ノッブナガン (喜来ミント)
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登場人物紹介(ネタバレ注意)

感想でご意見をいただいたので軽くまとめてみました。誰がどの小隊に所属しているかなど、混乱したときに見ていただけると幸いです。


(最新エピソードに合わせて更新・ネタバレを含みます)

 

*DOGOO組織図

 

・指令部

 指令

 土偶

 サンジェルマン

 

・第一小隊

 「ジェロニモ」

 「ビリー・ザ・キッド」

 「ジョルジュ・メリエス」

 「ロボ」

 

・第二小隊

 「織田信長」/六天真緒

 「ジャック・ザ・リッパー」/エヴァ

 「ジャンヌ・ダルク」/レティシア

 「アヴィケブロン」/マルク

 

・第三小隊

 「李書文」

 「呂布奉先」

 「玄奘三蔵」

 「森長可」/間桐永吉

 

・第四小隊

 「沖田総司」/沖田桜

 「ネロ・クラウディウス」/クラウディア

 「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」

 「ロビン・フッド」

 

・第五小隊

 「ヴラド三世」

 「ニコラ・テスラ」

 「エドワード・ティーチ」

 「坂本龍馬」/良馬&お竜

 

・第六小隊

 「エレナ・ブラヴァツキー」

 「パラケルスス」

 「トーマス・アルバ・エジソン」

 「葛飾北斎」/川村栄沙

 

・特殊班/解析チーム

 「ジョン・エドガー・フーヴァー」

 「シャルル=アンリ・サンソン」

 「フローレンス・ナイチンゲール」

 

・特殊班/極地警備担当

 「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

 「フランシス・ドレイク」

 

・インストラクター

 「ウィリアム・シェイクスピア」/バード

 

・エージェント

 アルトリア

 

・外部協力者

 藤丸立香

 

 

*主な登場人物の紹介(設定資料の要素も含みます)

 

「織田信長」/六天真緒

 来歴:元女子高生

 ウェポン:三段撃ちの銃

 モデル:織田信長(アーチャー)

 本名:第六天魔王から

 一言:よく動き、よくしゃべるキャラクターです。

 

「ジャック・ザ・リッパー」/エヴァ

 来歴:元孤児

 ウェポン:左手の巨大なナイフ

 モデル:ジャック・ザ・リッパー(アサシン)

 本名:「ノブナガン」における「ジャック」のアダム・ミューアヘッドと対になるように

 一言:彼女にまつわる伏線が多いせいで気軽に喋らせられないのが反省点です。

 

「ジャンヌ・ダルク」/レティシア

 来歴:元女子高生

 ウェポン:防壁を発生させる旗

 モデル: ジャンヌ・ダルク(ルーラー)

 本名:Fate/Apocryphaにおいてルーラーが憑依していた少女から

 一言:苦労人キャラになりつつある気がします。

 

「アヴィケブロン」/マルク

 来歴:元研究者

 ウェポン:ゴーレムを生成・操作する籠手

 モデル:アヴィケブロン(キャスター)

 本名:宝具・王冠:叡智の光(ゴーレム・ケテルマルクト)より

 一言:キャラ設定的に、あまり周囲に親身になりすぎないように気を付けています。

 

「ジェロニモ」

 来歴:元パークレンジャー

 ウェポン:トーテムポールを模したトマホーク

 モデル:ジェロニモ(キャスター)

 本名:未設定

 一言:洞察力が高くても不自然でないので便利なキャラクターです。

 

「ビリー・ザ・キッド」

 来歴:元フリーター

 ウェポン:弾丸を自動装填するホルスター

 モデル:ビリー・ザ・キッド(アーチャー)

 本名:未設定

 一言:気楽な感じで、なおかつ軽薄にならないようにしゃべらせるのが難しいです。

 

「ジョルジュ・メリエス」

 来歴:元アマチュア映画監督兼手品師のアシスタント

 ウェポン:VFXパワーを投射するカメラ

 モデル:漫画でわかるライダー

 本名:未設定

 一言:☆マークに頼り過ぎないようにしたいところです。

 

「ロボ」

 来歴:野生の狼

 ウェポン:体長三メートルの狼の体

 モデル:ヘシアン・ロボ(アヴェンジャー)

 本名:なし

 一言:他の登場人物とは違ったルールで動くうえ、セリフで動かせないので、書いていて勉強になるキャラです。

 

「沖田総司」/沖田桜

 来歴:元女子高生

 ウェポン:日本刀とダンダラ模様の羽織

 モデル:沖田総司(セイバー)

 本名:沖田総司と桜セイバーから

 一言:モデルのように「お上のため」などの理由が設定できないため、ひたすら自分探しをさせてしまって申し訳ないです。

 

「ネロ・クラウディウス」/クラウディア

 来歴:元女優

 ウェポン:ライオンの肩鎧(ネロがFGOにて身に着けているものがモデル)

 モデル:ネロ・クラウディウス(セイバー)

 本名:クラウディウスの変形

 一言:文章だけで派手さや存在感を出すのに苦労しています。

 

「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」

 来歴:元音楽家

 ウェポン:ヴァイオリン型装置

 モデル:ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(キャスター)

 本名:未設定

 一言:もう少し嫌味な感じを出したいです。

 

「ロビン・フッド」

 来歴:元フリーター

 ウェポン:クロスボウ

 モデル:ロビン・フッド(アーチャー)

 本名:未設定

 一言:ジャンヌと同じく苦労人ですが、彼女と違った感じに書こうと努力しています。

 

「ウィリアム・シェイクスピア」/バード

 来歴:元劇作家

 ウェポン:周囲の地形を操作して舞台を作る演台

 モデル:ウィリアム・シェイクスピア(キャスター)

 本名:シェイクスピアの仇名を指すthe bardから

 一言:セリフの分量は他のキャラクターのおおよそ二倍、書く大変さはおおよそ五倍です。みなさんもぜひシェイクスピアを二次創作に出しましょう。ぜひ。

 

「ジョン・エドガー・フーヴァー」

 来歴:元キャリア官僚

 ウェポン:プロファイリングに特化した書斎

 モデル:漫画でわかるアサシン

 本名:未設定

 一言:原作でセリフが少ないため、イメージが固めづらいキャラです。アメを舐める癖は書いているときに急に生えました。

 

「シャルル=アンリ・サンソン」

 来歴:元監察医

 ウェポン:解剖道具を内蔵した処刑人の剣

 モデル:シャルル=アンリ・サンソン(アサシン)

 本名:未設定

 一言:原作で言うところのハンターのポジション。もう少し見せ場をあげたかったです。

 

「フローレンス・ナイチンゲール」

 来歴:本人

 ウェポン:消毒の光を放つランプ、および統計機関の車椅子

 モデル:フローレンス・ナイチンゲール(バーサーカー)

 本名:フローレンス・ナイチンゲール

 一言:ジャックと同じくセリフ一つ一つに気を配る必要があるため、書くのが大変でした。

 

藤丸立香

 来歴:女子高生

 特技:E遺伝子ホルダーの鑑別

 モデル:『Fate/Grand Order』の女主人公

 本名:上のデフォルトネームから

 一言:「影」を見る設定はなんとなく決めたはいいものの、かなり後まで引きずる形になっています。もっといい形があったかもと思い反省しています。

 

アルトリア

 来歴:DOGOOエージェント

 特技:剣技/護衛

 モデル:アーチャーのマスター(帝都聖杯奇譚)

 本名:そのまま

 一言:イギリスに留学中の従妹のモーさんは出そうと思って出し損ねました。

 

指令

 来歴:ただの町娘

 特技:?????

 モデル:?????

 本名:?????

 一言:彼女の回想はいつ入れようか保留中です。

 

土偶

 来歴:宇宙人

 特技:E遺伝子の作製

 モデル:原作の「土偶」

 本名:多分無し

 一言:原作より出番がだいぶ多くなっている気がします。

 



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用語集

「ノブナガン」における用語をまとめました。
この二次創作「ノッブナガン」においても基本は同一です。



*E遺伝子

 由来はおそらく「偉人」から。Eが何の意味かは作中では特に語られていない。

 土偶が地球上の傑物から採取した遺伝子を改造し、傑物の出身地の人間に紛れ込ませている。そのため、E遺伝子ホルダーは傑物の子孫というわけではない。

 

*E遺伝子ホルダー

 E遺伝子を持つ人間の総称。「ノブナガン」作中では25人+α登場している。進化侵略体に唯一対抗できる武器であるAUウェポンを生成することができる、人類の希望とも呼べる存在。

 

*AUボール

 由来はおそらく「英雄」から。土偶が作り出した、AUウェポンの展開に必要な球体。大きさはソフトボール大といったところ。E遺伝子ホルダー一人につき一つ支給されている。ボールごとに番号が振られており司令部で管理されているが、認証機能はついていないようで、他人のAUボールでもAUウェポンを使うことができる。

 AUボールはあくまでE遺伝子ホルダーの能力を増幅・安定させる機能しか持っておらず、理論上はボール無しでも能力を使うことができるとされる。アニメではしおが指先から弾丸を飛ばしているほか、原作ではもっとヤバいことになっている。

 

*AUウェポン

 E遺伝子ホルダーがAUボールを用いて作り出す武器。武器と一口に言っても、銃やナイフといった前衛向きのウェポンは数が少なく、バリア発生装置やバイク、観測機器、未来予知装置など多岐にわたる。

 ほとんどすべてのAUウェポンには顔のような意匠がある。「ガンジー」のウェポンの顔に眼鏡がついているあたり、元の偉人の顔を反映しているのかもしれない。

 

*傑物

 作中における偉人の総称。土偶が言うには、突然変異的な能力を持った傑物こそが、進化をなぞって侵略する敵への抵抗力となるらしい。

 作中では「織田信長」「ジョン・ハンター」「フランソワ・ヴィドック」などが登場している。場合によっては土偶が自分の目的を明かして協力的に遺伝子を採取しているが、信長やコロンブスからは不意打ちで遺伝子を奪い、ヴィドックに至っては逮捕されそうになったので記憶を奪って逃走している。

 

*土偶

 宇宙人。見た目は遮光器土偶の目の部分を耳に、目の間をウサギの顔にしたような宇宙人。

 故郷を進化侵略体に滅ぼされ、地球に逃れてきた。地球を故郷の二の舞にしないことこそが進化侵略体への復讐になるとして、歴史上の傑物から遺伝子を採取し、E遺伝子に改造することで来るべき日に備えていた。

 「ノブナガン」作中のセリフから推察すると、原作ではおおよそ西暦250年から300年ごろに地球にやってきたと思われる。

 

*進化侵略体。

 敵。見た目はいかにも怪獣といった感じで、星々を滅ぼして乗っ取り、別の星へとまた飛び立つという生態を持っている。

 驚異的な進化のスピードを持っており、およそ十数年でプランクトンから脊椎動物を模した姿まで進化し、場合によっては戦闘の最中にも世代交代を繰り返してその場に応じた形態を獲得している。しかし後者の場合は急ごしらえなあまり食事もままならない個体が生まれていることもあり、使い捨ての面が大きい様だ。

 台湾歩兵型などの一部を除き、オパビニアのような五つの目を持っているのが共通点である。逆に言うとそこ以外は進化のスピードがすさまじすぎてろくに共通点がない。

 



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一ノ銃 織田信長 前編

 敵は本能寺にあり!

 周囲から響くのは兵たちの鬨の声。火のはぜる音。炎と戦の熱気で焼き付いた空気を肺に吸い込み、自分は大音声で笑った。

 

「やってくれおったな、光秀!」

 

 絶体絶命と言えるだろう。今まで幾度となく陥ってきた窮地の中でもこれは極まっていると言える。こちらの手にはろくに兵もなく、装備も整っていない。だがむざむざと死ぬ気はない。板張りの廊下を進み、武器を置いてある部屋の障子を音高く開いた。

 

「!」

 

 腹に痛みを覚える。鋭く伸びた鋭い槍のようなものが腹の真ん中に突き刺さっている。その材質は南蛮渡来の硝子のよう。これほど鋭く、大きい硝子の武器など見たことがない。

 しかしその持ち主はそれ以上に見たこともない存在だった。

 遮光器土偶。いや――兎か? そのどちらともとれる、五尺から六尺もあろうかという異様な存在が、その手に持った針を自分の腹に突き刺していた。

 

「お前の『命』をもらうぞ、織田信長」

 

  *

 

六天(ろくてん)さーん。六天真緒(まお)さーん」

「んえ?」

 

 夢を見ていた。あれは――光秀? 火事? それに――土偶?

 

「なんか変な夢見た……」

「台湾まで来て昼寝?」

「おわっ」

 

 自分を起こした声は、クラスメイトのものだ。それも、誰からも好かれる人気者の――。

 

「藤丸さん? あえ? なんで私に?」

「眉間にしわ寄せながら寝てたから起こしちゃった。ごめんね?」

 

 そう言ってくすぐったそうに笑う藤丸立香。ぱっちりとした眼に利発そうな顔だち。サイドでくくった髪は彼女の活発さを示すステータスだ。

 彼女はぱっと顔をあげ、彼女の背景に広がる光景を示した。きらびやかな装飾を施された建物の群れが池の上にそびえ、さらにその奥には鎧をまとい、剣を携えた武将の姿まである。台湾は高雄、蓮池潭(リエンツータン)公園である。

 

「でも、せっかくこうして台湾まで来たのに寝てちゃもったいないよ。でしょ?」

「あ、ああうん……」

 

 まっすぐな目で見られると恥ずかしい。おもわずオドオドとうつむき、黒々とした前髪で顔を隠してしまう。

 

「こういうとこ、楽しくない? 私は海外初めてだからワクワクしっぱなしなんだけど。あのでかいオッサンとか!」

「そ、そうだね。でも、その……団体行動、苦手っていうか」

 

 自分のような地味な奴にクラスの人気者がどうして話しかけてくるのか。学年が変わった最初ならともかく、今は修学旅行の真っただ中だ。しかも班行動ではないため、周りの同級生たちは思い思いにグループを作ってあたりを歩き回っている。自分はそれに馴染めず、ベンチでぼんやりしているうちに舟をこいでいたのだ。

 

「だから……大丈夫」

「大丈夫? そうなの?」

「おーい立香ー。あのでっかいオッサン入れるみたいよー」

「行こうよー」

 

 少し離れた場所から藤丸さんの友達が話しかけているのが聞こえ、これ幸いと切り出した。

 

「ほら、友達が一緒に行こうって呼んでるし――」

「む」

 

 そういうと藤丸さんは少しむくれ、なんと自分の隣に座るとがっちりと肩を組んできた。

 

「じゃあ一緒に行って友達になろうか」

 

 ひ――――。

 

「む、無理無理! ダメだってそんなの――」

「ダメじゃない! 一緒に行こうよ!」

「い、いやいやいや、いきなりは。今度また――」

 

 思わずそう口走ったのが運の尽き。藤丸さんは素早くスマホを取り出して構えた。

 

「よし。言質とった。日本に戻ったら遊びに行こう。連絡先プリーズ」

「え、ちょ」

 

 藤丸さんが差し出したその画面を見て、さらに縮こまってしまう。

 

「そのアプリ、入れてない……」

「あ、ああ……」

 

 流石に思わずミスをしたとでも言いたげな顔を見せる。しかしこれくらいでへこたれる藤丸さんではなかった。素早くスマホを操作すると、腕をぐっと伸ばす。

 

「えい」

 

 藤丸さんは肩を組んだ姿勢のまま二人の写真を撮ると、ようやく自分を解放してくれた。思わずぐったりとしてしまう。

 

「ご、ごかんべんを……」

「あはは。やっぱり思った通りだ。話すと面白いなあ、真緒ちゃん」

「それはどうも……」

 

 こっちは心臓に悪い。しかし、藤丸さんは自分とともに映った画面を自慢気に見せるとこういった。

 

「ごめんね。でも、どうしても話してみたくて」

「え? それってどういう……」

「今度、話してあげる。連絡先もその時にね?」

 

 そのまま友達の方へと行くかと思いきや、途中で一度振り返り。

 

「今度、絶対だからね!」

 

 そう言ってから、今度こそ去っていった。

 

「はあ……」

 

 びっくりした。人種が違うとしか言いようがない。

 

「……けど、きっと、今回の旅行で思い出すのはこれだろうなあ」

 

 そう思うと少しおかしかった。台湾まで来て、一番の思い出がクラスメイトとの会話だなんて。くすぐったい。

 初めて乗った飛行機より、異国の街並みより、あのでっかいオッサンより、その上空を飛ぶ戦闘機が放つミサイルより――。

 

「ん?」

 

 戦闘機? しかもミサイル?

 軍隊には詳しくないが、こんな観光地の真っただ中でミサイルを撃つなどただことではないはずだ。遠くに着弾したミサイルが爆炎と轟音を響かせる。なんだ。何が起きてるんだ。

 

『紧急情况正在发生! 紧急情况正在发生! 那些在大廳裡的人應該及時撤離到指定地點! 我重複一遍――』

 

 周囲の人々が不安げに立ち止まり、あたりの状況を確認しようとしている最中、台湾語のアナウンスが響く。意味を理解できずとも、緊急事態を告げているのが分かった。その原因であろう、ミサイルが打ち込まれた先――そこから返事のように何かが飛んできた。茫然とする自分のすぐ近くに嫌な音とともに落下し、バウンドして視界の外に消えていったのは――。

 

「せ、戦車?」

 

 鳴りやまない攻撃の音。飛び交う戦闘機。玩具のように吹っ飛ばされた戦車。

身に覚えのない状況。それなのに、日本人に遺伝子レベルで刻み込まれた光景。その最後のピースがとうとう姿を現した。

 それは魚のような怪獣だった。

 形だけを見れば魚だ。だが、顔についた五つの目はそれが現生の生物ではありえない存在であることを主張しており、五十メートルはあろうかという巨体がそれを後押ししている。

 ましてや、胸びれと背びれの三本足で不器用ながらも陸に上がり、地面を踏み砕こうとする姿は。

 侵略。真緒の脳裏に浮かんだ言葉を肯定するように、怪獣が鱗のようなものを打ち出した。怪獣を囲むように展開した戦車に直撃したそれは、容赦ない爆発で戦車をスクラップにした。負けじと無事だった戦車や戦闘機から攻撃が加えられるが、怪獣は意に介さず進み、踏みつぶし、ぶち壊し、侵略する。

 怪獣映画そのままの光景がそこにあった。

 

「ちょっと、どうなってんの」

 

 逃げなくては。

しかし、思わず踵を返そうとした視界の端にでっかいオッサンが映った。そして、その背後にゆっくりと歩み寄る怪獣も。

 

「あの中には……!」

 

 逃げようとする足を止める。震えている。けれど。

 

「藤丸さん!」

 

 駆けだしていた。

 

  *

 

 某所。怪獣――「進化侵略体」の猛威と、それに対して必死に攻撃を加える台湾軍の光景が大写しになったスクリーンを備えた指令室において、オペレーターが現状を報告した。

 

「『進化侵略体』高雄市内に侵攻。現在台湾陸軍及び空軍が交戦中――」

「台湾総督府につないで、すぐ攻撃をやめさせなさい」

 

 杖を突いた老女――指令が鋭く指示を飛ばす。

 

「人間を殺すために作られた兵器ではアレに傷一つつけられないわ。周りの被害が増すだけよ」

 

 嘆息しつつ指令がつぶやく。そして、それに応える声がある。

 

「奴ら……ついに陸に上がれるまでに進化したのね」

『もう公表せざるを得んかな』

「ええ。アレのことも、我々のことも」

 

 指令は覚悟を決め、オペレーターに尋ねた。

 

「『E遺伝子(イージーン)』ホルダーは?」

「第二小隊が出撃。『ジャック・ザ・リッパー』が降下中。間もなく会敵します」

 

 オペレーターに対して指令が怪訝そうに尋ねる。

 

「一人で? バックアップは?」

「『アヴィケブロン』と『ジャンヌ・ダルク』はまだ降下準備中です」

「あの子、また――」

 

  *

 

 蓮池潭のでっかいオッサンへと続く通路を真緒は走った。

 時折怪獣がばらまく鱗のようなものは、戦車を壊すだけの威力をもって降り注ぎ、爆発をあたりにまき散らす。身がすくんだのも一度や二度ではない。

 でも止まるわけにはいかない。

 

「藤丸さん!」

 

 その時、怪獣の眼前に何かが突き刺さった。ミサイルのように見えるそれは、しかし爆発せずにそこに突き立ったまま、尾部が開いて内に収納していた何かを外へと送り出した。

 

「おっきいね、今回のは。でも、その分――」

 

 灰白色の髪の、幼さすら残す少女。しかし、その台詞と得物は――。

 

「たくさんたくさん、解体できるね」

 

 左腕を丸ごと覆う、身の丈ほどもありそうな巨大なナイフを構え、「ジャック・ザ・リッパー」は無邪気に笑った。

 



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一ノ銃 織田信長 後編

「たくさんたくさん、解体できるね」

 

 ミサイルのような物体――降下ポッドから飛び出した少女は、その左腕の巨大なナイフで一息に怪物の前足を二本とも斬り飛ばした。胸びれを不格好に進化させた支えを失い、怪物が頭から崩れ落ちる。

 

「ちゃんとした足でなきゃ歩けないよ、お魚さん。……うん? 『ジャンヌ』? 大丈夫だよ。おっきいだけでノロマだもん」

 

 少女はこれまた特撮映画のような戦闘服を身に着けており、今は耳に手を当てて、どこかと通信しているようだ。真緒には英語が分からないが、あの怪物を倒す算段を立てているのだろう。

 倒そうと、しているのだ。

 

「何、あの子」

 

 戦車も戦闘機もかなわなかった怪物を、あんなあっさりと。

 

「え? 確かに人がまだいるけど……早くバラバラにしちゃった方がよくない?」

 

 通信を続けている少女の後ろで、怪物が苦し気に頭をもたげ、戦車を一発でスクラップにした鱗を発射した。

 

「危ない!」

 

 思わず叫ぶが、少女の反応は淡泊だった。日本語での叫びが通じなかったのもあるだろうが、全く慌てていない。不機嫌そうに振り返ると、鱗をナイフで真っ二つにした。少女の背後に通りぬけた鱗が爆発し、少女の無造作に切りそろえられた髪を揺らす。

 

「っと、こうしてる場合じゃない」

 

 あの子が怪物の動きを止めている今のうちに。でっかいオッサンへと続く道を進む。藤丸さんを探す。

 

「どこに……」

 

 爆発する鱗が当たったのだろう。でっかいオッサンへと続く橋はあちこちが砕け、水面が足元に見える。怖い。運動神経なんてろくにない。伸ばしっぱなしの髪が重い。けれど。

 友達になれるかもしれない人を失うのは、もっと怖い。

 

「いた!」

 

 藤丸さんだ。友達二人も一緒だ。きっとあの爆発から友達をかばったのだろう。ぐったりとしている藤丸さんを、友達二人が揺らし、起こそうとしている。

 

「藤丸さん! 大丈夫!?」

「え? あ――確か、六天さん?」

「どうしてここに……」

「いいから! そっち支えて! すぐ逃げるよ!」

 

 ろくに話したことがないクラスメイトに啖呵を切り、藤丸さんの体を支える。普段の自分では考えられないことが今はできる。勇気か、テンションがおかしくなっているのかはわからないけど。

 藤丸さんを無事なところに連れていけるまで、どうか。

 

  *

 

 「ジャック」は戦闘を続行していた。

 

「やっぱり解体しちゃおう。それがいいよね」

 

 懲りずに進化侵略体は鱗を打ち出してくる。足を失い、ろくに動けないだろうにご苦労なことだ。

 

「えいっ」

 

 飛んできた鱗にナイフを引っかけ、ぐるりと回った勢いとともにお返しした。進化侵略体の眼前で鱗が爆発し、目くらましとなっている間に、一気にその磯臭い体を駆け上がった。

 

「ばいばい」

 

 身をひるがえし、一気にその巨体をナイフでおろす。子気味いい音とともに肉が裂け、真っ二つになった進化侵略体は水面にたたきつけられた。派手な水しぶきとともに空っぽの体内が――空っぽ?

 

「おかあさん? あっち?」

 

 自分の背後で「ジャック・ザ・リッパー」がささやく。咄嗟に振り向くも、遅かった。

 水面から突き出された鋭い角が「ジャック」の小さな体を貫く。

 

「どう、しよ」

『「ジャック」!? どうしたんですか!?』

「『ジャンヌ』……あの大きいの……『揚陸艇』だった、みたい」

 

 水面からわらわらと顔をのぞかせる小型の侵略体――「歩兵型」とでもいうべきだろうか。その姿は無理やり足のようにしたヒレなど、おおむね「揚陸艇」と変わらない。しかし特徴的なのはその頭部だった。「揚陸艇」とは違う、明確に白兵戦を意識した鋭い上顎はまるでカジキマグロのようだ。

 咄嗟に侵略体の群れから距離を取る。腹からボタボタと血があふれる。しかし、先走った自分のミスだ。自分で何とかしなくては。

 左手のナイフが五指のように展開する。背後でE遺伝子がささやいている。

 

「がんばるよ……おかあさん」

 

  *

 

「もうちょっと!」

「もう、むり」

「無理じゃない!」

 

 くじけそうになる藤丸さんの友達を励ましながら、藤丸さんの体を運ぶ。怪獣に壊されたせいで足元は悪い。けれど構ってはいられない。あと半分で岸まで――。

 

「おわっ」

 

 橋に何かがぶつかった。見れば、小さな怪獣にナイフを突き立てた少女がいる。

 

「うう……もうだめ」

 

 少女が苦しそうに呻く。見れば、腹から血があふれ、ただでさえ痩せ気味な顔から血の気が失せていた。その腕のナイフが消え、少女の手があらわになる。

 

「ごめんなさい……おかあさん」

 

 その手に握られたボールに真緒の目は吸い寄せられた。

 

「これ……どこかで」

「きゃあ! 何こいつら!」

「いっぱいいる!」

 

 藤丸さんの友達が叫ぶ声で我に返る。見れば、周囲に小さな怪獣がたくさん集まってきていた。当然、岸に続く道にも。

 

「ちょ、ちょっと……どうして」

「どうしよう……」

「六天さん……」

 

 藤丸さんは目を覚まさない。岸は遠い。怪獣はじりじりと迫っている。

 

「……イチかバチか。二人とも、藤丸さんをお願い!」

 

 藤丸さんの友達に藤丸さんを預け、橋を飛び降りて少女のもとに向かう。

 

「借りるよ」

 

 少女の手に握られたままのボール。何故だか目が吸い寄せられる。どこかで見たことがある気がする。

 自分にも、あんなナイフみたいなものが出せれば――。

 そんなに都合のいい話じゃないのは分かっている。けれど、試さずにはいられなかった。

 

「No.」

 

 しかし、少女は手を離さない。

 

「Run away. It can‘t be used for ordinary people. ……」

 

 前半だけ、逃げろと言われたのは分かった。けれど。

 

『今度、絶対だからね!』

「絶対って、約束したんだ」

 

 少女の手からボールをもぎ取る。握りしめる。何かを探る。何でもいい。力が欲しい。藤丸さんたちを守れる力を。この状況をどうにかできる力を――。

 

『ほう』

 

 声がする。自分の中から。流れる血潮から。

 

『ならばくれてやろう。是非もなし』

 

  *

 

「13号ボール……再起動しました!」

「『ジャック・ザ・リッパー』が復活したの!?」

 

 オペレーターの声に、指令が鋭く尋ねた。

 

「いえ……違います。これは、未知の『E遺伝子』シグナルです」

「そんな……未知のホルダーがまだいたというの? それもあの場に」

「遺伝子紀元1582年です」

 

 次いでオペレーターが告げた内容に、指令の背後にある装置の中から声が答えた。

 

『1582年。お前か――』

 

 あの日。採取した「命の二重螺旋」と「AUボール」を見せつけられ、彼は冷静に答えたのだ。

 

『確かに受け取ったぞ、お前の「命の二重螺旋」を。これを使い、今から数百年後「奴ら」がこの星に到達するその時目覚めるであろう「戦士」を作る。――お前をはじめ、この星の傑物たちから私が作り、生まれた「戦士」。それが希望となる』

『ほう。して、その球は』

『これは彼らだけに反応し、彼らが望む兵器を形成する核となるものだ。それだけが「侵略体」からこの星を守る唯一の力だ。――お前の生まれ変わりならどんな兵器を望むかな』

 

 その問いに、彼は不敵な笑みを浮かべ、こう答えた。

 

『ふ。決まっておる。銃よ』

 

  *

 

 全身が熱い。手に握ったボールに鼓動が流れ込む。ボールが脈打ち、力を返す。その循環が限りなく自身を高め、奥底に眠る遺伝子を呼び覚ました。

 

「ハッ! はははっ!」

 

 ボールを包み込んだ光が急激に膨れ上がり、自身が望む兵器を形成する。迷うことはない。銃だ。銃だ。それも飛び切りの――。

 

「六天さん!」

 

 声に振り向きざま引き金を引いた。銃口から飛び出した弾が、藤丸さんたちに迫る怪獣をハチの巣にする。その反動で光が散り、銃の全貌が明らかになった。銃の大きさは真緒の身の丈ほどもあり、旗印たる永楽通宝をあしらった銃口は黄金(こがね)の輝き。小札(こざね)板のような意匠の上に、仮面が目を光らせる。

 

「ろ、六天さん……?」

「どうしたの、それ……」

Incredible(信じられない). ……You are also(あなたも)……?」

 

 口々に言うクラスメイトや少女たちの注目を浴び、真緒は顔を伏せるのではなく髪をかき上げた。黒く艶やかな髪が波打って広がり、マントのようにひらめいた。そして赤い輝きを灯した目を細め、笑う。

 

「うっははははははは!! よい! よいぞ! 格別にいい気分じゃ! 一丁踊りたい気分じゃが……まあ先にやることがあるのう」

 

 六天真緒――否。六天魔王と呼ばれた傑物の遺伝子を受け継いだ「戦士」が名乗りを上げる。

 

「我こそは第六天魔王波旬織田信長! 怪物どもよ、三千世界に屍を晒すが良い!」

 




シオチャンが最初から英語ペラペラっぽかったのはやはりミリタリーの資料に強いからでしょうか。


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二ノ銃 アヴィケブロン

Fateにサンジェルマンっていたっけって調べたらこうなりました。




『「ジャンヌ・ダルク」より本部。現在「アヴィケブロン」と降下中です。20秒後に高雄市上空に到着。戦闘区域に突入次第「ジャック・ザ・リッパー」の援護に向かいます』

『本部より「ジャンヌ・ダルク」。敵情報を送る。上陸した「進化侵略体」は約200体。蓮池潭(リエンツータン)公園にて交戦中。ただし――』

『ただし?』

『「進化侵略体」と交戦中の「E遺伝子ホルダー」は「ジャック・ザ・リッパー」にあらず。繰り返す。交戦中の「E遺伝子ホルダー」は――』

 

  *

 

 怪物たちが迫る。撃つ。銃が跳ねる。真緒の身の丈ほどもある銃は、その通りの反動を発砲のたびに持ち主の小さな体に浴びせ、足を浮かせかねないほどだ。

 

「ええい、跳ねっ返りが過ぎる!」

 

 ばらけていては守りづらい。ナイフで戦っていた少女をひっつかみ、藤丸さんたちがいる橋の上に飛び乗ったはいいが、四方八方から敵が迫ってくる。

 

「六天さん!」

「こっちからも!」

「ええい、言わんでもわかっとる!」

「『ダメ……。連射しないで、もっと威力を抑えて――』」

「貴様に至っては何言っとるか分からん! 日本語喋らぬか!」

「『通じてないんだろうな……』」

 

 そんな真緒の様子を見て少女も何事かを言うが、英語なためわからない。だが、現状に何かアドバイスをくれているのだろう。

 むやみに撃ってもダメだ。妙なヒレみたいな足のくせに怪物どもは器用に跳ねて動き回る。そしてカジキマグロよろしく尖った切っ先を突き出してくる。ならば最後の動きは必ず――。

 真緒は一度撃つのをやめた。

 

「『あれ? 通じてた?』」

 

 真緒は一番近い敵に素早く狙いを定め、弾丸を放った。指先の感触はない。意志がそのまま引き金となる。過たず、弾丸が敵の額をぶち抜いた。反動で銃口と体が跳ねる。

 

「こっちも来てる!」

「ちい!」

 

 真後ろだ。一度銃を解除。身軽になった身を回し、もう一度銃を生成。引き金を引く。反動を殺す。銃を解く。振り向く。銃を作る。撃つ。反動を殺す――。

 

「『まずい』」

 

 敵の攻撃は突きだ。ならば最後の動きは溜めてからの突撃、直線だ。だからそこを叩く。銃の強みを捨てたジリ貧の状態だが、それしかない。しかし――。

 

「『両方から来てる!』」

「分かっとる!」

 

 言葉が通じなくとも意味は分かった。これはもはや、反動云々言っていられない。どうにか――。

 

「『派手にやっているようだね』」

 

 突然、橋の石畳がめくれ上がり、土と岩でできた巨大な手が突き出した。手は怪獣の頭を不器用につかむと、そのまま地面にたたきつけた。怪物が苦しそうにもがいているあたり、残念ながら致命傷ではないようだ。

 

「何じゃ!?」

「『アヴィケブロン……』」

「『やあ、「ジャック」。いい薬になっただろうか。何のためにサポート役が二人もついていると思う? 先走って怪我をされては意味がない』」

 

 何事かを嫌味っぽく言いながら橋の上を歩いてくる男は、少女と同じく戦闘服のようなものに身を包んでいたが、それ以上に顔をすっぽりと覆う奇妙な仮面が真緒の目を引いた。それに加えて、右手を覆う巨大な金色の籠手――10個の円が22本の線で結ばれた樹のような図形が刻まれたそれが、少女のナイフや自分の銃と同じものであることを、真緒は直感的に感じ取った。

 少女が呼ぶ名は聞き覚えがないが、味方なのは確かだ。

 

「六天さん、また来てる!」

「っとと、すまぬ!」

 

 男に気を取られている間に別の怪物が迫っていた。慌てて向き直る――。

 

「『気を抜かないで!』」

 

 しかし、「アヴィケブロン」を追い越すように駆け込んできた金髪の少女が地面に旗を突き立てた途端、見えない障壁のようなものが怪物を阻んだ。自分たちをぐるりと囲むように描かれた円の中に怪物は入ることができず、障壁に顎先をぶつける音がガツガツと響く。

 これだけの攻撃を受けて平然としている障壁の元になっているのは、少女が掲げる二メートル余りもある旗だ。穂先が槍になっているそれは、純白の布に刻まれた紋章をなびかせ、一行を鼓舞するように輝いていた。

 見事な金髪を三つ編みに結った少女が鋭く仲間に注意を飛ばす。

 

「『何をのんびりとしているのです、「アヴィケブロン」!』」

「『済まない』」

「『それと「ジャック」!』」

「『お説教は後にして……』」

「『それから貴女!』」

「え? わし?」

 

 急に話を振られ(たと思った)、真緒は自分を指さした。

 

「『そうです! 貴女、いきなり巻き込んでしまってすみませんが、攻撃を! 私たちの中で攻撃能力があるのは貴女だけなのです!』」

「……何言っとるかサッパリわからん」

 

 が、何をすればいいかはなんとなくわかる。巨大な手が抑え込んだままの怪物の頭を撃ち抜き、さらに障壁の外の怪物も倒すべく目線を向けた。

 

「『「ジャンヌ・ダルク」から本部へ! 未確認のホルダーと接触しました。協力を得られそうです――』」

「おお、そうじゃ」

 

 金髪の少女が耳に手を当て、どこかと話しているのを見て、真緒は素早く手を伸ばした。

 

  *

 

 指令は不安そうに声をこぼした。

 

「大丈夫でしょうか、あんな訓練も積んでいない子に……」

『大丈夫だ。織田信長――こと戦闘のセンスに関しては抜群だよ。本当に面白い傑物だった――いや』

「?」

『今はもう、あの娘か』

 

 その瞬間、「ジャンヌ」と通信していたはずのオペレーターが耳を抑えた。

 

『ニホンゴ――――!!』

 

 少女の大声が指令室いっぱいに響き、そこにいる全員の目が点になる。

 

『ニホンゴワカルヤツハオランノカ――!!』

 

「……確かに面白い子ですね」

『そういう意味じゃないんだけど』

「困りましたね。オペレーターの中に日本人はいたかしら――」

 

 呆れる二人の背後から、一人の男が歩み出た。

 

「指令。お任せを」

「サンジェルマン」

 

 奇妙ないでたちの男だった。皮と金属で心ゆくまで装飾を凝らした格好は、規律正しい指令室にはおよそ似合わない。しかし、彼自身のまとう雰囲気が空気を上書きし、そちらが正しいような気分にさせる――そんな男だ。

 

「ニホンゴも嗜んでいるの?」

「当然でしょう。何せ私はサンジェルマン、サンジェルマンですから!」

 

  *

 

「おおい! 聞こえとらんのか!」

「『ちょっと、やめてください!』」

「『何をしているんだい、「ジャンヌ」』」

「『この人が、急に――』」

『『その人に通信機を渡してやってくれ、「ジャンヌ」』』

 

 通信機ごしに聞こえた声に、「ジャンヌ」は戸惑いながらも戦闘服から通信機を取り外し、真緒に差し出した。

 

「ん? なんじゃ、くれるのか」

『ご機嫌よう「織田信長」。いや、「久しぶり」と言うべきか。私の名を覚えているかはわからないが、改めて名乗っておこう。サンジェルマンだ!』

「やっと日本語が通じるやつが来たかと思えば……サンジェルマン? パン屋か貴様」

 

 そう指摘した真緒に対し、通信機の向こうの声は笑いで返した。

 

「『パン屋? いいや、私こそがサンジェルマンだ! もう一度自己紹介しておこう。サンジェルマンだ。名前は忘れてくれていい、サンジェルマン……そう! サンジェルマンだ! サンジェルマン……名前は重要ではない』

「うっさい奴じゃのう」

 

 せっかくの話が通じる相手だが通信を切りたくなってきた。

 

『お困りだろう? 君の言葉を「ジャンヌ」たちに伝えてあげようか』

「何?」

 

 願ってもない話だ。

 

「やたらと名乗るのを止め、通訳に徹してくれるなら考えよう」

『ははは! それでこそ君だ! 引き受けよう!』

 

 とはいえこれで問題は解決した。

 

「聞くがよい、二人とも」

「『なんでしょうか』」

「『何か思い付きでも? この数をどうにかするのは大変だ』」

 

 サンジェルマンは大人しく通訳に徹してくれているようだ。一拍遅れで「ジャンヌ」と「アヴィケブロン」の発言が伝わる。

 

「貴様が「ジャンヌ」でバリアーを使うのじゃな」

「『バリアーって言い方はちょっと……』」

「そして貴様が「アヴィケブロン」、地面を操ると」

「『正確には石人形(ゴーレム)だがね』」

 

 そういって「アヴィケブロン」は籠手を地面に押し当てると、自分の横に1メートルほどのゴーレムを立ち上がらせた。

 

「そちらはよし。それと「ジャンヌ」よ、バリアーの強度に自信はあるか?」

「『バリ……ええ。ちょっとやそっとではこの旗は折れません』」

「よし。いけるやもしれん。「アヴィケブロン」よ、わしと来い」

「『言っておくけれど、周囲の「侵略体」すべての動きを止めるのはさすがに無理だ。一度に操れるのはこのセフィラの数と同じだけ。攻撃力もさほどないし、壁くらいにしかならない』」

 

 右手の巨大な籠手に刻まれたセフィロトの樹を示しながら言うアヴィケブロンに、真緒は不敵な笑みを浮かべながら告げる。

 

「と、なると十か。期待以上よ。「ジャンヌ」はここでその子らを守っておるがよい。合図をしたらバリアーを一部解け。わしらは討って出る」

「『バリ……いえ、私も手伝います!』」

「貴様には動いてもらっては困る。加えて――」

 

 いまだに気絶したままの藤丸さんと、怯えて動けない二人のクラスメイトを目線で示しながら真緒は言う。

 

「こやつらにもしものことがあれば、わしは何をするか自分でもわからん」

 

 赤い瞳を爛々と輝かせ、壮絶な笑みを浮かべながら言う真緒に対し、「ジャンヌ」は言葉を失った。

 そうこうしている間に、こちらを敵とみなした怪物たちは「ジャンヌ」のバリアーに押し寄せ、かなりの数が集まっている。真緒は「アヴィケブロン」に手短に指示を飛ばした。

 

「さあて、怪物どもも十分集まったところで……討って出る!」

「『……武運を』」

 

 「ジャンヌ」が障壁の一部を解除した途端、怪物たちが雪崩れ込もうとする。しかしそれを「アヴィケブロン」が作った2メートルはあろうかというゴーレムが阻んだ。足以外の可動は度外視し、とにかく強度を優先したものだ。

 

「今じゃ!」

「『了解した』」

 

 怪物たちの群れの中にゴーレムが無防備に五体を投げ出して怪物を押しつぶす。一体だけではない。初めの一体が倒れた背を踏み、二体目がその先に。二体目の背を踏み、三体目がその先に倒れ、道を作っていく。

最後の一体の操作を止め、物言わぬ塊となった計十体のゴーレムが作る15メートル強の道を、真緒と「アヴィケブロン」は怪物が押し寄せる前にすかさず駆け抜けた。

 怪物たちの包囲を脱し、真緒はさらに指示を飛ばす。

 

「次じゃ!」

「『君は僕を建設業者か何かと勘違いしていないか』」

 

 そういう「アヴィケブロン」がさらにゴーレムを作り出す。「ジャンヌ」を囲む群れから、こちらに狙いを変えた怪物たちの進路を狭めるように、左右に四体ずつ計八体。これもやはり、動きは考えずに壁として置く。

 

「左右にゴーレム。奥にバリアー。袋小路というにはちと隙間が多いが、十分よ!」

「『そして最後に……』」

 

 真緒の背後に最後の二体がそびえ、それぞれの片方の手が真緒の小さな肩をがっしりとつかんで固定した。さらに、空いた手は怪物たちに突き付けた銃身に添えられる。

 

「重っ! が、これならば!」

 

 銃が火を噴く。反動で真緒の体と銃口が跳ねそうになるが、「アヴィケブロン」の操作によってゴーレムがそれを無理やり押さえつけた。左右のゴーレムに進路を限定された怪物たちの列に、弾丸が雨あられと降り注ぐ。当然すべてが命中するわけではなく、奥の「ジャンヌ」へと流れ弾が行く。

 

「『ちょっと! 強度を確認したのはこのためですか!?』」

「自慢の旗じゃろ! 頑張れ頑張れ!」

「『ああもう!』」

 

 「ジャンヌ」が旗を一層強く握りしめると、旗の輝きと障壁の強度が増した。

 

「『確かに当たってるが……数が多すぎる』」

「ちい!」

 

 横合いから回り込んできた怪物を忌々し気に睨み付けたとき、真緒の脳裏でE遺伝子がもたらす記憶が閃いた。

 

『敵は武田の騎馬隊。鉄砲隊といえど一段では押し切られる。ならばどうするか――簡単なこと。一段で足りぬならば――』

 

 真緒は左手を銃に添えられたパーツに突っ込むと、引き抜いて指鉄砲の形に構えた。すかさずAUウェポンがホルダーの意志を汲み取り、人差し指の先に銃口を彫る。

 指先が火を噴き、横から迫る怪物の脳天を吹き飛ばした。

 しかし怪物たちはひるまない。壁にしたゴーレムの頭さえ踏み越えて飛び跳ね、上空から落ちる勢いに任せて顎を突き刺そうとする。

 

「『上からも来る!』」

 

『二段で足りなきゃ――』

 

 銃に乗っていた仮面の目に光が宿り、真緒の意のままに動いて空をにらむ。その口が開き、中から銃口が覗いた。

 右手。左手。仮面。三つの銃口が火を噴き、四方八方から襲い掛かる怪物たちを撃ち倒す。

 記憶の中の信長と、真緒が同時に言葉を叫ぶ。

 

三千世界(さんだんうち)じゃあ!!」

 



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三ノ銃 ジャンヌ・ダルク

 

 右手の銃が火を噴く。押し寄せる怪物たちに負けじと弾丸の雨を浴びせる。

 左手の銃が火を噴く。回り込む怪物たちを寄せ付けまいとハチの巣にする。

 仮面の銃が火を噴く。飛び込む怪物たちを睨み付け一匹残らず撃ち落とす。

 周囲で動くものすべてに弾丸を叩き込み続け、鳴りやむことがない銃声で耳がやられかけたころ。真緒はようやく自分に向かってくる怪物がもういないことに気が付いた。

 息も忘れて引き続けていた引き金を離すと、耳に痛いほどの静寂が周囲を満たしていた。自分の荒い呼吸と、背後でいまだに周囲を見回している「アヴィケブロン」の衣擦れの音だけが響く。

 

「まだ……おるか」

「『いや。動いているのは、もう……』」

「で、あるか」

 

 真緒は膝から崩れ落ちた。銃が消え、ボールが右手からこぼれた。

 かき上げていた髪が落ち、赤い輝きを失った目を覆い隠す。

 

「『おい、大丈夫か』」

『『無理もないさ、「アヴィケブロン」。むしろ、ろくに訓練も受けていない状態でよくぞここまでやったものだ。褒めるべきだと私は思うよ』』

 

 「アヴィケブロン」に対して英語でしゃべっているため分からないが、翻訳の役に徹していたサンジェルマンが再び軽口を叩き始めたらしいのを聞き、真緒は戦闘の終わりを悟った。

 

「藤丸さん、たちは? 大丈夫なの?」

『おや、「信長」。口調が……いや。そういうことか。お友達ならば大丈夫だよ。ジャンヌがちゃんと守り切った』

 

 サンジェルマンは何事かを言いかけたが、真緒の求める答えを返してくれた。「ジャンヌ」も離れたところから、こちらを安心させようと大きく手を振っているのが見える。

 

『『「アヴィケブロン」、彼女をお友達のところまで運んでやってくれないか。心配しているようだから』』

「『了解した』」

 

 「アヴィケブロン」の操るゴーレムに抱えられ、「ジャンヌ」のところに戻ると、藤丸さんだけではなく二人のクラスメイトも気を失っていた。三人の近くに下ろしてもらい、間近でその顔を見てようやく息をつく。

 

「よかったぁ……」

「『こちらの二人は先ほどの戦闘の凄まじさに気を失ってしまったようです。三人とも、お医者さまに診てもらった方がよいでしょう。勿論貴女もですよ、「ジャック」』」

「『はーい』」

 

 「ジャンヌ」に応急処置を受けながらも返事をした「ジャック」を見て、真緒は少しだけ安心した。

 事情は大体察している。自分を含め、あのボールを扱える人間でなくては、あの怪獣に太刀打ちできない――だとしても、だ。見た感じ十歳前後、ちょうど自分の姪と同じくらいの女の子が、矢面に立って戦っているなんて。今回は自分がいたからいいものの、一歩間違えれば確実に命を落としていた。

 

「あなたたちは、一体――」

 

 そう真緒が尋ねようとした瞬間だった。

 

『本部より「ジャンヌ」へ! 先行して現れた巨大「進化侵略体」より高密度エネルギー反応! 至急防御を! 「ジャンヌ・ダルク!」 先行して現れた――』

「な、なに?」

「『巨大侵略体――まさか!』」

 

 突如飛び込んだ通信を聞き、振り返った「ジャンヌ」の視線の先。「ジャック」が倒した巨大な怪獣の体がいびつに膨れ上がっていた。まるで破裂する寸前の風船だ。

 あれが飛ばしていた鱗のように、まさかあれも。あの大きさで、この距離で。

 

「ボール! ボールを!」

 

 「ジャック」から借りたボールはどこへやったか。力を振り絞って周囲を見渡す真緒の目に、包囲から脱するために足場にしたゴーレムの下から這い出る怪物の姿が目に飛び込んだ。

 そいつはこちらを見ていない。大型の怪獣のほうをめがけ、今にも飛び出そうとしている。

 

「あいつ……!」

 

 ただ指さすことしかできない。もう遅い。小型の怪獣は体のバネをいっぱいに使って飛び出し、大型の怪獣に鋭い顎を深々と突き刺した。

 

「『下がって、頭を低くしてください!』」

 

 それを見た「ジャンヌ」が険しい表情で叫び、真緒たちの前に立ちふさがった。今までにないほどに輝きを増した旗を、地面に突き立てるのではなく高々と掲げ、「ジャンヌ」はおごそかに言い放つ。

 

「『我が旗よ、我が同胞を護りたまえ!』」

 

 爆発は初めに光が襲ってきた。熱と炎が光となり押し寄せ、次いで身を震わせる音と威力が視界一杯を食らい尽くす。

 「ジャンヌ」が旗を掲げる姿が逆光で見えなくなるほどの眩しさに、真緒はただただ藤丸さんたちをかばい、頭を伏せているしかなかった。

 これが真緒と怪物――「進化侵略体」との初めての接触だった。

 

  *

 

 あの爆発のあと、気を失っていた自分は「アヴィケブロン」たちによって彼女たちの「組織」の特務艦に運ばれたそうだ。現地、台湾の病院は死傷者であふれ、十分な治療を受けられない可能性があったからだ。

 幸い藤丸さんたちは軽い怪我で済んでいた。今は陸地に待機しており、日本への便がつかまり次第帰国できるという。

 「ジャック」は当然重症であり、「ジャンヌ」も流石に疲労困憊になったという。二人はヘリコプターで本格的な治療が可能なところへと輸送された。

 そして真緒は――。

 

『430年ぶりだな、織田信長』

「………………」

 

 特務艦の甲板。立体映像による通信で「土偶」と語らっていた――いや、一方的に彼の話を聞いていた。返事をするどころではなかった。

 この、戦いの跡の光景を目にしては。

 

『「進化侵略体」――あれがこの星に来ることは分かっていた。だから歴史上の傑物たちの遺伝子を採取し、改造し、E遺伝子として残した。あれらに対抗する戦士が、AUウェポンを使う者たちが必要だった』

「………………」

『君の力が必要だ。だが、強要はできない。織田信長のE遺伝子を継いでいるとはいえ、君は六天(ろくてん)真緒(まお)という一人の人間なのだから。君が築いてきた今までの生活――いや、ひょっとしたら命すら捨てる羽目になるかもしれない。実感しただろう』

「………………」

『進化侵略体の恐ろしさ、そしてそれに対抗できるE遺伝子ホルダーの力を』

 

 真緒たちのいる船は蓮池潭の跡地に浮かんでいた。

 蓮池潭は街中にあるさほど大きくもない池だった。しかし今は、もはや海との境目はない。

 公園から最寄りの海岸までおよそ1キロメートル――それがまるごと半円のクレーターとなり、今はなみなみと海水をたたえている。たった一度の爆発で作られ、たった一人の護りによって半円に押しとどめられたのだ。

 クレーターの周囲も無事では済んでいない。爆発の余波、逃げ惑う人々による混乱、今なお不安と恐慌がこの街に渦巻いている。

 これが、戦いの跡だというのか。

 こんなものが、あとどれだけ続くのか。

 

『今この地には世界中から被災者を救うために善意が集まっているよ。あそこにいる誰もが誰かを救おうとして、それでも自分の力の届かなさに打ちひしがれている』

「………………」

『君は、この街にいる誰よりも遠くまで届く力を持っている』

「………………」

『返事は日本に帰ってからでいい』

 

 「土偶」は姿を消した。

 真緒はただ、目の前の光景を見続ける。

 ただ、見続けている。

 言葉はなかった。

 

  *

 

 通信が切れた指令室で、指令は悲し気に土偶に話しかけた。

 

「多感な年頃の子供にあんな言い方を……」

『聞いていたのか』

「ええ。本当にずるいやり口ですね。私を誘った頃のままだわ」

『是非も無し、だ』

「それは?」

『仕方がない。あの傑物が言っていた。無防備な状態で家臣に反旗を翻された時でさえ――』

「本当に、ずるい人」

『何としても彼女の力は必要なんだ。この星を、私の故郷の二の舞にしないためには』

 

  *

 

 甲板で立ち上がった真緒の目には、魔王の赤い輝きではなく、彼女自身の決意が灯っていた。

 



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四ノ銃 藤丸立香

 海面から飛び出した三メートルほどの進化侵略体は、額に作られた穴から鱗の砲弾のようなものを打ち出した。

 その砲弾の向かう先は船の甲板。赤みがかった髪の青年がゆるりと長大な槍を構えている。――かと思えば、三メートル以上はあろうかという槍を巧みに操り、砲弾をいなすと同時に侵略体の喉元に飛び込んでいた。

 

『――ッ』

 

 映像にもかかわらず、気迫で空気が震えたとわかる一撃。槍の一撃で内側から弾けるように死滅した侵略体のかけらがバラバラと降り注ぐ中、青年が残心を終えた。

 

『一年前サイパン沖に出現した「進化侵略体」とE遺伝子ホルダー「李書文」の戦闘の様子です』

 

 画面の中で「Defence Organization aGainst Outer Object」の組織の名前を背負った指令が告げる。

 

『我々「DOGOO(ドグー)」は、この日が来ることに備えて設立された超国家機関です。先日の台湾の一件を受け――』

 

 画面の中で会見を続ける指令を見ながら、藤丸立香は苦笑した。

 

「いやあ、朝からこのニュースばかりで困っちゃうよ」

 

 そういう彼女の頭には包帯が巻かれているが、笑顔は明るい。

 

「せっかく日本の病院に移れたのに、特番ばっかりで嫌になっちゃう。テレ東に回してもいい?」

「う、うん。……怪我は大丈夫?」

「うん。大したことないってさ。検査して問題なければ来週には退院できるってさ」

「よかった……」

 

 本人の口からそう聞いて安心した。結局、あの戦いの最中、藤丸さんは気絶したままだった。日本に戻り、家族と学校に事情を説明し、そしてここへ。本当は一番にここに駆けつけたかったが、あの時居合わせていたクラスメイトからこう伝言されてしまってはかなわない。

 

『真緒ちゃん、私は大丈夫だから、家族にちゃんと話をしてあげて』

 

 ……ゆっくり話をできるのはこれで最後になるかもしれない。だから、窓の外を気にしつつも言葉を紡ごうとする。

 

「んと、えと、」

「真緒ちゃん」

「え? な、なに?」

「ありがとう。お礼、ちゃんと言ってなかったから」

「……うん」

 

 チャンネルを回し損ねたテレビから、引き続き「進化侵略体」についての情報が流れてくる。

 

『進化侵略体については、現在「DOGOO」から提供されている限定的な資料に基づくしかありませんが、以上のことが推測されます。地球には一日に大小合わせて70以上の隕石が落ちています。「進化侵略体」はこれらの隕石に付着した形で10年ほど前に地球に飛来し、単細胞の状態から今日に至るまで地球の環境に適応した形へと「進化」を繰り返していると思われます。これらは「DOGOO」が過去に撃破、回収した侵略体を時系列順に並べたものです』

 

 「進化侵略体」の姿が時系列に沿って並べられる。細長い蛇のような初期型から、ヒレを発達させ、泳ぎに工夫を凝らし、顎を備えて捕食に適した体へ。そして、先日の台湾には、不器用ながらも陸上に適した体へ――。生物の教科書にある、地球の生物の進化の歴史をなぞっているのが分かる。

 

『現在は魚のような形ですが、いずれは陸上に適合した体に進化し――海ならず、この星を丸ごと侵略することが目的でしょう』

『その第一歩が、先日の台湾のものだと?』

『ええ。いずれはオブルチェヴィクティスやエルギネルペトンのように四肢を発達させ――』

 

「魚かと思ったけど、宇宙怪獣だったんだね」

「うん」

「軍隊もたくさん出てきてたし、なんか怪獣映画みたいだったね」

「そ、それ、私も思った……」

「……けど、映画じゃないんだよね」

「……うん」

 

 二人の間に沈黙が落ちたが、それを破ったのは真緒の声だった。……信じたくはないが。

 

『うっははははははは!! よい! よいぞ! 格別にいい気分じゃ!』

『この映像は先日台湾の現場に居合わせた観光客が撮影した映像なのですが――』

 

 映像の中で、目を赤く輝かせた真緒が銃を振り回し、大音声を挙げる。

 

『我こそは第六天魔王波旬織田信長! 怪物どもよ、三千世界に屍を晒すが良い!』

「うわ、ああ、あー!」

 

 思わず藤丸さんの手からリモコンを取り挙げてテレビを消そうとするも、軽くよけられてしまった。それどころか、懐に飛び込んできたこちらの前髪をかき上げ、顔をしげしげと眺めてくる。

 

「うーん。あの映像だとどう見ても目が赤いけど――」

「う、うう……」

 

 真緒の目は黒い。というか、目の色もそうだが、あのしゃべり方、あの態度! 一体何なのか――自分の記憶にもハッキリと残っているが、いまだに訳が分からない。あの時はただ、そうなったのだ。

 

『通常兵器では傷つけられない進化侵略体を破壊していますが、この少女が「E遺伝子ホルダー」なのでしょうか』

『はい。侵略体に唯一対抗できる「AUウェポン」と呼ばれる武器を作り出せる存在で――おそらくはこの巨大な銃がそうでしょう。このウェポンを操るには「E遺伝子」という特殊な遺伝子を持つことが必要で、現在発表されているホルダーには歴史上の人物の名前が冠されていますが、現在詳細は不明です』

『この少女も「織田信長」を名乗っていますが――』

 

「だよね――。真緒ちゃん、信長の生まれ変わりなの?」

「詳しいことは言えないんだけど……そんな感じ」

「……あ、もしかして、六天――」

「い、言わないで!」

 

 顔を真っ赤にしてうつむいた真緒を見て、藤丸さんは何かを察したらしい。

 

「いやうん。……ごめん」

「い、いいの……ちょっと、そういうの、苦手で」

 

 二人が気まずくなっている間にもニュースの映像は続く。

 

『この日本人の少女はDOGOOの発表によれば、あらかじめ所属していたホルダーではないとのことで、DOGOO指令は次のように述べました』

『現在DOGOOには24人のホルダーが所属していますが、彼女の能力は大変有益です。我々は一人でも多くのホルダーを必要としています。ただ――』

 

 ただ、と言い。

 

『あくまでDOGOOへの参加は、彼女の意志を尊重します』

 

 土偶と同じことを言う。

 それに対し、日本の首相が直々にコメントを発表していた。

 

『日本もDOGOOには参加していますが、ホルダーは輩出していません。仮にですが、彼女がDOGOOに参加してくれるとなれば――』

 

 それを皮切りに、政治家、コメンテーター、果ては街頭の人々まで、様々な人が日本人の少女――真緒へのコメントを寄せる映像が流れる。

 不安。期待。責任。応援。義務。真緒の背中へと言葉が降り積もる。

 

 ――ぶつっ。

 

「……ごめん」

「ううん」

 

 藤丸さんがテレビの電源を切り、リモコンを脇に置いた。

 

「……どうして、こうなっちゃったんだろ」

「真緒ちゃん」

「……怖いよ」

「うん」

「いきなりあんなことになって、自分が自分でなくなっちゃったみたいで」

「うん」

「世間の人たちも皆勝手なこと言って」

「うん」

「もしかしたら、死んじゃうかもしれないのに。家族にも、藤丸さんにも会えなくなっちゃうかもしれないのに」

「うん」

 

「――戦いたいって思う私って、馬鹿かなあ?」

 

 真緒はカタカタと歯を震わせながら言う。そしてきっと来るであろう言葉を待つ。

 

「そんなことないよ」

 

「……ありがとう。その言葉が欲しかったの」

「それだけじゃないよ」

「え?」

 

 ぐい、と顔を起こされる。

 

「命を助けられたからじゃない。世界のために戦えるからじゃない。真緒ちゃんが、真緒ちゃんだから。きっかけは何であれ、私が友達になりたいと思ったあなただから、私は真緒ちゃんを肯定します」

「藤丸さん……」

「何があっても、全部嫌になって投げ出しちゃっても、真緒ちゃんが真緒ちゃんなら私は絶対、真緒ちゃんの味方でいるから」

「……ありがとう」

 

 病室を後にしようとしたとき、ふと真緒は思い立って聞いてみた。

 

「そういえば、藤丸さん。……台湾で、どうして私に話しかけてくれたの?」

「あー、それ、今聞いちゃう?」

「いやあ、気になって」

「……前々から、見えてたの」

「見えてた?」

「あなたの背中に、何かが」

 

 真緒は思わず自分の背中に手を伸ばすが、固い筋ではろくに背を触れなかった。

 

「な、なにが」

「いやその、なにって聞かれても困るというか……」

 

 藤丸さんもうまく説明できないらしい。

 

「きっかけはそれだけなんだけど、やっぱり話しかけてよかった。こうしてお友達になれたんだもの」

「はは……変なの」

「ね。変なの」

 

 二人は笑い合い、分かれた。

 

「……よし」

 

 病院を出れば、そこに待っていたのは報道陣と野次馬の群れだった。フラッシュが雨あられと浴びせられ、マイクが四方八方から伸びてくる。しかしその中を、真緒はせめて顔を上げて歩いた。

 もう怖くはない。

 台湾でもそうだった。失うのがただ怖くて。大切な人を護りたくて、怪物のいる方へ走り出せたのだ。

 そして今は、自分の後ろに、自分を何があっても肯定してくれる人がいる。ならば何を恐れようか。

 藤丸さんの連絡先が入った携帯を握りしめ、真緒は報道陣の波を突き進んだ。

 

  *

 

 堂々と進む真緒の背中を窓から見送り、立香は自分の戦いを始めることにした。

 

「よし」

 

 廊下に控えていたDOGOOの職員を呼び出し、覚えている限りの情報を伝える。

 果たして役に立つかはわからない。だが、自分にできる精一杯をするつもりだ。

 

『藤丸立香さん』

 

 返事は迅速に、日が沈むころには戻ってきた。

 職員が持ち出してきた通信映像の向こうに、昼間のニュースで見た顔が映っている。まさかDOGOOの指令まで出てきてしまうとは。今更のように、自分のしたことの重大さを思い知る。

 しかし、真緒に比べれば。

 

『あなたの情報をもとに簡易的な検査を行ったところ――未確認だったホルダーを発見できました。AUウェポンの生成はまだ未確認ですが、おそらく間違いないでしょう』

「……お役に立てて、何よりです」

『一体、どうやって?』

 

 それはこっちが知りたい。

 ただ、一つ言えることがある。真緒の背後に見えていた影のようなもの――それを以前にも見たことがあったのだ。

 友達に誘われて行った剣道の大会で、驚くほどの強さを見せていた少女――その中性的な美貌と、苗字が沖田(おきた)であることから『総司様』などと噂されていたその少女の背後にも確かに「影」があった。

 

「影のようなものが、見えるんです。私には」

『ほかに心当たりは?』

「いえ。今のところは。ただ――」

 

 さあ、言おう。ここから私の戦いを始めよう。

 

「提案が、あります」

 



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五ノ銃 ウィリアム・シェイクスピア

流石に長すぎるので二ノ銃のタイトルを「アヴィケブロン」に修正しました。


 真緒は息をぜいぜいと吐いていた。

 周囲はジャングル。アステカの遺跡を思わせる石造りの建物に、無秩序に南国の植物が絡みついていた。

 がさり、という音を聞き、重い体に鞭打ってAUウェポンの狙いを定める。

 

「鳥か……」

 

 勘弁してほしい。こっちは今、全神経を張り詰めているのだ。

 よく音を聞け。風が木々を揺らす音。鳥が囀る音。虫の羽音。枝を踏みへし折る音。

 

「そこだ!」

 

 続いて響いたのは草むらを切り、人が飛び出す音。切っ先がこちらの首を捕らえる直前、ぎりぎり間に合った銃口が火を噴き、中性的な少女の幻影を吹き飛ばした。AUウェポンで作られた形だけの偽物は、銃弾を受けて紙風船のように跡形もなく消滅する。

 

「……よし」

「なりません、なりませんぞ! そんなに近くで火を噴く銃は、槍と何が違いましょうか!」

 

 真緒が一息ついたところで、張りがありつつも胡散臭い声が頭の上から鳴り響いた。

 その声に合わせてか、あたりの草むらがミュージカルの舞台転換のように動いて道を作り、高台にいる男性の姿を真緒に見せた。

 ウィリアム・シェイクスピアの顔をデフォルメした意匠が刻まれた演台の上でメガホンをとっているのは、誰であろう「ウィリアム・シェイクスピア」である。

 

「そんなこと言われても……ちょこまか動いて当たらないし……」

失敗の言い訳をすればするほど、(When making a failed excuse,) 失敗がまた目立つもの(the failure is just standing out one after another.)。さあもう一度です、「ノッブ」。射撃型ホルダーの仕事は遠くの敵を狙い撃つこと。引き付けてはなりません。倒してもスコアにはなりませんぞ」

 

 一言いえば三言は返ってくる指導役に、真緒はせめての文句を言った。

 

「その呼び方やめてもらえませんか……」

「ううむ。しかしノブ・ナガー……ノブナーガ……やはり「ノッブ」が一番呼びやすいですな。呼び名が何だというのです?(What's in a name?) ミス・ロクテンとお呼びした方がよろしいか」

「うう……」

 

 DOGOOに入隊し、早くも十日。真緒を待っていたのは、サンジェルマンによる詰め込み式の英会話教育、「シェイクスピア」による戦闘訓練、そして小生意気なライバルとの喧嘩だった。

 朝起きたらまず授業。慣れない英会話に四苦八苦しながらも、さらにE遺伝子やAUウェポンについての特性についても座学として叩き込まれ、昼食を済ませたら劇作家による言い回しとも格闘しなければいけない。サンジェルマンがこの間の事態を重く見て用意してくれた自動翻訳機は一応あるが、やはり任務の最中にほかのメンバーと円滑に意思疎通ができなければ意味がない、ということで、補助として使うことしか許されなかった。

 おかげでどうにか簡単な会話くらいはできるようになったし、戦闘訓練もいい加減銃に振り回されるだけの状態から変わりつつある。

 となれば目下の問題は三番目である。

 

「えー、では、ミス・ロクテン」

「構いませんよ、「シェイクスピア」さん。いいじゃないですか「ノッブ」で。沖田さんに勝てたら、ちゃんと呼んであげますから」

 

 スポーツドリンクを飲みながらベンチでくつろぐライバルに、真緒は日本語で文句を言った。日本人同士だ、構うことはない。

 

「なによ、そっちはスパスパ切ってるだけじゃない! 私は慎重に狙えとか威力を絞れとか相手の動きを予測しろとか小難しいことをいろいろ言われてるのに!」

「言いましたね!? 沖田さんだって間合いを測って相手の動きを見て射線かいくぐって、それでようやくぶった切ってるんですよ! ノーコンの「ノッブ」と違って「シェイクスピア」さんの作るレプリカの狙いチョー厳しいんですからね!? 当たっても痛くないとはいえ!」

「そんな細かく言われてるの見たことないし!」

「まー沖田さん優秀ですから! 去年の県個人準優勝ですから! 言われなくてもできちゃうんですよねー!」

「ぐぬぬ……」

「ふふーん」

 

 八日前。自分と同じく、未発見だったE遺伝子ホルダーだという少女が一歩遅れて訓練にやってきた。「沖田総司」のE遺伝子を持つ少女は、こともあろうに自己紹介を終えて早々こう言い放ったのだ。

 

『はあ。「織田信長」? この人が? さっき見た限りじゃ、射撃外しまくってましたけど。信長じゃなくて「ノッブ」でいいですよ「ノッブ」で』

 

 一つ年下だというのに生意気な――などと言えるほど真緒は体育会系ではないが(むしろ剣道の選手だという彼女の方が体育会系だ)、流石にこんな言い方をされれば腹も立つ。しかもその小馬鹿にしたような仇名まで浸透してしまえば尚更である。

 そんな口を利くならば、訓練のお手並みはどうか――と言えば、真緒とは雲泥の差だった。普段は柔和な彼女は、剣を握れば冴えを増し、まさしく「沖田総司」を彷彿とさせる剣さばきで「シェイクスピア」の課題を軽々クリアして見せたのだ。

 AUウェポンはやはりというか刀。しかもご丁寧にダンダラ模様の羽織まで一緒になって装備される。羽織も羽織で何やら身体強化の意味合いがあるらしく、目にもとまらぬ速さで敵をバッタバッタと切り伏せていた。

 

「結局あなたが強いのはそのダサい羽織のおかげじゃない! この銃本当に重いんだから!」

「はあ!? ダサいならその銃だってどうなんですか!? 大体その三段撃ちって何か歴史のと違いませんか! あと沖田さんの必殺技と若干被るのでやめて――」

「お二人とも!! 口を達者になさらぬよう! 腕を鍛えに来たのでしょう!」

 

 真緒と「沖田総司」こと沖田(おきた)(さくら)の言い争いを見かね、「シェイクスピア」が指を鳴らしてAUウェポンを操作した。途端に二人の少女の足元がプールに変わり、揃って無様に落っこちる。

 

「わぶっ」

「うわっ」

「あるいは口論も英語でやっていただけるなら、サンジェルマンの教育の賜物ということになりますが?」

 

 再び指を鳴らすと周囲は真夏の砂漠に変わり、真緒たちの濡れた髪と服をあっという間に乾かした。そして三度鳴らすとようやく本来の殺風景な甲板へと変わった。

 ここは太平洋の真っただ中。DOGOO高速艦「E(エレン)・リプリー」の甲板だ。

 砂漠に投げ出されて喉が渇いたのだろう。「沖田」はスポーツドリンクを大きく一口飲み干すと、「シェイクスピア」の手際に感心したように言った。

 

「しかし、何度見てもすごい……さすがは「ウィリアム・シェイクスピア」。舞台の用意ならばお手の物ってところですか」

「いやはや、照れますなあ。実は吾輩、もともと吾輩(シェイクスピア)のファンでして、それが高じて脚本家になった口なのです」

 

 沖田の発言に気を良くした「シェイクスピア」が指を鳴らすと、そのたびに景色が変わった。

 中世フランスの華やかな街並み。

 古代ローマの都市を一望する高台。

 四方を海に囲まれた海賊船の甲板。

 霧にけぶる産業革命時代のロンドン。

 

「まあ、とはいえ効果はせいぜい半径百メートル。あくまでも実体のある幻のようなもので、食べ物を作っても腹は満たせませんし、銃や刀を作っても人に害を与えることなどありません。とても戦闘向きではありませんな」

「でも一時的とはいえ地形を変えられるのは確かだし……」

 

 自分ものどを潤しつつ、レンガ造りの家の壁をコンコンと叩いて真緒はつぶやく。

 

「――あの場にこれさえあれば「アヴィケブロン」に慣れぬ仕事をさせずに済んだものを」

 

 僅かに諧謔を帯びた真緒のセリフに、「シェイクスピア」は目ざとく気が付いた。

 

「……ミス・ロクテン? 今なんと?」

「え? ああ、ごめんなさい」

 

 しかし、声をかけられて気が散った真緒の目に赤い輝きはなかった。

 

「……ふむ。まあ良いでしょう。訓練を続けましょうか。さあ、しっかりと狙いますよう。賢く、なおかつ、ゆっくりと(Wisely and slowly.)急いで走ればたちまち転ぶ(He who is quick and runs falls down.)

 

 「シェイクスピア」が合図すると、再び障害物だらけのジャングルへと景色が変わるとともに「沖田」の姿をしたレプリカが五体出現した。

 真緒が銃を構え直すのと同時に、散会してからバラバラに動いて真緒に迫る。真緒はその動きを捕らえようと目つきを鋭くするが、そこに「シェイクスピア」の助言が入る。

 

「サンジェルマンの座学で学んだ通り、AUボールはあくまで貴女方のE遺伝子を制御し、強めるもの。ウェポンの根源は貴女の力です。ゆえに、弾丸の強弱も貴女のお気に召すまま(As you Like it)

 

 威力を抑える。もっと弱く。鋭く。当てることを意識する。銃口を針のように細めるイメージ。

 

「威力を決めたらば次は狙い。敵は止まってはくれません。動きを読み、未来を読み、敵と弾丸を出会わせるのです」

「威力を抑えて――狙いを定めて――」

 

 沖田のレプリカが動く。あるものは回り込み、あるものは遺跡を足掛かりにとびかかる。咄嗟にかわし、一対多の状況を脱する。狙いを一つに絞る。その動きを追う。その足が向かう先を読む。そこに自分が放った弾丸の未来を出会わせる。

 

「敵の動きの――未来に――いま」

『「ウィリアム・シェイクスピア」、「沖田総司」、「ノッブ」、訓練を中止してください!』

 

 いまだ、という言葉とともに弾丸を放とうとした瞬間。オペレーターの声が飛び込んできた。

 

『本部から通信が入っています! 「シェイクスピア」はブリッジへお願いします』

「ふむ……何事ですかな? 芝居を終いまでやらせてくれ!(Play out the play) などと言っている場合でないのは分かりますが」

 

 「シェイクスピア」がウェポンを解除し、演台から降りてくる。

 

「お二人とも、しばらく休んでいてください」

「はい」

「はい……」

 

 思わずへたり込む。沖田も見かねたのか、追加の飲み物を投げてよこしてきた。礼を言ってから喉に流し込むと、体に染み渡るのを感じた。

 

「情けないですね。それでも「信長」ですか」

「……ふう。そうはいっても……いきなりだし……。自分が「信長」なんて言われても」

「……まあ、普通はそうなのかもしれませんね」

 

 前言をあっさりと撤回した「沖田」に、真緒は少し違和感を覚えた。

 

「そういう沖田はなんていうか……沖田でしょ?」

「口下手すぎでしょ、あなた。ええそうですE遺伝子も本名も沖田さんです。でも……自分じゃ気づけなかったんですよ。歴史上の偉人の力を継いでいるなんて、ちっとも気づけなかったんです」

「いや、いくら何でも無理が……」

「ここにすでにいるホルダーたちにはできたことです」

 

 そういわれ、ようやく真緒も気が付いた。沖田は自負の話をしているのだ。

 自分がE遺伝子ホルダーだという自覚を得たのは、進化侵略体と対峙してようやくだった。だが、すでにDOGOOに所属する20名あまりのホルダーたちは、早ければ10年前――進化侵略体が地球で活動を始めるのに呼応し、自身の力を自覚しだしたのだという。

 自身の身に宿る傑物を誇りに思うほど、ホルダーとしての自負は大きくなる。その力に気づけなかったという事実が、情けないと思う原因になる。

 もっと早く、戦えたはずなのに。

 

「……私は、織田信長に良いイメージがあんまりないよ」

「まあ、通説が頻繁に変わる方ですからね。無理もないでしょう。大体、貴女は信長要素ゼロですし、憧れる方がおかしいです」

 

 でも、と沖田が日本人にしては妙に色素の薄い髪をかき上げながら言う。

 

「この髪と目は、幼いころの病気の名残です。おまけに剣の才能も道場では断トツでした。本名も沖田。女子高で総司様だなんてもてはやされて……」

 

 ぎりり、と歯噛みする横顔は、彼女が振るう剣よりも鋭く美しかった。場違いにも見とれてしまう。

 

「どうして、気づかなかった……! 戦えない事こそ、沖田総司にとって一番の後悔だったはずなのに……!」

「沖田……」

 

 どう声をかけていいかわからず、ただ彼女の名前を呼ぶ。

 彼女が自分に妙に突っかかってくる理由が少しわかった気がした。

 ならば自分は、もっと「信長」らしく――。

 

馬だ!(A horse!) 馬を引け!(A horse!) 馬と引き換えに王国をくれてやるぞ!(My kingdom for a horse!)

「のわあっ!?」

 

 いきなり大声で何事かを(十中八九自作(リスペクト)の引用だろうが)叫びながらブリッジから戻ってきた「シェイクスピア」に驚き、真緒は思わず飛び上がった。

 

「ご両名、出撃いたしますぞ! 装備の前に心の準備はよろしいか!」

「承知」

「えっ」

 

 すぐさま背筋を正す沖田に対し、真緒は茫然とするしかない。

 今、彼はなんといった?

 

「出……撃?」

 

  *

 

 時は少し戻り、ブリッジへと向かう途中。

 「シェイクスピア」は考える。「沖田」はともかく、「ノッブ」という役者をどう扱うべきか。決めあぐねたまま、とうとうその時が来てしまったのを悟っていた。

 

「お待たせいたしました、指令」

『六天真緒の練度はいかがでしょうか、バードさん』

 

 自分を本名で呼ぶ指令に苦笑いを浮かべつつ、「シェイクスピア」ことバードは答えた。

 

「能力はありますな。が、まだまだです。急ごしらえにすら達してはいないでしょう」

『……やはり、ここは別のホルダーに』

『いや。選択肢はない』

 

 指令の言葉を遮り、彼女の背後の土偶が言う。

 

『今回はどうしても遠距離射撃が可能なホルダーでなくては。「ビリー・ザ・キッド」では射程が足りないし、「ロビン・フッド」含む第四小隊は今ソロモン諸島で……』

「お待ちください。何の話です?」

『これを見てほしい。現在フロリダに接近中のハリケーンをDOGOOの衛星がとらえたものだ』

 

 ブリッジの画面にハリケーンが映り、さらにある一点を拡大していく。黒い点のようなものが大きくなり、次第に熱帯魚のような輪郭がはっきりする。

 

「これは!」

『そうだ。この風の中にいる影が進化侵略体だ。おそらくハリケーンに乗って直接内陸まで乗り込むつもりだろう』

「これぞまさに――」

(テンペスト)、などと言わないように』

「……承知いたしました」

 

 出鼻をくじかれた「シェイクスピア」が少し大人しくなる。

 

「とはいえ、上陸の仕方としては非常にユニークですな。台湾の水際で叩かれたのが相当痛かったのか――」

『面白がっている場合ではありません。秒速60メートルの風で身を護り、自身も同じスピードで風に乗り続けているのです』

『接触して戦闘することは不可能だ。遠距離から撃ち落とすほかない』

「それを「ノッブ」にやらせると?」

『ああ。彼女しかいない』

 

 「シェイクスピア」は一度目を伏せ、質問を投げかけた。

 

「せめて、「メリエス」の手を借りられますかな。それから追撃要員として「沖田」も同伴を……」

『問題ない。というより、すでに「フーヴァー」はそのつもりだ』

「それはそれは。相変わらず抜け目のないレディですな」

『同意するよ』

『では、そのようにお願いします』

「承知いたしました」

 

 指令に一礼してから通信を切り、甲板へと引き返す。

 やるほかない。今、この状態で……。

 不安だらけの状況。だが、「シェイクスピア」は顔に笑みが浮かぶのを抑えられなかった。先ほど真緒が、ロンドンの街並みに触れながらこぼした笑み。それを思い出したのだ。

 

「さて、初演でどこまで()()()か――見ものですな」

 




O Shakespeare, Shakespeare!
Wherefore art thou Shakespeare?
すごくかきづらいです。


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六ノ銃 ジョルジュ・メリエス

「ハリケーン・オルガ。風速は60キロメートル毎秒。暴風域の半径は180キロメートル。まさに風の要塞ですな。この中に進化侵略体(やつ)はおります」

 

 ハリケーンの中を飛ぶ軍用ヘリコプター。その後部カーゴルームにて「シェイクスピア」は滔々と語る。

 

「胸ビレで風を受け、高速で暴風域内を回っております。このままハリケーンごと陸に乗り込む腹積もりらしいですな。アイディアとしては奇想天外極まりますが、ホレイショー、この天と地の間には、(There are more things in heaven and earth, Horatio, )お前の哲学では思い描けぬ事がまだまだある(Than are dreamt of in your philosophy.)。海上で叩ければよいのですが、もうフロリダ半島は目の前です。ヘリもこれ以上暴風域に近づけないとなれば、最適解は一つ。狙撃ですな」

「……はい」

「観測手は第一小隊より「ジョルジュ・メリエス」にお願いいたします」

「はーい。いい絵が撮れるといいですねー☆」

 

 なぜかウサギの耳をつけたロングヘア―の少女が能天気にコメントする。その肩には映画の撮影に使うようなカメラを模した、巨大な装置が載っていた。彼女のAUウェポンだ。

 

「「メリエス」。きちんと仕事をしていただきたい。慢心。(Proud, )人にとって、それこそが最大の敵なのだ(for, the human biggest enemy.)

「わかってますってー。「フーヴァー」のウェポンじゃ、この嵐の中「エージェント」が飛ばせないから、私のカメラの出番なんでしょう?」

 

 釘を刺され、「メリエス」は苦笑した。

 

「ちゃんと敵は捕捉しておりますかな」

「もちろん☆ 敵はおよそ90秒後に目の前を通過する予定でーす」

「よろしい。では「ノッブ」。目に焼き付けていただきたい。撃ち落とすのは貴女です」

「はい!」

 

 真緒は暴風が吹き荒れるハッチの外をにらんだ。

 十秒。二十秒。時間が過ぎる。やがて、「メリエス」が小さく注意した。

 

「来ますよ」

 

 その影が目の前をよぎる。秒速60キロメートルならば、時速に直しても200キロ超。それだけの速度があっても十分目で追い切れるほど。大きな、熱帯魚のようなシルエットが嵐の中を泳ぐのが見えた。

 

「大きいですね。あれならノーコンの「ノッブ」でも当てられるでしょう」

「む」

 

 そうコメントしたのは追撃担当の沖田だ。

 

「ですな。どこかに当たりさえすれば落ちるでしょう。海に落ちたところを「沖田総司」に仕留めていただきます」

「ま、それくらいなら沖田さんにお任せください。ちょちょいのちょいです」

 

 先ほど「メリエス」が釘を刺されていたのを忘れたのか、呑気な調子の「沖田」に真緒はかみついた。

 

「いっそのこと一撃で撃ち殺してもいいんだけど?」

「ほほーう? できるものならどうぞ?」

「お二人とも。まだまだ二人合わせて一人前だというのをお忘れなく」

 

 などと真緒たちが騒いでいる一方、「メリエス」は自分が撮影した映像を見て首をひねっていた。

 

「なんかおかしいですね。あー、こちら「メリエス」より本部へ。「フーヴァー」にお願いします」

『なんだ「メリエス」。こっちは今、第四小隊のバックアップで忙しい――』

「ちょっと今撮った侵略体が変なんですよ。送るので見てください」

 

 「メリエス」が通信機の向こう、本部へと情報を送ると、沈痛な声が返ってきた。

 

『……「シェイクスピア」。少しいいか』

「吾輩ですかな?」

 

 通信機からの声――「フーヴァー」に呼び出された「シェイクスピア」が表情を変えたのを見て、いがみ合っていた真緒と沖田も騒ぐのをやめた。空気がかすかに緊張を帯びているのを、二人とも遅ればせながら感じ取ったのだ。

 二人の反応を見て、教え子の成長に少々の満足を覚えつつ「シェイクスピア」は「フーヴァー」に応答した。

 

「なにか問題でも?」

『今「メリエス」から送られた画像を解析した結果、今日未明に北極海で「ダ・ヴィンチ」が交戦した「輸送船型」と類似した身体構造である可能性が高い』

「つまり?」

『奴は卵を抱えている』

「なんと!」

 

 一気に現場の空気が変わる。

 

「どういうことですか、「シェイクスピア」」

「奴の目的は地上に卵をばらまき、地上に適応した種を生み出すことのようです。仮に一撃を与えたとしても、上陸を待たずに卵をばらまき始めることでしょう。もはやフロリダは目と鼻の先。一部の卵は陸まで届きかねません。それをハリケーンの被災地から探し出し、孵化する前にせん滅することなど――」

『「織田信長」』

 

 「フーヴァー」が言う。

 

『訓練中の半人前に任せるのは甚だ不本意だがやるしかない。卵を撒く間もなく一撃で急所を撃ち抜け』

「わ、私が?」

『そうだ。この距離で、この速度でだ』

 

 顔も見たことがない「フーヴァー」からの要求に、真緒は思わず身を固くした。

 

『「フーヴァー」! 彼女ではまだ無理です!』

『いや。六天真緒。君にしかできないことだ』

 

 通信機の向こう、指令室から更に指令と土偶の声が続く。

 

『「フーヴァー」。彼女に指示を』

『了解した。さて、「織田信長」。過去の侵略体の解剖結果から考え、5個ある眼のうち後列2つの中間。そこに脳がある。そこを狙え』

「い……いやいやいやいや」

 

 どう考えても無理だ。自分にできるのか? そう考えることすら馬鹿らしい。

 この吹き荒れる嵐の中を?

 この速度差で?

 脳天の小さな一点を射抜けと?

 

「ほ。他の、方法を――」

「ミス・ロクテン。いえ、「織田信長」」

 

 「シェイクスピア」が朗々とセリフを読み上げる。

 

お前は熊から逃げ出そうとしている。(You’re going to escape from a bear.)だがもしも、(But if )その途中で荒れ狂う海にぶつかったら、(I meet the ocean which rages on its way,)再び獣のあぎとへと逃げ戻るのか?(do you return to the brute’s mouth again?)

「逃げ――」

 

 それを聞いて、真緒は自分の戦う理由を思い出した。

 そうだ。こういう時のために、戦うことを決めたのではなかったのか。

 逃げてどうなる。逃げてどうする。

 戦うための力が、今ここにあるのに――。

 

「「シェイクスピア」さん!? 何を言って……」

「今がチャンスなのです!」

 

 真緒を煽るようなセリフを叩きつけた「シェイクスピア」に対し、沖田が文句を言おうとする。しかし「シェイクスピア」はそれを遮るために沖田の胸ぐらをつかむと、ぐいと自分の眼前に引き寄せた。

 

「彼女に必要なものがここにあるのです。逆境のもたらすものこそ美しい。(Sweet are the uses of adversity,)それはガマガエルに似て、(Which, like the toad, )醜く、毒を孕んでいるが、(ugly and venomous,)その頭の中にはまたとない宝石を持っている(Wears yet a precious jewel in his head.)のですぞ――!」

 

「だからと言って――」

「やるよ。「沖田」は下がってて」

「え? でも」

「「シェイクスピア」。私はどうすればいいの」

「ノッブ!」

「心配しないで。私は、「織田信長」だから」

 

 真緒がそう言い放つと、沖田は言葉を詰まらせた。卑怯な言い方だと自分でも思う。さっきE(エレン)・リプリーの甲板で少しだけ理解した沖田の感情を利用するような――。

 だが、目の前で悦に浸る劇作家ほどではない。その笑みたるや、悪の親玉としか言いようがない。

 さっきのセリフからして、その笑みに自分への期待が含まれているらしい。ならば逆境に立ってやろう。

 カメラを構える「メリエス」の横、カーゴルームの端ぎりぎりに腹ばいになり、狙撃の姿勢をとる。「メリエス」のカメラから伸びるケーブルが銃につながり、真緒の狙いを可視化したスコープを表示させた。

 

「スコープの真ん中に弾が当たるように風とかの調整してますけど……大丈夫ですか?」

「ええ」

 

 「メリエス」がさっきの調子はどこへやら、不安そうにこちらに問いかける。

 意識を集中しろ。自分にしかできない。

 台湾の時のように撃ちもらせば、また陸上にやつらが行く。

 そして――。

 

「落ち着いてください」

 

 真緒の思考を妨げるように、沖田が言う。本人としては親切のつもりなのだろうが――。

 

「訓練を思い出してください。焦らずパワーを抑えて――」

「来ますよ! 120秒後に最接近!」

「威力より当てることに意識を――」

 

 外野がやかましい。それでも集中する。だが。

 揺れる。

 自分も、ヘリも、目標も。

 

「当てなきゃ――」

 

 思わず声が漏れる。

 当てなきゃ。

 自分が当てなきゃ。

 自分しかいない。自分しかできない。当てなきゃ。自分しか――。

 

人間(ニンゲン)五十年(ゴジュウネン)――」

 

 真緒の緊張が最高に達したとき、唐突に「シェイクスピア」が発した日本語に周囲が呆気にとられた。

 

「は?」

「「シェイクスピア」さん、何を――」

 

 口々に言う「メリエス」たちとは対照に、真緒は自分の中へと没入していた。体が自分の意志とは関係なく、ふらりと立ち上がる。

 声が聞こえる。光景が見える。血が騒ぐ。

 

『殿! 今川軍は五万! こちらのおよそ十倍! ここは籠城し、助けを――』

『籠城とな?』

『はっ。野戦に出るのは無謀ゆえ――』

『で、あるか。されど――(つづみ)を持て!』

 

 これ以上ない逆境。だが、覚えている。ああそうだ、自分は――。

 

「わしは――」

「ノッブ?」

「ちょっと、立ち上がって何を――」

「ふはははははははははははははっ!!」

 

 だん! と哄笑とともに叩きならされた足音に、周囲がすくみ上がる。その中で唯一、「シェイクスピア」だけが期待に身を震わせていた。

 

「おお――やはり!」

 

 だん!

 

「人間五十年――」

 

 だだん!

 

「下天のうちをくらぶれば――」

「ちょ、何ですかコレ!?」

「これは、敦盛――?」

 

 だん、だん、だだん!

 

夢幻(ゆめまぼろし)の――如くなり――!!」

 

 だ、だん!

 朗々と唄うとともに踏み鳴らされたステップが、真緒の――「信長」の血を騒がせる。

 

「一度生を()け――滅せぬものの――あるべきか!!」

 

 最後の一歩で大きくカーゴルームの奥ぎりぎりまで飛びのくと、顔を思いきり振り上げて見得を切った。

 マントのように長い黒髪が翻る。

 灼熱の炎のように焼き付く赤が目に灯る。

 

「討って出る!」

 

 一歩目から全力だ。目を輝かせる「シェイクスピア」、あっけにとられる「沖田」と「メリエス」を尻目にカーゴルームを駆け抜け、頭から嵐の中へと飛び出した。

 

「なんですとお――!?」

「やはり! やはりやはりやはり! 期待通り!」

「喜んでる場合ですか!」

 

 三者三様のコメントを背に、パラシュートを展開する。うねる風をいっぱいに受け、反時計回りのスパイラルに体が引きずり込まれる。だが逆らわない。見つけろ。敵を。敵と同じ風を。敵と同じ速度に乗るための風を!

 

「あと、少し!」

 

 あと少しが届かない。一つ乗り換えれば目的の風に届く。

 AUウェポンを展開する。まだ敵は撃たない。目的は自律する仮面の銃だ。背に三ノ銃を貼り付け、一切の遠慮なく火を噴かせた。反動で身を押され、背と腹が同時に軋む。だが構うものか。

 

「風――獲ったり!」

 

 揺れ良し!

 速度良し!

 眼下に相対速度ゼロの獲物がいる。

 

「目と目の――間ぁ!」

 

 過たず、目標の場所をぶち抜いた。

 

  *

 

 ヘリのカーゴルーム。「メリエス」がとらえた映像を大写しにしている。

 

「やったか!」

「その、「沖田総司」、そういうのはフラグといいましてな……」

「いや、ほんと、これ、まずいのでは?」

 

 映像の中で、脳を撃ち抜かれたはずの進化侵略体が二つに分かれていく。

 半身だと思っていた下半分。卵を抱えているその部分。

 熱帯魚のような運搬役のヒレに隠されていた虚ろな目に、警戒の色が灯った。

 



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七ノ銃 沖田総司

《お知らせ》(2018/06/01)
「信長」と「沖田」がDOGOOに入隊してからの日数をそれぞれ「十日」と「八日」に修正しました。流石に三日では短すぎると判断しました。

 また、Fateで史実と違う性別の傑物を、男女どちらともとれる表現に変更しました。信長の場合で言うと、史実通りのヒゲでもFateのノッブでもどちらでもイメージできるようにしました。


 「メリエス」が大写しにする映像の中。侵略体の脳を撃ち抜き、笑みを浮かべていた真緒が一転して驚愕に目を見開いた。驚きのあまり、その目から燃えるような赤い光が消え失せる。

 

「侵略体は健在です!」

「何が起こってるんですか! 脳を撃ち抜いたはずでは……!」

「いや、「信長」さんの狙撃は成功したんですけど……! 撃ち落としたのは単なる運搬役で……!」

「やはり「やったか?」などとは言ってはいけなかったのです! おお、我が預言者の素質は真なりか!(O my prophetic soul!)

「そうじゃなくてー!」

 

 映像の中で、真緒が気を取り直して再び銃を構える。侵略体は一体ではなかった。二体が合体していたのだ。

 撃ち落としたのは上半分、風を受けて運搬役を担っていた方だった。肝心の卵を抱えている方は健在。そして今、運搬役への狙撃がそちらの警戒を引き出してしまった。

 卵を抱えるのに特化した形態。ヒレも短く、受けられる風も少ない。目に見えて速度が落ちる中、侵略体は無造作に卵を抱えている腹ビレをうごめかせた。粘液に包まれた卵塊のうち、一角が無造作にばらまかれる。

 慌てた真緒から通信が入った。

 

『「シェイクスピア」! 卵を撒かれた! どうしたら……!』

「「ノッブ!」 貴女の腕前では卵を射抜くのは無理です! 本体を先に!」

『はい!』

 

 「メリエス」の映像の中で、真緒が銃口を侵略体の頭に向ける。

 

『目と目の……間!』

 

 しかし、銃弾は侵略体の頭に音高くはじかれた。

 

「コバンザメの吸盤みたいなのが固くてダメみたいですよ!?」

 

 「メリエス」の分析に舌打ちし、「沖田」は鋭く宣言した。

 

「私も出ます!」

「え、ちょ、「沖田」さん!?」

「「メリエス」! 最接近は何秒後ですかな!?」

「「シェイクスピア」さんまで! ああもう、十秒後です! 狙いはこれで見てください!」

 

 一刻の猶予もない。一発で決める。「沖田」はすかさずAUウェポンを起動すると準備を始めた。真似をするようで癪だが、先ほどの真緒のようにカーゴルームの端ぎりぎりまで下がり、平正眼の構えをとる。

 「メリエス」のウェポンから3Dメガネが射出される。それを片手でひっつかみ、顔に押し付けると、現実の視界に侵略体へのガイドが重なった。

 DOGOOに入隊してから八日。ようやく手に馴染んだ真剣の重みを、初めて実戦で振るう。敵への恐れはない。それ以上に、力を発揮できないのではないかという恐れがある。訓練では小馬鹿に扱ってしまった「信長」は先に行った。ならば追いつかねば。

 たった、三歩で。

 

「三、二、一、今です!」

「一歩音越え――」

 

 合図とともにカーゴルームの端を蹴り、一歩。

 

「二歩無間――」

 

 ヘリから飛び出すぎりぎりで床を踏み、二歩。

 

「三歩絶刀――!」

 

 吹き荒れる風を突っ切り、宙を流される侵略体の背中へと飛び乗り、三歩。

 

「無明――三段突き!」

 

 目と目の間。コバンザメのような吸盤を穿ち、突き下ろしの剣先が脳を貫き、一瞬で侵略体の生命を絶った。

 

「お、沖田?」

「ボーっとしてる場合ですか!」

 

 真緒からすれば、一瞬で現れた自分が侵略体の頭を突いただけにしか見えないだろう。だが、いちいち説明している暇はない。崩れ落ちる侵略体の体から真緒へと飛び移りつつ、その身を風に流すパラシュートを一閃で切り離した。

 

「ちょ、落ちっ……」

「落ちなきゃ追いかけられないでしょう! 「メリエス!」」

『は、はーい☆』

 

 速度についてこられなかったのか、3Dメガネはどこかに落としてしまったようだ。仕方なく通信で案内を頼む。

 

「メガネは失くしてしまったので、落ちた卵の数、位置、お願いします!」

「そ、そっか……! 地上に届く前に……!」

「ええ。全部斬ります」

「斬る!?」

 

 言っている間にも、沖田と真緒は手をつないだまま真っ逆さまに落ち始めた。

 

「私が斬ります! あなたはさっきみたいに私たちを運んでください!」

「さっき? え?」

「だー! 覚えてないんですか! 三段撃ちですよ! さっさとしてください!」

「わ、分かった!」

 

 真緒の小柄な体を左腕一本で肩に担ぎ、右腕を自由にする。

 三つの金属音が頭の後ろで響く。準備完了だ。

 

「フルパワーでお願いします!」

「任せて!」

『一つ目の卵まで180m! 方向は3-4-0です!』

「見えた! 少し左です!」

「うん!」

 

 心臓を鷲掴みにするような銃声とともに、二人の少女の体が反動で押しやられる。沖田は崩れそうになる体勢を必死に支えながら、どうにか最初の卵を間合いに捕らえた。確実に一閃を放ち、卵を仕留める。

 

「一つ!」

『次は――』

 

 「メリエス」が指示する。沖田が目視する。真緒が運ぶ。落下しながらの共同作業。切り捨てる卵が十を超えるころには、もはや最低限の合図だけで、銃と剣が一つの装置として機能していた。

 

『おお、まさしく――』

『ちょっと、「シェイクスピア」さん、邪魔です』

『……申し訳ありませんな』

 

 通信の向こうで聞こえるやり取りを尻目に、十一体目を切り捨てた。

 

「十……一っ!」

『次でラストです!』

「見えてます! 右、二時の方向!」

「うん!」

 

 だが、最後の卵に変化が起きた。急速に丸い輪郭がうごめき、卵膜を突き破って虚ろな五つ眼が姿を現す。ちょうど台湾に上陸したタイプのミニチュアのようだ。この世に生を受けて数瞬だというのに、ソレは己の使命を忠実に実行した。爆発性の鱗を、今まさに迫りくる「敵」へと打ち出したのだ。

 

「ちょっ」

「くっ」

 

 沖田と真緒が爆炎に包まれる。だが。

 

「いっ――たいですね!」

「ああ、痛いのう!」

 

 赤い輝きを目に灯した真緒が、仮面の三ノ銃を咄嗟に前に出し、鱗を撃ち落としていた。ゆえに沖田の剣は振られておらず、今まさに――。

 

「十――二ぃ!」

「ラストじゃ!」

 

 もはや地上ぎりぎり。急いで沖田がパラシュートを開き、着陸姿勢に移行する。

 

「はあ……何とか、なった、ね」

「全く、誰かさんが射撃型のくせに後先考えずに飛び出すからですよ」

「し、仕方ないじゃない! あの時はああするのが一番だって思ったから……」

「またおどおどと……! いちいちキャラが違いすぎるんですよ、あなたは! 大体ですね――!」

「キャラって何よ! わけわからないことを! いつもいつもエラそうに――!」

「言いましたね! さっきはちょっ――とだけ見直したけどもう知りませんよ! あなたなんて永久に「ノッブ」で十分です!」

「またその呼び名――! 大体人のE遺伝子を馬鹿にして! じゃあそっちなんて、えーと、えーと、……おき太?」

「口で言ったら一緒です! バカじゃないですか!?」

「あーもう! バカっていう方が――」

 

  *

 

『「シェイクスピア」から本部へ。無事、任務完了いたしました』

「ご苦労だったな、「シェイクスピア」」

 

 短い黒髪にダウナーな表情。制服に身を包んだスタッフたちが肩を並べている指令室に似合わない薄着。見た目からは想像しにくいが、彼女こそがDOGOOの参謀格であるE遺伝子ホルダー「ジョン・エドガー・フーヴァー」だった。

 「シェイクスピア」との通信を終えた「フーヴァー」がこちらに一声かけてくる。

 

「指令、こちらは第四小隊のバックアップへ戻ります」

「ええ、「フーヴァー」。よろしくお願いします」

 

 DOGOO本部。「フーヴァー」がこちらから離れたのを見て、指令は土偶に話しかけた。

 

「何か心配事でも?」

「いや。フロリダ沖はもう大丈夫だろう。ソロモン諸島の方もつつがなく終わりそうだ。だが……」

「……そうですね。今回の敵はフロリダ――大西洋から来ました。パナマを突破した敵がいたのでしょうか」

「それもそうだが――「シェイクスピア」が言っていたな。「やつら、台湾の水際で叩かれたのが痛かったのか――」と」

「……まるで、学習しているようだと?」

「ああ。やつらの第一目的は上陸だ。間違いない。だが、それは台湾の水際で我々に防がれた。()()()、今度は水際で落とされるのを避けてハリケーンで一気に上陸しようとした――確かに学んでいるようだ。しかし、台湾での失敗をどうやってフロリダで知る?」

「情報が、何らかの手段で伝わっている?」

「ああ。奴らは各地でバラバラに進化しているとばかり思っていたが――伝達役がいる。そしておそらく、進化の戦略を決める「ブレーン」もだ」

 

 そういった土偶の言葉に、指令以外の声が賛同した。

 

「私も気になっていたところです」

「……聞いていたのか、「フーヴァー」」

 

 声の方を見れば、すでにAUウェポンを解除した「フーヴァー」がこちらの方を見ていた。

 

「第四小隊の方が早々に片付いたのを報告しようとしたのですが――。申し訳ない」

「いや。どのみち君に相談しようと思っていたところだ」

「食えない人だ。いや、人なのか?」

「「フーヴァー」! 慎みなさい!」

 

 指令の鋭い注意に、「フーヴァー」は身をすくめて謝った。

 

「ごめんなさい、マム」

「全くもう……」

「構わない。それで、何か確かめるすべは?」

 

 「フーヴァー」に憤慨した指令だが、言われた当人の土偶は冷静に話を進めた。

 それに対し、「フーヴァー」は即座に立ち直って不敵に笑うと、AUボールを指先でくるくると回して弄んだ。

 

「我がプロファイリングにかかれば」

 

  *

 

 真緒と沖田がE・リプリーに帰投したのはすでに夕食時を過ぎたころだった。

 

「……お二人とも」

 

 そして、顔と言わずどこと言わず、ひっかき傷やアザだらけの二人を見て、「シェイクスピア」は頭を抱えた。

 

「迎えのヘリに収容されるまでに、何が?」

「「だってこいつが」」

 

 全く同時にお互いを指さしてそういうのを見て、「シェイクスピア」は咳ばらいを一つすると、船中に響かんばかりの大声で二人を叱りつけた。

 

戦い! それに身を投じるに当たっては(A war, when it’s included, for,)その唯一の目的が(you aren’t supposed to forget that)平和であることを忘れてはならない!( the only purpose is here peacefully.) だというのにお二人で喧嘩して傷を増やしてどうなります!」

「「だってこいつが」」

「お二人とも!」

 

 説教は夜半まで続き、二人は夕飯抜きでそれぞれの部屋に戻ることとなった。

 

「あー……お腹すいた。おき太め……」

 

 自分の部屋に戻って早々、真緒はベッドに体を投げ出すと、携帯電話を立ち上げた。

 待ち受け画面では、無邪気に笑う藤丸さんと困惑顔の自分が並んで映っている。

 

「今日もいろんなことがあったよ。いろんなことが……」

 

 訓練のこと。

 初めての実戦のこと。

 お互いに遠慮なく、ある意味対等に接することができるライバルのこと。

 E・リプリーは海の真っただ中。当然、そのスマホは圏外だ。

 

「いろんなこと、話したいなあ……」

 

 

 




ようやく原作の一巻が終わりました。まだまだ続きますので、よろしければお付き合いください。


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八ノ銃 ネロ・クラウディウス

おかげさまでお気に入りが50件を突破いたしました。まことにありがとうございます。


 

「では、始め!」

 

 戦闘服に内蔵されたホバー装置で海上に立つ「沖田総司」へ、合図とともに進化侵略体の群れが襲い掛かった。

 本物ではない。「シェイクスピア」の用意した舞台装置だ。しかし、本物同様の動きで迫るそれらの迫力は決して馬鹿にはできない。

 

「――行きます」

 

 群れの大部分を占めるのは、去年サイパンで確認されて以来、あちこちの海で出没している「砲艦型」だ。ディニクティスという古代魚にも似た、恐ろしげな顎を持つ侵略体である。しかしその攻撃手段は顎ではない。既存の生物にはありえない、砲口としか例えようのない穴がぽっかりと額に空いているのだ。

 砲艦型の群れは額の穴から鱗を固めた砲弾を打ち出し、一糸乱れぬコンビネーションで弾幕を張り、こちらの動きを封じにかかる。

 しかし沖田は慌てない。最小限の動きで砲弾をかわし、本命へとたどり着く隙を探る。奥に控えている侵略体――卵を積載した「重巡洋型」だ。群れの中心にいるアレを仕留めればこのテストは終わる。しかし、弾幕が厚い。

 一度下がる。ホバー装置は陸上とは少し違った感触を足裏に返す。踏み込みが肝要となる武術において、見過ごせない差異だ。だが、あのハリケーンの夜から更に一週間重ねた訓練でモノにしている自負がある。

 

「そこ!」

 

 下がって追い詰められた形。しかし、それは相手が前に出て、列が前後にばらけた形でもある。誠の字を刻んだ羽織が身を軽くする。降り注ぐ弾幕をかいくぐり、乱れた敵の列の間に強引に体を押し込んだ。

 一閃。敵の列に切れ目を入れる一撃。内側に入り込まれた侵略体の群れは、しかし同士討ちすらいとわずに艦砲射撃を続行した。こいつらの本分が生存ではなく侵略である証拠だ。時に犠牲すら構わずに敵を始末しようとする。至近距離で多数の砲弾が炸裂し、派手に爆炎が上がる。

 しかし、沖田はもうそこにはいなかった。

 

「――二歩無間」

 

 前衛の列から上がる煙を突き破り、一息に「重巡洋型」へと迫っていた。しかし重巡洋型のそばにいた砲艦型の背中から飛び出す影がある。台湾で現れたのと同じ、歩兵型が迎え撃ってきたのだ。鋭く伸びた頭部をカウンターで叩き込もうとする。

 

「――っと。――三歩絶刀」

 

 沖田は踏み込みで対処した。わずかに軌道を逸らした沖田の頬を歩兵型の切っ先がかすめる。「シェイクスピア」の作ったダミーに命を害する力はない。固めの消しゴムで肌をこすられたような感触が残る。沖田は構わずに攻撃を続行した。

 

「無明、三段突き!」

 

 重巡洋型の眉間を刺し貫く。一瞬で炸裂した威力がダミーの侵略体を破裂させる。

 

「そこまで!」

 

 周囲の侵略体が消え失せ、E・リプリーへと続く道が海上に現れた。沖田はAUウェポンを解除し、速足で道を駆けた。甲板に乗り込むと、「信長」がこちらを目で追っているのが分かった。少しいい気分だ。今日は訓練の最終日。このテストを終えれば、自分は「信長」に一歩先んじて戦闘班に所属することになる。

 

「どうですか? 沖田さんの戦いっぷりは」

「……ちょっと、危なくなかった?」

「あなたがそれを言いますか?」

 

 台湾の時は二百体以上の侵略体を一人で相手どり、ハリケーンの時はあの嵐の中に文字通り身を投げ出した彼女が、だ。

 段々分かってきた。この六天真緒というダジャレみたいな名前のライバルは、「信長」である時とそうでないときで、テンションの差がかなり激しい。

 赤い目を輝かせ、芝居がかった口調で天下を睥睨する時。

 黒い目を伏せて、前髪の間から周囲をおどおどと見る時。

 全く同一人物とは思えない。

 

「いやその、戦闘の時は頭に血が上ってて何が何だかわからなくて自分でもうまく言えないんだけどもうやるっきゃないっていう感じがしてどう説明したらいいか――」

「分かった、分かった、分かりましたから」

 

 特に、あのハリケーンの夜。間近でいきなり敦盛を唄いながら奔放に踊り、見得を切って飛び出していったとき。本当に寒気がした。これが、()()なのかと。

 自分に、同じだけのことができるのか――。

 

「ご苦労様でした、「沖田総司」」

『テストは見させていただきました』

 

 話している間に、海上でウェポンを使用し、テストを監督していた「シェイクスピア」が甲板に戻ってきた。時を同じくして、指令の姿が立体映像で現れる。彼女と土偶もこのテストを見ていたのだ。

 

「よろしいですかな、指令」

『「シェイクスピア」。インストラクターであるあなたの判断は?』

「まあ、少々不安が残りますが、これ以上ここにいても仕方ないでしょうな。……あとは実戦と、小隊の他のメンバーからの影響を待つとしましょう」

 

 少しひっかかる言い方だが、つまり……。

 

「合格といたしましょう」

「はい!」

『では、沖田桜。「沖田総司」として第四小隊所属とします。今後の健闘を期待します』

「はい!」

 

 荷物をさっそくまとめ、第四小隊が駐屯するJ(ジョージ)・アツミに向かう飛行機が到着するのを待つ。もともと訓練のために滞在していた船だ。荷物は最小限、小さな鞄に納まった。早々に準備は終わり、別れを惜しむ時間くらいはできた。

 甲板で今一度、沖田は「シェイクスピア」に頭を下げた。

 

「お世話になりました」

「ええ。たった半月で教え子を送り出すことになろうとは、少々不安な点もありますが……ここより先は実戦で学ばれよ。あなたにはそれがいいと判断しました」

「はい」

「ささ、「ノッブ」も挨拶を。おそらく違う小隊に配属となるでしょうから、次に会うのはいつになることやら」

「はい。でも……」

 

 真緒は少しむくれていた。きっと、後からやってきた沖田が先に卒業するのが気に食わないのだろう。

 

「大丈夫ですって。「ノッブ」もすぐに卒業できますよ」

「そうだけど……そうじゃなくて」

「ん?」

 

 何だが歯切れが悪い。真緒の言葉が少しつっかえたりするのはいつものことだが、それとも違う気がする。

 そんな煮え切らない真緒の肩を叩き、「シェイクスピア」が笑う。

 

「まあまあ、よいではありませんか。そう羨ましがらずとも。嫉妬には御用心なさいませ(Please be careful of jealousy.)それは緑色の目をした怪物で(Jealousy is a monster with a green eye,)人の心を餌食とし、玩具のように弄ぶのです(preys on person’s heart and toys.)

「羨ましがってなんて……」

「かといって、「沖田」も油断なさらず。人より早く成功する奴というものは(It’s also early that the guy who succeeds earlier)ダメになるのもまた人一倍早い(than a person becomes useless.)といいましてな?」

「な、何を……!」

 

 流石にその物言いはカチンとくる。食って掛かろうとしたその時、甲板に影が差し、その場にいる三人の注目を奪った。

 

「おっと、来たようですな」

 

 いわゆるオスプレイに代表されるようなティルトローター機が、二輪のプロペラが描く複雑な影を刻みながら甲板へと着陸していく。

 

「吾輩の訓示を、決してお忘れならぬようお願いいたします」

 

 そして、その派手な風音に紛れ、「シェイクスピア」が沖田の耳に言葉を残して離れていく。

 

「……はい」

 

 振り返れば、すでに「シェイクスピア」はいつもの飄々とした表情に戻り、真緒と戯れていた。

 

「いやあ、すごい風ですな。「ノッブ」、飛ばされたりなさいませぬよう」

「ち、小さいからって……!」

「ははははは! ですがこの後の衝撃はこんなものでは済みませぬぞ!」

「どういう意味ですか!?」

「見ればわかりますぞ!」

 

 そんなやりとりをよそに、沖田は「シェイクスピア」の言葉の意味を考えていた。ああ見えて鋭い男だ。冗談めかして言っただけではないだろう。

 初心を忘れず、鍛錬を続けろということだろうか。いや、それ以上に――。

 

「生き急ぐな、ってことですかね」

 

 だがそれは難しい相談だ。真緒ほど極端でなくとも、沖田の胸の内でもE遺伝子が(くすぶ)っている。

 戦いたい。

 戦いたい。

 最後まで戦いたい。

 そう言ってやまない。

 

「やっと、戦えるんだ」

 

 今、この手に剣はない。AUボールを入れたケースを代わりに強く握りしめる。

 やがて、ティルトローター機が着陸を終え、その扉を開いた。てっきり迎えのスタッフが乗り込んでいたものと思っていたが――誰も降りてこない。

 不審に思った沖田が一歩近づいたとき、派手なファンファーレとともに何かが機内から飛び出してきた。それは――。

 

「バラの花びら!?」

「赤絨毯!?」

「あー、相変わらずですなー」

 

 沖田と真緒が驚く一方、「シェイクスピア」は呆れた様子で苦笑していた。

 続いて、花びらに彩られたレッドカーペットを踏みしめ、見目麗しい金髪の少女が甲板に降り立った。身長こそ真緒とあまり変わらないが、服の上からでもわかる均整の取れた体つきと、堂々たる立ち姿が体格以上に彼女を大きく見せている。

 少女は冴え冴えと輝く黄緑の目を見開くと、大音声で名乗りを上げた。

 

「我が剣は原初の情熱(ほのお)にして、剣戟の音は(ソラ)巡る星の如く。聞き惚れよ。しかして称え、更に喜べ。余は至高にして至上の名器―――ネロ・クラウディウス・カエサル・アウグストゥス・ゲルマニクスであるっ!」

 

 思わぬ迎えの登場に、沖田はこう呟くしかなかった。

 

「……何なんですかこれ」

 



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幕間 信長の門出

 本編から寄り道に次ぐ寄り道。キャラの背景補強も兼ねて、今度も幕間を入れていく予定です。



 時は少し戻り、台湾の騒動から二日後。

 当然修学旅行は中止となり、本来の予定していた帰りのフライトもすべて白紙となった。クラスメイト達は学校側が何とか用意した席で少しずつ日本に帰り始めていたが、真緒はそれに先んじてDOGOOの飛行機で日本に戻ることが許された。もはや意味があるのかわからないが、待ち時間で一応買っておいた台湾のお土産を詰め込んだスーツケースを引きずり、ようやく自宅のドアをくぐることができたのは、とっくに日が沈んだ頃だった。

 

「ただいまー」

 

 一応形式的に言うが、返事はない。電気もついていなかったのだ。当然、弟も姪も眠っているだろう。この家には自分と弟と姪の三人しか暮らしていない。

 両親を早くに失くし、姉夫婦を親代わりに育った自分と弟の勝行(かつゆき)は一つ違いだ。弟は見た目も性格も自分そっくりで、自分より少し背が高いものの、その線の細さから女子と間違えられることすらある。

 一方、姪の千夜(ちや)は、ニューヨークで活躍するモデルの姉と実業家の義兄の血を色濃く継いだのか、快活でお転婆な小学生である。仕事の都合で海外を拠点にする両親と離れて暮らしているが、寂しそうなそぶりを見せずに毎日元気に過ごしている。茶々という仇名がお気に入りだが、縁起がどうとかはあまり気にしていない様子だ。

 そんな二人に、自分の決意をどう伝えたものか。嘆息しつつ玄関の電気をつけると、弟が玄関マットと同化していた。

 

「――――ひっ」

 

 夜中だ。ぎりぎり悲鳴を飲み込んだ。これまた自分そっくりな艶のある黒髪と、黒塗りの学帽と詰襟とが保護色になっていたらしく、全く気が付かなかった。

 

「か、勝行?」

「ん――」

 

 制服姿のまま、学帽が中途半端に引っかかったままの弟がのっそりと身を起こす。

 

「あ、姉さん――」

「うん、ただいま」

 

 勝行が全身を使ってゆっくりと息を吸い込み、肩を落としながら深々と息を吐き出した。

 

「はい、おかえりなさい、姉さん……じゃなくて」

「じゃなくて?」

「現状が分かってますか?」

 

 実の姉にすら敬語。そういう弟である。

 

「えっと、台湾が怪獣に襲われて大変で……」

「そういう世界情勢ではなく。姉さん自身ですよ」

 

 リビングへと招く勝行についていき、テーブルに座る。お茶を入れるというので、さっそくお土産のパイナップルケーキを用意し、勝行を待った。

 

「茶々は?」

「もう寝かせましたよ。明日も変わらず学校がありますから」

「そっか」

「お茶が入りましたよ」

「ありがとう」

「さて、本題ですが」

 

 と言い、勝行はテレビをつけた。ちょうど深夜帯のニュースで、その映像が流れていた。

 

『この映像は先日台湾の現場に居合わせた観光客が撮影した映像なのですが――』

『うっははははははは!! よい! よいぞ! 格別にいい気分じゃ!』

「えっ?」

 

 聞き覚えのある声。嫌な予感しかしない。

 

『我こそは第六天魔王波旬織田信長! 怪物どもよ、三千世界に屍を晒すが良い!』

 

 映像の中で、目を赤く輝かせた真緒が銃を振り回し、大音声を挙げていた。映像は手ぶれや画像の荒さこそあるが、間違いなく自分だ。

 

「……はい。この通りです」

「……一つ言っていい?」

「どうぞ」

 

 だん、とちゃぶ台を軽く叩いて悶絶しながら真緒は言った。

 

「そんな映像撮ってる暇あったら逃げろよ――!」

「僕もそう思います。マジで」

 

 姉弟で二人して項垂れる。

 

「……この二日で、DOGOOでしたっけ? その変な名前の組織の声明が全世界に発信されました。進化侵略体についても、限られた情報ではありますが、公表されています。当然、姉さんのことも」

 

 勝行はまっすぐにこちらを見据えて言う。

 

「姉さん。まさか、強制的に連れてかれたりなんかしませんよね?」

「……戦うかどうかは、自分で決めろって」

 

 土偶が言ったことを思い出す。だが、勝行は違う意味で受け取ったようだ。

 

「よ、よかった……! だったら安心です! 千夜もまだ小さいし、僕だって……」

「姉さんたちは、なんて?」

「え? ああ……紅緒(べにお)姉さんとジュリアスさんは、今は急遽チャリティーの予定が持ち上がって大忙しみたいで。でも、真緒姉さんと直接話をしたがってましたから。明日にも電話が来ると思いますよ」

「そう」

 

 一度目を閉じ、息を深く吸う。決めたことだ。あの台湾の惨状を見て、自分にしかできないことだと。

 

「勝行」

「……はい」

「私、戦おうと思う」

「――は」

 

 勝行の手からパイナップルケーキが落ちる。しかし、きちんと伝えなくては。

 

「DOGOOに入って、E遺伝子ホルダーとして、進化侵略体と戦うよ」

「嘘、だ」

 

 ショックのあまり、座布団から転げ落ちた勝行の頭から学帽が落ちる。

 

「嘘じゃない」

「どうして!」

 

 時間も考えずに勝行が叫ぶ。

 

「どうして、そんなことを!? いいじゃないですか! 自分で選べって言われたんでしょう!? し、死んじゃうかもしれないんですよ!?」

「――分かってる」

「分かってない!」

 

 我を失ったのか、勝行は真緒に向かって学帽を投げつけた。たまたま手元に落ちていたからだろう。あの気の弱い弟が、それほど冷静さを失っているのだ。

 

「ね、姉さんは一人しかいないんですよ!? 僕と、千夜と、紅緒姉さんたちの姉さんは、一人しかいないんだ! なのに、どうしてあんな化け物と戦わなきゃいけないんですか!? おかしいでしょう!? 織田信長だか何だか知りませんけど、そんなの誰が決めたんですか!? そんな、訳の分からない遺伝子を持ってるからって、どうしてそんな――」

「んうー? 叔父上――。どうしたの――?」

 

 勝行の声に目を覚ましたのか、廊下から寝ぼけ眼の千夜が顔をのぞかせた。

 

「あっ、……ち、千夜」

「あー! 叔母上、お帰りー!」

 

 時代劇にはまったせいで自分を叔母上呼ばわりする姪が、全身で帰宅を歓迎してくれた。自分の小さな体格では少し受け止めるのが辛いタックルが炸裂する。

 

「あだっ。た、ただいま……」

「んふふー」

 

 茶々の頭を撫でながら顔を起こすと、所在なさげな弟が中途半端に口を閉じたり開いたりしていた。茶々の登場に、頭に上っていた血が下りてきたらしい。

 

「落ち着いた? 勝行?」

「は、はい……。でも! 僕の考えは変わりませんから!」

「どうしたの、二人とも? 喧嘩? 喧嘩はダメだし!」

「喧嘩じゃないよ。……勝行が、優しいだけ」

「うん、茶々知ってる。叔父上、ナヨナヨしてるけどとっても家族思いだし」

「茶々まで……」

 

 勝行はすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。

 

「あ、姉さん。帽子、すみません……」

「いいよ。……ごめんね。でも、決心は変わらないから」

 

 目を閉じる。たった一日のことなのに、台湾での出来事はありありと思い出せる。あの一日がすべてを変えてしまったのだ。自分も、それを取り巻く世界も。

 

「決めたんだ。……護りたいって、思ったの。家族とか、友達とか、世界とか。とにかく、自分にできることがあるならそうしたい。ダメかな」

「そんな言い方されたら――」

 

 ぐっと、勝行は唇をかんだ。しかし最後にはこう言ってくれた。

 

「……はい。嫌ですけど、はい。わかりました」

 

 学帽を返すと、勝行は帽子を目深にかぶって目を伏せてしまった。自分がよく前髪で顔を隠す仕草にそっくりだ。思わず顔が綻んでしまう。

 

「ねえ茶々。私、怪獣と戦うヒーローになるの」

「あ、茶々知ってる。織田信長とか言ってた。叔母上も時代劇の見過ぎ?」

「自覚あるのね……。でもそうじゃなくて、本当に信長になって戦うんだよ」

 

 そういうと、自分の膝の上で茶々は考え込む仕草をした。しかし、何かを思いついたのか、パッと顔を上げて言う。

 

「叔母上が信長なら、茶々はますます茶々! すごくない!?」

「へ? ああ――」

 

 実際は織田信長の妹の子供だから、叔母ではなく伯母なのだが――その違いは小学生には少し難しいだろう。素直に褒めることにした。

 

「うん、すごいすごい」

「じゃろ? じゃろ?」

「相変わらず姉さんは、茶々に甘いですね」

「勝行もいい勝負でしょ」

「叔父上も叔母上も茶々にメロメロだし。変わんないし」

 

 家族三人で笑い合う。

 

「私、頑張るからさ。応援してね」

「うん!」

「……はい!」

 

 そして、それから更に二日。ニューヨークの姉夫婦に決意を伝え、藤丸さんのお見舞いに行ったあと、学校にも休学という形で書類を出した。

 校舎を出て、一度だけ振り返り、その光景を視界に焼き付ける。

 戦いは何年続くか分からない。同級生たちが高校を卒業し、ひょっとしたら社会人になるまで続くかもしれない。その時、自分が帰る場所はこの校舎ではなくなっているだろう。だからそっと瞼を閉じ、前を向いて我が家へと歩き出した。

 すでに荷造りは終えている。DOGOOに持ち込めるものは少ない。携帯電話もまともにつながらないと聞いている。それでも、藤丸さんとのツーショットを収めたそれを置いていこうとは思わない。

 

「ただいま――」

 

 次にただいまというのはいつになるか分からない。そう思うと、なんだか感慨深いが――。

 

「お帰りなさい、ノブナガ様」

 

 全然見覚えのない金髪碧眼の少女に出迎えられたとあっては唖然とするしかない。

 

「……どちら様?」

「アルトリアと申します。ジュリアス様より仰せつかって、こちらの家政婦に参りました」

「でも私のことノブナガって」

「おっと……! 姉夫婦からの要請で来た家政婦アルトリアとは仮の姿、この謎のエージェントXの正体を即座に見抜くとは……!」

「いや、ただの失言……!」

「というわけで、家政婦兼DOGOOのエージェントのアルトリアです。アフターケアはお任せください」

 

 これでいいのだろうか。一応リビングに行って他の家族の反応をうかがう。

 

「勝行ー。茶々ー。変な人がいるけどいいのー?」

「ぼ、僕に聞かないでくださいよ!」

「茶々は面白いからオールオッケー!」

 

 弟は人見知りが発動しており、姪は完全に面白がっていた。ならいいか。

 

「アルトリアさん」

「呼び捨てでかまいません」

「じゃあ、アルトリア。家族のこと、お願いします」

「ええ。お任せを。ご武運を祈ります」

 

 弟と姪、そして謎の家政婦に見送られ、真緒は我が家を後にした。

 ぐだぐだな門出であったが、自分にはこれくらいでちょうどいい。

 この先に待つ、波乱と戦いに満ちた日々を、真緒はまだ知らない。

 



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九ノ銃 第四小隊

 E・リプリーの甲板に沈黙が下りた。

 「ネロ・クラウディウス」の堂々たる自己紹介に対し、沖田も真緒もポカンとするしかなかった。

 

「む? 余の姿に見惚れ、心を奪われたと見える。よい。素直に感想を言うがよい。許すぞ?」

「ええと……「ネロ・クラウディウス」ですよね? ローマ皇帝の」

「うむ。いかにも」

 

 沖田が一応確認すると、「ネロ」は首肯した。暴君ネロ、と面と向かって言うのは流石にはばかられる。しかし自分の知っている人物であっているようだった。

 

「す、すごい登場の仕方ですね」

「そうであろう。昨日の晩から貴様を迎える準備をすべく、いろいろと趣向を凝らした登場の仕方を考えておいたのだ。しかし「アマデウス」が『鉄板ネタでいいんじゃないかな?』というので、こうして薔薇と絨毯をな! やはり余と言えば薔薇! 薔薇と言えば余! そうであろう!」

「え、ええ……」

 

 「シェイクスピア」も大概だが、「ネロ」は輪をかけて変人のようだった。「信長」もそうだが、もしやE遺伝子には精神を汚染する効果でもあるのではないか――そう沖田が思ったとき、ふいに「シェイクスピア」が拍手をしながら口をはさんだ。

 

「いやあ、さすがはクラウディア。堂々たる振る舞い、いつ銀幕に戻る日が来ようとも万全ですな!」

「ふふ。そうであろう。ミスター・バードのお墨付きとあらば心強い」

 

 そんな二人の会話から察したのか、「信長」がクラウディア――「ネロ」を指しながら言う。

 

「あ、女優さん?」

「いかにも! もしや余――もとい「私」を知っているのか? 遠く日本まで我が名が轟いているとは嬉しい!」

「ひっ」

 

 だが、大股で歩み寄られ、バシバシと肩を叩かれたものだから、人見知りの激しい黒髪の少女はすっかり怯えて沖田の背に隠れてしまった。

 

「って、なんで私の後ろに!」

「だって、ちょっと、このノリは、日本人的に――」

「私だって日本人ですから! こんな髪と目の色してますが!」

「む? その様子では、やはり知らぬのか? まあ、ここ一年はDOGOOの任務にかかりきりであるからな……。では改めて自己紹介だ」

 

 そういうと「ネロ」は一度飛行機に引き返し、何かを手に持って沖田と「信長」に歩み寄ってきた。

 

「「ネロ・クラウディウス」ことクラウディアである。余の主演作をサイン付きで進呈しよう!」

 

 そう言って渡されたDVDのタイトルは『女帝ネロ』。豪奢な衣装に身を包んだクラウディアがパッケージの中心で胸を張っている。

 

「なんですか、このトンデモ映画は……」

「うぐっ。これでも興業的には成功だったのだぞ! それに昔からバビロンの妖婦などとも呼ばれていたりするのだ! だからそこまでトンデモではない! あと、日本(ジャポーネ)のゲームとかアニメだともっとトンデモだったりするからセーフ! セーフだ!」

「それを言ったら沖田さんだって「幕末純情伝」から続く由緒正しきトンデモ設定多いんですからね!?」

 

 ぜーぜーと二人そろって肩で息をしていると、「シェイクスピア」が場を収めてくれた。

 

「さっそく仲良くなられたようで何よりですな。今日は「ネロ」にはE・リプリーに残ってもらう予定ですので、「沖田」とは一足先に顔合わせをしてもらった次第」

「え? そうなんですか?」

 

 単なる迎えかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

「うむ。「沖田」はJ(ジョージ)・アツミに向かい、他のメンバーと親睦を深めておくがよい。余はここで演技指導だ」

「え、それってまさか……」

 

 嫌な予感がしたのか、「信長」が身をすくませる。しかし「ネロ」はがっちりとその腕を捕まえると自分の方へ引き寄せた。

 

「そのまさかだ。ふむ。見れば見るほど、黒く塗れた髪と言い、可憐さの滲む声と言い、余ほどではないがなかなか良い……。今宵は寝かさぬ。光るまで磨いてやろう。ふふふ……」

「た、助け! 沖田ぁ――!」

「いや、どうなってるんですか」

「あなたもご存じのとおりですよ、「沖田」」

 

 「シェイクスピア」が声を低くして言う。

 

「「ノッブ」のポテンシャルはすさまじい。しかし、それを望んだとおりに引き出すことができねば宝の持ち腐れというもの。そこで――」

「彼女に「信長」を演じさせると? 少々突飛では?」

「「ネロ」は実際、そうやって己を保っておりますからな」

「彼女が?」

 

 意外だ。顔を合わせて十分も経っていないが、それでも彼女の堂々たる姿勢は伝わっている。脆いところがあるようには思えないが――。

 

「まあ、吾輩、劇作家時代に「ネロ」とは少々縁がありましてな。……彼女は女優、スター、芸術家なのです。その本質は戦士ではない。しかし周囲からの期待を背負うという意味では、彼女はやはり「ネロ」なのです。だから、彼女をよろしく頼みますぞ」

「「シェイクスピア」さん……」

 

 元女優と元劇作家の間に何があったのかは推測するしかない。しかし、もともとの日常を捨て、戦士となるうえで迷いがあったのは確かだろう。自分もそうだ。今までの生活を捨ててまでここにいる。あまり話はしないが、「ネロ」や「シェイクスピア」、「信長」にも家族がいるだろう。

 「ネロ」はきっと、女優を辞めたつもりなどないのだ。この戦いが終われば、また銀幕に戻って輝くつもりでいる。だから、そのために今を全力で戦っている。だからこそ「ネロ」そのものを普段から演じているのだろう。市民を愛し、暴君と呼ばれる末路をたどっても胸を張り続けた皇帝として――。

 

「助けて! もうこの際、誰でもいいから――!」

「ふふふ。ここか? ここがよいのか?」

「ちょ、そこは無理! 本当に駄目!」

「遠慮するでない。さあ、さあ、さあ!」

 

 ……多分。

 

「じゃ、私は行きますね」

「うむ! あちらのメンバーにはよろしく言っておくように!」

「え、ちょ、沖田待って――」

「では「ノッブ」。またどこかで」

「最後まで「ノッブ」呼ばわりか――!」

 

 果たして真緒は「信長」になれるだろうか。なれたとき、自分は素直に彼女を「信長」と呼べるだろうか。

 分からないが、今はJ・アツミに向かうのみだ。戦いを共にする仲間に会いに行こう。

 最後まで戦う。

 自分と、「沖田総司」の願いのために。

 

「助けて――!」

 

 真緒の叫びもむなしく、「沖田」を乗せた飛行機はE・リプリーを飛び立った。

 

  *

 

 太平洋上空。J・アツミの離発着ポート近くの待機所にヴァイオリンの音色が響いていた。細面の青年、「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」が弾く独奏曲(ソナチネ)だ。周囲で作業する人々は知らず知らずのうちにその調べに背を押され、規律正しく動いている。歩調や言葉の区切りさえ、場のテンポにからめとられ、普段は気の合わない職員たちでも今日に限っては息の合った仕事ぶりを見せていた。

 

「お、いたいた」

 

 そんな「アマデウス」に歩み寄るのは、茶髪で片目の隠れた青年だ。その歩調は決して緩やかではないが、不思議とその足音は小さく、耳のいい音楽家で無ければ聞き逃していたかもしれない。目を閉じてヴァイオリンを弾いていた「アマデウス」は、演奏を続けながら目線だけを「ロビン」に向けた。

 

「おや、この足音は「ロビン」か」

「ご名答。「アマデウス」、いつまで弾いてるつもりだ? 新人に変な奴だと思われても知らないぜ?」

「ははは! おかしなことを言うねえ、「ロビン」。我らが皇帝陛下にインパクトで勝てるはずないだろう?」

「いや、そりゃそーですけど。第二小隊に配属予定の新人とも絡んでくるんだろ? 二人とも可愛い日本人の女の子だっていうし、いいよなあー」

「「ネロ」だって見た目は抜群じゃないか」

「いや、分かって言ってんでしょ、オタク。「ネロ」はなんというか、ナシだろ」

「うん。残念ながらそれには僕も同意見だ」

 

 二人してくだらない話に花を咲かせつつ、新人こと「沖田」を乗せた飛行機を待つ。

 

「「シェイクスピア」の話だと、「沖田総司」は少し突っ走る傾向があるらしい」

「また問題児かよ……。去年は「ネロ」で、今年もか? あのオッサンはオレらを何だと思ってるのかねえ」

「そういって、君はまた世話を焼くんだろう? 分かってるよ?」

「オタクも手伝えよ」

「っと、言ってるそばから」

 

 「ロビン」の耳には相変わらず響くソナチネしか聞こえないが、「アマデウス」の耳は確かだ。しばらくすると、一基の飛行機がポートに降り立つのが見えた。

 「アマデウス」が演奏を続けながら立ち上がって言う。

 

「さあ、出迎えだ」

「本当に弾いたまま出迎えるのか……」

「どんな反応をするか見たくてね」

「はいはい……」

 

 飛行機から降り立つ少女がいる。少ない荷物を背負い、ソナチネの響きに戸惑いながらも、その音の源を見つけたようだ。何やらため息をつきたそうな顔をしているが、やはり「ネロ」の先制パンチが効いているらしい。大した反応を見込めないとわかったのか、あるいはちょうど曲が終わりだったのか、音高く最後の旋律を弾くと「アマデウス」はヴァイオリンを下ろした。

 

「歓迎するぜ。オレは「ロビン・フッド」」

「「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」だ。気軽に「アマデウス」と呼んでくれ」

 

 それに対し、新人の少女は踵を正して言う。

 

「「沖田総司」です。ご指導、ご鞭撻よろしくお願いします!」

 

 「ロビン」と「アマデウス」は二人で目配せをした。どうやら新人は真面目な性分らしい。ならばこちらも、新しい仲間を正面から歓迎しよう。

 

『ようこそ、第四小隊へ』

 



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十ノ銃 ロビン・フッドとアマデウス

これで寄り道はひとまず終了。次回から原作二巻のお話に戻る予定です。



 

「わ、我こそは第六天魔王波旬織田信長である」

「違う! もっと胸を張れ! 足は肩幅! 重心を落とせ! 自身の身長の低さなど気にするでない! 見下ろさんとする心があれば必ずできる!」

「我こそは――」

「もっと声を張るのだ! 腹から出した空気の塊に乗せ、声をぶつけて民衆を倒さんばかりの勢いで吐き出せ!」

「我こそは! 第六天魔おぅ」

「自分の声の大きさにビビるな! 恥を捨てるなとは言わぬ! 恥と思うな! 堂々たる自分をイメージせよ!」

 

 E・リプリーの甲板上に「シェイクスピア」が設えた特別ステージにて、演技指導が続いていた。

 しかも船内に通達があり、手の空いているものは積極的に見物に来るようにと「ネロ」が言ったものだから、常に人目が絶えない。かつてないほどの人々の注目を浴びた真緒は、顔から火が出そうになりながらも懸命に声を張り上げていた。

 

「ぜえ、ぜえ……」

「うーむ。どうにも感触が好ましくない。「シェイクスピア」よ、この娘は本当にあの映像のような振る舞いを見せるのか?」

「ええ、事実です。とはいえ、かれこれ三時間ほどやっておりますが、あまり進展がありませんな。たとえ小さな斧であろうと数百度打てば(If also hitting this with a small ax hundreds of times,)固いカシの樹でも切り倒せよう(a firm oak tree can also be cut down.)とは言いますが、そろそろ打ち方を変えてみてはいかがかと」

「うむ。一理あるな。「信長」よ、一度休憩としよう」

「はい……」

 

 これまた「シェイクスピア」が用意してくれたテーブルに座り、「ネロ」が持参したお茶やお菓子をつまみながら休憩することにした。慣れないことをすると、体よりも精神が疲れるものだ。甘い焼き菓子がいつも以上においしく感じた。

 

「あ、おいしい」

「そうであろう。何せ余の手作りであるからな! 余は万能ゆえ、演技も料理も、戦闘であろうとも完璧にこなせるのだ。もっと褒めたたえるがよい! ふはははは!」

「ちなみに、神は、“彼女”を人間にするために(You gods, would give “her”.)“歌にて”欠点を与えた(Fault “about songs” to make her men.)のでご注意ください」

 

 「ネロ」の哄笑に隠れて「シェイクスピア」がそんなことを囁いたので、真緒は思わずむせてしまった。

 

「げほっ、げほ!」

「む? どうした、大丈夫か?」

『「シェイクスピア」、ブリッジまでお願いします』

 

 ちょうどその時、甲板に設置されたスピーカーから「シェイクスピア」に呼び出しがかかった。

 

「おおっと! では我輩、行ってまいります」

「ああ、しばし待つが良い」

 

 呼び出しに応じでそそくさと去ろうとした「シェイクスピア」を呼び止め、「ネロ」はテーブルを叩いた。

 

「もうしばらくこのテーブルを借りたいが、よいか?」

「それはもちろん」

「え? でも……」

 

 このテーブルは「シェイクスピア」のAUウェポンで作り出したものだ。「シェイクスピア」がこの場を離れれば消えてしまう。

 

「心配するな。我が才を見よ!」

 

 「ネロ」がAUウェポンを発動させた。AUボールを包んだ光は変形して彼女の右腕を覆うと、ライオンの顔で飾られた鎧へと変貌した。

 「ネロ」が鎧に包まれた腕でテーブルセットに触れると、肩のライオンが一吠えした。途端にゴシック調だったテーブルセットがきらびやかな装飾を凝らした一品へと生まれ変わった。

 

「では、行ってまいります」

「うむ。さ、これでよい。休憩を続けよう」

 

 テーブルセットは「シェイクスピア」がウェポンを解除して立ち去っても消えることがなかった。金を基調とした眼にまぶしい装飾は、真緒には少々腰が引けるものの、疲れているのでありがたく座らせてもらう。

 

「余のAUウェポンは、余の気に入ったものを余の才で飾り、我がものとすることができる。戦闘の際はこの『女帝ネロ』の撮影で使った剣と盾を我が力としてふるい、侵略体めを切り伏せているのだ!」

「それってジャイアニズムでは……」

「じゃい、あ……? うむ?」

 

 流石にイタリア出身のハリウッド女優には通じなかったらしい。「ネロ」は『女帝ネロ』のDVDを見せびらかしたまま固まってしまった。それにしても、DVDは一体何枚持ち歩いているのだろうか。

 気を取り直してお茶を飲みつつ会話をつづけた。

 

「ちなみに、このライオンの装飾はな、ネロ()がかのヘラクレスに負けじとライオンの裸絞め殺しに挑戦した逸話から来ていると思われる。まあ自分のE遺伝子と会話することはできぬから、想像でしかないが」

「ああ、私も銃口に信長の治世で使われてたお金のデザインがあるらしくて」

「不思議なものよな。貴様は五百年、余に至っては二千年の昔より伝わった血がこの身を流れているのだ。あの土偶は一体、いつからこの星にいるのか……」

「皇帝ネロっていつの人だっけ?」

「37年から68年だな。一世紀の人物だ」

「あ、紀元前じゃないんだ」

「うむ。それでな、ほかにもネロにはいろいろと逸話があるのだ。世間では暴君としてのイメージが強いのだが――」

「私の信長も大概だよ。聞いた話だと――」

 

 などと話していると「シェイクスピア」が戻ってきた。

 

「お二人とも。戻りましたぞ」

「おお。何かあったのか?」

「ええ。第四小隊がフィジーに出現した侵略体と交戦すべく出撃すると」

 

 その言葉に「ネロ」が勢いよく立ち上がった。

 

「何っ! 余も――いや。「フーヴァー」はなんと?」

「「沖田」を含めた三人で十分だと言っておりましたな。勿論、「ネロ」が希望すれば参戦は可能でしょうが」

「うむ……。しかし。まあ大丈夫であろう」

 

 そういい、「ネロ」は座りなおした。

 

「いいの?」

「監督の指示に従うのは女優の務め、そして参謀の意見に耳を傾けるのも皇帝の務め。ここは新人に花を持たせるとしよう」

「かしこまりました。さて、それでは練習の続きと参りましょう。さあ、次はいかがなさいますか」

「うむ。ここは一つ、衣装を工夫してみてはどうか。演技の素人ゆえ、形から入ってみるのも手であろう」

「おお! 良い考えですな!」

 

 そう言って指を鳴らした「シェイクスピア」の背後にズラリと衣装が並ぶ。ドレス、軍服、和服、スーツ、水着、マント、何でもござれだ。ざっと見て百着は下らないだろう。

 

「うむ。素晴らしい! 余は頭痛持ちゆえ、精々片手で足りるものしかAUウェポンで染めれぬが、貴様はさすがの手腕だな!」

「恐れ入ります」

「さて、「信長」よ。覚悟はよいか?」

「いや、その……」

 

 「ネロ」はさながら、人形遊びに胸を躍らせる少女のような表情で顔を輝かせていた。ならば人形は誰か。

 

「誰か……誰でもいいから助けて……」

 

  *

 

 「沖田」は誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。

 

「どうした?」

「いえ。……気のせいですね」

「やあ、お待たせ。ごめんごめん」

「遅えぞ「アマデウス」」

 

 「ネロ」は合流しないことになった。三人で降下ポッドに乗り込み、侵略体が現れたフィジー島沖に出撃する。

 降下ポッドの中はあまり広くない。三人で座ると肘や膝がぶつかりそうになる距離だ。なんとなく落ち着かない気分でいると、「アマデウス」が話しかけてきた。

 

「緊張してる?」

「正直なことを言えば。……前回のハリケーンの時は、無抵抗の敵を仕留めるだけでしたから」

 

 明確にこちらを攻撃してくる進化侵略体と対峙するのは今日が初めてだ。それでも、「シェイクスピア」の訓練通りにすれば抜かりはないはずだった。すでに「アマデウス」と「ロビン」の能力も把握している。問題はないはず。

 だが、「はず」がぬぐえない。剣を握れば変わるだろうか。戦いを始めれば、この血が自分を導いてくれるだろうか。

 そんな自分に「ロビン」も声をかけてきた。

 

「戦う前からしけたツラしてんなよ。無理なら言いな。オレらが今回はどうにかすっから。オタクよりずっと場数を踏んでるんでな」

「怪我はしないでおくれよ」

「――はい」

『着水まであと十五秒! 準備をお願いします!』

 

 オペレーターの声に促され、三人とも立ち上がる。

 ほどなくして、予想よりも軽い衝撃が伝わると、ポッドの上部が展開して眩しい夕日が差し込んできた。

 

「聞こえる聞こえる。大量だ」

「んじゃ、行くとしますか」

「はい!」

 

 「沖田」の初陣が始まった。

 

  *

 

『現在確認できている侵略体は「砲艦型」が32、それぞれ20体ほどの「歩兵型」を乗せた「重巡洋型」が2、「機雷型」が120ほど、合わせて200体といったところだ。特に「機雷型」は触れると爆発するから気を付けろ』

「200――ですか」

 

 200。その侵略体の数が「沖田」の脳裏にライバルの姿を思い出させた。

 通信機から響く「フーヴァー」の声を聴き、「アマデウス」はてきぱきと指示を出した。

 

「僕は後方でサポート。「ロビン」は敵の攻撃を散らしつつ「機雷型」を処理。「沖田」君は「機雷型」が減ったら前に出て、敵の数を減らすことに注力してくれ」

「はいよ」

「分かりました!」

 

 AUウェポンを展開する。刀の重みが、羽織の感触が血をたぎらせる。目の前にいる敵を切れと背を押す。

 三体並んでフィジー島に向かう「重巡洋型」を「砲艦型」が取り囲む構図は、くしくも昼間の卒業試験と似たものだ。そこにフグを思わせる「機雷型」が加わっているが、あれの機動力は低いはず。うっかり踏まなければ平気だ。

 こちらを確認した「砲艦型」からの砲撃が始まった。「沖田」がフットワークで避ける一方、「ロビン」は右手に装備したクロスボウから打ち出す矢で的確に砲弾を撃ち落とし、自分と「アマデウス」をカバーしていた。

 

「そらよっと!」

 

 更に隙を見て矢を放ち、こちらの行く手を阻む「機雷型」を処理していく。衝撃を受けて爆発した侵略体が水面に派手な水柱を上げた。

 

「「砲艦型」が多いね。強引に割り込むのは難しそうだ」

『「アマデウス」。左翼の「機雷型」の密度がだいぶ落ちてきた。攻め時だ』

「了解だ。そろそろ頼むよ、「沖田」君!」

「はい!」

「さあ、楽しい音楽の時間だよ」

 

 「沖田」に指示を出すとともに、「アマデウス」は自身のAUウェポンも構えていた。右腕全部がヴァイオリンのような装置に覆われており、それは弓をひく必要もなく「アマデウス」の望む音色を奏でた。途端に左翼の「砲艦型」の動きが鈍り、統率の取れた動きが乱れていく。進化侵略体の神経を犯し、味方を鼓舞する音色が戦場に響き渡った。

 

「行きます!」

 

 一気に距離を詰める。「ロビン」が切り開いた道を埋めようと、無事な「機雷型」が寄ってくるが、隙を見逃すわけにはいかない。一息に詰め寄ると、いまだに「アマデウス」の音色から脱せない「砲艦型」を一閃で仕留めた。更に二体目。三体目。味方がいるとずいぶんやりやすい。自分の仕事に専念できている。

 

「このまま――」

「下がって!」

「!?」

 

 奇妙な感覚が体を襲ったかと思うと、自分の意志とは無関係にその場を飛びのいていた。まるで操り人形にでもなった気分だ。原因は明らかだった。「アマデウス」がやったのだ。

 

「何を――」

「アイツの耳を信じろ!」

 

 更に飛びのいた「沖田」の襟首を「ロビン」が捕まえて引き戻す。その瞬間、さっきまで「沖田」のいた場所で大爆発が起きた。

 

「おい「アマデウス」! 何がどうなってる!」

「慣れない音が海面下を走ってきたのでね!」

 

 いったん下がり、三人で状況を確かめる。どうやら何かのきっかけで多数の「機雷型」が一斉に爆発したらしい。

 

「さっきの音――正面、数は5!」

「見えてるぜ!」

 

 かなり近い。この距離になれば「沖田」たちにも何かの影が近づいているのが見えていた。「ロビン」が海面に矢を打ち込むと、先ほどと同じく水柱が上がった。さらに誘爆したのか、隣接した二つが爆発し、一層派手な水しぶきを上げる。

 

『何があった』

「これは――新型かな?」

 

 「アマデウス」が海面に腕を突っ込むと、横合いから見慣れない侵略体が飛び出した。先ほど爆発しなかった残りだろう。トビウオにも似たそれは苦し気に身をよじらせると、やはり爆発してチリと消えた。

 

「以前確認された「魚雷型」とは違う……「酸素魚雷型」ってところかな。厄介そうだ」

『持ち帰れるか、「アマデウス」? 「サンソン」に見せたいところだ』

「その名前を出さないでくれ、「フーヴァー」。俄然やる気がなくなったのだがね」

「オタク、なんでそれをよりによって「アマデウス」に頼むんだよ」

『公私混同はやめろ。せめて映像くらいは持ち帰れ』

「ハイハイ。わかりましたよ――っと!」

 

 「ロビン」たちが言い合っている間にも、おそらく「重巡洋型」から泳いでくる「酸素魚雷型」の攻撃がやまない。「砲艦型」と合わせ、気が抜けない弾幕が押し寄せる。

 

「「酸素魚雷型」は任せてくれ。君たちは「砲艦型」の攻撃を頼む」

「任せな!」

「はい!」

 

 「アマデウス」が再び海中に腕を突っ込み、スタッカートの効いた旋律を響かせる。先ほどのように音に当てられた「酸素魚雷型」が誤爆し、自分たちと「砲艦型」の間に連続して水しぶきが上がる。「酸素魚雷型」の処理は「アマデウス」の音に任せ、「沖田」は「ロビン」と協力して砲弾を処理していく。だが――。

 

「まずいな、このままじゃジリ貧だ」

「どうするよ?」

「私が何とかします!」

 

 「沖田」は剣を平正眼に構えた。

 

「え、ちょっと待て! 死ぬ気か!」

「どうにかします!」

「ああ――これは想像以上に問題児だ」

「言ってる場合か「アマデウス」!」

 

 縮地とすら呼ばれる足さばきで飛び出す。目測で、「砲艦型」の列までは二歩。

 一歩目。その足を踏む先に、謀ったように「酸素魚雷型」が飛び込んできている。しかし、寸前で「ロビン」の矢が割り込んだ。「沖田」の目の前で派手な水しぶきが上がる。

 

「あっ――ぶねえ!」

「ナイス狙撃だよ、「ロビン」」

「そりゃどうも!」

 

 背後のやり取りを尻目に、更にもう一歩。「機雷型」を踏まないように海面を蹴り、目の前の「重巡洋型」の背に飛び乗った。そのまま背から心臓を一突きにして命を奪う。

 

「一つ……!」

「「沖田」君! すぐそこまで来てるよ!」

「分かってます!」

 

 先ほどと同じく、「酸素魚雷型」で「機雷型」を爆発させて味方もろともこちらを葬るつもりだろう。訓練の時と状況がダブる。しかし今の方がなおマズい。

 今度は自分の意志で飛び上がる。しかし着地点は「アマデウス」たちの方ではなく、別の「重巡洋型」の背だった。また背から一突きして心臓を止める。

 

「おいバカ! 戻ってこい!」

「「ロビン」! また退いたら元の木阿弥です!」

「そうだけどよ――やり方ってもんがあんだろ!」

「ははは! 全く君っていう人は――好きにしたらいい!」

 

 憤慨する「ロビン」だったが、一方で笑う「アマデウス」の奏でる旋律が海原に響き渡った。

 

「こっちは僕と「ロビン」でどうにかする! 君は手早く「砲艦型」を片付けてくれ!」

『何を言っている「アマデウス」! あと十分もすれば増援を――』

「だめだ「フーヴァー」。奴さん、待ってくれねえみたいだ」

「だからせめて、タイミングはこちらに任せてもらうよ! 左手を開けておいて!」

 

 「アマデウス」の音色が響くと、勝手に左手の指がぴくりと動いた。

 「沖田」は一瞬で「アマデウス」の意図を察した。すかさずその場を飛びのくと、「酸素魚雷型」が着弾し、さっきまでいた場所が爆発に包まれる。

 

「次!」

 

 一体目、二体目を片付けたところで指が動いた。すぐにその場を離れ、また次の「砲艦型」を仕留めに行く。

 次。

 次。

 次!

 

「アイツ、無茶苦茶過ぎんだろ!」

「「ネロ」といい勝負だよ、全く!」

「次!」

 

 とうとう最後の「砲艦型」を仕留め、こちらが「重巡洋型」に向かうのを阻むものはなくなった。「機雷型」もあらかたが「酸素魚雷型」の誘爆で消えている。

 

「一気に片づけます!」

「いいとも!」

「はいよ!」

 

 一歩、二歩、三歩で「重巡洋型」に肉薄する。「アマデウス」の旋律が背を押し、敵の「歩兵型」を押しとどめている。踏み込みを変える必要は無い。直線で行く。

 

「無明――三段突き!」

 

 「重巡洋型」が転覆する。泳ぎに向かない体の「歩兵型」はしばらく海面でもがいていたが、やがて海底へと沈んでいった。

 

「こっちも片付いたぜ」

 

 もう一体の「重巡洋型」は「ロビン」が仕留めていた。眉間に矢を一発。脳に届いているようには見えないが――。

 そんな「沖田」の視線に気が付いたのか、彼は気障な様子で言う。

 

「かすり傷でも十分なのさ。さて……それより、だ」

 

 拳骨一発。よけられないほどの速さではなかったが、無茶をした自覚から甘んじて受け入れた。

 

「分かってんな。今の戦闘でオタク、何回死にかけた? 回数の問題じゃねえけど、オレが何を言いたいかはわかるよな?」

「まあまあ、「ロビン」。うまくいったのだし、良しとしよう」

「「アマデウス」!」

『私も「ロビン」に賛成だ。下手をすれば全滅もあり得た。何故増援を待たなかった』

「それは……」

 

 「沖田」は歯噛みした。流石に初陣からすべてがうまくいくとは思っていなかったが、自分の無茶で周りに迷惑をかけてしまったというという事実が気分を落ち込ませる。

 それでも、自分なりにできることをしたつもりだった。

 ハリケーンの時はうまくいったのだ。

 

「どうにか、したくて」

 

 「沖田」の頭をずっと占めているのは「信長」の存在だった。彼女自身は訓練をうまくこなせる自分に劣等感を感じていたようだが、実際は逆だ。

 台湾で200体を仕留めたという「信長」。

 ハリケーンの中で先陣を切った「信長」。

 だから、侵略体の卵を仕留めるために自分が仕切ったときは少しだけ見返せた気がしたのだ。そう、あの時のように、実戦にも一足先に出て――。

 

「私は……」

 

 歯噛みする「沖田」に、あくまで気楽に「アマデウス」が言う。

 

「「沖田」君。もしかして、頑張りすぎてないかな?」

「え? 私が、ですか?」

「そうそう。僕なんか隙あらば戦闘をサボろうと考えているんだけどね」

「いや、働けよ!」

「まあ、こんな風に「ロビン」に叱られるし、皇帝陛下(ネロ)も『後ろは任せた!』とか言って突っ込んでっちゃうし、まあ仕事するしかないんだよね」

「……だって、進化侵略体と戦えるのは私たちしかいないじゃないですか」

「うん。だから仕方なく戦ってるんだ。仕方なく、でいいんだよ。だから、役に立たなくたっていい」

「けれど……戦わなきゃ、私に意味なんてありません。私には、目の前の敵を切るしか能がありません」

「そんなに役に立ちたい理由があるのかい?」

「理由、ですか?」

 

 理由。何の理由だ。戦う理由? 役に立ちたい理由? もちろん考えたことはある。日本での暮らしを捨て、家族と別れ、そうまでして戦う理由。

 それは自分にとって、「戦えるから」に他ならない。自分に戦える理由があるから。この身に宿る「沖田総司」が願ってやまないから。それではダメなのだろうか?

 「信長」は自分が直面した台湾の惨状を目にし、あくまで「護る」ために戦っていると零していた。自分と彼女では何が違うのだろうか?

 答えが出そうにない考えが頭を支配する中、「ロビン」が告げた。

 

「はー。叱ってる立場で何だけどよ。オタク、難しく考えすぎだぜ。オレにも「アマデウス」にもいろいろ事情はあるし、悩んだ時期もある。けど、去年新入りだった「ネロ」の戦う理由を聞いたら馬鹿らしくなっちまった。あんな理由で大真面目に戦える奴にゃ、とても敵わねえって」

「「ネロ」の?」

 

 あの女優が戦う理由。銀幕に戻る日を諦めず、懸命に戦う彼女のモチベーションとは。

 

「『余のファンは世界中にいるからな! 余は世界を護るぞ!』ってよ。……ホント、笑っちまうぜ」

「全くだ」

 

 なんだそれは。本気でそれを信じているのだろうか。だとしたら――。

 

「だからさ、僕らもできることだけやっていればいいと思うことにしたよ。本気で世界を護りたいと思う人が、きっとどんどん僕らを動かす。できないことは丸投げで良い。今日は不在だから僕が仕切ったけれど、この通り上手くいかなかったからね」

「さっきは止めちまったけど、きっと「ネロ」なら『思う存分斬るがよい! あとは適当にフォローしておくぞ!』 とか言うぜ、絶対」

「いや、そんな……」

 

 人任せにもほどがある。

 

「だからさ。次はもうちょっと周りを見て、余裕があったら増援が来るまで待とう。今日の反省はそれでいいことにしようじゃないか」

「何か、丸め込まれちまった気分だ。……そもそも、文句なら「フーヴァー」にも言いてえ。オレ達三人で十分だって最初に言い出したのはコイツなんだし」

『「酸素魚雷型」という未知のファクターがあった以上、プロファイルにブレが生じるのは仕方ないだろう』

 

 「フーヴァー」の子供じみた言い方に思わず笑みが漏れる。おそらく「フーヴァー」にしても、できることをやった挙句がこの結果なのが気に食わないのだろう。

 

「私たち、まだまだ未熟なんですね」

「まあね。大真面目にヒーローをやってる人たちに比べれば、まだまださ」

「全くだ。俺のE遺伝子なんて、闇討ち待ち伏せ毒殺なんでもやって、その挙句に死んじまった。理想だの名誉だの言ってる暇なんてなかった」

「僕に至っては音楽家だしね」

「それなら、私は……」

 

 海風に誓いの羽織がはためく。

 かつて、沖田総司が信念とともに背負った、(まこと)の字を預ける相手は、自分にはまだいない。DOGOOの司令官も、日本に残した家族も、理想を誓う相手というには違和感がある。国のため、お上のために戦った沖田総司のように殉ずるには理由が弱い。

 今の自分は義務感と、E遺伝子のもたらす後悔で戦場に立っている。

 

「私は――まだ、自分がどうして戦いたいのか、決めきれずにいます。それでも戦って戦って戦って――その先に、ようやく理由を見つけられればそれでいい。戦う力が先走っているのは分かっています。けれど、負けたくない気持ちだけはありますから」

「それでもオレにゃ、十分ご立派に聞こえるよ」

 

 「ロビン」が肩をすくめる中、今更のように増援を乗せた降下ポッドが海面に突き刺さった。

 

  *

 

「無事、侵略体を退けることができたようですな」

『ああ。確かに問題児だが、「沖田」は優秀な前衛になりそうだ。あとは「信長」だが……』

「この間お話したとおりです。運命というものは、貴女の魂を、(Your soul is carried to the most suitable place)最もふさわしい場所へと運ぶのだ。(with destiny.)

『仕方ない。それで進めてくれ』

「承知いたしました」

 

 「フーヴァー」との通信を終えてE・リプリーの甲板に戻り、第四小隊の戦果を伝えると「ネロ」は我が事のように胸を張った。

 

「当然だ! 余が隊長を務める小隊にかかれば新手が来ようと敵ではない!」

「リーダーとかって決まってるの?」

「いえ、「ノッブ」。彼女が勝手に言っているだけですが、うまく収まっているのでそういうことに」

「ははは……」

 

 真緒にも段々「ネロ」の扱い方が分かってきた。

 

「さて、こちらもそろそろ決めねばな。ほとんどの衣装は試したように思うが」

「いっそのこと、任務中も身につけられるものを決めておき、条件づけをしたほうが良いかもしれませんな」

「ふむ。と、なるとやはり鎧か、兜か」

「も、もうちょっと手軽なものでお願い」

 

 「ネロ」に着させられた羽織袴からジャージに着替えながら真緒は言う。一応自分も女子なのでいろいろと着飾るのは楽しいが、着替えるたびに「よし、ではその格好で名乗ってみよ! 高らかにな!」となると辟易せざるを得なかった。

 

「ならば帽子か……。日本の戦国時代の帽子となると専門外だな。「シェイクスピア」よ、どうだ」

「当時の帽子といえば烏帽子(えぼし)ですが、これをかぶるとむしろ白拍子のように見えてしまいますな。「ノッブ」自身の見た目が少女然としておりますので」

「ならば男らしさ、勇ましさをアピールするか。この軍帽はどうだ?」

「あ――」

 

 それは確かに軍帽だったが、同じ造形でありながら違う呼び方を真緒は思い出した。身近で、弟が常日頃から身につけていた学帽だ。

 

「被ってみてもいい?」

「うむ。どうだ?」

 

 かぶってみるとますます勝行そっくりだ。しかし、自分が男のように見えるという点では合格だった。あの気弱な弟のアイテムが男らしさを示すシンボルになるとは不思議なものだ。

 

「うむ。なかなか決まっておる。しかし軍帽だけでは寂しいな。マントでも合わせるか? いや、軍帽の飾りを変えてみるか……」

「それならばそこに「織田信長」らしさを据えてみては? 家紋などはどうでしょうか」

「あのハリケーンの時も思ったけど、「シェイクスピア」って信長のことも調べてくれているんだ」

 

 唐突に劇作家が敦盛の一節を唄いだしたことが、自分のE遺伝子が目覚めるきっかけだったのを思い出しながら言う。

 

「もちろんですとも! 役者もとい教え子のことは隅々まで知らねば指導役は務まりませんからな! 無知は神の呪いであり、(Illiteracy is a curse of a god)知識は天へと至れる翼である(and knowledge is the wing which comes to heaven.)

 

 なんだかむずがゆい。けれど、悪い気分ではない。

 真緒は帽子をかぶり、マントを羽織るとステージに上がって深呼吸した。

 

「……よし。もう一回、もうひと頑張り」

「おや、いつになく積極的ですな?」

「うん。負けてられないから」

 

 沖田は小隊に配属になった当日だというのに、実戦できちんと戦果を挙げてきたようだ。ならばそれに追いつかなくてはいけない。自分に秘められた力があるならば、それをいつでも引き出せるようにしなくては。秘めたまま終わってしまえば、沖田と自分のE遺伝子に笑われてしまう。いつまでも「ノッブ」呼ばわりのままだ。

 

「……得てして、憧れというものはすれ違うのですなあ」

「何か言った、「シェイクスピア」?」

「いえいえ! では、張り切ってまいりましょう!」

「うむ、明日に余がここを離れるまでにみっちり仕込んでやろう!」

「はい!」

 

 E・リプリーでの夜が更ける。

 

  *

 

 それから三日ほど過ぎた日。いつものように訓練を始めようとしたとき、ブリッジに呼び出された。

 ハリケーンの時に声だけ聴いた「フーヴァー」と、映像ごしとはいえ初めて対面する。きっちりとした格好のスタッフが大勢いる指令室の重鎮でありながら、キャミソールとショートパンツというカジュアルにもほどがある格好をした女性だ。

 

『「織田信長」。お前に任務の要請だ。「ロビン・フッド」でもいいのだが、「シェイクスピア」がお前の仕上がりを見せたいと言い出してな』

「「シェイクスピア」が?」

「ええ。良い機会ですので」

 

 脇では推挙した本人がにっこりと胡散臭い笑みを浮かべている。

 

『厄介な侵略体がいる。体表の90%が装甲に覆われていてな。私のプロファイリングによれば、首の可動部への攻撃が唯一有効なポイントだ。これを船上からぶち抜けるか?』

 

 こともなげに言う「フーヴァー」だが、おそらくは想像以上に難しい任務だろう。だが、今の自分にはできるはずだ。でなければ「シェイクスピア」が推しはしない。

 であれば、あとは自分の覚悟だけ。

 深呼吸をする。

 改造した軍帽をかぶると、顔を上げて「フーヴァー」を睥睨(へいげい)した。マントのように黒髪が翻り、軍帽の下の眼がかすかに赤く輝く。

 

「是非も無し。わしに任せておくがよい」

 

 戦装束に身を包んだE遺伝子ホルダー、「織田信長」がそこにいた。

 



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十一ノ銃 1492年

 

 満天の星空――はるかに広がる宇宙を背に、土偶は語った。

 

「奴らがいつ、私たちの星にやってきたのかはわからない。だが、奴らは原始細胞という形から、あっという間に進化を繰り返していった。私たちの海に適応して進化し、私たちの空気に順応して上陸し、我々がたどった何十億年の進化の歴史をあっという間に駆け上がり――」

 

 ぐび、と酒を煽る音が土偶の語りに相槌を打つ。

 

「気づいた時には、我々の星は奴らのものになっていた」

「へっ。そうかい。――で、どちらさん?」

 

 大西洋の真っただ中。クリストファー・コロンブスは、自身の船にいきなり現れた珍客に問いかけた。

 西へ、西への大航海。次に陸地を見つけるのはいつの日か。

 大航海時代の船旅の食糧事情は悲惨だった。保存のきく穀物やビスケットは固くて味気ないうえ、ネズミがわくこともある。塩漬けの魚や肉もあまり長くはもたない。

 ならば少しでも工夫しようにも、船の上での料理は船火事との戦いだ。波に揺れる船上で火の粉が飛ぼうものなら、熱いスープを胃袋に流し込む前に火だるまになる。

 水も問題だ。真水は腐る。まだラム酒もない時代、ワインやビールが文字通りの命の水だった。

 刺激が少なく、メシが不味く、船の大きさにも限りがある。船員たちの我慢も限界だった。今日も今日とて、腹を割っての話も賄賂も弱みも全て使って、どうにか船員たちの士気を保っている状況だった。そんな一日の終わりと言えば、星を見ながら酒を煽るに限る。

 だからこの珍客が満天の星空から音もなく降り立った時も、コロンブスは自分の飲み過ぎを疑ったくらいだ。

 

「何者かと言えば――君と同じ船乗りだ。ただ一人難を逃れ、この星の海を渡り、この地球までたどり着いた」

「たどり着いた、ねえ。羨ましいこった!」

 

 だん、と酒瓶を置き、コロンブスは息を撒く。

 

「こちとらこの大海原のど真ん中で絶賛迷子中さァ! 船員どもの反乱で死ぬか、飢えて死ぬか、好きな方を選べって寸法よ!」

 

 コロンブスははるか遠く、星々の彼方を眺めて言う。

 

「うまくいくと思ったんだがなあ! 待っていろよ宝島! この島で下ろせば健康な原住民の奴隷が待っている! この島で下ろせばガラス玉と金の交換が待っている! さぁて、そしてこの島では!? そんな大冒険を夢見てよォ!」

「その口ぶりだと、宝島とやらは諦めたのか?」

 

 土偶のその言葉に、コロンブスは赤くなった顔を下ろし、珍客を睨み付けた。

 

「馬鹿言うな。諦めるもんかよ。終わるまでは、どんなことも、終わっちゃいねぇんだ。だから、諦めない限り──夢は必ず叶う。他の誰でもねぇ。俺の魂がそれを知ってる」

「やはり、君は他の人間たちとは違うようだ」

「おうよ、違うとも。そんな俺に何の用だ?」

「――分かっていたんだ。侵略を終えたやつらは、また別の星を侵略すべく種を放つと。そうやって版図を広げてきたのだと。だからいつか、この星にだってたどり着く――その前に。地球を故郷の二の舞にしない。それが私の復讐だ。そのために、この星を守る戦士を探している」

「戦士だあ?」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。命の二重螺旋、いただくぞ」

 

 突然、土偶の手から伸びたガラスの針がコロンブスの腹に突き刺さる。赤々とした血を蓄えたガラスの針は見る間に縮み、土偶の手の中に奇妙なフラスコのような形で収まった。

 

「なっ!? なに!? おお!?」

 

 慌ててコロンブスは自分の体を探るが傷一つない。だが相手が自分を傷つけたという事実が彼にサーベルを抜かせた。

 

「俺に何をしやが……った……?」

 

 だが、その時には珍客の姿は消えていた。周囲を鋭く見渡すが、影も形もない。落ち着きを取り戻した頭に、彼の残した言葉だけがこびりついていた。

 

「この海を渡り切った、だと? 何を……」

「船長!」

 

 だが、その時船員が自分を呼ぶ声が響いた。

 

「なんだやかましい! 今何時だと――」

「陸です! 陸があった! すげぇ、あんたの言ったことは本当だった!」

 

 酔いが吹っ飛んだ。慌てて船員の示す方へと駆け寄り、自分の眼にその光景を焼き付けた。

 

「やった」

 

 最初の一言は、思わずこぼしたと言わんばかりの短さだった。

 

「やったぞ――」

 

 だが、顔が綻ぶとともにその声は大きく、眠る船員たちを揺り動かし。

 

「俺が! 俺が正しかった! 夢が叶ったァァァァァァァ!!」

 

 新大陸――のちにサン・サルバドル島と呼ばれることとなるその地に、クリストファー・コロンブスの雄叫びが響いた。

 

  *

 

 拠点に戻った土偶に、のちに指令と呼ばれることとなる彼女が声をかけた。

 

「彼の行った「偉業」は、あの大陸に対する侵略の先鞭をつけたにすぎません。これから、あの地でどれほどの血が流れることか……」

「確かに――君にとっては、彼は許しがたい存在かもしれない。しかし、侵略者をもって侵略者を討つ力とすることもできる」

 

 コロンブスから採取した血液を機械にセットすると、すかさず機械は己の使命を実行し始めた。

 

「E遺伝子化が終わるまでは数日。そのあとはいつも通り、遺伝子の生まれ故郷の人間に紛れ込ませるとしよう」

「はい。候補者を探しておきます」

「戦士の卵はそうと知られずに脈々と受け継がれ、来るべき時が来れば目覚めるだろう」

「その日まで血が絶えないことを祈るばかりです」

「祈る、か。その癖は千年以上たってもそのままか」

「私はほとんどカプセルで眠っていますから、私自身の感覚で言えば、あなたに会ってから五年と経っていませんよ」

「そうか。だが祈りでは確率は上がらない」

 

 機械のディスプレイが進捗を告げる中、二人の会話は静かに続く。

 土偶は自分がこの星に降り立ってからの月日を数えた。

 

「予定より二百年ほど早くこの星にたどり着けたのは僥倖だった。その時間で、得難い戦士を作ることもできた。だが、完全ではない。予測ではあと数百年――それまでにどれだけの戦士を作り、残せるかだ」

 

 土偶がまた出かけるそぶりを見せた。その背に言葉をかける。

 

「次はどこへ?」

「東に行こうと思う」

「もしや――」

「ああ、そうだ。「彼」の教えが届いて間もないあの国だ。かの島国は現在、かつてない混乱と割拠のただ中にある。そこからどんな戦士が生まれるか――楽しみだな」

 

  *

 

 時は戻り、現代。

 

『「進化侵略体」高速で接近中!』

「で、あるか」

 

 銃を構えたE遺伝子ホルダーが作戦を告げる声に頷いた。木瓜紋(もっこうもん)で飾られた軍帽を目深にかぶった彼女の目には、かすかに赤い輝きが灯っている。

 

「さあ、かかってくるがよい! 我こそは第六天魔王波旬織田信長である!」

 

 かの島国、日本で生まれた「織田信長」が名乗りを上げ、迫りくる侵略体に銃を構えた。

 



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十二ノ銃 共同作戦

「魚雷型」は原作において初期の侵略体を指す名称に使われていたため、十ノ銃における「魚雷型」の表記を「酸素魚雷型」に変更しました。(2018/06/30)




「~~~~♪」

 

 DOGOOの特務艦、C(クレイトン)・フォレスターの一室に鼻歌が響いていた。銀髪の青年が控えめに奏でるものだ。周りに聞かせるためというより、彼の上機嫌さがあふれているからと言える。

 しかし、周囲の光景は平穏とはいいがたいものだった。腐臭と磯臭さが入り混じった悪臭が風通しの悪い船室に立ち込め、さらにはクレーンの機械音と金属音が反響して耳にも優しくない。

 

「~~~~♪」

「ご機嫌だな、「サンソン」」

「おや、「フーヴァー」ですか」

 

 そんな中、銀髪の青年「シャルル=アンリ・サンソン」は自分がこれから手を付ける獲物から目を逸らさず、「フーヴァー」を出迎えた。

 進化侵略体。

 フロリダ沖ハリケーンでの上陸阻止作戦から二日後。厳重な警備のもと、パナマ運河を経て太平洋側に護送された「機雷敷設艇型」――卵を抱えていた侵略体が、今まさに「サンソン」の手によって解剖されようとしていた。

 

「上機嫌だな。珍しく」

「それはそうです! 見てください、この傷を!」

「……ああ」

 

 気乗りしない様子で「フーヴァー」は「サンソン」が示した侵略体の傷口をのぞき込んだ。脳天に一撃。「沖田総司」が仕留めた際についたものだ。

 

「重要な器官をほとんど傷つけず、なんと無駄のない一撃だろう! 侵略体に同情する気はないが、痛みを感じる暇もなかったはずだ。なんて手際。一度会って話をしてみたいものだ」

「お前と話が合うとは思えないがな」

 

 わざわざプロファイリングをせずともわかる。言外にそう滲ませると、「フーヴァー」はAUボールを構えた。

 

「それより――待たせておいてなんだが、早く始めてくれ」

「そうでしたね。脳を見たいんだったかな? 何か気になる点でも?」

「ああ。以前から気になることが多い。この――」

 

 「フーヴァー」のAUウェポンが展開していく。ひじ掛けを備えた椅子。大量の情報を映し出すモニター。大量のファイルを備えた書棚。それらを操る何本ものアーム。複雑怪奇に絡み合った、情報を操ることに特化した書斎(オフィス)を丸ごと乗せたステージが彼女を取り囲むように構築された。

 

「我が書斎に収められた情報によればな」

「それでは始めるとしましょう。しっかり観察して推理してください」

 

 一方の「サンソン」もウェポンを展開した。切っ先のない剣――処刑人の剣を備えた右手の籠手が顕現する。

 しかし今の彼に必要なのは、剣による斬首ではない。処刑人の剣が音を立てて展開すると、中からアームに支えられたメスや鉗子(かんし)の群れが飛び出した。

 

  *

 

「ふむ」

「どうでしょうか」

 

 どことなく晴れやかな顔で解剖を終えた「サンソン」が手を拭きつつ声をかけると、「フーヴァー」は納得いったように何度も頷いた。

 

「やはり。やはりだ」

 

 椅子に深々と座ったまま椅子のひじ掛けを操作すると、一本のアームが素早く動き、書棚からファイルを取り出した。ファイルは開くまでもなくそのまま備え付けのディスプレイに投げ込まれると、記録された映像を自動で再生し始めた。

 

「その映像は?」

「台湾の時、「メリエス」に撮らせたものだ。……ふむ」

「あっ」

 

 「サンソン」が止める間もない。「フーヴァー」はポケットからロリポップを取り出すと、乱暴に包み紙を剥いて口に放り込んだ。

 

「まだ侵略体の死骸が――」

「何をしているのです! 進化侵略体の死骸があたり一面に広がっているというのに! なんと不衛生な――消毒します!」

「あっ」

「しまっ」

 

 「サンソン」が注意しようとしたその時、彼の三倍の声量と気迫で「フーヴァー」を叱責する声が船室の入り口から響いた。それを聞いて二人は冷や汗を垂らした。

 車椅子とは思えない急発進・急停止で「フーヴァー」の眼前に滑り込んできたのは怜悧な美貌をたたえた女性だった。彼女の座る車椅子に備え付けられたランプから発する光が容赦なく「フーヴァー」を包み込み、彼女の周囲のすべての毒あるもの、害あるものを消毒していく。ついでにロリポップも没収された。

 

「これでよし。ミス・「フーヴァー」。このようなところで食事をするのは控えてください。ただでさえ海中の微生物や侵略体に付着している病原菌などに暴露する危険性があるというのに」

「……すまない」

「ミスター・「サンソン」は元医師として流石の衛生管理です。念のため注意しておきますが、手洗い、うがいはこまめに、しっかりと」

「分かっています」

 

 嵐のように言いたいことを言い終え、ようやく「フローレンス・ナイチンゲール」は沈黙した。解剖で汚れた服を着替えるために、そそくさとその場を後にした「サンソン」を横目でにらみながら「フーヴァー」は「ナイチンゲール」に声をかけた。

 

「あー……ここに来たということは、もう「ジャック」はいいのか?」

「ええ。おおむね回復しました。念のため、軽く戦闘テストを行ってから原隊復帰となるでしょう。私のウェポンが消毒のみならず怪我の回復もできたなら、もっと早く復帰させてあげられたのですが……」

「十分だ。今は一人でも戦力を減らさないことが肝要だからな」

 

 「フーヴァー」は軽くそう言ったが、「ナイチンゲール」の表情は重い。

 「ジャック」が怪我を負うのは今回が初めてではない。顔を始めとして、目立つ場所に刻まれて消えない傷も多くある。

 

「……私がもっと、あの子を気にかけてあげられたなら」

「高望みはし過ぎないことだ」

「分かっています。……それでは、また何かありましたら連絡しに来ます」

 

 「ナイチンゲール」の乗る車椅子は彼女の意志を直接受け取って反転すると、船室の出口に向かって車輪を回した。ほっと息をついた「フーヴァー」だったが、そんな彼女の不意を突くように出口の近くで「ナイチンゲール」は再び反転し、「フーヴァー」に声をかけた。

 

「もう一度言っておきますが、食事の際は事前の手洗いと周囲の環境にしっかりと気を付けてください」

「……わかったよ」

 

 今度こそ「ナイチンゲール」が立ち去ったのを見て、「フーヴァー」は新しいロリポップを取り出して口に放り込んだ。

 味がしなかった。

 人工甘味料も消毒対象のようだった。

 

  *

 

「指令。よろしいでしょうか。かねてからの案件ですが」

「何かわかったのですか?」

「ええ。先日ハリケーンの一件の時におっしゃっていた「侵略体のメッセンジャー」の存在を確かめられるかもしれません」

 

 消毒されていないロリポップを舐めつつ、「フーヴァー」は指令と土偶に自身の仮説を伝えた。

 

「先ほど「サンソン」の解剖に立ち会ったのですが、脳函内に隙間が多すぎました。まるで何かが抜け出たかのようです。それから――」

 

 ウェポンに備え付けられたディスプレイの一つを拡大して表示する。台湾での戦闘の最後、「揚陸艇型」が自爆するシーンだ。

 

「台湾で自爆した侵略体から飛び出る破片を拡大してみると、どうにも形がそろいすぎている。何かある、と思い、私が直接観測したデータを見直してみました。「メリエス」の観測は単体ではただの映像ですから」

 

 「フーヴァー」による観測は、「メリエス」のものより解像度や観測距離は劣るが、侵略体の反応も検知できる。三か月ほど前、ウェーク島沖での戦闘に立ち会った時のデータを表示し、そこに検出した侵略体の反応を重ねた。

 

「ここ。撃破された侵略体から飛び散る破片の中に、侵略体の反応があります」

『侵略体の破片なのだから、おかしくないのでは?』

「ところが、この破片には生体反応もあります」

『ということは……』

「証明するために場を整える必要があります。昨日イースター島沖で第六小隊が取り逃がした侵略体――「イースター装甲艦型」とでも呼ぶべきでしょうか。あれを「エレナ・ブラヴァツキー」の預言で追跡しているはずです。ちょうどいいかと」

『手筈は任せる。構わないか?』

「ええ。お願いしますね「フーヴァー」」

「イエス、マム」

 

 早速「フーヴァー」は必要な人材をかき集める準備に取り掛かった。

 

「侵略体の弱点をピンポイントで攻撃できるホルダーと、破片を確保できるホルダー……前者は「ロビン」か「ビリー」で良いだろう。後者は……「呂布」はスタートダッシュがいまいちだな」

 

 書棚から様々なファイルが取り出されては情報を吐き出し、また新たな情報を追加され、整理されつつ書棚に納まっていく。アームの金属音と紙のめくれる音がひっきりなしに響き、「フーヴァー」の集中力を高めていた。

 

「待てよ。足の速いホルダーなら」

 

 ひじ掛けを叩くと、E・リプリーの通信士に参謀権限で直接通信がつながった。

 

「「シェイクスピア」を出してくれ」

『承知しました』

 

 ほどなくして呼ばれた「シェイクスピア」がディスプレイに顔を出した。

 

『何のご用ですかな?』

「「沖田」の仕上がりはどうだ?」

『上々ですな。あと三日もあれば十分かと』

「そうか。ならばいい」

『彼女の能力が必要なことが?』

「まあ、隠すようなことではないか」

 

 作戦の内容を伝えると、「シェイクスピア」は感極まったように手を打って言った。

 

『なんと! それは良い! それならば、侵略体の撃破を「ノッブ」に任せてはいただけませんか?』

「あの半人前にか? 確かにハリケーンの時は予想外の活躍だったが――」

『一週間! 一週間にて仕上げて見せましょう! どうです?』

「待てんな。ターゲットは「エレナ」に追わせているが、いつ再浮上するかも分からない」

『ならば間に合った場合でよいのです。ぜひ彼女と「沖田」をそのシチュエーションで共演させたい!』

「作家根性たくましい奴め。いいだろう。だが、間に合わなければ「ロビン」に任せる。「沖田」は第四小隊に配属予定だしちょうどいい」

『言質は取りましたぞ! さあ忙しくなりますな! やはりここは「ネロ」に協力を仰ぐのがよろしいか。勿論お二人には秘密にして、サプライズで対面と行きたいところ! タイミングは――』

 

 用も伝え終わったし、やかましいので「フーヴァー」は通信を切った。

 

  *

 

 かくして舞台は整った。一週間後、作戦前のブリーフィングにて、二人のライバルが顔を合わせることとなる。

 

「お、「沖田」?」

「ああ、「ノッブ」ですか」

「またその呼び方。相変わらず……」

「さあさあ、お二人とも席へどうぞ」

「全員静かにしろ。作戦を伝える」

 

 「フーヴァー」がアメを噛み砕きながらウェポンの椅子のひじ掛けを指で叩いた。

 

「事前に伝えた通り、目標の「イースター装甲艦型」は体表の90%が堅牢な装甲に覆われている。攻撃が有効なポイントはここだけだ」

 

 ディスプレイにダンクルオステウスという古生物にも似た姿の侵略体の図が表示された。首の後ろの関節に可動のための隙間がある。

 

「これを船の上から狙い撃ちだ。現在ターゲットは――「エレナ・ブラヴァツキー」。感度はどうだ」

『よくってよ! 目標は予定通りのポイントに20分後に出現するわ!』

 

 ディスプレイの一つに幼さを残した女性の顔がアップで映る。しかしそれを見て二人の日本人はひそひそと互いの意見を交換した。

 

「何ですかねアレ。頭の上に浮いてるの。UFOにしか見えないんですが」

「AUウェポン? UFOで有名な人っていたっけ? というか「エレナ」……誰さん?」

 

 日本語の会話が分からず、「エレナ」は首をひねって「フーヴァー」にたずねた。

 

『ねえミス・「フーヴァー」。二人は何を話しているのかしら?』

「私に日本語がわかるわけないだろう。通信終了」

 

 ひじ掛けのスイッチをダアンと音高く押すと通信が切れた。

 

「そして「信長」がこいつを仕留めたところで、「沖田」が目的の破片を回収する。これを着けておけ。私が誘導する」

「3Dメガネの次はサングラスですか」

 

 「フーヴァー」に渡されたウェポンの外部装置を見て「沖田」が言う。

 

「一発勝負だ。失敗すれば次にこのような機会が巡ってくるのがいつかは分からない。心してかかれ」

「はい!」

「うん!」

 

  *

 

『「進化侵略体」高速で接近中!』

「で、あるか」

 

 銃を構えたE遺伝子ホルダーが作戦を告げる声に頷いた。木瓜紋(もっこうもん)で飾られた軍帽を目深にかぶった彼女の目には、かすかに赤い輝きが灯っている。

 

「さあ、かかってくるがよい! 我こそは第六天魔王波旬織田信長である!」

 

 すれ違いざまの一瞬。大口を開けてE・リプリーもろとも粉砕しようと迫る「イースター装甲艦型」に対し、「信長」はただ一度だけ引き金を引いた。

 侵略体の首後ろに血しぶきの花が咲く。体内でとどまった銃弾の威力は、装甲でふさがれた体内で荒れ狂い、出口を求めて内側から侵略体の体を破壊した。

 派手な水しぶきに混じって侵略体の肉片が飛び散った。

 

「反応あり! 数312――方向、速度、これだ! これを追え!」

「はい!」

 

 サングラスをかけた「沖田」がC・フォレスターの甲板からスタートダッシュを切った。視界に映り込んだガイド通りに海面を駆け抜ける。

 

「速く、鋭く!」

 

 誓いの羽織が身を軽くする。ストライドを大きく、身を低く。自分がさながら海面を切る刃になったかのように、一直線に目標に迫る。小さな黒い点にしか見えなかった目標が眼前に迫った。それはまるで――。

 

「と――った!」

 

 海面ぎりぎり。滑り込みでキャッチしたそれは、ハルキゲニアを思わせる小型の侵略体だった。

 

  *

 

『仮説は正しかったようだな』

「ええ。アレは大型の侵略体の脳に寄生し、その脳の記憶を体内に保存する役割があるようです。宿主が死ねば体外に飛び出て海へ。そして普通の魚などにあえて食われ、回遊や食物連鎖を利用して長距離を移動しているようです」

『侵略体ならではだな。AUウェポンでない限り、たとえ丸ごと食われようと普通の生物では侵略体を殺すことはできない』

「全くよくできている。この仕組みにより一か所での敗北の経験が全世界に伝わり、そこから学んだ新たな侵略体が誕生するというわけです。奴らの進化が猛スピードなのも頷ける」

 

 しかし「フーヴァー」の表情はなおも険しい。指令がその原因をたずねた。

 

『何か、気になることがほかにも?』

「ええ。しかし……一度情報を整理したい。「ナイチンゲール」の統計処理能力を借りる必要がありそうです」

『わかりました。では、後ほど』

 

  *

 

 「フーヴァー」との通信を切った指令は振り返ると「シェイクスピア」に話しかけた。

 

「やはり、「織田信長」は――」

「ええ。あの通り。今回もギリギリまで引き付けての一撃。以前申し上げた通り、彼女に狙撃は向いておりません。むしろあのセンスを生かして戦闘班に組み込むのがよろしいかと」

「薄々そんな気はしていたよ」

 

 土偶が半ばあきれたように言う。

 

「織田信長とはそういう傑物だった」

「いやあ、大分前線の要員も増えましたな。インストラクターとして鼻が高い」

「ええ。あなたの働きあってのことです。「シェイクスピア」」

「恐悦至極にございます」

 

 大げさに「シェイクスピア」は礼をした。

 

「これで、我輩の肩の荷もいくらかは降りたというもの」

「本当に、あなたは得難い人材です、ミスター・バード。よくDOGOOに残ってくださいましたね」

「よしてくださいまし、指令。それでは我輩はこれにて! 「ノッブ」に荷物をまとめるよう指示を出しますので!」

 

 そそくさと「シェイクスピア」は立ち去った。

 

  *

 

「どうでしたかな、初めての共同作戦は?」

「驚きましたよ。まさか「ノッブ」とだなんて」

「こっちこそ、やっと卒業と思ったら……」

「まあまあ良いではありませんか」

 

 E・リプリーの甲板。またもや喧嘩になられてはかなわない。「信長」を飛行要塞まで送る飛行機が到着するまで、「シェイクスピア」は二人をなだめるのに徹していた。

 真緒は第二小隊所属となった。「沖田」の属する第四小隊がいるJ・アツミとは別の飛行要塞であるA(アレックス)・ローガンに駐屯することになる。

 

「まあ、そういうことですので、直接会えるのは今回のようなケースくらいになるでしょうな。通信や文通くらいでしたら、制限があるものの可能ですが……。せっかく二人しかいない日本人ホルダーなのですから、再会を喜んでもよいのですよ?」

「「誰が?」」

 

 相変わらずある意味息がぴったりな二人だった。

 

「第二小隊か……。一応、知り合いなんだけど」

「訓練中に言ってましたね。台湾で顔合わせは済んでるとか。「ジャック・ザ・リッパー」に「ジャンヌ・ダルク」それから「アヴィケブロン」でしたか。「アヴィケブロン」はともかく、二人は有名ですよね」

「まあ、信長モードの時だったから、素顔で会うのは初めてなんだけど」

 

 ほどなくして、ティルトローター機が甲板に降り立った。「沖田」の時よりやや多い荷物を背負い、真緒が「シェイクスピア」に頭を下げた。

 

「それじゃ、お世話になりました」

「こちらこそ勉強させていただきました。健闘を祈っておりますぞ」

「私には「沖田」みたいな訓示はないんですか?」

「ふむ? まあ、あえて申し上げるとするならば――。ひとつの顔は神が私に与えてくださった(God gave me one face.)もうひとつの顔は自分で作り上げるものだ(Another face is made with itself.)

「え? どういう意味?」

「生まれつきの顔立ちとは別に、あなたの行為や心がけが、他人から見たあなたの顔というものを作るという意味です」

「自分の行いには気を付けろってこと?なんだか不安だなあ……」

 

 真緒が眉をひそめて「シェイクスピア」の訓示を消化していると、「沖田」がことさらに明るく発破をかけた。

 

「暗いこと言ってると、沖田さんがまたリードしちゃいますよ?」

「それは勘弁。じゃ、私も頑張るから!」

「ええ! お互いに!」

 

 真緒を乗せた飛行機が飛び去って行く。

 

「「シェイクスピア」さん。負けたくないって思うのって、戦う理由になりますかね?」

「十分かと」

 

 この時ばかりは余計な言葉を排して劇作家は言った。

 

  *

 

「着いた――けど」

 

 A・ローガンの離着陸ポートに着いた真緒を出迎えてくれたのは、にこにこと笑う「ジャック」と、任務中でもないのに仮面をかぶった「アヴィケブロン」、そしてむくれた顔の「ジャンヌ」だった。

 

「えっと……どうも」

「あ! 英語喋れるようになったんだ」

 

 「ジャック」が身軽に走り寄り、真緒の手を取った。改めて見ると、やはり幼い。

 

「改めて自己紹介しておこう。僕はマルク。E遺伝子は「アヴィケブロン」だ」

「どうも。「織田信長」の六天真緒です」

「……「ジャンヌ・ダルク」のレティシアです」

「よろしく」

 

 握手を求めて手を差し出したが、その手を握ってくれたのは「ジャック」だけだった。

 

「えっと……」

「では僕は忙しいのでこれで」

「えっ。じゃ、「ジャンヌ」……」

「……私も忙しいので」

「えっ。ちょっと」

 

 二人揃ってどこかに行ってしまう。真緒は茫然とするしかない。

 

「な、何かまずいことしたかな……」

「え? 覚えてないの?」

 

 と「ジャック」が言う。

 

「あの二人、「信長」がここに来るって聞いてからご機嫌斜めだよ。散々バリアー呼ばわりされたとか、囮にされて銃で撃たれたとか、建設業者みたいにこき使われたとか、色々」

「あー……」

 

 そう言えばそんなこともあったような、なかったような。

 

『それと「ジャンヌ」よ、バリアーの強度に自信はあるか?』

『自慢の旗じゃろ! 頑張れ頑張れ!』

『左右にゴーレム。奥にバリアー。袋小路というにはちと隙間が多いが、十分よ!』

 

 あった。絶対あった。

 早速シェイクスピアの訓示が思い出される。けれど違うんです。信長モードの時は私であって私でないと言いますか。

 

「どうしよう……」

「大丈夫? よしよし」

 

 がっくりとうなだれた真緒の頭を「ジャック」が撫でてくれる。この小さな手だけが今は唯一の味方だった。

 

「前途多難だなあ……」

 

 六天真緒、「織田信長」。DOGOO第二小隊に正式配属。

 最初の任務は仲間の信頼を取り戻すことのようだった。

 

 



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十三ノ銃 ジョン・エドガー・フーヴァー

「ここがトレーニングルーム。いつでも無料で使えるよ。あとこっちが食堂で――どうしたの?」

「何でもない。何でもないから……」

 

 A・ローガンに着き、荷物を置いた真緒はさっそく「ジャック」に空中要塞を案内してもらっていた。

 しかし、先ほど顔を合わせた第二小隊の他のメンバーたちにそっけない態度を取られたことが思ったより響いていた。

 

「大丈夫? ショックだった?」

「まあ、ちょっと」

 

 もともと自分は地元の学校でも友達が少ない。あまり会話が得意でないのもそうだが、流行りについていけなかったり、付き合いを億劫がったり、小さな積み重ねが結果として孤立を産んでいた。

 まさに「シェイクスピア」が言った通り。自分の行いが、「友達のいない自分」という顔を作ったのだ。

 だから、藤丸さんにいきなり声をかけられたときは本当に驚いた。あのあと、普通に日本に戻れていたら、彼女と仲良くなれただろうか。一緒にお昼を食べたりして……。

 

「いや。いけない」

 

 真緒は自分の頬を両手で軽く叩くと背筋を伸ばした。

 こんなことで落ち込んでいられない。第一印象が最悪だったとしても、これからきっと取り返していけるはず。

 

「「ジャック」は私のこと、変だと思わないの?」

「思わないよ? ちょっと戦ってる時と違うけど、「ジャンヌ」もそういうところがあるし」

「そうなの?」

「うん。普段は『好き嫌いをしてはいけません!』とか『廊下を走ってはいけません!』とかうるさいけど、戦ってるときは『なにをグズグズしているのですか!』とか――ちょっと違う方向でうるさい」

「ははは」

 

 「ジャック」にとっては「ジャンヌ」は口やかましい姉のような存在なのだろうか。

 

「それに、あなたには助けてもらったから。ありがとう。お礼はちゃんと言いなさいって、いつも言われているから。言えてよかった」

「どういたしまして。それも「ジャンヌ」に?」

「ううん。これはおかあさ……「ナイチンゲール」にだよ」

「ナイチンゲール……」

 

 有名な人物だ。白衣の天使というイメージが強いから、そのE遺伝子を継いでいる「ナイチンゲール」も、きっと優しい人物なんだろうなと真緒は思った。

 

  *

 

「掃除は念入りに! 書類のホコリやカビ、キーボードの隙間や皮脂、普段使いしているカップ――注意すべき点はいくらでもあります! そこ! 靴の裏が汚れています! モップをかける前に靴の裏を消毒します! 私のランプの前に来てください!」

「なんで私までこんな目に……」

「そこ! 口ではなく手を動かしなさい!」

「はいはい」

 

 DOGOO指令室。指令に調査結果を報告しようと「ナイチンゲール」を呼び出したはいいものの、多くのオペレーターたちが昼夜を問わず働く指令室は衛生の鬼にとって恰好の的だった。逃げることは許されず、掃除を手伝う羽目になった「フーヴァー」はいつも以上にダウナーな表情を見せていた。

 こんなことをしている場合ではないのに、と思いつつ指令を見るが、彼女は彼女で鼻歌交じりでモップがけをしていた。一方の土偶はいつも通り、謎の装置に引きこもって何もしていない。あの二人の過去については、「フーヴァー」をもってしてもほとんど情報を得られていない。「サンジェルマン」と合わせて三人でDOGOOを設立したことは分かっているが、「シェイクスピア」や「ダ・ヴィンチ」ら古株と呼ばれるメンバーたちに聞いても、彼らの出会った切っ掛けまでさかのぼることは不可能だった。

 

「全く、興味が尽きない」

「掃除は高いところから低いところへ!」

 

 掃除が終わり、オペレーターたちが席へと戻っていく。もういいだろうと判断し、「フーヴァー」は「ナイチンゲール」に声をかけた。

 

「「ナイチンゲール」。さっき話した通り、指令に統計結果を見せたい。頼むぞ」

「承知いたしました」

 

 「フーヴァー」はAUウェポンを立ち上げ、ケーブルの一本を「ナイチンゲール」のほうに伸ばした。

 「ナイチンゲール」はそれを受け取ると、自分の車椅子に備え付けられたランプに接続した。鳥の羽のような装飾が施された車椅子とランプには、あちこちに歯車が埋め込まれていた。それらが一斉に動きだし、「フーヴァー」のウェポンから送られてくる演算の要求に応えていく。

 

「一例ですが――侵略体が台湾での失敗を受けて、それを「伝令型」によって伝え、フロリダでリベンジを図ったとしましょう。しかし、あの期間で台湾からフロリダまでたどり着くルートを考えると、どうにも不自然な点があります」

「「伝令型」による情報共有でも間に合わないということか?」

「ええ」

 

 土偶の話に頷きつつ、「フーヴァー」がウェポンを操作した。地球儀を表示したひときわ大きなディスプレイがまず一つ。更に、その周りに展開した小さなディスプレイに、片っ端から「伝令型」の移動に関わったと思われる海洋生物が表示されていく。サメ、タコ、ジュゴン、クジラ、マグロ、サバ、ウミガメ、イルカ――ありとあらゆる生物のデータがウェポンにインプットされていく。

 

「お伝えした通り、「伝令型」は地球の生物の回遊や食物連鎖を利用して移動します。そこでこれらの生物の行動範囲・食性・移動速度を片っ端から我が書斎に収録し、何が何に食べられ、どこまで移動するかの組み合わせを考えられる限りすべて想定し――」

「私の車椅子の統計処理能力で補助し、結論を出すに至りました」

 

 「ナイチンゲール」の車椅子の歯車が音高くかみ合い、それと同時に「フーヴァー」ウェポンが一つの結果を表示した。ディスプレイに映る地球儀を走る矢印。そのルートのどれを使っても――。

 

「不可能です。台湾からフロリダまで、最短ルートを使用しても時間が足りない」

「では、我々が知らないルートがあるということですか?」

「その通りです。指令。さらに言えば、今まで太平洋側に我々が押しとどめていた侵略体が大西洋側に現れた理由も説明がつく」

「……まさか!」

「ええ」

 

 地球儀がクローズアップされ、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸の接続点を示した。

 

「海底トンネルですよ。地下を横断するトンネルを使い、大陸を迂回することなく大西洋側に進出したのです」

「調査せねばな」

「ポイントの絞り込みは済んでいます。今回は「メリエス」だけではなく、私の「エージェント」も出したいところです。護衛のホルダーをお借りしたい」

「いいだろう。できる限り早急に対処してくれ」

「承知しました」

 

  *

 

 早速A・ローガンから第一小隊が招集された。

 ネイティブアメリカンの血を引く精悍な顔つきの青年「ジェロニモ」。

 にこやかな笑みを絶やさない小柄な青年「ビリー・ザ・キッド」。

 これまたニコニコと営業スマイルを浮かべるウサ耳の少女「ジョルジュ・メリエス」。

 水中活動用のスーツに身を包んだ彼らがコスタリカ沖にてダイブしたのは、真緒がA・ローガンに着いた頃だった。

 

「第一小隊、準備はいいか。スーツに問題はないか」

『こちら「ジェロニモ」。OKだ』

『こちら「ビリー」。OKだよ』

『こちら「メリエス」。OKでーす☆』

「よし。「エージェント」を下ろす。くれぐれも丁重に扱え」

『分かってまーす☆』

 

 一方、C(クレイトン)・フォレスターの甲板には「フーヴァー」をはじめとする特殊班が勢ぞろいしていた。「サンソン」と「ナイチンゲール」は付き添いのようなものだが――。

 

「そんなに睨むな「ナイチンゲール」。任務中にアメは食べない」

「当然です」

「ははは……」

 

 この前の一件が祟ってか、「ナイチンゲール」の目つきは鋭い。それでもなお悪びれない「フーヴァー」に、「サンソン」は苦笑いするしかなかった。

 

「しかし、海底トンネルとは。聞いた時は驚きました」

「正確には、その可能性が最も高い、だ。それを今から検証する。万が一海上まで敵が来たらお前の出番だ「サンソン」」

「その時は微力ながら。おそらく侵略体にとっても重要なショートカットですし……みんな無事であればよいのですが」

「同感ですね」

「医者に看護師、私の方が仲間外れか」

 

 やれやれと首を振りつつ、すでにAUウェポンを展開済みの「フーヴァー」はサングラスと黒服に身を固めた人形のようなものを水面へと投じた。それはゆっくりと動くと、水中で待機していた「メリエス」のAUウェポンであるカメラへとドッキングした。

 

「いけそうですか、「フーヴァー」」

「イエス、マム。「エージェント」の感度は良好です。……では、行くぞ」

 

 指令も見守る中、三人のE遺伝子ホルダーと「エージェント」が潜航していく。「メリエス」がとらえた高精細の映像が「エージェント」を通して「フーヴァー」のウェポンのディスプレイに表示される。

 

「よし。予想したポイントはその真下だ」

『了解でーす☆……っと、おお?』

『これは……』

 

 「メリエス」と「ビリー」が漏らす呟き。それは「フーヴァー」の予想がピタリと的中した証拠だった。ディスプレイにぽっかりと空いた円形のトンネルの開口部が映る。

 

「ビンゴ。「メリエス」、中の様子を探れ」

「気を付けてください。穴を掘った奴がまだいるかもしれません」

『指令。二つ訂正させてくれないか』

 

 「メリエス」がとらえる映像の中、突然「ジェロニモ」と「ビリー」がAUウェポンを展開した。「ジェロニモ」は右腕を丸ごと覆う巨大なトマホーク、「ビリー」はホルスターを備えたガンベルトだ。

 

『確実にいる。しかも、奴ではなく、奴らが!』

 

  *

 

 「ジェロニモ」が言うか早いか、敵を察知した多量の侵略体が湧き出してきた。トンネルの内壁を埋め尽くさんばかりに群れ、五つ眼を輝かせているのはウミサソリに似た侵略体だ。

 

「ひー! 足がうじゃうじゃあ~」

『無駄口を叩くな「メリエス」。……どういうことだ? こいつらの姿、どう見ても……』

「下がっていろ!」

 

 「ジェロニモ」がトマホークを振るう。踏ん張りの効かない水中だが、AUウェポンは侵略体を断ち切るのに十分な威力を発揮した。侵略体の固い外殻が砕けて肉が裂け、水中に血が漂う。

 

「ちょ、「ジェロニモ」さん、レンズの近くで倒さないで! 血で濁って撮れないでしょ!」

「そんなこと言ってる場合?」

 

 飄々と突っ込みながら「ビリー」も攻撃を開始した。彼が取り出したのはコルトM1877、ダブルアクションリボルバーだ。しかしこれは()()()()である。「ビリー」はそれをAUウェポンであるホルスターに入れると、すかさず引き抜いた。

 

「ファイア!」

 

 目にもとまらぬ連射で六体の侵略体の頭を吹き飛ばすと、再び銃を左腰のホルスターへ。その瞬間、「ビリー」の指先に銃弾が装填された感触が伝わった。これが彼のAUウェポンのもたらす力だった。

 更に立て続けに追加の六発。水中用に変化させたAUウェポンの弾丸が飛び、「ジェロニモ」の攻撃の隙を補った。

 

「すまない」

「お安い御用さ」

「一体一体はたいして強くないですねー。とはいえ、一対何体いるのやら~」

『戻ったら全員消毒しなくては――』

『サンプルを持って帰る余裕は――なさそうですね』

『おかしい。どう考えても……』

『第二小隊に応援要請を!』

 

 通信の向こう、甲板も騒がしくなってきたところで敵の波がやんだ。何が切っ掛けかは分からないが、急速にトンネルの中へと退却していく。

 

「あれ? 逃げてきますよ」

『そう。ならば一度浮上して体制を立て直しましょう。トンネルの存在は確認できたのですし……』

『それはできません、指令』

『「フーヴァー」、何を……』

『中を確かめる必要があります。「メリエス」は艦上へ。ウィンチを用意して「巻き取り」の準備を。トンネル内部では「エージェント」単体で観測を行う』

 

 退却の用意は整えているが、それでも危険だ。たまらず「ジェロニモ」は「フーヴァー」に声をかけた。

 

「「フーヴァー」。君の端末を無防備にトンネルに入れるのは危険だ」

『承知の上だ。お前が守れ、「ジェロニモ」』

「しかし……」

「お二人さん? 僕もいるってこと、忘れてないかい?」

『だ、そうだ。さあ、行け。公私混同するな』

「……了解だ。だが、引き際は私たちが決める」

『ふん。勝手にしろ』

 

 水中用のスーツから酸素供給用のパイプが外され、代わりに撤退用のワイヤーが取り付けられる。ワイヤーはC・フォレスターの甲板に設置されたウィンチにつながっており、「メリエス」が横に控えていた。

 

『こちら「メリエス」、準備完了。いつでも合図してくださいね』

「ああ」

『酸素の量に気を付けろ。AUウェポンを展開しながらでは通常以上に――』

「分かってるって。僕も「ジェロニモ」もその辺弁えてるよ」

『分かっているならいい。……ちっ。やはり「メリエス」なしでは視界が悪いな。もっとよく照らせ』

「注文の多いお姫様だ。ねえ「ジェロニモ」」

「……早く行くぞ」

 

 スーツに備え付けられたライトが照らす中、「エージェント」を護衛しながら慎重に進んでいく。

 トンネルはやや蛇行しながらもほとんどまっすぐに進んでおり、「フーヴァー」の推測が正しければこのまま大西洋まで続いているのだろう。しかし「ジェロニモ」たちの目に映る光景は、ただのショートカット用のトンネルというには奇妙なものだった。

 あちこちに横穴があり、まるでアリの巣のようなのだ。

 

「横穴……いや、小部屋か?」

『中を覗きたい。そう、その手前ので良い。張り付いてくれ』

 

 「エージェント」が横穴の入り口へと顔を寄せて目を光らせた。「ジェロニモ」はすぐ横で何かあったときに備え、「ビリー」はトンネルの奥に注意する。

 酸素の量もあまり多くはない。緊張の時間が続いていた。

 

  *

 

「それでね、このA(アレックス)・ローガンには私たち第二小隊と「ジェロニモ」たち第一小隊がいるの。それ以外にもJ(ジョージ)・アツミには第三小隊と第四小隊が、S(スティーブン)・ヒラーには第五小隊と第六小隊がいて、太平洋の上をぐるぐる回ってるんだよ。それで、進化侵略体が現れたら指令や「フーヴァー」が指示を出して出撃するようになってる」

「第一小隊って「メリエス」のいる?」

「そうだよ。他には「ジェロニモ」と「ビリー・ザ・キッド」。けれどさっき特殊班の手伝いだとかで出撃しちゃった。だからまた今度紹介するね」

「うん」

 

 A・ローガンの中はかなり広い。E遺伝子ホルダーを始めとして、DOGOOの職員たちが不自由なく駐屯できるように気を配られているようだ。それだけに、このような大きさの飛行要塞を作り上げて運用する技術の高さに驚かされる。よくよく考えればAUウェポンやAUボールも、それを作り出した土偶の存在もSFに片足を突っ込んでいるのだから、飛行要塞くらいで驚くべきではないのかもしれないが――。

 

「あっ。こっちは……」

「どうしたの?」

 

 などと考え事をしながら「ジャック」のあとをついて歩いていると、彼女が急に立ち止まった。

 

「戻って。こっちはダメって言われてて――」

「そこで何をしている?」

「言ったそばから。ごめん、「アヴィケブロン」」

 

 背後から歩いてきたのは、やはり仮面で顔を隠した「アヴィケブロン」だった。身長はあまり高くないが、表情が読めないせいか、どうにも威圧感がある。

 

「まったく。目を離すとすぐこれだ。そっちは「ジェロニモ」がいないときは近づいてはいけない」

「ごめんなさい。うっかりしてた」

「分かればいい。さて、そろそろ勉強の時間だ。早めに戻るように。……ああ、君は確か高校生だったか。専攻は?」

「え? り、理数系だけど」

「そうか。ならば一緒にどうだろうか? 「ジャック」だけだと彼女はすぐ音を上げて逃げ出そうとするからね。私ももう一人くらい生徒がいると張り合いがある」

 

 どうやら「アヴィケブロン」は「ジャック」に普段から先生代わりに勉強を押しているらしい。しかし、自分にも授業を?

 先ほど、忙しいと言って愛想無く立ち去ってしまった割には感触が柔らかい。どういうことだろうか。

 

「あの、「アヴィケブロン」」

「どうかしたかね」

「お、怒ってないの? 台湾でのこと」

「台湾の……? ああ」

 

 「アヴィケブロン」が何かを答えようとしたとき、A・ローガン全体に警報が鳴り響いた。思わず背筋が伸びる。

 

『第二小隊の全ホルダーは装備A-3で降下ランチャーに集合せよ。繰り返す。第二小隊の全ホルダーは――』

「何だ?」

「まさか、敵!?」

 

 真緒と「アヴィケブロン」が顔を見合わせる一方、「ジャック」は遠足を控えた子供のような笑みを浮かべていた。

 

「よーし。頑張らなくちゃ。そうしたら、もっともっと……」

 

 背後を振り返り、誰もいないはずのそこに笑いかける。

 

「褒めてくれるよね、おかあさん?」

 

  *

 

「指令。一時映像を落とします」

「ええ。くれぐれも無理はしないように。すでに第二小隊にも応援要請を――」

「分かっています。……集中しますので、失礼」

 

 大事な場面だ。「フーヴァー」はディスプレイを落とすと、すべてのリソースを「エージェント」での観測につぎ込んだ。

 

(やはり、大量の侵略体……どれもこれも……奥のは……?)

 

 小部屋の奥行はそれほど深くない。しかし、その中もやはり大量の侵略体が岩肌を覆い尽くすほどに群れていた。

 手前にいるのは、また新しい姿の侵略体だ。先ほどの侵略体――ハサミが発達していたことから、トンネルを掘り進む役目だろうそれらとは違い、三葉虫に似た姿の侵略体が群れている。しかし、その奥、小部屋の行き止まり。蜘蛛のようなそれ。それにフォーカスを合わせ、詳細な観測を――。

 視界がブレた。

 

  *

 

 「ビリー」が「エージェント」を鷲掴みにすると、通信機に叫んだ。

 

「撤退するよ!」

『なにをする!』

「なにかまずい感じ……。「メリエス」、引いて!」

『は、は~い! 「早送り」行きますよ!』

『おい、勝手に……』

「すまないが、私も同意見だ!」

 

 観測を遮られた「フーヴァー」が文句を言うが、現場の二人の意見が一致した。彼らのスーツに取り付けられたワイヤーが常識では考えられない速度で巻き取られ、スーツから漏れる気泡を取り残して脱出を始める。

 

「見えた、出口だ!」

「どれほど効果があるか分からないが――崩すぞ!」

「オーケイ!」

 

 トンネルから脱出する寸前。「ジェロニモ」たちはAUウェポンによる攻撃をトンネルの開口部へと打ち込んだ。トマホークと銃弾がトンネル上部の岩盤をえぐり、土煙とともに崩落させる。

 急速に背後から手前に飛び去って行く視界。その奥、たった今ふさがれたトンネルが、あっけなく掘り開けられるのを「ビリー」はかろうじて見た。そしてその奥から――。

 

「マズい――」

 

 急浮上の負荷に耐えながら、どうにか海面へとたどり着く。だが、勢い余って海面に飛び出した二人と「エージェント」へと、「それ」はすでに魔手を伸ばしていた。

 

「なっなっ何ですかアレは!」

 

 C・フォレスターの甲板。ウィンチのすぐそばにいた「メリエス」がそれを見て叫び声をあげた。彼女はたった今までAUウェポンの能力によってウィンチを「早回し」し、「ジェロニモ」たちを引っ張り上げる役目を負っていたのだが――彼女に宿る映画監督の血が、その衝撃の瞬間をカメラに捕らえさせた。

 それはタコの足に似ていた。しかしその大きさは尋常ではない。二本の触手は空中に飛び出した「ジェロニモ」たちを追い越すように屹立すると、彼らの死角から容赦ない叩き落としを食らわせた。

 

「ぐっ」

「しまった……!」

 

 「ビリー」の手から零れ落ちた「エージェント」を、触手は器用に確保した。だがしかし、それは――。

 

「ぐう、あっ!」

「「フーヴァー!」」

 

 容赦ない締め付けが「エージェント」にヒビを入れる。そのダメージのフィードバックが「フーヴァー」を襲い、血色の悪い顔から血が吹きあがった。

 

  *

 

 A・ローガンの降下ランチャ―。飛行要塞から腕のように伸びたデッキの床には穴が開いており、降下ポッドの上部へと通じている。

 真緒たちが出撃の準備を終えて駆けつけると、すでに準備を終えて待っていた「ジャンヌ・ダルク」が遅れてやってきた三人を叱り飛ばした。

 

「なにをグズグズしているのですか!」

「すまない」

「ごめんなさい」

「ホントに言った……」

 

 最後の真緒のつぶやきには首を傾げられたが、本人のいないところでの噂話だ。お茶を濁して降下ポッドに飛び乗った。

 

「ポイントはコスタリカ、リモンから南東へ――」

「いいよ。早く出して」

 

 スタッフの言葉を遮って「ジャック」が言う。

 

「降りたところにいる敵をバラバラにすればいいんだよね。早く出してよ」

「わ、分かった。ハッチを閉めろ!」

 

 ポッドのハッチが閉じ、一瞬遅れてライトがポッドの内部を照らした。次いで降下ポッドに振動が伝わる。要塞から切り離されたのだろう。

 

「「ジャック」。また台湾の時のように――」

「分かってるよ。「ジャンヌ」はいちいちうるさいなあ」

「「ジャック」!」

「僕からもお願いしよう。いちいち怪我をされてはたまらない。この間も「ナイチンゲール」に油を絞られたんだ」

「おか……「ナイチンゲール」も、そんな心配しなくていいのに。まだ足りないのかな。もっともっと戦えば――」

 

 「ジャック」もまた、戦闘においては少々雰囲気が変わるようだ。台湾の時先走ったのもこの気質があってのことだろう。

 しかし、何故だろうか? 純粋に戦うのが好きという感じではない。うまく言えないが――。

 

「蘭丸の小さい時を思い出すのう――」

「どうした、「信長」?」

「え? あ、ああ。なんでもない」

『まもなく戦闘海域!』

 

 オペレーターの声がポッドに響き渡る。真緒は軍帽を取り出してかぶり、息を大きく吸い込んだ。

 

「さて、出陣か」

 

 帽子の下の眼が、かすかに赤く輝いた。

 



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十四ノ銃 シャルル=アンリ・サンソン

(2018/07/15)
お気に入りが250突破、UAが10000を突破いたしました。ありがたい限りです。


 

 状況は最悪だった。

 「フーヴァー」のAUウェポンの端末である「エージェント」が侵略体の触手に捕らえられ、ウェポンの一部が受けたダメージのフィードバックが「フーヴァー」自身を襲っている。

 それを救い出そうにも、海面に戻ってきたばかりの「ジェロニモ」と「ビリー・ザ・キッド」はもう一本の触手に翻弄されており、しかも水中用のスーツを着ているせいで動きが鈍い。

 唯一フリーである「ジョルジュ・メリエス」はカメラのウェポンで特殊撮影(SFX)の効果を発揮することができるが、単体での攻撃力には期待できない。

 応援を要請した第二小隊もまだ到着しない。

 ならば――自分の出番だ。

 

「「フーヴァー」、ウェポンを解除しなさい! このままでは――」

「ダメだ!」

 

 「ナイチンゲール」が鋭く指示するも、「フーヴァー」は首を振った。

 

「今ウェポンを解除すれば、「エージェント」内のデータが消滅する。何としてもアレをウェポン本体に回収せねば……! うう、ぐ――!」

「いけない!」

 

 侵略体の締め付けが増す。「エージェント」がミシミシと音を立て、今にも砕けそうになる。

 

「僕が行きます!」

「「サンソン」! ……仕方ない! 「メリエス」、援護をお願いします!」

「はーい、指令!」

 

 「サンソン」はAUウェポンを展開し、海上に飛び出した。もしもに備え、ほとんど使わない戦闘用のスーツに袖を通しておいてよかった。スーツの足元に組み込まれたホバー装置が足の裏に感触を返す。

 今は解剖用のメスや鉗子は必要ない。解剖道具を収納した処刑人の剣のまま切りかかる。

 自身の名のもととなったシャルル=アンリ・サンソンは、世界史上二番目に人の命を奪った処刑人であり、人体に精通するべく編み出された代々の技術を継ぐ医者でもあった。

 彼がそれほど多くの人間を殺める原因ともなった、迅速かつ簡便な処刑道具――ギロチンが開発されるまで、斬首は処刑人が手ずから振るう剣により行われていたという。突き刺す必要のない、切っ先のない処刑人の剣(エクセキューショナーズソード)によって――。

 刑の執行には相当な技術と経験が必要とされ、必然的にサンソンは処刑人であり、医者であると同時に優れた剣士であったという。だが、今の自分はどうだ。

 

「届け……!」

 

 かすりもしない。タコかイカのような触手は、のたうち、うねり、「メリエス」のカメラによって動きを緩慢(スロー)にされてもなお、柔軟にこちらの斬撃を避け、お返しと言わんばかりに叩きつけてくる。

 

「届けよ……!」

 

 医師の息子として生を受け、自身もまた駆け出しの医師となったころ。何の縁か、その身に宿すE遺伝子を自覚した。フランスに生まれた自分にとっては知らない名前ではなかった。その意志の高潔さも知っていた。だが、名誉に思うと同時に恐ろしかったのだ。

 医師としてではなく、処刑人として働くべく、このAUウェポンを得たのではないかと――。

 

「「サンソン」! 無理をするな! 今そっちに……!」

「「ジェロニモ」! 人の心配してる場合じゃ――ぐぅ!」

 

 それがこのざまだ。前線に立つには胆力が足りない。「シェイクスピア」が下した評価はそれに尽きた。特殊班に組み込まれ、解剖医として侵略体の死体と向き合う日々。こうして万が一の事態に侵略体と向き合っても、触手一本満足に切れず、「ジェロニモ」たちに心配される始末。

 

「それでも!」

 

 逃げるわけにはいかない。役立てないままではダメだ。今この場で「フーヴァー」を助けられるのは自分だけなのだ。

 

「「メリエス」! イチかバチか突っ込みます! 援護を!」

「ああもう、知りませんよ! 止まれ止まれ止まれ~!」

 

 「メリエス」がカメラから照射した光に照らされ、触手の動きが一段とスローになる。周囲に弾ける海水の一滴一滴のうねりすら分かりそうなほど澱んだ時間の中で、懸命に「サンソン」は海面を蹴った。

 ここで決めなくては。E遺伝子ホルダーとして、一人の医師として、高潔なる処刑人の名を背負った男として、

 何より、いけ好かない音楽家の幼馴染に笑われないためにも!

 

「動かないものならば……僕の仕事だ!」

 

 とうとう剣が触手を捕らえた。斬り飛ばされた触手の先端から「エージェント」が解放され、海面へと落ちていく。

 

「やった……」

 

 だが、ほっと息を緩めた「サンソン」の眼前で、触手の傷口から湧き出たものが五つの眼を輝かせた。古代の虫を思わせるフォルムのそれは、バチバチと音を立てて――爆発した。

 

  *

 

「「サンソン」!」

 

 爆発に吹き飛ばされ、血まみれの「サンソン」が海面に叩きつけられた。遠目にもぐったりとして意識がない。

 「エージェント」もまだ、無防備なまま海面を漂っている。なんとか両名を回収しようと周囲のスタッフたちが動き始めるが、それよりも先にさっきの虫型侵略体が襲い掛かろうとする。

 

「どうしてこんな時に、私は――」

 

 「ナイチンゲール」は歯噛みした。今の自分に戦う力はない。車椅子から離れることすらできない。

 こんな時のために、自分はいるというのに――。

 

「お待たせ、おかあさん」

「……! この声は!」

 

 今まさに侵略体に襲われようとしていた「サンソン」と「エージェント」が、海中から飛び出した手に救い出された。水を固めたような、あの巨大な手は――。

 

「「アヴィケブロン」に「ジャック」! 来てくれたのですね!」

「何が何だか分からないが、とにかく回収しておく。「ナイチンゲール」、どうしたらいい」

「「エージェント」を早くこちらに! 「サンソン」は慎重に運んでください!」

「了解だ」

 

 「アヴィケブロン」がAUウェポンの籠手に刻まれたセフィラを操作すると、ゴーレムによって「エージェント」がこちらに投げ渡された。

 「ナイチンゲール」はすかさずキャッチし、「フーヴァー」のウェポンに「エージェント」を取り付けた。黒服の人形が吐き出した情報が、長官たる「フーヴァー」の書斎に納まっていく。

 

「ごく、ろう――何?」

 

 だが、今しがた得た情報を確認した「フーヴァー」は目を見開き、最後の気力を振り絞ってウェポンを操作し始めた。

 

「何をしているのです! 早くウェポンを解除して――」

「頼む、これだけ、は……他の連中にも理解できる形、に――」

 

 「フーヴァー」が限界を迎えて崩れ落ち、ウェポンが強制的に解除されたのは、「サンソン」がC・フォレスターに収容されたのと同時だった。

 

「二人とも……必ず助けます!」

 

 「ナイチンゲール」は表情をますます険しくすると、搬送される「フーヴァー」と「サンソン」の後を追って船内へと姿を消した。

 

  *

 

「あーあ、おかあさん、行っちゃった……」

 

 船内へと消える「ナイチンゲール」の背中を見送りながら「ジャック」がそう呟くのを「信長」は聞いた。先ほども彼女のことを「おかあさん」と言っていたが、彼女が「ジャック」の母親なのだろうか。そうは見えない若さだったように思うが――。

 

「っと。いまはそれより、じゃな」

 

 たった今、自分たち第二小隊は応援として到着した。先ほどまで水中仕様であった第一小隊もようやく仕切り直しが済み、身軽になっている。

 「フーヴァー」と「サンソン」がともに大怪我を負って退場し、「ナイチンゲール」も彼らの治療に向かった。

 ならばこれからは、自分たち戦闘班の仕事だ。

 「アヴィケブロン」が第一小隊を指さして言った。

 

「ああ、「信長」。彼らが第一小隊だ。メンバーは知っているか?」

「おうとも。先ほど「ジャック」から聞いた」

 

 その「ジャック」は、一度海面下に引っ込んだ侵略体の触手を目で追いかけ、うずうずとして今にも飛び出していきそうだ。それを「ジャンヌ」が旗で抑えている。

 

「今回のも大きそうだね――」

「いけません。指示を待って――台湾の時のようにならないように!」

「わかってるってば、もう」

 

 その待望の指示が、C・フォレスターの甲板から響いた。指令だ。

 

「これより私が指揮をとります。ソナーによれば、敵は頭足類に似た侵略体と判明しました! 攻撃用の腕は2本! 本体に打撃を与えるため、まずは腕を無力化します! 向かって左の腕には第一小隊、右の腕には第二小隊が当たってください! また、未確認の爆発性の侵略体も随伴している模様! 注意してください!」

「はーい」

「了解した」

 

 その言葉を受け、「ジャック」と「ジェロニモ」が真っ先に飛び出した。それぞれの小隊の前衛だ。そして、そのあとを「ジャンヌ」たちサポート役が追い、自分と「ビリー」は後方から射撃で援護するという形になる。

 相手が触手を大きく振り上げてこちらに叩き込んできた。「ジャンヌ」が「ジャック」を歩幅で追い抜き、守りの象徴たる旗を掲げた。更に「ジャンヌ」が受け止めた隙を突き、「アヴィケブロン」のゴーレムが足を抑え込んだ。

 

「柔らかい。解体しやすくていいね」

 

 動かない足は格好の獲物だ。身軽に飛び出した「ジャック」がナイフを一振りして文字通り骨のない足を切り飛ばした。

 しかし、敵も切られるままではない。「ジャック」へと先ほどの虫型の侵略体が襲い掛かった。やはり足の中から滑り出て、少女に細長い足で絡みつこうとする。

 

「やらせぬよ」

「「ジャック」、下がって!」

 

 すかさず「信長」が射撃を送り、虫型の侵略体をハチの巣にした。その間に再び「ジャンヌ」が前に出て、侵略体の自爆をガードする。

 結局、「ジャンヌ」たちとは明確に和解できないまま戦場に出ることになったが、今のところうまくかみ合っている。もしかしたら、何とかなる――いや。()()()()()()()。何か嫌な予感が背筋を走る。

 

「体内に虫――しかも爆発するし、「地雷型」とでもいったところか。まだまだいるようだな」

 

 「アヴィケブロン」の言葉通り、斬られて落ちた触手の先端を内側から食い破り、無数の「地雷型」が湧き出した。身の毛のよだつ光景だがボーっとしている暇はない。「ジャンヌ」の壁、「アヴィケブロン」のゴーレム、そして自分の射撃で頭数を減らし――。

 

「後ろ! 回り込まれてる!」

「何ですって!」

 

 地雷型は陽動。海面下で密かに伸びていた触手が、真緒たちの背後で立ち上がり、一撃を加えてきた。かろうじて避けるが、これでは前衛と後衛という陣形を組み立てづらい。

 「信長」はかすかに目を赤く輝かせて指示を飛ばした。

 

「「アヴィケブロン」はゴーレムを等間隔に配置しゲソを抑え込め! 「ジャンヌ」は「ジャック」の二歩後ろに着き、周囲を警戒しつつ前進! わしと「ジャック」でバリアーの隙間から攻撃し、虫どもを蹴散らして本体に向かう! よいな!」

「うん、いいよ」

「了解した」

「わかりま……バリアーって言わないでください!」

「言っとる場合か! 早くせい!」

「わ、分かりました!」

 

 思わず仕切ってしまったが大丈夫だろうか。演技の仮面の下で真緒は内心冷や汗をかいていた。

 それが一瞬の隙となったのか。一匹の地雷型が迫っているというのに対応が遅れた。

 

「零しました! そっちに――」

「まず――」

 

 かろうじて撃ち落とすも近すぎた。小さな体が爆風で煽られ、帽子が吹っ飛び――。

 

「あ!」

「どうした?」

「ぼ、帽子が!」

「帽子? いいから行きますよ! 指示したのは貴女なんですから! さあ!」

「う、うん!」

 

 まずい。帽子がないだけでこんなに心細いとは。自己暗示のスイッチとして便利に使いすぎた弊害か。

 ちっとも集中できない。射撃がぶれる。頭の回転が追いつかない。どうしたら――。

 そんな風に考えていると更にミスを重ねてしまった。通信機から「メリエス」の抗議が飛んできた。

 

『ちょっとちょっと、「信長」さん! 流れ弾来てるんですけど! 射線考えてくれないとお仕置きですよ☆』

「えっ、あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 やってしまった。流れ弾が第一小隊に行ってしまったようだ。思わず反対側の腕を相手取っている彼女たちの方を見て――。

 

「あれ?」

 

 「ジェロニモ」が斬りつけた瞬間、その映像を「メリエス」がカメラに収めた。

 

『今のカットいただきです! 「リプレイ」三回行っときますよ☆』

 

 「メリエス」の言葉とともに「ジェロニモ」の分身が三体も現れ、先ほどの光景と寸分狂わない動きでトマホークを振り下ろした。侵略体の足が輪切りにされて吹き飛ぶ。

 

『ご機嫌だね「メリエス」』

『そりゃもう! やっぱりカメラは現場で回してこそですよ☆ あ、そこは「スロー」で! やっちゃってください「ジェロニモ」さん!』

『助かる』

 

 そんなやり取りが通信機ごしに聞こえる――それほどに遠い。

 戦っているうちに腕が開いたのか。

 こちらが前進しているからか。

 いや――違う。

 敵の本体は動いていない。これ見よがしに出した腕につられ、こちらの戦力は左右に分けられ――。

 

「じゃ、「ジャンヌ」!」

「何ですか? 貴女、さっきから変ですよ?」

「え、あ、「アヴィケブロン」!」

「何かね? 手短に頼む」

「あ、え、えーと」

 

 どうしよう。単なるカンだし、自分は新人だし、今は台湾の時やハリケーンの時みたいに信長モードが全開なわけじゃないし、どうやって説得したらいいか分からないし――。

 

「どう、したら」

 

 口で言うより、体が動いていた。

 

  *

 

 両方の腕を排除すべく戦うE遺伝子ホルダーたち。彼らの隙を突くように、頭足類型の侵略体が突然浮上した。

 

「え? いきなり出てきて、何を……」

「何のつもりだ?」

 

 彼らがいぶかしげに見る中、侵略体は額をうごめかせ、そこに開いた穴から何かを打ち出した。

 「地雷型」だ。それも、今まで腕から繰り出してきたものよりもずっと大きい。それが向かう先は――。

 

「撃った!?」

「どこを狙って――まずい!」

「指令!」

 

 両腕につられて左右に展開したE遺伝子ホルダーたちがいない正面。特務艦、C・フォレスターだった。

 

 

 



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十五ノ銃 クレイトン・フォレスター

 

 イカ型侵略体の狙いに、最初に気づいたのは「ビリー・ザ・キッド」だった。

 足に気を取られていたところで、突如浮上しての射撃。まぎれもなくC・フォレスターへの直撃コースだった。

 もし、銃を抜いているところだったら、C・フォレスターに届く前に、とっさに撃ち落とせたかもしれない。しかしタイミングが悪すぎた。よりにもよって六発撃ち尽くし、AUウェポンであるホルスターにリボルバーを戻そうとするその一瞬。

 だが、本当にタイミングが悪いだけだったのだろうか? 敵はこれを狙ったのではないか? 二個小隊を手玉に取り、自分たちの戦力を分析し、最適なタイミングを計り――。

 先ほどもそうだ。直接侵略体を倒していた自分や「ジェロニモ」には目もくれず、「エージェント」を真っ先に狙った。それだけの頭脳が敵にはあった。

 だとしても、自分たちは()()()()()()のだ。自分が苦し紛れに放った弾丸は、打ち出された「地雷型」の足をかすめ、弾道をわずかにホップさせるにとどまった。

 

「マズい! 指令!」

 

 一か八か、もう一発遠距離で打ち込むか――。焦燥とともに振り返ったその先、C・フォレスターと「地雷型」の間に割り込む姿があった。

 

  *

 

 C・フォレスターの甲板上はにわかに騒がしくなっていた。今まさに、直撃すればただでは済まないサイズの「地雷型」が迫っている。

 咄嗟に指令が指示を飛ばす。

 

「回頭を!」

「ダメです、間に合いません!」

 

 万事休すか。そんな時、海面を蹴ってC・フォレスターと「地雷型」の間に割り込む姿があった。

 長い黒髪をマントのように翻し、その目は地獄の大火のように煌々と赤く燃えている。

 

「「織田信長」!?」

「よいか」

 

 彼女は静かにそう問うてきた。どうするつもりだろうか。すでに「地雷型」は眼前に迫っている。この距離で撃ち落としても、その爆発に船ごと巻き込まれるだろう。

 だが――。

 織田信長とは、こういう時にこそ輝く傑物であると、土偶は繰り返し言っていた。

 

「やってください」

「で、あるか!」

 

 「信長」は侵略体ではなくC・フォレスターに銃口を向けると引き金を引いた。

 容赦ない弾丸の嵐が甲板を一直線に薙ぎ払う。慌てて乗組員たちが逃げ惑い、しかしそれに構わず射撃は完遂された。鉄板と鉄骨が吹き飛び、煙が晴れた後には、C・フォレスターの甲板に左右ぶち抜きの溝が作り出されていた。

 

 そして――侵略体はその溝を通り抜けた。

 

 指令の背後の海面で巨大な爆発が起こった。E遺伝子ホルダーたちが戦っていたのよりも二回りは大きいサイズの「地雷型」が引き起こした爆発は強烈だった。あたり一面に閃光と爆風がばらまかれ、窮地を脱した甲板上の乗組員たちが思わず受け身を取る。

 

「く……ありがとうございます、「信長」」

 

 そう言って指令も「信長」の方に振り向いたが、ちょうどその時ゴツッという嫌な音が響いた。

 

「ぬおっ」

「あ」

 

 爆発の余波で吹き飛ばされたC・フォレスターの構造材が「信長」の頭を直撃していた。目から赤い輝きを失った彼女が海面に落下する。

 

「……仕方ありません」

 

 指令は無線を操作して機関室につないだ。

 

「航行は可能ですか!?」

『はっ! 機関部に影響はありません!』

「分かりました。――全ホルダーに告ぎます。一時戦闘を中断し、C・フォレスターに帰還せよ。一時撤退し、戦略を立て直します」

 

 忙しくなる。状況の整理、ホルダーたちの状態、敵の勢力、そして何より、「フーヴァー」が命を賭して持ち帰った情報も確認しなくては。

 指令は土偶に通信をつないだ。

 

「申し訳ありません。一時撤退します」

『分かった。この状況では正しい判断だろう。まさかトンネルの調査がここまで大きな戦闘に発展するとは……』

「各部署と国連にも連絡を。この戦いは、世界の今後を左右することになるかもしれません」

 

  *

 

 C・フォレスターの一室にて、指令や土偶は国際組織の代表たる面々と向かい合っていた。

 ここは仮想会議室だ。彼らは本来、彼らの組織の同様の施設からその姿を立体映像で送ってきているに過ぎない。DOGOOが超国家機関であるがゆえに抱えるしがらみを象徴する場でもある。

 世界中の国家から予算、軍備、人員をかき集めて作られたDOGOOに敗北は許されない。この撤退も、どうにか次につなげなくてはならない。

 

「まずは「工兵型」。節足動物のような姿をしており、トンネルの掘削を担っているものと思われます。次に「地雷型」。同じく節足動物タイプであり、衝撃を与えると爆発します。大小様々なサイズがあり、最大サイズの爆発は――」

 

 ディスプレイの中にC・フォレスターをすり抜けて爆発したときの映像が映り込んだ。もし直撃していれば船ごと海の藻屑になっていたところだった。

 

「そして何より、「戦艦型」です。頭足類に似た姿で、トンネルの防衛を目的として作られたようです。細く入り組んだトンネルに合わせて進化した体を持っています」

 

 ネクトカリスを彷彿とさせるような、二本の長い触手に細長い胴体。戦闘の記録を見るに、知能も相当高いことがうかがえる。

 

「二個小隊、七名のホルダーを投入したのにも関わらず、三名が負傷、内二名は重症、C・フォレスターも中波……手痛い損害です」

「C・フォレスターを壊したのはホルダーだと聞いているが。確か、「オダ・ノブナガ」という、負傷したうちの一人だったかと」

 

 国連との連絡役の男性が尋ねてくる。指令はうなずき、報告をつづけた。

 

「ええ。彼女の働きのおかげで、私たちは助かりました。彼女は軽傷で済みましたので、現在コスタリカの病院に」

「ところで、いいだろうか」

 

 オブザーバーとして参加している生物学者の老人が手を挙げた。彼はDOGOO関連の研究所で「進化侵略体」の研究チームの筆頭を務めている。

 

「この記録に間違いはないのかね? 本当に侵略体は節足動物型と頭足類型だったのかね?」

「ああ。間違いなく、今回相対した侵略体はこういう姿だった。……私も気になっているんだ。どれも無脊椎動物というのは」

 

 土偶が彼の疑問に賛成した。

 

「ふむ……。我々の研究から見えてきたのは、奴らの目的はこの星の進化の系図に沿って進化し、この星を乗っ取ること。そのために脊椎動物として進化の歴史をたどってきた。間違いないですな、土偶どの?」

「ああ」

「しかし今回は虫とイカ。進化の本筋から外れている。かといって、トンネル関連の特殊な任務のためとはいえ、一度魚類まで進化した連中が進化の系統樹の根元まで立ち返り、無脊椎動物に進化しなおすなど、生物学上ありえんはず」

「そこで、このデータをご覧ください。「フーヴァー」が手に入れたデータです」

 

 トンネル内部の3Dデータが表示される。「フーヴァー」が気を失う寸前まで整理していたデータをAUボールから抽出したものだ。

 そのトンネルのあちこちに作られた小部屋の奥、蜘蛛のような侵略体に映像がクローズアップする。

 

「この侵略体の腹部に多数の侵略体の細胞の反応があります。しかも、この小部屋の中の別タイプの侵略体はこれを護るように警戒している」

「ということは……これが先ほどの疑問の答え」

 

 原始細胞(PROTOCELL)というアイコンがクモ型侵略体の腹部に灯る。

 

「「フーヴァー」はこれを伝えようとしていたのです。進化侵略体は進化していない原始の細胞をストックしており、今回のように特殊な任務に就く侵略体を必要に応じて生み出しているのです。進化の系図に縛られず、自由に」

「だとすれば、あのトンネルは単なる通路ではなく、この原始細胞を保管し、新たな戦力を作るためのもの――あの「戦艦型」が真に守っているのはそれだということか」

「ならば今すぐにでも、全ホルダーを投入して殲滅すべきだ! 敵はどうしている?」

 

 国連との連絡役が吠える。

 

「現在、「戦艦型」は太平洋側と大西洋側のトンネル入り口に交互に姿を見せるだけで、攻めには出てこない。現在は第一小隊と第二小隊のホルダーを使って監視させているが――」

「ならば好都合だ。他のホルダーも集めて叩くべきだ。原始細胞を潰すことができれば、これ以上新種は生まれない! 今後の相手の戦略を大きく削ぐことなる! そうだろう、教授!」

「理屈の上ではそうなります。しかし、何か問題がありそうですな、土偶どの?」

「ああ。今コスタリカにいる二小隊だけでは「戦艦型」の相手はできない。他のホルダーたちを集めようにも、こっちはこっちで大変なんだ」

 

 土偶の視界が仮想会議室から指令室へと戻る。指令室には人々の焦燥と緊張で満ちていた。

 

「タヒチ沖に敵影多数! 第三小隊に連絡を!」

「オアフ島に「揚陸艇型」出現!」

「第五小隊出撃完了!」

『こちら「エレナ・ブラヴァツキー」から本部へ。降下まであと90秒よ!』

「第四小隊をサン・ニコラス島沖へ! 急げ!」

「バンクーバーで爆発確認! 「砲艦型」です!」

 

 仮想会議室に指令室の音を届けると、対照的に沈黙が下りた。

 

「連中はこちらがトンネルの重要性に気づいたのを察したらしい。明らかに戦力を集中させないための戦略だ。無視するわけにもいかない。増援は不可能だ。コスタリカのトンネルへは第一小隊と第二小隊のみで当たる」

「くう……」

「仕方ありませんな」

 

 状況を選んではいられない。仮想会議室の面々の意見が一致したのを見て、指令が総括した。

 

「では、そのように。各部署も各地の戦闘に配慮しつつ、本作戦を優先して動いてください」

「分かった」

「承知いたしました」

 

 仮想会議室から光が消える。各組織の連絡役が姿を消し、指令と土偶だけが残った。

 

「……「フーヴァー」が最後に付け加えた言葉については、報告しないでいいのか?」

「それについては、伝えても余計な混乱を招くだけでしょう。本人へは「ナイチンゲール」に伝えてもらうように頼んであります」

「彼女が? 「フーヴァー」たち重症患者のそばを離れるとは珍しい」

「彼女にも少し考えがあるようです。……不思議な方ですからね。他のホルダーたちとは違うというか」

「――ああ。そうだな」

 

 土偶のつぶやきが会議室にむなしく響いた。

 

  *

 

 真緒が目を覚ますと知らない天井が目に飛び込んできた。

 

「あれ、ここは?」

 

 身を起こすとわずかに頭が痛む。周りの状況を確認した。窓の外には海が見える。室内には車椅子に座った女性以外、余計なものは何一つ置かれていない。

 

「……ん?」

「目が覚めましたか。ここはコスタリカの病院です」

「――っ、わあ!」

 

 あまりにピクリとも動かず、気配も感じなかったため不自然に思えなかった。しかし声をかけられた途端、感覚とのギャップが驚きを産んだ。

 

「何を驚いているのです」

「ああ、ごめんなさい。まさか、人がいるなんて思わなくて」

「……まあいいでしょう。お初にお目にかかります。「ナイチンゲール」です」

「どうも、「信長」です。「ナイチンゲール」って、「ジャック」の――」

「私は「ジャック」の母ではありません。血縁上も、戸籍上もです」

 

 「ナイチンゲール」はぴしゃりと言った。

 

「「ジャック」本人にも何度も言っているのですが……」

「そ、そうですか」

「それよりも、用件を手短に。現在の状況を報告します」

 

  *

 

 トンネル入り口、大西洋側。潜水スーツに身を包んだ「ビリー」は「戦艦型」の触手がトンネルに引っ込むのを見届けた。

 

「こちら「ビリー・ザ・キッド」から「(ジョニー)・リコ」へ。戦艦型はまたトンネルに戻った」

『J・リコ了解。浮上して待機してくれ』

 

 「ビリー」が浮上して水分補給していると、J・リコの艦長が愚痴ってきた。

 

「全く、あいつは何のつもりだ。一時間おきに太平洋側と大西洋側に顔だけ出して引っ込みやがって。どう思うよ、「ビリー」」

「とはいえ、こちらとしても助かる。今の戦力じゃどうしようもないからね。トンネルの防衛だけしかしないように作られたのか、あるいは……」

 

 「ビリー」は会話もそこそこに立ち上がると、銃を手にどこかへ行こうとする。

 

「また訓練か? ほどほどにしとけよ?」

「分かってるよ、艦長さん。じゃ、また規定の時刻に」

 

 あの時、「地雷型」を撃ち落とせていれば。敵にしてやられた悔しさが背筋を冷たくする。

 次はもっと速く。次はもっと正確に。さながら、自分が名を背負う少年悪漢王のように――。

 

「もう外さない」

 

 その底冷えする呟きを聞いたものはいなかった。

 

  *

 

 「ナイチンゲール」はよどみなく説明を終えると口を閉じた。

 

「ど、どうしたら」

「それを私は貴女に聞きに来たのです」

「え? どうして私に?」

「「フーヴァー」が気絶する前、最後に打ち込んだメッセージがAUボールに残っていました」

「それって――」

 

 気絶する寸前、彼女はトンネル内部の情報を他人にも理解できるよう整理し、自分がいない事態に備えていた。その状況で自分に宛てたメッセージがあったというのだろうか?

 

「『トンネル攻略作戦は、「信長」に判断を求めろ』と」

「そ、そんな……」

「確かに今回、C・フォレスターを守った手腕は見事でした。他のホルダーにはない戦略眼と言えるものがあなたにはあるのかもしれません。六天真緒、「織田信長」。このたびの作戦、あなたが指揮を執ってください」

 

 今後の戦局を左右する決断が、自分の背中にのしかかるのを真緒は感じた。

 

 

 



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十六ノ銃 トンネル

 相手どるのは、自分を含め七名のホルダーを手玉に取った「戦艦型」。加えてトンネル内部には無数の虫型の進化侵略体。

 増援は無し。他の小隊は各地に出現した侵略体の対処に追われている。

 敵が守っているのは進化する前の原始細胞であり、残しておけば今回のような難敵を再び生み出しかねない。

 今後の戦局を大きさ左右する作戦――その指揮を、自分が執れという。

 現状をきちんと把握し、「ナイチンゲール」の要請を理解した真緒の口から出たのは、我ながら情けない一言だった。

 

「ちょっと、その、無理です」

「――もしかしたら、と思ったのですが」

 

 「ナイチンゲール」は目を伏せた。

 

「期待に応えられなくて、その、ごめんなさい」

「いえ。貴女を責めているわけではありません。つい先月まで戦術や戦略と無縁の生活をしていたのは知っています。そんな貴女に判断を求めろと「フーヴァー」がメッセージを残した。だからこそ、何か意味があると思ったのですが――」

 

 「ナイチンゲール」の乗る車椅子が、何の操作もなく動いて真緒に近づいた。おそらくこれが彼女のAUウェポンなのだろう。「ナイチンゲール」の異名にちなんでか背後にはランプが備え付けられており、そこから伸びた翼のような造詣が乗り手を包み込むように曲線を描いていた。あちこちに組み込まれた歯車がかすかな音を立ててかみ合い、これまた何の操作もなく真緒の眼前でブレーキをかけた。

 

「とはいえ、これで「フーヴァー」への義理は果たしたものと判断します。作戦はDOGOOの参謀陣で組み立てることとなるでしょう。彼らも普段から「フーヴァー」の下で日々戦略を練っている面々です。……彼らを信じましょう」

「ごめんなさい、「ナイチンゲール」」

「いえ。念のため、ホルダーたちの能力や現在の戦況などの情報を閲覧できるタブレットをお渡ししておきます。もし何か思いついたなら、ご一報を」

「はい」

「では、私はこれで――」

 

 ガラッ!

 

「「信長」! 起きた!?」

「こら、「ジャック」! 病院で走ってはいけません! それにノックも――」

「あ、おかあさんもいる!」

「聞いていますか!?」

「もう。うるさいなあ」

 

 「ナイチンゲール」が部屋を後にしようとしたまさにその時、勢いよくドアが開き、二人の少女が喧騒とともに部屋に飛び込んできた。

 

「あ、「ジャック」に――その、「ジャンヌ」も。どうしてここに?」

「お見舞いだよ、「信長」。フルーツも買ってきたよ」

「あ、「ナイチンゲール」。ごめんなさい、お話し中でしたか?」

「あ、おかあさんも食べ――」

「「ジャック・ザ・リッパー」!!」

 

 「ジャック」を正式名称で呼ぶ声が病室を揺らし、あっけにとられた面々の間に沈黙が下りた。唯一、声の主の「ナイチンゲール」だけが「ジャック」をにらみながら言葉を続ける。

 

「何度言えばわかるのですか? 私はあなたの母ではありません。私を母と呼ぶのはおやめなさい。あなたの母は――」

「イヤ! だって、何度考えても、「ナイチンゲール」がおかあさんだもの! ずっと小さい時から、ずっと一緒だったじゃない!」

「私はただの世話役です。あなたの母はもういないのです!」

「イヤ! そんなのおかしいよ! 「ナイチンゲール」以外に、私におかあさんはいないもの!」

「――っ! あなた、は!」

 

 「ナイチンゲール」は車椅子のひじ掛けを握りつぶさんばかりに握りしめながら、わなわなと震えていた。

 

「もう、いいです。――「信長」。くれぐれもお大事に」

「え、あ、はい」

「「ジャンヌ」。普段から「ジャック」の面倒を見ていただいてありがとうございます。本当に助かっています」

「……はい」

「それから「ジャック」。繰り返し言いますが、私を母と呼ぶのはおやめなさい。いいですね」

「……はぁい」

「では、私はこれで失礼します」

 

 明らかに納得がいっていない様子の「ジャック」を横目に「ナイチンゲール」は病室を後にした。気まずい沈黙が落ちる。真緒は必死で言葉を紡いだ。

 

「……えっと、その「ジャンヌ」」

「あ、はい」

「そのー、色々と、複雑、なのかな」

「私も詳しくは知らないのですが――物心ついたころからずっと一緒だったと」

「そう……」

 

 「ナイチンゲール」への不満が一段落したのか、「ジャック」は器用な手さばきでフルーツの皮をむき始めていた。彼女の育った環境は想像もつかない。もっと仲良くなれば彼女自身が話してくれるだろうか。それに、そもそも――。

 

「あの、「ジャック」?」

「なあに? もうちょっとで剥けるから待っててね」

「結局聞きそびれてたけど、本当の名前はなんていうの?」

「ん――。エヴァ。でも「ジャック」って呼ばれる方が多いし、それでいいよ」

「そう。……お見舞い、来てくれてありがとう」

「ううん。私、ついでだもの」

「ついで?」

 

 その言葉に応じるように「ジャンヌ」が真緒の前に歩み出た。

 

「その――ごめんなさい。昨日会ったとき、冷たくしてしまったことを謝りたくて。すみませんでした」

 

 そう言って「ジャンヌ」は頭を下げながら帽子を差し出した。戦闘中に落としてしまった、木瓜紋で飾られた帽子だ。

 

「え? あ、ああ! そんな、謝らなくても! 顔あげて! それに、ぼ、帽子! ありがとう! 拾ってくれて――」

「……ふふっ」

 

 自分の慌てぶりがおかしかったらしい。謝っている手前だろうか、満面とは言えなかったが、それでも顔を上げた「ジャンヌ」の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「あなた自身はこんな風にきちんと気を使える人なのに――すみません。台湾の時の印象が強すぎて」

「あー。こっちこそ、ごめん。ああなってるときは自分が自分じゃないみたいで――ニュースの映像とか見てもね、これが私? って感じで、あはは」

 

 それでも自分の口で言ったことだ。きちんと謝っておこう。真緒は姿勢を正して「ジャンヌ」に向き直った。

 

「「ジャンヌ」――レティシアは、ジャンヌ・ダルクを尊敬してるんだよね。だから、その旗を軽々しく扱われたら怒るよね。本当にごめんなさい」

「分かってくれていたんですね。だったらもう十分です。どんどん私の旗を頼ってください。きっと、E遺伝子(ジャンヌ)もそれを喜びます」

「分かった。こちらこそ、帽子はもう落とさないようにしなきゃ。どうにか固定できないかな」

「はい、できたよ。ライチとスイカ、あとパイン」

「ありがとう。いただきます」

 

 「ジャック」が剥いてくれたフルーツを食べながら、しばし会話に花を咲かせる。

 

「そういえば、「アヴィケブロン」は?」

「ああ、彼はトンネルの見張りです。流石に太平洋側も大西洋側も第一小隊に任せっきりにできませんから。おかげで論文を書く時間が取れないとぼやいていました」

「論文?」

「ええ。彼はホルダーでもありますが、DOGOOのロボット工学の研究チームにも所属しているんです。おかげで研究が忙しい時は「ジャック」への授業も忘れてしまいますし、任務にも遅れてくるし、食事や睡眠もおろそかにするし――」

「え? じゃあもしかして、昨日会うなりどこかに行っちゃったのって、それ?」

「はい。……便乗してその場を去った私が言うことではありませんが、そういう人なんです、彼は」

「ああ、じゃあ、嫌われてたわけじゃないんだ。少し安心したかも」

 

 今更ではあるが、こうしてチームの面々と話す時間を取れてよかった。台湾でなし崩し的に知り合ったせいで、小さなすれ違いが生まれ、今こうして正さなければもっと大きくなっていたかもしれない。いや、そもそも「戦艦型」と戦う前にこうした時間を設けてさえいれば、きちんとしたチームワークで対処できたはずだ。

 

「やはり、戦いは始まる前から、じゃのう。秀吉(サル)くらいしか理解しとらんかったが――」

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 思わずつぶやいた一言に「ジャック」がいきなり反応した。

 

「え? それって?」

「前にもそういうこと言ってたよ。マオのE遺伝子って日本の昔のサムライなんでしょ。色々な戦略を思いつけるのはそのおかげだって、おかあさんが言ってる。だからきっと今回も何か思いつけるはず」

「お母さんって、「ナイチンゲール」のこと?」

「ううん。それはこっちのおかあさん」

 

 そう言って「ジャック」は自分の背後を指さした。が、誰もいない。

 

「……これって、もしかして」

「はい。――そっとしておきましょう」

「いや、そうじゃなくて」

 

 この手の話が苦手なのか、耳打ちをしてきた「ジャンヌ」は置いておいて、真緒には一つ心当たりがあった。

 藤丸さんだ。

 彼女は自分の背後に「何か」が見えると言っていた。もしかしたら、それはE遺伝子ホルダーの証なのではないか? 戦っている最中に感じるE遺伝子からの後押しは、その「何か」を通しているのではないか?

 だとしたら、彼女の背後にいる「おかあさん」とは。

 

「世界屈指の未解決事件、その犯人――」

「私も少しおかしいと思っていたんです。「ジャック・ザ・リッパー」は正体不明の殺人鬼。なのにどうしてそれがE遺伝子となっているのか。あの土偶はその正体を知っているのではないかと。エヴァ本人にも聞いてみたのですが――」

「私もわからないや。おかあさんはおかあさんだし」

「だ、そうです」

「……ふむ」

 

 真緒は帽子を深々と被ると、一度目を閉じて神経を集中した。

 

「……殺人鬼の推薦とは、どうにも酔狂だがのう。……やるしかあるまい。「フーヴァー」がわしを名指ししたのも、きっと何か意味があってのことじゃろう」

「それって、もしかして」

「うむ」

 

 一度は無理だと言ったが、今は少しだけ自信がわいてきた。共に戦う仲間と語り合い、すれ違いを解消し、自身に宿るE遺伝子のひらめきを頼られて――。

 何より、この作戦は今後の戦況を左右する。

 自分たちが戦う背後にいる、多くの人々の未来を。

 自分の背後にいる「何か」の話で思い出した。そうだ。藤丸さんがいる。家族がいる。自分を後押ししてくれる人が、遠く離れた地にもいる。

 見開かれた真緒の眼に、今までよりも強く赤い光が灯った。

 

「是非も無し。わしに任せておくがよい」

 

 大きく息を吸い込み、足を踏み鳴らした。そのまま二度、三度と病室の床を軋ませ、髪を振り乱し、飛び上がる。

 ハリケーンに飛び込んだ時と同じだ。声が聞こえる。光景が見える。血が騒ぐ。

 

『おのれ、浅井の裏切りか!』

『このままでは挟み撃ちにされます!』

『信長様! ここはそれがしにお任せを! 殿(しんがり)を務めますゆえ、そのすきに撤退を――』

 

「ああ、なるほど。これはあれよ。金ヶ崎(かねがさき)よ。今度はこちらが挟む側だが――のう!」

 

 二人の少女が茫然とする中、「信長」は踊り狂った。

 

  *

 

「頼もう!」

 

 指令室の扉を音高く開くと、いくつもの血走った目がこちらを出迎えた。思わずひるみそうになるが、今の自分は「信長」だ。臆さずに部屋に踏み入る。

 おそらく夜通しで作戦を考えているのだろう。参謀たちの眼の下に刻まれたクマは深く、濃い。

 彼らの苛立ちを象徴するかのような吸い殻の山の向こうから、指令が歩み出てきた。

 

「「信長」ですか。もしや、何か思いついたのですか?」

「うむ。一丁踊って頭をスッキリさせたら、のう」

 

 くつくつと笑いながら言う。脳裏に浮かんだのはE遺伝子のもたらす記憶だろう。鬨の声が響き、刻一刻と戦況が変わっていく様子だ。口からすらすらと出てくる言葉は、半ば演技なのかすら怪しい。

 

「さっきのはそういうことなんですか? いきなり病室で踊りだしたから何かと思いましたよ……」

「すまんのう」

 

 ここまでついてきてくれている「ジャンヌ」が呆れた表情で言う。

 さて、と気を取り直し、こちらに背を向けたままの車椅子に声をかける。

 

「「ナイチンゲール」よ。一度はああ言ったが、思いついたことがあってのう。よいか」

「構いませんが――よく考えて発言をお願いします」

 

 ひとりでに車輪が動き、「ナイチンゲール」がこちらを向いた。こんな状況でも彼女の顔には疲れ一つ見えない。疲労が色濃く見える参謀たちやオペレーターたちの中にあって、鳥の翼に包まれたような意匠の車椅子に納まった彼女の様子は神秘的にも映った。

 

「こちらも、もう一度言います。今回のトンネル攻略作戦は今後の戦況を大きく左右します。――直接的な言い方をすれば、これから先の人類の犠牲をどれだけ減らせるかということです。思い付きの一言が作戦を誤った方向に進めてしまう恐れもある。人の命がかかっているのです。それを分かっていますか」

「……うむ。いや」

 

 真緒は一度帽子を脱いで胸に抱き、脳裏に友人と家族の姿を思い浮かべた。

 

「はい。だからこそ、ここに来ました」

「……聞きましょう」

 

 「信長」は参謀たちが議論の的にしているトンネルの概要図を指さした。多数の虫型の侵略体がいるトンネルの入り口に、イカのような姿の「戦艦型」が張り付いている形が立体映像で示されている。

 

「今、こうして頭をひねっておるのは、いかにして「戦艦型」を突破して籠城を破り、原始細胞を守る連中を討つか、ということじゃな。しかし、わしの考えは違う。わしならこうしない」

「どういうことですか?」

「「戦艦型」はこちらを叩くに十分な戦力ということじゃ。なにも籠城せんでも討って出ればよい。それをせず、入り口に顔をのぞかせておるのは妙だと思わんか?」

「はい。まるで、挑発しているようで――」

「左様。おかげでわしらはトンネルの入り口から眼を離せないでおる」

 

 その言葉に何人かが気づいたのか、にわかにあたりがざわつく。

 

「すでに敵は見えぬところで動いておる。「戦艦型」が殿(しんがり)を務めておる間にも、敵の本体はトンネルを新たに掘って逃げようとしておるのではないか? それがわしの考えじゃ」

「馬鹿な!」

「いや、ありうる!」

「だとしたらどこに!? 早急に手を――」

「騒ぐでない!」

 

 だん、と足を踏み鳴らす。

 

「「ナイチンゲール」よ。連中がどこに逃げようとしているか分かるか?」

「お待ちください。オペレーターの皆さん、トンネル周辺の地質データと掘削役の「工兵型」のデータ、それから――」

 

 「ナイチンゲール」が要求したデータが次々に彼女の車椅子に取り込まれていく。歯車が回り、かみ合う音がキリキリと指令室に響く。

 

「本当に、「フーヴァー」の不在が痛いですね。私の車椅子は与えられた計算を統計処理することはできますが、データの管理とプロファイルに関しては、やはり彼女は欠かせません」

「全くじゃ。して、連中の目論見は?」

「はい」

 

 歯車が音高くかみ合い、一つの答えを導き出した。

 

「東側のパナマ運河周辺は、侵略体が大西洋に進出する際に利用されることを危惧して警戒を強めている地域です。奴らもそれは承知のはず。となれば逆の西側、侵略の起点となる場所――ニカラグア湖ですね」

 

 ニカラグア共和国に存在する、世界で十番目に大きな淡水湖。どのくらい大きいのかと聞くと、即座に琵琶湖の約十二倍の大きさだと返された。

 

「その大きさじゃと、あっという間に広がって発見するのは難しそうじゃの」

「ええ。ますます早急に「戦艦型」を攻略しなくては――」

「いや。その必要は無い」

 

 今の議論を反映し、立体映像には海底トンネルからニカラグア湖へと続く脇道が追加されていた。「信長」は大股で立体映像に踏み込むと、脇道を進む侵略体たちを先回りして踏みつけた。

 

「「戦艦型」を無理に相手どる必要は無い。そもそも、素直に海水の満ちたトンネルを追いかけねばならぬ義理もない。先回りして迎え撃つ」

「そんなことが可能なのですか? 侵略体はおそらく地下70メートル前後を掘り進んでいる最中なのですよ?」

「可能だとも。そのためには使えるものはなんでも使わねばな」

 

 「ナイチンゲール」から渡された、E遺伝子ホルダーたちの情報が詰まったタブレットを見せびらかしながら言う。

 

「いくつか足りぬピースがある。それを補うところから始めようぞ」

 

  *

 

 「信長」は「ジェロニモ」と「アヴィケブロン」の同伴のもと、A・ローガンへと戻ってきていた。

 

「本当に「彼」の手を借りるのか?」

「うむ。何せ機動力が足りぬ。「ナイチンゲール」の車椅子は使えんしのう」

 

 念のため聞いてみたが、そんな馬力はないと一蹴されてしまった。

 そこで目を付けたのが「彼」だ。E遺伝子ホルダーたちの能力を把握するべく、リストをたどっている時、小隊に未所属のホルダーが一名いることに気が付いたのだ。「エレナ」や「パラケルスス」ら第六小隊よりも下に並ぶその名前には聞き覚えがなかったが、今は名前の有名さより、何ができるかという方が重要だった。

 

「一応言っておくが、彼の助けを借りるのはとても難しい。このような事態になっても、なお放置されているのはそういうことだ」

「分かっておるよ、「ジェロニモ」。しかし贅沢は言えぬ。いざとなれば頼むぞ、「アヴィケブロン」よ」

「やれやれ。やはり君は人使いが荒いようだ」

 

 すでにAUウェポンを展開した「アヴィケブロン」がぼやくが、今は時間が惜しい。速足で通路を進み、昨日は立ち入りを禁じられた区画へと足を踏み入れた。

 目的のドアの前で立ち止まり、帽子を一度かぶりなおして気合を入れた。

 

「頼もう」

 

 ドアを開けた向こうは暗闇だった。闇の中から、金色に輝く瞳が静かにこちらを見つめていた。

 

 



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幕間 同じ大地に生きるもの

 「織田信長」が第二小隊に配属される二週間ほど前。ハリケーンに潜む進化侵略体の撃墜作戦に参加するべく、「ジョルジュ・メリエス」はA・ローガンの通路をあわただしく駆けていた。

 

「ああもう本当に「フーヴァー」は人使いが荒いんですから~! この間も映像一本取るために太平洋横断させられるし今度はフロリダ沖だし~」

「ははは、それは大変だ」

「って、あれ? 「ビリー」さんも出撃ですか? でも私服?」

 

 「メリエス」がA・ローガンの離発着ポートへと愚痴を叫びながら駆け込むと、そこには私服姿のチームメイトがいた。

 

「ちょっと今回は特殊な案件らしくてね。君はまた撮影係?」

「そりゃ私は「メリエス」ですので撮影が本職ですけども、一応戦闘班なんですからホイホイ出張させられるのはなーと」

「だったら特殊班に入ればいいのに。何度も誘いは受けてるんだろう?」

「んー。でもやっぱり現場で撮ってこそと言いますか。特殊班だと「フーヴァー」に言われるままに映像撮って撤収しての繰り返しになりそうですしー……」

 

 と、そこで自分の発言が辛気臭いと思ったのか、「メリエス」はことさら声を張って「ビリー」に冗談を言った。

 

「って、そんなこと言ってると戦闘中にヘマしたところばっちり撮って上映しちゃいますよ☆ 同じ小隊なんですから~」

「ははは、ごめんごめん。それじゃあ、行ってらっしゃい。もうヘリ来てるみたいだよ」

「あっ本当ですね。それでは~」

 

 「メリエス」のバタバタとした足音と入れ替わりに、「ジェロニモ」がやってきた。

 

「待たせてすまない。おや、「メリエス」も出撃か?」

「別件らしいよ。さ、僕らも行こうか。厄介そうな匂いがプンプンするけどね」

 

 彼らが行くのはニューメキシコ州。それも私服での覆面調査だった。

 

  *

 

 ニューメキシコ州はアメリカの南部、メキシコとの国境に位置する。美しい景観から魅惑の土地と呼ばれ、アメリカの州の中でも五番目に大きな土地は多様な風景を訪れるものに見せてくれる。「ジェロニモ」たちが降り立ったのはその中でも東の端に位置するクローヴィスという町で、標高が高いため、今の季節では朝晩に寒さを感じるほどだった。

 

『詳細はヘリの中で話した通りだ』

「本当とは思えないけど……」

『DOGOOの調査員たちも半信半疑だったが、いくつか証拠も押さえてある。君たち自身の眼で確かめてほしい』

 

 今回の任務は切っ掛けから今に至るまで特殊だった。

 まず、始まりは現地の住人の間で奇妙なうわさが流れていることだった。何でも家畜がほとんど痕跡を残さずに消えただとか、この世のものとは思えない遠吠えを聞いただとか、月の明るい晩に巨大な獣の姿を見ただとか……。

 あまりに頻繁に繰り返される証言に、まずはDOGOOの調査員が現地に向かった。その結果、数々の証拠が見つかり、住人たちの噂が真実味を帯びてきたのだ。そこで足跡などからその獣を負うべく森に入ったが――。

 

「見事に追い返されたと」

『そういうわけだ。仕掛けた罠を再利用され、迷わないようにつけていた目印をごまかされ、見事にしてやられたというわけだ。進化侵略体の仕業とは思えないし、本来であれば君たちの出る幕ではないのだが、今回に限っては、気になることがある』

「気になることって?」

『……それは、君たちの調査次第だ。わかったことがあったらすぐに知らせてほしい』

 

 そしてとうとうE遺伝子ホルダーが現地に向かうことになった。しかも、バックアップについているのは「フーヴァー」ではなくあの土偶である。おまけに彼自身も今回はやたらと歯切れが悪い。

 

「それで、どうして君が直接サポートを?」

『さっきも言ったが、「フーヴァー」は別件で忙しいのでね』

「分かったよ。それじゃ、そろそろ牧場の主人のところに着くからいったん切るね」

『頼んだぞ』

 

 「ビリー」は通信を切ると「ジェロニモ」に意見を求めた。

 

「どう思う、「ジェロニモ」」

「……判断しづらい。しかし、土偶にとっても不測の事態なのかもしれない」

「と、いうと?」

「もともと、我々に与えられている情報は少ない。E遺伝子について、DOGOOについて、そして指令たちについて。「フーヴァー」ですら知らないことが多いと聞く。しかし、あくまで私の見解だが、あの土偶は悪人ではない。何の理由もなく情報を伏せることはないだろう。だが、今回は不可解な点を残したまま我々を頼っている」

「あー、つまり、土偶としては僕たちに手を借りたいのはやまやまだけど、色々教えてしまうのもできなくて、困っているってこと?」

「そうかもしれない。とにかく、今は与えられた任務に集中しよう。それでうまくいかないようなら、分かった事実をもとに土偶から情報を引き出せば、何かの助けになるかもしれない」

「手間がかかりそうだ……。仕方ないな。取り合えず今日はもう遅いし、挨拶だけ済ませて宿に引っ込もう。お腹もすいた」

「そうだな」

 

 待ち合わせ場所に着くと、気のよさそうな小太りの男性が出迎えてくれた。

 

「おお、よく来てくれた。君たちがDOGOOの調査員か」

「ああ。「ジェロニモ」だ。こちらは「ビリー」」

「どうも」

「よろしく。二人とも、普通に名乗っても問題ないコードネームで幸いだったな! はっはっは!」

「全くだ」

 

 牧場主はこちらの事情を了解している。明日はさっそく、彼の牧場に残った獣の痕跡を見せてくれるとのことだった。

 

「さて、今日はもう遅い。この辺りで食事でもしてから……ん?」

「どうかしたのか」

「すまない、あそこを見てくれ」

 

 牧場主が指さしたところを見ると、建物の影から金髪の女の子がこちらをうかがっていた。チェックのシャツの上からオーバーオールを着ている小柄な少女だ。

 

「娘のポーラだ。……家に置いてきたつもりだったのだが」

「家からここまでは車で?」

「ああ。おーい、ポーラ! 隠れてないで出てきなさい」

「う……」

 

 ポーラと呼ばれた少女は迷った様子だったが、結局大人しく姿を見せた。人見知りをする性格なのか、目線を落としたままこちらに近づいてくる。

 

「どうしてここに?」

「車の、トランクに隠れて……」

 

 牧場主が額に手を当てて困った風にため息をついた。

 

「家にいなさいと言っただろう。どうしてここに?」

「そ、それは……」

 

 ポーラはもじもじと言葉を濁したが、やがて意を決したように顔を上げて「ジェロニモ」に言った。

 

「あなたたち、あの狼を退治しに来たんでしょう? だったら、お願い、私も連れて行って!」

 

  *

 

 「ジェロニモ」たちはポーラや牧場主らと近くのレストランに来ていた。牧場主はポーラがついてきてしまったこと、こちらで夕飯を済ませてから帰ることを家に連絡するため、席をはずしている。

 

はじめまして(アンシャンテ)――じゃない、はじめまして(ナイストゥーミーチュー)。ポーラです」

「「ビリー」だよ。こちらこそよろしく」

「「ジェロニモ」だ」

「ふうん……二人とも、有名人と同じお名前なんだね。「ジェロニモ」さんはネイティブアメリカンなの?」

「ああ。君こそ、フランス系なのか?」

「ママがそうだよ。それで、えっと……さっきのお願いは――」

「こら、ポーラ。二人を困らせてはいけないぞ」

 

 と、その時牧場主が戻ってきてポーラの言葉を遮った。

 

「すまない、二人とも。ポーラも無理なお願いをしてはいけない」

「ごめんなさい、パパ。でも……」

「事情があるなら聞こうか」

 

 「ジェロニモ」がそういうと、ポーラが顔を輝かせた。

 

「ねえ、いいでしょう、パパ」

「むう。……仕方ない。聞いてやってくれますか」

「ああ。それで、頼みというのは?」

「私も狼退治に連れて行ってほしいの!」

「狼か……」

 

 DOGOOの調査員たちは獣の姿を直接見ていないため、報告書では断定はしていなかったが、足跡などの痕跡から狼である可能性が高いことは示していた。しかし、その大きさが問題だったのだ。

 

「牧場に残っていた足跡は見たのか、ポーラ。あれが本当だとすると、常識では考えられない大きさだ。ついていくのは危険すぎる」

「でも……」

「何かついてきたい理由があるのか?」

「……ブランシュが、いなくなっちゃったの」

「うちの犬のことです。白いメスで」

 

 ポーラが言うには、二日ほど前の夜にそのブランシュという犬と遊んでいたとき、狼の遠吠えが聞こえたのだという。その時から様子がおかしく、しきりに森の方を気にしていたが、昨日の朝に突然いなくなってしまったという。

 

「だから、ブランシュはもしかして狼のところに行っちゃったんじゃないかって……」

「……そうか。しかし、やはり危険だ。連れてはいけない」

「僕も反対だ。連れていくなんて考えれない。これは遊びじゃないんだ」

「うん……分かった」

「分かったろう、ポーラ。ほら、今日はお前の好きなものを頼んでいいから。さ、「ジェロニモ」たちも遠慮せずに。ここは私が持とう」

 

 ポーラは浮かない顔だったが、「ジェロニモ」たちと他愛ない会話をしながら豪華なハンバーグセットを平らげると、少しだけ明るい表情になった。

 

「それじゃあ、また明日。車で迎えに来ますので」

「ああ。それじゃあ、ポーラもまた明日」

「うん。バイバイ」

 

 親子と別れ、取っておいた宿へと向かう。

 

「「ジェロニモ」はこういうところがちょっと甘いよね。もっとはっきり断るべきだろうに」

「そうだな。そういう意味では、シビアに考えられる君の存在が心強い」

「それはどうも。さて、明日が本番だ。森の中での行動は君の方が詳しいだろうから、僕は大人しくついていくよ」

「ああ。それではまた明日」

 

 その晩は変に月が明るく、「ジェロニモ」はなかなか寝付けなかった。

 

  *

 

 翌日。「ビリー」たちはポーラの父の牧場に向かい、さっそく牛がいなくなった時の状況を詳しく聞くこととなった。足跡を撮った写真を手に、一同は現場検証を始めた。

 

「ここに血痕が。そして、その時の足跡です」

「ふむ……。一緒に映っている主人の靴と比べると、やはり別格の大きさだ。この大きさだと、体長は三メートル以上あるだろう。被害は何頭も?」

「うちは一頭だけですな。他の仲間に聞いた限りでは、おおよそ一月に一頭くらいのペースでやられています」

「……それは少しおかしいな」

「どういうこと、「ジェロニモ」?」

「狼は通常、十頭ほどの群れ(パック)で行動する。しかし森で得た獲物と合わせても、そのペースで群れの食い扶持を稼げるとは考えづらい」

「じゃあ、一匹狼ってやつなんじゃないの?」

「ああ。群れから独立した狼は、自身の群れを持つまでは単独で行動する。その際は、群れの縄張りと縄張りの間にある緩衝地帯を渡り歩き、群れの縄張りから逃れようとする動物たちを狩って飢えをしのぐ。そういう習性がある」

「狼の社会も結構世知辛いねえ」

 

 「ビリー」が感心したように言うが、自分の発言で気づいたことがあり、言葉を続けた。

 

「でも、だからって人間社会に首を突っ込むのはおかしいよね」

「ああ。狼は賢い。人間の家畜にむやみに手を出せば、報復を受けるのを心得ている。一匹狼がそんな無謀な狩りに手を出すとは思えない。まだ森の状態を見たわけではないから何とも言えないが、そうせざるを得なくなるほどに森の獲物が底をついているわけではないだろう。もしそうなら、他の群れの狼たちも似たような行動に出るはずだ」

「じゃあ、こいつは何のために家畜を襲っているんだい」

「……ロボ(Lobo)だ」

ロボ(Robo)?」

 

 牧場主が言った言葉が気になり、思わず繰り返した。

 

「ロボって、ロボット? いや、違うか。もしかしてシートンの? 懐かしいなあ。子供の時に読んだよ」

「ああ。ここニューメキシコが舞台なだけあって、我々の間でも奴の正体と関連付けて噂するものは多くてね。あれは「ロボ」の再来だ、と」

「……しかし、ロボは普通の狼にしては大きい、という程度だったかと思うが」

「ああ。だからアレは子孫や何かではなく、亡霊になっているだとか、ありもしない噂が立っているんだ。足跡はあるが、近くで見たものはいない。遠目で見たというものは、大きさまで分からなかったと……不安をあおられてばかりなんだ」

「なるほどねえ。これは、もしかするかもね」

「協力感謝する。では、これから少し休憩した後、我々は森に入って調査をする。……ポーラを見張っていてもらえるだろうか」

「私もそのつもりだ。二人とも、よろしくお願いします」

 

 牧場主が軽い食事を出してくれるというので、「ビリー」たちは厄介になることにした。しかしその前に問いただしておきたいことがある。一度街に戻り、宿で通信機を使って土偶に連絡した。

 

『君たちか。どうだ? 狼の存在は信じられたか?』

「ああ。それと、聞きたいことがある」

『……聞こうか』

「動物のE遺伝子ホルダーは、ありうるのか?」

『――やはりか』

 

 土偶はいかにも重たげに口を開いた。「ジェロニモ」が彼の口から言葉を引き出すべく、質問を重ねた。

 

「我々が知っているのは、あなたがこの星の傑物から遺伝子を採取し、E遺伝子に改造して後世の人間に伝えていること。そしてそれが進化侵略体への対抗手段であることだけだ。遥かな星から来た民よ。あなたは地球に来てから、一体どれだけの傑物と接触した? その中に、人間以外の傑物はいたのか?」

『……どの時代の誰から遺伝子を得、E遺伝子へと変えたかは、DOGOOの最重要機密にあたる。その理由がわかるか?』

「E遺伝子を持っている可能性が高い人物を、各国がしらみつぶしに探すからだよね?」

『ああ』

 

 「ビリー」のストレートな物言いに、土偶は肯定した。

 

『E遺伝子ホルダーの貢献度は、今やこの星での国の地位に直結する。現在DOGOOに在籍するE遺伝子ホルダーは、訓練中の「織田信長」と「沖田総司」を含めても二十六名。DOGOOに加盟する国々のうち、ホルダーを輩出している国とそうでない国での発言権が違ってくるのは避けられない問題だ。進化侵略体との戦いが長期化し、その被害が大きくなればなるほどにこの問題は顕在化するだろう。だから、私はE遺伝子ホルダーがDOGOOに参加するかどうかは、国家と切り離し、あくまで本人の自由意志によるものだとしている。君たちもそうだっただろう』

「まあね。表向きは、だけど」

 

 「ビリー」の場合は、夢を見たことが始まりだった。もともと拳銃は好きだったが、毎夜の夢にビリー・ザ・キッドの逸話を彷彿とさせる光景が現れるようになった。おかしな病気じゃないかと心配する周囲を笑い飛ばしながら、大きな町の病院に行き――そして、検査の結果が出た。

 DOGOOは進化侵略体の出現と前後して、各地の病院や宗教施設に協力を要請し、気になる証言をする人間を見つけるための網を張っていたらしい。病気の相談や、告解に訪れた人の中に、E遺伝子を目覚めさせたものがいないかどうかを。

 そして、「ビリー」はまんまと引っ掛かり、今この星がどうなっているかを知らされた。その場では急な話だと断ったが、それからというもの、太平洋の小さな島で不可解な失踪事件が起きただとか、未確認生物が目撃されただとか、そう言った噂を周囲で聞くたびに、叫びだしたい気分になった。

 ――それは、やがてこの星を滅ぼしかねないエイリアンだと。

 そして、自分を引き留めようとする母をどうにか説得し、この星を守る戦士となったのだ。

 

「ってことは、断った人もいるわけだ」

『ノーコメントだ。……その意味では、なし崩し的に戦いに巻き込み、大規模な報道でE遺伝子ホルダーであることを周囲に知られてしまった「信長」は失敗だった。本当に、彼女にはすまないことをした』

「まあ、おいそれと僕らに喋れないことだってのは分かったよ。でも君に聞くのが確実だから聞くよ。君は、狼王ロボから遺伝子を採取したのかい?」

『答えは――イエスだ』

 

 「ビリー」と「ジェロニモ」は顔を合わせ、うなずき合った。

 

『ただ、君たちにも知っておいてほしい。私にとっても、E遺伝子は未知の部分が多く、実験的な部分が多くある。狼王ロボはその一つだ』

「どういうことだ?」

『E遺伝子の理論が完成したのは、私の星がもう取り返しがつかなくなってからだ。私の故郷以外の星の生物――つまり君たち人類に適用できるかは半信半疑のまま、計画を実行に移すしかなかった。君たちなら()()()()()()気づいているかもしれないが、私と君たちでは()()()()()見た目や生態が異なるようなのでね』

 

 これって笑うところかな、とジェスチャーで聞くと、「ジェロニモ」は私に振らないでくれ、と目線で返してきた。

 

『……その、すまない。今のは軽いジョークのつもりだったのだが……。返事をしてくれないだろうか。気分を害してしまったか?』

 

 もう少し黙ってようか、とジェスチャーで聞くと、「ジェロニモ」は優しくも口を開いた。

 

「いや。なかなかウィットの効いたジョークをありがとう」

『そ、そうか……。だが、くれぐれも気を付けてくれ。彼は――ロボは。おそらく、人間を憎んでいる』

「だろうね」

 

 狼王ロボは、アーネスト・シートンの手記に登場する狼だ。ニューメキシコ州の家畜などに被害を出した古狼であり、力強さと賢さを併せ持っていた。ロボ自身にはいかなる策も通じず、シートンは彼の群れの妻と言えるブランカという白い狼をまず狙い、妻の死に冷静さを失ったところを捕らえた。

 

「手記通りだとすれば、彼は相当人間を憎んでいるはずだ。なんで、人間の敵をむやみに増やすようなことをしたのか。答えてもらおうか?」

『それは――』

 

「「ジェロニモ」! 「ビリー」! ここにいるのか!? 頼む、娘が!」

 

 土偶が何かを言おうとしたとき、聞き覚えのある声とともに部屋のドアが激しく叩かれた。

 

「ごめん、切るよ。また連絡する」

『ああ。頼む――彼を。「ロボ」を、嫌わないであげてほしい』

 

 その言葉はどういう意味か。それを理解するより先に「ジェロニモ」がドアを開けた。そこには牧場主が顔を青くし、息を切らして立っていた。

 

「どうかしたのか? まさか――」

「そのまさかだ! 娘が、ポーラがいない! 目を離したすきに――森にブランシュを探しに行ったに違いない!」

 

  *

 

 事は一刻を争う。車で牧草地帯を横切り、森のすぐそばに横付けした。

 

「ここで間違いないのか?」

「時々ポーラが森の近くで遊ぶことがある。この先に少し開けた場所があって、近くの子供たちの遊び場になっているんだ。それ以上深入りしないように、普段からきつく言い聞かせているから――逆に言えば、ここから入った可能性が高い」

「……よし。あなたはここに残ってくれ。ここからは私と「ビリー」だけで行く」

「やはり、そうか」

 

 牧場主は悔し気に歯を噛みしめた。

 

「娘を……娘を、どうか」

「任せておいて」

「では、行くぞ。「ビリー」、ウェポンを展開だけして銃は入れないでおいてくれ。君のウェポンはホルスターに銃を入れた時点で弾丸が装填される。火薬のにおいがするのはマズい」

「分かったよ」

 

 二人ともAUウェポンを展開した。「ジェロニモ」は素早い身のこなしで木々の間をかいくぐると、牧場主が言ったのであろう広場に足を踏み入れた。周囲を見渡し、地面を検める。

 一歩遅れてついてきた「ビリー」が広場に入りながら聞く。

 

「どう?」

「新しい足跡がある。少し迷った形跡もだ。そう遠くへは行っていないだろう。よし、こっちだ」

 

 更に奥へと分け入ると、昼間だというのに一気に暗くなった。木々のざわめきや鳥の鳴き声が、のどかさよりも不気味さを与えるようになってくる。この中を、十歳になるかならないかの子供が突っ切っていったのだ。それだけブランシュのことを大切に思っている証拠だろう。

 だが、この時ばかりは大人しくしておいて欲しかった。

 

「……獣道だ。狼の足跡とフンがある」

「群れのもの?」

「いや、一匹狼の――普通のサイズのものだ。やはり、「彼」はE遺伝子ホルダーで間違いないだろう」

「巨大な狼の姿そのものがAUウェポンか……厄介そうだ」

「敵にならないのを祈るばかりだ――っと、いたぞ」

 

 木々の向こうに、木漏れ日に輝く金色の髪が見えた。AUウェポンを解除し、ガサガサと草をかき分けて近づくと、小さな背中がびくりと震えた。

 

「落ち着いてくれ、ポーラ。私たちだ」

「え? あ、ジェロニモさん?」

「そうだ。怪我はないか?」

「う、うん。……ごめんなさい(デゾレ)――じゃない、アイム・ソーリー」

 

 ブランシュを救いたい一心で父の目を盗んで森に入ったはいいが、迷って心細くなってしまったのだろう。服は草木に引っ掛けたのか、あちこちに細かい傷があり、顔にも疲労が浮かんでいた。

 「ジェロニモ」は彼女を安心させるために、その小さな頭をゆっくりと撫でた。

 

「フランス語でも構わないとも。言葉は心を伝える道具だ。きちんと心を籠めれば、そこに国境はない」

「良いこというねえ。でも、今はこっちの方がいでしょ」

 

 「ビリー」が取り出したチョコバーを見て、ポーラの目が輝いた。

 

「あ! お、お腹すいてて……もらってもいいですか?」

「いいよ。僕らも食べよう」

「やったー!」

「そうか……チョコレートの方がいいのか……」

「ドンマイ」

 

 「ビリー」は「ジェロニモ」の肩を軽く叩くと、その手にチョコバーを押し付けた。

 

  *

 

「さて。一度君を家に送ろう。今度こそ、大人しくしておいてくれ」

「ウィ。……シルブプレ」

「ああ。任せてくれ――と、言いたいところだったが」

「え?」

「まさか、ここまで近づかれているとは……」

「油断したね」

 

 「ジェロニモ」がウェポンを展開したのに合わせ、自分はホルスターにサンダラーを滑り込ませた。一瞬にして戦闘態勢を整えた自分たちにポーラが驚く。

 

「ジェロニモさん、何が……? それに、その斧は?」

「静かに。まだこちらの出方をうかがっているようだ」

 

 風下に張り付かれているようだ。相手の正確な位置を察することは難しい。重たい時間が刻一刻と過ぎていく。

 額に汗がにじみ、顎先から滴った。太陽が傾いていくのが分かる。それほどの時間が経ったとき――。ふいに、森の奥から悲痛な鳴き声が小さく響いた。

 

「――ギャンッ」

「■■■■ッ!!」

 

 それを聞き、木立に身を潜めていた獣は短く吠えると向きを変えた。鳴き声のした方へと草木がかき分けられる音が響く。

 

「今のは?」

「ブランシュだ! 間違いないよ!」

「ポーラ!」

 

 引き留めるがもう遅い。ポーラはもう駆けだしていた。藪に飛び込み、体が傷つくのもいとわずに鳴き声のした方へと進んでいく。自分たちも追おうとするが、絡み合った草木が大人の体格を拒む。

 

「ああもう、僕らの体格じゃこの藪は――」

「どけ、「ビリー!」」

 

 その声に身を引くと、入れ替わりに「ジェロニモ」がトマホークの一閃で藪を断ち切った。二度、三度と切り開かれた道を必死に進む。

 必死さがなせる業か、邪魔な草木を打ち払う大人たちが追いつけないスピードでポーラは先を進んでいるようだ。ちらほらと見える金の髪は一向に近づかない。

 

「ポーラ! 止まれ! 危険だ!」

 

 結局、ポーラに声が届かないまま、視界が開けた。そこは小さな洞窟の入り口に面した、少し木々の開けた場所だった。

 

 そして、「ビリー」はとうとうその姿を見た。

 青と銀が織りなす体毛に包まれたその体格は、優に三メートルを超していた。金の瞳はギラギラと憎しみにたぎり、全身から立ち上る殺気が燃え盛る炎を思わせた。その口は今しがた食いつぶした獲物の血が滴り、その足元には白い毛皮を血で濡らした犬が――。

 

「ブランシュ!」

「待て、ポーラ!」

「ブランシュ! しっかりして! ブランシュ!」

 

 ポーラが白い犬、ブランシュに駆け寄り、その顔をのぞき込む。飼い主の顔を見て安心したのか、ブランシュは小さく鳴いた。それを見てポーラは目を鋭くし、近くにあった石を掴んで狼に振り向いた。

 

「お前がやったの!? ブランシュを無理やり――」

「待て、ポーラ! 違う!」

「ちょ、「ジェロニモ」!?」

 

 「ジェロニモ」は飛び出すと、少女と狼の間に割り込んで手を広げた。だが、かばったのは――背に隠したのは狼の方だ。それを見て「ビリー」が思わず銃に手をかける。

 

「撃つな!」

「そんなこと言っても――」

 

 狼が口を開いた。次に閉じるときは、「ジェロニモ」の命すら奪いかねない。そう思っていたが――。

 大人の頭すら丸のみにできそうな口の中からこぼれたのは、褐色の毛皮が混じった肉片だった。

 

「……狐?」

「そうだ。狐がブランシュを襲ったのを、助けようとしたんだ。そこの傷は今狐にやられたもの。もう一か所、後ろ足の怪我は新しくない――。彼は、怪我をしたブランシュをかくまっていたんだ。わかるか、ポーラ」

「■■■■――」

 

 狼が唸る。自分に向けられる敵意を見逃すまいと、決してこちらから眼を離さない。

 

「それじゃ――それじゃ――」

「ああ。大丈夫だ。だから。その石を置きなさい」

 

 ポーラが石を置いて立ち上がった。それを見て、狼王が吠える。

 

「■■■■■■■■――!!」

「「ジェロニモ」、本当に大丈夫なの? だって、狼王ロボは――」

「ああ。妻を奪われ、罠にかけられて殺された。人間そのものを憎んでいても仕方ない。実際、家畜を襲い、自分の痕跡を残していたのはそういう意図があったのだろう。E遺伝子がそう望んでいた、いわば暴走だ。しかし、きっと「君」自身は違った。だから脅かす程度で済んでいたんだ。そうだろう?」

 

 「ジェロニモ」は狼に問いかけた。

 

「どういうことだい?」

「――私のE遺伝子も、同じだ。家族を奪われ、「眠たがり」は復讐者となった。そして虜囚として一生を終えた。……E遺伝子に目覚めたときは本当に大変だった。白人の親友すら、そうであるというだけで憎く見えた。私の中の彼が訴えていた。しかし、それ以上に大きな気持ちがあったんだ」

 

 「ジェロニモ」は静かに笑みを浮かべた。

 

「帰りたい」

 

 その言葉に、狼がピクリと反応した。

 

「私自身は、彼の故郷を訪れたことはなかった。我らが伝統的な暮らしを続けるのは困難だった。私自身、幼いころから都会を訪れたことが何度かあり、街でも友人を持っていた。だが――自身が「ジェロニモ」だとわかったとき、決心して彼の生きた足跡をたどったときだ。――ああ、帰ってきた、と。涙を流したのを覚えている」

「ジェロニモさん……」

「だからポーラ。彼を、「ロボ」を――嫌わないであげてくれ」

 

 奇しくも土偶と同じことを「ジェロニモ」は言った。

 

「彼はただ、生前の狼王の記憶に突き動かされて人を脅かしていただけだ。ブランシュを助けたのは、彼自身の気持ちの表れだ。きっと」

「そう、なの? じゃあ……」

 

 ポーラはおずおずと歩み出ると、狼に向かってぎこちなく笑った。

 

「メルシィ。メルシィボークー。伝わってる?」

「■■■■……」

「サンキュー。メルシィ。ブランシュを助けてくれて――ありがとう、狼さん」

「■■――■■……」

 

 泡が弾けるように狼の巨体が消え失せ、中から普通の大きさの狼が現れ――倒れた。

 

「狼さん!?」

「やはり、AUボール無しでウェポンを発動していたようだ。これでは無理もない」

「じゃあ、これで一見落着ってことでいいのかな、「ジェロニモ」」

「ああ。まずはブランシュと「ロボ」の手当てをしなくては。手伝ってくれ」

「私もやる! どうしたらいい!?」

「よし、まずは――」

 

 てきぱきとポーラに指示を出す「ジェロニモ」を見て、「ビリー」は少し苦い思いを味わった。

 

「ああ、なるほど。あの土偶、道理で「ロボ」に優しいわけだ」

 

 故郷の星を進化侵略体に滅ぼされた宇宙人。

 家族を殺され、復讐に身を投じたアパッチ。

 妻を奪われ、鎖に繋がれて命を終えた狼王。

 

「明日は我が身だ」

 

 進化侵略体を滅ぼさねば、次は自分たちの番だ。彼らはこんな思いの中で戦っているのだ。

 ならば、嫌えるわけもない。

 同じ大地に生きるものとして。

 

  *

 

 「ロボ」を保護してから一週間ほどたった。

 

「様子はどう?」

「さっきも様子を見てきたが、相変わらずだ。「ロボ」自身は大人しいものだが、時折人間に対して態度が変わる。彼自身、狼王の衝動を抑えきれていないのだろう。今はAUウェポンの発現を抑える装置を首輪に取り付けているが――」

「そんなものまで用意してるなんて、あの土偶は本当に用意がいいね」

「とにかく、「ロボ」のいる部屋はしばらく立ち入り禁止だ。第二小隊やスタッフにも伝えておかなくては」

「分かってるよ。あ、そうだ。小包が来てるよ」

「小包?」

 

 「ジェロニモ」は小包を受け取ると差出人の名前を見た。ポーラからだった。

 あの後、「ロボ」を獣医のところに搬送するために牧場にヘリを呼び、あわただしくあの場を後にしたのだ。ブランシュも一緒に運ばれて手当てを受け、そのあとは「ロボ」の容体が落ち着いたのを見計らってA・ローガンに運び、ブランシュはポーラのもとに返された。結局、「ジェロニモ」たちは挨拶も早々に立ち去ってしまったのだ。

 報告を受けた土偶はこちらの労をねぎらい、そのうえで言った。

 

『こんなことがあった後で済まないが――私を、信じてはもらえないだろうか。決して、君たちをE遺伝子の実験台にしているわけではないと。「ロボ」は私なりにこの星を守る可能性を増やすための試行錯誤の一つだったんだ。もう一度お願いする。この星を守る手伝いを、これからもしてほしい』

 

 「ジェロニモ」も「ビリー」もまだここにいる。それが答えだった。

 

「……さて、中身は」

 

 まずはポーラからの手紙だった。繰り返し、繰り返し助けた貰ったことへの感謝と、一人で行動してしまったことへの謝罪と、不器用ながらも思いのたけを込めた文章が続き、その最後に。

 

「なるほど、これか」

 

  *

 

 扉が開いた音を聞き、「ロボ」は億劫気に目を開いた。一度は立ち去った「ジェロニモ」の再訪に、訝し気に金の瞳を向ける。

 

「すまない。ブランシュからの贈り物が届いてね」

 

 そういって「ジェロニモ」が手に持った何かを差し出した。ブランシュが愛用しているのだろう。彼女の歯形と匂いの残るフリスビーを枕元に置かれたので、「ロボ」は鼻を鳴らし、目を閉じた。

 

「気に入ってくれたか?」

 

 答えは返さない。ただ、ぱたりと尻尾を揺らした。

 

「また何かあったら教えてくれ。頑張って君の気持ちを察して見せる。そして、いつの日か、一緒に――いや。これはもう少し後に頼むことにする。眠っていたところを済まない。では、また明日様子を見に来る」

 

 「ジェロニモ」は立ち去った。今度こそ戻ってこないことを確認し、のっそりと立ち上がる。フリスビーの臭いをかぐと、ブランシュのものに混じって人間の臭いもした。

 

『メルシィ』

 

 どうやら、今はあのポーラという少女と遊ぶことはできないらしい。ならばこんなフリスビー(もの)を渡されても困る。あの「ジェロニモ」はこれで遊ぶような人間ではないだろうし。

 ならば、寝るに限る。

 この身に眠る、祖の狼よ。その怒りと憎しみが、いつか、ほんの少し安らぐまで。

 「ロボ」は眠りについた。

 

 



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十七ノ銃 作戦前夜

 「信長」たちが部屋に入ると、部屋の主である狼は無言で出迎えてくれた。首輪はついているが鎖ではつながれておらず、彼の運動量を考えてか、だだっ広い部屋の中に運動用の道具がぽつぽつと置かれていた。金色の瞳で一瞥をよこすと、興味を失ったように再び眠りにつこうとする。

 

「すまない、「ロボ」。話がある」

 

 しかし、「ジェロニモ」の言葉に耳を立てると、億劫そうに立ち上がった。更にこちらをじっと見つめ、前足で床を軽くひっかく。早く要件を言え、ということだろうか。そんな人間じみた様子を見て「信長」は感想を漏らした。

 

「賢そうだのう」

「実際、我々の言っていることはほぼ理解しているだろう。E遺伝子の影響なのか、あるいはもともとの素質なのか。それは分からないが、彼自身が至って理性的なのは確かだ。問題は――E遺伝子である狼王ロボの方だ」

 

 狼王ロボ。アーネスト・シートンの手記に登場する狼であり、アメリカ・ニューメキシコ州で家畜を襲うなどの被害を出していた群れのリーダーだ。力強さと賢さを併せ持ち、普通の手段ではとらえることができないと考えたシートンは、彼の妻ともいえる群れのメス狼を捕らえ殺した。そして、それに冷静さを失ったロボは捕らえられ、鎖に繋がれたまま餓死したという。

 E遺伝子が歴史上において通常の進化から逸脱した傑物を基にするというならば、確かにこのロボは狼としてとびぬけた傑物と言えるだろう。しかし――。

 

「「ロボ」よ。頼みがある。人間とともに戦えるか?」

「■■……」

 

 「ジェロニモ」の頼みに対し、「ロボ」が漏らす声は重々しかった。それはそうだろう。たとえ「ロボ」自身がそれを許しても、E遺伝子のロボは許すまい。人間に対する恨みは骨髄に徹するだろう。

 しかし、今は猫の手も借りたい状況だ。狼だろうと何であろうと構うものか。

 それが、人間に牙をむく存在であろうとも。

 

「わしからも頼む。ほんの少しでよい。我らを乗せて走ってはくれぬか」

「■■■■――!」

 

 「ロボ」が鋭く吠える。彼の身から立ち上る怒気が周囲の空気をゆがませ、彼より二回りも大きい狼の輪郭を形作った気がした。見間違いかと思うほど、一瞬だけ。

 

「彼の首輪にはアンチE遺伝子装置が組み込まれている。だから心配はないはずだが……」

「それがいかんな」

 

 「信長」はすたすたと「ロボ」に歩みよると、彼の首輪を探った。帽子の下の内心では怯えっぱなしだが、体の内側から湧き上がる衝動がそうしろと突き動かしていた。

 

「■■■■ッ!」

「そう暴れるな。今外す」

「待て、「信長」。危険だ」

「……分かっておる。わしとて、狼を家臣にしたことはないとも。しかし、今の状況は生前の最期と同じじゃ。これでは怒りが先だって仕方なかろう。首輪を外しても、今は抑え役もいるしのう」

「危ないと思ったら僕は勝手にやるが、いいか?」

 

 「アヴィケブロン」がAUウェポンを構えて言う。

 

「もちろんじゃ。頼むぞ。……さて、これでよい」

 

 首輪が音を立てて落ちると、「ロボ」は大きく飛びのいた。

 

「■■■■――」

「さて、どうでるか」

 

 思わず、「信長」たち三人も身を低くして構えた。その時だ。

 

「■■■■!」

 

 吠え声とともに「ロボ」が「ジェロニモ」に向かって突っ込んだ。「アヴィケブロン」が咄嗟に床に手をついてゴーレムを呼び出そうとするが――。

 

「む?」

「おお?」

 

 「ロボ」は一気に軌道を変え、「信長」にとびかかると、彼女の頭上をかすめるように飛んで背後に着地した。狼は瞬発力よりも持久力が売りだと聞いているが、それでも不意を突かれたせいか、咄嗟に反応することができなかった。

 

「まさかフェイントとは……」

「うむ。……うむ?」

 

 彼の頭脳に改めて感嘆しつつ、背後に振り返るとおかしな光景が見えた。

 「ロボ」が木瓜紋のついた帽子をくわえている。まさかと思って頭上を探れば、指先がむなしく黒髪を探るだけだった。

 にやり、と笑われた気がした。「ロボ」は大きく首を振って帽子を投げ上げると、落ちてきた帽子に頭を差し出し、器用にもすっぽりとかぶって見せた。

 

「■■■■!」

 

 一吼えすると、「ロボ」は踵を返し、ドアの脇のボタンを肉球で押した。自動ドアがあっさりと開き、狼は部屋の外へと駆けだした。この間、わずか三秒足らず。

 

「…………はっ」

「追うぞ!」

「走るのは苦手なのだが」

「いいから、つ、ついてきて! お願い!」

 

 昨日に続き帽子をなくしてしまった真緒は「アヴィケブロン」たちにたどたどしく指示を出した。

 三人で慌ただしく狼の跡を追う。部屋を出て右に曲がったはずだが、どこにも姿が見えない。それもそうだ。狼の走る速度はローペースでも時速30キロメートル、全力では時速70キロメートルにもに達すると言われる。百メートルを十秒で走る人間がようやく時速36キロメートルと言えば、その速さが分かるだろう。

 近くにいたスタッフたちを捕まえて「ロボ」を見ていないか聞く。

 

「え? 帽子をかぶった狼? レクリエーションか何かかと思って見過ごしてしまったが……」

「え? あれって本物の狼なのか? ああ、先月捕まえたっていう……」

「どっち行ったっけ? 速すぎて目で追えなかったよ」

「……どうも」

 

 これが信長モードなら「たわけ!」と叫んでいるところだが、今はそんな度胸もない。それに彼らを責めるのも無理だ。もし自分が彼らだったら、帽子をきちんと被った狼を見かけても、咄嗟に非常事態と判断し、周囲に知らせようなどとは思わないだろう。「ロボ」はそれも計算の上で、帽子を奪い、きっちりとかぶって逃げたのだろうか。

 とにかく今は時間が惜しい。こうしている間にも他の小隊は各地で戦いを続けているのだ。

 作戦決行は明日の日の出と決めている。おおよそ五時半とすると、今が夜七時くらいなので九時間半。ホルダーたちの仮眠や作戦前のウォーミングアップを考えると、すぐにでも「ロボ」の協力を取り付けなければいけないというのに――。

 真緒は指令に通信をつなぎ、判断を仰ぐことにした。

 

「こちら「織田信長」です! 指令、今よろしいですか?」

『はい。何でしょうか。ああ、頼まれている兵器や設備の手配は順調ですよ。軍事方面のアドバイザーも手配済みです』

「ああ、それはどうも……じゃなくて! 「ロボ」が私の帽子をもって逃げ出したんです!」

『……どういう状況ですか、それは?』

「とにかく、「ロボ」の協力を取り付けるのに苦戦してます! どうしたらいいでしょうか!」

『ええと……仕方ありません。トンネル攻略作戦に向け、全ての人員を最優先で配置すると決めています。A・ローガン内の人員への指揮権を一時的に貸与します。それでどうにかなりますか?』

「ありがとうございます! っぜえ、っぜえ」

『大丈夫ですか?』

「今、走ってて! では、失礼しますっ!」

 

 走りながら通信を切ると、ちょうど視界の先の広場で「ロボ」がくつろいでいるのに気が付いた。周囲の人々は帽子をかぶってあくびをしている狼を興味深そうに見るが、異常事態だと気づいているものは少ない。その数少ない一人がこちらに駆け寄ってきた。

 

「ミス・ロクテン。そ、その……あの狼は、一体? 騒ぎになって刺激してはいけないと思い、見張るだけにとどめていましたが……」

「ああ、やっとまともな人が……。ありがとうございます」

「よし。僕の能力で周囲を封鎖しよう」

 

 「アヴィケブロン」が床に手をつくと、けたたましい音とともに床材がはがれ、巨大なゴーレムを形作った。合金のゴーレムたちはスクラムを組んで広場から伸びる通路をふさごうとする。

 

「■■■■■■■■■■――!!」

 

 だが、「ロボ」はそれを許さなかった。周囲の壁をびりびりと揺らすほどの遠吠えを放つとともに、その身が青白い光に包まれる。一瞬にして体長が三メートルを超す狼の輪郭が形作られ、周囲の人々がようやく事態の異常さに気づいて悲鳴を上げた。

 

「来るか!」

「いや……?」

「■■■■■■!!」

 

 身構えたこちらに対し、「ロボ」がとった行動は消極的だった。こちらに背を向けると、一つの通路をふさぐゴーレムをぶち倒し、空いた隙間へと体をねじ込んだ。AUウェポンを解除し、小柄に戻った体は難なく隙間をすり抜け、またどこかへと走り去ってしまう。

 今更のように鳴り響く警報の中、三人のE遺伝子ホルダーは顔を見合わせた。

 

「こっちを傷つけるつもり、ないのかな?」

「一体何のつもりだ?」

「というより、これは……遊ばれている?」

 

 帽子を奪った時の笑みのような表情。あくびをかみ殺してこちらを待ち構えていた態度。だとすれば……。

 

「「アヴィケブロン」、お願い。これから先、AUウェポンは無しで。「ジェロニモ」も」

「分かった。が、どうするつもりだ?」

「もちろん、捕まえる。帽子も取り返さないと。ただし、武器は無しで」

 

 真緒たちはA・ローガンの指令室に駆け込むと、つっかえつっかえで周囲の人々に叫んだ。

 

「あー、その、「織田信長」です! 指令より、ここの、A・ローガンの指揮権を一時的に貸与されています! 狼を捕まえます! あと警報! 警報止めてください!」

「帽子が無いとダメダメだな、君は」

「ああもう、そう思うならそのお面貸して! この際かぶれるものなら何でもいい!」

「すまないが、この仮面はアレルギーと皮膚病のせいで手放せない。諦めてくれ」

「仕方ない。そこの君、彼女に帽子を貸してくれるか」

 

 演技のスイッチとして帽子を条件づけていたせいで、帽子が無いと途端に心細くなる。いつまでもこんなことではダメだとわかっているのだが。

 「ジェロニモ」がスタッフから借りてくれたDOGOOのシンボル入りの帽子をかぶり、心を落ち着かせる。少し感触は違うが、四の五の言ってはいられない。

 真緒の眼がほんのわずかに赤く光った。要塞中に届くよう設定してもらったマイクを握り、叫ぶ。

 

「A・ローガンの全人員に次ぐ! こちら「織田信長」じゃ! 現在「ロボ」が、そのーあれじゃ、先月捕まえた狼のE遺伝子ホルダーが帽子を被って逃げておる! 奴から帽子を奪い返せ! くれぐれも、銃だの警棒だのは使わんように! あくまで遊びじゃからな! 繰り返す――」

 

 やはり本調子ではない。どうにか放送を終え、ゼイゼイと息をついていると、「アヴィケブロン」がこちらから帽子を取り挙げた。

 

「え? な、何を」

「ああ。僕のAUウェポンならば、ゴーレムにしなくとも少々造形を変えることができるのでね。そこの壁をはがして作ってみた。どうだろう」

 

 そう言って差し出されたのは、歪ながらも木瓜紋を模したピンバッジだ。それを帽子に取り付けると、ほんの少しだけ調子が戻った気がした。

 

「うむ。いくらかよいな。感謝する」

「それは良かった」

「しかし、事情が事情とはいえ床やら壁やら引っぺがして大丈夫なのかの?」

「ああ。おそらくあとで「ジャンヌ」に怒られるから、覚悟しておこう」

「……で、あるか」

「二人とも、急ぐぞ」

 

 先に駆けだした「ジェロニモ」を追い、「信長」たちは駆けだした。

 

  *

 

 なるほど、相手はこちらのルールを汲んでくれたらしい。先ほどから捕まえようとやってくる人々は、誰一人として武器を持っていない。また、自分ではなく、帽子をとろうと必死になって手を伸ばしてくる。

 いいぞ。

 人の体は走るのにはあまりにも不向きだ。その分前足で小器用な真似ができるのは知っているが、それも今の状況では役に立つまい。一跳びすれば悠々と追手を振り払い、一駆けすれば軽々と引き離せる。人海戦術で来ても無駄だ。こちらのルートを読んで待ち構えても無駄だ。賢さと力強さを兼ね備えた自分には敵うはずもない。

 どうだ、この身に眠る祖の狼よ。

 自分の痛快さが伝わっているか?

 彼らの必死さが伝わっているか?

 

「やーっとこさ見つけたぞ「ロボ」よ! わしの帽子を返せぇ!」

「待てと言われて待つ泥棒がいるとは思えないが」

「二人とも。このペースだと「ロボ」はおそらく半日は走り続けられるぞ。むやみに追い掛け回さず、策を練った方がいい」

「だぁ――!」

 

 そしてなにより、彼らの愉快さが伝わっているか?

 「ロボ」は「信長」たちから逃げ回りながら、笑みを浮かべた。

 かれこれ一時間以上も逃げ回っている。自分はまだまだ余裕だが、彼らは大分参っているようだ。勝負をかけるとすれば、そろそろだろう。

 

「よーし! 絶対崩すなよ!」

「おう!」

「おう!」

 

 やはりだ。行く手を阻むように、人の壁が作られている。祖の狼の力を借りずにここを通るのは無理だろう。一度止まり、背後の「信長」たちの方へ取って返す。

 

「来た! ぬかるなよ!」

「分かっている」

「よし」

 

 三人は気合十分といった感じだ。その背後からも何人もの人が押し寄せている。ここが勝負どころだ。

 

「■■■■!」

 

 自分は一吼えすると、首を振って帽子を放り投げた。まさかそうすると思わなかったのか、「信長」たちの注意が頭上に舞った帽子に注がれる。狙い通りだ。

 

「ぐえっ」

「ぬおっ」

 

 彼らの注意が上を向いている間に、自分は壁を蹴って三角跳びをした。そして先頭にいた背の低い「信長」の顔を踏み台に更に高く飛ぶ。続いて後続の顔を踏みつけ、帽子を回収しつつ、人の波を踏み越えて切り抜けた。

 

「や、やりおったな!」

「なぜ君は踏まれなかったんだ、「アヴィケブロン」」

「仮面で足が滑りそうだからか?」

「言っとる場合か! 追うぞ!」

 

 先頭集団から状況が伝わっていないのだろう。逆走して来る自分に驚き、後続の集団が色めき立つ。ぶつかり合い、倒れてしまう人々すらいた。それでもこちらに手を伸ばす彼らをすり抜け、目を盗み、通路を駆け――。

 しまった。

 

「やっと、こちらの策が通ったか!」

 

 そう言って「信長」が追いかけてくるが逃げ場はない。何せ、この広場の通路は、今自分が走ってきた一箇所以外は全てゴーレムの残骸でふさがれているからだ。

 自分は最初の広場に戻ってきてしまっていた。

 

 *

 

 ようやく追い込んだ。

 ここは最初にゴーレムを使って道を封鎖した広場だ。「アヴィケブロン」のゴーレムは操作を止めれば自重に負けてただの岩や砂の塊に戻ってしまうが、今回は床や壁の素材を使っていたこともあり、壁としての機能をまだ保っていた。流石に「ロボ」と言えど、AUウェポンを使わずに金属や鉄筋コンクリートの壁をなぎ倒せたりはしないだろう。

 使わずにいてくれるなら、だが。

 

「追い込んだはいいが、逃げられたりはしないのか、「信長」」

「そういうルールならば、おそらくは。一度「アヴィケブロン」がウェポンで道をふさいだから、こちらも一度ウェポンを使って壁を破った。あやつはそういうつもりだろう。これは狩りではない。あらゆる手段を使うつもりはあるまい」

「遊び、か」

 

 ふと、「ジェロニモ」が笑みを深めた。

 

「狼は子供のうち、群れの仲間との遊びを通して狩りの訓練をする。群れの仲間たちの動きや癖を知り、大人になればそれを生かして一糸乱れぬ狩りをする。……そういうことなのか? 誇り高い狼よ」

「■■■■――」

 

 まだ終わっていない、とでも言いたげに、「ロボ」は姿勢を低くして唸った。ならばこちらも。

 

「せぇーの!」

 

 三人同時にとびかかる。やはり「ロボ」は左右に飛び交いフェイントを仕掛けてきた。しかし、こちらはそれに惑わされない。それぞれがあらかじめ決めておいた範囲に「ロボ」が飛び込んできたのを捕まえることに集中し、自分の領分以外を無暗に追いかけることをしない。果たして――。

 「ジェロニモ」の指先がかすめ、帽子が宙に舞った。

 

「■■■■!」

「させるか!」

 

 「信長」と「ロボ」が同時に飛んだ。指先と鼻先がぶつかり、帽子に迫り。

 

「とっ――た!」

「■■■■……」

 

 帽子は持ち主のもとへと返っていた。

 「信長」はさっそく帽子を被り慣れた方に変え、横で嘆息している「ロボ」に問いかけた。

 

「さて、と。気は済んだかのう」

「■■」

 

 短く鳴くと、ロボはどこかに歩き始めた。おそらく部屋に帰るのだろう。

 これで一件落着か。

 そう思っていたら、「ロボ」が急に「アヴィケブロン」をど突き倒し、彼の手から零れ落ちたAUボールに前足をかけた。

 

「えっ」

「なっ」

 

 反応する暇もない。ボールの補助もあってか、先ほどよりも更に一回り大きく感じる、力強い狼の体躯がみるみる間に構築され、要塞ごと揺るがしかねない遠吠えを上げた。

 

「■■■■■■■■■■――!!」

「な、なんじゃ? まだ何かあるのか?」

「気をつけろ、「信長」」

「痛いな……。僕のボールは戻ってくるのか?」

 

 三者三様に「ロボ」を見守る。青と銀の毛皮に怒気を孕んだ狼がゆっくりとこちらを見た。

 

「■■■■」

 

 何かを伝えようとしている。「信長」は恐る恐る近づき、「ロボ」の眼前に立った。しかし、狼は動かない。もう少し勇気を出して、その額に触れた。

 

 次は負けない。

 

「え……?」

 

 声が聞こえた気がして、もう一度触れようとした。しかし、その輪郭はすでに光に溶けていた。光の中から姿を現した「ロボ」は、AUボールを鼻先で「アヴィケブロン」の方に押しやると、今度こそ部屋に向けて歩き出した。

 

「どうした? 何か伝わってきたのか?」

「うむ。……次は負けない、と」

「次があるのか」

 

 AUボールを拾い、ほとほと参った様子で「アヴィケブロン」が言う。

 「信長」はそんな彼にあくまであっけらかんと笑って言った。

 

「うむ。次も勝つぞ。その前に――この作戦、なんとしても成功させねばな」

「ああ」

「よろしく頼む」

 

 これで役者はそろった。

 織田信長。

 ジャック・ザ・リッパー。

 アヴィケブロン。

 ジャンヌ・ダルク。

 ジェロニモ。

 ジョルジュ・メリエス。

 ビリー・ザ・キッド。

 ウィリアム・シェイクスピア。

 そして、狼王ロボ。

 

「いざ、出陣じゃ」

 

  *

 

 翌朝午前五時半。コスタリカ、トンネル太平洋側。

 

「さあて、者ども。準備はよいかの?」

 

 コスタリカ、トンネル大西洋側。

 

『こちら「ジェロニモ」。準備良し』

 

 コスタリカ、ニカラグア湖近くのウパラ上空のヘリコプター。

 

『こちら「メリエス」。オッケーですよ☆』

『こちら「シェイクスピア」。――ほんとに吾輩も出ねばならんのです?』

 

 「メリエス」らのヘリコプターの真下。

 

『こちら「ジャック」。頑張るよ』

『こちら「ビリー」。誰が一番多く倒せるか競争しようか』

 

 ウパラから南東に3キロメートル地点。

 

『こちら「アヴィケブロン」。気が重い』

『こちら「ジャンヌ・ダルク」。この作戦、本当に大丈夫なんですか?』

『■■■■……!』

 

 各々の声を聴き、「信長」は大きくうなずいた。

 

「うむ。全員元気そうで何より。では健闘を祈る」

 

 通信機の向こうから不満やら何やらがあふれそうになったが、間一髪通信を切ることに成功した。

 ちょうどその時、海面の下から地響きが上がった。「戦艦型」を誘い出すべく投下された魚雷がトンネルの入り口付近で炸裂したのだ。

 

「敵影確認! 「戦艦型」です!」

「よし」

 

 AUボールを握りしめる。体の内から衝動が沸き上がり、口の端が吊り上がって三日月を作った。光に包まれたボールが膨れ上がり、あっという間に銃を形作る。銃の大きさは真緒の身の丈ほどもあり、旗印たる永楽通宝をあしらった銃口は黄金(こがね)の輝き。小札(こざね)板のような意匠が連なる帯が機関部から伸びて肩から背までを覆い、銃の上では仮面が目を光らせる。

 輪郭を定めた銃から光が散ったまさにその時、眼前の海面に「戦艦型」が姿を現した。

 備えは良し。空にはかき集めた空中要塞。背後には甲板上に並べた戦車の群れ。そして何より、それぞれの戦場で出番を待つ仲間たちがいる。

 

()くぞ!」

 

 作戦の幕が切って落とされた。

 




原作2巻の範囲が何とか終わりました。今後ともよろしくお願いします。


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幕間 藤丸立香の戦い

 修学旅行の出来事からおよそひと月。夏至も目前に迫ったせいか、六時半だというのに辺りは夜の気配はまだ訪れていない。じりじりと暑さを増す毎日に、早くも外に出るのが億劫になりつつあるが、自分の目的のためには勇んでコンクリートジャングルへと出かける必要があった。

 新宿駅の駅前で人波をにらんでいた、そんなある日のこと。ふいに携帯電話が震えた。見知らぬ番号だが、誰だろうか。

 

「はい、もしもし?」

『あ、藤丸さん? えっと、真緒です』

「真緒ちゃん!? え? どうして?」

『久しぶり。特別に衛星電話借りられて。本当は訓練終わったら手紙出すつもりだったんだけど、ちょっと、立て込んでて』

「ううん、いいんだよ。忙しいでしょ。……それで、今日はどうしたの?」

『……ちょっと、不安で。詳しくは言えないけれど、今から大きな作戦で。私が、考えたんだ』

 

 世界を守る戦いの大きな作戦を考えた。それは文字通りに受け取ればすごいことだ。だが。

 

「大丈夫だよ」

 

 電話の向こうから、息をのむ音が聞こえた。

 

「これだって思って、考えたんでしょ? 周りの皆もそれで行こうって思ってくれたんでしょ? だったら大丈夫。私も、真緒ちゃんを信じてるから。だからきっと大丈夫だよ」

『ありがとう。藤丸さんならそう言ってくれると思ってた』

「うん。前に言ったでしょ。真緒ちゃんが真緒ちゃんである限り、私は真緒ちゃんを応援するって。私が応援して助けになれたなら――」

 

 なれて、いるだろうか?

 

『……? どうしたの?』

「ううん。私も一緒に戦ってるから。だから、真緒ちゃんは一人じゃない。DOGOOの人たちだって、真緒ちゃんを一人にはしないよ」

『うん。ありがとう。それじゃあ――』

 

 別れを惜しみつつ、立香は電話を切った。

 

「私も一緒に、かあ」

 

 自分も戦うと決めたはずだった。遠く離れても、日本でできることをしようと。自分にしかできないことをやろうと。だというのに。

 そんな風に物思いに沈んでいると、太陽に映える金髪の少女がこちらにやってきた。真緒の家に家政婦としてやってきたDOGOOのエージェント、アルトリアだ。水兵服の少女は買ってきてくれた飲み物をこちらに差し出すと、顔色をうかがってきた。

 

「お待たせしました、リツカ。……おや、どうかしましたか?」

「ああ。真緒ちゃんから電話があって」

「何と、ノブナガ様から!」

 

 織田信長こと六天真緒は、今や日本では知らない人はいないと言ってもいい有名人だった。

 両親を早くに失くした小柄な黒髪の少女が、織田信長の魂を受け継ぎ、エイリアンと戦うべく超国家組織に参加する――。本当にフィクション顔負けの売り文句だ。

 真緒本人は過小評価していたが、幼げながら精悍な顔立ちと綺麗な黒髪という見た目がある上、台湾での映像からうかがえる「織田信長」としての戦いぶりがギャップを生み、今やSNSでも連日トレンド入りしている始末だった。

 本人が知ったらなんというだろうか。慌てふためき、謙遜するだろうか。そう思うと少しおかしかった。

 

「ノブナガ様はなんと?」

「えっと、これから大きな作戦だって。だから、ちょっとエールをね」

 

 自分もこうしてはいられない。いつもならそろそろ帰る時間だが、今日は場所を変えてもう少し粘ってみよう。

 真緒が旅立ってから一か月弱。自分が取り組んでいたのは未発見のE遺伝子ホルダーの探索だった。

 

  *

 

 真緒と病室で語らった日、自分はDOGOOの指令に提案した。自分の持っている力を使って手伝いがしたい、と。

 もともと、自分が真緒のことを気にかけていたのは、彼女の背後に影のようなものが見えていたからだった。

 人影のようにも見えるそれは、彼女の背後にいつも静かにたたずんでいた。最初は見間違いかと思ったが、間違いなかった。何度も何度も見返し、なおかつ他の人には見えていないのを確認した。

 霊感がある方ではない。一度、真緒の目を盗んでその影に触れてみたこともあったが、何の感触もありはしなかった。影も自分に反応したりしなかった。

 ならば、アレは何なのか? 真緒自身が知っているかもしれないと思い、台湾で声をかけた。思った以上に人と仲良くするのが苦手な彼女と無理やりにでも友達になって、その正体を知りたいと思った。その時はどうにかきっかけを手に入れ、日本に帰った後はどうやって仲良くなろうかと考えながらでっかいオッサンへと続く道を歩いたものだ。

 でもその答えは意図せず分かってしまった。

 

『我こそは第六天魔王波旬織田信長! 怪物どもよ、三千世界に屍を晒すが良い!』

 

 彼女は戦士だった。あの影はその証だった。

日本では知らない人のいない、かの戦国の勇士だったのだ。

 最初の切っ掛けである、影への興味はなくなった。もう答えが出てしまった。それでも、彼女が病室に尋ねに来てくれて、ずっと自分の心配をしてくれているとわかったとき、影のことなんてどうでもよくなるくらいうれしかった。もうその時には、最初の切っ掛けなんて関係なく、自分は真緒と友達になりたいと思っていた。

 手段と目的が逆転したというと、悪いたとえによく使われるけれど、自分の場合はそうではなかった。影のことを知りたいがために友達になろうとしたのが、友達のために他の影の持ち主を探すことに変わった。

 それが、少しでも彼女の手伝いになると信じて。

 総司様――沖田桜と真緒は仲良くしているだろうか。真緒以外で唯一、影をその背に見た彼女の存在を、自分はDOGOOに教えてしまった。そうすることで自分の価値をアピールした。

 今にして思えば早まったことをしたと思う。信じてもらえるかどうかは別として、沖田桜の意志を確認してからでも遅くはなかっただろう。

 そう思うのに、今も似たようなことをしている。それしかできることがないと、自分に言い聞かせるように。

 

「さて、どこへ行きましょうか」

「人の多いところがいいよね……観光名所の方がいいかなあ」

「それならば、今日から上野でウキヨエの特別展をやるようですよ!」

「……せっかくだし、私たちも見に行こうか? 今日はもう遅いし下見だけ――週末にでも、勝行君と千夜ちゃんも誘ってさ」

「是非!」

 

 自分は連日、暇を見つけては、東京を中心として多くの人が集まる場所を訪ねていた。多くの人の中に、影を背負った人がいないかを探すためだ。

 本当のことを言えば、E遺伝子のもととなった人物にゆかりの地を訪ねたいところだったが、どんな偉人の血がE遺伝子として残されているのかはトップシークレットだという。あたりをつけて各地を訪ねるというのも考えたが、まずは分母を増やす方向を試すことにした。新宿、秋葉原、千代田などの要所はもちろん、浅草などの観光名所を連日熱心に訪ね、人の波に目を凝らす毎日だ。

 とはいえ交通費もただではない。真緒の家の護衛も兼ねているエージェントのアルトリアを同行させるという条件で、いくらかの援助も受けている。おかげでこちらの懐事情は心配しなくてもよかった。

 アルトリアもアルトリアで気になる人物なのだが、彼女の事情はよく分かっていない。こうして行動を頻繁にともにするようになっても、仮にもエージェントと言うべきか、個人的なことはさっぱりだ。それでも、真緒と勝行と千夜をきちんと大切に思ってくることは伝わってくるので大事はないだろう。

 特に真緒のことについては、何かしらテレビで報じられるたびに録画して見返しているようで、自分はノブナガ様のファンだと言ってはばからない。そのほかにも日本の風習などにはよく興味を示し、ウキヨエについても彼女自身が見てみたい気持ちがあるのだろう。そんな彼女が目を輝かせている様子を見るのはとても微笑ましくなる。

 

『まもなく上野――上野――』

「あ、着きましたよ」

 

 上野駅を出ればすぐそこが上野公園だ。博物館や美術館、動物園も密集するエリアには、平日の夕方だというのに人が多く見られた。ここならば――。

 

「え」

「どうかしましたか、リツカ」

「いた。いたよ」

「まさか」

 

 そのまさかだ。

 少しはなれたベンチでスケッチブックを構えている女性がいる。自分より少し年上――大学生くらいだろうか。艶やかな黒髪をお団子にまとめ、ラフながらもセンスを感じさせる服に身を包んでいた。そして鞄にはなぜか大きなタコのぬいぐるみのようなものが――。

 

「彼女ですか」

「うん。わかる?」

「ええ。ただものではないというか」

 

 その彼女は、チェロを演奏しているストリートミュージシャンをスケッチしているようだった。目つきは鋭くもややけだるく、周囲の雑踏など自分には関係ないとでも言いたげに、その雰囲気は周りから一枚浮いていた。

 彼女の背後には間違いなく影がいた。うすぼんやりといた人影のようなものが、お団子頭の彼女の背後から彼女の手元をのぞき込んでいる。絵を見ているのだろうか。そう伝えると、アルトリアがつぶやいた。

 

「もしや、カツシカ・ホクサイでは」

「ホクサイ? 北斎って、あの?」

「ええ」

 

 駅舎でもらったのか、北斎展のパンフレットをアルトリアは差し出した。日本の絵描きの代名詞でもある彼が傑物として評価されるのはなにもおかしくはないだろう。

 

「よし。行こう」

「え? わ、私もですか?」

「ん? 別に一人でもいいけれど、どうかしたの?」

「あのタコが……」

「タコが」

 

 お団子の彼女に目を向けると、鞄に着いたタコのぬいぐるみと目が合った。いや、そんなはずはないのだが、じろりとこっちを見ているような気がする。

 西洋ではタコは気味悪がられていると聞いたことがある。まあ、別に護衛が必要な事態にはならないだろう。鞄に忍ばせたブツを確認すると、アルトリアに「ちょっと待ってて」と言い、お団子頭の少女へと近づく。

 

「すいません。お時間、いいでしょうか」

「…………」

 

 かりかりかり。しゃっしゃっ。かりかり。

 

「あ、あのー」

「なんでぇ。人が絵ぇ書いてんのが見えねえのかい?」

 

 口調こそぶっきらぼうだが、愉快そうな面持ちで彼女はこちらを見た。

 

「なんの用だい? 顔を書いてくれってんなら大歓迎サ。あんたはなかなか別嬪だ。あっちの連れの西洋人と一緒なら、なおさらだねえ」

「ええと……実は、聞きたいことがあるんです」

「ん? なんだい」

「進化侵略体について、どう思いますか」

「進化侵略体ぃ?」

 

 途端に怪訝そうな顔になる。無理もないだろう。このひと月で飽きるほどテレビで報じられてきた存在だ。

 海岸近くに住む人が内陸に逃れようとすることを筆頭に、進化侵略体はこの国の価値観そのものを変えてしまった。海に面する土地の値段が下がり、各都道府県の人口が露骨に変わり、経済や生活へと少しずつ日常に軋みを与えている。

 それでも日本はまだ平和な方だ。東南アジアの島国など、国そのものから逃れようとする人々が多くいるという。

 まさしく世界を変えかねないそんな存在に、自分たちは否応でも意見を持たざるを得なくなった。そんな存在に、彼女は――。

 

「実物を見たことねえから、分からねえな」

「え? 分からないって……」

「映像を見て描ける分はあらかた描き尽くしたからな。()()()()()だっていうから、最初はいいネタだと思ったが、どうにもつまらねえ。よくよく見たら古代生物の焼き直しが多いんだ、あいつらは。もう描く気は起きねえな」

「か、描く?」

「ああ。おれは絵描きだ。描く以外のことなんて、考えるかよ」

 

 なんて人だ。少し話しただけで、普通ではない価値観を持っているとわかる。

 期待が高まる。もしかして、彼女ならば――。

 

「だったら――これ、見たことがありますか?」

「んん?」

 

 立香はカバンからAUボールを取り出した。手のひら大のそのボールは、生ぬるい空気の中ではひんやりとした感触を手のひらに返した。E遺伝子ホルダーの判別用に、と特別に預けられた一つだ。

 お団子頭の彼女の目線が、幾何学模様が刻まれたボールに注がれる。遠目に近目に眺め、少し考え込み。

 

「ちょいと貸しなよ」

「は、はい」

 

 立香の手からもらい、手の内で弾ませたり、爪を立てたり、地面に転がしたり、日にすかしたり、頬にあてたり――。そんな彼女の一挙一動を、立香は固唾を飲んで見守った。

 そして、たっぷり五分も経っただろうか。彼女はボールを立香に返した。鞄に仕舞おうとすると、鋭く「そのまま」と言われたので、そのまま手に持って更に待つ。彼女はスケッチブックの新しいページを開くと、ボールのスケッチをとり始めた。

 そして、更に五分。筆が止まり、スケッチブックが閉じられた。

 

「ふむ。なかなかいい題材だった。素材も見た目も興味深い――」

「そ、それで? これ、見たことありますか? 何か、感じたりとか」

「いんや? ()()()そんなもの見たことねえや」

「えっ」

「じゃあな。次に会ったら顔を書かせておくれよ」

「ちょ、ちょっと!」

 

 呼び止める間もなく、身軽にお団子頭の彼女は人並みをかいくぐって駅の方へと行ってしまった。アルトリアを置いて追いかけるわけにもいかず、伸ばした手がむなしく空をひっかく。

 一歩遅れ、離れて見守っていたアルトリアが駆け寄ってくる。

 

「リツカ。もしや、断られてしまったのですか?」

「いや、断られたというか、それ以前というか……」

 

 前途は多難なようだった。

 

  *

 

 お団子頭の美大生――川村栄沙(えいさ)はいつもより速足で家に帰り着くと、乱暴に戸を開けた。

 

「おうい、とと様。いねえのかい! ……いねえや。まあいいか。またどっかほっつき歩いて絵ぇ描いてんだろ」

 

 別居している姉が差し入れてくれた肉じゃかを食べつつ、酒を飲み、タバコをふかす。時代に逆らっている自覚はあったが、喋り方にしろ趣味にしろ、時代に合わせるだけ損だ。絵を描くのに便利なものをのぞいては、だが。

 タバコは公然と吸えるようになって一年と少しだが、それでもどんどん吸える場所が少なくなっているように感じる。子供のころには駅のホームにも喫煙所があったものだが。

 そんなことを考えながら今日書いた絵を見返していると、幾何学模様を刻んだボールが書かれたページで手が止まった。

 

「……悪く思うなよ、嬢ちゃん」

 

 自分の眼で見たのは初めてだ。だから嘘じゃない。しかし、夜な夜な見る夢で見たことがある。それをはっきりと知っている。

 だが、ダメだ。自分も、この身に眠る画狂も言っているのだ。

 

「世界を守ってる暇があったら、おれは絵を描くサ」

 

 煙草の灰が落ち、ボールの絵を焼いた。

 



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十八ノ銃 ストーンフォレスト作戦 その1

『「戦艦型」浮上確認! 本船をロックオンしています!』

『作戦開始まで、あと30秒! 28、27、26……』

 

 とうとう、作戦が始まる。今後の戦局を大きく左右する、「戦艦型」と数千にも及ぶ侵略体に守られた原始細胞を殲滅するための作戦が。

 手は尽くした。使えるものは全て使った。それでも、明確にこちらの戦力と言えるのはたったの八人と一匹。

 「織田信長」、「ジャック・ザ・リッパー」、「ジャンヌ・ダルク」、「アヴィケブロン」、「ジェロニモ」、「ジョルジュ・メリエス」、「ビリー・ザ・キッド」、「ロボ」、「ウィリアム・シェイクスピア」。

 ゆえに、この作戦の名は、かの「偉人」に敬意を表して。

 

『3、2、1、0!』

「ストーンフォレスト作戦――開始じゃ!」

 

 「織田信長」は「戦艦型」の注意を引き付けるべく三段撃ちを叩き込んだ。

 

「まずは第一段階! 「ジェロニモ」よ、頼むぞ!」

『了解した』

 

  *

 

 「ジェロニモ」が任されたのは、敵の進路を確認することだった。「織田信長」が「戦艦型」を引き付けている間に、大西洋側からトンネルに侵入し、ニカラグア湖へ向けて掘られたトンネルの正確なデータを入手する。実際にその役割を負うのは観測機器を積んだ小型潜水艇だが、トンネル内に戦力が残っていたときのための護衛として同伴している。

 

『こちらJ(ジョニー)・リコ。「ジェロニモ」、視界はどうだ?』

「問題ない。トンネルはもぬけの殻だな。……敵の作戦に気づいていなかったらと思うと、ぞっとする」

 

 小型の無人潜水艇を伴い、「ジェロニモ」はトンネルの中を突き進んでいく。時間が惜しい。水中用スーツに増設した水中スクーターを全力で稼働させる。

 しかし、その途中に気になるものがあった。

 

「……これは」

『どうした?』

「「工兵型」の死骸か? 「ビリー」がやったものだな。傷は少ない」

『一応潜水艇のストレージに放り込んでおいてくれ。敵のサンプルは多い方がいい』

「分かった」

 

 少しの寄り道もあったが、とうとう一つのトンネルを探り当てた。同伴の潜水艇のスキャナを起動し、データを送る。

 

『……よし、トンネル開口部の角度と方向のデータは取れた。「ジェロニモ」は急ぎウパラに向かってくれ』

「ああ。……幸運を祈る」

『こちらこそ! 通信終了』

 

  *

 

「諸元データ出ました!」

「分かりました」

 

 ニカラグア湖へと向けて掘られているトンネルの正確な角度と方角のデータを受け取り、車椅子に読み込ませた「ナイチンゲール」は、さっそく解析を開始した。指令室に歯車の回り、かみ合う金属音が奏でられる。

 そして、一際音高い響きとともに、結果が出た。

 

「出ました! ポイントE-6、進路は北西微西です! 「シェイクスピア」、「メリエス」、第二段階をお願いします!」

 

  *

 

 「シェイクスピア」はもう表舞台に出ないと決めていた。後進のホルダーを鍛え、送り出すことが自分の義務であり、できることであると。

 北極海の空を軽やかに飛ぶ「ダ・ヴィンチ」とは違うのだ。

 だというのに、「織田信長」は作戦に参加せよという。いつぶりになるか分からない戦闘用のスーツに身を包み、準備運動をしただけで軋む体に鞭打ってヘリに乗り込んだ。訓練の時に厳しくされた仕返しだろうか。全く、どんな目にあわされることか。

 そして、今は――。

 

「宙吊りとは――! ああ、恩知らずという形で現れる人間ほど(O see the monstrousness of man,)恐ろしいものはない!(When he looks out in an ungrateful shape!) とは言いますが――!」

「はーいオジサマ、じっとしないと見切れますよ☆」

 

 ヘリコプターから宙づりにされた「シェイクスピア」は、AUウェポンの演台ごと、万が一にも落ちないようにがっちりと固定されていた。

 そんな「シェイクスピア」をカメラに収めた「メリエス」が一度、大きく息を吸った。

 

「さあて、空前絶後の長回し。「エルミタージュ幻想」を超えるか否か……」

 

 「メリエス」のカメラが映し出した「シェイクスピア」の姿が四人に分裂した。それぞれの「シェイクスピア」も、やはりその身を固定され、ヘリコプターに宙づりにされる道をたどった。DOGOOのスタッフがてきぱきとその身を固定する間にも、四人の劇作家の口は止まらない。

 

「おお、これはこれは! 吾輩が四人となれば、仕事も四倍、苦労も四倍、締め切りも四倍ですな!」

「それは違いますぞ、吾輩! 四人で一つの脚本に取り組もうとして苦労が更に四倍で十六倍になりますので!」

「まったくですな! 加えて言うならば時間が四倍かかって締め切りは四分の一になりますな! ははは!」

「仕事になりませんな! ここは既にできている脚本を演じてお茶を濁しては? 四大悲劇の同時上演などがよろしいかと!」

『きっちり四人分うるさくなっとらんで仕事せんか――!!』

「「「「承知いたしました」」」」

 

 通信機ごしに「信長」に怒鳴られた四人の「シェイクスピア」は、「ナイチンゲール」に言われた地点に運ばれると、北東から南西へと線を描くように並び、地面すれすれに待機した。

 

「では行きますぞ!」

 

 「シェイクスピア」の能力は周囲百メートルを己の舞台に変え、塗り替えること。それは地形すら無視して行使される。その気になれば、足元の地面に半径百メートルのクレーターを作り出すことすら可能なのだ。

 作戦の概要を昨晩、「信長」はこう述べた。

 

『地中の連中に手を出すのは難しい。海水の満たされたトンネルなどという連中の土俵に踏み込んでやる義理もない。ゆえに――地中を掘り進む連中の進路をふさぐように貴様を四人並べ、堀を作る。「ナイチンゲール」の予測によれば、連中は地下七十メートルを掘り進んどるらしいが、十分じゃな? 奴らを舞台に放り出せ!』

『大変言いにくいのですが。吾輩は足元の地面を消したらどこに居ればよいのでしょう? 下手に地形を戻すと*いしのなかにいる(YOU ARE IN ROCK. )*状態になりかねませんが』

『ああ、それならば抜かりない』

 

 結果、宙づりにされたまま「シェイクスピア」は能力を行使した。それぞれの「シェイクスピア」の足元が百メートルにわたって丸ごとえぐり取られ、その半球が四つ繋がれた即席の堀が出来上がる。

 北西、ニカラグア湖側の地面はあらかじめ、鉄板でコーティングしておく。敵は南東の壁を突き破ってくる計算だ。

 

「さて、いつになるかな」

「ん……。さっき言ってた競争、どうする?」

「どうしようか。「ジェロニモ」は間に合うかな?」

 

 そんな堀のふちギリギリで、「ビリー」と「ジャック」は敵の到来を待っていた。

 敵を最終的に殲滅するのは「ジャック」たちだ。後で何人か合流するが、予測では敵の数は数千。果たして勝てるのか? たった一人で「信長」が「戦艦型」を引き付けている以上、これが最大限の配置だとしても――。

 彼らは飄々とあるいは淡々と敵を倒す。二人とも「シェイクスピア」が教官となるより先に戦場に出ていたために、直接教えたことはないが、優れた戦士であることは知っていた。それと同時に、一人の人間として完璧ではないと言うことも。

 胸の内から湧き上がるものがある。今日まで一度も、そしてこれより先、自分は進化侵略体の一匹も直接殺すことはないのだ。ただ、舞台を整え、送り出すだけで。

 「シェイクスピア」は大きく息を吸い込むと、声を張り上げた。

 

「今日はストーンフォレスト作戦の決行日である!」

 

 いきなりの宣言に、その場にいる皆の耳目が「シェイクスピア」に集まった。

 

「え? 何?」

「『ヘンリー五世』か」

「ホントに自分の作品が好きなんですから」

 

 これを知っているらしい「ビリー」や「メリエス」はともかく、「ジャック」に飽きられてはたまらない。飽きられては劇が泣く。中略し、一番伝えたい部分へとページを進めた。

 

数では劣る我ら、されど幸せな我らは、(We few, we happy few,)兄弟の一団である!(we band of brothers!) なぜならば今日私とともに血を流すものは私の兄弟となるからだ。どんな身分のものも今日からは貴族となるのだ。そして今床に就いている貴族たちは、我々とともに戦ったものがストーンフォレストの手柄話を語る間は、この場にいない我が身の不幸を呪い、男が廃れることになるだろう!」

 

 「シェイクスピア」が台詞を言い終えるとともに、無粋な物音が響いた。南東から飛んできた飛行機の騒音が台詞の余韻をかき消し、「ジェロニモ」を投下して去っていく。

 ぱちぱちと「シェイクスピア」に拍手を送る「ビリー」たちを、到着した「ジェロニモ」は怪訝そうに見た。

 

「間に合ったか? ……なにやら楽しそうだな、「ビリー」」

「惜しいね、「ジェロニモ」。いいものが見れたのに」

「全くですよ☆ タイミング悪かったですね~」

「そうか? 私には、ちょうどに思えるが――!」

 

 気配を感じ、「ジェロニモ」がAUウェポンを展開した。

 今まさに、南東側の壁を突き破り、侵略体が姿を現した。「工兵型」はハサミをうごめかせ、掘り進むべき地面がないことに戸惑っているようにも見えた。しかし、後に控える群れに押されたのか、そのまま開いたトンネルの外へと身を乗り出した。

 

「敵出現! 二番クレーター、深度約67メートルです☆」

『よし! 第二段階の締めじゃ! 絶対に逃がすでないぞ!』

「お任せを! さあ皆々様、鋼鉄の舞台へとご入場くだされ!」

 

 必要なのはトンネル出口の開口部の角度と方位だ。「メリエス」がそれをカメラに収め、合図を送ったのを見て、四人の「シェイクスピア」は指を鳴らした。

 途端に地面がむき出しだったクレーターが、トンネルの開口部を残して隙間なく鋼鉄でコーティングされた。状況を理解して逃げ道を作ろうとしていた「工兵型」のハサミがむなしく擦過音を立てる。

 更にもう一度指が鳴らされ、屋根が出現する。鋼鉄製の板がぴったりと地面を覆い、三人の前衛ホルダーとともに侵略体を逃さない檻を形成する。

 

「行くぞ、「ビリー」!」

「分かってる! それじゃあ――」

 

 彼らが言い終えるより速く駆け出す姿があった。

 トンネルから放り出された侵略体の群れは、敵を察知して進撃を始めていた。しかし、先頭の一団の首が次々に宙に舞う。

 ナイフの鋭い一閃が、彼らの首と体を切り離したのだ

 

「解体の時間だよ」

 



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十九ノ銃 ストーンフォレスト作戦 その2

「さて、第二段階の締めと参りましょう」

 

 現在、半径百メートルのクレーターが四つ、一列に連なった形となっているそれを、戦いやすいように組み替える。今回トンネルが開通したのは西から数えて二番目の「シェイクスピア」のクレーターだ。その一人は動かさずに、他の三人は自身を吊るすヘリコプターの動きに応じて配置を変更した。

 横一列から、円を縦横二列ずつに並べた形。それぞれの円を少しずつ重ね合わせ、地面の下に広い空間を作る。こうして生まれたフィールドは上から見るとまるで四つ葉のクローバーのようだった。

 合わせて半径200メートル弱にも及ぶ鉄の地面を見下ろし、「シェイクスピア」は息をついた。それを見て、彼を撮影・コピーして四人に増やす役目を負った「メリエス」が釘をさす。

「「シェイクスピア」さーん、まだ一息つくには早いですよー」

「分かっております。この後にもう一仕事。そしてあとはひたすら長丁場。まったく「ノッブ」もとんでもないことを考えてくれたものです」

「あのハリケーンの時からずっとそうじゃないですか?」

「ははは、全く持ってその通りですな」

 

 この鉄の蓋の下で、今まさに戦いが始まっている。外に出ようとする無数の侵略体が鉄板をひっかく音に混じって、刃物を振るう音や銃声が聞こえてくる。

 

「頼みましたぞ」

 

  *

 

 「ジャック」はひたすらナイフを振るい続けていた。何せ敵は尽きない。すでに「シェイクスピア」の作り出したクレーターを埋め尽くさんばかりの「工兵型」がいるというのに、更に南東にあいたトンネルからはわらわらと後続が湧き出てくるのだ。

 

「たくさんいるね」

「ペースを考えてよ、「ジャック」」

 

 そういう「ビリー」の手も止まらない。残像すら生まれる速度で銃を抜けば、彼の回りの敵が眉間に風穴を作り倒れていく。

 

「ねえ「ジェロニモ」。「ロボ」は大丈夫なのかな?」

「ああ、おそらくは。今回は一本取ったからな。次は「ビリー」にも付き合ってもらうが構わないか」

「ま、彼をDOGOOに引き入れた責任は取るつもりだけど――」

 

 撃ち尽くした拳銃をホルスターに。AUウェポンが弾丸を装填した手ごたえを感じた瞬間、彼の指先が電光となって動き、敵に狙いを定めて引き金を引く。

 銃声に「ビリー」のつぶやきが掻き消された。

 

「「ジャンヌ」たちが仲良くしてくれてればいいんだけど」

 

  *

 

「あのー。ジャーキーとか、食べます?」

「■■■■……」

「「ジャンヌ」。あまり構わない方がいい。彼は役目を分かっている」

「そうですけど……」

 

 ウパラの戦場から南東に3キロの位置で、狼と二人は待機していた。

 AUボールを改良したAUチョーカーとでもいうべきものを首に身に着けた「ロボ」は、目を鋭く細めたまま地面に伏せていた。まるで獲物を待つ体勢だ。

 その横で、水中用のスーツを身に着けた「ジャンヌ」は彼との距離感を掴めずにいた。「信長」が自分の役割を言い渡してきたときは冗談かと思ったが、こうして待機してくれているのを見ると、「ロボ」もきちんとやるべきことをわかっているようだった。

 

「そう怖がらなくてもいい。彼はとても賢い。「信長」からも聞いているだろう」

「そ、そうですが。あなたは平気なのですね、「アヴィケブロン」」

「まあ、僕も昨夜の騒動には一枚噛んでいるからね。そういう意味では――」

『「ジャンヌ」、「アヴィケブロン」、「ロボ」! そこから西へ820メートルの地点です!』

 

 その時、「ナイチンゲール」からの通信が会話を遮った。

 「ジェロニモ」が偵察したトンネルの入り口と、ウパラで「シェイクスピア」が誘導した出口。両者の情報を得た「ナイチンゲール」が車椅子の統計機関でトンネルの進路を割り出したのだ。

 

『急いでください!』

「■■■■■■■■■■!!」

 

 「ジャンヌ」たちに促されるまでもなく、「ロボ」は遠吠えとともに変身を始めていた。途端に全長が三メートルを超す巨躯の狼が顕現する。

 自分も怖がってばかりいられない、と「ジャンヌ」は旗を握りしめた。この力を使うべき時だ。台湾の時に引き続き、無茶苦茶な方法だが、自分にしかできない役割だというならばやって見せる。

 

「では、行きます!」

「■■■■!」

 

 水中用のスーツで身動きをしづらい「ジャンヌ」が「アヴィケブロン」の助けを借りて背中にどうにか乗ったのを確認すると、「ロボ」は最初から全力で駆けだした。Gで振り落とされそうになり、咄嗟に銀色の毛並みに全身でしがみついた。

 

「ちょ、ちょっと!」

「舌をかむぞ、「ジャンヌ」」

 

 一分足らずで目的地に着いた「ロボ」は急制動をかけて背中の二人を振り落とした。

 

「ちょっと――!?」

「まあ予想はしていた」

 

 しかし文句を言う時間はない。どうにか受け身をとると、さっそく二人とも準備に取り掛かった。

 まず「アヴィケブロン」は所定の位置にウェポンの籠手を押し当てると、息を大きく吸い込んだ。

 

「五大元素接続。土塊に生命と武器を。産み出す楽園にて、受難の民を導き給え」

 

 彼のAUウェポンに刻まれた10のセフィラが全て光り輝いている。本来10体のゴーレムを操る力を全てあそこに結集させているのだ。

 そして、その光が最大に高まった時、彼のAUウェポンが展開し、奥に秘めた11個目の知識(ダアト)を輝かせた。

 

「叡智の光をここに!」

 

 あたりを揺れが襲った。「アヴィケブロン」の足元が盛り上がり、彼を宙へと持ち上げる。バラバラと余計な土を落としたその姿は、彼を乗せた巨大な肩と、それにつらなる頭部だった。

 肩までを地上に引きずり出した巨人は、身もだえするような動きで地面を引き裂きながら自身の両腕を宙にぶち上げると、そのできたばかりの手のひらをまだ無事な地面に押し当て、五指までを食い組ませて力をくわえた。

 より地下深くに力が加わったためか、揺れの質が変わる中、とうとう巨人は片膝を地上に乗せることに成功した。後は一息と言わんばかりに、全身を使って体を持ち上げる。一瞬、重力と膂力がつり合い、軽やかな挙動を産んだ。

 しかしそれも一瞬。両足で巨人が降り立ち、とどめと言わんばかりの揺れと衝撃が周囲を襲い、一瞬「ジャンヌ」の体が宙に浮いた。

 高さ15メートルにも及ぶ巨人が大地から誕生した。

 

「よし。では次だ、「ジャンヌ」」

「はい! お願いします!」

 

 「ジャンヌ」は、巨人がその身を起こしたことで出来た深さ10メートルほどのクレーターに滑り込み、一番深くなっているところにAUウェポンである旗を突き立てた。自分をぐるりと取り囲むように球状の防壁を作り上げる。直径は10メートル程度だ。そして更に意識を集中し、防壁の形を変える。横の大きさはそのままに、上下に範囲を伸ばしていく。そしてその先端が上空15メートルに達したとき、防壁はまるで地面に半分埋まったラグビーボールのような形になっていた。

 

「これで――行けます」

「よし」

 

 「アヴィケブロン」の操作に従い、巨人が「ジャンヌ」の防壁を左右から勢いよくつかんだ。その衝撃だけで爆音が生まれ、防壁の中の「ジャンヌ」が思わず顔をしかめる。

 

「すまない。おいそれと使える技では無いので、あまり操作に慣れていなくてね」

「い、いえ! 大丈夫です! それよりも早く、トンネルに横道を掘られる前に!」

「わかった」

 

 巨人が唸り声とともに防壁を地面から持ち上げた。ラグビーボール状の防壁の中には、「ジャンヌ」と、彼女が立つ地面が深さ15メートルまで丸ごと取り込まれていた。

 防壁ごと穴の脇に下ろされた「ジャンヌ」が防壁を解除すると、途端に支えを失った足元の地面が崩れ、その体が宙に浮いた。

 

「おっと」

 

そこへすかさず「アヴィケブロン」が巨人の手のひらを動かして受け止めてくれた。

 

「ありがとうございます」

「ああ。しかし、また土木工事とは。「信長」と組むといつもこうだな」

「ええ、まったく! では次です!」

「ああ」

 

 「ジャンヌ」は巨人の手から地面に降り立つと、先ほどよりも更に15メートル深くなったクレーターに駆け込んで旗を突き立てた。

 

「報告では深さは67メートルだそうだな。単純計算で、あと三回か四回といったところか」

「はい!」

 

 再び防壁を作り、それを巨人が地面ごと引き抜く。更にもう二度巨大なラグビーボールを地面から引き抜いたところで、脇に控えていた「ロボ」がパッと顔を上げた。

 

「どうやら三回で済んだらしい」

「ええ。では、行ってきます!」

「あとで追いつく」

 

 「ジャンヌ」は「ロボ」に駆け寄るとその背に勇ましくまたがった。そして彼が走り出す前にがっちりとその首筋を掴む。

 

「■■■■――」

 

 にやり、と「ロボ」が笑った気がした。しかしそれを目に焼き付ける前に狼は走り出し、クレーターに身を投じていた。

 その深さは、巨人の材料に使われた分とジャンヌがえぐった分を合わせて70メートル弱。人間さえも一撃で肉片に変えてしまいそうな大きな爪で「ロボ」が底を掘ると、あっという間に地面が抜け、海水に満たされたトンネルに放り出された。「ロボ」は海水の臭いを嗅ぎつけていたらしい。

 そして、奴らのことも。

 

「……いますね」

「■■■■!」

「分かっています!」

 

「ロボ」の視線の先にやつらがいた。数え切れないほどの「工兵型」が、背を向けて前に進んでいる。その列は途切れることなく、見渡せないほど続くトンネルの奥へと続いていた。

こいつらを放っておけば、いずれ先頭の状況が伝わり、横道を掘られてしまう。だから、全てトンネルから追い出してしまわなくては。

 

「こちら「ジャンヌ」、敵本体の後ろに出ました! 第三段階、行きます!」

「■■■■――!!」

 

 「ジャンヌ」が防壁を張った瞬間、「ロボ」は吠え声とともに走り出していた。海からくる進化侵略体に対抗するためのAUウェポンであるその身は、海水が満たされたトンネルであろうと問題なく走破した。そしてその勢いのまま、「ジャンヌ」の防壁が敵の最後尾に激突する。更に二体、三体と衝突し、あっという間に視界が防壁越しの侵略体に埋め尽くされ、どんどん重みが増す。

 

「■■■■■■■■■■■■――!!」

 

 「ロボ」が一際大きく吠えると、毛並みが逆立ち筋肉が膨れ上がった。全身のパワーを前に進むことにつぎ込み、スパートをかける。

 狼と聖女は止まらない。全ての敵を、トンネルからウパラの戦場に押し出すのだ。

 

「行っけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

「■■■■■■■■■■■!!」

 

 あっという間に3キロを駆け抜け、勢いのままに空中へと飛び出した。

 

「来た来た!」

「うわあ、いっぱい」

「来てくれたか、「ロボ」――」

 

 鋼鉄の地面に爪音を響かせながら着地する「ロボ」の背中で、先行していた面々が口々に言うのを「ジャンヌ」は聞いた。周囲を見渡せば、四つ固まったクレーター状の戦場には、数え切れないほどの侵略体がひしめいていた。予測では数千に迫るというそれらは、それぞれに五つ眼を光らせ、ハサミをガチガチと鳴らし、脚をうごめかせていた。

 巨大な昆虫としか思えないこれらがここまでたくさんいるという気味悪さもあったが、それよりも不安と恐怖で背が震えた。

 これだけの数を、この四人と一匹でどうにかしなくてはいけない。「アヴィケブロン」はあの巨人を動かしたため、かなりの疲労がたまっているはずだ。すぐに駆けつけることはできないし、来たとしても彼は直接的な攻撃手段を持たない。ざっと考えて、自分以外のホルダーたちがそれぞれ千体――無謀な数だ。

 

「いざと、なったら」

 

 密かに決意した「ジャンヌ」だったが、唐突にバランスを崩して宙に放り出された。

 

「■■……!」

「って、わあ! またですか!」

 

 背中の上でのんびりしていたからだろうか。またも「ロボ」に振り落とされてしまった。咄嗟に「ジェロニモ」が受け止めてくれなかったら、今度は受け身をとる暇もなかっただろう。それとも、彼のいる方にわざと振り落としたのだろうか。「ロボ」が笑ったかどうかを見る暇はなかった。

 

「おっと。大丈夫か」

「あ、ありがとうございます、「ジェロニモ」さん」

「いや。二人とも、よくやってくれた。「ビリー」、合図を!」

「了解!」

 

 「ビリー」が鋼鉄の屋根に向けて立て続けに三発の銃弾を撃ち込んだ。途端にその部分の鉄板が変形し、『O.K.』の文字を浮かび上がらせた。

 今まで唯一鉄板に覆われていなかったトンネルの出口がやはり塞がれ、次いで上昇感が一同を襲った。

 

  *

 

「さて、合図が来ましたな!」

「四人一同の大仕事! この大きさの(せり)は史上初では!?」

「この場合劇場ごとせり上がるので別次元ですな! むむ、ひらめきましたぞ! いっそのこと舞台ではなく客席側を動かすというのは!」

「良いですな! 回る客席の周りが360度舞台というのは――」

 

 「シェイクスピア」が少し未来を先取りしたところで、ジト目の「メリエス」が釘を刺した。

 

「いいから仕事してください☆」

「おや、叱られてしまいましたな!」

「ところで吾輩2号、トンネルの封鎖は万全ですかな!?」

「誰に物を言っておられるのですかな!? 吾輩ですぞ!」

「ではこれにて、第三段階の締めといたしましょう!」

 

 四人の「シェイクスピア」が指を鳴らした途端、鋼鉄の舞台が丸ごと地上へと引きずり挙げられた。更に形を変え、安定して地上に設置できる形に変わっていく。それと、「シェイクスピア」のモチベーションの関係で、劇場のような外観へと整えられた。

 作戦指示にない段取りに、「メリエス」の突っ込みが入った。

 

「あのー、なんです、それ」

「『シェイクスピアズ・グローブ』ですな! シェイクスピア(吾輩)の現役当時の劇場を模して造られましてな、現在はテムズ川のほとりにございます。まあ実際は直径30メートルほどなのでこれは拡大版かつ鋼鉄版ですが! 先ほどの『ヘンリー五世』でこけら落としが行われまして――」

「もう! 自分オタクもいい加減にしてください!」

 

 そんな劇作家と映画監督を尻目に、ヘリコプターに乗り込んだ通信士がC・フォレスターに現状を報告した。

 

「こちらウパラ。第三段階終了。作戦地域完全封鎖完了。以降は障壁内との通信が不可能だ。そちら「信長」の様子はどうだ」

『こ、こちらC・フォレスター。状況は――「信長」は、現在――』

 

 その報告に、思わず「シェイクスピア」は目を剥き、呟いた。

 

「「ノッブ」――いや、マオ。信じておりますぞ」

 

 



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二十ノ銃 ストーンフォレスト作戦 その3

 

 「ジャンヌ」や「アヴィケブロン」たちがトンネルに突入するべく行動していたころ。「信長」も自分の役目を果たすべく動き出していた。

 「戦艦型」が十分接近している。「信長」は上空に待機している三基の空中要塞に確認した。

 

「さて、そろそろ所定の位置じゃな。行けるか?」

『こちら「J・アツミ」。準備良し』

『「S・ヒラー」。了解』

『「A・ローガン」。いつでもOKだ』

「ポッド降下!」

『了解!』

 

 指示とともに、空中の要塞から降下ポッドが降り注ぐ。「戦艦型」の周囲を埋め尽くすように、ありったけだ。

 「戦艦型」は一瞬戸惑うようなしぐさを見せたが、すぐに邪魔なポッドを排除しようと手近なものに触手を絡ませた。

 「信長」は通信機越しに、自分の背後に並ぶ戦車隊のオペレーターに確認した。

 

「どうじゃ?」

『諸元確認! いつでも行けるぞ!』

「ならば――放てぇい!」

 

 「信長」の号令とともに、E・リプリーの甲板上に整列した戦車たちの砲塔が火を噴いた。マッハ4.85にも及ぶ初速で発射されたM829APFSDS弾からは装弾筒が剥がれ落ち、巨大なダーツの矢のような侵徹体が「戦艦型」に殺到する。

 狙いは今まさに降下ポッドに巻き付いた脚だ。しかし、いかに防弾鋼鉄をぶち抜く威力があったところで、AUウェポンではない兵器では進化侵略体に傷一つつけられない。事実、「戦艦型」の足に突き刺さった砲弾はボスボスという気の抜けた音とともにタコ足を押しつぶすだけだった――が。

 APFSDS弾の殺到したタコ足がくぐもった爆音とともに膨れ上がり、ついには火を噴いて千切れ飛んだ。

 

「よし」

 

 タコ足の中には衝撃で自爆する「地雷型」がみっちりと詰まっている。だから下手に攻撃すれば敵の数が増えるだけだ。だが、それを逆手に取ることができたら? そう考えた「信長」は、昨晩指令に相談したのだ。

 

  *

 

 昨晩、「ロボ」との交渉に先立って、「戦艦型」の対処を話し合った時のことだ。

 

「こう、砲弾でタコ足を押しつぶしてな、中の「地雷型」を爆発させることはできんか? これまでの戦闘記録を見る限り、侵略体であるならば侵略体を傷つけることができるのじゃろう」

『ああ。「沖田総司」の初陣の時を例に挙げれば、「酸素魚雷型」の爆発や「砲兵型」の砲撃によって他の侵略体が倒されるという事例がある』

「であろう? 流石にわし一人であのタコを相手どるには骨が折れる。奴には骨が無いゆえ、こちらが一方的に骨折り損じゃ。しかし。骨が無いと言うことは、装甲などに砲弾が阻まれることはないと言える」

 

 ストーンフォレスト作戦の前哨戦の映像を引っ張り出す。タコ足自身の防御力は低く、「ジャック」や「ジェロニモ」はもちろん、戦闘に不慣れな「サンソン」であっても切ること自体に不都合はなかったのだ。しかし切った後が問題となる。

 

「そこでどうにか、あのうねる足を狙撃できないものかのう。わしは兵器には詳しくないが、そこはDOGOO、世界中にコネがあるじゃろ」

『指令。確か以前「フーヴァー」が言っていた、イングランドの彼、名前は何と言ったか』

「ああ。彼ですね」

 

 ほどなくして指令が対談の場を整えてくれた。「ロボ」との追いかけっこを終え、疲労困憊した身で席に着くと、映像の向こうでは気難しそうな顔の長い黒髪の男が煙をふかしていた。いかにも気難しいと顔に書いてあるような男だ。眉間に刻まれた皺は深く、見た目の歳に不釣り合いなほどだった。ぴしりと着込んだ黒スーツはそんな彼に似つかわしいものだったが、その上に羽織った赤い外套は彼自身のセンスからは少し浮いているように感じられた。

 

「お初にお目にかかる。ええと、名前は――」

『名前はどうでもいい。それよりも、君は日本人か』

「え?」

『日本人か、と聞いている』

「そうじゃが」

 

 「信長」が肯定すると、男は深々とため息をつくと『F○ck』と毒づいた。いきなりの悪態に驚くが、ここでまごついていても仕方ない。相手もそう思ったのか、顔をしかめながらもこちらの話を促してきた。

 

『頭痛がひどい。さっさと要件を済ませてくれ』

「う、うむ」

 

 どこかの大学の構内なのだろう。こちらが作戦の概要と必要な兵器の条件について相談を進める間にも、何度か生徒らしき人物の割り込みがあった。そのどれもが聞くだけでもさじを投げたくなるような問題児が引き起こした問題らしく、その男はこの会話を理由にしてそれを後回しにしているようだが、問題が積み重なるごとにその眉間の皺を深くしていった。

 それでもどうにか伝え終わると、男はポツリと一つの名前を口にした。

 

『M1A2エイブラムスだ』

「エイブラムス?」

『よく聞け、M1A2だ。A1ではダメだ。IVISが必要だからだ。ついでに言えば艦上からの精密射撃においては水平/垂直2軸のスタビライザーとGPTTS-LOSが必要だろう。A1はGPTTS-LOSを搭載しているがスタビライザーが1軸だ。POS/NAVと連携したFCSが無いのも痛い。弾はもちろんM829APFSDS弾を使え。M830ではダメだ。わかったな』

「うむ、何一つわからん!」

 

 話をかいつまんで言うとこういうことらしい。

 降下ポッドで「戦艦型」の周囲を囲み、奴がポッドを引き抜こうと触れたときに作動するセンサーを降下ポッドにあらかじめ取り付けておく。そうすることで、タコ足が今どこにあるかという3Dデータを得ることができる。

 そのデータを戦車隊全体で共有し、揺れる艦上から柔らかいタコ足を狙撃する。そのためにはデータ共有システム、砲撃距離射角計算システム、2軸のスタビライザー、貫通力に優れた砲弾が必須だという。

 立体映像として傍で会話を聞いていた土偶が口を開いた。

 

『今の会話は全て記録した。大至急アメリカ陸軍に支援を要請しよう。感謝するよ、エルメロイ卿』

『Ⅱ世、だ。まさかDOGOOの中枢から要請を受けるとはな。軍事の専門家なら他にもいくらでもいるだろうに。私の専門はマケドニアだぞ』

『以前「フーヴァー」がDOGOOの軍備を見直すうえで、誰が最も忌憚と贔屓のない意見を述べられるかというプロファイリングをしていたのだが――君の名前が挙がっていたのでね。彼女は流石にデータ不足と見てアメリカの軍事評論家を頼っていたが、今回は君を頼らせてもらった』

『ふん』

『謝礼は急ぎ振り込んでおく』

『期待しておこう。ああ、それと「織田信長」』

「ん? わしか?」

『日本のサブカルチャーには気を付けろ』

 

 通信が切られた。

 

『では、さっそくエイブラムスを組み込んだ作戦を協議しようか』

「のう土偶よ。先ほどの最後の発言はどういう意味かの」

『……さあな』

 

 日本のサブカルチャーで、六天真緒というE遺伝子ホルダーがネタにされつつあるのを、この時の「信長」はまだ知らない。

 

  *

 

 ポッドを引き抜こうと伸ばされるタコ足が二度、三度とエイブラムスの餌食になっている様子を見て、「信長」は満足げにうなずいた。

 

「さて、そろそろ討って出るとするか! 皆の者、タコ足は任せたぞ!」

「おう! 任せとけ!」

「海の上でぶっ放せるとはなあ!」

「嬢ちゃんの道を作るぜ!」

 

 声援と砲声に背を押されて海に踏み出す。周囲に満ちる火薬のにおいが血を騒がせる。自分の眼が赤く熱を帯びているのが分かった。

 みるみるうちに「戦艦型」が迫ってきた。相手はポッドを引き抜けばジリ貧になると悟ったのか、降下ポッドの林の中へ踏み込んできた「信長」へと狙いを変えてきた。しかし、巨大なタコ足ではポッドの間を縫いきれない。反応したセンサーがタコ足の位置を教え、戦車隊の一糸乱れぬ集中砲火がタコ足を縫い付け、爆発させる。

 

「行ける!」

 

 そう思い、軽快にポッドの間をすり抜けてタコの頭に迫ろうとしたとき、足元の海面が不意に揺らいだ。思わずのけぞってかわすと、飛び出してきた「地雷型」のうごめく足がどアップで視界に飛び込んできた。更に周囲を見渡すと二匹、三匹、いやもっと。千切れた足の残骸から湧き出してきたのだろう。小回りの利きやすい二ノ銃でコンパクトに銃撃して自爆させるが追いつかない。気づけば、周囲の海面は水面下にうごめく影で埋め尽くされていた。

 

「ならば!」

 

 「信長」は、三つの銃を展開し、身を回しながらありったけの銃弾を水面に叩き込んだ。AUウェポンは使い手の意志によってその形と機能に融通が利く。普通の銃弾が着水すると衝撃が殺されてしまうが、「信長」が鋭くとがらせた銃弾は水面下の「地雷型」を的確に射抜き、爆発させた。

 途端に足元の海面が膨れ上がる。この勢いを利用しない手はない。一ノ銃から伸びる帯状の装甲を足元に滑り込ませ、爆発の勢いで自分を持ち上げさせる。そのままに空中へと飛ぶと、眼下に足を失った「戦艦型」が見えた。

 そのまま手近な降下ポッドの上に着地する。もともと海面に一個小隊を投下するためのポッドは揺るぎもしない。軽い足取りでポッドを渡り歩き、「戦艦型」の顔に迫る。

 

「おっと」

 

 一番近いポッドから飛び出したが、少し勢いが足りない。そこでハリケーンの時のように空中で三段撃ちをぶっ放し、反動でその身を飛ばした。背中から「戦艦型」の頭に衝突する――が、ぬめっている。思わず滑り、手近なヒダにしがみついた。

 

「こちら「信長」! 「戦艦型」の本体に到着!」

『ええ。頭足類の弱点は両目の間です。とどめを!』

「ほう。それは好都合」

 

 人間でいえば額にあたる位置のヒダにつかまってぶら下がっているため、今まさに眉間の前に体があった。足をなくし、ただただ睨み付けてくる「戦艦型」に「信長」は笑って返した。

 

「是非に及ばず。ここがお前の本能寺よ!」

 

 眉間に永楽通宝の銃口を押し当て、あらんかぎりの銃弾を叩き込んだ。

 心臓を鷲掴みにするような音が響くたび、銃弾が「戦艦型」の頭を食い破りその輪郭を削っていく。ついには襤褸切れのようになった肉片が支えを失い、海面に落ちて大きなしぶきを上げた。

 

「討ちとったり!」

 

 背後の戦車隊からも歓声が上がる。「信長」は煙を上げる銃口を息で吹き、呵々と笑って勝利を誇った。

 が、その時。

 先ほどとは違う。細く、ごつごつとした感触の触手が何本も海面から飛び出し、こちらの身を絡めとる。咄嗟に銃を向けようとするも触手の方が早かった。両腕を優先して絡めとると磔にするように引き延ばし、仮面の三ノ銃も明後日の方を向くように体に縛り付けられる。そのまま空中に持ち上げられ、乱暴に体を締め付け、引き伸ばされた。スーツが耐え切れず破れ、体が軋む。

 

「馬、鹿な!」

 

 水面の下で、新たな敵が目を光らせていた。

 



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二十一ノ銃 ストーンフォレスト作戦 その4

 ナイフが敵を切り裂く。

 トマホークが敵を断ち割る。

 リボルバーが敵を撃ち抜く。

 爪と牙が敵を引きちぎる。

 三人と一匹のAUウェポンによりもたらされる暴力が、侵略体の群れを屠り続けていた。しかしはたから見ればどちらが襲われている側かは一目瞭然だろう。数千にも及ぶウミサソリにも似た進化侵略体の群れは、屍で地面が埋め尽くされてもなお、減った様子が見えない。

 

「キリがない!」

「やるしかない。全員、大丈夫か!」

「231、232、233――」

「■■■■!」

「みなさん! 援護が必要なら遠慮なく言ってください!」

 

 五人のE遺伝子ホルダーたちの戦いが続いていた。全員が「ジャック」と同じだけ倒しているとすると、すでに合計で千体近くの敵が倒れているのだろう。しかし、いまだに減ったようには見えない。絶えず蠢き、押し寄せ、物量でもってこちらを押しつぶそうとする。

 もちろん脱出しようと周囲の壁をひっかくのも忘れない。微々たるものとはいえ、この劇場型の檻に及ぶダメージは「シェイクスピア」にフィードバックされているはずだ。

 誰もが先の見えない戦いに、少しずつ士気を落としていた。

 そこで真っ先に動いたのは「ジェロニモ」だった。

 

「仕方ない。あれを使う」

「いいのかい、「ジェロニモ」? 嫌がってたじゃないか!」

「私情を挟むな、と「フーヴァー」も言っていたからな。「ロボ」、頼む!」

「■■■■――!」

 

 「ロボ」が「ジェロニモ」に応じ、背を見せる。背に「ジェロニモ」が乗ったのを確認すると、一際侵略体が群れているほうへと走り出した。

 

「……我が身に宿る祖の魂よ。今ひととき、血塗れの記憶を貸し与えたまえ。モードチェンジ。精霊儀式(ゴーストプロトコル)

 

 彼の腕のAUウェポンが展開する。トマホークの柄の先端に刻まれた、彼の祖の顔を模したパーツが変化し、煙をふかすパイプをくわえた。

 煙が濃くなるたび、AUウェポンたるトマホークに、首筋に、顔に、全身にビキビキと血管が浮かぶ。目が血走る。食いしばる歯から音が鳴る。

 その変化が頂点に及んだとき、トマホークが変形し、歪な刃物に彩られたトーテムポールへと変貌した。

 

「「ロボ」ォォォォォォォォォ!! ぶっ飛ばせェェェェェェ!!」

「■■■■■■■■■■■■――!!」

 

 咆哮とともに「ロボ」が身をよじり、「ジェロニモ」を敵の真っただ中へと投げこむ。宙に飛んだ「ジェロニモ」のAUウェポンたるトーテムが四段に分かれ、それぞれがその四肢へと接続された。全身が凶器と化した狂戦士の姿が顕現する。

 そんな彼を返り討ちにしようと、着地点を埋め尽くす侵略体たちがハサミをガチガチと鳴らす。しかし。

 

「ウオォォォォォォッ!!」

 

 肉片と血しぶきの旋風が巻き起こった。「ジェロニモ」が進むたび、腕を振るたび、蹴るたび、四肢に装着された刃物によって侵略体が細切れになる。

 

「おっかないねえ、血塗れ戦士は」

「「ビリー」さん、あれは――」

「ああ、「ジャンヌ」。簡単に言えばバーサーカー化してるのさ。しばらくは近づかない方が身のためだよ――っと!」

 

 そんな会話の合間にも「ビリー」の手は止まらない。すでに彼も何百発もの銃弾を放っており、引き金を引く指が赤くなっていた。

 

「そんな――あんな戦い方、そう長くは」

「ああ、持たないだろうね。「ジャック」や「ロボ」にしたってそう。いつまでもナイフや爪の切れ味は保てない。僕に至ってはこの通りだ。ガードを頼むよ」

 

 「ビリー」は赤熱したリボルバーの銃口を「ジャンヌ」に示した。「ビリー」が予備のリボルバーを取り出そうとするが、その動きはどこかぎこちない。「ジャンヌ」が張った防壁の中で、一瞬だけ息をつける時間ができ、「ビリー」はスキットルから飲み物をあおった。

 

「「ビリー」さん、大丈夫ですか!?」

「夢中になって撃ちすぎたみたいだ。ちょっと休憩――してらんないか」

「ダメです! 生身で引き金を引く分、他の人より消耗が――」

「仕方ないさ。「信長」が「戦艦型」を引き受けてくれているんだから、ここにいる皆でどうにかしないとね。さあ、バリアーを解いて」

「……バリアーって言い方、嫌なの知ってるでしょう?」

「それだけ言えれば十分さ」

 

 「ビリー」が「ジャンヌ」の肩を叩き、再び敵へと駆けだす。

 こんな状況で、自分は一人、壁を作るだけだ。

 

「いざと、なったら――」

 

 握りしめた旗は、体温がにじんで生暖かった。

 

  *

 

 全身がみしみしと締め上げられる。新たな敵は、その姿を水面下に隠したまま触手を伸ばし、こちらをがんじがらめに拘束している。

 本数も多い。タコというよりイカのような細いそれらが、やはり既存の生物では考えられない知恵を感じさせる動きで、こちらの動きと攻撃を封じていた。大の字に空中で固定され、両手の銃は使えないし、仮面の三ノ銃もぐるぐる巻きにされた状態だ。だが――この足の角度なら。

 

『「信長」! 今助ける手立てを――』

「いや、こちらでどうにかする!」

 

 「信長」はAUウェポンを解除した。

 

『何を――』

 

 AUボールをそのまま落とす。左足の膝で一度受け止めてから、右足の爪先へ。

 そして、そこで再びAUウェポンを発動した。足先が向く方向――水面下の敵の顔面へと向けて永楽通宝の銃口が形成される。

 

「イカの弱点は――目と目の間じゃ!」

 

 そのまま容赦なく銃撃を叩き込んだ。派手に水音とともに連射が水面下の敵の顔面へと叩き込まれる。しかし、それとともに、「信長」には聞き覚えのある嫌な音も聞こえてきた。

 

「これは――マズいのう」

 

 その言葉に答えるように、その姿がゆっくりと海面から現れる。

 アンモナイト、あるいはオウムガイのようなシルエットだが、見慣れたその姿と違うのは、その渦を巻いた貝殻が、渦を見せつけるように正面を向いていることだ。ひまわりの花を思わせる螺旋のふちからこちらを見上げる顔にも、その貝殻から伸びる装甲は及んでおり、こちらの銃撃は先ほどから虚しい硬音を立てて弾かれていた。

 まるでこちらの攻撃に対処してきたかのような――いや、実際そうなのだろう。

 銃撃を寄せ付けない固い装甲。一人を追い詰めるための、長さより多さと細かさを優先した触手。何より弱点の眉間をカバーする構造。

 あの固さが何よりもマズい。ハリケーンの時もそうだった。あの時は、「沖田」が妙な技で装甲をぶち抜いてくれたが――。

 

「いや」

 

 今は自分一人だ。一人でやらねばならない。

 「信長」は射撃を打ち込みながらC・フォレスターに通信を飛ばした。

 

「何か情報を! そっちから観測できる分で!」

『どうやら、以前「沖田総司」との共同作戦で倒した「装甲艦型」と同様、装甲に隙間なく覆われているようです。無理な射撃で消耗するのは控えてください!』

「しかし「ナイチンゲール」! 何もせずにいるのは――」

『先ほど倒した「戦艦型」の死骸の中が空洞になっているのが見えます。おそらく、その新しい侵略体はそこで生まれたようです。逐次「伝令型」で体内の卵に戦況を送り、進化圧をかけ、世代交代を繰り返し――「織田信長」に勝つという目的のもと選抜された優秀個体がそれです!』

 

 今更のように、小さなアンモナイトの死骸がぷかぷかと水面に浮いてくるのが見えた。あるものは触手が無く、あるものは貝殻が肥大しすぎており、あるものは目玉が大きすぎ――。進化と淘汰の縮図がそこにあった。

 

「だからと言って、諦めるわけには――おわっ」

『どうしました!?』

「今、変な跳ね返り方をした銃弾が当たりかけて――」

 

 はっとした。

 

「「ナイチンゲール」! 頼む!」

『はい!』

 

 通信機の向こうで、車椅子の歯車が音高くかみ合う音が響く。

 

『戦車隊! データを送ります!』

『了解! 諸元入力! 撃てぇ!』

 

 遠くからエイブラムスの放つM829APFSDSが飛来した。勿論進化侵略体に通じはしないが、貝殻の螺旋の一点に砲撃が命中する。

 

『即席の演算ですが――そこです!』

「よ、し!」

 

 細かい狙いをつけている暇はない。今も締め付ける力は段々と強くなっている。砲弾が命中したあたりに連射を叩き込むと、跳弾がこちらに降り注ぎ背筋を冷やした。

 だが、ついに一発が三ノ銃を縛り付ける触手を食い破った。

 

「三ノ銃!」

 

 浮遊する仮面が音を立てて口を開き、その奥の銃口から火を噴いた。ぶちぶちと体を縛る触手が切れ、AUウェポンとなった右足はそのままに、尻餅をつくように海面に落ちる。

 更に左手に二ノ銃を抜き、右足を眉間に向け、全ての銃撃を叩き込む。

 

「三段撃ち!」

 

 やはり装甲が銃弾を音高く弾き、耳障りな音が海原に連続して響く。しかし、とうとう一発の銃弾が右の目玉に直撃し、一瞬侵略体がひるんだ。

 

「「装甲艦型」同様、目玉や可動部に隙間があるようじゃな! どうにか攻略して――」

 

 しかし、その言葉は最後まで続かなかった。侵略体がおもむろに身を持ち上げると、貝殻の螺旋を海面のこちらに向ける。その螺旋に、いくつもの目が輝いていた。

 

「何じゃ? あれは――「地雷型」か?」

 

 「地雷型」が螺旋を描く軌跡に沿って敷き詰められている――その中心に爆破が起こった。渦巻き状に誘爆し、爆炎でヒマワリが描かれる。そして、その爆炎の連鎖は、正面――「織田信長」へと続く噴流を生み出した。

 

「な――」

 

 避ける暇すらない。あたりを埋め尽くすような閃光とともに、爆炎の噴流が「信長」を襲った。

 

  *

 

「今のは!?」

「モンロー効果による爆発力の集中攻撃――です。信じられませんが……」

 

 C・フォレスターの指令室は騒然としていた。今の攻撃で通信が乱れ、「信長」と連絡が取れない。水しぶきと爆炎の名残の煙でカメラによる観測も無理だった。

 

「AUボールのシグナルは!?」

「25番ボール――ロスト! 検知可能範囲内にありません!」

「そんな――カメラの観測を急いで!」

「視界が復旧するまであと十数秒かかる見込みです!」

 

 そんな中、土偶がつぶやいた。

 

『彼女ならば――「織田信長」ならば、あるいは、と思ったのだが』

「またあなたはそんなことを。あなたが見出した戦士でしょう!?」

『いや――すまない。そうだったな。実際、彼女は「戦艦型」を撃破して見せた。信じよう』

 

 土偶と指令のそんな会話にかぶせるように、オペレータの声が響いた。

 

「カメラ、回復しました!」

「「信長」は!?」

「そ、それが――「織田信長」、新型侵略体、ともに、姿がありません!」

「何ですって――」

『トンネルはどうなっている。新型はトンネルに向かっているのか』

「い、いえ。侵略体は消息不明です」

 

 その報告を聞き、土偶は安心したように息を吐いた。彼が収められたカプセルに気泡が浮かぶ。

 

『「信長」は無事だ。でなければ、あの侵略体はトンネルからウパラに向かっているはずだ。あの攻撃で吹き飛ばされたのか――とにかく無事だ。侵略体は彼女を追っているのだろう』

「空中要塞とヘリを使って捜索します! 至急手配を!」

 

 指令がてきぱきと指示を飛ばす中、指令室に駆け込むスタッフの姿があった。

 

「失礼します! 通信が作戦に全て回されていたので直接報告に伺いました!」

「どうしたんですか?」

 

 スタッフが手短に報告すると、あたりの空気がいくらか和らいだ。指令も表情が明るくなる。

 ウパラの状況も封鎖されて分からず、「信長」も消息が一時不明。そんな中でも、光明が見えた気がした。

 

「本当ですか!? よかった――至急手配を! 「ナイチンゲール」! ……おや?」

『そういえば、先ほどから姿が見えないな』

 

 しかし、その報告を受け取るべき車椅子の女傑はその場にいなかった。

 

「どこに――いえ。今は時間が惜しいです。「信長」の捜索を!」

『まさか――その時が来たのか?』

「え? どういう意味ですか?」

『いや、何でもない。指令、今は「信長」に集中しよう』

 

 指令室の床にひらりと落ちた()()を気にかけるものは、土偶以外に居なかった。

 

  *

 

 切れ味の鈍ったナイフが空を切った。

 一瞬、とうとう「ジャック」が限界を迎えたかと思ったが、違った。勿論彼女に疲れが見えているのは事実だが、それ以上に敵が素早くなっていた。

 とっさにガードに割り込み、敵を観察する。

 

「あれは――足が」

「すばしっこくなってる。解体しづらいな、もう」

 

 その「工兵型」は、今までとは違ったフォルムをしていた。ハサミは掘削より戦闘に適した分厚いものへ。足は長く、更にがっしりと地面を掴めるように足先が平たくなっていた。細かく見ればきりはないが、とにかく地上に適応した種が生まれていた。

 進化侵略体の本領は、適応し進化すること。だとしても、戦いの最中でここまで戦況に適応した個体が生まれてくるとは。「ジャンヌ」は冷や汗をかいた。

 

「……っは、は。マズいな。ここに来て、地上に適応し始めるとは」

「あれ、「ジェロニモ」。もう血塗れ戦士は終わり?」

「全く、口が減らないな、「ビリー」。拳骨が欲しいか?」

「そっちこそ。今、いくつ?」

「973だ」

「971だよ。ペース落ちてるよ、「ジェロニモ」さん」

「僕は911……「ロボ」は?」

「■■」

「うん、まあ、同じくらいかな――」

 

 「ビリー」が虚ろな目で前を見る。いまだ、敵の数は減ったように見えない。死骸が少なく見えるのは、生きている侵略体が食べているからだろう。こちらも携帯食料と飲み物は十分持ち込んでいるが、根本的な疲労が面々の顔に刻まれていた。

 とうとうその時が来てしまった。「ジャンヌ」は旗を一際強く握りしめると、一同の前に出た。

 

「もう、限界ですね」

「何言ってるの? まだまだだよ」

「一時立てこもるか? しかし――」

「君が倒れたら元も子もないってば」

「■■■■!!」

 

 呆れたような面々の中で、唯一「ロボ」だけが音高く吠えた。流石野生の勘とでもいうべきか。

 そんな狼の様子を見て、「ジェロニモ」が冷たく問うた。

 

「何をする気だ? まさか」

「ええ。みなさん。下がっていてください。……どうなるか、分かりませんので」

 

 旗を地面に突き立てる。そして、その旗を背負うように前に立ち、手を組んで祈りをささげた。

 怖い。

 故郷の両親や兄弟が目に浮かぶ。

 「信長」も同じ気持ちだったのだろうか。

 十分に対策を立てる時間はなかった。「戦艦型」にたった一人で挑まなければならないと判断を下し、己の身をその状況に置いた時、同じ恐怖を感じただろうか。それとも、故郷に残した人々の存在が背を押してくれたのだろうか。是非も無しと笑う帽子の下で、本来臆病な少女は何を思ったのだろうか。

 怖い。

 けれど、今は。

 

「諸天は主の栄光に。大空わっ!?」

 

 意を決し、祝詞を読み上げようとしたとき。「ジャック」に横合いから突き飛ばされた。

 

「何をするのです!」

「大丈夫」

「な、何がですか?」

 

 大丈夫、という「ジャック」は遠くを見ている。遠く、遠く、劇場の檻の向こうを。

 何か――何かが変だ。周りの皆は押し寄せる侵略体の対処に追われ、自分と「ジャック」だけが切り取られた時間の中にいるようだ。

 

「競争は一番になれなかったなあ。でも、行かなきゃ」

「何を言っているのですか? 行くって、どこに。それにここはどうするのですか!」

「ここじゃないところへ行くってことは、ここはもう大丈夫だよ。()()()()()()()()()()

「「ジャック」!」

 

 言うが早いか「ジャック」は駆けだしていた。あっという間に壁をよじ登り、劇場の天井にほど近いバルコニーへと昇る。そこには不思議と侵略体が群れていなかった。

 そして、壁をそっと押す。すると、今まで堅牢であり続けた劇場に扉が生まれた。一体何がどうなっているのか、「ジャンヌ」には理解できない。ただ、彼女の髪色を思わせる薄灰色の鳥の羽がどこからか舞い込み、ひらりと地に落ちる中、扉がゆっくりと開いていく。

 外から差し込む光が、小さな「ジャック」の影を浮き彫りにする。その背後に何者かの影が浮かぶ。髑髏の面をした殺人鬼――ジャック・ザ・リッパー。それがそっと面を外し、素顔で微笑んだ。

 

「あなた、は――」

 

 「ジャンヌ」が茫然とする中、開かずの劇場の扉が開かれた。

 



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幕間 続・藤丸立香の戦い

 せっかくのチャンスをふいにしてしまった。

 日本の画家、おそらく葛飾北斎と思われるE遺伝子を持ったホルダーの勧誘に失敗してしまったのだ。

 AUボールにも見覚えがないと言われてしまった。自覚していないのか、あるいは自覚していての嘘なのか、それは分からないが、とにかく協力は得られなかった。

 

「ああー……やっちゃったなー。せっかくみつけたのになー」

「リ、リツカ。そう落ち込まずに。三顧の礼というではありませんか。まだ一度目ですよ」

「イギリス人なのに詳しいね、アルトリア……」

 

 ベンチに並んで座り、アルトリアは励ますように立香の肩を叩いてきた。凛々しく整った彼女の顔は見ているだけで眼福だが、それとこれとは話が別だ。

 

「落ち込むことはありません。まだチャンスはあります。彼女の恰好からすると、この近辺に住んでいるかもしれません。またここで待っていれば会えるのではないでしょうか」

「そうかなー」

 

 いい加減落ち着いてきたので、アルトリアに借りたパンフレットをめくってみる。

 すると出てくるわ出てくるわ、葛飾北斎のとんでもないエピソードが。

 いわく、部屋が汚れるたびに引っ越しを繰り返し、人生で93回に及んだとか。

 いわく、客が来ても自分や娘ではなく、隣の家の子供にお茶を入れさせたとか。

 いわく、稼ぎをほぼ全て画材や絵の資料に使ってしまって常に貧乏だったとか。

 仮に彼女が葛飾北斎のE遺伝子ホルダーだとしたら、まともに世界のために戦ってくれるとは思えない。

 

「協力してくれなさそう……」

「そ、そんな……何とかなります! もしも私がE遺伝子ホルダーだったら、一も二もなく世界のために戦いたいくらいです!」

「頼もしいね」

 

 そんな彼女の背後に「影」は見えない。もし本当にそうなら、彼女はどんな英雄の血を受け継いでいただろうか?

 

「イギリス人っていうと――シェイクスピアとか、ダーウィンとか」

「ええ。それからニュートン、ナイチンゲール、そして忘れてはならないのはアーサー王ですね」

「アーサー王って架空の人じゃないの?」

「ええ。残念ながら。……実は、我が家はアーサー王の末裔であるとの言い伝えがあるのですが、リツカの目にはそう映っていないようですね」

 

 少し寂しそうにアルトリアが言う。立香は慌ててフォローした。

 

「い、いや、E遺伝子ホルダーは直系の子孫とは限らないし! 真緒ちゃんだって織田って苗字じゃないし」

「そうですね。――リツカ。AUボールを借りてもよいでしょうか」

「え? うん」

 

 複雑な模様で彩られたボールがアルトリアの手に渡る。アルトリアは神妙な面持ちでボールを捧げ持つと、目を伏せて言った。

 

「さながらこれは選定の剣なのでしょうね。選ばれた者のみが掴み取ることができる力がここにあるのでしょう」

「アルトリア。その――羨ましいの?」

 

 戦うことができる人たちが。それでいて、戦うことを拒んだ人が。

 

「いいえ。私も今、こうして戦っています。あなたもそうです。遠く海の向こうで戦うE遺伝子ホルダーたちのために、戦っているのです。だから誇りましょう。私たちの戦いを」

「……うん」

 

 立香はボールをアルトリアから受け取ると、正面に向き直った。決意を新たに――。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

「ひっ」

 

 眼前に、()()()と蛇のように現れた少女に驚いて息を呑んだ。

 

「リョーマがなかなか来ないからブラブラしてたら、面白そうなものがあるな。ちょっと見せろ」

「え、その」

「見せろ」

 

 言うが早いか、セーラー服を着た少女はAUボールを奪い取ってしまった。自分よりも十センチ近く高いだろう背丈に、すらりと長い手足。地面に届きそうなほど長い黒髪に、独特の光沢をもつストール。そのすべてが黒い。

 ただ、その地肌は太陽を知らないように白く、セーラー服のリボンと爬虫類を思わせる(まなこ)は鮮烈な赤みを帯びていた。

 目の前に来ていたのに気づかなかったのが不自然なほど目立つ見た目だ。背も百七十センチ以上はあるだろう。そういう意味では驚きだったが、それ以上に驚く原因があった。

 

「リ、リツカ。すみません。全く気づきませんでした」

「大丈夫。私も。それより――この人もだ」

「それって、まさか」

 

 その少女の背には、「影」があった。なんて運がいい――と言いたいが、様子がおかしい。輪郭が定まらず、どことなく薄い。この「影」を見たのは真緒、沖田、そして北斎(仮)の三人だけなので、こういうパターンもないとは言い切れないが。

 

「ああ、見覚えがあるぞ。お竜さんはこいつに、見覚えが」

 

 つ、と少女の眼から涙がこぼれた。

 見覚えがある。その言葉に思わず立香たちは浮足立った。先ほどよりもずっと脈がありそうだ。今回はどうにか――。

 

「見覚えがあるぞ。そうだ。あの時だ。どうしてだ。どうしてだ。なんでだ。嫌だ」

「え? あの」

「嫌だ。リョーマ。一人は嫌だ。冷たい。寂しい。どうしてだ。一緒にいろ。行くな。死ぬな。いやだいやだいやだいやだ」

 

 その眼から流れる涙が量を増す。ぼたぼたと落ちる涙に目線を引かれ、足元を見てぞっとした。

 足元が、涙にぬれた地面が奇妙な色に染まっていく。波紋が広がるように、夜の海を思わせる、底のない黒々とした風景に塗りつぶされていく。

 

「何が――」

「リツカ!」

 

 アルトリアに襟首をつかまれ、手近な段差の上に引っ張り上げられると同時。AUボールを抱えた少女が絶叫とともに水面に沈んだのが見えた。

 

「置いていくなリョーマ――!!」

 

  *

 

 酒を飲み過ぎたのだろうか。

 家の縁側で涼んでいたら、妙なものが目に飛び込んできた。

 遠くの空に竜がのたうっているのが見える。上野公園の方だ。

 さっき、二人の高校生の誘いをつれなく断ったのが気に病まれるが、仕方ない。また出かけるとしよう。

 絵を描こう。

 魂がそう言っている。

 

  *

 

 ちょうどそのころ、一人の男が上野駅に到着した。綺麗にラッピングされている、一抱えもある大きなカエルのぬいぐるみは、精悍な彼の顔には似合わない。誰かへのプレゼントだろうか。それを察した周囲から暖かい目線が向けられる。

 しかし肝心の彼はそれどころではなかった。

 胸がざわつく。遠くからかすかに聞こえた声の方へと向かわなくては。

 

「お竜さん」

 

 プレゼントの包装が乱れるのもかまわず、青年は上野公園へと駆けだした。

 

  *

 

 上野公園は騒然としていた。

 花見の季節ならいざ知らず、夏至が迫る季節の宵の口は、日が沈んでも帰り損ねたか、そうでなければ夜風に当たろうという人々がまばらにいる程度だ。

 だが今は、木々の間を巨大な竜がのたうち回り、黒々とした鱗を見せつけながら飛び回っている。目を疑う光景がもたらす驚きと、巨大なものが無軌道に暴れまわっているという恐怖が人々から平静を奪い去っていた。

 

「うわああ! 何だアレ!? ドッキリか!?」

「ば、化けもんだ!」

「ヘビ苦手なんだよ!」

「あの大きさじゃ竜だろ!」

「言ってる場合か! 逃げろ!」

 

 逃げ惑う人々を知ってか知らずか、龍が大口を開けて夜空に吠える。

 

『■■■■■■■■■――!!』

「なんだか、寂しそうに聞こえる」

「リツカ。危ないです! もっと下がってください!」

「う、うん……」

 

 セーラー服の少女がAUボールに反応した。そして、夜の海のように変化した地面に少女が沈み込み、そこからあの黒い竜が飛び出した。

 ならば考えられることは一つ。あの少女が、あの竜に変身してしまったのだ。それもおそらくAUボールの影響によって。

 

「真緒ちゃんが初めてAUボールを使ったときは、あんな風にならなかったのに。なんか理由があるのかな」

「分かりません。とにかく、止めなくては」

「止める、って、どうやって!?」

「どうにかして、です」

 

 言うが早いか、立香を安全そうな木陰に押しやり、アルトリアは前に出た。鞄から伸縮式のロッドを取り出して音高く伸ばすと、すっと構えをとった。護衛役として腕が立つとは言っていたが、護身用のロッドが本物の剣に見えそうなほどの気迫を放つ金髪の少女を見ていると、今まで話していたのと同じ人物とは思えなくなる。

 しかし、それでもあの巨大な竜を相手どるには不足だろう。

 

「今、DOGOOに応援を要請しました。今は太平洋全域に侵略体が同時に侵攻中ですから、おそらく満足な戦力を揃えることはできないでしょうが――」

「銃とかで鎮圧するってこと!? それじゃ――」

「貴重なE遺伝子ホルダーです。何とか穏便に抑えたいですが――」

 

 言っている傍から、のたうつ竜が逃げ遅れた人々の方へと大きく跳ねた。

 

「やあっ!!」

『■■■■■■!!』

 

 アルトリアはすれ違いざまに竜の腹側に鋭い一撃を叩き込み、ひるんだ隙に転んだ女の子を小脇に抱え上げる。

 女の子を母親らしき近くの人へと託し、アルトリアは竜の方へと向き直った。

 

「逃げてください! リツカもできるだけ、遠くへ!」

「……ごめん」

 

 軽々しくあのセーラー服の少女にAUボールを渡さなければこんなことにはならなかった。しかし、今自分にできることはおそらく無い。DOGOOの応援がやってくるまで、せめてアルトリアが自由に戦えるようにしなくては。

 そう思い、踵を返した瞬間、信じがたい光景が目に飛び込んできた。

 こんな事態だというのに、絵を描いている人がいる。

 うっすら赤く染まった顔で、目を輝かせながら筆を走らせているのは、先ほど見つけた北斎のE遺伝子ホルダーと思われる女性だ。

 一体どうしてここに。戻ってきたのか。いや、それよりも。

 

「逃げてください! 絵をかいてる場合じゃ――」

「おお、さっきの嬢ちゃんか。さっきは悪かった。面倒くさくなって逃げちまってよ――」

「いや、今は逃げてください!」

「待ってと言ったり逃げろと言ったり、忙しい嬢ちゃんだ。けどこちとら絵描きでね」

 

 立香が慌てて逃がそうとするも、筆を走らせる手は決して止まらない。

 

「あんな題材に背ェ向けられるかよ。絵を描くより大事なことなんてなあ、この世にあるもんかい!」

「本当に、あなたは――」

 

 勝手な、と言いそうになって思い直した。勝手なのはこっちだ。この絵描きの女性も、竜の少女も、こっちの都合に巻き込んでいるだけだ。ニュースで散々報道されているとはいえ、いきなり奇妙なボールを渡されて、偉人の遺伝子がどうとか言われたら困惑するのも当然だろう。いくら世界がピンチとはいえ、戦えだなんて言われたら拒絶してもおかしくないだろう。

 でも、それでも戦う人たちがいるのだ。

 友達がいるのだ。

 彼女のために、自分も戦うつもりだ。

 だから、いい加減むかついた。

 

「この絵描きバカ!!」

「ん、んなあ?」

「良いから逃げて! そんな場合じゃない! 危ないのくらい分かるでしょ! 今もあの子が、アルトリアが戦ってるのが見えるでしょ!」

 

 今も、木立を一つ挟んだだけの広場で、金髪の少女が竜と格闘している。アルトリアの剣筋は鋭いものの、竜を動けなくするほどではない。隙を見て一撃を叩き込むも、痛みにのたうつ竜に弾き飛ばされて地面に転がされたのも一度ではない。

 それでも、アルトリアは立ち上がるのをやめない。周囲で遠巻きに見ている人々に逃げろと叫び、また一撃を見舞うべく竜に立ち向かっている。

 そんな彼女を見て何も感じないのか。あれすら、絵の題材でしかないのか。

 茫然とする絵描きの女性に、その背後の「影」に叫ぶ。

 

「アルトリアの思いを無駄にして描かれた絵なんか、どんなに上手くても価値なんてない!」

「――は」

 

 絵描きの女性が呆気にとられ、思わずといったように声を漏らした。

 

「は、はは。言うじゃねェか。……そうかもな」

「そうでしょう! だったら!」

「ああ――悪かったよ、今すぐ」

「どいてくれ!」

 

 場が収まりそうになった時、緊迫した声が立香と絵描きの女性の耳に飛び込んだ。声の必死さに思わず二人そろって飛びのくと、大きなカエルのぬいぐるみを抱えた白い服の青年が、全速力で脇を駆け抜けて――。

 

「って、待ってください! 危ないです!」

「おいおい次から次へと! 何なんだい!」

 

 駆け抜けそうになったところを、危うく服の裾を捕まえることができた。大柄な男性の勢いに負け、三人そろって地面に転がる。

 

「いてて――おれより酷ェや、あの竜に突っ込んでどうする気だい?」

「す、すまない。けれど、あの竜は僕の知っている人かもしれないんだ」

「はァ? 竜の知り合いたあ、奇ッ怪な……」

「確証はない。けれど、そんな気がしてならないんだ。失った片割れみたいに、強く惹かれている。行かないと」

 

 青年は土埃を払う時間も惜しいとばかりに立ち上がり、竜の方へと歩き出した。絵描きの女性が止めようとするが、構わず引きずっていく。

 

「お、おいおいおい! 嬢ちゃんも止めてくれよ!」

「……見える」

「何が見えるってぇ!? 二人揃っておかしくなるんじゃねぇよ頼むから!」

 

 青年の背後に「影」が見える。それも、あの竜の少女の背中に見えた、不完全な「影」と同じものが。

 そして、青年が言った、片割れという単語が最後のピースを埋めた。

 

「リョーマさん」

「……え? 君、どうして僕の名前を?」

 

 自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。青年、リョーマが驚いて立ち止まる。

 

「あの竜は、長い黒髪のセーラー服の女の子が変身したものです。E遺伝子ホルダーって、ニュースで聞いたことがありませんか」

「黒髪――お(りょう)さんが!? E遺伝子は聞いたことがあるけど、まさか彼女が?」

「彼女だけじゃありません。あなたもです。多分、あなたと彼女で一つなんです。だから、片方だけだと暴走してしまった」

 

 こうしている今も、リョーマの背後の「影」は、のたうち回る竜から決して視線を外さない。薄れ、揺らぎながらも、完全な一つに戻るのを望むように遠くを見ている。和服の懐に手を入れ、遠くを眺める姿が、ある偉人の姿と重なった。

 

「じゃあ尚更僕は行かないと。お竜さんが僕を待ってくれてるんだろう? だったら――たまにはいいとこ見せんと、愛想尽かされるがよ」

「ええ。行きましょう」

 

 暴走する竜――お竜さんを止められる可能性があるのは、片割れであるリョーマさんだけだ。アルトリアに合図して、どうにかリョーマさんが竜に近づける隙を作らないと。

 リョーマさんと二人でうなずき合い、広場へ出ようとしたとき、絵描きの女性が立香たちを呼び止めた。

 

「待ちな」

「え?」

「こんだけ巻き込んどいて、置いてけぼりかい? おれにも一枚噛ませな。なに、悪いようにはしねェサ」

 

 どんと胸を叩き、絵描きは名乗りを上げた。

 

「この「葛飾北斎」、一筆貸してやろうじゃねえか!」

 

  *

 

「アルトリア!」

「リツカ!? まだここにいたのですか! 早く逃げてください!」

「ちょっと、事情が変わったの! もしかしたら竜を止められるかも! 合図をしたら、こっちに注意を引き付けて!」

 

 アルトリアは自分と、その背後に立つ二人を見て怪訝そうな顔をしたが、信じることに決めたようだ。

 

「分かりました。やってください!」

「うん! 「北斎」さん、お願い!」

「一筆貸すとは言ったけどよ、こいつは骨が折れそうサ……」

 

 「北斎」が抱えているのは、掃除をしていた人が残して逃げてしまったらしい竹箒だった。せめてモップを、と言われたが野外の公園には残念ながら見当たらなかった。

 

「弘法筆を選ばず、っていうだろう?」

「うるせェやい、色男。あんたはしっかり蛙を持ってな」

 

 「龍馬」に文句を言いつつ、「北斎」は意識を集中させた。筆に見立てた箒の先にジワリと光が宿る。AUボールはお竜さんが使っているものしかない。ボール無しでE遺伝子を使うことは理論上可能だが、相当な集中が必要なはずだ。

 しかしさすがの集中力か、その光がどんどん強くなり、足元を照らすほどになった時、「北斎」がつぶやいた。

 

「やりな」

「アルトリア! お願い!」

「はい!」

 

 アルトリアが大きく回り込み、竜の目線をこちらに誘導した。「龍馬」を目にした竜の動きが一瞬止まる。やはりだ。

 

「お竜さん! わしじゃ! 迎えに来たぜよ!」

『リョーマぁ――!』

 

 「龍馬」と彼の掲げた蛙のぬいぐるみを見て、竜が初めて意味のある言葉を喋った。そのまま、感極まったように突っ込んでくる。

 

「ちょっ」

「いいねえ、感動のご対面ってやつサ。けどその前に、一筆くれてやらァ!」

 

 「北斎」が光を宿した箒の筆先を宙に振り上げ、一息で竜の輪郭を描き切った。浮世絵からそのまま飛び出してきたような金色の竜が具現化し、お竜さんが変じた黒竜へと絡みついてその勢いを殺す。

 

「行け、色男!」

「ああ!」

 

 「龍馬」が竜の額に触れた瞬間、竜の輪郭がぐにゃりとゆがんだ。止める間もなく「龍馬」をその体の中へと取り込むと、渦を描くようにぐるぐると回り始めた。

 

「おいおい、どうなった?」

「わからない、けど――」

 

 先ほどのように、寂しさに任せてのたうっていたのとは違う。恋人同士が手を取り合って踊っているかのように、優美な円が描かれる。そして、速さをどんどんと増し、黒い渦にしか見えなくなるまで加速したとき、不意に収束が始まった。

 潮が引くように黒い竜の渦が縮んでいく。直径三メートル以上もあった黒い水面が公園の地面に戻っていき、ついには跳ねる滴を一つ残して消え去った。

 そして、その中心には眠る少女を抱えた「龍馬」だけが残されていた。

 

「ありがとう、みんな。おかげでどうにかなったよ。お竜さんも無事みたいだ」

「これで万事相済みました――ってか」

「よかった……。アルトリアも、本当にありがとう」

「ええ。お役に立てて何よりです」

 

  *

 

「坂本龍馬の名前の由来を知ってるかい? 諸説あるんだけど、そのうちの一つにこういうものがある。龍馬の母が、懐妊中に竜と馬が胎内に飛び込んだ夢を見たのと同じ日に、龍馬の父が馬の夢を見たので「龍馬」と名付けたというんだ。実は僕が生まれるときも、僕の母が夢を見てね。ただし馬だけしか現れなかったそうだよ。土佐の出身だから坂本龍馬にあやかろうと思ったけれど、竜の字は譲って、僕は良馬(リョーマ)と名付けられたんだ。そうしたら従妹のこの子が生まれるとき、お母さんが腹に竜が入る夢を見たというんだ。これはしめたと生まれた女の子に(リョウ)と名付けたってわけさ。今にして思えば、その夢はE遺伝子のお告げだったのかもね。何かのきっかけで別れてしまった坂本龍馬のE遺伝子が、それぞれの片割れの誕生を予期していたんだ。だから僕とお竜さんはまさしく、二人で一人の「坂本龍馬」なんだろうね。うん、僕らでよければ協力させてほしい」

「リョーマ、話が長い」

「お竜さんは戦うのは嫌かい?」

「リョーマと一緒なら別にいいぞ。お竜さんは無敵だからな」

 

 騒動が片付いた後、一歩遅れてやってきたDOGOOの部隊が事態を収拾しようと忙しなく行きかう中、立香たちは仮設のテントで休んでいた。

 お竜さんはと言えば、目を覚ました後、良馬が持ってきたカエルのぬいぐるみを抱え、更に人目もはばからずに彼の膝に頭を乗せてゴロゴロとしている。見ているこっちが少し恥ずかしいくらいだが、良馬は苦笑するばかりで注意はしない。きっと慣れっ子なのだろう。

 そんな二人の背後には、完全な姿となった坂本龍馬の「影」が満足げな様子でたたずんでいた。

 

「で、おれが「葛飾北斎」ってわけか。まあなんでもいいサ。こうして出しゃばった以上、引っ込みがつかねぇ。乗り掛かった舟ってやつだな」

「でも、あくまでDOGOOへの入隊は任意ってことになってますから。……もし、本当に望まないなら、止められないです」

「へっ。事情を聞いたらますます断りづらくなっちまった。友達のために()()()()探しとは、泣かせるじゃねえか。それに世界を守るってんだ、少しは謝礼が出るんだろう? 考えるよなァ」

「ははは……」

 

 そんな風に「北斎」が皮算用していると、戸惑った様子でアルトリアが顔を出した。

 

「すみません、リツカ」

「あ、アルトリア。DOGOOの本部に連絡はついた?」

「ええ、なんとか。それで、申し訳ないのですが」

 

 アルトリアは手に持った携帯電話をスピーカーに切り替えると一同の真ん中に置いた。アルトリアが準備を終えた旨を告げると、ダウナーな声が携帯電話から響く。

 

『あー、聞こえているか?』

「ええ。大丈夫です」

『ご苦労……。さて、「葛飾北斎」及び「坂本龍馬」。急を要する事態だ。すでに輸送機を向かわせている。すぐに出撃してもらいたい。DOGOOへの正式な入隊は今回の作戦が終わってから考えてくれ』

「なっ……何言ってやがる。いきなりそんなこと言われても、こちとら一仕事終わったとこサ!」

『それだけ文句が言えるなら十分だ。言っておくが拒否権はないぞ。すでにお前たちの存在は織り込み済みだ。何を要求しても構わん。今は協力してもらおう』

「おいリョーマ、こいつぶちのめしていいか」

「ダメだよ……と言いたいところだけど。名乗らないのは流石に失礼じゃないかな。僕らも協力するのは(やぶさ)かじゃないんだ。最低限の礼儀は弁えてほしい」

 

 スピーカーから重く、沈痛なため息が漏れた。

 

『失念していた。余裕がなくてな。では改めて名乗ろう』

 

 ダウナーな声はこう名乗った。

 

『「フーヴァー」。DOGOO参謀の「ジョン・エドガー・フーヴァー」だ』

 

  *

 

 二組のE遺伝子ホルダーを乗せた輸送機が飛び立った空を見上げ、ぎゅっと拳を握りしめる。

 

「私、役に立てたのかな。真緒ちゃん、大きな作戦の最中らしいけれど」

「ええ、きっと。さあリツカ、今日はもう遅いですし帰りましょう。ノブナガ様の状況が分かったら連絡しますので」

「うん。お願い」

 

 あの空の向こうで戦う友達に思いを馳せる。自分の行いは、彼女を助けることになるだろうか。

 

「信じてるよ、真緒ちゃん」

 

 こうして、藤丸立香の戦いは終わりを迎えた。

 



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二十二ノ銃 ストーンフォレスト作戦 その5

ちょっと短くて申し訳ないですが、切りのいいところまで。



 水中では時に、前後左右のみならず上下の感覚さえも失われることがあるという。無粋な爆炎で水中に叩き込まれ、吹き飛ばされながら無茶苦茶に回転したとなればなおさらだ。

 だから、自分が水面に出られたのは運がよかったと言える。無我夢中で肺に空気を送り込み、咳き込む。

 

「げほっ。はーっ、はーっ、どこじゃ、ここは?」

 

 三度目の正直と言うことで、がっちりと固定した帽子は落ちていない。自分の眼が依然として赤く輝いているのが分かる。

 状況は限りなく悪かった。

 あの新種侵略体による爆炎の攻撃の瞬間、「信長」は一ノ銃から伸びる帯状の装甲で自分をグルグル巻きにして水中に飛び込んだ。まともに喰らえばチリになっていそうな攻撃も、それで少しは軽減できたように思う。

 しかしAUウェポンはひび割れ、そのフィードバックに襲われた体はあちこちが痛い。血もだらだらと流れている。

 おまけに周囲は見渡す限り水平線で、C・フォレスターも見当たらない。通信もつながらない。

 唯一、見知ったものと言えば――。

 

「貴様だけか」

 

 余裕の笑みを浮かべているように見えるのは穿ちすぎだろうか。片目がもげているとはいえ、まだまだ無事な新型侵略体が目の前の海面を突き破って現れた。

 一応、照明弾をイメージしてから空中に一発撃ちあげてみた。どこまであてになるかは分からないが、ないよりはマシだ。

 頭上で光が瞬いた瞬間、それを合図に無数の触手が襲って来た。

 引くことはできない。仮に逃げ切れたとしても、こいつがウパラに向かうだけだ。そうなれば勝ち目はない。あちらで原始細胞を殲滅するまで、こちらに引き付けておかなくては。

 一発撃つごとに体が軋む。眩暈がする。息が切れる。だがやるしかない。

 先ほどの爆炎の攻撃には大量の「地雷型」を使うため、そう何度も打てないだろう。だからせめて触手だけでも破壊しようと弾丸を打ち込む。しかし、刃のようになった、一際鋭い先端を持った二本の触手に弾をはじかれた。どうやらあの中にも装甲状の鱗が仕込まれているらしい。

 

「とことん、対策済みというわけか――!」

 

 海面を走って回り込む。しかし敵は余裕綽々といった風に身を回し、鋭い触手を向けてくる。頬に熱が走った。首元を濡らすのは血潮か海水か、とにかく気持ちが悪い。血を失いすぎた。思わず足がくじける。それを見逃さずに他の触手が絡みつき、宙にすくい上げられる。

 そして、刃の触手が胸に突き付けられた。

 

「ここまで、か――?」

『――――――――』

 

 当然、侵略体は何も言わない。辞世の句を残す時間すらくれない。

 ただただ、冷徹に刃が突き出される。

 恐怖が目を閉じさせた。

 

  *

 

 目を閉じる一瞬前、羽が舞い落ちるのが見えた。

 

  *

 

 視覚を断った中、鋭い音が一度だけ大きく響いた。それが止んでから、今更のように波の音が聞こえてくる。

 新しい痛みもない。

 ということは。あの触手は弾かれたのだ。自分は、生きている。

 目を開けた。

 

「なに、が――」

 

 視界一杯に広がっていたのは、翼だった。

 あちこちに車輪や歯車が埋め込まれたその翼には既視感がある。その証拠に、翼の根元には、はっきりと見覚えがあるランプが据えられていた。

 しかしその大きさが尋常ではない。翼開長二メートル以上に及ぶ翼の起点となったランプもまた、人ひとりがすっぽりと収まるくらいの大きさがある。いや違う。()()()()()()()()()()()()

 あどけない顔で眠る「ジャック・ザ・リッパー」が、まるで胎児のように体を丸め、頭を下にしてランプの中に納まっている。そして彼女が持つべき巨大なナイフは、翼の主の左手にあった。

 

「貴様が、どうしてここに?」

「しかるべき場所へ。それが私の本来の力です。とはいえ、貴女にお見せすることになるとは」

「本来の力じゃと?」

「ええ」

 

 「ナイチンゲール」は車椅子が変形した翼を羽ばたかせ、伝説の殺人鬼のナイフを侵略体に突き付けた。

 

「モード・夜鳴鶯(ナイチンゲール)です」

 



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二十三ノ銃 1888年

 ロンドン・イーストエンド・ホワイトチャペル地区。

 聖マリアに捧ぐ教会から名付けられたこの街は、16世紀後半にはすでに産業革命がもたらした光が生む、もう一つの側面――影と言える負債が流れ込む場所になっていた。

 更に19世紀にかけて大量の労働者がロンドンに流入したことによって、その影はますます強まり、あふれかえった貧困者は木賃宿に身を寄せ、それすらできなかった者たちは路上で夜を過ごす。

 1888年、そんなホワイトチャペル地区には、今までとは違う恐怖の影が忍び寄っていた。

 切り裂きジャック(ジャックザ・リッパー)

 署名入りの犯行予告状を新聞社へと送りつけたという、大胆不敵かつ正体不明の殺人鬼の存在が、ロンドン全域を騒がせていた。

 

「はあ……はあ……うう――」

「おい、あんた、大丈夫か?」

「ほっとけよ、どうせ酔っ払いの娼婦だ。それよりあっちの店にうまい酒が入ってな――」

 

 一人の女が、息をぜいぜいと吐きながら壁を伝って歩いていた。顔は冷や汗でびっしょりとぬれ、目は血走り、明らかに様子がおかしい。

 しかし、ホワイトチャペルで得体のしれない病気にかかった連中が出るのはおかしなことではない。目抜き通りのホワイトチャペル・ロードは一見整然としていても、そこから一本路地を入れば、多くの娼婦と売人がひしめく街なのだ。性病か、伝染病か、まともに医者を捕まえられない者たちが野垂れ死にするのを、真剣に憂うものなどいなかった。

 

「うう――苦しい、おかしい。どうして」

 

 女性の足取りはどんどんおぼつかなくなり、ついには人気のない路地で倒れ伏した。誰も手を差し伸べるものはいない。誰にもみとられずに不審な死を遂げる――はずだった。

 きい、と車輪の回る音がした。

 霞む目を必死に音の方へ向けると、一人の老婆がそこにいた。

 ランプが据え付けられた車椅子に身を沈めた老婆は、薄汚れた路地に見合わない綺麗な身なりをしていた。もしかして、と必死に力を振り絞って女性は立ち上がる。

 

「うう――あんた、助けておくれよ。体が、体がおかしいんだ」

「もう少し、近くへ」

「うう……もう。歩くのも苦しくて」

「本当に、ごめんなさい」

 

 女性が力を振り絞って老婆に近づいた途端、車椅子に据え付けられたランプが牙をむいた。中に仕込まれた刃が駆動し、女性の首をざっくりと切り裂く。

 

「――」

 

 喉笛を切り裂かれた女性は、声も出せずに絶命して倒れ伏した。

 

「ごめんなさい。本当に……」

 

 老婆はナイフを取り出すと、傷む体に鞭を打って車椅子から立ち上がった。そして。

 ざくり、ざくりとナイフが肉を断つ。野放図な解体ではない。医学的知識に基づいた処置により内臓が摘出された。

 

「これで、最後」

 

  *

 

「そして君は――五人の娼婦を手にかけた。そうだな。ミス・()()()()()()()()()()()()()

「ええ。お茶をお出ししようと思ったのですが、全てご存知なら」

「ああ。私はお茶をしに来たわけではない。君の能力(ちから)をもらいに来たのだ。……いずれ、「クリミアの天使」には声をかけようと思っていたが、こんな形で君のところを訪れようとはな」

 

 68歳になるナイチンゲールは、ひっそりと構えた隠れ家に珍客を迎えていた。

 この場所を知るのは、かつて所属していたOHMSS(秘密情報部)のエージェントだけのはずだった。そこへしかも、人間とは思えない存在が尋ねてきたのだ。驚きはしたが、彼の事情を聞けば納得した。現在の人間社会をはるかに凌駕する技術を持った異星からの客人ならば、ここを探り当てることもできるだろう。

 

「私の能力――この「声」のことですね」

「そうだ」

 

 1854年。34歳であったナイチンゲールは「声」を聴いた。そしてその「声」に従い、家族の反対を押し切ってクリミア戦争で苦しむ者たちを救うべく全てを投げ打って行動したのだ。

 

「当時の看護婦と言えば、娼婦とそう変わらない職業と思われていましたから、それはもう反対されました。けれど「声」を聴いた私には、それが世界のために正しいことだとわかっていましたから」

「確かに君の行動で世界は変わった。「クリミアの天使」がもたらした衛生概念は地球人を大きく進歩させることとなった。君は疑いようもなく「傑物」だよ」

「天使、ですか。相変わらずその呼び名には慣れませんね。天使とは、美しい花を撒く者で無く、苦悩する誰かの為に戦う者ですから」

 

 厳しい面持ちでナイチンゲールは言う。そして、脇にあるベッドに横たわるモノを見て溜息をついた。

 

「けれど、今日あなたが会いに来たのは「天使」ではないのでしょう」

「ああ。君はまた、「声」を聴いたのだろう」

「ええ。とても信じられないようでしたけれど」

「君には必要なことだとわかった」

「摘出した患者の臓器からは、未知の病原菌が検出されました。秘密情報部の化学顧問のモロー博士の見解では、人工的に作り出された、毒性と感染力を併せ持つ病原菌であると」

「バイオテロ――そんなものが娼婦の体内に潜んでいたとは」

「対策をせず、彼女たちが路上で亡くなっていたならば、細菌はその遺体を飛び出してイギリス全土――いえ、ヨーロッパ中に広がっていたかもしれません」

「ホワイトチャペルの現状を鑑みれば、いくばくの金と引き換えに、得体のしれない注射に腕を差し出すものがいるのも責められることではない、か」

「しかし、彼女たちにはかわいそうなことをしてしまいました」

「だが「声」はそれを示し、君は従った」

「ええ。「声」に従えば、どこに病原菌が潜んでいるかがわかりますから。どこを切ればいいかは全て見えました」

 

 脇にあるベッドに横たわるのは、五人目の被害者のなれの果てだった。皮膚や内臓を含め、ほぼ完全にバラバラに処置された遺体から取り除かれた内臓は、病原菌を絶つべく焼却されていた。

 

「それこそが「ジャック・ザ・リッパー」の正体――そこの彼女が最後の感染者だったんだな」

「ええ。これで終わりです。けれど、「ジャック・ザ・リッパー」という名は後世へとずっと残ることでしょう。正体不明の、ロンドンを恐怖に陥れた殺人鬼。誰かが面白半分で送りつけた予告状に書かれていた名前ですが、私にはこの名前がふさわしい。私は五人の女性たちを、救うことはできなかったのですから」

「その罪を背負おうというわけか。ますます、君は「傑物」だよ」

 

 土偶は傑物の血液を採取すべくフラスコを取り出した。

 

「君の力をこの星の未来のためにいただこう」

「ええ。けれど、一つ注意してください。この「声」は、私にもいつ聞こえてくるかわかりません。きっと、私の力を継いだものもそうでしょう。それだけは理解しておいてください」

「心得たよ」

 

  *

 

 それから百年以上が過ぎた現代。「声」の導きにしたがって、「ナイチンゲール」は「織田信長」を救うべく翼を広げていた。

 

「人類にとって重要な局面でのみ働くこの力――あなたがそうとは」

「何を言っておるのだ、「ナイチンゲール」」

「いえ。とにかく、この侵略体を攻略するとしましょう」

 

 ナイフをひらめかせ、「信長」を拘束している触手を断ち切った。そして「信長」に対してランプの光を浴びせる。失った血や傷を回復することはできないが、いくらか楽にはなったはずだ。

 

「ありがたい」

「いえ。では始めます」

 

 「ナイチンゲール」は侵略体に向き直ると、翼を閉じて車椅子の状態に戻した。集中するためだ。

 本来の力を発揮したAUウェポンは、翼を閉じても重力につかまることはない。宙に浮かぶ車椅子を見て「信長」は茫然としていた。

 

「なにをしているのですか、「織田信長」。援護をしてください」

「ちょ、助けに来たんじゃないんかい!」

 

 言っている間にも触手が襲ってくる。「信長」が不平を言いながらも時間稼ぎをしてくれたので、「ナイチンゲール」は意識を集中した。

 この力は人類にとって重要な局面を指し示す。味方ならば救うべき場所を。敵ならば突くべき弱点を。

 新型侵略体を見る。戦いの中で急造された敵なためか、装甲の厚さにムラがあるようだ。狙うべきは一番薄いところ。そして――。

 「ナイチンゲール」は遠くの空を見上げると、翼に組み込まれた歯車を回転させた。普段以上の速度で統計処理が行われ、結果が音高く弾きだされる。

 

「今からあの侵略体の弱点をマークします。合図をしたらランプの光を撃ってください」

「なんじゃと!?」

「二度は言いません」

 

 翼のパーツが駆動し、周囲に霧を吐き出し始めた。かつてのロンドンの再現だ。あっというまに近くにいる「信長」の姿さえ見えなくなった。

 あの侵略体は頭足類の構造を模している。視覚にかなりのリソースを割いているはずだ。ならばこれで――。

 「ナイチンゲール」は翼を羽ばたかせ、侵略体へと迫った。この濃霧の中でも「声」が示した弱点ははっきりと見えている。装甲の一点に、鶏頭図(円グラフ)を模したターゲットサイトがはっきりと重なっている。

 霧に紛れて侵略体の上に降り立った「ナイチンゲール」は、弱点にナイフの切っ先を突き立てると、ランプの光を強めた。

 霧の向こうから銃声が響く。ランプの中の「ジャック」に当たらないように、翼を漏斗状に変形させて弾丸を受け止めた。何十発もの弾丸の勢いが体を押し、ナイフの切っ先を装甲へと食い込ませる。はっきりとそれが分かるようになったとき、鋭く言い放った。

 

「十分です!」

「う、うむ!」

 

 銃撃が止んだのを見て、「ナイチンゲール」は「信長」の元へと戻った。

 

「弱点に傷をつけておきました。後は彼女と協力して撃破してください」

「彼女――って誰じゃ」

「すぐ来ます。それと、くれぐれも私のことは内密に」

「な――いきなり来て、おい、どこに行くんじゃ!」

 

 「ジャック・ザ・リッパー」の正体を知られてはならない。「ナイチンゲール」は後を託して飛び去った。

 

  *

 

 一人取り残された「信長」は茫然とするしかなかった。

 いきなり「ジャック」と合体した「ナイチンゲール」が現れて助けてくれたと思ったら、敵の弱点だけ教えてどこかに行ってしまった。

 

「どうしろと」

 

 しかし文句を言っている場合ではない。もうじき霧が晴れる。そうなれば――。

 うっすらと巨大なアンモナイトの姿が見え始めたとき、またしても状況が変わった。

 

『――が。の――なが! 「信長」! 無事ですか!?』

「ん? 指令か! おお、まさか繋がるとは! C・フォレスターは無事か?」

『先ほどの照明弾を確認して見つけることができました。こちらは何ともありません。そちらは?』

「どうにか生きとるが、敵が硬くてかなわん。どうにかならんか」

 

 「ナイチンゲール」には一応口止めされている。ぼかして伝えると、予想外の答えが返ってきた。

 

『それならば――もうじき増援が到着します』

「なん、じゃと?」

 

 増援はない。だからこそのストーンフォレスト作戦だったはずだ。だというのに、なぜ?

 「信長」が思考を巡らすよりも先に答えが来た。高速で飛来した輸送機から空中挺進(エアボーン)した姿が海面へと降り立つ。パラシュートを切り離し、海面を駆けてくる姿は、今一番欲しい戦力だった。

 身を包むのはダンダラ模様の浅葱色の羽織。日本人にしては色が薄い髪を風に揺らし、鋭いブレーキで颯爽と到着したのは。

 

「どうも。苦戦しているようですね、「ノッブ」」

 

 誰であろう、「沖田総司」その人だった。

 

  *

 

 突然現れた「沖田」に、「信長」は茫然とするほかなかった。

 

「なんで貴様がここにおるんじゃ!」

「増援ですよ。決まってるじゃないですか、「ノッブ」」

「久方ぶりだというのに、相変わらずその呼び名か! ああそれよりも、何故増援が!? それができんから作戦を立てたというのに!」

 

 ぴったり今欲しい人材が今ここにいる。「沖田」の妙な技ならば、あの侵略体の装甲をぶち抜くくらい訳はないだろう。だが、何故ここにいるのかが分からない。

 

「私も詳しくは知りませんが、急に日本で新しいホルダーが見つかったようですよ。それで浮いた人員をやりくりして、私たちがやってきたというわけです」

「私、たち?」

「ええ。ウパラにも、今頃到着しているはず――」

 

  *

 

 「ジャンヌ」が呼び止める間もなく、「ジャック」が突如として開いた劇場の扉へと消えた。外から差し込む逆光が小さな姿を塗りつぶし、あっという間に見えなくなる。

 

「って、扉? どうして? まさか、「シェイクスピア」が限界なのか?」

「マズいぞ。今劇場が消えたら、侵略体を抑えきれない!」

「■■――!」

 

 その光が魔法を解いたのか。先ほどまで「ジャンヌ」以外は気づかなかった状況を周囲が知覚した。勿論味方だけではない。侵略体の群れも、我先にと外へと開いた扉へと殺到する。

 

「まずい! 「ロボ」! 私をあそこに――」

 

 「ジャンヌ」は扉の前に行って防壁を張るべく声を張り上げたが、間に合わない。あっという間に壁を埋めくし、陸上に適応した「機動工兵型」が扉のあるバルコニーへと上がり込む。

 

「すまないが、これから第二幕のようだ。着席してくれ」

 

 そして、壁や床から突き出た無数の巨大な手に張り飛ばされて宙を舞った。

 あんなことができるのは――。

 

「「アヴィケブロン」!」

「遅れて済まない。ようやくまともに動けるようになったよ」

「よかった――本当に心強い」

「僕だけじゃない。それに、おまけもある」

 

 そう言って、何やら背負っているボンベのようなものを示す「アヴィケブロン」の背後で扉が閉まる。

 それだけではない。周囲の風景がどんどん変わっていく。十七世紀イギリスの建築様式にのっとったシックな劇場の檻が変貌していく。

 ローマン・コンクリートによる荘厳なつくりの地肌の上に敷かれるのは、目もくらむような深紅の絨毯。あらゆる場所に大理石とモザイク、そして黄金の装飾が施され、篝火に照らされた空間そのものが輝きを放つ。

 視界のすべてを使って見よと言わんばかりに、美と芸術に埋め尽くされた空間。そこへ最後の装飾が飛び込んだ。嵐のような薔薇の飛沫が一同の視線を釘付けにする。

 

「これは――」

「■■……?」

「なるほど、彼女か。しかし、何故ここに?」

 

  *

 

「レグナム カエロラム エト ジェヘナ――築かれよ我が摩天、ここに至高の光を示せ!」

 

 「シェイクスピア」が作り、限界を迎えようとしていた劇場の檻の上で、麗しい金髪の少女が高らかに謳い上げる。それに応じ、彼女のAUウェポンたる肩鎧に飾られた獅子が吠え、両者の声が劇場を震わせる。創造主の手を離れ、少女のものに塗りつぶされていく。

 

「我が才を見よ、万雷の喝采を聞け!しかして称えるがよい、黄金の劇場を!」

 

 招き蕩う黄金劇場の落成とともに、あたり一面を薔薇の吹雪が埋め尽くした。それは等しく、地面に座り込む二人のE遺伝子ホルダーへも降り注ぐ。

 

「クランクアーップ……☆ 本当もう「信長」さん後で覚えてろ……ガクッ」

「まさしく彼女は微笑み、微笑み、なおかつ大悪党(That one may smile, and smile, and be a villain.)でありますからな……。日本では名を知らぬものなどいない革新の代名詞にして――」

 

 それでもなお口を閉じない「シェイクスピア」に対し、劇場の上から「ネロ」が言う。

 

「「シェイクスピア」よ。まだ喋り足りぬとは、さすがの手並みよ。しかし此度の公演は久方ぶりゆえ、疲れが骨身に応えたであろう。あとは任せて休むがよい」

「これはこれは皇帝陛下、ありがたきお言葉。では最後にもう一言だけ――芝居を終いまでやらせてくれ!(Play out the play!)

 

 それを最後に「シェイクスピア」は倒れ伏した。

 

  *

 

「ともかくこれで戦場の確保は問題なくなった。あとはこの侵略体の群れをどうにかするだけだ」

「それで「アヴィケブロン」、そのボンベは一体」

「これはまあ――見せた方が早いか」

 

 「アヴィケブロン」はボンベから伸びるホースを無造作に侵略体の群れに向け、ノズルを引いた。何とも言えない色の液体が目の前の侵略体にしとどに降りかかる。

 

「何ですかこれ――苦、酸っぱ? すごいにおいですけど!」

「毒、ではないな。侵略体に効くとは思えない」

「ああ。しかしある意味、毒より厄介なものだ」

 

 侵略体は自分たちに降りかかる液体を意にも介さず「ジャンヌ」の張った防壁をひっかいていたが、突然ピタリと動きを止めた。そして状況を確認するようにきょろきょろとあたりを見渡し――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 侵略体であれば侵略体を倒すことができる。それを証明する光景が次々と目の前で繰り広げられる。一箇所から火が付いたように同士討ちの波が広がる。驚いて目を見張るE遺伝子ホルダーたちをよそに、無数のハサミが肉を割く音が響き渡る。

 

「え?」

「同士討ち――か? 確かにこれなら。しかし、どうやって?」

「君の働きだ、「ジェロニモ」。作戦の最初に「工兵型」のサンプルを回収しただろう」

「トンネルに放置されていた、あれか?」

「ああ。もともとあれだけの大軍を統率する手段は疑問に挙がっていたんだ。おまけに、後でわかったことだが、水中に適応したやつらの眼は陸上ではほとんど見えていないらしい。ならば何が奴らに敵味方を教えているのか? あのサンプルを()()し、そこから得た成分を()()した結果、その答えが見つかった。フェロモンだ」

「解剖、それに解析だと?」

「そんなことができるのは――」

 

  *

 

 この瞬間が好きだ。作戦が結実し、万事がうまくいった瞬間が。

 

『ソロモン諸島の第六小隊のもとへ「葛飾北斎」が到着!』

『「パラケルスス」の対フェロモン試薬、ウパラに到着! 「アヴィケブロン」が劇場内に突入!』

『バンクーバーに「坂本龍馬」が到着! 押し返しています!』

『第四小隊に「パラケルスス」と「呂布」が合流! 戦線維持しています!』

『「信長」を発見! 「沖田総司」が合流しました!』

『「ネロ」のウパラ着を確認! 「シェイクスピア」の劇場を掌握開始!』

 

 次々と飛び込む報告が背筋をぞくぞくさせる。あくどい笑みが顔に浮かんでいるのが自分でもわかった。

 

「全く、「信長」め。目を覚ましてみれば、大ピンチもいいところだ。私と「サンソン」が伸びたままだったらどうするつもりだったんだ」

 

 指令室に設置したベッドの上で、笑みを浮かべながらも不満を漏らす「フーヴァー」に対し、同じく横で身を休めている「サンソン」がフォローを入れた。

 

「お役に立てて何よりです。けれど、彼女があなたの目論見を理解して作戦を立てなければ、もっと悪いことになっていたかもしれませんよ」

「ふん。まあそこは評価していいか」

 

 意識を回復した「フーヴァー」が最初に取り掛かったのは、現状の把握だった。

 各地の戦況は膠着状態。「信長」が立てた作戦は想定通りに進んでいたが、案の定破綻寸前。ウパラの「シェイクスピア」たちは疲労困憊だったし、劇場の中にいるホルダーたちの状況も芳しくないようだった。

 おまけに「信長」も「戦艦型」を撃破したはいいものの、伏兵にやられて消息不明。あとついでに「ナイチンゲール」も行方不明。状況を把握したときの頭痛でもう一度失神しそうだった。

 だが、眠ってはいられない。指令が止めるのを遮って作戦を練りつつ、同じく目を覚ました「サンソン」に「工兵型」のサンプルを解剖させ、何でもいいから攻略の手がかりを見つけるよう指示を飛ばした。幸運にもフェロモンの存在が確認できたため、それを打ち消す薬剤の作製を「パラケルスス」に依頼。

 そこで更に朗報が飛び込んできた。

 日本で二組のE遺伝子ホルダーが見つかったというのだ。藤丸立香の存在は把握していたが、この土壇場で成果を出すとは思っていなかった。とはいえありがたい限りだったので、さっそく作戦を修正し発動した。

 日本で見つかったホルダーを日本の近くの戦場へ。そこで浮いた人員を第四小隊のもとへ。そして第四小隊の「ネロ」と「沖田」をストーンフォレスト作戦へ。戦況に適した人材を再配置し、一気に状況をひっくり返す。

 

「さあ、お膳立てはしてやったぞ、「信長」。これで負けたら殺してやる」

「まあまあ……」

 

  *

 

「というわけで、二人の働きでここに「ネロ」と薬剤が、「信長」のもとへ「沖田」が合流したわけだ」

「じゃあ、今撒いているのは」

「フェロモンを打ち消すための物質だ。連絡を受けた第六小隊の「パラケルスス」お手製のね」

 

 「アヴィケブロン」は余剰のボンベを「ビリー」と「ジェロニモ」に投げ渡した。

 

「さあ、もう一仕事だ」

 

 薬剤がばらまかれるたびに、敵の波が乱れていく。生きている敵で埋め尽くされていた地面が、同士討ちした死体で舗装された道へと変わっていく。

 そして、その先に「工兵型」とは違う、蜘蛛のような姿の侵略体がいた。

 

「やっと見つけた! あれが原始細胞を持ってる「輜重兵型」だ!」

「ええ、「ビリー」さん。けれど、アレを守っているのは」

 

 「輜重兵型」へも我を失った「工兵型」が襲い掛かっているが、脇から伸びた鋭い腕に払い落とされていた。地面に落ちた「工兵型」はなおも動こうとしていたが、「輜重兵型」を守る存在は容赦なく脳天を突き刺し、巨大な足で踏みつぶす。

 今までの「工兵型」はあくまでもトンネルを掘るために作られた存在だった。しかし今見えている一際巨大な姿は、戦闘に特化した姿であることが一目でわかる。

 「近衛兵型」とでもいうべきそれを見て「アヴィケブロン」が唸った。

 

「あれは「輜重兵型」を守るための存在か。フェロモンも関係なく、近寄ったものは皆殺しにするようになっているようだな」

「なに、後一体だ」

「そうそう。ラストは派手にいかなきゃね」

 

 「ジェロニモ」と「ビリー」がウェポンを構える。

 

「「さあ、やろうか」」

 

  *

 

 状況は理解した。「フーヴァー」と「サンソン」、そしてなにより。

 

「藤丸さん、が」

「ええ。あなたの友人なんですよね?」

 

 こんなに嬉しいことはない。思わず素に戻って涙がこぼれそうになる。

 

「っと、「ノッブ」。泣いてる場合じゃありませんよ!」

「そうじゃったな、沖田」

 

 霧が晴れる。アンモナイトの侵略体が不満げに体をゆすり、身を包む霧の残滓を吹き飛ばした。

 

「わしと貴様ならば楽勝よ。さあ、片付けようか!」

「ええ!」

 

 「信長」と「沖田」は銃と刀を構えて叫んだ。

 

「「是非も無し!」」

 



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二十四ノ銃 ストーンフォレスト作戦 その後

 「沖田」と「信長」は左右に分かれて同時に走り出した。

 侵略体は二人を迎撃するべく触手を伸ばすが、右目がもげているせいか、そちらに回り込んだ「沖田」よりも見えている側の「信長」を優先した。生まれた経緯からしても、「信長」を第一級の脅威とみなしているのかもしれない。

 だがそれが隙だった。「信長」が反対側から容赦なく三段撃ちを叩き込んでいる間に、「沖田」が一歩目を踏み出していた。

 海面を蹴って一歩。宙に浮かぶ触手を蹴って二歩。そして「ナイチンゲール」が残した刃物傷の手前で三歩。

 無明三段突きが装甲を苦も無く貫徹し、螺旋の貝殻の中へと続く道を作った。

 突然の損傷に驚いたのか、侵略体の眼があわただしく蠢く。「信長」もその隙を見逃さず、ジャンプと三段撃ちの反動で触手をかいくぐって侵略体の中へと突入する。

 侵略体の中は少々の「地雷型」がいるだけだった。やはりあの螺旋の爆炎はそう何発も使えるものではないらしい。「地雷型」の爆発にひるみながらも、螺旋状の貝殻を外へ外へと駆けていく。そしてその行き止まりに、無防備な肉が見えた。

 「信長」が三つの銃口を押し付けて引き金を引くのと、「沖田が」鋭く踏み込んで突きを炸裂させるのは全くの同時だった。

 

  *

 

 「近衛兵型」の攻撃は苛烈だった。

 しかし「ジャンヌ」の防壁と「アヴィケブロン」のゴーレムがそれを阻む。いくつもの節くれだった脚が弾かれ、その体が押しとどめられる。

 それでも暴れて振りほどこうとするも、「ビリー」によって五つの眼に寸分も狂いもなく叩き込まれた銃弾が痛みを与え、巨体をすくませた。

 再び「ロボ」に乗った「ジェロニモ」が、狼の走る勢いのまま空中に飛び出してトマホークを振りかぶる。

 交錯は一瞬。

 渾身の一撃が「近衛兵型」を真っ二つに切り裂く。一拍遅れて崩れ落ちた巨体のもたらす揺れが決着を意味していた。

 「ビリー」は蜘蛛のような「輜重兵型」へと歩み寄ると、その状態を確認した。守ってくれる「近衛兵型」を失った「輜重兵型」は、我を失った「工兵型」のハサミで腹部を切り裂かれ、悶えて息絶えるところだった。原始細胞も無事ではないだろう。

 同士討ちを繰り返し、最後の一体となった「工兵型」の脳天に、一発だけ残った弾丸を叩き込んだところで集中が切れた。今さらのように全身が、特に左手の指がジンジンと痛み、「ビリー」はその場に崩れ落ちた。

 「ジェロニモ」も「近衛兵型」を倒した後はぐったりとしている。「ジャンヌ」も旗に縋りついてどうにか立っている状態だし、「ロボ」はそもそも喋れない。

 「ビリー」が残った一人に目配せをすると、後からやってきた気まずさからか、彼は仮面をポリポリと引っかいていた。それでも自分がそうした方がいいと悟ると、ゴーレムを操って劇場の壁を殴りつける。あらかじめ決めておいた合図通りの音を響かせると、劇場の天窓が開いて通信が回復した。

 

「あー、こちら「アヴィケブロン」。作戦完了だ」

 

 ストーンフォレスト作戦、完了。

 目標、進化侵略体原始細胞の殲滅、成功。

 重症、疲労困憊なホルダーは多いものの死者はゼロ。

 天井が開いた黄金劇場に再び舞い落ちる薔薇の花吹雪が、一同の勝利を祝福していた。

 

  *

 

『こちら第四小隊。最後の侵略体が沈黙。他に敵影はなし』

 

 通信の向こうで「アマデウス」が報告してくる。

 

「ご苦労だった。そこにいる「パラケルスス」にも改めて礼を言っておいてくれ。彼のおかげで助かった」

『了解。いやあ、驚きましたよ。いきなり「沖田」と「ネロ」が引っこ抜かれて、「呂布」と「パラケルスス」がやってくるんですから』

「すまなかったな。急な対応をさせて。しかしおかげで作戦は無事終了した。今ので敵の陽動部隊は最後だ。原始細胞を守っていた集団の敗北が伝わったのだろう」

『……ああ、それと。今回「サンソン」が頑張ったらしいじゃないですか。フェロモンも彼の解剖のおかげで見つかったんでしょう? 今どうしてます?』

「怪我を押して解剖作業をしたおかげで、再入院だ」

『ははは! そりゃいい! では、失礼! 彼にどんないたずらを仕掛けるか考えなくちゃならないので!』

「ほどほどにしたまえ」

 

 通信を切り、土偶は指令へと向き直った。

 

「さて。これでひとまず終わったわけだ。君もよくやってくれた」

「いえ。全てはホルダーたちのおかげです。……とはいえ、これでまた、未来に希望が持てるようになりました」

「ああ。原始細胞の殲滅は大きい。これで奴らの進化はやり直しがきかなくなった」

「しかしその分、地上への侵攻にも必死になり、激しい戦いになるでしょう」

「ホルダーたちには十分な休息を与えねばな。いずれ来る戦いに向けて――」

「ええ。今はゆっくり、休んでもらいましょう」

 

 波間に揺れるC・フォレスターは、静けさに包まれていた。

 

  *

 

「真緒ちゃーん。起きて」

「んえ?」

 

 夢を見ていた。ベンチの固い感触が背中から尻にかけて伝わる。自分を起こした声は間違えようもない、友達の声だ。

 

「なんか変な夢見た……」

「台湾まで来て昼寝?」

「おわっ。藤丸さん? あえ? なんで?」

「せっかくこうして台湾まで来たのに寝てちゃもったいないよ?」

 

 そう言ってくすぐったそうに笑う藤丸さん。ぱっちりとした眼に利発そうな顔だち。サイドでくくった髪は彼女の活発さを示すステータスだ。

 彼女はぱっと顔をあげ、彼女の背景に広がる光景を示した。きらびやかな装飾を施された建物の群れが池の上にそびえ、さらにその奥には鎧をまとい、剣を携えた武将の姿まである。台湾は高雄、蓮池潭(リエンツータン)公園である。

 

「あ、ああうん……」

 

 でっかいオッサン――のちに調べたところ、玄天上帝像というらしい巨大な像に向かって続く橋を歩きながら、藤丸さんと話す。

 

「作戦、うまくいってよかったね」

「え? ああ、うん。でも私だけじゃダメダメだったよ。9人で世界を救うなんて意気込んで名前を付けたのに、結局たくさんの人に助けられて、ようやくギリギリで勝てたんだから」

 

 土壇場で目を覚ました「フーヴァー」と「サンソン」。

 ピンチに駆けつけてくれた「ナイチンゲール」。

 決め手となった「ネロ」や「沖田」たち。

 ホルダーではないDOGOOの人々。

 そしてなにより。

 

「ありがとう、藤丸さん。本当に助かったよ」

「そうだね。一人じゃダメだった」

 

 でっかいオッサンの中に伸びる階段を上り切り、眩しい光が差し込む外へと出る。

 そこは巨大な掌の上。

 遠くには、たくさんの巨大な像が見える。そのどれもが、頭に当たる部分が戦車やヘリコプター、輸送機にすげ変わっていた。奇妙な見た目の彼らは真緒の健闘を称えるかのように敬礼をしてくれている。

 これだけおかしな光景を見せられれば、いい加減自覚する。

 

「夢かー」

「そう、夢だよ。だから早く起きなきゃ。一人じゃないんだから」

 

 縮尺や背景を無視して、藤丸さんの姿が遠ざかっていく。真緒は慌てて叫んだ。自分の夢に出てきた彼女に言っても仕方ないとはわかっているが――。

 

「ありがとう! 夢から覚めたら、本当の藤丸さんにも、ちゃんとお礼を言うから!」

「うん。またね」

 

 笑顔が遠ざかっていく。風景が消えていく。体の感覚が戻ってくる。

 そして、目が覚めた。

 

  *

 

「ここは――」

 

 覚えている。C・フォレスターに撤収して、報告を終えて、装備を解除して。そのまま手ごろなロビーのソファで力尽きるように眠ってしまったのだった。

 だが、一人ではない。

 自分の両隣には、穏やかに眠る「ジャンヌ」と「ジャック」が。

 壁際には眠りながらも仮面を外さない「アヴィケブロン」と、テンガロンハットで顔を隠した「ビリー」が。

 脇の床には身を丸めた「ロボ」と、彼の横で胡坐をかいたまま眠る「ジェロニモ」が。

 そして一人がけのソファでいびきをかいている「シェイクスピア」と、何やら寝言をつぶやいている「メリエス」が。

 一人ではない。きっと、誰かが取り決めたわけでもなく、自然と集まって眠ってしまったのだろう。

 なんとなく、もう少しだけまどろみに身を任せたくなって、目を閉じようとした。しかし、ひそやかな声が自分を呼んだ。

 

「「織田信長」。少し、よろしいですか」

 

 以前、コスタリカの病院でもそうだった。全く気配を感じさせず、ただそこにいた「ナイチンゲール」が自分の名前を呼んでいた。うなずき、「ジャンヌ」と「ジャック」を起こさないように静かに体を引き抜いた。

 「ナイチンゲール」の車椅子は、彼女が手を触れずとも自在に動く。軽やかながら床をしっかりと踏む車輪を見ていると、それが翼となって大空を自由に飛んでいたのが嘘のようだった。

 彼女の後を無言でついていき、人気のない甲板へと出ると、「ナイチンゲール」が振り返った。

 

「今回は、私のことを指令に黙っていてくださってありがとうございます。……今のところ、私の正体を知っているのは、あなたとあの土偶だけです」

「いや、それは構わないけれど。驚きはしたかな、はは」

 

 正体不明の殺人鬼は、クリミアの天使として知られる女傑だった。

 以前、テレビ番組で取り上げられていたとき、ジャック・ザ・リッパーの正体としていくつかの仮説があったのを覚えている。

 死体が医学的な処置に基づいて解体されていたことから、医療関係者。

 夜間に警官に疑われずに行動できたことから、警察関係者。

 被害者がいずれも警戒心を抱き抵抗していた形跡がないことから、女性。

 突飛なものでは、貧しい娼婦たちを誘う物品を用意できた金持ちという説もあった。

 名家の出身であり、医療関係者であり、陸軍にコネクションがあり、女性であるフローレンス・ナイチンゲールは、奇しくも多くの仮説を満たしていた。

 しかし、自分が気になるのはそれだけではない。

 

「あなたと「ジャック」は、どういう関係なの?」

「やはり、それを聞きますか」

 

 話しづらそうに「ナイチンゲール」はこぼす。

 

「先に断っておきます。全てをお話しすることはできません。想像で補っていただいても構いません。ただ、「ジャック」自身のために、伏せておきたいことがあります」

「……分かった」

「私と彼女は、DOGOOの発足当初から所属していました。私はある理由から幼い「ジャック」の面倒を見る立場でしたが、彼女を普通に育てることができなかったのです。だからDOGOOを頼りました。E遺伝子ホルダーである彼女のことを大事にしてくれると信じて」

「なら、どうして「ジャック」は戦っているの? しかもあんなに危なっかしいし」

「はい。初めは私だけが侵略体の対処に関わっていたのです。しかし、日に日に「ジャック」は自分も役に立ちたいと言い出しました。……お気づきかもしれませんが、E遺伝子ホルダーは侵略体との戦いに積極的になる傾向があります。幼い彼女には、それがより強く働いてしまった」

「それって」

 

 E遺伝子は進化侵略体を倒すために作られたものだ。だからそうなっても不思議ではない。「沖田」や「ジャック」に戦闘への積極性がみられるのはその結果であり、中でも極端に働いたのが自分なのかもしれない。

 

「そしてもう一つマズいことに、「ジャック」は彼女自身のE遺伝子と、私を誤認するようになっていました」

「おかあさん、って呼んでたよね」

「ええ。もともとが同じE遺伝子であるためか、彼女と私の間には目に見えないつながりがあります。それが最も強まったのが、あの夜鳴鶯(ナイチンゲール)です。だから「ジャック」は、侵略体を倒せば倒すほどE遺伝子が――つまり私が褒めてくれると思い込むようになってしまった。何度言っても聞いてはくれません。彼女は自分の背後の「影」も、私も、一緒くたに「おかあさん」と呼ぶのです」

 

 コスタリカの病室での出来事を思い出す。「ナイチンゲール」が何度自分は母ではないと言っても、「ジャック」は言ってきかなかった。そして、自分の背後から語り掛ける殺人鬼の声も、「ナイチンゲール」のことも「おかあさん」と呼んでいた。

 

「「ジャック」からすれば、同じ人物に『もっと侵略体を倒せ』と『戦いなんて危ないことをするな』と言われているようなものです。幼い彼女にその矛盾は強いストレスを与えかねない。だから私は特殊班として彼女から遠ざかり、「ジャンヌ」や「アヴィケブロン」といったサポーターを第二小隊に推薦したのです」

「そう、だったんだ」

 

 時々自分を突き動かす、自分自身のものではない記憶。自分の知らないことを当たり前のように口にするのに、不自然に思わないあの感覚。

 「ジャック」からすれば、切り裂きジャックとナイチンゲールが同一人物ではないと言われるのは、自分の常識を丸ごと否定されるようなストレスを与えられる行為なのだ。

 

「でも、「ナイチンゲール」は「ジャック」のこと、心配してるんだよね?」

「そ、それは勿論です! 私が不完全なばっかりに、彼女に負担をかけて、挙句戦いにまで巻き込んで――」

 

 無力さを噛みしめるように、「ナイチンゲール」は車椅子のひじ掛けを握りしめた。

 

「できることならば、全てを私が背負いたいというのに」

「その気持ち、多分ちゃんと「ジャック」に伝わってると思う」

 

 おかあさん、と「ナイチンゲール」を呼ぶ時の、あの嬉しそうな声の調子。それが何よりの証拠だ。

 

「きっと、分かってくれる時が来るよ。だからそれまで、私たち第二小隊に任せて」

「「織田信長」……」

 

 「ナイチンゲール」は今にも泣きそうな顔になっていたが、その眼から涙はこぼれなかった。人前では泣けないのかもしれない。

 しかし、彼女も決意を新たにしたのだろう。表情がふっと和らぎ、冗談めかしたものに変わった。

 

「ならば、まずは傷を治してくださいね。「ジャック」と遊ぶには、健康体でなくては。ご自愛ください」

「分かってる。それまでお世話になります、看護師さん」

 

 手の冷たい人は心が温かいという。握ったその手は、びっくりするくらいに冷たかった。

 そして去り際に「ナイチンゲール」はこういって携帯電話を渡してきた。

 

「ああ、それと。今回のお礼というわけではありませんが、これを。作戦前にも特例で使っていたようですが、それと同じものです」

「え、いいの!? やった、ちょうど電話したいと思ってたんだ!」

「喜んでいただけて何よりです」

 

 早速、頭にしっかりと叩き込んでいる番号を押し始めた。

 

  *

 

 そのころ。真緒の不在に気づいた面々も、段々と目を覚ましていた。

 

「ああもう、本当に今回は疲れました☆ 「信長」さん、本当にどうしてやろうかな~。彼女を主役にしてギリッギリな描写満載のやつ一本取らないと気が済みませんよ」

「ははは! 目覚めて早々映画のこととは、流石「メリエス」ですな!」

「ぶっ倒れる直前まで自分(シェイクスピア)の引用してたあなたが言います!? あ、脚本お願いしてもいいですか、サービスシーン増し増しで」

「うーむ、実を言うと吾輩、ただいまスランプ中でして」

「え? そうなんですか?」

 

 と、その時。ドアを壊さんばかりの勢いで金髪の少女が踏み込んできた。

 

「話は聞かせてもらったぞ! 女優を募集しているようだな! 余だよ! 余がいるよ!」

「って、いたんですか「ネロ」さん! あなた今回良いところ掻っ攫って行ったでしょ!」

「確かにあの黄金劇場の出来栄えは、我ながら満足のいくものであった。しかし! 此度の主演は「織田信長」であった! やはりここは余の主演を別にもう一本――」

「だー! 「シェイクスピア」さんこの人何とかしてください!」

「そうはいっても吾輩くたくたでしてな。ああ老骨に疲れが染みる! ということで、今後のことなんかは(Future will be that)ぐっすりと眠って忘れてしまえ(I forget to sleep sound.)。スヤァ」

「あなたまだ四十代でしょ~!」

 

  *

 

 「ジェロニモ」は「フーヴァー」の病室を訪れていた。

 

「今回はだいぶ無茶をしたな。肝が冷えたぞ」

「ふん。私情を挟むな、といつも言っているだろう。それよりも気になることがいくつもある。いつの間にか消えたのに戻ってきていた「ジャック」と「ナイチンゲール」もそうだが、不確定な情報が多すぎて――」

「今は寝ろ。傷を治してからでも遅くはない」

「ふん。文句を言うと更に手間がかかりそうだな。わかった、寝るから出て行け」

「ああ。お大事に」

「……ふん」

 

 病室を後にした。夜風に当たりたい気分だったが、甲板の広い方に行くと「ジャック」と「ロボ」が戯れており、脇で「アヴィケブロン」がそれを眺めていた。お目付け役とでもいったところか。少し離れたところでは「信長」が何やら電話をしている。

 今日は疲れた。騒がしいのは避けたいと思い、持ち出してきた酒瓶を手に、目立たない方へと向かった。

 

「……おや、考えてることは一緒か」

「ああ、「ジェロニモ」。んー……」

 

 そこにいた「ビリー」もまた、タバコと酒を味わっていた。「ジェロニモ」の顔を見て何かを考え込み。

 

「一緒にどう?」

「いいのか? 一人の気分だったんだろう」

「分かる? でもそっちもでしょ。静かで、良い夜だよね」

 

 完璧な静寂よりも、波の音や、遠くから聞こえる戯れの声が夜の闇に溶けるこの塩梅がいい。しかし言葉を尽くして同意するよりも、ただ煙草に火をつけることを「ジェロニモ」は選んだ。

 二人の煙を吐き出す息と、酒を飲み干す音だけが夜に長々と響いていた。

 

  *

 

 「フーヴァー」の隣の病室では、「サンソン」が「ジャンヌ」とフランス語で会話をしていた。DOGOOの中では基本的に英語を使っているが、時たま母国語で話すと不思議と安らぐものだ。それに、今回に限っては「ジャンヌ」も言いたいことがあった。

 

「今回はありがとうございました。……おかげで、生きて戻ることができました」

「良いんですよ。むしろ、情けないところを見せてしまいました」

「いいえ。……実を言うと、今回はとうとう奥の手を出そうとしたんです。けれど、結局使わずじまいでした」

「……あなたの奥の手、というと」

 

 フランスの人間として、「サンソン」は全てを察したようだった。

 

「僕は、それを臆病とは思いません。前線で旗を掲げるジャンヌ(あなた)を、僕はフランス人として誇りに思います」

「ありがとうございます」

 

 他愛のない会話を終え、「ジャンヌ」は病室を出た。少し先を、酒瓶を持った「ジェロニモ」が歩いていく。彼はおそらく「フーヴァー」のところに顔を出していたのだろう。だったら彼女のところに寄るのはやめておこう。

 「ジェロニモ」の背中は静けさを求めていた。しかし自分はこんなくたくたな夜だからこそ、団欒が欲しくなった。少し速足で階段を上り、甲板へと出る。

 

「「ロボ」、こっちこっち!」

「■■■■……」

「こら、あまり端に行くな。落ちないように」

「……でね。その時、アンモナイトみたいなのが――」

 

 「ジャック」と「ロボ」が追いかけっこをしている。「アヴィケブロン」は脇で二人を見てくれているようだ。そして、少し離れた場所では「信長」がどこかに電話をしている。

 電話の邪魔をしては悪いだろう。「ジャンヌ」は「ジャック」に話しかけた。

 

「混ざってもいいですか?」

「ん? いいよ。ね、「ロボ」」

「■■!」

「ふふ。ありがとうございます」

 

 ふと、「ジャック」を見て思い出す。あの戦いの中、彼女はどこへ行っていたのだろう。作戦を終えて撤収する時には、いつの間にかみんなの中に戻ってきていたが。

 それに、彼女の背後に見えた切り裂きジャックの正体。髑髏の仮面のその下を、はっきりとは見れなかった。どことなく、見覚えのある人物のような気がしたのだが――。

 

「ねえ、「ジャック」」

「隙あり!」

「わっ」

 

 物思いにふけっていたら、「ロボ」をけしかけられた。狼にのしかかられると、凶暴ではないとわかっていても恐怖がこみ上げる。

 

「わー! ちょっと、降りてください!」

「ははは、おかしー」

「こら、「ジャック」。人を指さすのはやめたまえ」

「「アヴィケブロン」! 口で言うだけじゃなくて助けてくださーい!」

 

 ただでさえ疲れているのに、更にくたくたになるまで遊び倒したら、疑問はどこかへ行ってしまった。

 「ジャック」が何かの事情を抱えているのはなんとなくわかる。けれど、そのすべてを幼い彼女から聞き出して暴くのは、間違っている気がするのだ。

 だから今はこうして一緒に遊ぼう。かつて「ナイチンゲール」に「ジャック」のことを頼まれたときにも、同じことを考えた。

 いつか、「ジャック」が自分から話してくれる日が来ることを願う。

 それまでは、ただそばに居よう。

 

  *

 

 「沖田」はなんとなく行き場をなくしていた。

 思えば、自分は今回の作戦では、最後に駆けつけただけだ。ストーンフォレスト、だったか。ダジャレめいた名前だが、その作戦は第一小隊と第二小隊に少なからず一体感を与えたようだった。

 かといって同じ小隊の「ネロ」や顔見知りの「シェイクスピア」のところに行こうにも、なにやら「メリエス」と騒いでいるし、何より疲れているときに絡みたい人物ではない。一応自分もコスタリカ以外の場所で一仕事してから応援に駆けつけたので、大分疲労がたまっている。

 夜風に当たりたくなって甲板に上がると、船内にいなかったホルダーたちが集まっていた。なんだか出遅れた感じがして、船内に引っ込もうとした。しかし。

 

「あ、「沖田」」

「……「ノッブ」?」

 

 真緒が手招きしている。狼と少女が戯れる一角から離れた場所で、何やら電話を使って話している。

 

「いいんですか、電話中に」

「うん。「沖田」にも関係している人だから」

「え? そうなんですか?」

 

 少し驚きつつも、渡された電話を耳に当てる。

 

『えー、もしもし。藤丸立香といいます』

「沖田桜です。……どこかで、お会いしたことがありますか?」

『はい。あ、でも、そっちは試合中でしたから、きっとギャラリーの中の私なんて見てなかったでしょうけど――』

 

 試合。そうか。高校に通っていたとき、剣道の試合を見に来た人か。かつては総司様などと冗談交じりで呼ばれて、部活の仲間とじゃれ合いながら過ごしていた。他校の生徒が試合を見に来ることもあって、背筋が伸びたのを覚えている。

 たった一月前のことなのに、遠くに感じる記憶だ。実際、この海の向こうに置き去りにしてきてしまったのだろう。そして自分は「沖田総司」となった。

 

『その時、あなたの背中に「影」が見えたんです』

「影、ですか」

『ええ。その、影っていうのは――』

 

 説明されればされるほど、驚きが積み重なっていった。進化侵略体の存在が公となったあの日。「織田信長」が画面の向こうの存在として報道されていたあの時。急に、自分のもとへDOGOOのエージェントが現れ、自分に眠る力のことを聞かされた。

 それを見出したのが彼女だという。

 彼女がいなければ、自分は今ここにいない。

 この体に眠る、沖田総司の無念も――そのままだったのだ。

 

『だから、お話しするのは初めてだけど、一方的に知ってて。その、巻き込んでしまってすみませんでした。あなたをダシに使うような真似をして。でもおかげで、私は「影」を探す力をDOGOOに認めてもらうことができました。おかげで真緒ちゃんの力にもなれました。だから――ありがとうございます』

「いえ、こちらこそ」

 

 頬が熱い。

 

「ありがとう、ございます。私を見つけてくれて――沖田総司を、見つけてくれて」

「ちょ、「沖田」?」

 

 泣いてしまっているのだろう。きっと、「信長」には自分がなぜ泣いているかも分からないのだろう。

 

「私に居場所をくれて、ありがとうございます」

『――沖田さん』

 

 いきなりこんなことを言われても訳が分からないだろう。けれど、言わずにはいられなかったのだ。

 今、ここにいる自分が。戦える力を持った自分が。故郷の家族や、友人、仲間を守ることができる自分が誇らしい。

 だから、それを見出してくれた人に、繰り返し、繰り返し、感謝を言うしかなかったのだ。

 

  *

 

 いつしか「ジャック」たちは疲れて、再び眠ってしまっていた。「ジャンヌ」が毛布を掛けているのを横目に、通話の切れた電話を挟んで、ようやく泣き止んだ沖田に話しかけた。

 

「落ち着いたかのう?」

「ふふ。帽子もかぶってないのに、それですか」

「あー、なんか、染みつきつつあるというか」

 

 酒を飲んだことはないが、きっとこんな夜ならおいしく感じる気がする。心地よい疲れが、再び瞼を閉じさせようとしている。

 

「沖田ってさ、兄弟とかいるの?」

「ええ、姉が一人。そっちは?」

「弟と、あと姪が一人ずつ。これが可愛くてさ。「ジャック」と同じくらいで――」

 

 藤丸さんと電話をしたからだろうか。故郷のことを話したくなった。訓練中は、お互い意地を張り合って、ろくにお互いの事情も話さなかったが、今ならスラスラと話せる気がする。つかえが取れた気分だ。

 お互い一人前になったから、と思うのは自惚れだろうか。

 満天の星空を眺めながら、眠るまでずっと二人で話していた。

 




ひとまず区切りのいいところまで書き上げられました。次からはまた週一ペースに戻る予定です。
また、近況報告に駄文を書こうかと考えていますので、よろしければ覗いてやってください。


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幕間 孤立主義者の顛末

 

 ストーンフォレスト作戦からひと月ほどたったある日の未明、突如としてA(アレックス)・ローガンを揺れが襲った。

 太平洋上空を巡航する空中要塞に地震は無縁だ。その揺れは、要塞のバランスをとるエンジンの一つに不調が発生したことが原因だった。

 

「ふああ……全く、朝から何なの……」

「ううん……おはようございます、マオ」

「おはよう、レティシア」

 

 揺れに眠りを妨げられた「織田信長」こと六天真緒が部屋の外に出ると、同じく眠たげな様子の「ジャンヌ・ダルク」ことレティシアと遭遇した。彼女もこの揺れで思わず起きてきたらしい。

 時間は午前四時。

 このひと月で既に何度か、眠っているところを起こされて任務に出かけたこともある。E遺伝子ホルダーとして二十四時間体制で進化侵略体に対応する身の上であるためだ。しかし今回はだいぶ勝手が違うようだった。

 

『A・ローガンの全乗組員に通達! 6番エンジンに不調が発生した模様! 繰り返す、6番エンジンに不調が発生した模様! 当直の職員並びに整備班は至急第三会議室まで――』

「エンジンに不調、かあ。地震かと思った」

「地震――ああ、日本(ジャポン)では地震はメジャーなんでしたか」

 

 こういったことに慣れていないのか、レティシアがどことなく怯えた様子で言う。

 

「うんまあ。前にとびきり大きい地震があってからは、深度4くらいじゃ驚かなくなったかな」

「4、ですか。どのくらいですか?」

「ああ、日本でしか使われてないんだっけ。まあ、食器棚がガチャガチャいうくらいかな」

「食器棚が!? そんな地震でも、驚くほどではないと!?」

 

 などという会話をしていたら、レティシアの気もいくらか紛れたらしい。二人はそれぞれの部屋に戻り、普段通りの時間まで眠ることにした。

 すでに、仲間の身に危機が及んでいるとも知らずに。

 

  *

 

「揺れ? そんなのあった?」

「ありましたよ。エヴァ、きちんと自分の身は自分で守らなくては」

「守るのは「ジャンヌ」の役目でしょ」

「ええまあ、そうなのですが、そうではないと言いますか――」

 

 午前7時。いつものように、食堂で第二小隊の面々は朝食をとっていた。真緒とレティシア、そして「ジャック・ザ・リッパー」ことエヴァである。

 そこに「アヴィケブロン」ことマルクの姿はない。E遺伝子ホルダーとしての役目の傍ら研究者としての顔を持つ彼の生活は乱れがちであり、食事の時間がずれることも珍しくはなかった。しかし、今日に限っては少し気になったので、真緒はレティシアに提案してみた。

 

「マルクの様子、見てこようか」

「そうですね。あの揺れもあったことですし、一応お願いします。彼もきちんと規則正しい生活を送ってくれれば、こんな心配をせずともいいのですが――あ、こら、エヴァ。野菜を残してはいけません。大きくなれませんよ」

「えー」

「あはは……」

 

 相変わらず委員長気質なレティシアと、手のかかる妹といった様子のエヴァを残し、真緒は先に食べ終わった朝食のトレイを下膳口に置きに行った。

 そして、常に持ち歩いている地図を頼りに道を歩く。無機質な壁が続く廊下は、目立った目印がないせいか、配属されて1か月もたつのにいまだに把握しきれていない。出撃の時に使う降下ポッドのランチャーは要塞の外周にあるため、あまり迷わずに行けるが、そうでない場所の時はいまだに迷うことがあった。

 それでもどうにかマルクの部屋にたどり着き、ドアを叩く。

 

「マルクー? 真緒です。起きてるー?」

 

 返事はない。

 

「マルクー。マルク! 「アヴィケブロン」! ――おかしいな」

 

 やはり返事はない。

 一度食堂まで戻ることにしよう。もしかしたら夜中まで研究に没頭していて、こちらに気づかないほど深く眠り込んでいるのかもしれない。

 そう思って食堂に引き返す途中、行きとは違う道に差し掛かった。それが分かったのは、この要塞にしてはかなり目立つ場所、ゴミ収集所があったためだ。

 

「あれ、行きにはなかったよね。道間違えたかな」

 

 地図をがさがさと開き、位置を確認する。そして食堂への道をしっかりと頭に入れ、地図を折りたたんだところで、ふとそれが目に入った。

 雑多な不燃ゴミが積み重なる中で目立つ、金色の艶消しの表面。独特な鋭角のフォルム。

 それは、今まさに探している「アヴィケブロン」が普段から身に着けているはずの仮面そのものだった。

 

「……何故、ここに」

 

 嫌な予感がする。拾い上げてみると予想以上に軽い。皮膚病とアレルギーの対策としての役割なためか、裏面は簡易的なフィルターが取り付けてあった。頭を覆う部分はなく、顔の前面の部分だけとはいえ、これが「アヴィケブロン」のもとにないというのは十分に異常事態だった。

 

「あ、マオ。ここにいたんです、か――」

「ああ、レティシア、エヴァ。ちょっとこれ見て」

 

 その時、ちょうどレティシアとエヴァがやってきたので、さっそく「アヴィケブロン」のマスクを見せる。するとレティシアはハッと両手を口元にあて、目を見開いた。

 

「そ、そんな――こんな――」

「い、いやいや! 死んで無いから!」

 

 流石に冗談にしてもたちが悪い――と言いそうになった時、一台の掃除ロボットがごみを捨てにやってきた。

 空中要塞という場所は、いかに搭載量を軽くするかが肝となる。重量がそのまま燃費に関わるため、とにかく無駄を排した設計と運用が徹底される。乗組員が一人当たり持ち込める私物には限りがあり、更に乗組員自身も選りすぐった人材のみに制限される。単純に人間一人とロボット1台を比べれば重さは歴然だが、その人間一人が働くのに必要な荷物、食糧、水分などを考えたとき、軽い方が選択されるのは自明の理だ。

 そんな理由で選ばれた掃除ロボットの一体が、集めたごみを集積所にドサドサと放出した。

 その中にこれまた見覚えのあるものがあった。仮面と同様に金のふちどりがされた手袋。まぎれもなくマルクの私物だった。

 それを見てエヴァが言う。

 

「――バラバラになっちゃった?」

「ああ、そんな……マルク……」

「いやいや! そんなわけないじゃろ!」

 

 ここのところ、帽子もないのに感情が高ぶると信長口調になるので少し困る。

 

「あくまでガワだけじゃから! たまたま落としただけかもしれんし!」

「落とすかなあ……。「アヴィケブロン」からこれをとったら「アヴィケブロン」じゃないよ」

 

 子供の残酷な率直さが胸に刺さる。

 とにかく真緒はレティシアをなだめると、マルクを探すべく一同に指示を出した。

 

「流石に死んではおらんじゃろうが、仮面が無くてアレルギーに困っとるかもしれん。早く探さねば」

「でも部屋にいないんでしょう?」

「ああ、そうじゃったな。となると」

 

 あの揺れで、何かに巻き込まれたか。日本にいたとき見たニュースが脳裏をよぎる。地震で倒れてきた本棚に押しつぶされて――などという。無いとは思いたいが。

 

「とにかく、一度あやつの部屋を開けてみよう。マスターキーはどこに行けば手に入る?」

「この要塞の指令室に行けば、緊急時に部屋を開けるコードを使えるようになるはずです。遠隔で開きますから、部屋に行くのと指令室に行くのと、別れましょう」

「よし。わしは部屋に向かうので、貴様らは指令室に向かい、部屋のドアを開けておいてくれ」

「分かりました」

「はーい」

 

 二人と別れ、再びマルクの部屋の前へと行く。しばし待つと、電子音とともにロックが解除され、扉が開いた。

 

「……マルク。入るよ」

 

 意を決し、部屋をのぞき込むも、そこには誰もいなかった。

 

  *

 

 「アヴィケブロン」ことマルクは退屈にあえいでいた。

 夜中、書庫に資料を探しに行ったとき、突然の揺れで本棚が崩れた。その拍子に頭を打って、しばし気絶していたらしい。目を覚ますとスチール製の本棚ががっちりとかみ合ってできたドームの中に閉じこめられており、出られなくなってしまったのだ。

 体もろくに動かない。どうにか仰向けのまま床と本棚の間にできた隙間を動くことができるくらいだ。

 頭は痛むが、精々こぶができたくらいだろう。

 潰されずに済んだのは幸いだったが、下手に揺らせばぺしゃんこかもしれない。おとなしくしているしかないだろう。先ほどのような揺れがもう一度ないことを願う。

 仕方がないので周囲に散らばった本を適当に手に取って読み始めたが、いつまでたっても助けは来ない。先ほどの放送によると、エンジンの不調せいで揺れが起こったらしい。当面はA・ローガンのメンテナンスが優先で、書庫などの物が置かれているだけの部屋の現状把握は後回しになるだろう。

 

「参ったな」

 

 自分はE遺伝子ホルダーだ。丸1日も行方不明ならば本腰を入れて捜索されるだろうが、たかだか半日足らずであれば、いつもの気まぐれでどこかに籠っていると思われるだろう。普段から、人目を避けるために自室以外の書庫や会議室を転々として、論文などに没頭することがしょっちゅうあった。反省するつもりはあまりないが、普段の行動が裏目に出ているのを痛感した。

 マズいことにAUボールも部屋に置きっぱなしだ。あれさえあれば、積み重なった本棚も軽々とどけられるだろう。後で要塞の建材をゴーレムにしたことで怒られはするものの、脱出は容易だったろうに。しかしないものねだりをしていても仕方ない。

 と、その時。

 

「掃除ロボット、か?」

 

 積み重なった本棚の隙間から、巡回する掃除ロボットが見えた。アレはA・ローガンの中を巡回しながらゴミを集め、収集所に持って行ってくれるはず。そしてそのゴミも、無駄なものがないかどうかをチェックする係がいるはずだ。だったら。

 マルクは手袋を外すと、本棚の間から掃除ロボットのコース上へ放り投げた。

 ミスして手前に引っかかった。仰向けなのでどうにも勝手が分からない。

 もう片方も投げた。今度はどうにかうまくいき、ロボットが拾ってくれた。

 

「やれやれだ」

 

 いつものように指先で仮面をひっかこうとしたが、指先が直接頬に触れた。

 おや、と思って確かめるも、仮面の顔を覆うパーツがない。頭を覆う部分がそのままだったため、こぶを探る時は気付かなかったが――。もしや、先ほど本棚が倒れてきたとき、頭を打った拍子に外れてしまったのか。あたりを探すも、やはりない。それこそ掃除ロボットに持っていかれてしまったらしい。ならば手袋を投げる必要は無かったかもしれない。

 

「参ったな」

 

 早く、誰か気づいてはくれないだろうか。そんな風にすっかり他人任せになっている思考を自覚し、少し自嘲する。悪い癖だ。

 自分は誰かに積極的に関わるのが苦手だ。戦闘ではサポート役だが、自分から指示をもらいに行って動くというより、アタッカーの求めるところを察して合わせる方が性に合っている。

 ストーンフォレストを終えてひと月。台湾の時からそうだったが、「信長」は戦闘のたびに率先して動くタイプで、自分としては文句を言いつつも楽をさせてもらっているのを感じていた。自分は人の前に立つタイプではない。先日のストーンフォレスト作戦の時も、ウパラでの戦いに幕を引くのはかなり気恥ずかしかった覚えがある。

 その方がいい。その方が合っている。そんな風に決めてかかる癖はちっとも抜けない。それは決断力があるというよりも、周囲の状況や理屈に判断を任せて、自分の意志をないがしろにしているという方が正しい。

 だから、今自分はDOGOO(ここ)にいるのだ。

 

  *

 

 四十歳を前にして、准教授の地位についていた自分のもとに、学生は寄り付かなかった。

 研究者と言えども人間だ。世間一般の人間が抱いているイメージのように、全く人と関わらずに研究だけしていればいいわけではない。学生のうちは先輩や教諭から学び、研究者として雇われるようになれば、研究所や学校の事務に対する義務も増え、予算を得るためには自分の研究を周囲の人々に理解してもらわなければいけない。そして、常に同じ分野の研究者と競争や協力をしながら研究を進めていく。

 だから、学生にとっても、人と関わり合うのを嫌う厭世的な准教授はお断りだったのだろう。自分の研究室でありながら、研究室の中で最も孤立した人間にマルクはなっていた。

 あの日までは。

 

『先生! お送りした研究計画書、見ていただけましたか!』

「……ああ、すまない。まだ見ていない。明日まで待ってくれるか」

『はい!』

 

 電話の相手、ロシェは13歳にしてアメリカの大学を卒業していた才子だった。彼ならば引く手あまたであっただろうが、何故か彼は最先端の研究を行っている大学ではなく、アメリカにある別の大学のラボに配属されることを希望した。すなわち、自分のラボだ。

 もともと、学会で彼のうわさは聞いていた。自分の恩師に当たる有名な教授が拾い上げた、金の卵だと。だから彼がなぜか自分のところを希望したと聞いた時には、恩師にもやっかみを言われたものだ。

 もちろん自分も止めた。君が来るべきはここではない。予算も、人材も、自分の恩師の方がよっぽど優れたものを提供できると。

 だが、彼の意志は固かったのだ。毎日のように電話をしてくるし、自分の研究計画をメールで送りつけてくるし、しまいには広いアメリカを縦断して直接出向いてきそうな勢いだった。

 もはや自分だけではどうにもならず、珍しく人を頼るしかなかった。

 

「どうにか、ならないだろうか」

「どうにかと言われても」

 

 自分には、自分を積極的に慕う教え子の、しかも13歳の子供の世話など見る自信は全くなかった。勝手に研究を進め、事後報告をしてくれる学生が何よりありがたかった。

 人として、自分を慕ってくれること自体は嬉しい。しかし、自分がそれにどう答えたらいいのか分からなかったのだ。

 だからそんな時は、数少ない友人に愚痴るに限る。

 

「ケイ。君は教え子にどう接している?」

「私ですか? そうですね。自分に教えを乞う生徒には、ひとまず課題を出します」

「課題か」

「ええ。一見、やりきれないほど困難で大量の課題です」

「……それは、どういう意図で」

「それをどこまでやれるか見てみます。そうすることで、生徒自身の熱意、得意不得意、何よりペースを管理する能力を図ることができます。反応は様々ですよ。最初から無理だと言って投げ出してしまうもの、周囲の人の手を借りて進めていくもの、マイペースにできる限りやりつつ期限を延ばすように願い出てくるもの――眠る暇も惜しんで課題をやり切ってしまうものもいます」

「ちなみに、やり切ってしまったものには」

「次に、その倍の課題を出します」

「君に聞いた僕が馬鹿だった」

 

 馬の鬣を思わせる栗毛の医師、ケイは大学の同期にして自分の主治医でもあった。総合格闘技の選手でもあった彼は、自分と同い年に見えないほど若々しく、立派な体格をしている。しかし自分も彼も詩作という共通の趣味があり、今日もこうして定期診断にかこつけて愚痴りに来たというわけだ。

 いつものようにてきぱきと採血をしながらケイが聞いてくる。

 

「ちなみに、そのロシェという生徒は、何故あなたのラボを志望しているのですか?」

「僕に憧れて、だそうだ。普通は研究室の設備や、やっている研究の内容で選ぶだろうに」

「直属の先生の人柄で選ぶのも、一つの基準だと思いますが」

「僕はそうは思わない」

「あなたがそうであるだけで、他の人にはそうではないかもしれない」

「……やはり、断ろうと思う。僕には荷が重い。せっかく僕の恩師のところにいるんだ。彼になら任せられる」

「そうですか。それがあなたの意見ならば、ロシェに通じるまで説いてみてはいかがでしょうか。さて、今日はこれで終わりです」

「そうか。愚痴を言ってすまなかった」

「おや、もともとそれが目的だったのでは?」

「君には敵わないな」

 

 しかしそうは言いつつも、自分はロシェの懇願に折れてしまいそうだと思った。自分の意見を言い張ることなどできず、結局は相手任せにしてしまうと。

 だからこそ、目に見えて有効な理屈が見つかれば、それに飛びつかずにはいられなかったのだ。

 

  *

 

 ちょうど通りかかった第一小隊の面々、つまり「ジェロニモ」と「ビリー」、そして「メリエス」に「アヴィケブロン」の仮面と手袋を見せると、やはりというか例の対応をされた。

「誰がやった?」

「これだけしか、残らなかったのか」

「あ、ドッキリなら私も参加しますよ☆」

「わざとやっとるじゃろ、貴様ら」

 

 頭痛をこらえつつ「信長」が言うと、さっそく状況を理解した「ジェロニモ」が提案した。

 

「おそらく、「アヴィケブロン」は身動きが取れないでいるのだろう。だから掃除ロボットに自分の所持品を運ばせ、無事を伝えたのだ。「ロボ」に手伝ってもらえば、匂いをたどれると思うが。狼の鼻ならば確実だろう」

「わしもそれを考えたが――「ロボ」に協力してもらうとなると、のう」

 

 「ロボ」は簡単には協力してくれない。難しい任務の時に頼めば力を貸してはくれるが、そのあとには必ずと言っていいほど「勝負」を持ちかけてくる。今はエンジンの不調の騒ぎでいつも以上に廊下を行きかう人々が多い。あまり騒ぎを大きくしたくはなかった。

 頭をひねっていると、「メリエス」が手を挙げた。

 

「あ、それなら私がお役に立てますよ☆」

「なんじゃと?」

「その掃除ロボットを「巻き戻し」すれば、あっという間に「アヴィケブロン」さんのところに案内してくれるはずです☆」

「なるほど。それで、その掃除ロボットは今どこに?」

「……さあ?」

「次にゴミ捨て場に戻ってくるのを待つか?」

「しかし――やはり「ロボ」に頼るほかないか?」

 

 などと話していると、エヴァが「信長」の服の裾を引いた。

 

「その仮面そのものを「巻き戻し」すれば、元あった場所に戻るでしょ?」

「……なるほど、確かに」

 

 言われてみればその通りだ。さっそく実行しようとしたとき、容赦ない言葉のナイフが突き刺さった。

 

「「信長」って作戦の時はすごいけど、こういう時はあんまり頭良くないね」

「がーん」

「だ、大丈夫です、マオ。私たちはE遺伝子ホルダーです。戦うのが本分ですから!」

 

 フォローになっていない。

 

「やはり戦ってないときは、ダメじゃな……所詮戦国大名だからのう……」

「それじゃ「巻き戻し」始めますよー」

「おー」

「こら、エヴァ! マオに謝りなさい!」

「えー」

「えーじゃありません!」

 

 落ち込んでいる暇はない。「メリエス」にAUウェポンを出してもらい、さっそく仮面に「巻き戻し」をかける。仮面はしばしカタカタと動いたかと思うと、一度収集所のゴミために飛び込んだ後、そこから這い出して床を動き始めた。このまま放っておけば「アヴィケブロン」のもとへ戻るだろう。

 

「シュールすぎる」

「と、とにかく行きましょう」

「ところで、一ついい?」

「どうした、「ビリー」」

「今さ、「アヴィケブロン」は仮面をつけてないんだよね? もしかして、このまま追いかければ――」

 

 一同が押し黙る。カタカタと床を這う仮面が立てる音が、妙に大きく聞こえた。

 

「もっと速く「巻き」ますね☆」

「おいこら! やめんか!」

「そんなこと言って「信長」さんも気になるでしょ?」

「だ、ダメですよ! 彼の素顔を無理やり暴くなんて、そんな――」

「無理やりじゃないよ。不可抗力だよ」

「良いこというじゃん、「ジャック」」

「……とにかく、行くぞ」

 

 カタカタと床を這う仮面の後を、ぞろぞろと追うE遺伝子ホルダーたち。奇妙な光景を周囲の職員たちが怪訝そうな目で見ていた。

 

  *

 

 ケイのもとへと愚痴りに行った翌日。いきなり黒服の男たちが自分の家へとやってきた。なにやら物々しい雰囲気にたじろいだが、彼らの話す内容はさらに深刻なものだった。

 E遺伝子。進化侵略体。DOGOO。そして、自分こそが探し求めているE遺伝子ホルダーの一人だと。

 

「急なお話で申し訳ありません。しかし、我々はあなたの能力を必要としています。お返事は、いつでも」

「分かった」

「もし、DOGOOへの入隊の見返りとして都合してもらいたいものがあれば何なりとおっしゃってください。では」

 

 ただでさえロシェのことで頭を悩ませていたというのにこれだ。これはもうケイのところに相談に行くしかない――と思っていたら、彼の方から誘いがあった。どうしたのだろうか。彼は自分以外にも息抜きをする相手がいるだろうに。

 そう思いつつ待ち合わせをした店に行くと、会って早々に頭を下げられた。

 

「私のせいです」

「どうしたんだ、いきなり」

「DOGOOのことはもう聞いたかと思います。今は公にされていませんが、そこからの打診で、各国の医療機関には通達が出されています。患者のDNAをできる限り検査し、E遺伝子を探せ、と」

「なるほど」

 

 血液検査のたびに署名させられている契約書を後になって見てみたところ、そう言った趣旨の記述があることに気が付いた。果たして何人の人間がこれに気づくことだろう。医者の言うことだから、と鵜呑みにしている人がほとんどだろう。

 そうするほうが都合がいいのだ。自分で小難しい契約書を読むより、医者に任せてしまえばいい。その方が合理的だ。

 

「だったら、君は義務を果たしただけだ。何も気に病むことはない」

「しかし」

「それに、よく考えてみれば、僕にとっても幸いだった」

「……何を考えているのですか」

 

 ケイの質問に、僕は正直に答えた。

 

「僕はDOGOOに入隊する。ラボを解体し、今いる学生は恩師やその下にいる別の准教授に見てもらえばいいだろう」

「――ロシェは、どうするのですか」

「DOGOOに入る見返りに、かなりの研究予算を融通してもらえるはずだ。ロシェにそれを回す。これでWin-Winだ」

「マルク」

「何だ?」

「あなたは、それでいいのですか」

「そうだな。僕はそれでいい」

 

 避ける暇もなく、ケイに肩を殴られた。しかし、椅子に座ったままでもよろける程度だった。総合格闘技経験者の彼にかかれば、小柄な自分を壁際まで吹っ飛ばすこともできただろうに。

 それでも空気が変わったのを察してか、周りの注目が痛い。ケイはわざとこうしたのだろう。見ず知らずの人に注目されてなお、自分が意見を通せるのかどうか。

 ケイは、自分に課題を与えたのだ。

 

「本当に、それでロシェが幸せになると考えているのですか!」

「いいや」

 

 だから、それに努めて淡々と答えることにした。この時ばかりは、常日頃から仮面をかぶっていてよかったと思った。

 

「だが、そうした方がいい。その方が、合理的だ」

「……わかりました。あなたが、それを選ぶならば」

 

 ケイは伝票を手に取ると、支払いを済ませて店を後にした。自分も、出された料理に口をつけずにその場を去った。

 それ以来、ケイともロシェとも連絡は取っていない。DOGOOに頼んで、彼らからの連絡もシャットアウトするように頼んだ。

 「シェイクスピア」による訓練を終えた自分は、第二小隊へと配属された。そこにいたのは、のちに発足する第五小隊に異動することになる「ヴラド三世」と、当時なんと九歳の「ジャック・ザ・リッパー」だった。

 面食らった。ロシェよりも更に小さい。どうすればいいのか、分からない。

 困惑する自分に「ヴラド」は言った。

 

「案ずるな、「アヴィケブロン」。「ジャック」は強い。すでに一人前の戦士だ」

「そう、なのか」

「だが、子供だ。平時は我々が支えねばならん」

 

 やはり重荷だ。あれこれ理屈をつけてロシェから逃げた先に、もっと幼い子供がいる。これは何かの罰なのだろうか。

 結局、自分は何かと都合をつけて人を遠ざけている。研究があるからと。サポート役だからと。それを感じたのか、「ジャック」も「ヴラド」に対してするように、わざとわがままを言って気を引くようなことを自分にしない。ただそこにいるだけの人間だと思われているような気がする。一応勉強を教えはするが、先生と呼ばれることもない。慕われてはいない。

 でも、それでいいのだ。それが一番、ちょうどいいのだ。

 だからあんな風に釘を刺されてしまったのだろう。「ジャンヌ」の加入に伴って「ヴラド」が新たに発足する第五小隊へと異動すると決まった晩、珍しく酒の席に誘われた。自分は勿論仮面をつけたまま、注がれた酒に口をつけなかったが、「ヴラド」はぐいぐいとワインを飲み干していく。

 そして他愛のない話の最後に、何でもない風にこう言われた。

 

「「アヴィケブロン」よ。余が第五小隊に行ったあとは、「ジャック」を頼む」

「……ああ」

「ああ、と言ったな? その言葉、間違いないな?」

「……」

 

 ああ、とも、いいや、とも言えずに、黙るしかなかった。口約束であろうとも、破れないと「ヴラド」に見透かされてしまったのだ。これはもう、黙るしかなかった。

 

「揚げ足をとって悪かった。だが、「ジャンヌ」は「ジャック」の親代わりにはなれないと見た。彼女もまた子供だ。貴様の手を煩わせるほど幼くはなくとも、な。だからこれから「ジャック」を見守れるのは貴様だけだ。「ナイチンゲール」にも、そう頼まれているはずだ」

「君のように、チェスの手ほどきをしたり、刺繍や遊びに付き合ってやれというのか」

「そうしろとまでは言わん。だが、そばにいてやれ。望むなら、手を伸ばしてやれ。冗談の一つも言えれば上々だ」

「……分かった」

 

 「ヴラド」が立ち去った後、ようやく自分は仮面を外し、すっかり温くなったワインで口を湿した。

 あれからもう、二年になる。

 いまだに「ジャック」から先生と呼ばれたことはない。

 

  *

 

「おい、「アヴィケブロン」! いるのか!」

「……んん」

 

 らしくもなく、昔を懐かしんでいたらしい。自分を呼ぶ声に、寝ぼけ眼で顔を起こすと、本棚で作られた牢獄の隙間から「信長」が覗いているのが分かった。

 

「ああ、ここだ」

「「メリエス」、頼む!」

「はいはーい☆」

 

 「メリエス」のウェポンから照射された光が本棚の残骸に当たると、巻き戻しをするようにその形が復元していく。あたりに散らばっていた本すら元の位置へと魔法のように収まった。見上げると、なんと「ロボ」以外の第一小隊と第二小隊のホルダーが揃っていた。おそらく成り行きだろうが、こんな大勢に探されていたとは、何とも気恥ずかしい。

 久しぶりの光が目にまぶしい。起き上がって伸びをすると、何やら周囲の面々は顔を固くしていた。どうしたのだろうか

 

「助かった。退屈で仕方なかったんだ」

「ああ、それは何より。怪我はないか」

「ああ」

「それと……これなんじゃが」

「ああ、これか」

 

 ほこりだらけになってしまった仮面と手袋を「信長」から受け取る。流石に仮面のフィルターが使い物にならなくなっているだろうから、あとで掃除しなくては。思わず癖でぽりぽりと顔につけた()()()()()をひっかいた。

 

「その――予備、あったんじゃな」

「ああ。見てのとおりだ。常に三枚は携帯している。手袋は生憎予備がなかったが」

 

 なんだか空気が妙だ。どうしたのだろうか。

 

「どうかしたのか? ほかにも何か、問題があるのか?」

「い、いや」

 

 固い笑みを浮かべる「信長」を横目に「ジャック」が無邪気に言う。

 

「みんな、もしかしたら「アヴィケブロン」の顔が見れるんじゃないかって思ってたんだよ」

「……え?」

「じゃ、「ジャック」! しー! しーですよ!」

「ええー。「ジャンヌ」も気になってたじゃない」

「そうなのか?」

「ああ、いや、その――「ビリー」、「ジェロニモ」」

「僕に振らないでよ」

「とにかく、無事で何よりだ」

 

 なんだ、そんなことか。

 

「顔を見せるくらい、何でもないが」

 

 そう言った瞬間、六名の目線が自分に殺到した。流石に少し後ずさる。特に下から見上げてくる「ジャック」の目線が辛い。あからさまに興味津々だ。どうしていいか、分からない。

 助けてくれる人は誰もいない。ケイも、「ヴラド」も、結局本当の意味では気を許すことなく別れてしまった。ロシェに対しても「ジャック」に対しても、大人として接することができないでいた。だから――。

 そばにいてやれ。望むなら、手を伸ばしてやれ。冗談の一つも言えれば上々だ。

 「ヴラド」が残したその言葉に、すがるしかなかった。自分のやり方でなくても、見習うしかなかった。

 

「冗談だ。私の顔が見たいなら、算数のテストで満点を取ることだ」

 

 そう言って、「ジャック」の頭を撫でてやった。そうするのがいい。そうするのが――。

 

「ちぇー。つまんないの」

 

 この時、初めて「ジャック」が自分に対して拗ねた顔を見せた。この先は知らない。だから手をひっこめ、また見守ることにした。そう。これでいい。

 

「ほら、やっぱり人の秘密はそっとしておいた方がいいんですよ」

「「ジャンヌ」も見たいでしょ、「アヴィケブロン」の顔」

「そ、そんなこと、ないですよー?」

「目が泳いでる。嘘つき」

 

 「ジャンヌ」はどうして、ああも「ジャック」に対して親身にいられるのだろう。自分と違うタイプの人間だからか。あるいは「ヴラド」が言うように彼女もまた子供だからか。それとも――。

 緩んだ空気を押し出すように「信長」ことマオが場を仕切る。

 

「まあ、とにかく「アヴィケブロン」が無事でよかったよ。それじゃみんな、解散しよ」

「そうしようか。ああ、もうお昼近くだね」

「さっき朝ごはん食べたばっかりな気がするんですけどねー☆」

「昼食の前に体を動かすとしようか。「ビリー」、「メリエス」、一緒にどうだ」

「そうですね~」

 

 散り散りになっていく面々を眺めていたら、いつの間に自分と「信長」だけになっていた。彼女もまた、不思議だ。「ジャンヌ」のように口うるさくないのに、自然と周囲を従える。あるいは彼女に宿るE遺伝子がそうさせているのかもしれないが、なんとなく「ヴラド」にも似ているところがあるように感じた。

 だから、口が滑ったのかもしれない。

 

「「信長」。心配をかけて、すまなかった」

 

 心配をかけた、などと。自惚れもいいところだ。そんな風に心配りをされるほど、普段から距離が近いとは自分でも思えない。それでも「信長」はにこりと笑い。言う。

 

「うむ。心配したぞ。これに懲りたらAUボールを持ち歩くことじゃ」

「検討しよう」

 

 彼女の距離は心地いい。無理に近寄っても来ない。近寄らせようともしない。役に立てとは言うものの、義務を果たせとは言わない。

 ただそこにいて、状況に合わせるだけで――。

 

「それで、先生よ。本当に「ジャック」がテストで満点をとったら顔を見せるのか?」

「え? ああ、いや」

 

 だから、そんな風に言うとは思っても見なかった。いたずらっぽく笑う彼女は、「織田信長」だ。最近彼女は帽子を被っていなくとも、かすかに赤く目を輝かせることがある。

 その笑みは自分を試しているように見えた。さっき一瞬、「ジャック」に手を伸ばした自分を見逃してはくれなかった。

 さっきのは、「ヴラド」のやり方をまねただけだ。自分のやり方なら頭をなでたりしなかっただろう。だから――。

 

「そんなわけ、ないだろう。ただの冗談だ」

 

 そして。

 

「それに、先生と呼ぶのはやめてくれ」

 

 「信長」は満足したらしい。黒い目を前髪で隠すと、本来の彼女に戻って、静かな笑みをこぼした。

 

「分かった。それじゃ、またお昼に。あ、一応医務室には行くようにしてね」

「ああ」

 

 ともに戦う仲間たち。彼女たちに手を伸ばす日は遠い。

 頭の中で「先生」と呼ぶ声がする。いまだに夢に見るくらいに、焼き付いて離れない。けれど自分を慕うその声にこたえる手段を、まだ自分は持たない。

 仮面の下で「アヴィケブロン」は一人自嘲した。

 




長い上にうまくまとめきれず。反省です。


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幕間 ジャンヌ・ダルクはただ一人

ストーンフォレスト作戦の話のナンバリングが乱れていたので修正しました。(2018/09/30)



 決意は固かった。母を始めとする家族は何度も引き留めたが、自分の決心は変わらない。

 初めて神の声を聴いたのは12歳の時。あまりの神々しさに泣き崩れ、すぐには動くことができなかった。そして啓示の内容を胸に刻んだまま、16歳の時に当地の守護隊隊長であるボードリクール伯のもとへ、シノンの王宮へと向かう許可を得るべく嘆願に向かった。しかしその時は受け入れてもらえず、17歳となった今年は別の貴族の助けを得てボードリクール伯と面会する機会を得た。

 そこで自分は、今後の戦いの行く末を予言した。その予言が的中したことがボードリクール伯を動かし、とうとう王宮でシャルル7世に謁見する許可を得ることができた。

 そしてシャルル7世の信用を得るに至った自分は、今日オルレアンへと向かう。

 もしかしたら、もう二度と戻れないかもしれない。しかしそれは仕方のないことだ。イングランドに追い詰められた祖国を救うために、自分一人の命を燃やすことを躊躇えようか。

 今。今ならば。振り返れば故郷がまだ見えるかもしれない。しかし。

 

「もう、振り返りません」

 

 自分に、周囲の騎士たちに言い聞かせるように口に出す。

 悪路を行く馬上であっても、その心が揺らぐことはなかった。

 

  *

 

 レティシアは目を覚ました。窓から差し込んで顔に当たってくる朝日がまぶしくて、思わず手を顔の前にかざす。

 うすぼんやりと霞がかかった思考で思い出す。

 

「あれは……」

 

 自分が見ていたものは何か。いや、自分が体験したものは。

 レティシアはそっと身を起こすと、両手を組み合わせて祈りをささげた。

 この国(フランス)に住むものとして知らない人はいない彼女。神の声を聞いて国を救うべく動くことを決心し、オルレアンの開放に尽力したが、魔女として火刑に処された聖女。

 彼女の復権裁判が始まったのは、ジャンヌの死後も22年にわたって続いた百年戦争が終結した後だった。その後は半ば神格化され、同盟の象徴などとされつつも、その功績が正式に認められ、列聖されたのは20世紀になったからだった。もしも、自分が亡き後の世界で自分がどのように扱われていたかを知ったら、彼女は何を思うだろうか。

 喜ぶだろうか。悲しむだろうか。あるいは、なおも争いをやめようとしない人々に呆れるだろうか。

 それでもレティシアは彼女の平安を願わずにはいられない。ベッドの上でひざまずき、熱心に手を合わせて祈りをささげる。

 ああ、どうか。

 

「……何やってんの」

 

 一足先に起きていたらしい妹のオルタンシアが、部屋の入り口からこちらに呆れの混じった疑問を投げかけてきた。彼女は双子の妹だ。顔の形は本当にそっくりで、髪型くらいでしか見分けがつかない。

 

「なかなか起きてこないから、朝食が出来たって呼びに来たのに……何を朝っぱらから祈りをささげてるのよ、レティシア。神の声でも聞いた? オルレアン奪還しに行く?」

「そうではありません!」

「うわっ」

 

 オルタンシアは適当に言っただけだろうが、案外的を射た冗談だった。しかしレティシアとしてはそんな風に茶化すのはやめてほしい。彼女は、ジャンヌはただ。

 

「夢を見たのは確かです! そしてその夢のために、ジャンヌ・ダルクの安らかな眠りを祈らずにはいられなかったのです。だから、そんな風に軽々しく冗談めかして言うのはやめてください、オルタンシア」

「え、ええ。そう、本当にジャンヌの夢を見たの。タイミングが悪かったわね。謝るわ」

 

 オルタンシアがレティシアをからかうときにジャンヌのことを持ち出すのはいつものことだ。それくらい、レティシアはジャンヌという存在に心を寄せていた。

 もちろん、彼女の生前の行いが全て清廉潔白ではなかったことは承知の上だ。騎士としてのルールを軽視し、ひたすらに祖国を救うため突き進んだその姿勢が、人によっては間違っているように思えることもあるだろう。彼女自身の思惑を超えた政治に翻弄された結果、死を強制され、死後にすらナショナリズムの象徴として祭り上げられたことも分かっている。

 それでも彼女はただ、救いたかっただけなのだ。きっと、それだけを願って旗を振った。

 

「ええ。本当に、ありありと浮かんできたのです。あんなに鮮明な夢を見たのは初めてでした」

 

 それに、こんな夢を見た理由には心当たりがある。

 

「だから、少しくらい、感傷に浸ってもいいではないですか」

「あー、ごめんなさい。どれだけリアルな夢を見たのよ、もう。早く顔を洗ってきなさいよ」

「は、はい。……朝食でしたね」

 

 レティシアを寝室に呼びに行ったオルタンシアが戻らないことを不審に思ったのだろう。母が台所から声を投げかけてくる。

 

「ちょっと、二人とも? レティシアは起きられたの? 早く朝ごはん食べちゃいなさい」

「ほら、お母さんも呼んでるわ。手のかかる妹ね」

「まだ言いますか、オルタンシア。私が姉です」

「いいえ。寝坊した挙句変な夢見て祈りをささげるような、頭がお花畑のレティシアには姉には務まらないわ」

「また馬鹿にして! いつもそうですね、オルタンシアは!」

「どっちが姉でもいいから食べちゃいなさい。リリシアは良い子なのにねえ」

 

 言い争いつつも食卓に向かうと、先に席についていた末妹のリリシアがまた妙なことを言い出した。

 

「お母さんの言う通りちゃんと朝ご飯を食べた人が一番いい子。つまり、一番早く食べ終えた人が姉と言うことになります。ロジカルです」

 

 そして言うが早いか、朝食をいつもの三倍は早いスピードで掻っ込み始めた。

 

「あー! 何フライングしてるのリリシア! 少なくともあんたは一番下でしょうが!」

「父よ、あなたのいつくしみに感謝して――」

「って、こっちはこっちでまた祈ってるし!」

「三人とも、いいから食べちゃいなさい。遅刻するわよ」

「ああもう!」

 

 結局、レティシアが一番早く朝食を食べ終え、姉の座をゲットした。いや、元から姉なのだけれども。

 

  *

 

 正直なところ、勉強は苦手だ。五年間の初等教育、四年間の前期中等教育を終え、更に三年間の後期中等教育を一年終えてなお、苦手意識はぬぐえない。卒業して義務教育を終えた証拠となる国家資格(バカロレア)をとった後は、神学を学ぶべく大学に進もうかと考えているが――。

 

「ああ、どうして教科書を読んでいると眠たくなるのでしょうね……」

「情けないわね。それでも私の姉なの?」

「おや、私をお姉ちゃんと認めてくれるのですか」

「朝食を先に食べたからです。どうしてあんなに優雅な所作なのに早食いなのよ……」

「無駄な動作がないからこそですよ。あなたもリリシアも、もう少しお淑やかにならなくてはいけませんね」

「あんたが言うか……。お菓子も料理もろくにできないくせに」

 

 なんだかんだで一緒に昼食をとっている妹の、そう、妹のオルタンシアは、打って変わって非常に優秀だ。負けず嫌いな一面がいい方向に働いたのか、成績は常にトップ。また一度凝りだすと止まらない性分でもあり、この勢いだと普通の大学ではなく、より専門的な高等教育機関であるグランセコールに進むのではないかと、周りの人は自分を含めて思っている。オルタンシア自身がはっきりとしたことを言わないため、彼女がどういった進路を希望し、どんな将来像を描いているのかは分からないが、少なくとも一般人の枠に収まりはしないだろう。

 グランセコールは国のトップを務める人材の登竜門。歴代の名だたる首相や大統領たちの多くが政治系のグランセコールを卒業していると言えば、その存在感が伝わるだろうか。

 おまけに私生活でも器用であり、お菓子や料理の腕前は、これまた苦手意識のある自分の何倍もうまい。母もうならせる出来栄えなのだ。

 そんな妹をもって、自分は誇らしい。あとはもう少し友達を増やしてくれさえすれば、姉としても安心できるのだが。

 

「そう、例えば、あそこの角からこちらを覗いている儚げなあの子となどはどうでしょうか――」

「心の内が全部ダダ漏れですわ、オ・ネ・エ・サ・マ」

「い、痛いですっ」

 

 いつの間に心の声が漏れていたらしい。オルタンシアに耳を引っ張られてしまった。

 

「もう。そう言うことをするからお友達ができないのですよ」

「子供じゃないんだから、いちいち群れなくてもいいでしょうに。一人でいる方が勉強も捗るし、趣味にも集中できますから。余計なお世話よ」

「そうですか……。でも……」

 

 そっと、先ほどからこちらを覗いている下級生がどうしても気になる。彼女を誘い、一緒にお昼を食べてはどうだろうか。そう、それくらいなら。

 そう思って伸ばしかけた手が、オルタンシアに掴まれた。そのままギリギリと握り締められる。

 

「あの、い、痛いですっ」

「何しようとしてくれてんの。あいつはダメよ。例えば、例えばの話ですけれど、お友達を作るにしてもブリュヌオーだけは勘弁してちょうだい」

「あら、名前を知っているのですね。だったら」

「ダメです。何が何でも、ダメです」

 

 そこまで言われると、かえって気になる。

 

「なぜダメなんですか?」

「だってあいつ、かれこれ一か月くらいあの状態で……。流石に気味が悪いから声をかけたら、『困ります』とか言い出して逃げちゃうし……どうしろっていうのよ」

「ふむ」

 

 ずっとオルタンシアを気にかけている。しかし声をかけられると逃げてしまう。つまりこれは。

 

「恋ですね!」

「やっぱあんた馬鹿だわ」

 

 手加減一つないオルタンシアの罵倒がレティシアの心に突き刺さった。

 

「なぜですか! 仲良くなりたいけれど素直になれないこの気持ち、まさに恋……!」

「私にソッチの趣味はありません! まあ後腐れのないフランクな友人ならいいですけれど? あいつはダメ。絶対にダメ。戦乙女(ブリュンヒルデ)が由来の名前のくせに、意気地なしにもほどがあるわ」

「まあ、そんなに人をえり好みして! それでもフランスの乙女ですか!」

「ああもう、前からこの国のそういうところが嫌いなのよ! 私は学問と結婚する! 絶対よ!」

 

 などと騒いでいたら、昼休みが終わってしまった。

 レティシアは残った昼食を迅速に平らげ、授業にきちんと間に合わせた。オルタンシアは半分以上残した。

 

  *

 

「相変わらず、あなたたちは愉快な姉妹ですね」

「ええ、まあ。……ところで、神父様は」

「今は出かけております」

 

 学校の帰り、いつものように近所の協会に立ち寄って手伝いをしていると、神父見習いのシェローが話しかけてきたので、仕方なく昼間のことを話した。

 妹のことは心配だが、彼女は彼女でうまくやっているような気もする。下のリリシアもそろそろ手がかからなくなってきており、姉としてはなんだか寂しい。そう言うことを、神父様に相談しようかと思って来たのだが。

 出迎えてくれたのは、にっこりと微笑む見習いの方だった。

 

「私でよければ、相談に乗りますよ」

「あなたの笑顔は、なんとなく底が知れないので少々苦手なのです」

「そういう忌憚のないところ、私は結構気に入っているのですが。ええ、本当に」

「フランスに住んでいるからと言って、何もこの国のやり方を見習わなくてもいいのですよ、シェロー」

「シ・ロ・ウです。さあ、親しみを込めて」

「シェロー」

「わざとやってますよね?」

 

 両親の都合で日本からやってきたというこの少年は、すでにフランス人と比べてもそん色ないほどペラペラとフランス語を喋る。おまけに学業も優秀で、ラテン語すらもほぼ完璧にマスターしており、笑顔の件はともかくレティシアにとっては勉強を見てもらえる心強い味方だった。

 名前にしても、レティシアとしては本名を避けているわけではなく、あだ名のつもりで呼んでいた。シェロー自身は母国語の発音で呼んでほしいようだが。

 

「リリシアはきちんとシロウさんと呼んでくれるのですが」

「あの子はまあ、子供ですので。素直なのでしょう」

「私も、あなたもまだ子供ですよ。今からでも素直になれます」

「そうでしょうか」

 

 オルタンシアを見ていると思う。いつも周りのことを気にかけ、行儀がいいと言われる自分よりも、一人でなんでもこなしてしまう妹の方が輝いて見えるのは何故なのか。

 幼いころから両親が褒めてくれている髪を伸ばして三つ編みにする自分より、自分とお揃いになるのを嫌がってバッサリと短くしている妹の方が自由に見えるのは何故なのか。

 一見品がよく見えても、自分の方がよほどひねくれているのではないか。考えは尽きない。

 

「さて。今日は失礼します。神父様は、明日は見えますでしょうか」

「ええ。明日は特に外出する予定はないようでしたから」

「では、また明日」

「ええ」

 

 教会を出て家路につく。頭の中を占めるのは学業と家族のこと。そして――。

 

「――ジャンヌのこと、ですね」

 

 ジャンヌ・ダルクの夢のことが、頭の中を大きく占めていた。

 

  *

 

 また夢を見た。今度は、戦争の真っただ中だった。声をあげながら勇ましく進み、剣を振るう騎士たちの姿は輝かしい。だがその先に待つのは、死かあるいは返り血だ。

 それを知りながら、ジャンヌ・ダルクは旗を振るう。祖国のため、今流れる血を糧として未来に築かれる平和を信じて――。

 

「あんな風に、なれたら」

 

 もちろん、戦争を望んでいるわけではない。今の世界でも、どこかで戦争や紛争が常に起きているのは知っている。それがなくなればいいと思わずにはいられない。

 ただ、ジャンヌ・ダルクの姿は眩しかった。曇天の下、重く立ち込める戦場の空気において、まさに彼女は光明に思えた。戦士たちはその光に導かれ戦っていたのだろう。

 そんな風に、輝いていられたら。

 

「ああ――」

「なによレティシア、また夢でも見たわけ?」

 

 朝食を食べながら夢を反芻していたら、またもやオルタンシアにあきれた顔をされてしまった。

 

「またジャンヌの夢? あんたのジャンヌ好きは前からだけど、ちょっと浸りすぎじゃないの。一度神父様に話を聞いてもらったら?」

「ええ、そうですね。そうします」

 

 素直にそういうと、オルタンシアは意外そうな顔をした。

 

「何よ。えらく素直じゃない。またいつもみたいに噛みついてくるかと思った」

「ええ、まあ」

 

 生返事をしていると、先に朝食を終えたオルタンシアは「チョーシ狂うわ……」と呟きながら部屋に戻っていった。

 脇で見ていた末妹のリリシアも、なんだか心配そうに見てくる。

 

「どうしましたか、姉さん。今日は元気がないようですけれど」

「元気がないわけではありませんよ。ただ……」

「いいえ! 脇から見て元気がないなら、それは元気がないのです! シロウさんが言っていました!」

「シェローが、ですか」

「そういう時は甘いものを食べるといいです! それも、たくさん! 甘いものは疲れをとってくれます! ロジカルです!」

「あはは……そうですね」

 

 自分も年頃なので、お菓子の量には気を付けたいところだが、今日ばかりはいいだろう。リリシアの頭をなでると、気分を切り替えて学校へ向かった。

 

  *

 

 放課後。オルタンシアとリリシアを連れて駅前の喫茶店に行き、さっそくケーキを注文した。

 

「これと、これと、あとこれも――」

「ちょっと、頼み過ぎじゃないの? 後先考えなさいよ」

「いいじゃないですか。レティシア姉さんが元気だとオルタンシア姉さんも嬉しいですよね?」

「だっ誰がよ! ああもう、チョーシ狂うわ……」

 

 なんだかいつも通りに戻った気がする。やっぱり甘いものは偉大だ。オルタンシアが作るお菓子もいいが、やはりお気に入りの店のケーキは別腹である。

 しかし流石に頼み過ぎたので、いくつかは持って帰ることにした。店の人に折箱を用意してもらおう。甘いものに辟易してぐったりするオルタンシアと、うとうとしているリリシアを席に残し、席を立った。

 

「おや」

 

 その時、少し離れた席に座る茶髪の少年が目に入った。すらりとした少し小柄な体格に、中性的な顔。涼し気な目元が特徴的だった。

 彼は携帯電話とメニューを交互に見ながら、眉間にしわを寄せていた。もしかして、観光客だろうか。

 

こんにちは(ハロー)。お困りですか?」

 

 英語で話しかけてみると、青年はどことなくほっとしたような顔を見せ、返事をした。

 

「え? あ、ああ。フランス語は、不慣れで」

「そうみたいですね。フランスの人々は、挨拶をとても大事にするということもご存じなかったようですし」

「……そうなのか。道理で。道中の店の人達が、なんだかこちらを警戒しているような気がしたと思った」

「ええ。普通のお店に入る時でも、一声こんにちは(ボンジュール)と声をかけさえすれば、大抵の人は快く迎えてくれますよ。フランスの人々は、みんなおしゃべりが好きですから」

「ああ。さっきから聞こえていた君たちの会話も、聞いているだけで頭が絡まりそうだった」

 

 青年はジークと名乗った。出身はドイツで、このオルレアンへは観光に来たという。

 

「そうなんですか。マルトロワ広場はご覧になりましたか? ジャンヌの像が有名ですよ」

「いや、今日はまだ着いたばかりなんだ。一息ついてから宿に向かおうと思って」

 

 そういう彼の足元には大きな荷物がある。

 

「もしかして、フェスティバルに合わせて来たんですか?」

「ああ」

 

 ここオルレアンでは、ジャンヌがオルレアンに入った4月29日から、5月9日の解放までの間、盛大なフェスティバルが開かれる。特にメインとなる5月8日のパレードは、中世風の恰好をした人々が練り歩き、その中心にはジャンヌ・ダルクに扮した少女が花を添えることとなっている。ジャンヌ役の少女は毎年、市民の中から十代の少女が選ばれることになっているのだ。

 そこまで話すと、ジークは驚くようなことを言い出した。

 

「もしかして、今年のジャンヌは君か?」

「え? どうしてそれを?」

「いや、なんとなくだ。そんな気がしたというか……その、君のイメージがぴったりというか」

「……まあ」

 

 確かに今年のジャンヌは自分が選ばれた。毎年のように見ている祭りだから、その中心になれるというのは本当に嬉しい。

 だからこそ、考えてしまうのだ。ジャンヌとして人々の中心に立つうえで、どんな振る舞いをすべきか。自分にはそんな振る舞いができるのか。もしかしたら――毅然とした妹の方がふさわしいのではないかと。

 だから、あんな夢を見たのかもしれない。

 

「……レティシア?」

「え? ああ。すみません。ああ、それとですね。他にもいろいろな見どころが――」

 

 慌ててジークの広げている観光マップをのぞき込んでいると、背後から頭に何かが乗せられた。振り返れば、オルタンシアが折箱を乗せてきていた。

 

「いつまでやってんのよ、レティシア。親切も大概にしなさいな」

「あ、オルタンシア。ごめんなさい。ケーキは」

「もう詰めてもらったわ。それじゃあ、私たちは先に帰ってるから、ごゆっくり」

 

 オルタンシアに手を引かれていたリリシアは、自分とジークを交互に見つつ何かを考えていたようだったが、急にとんでもないことを言い出した。

 

「はっ。もしやこれは運命的な出会いというやつでは――」

「はっ(笑)。お子ちゃまはさっさと帰った帰った」

「違います! オルタンシア姉さん! 私はお子ちゃまではありません! 紅茶もノンシュガーで飲めるようになりました!」

「そう言うことはせめてブラックコーヒー(カフェ・アロンジェ)を飲めるようになってから言うことね」

「それは違います! ブラックコーヒーだけではなく、甘いコーヒーも愛せるようになってこその大人だとシロウさんが言っていました! 論破です!」

「何を吹き込んでんのよ、あのエセ神父。私たちと同い年のくせに。ほら。帰るわよ」

「待ってください! レティシア姉さんのロマンスを見届けずに帰るなんて――」

 

 オルタンシアにずるずると引きずられつつ、リリシアは退場していった。こちらとしてはリリシアの発言にひやひやするが、ジークは幸いフランス語の会話を理解できていないようだった。

 

「君の妹か? 今、一体何を?」

「さ、さあ。なんでしょうね?」

 

 そのあとは一通りオルレアン観光の手ほどきをした後、自分も家に帰ることにした。

 

「ありがとう。それと……さようなら(オールヴォワール)。また会えるだろうか」

「ふふ。ええ、きっと。ではまた」

 

 家路につきながら、ジークに言われた言葉をそっと胸に仕舞いなおした。

 

「私がジャンヌにぴったり……だなんて」

 

 ほんの少し灯った自信の炎を絶やさないまま、その日は眠りについた。

 その日も、その次の日も夢を見ることはなく、とうとうその日がやってきた。ジャンヌ・ダルク・フェスティバルの開催だ。

 

  *

 

 祭りの初日。ほのかな期待を込めて、同じ時間に先日のカフェに向かうと彼がいた。

 

「ああ、君は。こんにちは(ボンジュール)。……これで大丈夫だろうか」

「ええ。こんにちは。また会えましたね」

「実を言うと、君を待っていたんだ。あの後、いくつか名所を回ったんだけれど、いまいち理解が足りなくて。もしよければ、この町をよく知っている君に案内してほしい」

「ぜひ!」

 

 オルレアンは観光名所が多い街であるため、普段から観光客らしき様々な国の人を見かける。しかし祭りの日はより一層、多種多様な人々が町を行きかっていた。

 特に名所として有名なマルトロワ広場は人でごった返しており、広場の隅にある『ジャンヌの家』までジークを案内するのは一苦労だった。

 

「ここはジャンヌが4月29日から5月9日まで滞在したとされている家です。ただ、実際の建物は第二次世界大戦の時に失われてしまっていて、これは再建されたものです」

「なるほど。祭りの期間はそれにちなんでいるのか」

「ええ。それでは次は――おっと」

「大丈夫か」

 

 人ごみに押し流されそうになる。しかし、すんでのところでジークが手を捕まえてくれた。自分とあまり変わらない背丈なのに、予想外に強い力で引き寄せられて驚いた。

 

「あ、ありがとうございます」

「ああ。……次に、行こうか」

「え、ええ」

 

 そのまま自然に手が離れた。次に向かう場所を指さし、ジークを先導しながらも、また人ごみに流されてしまうことを期待する自分がいた。

 けれど、その日の観光は、滞りなく終わった。

 

  *

 

 オルタンシアは呆れた顔で姉を見ていた。

 やっと見つけたと思ったら、さっそくこの間の観光客とよろしくやっている。リリシアが見たらなんというだろうか。

 

「あーやだやだ」

「元気そうで何よりではないですか。はい、どうぞ」

 

 そう言いながら、コーヒーを差し出してくれたのはシェローだ。近所の教会に努める同い年の神父見習いとは、家族ぐるみで付き合いがある。そんな彼にレティシアのことを相談したのは、レティシアがジャンヌの夢を2度も見たという朝のことだ。どうにも普段の調子が出ていないようなので、普段からレティシアが手伝いに通っている教会に電話をしたところ、目当ての神父ではなくシェローが出た。

 もしレティシアが神父に何かを相談したそうにしているならフォローしておいてほしい。我ながらお人よしにもほどがあるお願いだったが、シェローは快く引き受けてくれた。

 結局あの後、喫茶店でケーキを食べたり、あの観光客と話したりして気分が晴れたのか、神父のところに相談に行くことは無かったようだったが――。

 

「なんであんたがついてきてんのよ」

「別にいいではないですか。私もレティシアのことは気にかけていましたし」

「あら、それは残念。ポッと出の男に持っていかれそうだけれど?」

「いえ、まあ、そう言うことではなく」

 

 ウキウキした様子で出かけていくレティシアの後をついていこうとしたら、たまたま通りがかったシェローもついていくと言い出したのだ。そして追いついたと思ったらあの日の観光客と一緒にいた。

 

「……でも、本当に元気そうでよかった。今年の祭りの主役が沈んだ顔をしていては、皆に示しがつきませんから」

「そういうものかしらねー」

「それで、彼女がジャンヌ・ダルクの夢を見たというのは確かなのですか?」

「そこ、大事なのかしら?」

「ええ、とても。かのジャンヌは大天使ミカエル、アレクサンドリアのカタリナ、アンティオキアのマルガリタの姿を見たと言います。レティシアにとっては聖ジャンヌがそうなのかもしれませんよ」

「眉唾だわ」

 

 見習いとはいえ、さすがは神父というべきか。スラスラと伝承の内容を述べるシェロー。しかしオルタンシアとしては気が気ではなかった。

 

「ジャンヌはイングランドを倒せって啓示を受けたそうだけれど。じゃああいつは何をジャンヌ・ダルクから聞いたっていうの? 倒すべき敵はどこ?」

「それは分かりません。私ではなく、あなたが聞き出してください」

「やっぱりそうなるのね。というか、そこまで細かく聞くこと?」

「ええ。ぜひ」

「――何か、企んでるんじゃないでしょうね?」

「レティシアにもそう言われるのですが、私の笑顔はそんなに胡散臭いですかね?」

ええ(ウイ)

 

 シェローが肩をがっくりと落とすのを横目に、オルタンシアはレティシアの方へと目線を戻した。

 さっき、ジークに人ごみから助けられてからというもの、彼を案内しつつも彼の手をずっと気にしている。

 と、そんな風にしていたからか、長く伸びた三つ編みが旅行客の鞄に引っかかっていた。慌ててジークがほどきにかかり、レティシアが赤面する。

 

「はー、甘いわ」

「おや、コーヒーに砂糖を入れすぎましたか?」

「ばっかじゃないの」

 

 シェローはまた肩を落とした。

 

  *

 

 明日はとうとうパレードの日だ。楽しみで眠れないが、寝不足で落馬したら大問題である。早く眠るとしよう。

 深く息を吸い込み、心を落ち着ける。明日もパレードの前に一度ジークと合うことになっていた。

 ここ数日、祭りと名所を案内しているうちに、すっかり彼とは仲良くなった。彼がドイツの生まれであり、一目ジャンヌの祭りを目にしようとここにやってきたこと。普段は大きなお屋敷で奉公人として働いているが、今回は特別に許可をもらってやってきたと言うこと。そして、レティシアに声をかけてもらえて、本当に心強かったと。

 誰かの力になれた。そのことが、本当に嬉しくて。

 嬉しくて――。

 

「この魔女め!」

「背教者! 焼かれてしまえ!」

「災いをもたらす悪魔め!」

 

 声がする。

 

「お母さん。ジャンヌ様って、どうして? 悪いことをしたの?」

「しっ。静かになさい」

「ああ、なぜこんなことに」

 

 自分を罵る声がする。その一方で、自分の現状をいぶかしむ声もする。国民から見て、自分はどんな風に見えるだろうか。前線で英雄視されていたときとは一転、火刑に処されるべく引き立てられる自分は――。

 ああ、夢を見ている。

 ドン=レミを発つ夢。前線で旗を振る夢。そして火刑に処される夢――。

 もう見ないと思っていたのに。それでも、これで終わりだ。せめてこの夢で、自分(ジャンヌ)の胸の内を伺えたなら、明日はより彼女らしく振舞えるだろうか。

 そう思い、心のうちに耳を傾けた。

 そこには憎しみはなかった。恨みもなかった。ただ、自分の命を全て使い果たしてなお、人々の苦しみを絶つことができなかった、やるせなさだけがあった。

 どうして。この期に及んで。救国の英雄とたたえられてなお、成したことに満足していないだなんて。散々奉り上げられたあと、権謀術数の果てに死ぬことになっても恨んでいないだなんて。

 魔女に貶められてなお、何故あなたはそこまで高潔でいられるのですか。

 

「誰かの力になれた。そのことが、本当に嬉しくて」

 

 返ってくるはずのない答えが、自分(ジャンヌ)の口から漏れた。周囲の人々も、処刑台の上に立ったジャンヌを鎖で縛り付けている役人も聞こえない小さな呟き。それは夢の中の人物が、夢を見ている人物へ向けた、ありえないはずの答えだった。

 その答えが、あまりにまぶしくて。

 それなのに、自分が感じていたものとあまりに近くて。

 

「でも願わくは、貴女が私のような末路をたどらぬよう――」

 

 ジャンヌ! その叫びは音にならなかった。

 火が放たれる寸前、自分の視点はジャンヌから突き飛ばされるように追い出され、宙に舞った。

 燃える。燃えてしまう。その体は焼き滅ぼされ、最後の審判に立ち会えない。その恐ろしさは、科学が発達した現代ならいざ知らず、ジャンヌの生きた時代にはとてつもなく大きいものだったはずだ。

 だというのに、彼女の姿は炎の中ですら美しく。

 目を覚ましたころには、枕が涙で濡れていた。

 

  *

 

 あんな夢を見たものだから、またもやぼんやりとした朝食となった。

 

「またへこんでるわね。今日が大事な日でしょう」

「ええ」

「そんな湿気たツラしてるなら、私が代わってあげましょうか? 髪型以外瓜二つですものね?」

「ええ」

「……1+1は?」

「ええ」

「あのジークって男のこと気になってるの?」

「ええ――ええ!?」

 

 オルタンシアの質問に生返事をしていたら、突然毛色の違う質問を差し込まれて戸惑ってしまった。脇にいたリリシアも目を丸くしている。

 

「なんと! レティシア姉さん、やっぱりあの男の人と――」

「ち、違います! 彼とはその、名所を案内したり、祭りを紹介したり」

「それを世間ではデートと言います! 論破です!」

「――リリシア? 良い子だから静かにしましょうね?」

「ひっ」

 

 笑顔で凄むと末妹は大人しくなった。さて、もう一人の妹だが。

 

「レティシア。今日、パレードの時間はちゃんと分かってるんでしょうね」

「ええ。マルトロワ広場に――」

「分かってるならいいわ。先に出るわね」

「え、ええ」

 

 オルタンシアはそれ以上追及せずに、早々と支度を済ませて出て行ってしまった。

 自分も手早く朝食を食べ終えると、余裕をもって家を出た。いつものカフェで少しジークと話してからパレードに向かうためだ。

 駅前のカフェに着くと、そこはやはりというか観光客でごった返していた。列車から出てくる人々が広場に満ちてから、次々と町の中へと広がっていく。

 まだジークは来ていないようだ。どうにか席を見つけて座り、彼を待つ。しかしなかなか現れない。時計の針は刻々と進む。もしかして――。

 

「彼なら来ませんよ」

「シェロー?」

 

 唐突に、心の内を見透かしたようなことを言いながら現れたシェローが対面に座った。

 

「なぜ、あなたがここに? それに、彼とは」

「決まっているじゃないですか。ジークですよ」

「なぜあなたがジーク君のことを? それに、来ないとは」

「彼は役目を終えました。いえ、終えることができなかったというべきでしょうか」

「どういう、ことですか」

「……すべてを説明する時間はありません。今日の主役はそろそろマルトロワ広場に行かなくては」

「急げば十分もかかりません。事情を」

「では手短に。彼は、この星を救う戦士をスカウトする役目を負ったエージェントです」

 

 手短に、と言ったが、何から何まで分からないことだらけだった。

 この星を救う戦士? エージェント?

 

「彼がわざわざドイツからやってきたのは、あなたとの相性を考えてのことです。彼の属する組織には、そういう判断をするプロがおりまして」

「それにあなたも加担していると?」

「加担という言い方はどうかと。かの組織、DOGOO(ドグー)は既に全世界の協力を取り付けているのですよ。医療関係者や、宗教団体に協力を呼びかけ、偉人の魂を継いだ人物を探し出す手伝いをしているのです」

「偉人の、魂」

 

 ジャンヌ・ダルク。自分がその夢を見たことが、この星を救う戦士とやらの条件だというのだろうか。

 

「オルタンシアからあなたの見た夢のことを聞いた時は驚きました。さっそく、その朝のうちに組織に連絡をしたのですが――まさかその日の夕方にはエージェントの接触があるとは。全く驚くばかりです」

「ジーク君は、そんなそぶりは一度も」

「ええ。彼は君の髪の毛を首尾よく手に入れ、それを組織に送って遺伝子を確かめた。そしてその結果をもって、あなたをスカウトするはずだった」

 

 髪の毛。広場を案内する時、観光客の鞄に絡まった髪の毛をほどいてくれたことを思い出す。

 その時の彼のはにかむ笑顔の裏に、そんな使命が隠されていたとは。のぼせていた自分が恥ずかしい。

 

「――しかし。彼は優しすぎました。即日あなたに遺伝子のことを告げるはずが、今日の祭りが終わるまでは待ってほしいと言ったのです。そこで、私が代わりに来たのですよ」

「今、彼は」

「お役御免で、この町を出るところです。ほら、ちょうどいまそこに止まっている列車でパリへ――」

 

 レティシアは弾かれたように立ち上がった。こんな中途半端な別れは嫌だ。

 

「彼に、彼に会わなくては!」

「どこへ行くのですか? あなたは今日の主役ですよ?」

「しかし!」

「あなたがいなければ、このパレードを楽しみにしている人々はどう思うでしょう」

 

 そう言われ、周囲の人々に意識が向く。雑踏の中に混じる、今日の祭りへの期待感に満ちた声が胸に突き刺さる。

 

「あなたはどちらを取りますか? 自分の満足か、あるいは」

「――私は」

 

 ぐっと、胸を抑える。ジークとの楽しい時間が思い出される。しかし。

 

「私は、どっちも捨てたくありません」

 

 夢でジャンヌは言った。自分のようにはなるな、と。

 人々のため命を燃やしたジャンヌは尊い。しかし、彼女のようになるのは怖くもある。かといって、人々のことをないがしろにすることもできない。

 決められない。いいや。どちらかに決めたくない。はっきりと、自分の意志で言う。

 

「自分も、周囲の人も、どちらも大切なんです。捨てるつもりなんてありません。自分にしかできないことがあります。自分が人々のために役立てることがあります。そのどちらも、失わないために」

「……そういうと思いました。そのために、貴女は二人いるのですからね」

「ふたり?」

 

 おかしなことを言う――と思っていたら、聞きなれた声が人ごみの中から飛び出してきた。

 

「この馬鹿! どこ行ってたの! もう時間がないわよ!」

「オルタンシア」

 

 もう一人の自分。瓜二つの妹。彼女の姿を見て、ある姦計が浮かぶ。しかし――。

 

「どうぞ」

 

 それに必要なものが、シェローによって差し出された。その用意の良さに開いた口が塞がらない。

 

「は? なにこれ、ウィッグ?」

「シェロー。あなた、こんなものを用意していたということは」

「たまたまですよ、たまたま」

「……感謝します」

 

 言うが早いか、レティシアは駅に向かって走り出した。

 

「ちょっと! どこ行くのよ!」

「さあ、今日の主役は広場に向かう時間ですよ」

「はあ!? 何言って、こら! ウィッグかぶせるな! まさか――」

 

 発車のベルが鳴る。パリ行きの列車に飛び乗ると、背後でドアが閉まった。

 まずは先頭側へと歩きながら探す。いない。もしやシェローは出まかせを言ったのではないだろうか。そんな不安がよぎりつつも、今度は後ろ側へ――。

 

「レティシア?」

 

 振り返ると彼がいた。大きな荷物を引きずりながら、こちらに歩いてくる。周囲には空席がそこそこあり、座れるところを探しているわけではない。ならば、何故。

 

「列車が出る直前、君の髪が見えた気がして。まさか、本当に会えるとは。……嬉しい」

「それはこちらのセリフですよ、ジーク君」

 

 組織とやらには、人の相性を選ぶプロがいるという。全くその通りだ。彼は一言目で、こちらの言ってほしいことを言ってみせた。たとえきっかけが使命を帯びたものだったとしても、自分はこの出会いを忘れない。

 パリに着くまでの一時間。最後の一時間を、レティシアは胸に刻み込んだ。

 

  *

 

 結局、あのあとオルレアンに戻るころには、パレードはあらかた終わっていた。遠目に妹の姿を見る。自分に変装したオルタンシアは慣れない鎧姿でぎくしゃくとしながらも、どうにか役目をこなしているようだった。

 やはり、彼女の方がジャンヌ・ダルクにはふさわしい。

 ジークからすべての事情を聴き、自分にジャンヌ・ダルクのE遺伝子というものが受け継がれていると分かってもそう思う。あの毅然とした振る舞い。にじみ出る気真面目さ。

 ああ、それにしても。

 

「これが、最後のお祭りですね」

 

 自分は戦うと決めた。今週中に家を出ることになるだろう。DOGOOへと向かい、E遺伝子ホルダーとして戦いに身を投じるのだ。

 結局、ジャンヌを演じることはできなかった。たとえこの先、自分が「ジャンヌ・ダルク」というE遺伝子ホルダーとなるとしても、今この瞬間、この祭りの主役は自分ではなくオルタンシアだった。

 そして――その日がやってきた。

 

  *

 

「気を付けるのよ。連絡もきちんと頂戴ね」

「ええ」

「体調もしっかりと。他の人と仲良くして」

「ええ」

 

 出立の日。図らずも、夢で見たジャンヌと自分の姿がダブる。母も、父も、リリシアも涙ぐんでいた。シェローと神父様も少し離れたところから見守ってくれていた。自分も涙をこらえるのに必死だ。

 そして、遅れて出てきたオルタンシアが何やら大きな包みを押し付けてきた。

 

「これ、持ってきなさい」

「これって――」

 

 フィナンシェとクイニー・アマン。オランジェットにマカロン、フロランタン、そしてダックワーズ。一抱えもある荷物の中身は全てお菓子だった。透明な袋越しにうかがえる、一部の隙も無い整った形は確実にオルタンシアの手によるものだ。この妥協のなさは間違いない。

 

「――オルタンシア」

「どうせ、大食いのレティシアのことだもの。すぐに故郷のお菓子の味が恋しくなるに決まってるわ。レシピも入れておいたから、食べながら覚えなさいよ。流石に学校の勉強よりは簡単でしょう? だから次帰ってくるときまでには、全部マスターしておくこと。いい?」

「オルタンシア」

「何よ」

「オルタンシア」

「な、何よ」

 

 ただただ、名前を繰り返し呼ばれて、オルタンシアは戸惑っているようだった。

 だが、こちらもどうしようもなかった。涙をこらえきれなかった。

 

「オルタンシア……。本当に、立派な妹で――私、どうしたらいいか」

「ちょっと、泣かないでよ! ああもう――」

 

 そう言いつつもハンカチを出して涙を拭いてくれる。そして、額と額を合わせてきた。

 

「自信持ちなさいよ。私の姉でしょうが」

「ええ。けれど、本当に私、立派にやれるでしょうか。私、学業でも、料理でも、貴女に後れを取ってばかりで」

「……ブリュヌオー、覚えてる?」

「え? ええ。あの物陰から見ていた子でしたか」

「パレードの後、いきなり駆け寄って来たと思ったら、「なぜオルタンシアさんがジャンヌの役を?」ってね。他にも気づいてた人、いるんじゃないかしら」

 

 驚いた。幼いころ、入れ替わって遊んでいた自分たちを見抜けたのは母だけだったのに。数年前からオルタンシアと自分の性格は違うものになりつつあったが、それでも見た目はそっくりなままのに。

 あのジャンヌを、自分ではないと見抜いた人がいる。そのことが心を少しだけ温めてくれる。

 

「そう、ですか」

「似合わないって言われちゃったわ。あんたの方がイメージにぴったりだったともね。ずっと私を見ていたストーカー女のお墨付きよ」

「私が、ジャンヌにぴったり」

 

 ジークにもそう言われたことを思い出す。思わずと言った様子で呟いていた彼の本音が、自分の胸の内に自信の炎を灯してくれたことも。

 

「勉強も料理もできなくても、ジャンヌ・ダルクならできるのよ、あんたには。だから自信持ちなさいって」

「――はい」

「あんたはあんた。たった一人のジャンヌ・ダルクになりなさい」

「はい」

「あんたは私の――お姉ちゃんなんだから」

「はい!」

 

 オルレアンの町が遠ざかる。あの日、ジークと最後の一時間を過ごしたのと同じ列車で故郷を去る。

 ジャンヌとは違う。何度も、何度も振り返り、故郷の姿を目に焼き付ける。

 絶対に帰ると心に決めて。

 

――願っています

 

 そんな声が、胸の内から響いた気がした。

 




予定は5000字だったのにどうしてこうなった。


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二十五ノ銃 李書文

 DOGOOの持つ空中要塞の一つ、J(ジョージ)・アツミ。ここには第三小隊と第四小隊が駐屯している。

 自分、「沖田総司」こと沖田桜が第四小隊に入隊し、この要塞に身を置くことになってから、すでに半年が経とうとしている。太平洋上空を常に巡航しているこの要塞に季節感はほとんどないが、要塞で見ることができるアメリカのテレビ番組の中で、季節は順調にめぐっていた。

 進化侵略体によって世界は危機に瀕している。それでもこの冬を迎えられたのは自分たちの働きがあるからだと思いたい。

 

「えいやぁっ!」

「とうぁ!」

「■■!」

 

 ストーンフォレスト作戦以降も、進化侵略体は各地に侵攻を続けていた。あの作戦の時ほどではないが、一つの小隊だけでは対処しきれない局面も何度かあり、一層戦いが厳しさを増すのが肌で感じられた。

 第五小隊に配属された「坂本龍馬」の二人と、第六小隊に入った「葛飾北斎」はうまくやれているらしい。その辺りは「フーヴァー」が各小隊の他のメンバーとの相性を考えて人員を配置しているためか、三人ともきちんと馴染めているようだ。自分としては同じ基地内に気軽に話せる日本人が増えることを願っていたが、そうはならなかった。

 その原因が彼ら、第三小隊である。

 

「うおりゃあああぁぁ!!」

「せいっ! はぁ!」

「■■■■■■――!!」

 

 体格は並みかそれ以下ながらも、鋭い気迫が特徴的な赤毛の青年、「李書文」。

 身長二メートルを超える巨躯を誇り、獣のような声をあげながら戦う男、「呂布」。

 明朗快活ながらもチャレンジ精神にあふれた黒髪の少女、「玄奘三蔵」。

 彼らは朝一番だというのに、いやだからこそか、トレーニングルームを半ば貸し切り状態にして激しい稽古を行っていた。かろうじて武道に通じる自分だから稽古とわかるが、そうでない人から見れば本気の殺し合いにしか見えないほどの、だ。

 比較的早くに発足した小隊でありながら、第三小隊はその人員が当初からほとんど変わっていない。

 「ダ・ヴィンチ」や「ヴラド」といったDOGOOの古株は、頭数が揃っていなかった時期は第一小隊や第二小隊にいたものの、現在は別の部署に属しているという人物が少なくない。その中にあって彼ら第三小隊は、これ以上ない噛みあい方をしているとも、あるいは余人を入れる隙間がないともいえる。

 「フーヴァー」が言うには、チームを組むにあたって重要なのは能力の相性もあるが、人としての相性がより大事とのことだ。例えば現在それぞれ第五小隊と第六小隊にいる「ニコラ・テスラ」と「トーマス・アルバ・エジソン」は、入隊の時期が近く、能力の相性もいいとのことだが、人間としての相性が最悪なため別の小隊に振り分けられたという。

 ここでもう一度第三小隊を見てみよう。

 

「うるあぁぁ!」

「■■■■……!」

 

 要塞を丸ごと揺るがしかねない踏み込みとともに放たれた「李書文」の打撃。それを受けた「呂布」が壁際まで吹っ飛んだ。しかし彼もやられてばかりではない。即座に体勢を立て直すと、「李書文」に対して剛腕を振るう。

 しかし脇から伸びた「三蔵」の持つ棒が、「呂布」の腕を軽くはたくと、その拳があらぬ方向にそれた。

 

「■■……」

「ほら「呂布」! まだまだ余計な力が入ってるわよ!」

呵々(かか)! 朝っぱらから厳しい指導よ!」

「朝だからこそよ、「李書文」! 一日の始まりから引き締めていかないとね!」

 

 これが日課である。

 

「そりゃ入る人を選びますよね……」

「あら、「沖田」! おはよう!」

「おはようございます、「三蔵」さん」

「元気ないわね! ちょっと混じってく?」

「遠慮します」

 

 沖田はぴしゃりと言った。低血圧の自分に朝からこのテンションはつらい。

 

「それより、「李書文」さん」

「ん? 儂か。どうした」

「突然で申し訳ないのですが――」

 

 かく言う自分も、先ほど連絡を受けて寝耳に水なのだ。だから半信半疑のまま、聞いたままを言う。

 

「これから日本に行きましょう。新人のE遺伝子ホルダーを手懐けに行きます」

 

  *

 

 そもそものきっかけは、例の藤丸さんの努力によるものらしい。

 自分こと「沖田総司」、そして「坂本龍馬」と「葛飾北斎」。合計で三組の日本人ホルダーを発掘した彼女の功績は高く評価されており、もしかしたら今後もこれが続くのでないか――という期待がDOGOOの中にあったのは確かだ。

 しかし、土偶が日本人からどれほどのE遺伝子を作ったのかは明かされてはいないし、それがどれほど現在に残ったのかもまた不明である。だからすでに出切っている可能性も考えられる。

 この半年の空白は、その予想を裏付けるのに十分すぎる期間だった。かくいう藤丸さん本人も諦めかけていたという。

 そんな時、とうとう四番目のE遺伝子ホルダーが見つかった。その名は。

 

「E遺伝子、「森長可(ながよし)」。本名は間桐(まとう)永吉(えいきち)――ああ、ちゃんと聞こえてますか、「李書文」さん」

「おうとも。便利なものよな、この翻訳機とやらは」

 

 日本に降り立った自分と「李書文」は、さっそく待ち合わせの場所に向かっていた。

 耳に取り付けた翻訳機がきちんと働いているのだろう。日本語で喋りかけたこちらの内容は伝わっているようだった。この翻訳機さえあれば自分の役目などないのではないか、と思うのだが、「フーヴァー」いわく自分も必要だという。

 

「それで、どこだったか」

「この先ですよ」

 

 藤丸さんたちは永吉を発見したはいいものの、その場でAUボールを渡して確認をとることはしなかった。以前、「坂本龍馬」の片割れこと、お竜が暴走を起こしたことを反省してだ。一応DOGOOの本部に掛け合えばAUボールを遠隔でシャットダウンさせられるが、時間も手間もかなりかかるため現実的ではない。

 しかし今回はそれが違う意味で吉と出た。何せ彼、永吉は――。

 

「おう、来たか!」

 

 待ち合わせの場所として決めたおいた町の一角。そこにいたぼさぼさ髪の少年、間桐永吉は、人を踏みつけていた。

 比喩ではない。ガラの悪そうな少年を足蹴にし、更に他にも二人ほど周囲に倒れ伏しており、一人を手にぶら下げていた。

 それを見て、「李書文」が問いただす。

 

「呵々――これはどうしたことだ? 体を温めるにしては、少々乱暴だが」

「ああん? 知らねえよ。オレがここに居たら因縁つけて来た奴がいたからノしただけだ」

 

 永吉は二メートルに迫ろうかという大柄な体格だ。それゆえか、目線が下の「李書文」に皮肉をぶつけられても悪びれず、へらへらと笑っていた。

 一触即発の空気。

 思わず沖田はつぶやいた。

 

「帰りたい……」

 

  *

 

「では、簡単に調査結果を申し上げますが――」

 

 間桐永吉という少年は十五歳にしてすでに札付きの不良だった。小さいころから血の気が多く、中学に入ってすぐに地元の不良たちに目をつけられるも、これを返り討ちに。更にそれが人を呼び、これも返り討ちに。それを繰り返しているうちに地元の番町のような存在になり、今度は隣町の――。

 

「待って、待ってください。アルトリアさん」

「いえその、私も調査内容を申し上げているだけなので」

 

 日本に着いてすぐ。自分はとうとう、藤丸立香という恩人と直接会う機会を得ることができた。彼女が住んでいる町から離れた、間桐永吉が住んでいるという町の駅。そこで護衛のアルトリアという人物も交えて待ち合わせをし、近くのファミレスに入って情報交換をした。

 何やら長い包みを背負った中国人、金髪碧眼のイギリス人、日本人離れした髪の色をした自分、そして一人だけ一目で日本人とわかる女子高生――という謎の集団であることは自覚していたが、ほかに適当な場所がなかった。

 

「とんでもない人ですね、彼は。しかしそれが本当だとすると、何故「李書文」さんと私を?」

「彼がそう望んだからです。もし自分を侵略体と戦わせたいなら、強い奴を連れて来い、と」

「少年漫画か何かですか……」

「何はともあれ、今回はいきなりAUボールを渡さなくて正解でした。そう思いませんか、リツカ」

「あ、うん」

 

 そばに座る藤丸さんの顔色は優れない。何かあったのだろうか。彼女とはストーンフォレスト作戦の時に少し電話で話したきりだが、明るい少女であったと思う。せっかく直接会えたので、自分を見出してくれたお礼を改めて言いたかったのだが、それどころではないようだ。

 

「どうかしましたか? 具合でも……」

「ああうん、何でもないです。とにかく、お願いします。私たちじゃ、ダメみたいなので」

 

 その時、ずっと黙っていた「李書文」が急に口を開いた。

 

「強い奴を連れて来い――か。そこのアルトリアもなかなか腕がたつようだが」

 

 それは自分も思った。立ち方、歩き方と言い、明らかにそういうものを感じる。駅からこのファミレスに歩いてくるまでの短い間にも、藤丸さんをさりげなく引き立て、段差や自転車から守る仕草を見せていた。精悍な顔立ちのおかげか、どことなく自分と似た雰囲気を感じる彼女も、おそらくかなりの使い手のはずだ。

 

「いえ。私はあくまで、守るための剣術ですので――。彼とは、事を構えたくはありません」

「ふむ。なるほど、思った通りの答えだ」

 

 「李書文」は得心いったように頷くと、不意に言葉を続けた。

 

「藤丸よ。おぬしはついてくるか? それとも儂らに任せるか?」

「え……?」

 

 彼は、何を言っているのだろうか。

 

「理解が及んでおらんようだな、「沖田」。簡単な話よ。藤丸は友のためにE遺伝子ホルダーを探していた。ではこうやって見出した男が、手当たり次第に喧嘩を買い、売る、狂犬であったらどう感ずるか?」

「ああ、確かに」

 

 藤丸さんは真緒――「信長」のためを思って行動している。彼女の助けになると信じてE遺伝子ホルダーを探しているのだ。

 しかし、ホルダーが善人とは限らない。こうして、お世辞にも褒められたものではない人間に当たることもある。

 果たしてそんな人を、友人のためと言って引っ張り込むことが正解だろうか。

 

「どうだ? 儂の推測は当たっているか?」

「それは……」

 

 「李書文」の追及に口ごもる藤丸さん。それを見て、アルトリアが彼女をかばうように言った。

 

「「李書文」。直接的に言い過ぎです」

「ううん。……そうですね。「李書文」さんの言う通りです」

「リツカ……」

「大丈夫、アルトリア。……私は、戸惑ってました。あんな人がいるのは、一応可能性としては考えていたんですけど」

「さて、それでどうする? 儂らに任せて別の善人を探しに行っても、儂らはおぬしを責めないが」

 

 明らかに誘っている言い方だ。沖田はそれを意地悪く感じ、助け舟を出すことにした。

 

「「李書文」さんはどう思いますか。ホルダーの候補が不良であることについて」

「儂か? 儂は頼まれた仕事をするだけよ。永吉とやらが善でも悪でも構わぬとも。今この場において儂は槍でしかない。そもそも今、迷っておるのは藤丸のみ。儂が知るところではない」

「その言い方は、冷たくないですか」

「ならばどうする。儂が必ず永吉とやらの根性を叩きなおして良い子にしてやろう――とでも言えばいいか。しかしな」

 

 「李書文」は、暖かさも冷たさも排した声色で言う。

 

「それは、儂に善悪の判断を擦り付ける行いだ」

 

 熟考の末、藤丸さんは絞り出すように言った。

 

「……見届けたいと思います。自分で、決めたいです」

「――藤丸さん」

 

 そんな様子を見て、「李書文」は立ち上がった。要塞から持ち出してきた細長い包みを手慣れた様子で背負い、さっさと歩き出す。

 

「ふむ。ならばよし、さっそく行くとするか。この翻訳機を使えばいいのだな?」

「ええ。それでは、よろしくお願いします」

「おうとも」

 

  *

 

 そして今ここに「李書文」と永吉が対峙していた。周囲に倒れていた不良たちは、アルトリアと藤丸さんが離れたところで介抱している。アルトリアがついていれば大丈夫だと思うが――。念のため、自分は彼女たちを守るように立っておく。

 話は一応聞いていたが、この荒れ具合は流石に予想以上だった。

 「李書文」と沖田の立ち振る舞いを見て、永吉が破顔した。

 

「言ってみるもんだなあ! 男も女も強そうじゃねえか! で、どうする? 早速始めるか! どっちだ? 両方でもいいぜ!」

「おうとも。始めよう。まずは儂からだ」

 

 「李書文」は包みを解き、木でできた練習用の槍を取り出して構えた。

 

「が、一つ確認だ。儂が一本取ったら――」

「おう。進化侵略体と戦う。ただ、一つ訂正な。お前が一本取ったらじゃなくて――」

 

 言うが早いか永吉は飛び出してきた。

 

「勝ったらだ! オレは試合をしに来たんじゃねえんだよ!」

「呵々! 儂もだ!」

 

 永吉の大ぶりのパンチを、「李書文」は無駄のない体重移動でかわして見せた。更にすれ違いざまに足をすくう。しかし永吉はどうにか堪え、転ばなかった。

 

「おっと! 危ねえ!」

「流石にこれでは転ばんか」

 

 永吉はたたらを踏んだものの、何とか転ばずに堪え、「李書文」から距離をとった。武道の経験はなさそうだが、流石に喧嘩慣れしているのだろう。とっさの判断が早い。

 今もそうだ。直接殴りかかっては分が悪いと感じたのか、近くに置いてあった通行止めの看板に手をかけた。

 まさかと思う暇もない。力任せに鉄製の立て看板を持ち上げると、「李書文」に向かってぶん投げた。

 

「「李書文」さん!」

「ふむ」

 

 「李書文」は飛んできた看板に槍をぶつけると、全く同じ軌道で永吉に叩き返した。

 

「は?」

 

 流石に永吉の経験にもこんなことはなかったのだろう。よけるか、さもなくば受けるか。跳ね返してくるなど。茫然とする彼に看板が激突した。派手な音が響き、永吉がよろめく。

 沖田の眼にも何が起きたか分からなかった。木製の槍で、直撃コースの金属の塊をはじき返したのだ。

 

「いってぇ!」

「これを食らってそれで済むか。元気な奴よ!」

 

 看板の直撃を受け、同時に相手の実力を悟ったのだろう。永吉は露骨に顔をゆがめると、再び「李書文」に殴りかかった。

 

「呵々!」

「くそ、当たらねえ!」

 

 だがかすりもしない。たまに当たったように見えても、それは「李書文」があえて受けたというだけで、その後の反撃によって永吉の190センチ以上ある体が軽々と宙に吹っ飛んだ。

 

「くそ! なんでだよ! さっきから似たような動きばっかりのくせに、なんで捕まえられねえ!」

「おお、それが分かるか。ならば目はいいと見える。おうとも。人を相手どるのにそこまで多くの技は要らん。一つの技を磨き上げればそれでよい。それで十分だ」

「何だよそれ。……前に親父に連れてかれた道場のジジイも似たようなこと言ってやがったな」

「ほう。お前の親も見かねたか。それで、どうした。そこの道場に入ったか」

「入るわけねえだろ! ひたすら同じことばっかりやらされて、何がいいんだかさっぱりわからねえ! こうして因縁つけてくる連中を叩きのめしてる方がよっぽどスカッとするし、どんどん腕っぷしが上がってくのが分かった!」

 

 吐き出された彼の内面は、やはり荒々しいものだった。背後の藤丸さんとアルトリアが息をのむのが分かる。

 

「だからオレは今もこうしてる!」

 

 このままでは埒が明かないと思ったのだろう。永吉はとうとう、近くの家の軒下に腕を突っ込むと、そこから物干しざおを奪い取った。幸い住人はいなかったようだが、なりふり構わないその様子に冷や汗が出る。

 

「技が何だってんだよ! 勝った方が強え! それでいいじゃねえか!」

 

 「李書文」よりも長く、重い武器で一撃を叩き込む。喧嘩でのし上がってきた彼の、狂犬じみていながら合理的な攻撃。

 それに対し、「李書文」はこう呟きながら冷静に対処した。

 

「そうだな。儂もそう思う」

 

 軽く物干しざおを打ち払い、槍の一撃を永吉の額に叩き込んだ。木製の槍が頭蓋骨を打ちすえる嫌な音が周囲に響く。手加減のない一撃に、自分の背後の藤丸さんの顔が青くなった。

 

「「李書文」さん!」

「まだ終わっておらん」

 

 思わず藤丸さんが叫ぶが、「李書文」の言う通りだった。永吉は額から血を流しながらも、なんと槍を無理やりつかみ取っていた。

 

「そうだろ!? とにかく勝った方が強え! だったら文句ねえよなあ!?」

 

 槍を「李書文」の手からもぎ取ると、更に力任せに、反対の手に持っていた物干しざおを振り上げ――。

 

「死ね!」

「死ねと言ったか、小兔崽子(クソガキ)め」

 

 そのがらあきの胴体に、ぞっとするような呟きとともに、すでに「李書文」は踏み込んでいた。

 今朝も見た。踏み込みから指の先まで、混然一体となって放たれる絶招。以前聞いたその名は――。

 猛虎(もうこ)硬爬山(こうはざん)

 

「――ッ!!」

 

 叫ぶことすら許されず、永吉は吹き飛んだ。だがそれで終わりではない。

 地面に転がってなお敵を睨もうとする彼を追って「李書文」が走る。宙に舞っていた槍を捕まえると、大の字になった永吉の胸に――。

 

「そこまでです」

 

 咄嗟に沖田はAUウェポンを発動し、刀で「李書文」の槍を切り裂いた。一瞬で五つに分かれた槍がバラバラと落ちてアスファルトに弾む。

 

「――おう。すまんな。ついカッとなった」

「勘弁してくださいよ」

「呵々!」

 

 まさかとは思っていたが、本当にこうなるとは。

 やりすぎそうになったら止めろ。それがフーヴァーから言いつけられた自分の役目だった。

 「李書文」は息を整えると、地面に伸びたままの永吉に話しかけた。

 

「生きておるか」

「っは――ぐう。いてえ……」

「うむ。やはり頑丈な奴よ」

「っはあ、はあ、さっきの、殺す気だったろ。なんで――」

「儂の未熟さゆえだ」

「ああ……?」

「猛虎硬爬山は相手の体の門を叩き割り、骨と臓腑を砕く一撃必殺の技。仕留めきれなかったのはおぬしの頑丈さはもとより、儂の未熟さゆえだ」

「未熟って、それでかよ」

「ああ。故郷の祖父は七十近くになるが、それでもまだ未熟も未熟と言っておる。儂なんぞ更に、だ」

「バケモン、どもめ」

 

 その呟きは、心においても永吉が「李書文」に屈した証拠だった。それを聞いて赤毛の青年は呵々(かか)と笑った。

 

「ほう。儂を認めるか? ならばその力――儂のもとで鍛えてみんか」

「ああ――考えとくぜ」

 

 呵々、と笑うと「李書文」は藤丸さんに向き直った。

 

「さて、儂の仕事はこれで終わりだ。藤丸よ。答えは出たか」

「あ……」

 

 悪人を味方にすることを良しとするか。それでも友達のためという大義を誇れるか。

 

「私は――どんな人でも、信じたいと思います」

「ほう?」

「悪人でも、不良でも、地球を守るために力を貸してくれるなら。私の大切な人を守り、助けてくれるなら。私は信じたいです」

「……ひとまず、それでよしとするか。「沖田」よ、帰るぞ」

 

  *

 

 ほどなくして。アルトリアが連絡したDOGOOの部隊が、永吉を収容していった。自分たちは車で最寄りの駅まで送り届けてもらい、ここで別れることとなった。

 これで沖田も仕事は終わりだ。とはいえ、ずっと脇で見ていただけのように思うので、何ともすっきりしない。

 

「全く。私はあなたの見張りだけですか」

「呵々。ならば、家に一度帰るか? それくらいは「フーヴァー」も許してくれるだろう」

「……家、ですか」

 

 今回、日本に立ち寄ることは家族に教えていない。任務を終えたらすぐ帰らなければいけないと思っていたのもあるが、それ以上に――。

 

「いいえ。全部終わってから、帰りますよ」

「……そうか」

 

 まだ、帰れない。決心が鈍ってしまう気がするから。

 沖田は藤丸さんとアルトリアにも別れの挨拶をした。

 

「では、私はこれで。藤丸さん。これにめげずに「ノッブ」の力になってあげてくださいね。アルトリアさんも、ぜひ」

「……ありがとう、「沖田」さん。こちらこそ、真緒ちゃんをお願いね」

「むむ。ノブナガ様をあだ名で呼ぶとは――あなたもノブナガ様の友達なんですか?」

「友達――どうでしょうね。まあ、腐れ縁ですよ」

「なんですかそれは! ノブナガ様は友達が少ないのですよ! はっきりしてください!」

「いや、アルトリア。その言い方は」

 

 思い返す。ストーンフォレストが終わった夜。彼女を中心に、E遺伝子ホルダーたちが寄り添うように力尽きて眠っていた様子を。

 

「少なくなんてないですよ。心強い仲間がたくさんいます」

 

 そして、思わず口にして恥ずかしくなった。しかし藤丸さんとアルトリアはその答えに満足したのか、朗らかに微笑んでくれた。

 

「よかった。真緒ちゃん、大丈夫なんだ」

「ええ、そのようで。それではまた、どこかで」

「ええ」

 

 帰りの飛行機で、なんとなく「李書文」に言ってみる。

 

「「李書文」さん。私も少し、鍛えようかと思うんですが」

「うむ? トレーニングはしているように思うが」

「いえ、そうではなく。実践的な、と言いますか」

「そうか。ならば0430から準備運動を――」

「やっぱいいです」

 

 窓の外で日本が遠ざかっていく。次に帰るのはいつになるのだろうか。

 そして、真緒や、他の日本人のホルダーたちも――。

 考えを振り払う。自分が向かうべきは、空だ。

 まずは第四小隊の皆と、もっと仲良くなるところから始めようと沖田は思った。

 



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二十六ノ銃 再会

 

『出撃命令だ。本日の作戦は第六小隊バックアップの元、第二小隊と第五小隊の合同で行う。直ちに出撃せよ。場所は――カリフォルニア州西海岸、サンフランシスコ近辺だ』

「近辺? 具体的にはどこ?」

『行けば分かる。というか、見ればわかる』

 

 ストーンフォレスト作戦から半年。日々進化侵略体との戦いを続ける「織田信長」こと六天真緒のもとに出撃命令が下った。だがこの日「フーヴァー」から告げられた内容は、これまでにない敵の意図を感じさせた。

 

『敵の数は計測不能。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。直ちに現地に向かい、これを殲滅せよ』

 

 冗談かと思う指令を聞きながらヘリコプターに飛び乗り、たどり着いた先で、自分たち第二小隊は茫然とするほかなかった。眼下に広がる海岸線。それを埋め尽くさんばかりに進化侵略体が押し寄せているのだ。

 

『連中のデータは――画像で見る限り、「足」がある。半年前にサンアントニオに流れ着いていた「沈没船型」に、ヒレから足に進化する途上の痕跡が見られたが、こんなに早く実現しようとはな』

「魚類から両生類、そして爬虫類へ――というわけか」

 

 台湾の時の「歩兵型」は、ヒレを固くして体を支えていたにすぎなかった。それからもう半年以上――。ストーンフォレスト作戦で原始細胞を殲滅し、進化のやり直しを妨げることはできたが、すでにある進化の経路は止められない。脊椎動物を模した進化の系統樹を突き進んできた侵略体が、エルギネルペトンのような原初の両生類にまで追いついてきたのだ。

 

『衛星からの映像で確認できるレベルで連中がひしめいている。奴らが今日やってくるという、「エレナ・ブラヴァツキー」の預言が大当たりだ。残念なことにな』

「本当に、やるの?」

『当然だ』

「……仕方ない」

 

 取り出した帽子を深くかぶる。目が赤く輝き、体の奥底に眠る魂が体に火を入れた。

 

「一匹残らず消してくれよう。皆のもの、かかれ!」

「はーい」

「了解!」

「ええ!」

 

 「信長」の号令を受け、一同が臨戦態勢に入った。もちろんこの数をまともに相手どることはしない。海岸線沿いの上空を移動しながら、「信長」自慢の三段撃ちで侵略体の群れにありったけの銃撃を叩き込んでやるのだ。

 そのために足と盾がいる。盾は勿論「ジャンヌ・ダルク」だ。しかし足はこのヘリコプターでは小回りが利かない。

 もっと俊敏に、かつ随意に飛び回れる存在。それが上空からやって来た。

 

「「坂本龍馬」、第二小隊と合流!」

『今日はお竜さんに特別に乗せてやろう。感謝しろ』

 

 ストーンフォレスト作戦の時に見いだされ、第五小隊に所属した「坂本龍馬」の二人だ。彼らのAUウェポンは、お竜さんが丸ごと変じた巨大な黒い竜。しかし彼女だけでは制御がきかず、常にもう一人の青年、良馬(リョーマ)がついている必要がある。

 「信長」は、ヘリに並んで身を寄せた竜に飛び移ると、「ジャンヌ」へと手を差し出した。

 

「さて、ゆくぞ」

「狼に続いて、竜に乗ることになるとは――えいっ」

 

 ヘリに残った「ジャック」と「アヴィケブロン」は、このまま海岸から内陸部へと向かう。二人は地上に侵略体が逃れた場合の相手をする手筈になっている。

 

「では、そちらは頼んだぞ」

「任せておけ」

「じゃあね」

 

 「信長」と「ジャンヌ」が竜に乗ったのを確認し、良馬がお竜さんに声をかけた。

 

「さて、乗ったね。それじゃあ飛ばすよ! お竜さん!」

『ああ。それじゃ行くぞ。それと旗女、痛いのは嫌だからな。ちゃんと守れよ』

「ええ、任せてください!」

 

 竜の頭の上で「ジャンヌ」が旗を握りしめた。

 早速侵略体の群れに向かって移動し始めた一同に「フーヴァー」の指令が届く。

 

『さて。先ほど説明した通り、南からはお前たち四人が。北からは第五小隊が。そして陸上では取りこぼしを第二小隊の残りのメンバーと、第六小隊が迎え撃つ。かといって、手を抜くなよ』

「分かっとる! ――さて、始めるとするか!」

 

 銃と盾を備えた竜が侵略体の群れへと突っ込む。銃が我先にと火を吹き始めた。

 

  *

 

 北側。竜に乗った面々が南から攻撃を開始したのと時を同じくして、第五小隊も動いていた。

 「エドワード・ティーチ」。「ヴラド三世」。そして「ニコラ・テスラ」。それぞれ機動力とサポート、広域殲滅力に優れたメンバーである。

 「ティーチ」のウェポンたる海賊船を模したボートが軽快に海面を走り、「テスラ」の射程圏内に侵略体を捕らえた。

 

「行くでござる行くでござる! さあて、一方的にお願いいたしますぞ、「ヴラド」殿、「テスラ」殿!」

「任せておけ。余の槍に払えぬ露はない」

「よかろう。神の雷霆をもって侵略体など軽くひねりつぶしてやろう。――地上で待ちぼうけを食らっている凡骨に仕事を与えんようになァ!」

 

 「テスラ」が彼のAUウェポンである右腕の発電装置から稲光を放った。侵略体の群れに突き刺さった雷霆(ケラウノス)は、着弾地点のみならず、海面を伝って周囲一帯の侵略体に電圧を伝えた。電熱に焼かれた侵略体たちが次々に苦悶の声をあげながら炭に変わっていく。

 DOGOOに所属するホルダーの中でも随一の広域殲滅能力を持つ彼にとって、今回の作戦はまさに独擅場と言えた。

 余計な一言が無ければ、だが。

 

『ミスターすっとんきょうぅぅ!!』

「むっ」

『貴様ぁ! わざと通信を開いた状態での先ほどの発言、私への宣戦布告と受け取ったぞ! 法廷に出ろ!』

 

 地上にて待機している第六小隊に所属する「トーマス・エジソン」からの通信だった。

 

「はっはっはっはっは! 貴様こそ私の活躍に噛みついてくるとは――恐れを知らぬ老体め! 大人しく特殊班で愚にもつかない発明をしていればいいものを!」

『なにおう! 貴様、あの降下ポッドの電力効率を改善したのは誰の手柄だと思っている!』

「ならば聞くが(スティーブン)・ヒラーの巡航プログラムを最適化したのは誰の手柄だったかなあ? んー?」

『貴様あぁぁぁぁ!』

 

 「テスラ」と「エジソン」の二人は同時期にDOGOOに入ったにもかかわらず、訓練中からたびたび衝突を繰り返し、あの「シェイクスピア」に匙を投げさせかけたという曰くつきのコンビである。

 しかし「フーヴァー」のプロファイリングによれば、着かず離れずの距離が一番互いを刺激し合って良いという結果なので、同じ空中要塞に駐屯する第五小隊と第六小隊にそれぞれ属することとなった。彼らは普段からことあるごとに衝突を繰り返し、任務中だろうとそれが止むことはない。

 いつものことなので、「ティーチ」と「ヴラド」は「テスラ」を放っておいて戦況を分析した。

 

「このまま順調にいけばいいのでござるが」

「……ふむ。そうもいかんようだ」

 

 流石に何度も雷を打ち込まれ、こちらを脅威と見做したらしい。一部の侵略体が「ティーチ」の船に顔を向け、その大口を開いた。

 口の中に五つ眼が光る。その中に別の侵略体――見慣れた「砲艦型」が潜んでいた。視界を埋め尽くさんばかりに群れる侵略体の口の中から、次々に砲撃が放たれる。

 

「「ヴラド」殿!」

「ああ」

 

 「ヴラド」が身にまとったスーツから無数の杭が飛び出し、殺到する砲弾を薙ぎ張った。更に「ヴラド」が腕を振ると、杭たちが彼のもとを離れて飛び、侵略体に突き刺さる。

 杭たちは侵略体の体内でそれぞれが枝分かれし、敵を内側から縫いとめる役目を果たした。のたうつ侵略体たちから統率が失われ、無防備な的に変わる。

 

「「テスラ」。喧嘩もいいが、手柄を挙げねば「エジソン」に負けるぞ」

「ふむ……この天才に敗北の二文字があってたまるか!」

『待たんか若造! 貴さm――』

 

 煽られた「テスラ」が通信を切り、攻撃を再開した。何発も突き刺さる雷霆が海岸線に殺到する侵略体を食い破り、肉と塩の焼ける匂いがあたり一面に広がる。

 

「はははははははははははは!! みたか凡骨! これが交流電流のすばらしさである! はははははははは!!」

 

  *

 

 沿岸部から1キロ離れた上空。侵略体が上陸したときに備え、ヘリコプターで第六小隊の面々が待機していた。とはいえ「エレナ」のAUウェポンであるUFO型預言装置が侵略体を補足するまでは待機とあって、「パラケルスス」は読書に没頭しており、「葛飾北斎」もいつも通り手元のスケッチブックに筆を走らせていた。

 だが、彼ら二人とは対照的に大声をあげる者もいる。

 

「ぬう――あの若造め!」

 

 沈黙した通信機になおも叫ぼうとする初老の男、「エジソン」である。その彼を、幼さを残した年齢の「エレナ」がなだめていた。まるで親子のようなやり取りだ。

 

「はいはい、その辺にして。通信はもう切れてるわ」

「ぬう……」

 

 すでに老爺といっていい年齢の「エジソン」だが、その大柄な体に衰えは見られない。原色を大胆に使った戦闘用スーツを筋肉が押し上げている。

 「エジソン」は拳を握りしめて「エレナ」に尋ねた。

 

「「エレナ」。まだ地上に侵略体は来ていないのかね? 私の出番はないのかね?」

「来ない方がいいのよ。っと――そんなこと言ってられないわ。K-2地点に侵略体よ!」

「ぬっはっはっはっは! 早速か! こうしてはおれん!」

 

 「エジソン」が手に持ったAUボールが輝きとともに変形し、巨大なライオンのマスクを形作った。壮大なファンファーレとともにマスクを装着した「エジソン」の姿は、ライオンの顔に筋骨隆々の肉体、そして両肩にマズダ電球を模したエネルギー機関を備え、まるでアメコミのヒーローである。

 ライオンの顔と一体化した大口を開け、「エジソン」が名乗りを上げる。

 

「「トーマス・アルバ・エジソン」! 出撃す――」

「あ、第二小隊のヘリの方が近いわ。「ジャック」、「アヴィケブロン」、お願いね」

「ぬおお……!」

 

 そんな「エジソン」たちのやり取りを見て「北斎」が嘆息した。

 

「相変わらず騒々しいねえ、「えじそん」は。退屈しねぇのはいいけどサ、いい加減飽きて来たなぁ。別の小隊に引っ越そうかねぇ」

「おや、ミス「北斎」。それでしたら第三小隊などいかがでしょう」

「分かってて言ってんだろ、「ぱらけるすす」。死んでも御免サ」

 

 幸い、この後に「エジソン」の出番はあったが、やはりというか「テスラ」との通信機越しの口論が絶えなかったのは言うまでもない。

 

  *

 

 侵略体の死骸で埋め尽くされた海岸線は、溢れ出る血によって海の色さえ変えていた。その上を「ティーチ」の沖が走り、空を「龍馬」が飛んでいる。

 彼らに預けられた「フーヴァー」の「エージェント」が周囲の侵略体反応を精査した。北から南へ、取りこぼしのないように。

 

『データ収集完了。――敵侵略体の殲滅を確認。作戦終了だ』

 

 そして「フーヴァー」の告げた声が、一同の緊張を解いた。

 特に攻撃し続けていた「信長」と「テスラ」の疲労は濃い。最も、「テスラ」については喉がガラガラになりながらも「エジソン」と通信機で口論を続けていたが。

 「信長」は帽子を脱ぐとバタバタと顔を仰いだ。

 

「あー……疲れた」

「お疲れ様です、マオ」

「うん。レティシアもお疲れ。敵の攻撃すごかったでしょ」

「ええ。ですが、私の護りは固いですから」

 

 良馬も自分が乗る竜の頭を撫でさすって労わった。

 

「了解。……流石に今回は疲れたね、お竜さん」

『全くだ。帰ったら膝枕だぞ』

「はいはい」

 

 それぞれが互いの健闘をたたえ合う中、指令からの通信が入った。

 

『全員、サンフランシスコの沿岸警備隊基地に集合してください。そこに帰りのヘリを向かわせています。S・ヒラーに帰投する第五小隊と第六小隊については、予定通りですが――第二小隊については、()()()で少し遅れますので、待機のほどを』

「へ? あ、はい」

 

 妙な物言いに首をかしげつつも、「信長」は「ジャック」たちと合流して警護隊基地に向かった。そして第五小隊と第六小隊を見送ったあと、待機と言われても何をしようかと考えていた時――。

 待機場所として用意してもらったロビーに駆け込む足音があった。

 

「真緒ちゃん!」

「え? この声――」

 

 振り向く間もない。駆け寄って来た()()がぎゅっと抱き着いてくる。

 ここはサンフランシスコだ。しかも、警護隊基地の中だ。そんなはずはない。でも。

 

「久しぶり、真緒ちゃん」

「藤丸、さん?」

「そうだよ」

 

 にっこりと微笑む彼女は間違いなく自分の親友のもの。

 藤丸立香との、半年ぶりの再会だった。

 



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二十七ノ銃 別れ

 

 信じられない。ここはサンフランシスコで、彼女がいるはずの日本からは遥か遠くで。

 任務は絶えないし、何度か電話で話せるくらいで、次に会えるのはいつになるか分からない。そう思っていたのに――。

 藤丸さんは自分の目の前でにっこりと微笑んでいる。

 

「久しぶり、真緒ちゃん」

「どど、どうしてここに?」

「卒業旅行だよ。進化侵略体のせいで、太平洋側の観光は規制されているから、本当の行き先はニューヨークだったんだけど……DOGOOの人が私にご褒美を、って」

「そっか」

 

 さっき指令が言っていたのはこういうことだったのだ。

 きっと藤丸さんが何人ものE遺伝子ホルダーを見出したご褒美なのだろうけれど、そんな理由はとにかく、直接会って話せるのが本当に嬉しい。

 だから、背後のチームメイトを放って再会を喜び合ったのは許してほしい。

 一通り挨拶を終えたところで、背後からおずおずとした声がかかる。

 

「あの、マオ? その方は」

「あ、ごめんレティシア。この人が藤丸さんだよ」

「ああ、この人が……。初めまして。レティシアと申します」

「ああ、よろしく……っと。翻訳機翻訳機」

 

 かつて自分が「シェイクスピア」のもと訓練を始めたばかりの時、お世話になった翻訳機と同じものだ。あの後もいろいろと役には立っているらしい。

 その後も藤丸さんは第二小隊の面々と自己紹介を続けた。

 

「それで、普段はマルクのサポートとレティシアのバリアーで支えてもらって、私とエヴァがね――」

「マオ。バリアーって言わないでください」

「「信長」はいつも銃のくせに前に出過ぎ。私がみんな解体しちゃうから後ろで撃ってればいいのに」

「「ジャック」も僕たちに任せきりで飛び出し過ぎだ。ゴーレムを出すのにもそこそこの時間が必要なのだから」

 

 そんな風にわいわい話していると、藤丸さんがふと微笑んだ。何かを思い出したみたいに、くすぐったそうに笑う。

 

「どうしたの?」

「ううん。……本当に、心強い仲間たちなんだね」

「ま、まあね」

「それに、真緒ちゃんも人見知りしなくなってきたんじゃない? 台湾の時なんか、すごいアワアワしてたのに」

「え? そ、そう? かな?」

 

 はたしてそうだったかと記憶を探っていると、仲間たちがここぞとばかりに突っ込んだ。

 

「ええ。最初はこんなカチカチな人とうまく話せるか心配でした」

「僕より人見知りが激しい人間は大学時代でもそうはいなかったぞ」

「日本人ってみんなこうなのかと思った」

「そ、そこまで言わなくても……!」

 

 途中で「ジャック」がおなかをすかせたというので、自分たちを残して三人は食べ物を買いに行った。自分はその時間すら惜しく、藤丸さんと話していた。

 二人きりになったからだろうか。話は騒がしく楽しいものより、心の深いところから湧き上がるものに変わった。

 

「真緒ちゃん、ありがとうね」

「え?」

「真緒ちゃんたちが戦ってくれているから、私や学校の皆はこうしていられるんだもん」

 

 卒業旅行と言っていた。

 日本を出る前、二度と学校に戻れないかもしれないと思ったことがある。それはどうやら現実になりそうだった。

 日増しに侵略体の攻撃の激しさは増している。果たしていつまで続くのかは分からない。

 卒業という節目に立ち会えそうもない。その事実が胸を締め付ける。けれど。

 

「逆だよ」

「え?」

「藤丸さんたちが平和に過ごしてくれてるから、私たちは戦えるんだ」

「そっか」

 

 話は続く。

 

「勝行と千夜はどうしてる?」

「元気だよ。アルトリアが普段から見てくれてるから――あ、でも料理は茶々ちゃんがほとんどやってるみたい。アルトリアはちょっと苦手なんだって」

「ははは……。二人にも、会いたいなあ」

「そうだね。……あ、そうだ。お土産があるんだった」

「お土産?」

 

 そう言って藤丸さんが脇の紙袋から何かを取り出した。

 それは人型のぬいぐるみのように見えた。

 黒髪にデフォルメされた表情。黒い装束に赤いマント。そして木瓜紋のついた軍帽。

 そして何よりお腹を押すとどこかで聞いた声で鳴く。

 

『ノブノブゥー!』

『ノッブ!』

『ノノノ、ブブブ』

「……なにこれ」

「え? ちびノブだよ」

「いや、分かるけど! わしかこれぇ!?」

 

 思わず信長口調で驚いた自分を見て藤丸さんが笑った。

 なんでもニュースで報道されてからというもの、自分こと「織田信長」の存在はあちこちで話題になっているという。一応個人の肖像権に配慮してか大体的にグッズが作られることはない様だが、個人単位での創作は多いとのこと。今回のこれもそう言ったイベントの一つで売られていたものらしい。

 

「いやあ、アルトリアが行きたがってたから、つい」

「なんという……わし、じゃないや。私以外の日本人ホルダーもこんな感じなの?」

「ああ、沖田さんは少し。だけど龍馬さんや北斎さんはまだもうちょっとかな」

「平和だなあ、日本」

 

 ここまで相変わらずだと、噛みしめるというより呆れが先に来る。

 半ば八つ当たりでノブノブとぬいぐるみを連打していると、ホットドッグをくわえままロビーに戻って来た「ジャック」が駆け寄って来た。

 

「なにこれ。変なの」

「変なの言うな、わしじゃわし」

「ふうん……」

 

 そのままこちらの手からもぎ取ってノブノブ鳴らし始めたので、ハラハラしつつ見守る。彼女はぬいぐるみの類を乱暴に扱う癖がある。

 

「ちょっとエヴァ、あんまり乱暴にしないでよー……」

「ああ、大丈夫だよ。家にもう一つあるから」

「いや、そういう問題じゃなくて……」

「あと携帯のストラップもあるよ」

「もうなんでもありかー」

 

 貰ったストラップをさっそく携帯に着け、藤丸さんとお揃いにしたところで時間が来た。

 

「マオ。残念ですが、ヘリが」

「うん、わかった。……藤丸さんはどうするの?」

「DOGOOの人がサンフランシスコを案内してくれるって。明日、ニューヨークに戻るつもり」

「そう……じゃあ、その」

「またね」

「うん、またね」

 

 ヘリの窓から手を振る藤丸さんが見える。

 彼女は、真緒たちが戦うから自分が平和でいられるという。けれど逆なのだ。

 地球を守るとか、世界を守ると言っても実感はわかない。この小さな目に世界のすべては映らない。今こうして見ているあなたがいるから戦える。

 自分にとって地球は、藤丸さんや、家族や、みんなが暮らす場所。皆にまた会うための場所。だから戦える。

 また会える日のために戦えるんだ。

 お揃いにしたストラップを見る。自分をデフォルメした変な生き物だけれど。

 藤丸さんとつながっていられるそれを、自分は深く胸に抱きしめた。

 

  *

 

 翌日。DOGOOの指令室に激震が走った。

 

『アメリカ西海岸に侵略体反応! 巨大です!』

「何事ですか!?」

『座標――北緯37度46分、西経122度26分! サンフランシスコ沿岸!』

 

 その報告を聞いて指令が青ざめる。

 

「そんな! どうしてそこまで近づかれて、気づけなかったんですか!?」

 

 そばで「フーヴァー」が舌打ちする。

 

「昨日のだ……。昨日の侵略体の死骸から出る侵略体の反応が西海岸一帯を覆ってる! 奴らの狙いは最初からこれだったんですよ」

「そんな」

 

 土偶が画面を見上げる中で、侵略体の反応がサンフランシスコの湾内へと侵入していく。

 

「……やられたな。この星だけは、こうさせるまいと思っていたのに」

 

  *

 

 サンフランシスコ市内に警報が響き渡る。

 北へと突き出した半島の先端にあるサンフランシスコ市街は海に囲まれた地域だ。それだけに侵略体への備えは前々からされてきたが、とうとう現実となる日が来た。

 それも、予想よりも急速に、熾烈に。

 サンフランシスコの北にある海峡をまたぐゴールデンゲートブリッジの下を悠々と泳ぐのは、巨大でいびつなウーパールーパーを思わせる姿だった。警報が鳴り響き、ヘリが飛び交う中、それはのっそりと町に上陸を果たす。

 その眼はやはり五つ眼。車を蹴飛ばし、建物をなぎ倒し、ずるずると巨体を引きずりながら進んでいく。

 それを藤丸立香はただ見上げるしかなかった。案内についてくれているDOGOOの人が通信機に何かを叫んでいるが、救援はまだ来ないようだ。

 

「……真緒ちゃん」

 

  *

 

「ん――? 藤丸さん?」

 

 呼ばれて気がして目が覚めた。

 ここは――そう、サンフランシスコから撤収して、A・ローガンに戻ってきたのだ。西海岸に押し寄せた侵略体に何千発も銃弾を撃ち込み続けて、しかもそのあと藤丸さんに会えた喜びと驚きで疲れ切って、食事を終えるなりベッドに飛び込んで――。

 今はいつだ。

 どうしてサイレンが鳴っている?

 どうしてドアをどんどんと叩く音がする?

 どうしてレティシアがドア越しに何度も自分の名前を呼んでいる?

 

「藤丸さん」

 

 どうして――こんなにも胸騒ぎがする?

 



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二十八ノ銃 二時間

 

 A(アレックス)・ローガンのロビーに設置されたテレビの前にはスタッフが集まり、人だかりができていた。自分の部屋から走って来た勢いそのままに突っ込み、人の間をかき分ける。

 

「すいません! どいて! 「織田信長」です!」

 

 E遺伝子ホルダーとしての名前を出して人をどかす。普通ならこんな真似はしたくない。だけど、さっきレティシアが自分の部屋に来て伝えてくれたことが本当なら――。

 

『こちらサンフランシスコです! ご覧ください! 巨大な進化侵略体が市内に侵入しています! 現場は騒然としています!』

 

 空撮ヘリからの映像に乗せ、レポーターが叫んでいる。そのカメラの先で、巨大な侵略体がゆっくりと歩いているのが映っていた。その姿は侵略体の例にもれず五つの眼を虚ろに輝かせているものの、どこか山椒魚(ウーパールーパー)にも似ていた。

 その光景の意味を理解したとき、やっとレティシアが追いついてきた。

 

「マオ! はあ、はあ、足、速……」

「行かなきゃ」

「え? ど、どこに……」

 

 レティシアを置き去りにして再び走り出そうとしたとき、テレビの中の映像が視線を釘付けにするものに変わった。

 サンフランシスコ市街の中ほどまで進み、侵略体が動きを止めた。だがそれは侵略をやめたというわけではない。その姿がいびつに膨れ上がっていく。

 台湾の時の光景がフラッシュバックした。

 そして、テレビ画面もまた光と爆炎で埋め尽くされた。

 一瞬遅れて報道カメラ越しに爆音が響き渡る。パニックに陥るレポーターの声が響き、映像が乱れた。そのまま二十秒は経っただろうか。映像が回復し、市街が再びカメラに映る。先ほど巨大な山椒魚がいた場所は巨大なクレーターに変わり、更にその周囲で一回り程小さな爆発が何度も発生している。

 考えられることは一つ。あの強大な侵略体が爆発とともに、一回り小さな侵略体をばらまいたのだ。そしてそれらがまた爆発し――。

 

「行かなきゃ!」

 

 状況が刻々と悪い方へと変化している。急を要する事態だ。今度こそ走り出そうとしたとき、自分を引き留める声がかかった。

 同じくテレビの前にやってきていたE遺伝子ホルダー、第一小隊の「ビリー」だ。

 

「待ちなよ」

「待てって、状況が分かってるの!? 台湾の時と同じ――! 小型の侵略体をばらまいて市街を制圧する気だよ! 一刻も早く出撃しないと!」

「出撃するべきなら、とっくにお呼びがかかってる。なのにそうなってないのはどうしてだと思う?」

「どうして、って――」

 

 そうだ。普段なら侵略体が出現し次第、夜中だろうが構わず出撃命令が出る。だというのに――。

 その時、要塞内のアナウンスが指示を告げた。

 

『第一小隊、第二小隊のE遺伝子ホルダーは至急指令室に! 繰り返す、第一小隊、第二小隊のE遺伝子ホルダーは至急指令室に!』

「そら、お呼びだよ」

「……行こう」

 

 レティシアと「ビリー」を連れて指令室に駆け込むと、すでに立体映像で「フーヴァー」と通信がつながっていた。それに「ジャック」、「アヴィケブロン」、「ジェロニモ」、「メリエス」、さらに「ロボ」までも、全員が揃っていた。

 

『来たか』

「「フーヴァー」! 早く出撃の許可を――」

『それはできない』

「なっ……」

 

 勢い込んで「フーヴァー」に言うが、一瞬で却下された。一体どういうことなのか。

 

『冷静さをなくしているようだな。ならば最初に言っておく。放射能がサンフランシスコ市街に満ちている。出撃は不可能だ』

「放射能、って」

 

 記憶に新しい日本での事故が頭に浮かぶ。あれと同じ、いやそれ以上の事態が侵略体によって引き起こされたというのか。

 「フーヴァー」があくまで冷静に告げる。

 

『おそらく昔の核実験場や原潜の事故現場、あるいは海底の放射性廃棄物――なにより、伏せられてはいるが、各国の足並みがそろっていなかった時期に、侵略体に対し核攻撃を行った国がある。勿論効果はなかったがな。連中はそれを掻き集めて来たらしい』

「だから、行かせられないって?」

『そうだ。現在各国に掛け合って対放射能装備を準備している。また、有志の隊員によって市民の避難に尽力している。装備が整い次第出撃させてやる。それまで待て』

「それって、どれくらい」

『短く見積もって、二時間だ』

 

 もはや我慢の限界だった。

 帽子もかぶっていないのに一瞬で眼が赤に燃え、黒髪が熱を帯びて舞い上がる。

 

「二時間じゃと! 二時間も――ここで指をくわえて待てというのか!」

 

 それだけの間にどれだけの人が犠牲になるのか。DOGOOの隊員たちも無事では済まない。そして何より――。

 

「今サンフランシスコには、わしの親友がおるのだぞ!!」

 

 藤丸さんが、いる。

 

「貴様はそれでよいのか! わしの親友だけではない! 市民が、DOGOOの者たちが、どれだけ犠牲になると思う! 貴様はそれでよいのか!」

『――言わせておけば』

 

 完全に頭に血が上っていた。感情のままに叫び、「フーヴァー」を責めてしまう。

 だが、「フーヴァー」も言われっぱなしではなかった。AUウェポンたる書斎の椅子のひじ掛けを拳で殴り、肩を怒らせて立ち上がる。

 

『これでいい訳があるか! 私が人の死に何も思わないとでも思うのか! そんなわけがあるか! だがな、これが最善なんだ! E遺伝子ホルダーを無駄死にさせるわけにはいかない! 我々は三十人足らずなんだぞ! 今! この地球全土でだ!』

「……それは」

 

 こちらがひるんだのを見て、「ジェロニモ」が仲裁に入った。

 

「二人とも落ち着け。どちらの言い分もわかる。だが、我々の命が限りなく重いのも、また二人とも理解しているはずだ。今はできることをしなくてはならない」

「……わかった」

『……ふん』

 

 一度大きく息を吸い込み、状況を整理する。藤丸さんのことは気がかりだが、今は彼女一人を助けるのを優先することはできない。だからまず確認するべきは――。

 

「通信はどうなっておる。市内のDOGOO隊員との連携は」

『通信は不可能だ。おそらくジャミング能力を持った侵略体がいる』

「市民の避難状況は」

『情報が錯綜していて不明だ。半島と言う立地も影響して、避難が難航しているようだ。北と東の橋はごった返している。陸地に続く南への道も似たような状況だろう』

「放射能のレベルは」

『これも不明だ。現地からの報告ではすでに300ミリシーベルトを超える地点もあると報告を受けている。今後の状況や観測地点によっては更に上昇すると考えられる』

「……現在、わしらにできることは」

『無い。と、言いたいが。いくつか思いついてはいる。お前もそうだろう』

 

 こうして話している間にも、「フーヴァー」のAUウェポンである情報処理用書斎はフル稼働している。こちらも深く考えに没頭し、最善の策をひねり出すことに努めた。

 幸い、ストーンフォレスト作戦からの半年で、現在所属しているE遺伝子ホルダーの情報は把握し終えていた。最近入隊した「森長可(もりながよし)」の存在に「織田信長」の記憶が刺激されて嫌な汗が流れたのは記憶に新しい。

 考えろ。今自分たちにできることは――。

 と、その時、背後から帽子をかぶせられた。振り返ると「ジャック」がいた。帽子を自分の部屋から持ってきてくれたようだ。

 

「すまん」

「ううん。これがある方がいいんでしょ」

「うむ」

 

 「ジャック」の頭を軽く撫で、帽子を深くかぶりなおし、一層深く考える。

 

「「フーヴァー」よ。まず「ナイチンゲール」を避難民が集中するサンフランシスコ南に配置せよ。あやつのランプの能力で放射能を除染できる可能性がある」

『やはり思いついたか。手配中だ』

「「エレナ」の預言装置で避難のボトルネックになっている点を割り出して避難状況を改善できるか」

『やってみよう』

「「ロボ」の狼の外装、そして「ジャンヌ」のバリアーが放射線を遮断できるかテストしたい」

『それは既に進めている』

「他には――「テスラ」であれば放射能の範囲外から攻撃が可能か?」

『すまんが「テスラ」と「エジソン」には対放射能装備の開発に回ってもらっている。それに、「テスラ」の雷はコントロールがそれほど良くないうえ、連射が効かん。今回の作戦には不向きだ』

「極地警備の二人で海岸線からの上陸を阻止できんか」

『現在両極地にも侵略体が発生している。連中もこちらの戦力を分かっているらしい』

「……今、思いつくのはこれくらいじゃ」

『ああ……くそっ。これだけか』

 

 「フーヴァー」が漏らした悪態は、こちらも全く同意見だった。ホルダーは三十人しかいないと言ったが、それでも三十人近くはいるのだ。だというのに、この状況で役立てるのはほとんどいない。無力を噛みしめるのには十分すぎる事実だった。

 それでも試せる限りのことを試しながら待つだけで時間はあっという間に過ぎた。感覚では短くとも、戦況にとっては長すぎる二時間が過ぎ、とうとう装備がそろった。

 情報が錯綜しており、また戦況も悪くなる一方だ。ブリーフィングもほとんど意味をなさない。通信を切る前、「フーヴァー」が告げたのはこれだけだった。

 

『全員に告げる。――くれぐれも、死ぬなよ』

 

 ヘリの中で着込んだ急ごしらえの対放射の装備は重く、身動きがしづらい。このうえでAUウェポンまで装備しなくてはならない。

 眼下のサンフランシスコ市街には、すでに大量の侵略体が上陸していた。海沿いから黒い鱗の侵略体による波が迫り、そして人の波が陸へ陸へと逃げていくのが分かる。

 その戦場の真っただ中。人を守るため、侵略体の波の先端へと、今まさに自分たちは降り立つ。

 

「行くぞ」

 

 ストーンフォレスト作戦すら超える、過去最大級の戦いが始まった。

 





ここからどんどん話が重たくなります。ご注意ください。


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二十九ノ銃 三日間

 

 現場は混乱を極めていた。

 敵の数はどう見積もっても万単位。陸上に適応しきっていないため、その動きは決しては速くはないし、空を飛ぶ者もいない。しかし物量に物を言わせた侵攻を止めるのは困難を極めた。

 いや、侵略か。

 それに対するE遺伝子ホルダーは三十人足らず。しかも「フーヴァー」のように戦闘能力を持たないため前線に出られないホルダーたちもおり、おまけにサンフランシスコ以外に侵略しつつある連中の対処に出ている人たちもいた。

 「信長」たちのやることは至ってシンプルだった。逃げる人へと迫る侵略体を倒す。DOGOOが派遣したトラックの退路を確保する。しかし急ごしらえの対放射線装備は重く、銃口の先から逃げる侵略体を捕まえるのも一苦労だった。一分一秒が惜しいこの状況で、しかもジャミングタイプの侵略体の影響で通信もままならない。

 最初はきちんと方面ごとに小隊を振り分け、チームで戦っていた。

 しかしそれももう瓦解して久しい。避難者を乗せたトラックを命からがら守りぬき、ようやくサンフランシスコの南に構えたキャンプへとたどり着いた。

 先導してきたトラックを後方支援の部隊に引き渡すと、さっそく放射能塗れの装備を消毒するべく「ナイチンゲール」が車椅子を駆って来た。

 

「「織田信長」! 消毒します!」

「すまぬ」

 

 奇しくも、今この時点において「ナイチンゲール」は最重要人物となっていた。なにせその車椅子に取り付けられたランプの力によって、全ての毒あるもの、害あるものを絶つことができる。それは放射能すら例外ではなかった。

 彼女もずっと働き詰めであろうが、ランプの光が照らす彼女の表情は、険しいものの疲れを見せていなかった。白磁の肌には汗一つなく、ただただ眼が救うべき民を見据えている。

 

「今日で……何日目じゃ?」

「作戦開始から二日です」

「避難者のペースはどうなっておる」

「順調と言いたいところですが――そろそろ落ち着きつつあります。避難した市民が全市民の何パーセントに当たるのかを数えることは実質不可能ですから、何をもって完了とすべきなのか。救えるものがいなくなった時か、あるいは……」

 

 ちょうどその時、消毒が終わった。「信長」は威勢よく立ち上がると、装備をさっそく解除し始めた。

 

「なるほど。よし、食うもの食ったらまた出る。貴様もよく働いておるな。大儀である」

「あなたたちに比べれば、私など。……全員、無事で帰ってきてください」

「是非も無し」

 

 時折補給を受ける以外はずっと戦い続け。そうするしかない。今動かなければ、この後ずっと後悔することになるから。

 だがそれにも限界がある。その限界は近い。

 判断を下すのは指令と「フーヴァー」の役割だった。

 もうこれ以上救える市民がいない。その判断こそが撤退の合図だ。市民には秘密にしてあったが、すでに昨日の段階で全ホルダーには通達があった。

 

『サンフランシスコは一時放棄する。現時点の戦力で上陸した侵略体の殲滅は不可能だ』

 

 その決定はあまりに重いものだった。今も逃がしてきた市民たちの帰る街を、侵略体に明け渡す。そういう意味だ。

 だが、状況は待ってくれない。

 今もまさに、逃げ惑う人々がいる。

 レーションを水で流し込むと、再び重い対放射線装備を身にまとい、市街へと突入するトラックへと飛び乗った。

 一瞬意識が遠のく。目に灯した赤い輝きも薄れがちだ。だが。

 

「行くぞ!」

 

 運転手へと鋭く叫ぶ。

 作戦開始から、すでに三日目に突入していた。

 

  *

 

 市街のかなり奥まった方へ入った時、トラックに積載した大型通信機に向かっていた隊員が叫んだ。

 

「「信長」! 別の部隊と通信がつながりました! 市民を収容する手助けをしてほしいと!」

「是非も無し! 舵を切れ!」

 

 無数の瓦礫と放置車両が散乱する交差点をドリフトで突破し、救援要請のあった方へと向かう。

 

「あれか!」

 

 トラックから身を乗り出しながらAUウェポンを発動する。すでに道の向こうに、今まさにトラックに乗りこもうとする人々と、それを襲う侵略体の群れが見えた。

 そして、その侵略体の群れを何とか押しとどめているのは――。

 

「沖田か!」

「ノッブ!?」

 

 対放射線装備の上からダンダラ模様の羽織を着ているせいで、奇妙に着ぶくれした「沖田」がそこにいた。その恰好では売りの機動力も大きく制限されているはずだ。

 それでも相手の実力は分かっている。三段撃ちをぶっ放しながら言い放つ。

 

「退け! 退かんと当たるぞ!」

「言いながら撃たないでください!」

 

 そう文句を言いつつも飛びのいた「沖田」。彼女を追うように進んできた侵略体の群れが、横殴りの銃弾たちに蹴散らされる。その様子を見て「沖田」は背後の市民たちに鋭く叫んだ。

 

「今のうちに! あちらの銃使いが連れて来たトラックにも乗ってください!」

「すまねえ、嬢ちゃん!」

「怖いよ……痛いよ……」

「大丈夫。この人たちが守ってくれるから――」

 

 この窮地においても、「沖田」が無辜の民に向ける視線は優しい。彼女本人の、そして「沖田総司」としての眼差しだ。

 

「まさかこのタイミングであなたが来るとは。助かりました」

「随分着ぶくれしとるようじゃのう、沖田。自慢の足は大丈夫か?」

「そっちこそ! 大分参ってるみたいですけど!」

 

 言っている間にも侵略体は途切れることなくやってくる。銃弾と刀が言葉など必要とせずに噛みあい、一人ではできなかった動きで敵を次々に屠っていく。

 この半年で様々なホルダーと任務を共にしてきたが、悔しいことに自分と一番ぴったりなのは「沖田」だった。近距離と遠距離と言うこともそうだが、何よりもテンポが合う。お互いがお互いの苦手なところを埋めあい、決して敵を寄せ付けない。

 今もそうだ。

 ようやく市民がトラックに乗り終えようかというその時、奥のビルの間から一際大きな侵略体がのっそりと這い出て来た。

 すかさず銃弾を叩き込むが、それらは音高く弾かれた。ハリケーンの時、そしてストーンフォレストの時と同じ、重装甲タイプの敵だ。

 よく動きを観察すれば装甲のないところから狙い撃つこともできるが、今は何より時間が惜しい。焦燥感が体を突き動かし、沖田に鋭く指示を飛ばした。

 

「沖田!」

「分かってますよ、ノッブ!」

 

 沖田が相変わらず変なあだ名とともに返事をし、必殺の構えをとった。そして着ぶくれしていてもなお目にも止まらぬスピードで敵の方へと飛び出す。

 

「一歩音越え――二歩無間――」

 

 三段撃ちが敵を蹴散らし、開いた道を沖田が駆けていく。そして重装甲タイプの丸々と太った侵略体の眼前で三歩目を踏んだ。

 

「三歩絶刀――!」

 

 そして必殺の突きが炸裂した。

 

「無明三段突き!」

 

 装甲を軽々と貫き、侵略体の中で威力が解き放たれる。そして一撃で倒れる――はずだった。

 突きを受けた侵略体の身が、いびつに()()()と膨れ上がる。

 しまった。

 赤い輝きの消えかけた目が確かに嫌な予感を捕らえた。咄嗟に沖田に叫ぶが――。

 

「離れろ沖田ァ!」

「なっ――」

 

 侵略体の爆発が、ビルの谷間に爆炎と轟音をばらまいた。思わず目を閉じてしまう。

 背後の隊員が何事かと聞いてくるが、その声すら爆発音にかき消されそうだ。

 

「何が起きたんですか!?」

「敵が――起爆タイプじゃ! なぜあんな――」

 

 おかしい。確かに以前から「地雷型」などの起爆するタイプの侵略体は確認されていた。しかし、それらは正しく爆発するのが仕事だ。牽制の一撃ですら触発するその性質が幾度となくE遺伝子ホルダーたちを苦しめて来た。

 だが今回はどうだ。起爆タイプでありながら、自分の銃弾で傷一つつかない装甲も持っていた。

 どうしてそんな矛盾した性質を持った敵がいる。そんな、この状況にあつらえたような――。

 

「いや。あつらえたの、か……?」

 

 答えは今まさに、爆発によって吹き飛ばされてきた沖田の様子が物語っていた。

 対放射線スーツはズタズタに裂け、顔のカバーも木っ端みじんに砕けて顔に無数の切り傷を残している。力を失った体がアスファルトに叩きつけられる音が生々しく響いた。

 

「沖田ァ!」

「う、ぐ……」

 

 こちらの呼びかけに沖田が呻く。まだ息がある。回収しなくては――。

 だが、侵略体もこの隙を見逃さなかった。爆発によってできた空白へと、控えていた後列が雪崩れ込んでくる。まずい。沖田のところに侵略体のほうが先にたどり着いてしまう。

 

「沖田! 起きよ! 沖田ァ!」

「ノッブ……?」

 

 頭の上を銃弾が飛び交っている中、沖田がどうにか上半身を起こした。もはや用をなさなくなった対放射線装備が抜け殻のようにその体から剥がれ落ちる。

 

「何を寝ぼけておる! 早く――」

 

 その言葉は最後まで続かなかった。

 先ほどと同じ、装甲と起爆性を併せ持った侵略体が五体。沖田を仕留めようと巨大な手足を振り回して駆けてくる。

 やはりそうだった。こいつは沖田のためだけに用意された連中だ。

 ストーンフォレストの時、アンモナイト型の侵略体が「織田信長」を倒すために作られたように――。

 結局、フロリダ・ハリケーンの時も、ストーンフォレストの時も、決め手となったのは沖田の一撃だった。あの装甲を無視して軽々と敵を貫く絶技は、侵略体にとっても脅威だったのだ。

 だから罠を仕掛けた。装甲で沖田の攻撃を誘い、死に際の爆発で仕留める特注侵略体がこうして作られ、迫っている。

 

「沖田!」

「ぐ――ああ! 起きてますよ!」

 

 意識の戻った沖田が飛ぶような勢いで身を起こし、身軽になった体に羽織をまとう。もはやダメージが限界なのか、刃こぼれだらけとなったAUウェポンの刀を構え、沖田が侵略体に相対した。気迫は十分だが、今はそれよりも退くべきだ。

 

「沖田! そやつらに構うな! 早くこっちに来い!」

「う――そうですね。今は――」

 

 だが、敵も脅威(沖田)を見逃すはずがなかった。

 重装甲の侵略体が二体、身を丸めたと思うと勢いよく転がって来た。咄嗟に沖田が刀を構えるが――。

 

「どこを狙って?」

「マズい――」

 

 沖田の横をすり抜けた侵略体は、「信長」と沖田を結ぶ道――その両端に高くそびえるビルへと体当たりを敢行した。重装甲の巨体がやすやすと外壁を貫き、そして内部で大爆発が起こる。土台を崩されたビルがゆっくりと傾き、沖田へと続く道をふさごうとする。

 このままではビルが崩れ、道が寸断される。その前に――。

 

「沖田! 戻れ、沖田!」

「そうは言っても!」

 

 勿論その間にも侵略体たちは沖田を襲ってきていた。こちらも必死に銃弾を撃ち込むが、完全に無視して沖田に殺到していく。もともとの傷の深さと、その侵略体の波が沖田に退くことを許さない。

 しかもタイミング悪く、こちらの背後の市民の方へも侵略体が押し寄せてきていた。DOGOO隊員たちが銃を打つが、AUウェポンではないタダの銃弾では勿論歯が立たない。

 どうする。

 どうすればいい。

 

「「織田信長」! こちらにも援護を――」

「沖田! 早くこっちへ!」

「ノッブ! 私に構ってる場合じゃありません!」

 

 何もかも足りない。力も、手数も、判断力も。

 それでもなお、ただただ冷静に脳の片隅がとるべき行動を弾き出していた。だが、これを選べるわけがない。

 これを――選べというのか。

 

「ノッブ! 私は置いていってください!」

「な、何を言うか! 死ぬなど許さん! 死んでしまっては――」

 

 いつもこいつはそうだ。自分が死ぬことなんて怖くないとでも言いたげで。

 だから周りの人間がムリにでも引き戻さないといけない。死に場所なんて取りあげなくてはいけない。

 だというのに。

 

「死んでしまっては、全てお終いではないか!」

「ノッブ! いいえ――」

 

 ビルが崩れる。道が断たれる。沖田の姿が見えなくなる。

 

「織田信長。六天真緒」

 

 沖田が自分の名前を呼んだ。ふざけた仇名ではなく。ただ真摯にまっすぐと。

 

「後は頼みます」

 

 轟音とともにビルの残骸が地面に落ち、その向こうの様子が伺えなくなった。

 もはや選択の余地はない。対放射線装備を失い、傷も深く、回収すら困難で――。そんな冷静な言い訳が頭の中に積み重なっていく。その一方で、背後には救うべき大勢の市民を乗せたトラックが出発を待っている。

 トラックを運転する隊員が、侵略体に銃を撃ちながらもこちらに援護を求めてくる。

 

「「信長」! 早く――「信長」?」

「……行くぞ」

 

 振り返り、市民を乗せたトラックに襲い掛かろうとする侵略体を銃弾でハチの巣にする。何のことはない。重い体でも、そうと決めれば倒せないことはない。

 だが、数が多すぎる。今この場を離れなければ、トラックごと量に任せて押しつぶされる。

 

「トラックを出せ!」

「出せって、まさか」

「ああ。退く。沖田は――」

 

 沖田は。その先が言えない。だが。

 

「わしらは先に行く。さあ、トラックを出せ!」

「りょ、了解!」

 

 この後。トラックをキャンプに引き渡し、自分はすかさず元の場所へと取って返した。

 だが沖田がいたはずの交差点には、地面を埋め尽くすほどの侵略体の死骸と、彼女が身に着けていた対放射線装備の残骸があるだけだった。

 時を同じくして、指令はサンフランシスコからの完全撤退を決断、

 三日に及ぶ戦いの末、人類はこの町を進化侵略体に明け渡した。

 予測される死者は二万人以上。

 そして――E遺伝子ホルダーは一名が失踪。

 人類の敗北だった。

 

  *

 

 

 「ナイチンゲール」に消毒してもらってから、自分はずっとここにいる。キャンプの北側。サンフランシスコへと続く道が見える場所だ。

 ほとんど燃え尽きそうな赤い輝きを宿した目で、見る。

 

「沖田」

 

 そこに、人影が現れるのを待っている。

 だが誰も来ない。

 

「藤丸さん」

 

 時々、貸してもらった衛星電話で暗記している番号へとかける。

 だが誰も出ない。

 

「どうして――」

 

 三日三晩にわたるサンフランシスコの戦いが六天真緒からすべてを奪ったのだった。

 



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三十ノ銃 葬列

ちょっと体調が思わしくないので、休みがちになるかもしれません。



 

 サンフランシスコの戦いから一週間。

 すでにDOGOOは次を見据えて動き始めていた。

 まずはサンフランシスコに対しE遺伝子ホルダーたちを即時投入するための前線基地の設置。これはサンフランシスコ全域に対して空路でアクセスすることを考え、サンフランシスコの半島から湾を挟んだ東側に置くことが決まった。

 更に侵略体が街から出ないように、半島の北と東に延びる橋を空爆で破壊。そして海岸線の監視を強化した。

 とはいえこれらの動きのすべてが示すのは、「現状維持」以外の何物でもなかった。

 何度か少人数での捜索隊は派遣しているものの、一週間での収穫はゼロ。市民も、作戦に参加した人員も、もう町の中で生き残っている人間はいないように思えた。

 

  *

 

 サンフランシスコの南に設置されたキャンプには多くのE遺伝子ホルダーがとどまっていた。

 捜索に参加する以外はずっと、サンフランシスコへと続く道を見続けている「織田信長」だけではない。

 「ジャック・ザ・リッパー」、「ジャンヌ・ダルク」、「アヴィケブロン」。

 「ネロ・クラウディウス」、「ロビン・フッド」、「アマデウス」。

 つまり第二小隊と第四小隊のメンバーがずっとそこにいた。目的はただ一つだ。

 それぞれが思い思いの時間を過ごし、何かと理由をつけてこのキャンプにとどまっていた。本部が何度他の小隊と交代するように持ち掛けても、十分な休養が得られているからと、絶対に譲らずにいた。

 だから――。

 

「いい加減にしろ、お前たち」

 

 「フーヴァー」が直接怒鳴り込んだのは、サンフランシスコの戦いから実に一週間後のことだった。

 

「今日でもう一週間だ。いい加減他の小隊と交代しろ。お前たちの仕事はここにいることだけじゃない」

 

 その言葉に真っ先に返事をしたのは「ロビン」と「アマデウス」だった。

 

「おや、参謀殿が直々にお出ましとは」

「直接会うのはいつ振りだろね。一曲弾こうか」

「貴様ら……!」

 

 思わず怒鳴ろうとした「フーヴァー」だったが、思い直したようにかぶりを振った。

 

「いや。分かっていたことだ。貴様らが何故ここにずっととどまっているのか。だから、はっきりさせておこうと思ってな」

 

 手に持ったタブレットを示し、一同を見渡した。ちょうど、「信長」以外の全員が揃っていた。

 

「「信長」は相変わらずキャンプの北か。……全員ついて来い。一度で済ませたい」

 

 その言葉に、真っ先に立ち上がり、「フーヴァー」に手を差し出すものがいた。

 「ネロ」だ。

 

「その手は何だ」

「――覚悟はしていたのだ。だから、その役目、余が引き受けよう。……貴様にばかり、憎まれ役を押し付けてはいられぬ」

「勝手にしろ」

 

 そのやり取りが何よりの報告だった。タブレットを持った「ネロ」を先頭に、ホルダーたちがぞろぞろとキャンプの北へと向かう。

 葬列のように。

 

「「信長」よ」

 

 そして、一同の足音に気づいていないわけでもないだろうに、ずっとサンフランシスコの方から目を逸らさない「信長」に「ネロ」は声をかけた。

 

「こちらを向くがよい」

「……何?」

「うむ。「信長」よ。そして、皆の物。よく聞くがよい」

 

 「信長」がのろのろと立ち上がったのを見て、「ネロ」は大きく息を吸い込み、言った。

 

「本日をもって、「沖田総司」の捜索を打ち切りとする」

 

 「信長」の眼が大きく見開かれ、薄く開いた唇から言葉にならない音が漏れた。

 それだけではない。言葉を発した「ネロ」自身、そして「ロビン」と「アマデウス」の纏う雰囲気が変わったのを「フーヴァー」は肌で感じた。

 自分が参謀になってから、E遺伝子ホルダーの欠員は出していない。戦死(KIA)は勿論、作戦行動中行方不明(MIA)もこれが初めてだ。そして、ずっと恐れていた事態でもある。

 仲間を失うということへの不安と恐怖ももちろんある。だが、それ以上に参謀と言う立場として、無視できない影響があった。

 小隊を組んで行動する以上、一人の欠員は小隊全体、更にDOGOO全体の士気にかかわる。三十人足らずの選ばれた人間の死は、特別な力を持たない人員へも不安をばらまく。

 そしてもう一つの報告もそうだ。

 E遺伝子ホルダーにとって特別な対象。家族や友人に万一のことがあった場合――。

 何が起きるのか。

 「ネロ」が続いての報告を読み上げる。

 

「そしてもう一つ。サンフランシスコから避難した全市民のリストアップが完了した」

「……結果は?」

 

 「信長」が虚ろな声で問う。だがその手に握りしめる携帯電話が、すでに彼女に答えを教えていた。

 だが。

 

「藤丸さんは、いたの」

「――否。フジマルリツカという少女は、サンフランシスコから逃げることは敵わなかった」

 

 沈黙が落ちる。そして、どさりという音。

 「信長」が膝をついていた。糸が切れてしまったのだろう。そっと「ジャンヌ」が彼女に寄り添うが、「信長」からは完全に生気が消えていた。「ジャック」も珍しく気遣う様子を見せているし、「アヴィケブロン」も動かず、ただ「信長」たちを見据えていた。

 「フーヴァー」はそれを見て歯噛みした。

 

「やはり、こうなったか」

 

 「ネロ」は「フーヴァー」にタブレットを返しながら言う。彼女の眼からは静かに涙がこぼれていた。

 

「無理もない。余も、この感情をどうしてよいか分からぬ。まして、「信長」は大事なものを二人同時に失くしたのだ。余の悲しみなど、軽く感じるほどに」

「……お前も泣いていいんだぞ」

 

 思わず「フーヴァー」は言った。こんなことを言うタイプではないと自分でも分かっているのに。

 そんな内心を見抜いたのか、「ネロ」は涙を流しながらも微笑んでいた。

 

「余たちは要塞に戻る。それでよいな」

「ああ。指示を待て」

 

 「ネロ」に続き、「ロビン」と「アマデウス」も立ち上がっていた。

 

「それじゃ、お空の上に戻りますか」

「そうだね。久々にちゃんとしたベッドで眠りたいな」

 

 彼らもきっと、後で人の見ていないところで涙を流すのだろう。飄々としていても、仲間を思う気持ちはきちんと持っているはずだから。

 問題は、「信長」だった。第二小隊の仲間に支えられているが、その虚ろに開かれ、涙がこぼれるままに任せた瞳は仲間を映していない。

 失った親友と、戦友と、それを奪った敵だけが映り込んでいる。

 このまま放っておけば抜け殻になってしまうだろう。

 だから、火をつけなくてはいけない。

 

「……「信長」」

 

 卑怯だとは分かっていた。だから、これは指令にも土偶にも相談せず、独断だ。

 

「聞け。奴らが憎いか」

 

 その言葉に、「信長」に寄り添っていた「ジャンヌ」と「ジャック」が怪訝そうな目を向けてくる。

 だが「フーヴァー」は言葉を続けた。

 

「憎いなら、殺せ。連中を一匹残らず殺せ。その手伝いをしろ」

「何、じゃと?」

 

 「信長」がやっとこちらを見た。よりにもよって、と言うしかないタイミングだが、前から考えていた誘いを口にする。

 

「軍師になれ。ストーンフォレストの時からずっと考えていた。お前が作戦を立て、私のプロファイリングで補助する。それによってこれ以上ない指揮を実現することができる」

 

 ストーンフォレスト作戦の時。「戦艦型」に締め上げられ、意識が途切れる瞬間。自分は自身が欠けてもこの局面を切り抜けられるよう、出来る限りをAUボールに残した。

 その時、渾身のプロファイリングは目を疑う結果を残した。この作戦の指揮を、「織田信長」に任せろと。

 迷う時間はなかった。だが、それは思わぬ結果を生んだ。目を覚ました自分が最後にフォローする必要こそあったが、「信長」はやり遂げたのだ。

 あれをすべての局面に用いることが出来たら。この少女が前線で銃を振り回すより、何十倍何百倍の侵略体を葬ることになるだろう。

 だから今しかない。全てを失い、抜け殻になれては困る。

 

「「信長」。私と組め。私とお前なら――」

「それは、わしに下がれと言うことか?」

「――は?」

 

 「信長」の身にまとう雰囲気が変わった。帽子もかぶっていないのに、その眼がギラギラとした赤い輝きを宿した。

 その背に手を添えていた「ジャンヌ」が、まるで熱いものを触ったかのように飛びのいた。彼女の錯覚ではないだろう。自分も肌で感じている。

 「信長」の体から、熱を感じる。彼女の感情が、いかなる作用か本物の熱を生み、その長い黒髪を浮き上がらせていた。

 

「憎き奴らを前に、前線に出ず、後ろで軍配を振るえと? そのようなことが、そのようなことが――」

 

 「信長」の叫びが、熱を伴ってその場の全員の肌を叩いた。

 

「できるものか! わしは、わしは()()()()奴らを殺す。一匹残らず(みなごろし)にするまでわしは止まらぬ!」

「ばっ――馬鹿な! 話を聞いていたのか! お前が前線に出ては、何の意味も――」

「たとえ貴様だろうと、わしの邪魔をするなら殺してくれる!」

 

 「信長」はためらわず言い切った。仲間に対し、邪魔をするなら殺すと。

 その赤く燃える目が本気だと告げていた。

 これ以上、何を言っても無駄だ。彼女は抜け殻にならずに済んだが、だが――。

 

「……分かった。今は空中要塞に戻れ。――指示は追って出す」

「ふん」

 

 「信長」が部屋を出て行った。慌てて「ジャンヌ」と「ジャック」が後を追いかけていく。

 一人残った「アヴィケブロン」に「フーヴァー」は声をかけた。

 

「お前は行かなくていいのか」

「ああ。僕にできることはない。こういうのは「ジャンヌ」の役目だろう」

 

 その答えに「フーヴァー」は皮肉気な笑みを浮かべるしかなかった。

 

「人のことは言えないが、つくづく冷たい奴だな」

「お互いさまだろう。よりにもよってこのタイミングであの誘いとは」

「……これを逃せば、抜け殻になってしまうと考えた。だが、余計な火をつけてしまったようだ」

「気に病むことはない。遅かれ早かれ、ああなっていた気もする。たとえ腑抜けた状態だとしても、侵略体を直接目にしたら、あの憎しみは出て来ただろう」

「……これから先、何が起こるか分からない。どう言っても「信長」は前線から退かないだろう。お前たちで制御してくれ」

「ああ。努力はする」

 

 「アヴィケブロン」も部屋を出て行った。「フーヴァー」は力尽きたように椅子に座り、言葉を絞り出した。

 

「これ以上、死ぬなよ」

 



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三十一ノ銃 死都

大分間が空いてしまいました。すみません。
これで原作は四巻が終わり。残り三分の一、頑張っていきます。


「人間――五十年――」

 

 人ひとりいない町に、虚ろな歌声が響いていた。

 軽い歩調で街を歩む「織田信長」が発する声だ。彼女の戦闘服に仕込まれた無線からは、彼女を案じるチームメイトの声が響いてくる。

 だが、それに応えず「信長」は歌い、歩く。

 放射線対策として戦闘服に追加されたヘルメットが、彼女の表情を隠していた。

 

「下天の内をくらぶれば――」

『「信長!」 先行しすぎです! 現在地を送ってください!』

『聞こえてるの? 一人で行っちゃだめだよ!』

『大雑把でいい。あとはこっちの探知機で追う。だから応答するんだ』

「夢――幻の――ごとくなり――」

 

 そんな彼女の背後に忍び寄るものがいた。ブロントサウルスのような、四足で歩く首長の恐竜のような姿をした巨体だ。だが地響きとともに「信長」に迫るそれには、刃のように左右に突き出した下顎と、何より虚ろに光る五つの眼があった。

 進化侵略体だ。

 

「新種……「槍騎兵型」、じゃったか。まあ、どうでもよいが」

『「信長」! 応答して!』

 

 通信に応えない「信長」へと、「槍騎兵型」の首が振り下ろされる。全身の膂力が長い首を振り回し、その遠心力が刃のように突き出た顎を凶器に変えた。

 

「ふむ」

 

 「信長」は軽くかわすも、その攻撃は容易にアスファルトを割いた。二度、三度と振り回される攻撃がビルもお構いなしになぎ倒し、周囲の見晴らしをよくしていく。

 だが、広がる視界にやはり人はいない。

 ここはサンフランシスコ。元サンフランシスコ。

 三か月前――。

 あの日を境に、死の街となった。

 のちに「水爆型」と名付けられた山椒魚型巨大侵略体の爆発、そしてその混乱に生じた歩兵侵略体の大量の群れ。放射線によりこちらの動きを鈍らせながら、奴らは一気に攻めて来た。

 犠牲者は二万人にも上り、市民の救助に向かったDOGOOからも多くの死者が出た。

 何より、一人のE遺伝子ホルダーも――。

 人類が明け渡したサンフランシスコにやつらは我が物顔で乗り込み、進化し、たった三か月で恐竜にまで進化の歴史を駆け上がった。

 放射能と侵略体の大軍に阻まれたこの街を取り戻す手段は今のところない。

 これ以上の侵攻を防ぎつつ、こうして奴らの進化の具合を確かめに来るぐらいしか――。

 

「ぐっ……」

 

 そろそろ反撃に転じようとしたとき、足がもつれた。疲労が体を重くしているのだ。

 好機を逃すまいと「槍騎兵型」が頭を叩きつけてくる。虚ろな目が間近に迫り、どうにか受け止めるも、勢いそのままに壁に叩きつけられる。

 壁をぶち抜き、無人の建物の中へと放り出される。背中が痛む。全身が重い。もうこのまま、全てを投げ出してしまいたい。だが。

 

「どうして――」

 

 この三か月、まともに眠れたことはなかった。

 

「どうして、貴様らが――」

 

 眠れない夜はアレを読む。サンフランシスコから救助された人々の長い長いリストを。もう内容はすっかり覚えてしまっているのに。

 だが、そこに彼女(親友)の名前はない。

 疲労に負けて眠りに落ちても、例外なくあの日の光景を夢に見る。崩れゆく瓦礫の向こうで、儚く笑うその姿を。

 それを最後に、彼女(戦友)はいなくなった。

 眠れるわけがないのだ。

 

「あやつらが――なのに、何故貴様らがのうのうと生きておる」

 

 怒りが体を突き動かす。ボロボロの体に無理やり火が入れられ、銃口という形で現れる。

 

「どうして――!!」

 

 銃声が響いた。

 

  *

 

「今の! 「信長」だよ!」

「ええ!」

 

 「ジャック」、「ジャンヌ」、「アヴィケブロン」は先行した「信長」を追っていた。

 このところ、いつもそうだ。復讐に身を焦がす彼女は、いつの間にかこちらの眼を盗み、侵略体を殺すべく動いてしまう。何度止めても、言い聞かせても、見張っていても、全てが空振りだ。邪魔をしようとすれば、こちらも障害とばかりに睨まれ、身がすくむ。実際に突き飛ばされたのも一度や二度ではない。

 致命的な暴力になっていないだけ、最後の一線は超えていないと信じるべきか――。

 とにかく、一刻も早く彼女を見つける必要があった。

 「ジャック」は探知機を持った「アヴィケブロン」に鋭く尋ねた。

 

「反応は!?」

「この先、もうすぐ――うわっ」

 

 その驚きの声とともに、横合いの壁を突き抜けて巨体が転がり出て来た。「槍騎兵型」のものだ。その体のあちこちには銃弾で穿たれた穴が開いている。

 その銃弾の主を見つけ、「ジャック」は駆け寄った。

 

「「信長」!」

 

 だが、「信長」は「ジャック」を無視して侵略体へと歩いた。

 そして、動かなくなったその頭を蹴り飛ばす。

 無言で。

 何度も。

 蹴る。蹴る。蹴る。蹴る――。

 

「「信長」ってば!」

 

 「ジャック」の声も無視して、蹴る。

 ヘルメットに阻まれ、その表情は伺いづらい。だが、やり場のない思いが、そうしなければ自分の体を食い破ってしまいそうになっているのだろうか――。

 「ジャック」がそんな思いに沈んでいたとき、「ジャンヌ」が鋭く叫んだ。

 

「みなさん! この侵略体、まだ――」

 

 その言葉にバッと振り返れば、侵略体が尻尾をもたげていた。その先には、やはり鋭利に輝く刃。他の皆のフォローも間に合わない。その鋭い一撃が、至近距離にいた「信長」の顔を襲った。

 ヘルメットが宙に舞う。

 

「小賢しい――!!」

 

 「信長」が銃口を「槍騎兵型」の頭に押し付け、容赦なく引き金を引いた。今度こそとどめが刺される。

 

「「信長」! 大丈夫!?」

 

 「ジャック」が駆け寄るも、それを拒絶するかのように、小さな体に侵略体の返り血が降りかかった。

 「信長」はなおも銃撃をやめない。侵略体の頭の残骸が細切れになってあたりに散らばる。銃弾がアスファルトを叩き始め、音が変わってようやく「信長」は撃つのをやめた。

 「ジャック」は自分のヘルメットにかかった返り血を乱暴にぬぐい、その眼に「信長」をとらえた。彼女のヘルメットが吹き飛び、素顔があらわになっている。

 食事と睡眠の不全が肌から潤いを奪い、こけた頬が不気味な青白さを見せている。

 黒く艶やかだった髪は乾いて伸び放題になり、あちこちに白髪や枝毛が混じっている。

 その口元は後悔と怒りで食いしばられ、かつてのような快活な声は決してあげない。

 何より、眼は幽鬼のように落ちくぼみ、それでもなお地獄の炎さながらに赤くぎらぎらと燃え滾っている。

 

「……マオ」

 

 「ジャック」は思わず、コードネームではなく彼女の本名を呼んだ。

 淡い死の匂いがした。

 



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三十二ノ銃 人形

 サンフランシスコから東に30㎞に据えられたDOGOOの前線基地。通称を「ヤヴィン」。

 サンフランシスコ市街から基地へと帰還した第二小隊を待っていたのは、恒例の放射能除染だった。

 まず最初に、自身も防護服に身を包んだ「ナイチンゲール」が車椅子に乗って現れる。彼女の車椅子に据えられたランプによる浄化の光は、現時点で人類が持ちゆる手段が足下に及ばないレベルでの除染を可能としている。

 特殊班で解析係として「フーヴァー」の手伝いをしていたころとは比べ物にならないほど、「ナイチンゲール」の能力の重要性は上がっていた。彼女自身の持つ医療の知識と合わせて、この「ヤヴィン」における臨時の司令官としての地位を彼女は得ていた。

 しかし彼女はその地位に甘んじることはない。彼女の姿勢は変わらない。部隊が帰還すれば誰よりも早く出迎え、E遺伝子ホルダー、その装備、輸送や補給に使った資材に至るまで、黙々と「ナイチンゲール」は光を当てていく。普段ならば、その作業は行く手を阻むものが現れない限り、休みなく迅速に行われる。

 しかしこの日は違った。

 

「「織田信長」。聞きなさい」

 

 「ナイチンゲール」は除染を終えた第二小隊の面々を追って来た。そして、ヘルメットを外してこう告げたのだ。

 この三か月の間、常に激務に追われ続けてなお、彼女の怜悧な顔には疲れ一つ滲んでいなかった。いっそ、不気味なほどに。

 

「この後、A(アレックス)・ローガンに帰還する前に、この基地にて6時間の準戦闘待機があります。その間、貴女は仮眠をとりなさい」

 

 それに対して「信長」は、深く隈の刻まれた目で車椅子の看護師を睨み付けて反論した。

 

「……寝ぼけたことを。準戦闘待機じゃぞ? 今入れ替わりで出た第三小隊で追いつかなくなったならば、わしらが出る。そういう意味じゃろう」

「ええ。しかし、これ以上あなたが疲労を重ねるというならば、ストップをかけるほかありません。これはこの基地を任されたものとしての命令です」

「眠れるものか……!」

「いいえ。何が何でも眠ってもらいます。抵抗するならば、縛り上げてでも」

 

 「信長」と「ナイチンゲール」がにらみ合う。とうとう他の面々が口を挟もうとしたとき、その場に立体映像が割り込んだ。

 指令だ。

 

『様子を見に来てみれば、何の騒ぎですか?』

 

 老女は状況を一瞬で把握すると、ため息をついた。

 即座に「ナイチンゲール」が説明する。

 

「申し訳ありません。「織田信長」に仮眠をとるよう命令しました。構いませんね?」

 

 その口調は疑問形でありながら、有無を言わせぬ迫力を滲ませていた。たとえ相手がDOGOOの最高司令であろうとも。

 

『……「ナイチンゲール」。確かにこの基地の采配はあなたに任せました。しかし……』

「必要なことです。構いませんね?」

『……はあ。「織田信長」』

「なんじゃ」

『「ナイチンゲール」の命令に従いなさい。眠れずとも、仮眠室で横になっているだけでかまいませんから』

「……ちっ。了解じゃ」

 

 「信長」は返事を待たずに基地の中へと向かった。指令はなおも憂鬱そうに「ナイチンゲール」に声をかける。

『どういうつもりですか?』

「……今回、ヘルメットが破損していました。おそらく放射能の問題はないでしょうが――」

 

 その言葉に反応し、押し黙っていた「ジャンヌ」が口をはさんだ。

 

「すぐに、防壁で保護しました」

「対処に感謝します、「ジャンヌ・ダルク」。……ですが、問題は敵の攻撃を食らったということ。彼女は心身ともに限界です」

『しかし、彼女はこの戦局において欠かすことができない人材です』

「それは理解しています。この三か月における撃墜スコアは常にトップ。しかし、怪我の頻度も常にトップです。チームの方々は、どう思われますか」

 

 それに対し、「ジャック」は飛びつくように主張した。

 

「私も、危ないと思う。おか……「ナイチンゲール」の言う通りだよ。今までずっと怪我ばかりしていた私が言うことじゃないけれど、心配だよ」

「……「アヴィケブロン」はどうですか」

「僕もおおむね「ジャック」と同意見だ。だが――」

 

 その言葉の先は指令に向けられていた。

 指令は答える。

 

『彼女を外すことはできません』

「やはりか」

『……偵察任務、お疲れさまでした。要塞に帰還するまでの間、準戦闘待機ではありますが、しっかりと休んでください』

「了解だ」

 

 通信が切れた。その場に沈黙が落ちる。

 「ジャンヌ」は悲痛な面持ちで足元を見つめながら言う。

 

「このままじゃ、私たちにできることなんて……」

「しかし、僕たち以外に任せることもできない。「信長」が一線を超えないようにすること。そのために……」

 

 そのために。その先は聡明な「アヴィケブロン」でも続ける言葉が見つからなかったらしい。

 「ナイチンゲール」が解散を告げ、彼女は除染の続きへ、第二小隊の面々は基地へと向かった。

 

「ねえ、おかあ……「ナイチンゲール」」

 

 しかし、唯一「ジャック」だけが「ナイチンゲール」を呼び止めた。

 

「どうかしましたか、「ジャック・ザ・リッパー」」

「マオがああなっちゃったのは、やっぱりフジマルと沖田がいなくなったからだよね?」

 

 無邪気さと危うさが混じった質問。多感な年頃の少女から向けられたそれに、「ナイチンゲール」は戸惑いながらも答えた。

 何より戸惑ったのは、「ジャック」が自分を母と呼んで無理やりに甘えるのではなく、他人を気にかけていることだ。

 この幼い少女の中でも、何かが変わりつつあるのかもしれない。

 

「その解釈で間違いないと思います。何故、そのようなことを?」

「ううん。でも、それなら――気持ちがわかる。私なら、きっと」

「……忠告します。あまり彼女に刺激を与えないように。彼女に必要なのは、休息です」

 

 そう言いつつも、今の「信長」にとって、安息の時間がないことは分かっていた。一人で休もうとしても、きっと彼女は自分を責めるのをやめない。かといって、他人と触れ合う余裕もない。

 出口のない袋小路に「信長」は迷い込んでいた。気力が切れるか、命を落とすか、どちらが早いか――そんな不吉極まりない想定すら浮かんでくる。

 

「間違っても、彼女を怒らせるようなことをしないように」

「うん……うん。ありがとう、「ナイチンゲール」」

 

 分かっているのかいないのか、「ジャック」はそう言い残すと基地へと向かった。

 

「……除染を、続けなくては」

 

 「ナイチンゲール」は独り言を漏らした。彼女にしては、珍しいことだった。

 

  *

 

 通信を終えると、指令は目を固く閉じ、杖に置いた手を祈るようにぎゅっと握りしめた。その様子を見て、傍らの土偶が声をかける。

 

『どうした』

「いえ……」

『六天真緒のことを考えていたのか』

「……隠し事は無駄でしたね」

『すまない。だが、彼女を外すことはできない。今は一人でも多くのホルダーの力が必要だ』

「つらい、ですね」

『分かっていたことだ』

「いえ。これで、自分が血を流すならばいいのです。しかし……」

『それが君の戦いだ。あの日、そう決めたはずだ』

「はい」

 

 今なお侵略体の進化は続いている。周囲のオペレーターたちも、自分と同じ苦しみを味わいながら、この指令室で戦っている。

 それだけがわずかな希望だった。

 

  *

 

「っぁ!」

 

 声にならない声をあげ、「信長」は跳び起きた。

 

「はあ、はあっ」

 

 喉が焼け付くように痛い。仮眠室のベッドの脇に置かれた水差しから、直接水をあおった。

 眠るつもりはなかった。ただ、体を休めるだけ。しかし限界まで積み重なった疲労が「信長」を眠りに引きずり下ろした。

 そして、やはりあの日の光景を見た。

 日本人にしては薄い髪の色。鮮やかな浅葱色の羽織。血で彩られた儚い笑顔。

 何度も何度も夢に見る。

 答えてくれない携帯電話の先にいる彼女とはまた違う。直接目にしてしまった別れ。

 

「畜生め……」

 

 すがるように携帯を手に取る。自分をデフォルメしたキャラクターのストラップが揺れる。

 画面の中で笑う親友も、おそらくはもうこの世にいない。そういえば、ストラップのほかにもらった人形はどうしたのだったか――。

 

「……マオ?」

 

 その時、控えめな声とともにノックが響いた。

 そうだ。あの時、彼女がそのまま持ち去ってしまったのだった。

 重い体を引きずり、ドアを開けた。

 そこに「ジャック」がいた。

 

  *

 

 「ジャック・ザ・リッパー」ことエヴァの胸の中にあるのは寂しさだった。

 今年で十二歳になる自分は、周囲に同じくらいの歳の子供がいない。DOGOOという環境で育った自分には仕方ないけれど、それでも「ナイチンゲール」(おかあさん)がいるから頑張れた。それに切り裂きジャック(おかあさん)も背中を押してくれる。侵略体をもっと倒しなさいって励ましてくれるし、「ナイチンゲール」(おかあさん)は危ないことをしないでって心配してくれるし――。

 あれ?

 おかあさんがおかあさんで、あれ?

 頭がこんがらがって来た。

 とにかく、自分は寂しい。もしもおかあさんが自分を褒めてくれなかったらと思うと、とても寂しい。そろそろ十三歳になろうというのに、そう思うのは幼いかもしれないけれど、どうしようもないものがある。

 だから、寂しさについては誰よりも知っている。

 そして今、同じ寂しさを感じている人がいる。

 「信長」ことマオだ。

 彼女は今、とてもつらそうにしている。怒りや悲しみもあると思うけれど、それよりも、寂しさがあるのだと自分は思う。

 マオがそうなった理由は分かってる。フジマルさんだ。それに、「沖田」だ。二人がいなくなっちゃったからだ。

 マオが頑張る理由は、二人だった。本人の口からは、仲間や家族や友達を守りたいから、と聞いていたけれど、本当はその二人がほとんどだった。

 あの二人に褒めてもらいたかったんだ。自分がおかあさんに褒めてもらいたいみたいに。

 他の人とは少し違う。他の人は、自分とも「信長」とも違う理由ばかり。

 前に第二小隊にいて、色々とお世話をしてくれた「ヴラド」は、戦う理由についてこういっていた。

 

「余が戦うのは、戦える力を持つものの義務であるからだ」

 

 誰かに褒めてほしそうじゃなかった。

 「アヴィケブロン」はこういっていた。

 

「そうするのが理にかなっているからだ」

 

 何かから逃げてるみたいだった。

 「ジャンヌ」はこういっていた。

 

「世界を、そして家族や大切な人を守るためですよ」

 

 「信長」と似てるようで、やっぱり違っていた。誰かに褒めてもらいたいわけじゃなさそうだった。

 だから、「信長」の気持ちがわかるのは自分だけだと思う。

 褒めてほしい人がいなくなってしまった。戦う理由がなくなってしまった。もし、おかあさんがいなくなったら――そう思うとぞっとする。おかあさんを奪ったものをズタズタにして、グチャグチャにして、それでも気が収まるかな。寂しさが消えるかな。

 「信長」は、ダメだったんだ。だから進化侵略体を一匹残らず殺すまで止まれない。

 けれど、それは無理だ。一人で全部殺すなんて出来ないし、出来たとしても、今度は本当に空っぽになっちゃう。

 だから、止めなきゃ。

 そう思って、あるものをもって「信長」がいるという仮眠室の前に来たけれど。

 

「……何じゃ」

「あの、ね」

 

 眼が、めらめらと燃えていた。

 基地に帰って来たのに。帽子もかぶっていないのに。

 その眼はまだ進化侵略体を見ている。

 

「最近、全然休んでないから」

「だから何じゃ。まだ任務中じゃぞ」

「そう、だけど」

「……話は終わりか?」

 

 「信長」は自分を押しのけて仮眠室を出て行く。眠れたのだろうか。眠れたとしても――。

 

「待って!」

「……何じゃ。話があるなら」

「いつまで、その眼でいるの?」

 

 「信長」の目つきが一層鋭くなった。怒っている。

 その眼のままでいるのを責めたから。復讐するのをやめろ、と言われたと思ったから。自分が辛うじて立っていられる理由を奪われそうになっているから。

 ほら、こんなにも気持ちがわかる。

 だから、止めなきゃ。

 

「そのままじゃ、死んじゃうよ」

「――ははっ」

 

 「信長」が笑った。おかしくて我慢できないとでもいうように。

 

「鉄砲玉の貴様がそれを言うか。台湾で初めて会った時も、先走って腹に風穴開けておったよなあ? その貴様がわしに意見を? 鉄砲玉の立場を返せとでも?」

「違う! そんなこと言いたいんじゃない! 分かるでしょ? マオ! このままじゃ、ダメになっちゃう。自分でもわかるでしょ? だから」

 

 背後に持っていたぬいぐるみを差し出す。

 フジマルさんがくれたものだ。マオをデフォルメした、奇妙なぬいぐるみ。少しでも、彼女のことを思い出してほしくて。

 けれどそのぬいぐるみの存在は、彼女の怒りの火に油を注いだだけのようだった。

 

「こんなもの!」

「あっ」

 

 叩き落されたぬいぐるみが床にべちゃりと落ちる。一度だけ『ノブッ』と場違いに可愛らしい鳴き声を上げたそれは、冷たい要塞の廊下に突っ伏して動かなくなった。

 その姿が、いつか訪れてしまうかもしれないマオの姿と重なった。

 

「あ、あ、あ……」

「こんなもの!」

 

 更に蹴飛ばされたぬいぐるみの首が裂け、綿をまき散らしながら飛んでいく。

 

「やめて!」

「やめろ、じゃと?」

 

 マオが自分の胸ぐらを掴み、片腕で吊るし上げた。息が苦しい。けれど。

 言葉を、続けなくては。

 

「やめてよ。このままじゃ、だから……」

「やめられるものか! 彼奴らを残らず殺す! それで終いじゃ! 彼奴らが滅べば――さもなくば――」

「そうでなきゃ、どうすっ――うぐ」

 

 体を壁に叩きつけられる。復讐の炎が渦巻く眼が自分を射抜く。気迫が熱となって立ち上り、マオの背後に骸骨のような輪郭が見えた。

 これは――。

 

「そこまでだ」

 

 自分を壁に押し付けるマオの腕を、いつの間にかやってきていた「アヴィケブロン」が掴んでいた。

 

「それ以上は、任務に差し支える」

「……ふん」

 

 マオは手を離すと、さっさと歩き去ってしまった。

 拘束を解かれ、大きく息を吸い込む。「アヴィケブロン」にお礼を言わないと。

 

「……ありが」

「余計なことをするな」

 

 さっきも言われたことだ。でも、自分にはよくわからなかった。

 

「それ、おかあさんにも言われた――どうして? ほっとけないよ」

「今の「信長」は爆弾だ。下手につつけば味方もろとも爆発する」

「でも! 今のままじゃ、どのみち――」

「……君がそんなふうに他人を気にかけるようになるとは。こんな状況で無ければ――いや、何でもない。とにかく、彼女を刺激するのは避けることだ。わかったな」

「……はい」

 

 落ちたぬいぐるみを拾い上げる。綿もかき集め、首の傷口に押し込む。

 

「……どう、したら」

「……はあ」

 

 「アヴィケブロン」がため息をつくと、自分の手からぬいぐるみを取り挙げた。

 

「あっ! 返して! 返して!」

「慌てなくていい。こいつは僕が直しておく」

「え? ……いいの?」

「どうせ君がやったらバラバラにするだけだろう」

「――うん。うん。あり、がとう」

「気にするな。気まぐれだ」

 

 このところ、「アヴィケブロン」が少しだけ優しい。前までは「ジャンヌ」がいろいろ気を使ってくれていたけれど、彼女が元気がない分、「アヴィケブロン」が皆をまとめてくれている気がする。

 みんな、変わっていってしまう。マオも、「ジャンヌ」も、「アヴィケブロン」も。お母さんだけは、あまり変わらないけれど。

 自分はどうなのだろう。

 

「どうなっちゃうんだろう」

 

 冷たい基地の廊下に、小さな呟きが溶けていった。

 



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三十三ノ銃 森長可

赤兎馬があんなことになってましたが呂布さんは元気です。



1400(ヒトヨンマルマル)、第一小隊、ヤヴィンでの準戦闘待機に入る」

 

 ヘリコプターの騒音をかいくぐるように、「ジェロニモ」の芯のある声が響いた。

 それに対し、「アヴィケブロン」も声を張り上げる。

 

「了解。1400(ヒトヨンマルマル)、第二小隊、待機を第一小隊に引き継ぐ」

 

 A(アレックス)・ローガンへ向かうヘリに、黙々と第二小隊の面々が乗り込んでいく。それを見て「ジェロニモ」はポツリとつぶやいた。

 

「変わったな」

 

 それに対し、「ビリー」もあくまで軽く返す。

 

「まあね。無理もないよ。なにせ……」

「彼女だけではない。「信長」だけでは」

 

 「ジェロニモ」に賛同したのは、以外にも「メリエス」だった。更に「ロボ」もどことなく肯定的な一吼えをくわえる。

 

「確かに……チーム全体の()といいますか、空気と言いますか……まあ一人変われば周りも影響を受けるものですけれど」

「■■――」

「そういうものかな――いや、そうかもね。僕らも少しずつ変わっている。何より「ロボ」がずっと協力的になったし」

 

 「ビリー」の軽口をたしなめるように「ロボ」が彼の足を踏んだ。

 

「■■!」

「いてっ。ごめんよ」

 

  *

 

 指令室ではさっそく、第二小隊が持ち帰ったデータの解析が進んでいた。

 

「第一小隊、ヤヴィン着任。第二小隊を乗せたヘリはA・ローガンへと向かっています」

「データの解析は?」

「はい、指令。今完了したところです。モニターに出します」

 

 オペレーターの言葉通り、指令室のメインモニターに様々な侵略体の姿が映し出された。今日交戦した「槍騎兵型」を含め、虚ろな五つの眼を輝かせる異形の恐竜たちのデータがその場の全員に共有される。

 それを見て指令と土偶は意見を交わした。

 

「種類も増えて、大型化してきましたね」

『この星の進化の歴史で言えば、三畳紀からジュラ紀と言ったところか。まさに恐竜の天下だな』

「そろそろ、サンフランシスコだけでは手狭になってくるでしょうか」

『そうだな。いつ版図を広げようと考えだすかは分からない』

「来るとすれば、やはり南でしょう。北と東は橋を落としてありますし、沿岸部については定期的に行っている爆撃が効果を出しています」

『奴らの鱗を使用した爆弾や砲弾の開発が間に合ったのは幸いだったな。「エジソン」たちには感謝しなくては』

「相変わらず「テスラ」と手柄を張り合っていましたが――話がそれました」

 

 画面がサンフランシスコを映した地図に切り替わる。指令が手を振ると、サンフランシスコから内海を挟んだところに山脈を示す記号が立ち上がった。

 

「ともかく。爆撃の甲斐もあり、魚竜や首長竜などの、海に適合した爬虫類型の種は現れていません。仮に内海を渡れたとしても、この山脈を超えることも不可能でしょう」

『となると、やはり南か――』

 

 唯一陸続きになった南側に防衛ラインの図が立ち上がる。

 

「南の防衛ラインには定期的な攻撃がありますが、いずれも散発的なものにとどまっています」

『しかし油断はならない。あそこを突破されれば後はない。現状維持が現在の最善だ。「フーヴァー」。現在防衛ラインはどうなっている?』

「…………」

「「フーヴァー」?」

「え? ああ、すみません」

 

 自分が呼ばれるとは思っていなかったらしい。いつも以上にラフな服装の「フーヴァー」は、よほど情報解析に没頭していたのか、弾かれるように顔を上げた。

 

「大丈夫ですか? 病み上がりにこの状況……あなたも相当辛いはずでは」

「こっちは何ともありませんよ。前線に出ている連中に比べれば――現在の防衛ラインでしたね。第三小隊が展開しています」

 

  *

 

 サンフランシスコ南、サンノゼ防衛線。

 進化侵略体の上げる雄叫びに混じり、まだ若さを滲ませる少年の大音声が響いていた。

 

「うらうらうらああああああ! 喰らいやがれえ!」

 

 「森長可」の持つAUウェポンたる大槍が、大型二足歩行恐竜型の侵略体に打ち込まれる。だがその鱗は固く、ほとんど刃が通じていない。

 

「おい「李書文」! こいつ固えよ! さっさと本気出してブッた切っちまおうぜ!」

「慌てるな小僧! いつもと様子が違う! まだ本気は出すな! しっかり芯を捕らえれば、この程度の連中は倒せる!」

「んなこといってもよー!」

 

 そう文句を言いつつも「森長可」は2メートル近い巨体を素早く正し、恐竜に相対した。

 そして相手が突っ込んでくるのに合わせて槍を突き出す。全身の力が無駄なく槍の穂先へと練り上げられ、侵略体のかぎ爪をかいくぐり、その胸元へと威力が叩き込まれた。

 固い鱗を割り、手ごたえが「長可」の手元に帰ってくる。彼はそれを確かめて笑みを深めた。

 

「とった、ぜええ!」

 

 そして衝動に任せ、型などお構いなしに槍を突きこみ、侵略体をバラバラに引き裂いた。

 その様子を見て、彼に日ごろから稽古をつけている「李書文」が深いため息をついた。彼の持つAUウェポンたる六合大槍は、巨漢の弟子とは対照的に、機械のような正確さでもって敵を倒し続けている。

 

「まだまだ功夫(クンフー)が足りんな……っと! 「呂布」! そっちに抜けたぞ!」

 

 ディノニクスのような身軽な侵略体が、その俊足を生かして前衛を抜けていた。

 前衛として槍を振るう二人の後ろ。E遺伝子ホルダーたちをバックアップする戦車隊を守る位置にいた「呂布奉先」が短く「李書文」に応える。

 

「了解なり――■■■■ッ!」

 

 そして、一転して人間とは思えぬ咆哮とともに、そのAUウェポンを発動した。

 見る間に彼の下半身を包み込んだ光が、馬の四足を形作る。ただでさえ2メートルを超える巨躯の彼の上背が更に伸び、巨大な人馬へと変貌した。その蹄はあまりに大きく、地を駆ける以上に、敵を叩きつぶすことに向いていた。

 そして今まさにその威力が振るわれる。

 

「■■■■■■――!!」

 

 ディノニクスのような侵略体が一撃で首をへし折られて沈黙した。

 

「こっちも、相変わらずか」

 

 気持ちを切り替え、「李書文」は後方に控えるもう一人のホルダーに声を飛ばした。

 

「お師さん! 敵の具合はどうだ!」

 

 お師さんこと「玄奘三蔵」は双眼鏡で地平線を見ながら答えた。

 彼女の頬に伝う冷や汗が、敵勢の多さを物語っていた。

 

「マズいわね。今日はいつもの『定期便』とは違うみたい。――司令部! こちら「三蔵」、サンノゼ防衛線! 増援をお願い!」

「おいおいおい! 「三蔵」! そりゃホントか? じゃあよ、じゃあよ、「李書文」! 出し惜しみは無しだよな!?」

 

 増援が必要な事態だと分かってなおはしゃぐ「森長可」に、「李書文」は何度目になるか分からない溜息をついた。

 

「らしい、な。「長可」! 「呂布」! ()()でいけ!」

「待ってたぜぇ!」

「■■■■――!」

 

 二人の狂戦士の雄叫びが戦場に木霊した。

 

  *

 

 A・ローガンへと向かうヘリの中にも「三蔵」の要請は届いていた。

 

『こちら「三蔵」、サンノゼ防衛線! 増援をお願い!』

「……!」

 

 その言葉に真っ先にヘルメットを手に取ったのは「信長」だった。

 

「パイロット! ハッチを開けよ!」

「え? しかし……」

「見える距離じゃ! ヤヴィンの第一小隊よりもこちらの方が近い!」

「マオ!」

 

 思わず「ジャンヌ」が止めるが、「信長」はなおもパイロットをせかした。

 

「急げ!」

「りょ、了解……」

 

 彼女の押しに負け、パイロットがヘリのハッチを開いた。

 「信長」はそれを見て素早く装備を整えると、開きかけたハッチから宙に身を投じた。

 彼女を始め、ホルダーが身にまとう戦闘服もこの三か月の間に進化を続けていた。かつては不格好で重かったそれは、以前から海上戦闘用に使っているものとほとんど変わらないサイズと重さ、取り回しになっていた。そしてサンフランシスコへの迅速な突入のため追加されたグライダーもその一つだ。

 グライダーを展開した「信長」は、さすがの勘の速さで風をつかむと、あっという間にサンノゼの方へと飛び去っていた。

 

「マオ!」

「待ってください!」

 

 続いて、「ジャック」と「ジャンヌ」も彼女を追って飛び出していく。唯一出遅れた「アヴィケブロン」は重いため息を吐いた。

 

「結局こうなるのか……とはいえ。放っても置けない」

 

 三人を追って宙へと飛び出す。

 

「変わったものだな、僕も」

 

  *

 

 再び、サンノゼ防衛線。

 

「さあて! ヤヴィンからここまで10分ってとこか! それまでに何匹殺せるかねぇ!?」

「■■■■■■■■■■■■――!」

 

 その二人の叫びは、同じ方向を向いているだけで、ちっとも噛みあってはいなかった。だが今はそれでいいとばかりに二人の闘志が高まっていく。

 一方、彼らが準備を整えるまでの時間稼ぎに入った「李書文」と「三蔵」は二重の意味でハラハラしていた。

 

「結局、儂らがお守りをせねばならんか」

「まあ、ね! っと! 捕まえた!」

 

 「三蔵」が手に持つ錫杖を鳴らすと、どこからともなく現れた光の輪が目の前の侵略体の体を縛り上げた。その隙に「李書文」の槍は勿論、戦車隊からの砲火も叩き込まれる。

 戦車隊の士気も高い。ストーンフォレストなどの限定的な場面を除き、何もできなかった彼らも今日では一つの戦力だった。

 侵略体の鱗を断芯に使ったM(モロー)・スター弾だ。並みの侵略体ならばこれで十分と言える。だが――。

 

「「装甲車型」だっけ? とびきり固いのが来た! ちょっと二人とも! まだ!?」

「小僧ども!」

 

 新たな侵略体が前に出た。音高く特殊砲弾を弾くそれが進撃を始めたとき、ついにその雄叫びが響く。

 

「行くぜェ!!」

「承知なり!!」

 

 二人の狂戦士が今、一つとなる。

 

「「合・体!!」」

 

 戦いは続く。

 



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三十四ノ銃 馬防柵

 

「行くぜぇ!」

「承知なり!」

 

 「森長可」と「呂布奉先」、二人の共鳴が最高潮に達したとき、両者のAUウェポンが音を立てて展開し、その質量を増した。

 「森長可」の持つ槍を包む装甲がはじけ飛び、持ち主の体を支える鎧へと転じる。

 「呂布」の下半身を覆う馬を模した四足はより巨大に、また主の巨躯を覆い尽くさんばかりに増大する。

 そして「森長可」が槍を地面に叩きつけ、反動で宙へと舞い上がる。その股下へと「呂布」が駆け込み、少年の足を丸太のような腕でがっちりとホールドする。

 肩車だった。

 子供の遊びのような体勢、と言ってしまえばそれまでだ。しかし上は2mに迫る少年、下は2mを超える巨漢であり、はち切れんばかりのエネルギーがそんな評価を許さなかった。

 AUウェポンは使い手の意志によりその姿を変えてゆく。その二人の身にまとう装甲が音高くかみ合い、煙を噴き上げ、その手に持つ槍が大きく(あぎと)を開いた時。

 

「うおしゃああああ!!」

「■■■■■■■■!!」

 

 合体が完了すると同時に、それは戦場へと飛び出した。

 

  *

 

「まだか!」

 

 「李書文」が叫び、振り返る。だがそこに二人の狂戦士の姿はなく、ひび割れた地面と砂塵が残るばかりだった。

 それを見て「李書文」は一旦胸をなでおろした。

 

「ようやく――か!」

 

 だが、それを見ることができなかった戦車隊は気が気ではない。今も重装甲の新型侵略体――「装甲車型」が敵の前に躍り出てきており、せっかくの特殊弾頭を軽々と弾いているのだ。

 「李書文」と「三蔵」がサポートに回っているが、とても手が足りない。津波のように押し寄せる敵勢に、ついに防衛線が破られそうになる。戦車隊に敵の爪が届きそうになる。

 ついに戦車隊の先頭を務める隊員が通信機に焦りの声を飛ばした。

 

『「李書文」! このままでは――』

「上だ! 来るぞ!」

『う、上――?』

 

 だが、その不安は一瞬で吹き飛んだ。人間離れした()()の影が防衛線の地面に映る。それは縮尺を間違えたかのようにどんどん大きくなり、まだ地面に達せず――。

 

「うらああああ!」

「■■■■■■!」

 

 全長4mを超す人馬が、着地と同時に一面の侵略体を薙ぎ払った。

 装甲の下に詰まった分厚い筋肉の塊が周囲に熱をまき散らす。

 その蹄はあまりに大きく、一歩を踏むごとに地面を揺らす。

 その手に持った槍は展開し、異形の十文字槍として敵の血に濡れている。

 

「待たせたなアア!!」

「■■■■■■!!」

 

 有り余るエネルギーをぶちまけるように二人が進む。蹄が侵略体の頭を踏み砕き、槍が骨ごと肉を絶つ。

 その様子を見て「李書文」と「三蔵」は鋭く声を飛ばした。

 

「遅い! それと、ぬかるなよ!」

「「装甲車型」に注意して! そいつ硬い!」

「アレかあ!」

「■■■■!」

 

 真上からの乱入に驚いたのか、敵が少しだけ迷いを見せた。その先頭にいる、頭から尾まで背の一面が装甲に覆われたその侵略体を見て、「森長可」は喉の奥で笑った。

 

「だけどよ――硬さじゃオレらは止められねえ!」

「■■!!」

「嗤え――人間無骨!」

 

 先ほどまで直槍だった穂先は左右に展開し、その奥に隠していたチェーンソー状の穂先を見せている。その異形の十文字槍がギチギチと獣の牙のように唸りを上げた。

 それと同時に人馬は前足を振り上げ、地面を砕かんばかりに叩きつけた。一瞬、戦車隊すら宙に浮く感触を得た瞬間。その衝撃は破壊力を持った波となって前方の侵略体の群れを襲った。虚ろな五つ眼を光らせた恐竜たちが宙に舞い、爪を噛ませるべき地面を失ってもがく。

 それを人間無骨は見逃さなかった。

 

「八つ裂きだあああ!!」

「■■■■■■――!!」

 

 「呂布」の馬の後ろ足が展開し、ジェットブースターが火を噴いた。

 咆哮と、槍の駆動音と、蹄の撃音と。音と威力の塊となって4mの人馬が突き進む。受け止めるすべのない侵略体たちは全て撫で斬りにされ、二人の叫びを高める踏み台にされた。

 そして辛うじて地面にとどまっていた「装甲車型」へと槍が到達する。

 

「■■■■■■■■ァァ!!」

「■■■■■■■■――!!」

 

 二人そろって、人ならぬ咆哮を伴ってぶち込まれた一撃は、一瞬、敵の鱗で火花を散らしたものの――。

 

「嗤えぇぇ――!!」

「脆弱なり――!!」

 

 一瞬ののち、骨など無いかの如く、敵を真っ二つに切り開いた。

 後ろの戦車隊から歓声が上がる。

 

「進め進め進めえ――!!」

「好機なり!」

 

 人馬が戦車隊のうち、無事なものを伴って前に出た。その隙に「三蔵」が鋭く指示を飛ばす。

 

「今のうちに防衛線の再構築を――!!」

 

 油断はできない。何とか立て直したに過ぎない。今も迫りつつある敵を突き崩しつつ、「李書文」は一層自分の身に鞭を打って構えを鋭くした。

 あと5分は持たせなければいけない。そう思った矢先――。

 

「おい、「李書文」!」

 

 心配していた、小僧の悪い癖が出た。

 

「増援はあとどれくらいだ!?」

 

 その声に顔を上げた先、よりにもよって()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「敵から視線を切るな大莫迦者――!!」

「あん?」

 

 敵の列の間を潜り抜けるようにして、今までに見たことがない小柄な侵略体が出てきていた。

 小さいからと言って油断はできない。わざわざこの状況に出してきたのだ。つまり――。

 

「なんだあの、小さいの――」

「不可解なり」

 

 その四足の侵略体は、丸々と太った尻尾を地面に突き刺すと――爆発させた。

 その勢いが小さな体を丸ごと前方に飛ばす。尾を失った流線型の体が飛来する姿はまるで――。

 

「新型――「対戦車砲型」!!」

 

 咄嗟に「長可」が切り払うも、もう遅い。その虚ろな五つ眼が輝き――。

 

「やっべえ」

「窮地なり」

 

 爆発。更に追うように二発、三発、「対戦車型」の突貫が人馬へと炸裂し、巨体が爆風に踊る。

 

「大莫迦者どもが――!! 「三蔵」!」

「分かってる!」

 

 後先を考える余裕はなくなった。「三蔵」が全力を込めてAUウェポンを発動させる。一瞬、見渡す限りの敵の体に光輪の締め付けが施され、敵の進軍が止んだ。だが長くはもたない。少女の腕に、額に、血管が浮き出、冷や汗がにじんでいた。

 その一瞬で「李書文」は二人のもとへと駆けこむと、槍の柄で二人の巨体を軽々とすくい上げ、後方の戦車隊の後ろへと投げ飛ばした。生きているならいい。これぐらいで死ぬ連中ではない。だが――。

 

「この莫迦者ども!! おかげで完全に余裕がなくなった!」

「「李書文」! もう、限、界――」

 

 「三蔵」の戒めが解ける瞬間。「李書文」の体が敵に応じるべく、考えるまでもなく構えをとった。

 「李書文」は考える。早いものから、近いものから、襲い来る敵を片っ端から突き崩す。果たしてそれがどれほど持つか――。

 思考が体に追いついたその時、不意に宙から降り注いだものが「李書文」の眉間の皺をほんの少しだけ浅くした。

 薙ぎ払いの銃撃。それが意味するものは。

 

「援軍!? まだ来るには早いが――」

「「織田信長」!?」

 

 「三蔵」が叫んだその(E遺伝子)の持ち主が、グライダーで滑空してきた勢いのまま地上へと降り立った。AUウェポンである銃から伸びる帯を長く長くなびかせながら、防衛線と侵略体の間へと滑り込む。

 その小さな身が動きを止めるのと、彼女のAUウェポンから伸びる帯が地面に落ちる瞬間は同時だった。

 一瞬の静寂。

 AUウェポンは使い手の意志によりその姿を変える。長く長く伸び、敵侵略体の前に敷かれた帯を指して「織田信長」が言う。

 

「それが新しい防衛線じゃ――どうする?」

 

 侵略体の答えは、咆哮とともに突撃することだった。

 線など知るかと無遠慮に恐竜たちが帯を踏み越えようとしたとき、帯がその姿を変えた。

 かの三段撃ちの逸話に伴って語られる、武田の騎馬隊を食い止めた馬防柵。

 本来は防御用ではないAUウェポンが転じたその柵は、一瞬敵を絡めとっただけでヒビを生んでいたが――。

 

「超えるか、その線を。ならば是非も無し」

 

 彼女にとっては十分だった。

 容赦なく三段撃ちを叩き込む。勿論自分のAUウェポンごともろともに、銃弾が敵を食い破りハチの巣にする。

 それを見て「三蔵」が絶句する。

 

「そんな、自分のウェポンごと――!!」

 

 そのフィードバックが「信長」の小さな体を襲った。スーツの隙間から血が噴き出る。だが構っている暇はないとばかりに彼女は敵へと踏み出す。

 「信長」の眼が輝く。ヘルメット越しでも間違えようがないほど、赤く、熱く、燃え滾る。その眼の熱量が小さな体を濡らす血を乾き飛ばし、赤い陽炎とともに鉄錆の匂いをばらまいた。

 

「超えさせぬ。()()()()()()()()()()()

 

 戦いは続く。

 



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三十五ノ銃 爆発

 

 「信長」の援護により、DOGOO陣営はどうにか立て直す時間を得ることができた。

 しかし、その「信長」はすでにその無茶な戦い方で傷を負っていた。たまらず「三蔵」は彼女に声をかける。

 

「「信長」! 一度退いて治療を! あなたが来たってことは、他の第二小隊のメンバーも来てるんでしょう!? その傷じゃ――」

「要らぬ」

「でも」

「要らぬと言った!」

 

 「信長」の体から感じる熱気がさらに高まる。

 

「この程度の傷で退くなど! そのようなことをしておるから、彼奴等(きゃつら)に好き勝手にされるのだ!」

「「信長」!」

 

 そういうが早いか侵略体に向かって突っ込んでいく。

 止めようとするが、「李書文」が冷静に言う。

 

「待て、お師さん。今すべきことをせねば、今度こそ立て直せなくなるぞ」

「……ええ」

 

 自分が言った通り、第二小隊のメンバーが「信長」を追ってきているはずだ。彼らが一刻も早く着くことを祈りつつ、「三蔵」は戦線の立て直しに向かった。

 

「「長可」! 「呂布」! 大丈夫!?」

「なんとか……なぁ」

「健在なり」

 

 二人とも傷は浅くないが、何とか意識は保っている。無理はさせたくないが、貴重な戦力だ。第二小隊の到着が遅れるようなら、まだ頑張ってもらわなくてはいけないかもしれない。

 

「今、「信長」が来てる。第二小隊が割り込みで来てくれるみたい。ヤヴィンの第一小隊も、もうすぐ……」

「「信長」……? それってよ、織田信長か?」

 

 と、「長可」がその名前に反応した。

 

「ええ。それがどうかしたの?」

「知ってるぜぇ……俺の中にいるE遺伝子がよ、知ってる。大殿だ。無茶苦茶怖い殿様でよ……」

 

 「長可」の目線は、今も捨て身の戦いを続ける「信長」を見ていた。

 

「流石、大殿の血を継いでるだけあるぜ……すげえよ、あいつ」

「馬鹿!」

「へぶっ」

 

 応急処置の最中だと言うことも忘れ、「三蔵」は「長可」の顔を張り飛ばした。

 

「何すんだよ!」

「あんなの、全然すごくない! ずっと教えて来たことを忘れたの!?」

 

 血と銃弾をまき散らしながら戦う「信長」は、一歩間違えればいつ死んでもおかしくない。

 

「あんな戦い方! すごくなんて、ないんだから!」

 

  *

 

 「信長」の脳裏を埋め尽くすのは、ただただ憎しみだった。

 進化侵略体たちに対するものだけではない。自分への、侵略体にこの街を滅ぼすことを許してしまった自分への憎しみも絶えなかった。

 この街を守れなかったばっかりに、親友を失った。目の前の敵を倒せなかったばっかりに、戦友を失った。

 その憎しみをぶつける相手はいくらでもいる。撃っても撃っても、倒しても倒しても、後から後から押し寄せる。

 だから。

 

「死ね! 死ね! 一匹残らず――皆殺しじゃ!」

 

 恐竜たちの頭に銃弾を叩き込み続ける。装甲を持たない連中はそれだけで粉みじんに吹き飛ぶ。だが「装甲車型」はダメだ。音高く銃弾が弾かれる。これではダメだ。

 

「ひざまずけ!」

 

 先ほどの馬防柵のせいで、ウェポンから伸びる帯はズタズタにちぎれている。それをあえて、無理やりに刃のように形作り、「装甲車型」の前足に叩きつけた。本来の用途を外れた横暴にウェポンが悲鳴を上げる。だが構うものか。前足に食い込んだ帯を蹴りつけると、「装甲車型」の悲鳴とともに前足が切れ、四足の恐竜がバランスを崩した。

 その目玉に直接、銃口をねじ込み、引き金を引く。

 血肉が飛沫となって降りかかった。視界が悪い。乱暴にヘルメットをぬぐい、次の敵へ。

 「装甲車型」の死骸を駆け上がり、宙へと飛び上がる。眼下にはやはり、虚ろに光る五つの眼、眼、眼。

 

「一匹も残すものかぁ!!」

 

 眼下に向けての全力の三段撃ち。反動のあまり、指折り数えられるほど小さな体が宙に浮く。一つたりとも撃ち損じはない。それほどに敵の密度は濃く、絶えない。

 ついに体が重力につかまった時も、やはり真下に敵がいた。鋭く尖った下顎を持つ首長竜が、ここぞとばかりに武器を突き出してくる。

 身動きの取れない空中。だが自分は仮面の三ノ銃を一発ぶっ放すと、その反動で身をずらした。

 敵の顎が左手に突き刺さる。左手に一体化した二ノ銃が悲鳴を上げるが、これでいい。敵の頭が目の前にある。

 

「この程度の傷――構うものか!」

 

 右手の一ノ銃で敵の頭を吹き飛ばし、地面へと着地する。

 体が重い。疲労と傷と、失った血がそうさせる。

 だが身を焦がす炎は消えない。憎しみと虚しさがそうさせない。

 その怒りを知ってか知らずか、次の敵の手は、よりにもよってと言うものだった。

 

「こやつらは……!!」

 

 分厚い装甲を身にまとった、丸々と太った巨大なトカゲが三体。あの時はまだ両生類といった風情だったが、すでに進化の駒を進めているのか、これまた太い手足には立派なかぎ爪がついており、地面をしっかりとつかんでいた。

 だが間違いない。あの姿は――。

 沖田を殺した連中だ。

 

「貴様らああああああ!!」

 

 怒りに任せて銃弾を叩き込むが、やはり分厚い装甲は射抜けない。これではダメだ。かといって、先ほど「装甲車型」にしたようなごり押しでは、死に際の爆発でこっちがやられる。

 沖田のように。

 ほんの少しだけ残った冷静な部分が判断を下す。手近な侵略体の死骸から牙を引き抜くと、銃弾をばらまいて牽制しながら「装甲地雷型」の一体へと肉薄する。

 恐竜型まで進化していても、やはり格闘は不得手らしい。手足を乱暴に振り回してくるも、それはこちらにはかすりもしない。

 生き物である以上防ぎようがない弱点の一つ、その眼に、侵略体の牙を突き刺す。更にそこを銃口で殴りつけ、無理やり埋め込んだ。

 「装甲地雷型」が悲鳴を上げる。だが構うものか。一気に距離をとると、半壊した家の壁の後ろへと滑り込んだ。

 隠れるためではない。ちょうどいい高さにある壁の残骸に一ノ銃の銃口を乗せる。更にウェポンから伸びる帯を屋根の残骸へと巻き付ける。

 

「……殺す」

 

 威力を高く。銃弾を鋭く。一ノ銃が一気に大きさを増し、自分の小さな体と不釣り合いに感じるほどにまで膨張する。

 敵もこちらの狙いを悟ったらしい。三体の「装甲地雷型」は、あの時のように体を丸めると、巨大なボールとなってこちらに転がって来た。

 

「やはり、そうくるか」

 

 この状態では、眼は隠れてしまう。それに連中がそう来るのも分かっていた。だから誘った。

 屋根の残骸に巻き付けていた帯を強く引き、一気に上へと体を持ち上げる。更に屋根の残骸を蹴って宙へ。

 一方、三体の「装甲地雷型」は家の中へと突っ込み派手に土煙をあげた。空振りだったことを悟ったのか、土煙の中で三匹の恐竜がうごめく気配がする。

 連中は一度そうなると手足を出さざるを得ない。

 「信長」は眼下の土煙の中に、うつろに光る眼を認めた。

 五つ眼。これは違う。

 五つ眼。これも違う。

 四つ眼。これだ。

 

「死ね」

 

 ギリギリまで威力を高めた銃弾をぶっ放す。反動で肩が嫌な音を立てた。だが狙いは正確に、潰しておいた眼を貫いた。

 「装甲地雷型」の死に際の爆発が眼下に広がる。その熱と爆風が小さな体を浮かす。

 どうにか着地し、連中がいた場所を見やると、残りの二匹がボロボロになりながら体を引きずって家の残骸から這い出てきていた。

 その装甲も、やはり大部分が欠けている。

 

「死ね」

 

 冷静に距離を取り、二発。二度の爆発が連中の終わりを告げた。

 沖田を殺した連中を、こうして倒すことができた。

 だが気持ちが晴れることはない。そもそも同型なだけで、直接の(かたき)なわけもない。

 やはり、侵略体を一匹残らず殺さなくては。そうしなければ。失った二人のために、何ができよう。

 次の敵へ――そう思ったとき。

 

「退いて、いく……?」

 

 敵が退いていく。今回の侵攻を諦めたのか? いや。まだそんな段階ではないはず。ならば――。

 視界の奥、丘の上に、動くものを見つけた。

 恐竜たちが群れ、何かを引きずり、転がしている。ぶよぶよとした肉の塊のようなものが押しやられ、ついには坂に達した。

 弾みのついたそれは、よけ損ねた侵略体を巻き込みながら勢いよく転がり、土煙を挙げながらこっちに向かってくる。

 

「あれ、は……」

 

 忘れるはずもない。

 狙いすましたように、自分の眼前で転がるのを止めたそれは、あの時の侵略体に似ていた。

 五つの眼を光らせた、いびつなサンショウウオ。

 サンフランシスコを地獄に変えた最初の一匹。

 あの時よりもだいぶ小さい、精々30メートル程度の大きさだが――。

 

「は、はは」

 

 視界が閃光で埋め尽くされる。

 ぞっとする感覚が背筋を埋める。

 この感覚は――恐怖だ。

 

『やめられるものか! 彼奴らを残らず殺す! それで終いじゃ! 彼奴らが滅べば――さもなくば――』

 

 ここに来る前、「ジャック」に叩きつけた言葉を思い出す。

 これが自分の最期か。あの時の言葉の通りなら、自分は怖くなんてないはずだった。

 殺すだけ殺して、殺しきるか、さもなくば――自分が死ぬ。

 それ以外に、失った二人にしてあげられることがない。だから殺し続けていたのに。

 

「いや、だ」

 

 「信長」の仮面が剥がれ落ちる。

 眼に灯っていた地獄のような熱と炎が、情けない恐怖に吹き消される。

 

「死にたくない」

 

 思わずこぼれた自分の言葉に耳を疑う。

 こんな時になって、どうして――。

 

「私、死ぬのが怖いの?」

 

 真緒は絶望と恐怖のあまり目を閉じた。

 

  *

 

 目を閉じる一瞬前、羽が舞い落ちるのが見えた。

 



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三十六ノ銃 石と炎

 

 爆発の少し前。

 上空。「信長」を追って飛んでいた「アヴィケブロン」たち第二小隊の面々は、ついにサンノゼ防衛線を視界にとらえた。

 

「第三小隊……戦車隊……無事です!」

「マオは!?」

「見えた。戦っている。あれは……「装甲地雷型」か?」

 

 第三小隊と戦車隊が戦線を立てなおそうとする一方、先に到着した「信長」が敵を引き付けているようだ。

 いや――彼女にそんなつもりはないだろう。ただ、侵略体を残らず殺したいだけだ。

 それを見て、「ジャック」がスピードを上げた。防衛線ではなく、「信長」に向かって一直線だ。「ジャンヌ」が思わず呼び止めるが、聞く耳を持たない。

 

「もう、「ジャック」! あなたまで……!」

「好きにさせておこう。こちらもこちらで大変なようだ」

「え……?」

 

 戦場を俯瞰して気づいた。「信長」より更に前、丘の上で何かが動いている。あれは――。

 

「「水爆型」!!」

「そうだ。やつら、「信長」ごと吹き飛ばすつもりらしい。対処を頼めるか、「ジャンヌ」」

「……分かりました! 私は前方で防壁を張ります。「アヴィケブロン」は第三小隊と戦車隊を防壁の後ろに誘導してください!」

「分かった」

「けれど、「信長」たちは……」

「……「ジャック」が何とかするだろう。そう信じている」

「――! 分かりました! では!」

 

 信じている、などと。ただの方弁だ。自虐しながらもグライダーを操り、第三小隊のもとへ。

 勢いを殺しつつ着地すると、さっそく近くにいた「三蔵」が話しかけてきた。

 

「「アヴィケブロン」! よかった、第二小隊が――」

「話はあとだ。前方に「水爆型」が来ている」

「えっ!?」

「前方で「ジャンヌ」がバリアーを張る。戦車隊をその後ろに――」

 

 そう言いかけたとき、奇妙な鳴き声が戦場にこだました。

 

『ぷきゃあああああああ……!!』

「何だ、この声は?」

「敵の号令?」

「おい、あれ見ろよ!」

 

 傷を負いながらもどうにか戦車隊を誘導していた「長可」が上空を指さした。飛行型、プテラノドンのような侵略体が何かに襲い掛かっている。何か――そう、侵略体の隙間から見えるあれは。

 

「「ジャンヌ」!?」

「どうすんだよ、あれじゃ降りられねえぞ!?」

「馬鹿な、僕や「ジャック」はノーマークだったのに……まさか、連中は――」

 

 いや、考えるのは後だ。あの状況では「ジャンヌ」は降りられない。援護も間に合わない。今まさに「水爆型」が丘の上から転がり落ちようとしている。

 どうする。

 

「どうするか、なんて……考えるまでもないか」

 

 是非も無し、と言うのだったか。

 「アヴィケブロン」はAUウェポンたる籠手に力を込めた。

 

  *

 

「マオ!」

 

 「水爆型」がすでに真緒の眼前にまで迫っている。逃げ場はない。どうにか間に合うか。いや、間に合っても――自分の身を挺しても、守れるのか。

 自分の体の小ささを嘆く。力の小ささを嘆く。こんなちっぽけなナイフじゃ、結局誰も守れない。

 自分の名前は切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)。所詮、殺すのが仕事だ。

 

「でも」

 

 それでも、守りたいと思う人たちがいる。だからこそ、そのための力が欲しい。

 もっと遠くまで届く、もっと早く飛べる力が。

 

「翼が、欲しい!」

 

 唐突に。

 母に抱かれたときのようなまどろみとともに、「ジャック」の意識は途絶えた。

 

  *

 

 爆発が来る。

 「三蔵」はどうにか戦車隊をまとめ終えたが、肝心の「ジャンヌ」がまだ上空でプテラノドンを相手に格闘している。あれでは――。

 

「くれぐれも動かないでくれ」

「「アヴィケブロン」……?」

 

 彼のAUウェポンが変形している。そう、報告で読んだことがある。あれは――。

 

「五大元素接続。土塊に生命と武器を。産み出す楽園にて、受難の民を導き給え」

 

 彼のAUウェポンに刻まれた10のセフィラが全て光り輝いている。本来10体のゴーレムを操る力を全てあそこに結集させているのだ。

 そして、その光が最大に高まった時、彼のAUウェポンが展開し、奥に秘めた11個目の知識(ダアト)を輝かせた。

 

「待って! そんなことをしたら、ダメージのフィードバックであなたは――!」

「他に方法がない」

「だからって、そんな!」

「いいんだ」

 

 仮面をかぶった「アヴィケブロン」の表情はうかがえない。あまり話したことはないが、冷たい人だと思っていた。それでも。

 

「やらせてくれ」

 

 その声は、どこか優しかった。

 

「叡智の光をここに!」

 

 爆発に立ち向かうように、地面から巨大なゴーレムが起き上がった。ひざまずき、両腕を体の前に交差させて衝撃に備える姿勢をとる。

 その姿はどんどん大きくなる。いや――それだけではない。こちらの視点が低くなっている。ゴーレムのいる場所ではなく、自分たちや戦車隊のいる場所に地面の土を吸い込み、その体をどんどん大きなものに変えていく。

 爆発の余波、つまり閃光と衝撃波は地上を伝う。ゴーレム自身が壁となり、更にゴーレムの副産物として作られた塹壕の中でやり過ごそうという作戦なのだろう。

 だが、「アヴィケブロン」はゴーレムの足元から離れられない。あのままでは衝撃波をもろに食らう。

 

「逃げて!」

「ダメだ。僕が離れれば、ゴーレムの力が弱くなる。直接触れているのがベストだ」

「だったら……!」

 

 「三蔵」は自分のウェポンである錫杖を打ち鳴らした。

 本来の使い方ではない。敵を締め付けるのではない、味方を守るためにいくつもの光の輪が「アヴィケブロン」の体を覆い、即席の鎧を作った。

 

「――感謝する」

 

 その言葉をかき消すように閃光と衝撃波が一同を襲った。

 

  *

 

 上空。衝撃波が襲ってくる瞬間、「ジャンヌ」は防壁を全開にして耐えた。

 こんなはずではなかった。だが、巨大な五つ眼を輝かせた侵略体と目が合った。鉄塔にしがみついたそいつが奇妙な鳴き声を響かせると、待ち構えていたようにプテラノドンのような侵略体が飛び出し、あっという間に空中の自分を取り囲んで攻撃し始めた。

 身動きの取れない状況。だが、眼下の光景が見えていた。

 

「「アヴィケブロン」!」

 

 その叫びは、自分を襲っていた侵略体の存在ごと爆風でかき消された。

 容赦ない衝撃と揺れが襲ってくる。「ジャンヌ」は旗を必死に握りしめて耐えた。自分をくるむ防壁ごと、後ろに吹き飛ばされる感覚。そして――着地。二、三回ほど弾み、ようやく止まったのを確認してから、「ジャンヌ」は恐る恐る目を開けた。

 

「これは……」

 

 自分が立っている場所には何もなかった。

 建物も、その瓦礫さえなく、地面はごっそりと削り取られたような跡が残るばかりで、あの爆発の強さを物語っていた。

 周囲に敵はいない。自分を襲っていた侵略体も、あの爆発で死んでしまったのだろう。敵はそう言うことを平気でする。自我や個というものを持たず、全体が一個の生物のように――。

 戦いという点において、それが強みになることが分かっていた。それでも自分はそんな風になりたくない。

 だから名前を呼ぶ。

 

「「信長」! 「ジャック」! 「アヴィケブロン」! 第三小隊のみなさん!」

 

 かろうじて瓦礫の残っている方へと走る。自分の代わりに、「アヴィケブロン」が盾になってくれたはずだ。だからこそ残っている瓦礫――その一部が動いた。

 瓦礫を吹っ飛ばし、「森長可」と「李書文」が顔を出した。

 

「うがあ!」

「なんとも……」

「みんな無事!?」

「危機一髪なり……」

 

 「三蔵」と「呂布」も。第三小隊の面々だ。戦車隊も履帯が瓦礫にうずもれながらもなんとか無事だ。だが――。

 

「「アヴィケブロン」!」

 

 かろうじて残る巨大な人型のそばで彼は倒れていた。

 一見怪我はない。だがピクリとも動かない。エネルギーを全てゴーレムの維持に使ったのだろう。今更のように、ゴーレムの残骸が人型を保てなくなって崩れ始める。それに巻き込まれてはたまらない。「ジャンヌ」は彼の名前を呼びながら、彼の体を引っ張った。

 

「「アヴィ」――え?」

 

 体が軽い。

 元々彼は男性としては背が低めで痩せ型だ。だが、それでも自分の手の感触を疑うほど、彼を引いた手ごたえが軽い。

 

「そんなに、なるまで……!」

 

 急ぎ、後ろを振り返って叫ぶ。

 

「誰か! 栄養――点滴でも、何でもいいです! 彼が!」

「お、おう!」

 

 「三蔵」に背中を叩かれた「長可」が急ぎ、「アヴィケブロン」の体を抱えて後ろに下がる。一刻も早く手当てをしないと危険な状況だ。

 だというのに――。

 

「来ておる、な」

 

 「李書文」が告げる通りの光景があった。

 「水爆型」がこじ開けた空白に雪崩れ込むように、サンフランシスコの方から侵略体の群れがやってくる。あれが本命なのだろう。こちらの部隊を引き付け、「水爆型」で蹴散らし、物量で蹂躙する。嫌になるほど的確な作戦だった。

 「ジャンヌ」は「李書文」に聞いた。

 

「通信はどうですか?」

「ダメだな。先ほどの爆破の余波か」

「……戦力は」

「「長可」と「呂布」がギリギリ。儂とお師さんが疲れてはいるがまだいける。応援に来るはずの第一小隊はまだ姿が見えん。そっちは――」

「「信長」と「ジャック」が行方知れず。「アヴィケブロン」は、さっきのとおりです」

「呵々。全く、敵も容赦ない。だが――凌ぐしかあるまい。どんな手を使っても」

「ええ。奥の手を使うしかないようです」

 

 「李書文」としては、ほんの軽口のつもりだったのだろう。「ジャンヌ」の返答に、彼は怪訝そうな顔をした。

 

「あるのか、奥の手が」

「ええ。……叱られてしまうかもしれませんが」

「……お師さんは儂が止める。お前がそうしたいなら、するがいい」

「ありがとうございます」

 

 「ジャンヌ」は前に出た。地面を揺らしながら敵の大軍が突っ込んでくる。数えるのが嫌になるほど――ストーンフォレストの時の大軍が可愛く見えるほどだ。

 仲間たちも傷つき倒れていく。体も、心も。そんな時、何もできない自分が悔しくなる。

 守るばかりなのだ。

 だから今だけは。

 

「敵を滅ぼす力を、私に」

 

 戦車隊に指示を飛ばしていた「三蔵」がこちらに声をかけてくる。

 

「「ジャンヌ」! 前に出過ぎ! 防壁張ってもあの物量じゃ耐えられないわ! まず戦車隊と「李書文」たちでどうにか削って――」

「そんな暇はありません。奥の手を使います」

「奥の手――まさか! あなたまで!」

 

 飛び出そうとする「三蔵」だったが、横から槍の柄が突き出された。「李書文」だ。

 

「やらせてやれ、お師さん」

「そんな……みんな莫迦よ! 他に手がないからって、そんな」

「他に手がない……ですか。「アヴィケブロン」がそう言ったのですか」

 

 返事はない。だけど、彼なら言いそうなことだ。だったら自分は――。

 

「だったら私はこう言います。私にしか、出来ないことだから」

 

 返事を待たずに旗を突き立てる。自分の前に掲げるのではなく、背に背負う。

 そうすると、旗が音を立てて変形するのが分かった。膨張した柄の中から鎖が何本も飛び出し、自分の体を絡めとる。容赦なく縛り付けられて出来た格好は、まさしく。

 

「火刑台上のジャンヌ・ダルク……」

 

 最期に、旗の一番芯となっていた細身の剣が飛び出してくる。唯一自由になっている手のところへと、発動のスイッチであるそれが収まった。

 剣の柄ではなく刃を握る。赤く滴った血が輝き、最後のセーフティーを解除した。

 息を吸い込む。

 

「主よ、この身を委ねます――」

 

 瞬間。自分の体を中心として爆発するような炎が沸き立った。

 勿論その炎は容赦なくこの身を焼く。一切の防御は捨てられている。自分もろともに、火刑を再現する捨て身の手段。それがこれだ。

 無意味に燃え尽きることはできない。だから、手の中の剣を必死に前に向けて。

 

「どうか――」

 

 紅蓮の炎がほとばしる。侵略体の群れはそれに構わず突き進もうとするが。

 

「どうか――!!」

 

 炎が群れを押しとどめた。飲み込むように、食い破るように、次々と侵略体を消し炭に変えていく。

 津波のように押し寄せる侵略体たちが、やはり怒涛の勢いで押し返す炎と拮抗する。

 敵の勢力が尽きるのが先か、「ジャンヌ」の体が燃え尽きるのが先か。

 

「私が、守って見せる!」

 

 喉が焼けるのも構わず、「ジャンヌ」は力の限りに叫んだ。

 



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三十七ノ銃 フローレンス・ナイチンゲール

CV:飛田展男



 

 暖かい感触。

 まるで、母に抱かれているような――いや。自分の母は、幼いころに死んでしまった。だから姉夫婦が代わりに育ててくれた。自分でも覚えていない、古い古い記憶がそうさせるのか。心地よいまどろみが体を包む。

 

「「織田信長」。起きてください」

 

 だれかが自分の――E遺伝子の名前を呼ぶ。この冷たくもどこか優しい声は――そう。

 

「起きてください。どうやら爆発はやり過ごせたようです」

 

 爆発――。

 

「はっ」

 

 眼を開けると、眼前に眠る「ジャック」の顔があった。

 

「え? どういう……」

 

 状況が理解できない。おまけに、ほとんど身動きができない。とても狭く、しかし明るく暖かい空間。

 どうにか首を回すと、まるで鳥籠のようなドアの向こうから、怜悧な美貌の女性が覗きこんでいるのが見えた。

 ようやく記憶がつながった。ここは――。

 

「世話に、なったようじゃな」

「ええ」

 

 「ナイチンゲール」の手を借り、彼女のウェポンであるランプの中から這い出る。自分を追い出したそれは、赤子のように頭を下にして眠る「ジャック」の身を残して扉を閉じ、巨大な翼とともに「ナイチンゲール」の背後へと納まった。

 

「ここは……」

「どうにかあなたたちを保護しました。が、爆発の余波で吹き飛ばされたようです」

「そうか……」

 

 あの時のように、来るべき場所に来た、と言うのだろう。装備を整える時間もなかったのだろう。防護服すら着ていない「ナイチンゲール」は立ち上がると、遠くに見える巨大な人型を指さした。

 

「あそこに、おそらく他の方々が」

「あれは……「アヴィケブロン」の? どうし……何故じゃ? 「ジャンヌ」ではなく……」

「分かりません。とにかく、他のホルダーと合流しましょう。歩けますか?」

「ああ……」

 

 「ナイチンゲール」自身、状況が分かっていないのだろう。通信も回復していない。あの爆発が戦況を滅茶苦茶にした。

 その中で――彼女は自分を救った。

 自分だけを。

 

「何故」

「なぜ、とは」

「何故、わしばかりを救う……。その力は、わし以外を救えと言わぬのか?」

 

 遠くで巨大なゴーレムがガラガラと崩れていく。おそらく「アヴィケブロン」は身を挺して皆を守ったのだろう。そんな無茶をして無事でいるはずもない。

 今日だけではない。

 三か月前も。他にも――。

 

「何故――どうして、私ばかり助けるの……!! 何をしろっていうの! もう、沢山だよ……!」

 

 演技の仮面が被れない。眼の炎がちっとも着かない。

 情けない。足が震えて動けない。

 怖い。

 「信長」は――真緒は、よろめくようにして「ナイチンゲール」に縋った。

 

「どうして、そんな力があるのに、私以外を助けてくれないの!? 藤丸さんも、沖田も、神様は助けろって言わなかったの!? そんなの、おかしいよ……!

「「信長」……」

 

 知っている。彼女自身、救う相手を選べない力だと言っていた。それでも理不尽だと嘆くしかなかった。

 

「どうして、みんな助けてくれないの!!」

「う――」

 

 「ナイチンゲール」自身、突き刺さるものがあったのだろう。彼女は自分の寄りかかる力を支えきれず、地面に倒れた。

 硬い音がした。

 

「え?」

「……すみません」

 

 「ナイチンゲール」はこちらの身をどかすと、腰のポーチから包帯を出した。てきぱきと自分の負傷箇所に巻いていく。

 右目を覆うように、そして右腕にも。

 

「その傷……」

「見られて、しまいましたか」

 

 頭の中ですべてがつながった。

 不気味なほどに気配を感じさせないのは何故か。

 どんな激務に追われても、顔色一つ変えない理由。

 「ジャック」と二人で一つのE遺伝子を共有する意味。

 今、防護服もないのに、放射能の満ちる街で平気でいるわけ。

 

「そう、だったんだ」

 

 自分を爆発から守った時の傷が開いたのだろう。地面にぶつかっただけでそうなるとは思えない。

 だが、包帯を巻いていると言うことは、もう見た目を繕うことすら難しいのか。

 包帯を巻き終えた「ナイチンゲール」が手を差し出す

 

「……行きましょう」

「そっか。あなたは、「ジャック」の、エヴァの――」

 

 言葉とともに手を取ろうとした瞬間、皆がいるはずの方から光と熱が浴びせられた。

 

「あれは……」

 

 真上に立ち上る炎は、ゆっくりと向きを変え、地平線の向こうから押し寄せる侵略体の群れに叩きつけられた。

 炎の轟音と、数多の侵略体の断末魔が入り混じり、怖気がするようなハーモニーを奏でている。だが、その炎の熱は、自分がまき散らしていたものとは違う。憎しみと、怒りに任せたものではない。

 守るために。

 敵を、寄せ付けないために。

 

「「ジャンヌ」!」

 

 思わず走り出していた。

 疲労は限界に達している。あちこちの傷が痛い。先ほどまでのように、怒りが体に鞭打ってくれるわけでもない。

 よろめきながら、みっともなく、それでも仲間のもとへと走る。

 

「いやだよ……!」

 

  *

 

「「信長」!」

 

 「ナイチンゲール」は、走り出した「信長」を呼び止めるも、止まる気配はない。心身ともに限界を超えているはずなのに。

 彼女を追うべきか、迷う。

 防護服に身を包まず、この翼を背負った状態で皆に姿をさらせば、今までの秘密が全て台無しになる。そうしてでも――翼?

 

「何故、消えていない?」

 

 「信長」は守ったはずだ。だがモード・夜鳴鶯(ナイチンゲール)は解除されていない。それが意味することとは。

 慌てて、眼に力を籠める。鶏頭図(円グラフ)を模したターゲットサイトが、世界の危機となる場所を示している。

 

「あそこは――」

 

 目を疑う。だが、行かなくては。もはや秘密を惜しんでいられる状況ではない。

 何より――。

 今回は、自分から飛んだわけではない。

 ヤヴィンで待機している時、唐突にエヴァから()()()()()()感覚を覚えた。そして一瞬遅れて、「声」が自分を呼んでいるのが分かった。

 ならば、自分の役目は終わりつつあるのかもしれない。

 それでも、今見えているものをどうにかしなくては。

 

「早まらないで――」

 

 「ナイチンゲール」は翼を広げ、「信長」の後を追った。

 

  *

 

 どうにか駆けつけた真緒の眼に映るのは、炎と、それを茫然と眺める一同だった。

 

「これは……どうなってるの?」

「え? 「信長」! 無事でよかった!」

「「三蔵」! それより、あれって――!」

 

 自分の雰囲気が変わってしまったのを感じたのだろう。「三蔵」は戸惑いつつも教えてくれた。

 

「ええ。「ジャンヌ」よ」

「そんな! 止めなきゃ!」

 

 そんな自分に「李書文」が言う。

 

「止めると? 今まで自分がなりふり構わずやっておいて、急にどうした」

「でも、あんなの……死んじゃうよ!」

「ほう。だから止めようと?」

 

 「李書文」が吠える。

 

「そう言ってきた仲間の声を何度無視した!?」

 

 言い返せない。そうだ。さっき、死にかけて、やっと恐怖を覚えるまで、ずっと自分は自暴自棄だった。

 それでも。

 

「仲間が死ぬのは、いや……!」

「――やむを得んか」

 

 「李書文」は一足飛びで「ジャンヌ」の横へと踏み込むと、槍を振るって彼女の手から剣を弾き飛ばした。

 ふっつりと炎が途絶える。そして、「ジャンヌ」自身が力尽きたからだろう。彼女を縛り付けていたAUウェポンが砕け散り、その細い体が倒れようとする。

 

「「ジャンヌ」!」

「……生きてはおるな」

 

 「ジャンヌ」を受け止めた「李書文」が、ボロボロの彼女を連れてこちらにやって来た。肌はあちこちが酷いやけどだ。長くて立派だった金色の髪も燃え落ちて、本当に――。

 

「う、ぐ……」

 

 もう、どうしようもない。

 失った二人のために、なりふり構わず戦っていたのに。

 それで死にそうになったら怖くなって。

 今更のように皆が傷つくのが嫌になって。

 「ジャンヌ」も「アヴィケブロン」もボロボロになって。

 どうしようもなく、最低だ。

 

「……そいつの手当てをしておれ。おい、お師さん! すぐに敵も突っ込みなおしてくるぞ! 用意を!」

「え、ええ! 戦車隊! 整列して!」

 

 「ジャンヌ」の炎でも敵勢を削り切ることはできなかったらしい。ただただ泣きじゃくる自分をよそに、周囲は戦闘態勢を立て直そうとしている。

 それなのに、自分はどうして。

 全部空振りで、裏目に出て。どうしようもなくて。

 藤丸さんと沖田のために死んであげることすらできなくて。

 仲間のために止まることさえもできなくて。

 このざまだ。

 

「最低だ。もう……生きていたくないよ」

『ほう』

 

 自分の内側から声がする。

 

『ならばその体――要らぬのだな?』

 

 ずっと自分の背中を押してきた力が、眼に灯って来た熱さが、弱り切った意志を飲み込んでいく。

 

  *

 

「「信長」!」

 

 周囲が呆気にとられる中、翼を羽ばたかせて「ナイチンゲール」は「信長」のもとへ降り立った。

 「信長」はうつむいたまま動かない。彼女の前には、酷いやけどを負った「ジャンヌ」がいる。とにかくこちらからだ。ランプの光を「ジャンヌ」に当てつつ、「信長」の肩を揺らす。

 

「ショックは分かります。でも……止まっていては危険です。今すぐ、後ろに……」

『なんじゃ、貴様は』

 

 驚きに目を見開く。その声は、小柄な少女に似つかわしくない、低くしゃがれたものだった。

 そしてどこからともなく現れた銃が、自分の腹に突き付けられ――。

 

  *

 

 突然の「ナイチンゲール」の登場に驚いていた一度を、さらなる驚きが襲った。

 うつむいた「信長」がどこからともなく銃を取り出し、「ナイチンゲール」の腹を撃ったのだ。

 

『気安いな、貴様。わしを誰と心得ておる』

 

 ゆらり、と立ち上がる「信長」の顔には、彼女のウェポンの一部である仮面が張り付いていた。その眼は地獄の炎のように赤く輝いており、ただ事ではないことをうかがわせた。

 

『第六天魔王波旬、織田信長なるぞ』

「「信長」!? それに、アレ、どうなって……」

 

 それだけではない。撃たれた「ナイチンゲール」もだ。

 なぜか防護服も身に着けず、更に巨大な翼を背負っている彼女を皆が気にしていた。もともとDOGOOの古参ということもあり、何か事情があると踏んでいたものも多かっただろう。

 だが、決定的な異常がそこにあった。

 撃たれた「ナイチンゲール」の脇腹が、まるでガラスのように砕けているのだ。そこからは一滴の血も落ちず、無機質な断面が覗いている。

 「信長」に向かい合うように立ち上がる彼女は、そんな状態だというのに、汗一つ浮かべていない。

 ただ、「ジャック・ザ・リッパー」が持っているはずの巨大なナイフを「信長」に突き付け、顔をゆがめながら叫んだ。

 

「織田信長! あなたを――切除します!!」

 



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三十八ノ銃 魔王

 

 1796年、パリ。

 

「遺伝子……そんなものがあるとすれば、なるほど、納得のいく話です」

「そうだろう?」

 

 名門、サンソンの屋敷の地下で、すでに隠居の身であるシャルル=アンリ・サンソンは奇妙な客人をもてなしていた。

 彼は宇宙からやって来たのだという。そして地球の未来のために、戦士となるものを探していると――。

 すでに彼の手元にあるフラスコの中に、自分の血は収まっている。三千人近くの命を奪って来た自分の力が後世の役に立つのだとすれば、願ってもない話だ。

 珍しく協力的な相手に機嫌をよくしたのか、客人はいろいろな話を聞かせてくれた。ともすると、この先百年以上の科学史が書き換わってしまいかねないようなことまで。

 

「その遺伝子……つまり人体の設計図が細胞の一つ一つに収まっていると。納得できる話です。血のつながりがあるものたちは、その体のつくりや、場合によっては病気のかかり方まで似通っていることがあった。それを決める何かをずっと探していましたが、眼に見えないほど小さなものなのですね」

「そういうわけだ」

「いえ、待ってください。だとすると……命の本質とは、その遺伝子なのでは? 血をつなぐため、命は生きている……ならばこの体は、遺伝子の乗り物に過ぎない? ただ単に増えるのではなく、多くの生き物が雌雄を決めて遺伝子を交わらせるのは、多様性を得るため? そうか、そうすればその多様性でもって環境の変化に耐えることができる。そうして生き残った者たちがまた新たな遺伝子を残し、場合によっては枝分かれし――」

「それを進化と言う」

「進化、ですか」

「大したものだ。これだけのヒントでここまで推論できるとは」

「先ほど言った通り、多くの人間を見て来た結果ですよ。生きているものも、死んでいるものも……」

 

 サンソンの背後、いや、部屋中を埋め尽くす本棚には、膨大な資料が収まっていた。この資料から導き出された医術は、神秘から抜け出せずにいた時代の医療の常識をとっくに追い抜いていた。

 

「まさしく君は傑物だよ」

「傑物?」

「そう。先ほど言った進化だが、それでも例外と言うものがある。普通に進化の道筋をなぞっていてもたどり着けない存在。良くも悪くも枠から外れた存在と言うものが生まれ落ちることがある」

「ジャンヌ・ダルクのような?」

「……そんなところだ」

 

 明言を避けたが、今こうして面と向かっている以上、彼がかの聖女と対面したことがあるとサンソンは確信した。

 

「そしてイレギュラーな存在である傑物は、進化の道筋を追ってくる敵への対抗手段となる。君の遺伝子も役に立ってくれるだろう」

 

 フラスコの中で自分の血がちゃぷんと揺れる。医師として、処刑人として、それを不気味とは思わなかった。

 

「それをどうするのですか?」

「進化侵略体と戦うための特殊遺伝子――E遺伝子へと改造する。そして、その時が来るまで、適応者の血脈に乗せて未来へと運んでもらう」

「改造とは、どのような?」

「そうだな。色々あるが、一番大事なのは、その第一目的を『進化侵略体の殺害』に変えることだ」

 

 思わずサンソンは椅子を蹴って立ち上がった。老いた体が痛むが、しかし。

 

「それは――遺伝子の本来の目的は、さっきの話が確かなら『生き残ること』のはず! それより優先させるのですか?」

「そうだ」

「それは――肉体と言う船に、危険な同乗者を乗せることになる。もしものことがあれば!」

「無いはずだ。ごくごく僅か、無視できる程度の可能性でしかない。確かにE遺伝子は肉体の安全よりも侵略体の駆逐を優先とするだろう。それでも、肉体の持ち主自身の持つ本来の生存本能が、その危険な同乗者を抑え込んでくれるはずだ」

「……やむを得ないのですか」

「ああ。時間がない。私の星から持ち出せた技術も、機材も、完全ではない。何度となくシミュレートした最善がこれだ」

「……その未来が訪れないことを願いつつも、聞かせてください。もしも。もしも、その生存本能(ストッパー)が外れてしまったなら、どうするのですか?」

「その時は――」

 

  *

 

 ナイチンゲールは「織田信長」――いや、織田信長に叫んだ。

 

「肉体を持ち主に返しなさい! 自分が何者か、分かっているでしょう!」

『そちらこそ。おかしなものよなあ? 貴様もわしと同じであろうに……』

 

 信長が手を一振りすると、どこからともなく無数の火縄銃が現れた。支えるものもなく、宙を埋め尽くさんばかりに湧き出た銃に周囲がどよめく。

 

侵略体(てき)を滅ぼす。拒むならば――貴様も敵じゃ』

「切除します!」

 

 銃弾の雨が降り注ぐ。今まで「信長」が扱っていたものとは比べ物にならない。一発一発が致命傷になる。

 だが、眼に全神経を集中させる。スローに見える光景の中、辛うじて縫える隙間がある。

 

「そこ!」

 

 右に、左に、上空に、地上すれすれに――直線と曲線を複雑に組み合わせたアクロバティックな飛行。銃弾の雨をかいくぐり、その胸にナイフを突き立てる――。

 

『ぬるい』

 

 だが、完璧なタイミングで信長が身をひるがえし、回し蹴りをナイチンゲールの顔面に叩き込んだ。

 頭の右側に巻いていた包帯がほどけ、その下のひび割れた顔がむき出しになる。

 地面に放り出された自分の手足を容赦なく追撃の銃弾が射抜く。固く乾いた音がして、手首と足から先が木っ端みじんに砕け散った。

 

「がっ……」

『ぬるい、ぬるい。所詮は医者か。まっすぐ飛び込んでくるとはのう』

「まっすぐ、ですって?」

 

 あの複雑な飛行でようやくかいくぐった銃弾の雨が、全て計算のうち?

 第六天魔王、織田信長。これが本物。生きるか死ぬかの時代を駆け抜けた猛将――。

 だが。

 

「その体を、開放しなさい……!!」

『ならぬ。この娘は、この体が要らぬと言った。ならばわしはその本懐を果たすまで』

 

 今更のように、地響きが伝わって来た。

 

『彼奴等を一匹残らず殺すまでよ……!』

 

 進化侵略体の群れがやってきているのだ。

 と、その時、信長の体を無数の光の輪が拘束した。

 

『これは……!』

「なんだかわからないけれど、加勢するわ!」

「「玄奘三蔵」!」

 

 続いて三人の男たちも飛び出す。

 

「とにかく、大人しくさせりゃいいんだよな!?」

「手加減はするが、保証はできんぞ……!」

「不可解なれど、加勢すべし!」

 

 信長が彼らの一人、「長可」を見て目を見開き、叫んだ。

 

『わしに牙をむくか! なぁぁぁがぁぁぁよぉしぃいいいいいい!!』

 

 その体から感じる威圧が一気に膨れ上がった。

 

  *

 

「こちら第一小隊! 通じてる!?」

『ザッ……ザザッ、ちら、部――こちら本部! 第一小隊か!? 通じましたよ、指令!』

 

 サンノゼから2㎞地点。爆風にあおられ、不時着したヘリからどうにか降りた第一小隊の面々は、ようやく本部への通信を捕まえた。「ビリー」が代表して状況を説明する

 

『そちらの状況は!? ヘリで移動していたはずですが――』

「サンノゼから2㎞地点に落ちた。さっきの爆風でね……」

『全員無事ですか!?』

「どうにか。だけど……」

 

 「ジェロニモ」は深刻な顔をして、行く末を見ている。「メリエス」は怯え切っているし、「ロボ」も大人しくしていた。

 物陰に隠れる自分たちなど目もくれず、大量の侵略体の群れがサンノゼ方面へと突き進んでいく。

 

「これはマズいよ。サンフランシスコ方面から防衛線に向かって数え切れないほどの侵略体が移動してる。僕らだけじゃどうにもならない」

『防衛線の様子は!?』

「分からない。そっちからの通信は?」

『まだ復旧していません』

「そうか。……さっき、大きな炎が見えた。それで一度足止めされたようだけど、それも止んだよ。」

『……! 指令!』

『出動可能なホルダーに緊急招集を! それからサンノゼの状況を――』

『――人間――』

「え?」

『「ビリー」、何か言いましたか?』

『――五十年――』

「いや、そっちこそ」

 

 その時、サンノゼの方へとカメラを向け、何とか状況を見ようとしていた「メリエス」が悲鳴を上げた。

 

「な、な、なんじゃありゃあ!」

「どうした!? サンノゼは無事なのか!?」

「いやもうそんなアレコレじゃなくてもうわけわかんなくて――見て!」

 

 「メリエス」が投射したものを見て、その場の全員の意見が即座に一致した。

 「ロボ」がウェポンを発動して巨大な狼の姿になる。「メリエス」を担ぎ上げた「ジェロニモ」と「ビリー」が乗ると、彼は即座にサンノゼの方へと向かって走り出した。

 侵略体たちと並走する形だが、奴らはこちらに目もくれない。それどころではないのだろう。あちこちで伝令役の鳴き声が飛び交っている。

 

「司令部! サンノゼで何かが起きてる! 映像送った! もうすぐ肉眼でとらえられる!」

『え、映像確認しました――それと、進行方向に巨大なE遺伝子反応が現出!』

『――下天のうちをくらぶれば――』

『遺伝子紀元、1582年です!!』

『――夢――幻の――ごとく――』

 

 通信に割り込む歌。その遺伝子紀元。それが確かなら――。

 

「あれが、「織田信長」だっていうのかい……?」

 

 サンノゼの方で立ち上がった姿は、優に10メートルを超えていた。

 その身を形作っている、奇妙に捻じ曲がった骨格とワイヤ―のようなものは、よくよく見れば「織田信長」の身に着けていたウェポンの意匠と似ている。しかしその姿は異形としか言いようがなく、帯と銃のパーツがめちゃくちゃに組み合わさって出来た人型は、進化侵略体など及びもつかない禍々しさを放っていた。

 その右腕は五メートルを超えるほどに巨大化した一ノ銃。

 左手は火縄銃の群れがいびつな翼のようなものを形作り、旗印たる永楽通宝がねじ込まれている。

 そして何より、その顔面部。

 ワイヤーに絡み取られた「信長」と、その顔に張り付いている仮面。

 本来砲台として動いていたその仮面は、今は血走った眼玉で眼下を見下ろし、そこに意志が宿っていることを隠そうともしていない。

 

『わしは第六天魔王波旬、織田信長なるぞ!!』

 

  *

 

 ナイチンゲールは、歪に変形した「信長」を上空から見下ろして歯噛みした。

 E遺伝子がとうとう人の形を逸脱している。武器の威力も増すばかりだろう。このままでは――彼女の体が耐え切れなくなる。

 

「織田信長!」

 

 イチかバチか突っ込もうとしたとき、仮面が()()()()とこちらを向き、口を開いた。

 

「しまっ――」

 

 咄嗟に背中のランプから「ジャック」を脱出させる。行き先を考えている暇はない。信長の口に仕込まれた銃が火を噴いたのは、「ジャック」を切り離したまさにその瞬間だった。

 腹から下の感覚が途切れる。とうとう真っ二つになったらしい。羽も砕け、宙に放り出される。

 

「「ナイチンゲール」!!」

「「ナイチンゲール」さん!」

 

 誰かの叫ぶ声がする。だが、もはや自分にできることはなく。

 

「エヴァ――あなたが、どうか、一人で飛べるまでに、育ってくれていることを願います」

『最後に鳴くか、(うぐいす)

「――情けない母で、ごめんなさい」

 

 次の一撃で、ナイチンゲールの意識は完全に砕け散った。

 

  *

 

 落ちて来た「ジャック」を受け止めた「ジェロニモ」は、ただただ目の前の光景を見るしかなかった。

 事情は分からない。だが、「ナイチンゲール」はもう助からない。あの化け物のようになってしまった「信長」は、「ナイチンゲール」を仕留めたのに満足したのか、こちらから意識を逸らしている。

 向かう先は――敵だ。

 押し寄せる進化侵略体へと、歪な巨人が右腕の銃を向けた。

 

『便利なものよな。願えば(つつ)がいくらでも強くなる――なぜこの体はそうせぬ? うつけか?』

 

 メキメキと音を立て、ただでさえ巨大な銃が更に大きく、強く、歪に変形していく。

 

『敵の数が圧倒的ならば――それを圧倒する火力を用意すればよい!』

 

 大砲としか言いようのない大きさとなった銃の先端に光が灯る。そして、その分だけ――。

 

「まずい! あんなものを撃ったら、「信長」の体が耐えられん!」

「オペレーター! AUボールをシャットダウンして!」

『そ、それが――できません』

 

 オペレーターの報告に一同がざわめく。

 

『25号ボールにシグナルがありません! 今の「信長」は、ボール無しでウェポンを発動しているんです!』

『そんな……』

 

 通信機の向こうで、指令の悲痛な声が漏れた。

 

『こんなものが、E遺伝子だというの……?』

 

 第六天魔王は止まらない。

 その本懐を果たすため、敵を根絶やしにするため。

 ただ、一発を放った。

 もはや銃弾ではない、極太の光線と化したその威力は、地面を揺らし、大気を歪ませ、一直線に進化侵略体の群れをぶち抜いた。

 装甲の有無も関係ない。物量の多さも気に留めない。ただただ、圧倒的な威力でもって群れを蹂躙する。

 たった一発ですべてがひっくり返った。

 地平線の向こうまで続く侵略体の群れが丸ごと地上から消えた。残り火が燃える光線の軌跡に、一拍遅れて侵略体の残骸がボトボトと降り注ぐ。

 もはや歴然だ。敵の勢力は取り返しのつかない大打撃を受けた。

 だがその代償は――。

 

「ぐっ、が、あ」

 

 意識のないままの「信長」の全身から血が噴き出した。

 

『是非も無し』

 

 魔王はそれを意に介さず、満足げに呟いた。

 



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三十九ノ銃 声

 

 DOGOO指令室。

 リアルタイムで反映される映像の中。サンノゼにて、魔王が一撃を放った。

 通信機の向こうから響く轟音が機器という機器をハウリングさせる。カメラがとらえた光がモニターを通して一同に降り注ぐ。

 そして、その音と光が止んだ時。

 

「偵察機より報告! 敵損耗率68%! 進行速度低下――敵後続部隊、撤退していきます!」

 

 敵の撤退。サンノゼの防衛に成功したというその報告に、素直に歓喜の声をあげる者はいなかった。

 広がるのは、ただただどよめきだ。

 戸惑いつつも撤収と対処の指示を開始したオペレーターたちを眼下に、指令は土偶に問いかけた。

 

「あれは……どういうことですか? あなたは知っていたのですか?」

「……すまない。ああなる可能性は、無視できるほど小さいはずだったのに……タガが、外れてしまったんだ」

「タガが?」

「AUボールは、ホルダーが持っている力を増幅し、安定させる器具に過ぎない。つまり理論上はボールが無くてもウェポンの形成は可能だが、しかし――同時に、安全装置でもあった」

「では、ボールを使っていない今の彼女は――」

「ああ。彼女の体を奪った織田信長のE遺伝子を止めるすべはない」

「そんな! では、彼女はどうなるのですか!?」

「……二択だ。外部から止められるか、さもなくば――」

 

 モニターに映る「織田信長」は、異形の巨人に磔にされたまま、全身から血を流していた。

 その行く末は。

 指令は一歩踏み出し、オペレーターたちに指示を出すべく息を吸い込んだ。だが。

 

「どうするつもりだ」

「……決まっています。止めさせるんです」

「……こうなっては。もう、どうしようもない。本当の意味で、生きることを投げ出してしまう人間がいるなんて、思わなかったんだ。だから――」

 

 指令はその言葉に、杖を思いきり振りかぶった。

 ガン、と場違いに響いた大きな音に一同が驚く。一番驚いたのは、叩かれたカプセルの中にいた土偶自身だった。

 

「……そうだったな。君は、そういう人だった」

「ええ。だから私を選んだのでしょう」

「そうだな。()()。頼むよ」

「ええ」

 

 指令は改めてオペレーターたちに向き直ると、指示を飛ばした。

 

「全ホルダーに通達! 進化侵略体に警戒しつつ、「織田信長」の救出を!」

 

 その言葉に、オペレーターたちは一瞬顔を見合わせたが。

 

「……はい!」

「了解しました!」

「聞こえますか!? 動けるメンバーは――」

 

 直ちに状況が再開された。

 

  *

 

 にわかに活気づいた指令室の隅で、一人「フーヴァー」は苦い顔をしていた。

 不可解だ。何もかもが、分からないことだらけだ。

 オペレーターたちの状況整理の補佐はウェポンである書斎に任せつつ、自分自身の頭で考えを進めていく。そんな場合ではない。「信長」の危機であると分かっていても、今考えざるを得ないことがある。

 DOGOOという組織、そしてその抱える人材たちについて。

 

「四年前、だったか」

 

 自分がDOGOOに属し、特殊班に属したころには、世間には公表こそされていなかったが、DOGOOと言う組織自体はすっかり出来上がっていた。

 超国家機関として進化侵略体の対処に当たるという性質上、DOGOOの中心にあるのはAUホルダーたちであるかのように各国は報じている。組織の中にいても、結局前線で動くのが彼らである以上、その意識は強い。

 だが、もとをたどればホルダーたちを作ったのは土偶だ。指令と土偶ではなく、土偶だ。それが分かる。土偶と指令の会話を何度か耳に挟んだだけで、彼らがすべての情報を共有しているわけではないとわかる。サンジェルマンに至っては、それよりもう一歩遠い位置にいるだろう。

 そもそも、指令は人間だ。そういう意味では、土偶とは違う。地球で――現地でスカウトした人材と言う意味では、指令もまた、AUホルダーたちとは本質は変わらない。

 土偶しか知らないことがある。そのことが、今日までに生じた疑問を解くカギとなる。

 「ジャック」と「ナイチンゲール」の関係。

 「ダ・ヴィンチ」や「シェイクスピア」ら古参の持つ奇妙な雰囲気。

 そして、今日の「信長」の暴走。

 

「だが、まずは――生きて帰って来い、馬鹿者」

 

 届かないとわかってなお、「フーヴァー」は画面の向こうの「信長」をにらんだ。

 

  *

 

 敵が退いていく。それを見て、異形の魔王は声をこぼした。

 

『ほう。退くのかよ』

「おい、まだ動くぞ、こいつ!」

 

 そんな眼下の声を無視し、魔王は侵略体の群れへと向かう。己の本懐を成し遂げるために。

 

『進撃ぞ!』

 

 だが、敵もやられるままではない。すかさず背中に棘をはやした四足の恐竜の一団が魔王に立ちはだかると、その背から棘を発射した。その標的は魔王の中心――つまり「信長」だ。

 だがそこをやられてはマズいと魔王も分かっているのか、周囲のホルダーたちが動くより先に、火縄銃の群れである左腕を薙ぎ払った。一発一発が戦車を潰しかねない棘のミサイルたちが、あっさりとあしらわられる。

 

『片腹痛きかな!』

 

 そして、再び右腕の砲を構えた。しかし――。

 

『ぬう!?』

「それ以上はやらせない!」

 

 「玄奘三蔵」のウェポンが作る光の環だ。それが魔王の右腕をがんじがらめにして離さない。

 

「今のうちに!」

「応とも! 動けるものは続け!」

 

 「李書文」ら、動ける人員が率先して動き、殿と務める侵略体たちを蹴散らしていく。

 

「敵は撤退している! これ以上こいつに撃たせるな! さもなくば「信長」の身がもたん!」

『おのれ、邪魔だてを!』

 

 その言葉とともに魔王が身を震わせた途端、周囲の光景が()()()()()()()

 周りはこれまでの戦いと「水爆型」の爆発により、ボロボロの瓦礫が散乱するばかりの寂しい場所になっていた。だが、それが一瞬にして、炎を噴き上げる戦場へと変貌した。

 

「なっ……!」

 

 錯覚かと思うほどの急激な光景の変化。しかし気のせいではない。肌が焦げる。のどが焼ける。眼が痛む。汗が吹き出し、指先から灼熱にむしばまれていく。

 視界の端で、侵略体たちも同じようにもがき苦しんでいた。さらに。

 

「お師さん!」

 

 今日だけで何度目の無茶をしたのか。「三蔵」が膝をつき、魔王の戒めが弱まった。

 

『ふん』

 

 軽い身震いで光輪が砕け散る。魔王は悠々と灼熱地獄を進み、侵略体を追い始めた。

 「李書文」は「三蔵」のもとに駆け寄り抱き起こした。朦朧としている。仕方ない。持ち歩いている水筒の水を彼女の顔に浴びせた。

 

「お師さん!」

「うぐ……う。なに、コレ。熱い、熱い……」

「あまりしゃべるな! 喉が焼ける!」

 

 介抱している「李書文」ですらつらい状況だ。だが――。

 戦車隊から入った通信に、耳を疑った。

 

『「李書文」!? いきなりどうしたんだ!?』

「いきなり、だと!? 見てわからんのか!」

『いや、先ほどと、なにも……』

「なに?」

 

 もしや、E遺伝子ホルダーと侵略体にしか効いていないのか。だとすると――。

 

  *

 

「う、ぐ」

 

 「ジャック」は「ジェロニモ」の腕の中で目を覚ました。

 

「目が覚めたか。すまない。この熱さは――」

「わかるよ……」

 

 分かる。何度も肌で感じたことがある。

 マオが怒った時に放つものだ。アレは錯覚じゃなかった。「織田信長」としての能力の一端だったんだ。

 

「マオ……」

「動くな。さっき、「ナイチンゲール」のランプから放り出されたばかりで――こちらも、よくわかっていないのだが」

「「ナイチンゲール」……お母さん」

 

 そうだ。思い出した。

 自分はマオを救うために、グライダーで飛んでいたんだ。それで、翼が欲しいって思って、急に『声』が聞こえて――。

 

「あ――」

 

 見える。

 聞こえる。

 自分がいま、どうすべきか。でもそれは――。

 

「嫌!」

「「ジャック」? どうした」

 

 逃げるように、「ジェロニモ」の手を振り払う。急に支えを失って倒れる。それでも、眼は勝手にそっちを向いていた。

 見える。

 遠く、歪な巨人にとらわれたマオの左胸に。

 聞こえる。

 背後から、どうすべきを告げる声が――。

 

「嫌! こんなものを見せないで!」

『分かっているのでしょう』

 

 背後にいるのは――お母さんだ。今までの、切り裂きジャックとしてじゃない。間違いない。これが本当のおかあさん(ナイチンゲール)だ。

 

『先ほど、体を失って、ようやくもとに戻りました。かつて分かれた、切り裂きジャックとしての私と、ナイチンゲールとしての私が一つになったのです。だから――見えるはずです』

「嫌だよ!」

 

 円グラフ(鶏頭図)を模したターゲットサイトが、くっきりとマオの左胸に重なっている。

 

「何をさせたいの!? だって、あそこは――死んじゃうよ!」

『あそこを刺す以外、あれは止まりません。地球のためにあれを止めなくては』

「どうして――おかあさん、どうして!」

『救いなさい! エヴァ・ミューアヘッド!』

 

 その声が示す先。今もまさにマオの体がボロボロになっていく。血がこぼれていく。でも――。

 

「嫌だ! こんなものを見せないで! お母さん!」

 

 叫んだ瞬間。自分の眼に、どこかからか光が浴びせられた。

 

「え?」

 

 「メリエス」だ。「ビリー」が指さすままに、ウェポンであるカメラから出る光をこちらに向けている。

 

「び、「ビリー」さん。本当にこれでいいんですか?」

「ああ。思った通り。()()()()ってわけだ」

 

 「メリエス」の光が写し取ったターゲットサイトが現実へと反映される。マオの胸に、転写されたターゲットが重なり――。

 

「ダメ!」

「決めてたんだ。次はためらわない。外さないってね」

 

 「ジャック」が目を閉じるより、「ビリー」が引き金を引く方が早かった。

 侵略体を追っていた魔王の意識のスキを突く銃撃は、間違いなくマオの左胸を捕らえた。

 血の花が咲く。

 魔王が崩れ落ちていく。

 戦場から幻の熱が消えていく。

 

「い――いやあああああああ!!」

 

 「ジャック」の叫びが戦場に響いた。

 



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四十ノ銃 喪失

 体中が痛い。真緒はそう思った。

 眼が覚めて、眼を開くよりも先に感じたのは、全身にまとわりつく痛みだった。傷としての痛みもあちこちに感じるが、それ以上に、とてつもない無理をやらかした代償なのだということを否応なしに理解させられる質の痛みだった。

 

「ここは……」

 

 ぼんやりと天井を見上げながら、思わずと言った風に呟いた言葉。それに応える声があった。

 

「「ヤヴィン」の病院だ、「信長」――いや、六天真緒」

「「フーヴァー」……?」

 

 自分が寝ているベッドの横で、不機嫌そうに足を組んで椅子に座っている。その視線はいつも以上に険しく、重い。その目線に見下ろされたままでいるのは居心地が悪かった。

 なんとか体は動く。上半身を起こし、目線を彼女と合わせた。

 

「私は、一体」

「お前の体は……異常活性化したE遺伝子に乗っ取られた。前面に出た織田信長の力は、サンノゼに迫っていた侵略体を撃退した。その全身の傷は、その際の反動によるものだ」

「反動……」

「覚えているか? E遺伝子が、お前の限界を超えて力を使ったせいだ。そして……その左胸の傷」

 

 おぼろげだが、覚えている。気を失う寸前――。

 「ビリー」の眼光と、胸を貫いた弾丸。

 ならばなぜ、自分は無事なのか?

 

「活性化したE遺伝子は、心臓の近くに疑似的な臓器を作り出し、体を操作する中心としていた。AUボールの代わりのようなものか……そして、「ビリー」はその一点を貫き、E遺伝子を含んだ血液を体外に排出させることで、暴走を止めた」

「そんなことが」

「「ビリー」自身は、直感に従って動いただけだと言っている。そのポイントを示したのは、「ジャック」だ。なぜ彼女の眼に、貫くべき場所が映り込んでいたのか――」

「「ジャック」――エヴァは、今、どうしてるの?」

「茫然自失だ。……何を言っても聞く耳持たない。お母さん、お母さんと呟くばかり……」

 

 「フーヴァー」は深々とため息をついた。

 

「全く、お前ら第二小隊は謎だらけだ。「ジャック」と言い、「ジャンヌ」もあんな奥の手を隠していた……。そして、お前もだ」

「私? 私は……」

「六天真緒」

 

 「フーヴァー」はコードネームではなく、本名で真緒を呼んだ。その意味とは。

 

「お前はもう、「織田信長」ではない」

「…………」

「さっき言った通り、E遺伝子はほとんどが体外に排出された……。三か月前、サンフランシスコのキャンプで聞かせた構想も丸つぶれだ。お前の力が本当に必要だったんだ。戦士ではなく、軍師として!」

 

 「フーヴァー」の声が段々と熱を帯びる。

 

「ストーンフォレストの時……! そう、あの時、私が最後はサポートしてやったとはいえ、今後の趨勢を決するあの戦いで、お前はあの作戦を打ち立てた! 私の判断は間違ってなかった! だからこそ、お前に後方で戦うことを提案したんだ! なのにお前は、死に急いで、挙句にE遺伝子まで失くした! 初めて! 私一人ではできないと、そう結論を出したのに、お前は!」

「……だって、あの時は」

 

 そう、あの時は。二人を失ったばかりのあの時に、後方で作戦を立てるだけだなんて、とても受け入れられなかった。

 

「戦うのをやめるなんて、出来なかったよ」

「だから考えなしだっていうんだ、お前は……!」

 

 「フーヴァー」は真緒の胸ぐらをつかみ上げた。

 

「私の誘いを蹴って戦いに行くなら、死んで帰ってくるなんて許さなかった! なのにお前は……もう、戦えない。命を拾っても、もう、「織田信長」としては……」

 

 「フーヴァー」が力なく項垂れたとき、指令がドアを開けて病室に入って来た。

 

「……話は済みましたか?」

「……イエス、マム」

 

 肩を落とし、無言のまま「フーヴァー」は立ち去った。

 

「何か、用ですか」

「ええ。……お話があります」

「それは……」

 

 予想はできていた。

 

「六天真緒。あなたに、DOGOO除隊を命じます」

 

  *

 

 撤退から丸一日。「信長」が目を覚ましたという報告が、ようやく一同の間に張り詰めていた空気をほぐしてくれた。

 だからこそ、と言おうか。彼女の身を案じる方が先だ、と先送りにしていた感情がぶり返してくる。

 

「……「ビリー」」

「何だい、「ジェロニモ」」

「お前はあの判断が正しかったと思うか」

 

 「ジェロニモ」の重々しい問いに、問われた「ビリー」ではなく、部屋の隅の「メリエス」がびくりと肩を震わせた。「ビリー」の言うままに、「ジャック」の瞳を映したことを気にしているのだろう。

 「ジェロニモ」はあえて「メリエス」を視界の外に追いやり、「ビリー」に一歩近づいた。

 

「答えてくれ」

「……決めてたんだ」

 

 テンガロンハットに隠れ、「ビリー」の表情は伺いづらい。

 

「ストーンフォレストの時さ、「戦艦型」のイカに手玉に取られただろう? あの時、僕が動くべきだった。早撃ち、飛び道具の撃墜、僕の得意分野だ。だけど、あの時C・フォレスターを救ったのは「信長」だった。でも僕が動くべきだったんだ。次はこうしない。……そう決めてた」

「……昨日が、その「次」だとでも」

「ああ」

 

 「ジェロニモ」は「ビリー」の帽子をひったくった。「メリエス」が慌てて止めに入る。

 

「ちょ、「ジェロニモ」さん」

「……その顔を、何故見せない」

 

 「ビリー」の眉間には、後悔と不安が深いシワを刻んでいた。

 

「何故、飄々とふるまう」

「……だってさ、仲間を撃ったんだよ? いろいろ理由はつけたけれど、それは事実だ」

 

 「ビリー」は帽子を奪い返し、しかし被らないまま言葉を続けた。

 

「……多分、本当は「ジャック」の役目だったんだと思う。あの子には、周りに知られていない能力があるんだと思う。昔からしょっちゅう、見えない何かと話してた……。だから、今回のこれも、きっと何か意味があるんだって思って」

「信じたのか」

「信じるしかなかった。他にやるべきことが思い浮かばなかったんだ」

「……頭を、冷やしてくる」

 

 「ジェロニモ」は喫煙所へと向かうことにした。病棟からラウンジの方へと続くドアを開ける。

 

「おっと」

「……「サンソン」?」

 

 意外な人物だった。

 

「こんにちは、「ジェロニモ」。一服ですか?」

「……ああ。何故君がここに?」

「少し、報告したいことがあって」

「残って聞いた方がいいか?」

「いえ。ひとまず、いる人だけに、と思って来たので。ちゃんと後で全員に共有しますから、大丈夫です」

「……そうか、助かる」

 

 そのまま、タバコの自販機があるはずの休憩所へと向かう。すると、もう一度驚くことになった。

 

「……タバコはやめたんじゃなかったのか」

「アメじゃ満足できなくてな」

 

 「フーヴァー」がタバコを吸っているのを見るのはいつ振りだろう。

 

「一本くれるか?」

「ケチるな。大体、誰がこの癖を……まあいい。残りがあると、吸いたくなる」

 

 そう言って「フーヴァー」は箱ごと残りのタバコを投げて来た。ありがたくもらっておく。

 いつもの銘柄だ。

 ただし、火は自分でつけた。

 

「自己嫌悪中、と言う顔だな、「フーヴァー」」

「お前もそうだろう。……プロファイリングするまでもない」

「ああ」

 

 会話が一度途切れた。沈黙は苦に感じない方だが、今は何かを話し続けたかった。だからだろうか、さっき見かけた人物のことが、口に浮かんだ。

 

「そういえば、「サンソン」が来ていたようだが」

「人数不足でな。来てもらった。あいつも今回の調査結果を話したいと言っていたし……」

「……人数?」

「第二小隊は全滅だ。一人はノイローゼ。一人は大やけど。疲労困憊に、E遺伝子の喪失……。第一小隊が四人、第三小隊も四人、「ナイチンゲール」が失踪して、特殊班が二人……あと数分で、サンノゼの警戒のために来る第四小隊が三人――」

「待て、何の話をしている?」

「人の話を聞いていないのか? 人数の話だ」

 

 「フーヴァー」がタブレットをいくつか操作すると、DOGOOの人員の情報が最新の状態に更新された。

 

「……ちょうどいい。今、「アヴィケブロン」が目を覚ました。予後も良好……それと、記録映像の照合の結果、「ナイチンゲール」のKIA(戦死)が確定した。……これで、足りるはずだ」

「何を企んでいる?」

知る権利(ライト・トゥ・ノウ)と言うやつだ。今まで散々振り回されて、鬱憤がたまっている。それをぶつけてやるのさ」

 

  *

 

 真緒との会話を終えた指令が、C・フォレスターに戻ろうとヘリポートに向かおうとしたとき。通路をふさぐように、多くの人影がそこにいるのを認めた。

 

「……あなたたち」

「失礼。直接お話ししたかったもので。待ち伏せしてしまいました」

 

 先頭にいるのは「フーヴァー」だ。

 

「何の用ですか?」

「いくつか知りたいことがあります。あなたたちしか、いや土偶しか知らない事も含まれているかもしれません」

「……そのために、人を集めたのですか?」

「ええ」

 

 「ジェロニモ」、「ビリー」、「メリエス」、「ロボ」。

 「李書文」、「呂布」、「三蔵」、「長可」。

 「ネロ」、「ロビン」、「アマデウス」。

 「フーヴァー」、「サンソン」。

 そして車椅子のままどうにかやってきたという様子の「アヴィケブロン」。

 その彼が不満げに言った。

 

「死にかけの僕を引っ張り出してまで、指令に聞きたいこととは何だ、「フーヴァー」。いい加減話してくれ」

「まあ待て。順番を追って、だ。……ここに、14人のE遺伝子ホルダーがいます。「ナイチンゲール」と「信長」の除隊をもって、全28名となったホルダーのちょうど半数です」

「……確かに、それだけの人数が一丸となって求めれば、大抵の質問には答えなくてはならないでしょうね」

「では、聞きましょう」

 

 「フーヴァー」が言う。

 

「E遺伝子とは、何なのか?」

 

 一瞬の間。指令が唇を噛み、そして意を決して話し出そうとしたとき――。

 

「やあ間に合った間に合った! 抜け駆けとは感心できませんな「フーヴァー」! 我らは兄弟として生を受けたのだ(We came into the world like brother and brother,)手を取り合っていっしょに行こう(And now let's go hand in hand,)抜け駆けなんて無しにして(not one before another.)! E遺伝子とは何なのか、それをお話しする舞台には我らもいなくてはなりますまい! 今こそお話しいたしましょう! だが、裂けろ我が胸(But break, my heart,)口に出せはしない(for I must hold my tongue.)と、かつてしまい込んだ秘密を、今こそ! そう、それは私がサラダのように青臭かったころ(My salad days,)善悪の判断すら未熟で(When I was green in judgement,)愛の熱も知らなかったころ(cold in blood.)……」

「嘘をおっしゃいよ、バード。もうあのころには三十を過ぎていただろう」

 

 名前を言う必要すら感じさせない長台詞が一同を釘付けにした。

 そして彼の隣には黒髪の女性が一人。穏やかな微笑み、ミルクを溶かしたかのような肌、均整の取れた肢体。滅多に見かけることのない彼女の名前を誰かが呼んだ。

 

「「レオナルド・ダ・ヴィンチ」……? 北極の担当では? なぜここに?」

「バードが来いと無理を言うからね」

 

 そう言って隣の「シェイクスピア」を小突いた。

 「フーヴァー」が驚きに目を見開くが、すぐに表情を改めた。

 

「……予定とは違うが、まあいい。どの道お前たちにも聞きたいことがあったんだ。DOGOO最古参、初代第一小隊のメンバーたちにはな。「シェイクスピア」。「ダ・ヴィンチ」。……そして、「コロンブス」」

「……その名前も知っているとは」

 

 指令が驚いた顔で言う。しかし、一同の顔を見直して、ついには決心をしたようだった。

 通信機を取り出し、土偶に通信を飛ばす。

 

「……私です」

『何だい?』

「もう、隠すのやめにしましょう。全てをE遺伝子ホルダーたちに話さなければいけないようです」

 

 沈黙が落ちる。

 

『……そうか。では、私も君に隠していたことを話そう』

 

 その言葉に、一同も驚いていた。土偶と指令は全ての情報を共有しているとばかり思っていたのだろう。

 唯一、「フーヴァー」だけがやはりと言う表情をしていた。

 

「では」

「ええ。……お話ししましょう、全てを」

 

  *

 

 「ヤヴィン」にある一室。「ナイチンゲール」の名前が書かれた部屋には、熱も明かりもなかった。

 布団には糸くずも垢もなかった。床には髪の毛一つなかった。誰かが掃除したわけではない。ずっとそうだったのだ。

 彼女はそういう存在だった。

 

「お母さん……」

 

 でも、彼女とのつながりを求めるにはそこしかなかった。

 「ジャック」は何度も、ぬくもりの名残すらない布団に顔をうずめ、母を求めた。

 

「お母さん……どうして……」

 

 ただ、机の上で、読まれることのない手紙だけが沈黙していた。

 

 ――エヴァへ(Dear Eva.)

 

 




諸事情で煮る切りから筆名を変えようかと思います。しばらく併記し、そのうちに統一します。よろしくお願いいたします。


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四十一ノ銃 クリストファー・コロンブス

 ヤヴィンに設けられた特別会議室。前線であるここには、各地から立体映像を通じてリアルタイムで会議を行う環境が備わっていた。

 そのメインコンソールに向かって各地に通信を行っていた「フーヴァー」が顔を上げた。

 

「やはり、第五小隊と第六小隊は手が離せないようだ。それと……」

 

 その言葉の先を「ダ・ヴィンチ」が引き取った。

 

「まあ、南極は私の方ほど暇じゃないからね」

「そういうことなら、ここにいる連中だけで話を聞くことになる。……まあ、反対意見を述べるホルダーもいなかったからな。あとで全員に共有するとしよう」

 

 「フーヴァー」はそう言い、部屋の中央にいる指令と、土偶の立体映像を見据えた。

 すでに準備はできている。まず、「サンソン」が進み出た。

 

「最初に、今回の戦いと、いままでサンフランシスコで進化してきた侵略体を解剖して得られた情報を通し、見えて来たことを報告したいと思います」

 

 会議室の壁に、今回のサンノゼ防衛線の戦況を示す図が現れた。

 

「注目すべきは「信長」の動きと、それに対する相手の対応。そして「ジャンヌ」のみを選んで邪魔をしたこと……」

 

 最初に侵略体の群れが第三小隊と衝突し、そこに「信長」が割り込んだ。「サンソン」はそのタイミングで映像を止める。

 

「ここ。ここで、敵は「装甲地雷型」を投入してきました。何故でしょう? 足が遅く、局所の破壊に向く侵略体を、ここで投じてきたわけは?」

「考えるまでもない。「信長」の注意を引き付けるためだ」

 

 「フーヴァー」がアメをくわえながら言う。

 

「「装甲地雷型」は「沖田」をやったタイプだ。実際、「信長」は敵の数を減らすより、そいつらを潰すことに注力した。そしてその隙に、前線の侵略体を一度退かせ――ドカンだ」

「ええ。その通りです」

 

 引き付けられた「信長」の前に、丘の上から「水爆型」が転がりおちた。

 

「更に、ここで「ジャンヌ」が前に出て爆発を防ごうとしたところで、飛行タイプの侵略体を大量に投入しての妨害。その結果、「アヴィケブロン」が体を張ってくれなければ、あうやく全滅するところでした」

「つまりこう言いたいのか、「サンソン」」

 

 当の「アヴィケブロン」が指を立て、結論を口にした。

 

「奴らはE遺伝子を詳細に見分けることができる。……確かにあの時、他とは違うタイプの侵略体が号令を放っているのが聞こえた」

 

 「サンソン」が模式図ではなく、実際の戦場で撮られた映像を流すと、ほどなくして『ぷきゃあああああああ……!!』という奇妙な声が響いた。

 

「そう、それだ」

「やはりそうでしたか。このタイプの侵略体は、「斥候型」とでもいうべき能力を持っているようです。数キロ先まで、広い視野で戦場を把握する目と、他の侵略体にはない発達した声帯を持っていました」

 

 画面に映り込んだ侵略体は、他の侵略体のような虚ろな目ではなく、ぎょろぎょろと蠢く巨大な目を備えていた。

 それを見て、「フーヴァー」は自分のこめかみをトントンと叩いた。

 

「私の能力に似ているな」

「ええ。それを踏まえて考えると、相手の目的も推測できます。最初から「水爆型」や飛行タイプの侵略体を投入せず、今回の戦場に不向きな「装甲地雷型」まで持ってきた。それは何故か?」

 

 「サンソン」は一同を見渡した。

 

「「織田信長」の排除。……これまでのサンフランシスコ市街戦で桁違いのスコアを叩きだしてきた彼女を、確実に倒すための作戦だと考えられます。それから……これは、仮説の域を出ないのですが」

「……言ってみろ」

 

 「フーヴァー」の促しに対し、「サンソン」は深くうなずいた。

 

「E遺伝子と侵略体とは、本来同質なものなのではないでしょうか」

 

 一同にどよめきが走った。

 早速「ネロ」が口を出した。

 

「何を根拠に? 余たちの力は、奴らと同じものだと?」

「……ま、あり得る話だ」

 

 しかし、チームメイトの「ロビン」と「アマデウス」はどこか納得した様子だった。

 

「納得いく話だな。毒を以て毒を制す。昔からよくある話じゃねえの」

「じゃあ今回の「斥候型」は僕と「フーヴァー」のハイブリッドってわけだ。いやあ、裏でコツコツ解剖してた甲斐があったねえ、「サンソン」」

「……そうれはどうも」

 

 「サンソン」と「アマデウス」がぎくしゃくし始めたのを見て、「フーヴァー」は話をまとめにかかった。

 

「同郷同士で盛り上がるのはいいが……そういうわけだ。さあ、土偶。何か間違いはあるか」

『……ないとも。その通りだ』

 

 土偶は無駄な言葉を挟まず、あっさりとそれを認めた。

 

『E遺伝子は、傑物から採取した遺伝子に、進化侵略体の遺伝子を組み込み……そして、その方向性を調整したものだ』

「いいだろうか」

 

 そして、その発言に対し、「ジェロニモ」が「ロボ」を伴って歩み出た。

 

「遥かな星から来た民よ。君は、私たちが「ロボ」を保護する時に言ったな。『私にとっても、E遺伝子は未知の部分が多く、実験的な部分が多くある。狼王ロボはその一つだ』と」

『よく、覚えていたものだ』

「それを踏まえたうえで、昨日「信長」の暴走を眼にした。つまり、E遺伝子は完璧なものではないのだな?」

『――ああ。私も、あの時の話をもう一度しよう』

 

 土偶は言った。

 

『E遺伝子の理論が完成したのは、私の星がもう取り返しがつかなくなってからだ。私の故郷以外の星の生物――つまり君たち人類に適用できるかは半信半疑のまま、計画を実行に移すしかなかった。そのために「ロボ」のような試行錯誤を繰り返しもした。傑物の善悪を考慮せず、一つでも多くの可能性を残そうとした』

 

 その言葉に、それぞれの傑物の名を背負うホルダーが進み出て問いを放った。

 

「暴君ネロもか」

『そうだ』

「鬼武蔵も?」

『そうだ』

「人殺しのアウトローも」

『そうだ』

「血まみれの復讐者も、か」

『そうだ』

「そして――かの征服者(コンキスタドール)もですな?」

 

 最後に歩み出たのは「シェイクスピア」だった。

 

『ああ、そうだ』

「だからこそ、あの悲劇が起こったのですな? ああやはり――自然ならざる行動は(The conduct which isn’t natural)自然らざる混乱を生む(bears the confusion which isn’t natural.)わけですな」

 

 「シェイクスピア」が指を鳴らすと、画面に見知らぬ少年の姿が大写しになった。その姿を見て、指令が動揺を見せた。

 

「彼は! やはり、そうなのですね?」

『……ああ。君には隠していた。それに、「ダ・ヴィンチ」と「シェイクスピア」にもだ』

 

 キョトンとする一同を代表して「三蔵」が手を挙げた。

 

「私たちはその人を知らないわ。最初の第一小隊、とか言ってたけど」

「ええ。彼の名は「コロンブス」。吾輩と「ダ・ヴィンチ」の三人で、最初の第一小隊を務めておりました。彼を知るのは、吾輩以外では、「ヴラド」や「ナイチンゲール」などの古参くらいでしょうな」

「……もしかして、「シェイクスピア」が前線を引退したのと関係があるの?」

「ええ。お話しいたしましょう……と、言いたいのですが」

 

 彼の声は震えていた。あの「シェイクスピア」がだ。

 

「吾輩、スランプでしてな」

「だから私を呼んだんだろう? さあバード、下がるといい」

 

 代わりに「ダ・ヴィンチ」が歩み出た。彼女は自分の胸くらいの高さを示し、静かに語りだした。

 

「私たちの知っている限りのことを話そう。あれは今から七年前のこと。私がまだこれくらいの女の子だった時だよ」

「それって……」

 

 その言葉に「ビリー」が反応した。

 

「ああ。君と「ティーチ」はバードが引退したすぐ後に入って来たものね。だったら意識していたとしてもおかしくないか。彼の生まれ故郷はミッドウェー諸島、テグ島だよ」

 

 その名前を聞き、「フーヴァー」がポツリとつぶやいた。

 

「「地図から消えた島」か」

「ああ」

 

 「ダ・ヴィンチ」がうなずく横で、「シェイクスピア」が震える指先を逆の手で握り、息を漏らした。

 

「「コロンブス」の故郷はこの世から消えてしまったんだ。進化侵略体の手によってね」

 



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四十二ノ銃 真実

「「地図から消えた島」……関連があるとは思っていたが、ドンピシャとはな」

 

 待っていたと言わんばかりに「フーヴァー」が情報を出した。画面に映ったのは、奇妙な細長い生き物のスケッチだった。

 

「2006年、テグ島の島民全員が一夜にして姿を消すという怪事件が発生した。その時、たまたま島を出ていた住民の証言では、その少し前から、「奇妙な魚」が魚の網にかかるようになっていたという。その魚のスケッチと思われるのがこれだ。これを描いたアメリカ本土の作家は、島民と一緒に行方不明となった。……そうだな?」

『ああ。これが、進化侵略体による最初の人類への攻撃だ。これを契機にして、各地でE遺伝子ホルダーが目覚め始めた。君たちがそうだ。そして――』

「そう。その時、たまたま隣の島の親戚のところに行っていた少年こそ、のちの「コロンブス」だ」

 

 土偶が答え、「ダ・ヴィンチ」が後を引き継いだ。

 それを聞いて、「ネロ」が声を上げた。

 

「ならば、「コロンブス」は!」

「ああ。彼の侵略体に対する恨みは凄まじいものがあった。翌年、第一小隊を組織し、ジョンストン島沖で出現した「魚雷型」を倒した初陣でも、彼は自分の身を顧みずに戦い続けた」

「それでは……まるで、「信長」のようではないか」

「そうだね。……それと同時に、彼は気になることを言っていた」

 

 そして、続いての「ダ・ヴィンチ」の発言に、何人かがびくりとした。

 

「憎い以外にも、なんだか分からない衝動が、敵を倒せと言ってくると」

 

 ホルダーたちがざわつく。自分たちの身にも覚えがあるのだ。

 ずっと平穏に暮らしてきた自分たちが、何故世界のために戦うことができるのか。理由があるとはいえ、恐怖を押し殺して敵に立ち向かえるのはなぜか。

 そして時折、「ジャック」や「沖田」、「信長」のように、自分の身を顧みない戦士が現れるのはなぜか。

 

「……続きを話そう。「コロンブス」は結局、そのあと、2007年の戦いで重傷を負ってしまった。私たちも戦いに不慣れだった――いや、これは言い訳だね。でもその時、妙なことが起きた」

『……暴走だな』

「そうだ。治療も間に合わず、彼は自分の命を諦めかけていた。故郷すら失い、もう生きる気力がなくなってしまったんだ。その時。彼の口から出た言葉を、はっきりと覚えている」

「……おお」

 

 「ダ・ヴィンチ」の隣で「シェイクスピア」が身震いした。

 

「『じゃあこの体、俺にくれよ』と」

 

 沈黙が落ちる。

 そして、しばらくして「ビリー」が問いを口にした。

 

「それって――まるで「信長」と同じじゃないか」

「そうだ。奇妙な笑みを浮かべた彼は、不気味に変形したAUウェポンを繰り出し、残っていた侵略体を次から次へと倒していった。けれど、どんどん彼の体はボロボロになっていったよ。私たちが止めようとすると、敵とみなして襲って来た」

「必死、だったのです。我々は身を守るほかなかった」

「だから、やるしかなかったんだ」

 

 「ダ・ヴィンチ」がAUウェポンを発動すると、彼女の左手に巨大な籠手が装備された。

 その籠手から無数の紙片が飛び出し、固まり、あっという間に鳥のような飛行機(オーニソプター)を作り上げた。

 

「私の能力は、こうして鏡文字の手記であらゆるものを作り出すこと。今でこそ北極圏を一人で守っているけれどね。当時の私は未熟だった。移動はコロンブスに、そして作った武器を使うのは、「シェイクスピア」の作る兵士に任せていたんだ」

 

 飛行機が無数の紙片に戻り、更に数本の剣や銃を形作った。だが、それを支えるものはなく、虚しく床に落ちて散らばった。

 「シェイクスピア」の作る舞台の道具たちに殺傷能力はない。たとえ銃や剣を携えた兵士たちを作り上げたとしても、敵を倒すことはできない。

 だが、「ダ・ヴィンチ」の作る武器であれば別だ。

 

「私たちは必死に抵抗した。殺されてはならないと。だけど、必死になりすぎたんだ」

「そして、ついに恐れていたことが起きてしまったのです。」

「……ふと、「コロンブス」がよろけた。彼の体も限界に来ていたんだろう。だから、牽制のつもりで繰り出した剣が、当たってしまったんだ。結局、彼は助からなかった」

「吾輩が、やったのです」

「違うって、ずっと言っているだろうに。バード……」

 

 「ダ・ヴィンチ」は一同に向き直った。

 

「こんなことがあったからね。私たちは指令の眼を盗んで土偶に問いただした。だけど……」

『「コロンブス」が何故暴走したのかを話すわけにはいかなかった。E遺伝子ホルダーが自覚を得て、集まり始めていた時期。最も大事な時期に、それを明かすことはできなかった。結局、「コロンブス」はただの戦死として処理することになった。……言い訳は、できない』

 

 それを聞いて、指令は身を震わせた。

 

「……私にも、黙って?」

『むしろ、君にこそ言うことはできなかったよ』

 

 土偶は言う。

 

『採取した遺伝子たちは、君の目の前でE遺伝子に改造した。改造したE遺伝子たちは、君に手伝ってもらって後世に伝えた。……許してもらえないと思ったんだ』

「そうやって、二千年も!?」

『ああ。ずっと隠していた』

「……いいでしょうか」

 

 二人の言い合いが一度落ち着いたころ、「サンソン」が手を挙げて進み出た。

 

「つまりこういうことでしょうか。E遺伝子は、侵略体に対抗するために、侵略体の遺伝子を組み込んだものであると同時に――我々を戦士に変えるための仕組みが備わっていると」

『ああ。E遺伝子に施した改造において、もっとも重要なことは、その第一目的を「進化侵略体の殺害」に変えることだ』

「……それは、遺伝子の本来の目的、「生き残る」ことよりもですか?」

『そうだ、「サンソン」。君のもととなった男も、同じことを聞いたよ。……だが、ほかに方法はなかった。E遺伝子のほかにも、私の星では多くの可能性が試された。進化侵略体の遺伝子を使うなど、という意見も、数少ない生き残りたちの中で根強かった。だが……』

「駄目、だったのですか」

『ああ。時間も、機材も、技術も、人材も、何もかもが足りなかった。ついに私はたった一人になり――E遺伝子の有用性を確かめたその日、あらんかぎりの機材をかき集め、星の海に旅立った』

 

 土偶は遠く、おそらく故郷であった星に思いを馳せるように宙を見上げた。

 

『そしてこの星に降り立った。やがてこの星にも侵略体がやってくる。この星は、この星だけはやらせない。――それこそが、私の復讐だ』

「……二千年、と言ったか」

 

 ふと、「フーヴァー」がつぶやいた。

 

「ならば、指令は」

『ああ。今私が入っているコールドスリープ装置で、彼女を生きながらえさせていた。DOGOOの指令として、来るべき日に備えてもらうために』

「その通りです」

「ならば――指令。あなたは何者ですか?」

「私は、ただの町娘ですよ」

 

 指令の答えに「フーヴァー」は納得しかねた様子だったが、無理に聞いても仕方ないと悟ったのだろう。一歩下がり、その場は引いた。

 話がひと段落着いたのを見計らい、土偶は言う。

 

『今の話の通りだ。そうだ。君たちの体の中には、侵略体を殺すために改造された、侵略体の遺伝子が組み込まれている。……「信長」という例が出来た以上、それを除去するのも、おそらくは不可能ではないだろう。だから――君たちには、選択肢がある』

「……私たちが、それを選ぶと?」

『もう私が止めることはできない。いつでも言ってくれ』

「……舐められたものだ」

 

 「フーヴァー」はため息をつくと、土偶に歩み寄った。

 

「今の話を聞いて、もう一つ疑問が浮かんだ。もしE遺伝子が本当に、侵略体を殺すために作られた凶器でしかないのなら――「ナイチンゲール」は?」

『彼女がどうかしたのか?』

「あの口うるさいおせっかい焼きは何者だったのかと聞いているんだ。人工甘味料すら消毒する、潔癖症の完璧主義者で――「ジャック」が戦うのを、いつも心配そうに見ていたあいつは何者だったんだ?」

 

 「フーヴァー」がこぼした最後の言葉に、皆が無言で同意した。

 

『……見当がついているんじゃないのかい』

「ああ。本人(ジャック)が不在で話すのもなんだが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()A()U()()()()()()()()()()()。違うか?」

『その通りだ』

 

 「ビリー」がその話に割って入った。

 

「ちょっと待ってよ。じゃあ、殺人鬼切り裂きジャックの正体は――」

『そういうことになる』

「それはおかしいよ。だって、「ジャック」は時々自分の背後の何かと話してた。あれこそ、切り裂きジャックのE遺伝子なんじゃ?」

「そうだな、「ビリー」。私も最初は「ナイチンゲール」と「ジャック」の二人のつながりを妙に思いつつも、今の仮説にはたどり着けずにいた。何せ、それぞれ一人の人間として独立し、それぞれがAUウェポンをきちんと持っていたからな。だが、第六小隊の「坂本龍馬」という例を見て考えが変わった。そして普段の「ナイチンゲール」の行動を振り返って確信を深めていった」

 

 「フーヴァー」がタブレットを操作すると、監視カメラの映像を切り取ったと思われる静止画がスクリーンに映し出された。無数と言っていい数、壁一面のスクリーンを覆い尽くさんばかりに――いずれも「ナイチンゲール」を映したものだ。

 

「あいつは働き者だ。これ以上なく、いっそ逸話のフローレンス・ナイチンゲールさながらにな。だが、見ろ。これほど多くの画像のどれをとっても、あいつは食べ物も飲み物も口にしてはいない。眠っているところすら見たことがない。気配もなく動き、休みなく働き、疲れ知らずだ」

 

 最後に大きく映し出された一枚。「信長」と向かい合っているのは、ストーンフォレスト作戦の前夜の物だろう。戦略を練っている真っ最中だ。参謀陣やオペレーターは長時間の作戦会議に疲れ果て、それぞれが本来の歳より十歳も老けて見えるくらいだというのに、その中心にいる「ナイチンゲール」は汗一つかいていない。

 

「この場に居たら流石に気づいていただろうが、あの時は生憎寝ていてな。……次」

 

 続いて、二つの波長のようなものが映し出される。『No.13 Jack the Ripper: A.D.1888』と『No.1 Florence Nightingale: A.D.1888』と銘打たれた二つの波長は、寸分の狂いもなく重なった。

 

「盲点だったよ。……味方をスキャンしたことはなかった。だが昨日、指令室のログを洗って確認した。「ジャック」の持つ13番ボールと「ナイチンゲール」の持つ1番ボールに入力されていたE遺伝子の反応は見てのとおり完全に一致した。そして、最後に昨日のこれだ」

 

 更にその隣に、織田信長(魔王)と交戦中の「ナイチンゲール」の姿がスクリーンに映し出された。

 「ナイチンゲール」は全身に傷を負っていた。だが、そこに血はない。無機質に砕け、ヒビが入っているだけだ。

 

「こんなことになるなら、もう少し前に思い切るべきだったな。おかげで本人の口から聞き出すことはできなかった」

『……たとえ証拠をそろえたとしても、彼女は首を縦に振らなかったさ。彼女は「ナイチンゲール」としてではなく、「切り裂きジャック」としてE遺伝子を残すことを選んだんだから』

「その口ぶりだと、お前は話してくれるようだな」

『ああ。話そう。いかにして切り裂きジャック(ナイチンゲール)はこの世によみがえったのか。そして彼女が侵略体を殺すべく生まれたE遺伝子としては異常と言える行動をとっていたのか。そして、何故エヴァ・ミューアヘッドは彼女を母と呼ぶのか。……すべてを』

 

 最後の真実の扉が開いた。

 



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四十三ノ銃 岐路

「エヴァ。……いる?」

 

 本来は「ナイチンゲール」に割り当てられていたはずの一室。車椅子のうえに看護師の付き添いがあるものの、病室から出られた真緒は、そっと中にいるはずのエヴァに声をかけた。

 だが、返ってくるのはすすり泣く声だけだ。

 

「おかあさん……おかあさん――」

「……エヴァ」

 

 付き添いの看護師に尋ねるが、エヴァの怪我は重くないそうだ。ただ、食事も睡眠もとろうとしないのだという。

 うすぼんやりと覚えている。暴走した自分が「ナイチンゲール」を撃ち落とした時、間一髪でエヴァを逃がしていた。

 最期まで、彼女は母だった。だが子にその気持ちは伝わっていないようだ。

 そばにいることこそ、エヴァにとっての母だった。

 「フーヴァー」に押し付けられたタブレットの中では、リアルタイムで行われている話し合いの内容が更新され続けている。

 E遺伝子の正体。「コロンブス」の存在。そして「ナイチンゲール」の正体――「織田信長」ではなくなってしまった自分には関係ないとまでは言わないが、疲れ切った頭と体が情報を受け付けなかった。

 「アヴィケブロン」は体力の消耗こそ激しかったものの、どうにか会議に参加するくらいには回復できたようだ。しかし実戦に戻るにはまだ時間が必要だろう。

 「ジャンヌ」はまだ目覚めていない。さっき病室に寄ったが、酷いやけどで、見事な金髪も燃え落ちてすっかり短くなってしまっていた。

 「ジャック」はこの通りで、今は何もしてあげられない。

 自分は信長のE遺伝子が体を活性化させていた影響か、疲労こそあるものの傷は深くないのだという。怪我の功名とでも言おうか。それでも、大事な力は失われた。

 

「全滅、じゃな」

 

 ふざけて信長の口調をマネても、ひとかけらの熱すら感じない。

 それどころか、嫌悪感が胸中を埋め尽くした。自分で捨ててしまったも同然の力に、今更すがろうというのか。

 

「……看護師さん。病室に、戻ります」

 

 今はもう、何もできない。

 

  *

 

『八年前。2005年、まだ「ダ・ヴィンチ」や「シェイクスピア」すら参加していなかったころのことだ』

 

 土偶は語りだした。

 

『ついに恐れていた日がやって来た。太平洋でプランクトン状の進化侵略体が発見された。日を同じくして、DOGOOの設立に向け、各国への交渉を本格化させ、指令を目覚めさせた。そんな時だ。……ロンドン郊外の診療所に、幼児を連れた、奇妙な女性が現れたという報告があったんだ』

 

 「フーヴァー」が聞く。

 

「それが――」

『ああ。彼女はジャックと名乗った。私にしかわからない、合言葉を添えてね』

 

 土偶は思い出す。1888年、五人目の娼婦を救えなかったあの日、そして八年前に彼女(ジャック)が口にした言葉を。

 『私にはこの名前がふさわしい』、と。

 

  *

 

 エヴァは思い出す。

 母と父を喪った。もう顔も思い出せない。十年前――三歳か四歳。自分が自分であると、ようやくわかりかけていた頃。

 事故だった、とのちに聞いた。でもその時、自分が感じたのは、ただただ恐怖と寂しさだけだった。

 両手をつないで持ち上げてくれる存在が、いっぺんに失くなってしまった感覚。今日から支え無しで、この細い両足だけで歩かなくてはならないと突き付けられた。

 引き取ってくれた親戚は、きっと親切だったのだろう。でも、両親に甘えてばかりだった自分が、両親を失ってどうなったのかは想像に難くない。

 今のように、ずっと泣いていたのだろう。

 何度止められても、家を抜け出してロンドンの郊外にある両親のお墓に通った。

 一人で靴も満足にはけないから、裸足で、靴下で、服が汚れるのも構わずに通った。

 ついには里親から墓守に話が行ったのだろう。正面から入ると止められるようになった。だから墓地の裏から、藪を突っ切って、傷だらけになりながら通った。

 両親は星になった。そう里親は言っていたと思う。でも信じられなかった。

 夜空に向かって手を伸ばしても、冷たい空気をひっかくだけだった。

 それよりもお墓の方が確かだった。だってここにおとうさんとおかあさんが入っていくのを見たんだもの。

 何度も何度も十字架の根元を掘り返した。不気味がって、近所の人がみんな自分を避けた。

 どうして?

 おとうさんとおかあさんに会いたいだけなのに。

 一か月が過ぎ、半年が過ぎ、手がどんどんボロボロになって、里親に何度も叱り飛ばされて、ようやくわかった。

 もう、会えないんだ。

 だったら、もう、生きていても――。

 

『そんなことを、言わないで』

 

 自分の内側から声が聞こえたのはそんな時だった。厳しくも、どこかぬくもりを感じるその声に、思わず自分は名前を付けた。

 

『おかあさん』

『いいえ、私はあなたの母ではありません』

 

 間違いなかった。おかあさんが、帰ってきてくれたのだ。星になったなんて嘘だった。お墓の下にもいなかった。ずっと、そばにいてくれたんだ。

 

『おかあさん』

 

 呼べば呼ぶほど、存在が確かになっていった。

 

『おかあさん』

 

 鏡に映っているのが見えるようになった。

 

『おかあさん』

 

 躓いた時、とっさに支えてくれるようになった。

 

『おかあさん』

 

 話しかけたら必ず返事をしてくれるようになった。

 

『おかあさん』

 

 そして――。

 ある日、おかあさんは二つになった。

 

  *

 

『2005年。「ジャック」自身の願望、そして時を同じくして侵略体が地球に訪れ、E遺伝子が活性化していたのだろう。その偶然の一致が、彼女に第二の生を与えた』

 

 土偶は語る。

 

『ついに「ジャック」のAUウェポンとして実体を得てしまった「ナイチンゲール」は、自分がE遺伝子らしさを失ったことを悟った。侵略体を殺す「切り裂きジャック」としての自分と、エヴァに寄り添う「ナイチンゲール」として分離してしまった、と』

「じゃあ、「ジャック」の背後にいたものは……」

『そうだ、「ビリー」。それこそがフローレンス・ナイチンゲールのE遺伝子の一部。「切り裂きジャック」としての断片だ。……続きを話そう』

 

 AUボールが部屋のスクリーンに映し出された。

 

『「ナイチンゲール」は、もはや「ジャック」を普通の子供として育てることはできないと悟った。不完全に実体化した彼女は、ろくに動かない体に鞭打ち、里親と話をつけたそうだ。そしてDOGOOに助けを求めた。私は彼女にAUボールを与えた。その結果、車椅子と言う形ではあるが、彼女は何とか一人で行動できるようになった』

「おかしいとは思っていたんだがね」

 

 そう「ダ・ヴィンチ」は言う。

 

「侵略体と戦う組織に入ったら、先輩が車椅子の看護婦と五歳児だっていうんだから。ま、当時は両方とも表立って参加していなかったけれどね」

『ああ。もはや普通に暮らすことはできなかったが、それでも「ナイチンゲール」はエヴァ・ミューアヘッドを一人の子として育てようとした。だが思わぬ弊害があった。彼女自身の一部、「切り裂きジャック」としてのE遺伝子の断片だ』

「それが、エヴァの混乱の原因か」

『そうだ、「アヴィケブロン」。年々、「ナイチンゲール」の存在が確固たるものになるにしたがって、エヴァの背後の「切り裂きジャック」もまた、純粋にE遺伝子としての性質を深めていった。日に日にエヴァの戦闘に対する欲求は増すばかりだった。おまけに、「ナイチンゲール」が止めようとすると、エヴァはパニックを起こすようになった』

 

 「フーヴァー」が、先ほど映し出した二つのE遺伝子の波形を見て言う。

 

「同一人物だから、か」

『ああ。同じ存在から、「戦え」と「戦うな」という二つの行動を示されたエヴァはどんどん精神の安定を欠いていった。E遺伝子の影響もあったのだろう。精神的な発達が遅い傾向にあった彼女は、とうとう戦うことでしか自分を保てなくなった。そこで、「ナイチンゲール」は特殊班として裏方に。エヴァは「ジャック」として表で戦うようになり、距離を置いた』

「そして、私たちの知っている状況になったと」

『そういうわけだ。……知りたいことは、これで全部かい』

「お前たちはどうだ」

 

 「フーヴァー」は一同を見渡した。

 誰も口を開かない。それを確かめ、「フーヴァー」は静かにうなずいた。

 

『長い話になってしまったな。……もう一度言おう。もう、話せることはすべて話した。この星を救うためと言う大義名分に任せて、君たち自身に関わることを、ずっと伏せていたことを謝るよ。私を信じられないというなら、いつでも言ってくれ』

 

 返事を待てなかったのだろう。土偶はそう言い放つと通信を切った。

 彼の姿が消え、会議室に光が戻る。「フーヴァー」は深々と息を吐くと、残された指令に声をかけた。

 

「……指令。巻き込んですみません」

「いいえ、「フーヴァー」。私も同罪です」

 

 「フーヴァー」は指令の細い肩に手を乗せようとしたが、「ジェロニモ」がそれを制した。

 老女の肩は震えていた。

 

「……ごめんなさい。みんな。今は、一人にしてください」

 

  *

 

 会議室を後にしたホルダーたちは、ひとまずラウンジに腰を落ち着けた。

 誰かが言う。

 

「実際、どうする」

 

 全員の、全員に対する問いかけ。誰もが明確な答えを持たない中、胸を張る少女がいた。

 「ネロ」だ。

 

「……戦わなくてもいいと言われようと、余の答えは一つだ。余が戦わねば、世界は救えぬ。たとえこの身に宿る力が何であれ――そのせいで、「沖田」や「信長」が悲劇に見舞われようと、それは変わらぬ。余は行くぞ」

 

 そう言い、さっさと歩き出してしまう。

 

「……そういやオレら、当番でヤヴィンに来たんだっけか」

「僕は覚えていたよ、勿論ね。さあ、サンノゼの警戒に行こうか」

 

 そして、「ロビン」と「アマデウス」もそれに続いた。

 彼らの足音がすっかり遠ざかってから「アヴィケブロン」がつぶやく。

 

「……戦おうにも、ボロボロでね。おまけに他のメンバーもあの調子だ」

「じゃあ、私が代わりに入ろう。その提案もかねての訪問でね」

「そうか。それは助かる。君ならば頼もしいよ、「ダ・ヴィンチ」」

「あとは――「ヴラド」でも呼び戻そうか。第五小隊も四人いるし、いけるだろう」

「彼か。懐かしいな」

 

 「アヴィケブロン」と「ダ・ヴィンチ」が席を外した。

 それを見て、「三蔵」が勢いよく立ち上がった。

 

「こうしちゃいられないわ! 鍛え直さないと!」

「全く、お師さんは変わらんな」

「まあ、それでいいんじゃねーの?」

「同意」

 

 第三小隊の面々がトレーニングルームに向かう。

 そして、「メリエス」たちも仕方なく動く。

 

「地元帰っても、仕事ないですし……」

「世知辛いね。そういう僕も、母さんに無理言って故郷を出て来たから」

「■■……」

「「ロボ」は……まあ、聞くまでもないか」

 

 第一小隊の面々も歩き出した。

 残ったのは、「サンソン」と「フーヴァー」、そして「シェイクスピア」だ。

 

「おい、スランプ作家。結局こうなったわけだが、お前はどうする?」

「吾輩は、しばしここにとどまりましょう。新たなホルダーも見つかっておりませんし、いざとなれば――」

 

 しかし、その手は震えていた。

 

「無理をするな。ストーンフォレストの時は、結局ハコを作るので精いっぱいだったんだろう。本当の闘いになったら、出られるのか?」

「ははは……情けない」

「では、しばらく僕らが特殊班と言うことで。僕も、こっちで解剖の仕事を進められるように手配しましょう」

 

 ホルダーたちの中には、土偶を信じきれないものもいたかもしれない。

 だが、この状況で言い出すものはいなかった。

 世界を守るための戦士としての義務感――あるいは、「ナイチンゲール」が示した、母としての在り方に希望を見出してか。

 E遺伝子ホルダーたちは、それぞれの方向に向かって歩き出した。

 

  *

 

「……みんな、結局戦うことにしたんだ」

 

 手元のタブレットの画面には、ホルダーたちのひとまずの意思が示されていた。

 もはやE遺伝子ホルダーではなくなってしまった真緒は、それをぼんやりと見つめていた。

 体調は想像以上に良いようだ。

 三日後、真緒は故郷に帰る。

 親友も、戦友も、もういない日本へと。

 



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四十四ノ銃 希望

『「ヴラド」。敵を確認した。動きを止めてくれ』

「ああ」

 

 四日前のサンノゼ防衛線において「水爆型」がもたらした爆発は、直径2キロにも及ぶクレーターを作り出していた。サンノゼ・クレーターと呼ばれるようになったそこは、当然見通しがよく、敵はまっすぐに突っ込んでくる。

 大侵攻の失敗からまだ回復していないのか、敵の数は少ない。この機を逃すまいと、今まで以上に多くの偵察機がサンフランシスコの街へと飛び込み、しかしまだ温存されている敵戦力の多さに歯噛みしていた。

 そんな中、今日は間に合わせの小隊がサンノゼの警備についていた。

 

「「軽騎兵型」、数は5か。ならば」

 

 「ヴラド」は身にまとう外套を翻した。その表面から無数の杭が生成され、こちらへ向かって迫る侵略体たちに向かって射出される。

 攻撃、防御、足止め、臨機応変にあらゆる役目をこなせる古株である「ヴラド」は自分の役目を弁えていた。むやみに急所は狙わず、敵のコースを妨げながら手足を縫い付ける。

 二度ほど外套を翻した時には、すでに敵の動きは止まっていた。

 

「とどめを」

『ああ』

 

 その言葉とともに、上空から5発のミサイルが飛来した。それらは正確に侵略体の頭へと固い音を立てて激突し、一拍遅れて爆発した。

 耳が痛くなるような音と衝撃波に混じって、ミサイルを形作っていた無数の紙片がバラバラと周囲に落ちる。

 それらは全て、鏡文字で記された手稿だった。

 上空をオーニソプターに乗って巡回する「ダ・ヴィンチ」が報告する。

 

『こちら「レオナルド・ダ・ヴィンチ」。敵侵略体を撃破。上空から見る限り、ほかに敵影はなさそうだ』

「こちら「ヴラド」。敵の沈黙を確認。……()()()()、帰還する」

 

  *

 

「新体制の第二小隊はうまくやっているようだな」

 

 指令室に土偶の声が響いた。

 指令は憂鬱そうな面持ちではあるものの、しっかりとした声でそれに応えた。

 

「ええ。……ひとまず、戦力の不足は補えていると言えるでしょう。北極海での侵略体の出現頻度が下がり、「ダ・ヴィンチ」の手が空いていたのは幸いでした。しかし……」

「分かっている。このままでいるつもりはない。「ジャンヌ」も「アヴィケブロン」も、いずれは戦いに戻れるだろう」

 

 「アヴィケブロン」は順調に回復しつつあり、「ジャンヌ」も意識は戻らないものの、バイタルは安定している。しかし。

 

「「ジャック」は、相変わらずか」

「ええ。何とか、点滴だけは。しかし、やはりダメなようです。せめて、「ナイチンゲール」の書いた手紙を読んでくれさえすれば」

「読み聞かせはしたのか?」

「はい。しかし、やはり「ナイチンゲール」自身の声でなくては、届かないようです」

 

 沈黙が落ちる。

 

「そして、「信長」は」

「今日出発です。……彼女を故郷に返すことは、エゴでしょうか」

「私に口を出す権利はないよ。地球の民である、君が望むままにすればいい」

「……そうですか」

 

  *

 

 指令と土偶がまた辛気臭い話をしている。無理もない。つい3日前、自分のおせっかいで二人の間の空気を悪くしたのだから。

 

「……結局、戦いは続く、か」

 

 「フーヴァー」は深々とAUウェポンである書斎ステージの椅子に深々と身を沈め、新しいアメを口に放り込んだ。

 新しい情報が来ている。

 先日の大侵攻の反動か、サンフランシスコ市内の侵略体の絶対数がかなり減っている。暴走した「信長」に倒された分だけでも、千体は下らないだろう。しかしそれでもなお油断ならない敵勢力が市内に潜伏している。ここ数日、頻度を増やした偵察飛行の結果はそれを如実に表していた。

 頭が回らない。大雑把に画像をまとめ、書斎に整理を任せる。変わったところがあれば知らせるように――。

 

「ん?」

 

 やけに処理が重い。そういえば、空撮用のカメラを新調したのだった。細かな変化も見逃さないように、と「エジソン」たちが、ホルダーになる前に務めていた企業のコネを使って最新鋭の機器を借りて来たのだったか。

 

「画素数は……なんだこれは。衛星写真でも撮る気か?」

 

 流石にこの情報量を馬鹿正直に解析している暇はない。億劫だが処理を中止して――そう思ったとき、新たなウィンドウが開いた。

 

「これは……」

 

 ウェポンが表示した画像を拡大し、詳細に解析する。サンフランシスコの路上に落ちている()()を見て、「フーヴァー」の顔色が変わった。

 

「これは……馬鹿な……二週間前の画像には……無い。ならば――」

 

 キーを打つ速度が速くなっていく。脳に血液が行き渡り、頭がさえるのを感じた。

 この情報を指令に……いや。

 

「この情報を最も欲しているのは、誰だ」

 

 分かっている。公私混同はしない。それが自分の信条だ。本来はこうすべきではない。だが。

 一つ余計なキーを押してから、「フーヴァー」は指令を呼んだ。

 

  *

 

 真緒は荷物を整理すると病室を後にした。と言っても荷物はほとんどない。念のためA・ローガンに残してあったものもスタッフに持ってきてもらったが、それでも小さなリュック一つに収まってしまった。

 もうヘリコプターは出発の準備が整っている。乗り込めば「ヤヴィン」を後にして――それっきり、もうDOGOOと関わることはない。

 

「「信長」、いや、マオ」

「……「アヴィケブロン」」

 

 最後の見送りには、車椅子に乗った「アヴィケブロン」がやってきていた。彼がもっているものを見て、ほんの少し胸が締め付けられる。

 

「それは」

「ああ。「ジャック」から預かって直していたんだが、彼女はふさぎ込んでしまっている。君がもっていくといい」

「あ、うん……」

 

 ぬいぐるみだ。受け取った拍子にお腹が押され、「ノブッ」という場違いに可愛らしい声が鳴った。

 

「……こういうのは何だが、あまり自分を責めないでくれ。第二小隊も、ひとまずは大丈夫だ」

「うん……分かってる。もう、3か月もたってるから。考えられることは、考え終わっちゃったよ。藤丸さんがサンフランシスコに来てなければ。DOGOOの哨戒網がもっと完璧だったら。「エレナ」の預言が前日の大上陸と混同されないくらい正確だったら。……何より、自分がもっと強くて、「沖田」を守れていたら」

 

 すべては仮定の話だ。もう、どうしようもない。それが分かっていても、悔やむしかなかった。それを火種に戦い続けるしかなかった。

 でも今はもう、戦う力さえない。

 

「しばらく、ゆっくり休むことにするよ」

「それがいい。では、さようならだ」

「うん。さよなら」

 

 ヘリに乗り込む。基地が遠ざかっていく。このまま太平洋へと向かい、日本へと向かう空母に送り届けてもらう予定だ。

 真緒はパイロットに尋ねた。

 

「どれくらいかかりますか」

「そうですね。一時間くらいでしょうか。お休みになっても構いませんよ」

「じゃあ、お言葉に甘えて……って」

 

 この声は。

 

「アルトリア?」

「はい。……お久しぶりです、ノブナガ様」

 

 一瞬振り向いたパイロットはマスクをつけていたが、まぎれもなく日本を発つときに出会った金髪の少女だった。

 

「どうしてここに?」

「すみません。これで最後になってしまうと聞きまして、わがままを」

「そっか。私がホルダーじゃなくなったら、勝行たちを護衛する任務も……」

「はい。解除されることになります」

「……二人は、元気?」

「ええ。ノブナガ様の活躍は、テレビだと戦果のみ伝えられますから」

「それじゃ、今の私を見たらガッカリするかな」

「そんなことは、ないと思います。負傷して、前線を退くとお伝えしたときは、命が助かってよかったと、お二人とも言っていましたから」

「そう、だよね」

 

 家族か。この三か月の間、家族のことも考えてはいたけれど、最優先ではなかった。悪い姉だったと思う。

 

「最後まで、お力になれず申し訳ありませんでした、ノブナガ様」

「そんな。ずっと、家族を見ていてくれたんでしょ? だったら……」

「いいえ。藤丸さん……リツカの、事です」

「あ――」

 

 そうだ。勝行たちの護衛の傍ら、藤丸さんがE遺伝子ホルダーを探すときにも、一緒についていてくれたのだった。

 

「本当は、私もサンフランシスコまでご一緒したかったのですが。でも、そちらはあくまでおまけで、本来はノブナガ様の家族をお守りするべきだと思い、あの時は日本に残りました」

「そうだったんだ」

「……もし、私が藤丸さんについていたなら、何かが違ったでしょうか」

「それは、分からない」

 

 そう、分からない。「もし」は訪れなかった。

 

「私もずっと考えてたよ。もし、あの時こうしてたらって。でもやっぱり、それはもしもの話でしかない。戦う力を持っていた私もそうだったから」

「ノブナガ様……」

「まあ、今となっては遅いけれど。もしも……ずっと、考えちゃうよね。冷静になってみて、改めてそう『You've Got Mail!!』けど」

「あの、今なんと」

「あ、ごめんメールだ。おかしいな。サイレントにしてるはず……」

『You've Got Mail!!』

「ああもう、何?」

 

 しんみりした話をしているというのに。仕方なく携帯を取り出し、メールを見る。

 

「JEH……て、誰」

「頭文字でしょうか」

「ピンと来ないなあ……」

 

 いたずらだったら嫌だが、勝手に携帯を鳴らされるのも勘弁してほしい。恐る恐るメールを開くと、二枚の画像が添付されていた。

 二枚とも、どこかの道路を上空から撮ったもののようだ。この感じは、前にも見たことがある。サンフランシスコ偵察の映像だろうか?

 日付は一枚が今日、もう一枚が二週間前。注釈がついている部分を拡大してみたとき、驚きのあまり自分の眼が見開かれるのが分かった。

 

「……アルトリア」

「はい。大丈夫ですか? 何か妙な画像でも――」

「見て!」

「うわっ」

 

 思わず携帯をアルトリアに突き出したものだから、ヘリがバランスを崩しかけた。慌てて謝りながら、改めて画像を見せる。

 

「ここ見て! 道路に落ちてるの!」

「これ、は……ノブナガ様? 小さな人形のようですが――いえ、待ってください。これは」

「そう」

 

 道路に落ちているのは、ただの人形ではない。

 

「二週間前はなかったみたい。つまり――」

「生存者がいる?」

「それだけじゃないよ。私の人形――ストラップを持ってる人なんて、サンフランシスコにそうそういない」

「それは……」

 

 今まさに、自分の手の中にある携帯につけられたストラップ。「織田信長」をデフォルメしたそれを持っている人が、もう一人いる。

 

「お願いがあるの」

「しかし……ノブナガ様。お言葉ですが、我々には戦う力がありません」

「分かってる。けれど……」

 

 そうだ。力を失ったからって、全てが終わったわけじゃない。もう手が届かないと思っていた可能性が目の前にある。

 

「こんな情けない顔で、家に帰れないよ」

「……分かりました。座席の下に防護服があります。サンフランシスコ市内に入る前に、着用を」

「うん」

 

 わがままかもしれない。本当は、一度基地に引き返すべきかもしれない。よく考えれば、あんな機密画像を送ってこれる人間なんて一人しかいない。

 戦う力もないのに行くなんて、馬鹿だと怒られてしまうだろう。

 でも、いてもたってもいられなかった。

 

「待ってて、藤丸さん」

 

 胸に炎が灯るのを感じた。

 



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四十五ノ銃 一縷

「まもなく写真の地点です!」

 

 急いで対放射線装備を着込んだ真緒の耳に、アルトリアの注意が聞こえた。

 場所は既にサンフランシスコ上空。できる限り侵略体がいないことを願って飛んではいたが、先ほどから何体か、遠目に見かけていた。このままだと遠からず、敵とぶつかることになるだろう。

 

「どこかに着陸できそうなところはある?」

「今探しています。もうしばらく……」

 

 そんなやり取りをしながら振り向いた真緒の眼に、映ってほしくないものが映った。

 ぎょろりとした五つ眼を光らせた侵略体。「斥候型」だ。

 

『ぷきゃあああああああ!!』

「アルトリア! 脱出準備!」

「え? いきなり……」

「もう見つかった!」

 

 そう告げた瞬間、アルトリアの顔が引き締まった。流石エージェントと言うべきか、てきぱきとヘリのコンソールを操作し、即座に席を立ってこちらに手を伸ばす。

 だが、その時には「斥候型」の指示を受けた侵略体が鱗のミサイルを放っていた。

 サンフランシスコ上空で、小さな爆発が起きた。

 

  *

 

 「ヤヴィン」に帰還し、装備を外して一息つこうとした「ダ・ヴィンチ」の耳に飛び込んできたのは、騒がしい旧友の声だった。

 

「やあやあやあレオナルド! このたびの出撃、実に見事なものでありましたな、第二小隊の抜けた穴を「ヴラド」とともにたった二人で埋める手腕、吾輩と組んでいた頃より一層腕に磨きが――」

「どうしたんだいバード。今日は調子が良くないようだけれど」

「……これは失敬」

 

 このくらい喋り続けておいて、一度も自著(シェイクスピア)の引用を挟まないなど珍しい。なんだかんだ古い付き合いだ。それくらいは分かる。

 

「どうしたんだい? 柄でもない」

「実は……先ほど、指令と「フーヴァー」から指示を賜りましてな」

「どんな?」

「一席、設けて見せよと」

「それはそれは……」

 

 そう言いながら「シェイクスピア」が取り出した封筒には覚えがある。「ナイチンゲール」が「ジャック」に残したものだ。

 推測でしかないが、常に「ナイチンゲール」は同じものを用意していたのだろう。もともとがイレギュラーにAUウェポンとして独立したE遺伝子の意識という、不安定極まりない存在だったからだ。

 その別れはとうとう、静かではない形で訪れてしまった。

 しかも、幼い「ジャック」の中途半端な能力の覚醒によって、彼女の混乱を招いてしまう、最悪のタイミングでだ。

 最愛の母に、仲間を斬れと指を差された。

 自分が信じていたものに裏切られた気分になるのも当然だ。

 それとほんの少し似た経験を、自分たちはしていた。

 

「吾輩は、自分のE遺伝子に裏切られた気分であったのです」

「そうだね。わかるよ」

 

 もともと、劇作家と発明家と言う身分を持っていた自分たちは、自分に宿るE遺伝子を誇りに思っていた。この身に宿る力が、今の自分の才能を支えてくれているのだと。

 だが、「コロンブス」の暴走と死によって、それがそんなものではないと分かってしまった。

 結局、侵略体を殺すための武器でしかないと。

 

「だから吾輩は、自分の力を前線で振るうことが怖くなってしまったのです。自分自身の書いたものですら、E遺伝子からの借り物でしかないように思えなくなってしまったのです」

「そうだね。かくいう私も、天才少女発明家なんて身分をすっかり捨ててしまったよ。和気あいあいと装備をいじる「エジソン」や「テスラ」に混じりたくても、ね」

 

 だから、裏返しのようにその台詞を引用していた。

 だから、北極の空をただ一人で飛ぶことを選んだ。

 

「しかし、「ナイチンゲール」は示しました」

「E遺伝子はそれだけじゃないってね」

 

 「ダ・ヴィンチ」はいたずらっぽく、「シェイクスピア」のヒゲを引っ張った。

 

「もう一回信じてみようという気になったかな?」

「ええ。もう一度だけ」

「しばらく見ないうちに、随分変わったね。良いことでもあったのかな?」

「ええ。何せ、たった九人で世界を救おうとしたのです。これ以上なく刺激的な体験でしたとも!」

 

 「シェイクスピア」は、あの作戦を終えた後、誰が言い出したでもなく皆で集まって休息を得た静かな時間を覚えていた。

 その中に、今から救いに行く彼女もいたのだ。同じ時間を共有したのだ。

 

「もう一度、この身に宿る魂を信じたいのです……「ジャック」にも、信じてもらわねば」

「台本はあるね?」

「ええ、ここに」

 

 「ナイチンゲール」の手紙を懐にしまい、「シェイクスピア」は穏やかに微笑んだ。

 そして、ともに「ジャック」がいるはずの「ナイチンゲール」の自室に向かおうとしたとき――。

 

『緊急招集! 緊急招集! 「織田信長」を送迎していた輸送機が消息不明! 至急、待機中の全ホルダーは装備C-3で出撃ポートまで集合せよ! 繰り返す――』

「な――?」

「なんですとおおおお!?」

 

 慌てて顔を見合わせる。

 

「とりあえず私は行くよ。君は――」

「わ、分かっております」

 

 そうだ。今「シェイクスピア」が出撃しても、結局力を振るうことはできないだろう。

 だったら、必要なのは――。

 

「話は「フーヴァー」に通しておくよ」

「ありがたい。では、これにて!」

 

 今度は反対の方向へ、二人は速足で駆けだした。

 

  *

 

 サンフランシスコ、ゼイフォード通り。

 撃墜されたヘリコプターへと、数体の侵略体がのしのしと近づいていく。

 そして容赦なく残骸を踏み砕き――空っぽの機体を前に、戸惑っているような様子を見せた。

 

「ふう……とりあえず、見つかってないみたい」

 

 その様子を、真緒は近くのビルの中から見ていた。

 咄嗟にアルトリアが真緒を抱え、ヘリから飛び出して近くのビルに飛び込んだのだ。E遺伝子ホルダー顔負けの身のこなしだった。

 

「アルトリアは怪我してない?」

「大丈夫です。……帰りの足をなくしてしまったのは、痛いですね。通信も通じない……」

「仕方ない。急いで安全そうなところまで行こう」

「はい」

 

 願うように、ストラップのついた携帯を握りしめた。

 写真に写っていた方へと急いで走る。この角を曲がって、まっすぐ行けば――。

 

「わっ」

「うわ!?」

 

 曲がり角で誰かにぶつかった――誰か!?

 

「人がいる!」

「あれ? お姉ちゃんたち……」

 

 そこにいたのは小さな女の子だった。マスクに覆われ、その表情はうかがえないが――。

 

「あ! その人形!」

「え? これ?」

 

 女の子が指さしているのは、真緒の手にある携帯からぶら下がっているストラップだった。

 

「お姉ちゃんが拾ってくれたの?」

「え? いや、これはもともと私ので――じゃあ、落ちてた人形は、あなたの?」

 

 まさか。藤丸さんのものではなかったのか? それじゃあ、何のために――。

 

「それ、お姉ちゃんのなの? それじゃあ、貴女が――マオチャン?」

「え? どうして、私の名前――」

「ノブナガ様!」

 

 なぜ自分の名前を知っているのか。それを問いただそうとしたとき、アルトリアが鋭く自分を呼んだ。思わず振り返れば、侵略体が遠くから走ってくるのが見える。一体だけだが、十分すぎる脅威だ。

 

「見つかった……!」

「く……ここは私がひきつけます。ノブナガ様は先に!」

「で、でも!」

「あなた! この近くに安全な場所があるんですね!?」

「う、うん……向こうの壁に、穴が開いてて、その奥に――」

 

 言っている間にも侵略体は近づいてきている。だがアルトリアを置いてはいけない。護身用のロッドを取り出す彼女を引っ張り、女の子が指さす壁を目指す。

 

「そこ! そこに、穴が!」

「分かった、先に行って!」

「ノブナガ様が次に! 私が最後を!」

「分かった! でも――ん?」

 

 女の子が瓦礫の間に空いた小さな隙間に潜っていく。その次に自分が入る準備をしつつ、後ろを振り返っていたが――。

 

「追って、来てる?」

「え?」

 

 アルトリアもこちらの言葉を聞き、耳を澄ませたようだ。だが足音は全くしない。

 

「どういうことでしょうか」

「分からない――けど、確かめてる余裕はなさそう。余計な事したら、また見つかるかもだし」

「そう、ですね」

 

 慎重に、女の子の後を追って、瓦礫の間をくぐっていく。

 一縷の希望がその向こうにあると信じて。

 

  *

 

 二人の少女が確認しなかった、角を曲がった先。そこで侵略体の死体が沈黙していた。

 どんな手段を使ったものか、足先から頭まで、真っ二つに切り裂かれ左右に開かれている。

 その手を下したものはもうそこにはいなかった。

 



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四十六ノ銃 再燃

 瓦礫の隙間に体をねじ込み、どうにか間をかいくぐる。遠くに光が見える。今だけは小柄な自分の体に感謝して、対放射線スーツを破かないように慎重に進む。

 そして、ようやく広い場所に出た。

 

「ここは……」

 

 そこはやはり、瓦礫に囲まれ、周囲から取り残された区画のようだった。先についていた女の子がこっちを見ながら待っている。

 改めて、聞くことがあった。

 

「ねえ、さっきの話なんだけど、どうして私のことを――」

「え? お姉ちゃんが言ってたよ」

 

 女の子はそう言って、こちらの手にあるストラップを指さす。

 

「マオチャンのキーホルダー。皆のために戦うヒーローだって」

「それじゃ。やっぱり……!」

 

 そう言って女の子に詰め寄ろうとしたとき、母親と思しき女性が飛び出してきた。女の子を胸に抱き、こちらに警戒の視線を向ける。

 それだけではない。周囲の建物から、ぞろぞろと人々が出て来た。皆間に合わせのマスクや装備で顔を覆っているが、誰もが濃い疲労を浮かべているのが分かった。

 

「あなたたち、何者!?」

「うわっ! どこから入って来たんだ!?」

「DOGOO……か? 助けに来てくれたのか!?」

 

 彼らの間から、おそらくまとめ役であろう老人が歩み出て来た。

 

「あんたら、どうしてここが?」

「えっと……そこの女の子の落とし物を、たどって」

「どうやってここに?」

「ヘリで来たんですけど……撃ち落とされました」

「通信は届くのかい?」

「それが、ジャミングタイプの侵略体がいるみたいで……」

 

 振り返ってアルトリアを見るも、静かに首を振られてしまった。

 

「あんたら、何のために来たんだい」

「……すみません」

 

 全くだ。後先考えずに来てしまった結果がこれだ。

 今頃、DOGOOの方でも自分を乗せたヘリが消息不明になって大騒ぎになっているかもしれない。

 

  *

 

 「ジョン・エドガー・フーヴァー(JEH)」は人生で初めて平謝りと言うものをしていた。

 

「本当に……申し訳ない」

「全く! あの子がこうしかねないことは、分かっていたでしょうに!」

「返す言葉もございません……」

 

 六天真緒を乗せたヘリが消息不明になったとの知らせを受け、手の空いているホルダー全員が「ヤヴィン」へと緊急招集をかけられた。

 そして、集まったところで「ジェロニモ」が一言。

 

「「フーヴァー」。何か言うことがあるか?」

 

 まさか一発で見破られるとは思わなかった。そのあとはあれよあれよという間に秘密裏の情報提供を吐かされ、指令から説教をもらう羽目になった。

 出撃できるホルダーたちが急いで準備を整える横で、ウェポンである書斎に作戦立案を任せつつ陳謝の姿勢である。

 

「まさか、こんな行動に出る気力が残っているとは思わず……」

「彼女を舐めすぎたな、「フーヴァー」」

 

 まだ出撃できる体調ではない「アヴィケブロン」がやれやれと言った感じで言った。

 

「たとえ戦う力がなくとも、彼女はこうしかねない」

「反省したとも……」

「何故このタイミングでこんなことを? 生存者を救出した後でも、間に合ったでしょうに」

「……正直、少しだけ賭けてみたかったんです」

 

 そう言って、六天真緒の体をスキャンした情報を指令と「アヴィケブロン」に見せる。

 

「本人の戦う気力さえ取り戻せれば、と。日本に帰って、本当に燃え尽きてしまう前に」

「これは……この情報は、確かなの?」

「ええ。ごくわずかですが。本人次第ですが、可能性はあります」

 

  *

 

 生存者たちとの会話は続いていた。

 

「可能性は、あります。どうにか、「ヤヴィン」と通信がつながる範囲内にさえ行ければ」

「しかし、難しかろう。敵の位置が分かっても、戦う力が無くては」

「位置が分かっても……?」

「ああ。あの子が……わしらを導いてくれた」

 

 周囲の人々はポツリポツリと話し出した。

 

「あの子は、不思議な子だった」

「あの日、誰もが逃げることに必死になっていた」

「我先に逃げようといがみ合う俺たちの中で、彼女だけは何かを信じて前を見ていた」

「あの子が引っ張ってくれた」

「あの子の言う通りの方に行けば、化け物どもは出てこなかった」

「「危ない影が見える」と、そう言って」

「そして、わしらはここにたどり着けた」

 

 老人が指さす先には、防空壕と思われる穴がぽっかりと口を開けていた。

 第二次世界大戦の時、日本軍の空襲に備えて作られたもののだと老人は言う。

 

「この三か月、儂らが生きてこられたのはあの子のおかげじゃ。食料を集めに行く時も、他の生存者を探しに行く時も、あの子は先頭に立ってわしらを導き、危ない影にぶつからない道を選んでくれた」

「それって……まさか」

 

 「影」。彼女にだけ見える、E遺伝子の影。

 「サンソン」の報告によれば、E遺伝子と侵略体は元は同じものだという。ならば……。

 

「だが、彼女はわしらを導く先頭で、決して素顔を隠さなかった。あの何かを信じてずっと前を見る目で、笑顔で、不安になるわしらをまとめてくれた。だから……」

 

 老人は、防空壕の中へと視線を落とした。

 

「一刻も早く、治療を受けられる場所に運ぶ必要がある」

「そんな……!」

「でも、大丈夫でしょ? あなた、マオチャンなんでしょ?」

 

 女の子が真緒を指さして言う。

 

「マオチャンは「ノブナガ」なんだもの! 敵をバンバンバンってやっつけちゃうって、言ってたよ!」

「それは……」

「本当か!?」

「あんた、E遺伝子ホルダーなのか! どうしてもっと早く言わないんだ!」

「ここから出られるぞ……!」

 

 周囲の人々が口々に嬉しそうな声を挙げる。だが……。

 

「私には、もう……」

 

 そう切り出そうとしたとき、唐突に轟音が響いた。

 さっき潜り抜けて来た瓦礫の山の方だ。断続的に、何かがぶつかるような音が響いてくる。

 

「侵略体!? まさか、あいつら、ここに無理に入ってくることなんて、一度もなかったのに!?」

「どうして今になって!?」

「ノブナガ様……もしや、つけられたのでしょうか」

「でも、なんで私を……? いや、あの時」

 

 「斥候型」がこっちを見ていた。そして、わざわざ侵略体を差し向けて来た。ならば――。

 

「まだ、可能性はあるってこと?」

 

  *

 

 暗闇の中で、彼女は目を覚ました。

 遠くから、大きな音が聞こえる。

 

「なにが……」

「ああ、嬢ちゃん。眼が覚めたか」

 

 そばについてくれているおじさんが声をかけてくる。

 

「DOGOOの人が来たらしんだが、足がないってよ……何しに来たんだか。しかも、何故か侵略体が入ってこようとしてるらしい。どうしたらいいか……」

「そっか――」

 

 来てくれたんだ。

 分かる。

 そこにいる。

 「影」が、見える。

 だったら、やることは一つだ。

 

「おじさん、私の荷物を、あの子に――」

「え? それって」

「そう。お願い」

 

 ずっと、彼女のために自分は戦って来た。

 あれを持って、来る日も来る日も人の背後に「影」を探した。

 

「真緒ちゃんに、渡して」

 

  *

 

「いける、のかな」

「ノブナガ様?」

「いや、それしかない。……ボールはないけど、やってみるしか」

「おい、あんた!」

 

 意識を集中しようとしたとき、防空壕から顔を出したおじさんが何かを投げてよこした。

 肩掛けの鞄だ。固く、軽い何かが入っている感触がする。

 

「それ、あんたに渡してくれって、嬢ちゃんが」

「え? それって……」

 

 慌てて鞄を開くと、そばにいたアルトリアが息を呑んだ。彼女には見慣れたものだろう。ずっと、護衛をしていてくれたのだから。

 

「……ありがとう。おじさん、これ、代わりに」

 

 「アヴィケブロン」が直してくれた「信長」のぬいぐるみを代わりに渡すと、おじさんはぐっと親指を立てて防空壕の中に降りて行った。

 

「みなさん。脱出します。準備を」

「脱出って――それじゃ!」

「ええ」

 

 手渡されたもの――AUボールに神経を集中する。

 握りしめる。何かを探る。何でもいい。力が欲しい。皆を守れる力を。この状況をどうにかできる力を――。

 体中にうすぼんやりと感じる()()をかき集め、ありったけの熱を投じる。

 侵略体がこっちを狙っていた。まだ、自分を「信長」と認識していた。排除すべき敵だと見て、今まで放っていた場所へと入ってこようとしている。

 だったら、まだ戦えるはずだ。

 

「藤丸さんを、守る力を!」

 

 声がする。自分の中から。流れる血潮から。

 

『ほう。一度は捨てた力にすがるか。ならば――その心、示してみよ』

 

 真緒の意識がブラックアウトした。

 

  *

 

 意識が自分の体の奥深くへと沈んでいく。

 ここはどこだ。通路とも、広間ともつかない、遠近感の狂った空間。ただ、黒く磨かれた床が、固い感触を足の裏に伝えて来た。

 遠くに誰かがいる。

 引き寄せられるように歩いてくと、ようやくそれが誰なのか分かった。

 こちらに背を向け、胡坐をかいて座っているせいだろう。黒く長い髪が体を覆い、床に溶け込んでいるようだった。

 億劫そうに振り返った体格は小柄で、肩には火縄銃が担がれている。

 そして何より、木瓜紋のついた軍帽の下で、両の眼が地獄の炎のように赤く赤く燃えていた。

 

「近う寄れ」

「……どうも」

 

 その傑物が、史実においてどのような姿をしていたのか、自分は知らない。肖像画は当てにならないだろう。

 様々な伝承がある。身長も風貌もバラバラな、それらの可能性の一つがこれなのかもしれない。

 だが、見た目は自分と同じでも、内に秘めたものは全く違うと分かっていた。

 一歩、二歩近づくと、そこで傑物が動いた。とん、と肩を担った銃で軽く叩く。合図と見て、真緒は足を止めた。

 

「して、何の用じゃ」

「力をもう一度貸して」

「非、なり」

 

 是非も無し、ではない。明確な拒絶。

 

「腰抜けに貸す力なぞない」

「だったら、今までは?」

「臆病者なりに覚悟があったからのう。それは是非に及ばず。だが――その命、一度は捨てたな?」

 

 そうだ。だから、魔王は一度この体を逆に奪った。

 

「虫のいい話よ。一度は捨てた命、捨てた力をもう一度貸せなどと――」

「だったら、どうすればいい」

「知れたこと」

 

 傑物は肩に担いだ銃の銃身を掴むと、銃把(グリップ)をこちらに突き出した。

 

「奪え」

「う……」

「奪え。()って奪え。我が物とせよ!」

「そんなこと――」

「さもなくば、こちらがまた獲るだけよ!」

 

 ぐ、と息がつまる。

 

「この血潮は彼奴等(きゃつら)を殺すために(あつ)えられた! それはいささか気に食わぬが、わしの生きた時代もさして変わらぬ! とるかとられるか! おぬしの小さな体という天下においても、それは変わらぬ!」

「他に道はないの?」

「あるやもしれん。が、わしは知らぬ。あるならば示せ。いざ!」

 

 更にグリップが突き出される。迷ったが、真緒はそれを手に取った。

 

「ほう?」

「私は、力が欲しい。だからこれはもらう。だけど」

 

 銃をとった右手ではなく、左手を傑物へと差し出した。

 

「奪いもしない。力を、貸してほしい」

「ほう」

 

 傑物は真緒の手を借りずに立ち上がると、腰にさしていた刀を抜いた。そしてこちらに突き付ける。

 

「ならばこうするまでよ」

「……だよね」

 

 E遺伝子は侵略体を殺すための兵器だ。それを思い知って、怖くないわけがない。

 だが。

 

「力をどう使うかは私次第だから。敵を殺すための力で守りたい人を守る。そうしたっていいでしょう」

「ははは! 甘い! 甘い! ならばここからどうする!?」

 

 傑物の刀がこちらの喉元に、真緒の銃が傑物の眉間に向けられる。

 一秒、二秒と時間が過ぎる。膠着状態のまま――。

 真緒は答えを口にした

 

()()()()()()ってのは、ありかな」

 

 傑物が虚を突かれたような表情を一瞬浮かべた。

 

「いつ牙をむくとも知れぬ血を、抱えたままにすると? 都合のいい話よ」

「今までもずっとそうして来たんだから、変わらないよ」

 

 互いの右手に凶器を持ったまま、真緒はもう一度左手を差し出した。

 

「これからもよろしく」

「よいのか? 次に逃げようものなら、命はないぞ?」

「逃げないよ。敵からも、あなたからも、逃げない」

「強欲な……だが、是非も無し」

 

 傑物はこちらの左手を潰さんばかりに握った。

 

「努々忘れるな。また油断すれば今度こそ、その喉笛食らってやろう」

「忘れないよ。それに、もう捨てたりなんかしない」

 

 意識が浮上していく。現実の街並みが、物音が、感触が戻ってくる。

 

「もう二度と、手放さない」

 

 全身が熱い。手に握ったボールに鼓動が流れ込む。ボールが脈打ち、力を返す。その循環が限りなく自身を高め、奥底に眠る遺伝子を再び呼び覚ました。

 

「ハッ! はははっ!」

 

 ボールを包み込んだ光が急激に膨れ上がり、自身が望む兵器を形成する。迷うことはない。銃だ。銃だ。それも飛び切りの――。

 

「ノブナガ様!」

 

 アルトリアの叫ぶ声に振り向きざま引き金を引いた。銃口から飛び出した弾が、瓦礫を割って首をのぞかせた侵略体をハチの巣にする。

 その反動で光が散り、銃の全貌が明らかになった。

 銃の大きさは以前よりも二回りも小さく、精々真緒の手先から肘までを覆う程度。

 だが旗印たる永楽通宝をあしらった銃口は、衰えない黄金(こがね)の輝き。小札(こざね)板のような意匠の上に、小さな仮面が目を光らせる。

 

「討って出よう」

『応とも』

 

 呟きに、背後から応える声が聞こえた。

 

「見てて。今度は私が、自分で戦う」

 

 口からこぼれるのは自分自身の言葉。真似はやめた。帽子ももうない。

 黒髪が熱でわずかに浮き上がる。右目だけが赤く、地獄の炎のように燃えて光る。

 

「是非も無しだ」

 

 今ここに、「織田信長」が復活した。

 



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四十七ノ銃 翼

 「信長」の力を取り戻した真緒はその場にいる全員に向けて叫んだ。

 

「脱出の準備を! ――それと、アルトリア。どうしたら「ヤヴィン」に連絡がとれるかな」

「サンフランシスコ湾まで行けば、手持ちの機材でもレーザーを飛ばせるかと。それに、今頃我々の消息も探されていることでしょう。もしかしたら、ずっと早く合流できるかもしれません」

「どの道「ヤヴィン」に向かって真っすぐか。おじいさん。地図はある?」

「ああ」

 

 瓦礫を撃って崩し、即席のバリケードで時間稼ぎをしながらも計画を練る。いや、計画なんてあったものじゃない。ぶっつけ本番もいいところだ。

 だけど、やるしかない。

 

「およそ6キロ。……生存者は?」

「28人おる」

「うち、自力で歩けないものは?」

「リツカを含めて三人。今、担架を用意しとる」

「わかりました」

「ノブナガ様。どうするつもりですか?」

「……どうする、と言っても一つしかないか。私が囮になる」

 

 サンフランシスコ湾まで向かうルートを差す。整備された街並みに、並行して走る道路があった。

 

「アルトリアはみんなの誘導を。できるだけ、時速2キロを維持して。私は――こっち。2ブロック隣を並走して、侵略体をおびき寄せる」

「それは――いえ。現時点では最善かと。行きましょう」

 

 その時、即席のバリケードを割って侵略体が再び顔を見せた。燃える右目が促すがままに狙いを定め、即座に眉間に風穴を開ける。その侵略体が崩れ落ちる向こうにも、何体もの侵略体がやってきているのが見えた。

 やはり、自分を狙っているのだ。

 

「討って出る! アルトリア、誘導をお願い!」

「はい! みなさん、こちらへ!」

 

 決死の脱出劇が始まった。

 

  *

 

「全員聞け。サンフランシスコ湾沿岸を中心に、侵略体が集結している。こちらの動きが読まれている――裏を返せば、「信長」がサンフランシスコ市内にいるのはこれで間違いない。何としても「信長」の排除を邪魔させない構えだ」

 

 出撃直前のブリーフィング。指令のお叱りを十分に受けた「フーヴァー」は一同を見渡して言った。

 

「更に、「メリエス」の観測に寄れば「斥候型」も多数確認している。多少裏をかいても無駄だろう。どの道正面から激突する総力戦の構図になる。そこでだ。ここは三面作戦で行く」

「三面?」

 

 「ジェロニモ」が不思議そうな顔をする。

 

「ああ。まず正面は火力を持ったホルダーを集中させる。そして別動隊として、「エレナ」の預言で敵の薄い点を探り、「坂本龍馬」の機動力で突破する」

「よくってよ」

「了解だ」

「お竜さんたちに任せとけ」

 

 「ダ・ヴィンチ」が手を挙げた。

 

「機動力と言う点なら私も自信があるけれど、そっちに行かなくていいのかい?」

「お前は遊撃だ。今回は細かく戦況を観察して作戦を立てる余裕はない。お前自身が状況を俯瞰し、臨機応変に動くようにしろ。頼んだぞ」

「万能の人はつらいなあ」

 

 苦笑する「ダ・ヴィンチ」が一歩引いたのを見て、「フーヴァー」はまとめにかかった。

 

「それから最後だが――ほぼ確実に、「信長」の位置を特定し、敵の妨害をかいくぐってあいつのところにたどり着く手段がある」

「そんなものが?」

「ああ、あるんだ。「アマデウス」、それに「北斎」。お前たちに手伝いを頼みたい」

 

 怪訝そうな当人たちを尻目に、「ダ・ヴィンチ」がこっそりと笑みを浮かべていた。

 

  *

 

 「ナイチンゲール」の私室の前で、ノックする寸前の姿勢のまま、「シェイクスピア」は固まっていた。

 すでに中にエヴァがいるのは確認済みだ。ノックをすれば幕が開く。あとは自分がどこまで彼女の心を開けるか――それにかかっている。

 

「らしくもない」

 

 自嘲しつつも、踏み切ろうとしたとき。小走りでやってくる足音が聞こえた。

 

「あなたがたは……」

「どうも、音響監督だよ」

「同じく、美術監督ってえとこサ」

「……「フーヴァー」の指示ですかな? いやはや――」

 

 苦笑するしかない。こんな状況でこっちに二人もホルダーをよこすなど。

 だが、参謀はそれこそ今の最善だと踏み切った。それほど、この一幕にかけている。

 だから、皮肉をひっこめて、真摯に礼をした。

 

「お二人とも。最高の劇にいたしましょう」

 

 三人の芸術家(ホルダー)は一斉にAUウェポンを発動した。

 

  *

 

 サンフランシスコ市街。

 2ブロック隣から、絶え間なく銃声が聞こえてくる。

 もどかしい速さで、しかし確実に進む生存者の一行を率いながら、アルトリアは周囲を注意深く見渡した。

 侵略体はおおむね「信長」の方へと流れている。大型、小型を問わず、とにかく掻き集めたという感じだ。それほどに彼女を重要視していると言うことだろう。

 あの自暴自棄な戦いにも意味はあった――のだろうか。

 

「――アルトリア」

「リツカ?」

 

 その時、か細い声が担架の上から向けられた。

 

「アルトリア、だよね?」

「そうです。リツカ。お久しぶりです。よくご無事で」

「真緒ちゃんと一緒に、来てくれたんだよね……」

「はい。今、戦ってくれています。もうすぐ、DOGOOと合流できるはずですから――」

「――聞こえる」

 

 聞こえる。銃声が。侵略体の倒れる音が。戦う音が。

 AUボールの代わりに渡されたぬいぐるみを、ぎゅっと抱きしめた。励ますように『ノブ!』と可愛らしい声がする。

 

「初めて聞いたなあ――台湾の時、気絶しちゃってたから」

 

  *

 

 「ナイチンゲール」は暗闇の中にいた。

 遠く、サンフランシスコの地で、「信長」が危機に瀕しているのが分かる。戦う力を取り戻したようだが、それもわずかなものだ。いつまでも持つとは思えない。

 だから、声を大にして叫ぶ。

 

『「ジャック」! 「ジャック・ザ・リッパー」!』

 

 あの日、魔王に撃ち落とされた自分は、本来の居場所へと戻った。「ジャック」の背後、「影」として収まる位置へ。

 そしてその時狙うべき場所を差し、自分のE遺伝子を宿す少女を突き動かそうとした。

 だが、それは敵わなかった。自分を母として慕っていた「ジャック」は、仲間を刺すことを拒んだ。

 彼女の成長が足りなかったとは思わない。彼女自身が翼を背負い、飛べる日は近いと感じていた。だから、毎晩のように書き改めている手紙へも、自然と熱がこもった。

 だが、ほんの少しのすれ違いが、彼女の心に失望を刻んだ。

 母に裏切られたと。

 

『「ジャック」!』

「おかあさん……おかあさん……どうして……」

 

 自分の使っていた部屋のベッドでうずくまる「ジャック」に声は届かない。E遺伝子はホルダーの精神状態によって大きくその力が変わる。今、彼女は自分にタガをかけてしまっている。

 それを外すことはできない。もはや自分はかりそめの体を失い、「ジャック」の中に閉じ込められてしまった。

 指令が手紙を読み聞かせているのも見ていたが、やはりダメなようだった。

 もう一度、体が欲しい。もう一度、母としてこの子に、「ジャック」に――エヴァに、触れなくては。

 

『え……?』

 

 だから、静かにドアが開いた時には目を疑った。

 怜悧な表情。翼にくるまれたような意匠の車椅子。呼吸を感じさせない佇まい。

 まぎれもなく、自分がそこにいた。

 

  *

 

 「シェイクスピア」は渾身の作品を部屋の中へと送り出していた。

 自分の舞台で作り上げた虚像に「北斎」が彩色を施し、「アマデウス」が音と声を奏でる。

 始めよう。

 

「エヴァへ」

 

 車椅子の軋みとともに紡がれたその声が、わずかにエヴァの肩を震わせた。

 

「あなたがこれを読んでいると言うことは、私は既に体を失ったのでしょう。どんな切っ掛けかはわかりませんが、そう長くはもたないことは分かっていました。かりそめの二度目の人生――E遺伝子として敵を倒す。という使命から切り離された例外として、私は贅沢な時間をもらったのだと思っています」

「おかあ、さん……」

「私は、あなたを助けたかった。支えを失ったあなたに、何かしてあげたかった。でもごめんなさい。私の不器用さのせいで、かえってあなたを困らせてしまったかもしれないですね」

 

 返事はない。だが、続けよう。

 

「八年前。あなたが私を母と呼んでくれた日のことを、今でも覚えています。私はすでにE遺伝子として、あなたを導くつもりだった。人としての人生を終え、あなたのなかで武器として生きることを決めていた。そんな私を、母とあなたは呼びましたね」

 

 少しだけ車輪を進める。

 

「ずっと、私はそれを否定し続けました。私は母ではないと。あなたを勘違いさせてはいけないと、ずっと思っていた。だから、かりそめの体を得た後も、ずっとあなたを、心のどこかで、避けていた」

「おかあさん」

 

 エヴァがとうとう顔を上げた。作り物だとわかっていても、その姿は、その声は本物同然に近づいていた。だからこそ、無視できなかったのだろう。

 

「だから、あなたが自分から、仲間を気にかけるようになって――最近の変化を喜ばしく思いました。あなたが私にすがるのをやめる日が、とうとうやってきたのだと。だからこうして手紙を書きなおしています。その日がいつ来てもおかしくはないでしょう。あなたが一人前の「フローレンス・ナイチンゲール」となった時、きっと私は消えるでしょう。あなたの寂しさから作られたこの体は、役目を終えるでしょう」

「…………」

「でも、その時になって、ようやく気が付きました。生前は家族を得る機会を選ばず、使命に殉じた私は、やっとこの気持ちに気が付いたのです」

「……寂しいよ」

「はい。寂しかったのです。あなたが、この手を離れてしまうのが寂しかった。もう自分が必要とされなくなるのが、切なくてたまらなかったのです」

 

 エヴァはふらふらと立ち上がり、「ナイチンゲール」の虚像へと一歩近づいた。

 

「これが、巣立つ我が子を送り出す気持ちなのだと。生前、子を成さなかった私が、二度目の人生でようやく得た実感でした。エヴァ。あなたは――」

 

  *

 

 「ナイチンゲール」は、エヴァの背後から飛び出した。そこに感触が無いとわかっていても、「シェイクスピア」の作り出した虚像に体を重ね、エヴァを抱きしめた。

 

『あなたは――私の子です。最後の最後になって、やっとこう言えた不器用な私を――あなたが母と呼んでくれるなら、これ以上嬉しいことはありません』

「おかあさん……」

『ありがとう。エヴァ。あなたはもう、一人で飛べるはずです。それでも、あなたのなかに、私はいます。ずっと、一緒です』

「うん。一緒だよ、おかあさん」

『私はあなたを誇りに思います。――我が子、エヴァへ』

 

  *

 

 やり切った。

 部屋の外で、「シェイクスピア」は固唾を飲んで、最後のセリフが発されるのを感じ取った。無言で「アマデウス」が肩を叩いてくる。それに応えようとした、その時。

 

「む……?」

 

 「ナイチンゲール」の虚像が、動いている。自分の制御を離れ、腕を動かしている。

 これは一体どういうことか。だが、邪魔をしてはいけないと分かっていた。だから動くままに任せた、その指先が、遠くサンフランシスコの方を示すのを見守った。

 そして、隣で「アマデウス」も表情を変えた。あるはずのない声が響いたからだ。

 

「行きましょう。エヴァ」

 

 盛大に金属の軋む音が響いた。思わず、三人で扉を開けて部屋の中を確認する。

 虚像は消え、そこには銀灰色の羽が一枚落ちているだけだった。もはや誰の姿もなく、鳥は飛び立ってしまったようだ。

 壁はまん丸に切り抜かれ、遠くにサンフランシスコの街が見えた。

 

「無茶苦茶だナァ……」

「まあ、お疲れさまと言うことで。――「シェイクスピア」?」

 

 顔を見合わせる二人を横目に、すでに「シェイクスピア」は走り出していた。久しぶりの全力疾走。ブランクがどうこうという次元ではない体に鞭打ち、走りながら通信機のスイッチを入れる。

 

「こちら「ウィリアム・シェイクスピア」! 至急「エレナ」に連絡を! 今ならば、確実に道が開けるはず! そして何より――吾輩も見届けに行かねばなりません!」

 

  *

 

 真緒は苦戦していた。

 やるしかない、とはいえ、やはり力そのものが落ちている。以前のようにやたらめったら力任せに弾丸をばらまくことはできない。仮面は飾りになり、左手の銃も使えず、三段撃ちは返上した。ただこの右手の銃一つで道をこじ開ける。

 

「くう、あ!」

 

 腕にブレードを備えた侵略体の一撃が顔をかすめる。ヘルメットが割れた。放射能がいくらか落ち着いているとはいえ、少しぞっとする――だが、気にしている暇はない。髪をかき上げ、燃える右目で相手を射抜かんばかりに睨み付け、銃の狙いをつける。

 敵もやられるばかりではない。「織田信長」を始末する好機を逃すまいと、波のように襲ってくる。囲まれたのも一度や二度ではない。そして、また今も――。

 

「このおっ!」

『是非も無し』

 

 隙間がない。それを悟った瞬間、背後からの声とともに、右目の熱が更に高まった。髪を煽る熱風が自分のみならず周囲の地面を這い、一坪の灼熱地獄を作り上げる。

 わずかに、侵略体たちの動きが鈍った。そこを見逃さず、どうにか包囲網をこじ開ける。

 あの時もそうだった。魔王が敷いた灼熱地獄が、侵略体とE遺伝子ホルダーにだけ及んでいた一方、戦車隊や一般の隊員にはなんともなかったのは、やはり元が同じものであるという証拠だろう。

 だが裏を変えれば、自分の身を焼くと言うことでもある。手足の皮膚が焦げる嫌な感触とともに体力が確実に削れているのが分かる。

 そう何度も使えない。

 あと――どれくらいの距離がある?

 脳裏をよぎった疑問が、一瞬の隙になった。

 

「しまっ……」

 

 「槍騎兵型」の頭部の刃が叩き込まれる。かろうじて銃身で防ぐが、あっさりと吹っ飛ばされた壁に叩きつけられた。

 これを見逃す敵ではない。首が大きくしなり、すぐさま二発目が叩き込まれる。

 

  *

 

 目を閉じる一瞬前、羽が舞い落ちるのが見えた。

 

  *

 

 視界一杯に広がっていたのは、翼だった。

 あちこちに車輪や歯車が埋め込まれたその翼には既視感がある。その証拠に、翼の根元には、はっきりと見覚えがあるランプが据えられていた。

 しかしその大きさが尋常ではない。翼開長二メートル以上に及ぶ翼の起点となったランプもまた、人ひとりがすっぽりと収まるくらいの大きさがある。いや違う。()()()()()()()()()()()()()

 真摯に祈りをささげる「ナイチンゲール」の幻影が、まるで翼の主に寄り添うように、ランプの中に納まっている。そして彼女がかつて持っていた巨大なナイフは、翼の主の左手にあった。

 「槍騎兵型」の首が宙に舞う。敵勢をかいくぐり、駆けつけた彼女が一瞬で骨ごと断ったのだ。

 

「来たよ、マオ」

「遅いよ、エヴァ」

 

 雛鳥は自分の翼を手に入れていた。

 




切り裂きジャックの正体が遺伝子から特定されたとか。興味深いですね。


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四十八ノ銃 再会・その2

 

 真緒は、文字通り飛んできてくれたエヴァに叫んだ。

 

「ありがとう! でも、こっちよりも隣の方――あっちに生存者たちがいる! 私はこいつらを引き付けてるの!」

「そっか。でも……大丈夫!?」

 

 エヴァから見ても真緒の戦いぶりは相当危なっかしいようだ。それもそのはず。この数日療養していくらかマシになったとはいえ、病み上がりなのは間違いない。それにAUウェポンも縮小している。

 しかし、優先するべき方は決まっている。

 

「私は何とかする! だから、お願い! 藤丸さんだけでも!」

「――分かった」

 

 エヴァはランプの光を真緒に浴びせると、地面スレスレを飛んで路地へと消えた。

 いくらか体が軽くなった。まだ行ける。眼が燃えている。

 敵はいくらでもやってくるが、負ける気はしない。

 

「是非も無しだ!」

 

  *

 

 エヴァは二つ隣のブロックへと飛び込むや否や、周囲の状況を認識して片っ端から優先順位を付けた。

 先頭。アルトリアとか言ったか。彼女が小型の侵略体を護身用のロッドで殴りつけている。マオが引き付けきれなかった奴だ。

 ただのロッドでは倒せはしないが、ひるませてはいる。まだ大丈夫だ。

 生存者たちの列の中頃。そこで転んだ老人を、周囲の大人が助け起こしている。

 そして後ろの方――遠くから、飛行タイプの侵略体が迫っている。

 

「まずはこいつらからだ!」

 

 背中の翼はエヴァの意思を受け、体の一部のように自在に動いた。空を飛んだ経験などないはずなのに、どうすればいいかがすべてわかる。

 背中を押されている。手を引かれるのではなく、自分の力で進めると、認めてくれる声がする。

 十体ほどの侵略体の群れの中を縦横無尽に飛びながら、それらの急所を的確に切り裂いていく。最小限の動きで無力化し、今度は生存者たちの列の先頭へ。

 

「お待たせ!」

 

 そんな声とともに、アルトリアが苦戦していた侵略体の首を斬り飛ばした。

 金髪の少女の表情が一瞬ふっと軽くなった。だがまだ油断するには早いと思いなおしたのか、周囲に目を配りつつ声をかけて来た。

 

「あなたは……「ジャック・ザ・リッパー」? なぜここに?」

「説明はあと! フジマルさんはどこ!?」

「列の真ん中に――」

「分かった!」

 

 生存者たちにランプの光を浴びせながら、担架で運ばれている少女のもとに降り立つ。

 専門的なことは自分にはわからないが、付き添っている老人に確認をする。

 

「容体は? 動かして大丈夫?」

「ああ。大きな怪我はない。だが衰弱がひどい。……やはり、放射線か」

「分かった。……他の人たちは、まだ大丈夫?」

「ああ。わしらよりも――」

 

 老人が周囲の生存者をぐるりと見渡すと、彼らは次々に頷いた。

 

「リツカを頼むよ、嬢ちゃん」

「分かった」

 

 フジマルさんを背中のランプの中へと入れる。

 周囲を見渡すが、帰り道は保証されていない。自分が「声」に従って突っ切って来たルートは既に塞がれ、侵略体たちが目を光らせている。

 逃がすつもりはないようだ。だが。

 

「邪魔をするなら、解体するよ!」

 

 どうせ邪魔をされるなら。「ヤヴィン」に向かって一直線に飛び立つ。

 それを見て侵略体たちも一斉に動く。マオを相手にしている連中以外、全てこちらに集中して攻撃してくる。

 ミサイル、砲弾、突撃、瓦礫投げ。覚悟はしていたが、半端ではない密度の攻撃が降り注いでくる。

 だが止まるわけにはいかない。邪魔をするものはナイフで真っ二つにしていく。

 勢いを緩めれば思うつぼだ。最初からトップスピードで、多少の被弾は覚悟で行く。背中のランプは頑丈だ。ちょっとやそっとでは揺るがない。

 細長い体の侵略体の突撃を蹴りで受け流す。

 大型の侵略体が投げ飛ばしてきた小型侵略体の体をナイフで切り開く。

 鱗のミサイルを翼で受ける。

 攻撃は一層激しさを増す。ダメージが重なる。ショックで意識が途絶えそうになる。

 だが、もう少し。もう少しで――。

 

「飛ぶんだ――この翼なら、飛べるんだ!」

 

 前方に回避不可能な弾幕が広がる。これ以上のダメージはマズいが、四の五の言っていられない。もう捨て身で突っ込むしかない。そう覚悟を決めたとき――。

 

「トーマス、大変身、大改造の時である! この人間味あふれた紳士の体を捨てて、今こそ獣の如き雷音強化ブーステッド! トーマス・マズダ・エジソンに変貌してくれよう!」

 

 そんな叫びとともに、目の前の弾幕が電撃で焼き払われた。

 その向こうから登場したものは――何と言えばいいか。

 まず、UFO。

 「エレナ・ブラヴァツキー」の預言装置だ。ここまでやってくるルートを読んだらしい。

 UFOに先導された一行を乗せるのは漆黒の竜。「坂本龍馬」の片割れが変じたものだ。

 その竜の頭でポーズを決めているのは、ライオンの顔をした筋骨隆々の老爺、「トーマス・アルバ・エジソン」だ。いつも以上に膨れ上がった肉体を誇るようにポーズを決め、こちらの翼がびりびりと震えるほどの大声で笑っている。

 そのわきに控える白衣の青年、「パラケルスス」の持つ短剣は、周囲の元素を取り込んで薬品を作り出すプラントだ。それで作った薬を「エジソン」に投与し、彼を強化しているらしい。

 そして和服のような意匠のスーツを着込んだ「葛飾北斎」はせっせと壁を描き、防御に徹していた。

 

「助かったんだけど……気が抜けるなあ」

 

 考えられた編成なのはわかるが、一見イロモノ集団にしか見えない援軍にエヴァは嘆息した。

 

「はーっはっはっはっはっは! 「ジャック」君、この「エジソン」が来たからにはもう安心だ。大船に乗ったつもりでいたまえ!」

『おいこらライオン。お竜さんは船じゃない。リョーマ、こいつ食べていいか』

「だめだよお竜さん。多分お腹を壊す」

「胃薬なら作っておきますよ?」

「ポーズはいいからサ、さっさと敵をぶっ倒しておくれよ。壁書いてばっかじゃ飽きちまう」

「そこ! 右からまた侵略体が来てるわ!」

「気が、抜けるなあ……」

 

 とはいえありがたいのは確かだ。すれ違いざまに、一番話が通じそうな「エレナ」に確認する。

 

「このまままっすぐ行ける?」

「ええ、よくってよ。急いで!」

「ありがとう!」

「他の皆もすぐに追いついてくるわ! あとは任せて!」

「うん!」

 

 「エジソン」たちが切り開いた道を、侵略体がふさがないうちに突っ切る。全力で痛む翼を羽ばたかせ、とうとう敵の包囲を抜けた。

 眼下に後続のホルダーたちが見える。その先頭にいるのは――なんと、「シェイクスピア」だ。

 

「みんな!」

「おや、「ジャック」、改め「フローレンス・ナイチンゲール」! 「信長」はご無事ですかな!?」

「大丈夫! 負傷者を連れて、先に戻ったよ! 「エジソン」たちとも会った!」

「それは重畳! ならば残すは生存者と「信長」との合流のみ! ここが力の入れどころ! 兵よ立て、銃を構えよ!」

 

 その言葉とともに「シェイクスピア」の周囲に大勢の兵士が立ち上がった。だが彼の作る虚像は攻撃力を持たないはず。

 その疑問の答えは、「シェイクスピア」の横にいる「ダ・ヴィンチ」が示してくれた。

 

「さあ、持っていくといい」

 

 「ダ・ヴィンチ」のAUウェポンから射出された無数の紙片が、宙で機関銃を形作った。「シェイクスピア」の兵士とぴったり同じ数のそれらは、あるべくして兵士たちの手に収まった。

 

撃ち方(Commence)――はじめ!(fire!)

 

 無数の弾丸が、AUホルダーたちに襲い掛かる侵略体の群れを襲う。たった二人のホルダーが作り出したとは思えない、まさしく軍勢というレベルの威力が遠慮なくぶちまけられた。

 総崩れになった侵略体たちへ、AUホルダーが一気に突っ込んでいく。

 「シェイクスピア」も軍勢を引き連れて続こうとしたが――。

 

「おっと、足が……」

「無茶をし過ぎたね。まあ、リハビリの第一段階は終了ってことで」

「ははは、不甲斐ない……」

 

 兵士たちから回収した紙片でオーニソプターを作った「ダ・ヴィンチ」が飛び立った。空中ですれ違いざまに「ヤヴィン」の方を示す。

 

「「信長」は私たちがちゃんと助けるからさ、早く行くといい。もう「ヤヴィン」では医療チームがスタンバイしているからさ」

「分かった。ありがとう!」

 

 真緒たちのことは心配だが、これだけの仲間がいるのだ。今は背のランプの中のフジマルさんに、一刻も早く治療を施さないと。

 エヴァは最後の力を振り絞って「ヤヴィン」へと飛んだ。

 

  *

 

 飛び立ったエヴァと入れ替わるように、「龍馬」たちが隣のブロックに飛び込むのを真緒は見た。

 通信も回復した。あとはこの場を切り開くだけだ。

 他の皆はすぐそこまで来ている。

 なんと「シェイクスピア」もスランプを脱して戦場に立ったという。

 追い風が吹いていた。

 

「あと少し!」

 

 だが、侵略体たちもただではやられないようだった。

 ここぞとばかりに大型の侵略体が群れを成してやってくる。戦力を温存するよりも、確実に潰しにかかろうというわけだ。

 ティラノサウルスのような進化侵略体。現在のところ、地上での戦闘能力では最も優れたタイプとされる「重戦車型」だ。ここで出してくるとは。

 「重戦車型」の咆哮が周囲の空気をびりびりと震わせ、辛うじて街の建物に残っていたガラス窓が砕け散った。

 真緒は身を低くして息を整える。

 

「あと少しなんだ……!」

 

 もうすぐそこまで仲間たちが来ている。自分を鼓舞するように叫びながら銃口をその巨大な頭に向けた。

 鋭い牙がびっしりと生えそろった大あごを開け、「重戦車型」が吠える。

 

「絶対に、生きて帰る!」

 

 そう決意をし、一歩を踏み出した瞬間だった。

 

「え……?」

 

 目にもとまらぬ速さで視界の外から飛び出してきた「何か」が、「重戦車型」にとびかかったかと思うと、一瞬でその首を刎ねた。

 「重戦車型」の巨大な首が落ちてアスファルトに弾むのを待たず、突然現れた「それ」は次の敵に向かう。黒い風のようにしか見えない「それ」が過ぎ去るたび、周囲の侵略体たちが首を刎ねられ、体を割られ、次々に地面に倒れていく。

 そして、真緒の目の前で立ち止まった。

 

「……まさか」

 

 すぐそばで続いているはずの戦闘の音が遠くに聞こえる。

 心臓が早鐘を打つ。

 口が渇いて息がつまる。

 そんなはずはない。

 だが、あの時だ。生存者と合流する前の、奇妙な出来事。それと目の前の光景が頭の中で結びついた。

 

「あなた、は」

 

 身を包むのは、血に染まりでもしたのか、黒く変わり果てていたが、確かにダンダラ模様の羽織。

 日本人にしては色が薄い髪は更に色が抜け、ほとんど白髪に見える。

 同じく色が薄かったはずの眼は、少し不気味な金色に輝いている。

 白く病的ですらあった肌は、以前とは逆に浅黒く染まっている。

 骨のように見える不気味な鎧らしきものをあちこちに身に着けており、体格も以前より大きくなっている。

 それに、身の丈を超すような長さで大きな反りが入った刀も見覚えがない。

 だが、それでも。そこにいたのは。

 

「沖田……?」

 

 三か月前、この街で消息を絶ったはずの少女だった。

 

 



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四十九ノ銃 生存戦略

「沖田、なの?」

「…………」

 

 突然目の前に現れた少女は真緒の疑問に答えはしなかった。ただ、周囲をきょろきょろと見渡している。

 そして、ビルの間から飛び出した敵を見つけると、地面のアスファルトが砕ける勢いで飛び出し、その手に持った長大な剣でもって、あっという間に両断してしまう。そして立ち止まり、周囲を見る。

 まるで本能で動く獣だ。おかげで助かっているともいえるが――。

 

「「信長」! 無事!?」

 

 戸惑っていると、上空を飛ぶ飛行機の影とともに、「ダ・ヴィンチ」の声がかかった。

 

「え、あ、「ダ・ヴィンチ」!? 私は大丈夫! 生存者の方は!?」

「そっちも大丈夫だ! そら、見なよ――」

 

 雄叫びとともに、AUホルダーたちが最後の敵の壁を突破してきた。

 「ジェロニモ」たち第一小隊と「ネロ」たち第四小隊だ。

 真っ先に飛び出してきた「ネロ」がこちらを見つけると、ぱあっと顔を輝かせた。

 

「「信長」! 無事か!」

「あ、うん……大丈夫だよ、「ネロ」」

「おお……! よかったよかった! 余はもう心配で心配で……!」

「ははは……」

 

 本当に心配をかけた。話を聞けば、南極担当の彼女以外は総勢でやってきたという。本当に大事になってしまった。それでも、生存者はみんな助かったという。アルトリアも無事なようだ。

 成功か失敗かで言えば、大成功だ。

 だがそれだけに、これで終わりとはならない一件があった。

 

「おい「ネロ」、隊長さんよ? ちょっとこっち見てみな」

「僕らにとっては、大ニュースだ」

 

 生存者を収容するべく、ホルダーたちが先導してきたトラックが続々と到着する中、第四小隊の「ロビン」と「アマデウス」は「ネロ」に声をかけた。

 彼らにとっては、真緒と同じくらい大事なことだ。

 真緒に抱き着いていた「ネロ」が、彼らの声に振り返ったまま固まった。くちをぱくぱくと開け、いうべき言葉を探しているように見える。

 だが、それより先に沖田らしき存在が動いた。

 またも残像を残す勢いで突っ走り、侵略体を切り捨てる。

 二度、三度。こちらのことなど意に介さず、本能のままに。

 いや、これは――。

 

「E遺伝子に、乗っ取られている……?」

 

 誰かがつぶやいたそれは、ちょうど少し前に見た光景に見ていた。

 真緒の体を乗っ取った魔王とは違う。無理に力を使って我が身を滅ぼすような感じではない。感情を排し、淡々と敵を斬っていく。

 みんな、戸惑いながらも沖田らしき少女に声をかける。だが少女はあくまで敵を倒すことに集中している。

 

「どうする? ……止めるか?」

「いや……今は、現状をどうにかするのが優先だと思う。それに、邪魔したら――どうなるか分からない」

 

 真緒と「ネロ」はそう言ってうなずき合った。

 予定外なことはあったが、それでも計画通りに事は進んだ。生存者の収容は済み、一行はサンフランシスコ湾のすぐそばまでたどり着いた。侵略体も引き上げていく。これ以上は戦力を無駄に消耗するだけと悟ったのだろう。今だけは、その現金さがありがたかった。

 生存者のリーダーだった老人と疲れ切ったアルトリアが乗ったヘリを見送り、真緒は改めて仲間たちに向き直った。

 

「みんな、来てくれてありがとう」

「何を言う。余たちはいつでも貴様の味方だ。それよりも……」

「うん、分かってる」

 

 沖田らしき少女は、周囲に侵略体がいなくなったのを悟ると、再び街の方へと歩き出していた。

 

「沖田!」

 

 止まらない。

 

「沖田ってば! 沖田でしょ!?」

 

 止まる気配すらない。

 

「沖田! 話を聞いて!」

「……「ロビン」!」

「あいよ」

 

 「ネロ」の短い指示を汲んだ「ロビン」が矢を放った。沖田らしき少女の足元に牽制の矢が突き刺さる。

 だが止まらない。

 

「ちょっと、「ネロ」!?」

「このまま見逃せば、次はないやもしれん。「アマデウス」!」

「人使いが荒いなあ」

 

 続いて「アマデウス」が奏でた音色が沖田らしき少女に打ち込まれた。流石にこれは無視できなかったのか、足取りが乱れた。

 そして、こちらにゆっくりと振り返る。

 その眼に宿る感情はやはり乏しかった。

 

「……聞け、「沖田」よ。あるいはそうでないかもしれぬものよ」

「…………」

「貴様は何者だ? 答えよ。答えられぬならば、せめて何か意志を示すがよい」

「…………」

「さあ!」

 

 沈黙が落ちる。一同が固唾を飲んで見守る中、その少女は口を動かした。

 

「……し、……は……」

「……なんて?」

「そ……じ……」

「もしや、口がきけんのか?」

「……わか……た」

 

 沖田らしき少女は息を大きく吸い込むと、眼にかすかな意識を宿した。

 そして、とうとう意味のある言葉を発した。

 

「おもい、出した。……これが、ことばか。会話か」

「意志の疎通はできるみたいだね」

 

 「アマデウス」が言う。

 

「だけど、彼女の体から聞こえる音はどうにも奇妙だ。……人間離れしてる」

「それは、どう判断したもんかね」

「……よし」

 

 「ネロ」が一歩近づいた。

 

「言葉を思い出したというならば、今一度聞こう。貴様は何者だ?」

「……私は、沖田……総司だ」

「やはりか。余のことは覚えているか?」

「……知らない」

「記憶を失っておるのか?」

「沖田。私のことは……?」

 

 真緒も聞くが、沖田総司は首を横に振った。

 

「知らない……覚えていない、のではない」

「それって、やっぱり。……あなたは、E遺伝子なの?」

「そう、だ」

 

 そして、その存在は決定的な言葉を発した。

 

「私は沖田総司だ。お前たちが「沖田」と呼ぶ、この体の持ち主は――すでに死んだ」

 

 淡々と、ただただ事実を告げていく。

 

「沖田桜は、死んだ」

 

  *

 

 その言葉に、真緒もネロたちも動くことができなかった。周囲を取り巻く他のホルダーたちやDOGOOの隊員たちも、ただ見守るしかない。

 そして沖田――沖田総司はただ、淡々と言葉を続けた。

 

「三か月前、瀕死の重傷を負った沖田桜は、何とか敵から逃れたが、もう長くはなかった。だが、無為に死ぬのは嫌だと言った」

 

 そう、それは「沖田」が時折呟いていた言葉。

 

「最後まで戦いたい。私と、同じ願いだった」

「だから、その体を奪ったの?」

「奪った――のだろうか? 私にもわからない。ただ、私と沖田桜は生き残り、戦うために、するべきことをした。……思い出してみれば、と言う感じだが。今の今まで、私はきちんと意志を持っていなかった。ただ、本能的に動いていた」

 

 するべきこと。その結果が、この変貌だというのだろうか。

 

「傷を癒すこと。この街で生きる体を手に入れること。敵を倒す力を得ること。そのために、色々な可能性を試した。気が付いたら、こうなっていた」

 

 そういうと沖田総司は額にかかる髪をかき上げた。そこにあるものを見て周囲からどよめきが起きる。

 浅黒い額には、三つの小さな眼があった。人間離れした存在となったことを示す証拠は、元の眼と合わせれば、ちょうど――。

 

「進化侵略体を、食べたのか」

 

 「アマデウス」が悲痛な面持ちで言う。彼の耳には今、どんな音が聞こえているのだろうか。人間離れした、侵略体のものと同じ心音が届いているのだろうか。

 

「そうだ。侵略体を食べた。その血肉を取り込んで、放射線への耐性を得た。傷を癒し、体は強くなった。AUボール、だったか。アレが無くても戦えるようになった」

「侵略体とE遺伝子が、同じものだから……」

「そうなのか。イチかバチかの賭けだったが、そういう理由なら、まあ」

 

 沖田総司は納得が行ったようだが、普通はあり得ない現象だ。

 侵略体を食い、その力を我が物とする。侵略体の遺伝子をE遺伝子として組み込むという土偶の計画など目ではない。それより遥かに危険で忌まわしい方法だ。

 だがそれが沖田総司と沖田桜の生存戦略だった。

 その結果が、これだ。

 真緒は尋ねた。

 

「沖田総司。本当に、「沖田」は――桜はいないの?」

「沖田桜の存在を感じない。気が付いたら、いなくなっていた。今は私がこの体を動かしている」

「それであなたは、これからどうするの?」

「侵略体を殺す」

 

 即答だった。

 

「そのために私はいる。私と、沖田桜の願いもそれだ。最後まで戦う。一匹残らず、侵略体を殺す」

 

 その言葉は、奇しくも少し前の自分と同じだった。

 最近、こんなことばかりだ。

 命を捨てて闇雲に戦っていた自分が、周りにどれだけ迷惑と心配をかけていたか。そう言うことを思い知らされる。

 

「させない」

 

 止めたくもなる。

 

「それはダメだ」

 

 AUウェポンを発動させる。ここまでの戦闘で疲れ切っているが、今度こそこれで最後だ。気合を入れなおす。右目が燃える。

 

「その体は、返してもらう」

「……断る」

 

 沖田総司が剣を抜いた。前より背が高くなった彼女の身の丈より更に長い、赤黒く輝く刀だ。

 普通の人間ではとても扱いきれない大きさだ。それに色も普通の刀ではない。AUウェポンか、あるいは侵略体としての体の一部に相当するものなのだろう。

 まともに喰らえば命はない。

 それでも。

 そう決心したとき、三人のホルダーが真緒の横に並び立った。

 

「「信長」よ。余たちを置いて話を進めるでない」

「「ネロ」……」

「確かにオタクと「沖田」は訓練時代からの付き合いかもしんないけど、オレらは実戦をともにしてるわけでさ」

「そういうわけだから、僕らも混ぜてほしいね」

「「ロビン」に、「アマデウス」も……」

 

 それを見て沖田総司は周囲を見渡した。

 

「別に、何人で来てもいい。事情は大体わかった。この体は、お前たちにとって大事なものなんだろう。――だが、私は私の願いに従うだけだ。邪魔をするなら、斬る」

 

 何人かは動きを見せた。だが、名乗りを挙げはしない。

 自分と第四小隊の面々の方が「沖田」と縁が深いと理解しているからだろう。それにあまり大勢で動いて乱戦になるのも避けたい。

 結果として、四人だけが沖田総司と向き合うこととなった。

 

「……もういいのか」

 

 沖田総司が確認する。

 

「ああ。余たちだけで行こう」

「あんまり大勢じゃ逆にやりにくいしな」

「音も聞きづらくなるしね」

「……三人とも、ありがとう」

 

 「ネロ」が剣と盾を構え、肩鎧の咆哮で力を与えた。

 「ロビン」がクロスボウに矢をつがえ、姿勢を低くした。

 「アマデウス」が弦楽器型の装置を構えてリズムをとり始めた。

 そして真緒――「織田信長」は右目にありったけの熱を注ぎ込んだ。

 

「止めるよ。絶対に!」

 



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五十ノ銃 決戦

この作品を書き始めて一年が経ちました。
もう少しお付き合いください。


 最初に動いたのは「アマデウス」だった。

 

「景気よく行こう!」

 

 勇壮なメロディが場を満たす。味方に鼓舞を、相手に畏怖を与える音色で主導権を握る。

 そして続いて出たのは「ネロ」だ。

 かつて自分が主演を務めた映画で使用したという剣と盾を持ち込み、それらをAUウェポンで強化して振るう。

 彼女が前に出つつ、「ロビン」へと指示を飛ばした。

 

「最初から全力でゆくぞ!」

「はいよ!」

 

 ストーンフォレストからサンフランシスコまでの半年間、この三人に「沖田」をくわえた四人で実戦をこなしているところを、真緒は何度か眼にしている。それは四人組ではあったが、真緒たち第二小隊とは大分違うやり方だった。

 第二小隊は、前に「ジャック」が突っ込み、自分が援護と指示を出し、「アヴィケブロン」と「ジャンヌ」が支える形。

 「ジャック」の身軽さを生かし、後から支えるやり方だ。

 対する第四小隊は「ネロ」が決めた戦術に沿って「アマデウス」や「ロビン」が場を整え、隙をなくしたところで「ネロ」や「沖田」が切り込む形。

 前衛である「ネロ」自ら、前に引っ張っていくやり方だ。

 本来ならば第四小隊のやり方に合わせるべきなのだろう。だが、今は相手が悪い。

 

「――行くぞ」

 

 沖田総司は最初からトップスピードで「ネロ」に肉薄した。最初に真緒の前に現れたときともそうだった。彼女のスピードは、かつて「ネロ」たちと戦っていたときより更に数段速い。

 状況に合わせて前衛の「ネロ」が指示を飛ばし、引っ張っていくやり方では間に合わない。

 黒く輝く大剣が振るわれ、「ネロ」の盾に受け止められる。肌がびりびりと震えるほどの衝撃。「ネロ」の小柄な体格ではあっけなく吹っ飛ばされるかと思ったが、彼女の靴が金色に輝いている――一時的にAUウェポンで靴を強化したのか。

 だが、沖田総司の追撃は止まらなかった。

 「ネロ」が指示を出す暇もない。二度、三度と金属音が響く。

 

「おい、やべえぞ!」

「そのようだ!」

 

 「ロビン」と「アマデウス」が慌てて援護に入ろうとする。だが。

 

「私がやる!」

 

 真緒は沖田総司が刀を引き戻した瞬間を狙い、強めの一発を打ち込んだ。沖田総司が流れるような動きで避ける。その分の隙が生まれる。

 

「ロビン、お願い!」

「あ、あいよ!」

 

 そこに「ロビン」の追撃を要請した。「ネロ」や自分の攻撃範囲でその矢をかわすのは厄介だと判断したのか、一度沖田総司が飛びのいて距離をとる。

 状況が一度リセットされた。

 真緒は「ネロ」の横に並び、油断なく銃を構えた。

 

「「信長」よ。……すまぬ」

「大丈夫。こっちもごめん、仕切っちゃって」

「覚悟はしていたが、やはり、速いな……余のやり方では間に合わぬと見える」

 

 「ネロ」は軽く息を整えると「ロビン」と「アマデウス」に言った。

 

「ここは「信長」のやり方で行こう。貴様らも、ここぞと思う場所で動くがよい。余や「信長」も自分で何とかしよう」

「くれぐれもオレの矢に当たんなよ?」

「好きにしろというなら、そうだね、これなんかどうだろう」

 

 「アマデウス」の奏でる旋律が変化した。後押しをする勇壮な音色から、場を急かすようなアップテンポのヴァイオリン曲へ。知らず知らずのうちに真緒たちの心臓が高鳴り、体が温まっていく。

 「ネロ」が大きくうなずいた。

 

「よき音色だ。情熱的で心が躍る!」

「気に入ってもらえたようでよかったよ」

 

 それを見て沖田総司がポツリとつぶやく。

 

「こういう戦い方もあるのか。皆で剣を持って並ぶのではなく、それぞれの役割でもって――」

 

 その時、傑物は何かを思い出したのだろうか。一瞬だけ、遠い目をして。しかし次の瞬間には前を向き、戦いへと戻った。

 今度は真緒に向かって走り出す。一直線ではない。縦横にステップを入れ、分身しているようにすら見える動き。眼で追っていてはとても間に合わない。

 真緒は自分の背後の影に頼んだ。

 

「信長!」

『人使いの荒い――』

 

 目配せをかわした「ネロ」が一歩引いたのと同時に、真緒の周囲の風景が一坪の灼熱地獄に塗り替わる。沖田総司は構わず真緒に肉薄するが、赤く焼けた領域へと踏み込んだ瞬間、一瞬身が引き釣ったようだった。かろうじて目で追える――銃口を向ける。

 

「これは……」

「そこだ!」

 

 ありったけの銃弾を叩き込む。沖田総司は予想外の出来事に少し驚いたようだったが、銃弾が届くまでに立て直していた。眼にもとまらぬ速さで剣を振るい、()()()()()()()()()()

 

「嘘でしょ……!」

「これは、侵略体を焼く能力か?」

 

 目論見通り、侵略体をその身に取り込んでいる沖田総司にとって、この灼熱地獄はよく効くようだった。だがそれでは足りない。

 

「喰らいやがれ!」

「――そこ!」

 

 「ロビン」の矢も「ネロ」の剣も追加で叩き込まれるが、これさえ凌がれた。またも逃げようとするが――。

 

「その足、待ってもらうよ」

 

 沖田総司の足が不意にもつれた。「アマデウス」の渾身の音色が一瞬だけ体の制御を奪ったらしい。

 

「今だ!」

 

 一層輝きを増した「ネロ」の剣が突きこまれる。その剣先が沖田総司の肩に突き刺さり――がきん、と固い音を立てて弾かれた。

 その肩に、鱗のような装甲がいつの間に備えられていた。

 

「な、に?」

「あまり、好ましくないのだが」

 

 沖田総司の額にある異形の眼――侵略体である証拠のそれがうごめく。

 沖田総司が突き出した左手の先に、突如としてかぎ爪が生えた。よける暇もなく「ネロ」の腕を切り割く。

 

「「ネロ」!」

 

 咄嗟に「アマデウス」が音色を強め、「ネロ」が退く隙を作ろうとする。しかし、沖田総司がそれと同時に叫んだ。

 

「ウオォ――――――――――――!!」

 

 頭を揺さぶるような鬨の声が「アマデウス」の援護の音色をかき消す。このままでは「ネロ」が危うい。真緒と「ロビン」は射撃を打ち込んだが――。

 

「手が足りないな」

 

 沖田総司の髪がうごめくと、矢と銃弾を防ぐ盾となった。

 異形の技を駆使して「ネロ」を追い詰めた沖田総司が大剣を振り下ろす。とうとう受け止め損ねた「ネロ」の盾が砕け、小柄な皇帝が地面に叩きつけられる。

 

「まずいっ……!」

 

 真緒は自分の手足が焦げるのも構わず、灼熱地獄の出力を増した。

 だが沖田総司が一歩地面を踏み込むと、赤黒い炎のようなものがその体を包み、ぎこちなかった動きが滑らかなものに戻った。自分に適した環境を作った、ということか。

 

「「ネロ」!」

 

 今の攻防で見せたのは、おそらく侵略体の使っていた能力だ。体を強化し、放射線に耐性を得ただけではない。その能力の隅々まで沖田総司は取り込んでいる。ただ、好ましくないから使わなかっただけで――。

 そして、満を持しての一撃が「ネロ」に叩き込まれた。

 

  *

 

 その一瞬前、銀灰色の翼が戦場に飛び込んだ。

 沖田総司の大剣を持つ手を、横から割り込む形で斬り飛ばす。

 

「む……」

 

 流石にこれには驚いたのか、沖田総司がいったん距離をとる。

 翼の持ち主は「ネロ」を抱き起すと声をかけた。

 

「大丈夫、「ネロ」?」

「「ジャック」、か。すまぬな」

「ううん。……下がってて」

「不甲斐ない」

 

 おそらく、藤丸さんを「ヤヴィン」に運んだあと、連絡を受けて飛んできてくれたのだろう。

 モード・夜鳴鶯(ナイチンゲール)は本来世界の窮地に駆けつける力だ。そう長く持つものではないのだろう。エヴァが着地するやいなや、限界を迎えたように縮こまり、エヴァのナイフのパーツとなって納まった。

 戦闘は終わっていない。真緒は沖田総司を警戒しつつ、エヴァに礼を言った。

 

「ありがとう、来てくれて!」

「ううん、大丈夫。……それより、本当に「沖田」なんだね。聞いて驚いた」

「油断しないで。あいつは、もう私たちの知ってる「沖田」じゃない」

 

 真緒たちが話している間にも、沖田総司は準備を整えていた。

 切り落とされたはずの右手は嫌な音を立てながら再生していき、服ごと綺麗に元通りとなった。さらに落ちている剣に手を伸ばすと、大剣はひとりでに飛び上がり沖田総司の手に収まった。

 

「この間の、暴走した時の私みたいなものだよ」

「みたいだね」

 

 エヴァは真緒に近づくと、こっそりと言った。

 

「翼が消える一瞬前に見えた。――額の眼が弱点だよ」

「それが分かってもなあ……」

「一応、アテはあるんでしょ?」

 

 そう言ってエヴァは真緒の左手を一瞥した。全く、この目には敵わない。

 

「どうにか隙を作りたい。……行ける?」

「もちろん」

 

 二人同時に沖田総司に向かって駆けだす。すると傑物は大剣を何もないところで横薙ぎに振るった。

 飛ぶ斬撃。そう表現するしかないものが横一直線に真緒たちに迫った。もうなんでもありだ。

 目配せ一つ。エヴァが一歩先に出て、ナイフを立てて斬撃を受け止める。その時には沖田総司自身も大剣の間合いまで迫ってきていた。だがそれは自分が射撃で牽制する。背後からの音と矢も隙を作ろうとしてくれている。

 だが沖田総司の身のこなしは速い。一瞬でも気を抜けばまた崩されてしまう。四人がかりだというのに、余裕すら感じさせる。

 いや、実際そうなのだろう。本気で仕留めるつもりがないのか――あるいは、出来ない理由があるのか。

 今はその余裕に漬け込むほかなかった。

 

「「アマデウス」!」

「了解」

 

 鍵は「アマデウス」だ。高速で繰り広げられる戦闘において、一瞬とはいえ味方にブーストをかけ、敵に隙を作る彼の能力は突破口になる。

 二度、三度。「アマデウス」の音色で隙を作り、そこにナイフや銃弾をねじ込み、沖田総司が異形の技で辛うじてそれを防ぐ。そんな構図が繰り返された。

 あと一歩が詰め切れない。

 

「ごめん、「アマデウス」! 隙を作ってくれているのに……!」

「いいとも」

 

 そして、その言葉に混じって、彼自身の声ではなく、ある旋律が真緒の耳に飛び込んできた。

 それは楽器の旋律だというのに、明確に言葉としての意味を持って聞こえた。

 エヴァの方を見れば、その表情からして彼女にも聞こえたらしい。「アマデウス」の秘密のメッセージは、イチかバチかと言うべき作戦だった。

 ちらりと振り返ると、「アマデウス」の横にいる「ネロ」が大きくうなずいた。剣を地面について何とか立っている状態だが、この策を出してくれたらしい。

 

「よし。行こう」

「何か企んでいるみたいだが」

 

 沖田総司が大きく剣を引き戻し、突きの構えをとった。大剣が段々と赤黒い光を帯び、バチバチと音を立ててエネルギーが蓄えられていくのが分かる。

 あれは――三段突きか? いや。この半年で培ってきた経験が訴えている。アレはもっと違う、とんでもない何かだ。

 

「まとめて、ぶち抜く」

 

 赤黒い光をまとった大剣が突き出された瞬間、極太の光線が発射された。

 

「なっ……!」

 

 咄嗟にエヴァと左右に分かれて飛びのいた。

 背後から悲鳴が上がる。思わず振り返ると、背後の街並みが丸ごと光線でえぐり取られていた。

 ビルが、家々が、ごっそりと消し飛ばされている。ぞっとする。人間の形をしたものが繰り出していい威力ではない。

 しかも、一発で終わりではない。

 

「次だ」

 

 すでに沖田総司は次の準備に取り掛かっていた。

 今までの攻撃と違って多少の溜めがある。それでも一発一発の威力と射程が段違いだ。

 一発、二発、繰り出されるたびに周囲の風景が変わっていく。侵略体によって人の営みから断ち切られたこの街は、それでもビルや道の名残を残していた。だがそれすらも沖田総司の攻撃はえぐり、消し去っていく。

 適応しているだけで、使いこなしているだけで、この沖田総司の本質は、やはりあの暴走した魔王と何ら変わらない。

 

「止めなきゃ!」

「そんじゃ――いっちょやりますか!」

 

 光線を発射してから剣を引き戻すまでの一瞬に、「ロビン」の矢が間に合った。侵略体の体を侵す毒が仕込まれたそれを見逃さず、沖田総司が左手の手刀で叩き落す。そしてまた光線の溜めに入ろうとする。

 

「させないよ!」

 

 だがそこに「アマデウス」の旋律が――。

 

「やはり、お前が一番厄介だ」

 

 沖田総司は、「アマデウス」の旋律を受けて動かなくなった右手から、左手で大剣をむしり取った。そして手先の動きだけで放り投げる。

 まるで空き缶でも捨てるかのような軽い動き。だがそれで人の身の丈ほどもある大剣が宙を飛び、「アマデウス」を襲った。

 

「やはりそう来たか!」

 

 だが、これは予想通りだった。「アマデウス」の存在を沖田総司にアピールして、引き付ける。そうして――。

 「アマデウス」の横で疲労困憊のポーズをとっていたはずの「ネロ」が素早く前に飛び出し、自身の剣で大剣を受け止めた。それだけではない。

 

「この剣、もらい受ける!」

 

 「ネロ」の剣とぶつかってなお勢いの消えないそれに、肩鎧からの声を響かせる。赤黒い剣が黄金の装飾へと塗り替えられ、その勢いが消えた。制御が「ネロ」に渡ったのだ。

 

「何……?」

「今だ、ゆけ! 二人とも!」

「わかった」

「うん!」

 

 剣を失い、がら空きになった沖田総司にエヴァと真緒はとびかかった。勿論素手でも厳しい相手だろう。現に今、両手に赤黒い炎をまとわせて自分たちを迎え撃とうとしている。

 だがこの一瞬が勝負だ。

 狙いは額。銃口をまっすぐに向け、近距離からぶち抜く。

 

「やはり、そう来るのか」

 

 だが沖田総司もそれを読んでいたらしい。

 たとえE遺伝子と言う形になっても、侵略体の力を取り込んでも、そこにいるのは紛れもなく沖田総司、不世出の天才剣士とたたえられた傑物なのだ。

 真緒の身に宿る織田信長が、なおも魔王であるのと同様に。

 

「なっ……?」

 

 反撃は全く予想外の形で行われた。

 先に繰り出されたエヴァのナイフを沖田総司は右手で受け止めた。そして自分は沖田総司の左から――そう思った矢先、空っぽのはずの相手の左手から()()()()()

 腕の中で構築したのだろう。刃渡りこそ脇差程度だが、それは目にもとまらない速度で射出されると、真緒の右手を銃口から肘までざっくりと貫いた。AUウェポンが受けたダメージがフィードバックし、全身に痛みが走る。

 中核のAUボールが砕かれたのか、ウェポンの維持すらできない。痛みで意識が飛びそうだ。

 しかし。

 

「これを、待ってた」

「なに?」

 

 右手はエヴァの対応に、左手は剣の射出に使った形だ。がら空きの胸に真緒は飛びこみ、指鉄砲の形にした左手を沖田総司の額に押し付けた。

 自分にはまだ、力が残っている。

 暴走した時、織田信長が自分の体の中に作った、AUボール代わりの臓器が。

 

「一つの銃で足りないなら、二つ。それでも足りないなら、三つだ」

『だが――これで届かせてくれようぞ』

 

 胸の内から湧き上がった熱が指先に宿る。熱と光がたった一発の銃弾に圧縮され、間違いなく沖田総司の額に叩き込まれた。

 青い血が噴き出す。

 

「が、は……」

 

 沖田総司がよろめく。貫通はしなかったのか、それでも額からだらだらと血を流しながら、異形の剣士が後ずさる。

 

「限界、か……」

 

 そして、自分も。AUウェポンを破壊されたダメージが重い。渾身の一撃を打ち込み、もはや力は残っていない。

 ろくに受け身も取れず、顔から地面に倒れ伏した。

 

「マオ!」

 

 エヴァの悲痛な声が聞こえる。彼女の小さな手が届く前に、真緒は意識を失った。

 



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五十一ノ銃 帰還

 

 真緒が目を覚ますと、見覚えのある部屋にいた。つい先日までいた病室に逆戻りしていたのだ。

 

「生きてた、かあ」

 

 沖田総司にAUウェポンを木端微塵に砕かれた。それはつまり、真緒の全身にダメージがフィードバックされたことを意味している。

 結局、決死の覚悟で打ち込んだ弾丸の結果を見ることはできなかった。

 あの戦いは、どうなったのか。

 沖田は。

 みんなは。

 そして――藤丸さんは。

 

「……こうしてられないな」

 

 全身が痛む。特に右腕はぐるぐる巻きにされて動かせない。それでも、真緒は枕元のナースコールに手を伸ばした。

 

  *

 

「よかった、眼が覚めて。もう一週間も眠りっぱなしだったんだよ」

「ごめん、エヴァ。心配かけて」

「大丈夫。……それで、本当に見に行く?」

「うん」

 

 病室にやって来た医療スタッフに無理を言い、どうにか車椅子に乗って病室を出ようとしたところ、ちょうどやってきていたエヴァが補助を買って出てくれた。

 「ヤヴィン」の中は静まり返っていた。大きな戦いの後は大体こうなる。わずかな緊張感を残しつつも、それでもひとまずの戦いを終えたという実感が空気に満ちている。

 たとえ、全面的に喜ぶべきではない結果だとしても。

 

「まず、こっちだね」

「うん」

 

 基地内のICUへ向かうと、すでにそこにレティシアがやってきていた。自分と同じく、全身に包帯を巻き、車椅子という格好だ。

 つい先日、真緒と入れ替わるようにして目を覚ましたらしい。あの炎を扱った代償は重く、あちこちに火傷が残り、三つ編みにしていた輝くような金髪は肩までの長さに燃え落ちてしまっていた。

 それでも、彼女は真緒を見ると柔らかく微笑んだ。

 

「お久しぶりです、マオ」

「こっちこそ。……髪、燃えちゃったんだっけ」

「ええ。故郷の妹と同じくらいになっちゃいました」

「双子の妹さんなんだっけ?」

「ええ。あっちは私と間違えられないようにと髪を短くしていましたから、これを見せたら怒られてしまいますね」

「あはは」

 

 そんな風に談笑していると、こちらは車椅子が必要なくなったマルクがやって来た。本当に久しぶりに、第二小隊の全員がそろったことになる。

 

「見事に全員ボロボロだな、僕たちは」

「ええ。でもこうしてまた会えたわけですから」

「そうだね。……だから、本当に見に行く?」

 

 エヴァはもう一度真緒に聞いた。

 真緒はうなずく。

 

「大丈夫、だよ」

 

 医療スタッフが準備を終えたと伝えてくれた。用意してくれたモニターの前に四人で並び、その時を待つ。

 モニターがついた。

 

「……生きてる。生きてくれてる」

 

 モニターに藤丸さんが映っていた。

 無菌室の中、沢山の機械に囲まれ、眠っている。

 だがその胸は、確かに呼吸で上下していた。

 カルテを抱えた医療スタッフが言う。

 

「「ジャック」……失礼、「ナイチンゲール」による除染が功を奏しました。体内の臓器に残留している放射性物質を迅速に無害化し、ここ「ヤヴィン」に運べたのは幸いでした。問題は、これまでに蓄積したダメージをどうするか、と言うことになります」

「それじゃあ……」

「予断を許さない状況です。いつ臓器不全が致命的な状況に陥るか分かりません。全身のダメージを詳細に観察し、対処していくしかないでしょう」

「そう、ですか」

 

 その時、画面から声がした。

 

『真緒ちゃん……そこに、いるの?』

「え?」

『やっぱり……来てくれたんだ』

 

 こっちから一方的にカメラで見ているだけなのに――そうか。「影」だ。

 

『ありがとう……。助けに来てくれて。台湾の時も……ずっと、そうだった』

「……信長、伝言とか、出来る?」

『人使いの荒い奴め……』

 

 背後の「影」はそう言いつつもどこかへと消えた。映像の中の藤丸さんが、弱弱しくも笑みを浮かべた。

 

『ふふ……』

「藤丸さん。こっちこそ、ありがとう。藤丸さんがずっと、藤丸さんにしかできないことを頑張ってくれてたから、私も戦えていたんだ」

『そっか……よかった。役に立ててたんだね』

「今は、ゆっくり休んで」

『うん……』

 

 藤丸さんは眠りについた。

 真緒はみんなの方へと振り向き、言った。

 

「みんなも、ありがとうね」

「何をですか?」

「やれることをやって来ただけだ」

「そうだよ?」

「頼もしいなあ、みんな」

 

 そして、二人の車椅子を二人で押し、最後の目的地へと向かった。

 「サンソン」のために用意された安置所だ。

 

「来ましたか。……こちらです」

「ありがとう、「サンソン」」

 

 巨大な侵略体の死骸たちから離れたところ。無骨な解剖台ではなく、人のためのベッドでそれは眠っていた。

 両の眼を閉ざし、額の眼のうち一つは潰れ、そして残りの二つの眼は開いたまま乾きつつあった。

 体には布がかけられているが、その下は――。

 

「失礼。服も体の一部だったようで、AUウェポンのメスでしか切れませんでした。そのせいで、戻せなくて」

「そっか」

 

 静かだ。眠っているようにしか見えない。あれから一週間もたっているとは思えない。

 侵略体は既存の生物に食われることはない。つまり、腐ることもほとんどない。それは知識として知ってはいたが、実際に目の当たりにすると、やはり動揺するものがあった。

 

「体の中も、見た?」

「ええ。やはり、人間とは全く異なる体構造でした。全く驚異的です。人の形をとどめているのが不思議なくらいに……」

「そうだよね」

 

 自分が暴走した時のように、人の形をとどめずに暴れまわっていてもおかしくはなかった。

 だというのに沖田総司は、追い詰められるまで人としての姿を捨てなかった。あくまでその剣で戦おうとした。

 

「やっぱり、沖田総司自身の願いの所為かな」

「願い?」

 

 その場にいなかったエヴァが首をかしげる。

 

「うん。最後まで戦いたい。……そう言ってた。生前も、なんだよ」

 

 真緒は一同に、沖田総司という傑物がどんな人物かを軽く話した。真緒自身もそう詳しくはないが――。

 それを聞いて、レティシアが言う。

 

「「沖田」と似ていますね」

「やっぱり、そう思う?」

「ええ。彼女も、幼いころに病気を患っていたんでしょう? 私たちの誰もが思うことですよ。自分の身に宿る傑物と、自分自身が似ているかどうかというのは」

 

 文字通りのその身を焼いたレティシアが言うと説得力がある。

 ふむ、と呟き、マルクが仮説を唱えた。

 

「ならば、こう考えられる。沖田総司と沖田桜の願いが同じであったからこそ、こういう形になったのだろうではないか?」

「じゃあ裏を返せば、私と信長は似てないってこと?」

「僕もオダノブナガに詳しいわけではないが、似ているとは思えないな」

 

 だが、とマルクは言葉を続けた。

 

「だからこそ、沖田は生き延び、こうして帰ってくることができた。……それでいいのではないかな」

「マルク……」

 

 何だろう。前はこういうことを言う人だっただろうか?

 

「何か、雰囲気変わった?」

「そうだろうか?」

「「今更?」」

 

 しかし、真緒の言葉にエヴァとレティシアがツッコミを入れた。

 

「え? 気づいてないの、私だけ?」

「ええ。マオが無茶をしていた頃から段々と変わってきていたのですよ。まあ余裕がなかったのは分かりますが」

「……鈍いなあ」

「え、エヴァにそれを言われるとは……!」

「君たち。僕の意見は……」

 

 そんな風にわいわいと騒いでいると、「サンソン」が真緒を呼んだ。

 

「ここではお静かに。……それと、外でお待ちかねですよ」

「あ、ごめんなさい。それと、だれが?」

 

 そこにいたのは渋い顔をした「フーヴァー」だった。

 

「あ、おはよう」

「おはよう、じゃない」

 

 過去最高に不機嫌そうな「フーヴァー」は懐に手を突っ込むとため息をついた。アメを切らしていたのだろうか。

 

「あー、なんと言ったらいいか。今回の、いや一連の――」

「ありがとう、写真を送ってくれて」

「――あれは、違う。別に親切だとかでは、ない」

「それと、ゴメン。無茶なことして」

「――――」

 

 「フーヴァー」は何かを言おうとして、しかしうまく言葉にできないようだった。

 

「三か月前も、暴走した後も、それから今回も。心配してくれてたのに、毎度毎度想定外の行動しちゃって。本当にゴメン。この通り」

 

 そう言って真緒が頭を下げると、「フーヴァー」は大きく息をついて、壁に寄りかかった。

 

「謝ろうとしたのは、こっちだぞ。だというのに、お前はいつもそうだ。いつも勝手で、無茶苦茶で……はあ」

 

 だが、一度姿勢を正すと、ゆっくりと頭を下げた。

 

「こちらこそ、すまなかった。それと……もう一度考えてくれ。「織田信長」として、私とともに戦ってほしい」

「こちらこそ」

 

 真緒と「フーヴァー」はしっかりと手を握った。

 

「まずは怪我を治せ。軍師がボロボロでは格好がつかない」

「その間、きちんと侵略体を抑えてね」

「当り前だ」

 

 結局、とんでもないムチャをしたのに、自分は最後まで生き残った。

 でもそのおかげで藤丸さんは命をつなぐことができた。皆も無事だった。

 沖田も、ああいう形ではあったが、帰ってくることができた。

 これ以上失わせたくはない。

 そのためにも。

 

「今度はこっちから攻めよう」

「どうするつもりだ?」

「それはこれから考えるよ。でも、目標ができた」

 

 真緒は右目に炎を灯して言った。

 

「終わらせるんだ。全てを」

 



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五十二ノ銃 地球

 

『サンノゼ防衛線に敵影多数。第54次大規模南下侵攻と確認』

『「フーヴァー」の予測通りだね』

『まあ、これくらいはな。では、第二小隊。頼むぞ』

「了解」

 

 通信機から聞こえた「軍師」と「参謀」のやり取りに第二小隊の面々はうなずいた。

 「ジャック」、「ジャンヌ」、「アヴィケブロン」。三人が久々に戦場に戻って来た。

 そしてサポートとして「シェイクスピア」と「ダ・ヴィンチ」もそこにいた。

 

『前衛の敵を何体か撃破して、進撃の方向を変えられる?』

『12体だな。それだけ敵を倒せば脅威判定されるだろう』

「わかった。それじゃ「シェイクスピア」、お願い」

「いいでしょう」

 

 「シェイクスピア」が指を鳴らすと、彼のウェポンが舞台を書き換えた。

 侵略体のいる方へとまっすぐに伸びるレーンと、すでに発射準備を終えたカタパルトが形成された。

 

「では行こうか」

 

 そのカタパルトの上に、鏡文字の手記が集まり、オーニソプターを形成した。「ダ・ヴィンチ」と「ジャック」が乗り込むや否やカタパルトが起動し、二人のアタッカーを射出した。

 

「全く、吾輩を便利に使いすぎでは……?」

「分かる」

 

 「シェイクスピア」のウェポンは舞台を整えるものだが、半径100mにしか効果がない。ならばその外へ射出する装置を作らせればいい――「軍師」のアイディアに辟易する劇作家に「アヴィケブロン」は同意した。

 男二人がそんな会話をしている間にも、「ジャック」と「ダ・ヴィンチ」は仕事を済ませていた。すれ違いざまにナイフとミサイルとを叩き込み、敵の注意を引き付けることに成功した。

 上空から敵勢を観測していたヘリコプターから通信が入る。

 

『敵の進撃方向の転換を確認! 前衛は「装甲車型」を中心とした編成の模様』

『読み通りだ。下がって!』

「了解!」

 

 指示を受け、「ジャック」と「ダ・ヴィンチ」が乗ったオーニソプターが旋回する。

 それを見て「シェイクスピア」たちも下がることにした。先ほどとは反対方向に据えられたカタパルトに三人で乗り込む。そのレールは「シェイクスピア」の能力の限界、100m先で途絶えているが――。

 

「それでは行きますぞ」

 

 「シェイクスピア」の演台を乗せたままのカタパルトが起動した。猛烈な勢いで侵略体たちから遠ざかっていく。

 すぐにレールの切れ目までたどり着いたが、そこで「シェイクスピア」が再びウェポンを操作した。現在地を基準としてレールを作り直す。また次のレールの切れ目でも同じことをする。そうやって長距離の移動を可能にした。

 

『これをストーンフォレストの時に思いついていればなあ……』

『反省はいいことだが、今は目の前の作戦に集中しろ』

『ああ、ごめんごめん』

 

 軍師も板についてきたらしい。通信機から聞こえる声からは大分硬さが取れて来た。

 教え子の成長を実感しながらも、「シェイクスピア」は次の指示を仰いだ。

 

「さて、次はいかがなさいますかな?」

『敵勢はどう?』

「予想通り、横に広く、前面に固い侵略体が多い陣形ですな」

『じゃあ、作戦通りお願い』

「承知いたしました。レオナルド! 「ジャック」!」

「分かったよ、バード」

「タイミングはよろしくね」

 

 通信の向こうで軍師がつぶやく。

 

『サンノゼ・クレーターはほとんど障害物のない地形。当然連中も手数と突破力で押してくるけど……ここまで勢いがつけば、急に陣形を変えることはできない。――よし、今!』

「わかった」

 

 言葉とともに「ジャック」のウェポンが起動した。「ナイチンゲール」との合一によって本来の力を取り戻したウェポンから猛烈な勢いで霧が吹き出し、あっという間に視界を奪った。敵勢は勢いを保ったまま、濃霧の中に突っ込み――。

 

「かかった」

 

 突如として現れた高さ100mの(ほり)の中へと投げ出された。「シェイクスピア」が地形を書き換えたのだ。

 

『距離としては大したことなくても、高さとしてなら大したもんでしょ』

 

 異変を察知した敵勢は咄嗟に立ち止まるが、すでに前衛に置いた防御力の高い侵略体たちは堀の中でもがいている。平地を進撃するために選ばれた侵略体たちには、垂直に切り立った崖を上る手段がない。

 そして、防御力を失った勢力をミサイルとナイフが再び襲った。

 

「まったく、バードの能力がこんなに便利とは……」

「行くよ。「ジャンヌ」、「アヴィケブロン」、着いてきて」

「ああ」

「はい!」

 

  *

 

 映像の中で敵勢がどんどん蹴散らされていく。

 指令室にて軍師は胸をなでおろした。

 

「こんなところかな」

「そろそろ「シェイクスピア」の能力も警戒されてくるころだろう。どうする?」

「血液ってE遺伝子の反応残留してたっけ?」

「ああ、見えるぞ」

「じゃあそれ使えるかな……血液を囮にして背後に回り込ませて……」

「それなら先月の戦術135と組み合わせられるだろう」

「ああ、あれか。ならいけるかも……」

 

 そんな風に次を考えていると、通信が入った。

 

『殲滅完了。堀の中の連中も片付いたよ』

「お疲れさま」

 

 そういうと、軍師「織田信長」こと真緒は帽子を脱いだ。その右目から赤い輝きが消える。

 軍師となってそろそろ三か月がたつが、それでも作戦を終えると疲れを感じる。「フーヴァー」からもらったアメをなめていると、指令と土偶が声をかけて来た。

 

「お疲れさまでした、「信長」」

「本当に、君がDOGOOに残ってくれて助かっているよ」

「勿論。あいつの代わりに、最後まで戦うって決めましたから」

 

 真緒が決意を新たにしていると、待ちに待った通信が入った。

 

F(フォックス)・モルダーから通信です」

「ありがとう、つないでください」

 

 真緒が通信機に耳を当てると、調子はずれに明るい声が飛び込んできた。

 

『「信長」さーん☆ 反応ありましたよー!』

「「エージェント」の調子はどうだ」

『問題なく動いてますよ、「フーヴァー」さん! けど本当に見えるとはねー?』

 

 現在、「メリエス」はいつぞやのトンネル偵察の時のように、「フーヴァー」の「エージェント」を持って侵略体の反応を追っている。

 DOGOO所属シャトル、F・モルダーを使い、衛星軌道上から撮影を行っているのだ。

 

「よし、そのまま反応が落ち着くまでぶっ続けで撮影だ」

『ああもう、「フーヴァー」さんは人使いが荒いんですからー!』

「私も付き合ってるんだ、文句を言うな」

 

 昨日の打ち上げの時点から、「エージェント」を維持するために「フーヴァー」はウェポンを起動しっぱなしだ。医療スタッフがついているとはいえ、無茶には違いない。

 

『ま、その甲斐あっていい映像撮れてますけどね☆ 推測通り、小さい侵略体の反応がサンノゼからどんどん広がってますよー』

「やはり、か」

 

 その言葉を聞いて土偶が反応した。

 

「私の星でも、同じことが起きていたのだろうな。君たちがそれを解き明かしてくれただけでも、私としては感慨深いが――」

「ええ。やっと尻尾を掴んだんですから」

 

 真緒は再び帽子を被ると右目に炎を灯した。

 

「「メリエス」が帰還し次第、全ホルダーを集める準備を」

「同時に、全DOGOO隊員にも通達だな」

 

 「信長」と「フーヴァー」はうなずき合った。

 

  *

 

 四日後。仮装会議室にすべてのE遺伝子ホルダーの姿があった。

 勿論、本当にこの場にいるわけではない。それでも各地を守る彼らが一堂に会するのは滅多にないことだった。

 

「全員そろった?」

「うん」

 

 代表して「ジャック」がうなずいた。

 真緒は大きく息を吸い込むと一同に宣言した。この様子は全てのDOGOO隊員に伝わるはずだから、堂々と言わなくては。

 

「皆さんにご報告があります。戦闘班の戦いから得られたデータ、特殊班の解析、そして何よりホルダー以外のすべてのDOGOO隊員の力があって、ついに侵略体の正体を突き止めることができました」

 

 真緒は言う。

 

「進化侵略体は、この地球そのものです」

 



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五十三ノ銃 敬意

「進化侵略体は、この地球そのものです」

 

 真緒は高々と宣言した。

 ざわざわとホルダーたちが声を挙げる。しかし、それは真緒の想定とはだいぶ違った。

 

「ええと……どういう意味?」

「いえ、さっぱり」

「どう解釈すればいいんだ」

「ああ、なるほど」

 

 などなど。ごく一部の聡い人々を除いては、きちんと伝わらなかったようだ。

 

「あ、あれ……?」

「はあ――――」

 

 深々としたため息に振り返れば、「フーヴァー」が『何をしてるんだお前は』とでも言いたげな表情だった。くわえているアメがタバコのようにさえ見える。

 

「えっと、ちゃんと説明すると――「メリエス」」

「はいはーい☆」

 

 「メリエス」が歩み出ると、一同の前に地球を模した立体映像が現れた。彼女がはるか上空から撮影した映像をもとにして作られたものだ。

 

「「信長」さんと「フーヴァー」さんの仮説をもとに宇宙から撮影したんですが、前回の大侵攻を止めた後、サンフランシスコ沖に侵略体の反応が見られたんですよね」

「反応?」

 

 「サンソン」がその言葉に疑問符を浮かべる。侵略体の進化については、彼が死体の解剖を通して最もよく知っているだろう。

 

「侵略体はほとんどがサンフランシスコに上陸しており、時折海で見つかる侵略体の進化は頭打ちだったはずですが。まだ侵略体が海に潜んでいると?」

「潜んでいるというか……ずっといたんですよ。小さくて、活性化しないと分からないレベルで」

 

 立体映像の地球の上、サンフランシスコ沖にごくごく小さな侵略体のシルエットが浮かび上がる。

 

「活性化?」

「はい。この極小の侵略体は一瞬だけ電気信号を発して、また沈黙しました。けどその信号が届いた先にも同じような侵略体がいて、それもまた電気信号を発して――」

「これは――」

 

 「メリエス」と「サンソン」の顔が険しくなる。片や撮影した時のことを思い出し、片や自身の本職に関わることと察して力が入ったのだろう。

 立体映像の地球上で、極小の侵略体の反応が次々と連鎖していく。広がり、枝分かれし、大陸を超え、そして――。

 

「72時間のうちに、信号は海全体を駆け巡りました」

「これは、まさしく――!」

「そうだ、「サンソン」。お前の想像通りだよ」

 

 そこで「ジェロニモ」が手を挙げた。

 

「すまない、「フーヴァー」、「サンソン」。どういうことだろうか」

「ああ、お前は科学には疎かったな……「サンソン」、説明してやれ」

「わかりました、「フーヴァー」」

 

 「サンソン」がある映像をリクエストすると、地球の隣に小さな細胞が表示された。木の枝のように伸びた突起と、一点だけ長く尾のように伸びた軸を持っている。

 その伸びた軸は、また別の細胞の樹状突起へとつながっていた。

 

「これは神経細胞(ニューロン)の模式図です。我々の体の神経と言うのは、この細胞によって電気信号が伝達されることで働いているんです」

 

 一つの細胞の長く伸びた軸へと電気が走り、それがまた別の細胞へと伝わり、刺激となり、また別の細胞へと伝わっていく。模式図がズームアウトするたびに、その電気刺激のネットワークがどんどん広がっていく。

 

「このように、神経細胞への刺激が活動電位となり、他の細胞への刺激となり、そうして形作られる一大ネットワークが――」

 

 「サンソン」の追加した映像がズームアウトし終わった時、そこには人間の脳があった。先ほどの映像の名残として、脳には電気刺激のネットワークがびっしりと表示されている。

 それは、隣にある地球とまるっきり同じ姿だった。

 一同がそれを理解したと見て、真緒は切り出した

 

「私たちは、侵略体の戦略を決めるブレーンがどこかにいると思い込んでいました」

「ところが、違ったわけだ」

「この地球の海そのものが文字通りの脳味噌(ブレーン)だったんですよ」

 

 「サンソン」が大きく息を吐く。

 

「人間の脳でさえ、1㎏強といったところ。この海全ての容積が電気信号の交換による『自我』を持っているとするならば――」

「人間など及びもつかない知性を得ているというわけだ。我々は侵略体の最終目標を人間になり替わることだとばかり思っていた。進化の歴史を追いかけ、脊椎動物に至り、やがて知的生命体へと。だが違った」

「知性なら、すでに持っていたんですね。いえ。これが最初の侵略の一手と言うわけですか」

「そういうわけだ」

 

 「フーヴァー」が指を鳴らすと、地球が一度まっさらな状態となった。そして、そこに遠くから飛来した隕石が到達した。

 侵略体の細胞が付着した隕石は海に沈むと、そこから神経細胞をばらまいた。実際に飛来してから何年かかったかは分からないが、それはとうとう電気信号のネットワークを形作り、今日にいたっている。

 

「この堆積にして13億7000万㎞3の脳味噌こそ、連中の最初の一手にして侵略のかなめだ。先日の大侵攻の失敗も、「伝令型」によって海=脳に届けられ、72時間かけて思考を巡らせていたというわけだ」

 

 一同が絶句する。

 そして、何秒かの沈黙の後、「ビリー」たち第一小隊の面々が口を開いた。

 

「これじゃあさ……もう奴らに乗っ取られてるようなものじゃないの?」

「■■……」

「「奴ら」ではない、「奴」だ。「ビリー」」

「え? それってどういうことです?」

 

 「メリエス」の疑問に「アヴィケブロン」が補足し、第二小隊の面々が反応した。

 

「簡単なことだ、「メリエス」。この海=脳は一つの生命体だ。これまで我々が戦って来た連中は、こいつの手先に過ぎない」

「だから、死ぬことも恐れずに戦っていたんですね……」

「解体しても脳味噌小さかったしね」

 

 「長可」たち第三小隊の面々は難しそうな顔をしている。

 

「俺にはさっぱりだぜ、大殿」

「儂もだ」

「不可解なり」

「と、とにかく地上の連中を叩いても仕方ないのよね? ね?」

 

 「ネロ」たち第四小隊の面々も唸る。

 

「こやつからすれば、余たち人類など、獅子の身についた虫のようなものか」

「おまけに地面は掘るし、気候は変えるし。うるさくて仕方ないよね?」

「そりゃ払いたくもなるってか」

 

 「ヴラド」ら第五小隊の面々は視点を切り替えた。

 

「逆に言えば、余たちの目指す敵も見えたと言える」

「しかし、海全部を相手どるなんぞ、想像もつきませんぞ? 拙者のE遺伝子など海賊ですしおすし」

「ぜんぶ食うか」

「お竜さん、落ち着いて。お腹が破裂しちゃうよ」

「ならば全て雷で焼き尽くせばよい!」

 

 「テスラ」の発言に「エジソン」は噛みつき、第六小隊の面々も意見を述べた。

 

「なにを若造! 貴様一人の手柄にはさせん!」

「それよりも、毒を流すのが手っ取り早いのでは?」

「そいつぁ困るサ。魚が食えなくなる」

「そんなスケールの話じゃなくってよ、あなたたち。もっとちゃんと考えて話してちょうだい!」

 

 それに「サンソン」と「シェイクスピア」も補足した。

 

「そうですよ。発見できるような大きさではないうえに、数も計り知れません」

眼前の恐怖など、(Present fears.)想像上の恐怖より恐ろしくはない。(Are less than horrible imaginings.)とはいいますが……これはまた、想像を超えていますな」

 

 ざわつくホルダーたちだったが、ここで満を持して最大の戦力である二人が口を開いた。

 北極と南極をそれぞれたった一人で任されていた規格外のホルダーたちだ。

 

「まあまあ皆。軍師の顔をごらんよ。無理だと言っているかな?」

 

 「レオナルド・ダ・ヴィンチ」。

 そして。

 

「おいおいアンタたち! コイツをぶっ倒すためにやってきたんだろう!? ならシャンと胸を張りな!」

 

 「フランシス・ドレイク」の言葉に一同は背筋を伸ばした。

 

「確かに! こいつはとんでもない敵だ。アタシの船でも、「ダ・ヴィンチ」の発明でもどうにも出来なさそうだ。けどここに良い顔をした軍師がいる!」

 

 「ドレイク」は真緒に歩み寄るとぐいっと顔を寄せた。

 

「考え、あるんだろう?」

「ええ。ちょっとまだ、言えませんけど」

 

 それを聞き、「ドレイク」は笑みを深めた。

 

「何企んでるか知らないが、気楽にやりな。少なくともアタシたちが、恐竜どもには好きにさせないからさ」

 

 「ドレイク」が一同のもとに戻る時には、すでに全員が柔らかい表情を浮かべて真緒を見ていた。

 言葉を待ってくれている。

 

「海は任せてください。当面は、地上の敵をお願いします」

 

 代表するようにエヴァが真緒に尋ねた。

 

「任せていいんだよね、マオ?」

「もちろんだよ、エヴァ」

 

 話が落ち着いたとみて、「フーヴァー」が場を仕切った。

 

「では、全員持ち場に戻れ。追って連絡する」

 

 その言葉とともに、ホルダーたちの立体映像が消えた。

 仮装会議室の本来の姿が戻ってくる。

 今をもって、DOGOO全隊員への通達も終わったはずだ。通信が切れたのを再三チェックしてから、「フーヴァー」は真緒をにらみつけて言った。

 

「で、だ。あれだけ大見得を切ったんだから、何か策があるんだろうな?」

「まあね。ちょっと、準備は必要だけど」

 

 真緒は指令と土偶を見上げた。

 

「私と、彼にですか」

「……やはりな」

 

 真緒は通路を歩き、同じ視点の場所へと上がる。

 

「軍師となったことで、アクセスできる情報が増えました。そこで知ったこと――まだ採取したものの、E遺伝子化していない遺伝子がありますよね。誰の物かは、最重要機密なのでわかりませんでしたが」

「……なぜ、わざわざそうしているかが、分かるか?」

 

 土偶が聞いてきた。

 

「何故、E遺伝子にしないで遺伝子をストックしているか、ですか?」

「そうだ」

「……あなたは、まだ遺伝子の採集を打ち切ってはいない。今も生まれ続ける現代の傑物たちの遺伝子を、いつまで続くか分からない戦いのために、とっておいている」

「そうだ」

 

 真緒ですら、いくつか思い当たる人物達がいる。

 それは、今なお完成しない壮大な教会の設計者。

 それは、非暴力と不服従を掲げた独立運動の父。

 それは、圧倒的な力でリングに君臨した名選手。

 それは、豪快な本塁打で人々に夢を見せた巨人。

 それは、自動車の歴史に革命を起こした発明家。

 それは、戦場の真実をフィルムに刻んだ写真家。

 それは、あの夜空に浮かぶ星に足跡を残した男。

 

「だが、いつ使えるようにしてもいいそれらを、あえて何年も残してきた。それが何故か分かるかい」

「万が一にも、生きている傑物と、出会わないため」

「そうだ。E遺伝子は私にとっても未知の部分が多い。もしそれが起きたとき、どうなるのか分からない。何より」

 

 土偶の表情は分かりにくい。だが、真緒は彼が強い罪の意識を感じていると思った。

 

「私は、彼らの力を私の一存でもって借りている。死者への敬意を。それを忘れてはならないのだ」

「でも、今必要な力があります」

「では聞こう、「織田信長」。いや六天真緒」

 

 土偶は言った。

 

「君は、「彼女」の死を受け入れられるか?」

 





以前より併記していた筆名を完全に移行しました。
今後ともよろしくお願いします。


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五十四ノ銃 真緒と桜

 

 土偶は言う。

 

「確かに、「彼女」の才能さえあれば、この海に潜む侵略体を滅ぼすことができる。時間はかかるが、一匹残らず探し出して殲滅することが可能だろう。」

「けれど……」

 

 それを聞き、指令は目を伏せた。

 だが真緒は自分と土偶の話がすれ違っているのを感じた。

 

「ああいや、そっちじゃないです」

「なに?」

「あなたはこう言いたいんですよね? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()が必要だと」

「違うのかね? では……」

「私が欲しいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()ですよ」

「おい、それは」

 

 今度は「フーヴァー」が口をはさんだ。

 

「今、お前が何をするつもりか分かった。だが、いいのか? 土偶の言う方がずっと的確なんだぞ」

「選べないよ。だって、生きててくれるって信じてるから」

「……分かっているんだろうな。その場合、お前がどうなるのか」

「うん。……分かってる、つもり」

 

 真緒は土偶に向き直った。

 

「E遺伝子の作製をお願いします」

「君の考えは分かった。だが、どのみち同じことだ。君は、彼女を死者として扱えるのか?」

 

 あの日、沖田総司に言われたことを思い出す。

 そして、自分が幕を引いたことを。

 決して忘れない。

 

「あいつは……あいつは、死にました。私が撃ったんです」

「――わかった。君にその意志があるのなら、私も力を惜しまないよ」

 

  *

 

 二か月後。

 地上の侵略体は、今日もE遺伝子ホルダーたちが食い止めてくれていた。

 真緒と「フーヴァー」が日々作り出す戦術はどんどん増え、それだけ侵略体が試行錯誤を繰り返しているのが見て取れた。

 今日も、「奴」は地上の虫を蹴散らそうとしている。

 

「E遺伝子は完成させました」

 

 指令が言う。

 

「本来なら、適合する血脈を探し出さなくてはいけませんが――」

「その必要はありませんよ」

 

 真緒は微笑んだ。

 

「私が、あいつと最後まで付き合うって決めましたから」

「では」

 

 指令がA()U()()()()()()()()()、起動した。

 最初のE遺伝子ホルダーこそ彼女だ。彼女の起動したウェポンがどんどん形を作っていく。

 その姿は。

 

「――え」

 

 真緒は不意を突かれた。想像はしていたが、本当に『彼』だったとは。すぐ横で「フーヴァー」が複雑そうな表情をしている。

 指令は磔刑に処された聖者の形をした台座から、E遺伝子の満たされた(さかずき)を取り挙げた。

 

「お飲みなさい」

「パンはないんですか?」

「全く、こんな時まで。あなたという子は」

 

 慈愛に満ちた表情の指令を見て、真緒はこの老女を今までで一番身近に感じた。

 

  *

 

「今日もたくさんだね」

「全くだ」

 

 エヴァ達第二小隊の面々は今日も侵略体の迎撃に出ていた。

 だが、今日はいつもと違う点が一つある。

 

「さてと。やりますか」

 

 真緒が前線にいるのだ。

 

「本当に大丈夫ですか、マオ?」

「うん、レティシア。あくまで慣らしだから。試してダメそうなら、いつも通り皆に任せるよ」

 

 その時、ちょうど上空のヘリから通信が入った。

 

『侵略体、サンノゼ・クレーターに侵入!』

「わかりました」

 

 真緒はみんなが見守る中、右手にAUボールを持って銃を作り出した。そして左手で、自分の身の丈ほどもある巨大な剣を構えた。

 沖田総司の使っていた、異形の大剣だ。

 

「来て」

 

 体の奥底に眠る彼女に語り掛ける。胸の奥から湧き上がる熱を、大剣へと注いでいく。

 そして――。

 

「来た」

 

 左手の大剣にびしびしとヒビが入っていく。ヒビの内側からあふれる桜色の光が剣の先端まで達した時、とうとう弾けるようにして剣が羽化した。

 一回り小さい、ちょうど彼女が扱っていたのと同じような日本刀が真緒の左手にあった。弾けた光の残滓が桜の花びらのようにあたりに散っていく。

 

「うまくいった。――エヴァ、あれを」

「うん」

 

 エヴァが返事とともに真緒の目の前に放り投げたのは、ホルマリン漬けにされた侵略体のサンプルだった。貴重なものだが、必要だからと言って提供してもらったのだ。

 真緒はそれを左手の刀で一閃した。刀は手に吸い付いている。真緒の中の彼女が振るい方を教えてくれている。

 そして、侵略体の肉片を斬った瞬間、ぞわりとする感覚が訪れた。

 

「よし」

 

 その感覚を右手の銃へ。一発の弾丸に込め、宙高く打ち上げる。上空で弾丸が弾けた瞬間、奇妙な声が戦場に響き渡った。

 

『ぷきゃああああああ』

「この声は……」

「うん、うまくいったみたい」

 

 猛烈な勢いで進撃していた侵略体たちが急に立ち止まる。首をのっそりと上げ、戸惑っているようにも見えた。

 

「じゃ、やろうか」

「うん。解体しちゃおう」

 

 真緒はエヴァとともに走り出した。

 

  *

 

 指令室のモニターには、生き生きと戦場を駆ける真緒の姿が映っていた。

 それを見て「フーヴァー」が冷や汗をかいている。

 

「新しいウェポンの性能を確かめたら帰って来い! お前に何かあったら……」

「大丈夫ですよ」

 

 だが、指令が肩を叩かれると、諦めたようにぐったりと椅子に座った。

 「斥候型」の声だけではない。真緒が左手の刀で侵略体を切り伏せるたび、右手の銃がどんどん新たな力を宿していく。

 銃剣に変形して敵を切り裂き、火炎放射を放って敵を焼き、ミサイルを撃って敵の群れを吹き飛ばす。

 侵略体を食らってまで最後まで戦い続けた、一人の少女の力を受け継いだE遺伝子がそれを可能にしていた。

 真緒の様子を見て、カプセルの中で土偶が安堵したように息を吐いた。

 

「うまくいったようだ」

「ええ」

「久々にカプセルから出ての作業は堪えたよ。私の仕事はこれで終わりかもしれないな」

「お疲れさまでした」

「あとは君たち、地球人に任せるとしよう」

 

 体のあちこちにヒビが入った土偶はそんなことを言うが、指令は微笑んで訂正した。

 

「あなたはこの星のために2000年も尽くしたのですから。あなただって地球人ですよ」

「……あー」

 

 土偶の表情は分かりにくい。

 

「確かに2000年は長いな。もう少し、遅く来ればよかった」

「そうしたら、私ではない誰かとここに立っていたかもしれませんね。――ふふっ」

 

 だが確かに、指令は彼が照れているのだとわかった。

 

  *

 

 ミッドウェー諸島、テグ島。別名、地図から消えた島。

 「フーヴァー」の分析は、ここが最も適していると結論を出した。

 太平洋に浮かぶ小さな島での最後の戦いを前にして、真緒は家族への連絡を済ませていた。

 

「うん……うん……分かってるよ。必ず帰るから。背とか、追い抜かれちゃうかもしれないけど」

 

 すでに、現在得ることができる侵略体の能力は片っ端から取り込み終えていた。それこそ、何年も飲まず食わずで戦えるほどに。

 あの沖田総司のように。

 

「それじゃ……うん。元気で」

 

 真緒は電話を切ると、見送りに来てくれていたエヴァに電話を渡した。

 レティシアとマルクも一緒だ。

 ほかにも「ネロ」や「シェイクスピア」たち、希望したメンバーも来てくれている。すでに彼女らとの別れは済ませた。

 あとは――。

 

「じゃあ、行ってきます、レティシア」

「マオ。必ず、必ず帰ってきてくださいね」

「分かってる。髪、また伸ばしてね。綺麗で好きなんだ」

「ええ。願掛けしますから」

「マルク。戻るまで、リーダーをお願い」

「君がリーダーだったとは初耳だが」

「実質そうでしょ」

「そうだな。では、任されたよ」

「それから――エヴァ」

「うん」

「地上の侵略体はお願い」

「うん。マオが帰ってくるまでに、必ず全滅させるから」

「あとね。もし私が帰ってくるときは、戦いが終わったってことだから」

 

 そう。その時ようやく、エヴァを誰よりも思っていた彼女の願いが叶う。

 

「戦う以外のこと、いっぱいしよう。遊びも、おしゃべりも、勉強も、たくさん」

「……そっか。お終いなんだよね」

 

 エヴァ・ミューアヘッドの人生には二つしかない。

 両親と、それを失ってからの戦い。だが、それもこれで終わる。

 これから先に待っているものを彼女自身に探してほしかった。空っぽになってほしくなかった。

 だから、彼女の母の代わりに真緒は言う。

 

「夢を見つけてね」

「うん。マオもね」

 

 みんなを乗せた輸送機が十分遠ざかり、合図が入ったのを見て。

 

「さて、やりますか」

『是非も無し』

 

 胸の内から湧き上がる魔王の声に合わせ、踊り出す。

 

「人間五十年――」

 

 右手に銃を。

 右眼が熱く、赤に染まる。

 

「下天のうちをくらぶれば――」

 

 左手に剣を。

 桜色の光が花びらのように散る。

 

夢幻(ゆめまぼろし)の――如くなり――!!」

 

 真緒は声を高々と響かせながら、全ての能力を解放した。

 

「一度生を()け――滅せぬものの――あるべきか!!」

 

 辺り一面が火の海に染まる。信長単体の時とは比べ物にならない出力だ。

 だが、まだまだ足りない。刀を通して取り込んだ侵略体の力をありったけ引き出し、灼熱地獄を広げていく。

 真緒の作戦は単純だった。

 侵略体とE遺伝子にしか効き目のないこの灼熱地獄で、地球を丸ごと焼く。

 

「目には目を、歯には歯をってね」

『天下に七徳の武を()く――よもやこのような形でとはな』

 

 勿論、信長のE遺伝子が全盛だったとしてもこんなことはできないだろう。だからこそ、侵略体の力を取り込み、最後まで戦い抜く能力が必要だった。

 沖田桜がやってのけたのと同じことをするために。

 すでに近海の脳細胞型侵略体がいくつか火にかかった。その能力も取り込む。それで他の極小侵略体へと信号を送り、手繰り寄せ、焼き、力を取り込み、炎を広げ――。

 侵略体は地球全土を覆っている。それをすべて喰らい尽くせば、同じく星を覆うことができるはずだった。

 何年かかるだろうか。

 終わった時、自分は人の姿でいられるだろうか。

 でも、最後までやり遂げなくては。

 

「さて、と」

 

 もういちいち手を動かす必要もない。ウェポンを発動したまま砂浜に寝転がり、ただ空を見た。

 日が沈んでいく。

 ぽつぽつと星が瞬き始める。することがないので星を一つ一つ数えていたら、いつの間にか満点の星空になっていた。

 ああ――。

 

『本当に、馬鹿ですね』

 

 真緒は跳び起きた。

 うっすらと、本当にうっすらとだが、いる。

 沖田桜がそこにいた。

 真緒は自分の頬が緩むのを感じた。

 

「出てくるの、遅いよ」

『無茶言わないでくださいよ。気が付いたらあなたの中だったんですから』

「あー――どんな気分?」

『案外、悪くはないですね。妙な気分ですよ』

 

 彼女は星空を見上げた。

 

『もう、戦えないと思ってました』

「沖田総司と出くわした時は、本当に驚いたよ」

『あれが思いつく限り最善の方法だったんです』

「あんなになっても、最後まで戦うことが?」

『同じことをしてる人に言われたくないですよ。地球を丸焼きにするとか、ちょっと意味が分からないです』

「まあ、私もこれしかないって思ったからさ」

 

 真緒は選んだ。

 

「桜の願いを叶えて、藤丸さんが生きる可能性に賭けて、なおかつ戦いを終わらせるには、ね?」

『……全く、よく言いますよ。人の額を撃ち抜いておいて』

「あのまま放っておいたら、どこに行くか分からなかったし」

『それでもいいと思ったんです』

 

 桜は目を伏せた。

 

「私はそうして欲しくなかった」

『分かりますよ。だから、責任とって、今度こそ最後まで付き合ってくださいね』

「うん。付き合うよ」

 

 真緒の答えを聞いて、沖田桜は柔らかく微笑んだ。

 

『よろしくお願いします、真緒』

「よろしくね、桜」

 

 最後の戦いが続く。

 数え切れないほど日が昇り、同じだけ日が沈み、そして――。

 





滞りなければ、明日最終話です。


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終ノ銃 not alone in this world

 

 サンフランシスコ、アルカトラズ島。監獄島と呼ばれたこの島は、国立公園となった後もその面影を残していた。

 そして今、戦場となっても。

 

「野郎ども! こいつで(しま)いだ! 手柄が欲しけりゃ船から飛び出しな! 砲撃が当たっても恨むんじゃないよ!」

 

 「重戦車型」侵略体へと砲口を向けるガレオン船の上で「ドレイク」が叫んだ。

 全長37メートル弱、海のみならず陸をも移動できる能力を持ち、船首と船尾に4門ずつ、両側舷にも14の砲を搭載した規格外のAUウェポンが最後の大仕事を敢行した。

 ありったけの砲弾が「重戦車型」へと降り注ぐ。侵略体も全身の分厚い鱗でどうにか砲撃をしのぎつつ避けようとするが、逃げ先をふさぐようにオーニソプターから発射されたミサイルが降り注いだ。

 

「おっと、逃がさないよ」

 

 天地からの集中砲火に耐えかねた侵略体がついに倒れ伏す。

 そして、その砲撃の合間を縫うようにして、ナイフを構えた銀色の翼が――。

 

  *

 

『あの「アルカトラズの決戦」から明日でちょうど一年半。その後、現在に至るまで新たな侵略体が発見されたとの報告はありません』

 

 テレビの中で、アルカトラズ島を背景に、防護服を着こんだリポーターがサンフランシスコの現状を伝えていた。

 

『DOGOOはいまだ侵略行為は終わっていないとの見解を示しています。しかし、侵略体殲滅作戦の指標である「炎」が地球の海から消えつつあることを受け、専門家も脅威が去ったのではないかと――』

 

 そんな放送を横目に、宇宙から届いた報告を伝えるため、オペレーターは指令を呼んだ。

 

「指令」

『――このように、10年以上に及ぶ防衛戦争が終わったとの見方が支持されています』

「指令!」

「ん――ああ、すまない。その呼び名はまだ慣れなくってな」

 

 最後の戦闘からちょうど一年の、今から半年ほど前。指令と土偶はこの船を去った。今頃、どこかの島でサンジェルマンともども静かな時間を過ごしているころだろう。

 新司令こと「フーヴァー」はオペレーターからデータを受け取り、内容を確かめた。

 技術の進歩により、いちいち「メリエス」を宇宙に飛ばす必要もなくなった。

 

「この一週間、海水内に電気信号は見られない、か」

「ということは……いよいよなのでしょうか」

 

 報告を持ってきたオペレーターがおずおずと尋ねて来た。あからさまにこっちを見るわけではないが、指令室にいる他の人員たちもこちらに耳を傾けているのが分かる。

 だから「フーヴァー」は気を引き締めて言った。

 

「わからない。例の二人には預言や「声」を聞いたらすぐ連絡するように言ってあるが――とにかく、その時が来るまではDOGOOを存続させておかなくてはな」

 

 ニュース番組は中継からスタジオに戻り、キャスターがDOGOOの現状を伝えていた。

 

『先週のイスラエルに続き、ウクライナもDOGOO脱退を表明しました。これでE遺伝子ホルダーを輩出していない国の加盟率が更に下がったことになります』

「不甲斐ないな、私は」

「そんな」

 

 土偶の入るカプセルが立っていた跡を眺め、「フーヴァー」は自嘲するような笑みを浮かべた。

 

「指令は――結局、名乗らずに行ってしまったな。彼女と土偶は、この組織を指揮するだけではなく、世界を一つにまとめていたんだ。敵わないよ」

「考えすぎですよ、『指令』。平和になったからです」

 

 指令室のモニターのうち一つは、テグ島を常に映している。

 一時期は世界中を覆い尽くしていた炎は、もはやテグ島の周りまで引いていた。しかしまだ消えてはいない。

 島の砂浜の上で彼女は眠り続けている。ホルダー以外の人員であれば炎に焼かれることはないため、踏み込むこともできなくないが、結局彼女のためにしてやれることはなかった。

 だがそれも終わりだ。遠くないうちに火は消え、その中から彼女が姿を見せるだろう。

 

「せっかくですから、皆さんに声をかけて気晴らしでもされたらどうですか?」

「いいさ。あいつはそういうの、望んでないだろうから」

 

 夢を見つけてね、とエヴァは言われたらしい。

 みんなで盛大に出迎えるより、それぞれが戦いの末に勝ち取った日々を過ごしていればいい。

 「フーヴァー」はそう思った。

 

  *

 

「んむ……」

 

 エヴァ・ミューアヘッドは目を覚ました。

 下校時間のチャイムだ。放課後、図書館で勉強していたらそのまま眠ってしまったらしい。司書の先生に追い出されるようにして廊下に出る。

 勉強中に鳴らないようにと切っていた携帯の電源をつけると、クラスメイトからの着信がいくつも入っていた。

 そして、その当人がまさに廊下の向こうからやってくる。

 

「あー! こんなところにいた!」

「あ、千夜(ちや)

「もうエバってば! 昇降口で待ち合わせしようってHRの時に言ったのに、こんなところにいるし!」

「あーごめん、寝てた……あと、エヴァ」

「エバ」

「E-VAだよ。はいもう一回」

「ぬぐぐ」

 

 ただの町娘などと言い張って正体を明かさないまま、半年前に指令はDOGOOを去った。

 それがきっかけだったのだろう。新司令となった「フーヴァー」の勧めもあって、多くのホルダーたちが指令に倣った。

 ごく少数の立候補したホルダーを空中要塞と「ヤヴィン」に残し、それぞれが戦いの先に得た日常へと帰っていった。AUボールも念のためと言って持たされているが、それを使うこともない。

 「ネロ」は銀幕へ。「シェイクスピア」は舞台へ。

 レティシアはオルレアンに戻り、家族と暮らしているという。一方マルクはこれ幸いとA・ローガンに籠って研究を続け、恩師から大学に戻って来いと誘われても知らんぷりだとか。

 そして、自分は――。

 

「ニュース見たけど、叔母上本当に帰ってくるのかなー」

「どうだろ」

「え? エバの眼なら見えるんでしょ?」

「その時にならないと分からないからなー。あと、エヴァ」

「ぬう」

 

 エヴァはポツリと言う。

 

「会いたいな、真緒」

 

 エヴァには帰る場所がなかった。

 イギリスにある本当の両親の墓にはお参りに行ったが、ロンドンに住む気にも、DOGOOに残るつもりにもなれなかった。

 ならば、と思い切って日本に来た。

 日本語も覚えた。真緒、とちゃんと呼び、漢字で書けるようになった。

 高校に通い、真緒の姪の千夜と友達になり、少しだけ背も伸びた。

 そして今は――。

 

「日本史、苦手……」

 

 学校のテストが最大の敵だった。バラバラにしたら零点だから。

 まだ夢は決まっていない。なんとなく、ナイチンゲールのようになりたいとは思っているけれど、どういう職業に就けばいいのかは分からなかった。ただ、人の役に立ちたいという思いだけは大切に抱いていた。

 彼女の時代とは、看護師という職業の中身も変わっているだろうし――。

 幸い、まだ時間はある。まずは来週の期末テストに備えよう。

 

「そんなに難しいかなあ、日本史」

「そんなこと言ってると英語教えないよ?」

「それは困るし!」

 

 そんなことを言いながら家へと帰る。

 代わり映えしない日常。でもそれが大切なものだとエヴァは知っていた。

 それに、仲間たちとももう会えないわけではない。みんな、何かと理由をつけて集まりたがる。

 つい先日「坂本龍馬」の二人が結婚した時には、彼らの地元に外国人が大勢詰めかけたせいで、ちょっとしたパニックになったものだ。

 

「ふふ」

 

 千夜と別れた後、愉快なひと時を思い返していると、日が沈みかけた空に一番星が輝いているのが見えた。思わず眼が吸い寄せられる。

 かつては、あの空の上で侵略体が現れるのを待つ日々だった。今は、あの空の向こうに仲間たちがいる。

 この星を一緒に守ったみんながいる。

 そんな風に思いを馳せた時だった。

 ――そっと、肩に手が乗る感触があった。

 肩越しに、遠くを指さす姿が浮かび上がる。それは――。

 

「「フーヴァー」! 出て!」

 

 特注の衛星電話を鞄から引っ張り出し、家に向かって走りながら電話をかける。

 

『はい、こちらDOGOO指令室――』

「来たよ! 行く!」

『え? ええと……』

 

 電話に出てくれたオペレーターに、思いついたことをそのまま話す。

 それを見かねてか「フーヴァー」が割り込んだ。

 

『代わってくれ。――おい、私用でウェポンを使う気か』

「ボールの使用許可が下りないなら、自力で翼を作るよ! 止めても無駄!」

『……はあ。公私混同をするなと――まあいい。13番ボールのロックを外しておく』

「ありがとう!」

 

 そのままアパートに駆けこむと、ちょうど同居人も帰ってきたところのようだった。

 彼女は退院した後、親元を離れて大学で天文学を学んでいる。ちょうど高校が近かったこともあり、一緒に住まわせてもらっているのだ。

 多少の後遺症こそあったものの、今ではすっかり元気だ。最近は、研究室に入って来たメガネの後輩が可愛いだのとなんだの言っているが――それより。

 

「行くよ! 立香!」

 

 彼女の名前も、ちゃんと呼べるようになった。

 

「あ、おかえり――って、どこに」

「迎えに!」

「相変わらずだなあ」

 

 そんな風に呆れていたが、エヴァが押し入れからAUボールを引っ張り出したのを見て流石に目の色が変わった。

 

「本当に、今?」

「うん」

「――わかった。行こう!」

 

 バタバタと二人そろって家を出ると、エヴァはさっそく翼を広げた。そして立香を抱き上げると、思いきり翼を羽ばたかせて飛び上がった。

 目指すは太平洋だ。

 

  *

 

 着いた時には真夜中だった。

 まだ島は燃えている。島の沖合に建設された基地に降り立つと、不機嫌そうな「フーヴァー」が迎えてくれた。

 エヴァに一歩遅れて「エレナ」も預言を聞いたという。そして「フーヴァー」が止めるのも聞かずにホルダーたちに知らせてしまったものだから、ほとんど全員が予定を投げ出してこっちに来ようとしているという。

 結局こうなるのだ。エヴァと立香は二人して笑ってしまった。

 けれどみんなが到着するのはもう少し後になるという。だから、一足早く。

 

「――あ」

 

 だれが漏らした言葉かは分からない。奇しくも、夜明けとともに島を包む炎が消えた。

 エヴァは立香を抱き上げると、まだ火の粉の舞う島へと翼を羽ばたかせて飛び込んだ。

 降り立った砂浜の向こうから歩いてくる彼女の姿がある。逆光になって見えない。けれどエヴァの背後の母は、はっきりと彼女を指さしていた。

 ご覧、と言うように。

 立香がすぐそばにいるからだろうか?

 魔王たる傑物の影が見える。

 形を変えても最後まで戦いぬいた少女の影が見える。

 そしてその二人の間に――。

 

「真緒」

「真緒ちゃん」

 

 肌は浅黒くなり、白く染まった髪は地面に届くほど長い。

 とうとう焼き付いてしまったのか、右の瞳そのものが赤くなっていた。

 額に眼が増えてはいないものの、左の眼は金色に変貌していた。

 かつて見た異形の剣士に限りなく近い姿。

 でも、あの時とは違う。

 

「「おかえり!」」

「ただいま!」

 

 六天真緒は笑顔でただいまを言った。

 

おわり

 





これにておしまいです。ありがとうございました。
気が向いたらまた何か書きます。
その時はよろしくお願いします。


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