Doki Doki Literature Club! ~お前をセーブするために~ (zelkova)
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[〇〇〇]
『もしあなたが十分に大きな嘘を頻繁に繰り返せば、人々は最後にはその嘘を信じるだろう』


 この文芸部に、幸せは無かった。それが、それこそが真実。

 ならば、そんな事は無いんだと嘘をつき続ければ、どうなるだろう?



【いいえ】

 

 ―――っ……!

 

【彼を傷つけさせはしないわ】

 

 □□、□……!? お前、どうしてっ……。

 

【……】

 

 ―――なんでだよ……なんでこの期に及んで俺はお前の事を……どうして……! 例えほんの少しであっても、お前を忘れるなんて俺は……!

 

【ごめんなさい】

 

 

 ―――!?

 

 

【私が間違ってた】

 

 

 ―――なんだ……お前、何言ってるんだよ!? 今度は、何を言い出す気なんだよッ!

 

 

 

【ここに幸せなんて、ないのね……】

 

 

 

 ―――動け、動けってんだよ、俺の口っ……! この先の人生一切喋れなくなろうがどうでも良い‼ 今ここでアイツに何か言ってやれなくて、いったいいつ……!

 

 

 

【さようなら、サヨリ】

 

 

 

 ―――ふざけるなふざけんなふざっけんな!その口を今すぐ閉じろ‼ でないとお前、本当に……!?

 

 

 

 

【さようなら、○○○君】

 

 

 

 

 ―――やめろやめろやめろやめろやめろ‼ 言うのならせめてまたねだろうがよ‼ そんな事、絶対にッ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【さようなら、文芸部】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこかで誰かが崩れ落ちて、強く膝を打ったような。

 床に強く硬いものを打ちつける音がして。

 

 じくじくと膝が痛み出した事で崩れ落ちていたのは自分自身だった事に気がつく事ができたのは、いったいどれだけの時間が経ってからの事だったか。

 もうなんだか、よくわかんねえや。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 眠るという行為の目的を休息と定義づけるのなら、まっったく眠った気がしなかった。

 そりゃこんな最低の夢を見せられちゃ、体はともかく心が休まる訳が無いわな。

 ……『健全な肉体は健全な精神に宿る』だとかどっかで聞いたし、結局体も十分には休まっちゃいねえのか?

 

 ……何が一番酷いって、女子高生がせいいっぱい別れを惜しむような声で、しかし別れるしかないんだ、って流れに向かっていったあの悪夢は、妄想でもなんでもなく、つい最近実際に経験した事そっくりそのままな事だ。

 どれだけ思い出したくないエピソードであろうが、人間はあんなトラウマになるような出来事をすっぱり忘れられるようにできていない。

 そして俺が『頭のネジが外れてます系』主人公ではなく、『異常な鋼メンタルを持ち合わせてるんだぜ系』主人公でもない以上、その精神的なダメージは極めて全うに心に突き刺さってくる訳で。そんでもってこうして朝っぱらから最悪の気分になるのは当たり前の事だった。

 

 

 起き出してきて朝食を食べ、学校に行くまでのルーチンワーク。記憶に残すほど密度のある時間でもない。

 ……そのはずだったんだが。いろいろと()()()()()()()今となっては、そんな時間にすら複雑な思いが募るばかりで……ああもう頭痛いわ、もうこんなシーンは『スキップ』だ『スキップ』。

 

 

 

 

 

「最近はスキップしたらすーぐに()()だな。いくら誰もいない部室見てると発狂しそうになるからっつってもここまで単調なのかよ、俺の行動パターン」

 

 部員が消滅した『文芸部』で『部長』と成り果てた俺は、自分の頭の悪い行動を笑いながら『二人の部屋』へと足を運んでいた。

 はたしてその行動にどんな意味があったのか。もしかすると彼女がそこで待っていてくれるんじゃないのか、みたいな、淡い希望を抱いての行動だったのか、それとも結局最後には誰に言われるでもなく自分の意思であの場を立ち去っておきながら、そんな部屋が今どういった状態にあるのかを知りたかったがために、そういう好奇心のままに動いたが故の行動であったのかは……正直、俺にも良く分からない。まあ、うん、よくあるよな、自分でも何やってんだかわかんない的なアレ。

 

 そんな調子で、はやる気持ちを押さえつつ手をかけたドアの向こう側。

 見えた景色の中に。

 

 

「……」

 

 

 彼女の姿は無かった。

 

「……まあ、そりゃ、そうだろうよ」

 

 彼女と俺の二人だけのモノだった世界に、もう一度彼女が足を踏み入れる事はない。

 分かっていた事だったというのに、口は勝手に舌打ちをしながら、俺は彼女がいない現実を改めて目の当たりにしていた。

 

 

 

 そのまま椅子に座って、背もたれに体を預けて脱力しながら考える。

 ただ、考える。

 

 ―――なんとも陳腐で未練がましく、みっともない言葉となってしまう事は承知の上だ。

 そしてそれを承知しているからと、これから吐き出す言葉の醜悪さが薄まるような事も無い事も、分かっている。

 そう、だからこれは、ただ、臆病な自分が、そうしておかないと思考をめぐらす途中で調子が狂いかねないだろうと確信しているが故の、極めて自分勝手な前置きにすぎない。

 そうして聞き手不在の部屋で口をついて出るのは。

 

「こんなはずじゃなかったんだ」

 

 ……そうだ。こんなはずじゃなかった。俺は、こんな結末を望んじゃいなかった。

 

 [サヨリ]は、これからだった。これからだったんだよ。あいつの命は、魂は、断じて病気なんかにくれてやって良いモノじゃなかった。これから幸せになるはずだったんだ。俺が、これまでの不幸せをまるごと吹き飛ばして、あの花のような笑顔をもう一度咲かせてやるはずだったんだ。

 

 [ナツキ]も、これからだった。あの状況変化の度合いときたら、薄っぺらい俺の人生ごときのイベントの中じゃ一二を争う余地も無く、ブッチギリのトップで劇的極まっていたように思えるあの一週間を過ごしてもなお、あいつの作るカップケーキの味まで吹き飛んで忘れ去ってしまうような事はなかった。またいっしょに作りたい、いっしょに食べたいと、そう心から願ったもんだ。

 

 [ユリ]だってこれからだった。ああ、そういやあの小説、まだ一章までしか読めてないんだよな。あの続きが気になって気になってしょうがねえ。またいっしょに読む約束をしたお前が隣にいなきゃ、続きを読める訳がねえだろうがよ。もはやタイトルがすぐに出てこないくらい過去の事に思えるけれど、それだけは忘れないようにと心に刻みつけていた。その甲斐あってか、どうやらきちんと覚えていたようで一安心。

 

 

 

そして、[モニカ]。

 

 

 

「ふざけた話だよな」

 

 手元に唯一残された手紙は、モニカが遺した手紙。……遺していきやがったもの。

 

「言いたい事を言うだけ言って、後は永遠にさようならってか。ッハハ、悲劇のヒロインらしくてたいへん結構ってな……」

 

 体感では一瞬だった意識の空白の後、気づけば感情がバグったのかと一瞬勘違いするほどに、俺は手紙を開いたまま腹を抱えて笑っていた。笑うしか、なかった。

 ふと訳も無く脳裏をよぎったのは、前にテレビで聞いただけの本当だか嘘だか分からない、笑いってのは意外と結構体力を使うってんで、あんまり笑いすぎるとジョークじゃなく笑い死にしてしまうとかいう話。

 普通そんな話が頭よぎってるんなら早く笑うの辞めろよと、笑ってる最中でも頭に浮かんでくるんだが、笑いは止まってくれない。

 

 どれだけそうしていたのかはやっぱりわからない。ただ数えていなかったからかもしれないけれど。強いて言えば、笑う事に飽きた頃とでも言えば良いのだろうか。

 それだけの期間を笑ってすごした事に、ああ、こりゃ時間を無駄にしたわなあと自嘲しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間、手元の手紙を握り潰した

 

 間髪入れずに紙を真ん中から引き千切って、バラバラにして、バラまいて。一呼吸置いてからかき集めて、『あの時』よりもさらに形容し難い景色へと姿を変えた窓の外に、欠片のひとつも残さず捨ててしまった。

 特に手紙を破り捨てる時の無慈悲さといったら親の仇を前にしてもここまでやるほどか疑問に思えるレベルだ。怒り狂った俺の頭はそれほどまでに、二度とこの手紙という存在を見ないように、意識しないように引き裂いてしまうように、体に命令を下していた。

 

「……まあここまでやりゃあ、二度と読めないよな」

 

 そう呟いて、溜息をひとつ。思考の海に沈んでゆく。

 ……たった今俺は、モニカの遺志を踏みにじるような真似をする事、否、踏みにじる事を決意した。

 その事になんら後悔は無いと言い切ってしまえばどんなにか楽だっただろうと思うってのに、アイツの最期を焼きつけたこの目は、そんな安易な思考をひたすら阻害するのだ。

 今この瞬間に、モニカと自分を繫ぐもの全てが、手紙とともに粉々に砕け散り、二度と思い返す事ができなくなってしまったかのような錯覚が、俺の胃を締め付け、脳を侵し、心を抉ってくる。

 

 ―――何もここまでしなくても良かったじゃないか、これから始める事の成功確率なんて未知数なんだぞ、もしも失敗して本当の本当に彼女達を取り戻す事ができなくなってしまったら……―――

 

 

 

 

 

 ―――そんな甘ったれた考えは今すぐにゴミ箱に叩きこめ(けしさってしまえ)、このグズヤロウ。

 

 余計な思考に奔りかけた頭を床に強く打ちつける事に、今度は躊躇いも後悔もありはしなかった。

 そうやってしたい事をしようとする自分の事を、自ら変な考えで邪魔をする俺自身には、

 

「っ……ンッ、ガァッ‼」

 

 ほとほと、愛想が尽きたんだよ。

 そんな予防線を張るのは、嫌われる事を恐れていたユリと、別に貴方のためじゃないだのとツンデレのお手本をなぞっていたナツキ。これで十分だわ。この上さらに俺までうじうじし出すとか、え、何? 誰が得するんだよ?

 

 ()()()がそんな姿勢でいたから、サヨリは首を吊ったんだよ。あんな思いを、二度してたまるか。

 

「……ッッ‼ ッテテ……」

 

 ……分かってるんだ。本当にモニカの意思を尊重して行動するなら、俺は『文芸部』の事をすっかり忘れて、『ギャルゲーム』の呪縛から解放された上で幸せを掴み取るべきなんだろうよ。

 今なら実感を持って理解できるのだ。『[主人公]を愛する』プログラムに支配されたというアイツらと同じように、どうやら俺も『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』プログラムの制御下にあったらしいという事が。

 他の部員の存在が無かった事になり、学校における部の定義から外れすぎてゲームが成立しなくなるという形で、ようやっとそのプログラムから、文芸部と言う名の牢獄から解放された俺は、そのまま変な事をしなければ、プレイヤーに意識をのっとられるような事も無く、普通に幸せになれるのだろうな。

 世界の管理者権限もそのまま残っている事だし、この先の人生で困る事も無いだろう。

 

 

 ()()()()()()()()()。この誰も救われなかった未来を知る俺が、まさしく俺だけが、プレイヤーの意思の介入を無視できるようになったこの俺こそが、このゲームの新しいエンディングを作ってやれるのだから。

 

 あのプログラムだって実際、今となってはもうどうしようもない存在ってわけじゃないんだ。キャラクターの存在そのものにすら干渉がきく権限を手にした存在となった以上、『ヒロインは主人公を愛するもの』という、プレイヤーによる強力な固定観念が存在理由の根底に存在しているプログラムを書き換えるよりは、別に個性の塊であろうが全然許される『ゲームの主人公』の人格に関するプログラムを改変する程度、赤子の手をひねるようなもんだった。

 

 ……ただしこれから始める事は、この世界(ゲーム)創造主(クリエイター)に向けて真っ向から喧嘩を売るような真似だ。ハッピーエンドもバッドエンドも、全ては読み手の価値観次第である以上、作者がこうだと定めた終わり(トゥルーエンド)そのものに不満を垂らす権利こそあれど文句をつける権利など、プレイヤーにすらありはしないだろう。まして登場人物(おれたち)が口出しをするとか、実際問題どうあがいても不可能だし、できたとしてそんな事をいちいち許していたら、『こんな展開をこいつらに強いるとか、このキャラ達に何を言われるだろう』なんて現実と創作をごっちゃにするようなバカバカしい事をいちいち考えていたら、創作の幅は今の何億分の一に狭くなってしまう事か。俺だってそれなりにいろいろなアニメやゲームを楽しんで来たから、その程度の分別はわきまえているつもりだ。これを強行して突き進む以上、このまま全能の力を揮える世界で暮らすような事とは比べものにならない障害が待ち構えていると考えるべきだ。

 

 

 まあ、だからといってそれが、俺が俺の幸せの追及を諦める理由にゃならねえけどな。

 

 

 干渉するのは、\Steam\steamapps\common\Doki Doki Literature Club¥gameの中で『リセット』を阻む存在、『firstrun』。

 こいつをゴミ箱にぶち込めば、ゲームは初期化される。サヨリも、ユリも、ナツキも、モニカですらも。ゲームは全てを巻き戻してくれるだろう。

 そしてそのままの一週間をなぞれば、ハッピーやバッドの区別をつける対象が存在しない、唯一無二のトゥルーエンドに向けて、一直線に突き進むのだろう。

 

 絶対に割り込んで見せる。アイツらの結末を変えてやる。

 結局のところ全てを成功させたところで、あのゲームの結末を本当の意味で『変えた』事にはならない。絶対にそうはならない。創造主があの形ですでに完成させてしまっている以上、そんな真似はこのゲームの制作の最中の時点にまで時間を巻き戻して、直接ハッピーエンドを提案し、押し通してしまうくらいの離れ業をしない限りは無理だ。当然そんな真似が不可能である以上、ゲーム媒体で新たなエンディングを作成するなど天地がひっくり返ってもあり得ない。せいぜいインターネット上の二次創作小説サイトだとか、その辺りに俺の行動の記録が載せられる程度になるんだろうな。十分だ。

 何度も言っている事だが、主人公たる俺が求めていたのは皆が救われる終わり(ハッピーエンド)だ。『幸せなんて無かった』(トゥルーエンド)でもヒロインの死亡and消滅(バッドエンド)でもねえんだよ。

 

 ……おい、何を他人事みたいな目で見てんの? 今の俺の一人称視点を今パソコンだかスマホの画面の向こう側で眺めているお前らプレイヤーだってそうなんだろう? なあ? ……いや、今となっては読者と呼ぶのが正しいのかねえ。

 ……だからさっきから何ドン引きしてんだ。なんだ、メタ発言にも限度があるだろってか。今更だろ。悪いけどこちとら原作からして第四の壁を叩き壊していくスタイルで突っ走ったビジュアルノベル作品の出身なんでね、それくらいは想定した上で読み進めようか、と遅ればせながら推奨させてもらうぜ。なに、今時メタい物語なんかまあまあ珍しい程度で、結構ありふれてるしおっけおっけ。

 

 ―――だからそれでもなおこんな俺の行く末が気になるような奇特な奴が、もしもいるのなら。

 画面の向こう側から応援でもしていてほしい。

 

 俺はアイツらの幸福が欲しくて欲しくてたまらないんだよ。そのためならなんでもする。ああそうだ、なんでも。『部長』の全能なんざ投げ捨てて過去に戻ってやるし、仮に『[主人公]が消滅すればゲームも成立しなくなり、アイツらも当たり前の日常に戻る事ができるんだ展開』みたいなテンプレ悲劇とかが万が一来たとしても、そんならそれで躊躇なく死んでやるさ。ああ死んでやるよ。

 

 自分で言うのもなんだが原作ゲーム中の俺はともかくとして今の俺は、ラノベの主人公なんかをはるには及第点をやれるぐらいの分かりやすい目標と、モブとは一線を画す執念を持ち合わせていると自負してるんだが。実際俺はそういうキャラが登場するラノベとかアニメとか大好きだし、どーせお前らもそういう主人公好きだろ? なあ。

 それともこうやってこれ見よがしにお前らこういうのが好きなんだろっていう態度取るのもあれか、気に入らないか? どうでも良いわな。

 

 

 

 さてと。

 第四の壁破りはほどほどにして、そろそろすべき事を始めよう。不快に思われる頃だ。

 

 ……手紙を破り捨てた影響からか、真っ暗なまま何も映らなくなったゲーム画面を眺めるのも飽きた。

 

 

 

 いつか、お前は詩に書いていたよな。私をセーブして、と。

 バカな俺には、あの詩の意味をよく理解できていなかった。俺も男だし、素直にそんな事を言うのも嫌だったからな、抽象的だのなんだのと分かったようなふりして軽くかっこつけたもんだ。まあバレていただろうけど。で、その結果が今俺の前からお前が姿を消すっていう今の状況な訳だ。

 

 その願いを叶えるために、今から俺はこのゲームをリセットする。……どっかの地下世界の物語の受け得りだけど、セーブってのはゲームデータを保存する意味とは別に、『救う』って意味があるんだってな。

 ああ分かった。ようく分かったよ、今更ながらで本当に申し訳ない所だけど。

 

 そのSOSに応えよう。例えお前がもうそんな事を望んでいなかったとしても構いやしない、絶対にお前を俺のそばに引きずり戻してやる。今がどうだったにしてもたしかにあの時のお前は、詩という形で求めていた、望んでいたんだ。聞く耳を持ってやるほど優しくはねえ事ぐらいわかってるだろ。それが、散々やるだけやって逃げてったお前に示せる、俺の考える復讐の(あい)しかたなんだからさ。

 

 

 

 ―――黙って救われちまえ。

 

 

 

 次の瞬間、俺―――[○○○]は世界を巻き戻した。

 

 

 

 

 




 この作品における主人公は、ヒロインがクリエイターによって主人公を愛するようデザインされているように、あたかもどのヒロインともくっつく可能性があるような振る舞いをするよう、ゲームとしてクローズアップされる以前の、幼少期、小学校、中学校時代、高校に入学したころまでに培ってきた自我とか個性といった物を、プログラムによって抑圧されています。そういう独自解釈だと認識していただければ。原作準拠でいくために名前も空白です。ゲームをプレイした時のように好きな名前を入れてみましょう。

 また、『部長』の権限を手にしたものはあのゲーム内において全能にも等しい力を手にする事ができるのは、原作の描写を見ての通りです。
 主人公以外の全ての部員がモニカによって存在を消去されてしまったため、部としての体も保てなくなった文芸部は崩壊しており、権限のみ主人公に宿っている状態です。


 しかしはたしてあの結末こそが唯一無二であるはずのゲームのアフターを妄想しただけの二次創作など需要があるのだろうか。あったとして勢いで見切り発車したこの物語を完結までもっていく事ができるのだろうか。不安だけど頑張らねえとなあ。


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『自分らしく生きることができない人には次なる道は開けない』

 君も随分と運が良い。逆らいようも足掻きようもないタチの悪い呪縛から解放されたばかりか、本来不可逆的に進み続けるしかなかったはずの道を、もう一度進む事を許されるとは。
 ……いや、そうでも無かったのか? あるいは今の君には、一度目で君を拘束した呪縛よりももっと酷いものが絡みついてしまっているともとれるからね。

 まあ良い。
 ボクが言いたい事はだね。

 焼き直しといえど油断はするなよ。三度目があると考えるな。
 事が終結するまでの間にわずかにでも安心したその瞬間に道は打ち止め、『オワリ』だと知れ。


 カーテンを豪快に開いて視界に移った景色に、訳も無く涙が出そうになった。

 

 ……っていうようなセリフを、最近買ってる雰囲気がおしゃれなタイプのラノベでちょくちょく目にするんだが、今その主人公の気持ちが分かったような気がする。

 

 いや実際さ、創作されたセリフの不自然さをどうこう言うとなると別にあれに限った話じゃねえんだろうが、まあ冷静に考えると意味分かんねえよな。理由も無しに涙が出る訳ねえだろバカか。

 基本的に涙っていう物は、悲しいって感情を頭の中で完結っつーか、処理しきれなかった時に、余剰分のストレスを発散するため脳の命令で目から溢れ出る体液の事だったよな。興味本位でググってみたら大体そんな感じの事が書いてあった気がするから多分間違ってないはず。

 

 でも結局、今現実にこうして、俺には理解できないなんらかの要因によって涙がこぼれている以上、そんな謎の状況を説明づけようとすると、さっきのその『意味分かんねえ』表現を使う他無いとかいうこの不条理っぷりよ。なんだこれ。

 

 オタク趣味をさも低レベルなものであるかのようにはやしたててくるムカッ腹立つあの中学時代のクラスメートどもがこちらをあげつらうための文句に、『どうせお前の部屋なんて、()()()()グッズだかなんだかで散らかって、足の踏み場も無い汚部屋になってんだろ』とかいう、クソムカつく……にはムカつくんだが、それ以上に困惑が勝つほど時代錯誤な偏見にまみれた物があった。

 そんな経緯もあって、俺の部屋はシンデレラの継母が裸足で逃げ出しそうなくらいには、清潔、整理整頓、ゴミなど皆無、と三拍子そろった理想的な物に仕上がっている。目に入ってくるようなドデカイ埃があるはずも無し。

 

 じゃあどうして今俺の目からは今もなお涙がこぼれ続けているんだ? ホントマジでどういう事なのこれ。意味分かんねえ。

 男なら泣くなと教えられて育った身の上、涙をこぼすなど結構な屈辱だぞ。

 ……どうしてこうも涙が止まらないんだろうな。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうしたものかとため息をつきながら、タッセルという名前があるらしい事を最近知って驚いた覚えのある、カーテンをまとめるアレを手に取った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 雨上がりの快晴は良い。

 

 天気予報でラニーニャがどうとか言ってた事と関係があるらしいが、今年の夏は溶けちまいそうに暑かった。熱にやられて野菜が異常な成長をしてしまったとかいう話を夕飯時のニュースで聞かされるあたり、そりゃあもう相当なもんだったんだろう。

 創作世界ではともかく、この現実においては物を言わない事になっている野菜が、異常成長という形で主張を始めるほどの暑さだ。日常的に物を言って生きている人間が無反応でいられる訳も無い。何が言いたいかっていうと。

 野球部の連中が2、3人熱中症でぶっ倒れたっつー話を小耳に挟んで、やはり帰宅部こそが最強にして最高なのだと再確認して優越感に満たされたもんだな! すぐにアホらしくなって考えるのを辞めたんだが。水分補給はこまめにしてないとああなるって教訓にしておいた方が10倍有益だ。

 

 まあそんなたわいのない回想を入れるのもほどほどにして、冒頭の唐突な雨上がりなんちゃらの意味を解説すると。

 単純な話、雨が上がった後は涼しいわけで、久しぶりにテンションが下がらない気温というか、空気だった事に浮かれてたがための台詞だったって事だな。雲ひとつ無い空とか単純に見ていて気持ちが良いし。

 

 束の間のスッキリ気分だという事は分かっているので、どうしても一定量気分が落ち込むんだが。

 

「おーはーよーー!」

 

 そうら来ましたよ。

 閑静な住宅街に響き渡るけたたましいと形容して余りある大声に、思わず顔をしかめた。

 

 んでもって即座によーいドンで駆け足だ。

 

「え、ちょっとちょっとぉーー!?」

 

 はっはっは、追いつけると思わない事だな。中学時代から一貫して帰宅部の俺の足を舐めるなよ! んんんあっれえ変だなあ、微塵も誇れる要素がねえぞそりゃそうだっつの。男女の体力の差と不意打ちで走り出した事だけで引き離したにすぎないのを、なんかすごそうな言い方で飾り付けてみただけだしな。順当だよね! しっかしまあなんだろうな今日の俺、朝っぱらから謎に泣いてたくせして深夜テンション入ってるぞ。朝の8時なのに。こいつは朝からテンションたっかいサヨリを笑えねえなあ。

 

「はぁ……はぁ……追いつけた!」

 

 結局信号に引っかかって追いつかれてるし。うわあ俺カッコ悪っ。

 

 

 

「ッチ、タイミングが悪かったか……まあお疲れさん。そしてよくぞ俺に追いついた。ご褒美にアメちゃんをやろう」

 

「完全に置いていく気満々だった上に扱いが小学生!? でもアメちゃんありがとーっ!」

 

「腰の入った良いツッコミを入れるくせしてアメはちゃっかり持っていくのか。こいつは予想外だったな、やらなきゃ良かった」

 

「えー、まるで私が遠慮したらすぐに引っ込める気だったみたいじゃん!」

 

「それ言いだしたら最初に寝坊してきたのはお前だろうに。よく普通に持って行けたもんだよ。そのくせ朝ごはんはしっかり食べてきてるのには恐れ入ったわ全く」

 

「あれ、食べてきたって言ったっけ? 歯磨きちゃんとしたから「いやちょっと待て」匂いっ……え?」

 

「わざわざ待ってやってる俺をほったらかして歯磨きまでしてきたのかお前は!?」

 

「だ、だって虫歯になったら嫌だもん! そこまで言わなくても良いじゃん!」

 

「お前はもうちょっと寝坊したんだって事実を頭ん中で反芻して反省しなさい!?」

 

 このどこか天然入っているというか、半端に食い意地張っているのが、なぜだか幼馴染なんて関係が続いているサヨリって奴だ。

 もしも今の時期に初めて出会っていたのなら、『会えば挨拶する程度』以上に交友を深める事は無かったんだろうなと思えるタイプの女子。

 どうして今の今まで自然消滅する事も無くこういう関係が続いてきたのかは、『万有引力がなぜ存在するのか』と同レベルの難問だと思う。あれってそれ以外に説明がつかないもんだからとりあえず存在が認められてるってだけで『どうして』あるのかは明らかになってないんだそうだな。んな事はどうでも良いんだよ。

 今念頭に置くべきなのは。

 

「もうとにかく走るぞ! バカな事言う暇があったら走る! 遅刻するぞ!」

 

「ま、また走るの? というか言い合いになったのは○○○の方から」

 

 こちとら無遅刻無欠席を保ち続ける事に命かけてんだよ、今更途切れさせてたまるかってんだ。

 

「ちょ、ちょっと休もうよ、食べたばかりで走ったからお腹痛くなっちゃった」

 

 ……たまるかってんだ。クソ。

 

「……ちょっとだけだぞ」

 

「……って言えば止まってくれるあたり、○○○ってやっぱり優しいよね~」

 

「……は、ん? え、おま、サヨリ、お前、……ああもう走れや‼」

 

「アッハハ! 分かってる分かってるー!」

 

 ホントなんでこんな奴と付き合いが長いんだろう。万有引力の存在理由並に謎だ。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 進学校を自称しているうちの学校の教師がする授業内容は、基本的に面白くない。

 面白くないから頭に入ってこない。

 頭に入ってこないから俺みたいな生徒は真面目に授業を聞こうと思わない。

 俺みたいな生徒がいたからなのか教師の方にもやる気を感じない。

 でも向こうは俺達と違って仕事の一環でやっている身なのだから、俺達と教師でどちらが相対的に悪いのかと考えてみれば職務に真面目に取り組んでいない側である教師の方であるだろうと言えるのは極めて論理的な帰結なわけでつまるところ俺は悪くない。

 

 ……最後を連続の『ない』で思考を〆てみる遊び、即興で考えたにしては楽しいな。

 いったいなぜ即興の暇潰しなんてしようと思ったのかも、俺の思考回路にどんな化学反応があったらこんな遊びを考えつくのかも、考えついた所でなんでそんな事を大真面目にやろうと思ったのかも、なんにも分かんねえが。まあ楽しかったし結果オーライって事で良いよな。いや何にも良くねえよ。どこらへんがall rightだよ。うちの学校の悪循環っぷりえげつなさすぎだろ。結構ありふれてそうな話だけど。いやありふれてちゃいけねえのか。これも立派な社会問題だよな、建前上義務教育は終わった後に自主的に入る事になってる学校で、真面目に授業受ける気が無い生徒の存在も、その程度でやる気無くしちまう教師の存在も。それを問題だと憂いているのがまさにそのやる気を出していない生徒本人だってのが始末におえねえけどダメだこれ考えてくとドツボにはまる類のやつだ。

 

 

 ……どの道シリアスな事を考えていようと今みたいに益体も無い事を考えていようと、それを考えるのが俺の頭である以上は最終的に至る結論なんてたかが知れてる訳だし。

 まあそんなら、俺が考えてて楽しい事考えてた方がよっぽど良いかね。その方が精神衛生上たいへんよろしいってもんだ。と誰にも聞かれてない事を良い事に使い方が頓珍漢な日本語をぶっ放してみる。

 

「やっほー」

 

 頓珍漢な山彦が聞こえてきた。違った。呑気な幼馴染の声だこれ。

 

「また随分と気の抜ける声だなオイ。どこのどいつ……ん?」

 

「ちょっとおー! 私だよ! サヨリだって!」

 

「ああはいはい分かってるっつの、とりあえず寝覚めの頭に響くからもうちょいボリュームを落としてくれや。それよりもだ」

 

「……それよりも?」

 

「もう全員帰ってたのな。今気づいた」

 

「気づくの遅いよ!」

 

 んな事言われても気づかなかったとしか言いようがなくて困る。昔っから妄想を始めるとその中に入り込みすぎるきらいがあるんだよなあ。その度合いは親が俺をそういうふうに産んでくれたからこうなんだろうなと思えるぐらいのレベルで。というか入り込みすぎて妄想内の台詞を大声で叫ぶもんだから、聞きつけた親にかなりガチめな声で『何やってるの』って言われた事があるっていう。

 んでもって中学時代のぼっち時代の経験が癖の悪化に拍車をかけてきた記憶が……ああ思い出したらまたイライラが再燃してきたなクソ、何が『美少女幼馴染羨ましい爆発しろ』だ、どんなに顔が良かろうが歳1ケタの時から見続けてたら有象無象と見分けつかんわ、クソがこれだから幼馴染キャラの良さだけは俺にゃわかんねえんだ大体アイツらマジでなんなんだよ毎度あのテンションに付き合わされる俺の気持ちをもっとくみ取りやがれ―――

 

 と外にさらせばドン引き間違いなしな思考をまき散らしていたところに猫騙しがとんできた。うっひゃこれはしゃっくりが止まる。最初からしてなかったけど。

 

「……落ち着いた?」

 

「……お、おう」

 

「大丈夫? なんか、すごい顔してたよ? 悪い夢でも見たの?」

 

「体感そんな感じだが今日見た夢は思い出せねえんだよな……なんか、うん、わかんねえ。とりあえず大丈夫ではないんじゃねえか」

 

「自分でそれ言っちゃうの……?」

 

 ……うん。実際今日の俺は『大丈夫』ではねえな。自分でも思うし言っちゃうよそこは。なんでこんなどうでも良い事ばっか考えてるんだろうな。それも話相手を目の前にして。

 

 

 ただまあ、実際に俺の精神状態が何かおかしな事になっているにしても。

 

 

「……そうだな。ちょっと今日の俺は大丈夫ではないのかもしれない」

 

「……あれ?」

 

「だから家で養生する事にした」

 

「あれ、ちょっと待って」

 

「とゆーわけで今日は俺さっさと帰るわああああ‼」

 

「行かせないよおおおお!?」

 

 クソ恥ずかしいから直接口に出したりはしねえが。

 

「うっわバッカお前なにしやがる、今日の俺は大丈夫じゃないって言っただろうがっ! 帰るっつったら帰るんだよお‼」

 

「どう見てもそれを口実に部活についてはなあなあにする流れじゃんそれ! ダメだよそんなの!」

 

「……!?」

 

「その本気で驚いてるみたいな顔辞めてよ! それぐらいの察しもつかないアホの子だとでも思ってたの!?」

 

「うん」

 

「即答!? みたいじゃなくて本気で驚いてた‼ ……ああもう、だからさあ」

 

 絶対にしねえが。

 

「……私は○○○が大学に行くまでに、社会性とかスキルとか、そういう物が身につかないんじゃないかって心配してるんだって、前にもそう言ったじゃん」

 

「……なんでその話題を蒸し返すんですかね」

 

「そりゃあいくらでも蒸し返すよ。○○○このままだと何年か後に世間に馴染めないでニートになっちゃうよ?」

 

「そこまでか。……そこまで言うほどひでえか、俺? ネガティブな意味でだがある種の極致というか到達点だろ、『ニート』って」

 

「そんなに遠い世界の事でも無いんだよ。今のご時世、就職する人に求められるハードルは○○○が思ってる以上に高いんだからね。そのままでいるのは危ないって事くらい分かってるでしょ?」

 

「……なんでお前の口からこんな真面目な話を聞く事になったんだろう」

 

「へ?」

 

「いや確かにね? 至極真っ当かつ付け入る隙も無いよ? 分かってるって。でもなんかな。良く分からんがサヨリの口から真面目に説教されると微妙にムカつ「どーいう事!?」くうがあああちけえちけえうるせえなあ!? あー悪かったよ! 部活見学に行きますよ‼」

 

 コイツによけいな心配をかけたくないと考えている自分がいる。

だからなんかこう、妙にハイテンションになってた自分に対して違和感を覚えている事も、部活動というものに対して感じる、面倒くせえなあという気持ちに加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、なんだか入る事に忌避感がある事も、口にしようと思えないんだが、心配している旨を伝えられると結局従ってしまうわけだ。

 

 

 ……まあ良いや。新しい事を始めようって時にゃ、大抵なんとなく不安な気持ちになるもんだ。これも多分それだろう。俺のハイテンションに関しても付き合いの長いサヨリが特に何も言わなかった以上、俺が思ってるほど酷いもんでも無さそうだし。こういう、最終的には丸め込まれてしまう流れに関しては微妙な気持ちだがしょうがない。

 

 見に行くだけ行ってみますかねー。

 

 

 

「んで、お前が入ったっつー文芸部だったかを見にいけば良いのか?」

 

「……あー、えっと、見学っていうか、その、もう新入部員連れてくるねって言っちゃったんだけど」

 

「……あのさ、サヨリ、選択の自由って知ってる?」

 

 ……やっぱりとっとと帰るべきだったかなー。今更だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり手段選んでる場合じゃなかったかなー。今更だけど」

 

 




 逃げ道は塞ぐもの。外堀は埋めるもの。

 正直サヨリのキャラが4人の中で一番掴みづらくて難航したので、原作より少々騒いでもらいました。一話で理由づけはしてあるし、ある程度の強引さがある事自体は原作準拠だろうしギリセーフかな、と。

 しっかし我ながらあからさまな描写ばっかりだな。でも一番自然な形を作ろうとするとこうなるし。しゃーない。


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『人生はどちらかです。 勇気をもって挑むか、 棒にふるか』

その思い切りの良さは、はたして吉と出るか凶と出るか。

……凶と出るなんて考えていたら、そこまで突き抜けた事は出来ないのか。


 今更ながらさっきの流れをぶった切ってツカツカ帰ってやろうかと真面目に検討しかかったが、すかさず横から聞こえてきた、

 

「ナツキちゃんがカップケーキ作って待ってるんだよー!」

 

 このセリフひとつで一発KOでしたとさっと。この即堕ち二コマ感がたまらないほどバカバカしいぜ。タイミングが神すぎて何か()()()()()()()()()()()レベルだ。

 

 ……いやいや。いやいやいやもうなんと言ったもんですかね、万年金欠で甘味に割ける金がほとんど無い高校生に向かってその殺し文句は、ちょっと卑怯じゃないかと思うわけですよ俺は。万年金欠なのは俺の金の供給源の少なさとか金遣いの荒さとかの問題だけどさあ。いやそれにしてもカップケーキ。カップケーキときましたか。マジですか。

 男子高校生の耳は『ナツキちゃん』のワードを聞き逃しはしねえぜ。ケーキが食えるってだけでも万々歳だってのにそれを作ったのが女子ときたもんだ。

 女子と! きたもんだ!

 

 あんら聞きました奥様、文芸部に行くだけで『女子の手作りケーキ』が食べられるそうでしてよ奥様、何気色悪ィ勢いでテンション上げてんですか奥様、バッカお前何言ってんだ奥様、これでテンション上がらなきゃ男子高校生を名乗る資格はねえですよ奥様、価値観の押しつけはいけねえ事よ奥様、どこぞの目が腐った男子高校生はそんなものにテンションをあげていても意味は無いのだから分をわきまえて勘違いをしないよう努めなさいと仰せですよ奥様、そういう言い方すると仏教の出した結論みたいな高尚な話に聞こえてくるあたり日本語って不思議だよな奥様、実際のところただ臆病者ってだけで内心は俺達と大して変わりはしねえのにな奥様、そろそろパチモン臭いし吐き気してくるしまるで意味の分からないオクサマ連呼を辞めにしましょうや奥様。

 

 

 

 まあ真面目な話、サヨリのやり方が多少気に入らなかろうと、バイトも面倒くさくてやってない、休日に外に出て体動かそうなんて発想に至っては頭のどこにも存在しないし発生する余地も無い系男子であるこの○○○が、感情だけでこの誘いを蹴って家に帰る権利など無い事は重々承知の上なのである。向こう方からしてみりゃあ、サヨリが『新入部員を連れてくる』と約束した、それで全部である以上は、俺が聞いてねえぞと文句をたらそうが何しようが知った事では無いのである。はなはだ不本意な話だが!

 

 こうなった以上はつまらない部活だったにしても、しっかり話をして、その上でお断りしないといかんのだ。面倒くさかろうが、そういう七面倒くさい手順をふむべし。それができなかったからここに堕ちてきた同胞諸君は、まず試しに自分の振る舞いを反省して、みずからを変革してみようぜ。なんにも変わらねえから。救い無さすぎてワロタ。……そろそろ自分でも意味の分からない方向へ迷走する思考をいい加減制御できるようになりたいもんだ。

 

 実際サヨリの部活仲間をそうそう穿った目で見ていたいわけじゃないが、相手方へ下手に『約束しといてドタキャンする奴』なんて印象は与えておいて損はあれど得のあるものじゃないだろう。相手がそれに憤慨して悪評を広めたりしてこようものなら、学校内じゃ数少ない俺の居場所が完全に失われかねない。末路が生々しく想像できちまってとてもつらいです。忌々しい便所飯の記憶がふたたびよみがえってきた。永久に死んでてほしかったわ。

 そりゃ、もちろんどうなるかは相手の性格にもよるのだろうが、物事は常に最悪の可能性を想定するべきだ。我ながら臆病なもんだが、俺にとっちゃ無視できる範囲を超えた可能性である以上仕方がない。

 

 こうしてこの俺○○○は、どこぞのアヴェンジャーな王子のごとく行くべきか行かざるべきかそれが問題だのなんだのと脳内で格好をつけながらも、極めて論理的かつ理性的な思考を以てこの難題に対して文芸部とやらに行くという結論を出したのである。

 決して女子のカップケーキの魅力につられてホイホイ魂を売るように足を運ぶわけではない。ないったらない。

 

 トイレの鏡に映る、自分の間抜けな面を見てテンションを下げ、ハンカチ片手に特に意味のない自己弁護をしながら、ワクワクを隠しきれていないらしいサヨリに苦笑いをこぼしてトイレの出入り口に歩を進めた。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「文芸部にようこそ。お会いできて嬉しいです。サヨリちゃんからあなたの事はよく聞いていますよ」

 

「ちょっとサヨリ、本気で男子連れてきたの? 雰囲気ぶち壊しじゃない」

 

「あら○○○君、来てくれたのね! 嬉しいわ、私からも言わせてちょうだい。文芸部へようこそ!」

 

 ……。

 

「あはは! そんなにツンツンしちゃってナツキちゃんったら! か~わ~い~い~」

 

「ひ、人聞きの悪い事言うわね! 半ば女子限定みたいになってたところに男子が来たんだからちょっと混乱しただけじゃない! 何を本当は嬉しいみたいに……!」

 

 ……わーにんわーにん。深刻なエラーが発生しました。

 ヤバいヤバいヤバい。

 なにこれ。

 このままだとヤバい。

 何がヤバいのかを言語化する余裕すら無い。

 

 つまり。

 

 これから。

 

 どうする。

 

 今自分は。

 

 何をすれば良い。

 

 今の心境をまとめよう。

 

 

 

「ものの見事に美少女しかいねえじゃねえか! 神様ありがとう!」

 

 うっわやっべ口に出しちまった。

 

 

 

 2秒で平手がとんできて、3秒で舌を噛み切りました。

 普通ならどうあがいても変態のそしりを免れなかった発言をした事をこれで許してくれるってんなら、まあやるべきだろ。このぐらいの勢いでお詫びするぐらいはさ。

 いやあ危なかったわあ。口に出すだけで済んで良かったわあ。

 かんっぜんにあの瞬間、一瞬だけとは言っても4()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()やがったからな、どういうわけだか。サヨリはギリギリセーフとしても他はぶっちぎりにアウトだよバカ野郎。いやこの期に及んでもサヨリなら後々謝れば大丈夫だろとか思い上がっちゃってんのかよ。

 

「あ、あんたねえ! バッカじゃないの!? よりにもよって第一声がそれって」

 

「いやマジで申し訳ない。さすがにあの流れでこの発言はバカ丸出しすぎたな。本音なら何言っても良い訳じゃねえだろうにあれはねえよな、本当にごめん。ごめんなさい」

 

「ちょ、え、ほ、な……」

 

「常識的な範囲でなんでもするんでどうか通報はしねえでください頼むから。この年で痴漢の前科がつくのは勘弁だ」

 

 腕を組んで厳しめの口調でこちらを糾弾するピンク髪のロリに対してプライドを捨てた懇願をする男子高校生の図の見苦しさときたら、往生際悪く勝負の仕切り直しを求めてごねるタイプの小物キャラにすら勝るとも劣らない有様だろうよ。

 笑わば笑え。そしていつか痴漢冤罪に人生をぶち壊されてそれでも僕はやってへんしとかのたまっていれば良いと思うよ。いやなんで関西弁が出てきた。

 

「ちょ、ちょっと、痴漢って「本当に申し訳ありませんでした! 出来心だったんです! 深く反省しております! これからは伝え方をもっと考えて口を開きますゆえなにとぞ! なにとぞ通報だけはご勘弁くだせえ!」バカじゃないの!? 土下座までする、普通!?」

 

 見兼ねたモニカが割って入ってくるまでこの茶番は続いた。ここまでやらかしたんだ、クソ迷惑でめんどくせえ奴扱いになるだろうがまあ言っちまったもんは仕方ない。第一印象を巻き返せる範囲での底辺にしておけりゃ、好印象を与える難易度もちょうど良いくらいになるだろうしな。

 

 

 

 

 

「そ、それで、聞いた感じ二人は顔見知りなの?」

 

「ええ、そ、そう、ね」

 

「つっても話した回数は両手で数えられるかどうかってくらいの……んー、そこ詰まるとこかね」

 

「あ、ご、ごめんなさいね、その」

 

「ああいや皆まで言わないで結構、責めてるわけじゃないから。あれだよな、今さっきの俺完全に初対面の相手との距離感はかり間違えた勘違い野郎だったよな」

 

「え、あ、いえ、そういうわけじ「そりゃまあそういう対応になるのも順当だよなあ」いや、だから、ね」

 

 このポニーテールの良く似合う女子とはそれなりに見知った仲だ。

 名前をモニカ。サヨリほど近い仲だとは現状口が裂けても言えねえが、相対して気まずくなるような仲というほどでもないし、そんな仲になる要素がそもそも存在しなかったし。

 特別近くもなければ、遠くも無い。卒業後に連絡を取ったりはしなさそうな関係。

 取りたがる野郎どもは多そうだけどな。何せ絵に描いたような高嶺の花。

 眉目秀麗、文武両道。クラス人気()()()()()()()()()と三拍子そろった完璧超人。早い話が女子版出○杉? 大体そんな感じで合ってると思えてしまうあたりがもはや劣等感すらわいてこねえわ。うん。つか間近で見るともうめっちゃかわいいなこいつ。結婚しよ。

 

「うー……この話はもう終わりにしましょうか!」

 

 こんなふうにクラスカースト底辺にして脳内ではた迷惑際極まった告白しでかすカス野郎への気遣いも欠かさないあたりまさに完全無欠の美少女だよ。どこぞの超能力(サイキック)な高校生も認めるレベルじゃあるまいか。俺にはこの子の内心とか読めねえしそれは向こうも同じはずなんだが、なんとなく向こうも今の脳内告白に関してはまんざらでも無いように……だからそういう妄想をやめろっつってんだろうがオイ。

 なんだかいつもよりちょっとばかし歯切れの悪い話し方でまごついてる感じなのは軽く気にかかるが、気にしたところで分かんねえだろうし別に良いや。こーゆーのはわざわざ聞くほど大した理由じゃないか下手に踏み込んじゃいけない類の問題かの二択だと相場が決まってる。

 

「そ、そうだね! ほら○○○、スペース作っておいたから、私かモニカの隣が空いてるよ!」

 

「おーそうか、あんがと。んじゃ遠慮なく」

 

「……」

 

「あ、アハハ、その、○○○君?」

 

「なに不満そうな面してんですかねえ」

 

「空気読んでよ! 確かにモニカの隣も空いてるって言ったけどさ!」

 

「なんだおいバカにすんなよ。せっかく見知った奴が来たんだから隣に置いときたい感覚ぐらい秒で察しはついたわ」

 

「そうだけどそうじゃなくて……というか察してたならどーして!?」

 

「わざわざモニカの隣っつったし、普通にそういう()()だと思った」

 

「誰の目を意識してそんな事を!?」

 

「ハッハ、知るかバーカ」

 

 こういうバカなやり取りは何度やっても飽きないもんだが、引き際は見極めてモニカにことわってサヨリの隣に移動する。このへんの見極めを間違えると結構長い事拗ねるからな、コイツ。めんどくせえったらありゃしないが、実際モニカの隣だと完全に初対面な黒髪美少女、ユリの隣にもなったりするので、ちっと抵抗があった。や、別に拒否感あるとかそんな話じゃなくて。

 むしろどこか俺とおんなじで、根っこのところに陰キャ要素が見え隠れしている的なタイプの子だったが、だからといってイコールシンパシーを感じるとまでいくかといえば意外とそういうわけでもないんだな、これが。いわゆるぼっちという生物はパッと見同類だったって程度ですぐさま会話が弾みわあい仲良しこよしだーいやっほう、ってなれるほどに単純な精神構造をしちゃいないのだ。

 

 

 リア充と違って。

 

 

 ……リア充への偏見が過ぎると言われりゃ反論の余地もありませんがねえ。こういうタイプへ不用意に近づいてパーソナルスペースを侵すのは悪手だ。昔の日本人がどうして村八分なんてもんを作ったか知ってるかい? 動機の根本に警戒心っつー、生物にあって当然の心情が居座っていたからだ。敵になりうる存在を自分の知覚範囲から排除しようっていう抗いがたい心理がはたらくからなんだよ。初対面であんなバカ丸出しな発言しちまった以上、埋め合わせする意味合いでもいくらか慎重にいかにゃならん。共通の趣味とか見つかるまでは大人しくしているが吉だ。席を移動する時心なしか残念そうな顔をされた気がするが大方煩悩が作った希望的観測だろ、煩悩退散。なあ○○○、あいつ俺の事好きなんじゃね妄想はいい加減卒業しようぜ、虚しくなるだけなんだから。

 つまるところ、お互い、ぼっちにはハードルが高かったっていう話だな。幼馴染がいる奴が何を言うかとかいうツッコミはNGです。アイツが用事でいない時とか、疎外感を感じる状況なんざいくらでもあるんだよ。ここ最近ちょくちょく休むようになったし、よけいにな。

 

 

 で、ご機嫌斜めな(だいたい俺の存在が原因だと思われる)ナツキと呼ばれたロリは(改めて見るとほんまロリコン歓喜な体格してんなこいつ)カップケーキを、ユリは紅茶を入れに行った。一瞬良いのか? と思ったが、曰く食べ物系は先生に許可さえとったなら、意外とそのへん融通がきくらしい。初めて知った。

 アッハッハ、おかしいなあ軽く死にたくなってきたぜ。知ってたところで台所なんざ使いやしなかっただろうが、単純に知らなかった事に軽くショックを受けた。先生の話はちゃんと聞くもんだな。どうせダメだろとか聞く前から決めつけるって良くないね……。

 

 などと相も変わらずバカバカしい事を考えていると、トレイを両手で抱えたナツキがテーブルのそばに戻ってきた。

 彼女はトレイをテーブルに置き、アルミホイルに手をかける。

 

「準備はいいかしら? ―――じゃじゃーん!」

 

「うっわああぁぁ~~っ‼」

 

 ……正直、舐めてた。

 サヨリの大声を大げさだと笑い飛ばせないくらいには、そのカップケーキの完成度は高かった。目の前に出されたそのカップケーキは、ネコをモチーフに作られているらしい。

 アイシングとかいうんだったか、このひげを描いてるのは。耳はチョコで再現されてる感じ?

 と悠長に見とれているとこの手の早い幼馴染ときたら、もう食べてやがる。 

 

「ほいひ~い!」

 

「このいやしんぼが! もう口つけやがったな、ずりぃぞ! あ、ナツキ、いただきます!」

 

「え、ええ。どうぞ」

 

「ウフフ。私もいただきます」

 

「っしゃオラァ! ハグ……」

 

 口に入れて抱いた感想。

 ウマァァァァァいッ説明不要‼ 以上。いや以上じゃねえよ。でもダメだ。語彙力が焼失した。消失じゃなくて焼失した。燃え上がるようなという形容が一番しっくりくる情動が、俺の心を支配していたからだ。

 あんまり期待値を上げてなかったところに飛び込んできた、ドがつくほど新鮮で、なんだか()()()()()()()味。

 

 思わず涙出そうになったがさすがにこらえたぞ。初対面の女子に涙もろい男子という印象を与えるのは気にくわん。男は気安く泣いたりしねえんだ。

 

 

 しねえんだが……―――――なんでだろうな。良く分かんねえが、俺はこの味を、否、この味も求めていたのだと、そんな確信があるんだ。

 

 あ、テンプレツンデレがリアルで見られるとは思ってませんでした。二つの意味でごちそうさまです。

 

 

 

 

 

「で、モニカ……部長って呼んだ方が良いんかね」

 

「モニカで良いわ。まだ正式に入った訳じゃないんだし」

 

「あ、そう? りょーかい。……言い方からして、やっぱあれか、向こう方の認識では入る事は確定事項になってる訳ね……」

 

「え? ……ごめんなさい、聞こえなかった、もう一回良い?」

 

「ああ大丈夫大丈夫、独り言」

 

「あら、そう」

 

「そんでさ、モニカ。気になったんだが」

 

「何?」

 

「なんで自分の部を立ち上げようって思い至ったんだ?」

 

 これだ。実際、初めにここでモニカの姿を見た時から気になっていたんだ。なんで文芸部なんてものを作ったんだ、彼女。

 心境の変化でもあったのか?

 

「確かもともとあれだよな、えっと、ディベート部とかいうパッと聞いただけじゃ何してるのか良く分かんねえ部の部長やってたよな」

 

「そこは放っといてちょうだいな、正直私も最初はちょっと思ったけど! ……まあ、そうだったんだけどね」

 

「悪い悪い。で、なんでなん? 心境の変化か何か?」

 

「それもあるんだけど、一番大きいのは、その、正直に言うとね、部内政治にうんざりしたっていう理由なの」

 

「ん、部内政治? なに、そんな、何かこう、仰々しい感じ全開なのあるのか?」

 

「ええ。予算とか宣伝とか、イベントの事とか。私が求めていたのとはちょっと違うかなって事ばかり話しているような気がしてね」

 

「あーそういう系……そう言われるとなんとなく伝わってきたような気がする」

 

 なるほどなあ。規模がでかすぎる部活も考えものってやつね。言っちまえば解釈違いだ。それで個人的に楽しめないかと考えて、新しい部活作っちまうかって結論に落ち着いた、と。

 まさに行動力の化身。俺なんぞとは考えのスケールから違うぜ。

 

「大変だったろうに。こんな、見るからに個性の塊なメンツ集めて部活動を始めるなんて」

 

「始めてみれば結構楽しいものよ。ただ、新しい事を始めるのに興味がある人って、そんなに多いわけでは無いから」

 

「ディベート部ほどじゃないにせよ、文芸部もこう、名前を聞いて魅力を感じたり、こんな事できるんだろうなって想像したり興味持ったりするのは少数派だわな」

 

「ディベート部についてはもう良いでしょう……興味をひきづらいっていう意味ではおおむね的を射てるんだけど。だから、学園祭のようなイベントは本当に重要になってくるのよね。たくさんの人に文芸部を知ってもらえるチャンスだから」

 

 見るからに自信たっぷりだ。ふと周りを見ると、そんなモニカと俺とのやり取りを聞きつけたのか、三人ともこちらを見て楽しそうに笑っている。俺の他、ここにいる全員、相当この文芸部に熱意を持って取り組んでいるのだろうな。

 

 ……己の中の煩悩に従ってやってきた身としては純粋な熱意と相対させられると、高僧に見つかった悪霊みたいな気分だ。

 辞めろそんな目で見ないでくれ浄化されるうううわあああ。

 

「ちょっと、良いでしょうか」

 

「お、おう、なんすか?」

 

 とかやってたらなんか不安そうに、気のせいじゃなけりゃ期待と不安入り混じった感じの顔をしたユリに話しかけられた。

 

 




なんとか仕上がった……!


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