OVERLORD 不死者の王 彼の地にて、斯く君臨せり (安野雲)
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プロローグ「支配者のいる風景」

正直、オーバーロードもGATEも設定を完全に把握できていないくせに始めてしまったことが途轍もなく不安ではあるのですが、一人で妄想するよりは色んな人の意見を聞いて書いた方が内容が練られるんじゃないかなぁ、と思って投稿しました・・・

それでは、プロローグからどうぞ。


 

―――――――2050年、地球はかつてないほどに平和であった。

 

科学の進歩と世界情勢の緊迫によって起こり得ると予測されていた第三次世界大戦のような戦争の気配もなく、以前の識者達の考えが大きく裏切られる結果になっていた。

当然、21世紀初めまで頻発していた紛争などの影もなく、そもそもにおいて紛争の原因となるような社会問題などはほぼ解決されており、数少ない課題である環境問題においても「とある発明」によって漸進的に解決へと向かっていた。

 

一方で、グローバル化の発展、国境という垣根を越えた人々の交流は大いに加速しており、その様子はさながら世界が一つの共同体として存在しているかのようにも見えることだろう。

最初に「宇宙船地球号」という言葉を発明したのは誰だったか。その元々の意味合いはさておき、現在の地球の様子を例えるにはふさわしい言葉のようにも思われた。

 

そして、その「宇宙」についても、人類は大きな進歩を迎えることになった。

 

遥か月面を越えてその先、火星への着陸が成し遂げられたのである。

また、その手前である月面においても、一時は夢であるとも思われていた人類の移住が開始されており、地球という一個の惑星を超えた人間の宇宙進出が始まっていた。

 

翻って、再び地球内部に目を戻すと、一つ特徴的な変化が見られた。

それは、各国首脳の名称である。

以前までは、日本は「内閣総理大臣」、アメリカ合衆国は「大統領」、ドイツやイギリスは「首相」、中華人民共和国は「国家主席」とその名称は様々にあった。

しかし、その呼称は現在「総督」という役職として統一されている。

総督という言葉が元々は一国の地方官を指すということを考えれば、この呼称には疑問を感じるかもしれない。

だが、それは決して間違った表現などではなかった。

総督という立場にある各国首脳の、その上に立つ者がいたのである。

 

そして、世界が多方面に渡って加速度的に発展し、世界平和の礎を築くという偉業を成し遂げた者でもあった。

その、至高なる名は―――――――――――

 

 

 

 

 

規則正しい電子音が鳴り響く。

頭から布団を被って更なる惰眠を貪ろうとしていた少年は、5分後に今度は布団を引っぺがされるという結末を迎えることになった。

 

「良介、早く起きなさい!いつまで寝てるつもりなの!」

 

母親から良介と呼ばれたその少年は、未だ寝惚け眼のまま、寒さからか小さく身を縮める。

 

「もう5分だけ・・・」

 

そう懇願した良介だったが、直後母親の鉄拳が飛んだことで、願いは聞き遂げられなかった。

 

「今日から新学期なんだから、いきなり遅刻なんてしたら駄目でしょ。チャッチャと起きて、チャッチャと朝ご飯食べちゃいなさい」

 

良介は殴られたところを抑えつつ、渋々起床して登校の準備を始めた。

 

準備を終えて居間の食卓に向かうと、先に朝食をとりながらテレビで朝のニュースを見ていた父親の姿があった。

 

「今日は新学期なんだから、遅刻するとまずいだろう。急ぎなさい」

 

いつもは温厚な父だが、今日ばかりは少しだけ表情が険しいように感じる。

良介は朝から何ともいえない心持ちのまま、父の向かい側の席に座った。

その時、父が箸を止めてテレビに目を向けていることに気づき、良介も移されたニュースに目をやる。

 

『――――――様が、昨日夕方、初の来日を果たされました。本日は午後から官邸にて田邊総督との会談が予定されております―――――――』

 

そのニュースを聞いて、思わず良介は眼を見開いた。

 

「昨日来日してたのかよ!今日だと思ってたのに・・・」

 

良介は更なる不幸を感じて、落胆したように肩を落とす。

 

「私は昨日いらっしゃるって確かに言ったわよ?そもそもチケットが購入できなかった時点で生で見ることなんてできなかったんだから今更どうしようもないじゃない」

 

「それでも、中継とかはやってたんだろ?絶対生で見ようと思ってたのになぁ・・・」

 

洗い物をしていた母親のたしなめに対して噛みついたり、落ち込んだりと良介はコロコロと表情を変える。

そんな息子の表情を見て溜息をついた父が、「録画はしてあるから、好きな時に見なさい」といってくれたが、あまり耳に入っていないようだった。

 

昼食を食べ終えてもまだ、良介の表情はすぐれないままであった。

そこで母は夫と目配せをして、少しだけ悩んだ後、鞄を持って出発しようとしていた良介に後ろから声を掛けた。

 

「あー そういえば、離日される日の会場券は三人分取れたの、言うの忘れてたわ!」

 

それは、実は二日後の息子の誕生日プレゼントとして用意するはずのものだった。

父親が中流企業の社員ではあるものの、母親が専業主婦であるということから決してそのチケットを購入することが容易ではなかった筈だが、息子が以前から熱望していたこともあり、何とか手に入れることができたのだ。

本来は、サプライズプレゼントといって渡す気だったところからの、息子の様子を案じての発言である。

 

「・・・マジで?本当に!?」

 

その言葉を聞いた息子は、著しく思考レベルが下がったかのような発言を繰り返して喜んでいたが、父と母の二人は、苦労の甲斐あって息子が喜んでくれたことにほっと胸をなでおろす。

そのうちに気分がよくなったであろう良介は、先程とは打って変わってニコニコとした表情で家を出ようとした。

 

そこで、「あ」と何かを思い出したように玄関から戻ってきた良介は居間の奥にある「神棚」に向かって手を合わせる。

そこには、全長が1メートルほどの木彫りの像が飾られていた。

 

「ご利益、有難うございます」

 

「こら、そんな態度失礼でしょ!」

 

息子の態度を見て母親は叱るが、息子の横顔を見て安心する。

 

「それじゃ、改めていってきまーす!」

 

意気揚々と出発した良介は、燦燦と輝く太陽もまるで今の自分を祝福してくれているかのように見えて、思わず大声で叫んでしまった。

 

「――――――ああ、アインズ・ウール・ゴウン様万歳!」

 

 

 

それは、21世紀初頭、世界中の人間を震撼させ、そして畏怖された者の名。

 

 

 

これは、かつて「特地」と呼ばれる異世界に降り立った死の支配者(オーバーロード)が、「世界」を手に入れるまでの物語である。

 

 

 




さて、プロローグどうでしたでしょうか?
前書きにもある通り、滅茶苦茶不安な心境です。
実際、もしこうなったらどうなってただろう?という思いで書き始めたわけですが、何分書くよりも読む方が向いてるんじゃないかと思ってしまいました・・・

とりあえず、意見を確認しつつ続きを早く投稿できればいいかなと思っております。


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第1話「終焉と開幕」

とりあえず、第1話です。
原作と同じところからスタートしますが、今後は尺の都合でカットする描写など出てくるかもしれません。

4/20 (前編)を削除しました。


―――――――楽しかったんだ...本当に、楽しかったんだ――――――――――

 

≪Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game≫

 

通称、「DMMO-RPG」

 

仮想世界において、まるで現実にいるかのように遊ぶことができる体験型ゲームである。

 

「ユグドラシル」

 

2126年に発売されたタイトルには、数多あるDMMO-RPGと比較しても、とてつもなく広大なマップに加えて、プレイヤーに与えられた異様なほどの自由度があった。

 

さらに運営側の、プレイヤーに「未知」を探り、発見していってほしいという強い意思が込められたゲーム内容になっていた。

 

その人気は日本国内において爆発的に上昇、一気にDMMO-RPGのトップに躍り出た。

 

――――――――しかし、たとえどれだけの繁栄を築こうとも、いつかは終わりが来る。

 

栄枯盛衰、その定めからはユグドラシルも逃れられなかった――――――――

 

 

2138年、遂にユグドラシルは最期の日を迎えた。

 

度重なるアップデートと広大なマップの維持費用、そしてアクティブユーザーの激減が追い打ちとなり、運営元の会社からはユグドラシルのサービス終了が告知されていた。

 

 

「過去の遺物、か...」

 

そう呟いたのは、ギルド≪アインズ・ウール・ゴウン≫のギルドマスター・モモンガだった。

 

彼は今、ユグドラシル最後の日を、ギルドホームであるナザリック地下大墳墓の第10階層、玉座の間で迎えていた。

 

「明日は四時起きか...早く寝ないと、仕事に差し支える...」

 

サービス終了まで、残り10秒。

 

ゆっくりと目を閉じた。

 

刹那、ユグドラシルでの思い出が濁流のように流れていく。

 

「鈴木悟」の頬に、何かが伝っていくような気がしたが、それは気のせいだったかもしれない。

 

そして、世界は暗転する。

 

 

斯くして、不死者の王は異世界に降り立った。

 

・ 

 

「―――――あいつら、マジだ」

 

ナザリック地下大墳墓、第10階層の通路。

 

階層守護者たちの「忠誠の儀」を終えたモモンガは、第6階層から転移してくるなり、思わず頭を抱えそうになる。

 

今でこそ、NPC達が自律的に行動していることにも慣れてきているが、最初はあまりのことに相当に混乱してしまった。

 

挙句の果てには、アルベドにセクハラ紛いのことまでしてしまい、今でも思い出すと感情の抑制が起こりそうになる。

 

それでも、何とか感情を整理して今すべきことを考えようと決める。

 

まず、ナザリックの周囲をセバスに軽く調査させたところ、ユグドラシルの頃に合った沼地から広大な草原に変化しているということが分かった。

 

この時点で、ナザリックがユグドラシルとは違う場所にあるということは確認できた。

 

次に、階層守護者との忠誠の儀に際して、第6階層に集まった際に行った魔法の使用の実験も滞りなく成功したことから、ユグドラシルでの法則が、どの程度かはわからないものの、この世界でも通用するということも知ることができた。

 

最後に、最も懸念していた階層守護者を含めたNPC達の行動に関してだが、先程それぞれの守護者に尋ねた自分への印象をまとめた限りでは、かなりの忠誠を誓ってくれているように思われる。

 

しかし、実際彼らの本音がどうかはわからないし、もしも自分が支配者として相応しくない振舞いをした場合は、どのような行動に出るのか予測もつかない。

 

正直なところ、かつての友たちが造った、いわば子供とも呼べるような存在らを疑うような真似などしたくはないが、未だ右も左もわからない世界にいるのだ。

 

どうしても、最悪の可能性も想定して動かざるを得ないだろう。

 

モモンガは先行きのわからない不安を抱えながら、次の行動を開始した。

 

それから三日間、ナザリック内部を見回ってゲーム当時と変化がないかを確認したり、第6階層で引き続き魔法の実験を行うなど中々忙しい日々を過ごしていた。

 

加えて、どこへ行くにも必ず従者がついて回る。

 

常に誰かに見られているというは、それだけで気が休まらなくなってしまうものだ。

 

まして、慣れない支配者のRPもこなしながらとなると、その負担は倍以上になる。

 

一介のサラリーマンであった「鈴木悟」の精神が、悲鳴を上げるまでそう時間はかからなかった。

 

ユグドラシルの武器を装備できるかの実験を行っていた最中、モモンガは不意に傍に控えていたメイドに、追ってこない様に念押ししてから「暫く外に出る」と言い残し転移してしまったのだ。

 

しかも、魔法で造られた漆黒の全身鎧を纏った状態で、だ。

 

結局、その道中ではデミウルゴス配下の三魔将と鉢合わせたり、巡回に来ていたデミウルゴスに一発で正体を見抜かれた上に何故か「支配者に相応しい配慮」などと褒められたり、と余計に疲れが溜まりそうになってしまった。

 

今は、配下にデミウルゴスを連れて墳墓の第1層から外に出ようとしていた。

 

そして、見上げた先にあった景色に、モモンガからはつい感嘆の声が漏れる。

 

見上げた先にあったのは、辺り一面に広がる夜空だった。

 

大小、様々な大きさ、さらに多彩な色に輝く星々の景色は、まるで宝石箱のように美しい。

 

それは、モモンガが暮らしていた現実世界では決して見ることのできない景色だった。

 

もっと近くで見たいと思い、飛行(フライ)のアイテムを装備して、空へと駆け上がっていく。

 

斜め後ろから付いてきていたデミウルゴスも、それに続く。

 

満天の空に、吸い込まれそうなほどに大きな満月が浮かんでいた。

 

そんな絶景を眺めながら、デミウルゴスと他愛のない夢物語に花を咲かせる。

 

「―――――そうだな。世界征服なんて、面白いかもしれないな」

 

ポツリと呟いた冗談だったのだが、デミウルゴスがその言葉にピクリと反応した。

 

モモンガはそんなデミウルゴスの様子には気づかず、満月を見上げながら、これからのことを考える。

 

この世界に転移してきているかもしれない、ギルドの仲間たちのことを。

 

この世界にアインズ・ウール・ゴウンの名を轟かせ、再び輝かしいあの日々を取り戻すことを。

 

終焉と共に始まった、この世界で。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

――――まずい、このままじゃ...夏の同人誌即売会が中止になってしまう―――――!

 

 

その日、伊丹耀司は夏の同人誌即売会に向かっていた。

 

自衛官である彼は、「仕事か趣味ならば、趣味を優先する」と公言する程の生粋のオタクであったが、職務上どうしても自分の趣味に没頭する時間を持つことが難しい。

 

そんな中、どうしてもこの日だけはと貴重な有休を消化して何日も前からその日を楽しみにしていたのだ。

 

そんな矢先のことだった、「異変」が起こったのは。

 

東京都中央区・銀座六丁目。

 

そこに、突如として出現した「(ゲート)」の向こうから、大量のモンスターを引き連れた軍勢が姿を現したのだ。

 

大混乱の中、異世界からの殺戮者によって多くの民間人が犠牲になっていく。

 

そこに救世主のごとく現れたのが、伊丹耀司その人だった。

 

彼は、指揮系統が麻痺し、右往左往していた現場の警察官らに協力して民間人の避難を指示し、多くの人々を保護・救出することに貢献した。

 

「銀座事件」

 

後にそう呼ばれることとなるその日のことを、彼はきっと忘れないだろう。

 

銀座の英雄として称えられることになったからか?

 

褒章を授与され、3等陸尉から2等陸尉に昇進したからか?

 

否、どちらでもない。

 

彼は、仕事より何より「趣味」を優先する男なのだ。

 

 

『―――――中止、同人誌即売会は中止です!』

 

 

伊丹耀司は、その日のことを忘れない。

 

彼は、そういう人間なのである。

 

 

 

それから3ヶ月後。

 

銀座事件によって命を落とした人々の慰霊の場、そのすぐ近くで陸上自衛隊の出陣式が行われていた。

 

(ゲート)の向こう側にある特別地域、通称「特地」。

 

銀座事件を発端とした、自衛隊による大規模作戦が開始されることになったのである。

 

表向きの目的は向こうの人々と交渉し、銀座事件の犯人を逮捕すること。

 

だが、その裏の目的は、特地での先行調査によってその存在が発覚した、大量の資源の獲得である。

 

その重要な作戦を担う部隊の中には、当然、伊丹耀司の姿があった。

 

多くの隊員が、これから先に待ち構えているであろう困難と危険を予測し、強い覚悟を決める。

 

伊丹も同じようにこれから先何が起こるのか、思いを馳せる。

 

ただ、他の隊員たちとは違い、何やら場違いなことも考えていた。

 

(...冬のイベントまでには、帰ってこれるかな?)

 

思えば、ここ最近だけで色々なことがあった。

 

同人誌即売会に行ったら、なぜか大量のモンスターと軍勢に出迎えられ、いつの間にか銀座の英雄などと持て囃され、正直どうしてこうなったと言いたい。

 

だが、今更そんなことを考えても遅い。

 

これまでの安穏とした日々は最早終わりを告げ、これから始まるのは今まで自分が経験したことのないような、戦場での日々なのだから。

 

伊丹は、そんな覚悟と共に、(ゲート)を潜った。

 

どれだけの時間が経過したのか、先の見えない暗闇を進み続け、突き抜けた先へ、遂に自衛隊が到達する。

 

彼らを出迎えたのは、満天の夜空と、遥か上空に輝く満月。

 

そして、月光に照らし出された大量のモンスターの軍勢。

 

『―――――敵影発見!総員、戦闘準備!』

 

その命令に合わせて、既に武装の準備を整えていた自衛隊員らが弾かれたように車両から飛び出していく。

 

伊丹もまた、最大限の警戒を払って、丘の向こうの軍勢を視界に収める。

 

しかし、伊丹はそんな状況にも関わらず、ふと異世界の星空を見上げた。

 

ともすれば、気が抜けていると思われても仕方のないような態度だと思われるだろう。

 

それでも、伊丹は何故か見ておかなければならないような気がした。

 

――――そういえば、これだけの数の星が輝く夜空を見たのは、一体何時ぶりだろうか。

 

少なくとも、現代の日本の都会では見ることのできない景色なのは間違いない。

 

一瞬の間伊丹はそんなことを考えたが、また直ぐに前方へと向き直る。

 

もう一度、覚悟を決めて。

 

右も左もわからない、この異世界で、自分が何をすべきなのか。

 

伊丹は、ぐっと小銃を握り直した。

 

 

 

―――――斯くして、三つの世界が交わり、一つの物語が幕を開けた。

 

 

そして、同じ夜空を見上げた者たちは、各々の思いを胸に、戦場へと赴く。

 

 

 




はい、というわけで原作と全く同じ展開にも関わらず大分長くなってしまいました。
というかこのままいくと、中編、後編になる可能性が高いです...
ただ。少しだけ独自解釈でアレンジを加えているので、その辺りは原作と少し違うかもです。
次も出来るだけ早めに投稿したいのですが、予告なく不定期になるかもしれません...
取り敢えず、1週間以内を目途にしております。


4/20 内容を大幅に変更し、原作の部分をダイジェストに修正。

   作者が展開上必要だと感じた箇所は、変更を加えていません。
   今後は、原作と異なる展開になると思うので、どうか宜しくお願いします。


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第2話「特地緒戦」(前編)

前回は、どのように展開していくかで大分悩みましたが、今回からは独自展開で突き進んでいこうと思います。
あと、一週間以内に投稿できてよかった...

それでは、どうぞ。


ナザリック地下大墳墓、第9階層・執務室。

 

モモンガは、中空に浮いた楕円形の鏡の前に座していた。

姿見ほどの大きな鏡の中には前に座しているモモンガの姿は映っておらず、全く別の、どこかの森の風景が映し出されている。

モモンガが右手を横に動かすと、その動きに合わせて鏡の中の風景も移動していく。

 

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)

 

ユグドラシルのゲーム内において、探査手段の一つとして使われていたマジックアイテムである。

ただ、ユグドラシルではこういった監視への対策手段を用意しておくプレイヤーが多く、情報収集のつもりが逆に自分の情報を漏洩することに繋がる等のデメリットがあったため、実際にはほとんど役に立たないアイテムでもあった。

 

現在は、ユグドラシルのアイテムが、ゲーム時と同じように機能するかを調べる実験のために持ち出してきたのだが、中々上手くいかない。

腕を動かす方向と移動する方向が同じであったり、両腕を使った操作もできることなど色々と確認することができたのだが、視点の位置を変更する方法だけがどうしてもわからないのだ。

鏡の使い方を完璧に把握しておけば、ナザリック周辺の警戒網の作成にも活用できるのではないかとも考えていたため、悪戦苦闘しつつも実験を続ける。

鏡の中の景色では太陽が西に傾きつつあり、昨夜から始めた実験の経過時間と、モモンガの粘り強さを伺い知ることができるだろう、

 

モモンガの場合はアンデッドの種族特性として疲労せず、また睡眠欲や食欲も皆無であるため、このような長時間の作業が可能であったのだが、それでも精神的な疲労は蓄積されている。

単調な作業の繰り返しによって徐々に思考を放棄しそうになるが、その度に背後にいる存在の視線を意識して、背筋を伸ばす。

 

モモンガの実験の様子を窺っていたのは、執事のセバスである。

身じろぎもせずに、じっと主人の背後で控える立ち姿には、疲労の色は見受けられない。

 

気を取り直して再び鏡と睨め合いを始めようと、両腕を横に伸ばして軽く伸びをすると、急に画面の中の風景が変化した。

それまでは、おそよ10メートルほど上から森を見下ろすような視点だったものが、一気に森の内部まで見えるような高さまで近づいていた。

 

「お」

 

モモンガは、偶然目当ての動作を発見できたことに驚きと安堵のこもった声を漏らす。

すると、様子を見ていたセバスが控え目に賞賛の拍手を送った。

 

「おめでとうございます、モモンガ様」

 

「ありがとう、セバス。付き合わせて悪かったな」

 

滅相もございません、と返すセバスに鷹揚にうなずくと、次の行動に移る。

 

今度は、森の周辺で、集落や村といった、複数の人がいる場所があるかどうかを探してみる。

 

そこからまた暫く画面をあちこちへと移動させていると、森の中に森人(エルフ)の集落と思しき開けた場所を見つけた。

しかし、何やら様子がおかしい。

集落のあちこちから火の手が上がり、上空までもうもうと煙が立ち上っている。

拡大して見てみると、何やら慌ただしく移動する人影が幾つもある。

 

モモンガは首を傾げつつ、より近くで見てみようと視点を移動させようとするが、そこでセバスから声がかかる。

 

「―――――何かに、襲われているようです」

 

横から鏡を見ていたセバスは、何かに気がついたように画面の上の方に視線を移していた。

その視線に合わせて視点を上へと移動させると―――――――――そこには、一体の(ドラゴン)の姿があった。

 

筋肉質なその巨体は赤い鱗で覆われており、同じく胴体に見合うような巨大な両翼で上空を飛んでいる。

地鳴りのような咆哮をあげながら、口から炎を吐き出し続ける様子は、明らかに集落を襲う意図があってのことだと見て取れた。

逃げ惑う森人(エルフ)も、弓を持って抵抗をしようとする森人(エルフ)も、一切の区別なく焼き払おうとしている(ドラゴン)を見ながら、モモンガは何か違和感を覚える。

こんな、まるで悪夢のような光景を目にしているにも関わらず、全くといっていいほど動揺をしていないのだ。

ただ平然と、人々が襲われている様子を観察しているのである。

普通、こういった場合は悲しみや恐怖、若しくは怒りといった何らかの強い感情が湧いてくるのが、人間というものである筈だ。

そこまで考えて、モモンガは、自分が身体だけではなく心まで人間をやめてしまったのだろうかという不安を覚える。

 

「ふむ...」

 

眼前の惨劇をどこか他人事のように、モモンガは暫し思考の海に沈む。

 

「…モモンガ様」

 

すると、それまでは主人の様子をじっと窺っていたセバスが口を開いた。

 

「どう致しますか?」

 

どうするか。

その質問には、どんな意味があるのか。

モモンガは、ナザリック地下大墳墓の主として、このような場合、どのように振る舞うことが正しいのだろうかと考えた。

セバスの視線を感じながら、一瞬の間考え、決断する。

 

「――――見捨てる。助けに行く理由も、価値もない」

 

「...畏まりました」

 

首肯したセバスの声色は、極めて平坦かつ無感情なものだった。

 

自分の決定が正解だったのかどうか確認したかったモモンガだが、声音から判断できないために、顔色から判断しようと、僅かに視線だけをセバスに向ける。

 

だが、モモンガはは絶句した。

 

目を向けたセバスの背後、そこに、もはやいる筈のないギルドメンバーの姿を幻視したためである。

 

≪たっち・みー≫

 

執事セバスの創造者である、純白の騎士。

ユグドラシルにおいても、三本の指に入ると謳われ、「ワールド・チャンピオン」にして、ギルド内物理攻撃最強の存在だった男。

その幻は、モモンガに、かつての懐かしい記憶を思い出させていた。

 

 

「...誰かが困っていたら、助けるのは当たり前、か」

 

ぽつり、と小さく呟いたモモンガは、骸骨の顔ではあるが、小さく笑ったように見えた。

その場からすくっと立ち上がると、セバスを見据えて決定事項を告げる。

 

「セバス、悪いが気分が変わった。私は今からこの集落に向かう。ナザリックの警備レベルを最大まで引き上げよ。」

 

「承知いたしました」

 

主の決定が変更されたことに対しても、セバスの声色は先程までと変わらず落ち着き払ったものである。

しかし、モモンガはどことなくセバスの発する空気が柔らかくなったような気がした。

 

「私は先に行くが、供としてアルベドに来るように伝えよ。当然、相手は竜種だからこそ、何が起こるかはわからん。完全武装で来るようにともな」

 

モモンガはそこで一旦区切り、さらに必要な処置について思考を巡らせる。

 

「そして、この集落に、隠密能力に長けるか、透明化の特殊能力(スキル)を有したシモベを複数送り込め」

 

「畏まりました」

 

了承したセバスを見て、モモンガは今はもういないかつての仲間に呼びかける。

 

かつて貴方に受けた恩を返す、と。

 

「それに、いつかはこの世界での自分の強さを見定めておく必要があったしな」

 

鏡の中に映る(ドラゴン)を見つつ、守護者たちから説明を求められたときの言い訳も考えておく。

追い立てられた森人(エルフ)の中に、父と娘と思しき二人の姿が映し出されていた。

男の方は、娘であろう少女を守りながら、弓で何とか応戦しようとしている。

だが抵抗もむなしく、集落の外れまで追い詰められた二人は、暴威を振るう(ドラゴン)の前で、今まさに絶体絶命の危機を迎えていた。

丁度いいと判断したモモンガは、何処からともなく一本のスタッフを取り出す。

 

≪スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン≫

 

ギルド≪アインズ・ウール・ゴウン≫の総力を結集して創られた、世界級(ワールド)アイテムにも匹敵する能力を持つギルド武器。

しかし、その圧倒的な力は、同時に破壊されればナザリックが崩壊するという諸刃の剣でもある。

そのために、今回持ち出したのはレプリカとして作成されたスタッフだった。

オリジナルの性能には遠く及ばないものの、モモンガにはその程度のハンデなど然したる問題にはならない。

 

モモンガはスタッフに魔力を通すと、映っている親子がいる場所を意識して「転移門(ゲート)」の魔法を発動させた。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

ロムルス(・・・・)帝国の帝都から北東に500キロほど進んだところにある小さな村落、コダ村。

そのコダ村に程近い「コアンの森」には、精霊種の森人(ハイエルフ)の集落があった。

元来、精霊種の森人(ハイエルフ)は保守的かつ閉鎖的な文化を構築している種族であることから、これだけ人種が生活する場所の近くに集落を構えているというのは、相当に珍しいことでもあった。

多くの精霊種の森人(ハイエルフ)は、人の住む場所からは遠く離れた、精霊種の森人(ハイエルフ)の森に棲んでいるといわれる。

氷雪山脈と首狩兎(ヴォーリア・バニー)の草原に挟まれるような位置にある森には、精霊魔法によって強力な結界が張られており、外部からの干渉を許さない極めて閉鎖的な暮らしを送っているとも。

一方で、そんな閉鎖的な生活に飽いて、時折、自分の意志で外の世界へと飛び出していく変わり者も現れる。

その中の一人に、ホドリュー・レイ・マルソーという男がいた。

かつて「十二英傑」と呼ばれた稀代の弓使いであり、高位の精霊魔法を操る才人でもあった。

さらに、積極的に多種族との交流を図ろうとする、一族の中では特に進歩的な考え方の持ち主でもあった。

そして、そんな彼こそが「コアンの森」に集落を構え、生活をするようになった第一人者である。

 

「開拓者」の異名も持つ彼は、今、鬱蒼と立ち並ぶ木々の間を飛び回りながら、集落を目指していた。

集落への最短のルートを選んで、急ぐホドリューは、強い焦燥感に駆られていた。

このままではまずい、早く伝えなければ。

疲労からではなく、焦りから大粒の汗を額から滴らせ、木々を縫うように走り、飛び、漸く集落の入り口が見えてくる。

木造の小屋の数々が、背の高い木々の高さまで立ち並び、建物の間には幾本もの架け橋が張り巡らされている。

この集落にはおよそ100人規模で精霊種の森人(ハイエルフ)が生活しており、一つの集落としてはかなりの大きさであるといえる。

ホドリューは息を切らしながら集落の入り口に辿り着くと、そこで一度背後を振り返る。

まだ、アレが来ていないかどうかを確認するために。

それまでは、集落で昼下がりの穏やかな空気の中にあったエルフらが、ホドリューの様子を見て顔色を変える。

集落での中心的な存在であるホドリューは、野伏(レンジャー)としての能力も高いので、コアンの森内外の警戒・監視を行っているのだが、その彼が血相を変えて戻ってきたのだ。

これから何か良くないことが起きるであろうということは、この集落に暮らす者であれば誰しもが予測できる。

 

「何かあったのか?」

 

入口の近くにいた仲間の男が、恐る恐るといった調子でホドリューに尋ねる。

ホドリューは頷いて、一度深呼吸して息を整える。

それから、その男だけでなく、家から出てきている者たちも見回して、全員に聞こえるように、大声で、努めて冷静に見えるように告げた。

 

「――――――炎龍が現れた!」

 

な、と思わず息を呑むような声が一団から上がった。

何か良くないことが起こる、そう予測していたにも関わらず、全体に混乱が広がっていく。

想定していた事態の中でも、恐らく最悪の事態が起こっていると、そう理解できたのだ。

ざわざわと未だ不安と混乱が渦巻く仲間たちを見据えて、落ち着かせるためにも、ホドリューは大声で叫ぶように指示を出す。

 

「とにかく!今は一刻も早く行動すべきだ。まず、家の中にいる者、今の報告を聞いていなかった者たちにこのことを伝えてくれ。次に、それぞれ最低限の荷物を持って一時集落から離れる。その際は、少しでも炎竜の狙いを分散させるためにも、塊にならずに皆親しき者たちを連れてバラバラに逃げるように!」

 

集落において指導者的な立場にある、ホドリューの指示を聞いて少しだけではあるが冷静になった仲間たちは、解散というホドリューの言葉に続いて、急いで各自の行動を始める。

その様子を確認したホドリューは、自分も同じように集落の中の一つの家屋へと向かう。

中にいたのは、ソファで昼寝をしていた一人の少女。

見目に優れたものが多い精霊種の森人(ハイエルフ)の一族の中でも、さらに秀でていると確信させるような美貌を持つ彼女の名は、テュカ・ルナ・マルソー。

ホドリューの実の娘であり、今は亡き愛する妻、リュカの忘れ形見。

この子だけは、たとえ、自分の命に代えてでも守らなければならない。

愛娘の穏やかな寝顔を見て、ホドリューは固く決意する。

 

「テュカ!起きなさい!」

 

深い眠りについていたテュカは、おそらく外での報告を聞いていなかったのであろう。

ホドリューの急かす声を聞いて、ゆっくりと目を開ける。

 

「...お父さん、どうしたの?」

 

未だ眠気が抜けきっていないように見えるテュカは、事態が掴めていないために、首を傾げて尋ねる。

そのため、ホドリューは、何とか逸る気持ちを抑えるように、一泊置いてから答えた。

 

「...今すぐ、ここから逃げるんだ。恐らくすぐにヤツは―――――――」

 

だが、最後までその言葉を言い切る前に、突如として悲鳴が上がった。

慌てて窓の外を見たテュカは、其処にいたモノを見て、目を見開く。

 

「炎龍...!?」

 

同じく窓からその様子を見ていたホドリューは、歯を食い縛って空を睨む。

早すぎる。

先程までは全く気配を感じなかったために、まだ逃げるだけの時間は稼げるだろうと考えていたが、見通しが甘かった。

そんな悔恨の念を感じている間にも、炎龍は滑空しながら、集落へと急速に近づいてくる。

 

 

そして、緑豊かなコアンの森は、炎龍によって、生きる地獄と化した。

 

 

どうしてこんなことになってしまったのだろう。

父に手を引かれながら、炎の中を走るテュカは、半ば現実逃避するようにそんなことを考える。

 

今日まで一緒に同じ集落で暮らしてきた筈の、もはや誰かもわからない亡骸。

炎に身を焼かれる、末期の絶叫。

いなくなった家族の名を叫ぶ誰かの悲鳴。

息をする度、肺に吸い込まれる、「何か」の肉が焼けるような匂い。

 

テュカは一族の中では若者に入る年齢だが、それでも人種の感覚からすれば長い時間を生きてきた。

だが、今日起こったことは、かつてテュカが体験してきたことの、何よりも衝撃的で、一度も感じたことのないものだった。

こんなことは知らなかったし、知りたくなかった。

世界に、こんな地獄があるなど。

 

「―――――ッ!テュカ、伏せるんだ!」

 

父の怒声が聞こえた直後、走っていた勢いのままに、テュカの身体が投げ飛ばされる。

テュカが地に倒れるとほぼ同時に、頭の上を何か熱い塊が吹き抜けていくのが感じられた。

 

「お父さん!?」

 

傍らにいた父がいないことに気づいたテュカは、倒れたまま後ろを振り向く。

そこには、右手が焼け爛れた父、ホドリューが立っていた。

その眼前の、炎龍の姿を見て、テュカは全身の血の気が引いていくような感覚に襲われる。

 

「お父さん、逃げて!」

 

叫んだ声は、ほとんど悲鳴に近かった。

ホドリューはその声に振り返ることなく、背中から弓を取り出す。

重度の火傷によって、思うようにならない右手を震わせながら矢を番え、真っ直ぐに炎龍へと狙いを定め、放った。

精霊魔法によって強化された矢は、襲い来る炎龍の左眼を正確に捉え、深々と突き刺さる。

大地を震わせるかのような絶叫をあげた炎龍が、痛みからその身体を曲げ、僅かに動きが鈍くなった。

 

「テュカ、逃げるぞ!」

 

痛みと憤怒に染まった炎龍の様子を見て、踵を返したホドリューは、再びテュカの手をとって走り始める。

 

しかし、そんな抵抗も無意味に終わろうとしていた。

 

ホドリューは片手を大火傷するという重傷を負い、テュカも倒れたときに足を挫いてしまったために、逃げ足が遅くなってしまったのだ。

途中からはホドリューがテュカを背負うように走ったが、部族きっての健脚で以てしても、怒れる炎龍から逃れることはできない。

自分に怪我を負わせた者を殺すため、炎龍は執拗にホドリューとテュカを追いかけてきた。

そうして、炎龍が目と鼻の先にまで迫ってきたとき、集落の外れにある大井戸が目に入った。

ホドリューはテュカを、それから炎竜を見て逡巡するものの、意を決して井戸へと走る。

 

「お、お父さん...?」

 

テュカは、父がなぜ井戸に来たのかわからず、不安げにその顔を見上げる。

ホドリューは、そんな娘の心配を和らげようと少しだけ笑ってみせた。

覚悟を決めた父は、テュカを抱えた両腕に力を入れ、井戸の中へ落とそうとした時―――――――

 

『―――――――おいおい。娘を井戸に突き落とそうとは、あまり感心しないぞ?』

 

何処からか聞こえてきた声に、思わず動きが止まる。

危機的な状況である筈なのに、なぜかその声の主を探そうと周囲を伺う。

すると、自分のすぐ横に何か黒々とした、異様な空間が広がっていることに気がついた。

どうしてなのか、その場所から目を逸らすことができない。

 

そして、ゆっくりとその空間から姿を現した者を見て、息が止まった。

 

 

――――――――其処には、『死』が立っていた。

 

 

 




はい、というわけで2話、しかも前編でした。
次は恐らく後編になると思いますが、まだ構想段階なのでどうなるかわかりません...

独自展開については、
・Gateの帝国名
・カルネ村 → テュカ達 エルフの集落
・ナザリックやコダ村などの位置関係
くらいが大きめの変化でしょうか

ということで、次も一週間以内に投稿できるようにしたいと思いますので、どうかお待ちください。<(_ _)>

4/29 炎竜 → 炎龍に変更しました。


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第2話「特地緒戦」(後編)

オーバーロード原作13巻発売記念!(一日遅れ)

というわけ、どうぞ。


転移門(ゲート)を通った先に、先程まで遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)で見ていた光景が広がっていたことに、モモンガは安心する。

 

一応、転移阻害対策の魔法も展開していたが、それがこの世界において必ずしも有効かどうかはわからなかったし、ユグドラシルでは奇襲戦法の一つとして、転移直後を狙われることもあったので警戒していたのだ。

 

今のところは、どうやらそれらの危険はないようだが、それでも周囲への注意は怠らない。

当然、目の前にいるドラゴンにも、背後にいるであろうエルフの二人に対しても、何か動きがあれば、即座に対応できるように目を光らせている。

 

しかし、両者共に、どういうことか、微動だにせず此方を見ていた。

エルフの二人組については、驚きと警戒から身体が動かないのかとも考えられるが、この場における上位者であろうドラゴンの方まで、モモンガから距離をとっているのは何故なのか。

 

思い当たるフシがあったモモンガは、すぐに自分の身体を見て、気づく。

知らず知らずのうち、対象を固定することなく、≪絶望のオーラ・Ⅰ≫を発動させていたことに。

 

(―――――し、しまった...!また同じことを...)

 

守護者と忠誠の儀を行った時のことを思い出して、また同じことをしてしまったと慌てて解除する。

目下の敵であるドラゴンに対して発動させておくのは良いとしても、一応は助けるつもりのエルフ達まで怯えさせてしまうのは流石に不味い。

 

心中の動揺を気取らせない為にも、眼前のドラゴンに意識を向け、観察してみる。

炎を吐いていたことや、その見た目の特徴を鑑みても、その姿はユグドラシルのモンスターである『炎の魔竜』に似ていた。

ただ、見たところ、その強さ...レベルに関しては異なるようだったが。

 

絶望のオーラを受けたドラゴンは、本能的な警戒心から、低く唸り声をあげて後ずさりしていた。

この世界の住人との一時接触としては少し問題があったかもしれないが、図らずも、この世界のモンスターのレベルを知ることができたという意味では、かなりの収穫だといえる。

 

「―――――さて、今のオーラで怯んだことで、お前のレベルがどの程度なのかは大体見当がついたな。それにしても、この世界の竜種というのは、実は見掛け倒しで大して強いわけではないのか?」

 

想定していた最悪の事態―――――この世界のモンスターや人種が、自分達よりも強者であるという可能性がなくなったことに安堵しつつ、ドラゴンを挑発してみる。

 

おそらく炎龍には、モモンガが何を言っているのか、言葉の意味を理解できていなかっただろう。

それでも、自分を挑発しているということだけは、鋭敏な感覚によって察することができた。

沸々と怒りが湧き上がってきたドラゴンは、全身を震わせると、強烈な感情が込められた咆哮を上げる。

 

圧倒的強者である自分に恐怖を与えたことと、同時に自分を侮っていること、それらの事実を認識して、最早、殺意を向ける相手はエルフ達から、モモンガへと変わっていた。

 

モモンガもそれを分かった上で、骨だけの右手を掲げて、掛かってこいと誘う。

 

その仕草を開始の合図と捉え、怒りの咆哮と共に炎竜は、尻尾をモモンガ目掛けて叩き付けた。

 

この時、炎龍は自身の持つ鋭利な牙による攻撃ではなく、尻尾による叩き付けを行ったのは、相手の特徴を知っているからこその選択だった。

スケルトンのようなアンデッドは、物理攻撃において、斬撃攻撃への耐性が強い代わりに、打撃系の攻撃が弱点となっているのだ。

そういった、他種族の情報などを蓄え、激情に支配されていても即座に適切な手段を選べる能力には、炎龍の持つ知性の高さが窺える。

 

尻尾を叩き付けられた接触面からは、火花が飛び散り、鈍い音が響く。

確かに直撃した、そう確信しそうになるが、どうしてか、炎龍には当たったとわかる感触がない。

 

それもその筈、打撃を正面から受けたモモンガには、傷一つ付いていなかったのだから。

 

≪上位物理無効化Ⅲ≫

魔力量の少ない武器や、およそレベル60以下のモンスターによる、一切の物理攻撃を無効化する常時発動型のスキルである。

 

ユグドラシルでは強力なモンスターだった竜種であるという点を考慮して、もしも無効化を貫通する威力の物理攻撃を受けた場合は、安全策をとって即座に転移の魔法でナザリックに撤退するつもりだったが、案の定の結果に終わった。

それも、尻尾を一度当てただけで追撃してこない様子を見るに、ドラゴン自身にとっても相当に自信のある攻撃だったのは間違いない。

 

「…どうした、お前の全力の攻撃とやらは、この程度なのか?」

 

何の痛痒も感じていない余裕に満ちた声を聴いて、炎龍は再び怒りを覚えそうになるが、一度冷静になって、己の認識を改めることにした。

自分に相対する存在、魔導師のような風体のアンデッド―――スケルトンは、強敵だと判断したのである。

 

ならば今度こそ、一切の加減をせず、己の全力で以て叩き潰してやろう、

そう決断して、腹の奥から有りっ丈の炎を集める。

超至近距離でかつ、上方から浴びせる高熱の火炎噴射。

回避不能なその攻撃によって、一撃のもとに焼き尽くす腹積もりだった。

そして、相手が次の行動に出るよりも早く、せり上がってきた炎を一気に吐き出す―――――――

 

直前。

 

ぐしゃり、と何かが砕けるような鈍い音をたてて、炎龍は地に倒れ伏した。

最初、一体自分の身に何が起こったのか理解できなかったが、朦朧とした意識の中、いつの間にか目の前に漆黒の騎士が佇んでいることに気がついた。

騎士は、巨大なバルディッシュを片手に、炎龍を見下ろしている。

頭部から感じる鈍痛から、炎龍は、突如現れた騎士に自分は頭を殴りつけられたのだと認識できた。

だからこそ、炎龍には解せない。

そもそも、頭の高さまで飛び上がって来ること自体が自身の全長を考えれば、尋常ならざることだ。

加えて、眼にも留まらぬ速度で打ち出された一撃。

弱い生物である、竜種以外の種族によって成し得ることとは思えなかった。

 

「...お前如き虫けらが、至高の御方を見下ろすとは、恥を知りなさい」

 

不快気に吐き捨てた騎士は、何の警戒もせずに背を向けると、己が主の元へと歩いていく。

 

「...申し訳ございません。少々準備に時間がかかってしまいました」

 

先程の見下し冷たく言い放った様子とは打って変わって、モモンガに対しては申し訳なさそうに謝罪の意思を示す。

 

「いや、問題ない。実に良いタイミングだ、アルベド」

 

ちらりと、自分の背後に転移門が展開されていることを確認したモモンガは、鷹揚に答える。

漆黒のスリムな全身鎧に身を包んだアルベドは、表情こそわからないものの、主人からの労いの言葉に身を震わせているようだ。

 

「ありがとうございます。それで―――――」

 

アルベドは一度そこで言葉を区切ると、モモンガの後方に視線を向ける。

それに連られて、モモンガも振り返ると、そこには呆気にとられた表情のエルフ二人が蹲っていた。

アルベドの意図するところを理解したモモンガは、一度頭を振って、ドラゴンの方に視線を戻す。

 

「目下の敵は、目の前にいるドラゴンだ。それ以外の者達については、此方に敵対的な行動や意思を示すようなことがない限りは、手を出さない様にせよ」

 

「畏まりました」

 

躊躇うことなく首肯して、アルベドも前方にバルディッシュを構え直す。

見れば、頭から血を流しながらも何とか這い上がってきたドラゴンの姿があった。

だが、その眼にはもう闘志は感じられない。

ただひたすらに、圧倒的な存在に対する混乱と恐怖に染まっていた。

 

このままでは殺される、一度態勢を立て直さなければ。

そうだ、自分は逃げるのではない。一度退いて、再戦の為に力を蓄える必要があるのだ。

そう、逃避という屈辱的な行動をとることに、何とか口実をつくって自分を納得させる。

 

炎龍は、残り少ない余力を振り絞って両翼を羽ばたかせ、同時に尻尾の遠心力も使って、身体の向きを90度反転させる。

丁度、モモンガ達に背を向ける格好となるが、当の炎龍はそんなことなど気にも留めず、一目散に空へと浮かび上がった。

 

「...何だ、もう逃げるつもりなのか?」

 

ドラゴンの行動を見ていたモモンガは。信じられないといった風に驚いた声をあげる。

 

「ふむ...それでは仕方ないな―――――<魔法最強化(マキシマイズマジック)龍雷(ドラゴン・ライトニング)>」

 

一瞬どうしようかと迷ったものの、このまま見逃すのも癪だと思い、空中に向けて魔法を発動させる。

魔法強化されたとはいえ、第5位階程度を選択したのは、ただ単純に、足止めすることが目的だったためだ。

ユグドラシルの魔法がどのように発動されるのかや、この世界での強さを確かめるのもその一つである。

モモンガには、この世界の竜種との戦闘で、その他にも色々と試したいことがあったのだ。

 

モモンガの肩口から生じた白い雷撃は、龍の如くのたうちながら荒れ狂う。

その一拍の後、宙へ逃げるドラゴンへと突きつけた指の先から、放電を発しながら雷閃が中空を駆け抜けた。

何かに遮られることもなく、一直線に背部に命中した魔法は、勢いそのままにドラゴンの肉体を貫通し、白い筋となり虚空へと消える。

鮮烈な一撃を受けた炎龍は、苦悶の叫びすら上げる間もなく、糸が切れたように頭から墜ちていく。

直後、地響きと共に、この世界における「自然災害」とまで畏れられた炎龍は、大地へと伏した。

 

「...ん?」

 

魔法の威力に納得し、万事、想定通りに事が進んでいると思いかけていたモモンガは、首を傾げる。

地面に縫い付けられたドラゴンが、暫く待っても起き上がってくる気配がない。

よく見ると、赤みがかっていた鱗はブスブスと黒焦げ、かなりの電量を帯電しているのか、身体のあちらこちらからは白い火花が散っている。

身じろぎもせず転がっているその身体からは、生気というものが感じ取れない。

 

(...え?まさか、今ので死んだのか!?)

 

声に出さずモモンガは驚愕する。

確かに、アルベドから頭部に強烈な一撃を浴びせられてはいたが、それでも強化された第5位階魔法程度で絶命するとは予測できていなかった。

 

「...弱いな」

 

我知らず、呟いたその言葉には、呆れと驚きが綯い交ぜになっていた。

 

だが、こうなってしまった以上は致し方ない。

転移門(ゲート)を開いて、アルベドにドラゴンの死体を持ち帰らせることにする。

ユグドラシルでのドラゴンは、非常に多くの素材、しかも普通には手に入らないような貴重なものをドロップするモンスターだった。

この世界のドラゴンも、恐らくは様々な用途に使えることだろう。

今回は一体しか手に入らなかったので、幾つかの実験に用いる為にも、有効に使わなければならない。

今後の使い道を考えて、モモンガはくくっと嗤う。

そうこうする内に転移門(ゲート)から戻ってきたアルベドから、死体の置き場所について第5階層でよかったかと確認を受けて、同意する。

 

大方の用事を済ませたモモンガ達は、それまで一切声も出さず、じっとしていたエルフの親子に、漸く声を掛けることにした。

そこでふと、この世界で重要な問題について考えていなかったことに思い至る。

 

(...そういえば、この世界で日本語が通じるのか?いや、そもそもこの世界の言語って何語なんだ?)

 

遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)は音声までは拾わないので、何を喋っているかもわからなかった。

モモンガの今の身体では、汗をかくことなどないのだが、冷や汗が流れたような気がした。

だが、アルベド、エルフ達の目がある以上、黙っているわけにもいかない。

ままよ、と覚悟を決めたモモンガは口を開いた。

 

「...さて、随分待たせてしまったな?」

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「――――さて、随分待たせてしまったな」

 

抑揚のない声で話しかけられたテュカは、その言葉に直ぐに反応することができなかった。

つい今しがたまで繰り広げられていた、余りにも信じられない様な出来事の連続に、未だ放心してしまっているのだ。

 

突如、目の前に出現した黒い靄から、姿を現した骸骨の魔導師。

その風貌も異様としかいえなかったが、それ以上にテュカ達を恐怖させたのは、その者から発せられる目に見えない圧力だった。

その威力は甚大で、テュカは息をすることさえ困難になる程の混乱に襲われ、かつて「十二英傑」と呼ばれた弓の名手である父ですら、その場で立ち竦み、一歩も動けなくなってしまった程なのだ。

正直なところ、そういった状況に置かれていたせいで、その後の炎龍との戦いを、一から十まで全て見届けることはできなかった。

それでも、魔導師と女性と思われる黒騎士の力が炎竜を上回っているということは、成す術なく殺され何処かへ運ばれていく炎竜を見て、何とか理解できた。

そして、彼らに逆らうということは、自分達にとっては死に直結するということも。

 

『...弱いな』

 

テュカは、逃走する炎竜を撃ち落とした後の、あの言葉を思い出す度に、全身の肌が泡立つのを感じる。

怖い。

ただ只管に、純粋に、恐怖していた。

確かに骸骨の顔をしていたということも、テュカ達を動揺させはしたが、なまじアンデッドという種族について詳しく知らなかったし、話の通じる相手であるということから、その点において強い恐怖を抱くことはなかった。

本当に恐ろしかったのは、魔導師の持つ考えの方である。

何故、炎龍を前にしてあれ程の余裕を持って、発言することができるのか。

とても、自分には理解の及ばない領域に立っているとしか考えられない。

 

確かに、形だけ見れば自分達を助けに来てくれたと見ることもできるが、彼らがそのことについてまだ何も言及していない以上、断定するのは早計が過ぎる。

彼らの目的が、必ずしも自分達を助けることではなかったとしたら、場合によってはこれからの行動次第で自分と父の運命が決まるかもしれない。

放心状態から、次にその考えに行き着いてしまうと、下手なことを言えない上に、何を言えばいいのかわからなくなってしまう。

 

魔導師は、返答がないことを詰問しようとした騎士を片手で制すると再び言葉を発する。

 

「...返答がない、というのは少し寂しいものだな」

 

魔導師の言葉には、特に強い怒りの感情は見えず、先程と同じく抑揚のない平坦なものだった。

その一方で、彼の背後に佇む黒騎士からの無言の圧力は、より一層強くなったように感じる。

相変わらず此方からの応答がないことに痺れを切らしたのか、背後の圧力など介してないような雰囲気の魔導師は、ゆっくりとテュカ達に歩み寄ってきた。

 

「ひっ...!」

 

テュカはその動きを見て、一気に逃げ出したいという欲望に駆られそうになるが、逃げればどうなるかと考えて、何とか踏み止まる。

父、ホドリューはそんな娘の心情を案じてか、自分も相当の恐怖に晒されているだろうに、前に出てテュカを庇うような位置を取った。

そこで魔導師は何かに気づいたように立ち止まり、父の方に視線を移す。

 

「うん?火傷をしているのか?」

 

魔導師は、ホドリューの焼け爛れた右腕を見て、少し驚いているように見えた。

二人は、何故この魔導師がそのことを気にしているのかわからなかったが、次に取った行動には更に混乱することになる。

 

「そうだな...では、これを使うといい」

 

そう言って投げて寄越してきたのは、一本の水薬(ポーション)だった。

テュカがすぐにそれとわかったのは、父が街に行った時に買ってきたものを見せてもらったことがあったためだ。

当然、高価なものであるということは知っているが、テュカが最も驚いたのは、その水薬(ポーション)が赤かったことである。

テュカが知っている水薬(ポーション)とは、透き通るような水色をしていたが、魔導師が渡してきたものは、まるで血のような真紅の色に染まっていた。

水薬(ポーション)を詰めた瓶に施された意匠も、自分が見たものとは比べ物にならない程に精緻で美しく、その道の素人であっても、一目見て高級品だということがわかる。

では、そんなものを事も無げに寄越してきたこの魔導師とは、一体何者だというのか?

多くの時を生き、見てきたホドリューにも、勿論テュカにも、見当がつかなかった。

 

「どうした、早く飲まないのか?」

 

「こ、このような水薬(ポーション)を頂いても大丈夫なのですか!?」

 

水薬(ポーション)を持ったまま固まっていたホドリューは、魔導師から話し掛けられて、弾かれたように慌てて応答した。

それが、目の前の魔導師に対して初めて口にした言葉だったのだが、言葉の裏には「この薬は本当に水薬(ポーション)なのか」、そして「このまま使っても自分達には支払えるものがない」ことを含んだものだった。

 

「...ん?あぁ、勿論、問題などないとも」

 

一瞬首を傾げるような素振りを見せるが、ホドリューの意図を察したであろう魔導師は、特に逡巡することもなく快諾した。

確認を取ったホドリューは、それでも恐る恐る蓋を開けて、まず匂いを嗅ぐ。

途端、微かに香ってきたのは爽やかな果実水にも似た香りだった。

ホドリューは、以前使ったことのある水薬(ポーション)との違いに、別の意味で驚きつつも、今度は躊躇することなく一気に飲み干す。

喉の奥に流れ込んでいく程よい甘さの後、身体の奥から何か生命力のようなものが、湧いて来るのがわかった。

気づけば右腕は、ジクジクとした痛みが消えて、火傷跡一つもない元の状態になっていた。

 

「うむ、元に戻ったようだな。これで大丈夫かな?」

 

「あ、ありがとうございます!炎竜から助けてもらった上に、こんな水薬(ポーション)まで、何とお礼をすればよいのか...」

 

「何、気にすることはない。まぁ私からの好意だとでも思ってくれ」

 

魔導師は「この世界でも――――」「――――使える」などと小さな声で呟いていたが、自分達に話し掛けているようでもなかったので、何も言わないことにする。

じっと見ていると、視線に気がついた魔導師は思案するのを中断して、此方に向き直った。

 

「あぁ、悪いな。少し考え込んでしまったようだ...それで、一つ君達に訊きたいことがあるのだが、問題ないかな?」

 

テュカとホドリューは顔を見合わせてから、どんな質問がされるのかと不安に思いつつ頷く。

 

「うむ。では、君達は魔法というものを知っているか?」

 

「...魔法、ですか。位階魔法のことを仰っているのであれば、私達は使えませんが...」

 

魔導師は「位階魔法」と言ったときにピクリと反応したが、何かを言いたそうにも見えなかったので、そのまま言葉を続ける。

さらに、自分達はエルフの中でも精霊種なので、精霊魔法は使えると言うと「ほう」と魔導師は関心ありげな素振りを見せた。

 

「魔法について知っているのなら話は早いな、私は魔術詠唱者(マジックキャスター)でね、この集落がドラゴンに襲われていると知って来たのだよ」

 

魔導師ではなく、魔法詠唱者(マジックキャスター)と名乗ったことにホドリューは一瞬違和感を覚えたが、そういえば「東」の大陸では魔法を扱う者をそんな風に呼んでいると聞いたことがあった。

それより最も重要だったのは、彼らの目的がどうやら自分達の救出であるとわかったことだ。

 

「わかりました。炎竜は去りましたが、私たちは今から皆の救助に向かいたいと思います。ただ――――――」

 

「―――――無論、我々も手を貸そう。元より、此処にはそのために来たのだから」

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)が即座に返答してくれたことに、ホドリューはほっと胸を撫で下ろす。

髑髏の顔面を持った異様な存在に、最初、自分達はどうされてしまうのかと恐れていたものの、話をしてみれば実際にはとても寛大な人物であるようだ。

そこで、ふとホドリューはまだ大事な事を聞いていなかったと気がつく。

余りの出来事の連続で、こんな大切なことを尋ねるという余裕さえなくなっていたということなのだろう。

 

「あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「ん?何かな」

 

これから集落に向かおうとしていた魔導師は、ゆっくりと振り返る。

 

「まだ、貴方のお名前を伺っていなかったので、お聞きしたいのですが――――」

 

ホドリューの質問に、魔法詠唱者(マジックキャスター)は立ち止まって考え込む。

少しの間を置いてから、口を開いた。

 

「では、我が名を知るがよい。我こそが―――――――」

 

 

 

貴方の名前は何か。

モモンガはその質問にどう答えるべきか、迷っていた。

ここは素直にそのまま、「モモンガ」と名乗るのがいいだろうか。

 

いや、違うのではないか。

それでは、と考える。

この世界での自分の目的は、一体何なのか。

そう考えると、自ずと答えは決まっていた。

そして、この世界で自分が名乗るべき名も、

 

視線を落とすと、何時の間にかエルフだけでなく、アルベドも自分の言葉を待っていた。

 

僅かに頷いたモモンガは、己の覚悟と矜持を懸けて、その名を宣言する。

 

 

「我こそが―――――――アインズ・ウール・ゴウンである!」

 

 




はい、というわけで第2話終了です。
オバロお約束の現地の人々との一時接触、どうだったでしょうか?
あと、今後についてなのですが、取り敢えず今のところは一週間で1話以上を目安にしていきたいと思います。

それでは次回、第3話「超越者との邂逅」をお待ちください!

遂にあの二人が出会うか...?

4/29 炎竜 → 炎龍に変更しました。


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第3話「超越者との邂逅」(前編)

前回のあらすじ
モモンガ様がアインズ様に進化しました。

ということで、どうぞ。


その夜、コアンの森には静かな雨が降っていた。

 

夜雨は、炎龍の襲撃によって焼け落ちたハイエルフの集落に留まり続けている。

しかも、上空に雨雲はない。

何もないところから、シャワーのように雨が降り注いでいるのだ。

明らかに自然に起こる現象ではない。

 

<降雨(ザ・レイン)>

文字通り、一定時間、指定のフィールドに雨を降らせるエフェクトを付与する、天候を操作する魔法の一つだ。

第6位階魔法により大規模な天候の変化が可能な、<天候操作(コントロール・ウェザー)>があるが、この魔法は雲のみを操作できる<雲操作(コントロール・クラウド)>と同じ第4位階に属している。

ユグドラシルでは、炎熱系の追加ダメージを与えてくる特殊フィールドへの対策や、MP消費が少ない為に<大治癒(ヒール)>の代わりとして火傷ダメージの軽減・回復に用いられることが多かった。

 

アインズは集落が消火されていく様を見ながら、ゲーム以外の世界ではこのような使い方もできるのかと、と新たな発見を喜んでいた。

恐らくこの魔法のように、ユグドラシルとは異なる使い方、効果をもたらす位階魔法は多くあることだろう。

今後、実戦を中心に検証を重ねていく必要がある。

 

「...凄い、ですね」

 

「うむ?そうか?」

 

そんなことを考えていると、呆気にとられながら空を見上げていたホドリューが話しかけてきた。

既に、ドラゴンから助けた二人の名は聞いている。

推測通りあの二人は親子であり、父の方がホドリュー、娘の方がテュカという。

二人はアインズ達と集落に戻って救助を行っていたが、やはり手が足りず、アインズがスケルトン数体を召喚して補佐に当たらせている。

アインズはその間、<降雨>を発動させて集落の延焼を防ぎ、鎮火も同時に行った。

その中、救助されたエルフの中で、意識がはっきりしていた者が救助していたスケルトンの姿を見てパニックになることがあったが、ホドリュー自ら安全を知らせて回ったことで大事にならずに済んでいた。

因みに、現在アインズは「嫉妬マスク」というユグドラシルで曰く付きの仮面のアイテムで顔を覆っている。

開いていたローブの前も上までしっかり閉じ、両腕にはガントレットを装着していた。

どうやら、ユグドラシルとは違いこの世界ではアンデッドは珍しい上に危険な存在として認識されているらしく、ホドリューにそのままの恰好で集落を歩くと、混乱を招くかもしれないと言われたからだ。

確かにそう言われてみれば、ホドリューとテュカが最初怯えていたのは、この姿をしていたからなのだろうと思い当たって納得した。

既にその二人には自分の正体がアンデッドであるいうことは露見しているが、よくよく考えてみるとこの世界でのアンデッドがどのような存在なのかもわからない内に、素顔を晒して出てきたのは拙かったかもしれない。

今になって若干自分の早計を後悔するが、二人はそのことは内密にしておくと言っていたし、もしも何らかの形でその情報が他のエルフに広まることになっても、大きな問題に発展する前に事を終わらせればいいだけ、と考えてその問題については棚上げしておく。

 

「やはり、位階魔法というのは色々なことができるのですね...地の魔法にもこういったものはないでしょうし」

 

「地の魔法?」

 

アインズは聞き慣れない単語を耳にして、ホドリューに興味ありげに尋ねる。

ホドリューは、アインズが何を言っているのわからないといった顔をしかけたが、すぐに「あぁ」と頷く。

 

「そういえば、つい最近まで人里から離れた奥地で魔法の研究をしていたと仰っていましたね」

 

「…ああ、その通り。それに恥ずかしながら、奥地から外に出たこともほとんどなかったのでね。こうして世間のことに疎くなってしまったのだよ」

 

全くの嘘八百だが、そうとでも言っておかなければ、何故この世界の常識についてあれこれ尋ねてくるのかと不信感を抱かれかねない。

かなり強引な理屈だったが、ホドリュー達は納得しているようだった。

それにしても、異様な「嫉妬マスク」を被っていても特に不審がられないことといい、この世界の魔法詠唱者というのは一体どのような存在なのか、少しばかり気にかかるところではある。

 

「それでも、地の魔法について全くご存じないのは意外でした。いや、その、誤解はしないでほしいのですが、高位の位階魔法を操られる方が知らないのは少し変わっているなと思ってしまっただけで…」

 

慌てた様子で弁明されるが、そんなことよりもアインズは別の疑問が湧いてきて、更に質問した。

 

「先程の魔法が位階魔法であるとわかったのもそうだが、君の言う地の魔法とはかなり異なる系統なのかな?」

 

そもそも位階魔法がなぜこの世界で使われているのか、誰が人々に教えたのかなどといった核心を突く疑問は、下手な言い方をすると余計な詮索をされるかもしれないので、今はまだ聞いていない。

 

「ええ、全く別の魔法ですね。地の魔法は元々最初からこの世界に根付いていた魔法です。この世界の神々と大地、自然からの恩恵によって得られる力とも考えられていますね。一方で、位階魔法は500年程前、外界から伝わってきたもので、詳しくは歴史の話にもなるのですが―――――おっと」

 

それ以上言う前に、ホドリューは一度話を切り上げた。

見れば、アインズの後ろからスケルトンやテュカなど比較的怪我の少ない者らによって、負傷したエルフ達が運ばれてくるところだった。

ホドリューは行かなくてもよいのかと聞いた時は、集落を救ってくれた恩人を手持無沙汰にさせておくわけにもいかなかったから、と言われてしまい面食らったものだ。

同行していたアルベドは、ホドリューとアインズが話している間、身動き一つせずに静かに控えていた。

 

「ゴウン殿、すいませんが、この話は後ほどにさせていただいてもいいでしょうか?仲間の治療を行いたいと思うのですが...」

 

「勿論だ。私も微力だが、手を貸そう」

 

怪我人を集めた後は、偶然焼け落ちていなかった家や被害の少ない場所を使って簡易治療室とし、精霊魔法での治癒や重傷者にはアインズからポーションを渡すことで対処していく。

そこでも、高価な回復アイテムであるポーションを何本も用意しているアインズに、またしてもホドリュー達は驚愕させられる。

そういったアインズの協力もあって治療は滞りなく進み、取り敢えずのところ、事態は一定の終息を迎えたといえるようになった。

その頃になると既に日も跨ぎ、夜も半ばを過ぎている頃合いである。

アインズはアンデッドの種族特性として肉体疲労は感じないものの、眼に見えない精神的な疲労が溜まっていることを実感していた。

会社員だった頃から知っていたことだが、長時間に渡って外部の人々と遣り取りするのは、本当に神経をすり減らす作業だ。

空き家の一つに案内されたアインズは、自分の為に用意された椅子に深々と腰を下ろす。

アルベドは、エルフ達から椅子に座るよう勧められても無言で拒否しアインズの背後に立っていた。

前には、大木を切り出して造られた丸机が置かれ、向かい側には木組みの椅子が数個用意されている。

この場所で、これからアインズとエルフの代表者たち――――おそらくはホドリューらと今回の一件についての話し合いを行うことになっていた。

もう夜中だし日を改めてもいいと思っていたのだが、彼らの方から強く請われてしまったので、アインズもそれに従うようにしている。

もしかすると、有り得ないとは思うが――――またドラゴンが襲いに来るのではないかという恐怖から、アインズには集落に留まってほしいと思っていたのかもしれない。

暫くすると、入り口からホドリューとテュカ、それと二人若い男女のエルフが姿を見せた。

 

「ゴウン殿、お待たせして申し訳ない。此方で少々人選に手間取ってしまいました」

 

「いや、気にすることはない。それより、早速始めようではないか」

 

アインズが鷹揚に返事をすると、席に着いたホドリューらが頷いて、話し合いが始まった。

まず最初に、炎龍を討伐し集落の救助に尽力してくれたことに対して何度も感謝の言葉を伝えられた。

そこから、今回のアインズへの感謝の印として、どのような報酬を用意すればよいかという話に移る。

ただ、龍に集落の財産や食料なども一緒くたに焼かれてしまっている時点で、満足な報酬を用意することなど不可能に近い。

それに、たとえそれらの品々が残っていたとしても、正直アインズにとってそこまで価値のあるものかはわからなかった。

幸い幾ばくかの金銭は焼かれずに残っていたが、これからの集落のことを考えると、それらを引き渡してしまうと復興は絶望的といえる状況になるだろう。

つまり、物品を渡すことは難しいのだ。

その辺りのことをとても遠回しに、アインズの方を伺いながら慎重に説明されるが、別にアインズの方も残り少ない財産を搾り上げてやろうなどとは考えていなかった。

そんなことをして集落のエルフが滅んだら、わざわざ手ずから自分が助けた意味がなくなってしまう。

ただ、この世界の通貨についてはいずれ入手する必要があったので、その当たりのことは、ナザリックからの支援物資を売るという形であれば、問題ないと考えてはいるのだが。

そのため、報酬については、アインズが予てから用意しておいた提案を出した。

物品ではなく、この世界についての情報である。

最初は若い二人のエルフが困惑した表情を浮かべていたが、ホドリューから、アインズの事情について説明を受けて納得した。

だが、本当にそんなことでよいのかと聞かれたので、考えていたもう一つの提案も出してみる。

 

「小屋・・・ですか?」

 

ホドリューに尋ね返されて、アインズは首肯した。

提案の内容は、集落の復興に力を貸すのでそのついでに集落の外れに自分たちの仲間が出入りできるような小屋ないし家を設置させてほしいというものだ。

出来るだけ早い内に、この世界で大墳墓以外のナザリックの拠点を設置する必要があると考えていたので、そのモデルケースとして使いたかった。

情報収集を行う際なども、この世界の住人との接点となる場所として概ね良好な関係を築けたであろうこの集落は最適だと感じていた。

提案を聞いた4人は少しの間考え込んでいたが、ホドリューが了解したことで他の3人からも反対の声は上がらなかった。

報酬については今のところ以上で問題ないと伝えたが、「もしかすると追加で協力してもらうこともあるかもしれない」とも含みを持たせておく。

どんなことを要求されるか不安そうにしていた者には、無理なら遠慮なく言ってくれて構わないと安心させる。

他にも、これからのことで何がしか不安な点があったりしないかと相談に乗り、それら一つ一つに対応していった。

鈴木悟が会社の営業として働いていたとき、こういった細やかな気配りが相手からの印象を良くすると学んでいたのだ。

アインズは自分の営業のスキルが活かされたことに満足しつつも、次の話を進める。

報酬の一つ目。この世界についての情報だ。

まず基本的な一般常識から始まり、使用されている金銭、社会通念や生活文化、そして自分たちが今いる大陸の名称が「ファルマート大陸」であるということ。

大陸を支配する最も巨大な覇権国家である「ロムルス帝国」という人間の国家についても知っている限りのことを聞いた。

さらに、この東にはもう一つほぼ同等の巨大な大陸があり、その大陸は「オーステン大陸」と呼ばれているらしい。

世界を旅していたというホドリューもその大陸には行ったことがなく、あまり詳しいことはわからないと言われた。

アインズはそういった話を聞いて、やはりこの世界がユグドラシルの地名等とは関係がないことを実感する。

次いで、大陸や帝国の歴史についても聞くと、そこでは興味深い話があった。

史書によると、帝国の前身は600年前からヒト種の国家として成立したようだが、その頃はまだ小国で周囲には他の小国が幾つも点在していた。

それだけではなく、その頃は今よりも凶暴な亜人族やモンスターが多く蔓延っており、古代龍も多く生息していた為に、常に争いが絶えなかったという。

そこで、国力を高める為に周辺の小国に対して戦争を仕掛けて版図を拡大し、軍国主義的な方針を強めると、元来の共和制から一貫した政策をとれる帝政へと移行、その時期に「帝国」という国名に正式に変更。

中央集権体制と高い軍事力によって影響力を広げることに成功すると、敵対していた亜人やモンスターへの反撃を開始、最終的には多くの犠牲を払いつつも、今日の大陸における覇権国家を確立するに至る。

敵対する亜人連合軍との戦いに勝利した後は、国家成立時に受けた被害への報復、次いで国内の結束力を高める目的で、支配した亜人を差別対象として低い地位に置くなどの強権的な政策を施行している。

その一方で、ヒト種至上主義を掲げて国民の団結を図っている。

しかし、とそこでホドリューは話を区切った。

 

「亜人やモンスターとの全面戦争に勝利できた最大の要因は、大陸の外からやって来たのですが…この話については、帝国の史書には記されていません」

 

一度息を深く吸い込んだホドリューは、その単語を口にした。

 

『八欲王』

 

自分が生まれる以前のことで、今は亡き父から伝え聞いた話であると前置きして、話し始める。

 

500年前、オーステン大陸に突如として現れた八人の超越者達は、強大な力によって大陸全土を震撼させ、亜人種やモンスター、ドラゴンを次々に刈っていった。

彼らの素性は謎が多く、何処から来たかも判明しておらず、その姿も伝承によって異なり定かではない。

その最期についても、同様に仲間内での抗争の末の全滅であるとか、オーステン大陸の竜王と呼ばれる原初の存在達が手を組んで滅ぼしたとも、様々に語り伝えられている。

 

重要なのは、彼らはオーステン大陸のみに止まることなく、ファルマート大陸にも手を伸ばしたということだ。

八欲王がオーステン大陸のときと同じく、圧倒的な力で亜人やモンスター、古代龍を蹂躙していくことで、帝国は弱体化した亜人連合軍にも勝利することができたのだ。

それに、八欲王はヒト種には危害を加えなかったため、正に帝国にとっては救世主のような存在だったことだろう。

逆に、ファルマートの地に住まう神々はその強大さに危機感を抱き、自らの加護を与えた亜神を引き連れて対決したことがあった。

その結果は凄惨なもので、互いに多くの傷を負う、果ての見えない戦いとなったという。

最終的には、神々と八欲王との間で何らかの取引(・・・・・・)が行われたのか、それ以降神々が手を出すことはなくなり、八欲王らも関わろうとはしなかった。

その後は、時が経つに連れて八欲王は少しずつファルマートから後退していき、オーステンへと戻っていったといわれている。

 

「その頃に伝えられたのが、位階魔法と様々なマジックアイテムの存在です。といっても本格的に伝わってきたのは、オーステン大陸からのようですが」

 

ホドリューの一連の話を聞いていたアインズは、成程と頷く。

この世界になぜ、位階魔法が伝わったのか理解できた。

ほぼ間違いなく、八欲王はユグドラシルのプレイヤーだろう。

自分以外にもこの世界に転移してきたプレイヤーがいたということに、アインズは驚き、そして、微かな高揚感を覚えていた。

 

もしかすると――――可能性は低いかもしれないが―――――

 

アインズは心の中で、今後自分がどのように行動していくかを考えていると、ホドリューから視線を向けられていたことに気づく。

 

「あぁ、すまない。少しばかり考えに耽ってしまったようだ...それで、先程君が私の使った魔法が位階魔法であると言ったのは――――」

 

「えぇ、証拠があるわけではないですが、あのような魔法もあるということを聞いたことがありましたので」

 

「では、地の魔法と位階魔法は効果にも差があるかな?」

 

「はい。位階魔法は戦闘に特化した魔法が多くその効果も大きいのですが、代わりに魔力を大量に消費しますし、どれだけの位階の魔法を使えるかは才能に依存するところが大きく、努力や研鑽によって技術を向上させることが困難なのです。それに、位階魔法は『完成された』魔法とも称されることがあるのですが、これは人が創意工夫によって手を加える余地が少なく、新しい魔法を開発することが難しいが故であるといわれています....勿論、全く手を付けられないという訳ではありませんが、それが出来るのも結局のところ、才に秀でた極少数の者のみです」

 

それを聞いていたアインズは思う。

ユグドラシルの魔法はゲームの設定で作られたものなのだから、それは当然といえば当然なのだが、その事実を知らない人々の捉え方がこのようになるとは、中々面白い。

 

「成程、では地の魔法はそれとは逆、といったところなのかな?」

 

矢継ぎ早なアインズの質問にも、ホドリューは丁寧に返答していく。

 

「そうですね。まず、地の魔法には位階という区分けはありません。代わりに幾つかの流派が存在していて、精霊魔法もその一つです。また、大きな違いとして大地や神の恩恵によって、魔力の消費が少ないことも挙げられます。ただ、その結果得られる効果も少なくなっていきますし、戦闘に特化しているわけではないので、攻撃手段はそれ程多彩ではないんです。ですので、自分で様々な魔法を組み合わせて新魔法を生み出すことで、位階魔法のような攻撃手段を得ることができるとか…」

 

両者の違いについて、分かり易く説明したホドリューの聡明さに感心しつつ、アインズは更なる質問を繰り出す。

 

「そういえば、帝国は軍事力を背景とした国家戦略だといっていたが、魔法を軍に取り入れることなどはしていないのか?」

 

それまで流暢に質問に答えていたホドリューが急に目を丸くした。

 

「魔法を...軍に、ですか?」

 

何か可笑しな質問だっただろうかとアインズは疑問に思いつつ、「そうだ」と返されたホドリューは話の中では初めて歯切れが悪そうにしていた。

 

「いえ、過去にそういった試みがなかったとは言い切れませんし...それに、確かに位階魔法であれば取り入れる価値もあったかもしれませんが、そもそも使える人の数もそこまで多くありませんし、それなりの待遇でなければ雇えないと思いますよ。地の魔法でも、高位であれば当てにできるでしょうが、やはり前者と似通った問題があるので、難しいかと。ですが最も大きい問題は、一般の人間と違って魔法は個人の特殊な能力として考えられることが普通なので――――」

 

「―――軍のように、統制を重んじる組織では突出した個は場を乱す可能性もある、ということか」

 

後を受けたアインズの言葉に、ホドリューもその通りですという顔で応える。

 

「突出しているのが戦士であれば、むしろ士気の向上にもなったかもしれませんが。まぁ、そういった事情から軍事力としては考えられていないです。むしろ、研究対象として見られることが多いので、一般の人間からすると『学問』の一つと見なされているでしょうね。実際、帝都の方にはロンデルという魔法都市があると聞いたことがあります。何でも、日夜魔法の探求・開発に明け暮れる魔導師が多くいるとか」

 

ほう、と更に面白そうな話題にアインズは首を突っ込みたくなるが、余り話し込んでいると本筋から脱線していきそうな気がするので、今は頭の片隅に置いておく。

この世界についての凡その知識を得られたことで、次にこの世界の構図について質問することにした。

地図のようなものがないかと訊くと、案の定焼失してしまって手元にはないという。

それでも、物覚えのいいホドリューが、残っていた羊皮紙にファルマート大陸の大体の縮図を書いてくれた。

次々に地名などの手が加えられていく紙に目を落としていたアインズは、書き込まれた文字の中に気になるものを見つける。

 

「...首狩り兎の草原?」

 

地図の中、ある一帯に書かれた文字を指さす。

以前、セバスにナザリックの周辺を調査させたとき、周囲を草原に囲まれていたという報告があった。

最初に書き込まれたエルフの集落との位置関係を見ても、ナザリックがある場所と関係があるように思われる。

 

「...ヴォーリアバニー、ですか?」

 

書き込んでいたホドリューが手を止めて応対する。

既にほとんどの場所に記載を終えているのか、地図には多くの地名、地形が書き込まれていた。

 

「ふむ、ヴォーリアバニーというのか。その種族は亜人なのか?」

 

「そう、ですね。ただ、少し複雑なのですが、獣の亜人とヒト種との間に生まれた子らで、より身体的特徴が人間に近い者たちが集まって一つの種族になったといわれる『獣人』に当たると思います」

 

「そうか。では、彼らは今もこの草原で生活を営んでいるということか?」

 

特に深い考えがあったわけでもなかったのだが、その質問をされたとき、ホドリューの顔に少し翳りが差したように見えた。

また何か拙いことでも言ってしまったかと心配になったが、ホドリューは間をおいてから説明し始める。

 

「・・・彼ら、いえ、彼女たちは一年程前、帝国の皇太子が率いた軍の奴隷狩りに遭い、敗北しました。捕まらずに済んだ者も、遠くの地に逃げ延びたと聞いています。ですので、おそらくその一帯には新しい種族が移ってきていない限り、何者も住んでいないと思われます」

 

彼女たち、と言い直した意図がよくわからなかったが、とにかく帝国の軍と戦い、敗れたことで今は草原地帯にはいないということだ。

他の亜人が来ている可能性も、ホドリューらのように軍が派遣されたことを知っていれば、まず近づこうとはしないだろう。

本当は、ナザリック周辺の地理を確認するためにも誰かいた方が都合はいいのかもしれないが、その場合でも対処する方法はある。

後は、この地図にある山脈や目印になりそうな地形を頼りに調査すれば、大墳墓の正確な位置を特定できるだろう。

彼らが虚偽の情報を流している、ということは想定していない。

もしそんなことがアインズに露見すれば、どうなるかは目に見えているのだから。

一瞬、そんなことを考えた自分が怖くなったが、短い時間でもホドリューという男が愚かなことをする性格だとは思えなかったので、心配はいらない筈だ。

 

また最後に、アインズ達がこの世界の事情に疎いことなど、その他諸々で、外部に知られると不味いことは口外しないでほしいと付け加えるのを忘れなかった。

 

長い話し合いを終えて、アインズは家の外に目を向ける。

どれだけの間話し合っていたのだろうか、夜半だった空にはもう太陽が昇り始めており、徐々に明るくなってきていた。

元々は単なる気の迷いで介入した一件だったが、長時間働き詰めた疲労感よりも、予測していた以上の成果を得られたことによる高揚感の方が勝っていた。

飛び込み営業が上手く行ったときのような驚きと達成感に似たものを味わっていると、向かいのホドリューの顔色がまだ沈んでいるのが見えた。

アインズは純粋に、とうして別の種族の話でここまで落ち込んでいるのだろうかと不思議に思ったが、この世界では別の種族同士であっても親しい関係になることがあるのだろうか。

そう考えると、確かに落ち込む理由にも納得がいく。

彼はアインズにとって、この世界で最初に友好関係を築けた人物でもあるし、ここは何か気の利いたことを言って励ました方がいいだろうと思い、声をかけようとした。

 

「し、失礼します!今宜しいでしょうか?」

 

何か言おうと口を開きかけたタイミングで、外から慌てた様子で青年のエルフが部屋に飛び込んで来た。

見たところ緊急の用件のようだったので、先に言おうとしていた言葉は飲み込んだ。

許可を得て入ってきた伝令が言うところによると、「ホドリューに代わって集落周辺の警戒に出ていた者が、朝になった頃を見計らったかのように、集落に接近してくる者たちを見つけた」という内容だった。

どんな姿をしていたかという問いに対しては「よくわからない馬車か何かだった」という此方にもよくわからない答えが返ってきた。

要領を得ないので実際に目にした者に話を聞くと、馬車のような箱なのに、それを引く動物はおらず一人でに動き、その全体は濃い緑色で、森に溶け込むような色彩であったという。

それが合計三つ、集落を目指して進行してきていた。

言うまでもなく、地を走っている段階でドラゴンではないし、モンスターという線も有り得ない。

 

では、一体何だというのか?

既に極大の恐怖を味わっているエルフ達は、再び救いを求めるようにアインズを見てくる。

その中で、やはりホドリューが口を開いた。

 

「私が、集落を代表して様子を見に行こうと思う。もし、敵対的な行動を取る者であったときは――――」

 

「言わなくてもわかる。私もついていくとしよう」

 

「…有難う、ございます」

 

ずっと待機していたアルベドには、自分から少し離れた距離でついてくるように指示する。

 

何度目かわからない感謝の意を示すホドリューと共に、アインズは集落の入り口へと向かった。

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

「...さっきのアレ、何だったんですかね?」

 

つい今しがた目の前で繰り広げられていた光景を見ていた一同の中で、一番最初に口を開いたのは三等陸曹の倉田武雄だった。

その掠れた声からは、衝撃的なモノを目にして呆気にとられている心情が手に取るようにわかる。

事実、隊長の伊丹も似たような心境なのだから。

 

 

陸上自衛隊が特地に本格派遣されてから約一週間が経過していた。

当初は、特地の人々にとっての聖地であるというアルヌスを奪還しようと大挙して押し寄せていた諸王国軍も、度重なる自衛隊の迎撃を受けて遂に敗走を余儀なくされた。

アルヌスへの特攻にも近い攻撃がなくなったことを慎重に見極めた上で、陸自幹部は状況調査の為に帝国各地へ偵察部隊を送り込むことを決定する。

その中で、銀座の英雄と呼ばれた伊丹耀司は第3偵察隊の隊長に任ぜられていた。

部隊は特地北東部に向かい、その先でコダ村というヒト種の村落などを発見。

拙い特地語で何とか意思疎通を図るなど、ある程度順調に任務をこなしてきたのだが、コアンの森近郊において、探索中最も危険な対象に出くわしてしまう。

 

夕日が沈んでゆく頃合いだったので、最初は森の手前で野営を張ろうとしていたものの、森の奥から黒々とした煙が立ち上っているのを発見し、緊急事態だと把握。

森の内部を観察するのに見晴らしの良さそうな場所まで移動すると、すぐに火事の原因は特定できた。

 

特地甲種害獣、通称「ドラゴン」

ファンタジーの世界にしか出てこないと思っていた姿そのままに、圧倒的な暴力を振るう様を見れば、特地の人々が「自然災害」に喩えることも大いに納得できる。

遠方から双眼鏡で観察し様子を伺っていると、ドラゴンが何かを追いかけるように低空飛行した。

動きを観察している間、時折繰り返されるそれらの動作は、何かを追っているようにも見え、伊丹はハッとする。

 

「...あのドラゴンさ、何もない只の森を焼き討ちする習性があると思う?」

 

「ドラゴンの習性に関心がお有りなら、隊長ご自身が今すぐ追いかけてはいかがですか?」

 

第3偵察部隊に所属する女性自衛官二人の内の一人、二等陸曹の栗林志乃は若干呆れたような口調で冗談を投げかける。

栗林は、調査中に繰り返されていた隊長の奇行を目にしていたせいで、伊丹の声色がそれまでとは異なることに気づいていなかった。

 

「そうじゃなくて、先のコダ村で聞いただろ?あの森には集落があるって」

 

そこまで言われて、栗林を含めた各員はようやく状況を飲み込めた。

倉田は、小さく「やべぇ」と漏らす。

 

「野営は後回しだ、移動準備を――――」

 

しかし、伊丹が指示を出し終える前に、凄まじい咆哮と何かが衝突したような轟音が鳴り響いた。

その音を耳にして、全員が凍り付いたように固まってしまう。

すぐには、その場からは何が起こったのかわからなかった。

間を置かず、状況を掴もうとする冷静さが戻ってくるタイミングで、今度はそこまで大きくない衝突音が風に乗って聞こえてくる。

だが、ドラゴンがいた距離からここまで届いた音だとすると、実際にはどれだけの衝撃だったか容易に想像がつく。

行動を開始しようとしていた偵察隊各員は、予想外の事態の連続により、どのような行動を起こすのが適切なのか測りかねていた。

伊丹も今すぐに何か行動するよりも、まずは様子を見た方がいいという結論に達して固唾をのんで状況を見守る。

そんな束の間の静寂は、突如木々を突き破って姿を現したドラゴンによって破られた。

森の中でどのような事態が起こっていたのかはわからないが、ドラゴンが懸命に両翼を羽ばたかせている姿は、何かから逃げようとしているようにも見える。

そして、その予測は当たっていた。

逃げていくドラゴンの背中に、地上から白い何かが放たれる。

中空を迸った閃光は、避ける間もなくドラゴンに命中し、貫く。

回避不能の一撃を受けたドラゴンは、そのまま垂直に落下していき、遠く離れた此方にまで、地響きが伝わってきた。

それ以降、ドラゴンが再び姿を見せることはなかった。

 

「――――とにかく、今はまだ夜だ。様子を見に行くのは日が昇ってからの方がいいな」

 

伊丹は取り敢えずの行動方針として、見晴らしの良い高台から移動し、所定の野営地まで引き返す。

その後、朝まで交代で高台から森の様子を監視し続けた。

その間、監視をしていた桑原惣一郎は、森の中、しかも火事になっている範囲のみに突発的な雨が降るという怪奇現象を目撃するが、ドラゴンの一件があった後では、特地における非科学的現象として報告されている「魔法」なるものだろうと納得できてしまう。

 

東から太陽が昇って来る頃、高台からの監視を終えて富田章と古川均は野営地まで戻る。

撤収の準備をしていた他の隊員たちを手伝い、周辺の安全を確認してから全員車両に乗り込み移動を開始する。

目指すのは当然、ドラゴンが落ちていった辺り、森の奥だ。

何が待っているかもわからない場所に向かうのは危険かもしれないが、あのドラゴンが人を襲う可能性もある以上、人命救助の観点からも、自衛隊が特地の人々を見捨てて逃げたという事実が出来上がるのは好ましいとはいえない。

空飛ぶ戦車ともいわれるドラゴンをも上回る相手と遭遇、敵対したときは、最悪の場合、危険な状況にあると判断できた段階で全力で撤退するぐらいしか対応策は思い浮かばないが、それでも進まざるを得ないのだ。

当然、ドラゴンに遭遇したこと自体を報告せずに済ませ、見て見ぬ振りをするなどという選択肢はない。

森の奥地へと進んでいく車両の中で、伊丹は、まだ見ぬ超常の力を持つであろう相手と邂逅した時のことを考え胃が痛くなる。

 

 

超越者と自衛隊。

 

両者の邂逅は、すぐそこまで迫っていた。

 




これで前編終わり、次回後編となります。
そして、今回からは大分独自展開が入って来ました。
原作になかった名称や歴史など、結構重要なところでしたが、どうだったでしょうか?

それでは、次回も一週間を目処に更新していこうと思いますので、どうかお待ちください!


アインズ様と伊丹の出会いは次回ということに…


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第3話「超越者との邂逅」(後編)

遂に運命の二人が邂逅...!

3話にしてようやく辿り着きました(汗)

というわけで、どうぞ。


(05/12)
対戦車ミサイル → LAM に修正しました。
ミサイル → ロケット弾に修正しました。

(05/13)
航空自衛隊に関する記述を追加しました。



「ワタシタチ、ハ、ジエイタイ、ノ、モノデス。ニホン、トイウ、クニ、カラ、キマシタ」

 

「・・・」

 

「...ジエイタイ?ニホン?...すいません、聞いたことがないのですが...」

 

「アルヌス、カラ、キマシタ」

 

「・・・」

 

「アルヌスから...?な、成程...それで、なぜ我々の集落に?」

 

「ドラゴン、ガ、ミエタ、ノデ...ソレデ、スコシ、ハナシ、キイテモ、イイデスカ?」

 

「・・・」

 

「そ、そういうことであれば...私は、大丈夫ですが」

 

「アリガトウ、ゴザイマス。ワタシハ、イタミ。アナタノ、ナマエ、キイテモ、イイデスカ?」

 

「・・・」

 

「わ、私はホドリュー・レイ・マルソー。この集落で、一応はまとめ役という立場をさせてもらっているです」

 

「ほどりゅー、集落、まとめ役...成程。デハ、アナタノ、ナマエ、キイテモ、イイデスカ?」

 

「・・・ッ!」

 

片言で話しかけてくる、「イタミ」と名乗った男を前にして、アインズは何度目かもわからない感情の抑制を発動させていた。

 

別に、片言なのが可笑しいからなどという下らない理由ではない。

現に、横にいるホドリューは至って真面目な表情で応対している。

アインズにとっての問題は、目の前に精神が安定化されているにも関わらず、頭の中が混乱し続けるような存在がいることだった。

未知の存在に対する驚きなどとも全く違う。

むしろ、アインズは目の前で片言で話し続ける相手のことをよく知っているくらいだ。

いや、だからこそ驚愕しているのだが。

 

深緑の迷彩服に、同じ色のヘルメット。

アインズの、「鈴木悟」の元いた世界では「小銃」と呼ばれていた武装を携帯している者達。

実際に目にしたのはこれが初めてだが、それも「鈴木悟」のいた時代を考えれば当然のことだった。

 

「自衛隊」

 

自国の軍を持たない日本の、唯一の防衛手段であるそれは、陸上自衛隊と海上自衛隊、航空自衛隊の三つに分類される。

目の前の連中がどちらかといえば、まず間違いなく前者だろう。

鈴木悟がいた時代にも自衛隊という組織自体はあったが、実際にどのような活動を行っていたかなど知らなかったし、知りたいとも思わなかった。

 

しかし、100年前の自衛隊が使用していた服装や装備についてはよく知っている。

それというのも、ギルドメンバーの一人、ペロロンチーノのせいだ。

ギルドの中でも「その方面」に造詣が深かった彼は、自身が制作したNPCであるシャルティアのために用意したファッションの中に「ミリタリー系」などと称して似たような服や銃があるのを教えられていた。

 

「今の自衛隊についてはどうでもいいが、100年前の服装、装備に関しては大いに評価できる」などと熱弁していたのが思い出される。

 

「アノゥ?」

 

アインズは、現実逃避に近い思い出にもう少し浸っていたかったが、話し掛けられているのに無視するわけにもいかず、渋々現実へと意識を戻してくる。

 

しかし、いざ返事をしようとして、そこで肝心な問題を忘れていたことに気がついた。

 

この世界の人々には言葉の問題もなく会話することができたが、この者達が相手ではどうなのだろうか。

相手の、中年の男が片言で喋り続けているそれは、日本語ではないような気がしたが、そもそも本当にこの者達が日本人で、自衛隊員であるという保証など何処にあるのだろう。

 

普通に考えれば、この世界の人間が100年前もの自衛隊の存在について知っていて、その装備や武装を整えて、ここまで来てわざわざ片言で話しかけてくるなど、荒唐無稽にも程がある。

もっとも、それをいうなら自分がゲームのアバターの姿で転移したことも同じくらい有り得ないことだとはわかっているが、それでも信じられないようなことだ。

 

であれば、残る可能性は一つ。

 

それでも未だ信じ難い話だが、彼らが本物の、しかも約100年前にいた自衛隊員らであるとしたら、自分が返した言葉がもしも『日本語』であった場合、非常に厄介なことになってしまう。

 

結局のところ、彼らの正体が本当に自衛隊員であるかどうかなどというのは重要ではない。

最大の問題は、彼らが自衛隊という組織について知っている可能性が限りなく高いことにある。

つまり、下手なことをすると一気に自分の正体が露見することも有り得るのだ。

 

また、そもそもにおいて今のアインズには、たとえ彼らが本当に日本人だったとしても、自分の正体を明かすなどという考えは毛頭なかった。

 

まず、彼らが自分にとって味方となる存在か、それとも敵となるか、現在の状況では判断のしようがない。

そんな先行き不透明な状況で、素性が分からない相手に対して自分の重要情報を晒すなど、愚の骨頂である。

 

それに、今の自分にとって大切なのは日本ではなく、ナザリックなのだ。

今、ここにいるのは「アインズ・ウール・ゴウン」であり、「鈴木悟」ではない。

 

日本に与して、今後ナザリックにどのようなことが起きるかわからない以上、現時点ではこの世界の住人だということにしておくのが正解だ、というのがアインズの出した結論だった。

それに、彼らが100年前の人間だというのならば、100年先のゲームであるユグドラシルの情報など知りようがないし、余計な発言は控えて、なるべく黙っていれば何の問題もない。

 

さりとて、今だけは黙っているわけにもいかない。

 

(―――――ええい、ままよ!)

 

「...私の名はアインズ・ウール・ゴウン。この集落がドラゴンに襲われていたので助けに来た、魔法詠唱者だ」

 

アインズは自分の声が震えていなかったことに奇跡に近い幸運を感じながらも、相手の出方を窺う。

 

「...アインズ、ウール、ゴウン。集落に、ドラゴン、助けに来た...マジック、キャスター?」

 

先程から気になっていたのだが、目の前で堂々と日本語で復唱しているイタミという男の姿は、その言葉が分かる者からすると何とも滑稽極まりない。

 

それは置いておくとして、どうやらアインズが発した言語は日本語ではなかったようだ。

もしも日本語で話しかけていたのならば、今頃こんな反応をしているわけがないのだから。

 

顔が見えないので、ほっと一息ついたとしてもバレることはないのが助かる。

アンデッドのアインズからは息など漏れないだろうが。

 

現地の人間に話が通じている時点で、自分の話す言葉が日本語である可能性はとても低かったのだが、実際に試すと流石に緊張せざるを得ない。

最初の関門を何とか乗り越えることができて安心するが、彼らの質問はまだ終わってはいないようだ。

 

しかも質問する中年男の後ろでは、「すっげぇ仮面...」とか「黙ってなさいよ」という別の隊員たちの小声が聞こえてくる。

恐らく日本語で話しているから現地の人間には内容がわからないという前提でのことだと思うが、全て理解できてしまうアインズにとっては、もはやコントのような光景にしか見えなかった。

 

「え、と...ドラゴンヲ、タオシタ、ノデスカ?」

 

「...無論だとも。ドラゴンの死体は...我が家に持ち帰ったので、此処にはないが」

 

それを聞いてイタミは目を見開いたが、すぐに気を取り直して一緒についてきたホドリューの方に身体を向ける。

本当にそうなのか、確認のつもりでそうしているのだろう。

 

「は、はい。その通りです。実際、ゴウン殿が来てくれなければ早晩我々は全滅していたでしょう」

 

「アリガトウ、ゴザイマス。疑ガッテ、悪カッタ、デス」

 

「...気にする必要はない」

 

アインズは極力余計な事を言わない様に、なるべく短い言葉で返すことを心がけていく。

 

「ワカリマシタ。デハ、ホドリューサン。モウ少シ訊イテモイイ、デスカ?」

 

アインズは質問を続けるイタミの様子を見ていて、一つ気づいたことがあった。

最初の時にしていた復唱をすることがなくなり、少しずつ会話のレスポンスが良くなってきているのだ。

話をしている間にも現地語を理解し始めていることにも驚くが、短い間でよくそれだけ話せるようになるものだとアインズも少しだけ感心する。

 

「...貴方タチ、コレカラ、ドウシマスカ?」

 

「――――――これからは、生き残った者達と共に集落を復興していこう...と思っています。それに、アインズ殿も我々に助力をしてくれると仰っていますから」

 

その返答を聞いたイタミは、ちらりとアインズに視線で確認を求めてきたので、首肯で返した。

それを見たイタミはうんうんと大きく頷き、安堵した表情を浮かべる。

それから、アインズとホドリュー、さらに背後の集落を見て、じっと考えてから、ある提案を出してきた。

 

「...我々モ手ヲ、貸シマスカ?」

 

その提案に、アインズは思わず否定の声をあげそうになるのを、何とか堪えた。

話が長引けば長引くほどボロが出る確率も高まるので、さっさと切り上げてしまいたい気分なのに、ましてこの場に留まられては余計に面倒なことになってしまう。

だが、強く否定するとそれはそれで不審に思われる可能性が高い。

さてどうしたものかと困り果てていると、思わぬところから救いの手が差し伸べられた。

 

「――――――え、えぇ。我々も力をお借りできればよいのですが...やはり、直接関わったわけではない方にまで迷惑をかけるわけにもいかないかと...」

 

まるでアインズの願いが通じたかのように、ホドリューが彼らの提案に対して遠慮するような意見を述べる。

もしかすると、集落を救ったアインズはまだしも、素性のわからない連中をこれ以上招き入れるのは得策でないと判断したのかもしれない。

 

「そうだな。この集落の長がそう決めたのであれば、私も従うとしよう」

 

アインズもこれ幸いとホドリューの意見に同調する。

あくまでも集落のリーダーであるホドリューをたてての言葉であれば、怪しまれることもないであろう。

 

「...ワカリマシタ。ソウイウコトナラ」

 

イタミは、アインズとホドリュー、二人の意見を聞いて、納得したようだ。

未だほとんど状況の把握ができていないにも関わらず、それ以上の追及を避けた理由は明白だった。

 

今回の一件の当事者であるエルフとアインズが断っているのに、もし部外者のイタミらが無理に介入しようとすれば、彼らの所属先である自衛隊の印象が悪くなるのは避けられない。

凡その理由はそんなところだろうと、アインズは推察する。

 

ただ、イタミの声色に微かにではあるが、此方、特にアインズに向けて何か言い知れぬ感情がこもっているように感じられたのが気に掛かった。

アインズはその感情が一体何であるのかを探ろうとするが、およそ読心術など持たぬ平凡な読解力では、読み解くことはできなかった。

 

「――――ソレデモ、我々、自衛隊ハ求メニ応ジテ手ヲ貸シマスカラ」

 

提案は断られたものの、イタミはホドリューに向けてそう言って笑顔を見せる。

誠意のこもった態度というのは、少なからず人に与える印象を良くするもので、ホドリューも安心したのか、先程よりも緊張感が薄れていた。

 

「ありがとうございます。もし、機会があればその時はお願いさせてもらいましょう」

 

「あぁ、私も覚えておこう...君達のことを」

 

イタミはその返事を聞くと、最後は集落を騒がせたことに対する謝罪を述べてから、後方で控えていた面々を連れて速やかに撤収していった。

 

ホドリューはその様子を見ながら、ぽつり、と呟く。

 

「ジエイタイ...それに、ニホン。この世界には、私達が知らないことが未だ多くあるのですね...」

 

アインズとホドリューは、緑色の車両が遠ざかっていく後ろ姿を、静かに見送った。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「...後ろから追ってくる気配はなし、かな」

 

伊丹は車窓から顔を出して、全ての車両が森から出てきたことを確認して、安堵の息を吐いた。

普通に考えれば、あの後何かしてくるとは考え辛かったが、万が一ということもあるのだから、警戒は怠るべきではない。

 

「―――――それにしても、あの魔法使い、凄かったですね!」

 

隣で運転している倉田が、やや興奮気味で伊丹に話しかけてくる。

 

「あの仮面とかも中々アレですけど...あの格好とか、何か魔王みたいで迫力ありませんでした?」

 

「...縁起でもないこと言うなよ」

 

じろりと睨んでやるが、倉田の軽口が収まる気配はなく、あれこれと話題を振ってくる。

 

「...しかし、本当にあの人がドラゴンを倒したんですかね?」

 

それまで二人の話を聞いているだけだった女自衛官の黒川茉莉が、後部座席から話に加わってきた。

 

「物的証拠があるわけじゃないけど、状況証拠からいくとそうとしか考えられないよな」

 

伊丹はそこで一旦言葉を区切ってから、考えをまとめて再度口を開く。

 

「全てを疑ってかかるのも、場合によっては正しいかもしれないけど、ある程度はその場にいた人たちの言葉を信じるのは必要なことだと俺は思うよ。信頼関係っていうのは、そういう風に構築していくものだと思うしね...」

 

「何、真面目なこと言ってんすか隊長...」

 

倉田が変なものを見るような眼をしていたので、伊丹は傍らにあった手帳を投げつけてやった。

 

「まあ、とはいえ支援を断られたのは少し意外だったよ。素性が分からないとはいえ、人手が必要だと思うんだけど...それとも、ゴウン殿って人はそれだけ十分な援助をできるってことなのかな」

 

「じゃあアインズ何とかさんは結構な金持ちなんですかね?もしかすると、どこかの貴族とか?」

 

「...確かに、話し方なんかはかなり落ち着いた感じで、見た感じもどっしりしてたな」

 

黒川と共に後部座席に座っていた富田は、倉田の予想にも一理あると同意する。

 

「でしょ?何か、こう、威厳のある感じっていうんですか、如何にもってヤツですよね~」

 

そんな風に賑やかに話をしている様子を見て伊丹は苦笑するが、話をしていた際のことを思い返してみて、ずっと消えずに残っていた疑問を口にした。

 

「...でも、俺の気のせいかもしれないんだけどさ。何か、こっちとあまり喋りたくなさそうな雰囲気がなかったか?」

 

「え、そうなんすか?」

 

倉田だけでなく、富田や黒川も一様に意外そうな表情で、首を捻る。

やはり違和感があったのは、実際に話していた伊丹自身だけだったようだ。

 

ただ、自分以外の仲間から気のせいだと言われても、伊丹の疑念が晴れることはなかった。

 

「...ていうか、隊長。信頼関係が大事とか言った傍から、そういうこと言っていいんですか?」

 

「うるさいな!それはそれ、これはこれだから!」

 

二人の遣り取りから、車内で軽く笑いが起こる。

そんな様子を見て、昨夜から緊張し続けていた隊の空気がやっとほぐれてきたようだと伊丹は安心した。

特に、アインズ・ウール・ゴウンらと対面したことで、重かった肩の荷を下ろすことができたのだろう。

 

今回の任務では、もうこれ以上に緊迫した場面に立ち会うことはない筈だと誰しもが思っていた。

伊丹も、同じようにそう思っていた。

 

だが、それは楽観的な考えだったのだと教えられることになる。

 

 

 

事件が起こったのは、アインズらと対面した翌日だった。

 

コアンの森から引き返してコダ村まで戻ってきた伊丹たちは、行きと同じく村長たちと話をして、炎龍が森に現れたこと、しかしその炎龍は既に退治されているのでこの村を襲う心配はないことも伝えた。

炎龍が現れたと聞いたときは真っ青になっていたが、既に倒されたと言うと心の底から安堵したような表情を浮かべていた村長だったが、落ち着いてきた頃に「妙じゃな」と首を傾げた。

 

「ドウシタンデスカ?」

 

「あぁ、いや、少し可笑しいと思ってのう。炎龍が目覚めるのは後50年ほど先になると聞いておったんじゃが...一体どうしてこんなに早く目覚めたのかと不思議でな」

 

詳しい話を聞いたところ、炎龍のような、この世界にいる古代龍というドラゴンたちは活動期と休眠期を繰り返し、活動期には今回のようにヒト種や亜人を襲うなど猛威を振るうのだが、一方で長い休眠期を必要とする生物でもあるようだ。

そのため、姿を消した後の一定期間は暫く安全だというのが定説なのだが、今回現れた炎龍の動きと比べると明らかに食い違いがあった。

 

「まぁ、とはいえ、それも倒されたのであれば心配はいらんな。もし、まだ生きていたのなら今すぐ村から離れなければいかなかったよ」

 

本当に安心したといって笑う村長を見れば、あの炎龍が特地においてどれだけ恐れられている存在なのかが伺い知れる。

 

しかし。

 

「――――――しかし、炎龍を倒したというのは本当に驚いた。まさか、聞いたこともない魔導師がそのようなことをやってのけるとは...」

 

やはり、話の中心になってくるのはその人物だった。

村長に昨日の出来事をそのまま伝えると、最初は信じられないといった様子だったが、何度も繰り返しで詳しい説明をされてから、ようやく納得した。

その一方で、伊丹が気になったのはアインズ・ウール・ゴウンという名について、村長はおろかコダ村の住人も誰一人知らなかったことだ。

確かに、普通の村人が帝国で有名な貴族や魔導師の名を知らなくても、別に気にするところはない。

ただ、あんな目立つ出で立ちをしている人物がこんな辺境に居を構えていれば、その名を耳にする機会はあるのではないだろうか。

伊丹は、益々かの人物に対して疑念が増していくのを感じながら、コダ村を離れようとしていた。

 

 

「――――よーし、それじゃあそろそろ撤収するぞ」

 

村人に聞き込みをしたり、環境調査を行っていた隊員たちに伝達して、撤収の準備を始めていた、その時。

 

遂に事件が起こった。

 

最初に「それ」に気づいたのは、村長だった。

 

伊丹と話をした後、撤収すると聞いて見送りの為にその場に残っていた村長は、不意に上空を見上げると、そのまま固まったように動かなくなる。

伊丹は、その様子に何があったのかと不思議に思い、同じように空を見上げた。

 

「なっ...!」

 

伊丹は、思わず息を呑む。

雲一つない青空に浮かんだ、一つの影。

空の青色よりも濃い、群青のシルエット。

その姿形を、見間違う筈がなかった。

 

「―――――――――ド、ドラゴン!?」

 

大きさは炎龍とほぼ同等だが、その身体的特徴には大きな差異がある。

まず、肌は赤い鱗ではなくサファイアのような輝きを放つ、つるりとした鱗に覆われていた。

そのフォルムも、炎龍よりスリムで筋肉質な印象を受ける。

明らかに別種のドラゴンだが、その脅威の程度まで炎龍とは異なると考えるのは、余りにも都合が良過ぎた。

 

その全容を目にした者の内、誰からともなく、劈くような悲鳴があがる。

その悲鳴を皮切りにして絶叫があちこちから続き、コダ村は、一気にパニック状態に陥った。

 

混乱した村人の動きに呼応するようにドラゴンは一度唸ると、ゆっくりと口を大きく開き―――――地に向けて、何かを発射した。

眼にも留まらぬ速さで吐き出された巨大な何かは、民家の一つを直撃し、轟音と共に粉塵を巻き上げる。

砂埃が収まった後、ほんの少し前まで家があったその場所は、地面までもが抉られた大穴と化していた。

 

一瞬、村人も伊丹たちも、何が起こったのか理解できなかった。

 

そんな、痛いほどの沈黙も長くは続かない。

 

明確に此方を害する意思を示したドラゴンに、人々の恐怖は極限まで高まり、遂に決壊した。

家を捨て、我先にと逃げ出す村人たちと、それを容赦なく襲うドラゴン。

それは奇しくも、一昨日コアンの森で起こっていた出来事の焼き直しになっていた。

 

最早収拾がつけられない混沌とした状況で、最初に冷静な行動を起こせたのは、伊丹達自衛隊の人間だった。

 

「――――隊長!」

 

「――――わかってるよ、おやっさん!」

 

いち早く動いた桑原に促されて、伊丹は各隊員に指示を出す。

 

「各員、搭乗せよ!繰り返す、各員搭乗せよ!」

 

全員が車両に乗り込んだことを手早く確認してから、次なる指示を出した。

 

「各員、これより特地甲種害獣、ドラゴンとの戦闘を開始する―――――――!」

 

 

その後の戦いは、壮絶なものとなった。

 

まず、ドラゴンが吐き出していたのが巨大な水球だと最初に気づいた伊丹は、車両を蛇行させて水球に当たらない様な陣形を組ませて、反撃を図った。

だが、特地派遣隊の装備している自動小銃や、12.7mm重機関銃ではほとんど効果がなく、せめて攻撃をさせない様に足止めとして使うぐらいにしか役に立たない。

 

さらに、相手は空を飛び、直撃すれば即死は免れないような攻撃を何発も打ってくるのだから堪らない。

それでもいつかは弾切れになるだろうと思っていたのだが、実はこのドラゴンは水龍と呼ばれる古代龍で、炎龍のブレスとは異なり周囲にある水分を吸収してほぼ無尽蔵に放てるという特殊な能力を持っていた。

その事実を知る由もなかった伊丹らは長期戦が不利であると判断すると、一撃での最大効果が期待できるLAMを準備し、何とか動きを止めるべく銃弾の雨を降らせるものの、完全に制止させるまでには至らない。

戦闘が長引く程に、即殺の水球が当たるかもしれないという恐怖が、じわじわと隊員たちに満ちていく。

 

そんな中、彼らに救世主が現れた。

 

黒い修道服、というよりもオタクの伊丹からすればゴスロリファッションに近い服装に身を包んだ少女。

亜神、ロゥリィ・マーキュリー。

 

彼女は、ドラゴンと自衛隊の戦闘によって発生した土煙の中から突如姿を現すと、手にした巨大なハルバートをドラゴンに向けて叩き込んだ。

少女の見た目とは著しく乖離した膂力によって放たれた一撃は、ドラゴンに一時的な脳震盪を起こさせ、その動きを止めることに成功する。

唐突に助けに現れた少女の姿に、皆一瞬混乱したものの、得られた絶好機を逃す前に、直ぐにLAMを使用した。

放たれた弾丸は、一直線にドラゴンの右肩を直撃すると、肩から下の右腕も諸共に爆破させる。

ロケット弾の直撃を受けたドラゴンは、苦悶の咆哮と共に、逃げるように上空へと飛び去っていった。

 

 

その後、伊丹達は生き残ったコダ村の住人達と話し合い、近くの村や街に避難する人々をその近くまで送り届けることにした。

それ以外の身寄りのない難民や子供たちは、自衛隊の拠点があるアルヌスへ連れていくことになった。

その行動は、後にある事情によって咎められはしなかったものの、この時点では完全に伊丹の独断であった為、懲罰も覚悟してのことであった。

また、ドラゴンの撃退に力を貸してくれたロゥリィも、伊丹たちに同行することを決めた。

 

「―――――僕って、人道的でしょ?」

 

 

長い長い、探索任務を終えた第3偵察部隊は、こうしてアルヌスへと帰還した。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「―――――これより私の名を呼ぶときは、アインズ・ウール・ゴウン、アインズと呼ぶがよい!」

 

コアンの森から帰還したアインズは、玉座の間において、ある大きな宣言をしていた。

 

 

すべての階層守護者とそのシモベたち全員を集め、至高の御方自ら今後のナザリックの行動方針を明言する儀であると伝えられた時、ナザリックの面々は色めき立った。

様々な異形がひしめき合うナザリック大墳墓だが、彼らの心中には等しい思いがある。

それは、至高の御方に尽くし、その役目を果たすこと。

このナザリックの地に最後まで残ってくださった、偉大にして慈悲深き王への忠誠を捧げることに他ならない。

その王が、この世界において、ご自身の意思をシモベ達に示される。

配下の者たちは、身が震えるような思いだった。

遂に、自分たちの忠誠を行動として示すことが叶う機会が訪れる。

至高の御方の御計画を遂行し、その望みを果たすという、最大の栄誉を得られる機会だ。

 

そんな期待を胸に、数多のシモベたちは玉座の間へと集い、我らが王を拝謁する時を待つ。

 

 

アインズはまず、軽率に動いた自身の行動について謝罪し、その上で自らの名を「モモンガ」から「アインズ・ウール・ゴウン」と改め、全ての者がそう呼ぶように命じた。

 

アインズの決定に、異論を述べ立てる者など、ただの一人としていない。

今や彼らの意思は、一つに纏め上げられていた。

 

――――――――――全ては、至高なる王の為に。

 

そうして、守護者統括・アルベドが王の名を再唱し、捧げられる栄光を誓う。

その声に、各階層守護者、その配下、そのシモベ、それらあらゆる全ての者が続き、王の名を謳い、絶対なる支配者への喝采を送る。

シモベ達の意思を確認したアインズは玉座から立ち上がり、口を開いた。

 

「お前たちに厳命する――――――アインズ・ウール・ゴウンを、不変の伝説にせよ!」

 

アインズの命を受け、玉座の間はシモベ達の歓喜に包まれた。

その歓声を聞きながら、アインズは己自身のみに、絶対の誓いを刻む。

 

地上に、天空に、海に。

この世界の知性を持つ者全てに、その名を知らしめる。

この世界の何処かにいるかもしれない、友たちの元に届くその日まで。

 

 

その日は、アインズ・ウール・ゴウンが世界を制することを決定づけた日として、後世に語られることとなった。

 

 




第3話「超越者との邂逅」後編これにて終了ですが、如何だったでしょうか?
水龍の描写についてですが、Gate本編の自分が知る所では「炎龍との番いである」という以外に明確な情報がなく、生死の程などもわからなかったので、この時点では生存しているという設定の下、展開していこうと思います。

あと、肝心の対面のシーンなんですが、見直してみると、何だか短すぎるような気が...

とはいえ、これにて自衛隊とナザリックの一時接触は平穏無事の内に終わりました。
これから彼らはどんな未来を歩んでいくのでしょうか?


というわけで、次回第4話は「往くべき道」お待ちください!

次回は伊丹達自衛隊のターンです!





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第4話「往くべき道」(前編)

今回は伊丹達、自衛隊側のお話となります。

それでは、どうぞ。


アルヌスの丘。

ファルマート大陸において、ヒト種、亜人種、その他の各種族全てが「聖地」と定めている地であり、あらゆる種族の「故郷の地」という伝承が言い伝えられている土地。

 

その地には今、日本国・陸上自衛隊によって基地及び簡易訓練場や居住施設など大規模な陣営が築かれていた。

聖地及び門の奪還の為に送り込まれた諸王国軍は、一方的殺戮に近い形で敗戦し、既に全軍が撃退されている。

 

そういった敵性存在が排除され、周囲の安全が確認された段階で、各施設の敷設はほぼ完了しており、要塞と呼べるような拠点が出来上がっていた。

陣中央には関連部署を束ねる中枢施設が設置され、さらにその中でも中央に位置するのが、特地方面派遣部隊指揮官指令室である。

 

その一室には、現在二人の男がいた。

一人は座し、もう一人は立っている。

 

室内奥の席に座するのは、狭間浩一郎。

特地方面派遣部隊の指揮官であり、陸将を務める男は、机に両肘を乗せて楽な姿勢をとっていた。

 

一方、机を挟んで立っているのは柳田明。

特地方面派遣部隊幕僚で、二等陸尉。防衛大学校を優秀な成績で卒業し、エリートを絵に描いたような男は、狭間に対して報告を行っていた。

 

「―――――陸将、深部偵察部隊からの報告がまとまりました」

 

「おお、何かわかったか?」

 

深部偵察部隊。

陸上自衛隊はアルヌスにて敵軍を撃退した後、1部隊12名から成る少数の部隊を六個編成し、偵察隊を特地各方面に派遣していた。

その目的は、特地の人々との交流や、動植物・地質等の環境調査を通じて、この地特有の文化・風土を把握すること。

特地は未だ紛争地域となっているので、調査は短期間かつ一部の地域に限定されていたが、柳田が持って来た報告書の分厚さはかなりのものとなっていた。

どうやら、各部隊ごとに期待以上の成果を得ることができたようだ。

 

「特地の民間人とは言葉の面では苦労はしておりますが、概ね平穏な一時接触ができたようです」

 

そう言って柳田が差しだしてきた報告書には、『深部偵察報告書(第一次)』と記されていた。

狭間は手渡された報告書の最初の項目の、特地の人間に関する記載を確認する。

 

「見た目はほとんどが人間タイプで、農林業などが主体となっています。生産・流通品などは資料をご覧ください」

 

言われて、項目末の資料に載せられた生産品・流通品の品目一つ一つに細かく目を通していく。

次に、特地における国家・民間人の生活様式・集落の存在に関しての報告に移った。

 

「まず、特地の覇権国家として存在しているのが『ロムルス帝国』という国家です。兵装を確認しましたが、まず間違いなく銀座事件に関与しているものと思われます。また、その帝国内の各集落には村長のような存在がいるようです。生活様式の詳細は付属の資料をお読みください。....ですが、政治体制に関しての詳しい報告は、まだありません」

 

言い終わってから、柳田は小さく溜息を吐いた。

柳田が言葉を濁した通り、特地の国家、ロムルス帝国の詳細な情報は未だ掴み切れていない。

戦争状態が継続しているので当然のことではあるが、人の数が多く国家との結び付きも強い都市部への接近は前もって禁止されていた。

そのため、民間人と接触しようと思っても、国の中心から離れた辺境の集落に住まう人々に限られてしまう。

そんな人々が遠く離れた帝国の詳しい情報を持っている訳もなく、加えて意思疎通に難がある状態での聞き込み調査であったのだ。

自衛隊が手に入れることができた情報は、予想以上に少なかった。

 

調査の行き詰まりを感じていた柳田は、渋い顔で自身の希望を口にする。

 

「....できれば、住人を此方に何人か招けるといいのですが」

 

「いや、意思疎通に難がある状況では不味いだろう。後々、拉致とか強制連行だとか言われても、困るからな」

 

狭間は柳田が口に出したことを即座に却下する。

後半の部分を語るときは、狭間は特に眉間の皺を寄せていた。

 

実際、相互の理解が不完全であったが故に国家間の問題に発展してしまった事例は数多くある。

まさしく「歴史は語る」という言葉の通りだ。

しかも困ったことに、そういった問題に口を挟んでくるのは外部のみではない。

政府が何らかの形で関わった問題が起こる度、必ずと言っていいほど国内からは批判の声が上がる。

ニュースでは大々的に取り上げられ、国会においては野党の議員が与党の責任を追及し、場合によっては活動家らも騒ぎ立てる。

だからこそ、国内外を問わず、国家に属する組織であるからこそ、面倒な非難・追及を受けるような事態に追い込まれるのは避けるべきなのだ。

 

狭間も陸将を務めるに際して、そういった事情は重々承知しているが、それでも如何ともし難い感情が込み上げてくるのは抑えられるものではない。

複雑な心境が渋面となって浮かんでいる狭間の表情を見やった柳田は、そこで、報告書には記載していなかった連絡事項を報告することにした。

 

「―――――陸将。実は、第3偵察部隊の伊丹の隊が避難民を護送しております」

 

何?と驚いた狭間だったが、伊丹達が避難民を預かることになった事情と、その当時の状況報告を聞いて納得する。

「銀座の英雄」と呼ばれる以前から伊丹耀司という男を知っていた狭間は、「あいつらしいな」と思わず口元に小さな笑みを浮かべた。

 

「それで、どうでしょうか?難民の受け入れということならば、内外にも説明しやすいかと思われますが」

 

既に準備していたような柳田の提案を聞いた狭間は暫し熟考し、成る程と頷く。

 

昨今は国内外を問わず、世間は人権問題には過敏に反応するのが常だ。

そこで「人道上の配慮」という錦の旗があれば、表向きの批判は躱すことができる。

 

「....うむ、いいんじゃないか?」

 

納得した狭間は、今度は躊躇うことなく許可を出した。

 

ついては今決めた方針に従って新たな業務の追加、各種手配をする必要がある。

まず、避難民の保護・観察を担い、諸々の対策を行う者達の指揮官は、彼らとの関係性を考慮して、伊丹に任じた。

同様の配慮から、第3偵察部隊を中心に仮設テントの設営や糧食の準備、避難民の身辺調査を行わせることも決定する。

また、狭間は避難民用の仮設住居の設営も急ピッチで進めるように命じた。

その他の細々とした確認事項を相談し終わると、現場で何か問題があった場合や対処すべき課題がでてきた場合に備えた連絡網の確立も進めさせる。

狭間と柳田は、この場において現時点での対応として、そこまでを定めることにした。

そこで避難民への対応については一度区切り、狭間は再び柳田からの口頭での詳細な説明と報告書の内容確認という作業に取り掛かる。

 

「....む。オーステン、大陸....?」

 

環境についての項目を確認していた狭間は、特地の大陸に関わる報告で目を止めた。

 

「はい、今我々がいるのが『ファルマート大陸』で、その東側にあるのが『オーステン大陸』であるということです。中海は『ヨーショー海』と呼ばれているそうですが....先に言わせてもらった通り、何分集落でしか聴き取りができなかったので、それ以外の情報はほとんど集まっていません」

 

柳田が言う通り、オーステン大陸に関しての情報はほとんど記載されていない。

この世界ではファルマート大陸と並ぶ二大大陸という位置づけで、大陸の規模はほぼ同等。

しかし、ファルマートとは異なり覇権国家はおらず、幾つかの人間の国家があり、帝国はその内の一つと国家間の交易を度々行っている。

各部隊の報告を集約すると、大体その程度までの情報にしかならなかった。

 

「我々が今いる大陸の調査は勿論だが、オーステン大陸についても今後調査の手を伸ばしていかなければならんかもな」

 

ええ、と柳田も同意する。

ただ、現時点ではオーステン大陸の調査の優先度は低い位置に留めておくこととした。

 

それからの柳田の報告は長時間に渡って続き、狭間もその一つ一つを精査し、時には疑問点や調査が不十分な箇所を指摘することもあった。

そうして、かなりの時間が経過した後。

 

「――――さて。取り敢えず、これで先に指示していた調査の報告は終わりか」

 

「はい。各部隊ごとの任務報告としてはこれで全てとなります」

 

長時間に渡っての調査内容の確認を終え、狭間は一息ついた。

ちらりと壁時計を見ると、想像以上の時間が経過していたことに気づかされる。

各部隊ごとに、それぞれ派遣された地域で命じられた調査は多岐に渡り、比較検討の為に類似した情報でも添削せずに報告書に纏め上げられた結果、これだけの重労働になってしまった。

 

だが、柳田からの報告はまだ終わりではないようだった。

狭間は報告書の最後の項目を捲る。

 

表題には、簡潔に『特地・特記戦力保持者』と記されていた。

狭間は目を細めると、柳田の方を目線で伺う。

 

「....ここからは、任務外で収集した情報について報告したいと思います。今回の情報は、主に伊丹の隊、第3偵察部隊から得られたものでした」

 

明らかに柳田の声色が変わったことから、狭間もその情報こそが今回の報告で最も重要度が高いのだと察して、より一層気を引き締め直す。

 

「陸将もご存知かと思いますが、特地では我々の住む地球とは大きく異なる原理・法則や人種・動植物が幾つも発見されています」

 

特地が、自分達が住まう地球と異なっているのは何も思想や文化、人類の歴史といった表面的なものだけではない。

銀座事件の際、特地甲種害獣・ドラゴンと呼ばれる怪物や、人間とは異なる容貌、風体をした亜人と呼ばれる種族など、それまでの地球人の常識を覆す存在が多く確認されている。

更に先遣隊によれば、『魔法』などという非科学的な法則があることも報告された。

科学の発展した現代社会に住む人間からすれば迷信やオカルトの類いであったそれは、この世界では至極当然の原則として受け入れられている。

狭間も最初にその報告を聞いた時は「そんな馬鹿な事があるか」と俄かには信じ難く、実際に使用している様子を撮影した動画を見ても、加工を疑いたくなるほどであった。

それでも、各地の先行調査隊から同様の報告が相次ぎ、それらを証明する資料を幾つも提示されてしまっては、嫌でも認めざるを得ない。

 

正直、話を聞けば聞くほどに突飛で頭が痛くなってくる内容ばかりだったが、何より自衛隊にとって悩ましかったのは、それらの法則が自分達に対して一体どのような影響力を与えるのかが判らないということだ。

幸いというべきか、敵対する軍勢の中には魔法を行使してくる者はいなかったが、それも今後どうなるかはわからない。

もしかすると、追い込まれた場合の最終手段として、強力な魔法を使ってくるということも考えなければならないのだ。

未だに魔法に関しての調査は不完全で、特地でどのような扱いを受けているのかも掴み切れていない。

結局のところ、特地中心部での活動が困難な現状では手に入る情報もその程度でしかないということだった。

 

やはり、早急に調査範囲拡大の計画を立てる必要がある。

狭間は今後の活動方針を固めつつ、柳田の話に耳を傾けた。

 

「特地には、我々の世界の常識や社会通念といった、いわば原則となる事柄から逸脱した事象が数多くあります。我々もその前提の上でこれから行動していかなければなりません。其処に当たって、今後の自衛隊、ひいては我が国の特地での活動を円滑に進める為に、接触する際に厳重注意すべき対象を、判明している範囲で報告させていただきます。また、今後はこれらの存在に対しての調査を計画的に行っていくべきだと思うのですが、宜しいでしょうか?」

 

「あぁ、そういう事情であれば勿論進めるべきだろう。それに、伊丹らが護送してきた現地人の中にも何やら関係のありそうな人物がいるようだしな」

 

そう言って狭間は手元の資料に目を落とす。

資料には、奇抜な恰好をした幼い少女の写真が添付されており、人物名という欄には≪ロゥリィ・マーキューリー≫と書かれていた。

 

「ええ。仰る通りです。これから報告させていただくのは、彼女についてです」

 

それから狭間が報告を受けた内容は、やはり驚かされるものばかりだった。

 

彼女は人間ではなく、『亜神』という、この世界の―――――本当にいるのは定かではないが―――――神から力を授けられた者であるということ。

また、亜神は彼女だけでなく、他にも何人かいること。

亜神は人智を超えた力を持ち、ロゥリィも水龍との戦闘でその力の一端を垣間見せたこと、等々。

 

「....やはり、信じられんようなことばかりだが....伊丹達も目撃している以上、信じるしかないんだろうなぁ」

 

「そうですね。ただ、この世界における『神』とは何なのか、また本当に存在しているのかといった疑問点は残りますが」

 

柳田のその意見には。狭間も追従する。

 

亜神と呼ばれる者達が超常の力を持っているということは事実のようだが、かといってそれは神という全く異次元にあるものの証明にはならない。

超常の力を得られた事情にも、魔法という法則が何らかの形で関わっていることも考えられる。

 

「その辺りの疑問も放置しておくわけにはいかんだろうが....うぅむ、また調査すべき案件が増えてしまったな」

 

「そういう意味では、亜神であるロゥリィ・マーキュリーと今のところ友好的な関係を築けているのは僥倖でした。打つ手を誤って、敵対していたら不味いことになっていたかもしれません」

 

「その通りだ。であれば、今後も彼女と接触する時には、慎重かつ友好的な態度を維持するよう隊内に周知徹底させておくように」

 

「了解しました。では、担当官は伊丹に任せてもいいでしょうか?」

 

「勿論だとも。彼奴が連れてきたのだし、その方が此方にとっても都合がいいだろう」

 

そうして、ロゥリィへの対応に関する諸々の連絡事項を伝え終わると、狭間は椅子にもたれ掛かって深い息を吐く。

 

ようやく一仕事を終えたといった様子の狭間だったが、柳田の雰囲気を見て報告に続きがあることをわかっていた狭間は、続けるように促した。

 

 

「....実はもう一人、注視しておくべき人物がいます。同じく伊丹の隊が接触した人物で、その人物の名は――――――アインズ・ウール・ゴウン」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「―――――お前さん、わざとだろ?」

 

アルヌスの自衛隊基地。

その屋上には、二人の男がいた。

質問をした方は柳田明、された方は伊丹耀司である。

 

柳田の問いに対して、伊丹は苦笑いで応じた。

頃合いは既に、夕方に差し掛かっており、今も外では第3偵察部隊の面々を中心に簡易テントの設営、糧食の用意などが行われている。

 

今朝、基地に帰還した伊丹達は、今の今まで、避難民受け入れの説明とその対応に追われていた。

特に伊丹は隊長ということもあり、何故無断で避難民を護送してきたのかと上司から叱責され、説明も強く求められた。

しかも、受け入れ後のほぼ全ての仕事を任されていたこともあって、碌に休息も取れていない。

避難民の護送について説明した時は、ドラゴンとの戦い以降に定時連絡を途切れされていた理由を通信不良という苦しい言い訳で乗り切ることができたが、結局こうして柳田から個人的に呼び出しを食らう羽目になっていた。

 

もし避難民について事前に報告していれば、放り出すように命令されていただろうが、こうして一旦基地まで連れてきてしまえば受け入れを拒否するのは「人道上の配慮」から難しいだろうという魂胆だったのだが、柳田には完璧に見破られていたらしい。

 

ただ、最終的に受け入れを陸将が許可してくれたのは、彼の働きかけが大きかったということも知っているので、当然感謝はしている。

エリート気質な性格の柳田のことを、伊丹は若干苦手としていたが、彼の仕事の手腕には素直に関心させられるばかりだった。

 

柳田は、自分の追及を愛想笑いで受け流されると、「誤魔化しやがって」と苛ついたように小さく呟いた。

伊丹はまた何か言われるのかと内心気が気でなかったが、柳田が次に発した言葉はそんな予想とは外れていた。

 

「――――――なぁ、伊丹。特地は宝の山だ」

 

苦笑を浮かべていた伊丹の表情が変わる。

柳田の口調も、真剣みを帯びたものになっていた。

 

特地という、人間が暮らすことが可能な、公害も環境汚染もない豊かな土地。

世界経済を揺るがしかねない地下資源。

文明レベルの差は圧倒的に此方が有利で、その世界との唯一の接点が日本に開いたことの意味。

 

そういった、現状で把握できている事柄について柳田は語った。

 

「世界では、持っている者が勝者だ。だから――――――永田町の連中は知りたがってるんだ。特地は世界の半分を敵に回すだけの価値があるのか、を」

 

「....柳田さん。でも、それは――――――」

 

それまで黙って話を聞いていた伊丹は、そこで初めて口を挟んだ。

「もしそうする価値があるなら」という言葉を飲み込んだのは、脳裏に過ぎった一人の人物がいたからだった。

 

「わかってるよ、お前が言いたいことは」

 

柳田は既に伊丹の意図を察していたのか、特に拘泥することもなく「彼の人物」に話を移した。

 

「確かにお前の報告にある通り、本当にドラゴンを退治したっていうんなら、それはかなりのことだろうな。幸か不幸か我々もほぼ同じ規模のドラゴンと相対したことで、ドラゴンという生物の脅威の程はよくわかってる。実際にその人物が倒したというところまでは見ていないと言っていたが、要するにお前はそれだけの力(・・・・・・)を持った者がこの世界にはいる。そう言いたいんだろ?」

 

自分の意図するところを言い当てた柳田に、伊丹は首肯で応じた。

 

「何、心配しなくともちゃんと報告は上げているとも。陸将からもゴウンという男と接触する場合は最大限の注意を払うようにとの指示も入ってる。その人物の調査も最大限注意して行っていくつもりだ。それに、お前たちも表面上は友好的な一時接触ができたんだろ?なら、今のところは敵対することはないだろうし、ロゥリィ・マーキュリーのように協力関係を結べる可能性もある。今すぐ何か起こるなんてことは有り得ないだろうさ」

 

柳田は、伊丹が内心に抱えているモノを取り払うように言葉を尽くすが、それでも伊丹の不安は消えない。

果たして、そう上手く事が運ぶだろうか、という疑問がどうしても付いて回るのだ。

 

伊丹の反応を伺っていた柳田は、これ以上言っても伊丹の気は晴れそうにないとわかり、この話を切り上げることにした。

 

「それと、伊丹。お前は今回の調査で避難民の護送、ドラゴンとの交戦、ロゥリィやゴウンといったこの地における強者との接触等々様々な事に関わった。つまり、今のお前さんは重要情報に一番近い位置にいるんだ」

 

柳田は、「これがどういう意味か分かるだろう?」と言いたげな視線を伊丹に向ける。

 

「伊丹、お前さんには近日中に大幅な自由行動が許可される。――――精々働くことだ」

 

柳田はそう言うと、話はこれで終わりだという風に去って行った。

 

伊丹はその後ろ姿を追い、それから眼下に視線を移す

外では丁度、テントの設営が終わって、避難民たちにレーションが配給されているところだった。

空を見上げると、随分と長い間話し込んでいたのか、西に傾き始めていた日はもう遠くの山々の影に隠れそうになっている。

そんな風景を見ながら、伊丹は今後のことを考えることにした。

 

抱えている問題は多くあるが、やはりどうしても気になるのは、未だその影すらも掴めていないアインズ・ウール・ゴウンという人物の情報。

そして、彼以外にもこの世界の何処かにいるかもしれない強者の存在。

今後、もし仮にドラゴンを単独で倒し得るだけの力を持った複数の人物らと敵対した場合、どのような結果が待っているのか。

伊丹の胸中には、そんな不安がジリジリと広がっていく。

柳田二尉は特地を「宝の山だ」と形容していたが、本当にそうなるのだろうか。

 

いや、最悪の場合、或いは――――――――

 

「いや、まさか....な」

 

伊丹はそんなことまで想像してしまい、それは流石に考えすぎだと、かぶりを振って自分自身の思い付きを否定する。

しかし、それでも言い知れぬ不安感だけは消えずに残っていた。

 

伊丹は、徐々に暮れていく夕空を見上げながら、これから先のこと、日本や自分の未来に思いを馳せる。

 

 

「―――――――今年の冬コミ、間に合うかなぁ?」

 

 




というわけで、前編終了です。
次回の後編では、アインズ様たちナザリック側のお話になるかと思います。

それでは、次回の更新にてお会いしましょう!


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第4話「往くべき道」(後編)

今回は予定していた通り、アインズ様たちナザリック陣営のお話です。

それでは、どうぞ。


ナザリック地下大墳墓・第九階層。この地を支配する者の執務室には今、二人の人物がいた。

いや、彼らの正体を鑑みると「人」という表現は間違っているかもしれない。

 

まず、支配者として君臨するアインズ・ウール・ゴウン。

死の支配者(オーバーロード)は執務机に座して、目前の配下からの報告を聞いていた。

 

その配下の名は、守護者統括・アルベド。

絶対なる王に対して崇拝にも近い尊敬の念と共に、「女として」の感情を強く抱いている彼女は、しかして時と場を弁えるだけの器量を持っていた。

 

「―――――まず、先日御身自らがお救いになられたエルフ達ですが、派遣したルプスレギナによれば集落の維持継続を正式に決定したとのことです」

 

「うむ、それは良かった。ホドリューはああ言っていたが、彼ら全体の意思がどうなるかはわからなかったからな」

 

そう言って頷いたアインズだったが、対してアルベドは「当然でしょう」と微笑む。

 

「集落の維持はアインズ様の御意思によるものですから。むしろ、それに反するような不敬を働くのであれば、相応の罰が与えられて然るべきかと」

 

その顔に微笑をたたえながら血も涙もないことを言うアルベドに内心戦々恐々としつつも、アインズは話を進める。

 

「そ、そうか....だが、あの集落のエルフらは、この世界において我々が初めて友好関係を結べた者達だ。軽率に手を出すことは控えよ」

 

「はっ。わかりました」

 

アインズの意思、決定はそれ即ちナザリック地下大墳墓の総意であり、異論を挟む余地などない。

主人の言に異を唱えるような愚か者がいたとすれば、即座に厳罰を下されることになる。

それはたとえ、至高の御方々によって創造されたNPCであったとしても変わることはない。

アルベドを含めた配下の者全てが、個人差はあれど似たような考えを持っている筈だ。まだ彼らと接して日の浅いアインズは、そこまでの忠誠心を向けられているとはいざ知らず、エルフの集落への対応を協議し始める。

 

「では、集落の維持に伴って我がナザリックからも支援を行なおうと思う。まず第一に、炎龍の襲撃によって不足している食料の配布。第二に、集落の復興に必要な労働力の提供。これについては、スケルトンを中心としたアンデッドを複数渡しておこうと思っている。それから....うん?どうしたのだ、アルベド?」

 

アインズは一連の支援策を説明しようとしていたが、アルベドがやや不満げな表情を浮かべているのに気づいて、続く言葉を止めた。

 

「アインズ様、御身のお考えに口を挟む無礼をお許し下さい――――――なぜ、あの集落にそこまでの御慈悲をおかけになるのでしょうか?」

 

そこでアインズは、双方の考えに齟齬があるのだとわかり、直ぐに訂正を入れる。

 

「あぁ、そうか。私としたことが、話をする順序を間違えてしまったようだ....そもそも、私は何も彼らに感情的に肩入れして、無条件に手を貸すというのではない」

 

「モッ―――――アインズ様に間違いなど御座いません!ですが....成程、そういうお考えなのですね....」

 

「....うん?わかったのか?」

 

黙して主の言葉に耳を傾けていたアルベドは、瞬時にその言の意味するところを理解して、主の明晰なる頭脳に目を細める。

 

つまり主はこう仰っているのだ。

 

『当然、我々の支援に見合うだけの対価は支払ってもらう。その上で、今後のナザリックの利益の為に多方面で尽力させる』と。

 

今後、ナザリックがこの世界に進出していくに当たって、この地で情報を集める為の拠点が必要だ。

それも、ナザリック地下大墳墓の存在が露見することのないような場所であることが条件となってくる。

 

新しく拠点を造った場合、どうしても今まで無かったものとして目立ってしまうが、元々この世界にあったものを利用すれば、直接ナザリックの存在が看破されることはない。そういった意味で、エルフの集落は手頃な隠れ蓑といえる。

 

また、情報を集める際にもナザリックの者を用いるよりも、元からこの世界の住人であるエルフ達の方が、この地の社会通念や一般常識にも精通している為に、何かと融通が利くことだろう。拠点の問題と同じく、ナザリックの正体を隠蔽するという意味でも良いといえる。

 

それらを総括すると、確かに一定の利用価値はあるように思われた。

 

加えて、金銭の問題もある。この地の社会へと入っていくのであれば、先立つものとしての通貨は欠かせない。

然したる金額ではないが、集落には幾らかの貯金があることはわかっていた。そこで、それらの蓄えを強制的に供出させるという手もなくはない。

ただ、そうすると当然のように集落の復興は困難となる。

主が救援に対する謝礼として受け取らなかったのも同様の問題があったからだろう。

 

そこで重要となって来るのが、ナザリックからの支援である。

ただ金銭を出させるではなく、その金額に見合っただけの物資や資源、人財と交換することで集落を再興できるようにするのだ。

主人の最終目標である「世界征服」を成す為の最初の一歩という名目であれば、ナザリックの決して安くはない財を提供することに対して、配下のシモベたちも不満を覚えることなく納得できる。

 

恐らく、我らが智謀の主はそこまで見越しているのだろう。

 

そこで、アルベドはハッとする。

 

―――――いや、もしくは最初からそう考えていたのではないか。

 

このような結果になると見通していたからこそ、エルフ達を助けたのではないか。

 

そう考えると、主の取られた行動全てが完璧に説明することができるのだ。

 

そうだ、きっとそうに違いない。アルベドは強く確信し、己の主への敬愛を一層深めるのだった。

 

「....畏まりました、アインズ様。あくまでも条件付き、というわけですね?」

 

「む?....あ、あぁ。そうだとも」

 

主の肯定を受けて、アルベドは自身の考えが間違っていなかったという確証を得られたことに悦びを覚える。

 

――――――だが実のところ、当のアインズの考えは全く異なるものであった。

 

アインズとしては、わざわざアインズ・ウール・ゴウンという自分にとって特別な名を使ってまで救ったのに、後になってみすみす死なせてしまうことが許容できなかったのだ。別に救ったエルフたちに肩入れしたわけではない。

 

アインズにとって重要なのは、ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』という名を汚さないこと。

たったそれだけである。

 

助けたことに付随して色々と利用できそうだという考えもありはしたが、それも漠然としたもので具体的にどうするかなどは今のところ固まっていなかった。

 

なので、短い言葉で全てを悟ったような態度を示すアルベドを見て、アインズは若干の疑問を覚えていた。

かといって、下手に突っ込んで藪蛇になるのも怖かったので、何か追及するのは止めておく。

 

次いで、他にエルフに関して考慮しておくべきことはなかったかと考えたアインズは、ホドリューが言っていたことを思い出して「そういえば」と話し出す。

 

「精霊魔法、というものがあるらしい。ホドリューは位階魔法に属さない、この地特有の魔法の一つだとか言っていたな」

 

守護者統括という重役を担うアルベドは、「この地特有の」という箇所で鋭く反応を示す。

 

「精霊魔法....ですか」

 

「あぁ....位階魔法とは異なる以上、我々にはどういった原理で発動しているのかわからない。この地特有の魔法である以上、ユグドラシルの魔法による防御が機能しないと考えておいた方がいいだろう。今後はより厳重に注意しておくべきだろうな」

 

アインズは注意喚起の意味合いを込めて伝えるが、アルベドにしてみれば集落への対応の必要性をより強化するものとして提示されたのだと思い、改めて主の慧眼に感服していた。

 

「この世界には、今回知った精霊魔法のように、ユグドラシルとは異なる法則が幾つかあることだろう。差し当たっては、今後はそれらについても調査対象に追加すべきだろうが....そう考えると、やはりこの世界で最初に友好関係を築けたのが彼らのような存在であったのは幸運だったな」

 

「えぇ、まさにその通りです」

 

アインズの考えを正しく理解していると思っているアルベドは、「わかっております」というメッセージを込めて満面の笑みで同意する。

ついては今アインズから指示された通りに、この世界特有の法則や力について速やかに調査計画を立案しようとアルベドは心得た。

 

「―――――さて、取り敢えず集落のエルフ達については今のところはこの辺りでよいな。アルベドよ、次の報告に移ってくれ」

 

「承知いたしました。それでは、ご命令の通り調査して参りました―――――――『ジエイタイ』について、報告させていただきます」

 

 

 

アインズは玉座の間で宣誓の儀を行った後、一時間と経たぬ内に再び動き出していた。

理由は、言うまでもなく「自衛隊」である。

 

突発的に姿を現したそれに、早急に対策を講じるべきという結論に達していたアインズは、集落にいる間に炎龍との戦闘時にコアンの森に送り込んでいた隠密能力に長けたシモベ複数体を使って、森から離れていく自衛隊を追跡させていた。

ナザリックに帰還した後は、この地を支える頭脳であるアルベドとデミウルゴスの両名を呼んでどうすべきかを相談する。

 

その際にアインズは自分が自衛隊について知っているということは話していない。二人を呼び出す前にはどうしようかとかなり悩んだが、最終的には「謎多き集団」という形に収まっていた。

言わなかった理由は色々とあるが、一番は配下のNPCらの混乱を招くことになるかもしれないという危惧である。

もし自衛隊に付いて説明するのであれば、それに連なってアインズの正体、さらにはユグドラシルについて説明をする必要も出てくるだろう。

そうなった場合、自分達の正体や明かされた事実を前にして、NPCたちが平静を保っていられるとはアインズには思えなかったのだ。

 

そういった複雑な事情を抱えながら、アインズは智者二人と対応策を討議した。

その結果、まず自衛隊には「威力偵察」を実行して、次いでその結果を見ながら「監視」もしくは「掃討」へと切り替えていくこととなった。

 

しかし、未だこの世界に来て分からないことの方が多い状況では、余りにも慎重さを欠いた策だというしかない。

何より、自衛隊と直前に接触していたアインズが事の首謀者として怪しまれるのは自然な流れである。

それでも、そんな下策を取らざるを得なかったのは、自衛隊についての情報をこの世界の者達がほとんど持っていないと考えられたからだ。

この世界の多くのものを見てきたと語っていたホドリューでさえ、全く聞き覚えがなかったのが何よりの証拠である。

同時に、今この時自衛隊に接触する機会を逃せば、次に情報を得られるのは一体いつになるかもわからない。

もしもアルヌスでの自衛隊と諸王国軍の戦いが流れてきていれば状況は変わったかもしれないが、当然アインズ達にはそんなことなど知る由もない。

そして、知らないのであれば、知っている情報の中で最善を尽くすしかない。

だからこそ、多少のリスクを冒してでも、此方から仕掛ける必要に迫られたのだ。

 

しかしアインズとしては、本物の自衛隊である可能性が高いことを考えると「掃討」を選ぶのはどうしても躊躇われる。

別に自衛隊がどうなろうが知ったことではないが、その結果として日本という国家と敵対することになれば、どのような結末になるかがわからない。

 

結末といっても、それが指しているのは戦闘の勝敗ではない。

 

アインズが恐れているのは、戦闘、戦争の先にある未来。

 

改めて言うことになるが、アインズ達41人がナザリック地下大墳墓を築き上げた『ユグドラシル』は、日本で発売されたゲームである。

 

では、もしもその日本が荒廃し、多くの人々が死に絶えてしまったら―――――果たして、そんな国でユグドラシルというゲームが制作されることなどあるのだろうか。

 

そして、制作されなかった場合――――――――自分達は、どうなるのだろうか。

 

ユグドラシルがあった自分がいた世界と彼ら自衛隊のいる世界が、同じ世界であるという確証があるわけではない。

だが一方で、同じではないといえるだけの保証もまた、ない。

 

再度、自衛隊の正体も含めて自分の知り得る事実全てを守護者たちに明かすという仮定もしてはみたが、やはりどうしても「最悪の可能性」にばかり囚われてしまい、結局言い出すことができなかった。

なので今は、少しでも「掃討」という結果に流れないようにとアインズ自身が努力するしかない。

 

アインズは、誰にも打ち明けることのできない恐怖を胸に秘めながら、それでも強い意志を滲ませる。

これからどのようなことが起ころうとも、仲間たちが残したナザリックだけは、絶対に守り切ってみせると。

 

 

―――――しかし、事態はアインズ達の思わぬ方向へと動くことになった。

 

 

まず、第一段階として自衛隊に対して行う「威力偵察」では現地の魔獣などのケモノを用いることになった。

この世界の生物とはその姿形も力量も大きく異なるナザリックのシモベは、そこからナザリックまでの足がついてしまうという危険性から即時除外されている。

その点、この地に元々いる生物であればナザリックに繋がる証拠にはなり得ないし、何より唐突に襲われたとしても不自然さは遥かに少ない。

多少の面倒はあるだろうが、獣などに襲われてもおかしくないような状況を整えてやれば、アインズを含めた何者かによる計画的な襲撃ではなく、自然の内に起こってしまった不慮の事故と認識させることもできる筈だ。

 

その考えがまとまったところで、ビーストテイマーを取得しており魔獣の扱いにも精通しているアウラに、適当なケモノを見繕って捕まえてくるよう命じた。

場所はナザリックからも近いコアンの森で、その奥深くには危険度の高い様々な種類のケモノが棲息しているとホドリューらから聞いている。

アウラがレベル80以上のシモベ複数体を伴いナザリックから離れて捕獲作業をしている間、アインズ達は自衛隊を追跡している配下の者達に随時報告させながら、遠隔視の鏡(ミラー・オブ・リモートビューイング)でも並行して監視を続けた。

 

アウラが何体かのケモノを確保して戻ってくるのとほぼ同じタイミングで、自衛隊の面々が人間の集落に入っていく。報告によれば「コダ村」という人間の村であるらしい。

どうやらコアンの森に行く前にも立ち寄っていたようで、その目的はこの世界に関する情報収集だった。

 

これで一つ判明したのは、自衛隊がナザリック側と同じくこの地について余り情報を持っておらず、恐らく来て間もないということ。

何らかのブラフという可能性も、その必要性を考えると無意味だと思われる。

 

自衛隊がおよそ自分達と大差ない立場にあるという確信と共に、先日エルフの集落で彼らからの助力の申し出を断った選択に、改めて間違いはなかったと安心する。

 

情報とは、力だ。

知っている者、つまり「持っている者」はそれだけで「持っていない」者との間に明確な差をつけることができる。

 

――――――世界では、『持っている者』が勝者だ。

 

それは、アインズがユグドラシルのゲーム内で学んだことの一つであり、ギルドの軍師であった、ぷにっと萌えからもよく言われていたことだ。

 

そんなことを回想していたアインズだったが、デミウルゴスから襲撃をかける場所として、コダ村を離れて暫く行った道沿いの林近辺ではどうかという提案を受け、すぐに採用した。

また、可能であれば、裏での工作等がバレにくい夜間が望ましい―――――――そう、考えていた時であった。

 

 

コダ村が、水龍に襲撃されたのだ。

 

当然、アインズ達にとっても全くの予想外の出来事である。

だが、一方で都合がいいのも確かだった。

 

幾つかの策を用いることで此方の情報を掴ませることなく「威力偵察」を行うつもりだったが、それでも直接何もせずに済む方が良いに決まっている。

たとえ疑われようが此方の身の潔白は保証されていて、また証拠隠蔽の為に面倒な手間をかける必要がないというのもありがたい。

 

期せずして自衛隊の戦闘能力を確認できる機会が訪れたわけだが、アインズ達もただ観察しているだけではない。

水龍との激戦を繰り広げている間のどさくさに紛れて、追跡させていたシモベらの内、シャドーデーモンの何体かに伊丹を含めた数人の自衛官の影に潜り込むよう命じる。

当たり前の如く伊丹達はそれには気づけず、なお必死に水龍との戦いを続けていた。

 

延々続くかと思われたその戦闘は、最終的には水龍を追い払う形で決着したが、結局自衛隊の戦闘力を見極められたかというと、やや微妙な結果になっていた。

 

それというのも、水龍を追い払う決め手となった攻撃には別の手が関与していたのだ。

 

真っ黒の奇抜な衣装を身に纏った幼い少女である。

彼女は巨大なハルバードをまるで棒切れのように振り回し、束の間水龍の動きを止める程強力な一撃を浴びせたのだ。

後に、彼女の正体はロゥリィ・マーキュリーという、特殊な力を持つ亜神なる者だということがわかった。

ただ、報告の内容には「神の恩恵」やら「神託」といった眉唾ものも含まれており、要確認する必要がありそうではあったが。

とはいえ、その戦闘を一見しただけでも彼女がどれだけ人間とはかけ離れているかは容易に理解することができ、自衛隊の大きな助力となったのは間違いない。

 

そして、自衛隊当人らに対しても、その装備に疑問が残った。

乗っていた車両もうそうなのだが、各種の武装を見ても、明らかに時代遅れな代物ばかりなのである。

アインズがいた時代も、100年前も自衛隊がどのような装備であったかは詳しく知らないが、それにしても歴史の授業で出てきても不思議でないくらい旧式に見える、というのが率直な感想だった。

ナザリックでは、プレアデスのシズ・デルタが類似する装備を持っているが、その性能は天と地ほどの差があるように感じる。

故に、果たしてこれが自衛隊の本当の実力かどうかと問われればかなりの疑問が残るし、アインズ本人には否であろうと思われた。

そう思う理由には幾つかあったが、確信を得るには自衛隊が何処から来たのか、また現在どのような状況に置かれているのかといった情報も必要となってくる。

 

その為、第二段階では「掃討」ではなく「監視」を継続する方針で決まった。

 

また、監視対象には自衛隊以外にも、水龍との戦闘で驚異的な実力を発揮したロゥリィも追加されている。

いや、むしろ戦闘能力という意味では、場合によっては自衛隊よりも重要視すべき対象になるかもしれない。勿論、「掃討」を選択しなかったのは彼女の存在も大きかった。

保有レベルがどの程度のものか調べようとすると、何らかの対策が施されているのか正確に判断することができなかったのだ。

そこで監視方法は、そういった不明な点を考慮して間接的なものに留め、シャドーデーモンを潜ませるのは一端止めておくことに決まった。

幸い、ロゥリィは自衛隊に付いていくことになったらしく、これで調査の手間もぐっと抑えられることになった。

自衛隊と別れていたら、独自で調査する対象として隠密能力に長けた高位のシモベを複数監視に割かなければならないところだった。

 

こうして結果的には此方から手を回すことなく戦闘データを取ることができたので、アウラが用意していたケモノを嗾ける当初の作戦の方は中止させ、シャドーデーモンの密偵を中心とした「監視」へと本格的に動くことになったのである。

 

 

それが今、報告としてまとまり、アインズまで上がってきたところだった。

 

「ジエイタイの拠点は先日に連中が申していた通り、アルヌスという丘陵地帯にありました。既にかなり大規模な陣営を構築していますが、今もなお拡大増設を続けているようです」

 

「ふむ、そうか....では、今後は既存の施設や設備にどのような種類があるかと、今建設されている施設の情報などを調べるように通達せよ」

 

「はっ、畏まりました。....次はジエイタイが所属している国なのですが、少々気になる点が御座いましたので、優先してご報告させていただきます」

 

「....む。何か、あったのか?」

 

アルベドが「気になる点」と言ったところで、アインズはピクリと反応しかけたが、どうにか勘付かれずに済んだ。

 

「はい。ニホンという国名だったのですが....ジエイタイの連中の話によると、この世界とは別の場所(・・・・)に国土があるというのです」

 

「....ほう、面白い話だ。続けよ」

 

はっ、と威勢よく返事をするアルベドは、敬愛する主人に面白いと仰ってもらえたことに歓喜していたのか、普段と違って冷静さを欠いていた。

だからであろうか。報告を聞いた時、ナザリックの支配者の声が僅かに震えていることにアルベドは気づかなかった。

 

「どうやら『門』(ゲート)と呼ばれる特殊な通路を介することで、此方側の世界に渡ってきているのであるとか....証拠として、実際にその『門』(ゲート)なる場所から物資が運び込まれていく一部始終の様子を確認することができたとも報告されております」

 

「そ、そうか....であれば、彼奴らの本国はやはりその向こう側にあると考えるのが、現時点では妥当か。その『門』(ゲート)の構造についても気になるところだな。マジックアイテムなのか、もしくは別で、この世界特有の法則が関わっているのか....」

 

「まさしく、仰る通りです。付きましては『門』(ゲート)についても、より詳しい情報が入り次第報告させようと思います。それでは、次に――――――」

 

その後、水龍の襲撃によって帰る場所がなくなったコダ村の住人を避難民として受け入れ、連れてきた伊丹の隊の者が中心に対応していること、この世界のことを「特地」と呼称していること等が報告されたが、その中でも注視すべき情報が一つだけあった。

 

「....成程、伊丹らは上層部に我々のことを報告したか....」

 

言いつつ、アインズはその骨も皮もない、すべすべとした顎骨を右手で触る。

口止めなどはしなかったので、当然報告されるだろうとはわかっていたので、特に驚きなどはなかった。

どちらかというと、気を付けなければいけないのは、その報告を受けて自衛隊上層部がどのような判断を下すかだ。

 

「....やはり、あの時消しておくべきだったでしょうか」

 

「止せ、アルベド。まだ我々と敵対すると決まったわけではない。軽率な行動によって我々自身の首を絞めることにもなり兼ねないのだ、消すかどうかは慎重に見極めた上でなければならん」

 

物騒な事を提案してくるアルベドを、アインズは慌てて諫める。

絶対的支配者からの命令を受けて「申し訳ございません」と謝罪するアルベドは、叱られたくせに口角をつり上げている始末だった。

 

「兎に角、今後は自衛隊が我々の存在をどのように認識して、対応するつもりであるのかを最優先で調査して、報告させるのだ。よいな?アルベド」

 

「勿論で御座います、アインズ様」

 

アルベドの承諾を受けて納得したアインズは、早速次の報告に移らせる。

 

この報告を始めてから既にかなりの時間が経過しているが、アインズは休みを取る気はない。

アンデッドの種族特性により疲労も睡眠の必要もないという身体的な理由もあるが、それ以上にいち早くこの世界の有用な情報を聞いておきたかった。

 

アルベドの報告を聞きつつ、分厚い書類に目を通していたアインズは、ある単語を聞いて眼窩の炎を揺らした。

 

「....オーステン大陸か」

 

オーステン大陸。

今ナザリックがあるファルマート大陸の東部にあるもう一つの巨大な大陸。

ファルマート大陸とは幾つかの点で異なっているということ以外にほとんど情報が入っていなかった地である。

 

「はい。大陸の東端、港湾地区と帝都近辺を中心に調査させました。まず、オーステン大陸の人間の国家と交易を行っている拠点は、【レイムス港】。国家間で交易を行っているのは【リ・エスティーゼ王国】と呼ばれる国だけだそうです。ただ、民間での交易はそれ以外の国ともある程度行っているようで、【バハルス帝国】、【スレイン法国】といった名称の国々がありました」

 

「ホドリューからの情報にあった通り、此方側とは違って幾つかの国家があるのだな....それ以外ではどうだ?」

 

「言語はファルマート大陸とは厳密には異なるようですが、類似している部分が多く、実際に日常的な会話をする際にはほとんど誤差の範囲内に収まるので、問題ないようです」

 

アインズは、例えるならスペイン語とポルトガル語みたいなものか、という認識で納得した。

 

通貨は異なっていたが、国家間での交易をしているのでその辺りの問題はない。

ロムルス帝国とリ・エスティーゼ王国の交易港には両替所があり、交金貨も発行されていた。

通貨のレートなどは流石にまだわからなかったが、それ以外にもファルマート大陸とは異なる特徴が幾つも見つかった。

 

「やはり、ファルマートとオーステンでは文化が異なるよう―――――――む?」

 

アインズは斜め読みでぺらぺらと資料を捲っていたが、一つの項目が目に付き、その手を止める。

そこには三つの文字が記されていた。

 

「....『冒険者』、だと?」

 

アインズは、アルベドの方を見て詳しく説明するようにと促す。

 

「それは....依然調査中ですが、オーステン大陸のみにある職業の一つだと報告されています。どうやら、個人である程度以上の戦力がある者が請け負うことが多い職業のようですが....それ以外の情報に関しては憶測の域を出ないので言及を控えさせていただきました」

 

そこまで報告すると、アルベドは急に表情を曇らせて頭を下げる。

 

「冒険者の件も含め、力及ばず申し訳ないのですが....その他にも各国々の政治状況、体制、生活状況とその水準などの部分は未だ調査中です。魔法についてもどのように扱われているのか、ファルマート大陸と異なっているのかなどはまだわかっておりません」

 

「ん?あぁ....気にするな、アルベドよ。今回は調査時間も短かったし、報告までに裏が取れる情報に限定させたのだ。無理もないだろう。むしろ、この短時間でよく情報を集めてくれたな」

 

アインズは、よくやったと笑いかけようとするが、よくよく考えると顔は骸骨なので笑いようがないということに気づく。

それでもアルベドには伝わったのか、アインズの言葉を聞くと、それまで曇らせていた顔色が、ぱぁっと晴れるのが見えた。

 

「ア、アインズ様....!勿体なきお言葉です!」

 

改めてじっと見ると本当に可愛いな、などと暢気なことに気を取られそうになるのを何とか抑えて、アインズはまだ仕事は終わっていないことを思い出し気を引き締め直す。

 

「う、オホン!ア、アルベドよ....それでは、オーステン大陸の調査は今後も継続して行ってくれ。では、次の報告を頼むぞ」

 

「はい!アインズ様!」

 

それからのアルベドは、アインズから直々に褒められたことで終始上機嫌で報告を続けていた。

 

 

 

「....ふぅ。や、やっと終わった....」

 

アインズは椅子にもたれ掛かって、大きな溜息(のようなもの)をついた。

 

あれから数時間に渡って続いた報告が漸く終わって今は、一度アルベドには退出してもらったところである。

それでもお付きのメイド―――――今日はフォアイルが、アインズから少し離れた扉の近くで控えているので一人というわけではなかった。

 

何処に行くにも誰かがついて回る現在の状況は、「鈴木悟」という一介のサラリーマンの精神が残るアインズには――――――はっきり言って、苦痛である。

 

正直なところ、少しの間でもいいから誰にも近寄られず一人でリラックスできる時間が欲しい。とはいえ、そのままシモベ達にそれを伝えるわけにもいかず、こうして悶々とした感情を内に溜め込むことになっているのだ。

それこそ真っ当な理由でもない限り、配下の者達から構われることなく外に出るのは難しいだろう。

 

今後もこんな状況が続くのかと陰鬱な気分になりながらも、アインズは自分がこのナザリックの支配者として振る舞わなければならないという使命感も忘れることはない。

 

(さて、どうしたものか....)

 

報告の内容をゆっくりと再び飲み込みながら、これからどのように行動していくべきかを考える。

 

執務室の天井を見上げ、少しの間己の思考の中へと入っていく。

自分達を待つこの世界での未来のこと、ナザリックとNPC達のこと―――――――そして、この世界の何処かにいるかもしれない友たちのこと。

自分はどのような道を歩んでいくべきなのか。

一つの見方だけでなく、これからの大局的な見地からも考える。

 

 

そして、アインズは決断した。

 

 

 

「うむ。行くか――――――オーステン大陸へ」

 

 




これにて、第4話は終了です。如何だったでしょうか?

取り敢えず次回の方針は決まっているのですが、特に自衛隊の方を原作とどう変えて展開していくのか、中々悩み所です...
次回までにはどうにかしないと。


それでは、次は第5話「いざ戦場へ」でお会いしましょう。


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第5話「いざ戦場へ」(前編)

投稿時間が徐々に遅くなっている気がする...

来週は日を跨ぐかも...?


というわけで、どうぞ。


リ・エスティーゼ王国は、オーステン大陸において、バハルス帝国、スレイン法国と並ぶ最大規模の人類国家である。

国家の体制は、国王を頂点としているが、貴族が強い権力を持って政治の中心的な立場を担っている。中でも、六大貴族と呼ばれる大貴族は更に強大な権力を誇っており、たとえ国王であっても彼らに干渉するのは容易ではない。

商いで経済を回し、各地で様々な事業を行い、また領内での治政、領民の管理といった役割をこなしていることもあり、今や王国を国として維持するのは彼らの力なくしては不可能であった。

そういった貴族らは、自分の領内では傲慢な立ち振る舞いをする者が多く、強権的な体制を敷いて民草を支配する様は、悪政の権化と呼ばれて然るべきだろう。

そんな貴族達の無法な行為も、以上に挙げたような理由から国が厳しく罰することもできず、今なお地方では圧政に苦しむ領民が数多くいた。

 

また、政治の場面に話を移しても、会議でやっていることといえば、実質的には貴族達の派閥争いに過ぎない。建設的な話し合いなどほとんど期待できず、ただ只管に彼らは自分達にとって最も旨味のある話だけに時間を割き、飽くなき欲望のままに貪り続ける。

 

虐げられ、全てを貪られて苦しむ国民たちと、その民草から全てを巻き上げて堕落の限りを尽くす悪徳貴族。

 

そんな、王国の置かれた現状を一言で形容するならば――――――――

 

 

「――――――――重症だな、話に聞いた限りでは」

 

いや、もはや死に体かもしれない。アインズは声には出さず言い直す。

 

「はい、仰る通りです。アインズ様」

 

「....『モモン』、だ。『ナーベ』よ、何度も言わせるな」

 

「はっ、申し訳ございません」

 

アインズが小声で窘めると、横に並んで歩く女性、『ナーベラル・ガンマ』は謝罪の意思を示す。

 

(....はぁ。本当にわかってるんだろうか?)

 

アインズは既に両手で数える程繰り返してきた同様のやり取りに、思わず嘆息してしまう。

 

モモンと自称するアインズと、ナーベと呼ばれた、戦闘メイド『プレアデス』の一人、ナーベラル・ガンマ。二人は、往来の人々の活気に満ちた昼間の街中を歩いていた。

 

しかし、アインズもナーベラルも普段ナザリックにいる時とは異なる恰好をしている。

 

まず、アインズは漆黒の全身鎧に身を包み、骸骨の顔は同じ黒色のヘルムで隠されている。鎧は各所に精緻な細工が施されており、金色の刺繍が漆黒とのコントラストで映えていた。

棚引く真紅のマントも、漆黒の戦士をより一層引き立たせ、その背中には、他の部位と同じく黒色の、巨大なグレートソード二本を交差させて背負う。

そんな装備に身を固めていれば当然のように目立ち、今も道行く人から多くの視線が投げかけられていた。

 

一方、ナーベラルの方は対照的に地味な衣装である。

ナザリックの基準では質素に入る部類の服装の上から茶色のローブを羽織っているという装備だけだ。普段の彼女が着用している派手な戦闘メイドの装備とは、かなりの差がある。

それでも、彼女の持つ美貌は隠しようがなく、モモンとは別の理由から、特に男性を中心として好奇の目線が集まっていた。

 

様々な感情が乗った幾つもの視線を感じながらも、アインズとナーベラルは特に気にすることなく、時折軽い会話を挟みながら目的地を目指す。

 

その目的地は、この都市にある『冒険者組合』。

 

そう。アインズ達がこの地に来た目的はただ一つ。

 

 

『冒険者』になる為であった。

 

 

エ・ランテル。

リ・エスティーゼ王国の南東部、国境近くの城塞都市である。

この都市は城塞都市と謂われるように、三重の厚い城壁に守られており、バハルス帝国、スレイン法国という他の二大人類国家と国境を接するという重要な位置にあった。それらの国と戦争を行う際には、この地を中心として軍団を集結させ、備える役割も持っている。

実際、毎年農作物の収穫期に戦端が開かれるバハルス帝国との戦争に際しては、要塞としての機能を如何なく発揮してきた。

それだけでなく、上記したように法国や帝国と折衝する地点であるが為に、交通量も多く、物資や金、人など実に様々なものが行き交い、栄えている。

 

つまり王国にとっては、王都から遠く離れた土地ではあるが、要所という位置づけにあるのだ。

故に、辺境にあるにも関わらず国王直轄領として管理されている。

 

今アインズ達がいるのは、三重の城壁のうち、最外周に当たる壁の内側であった。この辺りは城壁内周部と呼ばれており、二つ目の壁の内側には商会や神殿、宿屋など各種の施設が揃っている。

 

三つ目の壁の内側は、城壁最内周部と呼ばれ、この都市の中枢を担う行政区がある重要区画で、厳重に警備されている。また、都市の貴族や高所得者層の人間が居を構えている場所でもあった。

 

アインズ達の目的地でもある冒険者組合所は、一つ目の壁の中にあるので、都市に入ってからそれ程の時間も距離もかからない。

 

城壁外周部の検問所で事前に場所を聞いていたこともあって、特に道に迷うこともなく到着した二人は、組合所の中で手短に用件を済ませる。

そして、組合所から出てきた後、二人の首元には銅のプレートが提げられていた。

 

「....組合に登録してから依頼を受けられるまで一日かかるのは少し予想外だったが、それ以外は特に問題はなさそうだな」

 

アインズは、今しがた組合の受付嬢から聞いた話を再び確認する。

 

冒険者の等級は、下から順に(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイト。エ・ランテルではミスリル級が都市最高位だという。

 

その中でも、やはり注目するのは全ての冒険者の頂点ともいうべき存在である『アダマンタイト級』だ。アダマンタイトに選ばれるのは、数多の偉業を成し遂げた英雄的存在であり、あらゆる冒険者達から尊敬され、憧れの対象となる者達。

そんな話を聞けば、アインズの目論見も含めて、気にしないわけにはいかない。

 

(アダマンタイトか....目指す方向性としては、やっぱり一番わかりやすいかな)

 

「....あの、ア――――モモン、様。この後は何方へ行かれるのですか?」

 

「ん?あぁ....取り敢えず、組合の近くで適当な宿屋を探すか」

 

「畏まりました、モモン様」

 

「....様は止せ。我々は形の上では対等な冒険者なのだからな」

 

「畏まりました、モモンさ――――ん」

 

「....」

 

 

アインズ達は組合を出てから20分ほどで丁度良さそうな宿屋を見つけることができた。見たところ、一階は酒類を出す店風の造りで、二階からが宿の部屋になっているようだ。

いかにも駆け出しや予算の少ない冒険者が泊まりそうな宿屋といった風情がある。良く言えば入りやすい、悪く言えば安っぽいといったところだろうか。

 

西部劇でよく見掛けるウェスタンドアを押し開けて中に入ると、外にいた時と同じく、目立つ格好の二人組に対して周囲からの視線が突き刺さる。

宿内が俄かにざわめくが、外での対応と同じくアインズはそれを無視して奥に進む。

 

四方八方からの視線を受けつつ奥のカウンターまで辿り着くと、其処ではガタイの良い壮年の男店主がコップを磨いていた。

 

「....宿だな」

 

此方をチラリと見ることもせず、店主は余り愛想のよくない態度で話し始める。

 

「相部屋で一日5銅貨。飯は―――――」

 

「二人部屋を希望したい。食事は不要だ」

 

予め用意しておいた言葉を遮られた店主は、そこで漸く顔を上げた。その目線の先にあるのは、アインズの首元に下げられた銅のプレート。

店内からは、誰からともなく薄い笑い声が上がる。その声には、明らかな嘲笑が含まれていた。

 

「....お前さん、カッパーのプレートだろ。だったらここは―――――」

 

「先程組合で登録してきたばかりなんだ」

 

アインズは再度、店主の言葉を遮って畳み掛ける。

 

すると、店主はドンと強くテーブルを叩いて、ドスの利いた低い声を出した。

 

「....一日7銅貨、前払いだ」

 

アインズはその言葉に何も逡巡することなく、直ぐに七つの銅貨をテーブルに載せる。

 

店主はその様子を見て溜息をつくと、「部屋は二階の奥だ」とだけ言って、また手元のコップを磨き始めた。

 

「うん....?」

 

その言葉に従って奥の階段に向かおうとするも、そこで邪魔が入る。

 

近くのテーブルに座っていたガラの悪い三人組の男の内、スキンヘッドの男が通路に足を投げ出してきたのだ。

連中は一様に下卑た含み笑いを漏らしながら、アインズ達が通るのを待ち構えている。

 

(うわぁ....こういう奴って本当にいるんだなぁ)

 

「....やれやれ」

 

小さく呟くと、そのまま連中が待ち構える方へと歩いていく。必然、スキンヘッドの男が投げ出していた足とアインズの足がぶつかることになった。

 

「おっとぉ!オイオイ、いてェじゃねぇか!」

 

自分から足を出しておいて、オーバーリアクションで抗議してくる禿げ頭を前にして、流石のアインズも若干苛つきが募り始める。

その後もガチャガチャと五月蠅く騒ぎ立てていた男は、横のナーベラルを見て今度は別の意味で下卑た笑い声をあげ、「そっちの女に介抱してもらおうか」などと言い始めた段階で遂に我慢ができなくなった。

 

ナーベラルが男に向かってしかめっ面を浮かべているのを横目に、アインズはくくっと小さく笑って肩を震わせる。

 

「....いやいや、許してくれ。余りにも雑魚に相応しい台詞に笑いを堪え切れなかった」

 

「あぁ!?」

 

格下だと舐め切っていた相手に挑発されて、顔を真っ赤にしたハゲ男が掴みかかってくるよりも早く、アインズはその胸倉を掴み上げた。周囲がどよどよと騒ぎ立てるのも気にせず、そのままアインズは吊るされた男に話し掛ける。

 

「お前とならば、遊ぶ程度の力も出さないで済みそうだ」

 

片手で吊るし上げられた男は既に息も絶え絶えになり、赤かった顔が徐々に青く変色していく。その様子を見たアインズは、少しだけ勢いをつけ―――――片手で男を投げ飛ばした。

 

男は悲鳴をあげながらテーブルの一つに激突し、凄まじい衝撃音が店内に反響する。

幸いというべきか、そのテーブルには誰も座っていなかった。

 

「....次はどうする?時間を無駄にするのも馬鹿馬鹿しい。何なら、お前たち全員でかかってくるか?」

 

残っていた二人にアインズが脅し口調で訊くと、さっきまでの威勢が嘘のように、あっという間に委縮して顔を強張らせていた。

 

「い、いや....その、連れが済まなかった。ゆ、許してくれないか...?」

 

「あ、ああ!アイツには俺たちからもキツく言っておくからよ、頼むよ旦那....へへっ」

 

(....やっぱり雑魚としか思えない台詞だなぁ)

 

「....成程、そういうことなら仕方ないな――――――だが、次も同じことがあったら流石に私も容赦しない。わかったな?」

 

コクコクと必死に頷く二人組を見て納得すると、今度こそ二階へと歩き始めた。

 

 

店主から言われた奥の部屋に入った二人は、中の様子をぐるりと見回して確認する。

やや手狭な印象を受ける質素な造りで少し埃っぽく、長い年月を経た木造独特の匂いがあった。

だが、アインズはこの部屋の雰囲気はそこまで悪くないと感じていた。それに、「鈴木悟」だった頃の現実世界では、木造の建物を見る機会などほとんどなかったこともあって、ついつい物珍しく観察してしまう。

 

「このような場所に至高の御身が滞在されるなど....」

 

「そう言うな、ナーベ....しかし、あれが『冒険者』か」

 

アインズは、店内で目にした、これから同業となる冒険者達の姿を思い出す。

 

「組合という組織に管理され、依頼はモンスター退治ばかり....予想以上に夢のない仕事だな」

 

アインズが当初抱いていた淡い夢想は既になく、その声には失望の色が隠し切れなかった。

 

「....先程不敬を働いた連中はどう致しましょうか?」

 

「放っておけ。連中が下手なことをしない限りは多少は大目に見てやろうじゃないか....あー、それで、ナーベよ。一つ質問なのだが....人間を、どう思う?」

 

虫けら(ゴミ)です」

 

即答である。

 

アインズは頭を抱えてしまった。

 

「....ナーベよ。その考えを捨てよとは言わぬが、せめて敵対的行動を誘発させる考えは慎め」

 

「畏まりました、アインズ様」

 

「モモン、だ!この街にいる間はそう呼べと言っているだろう。あと、様付けもやめろ。今のお前は『ナーベラル・ガンマ』ではなく、モモンの冒険者仲間の『ナーベ』なのだからな....わかっているな?」

 

「も、申し訳ありません。モモンさ――――――――ん」

 

間抜けな呼び方に突っ込みを入れたいところだったが、そんなこと一つ一つに呵々ずらっているとキリがなさそうなので何も言わないことにした。

 

「まぁ、いい。これからの行動方針だが、まず我々はこの都市で著名な冒険者としてのアンダーカバーを創り出す。その主な目的は、この世界における情報網の構築だ。冒険者として実績を積み、ミスリルやオリハルコン、最上級のアダマンタイトのプレート持ちになれば、その等級に見合った仕事を回され、得られる情報も有益なものが多くなるだろう」

 

「流石です、アインズ様」

 

モモンだと何度目かもわからない訂正を入れたアインズは、だが、そこで最大の問題について触れなければならなかった。

 

すっと懐に手を入れて、手の平に乗った残り少ない銀貨、銅貨に目をやる。

 

「だが、既に問題が生じている。――――――金が、ない」

 

そう。金がないのだ。

ホドリューにユグドラシルの金貨を確認してもらったところ、この世界でも使えるということがわかったが、それでも他のプレイヤーが来ている可能性がある以上、自分達の正体が露見しかねない物品を流出させるのは避けたい。

ユグドラシルでは、悪名高い異形種ギルドとして通っていたナザリックだ。その名を聞けば、中には積極的に敵対行動に出ようとするプレイヤーもいるかもしれない。

 

そこで今までは、エルフの集落から物資の提供を通じて「貸して」もらったり、ナザリックで最下級かつユグドラシルの物とわかるような特徴もない宝石類を少量、商人に売って現地通貨を確保してきた。

ただ、想定外だったのは、最下級の宝石でもこの世界では相当な値打ちがすると判明したことで、その出所を巡って少しトラブルが生じた。その時は、代行していたホドリューが機転を利かせてくれたお陰で大事には至らなかったが、今になって考えてみると相当危ない橋を渡っていたのだとわかる。

しかし、ナザリックの物品を外部に出すことには難色を示していたデミウルゴスやアルベドが、そのトラブルに関してだけ、なぜか「成程」とか「そういうことですか」と言って納得していたが。

 

そういったこともあったので、宝石類やそれ以外の物品の交換も慎重にならざるを得なくなり、得られる金銭も限られてしまったのである。

ファルマート大陸での別働隊の作戦(・・・・・・)にもかなりの額が必要であるし、アインズ達がオーステン大陸に渡航する為の費用、エ・ランテルに来るまでの馬車代なども合わせると、自由にできる金額はもう雀の涙程度しかなかった。

そもそも冒険者という職業を選んだ理由の一つには、ナーベラルには言わなかったが、今後の為にも安定的に現地通貨を得たいという思惑があった。

冒険者は、実力さえあれば高収入も望める夢のある仕事だと聞いたので、打ってつけの職業だと当てにしていたのだ。

 

実際には夢などなかったのだか。兎に角にも、金が足りない。

 

「まずは目先の問題からだ――――――――仕事を見つけるぞ」

 

「畏まりました、モモンさ...ん。ですが、一つお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

徐々にモモンの呼び方に慣れてきたナーベラルが、恐る恐るといった調子で話しかけてくる。

 

「構わんが、どうした?」

 

「はい、疑問に思っていたのですが....モモンさんは何故この地で冒険者を始められるのですか?」

 

「あぁ、それか....それはな――――――」

 

アインズはナーベラルの質問に返答する為に、この地、オーステン大陸に来るまでのことを回想し始めた。

 

 

まず、最初にデミウルゴスとアルベドに「オーステン大陸に行って冒険者になろうと思う」という旨の考えを伝えた時は、予想していた通り猛反対されてしまった。

冒険者になることで得られるメリットなども説明したが、それならばアインズ自らではなくシモベ達に任せるべきではないかと言われてしまい、困り果てる。

 

実は、最初にオーステン大陸へ行こうと決めたのは、ファルマート大陸から離れたいというアインズ自身の思いがあったからなのだ。

その原因は、言うまでもなく自衛隊の存在である。

今、何処かで何らかの形で合っても彼らと接触するのは不味い。接触する機会や時間がある程、正体が露見する危険性が増す。

ならば、どうすればいいのかと考えれば簡単な話で、彼らが来れない場所にいればいいという結論になったのだ。引き続き自衛隊の調査はナザリックで続けるが、実際に監視するシモベらは自衛隊のことなど勿論知らないので、もし監視を行っていることがバレたとしてもアインズやナザリックの正体にまで繋がる心配はない。

 

そう考えたアインズは、後から「冒険者」という仕事を得る目的を足して、提案することにしたのである。

だが、真の目的に関して言及することは当然できない。自衛隊についてアインズが知っているということは、未だナザリックの者たちに明かすわけにはいかないのだ。

 

結局、あれこれと理由をその場で考えて説得したところ、配下の者が同伴することを最低条件として何とか納得させることができた。

デミウルゴスの方は、いつもと同じく勝手に深読みし納得してくれたのだが、アルベドは頑として自分が伴になると主張して譲らない。

アインズが困っていると、デミウルゴスが対応してくれるというので、全てを任せて自分はそそくさと準備を整えナザリックから出発したのだった。その際、同伴する者としてナーベラルが選ばれたのは、アルベドと違って見た目が人間そのものであったからだというのは言うまでもない。

 

その後、近くの都市から出ている乗り合いの馬車などを使ってレイムス港まで移動し、大陸同士を行き来している定期船に乗って、オーステン大陸、リ・エスティーゼ王国の港湾都市『リ・ロベル』に到着した。

都市に到着してからは、まず通貨の交換を行い、少しの間宿に滞在して王国の情報を集めたりして過ごしたが、細かい地理情報や王国の現状などが把握できてからは、各都市に繋がる乗り合い馬車を此方でも使い、エ・ランテルまで辿り着き、今に至る。

 

ナザリックを出発してから目的地に到着するまで、実に二週間を超える長旅であった。

 

王国に着くまでに一週間ほどかかったが、それと同じくらいの時間をかけてエ・ランテルまで来たのには理由がある。

調べたところ、リ・ロベルにも冒険者組合はあったのだが、王都に程近い位置にあるというのが気になっていた。

普通、王都は国の中心なのだから、国家の支配基盤が最も盤石で、王制であればその権力下で厳重に管理されている筈だ。

事実、ロムルス帝国は中央集権的な体制で冒険者という存在を排斥している。

王都にも組合はあるらしいが、それでも現時点で国や権力と関わり合いになるような事態は避けたかったし、何より秘密裏に情報収集がしやすい場所とも思えなかった。

ただ、都であるからこそ得られる情報というのもあると思うので、今後何らかの形でナザリックの手の者を向かわせることは決めている。

そういった事情があり、王都からは離れた場所で冒険者稼業を始めたいと思っていた。加えて、王国だけでなく他の国についても情報を得やすい場所が最適と考え探していたところ、丁度エ・ランテルの存在を知るに至ったのだ。

それから地理的条件を詳しく確認して、アインズは「ここしかない」という強い確信を持った。

王国、帝国、法国という三つの国が接する場所であり、王都からも程遠い位置にある。

 

だからこそ、アインズの望む条件を満たしているエ・ランテルまで、こうして遠路遥々やって来たのだった。

 

「....成程、流石です。その深き御推察に感服致しました」

 

アインズがそこまでの一連の説明を終えると、ナーベラルは心の底からそう思っているように、膝を床に突いて臣下の礼を見せた。

 

「世辞は止せ。それより、明日からは早速依頼探しだ。ナーベも直ぐに出られるように準備は怠るなよ」

 

 

それから一夜明けた翌日、言葉通りに早速行動を開始したアインズ達だったが、組合所に着いて早々大問題に直面していた。

 

組合所の中、大きな掲示板に冒険者への依頼と思しき紙が幾つも貼り出されている。

アインズとナーベラルはその掲示板の前でじっと佇んでいた。組合所でも、他の場所と同じく何人かの人間から視線を感じるし、中にはアインズの立派なフルプレートを見て冷やかしの声をかけてくる輩などもいるが、今はそんなことは全く気にならない。

アインズは貼り出された紙の一つ一つを物色しながら、周囲に聞こえないようにポツリと小さく呟いた。

 

「....文字が読めん」

 

アインズは、ちらりと横のナーベラルを見やるが、やはり自分と同じく紙に何と書かれているのかわからないようだ。

少しの間どうしたものかと悩んだアインズは、じっと考え込んでから、意を決して一枚の紙を掴み取り、受付へと持っていく。持って来た紙を、受付嬢がいる台に勢いよく載せた。

 

「この依頼を受けたい」

 

すると、受付嬢は一瞬ポカンとして驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直して説明を始めた。

 

「申し訳ありません。此方の依頼はミスリルのプレートの方々への依頼でして....」

 

アインズはそうなのか、と言いそうになるのを堪えて、平静を保ちつつ答える。

 

「知っているとも。だから持って来た」

 

え、と受付嬢を含めてその場でアインズの言葉を聞いていた人々が皆一様に驚きの声を漏らす。

 

「ですが、規則ですので」

 

またこの手の輩か、と思いながらも受付嬢は丁寧な姿勢を崩さず応対を続ける。

 

「フッ、下らん規則だ」

 

「仕事に失敗した場合、多くの方の命が失われる可能性がありますよ?」

 

受付嬢は少しだけ脅かすような口調でそう言うが、アインズは寧ろ更に勢い込んだ。

 

「それなら心配いらん。私の連れは、第三位階魔法の使い手だ」

 

その言葉に、周囲の冒険者達がどよめく。この世界で第三位階魔法を使える者は、天才と呼ばれるに値する程の才能と実力を持っている魔法詠唱者の証明だからだ。

事前にホドリューなどからそう聞いていたが、アインズもまさかそれ程の効果があるとは思っていなかった。

ユグドラシルでは、第三位階など初歩中の初歩。それだけでなく、人間が使える最上級の魔法が第六位階までと聞いたときは、冗談かと疑ってしまった程である。それだけ、この世界の人間が扱える力は小さいということなのだ。

 

「そして、私も彼女に匹敵するだけの戦士だ。私達は自分の実力に見合うだけの高いレベルの仕事を望んでいる」

 

脅かしてきた受付嬢に対して、逆に此方が威圧するように少し強い口調で宣言する。

それを聞いた受付嬢は、先程までと少しだけ態度を改めるものの、やはり規則で決まっていることは変えられないと、その点だけは譲らなかった。

 

(....この辺りでいいかな)

 

「....そうか、それでは仕方がないな。我が儘を言ったようで悪かった。ならば、(カッパー)のプレートで最も難しい仕事を見繕ってくれ」

 

唐突に態度を軟化させた漆黒の剣士に、受付嬢は目をパチクリさせるが、本当は話が分かる相手だったのかと思い直し、評価を改めることにした。

 

「はい、畏まりました」

 

それを聞いたアインズが、小さく右拳を握りしめたことには、誰も気づかなかった。

 

「――――――でしたら、私達の仕事を手伝いませんか?」

 

受付嬢が依頼を探してこようと席を立った時、不意に横から話し掛けられる。

 

「ん?」

 

アインズが目を向けた先には、四人の冒険者たちの姿があった。

 

「....あァ?」

 

 

アインズは、自分が思っている以上にガラの悪い声を出していることには気づかなかった。

 

 




第5話、前編これにて終了です。
基本的には原作と重なるシーンが多かったような気がしますが、文中で原作と異なる結構重要なポイントがあります。
その違いが今後、どう影響してくるでしょうか?

さて、後編ですが、予定通りなら冒険者モモンの続きと自衛隊の動きの両方になると思います。

それでは、次回の更新でお会いしましょう!、


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第5話「いざ戦場へ」(後編)

第5話、後編です。

最近、原作の内容の扱いについて、同じところはバッサリカットしてしまうか、あらすじ形式で描写しておくか、どっちがいいかで少し悩んでおります。


というわけで、どうぞ。

06/09
自衛隊員とロゥリィのレベルの設定を一部変更しました。

06/30
アウラの独白と台詞に、自衛隊の戦闘機に関する記述を追加しました。



「ハァアッ!!」

 

轟音を立てて横一線に振るわれた剣戟が、大鬼(オーガ)の首を斬り飛ばす。続いて、背後から飛び掛かって来たホブゴブリンを返す刀で両断した。

 

「おおっ!」

 

「す、すごい...」

 

その闘いぶりを目にしていた冒険者達から、どよめきと歓声が上がる。

 

「まさか、これ程とは...」

 

驚嘆の声を漏らしたのは、(シルバー)級冒険者チーム「漆黒の剣」のリーダー、ペテル・モーク。

その視線の先にいるのは、漆黒のフルプレートに真っ赤なマントを棚引かせる男。今回の仕事に同行していた(カッパー)級冒険者、モモン。

 

モモンは並の戦士では両手でも扱いきれないだろうグレートソードを、何と片手で木の枝の如く操り、凄まじい勢いでモンスターを狩っていた。

さらに、そんなグレートソードを二本も使っているにも関わらず、遠心力による負荷で身体の軸がブレることもない。

途轍もない膂力と強靭な体幹。

それら二つを持ち合わせていなければ成しようのない大技の連続である。

これに感心するなという方が無理な話だ。

 

漆黒の剣の面々、ペテル以外の三人も同様に圧倒的なモモンの実力に驚愕を露わにしていた。

チームの目であり耳である、レンジャーのルクルット・ボルブ。

森司祭(ドルイド)のダイン・ウッドワンダー。

そして、『術者(スペルキャスター)』の二つ名を持つ魔法詠唱者、ニニャ。

 

中でも、ニニャはチーム最年少ながら既に第二位階の魔法を修め、「通常の倍速での魔法習得」を可能とする生まれながらの異能(タレント)を持つ優秀な冒険者である。

そんなニニャからしても、モモンという冒険者は桁が違う存在に見えた。

 

だが、むしろ彼女(・・)が気になったのは、漆黒の剣士に付き従うもう一人の冒険者、ナーベの方だ。

組合所でモモンが宣言していた通り、美女の魔法詠唱者は第三位階魔法である火球(ファイヤーボール)電撃(ライトニング)を使って、モモンに負けず劣らずのスピードで次々に小鬼(ゴブリン)やホブゴブリンを葬り去っていた。

しかも、一発一発が相当な魔力を消費する筈のそれらの魔法を、ナーベは際限なく何発も撃ち続けている。

 

(彼らは、一体何者なんだろう...)

 

ニニャは呆気にとられながらも、彼らの闘う姿を見つめ続けた。

 

 

漆黒の剣のメンバーが初めて彼らを目にしたのは、昨日のある騒動でのことだった。

 

エ・ランテルの定宿で四人全員が集まって食事をしていた時、冒険者同士のいざこざがあった。

そのきっかけが何であったのかは、今となっては判然としない。荒事が常の冒険者の世界では、下らない諍いなど日常茶飯事だ。一々それらに気を払う程、冒険者稼業は暇ではない。

ただ、新参の冒険者に対して一部の連中が「洗礼」と称した乱暴な行為を仕掛けることがある。

その手のことかと、いつもと同じように誰もが我関せずの姿勢をとっていたが、しかしてその日だけは結果が違った。

 

何やら言い合いをしている雰囲気があったのは、ほんの一瞬。次の瞬間には、絡んでいった方の冒険者がいきなり弾き飛ばされ、店内は騒然となる。

ニニャ達も一体何事かと発端となった目立つ格好の冒険者へと目を向けると、件の戦士がドスの利いた低い声を出し、絡みにいったチームの残りの冒険者達が震え上がっていた。

残りの冒険者達に謝罪をさせてから、漆黒の戦士と美女の付き人は颯爽と二階へ去って行った。

 

店内に残された者達は、ただただあんぐりと口を開けてその後ろ姿を見送るしかなかった。

 

その翌日、四人が新しい依頼を探しに組合所に顔を出すと、その二人がいたのである。

彼らは組合でも相当目立っており、四人も遠巻きにその様子を見てみることにした。

受付でのやり取りでは、美女の方が第三位階の魔法を扱うことができ、戦士もそれに匹敵するだけの実力があると豪語する。

その言葉を聞いた周囲の冒険者達は半信半疑といった反応を示していたが、昨日の一件を見ている面々にはそれがあながち嘘だとは思えなかった。

 

そんな中、声を掛けてみようと最初に言い出したのは、意外にもニニャだった。

ニニャはチームの頭脳であり、後方支援という立場もあってか、常に慎重な行動を心掛けている。だからこそ今回のような思い切った提案をしてきたのは意外な事だった。

ペテル、ルクルット、ダインの三人はどうしようかと少し悩んだが、相談した結果ニニャの提案に乗ることに決めた。

実際のところ、少なからず彼らも昨日のことが気になっていたのである。

 

受付嬢とやり取りをしている横から話し掛けると、最初は不審そうな態度で応じられたが、此方の素性や昨日の宿でのことを伝え一緒に仕事をしないかと持ち掛けると、直ぐに警戒を解いてくれた。

そこで、対応していた受付嬢に断りを入れてから、二階へ移動して仕事の相談を始める。

互いに自己紹介をした時は、漆黒の戦士の名が「モモン」、女性の魔法詠唱者が「ナーベ」という名だと告げられた。

その際にヘルムで隠されていたモモンの素顔を見る機会があったが、その外見はこの辺りに住む人種とは大分異なるもので、ペテルは似たような容姿の人間が多いという南方の出身なのだろうかと思った。

気になって尋ねてみたところ、モモンからもそれが理由で気軽にヘルムを外せないのだと説明されて納得する。

そうして互いの紹介が終わった段階で、肝心の仕事の内容に話は移った。

今回漆黒の剣が想定していた仕事は、通常の依頼とはかなり異なるものだ。

 

 

それが、現在行っている、亜人・モンスター狩りである。

 

最近エ・ランテルに繋がる街道沿いでは、森から小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)が彷徨い出てくることがあり、通りがかった商人などの通行人が襲われる事件が起きていた。

商人たちもある程度の予算があれば護衛として冒険者を雇うこともできるだろうが、当然できない者らもいる。そんな者達の不幸な被害は後を絶たず、都政としても厄介な問題の一つとなっていたのだ。

 

そこで考えられた対策が、専守防衛型のモンスター退治の奨励である。

 

明確な依頼主がいるわけではないが、倒したモンスターの肉体の一部を持ち帰って証明することで、討伐数に見合った額の報酬が組合から出されるという仕組みだ。

当然、相手の出方次第の場当たり的な仕事になるので、日によって得られる成果はマチマチ。

それでも、最近はかなりの頻度で街道沿いで出没が確認されているので、恐らくそれなりの実入りが見込めるだろうと期待していたのだ。

そういう仕事だと説明するとモモンらも直ぐに同意し、その日のうちに早速エ・ランテルから出発することになった。

エ・ランテル東門から都外に出て森に近い街道に沿って進むと、都合良くというべきか、すぐさま小鬼(ゴブリン)の群れと大鬼(オーガ)数体に鉢合わせ、今に至る。

 

 

「...大体、こんなものか」

 

モモンもといアインズは、粗方周囲のモンスターを倒し切ったのを確認してから、二本のグレートソードを下ろした。

 

「皆さんも、大丈夫ですか?」

 

振り返って、同行する冒険者チームの面々にも声を掛ける。

戦闘中も漆黒の剣の面々の様子は視野に捉えていたので無事なことはわかっていたが、気遣いのできる男だと思わせるのも「モモン」という冒険者の心証を良くする為には必要なことだった。

 

「はい、此方も問題ありません。受けたのも掠ったくらいの軽傷ですから」

 

リーダーのペテルは、ニニャから軽傷治癒(ライト・ヒーリング)の魔法をかけてもらいながら、笑って答える。

 

「それにしても、さっきのは凄かったな!バッタバッタと斬り倒してさー」

 

ルクルットが剣を振り回す大袈裟なジェスチャーをするのを他の面々が笑って見守る中、アインズは「いえいえ」と控え目な返事に留めておく。

 

その後もアインズは称賛の声を受けつつも、度々姿を現す小鬼(ゴブリン)大鬼(オーガ)を次々と討伐していった。

その道中、ニニャが討伐したモンスターの証拠として持ち帰る部位など、今後冒険者として活動する上で有用な情報を教えてくれたこともあり、アインズは今回の仕事で得られた収穫に大分満足していた。

金銭的な利益だけでなく、仕事の現場でしか手に入れられないような情報を得るのも重要なことだ。

 

結局、その日は夕方まで街道沿いを進み続け、適当な場所で野宿することになった。

今日得られた成果だけでも結構な額になりそうということで、仕事を切り上げエ・ランテルに戻るのは当初よりも二日早く、明日の夕方頃にしようとその場で決まる。

 

そして、万事が順調に進んでいると思っていたアインズにとって唯一緊迫した場面は、戦闘時ではなく夕食時に訪れていた。

漆黒の剣の皆にはフェイクとしての顔を既に見せているからこそ、下手な理由では食事は断れない。

 

そこで準備しておいたのが、宗教上の理由である。これは、「モモン」がこの辺りの人間ではなく遠い異国の地から来たという設定だからこそ使えたでっち上げの理由だ。

案の定適当に考えた宗教の設定を説明すると、少し変な顔はされたものの何か不審がられるようなことはなかった。

 

それ以外には特に気を付けなければならないこともなく、焚火を囲んでの話は「漆黒の剣」というチーム名の由来や、モモンとナーベの関係などといった内容に移り、事あるごとにルクルットがナーベに色目を使うも、悉く辛辣な態度であしらわれる、という繰り返しとなる。

その度に小さな笑いが起こり、終始和やかな雰囲気だったのだが、運悪く「自分の仲間」の存在に話題が移ったときだった。

その際のニニャの発言に対して、アインズは本音からつい粗暴な態度をとってしまったのだ。

すぐに自分の発言の拙さに気づき、慌てて適当な理由でその場を離れたものの、振り返って考えてみても軽率な言動だったと言わざるを得ない。

 

明日どんな顔で接すればいいんだろう、と本気で悩む死の超越者(オーバーロード)だった。

 

一方でニニャ達漆黒の剣の四人も、まだ出会って間もないモモンの内情に軽々しく踏み込んでしまったことを悔いていた。

特にニニャは―――――「自分の過去」のことも思い出して―――――何故もっと考えてから発言しなかったんだと自責の念に駆られる。

 

そんな風に、両者共に自分の行動が相手を不快にしているのではと心配になりながら、夜は更けていくのであった。

 

 

しかし、彼らはまだ気づいていない。

 

今まさに、この地へと「危機」が迫っていたことに。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「イタミ、イタリカに行きたい」

 

伊丹の第三偵察隊が自衛隊基地があるアルヌスの丘に帰還してから、早ニ週間近くが経過した頃。

仮設住居、各生活施設の設置や報告書の作成、糧食の管理など、コダ村の避難民への対応に追われていた伊丹達もようやっと当面の仕事が片付き一息つけるようになっていた。

 

そんな折、避難民の一人で、魔法を学んでいるという少女レレイ・ラ・レレーナが伊丹に会いに来ていた。

 

彼女は特地のヒト種の中でも特殊な「ルルド」の出身で、本来は定住地を持たず大陸を流れ歩く風習がある。それでも今までは、コダ村に住む魔導師カトー・エル・アルテスタン老のもとで魔法を学ぶ為に定住していた。

 

後からわかった話だが、老師は大陸でも魔導師中の魔導師と呼ばれる大賢者で、位階魔法は第5位階まで使うことができる戦闘魔法の大家であった。

 

その事実を未だ知らない伊丹は、今も書類仕事の最中だったが一旦手を止める。

 

「レレイ...か。今日はどうしたんだ?」

 

一週間ほど前に自己紹介をしてもらって以来、多忙さ故にコダ村の人々とはあまり接触する機会がなかったが、伊丹は既にその顔と名前をほぼ完璧に覚えていた。

 

「翼龍の鱗を売りに、行きたい」

 

レレイは流暢な「日本語」でそう告げる。驚くべきことに、彼女はたった二週間足らずで軽い会話なら難なくこなすことができるレベルまで日本語を習得していた。

伊丹もその時点で、レレイが如何に聡明であるかには気がついている。

そんなレレイが頼みに来たのだから、きっと何かしら含むところがあってのことなのだろう。

 

「翼龍の鱗を売りに、イタリカへ?」

 

伊丹がレレイの言う内容を反芻すると、彼女は「そう」と小さく頷く。

 

「イタリカは、アッピア街道とテッサリア街道の交点に位置する城塞都市。交易が盛んにおこなわれている、と聞いている」

 

「成程な、大体の話は分かったよ。でも...行けるかどうかは俺一人の判断じゃ決められないから、少し待ってくれないか?」

 

わかったと感情の薄そうな声で了承するレレイに、イタリカまでの距離や道程は知っているかと聞くと、一度カトー老師の用事に付き添いで行ったことがあるので特に問題ないという。

そこで伊丹は、より詳しい話を聞いてから、この件を報告しに行くことになった。

 

 

以前の柳田二尉の話通り、やはりというべきか、許可はすぐに下りた。

特地での実際の商取引を見ることができる機会であること、また避難民の自活の問題においても、上層部から否定的な意見が出ることはなかった。

むしろ、大量にある翼龍の鱗を採集する作業に人員を回したり、イタリカまでの経路をレレイ達と相談するなど、大いに協力していたといえる。

 

その結果、レレイが伊丹に頼みに来てから、僅か二日で出発することができた。

今回は非公式な任務であり、交戦国の帝国と武力衝突する可能性を避ける目的で、大部隊編制ではなく前回の任務と同じく第三偵察隊のみで行うことになっている。

前回の任務で部隊の調整と少数での作戦遂行が確認できたことも考慮しての判断であった。

また、護衛としてロゥリィが自ら進んで同行することになったのも、判断材料に含まれている。

 

そして、伊丹ら第三偵察隊、レレイ、ロゥリィは、イタリカに向けて出発するのであった。

 

 

自衛隊に対し「とある一件」について政府から呼び出しがかかったのは、伊丹達が出発した直ぐ後のことだった。

 

 

イタリカに辿り着いた伊丹達は、帝国皇女ピニャ・コ・ラーダと出遭い、不幸というべきか、都市を巡っての攻防戦に巻き込まれる。

偵察隊はピニャ率いる都市防衛側に回って、都市を攻める賊軍と対決することになり、イタリカの人々やピニャの騎士団の面々など多くの犠牲を払いつつも、最終的には自衛隊の大々的な介入によって都市は守られた。

攻防戦終結後は、本来の目的であった商取引でレレイが結構な額の収入を得たことや、ピニャから自衛隊の戦功への褒賞が与えられること等があった。

 

伊丹にとっては、戦闘に巻き込まれたことは想定外だったが、それ以降は順調に事が運んでいたといえる。

 

だが、伊丹達がイタリカを発つと、雲行きが怪しくなってくる。

ピニャの専属騎士団である「薔薇騎士団」の一行と遭遇し、自衛隊と約定を結んでいることを知らない女騎士達との間で小競り合いが起こったのだ。

伊丹の機転によって第三偵察隊はその場では難を逃れたが、当の伊丹は捕らわれの身となりイタリカに逆戻りにされてしまう。

結局、その件は自衛隊側の配慮と厚意によって大事に至らずに済んだが、先の戦いで自衛隊の実力を目の当たりにしていたピニャにはとても生きた心地がしなかった。

 

そんな風に、伊丹達はイタリカにいる間中、実に様々な問題に巻き込まれていた。

 

 

しかし、彼らはまだ気づいていない。

 

それら全ての出来事を、監視している者がいたということに。

 

 

 

 

周囲一帯を穀倉地帯に囲まれている城塞都市、イタリカ。その北部には大規模河川があり、そこから用水路を引くことで豊かな農作物を育てることができていた。

また、都市と河川の間には特徴的な二つの小高い山があり、街の風景との差でかなり目立っている。

その半分近くが鬱蒼とした木々で覆われており、小さな規模ではあるが森林を形成していた。

 

真夜中、暗闇に包まれた森の中から、ひっそりと都市の様子を見つめる目があった。

 

 

「うーん。やっぱり、わかんないなぁ」

 

誰に話し掛けるでもなく、そう独りごちたのは闇妖精(ダークエルフ)の少女。

ただ、その服装は少女が身に着けるものとは言い難いものである。

上下に革鎧を装備し、さらに赤黒い竜王鱗を使った身体に張り付くような軽装鎧。その上から、白地に金糸の入ったベストと長ズボンを着用している。その他にも魔法金属のプレートが埋め込まれた手袋や鞭、巨大な弓などを装備していた。

その外見では長く尖った両耳と浅黒い肌が目立つが、中でも特徴的なのは緑と青のオッドアイ。

ファルマート大陸では闇妖精(ダークエルフ)は少数の種族だが、彼女は更に珍しい見た目をしていた。

 

彼女の名は、アウラ・ベラ・フィオーラ。

その正体は、ナザリック地下大墳墓・第6階層の階層守護者。

今、アウラは至高の御方、アインズに命じられた任務の最中だった。

任務の内容は、「ジエイタイなる組織の手の者、特にイタミという名の男が率いる部隊の動きを厳重に監視し、逐一報告すること」

 

元々アウラはジエイタイの連中がコアンの森から引き返す途中でケモノを嗾けることを命じられていたが、水龍の襲撃という不測の事態によって一度はその任を解かれていた。

しかし、今回再び新たな仕事を任せられ、アウラはかなり気合を入れて臨んでいる。イタミという男については、最初の任務の前に知らされており、その外見も既に頭に入っていた。

連中はアルヌスの拠点に帰還してから暫く表立った動きがなかったが、二週間近く経過した後、イタリカという都市に向けて商取引の為に出発することがわかった。

先にその内容を報告した上で、アウラもシモベを使って後を追い、その行程で起こったこと、都市に到着してからの戦闘の結末までも見届けている。

そんなアウラには、どうしても腑に落ちないことがあった。

 

(...どうして、あの程度のヤツらのことを監視する必要があるんだろう?)

 

別に、任務の内容に不満があるというわけではない。御方からの命令はナザリックに属する者にとっては絶対であり、自分達の存在意義を示すことができるという意味で奮起して取り組むべきものである。

あくまでもアウラが抱いている感情は、純粋な意味での疑問。その感情の源は、少しでも至高の支配者のお考えを理解して、その意思や希望に沿える働きをしたいという意欲によるものだ。

だからこそ、「なぜ」「どうして」というアウラの感情に否定的な意味合いはない。全ては、理解の及ばない自分自身の能力に問題がある。アウラはそう考えていた。

 

ただ、至高の御方の御手を煩わせているジエイタイなる連中のことは、今すぐにでも消し去ってしまいたいという思いしか抱いていない。

 

「んー....よしっ」

 

暫くの間詰まらなさそうに監視を続けていたアウラは、両頬を軽く叩いて一度気持ちをリフレッシュする。

そして改めて監視対象であるジエイタイについて、自分の目で分析してみることにした。

 

まず、イタミという男をはじめとした、全く同じ緑色の装備で統一されたニンゲン達。それらの素のレベルは1か2程度。ナザリックの戦力からすれば、はっきり言って虫けら並としか言いようがない。

実際、守護者クラスの者が相手では闘いにすらならず、片手で弾いただけで木端微塵になり兼ねない、本当に虫程度の者達だ。

ただ、その武装も込みで「ガンナー」として評価するなら、レベル10程度といったところか。

しかし、その武装もプレアデスのシズが扱うものと似てはいるが、性能には雲泥の差がある。とても脅威となり得る水準には届かない。

 

次に、その連中に随伴するニンゲン、確かレレイという名の魔法詠唱者。此奴も大体レベル12か13あるかどうかといったところ。魔法を使うところを見ていないのでどの位階まで操れるか当初わからなかったが、ジエイタイの拠点で第二位階まで使えると言っていた。それが事実なら、やはり歯牙にかける必要もない。

 

最後に、彼らの護衛として伴をしている、ロゥリィという名の女。アウラが連中の中で唯一、一定の警戒を保っている相手である。

奇妙なことに、その身体はたしかにニンゲンのものであるように思えるのだが、その中身は全く異質なもので満たされているように感じられるのだ。それに、認識阻害の魔法が作動しているのか、その正体をアウラの目からは看破できない。

加えて、水龍との戦いやイタリカでの攻防戦で見せた戦闘力は、レベル50にも到達すると予測される。

ただ、まだ力の底が判断できるような戦いを見ていないことを含めると、隠し持った手の内次第では警戒度はより高めた方がいいかもしれない。

つまり、プレアデス辺りが一対一で闘った場合は苦戦を強いられる可能性があり、さらに未だ不明な点が多いということだ。だが、それでもこの地の特記戦力という程の実力があるとは考えにくい。それこそ、アウラの従えているレベル80以上のシモベであれば、単独でも勝利できる筈だ。万全を期して自分も出れば、勝利は揺るがないものとなるだろう。

 

であれば、やはり態々監視してまで対処すべき力を持った敵ではない。

 

そうすると、御方が着目しているのはその戦力ではなく、もっと別の何かだろうか。

 

「...う~ん」

 

一体それが何なのか、そこまで考えたアウラだったが、答えは直ぐには出そうにない。

 

「あっ、でも」

 

その時、アウラはふとあることを思い出した。

 

ユグドラシルにも自分の知識にもない、謎の物体を見たことを。

 

イタリカでの戦闘時、賊を空中から根絶やしにしたモノ。

見た目は虫のようにも見えたが、アウラにはその姿を正確に表現することはできなかった。ただ、空を飛ぶために生み出されたのだということだけはわかる、異様な形をしていた。

見たところ金属が使われていたようだが、かといってゴーレムとは言い難い。

しかも、中にはジエイタイの兵士らしき人間が納まっており、どうやら内部から操っているようだった。

中にいる人間以外の生命反応を感じなかったことから、特殊な魔獣であるという線も有り得ない。

 

では、アレはマジック・アイテムなのかというと、それも違う。

そもそも、あの物体からは魔力を一切感じなかった。魔力探知を阻害する魔法で魔力反応を消したとすれば、どうしても細工の跡が残ってしまうものだ。

最上位の探知能力を有するアウラでも見通せなかったことを踏まえると、やはり可能性としては低い。

アウラの見立てでは。何らかのエネルギーによって動かされているというところまでは掴めたが、それが具体的に何であるのかはわからない。

 

つまり、マジック・アイテムとも異なる法則によって動く道具だということになる。

考えられる可能性を一つ一つ潰していくと、そんな結論に落ち着く。

だが、これはナザリックとしては由々しき事態だ。

偉大なる御方は、この世界特有の法則について任務と並行して調べるようにと厳命されている。

その強さは、弟のマーレが所有しているドラゴンの足元にも及ばないが、あれ以上の手札をジエイタイが持っていないとも限らない。

現に、ジエイタイの本部があるアルヌスでは、未知の武装、攻撃手段が幾つか確認されていると聞いた。

至高の御方からは、そういった未知の存在に対する警戒は怠らないようにとも言われており、さらに守護者としても、支配者に少しでも危険を及ぼしかねない存在についてはきちんと認識しておくべきだろう。

 

人間同士の戦闘のつまらなさに、危うくこんな大事な報告事項があることを忘れかけてしまった。

 

「いけない、いけない!」

 

再び、アウラは自身の両頬を叩く。今度は先程よりもかなり力を入れる。

 

ただ、どうしてもアレが何なのかという疑問は尽きない。

というのも、なぜかあの飛行物体をじっと見ていると、何か引っかかる感覚があったのだ。

自分は実際にアレを見たのは今回が初めての筈であるのに、どうしてこれだけ気になってしまうのだろう。

たかが、人間ごとき脆弱な生物が扱っているものに過ぎないというのに。

 

「む~....仕方ない、か」

 

その後も、気になってうんうんと唸っていたアウラは、やはり今は監視の方に集中しようと思い直す。

少なくとも、今はあれこれ考えるよりも御方から与えられた任務を忠実に遂行することの方が重要なのだから。

気になっていることは、ナザリックに帰還してから、自分よりも智者であるデミウルゴスかアルベドに聞けばいい。

 

「よし!頑張るぞー!」

 

周囲に響かないように小声で自身を鼓舞したアウラは、監視任務を再開するのだった。

 




これにて、第5話は終了です。

次回の6話は、恐らくオバロ勢中心になりそうです。


それでは、次回「陽光聖典」でお会いしましょう!


...タイトルがネタバレ過ぎる。


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第6話「陽光聖典」(前編)

投稿が遅れてしまい、すいません!次回はもう少し早く更新できるようにします...

また、前回の自衛隊のレベルについて補足しておく必要があると思ったので以下に自分の中での設定を記載しておきます。

まず、自衛隊隊員の素のレベル(平均4~6)
レベル10以下だったので、レベル100のアウラでは、そこまで細かく正確な分析は難しかったということにしておこうと思います。

さらに、最新鋭の装備によって、最大で10レベル上がり、合計するとそれなりの冒険者くらいの強さになります。
ただ、今は旧式の装備ですので、レベルの上昇は5~6くらいということにしました。

また、これらの設定はあくまでも現在でのものなので、今後の特地での行動、経験次第で個々のレベルの変化も起こるという条件付きとなります。

それ以外にも、戦闘機とか戦車などはモンスターと似た扱いにするか、また別の基準を設けるべきか、その辺りについては追々考えていこうと思います。

そういったことも踏まえた上で、ご理解いただけると幸いです。

それでは、どうぞ。


ナザリック地下大墳墓・第7階層「溶岩」

 

この階層はその名の通り、世界全てが赤く塗り潰された空間だ。

あらゆるものを融解させるかのような溶岩の川が流れ、灼熱の空気が鉛の如く重々しく立ち込め、炎獄の最奥には、『赤熱神殿』と呼ばれる古代ギリシャ風の神殿が佇んでいる。

かつては美しい造形であったことを想起させる神殿は、既にその輝きを失い、一部は破壊されて荒廃し、堕落的な雰囲気に支配されていた。

 

その神殿の中央、他の場所と比べて少し盛り上がった小高い場所に、神殿の色と統一された白い玉座が置かれている。

 

その玉座に腰掛けるのは、最上位悪魔(アーチデヴィル)、デミウルゴス。

この第7階層の守護者を務める悪魔は、石造りの机の上に広げられた書類に目を通していた。

デミウルゴスが確認している書類には、各地に派遣した配下の悪魔達から集まってきた様々な情報が記載されている。

当然、デミウルゴスの元に上がってくるまでに雑多な情報は整理されているが、至高の御方に提出する前に、優先的に報告すべき事項や補足が求められる箇所の有無や、また、あってはならないことだが誤った記述が為されていないかなど、こうして最終確認する必要があるのだ。

山と積まれた書類の一枚一枚、一つ一つの項目に目を通していくという作業は想像以上に神経を使い、膨大な時間を消費するが、悪魔的な叡智を宿すデミウルゴスにとってこの程度は考え事の片手間にでもこなせる。

未確認だった書類の山は次々に片付いていき、確認済みの書類の方が山と積まれていった。

 

そうして暫く経った頃、全ての書類を読み終わったデミウルゴスは一息つくこともなく、すぐに席を立つ。

自身の配下の悪魔数体を呼び出して、確認済みの書類を第9階層にある御方の執務室まで持っていくように命じた。

それに続いて、命じたデミウルゴス自身も執務室に向かう。

その際、最優先で報告すべき内容の書類、資料を自身の手に携えていた。

 

第9階層「ロイヤルスイート」はかつては至高の御方々が住まわれた場所であり、このナザリックにおいて最も神聖な場所である。現在のような緊急時でなければメイドや一部の者しか立ち入りを許されない領域だ。

 

両手を全開に広げても壁に当たることのない広大な廊下を通って向かった先は、現在の執務室として使われている支配者の私室だった。

扉の両脇に立つ蟲人の衛兵は無視して、デミウルゴスは軽く扉をノックする。

顔を出してきたメイドに用件を伝えると、少しの間待たされてから入室を促された。

しかし、誇るべき主人の部屋への入室を許可されたデミウルゴスの顔に、喜悦の色は見られない。

今、この墳墓に支配者がおられないことをナザリックの皆が知っているからだ。

彼の御方は今、ナザリックからは遠く離れた未知の大陸に向かっている。

支配者が大墳墓を出発してから、既に三日が過ぎていた。

 

ならば、今執務室にいるのは誰なのか、自ずと答えは出る。

 

「やあ、アルベド。執務中に悪いね」

 

デミウルゴスは、主人の執務机に座る守護者統括に声をかけた。

 

「問題ないわ。丁度急ぎの業務は終わったところだから」

 

そう言ったアルベドは、いつもと変わることのない薄い微笑みを浮かべる。

 

「...それで、書類がまとまったから渡しに来たということだったけど。それだけなら別に貴方自身が来る必要はなかったんじゃないかしら?」

 

そう言われることも、その言葉の裏にあるものも十全に理解しているデミウルゴスは僅かに口角をあげて答える。

 

「ええ、貴方の考える通りですよ。直接伝えておいた方が良いと思われることと、あと少し意見の擦り合わせをしたい事項がありましてね」

 

「そう...」

 

アルベドは、デミウルゴスが持つ書類にチラリと視線を向ける。

 

「―――――あの者達のことね」

 

「はい。今後の対応について、先に話をしておいた方がいいかと」

 

「わかったわ。私もアインズ様のお考えになっていることについて、確認しておきたいと思っていたところだから」

 

守護者統括からの了承を得たデミウルゴスは、一呼吸置いて自分の推論を語り始める。

 

「……アインズ様は仰りました。ナザリックに対して明確な敵対行動を取らない限り、此方から直接的に攻撃を加えることは禁止すると。そして、なるべく彼らに近い位置で気取られないように情報を集めることを求められました。

であれば我々が次に考えるべきなのは、そう仰ったアインズ様御自身が彼らから距離を取り、別の大陸で活動を始められたということです。さらに、ナザリックを発つ前にアインズ様はくれぐれも軽率な行動は取らないようにとの御下命も下されました」

 

つらつらと語っていたデミウルゴスは、そこで一度言葉を区切り、アルベドの様子を窺う。

アルベドの微笑に変化がないことを確かめてから、デミウルゴスは再び語り始めた。

 

「アインズ様は今回の一件に対して、今までとは異なり抽象的かつ最小限の命令のみに留められました。それはなぜか?

そこで一つ、我々にも考えられることがあります。御自身はお言葉にこそ出されませんでしたが、今回の一件に我々シモベ達が主体的に対処することを望んでおられるのではないか、ということです。では、もしそうであったならば、アインズ様が望まれているものは一体何なのでしょうか?」

 

デミウルゴスはそれまで黙して話を聞いていたアルベドに話を振って、言葉の先を促す。

 

「そうね……考えられる可能性は幾つかあるわ。でもお命じになられた内容からすると……試験(・・)、でしょうね」

 

アルベドが自分と同意見であったことを確かめたデミウルゴスは、満足そうに頷きその言葉を引き継ぐ。

 

「はい。恐らく、我々を試しておられるのでしょうね。アインズ様は絶対なる叡智と強大なる力を併せ持つ御方です、この世界の者共を凌駕し屈服させることは造作もない……。

しかし、この世界は広大です。それら全てを支配下に置くとあっては、たとえ御方とはいえ手が足りないかもしれません。そこで、今回の命令においてアインズ様は我々に求められているのです。ただ指示を受けてから動くのではなく、ナザリック全体の利益に繋がる結果を得る為に、個々が行動するということを。

しかし、それだけではありません。アインズ様は彼らへの接触について、明確に敵対するまでは此方からは手出ししないようにとも仰りましたね?それは即ち、ナザリックの持つ武力に頼るのではなく、別の方向からのアプローチを試みよという御指示なのでしょう」

 

デミウルゴスの持論を聞いていたアルベドは、彼の話が切れるのを待って、自身の考えとの確認を行う。

 

「その必要性は突き詰めて考えれば分かることだけれど、この世界の者達を支配下に置くにあたって、反抗の意思を抱かせないことを目的としているのよね?」

 

「ええ、勿論です。それと同時に『プレイヤー』の存在も考慮しなければなりません」

 

デミウルゴスが発したその言葉に、アルベドは特段変わった反応を示すことはなかった。

 

コアンの森のエルフ達から聞いた伝承。世界を脅かした八欲王の存在について、守護者達にも情報は共有されていた。

彼らは、まず間違いなく自分達と同じユグドラシルからこの世界に転移してきた者だろう。

それは、彼らが位階魔法を世界に広め、ユグドラシルにあったアイテムを広く認知させたという言い伝えからも明らかだ。

 

だが、それはつまり、ユグドラシルのプレイヤーが今後現れるか、もしかすると今もこの世界の何処かにいる可能性があるということでもある。

 

この世界においてユグドラシルプレイヤーの持つ力がどれだけのものであるかは、先日の炎龍との一戦を以てしても容易に把握できる。

もし転移してきた他のプレイヤーが悪名高いナザリックのことを快く思っていなかった場合、敵対に発展するかもしれない。また、この世界で傍若無人な振舞いをした場合、たとえナザリックに元々悪感情を持っていなかったとしても、善寄りのプレイヤーから反感を買う可能性もある。

 

敵対するプレイヤーへの対処と、自ら敵を増やさないようにする為の支配体制の確立。

 

それらを踏まえた上でナザリックに属する者達全員が目指す「世界征服」への道筋、さらにその先の未来像とは何か。

 

「――――――この世界を表面上(・・・)は平和裏に統合していき、最終的には全ての種族を包括的に掌握。そこから、アインズ様を頂点としたナザリックによる国家体制を確立。そして盤石な支配の下、来たるべき敵対プレイヤーに備える。と、アインズ様は少なくともここまでお考えでしょう」

 

デミウルゴスは丸眼鏡を持ち上げつつ、淀みなく己が推測を述べる。

アルベドがそれに頷くと、暫しの間執務室には沈黙が訪れた。

 

 

「おっと、そういえば」

 

デミウルゴスはそこで、さも今思い出したかのように言うと、手元にあった資料をアルベドに手渡す。

受け取ったアルベドは書類に目を落とし、ある程度読み進めると、目を細めた。

 

「これは……」

 

書かれている内容。それは、ジエイタイの武装に関する情報だった。

特に、注目すべきはある一つの装備品。

 

『銃器』

 

ユグドラシルにあった武装の一つ。ガンナーの職業を取得した者が装備できるマジック・アイテム。

それ以外のマジック・アイテムとは一線を画す特徴を持つ、非常に特殊なアイテムである。

正確には、魔法を施された武器であり、『魔銃』と呼ばれるものであったが。

 

ナザリックのNPCでは、プレアデスのシズ・デルタしか用いておらず、守護者達にとっては朧気な記憶だが、ユグドラシルではそれ程流通しているものではなかった。

 

だからこそ、懸念すべき問題だといえる。

 

なぜ、ジエイタイがその装備「のみ」を使っているのか。それも全員が等しく同じ装備をしているのである。

 

この世界のマジック・アイテムと同じくユグドラシルのプレイヤーが広めたと考えるのが自然だが、それではなぜ一つの装備しか伝わらなかったのか。

 

転移したプレイヤーがガンナーであったという可能性もあるが、アウラからの報告で魔術は一切使用されていないということがわかっており、やはり疑問が残る。

 

さらに、気になることがもう一つ。

アウラからの報告にもあった、銃以外のジエイタイの攻撃手段についてである。

アルヌスからのシャドーデーモンにも調べさせていたことだが、ユグドラシルには存在しないモノが幾つも発見されているのだ。

ジエイタイの兵士は、それらを「センシャ」や「ヘリ」、「セントーキ」と呼んでいるとのことだった。

中に人間が入って何らかの術で操作するものであるようだが、生命反応は一切なく、金属製であるものの、ゴーレムなどとはその仕組みや姿形からして全く異なる、未知の物体だという。

人間が操作することによって動き、様々な行動を可能とし、物によっては空中を飛行することもある。

実際に模写したものを幾つか確認したが、やはり見たことのないものだった。

 

しかし、なぜなのか、デミウルゴスはそれが何であるのかが無性に気になってしまう。

具体的にどういう理由で気になったのか、それが未知の危険であるということ以上に言葉では言い表せない感覚があったのだ。

智者として創造された自分ですら、辿り着けない謎。

初めて報告を受けた時から、今に至るまでデミウルゴスの心中にはその謎による焦燥感が留まり続けていた。

 

その為、最優先の報告事項として銃器の存在に続く形で、手渡した書類には記載されていた。

アルベドもその箇所を確認したのだろう。常に余裕のあったその表情に、僅かな揺らぎが生じたのを、デミウルゴスは見逃さなかった。

 

「アルベド、こえは由々しき事態です。アインズ様には最優先で報告すべきではないでしょうか?」

 

「そうね...ええ、貴方が懸念していることはわかるわ、デミウルゴス」

 

アルベドは瞬時にデミウルゴスの考えに辿り着き、理解を示す。

 

「...それと、シズには念のため確認を行いましたが、やはり知らないようでした」

 

「そう……なら、引き続き調査を行うしかないわね」

 

アルベドは一旦そう言って話を終わらせたが、渡された書類を後で要確認するつもりなのだろう、引き出しには仕舞わず自身の脇に置いたままだ。

 

デミウルゴスも疑問は残るが、現時点ではどうしても憶測の域を出ない。想定される可能性は幾つも考えていたが、その中には余りに荒唐無稽と思えるものすらあり、その頭脳を以てしても答えを導き出すことは容易ではなかった。

 

「……ですが、私達の主はあのアインズ様です。我々では及ばないそんな問題ですら、既に答えを見通されているかもしれませんね」

 

「ええ、そうね。あの御方のことですもの、いつも私達の遥か先を行っておられるのよ」

 

それまで守護者統括としての役割を全うしていたアルベドが、瞬く間に笑みを深める様子を視界に捉えながらも、デミウルゴスは至って冷静に言葉を続ける。

 

「とはいえ、そう言っているだけでは我々の有用性を示すことはできません。この度のアインズ様の出征は、我々に少なからず期待して下さってのものなのですから。先だって、まずはジエイタイ、次いでロムルス帝国と、アインズ様が望まれる方法で以て統合していかねばなりません」

 

当然、ジエイタイの武装の問題に関してもただ支配者に助けを乞うのではなく、自分達自身で解決するべきだということだろう。

 

夢想の世界に入ろうとしていたアルベドも「期待」という言葉にハッとすると、デミウルゴスの方に向き直って首肯する。

 

「その通りよ、デミウルゴス。当然、失敗は許されないわ」

 

「無論ですね。今回の作戦で失態は許されない……アインズ様に失望されることこそ、最も避けるべきことなのですから」

 

針のように鋭い視線を一身に受けるデミウルゴスは、落ち着き払った表情の中にも、確固たる決意をその言葉に滲ませた。

 

 

「分かっているなら問題はないわ―――――――――そう、全てはアインズ様の為に」

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

「ふぅ……」

 

アインズは、周囲に聞こえない程の小さな溜息を漏らす。

ヘルムの中から視線だけで前方を窺うと、冒険者チーム「漆黒の剣」の四人の背中が目に入った。

その後ろ姿は、今朝出発した頃とは違い活気を取り戻しているように見える。

 

(良かった...)

 

アインズは声に出すことなく、ほっと胸を撫で下ろしていた。

 

 

結局、朝まで昨晩のギクシャクとした空気を引き摺ってしまい、気まずい雰囲気のまま仕事を続けることになるのかと思っていたところ、ふとしたきっかけで和解することができたのだ。

 

(……しかし、ちょっとしたことがきっかけになることもあるんだな。確かに、こういうことは会社で働いていた時も時々あったけど)

 

和解話のきっかけになった、遠くに見える、山頂に雪の積もった雄大な山々、アゼルリシア山脈に目を向けた。

ニニャによると山脈にはドワーフの国があり、またフロスト・ドラゴンなどの強大なモンスターもいるのだと教えてくれた。

 

特にドラゴンについて、機会があれば調べてくれるという話をしたことが和解に繋がったのだが、アインズとしても本音からそれらの情報を得たいという気持ちもあった。

 

ファルマート大陸で見た炎龍と何らかの関係があるのか、またその強さは如何ほどなのか、それ以外にも素材としてどの程度使えるのかなど、興味が尽きないところである。

 

「ん?おい、待て。何かおかしいぞ」

 

そういったことに考えを巡らせていた最中、緊張したルクルットの声で現実に引き戻された。

 

「どうかしたのか?」

 

先頭を歩いていたペテルが、すぐさまルクルットに確認を取る。落ち着いているが、その声には僅かに緊張の色が表れていた。

 

「ああ、嫌な感じだ……何か、南西の方角から近づいてくる。それも複数だ」

 

ルクルットの険しい表情と相まって、一行に警戒感が高まっていくが、次いでもたらされた情報に、漆黒の剣のメンバーは息を呑む。

 

「数も多いぞ、数人どころじゃない……何十人といるかもしれねぇ」

 

「そ、それだけの数……もしかすると、野盗か?」

 

ペテルの推測に他の面々も渋い顔を浮かべる。

この周囲は三つの人類国家の国境沿いに位置しており、互いに不干渉地帯とされている。

そんなところに纏まった数の兵団が送られるとは考えにくい。もしそんなことをすれば、他国への侵略の意思ありと受け取られ、最悪の場合は国境を介して三国全てが戦争に突入する可能性すらあるからだ。

そのため、漆黒の剣のメンバーはこの時点で国が関与している可能性は排していた。

 

「どうしますか?もし進路を変えず此方を標的にしてきたら、少し不味いかもしれませんが」

 

アインズの推測にペテルは暫し考え込むような仕草を見せた後、考えを固めたのか一つ頷いてから応じた。

 

「そうですね、闘うか逃げるか...でしたら、やはりここは安全な方を取りましょう」

 

「でも、逃げるったって何処に逃げるんだ?幸い今いる街道は木々に囲まれてるから視界は通らないが、もう少ししたら南からの見晴らしが良くなってくる。その辺りで相手が急に進路を変えてきたら、下手すりゃ鉢合わせになることだってあるかもしれないんだぞ?」

 

ルクルットは普段のお茶らけた雰囲気を一切感じさせない厳しい表情でペテルに問う。

 

「わかってるさ。だから、ここからは慎重に行動しよう。確か、今いる場所から北東に少し歩いた場所にトブの大森林に接した村があったはずだ。丁度向かってくる方角とは真逆だし、とりあえずそこまで移動してから森の中に身を隠そう」

 

ペテルの提案に、この辺りの土地勘に優れたルクルットとダインも成程、と頷く。

今いる場所から南へ下っていった先には、あの呪われた地として有名なカッツェ平野があり、その周辺には平原が広がっており、視界を遮るものはほとんどない。

それとは逆に、北側には幾つかの小さな林や丘などが点在しており、身を隠しながら移動するにはもってこいだといえる。

 

しかし。

 

「……でも、それだとその村まで被害に遭うかもしれない」

 

それまで黙っていたニニャが、ポツリと呟いた。その言葉に、リーダーのペテルを含めた三人も表情を曇らせる。

 

出来ればそんなことになるのは避けたい。

だが、このままでいれば自分達が危険な目に遭う確率も高いのだ。

 

「……すいません、ニニャ。でも、こうしていても自分達が襲われることになるだけです。それなら、せめて連中が村に向かっているとわかった段階で、村人たちにすぐ避難するように伝えましょう。それで、どうでしょうか?」

 

「それに、あの辺りには噂によると森の賢王とかいう強大な魔物がいるらしいぜ。もしかすると、村の危機にそいつが現れるかもしれないだろ?」

 

「うむ。しかし、ルクルットは楽天的すぎるのである」

 

いつものおどけた態度のルクルットを見て少しだけ余裕を取り戻した面々は、改めてニニャの返事を待つ。

ニニャは緊張した表情をやや崩しながらも、何かを思い出しているのか、遠い目で何処かを見ている。

 

しん、とした静寂が周囲を包んだその時、口を開いたのはアインズだった。

 

「――――もし、何かあったときは、私も力を貸します」

 

自信に満ち、聞く者を落ち着かせる心強さを持った声だった。

 

「モモン、さん……」

 

ニニャは一瞬驚いた顔をした後、その眼は何か眩しいものを見たかのように細められた。

 

一度足元に視線を落とし、それからややあって、すくっと顔を上げる。

その顔には、はっきりとした決意の色が見て取れた。

 

「……わかりました。行きましょう」

 

 

それからの一行の動きは早かった。

予定通り北東のカルネ村に辿り着き、ルクルットの探知でやはり村に向かってきていることがわかったために、村人たちにその旨を急ぎ伝える。

謎の一団の足取りを逐一確認していたルクルットは、「もしかすると最初からこの村が狙いだったのかもしれない」と言っていた。

迫り来る危機を知らされた村人らの方は右へ左への大騒ぎになったが、何とか村長を中心に統制をとってもらい、今から慌てて逃げるよりも隠れてやり過ごした方が良いという結論に達する。

 

多少の混乱はあったものの、最終的には隣接する森の茂みに身を隠すよう誘導することができた。

しかし、辺境の小さな村で決して人口は多くなかったものの、それでも全員を移動させるとなるとかなりの時間がかかってしまう。

 

村人全員が避難をし終わる頃には、既に目と鼻の先まで一団の気配が迫っていた為、ニニャ達も急ぎ村人と同じように少し離れた物陰へと隠れた。

それを見届けたアインズとナーベラルは、村全体の景色が見やすい位置へと移動し、直ぐに動けるように待機する。

あっという間に無人と化したカルネ村を、周囲の茂みから人々が見つめるという奇妙な空間が出来上がるが、その場に漂う緊迫感が、そんな冗談をいえるような状況ではないということを物語っていた。

 

それから間もなく、遠くの方から蹄の音が聞こえ始め、徐々にその数が増していき、音は次第に村へと近付いてくる。

 

そして遂に、村へと姿を現した侵入者たちを見て、村人らは息を呑む。

いや、村人だけではない。漆黒の剣のメンバーも、同様に驚愕を露わにした。

 

連中を地理的条件から野盗であると結論付けていた面々は、余りにも想定外の出で立ちをした侵入者の姿に眼を釘付けにされる。

 

 

そこにいたのは、リ・エスティーゼ王国の隣国、バハルス帝国の紋章が入った鎧を纏う兵士達だった。

 

 

「な、なんだありゃ……!?」

 

自身の予測が大きく外れたことに驚きを隠し切れないルクルットは、誰に問うでもなく小さな悲鳴を漏らす。

 

「見たところ、帝国の鎧のようですが……しかし、一体なぜこんなところに?」

 

ペテルも同様に予想だにしない者達の姿に、疑念と警戒から表情を険しいものとする。

 

「そ、それより不味いです!今ので村人たちが混乱し始めています、このままでは……」

 

「このままでは、相手に此方の気配を悟られてしまうのである!」

 

想定外の侵入者らの登場に一同は混乱するが、対する相手方はそんな此方の事情など知らず、また動揺が収まるのを待ってくれることもなかった。

 

村に人の気配がないことに最初は訝し気な様子を見せていたものの、隊長らしき男が痺れを切らしたのか、村に火を放つように他の兵に命じたのである。

 

その命令を耳にした村人達の恐怖は、遂に臨界点に達した。

 

そして―――――――――

 

 

「やめて!」

 

愚かにも、一人の幼女が茂みから飛び出してしまった。

 

「ネム!?」

 

続いて悲鳴を上げて同じ茂みから飛び出してきたのは、歳の程が15、6の少女。

 

「なんだ、やっぱりいるじゃあないか!」

 

二人の女子を目ざとく発見した隊長らしき男は、口元に下品な笑みを浮かべながら近付いていく。

その手には、刀身を鈍く光らせたロングソードが握られていた。

 

「ひっ……!」

 

それを見た年上の少女の顔から血の気が引いていくが、何とか震える身体で幼い女児を庇う。

 

「お、お願いします!どうか、どうか妹だけは...!」

 

「おねえちゃん!」

 

そんな少女の必死の懇願にも、男は応じることなくただ残忍な笑みを深め、剣を振り上げた。

 

「……ッ!」

 

自分の末路を悟った少女は、せめてネムと呼ばれた妹だけでも守ろうと背中に隠し、目を瞑る。

 

魔法の矢(マジック・アロー)!」

 

だが、覚悟していた痛みが訪れることはなく、代わりに自分を殺そうとしていた男の苦痛の叫びが聞こえた。

 

何事かと伏せていた眼を背後に向けたとき、其処には一人の少年が立っていた。

 

 

「ニ、ニニャッ!?」

 

ペテルは突然飛び出していったニニャの行動に呆気にとられてしまい、直ぐに動くことができなかった。

 

「や、やばいぞ!アイツ、一人で行っちまった!」

 

ルクルットだけは慌ててはいるもののいち早く動くことができ、茂みから飛び出していく。

こうなってしまっては、最早隠れているわけにもいかない。

本来、冒険者は国家に関わる問題に関与することを避けなければならない不文律があるのだが、今回のような場合はどうすべきかの判断が難しい。

さらに、襲われているのが戦争などに関係しない村人であることから、完全に自分達の範疇外とは言い切れないのが状況を面倒にしている要因でもあった。

 

だが、それ以上に漆黒の剣の足を重いものにしていたのは、相手方との数の差であった。

見たところ特別な装備を身に着けているわけではなく、通常の兵士の武装に見えるので、一人一人への対処という意味ではある程度の力がある冒険者であれば問題はないだろう。

しかし、それが十や二十を超えるとなれば流石に話が変わってくる。

幾ら個々の能力で上回っていても、数で圧されれば銀級の彼らでは対処し切れない。

 

それがわかっているからこそ、どうすべきか悩んでいた漆黒の剣の三人だったのだが、もう既にチームメンバーの一人であるニニャが先行してしまった以上、取れる選択肢は一つしかなかった。

 

「ニニャ!私とルクルットが引き付けるから早く後ろに下がってください!」

 

ルクルットに促されて、何とか平静を取り戻したペテルが木の影から姿を現す。

 

「す、すいません!ボク、どうしても――――」

 

「わかってるよ!それより今は、援護に集中してくれ!」

 

「ええ、そうですよ。それから、ダインも頼みます!」

 

ペテルが呼びかけると、背後から了解の声と同時に、突如として近くの茂みが蠢き始め、幾本もの蔦が伸びた。

 

「な、なんだぁ!?貴様らはぁ!」

 

冒険者からの急襲に怯えた叫びをあげる男の右腕には二つの穴が空いており、ニニャが放った魔法によって完全に委縮しているようだった。

 

「ベリュース隊長!下がってください!」

 

そんな狼狽する隊長とは逆に、素早く行動を起こすことができた隊員を中心にして陣形が成されていく。よく訓練されているのであろう連携の取れた動きで、隊長の男を背後に守る形で扇状に隊員が配置され、展開が完了する。

 

その動きの速さに、ペテルは思わず顔を顰めた。

出来ることなら、自分達の登場に対してもっと多くの人数の動揺を誘いたかったのだが、こうなってはそれも望めない。

 

「よ、よし、いいぞ!そのまま数で圧し潰せ!」

 

自分を守る壁ができたことで安心したのか、ベリュースと呼ばれた隊長は得意げな態度を取り戻すと大声で指示を飛ばす。指示に従って陣形を崩さぬまま迫って来る様子は、言葉通りまさに圧し潰す壁のようであった。

 

「相手が冒険者でも問題ない!数の利を活かして何もさせるな!」

 

ニニャ達の登場に際していち早く行動を起こしていた隊員が兵達を鼓舞し、一直線に突っ込んでくる。

 

「くっ...!」

 

ペテルとルクルット、さらに木の陰に隠れて術を使っていたダインも飛び出してきて防御の構えを取ろうとするが、圧倒的な数の差の前では、それは余りにも頼りない盾だった。

 

ニニャも杖を強く握り締め、思わず顔を伏せようとするが、それよりも早く視界に黒い影が映り込む。

 

そして、続いたのは金属同士がぶつかり合うけたたましい衝撃音と、複数のどよめき。

 

恐る恐るニニャが見上げた先には、自分達が待ち望んでいた彼の姿があった。

 

「……すいません、遅くなりました」

 

 

それから先の展開は、ただただ圧倒的としか言いようがなかった。向かってくる兵達は皆、一撃で吹き飛ばされ、漆黒の剣士に傷一つ付けることも叶わない。

彼を囲んで何とか死角から攻撃をしようとしても、異常な瞬発力で反応され叩き潰されるか、連れの魔法詠唱者によって無力化され、最早部隊に打つ手はなかった。

 

「な、何なんだ、これは……?」

 

ベリュースは、目の前で味方が次々と薙ぎ倒されていく有様を、ただ茫然と見つめていた。

 

「た、隊長!不味いです、撤退の指示を!」

 

「……ッ! ……ああ」

 

近くに控えていた隊員の上告を聞いて、ようやく我に返る。

 

そうだ、それしかない。

まさか、こんな辺境の村にあんな化け物がいるとわかる筈がないのだ。

自分は何も悪くない。

悪いのは、事前の調査を怠っていた本国の連中だ。

だから、自分が此処で撤退することを誰かに責められるわけがない。

 

自分の中でそう結論付けたベリュースは、金切り声で撤退の指示を全隊に下す。

 

「そ、総員、撤退!撤退―――――!」

 

指示を聞いた隊員、その中で動ける者らは、弾かれた様に動き出して遁走を開始した。

ベリュースも一目散にその中に紛れ、漆黒の剣士と逆の方向へと逃げ出す。

背後で何人かの声が交錯しているようだが、そんなことなど今はどうでもよかった。

 

死にたくない。ただその思いだけでベリュースは敗走するのであった。

 

 

しかし、彼はまだ知らない。

 

すぐに、あの時死んていた方がマシだったと思えるようになることを。

 

彼は、まだ知らない。

 

 

 

 

「モモンさん、あの連中を逃がしてしまってもよかったんでしょうか?」

 

ニニャは撤退していく連中の背中を睨みながら、モモンに尋ねる。

村に被害こそ出なかったものの、連中には相応の報いを受けさせるべきだとニニャは思っていた。

 

『――――――おねえちゃん!』

 

あの時、ニニャの身体を突き動かしたのは、一人の少女の叫びだった。

 

頭を過ぎったのは、幼き頃の記憶。

今、こうして冒険者という稼業につくことになった理由となるもの。

 

(……姉さん)

 

あの日、姉を連れ去った下卑た貴族と、ベリュースという男が重なって見えた。

それだけで、ニニャの内側からは黒い感情が漏れ出しそうになる。

 

(……でも、できることなら、モモンさんには知られたくない)

 

後ろ暗い感情に支配された自分を知られたらどうなるか、考えるのも怖かった。

そんな不安な心情を抱えつつ、ニニャは漆黒の剣士の反応を窺う。

 

「……難しいところですが、もしかすると後詰の兵が控えている可能性もあります。確かに打って出るという手もありますが、あまりお勧めはできません。今は、相手を引かせられただけ良かったと思いましょう」

 

「……そう、ですね」

 

少し不満を抱えていたニニャも、モモンの冷静な分析の前では納得するしかなかった。

何よりも大切なのは、自分と仲間、皆の命だ。

そう考えると、心の中でジワジワと広がっていた黒い感情が薄らいでいくのが分かった。

 

ニニャが顔を上げれば、そこには自分を待つ漆黒の剣の仲間の姿があった。

みな、激戦によって疲れ果てているが、それでもその顔には一様に満足感から朗らかな笑顔が浮かんでいる。

 

それを見たニニャも同じように笑顔を浮かべると、仲間達、そしてモモンが待つ場所へと歩き出した。

 

 

王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。彼とその直属の部隊がカルネ村を訪れたのは、それから数時間後のことであった。

 

ニニャ達、漆黒の剣の激動の一日は、まだ終わらない。

 

 

 

「―――――各員、傾聴。獲物は檻に入った。汝らの信仰を、神に捧げよ」

 




第6話、前編これにて終わりです。

さて、先日は遂に第三期のPVも公開され、夏に向けて期待も高まってきましたね!
自分も今から楽しみです。

最後に、次回の更新についてですが前書きにもある通り早めに投稿できるようにしたいのですが、私用の都合でもしかするとまた遅れるかもしれません...

その際はどうか、気長にお待ちいただけると幸いです。

それでは、次回後編にてお会いしましょう。


06/30
アルベドとデミウルゴスの会話に、一部内容を追加しました。


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第6話「陽光聖典」(後編)

6月30日:次回は早めに投稿します
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8月04日

ほんとにすいませんでした...
ちょっと7月に私用が立て込みすぎて書く時間が取れなかったんです...

いつもより若干分量多めですが、それではどうぞ。


その日は、ダイン・ウッドワンダーにとって、正しく激動の一日となった。

 

「漆黒の剣」の仲間、漆黒の剣士モモンと美しき魔法詠唱者ナーベと共にモンスター討伐に赴いた二日目のことである。

その途中、辺境の村々を襲う謎の兵団の存在が明るみとなり、自分達は大慌てでカルネ村という集落まで逃れた。

不幸中の幸いだったのは、偶発的な遭遇という最悪の可能性を避けられたことだったが、結局のところ逃げてきたカルネ村にも兵団の手は及び、自分達は戦いを余儀なくされる。

その時は圧倒的な数の差を目の当たりにして、茂みの中に隠れていたダインも絶望しそうになった。

それでも勇気を振り絞って立ち向かうことができたのは、大切な仲間達がいたからであり、そして、モモン、ナーベという頼もしい二人の協力があったからこそだ。

最終的には、何とか兵団を追い返すことができたが、もしもモモン達の助けがなかったらと思うと、今でもぞっとする。

また、兵団の内の何人かを捕虜として捕らえることができ、彼らが帝国の兵士に扮した法国の手の者であるということが判明し、ダインも仲間と共に驚愕することとなった。

彼らの本当の狙いは、かの王国戦士長であり、村々を襲ってきたのも全ては彼一人を誘き出す為の罠だったのだという。

ダイン達「漆黒の剣」は、仮にも王国に住む冒険者である。王国戦士長が如何ほどの戦士であるかは理解しているつもりだ。

 

この世は、千人の凡兵よりも一人の英雄が勝る世界。

戦士長を喪うということは、それ即ち王国の軍事力が傾くことを意味する。

事ここに至って漸く、ダインらはこの一連の出来事の重大さを理解した。

遠方より訪れたと聞いていたモモンとナーベは、最初よく分かっていないような態度をしていたが、ペテルが説明すると「成る程」と事の深刻さを理解したのか何度も頷いていた。

 

そうこうしている内に、徐々に日が傾き始めた頃のこと。

 

今日はもう、あれ以上の大きな出来事が起こることはないだろうとタカを括っていたときに、カルネ村へ来訪する者達がいた。

先刻の襲撃を受けて憔悴し切っていた村人達から必死の懇願をされてしまい、一行は村の前で来訪者を待ち受ける。

 

斯くして現れたのは、件の王国戦士長ガゼフ・ストロノーフと、彼が率いる戦士隊だった。

 

しかし、よくよく考えてみれば至極当然のことであるようにも考えられる。

法国の兵団の目的は王国戦士長であり、彼が来る可能性があると考えたからこそ、カルネ村や近隣の村々を襲ったのだろう。

実際、こうして戦士長は村へと訪れているのだから、法国の狙いは当たっていたということになる。

 

「――――――私は、リ・エスティーゼ王国、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ。この近隣を荒らし回っている帝国の騎士達を討伐する為に、王の御命令を受けて村々を回っている者である」

 

王国戦士長の名に恥じぬ堂々とした立ち振る舞いと名乗りに、漆黒の剣の四人は格の違いを見せつけられたように圧倒されたが、一方のモモン、ナーベの二人は流石というべきか、動揺した様子はなかった。

 

その後、カルネ村での出来事をペテルが伝えると、何と戦士長自らが頭を下げて礼を述べてきた。そのことに驚かされつつも、その誠実な人となりを理解することができた。

 

「貴方達がいなければ今頃どうなっていたかわからなかった。本当に、感謝する」

 

戦士長はそう言って再び頭を下げた。代表として話を付けていたペテルは、慌ててそれに応える。

 

「そ、そんなことは....!頭を上げてください、王国戦士長様!」

 

一度ならず二度までも、目の前で頭を下げられたペテルは困り果てていたが、肝心なことを聞き忘れていたことを思い出して、其方に話を持っていく。

 

「そ。それより少しお話しなければならないことがあるのですが...」

 

ペテルが相談したこと。それは勿論、スレイン法国―――――――他国の兵隊と冒険者である自分達が事を構えたことである。

本来、冒険者はその性質上、政治や国同士の諍いに関わってはいけない。

それを破れば、所属する冒険者組合からの厳重な処罰が下されることになる。罰金だけならばまだマシな方かもしれないが、最悪の場合は冒険者としての資格を永久に剥奪されてしまうことも有り得る。

 

ペテルも、ダインもそれ以外の二人も、緊張した面持ちで戦士長の言葉を待つ。

戦士長は少し考え込む素振りをしたが、返ってきた言葉は至って穏やかなものだった。

 

「成る程、そういうことであれば問題はないだろう。もし問題があったならば、君達が所属する冒険者組合の方に私の方からも掛け合ってみよう」

 

決して悪いようにはしない、と確固たる意志を込めた声で告げる。それを聞いた漆黒の剣のメンバーは、心の底から安心することができた。

その後の話し合いで、明朝にも戦士長の部隊は、幾人か拘束することができた法国の兵士を捕虜として王都に連れ帰ることになった。そこで、自分達も同乗する形でエ・ランテルに帰還することに決まった。

その際、エ・ランテルの冒険者組合にあてて、今回の一件について漆黒の剣及びモモン、ナーベの無実を保証する内容の正式な書状を手渡される。

 

「....出来ることなら自分も同行して説明したかったのだが、本当に申し訳ない。しかし、事は急を要する。恐らく、今回の件は王国の今後にも関わるほどの重要なものだろう」

 

今回の辺境襲撃事件が、帝国の仕業に見せかけようとした法国の陰謀だったということ。

一刻も早くその情報を王に知らせるべく、戦士長は王都へと戻らなければならない。

当然、ダインも他の者たちも、それがどれだけ重要なことかはわかっているからこそ、何も言うことはなかった。

 

これで漸く休めるかと各々がそう思った直後、三度、またしても事件が起こった。

 

「せ、戦士長!」

 

副隊長だと紹介された男が、焦燥感を露わにして戦士長のもとまで走り寄る。

もたらされた情報は、村の周囲を取り囲む敵の存在。

その数自体は100人にも満たない少数だが、目測ではそのいずれもが魔法詠唱者らしき装備に身を包んでいたという。さらに、それ以外の身に纏う衣服の特徴などから、戦士長はその正体を法国の特殊工作部隊群「六色聖典」のうちの一つ、「陽光聖典」ではないかと推測した。

たかだか銀級の冒険者であった漆黒の剣の面々は、法国にそんな部隊が存在していたということを知って、またも驚愕させられる。

加えて、辺境の村々を帝国の兵を装って襲撃し、国家が誇る最高戦力の一つまでも持ち出してきたという事実。

 

「....ははっ、私は随分と法国に嫌われているようだな」

 

自嘲気味にそう呟いた戦士長の横顔を、漆黒の剣が、部隊の兵士達が、不安気に見守る。

 

戦士長はゆっくりと瞼を閉じ、暫しの間沈黙した。

 

「うむ」

 

瞼を開いた時、戦士長の眼には揺るぎない決意が漲っていた。

 

「....モーク殿、ニニャ殿、ボルブ殿、ウッドワンダー殿、モモン殿、ナーベ殿」

 

戦士長は一人一人に顔を向けながら、その名を呼ぶ。

 

「改めて、この村を救ってくれたことを感謝する」

 

「い、いえ....それよりも、戦士長様はこれからどうなされるおつもりなのですか?」

 

ペテルも内心では勘付いていたものの、それを確かめるように答えを求める。

 

「....これより、私と部隊の者達とで敵を引き付ける。捕虜の兵士らが言っていたことから考えれば、本当の狙いは私一人のはず。故に、貴殿らに頼みたい。

ここにいる村人たちを、村の外まで避難させてはもらえないだろうか?」

 

どうか頼む、と再び戦士長は頭を下げて申し入れる。

 

「勿論、不躾な頼みであるということは分かっている。貴殿らは既に村人達の為に危険を冒して戦ってくれた。

....だが、今一度だけ私の願いを聞き入れてもらえないだろうか?今の私に出来ることなどたかが知れているが、望みのものがあれば用意させてもらいたい。どうか――――――」

 

「せ、戦士長様!」

 

ペテルは、続く戦士長の言葉と、頭を下げようとするのを遮って声を上げる。

 

「どうか、そのようなことは言わないでください。こうなった責任の一端は我々にもあるかもしれないのです。ですから、最後までこの村の人たちを見捨てるようなことはしません!」

 

その言葉を聞いて、ほっと安心した様子を見せる戦士長を見つめながら、ペテルは続ける。

 

「...ただ、戦士長様。先程、敵を引き付けると仰っていたことは...」

 

それだけで、ペテルが何を言いたいのか理解した戦士長は、武骨な顔に僅かに微笑みを浮かべた。

 

「...貴殿は、優しい人だな。責任の一端と言っていたが、それを言うなら私こそが今回の一件で最も大きな責任がある。それに、これ以上貴殿らを国同士の争い事に巻き込むわけにもいかない。

全ての責は、この国の民を守り切れなかった私にあるのだから」

 

戦士長は、何の臆面もなく言い放つ。その瞳には、断固たる決意と覚悟があった。

彼の言葉が嘘偽りのない本心だと理解した面々は、それ以上の言葉を発することができなかった。

戦士長は言葉にこそ出さなかったが、それでもペテル、ダインたちにはわかっている。

 

これから戦士長らが赴くのが、死地であるということを。

 

それが分かっていたからこそ、戦士長はペテル達に「一緒に戦ってほしい」とは言えなかったのだろう。

 

「戦士長様...」

 

ペテルやダイン、漆黒の剣のメンバーは、力になることの出来ない自分達の無力に、内心で忸怩たる思いを抱えていた。

 

その場に、各々の気持ちを表すような重い沈黙の時間が流れる。

 

「―――――あの、一つ提案があるのですが」

 

その沈黙を破ったのは、一人の人物だった。

 

 

 

 

 

(...さて、どうしたものだろうか)

 

アインズは、自分の目の前で繰り広げられる戦士長とペテル達『漆黒の剣』のやり取りを俯瞰しつつ、冷静に思考を巡らせていた。

以前であれば、こういうシーンでテレビドラマを見ているときのように多少の感情移入が出来たかもしれないが、この身体になってからはそういった人間への愛着もほとんど無くなってしまったようだ。

 

ただ、少しだけ気に掛かったのは、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフのことである。

彼の言葉とその意思の強さに、アインズは人間としての「輝き」を見たような気がしたのだ。

もしもアインズが未だ人間であれば、漆黒の剣の面々と同じような感慨を覚えたことだろう。

 

それでも、最終的には自分にとって最も大切なものはナザリックであり、それ以外の価値は何段も下の位置にあるのだが。元々、ナザリックの為になるのであればそれで良いという考えしかない。

 

(ナザリックの利益に繋げるには、どれが一番良い方法だろう)

 

アインズは一人黙考する。カルネ村を襲った帝国の兵に偽装した者らの内、逃げた連中は既にナザリックのシモベ達の手で捕らえられているが、「陽光聖典」という特殊部隊であれば恐らくそれ以上に有益な情報を持っている筈だ。

出来れば其方の方の部隊の者達も捕らえておきたい。

だが一当たりする前に、やはり別の者達を使って実力の程度を確かめたいところでもある。

この、何もかもが未知の世界では慎重に慎重を期して物事を進めなければならない。

そういう考えがあったために、カルネ村が襲われた時も他の面々から少し離れたところで待機して、直ぐには出ていかずに暫く様子を見てから加勢していた。

あれで、この世界の一般的な兵士の実力がどの程度のものかを凡そ把握することができたが、次の相手は特殊部隊だ。

その実力は確実に並の兵士よりも高く、構成員全てが魔法詠唱者だというのであれば、なおのこと油断できない。

 

理想としては、まず戦士長らを最初にぶつけてみて、その結果次第で問題なさそうならナザリックのシモベを使うなどして捕らえる。

 

逆に、想定以上の力を持っていることが明らかになった場合は、すぐさまナザリックに帰還し、対策を講じる必要がある。

 

その筋道で以て具体的な計画を考えていたアインズは、あるマジックアイテムの存在を思い出した。

 

(...これなら、いけるか?)

 

ヘルムの中で目線だけ動かして、戦士長と漆黒の剣のメンバーの様子を窺うと、丁度話が終わったタイミングだった。

 

「あの、一つ提案があるのですが。よいでしょうか?」

 

 

 

 

 

「―――――成る程、了解した。そういうことであれば、我々も直ぐに馬を出せるように準備して来よう」

 

戦士長は力強く頷くと、踵を返して馬小屋に向かった。戦士長の部隊の者達もその後ろを付いて行く。

その背中を目で追いながら、ルクルットは感嘆の声を漏らした。

 

「...しっかし、まさかモモンさんがあんなマジックアイテムを持ってるなんてな」

 

「ええ、本当に。『指定した空間内にいる人間を転移させる』アイテムなんて....ですが、本当に良かったのですか?貴重なアイテムだったのでは?」

 

ペテルが心配そうに尋ねる。

 

「先程も言いましたが、気にしないでください。用途が限られたアイテムだったので、私も扱いに困っていたんです。それに、王国戦士長ほどの方に借りを作れると考えれば、安い出費ですよ」

 

冗談交じりにそう返したアインズに、漆黒の剣の面々は改めて尊敬の眼差しを向けているようだ。

アインズは「モモン」の冒険者として好感度が順調に上がっていることに満足しつつ、懐から小さな木製の人形を取り出す。

 

「このマジックアイテムには幾つかデメリットがあるんです。まず、指定できる空間の広さがそこまで大きくないということ。それから、転移先を指定することもできません。ただ、今いる場所から遠い何処かという条件のみで、一体どんな場所に飛ばされるかはわからないんです。本来は、緊急時に複数人を離脱させるためのアイテムなのだと聞いています」

 

皆その小さな人形をしげしげと見つめるが、少し変わった意匠が施されているという以外に特に変わったところはない。

このアイテムを持っていたのがモモンでなければ、アイテムの効果を説明されても直ぐには信用できそうにない程に何の変哲もないものだった。

とはいえ、デメリットについても説明していたが、それを含めてもこのアイテムの価値は高い。

特に、職業柄必然的に危険と隣り合わせの場面が多くなる冒険者であれば、かなりの値が張ったとしても欲しいと思う者が後を絶たないだろう。

ペテル達は、そんなマジックアイテムを何の躊躇いもなく供することができるところに、モモンの凄味を垣間見たような気がした。

 

「モモンさんの提案してくれた作戦、上手くいくといいのですが....」

 

「大丈夫です。必ず、成功させます」

 

不安気な素振りを見せるニニャを、アインズは力を込めた声で励ます。

 

アインズが提案した作戦は、自身が持つアイテムの効果を利用したものだった。

簡単に言えば、陽光聖典の隊員全てを転移させてしまう、というのが作戦の主目的である。

そこで、状況を整える為には戦士長らの協力が必要不可欠だ。

 

最初に、当初の予定通り戦士長らには正面から敵に相対してもらい、その間に村人たちを漆黒の剣の面々が避難させる。

マジックアイテムを持つアインズは、敵に狙われないように戦士長の部隊の後方で待機。ナーベラルはその補佐に回る。

次の段階として、戦士長らには陽光聖典の隊員を包囲する形で狭い範囲に追い込むように戦ってもらう。

そして、一定の範囲内に追い込んだことをアインズが確認して合図を出した後は、速やかに離脱する。

それとは反対にアインズが前に出てアイテムを起動し、隊員全てを転移させることができれば、作戦終了となる。

 

アインズが説明した作戦の内容は以上になるが……当然の如く、全て嘘だ。

 

まず戦士長らに戦ってもらうのは、陽光聖典の実力の程を測るためでしかない。

さらに言えば、そもそも指定した空間内の人間全てを別の場所に転移させるマジックアイテムなど存在しない。

ユグドラシル中のアイテムを全て漁ればもしかするとあるのかもしれないが、少なくともアインズは持っていないし、聞いたこともなかった。戦士長やペテル達に見せたのは微量な魔力が込められただけのハズレアイテムである。

 

今回の作戦の肝となってくるマジックアイテムは別にあった。

 

ギルド、アインズ・ウール・ゴウンが保有する11個の世界級(ワールド)アイテムの内の一つ。

 

『山河社稷図』

 

その見た目は、異様なほど巨大な巻物である。

効果は、使用者を含む指定した対象やそのエリア全体を、100種類からなる異空間から選んで隔離するものだ。異空間は対象にダメージを与えるもの等様々なエフェクトが存在しており、エフェクトが影響を与える対象は使用者が選別することができる。

まさしく、世界級(ワールド)の名に相応しい強力な効果を持つアイテムだが、デメリットもまた存在する。

山河社稷図にはランダムで40種類の中から一つ選択される脱出方法があり、その方法を発見・脱出されるとアイテムの所有権が相手に移ってしまうというものだ。

かつては、アインズ・ウール・ゴウンもその方法で敵対ギルドからこのアイテムを奪ったという背景があるため、使用する際の警戒は怠らない。また、世界級(ワールド)アイテム全てに共通する、同格の世界級(ワールド)アイテムの所有者には効果を発揮しないという特徴を活かして、所有者を炙り出すという裏技的な使い方もできる。

 

少し話が逸れたが、今回の作戦ではこのアイテムを使い、陽光聖典の者達を異空間に隔離しようという目論見である。

アインズが考えた本当の作戦(・・・・・)は、隠密能力に長けたアウラに山河社稷図を持たせて戦場の近くで控えてもらい、戦士長らを使って陽光聖典の実力を把握できてから動いてもらうというものだ。

アウラ自身は、つい先日まで自衛隊の監視を行う別の任務に就いていたが、今は報告の為にナザリックに一時帰還している筈である。

 

次に具体的な作戦行動としては、陽光聖典の実力の程度が低ければアインズが木製の人形を掲げる動作を合図にして山河社稷図を起動し、後は陽光聖典の一行をナザリックへ招待することになる。

 

万が一、守護者と比較しても危険な実力があると判断された場合は、アインズ、ナーベラル共々即座に撤退することとした。アインズ達が部隊の後方で待機するのも、そういった狙いがあってのことだ。

 

ナザリックに連絡を取るため、アインズとナーベラルは「マジックアイテムの調整を行う」ためという名目で自然な形で村から離れる。

追跡する者の気配に気を付けつつ、監視・盗聴対策を施したうえでアルベドに伝言(メッセージ)を繋ぐ。

そこで、現在の状況とこれから自分達が行う作戦の概要を伝え、アウラに山河社稷図を持たせて、転移門を使って速やかにカルネ村へ来るように命じた。

その際、マーレの方も確認して同行させることと、アウラの騎獣も何体か連れて来ることも追加で指示しておいた。

その他諸々の伝達事項も速やかに確認して伝言(メッセージ)を切ると、急ぎ足で村へと戻る。

 

アインズ達が戻ってきた頃には、既に戦士長らは出発できる準備を整えて待っていた。

 

「モモン殿、それではどうか宜しく頼む」

 

戦士長と目配せをして頷くと、アインズは漆黒の剣のメンバーにも目を向ける。

四人は皆、アインズを大きな期待と、ほんの僅かな不安が混ざり合った眼差しで見ていた。

 

「モモンさん、どうかご武運を」

 

ニニャが前に出てきて声を掛けてくる。その声は、少しだけ震えていた。

アインズはそれに言葉ではなく、ただ首肯することで応じた。

 

未だ心配そうに見守るニニャたちから離れ、アインズとナーベラルは回してもらった騎馬にそれぞれ跨り、戦士長らの後方へと移動する。

 

「それでは――――――往くぞ!」

 

全員の準備が終わったことを確認すると、戦士長の掛け声に合わせて部隊は奔り出す。

 

それを見たニニャ達も、村人たちを避難させるべく行動を開始する。

 

ニニャも同じく村の外へと移動を始めるが、後ろ髪を引かれる思いから、その目は自然と駆け行く漆黒の騎士の背中を追っていた。

 

「....どうか、ご無事で。モモンさん」

 

 

 

 

 

「―――――突進攻撃の後、左右に広がって連中を包囲せよ!奴らは今、此処で叩く!」

 

遠く離れていても風に乗って伝わってくる大声を聞いて、ニグン・グリッド・ルーインは口角を吊り上げた。

 

「総員、迎撃準備」

 

待機させていた、神の使徒たる天使達が一斉に武器を構える。

陽光聖典の隊員らも即座に攻撃魔法の準備を始めて、来たる敵を待つ。

 

愚かなことだ、とニグンは嗤う。

よもや、この状況で自分達が勝てると思い込んでいるとは。

 

王国上層部に潜ませた間諜の情報から、今回の出征に際してガゼフ・ストロノーフが万全の準備で臨めなかったことは把握している。

そのような状態で法国が誇る精鋭部隊を相手にするなど、はっきり言って自殺行為に近い。

それが分からぬ男だとは思わなかったのだが、まさか絶望的な状況に瀕して気が触れてしまったのだろうか。

ニグンは半ば呆れ気味にそんなことまで考えるが、過去このように油断して後悔させられたことがあったのを思い出す。

ニグンは頬に走る傷跡を忌々しげな表情で撫でた。

あの女のことを思い出すと、今でも腹立たしい気持ちになってくるが、今は任務の最中だ。

直ぐに思考を切り替えて目前に迫る敵の分析に集中する。

現実的に考えれば何か秘策を隠し持っているという可能性が高いが、少なくともカルネ村には助けと成り得る力がないことは確かめてある。

ならば、一体何を隠し持っているというのか。

それを見極める意味も込めてニグンは目を凝らすが、今のところ不自然な動きなどは見られない。

そうこうしている内に第一陣が交錯し、遂に戦闘が始まった。

その動向は当初の予想通り、ガゼフ・ストロノーフ以外の兵士のほとんどが天使や魔法に苦戦し、次々と倒れていく。

余りにも想定の範囲内の結果に、今しがたまで警戒していたニグンは拍子抜けの気分だった。

何か仕掛けてくるのかと思ったのだが、どうやら威勢が良いだけの突貫しか策はなかったようだ。

ニグンは、だがそれも当然だと納得する。

ガゼフ・ストロノーフの脅威はあくまでも個としての能力で、将としての力量はそこまでではない。

結局のところ、土壇場に追いやられればこういう判断を下すことは自然なことだったといえる。

 

(死を目前にしてもただ進むことしかできぬとは、馬鹿な男だ。お前のその愚行に付き合わされる部下に同情するぞ)

 

ニグンは勝敗が決まり切った戦いを余裕の態度で見下ろす。

 

「む....?」

 

しかし、戦場全体を見回している内に奇妙な違和感を覚え始めた。

 

(....最初の頃よりも陣が小さくなっている....?)

 

初めは気のせいかとも思ったが、暫く見ていると徐々に部隊全体が固まり始めているのがはっきりと見て取れた。

 

「おい、貴様。なぜ陣を縮小している?」

 

たまらず、ニグンは近くの隊員に怒気をはらんだ声で詰問する。

優勢なのは此方である筈なのに、なぜ後退しているのかと問うが、返ってきた答えはごくごく普通のものだった。

 

「い、いえ。あの、相手が犠牲を度外視して距離を詰めてこようとしていまして。個々の隊員らも魔法が使える距離を保つために後退しているのではないかと」

 

言われたニグンは、もう一度敵味方を含めて観察する。

目線の先では、ストロノーフの発動させた武技によって天使の1体が切り捨てられていた。

確かに全体を観察してみれば、ストロノーフを中心として、陣形の外周で魔法攻撃を行っている詠唱者と距離を詰め、剣が届く間合いに入ろうとする動きを続けている。

長距離から攻撃する手段として弓も持っているようだが、今のところそれを使おうとする気配はない。

明確な理由は不明だが、もしかすると矢除けの防御魔法などを考慮しているのだろうか。

だとすれば狙いとしては悪くないが、それなら剣の方も魔化されたものを使うべきだ。

ストロノーフが扱う得物を含めて幾つかそういった武器も散見されるが、全体としては数は少ない。

ならば、やはりこの攻撃についてもそこまで脅威とはなり得ない。

此方を混乱させる狙いがあったのかもしれないが、それもただの悪足掻きに過ぎない。

このような余りにも非効率的な作戦では全滅も時間の問題だろう。そう判断したニグンは、隊長として隊員らに正式な命令を下す。

 

「陣形を保ちつつ、徐々に後退せよ。相手の土俵で戦う必要はない、密集陣形で一定の距離を保ちつつ攻撃を続けろ!」

 

ストロノーフの目論見通り包囲される形に近くなったのは業腹だが、逆にこれで背後を狙われる可能性はなくなった。

あとは安全圏から魔法攻撃を継続しつつ、近づいてきた者らは天使の物理攻撃で薙ぎ払う。

それだけでこの戦いは終わるとニグンは確信したその時、戦場に異様な高音が鳴り響いた。

 

 

『モモンガおにいちゃーん。予定した時間が経過したよー』

 

それは笛の音にも聞こえたが、続いて聞こえてきた音は明らかに人の声だった。

女性の声のようだが、喋っている言語はニグンが知らないものである。

任務上、共通語、大陸語以外にも多くの言語を習得しているが、それらの中に当てはまるものはない。

しかし、それが一体何を意味するかは直ぐにわかることになった。

 

 

「―――――総員、撤退せよ!」

 

ニグンは驚愕の眼差しで声がした方へと目を向ける。

見れば、既にストロノーフを筆頭に兵士達は真逆の方向、つまりカルネ村がある方へと向けて撤退を始めていた。

 

「ば、馬鹿な!?気でも狂ったか!ガゼフ・ストロノーフ!」

 

有り得ない、なぜ今になって撤退し始めたのか。

まさか戦況が不利になったと見て逃げ出したわけでもあるまいし、一体何の意図があってのことだというのか。

もしかすると、村人達を逃がす為の時間稼ぎだったのかと、ニグンが思考している間にもどんどんと距離が離れていく。

 

「くっ、と、とにかく追え!奴等を逃がすな!」

 

急いで指示を飛ばすが、それも間に合わない。

ストロノーフらを追うよりも先に、その前に立ち塞がる者達が現れた。

撤退する他の者の動きと反対に進み出た二人は、出で立ちからして明らかに王国の兵士とは異なっている。

 

「な、何だお前たちは!」

 

漆黒の全身鎧を纏う剣士と、茶色のローブに身を包んだ黒髪の美女。

ニグンの混乱はより一層高まる。

今まで兵士らの後方に隠れていたというのはわかるが、なぜ今になって姿を現したのか。

まさか奴らには何らかの手立てがあるのか、そうでなければ撤退が終わるまでの時間稼ぎか。

どれが正解かはわからないが、いずれにせよ自分達がすべきことは一つしかない。

 

「....其処を退け、部外者共。さもなくば、貴様らは絶望と苦痛の中で死に絶えることになるぞ」

 

しかし、ニグンの恫喝に対して二人が気圧された様子はない。微動だにもしないことにニグンの苛立ちは募り、舌打ちが出た。

 

「そうか、そんなにも死にたいというのなら―――――」

 

ニグンが右手を上げ、攻撃の準備を命じる直前。

 

漆黒の剣士が不意に懐から何かを取り出し、ソレを頭上に掲げる。

 

ニグン達がソレが何なのかと視線を移して木製の人形だと気づくと同時に、ぐしゃりと握り潰される音が響いた。

 

「何をして―――――」

 

最後まで言い終わる前に、ニグンの視界は暗転した。

 

自分が今踏み締めている大地と、仰ぎ見る空が逆転する。

 

そして、大きな渦に吸い込まれるような感覚の後、再び地に足が着いた。

 

次いで徐々にニグンの視界が回復し始め、周囲の状況が見えてくる。

 

「....なっ」

 

ニグンの顔が驚愕に染まる。

 

其処は、鬱蒼と木々が生い茂る森の中だった。

 

木々は人の身長を遥かに超える高さで、頭上を見上げても空はほとんど見えず、周囲は薄暗い。ニグンの周りには、自分と同じくこの状況が掴めていない隊員たち。その内の一人が話しかけてくる。

 

「た、隊長。これは一体....?」

 

「私にも分からん。分からんが....考えられるのは、何らかのマジックアイテムを使われて『転移』させられたというところか」

 

ニグンは思わず顔を顰める。

自分達は、まんまと罠に嵌められたのだ。

思い出されるのは、状況が一変する直前に漆黒の剣士が握り潰した小さな木の人形。

恐らくは、あれがこの状況を引き起こした元凶で間違いないだろう。

集団を転移させるマジックアイテムなど、そんなものがあったとは俄かには信じ難いが、そう考えるのが最も自然だ。

なぜそんな強力なアイテムをあの剣士が持っていたのかは気に掛かるが、それよりも今考えるべき問題は別にある。

 

「転移させられたとして....此処が一体どの辺りなのかが問題か」

 

改めて周囲を見回してみるが、生い茂る木々に遮られて遠くまで視界が通らない。

ただ、これだけの量の木々が密集した森林などそう多くはない。

今いる場所の候補として考えられるのは二つ。

王国と帝国の国境に跨る、トブの大森林。

もう一つは、法国の南方に広がるエイヴァーシャー大森林。

そのどちらかによって、任務の続行か一時中止かが決まることになる。

とはいえ、目下差し迫った問題は、その両方共に危険なモンスターが数多く潜んでいるということだ。

法国の最精鋭である六色聖典を以てしても被害を免れない脅威があるとされている。

それを考えると早急に脱出する必要があるが、悪いことに此処は森林の中でも最も木々の密度が多い場所らしく、東西南北の方角を判断できそうなものが何もないのだ。

方角を把握することの出来る魔法もあるが、モンスターとの遭遇戦の可能性を考えると極力魔法の使用は抑えたいところだが、致し方ない。

 

「総員、傾聴。再度陣形を組み直す。次いで――――」

 

「―――――あ、いたいた」

 

ニグンはその声に反射的に振り向いていた。

 

ニグン達から近い位置にある一本の大樹。其処にいたのは、二人の闇妖精(ダークエルフ)だった。

 

少年と思しき格好の者は樹上の枝の一本に片膝を突いて座り、もう一人の少女の方はその傍に佇んでいる。

それらを視界に捉えて、ニグンは現在地についての確信を持った。

 

エイヴァ―シャー大森林にはエルフの王国と、闇妖精(ダークエルフ)の村落があるのだ。

身に着けている物は、遠目にも相当に上質な素材で作られているのが分かる代物だが、現在、闇妖精の住処は其処にしかない。

以前はトブの大森林を支配していたが、『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』によって蹂躙された後に、今のエイヴァ―シャー大森林へと逃げてきたという歴史がある。

少なくとも昨今の法国の調査では、トブの森に帰還したという報告はされていない。

 

ニグンは一先ず場所の見当が付いたことに内心で安堵しつつ、同時に次の行動へと移ることにした。

人類の敵である森妖精、闇妖精らに対して法国の人間が取るべき行動は決まっている。

 

「....総員、攻撃準備。急げ」

 

隊員たちが一斉に詠唱の準備を行い、天使達を召喚する。

一切の躊躇もなく闇妖精二人へと狙いを定める動きは、法国に生きる者としては当然のものだった。

 

(....さぁ、忌々しい闇妖精共を始末したら法国に一時帰還だ)

 

ガゼフ・ストロノーフの殺害任務に関してはもう一度計画から練り直さなければならない。

一刻も早く帰還しなくては、との思いでニグンは闇妖精(ダークエルフ)を見上げ、睨みつける。

 

それを見下ろす闇妖精(ダークエルフ)の双子は、薄く笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

トブの森近くで戦況を窺いつつ村人を避難させていた漆黒の剣の面々は、カルネ村へと近付いてくる者達がいることに気づいた。

最初に目にしたのは、逃げる時間を稼ぐために防御魔法を展開させていたニニャであった。

次に、村人の避難誘導を行っていたペテル、ルクルットの二人。最後に、村人を先導していたダインが気づく。

視線の先にいたのは、無事帰還した戦士長とその部隊の兵士達。

そして、大役を果たしたであろう漆黒の剣士とそれに付き従う魔法詠唱者。

 

「モモンさん!」

 

その光景を見て、ニニャは迷うことなく走り出す。行きと同じで馬に乗って戻ってきた彼らを出迎える彼女の心境は、喜びに満ちていた。

後ろから村人たちを連れて引き返してきたペテル、ルクルット、ダインも皆嬉しそうな笑顔を浮かべている。

 

「皆さん、良くぞご無事で!」

 

ペテルがまた代表として前に進み出て、帰ってきた戦士長、部隊の兵士達、モモンとナーベを労う。

それに対して、戦士長もそれ以外の者も、モモンも感謝の言葉で応えるのであった。

 

結局のところ、あれ以降は陽光聖典を含めて接近する者共はおらず、カルネ村に久方ぶりの平穏が戻る。

その日の夜は負傷した兵士らの治療と、一日中様々なことに巻き込まれたことにより、心労で疲れ切った漆黒の剣の各々の休息に当てられた。

 

翌日、戦士長らは不幸にも亡くなった若干名の兵士の遺体を丁重に包み、早朝に村を出発することになった。

元々はエ・ランテルまでは漆黒の剣とアインズたちに同行することになっていたが、法国の陰謀を知った今となっては一刻も早く王都に帰還して王へと報告すべきだと判断してのことだろう。

今回の一件に関しては、アインズら冒険者もカルネ村も、何があったとしても必ず自分が協力するとの言伝を残し、戦士長らは去って行った。

 

それに遅れること数時間後、日が昇り切った頃合いでアインズ達もカルネ村を出発する。

背中から受ける大量の感謝の言葉を聞きながら、一行はエ・ランテルを目指すのであった。

 

 

 

 

村を出発した翌日、余裕を持ってエ・ランテルに戻った一行は、冒険者組合に行く前に今回のカルネ村での一件について相談をすることになった。

その結果、戦士長から預かった書状と合わせて自分達が謎の兵団に襲われて、これを撃退したという内容のみを報告することに決まる。

最も重要な部分である、兵団が属する国や、陽光聖典の存在とその任務内容に関しては、伏せておいた方が良いだろうということで全員が一致した。

そのうえで組合に今回の仕事の報告と報奨金を受け取りに行くと、やはり戦士長の書状が効果を発揮したのか、特に深く追及されることなく済ませることができた。

 

「それでは、我々はこの辺りで。モモンさん、ナーベさん、有難うございました」

 

「ペテルさん、此方こそ感謝しなければいけません。貴方達と共に仕事をできたのは幸運でした」

 

報奨金を受け取り冒険者組合を出た一行は、またの再会を約束して別れる。

本当はこのまま居酒屋にでも飲みに行きたいところだが、カルネ村で休んだとはいえペテルらの身体及び精神的疲労は限界に近い。

ペテル、ルクルット、ダインは暫く宿で休もうと決めていた。

 

ニニャは別れる時に名残惜しそうな態度を見せていたが、生憎なことに相手にはそれは伝わっていないようだった。

 

 

 

 

(....ふう)

 

宿に戻ってきたアインズは、声には出さずに内心で一安心の溜息をついた。

振り返ってみると、今回は本当に色々なことがあったものだ。

中でも最も大きかったのは勿論陽光聖典のことである。

連中の実力を見極めて山河社稷図に取り込んだ後、アウラとマーレによって無力化されナザリック送りにしたところ、法国についてかなり有力な情報を得ることができた。

それだけでも、今回の仕事は大変有意義なものであるといえる。

それに、王国戦士長というこの国でも高位の人物と接触し、少なからず繋がりを持つこともできた。戦闘時には、王国一の戦士がどの程度のものなのかを測れたし、時折発動させていた『武技』なるもの、ユグドラシルにはなかったこの世界特有の能力を目にする機会もあった。

冒険者チーム『漆黒の剣』からは、冒険者として必要な知識や心構えなど、これから先モモンとして活動していく上で有用な情報を得られた。

 

(冒険者としての初仕事でここまでの成果が得られるなんて、想像してなかったな。最初は余り期待できそうになかったけど、これはもしかするとかなり良い仕事かもしれないぞ)

 

『――――アインズ様』

 

「む、アルベドか。どうした?」

 

アインズが機嫌よくそんなことを考えていると、頭の中で線が通るような感覚によって、伝言(メッセージ)が繋がった。

 

『はい、現在お時間宜しいでしょうか。至急報告すべきことがあるのですが』

 

「ああ、構わん。続けよ」

 

『はい、それでは申し上げます。

―――――予定通り(・・・・)、ジエイタイの手の者らがコアンの森、エルフの集落に向かうことが判明しました』

 

 

漆黒のヘルムの奥で、妖しく赤い炎が揺らめいた。

 

 




ということで、第6話はこれにて終了です。

次回は自衛隊の方も出てくる予定です。それと、今度こそ早めに上げられるように努力します!


それでは、次回「門の向こう」でお会いしましょう!


ネタバレェ...


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