北上「あれ?私の右手は?」 大井「食っちまったよ」 (ルノ使徒)
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目が覚めると私は

朝日が差し込む自室で、私は目を覚ました。

瞼が重い、眠たい。

眠すぎて意識が朦朧としている。

全然眠りが足りない。

ここまで眠たいのは久しぶりだ。

 

「ん……もう朝ぁ?何か変な夢見た気がするなあ……」

 

グアアア、と大きな欠伸をする。

どうにも本調子ではない私に、姉妹艦である大井が話しかけてきた。

 

「どんな夢見たんです?」

 

「……うーん、何か……痛い感じの……」

 

「どこが痛かったんです?」

 

「どこ……だったかなあ?」

 

天井を仰ぎ見て思い出そうとするが、尻尾すら掴めない。

そのままボーっとし続ける。

意識を手放して眠ってしまいたくなる。

 

「まあ、夢ですし、気にしなくてもいいと思いますよ」

 

大井っちのそんな声を聴きながら、「そうだねえ」と答える。

そうだ、気にしなくてもいいだろう、たかが夢だ。

そう考えた段階で私は今の状況に違和感を感じた。

 

「……あれ?大井っち?」

 

「はい?」

 

即座に大井っちの声がする。

だが、不思議なことに姿が見えない。

私は今、一人でベットに寝ているのだから。

 

「……どこにいるの?」

 

「ここにいますよ?」

 

「どこって……ここ、私の部屋だけど、私一人だよ?」

 

「ここですって」

 

何処からか、大井っちの声は響き続ける。

この姉妹艦は時々突飛なことをして北上を驚かせるのだ。

今回も似たような何かをしているのかもしれない。

 

「……大井っち、かくれんぼしてるの?ひょっとしてタンスの中とか?」

 

「もう、違いますよ」

 

「んー、ベッドの下とか?」

 

「あ、おしい」

 

謎解きゲームのように、気軽に返答をする大井っち。

他にも幾つか候補が挙げられたが、正解することはなかった。

 

「うーん、他には隠れる場所なんてないし……はぁ、降参だよ大井っちー」

 

「ふふふ、正解は、布団の中でしたっ!」

 

音を上げた私に対し、大井っちは嬉しそうに種明かしをする。

応えは凄く簡単なものだった。

 

「あー、そっかあ、それは盲点だったねえ……」

 

「ふふふふふ」

 

「あはははは」

 

二人の笑い声が部屋に響く。

何時もと同じ日常。

何も変わらない風景。

そのはずだが……。

 

「……どう見てもこの布団に大井っちが隠れてるようなふくらみはないんだけど」

 

この日は、少し事情が違っていた。

私は不審そうに問いかける。

 

「大井っち?どこかにスピーカーでも仕込んでるの?」

 

「違いますよ、ここですここ!」

 

モゾモゾと、布団の中で何かが動いている。

思わずビクリと震えてしまった。

 

「まだちょっと身体がうまく動かせなくて……北上さん、ちょっと布団どかしてくれます?」

 

そう、大井っちの声は紛れもなく布団の中から聞こえている。

モゾモゾと動く、小さな「何か」から、聞こえてくるのだ。

普段はマイペースな私も、これには少し驚いた。

もっと簡単に言ってしまうと「ビビった」と言ってもいい。

 

「……もう、大井っち、私こういうドッキリとか苦手なんだけどなあ」

 

「北上さん、はやくはやく」

 

私の抗議にも拘らず、大井っちはその悪戯を止めない。

きっと、布団をはぐまで続くのだろう。

 

「うう、やだなあ……」

 

意を決した私は、そーっと布団をまくり上げてみた。

布団の中身が少しずつ、少しずつ見えてくる。

そこには。

 

「ふう、ありがとうございます北上さん、やっと布団から出られました」

 

そこには、確かに。

確かに大井が存在していた。

重雷装艦、大井、私の大切な姉妹艦。

 

「これ、ちょっと動くための練習が必要ですね、あ、けど別にこの状況に不満があるわけじゃないんですよ?寧ろ嬉しいんです」

 

「北上さん、暖かいですね……ふふふ、今は文字通り肌でそれを感じられます、ふふふ、これからも、ずっと一緒にいられますね♪」

 

「あれ?北上さん?寝ちゃいました?」

 

普段はどちらかというと寡黙な大井だが、私の前では別なのだ。

自分の感情を余すことなく伝えてくる。

いや、本人はこれでもセーブしているつりなのかもしれないが。

兎も角、大井の口上はいつも通りだった。

違っていたのは、別のところ。

別の物。

別の。

 

その段階でやっと、私は口を開いた。

 

「……わ」

 

「あ、起きてた」

 

「わあああ!あたしの右手が大井っちになってる!!」

 



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医務室へ行こう

「あ、あはは、疲れてるのかなあ……」

 

ベットに座り込んだ私は自問する。

そう、そうだ、先日の出撃の疲れが残っているのかもしれない。

その証拠に、心臓がすごく……。

 

「あっ、北上さんの心臓の鼓動が、さっきと比べて激しく、はぁん、北上さんから私に、いっぱい、いっぱい流れ込んでくるんですっ、あっ、あっ」

 

凄く鼓動が早くなっている上に、身悶えする大井っちの媚態が見えてしまっている。

これは重傷だ。

こんな幻覚を見るなんて、普通ではない。

嘘だ嘘だねこんなの。

 

「北上さんの血液が、いっぱい、いっぱい、んんぅっ」

 

そうだ、その証拠に、昨日の出撃ん時の記憶もなんか曖昧なのだ。

だから……。

 

「北上さぁん、激しすぎます、きたかみさぁぁぁんっ」

 

「はぁ……はぁ……」

 

私は大きくため息をつくと、決意した。

よし、医療室へ行こう。

 

寝巻のまま、部屋を出て廊下を歩く。

当然、大井っちもついてくる。

まあ、私の右手になっているんだから当然だけどね。

 

「北上さん?何処へ行くんです?」

 

大井っちが不思議そうに声を掛けてくる。

その声は紛れもなく彼女の物だ。

無視するのは気が引ける。

 

「幻覚でも、大井っちだからなあ……」

 

「幻覚じゃないですよ?」

 

「医療室へ行くんだよ、大井っち」

 

「え?北上さん怪我とかしたんですか?」

 

大井っちの声はひどく心配そうだ。

本物の彼女が居れば、恐らく同じ反応を示してくれるだろう。

凄い幻覚だなあ、と感心しながら私は答えた。

 

「うん、多分怪我したんだと思う」

 

「ど、何処を怪我したんです?」

 

「心」

 

「こころ?」

 

「うん、こればっかりはドックに入っても治らないだろうからね」

 

「北上さん……」

 

艦娘には、時々この手の症状が発生するそうだ。

艦霊の記憶が流れ込んでくる症状などが代表的だ。

「居るはずがない姉妹艦」の姿を見る例も存在するらしい。

まあ、今回みたいに「自分の右手が姉妹艦の姿に見える」というのは、かなり特殊なんだろうけど。

 

「だ、大丈夫です、北上さん」

 

大井っちは心配そうな顔でそう呟いた。

私は首を捻って聞いてみる。

 

「何が大丈夫なの、大井っち」

 

「私が……私が付いてますから!私がずっと付いてますから!そ、それで、北上さんの心の傷を治してあげます!」

 

「……」

 

「私、こう見えても心のケアとか得意ですし!」

 

「……」

 

「ほら、前に提督が『北上さんを見てると胸がドキドキする』とか言ってた時も」

 

「……」

 

「ちゃんとケアして『もう二度と北上さんを見ても胸がドキドキしないですだからたすけて』って言ってもらったことが」

 

「いやいやいや……」

 

私は、大井っちの言葉を押し留めた。

彼女はきょとんとした顔でこちらを見つめている。

うう、何か罪悪感が。

けど、言わないといけない。

これは大切なことなのだから。

 

「大井っちが見える事が問題なんだよ、大井っち」

 

「私が……見える事が?え?」

 

大井っちは混乱したような顔をしている。

まあ、それはそうか。

だから私は心を鬼にしてこう伝えた。

幻覚に対してこんな事を考えてること自体、ヤバいと思うけど。

 

「あのね大井っち」

 

「はい」

 

「普通の人は、自分の右手と会話とかしないの」

 

「え、けど私たちは艦娘ですし……」

 

「艦娘でも同じ」

 

大井っちは黙り込んだ。

心がチクリと痛む。

 

「普通の精神状態なら、自分の右手がミニサイズの友達の姿に見えるとかありえないから」

 

「……」

 

「大井っちの姿をしてるけど、本当はただの右手なんだよ」

 

「……」

 

「私が心を病んでるから、大井っちの姿に見えるだけなんだよ」

 

「……」

 

「……幻覚にこんなこと言うのもあれだけど……ごめんね、大井っち」

 

「……あい」

 

「ん?」

 

大井っちは顔を上げると、キラキラした目で私を見てきた。

あ、これ、何を言っても聞かない大井っちのパターンだ。

 

「愛の力ですきっと」

 

「え?」

 

「愛の力ってことですべて説明がつきます!」

 

「愛って……」

 

「私!普段から思ってましたから!北上さんとひとつになりたいって!」

 

「ひとつに……」

 

「はい!その愛の力が、こう、凄い効果を発揮してこうなったんですきっと!」

 

思わず左手で頭を抱えてしまう。

ああ、私ってば大井っちの幻覚になに変なこと喋らせてるんだろう。

 

「現実です!北上さんこれは現実なんです信じて!」

 

そう主張し続ける大井っち。

私はそれを聞き流しながら歩き続ける。

その甲斐あって、医務室の扉の前まで無事到着することができた。

 

「……北上さん、医療室はやめたほうがいいですよ」

 

大井っちが深刻そうな声でそう呟く。

私が「ん?なんで?」と問いかけると、彼女は感情のこもらない声でこう続けた。

 

「……だって考えても見てください、艦娘の右手から小さな艦娘が生えてる状態なんですよ?」

 

「幻覚だけどね」

 

「もし幻覚じゃなかったら?」

 

「……幻覚だってば」

 

「もしも、です……もしも幻覚じゃなかったらどうなると思います?」

 

「どうって、それは……」

 

大井っちの妄想は加速する。

その目は既に遠い遠い世界を見ている。

それはオリジナルの大井っちと比較しても差異のない妄想力だった。

 

「まず服を脱がされます、だって右手に私が生えてるんですから」

 

「他の部分にだって私が生えてるかもしれませんし」

 

「身体の隅から隅まで見られて触られて確認されます」

 

「その後は身体の中です、北上さんの、北上さんのお口の中にも私がいる可能性ありますし」

 

「いっぱい、いっぱい、確かめられます、穴という穴も調べられます、えろく、しかも執拗に」

 

「1回だけでは済まないはずです、明日も、明後日も、その次も調べられます、そう監禁されるんです」

 

「まるで動物みたいに鎖に繋がれて檻の中に入れられるんです、しかも裸で」

 

「北上さんがいくら助けを求めても誰も助けてくれません」

 

「そうやって弱っていく北上さん……」

 

「そこに颯爽と現れる私……」

 

「北上さん!助けに来たわ!」

 

「大井っち!ごめん……やっぱり大井っちの言うこと聞いておけばよかった……」

 

「北上さん……」

 

「私、私汚れちゃった……もう、大井っちに助けてもらう資格なんて……」

 

「馬鹿!」

 

「お、大井っち?泣いてるの?」

 

「北上さんは汚れてなんていないです……ずっと、ずっと私の天使で……」

 

「そのあと、私たちは愛の逃避行に」

 

一人芝居を続ける大井っち。

流石に見ていられなくなって私は制止を掛けた。

 

「うん、判った黙ろうか大井っち」



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