ふたりはハンター (かたまり)
しおりを挟む

1話.悪夢の始まり

手早く片付けるつもりです
掛け持ってしまった連載が2つともブラボってどういうことだ


 血と腐肉の匂いが充満した、地下の死体溜まりにて。

 

「これはまた、随分な大物ですね」

「相手が大きかろうと小さかろうと、私達のすることは変わらないでしょ?」

「ええ。全てを燃やし尽くすだけです」

 

 男と少女。二人の矮小な人間が対するは、異形の怪物。この二人は知る由もないが、この醜い獣はかつて聖剣のルドウイークと呼ばれていた。

 

「ほら、見てください、あの背中。何か背負ってますよ」

「獣に成り果てても過去のよすがに縋る…哀れだね」

「これは手厳しい。私達の未来かもしれないというのに」

「馬鹿にしないでよ。自分のケリくらいつけられる」

 

 男は両手に武器を持ち、少女は右手に巻いてある白いリボン以外装備は認められない。しかし男の武器は両方とも火炎放射器であり、どちらも変態という点では同じだった。

 獣の慟哭。戦の火蓋は切って落とされた。

 

「行くよ、おじさん」

「ファイアーカーニバルです。巻き込まれないで下さいね、お嬢ちゃん」

 

 この奇特なコンビの結成には、これまた奇妙な経緯があった。事の発端はまだ二人が、侵されていない月を見上げられた頃に遡る。

 

 その日は獣狩りの夜だった。消極的なヤーナムの民は全て異邦の狩人に任せて自宅に引きこもる。それが常であり、実際彼らはそうして夜を生き延びてきた。

 そして異邦人であるギルバートもまた、先人に習って自宅を警備していた。というより、ギルバートにはそうする他なかったのだ。不治の病。血の医療が盛んであるこのヤーナムでは、奇跡を信じたい重病人の来訪はそう珍しいものではなかった。しかしそれ故、「異邦人とは病人である」という認識が常識となり、ヤーナムでの異邦人の扱いといえば冷淡を極めた。

 

(しかし、寝る場所を貸してくれただけ有り難いですね…)

 

 最寄りの診療所である「ヨセフカの診療所」で輸血を受け、あとは安静にするよう言われたギルバートは、その言いつけ通り寝室のベッドで横になっていた。

 咳をして、喉が渇く。水を取りに行こうとベッドから起き上がった瞬間、そこは小規模な教会の中で、少女と二人きりであった。

 

「………えーと」

「あ、目が覚めたの?」

 

 教会の椅子に我が物顔で座っていた少女は、ギルバートを見るとそちらへ近寄っていく。

 

「ここはどこ?」

「いえ、私は気づいたらここに……お嬢ちゃんはどうしてここへ?」

「私はね……」

 

 少女はこれまでの出来事を話し始めた。

 

 家から出ないように。狩人である父親はそう言い残して、夜の闇夜に影を溶かした。

 獣狩りの夜であれば、いつも通りの情景だ。長い、長い夜が幕を閉じると、朝日とともに父は母と帰ってくる。そのはずだ。

 母はそれを好ましく思っていない。家族で一緒にいようと言っても、その時ばかり父は我がままだ。ばつの悪そうに微笑み、そして何も言わずに消え去る。

 いつもならすぐ後を追うようにして母も飛び出す。夜が明ける前に連れ帰るため、と母は言っているが、二人が夜明け前に帰ってきたことはない。朝日とともに父と母は帰ってくる。大量の返り血を浴びて。

 だから今回も大丈夫だと思っていた。しかし何故だろうか。胸騒ぎがする。こういう時はオルゴールの音が聞きたくなるものだが、今は手元にない。ゲン担ぎとしていつも母が持っていくからだ。

 カーテンの隙間から月を見上げる。今夜の月は一段と大きく、妖しい。胸騒ぎは眩しすぎる月明かりのせいだろうか。きっとそうだ。そう思った瞬間、背後からモノが落ちる音がして、とぎれとぎれの寂し気な音色が響く。

 オルゴールだ。

 背筋が凍るのを感じた。いやな妄想が堰を切ったかのようにあふれ出してくる。居ても立っても居られなくなって、家を出ようか迷った。脳裏に父の言葉がよみがえる。いやしかし、でも。葛藤はそう長くは続かなかった。

 オルゴールを懐に入れ、お気に入りのリボンを身に着ける。ハンカチと、包帯と、父の酒。どこに仕舞っているのか、それらをホイホイとポケットに入れ、靴を履き、ドアを開け、一歩外に足をつけた瞬間教会の中に寝そべっていた。

 

「ん……ここ、どこ?」

 

 見回しても知らぬ光景。石造りの荘厳…の二歩手前程度の内装は、それでいてここが「安全」だと思わせる何かがある。

 そして一番の問題は、隣に寝ていたおじさんである。

 

(この人がここに連れてきたのかな…)

 

 謎の場所で、誰かと二人きり。その思考にたどり着くのは当然と言えた。

 しかしこのおじさんは重病人のギルバートであり、役に立つ情報など欠片も持っていないのである。

 

(早くお父さんとお母さんを探さないと…でもここがどこかわからないなら...)

 

 取り敢えずこの男が目を覚ますまで待とう。それが少女が出した結論であった。

 

 

「……なるほど」

「つまり、私達はここがどこか分からないし、何で来たかも分からないってことでいいの?」

「そうなりますね。特にほら、外を見てみてください」

「ん…」

 

 言われたまま外を見る少女。

 

「何か変なところが…あ! 明るい!」

「気づきましたか」

 

 教会の唯一の出口から見える外は、まるで昼間のような明るさだった。

 

「ええ、大分時間が経っているようです」

 

 しかし実際のところ、陽光のようなそれは月光である。あまりの明るさに昼かと勘違いするが、今は夜。近すぎる月が、太陽に勝るとも劣らない光量を晒しているのだ。

 

「…とにかく、ここから帰らなきゃ」

「そうですね。私もあまり外は出歩きたくない…ん?」

 

 私は病人ですから、と続けようとしたギルバートは、一つ異常に気づいた。

 

「身体が…軽い」

 

 いつか、病に冒されてからは常につきまとっていた気怠さが、綺麗さっぱり消失していた。ギルバートは肩を回し、数回小さく跳ぶ。

 

「治ってる…! …はは、やった…! 血の医療は本当だったのか!」

 

 みるみる内に顔が明るくなるギルバート。

 対して少女は、

 

「いきなりぴょんぴょん跳ねて何してるのおじさん。早く行こうよ」

 

 素っ気ない一言を返すのみであった。

 

 

 外へと繰り出した二人を待ち構えていたのは、何とも気味の悪い街と気味の悪い月であった。

 近代ヨーロッパ的な街の至るところに、皺だらけの白く巨大な血管のようなものが張り巡らされている。月は円周から触手のような何かが中心へ伸び、黒い影を作っている。例えるなら血走った眼球のようだった。

 

「なんですか、これは…」

「私が知るわけないじゃない」

 

 まるで世界が何かに寄生でもされたような、妙な生々しさがあった。血管もどきは所々で絡み合い、ダマ(、、)を作っている。それは虫の卵を思わせた。

 

「とにかく、人を探しましょう」

「こんな場所に住んでいる人が、頼りになんてならなそうだけど」

 

 コツコツと靴音を鳴らし、二人は奇妙な街を往く。風は吹いていなかった。鳥の声も聞こえない。

 この街は死んでいる。おそらく全ての訪問者が抱くであろう感想がそれだった。街に蔓延る管が生命を吸い取ったのか、ここは見た目の生々しさに反して自然の存在が著しく欠如していた。

 

(もしかすると、これが死者の国ってやつなのだろうか)

 

 ギルバートも、初めこそ軽くなった我が身に安堵を抱いていたが、次第に疑念が沸々と湧き上がってくる。それほどまでに街は静まり返っていた。

 そして奇しくも、死者の国というのは当たらずとも遠からずである。

 

「あ、おじさん、人が」

「ええ。私が様子を見てきます」

 

 暫く歩を進めた二人は、遠くに立ち尽くす人影を見つけた。背は高く、つば付きの帽子を目深にかぶっており、幼い少女がおいそれと声を掛けることは憚られる。

 ギルバートは軽い足取りで人影に向かい

 

「こんにちは、いい天気ですね」

 

 会話の教本に出てくるような言葉でコミュニケーションを図る。だが返ってきたのはまともな返答でも、ましてや余所者へ向ける痛烈な一言でも無く、

 

「――ッ!」

 

 どこから取り出したか、鋸刃のついた巨大な鉈だった。

 見れば、背の高いその人間の目はひどく虚ろで、口元にはきつく巻かれた布切れ。右手の鉈に左手の銃器、そしてそれらを扱う膂力。言わずもがな、ギルバートが声をかけた相手は

 

「狩人っ!?」

 

 遠巻きに見ていた少女が声を上げる。

 いくら病が治って体が快調とはいえ、ただの成人男性と狩人とでは戦力に多大な隔たりがある。

 

「おじさん逃げて!」

 

 であるからしてこの少女の忠告は正しく、賢明であった。

 

――もしギルバートが、ただの成人男性だったのならば。

 

「もう使うことはないと思っていたんですがッ…!」

 

 正気を失った狩人の猛攻をギルバートは間一髪で避け続け、巧みな体捌きで狩人の背後を取る。

 そして両手に懐から取り出した金の噴射機を持つと、そこには一本の火柱が立ち上った。

 

「もう狩人を引退したとはいえ、降りかかる火の粉は払いますよ。さらに強大な炎で、ね」

 

 炎に照らされたギルバートの目は、憎しみと僅かばかりの哀憐、そして後悔を滲ませていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話.正体

ウワアアアアアッ!!


 ぱちぱちと音を立てて燃える、かつて「狩人だったもの」の前に立ち尽くすギルバート。

 

「まだ、私を捕らえるというのですか」

 

 ぼそりと呟いて、ギルバートは金色の噴射器を懐に仕舞う。

 

「今まで黙っていて申し訳ありません。怖がらせないように良かれと思ってのことなんですが…ここから先の探索は私が行きます。お嬢ちゃんは危ないから待っていてください」

「……あの炎…おじさん、あなたもしかして『灰のギルバート』?」

「なぜその名前を!」

 

 灰のギルバート。彼の歩んだ後には灰しか残らないという伝聞――もちろん誇張されている。象徴的な英雄はいつの時代も必要とされたものだ――から畏敬の念を込めて付けられた二つ名。

 それは狩人の間でのみ広がり、一般市民、ましてや少女のような幼い子供が知っている筈がなかった。

 

「あなた、何者ですか」

 

 ギルバートは目の前の少女を訝しむ。少女に向ける目は鋭く、柔和な雰囲気のおじさんの面影はまるで消え失せていた。だが対する少女の様子は変わらない。何もおかしい所はない。だがそれが、今の状況では最もおかしい。

 

「配達者って聞いたこと無い? 最初にこの名前を考えたやつにはリボンをお見舞いしたいんだけど、有名になっちゃったものは仕方ないよね」

 

 その言葉を聞いて、ギルバートは目を見開いた。

 確かに知っている。惨たらしく獣の腹から内臓を抜き取り、それとは対照的な少女趣味のリボンを内臓に絡める、神出鬼没の狩人。

 誰もその姿を見たことはなく、気付けば獣の死体にリボンが贈られていることから、その狩人はいつしか「配達者」と呼ばれるようになったのだった。

 しかし何と、かようなか弱き少女がその狩人だったとは。事実は小説よりも奇なり、とは言えどもまさか。

 

「信じられない…まさか貴女が」

「残念ながら真実。だってほら――」

「危ない!」

 

 いつの間にか新たな狩人が少女の背後を取っていた。直後、狩人は右手のノコギリ――獣肉断ちを高く振り上げ、少女に振り下ろす。

 肩口を刻まれ、右腕を落とされる少女の姿がギルバートには見えた。だが幸いにも、それは過ぎた心配だったらしいことをギルバートは知ることになる。

 少女は振り向きざまに左手で獣肉断ちを掴み、捻った。

 大の大人…なんて言葉では形容しきれない程の体格を持った狩人は、その僅か腰の高さに届くかといった少女に手玉に取られる。獣肉断ちを持っていた右手を支点に、くるりと一回転させられたのだ。

 それからもう一瞬だった。仰向けに倒れた狩人の腹部に少女が右手の手刀を突き刺せば、肉が裂かれ鮮血が迸る。そして狩人の苦悶の声と共に臓物が取り出され、狩人は絶命した。

 少女は臓物を握っていない方の手からリボンをほどくと、小腸と大腸をいっぺんに束ねるように、その真っ白なリボンでちょうちょ結びをした。

 純白は狩人の血で汚され、結び目を中心に赤い領域が広がる。

 

「ほらね?」

「…信じられない」

 

 一瞬の内に創り出された惨状(げいじゅつ)を前にして、ギルバートは呆然と立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

「でも、なんで私達だけがこんな所に来たんだろうね」

「身分を隠した狩人二人、ですからね…。疑うなと言って、無理があります」

 

 なんとかかんとか正気を取り戻したギルバート――実は無理やり取り戻させられただけだったりする――と少女は、危なげなく悪夢の街を歩いていた。

 右に狩人あれば火柱が上り、左に狩人あればあっという間に前衛芸術が出来上がる。降りかかる火の粉は須らく払うものであるが、この二人においては些かオーバーキルと言わざるを得ない。ほら、見よ、獣が二人に怯えている。

 しばらく街を散策して、二人は薄っすらと勘付いた。この街に、まともな人間…はおろか、まともな生物さえ存在していない。

 妙にてらてらとした皮膚の犬も、ひどく肥え太ったカラスも、極めつけには人面を持った巨大なダニさえも、まともに会話をする事は不可能だった。それどころか、出会って戦闘にならなかった事が無い。皆等しく持ち前の爪を、刃を、牙を向けてくるものばかりだ。狂ったように、生き血を求めている。そう思えるほど、彼らの闘争心は常軌を逸していた。

 

「…全く、キリがない」

「ここまで絶え間なく獣と対峙するのは、流石に初めてだよ」

 

 少し疲れた様子を見せるが未だ冷静な少女に対し、焼いても焼いても出てくる獣に痺れを切らしたのか、心なしかギルバートの狩りは荒々しくなってきていた。

 既に焦げた獣の残骸をも燃やし続け、二人から逃れようとする獣さえも殺していた。

 

「ちょっとおじさん、それもう死んでるよ」

「ですが、獣は浄化せねば。それが私達の使命でしょう?」

「何処かもわからない土地でそれは愚行じゃない? 無駄な消耗は避けるべきだよ」

「それは……そうですが」

 

 少女に諭され、渋々引き下がるギルバート。その後も度々執拗な追撃を行っていたが、頻度は下がっていた。

 

 そうして敵を蹴散らし、謎の街を進む二人。気づけば地面は土から血の海に代わり、獣臭さと血生臭さは極まっていた。

 だがそれをどうとも思わないのが、寧ろ慣れ親しんでいるのが狩人という存在である。臭いの源へ向かうようにして街を探索していた彼らは、遂に根源へと到った。

 もとは何らかの建造物であったろうそこは、壁、床のあらゆる箇所が血と肉片に塗れ、もはやなんの為の空間であったかすら分からない。

 やけに広い面積、高い天井。部屋の隅には死体の山。辛うじて生きながらえているのか、それらの一部はまだ蠢いていた。

 その内の一人が、一つが、絞り出すように嘆く。

 

「……ああ、忌々しい、呪われた獣がやってくる…。醜い獣、ルドウイークが…赦してくれ……赦して……くれ……」

 

 だがその声は誰に届くこともなく、ルドウイークの右前足によって途絶えた。

 およそ三対の足を持ち、その巨躯はもはや生物の枠を外れている。

 聖職者は獣化に抗う術を知り、だが聖職者こそが、最も恐ろしい獣となる。それは勿論、教会の最初の狩人であるルドウイークも例外ではなかった。

 ルドウイークが哭く。馬と人の顔を、左右半分ずつ継ぎ接ぎしたような顔を歪ませ、喉を震わせながら。

 それは不条理への未練であり、かつ開戦の合図であった。

 

「…行くよ、おじさん」

「ファイアーカーニバルです。巻き込まれないで下さいね、お嬢ちゃん」

 

 対する二人も身構える。これは、ふたりの最後の、最高の獣狩りとなる。その、なんと贅沢なことか。

 ルドウイークが、高く跳んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話.ルドウイーク

 ルドウイークが、高く跳んだ。

 薄暗い地下の死体溜まりでは天井まで光は届かず、二人はルドウイークを見失う。

 

「まずいですね」

「けど奴だってずっと天井に張り付いてられるとは思えない」

「落ちてきたところを集中砲火ですか」

「うん。…おじさん、危ない!」

 

 ぽたぽたとギルバートの上に血がしたたり落ち、数舜後にルドウイークの巨躯が音を立てて姿を現す。

 

「っ!」

 

 ギリギリのところで身を転がして避けたギルバートだが、体は血でべちゃべちゃだ。

 

「ああ、気分が悪い」

「そんなの気にしてる場合じゃないでしょ!?」

 

 立ち上がりつつ火炎放射するギルバート。相手が獣ということもあってか有効のようだ。

 少女も反対側から殴り掛かる。だがここまでの大物にはさすがに力不足が否めない。

 

「だったらっ!」

 

 ルドウイークから距離を離し、床から拾った肋骨数本をリボンで右手に巻き付けると、それはさながら「獣の爪」のような様相を呈した。

 これならいけそうだ、と再び距離を詰めようとし、しかし本能が警鐘を鳴らした。慌てて身を低くする少女。なにかはわからないが、体のすぐ上に何らかの液体が迸っている。僅かに滴ったそれは水銀だった。

 

「水銀…」

 

 攻撃に水銀を用いる獣など聞いたこともない。水銀を用いるのはいつだって狩人だったはずだ。あるいは。

 だが今は悠長にものを考えられる状況ではない。横に転がり射線を抜け、馬面目掛けて駆ける。

 ならば食らい付こうとしたルドウイークの、その行動を読んでいた少女は慣性を知らぬが如く急停止し、跳んだ。

 空中でルドウイークの頭を踏み台にし、さらなる高みで振り向いた少女は首根っこに爪を突き立てる。

 これは堪らんと嘶く獣は、その膂力をもってして無理やり少女を引きはがした。宙を舞う少女。なんとか体勢を立て直し、ギルバートのそばに着地する。

 

「首筋をぶち抜いたってのにぴんぴんしてるね」

「これまでの獣とは訳が違うということでしょう。久しぶりですよ、ここまでしぶといのは」

 

 そう言いながらギルバートは火炎放射器のつまみを回しきる。

 

「最大出力です」

 

 ルドウイークの咆哮と同時に立ち上った炎は今までのそれとは一線を画していた。ギルバートがじり、と後ずさる。それは放射の反動によるものだった。

 

「すごいじゃんおじさん! 最初からそれでいけばよかったのに」

「いきたいのは山々でしたが何分燃費が悪く、それに扱いには手を焼くので」

 

 放射器の取っ手は赤熱していた。

 

「あー…ほどほどに」

 

 わかっています。ギルバートがそう返そうとした瞬間、炎の中からルドウイークが現れた。

 それとほぼ同時に少女は右に跳び、ギルバートは上に跳ぶと同時に直下へ火炎放射器を向けた。それは跳躍ではなく、飛躍であった。火炎放射の反作用による、つかの間の飛行。

 炎は突進してきたルドウイークの背を焼き、ルドウイークは悲鳴を上げた。よく見ればもともと恐ろしい顔面が焼けただれている。効いている。

 

 だが黙って焼かれるようなルドウイークではない。急反転し、ギルバートを追うように跳んだ。まずい。瞬発力では勝てない。せめて横に放射すれば腕の一本で済むだろうか。

 気づけばギルバートは仰向けで地面に叩き付けられていた。肺の空気が一気に押し出される。足に違和感を感じるのはリボンが巻かれているからで、こんなことをするのはあの少女以外にいない。

 

「助けてくれたのはありがたいですが、もう少しお手柔らかに」

「贅沢ね」

 

 全身血塗(ずぶぬ)れになってしまった。心の中でため息をつくギルバート。だがそれが己の血ではないのは、この少女のおかげなのだ。

 数奇なものだ。こんな年端もゆかぬ少女と二人、前代未聞の獣退治。まるで夢みたいじゃないか。

 だったら映えさせてやろう。どでかいのを一発。

 それにはこの少女のリボンさばきが必要だ。

 

 ギルバートは火炎放射器のつまみをさらに、捻る。ガチンと何かのストッパが外れたような音をさせたそれは、徐々に熱を増していた。

 

「面白いことを思いつきました」

「ついさっき食べられそうになってた人のセリフじゃないね」

「あなたのリボンが必要です」

「聞いてないし…」

「たった今、火炎放射器のリミットを外しました。あと十数秒でここらは火の海です」

「へぇ、それで?」

「それまでにこれをあいつの口に投げ込んでくれませんか?」

「どうぞご自由に」

「それがもうそろそろ熱くて持てなくなっちゃうんですよ」

「だからリボンを使うって?」

「話が早い」

「おじさん結構強引なところがあるんだね…ま、面白いからいいけど」

 

 火炎放射器にくるくるとリボンを巻き付ける少女。どういう原理か、しっかりとホールドされたようだ。

 

「じゃあおじさんが釣り餌ってことで」

「望むところです」

 

 残ったほうの火炎放射器を使ってギルバートルドウイークへと向かう。

 

「ほら! うまいぞ! 新鮮な人間だ!」

 

 言葉は解していないだろう。それでも挑発は通じたようで、大口を開けて飛び込んでくるルドウイーク。

 だがすでにギルバートはいない。代わりにリボンでラッピングされた火炎放射器がルドウイークの口へ吸い込まれていった。

 反射的に飲み込むと同時に、腹の中で炎が炸裂する。

 口から炎を吐くルドウイーク。

 まるで地獄だな、と空中のギルバートは呟く。

 ルドウイークはしばらくのたうち回り、最後に黒煙と何らかの体液にまみれた火炎放射器を吐き出し沈黙した。

 

「ありゃ、やっぱリボンは耐えきれなかったか」

「耐え切れられるとこの作戦が…」

「いやわかってるけどさ、数も限られてるし」

「それは申し訳ない」

「ほんとに思ってる?」

 

 でもまあ、何とか倒せた。さあ先に進もう。

 そうして歩を進めようとした二人を制止するかのように、眼前に大剣が突き刺さった。




試験じゃ~
試験はあっち(明日)じゃ~


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。