ダンジョン飯IF 連載版 (蜜柑ブタ)
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序章  兄さんが食べられた:ファリン談

勢いで連載を始めました。

このネタでのファリンは、ブラコン度が色々と振り切っているかも…。


 

 お腹すいたなぁ…。

 

 戦闘中だというのに、ファリンは、そんなことを思った。

 ダンジョン内で、三日前に罠にはまって三日分の食料を落とし、巨大なレッドドラゴンを前にして、ギルドのメンバー全員の動きの精度も落ちていた。

 それもこれも空腹によるものだった。

 レッドドラゴンは強く、気がつけばライオスとファリンを残して他のメンバーは、倒れていた。

 レッドドラゴンが矛先を退却しようとしているライオスの背中に向けたとき、ファリンは、咄嗟に後ろからライオスを突き飛ばそうと動いていた。

 だが…。

「っ! ファリン!」

「あっ!」

 後ろにいるファリンに気づいたライオスがファリンの腕を掴んで庇う形でファリンを反転させた。

 その結果、レッドドラゴンに、ライオスの身体が近づいてしまった。

 そしてレッドラゴンの口がライオスを捕えた。

「ぐっ…!」

 ギチギチミシミシと鎧をも砕くレッドラゴンの顎力により、レッドドラゴンの鋭い歯がライオスの身体に食い込んだ。

「兄さん!」

「ふぁ…ファリン…、逃げ…ろ…。」

「兄さん! 兄さん!」

 レッドドラゴンがライオスの身体の半分を飲み込んだ。

 その時になって、自分が握る杖に気づいたファリンは、空腹のせいで回らない頭で脱出魔法を唱えた。

 けれど、魔法が発動したときには、ライオスは、レッドドラゴンに丸呑みにされていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 次にファリンが目を覚ましたとき見たのは、同じギルドのメンバーであるマルシルの心配している顔だった。

「よかったぁ。目を覚ましたのね。」

「マルシル…、兄さんは?」

「ライオスは…。」

 言いにくそうにするマルシルに、ファリンは、ハッとして起き上がり、周りを見回した。

 どこにも、ライオスの姿は無かった。

「そんな……。」

 ファリンは、がっくりと項垂れた。

「…あー、落ち込んでるとこ悪いが、困った知らせがあるぜ。」

「チルチャック?」

 目をそらしながら二枚の紙を、同じギルドのメンバーであるチルチャックがファリンに渡してきた。

 それを広げてみると、ギルドを脱退したいということが書かれていた。

 そういえば、同じメンバーだった、ナマリとシュローの姿が無かった。

「前々から別のギルドに勧誘を受けてたらしい。」

「ええー。」

 今すぐにでも兄・ライオスを助けに行きたかったファリンに、重い現実がのしかかる。

 

 ダンジョンに再び潜るためには、入念な準備が必要だ。

 だが、マルシルによると、今まで持っていた装備のほとんどをあの場に残していってしまったため、ファリン達は、まったくの無一文と言って良い状態だった。

 まず、お金を作らなければならない。

 今ある装備を売って、稼いだお金で安価な装備を揃えたとしても、あと、日用品、そしてもっとも大事な食料……。

 さらに、抜けてしまったメンバーを埋めるための新しいメンバーの雇用とその装備を調えるための費用…。

「無理だよね…。」

「全然足りねーな。」

「早くしないと、兄さんが消化されちゃう…。ねえ、みじん切りから蘇生した人はいたんだよね? じゃあ…うんちから復活したって話はある!?」

「……ないと思うわ。」

 青い顔をしてマルシルが答えた。

 その時、全員の腹の虫が鳴った。

「ま、まあ、とりあえず何か食べない? 私達、空腹で失敗したようなモノだし、食べ物はきちんと揃えなきゃ。何食べようか?」

「……。」

「ファリン?」

「ごめん。マルシル、チルチャック…。私、今すぐ迷宮に潜るわ。」

「えっ! ちょっと、そんな無茶よ!」

「前衛もなしに僧侶が一人でいけるわけないだろ?」

「一つ考えがあるの。」

「なに?」

「二人に、今すぐギルド抜けてもらうの。」

「えっ!」

「その装備で私が準備をするわ。そうすれば、装備の質を落とさないで済む。それに、二人を巻き込みたくない。」

「ファリン…、そこまで…。」

 マルシルは、少しだけ俯き、そして何か決心したように顔をあげた。

「私も行くわ! ファリン一人じゃ行かせないからね!」

「俺の仕事も忘れるなよ。扉や罠の解除役が不要だなんて言わせないぜ。」

「…ふ、二人とも…。」

 ファリンの目に涙が浮かんだ。

 だが次の瞬間。

 ものすごい勢いで、ファリンが二人の肩を掴んだ。

「本当についてくるの?」

「え、ええ…。」

「ああ…。」

「どんなことがあっても?」

「?」

「?」

 ファリンは、下を向いてフーッと大きく息を吐いた。

「じゃあ…、準備して行こう。」

 二人から離れ、地面に散らばってる寝袋などを集め始めるファリンに、マルシルとチルチャックは、顔を見合わせたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、ダンジョン…いや迷宮の入り口に三人は来た。

 ファリンは、二人に向き直り言った。

「食料だけど…、迷宮で自給自足しようと思うの。」

「えっ!?」

 二人が驚いて声を上げた。

「迷宮内には、魔物があふれてる。だから生態系ができてるってこと。」

 ファリンは、ライオスが持っていた書物から得た情報から結論を出していた。

 草食の魔物がいれば、肉食の魔物がいる。すなわちそれは地上と何ら変わらないのだと。

 つまり…。

「食べられそうな魔物って、結構居たと思うの。だから無理じゃないはず。」

「ファリン! 正気に戻りなさい!」

「私は正気よマルシル。」

 ファリンの肩を掴んでマルシルは、ガクガクと揺すったが、ファリンは揺るがない。その目には強い決意の色があった。

「……いけないこともない?」

 チルチャックが今までの冒険を思い起こし、顎に手を当てて少し考え込んでいた。

「無理無理! 絶対イヤ!」

「でも、魔物を狩って食い扶持にしている人間って結構居るよ?」

「それは、地上に戻れない犯罪者とかの話でしょ! そいつらだってしょっちゅう、食中毒で搬送されてんじゃない! 新聞で見たわ! とにかく考え直して、ファリン!」

「私、兄さんを助けるためなら何でもするわ。イヤなら戻ってね、マルシル。」

「うぐ…。」

 こうなったらテコでも動かないファリンに、マルシルは、閉口した。

 迷宮の入り口で、ギャーギャーとそんな騒ぎをしていた彼女らを、物陰から見ている人物がいたのだが、ファリン達は気づかなかった。

 その時。

 奥の方から悲鳴が響いてきた。

 そしてドタバタと足音が聞こえてきて、ボロボロの冒険者達が逃げてきた。

 そんな彼らの後ろを追いかけてくるのは、歩くキノコ…、歩きキノコだった。

 ファリン達の横を通り過ぎていく歩きキノコを、マルシルが杖で叩いて倒した。

「……今の迷宮初心者ね。この程度の魔物で総崩れなんて、向いてないんじゃ…。ん?」

 心配そうに逃げていった初心者達の通った道を見ていたマルシルだったが、ふと気づいた。

 先ほどマルシルが叩いて死んだ歩きキノコを、ファリンがしゃがんで持ち上げていることに。

「ファリン…?」

「これを、今日の昼食にしようよ。」

「やだーーーー!!」

 マルシルが今日一番の絶叫をあげた。

 やだやだとだだをこねて床を転がるマルシル。

「いきなりキノコは危なくないか?」

 チルチャックが言った。

「『迷宮グルメガイド』によるとね、初心者向けの食料らしいよ。」

「はあ?」

 ファリンは、歩きキノコを片手に、もう片手で懐から一冊の本を出してチルチャックに差し出した。

 チルチャックと、転がるのを止めたマルシルが本を開いて見る。

 たくさんの付箋が貼ってあり、そして書き込みと、何度も読み返した形跡がある年季の入った本だった。

「兄さんの愛読書。たぶんドラゴンに食べられたときに落ちたんだね。」

 迷宮から脱出して、目を覚ました場所で落ちていたので拾ったのだ。

 その時、カサカサという微かな音をファリンは聞き取った。

「この足音……、大サソリ!」

 ファリンは、ナイフと杖を持って走って行った。

「…まさか、ファリンの奴…。」

 チルチャックが不審そうに言った。

 

 迷宮内は、かつて墓場だった。

 ある小さな村にあった地下墓地だった。

 ある日、地下墓地の底が抜け、奥から一人の男が現れた。

 男は、一千年前に滅びた黄金の国の王を名乗り、かつて栄華を誇ったその国は、狂乱の魔術師によって地下深く、今なお囚われ続けていると言った。

 『魔術師を倒した者には、我が国のすべてを与えよう。』

 そう言い残し、男は塵となって消えた。

 それがこのダンジョン…、地下迷宮の始まりだった。

 

 魔物達は、迷宮の底から湧いてくるという。

 地上の生き物が禁忌の魔術により、豹変した姿なのか、魔界から呼び寄せられたモノなのかは不明であるが、すべての魔物は奇妙な姿をしており、何かを守るように襲いかかってくる。

 しかし、それらこそ、呪われた黄金の都の存在を示す唯一の証だとされていた。

 

 ファリンは、壁の下側に空いた大きな穴を見つけると、中をソッとのぞき込んで確認し、杖の先にタオルを巻いた。

 そしてそーっと中にタオルを巻いた杖を突っ込む。

 すると、ガチンッと大きなはさみがタオルを巻いた杖を捕えた。

 そしてズルズルとゆっくりと、引き抜かれた大サソリを、ナイフで仕留めた。

「ザリガニみたいに採らないで…。」

「大サソリはね、まずハサミで獲物を固定してから尾の神経毒を打ち込んでくるの。しかも餌が無くても刺激すれば釣れるから、ザリガニより簡単。」

 死んだ大サソリの尾を掴んで持ち上げ、誇らしげに言うファリンに、マルシルが呆れていた。

「あのな…ファリン……、もしかしてだけど、おまえ、前々から魔物を食べる機会を伺ってただろう?」

「……だって、兄さんが食べてみたいって言ってたから…。」

 チルチャックに言われ、ファリンはそう言い、そして顔を赤面させた。

「で、でも兄さんを助けたいって気持ちはあるよ!」

「はいはい…。」

「兄さんから魔物の話を聞いたり、本を読んだりしてて…思ったの……、どんな味がするんだろうって…。」

「サイコパスだ。」

「兄さんも食べたらどんな味がするんだろうって、言ってた。」

「サイコパス兄妹だ。」

「さいこぱすってなに?」

「あーあー、いいのよファリン。気にしないで。」

「そう?」

 コテッと首を傾げて微笑むファリン。その手に、歩きキノコと、大サソリを持っているのでなんともシュールだ。

 マルシルとチルチャックは、顔を見合わせてため息を吐いた。

 




ファリンの性格は、ライオスとどっこいどっこという設定にしました。
原作で自分を食べたドラゴンを平気で食べたし、他の魔物も食べたいとはしゃいでいましたし…。

圧倒的に前衛がいない状態ですが、長年ダンジョンに挑んできたメンバーですから、後衛の実力も高いと思うのです。
なので、原作よりファリンはかなり強いかも知れません。


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第一話  大サソリと歩きキノコの水炊き

とりあえず、現在(2018年4月18日)書けているのは、ここまでです。


センシ登場。
初の魔物食、第一食目。


 

 迷宮一階は、商人と冒険者で人の往来がある。

 特に初心者の広場と呼ばれている水が湧いている開けた場所には、商人達が何人もおり、冒険者達が休息を取っている。

 そこに場違いな者達がいた。

 チルチャックが鍋に水を汲み、マルシルとファリンが火をおこした。

「もう少し人目のないところでやった方がいいのでは?」

 チルチャックが周りの冒険者や商人達の目を気にした。

「水を使うのに、往復するのは大変だよ?」

 ファリンがそう答えた。

「ねえ、本当にコレ、食べるの?」

 マルシルが床に置かれた歩きキノコと大サソリを見て聞いてきた。

「他に案もないし。まずは、オーソドックスに煮てみるね。」

「オーソドックスって…。」

「あっ!」

「どうしたの!?」

「縦には切りやすいけど、横には切りにくい。…キノコ系の敵を相手にする時は、袈裟斬りや胴斬りは効果が薄いのかも。すごい、勉強になるわ。兄さんに会ったら教えなきゃ。」

 歩きキノコを包丁で切っていたファリンが嬉しそうに言っていた。

 マルシルは、やれやれとため息を吐いた。

 そして、歩きキノコが、普通のエリンギのように縦にスライスされた。

「スライスしたら、食べ物に見える。」

「どこが?」

 チルチャックの言葉に、マルシルが嫌そうに言った。

 そして鍋のお湯が沸いた。

 そこにファリンがボチャボチャと歩きキノコと、さらに大サソリを丸ごと入れていく。

「ちょ、ちょっと、サソリそのまま食べるの? 毒が回るじゃないの。」

「このサソリの毒は食べても害が無いよ。」

「本当に?」

「じゃあ、試しに食べてみよう。」

「えっ!」

 マルシルが驚いている間に、ファリンが大サソリの尾をちぎって、尾の中間のところを噛んだ。

「……おぇー。」

 そして吐いた。

「ああ、もういわんこっちゃない! 解毒解毒!」

 

「ちょっと待った!」

 

 そこに男の声が聞こえた。

 すると、ボロボロの斧を持ったドワーフの男がやってきた。

「サソリ鍋か。しかし、そのやり方は感心せんのう。」

「何者?」

「大サソリを食べるときは、ハサミ、頭、足、尾は必ず落とす。尾は、腹を下す。」

 ドワーフの男は持っていた包丁で、大サソリの尾とハサミと頭を切り落としていった。

「腹を下すのね…。本には平気って書いてあったのに。…というか、単純に不味かった。」

 それから、ドワーフの男は、実に慣れた手さばきで、大サソリを捌いていった。

 身に切り込みを入れることで食べやすくなり、さらに出汁がでやすくなる。そして内臓も簡単に取れる。内臓は発酵させれば良いツマミになるそうだが、素人には難しいらしい。

 そして歩きキノコは、足が美味しいとのことなので一緒に入れると良いと言った。

「この鍋では小さいな。」

 ファリン達が持っている鍋を見て、ドワーフの男は、自分が背負っている大鍋を出して代わりに火にかけてお湯を沸かした。

「サソリとキノコだけでは、ちと寂しいのう。」

 するとドワーフの男は、ふと周りを見て立ち上がり、商人達が軒を連ねている壁側に行って、包丁で壁から出ている根っこを切り、さらに花のように生っている藻を剥ぎ取って戻ってきた。

「ちょっと、待って! それはダメ!」

「マルシル?」

 手でバッテンを作って拒絶するマルシル。

「ダメダメ、無理無理! あのさ、ここ墓場よ! 百歩譲って魔物はいいわ! でも根を張る植物はNG! 宗教的にNG! いいじゃない、サソリと歩きキノコだけで、十分美味しそうじゃん! これにしようよ、これに! だいたいあんた誰なのよ! 一体全体どういう…。」

「マルシル!」

「上だ!」

「上?」

 マルシルがファリンとチルチャックの叫びで二人の方を見たとき、上から何かがたれてきた。

「!」

 それに気づいたときには、ソレは、マルシルの顔に落ちてきてマルシルの顔を覆った。

「スライム!」

「動かないで、マルシル!」

 マルシルは、顔をスライムで覆われ溺れた。

 ファリンとチルチャックがスライムの弱点である火を使おうとした時、ドワーフの男がナイフで、スライムを刺した。

 するとスライムは、剥がれ落ち、マルシルは必死になって息をした。

「マルシル、大丈夫か?」

「大丈夫、ちょっと鼻に入ったけど…。」

「スライムをナイフで撃退するなんて、すごい!」

「構造を知っていれば簡単なもの。」

 ドワーフの男曰く、スライムは、人間で言う胃袋がひっくり返って消化液で内臓と頭を包んでいるのだそうだ。

 そのため、獲物が吐く息を察知し、飛びかかってくる。だから大声を出してわめくとスライムに襲われやすくなるのだそうだ。

 このままではとても食べられた物じゃ無いので、倒したスライムを、柑橘類の果汁を加えた熱湯で洗い、水分をよく取るか、塩で揉み混み、じっくりと天日干しすれば、高級食材となるのだそうだ。

 できれば、二週間ほど絶食もさせた方が良く、乾燥にも時間がかかるので本来は迷宮では気軽につまめる食材では無いとのことらしい。

 そこでと、ドワーフの男は、自分が作ったスライム干し網を取り出し、スライムを挟んで他の荷物の上になるようにして背負えるようにした。

「完成には時間がかかるが、ここに完成品がある。今日はコレを加えよう。」

「でも高級食材なんですよね?」

「かまわん。わしは、この迷宮で十年以上魔物食の研究をしている。魔物食に興味を持ってもらえることが何よりも嬉しいのだ。」

「十年!」

「そんな昔からあったっけ?」

「まあ、少し待っとれ、すぐできるわい。」

 それからは、ドワーフの男が手際よく調理していった。

 採ってきた根っこの皮を剥き、いちょう切りにして、一緒に取ってきた藻と一緒に鍋に投入した。

 それから味見をして、調味料を少々加え、鍋に蓋をし、しばし煮えるまで待った。

 そして。

「できたぞ。」

 蓋を開けると、そこには、煮えて赤くなった大サソリの入った、大サソリと歩きキノコの水炊きが完成していた。

「大サソリは、茹でると赤くなるんだ。蟹みたい。」

「本当にサソリなのか?」

 箸で鍋の具を持ち上げ、取り皿に取っていく。

「なんだか、旨そうな匂いが。」

「本で読むのと見るのは大違いだね。」

「熱を通すと身が少し縮むから、簡単に殻から身がほぐれるぞ。」

「あ、本当だ。」

 ファリンがほぐれたサソリの身を食べた。

「…美味しい!」

「そうだろうそうだろう。」

「調理次第でこんなに味が変わるんですね。」

「そうだろうそうだろう。」

「マルシル。美味しいよ。」

 マルシルは、遠巻きに腕組みをして立っていた。

 どうしても食べたくないのだ。

 だが……。

 腹の虫が彼女を苦しめる。

 そして…、ついに。

「私にも、一杯ちょうだい!」

 取り皿に分けた鍋の具材。

 その中には、春雨の太い奴か、クラゲを切った奴みたいなものが入っていた。

「何コレ?」

「スライムの内臓の干物。」

「………。」

 マルシルは、かなり抵抗している顔をしていたが、やがて、取り皿の中の鍋の具をかっ込んだ。

「うわ! 美味しい!」

「スライムってこういう風に食べるんですか?」

「どうやってもいける。果汁に浸して食べても旨いぞ。」

「この木の根もホクホクしてうまいですね。」

「正確には、根ではない。上下逆さまに迷宮に咲く植物の幹だ。」

「この藻も柔らかくて美味しい。これも迷宮に咲く植物なの?」

「それは、よく湿ったところにわく、普通の藻だ。」

 マルシルは、それを聞いてげんなりした顔をした。

「普段何気なくかよっている迷宮にこんなものがあるなんて。」

「ほんと、すごいよね。」

 マルシルとは反対に、チルチャックとファリンは、のほほんとそんな会話をしていた。

 そして、ファリン達は、存分に大サソリと歩きキノコの水炊きを堪能したのだった。

 

「そういえば、自己紹介がまだでした。私は、ファリン。こっちは、魔法使いのマルシルと、鍵師のチルチャック。」

「わしの名は、センシ。ドワーフ語で探求者という意味だ。」

 食事の後片付けをしながら、お互いの名前を伝えた。

「なにかわけありの旅のようだが?」

「はい…、実は……。兄が…仲間が一人、迷宮の下層で魔物に食べられてしまって、消化される前に助けたいんです。」

「なんと、魔物に。一体どんな?」

「竜です。真っ赤な鱗の。」

「真っ赤な鱗…、下層……。炎竜(レッドドラゴン)か!」

 センシは、心当たりがあるようだった。

「竜はその巨体を維持するために、ほとんど眠って過ごすという。消化も他の魔物より遅いはずだ。」

「だと…、いいのですが…。」

 ファリンは、俯いた。

 するとセンシが言った。

「頼む。わしも同行させてもらえんか?」

「えっ? い、いいんですか? もちろん、いいです! とても助かります!」

「本当か! いや、ありがたい。」

 ファリンとセンシは握手した。

「レッドドラゴンを調理するのは、長年の夢だったのだ!」

 センシは、語り出した。

「レッドドラゴンか……、やはり王道にステーキか、それともハンバーグか。しゃぶしゃぶも捨てがたいが、いや卵があれば、親子丼という手も……。」

 一人、まだ見ぬレッドドラゴンの調理を思い浮かべているセンシの背中を見て、ファリン達は、思った。

 これから狩りに行くレッドドラゴンは、ライオスを食べているのだ。センシを連れて行くということは、そのレッドドラゴンを自分達が食べるということである。

 

 それは…、食べていいものなのか?

 

 っと、三人は思ったのだった。

 

 




他のご飯も考えたけど、水炊き以外に思いつかなかった…。
この時点で、ファリン達の手持ちの調味料も調理道具もほとんどないので、センシが来るまでまともに調理すらできなかったと思うので。


次回は、食人植物。


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第二話  人食い植物のタルト

人食い植物編。

ファリンが空気読みません。注意。

あと、オリジナルの魔法を出しました。名称は決めていませんが。GB版のウィザードリィの僧侶の魔法を参考にしています。


 迷宮の二階は、一階と違い、わけの分からない作りをしている。

 っというのも……。

「前々から疑問だったんだが、なんであの木の高さで地上に突き抜けないんだろう?」

「空間が歪んでるのかな?」

「呪いでできたダンジョンだからなぁ。」

 城の尖塔にあたると学者達が定義しているのが二階で、その建物と周りには植物が絡みつき、とてつもない高さの木が何本も立っている。その間に吊り橋がかけられており、ファリン達や冒険者は、木の枝や倒れた木などの植物と吊り橋を渡って迷宮を進むのが普通だ。

 なのだが、木に吊るされている吊り橋は、木の枝や葉が邪魔で少々歩きにくい。

 背が低いハーフフットのチルチャックでさえ、顔を枝で打つほどだ。

「ぎゃん!」

「マルシル! だいじょうぶ?」

「ちょ、ちょっと…、橋の隙間につまづいただけ…。」

「ずいぶん歩いたから、疲れたのかもしれないね。野営地を決めて今日は早めに休もうよ。」

 マルシルに手を差し伸べて助けた後、休めそうな場所を探して歩いた。

 やがて木に空いた大きな穴を見つけた。

「木のウロ…。そういえば、昔ああいうところで一晩明かしたことがあったね。」

「あったあった。」

「その時豚のスープを作ろうとして、火傷して…。」

「……スープ…。」

「腹が減ったのか? 昼食の残りのサソリ汁なら少しあるぞ。」

「いらない。」

 センシからサソリの水炊きの残り汁が入った袋を見せられたマルシルは即拒否した。

「夕食にできそうな魔物を狩ろう。」

「…ああ……。」

 マルシルがげんなりした声を上げた。

「マルシル。できるかぎり希望に添えるように頑張るから、何が食べたいの?」

「……でも、魔物を食べるんでしょ?」

 マルシルがそう聞くと、ファリンは顔を逸らした。

 マルシルは、ため息を吐き。

「なんでもいいよ。食べられる物なら…。」

「この辺りは、どんな魔物が出るんだ?」

「ええっと…。」

 チルチャックからの問いに、ファリンは、懐からライオスの愛読書を取り出して開いた。

「…大コウモリと、大ネズミ。」

「不衛生なのは、絶対イヤ! これからのために!」

「森ゴブリン。」

「亜人系は論外!」

「動く鎧。」

「金属?」

 マルシルは、ファリンが読み上げた魔物の全てを拒否した。

「もっとこう、普通のはないの? 鳥とか、木の実とか!」

「えっ?」

「いるよなー。こういう、なんでもいいって言うくせに、こっちの案を出すと嫌がる奴。」

「私、そんなワガママ言ってるかな!?」

「んー…、いるにはいるけど、襲いかかってこないから、そういうのを狩るにはそれなりに準備がいるよ? (かも)がネギを背負ってくることなんてないんだよ?」

「ごめん…。そうよね…。」

「ただ…、人食いネギをつれて化け鴨なら出るかもしれないのが迷宮なんだよ。もっと楽しもうよ。」

「そこまでポジティヴにはなれないわ……。」

 ファリンなりに励ますが、マルシルは、どんどん元気をなくしていった。

 すると、センシが言った。

「いや、この時期、木の実や果実なら山ほどあるぞ。」

「えっ…! ほんと?」

 マルシルの顔に明るさが戻った。

 センシは、グッと親指を立てた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 確かに、果実はあった。

 しかし。その果実を守るかのように。

 ワサワサと咲いた鮮やかな、大きすぎる花々。

 よく見るとネバネバとした粘液を付けたツタやツル。

 そして花の中心にある、歯のようなモノ。

 筒の長い器。いわゆるウツボカズラのもっと大きい奴の部位の中に溜まっている溶解液からは、甘い香りを漂わせる。

「人食い植物じゃん!!」

「違うよマルシル。人食い植物って言うのは、あくまで俗称だよ。」

「でも人を食うじゃないの、あれ!」

「よく見て、例えばあの花、バラセリアっていうんだけど、あれはね、動く物に巻き付いて絞め殺して自分で堆肥を作るの。だから好んで人を襲っているわけでもないし、消化してるわけじゃないわ。」

「でも、人を養分にすることもあるんでしょ?」

「私達が普段食べている食べ物だって、元をたどれば生物の糞や死骸でできてるよ?」

「いや、その流れについてケチはつけないけどさあ…。」

「だいじょうぶ。まだ地下二階だぜ? この辺りに死体が転がってたらすぐに誰か気づく。」

 チルチャックの言うとおり、この迷宮では、死体を回収して生き返らすことで生計をたてる者も多いのだ。そのため魔物が強い深層はともかく浅いところでは魔物の餌になる者は少ないのだ。

 なお、その場合、持ち物の10%から20%を支払うのが義務化している。

「…あの根元にひとつ。あそこに二つ。その向こうの黄色い物は、まだ熟していない。」

「なるほど。でも、こっそり潜るのは無理だわ。」

「戦うしかないな。」

 ファリンとセンシが戦うために武器を手にした。

 すると、マルシルが前に出た。

「私がまとめて片付けてあげる。」

 そして呪文の詠唱に入った。

 呪文が完成し、魔法を放つ直前になってセンシが叫んだ。

「やめろ! 馬鹿者!!」

「は? なん…。」

 魔法はかき消え、後ろを見たマルシル。

 そこに人食い植物が迫った。

 そしてマルシルの身体を自在に動くツルで巻き取った。

「ギャーーー!」

「木の実まで魔法で吹っ飛ばすつもりか。」

「なーーーー!?」

「食べる分だけいただく。これが鉄の掟だ。」

「言ってる場合か!」

 するとマルシルを逆さに吊るしているツルがマルシルの身体を強く締め始めた。

「うっ…、や、やだやだやだ! 放して…!」

 マルシルが暴れたことで隣にあった巨大ウツボカズラの一つがひっくり返った。

「うわああああああああああああ!」

 そして中から、中年の男性の死体が溶解液と共に飛び出してきてマルシルは悲鳴を上げた。

「何が消化はしないよ! 食べられてんじゃん、思いっきり!」

「え? 消化機能がある植物もいるよ? そこは種類によるから…。」

「死体回収屋さんだ…。」

「ミイラ取りか。」

「ちなみに、今マルシルが捕まっているのは、皮膚下に種を植え込む寄生型だよ。」

「一番いやああああああああ!」

「動かないで、マルシル。」

 ファリンは、杖を手にして呪文を唱えた。

 素早く詠唱されたそれは、回復役でも覚えられる中距離の攻撃魔法。

 相手を切り裂くその魔法がマルシルを捕えている人食い植物の根元を切り裂いた。

 植物系の魔物は、腕が何本もあるようなものなので、それを全部相手にしていたは日が暮れてしまう。そこで狙うのは…根元なのだ。

 根元を切り裂かれて死滅し、マルシルを落としてバラバラと落ちていく人食い植物。

「だいじょうぶ?」

「あ、ありがとう、ファリン。」

「どうだった?」

「えっ?」

「これはね、シャドーテールっていってね、植物の皮膚下に種を植え付ける捕食寄生型で、骨折するほど強くツルを絡めてくるバラセリア種に比べて、対象を逃がさず殺さず捕えておく必要がある。その締め付け具合が…、動けないけど不快にならない程度の微妙なバランスをしてて……、すごく気持ちいいと思うんだけど。どうだった? どんな感じだったか兄さんに教えたいの。」

「……。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「なんで、怒ったんだろう?」

「…さすがに、マルシルに同情するぜ。」

 不思議がるファリンに、少し呆れ気味にチルチャックが言った。

 ファリンとチルチャックとセンシは、両手に持てるだけの果実を収穫した。

 そして、寝泊まりできる木のウロを見つけ、そこで一晩過ごすことにした。

 多くの冒険者が利用するため、木の穴の中ではあるが、箒と小さなカマドが作ってある。しかも、後片付けをきちんとするようにと言う感じの張り紙までしてある。

 センシが火を起こし、センシの持参している大鍋に浅く水を張り、まずは、バラセリアの大きな果実を軽く蒸す。

 蒸し終えた果実のヘタに沿って丸く切り込みを入れ、少しねじる。するとヘタと一緒に種が抜けた。

 種を見たファリンは、こっそりとそれをポケットに入れた。

「ちょっと、ファリン!」

「わっ!」

「今ポケットに入れた物を出しなさい!」

「ち、地上でも栽培できるか試したいの…。兄さんのお土産にもしたいし…。」

「ダメ!」

「あー!」

 ファリンから種を奪ったマルシルは、すぐにその種を燃やした。

 その間にもセンシの調理は進んでいき、剥いた果実の皮をよく叩いて柔らかくしてフライパンに敷き詰めた。

 それから、別の小鍋に未熟果をすりつぶして、そこにスライムと少しのサソリの水炊きの残り汁を加えて、粘りが出るまでよく混ぜ合わせる。

 なめらかになった物に、残りのサソリの水炊きの残り汁を加えて、乱切りにした木の実を加え、ざっくりと混ぜ合わせる。

 それを先ほど皮を敷き詰めたフライパンに入れ、しばしカマドの火で加熱。

 表面がフツフツしてきたら、残りの木の実を彩りよく加え……。

 

 そしてできあがったのは、人食い植物のタルトだった。

 

「た…タルト? 卵も小麦粉もないのに…。」

「見せかけだがな。」

 センシは、そう答えて、包丁でタルト(?)を切り分けた。

 ケーキのように切り分けられたタルトは、取り皿に取るとますます見るからにタルトっぽい見た目だった。

 さらに、その横に縦切りにしたミアオークという人食い植物の果実を添える。

「皮は焦げ付き防止だ。食べずに残していい。」

 そして実食。

「塩味だ。想像してた味と違った。甘くない。」

「うん。美味しい。」

 人食い植物の果実は、その見た目とは裏腹に甘くなかった。

「マルシル。美味しいよ。たぶん、マルシルが好きな味だよ。」

 マルシルは、渋っていた。

 っというのも……。

「本当に、あの植物の実は入ってないでしょうね?」

 あの植物とは、でかいウツボカズラのことだ。

「入れてない。あの植物に溜まるゼラチンを使えばもっと綺麗にまとまったんだが……、スライムだとうまく固まらないな。」

 っと、センシは答えた。

 スプーンで食べるタルトなのだが、スプーンを刺すとちょっとボソッと崩れるのだ。

 マルシルは、渋々といった様子で一口まず食べた。

 そして。

「あっ、これ、美味しい。」

「養土型は、瑞々しくて甘みがあって、消化型は詰まっていて味が濃いのね。」

「でも、それでいいのかしら? 美味しいってことは他の動物にもごちそうなんじゃないの? せっかく実を付けても食べられてしまうんじゃ…。」

「そこは肉食植物だから…、狙う動物を捕えて養分にしてるのよ。」

「あ、そうか。へー、じゃあ、この美味しさも戦略なのかな? なるほどなぁ。」

 そこまで言ってマルシルは、ハッとした。

「マルシルも、興味を持ち始めてくれた…。嬉しいなぁ。」

「違う違う!」

 嬉しそうにしているファリンに、マルシルは、慌てて首を振っていた。

 

 食事を終えた後、食後の後片付けをして、とりあえずこの辺まで持ってきた死体回収屋さんの死体をどうするか考え、他の人が見つけやすいようにヒモで吊るしたのだが……。

「…こういうの、処刑場で見たことある。」

 っと、チルチャックが言った。

 その影響かは不明だが、その夜、マルシルは、少し悪夢を見たのだった。

 




このネタでのファリンは、何かにつけて兄さんのためっと色々とやらかします。

次回は、バジリスク。


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第三話  ローストバジリスク

微妙にオリジナル展開あり。

回復役担当のファリンがいるので、解毒と傷を治すのは、お手の物だと思ったので。

なお、バジリスクの倒し方は、ほぼ原作と同じです。注意。


 

 

「わああああ!」

 マルシルは、飛び起きた。

「マルシル!? どうしたの?」

「…ごめん。ちょっと、悪夢を…。っ、何!? この匂い…、夢の中の同じ!?」

「別のパーティーがあそこで朝食作ってんだよ、肉でも焼いてんだろ。」

 見ると、反対側の吊り橋の木のウロの中から煙が出ていた。

 マルシルは、遠望鏡を取り出して、そのウロの中の様子を見た。

 魔法使いの女性冒険者が、網の下に火を付けており、その上で肉を焼いていた。

 その焼いた肉をパンに乗せて他の者達が食べている。

「食べてる! 羨ましい!」

「うまそーだな。」

「本当に酷い。嘆かわしいことだ…。」

 するとチルチャックとマルシルの後ろからセンシが来て言った。

 センシは、語り出した。

 最近の若い冒険者が摂る食事といったら、パン、干し肉(あるいは塩漬け)、ぶどう酒ばかり。つまりほとんどが栄養価を無視した保存が利いて長持ちするものばかりなのだ。

 迷宮を探索する上で体力作りのため肉の脂は大事だが、それだけではダメだ、それでは魔物よりも恐ろしい栄養不足になると。

 付け合わせに人食い植物や歩きキノコを加えるだけでもずいぶんと違うのにと。

 若い冒険者達はそれが分かっておらんっとブツブツ言いながら、昨日の残りの人食い植物の実を朝食にした。

「っと、講釈をたれたが……、実は我々も完璧な食事をとれているわけではない。」

「……。いや、別に期待してないから!」

 マルシルがそう言い訳したが、センシは、それを無視して語り出す。

「昨日はサソリ鍋。そして人食い植物を食べた。どれも栄養価は豊富な食材だが、足りていない物が分かるか?」

「常識。」

「そこなエルフの娘は、今豚肉を見て羨ましいと言ったが……。それは、身体が脂を欲しがっているせいだ。」

「違うわ! 魔物を食べたくないだけじゃ!」

「っというわけで、今日は脂分が豊富な魔物を狩る。できれば、卵もとれるとなお良い。卵は完全栄養食品。迷宮の中では積極的にとりたい。」

「…あっ! っということは…、アレですか?」

「アレだな。」

「なんだよ?」

 ファリンとセンシがヒソヒソと話をしているのにたいしてチルチャックがツッコんだ。

「胴は鶏。尾は蛇。その牙と蹴爪には猛毒を持つという……、蛇の王バジリスクだよ!!」

「あー、バジリスクか……。マルシル、よかったな、鶏肉が食えそうだ。」

「鶏(にわとり)……。ねえ、鶏肉なの? ほんとに? 鶏肉って言っていいの?」

「知らん。」

「兄さんがいつも言ってたなぁ。混ざった種類は、かっこいいって。昔は混ざった種類が多いほど良いって言ってたけど、最近じゃ結局二種類程度の方がお互いの魅力を高め合っているって。もう少し深層にいるコカトリスは、同じ尾蛇種の別種だから、食べ比べできたらいいなぁ。燻製とかにすれば兄さんのお土産にできるし。」

「そんな欲望を…。」

 少しうっとりとしてうんうんと頷くファリンに、マルシルとチルチャックは、なんとも言えない顔で見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 こうしてバジリスク探しが始まった。

 センシがバジリスクの巣の場所をだいたい把握しており、その辺りを探索することになった。

 センシが言うには、バジリスクは、二、三日おきに卵を産むらしく、そのほとんどは無精卵らしい。それを踏まないように注意しながら歩を進めた。

 やがて、壁が壊れたレンガ作りの建物の中に卵があるのをセンシが発見した。

「なんか、長くない?」

「はい、マルシル持って。」

「なんか、柔らかくない?」

 バジリスクの卵は、一般的な鶏の卵とは異なった。卵形ではなく、楕円をへこましたような長い形をしており、殻も柔らかかった。

 その時、クェーンっという長い鳴き声が聞こえてきた。

「バジリスクの、威嚇音だわ! 急ごう、センシ。」

「待て待て。こいつは、布で包んで…。」

 

 すると、女性の悲鳴が聞こえてきた。

 

 慌てて見に行くと、反対側の木のウロで食事をしていた別の冒険者パーティーがバジリスクに襲われていた。

「ギャー!」

 逃げていた剣士の男が背中をバジリスクの蹴爪で引き裂かれた。

「あの逃げ方は、まずいよ。背中を蹴ってくれって言っているようなものだもの。」

「なら、早く助けてあげたら?」

「うん、そうするわ。センシも手伝って。あのバジリスクを仕留める!」

「任せろ。」

 ファリンは、杖を握り、センシも準備した。

 

 別の冒険者パーティーの魔法使いの女性と、先ほど背中をやられた剣士の男は、木の根元まで追い詰められていた。

 そこへ。

 

「クエーーーーーッッ!!」

 バジリスクの背後から、ファリンが両手と両足を広げて大声を出した。

「手足広げて見せて…、身体を少しでも大きく見せる! 大きな音を出して、威嚇する! 兄さんが教えてくれたバジリスクに距離をすぐ詰められないようにする方法だよ。」

「……チルチャック、今だけ他人のフリしてよっか…。」

 端から見るとかなり恥ずかしい状態ではあるが、効果はてきめんで、バジリスクは、羽根をブワッとふくらませて威嚇の声を出しながら止まっていた。

 バジリスクの鶏側が完全にファリンに釘付けになっているところに、蛇側、つまりバジリスクの背後からセンシが忍び寄った。

 するとたちまち尾の蛇が威嚇し、鶏側がセンシの存在に気づいた。

 そして次の瞬間。

 大声を上げて、ファリンとセンシがバジリスクの前と後ろから襲いかかった。

 バジリスクは、前と後ろに鶏と蛇とで顔があるため一見すると死角が無いように見えるが、身体は一つ。

 違う方向からの同時攻撃で気を引けば、二つの脳により一瞬体が混乱するのである。

 そしてセンシの斧が蛇を切断し、ファリンの切断魔法が鶏の首を切り裂いた。

 バジリスクは、二つの頭をやられて絶命した。

 ファリンは、杖を降ろし、木の根元で剣士の男を介抱している魔法使いの女性に近寄った。

「だいじょうぶですか?」

「あ……、ありがとうございます。」

「毒をもらったんですか?」

「は、はい…。」

「私が解毒します。背中を見せてください。」

 ファリンは、片膝をつき、毒をくらった男の背中に呪文を唱え、解毒した。その次に回復の魔法を使い傷を癒やした。

「具合は?」

「はい、もう大丈夫です…。このご恩は…。」

「お礼はいいですよ。」

「本当にありがとうございます。」

 二人は頭を下げ、去って行った。

「ねえ、ファリン。今こんなことを言うのもなんだけど、毒消し草をセンシが持ってたみたいよ。」

「えっ?」

「まだまだ深く潜らなきゃいけないから、無駄に魔力を消費しないようにしないといけないわ。」

「うん…。ごめんね。」

「でも、他人を気遣う余裕は持とうね。忘れちゃだめよ。」

「うん。」

 二人は、そう会話をし、バジリスクの血抜き処理をしているセンシのところへ行った。

 

 それから、バジリスクの調理が始まった。

 まず、尾と足を切断。

 軽くバジリスクの体を湯がいて羽をむしる。

 大きいので全員でむしった。

 むしり終えると、そこには見事な大きな鶏肉(?)ができあがった。

 そして内臓を取り、香辛料を肉にすり込んでいく。

 そしてしばらく寝かせるのだが、センシが一晩ほどと言い出したので、昼食に合わせて短時間にした。

 その間に、腹に詰めるための野菜と香草を用意するのだが……。

 

 薬草。(外傷に効く)

 いい薬草。(外傷にすごく効く)

 魔力草。(魔力を蓄えている)

 石化消し草。(石化を治す)

 毒消し草。(解毒効果がある)

 火傷草。(火傷に効く)

 麻痺消し草。(麻痺を治す)

 

 どれもこれも、冒険するにおいて必需品となる薬草ばかりだった。

「体に良い料理になりそう…。」

「素朴な疑問なんだが……。」

 チルチャックが言った。

「塗り薬を飲んだら、どうなる?」

「さあ?」

 効果はさておき、調理は進んだ。

 刻んだ香草(薬草)をバジリスクの腹に詰めていき、切り口を糸で縛って閉じる。

 別に取り分けた肉の部分と卵の一部は燻製にしょうとセンシが言い出した。あと、蛇の部分はスープにするとも言った。

 肉に、尻から首に向けて斧の棒部分を通し、木で作った立て掛けに両端を乗せてじっくりと火の上でゆっくりと回転させてローストしていく。

 パチパチ、ジュージューと焚き火に肉汁が落ち、良い匂いを漂わせる。

「完成じゃ!」

 そして包丁で切り分けていく。

 バジリスクのモモ部分にマルシルがかぶりついた。

「うま! これ街の食堂にも出てきそう!」

「さすがに味は鶏肉そっくりだな。」

「蛇の肉も鶏に近いって聞くけど…。」

 バジリスクは、その大きさにもかかわらずジューシーで、詰められた香草(薬草)もあってか、美味であった。

 食べ終わった後。

 そこへ、さっき助けた冒険者パーティーの男と女性がやってきた。

「あ、あの…。」

「なんですか?」

「僕達、迷宮に挑戦して三ヶ月になるんですが、毎回毎回同じところで全滅してばかりで……、なかなか進歩がなくって……、どうしたら皆さんのように魔物を料理できるぐらい強くなれるんでしょうか!?」

「え…、そ、それは……。」

 ファリンは、返答に困った。

 すると。

「まずは、食生活の改善!!」

 センシが前に出て力説し始めた。

「生活リズムの見直し!! そして適切な運動!! その三点を気をつければ、自ずと強い身体は作られる!!」

 そう、大声で力説した。

 

 

 

 そして、彼らの仲間の死体を集めるのも手伝い、ファリン達は、彼らと別れを告げた。

 残された別の冒険者パーティーは、なんだかすごい人達だったなぁっと感想を呟き、自分達も頑張ろうと言った。

 だが、後日……。

 人食い植物に挑んだ彼らは、全滅した。

 

 飯を食わねば、強くなれない。

 強くなければ、飯は食えない。

 この矛盾とは、どう戦えばいいのか? ダンジョン飯。

 




圧倒的に前衛がいないパーティーですが、長年ダンジョン攻略をしてきたため、ファリンも短時間でバジリスクを倒せるだけの低威力魔法を詠唱して使えるということにしました。
あと、バジリスクの威嚇方法は、ライオスのアレ以外に思いつかなかった…。

次回は、続けて投稿。マンドレイク回。


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第四話  マンドレイクのオムレツ

ファリンがちょっと忘れっぽいという設定にしています。

マンドレイクの収穫については、ちょっと悩みました。
同じ学校出身のファリンがいるんだし、マルシルいらない?って。


 上部が崩れた塔の中に長いロープを吊るした状態の場所を降りていっているのだが、マルシルが手こずっていた。他のメンバーは、難なく降りていた。

 また、バジリスクをじっくりローストしたため、今日中に三階へ行くのは無理な状態であった。

「丁寧にローストしてっからだよ。」

「バジリスクの生食はおすすめしない。」

「えっと…。」

 ファリンは、懐からライオスの愛読書を出して読んだ。

「レッドドラゴンは、月に一度目覚めて狩りを行うのね。先日会ったのは、ちょうどその時期だったのかな?」

「じゃあ、今は満腹で寝てるわけだ?」

「ぜひ、あのドラゴンが空腹になる前に探し出したいわ。」

 ファリンは、ため息を吐き、まだロープを降りている最中のマルシルの方を見上げた。

「マルシル。少し急ぎたいんだけど…。」

「う……うぅ…!」

 やがてマルシルは、腕力がなくなったのか、ジタバタしだし、やがて途中で床に尻から落ちた。

「……うーん。」

「エルフってのは、なんでこう、どん臭いかねぇ…。」

「全っ然平気だし!」

 悩むファリンとボソッと毒舌を吐いたチルチャックに、杖でなんとか立ち上がりながらもガクガク状態のマルシルが虚勢をはった。

「無理しちゃだめだよ。少し休憩していこう。」

「無理してない!」

「あのさ…。今そうやって虚勢はって、身体でも壊されたら余計に足手纏いになるっつってんの。」

「!!」

 チルチャックからの言葉に、マルシルは、ショックを受けた。

 

 

 そして、荷物を置き、マルシルが丸めた寝袋の上に座って、他のメンツはこれからのルートについて話し合った。

「…やっぱり外の道を使った方が楽かも。」

「でも外は大コウモリが邪魔だろ?」

「大コウモリなら私の魔法で!」

「ううん。必要ない。」

「隠し通路を使うのは? 罠が多いが魔物は少ない。」

「私が罠解除の魔法で!」

「チルチャックが解除してくれるよ。そっちの方が早いし。」

 マルシルの申し出をことごとく却下するファリンであった。

「魔物が少ない場所を通るのか。では、食材を確保しておきたいのう。」

「今日の昼に食べた残りでなんとかならないの?」

「肉と卵しかない。何か野菜が必要だ。この近くにマンドレイクの群生地がある。エルフの娘が休んでいる間に採ってこよう。」

「! はいはいはいはい! マンドレイクの採り方なら知ってる! 私に任せて!」

「えっ? 私も知ってるよ?」

「おさらいよ。おさらい。ファリン、あなた学校でもサボり気味で忘れてるんじゃない?」

「うーん…。」

「別に一人で十分なんで。」

「それは、ダメ! マンドレイクは取り扱いが非常に危険な植物。素人が下手に手を出すと酷い目にあう。」

「ファリンもいるし問題ねぇだろ。」

「魔術や薬学は、私の専門分野よ。みんな、今回は、私の指示に従って。」

「いつも嫌がるくせに今日はやけに乗り気だな。」

 妙にやる気満々なマルシルの様子に、チルチャックがツッコんだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして一行は、倒れている木々を降りていき、マンドレイクの群生地に降りた。

 マンドレイクの芽は、倒れた木の上を覆う藻(?)の中から出ている。

「マンドレイクを土から抜くと悲鳴を上げる。それを聞くと精神異常をきたすか、最悪死ぬ。そうなれば私達は全滅。ライオスを助け出すのにまた一歩遠のいてしまう。そうならないためにも!」

 マルシルは、懐から魔術書を取り出した。

「ファリン。覚えてる? 学校でどう習ったか。」

「えっと…。忘れちゃった。」

「ほら、言わんこっちゃない。まずは、ヒモとよく躾けられた犬を用意する。」

「犬?」

「犬の首輪とマンドレイクを結び。距離をとって犬を呼び寄せる。すると犬に引っ張られてマンドレイクが抜ける!」

「…犬はどうなるんだ?」

「……死ぬ。」

「えっ、ひどっ。」

「ねえ、マルシル。その犬はどこから持ってくるの? それだと効率悪くない?」

「う…。でも学校では…。」

「長いヒモを使ってはダメなのかな?」

「えっ?」

「叫び声が聞こえない距離まで届くヒモを使うの。これなら犬を使わなくて済むよ?」

「え。うぇ。えっと…、多分、ダメなはず。こう……力加減が難しい? とか…?」

 しかし持っている魔術書にはそんなことは書いていない。

 そして次の瞬間。

 センシがしゃがみ込み、マンドレイクの茎を掴んで引っ張った。

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 マルシルが大きな悲鳴を上げた。

 しかしセンシは意に返さず、素早くナイフでマンドレイクの首を切り落として抜き取った。そして、ポイッと頭を放った。

「びっくりした…。」

「マルシルの悲鳴か……。」

「叫ぶ前に首を切り落とせば簡単だ。首が落ちては声も出ない。」

「……ハッ! いやいやいや、ダメダメ危険よ!」

「わしはこれで長年食ってきた。」

「そういう素人判断が一番危ないんだよ!?」

「でもセンシは実際経験積んでるだろ? マルシルは、本に書いてあるやり方を実践したことがあるのか?」

 チルチャックから問いに、マルシルは、ビクッとなった。

 そして、少し間を置いて…。

「……ある…。」

「マジかよ。犬、可哀想。」

「あったっけ?」

 ファリンは、首を傾げて思い出そうとした。

「ともかく、今は犬もいないし時間も無い。」

「センシのやり方を倣おう。ごめんね、マルシル。」

 チルチャックとファリンは、マンドレイクを採っているセンシのところへ行ってしまった。

 残されたマルシルは、本を握って、トボトボと来た道を戻った。

 しかしやがて、思う。

 歴史の長い専門書にそう書いてあるのだから、その理由がちゃんとあるのだ。

 そして自分が証明すればいいのだと。

 そう思い立ったマルシルは、長いヒモを手にした。

 犬はいないので、魔物に引っ張らせてやるというやり方を思いつき、準備をする。

 まず、マンドレイクの茎にヒモの先を結びつける。

 次に、大コウモリの巣の前に大きな輪にした反対側のヒモを垂らす。

 大コウモリの巣は、糞の有無で見分けられるというのは、ライオスのうんちくだ。

 大コウモリのいる巣の上にある吊り橋の手すりにヒモを通し、巣の前にヒモの輪っかが来るようにした。

 そして、悲鳴が聞こえない場所に移動する。

 体力の無いマルシルにはきつい場所まで移動し、目標の場所に着くと、マルシルは短く魔法を詠唱した。

 そして小さめの火の玉が杖から放たれ、大コウモリの巣の横に命中した。

 その音に驚いた大コウモリが巣穴から次々に飛び出してくる。

「ダメか!?」

 中々輪っかに大コウモリがかからない。

 だが次の瞬間、一匹の大コウモリの頭が輪っかに入った。

 そして…ヒモが引っ張られ、マンドレイクが引っこ抜けた。

 マンドレイクの大きな悲鳴が上がる。

「抜けたっ!!」

 マルシルは、成功したと喜んだ。

 悲鳴は、こだまし、ヒモが引っかかっている大コウモリの耳にも思いっきり聞こえていた。

 なので……。

「ちょ……、え…?」

 マンドレイクの悲鳴で混乱し、空中をグルグルとメチャクチャに飛び始めた大コウモリが、やがてマルシルがいる塔の部分に向かって突撃してきたのだ。別に狙いを定めたわけじゃ無い。たまたまだ。

 マルシルは、理解した。

 少なくとも、大コウモリを犬の代用にしてはいけない理由を……。混乱した大コウモリがマンドレイクごとこっちに落ちてくるかも知れないのだということを。

 マンドレイクの悲鳴(※かなり遠くなので影響は無い)と騒ぎを見ていたファリン達が、大慌てでマルシルがいた塔のところに行った。

「マルシル! だいじょうぶ?」

 大コウモリは、塔の壁を突き破り、塔の内部で絶命していた。

 その横辺りの壁に、マルシルが両膝を抱えて座り込んでいた。

「あ、生きてる。」

「だいじょうぶ?」

「マルシ…、うわ! マンドレイク? 犬の代わりに大コウモリを使って…、バカだなー。」

 悲鳴を上げ終えたマンドレイクがしっかりとヒモにくくられた状態で転がっていたため、ファリンとチルチャックは、マルシルが何をしたのか理解した。

「マルシル? 聞こえてる?」

「……はい…、わたくしは、たいへんけんこうです…。」

「いや、ダメだろ。」

 マルシルの目は焦点が合ってなかった。声も棒読みだ。

「悲鳴を聞いたんだね。話しかけ続けよう。だんだんとはっきりしてくるはずだよ。どうして、こんなことしたの?」

「あしでまといといわれたことにあせりをかんじ。」

「あ、ごめ……。」

「こいつらをみかえし、どげざさせたいとおもいこうどうしました。」

「なんだ、こいつ。」

「チルチャック!」

「みなさんのために、なにもちからになれないのはさびしいです。」

 その言葉に、ファリンとチルチャックは顔を見合わせた。

「マルシル…。あのね。迷宮は深く潜るほど魔物が強くなる。一番の頼りは、マルシルの魔法なんだよ。だからこんな浅い階層で疲れさせるのは避けたかったの。人には得意不得意があるわ。マルシルが得意なところは頼りたいし。そうでないところは他の人が解決するから…。もっと頼ってくれていいんだよ。ね、チルチャック。」

「……マルシルがついてきてくれて本当に助かったと思ってるよ。」

「もっと感情こめて言って…。」

「正気に戻ってんじゃねーか!」

 

 ちなみに、センシは、大コウモリの血抜きをしていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「大コウモリまで手に入るとは。思わぬ収穫だ。」

 大コウモリが一匹と、首のあるマンドレイクが一つ、あと首の無いマンドレイクと、切り落とされたマンドレイクの頭がたくさん。

「今日はオムレツでも作るか。」

「オムレツ! すごい普通の料理っぽ…。」

 しかしマルシルは、バジリスクの卵を見て閉口した。

 そして指でつつく。プニッとした感触が伝わってくる。

「これ、本当にバジリスクの卵なの? 鶏の卵と全然違うけど…。」

「蛇の卵はこんなんじゃなかった?」

「蛇なのはしっぽだけでしょ? 身体と頭は鶏じゃん。」

「それがね……。尻尾が鶏なんだって。」

「!?」

「昔は蛇が尾っぽだと思われたけど、最近の研究じゃ…、中間で切断すると鶏の方が死んで、蛇は生き残るって結果があるって、兄さんが言ってた。」

「今…、一番知りたくなかった…。」

 そうこうしている間にもセンシは調理をしていた。

「む?」

「なに?」

「この一本だけ色合いが違う。」

「本当だ。頭が残ってるからマルシルが採ったやつだ。」

「ふむ? ふむふむふむ。」

 センシは、頭のあるマンドレイクと、頭の無いマンドレイクを、それぞれ刻み、別々にして調理を始めた。

 まず皮を剥き、みじん切りにする。

 ベーコンを炒めて油を出し、刻んだマンドレイクをよく炒める。

 次にそれをボウルに移し、バジリスクの卵を混ぜ合わせるのだが…。

「この卵。白身が無い。」

 バジリスクの卵は、黄身のみだった。割るときも、叩いて割るのではなく、引っ張って引き裂くという感じだ。

 それを熱したフライパンに流し入れ、ふっくらと焼けば…。

「完成じゃ!」

「鶏卵よりだいぶ黄色が濃いな…。」

「黄色というより赤いね。」

 できあがったマンドレイクのオムレツを見て、チルチャックとファリンが見た目の感想を言った。

「こっちが我々の採ったマンドレイク。こっちはエルフの娘が採ったマンドレイクを使用した。」

「追い打ちなんて悪趣味~。」

「まあまあ。とりあえず、食べようよ。」

 そして実食。

 すると。

「ん? こっちの方が渋みがなくてまろやかな味してる。」

「ホントだ!」

「おそらく叫ばせることで何かアクが抜けるのだろう。」

 味は、マルシルが採った叫ばせたマンドレイクの方が美味しいのだ。

「一手間かけることで味が良くなるのは、料理の基本。どうやら、わしは効率ばかり求め本質を見失っていたらしい。礼を言う、マルシル。お前の知識と本は素晴らしい。」

「料理本じゃないから、これ!! そういうの証明したかったわけでもないし、私はただ……。」

「あ、旨いわこれ。」

「歯ごたえがいいね。」

「聞けよ!」

「これは、ささやかな礼だ…。」

 センシは、オムレツを差し出しそこに……。

「一番栄養豊富で、美味しいところを食べなさい。」

 マンドレイクの頭をいくつも添えたのだった…。

「いらんわーーー! もう魔物食べるのはこりっごり!!」

 マルシルは、叫びながら泣いた。

 




原作で、ファリンは、ちょっとサボり癖があるみたいなことが描かれたと思うので、ちょっと忘れているということにしました。(違ったらごめんなさい)

それにしても、中々、原作以外の料理が思いつかない…。
たぶん、原作の調理が適切なんだろうなぁ…。


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第五話  大コウモリの唐揚げと、マンドレイクのかき揚げ

揚げ物回。

よくよく考えたら、センシってメチャクチャだ。いや元からか…。


 

 

 円筒形の建物の壁に沿った階段を降り、中間点辺りの空間で、ファリン達は行進を止めた。

「この辺りだったっけ、近道の入り口があるのは。」

「入り口?」

「マルシル。杖貸してくれ。」

「やだ。ぶつけるんでしょ。」

「じゃあ、ファリンの杖でいいや。」

「はい。」

 ファリンから杖を受け取ったチルチャックは、杖を振りかぶり、壁を杖で殴った。

 ゴオンッと音を立て、そして反響する。

 その音にチルチャックは耳を澄ませた。

 そして、壁を触っていき、レンガの一つを肘で押し込んだ。

 すると、センシの背後にある壁が上がっていき、別の下への階段が現れた。

「今、何が起こった?」

「チルチャックは、罠発見や鍵開けの専門家なの。彼らハーフフットという種族は、感覚が鋭いから、音の反響で建物の構造を判別したんだと思う。」

「言っとくけど。この先罠だらけだから。」

 ファリンに杖を返しながら、チルチャックはセンシに言った。

「こっちが指示するまで動くなよ。俺が最も嫌いなのは、仕事を邪魔されることだ。」

 チルチャックは、念を押して言うと、先に階段を降りていった。

 そして、ランタンに火を灯し、降りていくと、先に鉄格子がいくつもある広い空間にたどり着いた。

「待った。」

 チルチャックが待ったをかけた。

「罠がどこかにあるか、調べるからそこで待ってろ。」

 そう言うとチルチャックは、荷物を降ろし、上着を脱ぎ、靴を脱いだ。

 ハーフフットという種族は、身長も低く、それゆえに体重も軽いため罠にかかりにくいという特性があった。

 慎重な足取りで足下のタイルを調べていき、しゃがんで指でもきちんと調べていく。

「ココと、ココと、このタイルは踏んでいい。」

 待っているファリン達にそう指示した。

 そしてファリンとマルシルは、言われた場所を踏んで進んでいく。その後ろにセンシが続くのだが…。

 次の瞬間、チルチャックがいる場所の下から無数の長いトゲが飛び出してきた。

「ひぃ!? 何やってんだ! 俺の許可したとこだけ歩けって言っただろ!?」

 見ると、センシの足が踏んではいけない場所に思いっきりはみ出していた。

「わしは小細工は好かん。」

「言ってる場合か!? 困るんだよ! 適当なことをされると!」

 チルチャック曰く、罠といっても連動するのやら、影響し合うものもあり、一つが動くとどう罠が動くかが変わってきてしまう。そのため計算をする必要があり、わずかでも変わってしまうとその計算が狂うのだそうだ。

 ガミガミと怒るチルチャックだが、センシは嫌そうに目をそらし…、そして…。

「ちょ…!?」

 思いっきり他のタイルに踏み込みだした。

 そしてチルチャックの上から巨大な刃物が振ってきたり、矢が飛んできたり、センシの横から炎が吹いてきたりした。

「なんという火力。なるほど、罠というのは多彩なのだな。」

「早く足どけろって! 火罠の傍には大抵油や燃料の仕掛けがセットだ!」

「油…。」

「ドワーフの丸焼きなんかごめんだぜ!」

「丸焼き…? いや、違うな。」

「は?」

「唐揚げ…。フライ…。かき揚げ!! 今日の昼食は天ぷらにしよう。」

 なぜかセンシは、罠からその発想を展開したのだった。

「その油の仕掛けはどこにある?」

「……絶対…食用じゃない…。」

 あまりのことに言葉を失っていたチルチャックが言った。

「それは、見てみないと分からないだろう。ハーフフットの子供、お前は油の専門家ではあるまい。」

「子供ではないです……。」

「油にもいろいろな種類がある。その中でも植物性油は最も供給量が多い。ともかく現物を見たい。食用油でなければ諦めよう。」

 植物性油とは、例えばサラダ油などの菜種やオリーブなどがあげられる。ラードなどは動物性だ。

「…………分かったよ!! その代わり!」

 チルチャックは、センシを指さし叫んだ。

「今度は罠のそばでは、絶対、俺の指示に従うこと!! この条件を守ってもらえないなら協力はしない!!」

「誓おう。必要とあらば手伝いもする。」

「それはいらん!! いいか、それぞれの領分ってモノがある。あんたは、料理、俺は罠解除や鍵開け、マルシルとファリンは魔法。俺もあんたの調理方法に口を出したりしない。だから、あんたも俺の仕事には一切関わらないでくれ。」

「……では、そうしよう。だが、料理の注文や手伝いなら、わしは歓迎するぞ。」

「…誰が……。」

 チルチャックは、頭を押さえた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、油を取るべく、この罠空間の先にある鉄格子の一つの中にある宝物庫に入った。

 やたら罠が多いのも、ここを侵入者から守るためだろうとチルチャックは言った。

 浅い層なのでとっくに中身は無いが、箱の中の罠は生きている。

 その中の一つを足で蹴り、床に固定されているか確かめる。

「ちょっと、あっち行ってろ。」

 チルチャックは、後ろにいるセンシにあっちへ行けと言った。

「普段は一番大人なんだけど。」

「罠は一瞬で命を奪うモノが多いから…、仲間全員の命を預かるという気負いが神経を尖らせてるのかも。」

「…ふむ。」

 三人がそう会話している間にもチルチャックの罠解除の作業は続いた。

 箱をほんの少しだけ空け、そこに手を突っ込む。

 そして油の噴出口を確認し、糸巻きを取り出すと、口で糸を出して中に糸を通していく。そして宝箱の上から後ろへと糸を引っ張った。

 するとカチャリと音が鳴った。

「開いたよ。」

 チルチャックは、宝箱を開けて見せた。

「油は? どうやったら取り出せる?」

「そこまでは知らん…。ここが噴出口になってて、この引き金が引かれて油が出る。」

「ふむ…。」

 するとセンシは、背負っていた大鍋を取り出した。

「では、わしが鍋を構える。お前が引き金を引き、油を出せ。」

「はあ!? イヤだよ! たぶん煮え油だぞ、コレ!」

「案ずるな。」

「案ずるわ!! 俺一度引っかかったことあるけど、即死じゃないぶん、酷いぞ!!」

「あれは、可哀想だったねー…。」

 現場に居合わせていたファリンとマルシルが、頷き合った。

「いいから、早く。」

「~~~~!! 知らないからな!!」

 そして自棄になったチルチャックが糸を引っ張った。

 次の瞬間、宝箱の噴出口から、熱い油が噴出し、それは大鍋を盾にしていたセンシに当たった。

 モクモクと煮えている熱い油の煙が舞う。飛び散った一滴がファリンの服の隙間に入った。

「アッツ! 熱い!」

「ファリン!」

「あー、言わんこっちゃない。」

「大丈夫だ。」

「指入ってる!!」

 油をしっかりと鍋に入れたセンシの指が油に浸かっていたが、センシは平然としていた。

「ウム。180度。揚げ物に適切な温度だ。」

「あ、そういうの平気な人?」

 センシは、熱いモノが平気なタイプだったようだ。

「この香り…。この味…。オリーブ油(オイル)だなこりゃ。」

「嘘だろ…。」

 煮え油の罠の油は、なんとオリーブ油だった。

 センシが言うには、オリーブ油は比較的製造がしやすく、またこの辺りは元々オリーブの産地だったらしい。なので罠に使われてても不思議じゃないと言う。

「ともかく、これで揚げ物ができそうだ。…そうだ。」

 センシは、何か思いついたように罠空間の方を見た。

「肉を切るのに先ほど落ちてきた刃の罠を使えないか?」

 またとんでもないことを言い出した。

 そしてセンシは、頭と翼を切り落としてある大コウモリの身体を罠空間に持って行った。

 チルチャックがその後を大慌てで追いかけた。

「馬鹿野郎!! 真っ二つになりたいのか、あんたは!? ああいうのは同じところに落ちてくるとは限らないの! 俺の領分で勝手なマネするなと…。」

「では、肉を切るのはお前に任せよう。」

 そう言ってセンシは、大コウモリをチルチャックに渡した。

「え……。」

「罠の扱い方はわしには分からんからな。」

「なんで俺が!?」

「料理はわしの領分なのだから、わしの指示に従ってもらおう。それが取引だったはずだ。」

「……そんなこと言ってない。」

 ムチャクチャなセンシの言い分に、チルチャックはそう呟いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、チルチャックは仕方なく罠を使って大コウモリの切断作業をした。

 荷物を背負ってタイルを踏み、刃を落として大コウモリの身体を切断。

 そしてタイルから足を放して刃を戻し、荷物を降ろして大コウモリの身体の角度を変え、上の刃を確認してから再び荷物を背負ってタイルを踏み、再び刃を落として別の角度から大コウモリの身体を切断する。

 そうして何等分かに切り分けた大コウモリを、ファリンと一緒にセンシのもとへ持って行った。

「大コウモリ切ったけど…。」

「おお、いい具合に切れたな。次はこの油を先ほどの火罠で熱してくれ。」

 そう言って油の入った大鍋をチルチャックに渡した。

「……。」

「どうした? 早くせんか。」

 プルプルと震えているチルチャックを、センシが急かした。

 チルチャックが、火罠を使いに行く間に、切り分けた大コウモリの調理が始まった。

 大コウモリの身についている分厚い皮を厚めに剥ぎ、ぶつ切りにする。

 軽く切れ込みを入れ、調味料を揉み込んで、少し寝かせる。

 寝かせている間にマンドレイクのかき揚げの準備に移った。

「可食部、少なっ。」

 大コウモリは、その大きさと見た目に反して肉の部分が少なかった。

「綺麗な骨…。」

 ファリンが、うっとりと大コウモリの肋骨の骨を触っていた。

「ほら見てマルシル。驚くほど軽いのに、頑丈だよ。これ、兄さんのお土産にしたいなぁ。それで家に飾ってあげたら、喜んでくれるかな?」

「…早く捨ててきなさい。」

 余計な荷物を増やそうとするファリンを、マルシルが止めた。

 センシは、マンドレイクの皮を剥くためにマンドレイクの手足の部分をもいでいった。

 胴体部分は、しっかりと、そして足の部分は色の濃い部分を軽くこそぐ程度に皮を剥く。

 胴体部分と足は千切りし、頭の部分と頭の頭頂部の葉と茎の部分はざく切りにする。

 次に、バジリスクの卵を水に溶き、混ぜ合わせ、そこに小麦粉をふるい入れる。

 ダマにならないようにさっくりと混ぜ合わせ、そこに先ほど切ったマンドレイクを加えていく。

「火の加減はどうだ?」

「どうも何も……。罠の火力調整なんて初めてだよ、クソッ。」

 チルチャックは、火罠が発動するタイルを外してその中にある仕掛けをいじっていた。

「全然分からん…。こんなもんか…?」

 そして火が噴き、チルチャックの計算で絶妙な場所に置かれた鍋の下に火が行った。

 そしてセンシが衣をまとわせたマンドレイクの入ったボウルを持ってやってきた。

 箸で衣を落とし、火加減を見る。

「うーむ。ちょうどいい火力ではないか。」

 そしてセンシは、その油の中におたまですくったマンドレイクを入れた。

「崩れない程度に揚がったら、ひっくり返す。いいな!」

「わ、分かった。」

 大コウモリの唐揚げの準備をするため、センシはその場から離れ、チルチャックに後を任せた。

 チルチャックは、油の中で揚がっていくかき揚げの様子を見た。

 そろそろかと箸でつつく。

 しかしまだ揚がっていなかったのか、少し崩れた。

 火力が弱いのかと思い、仕掛けを動かして火の勢いをあげた。

 すると、今度はかき揚げが焦げてしまった。

「どうだ。調子は。」

「全然ダメ。代わってくれ。」

「火の罠はお前の領分だろう。」

「火力はともかく揚げ加減は、料理の領分だろ! 火が弱いとベチャベチャになるし、強すぎるとあっという間に焦げる。」

「ならば、罠の領分ではないな。……そろそろではないか?」

 センシに言われ、チルチャックは、かき揚げを箸でつまみ上げた。

 すると、綺麗にカラッと揚がったかき揚げができていた。

 かき揚げの後、大コウモリの唐揚げも作られ、マンドレイクの葉っぱの上に盛り付けられた。

「完成じゃ!」

「こんな迷宮の中で、揚げ物が食べられるなんて思わなかった。」

 ファリンは、そう言いながら箸で持ち上げたかき揚げを食べた。

 サクッと音を立てて、マンドレイクのかき揚げがかみ切れる。

「うん。すごく上手く揚がってる。」

「火力が良かったからだ。揚げ物は適切な温度でサッと揚げる。これでカラッとできる。焚き火でやろうと思うと中々難しい。」

「焚き火でやろうとは、思わないけど…。」

「この辺りはよく歩くが、こんな便利な部屋があるとは知らなかった。」

「言っとくけど! 俺がいない時は、マネしようとするなよ! 間違いなく死ぬから!」

「分かっている。お前の罠の扱いはマネできぬ技術だ、チルチャック。本当に、本当に素晴らしい。この先、お前達と別れるとき…、もう一人ではあれを扱えないと思うと残念だ。」

「………仕方ねぇなあ! これから空いた時間に少しでも罠のこと教えてやるよ!」

「いいのか?」

「あんまり気は進まないけどさ。ま、センシも料理のやり方教えてくれたし。」

 

 そして、食事の後片付けの最中などに、チルチャックは、罠空間を使ってセンシに罠のことを教えたのだった。




かき揚げはともかく、大コウモリの唐揚げがどんな味だったか気になる。
哺乳類だし、空を飛ぶから脂っ気はないかも。パサついてる?

次回は、動く鎧。一番書きたかったところ。


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第六話  動く鎧のフルコース

一巻で一番書きたかった回。

色々と考えましたが、動く鎧の攻略は結局原作とほぼ同じにしました。

ファリンが結構、アレです。注意。

あと若干長め。


 

 

 近道を通るのはいいが、降りるばかりの階段は、実は足に登る時の倍の負担をかける。

「あー、しんどい。」

 マルシルがたまらず小言を言った。

「適度な疲れは飯を旨くする。」

 っとセンシが言った。

 どんどん歩いて行くと、やがて行き止まりにたどり着いた。

「杖貸して。」

 チルチャックがファリンから杖を借りて、行き止まりの隣の壁を叩いた。

 そして行き止まりの隣の壁が上がった。

 出た先は、大きく開けた広間だった。

「そういえば、ここに繋がってるんだっけ。」

「結構時間短縮になったわ。」

 ファリンは周りを見回した。

「そういえば、この辺には動く鎧がいたね。」

「ねえ…、ファリン? 変なこと考えてない?」

「え…別に…。」

「嘘おっしゃい。ちゃんと目を見て言って。」

「だって、兄さんが一番興味惹かれてたんだもん。どんな味がするのかなぁ? センシは、どんな調理をするの?」

「は? 鎧が食えるわけないだろう?」

「……動く鎧は魔法で操られてるだけで、生き物じゃないよ。」

 さすがにセンシも、マルシルも否定した。

「それは知ってるけど、例えば留め具とか、革とか…。革靴も調理次第で食べられるって聞くよ。」

「なめし革を食べるのは困難だ。他の魔物を獲った方が遙かに楽だ。」

「そんなに鎧が食べたいなら、自分だけで食えよ。」

「そう……。動く鎧は食べるのは無理なのね…。兄さん、がっかりするだろうなぁ。あんなに調べて調べて調べまくってたのに。」

「いいから。ほら、ファリン、行くわよ。」

 広い広間の先の大扉を開いた。

 その先には、くたびれた鎧が綺麗に整列していた。

「噂をすれば…。」

「できれば今は相手をしたくないわ。」

「走り抜けるのはどうだ? あいつら足は遅いから十分振り払える。」

「そうだね。行けそう? みんな。」

「だいじょうぶ。」

 ファリンは、全員に確認し頷いた。

「…せーの!」

 どの鎧が動くか分からないので、一気に走り抜ける作戦で行くことになった。

 ワッと走り出したファリン達。

 すると前方で並んでいた鎧の一つが動いた。

「き、来た!」

「任せろ。」

 センシが斧を振るい、動く鎧の腕を切り離した。

 ファリンも杖を振るい、動く鎧の頭を殴って外した。

「走って!」

 チルチャックとマルシルに、先に行くよう促した。

「よし、今のうちに扉を開けるんだ。」

「う、うん。」

 そうこうしている内に、先ほど腕と頭を離された動く鎧が自ら腕と頭を自分の身体に戻して追ってきた。

 頭をきっちりと元の位置に戻すその動きを見てファリンは、立ち止まった。

「ギャー!」

「構うな! 突っ走れ、マルシル!」

「そんなこと言ったって…!」

 マルシルが指さす先には、無数の動く鎧が扉の前に立ちはだかり、そしてこちらに迫ってきていた。

「完全に行く手を塞がれてるんですけど!」

「なんだ、こりゃ。」

「ちょちょ、これダメだわ! 一度引き返して態勢を整えましょう!」

 そして、ファリン達は、元来た道を引き返して扉を閉めた。

「どうも今日はしつこいわね…。何か機嫌を損ねたのかしら…?」

「まさか。あいつらに体調や気分なんて存在しないわ。ただ与えられた命令通りに動くだけ。」

 ファリンの言葉にマルシルがそう言った。

「そうは言っても、操ってる奴なんているのか?」

「どこかにはいるんだよ! 鉄の塊の鎧が動くなんてありえない。」

 そう話すマルシルとは反対に、ファリンは考え込んでいた。

 何かが引っかかるのだ。

「でも、今日の動く鎧の動きはおかしいよ。いつもは近づく人間を攻撃するだけなのに…、今日のは進行を妨害してきてる。まるであの扉の向こうに行かせたくないみたいだった。」

「! ってことは、操ってる奴が近くにいる?」

「え? それって魔物なのか?」

「分からない。でも! ここまで強い魔法の使い手なんてカタギじゃないわ! とにかく、どうにかあの動く鎧達の包囲網を突破して……。」

「動く鎧の操り手を無力化するのね?」

「どうするんだ?」

「例えば…、三人が囮になって引き付けている間に、一人が扉の先に行く。これでどう?」

「待て待て。ファリン。センシ一人で行かせる気か?」

「ううん。私が行く。」

「待って! ファリン、それは無茶よ! いくらあなたが魔法を封じる魔法が使えるって言ったって…。」

「だからこそだよ。無茶は承知の上。センシは、魔法使いとの戦いはたぶん不得意だと思うから、私が行くの。」

「相手が魔物ならば無理ではない。」

「人だったら?」

 ファリンがそう聞くと、センシは黙った。

「決まりだね。三人ともお願い。」

 ファリンは、そう言って微笑んだ。

 マルシルは、ハラハラとした様子でそんなファリンを見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「正直ね…。気配を消すのが得意なチルチャックでもいいって思ったよ。」

「俺は大して戦えないし。目や耳があるわけじゃないんだから、生き物じゃない相手に気配の消し方なんて意味ないだろ?」

「目や耳がない……。」

 その時、ファリンの脳裏に、頭の部分をきっちりと元に戻す動く鎧の動きがよぎった。

「……?」

「準備はいいか、マルシル。」

「ええ。」

「行くぞ。」

 ファリンが釈然としないまま、作戦が決行された。

 扉をバーンっと勢いよく開ける。

「おらおら! 鎧ども! こっちに集まってこいや!」

 すると鎧達は、マルシル達の方へ動き出した。

 その隙にファリンが反対側の扉へとゆっくりコソコソと近づき、扉をソッと開けた。

「えっ…?」

 そこにいたのは、魔法使いでもなんでもなく、外にいる鎧達よりも少々大きくて立派な形をした動く鎧がいた。

「えー、扉の向こうにも鎧!」

 ファリンは、扉を後ろ手に閉めながら入った。

 すると立派な鎧がゆっくりと動き出した。

「このタイプが動くのは初めて見た…。マルシル達は…、無理ね…。」

 外の音からとてもじゃないが助けを呼べる状況じゃないと判断した。

「どうしよう…。」

 ファリンは、杖を握りながら考えた。

 ファリンは、動く鎧の動きに注意しながら、兄・ライオスからもらった知識を思い出そうとした。

 その時、動く鎧が剣を振りかぶった。そして周りにあった木の根を切り裂き、ファリンは、その剣圧に少しひるんだ。

「くっ…。」

 ファリンは、よろけながら、足下に落ちていた小石を拾って、投げた。

 すると…、動く鎧は、持っている盾では防がず、なぜかもう片手で持っている剣で石を弾いた。

「えっ?」

 その動きは、まるで盾を庇っているかのようだった。

 ファリンは、動く鎧の攻撃を回避しながら考えた。

 そして見た。

 盾の裏に、何かがあるのを。

「あれは…。」

 まん丸い繭のようなもの。

 どこかで見た覚えがある。

 それは……、カマキリの卵…、卵鞘(らんしょう)!

「あれを庇って…、ってことは…。」

 ファリンは確信した。

 

 動く鎧は、生き物だと。

 

 からっぽの鎧であるにも関わらず、攻撃対象を見るように動く頭部、そしてバラバラにされても元の位置に戻す行動。

 そして一番は、この立派な動く鎧が守っている、卵!

 誰に命じられているわけでも無い。ただ生き物の本能に従って卵を守ろうとしているだけ。

 ならば、倒す方法はある。

 そして……、食べられる!

 ファリンは、自分の身体に興奮で力が湧き上がるのを感じた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「ファリン! まだなの!?」

 

 外の方からマルシルの声が聞こえた。

 ファリンは、一定の距離を保ちながら、動く鎧を倒す方法を考えた。

 内臓を傷つける。

 体液を流させる。

 窒息させる。

 餓死。

 どれも時間がかかるし、現実的ではない。何より動く鎧の動く原理すら分かっていないのだ。

 スライムのように不定形なのか、それともハチやアリのように女王がいて内部から群れが操っているのか、それとも奥の方に何かが潜んでいるのか。

 しかし、不定型な生き物にしては、動きに規則性がある。

 また鎧の中から羽音などもしない。

 ならば、死角に潜んでいるのか。

「なら……。」

 ファリンは、柱の陰から飛び出し、杖を振りかぶった。

 狙いは、盾!

 それに気づいたらしい動く鎧は、盾を庇うように動き、自分の胴体をファリンの方へ向けた。

 そこに渾身の力で杖を殴打し、わずかにぐらついた鎧の後ろから、頭の兜の飾りの毛の部分を掴み、ファリンは動く鎧の頭を奪った。

「中身!」

 そして大急ぎで柱の陰に隠れ、中を確認した。

 しかし、中には何も入ってなかった。

「な、何もない…。からっぽ? 首を拾うのは擬態行動?」

 そうこうしていると、ガシャガシャと動く鎧が迫ってくる音が聞こえてきた。

「次…、次の手を…。」

 だがしかし…。

 振り下ろされた動く鎧の剣は、ファリンが隠れている柱とは関係ない柱に当たった。

「えっ?」

 自分がどこの柱に隠れたのか見えていなかったようだ。

 やはり頭に秘密が…っと、もっとよく調べてみた。

 すると、鎧の断面に隙間があるのを見つけた。

 まさかと思い、ナイフを出して、その隙間に突き刺してみた。

 そしてえぐるように鎧の断面をめくると…。

 シューッと音を出しながら軟体の生物が出てきた。

「軟体生物! 内側に張り付いてたんだ! あ…、動かなくなった。」

 軟体生物は、すぐに動かなくなり、ピクピクと痙攣していた。

「バラバラにされても平気だったのは…、最初からバラバラの群体だったからなのね。」

 ファリンは、は~っと感心した。

「今なら…。」

 そしてファリンは、兜を投げた。

 すると動く鎧は、転がる兜を拾い上げ、戻した。だがすぐに落ちた。

 その隙を突いて、ファリンは、体当たりをして動く鎧をうつ伏せに倒した。

 その上に乗っかり、足を引っ張って外して中の隙間にナイフを刺して無力化する。

 続いて腕と、次々に無力化させた。

「うーん、面白い。一体につき何匹いるんだろう? 雌雄同体なのかな? 関節のところで繋がって…、収縮することで筋肉の動きを模しているのね。すごい!」

 ファリンは、興奮しながら動く鎧を解体していった。

 しかしすぐに我に返って、卵がついた盾を持ち上げて、急いだ。

「みんな!」

 扉を開けると、マルシル達が動く鎧達に取り囲まれ乱闘状態になっていた。

「今、助けるから!」

 そう言ってファリンは、盾を床にそって投げた。

 床を滑るように回転しながら動く盾に、鎧達が気づき、盾の方へ移動し始めた。

「なに? 今の…。どうやったの?」

 ファリンに導かれてマルシル達が扉の中に入った。

「うわ!」

 そしてバラバラに解体されたちょっと大きくて立派な動く鎧を見て驚いた。

「何があったんだ?」

「やっぱり魔術師がいたの!?」

「ううん。魔術師なんていなかったよ。」

「えっ?」

「動く鎧は生き物だったの。」

「どういうこと?」

「これ。」

 そう言ってファリンは、動く鎧の中の軟体生物を見せた。

「二重構造になってて、そこに軟体生物が入ってる。」

「うわ…。」

「普段はもっと大人しくて、危機を感じた時にのみ攻撃してくるのが普段の状態なんだけど。今は、運悪く産卵時期だった。」

「さんらん? 卵で生まれるの? アイツら…?」

「そう! 動く鎧は卵で産まれるんだよ! さっき投げた盾に卵がついてたんだよ!」

 ファリンは、大興奮しながら語る。

「今まで誰も気づかなかったんだ。みんな魔術で動くただの鎧だって思い込んでたんだ。このことを発表すれば業界は震撼するわ! 兄さんも大喜びする!」

「……ファリンって、ライオスと同じで魔物の話になると早口になるよな…。」

「よしなよ。」

「ねえ、センシ。鎧は食べられないけど、この中身はどう? 食べられそうだよ。」

「はああ!? こんなわけの分からないもん食べられるはずないでしょ!」

「どんな食べ物も、最初の一口はわけの分からない物だよ?」

「今やることじゃないわよ!」

「……やってみるか。」

 っとセンシが言った。

「ありがとう、センシ!」

「イヤーー!」

「初めて触る食材だから、自信は無いが…。」

「猛毒とかだったらどうするの!?」

「強力な毒のある生き物は、隠れたりしないと思うよ?」

 毒を持つと言えば、例えばバジリスクだ。バジリスクは、分かりやすく蹴爪に毒がある。それにキノコ系も派手な色だったりする。

「この裏側…。手でこじ開けようとしてもびくともしないけど、この部分を刃物で切ると、殻を閉じられなくなった。たぶん、これが殻を閉じるのに必要な閉殻筋(へいかくきん)。つまり貝柱のようなものなのかも。」

「貝か…。」

 センシは、動く鎧の隙間から垂れている軟体生物を見てしばし考えた。

「よし、決まった。鎧から身の部分を外してくれ。」

 そして全員で刃物を使って、動く鎧の軟体生物部分を外した。

 そのうちの一つを小鍋に水を張った中に入れて、砂抜きを行おうとしたが、軟体生物は水の中で少し暴れて、やがて溺れて動かなくなった。

「溺れた。」

「さすがに水で砂抜きは、不可能か。そもそも砂抜きが必要なのかどうか、中身を開けてみるか。」

 そう言ってまな板に軟体生物を乗せ、包丁で内臓部分を切って取り出した。

「内容物が気になるので、内臓はとっておく。」

「ちょうだい。」

「ダメ。」

 欲しがるファリンをマルシルが止めた。

 センシは、軟体生物を薄切りし、薬草を煮込んでいる小鍋に入れてスープにした。

 次に、フライパンに油と具材として薬草を炒め、調味料と動く鎧の軟体部分を薄切りにしたモノを炒め合わせる。

 続いて、兜…頭はそのままお湯を沸かした鍋の上に乗せて蒸す。

 最後に、定番として、殻に乗せたままの動く鎧の軟体部分を網に乗せて火で焼いた。ジュージューと焼けていき、身が縮んだ。

「できたぞ!」

 

 そうしてできあがったのが、動く鎧のフルコース。

 

 動く鎧の炒め物。

 動く鎧のスープ。

 動く鎧の蒸し焼き。

 焼き動く鎧。

 

 中々に、豪華な内容となった。

「ほれ。」

「あっつ!」

 センシは、焼き動く鎧を、ファリンに渡した。

「アチチ…。あれ? みんなどうしたの?」

 なんだか全員の視線がこちらに向けられていることに気づいたファリンが首を傾げた。

「動く鎧を食べるのは、ファリンとライオスの悲願なんだろ?」

「わしらが先に口をしてはな…。」

「えへへ。それじゃあ、言葉に甘えて…。」

「マルシル。蘇生の準備しておけ。」

「…うん。」

 そんなことをヒソヒソと話し合うマルシル達を尻目に、ファリンが焼き動く鎧をフォークですくい取って実食した。

「うっ!」

 死んだか!?っとマルシル達が身構えた。

「美味しい!」

 ファリンが笑顔で声を上げた。

「うわ~、なんだろこれ、すごく美味しい!」

「食中毒の症状って、どのくらいで出るの?」

「モノによる。」

「最初は味が無いかと思ったけど…、遅れてくる! 味が!」

 呆然とするマルシル達だったが、それを聞いた、センシが焼き動く鎧を口にした。

「こんなものか。悪くはないが、もっとうまく調理できたな。」

「薬草と炒めたやつなら大丈夫じゃないか? 腹減った。」

「毒消しって食中毒に効くの?」

「ん。なるほど。」

「ど、どう?」

「なんかねっとりしてる。不味くはないけど。」

 チルチャックの言葉を聞き、そして腹の虫が鳴ったマルシルは、意を決してスープを飲んだ。

「…なんか、キノコに似てる?」

「でしょ?」

「蒸し焼きもうまいことできたな。」

「絶対美味しいよ。……。」

「どうした?」

「カビ臭い。」

「兜の匂いを閉じ込めてしまったか。」

 期待を持って食べた動く鎧の蒸し焼きは、カビの匂いがしてあまり良くなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 食後。

「これ…、兄さんのために持って行こう。」

「荷物が増えるぞ?」

「でも、武器が無いまま元来た道を戻るのは大変だよ? あのとき、兄さん剣を落としてたと思う。」

「そうだな…。じゃあそれ持って行けよ。」

 動く鎧が持っていた剣を手にしているファリンは、チルチャックとそう会話をした。

 ファリンは、剣を手にした状態であの動く鎧の卵が無事に孵ってくれることを祈った。

「ん…?」

 その時、動く鎧の剣の柄辺りからニュ~っと何かが出てきたのを見てしまった。それは、いわゆる…アサリとかが砂を吐く時に出しているアレみたいなもので…。

「ファリン! その剣持って行くなら呪われてないか鑑定しておこうか?」

「だいじょうぶだいじょうぶ!! 絶対呪われてない! 私には分かるから!」

「どうしたの? …まあ、ファリンが言うならだいじょうぶよね。」

 ファリンがその手のことに力を発揮するタイプだと分かっているマルシルは、そう言って納得した。

 ファリンは、気づかれないように剣を鞘に収め、急いで背負った。

「……兄さんに良いお土産ができた…!」

 ファリンは、マルシル達に背中を向けたまま、興奮しながらそう小さく呟いたのだった。




動く鎧の剣を入手。兄へのお土産にしました。

マルシルと違って攻撃魔法をほとんど持たないファリンが動く鎧を攻略しようと思ったら、どうしても原作でのライオスの攻略方法以外に思いつきませんでした。
ファリンが魔法を封じる魔法を使えるというのは、捏造です。実際に使えるかどうかは不明です。
少なくとも炎を防ぐ魔法が使えるので、もしかしたら、使えるかも?


次回は、ゴーレム。


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第七話  ゴーレム畑の野菜

地下三階編に突入。

面白いからどんどん書けちゃう。

ゴーレムの畑です。


 ファリン達は、迷宮の地下三階に降りた。

 地下墓地を通り、尖塔の森を抜けると、そこは黄金城へと繋がる。

 かつては、黄金色だった城も、黄金を剥いで金儲けをしていた金剥ぎ達によって今では見る影も無い。だが城(?)の形はしっかり残っているので、ここが言い伝えられている黄金の都であったことをかろうじて残している。

 地下三階であるが、ここは生き物が少なく、死霊がはびこっている階層だ。

「ん…、スケルトン。」

 ファリンが耳を澄ませていた。

「これは、人間。」

 ファリンがそう言った直後、曲がり角から別の冒険者パーティーがやってきた。

「あれは、グール。」

「なんで分かるの?」

「生き物と腐った物の足音は全然違うから。兄さんに教えてもらったの。」

「無駄な戦いを避けられるのは便利だけどさぁ…。」

「こわ…。」

「あ、レイス。珍しい。」

 チルチャックとマルシルが若干引き気味に、兄・ライオス直伝のファリンの特技について感想を述べた。

「左に行こう。右はゴーレムがいるわ。」

「待て。」

 

 ゴーレムとは、泥、土、石でできた魔法生物。

 主人の命令を忠実に守る人形として活躍する。

 

「言っとくけど、ゴーレムは、正真正銘魔法生物だよ! 作り方も知ってるんだから。」

「えーっと、どうやって作るんだったっけ?」

「もう、忘れちゃったの? ゴーレムは…、っ。」

 言いかけてマルシルは、黙った。ここにはセンシがいる。センシに知られたら何をされるか分かった物じゃなかったからだ。

「わしが用があるのは、ゴーレムの身体だ。ついてこい。」

 センシに導かれ、ゴーレムがいる方の道へと進む。

 やがて行き止まりの角に、布のつぎはぎだらけの四角いテントがはられている場所に来た。

「わしが普段拠点としているキャンプ場だ。」

「うわ…。」

「ここで暮らしているの?」

「寝泊まりはほとんどしない。基本的には、二階と四階で狩りをし、月に一度は町で調味料だの不足する物を買い込む。お前達と会ったのもその帰りがけだった。」

 ファリンが魔物を食べると言っていた場面でのことだ。そこで彼女らを見ていた物陰の人物はセンシだったのだ。

 三階には、食える魔物が少なく、大半は腐っているか、骨しか残っていないと言う。

「他にもっと大きな理由があるでしょ。」

 マルシルがツッコんだ。

「ゴーレム! あれは素晴らしい生き物だ!」

 センシが言うには、ゴーレムは、非常に優れていると言う。

 たっぷりの栄養を蓄え、いつも適度な温度と湿度を保っている。

 つまり……。

「要するに、ゴーレムを畑代わりにしてんのか! 城の人間が泣くぞ。」

「魔術研究者も泣くね。」

「なぜだ? わしは魔術は好かんが、あれは賞賛に値する! すべての畑はああなるべきだ。」

 なにせ害虫がつきにくく、なおかつ野菜泥棒も追い払うからなのだそうだ。

「それ、野菜目当てじゃないだろ…。」

 さらに、ゴーレムは、自らの意思で水分管理をし、種や苗を勝手に育ててくれるのだと言う。

 なお給水するのは、身体が脆くなって崩れるのを防ぐためだ。決して自身に生える植物のためじゃない。

「とはいえ、細かな手入れは欠かせない。ここに拠点があるのはそうした訳だ。」

 センシは、拠点においてある畑仕事用の道具を全員に渡し、ツタだらけの壁に隠れている扉を開けた。

 そして口笛を吹くと。

 ズンズンと重たい足音が迫ってきた。

「出た!」

「どうする!?」

「手伝う!?」

「いらん。」

 次の瞬間、センシがスコップを片手に襲いかかってくるゴーレムと戦い始めた。

 その手慣れた感と言ったら…、ダンジョンでの経験が長いファリン達ですらポッカーンとするレベルだった。

 センシは、ゴーレムの背中に回り込むと、その首元にスコップを突き刺した。

 途端ゴーレムが悲鳴を上げ、倒れた。

 そして一体倒すと、次のゴーレムに移る。

「すごい…。なんでゴレームの核(コア)がどこにあるのか分かるんだろう?」

「……まさか…。」

 やがて、三体のゴーレムがうつ伏せに倒れた。

「終わったぞ。ゴーレムの背中から野菜を収穫してくれ。」

「なんか茂ってると思ったが…、これが全部野菜?」

 チルチャックが半信半疑な様子で茂っている草の中に手を入れて引っこ抜いてみた。

 するとそれは、ニンジンだった。

「マジだ!」

「うわあ、すごい。」

「ゴーレムからすりゃ、寄生されてるようなもんじゃないのか?」

 例えるなら、ノミみたいに。

「どうやって光合成してるんだろ?」

 日の光の入らない迷宮の地下で、ゴーレムの背中の野菜はいかにして光合成をしているのか…、謎である。

 むしろ、植物が根をはることで土が強固になるから、共生関係にあると言っていい、とセンシは言った。本当かどうかは不明である。

 しかもよくよく見ると、ゴーレムの背中は普通の畑のようにウネになっていた。

「しかし、雑草は抜いておいてくれ。」

 野菜と一緒に雑草まで生えている。この迷宮内に入る人間達や動物から落ちた植物の種や花粉などがゴーレムに付着するのだろう。

 そして、ファリン達は、野菜を収穫しながら雑草を抜く作業に没頭することになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、野菜が採れた。

 ニンジン、ジャガイモ、キャベツ、タマネギ…。

 どれも大きく、色が良かった。

「久しぶりに普通の野菜が食べられそう。」

 マルシルは、採れた野菜を見て喜んだ。

「雑草は、こちらへ持ってきてくれ。この辺りに積んでおけば枯れる。枯れた物は…、ゴレームの身体に戻せば分解される。」

「ん……?」

「そして、これは…。」

 センシは、近くに置いてある壺の蓋を開けた。

「そして、これは別の場所で作った肥料…を! さらにゴーレムに混ぜ込む!」

「やっぱり!!」

「やっぱり?」

「ゴーレムの核の位置が分かったのって、自分で埋め込んだからでしょう! 呆れた、許可の無い魔法生物の起動は犯罪だよ!」

「わしは、ただ…、土を掘り返し、元に戻しているだけじゃ。」

「脱法魔法生物か。」

 そんなセンシにマルシルとチルチャックは呆れていた。

 センシは、それから肥料を水で薄めて柄杓でゴーレムの身体にまいた。

 そして土をよく混ぜ合わせ、畑のウネを作り、種まきをする。

 同じ物を植えると連作障害を起こすので、種をまくゴーレムはずらされる。そのため、野菜収穫時のゴーレムの背中は、同じ野菜が連なっていた。

「……疲れた~。」

 作業終了後、マルシルは、近くの噴水から水をがぶ飲みした。

「魔物と戦うより疲れたね…。」

「お前達が手伝ってくれたおかげで、ずっと早く終わった。水を補充したら、飯の準備だ。」

「水飲んだらトイレ行きたくなった。」

「気をつけてね。」

 ダンジョン内でのトイレ場所は、決まっている。一応。

 そこら辺でするわけにもいかないので、浅い層ではする場所が決まっていた。

 センシは、マルシルがいない間にゴーレムの起動準備に入った。

 まず散らばった土をできる限り集め、次に噴水の排水溝を塞ぎ水をあふれさせる。

 そして、ゴーレムの核を、それぞれのゴーレムの身体に埋めていった。

 太郎、次郎、三郎っと、センシが名付けたゴーレムを埋めていく。

「すぐに起動するの?」

「いいや。多少は時間がかかる。ちょうど種が根をはり、土が動いてもこぼれない頃に、まるで背中の植物たちに配慮しているかのようにな。」

「すごい。ゴーレムに愛情を持っているのね。こうやってセンシは生活しているのね。でも、辛くはないの?」

「好きでやっていることだ。何も辛くはない。」

 そう答えるセンシの姿に、ファリンは、言葉を失っていた。

「さあ、労働の対価を頂こう。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 水で野菜の土を洗い流す。

「綺麗な色。」

 ニンジンは、赤く瑞々しい色をしており、ジャガイモは形良く、キャベツは大きく葉っぱがたくさん詰まっていた。

「俺も…、皮むきがうまくなったもんだ…。」

 ジャガイモの皮を剥きながらチルチャックは、そう呟いた。

「本当に、こんな大きさでいいの?」

 ファリンが包丁でキャベツを四つに切った。

「いい、いい。」

 センシが切った野菜、四つ切りのキャベツ、皮を剥いて輪切りしたニンジン、皮を剥いて乱切りにしたジャガイモを大鍋に入れ、カマドに乗せて、バケツで水を汲み、流し込む。

 そしてかまどに火を付けるのだが…。

「火を付ける? 私、やるよ?」

「火打ち金でつけるからいい。」

「いつもそうやってつけるけど、魔法の方が早いのに。そんな魔法を嫌わなくても。ゴーレムは便利だって喜んでたじゃん。」

「何かを手軽に済ませると、何かが鈍る。便利と安易は違う。お前のやり方では、店で野菜を買うのと変わらん。」

「……。」

 そしてセンシは、火打ち金で火を起こし、鍋に蓋をした。

 その間に、まな板でバジリスクのベーコンを切り、鍋に入れた。

 鍋が煮えるまでの間に、カブでサラダを作る。

 その手際の良さと言ったらすごいに尽きる。

 やがて鍋が煮え、味見をした。

「完成じゃ!」

 

 そしてできあがったのは、ゴーレム畑の野菜のキャベツ煮と、カブとニンジンのサラダだった。

 

 大鍋から取り皿に分けられた料理に、マルシルはテンションを上げていた。なにせ久しぶりの普通の野菜だからだ。魔物を食べるのに抵抗している彼女からしたら天国だろう。

「んーーーっ! おいしいー!」

 たまらず声を上げるほど美味しかったらしい。

「こんな地中で美味しく育つなんて不思議。」

「ゴーレムの何かが味に影響しているのかも。」

「やめて! 歩こうが喚こうが、あれは、畑なのっ。」

「そういえば、ゴーレムの残り1%ってなんだっけ?」

「……秘密…。」

 マルシルは、がんとして話さなかった。

 またファリン自身も忘れてたため、ゴーレムの残り1%問題は謎のままになった。

 美味しい美味しいというファリン達に、センシは嬉しそうに笑っていた。

 そして大鍋にあった野菜煮がスープまですべてなくなった。

「はー、美味しかった。お腹いっぱい。」

「いっぱい食べたら眠くなってきた。」

「休んでいてもいい。わしは少しやっておきたいことがある。」

 センシは、そう言うと拠点のテントの中からバケツを取りだした。

「ちと、便所へ。」

 そう言って、扉の向こうへ行った。

「この辺りのトイレってすごくちゃんとしてるよね。適当に穴を掘っただけじゃなくて。いつも綺麗にしてあって、たまに花なんか飾ってあったりして、マメな人がいるもんだね。」

 そこまで言って、マルシルは、何かに気づいた。

「センシーー!!」

 叫びながら扉の向こうに行くと…。

「なんだ?」

「わーーー!」

 二つのバケツに、肥…、直接言ってしまえば、糞便を入れて歩いているセンシがいた。

「何してんの!?」

 言われるまでもないことだ。

 センシがゴーレムにまいていた肥料の材料である。

「食った直後にできるって、すごいな。」

「ここでは大事な肥料だ。」

「じゃあ、あの野菜も……、うっ…。」

「マルシル。その辺は地上と同じだろ。」

「そうだけど…。」

 口を押さえるマルシルに、チルチャックが言った。

「ねえ、どうして?」

 ファリンがセンシに問うた。

「どうしてセンシは、そこまで迷宮での生活にこだわるの? 自給自足なら地上でもできるわ。外で畑を耕せるし、その方が楽だって思わないの?」

「そうなれば、他に誰が迷宮の便所の管理をするのだ?」

 センシは答えた。

 誰が便所に落ちたゾンビを取り除くのか。

 誰が倒れたゴーレムを起こしてやれるのか。

 昔いた十体いたゴーレムも今は三体しかいない。

 ゴーレムがいなくなれば地下から魔物がここまで上がってくる。その魔物に追いやられた魔物は別の場所に入り込んでしまう。それがまた別の魔物を…。

 そうなってしまったら、もはやここは別の場所になってしまい、狩りをすることもままならなくなるのだと。

 ダンジョンも畑も一緒である。ほったらかして、恵みを受けることはできなくなる。

 なにより、ここで育った物を食べ、自分からもダンジョンに分け与える、そのように暮らしていると、ようやく迷宮の中に入れたように思えるのだと。それが嬉しいのだと言った。

「………でも、それじゃあ、私達のためにここを離れて大丈夫なの? この一帯が荒れてしまうんじゃ…。」

「気にするな。ひと月ふた月留守にする程度、ゴーレム達がなんとかしてくれる。それにお前達が栄養不足で死んでは、目覚めが悪い。待ってろ、すぐに支度を済ませる。」

 センシは、そう言い残して奥へと行った。

 残されたファリン達は、その背中を見送って……。

「センシってすごい……。」

 っと思ったのだった。

 




ゴーレムは便利そうだな~っとは思うけど、使い方次第ですよね。やっぱり。

あと、ダンジョンのトイレ事情って、食事事情と並ぶ大問題ですよね。センシいなかったらほんとどうなってたんだろう?

次回は、オーク。


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第八話  オークと一緒に作ったパン

オーク編。

センシは、ほんと料理が絡むと怖い物知らずだなぁ…。


 

「ひょっとせずとも…、今、魔物に出会ったら、危険なのでは?」

 今ファリン達は、野菜で両手が塞がっていた。

「どうすんの、この野菜。」

「いつもは少しずつ収穫する物を一度にしたからな。」

「四人で消費できる量じゃないよ? いつもはどうしてるの?」

「物々交換に使ったり…、無人販売所を建てて売ることもあった。しかしいつも金を盗まれるのでやめた。」

 それを聞いて、マルシルとチルチャックは、思った。

 道理で、あの宝箱にはいつも金が入っているなと……。

 結局どうするのかという話だが…、センシが言うには少し下の階層に得意先がおり、時期を見て物々交換しているのだが、今行っても応じてもらえないと言う。

 なので、不要なら捨てようと言い出した。

「ダメだよ! 食べ物は大切にしなくちゃ! あんなに苦労して育てて…、こんなにツヤツヤ美味しいのに!」

「情が湧いてる。」

「じゃ、やっぱり…。この辺りで物々交換しておかないと…。」

 センシ以外に面々が暗くなった。

 なぜ暗くなったのかと言うと…、それはこの辺りにいる商人達や冒険者のたまり場に問題があったからだ。

 迷宮内にも商人がいるのだが、その客の多くは、冒険者や、地上に戻れぬ所以ある者達であるのだ。

 その結果、たまり場はガラの悪い客であふれ、治安も良いとは言えないのだ。

 そして問題のたまり場に来て、扉をノックした。

 入れという声がしてから扉を開けると、ムゥとタバコらしききつい匂いが鼻を突いた。

「来るたびにガラが悪くなっていく気がするな、ここは…。」

「ガラが良かった時代があったの?」

「五年前はまだマシだった。」

 やがて、背も腰も低い男がやってきた。

「へへ……。ようこそお客様、本日はお泊まりか、お食事で?」

「取引です。」

「それはそれは、…へへ、それで一体何を……?」

「野菜です。」

 ファリンがそう言った途端、男の表情が一変した。

「帰れ帰れ!」

 男は態度を一変させて、ファリン達をたまり場から追い出した。

「待って、話を聞いて…。」

「取引なら金を持ってきな! わかるか金だ! まるくてピカピカキラキラの!」

「宝石に換えて欲しいわけじゃないの。ここにも厨房があるだろうから、食材を…。」

「このニンジンを料理人に見せてみろ。きっと料理したがる。」

「誰がそんな気色の悪いもの食うか!」

 センシが出したニンジンを男がはたき落とした。

「ひどい! 食べ物を粗末にすると罰が当たるんだから。」

「早くこいつらをつまみ出せ!」

 男は、大柄な男を呼んで、マルシルを掴ませて追い出そうとした。

 その直後…。

 大柄な男の背中から無数の刃が身体を貫いた。

「え……?」

 大柄な男が倒れ…、そして背後から現れたのは…。

「お…、オークだ!!」

 小柄な男はたまり場の中に逃げ込んだ。

 毛深く、頭に小さな角、そして口から飛び出すほどの牙を持つ亜人種・オーク達が武器を手にたまり場になだれ込んだ。

「武器を持った者から殺せ! 一人として生かしておくな!」

 オークのリーダーらしき者が指示を出していく。

 ファリン達は、隅っこで尻餅をついていた。

「なんで、オークが? オークはもっと深い階層にいるはずじゃ……。」

「そんなことより、早く逃げ……。」

 その時、オークのリーダーがマルシルに近づいた。

「マルシ…!」

「待て。」

 センシが待ったをかけた。

 するとオークは、キャベツを拾い上げ、センシに投げた。

「どうしてお前がこんなところにいる、センシ。」

「それはこちらも聞きたい。」

 どうやら面識があるらしい。

「こいつらはお前の知り合いか。」

「そうだ。」

「お前が人間やエルフとつるむとはな……。」

「と、得意先って…、ひょっとして……。」

「彼らのことだ。」

「ぬーーー!」

「どうせそんなこったろうと思ってたが、オークか…。せいぜいゴブリンだと…。」

「私はコボルトだと思ってた。」

 迷宮には多数の亜人が住んでおり、オークもその一種である。

 だが、次の瞬間、ファリン達にとっては、重大な言葉が出た。

「赤い竜が出た。」

 っと。

「以前ならば滅多に姿を見せなかった赤い竜が、ここしばらく我々の集落の近くに現れるようになった。集落には戦えない者もいる。一時的な避難としてこの階層までやってきた。」

「赤い竜って、まさか…。」

「その竜、どの辺りで見たんですか!?」

「お前らに我らの集落の場所を教えろと? 断る。」

 詰め寄ってきたファリンに、オークのリーダーは、すげなく断った。

「お頭。中は片付いた。」

「よし、使えそうな物は全て運び出せ。」

 片付いたと言うことは…、つまりたまり場の人間達は全滅したということだ。

 そしてファリン達は、床に座らされ、オークがたまり場を物色しているのを黙ってみていることしかできなかった。

「なんだこりゃ? 腐った乳か?」

「捨てていけ。」

 そんな言葉が聞こえ、センシが反応した。

「……それは、お前の作った農作物だな。見ての通り、物入りでね……。よければそれを分けて欲しい。」

「物々交換か? ならばこちらは……。」

「いいや。言っただろう。今、我々には余裕がない。友にこんなことを頼むのは心苦しいが。」

 周りには武装したオーク。そして自分達は作物を持っていた両手が塞がっている。

「せ、センシ…。」

「…分かった。」

 ファリン達はため息を吐いた。命には代えられないのだから仕方が無い。

 しかし、次に飛び出したセンシの言葉に目を剥くことになる。

「その代わり、一つ頼みがある。今晩は、お前達の宿に泊めてくれ。それさえ叶えば、命でも野菜でも大人しく捧げよう。」

「なっ!?」

「はあ?」

「それから、そこの! それは腐敗ではなく、発酵だ! 必ず持って帰れ!」

 

 とんでもないことになってしまった…。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そしてファリン達は、オークに前と後ろを挟まれた形で彼らの野営地へ向かうことになった。

「なんであんなことを?」

「武器も没収されちゃった…。」

「奴らの野営地の場所を知ったら二度と地上は拝めないぞ。」

「何か考えあったんだよね?」

「うむ…。」

 そしてセンシは、答え出す。

 先ほどオークに持って行くよう伝えた瓶。あれは酵母で作られたパン種だった。そして厨房にあった小麦粉をオーク達は持っている。

「つまり…。」

「つまり?」

 嫌な予感がした。

「パンが作れる!!」

 センシのその言葉の後、ファリン達は一分ほど固まり…。

「考えがあるわけじゃなかったの!?」

「バカ!」

「バカバカ!」

「パン作りたいだけかよ!!」

「おい、そこ、静かにしろ!」

 怒られた。

 

 

 そしてファリン達は、オークの野営地にたどり着いた。

 野営地は、簡素な布のテントが並んでおり、布の隙間からオーク達がジロジロとこちらを見てきた。

「エルフだわ。」

「なんて野蛮な顔…。」

 オークとエルフは、敵対関係にあり、また美的感覚の違いから、エルフの整った美しい顔立ちを不細工だと見ている。

「父ちゃんが帰ってきた!」

「しっ。」

 父ちゃんとはおそらくオーク達のリーダーのことだろう。

「この柵の中に入っていろ。」

 そこは鶏などを入れてある柵で、牧草が散らばっていた。

「今日の食材は、お前達だ、なんてオチじゃないよな?」

「あのパン種はどこへやった? アレの使いが分からないのでは、宝の持ち腐れだ。寄越せ。パンを作ってやる。」

 すると、パン種入りの瓶と、小麦が入った袋が一緒に投げて寄越された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 大鍋に、強力粉、塩、砂糖、パン種と水を入れて混ぜる。

 固まりになるまで混ぜ合せて行くのだが、ファリン達もボウルや鍋に入れて手伝った。

 その様子を、子供のオークが見ていた。

「泥遊びしてるの?」

「え…。」

 子供がそう尋ねてきた時、その後ろからオークのリーダーが現れ、子供を抱き上げた。

 どうやら、彼の子供らしい。

「歴史の勉強をしようか。」

 そしてオークのリーダーは語り聞かせる。

 自分達が地中ではなく、地上で暮らしていた頃の話だ。

 そこには人間やエルフがいて……、自分達の仲間をたくさん殺し領土を奪ったっと…。

「オークだって、他の種族をたくさん殺したじゃない…。」

 マルシルがボソッと言った。

「なに?」

 それはオークのリーダーの耳にしっかり聞こえていたようだ。

 その間に混ぜ合わせたパンの生地に、オリーブ油を加える。

 そして生地の端を持ってたたきつけるようにこねる。

 その間にもオークのリーダーの語りは続いた。

 地上を追われた自分達は、放浪の末、地中に居場所を見いだし、しばらくは平穏が続いた。だが……、奴らに…人間やエルフ達に見つかり、地中に油を流し火を付けられたのだと言った。

「……それは、あなた達が他種族の村から略奪を繰り返してたからでしょ!」

 マルシルが生地をたたきつけながら反論した。

「そうしなければ、生きていけなかった。」

「地中で暮らす前からそういうスタイルだったせいでしょう。追いやられたのは…。」

「やめとけ、マルシル。それくらいに…。」

「黙れ、ハーフフット!」

「はい。」

「もっと力を入れてこねんか!」

「すみません。」

「よこせ! 俺がやる!」

 そう言ってオークのリーダーがチルチャックが持っていたパン生地を奪い取った。

「地上追われ、地中に逃れ、ようやくたどり着いた迷宮でさえ、お前達は奪おうとする。」

「先に発見したのは、上の村の人達だし。」

「深部まで潜ってきたのは、我々が先だ!」

「それ言い出したらその辺歩いてるゾンビの方が!」

「綺麗に伸びるようになったら、一次発酵だ。」

 センシの言葉が合図だったかのように、言い合いは、一時休戦となった。

 そして、時間をおいて、二倍ほどに膨らんだら、均一に切り分けていき、形を整えていく。

「…ずっと黙っているが。」

 オークのリーダーが黙っているファリンに話を振った。

「人間。お前はどう考えているのだ?」

「えっ?」

「この迷宮を作り上げた狂乱の魔術師を倒せば、この城の全てが手に入るらしいな。お前はなぜ、迷宮の深部を目指す? “国”を手に入れたとき、お前はどうする?」

「そ、そ……ういう話は、知っていたけど…、それは考えたこともなかった。」

「聞いて呆れる。冒険者というのはこんな奴ばかりだ。日銭稼ぎ。腕試し。私利私欲の馬鹿ばかり。お前のような者がこの城を手に入れたらと思うと、身の毛もよだつ。だから我々は地上の者を見つけ次第、殺す。」

「屁理屈だ! ならあなた達も王座に挑戦すればいいじゃない! それともオークは奪うことしかできないの!?」

「……威勢だけはいい奴だな。気に入った。お前は生きたまま火に投げ込んでやろう!!」

「ほらすぐそうやって暴力に訴える!!」

「二次発酵。」

 丸めたパン生地を大鍋に並べる。同時に一時休戦。

 そして時間置くと、倍に膨らみ、間隔を開けて置いていた生地同士がくっついた。

 しっかりと膨らんだ鍋の中のパン生地を、鍋に蓋をして弱火で片面ずつ焼いていく。

 そして少し蒸らす。

 蓋を開けると…。

「パンの完成じゃ!」

「いい匂い。」

 さすがに、この焼きたての匂いにオーク達が鼻をひくつかせた。

「どれ、味見を…。」

「待て! そのパンは我々の物だ。お前達には与えない。」

「な、なんですって。」

「パンと作りたいと言ったから作らせたが、それをどうするかは我々の自由だ。」

「父ちゃん。」

 すると足下にいたオークのリーダーの子供が言った。

「みんなで作ったのに、あの人達は食べられないの?」

「…う…。」

 その様子を見たマルシルは、動いた。

「パンだけでは、食事にはならないからね。主食、主菜、副菜と、バランス良く食べてこその食事よ。」

 オークの子供の目線を合わせて語りかける。

「お父さんは、他のおかずができるまで待ちなさいと言ってるのよ。」

「おい、勝手に…。」

「そうそう。野菜の代わりに一晩の宿をもてなしてもらえる約束なのだ。父上は約束を違えぬ男だ。」

「……ハーー…。」

 オークのリーダーは、ヤレヤレと言った様子で長く息を吐き、他の仲間に指示を出した。

 適当な飯を振る舞ってやれと。

 

 そして、オークの女達が調理を始めた。

 ちなみに、オークの女には、角がない。男にしかないのだ。

 センシ作の野菜を使い、柵の中の鶏をシメ、鍋で煮込んでいる料理の味見をセンシがしたりした。

 

「おらっ! できたぞ!」

 

 そしてできあがったのが、盗(と)れたて野菜と鶏のキャベツ煮と、それを包んで食べるためのクレープと、略奪(品)で作ったパンだった。

 

「食え!」

「い、いただきます。」

 そして実食。

「う、うまっ、からっ!」

 オークの料理の味付けは、とても辛かった。

「同じ食材なのに、全然違う料理。奪うことしかできないなんて言ったけど、オークも中々やるじゃない。」

「うるさい。」

「あの…。」

 ファリンが言った。

「なぜ、迷宮の深部を目指すのかという話なんですけど…、実は、兄がレッドドラゴンに食べられたんです。それで、その竜を追っています。場所を教えてもらえれば、私達でレッドドラゴンを倒します! あなた達の集落には一切関与しないと約束します!」

 ファリンの言葉に、オークのリーダーは、しばらくファリンを見つめた。

 ファリンは、まっすぐ、オークのリーダーの視線を真っ向から受けとめた。

 やがて…。

「地図を持ってこい。」

 そして持ってこさせた地図の、ある部分を指さした。

「ここから二階層下、西居住区の辺りで見たのが最後だ。」

「……! ありがとうございます!!」

 ファリンは、満面の笑みを浮かべ、頭を下げた。

「……あの、それと…、これからはこの迷宮を手に入れるということを、兄さんを助けたら、兄さんと一緒によく考えながら探索します。」

「オークに捕まってパンを作るような奴が王になるなんて思えんがな。」

「えっと……。」

「まあ、がんばれよ。」

 オークのリーダーは、そう言って、ファリンのコップに酒を注いだ。




センシの料理への情熱(?)には、若干呆れますが、ドラゴンの出現位置を知れたという意味ではナイスだったのかな?

次回は、宝虫(たからむし)。


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第九話  宝虫で作ったおやつ

カブルーの話は、省きました。

全滅しているカブルー達を発見したところから始まります。

なので今回短め。


 

 オークの野営地をあとにし、地下へ地下へと降りていく最中、全滅して倒れているパーティーを見つけた。

 こういうのは珍しくないので別段驚くことはない。

「町に戻る途中だったのかしら? 気の毒に…。」

「外傷があまりないね。霊の類いに襲われたのかなぁ? ん…でも霊障もないし…。」

「餓死ではないか?」

「金銭がらみのいざこざと見たね。」

 それぞれ死因について思い当たることを呟いたが、最後のチルチャックが言ったことについては、この全滅しているパーティーの体や周りになぜか金貨や宝石系などが散らばっていたからだ。

「多分すぐに死体拾いに見つかるでしょうけど、ゾンビにならないようにお祈りだけしておくね。」

「私もやる。」

 マルシルとファリンが死体を廊下の隅に置き、ゾンビにならないようにする処置を施した。

 その時、ファリンの背中に背負っている剣が震えた。

「?」

「どうしたの?」

「えっと…、な、なんでもない。」

 剣のことを悟られてはいけないので、ファリンは慌てて取り繕った。

 しかし、また震えた。先ほどよりも大きく。

 ファリンが剣を落ち着かせようとして触ろうとしたとき、チルチャックが落ちている金貨に触ろうとしているのを見た。

「! 待って、チルチャック!」

 ファリンが叫んだ。

「えっ?」

 そして、金貨が羽根を広げて舞い上がりだした。

「ひーっ!」

 金貨が縦横無尽に飛びぶつかってくる。

「マルシル! 死体から離れて!」

「えっ?」

 マルシルが隣にある死体を見たとき、下の首にかかっていた真珠のネックレスが動き出した。

 よく見ると…それは、真珠に擬態しているムカデだった。

 そして、カッと光と音が破裂した。

「ハーハー…。」

 マルシルが杖を握りしめて荒い呼吸を繰り返した。

 マルシルが放った失神魔法によって、すべての金貨とムカデが動きを止めて床に散乱していた。

 マルシル以外の面々は、音と光で目を回していた。

「何コレ! 全部宝虫じゃない!」

「…うぅ…なるほど、宝虫にやられたんだね。この人達…。最近見ないから気づかなかったわ。」

「いや、気づいてただろ?」

「そうそう。なんで分かったの?」

「えっ…。えっと…、なんか、動いた気がして…。」

 背中に背負っている剣が動いたからだとは言えない。

 ふと見ると、センシが床に落ちている宝虫を拾い集めていた。

「センシ?」

 声をかけるがセンシは答えず、小鍋を出して選別していた。

 宝石型の宝虫、コイン型の宝虫、種類豊富な宝虫を、そうじゃないものとに分けていく。

 それを見てマルシルは、いやああっと声を上げていた。

「食べられるの?」

「当然だ。虫は栄養価の高い素晴らしい食べ物だ。味も風味もいい。それに見た目にも映える。」

「裏側をこっちに向けるな。」

 ちなみコイン虫の裏側は…、虫の腹と足がある。

「どうやって見分けるの?」

「物によるが、これなどは分かりやすい。節の間に足がある。」

 真珠ムカデは、真珠型の節の間に小さな足があった。

「コイン虫って、確か雄と雌で絵柄が違うんだったわ。兄さんが言ってた。」

 コイン虫と、ブローチは、裏側を見れば虫と判別できる。

「指輪は、リング部分に弾力がある。ティアラは、水に浮かべればすぐに分かる、水に浮いたら宝虫だ。軽いからな。とりあえず失神しているうちに料理してしまおう。」

 そして、宝虫の調理が始まった。

 

 まず真珠ムカデは、足があると口当たりが悪いので取り除き、串に刺して、塩を振り、焼く。これで、真珠ムカデの串焼きの完成。

 つぎにフライパンに油を熱し、コイン虫を腹の方から焼いていく。

 そして軽く塩を振り、木べらでかき回しながら油をまわし、油紙を敷いた皿に盛る。この際コインの絵柄側を上にすると見栄えが良い。これでコイン虫のせんべいの完成。

 ティアラ型の宝虫は、卵と幼虫(宝石部分)を取り除き、巣(ティアラの形の部分)を砕いて、水を少々入れた小鍋の中で煮詰めていく。味を見て、足りなければ砂糖を足す。

 煮詰めた後、瓶に詰めたら宝虫の巣のジャムの完成。

 

「わあ、綺麗。」

「綺麗だけど、色んな意味で食欲が湧かないな。とはいえ、コイン虫は食べたことがあるんだよな。」

 チルチャックは、コイン虫のせんべいを手にして言った。

「郷土料理みたいなのあるよね…。」

「めでたげな見た目だし、げんかつぎになるんだよ。」

 地上では、コイン虫は、佃煮などになっている。

 そして実食。

 コイン虫のせんべいがサクッと音を立ててかみ切れる。

「あれ!? 昔食ったやつより断然うまい!」

「それはそうだ。迷宮の外より中にいる魔物の方が大概うまい。外で飼うと、途端に味がぐずぐずになってしまう。」

 パンに宝虫の巣のジャムを塗りながらセンシが答えた。

 マルシルは、真珠ムカデの串焼きをかなり嫌そうに口にした。

「私……、もうネックレス付けられない…。トロッとしたものが…、うっ。」

「小魚っぽくて、うまい。」

 マルシルとは反対に、コイン虫のせんべいをバリボリとチルチャックは食べていた。

「同じ魔物でも深層の方がうまいぞ。」

「へ~、楽しみ。」

 センシからジャムを塗ったパンを受け取りながらファリンが微笑んだ。

 パンでサンドされたジャムは、甘くてとても美味しかった。

 ジャムの見た目は、本当に宝石のようだが、固くはない。

 どうして剣が反応したんだろうとファリンは、思った。

 もしかして、同じ擬態型の魔物同士だからなのだろうか?

 しかし別の考えが浮かんだので、試しにコイン虫の一つを剣に近づけてみた。

 するとガタガタと剣が振るえた。

「あっ!」

「どうしたの?」

「な、なんでもない。」

 ファリンは剣を押さえつけながら確信した。

 これは、威嚇行動だと。

 大発見だと思い、そして敵から身を守るために敵の存在教えてくれたことへの感謝の気持ちもあって、剣が可愛く見えてきた。

「兄さん喜んでくれるかな?」

「宝虫をか?」

「あ…、えっと…、うん。」

 ファリンは、ビクッとして慌ててそう返事をした。

 食後。

「この食えない方は捨てちまっていいのか?」

「かまわないが。」

 食べられない方の宝虫を詰めた袋を、チルチャックが地下に続く穴の方へ投げ捨てた。

「食べられない方って、食べてしまうとどうなるの? まずい? 毒があるの?」

「何を言うとる? さすがに本物の宝石は食べられまい。」

 そのセンシの言葉で、一瞬場が凍った。

「それを先に言えーーーー!!」

 

 食えるか、食えないか。

 センシの価値観の違いだった。

 

 




今後、カブルー達の話の部分は省いていきたいと思います。
あくまでファリンを中心としたメンバーの話というネタなので。

それにしてもティアラ型の巣のジャムの食感はどんななんでしょうね?
イチゴジャムの粒々感?


次回は、手作り聖水のソルベ。


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第十話  手作り魔除けのソルベ

ファリンがいますが、手作り聖水を作ります。

対レッドドラゴンのため、パワーをセーブするという意味で作りました。


今回も短め。


 

 宝虫のおやつを食べながら、ファリン達はどんどん進んでいく。

「いつまで食べてるの?」

「結構量があって…。」

 ちびちびと、宝虫の巣のジャムサンドを食べているファリンにマルシルが言った。

「そんなことしてたら、霊が出たときにはすぐ対応できないぞ?」

「だいじょうぶだよ。」

「頼むぜ、ファリン。霊の類い相手は、お前の得意分野なんだからな。」

「うん。分かってるよ。」

「そうなのか?」

「ええ。ファリンは、霊の扱いがとても上手なのよ。」

「チョイチョイと、パンパンって、簡単にやりやがる。」

「ほう。それはたいしたものだ。」

「そんなたいしたことじゃないわ。あっ…。」

 歩きながら会話していると、ファリンがジャムサンドを落とした。

「もったいない。」

 ファリンがしゃがんでそれを拾おうとしたとき、床からヌウッと半透明の手が伸びてファリンの手を掴んだ。

「きゃっ!」

「ファリン!」

 短く悲鳴を上げたファリンだったが、すぐに手をかざして霊の頭部に当てて、霊を追い払った。

「だいじょうぶ!?」

「うん。」

「驚いた。あんなに簡単に霊を退けるとは…。」

「ちょっと待ってね。」

「何をする?」

 立ち上がったファリンがセンシに手を伸ばしてきたので、センシがそれを制した。

「霊が取り憑かないようにするの。」

「あ、やってやって。」

「俺も頼む。」

「わしは…遠慮する。」

「ちょっと、霊の取り殺されるよりはマシよ? こんな時に魔法嫌いなんてしてたら…、っ。」

 嫌がるセンシを説得しようとしていたマルシルは、背後の廊下の向こうから冷たい気配を感じ取った。

「…いる! 走って!」

「ファリンにやらせればいいだろ?」

「数が多いわ! こんなところでファリンの魔力が尽きたら終わりよ!」

「私はだいじょうぶ!」

「ダメよ、あのドラゴンと戦うためにもとにかく力を温存しとかなきゃ!」

「っ!」

「じゃあ、どうすんだよ!?」

「とにかく逃げるのよ!」

 ファリン達は、とにかく走った。

 あちこちでヒソヒソと声が聞こえてくる。

 どうやら先ほど見つけた別の冒険者パーティーの死体に引かれて霊が集まりつつあるらしい。一応処置をしておいたのでゾンビ化することはないだろう。

 走り続けたファリン達は、廊下にあった扉の一室に逃げ込んだ。

「どうするんだよ? このままじゃじり貧だぜ?」

「やはり、簡単に死人から逃れることはできんようだ。」

 するとセンシが荷物を降ろし、中から道具を取り出し始めた。

「何を…。」

「魔除けを用意する。」

「魔除け? できるの?」

「聖水だ。」

「そんなもの持ってたの?」

「いや、今から作る。」

「作るって言ったって…。あんた、聖職者かよ。」

「世界には、様々な魔を祓うための伝承がある。」

 

 例えば、火。

 暗闇を祓い、生み出す力にも、奪う力にもなる火は、古今東西、魔除けや神聖なものとして用いられてきた。

 

 センシは、四本のロウソクを立てると火を灯し、その上にランタンの器をかぶせ、その上に小鍋を乗せた。

「それは確かだけど…、ロウソクの火だけじゃ…。」

「ひとつひとつの力は小さくとも、数が揃えばそれなりの力となるだろう。」

 次にセンシは、宝虫の巣のジャムを取り出した。

 

 例えば、黄金の甲虫(こうちゅう)。

 その習性から太陽と、その神を象徴とするとして崇められた。

 

 そして宝虫の巣のジャムを水を張った小鍋に入れていった。

 

 例えば、酒。

 神に供える物としては欠かせないし、殺菌作用もある。

 

 スプーンで何匙か酒を加えていった。

 

 例えば、塩。

 厄除けや身を清めるために用いられる風習がある。

 

 …ついでに砂糖も加えた。

「効き目が薄そうだから量も多めに。」

「メチャクチャ適当だな!?」

「他には、ハーブだとか。生き物の内臓だとか。これらに火の力を加えれば……。聖水の完成じゃ!」

「霊が来たわ!」

「ファリン!」

 杖を構えたファリンが霊を追い払っていく。。

 だが次々に壁をすり抜けて霊はやってくる。あまりの数にファリンは息切れしていた。

「聖水を詰めた瓶はしっかり密封する。」

「密封!? 使わないのか!?」

「まあ待て。ヒモで縛って…。」

「センシ! 早く!」

 そして、センシは、瓶詰めの聖水を縛っているヒモを握り、振った。

 すると霊は切り裂かれるように散っていった。

「すごい!」

「あんなんでも効き目あるのかよ…。」

 そしてセンシが次々と霊を散らしていき、やがて霊はいなくなった。

「し、霜ついてる。」

 霊を退け終えた聖水は、霊の冷たさによって霜がつくほど冷えたようだ。

 そして。

「む、これは…、アイスができたな。」

「まあ、壁をすり抜けるんだし、瓶詰めでも関係ないのかもな。」

 ただまき散らすよりは効率的なのかもしれない。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 取り皿に凍った聖水のソルベをとりわけた。

「霊に触りまくった物なんか食べて平気なのか?」

「あんな力の強い聖水を口に入れるのも問題ありそうな…。」

「美味しい。」

「あっ! ちょ、ファリン!」

 ファリンが警戒無く一口食べたのでマルシルが声を上げた。

 ファリンが先に食べたので、他の面々もソルベを口にした。

「ほんとだ。美味しい。」

「すごいさわやかな味。」

「あまり恨まれずに除霊できたみたいだな……。」

「うんうん。」

「そういえば、生き物の内臓って何を入れたの?」

「スライムを削って入れた。」

「だからちょっとプルプルしてるのかなぁ? 舌触りをまろやかにしてくれてる。」

 ファリンは、そこまで言って、ソルベを見つめて俯いた。

「……兄さんにも食べさせてあげたかったな。」

「何言ってんのファリン。」

「そうだぜ? 帰り際にまた食えるかもしれないぞ?」

「…そうだよね。うん…。」

 

 まあできたら食べないに越したことはないのだが…、っというのが、マルシルとチルチャックの本音ではあった。

 




この回はどうするか結構悩みました。
ファリンがいることで霊の心配はないということにすべきか、あえて手作り聖水のソルベを作るように話を変えるか。
結局、ファリンの魔力をセーブする意味で手作り聖水を作ることにしました。

さすがにライオスほど口が滑ることはありませんでした。ただし、ブラコンが振り切ってます。


次回は、生ける絵画。



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第十一話  絵に描いた餅

生きる絵画編。

これ、悩みました…。

でも結局は、ほとんど原作通りです。


 

 

 霊の群れを撃退した後、さらにファリン達は前進した。

 やがて扉にたどり着いたが、扉は閉まっていた。なぜかこの扉、開けても次には閉まっているのだ。

 チルチャックが解錠作業をしている間に、ファリンは悩んだ。

 っというのも、ここまでほとんど休まず進んできたのだ。そろそろ休憩が必要だ。

 しかし…、そうもいかないのだ。

 その時、ぐーっという腹の虫が鳴った。

「わ、私じゃないわよ?」

「無理もない。今日はまだ菓子しか食っておらんからな。」

 そう、食料がほとんど無いのだ。

 野菜はオークに渡してしまい、パンも残り少ない。あるのは、ボウル一杯の宝虫だけ。

「やはりこの階層には、食える物があまりに少ない。多少は無理をしてでも、地下四階を目指すべきだ。」

「でも…、魔物を倒すには体力が…、でもお腹がすいて倒れてもいけないし…。う~ん…。」

 迷宮の深部で食料を失った痛手はとてつもなかった。それを思い出すと空腹でいるのが恐ろしい。

 すると、チルチャックが解錠を終えた。

 扉が開き、大広間に入った。

 ここは長机が並んでおり、壁にはいくつもの絵画が飾られている。

 その絵画の一つの、女性の絵の目が、通り過ぎるファリン達の方を目で追った。

 ここは、かつて食堂だったのだろうか。シャンデリアもある。

 空腹のせいで、チルチャックが豚の丸焼きに襲われたっていいだろ? なんて冗談を言っていた。

 ファリンは、それを聞いてふと立ち止まった。

「ファリン?」

「襲われ…、ハッ! そうだ!」

 そう言ってファリンは、絵画の方を見た。

 そして次の瞬間、絵画が歪み、シュルリッと触手のようなものがファリンに襲いかかってきた。

「生ける絵画!」

「ちょっと、ファリン!」

 生ける絵画に取り込まれる直後、マルシルの爆発魔法が炸裂し、絵画が溶けた。

「あ……。いいところだったのに。」

「どうしてよ! もうちょっとで取り込まれるところだったのよ!?」

「ブドウを持ってる、この絵。」

 その間に溶けた絵画は元通りに直っていた。

「まさか、ファリン? おまえ絵の中の食べ物を食おうとしたのか?」

「うん。」

「そんなことできるわけないじゃない。」

「絵に描いた餅って言葉知ってる?」

「それが?」

「確かに人は絵に描いた餅は食べられないわ。でも絵に描いた餅を食べる人の絵なら…。」

「絵の中で殺されるのがオチだぞ?」

「それ。それだよ! 絵の中なら、お互いに干渉できるということだよ。」

 熱心に言うファリンに、チルチャックとマルシルは、ため息を吐いた。

「分かったよ。じゃあ、もう好きにしろ。ただし一回だけだぞ?」

「ロープで縛ってやろう。合図があれば、こちらから引っ張る。」

 センシがファリンの腰にロープを巻いた。

「えーと、どの絵にしようかな…。あ、これなんかどうかな? すごいごちそうでいっぱい。」

 少し大きめの絵画には、数名の人間の絵の他に、料理の絵がいくつか描かれていた。

 それを選んだファリンは、早速絵の前に来た。

 そして少し待つと、絵が歪み回転しだした。

「とう!」

 そこへすかさずファリンが飛び込んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そしてファリンは、タイルの床の上に倒れ込んだ。

「痛い…。」

 

「あなた…。」

 

「ハッ!」

 声をかけられてファリンは、ハッとし杖を構えた。

「その杖…、あなた魔術師さん?」

「…えっと…。」

 エプロンをつけた女性に声をかけれ、ファリンは、警戒しつつ言葉を選んだ。

 だが女性から突然果物がのった皿を渡された。

「えっ?」

「さっ、これを運んで! まったく人手がいくらあっても足りやしない。」

 女性に急かされファリンは、言われるまま果物を運ぶ。

 果物は新鮮そうで美味しそうだった。たまらずつばが湧いてくる。

「こっち、こっち。ボヤッとしてないで!」

「えっ、あ、はい…。」

 言われるまま入った部屋には、褐色の肌のエルフの子供と、赤ん坊を抱いた女性と、立派なマントをまとったひげの男性がいた。

「見ろ。この利発そうな顔を!」

「鼻の形があなたそっくり。」

「いずれ立派な国を築くだろう。」

 そう言ってマントの男性は赤ん坊を愛おしそうに抱いた。

 ファリンは、そんな彼らの会話を後目に持っている果物に釘付けになっていた。

 辛い。空腹が…。

「なに、ぼうっとしてるの! 早く次を運んでちょうだい!」

「あ、あの…一口…。」

「よおおおし!」

 マントの男性が大声を出した。

「デルガル! お前の名は、デルガルだ!」

 どうやら子供の名を決めたらしい。

「ははは。デルガル。善き王になれよ!」

 デルガルと名付けられた赤ん坊を抱いて、マントの男性と、褐色の肌のエルフと母親らしき女性が笑い合った。

 その雰囲気はとてもじゃないが…。

「だ、ダメ! とても食べられない!」

 耐えきれなくなったファリンは、元来た道を走って戻り、ロープを引っ張った。

 そしてロープが引っ張られ、絵の中から帰還した。

 

 

「どうだった?」

「あの…えっと…、とてもじゃないけど、食べられる雰囲気じゃなかったの。」

「雰囲気? 雰囲気の問題!?」

「雰囲気がそんな状態じゃなかったっていうか…。あー、もう。お願い、もう一回!」

 ファリンは、立ち上がって別の絵を選ぶことにした。

 ファリンの様子にマルシル達は顔を見合わせた。

 そして、宴会を行っていると思われる絵を選び、再び飛び込んだのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 今度は、机の上に落ちた。

「この馬鹿酔っ払い!」

 途端、箒で頭を叩かれた。

「王の御前でなんて真似を! さっさと降りるんだよ!」

 怒鳴られ、ファリンは慌てて机の上から降りた。

「よいよい。」

 すると、マントを身につけた男性…いや、前の絵とは違う男性がやってきて声をかけてきた。

「今日は私の結婚式。多少羽目を外すのは許してやってくれ。」

「しかし、デルガル様。」

 その名前を聞いてファリンは、アッと気づいた。

 さっきの絵の赤ん坊の名前だ。

 その赤ん坊が成長した姿なのだろう。

 っということは、ここは、過去の迷宮…、黄金城の映像なのだろうか?

 ファリンは、解放され、突き飛ばされた。

「デルガル!」

 横を通り過ぎる間際に、デルガルと同じ種類のマントを身にまとった老人がいた。

「父上!」

 ファリンは、振り返らず少し立ち止まった。

 父上と言うことは、老人の正体は、先ほどの絵の中にいたあの赤ん坊のデルガルを抱いていたひげの男性だろう。

「おまえが立派に育って、わしは嬉しい。」

「誰か、私にも酒を。」

「ああ、いかんいかん。そんな安酒よりもこっちを飲め。」

「この国の未来に…。」

 そう言って笑い合い、乾杯をする親子。

 ファリンは、料理を見つけ、さっそくと、手を伸ばした。

 だがその直後…。

 悲鳴が上がった。

 見ると、デルガルの父親が吐血していた。

 どうやら酒に毒が仕込まれていたらしい。

 宴会場はたちまち大騒ぎとなり……、また食べられる雰囲気じゃなくなった。

 その時、ファリンの横を、あの褐色の肌のエルフが通り過ぎていった。

 ファリンは、そのエルフを目で追った。

 エルフの子供は倒れてしまったデルガルの父親の傍に膝をついていた。

「あのエルフ…、さっきの絵に…。」

 ファリンは、片っ端からパンや果物を抱えながらそのエルフを見ていた。

 その時、ロープが引っ張られた。

 

 

 そして絵の中から帰還した。

「見て! 今回は料理を持ってき…、あれ?」

「何もないじゃないか。」

「そんな…、じゃあ絵の中でないと食べられないのかな? もう、こうなったら是が非でも食べないと!」

「ファリン…。」

 そしてファリンは、別の絵を選んだ。

 今度の絵にも料理が並んでいる。

 その絵に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 今度の絵では、うまいこと椅子の上に落ちて座ることになった。そして目の前には料理。

 周りを見回すと、どうやら戴冠式のようだ。

 デルガルが冠を被っている。

「この国と民が未来永劫栄えることを祈って……。」

 そしてデルガルが大きな杯からワインを飲んだ。そして机についている他の人間達も続いて杯からワインを飲んでいった。

 ファリンは、慌ててそれに倣って杯からワインを飲んだ。

「あ、…美味しい。」

 ファリンは、勢いづき、料理を口にした。

 空腹もあって、料理の味が舌に、腹に染み渡る気がした。

 絵の中なので絵の具の味がするかと思ったが違った。本物のごちそうの味だった。

 ガツガツと食べているファリンに、周りの目が集まるが、ファリンは、食べることに夢中で気づかなかった。

 そしてついでにお代わりまでした。

 そして満腹になった。

「はあ…。お腹いっぱい…。」

 お腹をさすっていると、視線を、やっと感じた。

 見ると、黒いローブ姿の褐色の肌のエルフがこちらを見ていた。

「あなたは…。」

 何度か見た姿。

 そう、あの褐色肌のエルフだ。

 デルガルが産まれたときから、そして今、王の戴冠式の時までずっといる。

 すると、褐色肌のエルフは、ファリンに片手を伸ばして首元に触れてきた。

『お前……、城の者ではないな?』

 恐ろしい響きのある声が耳を突いた。

『何をしている? 王子の誕生の日や、結婚式にもいたな?』

 ファリンは、慌ててロープを引っ張った。

 早く、早くしないと…っと焦る気持ちがわき上がる。

『何が目的だ? 王座を狙う者か? ……このまま消し炭にしてやる。』

 ファリンに触れている手から炎が発生した。

「あ…! きゃあああああああああ!」

 炎がファリンを包み込もうとしたとき、ファリンは絵から引っ張り出された。

 ファリンが引っ張り出された直後、絵からボッボッと火が出た。

「絵が…。」

「~~っ。」

 ファリンは、慌てて自分の体を触った。どこも焦げてない。それを確認してホッと胸をなで下ろした。

「何があったの?」

「えっと…、えっと…。怖かった…。」

 ファリンは、ポロポロと泣き出していた。

 マルシル達は、驚きファリンを慰めた。

 すると、ぐ~っとファリンの腹の虫が鳴った。

「あれ? あんなに食べたのに、お腹に溜まってない!」

「やっぱり、絵に描いた餅じゃねーかよ! 時間返せ!」

 

 結局、徒労に終わったのだった…。

 

 しかも、ここでファリンは、空腹と恐怖のせいで大きな見落としをすることとなるのだった。




今回は、ご飯無し。

空腹と恐怖で、絵画の中で起こっていたことを見落とすという設定にしました。

次回は、ミミック。


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第十二話  ミミックの塩茹で

原作通り、チルチャックが中心。



 

 生ける絵画が並ぶ広間をあとにし、進んでいくと厨房らしき場所にたどり着いた。

 隣の部屋には、水が汲める場所もあり、そこで一息つくことにした。

「お前が絵で遊んでなければ、今頃四階へ着いていただろうに。」

 センシに言われファリンは、シュンッと落ち込んだ。

 そんなファリン達を後目に、チルチャックは、別の部屋にある木箱に気づいた。

 

 あれ…、ミミック(魔物の擬態)じゃね?っと思った。

 

 あの木箱は、以前通ったときには無かったモノだったからだ。

 チルチャックは、ミミックには、何度となく苦渋をなめさせられていた。

 まだ新人だった頃。何度となく殺されたのだ。

 そのためミミックに対してとてつもなく注意深くなっている。

 しかしチルチャックは、ミミックのことを伝えなかった。

 なぜなら、今の自分達は食料をダンジョンの魔物で補給している。ミミックと知れれば真っ先に食べようということになるだろう。そして箱を開ける係は、当然チルチャックの領分だ。ミミックを嫌うチルチャックとしては、それだけは避けたかったのだ。

 ミミックは、箱などを殻とするデカいヤドカリみたいな魔物だ。大きさによって選ぶ殻にする物も違い、当然だが大きければ大きいほど大きな殻となる物が必要となる。箱であったり、棚であることもある。大きさ=ミミックの強さといえるかも知れない。

「今日は、ここで休んでいこう。…チルチャック? 聞いてる?」

「ん…、ああ…。」

 こうしてミミックがいる部屋の隣の部屋で寝泊まりすることになった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 皆が眠り、チルチャックが見張りをしていた。

 すると腹の虫が鳴る。

「空腹に弱くなってんな…。」

 二日くらい食べなくても平気だったのにと思いながら、袋の中から水を入れる革袋を取りだした。

 そして水を飲もうとしたが、中に入っていた水は無くなっていた。

「おい、どんくさ。隣で水汲んでくるから起きろ。」

 チルチャックは、マルシルを起こした。

「んが…? ん…、一緒に行く…。」

「いらん。すぐ戻る。」

「危ないよぉ…。」

 熟睡状態から起こされたため眠り心地状態のマルシルを残し、チルチャックは水を汲みに行った。

 

 

 隣の部屋にある水汲み場に革袋を突っ込み水を補給する。

 そして満タンになった革袋を抱えて戻るところだったが、チルチャックは、ふと立ち止まった。

 チルチャックの目先の床の上にコインが一枚落ちていた。

 そのコインは、ゆっくりと床を移動する。コインが移動するなんておかしいが、コイン虫なのだからおかしいことはない。

 チルチャックは、それを目で追いながら、足を進めた。

 この辺りに巣があるのなら何匹か捕まえれば腹の足しになると考えたからだ。

 チルチャック的に、コイン虫は、結構好きであった。

 他の宝虫ほど凶暴ではないし、何より通貨そっくりってのが洒落ていると思っていたからだ。

 やがてコイン虫がミミックのいる部屋に入っていった。

 ギョッとしたチルチャックは、コイン虫を追いかけて部屋に入ってしまった。

 その瞬間、ガコンッという音とともに、背後の出入り口が鉄格子で閉じられた。

「ばっ……!」

 チルチャックの体重は軽いが、水を満タンにした革袋の重さがプラスされてしまって仕掛けを動かしてしまったのだ。

 慌てて鉄格子の方へ行き、鉄格子の隙間から外の壁に手を伸ばすが、小柄であるため手足も相応に短いチルチャックでは、開閉の仕掛けには届かない。

 大声を出すか? いやそれでは他の魔物を呼び寄せて寝ている仲間が危険にさらされる。

 自分が戻らなければ、起こしておいたマルシルが……、気がつくとは思えなかった。

 実際、マルシルは、座ったまま寝ていた。

 チルチャックは、深呼吸をして、冷静さを取り戻した。

 閉じた扉を開けるのは、お前の仕事だろうが!っと心の中で自分に喝を入れる。

 この手の扉は仕掛けを解けば開く。

 ミミックは、触らなければ大丈夫だ。

 変な装置が動く音も聞こえないので、時間制限はないと思われる。

 チルチャックが周りを見回すと、壁にいくつか押し込めるレンガがあるのを見つけた。

 そして床に槍が飛び出す仕掛けも見つけた。

 問題は……。

「このプレートの文言が鍵なんだろうな…。」

 大きな棚の斜め上にある壁のプレート文字が読めなかったのだ。

 古代語はマルシルなら読めるが、ここにはマルシルはいない。

 しかしどこかで見覚えがある。

 部屋のスイッチは、三つ、それを順番に押していくのだろうが……、それが分からない。

 チルチャックは、ハッとした。

 ミミックの箱のところにももう一つスイッチがある。だがミミックが邪魔だ。

 部屋の中に何かヒントはないかと見回したが、ない。

 適当に押せばスイッチの下にある槍で串刺しだ。チルチャックの体格ならば回避できそうだが危険である。

 チルチャックは、腕組みして考え込んだが…結局名案は浮かばず、頭を抱えて棚の上に座った。

 もう、夜が明けるまでジッとしておくしかないかと諦めた。

 はあ…っとため息を吐いたチルチャックは、気づかなかった。

 自分が座っている棚の戸が音も無く開き、そこから大きなミミックのハサミが出ていることに。

 そのハサミがゆっくりとチルチャックの足を挟もうと動く。

 その時、チルチャックが気づいた。

「! そ…!? っち、かよ!」

 挟まれる直後チルチャックは足をどけて難を逃れた。

 ガタンッとミミックが入っている棚が後ろに斜めに倒れたため、その後ろにあったスイッチにチルチャックがぶつかった。

「しま…っ。」

 そして次の瞬間、ミミックの下にあった槍の罠が作動し、ミミックが打ち上げられ、そしてチルチャックは跳ね飛ばされた。

 床に転がったチルチャックは、助かったと思ったが…。

 やがて槍の罠が元に戻り、ミミックが床に降りた。

 頑丈な棚であったため、中のミミックに刺さらなかったのだ。

 ミミックがものすごい勢いで足を動かしチルチャックに迫ってきた。

「頑丈だな、おまえ!」

 逃げるチルチャックの脳裏を、ライオスのうんちくがなぜか過ぎった。

 ミミックは、ひっくりかえすとバタバタして可愛いよ、とか。ひっくり返すとオスかメスかわかるよ、とか。どうでもいい雑学ばっかりだ。

「ひっくり返すって…、無理だろ!」

 部屋の中を逃げまわるチルチャックは、部屋の隅にあるスイッチの下に追い詰められた。

 背後からミミックが迫る。

「ええい…、いちかばちか!」

 チルチャックは、背中を壁に押しつけ、スイッチを押した。

 途端、床から槍の罠が発動し、チルチャックの眼前に迫っていたミミックが槍によってひっくり返され、チルチャックは槍を逃れたものの左頬を切った。

 やがて槍が引っ込み、ミミックがひっくり返って一時的に止まった。

「いってぇ…、今の騒ぎで誰か助けに来てないかな…? っ…。」

 ヨロッと歩いていたチルチャックは、気づいた。

 ミミックだと思っていた木箱の方が空っぽだったことに。

 腹が立ったチルチャックは、木箱を蹴った。

 すると箱が開き、中にあの時のコイン虫が入っているのを発見した。

「あ…? この文字…。」

 チルチャックは、コイン虫を手に取ってそこに書かれている文字を読んだ。

「これが…プレートの文字か! これならなんて書いてあるか知ってるぞ!」

 チルチャックがそうしている間に、ミミックの棚から足が出て、徐々に立ち上がろうとしていた。

「いそげっ!」

 コイン虫にはこう書かれてあった。

 

 何度日が昇り。

 

「東!」

 

 月が沈んでも。

 

「西!」

 

 不動の星のように。

 

「北!」

 

 未来永劫、幸いの風あらんことを。

 

 その時、ミミックが元に戻って再びチルチャックに迫ってきた。

「わーーー! 南、南!」

 そしてチルチャックは、最後のスイッチを押した。すると鉄格子が開いた。

「ひいいいい!!」

 チルチャックは、出口目指して走った。

 その後ろをミミックが追う。

 チルチャックは、仕掛けのタイルの上を跳び、出口を超えた。

 その後ろを追っていたミミックが床のタイルのスイッチを押しこみ、途端、鉄格子が落ちてきてミミックの体部分を押しつぶした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「チルチャックが戻ってこないんだってば!」

 ようやく異変に気づいたマルシルがファリンとセンシを起こしたところだった。

 そして彼らは気づいた。

 床に倒れているチルチャックと、鉄格子で潰されて絶命しているミミックに。

「チルチャック! ごめん。ごめんね!」

「…生きてるって…。」

 駆け寄ってきたマルシルに、倒れていたチルチャックが言った。

「これは…。」

「あなたがやったの? チルチャック?」

「でかしたぞ!」

「…どうも。」

 そして鉄格子の仕掛けを開け、死んだミミックを引っ張り出した。

「立派なミミックだわ。」

「ミミックのう。調理するのは、初めてじゃ。」

「当然のように食おうとするなーーー! 毒を持ってるかもしれないのに!」

 食べる気満々のファリンとセンシに、マルシルが叫んだ。

「だいじょうぶだよ、マルシル。迷宮グルメガイドによるとね、ミミック自体に毒はないの。食べた物によっては、有毒なこともあるみたいだけど。消化器系を取り除けばだいじょうぶじゃない?」

「うむ。」

「大丈夫な点が聞こえなかったんだけど!」

「諦めろマルシル。あいつらに何を言っても無駄だ。」

 チルチャックは、破れた皮の装備を縫いながら言った。

「だが、今回ばかりは俺は絶対に食わないからな。」

 ミミックにトラウマがあるチルチャックは、ミミックを食べるのを拒んだ。

 そして、ミミックがハサミ、足、胴体と解体された。

 大鍋にたっぷりの湯を沸かし、塩を振り入れる。

 そこにミミックを投入し、蓋をして十分に茹でたら…。

「完成じゃ!」

 茹でミミックの完成。

 

 そして実食。

 

「うーん。スプーンが入らない。フォークも無理だわ。」

「柄を使ったらどうだ?」

「ダメ。身が奥に押し込まれちゃう。」

「そうだ。チルチャック。あれを貸してくれ。」

 センシがチルチャックに言った。

「あれ?」

「ほれ、いつも身につけている。……ピッキングツール!」

「ば…! 馬鹿じゃねーの!?」

 顔を青ざめさせたチルチャックが腰に付けているピッキングツールを押さえた。

「イヤだ! それは絶対にイヤだ!!」

「煮沸消毒すれば、だいじょうぶじゃ。」

「そういう問題じゃねーよ!」

「ごめんね。チルチャック。ちゃんと洗うからね。」

「馬鹿野郎! やめ、やめろーーーー!!」

 センシに押さえつけられ、ファリンにピッキングツールを奪われた。

 そしてピッキングツールの一つでミミックの足から身がほじくり出された。

「ほら、チルチャック。」

 その身をチルチャックに渡した。

 げっそりした顔をしたチルチャックは、ピッキングツールの一つに絡めとられたミミックの身を口に入れた。

「……すっげぇ…、うまい…。」

 チルチャックは、膝を抱え、弱々しい声で言った。

「ホント美味しいね。すごい弾力。噛むほどに味が染み出てくる。」

「ミソは、背と腹の身を一緒に食べると旨そうだ。」

 センシがほぐした身を、胴体にあるミソに混ぜて食べた。

「…? そうでもなかった。」

「ヤドカリ科の中腸線(ちゅうちょうせん)は、マズイって兄さんから聞いたことがあるわ。」

 たっぷりあるミソだが、ヤドカリであるミミックのミソはあまり美味しくなかったようだ。

 マルシルは、空腹も手伝ってほとんど抵抗なくミミックを食べていた。

「でも、どうしてミミックのこと黙ってたの?」

「……ミミックにはいい思い出がないからな。」

 マルシルからの問いに、チルチャックは答えた。

「関わらず過ごせるなら、それに超したことはない。とにかく色々と判断が鈍ったな。あいつに宝虫が食われると思って焦った。」

「えっ? 違うよ。」

「はっ?」

「ミミックは、宝虫は食べないよ。むしろ宝虫がミミックを食べるんだよ。」

 つまり、宝虫は、ミミックに卵を植え付けて、捕食して増え、一見すると宝箱に詰まった宝物のように見せかけて冒険者に見つけてもらって新天地を目指すのだ。

 それを聞いたチルチャックは、頭を抱えた。

 結局自分の心配損だったのだ。

「怖い思いして、かわいそうだったね。」

「やめろっつてんだろ!」

 マルシルに頭撫でられ、チルチャックはその手を払いのけた。

「だって年齢教えてくれないんだもん。仲間に隠し事すると損するって学んだでしょ?」

「ぐ…。」

「今、何歳なの? 教えてよ。」

「……こ…。」

「こ?」

「今年で…、二十九歳……。」

 それを聞いてちょっと場が静かになった。

 やがてマルシルが呆れた声を漏らした。

「なーんだ、普通に子供じゃん。」

「そこまで幼かったのか、お前。」

「お前らこそ、いくつなんだよ!?」

「……チルチャック…さん?」

「やめろ!」

 

 種族によって外見年齢と実年齢が一致しない。それがこの世界である。




ヤドカリは、食べたことがないから味は分からないけど、蟹やエビに近いんでしょうかね?
あの大きさで大味にならないのが不思議だ。

それにしても、マルシルとセンシの実年齢が気になる。いったい何歳?

次回は、ケルピー。


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第十三話  ケルピーの石けん

書いたら、上げる。これでいきます。いや、もうやってるんですがね。

ファリンが水上歩行の魔法が使えるのは、捏造です。
マルシルが回復が使えるんだし、たぶん使えるんじゃないかな?


 

 ミミックを食べた翌朝。

 ファリン達は、水汲み場で顔を洗ったり、歯磨きしたりしていた。

 ダンジョン内とはいえ、生活習慣はしっかりしておかなければならない。

「あー…、そろそろ髪洗いたいな~…。」

「いいこと教えてやろう。刈ればすっきりするぞ。」

「またそんな意地悪言うんだから。」

「魔術的に髪の毛は大切だもんね。」

「ファリンも洗いたいでしょ?」

「私は、まだだいじょうぶ。」

「センシだって、おヒゲ、洗いたいでしょ?」

 マルシルがセンシに話をふった。

 センシは、黙ったまま、少しの間静寂がおとずれた。

「いつから洗ってないの!? 結構前から気になってたけど!」

 マルシルがセンシにつかみかかって聞いた。

 センシは、嫌そうに目をそらした。

 言われてみれば、センシのヒゲは、黒茶色で妙な光沢がある…。

「そんなヒゲだと、補助魔法が効かないかもしれないわよ?」

「それはありがたい。」

「センシ。この先は、補助魔法がないと進めないんだよ? 洗わないと…。」

「けっこうだ。」

 ファリンの言葉にもセンシはすげなく断った。

「そだっ。私、いい石けん持ってたんだ。それでおヒゲ洗って、三つ編みにしてあげる!」

 そう言ってマルシルは、荷物入れを漁った。

 そこで気づいた。

「あっ! そうか、あのとき…! そんなぁ、高かったのに~~!」

 その高い石けんは、レッドドラゴンと戦って、脱出した時に他の荷物と一緒に置いてきてしまったのだ。

 マルシルは、泣いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、ファリン達は、ついに地下四階に着いた。

 地下四階は、岩盤からあふれ出た地下水が湖を形成しており、ほとんどが水没している。

 魔力を含んだ水は、ほのかに発光しており、水の底にある城下町を幻のように映し出している。

「センシは、普段どうやって四階を探索してるの?」

「この周囲で釣りをしたり、罠をかけたり…、その程度だな。お前達は、どうやってこの先に?」

「ふふふ……。もちろん魔法の出番!」

 マルシルが杖を取り出した。

「ぬ!?」

「これをこうやって。」

 マルシルは、杖の先で自分の足をトントンとした。

 そして水の上に跳んだ。

 すると、水の上に足が僅かに浮き、立つことができた。

「水上を歩いていくってわけ。」

 これが地下四階で必需となる、補助魔法だ。

「い……。」

「い?」

「いやじゃあああああああああああああ!!」

 センシが叫び、イヤじゃイヤじゃと丸太を束ねてできた足場の上でだだをこねた。

「こりゃダメだ。縄をかけて引っ張ろう。」

「ううん。やっぱり歩く方が良いよ。鎧で沈んで魔物の餌になったら大変だもの。えい。」

「やめろーーー!!」

 ファリンがすかさず杖でセンシの額を叩いて補助魔法をかけた。

「わかんないな。何がそんなに嫌なのか。魔法だって苦労がないわけじゃないのに。」

「…お前達は呪(まじな)いにたいして軽率すぎる。それこそわしには分からん。」

 そしてセンシとマルシルは、お互いにソッポを向いた。

「まあまあ。過ぎたことは仕方ないよ。案外気に入るかもしれないよ? ほら。」

「ぬわっ!」

 ファリンに押され、センシが水の上に膝をついた。

 すると、少しだけ浮いていたが…徐々に沈んでいった。

 それを見たファリン達は大慌てでセンシを引き上げた。

「なに!? なんでこんな効き目が悪いの!?」

「あれ? かけ間違えたかな?」

「見てたもの、そんなはずないわ。げっ! 何コレ! 絶縁体!?」

 マルシルがセンシのヒゲに触って原因を突き止めた。

「うわ…、これって…色んな魔物の脂や血? すごい染みこんでる…。」

「イヤっ! 洗い流して、早く!」

 センシのヒゲの色と光沢の正体は、今まで狩ってきた魔物の脂と血だった。まあ上半身を覆うほどのヒゲなのだ。返り血は防げないだろう。

「これは、水洗いじゃ…無理だよ。」

「必要ない。」

 センシは立ち上がった。

「わしは、わしのやり方で水上を渡る。」

「えっ!?」

 ファリン達は、センシの言葉に驚いた。

「……船? 船作る気?」

「一瞬で藻屑だぞ?」

「もしかして、すごい考えがあるの? 魔物を使って船を作るとか?」

 心配するマルシルとチルチャックとは反対に、ファリンは、ワクワクしていた。

「見ておれ。」

 そう言ってミミックの殻を水面に浮かべた。

「? 何してるの?」

「シッ。」

 すると…。

 水面が波打ち、やがて美しい馬が現れた。

「ケルピー(水棲馬)!」

「危ない、下がって!」

「大丈夫じゃ。害はない。アンヌは、いつも釣りをしていると寄ってくる馬でな。」

「アンヌ…。」

「蒔いた魚の内臓や骨を目当てにな。大人しい奴だ。」

「魚なんか食べるんだ。」

「雑食の魔物なんだね。」

 センシは、ミミックの殻をケルピーにあげた、ケルピーは、殻をくわえてかみ砕いた。そんなケルピーの鼻先をヨシヨシとセンシが撫でる。

「以前からこいつで湖を渡れないか考えていた。」

「ええっ!?」

「ミミックの殻を使って、うまく誘導すればできないだろうか。」

「そ、そ、そんなの! すっっごくステキじゃない!」

「反対だわ。」

 顔を赤らめ興奮するマルシルとは反対に、ファリンは、冷静に反対の声を上げた。

「そのケルピーの内臓で浮き輪を作った方がまだいいと思う。」

「なんてこと言うの!」

「ひどい奴だな、おまえは!」

「魔物は危険よ。特に愛嬌のあるのは。昔兄さんもケルピーに懐かれて、背中に乗って…、うっかり水中に引き込まれそうになったわ。あのときは、私が助けたけど、危ないところだった。魔物の本心は人には分からないわ。」

「それは、そのケルピーのことをよく知らんかったからじゃろう。アンヌは、ゴーレムと同様長い付き合いだ。お前よりよほどよく知っておる。」

 そう言ってセンシは、ファリンの忠告を聞かなかった。

「どうして…、みんな哺乳類には甘いのかな? 人食い植物には反対してたのに…。」

「それ、なぜだか本当に分からないのか?」

 ファリンの呟きに、チルチャックがツッコミを入れた。

 そしてセンシが、ケルピーの背中に乗った。

「いくぞ! アンヌ!」

 そしてケルピーが水面を走り出した。

 水中に向かって…。

「センシーーー!!」

 マルシルとチルチャックが悲鳴をあげた。

 ファリンは、素早くロープを自分の腰に巻いた。

 水中では、本性を露わにしたケルピーがセンシに襲いかかっていた。

「マルシル!」

 ファリンは、背負っていた剣を抜き、そしてロープをマルシルに託すと水に飛び込んだ。

 水中では、ミミックのハサミの殻を盾にセンシがケルピーから身を守っていた。

 ケルピーの歯がミシミシと殻を砕いていく。

 そしてかみ砕かれようとしたとき、水に飛び込んだファリンがケルピーの背中に剣を突き立てた。

 ケルピーが暴れる。

 センシは、一瞬驚いたが、すぐに我に返り、ミミックのハサミの殻の先をケルピーの首に向けたのだった。

 

 そして、水面に血が広がった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ファリンと共に陸地に上がったセンシは、しばらく座り込んだままだった。

 ちなみに、陸地の置いたあの動く鎧の剣からは、水がピューと出していた。

「危なかった…。言ったでしょ…? センシ…。魔物の本心は分からないって…。」

 マルシルに助けられながら陸地に上がったファリンは、センシに言った。

 水面には、首を裂かれて水に浮かぶアンヌ…、ケルピーの死体があった。

「……背中に乗るのを待っていたと? 襲うことならいつでもできただろうに……。」

「う~ん…。成功率かな? それとも、そういう習性なのかなぁ? 魔物の考えていることは分からないわ…。」

「分からん…。さっぱり分からん。」

 ファリンとセンシは、そう会話した。

 立ち上がったセンシは、斧を手にした。

「あんなに可愛がってたのに、食べるの!? 信じられない…。」

 マルシルが声を上げた。

「手伝う?」

「いいや。わし、一人でやる。」

 センシは、ファリンからの申し出を断った。

 そしてセンシは、一人でケルピーの解体を始めた。

 そんなセンシの様子を見ていたマルシルが、声をかけた。

「ねぇ…、脂身の部分を少しもらっていい?」

「? どういう風の吹き回しだ?」

 そして、センシは、背脂の部分を切り取り、マルシルに渡した。

 脂身を受け取ったマルシルは、タイル部分の陸地に行き、魔法陣を書いて火を起こした。

 そこに小鍋を置き、脂身から油を出す。

 その間に、灰と水を別の鍋に入れて、混ぜ合わせる。

 油、オリーブ油、濾過した灰汁(あく)を少しずつ加えて、木べらでかくはんする。

 そして、木べらから落とした液体がアトを残すようになったら、型に入れて…、冷ます。

 マルシルは、センシからミミックの殻をもらい、小鍋にできた液体を入れた。

「なんだ、これは?」

「センシが嫌がる物かもね…。」

 

 そうして、できあがったのは、ケルピーの石けんである。

 

「…っても、本当に完成させるなら、月や年単位寝かせたいとこだけど。これ、センシにあげる。」

 マルシルは、殻に入った石けんをセンシに差し出した。

「ケルピーの脂は、髪油(かみあぶら)に重宝されてるの。服とか食器とかを洗うのにも使えるから…。」

「…今すぐ使えるのか?」

「まだまだ鹸化(けんか)の途中だから、どうかな?」

「使いたい。苦労して作った物なのだろう?」

「! …分かったわ。」

 そして、石けんを使うことになった。

 まず頭から水を被り、濡れたセンシの髪の毛とヒゲにケルピーの石けんをつけてもみ洗いする。

 しかし、泡立たない。

「やっぱ泡立たない! 石けんだか、ヒゲのせいだか分からないけど!」

「頑張れ、マルシル! おまえの技術ならできる!」

「私の技術じゃないから!」

「私も手伝う!」

 マルシルとファリンの二人がかりでセンシのヒゲを洗った。

 しばらく洗い続けると…、フサフサゴワゴワだったヒゲが髪の毛と共にぺたーっと伸びた。

「こ、これ…、この先ずっとこのままなのか? 戻るよな?」

 チルチャックが今のセンシの姿に恐れおののいた。

「あとは! 火の前で! しっかりクシを入れつつ! 乾燥させて!!」

 そして……。

 

 そこには、明るい茶色のヒゲと髪の毛をフワフワとさせたセンシがいた。

 

 洗って乾燥させてみて分かったことだが、センシのヒゲと髪の毛は、ほとんど一体化するほど長く、上半身を覆い尽くすほど多かった。

「…これで効かなかったら、どうしよう…。」

 っと言いつつ、マルシルが水上歩行の補助魔法をセンシにかけた。

 そして、センシが水面に足を乗せた。

 すると…、見事にセンシは水面に立った。沈むことなく。

「やったぁ!!」

「よかったぁ!」

「これで一緒に先に進めるな。」

「なるほど……、こうしてみると分かったことがひとつ。水上を歩くのは、中々気持ちがいいものだ。ありがとう。マルシル。」

「…うん。」

「……石けんが目に染みるわい。」

 

 こうして、ファリン達は、一日の大半をセンシのために費やしたのだった。

 




作りたての石けんで汚れが落ちるのでしょうかね?
よく分からないけども。

しかし、これだけ綺麗にしても、次回にはもう魔法が効きづらくなっているセンシって……。


次回は、雑炊。
カブルー一行の話は、省きます。


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第十四話  拾った(?)麦で作った雑炊

カブルー一行の話を省いているので、短めです。


 

 

 チルチャックは、ため息を吐いた。

 っというのも…。

 チルチャックの後ろの方では、必死になってケルピーの死体を解体しているセンシと、ケルピーの油で石けんを作り続けるマルシルがいた。

「なんだ、こいつら! ここへ何しに来たんだよ!」

 たまらずチルチャックは、叫んでいた。

「なあ、もう出発しようぜ。」

「だからー! センシに魔法が効かないから苦労してるんでしょうが!」

「馬を丸ごと持って歩けるか!」

 っというのが、言い分だった…。

 チルチャックは、げんなりして黙った。

「もう…諦めてイカダ引っ張ろうぜ。」

「チルチャック。暇なら少し歩かない?」

 ファリンがチルチャックを誘った。

「お前も少しは怒れよ。」

 チルチャックがすかさずツッコミを入れた。

 ファリンは、気にせず、湖の先を指さした。

「あそこに何か浮いてる。人間だったまずいから、見に行ってみよう。」

「ええ…、やだなぁ…。」

 そして、二人は水上歩行の魔法で水面を歩いていった。

 現場に行くと、周りには何か白い物が浮いていた。

「麦だ。」

 それは、麦だった。

「あ、バックパックだ。」

「中身が漏れてる。」

 そして、水に浮かんでいる死体達を見つけた。

「水上歩行が切れかかってる。陸地に引き上げよう。ん? この顔どこかで見た覚えないか?」

「そう?」

 チルチャックとファリンは、浮いている死体を陸地に上げていった。

「コボルトもいるわ。そういえば、三階でも倒れてたわね。」

「なんで先回りされてんだ?」

「兄さん、獣人好きだもんね~。」

「おい…。」

 ファリンは、ルンルン気分でコボルトを陸地に引っ張っていった。

 チルチャックは、ため息を吐きつつ、最後の死体をひっくり返した。

「ギャッ!」

 それは人魚の死体だった。顔が魚の。どちらかというと魚人といった方がいいかもしれない、そんな見た目だ。

「人魚と相打ちになったのね。」

「あーあ。気の毒に…。っ……。」

 するとチルチャックの目がうつろになり、何かに誘われるように動き出した。

「! チルチャック!」

 ファリンが気づいて、チルチャックの耳元で手を叩いた。

 チルチャックは、ビクッとなって正気に戻った。

 

 歌が聞こえていた。

 それは、上半身が人型の人魚の方の歌だった。

 この歌を聴くと、意識を奪われ、人魚の方へと誘われてしまう。そして水中に引きずり込まれるのだ。

 だが、不思議なことに直接危害を加えてはこない。

 

 ファリンは、その歌を上書きするように大声で歌い出した。

 ちなみに、同じ歌である。

 歌っていると、人魚達は、水の中に消えていった。

「ああ…、また最後まで歌えなかった。兄さんに教えてもらったのに…。」

「知らない奴が急に歌を合せてくるって…、相当な恐怖だぞ?」

 

 そして、見覚えがある死体達を陸地に揚げ終えた。

 

「散らばった麦がもったいないなぁ。」

「もらっとけば?」

「じゃあ、もらっちゃおう。」

 チルチャックが冗談めかして言ったことを本気にしたファリンが、水面に浮いている麦を拾い出した。

 やがて、麦を拾っていたファリンが、浮かんでいる死んだ人魚を見つめ出した。

「ダメだから!」

「ふぇ…!」

 後ろからチルチャックに頭を叩かれた。

「まだ何も言ってないよ?」

「亜人系には手を出さないって約束だろ?」

「あじん…。って、なんなんだろう?」

「なんだって?」

「人魚には、二種類いて、哺乳類と魚類がいる。この人魚は、見ての通り魚類の方。卵を産むからヘソや乳首が無いし、エラがある。分類的には牛や豚より人間から遠いと思うんだけど……。」

「ーーーっ…! ダメーーー!!」

 魚類型の人魚の全体図を見て、青ざめたチルチャックが腕でバッテンを作った。

「ねえ、教えて。何がダメなの? 牛はよくて、魚人がダメな理由は…。」

「っ…、気分的にイヤだ!」

「きぶん? …気分なんだね。」

 ファリンを諦めさせる言葉を、なんとか絞り出したチルチャック。その言葉を聞いて、ファリンは考え込んだ。

 そして、なんとか納得し、ファリンとチルチャックは、センシとマルシルのところへ戻った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 戻ってみると、まだ二人は作業を続けていた。

「まだやってら。」

「お腹すいたから、食事の用意をしようか。」

 ファリンは、そう言って、センシの大鍋を借りて、それから火を起こした。

 鍋に水を入れ、そこにさっき拾ってきた麦を入れる。

 そこにほぐしたミミックの身を入れ、さらに刻んだ水草を入れるのだが…。

 チルチャックが気づいた。

「ちょっと待て。それ、人魚の頭に生えていたやつだろ?」

「そうだけど?」

「そうだけどじゃねーよ!」

「これは、完全に植物だよ?」

 根っこはあるが、これは、植物本体を固定するための物で、そこから養分を吸うことはない。

 魚類型の人魚は、この水草を用いて擬態しているのだ。

 水草が無ければ、もっと魚に近い姿をしていただろう。

「これでも気分的にダメ?」

「……分かった分かった。好きにしろ。」

「ありがとう。」

 観念したチルチャックに、ファリンは笑った。

 その無邪気な笑顔に、チルチャックは、ため息を吐いた。

 

 そうして、できあがったのが、拾った大麦で作った雑炊だった。

 

「マルシル、センシ。ご飯にしよう。」

「もうそんな時間か。」

「えっ? ファリンが作ったの? あら、麦じゃない、どうしたのこれ?」

「そこで死んでた冒険者の所持品が落ちてたから拾ったの。」

「何やってんの!?」

 チルチャックは、さすがマルシルだと思ったが…。

「ま、作った物は仕方ないけど。」

 っと、マルシルは、すぐにまとめたのだった。

 そして、実食。

「…なんか、プチプチするね? なんだろ、これ?」

「魚卵かのう? 水草についてたんじゃないのか?」

「ふーん。美味しいね。。」

「でしょ? 入れてみてよかった。」

 その会話を聞いていたチルチャックは、固まった。

「ちょっと来い!」

 そう言ってチルチャックが大慌てでファリンの肩を掴んで引っ張っていった。

「あれ、魚人の卵だろ! どうせ魚人は水草に卵をつける習性があるとかなんとか!?」

「えっ…、そうなの? 詳しいね。」

「お前…!」

「どうしたの?」

 様子を見に来たマルシル。

「マルシル…、それ、旨いか?」

「? 美味しいよ。」

 マルシルがそう言って微笑んだ。

 みんなのところに戻ってきた、チルチャックは、げんなりした様子で雑炊を口に入れた。

 味は、普通だ。確かにプチプチはするが…。

「ファリン…、お前本当に知らなかったのか?」

「う、うん…。」

「…まあ、いいや。」

 ヒソヒソと話し、やがてチルチャックは、気分の問題かと無理矢理に完結させたのだった。

 




原作では、チルチャックがライオスにビンタしてますが、ここでは、頭を叩かせました。さすがにビンタは…っと思ったので。

ライオスは、意図的に見えますが、ファリンの場合は無自覚という感じにしたいと思ってます。


次回は、クラーケン。


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第十五話  クラーケンの寄生虫の蒲焼き

三巻で一番書きたかった話。


微妙に原作に無かったシーンとして、クラーケンの身を焼いて食べるシーンがあります。ただし味は……。

あと、ファリンが軽率な行動を取ってます。注意。


 

 水中歩行で、移動していると…。

「うわ! また出た!」

 ヒレが刃となっている魚型の魔物・刃魚(はざかな)が、トビウオのように飛び出してきて襲いかかってくる。

「任せて! 一掃する!」

 マルシルが呪文を唱えた。

「やめろーーー!」

 センシが止めようとしたが、マルシルの魔法完成が早く、爆発が水面下で起こって多くの刃魚が水と共に吹き飛び、降ってきた。

「馬鹿者! 殺しすぎだ!」

 センシが怒った。

 彼曰く、刃魚は、煮てよし焼いてよしの何にしても美味しい魔物だが、他の魔物の糧にもなっているので、減らしすぎはよくないと言うのだ。

 やるなら一匹一匹やれと言われ、マルシルは、無理だと声を上げた。

「そういえば、中型の魔物の姿が普段より少ないような気がする…。」

「ほれ、見ろ!」

「私のせいなの? そんなこと言われたって、手加減なんかしてらんないよ。あっちも殺す気できてるのに。刃魚自体はいつもより多いくらいだよ? 心配することないんじゃない?」

「食えなくなったらどうする!」

「魔物の生態系守って死にたくないよ!」

 

 その時だった。

 

 魚類型の人魚が水の中から跳ねてきた。

 それにぶつかりセンシが倒れた。

「センシ!」

「だいじょうぶ!?」

 魚類型の人魚は、そのまま別の方向へと行ってしまった。

「なんだ、通り過ぎただけか。」

「怪我はない?」

 ファリンが駆け寄るが、センシは、水に倒れたままだった。

「センシ?」

「…何かが近づいてくる。」

「えっ?」

 そして。それは現れた。

 ファリン達を全員吹き飛ばすほどの水しぶきを上げ、巨大なイカ、クラーケンが現れたのだ。

 一度水の中から跳ね出たクラーケンは、再び水の中に潜った、その衝撃で再び吹っ飛ばされた。

「イカ!? いや、タコか?」

「クラーケンだわ! まずいわ…、元々大型の魔物だけど、いつもの数倍大きい! ……兄さんが見たら喜んだだろうな。」

 そんなことを言うファリンに、センシは少し呆れた目を向けた。

「私達が引き付けるわ! マルシル、お願い!」

「分かったわ!」

「また魔法か。」

「安心してよ。これは当てるから。」

 そしてファリンとチルチャックとセンシがクラーケンの囮になった。

「立ち止まらないで!」

 三人は水面を走る。

 しかし、クラーケンの方が早く、三人の前の方に現れた。

 そこを狙ってマルシルが爆発の魔法を食らわせた。

 大きな爆発がクラーケンの胴体に当たった。

「やった!」

 だが、マルシルの喜びはつかの間だった。

 すぐに動き出したクラーケンが足を暴れさせて、ファリン達を吹き飛ばした。

「うそ…! 全然こたえてない!」

 いつもより巨大なクラーケンは、マルシルの魔法でも仕留められなかった。

 センシがクラーケンの足を斧で切りつけたが、表面をちょっと切っただけに終わった。

「ウーム…。武器では薄皮一枚が関の山か。」

 クラーケンの足が暴れ回り、何かがチルチャックの手に落ちてきた。

「ゲッ!」

 それは、魚類型の人魚の頭だった。先ほどクラーケンに食われたのである。

 センシは、浮いている魚類型の人魚が手にしている銛を手にした。

「マルシル。もう一度魔法を頼む。」

「えっ!? あんな大きいの、連発は無理よ!」

「違う。“これ”でいい。」

 そして、センシは、マルシルと共に陸地に上がり、走った。

「本当に本当に、その作戦でだいじょうぶ!? そもそもクラーケン見るのも初めてでしょ!?」

「クラーケンは、知らんが……、イカとタコなら捌いたことはある。」

 

 

 そして作戦が決行された。

「マルシル! 行ったよ!」

 クラーケンがマルシルの方へと移動した。

 そしてその胴体がわずかに水面から出てきた直後を狙って、マルシルが杖を振り下ろした。

「水上歩行!!」

 途端、クラーケンの巨体が水の中から飛び出て、水の上に投げ出された。

 そこにセンシが走ってきた。

「イカ・タコを締める時は! 目と目の間!」

 大きく跳躍したセンシが手にする銛の先端が、クラーケンの目と目の間に深々と突き立てられた。

 暴れていたクラーケンが急に動かなくなり、グニャリッとなって水の上に伸びた。

「ファリン? ファリン! どこ!?」

「ここだよ…。」

 ファリンは、クラーケンの足に絡み取られていた。

 助けられたファリンの周りには、クラーケンの足に絡まっていて、周りに散らばった魚類型の人魚の死体があった。

「このクラーケンが中型の魔物を食べていたのね…。」

「二人とも、ちょっと来い。」

 センシに呼ばれ、ファリンとマルシルがクラーケンをよじ登ってセンシのところへ行った。

「お前達は一度魚介を捌いてみるべきだ。イカ・タコは、ここを抉ると綺麗に締まる。」

 つまり急所ということだ。

「それから…。」

 センシは、少し移動し、胴体の一部を斧で切り裂いた。

「やはり軟骨が通っているな。魔法なら、腹ではなく、頭を狙え。」

「ん? ここが頭じゃないの?」

「頭には、内臓がある。人で言えば胴体だ。」

「あ、そう…。」

 イカやタコの頭は、足と胴体の中間にある。もっと言えば、目と目の間だ。

「イカやタコって…、美味しいの?」

「えっ? ファリン…、食べたことないの?」

「うん。売ってるのも見たことがない。」

「うっそ! すごく美味しいのに!」

 それからマルシルは、ペラペラとイカやタコがどんなに美味しいのかと語った。

「隣町に美味しいお店があるの。今度教えたげるね。」

「今じゃ…、ダメ?」

「……あ。」

 目の前には、じゅるっと涎を垂らしたファリンがいて、マルシルは、自ら墓穴を掘ったことを自覚し頭を抱えた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「わあ! 変なの!」

 巨大な角切りにしたクラーケンの足。吸盤の一つを身ごと角切りにした物を持って、ファリンははしゃいだ。

 なにせデカい。元々大型の魔物なのに、普段の数倍デカいのだから吸盤一つで両手で持たないといけない大きさだ。

「どうやって食べよう?」

「とりあえず塩を振ってみるか。」

「わーい。いただきまーす!」

 センシに塩を振ってもらい、ファリンは嬉しそうにクラーケンの身にかぶりついた。

 ところが…。

「うぇええ!」

「どうした?」

「…臭い……。」

 とんでもなく臭く、それでいて口の中をジリジリと痺れさせるエグミが広がり、ファリンはたまらず泣いた。

「マルシルは、これをあらゆる料理にして食べるって…。」

「違う違う! 変な誤解しないで!」

「ふむ…、では焼いてみるか?」

「それなら…。」

「ファリン…、クラーケンは不味いのかもしれないわよ?」

 ファリンがマルシルの方を見てきたので、マルシルはそう答えた。

「でも、イカやタコって美味しいんでしょ?」

「クラーケンは別って事よ。」

「場所が悪いのかもしれないな。別の部分を試してみよう。」

 そう言ってセンシは、胴体部分に移動し、皮を剥こうとした。

 すると皮の下に何かがモゾモゾと動いていた。

「む?」

 センシが皮を剥いてみた。

 すると、シャアアア!っと蛇のようなモノが飛び出してきた。

 センシは、斧でそれを撃退した。

「寄生虫だ。」

「寄生虫!?」

「わー、すごいすごい! 大きい魔物は、寄生虫も大きいんだね!」

 ギョッとするマルシルとは反対に、ファリンは、死んだ寄生虫を持ってはしゃいだ。

「やだ、気持ち悪い! 捨てて、早く!」

「何を騒ぐ。生物に寄生虫はつきもの。そしてその多くは、料理にも紛れ込んどる。」

「わざわざ言わなくていい!」

「ねえ、センシ。これを料理するってのはどう?」

「やだあああああああ!!」

「そういう考えもあるな。」

「い、や、だ!!!!」

 マルシルは、激しく地団駄を踏んで、嫌がった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして寄生虫の調理が始まった。

 先ほどクラーケンの眉間(?)を突き刺した銛で、寄生虫の頭部分を刺し固定する。

 そして包丁を刺し、ウナギの要領で綺麗に切り裂いていく。

 そして、開いたその身をいくつかに切り分け、串に刺していく。これもウナギやアナゴと同じようにする。

 火を起こし、網の上で焼く。

 半分は塩を振り、もう半分の身には調味料を混ぜたタレを塗っていく。

 ジュージューと落ちたタレが焼け、いい匂いがし始める。

「ああ! 一丁前にいい匂いして、腹が立つ!」

 マルシルとチルチャックが嫌そうに、だが涎を垂らして叫んだ。

 ファリンがセンシの調理を手伝っていたが、こっそりと……、生の身を…。

 そして…。

「完成じゃ!」

 

 ジャイアントクラーケンについていた、ジャイアント寄生虫の蒲焼きと、白焼きの完成であった。

 あと、クラーケンの胴体の身の一部も焼いてみた。

 

 そして実食。

 

 先ほど生のクラーケンで痛い目に遭ったファリンが目をつむりながら、寄生虫の蒲焼きをかじった。

「ーーー美味しい!」

 寄生虫の蒲焼きは、すごくフワフワしており、少々ぬめりがあるものの、肉厚だった。

 ファリンに続いて、他のメンバーも蒲焼きと白焼きを口にした。

「お…、おいしい…。」

「いける。」

「普通の魚とはまた違った美味しさだね。もしかしたら、イカやタコよりも美味しいかもしれないんじゃ…。」

「そんなこと! ……ないよ、多分。」

 マルシルは、自信なさげに反論した。

 そして焼いたクラーケンの身もかじってみた。

「…固い……。」

「む? それにかなりの大味だな。」

「やっぱりクラーケンって不味いの? イカやタコってこんな味なの?」

「違う違う! こんなんじゃないわよ! 誤解しないで!」

「寄生虫は、生で食べてみても良かったし。どんな料理でもいけるのかも?」

「ちょ…! 生で食べたの!?」

「少しだけ。もう死んでるしだいじょうぶだよ。兄さんに味のこと報告したいし。」

 ファリンは、そう言って微笑んだ。

「お…? 魚がクラーケンを食ってるぞ。」

「これで、中型の魔物の数も徐々に戻るじゃろうな。」

 外の湖に浮かんでいるクラーケンの死体に魚が群がってきていた。

「……んん?」

「ファリン? …まさか……。」

「お腹が…、イタタタ!」

「やはりのう。ファリン。お前、大寄生虫の中の寄生虫に当たったな。」

「ええ!? あ…、イタイ! ううう!」

「普通の魚にもよく付く奴だ。捌いているときに見た。」

「そんな……。」

 センシが言うには、人間には寄生しないが、胃に穴を空けるので非常に厄介なのだそうだ。

 こうなってしまっては、虫が胃液で死ぬのを待つしかないという。

「先に、私が死んじゃったら…?」

「時々回復魔法をかけてやったら?」

「もうファリンったら…。」

 ファリンの軽率な行動に、誰も同情はしてくれなかった。

 痛みにのたうつファリンを後目に、センシは、悟りを開いたように思う。

 

 魚人が刃魚を食べ。

 クラーケンが魚人を食う。

 自分達がクラーケンを倒し。

 小魚がその身を食う。

 クラーケンの寄生虫を食ったファリンの胃壁に。

 さらにその寄生虫が穴を空ける…。

 

「生態系を守るとは、少々おごっていたな。最初から迷宮の輪の中に、わしらは、組み込まれていたのだ。」

 

 そうしみじみと語っていた。

 痛みにのたうっているファリンは、何か言おうとしたが、痛みで何も考えられなくなり、そのまま丸くなった。

 

 そしてファリンは、一晩中痛みに苦しみ、時々マルシルに回復魔法を使ってもらいながら苦しんだのだった。

 永遠に続くような苦しみの中、ファリンは誓った。

 二度と寄生虫を生では食べないと……。兄・ライオスにもそう伝えようと。

 




ファリンには申し訳ないが、寄生虫に当たってもらいました…。

ダイオウイカが不味いと聞くので、クラーケンは、どう料理しても不味いかもしれませんね…。
それにしても寄生虫を蒲焼きにするという発想は、すごいと思う。


次回は…、過去話になるか…、それとも飛ばしてウンディーネの回にするか…。
現時点(2018/05/03)では書いてません。


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第十六話  ケルピー肉の焼き肉

ファリンとマルシルの過去話は省きました。

なので、ウンディーネを怒らせた回か始まります。


2018/05/05
 ファリンが回復役だったことを忘れて、一部矛盾が生じたので一部を書き直しました。


 ファリンの食あたりもおさまり、彼女がぐっすり寝ている間に、マルシル達は、これからの段取りを話し合った。

 タイルの床に地図を広げ、チルチャックが地図の一部を指さした。

「現時点がココ。…オークから聞いたレッドドラゴンの出現場所がココだ。二日もありゃ着くか。」

 なんだかんだ色々と寄り道したり、立ち止まる事はあったが、確実に目的のレッドドラゴンまで近づいていた。

 レッドドラゴンが出現した位置まで近づいたが、向こうは魔物。ジッとしてない。

 だがセンシが言うような習性があるのなら、そう動き回ってはいないはずである。

「野営もあと、二回におさめたい。中間地点で一度。レッドドラゴンの手前で一度。ロウソクが消えたらファリンをたたき起こす。用事は済ませとけ、次の休憩まで少し遠いぞ。」

 すると、マルシルが挙手した。

「身体、拭きたい。」

「…どこで?」

「部屋の隅でやるから。」

「……手短にな。」

 そしてマルシルが床に魔法陣を書き、火を起こして小鍋にお湯を沸かした。

「じゃあ、外に出てるから。」

 そう言って出て行こうとするチルチャックとセンシ。

「え? いいよ。服のままやれるから。そこにいて。危ないし。」

「…あ、そう。」

 そして、二人が背中を向けている間にマルシルは、お湯でぬらしたタオルで身体を拭き始めた。

 少し前まで、男女比率は、半々だった。

 だが今は、一人は抜け、ファリンは、寝ている。

 マルシルは、抜けてしまったメンバーである、ナマリのことを思い出し、ムカムカとした。

 生活がかかっているのは分かるが、何もあんな時に脱退することはないだろうと。

 

 やがて、ロウソクの火が消えた。

「ファリン、起きろ。」

「うぅ…。」

 ペシペシと叩かれ、ファリンは、呻きながらゆっくりと起き上がった。

「マルシルもいいか?」

「うん。あ、湧かしすぎたわ。」

 そう言ってマルシルは、鍋の湯を捨てに湖の方へ行った。

 そして鍋の中の湯を捨てた。

 

 すると、水面が波打ち。

 水の球体が宙に浮かび上がった。

 

「…う…。ウンディーネ!?」

 次の瞬間、プクッと膨れた水の球体が弾けて、水を弾丸のように飛ばしてきた。

 水の精霊・ウンディーネだ。

 間一髪で水の弾丸を避けたマルシルは、通路を転がった。

「杖…!」

 運の悪いことに愛用の杖を持っていなかった。

「何事!?」

 騒ぎに気づいたチルチャック達が顔を出した。

 水の弾丸は壁に突き刺さり、そこからジョロジョロとウンディーネがあふれ出て、再び球体になった。

 そしてまた弾丸をマルシルに向けて飛ばしてきた。

 強固なタイルすら一瞬にして切断する水流から逃れるため、マルシルは、湖の方へ飛び出していた。

 水から顔を出し、慌てて水中歩行の魔法をかけて立ち上がろうとしたとき、後ろの方でウンディーネが元の形に戻りつつあった。

 ウンディーネは、水の精霊であるため攻撃のたびに水に戻り、元に戻るのを繰り返す。

 その習性故に隙は大きいが……。

「武器はダメだ…。火が無いと…。」

 そう、弱点が限られており、なおかつ不定形であるため…。

「マルシル! 一人でなんとかしろ!」

「そう言われても……。」

 しかも杖がない今のマルシルでは、不定型なウンディーネを狙って爆発させるのは難しいのだ。

 マルシルは、両手をかざし、連続して爆発魔法を繰り出した。

 爆発により、通路の柱と壁が崩れ、ウンディーネが散った。

 そして静寂がおとずれた。

「マルシル! 何ボーッとしてんだ!」

 声をかけられハッとしたマルシルがチルチャック達の方へ走った。

 その直後。マルシルの足を、ウンディーネの水の弾丸が貫いた。

「っーーーーー!」

「マルシル!」

「やめろファリン! おまえの魔法じゃどうにもできねぇ! 距離が遠い!」

 不定型なウンディーネ相手では、切り裂く魔法は効き目がない。しかもマルシルとの距離があり防御魔法も使えない。回復させてやりたくても接近しないとできない。

 水の上で膝をついたマルシルを、ウンディーネが元の姿に戻りながら見おろす。

 そこを狙ってマルシルが爆発魔法を当てた。ウンディーネは、散り、水に落ちた。

「やったか!?」

「ダメ! 水に逃げたわ! マルシル、立って!」

「…っ…、ど、どこ!?」

 マルシルは、闇雲に水に向かって爆発魔法を当てた。

「どこ!? どこ!?」

 そして背後から撃たれた水の弾丸により左肩を貫かれた。

「っ!!」

 ギッと背後を見たマルシルが、爆発魔法を後ろの水面に当てた。

 爆発により水しぶきが振ってくる。

「ああ…、すっとろくて見てられない!」

「待て! 今、火を起こす!」

「間に合わないわ…。待っててマルシル!」

「行くな!」

 駆け出そうとしたファリンをチルチャックが止めた。ここでファリンまでやられてしまったら、お終いだから。

 マルシルは、左肩を押さえて激しく呼吸を乱していた。

 もう魔力は少ない。次の一撃でなんとかしないと死ぬ。

 何か、何か変化があるはずだと、マルシルは水面を見た。

 その時、変化は起こった。

 わずかにマルシルの血が入ったことで水の色が違い、そこが動いている。

「そこ!!」

 そしてマルシルは、そこに向かって最後の爆発魔法を当てた。

 マルシルがの身体が吹き飛び、その身体は通路の方へ飛んだ。それをファリンが受け止めファリンはその重さで倒れた。

「マルシル!」

「回復はあとだ! 逃げろ!」

 そうこうしている内についに再び球体になったウンディーネが、水の弾丸を飛ばしてきたので、ファリン達はマルシルを抱えて逃げ出した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 通路の先にある建物中に避難し、マルシルを壁に寝かせた。

「マルシル…、具合はどう?」

「血は止まったけど…、魔力が足りない…。」

 傷は癒やしたが、失った魔力は戻らない。

「どうすんだ、これから? 魔力切れの魔術師を連れてはいけないぜ? 水中歩行はファリンがいるからなんとかなるが…。」

「…通りがかった冒険者が、魔力を回復できる魔力草を分けてもらえればいいんだけど。」

「そう都合良く他人の面倒を見る冒険者が通るかよ。取引できるようなもんねーだろ? しいてケルピーの肉程度だ。相手が餓死寸前だといいが…。」

「迷宮で、この栄養源は希少だ。」

「栄養の話をしてねえんだ。」

「…肉……。」

 ファリンは、考えた。

 肉…、栄養…、鉄分?

「センシ! レバーはある!?」

「無論だ。」

「栄養補給させよう!」

「おいおい。」

「やらないよりはマシだよ! 魔力回復の糧になるかもしれないし!」

「よし、決まりだ。」

 

 そして、調理が始まった。

 

 と言っても…、肉と野菜を切るだけなのだが…。

 

 そう、焼き肉だ。切って焼くだけ!

 超簡単。

 ケルピーの焼き肉。

 

「マルシル。起きて。」

「うぅん?」

「いいものがあるよ。」

 火を起こし、その上に置いた網の上の肉をセンシが必死になって焼いていた。

 やがて、肉が焼けた。

「モモ。」

 取り皿に焼けたモモの部分を置いた。

「レバーは?」

「内臓はしっかり火を通さんといかん。」

「ごめんね、マルシル。先に食べるね。」

 そして実食。

「…あー、ちょっと筋っぽいが、旨い。」

「うん。クセがないね。馬の味に近いのか…、海獣に近いのか…。わかんないなぁ。」

「バラ。」

「脂が甘い!」

「柔らかいな~。」

「マルシル。レバーが焼けたぞ。」

 そして焼けたレバーをぐったりしているマルシルに食べさせた。

「ヒレ。」

「口の中でとろける!」

「俺、これ好き。」

「はい、レバー。」

 マルシルは、レバーを食べた。

「テール。」

「美味しい!」

「なんか不思議な味だな?」

「野菜も食うのだぞ。ほれ、マルシル。レバーじゃ。」

 マルシルにレバーがどんどん渡された。

 ムグムグと食べていたマルシルだったが…、やがて…。

「ほ……。」

「ほ?」

「他のとこも食わせろ!!」

 大声を張り上げて、そして、ぐったりと倒れそうになったのでファリンが支えた。

「少し元気が戻ったみたいだね! レバーすごい!」

「さておき…。」

 チルチャックが言った。

 魔力不足はどうするのかと。

「なんでバジリスクに魔力草詰めたよ?」

「最善だったと思っている。」

 そういえばローストバジリスクの調理の際にセンシは、魔力草を持っていた。

 それが今あれば…っと思ったが、後の祭りである。




馬肉は好きですが、やや凍らせたのとユッケしか食べたことがありません(部位不明)。
部分によって当然味が違うのでしょうけど、気になりますね。


次回は、元仲間のナマリとの再会と、テンタクルス。


2018/05/05
 タンスの治療で血が回復してたようなので、回復で足りない血を回復させることがおそらくはできるのではないかと思ったのでマルシルの不調は体力の消耗と魔力不足だけにしました。


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第十七話  テンタクルスの酢和え

ナマリとの再会。

微妙にオリジナル展開です。


 

 

 焼き肉を食べていたファリン達だったが、チルチャックが、ハッとした。

「足音が近づいてくる…。」

 感覚が鋭いチルチャックは、塔の上から歩いてくる足音から相手が武装した五人組だと見破った。

 そして向こうがこちらに気づいたとも気づいた。

 徐々に足音が近づき、やがて…。

「驚いたね…。本当に肉を焼いているぞ。地上に戻れない罪人の類いじゃないだろうな?」

「ただの野営中だ!」

 見えてきた人物の言葉にチルチャックが反論した。

「んん? 待てよ。その声…、チルチャックか?」

「えっ? ナマリ? ナマリなの!?」

「ファリンもいたか。」

「知り合いか?」

「前の仲間! よ、久しぶり。…つっても一週間ほどか。」

 そう言ってドワーフの女戦士であるナマリが手を振って近づいてきた。

 するとファリンが杖を握って身構えた。

「おいおい、こっちには戦う意思はねーよ。」

 ナマリが手で落ち着くよう制した。

 そしてナマリが新しい冒険者パーティーを紹介した。

 今の雇い主であるタンス夫妻。ノームの夫妻で、どこかのお抱え学者で金払いがすごくいいらしい。

 そして、双子の男女のカカとキキ。褐色の肌のトールマン(※この世界における普通の人間)。男女なので似てないがどっちがどっちなのか分からないそうだ。

「そう…、誘われてたっていうのは、その人達なんだね…。」

「なに怒ってんだよ?」

「……ナマリがいれば、もっと早く兄さんを助けに行けたのに。」

「タダで死地に付き合えと言われたのを断っただけだろ?」

「よせよ、ファリン。ナマリにはナマリの事情があんだよ。」

「分かってる。分かってるけど…、割り切れないだけ。」

「まったく、相変わらず、兄さん兄さんだな。お前は。」

 ナマリは、ジイッと睨んでくるファリンに呆れた声を漏らしたのだった。

「あ、そうだわ。そちらに、魔力草はありますか?」

「見返りは?」

「あ…。」

 ファリンは、慌てて自分の身と、周りを見回した。

「…け、ケルピーの肉。」

「いらんわ!」

 速攻で断られた。

「行くぞナマリ。迷宮内での施しは足元をすくわれる。」

 そう言ってタンス夫妻の夫の方が背中を向けて去ろうとした。

「待って!」

「まったく、途中にあった死体でも自分の蘇生代くらいは持っていたぞ…。」

「違うの。この先に行くなら、ウンディーネが徘徊しているから気をつけて。」

「ウンディーネ?」

 タンス夫妻の夫の方は、寝かされているマルシルの方を見て察した。

「ははあ。水の精霊を怒らせたか。ふん。」

 見くびるなと言った。

 彼らノームは、古代より神々や精霊らと共に生きてきたのだから、精霊は恐れるべき存在ではないのだと言う。

 そして、タンス夫妻の夫の方が湖側の通路にナマリと共に出た。

「ウンディーネ! 偉大なる水の精霊よ! 我が声に応えたまえ。」

 だがウンディーネは、答えとして…。

「ーー、ダメだこりゃ。」

「ん?」

 タンス夫妻の夫の方がナマリの後ろに隠れた。その直後、ナマリの額の真ん中をウンディーネが水の弾丸で貫いた。

「タンスじーちゃん!」

 すぐにカカとキキが助けに出て、ナマリの遺体とタンス夫妻の夫の方を助け出した。

「ダメだったわ。」

「ナマリ! ナマリが死んじゃった…。」

 さすがに目の前で元仲間が死んだら気分が悪い。

「すぐ治るわい。」

 耳をほじりながらタンス夫妻の夫の方が言った。

 後ろにいるカカとキキは、あーっという顔をしていた。どうやらこんなことは日常茶飯事らしい…。

 そしてタンス夫妻の夫の方が、呪文を唱え、ナマリの額の傷口部分に手をかざした。

 すると、淡い光と共に、徐々に傷口が消えていき、あふれていた血も戻っていた。

 そして傷が完全に消えた途端、ナマリの目に光が戻った。

「この、クソジジイーーー!!」

 起き上がったナマリは、タンス夫妻の夫の方につかみかかった。

「いつもいつも、あたしばっか盾にしやがって!!」

「そのためにおまえにゃー、高い金を払っとる!!」

 カカとキキが間に入って、暴れるナマリを押さえた。

「蘇生術か…。魔術の中で特に好きになれん。」

「蘇生には反対?」

「見ていて気持ちの良いものではない。死者は生き返ったりしないものだ。」

「迷宮の外ではそうだけど…、ここだと普通なんだよ。私だって蘇生術使えるよ?」

「普通ではない。普通ではないぞ、ファリン。」

「その通り!」

 会話を聞いていたタンス夫妻の夫の方が声を上げた。

 彼が言うには、この迷宮には非常に強い術が張られていて、人の魂を肉体に束縛する。おかげでどれだけ肉体が傷つこうが魂は解放されず、損傷さえ治れば元通りなのだそうだ。実際、みじん切りから蘇生した例があるのでその通りなのかもしれない。

 そしてさらに語り出す。

 彼が思うところによると、死んだ者が生き返るのではなく、ここでは死自体が禁じられているのだと。

「なんともおぞましい呪いよ。さておき…、私はそういった古代の呪術の研究をしていてな。この付近にある魔方陣の調査に来た。……が、ご覧の通り少々護衛が頼りない。調査を手伝ってくれれば、薬草なりを分けよう。」

「本当ですか?」

「しかし、お前さん…見たところ回復役じゃろう? 護衛には向かんな。」

「ううん。私もそれなりに前衛で戦えますから。」

「バジリスクも一撃で倒せるしな。」

「ほう? なかなかの実力者というわけか。その若さで…。」

「はい。」

「では、頼むぞ。」

 会話を聞いていたナマリは、ばつが悪そうにしていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「調査場所は、二カ所。」

 現在居るのは、四つの塔を四つの通路でつなげた場所である。

 タンス夫妻の夫の方が調査したいのは、その塔の地下である。

 ウンディーネが邪魔なので、対面の塔の調査はできない。そこで現在いる塔の地下を先に調査することになった。

 タンス夫妻の夫は、妻に自分に何かあったときのためにココに残るよう言いつけ、チルチャックとまだ具合が悪いマルシルが残り。カカとキキ、ナマリ、そしてファリンとセンシが護衛として向かうことになった。

 地下への階段を降りていく、壁に根っこが絡みついている。

「この辺りだ。エルフ文字か…。酷いくせ字だな。根が邪魔だ。はらってくれ。」

 そしてナマリとセンシが斧を使い、ファリンが背負っていた剣を使い、根を切っていった。

「ファリン。どうしたその剣。」

「ナマリには、関係ないわ。」

 ナマリからの問いに、ファリンは冷たく答えた。

「気色悪い剣だ。前々から言ってたけど、ライオスといいお前も、ちゃんとしたところで武器を買え。」

「これは、兄さんへのお土産なの。」

「聞けよ。いいか? 買うときは、ドワーフが打ったやつをだぞ? ハーフフットが店番してるようなところはやめろ。あと、鞘を使い回すな。それから……。」

 ナマリは、センシの方を見た。

「あんたもたまには武器を手入れしろ! 斧が可哀想だ!」

 センシが使っているボロボロの斧を指さし、ナマリがそう言った。

「…今…、うるさいって思っただろ?」

 ナマリが背中を向けたままのファリンに聞いた。

「…別に…。けど、武器の扱いに関してはやっぱりすごいなって思った。兄さんが信頼してたのも頷ける。」

「……。」

 そう言うファリンに、ナマリはなんとも言えない顔をした。

 すると、ファリンが手にしていた剣が震えた。

「…あ……。」

 まさかと思い、地下の方を見た。

 しかしそこには根が垂れ下がっているだけで、魔物姿はない。

「みんな下がって!」

「どうした?」

「魔物がいるわ。」

「では、倒せ。」

「どこにいるのか分からない。」

「あ? では、なぜ魔物がいるとわかる?」

「えっと…なんとなく。」

「なんだそれは。」

「タンスさん。こういうときのファリンは信用できる。」

「…根拠もない話しに付き合っとれん。潜んでいるなら引きずり出せばいい。」

 すると、キキがボウガンを取り出し、矢を地下の方へ放った。

 しかし何も反応はない。

 だが…、その時。

 シュンッとすごい勢いで根っこ(?)がキキを絡め取り、上へと持ち上げた。

「テンタクルス(触手生物)!」

 少しの間バタバタ暴れていたキキだが、やがてシーンっと動かなくなった。

「わあー! キキ、キキ! 大丈夫か! おい、何をしている、早く魔物を殺せ!」

「いや、武器届かないから…。」

「早くなんとかしろ!」

「わざと捕まって懐に飛び込むってのは?」

「…テンタクルスは。刺胞生物よ。触手が皮膚に触れると毒針が射出されて身体は麻痺する。捕われればこっちの命が危ないわ。」

「死んでも生き返らせてやる!」

「あのな……!」

「私が行くわ。」

 言い合いになりかけていたタンスとナマリを止めるようにファリンが言った。

「おい、待て。回復役のお前が行っても…。」

「センシ。兜を貸して。」

「聞けって。」

「ナマリ。お願いね。」

「はっ?」

「私も、武器についてはとても信頼してたから。」

「ど、どういう意味だ?」

 ナマリの問いに答えず、ファリンは、小石を拾うと、天井にいるテンタクルスに向けて投げた。

 小石が当たり、テンタクルスが反応して動き出した。

 そしてファリンを絡み取り、上へと持ち上げた。

「いっ…!」

 服や兜の上からでも刺胞は刺さってくる。

 ファリンは、身体が痺れていく中、剣を使いキキを絡み取っているテンタクルスの一部を切り取っていた。

「…お、お願い…、ナマリ!」

 そしてテンタクルスの一部が切れて、キキが手にしていたボウガンが落ちた。

 センシがそれを受け止め、絡まっているテンタクルスの触手をちぎり取り、ボウガンをナマリに投げ渡した。

「…くそ! そういうことかよ! 一番厄介な仕事をふりやがって!」

 悪態をつきながら、ナマリは、ボウガンを天井にいるテンタクルスに向けた。

 そして、矢がテンタクルスの胴体に当たった。

 死んだテンタクルスは、キキとファリンを解放した。

「キキ!」

「ファリン、大丈夫か!? ……では、ないか…。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、地下からファリン達は戻ってきた。

「まあまあ、キキ。一体どうしたの?」

「今すぐ治してやるからな。」

 そう言って、寝かせてキキにタンスが治療魔法をかけはじめた。

「ううむ。これは厄介だな。すまんが少し時間をくれ。」

「おかまいなく。」

「げっ。」

 チルチャック達の方へ戻ったファリンがそう答え、ファリンの顔を見たチルチャックが声を漏らした。

「テンタクルスに刺された。」

 ファリンの顔は、テンタクルスの毒で腫れ上がっていた。先にやられたキキの方がまだ酷い。

「ちょっと、待って。種類を特定するから。」

 そう言ってファリンは、ライオスの愛読書を取り出した。

「これは、どうしたらいい?」

「うわ! なに握りしめてんだ!」

 センシの左手には、テンタクルスの触手の一本が握りしめられていた。

 しかもその手はパンパンに腫れていた。

「ちぎった際に手が麻痺してとれなくなった。」

「ノームみたいな手になってんぞ。」

「見せて。」

 ファリンがセンシが握っているテンタクルスを見た。

 触手の直径は五センチ前後で、長さは、二十メートル。

 色は薄い茶緑で、斑点はない。そして、植物のツタや根に似ている。

「アイビーテンタクルスだわ。」

 そしてファリンは、その対処法を言い出した。

 酢で洗えば刺胞の動きを多少抑えられるので、酢を直接かける。

 テンタクルスの種類によっては逆効果なこともあるらしい。

 そして、断面へ十字の切り込みを入れ、縦に裂けば、刺胞のある上皮だけむける。

 その結果…、いわゆるバナナみたいになるわけで…。

「割と美味しいらしいよ。」

 

 テンタクルスの酢和えのできあがりである。

 

「ふざけてんのか?」

「あの…、これは豆知識で…。」

「それしか方法がないのなら仕方ない。」

「えっ?」

 センシは、テンタクルスの酢和えを食べた。

「なるほど、悪くはない。ちゃんと調理すれば、もっと旨くなる。」

「私にも食べさせて!」

 テンタクルスを食べる姿に、ナマリは顔を青くしていた。

「ん…、これは…。箇所によって味が違う!」

「さすがに気のせいだろう。」

「本当よ! チルチャック、食べてみて!」

「……酢の味しかしない。」

「そう…? マルシルも食べてみる?」

 ファリンは、フォークにテンタクルスの身を一部刺して、寝ているマルシルに食べさせた。

「……酸っぱい。何このねっとりした…。何コレ?」

「ナマリも食べる?」

「えっ…。」

「ここがおすすめだよ。」

「いやいや! いいって! こっちは食料に困ってないから!」

「美味しいのに…。」

「旨くはないが。」

 そしてファリンとセンシは、テンタクルスの調理について語り合いだした。

 香辛料を使えば臭みを消せるとか、野菜との相性も良さそうだとか、煮込むか潰して焼くかすればとか語り合っていた。それを見ているナマリは、顔を青くしていた。

 やがて中身の実を食べ終えたテンタクルスが、センシの手から離れた。

「すまんかったな。治療してやろう。」

「あ、私はいいです。」

「厚意は受け取っておけ。」

 そしてタンスに、ファリンは治療してもらった。

「あの、それよりも魔力草を…。」

「おお、そうじゃったな。」

 そう言ってタンスは、妻に目を配って荷物の中からマンドレイクを出した。

「マンドレイク…。そんなに魔力は回復しないわ。」

「今の手持ちはそれしかない。」

「…仕方ないね。マルシル。これで少しだけ魔力を戻せるよ。」

「ありがとう…。」

「お礼ならナマリに言って。」

「えっ?」

「素晴らしい射撃の精度だった。一本の矢で倒すとは!」

「ナマリがクロスボウの扱いも上手でよかった。」

「いや……、初めて触ったんだけど…。」

「えっ…?」

 それを聞いたファリンは、ちょっと間違えたら自分の額とか頭を矢で射られていた可能性があったことに顔色を無くした。

 

 

 こうして、マルシルの魔力の枯渇問題は、まだ解決しないままとなった。

 




マンドレイクがどれくらい魔力を回復させるかとかは捏造です。
たぶん魔力草よりは回復しないということにしました。あとマルシル自身の魔力の量が多いとかでほとんど回復できないとか。

次回は、ウンディーネ討伐and料理。


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第十八話  ウンディーネのシチュー

微妙にオリジナル展開。
ファリンがナマリを仲間に入れることに反対します。




 

「こっち見てる…。」

 塔の上から建物の中央の湖を見ると、ウンディーネが、水面の少し上に浮いていてそのまま動かない。位置からして、完全にこの塔にいる人間達を狙っていることが明らかだ。

「何をしたら、ああまで怒らせられる?」

「沸かした水を捨てたら、下にいたみたいで…。」

「ああー、そりゃいかん。これだからエルフは。」

「エルフは、なあ。」

「人種は関係ないでしょ!」

 エルフは、エルフはという言葉にマルシルが怒った。

「魔術を介さず精霊を鎮める方法はありますか? 私達、どうしてもこの先にいかなくては…。」

「それは簡単。」

 タンス曰く、ウンディーネは、極小の精霊の集合体。

 今構成している個体が寿命で死ねば、世代交代でより敵意は収まるそうだ。

 だが問題は、それがなるまでの時間だ。

 精霊一匹の寿命は、もって一週間ほどだと。

「そんなに待ってられないわ。」

「同感だ。ということで…。」

 タンスは、荷物を準備し始めた。

「我々は地上に引き上げる。調査の続きはまた先だな。おい、帰還の術の準備だ。」

「おい、ファリン。」

 するとチルチャックがファリンをつついてヒソッと話した。

「帰還の術だってよ。」

「…うん。」

 ファリンは、頷いた。

「タンスさん。お願いがあります。」

「ん?」

 そして…。

 

「私も地上に戻れって!?」

 

 マルシルが叫んだ。

「い、今更……、ここまで来て!?」

「マルシル。魔力切れはそう簡単には治らないよ?」

「平気だよ! 自分でも驚くぐらい元気なの。あ! レバーのおかげかも。」

「栄養がすぐに体調に現れることはない。」

「あとで聞くね。」

 センシの言葉を制した。

「いやもう! 本当に元気! 少し休んでる間に魔力も戻ったみたい!」

「でも、マルシル。見て、あなたの杖…、元気ないよ?」

 マルシルの杖は、魔力が通っていると先端の植物の芽の部分が起き上がっているのだが、今はしおれている。

「こ、これは…。」

 マルシルは、杖を握りしめて力んだ。だがそれで魔力が絞り出せるわけではない。

「ブーーー!」

 次の瞬間、ナマリが吹き出した。

「何笑ってるの!」

「あんたのそんな顔初めて見たから。」

 ナマリは、笑いを堪えながら答えた。

 だけど、っとナマリは、言った。

 マルシルを除いた残りのメンバーで竜に立ち向かえるのかと聞いた。

 それにセンシに斧では竜の鱗に刃が立つとは思えないとも言った。

「……ナマリは、竜を何匹も倒したことがある…よね?」

「? ああ。」

「…じゃ、じゃあ…。」

「ダメだよ。マルシル。」

「ファリン?」

「そんなことしたら、ナマリのためにならないわ。」

「そうだぜ。」

 ファリンの言葉にチルチャックも同意した。

 こういった冒険者同士での噂は立ちやすい、ナマリがタンスに誘われた経緯だって、もとをただせば金銭面でのトラブルを聞きつけたからだ。

 ここでさらに金を積まれてまたパーティーを抜けたとしたら、今度は金を積めばなんでもする奴としてナマリの噂が立ち、今後の生活に影響が出てしまう。

 お互いの今後を考えるなら、それは避けるべきだと、ファリンとチルチャックはマルシルを諭した。

 マルシルは、俯き…、だがやがて…。

「いや…、まだあるわ…。」

「マルシル?」

「私が魔力を取り戻す方法…。」

「? まさか…。」

「ウンディーネを、飲む!!」

「ええー。」

 ファリンは、信じられないと声を漏らした。

 センシもうげーっと声を漏らしていた。

「なんだその反応!! いつもの勢いはどうした!」

「だって、マルシル…。精霊の魔力は…。」

「それでもよ! でも試してみたいの。」

「どういうことだ?」

「精霊の魔力は吸収しにくいの。だからもし飲むんだとしたら…、たくさん飲まないと…。」

「ふむ…。」

 ファリンの説明を聞いたセンシは、少し考えた。

「ならば、料理に使ってみてはどうだ?」

「えっ?」

「吸収を助ける食品と共に摂るのは、栄養の基本だ。」

「センシ…、いいの?」

「だが問題は、どうやってアレを仕留める?」

「それは…。」

「ねえ、お鍋に入れて、熱しちゃえばいいんじゃないかな?」

「えっ?」

「ウンディーネは、熱に弱いでしょ?」

「それよ! ファリン、ナイス!」

「けど、どうやって?」

 チルチャックは、センシが持っている大鍋を見た。

 これにウンディーネを入れるとして……。そのあと、火まで持って行くのはどうするのか。

「それにこんなボロ鍋じゃ、石柱を貫くウンディーネを閉じ込められるか?」

「…待て。」

 ナマリが駆け寄ってきてセンシの大鍋を調べ出した。

「これは…、アダマントじゃないか! 信じられない…、武器となれば竜の骨を砕き、防具となれば竜の牙をも通さぬという…。全鍛冶屋が夢に見る金属のひとつ、アダマントが…、なんで鍋なんだよ!?」

「もとは盾だったが、使い道が無かったので…。」

「何やってんだよ勿体ねーーー!」

 センシが持っている鍋はとんでもない逸品だった。

「じゃあ、ウンディーネの攻撃にも耐えられる?」

「当たり前だ!」

「ちょうど鍋と蓋に分かれているし…、二人で手分けしてウンディーネを、挟み込んで…火にくべれば…。」

「焼き殺せる!」

 

 

 こうして、ウンディーネを飲む作戦が練られた。

 そんなファリン達の様子を、ナマリがハラハラと見ていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「いやいや、無理だぞ?」

「筋力を強化する魔法を使ったし、なんとかなるよ、きっと。」

「いくら魔法で一時的に強化したって、お前は後衛なんだぞ?」

 センシとファリンが鍋と蓋を持ってウンディーネに挑むのだが、チルチャックが心配して声をかけてきた。

 いくら強化したとはいえ、後衛であるファリンに、ウンディーネの強力な攻撃を止める力があるはずがないのだ。

 しかし、圧倒的に前衛がいないこのメンバーでは、マルシルとチルチャックの次に筋力があるとしたらファリンしかいないのだ。

 だから、それしかないのだ。

 センシとファリンが鍋を手にし、ウンディーネが待ち構えている通路へとソロソロと出た。

「表面が歪んだら構えて。なるべく取りこぼさないように…。」

 そして、次に一歩進んだとき、ウンディーネが動いた。

「来る!」

 次の瞬間、ウンディーネの水の弾丸が飛んできた。

 それを鍋を盾にして受け止めるが…。

「きゃあ!」

 センシは、ともかく、ファリンが壁に背中からたたきつけられた。

 ビリビリと手が痺れる。

 そうこうしているうちにウンディーネが元の姿に戻り出す。

「くっ…。」

「どけーっ! ファリン!」

「えっ!?」

 そこへナマリが走ってきた。

 ナマリは、ファリンに体当たりし、鍋の蓋を奪い取った。そしてウンディーネの攻撃でファリンと鍋の蓋を持ったナマリが分断された。

 ウンディーネが壁に入り、チョロチョロと出てくる。

 ナマリとセンシがウンディーネが元に戻るのを待った。

 そして、ウンディーネが球体に戻った直後。

「今だ!」

 全速力で同時に走り出した二人が、鍋と鍋の蓋でウンディーネを閉じ込めた。

 鍋の中でウンディーネが激しく暴れる。

 筋肉隆々であるドワーフの二人の筋肉が浮き出し、血管が浮く。

「いいぞ! そのまま、踏ん張れ!」

「火に!」

 慎重にだが、急いで、火に向かう。

 そして、鍋を火の上に置いて、鍋を二人がかりで押さえつけた。

 ウンディーネは、ずっと暴れ続けている。

 だが、火にかけ続けると、やがて暴れなくなっていき、そして…。

「あっつ!」

「あっちーーーー!」

 鍋が完全に熱されたときには、ウンディーネは、完全に沈黙した。

「すごいすごい!」

「信じられん。なんちう馬鹿力じゃ。」

「センシ、ナマリ! 本当にありがとう!! あ、ファリンも大丈夫?」

「う、うん…。」

「図体の割に貧弱なんだよ、トールマンは。」

「はっ、そうだ! センシ!」

「うむ。調理を始めよう。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そしてウンディーネの水を使った調理が始まった。

 まず、じゃがいも、ニンジン、タマネギ、テンタクルスの皮を剥く。テンタクルスは、毒針があるのでタオルで持ちながらフォークを使って皮を剥く。

 それらを適当な大きさに切る。

 次にケルピーの肉に、塩・コショウ。

 それをフライパンで焼き、表面を焼く。このとき出た肉汁は、ブラウンソースに使う。

 タマネギ、ニンジンを加えて炒め、ウンディーネの中に入れる。

 灰汁をよく取り。

 じゃがいもと香辛料を加えていく。

 そしてしばらく煮込んだら……。

 最後に味見。

 マルシルは、味見をして笑った。

「完成~!」

 

 こうしてできあがったのが、ウンディーネで煮込んだテンタクルスとケルピーのシチューである。

 

 

 やがて別の塔の調査に行っていたファリン達が戻ってきた。

 タンス以外はみんな顔や身体が腫れていた。テンタクルスで。

「あんな大繁殖してるとは…。」

「片付いてよかったわい。」

「あ、ねえ。一緒にご飯食べてかない?」

 そして全員にシチューが配られた。

 マルシルが、ちょっと抵抗しつつシチューをガツガツと食べた。

 そして杖を握ってみると。

 わずかに杖の先の芽が起き上がった。

「やった! 少し魔力が回復してるみたい!」

「やったね、マルシル!」

「ほら、ファリンも食べなよ。ファリンだって魔力結構使ったでしょ?」

「うん!」

「……ずっとこんなことしながら、ここまで来たのか?」

「うん? そうだよ。」

 それを聞いたナマリは愕然とした。

 仲間を抜けたことで誹られる覚悟はあったが、こんな姿を見る羽目になるとは思わなかったからだ。

 これもある種の罰かと思いながら、シチューを口にする。するとその味に目を見開いた。

「旨っ!」

「美味しいでしょ?」

「鍋の性能か? アダムマントは、鍋にも適しているのか?」

 ナマリは、ブツブツと言った。

 そしてセンシの方を見た。

「センシっていったか…。その…斧のこと馬鹿にして悪かったな。」

「構わん。わしが鍛冶全般に興味が無いのは事実だ。鉱石の見分けもつかず、昔の…、仲間にもよく呆れられた。」

 そうセンシは語った。

 すると、タンス夫妻がシチューを食べずに置いた。

「ナマリ。わしらは地上に帰る。」

「えっ?」

「お前はここに残ってもいい。」

「! …何言ってんだよ!」

 ナマリは、おかしそうに笑った。

「一口くらい食ってみろって! 食感はアレだが結構いけるから。」

 そう言ってナマリは、タンスにシチューを食べさせた。

「……信じてくれとは言いにくいけど…。報酬のやりとりだけじゃなく、私をあんた達の仲間にしてほしいんだ。頑張るからさ。」

 

 そして、全員で仲良くシチューを平らげたのだった。

 

「正直なとこ、チルチャック。あんたは真っ先に抜けると思ってた。無報酬の仕事なんて絶対受けないタイプだろ?」

「当然。」

 チルチャックは返事をした。

「だから前払いでなきゃ仕事はしない。ま、それだとこういう時抜けられないのが難点だが。」

「えっ、仕事だからとどまってくれたの!? 仲間だからとか、友情だからじゃなくて!?」

「あのな、マルシル。いいことを教えてやろう。」

 驚いているマルシルに、チルチャックが語った。

「見返りはいらないとか抜かす奴が、この世じゃ一番信用ならないの。」

「もう、……そういえば、シュローは?」

 マルシルがナマリに聞いた。

「別のツテがあるみたいだぜ?」

 ナマリがファリンを見た。

「なに?」

「いや…別に…。なあ、あいつが抜けてなんとも思わねーの?」

「別に…。」

「そうか…。まあ、お前らも…、ライオスのことが大事だろうが…。ちゃんと地上に戻ってこいよ。」

「うん。ナマリこそ気をつけて。」

 

 

 そして、ファリン達とナマリ達は別れ、それぞれの道を進み出した。

 




精霊を料理するって…、ミネラルウォーターで料理するようなものでしょうか?

シュローとファリンの関係ですが、原作とは異なります。

次回は、大ガエル。


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第十九話  大ガエルのパスタ

休みの日にまとめて書きました。

大ガエルスーツと、大ガエルとテンタクルスのパスタ。


 

 

 水中歩行で進んだ先にある、水面に出た小さな建物。実際は、これは塔であるがほとんど水に沈んでいる。

 そこが階段になっており、地下に進める。

「あのさ。道、間違ってない?」

「ううん。この階段だよ。」

「この階段をどうやって降りるんだよ?」

 チルチャック達が言う理由は一つ。

 地下への階段が、テンタクルスまみれだったからだ。

 そりゃもうありとあらゆる種類のテンタクルスまみれだ。足の踏み場もないとはこのことだ。

「こりゃオーク達に騙されたな。丁寧な嫌がらせだ。」

「そうかな? 集落に通じる道だよ。近寄らせないようにするって点ではうってつけじゃない? 少し進んでみよう。」

 ファリンは、剣を抜いてテンタクルスを切っていった。

「迂回した方が早いと思うけど…。」

 はあ…っとため息を吐きながら壁にもたれるマルシル。

 それに気づいたチルチャックがその肩を掴んで引っ張った。

「あんまり壁に近づくな。」

「えっ?」

 次の瞬間、マルシルの横の壁から花のようなテンタクルスが生えてきた。

「こいつらは壁の中に身体を隠す。」

 チルチャック曰く、テンタクルスは、たくさん居る場所はそれだけ空洞があり、罠や仕掛けが多い場所ということらしい。

 仕掛けを圧迫して、壊す。

 宝箱の上に生える。

 罠とつるんで悪さをする。

 ミミックの次に、ぜひとも滅びて欲しい魔物だと、チルチャックは忌々しそうに言った。

「私は、結構好き。兄さんも好きだって言ってた。」

「はあ?」

「色んな種類がいて、見た目も綺麗だし。」

「綺麗ってだけなら、大半の魔物は無害だ。」

「確かに刺胞があるけど、それさえなければ、女性にも人気が出そうだよ。」

「…最低だ。」

 うんうんと頷いているファリンに、チルチャックは、小さく言った。

「さてと。結構進んだはず……、っ。」

 ファリンは、後ろを振り向いて絶句した。

 全然進めていないのだ。

 テンタクルスを切り刻みながら進んだつもりだったが、すぐそこが入り口だった。

 下を見ると、地下への階段はまだまだ長い。そしてテンタクルスまみれだ。

「おかしい…。オーク達は、ここを通って三階に来たはずだわ。一体どうやって…。」

 先ほどからテンタクルスに反応してか、剣が反応していた。

 するとチルチャックが物音を聞いた。

「なんかいる。気をつけろ。」

 そして、次の瞬間目にもとまらぬ早さで何かが発射されてファリンが手にしていた剣が消えた。

「えっ?」

「なんだ!?」

「ウンディーネ!?」

 全員の視線が、天井にぶら下がる凄まじい数のテンタクルスの大軍の中に向いた。

 その中に、テンタクルスに掴まっている、魔物・大ガエルの姿があった。大ガエルは、舌にファリンが手にしていた剣を貼り付けていた。

 そして、大ガエルは、剣をペッと捨てた。階段の底に。

「うわーー! うそぉ!」

「任せて!」

 マルシルが短く詠唱し、爆発魔法を杖から放ち、大ガエルの頭部を吹き飛ばした。大ガエルの体は階段の方へ落ちた。

「っし!」

 だが一瞬マルシルの目が離れた隙に、別の大ガエルの舌がマルシルの杖を奪った。

「あーーーー!」

 そして大ガエルは杖を階段の底に捨てた。

「いやーー、アンブロシアーーー!」

「そんな名前が…。」

 二つの武器を奪った大ガエル達がファリン達の方へ飛んできた。

 センシが斧を振るって、一匹の頭を切り裂いて仕留めた。

 背後にもう一匹が迫り、舌を飛び出させてセンシの斧を奪おうとした。センシは、持ち前の怪力で耐える。

「手を放しちゃダメ!」

「耐えて、センシ!」

 マルシルとファリンが左右から助ける。

「ま、魔法…。」

「待って! 距離が近すぎるわ!」

「っ…。? ……なあファリン、大ガエルは、テンタクルスに触れても無事なのか?」

「えっ? さ、さあ…、そ、そういう体質なんじゃないかな…。」

 ファリンは、曖昧な返答をした。

 チルチャックは、そこは詳しくないのかよっと苛立ったが、つべこべ言っている場合じゃ無いので強硬手段に移った。

 頭を失って死んでいる大ガエルの皮をナイフで裂いて剥き、それを両手に巻いてヒモをくくる。

 即席の大ガエルの手袋を巻いたチルチャックがファリン達と、大ガエルの横を通った。

 驚くファリン達を後目に、大ガエルの真横にあるテンタクルスを掴んだ。

 驚くことに、大ガエルの皮は、テンタクルスの刺胞が刺さらなかった。

 そしてチルチャックが、テンタクルスを引っ張った。

 だが抜けない。

 壁に足をかけて踏ん張っても抜けない。

 やがて大ガエルの目にチルチャックが映った。

 すると大ガエルは、センシの斧から舌を放した。

 そして、背中を向けているチルチャックの方へ狙いを定め…、バクッと、頭からチルチャックを食べた。

「チルチャックーーーー!」

 チルチャックの小柄な体が半分以上、大ガエルに飲まれる、同時にチルチャックが意地でも放さないでいたテンタクルスがズルズルと壁から抜け出した。

 そして、ゴリゴリと音を立てて、罠が作動し、矢の罠がいいタイミングで大ガエルの額を貫き、大ガエルは倒れた。

「チルチャック!」

 すぐに助け出された。

 唾液まみれになったチルチャックは、咳き込み、必死で息をした。

「手、見せて、治療するから。あれ? 無傷だわ。」

「なるほど…、大ガエルの皮を手に巻いたんだね。」

 大ガエルの皮を外してみると、チルチャックの手は無事だった。

 それを見たファリンは、少し考え。

「チルチャック。これ、すごくいいアイディアだよ。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 まず大ガエルを解体し、皮を肉から剥がす。

 壁に貼り付けて、軽く乾かし…。

 採寸。

 そして軽く乾かした大ガエルの皮を裁縫していく。

 

 その間に、センシが調理。

 まず、テンタクルスの皮を剥き、先端の細い部分は、まとめて取っておく。

 そして鍋で茹でる。

 茹で上がったら、潰して、小麦粉とよく混ぜ合わせる。

 それを棒状に整形し、適当な大きさに切る。このとき、フォークで跡を付ける。

 切り終えたものを再び茹でるのだが、茹で加減に気をつける。先ほど取って置いた細いテンタクルスの先端も茹でる。

 フライパンにオリーブオイル、ニンニクと唐辛子、塩などの調味料、大ガエルのもも肉を加え、炒めたら、先ほど茹でたものを加えて和える。

 

「完成!」

 大ガエルスーツの完成。

 

「完成じゃー!」

 テンタクルスと、大ガエルのニョッキ(パスタ)の完成。

 

「あああああああああああああああ! もーーーーーーー!」

 マルシルが頭を抱えた。

「一人ずつ持ってこい! どっちをやめさせるか迷ってるうちに完成したわ!」

「まあまあ、着てみてよ。」

「そうだそうだ。一口だけ食べてみろ。」

「一人ずつって言ったでしょうが! 本当に安全なのかも怪しいし…。」

 頑なに拒否するマルシルに、ファリン達はヒソヒソと話し合った。

 そして。

「マルシル。これを着たら…、すごく可愛いと思うよ!」

「……。」

 

 

 そして、大ガエルスーツを全員で着てみた。

 ……シュール。その一言に尽きるかも知れない。

 

「か、可愛い可愛い! 色が良く映えてるよ! 耳の辺りがカエルらしいシルエットになってイイね。」

「…とっとと行くぞ。」

 自棄になったマルシルが先に進み出した。

 

 そして一行は、テンタクルスの中にソーッと入った。

「すごい! 全然痛くない!」

「うわー、気持ち悪い気持ち悪い。」

 毒刺は、刺さらないが、触手があたる感触があってマルシルは嫌がった。

「綺麗だな~。うん。美味しい。」

 そしてファリン達は、センシ作の大ガエルのパスタを食べながら、テンタクルスの中を進んでいった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 やがて階段が終わり、床に落ちていた剣と杖を見つけた。

「よかったぁ…。」

 とりあえず武器が戻ってきて安心した。

「あ! 見て!」

 階段のある建物外には、城下町の跡地が広がっていた。

 慌てて逃げた形跡があり、オーク達が言っていたことが本当であったことが分かった。

 つまり、レッドドラゴンが近いことを示す。

「いつでも戦えるように気をつけて進もう!」

「うん!」

 そしてファリン達は、準備をしようとした。

 だが…。

「あ、あれ?」

 マルシルが気づいた。

「なんか……、大ガエルの血? が内側で固まってる。服にくっついちゃってるんだけど…。」

「うん…。十分になめす時間が無かったから…。」

「えっ!? ちょっと……、脱げない、これ!」

 全員、大ガエルスーツが脱げなくなっていた。

「このまま竜と戦うの?」

「……。」

「どんな顔してライオスと再会すればいいの!? ねえ!!」

 マルシルに揺すられたが、ファリンは黙ったままだった。

 

 

 この後、なんだかんだあったが、大ガエルスーツは、脱げた。

 どうやらテンタクルスに対して平気だったのは大ガエルの皮膚から分泌される分泌液のおかげらしく、乾くと効果がなくなるようだ。

 




テンタクルスって、芋なんでしょうかね? 毒棘があるからクラゲかと思ったけど。
ねっとりしてるという感想があったし。


次回は、ついにレッドドラゴンとの対決の、前。


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第二十話  大ガエルのカツレツ

レッドドラゴンとの対決、前。


 

 地下五階は、城下町だ。

 魔術によって膨れ歪んだ街並みが広がっている。

 しかし、至る所に賑やかであった時代の面影を残しており、時折目の端を誰かが横切ったような。囁くような声が聞こえてくるような気がする。そんな不思議な場所だ。

 

「ここが、オーク達の住処…。」

 

 城下町の建物をそのまま使っていたらしく、出入り口を布で覆っているだけの簡素な作りだった。

 ずいぶんと慌てて逃げたという形跡がいたるところにあり、食べ物も魔物に食い荒らされ、その残りカスが腐敗していた。

 腐敗していないのは、食べられずに残っていた小麦や樽の中のお酒などだ。

 センシが小麦と聞いて、これでパンが作れると意気込んでいた。取って良いのかと聞くと、センシ曰く、こちらも野菜を取られているので、お相子だと。

 そんなセンシに、マルシルとチルチャックは、呆れた。

 ファリンは、何か焦げ臭いことに気づいて、壊れかけの扉を開けた。

「あ……!」

 そこには、焼けたタイルと、焼け死んだワーグ(魔狼)の死体が数匹転がっていた。

「ワーグだ…。」

「火事? じゃ…ないわよね…。」

「違う…。これは、レッドドラゴンよ! つい最近ここを通ったんだわ!」

「…ね、ねえ…。前に言ったわよね…。竜はたまにしか活動せず、ほとんど寝てるって…。」

 しかし、現実はどうだ?

 オーク達の話もそうだが、目の前にしている惨状…。これは、あの竜があれからずっと活動してということだ。そしてたぶんだが、まだこの辺りをうろついているだろう。

 寝ている竜になら…っという考えが過ぎる。

 だがこれから相手をしなければならない竜は、起きているのだ。

 もし負けてしまったら…。もし……。

「もう消化されてたら……。兄さん…。」

「落ち着いて、ファリン。」

 狼狽え始めるファリンを、マルシルが落ち着かせた。

「ひとまず、作戦を練ろうぜ。三人で、どう戦うかな。」

「さんにん?」

 場が静まった。

「っ! 何度も言うけど、俺に戦力を期待すんなよ! 俺の仕事は、ここまで来るのを手伝うだけだからな!」

「分かってるよ。別に責めてないのに…。」

「…悪かったよ。」

「今までは、どうやって竜を倒していた?」

「時と場合と竜の種類によるけど…、まず私が炎や怪我を防ぐ魔法を使って…。」

 これまでは、ファリンがまず魔法をパーティーメンバーに使い、それからライオス、ナマリ、シュローで足止めして、マルシルの魔法で弱らせて……、最後にシュローがとどめをさすというのが、ほとんどの場合だった。

 しかしそれができたのは、以前のパーティーメンバーで出来たことだ。

 圧倒的に前衛がいない今のメンバーでは……。

 まず…。

「竜には、魔法も武器も効きにくい…。鋼のような鱗が覆ってるから…。」

 次に。

「でも、たったひとつだけ脆いところがあるわ。」

 そうそれである。

「首の下の、逆鱗よ。そこだけは、鱗の隙間が重なっていて、しかも急所が集まっている場所。」

 そこさえ破れればっと、ファリンは、杖を握りしめた。

「ファリン…、お前じゃ無理だぜ?」

「分かってる。でも、距離さえ詰めれば、切り裂く魔法を当てられなくはないわ。」

「そのレッドドラゴンは、どの程度の大きさなんだ?」

「えっと……。あっ…、あそこ。」

 ファリンが上を指さした。

 そこには、床が一部欠けた通路がかかっていた。

「あの崩れた廊下ぐらいかな?」

「…っというか、あれ、竜が頭ぶつけたあとじゃないか?」

「あっ!」

 チルチャックの指摘で、ファリンは、気づいた。

「ファリン。おまえの魔法は、あそこまで届くのか?」

「ううん…。そこまで距離が離れたら威力が落ちる…。」

 ファリンは、悩んだ。

 どうすれば、逆鱗を切り裂けるかを。

 ……こうして悩んでいる間にも、レッドドラゴンの消化は進んでいるかもしれない。そう考えるとファリンの心に焦りが生じ始める。

「落ち着け…、落ち着くのよ…私…。兄さんならどうする? 兄さんなら、どう竜を攻略する?」

 頭を抱えて、ブツブツとファリンは、思案を巡らせる。

「そうだ。あそこに登ってみてみよう。」

 そう言ってファリンは、レッドドラゴンが頭をぶつけたと思われる通路のところへ向かった。

 そこから下をのぞくと、結構な高さだった。

「ここから、狙っても…。」

「無理無理。その前に、食われるぜ?」

「火の息は、ファリンの魔法でなら防げるけど…、ナマリの見立てじゃセンシの斧じゃ竜の鱗に歯が立たないって言うし…、ファリンが今持っている剣は…?」

「たぶん刺さるとは思うけど…。私、そこまで剣は得意じゃないから…。」

「それに竜を気絶させられるほどの魔法を唱えるには、時間が必要よ。それまでどうやって時間を稼ぐの?」

「そのうえ、誰かがとどめをささなきゃいけない…。」

 問題は山積みだった。

 ファリンは、心の焦りを吐き出すように大きく息を吸って吐いた。

 その時下を見たのだが…。

「あっ…。」

 パラリッと僅かに床の素材が崩れ落ちたのを見た。

「ねえ…、マルシル。」

「なに?」

「建物を爆破するっていうのは、どう?」

「えっ?」

「ここ、多いでしょ? こういう建物の通路…。竜が通る瞬間に、それを爆破させれば……、竜の首を下に…!」

「あ…!」

「準備のための時間稼ぎは、確かに私達じゃできない。でも、竜から逃げつつ、おびき寄せることはできるわ。」

 それに加えて、城下町は狭く、経路を工夫すれば竜を疲れさせることが出来ることと、元々長期にわたって動いていた疲れもたまっているはずだとファリンは言った。

「……なるほど、それなら、俺にも手伝えそうだな。」

「本当!?」

「べ、別に…。」

「それにしても…、どうして竜は寝ていないんだろう? 五階に現れたのも謎だし…、嫌うはずの狭いところをウロウロしているし…。」

「発情期とか?」

「うーん…。」

「悩んでても仕方ないわ。作戦を立てましょう。」

「分かったわ。行こう。」

 三人は頷き合った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、作戦を練った。

 どこに通路があって、レッドドラゴンの首を狙えるか、そしてどう疲れさせるかを念入りに計算し、地図に記していく。

 やがて、地図が完成し、オークの住処に戻った。

 すると、パンの良い匂いがした。

「戻ったか。」

「センシ。おまえいつの間にかいなくなりやがって…。」

「パンを作っていた。」

「匂いで分かったよ。今から竜を倒そうって時に…。」

「もちろんだ。これから大仕事になるのだろう? 腹ごしらえは何よりも重要だ。」

「私達は、一度空腹で炎竜に負けてる。だから、同じ轍は踏まないようにしないと。」

「…そうね。」

「あ! ワインだ!」

「こら。それは、竜を倒してからよ。」

 ワインを飲もうとしたチルチャックを、マルシルが止めた。

「卵はないが、これだけあれば、アレができるか。」

 そして調理が始まった。

 

 まずパンをおろし金で細かくしパン粉を作る。

 次に、大ガエルの肉に塩コショウ。

 水で小麦粉を溶き、肉を浸す。

 次に先ほどのパン粉に小麦粉の液に浸けた肉をまぶす。

 フライパンに多めのオリーブオイルを熱し、パン粉をまぶした肉を…揚げる。

 揚げ終わったら、油を切り、その間にソースを作る。

 赤ワインと調味料を煮詰めて、味見をして…。

 

「完成じゃ!」

 

 大ガエルのカツ。改め、レッツ炎竜にカツレツである。

 

「美味しそう!」

「なんか、匂い嗅いだら腹減ってきた。」

「いただきまーす。」

 そして実食。

「サクサクだ。」

 すると、マルシルが涙ぐんでいた。

「どうしたの?」

「魔物食も…、これで最後かと思うと、感慨深くて…。」

「まだ炎竜があるぞ。」

 一番魔物食に抵抗していたマルシルが、この苦難の日々が終わると思って涙ぐんでいたのでチルチャックがツッコミを入れた。

「なんて言うか……。」

 食べ終わったファリンがお皿を置いて、言い始めた。

「私ひとりだったら、ここまで来られなかったわ。」

 まずセンシの方を見た。

「センシ。本当にありがとう。見ず知らずの私達のために親切にしてくれて。そして美味しい食事のおかげでお腹だけじゃなく、精神的にも助けられたわ。」

 次にチルチャックを見る。

「チルチャック。あなたがいなかったら遠回りを重ねて何日も遅れていたと思う。何よりも頼もしかったわ。」

 最後にマルシルを見る。

「そして、マルシル。慣れない旅で苦労をかけてごめんね。一緒に来るって言ってくれたとき…、本当に、本当に嬉しかったわ。」

 ファリンの言葉に、三人は、食べかけていた食事を急いで飲み込んだり咳き込んだ。

「間が悪い!」

「もう! これが最後みたいに言わないでよ! それは、終わってから言って。」

 そう言われて、ファリンは、照れくさそうに笑った。

 

 その時。

 ファリンの足元に置いていた皿が僅かに揺れた。

 

「?」

「どうした?」

「今…。」

 その時、ズシンッという思い足音が響いた。

「そんな…、まさか!」

「シッ…。炎竜が戻ってきたのよ。」

「こっちに気づいてる!?」

「ううん…。でも早くここを離れよう。」

 四人は、急いで、けれど音を出さないように気をつけて外へ逃げ出した。

 物陰から覗くと、レッドドラゴンが建物の間から頭を出して、鼻をスンスンと動かしていた。

 どうやら料理の匂いを嗅ぎつけてやってきたらしい。

「あらためて見ると…、なんて大きいの…。」

「落ち着いて…。やるのよ。」

「ファリン…。」

「マルシルは、例の位置に。私達は、竜をおびき寄せるわ。みんな準備はイイ!?」

 四人は頷き合った。

「行こう!」

 

 ついにレッドドラゴン攻略戦が始まった。




次回、vsレッドドラゴン。

ファリンがいるので、攻略方法は、原作のライオスの戦いとは異なるモノにしたいと思います。


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第二十一話  vsレッドドラゴン

レッドドラゴンとの対決開始。

ファリンがいるけど、途中まで原作通り。
途中から微妙に(?)オリジナル展開です。

ファリンのブラコン度は、色々と振り切っているかも。


 

 マルシルが、予定地点の爆破のために一人別行動している間に、ファリン達は、竜を誘導するべく、まずは音で竜の気を引いた。

 外に面した高所の通路から、カーンカーンっと、センシの背中に背負っている鍋を叩いて鳴らすと、建物の間から顔を出していた竜が顔をこちらに向けてきた。

「走って!」

 鍋を鳴らしつつ、走り始める。

 すると竜も建物を挟んで平行して動き出した。

「速くね!?」

「竜の時速は、60キロほどよ!」

 ちなみに、人の時速は、15~30キロほど。

「それを早く言えよ!」

「だいじょうぶ! 地形で制御できるわ! 次の角を右へ!」

 そして三人は、角の階段を降りていった。

 そして直線通路を走る。後ろから竜が覗いてきた。

「この直線で、火の息を誘う!」

 竜は、体内に溜めた燃料に舌打ちで着火することで火を吐く。

 拘束したときに、暴れないように道中で全ての燃料を排出させるために、この通路で火の息を狙ったのだ。

 すると、目論見通り、レッドドラゴンがカンカンカンっと口を鳴らし始めた。

「舌打ち音(タンギング)! 来るわ!」

「ファリン!」

「任せて!」

 ファリンが竜の方に向き、炎を防ぐ魔法を詠唱した。

 そして、凄まじい炎がレッドドラゴンの口から吐き出された。

 それをファリンが魔法で防ぐ。

 やがて炎が来なくなった。

「ファリン、やったな!」

「みんな、無事?」

「うむ。」

 チルチャックとセンシも無事だった。

 しかしその時、再びレッドドラゴンの舌打ちの音が聞こえてきた。

「また来るぞ!」

「走って!」

 三人は予定通りの通路を走った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 マルシルは、予定地点で、ボーッと待っていた。

「……んん?」

 建物の屋根の上にいたのだが、そこから見える城下町の一部が、破壊されていく。だがその場所は、予定とは違う場所だ。

「え? 嘘…、もう来たの!? 早くない? 火の息は、切らしたのかしら?」

 やがて、通路をファリン達が竜を引き連れて走ってきた。

「えっ、えっ? 二手に別れるって作戦は? 私、予定通りやっちゃっていいの?」

 マルシルが見ていると、下の方を走るファリン達がそれぞれ身振り手振りで何か伝えようとしてきた。

「ええい! わかんないわよ! もうやるわよ!?」

 そして、マルシルが立ち上がり、杖の先端を足元に突いた。

 次の瞬間、予定地点に書いていた魔法文字が反応し、三人とレッドドラゴンが通り過ぎていく上の方にあった通路が爆破されて倒壊した。

 たちまちレッドドラゴンが下敷きなり、瓦礫の煙が立ちこめた。

 ギリギリで下敷きになるのを免れたファリン達は、衝撃でこけていた。

 三人は立ち上がり、後ろを見る。

 瓦礫の山だけがあり、レッドドラゴンの姿は見えない。

 しかし、次の瞬間。レッドドラゴンが瓦礫を突き破るように立ち上がった。

「きゃああああああああ!」

 押しのけられ、飛び散った瓦礫が降り注いでくる。

「うそうそうそ! まったく効いてない!」

 上の方にいたマルシルが焦った。

「う……。」

「シッ……、動いちゃダメ。」

 呻いたチルチャックに、仰向けで寝転ばされたファリンが小声で言った。

 すぐ上を、頭を下にやったレッドドラゴンの頭が過ぎる。

 どうやら、こちらを探しているらしいが、瓦礫の煙で視界が悪く、また瓦礫に紛れる形で、ファリン達は気づかれてなかった。

 もう少し…、もう少し!っと、ファリンは、抜いていた剣を握って、逆鱗が真上に来るのを待った。

 だが……。

 ぱんっと、ファリンの手から、剣がはじけ飛んだ。

「あ…。」

 カラーンと空しく音を立てて動く鎧の剣が離れた場所に落ちた。

 逃げた!

 ファリンは、剣の動きからそう理解した。

「ファリン…、おまえ……。」

「っ…、こ、これは…その…。」

「ファリン! チルチャック! 二人とも起きろ!」

 センシが二人を助け起こした。

「上だ!」

 上を見ると、三人の存在に気づいたレッドドラゴンが舌打ち音を発し始めていた。

「あああああああああああああ!!」

 ファリンは、半ばやけくそで杖を握り、その先端から切り裂く魔法を放った。

 チュンッと音を立てて放たれた切り裂く魔法は、狙ったわけでもなく、たまたま、本当にたまたま、レッドドラゴンの右目を切り裂いた。

 レッドドラゴンが絶叫をあげた。

「やった!」

「なんでその魔法なんだよ!」

「言ってる場合じゃないわ! 腹部に潜って!」

 三人は、レッドドラゴンが悶えている隙に、レッドドラゴンの腹部の下に潜り込んだ。

「それと! ファリン、おまえ…!」

「悪かったから…、それは本当にごめん。」

「くそ! 共通語じゃ罵倒の語彙が少なすぎる!」

 チルチャックは、怒りのままに別言語で罵詈雑言を吐き出し始めた。

「あ、なんだか分からないけど、すごい下品なこと言われてる…。」

 ファリンが、剣のことで少し反省していると、腹部に逃げ込んだ三人に向けて顔を向けてきたレッドドラゴンが吠えた。

 そして、ドスン、ズシンっと四本の足を暴れさせた。

「尻尾の方から…!」

 そう言って尻尾の方へ行くと、今度は太い尻尾がゴウッと空気を裂く音を立てて、その後、凄まじい破壊音を立てて建物の壁を破壊した。

 足で潰されるか…、尻尾で潰されるか…。最悪の二択が残った。

「待ってて! 今なんとかするから!」

 上にいるマルシルが魔法を使った。

 いくつかの爆発魔法が炸裂する。だが……、レッドドラゴンの強靱な鱗には傷ひとつつかない。

 レッドドラゴンがマルシルの方を睨み、舌打ち音を始めようとした。

 その隙にセンシが斧を振りかぶってレッドドラゴンの足を切りつけようとした。

 ところが、当たった瞬間、斧の刃は砕け、しかも柄の部分まで折れた。

「ぬう!」

 攻撃を受けたと感じたレッドドラゴンがその足を振るってきたので、三人はなんとか避けた。

「唯一の武器が…、どうすんだよ! ここから!」

「……仕方ない。」

 するとセンシは、自らの愛包丁を取り出した。

「これを使え!」

「え…?」

「やっぱり、それ特別な金属でできてんのか!?」

「あらゆる魔物の骨や皮を断ち、わしが一日と欠かさず手入れをしてきた……。この世に二つとないかもしれない、ミスリル製の包丁じゃ。」

「ミスリル!?」

「まじかよ…。」

「ナマリに見せてあげたかった…。」

「アイツ場合によっちゃ、センシ殺すぞ?」

「なんとなくそういう感じはしたから黙ってた。」

 その時、止まっていた三人めがけてレッドドラゴンの足が振るわれてきた。

「この!」

 ファリンが包丁を振りかぶって、レッドドラゴンの足に刃を突き刺した。

「す、すごい! 本当に竜鱗を貫通するんだ! ……でも…。」

 いくらすごい金属といえど、しょせんは包丁…。この程度の刃の長さでは、鱗の表面を傷つけられるだけで、まったく致命傷を負わせられない。

「ファリン! ボーッとするな!」

「くっ!」

 ファリンは、包丁を抜き、レッドドラゴンの足を避けた。

「っ…。チルチャック!」

「えっ? はっ?」

 ファリンは、包丁をチルチャックに投げ渡した。

「左目を狙って!」

「なにぃぃ!?」

 ファリンは、前に向かって走り出した。

「ファリン! っ、くそ!」

 竜の注意がファリンに向く。

「なにか考えがあるのか!?」

「両目を潰してしまいたいの! それで逆鱗を狙う隙を突きたい!」

 走るファリンに向かって、レッドドラゴンの口が迫ろうとした。

 その背中をセンシが庇い、間一髪口に捕われずにすんだ。

「センシ!」

「いいか、ファリン。今までおまえが食ってきた魔物の中に…、死力を尽くさない者がいたか? ここでは、食う食われるかだ。必死にならなければ、食われるのはこちらだ。腹をくくれ!」

「!」

「行くぞ。」

「ええ!」

 二人は離れて走り出した。

 レッドドラゴンの足が、少し遅いセンシの上に迫り、その瞬間、センシを踏み潰した。

「ぐっ!」

「センシーー!」

「構うな…、走れ!」

 センシが吐血しながら叫んだ。

「今どけてやるから!」

 チルチャックが、センシを踏んでいるレッドドラゴンの足に近寄った。

 するとレッドドラゴンが、チルチャックを食おうと口を開いた。

 それをチルチャックは避ける。

 その一瞬に隙をついて、チルチャックが包丁を左目に投げた。

 包丁は見事にレッドドラゴンの左目に突き刺さった。

 レッドドラゴンが絶叫をあげ、暴れる。

 両目を失い、闇雲に暴れたことで、周りの建物が崩れ落ち、チルチャックの頭の上に落下してきた瓦礫でチルチャックは倒れた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 二人が作った隙をついて、竜から離れたファリンは、走ってきたマルシルと合流した。

「今、どうなってるの?」

「ごめん、立てた作戦全部失敗しちゃった。二人は今、竜の足元で気絶してるわ。」

「ええ!? ど、どどどど、どうしよう!? あ、私の魔法しかないか…。」

「マルシル…。頼みがあるの…。」

「なに? 何でも言って!」

「あのね…。」

 ファリンは、マルシルに頼みを伝えた。

 それを聞いたマルシルは、大きく目を見開いた。

「そ、そんなこと…! うまくいくわけないじゃない!」

「アイツ(レッドドラゴン)…、私とチルチャックを食べようとしたわ。」

「でも、でも!」

「……きっと、お腹がすいてるのよ。」

 ファリンは、酷く冷たい声で呟く。

 ギリッと杖を握る手に力がこもる。

「絶対に…私が…殺す!」

 その言葉と表情に、マルシルは、ゾッとした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 両目を奪われたレッドドラゴンは、スンスンと鼻を鳴らし、匂いを辿って獲物を探した。

 すると、香ばしい肉の焼ける匂いがした。

 たまらずそちらを向く。

 

 ファリンが左手に燃える大ガエル肉を串に刺した状態で持ち、右手に杖を握って立っていた。

 すでに詠唱と魔力が込められ、右手の杖の先端が、ギラギラと魔法をまとって光り始めていた。

 

 空腹と怒りにレッドドラゴンは、吠え、グワッと口を開けてファリンに迫った。

 ファリンは、横にそれてその口を避けた。

 ガチンッと空しくレッドドラゴンの歯と歯が鳴る。

 目が見えず、そして獲物を逃したことで、ますますレッドドラゴンが怒り狂いだした。

 ファリンは、建物の壁に背中を押しつけた。

 レッドドラゴンが匂いを辿ってファリンの方を向く。

 レッドドラゴンが再び口を開けて、怒りのままに突撃してきた。

 ドゴォォオオンッと轟音が響く。

「ファリン!」

 マルシルが悲鳴を上げた。

 

「………これを…、待ってたの。」

 

 壁にめり込み、左腕を食われた状態となったファリン。

 ついに獲物を捕えた感触を感じたレッドドラゴンが、ファリンの腕をくわえたまま顔を上げ、ファリンがぶら下がる。

 その瞬間を狙って、ファリンは右手の杖をレッドドラゴンの首に向けた。

 そして放たれる切り裂く魔法。

 だがただの切り裂く魔法じゃない。溜めに溜めた、詠唱を続けに続けた、一生のうちに撃てるかどうか分からないほどの特大級の切り裂く魔法だ。

 次の瞬間、ブシュッとレッドドラゴンの首の下の逆鱗が裂けた。

 レッドドラゴンの巨体が、横に倒れた。

「……兄さん…。」

 ファリンは、失血と痛みによって薄れていく意識の中、呟いた。




ライオスが足を犠牲にして勝利したのに対して、ファリンは腕を犠牲にして勝ったということにしました。
切り裂く魔法は、それ自体は低威力の魔法だけど、詠唱時間や魔力のこめ方と、当てる場所によってはドラゴンをも倒せるということにました。ただし連発は不可。一生のうちにできるかできないか分からない代物です。

レッドドラゴンの両目を潰したのは、視界を奪って、隙を突くためと、兄・ライオスがすでに消化されていると気づいたファリンなりの報復です。


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第二十二話  黒魔術

ライオスの骨発見。

黒魔術による蘇生。

追記。
ファリンが故郷で迫害を受けていたという設定にしています。
そのため、ファリンがライオスに依存し、ブラコンになったということにしています。


 

 マルシルが走ってきて、すぐに応急処置を始めた。

「ファリン! ファリン!」

「…だいじょうぶ。」

「なんて無茶するのよ…。馬鹿…。」

 涙ぐむマルシル。

「いいの…。こんなの兄さんの痛みに比べたら…、どうってことない。」

「とりあえず、止血はしたから、ちょっと待っててね。二人を助けてくる。あとあなたの腕も。」

 ファリンは、寝転がったまま、ボーッとした。

 脳内を過ぎるのは、過去の記憶。

 

 故郷では、幽霊が見えるからと他の子供達からは石を投げられ、大人達からはヒソヒソと噂されていた。

 そんな自分を受け入れてくれたのは、家族だけだった。

 ある日、近くの墓場で亡霊が出るようになり、その原因を自分が解決させたのだが、結局大人達からはなぜ分かるんだと不気味がられただけで褒められもしなかった。

 でも兄のライオスは、すごい! ファリンには、霊術の才能があると褒めてくれた。

 それが嬉しくて嬉しくて、この力を役立てるように勉強しようと親に頼んで魔法学校に行った。

 手紙で兄が軍を辞めて、最終的に島の迷宮に行ったと聞くと、兄の役に立ちたくて無理を言ってついて行った。

 紆余曲折あったが、ダンジョンで戦う日々は、ファリンにとって、自分の力を最大限に役立てることができ、ようやく見つけた自分の居場所だと感じさせた。

 隣ではいつも兄が褒めてくれる。それが嬉しかった。

 兄がいなくなったら…、自分は……。

 

「い、いてぇえええええええええええ!!」

 チルチャックの絶叫が聞こえた。

 どうやらマルシルの治療魔法による、回復痛に苦しめられているらしい。

 急激に回復すると、痛みが起こるのだ。

「ぐあああああ!!」

 続いてセンシの絶叫が聞こえた。

 マルシルは二人を回復させた後、レッドドラゴンの口の中を探って、ファリンの左腕を探した。

 そして歯の隙間に引っかかっているのを見つけた。

「マジかよ…。よくやるぜ。」

「おかげで勝ったんだから、感謝しないと。」

 マルシルがファリンの左腕を持ってファリンのもとへ行った。

 袖をまくり上げ、切り離された腕をくっつける。そして治療魔法を唱えると、ブクブクと血が泡立ち、やがてピクリッと左手が動いた。

「くっついた。」

「…うっ…、かゆい。」

「回復痛、回復痛。」

 そして全員無事に回復した。

 

「よくやったな、ファリン。本当に炎竜を倒してしまうとは!」

「ううん。みんなのおかげだよ。誰か一人でも欠けてたら、勝てなかったわ。」

「一時はどうなるかと思ったけど…。」

「さすがに肝が冷えた。」

「想定が少し甘かったわ。」

「ま、勝てりゃいーんだ、勝てりゃ。ただな…、ファリン…。」

 チルチャックが、動く鎧の剣をファリンに渡した。

「あ…。」

「その件については、まだ許してないからな。あとでゆっくりと話させろ。」

「…うん。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして四人は、死んだレッドドラゴンに向き直った。

「さて……。」

「まずは、腹の中身を確認しよう。」

「胃は、この辺りよ。包丁を借りるわ。」

 ファリンがセンシからミスリル製の包丁を借り、レッドドラゴンの腹を切り裂いた。

 分厚い鱗と皮膚をまず剥がす。

「なんて分厚い皮膚なの…。」

「これじゃあ、包丁で戦っても、皮下脂肪にすら届かなかったな。」

「胃に届くまで、相当時間がかかるわ…。」

「発破する?」

「ううん。竜もさすがに内臓は他の生き物と同じよ。少しずつ掘り進めるわ。」

 そう言って、ファリンは、肉を掘っていった。

 やがて、ガツンッという感触があった。肋骨だ。

 なので迂回して肉を掘り進めた。

「暗いな…。ランタンをつけるか。」

「ダメ。火はダメ。マルシル、明かりを。」

 言われたマルシルが杖から小さな光る玉を作り出し、宙に浮かべた。

 レッドドラゴンの中は、炎の竜の名にふさわしくとても熱かった。

 汗だくになりながら、ファリンとセンシは、肉を掘り進めていく。

「炭鉱で働いていた時代を思い出すな……。」

 っとセンシが言った。

「あ!」

 やがて内臓に当たった。

「これは肝臓! じゃあ、胃袋も近いわ!」

「む…。」

「あ……、胃袋!」

 すぐに胃袋を発見した。

 いったん外に胃袋を引きずり出した。

 そして中を確認するため、包丁で切り裂く。

 しかし中は……。

「からっぽ……。」

「そんな…。違う竜なんじゃないの?」

「そんなことない…。目の上の傷は、確かにあのときの竜のものだった。縄張り意識の強い雄がこんな近くに何匹もいるなんて考えられない。」

「オスか…。」

「他の内臓を見てみよう!」

 そう言って、今度は腸を引きずり出した。

 そして一通り切り裂いて、中を確認した。

「骨の一片も残ってないなんて…。急いで糞を探さなきゃ…!」

「ファリン…。」

「うぅ…、! 待って…。」

 ハッとしたファリンが再びレッドドラゴンの腹の中に入って、とある臓器を引きずり出した。

「なに?」

「これ…、もしかしたら…。」

 そして包丁で引き裂くと、中から、ドロリっと黒い塊のような粘土のようなものがあふれ出てきた。

 その強烈な匂いにチルチャックが鼻を摘まんだ。

「なに、これ!?」

「毛や骨の塊…。獲物を丸呑みにする生き物の中には、消化しにくいものをまとめて吐き出すものがいるわ。炎竜の場合は、それを吐き出さずに、火を吐くための燃料にする。この黒い毛は…、たぶんワーグのもの。何匹か食べたのね…。それに、これは…。」

「髪の毛!」

 金色の短い髪の毛が黒い毛の塊の中に混じっていた。

「ほぐしてみよう! 人骨が混じっているかも!」

 そして桶を持ってきて、あと水を持ってきて手分けして分別が始まった。

 中から、いくつもの骨が見つかる。

 そして……。

「おい…、これ…。」

 へしゃげた鎧の一部をチルチャックが見つけた。

「ちょっと、ファリン!」

「………兄さん?」

 ファリンは、黒い塊の中から、頭蓋骨を見つけた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 頭蓋骨を見つけて、ファリンは呆然とした。

「ライオス…。」

「あ……、あの状態から生き返るのか?」

「前例がないわけじゃないが……。」

 場が静まった。

 やがてファリンが動き出した。

「お、おい、ファリン?」

「まだ、まだよ! まだ望みはある!」

「待って、ファリン!」

「なに!?」

「魂と肉体のつながりが弱まってるわ!」

「っ…!」

 言われてファリンも気づいた。ライオスの遺体とライオスの魂の結びつきが弱まっていることに。

「動かすのは危険よ。」

「分かってる。分かってるけど!」

 蘇生に失敗する例は、様々だが、そのほとんどが肉体の損傷が激しく、再生に失敗したか、魂がすでに離れているかだ。

 ライオスの場合、すでに骨を残して他の臓器も肉も失われている。損傷はかなりのものだ。

「ならば、どうするのだ?」

「…蘇生は、ファリンでもできるけど、肉体の修復には、損傷した分の倍以上のカロリーが必要だから…、一緒に大量の新鮮な血肉を運んでくる必要があるの…。」

「そんなの途中で腐るだろ。」

「方法はある…。」

「えっ?」

「そう。」

 ファリンの言葉にマルシルが同意した。

「今なら新鮮な血肉は、そこに山ほどあるわ。」

「ちょ、ちょっと待てよ! 竜の肉で蘇生を行う気かよ!」

「やるわ。」

「ファリン!」

「待って。ファリン。もっと確実な方法がある。…怖がらせてしまうから、言いたくなかったけど。」

 マルシルが語り出した。

 自分の専門は、現代では禁忌とされている古代魔術の研究であること。

 それを使えば、通常の蘇生術よりもより確実だと言った。……まっとうではないけれどと。

「な……。」

「黒魔術か! やめろ、ろくでもない!」

「魔術に善悪なんてない。どうする? ファリン?」

「そんなこと…したら…。」

 ファリンは、魔法学校で共にいたから知っている。

 黒魔術などの禁忌とされる魔法に手を出した者は、永遠に幽閉されてしまうことを。

 そんなことを、親友であるマルシルにさせられないと、言いかけたとき、ファリンの目に、完全な骨となってしまった兄・ライオスの姿が映った。

「っ……!」

 この状態では、通常の蘇生術では、失敗する可能性が高いことは誰が見ても明らかだ。

 ファリンの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。

「マルシル…。」

「ファリン…。」

「責任は…、私が取るから…。」

「いいのよ。やるのは私だから。」

 そう言って、マルシルは、ファリンを抱きしめた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、黒魔術の儀式の準備が始まった。

 まずマルシルが手のひらをナイフで切り、血を流す。

 それを杖に伝わせて、タイルの上に文字を書いていく。

 魔方陣と文字をレッドドラゴンの下に繋ぐように書いていく。

「まずは、少しでも体を元の形に近づけたいから、私がライオスの骨を組み立てるわ。」

「私も、犬の骨格が分かるから、私はワーグの骨を組み立てるわ。」

「……ん? それは別に必要ないだろ!」

「見落としや、取り違えを防ぐためだよ!」

 チルチャックのツッコミに、ファリンがそう答えた。

 

 そうして、骨の山から分別が始まった。

 

 まず、人の骨の数はおよそ200。

 そして犬の骨は、320前後。

 おおよそ、840本の骨があることになる。なぜなら、ワーグの頭蓋骨が二つあるので、二匹の骨があることが判明しているからだ。

 まずは分かりやすい骨から分別する。

 骨盤や大腿骨、上腕骨、肘から手首、膝から足首で二本ずつ。

 肋骨は、二対だから、12本ずつ。犬と一緒ならワーグは、13本ずつである。

 丸っこい方が人間であることがわかり、犬の骨と全く違うことが分かる。

 続いて、肋骨を支える脊椎。これも、湾曲が全然違うので分かりやすい。

 それらを分けた後、残ったのは、問題となる手や足の骨だ。とにかく多くて細かい。

 その中に、細い骨があり、これはヒトのものじゃないとマルシルが言った。

 犬の足は爪先立ちなので、この細い骨はワーグのものだと分かった。

 オオカミ(ワーグ)の足の骨を除いたら、この中からさらにヒトの骨を探し出す。

 一番大きいものは、踝(くるぶし)の骨。

 次にそれに合う骨を探し出して並べたら、足の甲の完成。ぴったりと収まる。

 そして、一番の難関。手。

 指から並べていく。次に手の甲、そして、腕と手の甲を繋ぐ手根骨だが……。

「えっと……えっと…。ヒント!」

「楽しくやってんじゃねーよ!」

 なんだかいつの間にかパズル感覚で楽しんでいたのだった。

 そして、ついにすべての骨が分別された。

「完成!」

 

 ライオスの骨格、andワーグの骨格×2。

 

「…なんて言うか……、兄さん、綺麗な骨になっちゃって…。」

「カルシウムをしっかり取っているな。」

 涙ぐむファリン。センシは、綺麗な骨についてそう言った。

「なあ、これ…、ワーグも生き返ったりしないよな?」

「迷宮に縛られる魂は、ヒトだけ。じゃないと今頃、生命の魂でパンクしてるよ。」

 チルチャックの言葉にマルシルがそう返答した。

 

 

 そして、儀式が始まった。

 

 

 マルシルが、愛杖の下の方をほぐし根を縮れさせる。

 そして、魔方陣の中心にしゃがみ込み、フーッと息を吸って吐き、呪文を詠唱し始めると同時に杖の先を魔方陣の文字の上に置いた。

 すると、ボコボコと、レッドドラゴンの血が沸騰を始めた。

 ザワザワ、ヒソヒソと、何かの声が周りから聞こえてくる気がする。そして空気が冷たくなる。

 ズルズルと、レッドドラゴンの血と肉がライオスの骨を置いてある魔法陣に集まり出す。

 そして、骨を包み込むように蠢きだす。

 呪文が進むごとに、徐々に、骨がヒトの形を取り戻し出す。

 やがて、マルシルが倒れた。

「マルシル!」

「兄さん!」

 チルチャックがマルシルに駆け寄り、ファリンがライオスに駆け寄った。

「気絶してる…。」

 マルシルは、気絶していた。

 ファリンは、目をつむっている血まみれで裸のライオスに手を伸ばした。

 すると、パチリッとライオスが目を開き。

「げほっ、ゴホゲホ!!」

 っと、大きく咳き込んで、血を吐き出した。

「兄さん、大丈夫。血を吐いて。」

「……ゲホっ…。」

 横になって血を全部吐き終えて、ハーハーと呼吸するライオスが、涙目でファリンの方を見た。

「兄さん…。」

「ふぁ、…ファリン?」

 ライオスの金色の瞳がしっかりとファリンの姿を映し、ライオスがファリンの名前を言った瞬間、ファリンはライオスに抱きついた。

「よかった…。よかったぁ…。」

「…ファリン……、ちょっと待て!」

「えっ?」

 バッとライオスがファリンを離した。

「腕! どうしたんだ!?」

「あ、…これは…。」

 袖が裂けて、血の跡が大きく残っているファリンの左腕を見て、ライオスが狼狽えた。

「お前のために頑張った証だよ。」

「っ、チルチャック。」

「よお、久しぶりだな。一週間ぶりくらいか?」

 狼狽えていたライオスの頭を、ペシンッとチルチャックが叩いて微笑んだ。

「ライオス? ライオス!」

「あ、マルシル?」

「よかったぁ!」

 気がついたマルシルが駆け寄ってきた。

「俺は…、一週間も死んでたのか…。それにしても…。」

「あ! そうだ、服! 服!」

「キャッ! そうだった!」

「城下町の風呂使おうぜ。血を洗い流せよ。」

 

 その時、ぐうううっという腹の虫が鳴った。

 ライオスの腹からだ。

「…は…、腹が減ったな…。」

 それを聞いて、四人は笑い合った。

「食事の支度をしよう!」

 

 

 最大の目的だった、ライオスの救出は成った。




通常の蘇生方法では、もうライオスを救えない状態だったので、黒魔術に頼ったということにしました。

もうすぐドラゴンキメラへの話に近づいています。

次回は、レッドドラゴンの調理。


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第二十三話  ローストレッドドラゴン

かなりオリジナルかも(?)。

まずライオスの体の点検に、チルチャックが。

それ以降の展開も原作沿いながらオリジナルっぽい展開にしました。


 

「でよー。ファリンの奴がさ~。」

「あの…、チルチャック…、自分で洗えるって。」

「仕方ねぇだろ。マルシルがどこか再生に失敗してないか見ろってうるせーから。」

 あと、ファリンが一緒に入って確かめると言って聞かなかったので、仕方なくチルチャックがその役を買って出たのだ。

「ところで…。」

「あんだよ?」

「…俺は、死んでたんだよな?」

「ああ。」

「あの、魔法陣は何だ?」

「……聞くな。」

「俺のためにいったい何をしたんだ? マルシルも顔色が悪かったし、みんな満身創痍だった。それにレッドドラゴンが五階にいるなんておかしい。」

「……それは、地上に戻ってからゆっくりとな。」

「チルチャック。」

「聞かれたくないことは、聞くなって教わらなかったのかよ?」

「けど…。」

「いいから!」

「ブッ。」

 チルチャックが濡れたタオルをライオスの顔に投げつけた。

「とりあえず、どこも異常はないみたいだし、俺はあがるぞ。あとは適当にしろ。倒れるなよ?」

「あ、ああ。」

 チルチャックは、そう言いながら風呂から上がっていった。

 残されたライオスは、風呂に浸かり、自分の手を見た。

「……温かい…。」

 生きていると実感し、ライオスは、ふ~っと息を吐いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ファリンは、浴室の前でウロウロとしていた。

「うお! ファリン! いたのかよ。」

「あっ、兄さんは大丈夫だった? どこも異常なかった?」

「だいじょーぶだって。どこも問題なかった。」

 詰め寄ってくるファリンに、チルチャックが制しながら答えた。

「だいじょうぶだったの?」

「ああ。」

 とととっとやってきたマルシルに、チルチャックは返答した。

 それを聞いてマルシルは、ヘナヘナとしゃがみ込んだ。

「よかったぁ…。」

「それより、これからどーすんだ?」

「…と、とりあえず…、魔法陣を消して…。」

「ったく…、黒魔術が使えるなんて聞いてねーぞ。おまえ、ダークエルフなんじゃねーのか?」

「誰がダークエルフよ!」

 マルシルが怒った。

「あのね。魔術は、使い方次第。それは、刃物と同じよ。私は、禁術を人の役に立てるために研究してる。やましいことは何もない。」

「…あのな。」

「ただ…、今回の蘇生方法に関しては、忘れた方がいいわ。お互いのために。」

「それをやましいっつーんだろーが!」

「何の話だ?」

 そこへライオスがやってきた。

「えっ…あ…、な、なんでもないわ!」

「そうだぜ!」

「? ならいいけど…。そういえば、あのドワーフの彼はどこへ?」

「センシのことか? さあ?」

「あ、センシなら、さっき鍋と薪を持って……。あっ。」

 四人は気づいた。

 そして、大慌てで走った。

「兄さんは、休んでて!」

「俺のせいで彼が死んだら目も当てられないだろ!」

 竜の燃料袋を開いてしまったため、今現在その辺には着火燃料が渦巻いている。つまり、そこで料理すると言うことは……。

「まだ防御魔法が効いてるかも!」

「いや、もう時間的に効果が切れてるわ! そうでなくてもセンシは魔法が効きづらいのに!」

「あれ? ライオスは?」

「兄さん?」

 ハッとして見ると、ライオスは、ずっと前の方を走っていた。さっきまで並行して走っていたのに。

 そしてライオスが、今まさに火打ち石を叩こうとしているセンシから火打ち石を奪い取った。

「間に合った!」

「何をする?」

「燃料袋を破ったんだ。ここで火を付けたら、爆発する!」

「むっ?」

 

「あいつ…、あんな足速かったっけ?」

 

 チルチャックが呆気にとられた。

 マルシルは、ライオスの身体能力に、自らが持っていた杖を握って俯いた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 燃料が気化して、なくなるまで待ち、調理が始まった。

「大まかには聞いていたが、本当に魔物を調理するのか?」

「無論。こうやってわしらはここまできたんじゃ。」

「すごい!」

 ライオスが目をキラキラと輝かせた。

「そうだ、兄さんは、積もる話も一杯あるんだけどね!」

「ああ。あとで聞くよ。まずは、腹ごしらえだ。」

 

 まず、小麦粉と酵母・塩・水を混ぜ合わせてよく練る。

 その生地を少し寝かせて。

「何を作るんだ?」

「ピザを作ろうと思う。」

「そうだ! それなら…。」

 ライオスは、何か閃いたのか、火を持って行き、レッドドラゴンの腹の中に火を付けた。

 するとあっという間に着火し、ちょっとしたオーブンができあがった。

「これでどうだろう?」

「うむ。だが、これでは肉が取れんな…。」

「あ…。」

「しかしイイ火力だ。」

 調理している間に、マルシルとファリンが風呂に入っていった。

 寝かせた生地をいくつかに分け、広げて、形を整え、その上に具を乗せる。

 レッドドラゴンの皮に軽く粉を振ったら、その生地を乗せて燃えているレッドドラゴンの体内に入れる。

 その間に、レッドドラゴンの尻尾の先を包丁で切り落とし。

「もったいない!」

「まあまあ。」

 切り落とした尻尾の輪切りの皮を剥く、それを大鍋に張った水で煮込んでスープに。

 次に、火力が弱まり焼けた生地を取り出し、その横のレッドドラゴンの肉を切り取る。

 塩コショウなどをすりこみ、熱した鱗の上で表面に焼き色をつけたら、調味料に漬ける。

「完成じゃ!」

 

 ローストレッドドラゴン。

 タマネギのピザ。

 ドラゴンテールスープ。

 

 豪華な内容となった。

「肉をパンに乗せて食べても旨いぞ。」

「うわあ……。」

「うまそう! では、早速!」

「ライオス!」

「やめろ…。止めても無駄だ。」

 マルシルをチルチャックが止めた。

 早速、ライオスがタマネギのピザに、薄切りにしたローストレッドドラゴンを乗せて食べた。

「う…、旨い!!」

「おうおう、存分に食べ返してやれ。」

「私達も食べよう。」

「あーもう…。」

 ファリンに促され、マルシルは渋々椅子に座った。

 そしてライオスに先を越されてはいるが、実食。

「ぐぎぎぎ、えらい硬いわね…。」

 レッドドラゴンの肉はとても硬かった。

「割となじみのある味だな。なんだろ、この味?」

「牛でも、豚でもない…。それになんだかこの風味…、ちょっと動く鎧に似てない?」

「動く鎧だって!?」

「あ、そうなの兄さん! 私達、動く鎧を食べたのよ!」

「どうやって!?」

「あのね、あのね。」

「…あー、言うより、見る方が早くね?」

「はっ?」

 マルシルが訝しみ、言われてファリンは、剣を机の上に置いた。

 すると、剣の柄の辺りから、ニュッと……。

「これは…。」

「そう! これ、動く鎧の剣なの! 兄さんのお土産にって思って持ってきたの! どう、兄さん? イヤだった?」

「そんなことはないさ! ありがとう、ファリン!」

「ファリン…、あんたって、子は……。」

 仲良く抱きしめ合う兄妹に、マルシルは、呆れた目を向けた。

「やっぱり似たもの同士だぜ、この兄妹。」

「あ~、しかし、動く鎧が生き物だったとは…、うわっ!」

 剣を持って触っていたライオスの手から、剣が弾け飛んだ。

「こいつ、勝手に動きやがる。あのとき、勝手に逃げたろ? いいか、ファリン。他に武器が無かっただとか色々と理由があっただろうが、独断はやめろ。周りの信頼を失うことこそ一番の痛手だ。」

「ごめん…。」

 チルチャックからの説教に、ファリンはシュンッと項垂れて謝った。

「俺のために、魔物だと分かってても持ってきてくれたんだろう? だったら俺が悪いんだ。あまり責めてやらないでくれ。」

「あー、もう、そうやってすぐ甘やかす。」

 妹に甘いライオスに、チルチャックは、額を押さえてため息を吐いた。

「それよりも、食事が冷める。食べてしまえ。」

「そうだな。みんな、食事の続きだ。」

「はいはい。」

 

 その後、レッドドラゴンの肉が、何の肉に近いかという議論が沸いたが、魔物マニアのライオスが。

「この赤! しっかりした歯ごたえ! 濃厚な味! 鼻から抜ける風味! どれひとつとっても唯一無二! 大体なぜ他の生物で竜の味を表現する必要がある? これが竜の味なんだ!」

 っと、叫んだことで、お開きとなった。




ライオスは、魔法使いではないので、身体能力の向上という形で異変が起こっているということにました。

トーデン兄妹は、仲良いけど、ちょっと色々とずれている。



次回は…、狂乱の魔術師?かな。


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第二十四話  狂乱の魔術師

ライオスに異変。

ドラゴンキメラへの伏線。


 

 ライオスが復活した夜。

 城下町の建物のひとつに寝泊まりすることになった。

 皆が寝静まった中、センシは、ひとりレッドドラゴンの肉を加工し、ボンレスハムを作っていた。

 そんな中…、ライオスがパチリッと目を開いた。

 そして、音もなく、ソッと起き上がり、窓の方へと行き外へ出た。

 フラフラと歩く彼を、物陰から幽霊達が見ていた。

 そして彼を止めようとするように服の端を掴むが、止められない。

 やがてライオスは、死んでいるレッドドラゴンの傍にたどり着き、両膝をついた。

 

「そこにいたのか。」

 

 冷たい声が聞こえた。

 レッドドラゴンの傍には、褐色の肌に銀髪のエルフが立っていた。

「なんだ、その姿は。」

「う、ぅう……。」

「おまえには、陛下捜索の任を授けたはずだ。暇を与えた記憶は無いぞ。」

 冷たい声が浸食するように流れ込み、ライオスは、頭を抱え、ブツブツと呟きだした。

「デルガル様…、デルガル様を……お捜し、しなくては…」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ガタンッという音で、ファリンは目を覚ました。

「何の音だよ?」

「剣が倒れた。」

「もー、そいつ縛り付けとけよ。」

「ふう……。? 兄さん?」

 ファリンは、異変に気づいた。

「ねえ、センシ。」

「なんだ?」

「兄さんを見なかった?」

「いや? ここを通ってはいないぞ?」

「!」

 ファリンは、慌てて部屋に戻り、窓を見た。

「まさか、ここから?」

「どうしたの?」

「なんだよ?」

 マルシルとチルチャックが寝ぼけ眼のまま起きてきた。

「兄さんがいないの。探してくる!」

 ファリンは、杖と剣を握り、外へ飛び出した。

 

 

 そして外へ飛び出し、しばらく走っていると……。

「うっ…?」

 レッドドラゴンが…、骨を残して溶けていた。

 その血だまりの中に、ライオスが頭を抱えて座り込んでいた。

「兄さん!」

 すると、剣が震えた。

 構わずファリンは、ライオスに近づいた。

「何があったの? ねえ、兄さん?」

「うううう……。デルガル、様……。」

「デルガル、さま?」

 聞き覚えがある名前だった。

 確か……。

 

「この地に…。」

 

「!」

 ファリンの後ろにいた褐色の肌のエルフが語り出した。

「この地に存在する。建物、金貨、国民、家畜、血、肉……。お前が今踏みつけている砂粒ひとつに至るまで、すべてはデルガル国王陛下、その人の所有物である。」

 エルフは、ファリンを睨んだ。

「汚らわしい盗賊が。……貴様…。」

「っ…、あなたは…。」

「見覚えがあるぞ。絵画の中をうろついていた。何者だ。何が目的だ。」

「…か、絵画……、あなたは…、まさか…。」

 

 迷宮の主・狂乱の魔術師。

 

 その名が、脳裏を過ぎった。

 

 次の瞬間、エルフの頭上のドラゴンの肋骨が爆破された。

 崩れ落ちる肋骨の一部を、エルフが避け、ファリンから離れた。

「そ、そこのあなた! 離れなさい! 次は、当てるからね!」

「……簒奪者どもが…。」

 忌々しげに狂乱の魔術師は、歯ぎしりをした。

「兄さん! 立って! 逃げよう!」

「ううぅ……、うるさい!!」

「きゃあっ!」

「ファリン!」

 頭を抱えて呻いていたライオスに、すごい力でファリンは突き飛ばされて吹っ飛んだ。

 チルチャックが駆け寄る。ファリンは気絶していた。

 すると、狂乱の魔術師は、どこから出したのか、大きな本を出現させた。

「ん!? 本!?」

「すごい、やな予感。」

「しっかりしろ、ファリン。」

 そして狂乱の魔術師が呪文を唱えだした。

「んんん!?」

 その詠唱を聴いて、マルシルは、背筋がゾッとした。

 古代魔術であったのだ。

 すると、ライオスが座り込んでいる血だまりから、小さな竜のようなものが無数に出現した。

「食い尽くせ!」

「ええーーー!?」

 そのうちに一匹がマルシルの顔の横を切った。

 爆発魔法…、防御魔法…、どれでも防げない。

 ならっと、マルシルが血を拭い、杖を握りしめた。杖が反応し、ミシミシと枝が立った。

「術を直接書き換える!」

 そして、次に襲いかかってきた小さな竜に、杖を振るった。

 すると、魔法文字が小さな竜に走り、血に戻った。

 それを見た狂乱の魔術師は、ピクッとわずかに反応した。

「解除! 解除! 解除!」

 次々に襲いかかってくる小さな竜を魔法を解除することで消していったが……。

「うっ、ひひひ…。」

 あまりの数と、そして古代魔術は分かるものの、ついていくことができなかった。

 やがてマルシルの鼻から鼻血が垂れ始めた。

 その直後、マルシル達の足元の床がバックリと口を開け、マルシル達は、その下へと落とされたのだった。

「おい、竜。」

「うぅう……。」

「それでは、不便だろう。今一度新しい姿をやる。」

 そう言って、本を閉じた狂乱の魔術師がライオスに近づいて手をかざした。

 すると、血だまりがボコボコと蠢き、ライオスの下半身を包み込んで泡立った。

「成すべきことを成せ。」

「……はい…。」

 ライオスは、放心したままそう返事をした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 暗闇の中。マルシル達は目を覚ました。

「どうなってんだ?」

「待って…。今、明かり付ける…。」

 そしてマルシルが明かりの魔法を唱えた。

 明かりに照らされた場所は、四角い、どこにも穴がない部屋だった。

「なんだ? ここ……。どこから落ちてきたんだ、俺たち…。」

 チルチャックが壁を叩いたり、触ったりした。

「どうなってんだ? 出口が……。」

 その時、壁が動き出した。

「壁が!?」

「押しつぶされる!?」

「出口! 出口を探せ!」

 壁が迫ってくる中、必死に出口を探した。だが見つからない。

「魔法でなんとかできないのか!?」

「それは例えばどんな魔法!?」

 壁はどんどん狭まり、やがてマルシルの杖を折るほどに部屋が狭まった。

 死ぬ…、そんな予感が過ぎった。

 死ぬのは初めてじゃないが、ここは壁の中。見つけてもらえない。

 ようやくライオスを見つけて地上に帰ろうという時に!

 その時だった。

 スウッと壁から無数の手が出てきた。

「えっ?」

 そしてマルシルを掴み、穴の中に引っ張り込んだ。

「マルシルーー!?」

「く、空洞だ! あそこから出れる!」

「どこへつながるか分からんぞ!?」

「ぺちゃんこになるよりかマシだ! いいから急げーーー!」

 センシがファリンを穴に突っ込み、センシの背中をチルチャックが足で押し込んで、自分も穴に入った。

 そして、背後で、ズンッと壁がすべて埋まる音がした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 どこかの民家であろうか?

 そんな場所に四人は折り重なるように倒れていた。

「どこだ? …ここ……。」

 チルチャックが周りを見回した。

「と、とりあえず、ここから離れないと…。」

「無理……。もう指一本動かせらい…。」

「いいや、頑張るんだ。またアイツに見つかったら……。うっ。」

 その時、気づいた。

 周りが、幽霊だらけなことに。

 

 終わったーーーー!

 

 っという断末魔が口ではなく頭を過ぎった。

 すると幽霊の一体が、話しかけてきた。だがまったく分からない言語であった。

 しかし、幽霊達は、急に消えた。

「き、消えた?」

「ああ、くそ、頭がどうにかなりそうだ。センシ、ファリンを起こしてくれ。俺はこの辺の様子を調べてく…。」

 そう言って戸を開けた瞬間…。

 そこにいたのは、屈強な毛深い体、そして頭にある小さな角…僅かに尖った耳の…。

「きゃーーーー!!」

「うおおおおおお!!??」

 オークだった。

 お互いに悲鳴を上げたが、すぐに我に返ったオーク達がなだれ込んできた。

「やかましい! 何事だ!?」

 そこへ鹿の角で、胸を隠し、様々な動物の毛を編み込んだ下履きを履いた女オークがやってきた。

「モグラだ。隊長。」

「一体どこから? 見張りは何をしていた?」

 押さえつけられたチルチャックがなんとか顔を上げて見ると、壁に空いてたはずの穴がなくなっていた。

「地底人に。小人に。足長に。耳長! 面白い。耳長を殺すのは初めてだ。私がやる。小人は、犬にくれてやれ。」

「待て。」

 処刑されそうになったところをセンシが待ったをかけた。

「そなたゾン族長の妹君ではないか? 我々は、族長との約束を果たすために来た。寛大な処置を求む。」

「貴様…。なぜその名を……。」

「ん?」

 周りにいたオーク達が一斉に、センシの匂いを嗅いだ。

「お前、野菜売り!?」

「匂いが違うから気づかなかったぞ。」

 どうやら、センシの知人であったらしい。

「お前がこんなところまで来るなんて。族長との約束とは?」

 そして、事情を話した。

「なるほど……、そういう経緯があったとは…。突然竜の姿が消えたので妙だとは思っていたが。族長にかわって礼を言う。誰か調合の準備を。」

 意識のないファリンを介抱し、やがて、オークの一人が薬草や…なんか分からない物を持ってきた。

 それらをすりつぶしていき……。

「完成だ。」

 

 オークの調合薬(?)のできあがり。

 

 それをオーク族族長の妹君が、一気に口に含み……、ファリンの口に流し込んだ。

 ファリンは、ビクンビクンと跳ね、やがて動かなくなった。

 それを見ていたマルシルは、ざーっと青ざめた。

「わ、わらひは…、たらのまりょく……ぎれ…。」

 そしてマルシルも飲まされた。

 




このネタでの大イベント、ドラゴンキメラへ。

オークの調合薬……。どう見ても不味そうですね。


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第二十五話  地上に戻る決意

オーク族に助けられ、チルチャックの説得で地上に戻る決意。


「な、なあ……。俺たち、エルフの魔術師に攻撃されたんだ。あいつのこと何か知らないか?」

「奴に出くわしたのか!?」

「わっ! えっと……、褐色肌に銀髪の…。」

「それだ。」

 オーク族族長の妹君は言った。

「詳しいことは分からない。」

 そして語られたのは信じられないことだった。

 自分達が住まうよりも前からずっと迷宮を支配しており、迷宮の外の者が必要以上に干渉すると、現れる存在らしい。

 そして魔物を作り、自在に操る、地形を変え、本をめくるだけで生き物を殺すのだと。

「迷宮の支配……、つまり…。俺たち、狂乱の魔術師に目を付けられたってことか? 冗談じゃない!!」

 チルチャックが声を上げた。

 レッドドラゴンを倒したからかとか、マルシルの黒魔術で呼び寄せてしまったのかと、ブツブツと呟く。

「奴は、いくつかの魔物を使役していて。それを殺すと怒らせる羽目になる。」

 オーク族族長の妹君は、そう言った。

 つまり…、あのレッドドラゴンが狂乱の魔術師が使役していた魔物だったということだ。

「二人が目を覚ましたら…、絶対にライオスを探したがるな。なんとしてでも諦めさせないと。」

「というと?」

「なんでもいい。杖を燃やすとか。竜の肉を食ったので、満足したと言うとか、ライオスが地上に向かうのを見たとか。」

「二人を欺けと?」

「ああ、そうだよ!」

 チルチャックは必死になって言う。

 これ以上進めば、自分達は確実に殺される。

 壁の一部になりたいのか? 自分は絶対にごめんだと。

「あいつらに付き合って死ぬのはまっぴらだ。」

「……。」

「なあ、置いてきて、荷物を回収したいんだ。案内を頼めないか?」

「断る。腐った根性の匂いが移りそうだ。」

「んな……!?」

「わしからも頼む。連れて行ってやってくれ。臆病だが、悪い奴ではないのだ。」

「センシ? おまえは来ないのかよ?」

「二人の傍に残る者も必要だろう。」

「そ……。」

「……お前から頼まれては仕方ない。気にくわないが案内してやる。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 オーク族族長の妹君と、番犬達の後ろをチルチャックがついて行く。

「……仲間とはぐれたのか?」

「……そうだよ。最後に見た時には、魔術師の足元に倒れていたんだ。楽観的にはなれないだろ。」

「仲間を騙す言い訳にはならんがな。」

「部外者はどうとでも言えるよな…。」

 するとオーク族族長の妹君に睨まれた。

「っ、いや、なんでもないって。」

「後ろだ。」

「へっ?」

 その時、幽霊がチルチャックの後ろから前の方へと通り過ぎた。

「ーーーー!?」

「騒ぐな。あれは、この都の住人だ。この辺りの霊はまだ正気を保っている。姿を見せたい時だけ現れる。彼らの進む道は安全だ。ついていこう。」

「本当かよ…。」

 しかし、ついて行くしか道がないチルチャックは、それを追った。

 

 

 やがて外に面した通路を通るとき、チルチャックは気づいた。

 その通路の下に、ものすごい血の跡が残っていることに。

「さっきまで、居た場所だ。」

 下に落ちたはずなのに、なぜか自分達は、上にいたのだ。

「炎竜が消えてる…。まさか、生き返った…のか?」

「犬たちが警戒している様子はない。魔術師が消したか、持ち去ったかの、どちらかだろう。燃やした形跡があるな? 何をした?」

「料理を作るのに竜の腹の中を燃やしたんだよ。っても、そいつが止めなかったら、今頃爆発に巻き込まれて全員死んでたろうな。」

「仲間に恵まれているな。」

「そういう話じゃない。あいつ、そんな足が早くなかったのに、なんでかやたら足が早くなってたんだ。あいつが早くなかったら今頃、全員吹っ飛んでたところだった。結果的には成功したが、失敗してりゃただの間抜けだ! そういう奴らなんだよ。」

「そもそもどうやってお前達だけで、炎竜を倒した?」

「俺とセンシで、竜を引き付けて…。目を潰して…、その後、ファリン…、あ、仲間のトールマンが…、レッドドラゴンの懐に飛び込んで急所を突いたらしい。」

「ほー。それは素晴らしい。戦う者は勇ましくなければな。」

「あれは、勇気じゃない。成功したからいいものの、馬鹿な賭けだった。正直ゾッとした。こんな判断をする奴がこの先どうなるものなのか。」

 今思えば、パーティーから抜けた仲間達は、賢かったかもしれないとチルチャックは言った。

「意地を張らず、俺も抜ければよかった。」

「そのために仲間を失っても良かったと?」

「どうかな? 案外…。俺がついていくなんて言ったせいで、アイツも後に引けなくなったのかも。」

 それを聞いたオーク族族長の妹君は、キョトンッとした。

「それで、その後どうなった?」

「怪我や、なんもかんも治して……。この部屋で…。竜の肉を料理して食った。」

「それはいい。倒した者の特権だ。」

「まあな。」

 

 そしてチルチャックは、荷物を整理した。

 全員分の荷物を。

 

「魔術師が現れたのは、その後か。お前達はどうやって生き延びたんだ?」

「仲間の魔術師が攻撃をしのいでくれたんだ。」

「あの床に倒れていた耳長が!? あんな間抜けな顔をしていたのに。」

「実際間抜けだよ。怪しげな魔術まで使って、迷宮から出られたとしてもまともな人生が送れるとは思えない。………そう! どいつもこいつもアホでバカで大間抜けだ。無理をすれば報われると思い込んでる!」

 チルチャックとオーク族族長の妹君は、全員分の荷物を背負い、移動を始めた。

「そんな奴ら、まともな説得なんてできるか!」

「だから騙すのか? 他にもっとイイやり方がある。」

「嘘をつく程度で地上に帰れるなら上等だね! 俺は臆病だし、自分の命がいっちばん大事だからな!」

「ではなくて。素直に、死なせたくないと言えばいい。」

 そう言われて、チルチャックは固まった。

 固まったまま歩いていると、ふとレッドドラゴンの死体があった場所が目に映った。

 そこには、血だまりから何かを引きずった跡が残っていた。

「置いていくぞ?」

「あ、ああ。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、オーク達の集落に戻った。

「荷物、回収してきたぞー。」

 っと言って、部屋の戸を開けると…。

 今まさにセンシに押さえつけられたファリンがいた。

「わーっ! 何やってんだよ! まだ安静にしてろって。」

「どこもいたくない。」

「それは薬で痛覚が馬鹿になってるだけだ!」

「兄さんが…。兄さんが…、狂乱の魔術師に連れ去られたのなら、まだ近くに……!」

「っ! 落ち着けって!」

 センシと二人がかりでファリンが床に座り込ませた。

「……二人に話がある。」

「チルチャック。考えたが、わしは…。」

「まず俺から話をさせてくれ。」

 チルチャックは、ファリンの前にしゃがんだ。

「ファリン。今のお前の心中は察するに余りある…。だが、これ以上探索は…、今の俺たちじゃ、無理だ。必ず、誰か死ぬ。」

「チルチャック…。」

 チルチャックは、ぐっと下を向き、すぐに顔を上げた。

「ここは耐えて、地上に戻ってくれ。頼むファリン! 俺はお前達を失いたくない! お前が兄を思う気持ちにはかなわないかもしれないが、こっちは三人分だ! 狂乱の魔術師を見たと言えば、島主が動くかもしれない! 金を集めて誰かを雇うのもいい! 準備があれば、もっと早くこの階層まで来られる! だから……、頼む……、引き返そう…。ファリン。」

「……実を言うと…。」

 センシが言い出した。

「調味料などの一部食材もあとわずかでな。ライオスには、ちゃんと旨いものを食わせてやりたい。街に戻り、物資を補充すべきだ。」

 

「炎竜が倒れたと、使いを出した。」

 

 そこへオーク族族長の妹君が来た。

「兄たちもいずれ戻るだろう。もしお前達が準備を整え再び戻ってきたなら。我々もできる限り協力しよう。」

「………分かった……。」

 ファリンは、俯き言った。

「心配かけて、ごめんね。一度引き返そう。」

「うん…。」

 

 

 そうして、地上に戻ることが決定した。




ここでうまく地上に帰れていたら、それ以降の物語も大きく変わっていたでしょうね。
でもそうしなかった原作は……。

ドラゴンキメラ・イベントまでもうすぐそこまで来ましたね。

次回は、ドライアド。


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第二十六話  ドライアドのポタージュ

変動する迷宮での迷走と、ドライアドの実の収穫と調理。


 

 

 地上への帰還宣言から、丸二日……。

 ファリン達は…。死にかけていた。

 道に迷って。

「お腹すいた…。」

「眠い…。」

「喉渇いた…。」

 ダンジョンが変動しているのだ。

 常に動き、そして……。

 頭上をあの小さな竜のようなものが通り過ぎた。

 慌てて壁の影に身を隠したので見つからなかったが…、あれは、魔術師の目だ。

「それにしてもなんだか街が…。」

 さらに追い打ちをかけるように、城下町に潜んでいた魔物達が戻ってきたのだ。

 レッドドラゴンがいなくなったため、なりを潜めていた魔物達が姿を現し始めてしまった。

「元々この階層は魔物が多いから…、今まで出会わなかったのは幸運だっ…、っっ!」

「ファリン! やっぱり治療魔法を使えよ!」

 腹を押さえてふらつくファリンを支えながらチルチャックが言った。

「ごめん…。私も魔力が尽きかけてるの。炎竜を倒すときに、ほとんどの魔力を使っちゃって…。」

「竜の首を切り裂いた、あの大技か。」

「一生に一度できるかできないかぐらいのだったから…。」

「そこまでの大技だったのかよ。」

 そんなファリン達を見ていたセンシは、悩んでいた。

 オーク達の住処から離れて以降、ずっと歩きづめで、オーク達から少しの物資はもらったが、正直な話、竜を食って以来ロクな食事を取っていなかった。

 ファリン(トールマン)の年齢はよく分からないが、チルチャックとマルシルはおそらく育ち盛りだろうとセンシは、見ていた。

 なんとかして食わせてやらねばという、使命感がセンシに湧き上がる。

 その時だった。

「ん? 甘い匂いがする。」

「食べ物の匂いか?」

「や、花の香りみたいな…。」

「! 花が咲いている場所なら水場が傍にある、突き止めてくれ、チルチャック!」

「了解!」

 

 そして、駆け出した先にあったのは、草木が茂った墓場だった。

「ここは? …墓場か? 待て、誰かいる。」

 見ると、三人の裸の男女達がいた、彼女らの頭には草の冠がある。

 彼女達は、クスクス笑いながらお互いの口を…。

「いかん!!」

「はっ!?」

 その大声で、三人がこちらに気づき、表情を無くしてこちらを見てきていた。

「こ、これは失敬……。」

「おい、センシ、放せ!」

 次の瞬間、三人が襲いかかってきた。

「おおっ!?」

「センシ、下がって!」

 ファリンが剣を振り上げて、女性の一人を切り裂いた。

 切り裂いた瞬間、粉のような煙のようなものが吹き出した。

「なんだ……!?」

「武器を取って! 彼女達は…、ドライアドの花よ!」

「では…、この体液は…。」

 体液ではない。

 この微細な粒子は呼吸器から入り込むと、粘膜へとへばりつく。

 そして体はこの見覚えのある粒子を毒と判断し、免疫を総動員し迅速に排出へ取りかかる。

 それすなわち……。

「ぶわあっっ、くしょおおい!」

 花粉症である。

 ファリンもやられて涙をボロボロと零しながら鼻水を垂らした。

「ドライアドの花粉か! やばい吸い込むな、センシ……。」

 だが遅かった。二人とも花粉にやられて、目も鼻もグズグズだった。

「まずいって!」

 残るドライアドの花が迫ってくる。

「ファリン!」

 ファリンは、剣を見失ってフラフラとしていた。

「…くそ、俺も目が…。センシ、手を伸ばせ。俺の合図でそれを後ろにたたきつけろ。」

 背後にドライアドの花が迫り、ドリルのように渦巻いたツルを振り下ろそうとしていた。

「いち、にい、さん!!」

 チルチャックの合図で、振られた剣がドライアドの花を切り裂いた。

 再び花粉が飛び出す。

 それによって、チルチャックの目もやられた。

 残るドライアドの花が手を同じようにドリルのようにして、迫ってくる。

 ドライアドの花がセンシの腕にそれを突き刺してきた。

「うぐ!」

 闇雲に剣を振るっても当たらない。

 連続して攻撃が来た。

「センシ、逃げろ!」

「ならん! わしは、若い者達を守らなくてはならない!」

「なんだよ、それ…。」

「チルチャック、お前がわしの目になれ!」

「無理だよ! 何も見えない!」

「お前には優れた五感があるだろう!」

 チルチャックは、口と鼻に巻いている布を取って、視界以外の五感を使おうとした。

 匂い。花粉の匂いが強くてダメ。

 音…。センシのくしゃみがうるさい。

 視覚、嗅覚、聴覚も、あてには…、っとその時だった。

 何かが動く気配があった。

 風!

「くしゃみを避けて、右斜め後ろに逃げた! このまま振り上げろ、センシ!」

 そして、センシの剣が最後のドライアドの花の首を切断した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 一人残っていたマルシルは、杖を触っていた。見事に真ん中から折れてしまっている。

「早く補修して、魔力を与えないと杖が死んじゃう…。」

 長い年月をかけて、ここまで育てたのにっと、マルシルが残念がっていると、ファリン達が戻ってきた。

「わーーーー!」

 マルシルは、三人の惨状に驚き声を上げた。もうドロドロ…、顔から出るもの全部出ている。

「こ…、ここは、この中は安全だ…。」

「嘘をつけ!!」

 マルシルが絶叫した。

 

 

 そして、ドライアドがいた林の中にある噴水で、顔を洗った。

 首を失ったり、胴を切られたドライアドが転がっている。

「ドライアドと戦ってたの? 大変だったね…。」

「うん…。花粉が…。」

「しかし、花の魔物とは…、すっかり人間の男女だと思ったわい。」

「ドライアドは、単性花(たんせいか)だから、男女には違いないけど…、あっ! そうだ!」

 ファリンは、ハッとして茂みの中を探り出した。

「……どうする、あれ?」

「…でも、私達、いよいよ贅沢言ってられないし、花が人の形をしてるからって、今更なに?って感じ…。」

「マルシ…。」

「あ! あったーー!」

 ファリンがついにドライアドに実を見つけ出した。

 カボチャのような形状ではあるが、……表面には、はっきりと人の顔が…。

「……時……、遡る…。」

「やめろ! さらっとヤバそうな魔術を探すな!!」

 贅沢言ってられないとは言え、どうしても常識は捨てられないマルシルであった。

 一方、センシは、死んだドライアドをしゃがんで見ていた。

「このドライアドからは花粉が出なかったね。つまり雄花だわ。雄花は受粉前の花が果実の世話をしたり、守ったりしているって兄さんが言ってた。」

「こっちにも実みたいなものがなってるぞ。」

「あ、それは蕾だね。それが咲いてドライアドの花になるんだよ。」

「こっちの方が食べやすそうだな。」

「なかなか美味しいかもしれないね。収穫してみよう。」

 そう言って蕾を取っていくが、途中でセンシがそれを止めた。

「…あまり、獲りすぎてくれるな。」

「…わかった。」

「お、マンドレイクも生えてる。犬を用意する暇はないから、首を切るけどいいよな?」

「うるさいなー。いつまで引っ張るの。」

「ねえ、センシ。これは食べれる?」

「見せてみろ。」

 

 そして、緑の生い茂った墓場から、色んなものが収穫できた。

 

「うむ。中々の収穫になったな。オーク達から斧を借りておいて正解だったわい。」

「?」

 そして、センシがドライアドの実を斧で割った。

 なにせ顔があるため結構な絵面である…。

 そして調理開始。

 まず、砕いたドライアドの実を水と一緒に鍋で煮て、柔らかくなったら火を止めて、鍋の中ですりつぶす。

 ペースト状になったら、再び水を加え、味付けをする。

 次に、ドライアドの蕾を輪切りにする。シャクッと瑞々しい音が鳴る。

「ふむ、良い香りだ。これなら…。」

 輪切りにした蕾をバターを溶かしたフライパンでさっくり炒め、さらにキノコを加え、溶かしたチーズを上からかける。

「完成じゃ!」

 

 ドライアドの実のポタージュと、チーズかけドライアドの蕾のソテーの完成である。

 

 そして実食。

「…なんで、そこに入れたの?」

 ポタージュスープはいいのだが、顔のある実の方に入れられている。

「魔力補給の足しに少しでもなるかと…。」

「善意を後ろ盾にすれば許されると思うな! 食べるけども。」

 そう言いながらポタージュスープを受け取ったマルシルは、スープを飲んだ。

「わっ、甘い! ほんのり花の香りがして…。まったり濃いのに口溶けがいい……。これ好き…。」

「絵面が最悪だな!」

 顔がある実から直接スープをすすっている姿はなんともシュールだ。

 ファリンは、蕾のソテーを食べた。

「チーズの酸味がよく合ってて美味しい。」

「わずかに苦みがあるのが気に入った。」

「…にしてもどうやって脱出したもんか。このまま永遠に出られなかったりして。」

「地上までの通路を完全に封鎖するのは、魔力の流れを絶つことなるからないと思う。どこかに抜け道があるはず。」

「迷宮の変化には、なにか法則とかないかな?」

「それだわ! 地鳴りの感覚と地図を記録してみようよ。」

「なんとかなるような気がしてきた。」

「お腹いっぱいになると少し楽観的になるね。」

 そう言うファリン達の姿に、センシは嬉しそうに笑った。

 

 この後、食後の休憩中に、センシに完全に子供扱いされているチルチャック(29歳)が、なぜだか雄しべと雌しべのことから勉強させられるという変な珍事があった。




ドライアドは、カボチャの一種なんでしょうか?
実の感じから察するにそうなのかな~って思ったり。

次回は、コカトリス。

あとこのネタにおける、シュローとファリンの関係にちょっと触れる予定です。


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第二十七話  コカトリスの塩漬けとドライアドのザワークラウト

コカトリス編ですが、ファリンは魔力不足のためその場には居ません。
マルシルが噛まれて戻ってきてから話が始まります。

あと、このネタにおける、シュローとの関係に少し触れています。

なお、ファリンのキャラクターが、原作とは大きく異なりますので注意。


 

「お腹いっぱいになったおかげで、少し魔力が戻ったわ。センシ。治療してあげる。」

「む…。」

 レッドドラゴンに踏み潰されたときの傷がまだ癒えていないセンシの治療をファリンが買って出た。

「横になって。」

 センシは、嫌々ながら従った。

 その一方でマルシルは、ドライアドの枝で杖を修復していた。

「やれやれ…、ファリンに治療してもらいたかったぜ。」

「悪かったわね。下手で。」

 ゆっくりと、回復痛もなく治療をしているファリンを見てチルチャックが愚痴り、マルシルがムッとして言った。

「……なあ、ファリン。」

「ん? なに?」

「……前にシュローと大げんかしてたろ。」

「…なに?」

「っ、いや、ちょっと興味本位で聞いただけだって。怒るなよ。」

「別に、怒ってない。」

 ファリンは、プイッとそっぽを向いた。

 

 実は、レッドドラゴンと戦い全滅直前に追い詰められる前。

 ファリンとシュローがとんでもない大げんかをしたのだ。

 大げんかと言っても、ファリンがかなり一方的にシュローに言葉を投げ、シュローは、どちらかというとファリンを落ち着かせようとしていた。

 喧嘩の内容については、パーティーメンバーが離れていたことや、二人が黙秘したため謎となっている。

 食料を失っていて空腹も手伝っていたのもあって、ファリンの怒りは中々収まらずしばらくはシュローの顔すら見ていなかった始末だ。もしかしたら全滅寸前になった原因の一つにもなったかもしれない。

 シュローが離れた今となっては、ファリンに直接聞くより他ないのである。

 

 シュローがファリンに、好意を寄せていたことは、なんとなく察してはいたが、あの様子ではシュローはふられたかファリンの怒りを買う何かをしたと考えられる。

 ……だが単にふられただけなら、あそこまで喧嘩になるのはおかしい。

 ずっと気になっていたので、興味本位で聞いてしまったため、ファリンの機嫌を損ねてしまった。

「ファリン。おまえさ、シュローのこともそうだが、人を見る目を養えよな。」

「……なに?」

「友達は選べって事だ。知ってれば黒魔術の片棒を担がされたりすることもなかった。」

「マルシルのせいじゃない。私は知っててやってもらった。責任は私にあるわ。」

「はあ? なにか? じゃあ、おまえ黒魔術に手を付けた奴がどうなるか分かっててやったってことか、知らないよりたち悪いぞ?」

「チルチャック、ファリン。」

 センシが言った。

「今回のことは、目をつむる。そう決めたのではないか?」

「そのおかげで狂乱の魔術師に目えつけられちゃ、命がいくつあっても足りねーよ。」

「……もしかしたら、彼が現れたのは、私のせいかもしれないわね。」

「っというと?」

「ライオスには…、もう自分で回復する力が無かったわ。そこで私は、迷宮の一部を書き換えて、“この肉体は、迷宮の一部”だということにした。もちろん一瞬だけね。その一瞬の影響を感じ取ったのかも。」

 

 その時、ズンッと地響きがした。

 

「また地鳴りだわ。」

「見てみよう。」

 窓から外を見ると、今まさに壁が動いているのが見えた。

「うっ……。」

「ファリン? どうしたの?」

「ごめん…、センシの治療に魔力を使いすぎたかもしれない。」

「じゃあ、休んでて。私達で見てくるわ。」

「うん。」

 マルシル達は、部屋を出て行った。

 残されたファリンは、椅子に座り込んだ。

「……シュローなんて、大っ嫌い。」

 誰も居ないことを良いことに、そう呟いたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 しばらくボーッとしていると、マルシル達が戻ってきた。

 ただし……、マルシルがコカトリスに噛まれて帰ってきた…。

「大変! コカトリスに噛まれたときの対処法をしないと!」

「そんなのあるの?」

「今から教えるから!」

 まず、下履きを脱ぐ。下着はそのまま。

 できるだけ肌を合わせるように床に座る。

 脇を締め、指で耳を覆う。口も閉じる。

「うん…、よし! これでいつ石化してもだいじょうぶ!」

「石化しないための対処法じゃないんかい!!」

 ツッコミのために動いた瞬間、マルシルは石化した。

「あー! すごく危うい姿勢で固まっちゃった!」

「早く石化を解く魔法を使えよ。」

「ごめん…。魔力が…。」

「どうするんだよ! 魔力が回復するまで待つってか?」

「石化を解く方法はいくつかあるわ。」

 石化とは、毒と言うよりも呪いの一種らしい。

 そのため、魔術抵抗力の高いエルフなら他の人種より回復は早いと思われる。

 二つ目の方法は、石化を解く薬草。これは、ローストバジリスクを作ったときに使ってしまった。

 あるいは、回復手段を持つ冒険者を探す。

 最後は…。

「私の魔力が回復するのを待つ。」

「自然治癒ってどのくらいかかる?」

「トールマンなら、半年から十年。」

「で、魔力の回復の方は?」

「……。」

「コカトリスを取ってくる。」

 倒したコカトリスをセンシが取りに行った。

 他の案も期待しつつ、この場にとどまることになった。

「なんか、傾いてて危ないな……。」

 なにせツッコミ体勢のまま固まってしまったのだ。体は斜め、倒れれば確実に腕は折れるだろう。

「尻になにか噛ませてるとかしたほうがよくないか?」

「そうだね。」

「わしに考えがある!」

 センシが言った。

 

 まず鍋の底にドライアドの蕾の千切りと調味料を混ぜた物を敷き。上に石化したマルシルを置く。

 コカトリスの肉を塩水に浸けたら、マルシルの膝の上に乗せて……、安置する。

 

「……えっと…、安定感は、出たかな?」

「これなら倒れることもないだろう。」

「邪教の偶像みたいだ。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 それからファリン達は頑張った。

 チルチャックは、薬草探しをし、センシは、英気を養うために料理をした。

 ファリンは、中々回復しない魔力に歯がみした。

「焦っても魔力は戻らねぇから、焦るな。」

「分かってるけど…。」

「ほら、出来たぞ。しっかり食べて休め。」

「うん…。」

 ファリンは、少し涙ぐんだ。

 

 そして、四日が過ぎた…。

 

 チルチャックが見つけてきた謎の薬草を貼り付けたりして、マルシルは変なことになっていたが、いまだ石化は解けていない。

 ファリンは、マルシルの頬に触れた。

 そして息を吸って、吐いて、詠唱を始めた。

 ゆっくりと確実に、これで失敗したら魔力の消費損になってしまう。焦ってはダメだ。

 やがて詠唱が終わり…。

「? ……ファリン?」

「マルシル!」

「えっ? なに、なに? なんで野菜の輪切り? なんで鍋!?」

「どれどれ。」

 センシがマルシルをどかし、鍋の中の物の味を見た。

「こちらも成功じゃ!」

「やったー!」

「なんなの!?」

 

 そして調理が始まった。

 まず塩漬けにしたコカトリスの肉を茹で、薄切りにする。

 その横に発酵させたドライアドの蕾の千切りを置き、さらに、石化消し草も焼く。

「完成じゃ!」

 

 コカトリスのアイスバイン風。

 ドライアドの蕾のザワークラウト風。

 付け合わせの石化消し草グリル。

 

 そして実食。

 その間に、これまでのことを話した。

「え、そんなに経ったの? 噛まれてすぐ抵抗呪文を唱えたのに……。押し負けたか…。」

「結局何が一番効いたんだろう?」

「色々試しすぎてわからんな。」

「やっぱり私の呪文?」

「いーや、薬草の鮮度がよかったと見るね。」

「調理されたコカトリスの肉が呪いを中和したのでは?」

「みんな、ごめ……。」

 マルシルは、言いかけて、一瞬止まった。

 謝る前に、まず言うべきことがある。

 そして…。

 

「人を…、漬物石に使うな。」

 

 っと、怒った顔で言ったのだった。




喧嘩(?)なのか。どうなのかは不明ですが、とにかくこのネタにおける、ファリンとシュローの仲は、最悪です。ファリンが一方的に嫌っています。

次回は、そのシュローと再会。
めっちゃシュローを捏造しているので注意。


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第二十八話  コカトリスの石焼きあんかけ

ダンジョンクリーナー。

最後にシュローと再会。



 およそ四日間の間に、チルチャックが変動する迷宮の法則を見つけたと言った。

 どこかが繋がって、どこかが塞がる。基本的にその繰り返し。

 戸や家具の数、建物の種類は変わらない。

 民家が墓地になるということもない。

 便所が七つある。民家の裏には便所を失った民家が六軒あったはずであること。

 壁は一定間隔で右巻きの渦状に動いて、石像の位置は方角含め固定。

 その他諸々をふまえて…、チルチャックは地図を片手に皆を導いた。

 そして…。

「あ! あの家…、みんなで竜を食べた場所だわ。」

「チルチャックすごーい。」

「まっ、こういうのも仕事なんで。」

「天才。」

「賢い。」

「かわいい。」

「耳が大きい。」

「やめろ!」

 ポンポンと触ってくる手を、チルチャックが振り払った。

「でも、この道……。」

 それを聞いたチルチャックは、ギクッとした。

 そうこの道には、あのレッドドラゴンの血だまりが残っていた場所があるのだ。

 あれを見られたらファリン達がライオスを探すために慌てるだろう。

 どうなだめるか…、そう悩んでいたチルチャックだが、それは杞憂に終わる。

「ここだったよね。竜の死骸があった場所。」

「あれ?」

 そこには何も無かった。

 血だまりの跡も、もちろん死体も。

「壁のヒビは、炎竜が倒れたときに残ったものだろう。」

「そのヒビが塞がりかけてるわ。」

 

『魔術師の目が来るぞ。』

 

「!!」

 壁の隙間から幽霊が出てきてそう言った。

「ファリン?」

「ま、魔術師の目が来るって…。」

「まじゅつしのめ?」

 その時、微かな羽音が聞こえてきた。

「まさか、あの小型竜!?」

「身を隠さなきゃ!」

「いや、無理だろ! ここは見通しが良すぎる!」

「走って、マルシル!」

「……いえ。身を隠すなら…。」

 マルシルは、チルチャックを後ろから抱え上げた。

「壁の中!」

「んぶっ!?」

 チルチャックを壁に押しつけると、チルチャックは、壁の中にめり込んだ。まるで粘土のように。

「ほら、二人とも早く!」

「わ、分かった…。」

「これは……。」

 そして、全員が壁の中に潜った。

 そのあと、小型の竜が通り過ぎていった。

 通り過ぎて数十秒ほどして……。

「ぶはああああああああ!!」

「おええええええ!」

 壁の中からファリン達が飛び出し、必死に息をした。

「マルシル…、これは一体何の魔法?」

「魔法じゃないわ。」

「? あ…そっか……、クリーナーだ。」

「なに?」

「ダンジョンクリーナー。迷宮内のゴミを掃除して、破壊された場所を補修する生物(?)だよ。」

「そう。まだ完全に固まりきってないはずだって思ってね。」

 そして、ファリンは、壁や床を触りだした。

「ここまでは、元の壁。ここから、クリーナー! 床も!」

「……げっ。床一面に小さい何かが蠢いてる!」

 感覚が鋭いチルチャックがその生物に気づいた。

「全部クリーナーだね。彼らがいない迷宮はすぐに崩壊してしまう。魔物じゃないし、害はないよ。」

「害はある。わしのテントをよく囓るんだ。こいつらは。」

「ふふ。彼が邪魔だと判断した物はすべて分化されてしまうから、竜の死骸や爆発の残骸を食べたんだ。」

 爆発などで迷宮内が傷つくと現れ、分泌液で延焼や倒壊を防ぐ。

 そして周囲に散らかったゴミを食べ始める。

 好き嫌いはない。有機物から無機物まであらゆるものを食べる。

 最後は欠けた部分を埋めるように分泌液を出し、元の迷宮の姿を復元する。

 そのため、迷宮は常にその姿を保っているのだ。

 生物の治癒と同じ過程だとマルシルは言った。魔物はバイ菌を排除する免疫組織ってとこだろうと。

「それも魔術の仕業なのか?」

「すごいでしょ。」

「やれやれ…、次は魔術の消化器官か…。」

「その場合は迷宮は何を食べるんだろうね?」

 そんなことを話しているファリン達を見ながら、チルチャックは安堵の息を吐いた。

 血の跡が消えていてホッとしたのだ。

「また変動が起こる前に進もうぜ。」

「うん。」

 そして、チルチャックの導きに従い、先を進んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、ついに上への階段を見つけた。

「階段だぁ~!」

「はー、ようやくここから出られる…。」

「では、ここらで一発アレをしておくか。」

「うん! そうだね、アレをしよう。」

「アレ? そっか……、アレね…。」

 そして、アレが実行されようとした。

 

 センシがフライパンと、包丁を出し。

 ファリンがドライアドの実などの食材を出し。

 マルシルが、カエルスーツを身にまとった。

 

「えっ!? アレって食事のこと!?」

「長い階段を上がる前に体力をつけないと。」

「この階段にはたぶんテンタクルスはいないよ。」

「はよ言え!!」

「実は結構気に入ってんだろ?」

「違うわい!」

「ウーム。食材充実しすぎて、何を作ったもんか…。…アレを使ってみるか。」

 そして調理開始。

 

 まず、小鍋に麦を入れて炊く。

 

「それ、三階で拾ったやつ?」

「いよいよ飯が尽きた時のためにとっておいた。」

 

 次に、挽(ひ)いたコカトリスの肉と、ドライアドの実、マンドレイクの実と葉、石化消し草(?)の葉を適当に切り、味を付けて炒める。

 中をくりぬいたまだ柔らかいレンガに麦飯を敷き、上に具材を乗せる。

 そのレンガを網の上で熱する。

 そして。

「えっ!? なにそれ!?」

「コカトリスの卵。持ってきたのはいいが、使い勝手が悪くてな。」

 コカトリスの卵は、バジリスクの卵と似ている物の、大きさが段違いだった。

 センシは、卵の先端に穴を空けて、フライパンに卵の中身を出した。

 コカトリスの卵で作った、卵のあんをレンガに詰めた麦飯と具材の上にかけたら……。

「完成じゃ!」

 

 クリーナーが復元したレンガに詰めた、コカトリスの石焼きあんかけの完成。

 

「わー、美味しそう。」

 そして実食。

「おごけが美味しい。」

「スプーンを皿に突き立ててみろ。」

「えっ?」

 言われるままに皿になっているレンガの底にスプーンを刺してみる。

 すると、レンガがムニッと掬えた。

「ダンジョンクリーナーでできた石を使ってみた。」

「すごーい! ありがとう、センシ!」

 ファリンは、クリーナーを食べた。

 そして、なんだかすごい顔になった。

「……。」

「…どんな味?」

「えっと…、うぐ…、第一印象はドロなんだけど…、よく味わってみると、青虫と鉄とレモンをマジカルに混ぜたような……。」

「他の物に喩えまくってるな。」

「表現のしようがないよぉ…。」

「魔法生物なんか食って大丈夫かよ?」

「うむむ…。」

「無理して食べちゃダメよ。」

 

 食後。

「ここの幽霊が助けてくれたの。」

「さっきの魔術師の目が来るって言ってたやつか?」

「うん。」

「そういや、オークがここいらの幽霊は正気を保ってるって言ってたな。」

「そういえば、そうだね…。…ん?」

 その時、ツンツンと、肩をつつかれた。

 振り向いたとき、そこにいたのは、巨大な牛の顔をした大きな蜘蛛がいた。

「きゃああああああああ!」

「ファリン! うっ!」

 あっという間に蜘蛛の糸にグルグル巻きにされるファリン。マルシルも背後から来た誰かに捕まった。

 センシも首を羽交い締めにされ、チルチャックも刃を後ろから突きつけられた。

「この声…、ファリンか?」

「えっ……?」

 声がした後、一人の侍がやってきた。

「…知り合いだ。」

「シュロー?」

「シュロー!?」

「シュローってなに?」

「トシロー坊ちゃんのことだろう。」

「トッシュロー…。」

 ファリン達は解放された。

「誰だ?」

「前のパーティーのメンバーだった人…。」

「どうも。」

 シュローは、最後に見たときよりもやつれており、ひげを生やしていた。

「…どうしてあなたがここに?」

「君こそ。」

 ファリンとシュローの間に奇妙な緊張が走った。

「なんだ、この大所帯は?」

 シュローのメンバーの他に、別のパーティーメンバーがいた。

「はじめまして。」

「……あなたは?」

「ファリン…さんですよね?」

「ええ。」

「僕は、カブルーといいます。」

「…はじめまして。」

 褐色の肌の青年カブルーがどこか人懐っこい顔でファリンに挨拶をしてきた。




カブルーとの初接触(?)。

次回は、捏造しまくったシュローとファリンの会話が主になります。

そして、ついにドラゴンキメラ登場です。


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第二十九話  ファリンとシュロー

ファリンと、シュローの会話が主。

まず最初に言っておきます。
ファリンがかなり、キャラが違います。

シュローが、両刃(バイセクシャル)です。
ホモではなく、バイです。

それを踏まえた上で、お読みください。


最後にドラゴンキメラ登場。


2018/06/06
pixivで知り合ったfurumine(鬼多見)様にリクエストして、ライオス・ドラゴンキメラ登場シーンを描いていただいたライオス・ドラゴンキメラ登場シーンを追加しました。
許可は頂いています。


「…つまり、シュローも結構前からこの階層にいたのね。」

「ああ。同じ場所を堂々巡りをして、抜けたと思ったら入り口だ。」

「私達も散々迷ったわ。」

 妙な緊張が走ったまま会話は続く。

「でも、チルチャックが変動の法則を見つけてくれた。」

「そうか…。」

「にしてもシュロー…、おまえ…。あれが例のツテかよっ!」

 チルチャックが、にやけ顔で言った。

 シュローの新しいパーティーメンバーは、女性ばかりだった。

「いい身分だな!」

「ただの身内だ…。」

 シュローは、ファリンを見た。

 ファリンは、ぷいっとそっぽを向いた。

「その…、パーティーを抜けて悪かった。」

「別に。もう過ぎた事よ。」

「ファリン…。」

「名前を、呼ばないで。」

 ファリンの声に棘があった。

「できうることなら、あなたとは会いたくなかったわ。」

「…すまない。」

 ギロリッとシュローを見るファリンと、シュンッと項垂れるシュロー。

 そんな二人の様子に、チルチャックとマルシルは、ハラハラとしていた。

「しかし、まさか…、あの後すぐに、迷宮に潜るとは…、少々軽率では? また誰かが負傷したらどうするつもりだったんだ?」

「お言葉ですけど。この四人で炎竜を倒したんだから!」

「な……。」

「炎竜を……。」

「そ、それで! ライオスは!? っ…。」

 その瞬間、シュローは、フラリッと膝をついた。

「シュロー?」

「坊ちゃん! 後生ですからちゃんと食事と睡眠をとってください! このままではお体がもちません…。」

 マイヅルという袖が羽根の女性がシュローを介抱した。

「そんな無茶して……。」

「だからそんなやつれてたのかよ。」

「食事と睡眠は取った方が良い。」

「そんな暇は…。」

 センシの言葉にシュローはそう答えた。

「ショロー。食事と睡眠は、暇だから取るものじゃないわ。」

 ファリンがシュローに言った。

「睡眠を取って、食事をしないと。生き物はね、それでようやくやりたいことができるようになるの。何か食べたら? その間に今までのことを話すわ。」

「……分かった。何か用意してくれ、マイヅル。」

「! はい!」

 マイヅルは、嬉しそうに頬を染めていた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 人が多いとよくない。これは迷宮を探索する上で重要なポイントである。

 例えば、魔物を呼び寄せてしまったり、変動を招いてしまったりするのだ。

 大人数で探索できるなら、それに越したことはないが、一定人数でパーティーを組まなければならないのは、そのせいだ。

 そのため、三組ほどに分かれた。

「それで…、炎竜を倒して、どうしたんだ?」

 ファリンは、シュローとカブルーとで組んだ。

 ファリンは、少し黙り、そして語り出した。

「炎竜を倒して、ライオス兄さんを体内から見つけたわ。」

「それで?」

「けど……、帰りに狂乱の魔術師が現れてはぐれた。」

「!?」

「これ以上は、私達の手に負えないから、補給と救援を求めるために一度地上に戻ることにしたの。」

「あの…、質問いいですか?」

 カブルーが挙手した。

「狂乱の魔術師って、この迷宮を作ったという存在ですよね? 噂や存在は囁かれるものの、実際に見て戻ってきた人間はいない。なぜ、狂乱の魔術師だと?」

「それは……、言動がそれっぽかったのと、古代魔術を使ってたから。」

「古代魔術というと、黒魔術を?」

「ええ。本を開くだけで魔物を作り出して襲ってきた。あんな技…、見たことない。」

「なるほど。で、どうやってその場を免れたんです?」

「それは、仲間が頑張ってくれたから。私は気絶してたから具体的には知らないけど。」

「気絶してたとは?」

「兄さんに…、みぞおちをやられて。」

「? なぜ?」

「兄さんの様子がおかしかった。」

 ファリンは、うつむいた。

「どうおかしかったんです?」

「頭を抱えて、ブツブツと、分からないこと呟いてた…。魔術師が何かしたのか…、それとも…。」

「それとも?」

「蘇生の時に、何かあったのかも…。」

 ファリンがそう言うと、シュローがファリンの肩を掴んだ。

「触らないで。」

 ファリンがその手を振り払おうとした。

「何をした…?」

「あなたには、関係ないわ。」

「関係ある!」

 シュローは、ファリンの両肩を掴んだ。

「俺が何のために彼を探していたのか分かっているだろう!?」

「……やっぱり、そうなのね?」

 ファリンの目が鋭くなる。

 ファリンは、杖を握り、シュローの首に先を突きつけた。

「やっぱり、あなたを殺すべきだったかしら?」

「ファリン…!」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 食事を作ったマイヅルがやってきた時、部屋の中では大変なことになっていた。

「坊ちゃん!?」

「なぜ、そんなこと!?」

「……ああ、するしかなかった。兄さんは、もう、自力で回復する力はなかった。確実性を求めるなら、それしかなかったのよ。」

「だからと言って!」

「ええい! 何があったのだ!?」

「すみません。僕達は何も。」

「黒魔術だ。」

 黒子姿の女性・アセビが言った。

「こいつ、黒魔術を使って、魔物の血肉で、男を蘇生した。」

「!?」

「責任は…、私にあるわ。」

「黒魔術に関わった者……、理由や程度の差は関係ない! すべて大罪人だ!! 死ぬまで光の届かぬ場所で幽閉され、亡骸すら戻らない。西のエルフ達に知られれば、あいつが…、どんな目にあうか……。」

「迷宮の外に知られれば、でしょう? そして、あなたは、このことを誰にも話したりしない。…でしょう?」

「っ!!」

 シュローがカッとなり、刀を抜いてファリンの肩に置いた。

「……あなたなら、どうしたの? 完全な骨になった兄さんを…、あなたなら、どうした?」

「……それは…。」

「いやー、ほんと。黒魔術なんておぞましいにもほどがある。」

 そこにカブルーが言った。

「そこまでして蘇生するべき人だったんですか?」

 そう言うと、ファリンとシュローがカブルーを見た。

「シュローさんが怒るのも当然ですよ。そんなまっとうじゃない方法使って生き返らせたって。リスクしかないじゃないですか。そのまま死なせた方が、その人にとっても…。」

「やめろ!」

 シュローが怒鳴った。

「言いたいことは分かったから。それ以上はやめてくれ…。」

「……すみません。」

 カブルーは謝った。

「あなたなら、同じ手段を選んだでしょうね。」

 ファリンが言った。

「ファリン…。」

「だって、あなたは……。」

 

「ファリン! シュロー!」

 

 そこへチルチャックが駆けてきた。

「まずいぞ! 調理組のところに魔物の群れが突っ込んで……。」

「……そうか。」

「今行くわ。」

「? おい、ファリン?」

「なに?」

「なにをしたんだ?」

 さっさと出て行ってしまったシュローを目で追いつつファリンに聞いた。

「全部話したわ。」

「全部!!??」

「どうせ隠しても無駄だから。」

「どう見ても一番ダメだろー!!!!」

 チルチャックが絶叫した。

「…元気出してください。彼も少し疲れているんですよ。」

「……違うわ。」

「っと言いますと?」

「怒って当たり前よ。私だって、もし彼の立場なら、怒ってたと思うから。」

「…そうですか。」

「それにしても、シュローが、諦めてなかったなんて思わなかった。」

「それは、どういう意味で?」

「彼はね…。兄さんのことを……。」

 二人が部屋を出たとき、何かの笑い声が聞こえていた。

「ハーピー!?」

 無数の人面鳥、ハーピーが、建物の屋根の上にいた。

 シュローのパーティーメンバーや、カブルーのパーティーメンバーが戦っている。

 待機しているマルシルのところに、チルチャックが来た。

「ねえ、チルチャック…、ファリンとシュローの様子が変なんだけど?」

「…あいつ全部話しやがった。」

「えっ!?」

「どうすんだ? あれが地上にバレたら俺達…。」

「分かってる。分かってるけど…。」

 その時、二人の近くにハーピーが落ちた。蜘蛛の糸で絡められており、地上に落ちて首が折れピクピクと痙攣していた。

「シュローは怒っちゃいるが、問題ない。でも、問題は、他の奴らだ。…ちなみに、お前が黒魔術を使った証拠はどの程度残ってる?」

「魔方陣はもうクリーナーによって消えてたし…、ライオスの体と杖を念入りに調べられたらまずいかもってくらい…?」

「じゃあ、杖を燃やせ!」

「待って待って! 言っとくけど、その段階まで疑われたら、もう何やっても手遅れ…。」

 

 その時。ハーピーではないものが落ちてきた。

 

 シュローのパーティーメンバーである、忍者の女性が吐血して床に落ちていた。

 

「わーーーー!」

 カブルーの仲間の一人が悲鳴を上げた。

「なんだ? あの魔物……?」

「ハーピーじゃない?」

 その魔物は、ハーピーの何倍も大きいが……。

 その手に、シュローのパーティーメンバーである、忍者の女性の一人を掴んでいた。

 その魔物が顔を上げた。

「えっ…? ライオス?」

「えっ、えっ? うそ、うそ、うそうそ!?」

 狼狽える者達を後目に、ライオス(?)は、無表情だった。

「ライオ……。」

 シュローは、絶句していた。

「に……兄さん?」

 

 

 ハーピーの群れを引き連れた、ライオスの下半身は、ドラゴンと鳥を合わせたような大きなキメラの体となっていた。

 

 

【挿絵表示】

 




ついに、ドラゴンキメラ登場。

ファリンとシュローの関係をどうするか考えに考え結果、シュローの性癖を、捏造することにしました。
タグにもボーイズラブ(?)を追加します。
シュローは、ライオスも好きだけど、ファリンのことも好きということにしました。決して、ライオスが振り向かないからファリンを好きになったというわけではありません。両方とも好きなんです。
……ごめんなさい。

2018/06/06
furumine(鬼多見)様、本当にありがとうございます!


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第三十話  ドラゴンキメラ

ドラゴンキメラ登場。

戦いは、オリジナル展開です。

ドラゴンキメラ自体の戦闘能力も高いですが、ライオスの冒険者パーティーのリーダーだった経験が魔物側に生かされて厄介なことになっています。

ファリンのブラコン度も、度を超しています。注意。


2018/05/29
 ライオス・ドラゴンキメラの描写を追加。

2018/06/01
 大ガエルも追加。

2018/06/06
 描写一部、書き換え。


 ライオス…、いや、ドラゴンキメラは、シュローのパーティーメンバーの忍者を捨て、マイヅルを前足で掴んだまま、屋根から地上に降りてきた。その際にマイヅルを踏み潰した。

 ライオスの上半身はほぼそのままに(服の隙間に羽毛が確認される)、少しドラゴンの鱗が入った鳥のような大きな翼にはドラゴンの爪があり、人間の上半身の何周りも大きな下半身は、四本足で、腿はドラゴン、ドラゴンの尻尾、身体部分は羽毛よりは鱗が多く、かなり筋肉質で骨格も強靱そうだ。

「ライオス? ライオスなの!? 私のことが分かる!?」

「よせ、マルシル!」

 駆け寄ろうとするマルシルをチルチャックが止めた。

「ファリン、シュロー! どうする!? 指示を出せ!」

 チルチャックの呼びかけでハッとしたシュローが、指示を出した。

「イヌタデ! 彼を傷つけるな! 取り押さえるんだ!」

「あう…。うええ?」

 シュローからの無茶な指示にパーティーメンバーは困惑した。

 カブルーのパーティーメンバーである、コボルトとドワーフが左右からドラゴンキメラに襲いかかった。

 ドラゴンキメラは上体を馬のように上げ、それを避けた。

 二人の背後からハーピーが襲いかかる。カブルーの仲間のドワーフとコボルトは、そちらに完全に気を取られた。

 ドラゴンキメラは、後ろに飛び退き、ハーピー達が陣形を取って前に出た。

「な…、魔物が…陣形を取ってる!?」

 それは、まるで冒険者パーティーが戦うときのようなそんな陣形だった。

 それに気づいたチルチャックが声を上げた。

 ドラゴンキメラが、フワリッと微笑む。

 次の瞬間、別の建物の上にいたハーピーが降ってきてカブルーメンバーの回復役であるノーム・ホルムを襲った。

「うわわ!」

 間一髪でカブルーがホルムを守った。

 シュローの指示を守りつつ、イヌタデがドラゴンキメラに襲いかかるが、ハーピーが立ちはだかる。

 それに一瞬止まったイヌタデの真上から、ドラゴンキメラの強靱な尻尾が振り下ろされ、イヌタデは潰された。

「ら、ライオス…!」

 シュローがライオスを呼ぶが、ライオス・ドラゴンキメラは、聞かず、クスクスと笑っているように見えた。

「ホルム、やれるか?」

「う、うん。で、出ておいで。」

 するとホルムは、水筒から水を出した。

 水は、空中に浮き、水球になった。ウンディーネだ。

 カブルーの仲間であるドワーフがハーピーに襲われている背後から、ライオス・ドラゴンキメラがその首を掴んで持ち上げた。

 その首をギリギリを絞めている最中、ウンディーネが水の弾丸をライオス・ドラゴンキメラ目掛け撃った。

 ドラゴンの鱗が入った大きな翼に当たり、わずかにライオス・ドラゴンキメラがたじろいた。その拍子に、ドワーフの首が折れて地面に落とされた。

「ライオス!」

「ウンディーネ…! あれは、あなたが操ってるの? お願い、やめさせて! 彼は混乱しているだけなの!」

「いい加減にしろよ。」

 カブルーが言った。

「あんた達の大事な人を守るためなら、何人犠牲にしようが構わないか。あれは、もう『彼』じゃない! ただの魔物だ!!」

 それを聞いて、呆然としていたファリンがビクッと震えた。

 ウンディーネの攻撃はなお続いている。

 しかし、体の大半が鳥の羽とドラゴンの鱗で覆われた体は、ウンディーネの攻撃をも防ぐ。

 やがて、ライオス・ドラゴンキメラが、手をかざした。

 そして、呪文を唱え出す。

「ライオスが…、魔法を!?」

 魔法が使えないはずのライオスが呪文を唱え出したことに、マルシル達は驚いた。

 そしてかざした手を宙に浮いているウンディーネに突っ込むと、魔法を発動し、ウンディーネを蒸発させた。

「ああ…、マリリエ…。」

「魔法も唱えるのか。」

 やがてライオス・ドラゴンキメラが、ハーピー達に襲われているカブルーの仲間のコボルトに目を向けた。

 そして、前足を振り上げ、それに応えたハーピー達が飛び退いた瞬間、コボルトを踏み潰した。

「わああ! クロ!」

「よせ、バカ! 隠れてろ!」

 そこへハーピーが襲いかかろうと飛びかかってきた。

 シュローが間に入ってハーピー達を切り伏せた。

「くそ…、こいつら…、まさかアイツが指示を…!?」

 すると、ライオス・ドラゴンキメラが左腕を上げた。

 ハーピー達がそれに応えるように動き出し、陣形を組み、第一陣、第二陣と続けざまに襲いかかってきた。魔法使い達に。

「えっ! うそ、うそ! 私!?」

「きゃああ!」

「リン!」

「わああああ!」

「ホルム!」

 シュローやカブルー達は、魔法使い達を守るのに必死でライオス・ドラゴンキメラに攻撃することが出来なかった。

 倒されると困る人間ばかり襲ってくることに、チルチャックは気づいた。

「まさか、アイツ……。」

 チルチャックは、ゾッとしてライオス・ドラゴンキメラを見た。

 ライオス・ドラゴンキメラは、無表情でハーピー達の陣形に襲われるチルチャック達を見つめている。

 ライオスは、冒険者パーティーのリーダーだった。

 この今までになかった魔物の陣形が、そして攻撃の仕方が、その経験が魔物側に生かされた結果によるものだとしたら…。

「やべぇものができあがったってこったろ…。どうすんだよ…。」

 青ざめたチルチャックが額を押さえた。

「リン! 頼むぞ!」

 カブルーがハーピー達を牽制しながら、リンという魔法使いに詠唱をさせる。

「おい、気をつけろ!」

「はっ?」

 次の瞬間、カブルーが手にしていた剣が消えた。

「だーー! 言わんこっちゃねえ! 大ガエルだ!」

「あっ!」

 見ると、ハーピー達の間に、大ガエルがいて、大ガエルの舌にカブルーの剣がひっついていた。

 センシがその大ガエルに斧を振り下ろして、倒し、剣を奪い返してカブルーに投げて渡した。

「すまない!」

「ぬう!」

 続けざまに別の大ガエルが現れ、センシが手にしている斧を狙う。

「やべーよ、やべーよ…!」

 チルチャックが青ざめ頭を抱える。

 こんなこと、初めてだ。

 他の魔物がつるんで行動するなど…、そうでなくてもハーピーが冒険者パーティーのように陣形を取っているだけでも異常なのに。

 死ぬ!

 このままでは、全滅だ!

 最悪の結末が思い浮かんだ時だった。

 

「……兄さん。」

 

 ファリンが一歩前に出た。

 すると、ハーピー達が、まるで道を空けるようにどいた。

 それを見てカブルーは、目を見開いた。

「どいて!」

 次の瞬間、リンの魔法が完成し、稲妻がライオス・ドラゴンキメラとハーピー達に炸裂した。

 バタバタと倒れるハーピー達。大ガエルも倒れた。

 ライオス・ドラゴンキメラは、ガクリッと人間の上体を垂れさせた。身体から煙が出る。

「兄さん!」

 ファリンが駆け寄る。

 するとファリンが持っていた動く鎧の剣が震えた。

「兄さん…、ごめんなさい…。ごめんなさい!」

 必死になって、ファリンは、ライオスに手を伸ばした。

「……私が、代わってあげられたら…よかったのに…。ごめんなさい…。ごめんなさい…。」

 ファリンは、ボロボロと泣きながら、剣を抜いた。

「今…、楽に……。」

 ファリンが、泣きながら刃をライオスに向けようとしたときだった。

 スッと顔を上げたライオスの目が、ファリンを映した。

 

「ファリン。」

 

 ライオス・ドラゴンキメラは、優しく微笑みなら、ファリンの名前をしっかり、はっきりと呼んだ。

 ビクッと固まったファリンの頬に、ライオス・ドラゴンキメラが手を伸ばして優しく撫でた。

「兄さ……。」

 しかし、次の瞬間。

 カブルーがファリンの首を羽交い締めにして、引き離し、剣を突きつけた。

 ビクンッと表情を失い、目を見開いて固まるライオス・ドラゴンキメラの左胸に、カブルーが剣で突き刺した。

「ライオスーーー!!」

 シュローが絶叫した。

 ファリンを捕まえたまま、カブルーは、胸、腎臓、首と、次々に人間体の急所(?)を狙って突き刺した。

 ライオスがゴボリッと血を吐いた。

「い…、いやああああああああああ!!」

 ファリンがカブルーを振り払ってライオス・ドラゴンキメラに抱きつこうとした。

 すると、ライオス・ドラゴンキメラは、一歩退き、そして飛んだ。

 それと共に、残っていたハーピー達も、飛び、ライオス・ドラゴンキメラと共に、建物の屋根を登って、飛び去っていった。

「…兄さん……。」

 ファリンは、その姿を目で追いながら、両膝をついた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ライオス・ドラゴンキメラとハーピー達が去り、静寂がおとずれた。

 しかしこのままでは、他の魔物に襲われかねないので、すぐに蘇生が始まった。

 まず、カブルーの指示を受けてホルムが、マイヅルを生き返らせる。

 マルシルが治療を手伝うと言い出すと、シュローが止めた。

「お前は、指一本触れるな、マルシル。これ以上お前に黒魔術を使わせるわけにはいかん。」

「そ、そんなもの使わな…。」

「では、アレはなんだ!?」

 シュローが怒鳴った。

「なぜ、ライオスがあんな姿に!? お前が竜の肉を使い黒魔術を用いたせいだろう!」

「違う……。そんなはずない。あの魔術にそんな力はない!」

 でも…っと、マルシルは言った。

「炎竜の魂に何か術が仕掛けられてて、ライオスと竜の魂が混ざり、狂乱の魔術師によって、あんな姿に……。」

「シュロー。マルシルのせいじゃないわ。」

「こいつを、西のエルフに引き渡す。」

 ファリンの言葉を無視してシュローが言った。

「俺には…、アレを殺せない。だがあのまま放置するわけにもいかない。せめて、魂だけでも迷宮から解放し、彼を安らかにしてやりたい。」

「そんな…。」

「エルフ達ならその手段を知っているはずだ。西のエルフ達の前で全てを打ち明けろ。」

「シュロー……、同じ事をしたかもしれないあなたが、それを言うの?」

「っ…、俺は…!」

「あなたは、きっと同じ事をしたわ。もし同じことをして、あなたは、自分の仲間に同じ事を言える?」

 ファリンは、冷たく言葉を続けながら、マイヅル達を見渡した。

「夜な夜な……、寝静まった兄さんに、キスしてたあなたが……!」

「はあ!?」

 それを聞いたチルチャックとマルシルが驚いて声を上げた。

「しゅ、シュロー、おまえ、ファリンが好きだったんじゃ…? ……、ま、まさか…。」

 チルチャックは、驚きながら、だがすぐに察して、シュローとファリンを交互に見た。

 シュローは、項垂れ、観念したように言い出した。

「そうだ。チルチャック……、俺は…、男女関係なく好きになる質(たち)なんだ。」

「バイ(※バイセクシャル)かよ!?」

「もしかして、あの晩の喧嘩って…。」

「……ファリンに、ライオスが好きだったことを責められて…。」

 マルシルの言葉に、シュローはそう答えた。

「そりゃ、兄貴が振り向かねぇからって、その妹を口説いてちゃ怒られるって。」

 チルチャックは、呆れたと言わんばかりに頭をかいた。マルシルは、言葉を失って放心していた。

 ライオスは、かなり鈍い。正直、長らく同じパーティーメンバーであったチルチャック達ですら呆れるほどの社交的能力の欠けた人間だった。そんな彼が、あくまでも友人としてしか見ていないシュローから恋愛的な意味で好きだと思われてても気づかないだろう。

「あのときは、すまなかった、ファリン…。でも、俺は…まだ……。」

「やっぱり、殺しておくべきだった。」

 ファリンが、杖の先をシュローの首に突きつけた。

「ファリン!」

「坊ちゃん!」

「よせ!」

 武器を向けようとしたマイヅル達を、シュローが制した。

 ファリンは、シュローを睨み、シュローは、そんなファリンの視線をまっすぐ受け止めた。

「ファリン…、俺は、ライオスのことも好きだが、君のことも好きなんだ…。」

「ええ。知ってるわ。この…贅沢者…。」

「ああ…。そうだ、俺はこういう奴なんだ。」

「兄さんは、殺させない。」

「だが、どうするんだ? あんな姿になってしまったら…!」

「もっと、別の方法があるはずよ。」

「どんな方法があるって言うんだ!」

「狂乱の魔術師を倒す!!」

 ファリンが叫んだ。

「あの炎竜は、明らかに何かを命令されて動いていたわ。そんなことができるのは、この迷宮を作った魔術師以外にいない! なら、魔術師を倒して命令を書き換えればいい! マルシルならできるわ。だからマルシルは、渡さない!」

「ふ、ふざけるのも大概にするんだ! いいか、ファリン! 君はあまりにもアイツに依存しすぎている! どうしてそこまでアイツに…。君にとって唯一無二の兄だとしても、あまりにも…。」

 次の瞬間、シュローは、ファリンにビンタされた。

「…ふざけてないわ。」

 呆然とするシュローに、ファリンは言った。

「あなたに…、何が分かるの?」

 ファリンは、冷たい声で言う。

「物心ついたときから……、ただ幽霊が見えるってだけで、家族以外からまともに見てもらえず、兄さん以外にこの力を褒めてもらえず、やっと見つけたこの居場所(ダンジョン)…。兄さんはずっと褒めてくれた。あなたは、一緒になって故郷に帰らないかって言ったわね。あなたは、確かに頼りにはしてくれたけど、それだけ。あなたは、兄さんにはなれない。兄さんは兄さんよ。私の気持ちは、私だけのモノ。あなたがどうこうする権利も謂れもない。私がやることに、とやかく言う資格もない!!」

 ファリンは、再びシュローを叩いた。

「私のことを想うのなら! 私から居場所を奪わないで!!」

「ふぁ、ファリン…。」

「私は、ずっと本気だったわ。ずっと、三食しっかり食べて、睡眠を取って、ずっと、兄さんを助けるために本気だった! 私は、必ず狂乱の魔術師を倒す! 絶対にライオス兄さんを助け出す! シュロー、あなたは、地上に戻って。そしてご飯食べて、お風呂に入って、寝て。そうしないと、あなたは、何も出来ないわ。」

 ファリンは、そこまで言うと、杖を降ろして、シュローに背中を向けた。

「ほら。」

 するとセンシが、マイヅルが作った食事を差し出してきた。

 俯いていたシュローは、おにぎりをひとつ手に取り、食べた。

「…うまい…。」

 シュローは、米をかみしめ、そう呟き、涙をひとしずく落とした。




ライオス・ドラゴンキメラには、ファリンのみ、認識する能力が残っていて、ファリンにだけ攻撃をしません。ただ、時間が経つとどうなるかは不明です。

ライオス・ドラゴンキメラの戦い方は、魔物に指示を出し、自らが白兵戦で戦うというのが基本で、魔法を使うことはできるけど、ファリン・ドラゴンキメラほど得意じゃないので、よっぽどじゃないと使わないということにしています。
なお、ここでは書いてませんが武器も使えます。
ファリン・ドラゴンキメラとの違いは、このほかに、鳥の羽部分よりドラゴンの鱗部分が多いことですね。そのため、防御力自体も高い。

六巻が終わりに近づいているので、次の巻が出るまで、未完にするかどうするか…。

2018/05/29
pixivで、素敵なドラゴンキメラの絵を見て、描写不足だったことを痛感。
私がイメージするライオス・ドラゴンキメラの描写を追加しました。


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第三十一話  ハーピーの卵の卵焼き

ファリンとシュローは、一応和解します。

ファリンがカブルーにたいして怒っているかはご想像にお任せします。


 

 シュローは、マイヅルに言った。

「帰還の術の準備を…。」

「よろしいので? アセビが行方不明ですが。」

「足抜けだろ、捨て置け。」

 いつの間にかアセビがいなくなっていたが、放っておくことになった。

「我々の力が及ばず、申し訳ありません。」

「いや…、最大限頑張ってくれたよ。ありがとう。付き合わせてすまなかった。」

 頭を下げてくるメンバーに、シュローが言った。

 マイヅルが、ダーッと涙を流した。

「俺は…、国に帰る。二度とこの島には戻らない。今回のことは、島主に警告する。」

「そう…。」

 シュローは、ファリンにそう言った。

「…ライオスと一緒に帰りたかった。」

「……もし助け出したら、ちゃんと好きって言うつもりだった?」

「…助けることばかり考えてて、そこまで考えてなかったな。」

「…私が、伝えようか?」

「……それは悪い。」

「ううん。私も知ってて黙ってたもの。兄さんを取られるのが怖かったから。」

「あいつが、はっきりと言っても俺を意識してくれるかどうか分からないな。」

「私も…そう思う。」

 シュローと、ファリンは、お互いを見て笑った。

 そんな二人の姿を見て、チルチャック達は、ちょっとホッとした。

「それと、カブルー…。」

「あ…。」

 ファリンは、準備をしているカブルーに話しかけた。

 カブルーは、少し汗をかいた。

 なにせ、ファリンを盾にしてライオス・ドラゴンキメラを攻撃したのだ。

 何かされるかもと僅かに身構えたカブルーだったが…。

「……私は、あなたを責めたりはしないわ。安心して。」

「…そうですか。」

「あなたが攻撃しなかったら、兄さんは全員殺してたと思うから。」

「でも、彼は、あなたにだけは、まったく攻撃の意思がなかった。」

 そう、そこがおかしいのだ。

 ライオス・ドラゴンキメラに従っていたハーピー達も、まるでファリンにだけは、攻撃するなと指示されていたように動いていた。

「それは、兄さんの魂が、アレに混ざっている証拠なんだと思う。つまり、兄さんの魂と分離させることが出来れば…、救えるかもしれないということ。」

「そんなことが本当に出来ると?」

「信じてる。必ずやる。もし出来なくても、兄さんを迷宮から解放するわ。」

「つまり、殺す覚悟もあるということですか?」

「……ええ。」

 ファリンは、そう返事をした。

「そうだわ。」

「はい?」

「お腹すいてない? みんな大変だったでしょ? あれだけ血を流したらお腹がすくから、ちょっと待っててね。」

「はあ…。」

 ポカンッとするカブルーを残して、ファリンは、センシのところへ行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そして、ファリンが笑顔で用意したモノ…。

「なんですか、コレ?」

「ハーピーの卵で作った卵焼き。」

 ファリンは、にっこりと素敵な笑顔を浮かべてカブルーに卵焼きが乗った皿を差し出した。

 

 えっ? これ、もしかして怒ってる?

 

 カブルーの脳内に、まずハーピーの姿形が過ぎり、その次に、彼の生い立ちが走馬灯のように過ぎる。

 カブルーは、幼い頃、地底から湧き上がってきた魔物に襲われ、家族を失った過去があるのだ。それがカブルーが迷宮を攻略しようとする動機であり、ダンジョンを食い扶持にしている人間を嫌って殺す動機だった。

 

 絶対に食べたくない!!!!

 

 っと思い、大汗をかく。

 だがファリンは、ニコニコしている。

 その笑顔は、まるで邪気がない。だが見ようによっては背後に黒いオーラが見えなくも…ない気がする。

 やっぱり、ライオス・ドラゴンキメラの盾にしたことを怒っているのでは!?っと考えるが、ついさっき責める気はないと言われたので、それはないかもという考えもあり、カブルーは、一秒間の間にグルグル色々と考えた。

 そして。

「い、いただきます!」

「美味しい?」

「……。」

「よかったぁ。」

 もぐもぐとハーピーの卵焼きを食べたカブルーがコクリッと頷いたので、ファリンは嬉しそうに笑った。

 それを見ていたカブルーの仲間達は、『さすが、人の懐に入るためならなんでもする男…』っと、青い顔をして思ったのだった。なお、この後他のメンバーにも卵焼きを勧めたファリン。他のメンバーは、全力で拒否した。カブルーは、飲み込まず、ずっと噛んでいた。

 その後、各自食事となり、それから、帰還の準備を整えることとなった。

 マイヅルが書いた絵が地上に繋がり、シュロー一行と、カブルー一行が帰還する。

「正直…、俺は、君が狂乱の魔術師にたどり着く前に死ぬと思っているが……。万が一生き延びることができて、しかし黒魔術のせいで地上にも戻れなかった時…。」

「これは?」

 シュローは、ファリンに、鈴を渡した。

「これを鳴らせ。遠く離れた、対の鈴と共鳴する。使いをやって東方へ逃亡できるよう手配する。」

「……。」

「死ぬなよ。」

「…言われなくても。」

 そしてシュローが絵の中に入った。

「ファリンさん。」

 そこへカブルーがやってきた。

「なに?」

「話せて良かった。」

 カブルーは、ギュッとファリンの手を握った。

「今回一番の収穫でした。」

「…こちらこそ。」

「あの…、僕の名前、覚えてくれたんですよね?」

「カブルー君でしょう?」

「よかった。次は忘れないでくださいね。それじゃ、また。」

「?」

 そう言い残してカブルーは、絵の中を通っていった。

 残されたファリンは、絵が消えるのを見た後、キョトンッとした。

「行くぞ、ファリン。もう後には引けない。」

 チルチャックに呼ばれてファリンは、そちらへ向かった。

「くそ、ほれ見ろ! 結局こうなる予感がしたんだ。俺には、くそっ。」

「下品だぞ、チルチャック。」

「ごめん……。」

 謝るマルシル。

 そんな彼女にファリン達は顔を見合わせた。

「…なんとかなるよ。」

 そう言うしかなかった。




一行は、地下六階へ。

次回、シェイプシフター。


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第三十二話  シェイプシフター

厄介なイベント。

攻略方法は、原作と同じです。


 

「上への階段は、あれほど見つからなかったのが…、進むと決めた途端これだ。嫌な感じだな。すごく嫌な感じだ。」

 下への階段は、すぐに見つかった。

 階段には、鮮血が滴った跡が残っていた。

「兄さん…、つい先ほどここを通って下層に行ったのね。」

 鮮血の跡から察するに、ライオス・ドラゴンキメラのものであろうと推測できた。

「私も、六階は、苦手だから気が重いなぁ…。」

「そういう話じゃねーよ。」

「なぜ苦手なんだ?」

「だって、あの熱気……。」

 しかし、熱気は無かった。

 代わりに、ぴゅううっと寒い風が肌を撫でた。

「さ、さむ!」

「寒い! どうして? 六階は、もっと蒸し暑かったはずなのに。道を間違えた?」

「いや、この道には見覚えがある。俺たちは、この階層で炎竜に襲われ、全滅しかけた。」

 チルチャックがそう言った。

 道が変動する迷宮なのだから、温度が変化しても不思議じゃないだろう。

「暑いよりはマシだけど…、雪と水で血の跡が消えてしまっているのが困るね。」

 血の跡は、吹いてくる吹雪と流れてくる水で消えていた。

 とりあえず、前回全滅した場所へ向かってみようということになった。うまくいけば荷物を見つけられるかもしれないからだ。

「兄さんは、だいじょうぶかな? 炎竜にはこの寒さはきついはず…。あ、だから羽毛だったのかな?」

 竜特有の鱗に羽毛が混ざった異形だったのは、この寒さ対策のためだったのかとファリンは思った。

「それで? あんなハッタリをかました以上、何か策は考えているんだろうな?」

「それなんだけど…。」

 ファリンは、これまでのことを整理した。

 ライオスは、デルガルという人物を探していたこと。

 そしてレッドドラゴンが狂乱の魔術師の命令で行っていたことが、デルガルを探すことだったこと。そのためにレッドドラゴンは、眠りもせず、普段と違う階層を歩き回っていた。

「デルガル?」

「誰だっけ? あー、聞いたがことあんだけど。」

「王様だよ。」

 マルシルが言った。

「一千年前に滅びた、黄金の都。最後の王、デルガル。この迷宮には、あちこちに彼を称える言葉が刻まれている。」

「それだそれ! 発掘品にもたまに名前が書いてある。待てよ…。でもそのデルガルって…。」

「そう。この迷宮が発見された時、地上に現れて、塵になって消えちゃってるんだよ。」

「つまり!? 狂乱の魔術師は、とっくに消失した国王を探して、竜をこき使って迷宮を改装したりしてんのか!?」

「魔術師は、先王を目の前で暗殺されて以来…、息子のデルガルが同じ目に遭うのを恐れている。それで私達を暗殺者ではないかと攻撃してきた。」

「? なに? 妄想話?」

「あのね…。思い出したの。私…、生ける絵画の中で、狂乱の魔術師に会った。」

「なんだって! おまえそんなこと言ってないだろ!」

「ごめん…。怖すぎて…、あとお腹がすきすぎて…、それどころじゃなかったの。」

 シュ~ンと、ファリンは、反省した。

 それから、ファリンは、絵の中で起こったことをちゃんと語った。

「なるほど…。出来事の追体験。」

「確認だけど、狂乱の魔術師は、エルフだったよな? エルフって一千年も生きるもんか?」

「大昔には、そんな記録もあったようだけど、今は精々五百年が限度かな。」

「精々ね…。」

 それでもとんでもない長命だ。

「ま、他人の命も自在なんだ。自分の寿命を延ばすなんざ朝飯前だろうけどよ。」

「まさか! 自分の魔術で自分を長生きさせるってのは、自分の肉を食べながら長生きできるかっての話で…。」

 マルシルがペラペラと魔術と延命について語っているのを、センシは嫌そうに聞いていた。

「……ともかく、王の敵だと思って私達を襲いかかってきたんなら、対話で誤解をとけるかもしれないわ。」

 ファリンの言葉に、マルシルがウンウンと頷いた。

 センシとチルチャックは、心配そうに顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 吹雪は、ますます強くなる。

 やがて目を開けていることもできなくなってきた。

「みんな! はぐれないように手を繋いで!」

 あまりの吹雪の中、全員で手を繋いで進んだ。

「このままじゃ…、よ、横穴がある! 入ろう!」

 ファリンが手を引っ張って、全員を横穴に入れた。

 横穴の中は暗くて、全員の姿が見えない。

「みんな、いる!?」

「ここだ。」

「問題なし。」

「いるよ。」

「私なら、ここ。」

「おう。」

「無事だ。」

「よかったぁ。じゃあ、マルシル。明かりをつけて。」

「ん?」

「なんか、いま…。」

 おかしいことにファリンが気づかないまま、とりあえずマルシルが明かりの魔法を使った。

 そして照らされた横穴は、牢獄の跡の通路だった。通路脇には鉄格子がいくつもある。

「牢獄跡…。はあ、一時はどうなるかと…。」

 そう言ってファリンが振り返った時に、見たのは……。

 自分と、仲間が何人もいるという実に奇妙な光景だった。

「えっ!?」

「うそ!?」

「なっ…。」

「これは…。」

 

 増えてる!

 

 一人あたり、四人ずつに増えていたのだ。

「幻覚魔法!?」

「違う…。これは、もしかして…。」

「なに?」

「たぶん、シェイプシフターじゃないかな?」

「しぇいぷ…?」

「知らない? 私の故郷では、たまに出てたの。」

 霧の深い日や吹雪の激しい日に野山を歩くと、同行者や家畜がいつのまにか増えている。

 実はその増えた分が、シェイプシフターが化けたモノで、紛れ込むのだという。

「物騒な地元だな。」

「おとぎ話や噂程度で本物を見たことはないけど…。」

「妖精の類いなの?」

「ううん。違うと思う。」

「なんか悪さをするのか?」

「えっと…、気づかないまま寝ると、本物を食べてすり替わる。って、聞いたわ。」

「ぎゃー!」

「ちょっと!」

「はやくニセモノを見つけ出せ!」

 ファリンの言葉で大騒ぎとなった。

 しかし、すぐにニセモノは見つかった。

 まず、ファリンだ。

「なあ…、そこの三人のファリン…。ニセモノってことでいいんじゃないか?」

「それも、そうだ。」

「魔物の知識がなさ過ぎるもんね。」

「えっ、そう?」

 シェイプシフターは、生物の思考を読んで、その身近な者の姿を真似る。

 そこにいる、三人のファリンは、つまりマルシルや、チルチャック、センシの記憶の中の自分なのだろうとファリンは分析した。

「…確かに。」

「よく見ると…。」

「みんな少しずつ見た目が違う。」

「……ような?」

 まるで間違い探しだ。いや、間違い探しなのだが。

 まず、マルシルの一人…顔が明らかに違うのを捕まえて牢屋に入れた。

「こいつと、こいつも明らかにニセモノだな。」

「……? どこが?」

「は!?」

「よく見ろ! 俺の首巻きは、マフラーじゃないし。」

「センシは、兜の穴がない。」

「…あ、言われてみればそうだね。」

「アレ…、絶対、ファリンの記憶の中の俺たちだろ。」

「うろ覚えがすぎる。」

 ニセモノと判断された者を次々と牢屋に放り込む。

 残りのニセモノ…、六人。

「このまま放置でいいの?」

「シェイプシフターは、人間のような知能があるわけじゃないわ。私達が何をしているかは分かってないはず。でも、さすがに傷つけたら反撃してくるだろうから、今のこの状況で未知の魔物と戦うのは避けたい。穏便にニセモノをあぶり出して! まとめて対処しよう!」

 途端、場がシラーっとなった。

「勢いはいいんだけど…。」

「あいつに、ニセモノと本物の区別がつくかどうか…。」

「疑問だのう…。」

 三人がヒソヒソと話し合っている様子に、ファリンは首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「…うーん、こうして並べてみると、結構違いはあるんだけど…。こうしている間にもうろ覚えな部分が修正されていく。早く決着をつけないとまずいわ。」

「マルシルに至っては、全員髪型が違うぞ。」

「最後に見た時、どんな髪型だったか全然覚えてない。」

「うそ!?」

「この髪型珍しいから、覚えてるでしょ? ほら、ほら。」

「吹雪の中、寒かったから、おろしたの…。」

「そもそも髪質が違う! 髪は魔術師の命なのに。」

「うーん、全員それっぽいことを言うね…。」

「まあ、俺たちの頭の中のマルシルだからな。」

 うーんっと全員で悩んだ。

「あっ!」

 っと、マルシルが名案が浮かんだと声を上げた。

「なら、私にしか分からない情報で判断したら?」

「っというと?」

「母親の旧姓とかを当てろとかじゃないだろうな?」

「ちがう。」

 そして、マルシルは、ポケットからゴソゴソとある物を取り出した。

「魔術書だよ!」

 三人のマルシルが一斉に魔術書を出した。

 すると、一冊だけ明らかに違うことが分かった。

「ほらね!」

「おー、一冊だけ明らかにニセモノだな。」

「でも残りの二冊は、どちらも似てるわ。」

「いやいやいや! ファリン! 詠唱の文法がメチャクチャでしょ?」

「それはこっちのセリフよ!」

「マルシルの魔法は、私の専門外だし、魔術書を見せてもらったわけじゃないから…。」

「くぅ…。」

「ファリンは、感覚派だしね。」

「魔法の文法なんて分かるかよ。ま、所持品である程度ボロは、出そうだな。」

 いい案だと言ったチルチャックが、残るメンバー達の所持品を出し合った。

 結果…、チルチャックとセンシ、一人ずつニセモノが明らかになった。

「残りは、三人…。」

 行き詰まったと、ファリンは思った。

 それぞれ微妙に違うのだが、その微妙さがうろ覚えであるため、困っているのだ。

 いや、待てよ…っと、ファリンは考えた。

「食事にしない?」

「はあ? こんな時に?」

「視覚での判断は、もう難しいわ。だから、いつもの行動で判断するしかない。みんなで料理して、その様子を私が観察する。それで、ニセモノと本物を区別するわ。」

 それを聞いた三人は、不安に思った。

 狂乱の魔術師に出会ったことにも、カブルーって奴に以前出会ったことも気づかない、ファリンの観察眼に頼る…。

 不安! その一言が脳裏を埋めた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ファリンが頑張ろうっと意気込んでいる一方で、仲間達は、ファリンがニセモノに化けている魔物の方に魅力を感じる可能性を危惧していた。

 そうなったら、自分達でなんとかしようと心に決めている一方でファリンが言った。

「各自、同一人物同士、ふたり、一組で、料理を一品作って欲しい。」

「えっ!?」

「共同作業を行うことで言動の違いや、行動の違いを見たいの。レシピは、センシに聞いていいわ。」

 そして、ニセモノとの共同作業が始まる。

 

 まずチルチャックのチームが、肉を切り、卵と調味料を混ぜ合わせる。

 この際、一方のチルチャックは、箱の上で作業を行っていた。

「……。」

「おい、なんのメモだよ!」

「やりづらいわ!」

「気にしないで、続けて。」

「気になるって…。」

 

 次にマルシルのチーム。

 卵を見ている。

「ねえ、これ何の卵?」

「ハーピーだが?」

「初めに散々言ったよね! 人型の魔物は絶対にダメって! 最近少しなあなあだったからって増長してない!?」

「……いつも通り…。」

 一人は、いつも通り嫌がっている。

 たして、もう一人のマルシルは…。

 ドライアドの実の皮を剥いて、小さく切っている。そして、それを茹でる。

「あなたは、どう思う?」

「嬉しくはないけど…。魚人の卵や、ドライアドだって食べた。今更あんな騒がないよ。」

「……そう…。」

 柔らかく茹で上がったドライアドの実からお湯を捨て、調味料と混ぜて、潰す。

 

 続いてセンシのチーム。

「あのハーピーの卵は、どこから取ってきたの?」

「崩れた民家の内側に巣があってな。そこにある物をかき集めた。」

「へえ…。いいよね、卵。だって完全な…。」

「栄養食!」

 ファリンとセンシは笑い合った。

 フライパンに、具と米を弱火で炒め、味付けをする。

「お米は、シュローの大好物だったなぁ。」

「冒険者には必須の栄養素がたくさん詰まっている。手に入るとは、僥倖(ぎょうこう)だった。」

「ねえ、あのさあ…。」

「なに?」

「なんか、センシ…のBの方…。なんか少しかっこよくない?」

 言われてみれば顔が微妙に違う。

「…こんなもんだろ。」

「センシは、いつもかっこいいよ。」

「えーーー!」

「ドワーフにたいする偏見ってやつ?」

「センシは、こんな間抜け面じゃねーよ。」

「センシは、かっこいい…っと。」

 メモをするファリンに、センシAは、焦った。

 

「そろそろ、料理が完成するが…。結論は出たか?」

「…うん。」

 正直、かなり難しい。

 だが不安にさせてはならないので、ファリンは虚勢を張った。

 大体、自分達の頭の中の幻を見分けろだなんて…、ずいぶんと不公平だと思った。

 人間に変化した魔物を探すというのならともかく…っと思っていると。ふと、ライオスの顔が脳裏を過ぎった。

「兄さんなら…、どうする?」

「完成じゃ!」

 

 五階層の思い出ピラフ。

 五階層丸ごとピカタ。

 スイートドライアド。

 

 の、完成である。

 

「みんな、食べながら聞いて。私が本物だと思ったのは…。」

 ファリンは、指さした。

「チルチャックA!」

 目つきが悪くて、浅ましい方。

「マルシルB!」

 ハーピーの卵は食べたくない方。

「センシA!」

 間抜けな顔の方。

「…っというけで、ニセモノの皆さんは、速やかに檻の方に…。」

「ちょ、ちょっとまったーーーー!」

「これが本物って、どういう判断だ!?」

「どう見てもあれはニセモノだろ!」

「なぜ、そう思ったの!?」

「色々とあるけど…。あとで説明するわ。まずニセモノを処理しよう。」

「あとでって……。」

「処理……、やっぱファリンに頼ったのが間違いだった。」

「自分の身は、自分で守るしかないようだな。」

 そして、ニセモノと本物同士が争いだした。

 それをファリンは、冷静に見ていた。

「やっぱり、誰を選んでもこうなる……。なら…。」

 ファリンは、通路の先を見た。

 そして、指を嘗め、風を確認。

 敵は…、自分達が疲弊するのを待っているはずだとファリンは考えた。

 ライオスなら、そう考えただろうと思い、通路の先を睨む。

 だがそこには何もいない。見通しのいい通路であるが魔物の姿はない。しかしどこかに隠れているはずだ。こちらが見えて、聞こえている距離で。

「兄さん…、色々と教えてくれて、本当にありがとう。」

 そう呟きながら、ファリンは、両膝をつき、両手を床についた。

 そして…。

「わん!!」

 吠えた。犬の鳴き真似で。

 途端、争っていた仲間達が止まった。

「ヴオン、ヴォン!」

「い、犬? いや…。」

「あれは猟犬!?」

「うま…。」

 ファリンの猟犬の真似は、実に上手だった。

 ファリンの実家では、物心ついたときから色んな犬を見て触れてきた、色んなことを教わった。

 狩りの仕方、自分達よりも強大な者への挑み方!

 

 私が教えてやる!

 お前は、狩る側ではなく、狩られる側だと!

 

 そして、ファリンが吠え続けていると…。

「あっ! 見て!」

 ニセモノの方がグニャリッと歪み、やがて葉っぱになって散り散りになった。

 そして、シェイプシフターがその全貌を露わにした。

 オオカミのような、けれどそれよりも大きくふっくらとした毛並み、何本も別れた尻尾。

 ガアアアっと、シェイプシフターが唸る。

「グルルルル! ぐあああ!」

「ファリーン!」

 そのまま、ファリンが猟犬のごとくシェイプシフターに飛びかかった瞬間、マルシルが爆発魔法をシェイプシフターの頭部に当て、頭を爆発四散した。

「…生きてるか?」

 爆発の衝撃でファリンは吹っ飛ばされ、床に転がった。

「というか正気か?」

「うん。」

「言いたいことは山ほどあるが…。なんで武器を抜かなかった?」

「ちょっと役に入り込みすぎちゃった…。」

「ああ!」

 センシが声を上げた。

 見ると、料理が葉っぱや食材のままだったりと未完成の状態になっていた。

「幻覚と作った料理だったからね。」

「作り直そう。」

 そして、上記の料理を作り直した。

「しかし、本当にファリンが言った方が本物だったとは…。」

「どこで見分けたの?」

「魔物の距離感と…。」

 ファリンは、語り出した。

 まず、チルチャックは、ミミックを嫌っているのに、軽率に箱の上に座るのがおかしかったこと。

 次にマルシルがウンディーネを警戒しているのに、軽率にお湯を捨てていたこと。

 そして、センシがハーピーの卵をかき集めたと言う言葉。センシは、生態系のバランスを考慮しているのにそんなことをするなんておかしいと。

「………あっ!」

「でもね。ウンディーネを警戒してたのに、全然気づいてないのが逆に本物らしいかなって思ったの。」

「…わ、私は、てっきり、……だって私達、魚人の卵なんて食べたことないし! そこが鍵になったんだと思ったわ。」

「……ハッ!」

「?」

 あのときの雑炊かと! ファリンとチルチャックは気づいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 スイートドライアドを食べている時、センシがマイヅルからもらった茶葉で茶を入れようとしたのだが…。

「ふむ? ここに置いてあった、食料袋がない。」

「えっ?」

 すると、チルチャックが気づいた。

 米が床に転々と続いていることに。

 シーッと指でファリンに指示を出し、チルチャックとファリンが米の跡を追ってゆっくりとその先へ向かった。

 そして、檻の中を見ると…、そこには食料袋だけが置かれていた。

「ぎゃっ!」

 途端、マルシルの悲鳴が聞こえた。

「マルシル!?」

「動くな。武器を捨てろ。」

「! 誰!?」

「平和的に話し合おうじゃないか。」

 そう言って笑ったのは…、シュローのパーティーメンバーだった、アセビだった。




ファリンが、ライオスほど猟犬のマネが上手いかどうかは別として、これ以外に攻略法が思いつかなかったんです…。

次回、アセビ(イヅツミ)。


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第三十三話  獣人

イヅツミって、入力が難しい。チルチャック並に間違えそうになりやすい。


 

 

 マルシルを取り押さえたアセビが、ファリン達に指示を出す。

「武器を置いて。五歩下がって這いつくばれ。少しでも動けば、こいつを殺す。」

 そしてその言葉に従い、武器を置いて、五歩下がり、床に這いつくばった。

「あいつ…、確かシュローの取り巻きのひとりじゃなかったか?」

「ずっと私達を追ってきたのね。」

 

「おい。」

「な、なに?」

 

 アセビがマルシルを見おろして言った。

「この術を解け。」

「えっ?」

「私にかかっている術だよ! 早くしろ!」

「ひいっ! な、なんの魔術をかけられているの?」

「見て分からないのか!? お前黒魔術師だろ!」

「………せめて、どこにかかっているのか、どんな魔術か、教えて…。」

「…チッ。」

 舌打ちしたアセビは、頭巾を外し、シュルシュルと首に巻いている布を取り去った。

「私にかかっている術は、二種類。ひとつは首に。もうひとつは……。」

「あっ…。」

「全身にだ。」

 アセビは、耳と、尻尾を出した。

 それは、毛で覆われており、猫のようなものだった。そして目もよく見ると縦筋が入っている。

「獣人? なのかな…?」

「ははあ。昔一度見たことがある。人工的に作られた獣人だ。黒魔術で人と獣の魂を混ぜて作るんだとか…。」

「あ……。」

 それを聞いたファリンの脳裏に、キメラと化したライオスの姿が過ぎった。

 顔を青くしながら起き上がったマルシルが、恐る恐るアセビの首を見た。

「わ、分かった。できるだけやってみる。首元の…、これは…、東方の言語で書かれてるみたい。どんな術なの?」

「見て分からないのか? 一定時間術者が触れないと、作動する呪術だ。」

「……その術者は、マイヅルって人? 猶予はどのくらいあるの? 期限が来ると何が起こるの?」

「さあ? 急いだ方が良いかもな。私と一緒に死にたくはないだろ。解除したら解放してやる。変な真似はするなよ。お前なんかいつでも殺せる。」

「分かったから…。」

 マルシルが、アセビの首に輪っかのように書かれた文字を調べた。

 文字は東方の言語なのだが、中身はノーム魔術の流用だろうと判断した。これならば、自分でも解除できる。

 解除するまでの間、静寂が流れた。

 やがて、アセビが動いた。

「おい、そこのガキ。なんか食い物を持ってこい。」

 言われて渋々起き上がったチルチャックが食料袋を持って行った。

 ゴロンゴロンと食材が転がり出る。しかしすぐに食べられそうな物は少ない。

 その中から、兵糧丸(ひょうりょうがん)を見つけ出したアセビは、それをむさぼり食べた。

 あまりにも勢いよく、そして下品に食べる。

「おぬし…、最後に食事をしたのはいつだ? そんなに慌てて食べると喉が詰まるぞ。」

「うっせ!」

「何か温かい物を作ってやろう。」

「おい、勝手に動くな! 私を舐め…、ゴホッ!」

「むせて当然だ。粉の塊のような物を一気食いして。喉を潤す物が必要だ。用意するだけだから。」

「魔物を食わせようとしたら、殺すからな。」

「……分かった。」

 そして調理が始まった。

 

 まずドライアドの実を収穫した場所の近くに生えていたキノコ…。

 よく見ると、足のような物が生え始めていた。

 センシは、気のせいだと思いつつキノコを刻んだ。

 火は、先ほどマルシルが料理をするのに使っていた火の魔法陣を使った。

 小鍋に米とバター、ニンニクを炒める。

 その中に刻んだキノコと、調味料。

 水を加えて、しばらく煮込む。

 魔物を使ってはいけないという条件なので味気ないものになってしまうなっと思ったセンシは、せめてチーズを入れることにした。

「完成じゃ!」

 

 墓地でとったキノコとオークからもらったチーズのリゾットの完成。

 

「ここに置く。」

「誰がそんなもん……。」

 しかし風下で匂いが鼻をくすぐった。

「ふん…。」

 そしてアセビは、リゾットが入った食器をとった。

 スンスンと匂い…、そして…。

「えっ…。」

 スプーンを逆手で持ち。

 クチャクチャと口を開けて食べ。

 床で膝を立てて座り込み。

 スプーンについた米を舐め。

 しまいには、皿の底を猫のように舐め始めた。

「この子……。」

 

 食事のマナーが悪い!!

 

「もっと寄越せ!」

「…東方のマナーって、こっちとは真逆なのかな?」

「いや、シュローがあんな風に食べてるのを見たことないだろ? 単純に育ちが悪いの。お前には珍しいか。」

 そして、センシがリゾットのおかわりをついだ。

 すると……。

 アセビは、スプーンでキノコをすくい、床に捨てた。

「いま…なにを?」

「キノコ、嫌い。」

「スプーンを……。」

 センシの声が低くなる。

「スプーンを正しく持ちなさい。」

「は? おい、それ以上近づいたらぶっ殺す!」

「スプーンを正しく持ち、いま床に捨てた物を拾いなさい。」

「んだ、てめえ。あ!!」

「ちょ、ちょっと! ダメ! 解除中に動くと危な…。」

 その時、アセビの首にある呪術が動き出した。

 

 凄まじい勢いで首の呪術から現れたのは、マイヅルのそれと同じ衣装をまとった、鬼だった。

 鬼は、手にしている包丁をアセビに振り下ろそうとした。

 センシが体当たりし、アセビと共に床を転がり、包丁を避けた。

 目を回すアセビ。その下敷きになるマルシル。

 そんなアセビの手を握り、センシは、スプーンを正しく握らせた。

「スプーンは、こう握る。」

「人の勝手だろ、そんなの! 私はコレが一番やりやすいんだ!」

「そうだろうな。慣れぬ持ち方を強要されても、煩わしかろう。だが……。」

 センシの背後に鬼が迫る。

 ファリンが剣を抜いて、鬼を後ろから切った。

 だが手応えがない。

「何コレ……紙? センシ! 気をつけて!」

 鬼は、上半身を浮かせたまま、下半身を残して前進した。

「……見ろ。」

 センシが後ろを向いて指さした。

「あれは、筋引(すじびき)という包丁の一種だ。肉を切り分ける際に使う。刃渡りは長く、いかにも恐ろしげだが、薄く繊細だ。それをあんな握り方で振り回せばどうなるか。」

「センシ!」

 ファリンがセンシの鍋を床の上を滑らせるように投げた。

 受け取ったセンシは、鬼が包丁を振り下ろす直後に鍋で頭をガードした。

 次の瞬間、包丁は真ん中から折れた。

「…このように、道具の能力を引き出しきれず不利益を被る、可能性がある。」

 折れた包丁は、センシの鍋の上を滑り、センシは、鍋を使って鬼の上半身を壁に押しつけて押さえつけた。

 残る下半身は、ファリンが引っ張る。すると鬼の足が、マルシルの魔法陣に触れて、燃えた。

「あ…! センシ!」

「いまだ、ファリン!」

「チルチャック!」

「おう!」

 ファリンは、チルチャックと協力して燃える鬼の下半身を持ち上げ、センシが押さえつけている上半身の方にぶつけた。

 すると鬼は断末魔の声を上げながら燃えた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 鬼が燃える。紙製である鬼は、瞬く間に形を失って灰になっていった。

「怪我は無いか、猫の娘。驚かせるような真似をして悪かった。だが……。」

 センシは、再び、アセビの手にスプーンを握らせた。正しい形で。

「道具の持ち方に良い・悪いがあるというのはなぜか? 一度考えてみて欲しい。」

「魔術の解除中に動かないこともね。もっと厄介な魔術だったら、どうなってたか……。」

「料理が冷めてしまったな。」

 そしてリゾットを温め直した。

「それで…、どうして私達を追ってきたの?」

「私は…、ずっと身体にかかったこの呪いを解く方法を探してた。黒魔術による呪いだということまでは分かったが、黒魔術を扱える人間は見つからなかった。……そこの耳長に……、出会うまでは。」

「黒…、古代魔術といっても、いろいろで、私の研究は主に異次元からエネルギーを…。」

「誤魔化すな! お前ならできるはずだ! だって……。」

 

 現にやったではないかと。

 人間と魔物の異形を黒魔術で作ったと、アセビは言った。

 

 ライオス・ドラゴンキメラのことを指して言っているのだと、すぐに分かる。

「で、お前達は、あの男の呪いを解くために迷宮を進んでいるんだろ? それって、つまり、呪いを解く方法を知ってるんだろ!? だったら私の呪いも解けるだろ!! 私に取り憑いたこの獣の魂を取り除いてくれ!」

 しかし場が静まった。

「ごめんなさい。」

 マルシルが口を開いた。

「それは、私にはどうすることもできない……。」

「えっ?」

 マルシルは、語り出した。

 魂にはまだよく分かっていないことが多く、よく卵に例えられると。

 普段は肉体という殻の中にある魂は、肉体が壊れると中身は漏れて、二度と元には戻らない。

 この迷宮では、殻の内側に頑丈な膜を作る術がかかっていて、だから肉体が多少傷ついても魂が離れない。

「今のあなたとライオスは、ひとつの殻に二つの中身が入ってる状態。……一度混ざった魂は、二度と元には戻らない。」

 そうはっきりと言ったマルシルの言葉を聞きつつ、チルチャックは、ファリンを見た。

 ファリンは、俯いている。同じ魔法学校に通っていた級友同士である彼女がそのことを知らぬはずがない。

「……え? えっ? じゃ、なんであんた達は、旅を続けてるんだ?」

 呆然としたアセビが焦りながら言った。

「えっと…、ひとつは…、兄さんをあの状態のまま放っておけないこと。次に出会った冒険者を殺すかもしれないし、殺されるかもしれないから。その前に私達でなんとかしたい。あと、…単純に今地上に戻ると黒魔術の使用で捕まっちゃうから。シュローは、今回のことを島主に報告するだろうし…。」

「そんな……、じゃあ…、私は、ずっと……。」

「でもあなたのおかげで、希望が見えた。」

「は?」

「だって、あなたは、どんな魔物と混ざっているのか分からないけど…、でもあなたの言動は人間そのものにしか見えないし、殺人衝動もない!」

 ファリンがアセビの手を握った。

「裏を返せば…、兄さんだって、迷宮の支配を受けなければ、元の人格を取り戻せるかもしれない。それが分かっただけで…私…嬉しい。」

「……はあ。」

「ほれ。」

 そこへセンシがリゾットが入った器をアセビに渡した。

「お前の期待とは少し違ったかもしれないが。これも何かの縁と前向きに考えてみてはどうかのう?」

「この迷宮の主は、私よりずっと古代魔術の扱いに優れてる。彼なら……、ひょっとしたら魂の分離に関することも何か知ってるかも。」

「何? ……まさか勧誘してるのか?」

「どのみち一人で地上には戻れないだろ? おまえ、名前はアセビとか言ったか?」

「それは通名だ。」

「それじゃあ…。」

「イヅツミ。私の名前は、イヅツミ。覚えておけ。」

 アセビ…、改め、イヅツミは言った。




獣人には、ライオスほど興味関心はないけど、イヅツミから希望を見いだすファリンです。

次回は、夢魔。


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第三十四話  夢魔の酒蒸し

注意。

ファリンが故郷で迫害されていたというこのネタのみの捏造設定で、序盤を書いています。原作では違うので注意してください。


 

「痛っ!」

 ファリンの頭に小石が投げつけられた。

 振り返ると、そこには子供達がいた。

「逃げろー!」

「やーい、こっち来んなよ! 幽霊が乗り移るから!」

「えっ…?」

 ファリンは、在りし日の故郷の記憶を思い出した。

「やだわー。幽霊が見えるなんて。」

「トーデン村長も大変ね~。子供が幽霊付きだなんて…。」

「やだ、こっち見てるあの子。呪われたらどうする?」

「村長の娘だから、きつく言えないしな…。」

 ファリンを横目に見ながらヒソヒソと話し合っている大人達。

「ファリン。俺は…、ライオスのことも好きだが、君のことも…。」

「…うるさい……。」

 ファリンは、耳を塞いだ。

「ファリン。いくらライオスに懐いてるからって、おまえはあいつに依存しすぎている。いい加減身をかためてみたらどうだ? いい縁談があるぞ?」

「そうよ。ファリン。ライオスは、ライオスの生き方があるのよ?」

「いや! 兄さんから離れたくないの!」

 ファリンは、子供のように首を振った。

「……ファリン。」

「に、兄さ……。」

 ドラゴンキメラと化し、傷ついて血まみれのライオスが現れた。

 そこに来て、ファリンは、ハッとした。

 なぜここに自分を迫害してきた子供達や大人がいる? そして、別れたはずのシュローと、ずっと会っていない親がいるのかと、なにより、兄がその人物達と一緒にここにいるなんておかしい。

 周りは、真っ白で背景も何もない。

「なにこれ…、夢?」

 自分は、なぜこんな夢を見ているのかと、ファリンは一生懸命考えた。

 そして、思い出した。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 最近、マルシルは、ずいぶんと疲れているようだった。

 マルシルは、精神的にも肉体的にも疲弊している。無理もない。ライオスの蘇生に黒魔術を使い、さらに生き返らせたライオスがあんなことになってしまったのだ。誰よりもダメージは大きい。

 見張りはさせずに、無理矢理寝かせたはいいが、寝息はやがてすごいうなされる声に変わった。

「どうしたんだ、マルシル?」

「ただ事じゃ無いわ。」

「魔物か?」

「…夢魔(ナイトメア)だわ。」

 夢魔。それは、名前の通り、睡眠中の人間に取り憑き、悪夢を見せて感情を食う魔物だ。

 悪夢に囚われ続けると、やがて衰弱死してしまう。

「疲れがたまっているから、中々夢から抜け出せない。」

「前にシュローがやられた時みたいにやれよ。」

「うん。分かってる。」

 前にシュローが夢魔に取り憑かれたときは、ファリンがシュローの夢に入って助け出した。

 方法は、簡単。

 悪夢を見ている人を枕にして、寝る。以上。

 そして、ファリンは、あっという間に寝た。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「なるほど…、確かに嫌な夢。」

 しかし、夢だと分かればこっちのものだ。

 ファリンは、杖を出現させた。ここは夢。思い描けば何でもできる。

 ファリンの杖から放たれた切り裂く魔法が、夢魔が作り出した悪夢を切り裂いた。

「はあ…、これだからイヤ。六階って…、基本的に精神攻撃だから。」

 んーっと、ファリンは考えた。

「えっと、マルシルは、今私が枕にしてるから…。」

 そしてファリンの姿がオオカミの姿になった。

 枕にしているから、掘り進めばマルシルの夢に入れる。そう判断して白い地面を掘った。

 そして、穴がやがて終わり、落下した。

「きゃっ!」

 落下した衝撃で、危うく目を覚ましそうになったが、なんとかなった。

 周りを見回すと、巨大で、広大な本棚の通路だった。本が宙に浮いており、いかにも夢…という感じがする。

「これがマルシルの夢?」

 

「誰かいるの?」

 

「えっ?」

 声がした方を見ると、小さなエルフの少女が人形を抱えていた。

 こんなところに少女がいるなんてと思ったが、ここはマルシルの夢だ。この少女がマルシルなのだろう。

「マルシル。」

「えっ! あ、あなた誰?」

「私だよ。ファリンだよ。」

 ファリンは、安心させるようにしゃがんで目線を合わせて微笑んだ。

「ここは、あなたの夢の中。だから早く目を覚まして…。」

 その時、地響きがした。

「揺れ?」

「ああ…! あいつが来ちゃう!」

「あいつ?」

「逃げなきゃ! いいから、こっち!」

 小さなマルシルがファリンの手を握って走り出した。

「パパとピピも、あいつに飲み込まれちゃったの。」

「パパとピピ?」

 マルシルの悪夢は、何かに追われている悪夢だった。

 地味だが嫌な夢である。

 ファリンは、すぐに、立ち止まった。

「お姉ちゃん?」

「私が、あいつを倒してあげる!」

「何してるの! 危ないよぉ!」

「だいじょうぶ。私、こう見えても…。」

 その時、通路の奥の暗闇から、何かが現れた。

 それは、通路を圧迫するほど巨大な……色んな魔物が混ざった怪物だった。

「きゃっ!」

「いやあああああ!」

 想像以上だった。

 マルシルの疲労状態のせいでこれだけ悪夢が増長したのだろう。

 ファリンは、マルシルと共に走って逃げた。

「まずい…。これはまずいわ…。」

 これは、自分が立ち向かって勝てるとかいう話じゃない。

 マルシル自身がこの夢に打ち勝つよう導かなければならない。

「マルシル! 逃げちゃダメ!」

「無理!」

「これは、あなたの夢! 私も一緒に戦うから、逃げるのをやめるのよ!」

「無理よぉ!」

「マルシル!」

「ひゃう!」

 ファリンが無理矢理マルシルを止めた。

 そして、抱きしめる。

「だいじょうぶ。だいじょうぶだからね。」

「お姉ちゃん…、あ…ああ。」

「っ!」

 いつの間にか背後にあの魔物がいた。

 飲み込まれそうになったが、ファリンは、すぐに抜けだし、マルシルを抱えて走った。

「うっ…!」

「きゃああああ!」

 ファリンがふらつき、マルシルの悲鳴が木霊して、周りの本棚が揺らいだ。

「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ…。私はなんとも…。これは…。」

 ファリンは、魔物触られた箇所が酷くただれているのに気づいた。

 いや、違う。

 ただれているのではない。

 シワが……、これは。

「老化?」

「お姉ちゃんも…、私を置いていくの?」

「えっ?」

「私は、他のみんなと走る速さが違うって…。だから、これから先ずっと色んな人達を見送らないといけないの。みんな、私と一緒に走るのを諦めて、あいつに飲み込まれていく! パパも! ピピも! ライオスも! みんな、みんな! だから私は魔術をたくさん勉強したのに!」

「マルシル…。」

「それが…。」

 泣き崩れるマルシルが自分が抱えている人形を見おろした。

「それが、ライオスを、こんな姿にしてしまったら…。私どうしたら…。」

 よく見ると、その人形はどこかライオスに似ていた。

「これ…兄さんなの? マルシル…、あなたの不安は…、親しい人が、自分より先に死ぬことなのね?」

「ううぅ…。」

 その時、魔物が通路の奥からやってきた。

「あ、あうぅ…。」

「マルシル。怖がっちゃダメ。怖がれば怖がるほど、アイツは、強くなるの。」

「そんなこと言われたって! どうしたらいいの!?」

「望むのよ!」

 ファリンが、マルシルの両肩を掴んだ。

「あなたは、たくさん努力してきた。見て! この本棚を! 同じ学校に行ってた私の比じゃない!」

「ダメよ! 私の魔術は不完全なの! あの子の…本さえあれば…、私はもっと完璧に魔術を扱えるのに…。」

「それだよ! 望んでマルシル! 強く望んで! 恐れないで! 本を…、本を呼ぶの!」

「本を……?」

「マルシル!」

「あっ!」

 ファリンが魔物に飲み込まれた。

「い、いや、いやああ!! ダメェェェェ!!」

 魔物の中に手を突っ込んだマルシルがファリンを引っ張り出そうとして、別の物を引っ張り出した。

 それは、本だった。一冊の。

 その本の表紙にある模様の目が、ジロリッとマルシルを見た。

「あ、…わあああああああああああああ!!」

 マルシルが、本で魔物を殴った。

 そして、魔物が光となって消えた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ファリンは、目を覚ました。

「おお。目が覚めたか。」

「一緒にうなされてたぞ。大丈夫かよ。」

「……なんとか。」

「ふああ~~~。」

 その時、マルシルが目を覚ました。

 ボーッとしていたマルシルは、やがて寝返りを打ち…。

「二度寝するな!!」

「ダメ! 起きて、マルシル!」

 たたき起こした。

 マルシルは、寝ぼけたまま頭を押さえた。

 夢の内容については、よく覚えていないという。なんだか楽しい夢を見た気がすると言った。

「なんとか成功したみたいだね…。」

「何かあったの?」

「マルシル。枕貸して。」

 マルシルの枕をもらったファリンは、ナイフで枕を裂いた。

 そして小鍋の中に、二枚貝がガラガラと入った。

「それは?」

「これが夢魔。この貝が人の枕に潜んで悪夢を見せたりするの。それにしても、多いね。結構前から枕の中に入ってたのかも。みんなの枕も調べてみないと。」

「うそ……。」

「センシ。これ食べられないかな? ずっと味が気になってたの。」

「おお、もちろんだ。」

 そんな彼らを見て、離れた場所にいたイヅツミは、隙を見て逃げるかと見当した。

 そして、調理開始。

 

 まず、ゴミを吐かせるためにぬるま湯につける。

 するとアサリなどと同じアレが出てくる。

「この夢魔はね、別名シンといって、実は竜の仲間なんだよ。よく見ると竜っぽさがあるでしょ。」

「うそでしょ?」

 フライパンにバターを溶かし、夢魔を並べる。

 ワインを足し、蓋をする。

 そして火にかけ、夢魔の蓋が開くまで待つ。

 そして頃合いを見て、最後に醤油を足し…。

「完成じゃ。」

 蓋を開けると、夢魔の酒蒸しから、湯気と共に、何かの映像が宙に浮いた。

「これは?」

「あ! これ、私だ。」

「シンが食べた夢が蜃気楼になったんだよ。」

「なんだか思い出してきたかも。そうそう、私何かから逃げてたら…、一匹の犬が出てきて! その子と宝物を探す冒険に出るの!」

 実際、蜃気楼の映像もそうなっていた。

 ファリンのことは、まったく映していない。だがその傍らに、ライオスに少し似た人形が一緒に走っていた。

「面白い夢だったなー。」

「なんか…ファリン?っぽい犬か?」

「頭が悪そうだ。」

「どうした、ファリン?」

「……白銀のオオカミのつもりだったんだけど。まあ、いっか。」

 マルシルの悪夢が楽しい夢になることに貢献できたのだからと、夢魔を食べながら思ったのだった。




マルシルの状態が危うかったため、シュローを助けたことがあるファリンですら苦戦を強いられたということにしました。

シンって、確か、蜃気楼の語源になった貝に似た妖怪でしたっけ?
間違ってたらすみません。

とりあえず、最新刊六巻(2018年5月22日現在)は、ここまでなので、次の巻が出るまで更新はしません。


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IFのIF 妹が美味しそうに見えて仕方ない

※ライオス・ドラゴンキメラが正気を取り戻したけど、ドラゴンの本能に浸食されてくる話。

バットエンド。

ファリン、迷宮の主エンド前提です。注意。


 

 

 ファリン達の尽力により、狂乱の魔術師は倒され、迷宮の呪縛からライオス・ドラゴンキメラは、解放された。

 正気に戻ったライオスは、まず。

 

「なにこれ! 俺、カッコいい!」

 

 っと、キメラと化した自分自身を見て叫び、マルシル達(ファリン除く)を呆れさせた。

 何はともあれ、ライオスを解放できたことに安堵し、ファリンが迷宮の主になることで、迷宮を支配下に置いた。

 ファリンは、トールマンであるため、寿命のことを考え、兄と過ごせる時を保つために迷宮の主となることを選んだ。

 そのことにライオスは反対したものの、結局は押し切られ、また自分自身もキメラと化してしまったため、迷宮でしか居場所がないこともあり、受け入れた。

 魔物マニアで、キメラ好きのライオスは、キメラそのものになった自分を見てナルシスト顔負けに喜んでいた。

 迷宮に来る冒険者の前に現れて、びっくりさせて追い返したり、センシから習った魔物食にはまったりと、迷宮生活を楽しんでいた。

 

 ところが…、徐々に彼は元気を無くしていった。

 

「兄さん? 最近元気ないね。どうしたの? 悩み?」

「えっ? あ…別に、何もないよ。」

「嘘。兄さん隠し事苦手なのに、嘘はいけないよ?」

「…すまん。ファリン。少し離れてくれないか。」

「えっ、どうして?」

「近い…っていうか。」

「えっ? いつもこれくらい近くにいるでしょ?」

「…離れてくれ。」

「…? …分かった。」

 そっぽを向いて力なく言うライオスに、ファリンは渋々離れた。

 ファリンが離れるとライオスは、素早い足取りでファリンから離れ、迷宮の主の住まいから出て行った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ブクブクブクと、四階の湖が泡立つ。

「ブハッ!」

 ライオスは、水の中から飛び出した。

 下半身の上体部分を陸地に上げ、ハーハー…と、必死に呼吸する。

「……妹が美味そうに見えるなんて…おかしいだろ。」

 それがライオスの最近の悩みだった。

 頭を冷やそうと思い、四階に来て、水に浸かっていたのだ。

 ビショビショに濡れた頭をかきむしる。

 おそらく混ざっているレッドドラゴンの魂の影響だろう。そこらの魔物より人間が美味そうに見えるのは。

 実際、死体を見かけた時に、つい食べかけた時があった。

「ファリンは、食べない…。迷宮の主を食べるなんて…。俺は、まだ人間のはずだ…。」

 ライオスは、頭を抱え、ブツブツと呟く。

 

「だったら、死ねばいいじゃないですか。」

 

「!?」

 

 そこに男の声が聞こえた。

 見ると、褐色の肌の男、カブルーがいた。

 初めて見かけた時より、年を重ねて冒険者としての貫禄が出ている。

「僕としては、迷宮の主が死んでくれた方がいいですけどね。」

「…やめろ…。」

「いやー、こんな悲劇があるんですね。兄が魔物になって、妹がダンジョンの支配者になるなんて。」

「うるさい…。」

「あなた、まだ自分が人間だと思うのなら、死ぬことをおすすめしますよ。そんなおぞましい姿で生きていけるなんて、まともな人間の精神じゃ無理だ。」

「黙れ…。」

「もしそれを受け入れた上で自分が人間だなんて思っているのなら、あなた、人間でありながら魔物だったということになりますよ。」

「ちょ、ちょっと、カブルー。いくらなんでも言い過ぎよ。」

「そうだよ。いくら、アイツ(ライオス・ドラゴンキメラ)がこの迷宮じゃ唯一冒険者には無害だって言っても…。」

「別に。本当のことを言ってるだけじゃないか。ねえ? ライオスさん。」

 

 

 

 

『ああ、美味そうだ…。』

 プツンッ。

 そんな音を、ライオスは、自分の中から聞いた気がした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 気がつくと、ライオスの周りには、カブルーの仲間達の死体が転がっていた。

 そして自分が何を噛んでいるのか気づいた。

 確か、リンという魔法使いだっただろうか…、切り離された彼女の腕の肉を食べていた。

 吐き出さないと!っと慌てて考えるのに、口がクチャクチャと肉を噛むのをやめない。

 どうして!? 自分の身体が言うことをきかない。

 そしてなにより……。

 

 人間の肉が美味いだなんて、おかしいだろ!!

 

「ああ…、やっぱり、あんたは魔物だよ…。」

 カブルーの弱った声が、足元から聞こえた。カブルーは、ライオスの前足で踏まれて血を吐いていた。

「魔物は、何を考えているのか分からない…。それは、あなたの言葉でしたっけ…?」

「っ…。」

「それは…、あなたに向けられるべき言葉ですね…。」

「うるさい…。」

「さっさと…とどめ刺してくださいよ……。痛いん…ですから…。」

「うるさい…。」

「……あなたを見て…、もしかしたら…なんて…希望を…持つんじゃなかった……。」

「うわあああああああああああああああ!!!!」

 ライオスは、頭を抱え、絶叫しながら、前足を上げて、カブルーを踏み潰した。

 全滅したカブルー達の遺体を残し、ライオスは、頭を抱えたまま走って飛んで逃げた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「兄さん? 兄さん! どうしたの、その血! 冒険者に襲われたの!?」

「ファリン…。」

「今、治してあげるからね!」

「……美味そうだな…。」

「えっ?」

「腹減ったんだ…。ファリン…、食わせてくれ。」

「にいさ…。」

 ファリンは、最後まで言葉を言えなかった。

 ライオスの口が、ファリンの喉笛を噛んでいたからだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ファリンが目を覚ました時、ファリンは血の海の中に裸で転がっていた。

「……にいさん?」

 迷宮の主であるため、おそらく迷宮が迷宮の一部である魔物に襲われたファリンを再生させたのだろう。

 周りを見回すと。

 兄が……ライオス・ドラゴンキメラが床に転がって倒れていた。

 駆け寄って、上体を見ると。

 ライオスは、ケン助(動く鎧の剣)で自らの心臓を突き刺して死んでいた。

 ファリンは、傍らで両膝をついた。

「馬鹿な兄さん…。」

 ソッと両手をライオスに乗せた。

「兄さんは、私のモノなんだよ? 狂乱の魔術師のドラゴンのこと忘れたの? 迷宮の主の魔物だけは、魂が縛られるのを忘れたの?」

 優しく言い聞かせるように囁きながら、ファリンは、黒魔術を発動させた。

 するとみるみるうちにあふれ出ていた血がライオスの身体に戻っていった。

「…うぅ…。」

「兄さん。」

「! ふぁり…。」

 意識を戻したライオスの頭を、ファリンが抱きしめた。

「食べたかったら、我慢しないでいいんだよ?」

「俺は…俺は…!」

「誰かの意見なんて気にしないでいいんだよ。」

 迷宮の主であるため、ライオスの身に何があったのかすぐに情報収集できた。

「私ってば酷い妹。こんなに兄さんが苦しんでいたのに気がついてあげられなかったなんて…。」

 かつて迷宮を攻略する冒険者だったから、やってくる冒険者達に優しくしたのがいけなかったとファリンは悔やんだ。

「ファリン…? 何を、考えてる?」

「兄さんは気にしないで。」

「まさか…、待て…、思い直せ…。」

「ココ(黄金の都)には、私と兄さんだけで十分だよ。」

「ファリン!」

「兄さん、生き返ったばかりで疲れたでしょ? 寝てて。」

「ふぁり……。」

 ファリンの魔法により、ライオスは眠らされた。

 さてとっと、ファリンは、ライオスを膝の上で寝かせたまま、かつて狂乱の魔術師が持っていた魔術書を召喚した。

 そして、迷宮に大規模な改築をする。変動していく迷宮とともに、魔物の凶暴性も調整した。

 大きく変動する迷宮によって外へあふれ出た魔物で、どれだけの被害が出るのかも考えず、ファリンは、ただ…兄のために迷宮を操る。

 

 それは、かつて、デルガルのために迷宮を作り上げた狂乱の魔術師のように……。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 月日が経ち、ある日、変動して様変わりした迷宮から、ボロボロの女エルフが脱出した。

 女エルフは、息を引き取る直前に、言った。

『迷宮の主が狂ってしまった。迷宮の主の人竜(ひとりゅう)と、迷宮の主を、誰か、止めてくれ』っと。

 そう言い残して、女エルフは、息絶えた。

 




次の巻が出るまでに、ちょっと暇つぶしに書いたモノです。

……カブルー達が不遇ですみません。

ライオス・ドラゴンキメラは、迷宮で唯一人間襲わない魔物として冒険者間で知られています。
ですが…、ドラゴンの本能には敵わず、魔物としての本能に負けてしまいました。
さらに、迷宮の主まで手をかけています。これは、親族であるということもあるけど、人間の魂が混ざっていることも起因しています。
でも、迷宮の魔物の手では死なない迷宮の主となったファリン。
おそらく、あの魔術書に魂が移っていて、そっちが本体だとか…そういうことかも。

最後に出てきた女エルフが、マルシルなのかどうかはご想像にお任せします。


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IFのIF  最近勘違いされてます

ファリン、迷宮の主エンド。前提。

正気に戻ったライオス・ドラゴンキメラが、なぜか迷宮の主だと勘違いされ始めたという話。

短いです。


 

 

「ファリン、ファリン。」

「どうしたの、兄さん?」

「最近の冒険者達の噂をたまたま聞いたんだが…。」

「うんうん。」

「どうも、俺の方が迷宮の主だと思われてるみたいなんだ……。」

「えー?」

 

 ファリン達が、迷宮の主、狂乱の魔術師を倒した。

 迷宮の王座には、ファリンが座った。それにより、トールマンを超えた寿命を手にいれ、キメラと化した兄・ライオスと一緒に生きられるようになった。

 迷宮の主であった、魔術師を倒したことで、迷宮の呪縛から解放されたライオス・ドラゴンキメラは、自由の身になったのをいいことに、あちこちの階層を飛び回っていた。

 センシから魔物食を教わり、色んな階層の魔物を、キメラとなって格段に強化された身体能力で狩り、調理して食べるのが楽しみだ。

 たまに冒険者パーティーに出くわし、魔物食を勧めては、逃げられるということを繰り返していた。

 時々、ファリンのいる階層までたどり着くほどの猛者が現れることもあるので、その時は、迷宮の主の使い魔ライオス・ドラゴンキメラとして、他の魔物を使役して立ちはだかった。

 たいていの場合、ライオス・ドラゴンキメラの姿と、冒険者パーティーのごとく連携を取った魔物に動揺した相手を全滅させるのが通常だが、間一髪で逃げるパーティーもいた。そういうときは深追いはしない。もっと強くなって戻ってきてくれるといいなぁという、元冒険者だった頃の思いがそうさせた。

 そんなことを、月日を数えるのを忘れるくらい繰り返した。

 

 そして、気がつけばこれだ。

 

 本当の迷宮の主のファリンではなく、ライオス・ドラゴンキメラの方が迷宮の主だと思われるようなってしまった。

 

「なんでこうなったんだ?」

「兄さんが強いからじゃないかな?」

「そうか? 俺はそんなに強いつもりはないんだけど。」

「私より、ラスボスっぽいし。」

「そ、そうかな?」

「カッコいいしね。」

「そうかな…。」

 ファリンからのお世辞に、ライオス・ドラゴンキメラは、気恥ずかしそうに頬を掻いた。

「あ…。兄さん、冒険者が来たわ。」

「数年ぶりにこの階層まで来たな。行ってくる。」

「頑張ってね! 死んでも生き返らせてあげるから。」

「善処するよ。」

 ファリンからのエールを受けてから、ライオス・ドラゴンキメラは、出陣した。

 

 たいていの場合は、ファリンがいる部屋まで来る前に、冒険者パーティーは全滅してしまう。もしくは、逃走する。

 

「さあ、君達は、俺に勝てるかな?」

 

 下半身のドラゴン部分の分だけ頭が高いライオス・ドラゴンキメラは、腕組みして、冒険者パーティーを見おろしながら言ったのだった。

 冒険者パーティーは、ライオス・ドラゴンキメラを迷宮の主だと思っているので、これが最後の戦いだと言わんばかりの構え方をしていた。

 勘違いとは恐ろしいモノで……、ライオス・ドラゴンキメラは、ひっさびさに三途の川を見かけた。そして、なんとか勝って、ボロボロになってファリンのところに帰ったのだった。

「次は…、負けるかも。」

「次からは私も一緒に戦うよ。」

「いや、迷宮の主が直々に出るなんて…。」

「兄さんをここまで追い詰めた冒険者さん達には、挨拶したいもの。」

「…ふぁ、ファリン?」

「うふふふふ…。」

 ニコニコと笑っているファリンを見て、ライオス・ドラゴンキメラは思った。

 

 なんとしてでも、自分が冒険者パーティーを、ファリンに近づけさせないようにしないと…っと。

 じゃないと、死ぬより恐ろしい目にあってしまう!!

 




ラスボスは、やっぱりラスボスだった…?

次の巻が出るまで、暇つぶしにこれからも短編を載せていくかもしれません。


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IFのIF  魔物食を勧められ

※一巻に出てきた、バジリスクに襲われてた初心者冒険者パーティーと、ライオス・ドラゴンキメラ。
※原作でバジリスクにやられてた剣士に名前を付けてます。

あとナチュラルに、ファリンは迷宮の主エンドです。(出番無し)
そのため、ライオス・ドラゴンキメラは、正気です。


 

 

 

 その冒険者パーティーは、ピンチに陥っていた。

 身体が重たい…、さらに空腹。数日前に魔物に襲われた際に逃げたのだが、その時にキャンプ地に食料を置いてきてしまったのだ。

「はあ……、もう、ダメ…。」

「あきらめるな。」

 っと励まし合うが、それを遮るように腹の虫が鳴る。

 冒険者パーティーは、ぐったりと二階の大木に背中を預けて座り込んだ。

「こんなところで、餓死かよ…。」

「また死体あさりに見つかって地上送りか…。」

「もうこんなのばっかり…。」

 彼らは、数ヶ月前から迷宮に挑んでいる初心者パーティーだ。

 数日前にやっと三階にまで足を踏みこんで、そこで魔力不足に陥ったので引き返し、そしてキャンプ地で食料を失って今に至る。

「俺たち…、やっぱり才能無いのかもな……。」

 空腹も手伝って、悪い方に悪い方に考えが向く。

 その時、クエーっという鳴き声が聞こえた。

「ば、バジリスク!?」

「やべ、こんな時に…。」

「逃げよう。」

 そう言って全員重い腰を上げて立ち上がり、移動した。

 その時だった。

 

 とても良い匂いがしたのだ。

 

「この匂いは…。」

 バジリスクから逃げながらその匂いにつられて、茂みをかき分けると……。

 そこには、グツグツと煮えた大鍋が焚き火の上に乗せられていた。

「こんなところで、料理?」

「ああ…良い匂い…。」

 たまらず生唾を飲み込んでしまう。

 ふと、気がついた。

 鍋の反対側の焚き火に、串に刺さった刃に似たヒレを持つ魚がくべられていた。

「これ、魚かしら?」

「あ、これ本で見たことがある。確か刃魚っていう魔物で、四階によくいるらしい。」

「なんでこんなところに、四階の魔物が? あ、これ、干物だ。」

「それにしても……。」

 冒険者パーティーは、口からあふれてくるつばを飲み込むのに必死だった。

 数日間、水以外まともに固形物を食べていない。

 もはや限界が近づいていた。

「…た、食べても良いよな?」

「えっ? で、でも無断で…。」

「こんなところで暢気に料理してて、誰も見張りを立ててないのが悪いんだ。」

 空腹による限界が、悪い考えを増長させる。

「もし、これ作ってた連中が帰ってきたら言い訳しよう。」

「………そう、だな。」

 もう限界だった。

 焼けた刃魚を手にした剣士の冒険者は、ふと思い出した。

「そういえば、少し前に、魔物を調理できるほど強い人達がいたな……。あの人達を見習って、魔物を料理してれば、ここまで追い詰められずにすんだかも…。」

 そんなことを呟いている間にも、仲間達が鍋に手を付けようとしていた。

 その時だった。

 

「それ、まだ未完成だ。」

 

「えっ?」

 ヌッと後ろから大きな影が現れ、剣士の冒険者が陰に覆われた。

「う、うわあああああああああああ!!」

「きゃあああああああああ!!」

 仲間達が悲鳴を上げる。

 まさかバジリスクかと思ったが、明らかに人間の声だった。

 慌てて振り返ると、そこにいたのは……。

 人間の男の上半身と、竜と鳥を合せたような巨体を持つキメラだった。

 そういえば、ここのところ、こんな噂があった。

 

 あらゆる階層に、人間の形を持つキメラが現れて、魔物を使った食事をありがた迷惑に勧めてくると。

 

「まさか…。」

「君達、腹が減ってるのか? ずいぶんとやつれてるみたいだが。」

「え、ええ…。」

 魔物を使った料理を勧めては来るが、襲っては来ないとは聞いている。だが警戒は怠らずに返事をしていると腹の虫が盛大に鳴った。

 それを聞いたキメラは、プッと吹き出した。

 冒険者パーティーは、カーッと赤くなった。

「よかったら食べていくか? さっき仕留めたバジリシクを使えば仕上げられるんだ。」

「えっ? これ……あ、あなたの料理だったんですか?」

「ん? そうだけど?」

 魔物にしてはあまりにも暢気だし、他の魔物と違って殺意がないように感じる。

 しかしよく見たら、片手に首が折れたバジリスクを掴んでいた。

 キメラは、ナイフを抜き、バジリスクの処理を始めた。

 まず首を切って血抜き。

 次に、別に沸かした鍋に湯を張って軽く茹でて羽をむしる。

「あの…、手伝いましょうか?」

「手伝ってくれるのかい? それはありがたい。」

 怖ず怖ずと申し出ると、快く返事をしてくれた。

 とりあえず、みんなでバジリスクの巨体の羽をむしる。すると、大きな鶏肉になった。

「うわぁ…、こう見ると大きいけど、普通の鶏に見える…。」

「そうだろ? じゃあ、蛇の方はあとでスープか、燻製に使おう。」

 そしてキメラは、肉の一部を挽肉にして、どこから出したのかボールに入れて香辛料と調味料を加えて練り、肉団子にしてすでに何かの出汁が煮えている鍋に入れていった。

 挽肉に混ざった油と香辛料が溶け出し、スープが一段と良い匂いになった。

 もう口から垂れる涎が止まらない。

 さらに、キメラは、茂みの中に隠していた歩きキノコの死体を出して、切り刻み、鍋に加えていった。

「最後に、バジリクスの卵を溶いて、かき回せば…。できあがりだ。」

 バジリスクの卵を割って鍋に入れ、おたまでかき混ぜると、フワッと卵が浮く。

 そしてできあがったバジリスクの肉団子スープを、これまたどこから出したのか分からない木の器に入れ、キメラは冒険者パーティーに渡していった。

「い、いただきます!」

 もとが魔物だとかこの際もうどうでもいい。

 空腹とは最大の調味料とはよく言ったモノだが、それ以上にスープは美味しかった。

 なんというか、コクが違う。

「美味いです!」

「ありがとう。こっちも食べてごらん。刃魚は、生でも干物でも美味いんだ。」

「あ、ほんとうだ…。」

「これ、なんのお出汁なんですか?」

「コカトリスだよ。」

「こか…!?」

 コカトリスは、五階の魔物だ。

 バジリスクよりも圧倒的に凶悪だと、聞いている。

「長年の夢でね。同じ尾蛇種のバジリスクとコカトリスを食べ比べしたいって思ってたんだけど、ふと思いついてコラボしてみたんだ。うん。思った通り、相性はいい!」

「歩きキノコも美味いですね。歯ごたえも香りも…。」

「マツタケそっくりだろ? この種の歩きキノコは、特に歯ごたえと香りが良いんだ。栄養価もいい。」

「……ああ、身体に染み渡るようだ…。」

 空腹による栄養不足の身体に、スープに溶けた滋養が染み渡るようだった。

「いいかい? 栄養不足は、強い魔物に出会うことよりも恐ろしいことだ。塩漬けの肉や硬いパンばっかりじゃなくて、そこに歩きキノコや、人食い植物の木の実を添えるだけでずいぶんと違う。あ、そうだ、デザートに、人食い植物の木の実はどう?」

 キメラは、ミアオークの木の実を出して、輪切りにして皿に盛って出してきた。

 勧められるままに食べてみると、シャクッと歯切れ良く瑞々しくてさっぱりとした後味が残る。

「そこまで甘みが強くないんですね。」

「口の中がさっぱりする。」

「君達、身体が重たかったんじゃないのかい?」

「ええ…。でも今はずいぶんと軽くなった気がします。」

「ビタミンとミネラル不足だ。そういうときこそ新鮮なものを食べるべきだよ。」

 やがて大鍋にあったすべてのスープが無くなった。

「ごちそうさまでした。」

「久しぶりの満腹だ~。」

「あの、…このご恩は…。」

「気にしないでくれ。俺は久しぶりに人間と食事が出来ただけで十分だ。」

 そう言ってキメラは、微笑んだ。

 ああ、とてもじゃないが魔物には見えない。

「あの…、あなたは本当に魔物なんですか?」

「……俺は、どう見える?」

「…キメラ……。」

「色々とあってね。今はこの姿になったんだ。地上じゃ生きられないから迷宮に住んでる。」

 確かにこんな姿では、地上では暮らせないだろう。

 そうなると必然的に他の魔物を狩って食べるしかないのだ。

 魔物をいかに美味しく食べるか、きっと試行錯誤しただろうに…っと、冒険者パーティーは思った。

「魔物食に詳しい人がいて、その人から、たくさんの料理の仕方を教わったんだ。」

「そんな人がいるんですか?」

「三階の便所の清掃までやってて、彼は立派だよ。君達もいつか出会うかも知れない。」

「……僕達…、まだ少しだけ三階に足を踏み込んだばかりで、逃げ帰ってきたところなんです。」

「そうか。」

「あの…どうすれば、魔物を調理できるほど強くなれるんでしょうか?」

「えっ? えーと…。」

「ちょ、ちょっと、魔物に聞いても…。」

「そうだな…。俺も元々は冒険者だったから、時間があるときに指南しようか?」

「えっ!」

「これでも一応、昔は冒険者パーティーのリーダーだったんだ。俺に出来る範囲でなら教えられるかもしれない。」

「本当ですか!」

「でも、まずは、出直すことを勧めるよ。なんなら、俺が一階への階段まで送るよ。」

「ありがとうございます!」

 冒険者パーティーは、キメラに先導されて一階への階段まで送ってもらった。

「じゃあ、俺は、二階にまだしばらくいるから、会えるときに会おう。」

「あ、あの。」

「ん?」

「申し遅れましたけど、僕、エクトビって言います。」

「エクトビか。俺は、ライオスだ。」

「ライオスさん…、では、また…。」

「それじゃあ。」

 そして、ライオスと、エクトビと仲間達は、別れた。

 

 

 

 その後、冒険者達の間で、こんな噂が流れた。

 曰く、ドラゴンのキメラが初心者パーティーを鍛えていると。

 曰く、魔物を使った食事を提供すると。

 曰く、その料理はすごく美味しいと。

 

 




一巻で初めて一緒に魔物食を共にしていましたし、順応性は高いんじゃないかな?
でも実力が無いのが不幸。
この後、ライオスに指導されてちょっとは強くなるかな?


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IFのIF  やはり、魔物は魔物だ

救いが無いだけの短編。


ライオス・ドラゴンキメラ戦後、再び迷宮に潜ったカブルー達が、ライオス・ドラゴンキメラに遭遇してしまったという話。

カブルー達不遇。
人肉食表現あり。注意。


 

 

 

「か、カブルー……。」

 リンの震えている声が聞こえた。

 カブルーは、霞む頭で自分に起こったことを思い起こそうとした。

 ブチブチ、クチャクチャと、何かを咀嚼する音が聞こえてくる。

 腕の感覚がない。というか、腕がない。

 あと、身体が重たい。何かが胴体の上に乗っている。

 赤い……竜の足だ。

 

 思い出した。

 

 そうだ、自分達は、再び迷宮に潜ったのだ。

 

 ライオス…というキメラとなった男の妹、ファリンと別れた後の数週間後だ。

 シュロー達は、島からいなくなった。

 自分達は、自分達の目的のために迷宮に挑まなければならない。だからまた潜ったのだ。

 二階の様子がおかしかった。

 その時に気づいていればよかった。

 アイツが……いることに。

 

 突然だった。気づかなかった。

 バジリスクと大コウモリの死体を見つけて立ち止まった場所の近くの木の上に、アイツがいたのに。

 不自然な死体だった。

 何かに襲われて、殺されて、食べられた形跡があった。

 特に噛み跡が不自然だった。まるで人間が噛みちぎった跡のような歯形が残っていた。

 クロもどこかで嗅いだことがある匂いがすると言っていた。なのに気づかなかった。

 アイツが、二階みたいな浅い層まで移動したなんて考えなかった。

 突然飛び降りてきた巨体。

 鳥とドラゴンを合わせたような、けれど人間の上半身を生やした異形。

 人間の顔をしているくせに、感情がないみたいに無表情で自分達を見おろす金色の目。

 まず真下にいたクロが踏み潰された。

 ただでさえ足場の悪い二階で、巨体に似合わない素早い動きに自分達はついていけなかった。

 尻尾がダイアを弾き飛ばし奈落の底に落とした。

 リンに向かって行くドラゴンキメラ。そういえば、初めて遭遇したときもアイツは、他の魔物を使って魔法使い達を優先して襲ってきた。

 他の魔物?

 それに気づいたときには、ホルムが後ろから大コウモリに襲われた。

 魔物の優劣や従う道理とかそんなものは分からない。だが自分達を食った相手に従うなど、やはり魔物は分からない。

 リンが再度稲妻の魔法を使うと、ドラゴンキメラは、倒れた大木や枝を飛び回って避けた。

 連続で稲妻を放っても同じ。巨体に似合わない素早さで稲妻を避けていく。

 ホルムのウンディーネがあれば、多少はこちらが有利になれたかもしれないが、確かアイツ、魔法も使えたはずだったので、ウンディーネがいても意味は無かったかもしれない。

 そうこうしている内に、ミックが吊り橋から落ちそうになり踏ん張ったものの助ける余裕が無くやがて落ちていった。

 ドラゴンキメラがとんでもないスピードで飛んできて、金色の眼を持つ男の顔が迫ったとき、ドラゴンキメラの人間の腕を振りかぶっていた。そこで自分の意識は一度暗くなった。

 そして、次に目を覚ますと、これだ。

 ドラゴンキメラは、腕を噛みちぎって食っていた。

 ブチブチと肉の筋を歯で引っ張り、腹を空かした獣とは違って味わうように食っている。

 何度か死んだが、魔物に食われて死ぬのは初めてだ。

 死ぬのは慣れない。もう痛みとかは通り越してしまっている。

 しかも完全には死んでないのに、食われているのを見せられるなんて、なんて悪趣味だ。

 よくもまあ……、何か事情があったにしろ、人間をベースにこんなキメラをこしらえるなんて、これだから黒魔術はおぞましい。

 リンは、もう魔力が尽きたのか、そして仲間が食われている光景に完全に腰を抜かしてしまったのか尻餅をついてガタガタ震えているだけだった。

 ドラゴンキメラは、リンを襲う気がないのか、はたまた自分の肉がお気に召したのか無心で肉を食っているだけだ。

 血が止まらない……。意識が遠のいてきた…。だが完全に死ぬまでにはまだ遠い。さっさとトドメを刺してほしいものだ。

「……この……、バケ…モ、ノ…め…。」

 最後の力を振り絞って悪態をついてやった。

 けれど、声が小さかったからか、ドラゴンキメラは、まったく話を聞いてなかった。

 

 次に会ったら…、あんたの妹を殺そう。そしたら、あんたは、どんな顔をするだろう?

 盾にしたときの顔は人間そのものだったくせに……。妹以外はどーでもいいのか?

 っと言うか、あんた、バジリスクと大コウモリ、先に食ったんじゃないのか? まだ足りないのか? そりゃそんだけ身体大きければ胃も大きいか?

 あー…、色々と言ってやりたいが、もう力が出ない……。

 

 

 少しずつ暗くなっていく視界、けれど耳に、ブチブチくちゃくちゃと肉を食いちぎって噛む音がずっと聞こえていた。

 




バジリスクと大コウモリを先に食ってるのに、足りないからカブルーも食べてるライオス・ドラゴンキメラでした。



次の巻が出るまで、こうやってちょこちょこと短編を上げていきます。


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IFのIF  だ~れだ

以前書いた、『IFのIF 妹が美味しそうに見えて仕方ない』とリンクしてる?

もはや定番化しているカブルー達不遇ネタです。


流血、グロ注意。



 

 

 

 だ~れだ、だ~れだ

 

 ××××を殺したのは、だ~れだ

 

 

 

 その女性の歌声を聞いた者達は、必ず、死ぬ。

 

 

 

「って…、噂を聞いたな。」

「ちょっとミック。怖いこと言わないでよ。」

「その××××(ちょめちょめ)の部分はなんだ?」

「さあ? だいたい聞いたら確実に死ぬって話だし、全部聞いた奴なんて誰もいないんじゃないのか?」

「……それより…。」

「ああ…。」

 カブルー達は、話を止めて、問題のブツ(?)の方を見た。

 

 人間の上半身と、鳥とドラゴンを合わせたような巨体。

 確かライオスという名前の人間がキメラとなった姿だっただろうか。

 

 そいつを、自分達は、仕留めてしまった。

 だって、襲ってきたのだから仕方ない。

 以前、人畜無害とされていた彼に襲われ、リンに至っては腕を食われた経験がある。

 さらに近頃、迷宮の変動も激しい。それも関係しているのだろうか?

「どうすんのさ、コレ?」

「どうするって……。」

「確か冒険者宿に、コイツの懸賞金の紙が貼ってあったな。」

「えっ? 持って帰るの?」

「全身は無理だが、身体の一部なら持ち帰れる。いつもの賞金首の持ち帰りと同じさ。」

「えっ…、ってことは、首を持って帰るの?」

「首と、羽根と、爪を持って帰ろう。それで十分証明できるさ。」

 そう言ってカブルーは、死んで倒れているライオス・ドラゴンキメラの首に向かって剣を振り下ろそうとした。

 

 

 

 だ~れだ

 

 

 

「? ミックか?」

「僕じゃないよ。」

「リンな…わけないしな。」

 

 

 

 だ~れだ、だ~れだ

 

 

 

「…聞いたか?」

「う、うん。」

「嘘でしょ…?」

「みんな、気をつけろ。」

 そう言って周りを警戒して構えたときだった。

 

 

 

 

「兄さんを殺したのは、だ~れだ。」

 

 

 

 

 すぐそこで、女性の声が、直に聞こえた。

 

 バッと見ると、そこには、回復役に見える魔法使いがライオス・ドラゴンキメラに手を置いて立っていた。

 その顔には、見覚えがあった。

「ファリン…さん?」

「もう、兄さんってば、ドジなんだから。」

 ファリン(?)は、カブルーの僅かに戸惑った声を聞かず、ライオス・ドラゴンキメラの傍にしゃがみ込んだ。

「お腹すいてたなら、私を食べれば良いのに……。」

「まさか、近頃の迷宮の変動は、あなたが?」

「兄さん、ちょっと待っててね。」

 立ち上がったファリンは、カブルー達の方に振り返った。

 その顔は笑っていた。実に素敵な笑顔だ。

 ライオスによく似た顔立ちの金色の目がカブルー達を映している。

 その金色の目や表情からは、彼女が何を考えているのかさっぱり分からない。

 思わず、数歩後ろに下がるカブルー達を、ファリンは、ニコニコ笑ってみている。

 なんだ、この得体の知れない圧迫感というかなんというか……。

 コイツを殺せば、迷宮を封印できるのにと頭では分かっていても、身体が動かない。

 これが、迷宮の主となった者の末路なのか。っと、カブルーが思ったとき、チュンッと音がしてカブルーの右頬が僅かに切れた。

 そして、何かが倒れる音がした。見ると、ダイアの首と胴体が離ればなれになって倒れていた。

「兄さんにトドメを刺したのは…、あなた…。次に。」

 ファリンが杖を持っていない方の手を出すと、その手にどこからともなく現れた魔術書が降ってきて勝手にパラパラとページが開かれた。

「兄さんの首を取ろうとしたのは……。」

「っ!!」

「あなた。」

 すると、周囲にあるタイルや床が蠢きだし、数体のゴーレムとなった。

「ただ潰さないで。足を潰して、手を潰して、最後に心臓を。」

 ニコニコとそれはそれは、素敵な笑顔でファリンが笑い、歌うように命じる。

 うなり声を上げながら即席のゴーレムが襲いかかってきた。

 即席とは言え、ダンジョンの魔力を大量に使用されたゴーレムは、三階のゴーレムよりも圧倒的に凶暴だった。

 間一髪でカブルーは、その拳を避け、逃げ回る。ゴーレム達は、カブルーを攻撃するよう命じられているのか、カブルーのみを狙ってくる。

 リンが稲妻の魔法を唱え、ゴーレムの一体を破壊した。しかしすぐに元通りになる。

「首の根元! 赤い何かが埋まってた!」

 ミックがゴーレムの核を見つけ、クロがゴーレムの背に飛びついて、首の根元に埋まっている赤いモノを掘り起こした。

 するとゴーレムは、倒れ、崩れた。それを繰り返し、なんとかゴーレム達を全滅させた。

「へ~。」

 ゴーレムが倒れてもファリンは、ニコニコ。

「じゃあ、次は……。」

 すると、ライオス・ドラゴンキメラの血だまりから、小さなドラゴンのようなモノが大量に出現した。

「食べられちゃえ。」

 ブワッと小さなドラゴン達が、襲いかかってきた。

「リン!」

「分かってる! キャッ!」

 凄まじいスピードで飛んできた小さなドラゴンに、リンの首を大きく切られた。

「あ、ああ……。」

 噴水のような勢いで噴き出す血を手で押さえるも、意味は無く、リンは、膝をつき、そして倒れた。

「うふふふふ。」

 ファリンは、子供のように無邪気に笑う。

 襲いかかってくる小さなドラゴン達に傷つけられながら、カブルーは、ファリンを睨む。

 ファリンは、カブルーの睨みなどまったく気にすることなく、杖の先を向けてきた。

 次の瞬間、チュンッと、また音がして、しゃがんで頭を抱えていたホルムの首を手ごと切り裂いて落とした。

「これで、もう回復できないね。」

「…悪趣味め……。」

「あなた達は逃がさない。」

 カブルーの悪態など気にもとめずファリンは、笑う。しかし、さっきの笑い方と違って、今度は目が笑ってない。

 ガツガツと、小さなドラゴン達がいつの間にかクロとミックに群がって食い漁っていた。

「う…うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 カブルーは、絶叫を上げ、ファリンに斬りかかっていった。

 眼前に迫ったとき、ファリンの姿が霞のように消えた。

「なっ…!?」

 

 

 

「兄さんに手を出す奴は、みんな死んじゃえ。」

 

 

 

 ドスッと、衝撃が走り、下を見ると、胸からファリンの手が生えていて、カブルーの心臓を掴んでいた。

 そしてカブルーの後ろに回っていたファリンが、カブルーの身体から心臓を引き抜いた。

 大量の血を吐いて倒れたカブルーを無視して、心臓を掴んだままファリンは、倒れて死んでいるライオス・ドラゴンキメラに近寄った。

 そして、魔術書を片手に心臓からポタポタ滴る血をライオス・ドラゴンキメラにかけた。

 血が染みこみ、やがて消える。

 そして、ライオス・ドラゴンキメラがピクッと反応した。

「兄さん。もう大丈夫だよ。」

 起き上がるライオス・ドラゴンキメラの身体に、ファリンは、心臓を捨ててから抱きついたのだった。




狂っていった、迷宮の主には、勝てませんよね……。
いつか、勝てる奴が現れるでしょうが、それはいつになるやら?


カブルーの心臓を使ったのは、ライオス・ドラゴンキメラの血を小型ドラゴンに使ったから蘇生に足りなくなったからです。


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IFのIF  タルトと動く鎧のスープ

だんだんと、短編に侵食されていく…。だって次の巻までものすごい時間かかるんだもの……。(予定は、確か12月)

前にアップした、『IFのIF  魔物食を勧められ』の続編?


一巻でバジリスクに背中を切り裂かれた剣士の名前に、エクトビとつけています。

あと、ファリンが迷宮の主となっている前提です。(出番無し)


 

 

「人食い植物は、種類によって習性が違う。」

 エクトビのいる初心者冒険者パーティーは、ライオス・ドラゴンキメラから講義を受けていた。

「例えば、あそこにいる、バラセリアは、生物が近づくと獲物に巻き付き絞め殺す。見てごらん、ツルに蜘蛛の糸に似た粘液が出てて、生物が触れると反射的に引き寄せるんだ。で、その隣に咲いてるのが、皮膚下に種を植え付ける寄生型。」

「人食い植物の対処方法は?」

「触手やツルを相手にしてたら日が暮れる。だから狙うなら、根元だ。」

 エクトビ達は、一ヶ月ほど前にライオス・ドラゴンキメラに助けられてから、こうして冒険者としての教育をしてもらうようになった。

「ちょうど、今の時期は、木の実も多い。倒すついでに、木の実を収穫しよう。」

「だ、だいじょうぶかな…。」

「いざとなれば俺が助けるから、存分にやってくれ。」

「は、はい!」

 そして、エクトビ達は、人食い植物に挑み、見事勝利した。

「やった…、やった、初めて勝った!」

「えっ、君達、そこまで弱かったのかい?」

「……すみません。」

「あっ、傷つけるつもりは無かったんだ…。」

「いえ、本当のことですから…。」

 そして、木の実を収穫した。

 ライオス・ドラゴンキメラは、必要な量だけ獲るようにと言った。

「果物は足が早い。干さない限りはあまり多く持たない方がいい。」

 っということだった。

 

 そして、ライオス・ドラゴンキメラは、さらに提案した。

 

「動く鎧を倒してスープにしよう。」

「えっ!? 動く鎧って食べれるんですか!?」

「ああ。実は生き物なんだよ。貝に似たね。」

「へえ…。」

「まあ百聞は一見にしかずだ。動く鎧がいるところに行こう、しめ方も教える。」

 そしてエクトビ達は、ライオス・ドラゴンキメラに先導されて、動く鎧がいるエリアに向かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ライオス・ドラゴンキメラが狭そうに建物の入り口に入り、エクトビ達もそれに続いた。

 鎧達が広間に並んでいる。

「いた。」

「あれのどれかですか?」

「たぶん全部だ。」

「全部!?」

「動く鎧は基本的に危害を加えられない限りは、襲ってこない大人しい奴だ。ただ、繁殖期になると積極的に襲ってくるから注意してくれ。」

「繁殖期ってあるんですね…。」

「動く鎧は、各部のパーツに隙間があって、そこに軟体生物がいる。それをナイフとかで切れば無力化できる。牡蠣とかの貝柱を切る要領でやればいい。」

「でも、全部を相手にするのは…。」

「今は繁殖期じゃ無いはずだ。だから動くのは一体か二体だろう。警戒を怠らず、向こうの扉まで行く途中で動くはずだ。」

「なんで分かるんです?」

「繁殖期に俺みたいなのが現れたら、動ける奴が全部総出で襲ってくるからだ。」

「あ、なるほど。」

 ということは、繁殖期にここを通ったということだ。

 そして、動く鎧討伐が行われた。

 ライオス・ドラゴンキメラの言うとおり、今は繁殖期じゃ無いため、積極的に攻撃は来なかったが、通り抜ける途中で一体ほど動き出した。

 体当たりなりして倒せと指示され、言われたとおり、横から回り込んだ仲間が体当たりして倒した。

 そして、馬乗りになり、足を引っ張って外して、ナイフで隙間を切る。

 さらに腕、頭と切っていき無力化した。

「まあ一体二体なら、この方法で十分だと思うけど、数が多かったら、走り抜けて逃げた方が無難だな。」

 そして、倒した動く鎧を持って動く鎧のいるエリアから立ち去った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「これは、魔物食を教えてくれた人から教わった料理だ。」

 調理開始。

 まず人食い植物のタルト。

 次に動く鎧のスープ。

「どう?」

「塩味なんですね。甘くない。」

「動く鎧は、なんだかキノコっぽいです。」

「最近読んだ本で、貝の中には、金属を貝殻にするタイプもいるらしいから、動く鎧もその種類かもしれない。」

「それにしても、どうやって貝だって分かったんですか? 動く鎧が生き物だなんて冒険者の間じゃ聞いたこともないですけど。」

「…昔、妹が発見したんだ。俺が動く鎧のことを色々調べてたのを見てて、それでたった一人で対処しなきゃいけなくなったときに、偶然見つけたらしい。」

「へ~。」

「妹さんがいらっしゃるんですか。」

「……君達が冒険者を続けてれば、いつか出会うかもしれないな。」

 ライオス・ドラゴンキメラは、どこか浮かない顔で言った。

 その後、今日の講義は終わりということで、ライオス・ドラゴンキメラと別れた。




可も無く不可も無いものを書いてしまった。



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IFのIF  永遠に

なんか怖いものしか書けない自分がいる。
ほのぼのが書けん!


生まれ変わりネタ。

迷宮の存在が大昔のことになったくらい時間が過ぎてて、現パロっぽいものです。
ファリン→ライオス?

ファリンが黒いです。真っ黒です。


 潮風が吹き抜ける。

 観光客がまばらにいる中、その兄妹は、船から下りた。

「帽子飛ばされないように気をつけろよ。」

「うん。」

 金色の髪と、金色の瞳。そしてよく似た顔立ち。一目で二人が兄妹だと分かる。

 

 この島には、かつて迷宮と呼ばれるダンジョンが存在したと言われている。

 遠い昔のことなので、その存在は定かではないが、黄金の都があったとされる痕跡は地下に存在していた。

 しかし、黄金はすでに当時の冒険者達に盗掘され、黄金の都の証拠を失っている。

 けれど、地下にこれほどの建造物があるのだから、黄金の都があったのは確かだろうと歴史学者達は綴っている。

 

 冒険者など、そういうファンタジーなものが大昔のモノとなった現在では、すでに迷宮に挑む者はいない。そして迷宮の中にいたとされる魔物達も、その姿を消している。

 今では、名も忘れられたこの島に観光名所として残っているだけだ。

 兄妹は、観光でここへ来た。

 買い物でできる抽選会でたまたまこの島への観光チケットが手に入ったのだ。

 兄のライオスは、一緒に行ける都合の良い人がおらず、妹のファリンに何気なく一緒に行くかと聞いたところ、快く一緒に行くと言ったのでこうして二人で島にやってきた。

 暑い季節がもうすぐ終わる時期で、まだ日差しが暑く、麦わら帽に夏用の白いワンピースをまとったファリンに、男性観光客達が目を向けている。

「まずは、宿でチェックインしよう。荷物置いてから島を回ろうか。」

「うん。」

 そういえば、こうして二人きりで旅行するなんて幾年ぶりだろうか…っとライオスは思った。

 先に家を出たライオスは、大学を中退したりしながらもフリーのライターの仕事につき、生計を立てていた。

 そんな時に、同じ大学に妹のファリンが進学してきて、家賃とかの関係で一緒に暮らしている。

 取材や学業で、中々二人で出かけることがなかったが、いつも家のことをしてくれる妹には感謝している。この観光旅行で少しでもその感謝が返せればと思った。

 予約していた小さな宿だが、昔ながらの趣があり、部屋も綺麗だった。

「布団ふかふか。」

 モフッとファリンがベットに飛び込んだ。

「まずは、ご飯食べに行こうか。」

「うん!」

 最低限の荷物を持って、他の大きな荷物を置き、二人は宿から食事処へ向かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 食事処も、昔ながらの趣がある。

 過去、ここで冒険者達が英気を養い、語らい合っていた頃の面影を再現している。

「へ~、これが動く鎧か!」

「アッハハハ! 兄ちゃん違うよ。」

 メニューと写真を見て声を上げるライオスに、食事処のおばちゃんが笑いながら言った。

「この島の周辺の海で採れた貝さ。本物なわけないじゃないかい。」

「あ、そうですよね…。」

「兄さん、モンスター好きだもんね。」

 ファリンは、ニコニコ笑っていた。

 そうして、魔物食にちなんだ食事を摂り、二人は食事処を後にした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 島自体をレンタル自転車でまわる。

「なんだか普通の島だな。」

「でも、のどかでいいわ。」

「そうか。」

 要所要所にスタンプラリーがあるなど、普通の観光地のような場所で、ライオスは少しがっかりしたが、ファリンは楽しんでいるようだった。

 夕方になり、宿に戻って一休憩した後、夜の食事処で夕食に食べに行った。

 二十歳になったばかりのファリンだが、こう見えて酒豪だ。いつもライオスの方が潰れる。(※ライオスもかなり強い)

 大学の先輩でライオスと同期のシュローを潰した武勇伝は、彼女の友人達の間では有名である。

「なあ、兄ちゃん。聞いたことあるかい?」

「はい? なんですか?」

 隣の席に座っていたおっちゃんが話しかけてきた。

「なんでも迷宮の跡地付近で、見たこともない生き物が出るって話だ。魔物の生き残りじゃないかって話だぜ?」

「へ~。そうなんですか。」

「まだ行ってないなら行ってみなよ。見れるかもしれないぜ?」

「はい、明日行ってみます。」

「見れたらいいね、兄さん。」

「ああ、そうだな。」

 そうして夜は更けていき、宿に戻って寝た。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 宿で出る朝食を食べ、二人は、早速迷宮の跡地へ向かった。

「……何もいないな。」

「そうだね。」

 昨日のおっちゃんの話を聞いて少しワクワクしていただけに、何も珍しい生き物がいなかったことにがっかりした。

 一階は、かつて冒険者達向けの商業が行われていたらしく、お土産屋さんになっている。

 二階は、枯れた巨大な木々の間に吊り橋が架かってて、現実離れした光景に圧倒されるようだった。

 かつて二階には、悲鳴を聞いたら死ぬと言われるマンドレイクが群生していたらしいが、今はない。

 三階には、かつて幽霊がはこびっていたらしいが、すでに幽霊もいない。

 四階は、澄んだ水で満たされ、渡し船の船頭によって五階への階段に送ってもらえる。昔は、魔法で水を歩いて渡っていたらしい。水棲の魔物がたくさんいたそうだが、魚が少しいるだけで、魔物の姿はない。

 五階は、黄金の都の城下町で、ここにはかつて正気を保っていた幽霊達がいたそうだが、当然その姿はない。五階はかなり魔物が多かったそうだ。

 六階は……。

「立ち入り禁止か…。」

「建造物の保護のためだって。」

 看板にはそう書かれていた。

「……ファリン?」

「ん? どうしたの?」

「いや、今何か見えたような…。」

「もしかして幽霊だったりして?」

「怖いこと言うなよ。」

 二人はそう言って笑い合った。

 その時だった。

 スーッと、ゾワッと、何か白いモノが通り過ぎていった。

「えっ…、嘘だろ?」

「……。」

「ファリン?」

「あっち。」

「おい、ファリン?」

 ファリンが、ライオスを置いて別の場所へ移動し始めた。ライオスは、すぐに後を追った。

 広い通路に出ると、そこでライオスの脳裏にある映像がフラッシュバックした。

 

 腐り落ちたレッドドラゴンの傍で、褐色肌のエルフに……。

 

「っ…。」

「兄さん。覚えてる?」

「えっ?」

 ファリンが建物の壁に触れていた。

「ここでレッドドラゴンが倒れて…、ここで兄さんを蘇生させたんだよ?」

「何言ってるんだ?」

「でも、そのあと、狂乱の魔術師に、兄さんを取られちゃった……。悔しかったなぁ。」

「だから何を言ってるんだ?」

「その後ね…。兄さんが……、魔物にされて…。」

 ファリンが顔を向けてきた。

 その顔は、自分が知るファリンじゃない。そう思った。

 背筋が…、ゾッとして、思わず後ずさりした。

「どうしたの? 兄さん? そんな怖い物を見たみたいな顔して…。」

「…誰だ…。おまえは?」

「私は、ファリンだよ? 兄さんの妹だよ。ねえ、ライオス兄さん。逃げないで。」

「来るな…。」

「兄さん。」

 ジリジリと近寄って来るファリンに、顔を青くしたライオスは同じだけ後ずさりし、やがて建物の壁に背中が当たった。

 背中に気を取られてハッとして前を見ると、それなりにあったファリンとの距離がすぐ目の前になっていた。

 ファリンがライオスの顔を包むように手を伸ばして触れた。

 そして口ずさむ、呪文を。眠りの。

 途端、急な眠気に襲われたライオスは、膝を折り、ファリンにもたれかかって眠った。

「うふふふふふ。」

 ファリンは、笑う。

 彼女の周囲に、凄まじい数の幽霊達が集まってきていた。

「きっと、これは、運命だね。兄さんも元通りに戻ったし、あとは……。」

 ファリンの手に、一冊の魔術書が舞い降りてきた。

「これさえあれば、ずっと一緒にいられる。」

 ライオスを、膝の上に寝かせながら、ファリンは、愛おしそうに魔術書を撫でた。

 ギロリッと魔術書の目がファリンを見る。

「今度こそ……、誰にも邪魔させない。」

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 かつて島には、迷宮と呼ばれた黄金の都があった。

 それは地下に埋もれており、そこには、人間ではない魔物で満ちていた。

 歴史から忘れられた迷宮の主がいた。

 その主は、代を変えていたことを知る人間は、もういない。

 かつて狂乱の魔術師と呼ばれていたエルフの支配を奪い、血を分けた兄のためだけに迷宮の主となった女がいた。

 狂乱の魔術師によって、異形の姿へと変えられた兄と共に長い年月を共に過ごしていたが、やがて新たな冒険者によってその時間を終わらされた。

 そして、今、その魂は、ただの人間の身体へと移り、そして、迷宮の主の魂は帰還した。

 迷宮の主となった女が最後の力で隠した、迷宮の全てを記した魔術書を手に入れるために。

 

 

 ある日を境に、二人の兄妹が、日常から姿を消した。




なんか、私の中で、黒ファリンがブーム化しているのかも?

この話の中では、すでに魔法などは形骸化していて、使われていません。


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IFのIF  あなたと一緒にいられるなら

※『IFのIF  やはり、魔物は魔物だ』の派生?
※カブルー→ライオス前提。
※そんな状態で、たまたまトイレ帰りの途中で食事中のライオス・ドラゴンキメラに遭遇し、自分を食べさせようとするカブルーの話。

カニバリズム表現あり。注意。
あと、微ヤンデレ気味の腐向けです。注意。


 

 人間……、思わぬ再会(?)をすると、固まるものだ。お互いに。

 ましてや、相手が……、元人間というか…なんというか…。

 ただお互いに、相手を見て、固まった。

 だがすぐに向こうが興味を失って、食事を再開した。

 ガツガツ、ガリガリ、クチャクチャと、魔物の生肉を骨ごと噛んでいる。

 

「そんなに、僕って、あなたにとって、脅威ですらないんですか?」

 

 カブルーの問いかけに、ライオス・ドラゴンキメラは、答えない。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 今思えば、間違いなく一目惚れだったと思っている。

 このことは、仲間にも言っていない。

 あの金色に魅入られてしまった。

 ライオス・トーデンという人間を一目見て、ガラにもなく惚れてしまった。

 仲間には、裏表のないあの人の良い顔の化けの皮が剥がれるのを見たいなんて言ったが、惚れた弱みだ、そういう裏の顔だって見てみたいと、そう思ったからだ。好きになった相手を何でも知っておきたいと思って何が悪い?

 なのに、ライオス・トーデンは、妹のファリン・トーデンの安直な思いつきで黒魔術で蘇生され、今や迷宮の魔物と化してしまった。

 怒りと同時に、シュローが言うように迷宮から解放しなければと、彼が唯一攻撃しないファリンを盾にして人間の急所を狙ったものの、それでは死なず、魔物となった彼は逃げていった。

 それがまるで、妹に自分を見て欲しくないと考えていたように見えた。

 奥手なシュローなんかより自分の方が想う気持ちは強いはずだと自負しているつもりだ。

 彼を殺せないと言って島を出て行ったシュローとは違う。必ずまた彼に出会い、そして迷宮の呪縛から解放したい。まだ見ぬ狂乱の魔術師の手から奪い取ってやる。

 

 そんな中、トイレに行くために仲間から離れて行動していた時に、出くわした。

 ドラゴンと鳥を合せたような巨体に、人間の上半身が生えた異形の姿。忘れるはずがない。

 人間の上半身……ライオス・トーデンをそのままに、こんな異形に変えたあの魔法使いのエルフも、そんな彼を支配している狂乱の魔術師も許せない。

 いつか必ず殺す。

 ……それよりも、まずは…。

「そんなに、僕は美味しそうに見えませんかね?」

 まったくこちらに興味を示していない、ライオス・ドラゴンキメラに、ちょっと、イラッときていた。

 好きの反対は、無関心とはこのことだろう。

 試しに近寄ってみると、すぐ手が触れるほど近寄ってもライオス・ドラゴンキメラは、カブルーに興味を示さない。

 ムカッときて、目の前の羽毛にモフッと手を乗せた。

 すると、ギロッと、ようやくライオス・ドラゴンキメラの目がカブルーに向いた。

「ああ、やっと僕を見てくれた。」

 カブルーは、表情のない目が向けられたけれど、嬉しそうに笑った。ついその勢いで、目の前の羽毛に頬を乗せていた。

「……。」

「うわっ。」

 すると、バサッと煩わしそうにカブルーが触れていた片羽が上がった。

 その勢いでカブルーは、後ろにふらつき、そのまま尻餅をついた。

 そして、ズシッとカブルーの足の間に、竜の足が踏み込まれた。

 上を見上げると、ライオス・ドラゴンキメラの顔が自分を見おろしていた。

 口と首元の羽毛を血で赤く染めていて、それに金色の目が……。

「綺麗だなぁ……。」

 なんて思ったことをつい口にしていた。

 そのまま、静かな時間が流れる。

 どうやら自分を殺す気は無いらしいが、先ほど触られたのが煩わしかったらしい。初めて遭遇したときの凶暴性が嘘のようだ。もしかしたそこまで好戦的な魔物じゃないのかもしれないなんて希望が湧いてくる。

 さて、どうしたものかとカブルーは、考えた。このままでは、いずれ自分が帰ってこないことを気にして仲間が来るだろう。その前に事を終わらせたい。

 しかし、今の彼に想いを伝えたとて、無意味だろう。

 だが何かしら痕跡は残したい。

 ふと、ライオス・ドラゴンキメラの手にある魔物の死体に目が行った。

 そうだ、思いついた。彼との確かな証を残す方法を。

 カブルーは、腰からナイフを取り出すと、腕をまくって切りつけた。

 血があふれ出る。

 ライオス・ドラゴンキメラがそれを見て顔を僅かにしかめた。

 それがまるで、どういうつもりだ?と問いかけているように見えた。

 カブルーは、血が流れ落ちる腕を、ライオス・ドラゴンキメラに差し出した。

「食べてください。」

 ライオス・ドラゴンキメラは、血が滴るカブルーの腕を見つめた。

 やがて、ライオス・ドラゴンキメラは、手にしていた魔物の死体を捨て、巨体を下にかがませて、カブルーの腕を掴んで引き寄せた。

 そして、まだ鮮血が残る口を開いて、腕の傷口に噛みついた。

「っ……。」

 ブチブチと皮膚と筋が噛みきられていく。その痛みは相当なものだ。

 やがて、噛みちぎられた。

 ライオス・ドラゴンキメラは、カブルーの肉を噛みしめる。その光景を、カブルーは、恍惚とした顔で見ていた。

 そしてよく咀嚼した後、飲み込んだ。

 肉を失ったことで血が余計にあふれ出て、それを彼は、舌で舐め取る。唇が、舌が、新しい自分の血で汚れていく光景を見ている、それだけでゾクゾクとした。興奮で。

 そんな性癖はないはずだが、彼にならそれでもいいかもなんて思えてきた。

 

「カブルー!」

 

 カブルーが浸っていた時、仲間の声が聞こえた。

 その声でハッとしたのか、ライオス・ドラゴンキメラは、カブルーを離し、翼を広げてどこかへ去って行った。

 仰向けに倒れたカブルーは、その姿を目で追った。

 やがてドタバタと仲間達が駆けつけてきた。

 カブルーの腕の傷を見てギョッとし、何があったんだと問われたが、カブルーは魔物にちょっと囓られたとだけ言って、ライオス・ドラゴンキメラに自ら食べさせたことは伏せた。

 ホルムがすぐに治療してくれたが、骨が見えるほど深く噛みちぎられた跡は完全には消えなかった。

「ごめん…。これだけ深い傷だと完全には治せない。」

「いいよ。これで。」

「えっ?」

「あ、いや、なんでもない。」

 カブルーは、そう言って安心させるように笑った。

 

 

 

 

 これで、あなたの血肉に、僕の血と肉がひとつになった。

 もしも、あなたが正気を取り戻したとき、僕を食べたことをダシにあなたに迫りますから、覚悟していてくださいね。ライオス・トーデンさん。




『IFのIF  やはり、魔物は魔物だ』に、同性愛恋愛要素を入れたら、こうなった。みたいな?

この世界の回復魔法なら、骨が見えるほどの傷でも完全に治せそうですが、あえて残しました。


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IFのIF  わたし(or僕)を食べて

※『IFのIF  やはり、魔物は魔物だ』の派生の派生。続編?
※ファリン×ライオス。カブルー→ライオス前提。
※『IFのIF  あなたと一緒にいられるなら』のその後みたいな、ギャグ?


あと、カニバリズムしたことがあるという表現を含みます。



 

 

「僕のモノになってください。イヤなら僕を食べてください。」

「殺されたいの?」

「あ、あの…二人とも?」

 バチバチと見えない火花を散らすカブルーとファリンに、ライオス・ドラゴンキメラは、戸惑った。

 

 狂乱の魔術師は、倒された。ファリン達の手で。

 その後、ファリンが迷宮の主となり、キメラとなった兄・ライオスの居場所を保つことになった。

 迷宮の封印を目的にしていたカブルー達と再び遭遇したとき、激しい戦いが展開されるかと思いきや……出鼻をくじかれた。

 主にカブルーの迷言(?)で。

 正気に戻ったライオス・ドラゴンキメラを目にして、笑顔で一言。

「好きです。僕を食べてくれたこと覚えてますか?」

 ……突然の告白と共に爆弾を落とした。

 カブルーの仲間に問いただされて、あの時の腕の傷がライオス・ドラゴンキメラに自分から肉を食べさせた跡だったことを悪びれもなくカブルーは答えたのだった。

 言葉を失うカブルーの仲間達を後目に、カブルーは、ずいずいとライオス・ドラゴンキメラに近寄って腕の傷跡を見せつける。

「覚えてます?」

「えっと……。」

「なーんだ、覚えてないのか…。こんな傷をつけておいて…。」

「ご、ごめん! 迷宮の支配を受けていた時の記憶が曖昧で…、ただなんか美味い肉を一回食べたような………、あれ?」

「へ~? 僕、美味しかったですか?」

「お、覚えてない…。」

「でも美味しかったって記憶はあるんでしょう?」

「ああ、あるには…あるんだけど、………あれ?」

「僕を傷物にした責任は取ってくださいよ。」

「ええー!」

「兄さんに近づかないで。」

「迷宮の主は、すっこんでてください。」

「殺されたいの?」

「ふぁ、ファリン、落ち着け。」

「兄さんは下がってて。」

「ライオスさんは、下がっててください。」

「ええー?」

 こうして、ファリンとカブルーの戦い(?)が展開されることになった。

 ライオスを自分にくれ、ダメ!みたいな、なんとも平和的(?)な戦いではある。

 カブルーの仲間が、目の前に迷宮の主がいるんだから迷宮の主を倒さないのかと聞くと。

「妹公認で仲を認めてもらいたいから。」

 っと、言ってのけたのだった。

 恋は盲目とはよく言ったものだ。魔物を憎むがためにダンジョンの封印に積極的だったカブルーも、所詮は普通に恋する男だったのだ。それが例え、相手が魔物になってしまった人間でもそれを受け入れるぐらいには好きらしい。

 カブルーの仲間達は、心底呆れたが、だからといってパーティーメンバーからは外れていない。

 なぜなら、ライオスを巡って戦うときのみ、迷宮の主であるファリンが浅い層にも自ら出てくるからだ。つまり隙あらば殺せるということだ。

 その噂は、冒険者間で、瞬く間に広まり、カブルー達の後をつけて行ってファリンを襲おうとする者達が出始めた。

 すると今度は、ライオス・ドラゴンキメラが、迷宮の主の使い魔として立ちはだかり、返り討ちに遭うという事態になる。

 周りが死屍累々になっても、喧嘩しているファリンとカブルー。

「あれ? なんでこんなに死体が転がってるんだ?」

「気付けよ!!」

 喧嘩が終わってから、気がつくカブルーに、さすがにファリンの元仲間達とカブルーの仲間達は、みんなで同時にツッコんだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そんなこんなで、最近では、二階を拠点に、木のウロの外でライオス・ドラゴンキメラを巡ってファリンとカブルーが喧嘩している傍ら、ファリンの元仲間を交えて、センシが作った魔物食を食べながら、愚痴を聞いたり聞かせたりするのが恒例となっていた。

「あなた達も苦労してるわね~。」

「アイツ(カブルー)が、あんな恋愛バカだったとは思わなかったのよ。」

「仮にライオスの奴をモノにしたとして、その後どうする気なんだ、アイツ(カブルー)?」

「それ聞いたら、首輪付けて繋いどくって言ってた。」

「…どこに?」

「納屋にって…。」

「犬じゃねーんだから。」

「あやつは、いつも様々な階層を飛び回っておる。大人しくさせるのは、並大抵のことじゃない。」

 様々な階層を自由に飛び回っているため、自分では行けない階層の魔物を取引しているセンシがそう言った。

「それに今のライオスを外には出せないわ。だから、ファリンが居場所を確保するために迷宮の主になったのよ。」

「その件なんだけど……、なんか無人島で暮らそうかとか本気で考えてるみたい。」

「そこまでするか?」

「もしくは、シュローさんのところの島に移住も考えてるみたい。家のカタログ見てた。」

「ホントのアホでバカだなぁ!」

「うちのバカリーダーが迷惑かけてごめん…。」

「いやいや、こっちこそ、極度のブラコンのせいで、すまん。」

 それを言った後、みんなでほぼ同時にため息を吐いたのだった。

 

「お腹すいたー。」

「みんなもう食べたのか?」

「センシ。今日は何を作ってくれたんだ?」

 

 そこへ、喧嘩を休戦した二人と、二人の争いの原因になっている一匹(?)が戻ってきた。

 腹が減ったら、食事をしに休戦する。これも恒例になっていた。

 そんな三人の姿を見て、彼らの仲間である者達は、再びため息を吐いたのだった。

 この争い……、どちらかが妥協するか、ライオスがイヤだとキッパリ拒否するか、カブルーを好きになってファリンを説得するかしない限りは終わらないだろう。

 ……とは言ったものの、カブルーが諦めるような性格じゃないので、断ってもずいずいと行くだろうと想像し、あと、ファリンもファリンで絶対に兄を奪われまいとするだろうから、結局は戦いは終わらないだろうと思って、互いの仲間達はまたため息を吐いたのだった。




仲間達の気苦労話でした。
平和なんだか、平和じゃないんだか……、そんな話。


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IFのIF  ゴロゴロ見つけた


またカブルー不遇話。

正気じゃないライオス・ドラゴンキメラに、襲われて攫われたカブルーを探しに行ったカブルーの仲間達が、ライオス・ドラゴンキメラが収集していたたくさんの頭を見つけて……という話。

短いです。


※生首と腐敗表現あり。注意。


 

 

 カブルーが攫われた。

 人間の上半身に、鳥とドラゴンを合わせたような巨体を持つライオス・ドラゴンキメラに。

 浅い層でいきなり襲いかかってきて、油断したところを捕まったカブルーがそのまま持って行かれた。

 仲間達が後を追ったものの、キメラの素早さについていけるわけもなく、すぐに見失ってしまった。

 

「早く見つけないと…、死んでるにしても早く死体を見つけないと蘇生できなくなっちゃう。」

 

 これまで魔物と戦いで命を奪われてきたが、生きたまま身体ごと持って行かれたのは今回が初めてだ。

 死体が無ければ蘇生は出来ない。まだ迷宮の中で死んでいることを祈るしかなかった。魂が縛られて蘇生が出来るのは、迷宮の中だけだからだ。

 一階の死体安置所にも寄って、カブルーの死体が運ばれてないかも確認しつつ、カブルーの仲間達はカブルーの探索を続けた。

 そんなときに、別の冒険者達がこんな噂をしていた。

 近頃現れるようなった人間のキメラが、ある階層によく立ち入っていると。

 もしかしたら?っという希望が湧いたが、同時に警戒もした。

 時間的にカブルーは、生きている望みは薄い。というか絶望的だ。

 せめて死体だけでも見つけて無事に持ち帰らなければと、気合いを入れてその階層に踏み込んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 階層は、三階だ。

「幽霊に取り憑かれてなけりゃいいけど…。」

「出歩いてたら、それはそれで助かるけどな。」

 そんな会話をしながら、探索していると、白い大きな羽根を見つけた。

 こんな大きな羽根…、この階層にいる魔物のモノじゃないのはすぐに分かった。

 近いと感じて探索していると、出入り口に頭をぶつけたような痕跡があった。

 まあ、あの巨体では三階は狭いだろう。

 警戒を怠らず進んでいく。

 やがて腐敗臭がした。

 鼻を摘まみながらその一室に入ると、藁が大量に積まれていて、そこから匂いがしていた。藁が変な色をしている。なんか、ドス黒い。いや、赤黒い?

「カブルー? そこにいるのか?」

「奴が戻ってくる前に早く!」

「急かすなよ!」

 ミックが背中を押され、藁をどかした。

 すると。

 ゴロッと、何かが藁の中から転がり落ちた。

「えっ?」

 

 褐色の肌。癖のある短い黒髪。

 閉じられた目。

 探していた……、自分達のリーダー。

 

「ギャーーー!!!!」

 

 ミックは、たまらず悲鳴を上げて尻餅をついた。

 

 ゴロゴロ、ゴロゴロと、出てくる出てくる。

 頭が……、様々な魔物の頭が。

 すでに骨になったモノ、まだ腐りかけているモノ……。

 まだ新鮮さを残しているカブルーの生首が、他の魔物の首と一緒に転がり出てきたのだった。

 青ざめて絶句するカブルーの仲間の背後に、キメラの巨体が近づいていた。

 そして、ツンツンと、その背中を前足の爪でつついた。




カブルーのことは、嫌いじゃないですよ?
弄りやすいだけで……。

カブルーの仲間達がその後どうなったかはご想像にお任せします。あえて書きませんでした。


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IFのIF  ぐるぐるまわる

※迷宮に、狂乱の魔術師の狂気が蔓延していて、精神力が弱っていると浸食を受けるという設定。
※死にすぎて疲れが溜まってたカブルーが浸食を受ける話。
※カブルー→ライオス(ドラゴンキメラ)?

※カブルーのキャラ大崩壊。注意

※狂気なんだか、ギャグなんだか?


 

 

 これで何度目だ?

 カブルーは、もう数えるのもおっくうになった。

 迷宮に挑み続けてはや数年。

 何度も油断して死んできた。

 甘く見てたのかもしれが、これは酷いと思う。

 しかし、それでも挑まなければ……、魔物があふれて死んだ母や町の人間達のような犠牲者を出さないためにも。

 

 目の端に、金色がちらついた。

 

「?」

 目にゴミが入ったのかと目をこすった。

 目をこすると金色は消えたのでホッとした。

 そういえば…っとふと思った。

 

 金色と言えば、あの兄妹を思い出した。

 

 ライオス・トーデンと、ファリン・トーデン。

 最後に会ったのは…、ライオス・トーデンがドラゴンと鳥を合せたようなキメラとなった姿と、そんな兄を救うのだと啖呵をきっていた妹のファリン・トーデンだ。

 あの勢いと意志力……、もしかしたら本当に狂乱の魔術師を倒し、王座を手にしてしまうかもしれない。

 あのブラコンだ。迷宮を封印するとは思えなかった。それにライオス・トーデンもあの身体では地上では生きられないだろう。

 やはり、自分がやらなければと思った。

 迷宮を封印できるのは……、っと思うのに、上手くいかない。

 実力がないのは認めたくない。だが、間違いなく自分達は弱い。認めたくない。

 あの回復役でしかないはずのファリンですら、レッドドラゴンの首を魔法で切り裂いたというのだ。それほどの意志力を自分だって持ち合わせているはずだ。

 なのに……なのに……。

 

「カブルー!」

 

 ホルムの悲鳴じみた声でカブルーは我に返った。

 いつの間にか魔物とエンカウントしていた。

 慌てて剣を抜いて立ち向かう。

 なにをボーッとしていた? なぜ気づかなかった?

 カブルーは戦いながら自分のうかつさを悔いた。

 あの金色が……、脳裏に焼き付いて離れない。

 それは、今考えることじゃない!

 戦わなければ、生き残らなければ、戦って、戦って…!

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 気がつけば、カブルーは、一人だった。

 周りには、誰もいない。

 ふと思い出す。そういえば、戦った後、休息を取ったのだが、カブルーは、一人にしてくれと言って少し離れたのだ。

 いったい自分はどうしたのだ?

 頭が…グルグルするような奇妙な感覚だ。

 まさか亡霊に取り憑かれかけているのかと思ったが、あの冷たさはない。たぶん違う。

 疲れているのだろうか?

 そういえば、疲れてる顔をしていると他の冒険者から言われたような……。

 そうだ、休息が終わったらいったん地上に戻ろう。そしてしっかり休もう。

 そう思ったとき。

 目の前に赤い、鱗の大きな足があった。

「!」

 見上げると、ライオス・トーデン……いや、ライオス・ドラゴンキメラがこちらを見おろしていた。

 いつの間に!?

 まったく気がつかなかった。

 ライオス・ドラゴンキメラは、無表情でこちらを見ている。

 汗が流れる。金色の目から目が離せない。

 またこんなところで死ぬのかと思ったが、いつまで経っても攻撃は来ない。

「殺すなら殺せばいいだろ?」

 金色の目と目を合せたまま、安い挑発していた。

 だが、ライオス・ドラゴンキメラは、表情一つ変えない。

 イラッときた。

 殺されるならせめて一矢報いてやる!っと、剣を抜こうとしたら、ライオス・ドラゴンキメラは、一歩下がった。

「? なんだ?」

 その動きに驚いている間に、ライオス・ドラゴンキメラは、そのまま背中を向けて去って行った。

 残されたカブルーは、その後ろ姿を目で追いながらポカンッとした。

「なんだよ……。なんだよ、なんだよなんだよなんだよなんだよ!?」

 獲物を目の前にして何もされなかった。そしてこちらも何も出来なかった。

 なんて屈辱!

 自分はそれほどまでに脅威にすらならないか!? 喰う価値もないか!?

 許せない!

「カブルー? どうしたんだ?」

「追いかける!」

「えっ?」

 心配してやってきた仲間の声など届かない。ただただ怒りのままにカブルーは叫んでいた。

 そのまま行こうとするカブルーを仲間達が止めた。

「離せ!」

「何があったのよ!?」

「離せって言ってるだろ! アイツを……。」

「あいつ?」

「ライオス・トーデンを……殺してやる!」

「何言ってんのよ!? ライオスってたしか、あのキメラでしょ? あんた、まさかそいつに遭遇したの?」

「殺してやる! 殺してやる! そして、そして……、あ…、あはははは! そうだ、生かさず殺さずにして犯してやろうか! そしたらあの面もさすがに変わるはずだ! そうだ、そうしよう!」

「か、カブルー?」

「殺して、犯して……、く…ぁ、ハハハハ! あひゃはははははは!」

 涎をダラダラと垂らしながら笑い声を上げるカブルーに、カブルーの仲間達は全員引いた。

 これはマズいと判断し、後ろから後頭部を殴り、気絶させた。

 そして休憩地点に運んで、カブルーの身に起こったことについて話し合った。

 少しだけ目を離した。その間にカブルーはいなくなっていた。

 慌てて探したが、見つからず、物資も少ないためいったん地上へ戻った。

 そして補給をしてから再度カブルーを探したものの、見つけることはできなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 カブルーが行方不明になって、何日も過ぎた頃、こんな噂が冒険者間で流れていた。

 

 最近、人の形が入ったキメラが、褐色の肌と黒髪の男に追いかけられて逃げていると。

 

 どうも特徴がカブルーに似ているので、まさかと思ったが、その後、センシというドワーフから。

 

「お前達のところのリーダーの男に、ライオスが追いかけ回され迷惑しているようだぞ。」

 

 っと言われて、カブルーがセンシ同様に迷宮の住人化して、ライオス・ドラゴンキメラを追いかける日々を送っていたことが分かった。

 

「ライオスに食われたいから追っているらしいが……、いったいどうしたのだ?」

 

 こっちが聞きたいーーー!!っと、カブルーのかつての仲間達は頭を抱えたのだった。

 




カブルーがライオス・ドラゴンキメラを追いかけ回すようなったのは、殺してもらえなかった→食われなかった→悔しい!→絶対見返してやる!という気持ちが、狂気によっておかしい方向にねじり曲がって、食われたい願望が生まれたということにしています。
本人がそれを自覚しているかどうかは不明です。

なぜ最後の方にセンシがいたのか……、それはすでにファリンが次の迷宮の主の座についたからです。


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IFのIF  もふもふさせてください


※『IFのIF  やはり、魔物は魔物だ』の派生の派生。
※ファリン×ライオス。カブルー→ライオス前提。
※『IFのIF  わたし(or僕)を食べて』のその後みたいな、ほのぼの?

何が書きたかったのか、よー分からんもんが出来た。


 

 

 

 羽毛布団。開発した人は本当に天才だと思う。

 だってこんなに気持ちが良いんだもの。

 

「ふぁ…、お腹いっぱい。」

「よかったな。ファリン。」

 四つ足を畳んで、座っているライオス・ドラゴンキメラの右側の羽にファリンがもたれかかって座っていた。

 ライオス・ドラゴンキメラを巡ってカブルーと争うようになってから、恒例となっている光景である。

 もっふりとライオス・ドラゴンキメラの羽毛を堪能するファリン。

 ほとんどは硬いが柔らかい部分もある。そこを堪能していた。

 ライオス・ドラゴンキメラは、そんなファリンを見て微笑む。

 

 ところで…、実は、反対側、つまり左側の羽の方にも重みがあった。

 

「妹さんばかり構わないで、僕にも構ってくださいよ。」

 カブルーがもたれかかっていた。

「いや…、俺に構われても君が困るだろ?」

「やっとこっちを見てくれましたね。そんなことないですよ。」

「……殺そうか?」

「気に入らないからってすぐそれですよね。もっと語力鍛えた方がいいですよ? 迷宮の主さん。」

「あああ、二人ともやめろって!」

 ライオス・ドラゴンキメラを挟んで戦いが勃発しそうな状況に、ライオス・ドラゴンキメラが止めに入った。

「食後で暴れたら吐くぞ?」

「…仕方ありませんね。ライオスさんに免じてやめます。」

「兄さんが止めなかったら、あなたなんてすぐに殺せるからね。忘れないで。」

 お互いニコニコしているが、見えない火花と黒いオーラをまとっていた。

 ファリンの元仲間と、カブルーの仲間達はハラハラである。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 ある日、四階で、ライオス・ドラゴンキメラは、釣りをしていた。

「……君は、この迷宮を攻略する気あるのかい?」

「迷宮の深部にいけば、必然的にあなたと戦うことになるじゃないですか。それがいやだなぁ。」

 カブルーがその横に座って羽に背をもたれさせていた。

「そのうち君の仲間が、君を見放すかもしれないぞ?」

「それならそれでかまいませんよ。」

「君の目的は、迷宮の封印じゃなかったのかい?」

「そうですよ?」

「だったら…、どうしてファリンを殺そうとしない?」

「そしたらあなたが泣くじゃないですか。」

「……倒せないとは言わないんだな。」

「僕が弱いって言いたいんですか?」

「そんなことは…。」

「そういう正直なところも好きですよ。」

 カブルーは、立ち上がり、ライオス・ドラゴンキメラの頬にキスをした。

 その瞬間、チュンッ!と何か見えないモノが飛んできて、カブルーの髪の毛が一部切れた。

「な~にしてるのかなぁ?」

 ファリンがドライアドの実を抱えたまま杖を構えていた。

「なにって見たら分かるでしょう?」

「ころ…。」

「あっ! 来た来た来た!」

 ちょうどその時、ライオス・ドラゴンキメラの竿に当たりが来た。

 一生懸命竿を立てて、かかった獲物を釣り上げようとする。

 そして、次の瞬間、ドバーッと、クラーケンが飛び出してきた。

「クラーケンか!」

「クラーケンは、美味しくないから、逃がしたら?」

「いや、寄生虫が美味いんだ。釣ろう!」

 暴れ回るクラーケン。

 次に飛び出した瞬間、ライオス・ドラゴンキメラは、ケン助を取り出して、投擲した。クラーケンの眉間に。

 するとクラーケンは、死に、水に浮いた。

 クラーケンのような…というか、イカやタコの急所、しめ方は、センシから教わったことだ。

 クラーケンを仕留め、ライオス・ドラゴンキメラは、ガッツポーズをとった。

 そんなライオス・ドラゴンキメラに、ファリンとカブルーは笑顔で拍手をした。

 そして、死んだクラーケンから寄生虫を取ったのだが、それを食べると聞いて、カブルーの仲間達はここ一番の嫌がり方をしたのだった。

 そこへセンシが来て。

「なんじゃ? この状況は?」

 っと呟いたのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 二階に移動して、センシがドライアドの実でポタージュスープと、クラーケンの寄生虫で蒲焼きを作ることになった。

「しかし、意外ですよね~。」

「…なにが?」

「まさかあなたがコレ(寄生虫)を生で食べて食中毒を起こすとは…。」

「なんでも試してみないと分からないでしょう?」

「だからって……。プッ。」

「なに笑ってるの?」

「いやぁ、危機感なさ過ぎだなって思って…。プププ。」

「…ここに生があるから食べる?」

「遠慮します。」

「遠慮せずに。」

「やめてくださいよ。強要するのは。嫌なことは人にするなって教わらなかったんですか?」

「人の失敗を笑うなって言われなかったかしら?」

「おい、焼くから寄越せ。」

 ファリンが持ってる切り開かれた寄生虫の身を寄越せとセンシが空気を読まずに言った。

 そしてできあがった寄生虫の蒲焼きを、カブルーの仲間達が嫌そうに見ていたが、ライオス・ドラゴンキメラがパクパク食べているのを見ながら左右でライオス・ドラゴンキメラを挟んで座って食べているファリンとカブルーを見て、仕方なしに食べて、予想以上に美味かったことに驚愕していた。

 

 そして食後は、必ずファリンとカブルーがライオス・ドラゴンキメラの羽に、左右でもたれてまったりするのである。それがすっかり日常となっていた。

 




ファリンとカブルーの戦い。そしてあんまり分かってないライオスでした。


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第三十五話  アイスゴーレムの茶碗蒸し

やっと単行本が出たので連載再開。


でも、巻が終わったらまた休載かも。


ファリンは、キメラ好きのライオスとどっこいどっこいということにしています。
注意。


 

 

 狭い道を、ファリン達は進んでいた。

 先頭はチルチャック。

 なにせ狭い。ハーフフットで身長が低いチルチャックはともかく、他のメンツは大人だ。中々進めないことに苛立ったイヅツミが押したことで、広いドーム状の広場にファリン達が押し出された。

「ここは…、炎竜と戦ったところだわ。」

「ほう。こんな深部まで来ていたのか。」

 階層の温度が低くなっており、雪と氷によって景色は変わってしまっているが、地面に空いた割れ目やあちこちに空いた通路の出入り口や、水が流れていたことをうかがわせる凍った小さな滝などがあり、ファリンは、ここが炎竜と戦ったところだと確信した。

「長らく、ここが迷宮の最深部って言われてたの。」

「そう。最近になって魔術で動くと思われる扉が見つかったの。それで島主の依頼で、その扉の文様を記しに来たんだけど…。」

「そこで、炎竜と遭遇した?」

「うん…。」

「さて、運試しだ。」

 チルチャックが言った。

「あん時落とした荷物を確認しようぜ。」

 そう、ここでほとんどの荷物を置いて撤退したのだ。炎竜に喰われたライオス自身と、食料以外の装備品や生活用品など。冒険に必要なモノをここに置いてきてしまったのだ。

 積もった雪をかき分け、探っていくと…。

「あった!」

「あー…、食料品はあらかたかっ攫われてるな。」

「やったー、寝袋!」

「喜ぶとこそこかよ。」

「……兄さん。」

 寝袋を見つけて喜ぶマルシルとは反対に、ファリンは、ライオスの荷物を見つけて暗くなった。

「ま…まあいいじゃない! 元に戻しても服がないと困るでしょ?」

「…うん。」

 マルシルが慌ててファリンを励ました。

 すると、マルシルは、何度もくしゃみをした。寒さのせいだ。

「いかんな。ひとまず休もう。このままでは、風邪を引く。」

「荷物も整理しないとね。」

「…おい。」

 チルチャックがイツヅミが懐に入れたモノを出せと言った。

 イツヅミは、悪戯っぽく笑い、金貨を取り出した。

「迷宮に金貨なんか持ってくんじゃねぇよ。」

 っと、チルチャックは、取り返した金貨をマルシルに放り投げた。

「しつけのなってない獣人だ。あんな首輪を着けられるのもむべなるかな。」

「……ハーフフットって言うんだろ?」

「なんだよ?」

「東方には、お前みたいなのはいなかったから。こっちきて初めて知った。その変な種族名…、窃盗罪で片足落とされることが多かったのが由来なんだってな。」

「あぁ?」

「ちょ、ちょっとぉ、二人ともやめてよ。」

 険悪なムードになる二人に、マルシルが慌てた。

「マルシル。来てくれ。」

 するとセンシがマルシルを呼んだ。

 雪と氷の小山のような場所に誘い、そこを指さす。

「魚だ!」

 一緒に行ったファリンが、氷の中にある魚を見つけた。

「急激な温度変化で氷漬けになったようだな。この部分だけ切り取れないだろうか?」

「うーん。魔法陣を使ってなんとか…。」

「私が切り取ろうか?」

「ダメよ。あなたの切り裂く魔法じゃ凍った魚ごと粉砕しちゃうわ。」

「えー。」

 マルシルのダメ出しに、ファリンは残念そうに声を漏らした。

 結局、マルシルが魔法陣を描き、起動させることになった。

 センシは、氷の小山のような場所で魚を捕るために待ちつつ、周りを見回していると、魔方陣を書き終えたマルシルが、魔方陣を起動させた。

 バチンッと大きな放電のような光が氷の山に走る。

 その直後。

「えっ?」

 小山が起き上がった。

 乗っていたセンシは、忽ち転げ落ち雪に埋まった。

「アイスゴーレム!?」

「嘘でしょ!?」

 

 なお、雪の中で身動き取れないセンシは、それを聞いて思い出していた。

 過去、自分が畑代わりにしていたゴーレムの核のひとつを、水路に落とした記憶を……。

 

 アイスゴーレムが、大きな咆吼をあげた。

 ドーム状の広場に、ビリビリと響き渡る。

「ん!? おい、やばいぞ!」

 耳を塞いでいたチルチャックが天井の変化に気づいた。

 天井にぶらさがっていた大きなつららが咆吼の響きで割れ、落ちてきた。

 ファリンは、慌ててマルシルを突き飛ばし、切り裂く魔法を放って防ぐも、一本が腕に刺さった。

「ファリン!」

「っ…、だ、だいじょうぶ…。」

 

 その時、黒い影が飛んだ。

 

 イヅツミだった。

 

 イヅツミは、アイスゴーレムの顔に飛びかかると、短刀を額に刺した。

 しかし、アイスゴーレムは、倒れず、イヅツミをなぎ払おうと手を振るった。

「? おい、コイツ死なないぞ?」

「ゴーレムは、核を破壊しなきゃ死なないんだよ!」

 チルチャックは、そう叫びつつ、ハーフフット特有の優れた五感で核を探そうとする。

 だがアイスゴレームの体内は、魚などの不純物が多く、目視ではどれが核なのか分からない。

「おい! なるべく、時間稼げ! 核の位置を割り出す!」

「はあ?」

 イヅツミが眉間にしわを寄せた。

 チルチャックのことが気にくわないイヅツミは、足を引っ張る気じゃないだろうなっと不信感を募らせる。

 その間にもアイスゴーレムの攻撃が来るので、まるで猫のごとく、避けていく。

 だがやがて、雪に足を取られ、その隙を突かれて攻撃されそうになった時……。

 弓矢を構えたチルチャックが、矢を放った。

 矢は、アイスゴーレムの右肩付近に当たった。

「てめぇ、ふざけてんのか!」

「よく見ろ! さっき矢を当てたところを!」

 言われてイヅツミが、アイスゴーレムの頭に乗って、矢が当たり、僅かにヒビが入った箇所を見ると、そこにはゴーレムの核があった。

「俺は飛び道具は使えるけども、たいした傷を与えられるほどじゃないから、俺を戦力として数えるなよ! 後は任せた!」

「おい!」

 サッと身を隠したチルチャックに文句を言おうとしたが、アイスゴーレムの手が伸びてきたので、それを避け、イヅツミは、一旦地上に降り、先ほどチルチャックが放った矢を拾い上げ、再びアイスゴーレムの上へと登り、矢の先をゴーレムの核がある右肩付近に突き刺して核を破壊した。

 途端、アイスゴーレムは、バラバラにひび割れ、砕けて崩れた。

「ふんっ。どうやら、この中でまともに動けるのは私だけのようだな。どいつもこいつも揃って……。はっ…、はっ、はっくしょん!」

 イヅツミは、くしゃみをした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 アイスゴーレムとの戦闘で、全員が派手に雪を被ったため、ガチガチ、ガタガタと震えていた。

 マルシルが震えながらも火の魔法陣を描き、一旦それで暖を取る。

「みんな、濡れた服を脱いで乾かして。ほら、あなたも隠してあげるから。」

「…必要ない。」

 イヅツミは、そう言って忍者のような服を脱ぎ捨てた。

 イヅツミの体は、顔以外はほぼ毛むくじゃらであった。

「獣が裸になって喜ぶ奴がどこにいる?」

 

 すると、めっちゃファリンが近距離でイヅツミの体をジーッと見始めた。

 

「あ? なんだよ?」

「あ、ほらほら! このままじゃ風邪引いちゃうから!」

「あぁ! せめて乳首の数…、あと尻尾の付け根…。」

 マルシルが慌ててイヅツミの体を毛布でくるみ、チルチャックとセンシがファリンを引き離した。

 やがて、暖を取るために選んだ空間が少し暖まってきた。

 センシは、温かいものを作ると言って調理を始めた。

「解凍する必要があるな。」

 そう言ってセンシは、氷の包まれた魚を炎の魔法陣に置いて見た。途端、凄まじい勢いで氷が蒸発し、熱い水蒸気が空間に広がった。

「あ、サウナみたいになった。」

「いいわね。しばらくお風呂にも入ってないし、一汗流そうよ。」

 っというわけで、サウナタイム(混浴)。

 サウナを楽しみながら、調理開始。

 

 まず、解凍した魚を捌く。(外で)

 

 頭と骨を煮て、出汁を取る。

 

 続いてキノコと、夢魔を細かく切り、シェイプシフターの肉を軽く茹でて灰汁を取る。

 

 ハーピーの卵を溶き、先ほど取った出汁と具材を合せる。

 

 それをコップに注ぎ、アイスゴーレムの破片(氷)と一緒に鍋に並べて火にかける。

 

 

 そうしてできあがったのは、アイスゴーレム茶碗蒸しと、アイスゴーレムに入ってた魚に熱を通したやつ。

「完…。」

 完成と言いかけたその時。イヅツミが、抜け駆けして魚を食べようとした。

「これっ。勝手に食べ始めてはいかん。みんなが食卓につくのを待ちなさい。」

「なんでだよ。私が一人で敵を仕留めたんだ! 私が一番に食べる権利がある!」

「食事は全員が揃って始めるもの。」

 ギャアギャアと騒ぐイヅツミに、センシは、しっかりと言い聞かせる。

 そして、やや置いて、全員が揃った。

「それではみなさん揃ったところで…。」

「いただきます!」

 そうして食事が始まったが、イヅツミは、イライラしていた。

「おい、イヅツミ。」

「なんだよ?」

「これやるよ。」

「あ?」

 それは、荷物を入れて担ぐためのカバンだった。

「破れたカバンを縫い合わせたんだ。お前が使え。」

「その…獣なんて言って悪かったよ。俺は口が悪くてね。知らない人間との団体行動なんて、しばらくは窮屈でイラつくと思うけど、慣れればいい面もあると思うぜ。自分じゃできないことを任せられる。」

 チルチャックは、そう語った。

 イヅツミは、渡されたカバンを見つめ、そして何か考えるように難しそうに顔を歪めた。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 やがて食事は終わった。

 

 




イヅツミの名前…、イツヅミと勘違いしやすい。


次回は、バロメッツ。


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第三十六話  バロメッツのバロット

バロメッツ編。


マルシルとイヅツミのやりとりは、カットしました。


 

 

 サウナと茶碗蒸しを堪能した後。

「おーい。まだかよ。」

「もうちょっと。」

「ああ、動かないで。」

 サウナとして使っていた空間の外で、センシとチルチャックが待っていた。

 やがて、ファリン、マルシル、そして厚着にされたイヅツミが出てきた。

「ナマリの服だったけど、入ったね。」

「…動きづらい。」

 ナマリの荷物に入っていた防寒着をイヅツミに着せたのだ。イヅツミは、動きにくくなったとブスッとした顔をしていた。

 せっかくサウナで温めた体が冷えたと、チルチャックも文句を言った。

 そうしてやっと出発となる。

 出発するとき、センシがマンドレイクの甘露煮を串に刺した物を出してくれた。携帯食として食べろと。

 全員に行き渡ったが、イヅツミは、近くにいたファリンに、お前にやると言って突き出してきた。

「どうして? 美味しいよ?」

「いらない。」

「でも、食べないと体が…。」

「いらない!」

「あぅ!」

「ファリン!」

 次の瞬間、イヅツミの爪がファリンの顔をひっかいた。

「…美味しいのに。」

「お腹が減ってないのかもよ?」

「でも、どうして食べたくないの?」

「魔物だから。」

「動物を食べるのとどう違うの? 同じだよ?」

「魔物なんか食べたら変な病気にかかるって魔物になる! だからイヤだ!」

 イヅツミは、激しく拒絶した。

「魔物を食べるだけで魔物になれるなら、苦労はしないよ。」

「ファリン…。まあ、穢れ信仰だよね。」

 ファリンの発言に呆れつつ、マルシルが語る。

 ほとんどの人は、動物とは違う魔物を嫌うのは、魔物の多くが活力の多くを魔力で補っていることと、生存本能に優れた攻撃性にある。

 濃すぎる魔力は、動物には毒であるし、人間を襲って食べている可能性があるからだと。

 『なんとなくイヤ』というのも案外馬鹿にできないと思うと言いながら、マルシルは、マンドレイクの甘露煮を食べていた。

「これ、美味しいね。」

「……。」

 そんなマルシルを、チルチャックは、なんとも言えない顔で見ていた。

「じゃあ、苦手な物を食べるときはどうしてたの?」

「あー…。別にないな。」

「うっそだー。」

 何しろ彼女は嫌いだからとキノコを捨てるようなことをしているのだ。それも最近のことである。

 どうやらイヅツミは、相当な偏食家らしい。

 とにかく先へ先へと進む。もはや未知の領域だが、進まなければならないのだ。

 吹雪は激しく、せっかく暖まった体を否が応でも冷やす。

 とにかく進めるだけ進み、そして野営することにした。

 しかし、センシは慣れない階層まで来てからか疲れたらしく、うたた寝していた。

 仕方なくファリン達が料理の支度をすることにした。

「卵に…、野菜…、夢魔…。うーん。何作ろう?」

「魚は?」

 イヅツミが聞いてきた。

「もうないよ。」

「米は?」

「もうあんまりないよ。」

「もっと他にマシなモノはないのか?」

「これで全部だよ。」

「嘘吐け! 隠しているだろう!」

「嘘じゃないよ。私達はね、魔物を食べてここまで来たんだよ。慣れないとイヅツミの体にも悪いよ?」

「イヤだ! 私は食べたい物しか食べない!」

「あのね。イヅツミ。何事も慣れが必要なんだよ? イヅツミが食べてる物だって、過去の人達が毒味してきて毒かどうか確かめてきたんだよ?」

「うるさいうるさい! じゃあ、アレは何だ!」

 そう言ってイヅツミが指差した先には……。

「あ…、バロメッツ。」

 それは、植物の上に羊が生えているという異形だった。

「ああ…もう、どうしてこんな時に…、あのね、イヅツミ、バロメッツは羊じゃ…。」

「御託はうんざりだ!! もういい、私は羊を捕まえる。」

「もう…。」

「あれはいいんだ…。ねえ、ファリン、バロメッツって魔物?」

「えっとね…。魔力を養分としているのは違いないけど、害はないよ。でも…。」

 ファリンは、杖を握り、前に出た。

「羊を目当てに肉食の魔物が来る! 危険だわ!」

「ええー!」

 ファリンは、急いで、休憩地点から飛び降りた。

 マルシルも慌てて追いかけるが、滑り落ちた。

 イヅツミが、四つん這いになって、ジリジリとバロメッツに近づく。しかし、ふいに止まる。

「早く…、早く羊を収穫して…。あっ!」

 そうこうしていると、ダイアウルフの群れが現れた。

「逃げよう、イヅツミ! イヅツミ?」

 ファリンが杖を構えイヅツミの方を見たときには、イヅツミはいなかった。

 マルシルが杖を探しながら、尻をさすり、木の枝を手にしたとき、別の通路へと進んでいこうとするイヅツミを見つけた。

 慌ててマルシルが追いかける。

 その間に、ファリンは、切り裂く魔法を放ちながらダイアウルフの群れから距離を取り、チルチャックが弓矢で援護した。

 しかし、センシが動けない今、危険だと判断したファリンが咄嗟に、狼の真似をしてダイアウルフの群れを威嚇。その迫力に、ダイアウルフの群れは、去って行った。

 

 バロメッツの羊を奪って……。

 

 やがてマルシルがイヅツミを連れて戻ってきた。

「よかった、無事で!」

「ふん…。」

 イヅツミは、プイッとそっぽを向いた。

 腕を押さえている。腕を覆っている篭手に噛み跡があり、ダイアウルフに襲われたことを物語っていた。

「羊は取られちゃったけど…。仕方ないから。」

 ファリンは、別のバロメッツに近づき、杖の先を向け、切り裂く魔法を使った。

 そして、未成熟の果実を落とし、それを転がして、起きてきたセンシの所へ持ってきた。

「未成熟の果実だけど。なんとかなるかな?」

「調理してみよう。」

 そう言ってセンシが包丁でバロメッツの実を割った。

 すると、中に子羊が入っていた。

「ああ! ダメ! 無理! 違う意味で倫理的に無理!!」

 マルシルが腕で顔を覆った。

 果実の赤い汁まみれの未成熟の子羊の姿は、正直言ってかなりグロい……。

 チルチャックもさすがに、オエっとなっていた。

 

 

 バロメッツの肋骨を肉ごと味を付け、火にかける。

 

 両面に綺麗な焼き色が付いたら、ワインを入れたフライパンに入れ、蓋をして蒸し焼きにする。

 

 果皮部分は、湯に通して、皮をざく切りにし、ニンニクを加えて一緒に煮込みソースを作る。

 

 そして、焼いたバロメッツの肉に出来たソースをかける。

 

 

「完成じゃ!」

「うぇ、変なの入ってる。」

「バロメッツの実の部分と若芽を入れた。ほれ。」

「バロメッツはね。見た目は羊だけど……。」

 ファリンが解説している間にイヅツミが渡されたバロメッツを食べた。

 そして大きく目を見開く。そして、ガツガツと貪った。

「味は、蟹に似ているんだって。」

「それがどうした。」

 まったくもってその通りである。

 そして、美味しそうにバロメッツを食べ、皿まで舐めているイヅツミを見て、センシとファリンは微笑んだ。

「美味しい?」

「なんだ?」

「よく食べれたのう。偉い偉い。」

「なんだ! 何をする!」

 いい子いい子っと、頭をみんなで撫でると、怒ったイヅツミが爪でひっかいてきた。

「とにかく! 今後も不味い野菜や魔物は食べないからな! 他に道がなかったときだけだ!!」

「ひっかかなくていいのに…。ところで、マルシル。全然食べてないよ? 美味しくなかった?」

「あ…えっと…。」

 ジーッと全員の視線が集まり、マルシルは、逃げ場がないと感じて、バロメッツを食べたのだった……。

 




マルシルとイヅツミのやりとりをカットしたので、最後の方の展開は、原作とは違うものにしました。


次回は、黄金郷編。
ファリンは、幽霊見えるし、どうしようかな?


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第三十七話  魂(卵)のエッグベネディクト

シュロー達の話は、カット。


魂の例え話編。


 

 

「…炒り卵なのか?」

 調理中、センシがふとそんなことを言った。

「前に魂を卵と喩えていたが、魂が混ざった状態というのは、卵で言うと、どういう具合なのだ?」

 

 ハーピーの卵を、鍋で沸騰させた湯の中に入れる。

 

 そして、グルグルとおたまで鍋の縁からお湯をかき回す。卵は中心だ。

 

 白身が固まったら取り出す。

 

「例えば炒り卵と、目玉焼きではまったく話が違ってくるだろう。」

「あのね……。魂を卵に喩えるのは、言葉尻を捉えて遊ぶためじゃないの。」

「そうなのか?」

「言われてみれば…。」

「ファリン。」

「うまいこと喩えたものだと感心していたのだが…。卵ほど様々な性質を持つ物はないぞ!」

 

 白身が固まった卵を器に移す。

 

「例えば、この加熱凝固性は、白身と黄身で温度も違う。泡立ち性に、保湿性、粘着性……、面白いのが、乳化だ。」

 

 湯煎で溶かしたバターを、コカトリスの卵の黄身にゆっくりと加えていく。

 

「水と油のような、本来混ざらない物とも条件を整えてやることで綺麗に混ざる。…こんな風に。」

「そりゃあ…………………。た、確かに! なんで卵なんだろう!? 液体じゃなく!?」

「そうだよね。卵って調理次第じゃ、色んな料理になるのに。メインにも、サブ食材にもなる。」

「ファリン。そこのパンを取ってくれ。」

「はーい。……ん?」

「どうした?」

「ううん…。なんでもない。」

 そう言ってファリンは、パンをセンシに渡した。

 

 パンを割り、ハーピーの卵のポーチドエッグと具材を乗せる。

 

 先ほど作ったソースをかけ、包丁で切り分けたら……。

 

 

「完成じゃ!」

 

 魂のエッグベネディクトの完成。

 

 トロリととろけるハーピーの卵のポーチドエッグの黄身と、コカトリスの卵の黄身で作ったソースが溶け合う。味は当然のように美味しかった。

 イヅツミが、耳をピンッと立てたり、周りをゆっくりと見回していた。

「イヅツミ? お前…そのちょくちょく何もないところを目で追うのやめろよ。何か見えてんのか?」

「いや、別に…。」

「……分かるの?」

 するとファリンが言った。

「ファリン?」

「……あの、食事中なので、食事が終わってからで、いいですか? ……いいって。」

 ファリンが宙を見上げて、そう誰かに向かって言った。

 それを見てマルシルとチルチャックがギョッとした。

「えっ!? ファリン!? 何かいる? 幽霊!?」

「早く食事を済ませよう。」

「不安にだろうだろうが! いるのか、いないのか!?」

「………………いる。」

「なんだ? お前、霊媒師か?」

「生まれた時から幽霊が見えるだけだよ。」

「払うのも得意だろ?」

「そんなすごいことじゃないよ。」

「それで? この辺りも三階のように幽霊が蔓延っているのか?」

「ううん。違う。五階の階層からずっとついてきてる幽霊がいるだけ。あ…、ごめんなさい。無視していたわけじゃなくって…。タイミングが…。」

「五階から!?」

「みんなを怖がらせたくなくって言えなかったの。害もなさそうだったし。ねえ、マルシル。この人に魔術師から助けられたんじゃないの?」

「助けられたって…、あっ。」

 マルシルは、言われて思い当たった。

 壁が迫ってきて潰されそうになった時、何かに掴まれて壁に引っ張り込まれたときのことだ。

 食事を素早く終えたファリンが、振り向き、その幽霊と会話をする。マルシル達は緊張した面持ちでその様子を見ていた。

「あのね…。紹介したい人がいるって。どうする?」

「んー…。」

「まあ…。他にアテもないし…。」

「分かった。じゃあ、お願いします。あっ。」

 すると、周囲から幽霊の手がたくさん現れた。

 悲鳴を上げる暇もなく、ファリン達は幽霊の手によってどこかへ引っ張り込まれた。

 

 

 




ファリンは、おそらく生まれつき幽霊が見える系だと思うので、この部分をどう書くか悩みました。
結局、ほぼ無視する形にし、あまり見えているのを気にしてたら。日常に差し支えあると思うのでここで五階からついてきていることをカミングアウト。


次回は、黄金郷編。


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第三十八話  黄金郷のヤアド

黄金郷編。


久しぶりの更新で申し訳ない。


最新刊(8巻)まで買いましたので、書けるかな?


 

 

 空間が歪む奇妙な違和感の中、やがて地面に放り出された。

 心地よい風と、鳥の声が聞こえ、目を開けると……、そこは、空と木々と、野原と、舗装されていない道と……その先に城下町がある城があった。

「ここは…、あれ? 幽霊さん、いない。」

 ファリンがその光景にぼう然とし、ここへ案内してくれた幽霊を探したがいなかった。

 

「おおーい、危ないぞー。」

 

 そこへ、馬の蹄が地面を歩く音が聞こえた。

 見ると、そこには馬ではなく、ユニコーンがいた。

「ユニコーン!」

 

「んん? あんたら、まさか…外から来た人達?」

 

「えっと…、あの、私達は、迷宮から…。」

「こりゃ大変だ! これを身につけて! ついてきてくれ!」

 そう言って、ぼろい外套と、麦わら帽を渡され、ファリン達は、ユニコーンの馬車を操る人についていった。

 案内されたのは、城下町近くの農園のような場所だった。

 そこには、普通の動物のように魔物達がおり、みな大人しく、そこにいる人々に寄り添っていたり世話をされていた。

「魔物が…あんなに大人しく…。」

「おら達を襲うなって命令されているからな。」

 ユニコーンの馬車の操手がそう言った。

「でも、外から来たあんたらは別だ。だから、あんた達は村の物を肌身離さず身につけていてくれ。」

「分かったわ。」

「イヅツミの様子が変だぜ?」

「えっ?」

 見ると、イヅツミが、猫のように大人しく、ふにゃ~んとマルシルにもたれかかっていた。

「もしかして…、ここが黄金郷? じゃあ、あのお城が黄金城?」

 しかし、どう見てもどこを見ても黄金の名とはほど遠い。

「ま、詳細は、これから会う人に聞いてくれ。なんで、あんた達が選ばれたのか。俺もよくは知らん。」

「選ばれた?」

「ほれ、ついた。ちょっと待ってろ。」

 そう言って、ユニコーンの馬車の操手が農園のような村で一番大きな家に向かっていった。

 しかし、どうやら問題の人物は留守にしていたらしい。

「悪いな。少し間が悪かった。ここの主人が戻ってくるまで、村の中でゆっくりしててくれ。」

「分かりました。でも…。」

 ファリンが周りを見回すと、村の人々が好奇の目を向けて集まってきていた。

「みんな、あんたらに構いたくてたまらないようだし。」

「そうなんですか? じゃあ、お言葉に甘えます。」

「わしは、先ほど見えた畑を見たいぞ。」

「じゃあ、ご案内しますね!」

 ファリンとセンシが、喜々として村人についていった。

「はあ…、私はここにいるわ。イヅツミが心配だし。」

「それでは、中でお待ちください。」

 残されたマルシル、チルチャック、そしてイヅツミが家の中に案内された。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「きゃ~~~~~!」

 ファリンの嬉しそうな悲鳴が上がった。

「ミノタウロス! ミノタウロスの…メス?」

「乳牛代わりです。」

「どうして、ミノタウロスを?」

「家畜が手に入らないので…。それに寿命も短いですし。」

「へ~~~。」

 ファリンは、目をキラキラさせつつ、ミノタウロスに手を伸ばした。そしてその鼻先を撫でてみる。ミノタウロスは、大人しく撫でられた。

「兄さんが知ったら、飛んで喜ぶだろうなぁ…。」

「なんでしたら、乳搾りしてみます?」

「えっ! いいの!?」

「では、まずは、仔牛のフリをするため、こちらを。」

 そう言われて渡されたのは、牛の毛皮でできたかぶり物だった。

「慣れてきたら必要はないけど、踏まれると危険ですからね。」

「はーい。」

「そして、懐から潜り込み…。」

「うんうん。」

 ファリンは、バケツを手に、ミノタウロスに近づく。

 すると、ミノタウロスがファリンの存在に気がつき、ファリンを抱え上げて、胸に抱えた。

「あとは、山羊や牛と同じです。」

「えっと…。こうか。」

 目の前にあるミノタウロスの胸の乳首を掴み、ファリンは、バケツの中に乳を搾った。

「……楽しい。」

 ファリンは、うっとりとした。

 そうして、乳搾りを体験したファリンは、飲めるの?っと聞く。

「一応低温殺菌しますので、すぐには…。」

「じゃあ、チーズとかは?」

「ありますよ。」

「わーい!」

 じゃあ、今日のご飯が楽しみだとファリンは、喜んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 そうしてファリンとセンシが村の畜産と農業を楽しみ、これから会うことになる人物がいるという家に戻る。

「お、やっとお戻りか。」

 チルチャックが酒を飲んでいた。

「ねえねえ! 聞いて! この村、魔物を畜産してるんだよ! ミノタウロスの乳搾りしちゃった!」

「おー、そうか。よかったな。」

「聞いてくれ! ファリン、この村は魔物を養殖に成功しているぞ!」

「えっ! そうなの!」

「うむ! まさに理想的じゃ!」

「……悪酔いしそう…。」

「あれ? そういえば、マルシルとイヅツミは?」

「ああ…あの二人は…。」

 

「ふぁ、ファリン…。」

 

 すると、部屋の奥から、ドレス姿のマルシルが出てきた。

「どう?」

「すご~~い、似合う似合う!」

「そ、そう?」

 マルシルが赤面した。

 そんなマルシルの横には、ゴロゴロと喉を鳴らすイヅツミがいた。

「どうしたの、イヅツミ?」

「それが…、ここには何重にも結界が張られていて、それがイヅツミに干渉しているのかも。」

「そっか…。そうだよね。私も感じてるけど、魔物だけの攻撃性を奪う結界なんて聞いたことも見たこともない。」

「解析できれば、これほど研究しがいのあるものもないわ。こんな状況じゃなければ、ずっといたいけど…。」

「…うん。」

 マルシルとファリンは、家の窓の外を眺めた。

 すると、そこへ。

「皆様、お待たせしました。どうぞ、楽な格好で、こちらへ。」

 そう言って女中に案内された先にいたのは…、小柄な青年だった。

「ああ、ようこそ、皆さん。お会いしたかった。」

「あなたは?」

「僕の名前は、ヤアド。あなた方がご存じであろう、デルガルの孫にあたります。」

「デルガル…のお孫さん?」

「さあ、おかけになってください。なぜお呼び立てしたのか。長い話をいたします。」

 席に座ると、女中達が料理を運んできた。

 

 

 牛のリブステーキ。

 

 野菜のスライム寄せ。

 

 刃魚のローフ。

 

 芋とウサギのスープ。

 

 

「わーい!」

「ふぁ、ファリン…? まさか…あなた…。」

「うん。リクエストしたの。」

「この村では、魔物を日常的に?」

「食べる者もいますが…、ほとんどの者は食べません。」

 センシが聞くと、ヤアドがそう答えた。

「味覚が鈍ってしまったのもありますが…、そもそも食欲を感じることがありません。それが…、狂乱の魔術師が私達にかけた、不老不死の呪縛です。」

 その言葉に、場がシンッとなった。

「その…魔術師は、どうしてそんなことを?」

「さあ…? 私が物心ついた頃にはすでに、名の通りまともに話ができる状態ではありませんでした。しかし、我々のことはお構いなく、存分に召し上がってください。食欲はなくとも、他人が食事する姿を見るのは嬉しいものです。」

 それを聞いて、マルシルとチルチャックは、食事を拒絶できなくなり困った。

「…うん! 肉汁がたっぷりで、かみ応えはあるけど、旨味が強いお肉だ!」

「それはよかった。」

 ファリンが率先して…というか喜々としてリブステーキにかぶり付いていた。

 そんなファリンにゲンナリしながら、マルシルもチルチャックも出された物は仕方ないと手をつけた。

 

 

 




出された料理の味については原作ではコメントないので、リブステーキの味については捏造です。

次回は、予言について。


しかし、7巻でのセンシの過去の打ち明けは辛かった……。それで書く手も疎かに…。


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第三十九話  予言

食事中の、ヤアドからの話。


そして、再度出発。


 

 

 そこから、食事の最中にヤアドが、長い話をした。

 

 まず、デルガルのことである。

 デルガルは、狂乱の魔術師が狂乱の魔術師となる原因となったのは自分の責任だと気に病み、そして助けを求めるために地上へ向かったのだと。

 

「祖父の…、デルガルのことは、地上ではどのように伝わっているのでしょう?」

「私の聞いた話では…、ある日突然村の地下墓地から現れ…、亡国の王を名乗り、狂乱の魔術師を倒した者には、国の全てをやると告げて…、塵になった、と言われています。」

「そうですか…。祖父が苦痛から解放されたのは、せめてもの慰めです。」

 

 ヤアドは、語る。

 多くの者達が呪縛から逃れようと村から出て行ったが、しかし、成功した者は誰もおらず、肉体を失ってしまうのだと。

 身体を失うと次第に自我を失い、悪霊になってしまう。

 そうなってしまったら、最後。ここに戻ってくることはできないと。

 

「あなた達も、何度か遭遇したはず。」

「……。」

 

 言えない。

 適当に作った聖水で、殴りまくって、聖水シャーベットを作ったなんて。

 

「そ、それで…、私達がここに招かれた理由は?」

 話を変えるため、マルシルがそう言った。

「予言です。」

 ヤアドが言った。

「よげん?」

「『その者は、翼持つ剣をたずさえ。狂乱の魔術師を打ち倒し、我々を解放するだろう』、と。」

「ん? 翼のある剣って…、こういう感じですか?」

「ああ…!」

「あれ? 獅子の顔なんていつのまに…。」

「その翼獅子(よくしし)は……、翼獅子は、この国の守り神です。狂乱の魔術師によって迷宮の底に囚われていますが、夢を介して予言することで、今なお我々を導いてくれています。祖父が地上へ旅立ったのも、予言がきっかけでした。ファリン殿…、予言はこう続きます。『翼持つ剣をたずさえた者、狂乱の魔術師を打ち倒し、この国の新たな王となるのであろう』、と。」

「……そ…んな…。」

「ファリン…。」

「ちょ、ちょっと待てよ! その剣は、動く鎧からたまたま取った武器で…。」

「たまたまではありません。それが今、そこにあるということが、決まっていたことだったのでしょう。」

 するとヤアドが立ち上がり、ファリンの手を握った。

「約束してください、ファリン殿。狂乱の魔術師を打ち倒し、我々を解放してくださると……!」

「……。」

「ファリン…。」

「……あの…えっと…。」

 ファリンは、視線を仲間達に向ける。だが皆黙っている。チルチャックは、こっちに振るなと首を振っている。

 ファリンは、俯き…、そして。

「か……考えさせて…ください。」

 っとしか言えなかった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「いや、断れよ。」

「……何も言ってくれなかったじゃん。」

「言える雰囲気だったか?」

「もう…。」

 あてがわれた部屋で、チルチャックに呆れられ、ファリンは、とても断れる状態じゃ無かったと俯いた。

「それにしても…、いつのまに獅子の形に…、ダンジョンクリーナーのせい? それに、あんな話聞いたから、せっかくの料理も味がよく分からなかったし…。」

「お前な……。美味いとか言ってただろ?」

「お肉の味はしたよ。でもそれ以外が…。」

「実際、ほとんど味はしなかった。」

 センシが言った。

「彼らは食事が必要ないと言っていた…。それでうまく調理が行えなかったのだろう。」

 横になっていたセンシは、起き上がりベッドの上に座り込む。

「ずっと、考えていた……。彼らに本来、畑や食器は不要なはずだ。それがなぜ揃っているのか…。1千年ものあいだ…、なぜそれらに手入れをし維持してきたのか…。それは、やはり必要だったためだろう。彼らが正気を保ち生き続けるのには……。」

 それは…、あまりにも残酷なことだろう。

 永遠に変わらぬ姿で、何の欲求も無い状態で生き続けること。

 それは究極の安息だろう。

 だが……、永遠の地獄とも言えるかもしれない。

 ヤアド達が、夢の予言というか細い希望に縋るのも、すべては安息という名の地獄からの解放を願うがためだろうか?

「ファリン。」

「えっ?」

「わしは、以前、お前がオークの族長に言った言葉を覚えているぞ。」

「……えっ?」

「ま、一晩考えてみなさい。」

 そう言ってセンシは眠った。

 チルチャックもマルシルも、イヅツミも眠っていく。

 ファリンは、ヤアドに握られた自分の手を見た。

「冷たい手だった…。」

 まるで…死体のような…。

「兄さん……。私…どうしたらいいのかな?」

 ファリンは、動く鎧の剣を抱きしめ、ここにいない兄を思った。

 そうして、横になり、ファリンも眠った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 翌朝。

 小麦と卵が混じって焼けるパンケーキの匂いがした。

「……良い匂い…。」

 ファリンは、その匂いで目覚めた。

 起き上がると、マルシル達は寝ていたが、センシがいなかった。

「センシ?」

 ファリンは、着替えて、センシを探した。

 台所にセンシとヤアドがいた。

「あ、いたいた。」

「ファリンか、ちょうど朝食が出来たところだ。」

「センシさん、すごいですね。お料理がとても上手です。」

「センシってすごいですよ。」

 

 そして、マルシル達を起こしに行き、朝食となった。

 

 

 パンケーキ。

 

 ソーセージ。

 

 カボチャのスープ。

 

 スクランブルエッグ。

 

 

 久しぶりに食べる、ちゃんとした食事内容だった。

「ん~、美味しい。」

「ヤアド。お前も食べてみろ。」

「えっ、でも、僕…味は…。」

 そしてセンシが、一口大に切ったパンケーキをヤアドの口に入れた。

 ヤアドは、モグモグと咀嚼する。

「あったかくて…、柔らかいです…。」

「味覚とは筋肉のようなものだ。磨いてやらねば衰えてしまう。触覚や視覚は働いているようだし、まずは食感を楽しむことから始めてみなさい。」

「はい…。」

 

 そして、ヤアドが、朝食中に語り出す。

 昔は、時々祖父や両親と食卓を囲んでいたと。

 祖父のそばには必ず、シスル……狂乱の魔術師の姿があったそうだ。

 元々は道化師として曾祖父が城に迎え、そして祖父とは兄弟のように育ったとか。

 やがて玉座に祖父がつき、祖父の勧めで魔術を学び、その頭角を現わした。

 元々この土地は、ドワーフやエルフの遺物であふれていて、その中には黒魔術も含まれていたと思われる。

 やがて狂乱の魔術師となることになる、シスルは、力に取り憑かれ、狂ってしまった。

 そして、国に、不死の呪縛をかけるに至ってしまったのだ。

 

「私達、どうしても…、魔術師と会話をしたいんです。どうすれば会えますか?」

「か、会話! そんな、無理です! まともに対話ができる相手ではありません! 祖父を隠して出発させるのにも、苦労したのです。関与を疑われ、処刑された者も……。」

「そんな…。」

「ですが…会うだけなら簡単でしょう。外を見てください。」

 指差された先には、血で出来た小さなドラゴンがいた。

「村の異変を嗅ぎつけ、魔術師の目が集まってきてます。魔術師本人もやがてここへ来るでしょう。」

「おい、それ、やべぇぞ!」

「うん…。でも…。」

「ファリン。ここは抑えて。とにかく今はここを出ることを考えましょう。」

「……分かった。」

 説得され、ファリンは、直接の会話を諦めた。

「ですが…対話ができるかどうかは分かりませんが、最深部に囚われている有翼の獅子の力を借りてください。魔術師の力を抑えることができましょう。」

「ありがとうございます。」

「申し訳ないですが、急いでください。もう、彼がいつ来てもおかしくない。」

 そうして急いで準備をし、魔術師の目に気をつけて案内され、城壁の水路の出入り口に来た。

「ここを進むと、城壁の内側、つまり迷宮に戻ることができます。」

「これ、持ってってください!」

「おお、ありがたい。」

 村の人々が野菜や肉を詰めた袋や籠を持って来てくれた。

「あまり荷物を持たせると、運ぶ者が苦労するから、そのへんで。」

「はこぶもの?」

「ここへ来たときと同じ方法で、帰りも運ばせます。」

「…げっ…。」

 つまり幽霊によって空間転移させられるということだ。

「ありがとう、お世話になりました。」

「ご武運を。」

 そうしてファリン達は水路の先へ行った。

 ファリン達が去り、ホッとしたヤアドだったが…、その背後に褐色の肌のエルフ…狂乱の魔術師が手を伸ばした。

 

「今…誰と喋っていたのです?」

 

 

 




前に黄金郷での食事のコメントが無かったと書いちゃいましたが、次の話でありましたね。コメント。味が無いって。


グリフィン編は、苦労しそうです……。特にセンシの過去話が……。見ててホント辛い。


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第四十話  グリフィンと、チェンジリング

グリフィンと、センシの過去話。


正直、書くのが辛かった……。


 

 

 ぐにょんぐにょんっとした、空間移動の末、ファリン達が放り出されたのは、黄金郷のドワーフ達が作ったであろう、古代の貯水庫だった。

 磁石で方角を確かめようとすると、磁石が狂う。

 そして、冒険者もほとんど足を踏み入れられない地点であるため、高く太い柱には黄金が残っていた。

 どの方角を見ても、高くて太い柱ばかりが並んでいて、方向感覚が狂う。

 だが、道しるべはあった。

 古代ドワーフ語の印だ。

 ドワーフ族は、方向感覚に優れているが、苦手なドワーフもいたのだろうと、転移魔法酔いしたセンシが言った。

 そうして、ファリンとマルシルが周囲を少し見に行くことにし、チルチャックがその辺にある柱の暗号を紙に記し、センシが解読した。なお、イヅツミは、黄金郷で猫のようになっていたことを思い出してしまったらしく、ショックでふさぎ込んでいた。

「ふむ…、ここは、全体の南東に…。」

「みんなーーー!」

 そこへ、ファリンがマルシルと共に走って戻って来た。

「徒労に終わったな。今センシが方角を…。」

「兄さんがいたかも!」

「へっ?」

「たぶん…ちょっと、自信ないけど…。」

「曖昧なこと言うなよ。で?」

「こっち。」

 ファリンが指差す先に行くと、そこには大きな足跡がいくつも並んでいた。

「私達を見つけて飛んで逃げて行っちゃったの。」

「シルエット的には、ライオスっぽかったわよ?」

「うーん…、でも、もしかしたらグリフィンかもって思って。」

「ぐ…。」

 途端、センシの顔色が一気に悪くなった。しかし誰も気づいてなかった。

「この迷宮でグリフィンになんて見たことないわよ?」

「でも…、うーん…。でも、後ろ足の足跡が…獅子っぽいよ?」

「えっ…、そういえば…かも…。」

「いやじゃ…。」

「センシ?」

「あ、あそこにあるキノコ…。あれが食えるかどうか調べたい…。」

「俺、あのキノコ見たことあるぞ?」

「あのキノコは…。」

 

 その時、上から大きな翼を持つ魔物が飛んできた。

 

「上だ!」

 真っ先に気づいたイヅツミが叫ぶと同時にファリン達は、四散してその攻撃を避けた。

 

 グリフィンだった。

 

 鷲の頭と翼と前足、そして下半身は獅子の魔物。

「わあ! 本物、初めて見た!」

「なんて人騒がせな…。」

 ライオス・ドランゴキメラと間違えるような、よく似たシルエットだ。

「ひ、ひいーーーー!!」

「センシ! ダメぇ!! 背中を向けたら!!」

 センシが、悲鳴を上げて背中を向けて走り出した。

 そのセンシを見てグリフィンが飛び、センシに向かって前足を構え、そしてセンシを捕まえ、飛んで行ってしまった。

 あっという間のことに、場がシーンとなった。

「そ…そんな…。センシーーー!!」

「マズいぜ! センシの奴、丸腰だ!」

「マルシル…!」

「分かってるわ! けど…、いいの?」

「何する気だ?」

「使い魔を作るわ!」

 そして、ファリンとマルシルが、準備を始めた。

 

 まず、マルシルが魔術書で魔法陣を描き、次に自分の髪の毛を一部切った。

 

 そしてファリンが、チルチャックに手伝って貰ってあるだけ肉を鍋に入れて持って来た。

 

「これだけしかなかったわ。」

「うーん、もうちょっと足して!」

「卵とチーズはあるよ。野菜は?」

「うーん…、カロリーの足しにはなるかな? とりあえず持って来て。」

 

 そして、1週間分の食料を詰めた鍋を、マルシルが描いた魔方陣の上に置いた。

 マルシルが呪文を唱え始める。

 蓋をされた鍋からボコボコと音が鳴り、やがて、ボシュン!っと音が鳴った。

「出来たわ!」

「ど、どうかな…?」

 恐る恐る鍋の蓋を開けると……。

 

 そこには、ヒヨコのようなシンプルな見た目のヒョロヒョロ薄い何かが三つ。

「ああ、よかった! 成功よ!」

「やったーー!」

「成功…なのか? これ…。」

「よわっちそう。」

「一から作った使い魔だから、飛べれば十分よ。じゃあ、飛ばすわよ。」

「マルシル、頑張って。」

 そして、一匹をまず宙に浮かせる。するとマルシルがふらついた。

「うぅ! 視界が…。だ、誰か私の目を布で覆って!」

 そして、マルシルが使い魔を通じて、クリーナーや精霊の動きを辿って、センシを探し始めた。

 歩くのも難儀したため、ファリンがマルシルを背負い、移動する。なお、マルシルは、羽を広げるように両手を広げていた。

 やがて……。

「いた! 柱の上部の巣に磔になってる!」

「グリフィンも早贄するんだね。初めて知った。」

 早贄とは、例えば、モズという鳥がやる木の枝などに捕まえた虫などを刺して後で食べる習性みたいなものだ。

 なお、センシは、まだ生きている。だが、いずれは、グリフィンの餌になるのだろう。

「マルシル…、気をつけて、グリフィンは、すごい機能的な身体をした魔物だから…。」

「あっ!」

「マルシル!?」

「何も見えなくなった…。やられたわ。」

 どうやらグリフィンが戻って来たらしい。

「ねえ、ファリン…。」

「分かってるよ。」

 ニコッと笑ったファリンが、鍋に残っている使い魔を一体持ち、小型の竜の姿へ形作る。それは、魔術師の目にそっくりな形だった。

「たぶん、これで、動きはもっと良くなるはず。魔術師の目のように矢みたいな速度まではいかないだろうけど。」

「やってみるわ。」

 ファリンがこね上げたそれを受け取り、再び目を布で隠したマルシルがロープを使い魔に噛ませて飛ばした。

 マルシルは、必死に両手は翼のようにバタバタとさせる。イメージのためだ。

 ファリンによって、形を変えられた使い魔は、先ほどよりも圧倒的にスピードが速くなり、そして滑らかな飛行を保った。

 そしてセンシに、ロープを渡す、するとグリフィンが使い魔を狙ってくる。

「こっちよ! こっちに来なさい!」

 マルシルが使い魔を使い、誘導しようとする。

 しかし、腹から後ろへと移動した瞬間、グリフィンの獅子の後ろ足が使い魔を蹴り上げて潰した。

「やられた…! 地上へ…地上へ誘導しないと!」

「何かヒント…ヒント!」

 ファリンが、必死でライオスの魔物ノートを開いてヒントになりそうな物を探していた。

 するとマルシルが、ハッとして、使い魔を掴み、自ら形を作り上げていく。

「そ、それは…!」

「スカイフィッシュ! いっけーーー!」

 幻の生命体とされるスカイフィッシュへと形作られた使い魔は、稲妻のような凄まじい動きで飛んでいった。

 マルシルは、グネグネと地面の上で身体をくねらせながら操る。(スカイフィッシュが胴長だから)

 ロープで降りようとしているセンシを狙おうとするグリフィンの顔の横を切り、グリフィンの注意を引く。

 そして、グリフィンが飛び立ってスカイフィッシュを追おうとした瞬間、向きを変え、スカイフィッシュ型の使い魔が翼を貫き、グリフィンは、バランスを崩して地面へと落下していった。

 落下したグリフィンを、ファリンが剣を抜いてトドメを刺した。

 そして役目を終えたスカイフィッシュは、地面に力無く落ちて息絶えた。

 センシも無事にロープで降りてきた。

「よかったぁ…、よかったよぉ、センシ~~!」

「…すまんかった。ありがとう。」

 ファリンに抱きつかれ、センシは、安堵の息とともに、お礼を言った。

 一方マルシルは、安堵すると同時に、地面に落ちている、半分に千切れたスカイフィッシュを拾い上げた。

「ありがとう…、スカイフィッシュ…。」

「あ、すごーい、中がお肉と野菜だぁ。」

「ファリーーン!」

「えっ?」

 残りの半分を先に拾ってまな板の上で包丁で切っているファリンに、マルシルがウガーっと怒った。

 

 そして、調理開始。

 

 まず、使い魔…スカイフィッシュを適当な大きさに切る。

 

 羽は、根元で断ち切る。

 

 布きれで水分をしっかり取り、塩胡椒。特に羽部分は念入りに水分を取る。

 

 卵・小麦粉・水をよく混ぜて衣を作り、切ったスカイフィッシュの身をくぐらせる。

 

 羽は、小さく折りたたんで丸め、油を熱し、衣を付けたスカイフィッシュの身を揚げる。羽はすぐに揚がるため、くぐらせる程度で。

 

 タルタルソースなどを添え。

 

 

「完成!」

 

 

 スカイフィッシュ(使い魔)の、フィッシュアンドチップスのできあがり。

 

 サクッと揚がったスカイフィッシュの身は、肉と野菜が融合しているため、どっちもの味わいがした。

「センシ? 食べないの? 美味しいよ?」

 センシは、兜を脱ぎ、そして死んでいるグリフィンを見ていた。

「グリフィン…、気になる?」

「あ、いや…すまん…。」

「センシ。」

 すると、チルチャックが言い出した。

 自分の名は、チルチャック。

 生まれは、ここから北東にある小さな盆地の村。

 10年くらい前から各地の迷宮を周り、鍵開け、通訳、斡旋(あっせん)、目利きなどの商売をしていると…。

「あと、妻と娘がいるが、諸事情で、もう何年も会ってない。」

 衝撃、情報。

 妻子持ち。

「俺の過去についちゃ、ざっとこんなもんだ。今度は、お前のことを教えてくれ。なんでこんなところに住んでいるのか。何があった?」

「つま? むすめ?」

 マルシルが、ビックリしすぎていた。

 センシは、フッと笑い。話を始めた。

「わしの名は、イズガンダのセンシ。小さな鉱夫団の一員だった。」

 

 鉱夫とはいえ、鉱石はほとんど取れなかったそうだ。

 だが、ある日……。

 掘り当てたのだ。

 黄金に輝く古代の城……、この迷宮を。

 

 そこから語られたのは、黄金に目がくらみ、奥へ奥へと進んでいった仲間達と、ひとりになるのがイヤでついていったセンシ自身。

 やがて、侵入者に牙を剥いた迷宮により、出口を見失い、仲間が次々に魔物に襲われ死んでいったこと。

 役に立たず、けれど、仲間のリーダーによって食料を一番に与えて貰うのが情けなく感じたこと。

 そして、鳥の魔物…、グリフィンがずっと自分達を追い続けて、ひとり、またひとりと仲間が減っていったこと。

 やがて食糧も尽き、食うに困って仲間として連れてきていた馬をしめたことも。その馬の名がアンヌであったこと。

 やがてリーダーがオーク族から食料を盗み、それで飢えをしのいだ物の、間もなく食料を奪われていることに気づかれ、警戒されて食料を失ったこと。

 何日もまともに食えず、水だけで飢えを誤魔化し、ガリガリに痩せていく中、その辺に落ちていた石を舐めていただけで、仲間に食料を隠しているなと疑われ首を絞められリーダーに救われた。

 ブリガンという残った仲間との言い争いが外で始まり、やがてどんどん争いは激しくなり、大きく争う騒音と、悲鳴が何度か聞こえ……、リーダーであるギリンが、鉱山を掘るための道具・ツルハシを手にして、ひとり、戻って来た。

 そして彼は言った。

 ブリガンは、グリフィンに殺された。そして自分がグリフィンを殺したと。

 だが、ギリンの頭部の兜には、何かで殴打したような跡が思いっきり残っていたそうだ。

 ギリンは、外を見るなと言った。

 そして、殺したグリフィンを食べようと言った。

 そして、鍋に肉となったモノを持って来て、作ったスープ……。

 水で煮ただけのグリフィンのスープは、獣臭と、肉の硬さで酷い味だったが、あまりの飢えが箸を進めて、夢中で食べた。

 そして、ギリンは、小便に行ってくると言って、2度と戻ってこなかった。

 たったひとりになったセンシは、外を見る勇気が無く…、残っていたグリフィンの肉で食いつなぎながら、今まで描いた地図を眺めて、壁に付けられた法則に気づき、そして……、意を決して部屋の外へ出た。

 

 そこには、ギリンの装備品だけが残っていて、死体は欠片も残っていなかった。

 

 その後、オーク族に捕まり、しばらく集落で捕虜として捕まっていた。

 だが話してみると気の良い連中であったため、古代ドワーフ語を教える代わりに…、食べられるキノコなどの見分け方、そして魔物のあしらい方を教わり……。

 オーク族の案内で、地上への階段を登り、ついに地上へ出たのだった。

 

 だがたったひとり残されたセンシは、迷宮での出来事からとても故郷に帰る気になれず、迷宮の浅い層で生活するようになり…、やがて地上へと繋がった迷宮にたくさんの冒険者達が入るようなった。

 

 だがそんなことよりも、センシは、あの時食べた肉が…、本当にグリフィンのものだったのか、ただそれが気になっていた。

 

 どの魔物のスープを食べても、どんな魔物の肉も、あの味にはほど遠かった。

 

 

「これが…、グリフィンから逃げ出した理由だ。わしは……、真実を知るのが…怖い。」

 

 それは、あまりにも重たい、想像を絶する壮絶な過去の話だった。

 重苦しくなる空気を裂いたのは。

 

「じゃあ、あのグリフィンを食べてみれば?」

「はあ!? ファリン!」

「でも…、このまま真実を知らないまま抱え込んで、生きていくのは辛いよ?」

「け、けど! もし違ったら…。」

「食べてもみないで、決めつけて…、それで何も変わらないでいるほうが幸せ?」

「それは…。」

「まず、当時の再現をしようよ。獣臭いってことは、ちゃんと適切に処理してなかったはずだから…。そのまま水で煮るだけ!」

「そうじゃな…、食べてみよう。」

「センシ…。」

 そして、調理を始めた。

 調理自体は簡単。小鍋に切り出したグリフィンの肉を入れ、適当に煮る。味付けは無し。

「なあ、ファリン…。止めた方がいいんじゃないか?」

「なんで?」

「なんでって、お前…。もしアレだぜ…、違った場合…。」

 チルチャックが危惧するのは、ギリンとブリガンが殺し合いをして、そのせいでギリンがブリガンを殺し、兜に殴打の跡が残り、ブリガンを…という最悪の真実にたどり着く可能性だった。

「そういえば…、グリフィンの足じゃ、殴打の傷は残らないよね。」

「だろ! だから、止めたほうが…。」

「でも待って…。もしかしたら…。」

「あっ?」

「調理、一旦止め!」

「なに? どうしたの?」

「ねえ、センシ。もしかしたら、グリフィンじゃないかもしれないわ!」

「はあ?」

「ヒポグリフ…。後ろ足が、馬の魔物がいるの! 頭と翼は、グリフィンとそっくりだけど、後ろ足が違うの。グリフィンは、辛抱強くて縄張りから離れることはあんまりないはず。でも、ヒポグリフは、違う。植物も消化できるから、そこまで狩りに積極的じゃなくて、センシ達を狙い続けたのは馬を連れていたから。たぶん好奇心か、発情期だったからかも。だって、ヒポグリフは、顔は鳥でも、馬の近縁種だから。そして、グリフィンにはない武器…、そう、後ろ足の蹄だよ! 普通の馬だって蹴られたらたまったものじゃないけど、ヒポグリフほど大きくなったら、もっと強くなる。金属製の兜なんて一撃で大きな穴が空いちゃうよ!」

「なんと…。そうか、その可能性もあったのか…。」

「じゃあ、確かめよう!」

「えっ!? その流れでなんでそうなるわけ!? ここは、ヒポグリフの可能性があるって流れで終わりじゃないの!?」

「ヒポグリフは、そこにいたんだよ。」

 ファリンは、グリフィンを指差した。

「あと…、なぜ今まで報告例がなかった、グリフィンが、この迷宮にいるのか…。その原因は…、アレ…。」

「あっ! チェンジリングか!」

「そう。チルチャックの出身あたりの伝承だったかな? 取り替え子。子供と化け物が入れ替わる現象。」

 

 例を挙げると、森に遊びに行った子供が、トロールの子供になって帰ってきたことなど。

 それは、長いこと魔術の仕業だとされてきたが、近年になって、キノコ型の魔物の仕業だと分かり、駆除されてきたのでめっきり姿を見ることはなくなったこのキノコ。

 このキノコの輪に入ると、その生物は、少し変わってしまうのだ。

 

 ファリンが、なぜここまで言い切れるのか。

 それは、このグリフィンが、センシを攫っても食べなかったこと。

 使い魔を殺したときの鋭い蹴り。

 植物を食べることもできる雑食性で、なおかつ馬の足を武器とするヒポグリフならば……。

 

「このグリフィンの肉を…、チェンジリングのフェアリーリングに…。」

「間違って踏み込むなよ?」

 踏まないように気をつけながら、肉をチェンジリングのフェアリーリングの中に入れる。

 すると、肉の色が変わり、肉質まで変わった。

「やった! これをスープにしてみよう!」

 そして、今度こそ調理。

 塩だけは適量入れただけの処理も適切じゃない肉を煮ただけのスープ。

 それをセンシは、恐る恐る震える手で飲んだ。

「うっ!」

「センシ!」

「ま、まあ…、個体差があったり、時間が経ったとかで、味が…。」

「ち、違うんじゃ…。」

 必死にフォローしようとするファリン達にセンシが涙ぐみながら言った。

 

「これじゃ……、ずっと、ずっと…、このスープをもう一度飲みたかった…! ありがとう…、みんな…、ありがとう!」

 

 センシは、ボロボロと涙を零し、かつての仲間達を思い出し、泣いた。

 

 

 そうして、過去の真実を突き止めたセンシは、自分をこれからも連れて行ってくれと言った。

 長らく住んでいたからこそ分かるそうだ、この迷宮は、人の欲望に強く反応する。

 オーク族のように迷宮へ求めない者には、寛容だが、何かを求める者には、途端に牙を剥く。

 これからファリン達は、ライオスを取り戻すという目的のため、狂乱の魔術師や有翼の獅子を求めることになる。

 それは、求める者に牙を剥くこの迷宮では、更に牙を剥かれる要因になる。

 それでも……、自分はファリン達に教えたいことがたくさんあるから……。

 

「一緒に連れて行ってくれるか?」

「もちろん! さあ、みんな! 行こう!」

 

 

 

 

 しかし、ファリン達は気づいていなかった。

 やや間隔を置いて、輪になっているチェンジリングのフェアリーリングの存在を、全員で思いっきり踏み込んだことに。

 

 

 




これで、第7巻終了。


次回から、第8巻へ。


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第四十一話  チェンジリング騒動

チェンジリング騒動編。



原作通りの変化にしました。


 

 

 高熱。あと悪寒。

 

 ファリン達は、現在全員で、寝袋の中で苦しんでいた。

 

「み…、みんなぁ…だいじょうぶ…?」

 ファリンが弱々しい声で聞くが、返事として返ってきたのはうめき声だった。

 この症状…、思い当たるのはひとつ。

 

 食中毒。

 

「ああ…とうとう…。」

 このままこんな形で死ぬのかとファリンは、涙ぐむ。

 最愛の兄を救うためとはいえ、魔物を食べ続けたのがこんなところで身体に来たのか…っと。

 こんな最深部で倒れて死んだ冒険者を、誰も拾わないだろう。

「兄さん、ごめんね…、ごめんね…。助けに行きたかったのにこんなところで…、うぅぅ…。」

「そんなこと……言うな…ぁ…。」

 やがて、高熱にうなされながら、全員が意識を失った。

 

 そして……、どれくらい寝ただろうか。

 

「ハッ! 熱…下がったかな?」

 起き上がったファリンは、身体が軽いことに気づいて起き上がった。

 だがその瞬間、ビリッと音がした。

「えっ?」

 下を見ると、服が横に破れていた。というか、身体ではち切れたという感じだ。

「えっ? あ、手が…なんか…。」

「どうしたの? ファリン…?」

「た、大変だよ、マルシ…、えっ?」

 手がたくましく妙に発達し、けれど、身体が縦に縮んでいたことに驚きつつ、マルシルの方を見ると…、そこにいたのは、マルシルの面影を持つハーフフットだった。

「マルシル…だよね?」

「えっ? えっ? わーーー!?」

「センシー、大変だよ! 起きて!」

 センシを起こす。

 そしてセンシは…、ウェーブのかかった黒髪の美しいエルフになっていた。

「……うるせぇな…、なんだよ?」

「…チルチャック…さん?」

 チルチャックの髪型をした、青髯のおっさんがそこにいた。

「わーーー!」

「うおーーーー!?」

 

 もうてんやわんや。

 

 そして、落ち着いたところで状況確認。

 

「つまり…、俺達はチェンジリングを踏んじまったってことか…。」

「ヒポグリフをグリフィンに変えるほどだから、人間が踏めばこれだけの変化があっても不思議じゃないよ。」

「チェンジリングって、その生物の近縁種に変えると言われるあの…。」

「えーと…、まず私は、ドワーフ。で、チルチャックは、トールマン。マルシルは、ハーフフット? で、センシは、エルフ…。イヅツミは……、コボルト? 猫耳の。」

 それぞれ違う種族になっていた。

 しかし、特に酷いのはセンシかもしれない。まさに、美!…なのだ。エルフは、男女問わず容姿が美しいが、筋骨隆々のドワーフがエルフになると……こうも変わるか。ファリン以外が頭を抱えるほどだ。

「ってことは…、もう一度チェンジリングを踏めば治るってこったろ? グリフィンをヒポグリフに戻したようにな。」

「そうしたいけど…。外、見て。」

 ファリンが部屋の外を指差す。

 そしてマルシル達が外を覗くと、そこは野営する前とは違う通路になっていた。

「チェンジリングを探す以前に…、元の場所へ帰れるかも分からないの…。」

「なんか震えるとは思ってたけど、迷宮自体が揺れてたってこと?」

「そうみたいだね。」

「ひとまず服を着替えようぜ。服を交換だ。」

「そうだね。」

 っというわけで、服を交換。

 冒険者用の服なので性別云々は関係なく着れた。

 だが、チルチャックなどは、背が伸びたことと、五感が鈍くなっため、その感覚になれない様子だった。またマルシルも、ハーフフットになったため、力が弱くなり荷物を持てず、逆にドワーフになって力が増したファリンが荷物を持った。

「とりあえず、貯水庫を目指してみよう。」

 ということで出発。

「ねえ、チルチャック。民間療法とかってあった? 地元で取り替え子の話があるんだよね?」

「ああ。火で炙れば元に戻るとか、桶いっぱいの水を飲んだら戻れるだとか…、そういう口伝なら山ほどある。実際は、本物の子供を拷問してたってわけだ。胸くそ悪い話だぜ。」

「うーん、じゃあ、やっぱりチェンジリングを探すしかないか…。でも、もしまた別の種族になっちゃったら……。いいかも。」

「おい。」

「兄さん、トロールに憧れてたから、実際になってみて姿を教えてあげたいなぁ。」

「……もう知らん。」

 目をキラキラさせているファリンに、チルチャックは諦めた。

 そうして、そんなこんなあるが、進んでいく。

 だが道中、罠もあり、迷宮の惑わしもある。

 だが、ハーフフットになったマルシルが鋭くなった五感で罠を感知し、落ちてきた鉄格子をドワーフになったファリンが曲げて道を開け、出入り口がたくさんある通路は、コボルトになったイヅツミが鼻を使って通路を見つけ、通路に空いている穴を飛び越える際には、マルシルをトールマンになったチルチャックが投げて渡した。

「…う~ん、なんだかんだで順調だね。」

「むしろ、以前より順調くらい?」

「意外と慣れるね。」

「慣れ……。」

 チルチャックに視線が集まる。

「まあ…。」

「そうだな…。」

「おい…。」

 妙な空気になる中、やがて見覚えがある獅子像を見つけた。

「ここを曲がれば…、あっ!」

「ええ!?」

 そこにあったのは、迷宮の最深部と言われている扉だった。

「あ…、戻るはずが、進んじゃってたんだ…。」

「引き返そうぜ。」

「ねえ…。」

「ファリン? まさか…。」

「このまま、行かない?」

「おいーーー!?」

 ファリンの提案に、全員が過剰反応。

「今までのことを考えると、迷宮は私達を逃がすつもりはないみたいだし、あがいても時間の浪費。先に進み方が適切かなって? あっ、もちろん元に戻ることも考えてるよ。一生この姿でいるなんてことは…。」

「お前な! 長命種の身体引けたからって…!」

「確かに…。」

 意外にもマルシルが助け船。

「意外とここまで不便はなかったし。」

「耳の大きさの違いがなんだというのか…。」

 センシまで同意。どうやらエルフの感覚がそうさせているらしい。

 チルチャックとイヅツミは、絶句した。そして、ため息を吐いたのだった。

「…先に進むとして…、どうやってあの扉を開けるんだ? あれの開け方が分からないから、みんな騒いでんだろ?」

「チルチャック。開けられそう?」

「解錠しようにも、錠前がない。魔術的な何かかもな。」

「魔力が通っている感じはするけど、解読には時間と設備とお金が……。」

 先に進む案……、塞がる。

「ヤアドさーーーん! これ、どうすればいいんですか~~!」

「助けて有翼の獅子~~!!」

 ファリンと、マルシルがガンガンと扉を叩いた。

「お、おい! おいおいおい! ファリン! その剣!」

「えっ!? わっ!」

 ファリンが背負っていた剣から、触手が伸びていた。

 慌てて背中から降ろして手に持つと、触手は、扉にある丸い部分の下の方の中へと入っていった。

「なんか成長してない!?」

「この酷寒で死んだかと思ってたけど…、もしかして…、有翼の獅子が?」

「もしくは、ヤアドさんのおかげ?」

 ゴゴゴゴ…っと扉から音がなり出す。

 すると…。

 ガサッと上の方にある茂みが動いた。

「そこ! 何かいるわ!」

 そして茂みから現れたのは、動く石像・ガーゴイルだった。

「来るよ!」

 そして、いつも通りの戦術を取ろうとした一行。

 しかし…。

「な、なんで俺を追って来る!?」

「一番目立つからだよ!」

「お前、タッパがあるんだから、お前も戦え!」

「無茶言うな!」

 直後、背後に迫ったガーゴイルが爆発した。

 マルシルだった。

 チルチャックは、爆風で吹っ飛ばされ、転がった。

「チルチャック!」

「だいじょうぶ! 直撃はしてない…は…。」

 杖を手にしていたマルシルだったが、突然鼻血を垂らし、倒れた。

「ま、周りが…虹色~…。」

「魔力酔い!? ハーフフットだから!? イヅツミ!」

 イヅツミを見ると、犬のように興奮して正気の目じゃなかった。

「待て! イヅツミ! 私が合図するまで動かないで!」

 大きな音と血の匂いで興奮しまくっている状態のイヅツミに、犬のように待てをさせて止める。今戦いを始めたら死ぬまでやめないだろう。

「センシ! ……武器は?」

「…重いから。」

 エルフは、ひ弱。

 ファリンは、もう自分しかいないと考え、センシの鍋を盾にして剣を振るう。

 戦いに向いている筋骨隆々のドワーフだから、本来魔法使い側であるファリンでも、激しい戦いが出来た。

 だが…。

 猛烈に疲れた。

「暑い…。」

 そういえば、ドワーフのナマリやセンシは、軽装だったが、これが理由かと思い至った。

 このままでは、普通に負ける。

 そう判断したファリンは、開いた扉の向こうへ逃げることを提案した。

 チルチャックに鍋を渡し、ガーゴイルの攻撃を防ぎながら全員で扉へ飛び込む。

 そして、重い扉を内側から押して閉じた。

「ふぅ~~~、…どうしよう。この身体…、すごく不便だわ。」

「結局こうなるか…。」

「それにお腹すいた…。ドワーフってお腹減りやすいんだね。」

 そういえば、すぐにセンシが食事の支度をしていたが、これが理由だったようだ。

 

 調理開始。

 

 まず小麦粉・水・塩・卵を、よく練り、寝かせておく。

 

 その間に、挽いたヒポグリフの肉に刻んだタマネギ、野菜を加え、よく練る。

 

 寝かしておいた生地を棒状にして、等分に切り、薄くのばす。

 

 伸ばして作ったその皮に、先ほど作った肉と野菜の具を入れて、くるむ。

 

 

「ちょっと作りすぎじゃないか?」

「不思議…。モクモクと作業してたら気持ちが落ち着いてきた。」

「何度かに分けて食べれば、あっという間だ。調理を続けよう。」

 

 

 湯を沸かし、出来た物を茹でる。

 

 2、3分茹で、引き上げ、黒胡椒をかけたら…。

 

 

「完成じゃ。」

 

 

 ヒポグリフの水餃子のできあがり。

 

 

「あづ!」

「熱い汁が出るから気をつけろ。」

「早く言え!」

「うん。美味しい。」

「なんかいつもより美味しく感じない?」

「ううん、これは誰が食べても美味しいと思うよ?」

 ファリンは、水餃子を食べながら、周りを見回した。

「それにしても…、ここって…異質。なんだろう? 見たこともない設備って言うか…。」

「余所ではたまに見かけるけどな。」

「ドワーフたちが築いた防衛地点の一種でしょ。」

「防衛?」

「エルフとドワーフが戦争をしていた頃…のね。学校で習わなかった? 双方が競って技術を先鋭化させていった結果…、大災害を招いてしまったの。その名残で迷宮には多くの“遺産”が眠っているけど、同じ過ちが起こるのを危ぶんで、エルフやドワーフたちは迷宮内の技術にピリピリしているわけ。この迷宮は特に色んな文化の衝突点だから、介入の暁には相当揉めるでしょうね。」

「そ、その話だけどさ!」

 チルチャックが言った。

「もし、エルフに因縁つけられたら、お前がなんとかできるんだよな?」

「えっ!? なんで私!?」

「お前の母親、宮廷勤めだとか、言ってたろ! コネとかないのか!」

「そ、それは…。」

「どのみち、今のマルシルは、ハーフフットだよ? 交渉するならセンシかな?」

「……善処する。」

 美!な、センシがそこにいる。

「…………極力、元の姿に戻る方法の模索…、で、行こう。」

「異議無し。」

 

 

 こうして、チェンジリングを探しつつ、他の方法で元に戻る方法を探すということになった。

 

 

 




ダンジョン飯・8巻開幕。


チルチャックと、センシの変化が過激だなぁって回ですよね。


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第四十二話  チェンジリング騒動 その2

ここだけ抜けてた。

なぜだ?


 

 

 

「都合が良すぎないか?」

「えっ?」

「いや、チェンジリングのことだ。」

 先を進む途中でチルチャックが唐突に言った。

「別の種族になりたい奴なんて大金積んででも山ほどいるはず。なのに、チェンジリングは、地上じゃ駆除され今じゃ迷宮の底の方でしか見られないほど出回っちゃいない。ってことは、今の状態は一時的な効果か、ヤバい副作用があるってことじゃないか?」

「ふくさよう…。」

「それと…、今の姿…、実年齢と外見年齢の差はどうなってる? センシから見てファリンはいくつに見える?」

「50歳ほど?」

「ドワーフって、トールマンの2倍半ほどの寿命って聞くから…、それ相応に反映されるんだね。」

「気になるのは、残りの寿命だ。変化前と同じペースで歳を取るのか? 変化前の姿に準ずるのか。…マルシル、お前他人事みたいな顔してるが、もし、変化前の姿に準ずるのだとしたら…、俺達ハーフフットの平均寿命は50歳前後だ! お前はあと、40年足らずでしわくちゃになって死ぬ!」

「えーーーー!? そこまで寿命が短いの!? 100年くらいは生きるんじゃ…。」

「いるにはいるらしいけど…、トールマンだと60歳くらい?」

「ごく一部だな。」

「っ…。」

 マルシルの脳裏に、夢魔に見せられた悪夢が過ぎって黙り込んでしまった。

「そっか…、実年齢が反映されるなら、寿命の問題があるのか…。縮んだり…逆に伸びたり…。うーん、でも、それだとチルチャックの言うとおり地上から駆除された理由が分からないよね。うまく使えば自由に種族を変えて寿命問題も解決するのに。」

「だろ?」

「キノコ……、キノコがそうする理由?」

 ファリンが腕組みしてウーンと悩んだ。

 その時、ファリンがハッと顔をあげた。

「何かが…来る? なんか、石がぶつかるような…、ガーゴイル!?」

「おい! 扉を施錠しなかったのか!」

「鍵がなかったから…。」

「どうすんだ!?」

「このままじゃどこまでも追って来る…。ここで倒そう!」

 そして全員が戦闘態勢に入る。

 直後、通路の奥からガーゴイルが飛んできた。

 狭めの通路で、ファリンに向かって一直線に飛んできたガーゴイルの一体に体当たりされ、ファリンの手から剣が落ちた。

「ファリン! きゃっ、うぎゃ!」

「おい、うろちょろするな! 俺がいつも真っ先に隠れる理由が分かったろ! こっち来い!」

 ハーフフットという身長が小さく軽い身体は、戦闘という混沌の中では邪魔にしかならないのだ。だからこそチルチャックは、それを理解していて後援に回っていたのだ。

 トールマンになっているチルチャックが両手でマルシルの両手を掴み引っ張る。そこへ、剣を拾ったガーゴイルが剣を投げた。

「マルシル! チルチャック!」

 剣は、ギリギリで二人の腕の間を通り抜けた。

 その瞬間。ボワンッ!と音と煙が舞った。

「うわっ! なんだ!? マルシル、お前か?」

「ち、違う…。でも待てよ…、今の煙…それに…剣が…。」

 見ると先ほど腕の間を通り抜けた剣が別の形になっていた。剣は剣であるが、なんかいかにも凶悪そうな形に。

「チェンジリングよ! みんな手を繋いで! 輪になるのよ!」

「! 分かった!」

 ファリンは、瞬時に理解し、そして他のメンバーも集まり輪になって手を繋いだ。

 そこにガーゴイルが一体飛んでくる。

「今だ!」

 そしてタイミングを見て輪を少し広げて体当たりを避け、輪の中にガーゴイルを通した。

 するとボワンッ!と再び煙が上がり、ガーゴイルの気配がひとつ消えた。

 煙が晴れるとそこには……、顔の形をしたマンホールのような石の板が転がっていた。

「やった!」

「あと一匹! …降りてこない……。」

「…チルチャック……。」

「…分かった。」

「えっ?」

 左右でファリンとチルチャックがマルシルの手を掴み直して構えた。

「飛んできた瞬間を狙う!」

「えっ? えっ?」

 そして最後のガーゴイルが飛んできた。

「マルシル! 跳べぇ!!」

 跳ぶ…というよりは、跳ばされるような形で持ち上げられファリン達の腕の輪の間をガーゴイルが通り抜けた。

 そして再びボワンッ!と煙が舞い、そして、バランスを崩して倒れたファリンの顔に、チョロチョロと水がかかる。

 そこには、小便小僧になったガーゴイルがいた。

「か…勝った…。」

 ファリン達は、ホッとしてへたり込んだ。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 結論から言うと、チェンジリングの解除方法は身体からチェンジリングの胞子を洗い流せば良いということだった。

 ファリンがキノコの生態を思い出し、チェンジリングが生物を変化させるのは、胞子を浴びせてその生物を突然変化させることで異質な存在とさせ、群れを成す生き物ならば、群れから嫌われ、ひとりとなり、やがて死に至らせてその死体を栄養源にチェンジリングのフェアリーリングを形成することがチェンジリングの目的だと説明した。

 もっと簡単に言えば、変化させられた生物は、チェンジリングの苗床なのだ。シイタケの原木のように。

「たいした副作用だ…。」

 取り替え子の話も、子供を拷問して死なせればその死体からチェンジリングが生まれるという流れになっていたのだろう。

「じゃあ、お風呂を焚いたり、水で念入りに流せば治るはず。ちょうど水源もあるし…、休憩しよう。」

「水源って…。これ?」

 マルシルが嫌そうに小便小僧になったガーゴイルを指差した。

「他にある?」

「…仕方ないか……。」

 っというわけで、休憩。

 

 際限なく出る小便小僧になったガーゴイルの水を溜め、湯を沸かし、近くにあった樽のような金属の器に湯を溜め順番に風呂に入った。

 

 ファリンが湯に入っていると、変化した動く鎧の剣を眺めていた。

「……すごい発見したなぁ…。兄さんに言ったら、喜んでくれかな?」

 剣をジーッと眺めていたファリンは、剣をソッと隠しながら布でくるんだ。

 全員風呂に入った後、食事の準備。

 しかし、イヅツミが水餃子はもう飽きたと言った。

 それを聞いてセンシがショックを受けた。

 そこで調理方法を変えることにし、まず油で揚げた。

 だが油で揚げただけかと言われ、またショックを受ける。

 するとセンシは、床に転がっている板になったガーゴイルを見て思い付く。

 餃子を箸で摘まみ、それを口の形の部分に入れる。

 すると、ボンッと小さく音がして、取り出すと形が変わっていた。

「やはり口部分が輪の役目を果たすようだ。そして、ダンプリングは、種類が豊富……。」

「そんなもん食べて胃からキノコが生えてきたらどうすんだ?」

「ヒポグリフの肉を食べてもそうはならなかった。消化は強い。さあ、食器を並べるのを手伝ってくれ。」

 

 そして、ダンプリング(餃子みたいなもの)を、チェンジリングのフェアリーリングで、変化させた物が完成した。

 

 結果から言うと、実に様々な形と、中身ができあがった。

 

 しょっぱい物から、甘い物…、実に様々だ。ただ、一部何の肉か分からないのもあったが…。とりあえず美味しく頂いた。

 

 その後、裸になって寝袋に入り、休息。服を着て寝ると戻った際に服が破れる可能性があるので。

 やがて…チルチャックが最初に起き、全員が元の姿に戻っていた。

「よかったぁ…。元に戻れて。」

「ほんと…。」

「よかった…。」

 チルチャックとセンシに視線が集まる。

 そして全員が旅立つための準備をしているとマルシルが気づいた。

「ファリン! 剣を見せなさい!」

「えっ、あっ…!」

 布でくるまれた剣を奪われ、チェンジリングが生えた剣が露わになった。

「……どうするコイツ。みんなで輪になってボコるか?」

「…今すぐ水洗いしなさい。」

「はい…。」

 ファリンは、観念して剣を洗った。

 

 

 

 




チェンジリング…、恐ろし便利。

もし放っておいたら身体からキノコが生えてたのかな?


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IFのIF  二人だけの王


※フルミネ(ほら吹きねこ)さんとのやりとりで思い付いたネタ。

※wikiで、ライオスが黄金城の末裔なんて言われてたみたいなことが書かれてたので、ファリン含めて二人で迷宮の王になったというネタ。

※ライオスが、ドラゴンキメラ化前提。

※ファリン×ライオス?

※黒ファリン様?


 

 金の髪と、金の瞳。

 それは、色彩豊かな人種のいるこの世界では、それほど重要ではなかったのかもしれない。

 だが、それは、証であったのだろう。

 

 かつて黄金に輝いていたと言われる城と都の主の末裔であるという……。

 

「だから私達が、この島の迷宮に来たのは、運命だったのかもしれないね。」

「薄れた血が俺達を黄金城に導いたと?」

 ドラゴンと鳥を合わせたような、キメラとなった兄・ライオスの背中で、彼の妹のファリンがそう言った。

「だって都合が良すぎると思わない? 私がレッドドラゴンに食べられた兄さんを探すことになったのも。そのレッドドラゴンが狂乱の魔術師の使い魔だったことも。そもそも、デルガル王が迷宮から出て狂乱の魔術師を倒すよう外の人間に願いを託すようにした有翼の獅子も……。全部、黄金城の外で脈々とつなげられていた黄金城の王族の末裔を導くためだったって、言ったら、結構筋が通らない?」

「だからって、その末裔が冒険者になるって可能性は低かったんじゃないか?」

「それでも、未来を見通す有翼の獅子は、か細いその可能性に賭けたんじゃあないかな?」

 ライオスは、2階の巨大な木々の間をピョンピョンと跳んだり、滑空して飛んだりした。

 そして、バジリスクを見つけて、追いかけ仕留める。

「さてと…。」

「ローストにする?」

「まずは、血抜きだ。」

 ロープで足を縛って木にぶら下げ、首を切断して血抜きをする。

「でもね……、兄さん。私デルガル王にも、狂乱の魔術師にも感謝しているの。」

「どうしてだ?」

 ファリンが歩きキノコをスライスし、ライオスが軽く茹でたバジリスクの羽をむしっていると、ファリンが唐突にそんなことを言った。

「うふふ…、やっぱ内緒。」

「なんだ? どうしたんだ、ファリン?」

 

 かつて、この島の迷宮には多くの冒険者がやってきていた。

 ある者は黄金を求め、ある者は研究のため、ある者は迷宮を憎み封じるために。

 

 しかし……、かつて迷宮を旅していた冒険者達は、もういない。

 

 黄金郷と呼ばれた不死の人々の住む場所も…、もう誰もいない。

 

 いるのは、ただ二人だけ。ファリンと、ライオス。この二人だけ。

 

 狂乱の魔術師を倒したファリンと、狂乱の魔術師の支配下から解放されたライオスの二人だけ。

 

 かつてデルガルが狂乱の魔術師を倒した者にやると言った王座は、デルガルと同じ血を持つ末裔だった二人が継いだ。

 

 ファリンは、狂乱の魔術師から奪い取った魔術書を持って迷宮を変えた。

 

 黄金郷の人々を約束通り解放し、不死の呪いを解いてやった。

 

 そして、迷宮を、島を結界で閉じた。

 

 閉じ込めてしまえば、出ることはできない。入ることもできない。

 

 島そのものを迷宮と同じ結界で閉じ込め、あとは…“いらないモノ”を排除すれば終わり。

 

 それを終わらせるのに、さほど時間はかからなかった。

 

 島にあふれた魔物達から逃れた者達もいたようだが、やがては寿命を迎え死んでいった。

 

 

「ねえ、兄さん。私と二人っきりになっちゃったけど、……イヤだった?」

「どうしてだ? ファリンを嫌いになるわけないだろ?」

 複雑にかけられた結界により思考が鈍っているライオス・ドラゴンキメラは、深く考えることができない。

 妹であるファリンのやったことを……。

「フフフ…、私もだよ、兄さん。」

「どうしたんだ、ファリン?」

「この王国には…、私と兄さんと二人だけでいいもんね。」

 

 じっくり時間をかけて焼いたローストバジリスクを食べながら、ファリンは、クスクスと笑い。

 ライオスは、不思議そうにしながらも、魔物食を楽しんでいた。

 

 

 時はやがて、黄金の迷宮のあった島の存在を、世界から忘れさせた。

 

 




黒ファリンは、筆者の定番になってます。

原作のファリンは、こんなんじゃないので注意。


狂乱の魔術師を倒した後、黄金郷の人々を不死の呪いから解放し、ライオスと二人だけの世界を創造した黒ファリン。
島そのものを迷宮と同じ結界で閉じて出入りできなくして、中に残された人間達は全て排除。
ライオス・ドラゴンキメラは、黄金郷の魔物のように結界の効果で思考を鈍らされていて、ファリンがやったことが分からなくなっている。
たぶん、狂乱の魔術師を倒した後、ファリンが迷宮の支配者になってから凶行で始めた時は、止めようとしたけどドラゴンの魂が入っているため支配に負けたというか…。

なんか、書いてるとファリンがヤンデレブラコン化する。


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第四十三話  ライオスの問題

久しぶりに…、久しぶりに書けた!


今回は、ライオス・ドラゴンキメラを解放したあとのことを考える回。


「良い考えだと思ったんだけどな~。」

「なにが?」

 休憩中にファリンが不意に残念そうにそう呟いたので仲間達の視線が集まる。

「チェンジリングを使えば、近縁種になるでしょ? だから、兄さんを正気に戻した後、チェンジリングで小型のドラゴンにすれば…って。」

「おま…そんなこと考えてたのかよ。」

「だって! あんな大きな身体じゃ…、まずダンジョンの出入り口から出るのが大変でしょ!? それに、その後も…一緒に歩いてたら周りの人達の視線が釘付けになるだろうし。」

「いや、そういう問題じゃ…。」

「例えば足元を掘って高さを変えるって手も考えたよ? でも、そもそもの問題があるって気がついた…。」

「それって?」

「あっ、分かったわ。」

「なんだ?」

「地上は魔力が薄いこと。地上に近い層の魔物や、一部の魔物は外でも目撃されることはあるわ。でも、竜は……、それも大型の炎竜。その巨体を維持するだけの魔力が必要になるし、地上にいる竜は住処が限定されている。だから、兄さんが例え正気に戻っても、魔力の薄い人里じゃ暮らせないかもって…。」

「だからチェンジリングをと?」

「うん…。でも、ただキノコの苗床になるだけで身体を洗ったら戻っちゃうなら無意味。」

「魚が水の外で生きられないように。なるほど…、それは重大な問題じゃな。」

 センシが頷き、そう言葉を漏らす。場がシーンとなる。

 ふーむっと何やら考え込んだセンシだったが、やがて語り出す。

「わしが思うに、ライオスは、ベーコンエッグじゃな。」

「えっ?」

「以前に魂を卵と喩えた話をしたと思う。ベーコンの上に卵が乗った状態…、それがあのライオスの状態じゃ。ベーコンの上に乗って焼かれた卵は、綺麗に卵を傷つけず剥がせんこともない。そして、イヅツミは、具入りオムレツじゃ。具を取り除けば卵はボロボロになるのは想像に容易い。」

「つまり、兄さんの場合はドラゴンの魂がベーコンとしてくっついている状態? だから、下半身のドラゴンの部分を取っちゃえば人間に戻れるかもってこと? それはいくらなんでも…。」

「あの時…、狂乱の魔術師が現れ、ライオスと離ればなれになった時じゃ。わしは、ドラゴンの肉から保存食を作っておったが、それらはすべて、残りのドラゴンの死体と共にキメラとなったライオスの血肉となった…。だが、血肉にならなかった部位がある。それは…。」

 

 自分達が食べた、ドラゴンの肉を使った料理だったと、センシは言った。

 

「他の生物に消化された肉は、自己を失う。それは、生と死が曖昧なこの迷宮において絶対的な掟なのかもしれん。」

「……つまり、兄さんの身体のドラゴンの部分を全部食べちゃえば、兄さんの中からドラゴンの魂を消せるかもしれないってこと?」

「……卵という魂の喩えと、食われて消化された肉が自己を失うということが絶対だということが正しければのう。」

「それは……、何食分になるの?」

「疑問に思うところがちがーーーう!!」

「そこだよ!! じゃあ、他に代案があるの!?」

 総ツッコミするマルシルらに、それ以上の大声でファリンが怒鳴った。

「少なくとも、今の兄さんの下半身のドラゴンの部分の大きさは…、推定でも数トンはありそう…、もとの炎竜の大きさを考えればずっと小さいけど、鱗と鳥の羽と…皮とか…骨とか、食べれない部分を除いたとしても、やっぱりトン単位なのは間違いない。この場にいる私達だけで食べても少なくとも2年弱? ひとり何キロ食べれば…。」

「俺がキロ食えると思ってんのか?」

 チルチャックがうんざり顔で言った。

「ライオスの体調とかも考慮しても、そんな長い時間かけることはできないわよ?」

「他に食べてくれそうな相手を見繕えばいいのでは?」

 センシがそういうと、ファリンは、うーんっと悩んだ。

「えーと、オーク達と、ナマリやシュロー達でしょ…、あとカブルー君達?」

「いるじゃないか。」

「でも、それだけ合わせても、足りないかな…。食欲旺盛な1個中隊は欲しいところだね。」

「んな大人数、ダンジョンにいねぇよ。」

「よし、決まり!」

「なにが?」

「まず、有翼の獅子を助ける! 次に狂乱の魔術師を倒す! それで兄さんを解放した後、ドラゴンの部分を食べる仲間を探す! 当面の目標ができたわ!」

「な、なんてポジティヴ……。」

「じゃあ、他に案がある?」

「えっと…それは…。」

「じゃあ、決まり!」

 ファリンは、すごい笑顔だ。最愛の兄を助けられる方法が見つかったとすごい大きな希望を持っている。そんな顔だ。

「おい…、マルシル…おまえ親友なんだろ…?」

「無理、無駄…。あんな顔した時のファリンは誰にも止められないわ…。」

 ヒソヒソと聞いたチルチャックに、マルシルは諦めたように首を横に振るのであった。

 

 

 




ダンジョン飯は、すごい発想だらけで目から鱗が落ちそうな気分になります。


原作でのファリン・ドランキメラをベーコンエッグに喩え、イヅツミよりも人間に戻せる可能性の高さとその方法……。


ちなみに、このネタでのドラゴンキメラ(ライオス)は、ファリンのドラゴンキメラよりも体格が良いです。なので重量も多め。


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IFのIF  育てた家畜に逆に食べられた


※ダンジョン飯9巻で、有翼の獅子が悪魔である可能性が浮上したので、書いてみたネタ。

※黒ファリン様。→進化で、魔王ファリン様?

※有翼の獅子が悪魔であることを仮定して、迷宮の主になったファリンを食べようとしたら逆に食べられたというIF。

※ライオスとファリンが黄金郷の王家の子孫だという前提。

※ライオスがドラゴンキメラになった前提。



それでも、OK!って方だけどうぞ。





 

 悪魔にとって、人間とは、人間が食べるために育て上げる家畜と同じだった。

 それも丹精込めて育てた上質に肥えた。

 迷宮という卵の中に契約を交わした人間を閉じ込め、そこで欲望を叶えてやる。そうすることで欲望を肥大化させて食べ頃になったら、喰ってやるのだ。

 悪魔が人間達が住む世界に行くには、糧がいる。それが人間の欲望だ。

 人間の欲望には限りが無い。そして旨味も欲望によりけりだ。

 有翼の獅子と呼ばれている悪魔は、密かに困っていた。というのも、シスルという褐色のエルフと契約を交わしたのだが、彼の欲望の方向性が自分が求めた欲望と程遠く、なおかつシスルに逆に迷宮の底に閉じ込められてしまったのだ。これでは、時が来てもシスルを喰えない。

 迷宮という殻を悪魔ごと滅ぼすというカナリアが来る前になんとかしなければと思っていたとき、思わぬ冒険者がやってきた。

 

 シスルが迷宮の底に閉じ込めた黄金郷の王家の血縁者。

 二人の兄妹は、それを知らずにやってきた。

 

 思わぬ人物達の登場に、有翼の獅子は歓喜した。

 シスルを廃し、新たな迷宮の主に据えて育て上げ、最後に自分が喰らうための欲望の器がやってきたからだ。

 そうと知れば、やるべきことはひとつだ。

 二人の兄妹を迷宮の底へと密かに導くのだ。シスルは簒奪者として排除するだろうが、シスルが守る黄金郷との繋がりが二人を導くのだ。

 やがて、二人の内の兄の方がシスルの使い魔である赤き竜に喰われた。

 そして赤き竜の腸(はらわた)から取り出された遺体を、妹が友の力で蘇生させた。

 結果、兄は使い魔の赤き竜の魂とひとつになってしまった。シスルが黄金郷の王の捜索に使っていた使い魔を放っておくわけがない。故に、シスルは、赤き竜とひとつになった兄の方をキメラに変えた。

 結果、残された妹の方は、兄を救うために迷宮の主であるシスルを倒すことを決断した。

 すべては、順調だった。

 そう……、考えていた。

 

 有翼の獅子は、ぼう然と横たわっていた。

 自身の黒い血で汚れた床の上に転がっていた。

 ガリ…、ブチ…、グチャ…っと、異様な音が耳に入る。

 唯一動く目を動かせば、かの黄金郷の末裔の妹の方……、ファリン・トーデンが自分の前足の肉を噛んでいた。

 シスルを打ち倒し、思惑通り新たな迷宮の主となったファリンが、兄への愛欲を肥大化させていったところを喰らうつもりだった。

 だが…、どうだ?

 結果が、これだ。

 未来を見通す力を持った己でもこんな結末は見なかった。

 どこで見誤ったのか分からない。

 

「ライオス兄さんと私の楽園を邪魔する奴は……、全部邪魔…全部全部…壊してやる…。私を喰らうなら、喰ってやる……。」

 

 ファリンがブツブツと呟きながら、有翼の獅子の肉を喰らっていた。

 やがて前足を喰っても埒があかないと考えたのか、ファリンが、引き裂かれた有翼の獅子の腹に手を突っ込み、未だに脈打っている心臓を掴んだ。

 さすがにソレはマズい!っと有翼の獅子が抗議の声を上げるが、ファリンが聞くわけがない。

 引きずり出された心臓に、遠慮無くファリンは食らいついた。

 心臓とは、魔力の源が詰まった部位。ソレを失えば悪魔とて無事では済まない。もちろん喰らった側もだ。

 しかし、ファリンは、一瞬ウッ!と呻いただけで、がむしゃらに有翼の獅子の心臓を貪り食った。

 ミチミチとファリンの体が変化していく、背中から有翼の獅子とよく似た翼が生えてきて、犬歯が伸び、頭に角が発生する。もはや、その姿は、人のソレでは無い。

 有翼の獅子は、残された魔力で保たれている自身の目でそれを見届け、やがて意識が永遠の闇へと落ちていこうとして……。

「兄さんにも分けてあげないと……。」

 肉体から切り離されていく魂を鷲掴みされた。

 やめてくれ…、これ以上は!

 そう叫びたくとも、もう声は出せない。

「兄さーん。コレ、一緒に食べようよ。」

「不味そうだな。」

「美味しくないから、美味しくなるよう料理しようよ。ね? 魂は、魔力に分解して……。」

 

 イヤだ イヤだ イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!

 やめてくれ! 私が悪かった!

 頼む、それだけは!!

 

「ダ~メ。」

 ファリンがそう言って血塗れの口で笑った。

 

 有翼の獅子だった魂は、粉々に砕かれ、魔力にされて二人の兄妹に吸収されたのだった。

 

 

 

 




短編書くなら、続きを書けって話ですけどね……。

ダンジョン飯は、飯要素が少なくなってきたのが少し残念。


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