あたしのカード達がーッ!?」

「おっ、おのれ……!! 俺は《お清めシャラップ》を唱え、墓地のカードを選んでシャッフルする。そして、《龍風混成ザーディクリカ》を召喚!」

「ほう? まだ抗うか。そのカード……呪文を墓地から唱えるクリーチャーだったかな?」

「効果で墓地の呪文、《禁時王秘伝エンドオブランド》を唱え、貴様の《せんすいカンちゃん》を破壊し、次のターンコスト5以下の呪文を唱えられなくする!」

「そんなハンデで良いのか?」

 

 言った皇帝は──《ザーディクリカ》目掛けて次の手を繰り出す。

 

「《ソーナンデス》召喚! そしてJチェンジ──《ドンジャングルS7》!! その効果で《グレープ・ダール》を場に出し、マナのカードを増やす」

「ぐっ……! まだ増えるか! 虫けらのように!」

「混成王のカード、パワーが弱いから負けちゃうんだよー」

「やかましい!」

「更に《ドンジャングル》の効果で貴様は《ドンジャングル》に攻撃を誘導される。さて、最後にその《ザーディクリカ》に消えて貰おう! 《グレープ・ダール》チェンジ──《ソーナンデス》!」

「っ!?」

 

 《ザーディクリカ》も完全に粉砕される。

 

「……だが、これで良い……貴様を倒す手筈は整った……! 俺の切札は……手札が重要なのでな……そこの横に居るバカとは違うのだ、バカとは!」

「んなっ!? 失礼な!」

「此処からは……禁断の時間だ!!」

 

 混成王の目の前にある9枚のマナがタップされていく。

 

 

 

運命の輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)──ドキンダムX!!>

 

 

 

「言ったはずだ。既にアカリ様によって運命は決められている」

 

 

 

審判(ジャッジメント)──ミラダンテⅩⅡ!!>

 

 

 

「俺が下すのは審判。貴様等逆賊を裁く審判だッ!!」

 

 

<──GotoDispect!!>

 

<Your Scream King>

 

 

 

「……これが貴様の限界だ。跪いて許しを請うが良い」

 

 

 

We are Dispecter

 

 

 

「──既に戦いは終わっている。禁じられた奇跡を呼び起こせ、

《禁時混成王ドキンダンテXXⅡ(トゥエンティツー)》ッ!!」



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GR138話:混成王/電融王(3)

「──《禁時混成王ドキンダンテⅩⅩⅡ》ッ!!」

 

 

 

 

 時計盤から顕現したのは──禁断の存在。

 しかし、その手足はモザイクによって繋ぎ合わされている。

 そして異様なのは、ミラダンテと思しき墓標の如き時計塔であった。

 そこからは天使の羽根、そして馬の如き脚が生えている。

 そして、もう1つの命がそのシールドへと埋め込まれていく。

 

「EXライフ──混成完了。……君達の敗北は決定事項だ」

『これが、禁時混成王でありますか……あれは、ミラダンテなのでありますか!?』

「ほう、面白い!! 馬には馬というわけか!!」

「効果発動──ミラクル・フォービドゥン」

 

 次の瞬間、空から無数の槍が降り注ぎ、《ソーナンデス》と《ドンジャングル》を刺し貫いた。

 

「効果により、貴様のクリーチャーは全ての効果を失った! 封印されたも同然というわけだ! 更に《ドキンダンテⅩⅩⅡ》のパワーは99999……ディスペクターの王では最高を誇る」

「禁断由来の、超パワーか……面白い」

「面白い? そう言っていられるのも今のうちだ! 超えられるものならば超えてみろ」

 

 しかし、未知のクリーチャーを前にして皇帝は少なからず警戒を怠らなかった。

 あのクリーチャーから、本能的に嫌なものを感じたのである。

 

 

 

「ならば、お望み通り超えてみせよう! 呪文、《灰になるほどヒート》! 効果で《イッスン・スモール・ワールド》を場に出し、《ドキンダンテⅩⅩⅡ》とバトルさせる! 最も、パワーは必ずこちらが上回るがな!!」

 

 

 

 ──パワー、脅威の109999。

 僅かでも上回れば、バトルで勝ちとなるこのゲームに於いて、《イッスン・スモール・ワールド》は最強の巨大クリーチャーキラーとなる。

 

「ッ……バカな超えられた!? どうなっているのだ!? EXライフで生き残る!」

「あっはははは! 混成王、パワーで超えられてやんの」

「うぐう……!」

 

 《イッスン・スモール・ワールド》は、相手の最もパワーの高いクリーチャーよりもパワーが1000高くなるクリーチャー。

 しかもマッハファイターも持つため、このまま攻撃すれば《ドキンダンテ》を解体することが可能──

 

「でも。混成王の切札は文字通りサイキョーだもん。パワーだけじゃない。能力だってサイキョーだから」

「ふん……その通りだ。EXライフを剥がしたことは褒めてやるが……そこが貴様の限界だ!」

 

 その時。

 時計盤が動き──滅亡の刻が刻まれた。

 

 

 

「発動、禁じられた奇跡!! 呪文──《ドルマゲドン・ビッグバン》!!」

 

 

 

 次の瞬間、皇帝の場にあったクリーチャー達は次々に封印されていく。

 今度は能力の消失ではない。文字通りの封印だ。

 

「ジョーカーズにコマンドはそうそう居ない……この封印は解けんだろう!」

『こちらの呪文の詠唱に反応して呪文を唱えたであります!?』

「呪文だけではない。この効果はクリーチャーの召喚にも反応する」

『んなぁ!? それ手の打ちようがないでありますよ! ズルであります!』

「そーだよ? ズルなら、混成王は最強。パワーも、能力も、あたし達の中で一番強い! それが《ドキンダンテ》と混成王だ!」

「ッ……やるではないか! 褒めて遣わす!」

「それだけではない。貴様が墓地に置いてくれたEXライフが、貴様の首を絞める! 墓地から火または闇のコマンド──2体目の《ドキンダンテ》を場に出す」

 

 競りあがる滅亡の時計盤。

 そこから2体目の《ドキンダンテ》が姿を現した。

 

「……もう何もかもがお終いだ。俺は、貴様が力尽きるまで貴様の行動にカウンターしていればいい。楽な仕事だ。そうしてる間に俺の場にクリーチャーは並ぶ。逆に貴様は何も出来ない」

「ほう! 随分な自信だな! なかなか威勢は良いではないか、家畜の王!」

「誰が家畜だッ! 俺はディスペクターの王でも最強の男・混成王だッ! 8マナで《沸天混成 ジョバンセン・ガロウズ》を召喚!!」

 

<ジョバンニ!! ガロウズ!! GotoDispect!!>

 

<We are Dispecter>

 

 

 

「その効果で、墓地から呪文を全て手札に加える。もう1度《ドルマゲドン・ビッグバン》が使えるぞ!!」

 

 

 

 そして、と混成王は叫ぶ。

 

「もう、貴様の反撃など怖くはない!! 《ドキンダンテ》で攻撃する時──アタック・チャンス《禁時王秘伝エンドオブランド》!!」

「また呪文を封じてきたか……!」

「そして、このままT・ブレイクだ!!」

 

 雷光が降り注ぎ、皇帝のシールドを叩き割る。

 

 その破片が飛び散り、彼の身体を切り裂いた──

 

 

「ッ……余の身体に傷をつけるとは……天晴!!」

「……ターン、エンドだ!!」

 

 

 2体の《ドキンダンテ》によって呪文による反撃が常に行われる状況。 

 更に、混成王の手札は潤沢だ。

 

「……あくまでも。反応するのが召喚ならば、勝機はある!」

「無い。貴様に奇跡は起こらない。俺の奇跡が、全てを終わらせる」

「ならば貴様の言う奇跡を打ち消してみせよう!!」

 

 ──故に。

 その数少ないチャンスを的確に潰す。

 それだけが彼の勝機だった。

 8枚のマナを捻り出し──皇帝は自らの切札を突きつける。

 

「余は、皇帝である! 余の前では奇跡もただの偶然でしかない! そして、偶然は二度も三度も続きはしない!」

 

 風が──吹いた。

 

 

 

「これが(オレ)必中の切札(シューティング・ワイルド)、狩りの時間だ《オラマッハ・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

 

 狩人の姿となったジョニーが戦場へ姿を現す。

 狙うは──3体のディスペクター達だ。

 

「先ず、その登場時効果でマナゾーンから手札にカードを加える! 加えるのは《キング・ザ・スロットン7》だ!」

「馬鹿め血迷ったか!! 禁じられた奇跡を受けてみろ!!」

 

 禁時王の目が光る。

 

 

 

 滅亡の刻が刻まれようとしていた。

 

 

 

「──呪文、《ドルマゲドン・ビッグバン》!! 効果で貴様のクリーチャーを全て封印する!!」

 

 

 

 隕石が降り注ぎ、終焉が訪れようとする。

 しかし──それを全て《オラマッハ・ザ・ジョニー》が撃ち抜いた。

 

「皇帝の戦術に抜かりなど無いわ、たわけ!! 《アイアン・マンハッタン》を捨てて打ち消した!!」

「ッい……!?」

「《オラマッハ・ザ・ジョニー》の効果。相手が呪文を唱えた時、同じ手札を捨てればその効果を打ち消す! 皇帝の銃は武を以て覇を成し遂げる銃なり!!」

「ならば2体目の効果!! 今度は《蒼龍の大地》を使う!!」

「今度は《バイナラドア》を捨てて無効!」

「ぐっうッ……!?」

「感謝する。貴様が不用意に攻撃してくれたおかげで、我が手札が増えたぞ」

「そ、そんな、馬鹿な……!? S・トリガーをケアしていれば……良かったのでは……無いのか!?」

「たわけが。そんな生温いデッキを、ヤツは使ってはおらん」

 

 彼は笑みを浮かべてみせた。

 

 

 

「このデッキは、ヤツが今まで歩いてきた軌跡そのもの! ヤツの切札達の集まりよ! それを侮ったこと、後悔するが良い!」

「だが、《オラマッハ・ザ・ジョニー》1体で何が出来る!!」

「先ずは《ジョバンセン》のEXライフを砕けるッ!!」

 

 

 

 クロスボウが異形を撃ち抜く。

 その背後にあるEXライフシールドが破壊された。

 

「更に、マスター・マッハファイターで《オラマッハ》はアンタップし、貴様のシールドをブレイクする!」

「ッ……S・トリガー、《S・S・S》!!」

「7コストの《SMAPON》を捨てて打ち消す!」

「そんな、馬鹿な!?」

「《オラマッハ》で《ジョバンセン》を攻撃して破壊!! マスター・マッハファイターでシールドをブレイクしてアンタップする!」

 

 これで、残るは《ドキンダンテ》2体とシールド3枚を残すのみとなった。

 

「このターンで仕留める。《ドキンダンテ》に《オラマッハ》で攻撃する時、革命チェンジ発動!」

「ジョーカーズの革命チェンジだと!? そんなものはデータには──」

 

 次の瞬間、《オラマッハ》の身体に龍の如き甲冑が身に着けられていく。

 そして、巨大なガンランスが手には構えられ、そして──《ジョギラゴン》の上に騎乗するのだった。

 

 

 

「これが(オレ)切札(ワイルドカード)!! 来たれ《ジョギラゴン&ジョニー ~Jの旅路~》ッ!!」

 

 

 

 ジョギラゴン、そしてジョニー。

 ジョーカーズの2大切札が共に現れる。

 そして、2体の銃にジョーカーズの力が装填されていく──

 

「《旅路》は手札からジョーカーズを捨てる事で、その効果をコピーする!! 発動……ジョギラゴン・ビッグ1ッ!!」

 

<《スロットン》ローディング>

 

 

 

「効果で──《勝熱英雄 モモキング》をバトルゾーンへ!!」

 

 

 

「ッ……そんな、馬鹿な……!?」

「後は……薙ぎ払うのみ!!」

 

 《ドキンダンテ》に撃ち落とされる《ジョギラゴン&ジョニー》。

 しかし、その意思は確かに《モモキング》へと受け継がれた。

 残るシールドを、二刀が切り払う。

 

「ッ……バ、バカな……俺の禁じられた奇跡が封じられた!?」

「先に残弾が尽きたのは……貴様だったようだな、家畜の王!!」

「あっ、あっ、ああ……!? あああああああああああああ!? 何故だ!? 俺は、俺は、俺は混成王!! 至高の頭脳と呪いを持つ混成王だぞ!?」

「ね、ねえ、混成王もしかしてこれってヤバい──!?」

「あっ、ぎっ……おのれ……一生分の不名誉だーッ!!」

「フ……確かに手強かったぞ。だが所詮はガワのみ。他愛も無いッ!! ハッハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 《モモキング》の刀が、電融王と混成王の身体を両断した──

 

 

 

 

「《勝熱英雄 モモキング》でダイレクトアタック、である!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──両断された混成王と電融王は、地面に転がっていた。

 既に身体も消えかかっており、限界を迎えていた。

 

 

 

「あ、ぎ……? クソ、クソ、電融王……お前が、足を引っ張った所為で……俺は……俺は……最強なのに……!!」

 

 

 恨み節をぶちまける。

 負けたことが認められない。

 勝ったと思っていたのに負けたのが悔しい。

 何より──あの顔の男に敗けたことが、腹が立って仕方がなかった。

 だが、もう遅い。

 全ては──遅きに失したのだ。

 彼には何もかもが足りなかった。

 白銀耀であっても、皇帝であっても、その好敵手には成り得ない。

 何故ならば、何処まで行っても彼は──火廣金緋色ではないからだ。

 しかし。

 

「混成王……大丈夫だよ……あたし、混成王が強いの、誰よりも、知ってる、気がするんだ……何で、だろ、ね……」

「俺はッ、お前の所為でえ……負けてぇ……!!」

 

 ──その強さを認める者は居た。 

 隣に。

 

 混成王と電融王は間違いなく、あの二人ではない。

 

 だが、敗北しても尚その強さを認める電融王は──本来あるべき姿の彼女のようだった。

 

 

「ッ……クソ……バカのくせに……」

「えっ、えへへへ……混成、王……」

 

 

 

 

 2人は、灰となって消えていった。

 《ドキンダンテ》、そして《ギュカウツ・マグル》のカードと共に。

 それを──バルガ・ド・ライバーは何処か物悲しそうに眺めていた。

 

「……主君。主君の身体も心も……必ず俺が取り戻してみせる」

「引き続き警戒を続けるぞ。ディスペクターが何処に潜んでいるか分からんからな」

「……うむ」

 

 サッヴァークが障壁を解除する。

 ドキンダンテが消滅したことで、滅亡の可能性も全て消え去っていた。

 後に残るのは、皇帝だけだ。

 

『す、すごいであります……ディスペクターの王をまとめて2体同時に……!』

「感心している場合か、たわけ!」

 

 皇帝は──工房へと踵を返す。

 

 

 

 

「……貴様の相棒を叩き起こしに行くぞ、チョートッQ」



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GR139話:雫の夢

 ※※※

 

 

 

 

「──先輩。起きてください、先輩」

 

 

 

 ……眠い。おきたくない。

 此処は──何処だ?

 ……教室か。

 終礼の後、疲れて寝ちまったのか?

 まあ、色々あったからな今日も今日とて……。

 んで、俺が部室に来ないのを見かねて紫月が起こしに来た……と。

 

「……紫月」

「なんですか。珍しいものでも見たような顔で」

 

 如何にもといった表情で彼女は首を傾げる。

 そうだ。何もおかしいことはない。

 何時も通りの放課後で、目の前に紫月が居る。何もヘンなことなんてない。

 

「……お疲れのようですね。今日は部活、一緒にサボっちゃいましょうか」

「いっ、だけどブランと火廣金に悪いだろ……」

「良いんですよ。ブラン先輩はいつもの発作(事件)、火廣金先輩は模型同好会の方に行くと」

「あいつら……」

「……もしかして、気を遣われたんじゃないでしょうか? 私達」

「バカ言え、あいつらがそんな殊勝なことするかよ。万年あっぱらぱーの迷探偵と、万年シンナー臭しかしねえ模型魔導司だぞ」

「酷い言い分ですね……」

「あいつらの尻拭いてるの俺だからな」

 

 ……そうだ。

 そういえば、そうだ。

 昨日だって、火廣金のヤツが換気しねえでプラモ作るから全員くたばっちまったんだった。

 一昨日はブランが野球部のキャプテンを事件の犯人と決めてかかった所為で、めっちゃ謝りに行ったんだった。

 怒られるの結局俺だし。

 

「……もう疲れた」

 

 やることは山積みだ。

 宿題もあるし、来年からは受験だって考えなきゃいけない。

 進路は何処に決めよう。

 何なら部活の事はどうしようか。

 このまま新入生が入らなかったら本当に廃部まっしぐらだ。

 ワイルドカードの対処もしなきゃだし、ブランのやらかしの後始末もしなきゃいけない。

 それを全部──俺がやらなきゃいけないのか。

 

「……めんどくせぇよ、もう……」

「何おじさんみたいなこと言ってるんですか……放課後はこれからですよ? どうせ二人しか居ないなら、今日はもう切り上げてもいいんじゃないですか?」

「……こういう時こそ部活らしい体裁を見せねえと生徒会から何言われるか……」

「……そうですね……サボるという言い方は確かに先輩の前では好ましくなかったかもしれません。堅物で、唐変木で、僧の先輩の前では」

「あんだとコラ」

「察しが悪いと言っているのです」

 

 きゅっ、と彼女は俺の袖を掴んで言った。

 どこかムスッとしたような上目遣いで、俺を睨んでいた。

 

「先輩。デート、行きましょう?」

「……りょーかい、お姫様」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「で、オメーはこれを食う為に俺を連れ出したと?」

「……そうですが?」

「そうですがじゃねーよ、デケーんだよ」

「カップル割が入るので。まあ、食べるのは私ですが」

「全部食うの!? お前ひとりで!?」

 

 山のようなパンケーキが紫月の前に積まれていた。

 アイスクリームもマシマシで。

 明らかに二人分──いや4人分くらいはあるのだが、彼女は全部自分で食べるつもりのようであった。

 

「先輩も()()()()()()あげますよ」

「二人で食うためのサイズなんじゃねーの!? デートじゃなかったのかよ!?」

「……?」

「何で疑問譜浮かべてんの……」

 

 可愛いけど、それ全部食ったら確実に太るぞ紫月さんや。

 

「ふふっ、冗談ですよ。……その代わりワリカンですからね」

「ガメつっ……オメーのスイーツへの執着はよーくわかったから……出すよ、出しますよ……ったく」

「それにしても、最高です。ミルクマシマシのアイスクリームとイチゴのハーモニー。酸っぱいのを甘いのが包み込んで……」

「甘いものの事になると、本当に饒舌になるよなあ、紫月は」

「先輩も、もっと素直に楽しんだらどうですか?」

「……やらなきゃいけねえことばっかが山積みだからな。気を引き締めていかないと」

「不幸な人ですね。息を抜いて良い時くらい抜けば良いんですよ」

 

 アイスを掬う手を止めて紫月は頬杖をついて言った。

 まるで俺に呆れるように。

 仕方ないだろ。

 こっちはお前らと違って、やることが多いんだ。部長だからな。

 

「……」

 

 そうだ。

 何時からだろうか。

 何も楽しめなくなっていったのは。

 日常の脅威に晒され続け、怯える心にすら慣れてしまったのは。

 

「……先輩?」

「……そーだな。何で俺は……こんなに沢山抱え込んでたんだろうな」

「ダメそうですか?」

「ああ、ダメそうだ。今度こそな」

 

 なぜか分からないけど、堰を切ったかのように弱音が溢れてきた。

 どうしてか、分からないけど。

 

「もし。お前らを守れなかったらって思うと……お前らを失ったらと思うと……それが、一番怖い」

「……」

「誰が死んでも嫌なんだ。やるべきことは必死でやってきたつもりだ。だけど、それでも、及ばなかったら? ダメだったら?」

 

 そうなったらきっと堪えられない。

 進まなきゃ、進まなきゃってずっと自分に言い聞かせてきた。だけど、それは……俺自身が怖いのを先送りにしてきただけだった。

 そうでなければ、足が竦んでしまいそうだったから。

 目の前のデカすぎる敵を前に、押し負けてしまいそうだったから。

 何より他でも無い、ただの弱い白銀耀に俺自身が負けてしまいそうだったから。

 

「俺はお前が羨ましいよ、紫月……お前は、誰よりも自分の気持ちに正直だ。俺は……自分で誤魔化しながらじゃなきゃ、前に歩くことも出来ない」

「……私は、先輩が羨ましくて仕方なかったですよ。どんな時も諦めない先輩が。いつも、真っ直ぐに前を見ている先輩が」

「……俺は本当は……泣き虫で弱虫で、ケンカも弱くて、デュエルだって……そんなに強いわけじゃない。それを勢いで押しとおしてきただけだ」

 

 それが全部ダメだったと分かった時。

 俺は──全部投げ出したくなった。

 

「つれぇよ……やっぱ……お前らが居ねえのは……」

「……きっと、また会えますよ」

 

 彼女は──ハッキリと言った。

 

「先輩が守った分だけ……きっと。皆も先輩を守ってくれます。傍に、居てくれます」

「……?」

「あれ。結構いまの良いこと言ったと思ったんですけど。何で疑問符浮かべてるんですか?」

「……いや、悪い」

 

 俺は辺りを見回した。

 喫茶店は、もう見慣れない白い空間へと変わっていた。

 そうして──俺は漸く、これが甘い夢であることに気付いた。

 誰かが、俺を揺り動かしている。

 夢から起こそうとして。

 

「実は……本当はもう、分かってるんだ。今、皆が居なくなっちまったこと」

「……」

「分かってる。分かってて、辛すぎて、逃げ出した。カッコ悪いよな」

「何言ってるんですか。カッコ悪い先輩なんて見慣れてますよ」

「……それと、1つだけ疑問があって。此処は俺の夢で、都合の良い世界で……何で、お前しか出てこなかったんだろうなって」

 

 ぱちくり、と彼女は目を開け閉じさせる。

 この際だ。どうせ夢の中だし。

 

「……やっぱ俺、お前が特別なんだなって……他のヤツには悪い気がするけど」

「……」

 

 しばらく彼女は黙ったまま突っ立っていた。

 そして──くすり、と柄にもなく笑った。

 

「ふっ、ふふっ……直球火の弾ドストレートですね。先輩、普段は素直じゃないくせに」

「ああ!?」

「珍しく言えたじゃないですか」

「笑うんじゃねえよ! 夢の中の紫月のくせに! それに……もう、会えねえかもしれねえし」

 

 ずるい。俺はこんなに悲嘆にくれてるのに。

 どうしてだろう。

 何で彼女はこんなに、笑うのだろう。

 夢の中だからだろうか。

 ……どうせなら、このままずっとこの中に居たい。

 だけど──

 

 

 

「……大丈夫です。先輩一人には、背負わせませんから」

 

 

 

 微睡の中にいることを許さないくらい、紫月に強く背中を叩かれた気がした。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 耀の目は穏やかに閉じていた。

 後は、目が覚めるのを待つだけだ。

 そして、耀と一心同体であるチョートッQもまた、消耗が激しかったために休眠状態にあった。

 

「……皇帝様様だったな……」

 

 サッヴァークは先の戦いを思い返す。

 耀の中に潜む、エリアフォースカードによって生み出されたもう1つの人格。

 しかし、それは同時に彼の抑圧されたものの象徴でもあった。

 決して切り離せないそれの力無くして、2体の王を討伐することは出来なかったと言える。

 あとは、シャークウガとトリスの荒療治が功を奏するかどうかにかかっている。

 

「……効きそうか?」

「ああ。()()()ブチ込んでおいたからな。大丈夫だろ」

「……?」

 

 訳が分からないと首を傾げるトリスに、シャークウガは肩を竦めて「ま、大したモンじゃねえよ」と返した。

 

「俺だってショックだ。だけどな……絶望してばかりも居られねえだろ。それに……此処に居る全員のマスターは、俺たちが此処で止まるのを望むとは思えねえ」

「……しかし、本当に大丈夫なのか? 鮫の字」

「ハッ、ナメてんじゃねえよ。確かに普通のガキだったかもしれねえ。だけど……白銀耀はそれ以上に、幾つもの戦いを乗り越えてきたんだ。絶対、大丈夫だ」

 

 自分に言い聞かせるようにシャークウガは言った。

 妙な自信の大きさに、サッヴァークは畳みかけるように問いかける。

 

「鮫の字よ。何を隠しておる?」

「いっ……!?」

 

 その瞬間、シャークウガはしどろもどろになりながら「あー、いや、その」と狼狽え始めた。

 怪しい、この水文明の覇王は絶対に何かを隠している。

 

「……ワシに隠し事など通用せんと分かっておるだろう」

「何にも隠し事なんてしてねーよ……? ムートピアウソ吐かない」

「どの口が言うんじゃ、今のおぬし半分マフィ・ギャングみたいなもんじゃろうが」

「種族欄に書いてないもん!! 名前は堕悪だけど、心までは悪に堕ちてないもん!!」

「本当か?」

「マジだって!! いや、まあ、正直バクチみてーな手を一つだけ用意してたけど、もう駄目になっちまったなーってだけだよ!! それはそれとして白銀耀は絶対元に戻る!!」

「……何を考えておったんじゃヌシは。これで元に戻らなかったら、ワシらは詰みじゃぞ!」

「おー、そうだその通り。あたしももうデュエルすような魔力残ってないし」

 

 よぼよぼのトリスは咳き込みながら言った。

 

「そもそも廃人同然の人間がそう簡単に息を吹き返したら、苦労はねえんだよ。後は待つしかない。お前ら流に言うなら、信じるしかない、だろ」

 

 彼女はすやすやと寝息を立てる耀に目を向けた。

 そして、わざと話を逸らすかのように「そういえば」と切り出した。

 

「気になってたんだが、ディスペクターの王……連結王と縫合王、電融王、そして混成王……だっけか? あいつら倒したけど、結局エリアフォースカードは1枚も取り返せてないのか」

「エリアフォースカードどころじゃない。素材になったクリーチャーも、取り返せてない」

 

 エッ子が恐る恐る口に出した。

 全員の視線が彼女に注目する。

 

「きっと、ディスペクターの王はアメノホアカリの龍魂珠に()()()()()()されてる」

「……? どういうことだ」

「地球の言葉で言ったのよ! ザコザコ! ちょっとは理解しなさいよ! これだから老害は──」

「口の利き方には気を付けような?」

「あだだだだ暴力反対!!」

 

 トリスにぐりぐりされるエッ子は涙目で訴えた。

 懲りるという言葉を知らんのか。

 

「恐らくだけど、吸い込まれた人やクリーチャー、エリアフォースカードは全部龍魂珠の中にある。ディスペクターや王は、全て龍魂珠が一括で管理してるの」

「じゃあ、王ってのは……あくまでもヤツの操り人形でしかない、と?」

「そうなると思う。だから、あたしのご主人様も……龍魂珠に封じられたまま」

「しっかし、何処から奴はディスペクターの素材を調達したのであろうな?」

「これは予想だけどよ」

 

 バルガ・ド・ライバーの質問に答えたのはシャークウガだった。

 

「インドでシヴァが時空の裂け目から大量のクリーチャーを誘き寄せてただろ? あれが素材の正体だ」

「では、アルテミスがギリシャで影の中にクリーチャーを捉えていたのも別の世界からクリーチャーを大量召喚し、素材として蓄えていたからか」

 

 そして、この事から考えるに──地球に現れた3体の神類種は、恐らくアメノホアカリに無意識に操られていたと考えるのが自然だ、と判断された。

 彼らの目的は素材とするためのクリーチャーの用意に過ぎなかったのである。

 いや、それどころか──

 

「既に星のカード1枚の状態で、神類種3体を支配下に置いていたってことだろ……寒気がするぜ」

「マッチポンプじゃったってわけか……上手いこと分断されたわい」

「計画犯行過ぎんだろ……流石1000年以上恨みつらみ抱えてただけはあるな」

 

 トリスは肩を竦めた。

 

「つまり、素材が敵に奪われてる限り……奴は何度でも王やディスペクターを蘇らせることができる、と?」

「あの様子だと……王がやられても、痛くも痒くも思ってないと思う」

「アメノホアカリ本体を叩くしかねえ、か。怨みの力はこえぇな」

「……まあでも、人間に対する恨みってのは分からんでもねえよ。やられたことをやり返してやりたいって気持ちもわかるし、人の事が言える立場じゃねえってのも分かる」

 

 かつて。魔女裁判で家族を失ったトリスは思い返すかのように語った。

 人間が嫌いで、憎たらしく、白銀耀達との戦いでは卑劣な手段も厭わなかった。

 それが正当化される理由がある、という自負があったからだ。

 しかし、それでも今となっては──分かる事がある。

 

「憎悪を撒き散らすやり方は──必ず自分にしっぺ返しが来る」

 

 それを身を以て味わったからこそ。

 彼女もまた、立ち上がる。

 

「それに、自分の大事なモン傷つけられたなら、黙っておかないだけさね。お前らもそうだろ?」

「……そうじゃのう」

「だから止める。止めたかったんだが……」

 

 今となっては、と彼女は己の無力を嘆く。

 

 

 

 

 

<ギュ、オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ──ッ!!>

 

 

 

 

 その時だった。

 

 工房を震わせるほどに大きな咆哮がその場に響き渡る。

 

「んっ、だぁ!? 地震か!?」

「……違う。これは、クリーチャーじゃろう」

 

 サッヴァークが言った。

 

 

 

 

「……途方も無い程に大きなクリーチャーが、目覚めようとしておる……!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 龍魂珠は鼓動する。

 

 

 これまで取り込んだ無数の魂を抱え込み、そして──養分としようとしていた。

 

 

 

 

「地球だけじゃ物足りない。この宇宙も全部、完全な形に作り変えちゃおう」

 

 

 

 無邪気な子供のようにアカリは目を輝かせる。

 

 

 最早、復讐は成し遂げられたも同然。

 

 であれば、行き着く先は自身の好奇心のままに、そして求める支配欲のままに限りなく強い生命体を追い続けることであった。

 

 

 最早、大義も目的も何も無い。

 

 

 

 自身の飢えた心を満たすためだけの、自己満足でしかない。

 

 

 

 それで自らの作った世界が滅びようとも関係ない。ついでに白銀耀達も今度こそ消え去る。

 

 

 

 その後で、何度でも新しい世界を造り直せるだけの力を彼女は欲していた。

 

 

 

 言うなれば──ゲームのリセットボタン。

 

 

 

 

 

「……龍の力よ、あたしの下に集まれ。あたしを……退屈させないでね!」



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GR140話:アカリ・アーカイヴス(2)

 ※※※

 

 

 

 

 ──エリアフォースカードの中に封じられたあたしの力は、それでも尚、カードを奥底から蝕んでいた。

 

 

 

 そして、乗っ取れそうな隙のある人間を見つければ、その負のエネルギーを糧にしていつでも外に出られるように仕向けた。

 

 

 

 時には──守護獣さえも乗っ取ったことさえあった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……くっ、ふふふ、くっふはははははははははは!!」

 

 

 

 

 アルカクラウン。

 愚者のエリアフォースカードの守護獣。

 しかし、その目的は既に神の降臨にすげかわっていた。

 勿論、あたしがコイツの意識を蝕んだからである。

 長い間かけて溜め込んだ執念はこいつを完全に乗っ取ることに成功していた。

 本人は、自分の崇めるゴッドを降臨させたかったんだろうけど、最初っからそんなものなどない。

 エリアフォースカードを全て集める事、それが即ちあたしの完全復活に繋がる。

 こいつは、最初からあたしの操り人形でしかなかった。

 上手く行けばすぐにでもカードは集まっていくはずだった。

 魔導司の精神をのっとって、エリアフォースカードを全て集める算段だったというのに、必要以上に騒ぎを起こし過ぎた。

 十六夜ノゾムの祖父など、殺さなくて良い人間まで殺した所為で要らないところでヘイトを買ったのが良くなかったのかもしれない。

 おかげで、回り回って感情で魔力を跳ね上げる皇帝のカードの持ち主・白銀耀を怒らせた。

 

 

 

 

「このっ、この……役立たずの人形共がァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」

「誰かを踏み躙って達成する理想郷……んなモンはクソくらえだ!! 俺は……皆と一緒に、日常に帰る。いつもの、あの変わらない日々に――取り戻す。お前の手から!!」

 

 

 

 

 ──その後は語るまでもない。

 あたしの意思も一緒にブチ砕かれ、リタイア。

 愚者のカードは当然のように休眠状態に入ることになったのである。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 クォーツライト家の愚かな計画は、実に都合が良かった。

 エリアフォースカードを直接、自分達の末子にリンクさせる。

 要は神経中枢を直接つなげるというバカげた施術だ。

 何処の国にもこんなカルト集団はいるのだろう。ドン引きである。

 しかし、おかげさまでロードの意思は──完全に、このあたしの意思にすり替わった。

 頭に働きかければ、人間などすぐに発狂する。

 ロードは、よく働いてくれた。まずは邪魔なクォーツライトの愚かな人間共を皆殺しに。

 そして、或瀬ブランの正義のカードを取り込んでサッヴァークを顕現させる。

 人類の原罪をどうこうとか言っていたが、結局の所無意識にエリアフォースカードを集めていたのはあたしが深層心理から手引きしていたにすぎない。

 ロードも、あたしの操り人形でしかなかった。

 もうこれならば、わざわざあたしが復活させるまでもない。

 人類は終わる。後は終わった世界でゆっくりエリアフォースカードを集めさせれば問題ない。

 はずだったのだが──

 

 

 

「《サンダイオー》の攻撃で、お前の全ては燃え尽きる。シールドも、歪んだ正義も、そして野望も!! 全部だ!!」

「そ、そんな馬鹿な……!!」

 

 

 

 

 またお前か。またお前か。

 よりによって、此処でも白銀耀が絡んできたのである。

 距離が離れていた愚者のカードに眠っていたあたしと、審判のカードに眠っていたあたしが情報共有できるはずもないのだが、偶然にしても出来過ぎている。

 冗談ではない。マジで何なんだコイツ。

 画して、ロードは完全に廃人となり、その後魔導司協会に処刑されたという。

 役に立たないどころの騒ぎではない。何でこいつら揃いも揃って使えないんだ。これだから人間ってやつは。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ……主要なところではこの2つ。

 だが、それ以外でもエリアフォースカードを暴走させて、持ち主を暴れさせようと画策したが大体白銀耀とその仲間に阻止されている。

 しかし意識がバラバラのカードに封印されているあたしは、まさか同じ相手に邪魔されているとは思いもしなかったのだ。

 全部が全部ではないにせよ、大体白銀耀とその一味の仕業である。

 当然、本体であるあたしも、虫ケラ同然の姿ではいずり回っている毎日。こんなことを知る由もない。

 あたしの身体が全て揃う日はやってくるのだろうかと考えていたある日のことであった。

 

 

 

 

「ザーコザーコ♡ 人間って弱弱♡」

「ドッキンダァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッッ!!」

 

 

 

 

 ……先を越された。

 運命のあの日、伝説の禁断──もとい、アマツミカボシが降ってきたのである。

 無論、人間如きで1000年間パワーを溜め続けたミカボシに勝てるはずもない。

 世界は蹂躙された。 

 そして、とうとう見兼ねたのか、日和見主義を貫いて幽世に引き籠っていた神──ククリヒメが世界(ザ・ワールド)のカードを用いてアマツミカボシを倒したのである。

 しかし、その時にはもう遅かった。世界は滅茶苦茶。地形が変わってしまうほどの大打撃を受けていた。

 さて、此処からは後から知ったことであるのだが、やはり下級な神では世界のカードを御すことは出来なかったらしい。

 これは、あたしの意思とは関係なく、最恐のカードである世界(ザ・ワールド)に持ち主が食われてしまったということだ。

 結果、彼女のイカれた母性は地球全てを包括するに至った。

 世界を全て、管理すべき対象として支配する。

 それが──トキワギ機関の設立であった。

 さて。これは厄介なことになった。

 エリアフォースカードの使い手が殆ど死んでしまったことは察するに容易い。

 本体であるあたしも、カードに分散された体が次々に機能停止したことから察知出来た。

 そして、その機能停止したカードをトキワギ機関は回収し始めたのである。

 おまけにあろうことか、レジスタンスが抵抗できなくするために、過去に遡ってエリアフォースカードそのものを消し去ろうとしていたのだ。

 そのためには様々な時代に干渉しなければならないという回りくどい手段を取らねばならなかったとはいえ、あたしからすれば堪ったものではなかった。

 

 そんなことになれば、一生あたしは復活できない!

 

 すぐさま、行動を起こすことにした。

 年月が経つにつれ、この虫ケラの姿でも力が蓄えられるようになっていた。

 今ならば、手ごろな人間を1人乗っ取れば──活動することができるようになるかもしれない。

 しかし、手近にそんな都合の良い人物はいるだろうか。

 トキワギ機関に対抗する意思があり、エリアフォースカードを持っている、そんな人間は最早稀だろう。 

 かと言ってトキワギ機関に出向けば、元々神であるあたしはすぐさまククリヒメに察知されてしまい、抹殺される。それこそ虫の如く。

 何処かに。何処かに居ないのか。

 都合の良い人物は──

 

 

 

 

「……高校生のおじいちゃん……どんな人なんだろうなあ」

 

 

 

 ……居た。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 白銀朱莉は、あの散々邪魔しくさった白銀耀の養子だ。

 しかし、数年前その白銀耀が消えたっきり1人暮らしだったという。

 そして、彼女はロストシティでレジスタンスとしてトキワギ機関に協力する日々を送っていた。

 何時の日か、真に自由なデュエルが出来るような平和な世界を目指して。

 何とも涙がちょちょぎれる話である。

 

 

 

 

 

 ──だが死ね

 

 

 

 

 

 あたしのために死ね。

 その理想を抱えて死ね。

 タイムマシンに乗り込もうとした彼女の死角から──あたしは、そのまま体の中に入り込んだ。

 

 

 

 かつて。あたしが産まれた時のように。

 

 

 

 こいつには、あたしを孕む器になってもらう。

 

 

 

 

「あっ、ぎぃっ、あああっ!? あっ、あああ!? 頭が頭が割れ、てぇっ……!?」

 

 

 

 

 こんな都合の良い機会があるとは!!

 しかも、とても心地のよい身体だ!!

 

「ぎぃっ、ああっ、痛いっ、痛い痛い痛いっ、おじいちゃんっ、おじいちゃんっ」

 

(くっすすす、そんなに怯えなくて良い)

 

「っ……ああ!?」

 

(これで、あたしは、お前。お前はあたし……お前の脳をじっくりと乗っ取る)

 

「とめてぇっ、とめてぇぇぇっ」

 

 

 無様に鼻水を、涙を垂らし、床に這いつくばっているのだろう。

 

 目は白くひん剥かれ、充血しきっている。

 

 くっすす、なんて良い顔をするのだろう。

 

 しかし、やめない。

 

 もう少し、この苦しむさまを見ていたい。

 

 それに……せっかく良い身体を手に入れたのだ。使わない手は無い!

 

 

 

(大丈夫……しばらく、お前の脳は使わせてもらうよ。誰も怪しまない。あたしは白銀朱莉として、振る舞う。エリアフォースカードを全て集める、その時までは)

 

 

 

「っぃひぃっ、ひぃっ、あああああっ、死んじゃうっ、あああ!! 殺してッ、殺し、てぇぇぇぇ」

 

 

 

 

 

 

(あっははははは! 心配しなくても此処でゲームオーバーだよ)

 

 

 

 

 

(白銀朱莉は此処で死ぬ。この身体を……このあたし、アメノホアカリが使わせてもらうから)

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 こうして。あたしは、白銀朱莉として過去に飛ぶことに成功した。

 後は、面倒なトキワギ機関を度々内部崩壊させるべく、他のカードに働きかけていたくらいだろうか。

 節制(テンパランス)(ザ・ムーン)太陽(サン)恋人(ラバーズ)のカード。

 これらは少なからず持ち主が破滅するように働いてくれたはずだ。

 そして、あたしは違和感なく白銀耀達の仲間に溶け込んでエリアフォースカードを回収していく。

 2078年では既に完全に失われてしまったカードも、過去の世界でならば回収可能だ。

 この際時間が継ぎ接ぎでもいい。22枚のカードが揃えばそれで良いのだ。

 

 

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「……どうやら、世界(ザ・ワールド)のカードを手に入れられたようですね、おじいちゃん!」

 

 

 

 

 あたしは何時も通りの笑みで、おじいちゃんに笑いかけた。

 

 

 

 散々邪魔してくれた彼に向かって、笑ってやった。

 

 

 

 お前の敗けだ、と。

 

 

 

 

 そして──とっくに死んでいた白銀朱莉の身体を完全に脱ぎ捨て、神として復活したのである。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「そして、散々邪魔してくれた恨みは晴らしてもらうよ、おじいちゃん」

 

 

 

 

 完全に復活し、龍魂珠の力が使えるようになったあたしは──今度こそ、世界を造り変えることにした。

 なすすべもなく、地球上の全ての生命体は身体が崩壊し、龍魂珠に吸い込まれていった。

 唯一、守護獣だけは取り逃したが、それでも時間の問題だ。

 幽世にいるであろう白銀耀も、もし生き残っていたらあたしを止めにやってくるだろう。

 でも、もう彼があたしに勝つ術はない。

 というより、もうあたしは勝っている。

 このまま後は、白銀耀が絶望して無様に死ぬ様を見届けるだけだ。

 

「だから、おじいちゃんが大好きな仲間の顔で……ディスペクターの王を作ったんだよ? 喜んでくれなきゃダメじゃない」

 

 いずれにせよ。

 あたしの目的は果たされた。

 このまま時間が経てば、この大規模な歴史改変は完遂される。

 

 

 

 でも、エリアフォースカードを22枚手に入れたあたしを止められる奴なんて、もういない。

 

 

 

 

 あたしは……もう、既に新世界の神になっているのだから。



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GR141話:最終決戦

 ※※※

 

 

 

 瘴気が、満ち溢れていた。

 

 

 工房の中にも、それが満ち満ちていた。

 

 

 

 

「これまでにない巨大なディスペクター……それが目覚めようとしておる」

 

 

 

 サッヴァークが掠れる声で言った。

 

 

 

「……やっぱり、あれで最後ってこたぁねぇよなあ」

 

 

 

 シャークウガが腕を組み、苦々しく歪む空を睨んだ。

 

 

 

「……我らでは、どうすることも出来ぬのか?」

 

 

 

 オウ禍武斗が拳を叩きつける。

 

 

 

「……王たちでさえ、相当なものじゃったが……」

 

 

 

 QXでさえも、戦慄するレベルの魔力だ。此処まで遠くにいても至近距離にいるかのような威迫だった。

 

 

 

「……俺の刀で斬るには、大きすぎる……!」

 

 

 

 

 バルガ・ド・ライバーでさえ、最早立ち向かう気力が削がれていた。

 

 

 

「……ご主人様が……あいつの、中に……!? 助けられるワケ、ないじゃん……!」

 

 

 

 龍魂珠のことを知るエッ子は、それがあまりにも巨大な力を持っていることを改めて見せつけられる。

 

 

 

(……マズい。顕現と同時にマナがこちらの意識系に働きかけてやがる……! クリーチャー共も絶望させて心を折るつもりか……!?)

 

 

 

 あまりにも巨大すぎる敵から発せられる魔力。

 それの正体を見切ったトリスは、どう声を掛けるか思い悩む。

 自分では何を言っても、彼らを奮い立たせることなど、出来ない。

 何故ならば、トリスも既に戦うだけの力を失ってしまっているからだ。

 

 

 

 

 

「──戦おう」

 

 

 

 

 声が──聞こえた。

 

 

 

 全員は振り返る。

 

 

 

 

 白銀耀が──立っていた。

 

 

 

 

「俺たちで戦うんだ。全員で──俺たちの世界を、俺たちの仲間を取り戻すんだ」

『超超超ッ! 可及的速やかに、であります!』

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──立てる。

 立てている。

 紫月が、俺の背中を押してくれたからだ。

 皆が、俺の背中を支えてくれたからだ。

 俺は──弱い。

 英雄でも英傑でも何でもない。

 だから、すぐにへたれたり折れてしまう。

 でも、あいつらが俺のハートを支えてくれるから、何度でも立ち上がれる。

 いや、そうやって立ち上がって来たじゃないか。

 

「俺は──ただの高校生だ。ちょっと前まで普通のガキだった。……一人じゃ何も出来ない。戦うのは怖いし、デュエルだって──痛いのはゴメンだ、ケガばっかで嫌気が差す。死にかけたことだってある」

 

 それでも戦ってきたのは何故だ?

 仲間達を取り戻すためだ。

 あいつらと笑っていられる日々を取り戻すためだ。

 

「もうやめたいって思ったことだって何度もある。正直しんどいよ。イヤなんだ。もう、戦いたくなんかない」

 

 拳を握り締める。

 正直、今度こそ死ぬかもしれないとまで思っている。

 今までぎりぎりの綱渡りがあまりにも多すぎたからだ。

 それでも、戦う理由は何だ。

 

 

 

「だけど──皆が居なくなるのは、もっとイヤだ。俺は……あいつらを、大好きな仲間を助け出したいんだ」

 

 

 

 きっと、お世辞にも褒められた連中ではない。

 思い返せば楽しい思い出だけじゃなくて、ロクでもない思い出も沢山浮かび上がってくる。

 本当に大変だった。

 

「あいつらがやらかしたら必ず俺が尻拭いをしてきたし、何度もぶつかり合った。正直鬱陶しいと思ったこともあるし、ハチャメチャだし、常識なんか無いし、ぶっちゃけ頭の中覗けるモンなら覗いてみてーって思うような奴らだけど!」

 

「俺の言う事なんか聞かないし、補習に付き合ってやっても現国の点上がらねーし、部長の俺の立場食ってくるし、事ある事に木刀振り回すし、勝手に山籠もりするし、肝心なことはギリギリまで言わないし、可愛いのに腹の中真っ黒でドン引きするようなヤツらだけど!」

 

「勝手に探偵ごっこ始めたり、部屋ン中ジオラマとシンナーのニオイ塗れにするようなハタ迷惑なヤツだったり、四六時中絵画の事しか頭になかったり、二言目には美学とか言い出す変人だったり──ヘンクツで可愛げのない上に、男の純情弄んでくるような生意気な後輩だったりしたけど!」

 

 だとしても。

 どれだけ悪いことを挙げても、やっぱりあいつらのことを嫌いになれない。

 やっぱりあいつらは、俺が命を賭すだけの理由になれる。

 

 

「それでも、俺は……あいつらのことが大好きなんだ。居なくなって、ずっと痛いほどわかったんだ」

 

 

 

 やっと。

 素直に吐き出せた気がした。

 どうして、俺が戦えるのか、分かった気がした。

 そしてそれは、目の前のこいつらだって同じはずだ。 

 守護獣として危険な戦いを共にしてきたこいつらだって同じはずなんだ。

 

「これからの戦いは、俺の知る顔の敵がまた出てくると思う。きっと、俺は何度も心が折れそうになると思う」

 

 拳を握り締める。

 あいつらは、元に戻るのだろうか。

 それさえも分からない。

 だけど──

 

「でも、隣にお前らが立ってるって思えば、同じ痛みを抱えてるって思えば、俺は前に進める」

 

 

 

「俺は1人は……もうイヤだ。だから──皆の力を俺に貸してほしい。そうしたら俺は……もう1度、皆の為に──そして他でも無い俺の為に戦える」 

 

 

 

 

「やれやれ。ここにきて、皇帝らしさを出してきおってからに」

 

 

 

 ざっ、とサッヴァークが前に進み出る。

 

「迷いはある。弱さもある。恐怖もある。それを自覚した上で……戦うと言うか」

「ああ! 俺が……俺がやらなきゃ、誰がやるんだって話だからな。サッヴァーク、心配かけて悪かったな」

「……その覚悟。しかと受け取った」

 

 彼は俺の前に傅いた。

 まるで、主の前に立つ従者のように。

 

「だなァ、テメェがやるってんなら俺だって最期まで暴れさせてもらうぜェ! ギャハハハハハ!」

「……天晴也」

「小僧の癖に生意気じゃのう。だが、それが良い」

「主君を助け出せるならば、この命差し出してみせよう」

 

 サッヴァークだけではない。

 全員が──俺の前で傅いた。

 何だコレ。恥ずかしいな、改めて見ると。

 だけど皆が、戦ってくれるってことなんだ。俺と一緒に。

 

『マスター、あれは──!』

 

 

 

 その時だった。

 皇帝(エンペラー)のカードが飛び出して、光り輝く。

 

 

 

 そして、守護獣達の頭に──Ⅳの数字が刻まれ、そして消えた。

 

「今のはっ……?」

 

 何が起こったのか分からない。

 だけど、守護獣達の魔力が飛躍的に上がってる気がする。

 

「……仮契約、か」

 

 言ったのはトリスだ。

 ……あれ? 

 何でお前こんな所に居るんだ!?

 よぼよぼの姿だけど……。

 

「トリス・メギス!? どうしたんだよ!?」

「話は後だ! 先ずこの現象について説明できることがある」

 

 彼女は前に進み出ると、続けた。

 

「一時的にエリアフォースカードを失った守護獣が、他のカードと契約する事で本来の力を取り戻した」

「……ってことは、こいつらは──」

「力の制限が外れている。今なら……皇帝(エンペラー)の力が健在である限り、ディスペクターとも優勢に戦えるだろうな」

「それどころではないわい……! 力が、漲ってくる」

 

 サッヴァークは不思議そうに手を開け閉めする。

 

『マスターの感情に反応した皇帝(エンペラー)からの餞別でありましょうな』

「……ヘッ、粋なことをしやがるぜ」

「じゃあ、これで全ては揃ったってことじゃのう」

 

 うじうじしてるのは、もうやめだ。

 決着をつけに行こう。

 先程から感じる強大な魔力。放っておいたらマズい気がする。

 その前に、俺たちの手で止めに行こう。

 

 

 

「……行こう!! 皆!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 トリス・メギス曰く。

 アカリが未来からやってきて、この世界を好き放題したと言う事は歴史改変の定義が成り立つという事らしい。

 つまり、今までやってきたように歴史改変の原因を破壊する事でどうにかすることが出来るのだと言う。

 そして、その原因と思しき物体は──龍魂珠(アントマ・タン・ゲンド)

 アカリの持つ宝具だという。

 それを破壊されることだけは彼女は何としてでも避けたい。

 だからこそ、自らの近くに置いておきたいはずだ。

 彼女自身の本拠地に。

 

 

 

 

 空の上に浮かぶ巨大な塔。

 幾つもの龍が絡みついたような装飾が施されており、雲の先へと続いている。

 

 

 此処まで何体かのディスペクターと遭遇したが、いずれも守護獣達の手によって撃滅された。

 後は、あれを守っているであろう「王」達との戦いが控えている。

 

 

 

 いや、それどころか──

 

 

 

 

「救済ッ!! 救済救済救済救済ィィィーッッッ!!」

 

 

 

 塔を目指す俺達の前に現れたのは、アルファディオスとドルバロムが繋ぎ合わされた、聖魔連結王ドルファディロム。

 そして、それを従える連結王だ。

 その姿は先ほど倒した時と全く変わっていない。

 何度倒しても、恐らく龍魂珠がある限り復活させられるのだろう。

 しかも、俺が最も苦しむであろう仲間の姿をとって。

 

「何デスかぁ? 蚊トンボが何匹も束になって! 全員救済せよというお達しなのデスよォ!!」

「ッ……ブラン!」

「此処はワシに任せい」

 

 空を守る連結王の前に──サッヴァークが立ちはだかる。

 

 

 

「魂無き、不正義の怪物よ! 我が主の姿をとって現れたこと、相応の覚悟があっての行為と見て良いな!」

「ン……何デスか? 邪魔をするなら、救済してやるデス!!」

 

 

 

 振り返ったサッヴァークが「行け」と目配せする。

 辛いはずだ。ブランの姿をした敵と戦うのは。

 それでも──あいつの覚悟はもう、揺らいでいない。

 

「爺さん……!! いけるのか!?」

「フン、鮫の字。今までで一番はらわたが煮えくり返っておるわ!!」

「……死ぬんじゃねえぞ」

「誰に言っておる! さっさと行け!」

 

 剣を無数に展開したサッヴァークは──ロボットのように「救済」と口ずさみ続ける連結王に、そしてドルファディロムと相対するのだった。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 空から──絶え間なく稲光が降り注ぐ。

 塔の頂上目指して、壁すれすれに飛行する守護獣達。

 俺はオウ禍武斗に乗ったまま先へ進んでいた。

 ただのディスペクターならば、最早守護獣達の敵ではない。

 シャークウガが杖から光を放ち、薙ぎ払っていく。

 だが、あの雷光は一体どこから──危ない。今のはマジで死にかけた。

 

『マスター! 上! 上であります!』

「上ェ!? ……おああ!? 何だありゃあ!?」

 

 

 

「俺が現れた以上。既に戦いは終わっている」

 

 

 

 時空が裂け、そこから無数の巨大なクリーチャーが溢れ出てきた。

 空に浮かぶ巨大な時計盤。

 その前には──火廣金の姿をした何者かが宙に浮かんでいた。

 ディスペクターの王。

 俺は直接目にしたわけじゃないから分からない。

 だけど、皇帝が相対したという2人組の王の一角なのだろう。

 

 

 

「平伏せ。敗北者たちよ。俺は──最強の王・混成王だッ!!」

 

 

 

「やっぱり、あいつまで……ディスペクターに……!!」

「……フンッ!!」

 

 その時だった。

 オウ禍武斗が──塔の壁を拳の一撃で砕く。

 

「っ……行け!! 進み続けるのだ白銀耀!!」

「だ、だけど──」

「心配要らん。ガイアハザードが二人も居れば、あの程度の敵……倒すのは容易じゃ」

 

 QXも前に進み出る。

 どうやら、火廣金の姿をした混成王と戦うのだと言う。

 

「……あんがとよ、2人共!」

 

 俺は壁に空いた穴から塔の中へと転がり込む。

 そのあとに、シャークウガ、そしてバルガ・ド・ライバーが続くのだった。

 後ろから、ガイアハザード達の声が聞こえてくる。

 

「……鈍ってはおらんであろうな?」

「誰に言っておる。……奪われたならば、取り返すまでよ」

「然り──地のガイアハザード!! キングダム・オウ禍武斗!!」

「風のガイアハザード!! Q.Q.QX.!!」

 

 

 

 

 

 

「──参る!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 塔の中は──がらんどうのホールが続いていた。 

 階段で上の階に俺達は進んでいく。

 しかし。

 突如、稲光が迸り、俺たちの足元を遮った。

 

 

 

 

「キャッハハハハハ!! ねえねえねえ!! 殺してイイ? 殺してイイんだよねえ!?」

 

 

 

 ──聞き覚えのある声。

 いや、ある意味誰よりも聞き慣れた声。

 幼馴染の声を俺が間違えるはずもない。

 花梨だ。

 花梨の身体が、バラバラに繋ぎ合わされている。

 そして、その傍には──カツキング、そして──ギュウジン丸だろうか。

 その2体をバラバラにしてパーツを入れ替えたような怪物が立っていた。

 よりによって、ノゾム兄の切札とこんな形で出くわすことになるなんて。

 あれが、電融王……!

 

「ッ……クッソが……マジで色々ブチ切れそうだ……!!」

「主君の相手は──俺が任された」

 

 その時。前に出てきたのは、バルガ・ド・ライバーだ。

 

「戦士たるもの。怒りは心に秘め、冷静に戦うべし」

「ッ……!」

「さもなくば、勝てる戦も勝てんというもの!」

 

 その刀を握る手は震えている。

 その瞳は──今までの中で一番、鋭い。

 こいつも怒りを堪えているのだろう。

 

「ありがとう、バルガ・ド・ライバー!!」

「礼は無用! 此処からは……剣士と剣士の1対1の斬り結びだッ!!」

 

 刀を抜いた彼は、電融王とぶつかり合う。

 それを横目に、俺はシャークウガと共に上の階へと向かうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「反応が近付いてきてやがる……もうじきだぜ白銀耀!!」

「……ああ!」

 

 立ちはだかるディスペクターを蹴散らしながら、上へ上へと塔を進んでいく。

 螺旋階段を駆け上がる暇すら惜しい。

 俺は、飛行するシャークウガの背中に乗り、天井を彼の光弾で破壊しながら突き進んでいった。

 もうすぐ。もうすぐなんだ。アカリのいる場所へ、辿り着く──

 

 

 

 

「まさかと思うが──逃げられるって、思ってんのかよォォォーッッッ!! ああ!?」

 

 

 

 

 突如。

 これまでにない巨大な質量が、俺に組み掛かって来た。

 衝撃が襲い掛かり、俺は──シャークウガの背中から転げ落ちた。

 

 

 

「白銀耀ーッ!?」

 

 

 

 手を伸ばすシャークウガ。

 しかし、間に合わない。

 俺は巨大なクリーチャーに組み伏せられたまま、下の階へと突き落とされてしまうのだった。

 ……半分、自分がクリーチャーで助かったかもしれない。生身だったら死んでいた。

 

『マスター、ケガは!?』

「げほっ、がはっ……!! 何とか……だけど、何なんだよ一体……!?」

 

 砂煙が晴れる。

 そこに立っていたのは──桑原先輩。

 

「……ッ!」

 

 いや、違う。

 全身をボルトやナットが埋め込まれた、先輩の顔をした怪物だ。

 その小さな体を守るかのように、ビス止めされた鉄板で身を包んでいる。

 まるで──鎧のように。

 

「死にたくねえ、死にたくねえ!! 死にたくねえなあ!! オイ!! テメェら侵入者の所為で、俺達の生存権とか財産権だとかその他諸々がァ!! 侵害されちまってんじゃあねぇぇぇか、ああああ!?」

 

 喚き散らす怪物。

 そして、その背後に立っている大質量の正体も分かった。

 ディスペクターの、王だ。

 俺がまだ見ていない、新たなる王。

 それを、桑原先輩の顔のあいつが従えている。

 

「ッ……何なんだありゃあ」

 

 シャングリラと、ロマノフだ。

 所謂乗っただけ合体ってやつだが、周囲にはシャングリラのそれと思われるビットが跳び回っている。

 そして、ロマノフの魔銃もまた、シャングリラのそれと思しきパーツがビス止めされて接続されていた。

 

「権利だよ、権利!! この俺、()()()()()()この俺の権利を侵害してるってんだよ、テメェらはぁぁぁ!! ああ、怖ぇ、怖ぇよ、お前ら何なんだ!? 何なんだぁぁぁ!?」

「何言ってんだ……聞き取れねえ」

 

 桑原先輩の背後の巨大なクリーチャーの魔銃が俺に狙いを定める。

 早口で喚き散らしていて、最早何を言ってるのやらだ。

 分かってはいたが、対話できるような相手ではない。

 

「……何回やっても慣れるもんじゃねえな」

『マスター……此処で止まっている場合ではないでありますよ!』

「ああ!」

 

 

 

「待ちなさいよ、ザコザコ!!」

 

 

 

 その時だった。

 今までどこに隠れていたのか、エッ子がデッキケースから飛び出してくる。

 

「……お前、どうしたんだ!?」

「どうしたもこうしたもない! あいつ……ヤバい力を持ってる」

「ヤバい力? シャングリラはゼニスだからヤバいと言えばヤバいけど」

「……違う。それ以上に、もっとヤバいのを……隠し持ってる」

 

 怯えているのを押し隠すように、エッ子は手を伸ばす。

 

「だから……手を貸してやっても良いんだけど?」

「……なんだよ、助けてくれるのか?」

「……別にっ!」

 

 ぷい、とそっぽを向いてしまった。

 共闘しよう、というのか。

 願っても無いことだ。戦力は多いに越したことはない。

 だけど、仮にも相手は禁断。慎重にならなければならないだろう。

 

「1つ、お前に聴きたい」

「……?」

「お前のご主人様が、あいつらに奪われた時、どんな気持ちだった?」

「……」

 

 彼女は押し黙ると──言った。

 

「……胸が、キュッと締め付けられるみたいだった。もう戻って来ないって思ったら、辛くて、苦しかった」

「それが分かれば十分だ」

 

 俺は立ち上がり、彼女に向かって手を伸ばす。

 きっと。禁断というのは無垢な存在なのだろう。

 存在そのものが破壊的で衝動的なものなのだ。

 それを俺は身を以て味わったから分かる。アマツミカボシという存在も、きっとそうなのだ。

 だからと言って、他の誰かを傷つけて良い理由にはならない。

 

「お前らが今まで傷つけてきた人も、きっと──同じ気持ちだったんだよ」

「……っうう」

「俺は──お前達に思うことがないわけじゃねえよ。だけど、それはこの歴史の話じゃないからな」

 

 例え、違う歴史では敵だったとしても。

 この歴史では違うかもしれない。

 それは──クォーツライトの手を逃れたことで、誠実な好漢に成長したロードを見れば分かる。

 

「大事なヤツが奪われて辛い気持ち……俺もずっと味わってきたからさ。それが分かったなら──俺は、お前の手を取れる」

「……!」

『マスター、大丈夫なのでありますか!? 危ない匂いしかしないでありますよ!!』

「どっちみち、手段を選んでる場合じゃないみてーだからな!」

 

 迫りくる接続王。

 強敵を前に、目的が同じ二人が並ぶならやることは一つだ。

 俺は──迷いなくデッキケースを取り出す。

 

 

 

 

「いくぞッ!! 皇帝(エンペラー)!!」

 

 

 

<Wild……DrawⅣ……EMPEROR!!>

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……このまま待つべきか。流石に白銀耀無しでは無謀──いや」

 

 

 

 シャークウガは──耀を待つことなく、塔を進んでいた。

 きっと彼らならば、独力で此処まで来れると信じていたからだ。

 そして、決して賢いとは言えない単独行動に彼を駆り立てたのは──

 

 

 

「……アカリ様は今、非常に忙しいのです」

「こんなところまで、1人で来るなんて……よっぽど死にたいのね」

 

 

 

 

「成程なあッ!! こりゃあ大チャンス到来って奴じゃあねえか!!」

 

 

 

 ──自身の主と同じ力を持つディスペクター・縫合王を彼自身が感知したからだ。

 最早、シャークウガに迷いはなかった。

 戦力差は承知だ。他の王と比べても、縫合王の力は桁違いに強いことがひしひしと伝わってくる。

 無謀な戦いだ。

 しかし、そうだったとしても──

 

「……守護獣1体で何ができると言うのでしょう」

「テメェを俺様に釘付けにすることができる」

 

 自らのマスターと、その姉を半々に繋ぎ合わされた痛ましい怪物を前にして、シャークウガはあたかも自信たっぷりに言ってのけた。

 虚勢だった。

 腸が煮えくり返りそうだ、というサッヴァークの言葉の意味がよく分かる。

 白銀耀は、このような絶望と怒りがないまぜになった気持ちを何度味わったのだろうか。

 

「……ウザそうな鮫です」

「ふふっ、良いじゃない。少し遊んであげれば良い」

「そうですね。……少しいたぶってやりましょう。泣く間もないくらい、喰らい尽くしてやります」

 

 ──逃げることは、己のプライドに賭けて許さない。

 そして何より、それが己の主──紫月に対する忠誠の証明であった。

 

「……漢にゃ、やらねばいけねえ時が……ある!!」

 

 ぐっ、と彼は拳を握り締めた。

 一世一代の大勝負。出なければ、マスターに、そして白銀耀に見せる顔が無い。

 

 

 

 

 

「……そうだろ? マスター!!」



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GR142話:接続王(1)

 ※※※

 

 

 

「怖ェよ、怖ェよアカリ様……俺に、俺にコイツをブッ殺する勇気だとか力だとかその他諸々をくれぇ!!」

 

 

 

 ガチガチに全身を鉄板で覆い、身を護る接続王とのデュエル。

 開幕早々から、あの桑原先輩の顔から想像できないほどの情けないセリフを吐くコイツを前に、虫唾が走っていた。

 

「ッ……マジでアカリのヤツ、許さねえ……!!」

「キャッハハハ! ねえザコザコ。怒りの力を爆発させるだけじゃあ、禁断の力に飲まれるよ?」

「!」

「ほら、手札を見てごらん?」

「……いっ、デッキが変わってる!?」

 

 火と、闇のカードばかり。

 さっきまで持ってたボルシャックデッキは何処行ったんだ?

 

「禁断の力には禁断の力をぶつける。そのためには、またさっきみたいに爆発されたら困るんだけど―?」

「……禁断……まさかあの接続王、禁断の力を!?」

「うん。同じ力。だから、半端な力じゃきっと勝てない」

 

 ドキンダムの力は──混成王が持ってるはずだ。

 じゃあ、こいつの持ってる禁断の力って、何なんだ……!?

 

「……全く。あたしが居なきゃどうなってたことやら……頼りにしてるんだから」

「っ……! わりーけど口説こうとしても俺彼女いるから」

「調子に乗るなザコ!! さっさと手を動かす!!」

 

 ……よし、深呼吸だ。

 何時も通り、戦えば良い。

 この歴史を修正すれば、全て元通りになるのだから!

 

「《Re:奪取(リスタート) トップギア》召喚!」

「──俺を守ってくれよ……《Disゾロスター》召喚!!」

 

 互いに初動クリーチャーを出し合う最序盤。

 マナを溜め、墓地を肥やし、そしてシールドをも増やす《ゾロスター》を前に、俺は早くも焦りを隠せない。

 何なんだあのカード、何で3マナでシールドまで増やしてんだ。

 

「倒しきれるのか!? EXライフでシールドも増えるんだぞ!?」

『やっぱりボルシャックの方が良かったんじゃないでありますか!?』

「失礼な! じゃあ、早速使っちゃいなよ!! 禁断の力!!」

 

 言った俺は──カードを引く。

 そこには、鎖で封印されたカードの姿があった。

 まさか、これを使えってのか!?

 

「……ふふっ、どうした? 怖気付いた?」

「まさか!! 仲間をバカにするやつは俺が許さない!!」

「じゃあ、行くよ! 鳴り響くは禁断の鼓動!! ドキンドキンでダムダムな、禁断の力!!」

 

 ギンッ、とエッ子の目が光り輝く。 

 力が、カードから流れ込んでくる。

 うっかりすると飲まれてしまいそうだ。また、あの時みたいに!

 だけど……!

 

「これが俺の禁断の切札(フォービドゥン・ワイルド)!!」

 

 どくんっ、どくんっ、と鼓動が脈打つ。

 抑えきれない程の闇の力。そして、怒り、悲しみ。

 それを静かにカードへと重ねる。

 鎖がほどけた。2コスト、そしてパワーが99999の進化クリーチャー……!?

 確かに禁断のカードに相応しい!

 

 

 

「鳴り響け、禁断の鼓動!! 《禁断英雄(ヒーロー) モモキングダム(エックス)》!!」

 

 

 

 咆哮する《モモキング》。

 その身体に次々と黒い鎧が纏われていく。

 

「っひぃいいいい!? 何だよ!? 禁断の力だと!? あんなもん勝てる、わけがねえじゃあねえか! 助けてくれぇアカリ様!! 俺ァ殺される!! 殺されるゥゥゥーッ!?」

 

 ガタガタと震える接続王。 

 デッキから進化元を調達して現れた《モモキングダム》は、この軽さでパワー99999のT・ブレイカー。

 普通ならこのまま攻撃しにかかるレベルなのだが──

 

「さあ攻撃──あれ? ……あれっ!?」

 

 カードに手を置いて気が付いた。

 重い。

 カードが、動かない。

 タップしようとしても、カードが横に倒れないのだ。そればかりか持ち上げる事さえできないほど、重い。

 たかが1枚のカードだというのに!

 

 

「グゥォッ……!?」

 

 

 

 そして、《モモキングダム》も苦しそうに呻いている。

 進化クリーチャーのはずの《モモキングダム》がその場から一歩も動く様子が無い。

 まるで、鈍重な鎧の重さに足をとられているかのようだ。

 

「ケッ? ……ケッヒャハハハハハハ!! アカリ様の加護が無いテメェに、禁断の力が使える訳ねえだろが!!」

「オイこいつ態度急に変わったぞ!!」

『相手が下手と分かったとたんに強気になるタイプでありますな』

「禁断の力は、そのドラゴンには重すぎるんだよ!! 幾らパワー99999でも、動けなきゃ世話ねーぜ!!」

「……ッ!」

 

 そんな、はずはない。

 幾ら禁断の力と言えど、主人を奪われて悲しんでいたエッ子が覚悟して俺に力を渡してくれたのだ。

 

『でもマスター、アカリ殿の件……』

 

 俺の思考が読める一心同体のチョートッQが怪訝そうに囁いてくる。

 確かに、あのアマツミカボシ──ドキンダムの端末である彼女は、本来なら俺達の敵だった存在だ。

 だけど。

 

「……俺は、エッ子を信じる。例え何回人に裏切られても……隣に立ってる仲間も信じられねえようなヤツは、勝てる戦いにも勝てない!  勝てるわけがない!」

「ッ……ザコザコ……なんでそこまで」

「俺が信じられるのはぁ、アカリ様だけだぜぇぇぇ!! さあ、俺を守ってくれよ!!」

 

 4枚のマナがタップされていく。

 接続王の場に、更なるディスタスが現れる。

 ディスペクターに捧げられる生贄となる供物が──

 

「来なすったぜ!! アカリ様の力の一端……ドラゴン・オーブ、《龍魂珠(アントマ・タン・ゲンド)》!!」

「ッ……龍魂珠(アントマ・タン・ゲンド)、だと!?」

 

 あれはアカリの宝具のはずだ。

 それを預けられているという事は、やはりこの接続王。ただでは済まない力を持っているのだろう。

 

「効果発動! 山札の上から5枚を見て──その中からカードを1枚マナに置く。ターンエンド!」

「くぅ、ただのザコザコじゃない……こいつ、ササゲール2を持ってるんだけど!?」

「さっさと破壊すれば良いだけだ!」

 

 俺は──3枚のマナをタップした。

 

「《トップギア》1軽減──3マナで《轟速ザ・Re:ッド》を召喚ッ!!」

 

 現れたのは、レクスターズとなった《轟速ザ・レッド》。

 相も変わらないバイクに跨った姿で戦場に駆け付ける。

 しかし、《モモキングダム》は封印されているわけではない。

 コマンドが出てきても、動けるようになるわけではないはずだが──

 

「グオオオオオオオオオッ!!」

 

 カードが1枚、山札から《モモキングダム》に吸い込まれて消えた。

 そして、その巨体が咆哮を上げる。

 

「カードを吸収した……!? 力を、溜めてんのか!?」

『ッ……レクスターズの力が、《モモキングダム》に溜まってるであります!』

「なら、このままドンドン行けば問題ないな! 《ザ・Re:ッド》攻撃時、侵略発動!!」

 

 生憎《レッドゾーン》なんて入ってないけど、ジョーカーズの新たな侵略を見せてやる!

 

「進化! 《富士山ン<ジャック.star>》! コスト4以下のカードを破壊だ!」

 

 飛び出したのは《ジャック・アルカディアス》の鎧を身に纏った《富士山ン》。

 怒号と共に戦場を踏み荒らし、そのまま《龍魂珠(アントマ・タン・ゲンド)》を踏み潰した。

 

「ッ……ああ!? テメェ、よくもアカリ様のカードを!!」

「そのまま──シールドをW・ブレイク!」

 

 拳を握り締めた《富士山ン》の打撃がシールドを叩き壊した。

 これで、残るシールドは4枚。

 

「侮辱だ……屈辱だ……アカリ様のカードをゴミのように破壊し、事もあろうにこの俺に向かって刃を向けるだと!? なんて、残虐で非道で人の事を何とも思ってないヤツなんだ!! 殺される殺される、殺されちまうよ!!」

「なあマジでグーパンしに行っていいか?」

『マスター、抑えて抑えて!!』

「だから、罰ゲームは受けて貰わねえと──なぁっ!! S・トリガーだぜ!!」

 

 砕かれたシールドが光り輝く。

 そこから、クリーチャーが飛び出して来た。

 

「──ブロッカーの《霊宝ヒャクメ─4》! 効果でマナを増やし、テメェの手札を破壊する!」

「っ……4ってまさか、ササゲール4……!?」

「その通りだぜェェェーッ!!」

 

 即座に《ヒャクメ》の身体が崩壊していく。

 そして、その力を吸い上げ──虚無の力を魔銃に接続した王が君臨しようとしていた。

 

「アカリ様の切札を破壊し、あまつさえ俺様の生存権を、脅かした……事、後悔、しやがれェェェ!! 7マナをタップ!!」

「7マナ……ってことは11コストの超巨大獣が来る!?」

 

 それは、何処からともなく現れた。

 真なる頂天のゼニスである《シャングリラ》を玉座として座る存在、《ロマノフ》。

 2体が高貴なる矛盾で繋ぎ合わされた存在。

 

 

 

「騒乱の理想郷は、虚無の魔銃に撃ち抜かれて現出する」

 

 

 

 ──空間に無数の穴が空いた。

 

 

 

(ストレングス)──シャングリラ!! 死神(デス)──ロマノフ!! GotoDispect!!>

 

 

<YourScreamKing!!>

 

 

 

 

「──《零獄接続王 ロマノグリラ0世》!!」

 

 

 

<We are Dispecter> 

 

 

 

 

 

 

「EXライフ──接続完了」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「がっ、はぁっ……!?」

 

 

 

 

 分かっている。

 敵うはずなど無いことは分かり切っているのだ。

 だとしても。だとしても単騎で立ち向かわなければならない理由があった。

 全身に纏わりついた4体の神獣が、シャークウガの身体を蝕んでいく。

 相対するは、双子が半分に繋ぎ合わされた存在・縫合王だった。

 

「”俺”に敵対する者は問答無用で断罪する。それが、この終末縫合王の力です」

「くすすっ、他の王たちと比べてもらっては困るわ」

「な、るほどなぁ……!」

 

 魔力の量も桁違いだ。

 恐らく、他の王たちを束ねても縫合王には勝つことが出来ないだろう。

 それもそのはず、あの終末縫合王は《「俺」の頂ライオネル》と《神帝》という強大極まりないクリーチャーを互いに繋ぎ合わせているのだから。

 

「だけど、それがっ、諦める理由になるってのかよッ!! あァッ!?」

「ッ……何故? 貴方は此処に犬死にしに来たのですか?」

「……マスター、これが最後だぜ。正真正銘の、最期、シャークウガ様のマジックショーだ……ッ!!」

 

 ぜぇぜぇ、と息を切らせながらシャークウガは杖をもう1度握り締める。

 

「あん時、あんたと俺が出会ったのは……運命、だったのかもしれねえな……!」

 

 くじ引きのデッキに入り込んでいたエリアフォースカードとシャークウガ。

 それを、翠月が紫月に手渡したのが全ての始まりだった。 

 類稀なるデュエルの才能を持つ紫月。一瞬でシャークウガは彼女を見初めた。

 

「翠月の姉ちゃんと……マスター。二人が居なきゃ、俺は此処には居なかった……!!」

「一体、何を……」

「誰かと勘違いしているのではないですか?」

「……一目惚れ、だったんだぜ……あんたの知識!! 才覚!! 全てが一流だ!! 魔術師の守護獣である俺のマスターに相応しいって悟ったんだ……運命だぜ!! この出会いのためなら、俺様は何を犠牲にしても良いって悟ったんだよッ!!」

 

 肩を、そして膝を神獣が蝕んでいく。

 その歯が肉を抉り、魔力を吸い取っていく。

 

「だけどなっ、あんたの優秀さなんざこの際関係ねえ……俺ァ……俺ァ、放っておいたらどっかに行っちまいそうなあんたを……守るって決めたんだ……!! 分かるか? 今此処で、あんたを救えるのは……俺だけなんだぜマスター!!」

 

 口から血が漏れてくる。

 限界が近付いてくることなど分かっていた。

 

 

 

「守護獣の役目は何だッ!! 主たるエリアフォースカードと──その持ち主を最期まで守り切ることだろーがッ!!」

 

 

 

 目の前の縫合王に向かって叫ぶ。

 

 

 

「守るってのは何も身体だけじゃねえ!! 主のプライドを!! その覚悟を!! 尊厳をッ!! それを傷つけるヤツを許さねえってことだぜッ!!」

 

 

 

 守れなかった? もう遅い?

 いや、違う。

 シャークウガは、それでも尚自らの使命を投げ捨てることはしない。

 

 

 

 

「それが俺達の使命だッ!! その守護獣が……やる事なんて、たった1つだろーがァァァァーッッッ!!」

 

 

 

 彼は──自らの武器たる杖を投げ付ける。

 そして縫合王が怯んだその一瞬で、距離を詰めていた。

 拳が、歪なる双子に一撃を喰らわせる。

 

 

 

 

 ──しかし。

 

 

 

 

「……届くはずがない。その程度で、私達を倒せるはずがない」

 

 

 

 その拳は、平手に受け止められていた。

 そして、4つの神獣に魔力を食いつくされたシャークウガは膝を突く。

 最早、目の前に立つ彼女の姿すら見えはしない。

 

 瞬きする度に、歪な双子の姿を──自分が最も敬愛するマスターに幻視した。

 

 

 ああ、これで終わりだ。為すべき事は全てやった。

 

 

 

「……愛してるぜ──俺の、マスタ──」

 

 

 

 力が抜けていく。 

 彼の身体は──灰のように消えていった。



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GR143話:接続王(2)

「──《零獄接続王 ロマノグリラ0世》の効果発動。墓地とマナを増やすッ!!」

 

 

 

 大量の魔弾を撃ち放つ《ロマノグリラ0世》。

 それが、虚空に穴を次々に空けていく。

 そこから雪崩れ込むエネルギーが次々に接続王のマナを、そして墓地を肥やしていく。

 

「更にそれだけじゃねえ! コイツはマッハファイターだ! 《富士山ン》に攻撃する時アタックチャンス発動ッ!! 《零獄王秘伝 ZERO×STRIKE》!!」

「ッ……マジかよ!? こいつもアタックチャンスを!?」

『連結王や混成王に続き、接続王までも! ディスペクターの王は皆、専用のアタックチャンス呪文を持っているのでありますか!!』

「その効果で、《ロマノグリラ0世》は──」

 

 空いた虚空から、《ロマノグリラ》と同じ影が次々に現れていく。

 

 

 

「──4体に増える……!」

 

 

 

 マナから、手札から、そして墓地から。

 次々に《ロマノグリラ》が姿を現していく。

 おいちょっと待て嘘だろ。

 1体でも厄介なディスペクターのキングマスターが合計で4体……!?

 

「そして、《ロマノグリラ》の魔銃が火を噴くぜッ!! 攻撃時の効果で、俺のマナゾーンよりもコストの小さいクリーチャーを墓地またはマナゾーンから場に出す!」

「まさかマナと墓地を増やしたのはそういうことかよ!?」

「俺の魔銃は、禁断の存在さえも呼び起こすッ!」

 

 一際大きな魔弾が、地面を穿った。

 墓場から──それは顕現する。

 かつて、デュエル・マスターズを破壊し尽くした強大なる禁断の王が。

 

「なんだ、これは……!?」

「これがアカリ様から賜った禁断の竜王の力だ!! 殺される前に、殺すッ!! 安全安心にッ!!」

 

 それは、歴史の裏から現れた存在だった。

 

 

 

 

「それは無限にして刹那。禁断にして永遠!! 時の海の藻屑になれッ!!」

 

 

 

<ボルバルザーク!! VV-8!! GotoDispect!!>

 

 

 

<YourScream”KNDN”!!>

 

 

 

 

「──君臨せよ《禁断竜王 Vol-Val-8(ボル バル エイト)》ッ!!」

 

 

 

 

<We are Dispecter>

 

 

 

 

「EXライフ──禁断完了」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おや? 戻ってきたんだね、縫合王」

「……まあ、はい」

 

 

 

 アカリの背後には──5体の巨大な龍が佇んでいた。

 しかし、龍達は声を上げることもせず、ただ首をもたれているのみだった。

 

「これは一体……?」

「あっれー? 見せなかったっけ。文明の起源である五元神龍。それを──復活させた」

 

 あたかも当然のようにアカリは言ってのける。

 流石の縫合王も後ずさっていた。

 恐ろしい魔力を溜め込んだ龍達。

 全てのクリーチャーの頂点とも言える存在。

 それが今、アカリの前に立っている。

 

「と言っても、龍魂珠に詰め込まれたクリーチャーのDNAから辿って再現したに過ぎないけどねー?」

「……全てのクリーチャーの、起源、ですか」

「そーゆことー! ふふんっ、すごいでしょ? この力を使えば世界を何度でもリセット出来る」

「何故、そのようなことを?」

 

 

 

「……飽きたから。てか、絶対飽きるから」

 

 

 

 アカリは悪びれもせず言った。

 

「あたし飽き性なんだよね。今の世界も絶対に、いつか飽きる。行き詰って、滞って、絶対に何処にも行けなくなる。そうなったとき、あたしはコイツの力で全てをリセットする」

「……」

「何なら今此処でそれを使っても良いんだよ? まあ、こいつが──新世界王が目覚めてないからムリだけどね」

「……」

 

 自分の退屈が晴れるならば、後はどうでもいい。

 そうアカリは言ってのける。

 何処までも自己中心的で、そして身勝手な神であった。

 しかしこの場には、彼女を讃える「王」しかいない。

 その「王」達でさえも彼女の一存で滅ぼされてしまうのであるが。

 

「あたし今、コイツを作るのに全ての魔力使ってるから、白銀耀は絶対この部屋に入れないでよ? と言っても、王は死んでもスペアがすぐあいつら迎撃しに行くから関係ないけど」

 

 つまり、今塔の外で行われている攻防戦など無意味だ、とアカリは言ってのけたも同然だった。

 全員が倒せもしない王を相手に必死に戦っている。

 そして仲間の顔をした相手を前にして苦しんでいる。

 そう考えると愉悦感が込み上がってきて仕方がない。

 そうして白銀耀達が死に絶えた頃に、今度はこの忌々しい顔をした王諸共──世界をリセットするつもりだ、と彼女は語る。

 

「まあまさか白銀耀が立ち上がってくるなんて思わなかったけど、別に良いや。あたしはこれが完成すればそれで良い。最初っからまともにゲーム盤に立つつもりなんてないんだよね」

「……」

「適当にあいつをあしらって、時間稼ぎが出来ればそれで良い。だから今、全力で君達とコレの完成に魔力リソース裂いてるんじゃない」

 

 元より自分は勝者だ。

 

 白銀耀との勝負に乗ってやる必要など欠片も無い。

 

 元より自分は勝者だ。

 

 ならばあとは、自分が世界を想うがままにするための基盤を固めるのみ。

 

「それに……アレの仲間の顔したヤツがいつまでもあたしの傍に居たらハッキリ言って虫唾が走るんだよね」

「……」

「まあそんな悲しそうな顔しないでよ! 最期に君達には、新世界王の姿を見せてあげるからさ。あたしを最期まで裏切らないでくれたお礼に、ね」

「……もう少し、近くで見せてもらっても?」

「良いよ~! 縫合王は、一番白銀耀を絶望させられたし、特別にねっ」

 

 つかつか、と縫合王はアカリの傍に並び立つ。 

 5つの龍が龍魂珠に引き寄せられ始めた。

 その肉体は崩壊していき、そして混ざり合おうとしている。

 

 昂星の龍神──白き光のアークゼオス。

 

 深淵の龍神──碧き水のクリスド。

 

 漆黒の龍神──黑き闇のモルナルク。

 

 灼熱の龍神──紅き火のヴォルジャアク。

 

 樹海の龍神──翠の自然のバラフィオル。

 

 

 

「それを混ぜ合わせた王神が──Volzeos(ヴォルゼオス)-()Balamord(バラモルド)──新世界の王の名前だ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──禁断、竜王……!?」

「そうだ。これで俺は、安全に安心に、テメェに勝利してみせるぜ……ッ!!」

 

 

 

 それは、異様なクリーチャーだった。

 巨大な機関車のような怪物に、《無双竜機ボルバルザーク》と《禁断機関VV-8》の身体が埋め込まれている。

 何より歴史の裏から現れた禁断の存在と、文字通りの禁断機関が組み合わされた存在を前にして、俺は開いた口がふさがらなかった。

 

「永遠の禁断……エターナルプレミアムズの力を見せてやるよ!! 《Vol─Val─8》でシールドを攻撃する時、効果発動!! 山札の上から5枚を見て、その中から2枚までを手札に加える。まあ、山札切れが怖いから全部山札の下だけどな!」

 

 わざわざ手札を増やす必要もないだろう。

 マナゾーン、そして墓地からクリーチャーを呼び出せる《ロマノグリラ》がアイツの場には4体もいるのだから。

 

「だがそれだけじゃねえ!! 《Vol-Val-8》の効果でその後、パワー6000以下のクリーチャーを全て破壊する!!」

「っんな……!?」

 

 《トップギア》、《ザ・RE:ッド》、そして──《Disゾロスター》は破壊される。

 そして、その破壊された体が粒子となり、《Vol-Val-8》に蓄積されていく。

 

「そのまま引き潰すッ!! シールドをT・ブレイクだ!!」

「んぐっ……!?」

 

 S・トリガーは無い!?

 まずい。このままじゃ、負ける──

 

「それだけじゃねえ!! 《Vol-Val-8》の効果!! ターン終了時にクリーチャーが4体以上破壊されていれば、俺はエクストラターンを得る!!」

「っ……!」

 

 《ボルバルザーク》と《VV-8》のEXターン能力も健在か!

 まずい。アイツの場には4体の《ロマノグリラ》に加えて、《Vol-Val-8》までいる……!

 

『いつか見た《ロマノフ》から《煉獄と魔弾の印》で《紫電》を復活させる動きを思わせるでありますな……相反するもの同士の共闘でありますか……!』

「言ってる場合か!! 色々すっ飛ばしてんだよ! 少なくとも《ロマノフ》は墓地からクリーチャーをそのまま吊り上げる効果は持ってねえし、《紫電》はEXターンをとったりしねえんだよ!!」

「もう1度俺のターンッ!! 今度は《龍装者ジスタジオ》を召喚!!」

「げっ!!」

 

 俺は目を丸くする。

 あれはまずい。まずいぞ。

 パワー12000以上のクリーチャーがバトル以外では離れなくなるグランセクトだ。

 今、接続王の場にはパワー17000の《ロマノグリラ》、そして──パワー54321の《Vol-Val-8》が立っている。

 コイツ等全員が完全な除去耐性を得たってのか!?

 

「更に《ロマノグリラ》でシールドを攻撃!! EXターンはもう取れねえが、よしんば逆転してもテメェに勝機はねえぞ!!」

「っ!?」

「《ロマノグリラ》はタップされてる時、俺を攻撃出来なくする効果がある!!」

『ってことは、クリーチャーにしか攻撃出来ないってことでありますか!?』

「パワー17000の《ロマノグリラ》に攻撃して自滅するかねえんだよ! 最も、このターンを生き延びられればの話だがなあ!!」

 

 ……まずい。

 本当にマズい。

 この盤面からひっくり返せるビジョンが浮かばない。

 接続王の言う通りだ。

 

「《地封龍ギャイア》を場に出す!! コイツの効果で、もう登場時効果を持つクリーチャーは場に出せねえ!! S・トリガーも封じたぜ!!」

「……ッ」

「イッヒャハハハハハ!! 俺は最強だ!! 俺の守りは鉄壁だ!! アカリ様の力のおかげだぜ──ッ!!」

 

 

 

 

<俺はお前らの障壁になるものを全部ぶっ壊す。テメェは安心してどっかり構えろ。前も言ったはずだぜ?>

 

 

 

 

 押し潰されそうになった時。

 桑原先輩が、前に言ってくれた言葉が背中を押してくれた気がした。 

 そうだ。俺が──どっかり構えてねえといけねえんじゃねえか!

 俺は部長だ。デュエマ部部長だ!! そして──人類の最後の希望だ!!

 

「にひっ。ザコザコ。気付いたようね? 禁断の力を扱う極意」

「っ……!」

「耐えて耐えて耐え忍ぶ。そして最後に爆発させる。でも、ただ爆発させるだけじゃダメ。その胸の鼓動を握って、放さないで。溢れ出る生への希望を!! 悦びを!!」

「生への希望……悦びッ……!!」

 

 そうか。

 禁断の力は──絶望の力じゃない。

 全てを破壊するこの力を、目の前の障壁を壊して前に進むための力に変える。

 奪われたものを取り戻す為に!!

 

「S・トリガー発動!! レクスターズ──《ムカチャッカ》、《さびらびりん》!!」

「ッ……《ギャイア》が効いてない!? だが、只のブロッカーで、この軍勢を止められるかよ!!」

「いいや、これで良い」

 

 ぱつん、ぱつん。

 音を立てて《モモキングダム》の封印が解かれていく。

 

「聞こえているか、俺の鼓動!! これが今の世界を生きる、最後の人間の力だ!!」

「っ……何だ!? 何なんだいきなり……!?」

 

 湧き出てくる。

 黒い感情を──抑えて、力に変える!!

 

 

 

 

「禁・断・解・放ッ!! 《禁断英雄(ヒーロー)モモキングダムX》ッ!!」

 

 

 

 

 次の瞬間、解き放たれた無数の槍が《ロマノグリラ》達を、《ギャイア》を、《ジスタジオ》を、そして──《Vol-Val-8》を貫き、そして溶かしていく。

 EXライフも貫通した槍によって、ディスペクター達は二度と蘇らなかった。

 

「何だ!? 何故だ!? 安心安全絶対完璧的な俺様の鉄壁がァァァーッ!?」

「テメェが本当に桑原先輩なら……俺が禁断じゃないデッキを使ってたなら……俺は負けてたよ」

『桑原殿なら、10マナ溜めた時点でわざわざ攻撃せずともマスターに勝ってるでありますからな!!』

「ああああああ!? 死ぬな!! 死ぬな《ロマノグリラ》!! 俺を、俺を守ってくれよォォォーッッッ!!」

 

 これで残るシールドは4枚。

 ……一気に攻め勝つ!!

 

「《モモキングダムX》でシールドをT・ブレイク!! 《ムカチャッカ》でシールドをブレイク!!」

「あっ、ああああ!? 嫌だ!! 死にたくねえ!! 死にたくねえよお!! やめてくれ、欲しいモンなら何でもやる!! 禁断の力でもディスペクターの力でも何でもくれてやる!! だから──命だけは助けてくれええええ!!」

 

 鼻水、涙、その他諸々を噴出させながら這いつくばる接続王。

 

『……本当に生き汚いヤツでありますな!!』

「おい待てよ! 俺はちょっとお前達の邪魔をしてやろうってだけだったじゃねえか!! 許してくれよ!! ほら!! この俺様が頭を下げてるんだぜ!! なあ!? 最後の人類の希望様は、慈悲とか人の心とかねえのかよ!?」

「……」

 

 これ以上、その顔で情けない事を吐くんじゃねえ。

 桑原先輩は──カッコよくて、強い。俺の……自慢の先輩だ!!

 

 

 

 

「その口で……その顔で二度と喋るんじゃねえ!! ──《さびらびりん》で、ダイレクトアタック!!」



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GR144話:縫合王(1)

「あっ、あああああ!? 嫌だ、死にたくねえ、死にたく、ねえよ……!!」

 

 

 

 接続王は地べたに転がりながら、灰になって消えていく。

 これで良い。これで良いんだ。

 桑原先輩の身体で、顔で、声で、これ以上──惨めな姿を見たくはない。

 

「あんがとよ、エッ子──お前が居なきゃ、俺は接続王に勝てなかった」

「えっへへへ、人間も少しはあたしのこと見直したでしょ?」

『モモキングダム……恐ろしい切札でありましたな』

 

 

 

「ああああああ!? 助けてくれ!! 助けてくれえええ!! アカ、リ、様ァァァァー」

 

 

 

 接続王の声が消えていった。

 これで──終わった。

 後は、シャークウガの所に戻らないと。

 あいつは一人で待ってるはずだからな。

 

『……マスター。おかしい、であります』

「え?」

『シャークウガの反応が、分からないであります』

 

 チョートッQが狼狽えた様子で言った。

 どうして。そんなはずはない。上のフロアで俺を見下ろしてたじゃないか。

 その後、あいつは何処に行ったんだ?

 

「馬鹿野郎……ッ!!」

 

 まさか。紫月と翠月さんの顔した、あのディスペクターのところに向かったのか!?

 残る王は──思い当たる限りあいつだけだ。

 連結王や混成王、電融王が復活したなら、あいつだってまだ生きていてもおかしくはない。

 急がないと。シャークウガが無茶していなければいいのだが。

 

 

 

 

「──ヒッ、ヒヒヒヒャハハハハ!!」

 

 

 

 ……狂喜に満ちた呻き声が聞こえてくる。

 灰になって消えたはずの接続王の声だ。

 俺は思わず振り返った。そしてゾッとする。

 ロマノグリラと共に、接続王が──再び立っていた。

 

 

 

「生きてる。生きてるぞォォォーッ!! アカリ様様様だぜェェェーッ!!」

 

 

 

 ウソだろ。

 まだ生きているのかよ。

 またあの布陣を突破しなきゃいけないのかと思うと、そろそろ嫌気が差してくるんだが……!

 

『よくよく考えてみれば、ここはアメノホアカリの本拠地! ディスペクターが何度倒しても復活するならば、その場で生き返ってもおかしくないであります!』

「EXライフをゲームの外でやってんじゃねえよ! おいエッ子、さっきのってもう1回ブッ放せるか!?」

「ま、魔力的に無理かも……モモキングダムの力って、あたしの力に依存してるから……」

「エッ子さんんんんッッッ!?」

 

 ヤバい。ヤバすぎる。

 ボルシャックのデッキで、あのデッキ相手に勝てる気がしない。

 モモキングダムのパワーマイナスがあったから、どうにかして勝てたのであって、あれは並みのデッキで突破出来る盤面ではないのだ。

 

「さあ、よくも、やってくれたな……! 今度こ、そ、アカリ様の力でぇぇぇーっ!」

 

 万事休す。

 やるしかない、とデッキを構えたその時だった。

 

 

 

 

「えっ、えええ……あああ……!?」

 

 

 

 

 その時。

 今度こそ接続王の身体は崩壊した。

 砂で出来た象のように、崩れ落ちていく。

 

「体が、体があああ!? 俺の腕が、足が、あたま、なんっで、アカリ、様ァァァ……!?」

 

 ロマノグリラの身体も崩落し、そこには──何も残らなかった。

 

 

 

「……どうしたんだ一体……!?」

『上の方で何かが起こっているのであります……!?』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 前触れなど無かった。

 

 

 

 

 アカリが縫合王に新世界王を意気揚々と披露してみせた矢先だった。

 

 

 

 完全に勝ったと思っていた顔は、疑問と怒りに歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんの、つもり……!?」

 

 

 

 

 アカリの胴を、巨大な爪が引き裂いていた。

 

 

 

 爪は彼女の身体を貫き、とめどめなく血が溢れ出ていた。

 

 

 

 

 凶行に及んだのは──縫合王である彼女だった。

 

「……飽きるだの飽きないだのと。オヤツのようなノリで世界を何度も滅ぼされては困りますね」

「っあっ、ぎ、何で……!」

「……新世界王と「王に」に魔力のリソースを回しているならば、本体である貴女自身の守りは実質的に手薄。貴女が先程自白したではないですか。頼んでもないのに、べらべらと」

「違うッ、そうじゃあなっ、ぎゃあああ!?」

 

 爪が彼女の胸を引き裂き、そのまま地面へと転がさせた。

 縫合王は、無感動な目をアカリに向けている。

 

「何で……ディスペクターは、ご飯も食べない、夢も見ない、あたしを決して裏切らない……魂無き、怪物……あたしの忠実なシモベ、のはずでしょ!?」

「まだ分からないのですか? 貴女、前から思ってましたが……力に頼り過ぎた所為で少々おツムが良くないようですね」

「黙れッ!! 黙れ黙れ黙れ裏切者ッ!! あたしを、創造主であるあたしを、こんなっ、がふっ──」

「裏切者? どの口が言うのです? 自分のしたことを忘れたような口ぶり……そこまで酷い鳥頭でしたか」

 

 血の付いた神獣の腕を──縫合王は引っ込める。

 そして、赫灼の如く怒りに燃える瞳でアカリを睨み付けた。

 

 

 

 

「……先輩を裏切って……みづ姉の、そして私の大事な人たちの身体を……事もあろうに弄んだ貴女を……ッ!! 私が許すとでも?」

 

 

 

 

「……暗野……紫月……ッ!!」

 

 

 

 血塗れの口でアカリは叫んだ。

 目の前に立っているのは、双子を素材にしたディスペクターではない。

 何故ならばディスペクターは魂無き怪物だ。

 そこには──確かに暗野紫月の魂が入り込んでいる。

 

「あの時。あの瞬間!! 龍魂珠と22枚のエリアフォースカードの力で、お前達の魂は封印したはず──」

「だから気付かなかったのです。……たった1人。よりによって私の魂を──貴女は見逃した」

「ただの人間が、あれに抗えるはずがない!!」

「そうですね。私だけの力では──無理だったでしょう」

 

 紫月は目を閉じる。

 そして──

 

 

 

「……最も、ここまで隠し通せたのは──私の守護獣のおかげですが」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 ──数時間前。

 

「っか、身体が消えていくデース!?」

 

 エリアフォースカードが持ち主たちの手を離れた直後。

 動揺する彼らを襲ったのは、周囲のものが消え失せ、そして自らの肉体が粒子となって消えていく怪現象だった。

 

「ブラン先輩ッ!?」

「くそっ、抗えんか……!!」

「師匠!?」

『エリアフォースカードとのリンクが断ち切られておる……!?』

『どうなっておるのだ、一体!? ぐうううう!?』

 

 直後、大嵐が吹き荒れる。

 大地を抉り、木々を消し飛ばすほどの風が巻き起こる。

 1人。また1人、と全員の身体は吸い込まれて消えていく。

 その様を、紫月は黙ってみていることしか出来なかった。

 かつてないほどに大規模な災厄。

 周囲のものが消え失せ、自らの身体も消えていく。

 他の守護獣達も、吹き荒れる大嵐の中、散り散りになっていく。

 

「っ……ごめんなさい、先輩。私、何も出来ませんでした」

「諦めてんじゃねええええええええええええええ!!」

「ッ!?」

 

 吹き飛ばされる中、1人だけ紫月の手を掴むものがあった。

 

 

 

「シャークウガ!? 逃げて! 貴方まで──」

「誰が逃げるかよォォォーッッッ!! テメェを、テメェを死なせるわけにはいかねえんだ!!」

「でもっ……!」

「何とかしてやる、俺は魔術師(マジシャン)の守護獣だ!! 不可能なんて、あるわけねえんだよーッ!!」

 

 

 

 粒子となって消えていく紫月の身体。

 それに向かって、狙いを定めたようにシャークウガは叫んだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 ──あれは、以前。

 ワイルドカードの力で紫月と桑原の魂が入れ替わった時の事。

 

 

「いきなり服を錬成するなんてすごいです、シャークウガ。しかも私のパーカーにさりげないアレンジ」

『そりゃあそうよ、繊維の性質を変化させ、再錬成する……我ながらなかなかよく出来たと思ったぜ』

「……え? 待って下さい、じゃあその繊維は何処から調達して──というか、パジャマ何処行ったんですか? アレみづ姉とのお揃いで大分気に入ってたのですが」

『そりゃおめー決まってんだろ、何から錬成したなんてよ……今着てたパジャマ』

「シャークウガァァァーッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──物質の分解……再構成の応用……ッ!!

 

「水文明の技術力と魔法……それに加えて闇文明の力、ナメんじゃねええええ!!」

 

 シャークウガの杖に、粒子となった紫月が吸い込まれていく。

 そのまま彼は、嵐から離脱したのだった。

 

 

 

 

「煉成「リアニメイト・ブレイン」!!」

 

 

 ※※※

 

 

 

 

『……全く無茶苦茶しますね、シャークウガ』

「……我ながらよくやったよ……」

『ですが、流石に皆さん、この様子では……』

「言い出せねえよなあ……マスターだけ助かったなんてよ……余計に気落ちさせるだけだぜ」

 

 

 

 項垂れるサッヴァーク達。その様子は悲痛そのもので見ていられない。

 工房を用意しながらも、シャークウガはこれからどうすべきかを考えた。

 頼みの綱は幽世に行った白銀耀だけ。

 エリアフォースカードは皆失い、守護獣達の力はガタ落ち。

 そして、あの合体生物・ディスペクター相手には大きな苦戦を強いられる。

 好機が来るまで隠れ潜むしかない。

 シャークウガは──紫月の魂を、カードに変換して裾の中に隠した。

 

「……安心しろよマスター」

『?』

「俺は守護獣だ。あんたの身体を取り戻すまで、しっかり役目を果たすぜ」

『……大丈夫でしょうか。白銀先輩だって……』

「オメーが彼氏の事信じてやんないでどうすんだよ!」

『ですが……此処まで先輩が来れるかも分かりません。チョートッQも無事か分かりませんし……』

「だから何だってんだ!」

  

 シャークウガは繰り返すように、紫月のカードに呼びかけた。

 

 

 

「死ぬわけねえだろ……白銀耀は、殺しても死んだりしねえ!! 俺達が……一番分かってるだろ!!」

『シャークウガ……』

「それまでは、俺が死ぬ気でマスターを守り通す。良いな?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──そして。

 狙いは唯一つだった。

 

 

 

『成程。ブラン先輩たちの身体は、魂を抜かれてああやって怪物の素材にされたのですね』

 

 

 努めて冷静だが、かなり怒気が籠っている。

 声色だけで怒っているのは明白だった。

 

「だけどよ、これはチャンスだぜマスター」

『はい。ディスペクターの力を逆利用すれば、アメノホアカリに大打撃を与えられるやもしれません』

「一か八かだがやってみる価値はあるだろ」

『アレの性格の悪さのことです。きっと私の身体のディスペクターだって……また出てくるはず。その時が……あいつの最期です。高くなった鼻をへし折ってやります』

 

 ただ一つ、と彼女は後悔するように言った。

 

『先輩に私が生きていること言わなくていいのでしょうか……私が生きていると知れば、先輩も……』

「かもな。だけどそうなったら、あいつは絶対にテメェを守ろうと俺の傍に来る。それじゃあ作戦の意味がねえ」

『……ですね』

「それに話なら……夢の中で出来ただろ?」

『……物足りなかったです』

 

 拗ねたように彼女は言った。

 耀の精神に──紫月のカードをアクセスさせたのは、シャークウガによるものだった。

 

「……だよな。だけどもうひと踏ん張りだ。頑張ろうぜ」

『シャークウガは、こういう時……いっつも頼りになりますね』

「だろ? 惚れ直したか?」

『調子に乗らないでくださいフカヒレ』

「しょぼん」

『……冗談ですよ。頼りにしてます、シャークウガ』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 そして。

 シャークウガの特攻によって、紫月のカードは縫合王へと吸収させられた。

 それにより、魂無き怪物に──再び元の魂が戻ったのである。

 

「……ちく、しょう……ッ!! リソースを、あたしの回復に……!!」

 

 アカリの傷は癒えていく。

 しかし、それでも尚ダメージは蓄積されていた。

 王達はもう復活できなくなったが、そうでもしなければ目の前の暗野紫月を倒すことなどできない。

 今や彼女は、ディスペクター最強の王の力を手に入れた白銀耀の仲間と化したのだから。

 

「冗談じゃない!! このあたしを欺くなんて!!」

「貴女が言いますか貴女が」

 

 それに、と彼女は続ける。

 

 

 

「……シャークウガに繋がれた命。ムダにはしません。必ず……此処で貴女を倒します」

「言ってなさい? あたしの破壊神の力で……今度こそ魂諸共砕く!!」

 

 

 

 アカリの背後に不死鳥の如く羽根を広げた破壊神が現れる。

 だが、紫月も臆する様子はない。

 自らに与えられた力を最大限に引き出すだけだ。

 あの新世界王が誕生する前に──

 

 

 

「……力を貸してください。終末縫合王!!」

「破壊してやる……暗野紫月!!」

 

 

 

 塔の頂上にて一足先に、紫月による神との決戦が幕を開けた──



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GR145話:縫合王(2)

 ※※※

 

 

 

 ──紫月とアカリのデュエル。

 

「3マナ。《天災 デドダム》を召喚。マナ、手札、墓地を一斉に増やします」

「ッ……ディスペクターの分際であたしに歯向かうなんて!!」

 

 毒突いたアカリは、3枚のマナを支払う。

 アマテラスから奪い尽くした力を用いて、一刻も早くケリをつけねばならない。

 

「3マナで《ボルシャック・栄光・ルピア》を召喚! 効果で山札の上からマナに置いて、それがドラゴンならもう1枚マナブースト!」

 

 マナに落ちたのはドラゴンの《偽りの王モーツァルト》。

 それにこたえて、更に1枚マナにカードが置かれる。

 

「落ちたのは《天変》……流石に早いですね。しかし、貴女が与えた縫合王の力が──貴女の首を絞めることになるのです」

 

 紫月の手に迷いは無い。

 怒りに染まった瞳は、新月に潜む帝の呪いを引き起こす。

 

「──呪文、《終末王秘伝オリジナルフィナーレ》。効果で山札の上から3枚を見て、その中から2枚をマナに。1枚を手札へ」

 

 さらに、と彼女は続ける。

 

 

 

 

「効果発動。マナの数×1000。相手クリーチャーのパワーをマイナスします。《栄光・ルピア》を破壊です」

「ッ……!?」

 

 アカリは思わず紫月のマナゾーンのカードを見やる。既に7枚。次のターンで8マナだ。

 破壊されたザコに興味はない。

 問題は、既に彼女が切札を出す態勢を整えつつあることだ。

 

「っはぁ、はぁっ……ウソ、でしょ……!? 遅れをとってる……あたしが……!」

 

 それほどまでに自分が注いだ力は大きかったのか、と彼女は後悔の念を滲ませながら敵を睨む。

 いや、それだけではない。

 初めて自分が手にしたはずのデッキを、あたかも長年使いこんだデッキのように使いこなしている目の前の少女が異常なのだ、と悟る。

 マナゾーンのカードを見やる。

 先程の《オリジナルフィナーレ》で《生命と大地と轟破の決断》がマナに落ちている。

 マナから唱える事で次のターンでもう1度ブーストをかけることが出来るのは目に見えて明かだ。  

 そればかりかマナから《デドダム》をもう1度場に出す事も出来る。

 

(これが、暗野紫月……魔術師のエリアフォースカードに選ばれた少女……ッ!! 冗談じゃ、ない!!)

 

「こんな事、こんな事は許されるはずがない!! あたしが後れを取るはずがない!」

 

 彼女は狂ったような笑みを浮かべた。

 そうだ。相手がブーストを繰り返して来るならば、それを遅らせれば良い。

 

「呪文、《焦土と開拓の天変》!! 効果で山札の上から1枚をマナに置いて、相手のマナを1枚破壊するッ!! 破壊するのはマナにある《生命と大地と轟破の決断》!!」

「ッ……ランデスに訴えてきましたか」

「言ってろ! お前達のディスペクターはあたしが全部作ったんだ! あたしがそれに負ける訳無いでしょ!」

 

 ぜぇぜぇと息を切らせながら、彼女は笑みを浮かべてみせる。 

 負けるはずがない。相手は人間だ。

 しかも自分は神だ。負けるはずが──

 

「では6マナで《Disアイチョイス》を召喚。その効果で、マナゾーンから《灰燼と天門の儀式(ヘブニアッシュサイン)》を発動」

「……は?」

「その効果で墓地に落としておいた《砕慄接続グレイトフル・ベン》を蘇生します」

 

 それは紫月を守るかのように顕現する。

 王龍の鎧をその身に纏った大地の化身だ。

 それによって彼女の墓地から一気にマナゾーンへカードが雪崩れ込んでいく。

 

「あっぐっ、そんな……!!」

「マナに《天変》が見えた時点で、そう来るだろうと思ってました。最初っからランデスさせるつもりでマナに置いたのです。ビマナのようなデッキでマナから唱えるこのカードを本当にマナから唱えたら……その分マナの増え方が鈍くなりますからね」

「ッ……!! そんな、強力な呪文を捨て石にしたっていうの!?」

「それならば、手札にある《Disアイチョイス》からの《灰燼と天門の儀式(ヘブニアッシュサイン)》を確実に通したかったので。結果、私のマナは既に10枚。そして場にはブロッカーの《グレイトフル・ベン》が立っています」

「あっ、ああ……!!」

「《ベン》の効果で、マナから《霊宝ヒャクメ─4》を召喚。相手の手札を破壊し、そしてマナを1枚増やします。これでターンエンドです」

 

 《グレイトフル・ベン》は1ターンに1度、マナからクリーチャーを召喚する能力を持つ。

 それがディスタスならば、コストを支払う必要が無くなるのだ。

 

「っ……白銀耀や、アマテラスとは違う……ッ!! 何なの!? 神を相手にプレッシャーとか感じないの!?」

「さあ、この肉体の所為か、それとも溢れかえる貴女への怒りの所為かは分かりません。ただ一つ言えるのは──私のデュエマは最強の闇使いに教わったもの。そう簡単に破られるわけにはいきません」

「言ってろ……その盤面はすぐに返してやるッ!!」

 

 アカリは6枚のマナをタップしてみせる。

 先程受けたダメージに加え、新世界王に回している所為でマナのリソースが安定しない。

 そればかりか、ディスペクターに裏切られたという事実が彼女の精神を少なからずかき乱していた。

 いや、それだけではない。

 先程から沸き立つような焦燥感と嫌な感覚が何なのか、アカリには分からなかった。

 

 

 

「いや、まだだッ……!! あたしは、負けるわけにはいかないんだッ!! 勝ち確まで持ってきたのに、ここで全部ひっくり返されるなんて有り得ないッ!!」

 

 

 

 飛び出したのは《イザナギテラス》。

 アマテラスを捕食したことで取り込んだクリーチャーだ。

 その力を──紫月に向けて撃ち放つ。

 文字通り神へと成る進化の力。

 

「《イザナギテラス》を召喚して、そのまま進化……ッ!! 見ているかアマテラスッ!! これがお前の持っていた力!! それを……あたしが使うんだ!! 屈辱だろうッ!?」

 

 虚空へ向けてアカリは叫び散らす。

 その身体は、太陽の光の如く輝き──そして君臨する。

 

 

 

「我こそは、新世界の王神であるぞッ!! 

絶唱──巻き起こるは神の歌!! 《神歌の歌姫 アマテラス・キリコ》ッ!!」

 

 

 

 

 紫月も流石に息を呑む。

 《キリコ》。かつて、余りの強さにプレミアム殿堂に指定されたサイバー・コマンド。

 その源流を組む恐ろしいクリーチャーが目の前に現れたことに驚きを隠せない。

 

「よりによって《キリコ》……押し潰しに来ましたね」

「攻撃時の効果発動──神歌繚嵐ッ!! 神世太陽ッ! さあ、神の歌に引き寄せられるは荒れ狂うドラゴン達ッ!!」

 

 《キリコ》の歌声が響き割る。

 そして次元に裂け目が現れ、次々にドラゴンが降り落ちてくる。

 

「先ずは《暴嵐竜Susano(スサノ)-O(オー)-Dragon(ドラゴン)》ッ!!」

 

 暴君龍の怒号と共に全てのクリーチャー達が奮い立つ。

 

「《八頭竜Ace(エース)-Yamata(ヤマタ)》ッ!!」

 

 多党の龍の咆哮により、大地が沸き立つ。

 

「《勝利宣言 鬼丸「覇」》ッ!! 《ボルメテウス・サファイア・ドラゴン》ッ!!」

 

 そして、かつて強力過ぎて禁じられた切札の龍が飛び出す。

 だが、それだけでは終わらない。

 アカリの切札たる破壊神に、聖霊龍が合成されようとしていた。

 

 

 

<ヘヴィ・デス・メタル!! バラディオス!! GotoDispect!!>

 

 

 

「例え王が相手でも、神には誰も敵わないッ!! 敵うはずがないッ!!」

 

 

 

 紫月は目を覆いそうになった。

 不死鳥の如く羽根を広げる神。

 破壊神ヘヴィ・デス・メタルだ。

 しかし、その左腕である《ヘヴィ》は切り離されており、そこにあるはずはない聖霊龍が収まっている。

 

「今ッ!! あたしの世界が核融合して龍神星爆発(ニュークリア・デイ)ッ!!」

 

 

 

<We are Dispecter>

 

 

 

 

「全ては極光の下に消える。《神龍連結バラデスメタル》ッ!!」

 

 

 

 

 現れたのは──破壊神と聖霊龍のディスペクター。

 それを前にして、《グレイトフル・ベン》も《ヒャクメ》もタップされてしまう。

 

「《バラデスメタル》の閃光を前に抵抗は無力。全てのクリーチャーは次のターン、アンタップしない!」

「っ……成程。確かに全体フリーズ持ちは珍しいですね」

 

 おまけにパワー24000のワールドブレイカー。

 EXライフで耐性も持っており、決して揺らぎはしない。

 

「それだけじゃない! 《バラデスメタル》のEXライフが離れた時、相手クリーチャーを全てタップする! そう簡単に突破出来ると思わないでよ」

「確かに強力なデッキです。しかし……先に《アマテラス・キリコ》で攻撃するのが弱点ですね」

「はぁ!?」

 

 言ったはずだ。

 先程、突破は難しくないと言ったばかりだ。

 にも拘らず暗野紫月は、この盤面で既に次のターンが返ってきたことのことを考えている。

 それがどれほどアカリにとって屈辱的だったかは想像に容易くない。

 

「抜かせーッ!! そのまま《キリコ》でT・ブレイク!!」

「ケアも何もないシールドに突っ込むことがどれほどのリスク行為か教えてあげましょう。S・トリガー……《ルシファー》で相手ターンをスキップ」

「ッ……!?」

 

 驚いて目を見開くアカリ。

 すぐさまそこで彼女のターンは終わる。

 龍神も、殿堂の切札も、最恐の鎧竜も攻撃することなく彼女の手番は飛ばされた。

 

「そんな、馬鹿な……!?」

「例え大型を何体並べようが勝てるとは限らない……デュエル・マスターズをナメないでいただきたい」

「ッ黙れ! 《バラデスメタル》が居る限り、あんたに次のターンはやってこない!!」

「次のターンがやってこないのはどちらか、試してみましょうか?」

 

 紫月は──10枚のマナをタップしてみせる。

 彼女は自らの顔の左半分をなぞった。

 自分の身体に縫い合わされた、片割れの顔。

 そこに伝う、無いはずの涙を。

 

「……みづ姉。どうか力を貸してください」

 

 そして、自らを繋ぎ合わせる悪意の糸を──目の前の暴れ神を倒す為に、ぶつける。

 

 

 

 

「半分の月と月が縫い合わされる時。獅子の怒号、帝の嘆きを聴け」

 

 

 

(ザ・ムーン)──ルナティック・ゴッド!! 世界(ザ・ワールド)──ライオネル!!>

 

 

 

<YourScreamKing!!>

 

 

 

 

 

「……深淵へと還りなさい──《終末縫合王 ミカドレオ》」

 

 

 

 

<We are Dispecter>



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GR146話:縫合王(3)

「《ミカドレオ》の召喚時効果……発動です」

 

 

 

 

 獅子の瞳が光る。

 紫月の山札の上から4枚が捲られていく。

 それら全てが──ディスペクターの王だ。

 

「《聖魔連結王ドルファディロム》」

 

 天使と悪魔、相反する者同士を繋ぎ合わせた連結王。

 

「《禁時混成王ドキンダンテⅩⅩⅡ》」

 

 禁断と革命。滅亡の可能性を齎す混成王。

 

「《零獄接続王ロマノグリラ0世》」

 

 我欲と無欲。高貴なる矛盾を生み出す接続王。

 

「《勝災電融王ギュカウツ・マグル》」

 

 武力と知力。対局に位置することで極限に至った電融王。

 

 

 

 その全てが──紫月の前に並び立つ。

 

 

 

 

「言ってはなんですが……貴女、どれだけディスペクター作ったら気が済むんですか」

 

 既にこの時点で10体以上犠牲になってるんですがね、と呆れ気味に紫月は龍魂珠に目を向けた。

 ……やはり、あの珠諸共アメノホアカリを消し飛ばすほかない。

 今、この場で。

 

「ウソ、何で? 何で!? 被造物のくせにあたしに楯突くんだ!!」

「残当です。《ギュカウツ・マグル》の効果を発動。山札の上から4枚を見て、その中からコスト9以下になるように多色クリーチャーを場に出します。《禁断竜王Vol-Val-8》をバトルゾーンへ!!」

「あっ、ぐっ、くそっ、そんなカードまで……!! あたしに全員、歯向かうって言うの!?」

「そりゃあ歯向かうでしょうよ。クリーチャーも、人間も。貴女に都合よく使い潰される道具ではありません。それを……身を以て思い知る時が来たというわけです」

「バカな、バカなバカな! 皆あたしを裏切るっていうの!?」

「裏切ったのは──最初からディスペクターさえも使い捨てるつもりだった貴女の方です。自業自得、因果応報です」

 

 次の瞬間、《ドルファディロム》によってアカリのクリーチャーが消し飛んで行く。

 単色である《サファイア》や《鬼丸》、《Ace-Yamata》に《アマテラス・キリコ》が破壊されたのだ。

 更に《ドキンダンテ》の効果で《バラデスメタル》の効果も消えていく。

 

「さて、これで──ターン終了。この時、このターン中破壊されたクリーチャーは合計で4体」

「ッ……あっ……!!」

「残念。次のターンが来ないのは貴女の方でしたね」

 

 へたり込むアカリを前に、《Vol-Val-8》の身体に埋め込まれた《VV-8》の顔が光り輝く。

 永久の禁断を前に、次の夜明けなど拝めはしない。

 すぐさま紫月のターンがやってくる。

 

「ターン開始時、《ミカドレオ》の効果発動。場にコスト8以上のクリーチャーは4体以上ある時、《ミカドレオ》の効果発動」

「やめろっ、やめろやめろやめろっ!! そいつの効果は──」

 

 《ドルファディロム》の聖魔入り混じった黒き稲光が、

 

 《ドキンダンテ》の降り注がせた無数の隕石が、

 

 《ロマノグリラ》の放った虚空の魔弾が、

 

 《ギュカウツ・マグル》の放つ怒りの鉄槌が、

 

 《Vol-Val-8》の放つ強大なる斬撃が、

 

 

 

 

「元より、貴女の得意分野で戦うつもりなどありません。この時点で……私はゲームに勝利します」

 

 

 

 

 そして《ミカドレオ》の放つ神獣の裁きが一斉に放たれる。

 

 

 

「っあああああああ!? ウソでしょう!? アマテラアアアアアアアアアアアアスッ!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……これで、終わりです」

 

 

 

 今の一撃は、例え神であっても耐えられない。 

 何故ならばこちらも神を縫合したディスペクターなのだから。

 アメノホアカリの亡骸は見つからないが、恐らく上半身が消し飛んでいても紫月は驚かない。

 

「ッ……はぁ……疲れました」

 

 ぺたり、と彼女は座り込んでしまう。

 ディスペクターの王5体による一斉攻撃は少なからず彼女にも反動が返ってくるものであった。

 しかし、此処で脚を止めるわけにはいかない。

 

「……龍魂珠を、壊さ、ないと……ッ!!」

 

 

 

 

「終わってない。まだ、終わってない」

 

 

 

 

 その時だった。

 声が聞こえてくる。

 龍魂珠から──アカリの声が聞こえてくる。

 

「ッ……そんな!!」

「よくも、よくも、やってくれたなぁ……!! あたしの身体を、よくも……ッ!!」

 

 紫月は辺りを見回す。

 ない。何処にもアカリの身体が無い。

 だとすれば何が起こったかは想像に容易い。

 あの龍魂珠がアカリの身体を吸収したのだろう。

 

「こうなったらァ、あたしの……あたしの力を丸ごと……Volzeosに……ッ!!」

 

 

 

 融合した五元龍神の胸に、龍魂珠が収まっていく。

 紫月はミカドレオを顕現させようとしたが──もう、そんな魔力は残ってなかった。

 

 

 

「あたしに歯向かう失敗作共め!! 滅ぼしてやる、滅ぼしてやるぞ……ッ!! この世界も、もう1度作り直しだァァァーッッッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「なっ、何だ!?」

 

 

 

 塔を駆けのぼっていた俺は、ただならぬ揺れ方をする床に足をとられていた。

 

 

 何かが爆発したような音だった。

 

 壁が軋んで崩れかかっている。

 床も崩落しかかっている。

 これは、塔全体が──崩れようとしているのではないか。

 

「ま、マズいんじゃない!?」

「マズいって言われてもどうすんだ!?」

『うーん、このままでは全員瓦礫に押し潰されてペシャンコ☆ でありますな』

「久々にそのウッゼぇノリ聞いたわ!! クソが!! どうやったら出られるんだよ!?」

「あたし無理」

『我実体化しても拳がスカるでありますな』

「あああああ!! どうするんだーッ!?」

『落ち着くでありますよ! 今のマスターは我と一心同体!』

 

 ──そうか。

 だとすれば、パンチの一撃で壁を崩すことだって造作ないはずだ。

 ダンガンオーの力を使えばいける。

 

「おっらぁ!! ……いっでぇ!!」

『あーあ』

「あーあじゃねえよ!! すげぇいてぇんだけど!!」

『我と心を共鳴させるでありますよ!』

「共鳴ってどうやって──」

「ねえ、上!! 上見て上!!」

「え?」

『え?』

 

 俺はふと言われるがままに上を見る。

 上の階の床が──丸ごと落ちてくる。

 

「うおおおおおおおお!! 何とでもなれええええええええ!!」

『ぎゃあああああああ!! 何とでもなれでありまあああす!!』

 

 叫んだのはきっと同時だったと思う。

 拳は一瞬でレンガの塔をブチ砕き、そのまま俺達は雪崩れ込むように外へ飛び出したのだった。

 なるほど、きっと共鳴ってこういうことだったんだろう。息を合わせろとかそういう意味合いだ。簡単だね。

 問題は──俺には羽根がない。そのまま空へ飛び降りる形になったのであるが。

 

「落ちるあああああああああああああ!?」

「脱出は出来たね!」

『出来たけどこのままでは全員落ちてペシャンコ☆ でありまあああす!!』

「どうにかならねええのかあああああ!?」

『サンダイオーの力を顕現出来れば……』

「いきなり言われて出来るかアホーッ!!」

 

 崩れていく塔。

 その瓦礫を躱していく。

 サッヴァーク達は無事だろうか。

 そもそも俺は助かるのだろうか。

 

「ッ……くそっ、誰か──助け──ッ!?」

 

 その時。

 視界に落ちていく影を見た。

 黒いローブを身に纏い、落ちていく誰か。

 その顔を見た時。

 

 

 

 

「……紫、月……ッ!?」

 

 

 

 

 俺の身体に、血が駆け巡っていった。

 分かっていた。

 相手は紫月の顔をしただけのディスペクターだなんてこと。

 それでも──何処か胸がざわついて、飛び出さずにはいられなかった。

 

 

 

 

「紫月ーッッッ!!」

 

 

 

 

 背中に羽根が生えたようだった。

 拳が重機になったようだった。

 足が、推進器になったようだった。

 例え魂がそこに無くとも、大好きな女の子の身体が地面に落ちていく様がガマン出来なかったのかもしれない。

 

 

 

 

 俺は一目散にとんだ。

 

 

 

 目の前を塞ぐ瓦礫を拳で砕き、脚場にして飛んだ。

 

 

 

 そして──その身体を抱きとめたのだった。

 

 

 

 

「ッ……」

 

 

 

 なんて声を掛ければ良いか分からない。

 翠月さんと紫月の顔が半々で繋ぎ合わされた縫合王の身体であることは間違いない。

 だけど、抱きとめずにはいられなかった。

 その身体はボロボロで、顔は焼け爛れていた。

 目はぱっちりと閉じて、目を覚ます様子はない。

 

『マスター、こいつは……敵でありますよ! 紫月殿の顔を……!』

「それでも放っておけるかよ!! ……塔の爆発に、巻き込まれたのか……!?」

 

 

 

「……先、ぱい……?」

 

 

 

 驚いて俺は彼女をとり落としそうになった。

 小さく、彼女の唇が動いていた。

 それも──俺のことを呼んでいる。

 聞き間違えでは、ないよな……!?

 

 

 

「……紫月……? 紫月……なのか?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 意識が、少しだけ戻って来た。

 そうか。私は今、先輩の腕の中にいるのか。

 目が、見えないけど、彼の声は分かる。

 あの優しい体温も分かる。

 だけど、もしここで先輩を呼んだら、先輩は悲しむだろうか。

 この身体に私の魂が宿っていることを、なんて説明すれば良いだろう。

 でも、ダメだ。

 もう、言葉を紡ぐ気力もない。

 

 先輩。大好きな先輩。私が何処に行っても──やっぱり先輩だけは私を見つけてくれるのですね。

 

 でも、もう先輩の姿も見えない。

 

 アメノホアカリのことを笑えませんね。

 これもきっと報いなのでしょうか。先輩を泣かせた報いなのでしょうか。

 一番傍に居て欲しい時に、私は先輩の傍に居なかった。居てあげられなかった。

 そのツケが回ってきたのでしょうか。

 

 ああ、そうやって声を上げて泣かないで。

 私は──やったんです。自分に出来ることをやり切ったんです。

 ……そうですか。やっぱり……どうやっても、私は先輩を悲しませてしまうのですね。

 

 

 

 ……ああ、言わせてほしかった。最期に、せめて──貴方と一緒に居たかった、と──

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 縫合王は──何も言わなかった。

 

 まるで希うようにして俺に抱き着いていた。

 

 そして、そのまま──消えていった。

 

 灰のようになった彼女は腕の中で零れ落ちていく。

 俺はその体温を感じられなくなるまで、腕を──動かさなかった。

 

「ッ……!!」

 

 縫合王の身体に紫月の意識が僅かに残っていたのかは分からない。

 だけど一つだけ言える事がある。

 

「俺が……取り戻す。お前の身体も、魂も……ッ!! こんなクソったれた運命をブチ壊して……取り戻す……ッ!!」

 

 俺は──空を睨む。

 崩落した塔から、巨大な何かが現れていた。

 いや、それはどんどん膨れ上がるように大きくなっていく。

 

 

 

 

「見ィ、つけぇ、たァァァァァーッッッ!!」

 

 

 

 

 何だアレは。 

 幾つもの龍を繋ぎ合わせたような巨大なディスペクター……なのか。

 だが、その胸には巨大な珠が収められている。

 声はそこから聞こえてくる。

 

「龍魂珠……!! ってことはあれは、アメノホアカリ!?」

「ッ……何なんだよ、あの姿は!?」

 

 

 

 

「もう、もう許さない!! この世界諸共お前達を滅ぼしてやる!! 金輪際生まれ変われないように、輪廻の輪から消し飛ばすッ!!」

 

 

 

 

 怒号にも似た声が飛んできて、体中を震わせる。

 だけど──好都合だ。

 よりによって目的の龍魂珠を引き下げてやってきてくれたんだからな。

 

「あいつ、暴走してる……デカすぎる力を抑えきれてない!!」

「行くぞエッ子、チョートッQ!!」

『応、であります!!』

「これがラストバトルってわけね!!」

 

 星さえも飲み込まんほどの巨大なディスペクター。

 戦力差はハッキリ言って絶望的かもしれない。

 だけど──負けるわけにはいかない。

 この戦いに、仲間達の身体が、魂が、そして俺達の世界が掛かっている。

 

 

 

「……力を貸してくれ、モモキング!! そして……皇帝(エンペラー)ッ!!」

「滅べ、滅んでしまえェェェーッ!! お前達は此処で──終わりだァァァァーッッッ!!」

 

 

 

 叫ぶ巨大な龍に向けて、俺は皇帝(エンペラー)のカードを向ける。

 

 

 

 

「終わったりしねえよ。俺達の歩んできた道は……これからも続いていくッ!!」

『新世界に逃げたようなヤツに、我がマスターは負けないであります!!』

 

 

 

 

<Wild……DrawⅣ──EMPEROR!!>

 

 

 

 

「──勝負だアカリ!! 俺達の世界を……仲間を!! 返してもらうぜ!!」



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GR147話:切札たち

 ※※※

 

 

 

「いったたた……ッ! 何が起こった……!? 急に塔が崩れたと思ったら、何なんだあの巨大な龍は……ッ!?」

 

 

 

 バルガ・ド・ライバーは遥か上空を眺め絶句する。

 そこには、星程の大きさの龍が咆哮を上げていた。

 サッヴァークも、そしてオウ禍武斗もQXも。

 皆、戦場と化した空の上を見やる。

 

「最早加勢することもままならぬか」

「ふん、サシに持って行けたのだ。後は強い方が勝つ。それだけであろう?」

「……此処が正念場じゃ……踏ん張れ、白銀耀……ッ!!」

 

 拳を握り締めるサッヴァーク。

 世界は──耀の手にかかっている。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ここで全てが終わる。何度でも終わる。あたしが……何度でも作り変える!! 新しい太陽を!! 空を!! 夜明けを!!」

 

 

 

 巨龍──その胸に納められた龍魂珠からアカリの声が聞こえてくる。

 ヴォルゼオス・バラモルド。

 それが、あのディスペクターの名前。

 5体もの龍を歪に繋ぎ合わせ、そのパーツがバラバラに浮かんでいる状態だ。

 この状態でも今までの王のどれよりも凄まじい力を持っているのに、これが本当に顕現したらどうなってしまうのだろう。

 

「じゃあ、あたしのターン……マナに《新世界王の思想》をチャージ──このカードは3色カードだけど、アンタップインする!」

「ッ……!?」

 

 何だあのカード。

 火、水、自然の3色のカードだが、G・ストライク以外能力がない。

 そしてマナに置かれたらアンタップした……まるでマナに置くためのカードじゃないか。

 

「2マナで《地龍神の魔陣》を発動ッ……!!」

 

 ヴォルゼオスの前に魔方陣が浮かび上がる。

 そこからマナが溢れ出していった。

 水と自然の呪文、そしてG・ストライクを持ってるのか……!

 

「くっすす、まさか追いつけると思ってる? 《魔陣》の効果で山札の上から3枚を見て、《滅印連結ヴァルハルザーク》をマナに置くよ」

「こっちは2マナで《メンデルスゾーン》を発動!! 効果で《ボルシャック・スーパーヒーロー》と《ボルシャック・栄光・ルピア》をマナに置く!」

 

 マナブーストでは追いつけている──はずだ。

 だけどなんだ? 《フェアリー・ミラクル》でも握ってるのか?

 いや、違う。

 あのアンタップするカードを見るに、次の動きは──

 

「じゃあ行くよ? 《新世界王の権威》をマナに置く。そしてアンタップイン!」

『またであります!?』

「4マナで《獅子王の遺跡》! 効果で山札の上から3枚をマナゾーンへ!」

「しまった……マナゾーンにカードが3枚以上!?」

 

 多色だらけのこのデッキで、動きを潤滑にするためのカードか!

 最速で3ターン目に《獅子王の遺跡》の多色マナ武装が成功することなど有り得ない。

 何故なら、2ターン目にブーストを打つための単色カード、そして3ターン目に《獅子王》を打つための単色カードが必要だからだ。

 だけど、あのアンタップする新世界王の~ってカードがあれば、この不可能な動きが可能となる。

 アカリのマナは一気に、4枚から7枚へと跳ね上がった。

 

『次のターンには、相手は8マナであります!!』

「なら──こっちは5マナで《王来英雄 モモキングRX》を召喚!!」

 

 その効果で手札を入れ替えて、そのまま──スター進化だ!

 

 

 

 

<ボルシャック・NEX──ローディング>

 

 

「これが俺の灼熱の切札(バーニング・ワイルド)!! 《ボルシャック・モモキングNEX》ッ!!」

 

 

 

 

 炎が爆ぜる勢いで《NEX》は顕現する。

 それは次に進む意思。

 此処でアカリを斃して、俺達の未来へ進むという覚悟の証だ。

 

「《NEX》の効果発動! 山札の上から1枚を表向きにして、それが火のクリーチャーなら場に出す! 《ボルシャック・NEX》をバトルゾーンへ!」

 

 鎧を身に纏った龍が炎と共に更に現れる。

 《ボルシャック・NEX》は、《ルピア》と名の付くファイアー・バードをバトルゾーンに出す効果を持つ。

 従って、これで更に横にクリーチャーが並んでいくのだ。

 

「デッキから《栄光・ルピア》を場に出して、更にマナを増やす!」

「ッ……ふふっ、死に損なった人間如きがあたしに今更勝てると思ってる?」

「思ってるさ!! 思ってなきゃ、今此処には立ってない!! 《モモキングNEX》で攻撃ッ!!」

 

 飛び出す《モモキングNEX》が巨大な爪を振りかぶって、時空に穴を開ける。

 

 

 

 

「俺は《モモキングNEX》の効果で──更に《ボルシャック・クロス・NEX》を場に出すッ!!」

 

 

 

 来たるは最強の”NEX”。

 こいつの炎で、アカリの野望を砕くッ!!

 

「《モモキングNEX》でシールドをW・ブレイク!!」

「……トリガーは無いよ」

「そのまま──《クロス・NEX》でT・ブレイクだ!!」

 

 大剣がアカリのシールドを全て切り裂いた。

 これでシールドは──ゼロだ!!

 

「流石に甘いよ。勝てると本気で思ってる?」

「ッ……!?」

「……S・トリガー。呪文、《ドラゴンズ・サイン》! 効果で手札から《龍風混成 ザーディクリカ》をバトルゾーンへ!」

 

 宙に浮かぶまばゆい刻印。

 そこから、あの水晶と炎がないまぜとなった龍が降臨する。

 あいつは確か、呪文を墓地から唱える効果を持つディスペクターのはずだ。

 

「《ザーディクリカ》の効果発動──墓地から呪文《ドラゴンズ・サイン》を唱えて、手札から光のドラゴンをバトルゾーンへ!!」

 

 

 

<ガルザーク!! ヴァルハラ・パラディン!!>

 

 

 

 

「決定づけられたのは絶対なる敗北の運命」

 

 

 

<──GotoDispect!!>

 

 

 

 

「私の世界で滅んで消えろ。……《滅印連結 ヴァルハルザーク》ッ!!」

 

 

 

 空に浮かぶ印から、それは現れた。

 鎖に繋がれた死の龍と、聖なる龍の組み合わさったディスペクターだ。

 

「EXライフ……連結完了。《ヴァルハルザーク》の効果で《ボルシャック・NEX》をタップするよ」

『折角作り上げた盤面が一瞬でひっくり返されたであります!?』

「ターン……エンド……!」

 

 《ガルザーク》を組み込んでいるだけあって、あのディスペクターもなかなか凶悪そうな面構えをしている。

 気掛かりなのは場のクリーチャーが出た時にタップするというコイツの能力だが、それだけで済むとは思えない。

 

「あたしのターン──5マナで《終末王秘伝オリジナルフィナーレ》を唱えるよッ!!。効果で、山札の上から3枚を見て、そのうちの2枚をマナに。残りを手札に……ィ!!」

 

 獅子王の号砲が轟く。

 そして、それはアカリのマナと手札を増やすだけではない。

 一挙に俺の盤面をも焼いていく。

 

「そして、マナの枚数は10枚! 《ボルシャック・モモキングNEX》のパワーをマイナス10000して破壊するからねっ!」

「なっ、《モモキング》!?」

「進化クリーチャーを犠牲にして生き残ってもムダ!! パワーが0になったから、進化元の《RX》も破壊だぁ!!」

 

 鎧が溶解し、中に居た《RX》までもが崩壊する。

 例え置換での除去耐性であっても、パワーマイナスには敵わない。

 完全にスター進化キラーのカードだ……!

 

「更に、相手のクリーチャーが破壊されたので《ヴァルハルザーク》のパワーは+6000! そしてあたしのシールドを1枚回復する。これが、合計2回発動する!!」

「パワー+12000、そしてシールドが2枚回復した……ッ!?」

 

 これでアカリのシールドは合計で4枚。

 一挙に巻き返されてしまった。

 しかし、蹂躙劇は終わらない。

 死の臭いを身に纏ったディスペクターが、今度は《クロス・NEX》を狙って飛び掛かり、円状の刃──チャクラムで切り裂いた。

 

「《ヴァルハルザーク》のパワーは19500!! 《ボルシャック・クロス・NEX》を攻撃して破壊!! 更に相手クリーチャーが破壊されたので《ヴァルハルザーク》の効果発動。シールドを追加し、このクリーチャーのパワーを+6000する!! そして、《ザーディクリカ》で《ボルシャック・NEX》とバトルして破壊!! ただし、EXライフであたしだけが生き残るからッ!!」

「盤面が一瞬で溶けた……!?」

「ターン終了時、《ザーディクリカ》の効果発動。呪文を唱えたから、《栄光・ルピア》を破壊して1枚ドローだ!」

 

 これでアカリのシールドは合計で6枚にまで回復した。

 ほぼほぼ、あの《ヴァルハルザーク》が暴れ回ったからだ。

 しかも、場の2体のディスペクターを処理したとしても、シールドは結局元の5枚……ッ!?

 そして、俺のクリーチャーは全滅だ。

 もう、1体も居ない。

 

「くっ、あははははは!! 元通り。元通りなんだよ、おじいちゃん!!」

 

 アカリの高笑いが龍魂珠を通して聞こえてくる。

 

「覚えてる? おじいちゃんが最初にあたしと会った時のこと!」

「……最初……」

「そうだよ。最初の最初。時間Gメンのシー・ジーにおじいちゃんが追い詰められていたあの時のこと」

 

 ──そうだ。

 時間Gメンによって、歴史が書き換えられて、皆がデュエマを忘れてしまった。

 それが全ての始まりだった。

 そして俺はその時、一緒に戦ってきた仲間も、一緒に過ごして来た部活仲間も、そして──思い出も。

 全て、いっぺんに失った。

 俺だけが世界に取り残されるという形で。

 

「歴史改変を受け付けない特異点のおじいちゃんは、一人ぼっち。それを助けたのがあたしだったよね?」

「ッ……何が助けた、だ、いけしゃあしゃあと!!」

『誰の所為で今、こんなことになってると思ってるのでありますか!!』

「でも考えてみてよ、おじいちゃん。今の状況。あの時と似てない?」

「……!」

「仲間はもう居ない。世界は変わり果てた。そしてそこにおじいちゃんは一人ぼっち。たった一人っきり!」

 

 彼女は手を広げてみせる。

 自らの新世界を誇示するかのように。

 そしてそこに俺の居場所はない、と示すかのように。

 

「……結局の所。頑張っても無駄だったんだよ、おじいちゃんは」

「ッ……」

「今のシールドを見て? 墓地へ送られたクリーチャー達を見てよ? ほうら、全部ムダだったでしょ?」

 

 墓地のカードを見やる。 

 《モモキングRX》に、《モモキングNEX》。

 そして、《ボルシャック・クロス・NEX》。

 普段ならば勝負を決めていてもおかしくないクリーチャー達。

 それらが全て、無惨にも破壊されている。

 

「デュエリストは同じことの繰り返し。今持ってるデッキを手に入れて、それでも満足できなくなったら更に強いデッキに変える。それの繰り返し。お爺ちゃんも例外じゃない」

「……」

「でも、それで勝てなかったらさ、今まで見捨ててきた他のカードに申し訳が付かないと思わない? 意味が無かったと思わない? 折角手に入れたカードが全部、ムダだったってわけ。慣れないドラゴンデッキで頑張ってたみたいだけどさ、大人しくGRの入ったジョーカーズを使えば良かったんじゃない? 折角集めてきた切札達が泣いてるよ」

「ッ……違う」

「あたしが散々強化してあげた、あのジョーカーズで! 《バーンメア》で! 《ジョラゴン》で! 戦ってれば、違ったかもね? 自分のデッキが信じられなかった?」

 

 違う。そうじゃない。

 あのデッキも間違いなく、大切なカード達だ。

 今まで歩んできた俺の軌跡だ。

 だけど──

 

「このデッキにしたのは意味がある……ッ!! 《モモキング》は俺にとって、誰も知らない未来を切り開く剣だ!! 俺が運命に抗って、未来に抗って進んだ証拠なんだ!!」

「でも。おじいちゃんは結局あたしには勝てない。あの《ドルファディロム》を見て悟っちゃったんでしょ? 今までのジョーカーズで勝てる相手じゃない、ってさ」

「ッ……」

「そのための《モモキングRX》だよね。でも、それも負けちゃった今。どうやってあたしに勝つの? 言っとくけどあたし、まだ切札何にも出してないよ? まだ前哨戦だってのにさ、切札を使いきっちゃってどうするのかなあ? かなあ?」

 

 慣れないドラゴンデッキ──確かに、この新世界に突入してからずっとそれで戦ってきた。

 最初はデッキを無くしたことによる成り行きだった。

 サッヴァーク達が拾ってくれた元のデッキが手元にある今、それで戦うべきだったかもしれない。

 きっと、ジョニーやシルバーならばひっくり返せたかもしれないとも過った。

 

「モモキングは死んだ!! NEXも死んだ!! そして、仲間も皆死んだッ!!」

 

 龍魂珠が──妖しく輝く。

 その中からアカリの声が響いていく。

 

 

 

 

「もう1つの皇帝(エンペラー)が必死に生み出したんだろうけど、結局……大したことは無かったよね! 残念でしたぁぁぁーっ!!」

 

 

 

 

 

 そんなはずはない。

 もう俺は──迷わない!!

 

 

 

 

「テメェの言う事に、もう耳なんて貸さねえよ!! まだ勝負は終わっちゃいない!! 始まったばっかだ!!」

『モモキングは今やジョーカーズ全ての意思を継いだ王!! そして、モモキングは間違いなくマスターが自らの力で手に入れた正真正銘のワイルドカードでありますよ!!』

 

 

 

 そうだ。チョートッQの通りだ。

 何でそんな簡単な事を忘れるわけがない。

 モモキングだって──ジョーカーズなんだ。

 俺の……俺達の、立派な切札じゃないか!!

 

「悪いけど……俺は、このデッキでお前と闘うことに後悔も無ければ負い目もねぇよ!!」

「ッ……はあ?」

「ジョーカーズは、切札達を意味する言葉。俺が今まで進んできた軌跡の証! デッキのカードだけじゃない。俺を此処まで成長させてくれた、今までのデッキのカード全てが俺の切札だ!!」

「意味が分からない!! デッキに入ってないカードの、何が切札だっていうの!?」

「経験が!! 知識が!! そして、思い出が!! 仲間が!! 俺が……未来へ進むためのアクセルになる──」

 

 俺は一歩踏み込んだ。

 

「同じじゃねえんだよアカリ。あの時と何にも同じなんかじゃない。変わってないなんてことはない。悔しかったって思いが、辛かったって思いが、俺を……此処まで引き上げた」

「何を今更!! これから死ぬのに威勢だけは良いんだからねえ、笑っちゃうよ!! 全部無駄になって消えちゃうのにさ!!」

 

 無駄になんてならない。無駄になんてしない。

 嬉しかったことも。

 悲しかったことも。

 楽しかったことも。

 辛かったことも。

 それが全て、俺の力になったんだ。

 

 

 

 

 

「全部だ。今までの全てが……お前を撃ち抜くための弾丸になるんだッ!!」

 

 

 

 

 

 手に取ったカードは──燦然と輝いていた。

 それが来たのは必然とさえ思えた。

 ベルトにぶら下げているもう1つのデッキケース。

 継ぎ足し継ぎ足しして、最早原型が無くなったジョーカーズのデッキに触れた。

 

 

 

「力を貸してくれ……皆!!」

『我らの殿(しんがり)はモモキングッ!! 未来の、次世代の、そして──新時代の王でありますよ!!』

 

 

 

<ジョーカーズ・ローディング>

 

 

 

 

 モモキング!!

 

 モモキング!!

 

 モモキング!!

 

 

 何処からともなく。

 声援が聞こえてくる。

 全てのクリーチャー達の歴史を継承し、そしてジョーカーズ達の想いを背負った存在。

 赤き鎧を身に纏った龍が、無数の刀を顕現させた。

 その1本1本に、ディスペクターにされていたクリーチャー達の顔が刻印となって刻まれていく。

 

 

 

 

「オメーが有象無象と斬って捨て、ゴチャゴチャにしたクリーチャー達の……怒りを、悲しみを!! 全てこの刀に込める!!」

『さあ皆の者よ照覧あれ!! これぞ時の波をも超え、いずれ来たる栄光の未来へと至る切札の王(ジョーカーズ・キング)!! 王の中の王の誕生であります!!』

 

 

 

 

 これが──前に進むということだ、アカリ!!

 全部背負って進むということなんだ!!

 痛くて、辛くて、苦しかった日々も、楽しかった思い出も、そして今まで手にしてきたカード全ても!!

 

 

 

 

 

「行くぞ!! 俺の切札(ワイルドカード)──《未来王龍 モモキングJO》ッ!!」

 

 

 

 

 全部背負って、進むということだ!!



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GR148話:Volzeos-Balamord

「……《モモキングJO》ッ……だとぉ!?」

 

 

 

 アカリの愕く声が聞こえてくる。

 これが、ジョーカーズの頂点に立つ存在。

 ありとあらゆる全ての過去を受け入れ、そして未来を紡ぐ未来王龍だ。

 

「──《モモキングJO》で《ザーディクリカ》を攻撃する時、効果発動!! 手札からこいつから進化できる《モモキング》進化クリーチャーを重ねるッ!!」

 

<ボルメテウス──ローディング>

 

「見せてやるぜ──ジョーカーズの本当の力って奴をな!!」

 

 《モモキングJO》の周囲に12本の剣が突き刺さる。

 

「スター進化ッ!! 先ずはこの力だ!!」

 

 そのうちの一振りを手に取った《モモキングJO》の身体に碧き鎧が身に着けられていく。

 それは、あらゆるものを焼き尽くす伝説の炎。

 その力を継承した姿が現れた。

 

 

 

 

「これが俺の闘魂の切札(インビジブル・ワイルド)!! 進化ッ!! 《ボルメテウス・モモキング》だッ!!」

 

 

 

 鎧に取り付けられたビーム砲から白い炎が放たれる。

 当然、ボルメテウスなのだからその効果も健在。

 

「シールドを焼き尽くす!! ボルメテウス・ホワイト・フレアッ!!」

「ッ……G・ストライクが……!!」

 

 登場時に相手のシールドを1枚、直接墓地に送る。 

 これでアカリのシールドは残り5枚。

 そして、EXライフを持たない《ザーディクリカ》も粉砕される。

 

「──そして、攻撃はまだ終わってない! 《JO》のシンカパワー発動! コイツは攻撃の終わりに、一番上のカードを墓地に置くことで、カードを1枚引いてからアンタップする!」

 

 《ボルメテウス》の鎧が光となって消える。 

 だけど消えるだけじゃない。

 この光は、次へと続く星の光だ!!

 

「JOの名が受け継いだジョーカーズの魂、伊達じゃない!! 《ジョラゴン》の無限の弾丸は、こいつの無限の剣製に受け継がれた!!」

「……ジョラゴンを超えた……!? ジョーカーズのドラゴンが……此処まで強くなるなんてこと、あるの……!? こんなの、歴史に無い……ッ!!」

「今度はこれだ! 《ヴァルハルザーク》を攻撃する時、効果発動!!」

 

 浮かび上がる《無双竜機ボルバルザーク》。 

 その力が鎧となって《モモキング》に身に着けられていく。

 それはあらゆるものを粉砕し、突き進む力。

 禁断にして殿堂。永遠の力。悠久の歴史より舞い降りた龍の鎧が現れる。

 

 

 

<ボルバルザーク──ローディング>

 

 

 

「これが俺の殿堂の切札(エターナル・ワイルド)!! 進化──《無双龍騎ボルバル・モモキング》!!」

 

 

 

 剣と盾。

 そして、神聖なる地龍の半身を纏うモモキング。

 その圧倒的威光が、ディスペクターさえも退ける。

 

「無双竜機……面白い!! 神滅竜騎の力を持つ、あたしの《ヴァルハルザーク》を砕くと言うの!?」

「砕くッ!! 《ボルバル・モモキング》の効果発動! 俺のシールドを2枚ブレイクし、その後相手のクリーチャー1体とバトルする! 《ヴァルハルザーク》を強制バトルで破壊だ!!」

 

 そして、攻撃先は《ヴァルハルザーク》。

 EXライフ諸共、押し切る!!

 

「──まとめて切り裂けッ!! 無双竜剣ッ!!」

「……ちぃっ!! そんな能力まで……!!」

「増えた手札から、もう1度連続攻撃に繋げる! 《ボルバル・モモキング》を墓地に送り、《モモキングJO》をアンタップ!! もう1回攻撃だ!!」

 

 今度は──まとうは《アルカディアス》の力。

 邪悪を許さない聖霊王の力だ。

 

「進化ッ!! これが俺の閃光の切札(ザ・スパークワイルド)──《アルカディアス・モモキング》!!」

「ッ……!!」

「こいつが居る限り、光以外の呪文は唱えられない! 必殺──ホワイトアウト!!」

 

 聖剣が残るアカリのシールド3枚を叩き斬った。

 これで、残るシールドは──1枚!

 

「……G・ストライク、《新世界王の闘気》ッ!! 効果で《アルカディアス・モモキング》を止める!!」

「ッ……!」

「更にS・トリガー発動。《霊宝ヒャクメ─4》!! ざぁーんねんでしたぁ!! おじいちゃんの手札を破壊して、マナブーストするよ!」

「止められた……!」

『JOのシンカパワーは、同じクリーチャーが続けて攻撃する以上、G・ストライク1枚で止まってしまうのでありますよ!』

 

 どうする、シンカパワーを使ってアンタップさせるか?

 ……いや、大丈夫だ。

 仮に大きなディスペクターが出てきても1体目がタップインしていればこちらに有利に働く。

 何より光以外の呪文を止めているこの状況は、《アルカディアス・モモキング》1体でかなり優位に立てている状態だ。

 むしろ、ロックを自分から解除する方が危うい……!

 

「俺は《アルカディアス・モモキング》を残してターンエンドだ!」

「……じゃあ行くよ。あたしのターン!!」

 

 次の瞬間、1枚のエリアフォースカードが龍魂珠から現れる。

 

<Ⅰ魔術師(マジシャン)

 

「じゃあ……大好きな彼女のエリアフォースカードの力を使わせてもらうよ、おじいちゃん!! 先ずは4マナで《奇天烈シャッフ》を召喚。その効果で5を止める!」

「なっ!?」

 

 アカリを守護するかのように、ギャンブラーのような容貌のクリーチャーが現れる。

 あいつは確か、宣言したコストの呪文とクリーチャーの攻撃を止めるクリーチャーだ。 

 魔術師(マジシャン)のカードで呼び出すのが、よりによってこの盤面では最悪のクリーチャーとなる。

 《スーパー・スパーク》に《モモキングRX》、そして《モモキングJO》。このデッキは、コスト5のカードの割合が最も多い。

 そして、スター進化で進化元が剥がれた《JO》にもその効果はかかる。

 つまり、このターンで《アルカディアス・モモキング》を処理しながら次のターンの《モモキングJO》の攻撃を止めにきたのだ。

 

「でも、《シャッフ》は《アルカディアス・モモキング》でタップインだ!」

「知ってるよ! でも、だから何? 本命はこっち!! これで、お終いなんだからさあ!!」

 

 ビキビキ、と罅が入って《ヒャクメ》の身体が砕け散る。

 

「ササゲール4──《ヒャクメ─4》を破壊して、召喚するディスペクターのコストを4軽減ッ!!」

 

 タップされるのは5枚。

 9マナのクリーチャーだ。

 《Vol-Val-8》か!? いや、違う。

 このマナの動きは、あの禁断のディスペクターの比ではない。

 頬にビリビリと強烈な震えが走る。

 

「5色マナをタップ。マナにある3枚のキング・セルをリンクッ!! ──キング・クリーチャーを召喚ッ!!」

「キング・クリーチャー!?」

『何でありますか、それはぁ!?』

「所詮は皇帝1枚だけで、22枚のエリアフォースカードを集めたあたしに勝てるわけがない。勝てるはずがないんだよ?」

 

 アカリのマナゾーンから、3枚のカードが浮かび上がる。

 《新世界王の権威》。

 《新世界王の思想》。

 そして《新世界王の闘気》。

 この3枚が連なり、1枚のクリーチャーと化す。

 その時だった。

 

「龍魂珠……あと少しだ。あと少しであたしの完全なる勝利が訪れる!! 五元龍神の力を今、完全に再現し、融合させるのだッ!!」

 

 

 

 

<アークゼオス、クリスド、モルナルク、ヴォルジャアク、バラフィオル──オールオーバー・ニューローディング!!>

 

 

 

 

「エリアフォースカード、フル起動!!」

 

 

 

 

 次の瞬間だった。

 龍魂珠から無数のエリアフォースカードが現れ、バラバラとなっている龍達の身体を繋ぎとめていく。

 

 

<Ⅰ魔術師(マジシャン)

 

<Ⅱ女教皇(ハイプリエステス)

 

<Ⅲ女帝(エンプレス)

 

<Ⅳ皇帝(エンペラー)

 

<Ⅴ教皇(ハイエロファント)

 

<Ⅵ恋人(ラヴァーズ)

 

<Ⅶ戦車(チャリオッツ)

 

<Ⅷ正義(ジャスティス)

 

<Ⅸ隠者(ハーミット)

 

<Ⅹ運命の輪(ホウィール・オブ・フォーチュン)

 

<Ⅺ(ストレングス)

 

<Ⅻ吊るされた男(ハングドマン)

 

<ⅩⅢ死神(デス)

 

<ⅩⅣ節制(テンパランス)

 

<ⅩⅤ悪魔(デビル)

 

<ⅩⅥ(タワー)

 

<ⅩⅦ(スター)

 

<ⅩⅧ(ザ・ムーン)

 

<ⅩⅨ太陽(サン)

 

<ⅩⅩ審判(ジャッジメント)

 

<ⅩⅩⅠ世界(ザ・ワールド)

 

<0──愚者(ザ・フール)

 

 

 

<Wild……Cards……>

 

 

 

 

 

 

「くっすす、終わり。これで終わり。何もかも、仲間とかそういう茶番は終わり」

 

 

 

 全てのカードの力が、ヴォルゼオスへと注がれていく。

 

「ねえ見てよ。これがあたしの最高傑作ッ!! 全てを飲み込み、宇宙さえも喰らい尽くす起源の龍ッ!! これが、あたしが作る新たな歴史の1ページだ!!」

「何なの、あれ……!!」

『本当に、クリーチャーなのでありますか……!?』

 

 最早、そんな言葉で呼べるかも怪しい。

 龍の身体は肥大化していき、そして中央に座す2対の目が俺達を睨み付ける。

 周囲には無数の龍魂珠が現れては砕け散って消えていく。

 何処からともなく、アカリの声が聞こえてきた。

 

 

 

 

「新世界の秩序は今、再構成される。ハロー・ニューワールド!!」

 

 

 

 

<──GotoDispect!!>

 

 

 

 

 禁断文字が周囲に満ち満ちる。

 龍魂珠が埋め込まれていた巨龍が、咆哮を上げた。

 バラバラだった四肢は連結され、その肩には巨龍の顔が混成される。

 そして、光る恒星の龍の尾が接続され、肉体の全てが電融された。

 刻まれるはⅩⅩⅠ。世界を表す数字。

 文字通り、新世界の王神として、それは君臨する。

 

 

 

 

<Iam King Of Dispecter!!>

 

 

 

 

 

 その前では、俺達のカードなど、全てちっぽけなものでしかないことを思い知らされるのだった。

 

 

 

 

 

「──新世界爆誕(ニュークリア・ワールド)!! 《Volzeos(ヴォルゼオス)-()Baramord(バラモルド)》ッ!!」   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 絶句するしかない。

 5文明のドラゴン全てを繋ぎ合わせて融合した存在、《Volzeos(ヴォルゼオス)-()Baramord(バラモルド)》。

 それが今、俺の目の前に立ちはだかっている。

 いや、最早そんな言葉で表すレベルではない。

 巨大だ。あまりにも巨大すぎる。見上げても、その全貌が確認できない程だ。

 もしこいつが地に足をつけたが最期、この星は崩落するのではないかと思わせる。

 

「で、でかすぎる……!? 何なんだ!? さっきよりも、はるかに……!?」

「あっ、ああ……あァ……!! ス、バラ、しい!!」

 

 アカリらしきうめき声が聞こえてくる。

 しかし、最早それはヴォルゼオスの意識に飲まれつつあるのか、ノイズ混じりだ。

 苦しさ、しかしその中に確かに逸楽と愉悦も混じっている。

 ビキ、ビキビキと音を立てて、2つのシールドが目の前に現れる。

 

「壊す……壊して、全て作り変える……これが《Volzeos(ヴォルゼオス)》の力……ッ!!」

「っ……!!」

「エクストラEXライフッ!!」

 

 それは、ヴォルゼオスの姿を象った更なる命。

 だが、展開されたそれは2枚。

 2つの命を持つ通常のディスペクターでさえ厄介だったのに、EXライフシールドを2つ持つということは──

 

「あいつ、命が3つあるっての!?」

『EXライフの上位だからエクストラEXライフでありますかぁ!?』

「3回倒さなきゃ、沈まねえってのかよ……!?」

「それだけじゃあない!! ヴォルゼオスのパワーは555555ッ! そしてワールドブレイカー! 文字通り、最恐の生命体だッ!」

「はーっ!?」

 

 高過ぎるなんてものではない。

 これでは仮に《モモキングダムX》のパワーマイナスが炸裂しても毛ほども通用しないではないか。

 

「畜生!! 何がパワー555555だ!! 全部テメーの匙加減じゃねえか!!」

「あっははははは!! 強いぞー!! すごいぞーっ!! 《Volzeos(ヴォルゼオス)》で《アルカディアス・モモキング》を攻撃する時、効果発動!! 相手の手札を全て破壊する!!」

「ッ……!?」

 

 ヴォルゼオスの瞳が光り輝き、俺の残る手札が全て破壊される。

 そして、黒い稲光が周囲を薙ぎ払いながら、《アルカディアス・モモキング》を消し飛ばす。

 

「くっそッ……!? スター進化で鎧を犠牲に生き残る──!!」

「あっははははは!! 生き残ってもムダ!! その《モモキング》はシャッフの効果がかかって、動けないんだよ!」

『コスト5を指定したのは、進化元を剥がすことを見越して……でありますか!!』

「これであたしはターンエンド。さあ、次に引く手札でやれるものならやってみれば良いんじゃないかなあ!!」

「ッ……!!」

 

 《奇天烈シャッフ》は指定した数字と同じコストを持つクリーチャーの攻撃と、呪文の詠唱を封じる。

 場に居る《JO》だけではなく、《スーパー・スパーク》の詠唱も封じている。

 S・トリガーはアテに出来ない……やれることは唯一つだ。

 

 ……そうだ。例えどんなに最悪な状況だったとしても。

 

 

 いつだって、配られた手札でどうにかしてきたじゃないか!

 

 

 

 

 

「俺は《ボルシャック・NEX》を召喚ッ!! 効果でデッキから《凰翔竜機ワルキューレ・ルピア》を出して、ドラゴン全員をブロッカー化する!!」

「チッ、あくまでも──抵抗するとッ!!」

 

 

 

 

 場に並ぶ《NEX》。

 そして、《ワルキューレ・ルピア》に《モモキングJO》。

 全員が既に防御態勢をとっている。

 山札を確認したが、やはりトリガーには期待できない。

 しかし──

 

 

 

 

「あっはははは! だよね! その程度の事しか出来ない! 出来るはずがない!」

 

 

 

 

 当然。

 アカリは、このくらいの防壁ならば乗り越える準備をしているだろう。

 

 

 

 

「……だから、見せてあげる。真の絶望って奴を!!」

 

 

 

<アルカディアス!! ドルバロム!! GotoDispect!!>

 

 

 

 

「これで終わり。全てが終わり。《シャッフ》で止められないようにコストがバラバラのブロッカーを用意したつもりかもしれないけど、無駄足だったね!!」

「ッ……!」

「……無駄な足掻き。無駄な抵抗。そう、全部ムダ。全部、全部全部、無意味!! 無価値!! 無駄!!」

 

 

 

 

<You Scream King!!>

 

 

 

 

 天使と悪魔が繋ぎ合わされ、王がその場に君臨する。

 来る。

 

 

 

「……我が新世界に、失楽を!! 《聖魔連結王 ドルファディロム》ッ!!」 

 

 

 

 

<We Are Dispecter!!> 

 

 

 

 

 《ドルファディロム》は、詰めの一手だった。

 アカリはこの戦いを終わらせようとしている。

 それも完全なる自らの勝利という形で!

 

「その効果で──単色クリーチャーの《NEX》を滅殺ッ!!」

 

 聖魔入り混じった雷撃。

 それにより一瞬で《NEX》は蒸発する。

 だが、それだけでは終わらない。

 

「《シャッフ》で攻撃──!! その効果で、コスト5を指定して行動不能に!」

「ッ……!!」

「あはっ。《ワルキューレ》も《モモキング》も、これで何も出来ないね!!」

「……」

「そして《ヴォルゼオス》で残るシールドを──ブレイクッ!! その時、アタック・チャンス発動──《禁時王秘伝 エンドオブランド》!!」

 

 次の瞬間──《モモキング》の身体が砕かれる。

 禁断と奇跡の王の力が一気に流れ込む。

 

 

 

 

「モモキングは今度こそ死んだッ!! やるなら……徹底的に!! 跡形も残さずッ!! そして──消え去れええええええええええええええーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 白。青。黒。赤。緑。

 全ての色の閃光が混じり合い、斑となって俺の残る全てを焼き尽くす。

 

 

 

 雷撃が、波濤が、瘴気が、灼熱が、颶風が、まとめて束になって襲い来る。

 

 

 

 残る2枚のシールドが、そして手札が消し飛んだ。

 

 

 

 その後には、聖魔連結王が迫る──ッ!!

 

 

 

 

 

「白銀耀を──消し飛ばせッ!! 《ドルファディロム》──ッ!!」



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GR149話:最後の弾丸(ラストアタック)

「……これで良い──これで良いんだ」

「……は?」

「《ボルシャック・NEX》の効果で2回も山札を見たんだ。見間違えるはずもなかった!!」

「山札……ッ!! 今更山札を見ても何があったっていうの!? 《ドルファディロム》で──」

 

 

 

 

 

 アカリの声はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 《ドルファディロム》は──攻撃しなかった。いや、出来なかった。

 

 

 

「攻撃したか。攻撃しちまったなアカリ。だけどな、俺を倒すのは一筋縄ではいかないぞ」

 

 今まで散々見てきただろ。白銀耀という男が最も厄介なのは何故なのか。

 殺しても死なない男。それが俺だ。

 ──絶体絶命、シールド0、手札0の逆境、つまり、今、この瞬間だからこそッ!!

 

 

 

 

「──G・ストライク発動……《ボルシャック・モモキング》!!」 

 

 

 

 

 俺は……もっと、強くなれるんだッ!!

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

「ッアアアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!! し・ろ・が・ね、耀ぅぅぅぅーっっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 何故だ!! 何故死なない!! 

 何故この男は、何をしても、どうやっても死なないのだ!!

 殺せると思った!! 今度こそ潰せると思った!! 

 こんなにこんなにこんなにちっぽけで、脆弱で、騙されやすく、そして──矮小な生物だと言うのに!!

 魔力だってこっちが上回っているはずだ! 圧倒的に!

 こっちは22枚のエリアフォースカード、そして向こうはたった1枚の皇帝のカード!

 たった、たったそれだけだというのに! 

 空間でのデュエルは、魔力の差によってカードの引きの強さが大きく変わる……魔力が拮抗していなければ、そもそも勝負にすらなっていないはずだ!

 新世界の王となった我に、あたしに、歯向かうというの──

 

 

 

「ッ……!!」

 

 

 

 

 ──何故だ。

 何故なんだ。

 幻でも、見えているのか? この、あたしが?

 

 何故、そこに立っている。

 

 

 

 白銀耀の傍に、立っている!!

 

 

 

 それで、守っているつもりだというのか!?

 

 

 

 それで、あたしの攻撃から守ったと言うのか!?

 

 

 何故、そこに居る……!?

 

 

 あたしの中に居るはずの──或瀬ブランが、火廣金緋色が、桑原甲が、刀堂花梨が──

 

 

 

 

 ──そして、死んだはずの暗野紫月が……!!

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「ふざけるなぁぁぁぁーっ!! この期に及んで、あたしの邪魔をするっていうの!?」

「ッ……!」

「目障りだ! 目障りだッ!! 仲間だの、何だのと言って、束になってあたしを邪魔するのかーッ!!」

 

 

 

 

 俺は思わず辺りを見回した。

 誰も居ない。居るはずがない。

 此処に居るのは、俺とチョートッQ、そしてエッ子だけのはずだ。

 あいつには、何が見えているんだ?

 ……まあいい。どっちにしても、此処でアカリは倒す!

 

「そうだッ!! もう何もさせねえよ、アカリ。もうこれ以上、お前の思い通りにはさせねえ」 

「……何であたしの邪魔をする? あたしが素晴らしい新世界を造る邪魔をする? 作って、また壊して。欲しいものがあったら全て手に入る。それが我が理想の世界だ。お前だって欲しいはずだ! 欲しかったものが全て手に入る新世界があれば、人間誰しもそれを選ぶはずだ!」

 

 虚ろな目で、ヴォルゼオスは──アカリは俺を睨む。

 

「お前の仲間が皆揃っていて、家族がいて、望んだものが全て手に入る理想の世界があれば……お前も、それを選ぶはずだ!」

 

「なんなら……龍魂珠に封じた人間たちが皆幸福になるような世界を造ってやろうかあ? そこで永遠に苦しみも悲しみもない生を過ごせば良い」

 

「それとも、正しく生きるものが報われず、甘い汁を吸う者によって搾り取られるあの世界に戻るか?」

 

 誘惑するようにヴォルゼオスは語り掛ける。

 しかし、そんなもんに俺は興味など欠片も無かった。

 

「俺の世界がどうだとか、新世界がどうとか、ンなもん興味ねえんだよ。欲しいモンが全部手に入る? 俺から全部奪ってきたテメェが何言ってんだ? 一生懸命、必死に生きてたやつらが居た。現代も、60年後の未来も、過去も、俺の知らない尾歴史も変わらない!! 生きてたやつらが居たんだ!!」

 

 拳に、力が入る。

 

「散々人の人生踏み躙って、狂わせて、弄んでおいて……今更、全知全能の神様面かアメノアカリ!! オマエは……俺の仲間も裏切って、そしてその身体を好き勝手に弄り回した!!」

 

 喉が──カラカラで、髪が焼け付くようだ。

 全身に、血が駆け巡る。

 

 

 

 

「オメーをブッ潰す理由なんざ……それだけで十分だろーがぁっ!!」

 

 

 

 

 5マナをタップする。

 これで、終わらせるッ!!

 これが正真正銘最後の切札、最後の弾丸だ!!

 

「来い、《未来王龍モモキングJO》!! 《Volzeos》と一騎打ちだッ!!」

「勝てるはずがない!! パワー555555の《Volzeos》に勝てるはずがない!! それに、この防壁を超えられるとでも! G・ストライクと、S・トリガーで埋め尽くしたこのデッキの防御を……!」

「んなもん、マナゾーンとこれまでお前が使ってきたカードを見てれば一目瞭然だ! むしろ、それをどうやって突破するか必死こいて今まで考えてたくらいだぜ!!」

 

 後は。

 全弾、撃ち尽くすだけだ!

 

「何の策も無く、切札を切ったと思ってんのかよ! 《モモキングJO》で攻撃する時──効果発動!! 手札から《モモキング》の名を持つクリーチャーをこいつから進化させる!!」

「キャッハハ! 行くよ人間!」

 

 その時。

 漸くエッ子の声が聞こえてくる。

 ああ。出番だ、禁断の力!

 

<ドキンダムX・ローディング>

 

「借りるぜ、禁断の力!! スター進化──《禁断のモモキングダム》!!」

「ッ……!?」

「禁断の力は不可侵の力!! G・ストライクでも触れられない!!」

「何故だッ!! 何故人間に与するアマツミカボシ!! お前は、お前は人間を、すべての生物を破壊し尽くす為に地上に降り立った破壊神!!」

「あっれー? そうだったっけ? ……まあ、あたし達禁断は降り立った星を滅ぼすだけの空虚な存在。そうなるべくしてなった存在」

 

 良くも悪くも純真で、それしか知らない存在。

 それが──禁断だ。

 しかし。ドルマゲドンを守護するドキンダムXという存在は、設定によれば9999体存在すると言う。

 その全てが冷徹に破壊のみを遂行する存在なのかと言えば、そうではない。

 エッ子を携えたこのドキンダムのように、人の感情を解し、模倣しようとした者だって存在する。

 

「……知っちゃったんだよね。喪う痛みと……あとは、愛ってヤツ!!」

「何故そこで愛ッ!?」

「喪いたくない、時さえも超えるその想い。言わば執念ってやつ? それをぶつけられて……ちょっとだけ、襟元正されちゃったのかなってカンジ!!」

「何を今更!! 破壊神が世迷い事を!! どんなに人間に与したところで、お前が破壊神である事実など変わらない!! 本音は何だ、言ってみろ!!」

「あたし、あたしのご主人様をバカにするヤツが一番キライだから」

 

 とびっきりの笑顔で──彼女は答えた。

 

「とゆーわけでー……ブッ壊すッ!!」

「《禁断のモモキングダム》でW・ブレイクだ!!」

「ッ……G・ストライク!! 《地龍神の魔陣》に《新世界王の思想》ッ!!」

 

 迫りくるG・ストライクによる雷撃。

 しかし、それを禁断文字がはじき返す。

 

「ざーこざーこ♡ G・ストライクなんて、禁断の力の前ではヨワヨワなんだから♡」

「んなっ、バカな……!!」

「効かねえんだよアカリ!! 《禁断のモモキングダム》は選ばれない!! そして、アーマーパージ──アンタップだ《モモキングJO》!!」

 

 禁断の鎧が弾き跳び、再び地面を蹴る《モモキングJO》。

 残るはあと1枚の《Volzeos》のEXライフシールドだ。

 しかし、1枚でもG・ストライクを、S・トリガーを踏むことは許されない。

 そして手札も尽きている。次は無い。

 だから──

 

「……倒す。ヴォルゼオス諸共──テメェを此処で切り捨てる!!」

「ッ……!? はぁ!? 出来るはずがない!! パワー555555の我が切札を倒して、そしてあたし諸共切り捨てる!?」

「へっ、無駄に高いのがパワーだけで助かったぜアカリ!!」

 

 ──この一撃で全てを決める!

 

 

 

 

 

「これが俺の決着の切札(バトルオブワイルド)!!」

 

 

 

 

 この新世界で、俺を支えてくれたもう1つの皇帝のカード。

 そして──ボルシャックとモモキング。

 その力を今、再び重ね合わせる!!

 

 

 

 

 

「──スター進化、《ボルシャック・大和・モモキング》!!」

 

<ボルシャック・大和・ドラゴン──ローディング>

 

 

 

 それは戦国武者の鎧を着こんだモモキング。

 熱く燃える魂が刀に宿り、炎を纏う。

 静かに抜刀した龍は地面を駆け、新世界王に斬りかかった──

 

「そんなちっぽけなクリーチャーでッ!! この我が!! 新世界の王が倒せるはずが──無いッ!」

「ちっぽけなんかじゃねえよ!! この切札に俺の魂も、こいつらの魂も全部乗せた!! それに──俺の仲間の分も上乗せするぜーッ!!」

『効果発動ッ!! 《大和・モモキング》は山札の上を2枚墓地に送り、そのコストの合計以下のクリーチャーをブッた斬るであります!!』

「《Volzeos》のコストは9だ。決して破壊出来ないコストのクリーチャーじゃねえ!!」

「ッ……!!」

 

 

 

 ──1枚目。《ボルシャック・栄光・ルピア》。コスト3。

 

 

 

 新世界王の身体を駆けあがるモモキング。

 五龍神の顔から次々にが閃光が、濁流が、瘴気が、旋風が、そして熱線が放たれていく。

 しかし、それを意にも介さず次々に躱し、脳天を目指して駆けあがっていくッ!!

 

 

 

「ふざけるなぁぁぁぁーっ!! 《Volzeos》ッ!! 撃ち落とせッ!! 撃ち落とせよ、あの蚊トンボをーッ!!」

 

 

 

 ──2枚目──《ボルシャック・ドギラゴン》ッ!! コスト7、合計で──10!! 《Volzeos》のコスト9を超えた!!

 

 

 

 刀が──大上段に振り上げられたッ!!

 

 

 

 

「認めない!! 認められない!! こんな事、こんな事ーッ!!」

「──大和・ザンゲキ剣ッ!!」

 

 

 

 

 新世界王の身体は、両断される。

 《Volzeos》と融合したアカリを守るものはもう無かった。

 そのEXライフ諸共──真っ二つとなったのだ。

 シールドが無くなったプレイヤーを待っているのはダイレクトアタックのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

「バカなッ……《新世界王の権威》……!! G・ストライク、だったのにッ……!!」

「《モモキング》で、ダイレクトアタックッ!!」

 

 

 

 連結が、縫合が、接続が、混成が、電融がほどけていく。

 

 

 五龍神を繋ぎとめていたものが消え失せ、残るは龍の形をした肉塊のみ。

 それが崩れ落ちていき──新世界の王は脆く、あっけなく、灰となって消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

「ッ……まだだ!! 死にたくないッ!! あたしには死ねない理由があるッ……!!」

 

 

 

 

 龍魂珠はふよふよと浮いていた。崩壊する五龍神から逃れるようにして。

 その中に無数の魂と、アカリを乗せて。 

 此処では敗北した。しかし、龍魂珠が生きている限り、何度でも生き返ることが出来る。

 ヴォルゼオスは倒されたが、それでも──生きていれば、いつか、必ず、何度でも再起出来るはず──

 

 

 

 

 

「おいおい、言っただろ!! ぶん殴るってなあああああああ!!」

「ッ……!?」

 

 

 

 聞こえてくる。

 白銀耀の声が。

 あろうことか──ダンガンオーの姿を借りて、飛び出していた。

 今度こそアカリは命の危機を感じる。

 出られない。出られるはずがない。

 肉体は既に先程暗野紫月に破壊されたばかり。まだ再生出来ていない。

 つまり、龍魂珠を砕かれることは歴史の修正だけではなく、アカリの直接の死を意味していた。

 

「くっ、来るな!! 来るな来るな来るな来るなッ!! これを砕いたら、爆発の余波でお前達も巻き込まれて消えるぞ……!? し、死にたくないだろう!? お前達だって!!」

「はっ、そんな事……()()()()()()()()()()()()()()!!」

『人生はお先真っ白、何が起こるか分かったもんじゃないでありますからなあ!!』

「こいつらっ、最初から自分を犠牲にするつもりで──イカれてる!! イカれてる──ッ!!」

 

 最早、それを論じることに意味など無い。

 もとより耀も、チョートッQもその覚悟で此処に立っていた。

 此処でアカリを倒すためにやってきたのだ。

 引き下がる理由など無かった。

 

「返してもらうぜ、俺達の世界と仲間を!!」

「そこにお前は居ないぞ白銀耀!!」

「ああ、居たかったよ。そこに──まあでも、ダメだった時はその時はその時だッ!!」

『マスター!! これが最後のッ!!』

 

 白い弾丸が龍魂珠を貫いた。

 

 

 

 ──ダンガン・インパクトーッ!!

 

 

 

 

 拳による一撃。

 それが龍魂珠を今度こそ、粉々にブチ砕く。

 

 

 

 

「あっ、ぎっ、あたしは、あたしの新世界が、こんなちっぽけな人間一人の手でッ……アアアアアアアアアアアアアアアアーッッッ!」

 

 

 

 

 

 断末魔の叫びが響き渡ったその瞬間──龍魂珠を起点に全てが爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 周囲は白く染まった。

 その中に、白銀耀も──飲み込まれた。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 ──目を、覚ました。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、あ、生きてる。生きている……ッ!!」

 

 

 

 

 アカリは──白銀朱莉の姿で、何処かに立っていた。

 龍魂珠を貫かれ、その中に居た自らも死に絶えたと思っていたが──やはり自らが神類種なのだろう、と思い直す。

 そう簡単に神は滅びはしない。

 白銀耀もまた、龍魂珠の爆発に巻き込まれて、消え失せた。

 此処から新たな世界が始まる。

 

「あっ、あはははは、今度は、今度はもっとうまく、やろう……ッ!! バレないように、最後の最後まで……ッ!! 新世界を、新世界を、今度こそ──」

 

 

 

 

 

「はーい、そこまでですよ」

 

 

 

 

 

 乾いた銃声が響き渡った。

 アカリの頭から鮮血が迸った。

 弾丸が、頭蓋を確かに破壊していた。

 それでも彼女は神だ。

 死ねない。簡単には逝けない。

 赤い水を迸らせ、地面にのたうち回りながら──巫女服を纏った神は、振り向く。

 

「あっ、あぐっ、あぁ、あ……? き、さまは」

「……まさか、本当に、自分がまだ生きていると思っているのですか?」

「ッ……!!」

 

 少女は──白銀朱莉。正真正銘の、白銀耀の養子。

 アメノホアカリが寄生して取り殺し、その姿を借りた少女がそこに立っていた。

 

「なぜ、なぜ、おまえが、ここに……!!」

「報いを受ける時が来たんですよ。貴方が喰らって来た無数のものからの報いを」

「当然ッ!! 安寧などそこにはないッ!!」

「ッ……!!」

 

 アマテラスの声も聞こえてくる。

 そこでようやくアメノホアカリは気付いた。

 自らの足に無数の手が絡みついていることを。

 自分が、此処ではない何処かへと引きずり込まれていることを。

 

「アマテラァァァス!! 何故、お前がッ!!」

「我が何にも考えず貴様に食われたと思ったのか?」

「ッ!!」

「結論ッ!! ずっとお前をすんでのところで制御していたのは、他でも無い我であるッ!!」

「あっ、あああああああ!! ふざけるなぁぁぁーっ!! あたしは、あたしはぁぁぁぁーっ、またお前に勝てなかったのか!!」

「言ったはずだ。必ず責任を取ると。刺し違えたとしても!!」

 

 絶叫するアカリの身体は──沈んでいく。

 まるで底なし沼に浸かったかのように。

 

「貴女は少々食いすぎたんです。あたしを含めて、人を、多くの神を」

「そしてそれを龍魂珠に閉じ込めすぎた。結論ッ!! ──今、極限まで弱っているお前を待つ運命は一つ」

「まっ、まってよ、あたしは……あたしは!!」

 

 ずる、ずるずるずる。

 

 アカリは何処かへと消えていく。

 無数の何かに引きずり込まれていく。

 それがどこなのかは分からない。

 しかし。 

 自らが取り込んできた無数の誰かに飲み込まれ、アメノホアカリという神が消え失せるのは時間の問題である。

 

「だって!! だってだってだって!! あたし神様だもん!! こんなの、許されるわけないじゃない!!」

 

 海に絵の具を一滴垂らしたところで──極限まで薄まり、消えるだけ。

 それと同じ事だ。

 

 

 

 

 

「いやだッ、いやだいやだッ!! 死にたくないッ!! 消えたくないッ!! 食われたくないッ!! やめろっ、やめろやめろやめろッ!!」

 

 

 

 

 無数の手が彼女の頭を押さえつけていく。

 最早、抜け出すことなど出来はしなかった。

 

 

 

 

 

 

「あたしは……ッ!! 幸せになりたかった、だけ、なのにぃぃぃ」

 

 

 

 

 アメノホアカリは──そう言い残して、今度こそ消えた。

 そして。

 二度と、蘇ることは無かったという。



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GR150話:空白のある世界

「あれっ……?」

 

 

 

 

 生きている。辛うじて。

 22枚のエリアフォースカードが周囲を取り囲んでいる。

 守ってくれたのだろうか。

 だけど──その1枚1枚全てが灰になって消えていく。

 

「っ……そんな」

 

 まるで役目を果たしたかのようだった。

 燃え尽きていくかのようだった。

 俺は──皇帝(エンペラー)のカードを手に取る。

 既にもう、灰になりかけていた。

 

「……マスター。時間でありますな」

「……っ」

「全ての力を彼らは使い果たしたのでありますよ。1000年前討ち滅ぼせなかった神を滅ぼすという使命を果たしたから……」

「そっか」

 

 彼らが自壊していく様を眺めながら、俺は首を縦に振った。

 寿命。その一言が相応しかった。

 形あるものはいずれ壊れる。

 本来ならば彼らはとっくの昔に作られたものだ。

 いつ壊れてもおかしくなかったのかもしれない。

 ただ、邪悪な神に利用されていただけ。

 

「……ありがとう、皇帝(エンペラー)

 

 俺は自らの手にしていたもう1枚。

 現代と未来、2枚の皇帝(エンペラー)を見やる。

 その2つが共に消えていく。

 ……そっか。俺も……終わりか。

 元々、チョートッQの力で繋ぎとめていた命だ。

 エリアフォースカードが役目を終えた今、俺も──役目を終えたってことか。

 

「……マスター、巻き込んでしまって悪かったでありますな」

「……これで終わりか? 俺も……」

「……分からないでありますが……こうでもしなければ、アメノホアカリは滅ぼせなかったでありますよ」

「だろうなあ、しぶとかったもんなあいつ」

 

 カラカラと笑ってみせる。

 ああ、ダメだったか。

 でも、歴史は──これで元に戻る。

 俺は何の為に戦ってきた? あいつらが笑ってられる世界を取り戻す為だろ。

 

「……あいつらが無事なら、俺は……」

 

 消えていく腕を、見ながら俺は呟いた。

 熱いものが込み上げて来ていた。

 気持ちは努めて穏やかだったが──それでもやり残したことはあまりにも多かった。

 まだ、ブランとバカみたいに事件を追いかけまわしたりしたかった。

 火廣金に謝って、何度でも、何度でもあいつとギリギリのデュエルがしたかった。

 紫月は──折角助けられたのにな。やっと、やっとあいつが生きていられる世界になったのにな。

 まだ、チューしかしてなかったな。

 

「……俺が居なくなったら、どうなるんだろーなあ」

 

 少なくとも。

 皆には──泣いてほしくないな、と思ったところで、じわりと涙が視界に浮かんだ。

 ウソだ。全部ウソ。

 泣いていてほしい。

 惜しまれるだけ惜しんでほしい。

 そうやってひとしきり惜しまれた後でも、俺の事を忘れて欲しくない。

 

「……そっか。嫌だなあ……消えるのは……やっぱ辛ぇわ」

 

 花梨が、ノゾム兄が、黒鳥さんが、桑原先輩が、翠月さんが──そして此処まで世話になった人たちの顔が浮かんでは消えていく。

 此処まで来るのにこんなに沢山の人に支えられてきたのに。

 

「あっ……」

 

 ふと、カード達が俺の前に現れては消えていく。

 これまで一緒に戦ってきたジョーカーズ達だ。

 

「……《ヤッタレマン》……《パーリ騎士》……《バーバーパパ》……《絶対音カーン》……」

 

 

「……《タイク・タイソンズ》……《ガチャダマン》……」

 

 

 

「《ジョニー》……《シルバー》……《ジョラゴン》……《モモキング》……」

 

 

 

 どれだけ長く戦っただろう。

 どれだけ多くのデッキを乗り換えてきただろう。

 戦いの数だけ共に闘ったカードもあった。

 そうか。まだ、デュエルしたかったんだ。

 俺はこいつらと……俺のカード達と、俺の仲間達と……。

 

「それなのに、これで終わりか」

「……我だって……もっとマスターと……一緒に、いたかったでありますよ」

「……泣いてんのかよ、ガラでもねえな相棒」

「そっちだって……人の事、言えないくせに……」

 

 そうか。 

 この命を賭けてでも、なんて……軽々しく言うもんじゃねえんだな。

 

「……さようなら、か」

「さようなら、でありますな。時間が来たでありますよ」

「……そうか。だけど俺は後悔してねえよ。お前は最高の相棒だ」

「……こっちもであります。最高のマスター」

 

 そこで、彼の声は消えた。

 ありがとう、隣でずっと戦ってくれて。

 

 

 

 

「あばよ、チョートッQ」

 

 

 

 

「……もう少しお前と、デュエマ部と……バカやってたかったな……」

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……んぅ」

 

 

 

 

 目に刺さる光が眩しい。

 暗野紫月は──起き上がり、辺りを見回す。 

 人が行き交う何でもないギリシャの街並みが視界に入った。

 

「……此処は」

「どーやら……俺達ゃ助かったみてーだな……」

 

 シャークウガの声も聞こえてくる。

 思わず紫月は自らの身体を触る。

 縫い目は無かった。そこかしこに感じる違和感も無かった。

 全て、紛れもない自分の身体だ。元に戻っている。

 

「……どうやら、歴史が、元に戻ったみてーだ」

「ッ……! てっきり、あの場で死んだ私達は戻らないものかと」

「さあな。新世界の摂理ってやつに助けられたのかもしれねえ。少なくとも俺様ァ、覚えてんぞ。全部、全部な」

「……私もです」

 

 あの後。

 耀は歴史改変の要である龍魂珠の破壊に成功したのだろう。

 そして自分達は、こうして生きている。

 あの新世界での記憶を持ったまま──

 

「えっと……全部終わったんデス……?」

『世界を覆っていた神類種の気配が……無い』

「空の裂け目も消えてますっ!」

「どうなってやがんだぁ……?」

 

 ブランも。桑原も。そして──翠月もその場に居た。

 皆が不思議そうに首を傾げながら空を見やる。 

 そこには、禍々しく光っていたはずの裂け目は消えていた。

 

「……終わってしまったというのか。僕達の預かり知らぬところで、何もかもが……?」

 

 黒鳥は何も無い蒼空を前に溜息を吐く。

 

「では、誰が終わらせた……?」

「アカルが……アカルがやってくれたのデスよ!! きっと!! アカルが死んだなんてウソだったのデス!! アカルは生きてるのデスよ!!」

「先輩、生きてたのねっ!」

「じゃなきゃ説明がつかねえもんな! あの野郎、流石だぜッ!」

 

 

 

 

「……じゃあ、先輩は──何処に行ったのですか?」

 

 

 

 

 紫月は投げかけた。

 一気に歓喜のムードは静まる。

 幽世で死んだとされていた耀は今、何処に居るのか。

 それが誰にも分からないのだ。

 

「……シャークウガ。サッヴァーク。先輩の居場所が、皇帝(エンペラー)のカードの場所が……分かりますか?」

「……ッ!」

「……分からぬ」

 

 サッヴァークは一言、漏らした。

 

「……ワシも記憶が混線して分からぬ。一つ言えるのは、アメノホアカリを打倒したのが白銀耀であること──それだけじゃ」

「そんなことあるのデス!? サッヴァーク! アカルの皇帝(エンペラー)の場所は分からないのデス!?」

「だけどよ、分かんねえんだ。エリアフォースカードが消えちまって……何処にも無ェんだよ。反応、しねえ」

 

 シャークウガが困ったように言った。

 彼だけではない。

 他の守護獣達も皆、自らのエリアフォースカードすら感知できないのだという。

 アカリは倒された。歴史も元に戻った。

 ならば、エリアフォースカードも元の場所に戻っていてもおかしくはない。

 しかし──それが見つからないのである。

 

皇帝(エンペラー)だけではなく、全てのエリアフォースカードが消えてしまったというのか!?」

「何故!?」

「……ワシらはこうして残った。しかし、エリアフォースカードは……これ以上、自らが濫用されることを望まなかったのかもしれんのう……」

 

 呟いたのはサッヴァークだった。

 あくまでも憶測でしかない。

 しかし、消えたカードの行方は守護獣達にすら分からない。

 ──そうなると残るのは耀だ。

 

「先輩は!?」

「……」

「先輩は何処に行ったんですか!?」

「お、落ち着くデスよシヅク! エリアフォースカードが消えただけで、案外チョートッQと一緒にひょっこり出てくるかもしれないデスよ!」

「っ……何でそんな呑気なことが言えるんですか!」

 

 紫月はブランの肩を掴む。

 

「折角……全部終わったのに……先輩が、居ないだなんて……もし先輩に何かあったら、私……っ!」

「シヅク……」

 

 皆、何も言うことは出来なかった。

 この場には居ない耀の無事を誰もが願っていた。

 しかし、理屈ではなく感情の何処かでは、もう彼が戻って来ないような予感がしていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ハ、ハヤテ……」

「終わったんか……けほっ、けほっ」

 

 

 咳き込む矢継に「まだ喋ったらあかんよ!」と芽衣が止める。

 

「……なぁ、誰やろなあ。この空を守ったんは……」

「……誰やろうねえ」

「……」

 

 矢継は目を伏せた。

 とても息苦しく、そして嫌な予感がする。

 

 

 

(……あいつ……戻って来んとか言うんやあらへんやろなあ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……終わったの? 火廣金……」

 

 

 

 

 花梨が問いかける。

 京都の空は憎らしいほどに晴れ晴れとしていた。

 しかし。この嫌な沈黙の正体を、火廣金は悟りつつあった。

 そして花梨も言葉にせずともそれが何なのか察しつつあった。

 戻ってきていない。

 彼が──白銀耀が。

 

 

 

「……まさか。謝らせることすらさせてくれないと言うのではないだろうな? ……」

 

 

 

 火廣金はそこで、言葉を止めた。

 思い出せない。

 自分は誰に謝らなければならなかったのかが。

 

 

 

「ねえ、火廣金……どうしたの?」

「っ……」

 

 

 

 花梨に問われ、火廣金は何も返すことが出来なかった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 何故かは分からない。

 憶測する事ならば誰でもできる。

 だが、虫の知らせというものは──時に残酷なまでに状況を言い当ててくる。

 耀がもう見つからないかもしれない、という予感だ。

 

 

 

 ──結論から言えば、白銀耀は見つからなかった。

 世界のどこを探しても、彼らしき人物は見当たらなかったのである。

 幽世の門は既にぴったりと閉じており、誰であっても立ち入ることは出来なかった。

 

 

 

 

 しかし──問題は、それだけではなかった。

 

「白銀……? 誰だよそいつ」

 

 3月の終わり頃。

 その教室で耀の席は無くなっていた。

 まるで白銀耀という存在が最初から居なかったかのように、彼らは振る舞った

 

「うちに息子は居りませんが……」

 

 白銀家を訪ねてもこの有様だ。

 耀を探すうちに、この奇妙な怪現象は世界全てに起こっていることに彼らは勘付きつつあった。

 そしてそれが、耀が神を滅ぼす代償であったことを悟りつつあった。

 人が人ではないものを倒すのは尋常ではないことだ。

 そして耀の事だ。彼が捨身でアカリに向かって行ったのは想像に難くなかった。

 

「きっと、己の存在そのものを……白銀のヤツは賭けたのかもしれねえ」

 

 そう言っていた桑原も、今では彼のことなど忘れてしまったかのように美大進学の準備を進めていた。

 

「……すまない。記憶が混線している。どうやら、忘れてしまったことがあるかもしれない」

 

 思わず紫月は手が出そうになった。

 あれだけ耀とぶつかり合って、心配をかけた火廣金でさえこの有様だ。

 耀のことは「忘れてしまったこと」で済ませられることだったのか、と。

 

「っ……何で、何で忘れられるんですか!? 火廣金先輩は、白銀先輩に謝らなければならないんでしょう!?」

「……すまない」

「すまないじゃ、ないですよ……!!」

 

 紫月は、部室に行かなくなった。

 それでも紫月は彼のいた証を探して、探して、探していた。

 ブランもそれに付き合ってくれた。

 しかし、それでも、何も見つからなかった。

 そして終いには──

 

「……白銀? シロガネって誰デス?」

「っ……」

 

 紫月は絶句した。

 先程まで、隣で一緒に耀を探していたブランが──何も知らないかのように言ってのけたことに。

 気付けば紫月は、ブランに掴みかかっていた。

 

「ひっ、人でなし極まるとはこの事ですっ!! ブラン先輩はっ、散々白銀先輩に助けてもらったのに! 忘れてしまったんですか!?」

「お、落ち着くデス、シヅク!! どうしたんデスか、いきなりっ」

「冗談なら、冗談ならタチが悪いですよ先輩ッ!! 私達あんなにっ、あんなに一緒だったじゃないですか!!」

「シヅク!! どうしたデス!? 痛いデスよ!!」

『やめんかっ!! 探偵に何をするッ!!』

「っ……!」

 

 そこで──紫月は振り上げようとした手を下ろす。 

 そして、何処か失望したように──「ごめんなさい」と告げるのだった。

 

「ぅっ、ぁあ、ああ……!!」

「……どうしたんデス、シヅク……? なんで、泣いてるのデス……?」

「私にも……分からない、ですよ……」

 

 自分もいずれ、こうなる。

 そうすれば楽になれるのだろうか。

 

「いやだ」

 

 彼女は否定した。

 例え楽になれたとしても。

 自分だけが覚えている今がどんなに辛かったとしても。

 彼だけは忘れたくはない。

 覚えていたい。

 

「シャークウガ……? 貴方は、先輩の事、覚えてますよね……?」

『正直、自信がねえよ……爺さんも、オウ禍武斗も、QXも、バルガも……皆、忘れちまった』

「なら、名前をッ……先輩の、名前だけでも──」

 

 ノートに彼の名前を書き殴ろうとして、紫月は気付いた。

 もう、彼の名前も覚えていないことに。

 抜け落ちてしまって、もう思い出せなかった。

 

「あっ、あああ!! 思い出して!! 思い出してよ……っ!!」

 

 彼女は己の頭を殴りつけた。痛いばかりで、何も蘇ってくることは無かった。

 

「好きだったのに!! あんなに大好きだったのに!! 名前をっ、名前を……そんな……!!」

 

 むしゃくしゃした気持ちで、やるせない気持ちで、そして許せない気持ちでペンをノートに突き立てる。

 思わずスマートフォンの画像を漁る。

 彼の写真を探す。

 だがもう、何処にも探している彼の顔は無かった。

 

「いやだ……忘れたく、ないっ……!!」

 

 そのうち、どんな顔を探していたのかも忘れた。

 

「忘れたく、ないのにぃっ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ……? 何で私、こんなに泣いてるんだっけ……?」 



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GR151話:卒業式

 ※※※

 

 

 

 

 ──誰かを忘れているような気がする。

 ずっと、ずっと遠い何処かに忘れているような気がする。

 私、暗野紫月は──ずっとそうやって、ぽっかりと心に穴が開いた状態で過ごして来た。

 

「……しづ、何をボーッとしてるの?」

「……みづ姉」

「今日は、()()()卒業式なんだから……ちゃんとしないと、ね?」

「……はい」

『主のいう通りである』

 

 ──最初の1年間は、本当に激動の1年間だった。

 だけど、それに比べれば後の2年間は本当に何も無かった。

 魔導司も、クリーチャーも、生活には干渉してこなかった。

 ブラン先輩と火廣金先輩の3人でのデュエマ部は、2年の終わり頃にあっさりと廃部になった。

 入部して来る者も誰も居ない。鶺鴒学園高校に残るのはもう私だけだ。

 今更他の誰かとつるむ気にもなれなかった。 

 別に悲しかったわけではない。辛かったわけでもない。

 形あるものがいつか無くなるように、デュエマ部もそうなるべくして無くなったんだと思う。

 ただ、強いて言うならば──誰かが帰ってくる場所が無くなってしまうような気がして、最初、私は酷く反対したのだと思う。

 だが実際無くなってしまえば、どうだろうか。別に世界が終わる訳ではない。

 私の世界はきっと、これからも、何処かにこの言い知れない空白を残して回っていく。

 みづ姉がいる。ブラン先輩がいる。ちょっとヘンな師匠がいる。火廣金先輩が、刀堂先輩が、桑原先輩がいる。

 そして、これまで握ってきたカード達がいてくれる。

 何も過不足なんてない。はずなのに。

 

(どうでもいいような……何かに飢えているような……)

 

 イチャイチャしている桑原先輩とみづ姉を見る度に、そんな思いに苛まれた。

 彼氏がほしいだけなら作ればいいじゃない、好きな人なんていないの? とみづ姉には問われた。

 そんな人はいない。

 何度か男子に告白もされたことがある。飾らない態度が好きになったのだと言われた。

 

(別に……それでも構わないのですけれど、私は)

 

 元より私は欲望の塊みたいな人間だ。刹那的な人間関係も悪くはないと思っている。

 でも、それを了承してしまえば、誰かが悲しみそうな気がしたのでやめた。

 別に誰であっても私の恋愛に口を出す権利なんてないのだけれど。

 誰であっても満たせない。

 例えどんなに激しいデュエルであっても埋められない。

 私の心は、あの戦いの後──空白が開いたままだ。

 

『なーマスター、機嫌悪いのどうにかしろよ、テメェの卒業式じゃねえかよー』

「別に」

『悪かったぜ謝るからよ、冷蔵庫のプリン食ったのは』

「やっぱりあなただったんですねっ!! いっぺん干します、やっぱり干します、このフカヒレ男ッ!!」

『やめて!! 伸びちゃう!! 身体が伸びちゃう!!』

「しづ! 卒業式に遅れちゃう!」

「あっ、待ってくださいみづ姉!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「シーヅクーッッッ!!」

 

 

 

 式が終わった後のことだった。

 だきーっ、とブラン先輩が勢いよく飛び込んできた。

 普通に危ないのでやめてほしいのですが。

 

「……先輩。落ち着いてくださいよ。たかが卒業式ですよ」

「たかが卒業式って何デース!? 私は後輩の日の出を目の当たりにしてカンドーで、ずびびびびびび」

『これ、やめんか探偵!! はしたない!!』

 

 サッヴァークの怒鳴り声が聞こえてきます。

 ……しばらく会ってなかったですが、二人とも変わりないようですね。

 あれからずっと、サッヴァークはブラン先輩の傍に居ます。

 もうすっかり、探偵と相棒が板についてしまったようです。

 ……まあ迷探偵なのは変わりませんが。

 って──

 

「ちょっ、鼻水と涙が制服につきます、やめてくださいっ!!」

「祝う気持ちは誰もが同じだ。今日くらいは大目に見てやれ、紫月」

「そーだぜェーッ、後輩の晴れの日なんだ。ちったぁ、ハメ外しても許してやるのが大人ってもんよ」

「一応外野なんですよこの人」

 

 現れたのは──私服姿の黒鳥さん、そして桑原先輩だった。

 QXは今日は居ない。

 あれから、エリアフォースカードから完全に開放された守護獣の動向はそれぞれでした。

 世界を見て回りたかったのか、自由に跳び回れるようになった身体で彼らは皆何処かへと行ったのです。

 QXは桑原先輩から離れ、今も何処かを自由に飛び回っているのでしょう。

 ……かつての桑原先輩の相棒・ゲイルが出来なかったことを、やり遂げるかのように。

 

「なんつーか……あの戦いの後、ずぅーっと何にもなかったからな」

「……ああ。神とエリアフォースカードが消え去った後……この2年間、クリーチャーは現れていない。貴様等が何事もなく、こうして平和に卒業式を迎えられているのが嬉しい」

「あら。師匠にしては随分と素直じゃない」

「悪かったな」

「とにかくとにかくっ!! この後、全員でスイーツパーティーに行きまショウ!」

『これ、程々にせんとまた太るぞ探偵よ』

「刀堂先輩や火廣金先輩も来ればいいのに……」

「後で来るー、みたいなこと言ってたわよ?」

「忙しいからな、魔導司は」

「カリンも最近、武者修行から日本に戻ってきたみたいデスからねー」

「え? あの人何なの? 武者修行って何の武者修行なの? 住んでる世界が1人だけ違うわよね?」

 

 刀堂先輩に突っ込みを入れるのは最早ヤボでしょう……。

 大学に進学したものの、春休みになった途端「あたしは世界の剣豪に会いに行く!!」とバイト代はたいて旅だったらしいですから。

 バルガはその護衛ですね。きっと彼女に何かあっても彼がいるなら大丈夫でしょう。

 いや、そもそも刀堂先輩に護衛なんか要らないんじゃないですかね。その……本人の頑強さ加減を加味すると……。

 

「とにかくっ! スイーツバイキングは決定、なのデース!!」

「やれやれ、先輩は……まあ私も賛成ですけど」

「流石シヅク!」

 

 

 

 

「……先輩?」

 

 

 

 ふと、振り向いたその場所に。

 一陣の風が吹いていたように見えた。

 なぜか涙があふれてくる。

 あんなに大事だったはずなのに。あんなに一緒に居たはずなのに。

 忘れてはいけないものな気がするのに。

 ……デュエマ部は、ずっと私と、ブラン先輩と、火廣金先輩の3人で……。

 

「バイキングの後はーっ、デュエマ大会やるデスよーっ!」

「フン、今回という今回は俺の優勝確定だなァ、何故ならこの日のために黒鳥さんと特訓してきたんだからよォ!!」

「もう桑原先輩ったら。そんなこといってたら、また一回戦オチですよ?」

「遊興とはいえ、そもそも勝つのは僕だろう。貴様に負ける未来が見えん」

「なぁーっ!? 黒鳥さん!?」

「フフンッ、私だって……今日は負けないようにしてきたんデスよ! 例えばジョーカーズの対策に──」

「? ジョーカーズなんて、誰が使うんだよ?」

「……アレ?」

 

 ブラン先輩は首をかしげて言いました。

 ジョーカーズ。

 私達の中で誰も使っていない種族の名前。

 

「やっぱり、私達……何か、忘れてるんですよ。2年前の……あの日から」

「……2年前のことなんざ、もう思い出したくもねーけどな」

「気が付けばすべてが終わり、魔導司の手が入って全てが元に戻っていた。此処に居る全員も、何らかの記憶処理を施されたのやもしれんが……」

「その時に何か見落としてるものがあっても、おかしくはないと思うのデスけれど」

「……しづ?」

「……私、ちょっと急用が出来たのでっ!」

「シヅク!?」

 

 忘れてはいけない人がいた。

 ずっと一緒にいたいと誓った人がいた。

 きっとそうだと確信できる。

 そうでなければ、この心の空白は説明のしようがない。

 走って、走って、走り回って。

 廊下を。

 屋上を。

 プールを。

 そして──もう、誰も使っていなかった、かつての部室の中を。

 

「……あの後、部は廃部になって……」

 

 扉を開く。

 鍵はかかっていなかった。

 もしかしたら、という期待が──少しだけ過った。

 

「ッ……!」

 

 

 

 

「……久しいな、暗野」

 

 

 

 ……何処か、安堵と安心を私は覚えていた。

 火廣金先輩が──もう部室ではない空き教室の机の上に座っていた。

 

「……久しぶり、です。火廣金先輩」

「ああ。本当に久しぶりだ」

「……先輩は何故ここに?」

「ふと、懐かしいものを思い出してな。最後に見てみたくなったのさ」

「……」

「何か、思い悩んだような顔だ」

「先輩。私……2年前のあの日々のことを、ハッキリと思い出せないんです」

 

 ワイルドカード、魔導司、ロード、そして──神類種との戦い。

 それらは今となっては記憶がごちゃごちゃになって思い出せない事の方が多い。

 きっと辛かったことの方が多い。

 思い出したくないこともある。

 だけど同時に、忘れてはいけないことだってあるはずだった。

 それなのに私は、私達は──忘れている。

 

「世の中には忘れた方が良いこともある。君は普通の世界で生きていくんだ。戦場帰りの兵士のように、戻れなくなる」

「……それでも。それでも──思い出さなきゃ、いけないことがある気がするんです」

「……」

「そこまで来てるか」

「……?」

「いや、いい。何も問題はない。俺の方から……出来ることは、最早無いからな」

 

 彼は踵を返すと、手を振った。

 

「思い出したくない事を無理に思い出す必要はない。しかし、君の中で引っ掛かっていることがあるとするならば、それは間違いなく君の中で大事なモノだ。気の済むまで探せ」

「……」

「まあ、忘れるくらいのモノなら大したものではないと……かつて言われた。だが、俺はそうは思わない。俺に出来る事は、君達が平和に過ごすのを見守ることだ。結果的に何も起きなくて良かったがな」

 

 そう言って、彼は窓の外へと出ていった。

 きっと、ブラン先輩たちのところへ行くのだろう。

 でも、私はそこへ合流する気にはなれなかった。

 

 忘れちゃ、いけなかった。

 

 あの日、私を部室に連れてきたのが誰だったのか。

 

 今までデュエマ部を引っ張ってきたのは誰だったのか。

 

 

 

 

 

「……なのに……思い、出せない……!!」

 

 

 

 

 

 学校を飛び出して、走って走って走り回った。

 慣れない走り方をした所為で息が上がって胸が苦しい。

 喉が詰まるようだ。

 もう泣いてしまいたい。

 だけど、何も見つからない。

 私の空白は何だろう。

 私の空白は何処に落ちているのだろう。

 私に欠けたものは何なのだろう。

 

『なあマスター、もう行かねえと皆が心配してんぜ?』

「分かってます! 分かってますけど……っ!」

『ガンコだなあ……ん』

 

 シャークウガは何かに気付いたようだった。

 商店街の裏路地。

 そこには──大きな文字の看板が掛けられていた。

 いつも通りかかるのに一度も見たことが無い看板。

 私は文字を読み上げた。

 

 

 

「……かぁどしょっぷ……れとろ?」 



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GR152話:むかしむかし

 「かあどしょっぷ・れとろ」。いかにも昭和っぽいフォントで大きく書かれた店の名前らしき平仮名の下にはTCG(デュエル・マスターズ)専門と書かれていた。

 あんな店あったかな? と俺は看板に近づく。いつも早足で家に帰るので気付かなかったのかもしれない。

 

「これはこれは、懐かしい顔だ」

「……」

「いらっしゃい」

 

 店主なのだろうか。

 腰の曲がったおじいさんがしゃがれた声で出迎える。

 店の中は小綺麗になっており、あちこちにシングルで売られているカードがぶら下げられていた。

 

「……貴方は?」

「ただの──しがない老店主だよ」

『なんつーか狭くてホコリっぽい店だな、こんなところあったかあ?』

「ほっほっ、相変わらず口が達者だ」

『んげぇっ!? 爺さん俺の声が分かんのかよ!?』

「何故、君は此処に来た?」

 

 疑問を挟む間もなく、店主は私に問いかけた。

 分からない。分かるはずもない。

 私は自分の探しているものすら分からないのだから。

 

「分からないから迷い込んだのかもしれないです」

「そうかい。まあ……きっとそれは大事なものを探してるって顔だね」

「……随分とあなたは嬉しそうに言うのですね」

「ああ。長年探していたものが……見つかったからね」

「?」

 

 老人は私の目をすっと見つめると言った。

 

「これは、作り話だ。ほんの作り話なんだがね。ある少年は、大好きだった女の子に……好意を伝えず仕舞いで死なせてしまった」

「……」

「勿論、死なせたくなかった。必死に頑張った。だけど……結局、運命は変えられなかった」

「それは……」

「少年は失意のまま、何十年も生きて、生きて、生き続けた。そして、一世一代のあらゆる力を使って、タイムマシンを作り上げた。ゼロからでいい。この結末を変えたかった」

 

 ぽりぽり、と老人は髪を掻いていった。

 

「だけど、少し失敗してしまってね。老人は、この世界では居ないものとして扱われることになった。タイムパラドックスとか、そういった問題が、まだ解決出来なかったんだ」

「居ないもの、ですか」

「外れてしまったんだよ。人としての理を。時間のルールを捻じ曲げたバチが当たったんだろうね」

『なんだろうな、どっかで聞いたような話だな……思い出せねえけど』

「だから、老人は──全ての記憶を消した自分の相棒をこの時代に送り込んだ。大好きな女の子を……今度こそ助ける為にね。まあ信じられないような話だがね」

「私は──信じますよ。信じられないかもしれないけど、タイムマシンとか……見てきましたから」

 

 他人事のような気がしなかった。

 目の前の老人は、何かを知っている。

 このまま話を聞けば、探しているものが分かる気がした。

 

「その……女の子は、どんな子だったんですか」

「ハッハッハ! ……ワガママで、人見知りで……ぐうたらで、おまけに憎たらしいほど可愛いかったから、強く怒ることもできない」

 

 最悪だ。

 正直、私にそっくりだ。

 可愛いのかはさておき、自分にブッ刺さるところがいくつかあるのだけども。

 

「……そんな人を、どうして好きになったんですか……女の趣味が悪いとしか言いようがありません」

「決まってるじゃないか。……誰よりも芯が強くて、誰よりも……自由だったから、だろうね」

「……自由?」

「そして、やっぱり可愛かったからじゃないかなあ。男だからね……単純なんだよ。ある種、一目惚れだったんじゃないかなあ」

「そ、そうなんですか……?」

「絶対その子の前では面と向かって言わないだろうけどねえ。真面目だから、一目惚れなんて信じてなかったんだよ。今思うとバカだなあ」

 

 さっさと思いを伝えれば良かったのにね、と老人は続けた。

 

「……何故、私にその話をしたのですか?」

「うん、そっくりだったからかなあ。生き写しで、記憶の中のままだ。それに……今まで誰にも言えず、辛かったんだ」

『へえ、とんだ偶然もあるもんだな。マスターみてーなのがこの世に二人としているもんじゃねえって思ってたけどよ』

「ちょっとどういう意味ですか」

「さて。ねぇちゃんは……何か今、欲しいものはあるかい?」

「欲しいもの──?」

 

 何ですかそれ。

 悪魔の誘惑みたいだ。

 ……でも、大体ほしいカードは買いきってしまったし。

 

「心の空白。忘れていると気付いているけど、思い出せないものがあるんです」

「……」

「この2年間、ずっと私は……それに気を取られていました。何をしても、どうやっても何かが足りないんです。忘れちゃいけないことのはずなのに、忘れてる。私は……どうすれば」

「きっと──その人は、君にそれだけの影響力を与えたことを嬉しく思ってるよ」

「……!」

「そうだね……忘れたくても忘れられない。例え忘れたとしても、忘れられない。それだけ大きいものなんだね」

 

 そうだ。

 きっと、やはりそうなんだ。

 思い出せないけど、それだけ大きなものなんだ。大事なものなんだ。

 

「きっとその人は時間を超えても、世界を超えてでも君のところにやってくるよ」

「何で、知ってるんですか? 何で、分かってるみたいに言うんですか?」

「……さあ。男のカンってやつだよ」

 

 その時だった。

 一瞬だけ──周囲の空間が歪む。

 

 

 

 

「……時間だ。仲間が待っているだろう? 行きなさい」

「待って! 待ってください! 貴方は、一体──」

「……それだけ大事ならきっと、思い出せるよ。きっと……ね」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「……あの格好……高校を、卒業出来たのか……」

 

 

 

 紫月が居なくなった後。

 老人は、ほうと天井に向かって息を吐いた。

 満足したように彼は頷く。

 もう、何もやり残したことは無かった。

 

 

「それを見届けられれば……すべてが上手く行ったと分かる……おめでとう、紫月……」

 

 

『本当に、世話を焼くマスターでありますっ!!』

 

 

 

「……!」

 

 

 

 何処からともなく、甲高い声が聞こえてくる。

 ようやく、迎えが来たようだった。

 

「ふっふふ、オマエには……随分無茶をさせてしまったね。しかし、よくここに辿り着けたね……そんな姿に、なってしまって……」

『……ここまで辿り着くのには、時間がかかったであります』

「……そうかい。そうか……」

『それにしても、本当にマスターはクリーチャー使いが荒いでありますよ! 幾ら()()()()()()()でも、記憶を消されちゃあ、たまったもんじゃないでありますよ!』

「ハハハすまなかった。いきなり未来から来たと言っても、彼は信じなかっただろうからね。一芝居打ってでも君を渡す必要があった。歴史に歪みが生じていたからね……手を打たねばならなかった。朱莉を一人にしてしまったのは……後悔してるがね」

『マスター……』

「その罰は……しっかりと受けるよ」

『罰はもう受けたでありましょう、マスターは。ずっと、このタイムマシンの中で1人だったであります。生きているか、死んでいるかも分からない状態だったのでありますから』

 

 店内のカードが消えていく。

 その全てが、幻だったかのように。

 後に残るのは旧式の操作パネルと──仲間達の映った写真だけだった。

 

「……それで? こっちの俺はどうだった」

『何にも、変わらないであります。何にも、変わらないでありますよ。だから……上手く行ったであります』

「そうか」

『……マスター。眠そうでありますな? 人が折角話をしてるというのに!』

「お前もそうだろう? 後は……全部任せてやれる。そう思ったら、力が抜けてしまってね」

『うむ。全部……彼らに任せればイイであります。最期まで……心の臓として、マスターと戦えた。それだけで十分であります』

「……」

『マスター……? ……はぁ、本当に人の話を聞かないでありますなあ』

 

『本当に……マスターは……我が居ないと、ダメダメでありますよ。全く、もう……困ったマスターであります』

 

『……我も……ひと眠りするであります。お供、するでありますよ……』

 

 

 

()()()()……。我のもう1人のマスターは……きっと……』 

 

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……結局。分からなかった」

 

 

 

 帰路についた後。

 私はブラン先輩のところへ向かっていた。

 もう、あの裏路地に「かぁどしょっぷ・れとろ」は無かった。

 一体何だったのだろう。

 

『胡散臭ェじいさんだったなぁ』

「その割にはシャークウガ、警戒を解いていたみたいですが」

『ああ。なんか……懐かしい感じのじいさんだったんだよ』

「そうですか。……私の中にある空白って何なのでしょうね?」

『あのな、どんなヤツでも他人の頭の中覗けるわけじゃねえんだからよ、そんなの分かるわけねえじゃねえか』

「貴方の力でどうにかならないんですか?」

『ならねーよ、魔術師(マジシャン)はもう無いし、大気中のマナも薄いどころじゃねえんだ。もう力は使えねえよ』

「……忘れちゃいけないはずなのに。忘れたく、ないのに……」

 

 ぼろ、ぼろぼろ、と熱いものが目から込み上げてくる。

 何故だろう。

 何故、こんなに胸が熱くなるのだろう。

 

「っ……何で、こんなに……」

『おい、泣くなよ……マスター』

「分からない。分からないんですよ……!」

 

 誰か。

 誰か助けてくれないのだろうか。

 こんなに苦しくなるくらいならば──いっそ、完全に忘れてしまえばよかったのに。

 それさえも許してくれないのだろう。

 

「私に欠けているもの……私を、誰よりも熱くさせてくれた人……」

 

 

 

 

 

 

『……マスター!! 8時の方向から高濃度の魔力反応ッ!!』

「ッ!?」

 

 

 

 

 その時だった。

 シャークウガが絶叫し、私はその場を飛び退く。

 周囲の空間が歪んでいる。

 この場にはほかには誰も居ない。私とシャークウガだけだ。

 しかし、それ故に孤軍。他の誰の助けも借りることは出来ない。

 すぐさま虚空に罅が入り、砕け散る。

 もう現れないと思っていたクリーチャー。

 ワイルドカードか、それとも神類種か。

 2年前に経験した恐怖が、そして脅威の記憶がよみがえる。 

 獣の如き咆哮と共に、それは現れた。

 

「ッ……シャークウガ!! あれは……!」

『なんだありゃ……ドラゴンだ!?』

 

 全身を鎧に包んだ鬼の如き形相の龍。

 その両手には刀が握られている。

 そして、こちらを威嚇するかのように睨み付けている──

 

「《勝熱英雄モモキング》……ッ!? 何で、こんなところに……!?」

『どちらにせよどうにかしなきゃいけねえだろ!?』

「ッ……!」

 

 身構える。

 久々だがうまくやれるだろうか。

 否、自分達がやらなければ、周囲に被害が及ぶ。

 モモキングは強力なクリーチャーだ。そしてワイルドカードであるならば、それが元々善良な設定のクリーチャーであっても敵対は免れない。

 

「……私が……守るんです。絶対に!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……わりーわりー、ちょっと帰ってくるのに時間かかっちまったみてーだ」

 

 

 一陣の風が吹く。

 まるで、何事も無かったかのように彼は言ってのけた。

 モモキングの肩に──誰かが乗っている。

 

「あっ……!」

 

 その顔を。

 その声を聞いた途端に。

 私の空白は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──ただいま」            

 

 

 

 

   

  

 ──パズルのピースのように、ぴったりと埋まったのだった。         

 

 

 

 

 

「っ……遅いですよ……先輩……白銀、先輩っ……!!」



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エピローグ:白紙の未来

 ※※※

 

 

 

 

 その後。

 俺は、かつての部室に連行されることになった。

 そして、ブラン、桑原先輩、黒鳥さん、花梨、翠月さんも交えて、これまでの経緯を話すことになったのだった。

 

 

 

「はぁぁぁーっ!? それじゃあ私達は約2年間の間、アカルのことを忘れたまま過ごしてたってことデース!?」

『然りッ!! そうなっていてもおかしくはないでござるッ!!』

 

 

 

 ──小さくなったモモキングが言う通りである。

 実際、龍魂珠をブチ砕いた後俺がどうなったかと言えば、身体自体はエリアフォースカードに守られて無事だったものの、その時空いた穴に吸い込まれ──どこかの世界へ飛ばされてしまったんだという。

 身体が消えたのは、粒子レベルでの転移だったからだとかなんだとか、怖すぎる。

 そして、その状態で歴史が修正されてしまったので、俺という存在がこの世界ではなかったことになっていたのではないか、と推測する。

 

「その後どうしたんですか……?」

「ちょっとまた、色々面倒事に巻き込まれて……モモキングと一緒に色々やってた。元の世界に戻る為にな」

「その色々の内容を聞きたいのデスけど!?」

 

 言わない。絶対に言わない。

 ……出先でも、その世界に迫るデカいクリーチャーをブッ倒した話とかしたら、絶対に怒られそうだし。

 だから、その冒険のことは敢えて心の中に留めておくとする。

 そして、そこで元々皇帝(エンペラー)の守護獣だったのが、完全に実体化したクリーチャーが──

 

『申し遅れたでござるッ!! 拙者、吉備津桃王──モモキングと申すでござるッ!! 不肖、耀氏の護衛を努めさせてもらっていたでござるッ!!』

 

 こいつだ。

 本当に2年間世話になった。

 アカリ戦で振るった力は失ったから、また《勝熱龍》からの育て直しだったけど……今では立派に《勝熱百覇》のカードに成長している。

 

「……でも、チョートッQは何処に行ったんデス!?」

『そうじゃ。あやつの姿が見えん』

「……多分。帰ったんじゃねえかなあ」

 

 あいつは──向こうに着いた時はもう居なかった。

 元々アイツが未来から来たのなら、元の主……未来の俺の所に向かったんじゃないだろうか。

 分からないけど、何となくそんな気がする。

 

「……あいつは、あいつの帰る場所があるからさ」

「……探さなくて良いのか? 白銀」

「はい。きっと、大丈夫だと思うんです」

 

 それに──生きていれば、また会えるかもしれない。

 そんな気がしたのだ。

 

「まあそれでその……漸く、帰って来れた。こんなに早くみんなに会えるとは思ってなかったけどさ」

「早く、じゃないデス! うっうっ、どっちにしても、シヅクとミヅキの卒業パーティ兼、アカルのお帰りパーティになっちゃったのデスよ!! 感情が色々ぶつかり合って迷子デース!!」

「ぐえーっ、ブラン、ギブ!! ギブ!!」

 

 

 

「部長ッ!!」

 

 

 

 折を見てか、火廣金が駆け寄ってくる。

 

「ずっと、謝りたかった。ロストシティでのこと……」

 

 火廣金は進み出るなり、頭を下げてくる。

 そうか。結局──こいつとは仲直り出来ず仕舞いだったか。

 

「俺は……結果的に部長を傷つけてしまった。そればかりか、ずっと部長を逃げていた。……一発、ぶん殴ってほしい」

「火廣金」

「っ……」

「……いいのか?」

「そうでなければ、俺の気が済まない」

 

 くいくい、と頬を指差す火廣金。

 殴れ、ってことか。

 確かにそうだ。けじめは──つけておかないとな。

 

 

 

 

 

 

 げ ん こ つ

 

 

 

 

「ッ……あ”……!! ああああ!! 頭が、割れるッ……割れ……」

 

 

 

 ……取り合えず脳天に叩きこんでおくことにしておいた。

 言いたいことは沢山ある。

 だけど取り合えず一つだけ。

 

「バイク仮面」

「ッ……え」

「バイク仮面とモルネクレディって何なんだよ!? 海外に帰ったとかウソ吐きやがって!! テメェら揃いも揃って雲隠れしやがって!! 俺がどんだけ心配したと思ってんだよ!?」

「怒るのそっち!?」

「たりめーだよ。他人のフリしようと思ったくらいだわ恥ずかしい!!」

「好きでやったんじゃあ……あ”あ”あ”……いたたた」

 

 あれだけはマジで看過できない。

 傍で黒鳥さんが珍しく笑ってるけどあんたも1枚噛んでただろ、知ってんだぞ。

 

「ったく。大事な部員と……幼馴染の心配するに決まってんだろ」

「耀……」

「火廣金の事、見てくれたんだろ? ありがとな、花梨」

「うん……だってさ。というわけで良かったね、緋色っ」

「あ、ああ、痛い……頭蓋が、割れッ……」

 

 取り合えずこれで、長らく解消できていなかったわだかまりも消えた。

 火廣金も、花梨も──無事でよかった。

 京都では神類種を相手に戦ってくれてたみたいだからな。

 

「それより耀」

「ンだよ花梨」

「彼女さんが、すっごい怒ってるみたいだけど?」

「え?」

 

 花梨が指差したのは──さっきからずっとむくれている紫月だった。

 俺に抱き着いたまま離れる様子が無い。

 

「ぎゅーっ……」

「あの、紫月さん? ここ一応人目があるから……そろそろ離してほしいなって」

「ヤ」

「すっかり幼児退行してるデス……」

「あーあ、確かにこれじゃあ紫月ちゃんに負けても仕方ないかー。あたしも見習おうかな? 緋色っ」

「君の本気の抱擁を受けたら肋骨が砕ける……」

なんか言った?

「何でもない……」

 

 ……どうやらすっかり花梨の尻に敷かれているみたいだ。

 2年間で二人の関係も少しは進んだのだろうか。

 まあ、そうだな。

 2年……か。

 あまりにも、短いようで長い時間の隔たりだったな。

 

「ところで紫月さん? そろそろ今度は俺のアバラが逝きそうなんですが」

「逝けばいいです」

「やっちゃえ、しづ!」

「やめて!! 煽らないで翠月さん!!」

「そこをイイ感じに決めるといいぞ」

「了解です師匠」

「ああああ、苦しいと言うかなんというか、すっごい力が強、いたたたたた!?」

 

 どうやら、忘れていた間もずっと、心の中にぽっかりと空白が空いて上の空だったらしい。

 そうだよな。忘れたくて忘れたいヤツなんて何処にもいない。

 それくらい紫月は俺の事を思っていてくれたのだろう。

 だけどそれはそれとしてそろそろ腕の力を緩めてくれませんかね、痛い。

 

「残当ねえ、白銀先輩は責任取りなさい」

「翠月さん!?」

「うーん、やっぱり耀は罪作りだよねっ!」

「花梨まで!?」

「DEATHデース☆」

「ブラン!?」

 

 満場一致で「責任取れ」ムード。

 誰も俺を助けてくれないのか……まあ仕方ないと言えば仕方ないのだけど。

 

「ッ……とにかく! 私、怒ってます」

「何で!?」

「だから……デュエルです。負けた方が勝った方のの言うことを聞く! 何でも、1つ!」

 

 彼女は──自らのデッキを取り出す。

 成程、そういうことか。

 それなら話が早い。 

 

「モモキング! 今回は引っ込んでてくれ。久々に、こいつらを……使ってやりたいんだ」

『了解でござる!』

 

 頼むぞ《メラビート》。久々に出番だ。

 

「シャークウガ。手出しは無用です。本気の、最新の私で行きます」

『おお怖い怖い──マスター、ガツンとやってやれ!!』

「おっと! 久々にシヅクとアカルのデュエルデスよ!」

「ふん、根っからのデュエルバカめ。なんだかんだ理由をつけて、恥ずかしいから怒ってるフリをしているだけだろう紫月」

「師匠は黙っててください!」

「手加減はしねえぞ、紫月!」

 

 カードを並べ、デッキを構える。

 

「やっちまえー、白銀―ッ! 派手にやっちまいな!」

「しづーっ、頑張ってー!」

「部長。次は俺の相手もしてもらおうか」

「あたしもあたしも! 耀と久々にデュエルするから!」

「ならば僕の相手もしてもらおうか」

「ああ! 全員まとめてかかってきやがれっ!」

 

 

 

 

 

「──決闘(デュエル)ッ!!」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キィ、キィ……!!」

 

 

 

 

 ──アメノホアカリは再起しつつあった。

 それは、耀に滅ぼされた60年後からやってきた方のアメノホアカリではなく──此処まで一切動きの無かった()()()アメノホアカリであった。 

 自分のあずかり知らぬ間にエリアフォースカードが無くなっている。

 ついでにマナも消え失せた。

 そして神類種たちも死に絶えた。

 だが、それでも力は取り戻しつつある。

 全盛期には遠く及ばない。

 だが、此処まで散々邪魔をしてくれたエリアフォースカードの使い手たちを滅することくらいならば出来る。

 後は、丁度良い人間を喰らうだけのことだ。

 

 

 

 

「はーい確保ー」

 

 

 

 

 かぽっ。

 虫けらの姿の神類種は、いきなりのことで何があったのか分からなかった。

 出ようとしても出られない。

 ガラスの檻に彼女は捉えられていた。

 

「キーッ!?」

「あぶねーあぶねー、まさかちっこいなんてよ……なあ、アメノホアカリ!!」

「トリス、ぬかるナ。そいつ大分狡賢いゾ」

「おうよロス。誰に言ってやがる」

「キーッ!! キーッ!!」

「さーて、ファウストのところにさっさと帰るか。ヒイロのヤツ、今日帰ってくっかなあ」

「キィーッ!! キィーッ!!(出せーッ!! 出せ人間ンンンンッ!!)」

「あれだろ取り合えずもう22分割してみるか? 何が出てくるか楽しみだぜぇ」

「」

 

 ……アルカナ研究会。

 被検体となったクリーチャーがただで出られたことはない。

 一先ず言えるのは、未来永劫二度とアメノホアカリは悪さが出来なかったということである。

 トリス・メギスの邪悪な笑顔を前に、彼女は絶望するしかなかったのだった。

 画して、神類種の野望は今度こそ絶えたのである。

 

 

 

 

 

「……ファウストと……仲間達と仲良くやれよ」

 

 

 

 

「?」

 

 ふと、トリスは振り向いた。

 そこには──誰も居なかった。

 

「どうしタ、トリス」

「いや、なんか婆さんの声が聞こえた気がしたんだが……気のせいか」

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──宇宙。

 その何処かの星の近くで。

 

「あーあ、ひどい目に遇った! でもご主人様が戻ってきてよかったよー」

「……ウゥ」

「今度は、愛のために戦ってみるってのはどう? ご主人様♡」

「ウゥゥ……」

 

 禁断は──唸るばかり。

 しかし、エッ子の意思は禁断の意思。

 それに同調しないドキンダムXでは無かった。

 

「愛と正義の禁断ってのもカッコいいと思わなーい? ねえ?」

 

 エッ子は思い返す。

 人の持つ愛の力が、どれほどの奇跡を起こすかを。

 無軌道で破滅的な破壊も悪くはない。

 むしろ、それこそが自分達の本来のあり方だ。

 

 

 

「だって。ああいう生き方も……悪くないよねー!」

 

 

 

 だからこそ。

 それに抗ってみるのも面白いと思ってしまったかもしれない。

 彼らは──今日も宇宙を進んでいく。

 地球に次にやってくるのは、遠い遠い未来の話かもしれない。

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ほーん、今度の相手は……あいあむじゃすてぃすいふゆーうぉんと? ってヤツやな。京都に封印されとった王のクリーチャーや」

「大丈夫? 荷物持った? カードは?」

「アホ!! おかんかお前は!!」

「誰がオカンよ! っ……もう!」

 

 ぷんすか、と怒る芽衣。

 出かけようとする矢継に飛び掛かるなり──抱き着き、そのまま唇を奪った。

 

 

 

 

 

「……オカンはこんなことせぇへんよ……すかたん」

「っ……大胆やなぁ芽衣ちゃん」

 

 真っ赤にしたまま矢継は俯く。

 そんな彼を尻を、思いっきり芽衣は蹴飛ばした。

 

 

 

 

「誰の所為やと思ってはるん! ほら、早く行った行った!」

「はいはーいっ!!」

 

 

 

 こうして。

 神力を操る彼らの日々は続いていく。

 普通とは少し外れた日常もまた、彼らにとっては当たり前のものである。

 

 

 

(はぁ、ホンマにせわしい。鶺鴒から来たあいつらは……今頃、何しとるんやろなあ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 その後は大変だった。

 デュエル大会に発展して、結局皆疲れてそのまま帰ってしまって。

 で、何か気を遣われたのか、俺は紫月と二人っきりにされて、帰路に送り出されたのである。

 翠月さんは桑原先輩とデートに行くとか言ってた。多分それも俺達をくっつける口実なのだろう。すっげー態度が露骨だったし。

 モモキングは火廣金が一度アルカナ研究会に持っていくとか言ってたな。

 まあそれもきっと口実なんだろうけど。モモキングのヤツもすっげー察しが良いというか何というか。

 ブランのやつも終始ニヤニヤしてたし。腹立つなあ。

 それで──結局。

 すぐに火廣金とのデュエルになったから、紫月に負けた後、何をお願いするか聞いてなかったんだった。

 でも、気まずい。

 互いに言葉がなかなか出てこない。

 

「……先輩」

「ん?」

「これから、どうするんですか?」

「っ……」

 

 これから……か。

 両親は結局、俺の事を忘れたままらしいから、あの家には帰らない。

 何なら、俺の事を思い出したのはエリアフォースカードの使い手と、魔導司達だけだという。

 それ以外の人が俺の事を思い出すかは未知数らしい。俺との縁が強かった人から思い出していくんじゃないか、とのことだが分からないようだ。

 少なくともしばらくはまだ、普通の生活は出来ないだろう。

 火廣金曰く、神類種討伐の英雄はそれなりに丁重に扱ってもらえるだろうとのことだ。なんなら魔導司の仕事を手伝わせてくれるらしいとか。あんまり危険なのは御免だけど。

 人並み以上の生活は要らないが、お世話になる必要はありそうだ。戸籍とかの問題もあるし。

 

「……何にも、考えてなかった」

「はぁ……先輩らしいです」

「あー、でも高校は卒業しておきたかったなあ……大学も行きたかったし」

「……」

「本音を言うならさ。2年経っててほしくなかったよ。俺……同級生とフツーに卒業したかった」

「……先輩」

「本当はもっと早くお前達に会いたかった。寂しがらせてるかと思ってた。まあ、違ったんだけどさ……そこは、安心だけど」

「……」

「俺さ……今からでも、皆と同じところに行けるかなあ」

「行けますよ。先輩は……世界を救ったんですから」

 

 そう言った紫月の声は、きっと震えていた。

 

「でも、でも……紫月は、先輩に多くは求めません」

「?」

「普通とか、成績が優秀とか、デュエルが強いとか、いい仕事に就いてお金をたくさん稼ぐとか、求めません」

 

 たった一つだけ、と彼女は告げる。

 

 

 

 

「もう、居なくならないでください。たった、それだけです」

 

 

 

 

 彼女は泣いていた。

 分かってる。

 もう居なくなるつもりはない。

 つーか、離さない。もうこの手を。

 

「ッ……」

「あったり前だ。やりたいこと、やらなきゃいけないこと、たくさんあるからな」

「……はいっ」

 

 まだやってないことが、やり残したことが沢山ある。

 先ずは、それを一つ一つ、やっていこう。先の事を考えるのはそれからだ。

 

 

 

 

 

「……先ずはさっきのリベンジだ! 今度は向こうで鍛えたデッキで勝負だぜ」

「先輩らしいですね……でも負けませんよ。私……強いですから!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──隣には、紫月がいる。仲間がいる。一緒に戦ってきたカード達がいる。

 それだけで今は充分だ。

 人生はお先真っ白。

 これから、俺の色にまた塗り替えていくんだ。

 

 

 

 

 ……そうだろ? 相棒!

  

 

 

 

 

 

                

         ──学園デュエル・マスターズWildCards(完)




ここまでのご愛読、ありがとうございました! 
ここで学園デュエル・マスターズWildCardsは完結です。後に、登場人物1人1人にフォーカスした後日談的な回を更新するかもしれませんが、それはまた後の話ということで一先ずはこれで終わりです。正真正銘の終わりです。いやマジで長かった。新章デュエル・マスターズが始まってから更新を始めた小説で、行き当たりばったりのデコボコで此処までやってこれたのが奇跡のようです。
なんせ長編を1つも完結させたことのない自分でしたが、今まで書いた中で最も長いこの作品が最初の完結作で良かったと思ってます。マジでいつエタるか分からなかった……。
とかく、積もる話は沢山ありますが耀の冒険の完結に乾杯。きっと彼はこれから、誰も知らない未来を歩んでいくことになるでしょう。きっとそれはそれで茨の道には違いないと思うのですが、必死に変えた歴史が無駄ではなかったと思える人生であることは保証されてると思います。
それでは皆さん、またどこかの作品で会いましょう。ではでは。


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番外編
【登場人物紹介】6文明の使い手編


【主要人物】

 

 

白銀 耀(しろがね あかる) 

 

男 17歳 鶺鴒学園高校2年生・デュエマ部・部長

 

主人公。部員の少ない同好会同然のデュエマ部の冴えない元締め。責任感が人一倍強く、生真面目で頑固。そして困っている人を見かけると放っておけないお人好しさが祟り、その都度事件に巻き込まれるので苦労は尽きない。女子に囲まれながら一切羨ましがられないのは、その女子2名があまりにも癖が強すぎるためである。哀れ。

 

そのお人好しっぷりは筋金入りで、困っている誰かを見捨てられず、時には自ら危険に飛び込むほど。それがきっかけでワイルドカード事件に首を突っ込むハメになってしまう。

 

使用デッキは、ジョーカーズ。

序盤は展開してパーツを集めながら、最後に必殺技を叩きこむ一撃必殺スタイルを得意とする。逆境でのヒラメキが強み。一方で、良くも悪くも一直線な戦い方は読まれやすく、頭脳派プレイヤーの前では良いカモである。

 

 

ブラン

「なーんていうか、いっつも大変な目に巻き込まれてる印象デスよねー、損ばっかりっていうか」

 

紫月

「お人好しが祟るってやつでしょう。何事も程々ですよ。命が幾つあっても足りません」

 

ブラン

「あと、いちいち怒ってばかりだと胃薬もいくつあっても足りないデスよー!」

 

耀

「オメーらがもうちょいまともなら、俺の胃薬は減ってんだよ!! 頼むから生徒会の弱みを握ったり、推理小説の本棚増設したり、部室をゲーセン化するのはやめろ!! うちが何部なのか忘れちまう!!」

 

ブラン

「何言ってるんデスか、アカル?」

 

紫月

「うちはデュエマ部ですよ」

 

耀

「あああああああああああァァァァーッ!!(発狂)」

 

火廣金

「可哀想な部長……(プラモデルパチパチ)」

 

 

 

チョートッQ

 

クリーチャー 守護獣Ⅳ番

 

耀と契約した、大アルカナの力を宿したエリアフォースカードの1枚・皇帝(エンペラー)の守護獣。

お調子者であり、慇懃無礼。たびたび相手をおちょくったり、からかったりしては返り討ちを受けている。しかし、逆境への勝負根性は主同様すさまじく強く、決して諦めることはない。

 

チョートッQ

「そーう、我こそは!! 栄えある守護獣、チョートッQでありますよ!! 未熟だったマスターを一流のデュエリストに育て上げたのは他ならぬ我!! つまり!! 我こそが最大の功労者、であります!!」

 

耀

「何処まで厚かましいんだテメェ」

 

 

 

或瀬ブラン(あるせ ぶらん)

 

女 17歳 鶺鴒学園高校2年生・デュエマ部

 

快活明朗なムードメーカー。イギリス人とのハーフということもあってか、金髪碧眼のロングヘアー、そして屈託のない笑顔が目立つ美少女。しかし、事件に面白半分で首を突っ込んで、デュエマ部に絶えずトラブルを持ち込んでおり、耀の胃痛の原因となっている。

 

シャーロキアンであり、探偵に扮することもあるが推理力は壊滅的。オマケに手段を択ばない節があり、鶺鴒の生徒会長はブランに浮気写真を握られている所為でデュエマ部に手出しが出来ない。総じて、推理以外のところで探偵らしさを見せつけている。よくも悪くも。

 

使用デッキはメタリカ。

圧倒的な防御力で相手をいなしつつも、並べ立てた精鋭で反撃を行う攻防一体のスタイルが持ち味。しかし、そのプレイスキルはあまり高いとは言えず、プレイヤーとしての経験値も主要人物では最も少ないので危なっかしい。

 

ブラン

「つまり、冷蔵庫から消えたモンブランを食べた犯人は、他にいるのデスよ!」

 

紫月

「ブラン先輩の頬についたケーキのカスが誰よりも雄弁に語っていますよ。犯人が誰なのかを」

 

ブラン

「ちょっと待つデスよ。犯人は私達が部室から出ている間にケーキを食べた可能性を議論するのデス!! 緊急会議!!」

 

紫月

「ブラン先輩吊り一択です」

 

ブラン

「ガッデム!!」

 

耀

「そういやあの冷蔵庫、ちょっと壊れてて科学部に修理に出すところだったんだけど、中のモン出したか? ぜってー腐ってんぞ」

 

ブラン

「オァーッッッ!! なんか急に腹が痛くなってきたデェェェース!!」

 

 

大迷宮亀ワンダータートル

 

クリーチャー 守護獣Ⅺ番

 

ブランと契約した、正義(ジャスティス)のエリアフォースカードの守護獣。

物腰の落ち着いた老人のような人格。未熟なブランを心身ともに支えており、孫と祖父のような関係。地形を看破する力や、逆に空間を迷宮化して相手を惑わせる技を持ち、デュエル外でも重宝されやすい。

 

ワンダータートル

「縁側での日向ぼっこは気持ちがええのう……クリーチャーとしての力を使うこともない平穏な日常……それこそが尊いものじゃ」

 

ブラン

「ワンダータートルゥ!! うちの生徒会が部員がどうだのってうるさいから、あの生徒会長の浮気現場抑えに行くデース!!」

 

ワンダータートル

「平穏が探偵の来た方から逃げていく」

 

 

暗野 紫月(あんの しづく)

 

女 15歳 鶺鴒学園高校1年生・デュエマ部

 

パーカーを身に纏った、ショートボブの小柄な少女。クールかつドライで、いつもけだるそうな雰囲気を纏わせており、気まぐれでワガママ。さながら猫のように自由な態度で周囲を振り回す。しかしその一方で底なしに等しい闘争心を内に秘めている。因みにおっぱいが一番大きい。

 

デュエマ部では最もプレイヤー経験が大きく、それに伴って所持デッキも非常に多彩。守護獣との契約の都合上、青単ムートピアのデッキを使うこともあるが、彼女自身が最も愛用しているのは相手とのリソースの差をつけやすい墓地ソースである。

 

一貫して、手札と墓地を増やしてリソース差を序盤に付けてから、反撃できないほどの軍勢で圧倒する戦術を好む。それだけではなく凶悪なループデッキも好む知能犯プレイヤー。しかし、自らの知識と経験に頼っている都合上、想定外の出来事に弱い。

 

紫月

「ツモです」

 

耀

「まーたこんなループデッキ組んで!! デュエマは麻雀じゃありません!!(20敗目)」

 

紫月

「先輩が対策しないのが悪いのです」

 

耀

「それもそう。……まあ、可愛い後輩の作ったデッキの可能性って奴を……俺は見てみてえんだよ」

 

紫月

「くっさ」

 

耀

「泣いて良い?」

 

紫月

(でも……嫌いじゃないですよ、先輩の真っ直ぐなところ。何だかんだ付き合ってくれますし)

 

 

深海の覇王シャークウガ

 

クリーチャー 守護獣Ⅰ番

 

紫月と契約した魔術師(マジシャン)のエリアフォースカードの守護獣。

荒々しい兄貴分のような性格をしており、例にもれずお調子者なので紫月からは怒られたり制裁を受けている。しかし、魔術の知識に長けており、そして自身が持つ技も多彩。実体化したクリーチャーを抑え込むには無くてはならない戦力である。

 

シャークウガ

「ギャハハハハハハ!! 亀の爺さん、聞いてくれよ!! コンビニスイーツの食いすぎでまーたうちのマスター太ったってよ! 体重計の前で”こんなもの……存在しなければ”って言っててなァ!! 体重計は何も悪くねぇっつーの!! ギャハハハハ!!」

 

紫月

「へえ面白いですね、シャークウガ。ところで今日の夕食はフカヒレです」

 

シャークウガ

「わりぃ、俺死んだわ」

 

ワンダータートル

「鮫の字、成仏せい」

 

 

火廣金 緋色(ひひろかね ひいろ)

 

男 17歳 アルカナ研究会・鶺鴒学園高校2年生・デュエマ部

 

魔法を使える特異な人間であり、訓練されたエリートである魔導司(ウィザード)。その中でも、極東に配備されているアルカナ研究会の一員。要は年少でありながら、ものすごく強い魔法使いである。プライドが高く、任務に対しては機械のように忠実な仕事人。

 

国籍不明であり、名前も当然のように偽名。彼を知る魔導司の中ではヒイロ・ヒヒロカネで通っているので、本人も気に入っているのかもしれない。しかし、アジア人でないことは確かである。ちなみに大のミリオタであり、趣味はミリタリープラモ。

 

使用デッキは赤単速攻。特に、ビートジョッキーを混ぜたタイプを愛用しており、連鎖的にクリーチャーを展開して多段的に攻め込む。また、赤単速攻は非常に高いセンスとプレイングが求められるため、それを使いこなす火廣金の実力を逆説的に証明している。

 

 

火廣金

「創造とは大きな犠牲とコストを払って作り上げられなければならない。例えば、1隻の軍艦にしても、1台の戦車にしても、決して手を抜くことは許されぬ。時間を惜しむことは許されぬ。血潮を、心を燃やさねばなるまい」

 

耀

「……」

 

ブラン

「……」

 

紫月

「……」

 

火廣金

「さて、この連合艦隊をいかようにして飾るか。それが問題だ」

 

桑原

「おーい白銀──ゲッ、何だコレ!! くっせ!! マッキーの匂いが部屋中からする!!」

 

耀

「助けてください先輩……接着剤のシンナー臭に、ころされる……」

 

桑原

「喚気しろや!!」

 

 

桑原 甲(くわばら かぶと)

 

男 18歳 鶺鴒学園高校3年生・美術部

 

気難しい芸術家肌であり、己が理想とする絵画を描き上げることに情熱を燃やす熱血漢。その至高の1枚は自分の為だけではなく、長らく病床に伏せる姉に手向けるためのものである。そのため、粗暴な態度からは考えられないほどにナイーブな内面を持つ。

 

ヘアバンドと、小柄な容姿が特徴的。よく1年生と間違えられ、その度にキレる。気難しさこそあるものの、そのひたむきな姿から、彼に憧れる者は決して少なくはない。

 

使用デッキは、巨大なクリーチャーを多数抱えるゲイル・ヴェスパー。巨大なクリーチャーを派手に展開するデッキを好み、それを用いたループデッキで安全に勝利することすら躊躇わない。ド派手に、そして美しく散らす。それが彼の信条である。

 

桑原

「一筆入魂……くっ、ダメだ……グラビアデッサンは俺には刺激が強すぎる」

 

ブラン

「難儀デスねー。それなら見慣れてる身内をデッサンすれば良いのでは?」

 

桑原

「成程、テメェ頭良いな!! さっすがだぜ!!」

 

ブラン

「というわけでグラビアに着替えたデース!! ……紫月が」

 

紫月

「なぜ私がこんなことを……ケーキ奢ってくれるって本当ですよね?」

 

桑原

「ブフウウウウウウウウウウウウウ!?」

 

ブラン

「パイセンが鼻血噴き出して斃れたデース!?」

 

耀

「こうして桑原先輩は病院に運ばれた。原因は明白だったと言えるだろう。因みに後日紫月はスイーツをしこたま奢ってもらったとかなんとか」

 

 

 

 

天空のゲイル・ヴェスパー

 

クリーチャー 守護獣Ⅷ番

 

桑原が契約した(ストレングス)の守護獣。常に陽気であり、自らをヒーローと呼んで憚らない豪快な性格。一方で、自らを理想たれと律しており、誰かのピンチには颯爽と駆け付ける色男である。

 

ゲイル

「困ったときは!! 僕に頼り給え!! 何故ならば!! 僕は!! ヒーローだからね!!」

 

桑原

「昼夜問わず、うるせぇのが一番困りものだよ」

 

 

 

黒鳥 レン(くろとり れん)

 

男 20歳 東鷲野美大2年

 

物語開始の数年前からクリーチャーと戦ってきた、歴戦のデュエリスト。何事も美学を重んじ、己の中にあるそれに従って行動する。落ち着いた性格で、面倒見がいい。かつて紫月にデュエルの稽古をつけ、彼女を凶悪なデッキを扱う知能犯プレイヤーに育て上げた。

 

容姿端麗な長い黒髪と高い背が特徴的。一方で、他者を寄せ付けさせないクールかつ重苦しい雰囲気を持つ。そこには、かつて多くの仲間を失ってきたという暗い過去と後悔の念がつきまとっている。

 

使用デッキは闇文明を用いたコンボデッキの数々。ある時はハンデスと展開で相手を磨り潰し、ある時はループデッキで完全に勝利する。抵抗してきた相手を圧倒的なプレイングとデッキビルディングで完膚なきまでに叩きのめす。闇のカードを使わせれば右に出る者なし。

 

レン

「我が美学の前で、勝てる者無し」

 

紫月

「師匠の言う美学はあまりにも範囲が広く、そして抽象的かつ曖昧です」

 

レン

「ふむ、僕の美学の具体的な定義が欲しいと?」

 

紫月

「あるものならですが」

 

レン

「例えば……空に浮かぶ雲、電柱、今朝の珈琲」

 

紫月

「……はあ」

 

レン

「言ってしまえば……あれら全て、広義で言う所の美学だ」

 

紫月

「…………………ぷしゅー」

 

ブラン

「紫月の頭が完全にショートしたデース!!」

 

耀

「しっかりしろ紫月! ……やべぇぞ重症だ!!」

 

黒鳥

「僕の美学は定義などという小さな枠に収まるものではない」

 

 

 

阿修羅ムカデ

 

クリーチャー 守護獣ⅩⅢ番

 

レンと契約した死神(デス)のカードの守護獣。見た目に違わぬ、凶悪な性格であり、相手を引き裂くことに快感を覚える嗜虐家。一方で、レンに大人しく従っているように見えるのは、彼の傍にいることで己の欲望が満たせるからという危険な理由。レンからも警戒されている。

 

 

ムカデ

「ヒャーハッハッハッハッハァァァーッ!! 我が主よ、何処に行くのです!? 血生臭い戦いのためならば、この私もお供しますよ!!」

 

レン

「殺虫剤買いに」

 

ムカデ

「Oh……」



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【劇中用語解説】

章ごとの用語解説となります。不明なところ、ここ教えてほしいよ!ってところがあったら、感想欄に書き込んでください。


無印編

 

 

世界観

 

 我々の住む世界と変わらないように見えて、実は太古から絶えずクリーチャーの襲撃を受けてきた世界である。

 先天的に魔力(マナ)を持つ人間である魔法使いや、クリーチャーと契約を交わした人間が世界を秘密裏に守って来ており、大多数の人間はそれを知らぬまま平穏に生きている。

 何度か大きな戦いを経て、クリーチャーが襲来する事案は無くなったものの、ここ数年、現実に流通しているカードがクリーチャーとして実体化する”ワイルドカード”と呼ばれる現象が新たに発生している。

 

 

魔導司(ウィザード)魔導司書(ウィザード)

 

 魔法使いの中でも、特別にその力を認められたものが成れるとされる役職。日本語では魔導司(まどうし)と言われることが殆ど。

 本来の業務は、禁じられた書物の管理であり、文字通り司書と言えるものであったが、その役割はそのままに出現したクリーチャーの討伐、魔法やクリーチャーの研究、そして新たなるカードの生成といった業務を行う。

 そのため認識としては「とても強い魔法使い」で問題ない。

 頂点に立つ魔導協会の下で、多くの組織がそれぞれの役割に沿って活動している。作中のアルカナ研究会も、その1つである。

 

 

エリアフォースカード

 

 魔力(マナ)を持たない人間であっても、クリーチャーや魔法使いと闘うことが出来るようにという目的で作成された22枚のタロットカード。別名・デュエルタロット。クリーチャーが実体化するデュエルを行うための空間を生成するのが主な役割。

 人間と契約することで使用することが可能になる。休眠状態では真っ白なカードだが、持ち主に呼応するといった要因で覚醒するとタロットカードとしての真なる姿を現す。

 また、人間と意思疎通をはかるための仮想人格である疑似的なクリーチャーである守護獣を持っている。

 一方、1枚1枚がタロットの大アルカナに由来する膨大な魔力を持っており、暴走することもあれば悪しき者の手で利用されることもあるリスクを常に孕んでいる。しかし、カードそのものが非常に強力な魔法道具のため、簡単に滅ぼすことも出来ない代物。

 

 

大アルカナ

 

 22の寓意画と、ローマ数字が刻まれた所謂タロットカード。占いに用いられることが多い。魔法使いは自らの力のルーツを22に分けたものとして体系付けており、それを大アルカナに当てはめた。魔法使いの力の種類は、頂点に立つⅩⅩⅠ番である世界から、天体のカードである太陽、月、星の3つに分岐し、そこから更に枝分かれする形となっている。

 

 

デュエル・マスターズ

 

 我々の世界でも多くの人に親しまれているカードゲーム。この世界では、全世界に流通している。

 互いにクリーチャーを召喚して呪文を唱え、相手のシールドを5枚破壊してトドメを刺した方が勝ちとなる。

 古から、クリーチャーを封じるための戦いの手段として形を変えながら存在している。

 一定の手順とルールを用いて相手と戦う()()()()()()デュエルは、クリーチャーのように強大な相手を滅ぼしたり従えるのに使われてきた。

 

 

魔力(マナ)

 

 魔法のエネルギー。エリアフォースカードは、持ち主の生命エネルギーをマナとして変換する。

 デュエル・マスターズでは、主にカードを使う為のエネルギーとして用いられる。

 魔法使いは先天的にこれを体内で生成することができるため、当たり前のように魔法を使う事が可能。

 また、大気中にも存在しており、時期によって薄くなったり濃くなることがある。

 現在のこの世界では大気中の魔力は薄く、クリーチャーは長い間実体化する事が出来ない。

 

 

魔法使い

 

 魔力を先天的に持つ人間。単純に魔法を使うことが出来るだけではなく、デュエルを以てより強大なクリーチャーと戦う事が出来る。

 人口的には圧倒的少数であり、寿命が長い。その境遇から、魔女として差別される者も少なくはない。

 それぞれが持つ魔法の性質は、生まれつき持つ大アルカナの力によって違う。

 人間に対しては不干渉のスタンスを基本的にとっているが、友好的なもの、見下しているもの、そして人間社会を虎視眈々と乗っ取ろうと画策するものも居る。

 その出自は不明だが、ルーツとなるのは魔力の存在する異世界からの流れ者ではないかという説が最も有力視されている。

 

 

ワイルドカード

 

 数年前、突如として発生したクリーチャー実体化現象。別世界からのクリーチャーの襲来ではなく、自然発生したクリーチャーが人に憑依して悪事を働く。

 持ち主の負の念を増幅させて、自らの活動の養分とする。最終的に持ち主の生命エネルギーを全てマナに変換して実体化し、宿主を殺してしまう寄生生物のような特性を持つ。

 この特徴は、元となったクリーチャーがどのようなものであっても共通である。

 その能力はオリジナルとなったクリーチャーよりも劣るため、いわゆる劣化コピーであると言えるが、人類の脅威であることには変わりなく、その度合いも個体ごとに違う。

 原因は不明。対処法は、持ち主に憑依したワイルドカードをデュエルで倒すしかない。

 

 

 

Ace編

 

 

 

クォーツライト家

 

 魔法に憑りつかれた人間の家。一族にはカルト的な「人間は原罪を持つため、罪を濯ぐべき」「人間は罪を犯さないようにするため1つになるべき」といった思想が蔓延っていた。

 審判(ジャッジメント)のカードを用いて、強大な裁きの龍を降臨させようとしていた。そのための依代として末子であるロード・クォーツライトが選ばれ、彼は直接審判(ジャッジメント)のカードとリンクした状態となっている。

 しかし、そのような施術を施したからか、ロードは狂気に駆られて一族を皆殺しにした。そして、自分1人で人類の罪を濯ぐため、暗躍するようになる。

 

 

 

G・レジスター編

 

 

世界観

 

 ドルスザクとの戦いが終わってしばらくした後。2018年の3月に、ワイルドカードの氾濫が起こって世界は滅亡した。

 本来の歴史を辿った白銀耀は全ての仲間と愛する人を失い、失意のままに何処かへ行方をくらませた。

 一方、ワイルドカードの氾濫を止めた何者かによって”トキワギ機関”が設立され、人類の存続のために絶対なる管理体制が敷かれていた。

 理想郷の中に守られる人類と、そうでない見捨てられた人類たち。60年後の2078年の荒廃した世界では、絶えず争いの種が撒かれ続けている。

 破滅の未来を変えるため、耀は未来からやって来た孫を名乗る少女・アカリと共に時を巡る旅に挑む。

 

 

タイムダイバー

 

 時間遡行が可能なタイムマシンの一種。

 守護獣・せんすいカンちゃんを改造したもので、他のタイムマシンに追跡されることなく文字通り時の流れを潜行して移動する。

 

 

ダッシュポイント

 

 時間改変によって起こった歴史上のひずみ。歴史改変を行っている原因を修正する事で、元の正しい流れの歴史に戻すことができる。

 しかし、一定時間内に修正できなかった場合、改変後の歴史が正しい歴史として上書きされてしまう。

 タイムダイバーは、ステルス機能と引き換えに、基本的にダッシュポイントのある地点にしか飛ぶことができない。

 

 

トキワギ機関

 

 2078年の未来を支配している機関。ワイルドカードの氾濫によって荒廃した世界を立て直した。

 人類の存続のため、自らの支配する理想郷の中に多くの人間を閉じ込め、管理している。しかし、それは理想郷の外にいる人間を見捨てることも意味しており、その態勢からレジスタンスの反乱に遇っている。

 力の象徴であるエリアフォースカードを封じるため、過去に遡行してエリアフォースカードを使えなくしようとしており、その第一段階としてデュエルを歴史から消し去ろうとした。

 配下として時間Gメンを所有しており、彼らが時間遡行と歴史改変を行う。

 

 

神類種

 

 神に比類する力を持つクリーチャーと定義されるが、実際は肉体を捨てて、精神的存在へと昇華されたクリーチャーの総称。総じて強い力を持つ。2019年時点では大気中のマナが薄いため、実体化出来ていない。

 太古の地球に降り立ったクリーチャーは、魔力が薄いがために自らの肉体を捨てなければならなかった。そして、神として人の信仰を集める事で存在を保っていた。

 人の信仰と、魔力の源となるものがあれば実体化して力を振るう。人間に災厄をもたらす者もいれば、友好的な者もいる。

 また、元はクリーチャーではなく、伝承と信仰のみで実体化した神類種も存在し、劇中の酒呑童子はこれに当てはまる。



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Y談しか喋れなくなったデュエマ部部員とその他

例によって吸死のY談おじさんパロです。


「俺は、ハイレグもローレグも平等に愛するッ……!?」

 

 

 

 

 ──事件は突如起こったのである。

 白銀耀は自らの口から飛び出た思わぬ言葉に驚き、手で口を覆ってしまった。

 普段の彼からは考えられぬ性癖丸出しの発言に、火廣金も、そしてブランも驚愕を隠せない。

 そして──その元凶は妖しい微笑みを浮かべて部室の入り口に立っているのだった。

 

 

 

「くっくっく、お前も既に私の術にハマっているのだよ、白銀耀」

「何ッ……!?」

 

 

 

 鶺鴒学園高校に現れた不審者。

 杖を持ち、妙なビームを放つこの男はすかさず名乗ったのである。

 

「私は魔導司Y談おじさん」

「魔導司Y談おじさんだと!?」

「知ってるのデスか、ヒイロ!!」

 

 火廣金はすぐさま手に炎を浮かべて相手を威嚇しながら語る。

 

「公然わいせつの罪で協会から指名手配されているA級犯罪者だ……!! よもやこんな所に来ているとは!」

「私の魔術にかかったが最期、卑猥な言葉しか喋れなくなる……性癖をブチ撒けて慌てふためく人間共を見るのが趣味でね!」

「テメェ!! 地味な女の子が背伸びして紐パン履いてんのがグッとくるんだよ!!(訳:なんてどーしよーもねぇヤツだ!!)」

「アカルが歩く性癖拡散機になってるデース!?」

「なんて恐ろしい能力だ……!」

「テメェはスケスケのネグリジェなら何でも良いと思ってんのか?(訳:そんな下らねえ能力で俺達に勝てると思ってんのか?)」

「無論思ってない」

 

 

 

「──だから逃げる」

「テメェェェーッ!!」

 

 

 

 ──画して。

 放課後の大捕り物が始まったのであった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「変質者発見ッ! 怪しいヤツは即・斬る!!」

 

 

 

 Y談おじさんの退路を塞ぐように、相変わらず物騒な刀堂花梨が竹刀を構えて立っていた。

 そこに──耀が呼びかける。

 

「花梨ッ! 今すぐ紐パンとスケスケのベビードールを着けてくれ!!(訳:花梨ッ!! 遠慮なくやってくれ!!)」

「はぁぁぁーっ!?」

 

 バシーンッ!! バシーンッ!!

 

 不審者を差し置いて、花梨は耀を竹刀でどつき回す。

 顔を真っ赤にした彼女は、いきなり不埒な言葉を口走った幼馴染が容認できなかった。

 もっとも、その性格を考慮すれば当然と言えば当然なのであるが……。

 

「なななな、何言ってんだあんたは!? そんな幼馴染に育てた覚えはないんだからねっ!!」

「パンツッ!! パンツッ!!(訳:やめろっ!! 痛ェッ!!)」

「やめろ刀堂!! 部長に悪気はない!!」

「悪気が無いなら猶更悪いわ!!」

 

 

 

「隙あり!! Y談ビーム!!」

 

 

 

 それが命取りとなった。

 ビームが花梨に炸裂する。

 そして──

 

「ちんちーん!! ちんちーん!! ……ッ!?」

 

 ──こうなってしまった。

 彼女は自らの発した言葉が信じられず、口を塞いでしまう。

 

「!? どうしたデス、花梨!? 急に男子小学生みたいになってるデス!!」

「ちん……ちんちーん!!」

「刀堂ォォォーッ!?」

「カリンのY談の語彙が少なすぎて、鳴き声みたいになってるデス……でも、カリンはそれだけ純粋だってことデスね!」

「ちんちちん!!(訳:バカにしてるよねソレ!!)」

「まあ、その、何だ……良かったな……」

「ちんちーん……ちーん(訳:なんにもよくないよぉ……うぇえん)」

 

 意気消沈した花梨は、そのままへたり込んでしまうのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──耀、ブラン、火廣金の3人は美術室に辿り着いていた。

 そして、丁度そこから出てくる人影に呼びかける。

 今日はサボって部室に出てこなかった紫月の双子の姉・翠月だ。

 

「ミヅキ! 魔導司Y談おじさんは見なかったデース!!」

「!? ……あっ、うっ」

 

 しかし。

 彼女は恥ずかしそうに眼を逸らしてしまう。

 口を開きたくても開けない、と言わんばかりに。

 

「……やられたんデスね。でも今は緊急事態デース! 教えてくだサイ! どっちの方に行ったのか!」

「あ、ぅ……」

「早く教えるデス! 早くしないと……桑原先パイや、シヅクもやられちゃうかもデスよ?」

 

 今日の或瀬ブランの顔は過去一邪悪であった。こいつ本当に光使いか?

 翠月は──涙目になりながら、非常階段の方を指差して言った。

 

「私……どっちかというと、押し倒されるより押し倒したい派です……」

「ふむ、ミヅキは意外とSっ気が強いんデスね」

「紐パンンンッ!!(訳:いじめんなぁぁぁーっ!!)」

「あだぁっ!?」

 

 耀の鉄拳がすかさず炸裂する。

 哀れ悪の探偵はその場に倒れ伏せるのだった。

 

「年下のお世話し甲斐のある子を見ると男女問わず胸がキュンキュンしちゃって……(訳:ピカッと光って美術室から逃げていきました……)」

「成程何となくわかったデス」

「下着にニーソだけ履いてるのも良いよな……(訳:今のが分かったのかよ、この迷探偵……)」

 

 

 

 

 

「ンだ、何事だァ? 騒がしいじゃねえか」

 

 

 

 その時だった。

 聞き覚えのある声がどこからともなく降りてくる。

 桑原だ。

 普段は屋上で絵を描いているが、騒ぎを聞いて駆けつけてきたのだろう。

 

「実はかれこれこうで……桑原先輩、何か知りませんか?」

「はぁ!? Y談おじさん!? それで翠月までやられたってのかよ!? ぜってー許せねえ!!」

「……ひっぐ、うぅ……」

「刀堂花梨もやられた。いがみ合っている場合ではない」

「チッ、確かにそうだな火廣金……こっちも可愛い後輩がやられてんだ! 幾らでも協力するぜ!」

 

 そう言った矢先、悲劇は起こったのである。

 

 

 

「隙ありY談ビーム!!」

何のバカガード!!

「ぐおおおおお、火廣金テメェェェェェーッッッ!!」

 

 

 

 共闘関係とかそんなもんは無かった。

 咄嗟に背後から飛んできたビームに対し、火廣金は桑原を楯にしたのだった。

 そして──ビームの効果はすぐさま現れたのである。

 

「俺ァ金髪ダイナマイト爆乳外人が好みだァァァァーッ!!」

「桑原先パイイイ!?」

「チッ、外したか……!」

 

 不意打ちが不発に終わったことに悔しそうな顔をするY談おじさん。

 一応ひとり犠牲になっているのであるが。

 

「一級魔導司の俺に不意打ちするなど100年早い」

「包容力のあるお姉さんが大好きだ、おっぱいに顔をうずめて圧死したい!(訳:火廣金テメェ、今すぐ此処でブッ殺す!!)」

 

 火廣金に掴みかかろうとする桑原。

 しかし、流石に地の力が違い過ぎるので避けられてしまい、廊下に倒れてしまう。

 そして──倒れた先には、

 

「桑原先輩……?」

「あっ」

「あっ」

 

 ──怖い顔をした後輩が立っているのだった。

 

「可愛い男の子に甘えられるのが好き!! 添い寝したい!!(訳:やっぱりおっぱいが大きい人の方が好みだったんですね!! しかも金髪の方が良いだなんて!!)」

「おっぱい!! 白い美肌のセクシーダイナマイトは最高だ!! 胸とタッパがデカいのこそ正義!!(ちげーよ!! 二次元は別腹だ!! つかテメーも年下好きなんじゃねーか、このショタコンが!!)」

「何という事だ……性癖が暴露されたがばっかりに無用な争いが……許すまじ、Y談おじさんめ」

「今のはヒイロの所為デース!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「時間停止モノって良いよね……」

「百合の間に挟まりたい!!」

「眼鏡っ娘から眼鏡を取るヤツは死刑!!」

 

 

 

 ──放課後の鶺鴒学園は地獄の様相を呈していた。

 

「このままじゃ、学園は面白大変な事になるデース!」

「そういえば暗野の姿が見えんが……」

「紐パン……(訳:あんにゃろサボりか……)」

 

 そう言っていた矢先だった。

 

「ふわぁあ……」

 

 眠そうな目を擦る後輩が現れる。

 道を塞ぐ形になったため、3人は脚を止めた。

 ブランは慌てて、紫月を揺すって呼びかける。

 

「シヅク! 今まで何やってたんデス!」

「君が部活をサボってる間に、とんでもないことになってるぞ!」

「……むにゃむにゃ」

 

 どこかで昼寝していたのだろうか。

 完全にうたた寝状態の彼女は、

 

 

 

「”規制音(ピー)”、”規制音(ピー)”……”規制音(ピー)”」

 

 

 

 とても、ここには書けないことを口走ったのである。

 

「暗野ーッ!?」

「……う、うわぁ、シヅクって大胆ってか……ハレンチすぎデス……」

「……”規制音(ピー)”!?」

 

 自分の言った言葉で、漸く彼女は目を覚ました。

 そして、混乱した様子で涙目になりながらブランに訴える。

 

「”規制音(ピー)”、”規制音(ピー)”……(訳:ちっ、違うんです、私、こんな、えっちなことばっかり考えてるわけじゃ……)」

「シ、シヅク! やめるデス! 今は口を閉じるデスよ! ……私には、刺激が強すぎ、デェス……」

「君の所為ではない。敵の能力だ。相手の性癖を暴露させる催眠ビームを受けたのだろう」

「”規制音(ピー)”!!(訳:じゃあやっぱり私がえっちな事考えてるのが筒抜けじゃないですかーっ!!)」

「紫月、スケスケの下着は好きか(訳:紫月、落ち着いてくれ)」

「”規制音(ピー)”っ!? ”規制音(ピー)”?(訳:白銀先輩っ!? 私、こんなハレンチなのに……ドン引いたりしないんですか?)」

「縞々パンツも……甲乙つけがたいよな(訳:安心しろ……皆心の中では大体スケベな事考えてるんだ、まあ、その……ドンマイ!!)」

「”規制音(ピー)”っっっ!!(訳:何もフォローになってないし、もうお嫁にいけませんっっっ!!)」

「あだーっ!?」

 

 バチーン!!

 

 ビンタが耀に炸裂する。

 ううう、と半泣きで彼女は崩れ落ちてしまうのであった。

 

「何故だ、何故Y談同士で会話が成立しているのだあの二人は」

「……やっぱりあの二人お似合いじゃないデス?」

「言ってる場合か!!」

「そうデシタね、なんて恐ろしいヤツでショウ……! 私の後輩を二人も泣かせるなんて、許せないデス!」

「じゃあ君はその録音機を今すぐ下ろせ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「くっくっく、次は誰の性癖をバラしてやろうかな──む、丁度良い所に!」

 

 

 

「あっ!! あの人、今度は黒鳥サンを狙ってるデース!!」

「逃げるんだ黒鳥レン!!」

「紐パン大好き!!(黒鳥さんが大変な事になっちまう!!)」

「む?」

 

 学園を抜け出した街路にて黒鳥は突如走ってくる来訪者に目を向ける。

 しかし、彼が逃げる隙も与えず、Y談おじさんは走りながら杖を構えた。

 

「取り合えず喰らえ、Y談ビーム!!」

「……」

「さあ、その根暗な顔から隠された性癖をぶちまけてみせろ!!」

 

 

 

 

「──僕から言わせれば、性癖もまた美学。全ては美学に通ずる。貴様の言うY談など、古代ギリシャの性癖オンパレード祭りの足元にも及ばん」

「なにぃ!?」

「強いて言うならば。森羅万象全てが美学であり、フェティッシュの対象である──これこそ僕の性癖だ」

 

 ──青年は全く動ずることなくつかつかとY談おじさんに詰め寄っていく。

 

「美学とは性癖をも内包する。思考の全てが美学である僕に、今更Y談ビームなぞ通用せん」

「何てヤツだ! 思考の全てがY談で出来ている……こんな人間は初めて見た!」

「平たく言えばそんなところだ」

「そうだったんデスか!? 私達が今まで聞いてきた美学ってY談も込みだったんデスか!?」

「ベビードール……(訳:なんかやだな……)」

「良いだろう、では人間よ! 勝負と行こうではないか!」

「美学とY談……勝つのはどちらか白黒付けるというのか。面白い」

 

 

 

「曲線美こそ至高!! 女体の持つ柔らかさこそが宇宙にも勝る美学!!」

「清楚な女の子のセーラー服からチラ見えするヘソは太陽よりも眩しい!!」

 

 

 

 がしっ、と二人は手と手を取り合う。

 こうして、黒鳥とY談おじさんは強い友情で結ばれたのだった。

 

「……貴様の美学。なかなかやるな。褒めてやろう」

「お前のY談とやら、しかと見せてもらったぞ」

「Nooooo!! 最悪な二人が手を組んでしまったデース!!」

「ふははははは、美学と性癖、最恐のコンビに勝てるわけがあるまい!!」

「いや、今ので時間が稼げた」

 

 火廣金は──親指を向ける。

 Y談おじさんと黒鳥を取り囲むのは──Y談ビームに侵された被害者たちであった。

 

「ちん!! ちんちちちんちん?」

「ネグリジェとベビードールの違いが、お前に分かるか?」

「ぼいんぼいんバキュンこそ最強……! マイクロビキニを着てれば尚止し!」

 

 そしてその中には──当然のように暗野姉妹の姿が。

 

「”規制音(ピー)”、”規制音(ピー)”!! ”規制音(ピー)”!!(訳:ブッ殺です、ブッ殺です、ブッ殺です!!)」

「ショタは最強!! でろでろに甘やかす!!(訳:よくも乙女の純情を弄んだわね!! ゆっくりと全身の血を抜いてやるわ!!)」

 

 Y談おじさんの顔から血の気が引けていく。

 尊厳とか色々弄ばれた結果、全員が殺意マックスなのであった。

 そして。

 

 

 

「……貴様、あまつさえ僕の弟子二人に今のビームを?」

「アッ」

 

 

 

 繋いだ手は──もうほどけなかった。

 万力よりも強く握られているためである。 

 弟子を辱められた黒鳥は、誰よりも怖い。

 

 

 

 

「卍死に値する」

「あっ、ごめんなさっ──おじさん死すともY談は死せずううううううう!?」

 

 

 

 ──魔導司Y談おじさん、最恐のデュエリスト・黒鳥レンの逆鱗に見事触れ、再起不能(リタイヤ)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 尚。諸々の記憶はサッヴァークの力で消してもらったので、彼らの尊厳は守られたのだった。



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最終章MAX:切札VS鬼札篇
JO1話:ONI・トーナメント(1)


王来MAXが終わりそうなのでそれに合わせて最終章MAXの始まりです、完結したんじゃなかったって? まあ、そうね……。


 ──2022年、4月末。

 

 ギリシャにて震源不明の地震が発生し、✕✕✕地域に大規模な断裂が発生。

 

 ──2022年、5月。

 

 この新しい地層から、原因不明の発光を確認。現地の考古学グループが調査を開始する。

 

 ──2022年、6月。

 

 発掘調査により、正体不明の遺物が発見。祭器の一種と見られているが、複数の槍が刺さっている上に、中央には日本の土偶を思わせる土人形が鎮座。

 明らかに地層との年代と異なることから、誰かが悪戯で埋めたものではないか? と考えられいるほどである。

 

 ──2022年、6月末。

 この正体不明の祭器を、伊ONIグループのCEO、デモーニオ・エティケッタ氏が6億ドルで買い取った模様。

 祭器は、同グループで研究される見通し。

 

 

 

「古代の浪漫には、大富豪も抗えないのデスね! ワクワクするデース!」

「くだらん。金で遺物かどうかも分からんモノを買い取ったのか……スケールが大きいのやら小さいのやら」

 

 ピッ! と音を立てて、テレビが切れる。

 残念そうに或瀬ブランは溜息を吐くと「何で勝手に消したデース!?」と猛抗議。

 しかし素知らぬ顔で、黒鳥レンは彼女に向かい直すと唸るように詰問するのだった。

 

「貴様こそ何なんだ、こっちは課題中だぞ。勝手に押しかけて来おってからに……大学はどうした大学は」

「今日は休みデスよぅ。暇だし、久々に黒鳥サンのアトリエに遊びに来たのデース! ……どうせヒマデショ?」

「帰れ早急に! 此処は僕が借りてる部屋だぞ!」

 

 作業用に丁度良いとばかりに借りた空き部屋。

 それが黒鳥の新しいアトリエであった。

 しかし、クリーチャーの事件とは関係の無い身内である玲奈から離れて、ミーティングをするのには都合のいい場所だったのが良くなかった。

 今となっては暇を持て余したブランが、大学から近いのを良い事に度々足を運んでいるのだった。

 

「嫌デース!! だって、暇なのデース!!」

「貴様も学生ならバイトでもしていろ」

「今日は休みデース!!」

「……チッ」 

「皆が居なくて、私は寂しいのデスよう。カリンは相変わらず剣道バカで、桑原パイセンは美術の課題に追われ、ヒイロは魔導司の仕事で、どの国に居るかも分かりまセーン」

「良い事ではないか、貴様のような年柄年中探偵ごっこばっかりやっているチャランポランとは大違いだ」

「酷いデース!! なーんでそんなに冷たいデース!?」

「そう言えば白銀はどうしている? 最近、やつの話をあまり聞かんが」

「今は借りた家で高卒検定の勉強やってるデスよ。ただ……本人も何をすればいいのか、モチベーションが迷子みたいデスけど」

「元気がないのか?」

 

 何処か心配そうに黒鳥は眉を顰めた。

 冷淡な印象の彼だが、こと後輩たちの変化については人一倍興味を示したし敏感であった。

 

「そうデスね……たまに顔を合わせても以前みたいなツッコミのキレがないデス」

「貴様は貴様であいつで漫才しようとするんじゃあない」

「でもシヅクも同じこと言ってるデスよ? 自分と居る時も、ぼーっとしてることが増えた、って言ってるデス」

 

 まあ、あれだけの凄まじい経験をしてしまえば、人生における山場を全て使い切ってしまってもおかしくはないだろう、と黒鳥は考える。

 現に自分でさえ、かつての戦いの後は似たような状況が続いたものだ。

 もう良いんじゃないかな? でも人生は終わらないし、別に死にたいわけでもないしな……といった精神具合が続く。

 ゲームはエピローグで終わりだが、人生のエピローグは死ぬまでであるがゆえに。

 

「今まで使命感に駆られるように目の前の戦いに没頭してきたのだ、燃え尽き症候群なのかもしれないな」

「バーンアウト、ってことデス?」

「そうだな……あいつは今、自分自身で自分のやるべきことを探している段階なのだろうな……」

 

 

 ピンポーン

 

 

 

 その時だった。

 チャイムが鳴ったので黒鳥はブランから逃れる次いでで玄関に出ると、

 

 

 

「……おめでとうございまァァァーすゥゥゥーッ!!」

「は?」

 

 

 

 外に居たのは──シルクハットにスーツ姿の奇妙な男だった。

 背が高く、顔の掘りが深い。日本人のようには見えない。

 一抹の不審さを感じながら、黒鳥は玄関に身を乗り出した。

 

「何だ貴様、セールスはお断りだ」

「セールスだなんてとんでもありませェェェーんッッッ!」

「うっわうるさ」

 

 黒鳥は耳を塞ぐ。

 しかし、追い出そうとする前に男は名刺を取り出した。

 

「ワタクシ、こういうものでして」

「何々……ONIグループの営業、ジョン・ドゥ……?」

「そうでェェェーすッッッ!!」

「うるさっ!?」

「黒鳥サン、ONIグループって……テレビで言ってた、あのONIグループデース!?」

「おやぁ? おやおやおやおやおやおやおやおやァァァーッ!? よォォォーッくご存じでお嬢さん!! いやぁはやぁ、異国の方にも我々の事は知られているのですねェェェー!!」

「うるさいといったのだ貴様! 近所迷惑だぞ!」

「すみませェェェーん、地中海育ちなもんでつい!!」

「地中海は絶対関係ないデース……」

 

 二人はげんなりしながら眉を顰める。

 いきなり現れたこの胡散臭いジョンは、チケットを押し付けるように黒鳥とブランに渡す。

 

 

 

「単刀直入に言いましょう。黒鳥レン、或瀬ブラン……あなた方を是非ッ! ONIグループ主催の、デュエル大会にご招待しようと思いまして!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……白銀耀。貴方を是非。ONIグループ主催の、デュエル大会にご招待したいのです」

 

 

 

 突然の来訪客に、俺は驚きを隠せなかった。

 外国人だろうか。ゴシックな衣装を身に纏った少女だ。

 

「なんて? 大会……?」

「……申し遅れました。ジェーンは、このようなものです」

「えーと、ONIグループの社員……ジェーン・ドゥ……?」

「はい。招待状は渡しました」

「いや、いやいやいや……何か証明とかあるのか? 悪戯じゃねえよな? だってONIって、世界的な企業じゃないか」

「その招待状にあるパスワードをONIの公式サイトで読み込んで貰えば良いかと」

 

 いきなりの事が多すぎて、何も分からない。

 そもそも大会に選ばれるようなことをした覚えは無いのだ。

 CSで優勝したことなんて1度もない無名の選手の俺に、何故……?

 こんなの怪しいに決まってる。

 

「はぁ……何で? 何で俺なんだ? 他に強い選手なんて幾らでも居るだろ」

「ジェーンにはそれを答える権限ありませんので。それでは、当日の参加を楽しみにしております」

「……いや、いやいやちょっと待てって! ……はぁ」

 

 たっ、たっ、とジェーンは逃げるようにその場を去ってしまった。

 追いかける間もなかった。

 

「……はぁー、どうすりゃいいんだよコレ」

 

 家に帰った後、ONIの公式サイトにアクセスし、パスワードを打ち込むと……大会参加者用のログインフォームなるものが現れる。

 そこには確かに俺の名前が書いてあった。

 大会の場所、ルールなどは追ってメールで送信って書いてある。

 どうやら悪戯ってわけではなさそうだ。更に、ネットで調べたところ、他にも俺のように招待状を渡された人がいるらしい。

 そのツイートはバズっており、調べてみると所謂有名な強豪プレイヤーのアカウントであった。確認できた所では──4人。

 どうしたものか。人選が謎だ。

 

(デュエマの大会っつったって……招待されたのって名だたる強豪ばっかじゃねえか、俺で太刀打ちできるような相手じゃねえぞ……?)

 

 イマイチ気が進まない。やる気が出ない。

 そう思っていた矢先、電話が鳴る。

 誰からだろう、紫月からだろうか、と思っていたのだが──

 

「げぇっ……」

「げぇっ、とは何だ、貴様。……愛しの彼女でなくて落胆したか?」

「ええまあ、それなりに」

「ハッ倒すぞ貴様」

 

 黒鳥さんだ。

 普段は絶対に彼の方からかけてくることはないのに。

 一体どうしたというのだろう。正直彼からの連絡がある時は大抵事件なんだよな。

 

「貴様。ONIグループの者から招待状が届かなかったか? デュエル大会の……」

「……! 黒鳥さんにも、ですか!?」

「僕だけじゃあない。或瀬宛てにも、だ」

「……マジで? 黒鳥さんだけならともかく、何でブランにまで……?」

「聞こえてるデスよ、アカルーッ!」

「お前も居たのかよ!!」

「ええい邪魔だ貴様! ともかく一度僕のアトリエに来てくれ」

「……はい」

 

 何だか……大変な事になってしまったみたいだ。 



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JO2話:ONI・トーナメント(2)

 ※※※

 

 

 

 

「──ONIグループの主催する大会──ONI・トーナメント。参加人数は合計で8人」

 

 その他一切の事は現時点では不明だ。

 ONIは世界的にも有名なゲーム企業で、デュエル・マスターズの大会でも協賛金を出していた。

 そして、デュエマの大会そのものを主催することも珍しい事ではない。

 しかし問題は、その人選である。

 

「8人のトーナメントで、そのうち俺の身の回りの人が俺を入れて3人……!?」

「貴様も思っているだろうが、もっと強いプレイヤーなど山のように居る」

「黒鳥サンなら、招待されてもおかしくないデショ? その筋だと、伝説の闇文明使いって言われてマスしねー!」

「ううむ、僕は最近何の実績も出していないから、何ともだ。まあしかし、こうして選ばれた以上は……やるだけのことはするさ」

「この面子の中で優勝出来るか? って言われたらどうなんデス?」

 

 黒鳥さんは参加表明をしているアカウントの中から1人を指差した。

 そこには──暁ヒナタという名前が書かれていた。

 サングラスを頭に掛けた陽気そうな男。

 他でもない。それは、かつての黒鳥さんのライバルにして、今世界で最もデュエル・マスターズが強いと言われる男だ。

 

「他も強いが……ヒナタは特に強敵となるだろう。最も、弱気になる理由にはならんがな」

「奮い立ってるデスね! 珍しく」

「当然だ」

 

 黒鳥さんは絵筆に黒い絵の具をべちゃっ、とつけると──キャンバスに向かって乱暴に✕の字を刻む。

 その下には──油絵で太陽が描かれていた。

 

 

 

 

「──振って湧いたと言えど、あのバカを地に落とすチャンスが来たのだ。この僕が逃すと思うか?」

 

 

 

 

 ぞくっ、と肌が粟立つ。

 弱気で悲観的な所があった以前の黒鳥さんからは考えられない程、精力に満ちているように見えた。

 こりゃ勝てっこないかもしれない。

 

「ONIは元々、上位層のプレイヤーを招待して、大会を主催することが度々あったのだ。無作為に選んでいたようだがな」

「俺達上位層でも何でもないですよ」

「そうだ。何故、貴様や或瀬を選んだのか……ましてや僕だってそうだ。少し注視する必要がありそうだ」

「戦わされる向こうも、”何でこんな無名のプレイヤーが……”って思ってそうデスね」

「そうだな。此処まで露骨だと、何かあるのではないかと思ってしまうが……」

「謎デス……」

 

 

 

「師匠、居ますか?」

 

 

 

 

 当たり前のようにアトリエの扉が開く。

 そこに居たのは──だぼだぼのパーカーを腰に巻いた、ラフなTシャツ姿の少女。

 首にはヘッドフォンが掛けられている。

 無論、誰だと論じる必要は無かった。

 

「紫月!? お前まで何で此処に!?」

「あれ、耀く──白銀先輩!? それに……ブラン先輩も」

「シーヅクー! ラフな格好もベリベリキューッッット!」

「やめてください、暑苦しいですっ! 今はもう6月ですよ!?」

 

 ブランに引っ付かれるのを鬱陶しがりながら、紫月は──何かをガサゴソとカバンから取り出す。

 

「道端で、怪しい男にこんな招待状を渡されたのですよ。近かったので、師匠の家に相談しに来たのです」

「大丈夫だったのか!?」

「それは平気です。確か、ONIのジョン・ドゥと名乗っていました」

「警察に行くべきだろう貴様……道端って、あの会社の倫理観は色々どうなっとるんだ」

「私もそうしようと思ったのですが、ONIの公式サイトから本当に参加者専用ページにログイン出来たので……」

 

 一体何なんでしょうね、と紫月は肩を竦めた。

 

「あのジョン・ドゥとかいう男……どうやって招待客の居場所を突き止めているんだか」

「師匠も……」

「実はここにいる4人は全員が大会に招待されてんだよ。俺ン家にもONIの社員が来たんだ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 事のあらましを全員で共有することにした。

 参加者は8人。

 そのうちの半数が此処にいる4人。

 そして、残る4人の中には世界最強クラスのプレイヤー・暁ヒナタが居る。

 ONIが並み居る強豪の中から、無名のプレイヤーを選んだ意図が分からない。

 などなど……。

 

「分かんねえだろ? 黒鳥さんみたいに実績のある人ならともかく、俺ァ此処最近店舗大会でも優勝出来てないんだぜ?」

「まるで最近でないなら優勝出来ていたような言い方だな」

「うぐっ……」

「ま、漸く世間が、この私の才能に気付いたのデスね!」

「それも絶対に有り得ん」

 

 紫月は──しばらく思案していた。

 そして、

 

「確かにONIの思惑は分かりません。しかし、大会が本当に行われるものであることは事実です」

「だけどな紫月さんや、流石に怪しくねえか?」

「──つまり、全員ゴッ倒せば万事解決、というわけですね」

「紫月さん?」

 

 おっと雲行きが怪しくなってきたぞ?

 

「──師匠に、暁ヒナタ。超えるべき相手の多い今回の大会……これで燃えなくて何時燃えるというのでしょう?」

「紫月さん!?」

「いつになくシヅクがやる気デース!?」

「何時もの事だろう」

 

 この師匠、あまりにも塩対応である。

 暁ヒナタ相手とは偉い違いだ。

 

「──そして白銀先輩」

「いっ!? 俺!?」

「何を腑抜けた顔をしているのですか。いえ……最近の腑抜けっぷり、余りにも目に余ります」

「ぐっ……それは否定できない」

「今回の大会。例えONIに如何なる思惑があろうと、私は本気で挑ませて貰います」

「っ……」

「そして。相対するならば。私は貴方を全力で倒します」

 

 スイッチが入るとこうなんだよなあ、紫月は。常に強者との本気の勝負を望んでいる。

 そしてその強者の中には、俺も入っているのだ。間違いなく。

 

「私はしばらくデュエマの修行に入ります。それでは」

 

 完全にやる気が入ってしまった紫月を前に、俺は何も言えずに背中を見送るしかなかった。

 お、俺の意思は……。

 

「尻に敷かれているな、貴様も……」

「ゲームになると人が変わりますからね、あいつ」

「だが、こういった場で無ければ出せない全力があることも事実だ」

「……」

「いやぁーっ、私も漸くシヅクより強いって証明できる時がやってきて楽しみデスよ!」

「……歯牙にも掛けられてないぞ貴様は」

「デース!?」 



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JO3話:ONI・トーナメント(3)

 ※※※

 

 

 

 夕暮れ。

 俺は涼みながら日の沈む海岸を眺めていた。

 

「何だよ紫月の奴、いつになくやる気になっちまって……」

 

 ……確かに最近燻っていた部分はあるかもしれない。平和ならそれが一番だと思っていた。

 だけど同時に──燃えカスのように、何のやる気も起きなくなっていた。

 燃え尽きたのだと自分では思っていた。

 だけど、これは──明確な目標の消失だったんだと気付いた。

 紫月は、自ら俺にそれを示してくれたのではないだろうか?

 だとしたら紫月らしいやり方だ。

 

(──貴方は、私が全力で倒すに値する相手ですか?)

 

 ……。

 紫月は強い。

 デュエマ部の誰よりも。

 いや、下手をすれば現役プレイヤーの中でも上位に食い込むレベルだ。

 俺の知らない所でCSに参加しては、軽く優勝をもぎ取ってくる程度には実力も高い。

 そんな彼女が、俺を超えるべき相手と見てくれている。

 その理由は単純でシンプルだ。全員倒して1番になりたい。競技プレイヤーならば、当然のこと。

 一方で俺には、その気持ちが欠けていたことは否定できない。命懸けのデュエマばっかりやってた所為か、全力で戦う事に意味を見出せないのだ。

 楽しければそれでいいじゃないか、と思ってしまうのだ。

 

(……さて、僕も久々に練習をするとしようか、あいつにいい加減吠え面かかせてやらんとな)

(悔しいデース! シヅクに、私の事も見て貰うデース!)

 

 黒鳥さんはヒナタさんを超えたいと願っている。ブランだってナメられっぱなしはきっとイヤだろう。どうせやるなら勝ちたいと思っている。

 俺が紫月を超えたいと思う理由は何だ?

 ただ、あいつの超えるべき壁になってやろうってわけじゃない。

 俺は──

 

 

 

「マスター殿ォーッ!」

 

 

 

 うわ、うっせ!!

 耳元からデカい声を飛ばして来るのは──ちっちゃなモモキングだ。

 エリアフォースカードが無くなっても、守護獣は未だに存在している。

 ただ、カードの守護から解放されたからか、最近は各々が好き放題しており、モモキングも俺の手元を離れていることが多かった。

 

「お前、帰ってきてたのか!? しばらく見ないと思ったら……」

「修行もひと段落! レクスターズの力、取り戻してきたでござるよ!」

「そうだったのか!? カードはあるんだから、無理しなくても……」

「いざという時、主君を守れずして何が守護獣でござるか!」

「っ……悪い」

「? 何故白銀殿が謝るでござるか?」

「いや、こっちに帰ってきてから平和だから……俺、気が抜けてたのかもな、って」

「確かに、こっちではクリーチャーが実体化することなど無かったでござるからなあ。平和が一番でござる!」

「だからよ──これ以上強くなることへの意味が、掴めねえんだよ。逆にオメーは、よくもまあ修行が出来るよな……」

「漢が、強くなる事に何か意味を見出す必要など無いでござろう! 敵等無くとも、昨日までの自分に打ち克つために励むのでござる!」

 

 なんか悔しいな。

 俺の周りはこうやってやる気に満ち溢れてんのに、俺だけ……勝手に燃え尽きたまんまだ。

 ……そうか。

 そこに理由付けなんてする理由なんて無かったのか。

 

「俺は……何やってんだろーな。こんな事だから、いつまで経っても紫月に負けっぱなんじゃねえか」

 

 うだうだ考えているのがバカらしくなってくる。

 この燻る思いの正体はきっと──とてもシンプルな答えだったじゃないか。

 現状に満足している? 違う。納得してないからモヤモヤしてるんだ。

 あれだけ命懸けのデュエマを重ねても、未だに紫月に勝てない自分に──ヤキモキしてるんじゃねえか。

 たった一つの簡単な事だったんだ。

 

 

 

(──どんな事でも……負けっぱなしは、つまんねーよな!)

 

 

 

 

 ──あいつに、勝つ俺の姿だ!

 

 

 

「うっし、俺も覚悟決めっか!」

「マスター殿!」

「と言っても、今の俺の実力じゃあ、競技デュエマのガチ勢に勝つには程遠いしなあ」

「それほどまでに強い者が揃っているでござるか」

「ああ。知ってる限り、一番強い面々が揃ってやがるぜ」

 

 ならば、それに対抗できるだけのデッキ、そしてプレイングを磨いておかねばならない。

 だけど黒鳥さん、そして紫月は今回敵だ。

 敵に教えを請いに行くほど、俺もプライドが無いわけじゃあない。

 かと言って、生半可な準備では二人に勝つなんて夢のまた夢だ。

 

「身近にデュエマが強くて教えるのが上手い人……黒鳥さん以外に居たっけなあ」

「マスター殿より強い人選となると限られてくるのでは?」

「競技デュエマと命懸けのデュエマは色々違うんだよ。デッキも精査しないといけねーし……だけど絶対第三者の力が必要だ」

 

 ……そんな都合の良い人居る訳……あ。

 

 

 

「そうだ! 適任者が居るじゃねえか!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「いやぁー、やっぱり日本の鬼は良い。良いよォ。力と……狡知の象徴だから、ねェ」

 

 

 

 ──ONIグループ、代表取締役「デモーニオ・エティケッタ」。

 彼は安楽椅子に座りながら、部屋に飾られた「鬼」を象った金の象を眺めていた。

 

「デモーニオ様……無名のデュエリスト二人……白銀耀と或瀬ブランを何故選んだのですか?」

「あんな奴らをプロと戦わせたところで消化試合でしょォ?」

「……ジョン、ジェーン。お前達は、何も感じなかったのかね?」

 

 ワインをぐびっと啜りながら、デモーニオは耀の写真を指で弾く。

 ジョンとジェーンは訳が分からないと言わんばかりに顔を見合わせる。

 この男の、日本における鬼に対する執心は尋常なものではない。部屋のインテリア、会社の名前、そして──自分の名前でさえも鬼の名を借りる程だ。

 

「──人は皆、鬼になる資格を秘めているものだよ……心に飼った鬼に喰われるか……喰うかの違いでしかない」

 

 蓄えた口髭からデモーニオは笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「”ADAM”と”EVE”の最終調整に掛かり給え。何時目覚めても良いように、ね」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「はぁ!? オレに競技デュエマの基礎を叩きこんでくれ、だァ!? またまた急だな──耀」

 

 

 

 

「……話は分かったけどよー、大丈夫なのか? え? オレ天才だし。お前くらいに教えるのは別に平気だって。心配なのは、そっちじゃねえんだよ」

 

 

 

 

「悪いけどオレはスパルタだぜ──ノゾム様の現代デュエマの授業、付いてこれるか?」



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JO4話:大会前夜(1)

 ※※※

 

 

 

 ──大会、3日前ッ!!

 

 

 

 

「ずももももも……」

「それを口で言う人は初めて見たんデスけど……」

 

 暗野紫月はナーバスであった。

 憂鬱どころの話ではない。

 隣で見ている或瀬ブランは気が気でない。理由は大方察せられる。

 彼女の口から聞く前に、お供の守護獣・シャークウガが現れた。

 

「なぁー、見てくれよ或瀬ブラン、うちのマスター、デュエマしてない時大体こんなだぜ、どうすりゃいい?」

「バカノジョに付ける薬なんて無いデショ」

「先輩!?」

 

 苛々しながらブランはブチッ、と裂きイカを噛みちぎった。

 大会が終わったら、またアルコールの量が増えそうだ。一生やってろ。勝手にやってろ。

 

「正直、最近先輩があんまりにもアレだったので、焚きつけようとは考えていたんです……でも、先輩に対して久々にあんな態度取って嫌われてないか心配で……ずももももももも……」

 

(実はデュエマ修行中にもっと可愛い娘に出会っちゃってさァ、わりぃ! 別れてくれ!)

 

「って言われたらどうしよう、ずもももももももももも……」

「もっとアカルの事を信じてあげてくだサイよ、アカルがシヅク以外の女の子に靡くと思ってるデース?」

 

タイトル「彼女からのパワハラが酷いので別れた結果、やっぱりモテモテになった件」

 

「ってなったらどうしよう、ずももももももももも……」

「ちょっと前に流行ったパワハラヒロイン系のなろう小説の読み過ぎデショ」

「だってぇ……この二週間、連絡何も取ってないし、先輩からも何も無いですし……”俺、しばらく修行するわ!”って来たっきり」

「せめてもう少しライバルとしての格を保っていてほしかったデスね……そんなんじゃあ、私がらくらく勝っちゃうデスよ?」

「……それとこれとは別問題です」

 

 周囲の気温が一気に下がったような気がした。

 ギン、と紫月の目の色が、文字通り殺意を帯びたそれに変わる。

 

 

 

「──大会中はどうせ全員敵ですので。誰が相手だろうと、潰します。確実に」

「ッ……それでこそ、シヅクデスよ」

 

 

 

(でも、すっごく怖いデス、この変わり様!)

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「多分、この辺なんデスよね……」

「迎えが来るんでしたっけ。何も無い港ですが」

 

 揚子港。大会出場選手は此処で待機せよ、とのことであった。

 

「貴様等も来ているか」

「黒鳥サン!」

「ONIの迎えの船が来るらしいな。後は白銀だけだ。そう言えば翠月は?」

「見送りに来るとか言ってましたが、断りました。もう子供じゃあないですよ」

「それもそうか……と、噂をすれば」

 

 向こうから近付いてくるのは──船だ。

 ……それも、小型客船というべきだろうか。

 絢爛とした装飾に身を包んだクルーザーが近付いてくる。

 

「っ……何だこれは趣味の悪い」

 

 そして船の横には金色に輝く鬼の頭がぶら下がっている。

 変なところに金を使うお金持ちだなあ、と若干引きながら、3名は寄港したクルーザーを眺めているのだった。 

 そもそも黒鳥達は鬼に嫌な思い出しかない。

 以前、伊勢に現れた鬼類種とジャオウガがどうしてもチラ付くのである。

 

「なあ、僕はアレ以来鬼を見ると気分が悪くなるのだが……ゲロ袋は何処だ」

「ONIの社長が日本の鬼が大好きみたいなんデスよ!」

「名前もイタリア語で鬼を表すデモーニオ……デュエマの鬼はデモニオ、でしたか。本名じゃなくて源氏名ですね」

「典型的な日本好きな傾奇者……そうであってほしいがな」

「考えすぎデスよ! クリーチャーは地上のマナが大幅に減少したことで、もう復活出来まセン! そして、酒呑童子を封じた殺生石は厳重に京都で保管されてるんデスから!」

「そ、そうだな……すまない」

 

 横付けしたクルーザーに桟橋が掛けられていく。

 現れたのはゴシックな服に身を包んだ少女であった。

 

「──お待たせしました。ONIのジェーン・ドゥと申します。……人数、1名足りませんね?」

「そう言えば、白銀が居ないな」

「もーう、アカルはどうしたんデスか!?」

「……耀君」

 

 紫月の胸中は穏やかではない。

 彼が戦いから逃げることは無いだろう、と思っていつつも──燃え尽きた彼を見ている以上、一抹の不安が過る。

 

「残り10分で全員乗って貰わないと、失格ですよ」

「うぐっ……それもそうだろうな。スケジュールが押しているだろうに、申し訳ない」

「何で黒鳥サンが謝ってるデスか。アカル、大丈夫デショウか?」

「スマホで呼ばなかったのか」

「最近スマホの電源も切ってるみたいなんデスよ」

「修険僧か!?」

 

 全くアイツは、ヘンな所で真面目だ、真面目なのは良いが限度というものがあろうに、とブチブチ呟く黒鳥。

 

 

 

「ッ……すいませーん、遅れましたァ!」

 

 

 

 そんな声が響き、全員が振り向いた。

 現れたのは──白銀耀その人であった。

 ただし。目はすっごく隈が出来ていたが。

 

(すっごくやつれてるデス~~~!?)

 

「ちょっと道に迷っちゃって、あはは……」

「耀君……!?」

 

 いの一番に飛び出したのは、紫月だった。

 

「あ? 紫月かー? へっ、大丈夫。大会まで寝りゃあ平気だってもんよ」

「そうですけど、一体この2週間何してたんですか!? あれだけ頑丈な耀君が……そんなになるなんて」

 

 答えずに力無く笑ってみせる耀。

 紫月どころか、全員動揺を隠せない。

 

「……やれやれ。貴様。大会前に体調を崩すのはナシだぞ」

「あっはは、すいません、それは大丈夫ですよ……」

「これで全員揃ったデスよ!」

「了解です。では参加者一同は船に乗ってください。これから約1日のクルーズに入るので」

「丸一日……」

 

 こくり、とジェーンは頷く。

 

 

 

「──そして、十分に休息していただいた後、ONIの所有するリゾート地”ネオエデン・アイランド”にて、ONIトーナメントを執り行います」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「具合はどうだ?」

「いや、本当の本当にに疲れただけですよ、はふぅー」

 

 マッサージチェアーにもたれかかり、目には濡れたタオルを敷く。

 これが本当に凝った肩と疲れ目に効くのだ。此処がクルーズ船で本当に良かった。

 

「しかし、あのアカルが此処までへばるなんて……」

「んー……まあ、そうだな、ノゾム兄に特訓付けて貰ってたんだよ」

「ノゾムが貴様に稽古を……!? ……あいつめ」

「そ。誰に頼むのか悩んだけど、ノゾム兄が一番かなって思ってさぁ。結果、すごいしごかれたんだけど」

「何をしたんだ一体……」

「競技デュエマの全てを叩きこまれてきたんですよ。後は内緒」

 

 頭がいてー。本当にいてー。

 だけど、明日にはきっとコンディションは元に戻っているはずだ。

 その辺りの管理も計算に入れてスケジューリングしたのだから。

 流石理系というべきだろうか。ノゾム兄と過ごした2週間は、キツかったが……きっと強者が相手でもまともに戦えるようになったことは間違いない。

 

(その分限界間近まで極限まで絞られたんだけどな……)

 

「でもノゾムサンの特訓でどんなカンジなんデショ!」

「オススメはせんぞ……ハッキリ言って、そもそもあいつに付いていけるプレイヤーが居らんだろう」

「ふぇ?」

「ノゾム兄は……理系。超の付くエリート理系だからな……後は察しろ」

「うへぇ……アカル、数学苦手だったんじゃ──」

 

 耀は腕を組みながら言った。

 

 

 

 

「──そこまでしなきゃ勝てないと思ったんだよ、特に……紫月にはな」 



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JO5話:大会前夜(2)

「現に数学分野への疎さは、俺の弱点の一つだったからな」

「ノゾムサンはうってつけだったんデスね」

 

 一番の近道はその短所を潰してくれる相手だったのだ。

 正直、辛酸に塗れた道ではあったが……何てことは無い。

 

「全力であいつがぶつかってきてくれるんだ。俺が相応しい自分にならなきゃ、失礼だろ?」

「貴様。僕達の事を忘れているな?」

「勿論、黒鳥さん、そしてブランにも勝つ」

「……私達だけついでみたいになってないデス?」

「そんな事はねぇけど……紫月に同じ戦術は絶対に通用しないからな」

「……? そうなんデス?」

「ほう?」

「ああ。ノゾム兄と、出場者の特徴を研究したんだ。俺だって、あいつのCSに付き合って一緒に行ってたけど……その時は漠然とただ”知識が沢山あって強い”って感想しか持ってなかった」

 

 ま、此処では敢えて詳しくは言うまい。

 一応全員が大会参加者なわけだしな。

 

「特に今回の大会は、ちーと特殊ルールだからな。とっておきをぶつけてやるぜ」

「その”とっておき”とやら、付け焼刃ではないようだな」

「勿論! ……アレ? そういや紫月は?」

 

 目が温タオルで塞がっていたので気付かなかったが、声が聞こえない。

 この場にはブランと黒鳥さんしかいないようだ。

 

「部屋で最終調整だろう。貴様の姿を見て、何か思う所があったんじゃないか?」

「ふーん、シヅクったら、さっきまで落ち込──むぐぐ」

「とにかく。貴様は試合に備えていれば良い。僕達の全員が、何時貴様と当たっても恥ずかしくないように鍛えてきたのだ。……そこの駄探偵は知らんが」

「ムガーッ!! 失礼極まるデスよ!!」 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……耀君……」

 

 

 ──漸く以前の彼が戻って来たような気がした。

 きっと。きっと、自分が想像している以上の彼と戦う出来る。これ以上の喜びがあるだろうか?

 

「マスター、顔が緩んでんぞ」

「……緩んでないです」

「カーッ、マスターよォ、俺が居ねえ時はそんな感じなのかよ。惚気んじゃねーぞ」

「惚気ませんよ。ただ──食べ頃になったなって」

 

 この少女の勝負にかける執念は、尋常ではないものだ。

 ただ己の中の全てを賭して相手をぶつける。それだけの事に、命を燃やす事さえできる少女なのだ、と再確認させられる。

 

(その相手が──今まで己の力を誰かを守ることにしか振るってこなかった白銀耀だろーしなあ、楽しみなんだろなあ)

 

「しっかし随分と焚きつけたな?」

「先輩が乗り気でないなら、それまででした」

 

 しかし。

 耀の心はデュエル・マスターズから離れてなどいない。

 彼の燻った心を再び燃え上がらせるためには、あの命懸けのデュエルなどとは無縁の新たな目標が必要だと紫月は考えていた。

 

「とはいえ、あそこまで再燃するとは……」

「いっつもは控えめなくせによ、今回は余程自信があるみてーだな、あの男。やつれちゃいたが、笑ってたぞ」

「無意識に私達のような競技勢を雲の上の存在だと思っているようですが……先輩のデュエル・タクティクスは本物です。恐らく、それを私達にぶつけても恥じないものに昇華させてきたのでしょう」

 

 ぞくぞくっ、と紫月は武者震いが止まらない。

 漸く、本気の彼と戦う事が出来る。

 それも、恐らく自分が知らない領域に達したであろう耀と。

 

「景気づけにコーラでも買いに行きましょう。……デッキの調整をするには糖分があまりにも足りません」

「いつか太るぞ……」

「乙女は太りませんよ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「売店があるはずなので、そこで買い込みましょう。行きますよ」

「ふぁーい」

 

 ロビーに出る紫月。

 耀達の姿はもう無かった。

 一抹の残念さを感じつつも、コーラを買い込み、部屋に戻ろうとした時だった。

 待ち構えていたように、その男は姿を現した。

 

 

 

「──おっとぉ? キミはぁ……ババロアCS優勝の暗野紫月ちゃんじゃねーのォ?」

 

 

 

 紫月は足を止めた。

 髪を金に染めた背の高い男だ。

 一瞬誰だったか分からなかったが、すぐに思い出したように紫月はその名を呼んだ。

 ……正直、あまり好ましくない部類の男であったことは確かであるが、今回の大会の参加者の一人だ。

 

「……貴方は確か……イチエンさん、でしたか。プロプレイヤーの」

「せいかぁーい、オレっちイチエン。前のCSでは準優勝当たったよね? 覚えてる?」

「はぁ、そうでしたっけ」

 

 顔だけは良い伊達男といった印象しかなかった。

 その上、あっさりと勝ってしまったので、紫月は彼のことなど覚えてはいなかったのである。やけに馴れ馴れしかったような気がするが、今もそうだ。

 

「ぐっ……ところでさあ、何いっぱい買ってんの? コーラ?」

「分かってるなら聞く必要ありましたか?」

「好きなんだ? コーラ。オレっちも好きなんだよね、もしかしてオレたちって相性良いかもね?」

 

(ンだコイツ……ナンパか? マスターに気安く近付きやがって)

 

 シャークウガは無言で氷の剣を作ろうとするが、紫月が手で制した。

 クリーチャーの力をむやみに一般人に振るうべきではないし、この程度は簡単にあしらえると言いたいのだろう。

 

「オレっちさぁ、お金いっぱい持ってんだよね。知ってるっしょ? オレが投資に成功してたり、後ろにカドショのスポンサーが付いてるの」

「……知ってますよ。何かと黒い噂が絶えない事も」

 

 思いつくだけでも枚挙にいとまがない。

 投資と本人は言っているが、大体が情報教材とガンプラ転売で儲けた金だ。

 スポンサーのカードショップは先日、関係者が賭けデュエルで検挙されたばかりの上に、スタッフの無給労働など何かと黒い噂が絶えない。

 そんな会社をスポンサーにしているような男がロクなプレイヤーであるはずもなかったのである。

 

「紫月ちゃん、カレシいるんだっけ?」

「ああ、居ますが──それが何か?」

「ちょっと調べたんだけどさあ、学生なんだっけ? カレシ」

「はぁ?」

 

 何処の掲示板で掴んできた情報なのだろう。

 耀はそもそも今、学生ですらない。

 ……書き連ねると余計にアレだが、本人も好きで学校に通っていないわけではないのだ。

 

「オレっちの方がカレシよりお金持ちだよ? デートとか、もっと良い所に連れていってもらえるとか思わない?」

「……興味ないですね」

「オレっちさぁ、紫月ちゃんのそういう簡単に靡かない所とか好きだなあ……後、おっぱい大きい所とかさ」

「はぁ……」

 

 無神経過ぎて逆に潔いくらいだ。

 恋愛工学なんてものがあることは紫月も理解しているが、こんなのに靡く女は余程見る眼が無い。

 

「何でも買ってあげるよ? オレ……高いカードも、ブランド品だってさ。貧乏くさい学生のカレシなんか捨てて、オレと遊ぼうよ」

 

(やれやれ、CSに耀君が頑なに着いて来てた理由が分かりましたよ……こういう露骨なゲスは居るものですね)

 

「──女の子ってお金大好きっしょ?」

「?」

 

 ニヤリ、とクオンは笑みを浮かべる。

 札束をちらつかせながら、つかつかと紫月に詰め寄る。

 その瞳には、何処か執着や狂気が滲んでいた。

 その手には札束が握られている。

 

金。金金金金!! 紫月ちゃんもお金大好きっしょ? だからオレはお金持ちになったってわけ。投資だって成功したしね。人生長いし、真実の愛なんかよりお金の方が大事さね。ハゲでもブスでもお金を持ってる力の強い男に、女は付いていく生き物なんだよ」

 

 ぺちぺち、と札束で紫月の頬を軽く叩きながら、イチエンは続けた。

 

「いつもカレシにどれくらい出してもらってんの? オレ、その倍は出すよ? ──オレにしとけって、紫月ちゃん。一目見た時から、欲しいって思ってたんだよね」

 

(……うわぁ、何でいつもこんなのに集られるんでしょう。こいつの子孫、あのバックーニョじゃないですよね?)

 

 あの不気味なマフィアのボスが脳裏に映る。

 しかし──彼女は気丈に言ってのける。

 

「貢ぎたいなら、一生風俗嬢に貢いでおけばいいでしょう」

「あ?」

「残念ですが、汚い金で飲むコーラ程マズいものはありません。お帰り願います。プロの称号と、()()()にキズが付く前に」

「こいつ……なら、無理矢理分からせて──」

 

(あーあ、ちーと痛い目見せてやるか、このバカ)

 

 シャークウガが見兼ねて再び氷の剣を作ろうとし──即座にそれを引っ込めた。

 

 

 

 

 

「──俺の彼女に、何やってんスか?」

 

 

 

 

 

 ──白銀耀が激情を押し殺した顔でイチエンの肩を掴んでいた。



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JO6話:開幕

 イチエンは、その顔を見るなりつぅ、と頬に汗が伝った。

 人を殺した事がありそうな目だった。

 肩は万力のような力で握られており、目は大きく開かれ、口は一文字に結ばれている。

 とはいえ、イチエンは耀の事を知らない。知らない男がナンパに割り込んできたようにしか見えていない。

 

「おいおいカッケーな兄ちゃん、楽しくお話してただけだぜ? それより何? カレシも一緒の船とか聞いてないけど? 有り得なくね? 此処には関係者と参加者しかいねーんだからさ」

「質問に答えてほしーんだけど、俺の彼女に何しようとしてた?」

「つか、何処の馬の骨だオイ──見た事ねえぞオマエみたいなヤツ、今回の大会、無名のプレイヤーが紛れてるって聞いてたがオメーか? 訳分かんねえことしてると、金の力で潰すぞ」

「……」

 

 さぁっ、とイチエンの顔から血の気が引いた。

 結局、どう粋がっても小物からは脱することが出来ないのだった。

 幾つも修羅場を潜って来た猛者も同然の白銀耀に凄まれて、

 

「オイ、オイオイ、女の子を助けようと思って咄嗟にウソ吐いたんだろーけどよ? 人の恋路を邪魔するヤツは馬に蹴られて地獄に落ちるって言うぜ!?」

「ウソだとしてもだぜ。札束持って女の子に迫る輩には言われたかねえな」

「……ぐぅ、分かった! 分かったから! 好きにしやがれってんだ! ケッ、ツイてねえぜ」

 

 耀の手を振り払うと、イチエンはつかつかと立ち去って行った。

 

「オメーは潰す!! 絶対明日の試合で!!」

 

 捨て台詞まで小物なのだった。

 それを見届けると、耀はすぐさま紫月に駆け寄った。

 

「大丈夫だったか!? あいつに嫌な事されなかったか!?」

「別に大したことないです。シャークウガ居ますし」

「なら良かったけど……って良くねえよ! 俺は気が気でねぇっつーの! 大体、何であんなのがプロに居るんだ……」

「全く度し難いでござるな! 某が成敗してやるでござるよ!」

 

 ポン、と飛び出たモモキングが刀を構えたので、それは仕舞わせた。

 本音を言えば刺してほしかったくらいであるが流石に気が咎めた。

 

「スポンサーが腐っているとプレイヤーも腐っているものですよ」

「そういうもんなのか……」

「あんな奴なんて放っておけばいつか自滅します。だから、何てことありません」

「ま、シャークウガも居るし、ちょっと差し出がましかったかな」

 

 彼女は目を伏せた。

 そして、耀の言ったことを否定するように首を横に振る。

 

「……その、助けてくれたのは、嬉しかったです……耀君」

「紫月……」

「あの……その、でも。明日は敵同士ですから」

「分かってるよ。明日が楽しみだな」

 

 ぱぁっ、と紫月が顔を輝かせる。

 

「コホンコホン、俺様居るんだけどな一応」

「あっ……」

「すまねえシャークウガ」

「すまねえ、じゃねえよ! ケッ! もう二度とお守りなんてやってやんねーぜ!」

 

 拗ねてしまった彼は、一足先に紫月の部屋へと帰ってしまったのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「チッ、金に靡かねえ女なんて居るはずねぇさ、今に見てやがれ、すぐに寝取ってズブズブにしてやるよ……」

「おめでとうございまァァァーす!!」

「あ!? ……確かあんたは、ONIの」

「ジョン・ドゥ、ですねェェェェェェーッ!!」

「うっわうるさ」

 

 部屋に戻る手前、イチエンを待ち構えていたのは──ジョン・ドゥその人だった。

 そう言えばこいつは、船に居なかったよな、と一抹の疑問を抱きつつも、イライラを隠せないイチエンは彼を突き飛ばして部屋に戻ろうとする。

 

「オレっち今は機嫌が悪ィんだ、明日にしてくれねーかぁ?」

「そうはいきません。貴方は参加者で、私は運営側。指示に従って貰わなければ困ります」

「チッ……手短に済ませろよ」

「青峰 壱円……金に執着する理由は、大学時代の彼女を実業家に奪われたから……ですねェ?」

「イ”ッ……!!」

 

 殺意に満ちた目に変わるイチエン。

 それは、心の奥底に踏み込まれたくない地雷そのもの。

 ある種の己の原点であった。

 

 

 

(ごめんねぇー、だって……カレの方がお金いっぱい持ってるし……ブランド品もいっぱい買ってくれるし)

 

 

 

(……カードに使う金を回したってプレゼント買うお金も足りないとか、どうしようもないでしょ。カレ、今度は車買ってくれるんだよねー)

 

 

「その日から貴方は金に盲目的に執着するようになり、人の心が金で動くと考えるようになった……」

「テメ、何処でそれを……ッ!! 殺すぞッ……!!」

「くっくっ……それ以来、金で女を釣っては飽きたら捨てるの繰り返し……そんな事をしたところで、貴方が彼女を寝取られるような()()()()()()()()()であった事実は変わりませんとも」

「殺すッ……殺すッ……テメェは殺すッ……!!」

「だから、力をあげるんですよ。貴方に餓鬼道から抜けるだけの力をね」

「殺すッ!!」

 

 血走って掴みかかるイチエンに──

 

 

 

「貴方のような欲望に塗れた男は、鬼に相応しい──」

 

 

 

 どすっ

 

 

 

 ──ジョンは、何処からともなく取り出した槍を突き立てた。

 

 

 

「はっ……!?」

 

 

 

 何かが──背中を貫き、腹を突き破っていることに気が付いた時、激痛が迸る。

 イチエンは声をあげようとしたが、背後から口をふさがれてしまう。

 

 

 

「もがっ、もが、もがぁぁぁぁぁぁあああああああああ!?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……サッヴァーク。私、この大会……やっぱり嫌な予感がするデスよ」

「ヌシも感じたか……」

「私が強くなったのは、大会で勝ちたいから……それもあるけど」

 

 ベッドの上でブランは手を伸ばす。

 アメノホアカリとの戦いのとき、自分は何も出来なかった。

 耀はたった1人で戦い、孤独のまま心を擦り減らし、そして──勝利した果てに2年も知らぬ空間を彷徨うことになった。

 ブランはこの大会への不信感がどうしても払拭出来ない。それゆえ、自分が此処に来れた事を好都合と捉えていた。

 何があっても、どう転んでも、自分の立場は──変わらない。真実を暴き、仲間を守る事だ。

 

「なまじ守護獣が居るから、あの二人は何かあったら真っ先に無茶苦茶するデス! だから……私が、二人を守るんデス!!」

「ワシも可能な限り協力しよう。新たな力、存分にふるってやろうぞ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ヒナタ。待っているが良い」

 

 

 

 窓を見つめる黒鳥は、唯一のライバルの顔を思い浮かべる。

 アメリカのリーグ戦でも好成績を叩きだす正真正銘の名選手。

 一方の黒鳥は、長らくデュエルから離れており、今となっては只の元・プレイヤーでしかなかった。

 

「一度戦う事をやめた僕は……新しい仲間達にもう一度戦う勇気を貰ったよ。今度は僕が……あいつらに勇姿を見せてやるんだ」

 

 彼の目には──決戦の舞台となるネオエデン島が映っていた。

 もうすぐ、船は目的地へ到着する。

 待ち望んでいた決戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

「──今日こそが、貴様の絶頂期の最期だ」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……ONIが何考えてるかなんて知ったこっちゃねーけど」

 

 

 

 

「つえーやつが……集まってんだろーな?」

 

 

 

 

「……ま、退屈する心配はねぇよな。そうだろ──レン」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──今回、彼らを此処に集めたのは他でもない。彼らが私の見込んだ”デュエルの鬼”達だからだ」

 

 

 

 ──南国の孤島、ネオエデン・アイランド。

 その中央に作られた特設ステージで、高らかに演説をする男が居た。

 その名はデモーニオ・エティケッタ。このONI・トーナメントを取り仕切る男であった。

 そこに観客は居ない。

 しかし、特設カメラで撮影されており、インターネットでこの中継を見ている全世界の人間が観客となっている。

 

「優勝者には──我が社が保有する幻のカード《Black Lotus》が献上される」

 

 現れたのは黒い蓮が描かれたカード。

 知る人ぞ知る、世界で最も希少とされるカードの一つだ。それを目当てで参加を希望したいと願うプレイヤーだって多いはずだ。

 売れば巨額の富を手に入れることが出来るとされる希少品だからである。

 しかし、そんなものはオマケだと言わんばかりにデモーニオは続けた。

 

「この場に居る全員はこんなものに興味など無いだろう? 欲しいのは頂点の座!! 強さの極みのみ!! そんなデュエルの鬼を選抜したつもりだッ!! 他の全てを喰い尽くし、頂点に立つデュエルの鬼を、私は見たいッ!! 有名である者が強いとは限らない。だが、()()()()()()()()()()()()()()、誰もがデュエルの鬼に成り得るのだッ!!」

 

 そこに歓声は無くとも、インターネットの海は盛況を見せていた。

 

 

 

「人間は鬼だ──弱きを喰らう鬼だ。今宵、この8人の中から此処に新たな鬼が誕生するのだッ!!」

 

 

 

 ゲートが開く。

 そこから──8人の選ばれし選手たちが現れるのだった。

 

 

 

 

「期待のカリスマデュエリスト、Youtuberにしてプロプレイヤー!! 青峰 壱円(イチエン)!!」

 

 

 

「職業は”探偵”!? 実力もミステリアス、謎に包まれたホームズフリーク──或瀬ブラン!!」

 

 

 

「生ける城壁!! 鉄壁の守りならこの男、フランスリーグ優勝の”不死身の聖域”ローラン・デュランダル!!」

 

 

 

「無名にして無銘!? 伝説を作りにやってきた!! 白銀耀!!」

 

 

 

「カードの声が聞こえる!? 青森育ちのスピリチュアル少女!! 神巫(イチコ) ニコロ!!」

 

 

 

「無限大通りのコンボの鬼、IQは150!? 次期プロ入り間違いなしか!? 超天才少女・暗野紫月!!」

 

 

 

「伝説の闇使い!! 世界はお前の復活を待ち望んでいた!! ”漆黒の美学”黒鳥レン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「──そして、今最も勢いのあるプロプレイヤー!! アメリカの伝説、世界の”晴天太陽”──暁ヒナタ!!」



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JO7話:第一回戦

 ※※※

 

 

 

「ネットは大盛況だな……」

「きゃーっ! しづーっ!! がーんばってーっ!!」

「あっ、耀達だ! もーう、火廣金のヤツも見に来ればいいのに……」

 

 

 ──暗野宅。

 そこには、この日の試合を観戦するべく集ったメンバーが押しかけていた。

 翠月に桑原、花梨。そして──ノゾムの姿があった。

 

「テメーら兄妹まで来るとか聞いてねえんだけどな、刀堂兄の方」

「良いじゃねえかよ、桑原ァ。こちとら可愛い弟子の晴れ舞台だぜ、テンションが上がるってもんよ。ま、オレ天才だし? 耀もバチバチに仕上がってるもんよな」

「よく言う……白銀の奴、バテてたぜ」

「お兄、加減を知らないからさー」

「バカ言え。オレァ天才だぜ? 疲労具合、習熟速度、全てを計算して管理してたからな。当然この2週間、あいつが何食ったか、何時に起きて何時に寝たかも把握してる」

「え、気持ち悪……」

「トレーニングってのは、科学的に、効率的にやるってもんよな」

 

 得意気にノゾムは言ってのける。

 それ自体は正しいのであるが、それを全て実行できるのは類稀なる精神力の持ち主だけだ。

 

(ったく、バケモンの後輩はバケモンか……)

 

 今ネットに映っている黒鳥レン、暁ヒナタ、そして──隣にいる刀堂ノゾム。

 この3人はかつて、チーム戦で世界一になったこともあるほどの実力者だ。

 よくヒナタとレンが引き合いに出されがちだが、この場に居るノゾムも決して実力では劣らない。

 否、むしろ──なまじヒナタの事を分析できている分、真っ当に彼に対抗できる数少ない人物とまで黒鳥は言っていた。

 

(しかも天才だから手に負えねえよなあ……)

 

 加えて。

 退院して事件が終わったのち、ノゾムは生来のお調子者な面が戻って来た。

 祖父がアルカクラウンに殺されて以来、一切本当の笑顔を見せなかった彼だったが、漸く素の姿を周囲に見せられるようになったのである。

 結果、自意識過剰で自信過剰な自他共に認める天才が出来上がってしまったのであるが。

 

「ねえお兄ー、このトーナメントって他にはないルールがあるって聞いたんだけど」

「使用デッキに特殊なルールがあってな」

「と言うと?」

「大会開始前にデッキシートを3枚提出しなきゃいけねえ。つまり手持ちのデッキは3つで、しかも一度使ったデッキは使えなくなる」

「更に提出する3つのデッキで、カードの被りが起こってはいけない……だったか?」

「その通り」

 

 にぃ、とノゾムは笑みを浮かべてみせる。

 例えば、3つのデッキのうち、1つのデッキで《メンデルスゾーン》を使う場合、残りのデッキに《メンデルスゾーン》は入れることが出来ないのである。

 つまり、プレイヤーが所持するのは全く違うデッキ3つということになり、複数のデッキに跨ぐような汎用パーツの使用は制限されるも同然だ。

 

「──そんなわけで普通の大会以上にメタ読みが困難な環境ってこった。誰が何を使ってもおかしくねえんだよ」

「普段以上にカードへの知識も求められるわけだね……」

「お、そろそろ始まるぞ。このカメラからだと出場者の顔がよーく見えるぜ」

「あのー……」

 

 ふと、翠月が画面を指差した。

 

「──この、イチエンって選手の顔色、すっごく悪くないですか……?」

「特殊メイクじゃねーか? コイツ、目立ちたがりのインフルエンサーって聞くぜ、金髪だし」

 

 このイチエンという男の悪評については、ノゾムもよく知っていた。

 プロプレイヤーでありながら、本人もスポンサー企業も悪評が絶えない。

 今日も今日とて、顔に青い化粧を塗ったくって目立とうとでもいうのだろうか──と考えた所でノゾムはもう1度画面を見た。

 

(いやこれメイクじゃなくね?)

 

「具合が悪かったから、こんな所に立ってないで棄権してるでしょフツー」

「そうだそうだ、ちょっと今日は肌を青くしたい気分だったのかもしれねえぞ」

「そうでしょうか……」

「いや、何かオレ違う気がしてきたんだけど……」

 

 頼む。嫌な予感は嫌な予感のままであってくれ、とノゾムは願うのだった。

 

『それでは選手たちには東西南北、4つのデュエルエリアに入って貰い、そこで対戦してもらいます!!』

 

 4つのデュエルエリアはホログラムで景色が映し出されており、そこにクリーチャーも投影されるようだ。

 見ると、耀はイチエンと浜辺を模したような部屋に。

 紫月はローラン・デュランダルと城塞のような部屋に。

 ブランはニコロと森のような部屋に。

 そして──黒鳥は、暁ヒナタと共に火山の景色を映し出した部屋へと入っていく。

 

「早速黒鳥さんとヒナタさんのマッチアップですか!?」

「こりゃ見ものだな……!」

 

 

 

『それでは──始め!!』

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「──むふふっ! 青森育ちの私には、カードの声が聞こえるのですっ! 青森の深い深い山の中で培ったイタコ式決闘殺法の前に倒れるのですっ!」

「ぜってーインチキデスよ、それ……」

 

 ──第一回戦。東の間。 

 そこで相まみえるは、神巫ニコロと──或瀬ブラン。

 その場には、ドラゴニック・フィールドの《龍世界~龍の降臨する地~》が展開されている。

 

「ふむふむ、ニコロには聞こえるのですっ! 《龍世界》の効果で次に捲られるカードは──《紅に染まりし者「王牙」》なのですよっ! というわけで《「王牙」》をバトルゾーンへ!」

「本当に呼び出したデスッ!?」

 

 イタコのような姿をした少女・ニコロ。

 彼女が早速呼び出したのは、《紅に染まりし者「王牙」》。

 攻撃時に更にドラゴンを追加で呼び出すクリーチャーだ。

 

「落ち着け探偵、あの少女……捲る前に薄っすらカードの裏をチラ見しておったわい」

「じゃあインチキじゃないデスかーっ!」

「人聞きが悪いのですよっ! そのまま、《「王牙」》で攻撃する時、ガチンコ・ジャッジに勝利したので──《ブラキオ龍樹》をバトルゾーンへ!」

「追加でドラゴンが……!?」

「コイツの効果で、もう貴女はクリーチャーの場に出た時の能力を使えないのですっ! 私のカード達は言っているのですっ! 私の勝利は近い、ってね!」

 

 ブランのシールドが2枚、叩き割られる。 

 この状況ではクリーチャーのS・トリガーは意味を成さない。

 しかし──呪文ならば使う事が出来る。

 ブランは好機をむざむざ逃すことはしない。

 

「呪文、《サイバー・チューン》デス! 効果で手札を3枚引いて、2枚を墓地へ!」

「ぷっすす!! 結局私のドラゴンを退かせていないのですっ!! ニコロはこれでターン終了なのですよっ!」

 

 場には《「王牙」》と《ブラキオ龍樹》の2体が佇んでいる。

 シールドは残り3枚。次のターンを渡せば、削り切られてしまうだろう。

 しかし──

 

「……成程。確かにロック効果は強烈デス。デモ──場にクリーチャーを出さなければ、問題ない……デスよね?」

 

 彼女は1枚のマナをタップする。

 それが、全てを終わらせる切札であることを突きつけるために。

 

「墓地の闇のクリーチャーを進化元に──《死神術士 デスマーチ》を墓地進化!!」

「えっ!? あっ──」

 

 流石に全てを察したのか、ニコロの目が点になる。

 ブランの墓地には、先の《サイバー・チューン》で落とした切札が眠っていた。

 

「呪文、《龍脈術 落城の計》! その効果で、場のコスト6以下のカード――《デスマーチ》を手札に戻すデス!! 《デスマーチ》を剥がして──Devolution!!」

 

 ブランの背後に──あまりにも強大すぎる魔神が現れる。

 本来ならば有り得ぬ龍と精霊、悪魔の交わった化身。

 それが、ヴェールを脱ぐかのように、そして最初からそこに居たかのように君臨する。

 

 

 

 

「──《竜魔神王バルカディア・NEX》!!」

 

 

 

 墓地退化。

 或瀬ブランが最初に手にした戦術。

 その極みの先に──《バルカディア・NEX》は立っていた。

 

「《バルカディア》で攻撃する時、効果発動!! 《ブラキオ龍樹》を破壊するデス!!」

 

 その魔神の前では、存在するべきでないものは消し飛ばされる。

 

「そして、《バルカディア・NEX》のもう1つの効果!! デッキからカモン!! 《禁断竜王 Vol-Val-8》!!」

 

 その魔神の前では、如何なる願いさえも叶えられる。

 現れた《Vol-Val-8》はただちにバトルゾーンにズブズブと潜行し、如何なる追手も受け付けなくなる。

 

「《バルカディア・NEX》で──ワールド・ブレイク!!」

「G・ストライク!! S・トリガー……ダ、ダメだ、止められないのですっ!?」

「にひっ。どうやら聞こえなかったみたいデスね! 私のカードの声まではっ!」

 

 吼えるキメラ。

 電融の龍王が吼える時、訪れるのは確定された勝利の道のみ。

 

 

 

「こんなの、託宣で聞いていないのです──ッ!!」

「──《禁断竜王 Vol-Val-8》で、ダイレクトアタック、デェェェース!!」

 

 

 

 ──東の間。勝者、或瀬ブラン。

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──欧州最強クラスのデュエリストのローランは、今まで跳ね除けられなかった攻撃は無い。

 彼の《ヘブンズ・ゲート》から現れるブロッカー軍団を破れたものは居ない。

 生ける城壁とはまさに彼の事。生半可な攻撃など受け付けない。

 人は彼を「聖域の決闘者」と呼んだ。「不死身の英雄」と呼んだ。

 伝説のシャルルマーニュ十二勇士になぞらえて、彼を「ローラン・デュランダル」と呼んだ──

 

「暗野紫月と言ったな?  この不滅の防御力を前に──屈するが良い、小娘ッ!!」

ではループ証明に入ります

「はい」

 

 ──最も、ループの前ではブロッカーなど無力だったのであるが。

 西の間。勝者、暗野紫月。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「おおお!! 西の間と東の間で、紫月とブランが勝ったぞ!!」

「ブランも頑張ってたからね……何とか準決勝に進めて良かったよ」

「紫月の方は……まあ当然っちゃ当然か。ローランは相手が悪かったな」

 

 デッキの相性が悪すぎた。

 紫月が使用したのは青単ムートピア。

 大量の呪文を連打して、無限ループで圧殺するデッキである。

 そんなものに防御系デッキが敵うわけが無かった。

 

「さて問題は耀と……レン先輩か」

 

 ノゾムは残る試合の様子を見守る。

 

「でもこれ、師匠……勝ってませんか?」

 

 翠月が盤面を指差す。

 否、それどころかどちらが優勢かなどは素人が見ても分かる。

 黒鳥の背後には、樹海獄の主が太陽を覆い隠さんとばかりに顕現していた。

 

 

 

「……どうだか。試合は最後まで分からんぜ。ヒナタ先輩……マジで強いからな」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……やれやれ、久々に会うなりよー、これは冗談キツいぜレン」

「言葉など要らない。僕達のやり取りなど、死合うのみで十分だろうよ」

「だとしてもよ、普通積もる話とかあるんじゃねーか? ノゾムから色々聞いてるけど、大変だったらしいじゃねえか」

「無いな。僕と貴様の間には闘争のみが横たわる」

「変わらねえな──いや、最後に会った頃より、ギラギラしてるんじゃねえか?」

 

 ──北の間、4ターン目。

 黒鳥レンVS暁ヒナタ。

 ヒナタの場には──クリーチャーは居ない。そして、手札も無い。

 全てを奪い尽くしたのは、レンの場に顕現する王の力によるものだった。

 

 

 

 

 

 

「──我がシモベ、《大樹王ギガンディダノス》。これが貴様を葬る切札だ」



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JO8話:レンVSヒナタ

 ※※※

 

 

 

 ──暁ヒナタと、黒鳥レンの因縁は、10年前に遡る。

 二人がデュエリスト養成学校・鎧龍決闘学院に入学した日の事。

 

 

 

「貴様の所為で僕のカードが汚れただろうが……ッ!!」

「ひったくりを追いかけてたんだから仕方ねえだろ!? 水たまりに気付かなかったんだって!!」

「問答無用ッ! 貴様は此処で成敗してくれる」

「だけどよ、恍惚とした顔で自分のカードを眺めてるオメーも十分アレだと思うぞ!?」

 

 

 

 初デュエルは校門の前。

 その勝者となったのは──

 

「──《蒼狼の始祖 アマテラス》で、トドメだァァァーッ!!」

 

 ──ヒナタの方だった。

 根っからのオールラウンダー。ありとあらゆるデッキを使いこなす。

 それが彼のスタイルだった。

 一方でレンも、闇の美学を徐々に極めていき──最終的にその実力は互角。

 

「《暴走龍 5000GT》でダイレクトアタック!!」

「《悪魔神バロム・クエイク》でダイレクトアタック!!」

「《龍覇 グレンモルト》でダイレクトアタック!!」

「《極・龍覇ヘルボロム》でダイレクトアタック!!」

「スピードアタッカーを付与した《勝利のアパッチ・ウララー》でダイレクトアタック!!」

「《Kの反逆 キル・ザ・ボロフ》でダイレクトアタック!!」

 

 その戦績は、少なくともレンが在籍している間は互角だった。

 しかし。

 鎧龍に入学した彼らを待ち受けていたのは、希望にあふれた学園生活だけではない。

 実体化するクリーチャーの引き起こした事件だった。

 その全てを解決し終えた時、レンは憔悴しきっていた。

 彼の心はデュエルから離れていき──そして。

 

「鎧龍を、辞める!?」

「……ああ」

「っざっけんな!! お前が居ないなら、俺は誰に勝つことを目指せば良い!?」

「自惚れるな、プロの世界には貴様も見たこと無いような強豪ばかりだ」

「っ……」

「なあヒナタよ。貴様は……僕が居なければ頂点を獲れないような器か?」

「そっ、それは──」

「誇れ、貴様は……獲るべくして頂点を獲る男だ」

 

 そう言って、レンは鎧龍から去っていった。

 カードとは無縁の平穏を手に入れるために。

 しかし、それでもヒナタは──

 

 

 

「なあ、いつか!! いつか、また会ったら!! その時にまた、デュエルしようぜ!!」

 

 

 

 ──いずれ、あるかもしれない再戦を彼に望んだのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「どういう心境の変化だよ?」

「さあな。ただ……貴様に玉座を奪われっぱなしなのもシャクでな」

「そうか……なあレン、お前は一つウソを吐いたよ」

「何?」

「世界にはまだ見ぬ強豪がいっぱいいるって言ってたけどさ──お前以上にワクワクさせてくれるヤツなんて、居なかったぜ」

「お世辞か?」

「いーや、今でもってことだよ。ビックリしたぜ、お前がこんなデッキを使うなんてな」

「破壊と再生もまた……闇の美学だ」

 

 レンの戦術。

 それは所謂「巨大墓地ソース」と呼ばれるものだった。

 序盤に、コストが大きいカードをかき集める《巨大設計図》を連打。

 そして、3ターン目に手札のカードを墓地に送ることでコストを軽減する《樹食の超人》を呼び出す。

 その墓地に送ったカードでコストを軽減し──

 

 

 

「──数多の屍を乗り越え、暴走する。来たれ、《暴走龍(ライオット)5000GT》ッ!!」

 

 

 

 ──全身を武装した無法者《5000GT》によって、ヒナタの盤面を一挙に焼き払い、更にパワー5000以下のクリーチャーの召喚を封じたのだった。

 だが、それでさえも彼にとっては前座でしかない。

 

(以前、シヴァに使われた戦術だが……此処まで美学をそそられるギミックとはな。……このデッキで、ヒナタを倒す!!)

 

「おいおいお前が《5000GT》を──」

「驚くのはまだ早い。僕は《5000GT》をマナゾーンに送り、墓地からこのカードを蘇らせる」

「ッ!!」

 

 呼び出した《5000GT》をマナに送ることで──彼は切札を呼び出したのである。

 

 

 

 

「死せず、朽ちず、されど生きず。大地は樹海の牢獄となる──《大樹王ギガンディダノス》、フシギバース!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──そして、現在に至る。

 

「《ギガンディダノス》の効果で、パワー50000より小さいクリーチャーは僕を攻撃出来ない。そして、《ギガンディダノス》の効果で貴様の手札は全て叩き落とした。貴様にもう打つ手は無無い」

「確かにお手上げだなー、こりゃ」

 

(ヤツのデッキは……赤白黒(デイガ)ドラグナーか。7マナ帯に達すれば切札が現れる。アレが出れば、こんな盤面などひっくり返されてしまうだろう)

 

(悠長にしていれば、負けるのは僕の方だ。そして、ヤツなら引きかねん)

 

「俺はこれでターンエンド。レン、お前のターンだぜ」

「ああ」

 

 ヒナタは有効なカードが引けなかったのか、それとも最低限マナを増やすためか、マナにカードを置いてターンを終了した。

 傍から見ればレンが圧倒的に有利な状態だが、なまじ《ギガンディダノス》の効果でヒナタのマナが増えている以上、油断できない。

 

(……問題は肝心の《ブラキオ龍樹》が墓地に落ちていないことで、完全なロックが出来ていない点か。まあクリーチャーのトリガーは《5000GT》で封じている。これ以上はケアのしようがないか)

 

「僕は巨大設計図を発動! 《百万超邪(ミリオネア)クロスファイア》、《暴走龍5000GT》、《破壊者シュトルム》、2枚目の《ギガンディダノス》を手札に!」

 

(有効牌は2枚だけ、か……!! しかし、このターンで決めるには十分だ!!)

 

 墓地のカードは充分過ぎる程溜まっている。

 レンは、このターンでヒナタの息の根を止めることにした。

 

 

 

 

「──百万の銃器が、貴様を打ち払い、そして滅ぼす!! 《百万超邪(ミリオネア)クロスファイア》!!」

 

 

 

 ヒナタの口角が釣り上がる。

 最も彼が愛用したカードの1枚だ。

 それを今──レンが使っている。

 そして、自らを追い詰める切札として差し向けている。

 

「まだだ! 残る1マナで《5000GT》も呼び出す!! これで……ゲームセットだ、ヒナタ!!」

 

 無法者が銃器を展開。

 そして、ヒナタのシールド目掛けて一斉に撃ち放つ。

 

「《5000GT》でT・ブレイク!! 《クロスファイア》で、シールドをW・ブレイクだ──ッ!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「師匠ーっ!! 師匠、やっちゃえーっ!!」

「黒鳥さん……!! こりゃ勝ったんじゃねえか!?」

「頑張ってーっ!!」

「オイオイ、マジかよ……」

 

 

 

 ノゾムは驚愕の表情を浮かべていた。

 

 

 

 

(この盤面で……まだ諦めてねえぞ……!? ヒナタ先輩は……!!)

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「S・トリガー、《ホーリー・スパーク》」

「ッ!!」

 

 

 

 誰もが、黒鳥の勝利を確信したその瞬間だった。

 無法者たちはその閃光を前にして平伏す。

 黒鳥の攻撃は、そこで終わった。

 

「引いたか……!! 《初不》……!!」

「あぶねーあぶねー、流石に今回ばっかりは負けると思ったぜ、《ロージア》も使えねーしよ」

「……貴様はそういうヤツだ。ここぞという時に……」

「だから、デュエマは面白いんだろ?」

「……そうだな」

 

 ヒナタは7枚のマナをタップする。

 

 

 

 

「──燦然世界を終わらせる三千の剣。次元を突き破り、此処に参戦ッ!!」

 

 

 

 

 バトルゾーンに突き刺さる無数の剣。

 それを手に取るのは──

 

 

 

 

「来い──《最終(ファイナル)龍覇 グレンモルト》!!」



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JO9話:青鬼

 ※※※

 

 

 

「素晴らしい!! 最高の勝負だ。やはり、俺様の目に狂いは無かった」

 

 

 

 デモーニオはワインを呷りながら、モニター越に試合を観戦している。

 特に激しいのは──黒鳥とヒナタの一騎打ち。

 

「見てみろ、ジョン、ジェーン。俺様がこの二人を選んだ理由が分かるだろう?」

 

 培養液に浸かっている2枚のカードをデモーニオは指差した。

 それらは光り輝いており、今にも動き出しそうな勢いだ。

 

 

 

「ええ、ADAMとEVEに……大量のエネルギーが……!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「《グレンモルト》の効果発動! こいつに《覇闘将龍剣ガイオウバーン》を装備する!」

「ッ! だが、そいつ1枚では──」

「レン、分かってんだろ? もう、薄々……な! 先ずは強制バトルで《クロスファイア》とバトルし、破壊!!」

「!」

 

 黒鳥は唇を噛み締めた。

 《モルト》の今のパワーでは《ギガンディダノス》は勿論、《5000GT》でさえ相討ちを獲られてしまう。

 黒鳥の場にクリーチャーを残して、ヒナタがターンを渡すことは許されない状況だ。

 しかし。ヒナタの超次元ゾーンには──この状況をひっくり返せるカードが入っている。

 

「《モルト》で《5000GT》に攻撃する時、侵略進化ッ!! 《龍覇龍デッドマン=オリジン》、そして──」

 

 《モルト》の身体に閃光が舞い降りた。

 

 

 

 

「──次元の果てから太陽まで突き破れ!! 超次元侵略、《轟く侵略 レッドゾーン・バスター》!!」

 

 

 

 

 翼を広げた天使の如き侵略者。

 その手には剣が握られている。

 《レッドゾーン・バスター》は──超次元ゾーンから侵略出来るカードだ。

 

「先ず、《オリジン》の効果で超次元ゾーンから《始まりの龍装具ビギニング・スタート》を装備する! そして、《レッドゾーン・バスター》の効果発動!」

 

 ヒナタは残る手札を超次元に置く。

 その瞬間、光の輪が《ギガンディダノス》を拘束した。

 

「──相手のパワーが1番高いクリーチャーは、タップされ、次のターンアンタップできない!」

「ッ……!!」

「そして、パワーを《ガイオウバーン》で強化した《レッドゾーン・バスター》で、《5000GT》を破壊だ!!」

 

 《ギガンディダノス》のロックが及ぶのは、プレイヤーへの攻撃のみ。

 つまり、クリーチャーへの攻撃は防げない。

 

「そして、クリーチャーが2回バトルに勝ったので、《ガイオウバーン》を──龍解!! ──《勝利の覇闘 ガイラオウ》!!」

「マズい、ドラグハートたちが次々に……!!」

「ターン終了時に、このターン他のドラグハートが場に出てたので、《ビギニング・スタート》を《終わりの天魔龍 ファイナル・ジ・エンド》に龍解!!」

 

 ヒナタの場の武器たちは次々に龍の姿へと変わっていく。

 一転攻勢と言うべきだろうか。

 逆にレンの方が追い詰められてしまった。

 手札には重すぎて場に出せないカードばかり──

 

「……ダメ、か」

「2枚目の《ギガンディダノス》はさっきの《巨大設計図》で手札に加わった……大方残り1枚はシールドか? 引きすぎても困るカードだし、確か入るのは……3枚」

「ッ……!」

「墓地に2枚目の《ギガンディダノス》があればお前の勝ちだったぜ」

 

 カードを引く。

 しかし、それは《撃髄医スパイナー》。このターンに出せるようなカードではなかった。

 

「6マナで《最終龍覇ロージア》を召喚。効果で《銀河大剣ガイハート》を装備する」

「くっ……フフ、ハハハハハハ!! やはり貴様は……強いな、ヒナタ」

「いや、こんなにヒヤヒヤした試合は久々だっつーの、正直返せねえと思ったぜ」

 

 《ギガンディダノス》が、スレイヤーの《ファイナル・ジ・エンド》に粉砕される。

 《レッドゾーン・バスター》にシールドは薙ぎ払われ、その攻撃をトリガーに──《ガイハート》の瞳が光り輝いた。

 

 

 

 ──《熱血星龍ガイギンガ》。

 

 

 

 このクリーチャーの龍解を許した時点で、黒鳥に勝ちの目は無かった。

 

「《ガイラオウ》でW・ブレイク!!」

「……スーパーS・トリガー、《スパイナー》を場に出す」

「だけど《ガイギンガ》を選んだら、その時点で俺の追加ターンが決まるぜ」

「……そうだな。大人しく負けを認めるとしよう。──()()()()()()

 

 黒鳥は──笑っていた。

 己の力が及ばなかったことへの自嘲などでは決してなかった。

 

 

 

 

「《熱血星龍ガイギンガ》で、ダイレクトアタック!!」

 

 

 

 

 ──北の間、勝者──暁ヒナタ。

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「く、黒鳥さんでも……暁ヒナタには、勝てないのか……」

 

 

 

 桑原は思わず声を漏らした。

 

「正直オレも、途中までどっちが勝つか分かんなかったけどな。レン先輩正直、引き悪すぎたわ」

「最速で《ディダノス》決めた所までは師匠が勝ってたじゃないですか! うぅ~」

「レン先輩には分かってたんじゃねえ? 《ディダノス》だけで蓋出来る程、ヒナタ先輩はヌルいプレイヤーじゃない、って」

「かと言って、待っていても暁ヒナタが切札を引いて勝ち……」

「正直詰んでたな」

「師匠、帰ってきたらすっごい機嫌悪くなってそう……」

「そうでもねえんじゃねえかァ?」

 

 桑原は黒鳥の顔を指差した。

 敗北こそしたものの──何処か悔いのない表情をしていた。

 

「そりゃあ勝ちたかったんだろうけど、黒鳥さんはやるべき動きを全てぶつけられて負けたわけだし、何より……長年のライバルと久々に会えたんだ。すっげー満足した顔だぜ」

「ほんとだ……あんな師匠の顔、見たこと無いです」

「ま、労ってやるくらいはして良いさ」

 

 ノゾムは肩を竦めた。

 ライバルや友情だとか、そういったものを既に二人は超えた先に居るのかもしれない。

 

 

 

「さて、残るは耀だけだが……」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「オラオラオラァッ!! どうしたァァァーッ!! お前はそんなもんかぁ!?」

 

 

 

 顔が真っ青のイチエンを見て、俺は嫌な予感がずっと過っていた。

 昨日会った時とは別人のようだ。

 彼の展開した盤面には、無数のホログラムのようなクリーチャーが現れていた。

 否、正確に言えばクリーチャーではない。

 その魂の記録が顕現したカードである「タマシード」だ。

 

(此処までの流れ……! 1ターン目からタマシードを展開するビートダウン構築だが……これまでのコイツの構築傾向とは大きく外れてるぞ……!?)

 

 場には《アロマの海幻(ビジョン)》、《アストラルの海幻》、《チェンジの海幻》。

 いずれも攻撃こそ出来ないものの、進化クリーチャーの進化元と成り得るカード達だ。

 しかも、クリーチャーではないカードのため、除去することは非常に困難となる。

 正直、俺は大いに困惑していた。事前のプレイヤー研究で、イチエンという選手は承認欲求がヘンに高いからか、ガイアッシュ覇道や5Cコントロールのような成金デッキばかり握っているというのが結論だったのだ。

 

(タマシードは出たばっかで安いカードが多いけど、マジで何があったんだ!?)

 

「足りねえ、足りねえよ、金が……幾らあっても足りねえんだ……!!」

「あぁ!? 何言ってやがんだオマエ、自分で昨日お金持ちって散々自慢してたろーが」

「足りねえっつってんだよ、ボケカスが!!」

 

 その形相は──鬼そのもの。

 まるで何かに憑りつかれているかのようだ。

 

「マスター殿……!」

「ああ、何かがおかしい……!」

「こいつ、間違いなくクリーチャーの影響を受けているでござるよ!」

「だとしても、発生源は何処だ? やっぱり、ONIの連中が何かしたってのか……!? だとしたら証拠があるかもしれねえ、モモキング、探れるか?」

「しかしマスター殿、某が離れては万が一何かあった時に──」

「心配すんなって! 俺は半分クリーチャーだからな」

 

 トントン、とかつてチョートッQの魔力が埋め込まれた心臓を耀は指で叩く。

 頷くと、モモキングは何処かへと飛んで行くのだった。

 守護獣達はかつてのような力を失っており、クリーチャーの出所を探ることは簡単なことではない。

 しかし、それでも──このような事態が発生したならば、大本を突きとめなければないけない。

 放っておけば、また大きな事件が起こるであろうことを俺は理解している。

 

「──さて、どうしたもんかね。幸い、メタカードは何も置かれてねぇから──」

 

 何かされる前に、叩き潰しに行くか。

 正直、さっさとデュエルに勝った方が手っ取り早いだろう。

 

「2マナで《禁断英雄(ヒーロー)モモキングダムX》を召喚!!」

「あぁ!?」

「その効果でデッキから進化じゃないレクスターズ──《未来龍王モモキングJO》を取り込ませる!」

 

 そして、これで終わりじゃない。

 一連の動きは全て狙ったものだ。

 ……確実に、叩く!

 

 

 

 

「俺は《怒りの影ブラックフェザー》召喚──そして、()()()()()《モモキングダムX》を破壊!!」

 

 

 

 

 スター進化は鎧の進化。

 上のクリーチャーが破壊されれば、下の進化元だけが場に残る。

 それを、デッキから進化元を呼び出す禁断スター進化と併用すれば──

 

 

 

 

「退化ッ!! 行くぞ、俺の切り札(ワイルドカード)──《未来王龍 モモキングJO》!!」



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JO10話:JO退化

 ※※※

 

 

 

 ──思えば。

 ノゾム兄との特訓は確率との戦いだった。

 

 

 

「──先に言っておくが、オレの特訓は厳しいぞ?」

「それは分かり切ってたけど」

 

 

 

 近所の公民館の一室。

 そこで、マンツーマンの「特訓」が始まった。

 

「何で俺はこんなところで数学の勉強させられてんだ!?」

「オメーにはこれから、てぇっんさいのオレと数Bの勉強をしてもらう」

「何で!?」

「何でって、正しいプレイングやデッキ構築をする上では数学が大事だからな。例えば、デッキに合計8枚積んでる初動カードが先攻1ターン目にいずれか1枚以上が手札に来る確率が分かるか?」

 

 初動8枚……思い浮かぶ例だとメンデル+栄光だろ?

 大体どっちかは手札に来る気がするけど……具体的には分からない。

 

「……分からないです」

「それくらいテメェで計算できるようにしとくんだよ。ネットには計算機があるが、オメーには公式を教えておく。オレからデュエルを学ぶなら、自力で計算できるようにしとくんだな」

 

 無茶苦茶である。

 何で計算機で計算できるものを自力でやらねばならないのだろうか。

 

「さて。1時間目にプレイングの話をしておこうか」

「プレイング?」

「耀。プレイングスキルが何なのか言ってみろ」

「そりゃあ、ピンチを切り抜けられる超絶テクニックとか、そういうことじゃないのか?」

「違う」

 

 ノゾム兄はピシャリ、と言ってのけた。

 

「耀……ハイ・アンド・ローってやったことあるか?」

「……? 何だそれ」

「トランプのゲームだよ。自分の持ってるカードより数字が大きいか小さいかを当てるんだ。トランプの数字は1から12。1を最弱か最強とするかはルール次第だが……まあ今回は最弱、ってことにしとく」

「はぁ。だけど簡単な事じゃないか? 2とか3みたいな小さい数字なら大きいって言えば良いんだろ? で、逆なら小さいって言えば良い」

「そうだな。だけど、時たま……外れる時だってある。7や8みたいな半端な数字で外したならともかく、3のハイを外したり、11のローを外したり……ってこともあるわけだ」

 

 確かにそうである。

 

「そう言う時、人間は変なジンクスを付けて、追い込まれた時に確率の小さいほうに賭けてしまいがちだが……これは非常に悪手だ」

「え?」

 

 そりゃそうだろ。

 さっきから当たり前のようなことを言ってない気がする。

 俺がぽかんとしていると、ノゾム兄は「デュエマで例えるなら」と続けた。

 

「例えばお前、相手が赤白バイクで、お前は無色ジョーカーズだったとする。次のターンを渡せばバイクが走ってくる場面。そこで、お前はワンショットを狙ったが、()()()()()()()()()()S・トリガーの《ホーリー》を踏んで負けてしまった」

「……大体場面は想像出来た」

「じゃあお前は次から同じ場面に遭遇したらどうする? 同じデッキ、同じ盤面で、だ。場にメタクリは居ないものとする」

「相手のバイクが揃ってないことを期待して、次のターンにメタクリが引けるのを期待して待つ、かな……?」

「それが、今俺が言った”確率の低い方に賭ける”っていう悪手だ」

「あっ……!」

「人間、()()()()()()()()()()()()()()()()を精神的にズルズル引きずるモンなんだよ。そして、それを基準にしてデッキやプレイングを歪める。やめときゃ良いのにな」

 

 彼は腕を組んだ。

 

「デッキが40枚の時、欲しい4枚のカードを1枚以上引ける確率は……初手で42%。その後、手札が増えるごとに増えていく。3ターン目なら72%ってところだな」

「っ……そうか。手札に引きたいカードは、手札が増える毎に引ける確率が増えていくのか」

「対して、4枚しか入ってないS・トリガーを踏む確率は42%。そして、シールドが増えることは手札に比べれば少ない」

「さっきの例の場合、構わずワンショットするのが正解ってことか!?」

「その通り。手札にキーカードが揃って負ける確率と、S・トリガーを踏む確率だと後者の方が低いからな」

 

 ……それでも40%って結構確率としては大きい気がする。

 だけど、それ以上に相手がキルターン以内にキーパーツを揃える確率の方が高いのか。

 バイクだと、進化元も確実に8枚以上、進化先も8枚以上入っているだろうから、相手が準備を整える方が確率が高いのだ。

 因みに8枚入っている初動を初手で引く確率は69%らしい。その後、ターンが経過すると確率は増えていくので……やはりこの場合はトリガーに怯えずに殴り切るのが正解なのか。

 

「当然、トリガーなんてケア出来るなら例え40%でもトリガーなんてケアした方がいいわけだけどよ、出来ないなら出来ないなりに覚悟を決めなきゃな。それも、絶対にだ」

「つまり、同じ状況なら必ず同じ手順でプレイしろ、ってことか」

「そうだ。プレイングってのは、確率に基づいて同じ盤面なら常に同じ選択肢を”機械的に”選び続けることだ。お前は環境デッキの知識を身に着け、確率計算を覚える事で、勝利する確率は確実に増える」

「それで外して負けたら……?」

「割り切れ。文字通り”運が悪かった”ってやつだ。ジンクスと確率論、どっちが科学的に正しいかなんて明らかだろ。ミクロなその場凌ぎの駆け引きより、先ずはマクロなプレイングを身に着けろ」

 

 ……何となく、ノゾム兄の強さが分かった気がする。

 ゲームを確率論に落としこんでいる思考力の高さ、そして──酷い負け方をしても「正しい」プレイングを曲げない心の強さにあるのだろう。

 

 

 

「じゃあまずは、確率の公式からな」

「……むーりーッッッ!!」

 

 

 

 そして俺は、自力で諸々の確率計算が出来るようになるまで、ノゾム兄に毎日数学を教えられたのだった。

 問題は、これが特訓のごく一部でしかないということであるが……。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「《モモキングJO》で攻撃する時──」

 

 

 

(タマシードには呪文メタが効かねえ……! それは殴れば高い確率でS・トリガーを踏むということ!)

 

 水のタマシードのラインナップを思い出す。

 小型だが、相手の攻撃そのものを止めるS・トリガーがある。

 更にマナゾーンには《クロック》が埋められているのもあって、相手にターンを渡す可能性が高い。これらの危険なトリガーが入っている確率は69%……。

 クロックだけを踏む確率は40%程度……。《キャンベロ》を出せば、相手に動かれる確率は低くなるので、こいつだけ出すのが正解か。

 変に《モモキング》の進化クリーチャーを乗せると、次ターン以降、連続攻撃出来なくなっちまうし。

 

(それなら話は早い、先にトリガーを踏んで、相手が次のターンに動けなくなるように立ち回ればそれで良い!!)

 

 ワンショットするとなると、それだけ危険なトリガーを一度に踏む確率は高くなる。

 此処は細かく相手のシールドを刻んでいくのが正解だろう。

 この辺りを理論的に考えられるようになったのは、ノゾム兄のおかげだと思う。切に。

 おかげで確率の計算くらいなら暗算で出来るようになってしまった。俺数学苦手なのに。基本的な確率程度なら、もう暗記してしまったぞ。

 

「侵略進化!! 《キャンベロ<レッゾ.Star>》!! これでお前は次のターン、クリーチャーを2体以上出せない!!」

 

 《JO》に重なるようにして、車輪とライダースーツを身に纏った《キャンベロ》が浮かび上がる。

 そのままイチエンのシールドを2枚、叩き割った。

 

「ぐぅっ……!? S・トリガー、《ツヴァイの海幻》で《キャンベロ》を攻撃不能に……!!」

「じゃあ俺は、これでターンエンドだ」

 

 危ない危ない、此処で踏んでおいてよかった。

 とはいえ、後3枚相手のシールドはあるんだよな。

 《モモキングダム》だけで刻むのは不可能だし……どうするかね。

 

「俺は《キャンベロ》を破壊して、カードを1枚引き、《JO》をアンタップする。ターンエンドだ」

「あぐぅっ、ウウウウウウウウ……!!」

 

 唸り声を上げるイチエン。

 最早まともに理性があるようには見えない。

 とはいえ、展開はケアしているから……このターンに反撃はしきれないと思うけど。

 

「寄越せ、寄越せよ、白銀耀……!」

「あ?」

「金も、女も、何もかも、俺っちのものだァァァァァーッ!!」

 

 イチエンの背後から。

 

 

 

 

 

 

「──スター進化、《神ナル機カイ 「亜堕無」》ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 機械に包まれた青鬼が、顕現した。



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JO11話:亜堕無

「──《神ナル機カイ 「亜堕無」》だと……!?」

 

 

 

 これはまずい──かもしれない。

 確かアイツは《奇天烈シャッフ》と同じ、宣言した数字と同じコストのクリーチャーの攻撃と呪文を封じるのだ。

 

「コストは5を宣言!! 《JO》は次のターン、攻撃出来ねえぜェ! 無様にそこで突っ立っているんだなァァァァーッ!!」

 

 マズい。 

 これは非常にマズい。

 バウンスされた方がまだマシだった。

 場に居る《JO》は棒立。一方の俺は、手札に2枚目の《モモキングダムX》が居ないため、まだ退化出来ない。

 このデッキ、防御力はハッキリ言って脆弱も良い所だ。

 あの《「亜堕無」》とかいうクリーチャーは、よりにもよって攻撃の終わりに手札に戻り、再び場に出るという無限攻撃能力を持つのだ。

 一度手札に戻る以上、《JO》と違ってG・ストライクも通用しないのである。

 

「そして、《「亜堕無」》でシールドを攻撃だーッ!!」

 

 チャカッ、チャカッ、という音と共に──シールドが消し飛び、衝撃波が襲い掛かる。

 砲撃だ。

 あのロボットの砲弾で──あれ?

 

「しょうげき、波……!?」

 

 あまりにもそれが「当たり前」の事象で一瞬、疑問にも思わなかったが──こいつの攻撃で今、衝撃波が起こったのか!?

 しかも、あのバケモノの鎮座している床が沈んで、割れているように見える。

 

(やっぱあいつ、実体化してねえか……!?)

 

 となるとまずい。

 あいつをこれ以上攻撃させれば、被害が大きくなる可能性が高い。

 

「攻撃の終わりに《「亜堕無」》を手札に戻す。ターンエンド!!」

「相手の連続攻撃を事前に阻止できるかにかかってる……!」

 

 ……正直やりたくないが、こちらも腹を決めるしかないだろう。

 

「俺は5マナで《JO》を《キャンベロ<レッゾ.Star>》に進化!! これで次のターンの連続攻撃も封じる!!」

 

 攻撃は出来ないから、タダの延命措置だ。

 手札には《堕牛の一撃》があるので、次のターン、退化させて攻撃することは出来る。

 ……最も、また攻撃を止められなければ、の話であるが。

 

「しつけぇんだよ、オマエェ! 俺っちに気持ちよくデュエルさせろや!!」

「気持ちよくデュエルさせたらその時点でゲームが終わるから仕方ねえだろ!!」

「なら俺っちは4マナで再び《「亜堕無」》を場に出す……!! さあ、コスト5を宣言だ!!」

 

 攻撃の度に《「亜堕無」》は手札に戻り、また次のターンに《JO》を止めてくる。

 このままではいたちごっこだ。

 

「《「亜堕無」》でシールドをブレイク!!」

「ぐおっ!?」

「攻撃の終わりに手札に戻し、ターンエンドだ!」

 

 今度は砲弾が頬を掠め、後ろの機材を壁を爆破した。

 ……こいつを暴れさせたら、色々マズい。

 こうなればやるべきことは1つ。2度目の退化を決めるしかない。

 幸い今のドローで、良いカードが手札に来てくれた。

 

「俺は2マナで──《エボリューション・エッグ》を唱える!! 効果で、デッキから──げっ」

 

 俺は言葉を失った。

 無い。何処にも──《モモキングJO》が無いのだ。

 《エボリューション・エッグ》は山札からサーチするため、デッキに《JO》があるかも確認できるのだが──もう、無いのだ。

 

(シールドの中か!? 1枚はマナに置いちまったし……!! 1枚は場にある……!!)

 

 JO退化において投入する《JO》は3枚。

 残り1枚の行方は、それしか考えられない。

 残るは3マナ。この時点で色んな意味で終わっている。

 

「ッ……《モモキングダムX》を場に出して、ターンエンド!!」

「ハッハ!! 万策尽きたみてーだなぁ、白銀耀!! これで、お終いにしてやるよ!! 1マナで《アロマの海幻》を出し──《「亜堕無」》に進化!!」

 

 再び場に現れる《「亜堕無」》。

 場のタマシードは──4枚。ジャストキルだ。

 

「登場時に5を宣言! 《キャンベロ》をバインドする! 徹底的に嬲ってやるぜーッ!!」

 

 《「亜堕無」》の砲撃が次々に俺のシールドを薙ぎ払っていく。

 攻撃する度に手札に戻り、再び場に顕現。

 その後、更に攻撃を繰り返す。

 

「これで──終わりだーッ!!」

 

 最後のシールドが割られる。

 《JO》はやはりシールドにあった。

 此処で終わるのか?

 

 

 

 

(──明日は敵同士ですから)

 

 

 

 ……終われるかよ。

 終わって堪るか。俺にはまだ──

 

「S・トリガー、《バッドドック・マニアクス》!! 《キャンベロ》を破壊して、《「亜堕無」》を破壊だ!!」

「ッ……ん、なぁっ!?」

 

 ──果たしてない、約束があるッ!!

 

「俺のターン!! 5マナで手札から2体目の《モモキングJO》を場に出す!!」

「がっ、くそっ、な、何で──こんな──こんなヤツに──!!」

「”山に2枚目のJOが無い”なんて低い確率を俺が引いたんだ。デッキに4枚しかない《マニアクス》を引くくらい、許してくれよ」

 

 最も、ちゃんと相手が《マニアクス》のケアしてたら負けてたんだけどな。

 此処は理性がブッ飛んでて助かったというか何と言うか、余程場のJOが動き出すのが怖かったんだろうか。

 

「──《JO》で攻撃する時、効果発動! 《禁断のモモキングダム》にスター進化して、W・ブレイク!!」

「S・トリガー、《ツヴァイの海幻》、《コーライルの海幻》──」

「効かねえよ」

 

 《モモキングダム》はそれらの追撃を避け、再び鎧をパージさせた。

 

「もう1度《モモキングダム》で攻撃する時──《ボルメテウス・モモキング》にスター進化!!」

「あっ──」

「登場時に相手のシールドを1枚、墓地に送る!!」

 

 落とされたのは──《終末の時計 ザ・クロック》。

 ……何処までも、紙一重の試合だったな。

 

 

 

 

「──《ボルメテウス・モモキング》で、ダイレクトアタックだ!!」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「プレイヤー側の理性がフッ飛んでしまい、《「亜堕無」》の性能を十全に生かせなかった、か。クク、それもまた良し」

 

 

 

 全ての試合を見届けたデモーニオは──何故か嬉しそうにつぶやいた。

 

「屈辱は鬼の力になります。あんなのに使われて、ADAMはさぞお怒りでしょう」

「怒りは、鬼の力になりますのでねェェェーッ!! それはそれで好都合!!」

「……今回の大会は良い。良き試合ばかりで、ADAMとEVEにもエモーショナルなエネルギーが溜まっている」

 

 笑みを浮かべた彼は、培養液に浸かった2枚のカードを見やると──

 

 

 

「次の試合も楽しみだ。我が悲願のため……目覚めてくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あばばばば、大変でござる……!! あいつら、鬼のカードを目覚めさせようとしているでござる……!!」

 

 

 

 ──モモキングは見た。

 幸い、彼ら自身は魔導司ではないのだろう。未だにモモキングの姿を視認している様子はない。

 事実、彼らからも魔力の類は確認できない。

 問題は、培養ポッドに入れられている2枚のカードだ。

 先の試合で耀が戦っていた《「亜堕無」》のカード、そして──《EVENOMIKOTO》と書かれたカードが浸かっている。

 

(見た目こそ同じだが、市井に出回るものとは違う、あの2枚は本物の”鬼”が封じられたカード……!! 目覚めたら大変なことになるでござる!!)

 

 早く戻って、この事を耀に報告せねば。

 そう思い、モモキングが踵を返したその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──誰だね? そこに居るのは──」



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JO12話:準決勝へ

 ※※※

 

 

 

 ──試合後、イチエンは倒れてしまい、そのまま現地の病院へと運ばれてしまった。

 その顛末も含め、俺は試合終了後に皆に試合中の異変について話すことにしたのであった。

 当然、彼らの反応は苦々しいものであったことは間違いない。

 

「白銀先輩の対戦相手のクリーチャーが実体化した……!?」

「試合開始前から様子がおかしかったけどな」

「クリーチャーの出所が分からんのが歯がゆいな。大気中の魔力は大幅に減少している。奴らはどうやって実体化した?」

 

 凡そ想像は付くがな、と黒鳥さんは続ける。

 怪しいのは──やはり大会を主催しているONIだろうな。

 

「魔導司に何か連絡は──」

「できるわけがないだろう。何かあれば駆け付けてくるだろうがな」

「ヒイロも行方を眩ませてるし……こんな時に限ってーッ!」

「大会はインターネットで中継されている。極力、騒ぎになることは避けたい」

「下手したら、全世界にクリーチャーの事が知られるデスからね……」

「とはいえ、選手の僕達は下手に動けないからな」

「じゃあ、サッヴァークとシャークウガに任せれば良いデスよ!」

 

 ぽん、ぽん、と守護獣2体が現れる。

 

「シャークウガ。今の時点で何か感じましたか?」

「何にも……まあ俺の探知能力、昔に比べて激落ちしてるし? あいつらがクリーチャー隠してても此処からじゃ分からねえよ」

「ワシも同感じゃ。敵が何処に居るかも分からん。あのイチエンとかいう男からは完全にクリーチャーの気配が消えておるし」

「丁度、モモキングを先に行かせたんだ。3人いれば十分だろ。何かあったらすぐ戻ってきてくれ」

「うむ」

「了解だぜーっ!」

 

 ……そう言えば。

 そのモモキングがまだ帰ってきていない。

 大丈夫なんだろうか。あいつ、今の状態でも滅茶苦茶強いから、あんまり心配はしてないけど。

 

 

 

 

『──それでは準決勝が始まります! 対戦カードを発表しますので、各選手は集合場所へ移動してください!』

 

 

 

 パネルに対戦カードが現れる。

 それを見た時、「やはりか……」と黒鳥さんが言葉を漏らした。

 無理もない。

 この面子だと、絶対に何処かでデュエマ部同士が争うのは確定的であったが、それ以上に──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「あ”あ”!? 何で耀の試合だけ最後の辺しか映ってねえんだよ!?」

 

 

 

 ノゾムがブチ切れながらパソコンを揺さぶっていた。 

 それを花梨と桑原が引き剥がしにかかる。

 弟子の耀の試合を心底楽しみにしていたノゾムであったが、4つの試合の映像は順々に切り替わっていっており、耀の試合だけ最後にダイレクトアタックを決める所しか見られなかったのである。

 

「生放送なのに、もっと全試合を平等に映せや!! アホーッ!! ボケーッ!! おたんこなーすッ!!」

「お兄、落ち着いて!! 機材の不調って書いてたじゃん!」

「不調なら仕方ねえだろ、刀堂……兄の方!!」

「止めるな桑原!! 耀がJO退化使った事しか分かんなかったんだよ!! 畜生べらんめぇ、弟子の活躍、しかと目に納めたかったぜ」

 

 露骨に舌打ちすると、ノゾムは腕を組んだ。

 これからも試合はあるんだからまだ見られるかもしれないのに、余程耀の事を可愛がっていたのだろう、と全員が推察する。

 

(てかお兄のトレーニングに付いてこられるようなの耀しかいないから、相当嬉しかったんだろうね……)

(モンペ師匠とはこの事かよ……)

 

 まあ勝ったから良いんだけどよー、と彼がぼやいていると、画面が切り替わる。

 現在のトーナメント表だ。

 この面子では、デュエマ部同士での試合は避けられないと思われていたが──いざ目の当たりにすると、緊張感が走る。

 そして、準決勝に進出した4人の名前がシャッフルされて、組み合わせが発表された。

 

「耀とブランちゃんだ……!!」

 

 準決勝・龍の間。

 白銀耀VS或瀬ブラン。

 そして──

 

「しづ……!」

 

 準決勝・虎の間。

 ──暁ヒナタVS暗野紫月。

 

「あーあ、しかしどうしたもんかね。ヒナタ先輩……倒せる人居る? これ」

「ていうのは?」

「オレの当初の予想は、耀が準決勝でヒナタ先輩かレン先輩に負けて、決勝があの二人の頂上決戦だったんだよ」

「自分が鍛えた弟子なのに?」

「しょーじき勝ってほしいとは思ってるよ? それとこれとは話が別でしょ。相手はヒナタ先輩だからな……」

 

 ぽりぽりとノゾムは頭を掻く。

 その分析はあまりにもシビアでドライだ。

 他の選手ならともかく、とでも言いたそうであった。

 

「ヒナタ先輩は突拍子もないようなデッキをぶつけてくる時さえあるからな。完全に読み切れない」

「と言う事は紫月ちゃんが一番勝ち目があるってこと?」

「……レン先輩でも止められない人が、あの子に止められるかっつーと……微妙でしょ」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……マジですか」

 

 

 

 紫月は心の準備が出来ていない、と言わんばかりに呟いた。

 その対戦相手は──暁ヒナタだ。

 今回の大会で目下最強と噂をされている相手となる。

 

「……はぁ。決勝ならともかく、準決勝。運が無いですね、私も」

「おいおい、あたかも俺達が相手なら決勝に進めてたって言わんばかりだな」

「全員倒すって言ったはずですよ」

「デース!?」

「……それでも、やはり……辛いものは辛いですね」

 

 改めて見ると、チャラそうな見た目の割に──目が据わっている。

 底知れない余裕。どんな相手でも100%全力なんて出すことは無いんじゃないかと思わせる程の掴み所の無さ。

 あれは間違いない、歴戦の猛者だ。とはいえ当然と言えば当然か。あの黒鳥さんのライバルなのだから。

 ……そんな事は紫月も分かっているだろう。

 それ以上に、インターネット上で生中継されている試合だから、

 だったら、俺から言うことなんて……限られてる。

 

「おい紫月」

「何ですかもう」

 

 ナーバス気味に紫月は言った。

 やっぱり結構プレッシャー感じてるな。プレイヤーとしての冷徹さを見せていたけど、虚勢を張ってたところもあるみたいだ。

 

「決勝で会おうぜ」

「っ!」

 

 これだけ言い残し、俺は──準決勝のステージへと一足先に進むのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ちょっとアカルー! 大会でデートの約束しないでくだサーイ!」

「うるせー、決勝に行くのは俺だ」

「あー、そういうこと言っちゃうんだ!」

 

 

 

 

 ──先輩たちの喧騒が通路の向こうに消えていく。

 紫月は拳を握り締めた。

 何時も通り。あくまでも何時も通りのプレイングをすれば良い。

 そう願うように呟くが──だんだん身体が勝手に震えてくる。

 

「……紫月」

「?」

 

 肩に手が置かれた。黒鳥だった。

 

「貴様の強さは、僕達が分かっている」

「分かってます。分かっていても……」

「……そうだな。じゃあ、とっておきの弱点を僕が教えておこう」

「何ですか?」

 

 怪訝そうに紫月は自らの師匠を睨む。

 大抵、こういう時の彼は「美学」だのなんだのと毒にも薬にもならないことを言い出すのがお決まりなので、あまり期待はしていない。

 

「──ヒナタのヤツはマンホールに落ちて学校を休んだことがある」

「えっ……」

「あと、《フォーエバー・メテオ》を《天下五剣・カイザー》と騙されて買わされたことがある」

「ええ……」

「それと()()()()()()と言い間違えて、しかも連呼したことがある。僕とノゾムの前で」

「ぶふっ──」

 

 もう、それで紫月は我慢が出来ず、噴き出してしまった。

 真顔で白けているノゾム、そして必死に止めようとしているレンの姿が思い浮かぶ。

 とんでもない言い間違いである。

 

「あの時は自らをフォローしようと凄くあたふたしていたな」

「何ですかそれ……今、笑わせないでくださいよ……」

「今ので分かっただろう? 世界レベルのデュエリストとて、無敵ではない」

「も、もうやめてください、師匠……真顔で、つらつらと、やめて……」

「……少しは、リラックスできたか?」

「え? ……あ」

「良いか、確かにヒナタは強い。今の僕よりも……きっと、強い。だが、人間の範疇だ。決して、コンピューターやクリーチャー、神類種じゃあない」

「……!」

「バケモノ相手に戦ってきた貴様等の誰かが、必ず──あいつを倒すと、僕は信じている。ましてや貴様は多くの競技勢と戦ってきた。何よりも──」

 

 黒鳥は一呼吸置くと、確かに言ってみせた。

 

 

 

「──貴様は……僕の、黒鳥レンの一番弟子だ。太陽を落とすのは貴様だ、紫月」

「……はいっ」 



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JO13話:虎の間/龍の間

「──こうやって大会の場で相対するのは……初めてじゃないデスか?」

 

 

 

 ──向き合う俺達。

 目の前に立つブランは、何時になく真剣な眼差しだ。

 

「……仕上げてきたな、ブラン。今までとは全然違うぜ」

「相手が耀達とあれば、本気を出さない理由は無いデス。油断したら一気にやられちゃいマスからねー」

「それはこっちのセリフだ。お前相手だと何でも見透かされそうな気がしちまうよ」

「……よく言うデスよ。2年も居なくなってたくせに」

「ブラン……」

「私だって寝てたわけじゃあないデスからねー! 例え今日の大会の先に待ち受けているものが何だったとしても。アカル……貴方に勝つデスよーっ!」

 

 シールドが一挙に展開される。……ブランは普段はふざけているけど、マジな時は本当にマジだ。

 先攻はブラン。デュエルが──始まった。

 

「だけどな、ブラン。それはこっちも同じだ。俺は何としてでも──決勝に行く。全力で──お前を倒す!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「は、始まっちゃいました……! 白銀先輩と或瀬先輩のデュエル……!」

「……さて。問題は、白銀が既に1戦目でJO退化を使ってる事だな」

「ほんとだよ、アカルったら。最初っからあんな強いデッキを使って、後は何が残ってるんだろう」

「ああ。言い換えれば白銀の残りのデッキは《アルカディアス・モモキング》を使わねえデッキって事だろ? 残りのデッキで白銀が使いそうなのって想像出来んな」

 

 《アルカディアス・モモキング》は、今のデュエル・マスターズにおける超パワーカードの1枚である。

 入るデッキには取り合えず脳死で4枚入れておけば、役に立つからだ。

 先の試合でこそ耀はバトルゾーンに出すことこそ無かったものの、光以外の呪文を止め、相手の1体目のクリーチャーのタップインを強要する、強力な妨害効果を持つフィニッシャーだ。

 しかし。

 

「……まあ、心配はねーよ?」

 

 ノゾムだけが──ひとり、不敵そうに笑っていた。

 

「それよりもヤバいのは、さっきも言ったと思うけど紫月の方かもな?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「2マナで──《メンデルスゾーン》を発動!! 効果で山札の上からドラゴン2枚をマナゾーンへ!!」

 

 

 

 

 ──マナゾーンに落ちたのは《ボルシャック・NEX》と《ボルシャック・ドギラゴン》。

 一先ず、初動で蹴っ躓くことは回避できた。 

 とはいえ、ブランのバトルゾーンには《赤い稲妻 テスタ・ロッサ》が居る。

 コイツの所為で、俺の手札にあるカードの効果が封じられてしまっているのだ。

 

「なーるほど、赤緑ボルシャック! ……RXとNEXは退化には入らないし、ガイアッシュ覇道や閃だと《アルカディアス・モモキング》を食い合ってしまう、というわけデスね?」

「御明察……!」

「てっきり《バーンメア》でも使ってくると思ったんデスけどねー……残念デス」

「おいブラン、1つ勘違いしてねーか? 俺ぁこのデッキに割と信頼を置いてるんだぜ」

「……ほぅ?」

 

 そして、単純なブーストと物量に特化したこのデッキは、まさに攻撃力の権化のようなデッキ。

 速度負けさえしなければ、大抵の防御は突破出来てしまうだろう。

 

「……じゃあ、このデッキの壁を突破出来るか試してみまショウか! 《T・T・T(ザ・トリプル・スリー)》でカードを3枚ドロー、デス!」

「やっべ……」

「止められるデスか? JO退化を残してた方が良かったんじゃないデスかー?」

「アホか!! メタカードガン詰みしてるそのデッキを退化でどうにかできるわけねえだろ!」

 

 火、水、光。

 この3色で、メタカードをばら撒くこのデッキは──間違いなくあのデッキだ。

 ブランもまた、2年の間に新しいデッキに手を出したのは知っていたが、まさかここで使ってくるとは。

 

「かと言ってどうにもならねえんだよな……俺は《ボルシャック・栄光ルピア》を召喚だ! マナを2枚増やし──これで次のターンで8マナだ!」

「ッ……次のターンは無いデスね。だけどっ! 私の方が一歩早かったみたいデスよ!」

 

 タップされる4枚のマナ。

 ブランは──笑みを浮かべると、1枚のカードをバトルゾーンへ投げ入れる。

 

「──《エヴォ・ルピア》召喚! 効果で、カードを1枚引いてその上にコスト5以下の進化クリーチャーを重ねるデスよーっ!」

 

 それは鎧の如く身に纏われ、彗星の如く現れた正義の化身。

 そして。

 流星群の如く止むことのない猛撃を予期させた。

 

 

 

「それは悪を打ち砕く流れ星(Shooting Star)! 

正義星帝(Still justice till the end)<鬼羅.Star>》!!」

 

 

 

 そのデッキの名はラッカ鬼羅.Star。

 此処からが──正念場だ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──虎の間。

 そこでは、既に紫月とヒナタのデュエルが静かに進行していた。

 互いにマナブーストと手札を整え、一瞬で相手の首を掻くかどうかの試合だ。

 

「レンの弟子って聞いてたけど、女の子……ねえ。あいつ、変人だから苦労しただろう?」

「実際そうですね。否定しません」

「……つっても、苦労したのはあいつも同じっぽいな」

「はぁ?」

「あいつが心変わりした理由がちょっと分かる気がするんだよ」

 

 苦笑しながら、ヒナタはカードを引く。

 

 

 

 

「──君。()()()()が隠せてないからな。色んな意味で」

「……」

 

 

 

 闘気が。

 そして──必勝への覚悟が。

 何より、強者との戦いへの渇望が紫月からは漏れ出している。

 だが、それを受けて尚、暁ヒナタという男に動揺は見られない。

 

「で──俺に勝てると思ってる? 本気で」

「負けると思って試合に挑むバカは居ないと思いますが」

「上等。この質問すると日和って口籠るヤツの何て多い事か──不甲斐なく思ってた所なんだよな」

 

 少なくとも、レンは絶対俺相手に日和ったりしねえよ、と彼は続ける。

 

「言葉だけではありませんよ。きちんと。実力で証明してみせます」

「へぇ」

 

 嬉しそうに暁ヒナタは笑みを浮かべる。

 紫月は6枚のマナをタップする。

 バトルゾーンには《天災デドダム》のみ。

 しかし、手札は潤沢だ。

 一方のヒナタ側もマナは次で7枚となる。

 大きな動きは見せていないが、このターンが勝負の分かれ目となることを紫月は察していた。

 

「6マナをタップ。呪文──《ヘブンズ・ゲート》!! その効果で《闘門の精霊ウェルキウス》2体を、バトルゾーンへ!」

 

 天国への門が開く。

 そこから現れるのは、紫の剣を携えた天使たち。

 更にその力により、天国の門から軍勢が現れていく。

 

「《ウェルキウス》の効果で、手札からブロッカーを出します。ただし、このブロッカーは光のクリーチャーでなくて構いません」

「……来るか」

「──半分の月と月が縫い合わされる時。獅子の怒号、帝の嘆きを聴け」

 

 紫月がそう呟けば、彼女の背後に──恐るべき神帝と、頂点の獅子が縫い合わされた異形の王が顕現する。

 4つの首には神獣が縫合され、中央に座する獅子の顔が怒りのままに咆哮した。

 

 

 

「王は来たれり、終焉の時。《終末縫合王 ミカドレオ》」

「来やがったな……ッ!!」

 

 

 

 ヒナタの口角がにぃと上がる。

 召喚でなければクリーチャーを大量に効果を発動できないものの、次のターンになれば紫月は自動的に勝利する。

 天門に採用する事で、EXウィンを狙う構築にしたのだろう。

 

「EXライフ、縫合完了です」

 

 シールドは6枚。

 ブロッカーは現時点で3体。

 否──もう1体、増える。

 

(おもしれぇ──久々に手応えがありそうじゃねえか──もう1体は──!?)

 

「そして。2体目の《ウェルキウス》の効果を解決」

 

 フィールドが漆黒に染まる。

 黒い渦が現れ、そこから無限の力を持つ夢幻の龍が降り立つ。

 

 

 

 

「それは虚にして現。無限の零へと還りましょう──《∞龍ゲンムエンペラー》」

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「《ミカドレオ》に《ゲンムエンペラー》!?」

「《ゲンムエンペラー》は師匠の切札で……《ミカドレオ》はしづの切札!」

「こいつらが揃えば百人力!! 幾らなんでも突破出来ねーだろ!!」

「……駄目だ」

 

 ノゾムが顔を青くして言った。

 

「確かに暗野紫月の判断は正しい、自分がコンボデッカーだから、相手はビートダウンを自分との対面でぶつけてくるだろう、という前提で天門を用意したんだろうけどよ」

「何だ? 何か問題あるのか?」

「……ヒナタ先輩は、ランプの動きをしている。マナを溜めて、相手を一撃で殺しに行っている」

「まさか……《オールデリート》か!?」

「オレもキリコデリートかと思ったんだけど、あのデッキなら初動に呪文が混じるのは有り得ねえ」

 

 ヒナタがこれまで撃ったのは《地龍神の魔陣》に《κβバライフ》だ。

 デッキ内の呪文の数を極限まで減らして、《甲型龍帝式キリコ³》で一撃必殺の呪文《オールデリート》を打つ【キリコデリート】では考えられない構築である。

 となれば、ブロッカー4体を乗り越えるだけの展開力を行い、更にS・トリガーもケアしながら勝たなければならない。

 

「ヒナタ先輩は、全ての守りを貫通して一撃で勝つつもりだ。あるいは、あの子は……それを見越してるのか? しかし……」

 

 

 

「……勝てるわよ。勝てるもん」

 

 

 

 翠月が泣きそうな顔で言った。

 

 

 

 

「……しづ。お姉ちゃんが……応援してるから」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「次のターンは無い、か」

 

 

 

 一度目を瞑ると──ヒナタは呟いた。

 

 

 

 

「……残念だな。()()()()()()()()()()



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JO14話:逆転の切札

「……一撃で終わらせる?」

「確かにループ系デッキなら、先に《ゲンムエンペラー》立てときゃあ大体シャットダウン出来るからな。だけど、今回の俺のデッキは違う」

「それは大方察していましたが──」

 

 ヒナタは6枚のマナをタップする。

 起動されたのは自然と水のマナだ。

 

「《蒼狼の王妃 イザナミテラス》召喚ッ! 効果で、山札の上から1枚をマナゾーンに置く!」

「ッ……!」

 

 鎧龍決闘学院時代、暁ヒナタが好んで使っていたカード《蒼狼の始祖アマテラス》。

 その系譜を継ぐカードであり、マナゾーンのコスト以下の進化クリーチャーに進化する。

 一瞬身構える紫月だったが、すぐさまマナのカードから見ても《キリコ³》が飛んでこないであろうことを察知する。

 

(ではあれから何を飛ばす? カチュアイカヅチ? いや──)

 

「生憎俺は一撃で消し飛ばすのが好みでな──さあ暴れようぜ。神の歌をこの場に轟かせる時だ!」

 

 すぐさま始祖の超獣は、その身を──巨大な巫女へと変えた。

 水流が周囲を覆っていき、暁ヒナタの背後に、それが現れ、絶唱した。

 

 

 

 

 

「暁の戦場に、勝利を刻め──神化、《エンペラー・キリコ》ッ!!」

 

 

 

 

 元、プレミアム殿堂カード。

 幾つもの伝説を作った、最恐の進化クリーチャーの一角。

 それを目の当たりにし、紫月は言葉を失った。 

 此処から何を出し、フィニッシュムーブに持っていくのか、想像すらつかない。

 

(何を狙っているのですか……!? キリコから出してこのブロッカー4体を貫通するカードなんて──そりゃあ幾らでもいますが、マナを見る限り、キリコにしては強力な大型で固めたようなデッキではない……!?)

 

「《エンペラー・キリコ》の効果発動。登場時に他のクリーチャーを全て山札の下に送り、その後、進化ではないクリーチャー3体──《めっちゃ! デンヂャラスG3》、《蒼狼の王妃 イザナミテラス》、《ACE(エース)-Yamata(ヤマタ)》をバトルゾーンへ!」

「《デンヂャラスG3》……ッ!?」

 

 現れたのはこの場に似つかわしくないふざけた巨大ロボット。

 しかし。

 ヒナタの不敵な笑みと合わさり、得体の知れなさを醸し出している。

 

「”シールドなんて要らねえ”──俺のクリーチャー3体に(ギャラクシー)・ブレイカーを付与する!!」

「そのブレイクは通りません。こちらには《ウェルキウス》2体に《ゲンムエンペラー》、《ミカドレオ》が居るのです」

「ブレイクを通すつもりなんてハナからないんだよなぁ!! ──《イザナミテラス》の効果で山札の上から1枚をマナに置く。そして──マナゾーンから《S級宇宙(スペース)アダムスキー》に進化させる!」

「ッ……!?」

「進化クリーチャーは進化元に付与された効果を引き継ぐ。従って、この《アダムスキー》はG・ブレイカーも引き継いでいる!!」

 

 これで紫月は凡そのコンボの全容を理解した。

 《アダムスキー》は、相手のシールドをブレイクする代わりに──山札を消し飛ばす進化クリーチャーだ。

 

「《アダムスキー》はブロックされない。そして攻撃時にブレイクするシールドの数×2枚の山札を墓地に送る」

「ッ……!」

「普段なら何回も攻撃しなきゃいけないところ──G・ブレイカー付与で、俺と君、合計11枚のシールドをブレイクできる。この意味が分かるよな?」

 

 G・ブレイカーとは、相手だけではなく自分のシールドもブレイクする能力だ。

 この時点で紫月の山札は全て消し飛ばされるのである。

 仮に山札がギリギリ残ったとしても、横には《エンペラー・キリコ》が立っており、《アダムスキー》のS級侵略[宇宙]によって進化させることが可能だ。

 この破壊的山札破壊は2度来る。敗北から逃れる手段は無い。

 

「……良いデッキだったが……俺は太陽なんでね。もう誰にも落とされるわけにはいかねえんだよ」

「ッ……ごめんなさい、師匠……」

 

 頭を垂れる紫月。

 太陽はあまりにも大きい。

 

 

 

 

「これで終わりだ。《アダムスキー》はブロックされねえ! シールドへ攻撃する代わりに山札を破壊する!」

 

 

 

 

 一気に紫月の山札が──消し飛んだ。

 

 

 

 

 

 

「……ライブラリアウトだ。相手が悪かったな」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「《<鬼羅.Star>》の効果発動!! 手札から《謎の光 リリアング》を場に出し、更に《緊急再誕》で《リリアング》を破壊して《蒼狼の大王 イザナギテラス》を場に出すデスよ!」

 

 最も、破壊された《リリアング》はシールドを1枚犠牲にすることで生き残るのであるが。

 更に追加で現れた《イザナギテラス》は、カードをサーチする上に手札から3コスト以下の呪文を唱えられるイカれた4コストブロッカーだ。

 ドラゴンまで種族に付いている恐ろしいクリーチャーである。

 

「《イザナギテラス》の効果で、デッキから5枚を見て《T・T・T》を唱えるデース! 3枚ドローデスよ!」

「オ、オイ、マジかよ、どんだけ引けば気が済むんだ……!?」

「そのまま、攻撃する時、また《エヴォ・ルピア》を出して、《正義星帝<鬼羅.Star>》に進化デース! その登場時効果で2体目の《奇天烈シャッフ》を召喚しマース!」

「ギャーッ!? ま、まさか止めるのは」

「当然、《スーパー・スパーク》の5、デース!」

 

 巨大なゴーレムを背負ったメタリカ、《正義星帝<鬼羅.Star>》の拳が耀のシールドを叩き割る。

 赤緑ボルシャックのトリガーは薄い。せいぜい、《スーパー・スパーク》くらいなものである。

 加えて、一瞬で3体ものクリーチャーを展開した恐るべき横並び能力。

 しかも、《<鬼羅.Star>》の余計な最後の1文によって4コスト以下のクリーチャーにはブロッカーが付与されているのである。

 

(次のターンが帰ってきても、ブロッカー化したメタクリ共を突破しなきゃいけないってマジ?)

 

 攻撃出来るのが《<鬼羅.Star>》だけなのが救いだ、と俺の額には汗が伝っていたが──

 

「2体目の《<鬼羅.Star>》で攻撃する時、効果発動! 今度は《カダブランプー》を場に出して、アンタップしマース!」

「や、やべぇ、ふざけんじゃねえ!?」

「W・ブレイク、デース!」

 

 トリガーなどあるワケがない。

 速度と構築の純化に頼ったデッキであるがゆえに《切札勝太&カツキング~熱血の物語~》すら入ってないのだから。

 

「もう1発、《<鬼羅.Star>》で攻撃する時、最後のダメ押しに《その子供、可憐につき》を出すデスよ!」

 

 スピードアタッカーも進化クリーチャーもマッハファイターもタップインするカードだ。

 あくまでもターンを渡しても俺に勝たせるつもりは無いらしい。

 しかもその効果で、コスト4以上のクリーチャーはスピードアタッカーになっている。

 残り攻撃出来るのって、《奇天烈シャッフ》に《カダブランプー》、《イザナギテラス》に《テスタ・ロッサ》の4体だろ?

 こいつら全員を止めることが出来るのか?  

 ……いや、止めるしかない。止めなければ、決勝に進むことなど出来ない。

 

「どうデスか? アカル。私、結構強くなったと思うんデスけどね?」

「……よくやったよ、お前は。最初はルールすらおぼつかなくって、《シャーロック》を入れた墓地退化しか組まないとしか言ってたようなヤツが……」

「そ、そのことはもう良いじゃないデスか! ホームズは今でも私のバイブル、デス!」

「今となっちゃ、シャッフの数字宣言をきっちり当てられる上に、こんな強いデッキまで使いこなせるようになったんだからな……デュエマ部・元部長として鼻が高ぇよ」

「えっへへへへ……」

 

 少しブランは照れたように言った。

 

「……私、アカルにデュエマを教えて貰ってよかったと思ってるデス。そして、デュエマ部の皆が一緒に居てくれるのが嬉しいんデス」

「ブラン……」

「このラッカ鬼羅.Starは強いのは勿論デスけど……火、水、光……ジョーカーズ。デュエマ部のカラー、ってカンジデショ? だから、アカル相手に使いたかったんデスよ」

「お前……そんなことまで考えて……」

 

 ヤバい。

 少し泣きそうだ。

 銃口さえ突きつけられたも同然の場面でなければ、もっと感動出来たんだけど。

 

「と言う訳で、このまま気持ちよーく勝たせていただきマスよ! 《シャッフ》攻撃時8宣言ッ!!」

 

 畜生!!

 しっかり《シャッフ》から攻撃してきやがった!!

 シールドは0。盤面は《栄光・ルピア》だけ。

 ならば──やることは一つしかない。

 

 

 

 

「革命0トリガー!! 《ボルシャック・ドギラゴン》、宣言!!」 



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JO15話:鬼の神

 ──《ボルシャック・ドギラゴン》。

 相手が自分を攻撃する時、シールドが無ければ現れる逆転の一手。

 登場時に山札の上を捲り、それが火のクリーチャーであれば、それを進化元にして現れ、相手クリーチャーをバトルで破壊する。

 しかし、それだけではなく、この時捲ったクリーチャーの登場時効果も使う事が出来るのだ。

 

「……捲れたカードは──《王来英雄 モモキングRX》だッ!!」

「んなぁっ!?」

「ちょっち運任せになるけど……まあ仕方ねえだろ。《ボルシャック・ドギラゴン》の効果で《シャッフ》を破壊!!」

「でも、後2体、残ってるデスよ!!」

「まだだ! 《RX》の効果発動!! 手札を1枚捨てて2枚引き、こいつから進化できる進化クリーチャーを重ねる!」

 

 ……あれだけシールドをブレイクされたのだ。

 既に切札は出揃っている。

 

 

 

「これが俺の燃え滾る切札(バーニングワイルド)!! スター進化──《ボルシャック・モモキングNEX》ッ!!」

 

 

 

 NEXの鎧を身に纏った《モモキング》。

 その力は、仲間を呼ぶ力だ。

 そして、メタクリーチャー達の効果は俺のターンには及ばない。

 

「《ボルシャック・モモキングNEX》の効果発動! 山札の上から1枚を表向きにし、それが火のクリーチャーかレクスターズなら場に出す──」

「《決闘・ドラゴン》狙いデスか……ッ!?」

「それが来れば一番手っ取り早いんだが──お」

 

 捲れたカードは──《ボルシャック・NEX》だ。

 

「来た! 《ボルシャック・NEX》の効果で、デッキから《凰翔竜機ワルキューレ・ルピア》を場に出す!」

 

 そっちがブロッカー付与なら、こっちもブロッカー付与だ。

 俺の場にいるドラゴン達は全て、防御札となった。

 《モモキングNEX》だけがタップインしているものの、残りの《ボルシャック・NEX》、《ワルキューレ》、《栄光》で、残る攻撃を止めることは可能だ。

 

「攻撃はもう通らないデスか……ターンエンドデス!! 都合よく良いカードを引くなんてぇ!」

「いやいや、《決闘ドラゴン》でも返せてたからセーフセーフ」

 

 ……つっても確率的には30%だったんだよな、確実にこの盤面を防げるカードを引ける確率。

 先ず此処まで追い詰められている時点で負け濃厚だったわけだし。

 

「ところでブラン、お前のクリーチャー、コスト4以下はブロッカーになってるんだったな」

「? そうデスよ! しかも、ターンの終わりに皆アンタップするデス!」

「じゃあこの勝負──俺の勝ちだ!!」

「──あっ!!」

 

 ブランの顔がみるみる蒼褪めていく。流石に何かを察したのだろう。

 やっぱり入れておくものである。

 ブロッカー対策というものは──

 

 

 

 

「──来い、《龍騎旋竜 ボルシャック・バルガ》!! 効果でブロッカー全破壊だッ!!」

 

 

 

 次の瞬間、《リリアング》以外のブランの場のクリーチャーが全て消し飛んだ。

 《ボルシャック・バルガ》は登場時効果で相手のブロッカーを全て破壊する効果を持つ。

 そして、《<鬼羅.Star>》でブランのクリーチャーは皆ブロッカー化している。

 名だたるメタクリーチャー達も当然のように破壊されていった。

 これで、俺の展開を邪魔するカードは無い。

 

「スター進化!! 《栄光・ルピア》を《ボルシャック・モモキングNEX》に──ッ!!」

「ひ、ひえええええ!? こいつら止められるS・トリガーなんて入ってないデスよーっ!?」

 

 そりゃそうだろう。

 ラッカ鬼羅.Starは、盤面で守りを固めることは出来ても、S・トリガーを入れられるスペースなんて殆ど無い。

 G・ストライクくらいは入っているだろうが、防御札を入れると展開力が鈍ってしまうのだ。

 

 

 

「悔しいデスけど……次は絶対勝つデスからね、アカルーッ!!」

「おうよ、何回でもかかってきやがれーッ!!」

 

 

 

 ボルシャック達の一斉攻撃がブランに突き刺さる。

 S・トリガーは無く、勝負は決するのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……ん? おかしいな」

 

 

 

 

 ヒナタは、妙な静けさに違和感を覚えていた。

 勝負は決まったはずだ。

 紫月の山札は全て墓地へ送ったはず。

 この時点で、勝敗は決するはず。

 

「ごめんなさい、師匠──太陽を落とすのは、やっぱり私が先だったようです」

 

(貴様を落とすのは──僕だ、ヒナタ)

 

「ッ……レン……!?」

 

 暗野紫月の顔に──黒鳥レンのそれがフラッシュバックし、ヒナタは目を見開く。

 消し飛ばしたはずの紫月の山札が、全回復しているのだ。

 思わず《キリコ》に手を掛けようとして、それが無駄であることを悟った。

 

「あー……成程ね。成程成程だわ。……君、想像以上に強いっつーか……強かだな」

「──諦めの悪さまで、似てしまいましたから」

「それも……レンから教わったのか?」

「いいえ。こっちは一番、大事な人から、ですよ」

「流石は天才ビルダーだ。コンボデッカーだからこそ、コンボデッキを殺す手段も知り尽くしてる、か──デッキに、《【クリック】》を入れてたな?」

 

 正式名称《【今すぐ】うわっ…相手の攻撃止めすぎ…【クリック】》。

 ふざけた名前のカードであるが、コスト5以下のクリーチャーの攻撃とブロックを止める優秀な呪文だ。

 しかし同時に、墓地へ送られた時に墓地のカードを山札に戻す効果を持つのである。

 これにより、一気に破壊された紫月の山札は──全て、元に戻った。

 そして、このカードもデッキに戻るため、ライブラリアウトは絶対に通用しないのである。

 

「ッ……あーあ、マジかよ。折角ブチかましたのに……山札破壊が完璧に決まっても勝てねえって思わないよなあ。世界には強いヤツがいっぱいいるって聞いてたけど……君もその一人だったか」

「と言っても、メタカードがたまたま刺さっただけですがね」

「いーや、構築の段階で、相手がどうやって突破してくるのか何通りにも計算したってところだろ? その抜け穴を塞いだってところか? 俺の方は、今時ライブラリアウトなんて警戒するヤツなんていねーって思って組んだのに」

「最近の対話拒否のトレンドは、特殊勝利かスコーラーですからね。大体は《ゲンムエンペラー》でケアすれば何とかなるので。後は──デッキ破壊だけでした」

「お見事だよ、マジで……」

 

 ヒナタは肩を竦める。

 後に待ち受けるのは──《ミカドレオ》による勝利宣言だけだ。

 

 

 

 

 

「──それでは《ミカドレオ》の効果発動──私の勝利です」

 

 

 

 

 ──虎の間。

 勝者、暗野紫月。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──見て見て! 見てくださいっ! しづが! しづが勝ちましたーっ!」

「ぐびびび、ぐびが、じまる──」

「お兄ーッ!?」

「おい翠月、刀堂兄が死んじまうから離せ!!」

 

 

 

 かつてない大盛り上がりを見せる暗野宅。

 ノゾムが泡を吹きながらも、耀の、そして紫月の勝利を祝福するのだった。

 

「お、おかしい、おかしいだろ……何でヒナタ先輩だって、あんな馬鹿みたいなデッキを……いや、馬鹿だからか? 生粋のデュエマ馬鹿だからあんなふざけたデッキ使ったのか? ガチガチのリーグ戦じゃないからと言って変なデッキを持ち出してんじゃねー!!」

 

 普通に青黒スコーラーなら勝ってただろー!! と言わんばかりのノゾム。

 少なからずヒナタに勝ってほしい気持ちがあったのだろう。

 

「世の中オメーみたいに全部を合理的に考えるヤツばっかじゃねえんだよ、刀堂兄の方。プロは魅せる試合もしなきゃいけねえしな。どうせ普通に殴るデッキなら天門撃たれた時点で負けてるだろーが、相性負けだよ」

「そ、そうだよな……あのコンボ自体は即死コンボだったしな……悪い、ヒナタ先輩が負けたのを見て取り乱した」

「紫月ちゃん、勝っちゃうなんて……!」

「だから言ったんです! うちのしづは、すごいんですよっ!」

「って事は……決勝戦は」

「ああ。世界最強クラスのプロプレイヤーを屠った紫月と──」

「耀の頂上決戦、ってところか」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「侵入者か。大方、白銀耀達が連れてきたペットというところだろう」

「貴様等、何が目的でござるか!! 何故、某の姿が見えているでござるか!!」

 

 

 

 モモキングは刀を抜こうとする。

 しかし。デモーニオの身体からは、普通の人間からは考えられない程の圧力を感じる。

 まるで、中に何かが潜んでいるかのようだ。自らの主人のように。

 

「デモーニオ様。何が見えているのですか? 何かが居ることは分かりますが……」

「何、ネズミだ。どうせ君達には見えんよ。ジョン、ジェーン、下がってなさい」

「……」

「君の相手は、このデモーニオが務めよう、ネズミ君」

 

 デモーニオの右手に──槍が現れる。

 そして、神速の薙ぎ払いがモモキングに襲い掛かる。

 それを刀で受け止めるが、明らかにクリーチャー以上の馬力を持つそれを抑えきれない。

 

「此処まで辿り着いたことは褒めてやろう。だが、俺様は生憎、此処で止まる訳にはいかんのだ──!」

「鬼を解放すれば、世界は大変なことになるでござる! 人間が鬼に喰われる末法の時代が来るでござるよ!」

「的外れな指摘だ! 鬼など我々の力で制御できるからな!」

「ぐっ、ぐぐぐーッ!?」

「ほうれ、これが鬼の力だ!!」

 

 モモキングは、この姿でも力には自信があった。

 しかし、もう少しで組み伏せられてしまう。

 最早万事休すと思われたその時──

 

 

 

 

「どりゃあああああああああーっっ!!」

 

 

 

 

 そんな声が他所から飛んでくる。

 次の瞬間、硝子にヒビが入る音が鳴る。

 培養液槽に──剣が突き刺さっていた。

 方や氷、方や水晶。 

 それを投げ付けたのは──

 

「何ッ!?」

 

 ──サッヴァーク。そしてシャークウガだった。

 培養液槽は粉々に砕け散り、液が漏れていく。

 

「助太刀に参った」

「クリーチャーの力を秘めた槍……もうこれは限りなくクロだぜ!! しかも鬼の力とはな!!」

「サッヴァーク氏!! シャークウガ氏ッ!!」

 

 

 

 

「馬鹿め!! もう遅いわ!!」

 

 

 

 

 黒いオーラが周囲を包み込む。

 培養液槽に浸かっていた2枚のカードが、禍々しく光り輝いている。

 

「んな!? 今しがたブチ砕いたはず──」

「もう既に魔力が溜まっていたというのか!?」

「くっくっ、準決勝はなかなか良い試合だったようだ。このような戦いを、私は求めていた」

 

 デモーニオは高笑いする。

 

 

 

 

 

「──先の試合で、エネルギーは既に満タンだったのよ!! 「亜堕無」!! EVENOMIKOTO!! 復活せよーッッッ!!」



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JO16話:鬼星開幕

 ※※※

 

 

 

「終わった……!」

「あー、もーう、悔しいデース!! ……どうしたデス、アカル?」

「いや、何かおかしくねえか?」

 

 ──元より少しおかしいとは思っていたこの大会。

 しかし、勝ったのにアナウンスも何も聞こえてこない。

 

「白銀先輩っ、ブラン先輩っ!」

「紫月か!」

「……何か妙だな。嫌な気配も感じるし」

「暁ヒナタ!?」

 

 紫月。そしてその隣には、暁ヒナタの姿があった。

 先の虎の間での試合はもう終わったのだろう。

 しかし、恐らく彼らも同じ理由で訝しんで俺達と合流した……ってところだろうか。

 ピッ、と指を上げるとヒナタさんはちょっと残念そうに言った。

 

「よっ。そこの嬢ちゃん、滅茶苦茶強かったぜ。君達の後輩なんだっけ? レンから聞いているよ」

「まさか勝ったんデス、シヅク!?」

「まさかとは何ですか、失礼ですね──って、言ってる場合ではありません」

「……大気中のマナの濃度が上がってる」

 

 俺の中のクリーチャーとしての部分が活性化している。

 紫月、そしてブランが目を見開いた。

 それを聞いていたヒナタさんも──顔を顰めた。

 

「……それって。マズくないですか?」

「なんで、なんで今になってマナが活性化しているデス!?」

「……事態は俺が思ってたよりも深刻みてーだな。白銀耀、君は確か……クリーチャーと半分融合してるんだっけか」

「は、はい」

「となると、この状況では君達……そして、守護獣と呼べるクリーチャーの判断に委ねる。俺も昔は相棒と呼べるクリーチャーが居たが、今となってはタダの人間でしかない」

 

 流石ヒナタさんだ。黒鳥さんから色々聞いていたんだろうが、元々クリーチャーの事件に関わっていただけあってか、物怖じしていない。

 

「つっても、自分が何にも出来ねえのがもどかしいがな……! 自分で言うのもアレだが、俺はプロのプレイヤーだ。俺がこの場に居る事で抑止出来ることもあるかと思ってたが、お構いなしか」

「ってことはヒナタさんは気付いているんですね?」

「ああ。この状況でマナの増幅を引き起こせるようなものを秘匿出来るのは……1つしか考えられないからな」

 

 

 

 

 

「──会場の諸君、ご機嫌よう。ONIグループのCEO・デモーニオ・エティケッタだ」

 

 

 

 ──その場に現れたのは、デモーニオその人だった。

 

「済まないが、決勝戦は中止だ。最早、そんなものを執り行う必要は無いからね」

「は?」

 

 紫月、キレた!!

 

「私はかねがね、デュエリストの力というものを信じていてね……ツワモノ同士のデュエルには、強い情動の力が働くと考えていたのだ」

「情動……!?」

「私は今、決勝戦の邪魔をした貴方に強い殺意を覚えてますがね」

「紫月さん抑えて抑えて!!」

「そうだ。そして強い情動の力は、良い鬼の餌となる。……私が手間暇かけて育てた”鬼”……その目でしかと見届けたまえ」

 

 次の瞬間だった。

 大気中のマナが震える。

 デモーニオの前に現れたのは──巨大なロボットと、巨大な土偶のクリーチャー。

 《神ナル機カイ「亜堕無」》と《EVENOMIKOTO》……完全に実体化して質量を持ったクリーチャーだ。

 その傍には、ジョン・ドゥとジェーン・ドゥ──ONIグループの二人が傅いている。

 

「ッ……やっぱり大会そのものが罠だったのか。分かっちゃいたが、放ってはおけねえよなあ」

 

 ヒナタさんの言う通り、俺達が此処に居なければ居なかったで、こいつらの好き勝手になっていたわけで……本当にはた迷惑な連中だ。

 イマイチ、どうやって鬼が復活したかのメカニズムは分からないが、座視するわけにはいかない。

 

「さて。このADAMとEVEはこの地点……ネオエデン島に起点にして鬼の楽園を作る能力を持つ」

「鬼の楽園だと?」

「そうだ! 今に見てろ、世界の全てが鬼になるぞ!」

 

 亜堕無とEVEの目が光る。

 その瞬間、強烈な嫌な気が会場全体に広がっていった。

 す、すごく気分が悪い。生命的な危険、そして意識を持っていかれそうだ。

 ん? なんだ、額がすっごくむずむずするような……。

 

「あ、あれ、シヅク!? なんか角が生えてないデース!?」

「そういうブラン先輩も角が生えてますよ!? 白銀先輩も!?」

「あれ!? 俺も!?」

 

 世界そのものを鬼にする、って……こういうことか!?

 この場に居る全員が、鬼みたいに角が生え、そして爪が鋭くなっている。

 そして、この俺自身もだ。

 

「それが鬼化の前兆だよ!! 今に理性がブッ飛び、身も心も本当に鬼になるぞ!!」

「でも、こっちには守護獣が居るデスよ! 亜堕無とEVEを倒せば全部解決デース!!」

「そうだと知って君達を招待した! 後でじっくり、守護獣も鬼にするためにな! ──白銀耀、暗野紫月、或瀬ブラン!! 君達の連れてきたネズミはこっちで預からせて貰っているよ」

「げっ、まさか捕まったのかあいつら……!」

「それにしても弱っちい連中だったよ! 亜堕無とEVEには手も足も出とらんかったわ!!」

 

 道理でこの期に及んでも戻って来ない訳だ。 

 ……でも、あいつらがそう簡単に無策で捕まるとは思えないんだけどな。

 

「この通り、彼奴らには痛い目を見せて檻の中にブチ込んでおいたよ! モモキング、シャークウガ、サッヴァークだったかな? 奴らが鬼になっているところを見るが良い!!」

 

 会場の特大モニターに光が灯る。

 そこに映し出されていたのは、目の細い鉄柵に囲まれた檻だった。

 中は──がらんどうの空っぽであった。

 その場は沈黙に包まれる。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

「……あっるえェェェーッ!? ネズミ共ァァァーッ!?」

 

 今までの勝利確定のような余裕が消え失せ、一気に驚愕の顔に変わるデモーニオ。

 そりゃそうだろう。亜堕無とEVEの顕現によって、大気中のマナが増幅したってことは──

 

「──1つ、瞳を光らせた」

 

 亜堕無の身体に無数の光の剣が突き刺さる。

 

「──2つ、不死身の桃の龍」

 

 EVEが激流に押し流され、場外へと転がっていく。

 

「──3つ、醜い悪の鬼」

 

 颯爽とそれはデモーニオの、そして俺達の前に現れた。

 

「退治してくれよう……モモキング!!」

 

 刀を構え、本来の姿へと戻ったモモキングがデモーニオの前に相対していた。

 サッヴァークも、シャークウガも、本来の等身で実体化している。

 マナが増幅したことで、守護獣本来の力を取り戻したのだ。

 

「流石だぜモモキング!」

「な? 某に任せておいてよかったでござろう?」

「無事だったのデスね!」

「なぁに、この程度は何ということはないわい」

「おいマスター! 角が生えてるぜ! まるで鬼みてーじゃねえか!」

「心配なんてありませんよ。あの亜堕無とEVEを倒せば、全部解決です」

 

 デュエマ部3人。

 そして、その守護獣が揃い踏みだ。

 戦力としては申し分ない。

 

「ぐっ、おのれっ……!」

「観念しろデモーニオ。お前のやろうとしていたことは、あまりにも無茶だぜ。世の中全部が自分の思い通りに行くだなんて思わない事だな」

「……お前達、亜堕無とEVEでこの場を抑えていろ!」

 

 あっ、あいつ自分だけ逃げやがった!

 後に残るのは、亜堕無とEVENOMIKOTO、そしてそれを操るジョンとジェーンだけだ。

 

「……」

「……」

 

 二人は何も言わずにクリーチャーを差し向ける。

 無差別に砲撃を行う亜堕無。

 全身からビームを放射するEVE。

 その猛攻をサッヴァークがバリアで防ぎ、シャークウガが氷の剣で抑え込む。

 

「白銀先輩。此処は私達が」

「こんなやつら、けちょんけちょんにしてしまうデース! アカルはデモーニオを追って下サイ!」

「俺はレンと合流して避難誘導をする。頼むぜ──白銀耀!」

「ああ!」

 

 サッヴァークが亜堕無と、そしてシャークウガがEVEと組み合う。

 その隙を縫って、俺はモモキングと一緒にデモーニオを追いかけるのだった。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──おのれ、きやつらめ……! よもや、あれほどの力を持つとは思わなんだ……!」

「やはり貴様では非情な鬼にはなりきれんかったな、デモーニオ」

「黙れい! 俺様は鬼になると決めたのだ……力を貸して貰うぞ──ジャオウガ」

「我を呼び出すのか?」

 

 ネオエデン島で最も高い場所。

 それは、このONIスタジアムの屋上特設ステージ──「鬼の間」だ。

 その中央で独りデモーニオは槍を握り、悔恨に満ちた顔で空を眺めていた。

 

「デモーニオ!!」

 

 何とか間に合ったようだ。

 俺はモモキングと一緒に、デモーニオに相対する。

 しかし、その姿を見て言葉を失う。

 彼は自らの腹に槍を突き立てていた。

 

 

 

「邪魔立て結構!! どうせ、鬼には誰も勝てん!! 直に鬼が世界を覆い尽くすからな!!」

 

 

 

 その身体を槍が貫く。

 血しぶきが上がり──それがデモーニオを包み込む。

 俺達はその禍々しい変貌を見ていることしか出来なかった。

 

「マスター殿、この気は……!」

「間違いねえ、2年越しにこんな所で会いたくなかったぜ」

「やはり某らは鬼と戦う運命……!」

 

 立ち竦むしかなかった。

 ──俺が今までに戦った中でも苦しめられた敵・酒呑童子が使っていたキングマスターカード。

 

 

 

「ジャハハハハ!! 久々に会いたかったぞ、吉備津桃王──いや、モモキングよッ!!」

 

 

 

 その名は鬼の王・ジャオウガ。全てを蹂躙する、破壊と怨みの権化だ。



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JO17話:邪王駕・復活

 ※※※

 

 

 

 かつて。

 鬼の神類種・酒呑童子が復活した際に断片的であるものの、十王のクリーチャーの争いを記した文献が「力の座」で発見された。

 そこに記されていたのは、酒呑童子よりも更に前の時代に、この地球に鬼達が襲来したことだった。

 そして、それを討滅してみせたのが──吉備津桃王、またの名を対鬼最終兵器であるモモキングだった。

 鬼札覇王連合を率いて、地球を舞台に大立ち回りしてみせたジャオウガであったが、モモキングや陰陽師の手によって封印されたのである。

 こうして封じられた鬼札側のキングマスター達は地球にマナを蓄積させる要因となり、後の神類種復活に手を貸してしまったわけであるが、それも俺達によって倒されたのだった。

 

「問題は、封じられたジャオウガそのものが今となっては行方が分からぬことであるが……」

 

 それだけをかつての吉備津桃王としての記憶を併せ持つモモキングは案じていた。

 当時の激闘は、彼としてもはっきりと思い出せぬほど昔のことだから当然ではあるが──神類種が居なくなった今、俺もジャオウガ復活の事は考えていなかったのだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「何千年ぶりだ? モモキングゥ……!!」

「ジャオウガ、某の狼藉も此処まででござる!!」

 

 

 

 ──俺達の前に立っているのは、数千年前に暴れたジャオウガに違いない。

 そのマナはこれまで戦ってきたクリーチャーどころか神類種に匹敵する程だ。

 モモキングは刀を構えて相まみえているが、ジャオウガの放つ圧倒的な邪気を前に膝を突きそうになっている。

 

「こんなバケモノをONIはずっと隠し持ってやがったのかよ!!」

「最悪でござるな……!」

「ジャハハハハハハハ!! 雪辱の日々だったぞ、この数千年は!! 溜め込んだ怨讐の力、貴様では覆せまいよ!! 貴様に角を折られ、組み伏せられ、刀を突きつけられたあの瞬間、何度も思い出しておったわ!!」

「マスター殿! 奴を倒すでござるよ!」

「おうよ! ……超超超・可及的速やかに──止める!!」

 

 エリアフォースカードは、もう無い。

 だけど──こいつを倒さなきゃ、全人類が鬼になってしまう。

 向こうの世界から帰ってきてしばらく使ってなかったが、相手が鬼なら手っ取り早い。

 

「ジャハハハハハハハ!! 札遊びか? 相手になってやろう!!」

 

 即座にシールドが展開される。

 使うデッキは──当然、JO退化だ。

 あいつが仕掛ける前にロックを掛けて、さっさと倒してしまえば良い。

 

「モモキング、行くぞ!! 《禁断英雄 モモキングダムX》だッ!!」

「御意でござるッ!!」

「取り合えずONIには責任取らせるぞ、ぜってーに!! こんなヤツのさばらせて堪るか!!」

「ジャハハハハハ!! その未来は来んぞ!! 《シュウマツ破鬼の封》で手札を捨てて3枚カードを引かせて貰うぞ!!」

 

 墓地に落ちたのは──《ウシミツ童子<マルバス.鬼>》、《センメツ邪鬼<ソルフェニ.鬼>》、《デュザメの黒象》。

 今までのクリーチャーが鬼と化した鬼レクスターズのクリーチャー達が見える。

 更に場に出ているタマシードも《ストリエ雷鬼の巻》、《シャクネツ悪鬼の巻》2枚と鬼レクスターズのものばかり。

 

「タマシード軸か……やりづらい相手だけど仕方ねえ!! 《バッドドック・マニアクス》を唱えて退化だ!!」

 

 

<Devolution>

 

 

 禁断の鎧が砕け散り、その中から十二の剣を構えたモモキングが現れる。

 

「──これが俺の切札(ワイルドカード)、《未来王龍 モモキングJO》ッ!! 来い!!」

 

 攻め落とす準備はこれで完了した。

 更に残るマナで《進化設計図》で手札も一気に回復。

 弾丸となる《<レッゾ.Star>》と《禁断のモモキングダム》を回収する。

 

「《JO》で攻撃する時、効果発動!! 《<レッゾ.Star>》を侵略、その上に《禁断のモモキングダム》を重ねる!!」

 

 車輪がジャオウガ目掛けて飛び、その身体を拘束する。

 そして、禁断の鎧を身に纏った《モモキングダム》が槍をジャオウガ目掛けて飛ばす。

 しかし、割れたシールドがすぐさま再構築され、タマシードとなってバトルゾーンへ現れる。

 

「甘い。甘いなァ。反撃じゃいッ!! 来い──《シラズ死鬼の封》! 効果で墓地から《ウシミツ童子<マルバス.鬼>》を蘇生するッ!!」

「こいつって……!!」

 

 無関係とは分かりつつも、背筋が凍る。

 かつて激闘を繰り広げたクリーチャー《天罪堕将アルカクラウン》の姿を模した鬼だ。

 その手に持った棍棒を振り下ろし、冷徹にこちらを見つめる瞳が、あの戦いを思い出させる。

 

「《<マルバス.鬼>》の効果で、墓地にカードを3枚墓地へ!!」

 

 更に、と彼は続けた。

 

「S・トリガー《ドラヴィ圧鬼の巻》!! 次の手番まで、相手の超獣は鬼化し、攻撃しなければならない!!」

「なッ!?」

 

 現れたタマシードからあふれ出す邪気がモモキングを包み込む。

 その角は鋭利に長くなり、目は凶悪な赤に染まっていく。

 

「ウッ、うぐっ、ウオオオオオオオーッ!?」

「モモキング!?」

「あ、頭が……マスター殿……割れッ……ああああああ!?」

「ジャハハハハハ!! ひとたび鬼化すれば、本能のままに暴れるのみ!! だが、それで良い!! それこそが鬼の在り方よ!!」

「ッ……させるかよ! 攻撃を強制させたこと、後悔させてやる!!」

「更に《<マルバス.鬼>》の効果発動──その犬っころが封じるのは我の手番のみ。貴様の手番なら何も問題あるまい?」

 

 墓地から絶叫が響き渡る。

 怪鳥の鬼が命を連れ去るべく、地獄より蘇った。

 

 

 

「──《センメツ邪鬼<ソルフェニ.鬼>》!!」

 

 

 

 

 次の瞬間、《モモキングダム》の鎧が炎に焼かれ、砕け散る。

 状況的には問題無いのだが、俺の頭には焦燥感が募りつつあった。

 選ばれないはずの《モモキングダム》の鎧でさえ、このジャオウガという男には通用しないのだ。

 

「効果でコストが一番小さい《モモキングダム》を破壊した」

「くそっ、シンカパワーで《<レッゾ.Star>》を墓地に送ってアンタップ!」

「ジャハハハハーッ!! まだ来るか? それともここで止めるか?」

「ッ……殴り切るっきゃねーだろ! 《モモキングJO》攻撃時、《モモキングダム》に進化ッ!!」

「うっ、ぐっ、ウッギャオオオオオオオオオオーッ!!」

 

 咆哮するモモキング。

 俺の指示を聞く前に彼は突っ切ってしまった。もう俺でも制御できない。

 

「それでも、それでも──勝てる、はずなんだ……!」

 

 ブロッカーが居るわけではない。

 G・ストライクが来ても、止められるわけではない。

 そう分かっているはずなのに。

 手札には《ボルメテウス・モモキング》がある。

 次の攻撃でジャオウガにトドメが刺せる。

 S・トリガーだって先に2枚踏んだのだ。もう有効牌が残っている確率だって──

 

「S・トリガー発動」

「ッ……!!」

「《ライオス銃鬼の封》──効果で相手はクリーチャーを1体選んで破壊し、更に《ウシミツ》で墓地から《ビシャモンス<ハンニバル.Star>》を復活させるッ!!」

 

 現れたタマシード。

 その砲撃を受け──またしても《モモキングダム》が粉砕される。

 ダメだ。通用しない。効かない。

 俺が今まで最強だと確信していた戦術が、そしてモモキングとのコンビが──崩されていく。

 

「ジャハハハハハ!! 余程モモキングに信頼を置いていたが……意外でも何でもないぞ? 人間」

「ンだと……!?」

「酒呑童子に勝ったようだな? だが……我は、酒呑童子等とは違う。対鬼兵器であるモモキングを以てしても、1対1では我の足元にも及ばなかったのだからな!!」

「ッ……!」

「見ろ、暴れ狂う姿を!! それこそがモモキング1人では我に勝てやしないことの証左!!」

 

 絶叫するモモキング。

 鎧を砕かれても尚、彼はジャオウガに掴みかかろうとする。

 

「ウッギャオオオオオオオオーッッッ!! ジャ、オウガァァァーッ!!」

「ジャハハハハハハハハ!! 良い!! 良い顔だモモキング!! 斃そうと思っていたが気が変わった!! お前も鬼に成れい!! 鬼に成るのだ、モモキング!!」

 

 《鬼寄せの術》が浮かび上がるのが見えた。

 マズい。

 ジャオウガは──モモキングを自分の配下に引き込もうとしているんだ。

 

「モモキング!! しっかりしろモモキング!! 目を醒ませ!! お前は鬼を倒すために産まれたんだろ!? お前が鬼になってどうするんだよ!!」

「ジャハハハハハハハ! しっかりと目に焼き付けろ!! 鬼狩りの龍が、鬼になるその瞬間を!! それこそが鬼狩りにとって一番の屈辱であろう!?」

 

 邪悪なる鬼が、その場に顕現する。

 来たる終焉の後、王と君臨する鬼が。

 今、現れようとしていた──

 

 

 

「──我が名は《終来王鬼 ジャオウガ》ッ!! 鬼の時代を告げる者なり!!」

 

 

 

 

 もがいていたモモキングの首は──ジャオウガに握り潰される。

 

 

 

 

「さあ、我らと来い、モモキングッ!! 貴様のレクスターズの力、我に寄越せい!!」

 

 

 

 そして──棍棒の如き脚が、モモキングを貫いた。

 《モモキングJO》のカードが──灰となり、消え失せていく。

 

「ッ……ウソだろ、モモキング……!」

「──やれい、鬼共。後の始末は任せてくれる」

 

 悪鬼たちが俺のシールドを叩き割っていく。

 そして──《<ソルフェニ.鬼>》の攻撃が、俺に襲い掛かったのだった。

 

 

 

 

「モモキングーッッッ!!」



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JO18話:鬼の槍

 ※※※

 

 

 

「主催側と言えど、大会を邪魔する狼藉……許しませんよ」

「……右。30度」

 

 

 

 シャークウガが亜堕無と競り合う。 

 その傍に立つジョンは、何も喋らない。何も語らない。

 ただただ、その砲撃を虚ろな声で指揮するだけだ。

 

「数が多すぎるぜ、マスター!!」

「ッ……やはり、強い……!! ブラン先輩は──!?」

「どっせりゃあああああ、デェェェース!!」

 

 ブランが背中にしがみついたサッヴァークの大剣が、EVENOMIKOTOを突き貫いたのが見えた。

 やはり恐るべきマスタードラゴンの出力である。

 巨大な土偶の鬼は、一度仰け反ると、そのまま傾き、動かなくなった。

 

「流石です……っ!?」

「……17時」

「し、しつこいですね、こっちは……!」

 

 しかし、一方の亜堕無は元々戦艦の如き姿をしているからか強敵だ。

 強固な装甲は、土くれの装甲に比べるとあらゆる攻撃が届かない。

 そればかりか、砲門は幾つも付いているわけで、その気になれば──

 

 

 

「……ウチカタ、ハジメ」

 

 

 

 ──全放射も可能だ。

 砲弾の嵐が飛び交い、瓦礫が襲い掛かる。

 紫月は避ける間もなく──砲弾の雨に追われるシャークウガも追いつかない。

 

「マスターッ!!」

「くっ……!」

「シヅク!! 伏せてくだサイ!!」

 

 その時だった。

 目の前にサッヴァークが急降下。

 そのまま全ての攻撃を防壁で受け流してしまう。

 

「ッ……!! サッヴァーク、トドメを刺してくだサーイ!!」

「御意にッ!!」

 

 ブンッ、と大上段の一閃。

 亜堕無の身体は両断され──そのまま爆散するのだった。

 

「ふふんっ、今度はちゃんと後輩のことを守れたデスよ!」

「ありがとうございます、ブラン先輩……!」

「No,Problem! シヅクもアカルも無茶苦茶するデスから、私がちゃあんと見張っておかなきゃ、デスねー!」

「そうじゃわい。鮫の字も重々気を付けるように」

「うるせーうるせー、わぁーってるよ爺さん──むっ……? 待て! 高濃度の魔力反応──!」

 

 全員の視線は、動かないEVEに向けられる。

 その身体はどくん、どくん、と何度も心臓のように脈打っており──

 

「いかん! 魔力臨界点!!」

「どういうことデース!?」

「爆発する!! 辺り一帯皆鬼になってしまうぞ!!」

「デース!?」

「させねーよ、凍りやがれ!!」

 

 魔方陣を幾つも展開するシャークウガ。

 みるみるうちに土くれの身体は凍えていき、完全に氷の中へと閉じられる。

 そのまま今度こそ動かなくなるEVEだったが、ダメ押しと言わんばかりにシャークウガは水の剣でEVEを水圧で細かく何度も何度も切り刻む。

 そうしてついに、形を保てなくなったからか、EVEは消滅したのだった。

 

「……あっぶねぇー……こんなに戦うなんて、マジで2年ぶりじゃねえか?」

「喜べることではないがな」

「あっ! 角が無くなってるデース! わーいわーい!」

「奴らの無差別鬼化は解除されたようですが……白銀先輩が心配です」

「確かに! アカル、絶対無茶してるデス! あのデモーニオ、まだ手を隠してる気がするデスよ!」

「珍しく意見が合いますね。行きますよ」

「……。ハイッ! 勿論デス! Lets,Go!!」

「……? 探偵」

「大丈夫デス! 気にしないでくだサーイ!」

 

 耀とデモーニオが向かっているであろう場所。

 そこをサッヴァークに案内してもらい、紫月とブランはそこへ駆けていく。

 しかし道中、邪悪な気がどんどん強くなっていき、足を運ぶことすらままならなくなっていくのだった。

 

「ブラン先輩、置いていきますよ」

「ま、待ってくだサイよ、シヅク……」

「──恐ろしい気配じゃ! 以前、伊勢で感じたそれ以上かもしれぬ!」

「これってよぉ、デモーニオってヤツが相当ヤバいクリーチャーを隠してたってことだよな!?」

 

 辿り着いたのは──鬼の間。

 恐らく決勝戦のために用意されていたステージだ。

 そこへ繋がる扉を、シャークウガとサッヴァークが切り刻み、無理矢理押し入った──

 

 

 

「ッ……!」

 

 

 

 そこで紫月とブランは足を止めた。

 巨大な鬼が──その場に立っていた。

 ジャオウガ。以前、伊勢で酒呑童子がその身体を借りていたクリーチャーだ。

 そして、その前に耀が倒れていた。

 

「アカル──ッ!!」

 

 踏み込もうとしたその時。

 ジャオウガの放つオーラがひとたび、更に強くなる。

 それと同時に、サッヴァークとシャークウガの身体が掻き消えてしまった。

 

「どうしたデース!?」

「ち、力が出ん……!!」

「あのジャオウガの力の所為だ……!! デンジャラスだぜ……!!」

「私達だけでも……!」

「あっ、待つデスよシヅク!! ッ……痛……!! シヅク!!」

 

 ブランの脚からは──赤黒いどろどろが流れていた。

 しかし、紫月は構わず走っていく。

 耀が、危ない。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ジャハハハハハ! モモキングは頂いたぞ!! ぐぅっ……!?」

 

 

 

 勝ち誇ったように笑うジャオウガだったが、突如高笑いが止まる。

 こっちは倒れたまま起き上がることもままならないが──何か起こったのは確かのようだ。

 身体が、痛い。

 炎に焼かれた上に、衝撃をモロに喰らった所為か、フラフラで頭が痛い。

 

「ぐぅっ……ぐお、まだ力が……!!」

 

 見上げると──その身体がどろどろと溶けていく。

 そして、元のデモーニオの姿へと戻ってしまうのだった。

 それと同時に周囲のマナが大幅に消えていく。

 ……不幸中の幸いだ。まだ、ジャオウガは長い間、その姿を顕現させ続けることが出来ないのか。

 

「ッ……ハァ、ハァ……!! 大したものだよ、ジャオウガ!! だが、利用価値のあるものを処分しようとするのはいかんなぁ」

 

 つかつか、と歩み寄ると──デモーニオは俺に向けて槍を取り出した。

 

「モモキングを……かえ、せ……!!」

「返せと言われて返すバカは居らんよ」

「モモキングを……!!」

 

 もう、嫌なんだ。

 相棒が居なくなるのは──嫌なんだ。

 

「かえせぇよォ……!!」

「相棒を奪われたのは君が弱い所為だよ」

「ぐッ……!!」

「ていうかさ? 何でまだ生きてんの? 起き上がれてるの? おかしくない? あぁ! 君は、クリーチャーと融合しているんだったな?」

「ああ、そうだよ……ッ!! 俺は半分、クリーチャーだ……ッ!!」

「奇遇だな。この槍には、刺したものを強制的に鬼にする力があってね。君を刺したら、どんな鬼になるか……楽しみだよ」

 

 まずい。

 まずすぎる。

 モモキングだけじゃなくて、俺まで鬼になるのかよ……!

 そうなったら、あいつらは──俺と戦う事になっちまう。

 最後の力を振り絞り、立ち上がる。

 逃げなきゃ。

 どうにかして。

 どうにかして、逃げ、ねえと……この場から……!

 

「おい、待てよ。最期に聞かせてくれねーか、オッサン」

「あ? 何だね」

「何でこんな事してまで、他の人を鬼にしたがるんだ……!? 何か深い理由があるんだろうな? 鬼が好きなだけなら、額縁の鬼でもずっと眺めてりゃあ良いだろが」

「──黙り給え」

 

 ギラン、とデモーニオの目が光る。

 

「……人は鬼だ。弱きを喰らう鬼だ。だから俺様も鬼になる。それだけの事だ」

「本当にそれだけか?」

「それだけ? 俺様が鬼になる理由──」

 

 それを言いかけ、デモーニオは──口を止めた。

 

 

 

 

「────。……忘れたよ、そんなもの。忘れると言う事は、大したことが無いということさ!!」

 

 

 

 衝撃が腹に襲い掛かる。

 蹴っ飛ばされたのか。

 気持ち悪さも込み上げてくる。

 

「ッ……がほっ、おえっ……」

 

 喉から何かが溢れ出てくる。

 噎せそうになる。

 黒い血が混じりの吐しゃ物が床にぶちまけられた。

 

「っ……? ッ……ああ」

「あ、ああああーッ!! 汚い汚い!! これだから庶民は!! 私のステージになんてものを吐いてくれるんだね、君はッ!! 高かったんだぞぉ、これぇ、全部大理石にするの大変だったんだから」

「ぉっ……ぎっ……テメェ……!! テメェの所為だろが……!!」

「さっさと立ち上がれ!! 立て立て!! この場でブチ抜いてくれるわ!!」

 

 最後の力で膝立ちになる。

 だけど、もう動けない。

 一歩も歩けない。

 

 

 

 ブンッ!!  

 

 

 

 槍が大きく振り上げられる。

 身体に力が入らない。

 ダメだ。もう、逃げられない──

 

 

 

「──そして、鬼になれィ!!」

 

 

 

 

 

 

「耀君ッ!!」

 

 

 

 

 

 身体が突き飛ばされた。

 そんな気がした。

 一瞬の浮遊感と共に。

 

 

 

 

「し、づく……ッ!?」

 

 

 

 

 彼女は。

 

 

 

 紫月は──

 

 

 

 

 槍に、貫かれていた。



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JO19話:黒い鬼の月

「し、づく……!?」

「あっ、ぎっ」

 

 

 

 声を漏らした彼女は──床に倒れ伏せる。

 そして。

 一度、どくん、どくんっ、と身体が脈打ち。

 起き上がった。

 

「おやぁっ? これはこれは──」

「おい、紫月!! しっかりしろ紫月!!」

「ッ……ぐっ、ぎぐぐぐぐぐ!!」

 

 見ると、角が生えてきている。

 爪も鋭く、目も赤い。

 さっきの亜堕無とEVEによる鬼化の比ではない速度だ。

 

「おっと奇遇だったな! この娘、人一倍欲望が強いではないか!! これは良い鬼が産まれるぞ!!」

「……ス」

「お?」

「殺……ス……!!」

「紫月……ッ!?」

「いかん!! マスター!! ぎっ……実体化がぁ……!!」

「殺ス……! 犯ス……! 喰ラウ……ッ!!」

 

 びきびき、と角が生え、そして──爪は鋭く、目は白膜まで真っ赤に血走っている。

 その頬には血管が浮かび上がっていた。

 最早疑うべくもない。完全に鬼と化してしまっている。

 

「ダメだ、紫月……ッ!! 止めろ……ッ!!」

「目覚めろ!! 本能を剥き出しにするんだ!! それがあるべき姿だ!!」

「俺が好きなお前は……!! ぐーたらだけど負けず嫌いで……情に厚くて、どんなものにも縛られない自由なお前だ!!」

「うっ、う”、ううううう……!!」

「お前は鬼なんかに縛られるようなタマじゃねえだろ!!」

「ぐっ、ああああーッ!!」

「いっ……!?」

 

 がりっ、と音がした。

 紫月が俺の肩に嚙みついている。

 服は破け、露になった肌を食い破らんと牙を突き立てた。

 鋭い痛みが襲い掛かる。

 

「喰ウ、食う、喰う……ッ!!」

「ぐっ、いいいいいーッ!?」

 

 血が漏れ出ているのが分かる。

 それでも、今の彼女の力ならば肉を食い破ろうとすれば食い破れることは分かっていた。

 きっと今の紫月は戦っているのだ。鬼の自分と。

 

「あ”、ぐっ……ぎぃっ、う”ぐっ……!!」

「殺せ!! 手始めにその男を殺せ!! 鬼にしようと思ったが気が変わった!! とても強い鬼が産まれるぞ!!」

「紫月……ッ!! 俺はお前を信じてるぜ……!」

「シヅク!!」

 

 ブランの声が飛んでくる。

 見ると──足を引きずった彼女が泣きそうな顔で叫んでいた。

 

「お願いデス、シヅク……!! 戻ってきてくだサイ!!」

「ううううううううううーッ!!」

「殺せ!!」

「紫月!!」

「シヅク!!」

「あっ、ぐうううううう!!」

 

 苦しそうに俺の肩から牙を抜くと──彼女は苦しそうに床に転げ、悶え始めた。

 

「嫌ダ……!!」

「何ィ!? 貴様は鬼になったんだぞ! 本能に身を任せろ!」

「嫌、だぁ……イヤ、です……っ! 私は……!!」

「紫月……!」

「私は……この人を、殺したく、ないッ……!!」

 

 その時だった。

 

 

 

「私は──私はァァァァァアアアアアアアーッッ!!」

 

 

 

 紫月の身体から、靄のようなものが抜けていく。

 それが次第に形を成していき、人のそれへと変わっていく。

 何なんだあれは。

 クリーチャー……?

 

 

 苦しんで転がる彼女の傍らに──人型を成したそれは、次第に白い素肌を晒す。

 その上に、黒いパーカーのようなものが纏われていった。

 

 

 その顔は。

 

 その目は。

 

 

 その身体は。

 

 

 

 暗野紫月そのものだった。

 

 

 

 

 ……頭上に生えた角を除けば。

 

 

 

 

「……紫月が……二人?」

「双子の……更に双子デース!?」

「……!? こんな事、初めてなんだが……!? 自力で鬼化を耐え切った!? そればかりか……いや、()()()()()鬼が産まれたのか!!」

 

 にぃっ、と、紫月によく似たその女は笑ってみせる。

 その顔は絶対に紫月は見せる事が無い。

 

「やったぞ!! そのままあの二人を殺してしまえ!!」

「……五月蠅い」

「へぶぅっ!!」

 

 強烈な後ろ蹴りがデモーニオに炸裂する。

 彼はそのままアルミ缶のように飛んで行き、床へと転がされたのが見えた。

 

「シヅクの……姿をした鬼デース!?」

「うっさい」

「What!?」

 

 紫月の姿の鬼がブランに手を翳すと──衝撃波が巻き起こる。

 彼女の軽い身体は、そのまま吹き飛ばされてしまった。

 

「おいテメェ、俺の仲間に何しやがる!!」

「犯す」

「……え?」

 

 

 頭が真っ白になった。

 ずいっ、と彼女は俺の襟を引き起こす。

 顔を近くで見れば見る程、紫月そのものだった。

 だけど、その表情は明らかに彼女のものではない。

 

 

 

「耀君を犯すって言ったの。今此処で」

 

 

 

 その言葉通り、まるで捕食するような接吻だった。

 俺の全部を奪い取るかのような、接吻だった。

 こっちはフラフラで立ち上がれないのに、一方的に躙るように嬲られる。

 漸く、彼女の唇が離れ、空気を吸えたかと思えば──鬼は無理矢理俺の手を自分の胸に当てる。

 黒い外套越しだが、紫月のそれと同じ。とても柔らかく、豊かな乳房だ。

 

「……ねえ。同じでしょ? こんな事、あの子は出来ないよ?」

「ぐっ……! テメェ……紫月じゃ、ねぇよなぁ……! 離れろ……!」

「口は嫌がってても身体は正直だよ? ねぇ、作ろうよ。鬼の子供。クリーチャーと、人と、鬼の血が混じった子供。GRゾーンと同じくらい欲しいかなあ」

「ッ……ウッソだろオイ!?」

「君が何て言おうが関係ないよ。犯す。今此処で、君が精魂果てるまで」

 

 

 

「何かと思えば好き放題……ッ! 私と同じ顔と言えど許しません、ブッ殺──」

 

 

 そこで、紫月は言葉を止めた。

 いつもなら、目を真っ赤にして飛んで行く場面なのに。

 ブチッと切れていてもおかしくないのに。

 

「怒れない……? なんで……?」

「あはっ。元から私は鬼の素質があったみたい。欲望に忠実な所。激情家な所。そして、天才な所? だから……貴女の持っている鬼の素質は、全部私が持って行っちゃった」

「何で、やめて……! うっ、ぐっ……!」

 

 紫月もまた、体力を持っていかれてるのか。

 動けないようだった。

 ブランも足を引きずってるし、とても鬼の紫月には勝てない。

 助けてくれ、レイプされた挙句、鬼の子供なんてごめんだぞ!!

 

「離れろテメェ……!!」

「抵抗したってムダだよ? 人間が鬼に力で敵うだなんて思わないで」

 

 腕を押さえつけられて、カッと瞳孔の開いた目で凄まれる。

 ヘビに睨まれたカエルってこういうことなのか?

 

「やめて、やめてください……!」

「なんで止めるの? 私は貴方。貴方は私。私は貴方の中から産まれたんだから」

「違う……貴方なんか私じゃない!」

「~♪」

 

 聞く耳持たず、そしてカチャカチャとズボンを脱がす音。

 おい馬鹿やめろ。こいつマジの本気か。

 身体は痛いし頭はがんがん鳴ってるのに冗談じゃない。

 抵抗する力も、もう残ってないんだが。

 

 

 

「2人でとろとろになろうよ……耀君」

「やだ……耀君を盗らないで……!」

「やぁだ。そこで指を咥えて見てな──」

 

 

 

 そこで彼女の言葉は止まった。

 紫月──鬼の方に、何かが突き刺さる。

 

 

 

 ──剣。サッヴァークの剣だ。

 

 

 

 

「……鬼の睦み合いを邪魔するなんて……趣味が悪いね、貴方」

「NTRの方が、よっぽど趣味が悪いデスよ」

 

 

 

 それはばっさりと頭に突き刺さっており。

 彼女が行為を止めるには十分だった。

 しかし、これくらいで鬼が死ぬはずもなく、あっさりと剣を抜くと、彼女のばっくりと割れた頭はすぐに再生していく。

 

「……殺す」

「ッ……ひっ、やっぱりダメデース!」

「怯むな探偵!! 何のために立ち上がったんじゃ!!」

「殺してやる、殺してやるよお前。ブラン先輩でも、私と耀君を引き離すなら許さないから」

「うっ、デモ、可愛い後輩を泣かせるなら、シヅクと同じ顔でも容赦なく斃すデス!」

「……」

 

 睨み合う両者。

 鬼の紫月が進み出ようとした──その時。

 

 

 

 

 ぐごぉ~……。

 

 

 

 ……物凄い音が響く。

 これってもしかして、腹の音?

 

「……なんか、すっごい音したデス」

「私も聞こえました」

「俺も聞こえた」

「……」

 

 そう思ってると、鬼の紫月が黙って顔を赤くしていた。……ビンゴみたいだ。

 

「……あーあ! 興が醒めちゃったんですけど。マジでダル……ねえオッサン」

「は、はひ……?」

「ちょっと今のままじゃ、分が悪いから……引き下がるよ」

「ふぁい……!?」

 

 そう言うと、紫月の姿をした鬼は──伸びたままのデモーニオを俵のように抱え、その場からとん、とん、と逃げていくのだった。

 ……取り合えず、助かったんだろうか……?

 

「……何だったんデショ……?」

「おお! 実体化! 実体化出来るぞ!?」

「ヤツの瘴気に中てられた所為だったようじゃな」

「……耀君」

 

 泣きそうな顔で紫月が俺の方を見ている。

 色々言いたいことはあるが──

 

 

 

「……マジで、どーすんだ……って感じだぜ」

 

 

 

 ……今は、寝よう。もう、意識が持たない。



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JO20話:もう1人の自分

 ※※※

 

 

 

「デモーニオはアカルを槍で刺して鬼にしようとしたデスが……そこをシヅクが庇ったデス!」

「おい待て。紫月は鬼になってはないだろう」

「すると、シヅクは鬼になったものの、自力でそれを耐え切ったのデスよ! しかし、シヅクから鬼が分離して……もう1人のシヅク、鬼・紫月が産まれちゃったのデース!」

「よし分かった、全く分からんからもう黙って良いぞ」

 

 

 

 現在、黒鳥達は現地の小さな宿に訪れていた。

 ヒナタの手引きにより、一先ず目立たないこの場所に5人は退避することになったのである。

 ヒナタは耀の病院の付き添いで不在。

 残る3人は、借りた一室で今後について話し合うことにしたのである。

 結果、黒鳥は頭を抑えた。

 何故そこで分離したと言わんばかりに、紫月に目をやる。

 彼女は「知りませんよ」と首を横に振ってみせた。

 

「何でデスか! 分からないから教えてくれって言ったのは黒鳥サンデス!」

「ただでさえこいつは双子なんだぞ! ややこしさが増したわ!」

「そう言う問題ですか師匠……」

「過去、何度貴様等を呼び間違えたと思ってる。終いには、翠月が胸に詰め物して貴様のフリして近付いてきた時もあったわ!」

 

(しーしょう? 私ですよ、紫月です)

(貴様翠月だろ)

(何でバレたんですかぁ!?)

 

「まああいつウソが吐けないから一瞬でバレたが」

「なーにやってるんデスかミヅキ……」

 

 悪戯にかける労力は涙ぐましいが、同時に哀れさも感じるブランであった。

 

「で? 問題は、この鬼のシヅクを何と呼ぶか、デスね」

「鬼紫月で良いだろう、ドルスザクと似たような語感だし、紫月の分身だからな」

「マスター・オニシヅク、邪王の門、デスか」

「なんかイヤですね……アレの名前に私の名前がそのまま入ってる時点で減点モノです」

「じゃあ鬼月(きづき)とかはどーデスか?」

「何だか十二人居そうな名前だな……鬼月(おにづき)で良いだろう」

「決まりデス!」

「……」

「どうした紫月。いつもの貴様なら、あの偽者を倒してやると息巻いている所だろう。白銀がケガして意気消沈しているのか? それとも自分から鬼が産まれてショックなのか? 元々人を鬼にする得物だったし仕方あるまい」

 

 ベッドに座ったまま、紫月は肩を竦めてみせた。

 

「……怒れないんですよ」

「何?」

「……あの鬼が生まれた後から、今までのように感情がふっと湧かないんです。自制は私の課題でしたが……それ以上に胸に何かがぽっかり空いたような」

「あの鬼は言ってたデス。シヅクは元々鬼の素質があって、その素質を全部持っていったのが自分だーって」

「おい紫月。一度或瀬とデュエルしてみろ」

「……構いませんが」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「そんな馬鹿な事ってありますか……!?」

「明らかにおかしいデスよ……!?」

 

 

 

 結果はブランの3タテであった。

 普段の紫月からは考えられない程の杜撰なプレイング。

 それどころかカードの知識すら一部怪しいレベルであった。

 「その裁定どうでしたっけ?」と彼女が聞く場面は何度もあったが、普段の彼女なら全部丸暗記しているところである。

 それを目の当たりにした紫月は凹み、体育座りで部屋の隅でふさぎ込んでしまうのだった。

 

「青単ムートピアの回し方を、思い出せないだと……!?」

「ミカドレオは踏み倒したら効果使えないの忘れるってことありマス……?」

「……この有様では、本当に持ってかれたな……デュエルの才能も」

「私からデュエルを奪ったら何が残るんですか……」

 

 部屋の隅で泣きそうな紫月。

 それを見てブランは必死に考える。

 そして出した末の結論は、

 

 

 

「えーと……おっぱいデスね!!」

 

 

 

 げ ん こ つ

 

 

 

「……ふん、悲観することもあるまい。一時的なものの可能性もある。今は休め」

「アウチチチチチ……」

 

 頭を抑えるブランを横目に、黒鳥は現状の悪さを再確認するのだった。

 紫月のデュエルタクティクスの高さは最大の切札と言っても良い。

 しかしそれが、鬼月に吸い取られているとなると、最大の味方が最大の敵に転じたも同然だ。

 幸い、彼女自体が鬼になったわけではないため、倒すことに躊躇する必要はないが──

 

「もしあいつがまた現れたら……耀君、取られちゃう……」

「何て?」

「あー……ちょっと強制NTR未遂もあってデスね」

「何だと!? それは……無理矢理と言う事か?」

「無理矢理デスね、断じて」

 

 ──紫月は相当に落ち込んでいる。

 そもそも自分から出てきた鬼に彼氏を盗られるというのもなかなか脳が理解を拒む状況であるのだが、それを黙って見ていられないのも人情だ。

 

「……あの子が私なら、耀君の事が好きなのは当然です。じゃあ、私の中の耀君が好きな気持ちは……? しかも、あの子のアタックが続けば耀君も「まあ実質紫月だし良いか……」って靡くかもしれない? そうしたら私は生きていけない──(超早口)」

「落ち着くデスよ!! それだけ考えられるなら十分LOVEデス!!」

「どうしましょうブラン先輩、耀君、盗られちゃう……! まだちゃんと付き合って半年も経ってないのにっ……!」

「盗られない、盗られないデスから!」

「私あんなに積極的に迫れないですよ! それなのにぃ……!」

「奥手同士は決して悪いとは言わんが、抑圧された欲望が鬼月に出てきたのか……」

 

 黒鳥の分析に紫月はバツが悪そうに頭を伏せた。

 最早、いつものような冷静さもあったものではない。

 以前、耀が力の座での修行で分裂したことこそあったが、あれは彼自身の煩悩に加えて皇帝のカードの人格が上乗せされたものだ。

 今回の鬼月の人格は、完全に紫月のそれが元になっているのである。

 

「ああもう……頭が痛くなってきました……自分と同じ顔には慣れっこのはずなのに。私、頭を冷やしてきます」

 

 気分を悪そうにしながら、紫月は部屋を出ていくのだった。

 

 

 

「……どーするデスか、アレ」

「倒すしかないだろう、鬼月を。白銀の前例があるだろう」

「もし倒しても戻らなかったら?」

「……お手上げだ、そうなったら前例がない」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 それからしばらくして。

 色んな所に包帯を巻いた耀が部屋の扉を開けるのだった。

 

「今戻った」

「早かったデスね、病院!」

「有り得んくらいケガの自然治癒が早いってさ。そりゃそうだ、マナが濃くなってる所為で、俺のクリーチャーの部分も活性化してっからな」

 

 つっても、まだ全然本調子ではないけど。

 それでも骨折のような致命的なケガ程、優先して治りが早い気がする。

 一先ず、最低限動ける程度には回復したと言っても良いだろう。

 

「後はモモキングを取り返すだけだ」

「……あまりショックを受けてないようだな」

「受けてますよ。俺が負けた所為だし。でも……あいつは強いからきっと、俺を信じて待ってくれてる」

「全幅の信頼……ってヤツデスか」

「ああ。付き合い長いからな。んで……紫月は?」

「海風に当たってくるって言ってたデス。一人になりたいんじゃないデスか?」

「はあ……そりゃあそうだろな」

「……私があの時動けてれば。シヅク1人をアカルの方に行かせることは無かったのに」

「ブラン……?」

「悔しいデスよ! ……折角、シヅクを守れたと思ったのに、浮かれてたデス。足をケガして、思うように動けなくって……結局、足手まといになっただけデシタ」

 

 ブランは──足に包帯を巻いていた。

 瓦礫がぶつかり、ケガをした上にそれで骨が砕けたのだと言う。

 しばらく、松葉杖無しでは歩くこともままならないだろう。

 

「ばっきゃろー、俺がそもそも負けてなけりゃ、モモキングを奪われることも紫月の鬼が出てくることも無かったんだよ。……だからこそ、この事件の始末は俺が付ける」

「30点、落第だ出直せ」

「え?」

 

 ピシャリ、と黒鳥さんが言った。

 

「恰好を付けたつもりか、愚か者め。貴様が一人で突っ走って、また2年間帰って来なくなったら、僕の弟子が泣く。そうなったら、戻って来た貴様を僕が殺してやらねばならん」

「ス、スミマセン──」

「ふん、分かれば良い」

 

 いつもに増して威圧感のある声色の黒鳥さんだった。

 

「そもそも敵の戦力は、未だに回収出来ていない亜堕無とEVE。そして、デモーニオに憑依していると思われるジャオウガと、ヤツの持つ槍だ。今の貴様でケジメを付けられる面子とは思えんがな」

「数が多いデスよ……! 単純に!」

「かと言って、日本に居る面々は今のネオエデン島の惨状すら知らん可能性が高い。スマホも何故か繋がらない。魔導司にもあまり期待は出来ん」

 

 妨害電波のようなものが何処かから発されてるのだろう。

 スマートフォンは常に圏外。

 此処は文字通りの孤島と化した。

 他の選手たちもずっと何が何だか分からないような状態で、今はヒナタが取りまとめているのだそうだ。

 

「一方、此方の戦力は……守護獣を持つ或瀬と紫月。そして──神力で強制的に結界を開ける白銀だ」

「……そうか! アカルは守護獣が居なくても空間を開けるんデス!」

「ああ。俺はまだ戦えるぜ。戦力は低下してるけどな」

 

 というか、戦わなきゃいけない。

 モモキングがジャオウガに奪われたままだ。

 とはいえ、空間内でのデュエルはプレイヤーの持つ魔力がモノを言う。

 もし、プレイヤーの間に魔力差がある場合──それは「運」として、デュエルの有利・不利に関わってくる。

 恐らく、先のジャオウガ戦でも魔力は向こうの方が上だったが、モモキング無しなら更にその差は広がるだろう。

 

「故に、合理的観点からも事件の始末をつけるのは貴様だけではない。或瀬も、紫月も、入れて90点だ」

「残りの10点は──」

「フン、貴様等の面倒をずっと見てやってるのだ。そこに僕が入っても文句は言えまい?」

「……黒鳥さん……すいません、本当に」

「何かあった時、自分の責任と思い詰めるのは貴様の悪い癖だ……僕の悪い癖でもあるが。しかし、責任で事態が解決するなら誰も苦労はせんわ!」

 

 だから、と彼は続けた。

 

「──まずは、貴様の出番だ或瀬。足に気を付けながら、”尋問”をするぞ」

「尋問? ……ああ、アレですネ。久々に張り切っていきまショー!」

 

 何だかわからんが、わざわざブランが出張るということは──そういうことなんだろうな。

 

「次に白銀。貴様、モモキングが封じられた今、どうやってジャオウガと戦うか決めているか」

「実は紫月との決戦用にとっておいた、最後のデッキがあるんです。それなら、あいつの守りを貫通することが出来そうだから」

「最初っからそれを使えば良かったんじゃないデスか?」

「モモキングが入ってねえから使いたくなかったんだよ。総合的なカードパワーはJO退化が最強だし」

「JO退化より強いデッキなどそうそう無いからな。だが、モモキングが居なくなった上に相手のデッキも判明した今、それも最早関係ない、と。では、貴様自身は問題なさそうだな」

「はい!」

 

 そこに心配はしていない。

 後はどうにかして魔力を溜める手段を持っておきたいくらいか?

 ないものねだりしても仕方ないから、現状はこれで行くつもりだけど。

 

「なら、紫月の所に行ってやれ。あいつをずっと一人にさせておくのは僕が不安だ」

「……勿論、そのつもりです!」



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JO21話:泣いた鬼

 ※※※

 

 

 

 

「取り調べフェイズ、デース!!」

「私は口を割りませんよォォォォーッ!! なんせ地中海出身ですからねェェェーッ!!」

 

 

 

 ──2秒後。

 

 

 

「ふもがががががががが」

 

 

 

 口に熱々の餅巾着をブチ込まれたジョン・ドゥが病院のベッドの上で悶えていた。

 シャツにネクタイを締め、さながら女刑事のようや出で立ちとなったブランはサングラスをかけると、隣のベッドに寝るジェーン・ドゥに向き直る。

 彼らは亜堕無とEVENOMIKOTOの実質的な動力源となっており、疲労と憔悴が著しかったため、搬送されることになったのである。

 そこで黒鳥は彼らから聞けるだけの情報を聞き出すことにしたのだった。

 

「私はパツキン刑事・人情派……これから取り調べに入るデスよ、良いデスね? ジェーン・ドゥさん」

「人道からはぐれているし、あとおでんは何処で買った?」

「船の売店にあったので、こういう事もあろうかと缶詰を買っておいたのデスよ、美学刑事」

「恐ろしいヤツだ貴様は……」

 

 こういう事も、というのは拷問用に買っておいたということである。

 これではパツキン刑事・強情派と呼ばれても仕方がない。

 

「……分かりました。話しましょう、デモーニオについて」

「ふがっ、ふがっ、ふぁ、ふぁ、あづづづづづ」

「やっと口を割る気になったようデスね。私のおでんよりも熱い説得が通じたようデス!」

「拷問だろアレは」

 

 白目を剝きながら悶えているジョンを親指で差すが、ブランは全スルー。ジェーンもスルー。

 哀れ、彼に気をやっているのは黒鳥しかいないのであった。

 そして、何事も無かったかのようにジェーンは語り出す。

 

「勘違いしないでいただきたい。Japaneseおでんに屈したから口を割るワケではありません」

「だっ、だすけっ、あふっ、あふっ」

「Why? それではなぜ?」

「……誰にもデモーニオを止められないからです。その上で……デモーニオの過去について教えましょう」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──山盛りの料理を頬張るのは、暗野紫月から分離した鬼──鬼月だ。

 それを、呆れた様子でデモーニオは眺めている。

 

「はぐっはぐっ、もぐっもぐっ……」

「おいこれで何枚目のピッツァだ? ……いつか太るぞ」

「失礼ねっ、んぐっ、もぐっ──レディは太らないんだからっ、もぐっ」

「そんなに好きなのか? ……頼めばもっと高いモノを食わせてやるのに」

「あっ、そうなの? 私ピザバーガーってヤツが一回食べてみたかったんだよね、あっちの私が食べたがってたみたいなんだけど」

「太るぞ! しかもそれはアメリカのピザじゃあないか!!」

「鬼だから太らないもん!」

 

 一通り喰い尽くす。 

 更に山盛りだったイタリアンのフルコースも、ピザも、パスタも、全部彼女が食べてしまった。

 膨れた腹をさすりながら、鬼月はお礼を言った。

 

「ごちそうさまっ、あんた、結構いいヤツじゃない。美味しいモノをたらふく喰わせてくれたお礼くらいはするけど?」

「……」

「どーしたの、オッサン」

「……いや、何でもない。ただ、年頃の娘たちに、こんな風に飯を振る舞うこともあったような」

 

 

 

 

 

(──っ、今日のパスタはーっ?)

 

(カルボナーラだよ。ピッツァも沢山焼いてあげよう)

 

(わーいっ、──、ありがとーっ)

 

 

 

「……今じゃあもう、全く思い出せんがな」

「ま、いいよ。私はごはん沢山喰わせて貰ったから、しばらくはオッサンの言う事聞いたげる。だから──」

 

 鬼月は笑みを浮かべてみせる。 

 鬼らしく、狂喜と欲望に満ち溢れた表情だった。

 まだ、足りない。 

 食欲は満たされた。残るは愛欲。

 自らの半身が愛してやまない白銀耀を──奪う。

 

 

 

「──EVENOMIKOTO……私に寄越してよ」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「デモーニオは、ごく普通の料理人でした。出先で会った女性と結ばれ、そして──3人の子宝を授かりました」

 

「……3人目の子供を身籠って、しばらくした後のことでした」

 

「デモーニオは珍しく、妻と喧嘩をしました。子供の名前を決めるのに揉めたのです。そして心にもないことを言って……妻は出ていってしまいました」

 

「デモーニオは、言い過ぎたことを反省し、妻が帰って来た時のためにパスタを作りました。ピザも焼きました。仲直りをした時に一緒に食べるために」

 

 

 

「……でも、妻が帰ってくることは、永遠にありませんでした──飲酒運転の車が、妻の歩いていた歩道に突っ込んだのです」

 

 

 

 黒鳥とブランは言葉を失った。

 デモーニオは、仲直りの言葉を言わないまま、妻とお腹の子供に会うことは永遠に無くなってしまった。

 

「……何処でもあるものなのだな、そういったことは。自国以外の交通事情にはどうしても疎いが」

「イタリア人はお酒に強いデスから、交通規制は日本より緩いデス。……こういう事件が全く無いってわけじゃないデスけど」

「運転手はディスコ帰りの若者でした。流石に人を殺したこともあり、罪に問われることになるはずでした」

「はずだった?」

「……。若者の父は有力議員だったんです。飲酒運転は握り潰され、単なる事故にすり替えられた」

「チッ……胸糞悪いな」

 

 黒鳥は舌打ちする。

 デモーニオの無念は察するに余りある。

 

「そのことを知ったデモーニオは何度も裁判を起こしましたが……結局、妻とお腹の子供の無念を晴らす事は出来ませんでした」

「これが、デモーニオの過去……」

「それから──デモーニオは文字通り、鬼になりました」

 

 まるで見て来たかのようにジェーンは言った。

 

「それまでの彼は死んだも同然でした。彼はレストランを辞め、今まで稼いだお金で投資を始め、会社を経営し始めました」

「……? 何故だ」

「恐らく、”権力”に固執したんじゃないデショウか? 自分の妻子の無念を晴らせなかったのは、議員の”権力”の所為デショ?」

「それだけではないだろう。復讐の為に、大量の金が必要になった……?」

「はい。デモーニオなりに方法を模索し続けたのでしょう。そして、ある時、デモーニオはあの鬼の槍を手にしました」

 

 それが、恐らく運命の歯車が狂った瞬間だったのだろう。

 どういう経緯かは分からない。しかし、本来彼が手にするべきものではなかったことは確かである。

 

「そしてデモーニオは──槍の力で復讐を果たしたのです」

「え? 果たしたんデス!?」

「数年前。件の議員一族が殺し合う事件がありました。例の息子は自分の親族から身体をメッタ刺しにされて殺されました」

「……それってまさか」

「はい。鬼化です」

 

 槍は、目覚めてなくとも短時間ならば多くの人を鬼化させしめる力があったのだと彼女は語る。槍単体ではなく鬼の鎧──亜堕無の力も一緒に借りたのではないか、とも推測した。

 

「不完全な状態でこれか……恐ろしいな、呪いの力と言うものは。完成すれば全世界の人類を鬼化するのもホラ話ではあるまい」

「……じゃあ、もう復讐は果たされたのではないデス?」

「いいえ、鬼の力に魅せられた彼は、復讐が終わっても尚呪物の完全な完成を狙い始めたのです。私達がデモーニオに近付けたのはこの時期でした」

「何で止めようと思わなかったんデスか!?」

「デモーニオは……人が皆、鬼となることで、より良い世界になると言っていました。私達もそれを信じるしかありませんでした。今の腐った世界を壊せるなら……と」

「そこに後悔も反省も無いというわけか」

「はい」

「ヤツは貴様等部下を鬼の人柱にした。亜堕無とEVEの動力源でしかなかったんだぞ貴様等は。その結果がこうだ。時間が経っていれば死んでいたんだ。ヤツの理想の世界に、貴様等は居ない」

「それでも私達は……デモーニオを見限るわけにはいかないのです」

 

 彼女の目からは──雫が零れていた。

 

 

 

「デモーニオは……ジェーンと……ジョンの父ですから」

 

 

 

 沈黙が漂う。

 父の身に起こった悲劇を目の当たりにしていたからこそ。

 彼らは猶更デモーニオを止める事が出来なかったのだろう。

 しかし。

 

 

 

「自分の野望のために、自分の子供を鬼に売るなんて……酷いデスよ!!」

 

 

 

 ブランが叫ぶ。

 かつて──幼馴染に利用された彼女だからこそ噴き出る怒りだった。

 

「父は、私達の事を覚えていません。だから私達も……ジェーン・ドゥ(名無し)ジョン・ドゥ(名無し)と名乗っていたのです」

「ッ……何で、何で、子供の事を忘れられるのデスか! 復讐するくらい、家族のことが大事だったはずなのに……!」

「鬼の槍がデモーニオを”鬼”に変えてしまったのだろう。ヤツにはジャオウガが憑りついていた。ワイルドカードの事例を考えれば、死んでいないのが幸運だ。恐らく……人格も記憶も既にズタズタになっている」

「そんな……」

「ジャオウガ……それが父に憑りついた鬼の名前ですか」

「ああ。ヤツの目的は全人類の鬼化とモモキングへの復讐だ。貴様の父の目的は何時の間にか、ジャオウガの目的に擦り替わっていたのだ」

「貴方達に父を……デモーニオとジャオウガを止められますか? 実の子供の顔も覚えていない。父は……名実ともに”(デモーニオ)”となってしまいました」

 

 答えは一つだ。

 例えどんな理由があろうとも、黒鳥とブランの決意は揺るがない。

 

 

 

「貴様が何と言おうが、我々にはデモーニオを倒す理由がある。僕達の手でヤツの野望に終止符を打つ」

「もう、憎しみも悲劇も連鎖させない! 私達が……断ち切るデスよ!」



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JO22話:証

 ※※※

 

 

 

 ──マスター殿、マスター殿!!

 

 

 

 声が、聞こえたのだ。

 

「……モモ、キング?」

 

 アメノホアカリを倒した、あの日。

 俺は──何処かに飛ばされて。

 気が付いたら、良く知らない平原に飛ばされていた。

 俺の前には、全身ピンク色でフルチンのデブドラゴンが立っていた。

 それが──守護獣・モモキングとの邂逅だった。

 

「お前モモキングなのォ!? 何でそんな姿に!?」

 

 曰く。

 桜桃に眠っていたモモキングその人と、守護獣として顕現していたカードが時空の裂け目で混ざり合い──此度、実体化を果たしたのだと言う。

 つまり、このモモキングが桜桃に封じられていたモモキングとして扱って良いのであるが……。

 

「桜桃の中で千年近く寝ていた所為か……メタボになっていたのでござる」

「寝てたからデブったのかよ!? さっきまで召喚した時は普通の姿だったじゃねえか!」

「あれは鎧を着こんだからでござる、普段はコレでござる、でぶっふ」

「ええ……」

 

 それから俺は、流れ着いたその世界で、元の世界に戻るべく行動を開始した。

 そこは、人が文明を築いていながら、当たり前のようにクリーチャーが空を飛び、地を駆ける世界だった。

 

「異世界ってヤツか……所謂」

「つまり某たち、異世界転生しちゃったって……コトでござる!?」

「言ってる場合か!」

 

 無論、半分がクリーチャーと言えど、俺は生身のままで戦えるほど強くはない。

 モモキングの力を借りなければ、とてもでなければ生還出来なかった。

 

「お前も俺も生きて帰らなきゃいけない! そのためには、強くならなきゃな」

「そうでござるが……こんなデブゴンの姿では……」

「うるせぇ! 強くなるんだよ! 俺はマスターだ! 責任を持って、オマエを一人前のモモキングにしてやる!」

 

 画して。

 俺は現地の人に助けられながらも、モモキングと特訓を重ねた。 

 デュエルだけではない。モモキングそのものを一から鍛え直すために、色んな修行をした。

 

「ヒィーッ!! ヒィーッ!! フゥーッ!!」

「オラァ!! カードイラストみてーなスリムなドラゴンになるんだろが!! 子供はオメーの姿見てがっかりだぞ!! つーかその掛け声やめろや!!」

「カッコイイ、ドラゴンに!! なるでござるーッ!! ヒィーヒィーッフゥーッ!!」

「だからやめろや、その掛け声!! 何を産むつもりだ何を!!」

 

 剣戟、基礎体力の訓練、精神統一。

 力の座で教わったものや、現地で聞きかじったものを一通り試す日々。

 そうしているうちに俺も鍛えられていく。

 

「紫月達に……会えるのは何時だ?」

「最強に、なるでござる!」

「そもそも帰れるのか俺……?」

「かつてのような、力を! 鬼を倒せる力を!」

「……いいや、帰ってみせる。絶対に。何年かかっても……ッ!!」

「マスター殿の為に……他でもない、某自身の為に!!」

 

 2年。本当に色々な事があった。

 いろんな出会いと別れがあった。

 だけど、一度たりとも、故郷の事を忘れたことはなかった。

 ずっと、帰還して──仲間達と再会することを夢見た。

 例えあいつらが俺を忘れていたとしても、俺は絶対に帰らなきゃいけないんだ。

 そう胸に言い聞かせ、戦い続けた。

 

「──予言に書かれた最悪の龍。それが来れば、この世界は終わるだろう」

「要するに……そいつをブッ倒せば良いんだろ?」

「しかし、奴は次元に穴を開ける力を持っている」

「都合が良いじゃねえか! そいつを倒して、俺は元の世界に戻る」

「確実に戻れる保証は無いのだぞ? アカル、君はこの世界での生活は保障されてるのだから」

「……だとしても! マスター殿はこの2年間、元の世界に戻ることを目指したのでござるよ!」

「今更、帰らねえって選択肢はない。……名残惜しいって気持ちはあるけどな」

 

 丸々2年経ったその日。

 その世界を揺るがす巨大なクリーチャーが襲来した。

 だけど、もうそいつは──俺達の敵ではなかった。

 神を倒したデュエリストと、鬼を屠った最強のドラゴン。

 それが合わされば、俺達は最強だ。

 

 

 

「はっはっ、やってのけたぜ、モモキング!!」

「某たち、最強でござるな!!」

 

 

 

 次元の穴に落ちる中。

 俺は、相棒に掴まり──ふと、思案した。

 文句なし。何処の誰に見せても恥ずかしくないドラゴンだ。

 

(チョートッQ。見てるか? 俺は……新しい相棒と上手くやってる)

 

(お前にも会わせてやりてぇよ……)

 

 ……モモキング。お前は、俺が1から育てた守護獣だ。だから、そう簡単に負けたりしねえって信じてる。

 必ず迎えに行く。

 だから──待っててくれ。

 

 

 ※※※

 

 

 

「……紫月……」

「……大丈夫です。耀君が無事だっただけで、紫月は……十分です」

 

 うわぁ、やっぱり露骨に落ち込んでるな。

 

「本当に気にしてねえヤツがこんな所で、たそがれてるわけねーだろ」

「……やっぱり、耀君には分かっちゃいますよね」

「お前は行き詰まったら、必ず夜の海を見に来るからな」

「……私もあの時。何が最善か分かりませんでした。でも、気が付いたら足が──止まらなかったんです」

「俺も同じ立場ならそうするよ」

「……でも、その結果……足手まといになってしまいました」

 

 彼女の声は上ずっている。

 やはり、自分の最大の武器である知識、経験、そして感情が奪われたのが余程キているんだろうな。

 

「俺はお前が敵にならなくて良かったって思ってるけどな」

「あっ、それは……確かに」

 

 ……もう二度と。

 俺の手でコイツを傷つけることになるのはゴメンだ。

 

「……はぁ。高望みしすぎたでしょうか」

「奪われたなら取り返せば良いだろ? お前が今、此処に居るなら……まだいくらでも希望はある」

「私今、ブラン先輩に3タテされるくらい弱いんですよ?」

「ブランだって強くなってるからな」

「まあ、それは認めてあげても良いですが……デュエルの強さは、私にとって誇りだったんです。これでも自分の強さに自信と自負は抱いていましたから」

 

 だからこそ、アイデンティティ……か。

 確かに、俺もこいつの無条件な強さに助けられてたところはあるしなあ。

 

「悪い、無神経だったな」

「いえ。耀君は……励ましに来てくれたでしょうから。耀君だって、モモキングが奪われてショックでしょうに──」

「勿論、取り返さなきゃいけねーよ。だけどあいつはな、これでも長い事俺と一緒に居るんだ」

「……信じてるんですね。モモキングが簡単に鬼に負けたりしない事を」

「ああ。言っちゃ悪いかもしれねえが、純粋な魔力量と戦闘力なら、サッヴァークやシャークウガよりも強いんだぜ? 俺が向こうで鍛えに鍛えたからな」

「耀君はズルいです。2年間の間……何があったんですか?」

「……色々だよ?」

「色々じゃ分かりません。正直、モモキングに嫉妬してます……」

 

 あ、多分、普段なら割とキツめに怒られてるところだ。

 

「……ごめんなさい。ちょっと、情緒が不安定でした」

「俺も悪かったよ」

 

 俺は──語ることにした。

 あのアメノホアカリとの戦いの後、何があったのかを。

 それを信じられない、お話の中のようだ、と驚きながらも紫月は聞いていてくれた。

 そして「やっぱり向こうでも無茶苦茶したんじゃないですか」と言ったのだった。

 

「……わりぃ、気を遣わせたくないから黙ってたんだ」

「遣うに決まってるじゃないですか!」

「そうだろ? 俺は……帰ってきて、ただ、皆と再会したかっただけだからな。あっちでの思い出は俺とモモキングの胸の中に秘めておけばいいって思ったんだ」

「……!」

 

 最も、結局全部元通りにはいかなかった。

 この世界の時間もしっかり2年進んでいて、その間に変わってしまったものはあまりにも多い。

 

「……ごめんなさい」

「良いんだって。黙ってた俺も悪いしさ。辛いことばっかだったわけじゃねえよ。だけど……やっぱお前らに会えないのが一番キたよな……」

「先輩は……本当に、私達と一緒に居られるだけで満足だったんですね。それを私は……無理矢理」

「いや、ダレてたのは事実だからな。久々にデュエマを鍛える機会が出来て良かった。命のやり取りを伴わないデュエルの楽しさってやつ、思い出せた気がするよ」

「……それをONIの奴らは……許せないです」

「紫月……」

「でも、今の私じゃ……鬼月には……勝てない」

 

 プライドの高い紫月にとってはデュエマが今までのように出来なくなったこと自体にショックを受けている。

 傍に居てくれれば良いって言ったって「そういうことじゃないんですが?」って返されるのがオチだろ。

 かと言って、弱体化している今、下手に戦いに向かわせてもそれはそれで危ないんだよな。

 だけど足をケガしてるブランと、守護獣の居ない俺だけじゃあ戦力的に不安だし……。

 本音を言えば、これ以上紫月に危ない事してほしくないんだけど、それはきっと彼女が許さないだろうしなあ。どうしたもんか。

 ……そうだ。

 

「勝てないと思うなら、勝てるように考える……いつものオマエならそう言うと思うぜ」

「? で、でも──」

「一人で考えても浮かばないなら、二人で。三人がダメなら四人で! こんな時くらい、俺達の力を借りてデッキを組んでもバチは当たらないんじゃねーか?」

「っ……でも、今の私じゃ……」

「紫月。お前がこうなったのは、俺を庇ったからだろ? お前はやっぱすげーよ。鬼化も耐えきったし、俺の事も守ってくれた。これ以上ない自慢のカノジョだ」

「……私……っ」

 

 ──それも、100倍返しする番だ。

 

「紫月。お前、俺が紫月の事をどれだけ好きか分かってねーだろ」

「ふぇ?」

「かつての俺は、タイムマシンを作ってでもお前を助けようとした。今此処に居る俺だって、時を超えてでもお前を助けに来た。運命だって捻じ曲げた! 何でそれだけのことが出来るか、分かってねーだろ」

 

 こいつのためなら運命だって捻じ曲げられる。

 時だって超えられる。

 空間に穴だって開けてみせる。

 そんな理由、1つしかない。

 

「白銀耀はな……暗野紫月が絡むと、どーーーーーーっしようもないバカになっちまうってことだよ! それも、スケールの違う、時を超えたバカだ!」

 

 だから、お前が気負う必要なんて何処にも無い。

 あの運命を超えられたんだ。どんな試練だって超えられるって思わないか。

 少なくとも俺は、あの時程の絶望は感じていない。

 神に世界をブッ壊されて、異世界に飛ばされて……それでも戻って来たんだ。

 鬼くらいなんだ! かかってきやがれ!

 だから──

 

「お前はそんなバカに好かれたんだよ! どんなことだって……時を超えるよか100倍容易いぜ!」

 

 ──この手を取ってくれ、紫月。

 

「……足りない、です」

 

 漸く。紫月は──笑った。

 そして、俺に肩をもたれかかり、言った。

 

「じゃあ……証を、ください。言葉だけじゃ、足りないです。調子の良い事だけ言って、また居なくなったら、許さないですから……!」

 

 その目は──涙ぐんでいた。

 やっぱり、相当トラウマにさせちまったみたいだ。

 だけど……もう俺は居なくなったりしない。

 

「あいつに盗られる前に……証を、私にください。私が、先輩のものだって証を」

「くれてやるよ。そんなもん、幾らでもな」

 

 

 

 

 

「──イチャイチャするのは良いんだけどなー、俺が居ねえ時にしてほしかったなァー?」

 

 

 

「……」

「……」

 

 

 ……。

 俺達は我に返り、振り返った。

 呆れた顔の鮫の魚人が腕を組んで立っていた。

 お前、何で此処に居るの?

 

「シャークウガ……!?」

「オメーら、今ヤベー事になってんの分かってんだろ?」

「い、今のは流れで……」

「流れで、じゃねーんだよ!! はぁー、わざわざ来てソンしたわ!! ……黒鳥から緊急の伝言だぜ」

「緊急ならスマホで連絡すれば良いのに」

「いえ。この島は今、全域が圏外になっています」

 

 そう言えば、そうだった……!

 

 

 

「……分かったんだよ。デモーニオの奴が何処に居るのか──!」



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JO23話:突入

「──ネオエデン島に大規模な地下シェルターが……?」

「ああ。元々、亜堕無とEVEを収容するのに使っていたらしい。言わば研究施設だ」

「大会の時だけ、スタジアムに亜堕無とEVEを持って来ていたんデスよ!」

「コンクリートに囲まれた地下なら魔導司の目に付かなかった理由も納得がいく」

「本当に合ってるのか? もう逃げてるってオチは……」

 

 黒鳥さんとブランが持ち帰った情報は、ヒナタさんが思わず疑ってしまうほどに大きなものだった。

 実質的に本拠地が分かったようなもんじゃないか。

 でも、ジャオウガの強力なマナの気配からしても、この島にデモーニオが居るのは間違いないし、信ぴょう性は高い。

 

「シヅク、デッキの調整は大丈夫デス?」

「もう、カードの効果も暗記し直しましたよ。皆のおかげです。それと──ありがとうございます、ヒナタさん」

「俺に後出来る事はこれくらいなもんだからな。本当なら俺が出向いて戦いてえよ」

 

 ぱしっ、とヒナタさんは掌に拳を叩きつける。

 彼も、紫月の使うデッキの調整に付き合ってくれたのだ。

 

「今、この事態を解決できるのは君達3人しかいない。だけど──きっちり、生きて帰ってきてほしい。君へのリベンジもしたいし──何より白銀耀、或瀬ブラン。君達ともいつか戦いたいしな」

「ヒナタさん……何から何までありがとうございます」

「礼を言うのは、デモーニオをコテンパンにした後でも遅くねえぞ、白銀」

 

 差し出された手を──俺は握り返す。

 

「後は託したぜ──デュエマ部」

「っ……はい!」

 

 俺達は、黒鳥さんの借りたレンタカーに乗り込んでいく。

 ヒナタさんだけは、残って他の選手の面倒を見ているらしい。

 そのまま──地下シェルターの入り口がある場所に、俺達は進んでいく。

 道中、俺達は緊張からか黙ったままだったが、ぽつり、とブランが呟いた。

 

「……アカル」

「ん? 何だブラン」

 

 彼女は、何処か思いつめた顔で──言った。

 

 

 

 

「ひとつだけ、ワガママ言っても……良い、デスか?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「せいっ!!」

 

 

 

 ──地下シェルターの分厚い扉が破壊される。

 それを見届け、黒鳥さんは車のエンジンを再びかけた。

 この後、万が一に備えて街で待機しておくらしい。

 

「……僕は先に行くが……貴様等。死ぬなよ」

「……!」

「師匠も、どうか気を付けて」

「僕の心配はするな。慣れっこだ。何も出来る事は無いが、せめて祈るくらいはさせてくれよ」

「俺達も……助けられてますよ。黒鳥さんに」

「そうか。……無事で帰ってこい。以上だ」

 

 そう言って、彼はレンタカーを走らせて去っていく。

 そして、こじ開けられたシェルターに、俺達は足を踏み入れていくのだった。

 常にシャークウガとサッヴァークは実体化している状態だ。

 それほどまでに大気中のマナは濃くなっている。

 そして、こうでもしなければ、脚を怪我しているブランは動けない。サッヴァークが負ぶっているのだ。

 しばらくは何もない通路が続いていたが──人の気配がしたため、足を止める。

 

「やっぱり……こうなるデスね……!」

 

 サッヴァークに負ぶわれたままのブランが呟いた。

 視線の先には──鬼の角が生えた兵士たちが、銃を構えているではないか。

 デモーニオの揃えた私設兵なのだろうが、いずれも理性を失っているのか、バラバラに突貫し、鉛玉を躊躇なく放ってくる。

 

「ウッガガアッァァァァーッ!!」

「サッヴァーク!!」

「御意! 今度は撃ち漏らしなどせんわ!!」

 

 乱射される弾丸はサッヴァークの召喚した剣に阻まれ、全て弾かれてしまう。

 そして、鬼化した兵士たちは次々に水晶に飲まれていき、動きを止めていく。

 

「……無力化、できますか?」

「おうよ! このくらいの単純なマシンなら、バラバラだぜーッ!!」

 

 更にシャークウガが魔方陣を展開すると共に、銃はパーツ毎に分解されていく。

 やはり全力を取り戻しているだけあって、守護獣2体の力は凄まじい。

 例え鬼化していようと、人間なら何人居ても相手にならない。

 

「へっへっ、俺の魔法にかかりゃあチョロいもんだぜ! この調子なら簡単にデモーニオの所に辿り着けちまいそうだな──ッ!」

「それはどうかな?」

 

 突如、轟音が響く。

 兵士達を散らすようにして、砲弾が飛び──サッヴァークが撃ち返す。

 白い装甲に身を包んだ、鬼の鎧──亜堕無の姿がそこにはあった。

 その胴体は不気味な眼の付いた鬼の槍に貫かれており、全身からはさっきよりも禍々しい殺気が放たれている。

 そして、その傍らに立っているのは──

 

「ッ……来おったか!!」

「埃臭いデース! もっと静かに登場してくだサイ!」

「マスター!! ありゃあ……船でマスターをナンパしたヤツじゃねえか!? えーと名前は……10円ハゲ!!

 

 

 

 

「イチエンじゃーいッッッ!!」

 

 

 

 

 その肌は完全に青くなっており、額からは角が伸びているが、確かにイチエンだ。

 鬼化に際して理性がブッ飛んだと思っていたが、時間が経つと徐々に取り戻して来るのか。

 ……最も、その精神は既に人の物ではなく、鬼の物になっているのだろうが。

 

「白銀耀! お前に負けた後、デモーニオ社長が10万ドルをポンと出してくれたぜ」

 

 ああなるほど。

 病院に運び込まれたと思ってたが、それは表向きの話で、実際はデモーニオ側から手引きを受けていたのか。

 

「鬼の世界で、デモーニオ社長の下で暴れるだけで、俺っちは大金持ちでプロだ! あんなしみったれたスポンサーはもう要らねえぜ!」

「その結果が社長子飼いの犬っころとは、何処までも落ちぶれるもんだな」

「しゃらくせぇ! 俺っちが一番、亜堕無を上手く使えるらしいからな! 今にこの世界全部が鬼になるが……此処でお前らも鬼にしてやるよ!」

「悪いけど、此処は私が相手デスよ!」

 

 ブランは、サッヴァークの掌に飛び乗り、松葉杖を支えにして降り立った。

 

「……なんだぁ? お前は……もう1人の無名の──」

「無名とは失礼な。私こそ、世界の誰もが知るシャーロック・ホームズ──の意思を継ぐ者! 名探偵・ブランちゃんデース!!」

 

 やっぱり無名なんじゃねえか……。

 だけど、助かる。

 取り合えず、現状倒さなくてはならない3つの敵のうちの1つ、亜堕無を此処で彼女が止めてくれるのだから。

 いや──ブランなら、恐らく撃破してくれるはずだ。

 

「探偵。やれるな?」

「丁度、これ以上動かなくて済んで好都合デース! サッヴァーク! Are you ready?」

「うむ! 戦う準備は何時でも出来ておる!」

「面白ェ、お前から片付けてやるよ!」

 

 突貫する亜堕無と組み合うサッヴァーク。

 その場に、シールドが展開されていくのだった。

 

「ブラン先輩……! 後はお願いします……!」

「頼むぜー、マジで……! 大丈夫だとは思うけどな……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 一際強い魔力に導かれるようにして、俺達は大きなホールに出た。

 通路を抜けた先に──”彼女”は立っていた。

 

 

 

「っあは! 耀君、待ってたよ」

「鬼月か……!!」

 

 

 

 巨大な土器のようなクリーチャー、EVENOMIKOTO。

 そして、それを従えるのは──何処で着替えたのか、和装束を身に纏った鬼月だ。

 

「オメー、デモーニオの言う事を聞くだけの根性があったんだな」

「取り合えずはね。ゴハンと、こんなかわいい服のお礼はしなきゃ、鬼としての義理が廃るってもんでしょ」

 

 俺を見るなり、彼女は恍惚とした笑みを浮かべてにじり寄ってくる。

 先のレイプされかけた記憶が過る。幾ら顔も姿も紫月と同じでも、放つ気配があまりにも禍々しい。

 近付いたら、喰い殺される。身も心も。

 

「オニヅキィ? あ、それもしかして私の事? 良いよ……耀君の好きに呼んで」

「阿婆擦れ、とでも呼んでやってください耀君」

「やめなって」

「ねぇねぇ、耀君。私と一緒に来てよ……私、耀君の事がこぉんなに好きなのに。耀君も、私の事……好きでしょ? それとも、ココが好き、なのかな?」

 

 くいっ、と彼女は襟下をずり下げる。

 俺は思わず目を逸らした。

 谷間が一気に露に……!

 

「フン、色仕掛けでしかアピール出来ないとは。貴女は私から色々奪ったと豪語してましたが、あまりにも抜け落ちた部分が多すぎです」

「……耀君はココが大好きだもんね。あんただって私なら、自分の魅力の一つや二つ、自分で分かってるでしょ?」

「耀君は渡しませんよ──鬼月」

 

 さっ、と紫月が前に進み出た。

 ……此処は任せて良さそうだ。

 

「あはっ、出て来たね、オリジナル。どっちが耀君に相応しいか、決めようよ」

「そんなもの、決める必要などありませんよ。貴女は私にとって倒すべき敵。そして、何があっても耀君は()を選び続けるでしょうから」

「ッ……随分と自信満々だね」

「当然です。それが……白銀耀という人です。あの人は……私の前だけはどうしようもないバカになってしまうんですよ」

 

 そして、と彼女は続ける。

 

「怒りがあろうが無かろうが。自分が何をするべきか、どういう人間なのか。漸く理解が出来ました」

「は?」

「──例え誰であろうとも。それが仲間を害するものならば排除する。それが暗野紫月だということ……貴女が私なら分かっているでしょう」

「貴女が? 私を排除する? ……決めた。やっぱあんたは殺す。鬼になれなかった残りカスなんて要らないもんね!」

「私だけではありませんよ。……シャークウガ!」

「おうよ!!」

 

 シールドが展開されていく。

 ひー、女の戦いってこえー……。

 

「わりーけど、返してもらうぜ。俺のマスターから奪ったモン全部をよ!!」

「私には……耀君だけでなく、シャークウガという最強の相棒が居る事もお忘れなく」

「じゃあこっちにはEVENOMIKOTOがいるもんね!!」

「先に行ってください。後で必ず行きます」

「ああ! 待ってる!」

 

 土器の姿をした鬼が、多脚をみしみし軋ませながら迫る。

 此処は紫月に任せるべきだ。

 今更心配することも無いだろう。

 シャークウガも居る事だし。 

 俺は──決意して、そのまま駆けだした。通りすがり様に──紫月は呟いた。

 

 

 

「……この戦いが終わったら決勝戦、してください」

「……おうよ! 約束だかんな!」

「絶対、ですよ」



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JO24話:魑魅魍魎

 ※※※

 

 

 

 

「──懲りずに、鬼になりに来たか」

「ならない。仲間を返してもらう」

 

 

 

 

 シェルター内部。

 その客間の奥に、デモーニオは腰かけていた。

 周囲には誰も居ない。

 この場には俺達だけだ。

 

「たったの1人で、守護獣も無しで、俺様に挑むのか? ハッハ!! 流石俺様が見込んだデュエリストよ!!」

「デモーニオ……!」

「俺様は挑戦者は嫌いじゃあない。どうせ、鬼には勝てん。だが諦めるのは面白くないからな」

「……1人で此処に来たわけじゃあねえ。仲間がいるから、此処まで来れたんだ」

「仲間。……俺様には必要のないモノだ。どうせ失うものを持っていても仕方がない事だからな、白銀耀」

 

 蓄えた髭を触ると──彼は座席から立ち上がり、その右手に槍を顕現させる。

 

「デモーニオ。お前には……子供がいるんだろ? 自分が何の為に頑張ってたのか、忘れちまったのかよ! 本当に!」

「──居ないさ」

 

 即答だった。

 彼の額からは角が生えており、目は赤くなっている。

 思わず俺も額に手をやると硬いものが当たった。

 ……角が、生え始めている。俺にも……!

 

「居たとしても、もう忘れた! 俺様にはもう、何も残っていない!」

「ッ……こんな事が、本当にやりたかったのかよ!!」

「俺様は灰燼だ!! 鬼の炎で自らを焼いた塵芥だ!! 鬼に魂を売った俺に残っているのは、ジャオウガと槍だけだッ!!」

「分かっちゃいたけど……力づくで止めるしかねえみたいだな!!」

「抜かせ! モモキングは既に俺様の手の中だからな!」

 

 そう言えば、あいつの声も聞こえない。

 ……ずっと、奴のデッキの中に入っているのか。

 鬼化している以上、モモキングも叩いてでも元に戻すしかないか。

 

「それに、少しは制御できるようになったのだ……この力もなッ!!」

 

 びきびき、と音を立てて、デモーニオの身体が血泥に飲まれていく。

 そして、その姿は、槍の怪物の如く。

 槍のようになった腕を俺に向けるなり、テーブルを破壊して突っ込んできた。

 

「ッ──!」

「どうだねっ!! これが鬼の力だッ!!」

「~~~重い……ッ!!」

 

 炉心をフル稼働。

 こっちもクリーチャーの力を使わなければ、とてもじゃないが対抗できない。

 互角? いや、当然だがそれ以上だ。

 壁際に追い詰められ、腕を抑え込まれている。

 それをダンガンオーの力を借りた掌で掴んでいる。

 

「君の力は、守護獣無しでは普通の人間の延長線でしかない。魔力が切れるのも時間の問題だ。対して、こちらはそれまで悠々と鬼化が進むのを待てば良い。脳まで鬼になった時が、君の最期だ」

「ッ……!!」

「俺様は気骨のある奴は好きだ、そのまま鬼にしてやろう」

「なって、堪るかよ……!!」

「圧倒的な戦力差を見せつけられても尚、か? 君はそれが全力だろうが、俺様はまだこれより一段階上があるのを忘れていないだろうな?」

「ぐっ、うううううーッ!!」

 

 ダメだ。

 目がクラクラしてきた。

 鬼化が既に始まりつつあるのか?

 あいつらは大丈夫だろうか。外の人たちは?

 

「鬼になれ、忘れてしまえ、辛い事も苦しい事も! 楽になるぞ、今に……ッ!!」

「馬鹿野郎……忘れられた側はどうなる……!!」

「どうせ皆同じになるのだ、構ったものでは無いよ!!」

「忘れる側だって……好きで忘れるわけじゃあ、ねぇんだぞ……!! どんなに辛い事でも、忘れて後悔する事だって幾らでもあんだよ……ッ!!」

「抜かせ、ガキがッ!!」

 

 頭を掴まれた俺は──そのまま投げ飛ばされる。

 ダメだ。

 馬力が違う……!

 このままじゃ、まともにデュエルに持ち込むことすら出来やしない。

 ……ダメだ。吐き気がする。爪が伸びてきた。角もさっきより長くなっている。

 鬼化が、確実に進んでいる……!

 

 

 

「……諦め給え。それこそが、楽になる唯一の道さ。白銀耀……!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「今泣いて許しを請うたら、俺っちのカノジョにしてやらねぇこともないけど?」

「お断り、デスよ!」

「なら、此処で死ね!! 《一番星 ザエッサ》を召喚ッ!!」

「3コスト《カーネンの心絵》で手札に《正義星帝<ライオネル.Star>》と《スロットンの心絵》を回収デス!」

 

 イチエンの場には、《ザエッサ》に加えてタマシードの《ジェニーの黒象》が設置されている。

 一方のブランの場には《ゲラッチョの心絵》と《カーネンの心絵》が立っている状態だ。

 一度ハンデスされたものの、ブランもそれを上回る勢いで立て直すため、戦況は膠着状態だ。

 

「シヅクにも声を掛けたらしいじゃないデスか。女なら誰でも良いってのは噂通りみたいデスね」

「俺っちだって選り好みはするぜ? 俺っちに……従順な女だよ! コストを1軽減! 3マナで《ナーガの海黒環(リング)》発動! 山札の上から3枚を墓地に置き、その中から《ジェニーの黒象》を手札に加える。更に、《ナーガの海黒環》で手札を破壊!」

「ッ……! 墓地からカードが離れる度にハンデスするのデス!?」

「しかもドローも選べるぜ! さあ、好きな手札を捨てろ!」

 

 蛇の牙が迫る。

 すかさずブランはカード1枚をそれに差し出した。

 

「……任意ハンデスなのが有情デスね。《アルカディアス・モモキング》を捨てるデス」

「まだ終わっちゃねえよ! 愉しもうぜ! 《ザエッサ》の効果で、各ターン初めてクリーチャーではないカードを使った時、カードを1枚引ける」

 

 現在。ブランの手札は後攻ということもあって4枚残っている。

 しかし、イチエンは《ジェニーの黒象》を回収しているだけあって、次もハンデスが来ることは確定だ。

 手札に抱えた切札である《正義星帝<ライオネル.Star>》が破壊されるのも、このままでは時間の問題である。

 

(相手がちょいちょいカードを引いてる所為で、意外と手札が減ってないんデスよね……なら!)

 

「私は4マナで、《剛力羅王 ゴリオ・ブゴリ》を召喚デース!」

「何ィ!?」

「この子は攻撃時にパワーが倍になるマッハファイター! 置きドローの《ザエッサ》を破壊しマース!」

 

 ブランが繰り出すのは、暴拳王国のキングマスター。

 その鎖が《ザエッサ》を縛り上げ、そのまま砕く。

 

「これで、ターンエンドデス!」

「ッ……チ! だが、安い損失だ!」

 

 どの道、このターンの動きは弱い。

 次のターンを耐え凌げば動くことは出来る。

 そう言い聞かせ、ブランはターンを終える。

 しかし──イチエンの方が一手早かった。

 

「いじめるのがさぁ、俺っちは胸が痛むね! こんなにきれいでカワイイのにさぁ! 残念だ。生意気な女は俺っちの好みじゃねぇ。鬼にでも喰わせてろ、ってなぁ!!」

「……!」

「俺っちは、場の《ナーガの黒海環》、手札の《ジェニーの黒象》、シールドのカードを1枚墓地に置き──コストを3軽減!! そして、このクリーチャーは……墓地から召喚出来る!!」

「墓地から……ッ!?」

「──《ジェニーの黒象》からスター進化ッ!! 《テラ・スザーク <ロマノフ.Star>》!!」

 

 イチエンの足元に巨大な魔方陣が現れる。

 そこから顕現したのは、邪眼の皇を継承したドルスザク。

 しかし、その姿も既に鬼へと成り果てており、頭からは凶悪な角が生えている。

 

「鬼レクスターズじゃないクリーチャーまで鬼に……ッ!?」

「探偵! 言っとる場合か!」

「ああ、そうデス! 殴り返しが、来る……!」

「しっかりと代償は払ってもらうぜ。《<ロマノフ.Star>》が攻撃する時、効果発動!」

 

 次の瞬間、イチエンの墓地のカードが浮かび上がっていく。

 そして、それが彼の場へと現れていった。

 

「──星獄の印(テラスザク・サイン)!! 墓地からコスト6以下になるようにタマシードを場に出す! 《ナーガの黒海環》と《ジェニーの黒象》を発動!」

「やっば……! デンジャラスデース!」

「手札破壊が、二度来る……!」

「《ナーガ》の効果で3枚墓地を肥やし、手札を1枚破壊。その後に……《ジェニーの黒象》でも破壊!」

「《ライオネル.Star》が!?」

 

 とうとう、手札に抱えていた《正義星帝<ライオネル.Star>》は破壊されてしまった。

 ぐぬぬ、とイチエンを睨むが時既に遅し。

 今度は《ゴリオ・ブゴリ》目掛けて《<ロマノフ.Star>》が飛ぶ。

 

「──バトル! 《<ロマノフ.Star>》で《ゴリオ・ブゴリ》をマナ送りだ!! カッカ!! どんなもんだ!! 所詮、無名のプレイヤーじゃあ俺っちに勝てっこねえのよ!! 俺はこれでターンエンド──」

 

 

 

 

「では──《バイナラドアの心絵》で《<ロマノフ.Star>》をマナ送りに!」

 

 

 

 イチエンの笑みはそこで消える。

 返しのターンとなった途端、ドルスザクの姿は地中に引きずり込まれていき、消え失せる。

 

「ぐっ、進化元の《ジェニー》は残る! 切札を落とされて、焦ってたんじゃねーのかよ……!!」

「ちょっと焦ったデスけど……戦えないわけじゃあないデスよ! それに、無名のプレイヤーでも、努力すればプロに追いつけるかも、デスよ?」

「抜かせ!! そう簡単に追いつかれて堪るかよ!!」

 

 カードを引いたイチエンは──

 

「俺っちが、今までどんな思いをして、この座にまで辿り着いたか、オメーには、分からないくせになぁ、勝手な事言うんじゃねーぜ!!」

 

 自らの身体に、そのカードを翳す。

 途端に、その身体は白い装甲に覆われていく。

 

「な、何デスか、これは……!!」

「いかん、こやつ……鬼と一体化するつもりか!!」

「鬼(スター)─MAX進化……!! 俺っちを、進化元にぃっ……!!」

 

 

 

<鬼S─MAX「亜堕無」ローディング>

 

 

 

 その身体には、鬼の槍が突き刺さる。

 バトルゾーンには、白い鎧の生ける戦艦が姿を現し、更に両手に鬼の槍を握り締めた。

 

「俺には、この力が必要だ……俺っちが、一生、金に困らないための力なんだ……!」

「何でそこまで、お金に執着を……!」

「しゃらくせぇ!! もう、何故かなんて忘れちまったよ!! ただただほしいんだから、仕方ねえだろが!!」

 

 ジェーン・ドゥは語った。

 鬼化の実験のために、そして亜堕無への適合者を探す為に、イチエンを実験台にしたこと。

 そのために恋人を奪われた彼の過去を調べ上げた事を。

 そして、そこには尋常ではないモノへの執着があったことを全部、ブランに話した──

 

「違う……貴方が執着してるのは、お金なんかじゃないはずなんデスよ……!」

「魑魅魍魎、悪鬼のさばる世の始まり……!!」

 

 最早、イチエンと亜堕無は一心同体。

 2人でその力を共有する鬼と化す。

 

「うぎっ、いぎぎぎぎぎっ、あぎゃあああああああああ!?」

「ッ……!?」

「ひっ、ぎぃっ、しかし、この痛みも……生の実感ってなぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 痛みに藻掻くイチエン。

 しかし。その身体は、装甲に纏われていく。

 その身体は鬼に蝕まれ、残る人の部分も喰われていく。

 だが、その顔は歓喜に満ち溢れていた──

 

 

 

 

「俺っちに力を寄越せ……《「亜堕無」─(オーガ)MAX》ッッッ!!」



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JO25話:百鬼夜行

 ※※※

 

 

 

 ──紫月と、鬼月のデュエル。

 紫月はマナを増やすばかり。此処までに目立った動きは無い。

 鬼月の場には《ストリエ雷鬼の巻》が2枚、そして《ルピア炎鬼の封》が敷かれている。

 

「……何を考えているの? 私らしくもない。ああ、そうか。私に頭の中身を抜かれた所為で、いつものループデッキが使えないんだ!」

「貴方には重要な事が抜けてますね。私は、強ければ盾に触ろうが触るまいがデッキを使いますよ」

「じゃあ、このデッキの守りが抜ける? 無理だと思うけど!」

 

 鬼月は──4枚のマナをタップし、叫ぶ。

 

「《ルピア炎鬼》は、この子から重ねるクリーチャーのコストを2、下げる。3マナをタップ」

 

 周囲の空間がズタズタに裂かれていく。

 黒い亀裂が入り、そこから空を割り、一本の槍が現れ──

 

「百鬼夜行、悪鬼のさばる世の嘆き……とくと聞け!」

 

 牙を剥きだし、舌を突き出し、眼をギョロつかせた怪異が現れる。

 

 

 

 

「ただ一つの邪なる鬼の王! 二つの混沌喰らう三つ眼の鬼!! 黒き本能の原始へと還る時!!

──《邪王来混沌三眼鬼(カオス・ヴィ・ナ・シューラ)》!!」

 

 

 

 

 現れたのは、鬼の槍の正体。

 背景ストーリー上でも、ジャオウガが得物としている、鬼の歴史の権化。

 それを前に、紫月は言い知れないプレッシャーを感じざるを得なかった。

 

「……《邪王来混沌三眼鬼(カオス・ヴィ・ナ・シューラ)》の効果発動! 龍の歴史は山札の上から奇跡を起こす。なら鬼の歴史は──山札の下から、魑魅魍魎を手繰る!! 歴史の裏より現れよ、悪鬼共!!」

「1ターン目と2ターン目に、《ストリエ雷鬼》で山札の下に送ったカードは……仕込んだんですね。そいつの効果で踏み倒すカードを!」

「今更気付いても遅い! 気付いたとしてもどうしようもないと思うけど! 出すのはタマシードの《シュウマツ破鬼の封》、そして進化クリーチャーの《ウシミツ童子<マルバス.鬼>》!!」

「ッ……何でしたっけ、そいつらの効果……!?」

「あはっ、本当に忘れちゃっててウケるんだけど!」

 

 《ウシミツ童子》に加え、《シュウマツ破鬼》が現れる。

 その効果で鬼月の手札は全て破壊され、更に彼女は3枚のカード引く。

 加えて、《ウシミツ童子》によって、更に3枚のカードが墓地に送られていく。

 

「えげつない山札の減り方です……! このターンだけで9枚飛んだんじゃないですか……!?」

「どうせ、貴方が先に死んじゃうから関係ないよ! 《<マルバス.鬼>》の効果で、墓地から《ビシャモンス <ハンニバル.Star>》を《ストリエ雷鬼》からスター進化!!」

「えっとこいつは……ああ、もうまどろっこしい! 出したからにはロクなカードではないんでしょうね……!」

 

 以前ならばどのカードであっても、パッと能力が思い出せていた。

 そんな不甲斐ない自分に苛立ちさえ覚える。

 

「《邪王来混沌三眼鬼(カオス・ヴィ・ナ・シューラ)》でシールドをW・ブレイク!」

「……させません! S・トリガー、《アイド・ワイズ・シャッター》! 《<マルバス.鬼>》と《<ハンニバル.Star>》をタップし、次のターンはアンタップ不能にします!」

「チッ……やってくれたね!」

 

 間一髪。

 鬼月の連続攻撃は此処で止まる。

 最も、タップ状態とはいえ場には3体の進化クリーチャーが残っている。

 その状況で、紫月が勝つには──

 

「……貴方が言ったのです。龍の歴史のカードは、山札の上から奇跡を捲ると! 6マナで《ガチャンコ ガチロボ》召喚!」

 

 ──それを上回る軍勢を用意するしかない。

 

「その効果で、山札の上から3枚を表向きに。そこから、コストが同じクリーチャーを全てバトルゾーンへ! 《悪魔龍ダークマスターズ》、《キング・マニフェスト》、《イチゴッチ・タンク》を場に出します」

「ガチロボ!? そんなデッキを、貴女が……!?」

「別に捲りデッキは嫌いではありませんよ。正しくデッキを構築すれば、最大値が簡単に出せますから。貴女は私の上辺のイメージに引っ張られ過ぎです」

「ぐっ……!」

「先ずは《ダークマスターズ》の効果で、貴女の手札を見て、3枚を全て破壊です」

 

 鬼月の手札は3枚。

 その全てが破壊される。

 しかし、それだけでは終わらない。

 現れたキングマスターカード《マニフェスト》の大号令が更なる仲間を呼ぶ。

 

「更に《キング・マニフェスト》の効果発動──! えーと……山札をシャッフルし、上から1枚を表向きに!」

「ッ……だとしても、そんな運ばかりのデッキを!」

「運だけ? いいえ。白銀先輩から確率論は軽く教え直して貰っているので、そこの不安はありませんよ。私が今最も欲しいカードが来る確率は……10%ほどでしょうか。更に、このカードとこのカードなら捲れても──」

「ああ、もういい! 要するに、何が捲れても有利に運ぶから関係ないって!?」

「ええ、その通り。武器を封じられたなら、別の武器で戦うだけです」

 

(最も、シールドを殴るデッキである以上、最低限のプレイングは必要ですが……そこは、私自身がこの戦いの中で取り戻すしか、ありません)

 

 しかも、相手のデッキはタマシードとの混合デッキだ。

 少なくとも、このデッキでS・トリガーのケアをすることは出来ない。

 物量で圧殺するしかない、と彼女は考える。

 

「……とはいえ、物量の心配はありませんね。《覚醒連結XXDDZ》を場に出します」

「そんな……引いたの!?」

「これで私のクリーチャーは全て攻撃可能!」

 

 後は、と紫月は続ける。

 次ターンに向けて、あの《邪王来混沌三眼鬼》を破壊しておくだけだ。

 

「──スピードアタッカーの《ガチロボ》で《邪王来混沌三眼鬼》を攻撃──」

「認めない」

「?」

「絶対に認めない……! だって……こんなのおかしい……!」

 

 怒りに満ちた声で、鬼月は言った。

 槍の鬼の目が不気味に輝く。

 

「私は、貴女の本能から産まれたんだもの……!! 貴女の強い所を全部貰ったもの……!! 貴女より強くて当然……!!」

 

 《キング・マニフェスト》に嚙み殺されるその刹那。

 時空が──裂けた。

 

 

 

 

 

<S─MAX:EVEローディング>

 

 

 

 

「ッ……《メヂカラ》が破壊された……!?」

「《邪王来》の効果は相手の攻撃にも反応する。効果で出したタマシード《バロム魔神の封》で手札を破壊。破壊したのはコスト7の《メヂカラ・コバルトカイザー》だから、コスト7以下の《ガチロボ》を破壊!」

「ですが、《ガチロボ》は攻撃時にも効果が──」

 

 そこまで言って、紫月は山札の上3枚を見やり、言葉を失う。

 3枚のカードはコスト7の《レレディーバ・グーバ》と《天命龍装ホーリーエンド》。

 そして、コスト6の《ガチャンコ ガチロボ》。

 このデッキで唯一のハズレ札が捲れてしまったのである。

 

(こんな所で……!!)

 

「運に頼るから天に見放される! 最初から頼らねば良いものを!」

それでも《XXDDZ》の効果でスレイヤーだから、最低限《邪王来》は破壊出来ます……!」

「出来た所で何?」

 

 鬼月の身体には、土くれの鎧が纏わりついていた。

 そして、その背後にはEVENOMIKOTOが顕現している。

 何本もの鬼の槍が突き刺され──女の甲高い悲鳴が辺りに木霊した。

 

「鬼の秘儀……私を進化元に……鬼S─MAX進化ッ!!」

 

 そう宣言した途端。

 鬼月の身体にも、鬼の槍が突き刺さる。

 そして、そこから炎が溢れ出した。

 

「いっ、ぎっ……!! こんな痛み……なんてことはぁぁぁぁーっ!!」

「S─MAX……プレイヤー自身を進化元にする進化法……!!」

「コイツを倒すためなら私の命をくれてやる!! EVE!! 代わりに力を寄越せェェェェーッ!!」

 

 悲痛混じりの絶叫が途切れた時。  

 そして、炎が消えた時。

 

 

 

 

 

 

「魑魅魍魎、悪鬼はのさばり世は終わる──《EVE─(オーガ)MAX》!!」

 

 

 

 

 後に残るのは、爆発した怒りに焼けた祭器の鬼のみ。



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JO26話:危鬼

 ※※※

 

 

 

 

「──おおっ、聞こえる!! 聞こえるぞ!! 鬼の産声が!!」

 

 

 

 

 全身が痛い。

 だけど、デモーニオの声ははっきりと聞こえてくる。

 今、どうなってる?

 何が?

 そうだ。デモーニオを、どうにかして空間に引きずり込まなきゃ。

 だけど、あいつが暴れてる限り、どうしようもない……!

 

(モモキングが居りゃあ、この状態のヤツでもデュエルに持ち込めたんだがな……やっぱり、これが魔力の差って奴か……!!)

 

「どうれ、見せてやろうか? 今、お前の仲間がどうなっているか!」

「……?」

「モニター、オン!」

 

 ホログラムだろうか。

 デモーニオの近くに、2つの映像が映し出される。

 そこには──イチエンと戦うブラン。

 そして、鬼月と戦う紫月の姿があった。

 しかし。

 

 

 

「あ、あああ、あぎっ、頭が、割れる……!!」

「はぁっ、はぁぁ……熱い、熱い……!!」

 

 

 

 ブランは地面に転がり、額を抑えてのたうち回っている。鬼の角が、そして爪が伸びており、鬼化が更に進んでいることは明らかだ。

 青い目は赤く染まっており、口からは牙が生えている。

 一方の紫月も角こそ生えていないものの、苦しそうに俯き、膝を突いている。

 周囲の空気は淀んでいる。陽炎? ということは、部屋の気温は相当上がっていることになる。

 熱源は──槍が何本も刺さった、あの祭器の鬼……!

 

「どうかね?」

「……ブラン!! 紫月ーッ!!」

「呼んでも無駄だ、聞こえはせんよ……彼女達では、亜堕無とEVEの相手は重かったようだな」

「てめぇ……!」

「或瀬ブランは、亜堕無の力でもうじき完全に鬼化する。暗野紫月には……残念ながら死んでもらおう。あの部屋は既に、50℃近くまで上がっているようだ。完全体のEVEの熱量は凄まじいからね」

「ごじゅっ……!? ざっけんじゃねえ! こんなのデュエルと関係ないじゃねえか!」

「これが、君の信じた仲間の末路だよ! 君達は……守護獣の力で今まで死線を乗り越えてきたのかもしれないが、自分が如何に死と隣り合わせか、気付かなかったのかね?」

「……!」

 

 こんな状態で、どうして戦え、頑張れ、だなんて言えるだろう。

 あの鬼達の力は、今までの敵とは桁違いだ。

 二人共、最早まともにデュエルを続けられるような状態じゃない。

 

「だから言ったのだ。諦めて鬼化を受け入れたまえ。君もまた、鬼化するのだぞ……?」

「あっ、ぐっぎ……!」

 

 まずい。

 頭が、揺れる。

 吐き気が、凄イ。

 

 喰ラウ。

 

 

 俺が、俺じゃなくなる……!

 

 犯ス。

 

 

 殺ス……!!

 

「あっ、あああああ……!! クソッ、こんな、あぎっ、クソ……!!」

「良い顔だ。それでこそ、立派な鬼の顔だよ。もうすぐ、守護獣にも合わせてあげよう。君も……私の部下の仲間入りだ」

「あっ、あ”、あ……!」

 

 

 

 もう、ダメだ。

 諦メ……。

 

 

 

 諦メル?

 

 

 

 

 諦メルノカ? 俺ガ──

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「クソったれ!! 皆揃いも揃って鬼化しやがった!!」

「僕達もだがな!! もう時間がないぞ!!」

 

 

 

 ヒナタとレンは、街の中で背中合わせになっていた。

 鬼化した住民たちが、そして選手たちが迫ってくる。

 既に目は凶悪な赤に染まっており、理性を失ってしまっているようだ。

 

「……僕達とて負けるわけにはいかん! 白銀達が戦っているのだからな!」

「おいレン! 今までいろんなことがあったけどよ!」

「何だこの期に及んで! 遺言でも残すつもりか!」

「お前が鎧龍を出る前の日に、お前の食おうとしていた限定ティラミスを間違えて食ったのは俺だーッ!!」

 

 

 

 げ ん こ つ

 

 

 

「何故それを今言ったッ!!」

「そのだな……やり残したことは、全部やっておきたいって思ってさぁ」

「……他に言い残したことがあるなら今のうちに言っておけ、ヒナタ」

「じゃあ……お前、結局……彼女とかまだいねーの?」

「居らん!! 貴様はどうだ? ……上手くやってるのか?」

「こないだ日本に帰った時に喧嘩して……3週間くらい口利いてねーぜ!!」

「慰めんぞ僕は」

「慰めてくれよ! 何がいけなかったんだ! 記念日を忘れた事か? デートに遅れた事か? それとも──」

「全部だバカモノーッ!!」

 

 レンの渾身の拳が、ヒナタの頬に炸裂する。

 ついでに、後ろにいた鬼も一緒にノックアウトした。

 

「あっ、あだだだだ、流石、お前のパンチは、効くぜ……」

「もう貴様等の間は取り持たんぞ……二度とな。貴様は少しくらい、白銀の律儀さを見習え」

「うるせー! コトハの奴、ワガママすぎんだよ……てか、白銀って俺にそんなに似てないの?」

「全く似とらん。貴様もノゾムもお調子者が過ぎるからな」

「……なるほどねえ」

「ただ一つ──似ている所を挙げるとするならば」

 

 レンはヒナタの顔を見やる。

 そこに──耀の顔が重なった。

 

「……たった1人でも、無茶をするところだ」

「……ははっ、違いねぇ」

「何を笑っている。貴様の悪い所でもあるんだぞ」

「でもそれ、レンも人の事言えねえじゃん」

「……否定はせん」

「だけど、今回ばっかりはヤバいんじゃね?」

 

 ヒナタが指を差した方からは、ローラン、ニコロがじりじりと近寄ってくる。

 彼らの背後には《砕慄接続グレイトフル・ベン》と《紅に染まりし者「王牙」》が現れている。

 最も、2体共鬼の力によって汚染されているのか、見るからに凶悪化していると見えるが。

 

「何だよ、レン、まさか腕力でこいつらどうにかするとか言わねえよな? もう実体化してるクリーチャーまでいるんだぞ!?」

「大気中のマナが大分濃くなっていると見えるな……あまり使いたくなかったが、アレの使い方、覚えているか?」

「アレ……?」

「そうだ。決闘空間を自力で開く方法だ」

「……何も起こらなかったよ」

「無理か……」

 

 守護獣も居ない。

 ましてや体内に魔力も宿していない。

 彼らにデュエルで相手と戦うのは土台無理な話であった。

 

「クソッ、せめて……あの時みたいにゲンムエンペラーが都合よく降りて来れば……」

「マジで!? 良いな!! 俺も5000GTとか天から降って来ねえかな!!」

「一生降って来ないから安心しろ」

「でもよ、ゲンムエンペラーは降って来ねえけど……なんか赤いのが降ってきてるぜ」

「……何?」

 

 ヒナタが空を指差した。

 そこには──ひと筋の赤い彗星が、煌めき──

 

 

 

 

 

 

 ──恐ろしい速度で、落ちてきたのだった。



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JO27話:記憶

 ※※※

 

 

 

 

「ッ……はぁ、はあ、あっ、ぎぃっ……!!」

 

 

 

 

 《「亜堕無」─鬼MAX》の召喚直後。

 一際強い鬼化の進行がブランに襲い掛かった。

 脳は揺さぶられ、強い衝動が何度も何度も襲い掛かり、最早立つこともままならない。

 何故ならば彼女は分かっている。

 次に起き上がった時は、自分が自分で無くなっている時だ、と。

 

「あっ、ぐうっ……喰ラウ……殺ス……呪ウ、呪ッテ……!!」

「探偵……ぬぐっ、あぁ、あぎっ……がぁっ……!!」

 

 記憶が薄れてくる。

 仲間と過ごした思い出も。

 今まで出会った来た何もかも。

 それらが塗り潰されていく。

 

 

 

 

 

 

 ──激しい、虐めの記憶に。

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「アッハハハハハ!! 金髪だ!! 金髪だ!!」

「お前、明日から染めて来いよ!!」

「……気持ち悪い。もう話しかけて来ないで」

「或瀬さん。どうしてクラスに馴染めないの? 虐められる理由は……貴女にもあるんじゃないの?」

 

 

 

 

「私はッ……」

 

 

 ハーフを理由に。

 ブロンドの髪を理由に。

 周囲から遠ざけられた記憶が、虐げられた記憶がよみがえる。

 髪を引きちぎられた。

 弁当に虫を入れられた。

 家に帰れば、猫の死骸が入っていた。

 吐き気を催すような記憶ばかりだ。

 惨めな自分。一人ぼっちの自分だけ。

 だけど。

 そんな自分を、救ってくれた人が居た。

 

 

 ※※※

 

 

 

「おーっ、かーわいーっ!! 何この娘? 人形? どこで買ってきたのよ、白銀クンっ」

「神楽坂先輩ッ、或瀬さん怖がってるじゃないですか!!」

「えー、なんでよー、かわいい子をかわいがって何が悪いのよ」

「目が怖い……」

 

 

「良い? 探偵になりたいなら、キャラからなりきらなきゃダメ! この服を着て!」

「えーっと、私がこんなの着ていいの? 部長」

「サイコー!! それと、日本語はヘタクソなフリした方がカワイイから! 言い訳出来るし、カタコトっぽく喋って!」

「……見るべきものを見ないから、大事なものを見落とすのデス……みたいなカンジ?」

「そう! それぇーっ! デースを、伸ばして! 君は可愛いんだから許されます!」

「何やらせてんだあんたァ!!」

 

 

「デース! 名探偵ブランちゃんに、お任せデース!」

「ねぇぇぇー! ねぇぇぇーっ! あんたどーしてくれんの神楽坂部長ォ!?」

「私の責任じゃないし、あの子も人気になって、万々歳でしょ白銀クン。ウチに入って早2ヵ月。ここまで育てるの、長かったわー……」

「確かに前より明るくなったし、友達も増えたけども!! あれ? 良い事しかない? ……なら良いか!」

 

 

「墓地退化以外のデッキ? 幾らでもあるけど、そうだな……白単サザンとかかなあ」

「持ってるデス?」

「一応な。でも俺、デッキ組むのへたっぴだからコピーデッキだぞ」

「別に良いデスよぅ! 早速貸してくだサーイ!」

「お前に貸したら、帰って来ねえ時があるからなあ」

「えー、ひどいデス! 今度は忘れないデスよ!」

「うーん、青春ってカンジ」

「茶化さないでくださいよ」

 

 

 

「なぁ、或瀬さん。無理してるんだったら、やめて良いんだぞ? そのキャラ付け……」

「何言ってるデス? 白銀君、今の私にはこれが一番しっくりくるデスよ」

「……そーだけど、ずっとそれだとなんつーか、疲れねえ?」

「疲れたりしないデスよ。それとも白銀君。……私にこういうの、似合わない?」

「……あー分かった、そんな顔すんな! 俺だってな、お前が元気そうにしてるのが一番だからな」

「OK! ふふっ、でも、こうやって一歩踏み出せたの、白銀君のおかげなんデスよ?」

「あ? 俺? でも俺はデュエマに無理矢理誘っただけだぜ」

「……だとしても、デス! 白銀君が見守ってくれたから! 何かあったら白銀君が守ってくれるって思ってるから、勇気を出せるデスよ!」

「……或瀬さん」

「だから──えーっと。白銀君が居ないと、ダメっていうか、いや、その……」

 

 

 ──私、白銀君の事が好き──

 

「っ……」

「どした? 或瀬さん」

「えっと……アカル! アカルって呼んで、良いデスよね! これからも私達、Best friendでいまショー!」

「……分かったよ。好きに呼べよ、ブラン」

「あっ、アカルもデスか? OK! 私達、これから遠慮とか一切ナシ、デスよ!」

 

(……言えるワケ、無いデスよ。私、あの頃、ロードが好きだったし……)

 

「聞いてよブラン。耀ったらさ、最近全然話しかけてくれないんだよねー」

「酷いデスねー、デモカリン? 恋愛に焦り過ぎはNo!」

「いや、そう言う話じゃないんだけど!」

 

(それにアカルは……)

 

「白銀先輩……カッコイイ……はっ、私一体、今何を……?」

「ふふーん、シヅクもやっとアカルの魅力に気付いたデース?」

「そんなわけありません! あんなクソ真面目な人……誰が」

 

(アカルは皆に好かれてて……その中で私が抜きんでるなんてムリだった──)

 

 

 

 

「君、本当は白銀耀の事が好きだったんだろう?」

 

 

 

 聞いた事のある声が頭に反響した。

 

「……ロード」

 

 思わず、その名を呼ぶ。

 死んだはずの幼馴染が目の前に立っていた。

 しかし、突きつけられたのは否定のしようがない事実だった。

 1人だった自分を。惨めだった自分を。 

 救ってくれたあの少年を──どうして好きにならないでいられるだろうか。

 だが、ずっと黙っていた。

 黙っているうちに、それが当たり前になっていった。

 自分で作った仮面を、キャラを被るうちに──その気持ちを口にすることすら無くなってしまった。

 

「君は結局、物語の主人公でもヒロインでもない。ただのそこにいるナードで、モブだ」

「そんな、わけ……!」

「……だけど残念だったね。それをずっと胸に秘めてた所為で、二人はくっついてしまった。卒業して、部活も廃部。もう君達を繋ぐ者は何も無い」

「……っ」

「でもいいじゃないか。元に戻っただけ。だって……君は一人ぼっちだったじゃないか、ずっとね」

「ぐぅっ、ああ……!」

「もし、手に入れたいなら、力づくで手に入れなきゃね……」

 

 目の前には──般若の仮面を被ったダレかが立っていた。

 

 

 

 

「──違う」

 

 

 

 

 ──ガツンッ!!

 

 

 

 

 

「違うッ!!」

 

 

 

 思いっきり、額を、地面に、打ち付けた。

 

「なんだ……いきなり……!?」

「ロード、もう出て来なくて良いよ」

「ッ……!!」

「消えて」

「……何で……ブラン……!!」

「あの二人は……いつだって、私のMy best friend……!! 力づく? 絶対イヤ!  

あの二人の幸せが、私の幸せだから!!」

「ッ……」

「確かにちょっと寂しかったデスけど……今の私にとって、アカルは……!!」

 

 

 

 

(何度でも、言うぜ。俺はお前の味方だ。俺だけじゃねえ。紫月も、火廣金も、桑原先輩も、皆お前の味方なんだ!)

 

 

 

「そして、皆は……!!」

 

 

 

(……そうだ。俺達は同じ部活の部員だからな。当然の事。理由など、それだけで十分だ。他に要らない)

(私も……ブラン先輩の味方で居て、良いでしょうか? これからも、ずっと……)

 

 

 

「正真正銘、私の仲間なんデスよ!!」

「そんな事を思ってるのはお前だけだ!!」

「アカルも、シヅクも、黒鳥サンも……皆も。私を仲間だって言ってくれる! 私も皆を仲間だって思ってる!! そうじゃないなら、今私は……此処に立ってない!!」

 

 

 そう叫ぶと──ロードの姿をした何者かは消えた。

 そして。頭の靄は、完全に晴れた。

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 血塗れになりながら、漸く──ブランは立ち上がった。 

 頭の角は、二本とも折れていた。

 

「……戻って、来れたデス」

「バカな、あそこから理性を取り戻した、だと!? ……何故だ!? 何故、鬼化に耐えられる!!」

「皆の、おかげデスよ」

 

 ブランは背後で苦しむ己の守護獣に──叫ぶ。

 

「そうデショ? サッヴァーク」

「ッ……そうじゃ。もうワシは……ヌシを泣かせないと決めた」

「守護獣まで……! 《「亜堕無」─鬼MAX》で攻撃する時、効果発動!! 場の《バイナラの心絵》を手札に戻し、そのコスト以下の《シラズ死鬼の封》を発動!」

 

 白い鬼の鎧は──幻影と共に分身する。

 

「墓地から《神ナル機カイ「亜堕無」》を蘇生する!! シールドをW・ブレイクだ!!」

「ッ……まだまだあ!!」

「何がまだまだだ!! 《神ナル機カイ「亜堕無」》は連続攻撃を持つ!! 場のタマシードの数だけアンタップするぞ!!」

 

 何体にも分裂した《「亜堕無」》の攻撃が、ブランのシールドを叩き割る。

 

「喰らってやるデスよ、そんな攻撃」

「だが最後の一撃だけは絶対に通さん」

 

 《ゲラッチョの心絵》と《パーリの心絵》が光り輝く。

 そして──巨大な剣が戦場に現れた。

 

「……守ってみせよう。汝の正義を貫き通すために」

「相手のクリーチャーが攻撃した時、場に2枚のタマシードがあれば、それをタップするデス。そうすれば──このクリーチャーは場に出てくる!!」

「ッ……!? 何だ!? この剣は──亜堕無!! ブチ壊せ!!」

 

 

 

 

<S─MAX:サッヴァーク>

 

 

 

「私を進化元に……スターMAX進化!!」

 

 

 

 突如。

 ブランの身体が光り輝く。

 サッヴァークの身体は粒子となり、彼女に纏われていく。

 

「この正義は友のため。重ねれば盾に。貫けば剣に。我らが心は今一つに!!」

 

 白い法衣と鎧を身に纏った騎士の如き姿となっていた。

 その手には剣が握られている。

 

 

 

「私達の名は……《サッヴァーク─MAX》!!」

 

 

 

 文字通り。

 守護獣と一心同体となった或瀬ブランの姿が、そこにあった。

 

「んなぁぁぁぁーっ!? 馬鹿な!! S─MAXで、クリーチャーと完全に合体した、だとォ!?」

「探偵! ヤツの攻撃が来る、打ち返してやれぃ!」

「了解、デェェェース!!」

 

 ブンッ!!

 思いっきり亜堕無目掛けてブランは剣を振るう。

 白い戦艦の鬼は──真っ二つに切り裂かれ、そして爆散した。

 

「すごいデス! 足も全然痛くないデスよ!」

「ワシの魔力で補っておるからな……!」

「りょーかい、デス!」

「何故だ、何故だァ!? 俺っちよりも、こいつらの方がクリーチャーと一心同体に……!?」

「ふんっ、年季が違うのじゃよ。年季が!!」

「Yes!!」

 

 ブランは軽い足取りで戻ると、カードを引く。

 そして、最早手で手繰ることなく、クリーチャーを実体化させた。

 

「《ゲラッチョの心絵》をスター進化!! 《正義星帝(Still justice till the end)<ライオネル.Star>》!!」

 

 現れたのは《正義星帝<ライオネル.Star>》──《「俺」の頂 ライオネル》の力を継ぐレクスターズだ。

 その力により、更にブランは手札からタマシードを連打していく。

 弾数は十二分だ。後は、解き放つだけ。

 

「その効果で、手札から光のタマシードの《スロットンの心絵》を発動! そして、場にタマシードが初めて出た時、《<ライオネル.Star>》の効果で手札から2枚目《<ライオネル.Star>》を呼び出すデース!」

 

 《スロットンの心絵》の上に《<ライオネル.Star>》が重なる。

 そして再び、その効果が発動する。

 

「ち、畜生、畜生……! こんな、はずでは……!」

「当然連鎖するデスよ! 《<ライオネル.Star>》の効果で、手札から2枚目の《カーネンの心絵》を発動デス! 効果で更に3枚目の《<ライオネル.Star>》を手札に! そして3枚目を《カーネン》からスター進化!!」

「《<ライオネル.Star>》が、3体も……!!」

 

 《<ライオネル.Star>》の進化クリーチャーを出す効果は1ターンに1度しか使えない。

 しかし、それはあくまでも1枚の《<ライオネル.Star>》の話であり、2枚目、3枚目が場に出れば、それぞれが効果を使うことが出来るのである。

 

「3枚目の《<ライオネル.Star>》の効果発動! 手札から──《ダンテの心絵》を出して、《「亜堕無」─鬼MAX》をフリーズデース!」

「そんな、馬鹿な……!」

「今度は《サッヴァーク─MAX》と入れ替えでこのクリーチャーの出番、デース!」

 

 ブランの身体から《サッヴァーク》が離れる。

 そして現れたのは──蒼き鎧に身を包んだ龍騎士。

 それがバトルゾーンへと現れる。

 

 

 

「仲間達、私に力を貸してくだサイ! 私を進化元にスターMAX進化──《MAX・ザ・ジョニー》!!」

 

 

 

 

 崩れたブランの身体をサッヴァークが抱きとめる。

 バトルゾーンに現れたのは、スターMAXの力に目覚めたジョーカーズのマスター《ジョリー・ザ・ジョニー》だ。

 

「ッ……やっぱり、合体はサッヴァークとじゃないと無理みたいデスね……!」

「少し安心したがな」

「あれー? 嫉妬したデス?」

「言っておる場合か!」

「はいはい、私の相棒はYouだけデスよ! サッヴァーク! 《ジョニー》は場のレクスターズ、またはジョーカーズの数だけパワーがアップ! 場にあるのは5枚! よって、パワーは20000デース! しかも、パワードブレイカーでパワーが上がればブレイク数もアップデース!」

 

 つまり、残るイチエンのシールドなど一撃で消し飛ばせることを意味していた。

 更に。

 

「もう1つの《ジョニー》の効果! ブレイク前にシールドを追加デース! ドラゴンブレイクならぬ──ドラゴンナイト・Q・ブレイクッ!!」

「ッ……4点か……畜生!!」

 

 イチエンのシールドが4枚、吹き飛ぶ。

 しかし。それでも尚、彼は終わらない。

 

「S・トリガー……《コーライルの海幻》で《ジョニー》を山札の下に!」

「ッ……でも、まだまだ!」

「止めるっつってんだろォ!? お前みたいな何も知らねえガキに負けて堪るかよ!! 《終末の時計 ザ・クロック》でターンを飛ばす!!」

 

 ブランのシールドは4枚に激増。

 対して、イチエンのシールドは0枚。

 

「お、俺は、負けねえぞ……金を、金を、手に入れるんだ……力さえあれば、もう、何も要らねえ……! 《神ナル機カイ「亜堕無」》をスター進化……!!」

「イチエンサン……!」

「その効果で、コスト5を宣言、3体の《<ライオネル.Star>》は攻撃もブロックも出来ねえ……!」

「貴方が変わってしまったキッカケは……好きだった人に裏切られたことデス。デモ……皆が皆、貴方を裏切るわけじゃあないんデスよ! 貴方を本心から気にかけてくれる人だって……」

「そんなの、居る訳が──」

 

 バチッバチッ、とイチエンの脳裏に過ったのは。

 

(なんで! 私は貴方が好きなのに! 別れようだなんて!)

(っせぇなー……飽きたからもう要らねえんだわ。お前、気色わりーんだよ。いっつも俺っちの後ろについてきやがって)

(それは、貴方が好きだから──)

(どうせ俺の金目当てなんだろ! 二度と俺っちの前に姿を見せるんじゃねえ!)

 

 とっくに、忘れたはずの、記憶だった。

 

「うるせぇ!! お前に何が分かる!! 俺っちが信用できるのは、金で繋がった関係だけだ……!! 力で繋がった関係だけだ……!!」

 

 最後の力を振り絞り、《「亜堕無」》が殴りかかる。

 しかし。

 

「──《ダンテの心絵》と《カーネンの心絵》をタップし、発動!!」

「邪魔するんじゃあ、ねぇぇぇよぉぉぉぉおおおおおーっ!」

 

 今度も通らない。

 《「亜堕無」》の身体は──《サッヴァークMAX》によって両断される。

 

「はぁ、はぁぁあ……何で、何でだよォ……!! 畜生、畜生ォォォーッ!! これだから何も信用出来ねえ!! どうせ人もカードも鬼も……俺を裏切るんだよ!!」

「……貴方が本当に信じられなかったのは。自分自身じゃないデスか?」

「っ……」

「だから……お金に固執したんじゃないデスか」

「知ったことを聞いてんじゃねえ!!」

「……分かるデスよ。私も自分が、そして他人が信じられなかったデスから」

 

 カードを引いたブランは──3枚のマナをタップした。

 

「──呪文、《ダイヤモンド・ソード》!! これで、私のクリーチャーは皆、攻撃出来ない効果が解除されるデス!!」

「ッ……やめろっ、やめろぉっ!! 《「亜堕無」─鬼MAX》!! あいつの攻撃を止めるんだ!! 鬼スターMAXは、場のカード3枚を犠牲にして敗北を回避する……!!」

 

 縋りつくかのように、白い鎧の鬼がタマシードを喰らいながら《正義星帝》達の攻撃を凌いでいく。

 しかし。

 足りない。

 あまりにも。

 ブランの場の攻撃出来るクリーチャーは4体。

 イチエンは、12枚のカードが無ければ、耐え凌ぐことができない。

 

「おいっ、おいっ!! 《「亜堕無」》!! コイツの攻撃を防げェェェェェェェェーッ!!」

「行くデスよ、サッヴァーク!!」

「ああ!!」

 

 大上段の剣から──光りが放たれる。

 

 

 

 

「──クライマックス・ジャッジメント!!」

 

 

 

 それが、亜堕無を──両断し、完全に吹き飛ばしたのだった。



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JO28話:存在証明

「……熱い……!!」

 

 

 

 室温──現在60℃超え。サウナ同然である。

 《EVE─鬼MAX》の放つ熱により、紫月の身体は既に熱中症も同然の状態であった。

 辛うじて、シャークウガのマナ供給によって踏みとどまっているものの、彼も最早限界が近付いていた。

 

「あっ、クソ……盤外戦術に訴えてくるヤツがあるか!!」

「シャークウガ、水……!!」

「もう熱湯しか出ねえよ、マスター……! 俺の身体はヤツのマナで直に熱されてるからな……!」

「あっははははははは! 私からしたら涼しい方だよ、オリジナル」

「全軍……一斉、攻撃……! 私が死ぬ前に、あいつを……ッ!」

 

 《XXDDZ》がシールドを2枚、叩き割る。

 しかし、ケアも何もない雑なブレイクが反撃を生まないわけがなかった。

 砕かれたシールドから、鬼の巻物が展開されていく。

 

「S・トリガー、《ゼータ滅鬼の封》を発動。タマシードが出たから、《<マルバス.鬼>》の効果で、墓地からコスト4以下の進化クリーチャーを重ねる」

「しまっ──」

「残念。もう遅いよ。……《センメツ邪鬼<ソルフェニ.鬼>》!!」

 

 次の瞬間、紫月のクリーチャーが全て破壊された。

 《<ソルフェニ.鬼>》は出た時に相手のコストが一番小さいクリーチャーとタマシードを全て破壊する。

 彼女の場にはコスト7のクリーチャーしか居なかったため、全てが吹き飛んだ。

 強いて言うならば、EXライフを持つ《XXDDZ》のみが生き残ったが──既にタップされている。

 このターンの攻撃は、終了だ。

 

「だ、だめ、ですか……!!」

「あははっ、良い気味。灼熱地獄の気分はどう? 私は鬼だから平気だけど」

「ッ……最悪ですね、貴女……!!」

「……じゃあ、もういいよね? さよなら」

 

 鬼月は4枚のマナを払い──《ロマネス仙鬼の封》を発動。

 それにより、《XXDDZ》も消し飛んだ。

 そればかりか、《<マルバス.鬼>》の効果によって墓地から《<ハンニバル.Star>》が蘇生される。

 既に打点は揃っている。

 

「こっちからトリガーをケアする手段は無いけど、逆に、そっちから私を倒す手段も無いの分かってる?」

「ッ……ぁ」

「《EVE─鬼MAX》の鬼S─MAXで、私の表向きのカードを3枚墓地に送れば、私は敗北を回避できる」

 

 鬼月のシールドは残り3枚。

 そして、場のカードは《EVE─鬼MAX》、《ストリエ雷鬼》2枚、《ゼータ滅鬼》、《ルピア炎鬼》、《シュウマツ破鬼》、《バロム魔神》、《ロマネス仙鬼》、《<ハンニバル.Star>》2枚、《<ソルフェニ.鬼>》、《ウシミツ童子》……。

 合計、12枚──鬼月はシールドが0枚の状態でも、後4回、攻撃を耐えることが出来るのである。

 

「滅茶苦茶だ!! ガチロボは破壊されちまったし……クソッ!!」

「対して、こっちの殴れるクリーチャーは《<ハンニバル.Star>》と《<ソルフェニ.鬼>》、《EVE─鬼MAX》──1回のトリガーじゃあ防げないよ」

「ぐぅっ……マスター、しっかりしろ……負けちまうぞ……!」

 

(無理……私はクリーチャーじゃ、ないんですよ、シャークウガ……!)

 

 汗を絞りながら、紫月はシャツを脱ぎ捨てる。

 下着だけの姿だが、最早、羞恥も何もなかった。

 辛うじて「生きねば」と言う思いで彼女はその場に立っていた。

 

「あっれぇ? まだやるの? ……ま、どうせ死ぬし? ちょっと引き延ばしてあげよっと」

「テメェ!! 攻撃するならさっさと攻撃しやがれ!!」

「考え中だもん。キミにどうこう言われる筋合い無いよ」

「ッ……何てヤツ! マスターの悪知恵が働くところを無駄に生かしやがって……!」

 

 

 

「……トリガーを……踏むのが怖いんですね……? 鬼月」

「──!」

 

 

 

 

 一言、一言ずつ、彼女は言葉を紡いでいく。

 

「……今、なんて?」

「それはそうです……私がトリガーをケアするのは、トリガーが怖いから……故に貴女が……はぁ、貴女が攻撃せずに私の死を待つのも、トリガーが怖いから、でしょう?」

「言葉は選んだ方がいいんじゃない?」

「自分で言いましたよね……鬼月。貴女は、私から知識・経験を奪った、と。それ故に貴女は、トリガーを踏むことに臆病になっている。鬼の癖に」

 

 べぇ、と紫月は舌を出してみせた。

 

「……卑怯者の臆病者。鬼の名が泣いて廃れる」

 

 舌打ちをしてみせる鬼月。

 しかし──すぐさまその顔は笑みに変わる。

 まるで、何も堪えていないかのように彼女は言った。

 

「……あはっ、そうはいかないよ。オリジナル」

「──え」

「私を怒らせて攻撃させて、トリガーを誘発させようとしてるんだろうけど、どうせこのまま放っておいても貴女は死ぬ。私が圧倒的有利な状態だ。貴女の怒りの原動力は私が一番知ってる。安い挑発じゃあ、私は動かない」

「……一世一代のセリフ、返してくださいよ……!」

「それより、隣の鮫君。限界じゃないの?」

「ッ……!」

 

 どさっ、と音がした。

 シャークウガが倒れていた。

 思わず紫月は駆け寄る。既に息も切れ切れ、マナの力は尽きかけていた。

 

「シャークウガ!!」

「……君を生かす為に魔力を送り続けてたんだよね? でも、魔力だって無限じゃない」

「ッ……ああ、クソ、ヘマしたぜ……ちょっと調子に乗り過ぎたな」

「そんな……しっかりしてください……!」

「さーてと。私は色々考えないといけないことがあるから」

「……一体何を」

「貴女を倒した後に、貴女のフリをして何をするか……かな」

「……!」

「自動的に耀君は私の物になるし……その後はみづ姉もずっと私の物にするでしょ? そしたら……その二人を鬼にして、一生私しか見られないようにしてあげるんだ。後は、ブラン先輩! 耀君とよく話してるから、殺しちゃおっかなーって思ってる」

「冗談は顔だけにしてほしいですが」

「怒りたい? 怒れないよね。だって、怒りの感情は、私が全部持っていったんだから」

 

 最早、怒る気力すら湧かない。

 悔しい、惨めだ、という感情こそあれど、立ち上がる気力に変えられない。

 

 

 

「さーて、後何分持つかな? 次は70℃! その次は90℃いってみようか! 私は100℃でも平気だけどねー?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 朦朧とする頭で。

 紫月はひたすらに、己の中に残ったものを考えていた。

 怒りの感情も。カードの知識も。今までの経験も。

 全部、あの鬼に吸い取られた。

 折角、あの運命を超えられたのに。

 例え生きていても、これは死んだも同然だ。

 そう考えていた。

 

「……それを考える必要はありませんでしたね」

 

 簡単な事だった。

 シャークウガを。ブランを。仲間達を傷つけようとする彼女には──紫月自身が最も大切にするものが欠けている。

 

「だけどきっと……あれもまた、私の本心の一つなのでしょう」

 

 姉さえいれば他に何も要らない。

 強くさえあればいい。

 ずっと、そう考えていた昔の自分の在り方にそっくりだ。

 しかし。今は違う。

 

「私は──仲間達が傷つくことを善しとするわけにはいかない。誰かが泣いている顔を見るのを、もう見たくない」

 

 倒れたシャークウガに目をやりながら、彼女は踏ん張り続ける。

 暑さで頭がやられそうだ。

 既に脱水症状だって起こっている。

 下手したらこのまま死ぬかもしれない。

 だが、だとしても──此処で倒れるわけにはいかない。

 しかし、このままでは負ける。

 彼女に勝てる要素など無い。

 耀が好きな気持ちでは負けていなくとも、他が負けていては意味がない。

 

「せめて、知識と経験が……あいつに奪われてなかったら……いえ、遅かれ早かれ、ですか」

 

 ああ恨めしい、と己の頭の良さを恨む。

 周りからは浮くし、ゲームと勉強以外に役に立ったことなど1つもない。

 

「何が、魔術師(マジシャン)のカードの使い手ですか。カードが無いと何も出来ないのに……オマケに無駄に狙われるし、良いところなんて何も無いですね」

 

 思えば──疑問だった。

 

「……何で、私なんでしょう」

 

 何故、自分が魔術師(マジシャン)のカードに選ばれたのか。

 そして、何故度々魔導司相手に狙われるのか。

 トリス・メギスに最初に目を付けられたのは紫月だった。

 バックーニョに攫われたのは紫月だった。

 紫月に直接洗脳を施したトリス。そして、紫月を取り込もうとしたバックーニョ。  

 彼らのいずれも──意識したわけではないにせよ、最終的に彼らは「紫月自身」に興味を向けている。

 

「……何で、彼らは私を狙ったのでしょう? 私に彼らを引き付けるようなものがあった?」

 

 死の淵の立たされ。

 漸く、紫月は──手首に流れる冷たいものに気付いた。

 先程からずっと、シャークウガから供給されていた魔力だ。

 それが形を持ち、実体化していた。

 

「氷の……剣?」

 

 いつもシャークウガが使っているそれだ。

 

「そういえば──」

 

 相棒のシャークウガが度々使う氷の刃。

 しかし──そもそもシャークウガには氷系の魔法を使うような設定は無い。

 守護獣はある程度、元になったクリーチャーの力が反映される。

 今までは何故なのか考えたことすらなかったが──

 

 

 

「そもそも、これだけ脱水続いてるのに、何で私まだ死んでないんですか──?」

「やっと気づいた? 己の根源に」

 

 

 

 誰かが──呼びかけた気がした。

 

「……誰ですか」

「──魔力の根源」

「根源……?」

 

 

 

「人は、私を──ワルキューレと呼ぶ。《魔神類オーディン》様の代理で、福音を知らせる者」

 

 

 

 《魔神類オーディン》──聞いた事の無い神類種だった。

 しかし、オーディンという名前そのものは馴染みのあるものだ。

 魔法の祖にして、北欧神話の主神だ。

 

「乙女よ。魔術師(マジシャン)の正位置の意味、覚えてる?」

「調べた事があります。可能性、奇跡、才能、感覚……」

 

 そこで言って、紫月は言葉を止めた。

 

「しかし、そんなはずは……! ……なぜ、今の今まで……誰も気づかなかったのですか? なぜ、今の今まで──」

()()()()。恋する乙女はね」

 

 そう言われ、紫月は黙りこくる。

 理解し難い。

 誤魔化された気さえする。

 しかし──頭の中はすっきりした気がした。

 自分が何をすべきか、分かったからだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 ──ブラジャーのホックを外す。大きなカップのそれが地面に落ちた。

 そして、脱ぎ捨てたシャツを拾い上げて胸に巻きつけ、きつく縛る。

 最後に気合を入れ直すため、頬を強く、強く両手で叩いた。

 

「ッ……よし」

 

 盤面を見据える。

 こちらは全滅。そして、相手の場には攻撃出来る3体のクリーチャー。

 S・トリガーで返すことは可能だ、と分析してみせる。

 手札はそう、悪くない。

 

「何のつもり?」

「誰かの所為で金具が熱々なのです。目の前で着替える無礼くらい許してもらいたいですね」

「そうじゃなくて。何で? さっきまで暑さで死にそうだったじゃん。何で……なんか悟った顔してんの? むしろ、何を悟ったわけ?」

「……助かりましたよ。貴女が……室温を上げてくれたおかげで……私も、リミッターをブッ飛ばせましたから」

「はぁ? 意味分かんないんだけど……!?」

 

 鬼月は──漸く、気付いた。

 周囲の、そして暗野紫月と言う少女に起こった異変に。

 

「あれ? ……上がらない。温度が上がらない……!?」

「……それは不思議ですね。上がらないどころか、下がっているようにさえ思えますが」

「何で? 何で? 何で──おかしい、おかしいおかしい!! だってそんなの、おかしいよ!! だってあんたはマナを持ってない普通の人間だよね!?」

 

 周囲の温度が下がる。

 紫月の周囲に──氷が現れる。

 周囲にはマナが満ち溢れており、まるで彼女から発せられているようである。

 否、現に発せられていた。

 

 

 

「自分でも、そう思っていたのですがね……どうやら違ったようです」

 

 

 

 紫月の目は赤く光っていた。

 

 

 

 激情に駆られた時と──同じように。

 

「……シャークウガ、起きて下さい。一応説明を求めます」

「おっ、さみっ!! 冷えてんじゃねーか! 何々!? 何がまかり間違ったの!? あんたは寒くないの!?」

「寒くないですね、今の所」

「え? え? 待って。衝撃の告白が聞こえた気がしたんだけど、普通の人間じゃねえってどういうこと!?」

「私は……()()()()()()()()だったようです。シャークウガ、全て知っていたんですね」

 

 鮫の魚人は──首を横に振った。

 ……あれ?

 

「あの、シャークウガ?」

「いや、俺だって今の今までタダの人間だって思ってたわ! えーと、どういうことだ? どうなってんだ? いきなりすぎて、理解が追い付いてねえよ! ただ──」

「ただ? 何ですか」

魔術師(マジシャン)のカードに選ばれるのは、()()であっても()()じゃねえってこったな」

「……成程。そういうことですね」

「ふざけんな!! 勝手に盛り上がるんじゃない!! 煮殺せないなら、やっぱり直に焼き尽くす!!」

 

 《<ハンニバル.Star>》が鎌を振り上げ、一気に紫月のシールドを切り裂く。

 しかし──もう、何も彼女には届かない。

 

「S・トリガー発動。《サイバー・I・チョイス》でS・トリガーを持つクリーチャーを場に出します」

「ッ!?」

 

 周囲は暗い海に包まれる。

 熱気は全て消え失せていく。

 

「──《天命龍装ホーリーエンド》で、相手のクリーチャーを全てタップ」

「はっ、ああ? ウソ? 何で? 今のブレイクで両方手札に加わったの──!?」

 

 鬼月の軍勢は漏れなく、凍えていく。

 それを前に彼女は目を丸くするしかない。

 圧倒的に有利だった状況は、一気に逆転された。

 

「有り得ない……勝っていた盤面、だったのに……!」

「感謝してますよ、貴女には」

「!?」

「私自身も気付かなかった潜在能力に貴女も気付かなかった、ということですから」

「──殺すッ!!」

「……もう、何もさせませんよ。貴女には」

 

 紫月は当然のように6枚のマナをタップする。

 そうなるべく。

 そうであることが確定された未来であるかのように。

 カードの名を詠みあげていく。

 

「──《ガチャンコ ガチロボ》召喚。魔術師の創造──3体のクリーチャーを呼び出します」

「ッ!?」

「……《覚醒連結 XXDDZ》、《ステゴロ・カイザー》──そしてご紹介します。守護獣改め、私の眷属──そして、深海の誇り高き覇王を」

 

 刻まれるのはⅠ。

 魔術師を表す数字。

 最早、彼は守護獣ではない。

 

 

 

「暮明の海を統べるのは貴方。

魔導の根源へと還りましょう──《堕悪の覇王 シャークウガ》」

 

 

 

 黒い杖を掲げ、シャークウガは満を持して顕現する。

 

「っしゃおらぁぁぁぁーっ!! 完全復活だコラァ!!」

「……いきますよ。シャークウガ。今の私達なら、何でもできそうです」

「おうよ。魔術師の本領発揮だ!!」

 

 並び立つ二人。

 例え何が奪われていようと、最早恐れるものなどなかった。

 

「《シャークウガ》の効果解決。《EVE─鬼MAX》と《<マルバス.鬼>》を手札に戻します」

「ッ鬼S─MAXで、場のタマシード3枚を墓地に送って、生き残る!!」

「これで場のカードは合計8枚。《ガチロボ》で攻撃する時、効果発動──当然成功」

 

 出た目は《魔竜バベルギヌス》、《レレディ・バ・グーバ》、《イチゴッチ・タンク》。

 その全てがバトルゾーンへと現れる。

 

「《バベルギヌス》の効果。《シャークウガ》を破壊して、再び場に出します。そして、《EVE─鬼MAX》と《<ソルフェニ.鬼>》を戻します」

「そんな、ウソでしょ……!?」

「これで、あと4枚。そして──《レレディ・バ・グーバ》の攻撃で《EVE》を破壊」

 

 《EVE─鬼MAX》は──ぼろぼろ、と崩れ落ちていく。

 もう、彼女が食うべきカードは無い。

 あっけなく、鬼の祭器は此処に消え去った。

 更に、残るシールドも《イチゴッチ・タンク》が砕いてしまう。

 

「……そんな、ウソ。こんな事、有り得ない……!! どうして、普通にプレイ出来てるの!? ッ……何で、カードの知識が戻ってるの!?」

 

 鬼の鎧を失った鬼月目掛けて──シャークウガと紫月は手を翳す。

 

「こんなの、認めない!! 私は──」

「いいや──これで終わりだぜッ!! 鬼のマスターよォ!!」

「折角ですし必殺技の名前でも呼びましょうか──」

「承った!!」

 

 水の塊が二人の頭上に現れる。

 そして、それが膨らんでいき──

 

 

 

「──鏡花水月・壊」

「……だぜっ!!」

 

 

 

 ──垂直落下。

 大質量の水が鬼月を押し潰したのだった。



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JO29話:灼炎

 ※※※

 

 

 

「……諦める? この俺が──?」

 

 

 

 鬼化が本能を呼び起こすならば。

 

 

 

「──それは、俺が一番嫌いな言葉なんだよーッ!!」

 

 

 

 デモーニオが「諦めろ」と俺に呼びかけたのは間違いであった。 

 意識が一気にふっと戻る。

 鬼化が止まったわけじゃあない。

 だけど、まだ──戦える。

 

「諦めもッ!! 肝心と言っとるだろうがッ!!」

「ぐぅっ……!?」

 

 最も、戦力差は未だに歴然だ。

 デモーニオは疲れた様子が全く見えない。

 

 

 

「鬼にならぬなら死ねい!! 白銀耀!!」

 

 

 

 床に組み伏せられる。

 だが──もう逃げようがない。

 デモーニオは自らの腕を槍のように尖らせるどころか、空中からも何本もの鬼の槍を召喚している。

 今度こそ万事休す──いや。

 

 

 

 

「……ったく。いつも、来るのがおせぇんだよ!!」

 

 

 

 

 ──俺には、それが来ることが分かっていた。

 デモーニオの身体はいきなり吹き飛び、槍は全て高速で叩き折られていく。

 後に残るのは炎のみ。

 炎を身に纏う猿人と、それを従える灼炎の将校。

 颯爽と部屋の中に現れた彼の名を俺は呼んだ。

 

「……火廣金!! 久々じゃねーか!!」

 

 彼は呼ばれるなり、更にデモーニオの方目掛けて炎の玉を何発もぶち込むと──俺の方に駆け寄った。

 

「すまない部長。こちらも立て込んでいてな。魔導司が鬼化したり分裂するもんで、対応に追われていたのだ」

「え? 魔導司って鬼になると分裂すんの?」

「俺達は人間に比べても精神力が尋常でないほど強いからな……そのまま鬼にならず、なまじ耐え切ってしまう所為で、鬼の部分だけがクリーチャーのように実体化するケースが発生してしまった」

 

 因みに火廣金の頭からも角は生えている。 

 この分だと、全世界に鬼化は進行していると見て良いか。

 

「世界は大変な事になっている。俺のようにじわじわと鬼化が進む者がいるのは勿論、空から鬼の槍が次々に振ってきて、刺された人は急激に鬼化が進んでいる」

「っ……!」

「止めるには、奴らを倒すしかないが、魔導司の鬼化・分裂事案も合わさって、対応が遅れた。申し訳ない」

「良いって事よ! 今こうして助けられたしな! それにしても奇遇だなー、丁度うちの紫月もそうなってたんだよ」

「……は?」

「……え?」

 

 何で驚いてんだコイツ。

 さっき自分で鬼化による分裂は有り得るって言ったばかりじゃね?

 

「部長……それは何かの勘違いではないか? もし本当なら大事件だぞ──っと」

 

 幾つも槍が飛んでくるのを俺達は避ける。

 デモーニオが起き上がったのだ。

 ……どうやら喋っている暇は無いらしい。

 

 

 

「こちらも本気で行く。スターMAX進化……ブランド─MAXッ!!」

 

 

 

 彼がそう唱えた途端、傍に立っていたブランドの身体は粒子となり、火廣金はそれに包まれていく。

 そして、腕が、足が、次々に重機の鎧と化していき、服は軍服のそれへと早変わり。

 機械の鈍重な腕と足を手に入れた将軍の如き姿へと変わった。

 

「お前、それって」

「新兵装。言わば、俺とブランドの──極点だ」

 

 スターMAX進化……魔導司なら、自分の眷属と合体出来るのか!

 ちょっとカッコいいじゃないか、火廣金。

 

「無視するなぁ!! 誰だ貴様は!!」

「デモーニオ・エティケッタ。貴方の行いは魔導司によって然るべき場所で断罪されるべきだ。大人しく着いて来てもらうか」

「ウィザードォ!? 知るかそんなもの! 皆鬼になるのだからな!」

 

 火廣金は俺の方を一瞥すると、1枚のカードを投げ渡した。

 

「分かってはいたが、奴は君でなければ抑えきれん。これを使え」

「おっと──これって」

「モモキングを奪われてるんだろう。どの道必要なものだ。アルカナ研究会の外付け魔力増幅装置……言わば、エリアフォースカードの超・簡易廉価版、デュエル・タロットと呼ぶ」

「サンキュー! 助かるぜ! だけど、これを俺に渡す為に?」

「君だけではないよ」

「え?」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「夢幻の無に沈め──《∞龍 ゲンムエンペラー》でワールドブレイクッ!!」

「天網恢恢疎にして漏らさず!! 《超神羅星アポロヌス・ドラゲリオン》でダイレクトアタックだ!!」

 

 吹き飛ぶローラン、そしてニコロ。

 そこには、アルカナ研究会製のデュエル・タロットを握り締めるレンとヒナタの姿があった。

 デュエルをするための空間さえ開ければ、こちらのものだ。

 

「魔法使いの知り合いって、今の赤い髪の奴か!? お前すげーな、レン!!」

「やれやれ、奴が来なければどうなっていた事やら」

「それより、幾年ぶりの共闘……やってやろうぜ!」

「ふん、浮かれているとケガをするぞ」

「嬉しい癖に~」

 

 背中併せで戦う二人のデュエリスト。

 そこにもう、死角はない。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「──というわけだ」

「良かった……黒鳥さんもヒナタさんも無事なんだ……」

「最も、本物に比べて性能は大幅に劣るぞ。奴を結局抑え込まんことにはデュエルには持ちこめない」

 

 そもそも、もう本物と同等のものは今の魔導司には作れないし、作るべきではないということなのだろう。

 俺もそれでいいと思ってる。

 

「でも、今度は二人だ!」

「雑魚が二人に増えた所で、何も変わらんさ!」

「では試してみようか。雑魚かどうかを!」

 

 火廣金が両手に巨大な爪を顕現させる。

 俺もそれに続いて、拳をデモーニオを叩きつける。

 効いてる。さっきよりも明らかに。

 交互に入れ替わり入れ替わりで打撃を叩きこんでいるが、衝撃がやはり殺しきれないんだ。

 

「これなら──いけるッ!」

「俺達なら──勝てる」

「なら……サービスも付けてやろう。ガキ共!!」

 

 次の瞬間だった。

 今度はデモーニオの背後から──モモキングダムが実体化したのだ。

 

「んなっ、モモキング!? この野郎、奪い返してみろって言いたいばかりだな!」

「……今度は助ける。もう俺は間違えない!!」

「何人束になっても無駄な事だよ!」

 

 彼らは──突如、大量の槍を召喚する。

 そして、それがモモキングダムの身体の封印を外していく。

 ちょっと待て。これって……まさか。

 

 

 

「禁断解放──ッ!!」

 

 

 

 避ける間もなかった。

 モモキングダムの身体から、光が発せられた──

 

 

 

 

「部長!!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 壁の向こうに、吹き飛ばされたのは確かだ。

 恐ろしい衝撃だった。

 一瞬、意識が飛びかけたが──何故か、まだ動ける。

 まだ、戦え──

 

「……火廣金?」

 

 俺の身体には、火廣金が横たわっていた。

 鎧は砕けちり、服も体もズタボロ。

 全身が火傷塗れになっている上に、瘴気が彼の身体を汚染している。

 

「火廣金ッ!!」

「……ああ、部長。無事か」

 

 何で。

 何で俺はどうってことないのに、こいつだけ──まさか。

 庇ったのか? 俺を……!?

 

「……咄嗟に君を、フルパワーで突き飛ばした」

「馬鹿野郎!! こんなになれだなんて、誰も言ってねえだろ……!」

「……合理的な理由だ。デモーニオを倒せるのは、君だけだ。鬼を倒せるのは、モモキングに選ばれた君だけだからな」

「ッ……うるせぇよ!! 理屈だとか何だで割り切れねえのが……人間だろうが!」

 

 彼は少しだけ笑みを浮かべると、俺に向かって手を伸ばす。

 

「……部長。少しは、あの時の……ロストシティでの借りを、俺は返せただろうか? 仲間がピンチな時、今度は命を賭しても守ると……決めていたんだ。君を守ると、決めていたんだ……!」

「そんな事しなくたって……借りなんて……!」

「恰好を付けただけだ……気にするな。すまないが、後は……頼む」

 

 手は──ふらり、と落ちる。

 それを一度握り締めると──俺は立ち上がり、敵を見やった。

 

「おやぁー? まだ両方共死んでなかったのか? 頑丈だな」

「……」

「ちっ、禁断解放1発で実体化が解除か。常々使えん。だが、トドメは俺様が刺せば良いだけだな」

 

 ……許せない。

 不甲斐ない俺自身が。

 そして、デモーニオが。

 もう、手加減なんて出来やしない。

 

「……ブランはお前の事を助けてやれねえかって言ってたけどよ」

「は?」

 

 

 

 気が付けば。

 地面を蹴り、デモーニオの身体を掴んでいた。

 

「ぬおっ、ぬおおおおおおおおおお!?」

 

 天井を突き破り。

 鉄パイプを幾つも壊し。

 壁をブチ壊し。

 そして──

 

 

 

 

 ──俺達は地上に飛び出した。

 

 

 

 

「あっ、あああっ、はぁぁぁーっ、死ぬかと思った!! 何処に、こんな力が……ッ!!」

 

 

 

 

 此処からなら。

 ……もう逃げ回ることも出来ねえよな?

 

 

 

「おいジャオウガ──返せ。人から奪ったモン全部よォ!!」

 

 

 

<Wild,DrawⅣ──EMPEROR!!>

 

 

 

 

「デモーニオ──お前も、さっさと鬼なんざ、手放しやがれッ!!」



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JO30話:切札VS鬼札

 ※※※

 

 

 

「……好い気になるなよ、白銀耀!! 例えデュエルであろうと、俺達の戦力差は歴然なんだからなァ!!」

 

 

 

 咳き込みながら、彼は2枚のマナをタップする。

 早速、禁断の槍が幾つも降り注ぎ、闇文明の力を身に纏った《モモキングダムX》が現れる。

 赤黒の鬼レクスターズに、あのカードの相性は最高。

 タマシードが場に出る度に、封印が1枚ずつ剥がれていくのだ。

 

「……2マナ。《ジャスミンの地版》を発動ッ!!」

「手緩いな! こちらは2マナで《シブキ将鬼の封》、1マナで《ストリエ雷鬼の封》を発動!!」

 

 次々に《モモキングダムX》の封印は解放されていく。

 残りは3つだ。打点で押し切られるのは、このデッキにとっては苦しい……!

 相手の場のタマシードは2枚。少なくとも、2体の進化クリーチャーが場に出てくるわけだ。

 

「ウッ、ウッウウウ……マスター殿ォ……ッ!!」

「くそぉ、モモキング……! 絶対に助けてやるからな!」

「助からんよ、ヤツは。もう体も心も鬼になっているからな!」

「さっき守護獣を檻にも入れられなかったあんたが言っても、説得力が欠片もねぇよ!」

「何ィ!? あ、あれはちょっと、目ェ離してただけだし!」

 

 ……薄々察してはいたけれど。

 

「……あんた、悪役向いてねーよ」

「はぁ──ッ!?」

「悪い事なんて、結局出来ねえようになってんだよ。鬼の力なんて手放せ、って! 《ライフプラン・Reチャージャー》発動!」

 

 この呪文は、デッキから5枚を見てクリーチャーを手札に加えるカードだ。

 それで俺が手札に加えるのは、《オウ禍武斗<サンマ.Star>》。 

 場に出た時にマナのカードを3枚増やす、侵略持ちのレクスターズの進化クリーチャーだ。

 そして、手札にある他の2枚のカードがあれば、俺は──次のターンで勝負を決められる。

 

(麻雀とは誰が言ったか……役が揃って、マナさえ溜まれば、その時点で俺のアガリが確定する……ヤツを倒すにはこれしかねえ!)

 

「──させんぞ。《マガン金剛<Nワル.鬼>》に進化!!」

「げっ!?」

 

 現れたのは、サイバー・N・ワールドを鬼化させたようなクリーチャー。

 その魔眼により、俺の手札からカード2枚が零れ落ちる。

 あ、あああ! 後ちょっとだったのに……!

 

「効果でデッキからカードを2枚墓地に落とし、その2枚がタマシードならば相手の手札を破壊する!」

「《<サンマ.Star>》と《モンキッド<ライゾウ.Star>》が……!」

「何を考えていたかは知らんが、今の手札破壊は相当な痛手だったようだな? 白銀耀」

「ッ……!」

「さっきとはデッキが違うが、凡そ決勝戦で使うはずだったデッキでも持ってきたのかね? お生憎様だが、鬼には……勝てんよ」

 

 冗談じゃない。

 同じ相手に二度も負けて堪るか。

 

「諦めねえぞ……! 《ジャスミンの地版》を《晴舞龍ズンドコ・モモキング》に進化! 効果でマナを増やす……!」

「……残念だ。こんな所で終わりになるとはね」

 

 言った彼は、5枚のマナを払う。

 タマシードの1枚が──その姿を変えていく。

 天が裂け、稲光が落ちる。

 周囲には邪悪な気配が満ちていく。

 この嫌な空気の正体はきっと──デモーニオの持つ、あの槍からだ。

 

 

 

「……スター進化!! 《邪王来混沌三眼鬼(カオス・ヴィ・ナ・シューラ)》!!」

 

 

 

 槍が変形し、龍の如き鬼へと姿を変える。

 空間を引き裂き、幾つもの宝玉を従え、混沌の鬼は戦場へ降り立った。

 そして、引き裂かれた時空から更なる鬼が現れる。

 

「──このターンで終わりにしてやろう! 《邪王来混沌三眼鬼(カオス・ヴィ・ナ・シューラ)》で攻撃する時の効果で、山札の下からタマシードと進化クリーチャーを呼び出す!」

「ッ……ってことは、来るのは……!」

「タマシードは《ドラヴィ圧鬼の封》! そして、進化クリーチャーは──」

 

 幾つもの超獣の怨念を身に纏った鬼が、降り立つ。

 デモーニオの背後で、それは咆哮してみせる──

 

 

 

「百鬼夜行、鬼の王が来たりて!! 《終来王鬼 ジャオウガ》!!」

 

 

 

 混沌の鬼に続き、ジャオウガそのものが場に現れる。

 そして、数々のレクスターズの力を溜め込んだことにより──《モモキングダムX》の鎧も弾け飛ぶ。

 

「……さあ、終わりだ。禁断解放」

 

 槍が吹き飛び、滅びの光が放たれる。 

 《ズンドコ・モモキング》は消し飛び、後には鬼の大群が残るのみ。

 パワー99999の超パワークリーチャーが、俺を見下ろしている。

 

「……ッこのデッキから有効牌が2枚以上出る確率は……計算しても、仕方ねえか……!!」

「行くぞ!! 《邪王来混沌三眼鬼》でW・ブレイク!!」

 

 トリガーは無い。

 しかも、残る後続は3体。

 《マガン金剛》に《ジャオウガ》、《モモキングダムX》の3体だ。

 そして、T・ブレイカーの《モモキングダムX》の攻撃が迫る。

 槍が次々に降り注いでいく。

 こいつらを全部止められる札なんて──

 

「マスター殿ォ……!!」

「ッ! モモキング!」

 

 声がした気がした。

 今、モモキングが俺のことを呼んだ。

 

「……某も戦うでござる、マスター殿も……諦めちゃ、ダメでござる……ッ!!」

「……」

 

 そうだよな。

 お前が苦しんでる時に。

 俺が諦めるのは……絶対に有り得ねえよな。

 例え今は相対していても、俺達は相棒だ。

 共に闘うパートナーなんだ!

 

「《モモキングダムX》でT・ブレイク!!」

「……俺ってバカだよな。こんなに沢山の人に、仲間に助けられてたのに、自分ひとりでケジメ付けるつもりで居たんだからよ」

 

 砕け散るシールド。

 破片が俺を切り裂いていく。

 だけど、もう負ける気はしなかった。

 

 

 

 

「G・ストライク……《ライフプラン・Reチャージャー》、そして」

 

 

 

 

 ……サンキュー、モモダチ!

 離れていても、俺達は仲間だぜ!

 

 

 

「G・ストライク、《モモスター・モンキッド》!!」

 

 

 

 《ジャオウガ》と《マガン金剛》の身体は雷に打たれたように痺れ、動かなくなってしまう。

 2枚のG・ストライク札……この場は耐え切った!

 

「バカな! 2枚もG・ストライクを!?」

「……0じゃねえ限り、有り得るんだよ! 何にもトリガーをケアしてないなら、文句は言えねえよなあ!」

 

 少なくとも、ノゾム兄ならそう言うはずだ。

 そして、これで全ての札は揃った。

 さっき《ズンドコ・モモキング》が場を離れた時の効果で、俺はマナゾーンから必要なコンボパーツを揃えていたのだ。

 そしてシールドから加わったカード。

 これで……逆転の準備は整った!

 

「《邪王来》の効果で全てのクリーチャーは可能ならば攻撃しなければならない……! 貴様を待ち受けているのは地獄のタマシード・S・トリガーたちだぞ!」

「だろうな。だから、シールドには触れねえ。元より、これで勝つことしか考えてなかったからな」

「何のつもりだ……!?」

「……一点は狙わねえ。全部まとめて、吹き飛ばすぜ!!」

 

 ……モモキング、ありがとう。

 やっぱりお前は最高の相棒だ!

 

「6マナをタップ」

 

皇帝(エンペラー)・S─MAX:ジョラゴン>

 

「よう、久しぶりだな。……紫月との試合で使うつもりだったけど、前倒しだ。頼むぜ──これが俺達の全力全壊ッ!! 俺を進化元に──スターMAX進化だッ!!」

 

 旋風が巻き起こる。

 鬼による本能解放なんかじゃない。

 俺自身の意思で全てを突き貫く、自由の風を、此処で起こす!

 

 

 

「これが俺の真龍の切り札(ドラゴンズワイルド)!! 《MAX─(ガン)ジョラゴン》!!」

 

 

 

 それは──ジョーカーズの中でも最も「自由」とされる存在。

 純然たる龍にして、人の創造した龍。

 そして、全ての弾丸を友とする者だ。

 降り立ったジョラゴンは、無数の火器を身に着け、その弾丸を目掛けて充填していく。

 

「ジョラゴン、だとォ!?」

「ああ──全ての銃が味方だッ!!」

 

 手札も。

 マナゾーンも。

 全て、フルチャージだ……!

 

「発動、ジョラゴン・(ゲット)・ワイルド!! 俺の手札からジョーカーズまたはレクスターズを装填し、その効果を得る!」

 

<《<ライゾウ.Star>》ローディング>

 

「──これで完成!! 名付けて《G・ジョラゴン<ライゾウ.Star>》!!」

 

 装填するのは《モンキッド<ライゾウ.Star>》。

 その効果は、出た時にマナゾーンにカードを1枚置いて、マナゾーンの数よりコストの小さい進化クリーチャーを呼び出す事だ!

 

「そして、この状態のジョラゴンに進化クリーチャーを重ねる事で、装填したクリーチャーの出た時の能力を使用できる!」

「何!?」

「……《ジョラゴン》で攻撃する時、侵略発動!! 《オウ禍武斗<サンマ.Star>》!!」

 

 これで、《オウ禍武斗<サンマ.Star>》の効果が解決される。

 そして、コピーした《<ライゾウ.Star>》の効果も解決される!

 

「その効果でマナにカードを3枚増やし、そしてマナゾーンから《<ライゾウ.Star>》を重ねる! そしてまた《G・ジョラゴン<ライゾウ.Star>》の効果でマナゾーンから《超獣軍隊ダディパイン》を場に出す──」

「待て、まさか……!」

「気付いたみてーだな。マナゾーンに進化クリーチャーが居る限り、このループは続く!!」

 

 俺のマナゾーンには、《ダディパイン》の5ブーストにより、また《<サンマ.Star>》が落ちている。

 まだまだ連鎖されることが出来る。

 次々にその上には《ズンドコ》が、《サンマ.Star》が重ねられていき、その度にマナが増えていく。

 

「だが、そこからどうやって勝つつもりだ!? そのままでは貴様の山札が切れるぞ!!」

「安心しろよ。……お前はもう、勝てねえぜ。《<ライゾウ.Star>》の効果発動!!」

 

 その上に重ねるのは──進化の頂点。究極進化だッ!!

 

 

 

「──究極進化、《神羅サンダー・ムーン》!!」

 

 

 

 現れたのは、雷霹を操る神の月。

 その権能は、マナゾーンから好きな呪文を唱える事だ──ッ!! 

 

「わりーな。逆転はさせねぇ。《一王二命三眼槍》で凌がれるのも、もうゴメンだしな。ラストワード……《オールデリート》!!」

「……そ、その呪文は」

「効果で、互いのプレイヤーのシールド、手札、墓地のカードを全てシャッフルして山札に戻す!!」

 

 その場には大嵐が巻き起こる。

 無論、スター進化で場に残るタマシード達は退かせない。

 だが、重要なのは互いにシールドも、手札も、もう存在しない事だ。

 デモーニオも、俺の場も、ガラ空きだ。

 

「だが、お前もミチヅレだ──ッ!! 俺様が進化クリーチャーを引けば、その時点でお前の負け──いっ」

 

 その頭に《ジョラゴン》の銃口が突きつけられる。

 最後の一撃、残しておかないわけが無いだろ?

 

 

 

「……言ったろ、《<ライゾウ.Star>》の効果をストックしたって」

「ま、まさか、そんなことが──」

「──《G・ジョラゴン》で、ダイレクトアタック!!」

 

 

 

 全力全開。

 全てをデモーニオにぶつける。

 鬼を──剥がす勢いで!!

 

「フルチャージッ!!」

「くっ、おのれ、斯くなる上は──」

 

 次の瞬間だった。

 デモーニオが槍を使い、空間に穴を開ける。

 まさか、逃げるつもりかこの場から──

 

「ぎっ、動かない……!!」

 

 その時だった。

 デモーニオの身体が硬直する。

 見ると──モモキングが実体化しており、彼の身体を羽交い絞めにしていた。

 

「……撃て、主ッ!! チャンスは今しかないでござる!!」

「サイコーだぜ──お前はやっぱり!!」

 

 至近距離からの極大の弾丸が──爆ぜた。



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JO31話:剥離・虚脱

 ※※※

 

 

 

 辛うじて、身体は動く。

 ……一体どうなっている?

 モモキングが倒れていて、デモーニオも……倒れてる。

 勝ったのは間違いないけど……そうだ。

 

「モモキング!! モモキング、しっかりしろ!!」

「うごががが、効いたでござる、今のは……」

「……平気そーだなあ」

 

 ……無事そうだ。

 何とか引き剥がせたみたいだな……ジャオウガから。

 だけど問題は、まだ邪気が周囲に満ちている。

 そして俺の頭から角も生えたままだ。

 まだ、何も終わっていない。

 

「……マスター殿……!! ジャオウガは……!!」

「そうだ! あいつが居ねえ!」

 

 

 

「ジャハハハハハハハ!! 此処に居るぞ!! モモキング、白銀耀よ!!」

 

 

 

 ──全身が血泥の如き鎧に包まれた鬼が、宙に浮かんでいた。

 そして、その手には鬼の槍が握られている。

 ジャオウガは、まだ生きている……!

 

「全く、どいつもこいつも使えんばかりだ! しかし……おかげで学んだぞ。S─MAX進化というものをッ!!」

 

 デモーニオの身体が浮かび上がる。

 駆け寄ったが、もう遅い。

 それは、ジャオウガに飲み込まれていき、消えていく。

 

「……人と超獣が一心同体となる進化……我も習得してみせたぞッ!!」

 

 その邪気がより強まる。

 そして、より強大に強まっていき──膨れ上がる。

 空間が裂ける。

 そこから──無数の魑魅魍魎達が降ってくる。

 

「バカな……この量のマナを、一体何処から奴は調達したというのでござるか!!」

「くそっ、こうなりゃもう1回……! モモキング! JO退化で行くぞ!」

「了解でござ──」

「ふん……紙遊びはもう飽きたわ! 貴様等の相手などしておられん! 亜堕無とEVEがやられた以上、我自らが全世界の鬼化を行わねばならんからなぁ!!」

 

 次の瞬間だった。

 ジャオウガの指から三つ、光が放たれる。

 紫の──光──

 

 

 

 ばしゅっ ばしゅっ ばしゅっ

 

 

 

 何かが撃ち抜かれる音が聞こえた。

 身体に痛みは無い。

 そして、衝撃を感じたデッキケースを見やると、3つ共穴が開いている。

 

「まっ、まさかコイツ──!!」

 

 中身を取り出した。

 燃えている。

 それも、タダの燃え方ではない。

 炎の色は青く、ビニール製のスリーブ諸共焼き尽くさん勢いだ。

 

「あっつ……こいつ、やりやがった!! デッキが全滅……!?」

「ジャハハハハハハ!! 貴様等を狙っても死にはしないが、紙切れはすぐ燃えるからなァ!!」

「この野郎、高かったんだぞ、このデッキ全部!! 幾らしたと思ってんだーッ!!」

「早過ぎて、対応出来なかったでござる……!」

「無理もあるまいよ、モモキング。貴様は長らく我にレクスターズの力を与える為の養分となっていたからな」

 

 まずい。もう今手持ちのデッキは無いぞ。

 JO退化も、赤緑ボルシャックも、そして緑単ジョラゴンデリートも……!

 まとめて今、燃え尽きてしまった……!

 

「デュエリストの魂のデッキを狙うとは卑怯千万!!」

「卑怯? 鬼の歴史の辞書では、卑怯は誉め言葉よ!! ジャハハハハハハ!!」

 

 ジャオウガはそのまま飛び去って行く。

 モモキングのマナはまだ回復していない。

 このまま勝ち逃げするつもりだ──!

 

「畜生! 折角組んだのに……デッキが無けりゃあ、あいつと戦えねえ……!」

「そればかりか、奴を倒さねば鬼化が……! マスター殿、もう目が真っ赤になっているでござるよ!」

「ッ……マジかよ、もう時間無いじゃねーか!」

 

 

 

「アカルーっ!!」

「耀君ッ!!」

 

 

 

 

 その時だった。

 サッヴァークとシャークウガ。

 そして、それに飛び乗った紫月とブランが、俺の開けた大穴から飛んでくる。

 ……た、助かったかもしれねえ……!

 

「聞いてくだサイ! 私、サッヴァークと合体して、スゴかったんデスよ!」

「さっきからこの話しかしないんですよ、ブラン先輩」

「合体? スターMAXの事か?」

「あっ、そうだ! モモキングは助かったデスね!」

「だけど、空が裂けている……どうして」

「まだジャオウガが倒せてないのだろう……部長」

 

 火廣金の声もする。

 見ると、ブランに負ぶわれている。

 無理して此処まで来なくて良いのに……!

 

「倒れていたので、救助したデスよ!」

「火廣金先輩も無茶をしますね」

「お前、大丈夫なのか!? 寝てた方が良いんじゃ──」

「平気だ……魔導司をナメるな。それよりも、相当消耗しているじゃないか」

「ああ。しかも、モモキングもまだ回復してないんだ。カード込みでも、次は魔力差で押し込まれるかもしれない」

「魔力勝負はデュエルだとリアルラックに響くからな……!」

 

 正直、デモーニオとの戦闘に加えて、此処までの連戦が相当響いている。

 この2日間だけで何回クリーチャーと戦っただろうか。

 

「それに──デッキがジャオウガに3つとも焼かれた」

「What!? デッキがオシャカになったらデュエマ出来ないじゃないデスか!」

「泣きそうだよ、正直今……泣いて良い?」

「全部高いデッキだったデスよね……それなりに」

 

 その通りである。

 しかもかなり思い入れのあるデッキだ。

 

「……何処までも鬼とは卑怯ですね」

「だが合理的だ。魔法使い同士の戦闘では、デュエルに持ち込まれる前に相手のデッキを狙う事もよくある」

「リアルファイトで制圧してデュエルで決着付けるのがスタンダードなのかよ、お前らの世界」

 

 空に広がる大穴。

 あそこから次々にクリーチャーが流れ込んで来る。

 このままじゃ、アメノホアカリが起こした新世界創造のように、クリーチャーの世界が完成するのも時間の問題だろう。

 

「つまり、現状の問題点は2つです。白銀先輩とモモキングの魔力不足。そして、先輩のデッキが無い事です」

「どれも割と深刻デスね……私達では、ジャオウガを倒すことが出来ないんデショ?」

「鬼は、桃太郎の力でなければ封じる事が出来んからな」

 

 紫月は──前に進み出る。

 あれ? こいつ、目の色が変わったような。

 

「だからこそ……耀君。こんな時こそ皆の力を合わせましょう」

「こんな時って──わっ」

 

 いきなり紫月は抱き着いてくる。

 み、皆の前で──

 

「……安心してください。私の力。耀君に託します」

「暗野……まさか君は、やはり──」

「おい紫月……!? ちょっと待てよ!? お前、身体から魔力が……!?」

「……耀君。どんな私でも……好きでいてくれますか?」

 

 身体に流れ込む力の本流。

 それがしみこんでいく。

 柔らかい。そして、温かい。

 彼女の体温を通して、元気が──湧いてくる。

 

「ああ、当たり前だ!」

「サッヴァーク! 私達も! アカルとモモキングに全てを託すデス!」

「……俺もやろう。まだ、魔力は残っている……ッ!」

「っしゃぁ! マスターに続くぜーっ!」

「皆殿……! かたじけない……!」

「……お前ら……!」

 

 行ける。

 戦える。

 皆の力が、俺に──そしてモモキングに集まっていく。

 

「……これで、全部です」

 

 ぎゅう、と彼女はもう1度俺を抱きしめる。本当に愛しいな。ずっとこのままで居たいくらいだ。

 

「……あーコホン」

 

 それを見てブランがわざとらしく咳き込んだ。

 ……やっべ、怒られそうだ。

 

「こほんっ、こほんっ! イチャイチャは後デスよ!」

「別にイチャイチャしてねーよ? こ、これはあくまで魔力補給だ」

「やらしいデスね……デッキは要らないんデスね! そのまま生身で戦ってきてくだサイ」

「死んじまうよ!! ……って、デッキ?」

「そうデス! ──アカル、モモキングの入っているデッキなら、私のこのデッキを使ってくだサイ!」

 

 彼女が俺に渡したのは《正義星帝<ライオネル.Star>》の入った白緑のタマシードデッキだ。

 中には《アルカディアス・モモキング》も入っている。

 

「多少、先輩用にチューンナップが必要ですね。パーツはあるので、少し組み替えても?」

「そうデスね。予備のスリーブが此処に。でも、シヅク、フラついてるじゃないデスか!」

「大丈夫ですよ。このくらいは平気です。……成程。《アルカディアス・モモキング》の入った《<ライオネル.Star>》……確かに相性が良いというわけですね。後は此処と此処を入れ替えて……」

「良いのか? ブラン」

 

 デッキを組み替えている紫月を横目に、俺はブランに問いかけた。

 ありがたいのはありがたいが、自分のデッキをポン、と俺に渡して良いんだろうか。

 

「ジョーカーズと言えば、アカルデショーっ! がつんっ、とブチかましてきてくだサーイ!」

「今度は帰ってこいよ、部長」

 

 皆……!

 

「……俺達ゃ待ってるぜ」

「ワシらは祈る事しか出来んがな」

「絶対に勝ってください。耀君」

 

 ……よし。

 

 

 

 

「──行くぞ、モモキング!!」

「御意でござるッ!」

 

 

 

 

 モモキングの背中から羽根が生える。

 そして、雷光と共にその身体に天使の鎧が纏われていく。

 《アルカディアス・モモキング》の姿だ──これなら、空に居るジャオウガにも届く!

 

 

 

「超超超可及的速やかに──ジャオウガを止める!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「ジャハハハハハハハハハハ!! 見えるか? デモーニオ!! 貴様の恨んだ世界が、壊れていく様を!!」

 

 

 

 デモーニオが槍を手にしたのはほんの偶然だった。 

 たまたま、彼が古物屋で買った槍に──ジャオウガは憑依していた。

 普通の人間が手に取っても何も起こらなかっただろう。

 しかし、強い恨みを持ち、更に鬼の力に目覚める素質があったデモーニオは、ジャオウガにそのまま憑依されてしまった。

 世界にクリーチャーが降りていく。

 人々は鬼となっていく。

 もうすぐそこに、鬼の世界は完成しようとしていた──

 

 

 

 

「──ジャオウガァァァァァーッ!!」

 

 

 

 一閃が、彼に襲い掛かるまでは。

 

「ッ……何じゃい!? モモキングに、白銀耀……!」

「お前の野望も、此処まででござる!!」

 

 剣をジャオウガの腕に突き立てながら、モモキングは叫ぶ。

 その背中には、白銀耀も乗っている。

 

「デッキも無しに我に挑みに来るとは愚かな──」

 

 

 

<Wild,DrawⅣ──>

 

 

 

 無機質なデュエル・タロットの起動音。

 それは、空間に引きずり込む合図であった。

 

 

「ッ……!? 馬鹿な、空間が──」

「よお、ジャオウガ。お前には思いつかなかったんだろうな──!」

 

 

 

 

<EMPEROR!!>

 

 

 

 

「困ったら、仲間の手を借りる……ってことをよォ!!」

「白銀耀、貴様ァァァァァァーッ!!」

 

 

 

 空間は開かれた。

 今此処に、切札と鬼札の最後の決戦が幕を開けたのである。



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JO32話:CRY MAX/CLIMAX

 ※※※

 

 

 

「我のターン……! 3マナで《天災(ディザスター)デドダム》を召喚!」

「《カーネンの心絵》を発動で、手札にタマシードと進化クリーチャーを回収する!」

 

 ──ジャオウガは早速、《ジャスミンの地版》と《デドダム》によってマナ、手札、墓地を一挙に増やしてしまった。

 ……リソース差がどんどん開いている。

 俺の場には《ジャスミンの地版》と《カーネンの心絵》。

 

「……何故諦めん!! 何故諦めんのだ、白銀耀!!」

「諦められねえ理由があるからだよ!! 俺じゃねえとお前は倒せないし、お前を放っておいたら──仲間達の生きる、この世界の未来はねぇからな!!」

「他者の力を借りねば生きられぬような、脆弱な生き物が……大人しく、踏み潰されるが良い!」

 

 ジャオウガの手にマナが集まっていく。

 巨大な祭器の鬼だ。

 EVEのそれと似ているが、何かが違う。

 その正体が掴めない。

 

 

 

「──スター進化、《カンゼン邪器<不明.鬼>》!!」

 

 

 

 ああ、成程、道理で。

 《完全不明》の力を強奪した鬼レクスターズか。

 確かアイツの能力は、相手のクリーチャーが場に出たら、マナゾーンからタマシードかクリーチャーを出す事、だったか。

 ……しかもご丁寧にジャオウガのマナには《終末の時計 ザ・クロック》が置かれている。

 つまり、コスト3以上のクリーチャーを出せば、その時点で俺のターンは終わる。かと言って、展開すると、マナゾーンの他のクリーチャーも出てくる。

 例えば、マナゾーンにある《ウマキン☆プロジェクト》や《デドダム》は良い例と言えるだろう。その状態でターンを返すのは──最悪だ。

 

「俺は──《カーネンの心絵》を発動! その効果で、《<ライオネル.Star>》と《ゲラッチョの心絵》を手札に加えて処理を終える……!」

「ジャハハハハハ! 手も足も出ないか! では、此方から行くぞ? 我は《デドダム》をスター進化──《グーゴル<XENOM.Star>》」

 

 邪悪なる気がさらに集まっていく。

 現れたのは、死神の力を継承したレクスターズのドラゴンだ。

 しかし、鬼ではないはずの彼もまた、禍々しい角が生えており、苦しそうにうねっている。

 《デドダム》にも角が生えていたし、鬼化はクリーチャーにも影響が……!

 

「──《<XENOM.Star>》の効果により、貴様の全てのカードはタップされる」

「ッ……!」

「……もうお終いだ。貴様は何も出来んのだ、ジャハハハハハハハ!! この簒奪したカードで作り上げた我の為のデッキ……だが、我が出るまでも無かったかな?」

「言ってろ! 俺は《バイナラドアの心絵》で《<XENOM.Star>》をマナに……!」

 

 

 とはいえ時間稼ぎでしかない。マナに埋めた所で、また《カンゼン邪器》の効果でマナゾーンから出てくる。

 八方塞がりだ。

 ……落ち着け。必ず活路はあるはずだ。必ず……!

 

 

「──此処から先は──絶望の一方通行だ、白銀耀!!」

 

 

 何だ?

 今まで以上に禍々しい気配が──そうか、来るのか。 

 ジャオウガの……本当の姿が。

 

 

<鬼S─MAX:ジャオウガ>

 

 

 

「百鬼夜行──逢魔が刻に鬼神来たりて!!」

 

 

 

 次の瞬間。

 俺のシールドも、ジャオウガのシールドも、全て焼け落ちていく。

 空は赤黒く染まっていき、まるで黄昏時だ。

 

 

 

「我は終焉を齎す者──《CRYMAX ジャオウガ》」

 

 

 

 

 それが立ち上がった時。

 世界は一変した。

 理性が吹き飛びそうになる。

 もう、まともに立っていられない。

 鬼化への強い衝動が──始まった。

 

「……どうだ? これが鬼の力だ。存在するだけで、全てを圧倒する鬼の力だ。貴様も鬼になりたかろう!!」

「あっ、ぐぅっ、また……!!」

「……まずは、きっちりと貴様もモモキングも屈服させんとなァ」

 

 ジャオウガが足を突きあげる。

 その衝撃で《<ライオネル.Star>》は消し飛び、俺の手札も2枚とも焼け落ちる。

 何が起こった……!?

 今のが、アタックトリガーだってのか……!?

 攻撃の予備動作だけで、戦場を更地に……したのか。

 

「屈しねえよ、お前なんかに……!!」

「鬼になって死ぬか。死んで鬼になるか。……鬼の歴史では、死んでも終わりではないぞ?」

「お前の軍門に下がるなんざ、まっぴらごめんだ……!」

「ならば、消えいッ!!」

 

 シールドが吹き飛び、俺の身体は軽く塵のように吹っ飛んだ。

 何が起こったのか分からなかった。

 そうだ。そう言えば。

 此処は、空間を広げていただけで、空の上だったっけ──

 

「──マスター殿ッ! ぐぅっ……!!」

「モモキング!! 貴様も例外ではない。今度こそ、鬼にしてくれる!! 鬼狩りとしての貴様の尊厳を踏みにじる事が、我の復讐なのだ!!」

「あっ、あぐっ……!」

 

 ダメだ、落ちる。

 身体が空間を通り抜けたのか。

 落ちている──空に……!!

 

 ダメだ。減速しない。自由落下だ。

 此処が地上から何メートルあるかなんて考えたくもないが、少なくとも助からない。

 

 まだ、デュエルは終わっていない。終わっていないはずなのに……ッ!!

 

 

 

「畜生、こんな所で終わりなのかよ──!!」

 

 

 

 

(──やれやれ。本当に、しょうがないマスターでありますなぁ。殺しても死なないのがマスターでありましょう)

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

 

 その時。

 一陣の風が吹いた気がした。

 

 

 

「……おうよ。そうだ!! ……殺しても死なねえ男、それが白銀耀だ!!」

 

 

 そうだ。もう、人間の心臓なんて俺には無いはずなんだ。

 常識なんかぶち壊せ。

 こんな事で死ぬようなタマじゃねえだろ、白銀耀。

 お前は、皆から色んなモンを貰って立ってたんじゃねえのか。

 

 

 

「根性出せ、モモキング!! 俺達ゃまだ終わってねえぞ!!」

「ッ……ウオオオオオオオオオオオオーッ!! マスター殿ォォォォーッ!!」

 

 

 モモキングの声がした気がした。

 見ると。

 モモキングも実体化して落ちてくる。

 このままの勢いならきっと、俺に追いつくだろう。

 しかし、今度は決戦の場に戻る事が出来ない。

 

「ぐぅっ、おお、意識がぁぁぁぁーっ!!」

「踏ん張れモモキング……俺も……根性で……っあ!」

 

 落ちてきたカードを手に取る。

 それは光り輝いていた。

 割られたさっきのシールドのカード──

 

 

 

「──切り札(ワイルドカード)が、この俺自身になる日が来るなんてな……ッ!!」

 

 

 

 

 ──S・トリガー、発動。

 

 

 

 

「俺を進化元に──ッ」

「某をマスター殿に重ねて──」

 

 

 

 

 ──《スロットンの心絵》ッ!!

 

 

 

 

 

「──スターMAX進化ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ねぇ、あれ……アカルとモモキングじゃないデスか!?」

「落ちているが、なんか光っていないか!? 高濃度の魔力が……合わさっている!?」

「……耀君……!」

 

 

 

 紫月の見上げる先には、

 

 

 

「……すごい……二つの光が、ひとつに……!?」

 

 

 

 もう1つの太陽が、現れていた。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 空を見下ろすジャオウガ。

 空間から弾き飛ばされれば、そこは空。

 もう、上がってくることは無い。

 モモキングも鬼化していて、力を自由に振るえないはずだ。

 終わりだ。

 呆気なかったが──もう、自分を倒せるものはこの世にはいない。

 

 

 

 

「やれやれ。大口を叩いたからどれほどのものかと思ったが、大したことはなかったな! 塵のように吹き飛びおったわ、ジャハハハハハハハ──」

「誰が大したことがないって?」

 

 

 

 

 

 ジャオウガの高笑いはそこで止まった。

 そして、その頭は突如、巨大な腕に掴まれ、一気にぶん投げられる。

 

「なっ、何じゃい!?」

「……ひとつ。瞳を光らせた。ふたつ。不死身の桃の英雄。みっつ。仲間を泣かせた悪の鬼!! 倒してみせよう、桃太郎──」

「何者だ!? 名を名乗れ!!」

 

 彼が当惑するのも無理は無かった。

 青年の身体に、熊の如き巨大な腕。

 龍の頭を思わせる兜。

 白銀耀でもなければ、モモキングでもない。

 

 

 

 

 

 

 

「俺達は切り札(WildCards)──《モモキング─MAX》!!」

 

 

 

 

 

 

 暗雲は晴れた。

 太陽が空から刺す。

 不死身の英雄たちは今、ひとつになったのだ。

 身体も心も、真の意味でひとつに。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

 

「これが俺達の、切札の極点。お前なんかに負けはしねえよ、ジャオウガ!!」

「だがしかし、シールドはもう無いのだぞ!?」

「S・トリガーで逆転したんだ。《スロットンの心絵》で俺を呼び出した」

「ぐぬぅ……! だが、《カンゼン邪器》で《<XENOM.Star>》を《デドダム》から進化させる!! ──《<XENOM.Star>》でダイレクトアタック!!」

 

 それは残念だが通らない。

 迫りくる鬼化した龍。

 しかし、それを障壁ではじき返す。

 

「S─MAX進化。俺達が場に居る時、手札の《モモキング─MAX》を捨てれば、俺は敗北せずに生き残る!!」

「ッ……持っていたか……!」

「そして、《カンゼン邪器》はブロッカーになっている俺達を超える事は出来ない! ……残念だったな」

 

 猛攻は乗り切った。

 後は、此処から逆転するだけだ!!

 

「俺のターン! 《バイナラドアの心絵》で《カンゼン邪器》をマナに送る!」

「ぐぅっ、おのれ……クリーチャーであればターンを飛ばしてやったものを……!!」

「そして俺達で攻撃する時、効果発動!! 先ずは、革命チェンジだ!!」

 

 俺達の身体は一度分離し、そして──戦場に現れたのは、音符を浮かび上がらせた

 

「──《時の法皇 ミラダンテⅩⅡ》!!」

「ッ……しまった……!!」

「そして《ミラダンテ》の効果でカードを1枚引き、その後《モモキングMAX》の効果で更に手札からコスト6以下のタマシードを使う──ッ!!」

 

 使うのは勿論、此処まで散々躊躇って来た展開用のカードだ。

 

「発動、《スロットンの心絵》! もう1度《モモキングMAX》に合体!! ──そしてT・ブレイクだ!!」

 

 ジャオウガのシールドは──全て叩き割れた。

 残るのは、あいつだけだ!!

 S・トリガーは無い。このまま貫いてみせる!!

 

「貴様如きが我に勝てるかああああああああああああああああ!!」

 

 ジャオウガの槍の如き足を、俺が拳で受け止める。

 勝ってみせる、に決まってんだろ!!

 

「貴様のようなちっぽけなドラゴンが!! 人間が!! 鬼の歴史を一人で引っ張って来た我に勝てるものかァ!!」

「ちっぽけだから重ねれば重ねる程、強くなるんだよ!! 俺達で攻撃する時……《マンハッタンの心絵》を発動!!」

「ッ……!?」

「ぶちまかせ、開拓の大嵐!! マンハッタン・トランスファーッ!!」

 

 大嵐が巻き起こる。

 次の瞬間、俺の場のクリーチャーも、ジャオウガの場のクリーチャーも全て消し飛んでいく。

 

「《デドダム》だけを残して残りのクリーチャーをマナに飛ばせ!!」

「ぬぐううううう!? わ、我が、我が吹き飛ぶわけにはいかぬッ……!! 《ジャスミンの地版》、《デドダム》、《ウマキン》……我が糧になれい!!」

 

 鬼S─MAX。

 それは仲間を食うことで生き残る力。

 だけど……もう、()()()()()()

 

「……それで、どうやってこの攻撃を防ぐんだァ! ジャオウガ!」

「ぬおおおおおおお!? 俺様が負けるわけには……!?」

 

 拳がジャオウガに叩きつけられる。

 今度は俺達の番だ。

 その巨体を空間から弾き出し、天から叩き落とす──ッ

 

 

 

 

「風よ力を貸せ──CLIMAXインパクトッ!!」

「ぬォォォォォォッ!! 逢魔極限怒号鏖殺ゥゥゥーッ!!」

 

 

 

 ッ……しぶとい。

 だけど……こちとら背負ってるモンの重さが違うんだよ。

 まだまだ、出力を上げられるぜ。

 ついでに自由落下の速度もプラスだ。

 

「……何故だ!! 何処から、こんな力が!?」

「テメェがCRYMAXなら、俺達はCLIMAXだ!!」

「何ィ!?」

「《モモキング─CLIMAX》の力、特と見やがれェェェーッ!!」

 

 犬、雉、猿。

 参つの幻獣が具現化し、ジャオウガに喰らいつく。

 炎が。光が。水が。

 俺に、力をくれる……!

 

「我は負けん、絶対に負けんぞ……!! 貴様もみちづれだ、桃太郎……!!」

「そりゃあ虫が良すぎるんじゃねえか!? 生憎こちとら、みちづれの相手は決まっててね! お前は今まで通りお一人さんだよ、ジャオウガ!!」

 

 ばきっ、ばきっと音を立て、ジャオウガの脚が砕け散っていく。

 もう片方の足を振り上げようとしたジャオウガだったが──

 

 

 

 

「ちきしょォ、白銀耀ゥゥゥーッッッ!!」

「つーわけで、あばよ……ジャオウガ!!」

 

 

 

 

 ──その前に身体が崩れ、砕け散ったのだった。



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エピローグ

 ※※※

 

 

 

「あああああああああああああーッ!! 止ま”ら”な”い”でござるぅぅぅぅーっ!!」

 

 

 

 ──と、此処までは良かったのであるが。

 自由落下の勢いでジャオウガをブチ砕いたのがいけなかった。

 デモーニオ社長を無事モモキングがキャッチ。

 俺もキャッチ。

 じゃあ……着地どうすんの?

 

「オイ!! オイ、モモキング!! アルカディアス・モモキングの力を此処で顕現させろや!!」

「いやぁー、無理でござるなァァァーッ! さっきの合体で魔力を使いきっちまったでござる☆」

「あああああああああああああ!! お前ええええええええ!!」

「全力全開って言ったのは、マスター殿でござるよなぁ!!」

「そうだけども!!」

 

 今此処高度何mだろう。

 下は海が見えるけど、落ちたら絶対に俺でも助からないよな、きっと!

 

 

 

「部長ッ!! 部長ーッ!! 聞こえるか!!」

 

 

 

 何だ? 下の方から迫ってくる声がする。

 あっ、火廣金とブランドだ。

 ロケット噴射の要領でどんどんこっちに近付いてくる。

 

「おーい、火廣金ーっ!! どうにかしてくれ!! 俺達ゃこのまま海のモズクだ!!」

「藻屑だ部長!! 全く世話が焼ける、最後までーッ!!」

「お前、どうにか出来ないのかーッ!?」

「俺を誰だと思っている。戦闘型魔法使いだぞ? どうにかできる訳がないだろう!!」

「此処から入れる保険は──ッ!?」

「無い!!」

「鬼!! 悪魔!! 殺生丸ーッ!!」

「取り合えずデモーニオ社長はブランドが救出できるし、モモキングは実体化を解除すれば良い!」

「ああ、それで助かるでござるな、危ない危ない」

 

 ”轟轟轟”ブランドがデモーニオの腕を掴み、そのまま抱きとめた。

 ああなるほど。ただ落ちてる俺らと違って、ブースター噴射で飛んでるブランドはそのまま減速して着陸できるのか。

 そして、モモキングもひらひらと落ちる1枚のカードになったため、これで助かる……と。

 

「──って、俺はァァァァァーッ!?」

「下を見ろ、下を!!」

「下ぁ!?」

 

 見たくはないが、ちらり、と見やると──何かが見えた。

 丸い、ドームのようなものが浮かんでいる。

 

 

 

「受け身を取れッ!!」

「って言われても──」

 

 

 

 次の瞬間、身体は何かに抱きとめられた。

 とても柔らかくて、弾む──弾力のある冷たいものに。

 これって、まさか──水……!?

 

 

 

「でも弾力があるってことは、また跳ね上げられるってことだよなぁぁぁぁーっ!?」

 

 

 

 ぽんっ!!

 

 

 

 再び俺の身体は打ち上げられる。

 

 

 

 この時点で、絶対に普通の人間なら死んでいるぞ──!?

 

 

 

「いいや、それだけ時間があれば、十分デスよ!」

 

 

 

 

 何かが俺の手を取った。

 ──これって。

 

「ブランに、サッヴァークッ!!」

「……やれやれ、一時はどうなるかと思ったわい。ワシとブランドでは、速度に差があるからな……貴様の高度に到達するまでの時間稼ぎが必要だったんじゃよ」

「ま、一件落着デスね!」

 

 ぐいっ、と俺の身体は彼の背中の上に引っ張り上げられる。

 ……どうなるかと思ったけど。

 何とかなったようだ……。

 

 

 

 

「紐なしバンジーなんて、二度と、やりたかねぇぇぇ……」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 

「……クラウディオ! クラウディオ!」

「……ソーラか」

「また曇った顔をしてるー。レシピ作りに一生懸命なのは良いけど、寝ないとダメよ? 気楽にいきましょう?」

「……君の言う通りだ。だが、寝ないといけないのは君の方だよ。ソーラは……身重なんだから」

「私の事を気遣ってくれるの? ふふっ、甘く見ないで。母は強し、っていうでしょ?」

「そうだね。……何か作ろうか? 俺も気安めになるし」

「え? いいの? それじゃあ私……魚卵のパスタが良い!」

「いっつもそれじゃあないか……今度、日本から取り寄せようか?」

「良いの? ふふっ、貴方はいっつも、私のワガママを聞いてくれるのね」

「当たり前だろう……君のワガママをずっと聞くために君と結婚したんだから……だから、子供の名前だって──」

 

 

 

「お父さん、誰と喋ってるの?」

 

 

 

 ──クラウディオは、そこで口を止めた。

 寝ていた息子が、起きてきたのだ。

 もう1度、目の前を見やる。

 そこには誰も居なかった。

 

「っ……」

 

 もう居ない妻と喋る日が続く。

 夜に眠くなると、いつも──現れるのだ。

 

「うるさいッ!! 子供は寝る時間じゃないか!!」

「ご、ごめんっ、だってパパ……最近ずっと……」

「俺の事は良い! 気にしなくて良いんだ……」

 

 レシピ本ではなく、裁判の書類が仕事机の上には広がっていた。

 

「……畜生! 畜生畜生畜生! どうして……どうして……!」

 

(ダメだ! 3人目の名前だけは譲れないよ! それだけは聞けないね! 幾らキミのワガママでもね)

(むぅっ、いじわる! どうしてガンコなのかしら!)

(ガンコなのはキミの方だ!)

(私もう知らないからっ)

(おとーさん、お母さんを追いかけなくて良いの?)

(ははっ、どうせ夕方にはお腹を空かせて帰ってくるよ。お父さんとお母さんが仲が良いの、知ってるだろ?)

 

 

 

「なんであの時くらい、君のワガママを聞いてやれなかったんだぁ……っ!」

 

 

 

(ああ、それか? 気付いてしまったかね。だが、此処は私のメンツを守ると思って……ね?)

(私は貴方の息子さんを、殺すかもしれないですよ……ッ!)

(君にも子供がいるだろう。止し給え。悪いが、息子の将来がかかってるんでね)

(貴方の息子さんの所為で、俺の妻とお腹の子はぁ……!!)

(……これは、事故だったんだよ、クラウディオ君。不幸な事故だ。そう言う事にしておいてくれないか? その方が──お互い幸せだよ)

 

 

 

「絶対に、復讐してやる……! 料理屋なんか要らない、あいつらに最高の復讐をしてやるんだ……ッ!」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「ザマァ見ろ……!! 本当に親族一同の揃ったパーティで殺し合いを始めやがった……!! あいつらは皆根絶やしだ……!!」

 

(ジャハハハハハハ!! 素晴らしいだろう? 鬼の槍の力。そして亜堕無の力は)

 

「ジャオウガ!! 素晴らしい!! こ、この力があれば……あれっ、何で俺は……? こんな事を……?」

 

(代償に貴様の大事なものを頂いた。だが、忘れると言う事は大したものではないということではないかね?)

 

「……そうだな。もうどうだって良い。こんな腐った奴らの居る腐った世の中は俺が壊してやる。俺は……今日からデモーニオだ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

「父さんッ!! 父さん──ッ!!」

「起きてください……父さん……」

 

 

 

 

 ※※※

 

 

 

「……悪い夢を、見ていたよ。ずっと……」

 

 

 

 デモーニオ──いや、クラウディオの寝ているベッドには、ジョンとジェーンがずっと泣きながら縋りついていた。

 

「父さん……!」

「目が醒めた……!」

「……やっと思い出したよ……バカだなあ。こんなに近くに居たのに……何で忘れてたんだろうなあ」

「デモーニオ・エティケッタ。……貴方はきっと、魔導司の手で裁かれるでしょう。退院後、魔導司書数名が貴方を迎えに来る」

「……大丈夫。全部覚えているし、逃げも隠れもしないさ……」

「ミスター・ヒヒロカネ……父は一体どうなるのでしょうか」

「世界を混乱に陥れた罪、相応の罰が下るだろうな」

 

 火廣金はぴしゃり、と言ってみせた。

 かつてのロードのように処刑されてもおかしくない、と言わんばかりだった。

 

「だが──これは俺の個人的な意見に過ぎないが、それでも生きて償い続けてほしいと俺は思っている。子供たちのためにも」

「……そうだなぁ」

「ONIは不祥事の発覚でCEOが逮捕されたことで、社長が交代する……というシナリオだ。しばらくは魔導司の監視が付くだろうが社員の心配はするな」

「……ああ、ありがとう。彼らに罪は無いし、巻き込んでしまったからね」

 

 それと、と彼は続けた。

 

「白銀耀達に……礼を言いたい」

「だそうだ」

「……どーもぉ」

 

 がらがら、と病室の扉が開く。

 現れたのはデュエマ部の面々であった。

 耀に加え、紫月とブランも来ている。

 

「……来ていたのか」

「一応ね」

「ジャオウガは守護獣の力も欲していた。君達を招待したのはそのためだ。だが、そのために君達に迷惑をかけてしまったどころか、私の凶行を止めてもらったこと……感謝してもしきれない」

「いーんだよ、オッサン。まあでも、生きてて良かったぜ。俺からはそれだけだ」

「しかし……決勝戦、楽しみにしていたようじゃないか。どうしたものだろうか」

「あっ」

「そういえば、そんなモノもあったデスね!」

「実は、あの戦いのときにデッキが消し飛んじゃってさ。また仕切り直しなんだよな」

「……ぷぅ」

 

 拗ねたように紫月は頬を膨らませている。

 

「そうか……すまない。デッキは弁償しよう」

「あー、オネガイシマス……」

「そうだ! 弁償ついでに、優勝賞品の《BlackLotus》!! アレも頂けると非常に嬉しいんデスけど……」

「何でオメーはそんな事ばっかり覚えてんだよ!」

「何でブラン先輩が貰う事になってるんですか」

「安心しろ、アレは戦いの余波で何処に行ったのか分からんぞ或瀬」

「WTFーッ!?」

「やれやれ、欲をかくからですよ」

 

 わいわいと騒ぐデュエマ部の面々たち。

 互いに遠慮のない彼らに──何故自分が敗北したのか、デモーニオは改めて悟るのだった。

 

「……俺は妻が死んでから、ずっと一人だった。子供たちの事を忘れていた。だからバチが当たったんだな」

「大丈夫だよ」

「……!」

 

 くっ、と耀は胸を指差す。

 

 

 

「離れれても、今度は心で繋がってんだろ?」

「……敵わんな。君は、本当に20やそこらの若者かね?」

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──俺達は帰路につく。

 また、日常に戻る為に。

 港に船が泊っており、俺達は客船で日本に帰る。

 

「──じゃあな、レン。次に会う時はもっと強くなってんだろうな?」

「ああ。首を洗って待っておけ」

 

 ヒナタさんとレンさんが別れているのが見える。

 あの二人の因縁と友情はきっと、これからも続いていくんだろうな。

 ああいうライバル関係、憧れるなあ。帰ったら、ノゾム兄に二人の事を聞いてみよう。黒鳥さんは教えてくれなさそうだし。

 

「ところでシヅクー」

「何ですか?」

「……シヅクって、結局魔法使いなのデス?」

「そうです」

「そうだったんデスか!?」

「えっ、やっぱりマジで!?」

 

 そう言えばそんな話もあったな。

 こいつ、今の今までそんなそぶり一切見せた事無かったのに。

 

「俺もびっくりだが、確かに体内でマナが生成されている。間違いない。俺と同じ、戦闘タイプの魔法使いだ」

 

 ……火廣金が言うんだったら、仕方がないか。

 

「ってことは、翠月さんも!? お前の父さんや母さんも!?」

「いえ、家に居る時、お父さんもお母さんも、そんな話をしたことはなかったですし……火廣金先輩も、私の家族を調べた際、全くそんな痕跡は無かったって言ってました」

「じゃあ、マジで隔世遺伝ってやつなのか……?」

「そうみたいです。私は思いもしませんでしたよ」

 

 ほう、と息を吐くと彼女の吐息から少しだけ雪の結晶が現れる。

 ……マジだったのか。

 確かにこいつも、頑丈な所があるなあとは思っていたけど。

 

「とはいえ、鍛えないと魔法らしい魔法は全く使えないらしいんで、私はこれからも普通の人間で居ますよ」

 

 そう言われると何も言い返せない。

 別に良いか。こいつの専属のクリーチャーなら……それで。

 

「そーデスねー! 私達は普通の日常に戻る為に、戦ってたんデスものね!」

「ああ。何事も無いのが一番だ」

 

 ……正直な事を言うと、久々に皆と会えたのは嬉しかったけどな。

 だから今度は、もう少し平和な出来事であってほしい。

 当分はクリーチャーの実体化とか、そういうのは良いかな、うん。

 船に乗り込み、荷物を下ろす。

 甲板から見える夕陽が妙にきれいだ。

 

「……本当に、色々あったなぁ」

 

 

 

「マスター殿!」

 

 

 

 その時だった。

 モモキングが真剣な面持ちで俺の前に現れる。

 

「おいどうしたんだよお前」

「我らは……確かに最強だったでござるな?」

「ああ、最強だったよ。間違いなくな」

「しかし、それはあくまでも、二人揃った時の話」

「え?」

「某……今回の事件で、己の力不足を痛感したでござる……かくなる上は──再び、修行の旅に出るでござるーッ!!」

「またァ!?」

 

 なんか知らんけどこいつ、勝手に燃えてるな。

 ……まあ止める理由もないし、また何かあったら駆け付けてくるだろ。

 それくらいの信頼感で繋がってるのだ、俺達は。

 

「ま、いいか。離れれても……心は繋がってるもんな」

「うむ!」

 

 ばさっ、ばさっ、とアルカディアス・モモキング由来の天使の羽根を広げ、彼は──空に飛び立とうとする。

 

 

「それではマスター殿!! いずれまた会う日まで、さらばでござるっ!!」

 

 

 

「おーいモモキングゥ、後で黒鳥の部屋で宴会すんだけどよー、オメェ来るだろ!?  サッヴァークの爺さんも参加するってよ!!」

「私も参加するデース! お酒も沢山買ったデスよーっ!」

 

 

 

「謹んで夜通し参加させてもらうでござる──ッ!!」

 

 

 

 俺はずっこけそうになった。

 返せ!! 感動の別れを!!

 

「アカルも来マスかー!?」

「お、俺は……良いかなあ……」

「むぅ、シヅクにも逃げられちゃったデスよ! ひっく」

「もう出来上がってやがるコイツ……!」

 

 ……ブランの酒癖に巻き込まれるのだけは絶対に勘弁だ。うん。

 さー酒デースと言いながら鼻歌うたってる始末だし。

 そんでもって──

 

「……ブラン先輩、行きましたか?」

「お前はお前でそこに隠れてたのかよ……」

「ええ、偶然です」

 

 くるくる、と髪の毛先を指で巻くと、彼女は問うた。

 

「結局、決着はつかず仕舞いでしたね」

「まー、今無理して決める必要もないんじゃね? 楽しみが一つ増えたってことで」

「むぅ……」

「それに、世界の暁ヒナタを倒したようなヤツに挑むなら、全力を出したいからなー」

「破ったら、凍らせますよ」

「……それは重々、承知してるよ」

 

 それと、と彼女は続けた。

 何処か好奇心に満ちた悪戯っ子のような笑みを浮かべてみせる。

 

「結局、私が魔法使いで……先輩がクリーチャーなんですよね?」

「奇しくもそうなっちまったな」

「……子供って、どうなるんでしょう?」

「え”」

「さーてと、部屋で待ってますよー、新しいデッキの相談もしたいですしー」

 

 

 ……。

 

 

 ……参ったなあ。

 結局俺、この子には一生敵いっこなさそうだ。

 

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──翌朝。

 

 

 

「おのれ……! 何故僕がいつもこんな役回りを……!」

「ぐごがぁぁぁ」

「ずごがぎががが」

「くかー……」

 

 

 寝こけた3匹の守護獣に向かって、寝不足の黒鳥は叫ぶ。

 最も、一向に起きる気配は無いのであるが。

 

「全く、ストッパーが居ないと、あそこまで騒がしいとは……白銀の奴も連れて来ればよかった」

「えー……アカルとシヅクはやめといた方が良いんじゃないデス?」

「何故だ! 奴らの守護獣だろう!」

「バカップルデスから」

「おい……まさか守護獣共は、気を遣ったのか? こいつらなりに?」

「恐らくは……」

「はぁー……ヒナタの前では強がったが、僕もいい加減、独り身は寂しくなってきたな」

「それじゃあ私とかどうデスか? 独り身だし、可愛いし、頭も良いデース!!」

「ハッ、却下だ却下、貴様だけは絶対に無い」

「何でそんな事を言うデスかー!?」

 

 

 ※※※

 

 

 

 ──しばらくしただろうか。

 あれから、後始末も大変だった。

 事情を知ったノゾム兄には大層労われ、ついでにヒナタ先輩に自分も会いたかった、と羨ましがられたのだった。

 翠月さんも桑原先輩も、鬼化した住民を止めるので大変だったらしく、日本は日本で大騒ぎだったようだ。

 デモーニオは重い罰を受けることになるらしいが、情状酌量の余地があるそうだ。 

 全ては丸く収まり、再び平和が訪れようとしていた矢先である。

 ……俺達関係者一同は、火廣金に呼び集められていた。

 

「……」

「……」

「……デース」

 

 彼の傍には、小さな女の子が──それも角が生えた女の子が立っていた。

 

「あのさー……火廣金、誰この子」

「鬼月だ」

「え”」

「何よ! あれくらいで、この私が消える訳無いでしょ!」

 

 ……それにしては随分と小さくなったな?

 中学生? 小学生? どっちだ?

 それくらいの背丈になっちまった。胸は……デカいけど。

 

「なあ……紫月。こいつに吸われたものって」

「全部元に戻りましたが……」

「全く酷い奴等ね! みーんな私の事忘れてるんだから! とゆーわけで、耀君は私のものなのよ!」

「小娘が身の程をわきまえなさい」

 

 紫月の目が赤く光る。

 空気が冷たくなり、6月なのに霜が降る。

 やばい、やばいよ。一触即発じゃねーかよ。どうしてくれるんだよ。

 

「私は耀君とちゅーしたもん!!」

「私だって耀君に──」

「おい馬鹿やめないか!!」

 

 こんな所で張り合っても仕方ないだろう。

 もう悪さをするような魔力も無いし、知性も外見年齢相応に落ちてるらしい。

 っていわれてもなあ……。

 

「他に引き取り手が無いのでどうしようかと思ってだな……」

「謹んでお返しします」

「なんでよーッ!! もう悪い事しないもん!!」

「Cute!! じゃあ、うちに欲しいデース!!」

 

 ブランが鬼月に抱き着く──が、キマっている。色々。

 

「ぐげげげげ、こ、殺される──」

「或瀬、首が!! 離してやれ!! 見た目は鬼だが、もう色々人間並みなんだぞ!」

「し、死ぬかと思った……こんな女のところに居たら、死んじゃうんだけど! 私、耀君と同棲するもんっ!」

「どうやら遺言を書く準備は出来たようですね」

 

 誰がどうやって収拾つけるんだ?

 ジャオウガは倒したのに、新たな争いの種が撒かれてるんだけど……。

 

「つまり、妹が増える……ってコト!?」

「みづ姉!? みづ姉の妹は私だけなんですよ!?」

「そうは言うけど、どっちもしづなんでしょ? 小さい頃のしづみたいで可愛いわあ」

「桑原先輩からも何とか言ってやってください!」

「じゃあデュエルで勝った方が本物の妹ってことで良いんじゃね?」

「乗った!」

「絶対に勝つのは私ですよ!」

「じゃあその次は私がシヅクとデュエルするデース!」

「何でそんな話に──」

「なら白銀ェ、久々にテメェと戦わせろや! 丁度良い所に刀堂兄もいるしなァ!」

「おっ、そんな話? 花梨も混ざるか?」

「あたしは賛成! 緋色、良いよね?」

「勝手にしろ。俺は止めんぞ」

 

 ……やっぱり、完全な日常には戻れなさそうである。

 

 

 

 

「そうだな……取り合えず、皆でデュエマすっか!」

 

 

 

 

 ──「学園デュエル・マスターズWildCards─切札VS鬼札篇」(完)




というわけで、王来MAXに合わせた最終章MAX、これにて完結です!! 所謂、夏の劇場版枠といいますか、番外編チックな話になってしまいましたが、改めて、最後に書きたかったものが書けたので良しとしましょう。
……それでは、次回作でお会いしましょう。また。


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