武装神姫BATTLE MASTERS Mk.2-お嫁さんを買いました- (belgdol)
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神姫、お買い上げの巻き

 一人の青年が神姫センター内にある神姫SHOPの扉を開いた。

開いたと言っても2036年の現代で、手押しで開ける入り口など入り口のスペースが限られる店舗か、店主が敢えて手動ドアにしている店舗くらいな物だが。

とにもかくにも、青年は扉を開いたのだ。

 

 彼は近年流行っている武装神姫という玩具を買い求めに来たのだ。

最初は彼も、自律するとはいえ小さな少女型の玩具なんて……と思っていた。

だが、彼は街中で見たのだ。

 

「早苗さん、そのまま20m直進しても問題ありません。障害物、人影共にクリアです」

「そう、ありがとうね。貴女の声掛けがあると安心して外を歩けるわ」

 

 そんな会話を交わしながら街を歩く、盲人用の杖を突く女性と緑を基調にしたカラーリングの小さな人形……神姫の連れ合い。

それを見て青年は強く思った。

あんな風に人に寄り添ってくれる存在が神姫なら、ちょっと人付き合いが苦手な自分を大きく助けてくれるのではないかと。

後は思い立ったが吉日というが、お金を貯めるのに数ヶ月を要し、ようやく神姫を購入するために神姫SHOPにやってきたのだ。

 

 こうして神姫SHOPに入ったはいいものの、店内案内を見て神姫素体売り場……武装神姫は武装と武装を扱う素体である神姫を別売りも行っており、素体売り場とは神姫本体のみの展示がされているコーナーである……を見たものの、妙にがらんとしている。

なんでだ、と青年は思ったが、その理由はすぐに解った。

その時売り場にはアーンヴァルMk.2型の素体しか並んでいなかったのだ。

コレはどういうことだろう、出来ればあの女性を誘導していた神姫、ハウリン型の神姫が欲しいなとなんとなく考えていたのだから、青年は少し近くに居た店員に声を掛けてみた。

 

「すいません。今売ってる素体ってアーンヴァルMk.2型しかないんですか?」

「はい。申し訳有りませんお客様。近頃は特にライドバトルの人気の沸騰により武装神姫の素体は需要が高まっておりまして……ただいま取り扱わせて頂いている神姫はアーンヴァルMk-2型のみとなっております」

「ハウリン型の入荷ってどのくらい先になりますか?」

「全国的に品薄ですので、早くても一月は先かと」

「じゃあ他の型神姫は……?」

「同様でございます」

「うーん。じゃあ出直そうかな」

「失礼ですが。お客様はハウリン型を御所望なのですか?」

「あ、はい。ちょっと街で見かけていいなーと思ったので」

「街で見かけて、ですか。もしかして性格設定などにこだわりがおありですか?」

「え?んー、そういわれるとこういう性格がいいって言うのはぼんやりとしかないかな。俺の事をきちんと補助してくれる神姫がいいなって」

「それでしたらお客様、アーンヴァルMk.2型もお勧めでございますよ」

「そうなんですか?初心者向けの基本設定になってるっていうのは知ってるんですけど、どんな感じなんですかね?」

「それでしたら……アール。アール少しお客様にアーンヴァルMk.2型のプロモーションを」

 

 店員の声に応えて、陳列棚の陰から声が返ってきた。

それは可愛らしい少女を思わせる声で、青年に純粋な少女という印象を与えた。

 

「はい、澤田さん。こちらのお客様ですか?」

「そう、少しお時間を頂いて、アーンヴァルMk-2型の良い所をご理解頂いて」

「解りました。いらっしゃいませお客様。私アーンヴァルMk.2型神姫の店頭展示用に起動させていただいているアールと言います。よろしくお願いします」

「あ、はい。よろしく……」

 

 青年は雑誌などで事前に調べして感じた以上にしっかりした受け答えをするアールに、ちょっと引け目を感じた。

もうちょっと玩具らしく気安い感じを想像していたのだが、アールの応答は業務的過ぎると感じたのだ。

 

「あのさ、もうちょっとこう、砕けた感じとかってできるかな?」

「お客様の許可が頂けるなら」

「ああ、そっちでお願い」

「解りました!ではお兄さん、アーンヴァルMk.2型の特徴を教えてあげますね!」

「ああ、頼むよ」

 

 仕事中だから硬かったというのが解って、驚きながらもなんとなくすとんと安心する感覚を味わう青年。

 

「まず私達アーンヴァルMk.2型は天使型という名前も付けられています。その名の通り、起動された子達は表現の形の差はあれ、マスターのお世話をするのが嬉しくて仕方ない、そんな性格に成る事が多いいんです」

「多い?そうはならない事もあるの?」

「私はまだ見たこと無いんですけど、基本設定の性格から外れた神姫というのも確かに居るみたいですよ。奔放なマオチャオ型が丁寧語等を使ったりするようになったり……でも、そういうのは大抵お客さんに購入された後のコミュニケーションに拠るものも大きいって聞きますけど」

「神姫の性格って変わるんだ?」

「そうですね、基本の性格があって、まずお客さんが神姫を購入する時にCore Setup Chipを神姫の胸部にある中枢にセットしてもらう事になります。CSCは数多くの種類が存在し、その組み合わせによって個性や性格の差異を生み出します」

「なるほど、CSCって何種類くらいあるの?」

「それは私には答えられません。CSCは日々開発、発売される上に、神姫センターごとの独自のものなどもあって全てを把握することは難しいです。お兄さんがどうしても知りたいなら神姫ネット経由で情報を取りますけれど」

「いや、いいよ。とにかく凄い数の組み合わせがあって、神姫の個性もその数だけあるってことだね」

「そうです。そして次に、先ほど神姫の性格を変える大きな要因としてあげたマスターとのコミュニケーションです」

「ふむ。神姫は購入後もマスターとの関係性で性格が変わる?」

「はい。神姫をマスターが愛すれば神姫もマスターを愛します。でもマスターが神姫を愛さず、無視ししたり虐めたりしたら……きっとその神姫の心は傷ついたり、へこたれたりして捻くれたり、自分への自信を失ってなにもできなくなってしまうかもしれません。それくらい神姫にとってマスターというのは大切な存在なんです」

「そうなんだ……それで、さっきも聞いたけどアーンヴァルMk.2型って、マスターのお世話するのが好きなんだよね?」

「そうですよ。マスターが落ち込んでいたら優しい声を掛けたくなりますし、励ましてあげたくなります。マスターを補助するという点に掛けては他のどの型の神姫より優れていると自負させていただきます」

「うーん。じゃあ最後に聞きにくいこと聞くけど……なんで君達アーンヴァルMk.2型だけ売れ残ってるの?」

 

 青年の指摘に、販売棚の上で明るく説明していたアールは恥じ入った様子で俯きながら答えた。

 

「アーンヴァルMk.2型は初心者向け神姫、扱いやすいけれどそれで終わりというイメージを、私が覆せなかったからです。現在のライドバトルの公式大会、F1バトルのディフェンディングチャンピオンの竹姫葉月もアーンヴァルMk.2型の神姫を使っているんですけど、それを説明してもチャンプは他のF1バトル参加者と腕が隔絶していて、アーンヴァルMk.2型が強いというわけではないっていうお客さんに巧くセールスできないんです……」

「なるほどね、皆尖った性能……個性と言ってもいいかな……の神姫を求めてるわけか」

「はい。今の神姫の在庫切れはあくまでライドバトルの人気が原因ですから。その人気が沸騰する前から私の仲間を使っているマスターさんか、本当に初心者の子供に親御さんが買い与える以外はどうしても私達は余っちゃうんです……」

 

 アールのその言葉に、青年はなんとなく、バトルでの性能でしか見ないなんて、と思うと共に、自分も先入観でハウリン型がいいななんて言ったけど、別にアーンヴァルMk.2型でもいいんじゃないか?なんて考え始めていた。

その彼の考えを後押しするような言葉をアールが口にする。

 

「あ、でもバトルとは関係ありませんけど。私達アーンヴァルMk.2型はマスターのお嫁さんを一番上手くこなせる神姫だと思います!……は、はわわ!言っちゃった!前も店長に言っちゃダメって言われたのに……」

 

 慌てて口をつぐむアールの言葉をしっかりと聞きとめていた青年の目が怪しく輝いた。

 

「お嫁さんに向いているというのを詳しくお願い」

「へ?え、ええと、初心者のマスターにお迎えされて、一緒の時間を過ごしていく事で神姫とマスターはどこか通じ合うんです。その関係性の形として私達アーンヴァルMk.2型に多い評価が離れられないお嫁さんという物なんですけど……」

「買った」

「え?え?」

「アーンヴァルMk.2型の神姫、買うよ」

「……はっ!あ、ありがとうございます!アーンヴァルMk.2型の素体をお買い上げですね!しばらくお待ちください!」

 

 青年に断ってから、無線通信をしているのか静かになるアール。

青年は一言断ってから陳列棚から、フィーリングで一個のアーンヴァルMk.2型神姫の入った箱を選び出す。

そこに先ほどの店員澤田がやってくる。

 

「お待たせしましたお客様。アーンヴァルMk.2型をご購入なさる事になさったそうで」

「はい。どうすればいいんでしょうか」

「ええと、素体は既にお選びになっているご様子ですので、お会計をさせていただいた後専用のメンテナンスルームでお客様自らの手でCSCをセットしていただいてマスター認証を行った後、すぐ神姫を起動という流れになります。クレイドルはお持ちですか?」

「初神姫なのでクレイドルは無いです。一緒に買わせてください」

「承知致しました。それでは3番のレジでお待ちください。クレイドルをお持ちいたします」

「解りました。それでは先にレジに行っていますね」

「はい、速やかに商品を運びしますので少々お待ちください」

 

 こうして青年は神姫と彼女達の充電装置であるクレイドルの購入を決めた。

そして現金を一度sptと言う神姫に関する施設で使う事のできるポイントに変換し、決済を行う。

この後、彼は店員に連れられ神姫のメンテナンスルームへ入った。

 そこで彼は数百種類からなるCSCから、じっくりと考えて三種類を選び出し、ピンセットのような工具で胸部を開かれた素体にはめ込んだ。

胸部のパーツを閉め終わった後、とうとう神姫が起動する。

 

「……おはようございます。貴方が私のマスターですか?」

「うん、俺の名前は……、そして君の名前はレイットだ」

「マスターの顔を三次元的に記憶するために、失礼ですがマスターの手で私をマスターの顔をぐるりと回りこむように持ち上げてください。同時に網膜認証も行います」

「解った」

 

 起動した神姫、レイットの言葉通りに彼女を手に乗せゆっくりと自分の顔の前面180度を動かす青年。

それが完了するとレイットは満面の笑みで彼に言った。

 

「マスター認証完了しました。これから末永くよろしくお願いしますね、マスター」

 

 こうして青年は「マスター」になったのだった。



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マスター、神姫とご帰宅の巻き

 静穏化されて滑るように走る車と言うのは存在しない。

正確に言えば2020年代には実用化する技術はあったのだが。

音のしない車両は危険だと言う事になり、車両は一定以上の駆動音を意図的に立てる法案が通って以来、街には車の音が響くようになった。

 

 そんなわけで喧騒に満ちた街の中をマスターはゆっくりと進んでいった。

購入したばかりの神姫のアーンヴァルMK.2型、レイットと名付けたそれ、いや彼女と言うべきかもしれない。

彼女を肩に乗せて、その白いスーツ状のペイントが施された小さな身体を落とさないように。

レイットを乗せていない方の手に、クレイドルの包みが入ったリサイクルビニールの袋を提げて。

 

 人の行き来があると言っても、平日の午前中で、人通りは少ない。

そんな状況を利用して、マスターは早速レイットと会話を始めていた。

 

「どう?起動時から異常は無い?」

「えっと、はい。自己診断の結果は異常無しですよ、マスター」

「そっか。ところで俺、神姫初心者だから沢山質問すると思うけど、よろしくね」

「それは勿論、私の手の及ぶ限りマスターのお手伝いをさせていただきます」

「えーと、じゃあまず俺の好きなものを知ってもらおうかな」

「重大情報ですねっ」

「ははは、そんなに意気込まなくてもたいした事無いよ。俺が好きなのは、揚げまんだ」

「揚げまん、ですか?」

「うん。さくっとした皮の中に甘い餡がたっぷり入ってるのが好きなんだよね」

「マスター、食べ過ぎて糖分を取りすぎたらいけませんよ」

「そこでもう一つ質問。君は俺の体調管理もしてくれるのかな」

「ええと、食事毎にカロリーの計算をする程度ならデフォルトのプログラムで出来ますけれど」

「本格的にやるとなると専用のプログラムのダウンロードが必要かな」

「そうですね。一回一回の食事を関連付けて長期的なバランスを見るなら、専用のプログラムが必要です」

「食事以外は」

「さすがに専門的な内科診断はできませんけれど、体重計とリンクして毎日の体重のデータを取ってマスターに提供するくらいはできます」

「そうかー。神姫って色々出来るんだなぁ感心だよ」

「ふふっ。だって介護にも神姫が使われている時代ですから。マスターの生活に添うのも神姫の存在意義の一つです」

「そっかー。そっかー……」

「どうしました?マスター」

「レイットは可愛いなぁ」

「マ、マスター!顔がだらしないです」

「いやさ、今日から毎日そんな面倒を見てもらえるかと思ったら嬉しくてね。思わずスキップしそうなくらだよ」

「ひゃあっ!マ、マスター、スキップは許してください。私墜ちちゃいます!」

「ははは、じゃあこのままのんびり歩いていこうか。えーと、他に話して置くことってあるかな」

「ええと、質問いいですか」

「いいよいいよ。どんどんして構わないよ」

「それでは、マスターにご家族って……」

 

 家路につく間にも二人は活発に言葉を交し合って、お互いを知る。

まぁレイットの側は起動したばかりで、どんな味のジェリ缶(神姫にとってのジュース代わりのオイル)の好みだとか、どんな武装が好みだといったことは解らないのだが。

それらも含めて仲を深めて行くのが武装神姫という玩具の内包する楽しみである。

これは人と人がお互いを知り、好悪の感情を持つに至るのに似ている。

しかし人と人の関係と違うのは、神姫の特徴はマスターの嗜好であるならおおむね受け入れるという点。

当然例外はあるが、基本的に彼女達神姫にはマスターへの思慕が設定されている。

それがマスター、神姫間の関係性を円滑にし、一見いがみ合っているがその息は合っているという漫画のような関係性も容易く作り上げる。

言ってしまえば、人間に都合の良い隣人として作られたのが神姫の基本なのだ。

もし神姫に罵られたり殴打されたりしているマスターが居るとしたら、それはおおむねマスターがそういう関係性を望んでいるが故にそうなるのである。

神姫とは現代の人を写す鏡の役目を果たしているのだ。

そんな二人の時間もマスターが足を動かす限り、動的に過ぎていって、何時しか二人は少し色褪せた二階建てのアパートの階段を昇り、木目模様の強化プラスチックの扉の前に立っていた。

 

 

「ただいま。さぁレイット、今日からここが君の家だよ」

「はい。ただいまです、マスター」

 

 鍵を開けて、マスターが新たな住人であるレイットを招きいれた室内は、入ってすぐ横手にトイレつきのバスルームがあり、洗濯機が置かれたことで狭くなった短い通路を抜けると、左手にキッチンが据えつけられた六畳一間の洋室だた。

その中は男子の一人暮らしとしては意外なほど整理されている、というか殆ど物が無いことにレイットはすぐに気づく。

あるのはハンガーに掛かった、日々使っているだろうスーツに、申し訳程度に私服らしいシャツやズボンが納められた半透明のプラスチックのボックス。

後は食卓用の小さな机の上に、一部の日々小型化するPC製品の中で、やはりある程度の大きさがないと逆に扱い辛いという理由で生き残り続けている15インチのノートパソコン。

他には本当に、台所の近くに置かれた二つのゴミ箱位で、クッションの類や布団、はては冷蔵庫の類も見当たらない。

その様子に、レイットが思わず口を開いたようだ。

あまりの荒涼とした部屋の様子に言わずには居られなかったのだろう。

 

「あの、マスター。お布団とかは押入れですか?毎朝きちんと片付けるなんて几帳面なんですね」

「いやぁ、布団はないよ。カーペットの上に直接寝てる」

「えっ。今は春だからいいですけど、冬になって寒くなったらどうするんですか」

「あ、掛け布団はさすがにある。でも暖かい間は使わないから押入れの中」

「もぉ、ダメですよマスター。眠りは体調を整える上で大切な要素なんですから。きちんとした布団を購入する事を提案します」

「んー。提案じゃ堅いなぁ」

「え?堅い、ですか」

「うん。レイットがお願いしてくれたら購入を検討する」

「マスター。お願いって、あの……こういう場合どうすればいいのでしょうか」

「んー。『マスターが安眠できないと私もクレイドルで寛げないのでお布団を買ってください』、とか」

「マスターって、そういうおねだりする女の子がお好きなんですか」

 

 姿勢正しくマスターの肩に座ったまま、マスターの表情を伺う彼女の表情は、純粋な疑問。

マスターの事だから知りたいというような、きりっとした真顔だった。

それにマスターはへらりと元からそれほど締まらない顔をさらに緩めて答えとしたのか、クレイドルの袋を床に置いてから、そっと空いた右手で左肩に座っているレイットを手の中に閉じ込める。

体を突然掴まれることに動揺したのか、僅かに身じろぎはしたものの、それ以上の行動は起こさずにレイットは状態の変化を待った。

マスターはそんなレイットの反応を楽しみながら、おもむろに腰を下ろすと今日からパートナーになる、可愛い電子の家族を両の手のひらでおしいただくように胸の前に持ち上げた。

レイットは添えられた手に収まるように足を折り曲げて、マスターの手を土台として手を置いて体を支えて、マスターの顔を見上げた。

彼女にも色々言いたい事があったが、ひとまずはマスターを思って言わなければいけない事があると気を取り直して口を開いた。

 

「マスター。お願いですからご自分の住環境をもっと整えてください。そもそも冷蔵庫なしでご飯はどうしてるんですか」

「それはコンビニ弁当とかさ、このあたりは昔ながらの弁当屋もあるし。食べる分には困らないよ」

「でも、それじゃ栄養が偏ります。お野菜用に小さなモノでいいので冷蔵庫を買ってください。ええと、その、レタスを千切ってサラダにするくらいなら、私に調理プログラムを入れなくてもできますので、お願いします」

 

 本当に、その声にはマスターを気遣う色があった。

起動したばかりで、その付き合いはいまだ五指を超える時間ではないというのに、その小さな体に搭載されたCPUに設定された声は見事に感情というものをマスターに味あわせたのだ。

それを受ければどこか浮世離れしたマスターも、心動かされたものがあったのか、レイットをテーブルの上に乗せ、ノートPCを手元に寄せてカバーを開いて電源をつけると、彼女に言った。

 

「じゃあレイット。まずは俺と一緒に、ネットで買い物しようか」

 

 新たな同居人の態度に満足したらしいマスターの顔は、満面の笑みでノートPCのキーボードでパスを打ち込み起動させるのだった。



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マスター神姫とおでかけの巻き

 一通りレイットが無線通信で神姫ネットという、マスターによりよいサポートを提供する為の質問や、ちょっと変態的なマスターに対して面と向かっていえない愚痴を吐き出したりするような、神姫達のコミュニティー。

そこで質問スレッドを立てて、ひとまずマスターの生活に必要な品物をネットで購入したレイットにマスターがそういえばと、「遅まきながらに重要な事を思い出した」などといいながら、一息ついていたレイットに話かけた。

 

「そういえばね、今の内に聞いておくけれど」

「はい。なんでしょうマスター」

「家のドアって手動式でしょ。レイットに留守番を頼んだときに配達が来たら出て貰えるのかなって」

「あ、えと、印鑑の場所や私にクレジットの決裁権を与えていただければ着払いなどにも対応しますけれど」

「ああ、違う違う。ドア、開けられるのって事。後これも大事なことだけど、開けた後閉められるか」

「それでしたら、ドアの開け閉めと軽い荷物の受け取りは私一人でも出来ると思います。ただ……」

「ん?なんだか浮かない顔だね。どうしたの」

「その、鍵を開けるのは空を飛べるリアパーツを買っていただければ出来ると思います」

「ん。あーあーあー、そうえばライドバトルに比べると影薄いけど、神姫の高速飛行大会とかあるらしいね」

「はい、本当はバトルを行う上でのパーツの一種なんですけど、あれば日常生活にも使えるパーツってあるんです」

「ふむ。それは一緒に生活する上で重要な要素だなぁ。いつも俺が傍に居て上げられるわけでもないし……」

「あ、そういえばマスターがお仕事の時はご一緒できないんでしたね……」

「うん。ごめんね。さすがに音声と画像の記録を取得できる私用神姫をどうどうと連れて行くのはセキュリティ的に問題があるからね」

「マスターのお仕事、拝見したかったです」

「まぁまぁ、そんなにいいもんじゃないから」

「えっと、いいとか悪いとかじゃなくて……マスターのお仕事がどんなものか見て、マスターの事を知りたかったんです」

「んー。まぁ事務系統のお仕事だよ。ひたすら資料とにらめっこして、データを打ち込むお仕事です」

「あ、そういう仕事は業務用の私の姉妹機の需要が伸びているって言うデータがありますね。マスターも神姫と並んでお仕事なされてるんですか?」

「んん、まぁ一応並んではいるの、かな?うちの会社では打ち込みは人間がやってるね。神姫にはそのデータの正誤を判断してもらってる。上司の次に怖い相手だよ」

「え、えと。その、すいません。私の姉妹機が……」

「いやいや、確かうちの部署の神姫はえーと、何型だったかな。青いツインテールで、黒いペイントがメインの、ちょっとお堅い子」

「えっと、もしかしてその子ストラーフMk.2ですか?」

「あ、そうそう。その子。いやー真面目でさぁ。定期的にデスクを巡回して俺達の仕事の進捗状況チェックしてるよ。神姫アイに手抜きは通用しません、って感じで」

「ふふふっ。ストラーフ型はマスターに対する忠誠心が高いですから。張り切っているんでしょうね」

「なのかな?確かに頑張っている気はするよ……と大きく話がずれた。もう一回神姫SHOPに言って、リアパーツって言うのを買いに行こう」

「あ、もうお昼も近いですし日を改めて下さってもいいですよ」

「いやぁ、今日は有給取ったからさ。折角なら済ませられる用事は済ませておきたい。さっきは歩いて帰ったけど、急ぐならまたバス使うし。神姫SHOPの近くにはファストフードのチェーン店あったはずだしね」

「あうぅ、すみませんマスター。もっと早く私の方からリアパーツをお願いしておけばよかったですね」

「気にしない気にしない。それ以外の話をしてたから神姫用のエアジェットクリーナーとか、今まで聞いたことも無いようなものの存在もしれたんだしね」

「でも……」

「はい。そんな気にしない。人間も神姫も完璧なんてないんだから、この話はここでおしまい。出かけよう」

 

 テーブルの上に座らせていたレイットの親指サイズの頭を中指で軽く擦るように撫でてから、マスターはすっと立ち上がってレイットを再び肩の上に乗せた。

ついでにレイットの金髪に隠された背中をつっと撫でて、「ひゃう」なんていう驚きの声をあげさせながら、玄関に向かいスニーカーを履いて鍵を開け、やや日差しの強くなった外に出た。

後、一月か二月もすれば太陽の光は熱された刃のように外出する気を蹴散らそうとするだろうが、それにはまだまだ早い。

近場の停留所に行けば、昼食の少し前という時間帯の為か、人影は無し。

会話をするには絶好の機会だが、マスターとしてはちょっと話し疲れた、というのが正直な所のようで。

元々人と話すのがあまり得意でない彼にはレイットとの会話はそれなりに精神を使うものだったらしい。

なので彼は肩からレイットを持ち上げて、両手で包むとぼうっとしながらバスを待ちはじめた。

一方のレイットは起動直後で好奇心旺盛、なんでもマスターに聞きたい稼働時間の内だったのだが。

漫画でお年寄りが湯飲みを持つような手の組み合わせ方でレイットを囲み、するりするりと彼女の金髪を撫でるマスターに、なんとなく物をいえないでいた。

高度な技術で小さい機械の体に触覚を備えた彼女にはそれがとても心地よい。

マスターとお喋りするのも良いけれど、こんな風に静かに触れ合う時間も、目覚めたばかりのレイットには新鮮で、胸の高鳴る経験だった。

 

 その後初めて乗ったバスに、目覚めたばかりのお嫁さんは興味津々らしい。

神姫にはこういった日常的な物に関するデータは基本データとして入っているのだが、何事も経験。

データと実際のすりあわせをするのが楽しいのか、最初にマスターが彼女を置いた膝の上から、外の景色が見えるように「すいませんマスター。私を窓際に持ち上げていただけませんか」と若干控えめにお願いした姿などは非常に愛らしく、彼女の旦那様を満足させるものだった。

そして一頻り流れる風景を見て満足したのか、軽やかな身のこなしでマスターの膝の上に戻った。

マスターは一連の彼女の行動をずっと眺めていたわけだが、不意にレイットと視線が交わった。

彼女が朝日を浴びた小麦畑のような髪を揺らしながらマスターの事を見上げたからだ。

その可憐さに思わず「可愛いなぁ」という月並みな言葉を発しそうになったマスターに、レイットは輝きの宿る純真な笑顔で言った。

 

「マスター!私、マスターに起動していただいて本当によかったです!起動してもらえなければこんなドキドキする事も、楽しいんだって感じることも無かったんですから!」

「ははは、そういってくれると嬉しいよ。でもね、いや、そうだね。レイットにはそういう、何事も新鮮に感じられる感覚というのを持っていてもらいたいな」

「どうしてですか?」

「俺は引き出しの少ない男なんだよ。慣れが早いとレイットにすぐ飽きられて捨てられちゃうね」

「マ、マスター!何言ってるんですか!神姫がマスターを捨てるわけないじゃないですか。神姫にとってマスターは本当に、大切な人で、捨てるなんて……ふえぇん」

「あ、ああー。泣かないでくれ。言葉のあやだ、捨てられるなんて思ってないよ。大丈夫。俺はレイットのこと信じてるからね。ずっと一緒だ」

「うぅっ。約束、ですよ」

「ああ、約束だ」

 

 そんな何気ない、しかし大切な約束を交わし二人を乗せて、バスは走った。

しかし大きく震えて走るバスからも降りる時が来る、神姫SHOPまで10分もあるけばつく停留所が彼らのとりあえずの終着点だ。

だが神姫SHOPはさておき、レイットはマスターに昼食を取ることを提案した。

彼女の中の正確極まる電気式の体内時計は、既に時間が十二時近いことを告げていたからだ。

マスターは彼女からの提案に頷いた。

 

 さて、彼はバーガーショップ『ボス・バーガー』内で昼食を取ることにしたのだが、その店内は人の入りの割りにあちらこちらから談笑の声が響き、非常ににぎやかな雰囲気である。

興味を惹かれて店内を良く見たマスターとレイットの視界に、神姫と共に食事をする彼女達の主人と思しき人々の姿が目に入ったのだ。

そう、食事である。

ただ食事とは言っても、人間である主人達とは違い、神姫達は丸く十円玉サイズの大きさと少し膨らませたような厚みを持つ、飲み口と取ってのついた色とりどりの容器から何かを飲んでいるだけなのだが。

 

「なぁレイット。あの子達が飲んでるのは何?」

「ええと、あれがヂェリカンですね。味はわからないですけど、イチゴ味とかバナナ味とか、私達神姫にも感じられる味の素子が入っている嗜好品です」

「飲み物なのか。うーん。すると不思議だ神姫って食べ物を食べられるの?」

「えーと、私達神姫の体にはヂェリカンの内容物であるオイル成分を人間の血液のように循環させた後、廃油となった分は自然揮発で空中へ発散させられるようになっているんです。ですので私達神姫も飲めるんですよ」

「そうなると、定期的には飲んだ方がいいのかな?」

「マスターの神姫をメンテナンスする手間は確かに減りますね。摂り過ぎても揮発しきれない油分がボディの表面を汚したりして、余計に手間になることもありますけど」

「ふーん。それはそうと、あれなら味を感じられるんだね?」

「はい。私達神姫の嗜好品と言ったら武装とヂェリカンっていうくらいですから!」

「よしよし、じゃあ今回は一緒に食べよう。俺はBIGBOSSバーガーのセットで……レイットは何味のヂェリカンが良いかな?」

「え、選んでいいんですか?」

「勿論。初めて味わう味ばっかりだろうから迷うだろうから。ゆっくり選ぶといい。はは、もう期待で眼が行ったりきたりしてる」

「で、でもええと、バニラ味も美味しそうだけどあのプリン味も気になる……カウパス味も昔からのベストセラーの味なんですよね。どうしよう」

「ふふふ、迷え迷えー。その姿がどれほど可愛いか自覚せずに綺麗な金髪を馬の尻尾のように揺らすが良い」

「うっ、マスターいじわるです」

「俺は三つ買っても良いんだ。レイットが油塗れになる覚悟があるなら」

「そ、それはいやです……ええと、じゃあ私はこのミルクチョコ味でお願いします」

「はいよ、じゃあ並ぼうか」

 

 のんびりと列から離れた所でレイットをメニューとにらめっこさせていたマスターは適当な列の最後尾に着いた。

神姫SHOPも近い、神姫と一緒に食事を取れる店内は、神姫好きでながっちりになる客が多いのか、それなりに待たされたが料理の方はそれなりに腹にたまって満足感を得られる物だった。

マスターは紙の包装紙とドリンクのカップにフライドポテトの箱を纏めて可燃ごみのボックスの中に放り込んで、ドリンクのふたとストローは燃えないごみへ、ヂェリカンは回収ボックスへと入れていく。

そして店の外に出て改めて神姫SHOPに向かう、腹ごなしの散歩のような道中で聞くのであった。

 

「美味しかったかい」

「はい!甘くて液体なのに蕩けるような感覚で……初めての食事は大成功でした!」

「そうかそうか。それは良かった」

 

 はしゃぐレイットと、その様子に軽い鼻歌を鳴らすマスター。

二人はマスターのゆるりとした、行楽地を楽しむかのような足取りで本日二回目の神姫SHOPへと到着した。



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マスター、神姫に武装を買ってあげるの巻き

 食事を終えてからゆったりと二度目の来店をしたマスターを、あの時の会計をした店員が目ざとく見つけて声を掛けてきた。

神姫は基本的に返品の効かない商品だ。

だからだろうか、店員の声は固いようにマスターには感じられた。

 

「いらっしゃいませ。神姫になにか不都合でもございましたか」

「いや、そういうわけじゃないんだ。この子が一人の時に家の中で動き回れるようにリアパーツを買いたくてね、早いほうがいいだろうと」

「なるほど。さようでございますか。しかし神姫は家の中を自由に動き回れなくとも神姫ネットで常に有線で神姫同士で情報をやり取り、他愛の無いおしゃべりを出来る物なので、リアパーツは無しのお客様が多いのですよ」

「そうなの?でも俺は不在時の宅配受け取りとかもしてもらいたいから、やっぱり鍵の開け閉めにリアパーツが欲しいなって。うちの家、ちょっとアナクロだから」

「なるほど。それは要らぬ気遣いをしてしまいましたようで。ではリアパーツをお求めですね」

「うん。コーナーはどこかな?」

「ご案内します。こちらへどうぞ」

 

 相も変わらぬ丁寧な物腰の店員に、「行き届いているなぁ。やはりそういう部分に金が掛けられるほど儲かっているのかな」などと思いつつ後に続くマスター。

その道すがらでリアパーツについて、幾らかの説明を受ける。

リアパーツは空戦型と陸戦型、それから水中型に特殊兵装型の四種に分類され、基本的に飛べるのは空戦型と呼ばれるリアパーツらしい。

さらに、現実における性能とライドバトルにおける性能に差異のあるものがかなり多いらしい。

ライドバトルはゲームだ、ゲームというからには武装の性能にかんして規定があり、ある程度の標準化は計られなければならない。

例えばだが、空戦型のリアを装備した神姫が延々空中から陸戦型の神姫にミサイルを打ち続けるのは、リアルを求めるなら『有り』だろうが、ゲーム性やエンターテイメント性を求めるなら、そこは是正されなければならない。

それは例えば、シミュレーター内でリミッターが掛かり飛行時間の限定化を行う要素であるブースト量や、シミュレーターをドーム状に設定する事で一定以上の高度を取れなくするという措置で現れる。

どうもライドバトル内では基本的にゲーム的な制限が掛かるという話には他にも色々ありそうだったが、今回は遠慮してもらったマスターだった。

今日の彼は、レイットが日常的に不便のないように空を飛べるリアパーツを入手できればいいのだ。

そもそも彼はライドバトルの為に神姫を購入したのではなくて、あくまでお嫁さんのようなサポーターとして購入に至ったわけで、ゲーム上の都合など言われても半分も頭に入らなかったに違いない。

せいぜい、リアパーツには飛べるのと飛べないのがありますくらいしか頭に入れていないだろう。

ただ、そんな彼も少し気になるところがあったのか、リアパーツの並ぶコーナーについたところで店員に質問を投げかける。

 

「ところで、神姫ってアーンヴァルMk.2型とか型で分けられてるよね?型によっては装備できないパーツとかあるのかな」

「その点でしたらご安心を。武装神姫の武装は装備するパーツ同士の形状による干渉が無ければ、接続部の共通化により理論的にはあらゆる型の武装を装着させる事が可能でございます。特に今回のお客様のような、単一機能を付加する為にパーツを一つだけ装着すると言った場合には何の問題も発生しないことを保障させていただきます」

「ふーん。結構自由が利くんだなぁ。ところでまた少し聞きたいんだけど」

「はい。どのようなお問い合わせですか」

「このシンペタラスっていうの何種類かあるみたいだけど、値段が随分違うけど。これは実際に性能が違う、ってことなの?」

「はい。お値段そこそこのものは性能もそれなりに、例えばこちらのシンペタラス型のパーツのレベル1の物とレベル7の物では速力に最大で二倍以上の違いがございます」

「ふーん、レベルって言うのが高いほどいいものなのか……そのレベル7のシンペタラスの値段は?」

「はい、こちら12122sptとなっております」

「……リアルマネーで約十二万?」

「はい。こちらをお買い求めになられる方は神姫を扱う事にかけてのプロの皆様の為の商品ですので。どうしてもお値段のほうもお高くなってしまいます」

「うーん。買えない額じゃないから悩ましいな」

「あ、あの!マスター!私そんな高級なパーツじゃなくてもいいですから!普段遣いのパーツに高級品を買っていただいても私が困ります」

「そうかい?じゃあ、レベル1のシンペタラスはどのくらいするかな」

「そちらでしたら376sptとなっております。正直、神姫の方も始めての飛行ならこういった初心者向けの速度のパーツがよろしいかと」

「あ、神姫もそういうの慣れる必要あるんだ」

「左様でございます。神姫もCSCに経験を蓄積し、日々成長するのですよお客様。そのためにはやはり段階を踏んだ方がよろしいですよ」

「なるほどね。ところで、このパッケージの見本、コーリペタラスとシンペタラスで神姫の髪型が違うんだけど」

「それは武装によって変わるヘッドギアアクセサリの違いによる髪型の変化でございます。この見本のような髪型に変化のあるパーツは適合した型の神姫の髪型を変更します」

「ん?型があったらっていう事はこれをマオチャオ型がつけたりしても変化内ないのかな」

「はい。性能的には変わりのない、遊びの部分でございますね」

「なるほね。さてと、じゃあレイット、シンペタラスとコーリペタラスどっちがいい?」

 

 「話が長くなってしまったかな」と思いながら、後方に向けて鋭い片手剣のようなシルエットに小さな尾翼のついたスラスターが伸びるコーリペタラスと、真上に向けて日本刀のように僅かにそりながら伸びるスラスターと、五角形の角の部分を削り中央を凹ませたような形状のサブスラスターが下に向けてついた両者を見比べるレイット。

迷っている、だがその眼はちらちらと商品ではなく、マスターの方を見ているように見える。

マスターは「はてな、自分が何かしただろうか」と思っていたが、どうにも視線は自分に集まっているように思えた。

なのでマスターは挟むつもりの無かった口を挟む事にした。

 

「俺に選んで欲しいのかな?」

「!、はいっ、おねがいします!」

「しかし俺でいいのかな。初めての武装なんだから、自分で選びたい物じゃないかな」

「私は、マスターに選んだものを身に着けたいんです」

 

 マスターは熱視線に晒されて、なんともいえない歯がゆい気分になりながらパッケージを見比べる。

見比べてみればコーリペタラスの方のサンプル画像ではアーンヴァルMk.2はポニーテイルで、シンペタラスの方は円形のパーツからふわりと数房に分かれた髪が尻尾のように流れている。

マスターとしては機能の違いはレイットが気にならなければどうでもよいし、実際ライドバトルで設定された能力の違い以上の差異は本当にデザインくらいで、選ぶとすれば髪形と武装のデザインくらいのものなのだ。

値段も変わらない。

そして最終的にマスターはシンペタラスを選んだ。理由はいたって単純で、ふわりと広がるピンクブロンドが可愛いからという理由だった。

可愛いは強いのである。

それはさてき、マスターが清算に行こうかとしたその時、レイットから更なるおねだりがあった。

おねだりと言っても、あくまで控えめに、どうせだから今済ませてしまいませんか?という柔らかな口当たりの、不快な媚を感じさせるものではなかったけれど。

 

「マスター今日はお休みを取って来たんですよね。ならリアパーツ以外の武装も見て行きませんか?」

「うんと、武装欲しい?」

「ええと、私も武装神姫の端くれですから、ライドバトル以外の野良バトル以外でもいいからバトルはしたいですね。その為に武装は欲しいです」

「そっかそっか。そういう事なら武装も買おう。レイットの得意な武器ってあるかな」

「どんな武器でも使いこなして見せます!ライドバトルだとマスターの好みや適正がでるかもしれませんけど、私が精一杯サポートしますから」

「お客様。アーンヴァル型のコンセプトはオールラウンダーでございます。武器の得手不得手はマスター次第。ここは再びお客様がこれだと思う武装を買い与えるのがよろしいかと」

「ふーむ。じゃあ、武装コーナーを教えてくれるかな」

「喜んで。こちらでございます」

 

 マスターは案内される間にちらりと周囲を省みて見た。

すると普通の玩具屋ならジャンルごとに分けられる1コーナーにも匹敵する陳列でパーツが分類されている事に気づく。

これは本格的に武装を選び始めると一日の休日など泡沫のように消えてしまうだろうなぁという事をぼんやりと考える。

そして、それらの陳列のあちこちに視線を飛ばし、一所に留まらぬ視線の旅人になっているレイットに声を掛ける。

 

「なにか気になる武装でもあったかい?」

「いえ、その、色々な武装を見ているとですね、スペックのカタログがデータバンクから呼び出されるのが楽しくて。ええと、人間の女性が洋服を選ぶような、ちょっと浮かれた気分になってしまったんです。その、すいません」

「何で謝るの。良いじゃない、女の子なんだもの。身に付けるものには気を使いたいよね」

「はい……とはいっても、私のLOVEレベルがまだ低いから、着けられる武装にも限りがあるんですけど」

「ん?LOVEレベルってなんだい」

「それは私とマスターの戦闘における相互の信頼度を可視化したデータです。ライドバトルではこのLOVEレベルに応じて武装を認証するコスト制の、装備可能コストが上昇します」

「そんなものあるんだ……でもそれって現実の武装には関係ないよね」

「そうですね。レベルに見合わない武装をしているとライドバトルをするときにコストオーバーで弾かれてしまうくらいで、特に問題はないです」

「なら良いんだよ。あんまり気にしすぎもよくないね」

「そうですね。マスターはあまりバトルとか、気になさらない方のようですから」

 

 とまぁ、こんな具合にちょろちょろと細い水路から水を注ぐような感覚でライドバトルの基礎知識が与えられているわけだが、果たしてレイット以外がそれをしたとしてどれほどマスターの脳内に残ったか。

彼の耳は聞きたい相手からはの言葉は良く捉えるが、そうでない言葉はするりと抜ける都合の良いつくりをしているのだ。

そして彼が「愛情を数値化するというのは少し無粋だね」と言った所で小さな小人サイズの武装がずらりと並ぶコーナーへと到着したのだった。



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マスター、雑貨をかうの巻き

 武装の陳列された棚は裏表両面にずらりと並べられたものが三対と一つあったが、武装の選定そのものはさっさと終わってしまった。

それというのもレイットからライドバトルに使うかも知れないものなのでコストに収まるようにレベル1のカテゴリから選んでくださいと条件をだしたら、一気に売り場の七分の一まで絞り込まれたからだ。

その上マスターのお好みの武器をと言われれば、更に個人的な趣味で選ばれる品物は絞られる。

結局マスターがレイットに初めてプレゼントした攻撃的な武装はトンファー、そのお値段339sptというものだった。

そうして店員が離れた後で最低限の武装は揃ったね、と話しながら歩いていると、神姫用雑貨コーナーというのがマスターの眼に留まった。

 

「レイット、神姫用の雑貨ってなに?」

「えっと、たしか神姫用の日用品。それこそ神姫サイズのスリッパだとか、マスターのお家で話した神姫用のエアクリーナーなんかもこの雑貨に入るはずです」

「ふむ。エアクリーナーか。買っておくかな」

「いえ!マスター、エアクリーナーは小さなシャワー室みたいなつくりになっててですね、場所を取るんです」

「ん?場所を取るのか。うーん。俺の家であんまり場所を取るのは避けたいな」

「ですよね!ですから、その、マスターのお手を煩わせることになってしまいますけれど、埃取り用のブラシを買っていただければ……嬉しいです」

「ブラシでいいのかい」

「その、髪と背中以外は自分でブラシ掛けをしますからっ。マスターには髪と背中だけお願いしたいです」

「他の部分は自分でするのかな」

「む、胸とかお尻とかは自分でやりますから!」

「そこまで俺に任せるのは恥ずかしいと」

「ぅー……恥ずかしいですよ。これでも私女の子なんですからね」

「そうだね。悪い悪い。じゃあヘアブラシと、ボディー用のブラシってあるのかな。それとついでにヂェリカンをいくつか買っておこうか、毎度レイットに食事を見てるだけの味気ない思いをさせるのもなんだしね」

「あ、ボディー用のブラシは神姫サイズと人間サイズがあると思いますけど、今回は……」

「うんうん。レイットが自分からお願いしてくるまで待つよ。それじゃあ早速良さそうなのを捜そうか」

「もうっ、マスターったら」

 

 抗議の意思を込めているだろう軽い、それこそ言葉で表すならぽすんというほかないレイットの地団駄がマスターの肩を襲う。

だがやはり物理的に軽いそれはマスターに彼女への親愛しか感じさせないのか。

軽く笑いながら品物を選ぶマスターの顔を緩める効果しかもたなかった。

そんな中、マスターがある品物に気づく、それは埃防護スプレーと名付けられた缶で、どうやら神姫を外に連れ出す神姫マスター向けの一本らしい。

こんな物もあるかとしみじみするマスターの肩をそっとレイットが揺らす。

すると「あの」と前置きしてからマスターに訴えかけた。

 

「防護スプレーは万能じゃないですから。ブラシは買わないとダメですよ?」

 

 そんな風に訴えられると無視するわけにもいかず「解っているよ」と返してからスプレーを陳列棚に戻してから少し歩いて、マスターはスプレーを再び手に持った。

その後で、改めて見つけ出したそれを手に取る。

小脇に抱えられる程度のサイズの箱に書かれた品名は神姫お料理セットである。

神姫は複数いればマスターの料理を用意する事も出来る、結構万能なパートナーである。

マスターはそれに惹かれたのだろう、内容物は神姫でも使える包丁、神姫でも目玉焼きが作れる超軽量合金製フライパン、神姫でも盛り付けられる食器数点と、オマケで神姫用マグカップ(ピンク)と言う内容で、レイットは自分が何を期待されているのか察した。

 

「マスター。お料理は冷蔵庫が届いてからですからね」

「解ってる。今買っても余らせた上に腐らせるだけだからね」

「調理アプリ、ダウンロードしていきますか?」

「んー。レイットがアプリが必要なほど凝った料理作りたいなら」

「どうしましょうか……そういう料理になるとちょっとこのセットじゃ足りないと思うんですよね」

「そうだね。これはあくまで軽い朝食を神姫に作ってもらいたい人向けっていうコンセプトなのかな」

「後は、軽いおかずですね。どうしますかマスター」

「うーん。三食レイットに頼るのは悪いからこれでいいかな」

「解りました。冷蔵庫が届いたら二人でスーパーにお買い物に行きましょうね」

「そうだね。さて、後はヂェリカンかな」

「ヂェリカンは買いだめできますから。ある程度一気に買ってしまいましょうマスター」

「んー、中のオイルが古くなったりはないかな」

「何年も放置すればあるかもしれませんけど、毎日マスターにご相伴する為のものをそんなに放置したりはしないと思いますけど」

「よーし、じゃあうまし棒を買い揃える感じで色々買おうか」

「はい。マスター」

「はははは、凄いなヂェリカンの種類って。なんか今月の当店オリジナルおでんの卵の黄身味とかあるよ」

「わ、私そんなの飲みません!」

「そうだねそうだね、こういうのは色んな味に慣れて、いつもと違う味を探求したくなった時でいいよ。とりあえず果物系から順に行こうか」

「果物……マスターは何の果物が好きですか?」

「俺は桃かなぁ。冷やして食うと溢れる甘い汁が好きでね」

「じゃ、じゃあそれを多めにお願いします!」

「了解。レイットも桃を好きになってくれると嬉しいな」

「そ、そうですか?でもなんで……」

「好きなものがお揃いになるじゃないか。なんていうのを男が言うのは気持ち悪いかな」

「はえっ、そんなこと無いです!マスターと好きなものが一緒なの、とっても素敵です!」

「良い良し、レイットは良い子だなぁ。しかし神姫SHOPっていうのはこういう嗜好品まで支払いはsptなんだね」

「あっ、えっとそれはライドバトルで勝つとsptが貰えますよね」

「そうなの?」

「そうなんです。で、神姫を製造するメーカーは長くライドバトルをユーザーの皆さんに楽しんでいただく付加価値として、武装だけでなくこういった雑貨品もsptで買えるように取り計らっている、と言うことらしいです」

「なるほど、一回のライドバトルでどの程度ポイントがもらえるのかは解らないけど、こういう神姫との込みニュケーションアイテムもsptで買えることで初期投資を抑えて楽しむことが出来るんだね」

「まぁ、ライドバトルのポイントだけで神姫との生活全てをまわせるような方はそれこそ公式大会の上位者だけという話ですけれどね」

「それはそうだろうね。そうでもないと儲けが出ないだろうし」

「マスターには先に言わせていただきますけど、ライドバトルでsptがもらえるのは勝利者だけです。だから、皆必死なんですよ」

「なるほど。色々あるんだね」

「そうです。色々あるんです」

「ま、それも今のところは俺達には関係ないよ。それよりまだ欲しいものはない?エプロンとか」

「エプロンですか?神姫用の武装じゃない衣装ってオーダーメイドになりますから、このお店じゃ取り扱ってないと思いますよ」

「ありゃ、雑貨コーナーがこれだけ充実してるんだからそういうのもあるかと思ったんだけど」

「えーとですね。神姫用の服って、企業より非公式の、古くから居たドール愛好家の皆さんとかの勢力が強いんです。私の製造元であるフロントライン社は企業のお客様に神姫を提供する時にサービスで制服を作ることはあるようですけれど、一般には出回りませんね。あくまで私達神姫は『武装して戦う玩具』なんです」

「そうかー。それはちょっと残念だね」

「残念、ですか?」

「だって、こんな可愛いのにお洒落をメーカーが主導してないなんてさ」

「え、えと、お洒落さならAVANT PHYSIQUEのシャラタンやベイビーラズが楽器を扱うイメージで作成されているので……」

「そういうんじゃないよ。可愛い服、着たいでしょ」

「ぁぅ……」

「こらこら、困らない困らない。まぁ服もその内買おうね」

「わ、私はこのデフォルトのスーツのペイントが服みたいなものですから!」

「俺が見たいの。これはマスターとしての俺の決定です」

「はぅぅ。じゃ、じゃあそんなマスターに報告です」

「ん?なにかな」

「神姫用衣装は武装として認識される物を装備すると、素体をナノ・コーティングして衣装に見合った状態にしてくれます。だからその、肌面積が増えたりしますけど」

「うん。それで」

「エ、エッチなのはだめですからね」

「ははは、了解」

 

 マスターの肩で赤くなって(神姫は約15cmというサイズの中に多彩な表情や、こういった感情をあらわにする表現機能が搭載されている。凄いね、2040年)なぜだか頬を膨らませている。

マスターは荷物が大量で、レイットを肩に乗せているため、ちらっとレイットを見ても綺麗なつむじしか見えなかったが、まぁ心中察したのだろう。

後は黙って会計を済ませるのであった。



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神姫、クレイドルでお休みの巻き

 どっさりと買い込んだ荷物を抱えたマスターと、その肩に乗るレイットは自宅のアパートへと戻ってきた。

そしてマスターが荷物を降ろすとレイットはひらりと彼の肩から、自分の身長の何倍もあるところからカーペットの上に降り立った。

そして精一杯、自分のご主人様を見上げながら口を開いた。

 

「お疲れ様です。マスター」

「レイットこそお疲れ。いやー、しかし今日は買い込んだなぁ」

「荷物は後で私が整理しておきますね」

「お願いできるかな」

「はい。自分の荷物ですから」

「あ、でもその前に。リアパーツを着けて飛ぶところを見せてもらえないかな」

「いいですよ。えっと、パッケージは自分で開けられますからマスターは向こうを向いていてくださいね」

「武装着ける所を見られるのは恥ずかしい?」

「それは、人間の女性で言えば着替えのようなものですから……」

「そっか。じゃあ武装をつけたら俺を呼んで……じゃ味気ないから、目の前に飛んで来てよ。妖精みたいにさ」

「それくらいでしたら喜んで。じゃあ、少々お時間をいただきますね」

 

 こうして二人の間でちょっとした約束事が出来上がり、マスターがレイットに背を向けると、彼女は袋の中からシンペタラスのパッケージをがさりと取り出す。

そしてプラスチックの擦れ合う音をさせながら、確実にその包装を解いていく。

マスターの耳に一際大きなプラスチックの変形音が届く、「ああ、武装を取り出したんだな」と思いもう少し待つと僅かに空気を吐き出すこぅっという音をさせて、ピンクブロンドの髪で尾を引くレイットがマスターの眼前に停止した。

そして身に着けた武装をマスターにじっくりと見せるようにゆっくりと、その場で一回転して見せたレイットにマスターは笑顔になって言った。

 

「いいね。天使型というより本当に妖精みたいだよ」

「ありがとうございますマスター。ご満足いただけましたか?」

「ああ、満足だよ。ところでそれ、どうやって飛んでるの」

「それはですね、このリアパーツは重力の制御を行って私自身の重さをきわめて少なくするんです。その上でイオンスラスタを推進力として浮いているんです」

「えーと、イオンスラスタって?」

「宇宙の衛星の軌道修正などに使われた動力が基になっている、簡単に言えば電気の力で推進力を得る機関です。少ない推進剤で長期間使えるのが特徴ですけど、それも先ほど言った重力制御機能で推進力をかける本体を軽くしているから飛べるんですよ」

「そんな凄い機能の物があの値段?」

「マスター、私は第三世代の素体を使用して作成されています。それもこれも企業で使用されている個体を入れれば先進国の人間の一人につき二機所有しているという平均値が出るほどの大量生産品だからです」

「なるほど、それならそのコストダウンも納得、かな?」

「技術の進歩もありますし、何より大きいのは民生用として大量生産されるラインが整った事が大きいです。過去の神姫を愛してくださった方達のおかげで、今の小学生でも神姫が購入できる今があるんです」

「なるほど、先駆者様々だね。おかげでこんなに便利な物が手に入るんだから」

「そうですね。おかげで私も、好きな時にマスターのお顔を……あっ」

 

 微笑みかけたレイットの邪魔をするように、ピーというかすかな警告音がした。

マスターが音源をさがしてキョロキョロしていると、レイットが地上に降り立ち、非常に残念そうな声でお願いをした。

 

「すいません。マスター武装の稼動には神姫本体のバッテリーを使うのでそろそろ充電しないといけないみたいです。クレイドルをだしていただけますか」

「ああ、そういえば起動してから一度も充電してないね。すぐだすよ」

 

 マスターは充電を求める音を最後に、昼間に買い物をしたものとは別に置いてあったクレイドルの包装をやや乱暴にこじ開け、すぐに先端の丸い三角錐を半分に切り、ゆったりと体をもたれさせることの出来る傾斜がついた寝台部分を付け加えた機材からコードを伸ばし、電源に接続する。

その間にもレイットは電力の消耗を抑える為か、カーペットに降りて武装を『格納』する。

レイットの動きに気づかず、彼女の方を振り返ったマスターは、「ん?」と首を傾げた。

 

「レイット、リアパーツはどうしたの」

「~~~……っ。はっ。す、すいません、省電力モードで少し意識があやふやに……ええとですね、武装は神姫と接続されていると『格納』と『展開』いう機能が使えるようになります。神姫の持つ四次元スペースに武装を粒子化して格納するんです。だから、マスターが今日見かけた神姫の皆も見た目は素体だけでしたでしょう?」

「ああ、そういえばそうだね。そんな機能まであるとは、神姫は本当に凄いんだね」

「それもこれも製作者の皆様のおかげです……ふぁっ。もうしわけありませんけれど、お先にお休みさせていただきますね」

「ああ、眠いんだね。運んであげるよ」

「はうっ。す、すいません」

「大丈夫だよ。とっても軽いしね。はいクレイドル到着」

「ありがとうございます。すいません、マスターがまだ起きているのに寝てしまうなんて」

「いいんだよ。説明書読んだけど、神姫って完全に動力が無くなってCSCが停止すると酷い不具合がでるかもしれないんでしょ。ここは俺のためにも休んでレイット。この一日で俺はすっかり君を気に入ったんだから」

「それではお言葉に甘えて……おやすみなさい……マスタァ……」

 

 ゆったりとクレイドルに体を預けたレイットは一気にシステムを休眠状態へと移行してその力を抜く。

その様子はまさに歯車の止まった時計のようで、彼女が人間の作り出した機械なのだとマスターに認識させる。

しかし今日一日でマスターの胸に入り込み始めた彼女への愛情はそんな機械的な反応ですら、遊びつかれて途端に寝入ってしまう子供のようだと認識が多少曲がる。

こうしてしばらく、満足げにスリープモードに入った小さなお嫁さんの姿をじっくりと見守り、クレイドルの寝台に散る髪を軽く撫でた後、やにわにマスターは悩み始めた。

残された荷物の整理をどうするか。

起きている自分が代わりにそれを済ませてしまうのは簡単だ、合理的だろう。

しかし、既に頼んでしまった仕事をひょいと取り上げられたら、レイットがどう思うか。

過程の話だがマスターが自分を信頼してくれないと落ち込む可能性もあるのではないか、という事を考えると、無闇に手を出すのは躊躇われた。

考え込み、携帯の時計が七時すぎを示した後、マスターは全て後回しにして途中で買った出来合いのサラダつき弁当を食べることに決めた。

本当はサラダ等ついていない、油物たっぷりの弁当にしたかったのだが、レイットに健康管理の一環ですと言われてチョイスした一品だった。

「野菜苦手なんだけどなぁ」と一人ごちながら、マスターは弁当のサラダから手を着け始めた。

彼は嫌なことはさっさと済ませて楽しいことを楽しみタイプであった。

 

 

 

 食事も終わり、荷物はレイットに任せて明日の昼間からしばらく暇になる彼女の暇つぶしにさせよう。

そう決めたマスターはクレイドルの前で横になってレイットの寝顔を見ていた。

昼間、ちらりと掠め見た緊張や紅潮によって変化した顔ではなく、完全に動きを止めた無防備で、フラットなその表情。

人間ではないので寝息で胸を上下させるという事は無い。当然、指や爪先がピクリと動くという事も無い。

そんな非人間的な姿もまたマスターを満足させる。

人間ではなく完璧な自分の所有物でありながら、パートナーという隣に並ぶ者という役割を果たす少女機械。

そのあり様に深い満足を覚えた。

今は手探りの状態だが、その内気の抜けただらしない所も見せていって、それを受けて入れてもらうつもりなのだ。

時にはレイットが許せない、というか神姫のマスターを思って起こすリアクションとして受け入れられない部分は出てくるだろうが、まぁこれもマスターとしてレイットと付き合っていくうちに最適化されていくだろう。

人造ではあるが確固とした意思を持った存在が近くに居て、お互いに影響を与え合わないはずが無いのだから。

 

 そして新人お嫁さんを見つめていたマスターの目の前でゆっくりとレイットが眼を覚ました。

 

「あ……おはようございますマスター。もしかしてずっとみていらっしゃったんですか?」

「うん。ダメだった?」

「ダメではないですけど、スリープモードをまじまじと見られるのは、少し恥ずかしいです……」

「そう?でも寝てたら見るよ」

「マ、マスターいじわるです」

「だったら充電は俺が寝ている間にすること、いいね?レイットが充電している間、思った以上に寂しかったからね」

「そんな、マスターが寂しいだなんて……」

「結構本気だよ。ところで荷物そのままにしておいたけどどうする?手伝おうか」

「え、あ!大丈夫です。一人で出来ます!マスターには私の働き振りを見ていただかないと」

「そう?じゃあじっくり見させてもらうよ、可愛いお嫁さん」

「あ、う……マスターは、普通の人なら恥ずかしくて言わないような事をいう方なんですね」

「これでも結構、自分で気合入れていってる。内心じゃ結構照れてるよ」

「本当ですか?なんだかマスターって、表情からそういう感情を読み取りにくいです」

「愛想笑いは日本人の処世術だよ。さ、初めてレイット」

「はい。それでは作業を始めさせていただきますね」

 

 言葉と共に武装を展開し、荷物の詰まった袋の中から小物を選んで整理を始めるレイット。

マスターは心密やかに荷物を持ってひらひらと髪をなびかせながら飛ぶ彼女の背中を見ながら、「そういえばリアパーツを着けているとお尻が見えないね」と本人に聞かれたらポスポスと叩かれそうなことを考えるのだった。



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マスター、新婚気分になるの巻き

 カーテンの隙間から朝日が差し込む。だがその光は部屋の主の眠る場所まで届かず、睡眠は続くかと思われたが、電子音が部屋に響いた。

携帯のタイマーによる目覚めのリズムだ。

快適な目覚めを追求した心地よく脳を起こす音楽だったが、覚醒していく意識の中でマスターは失敗したな、と思った。

「マスター、朝ですよ」と言いながら自分を小さな体で揺さぶり起こすレイットの姿を想像してしまえば、昨日の就寝前にそれを頼まなかった自分の頭の回転が鈍いなと思わざるを得なかった。

同じ目覚めるなら、無機質な覚醒音楽より可愛いお嫁さんに起こされたいというのが男と言うものだろう。

 

 だがとりあえずはそんな雑念を振り払って、自分に合わせてクレイドルで休眠状態に入ってくれたレイットの、CSCが納められた胸元にそっと触れながら「おはようレイット」と声を掛けた。

マスターの音声を認識したレイットのAIが即座に眠りに就いていた機能を覚醒させ、ゆっくりと瞳を開ける。

そして完全に身を起こそうと言う時には既にマスターの指先は胸元から離れていたので、そのまますくっと立ち上がり武装を展開してマスターの顔の高さまで飛び上がり、笑顔で挨拶を返した。

 

「おはようございますマスター。今日の天気は朝から夜にかけて晴れ、降水確率は5%。最低気温は十二度、最高気温は十五度で過ごしやすい気温になるみたいです」

「レイット、その情報ってどういう風に調べたの?」

「神姫ネットの今日のお天気コーナーで確認しました。お邪魔だったでしょうか」

「いや、助かるよ。後、これは俺の個人的なわがままなんだけど」

「わがまま、ですか」

「明日からは携帯のアラームじゃなくてレイットに起こして欲しい。起きなかったら耳引っ張ったりしていいからね」

「はいっ。神姫は勿論そういったお目覚めサービスにも対応しています。朝のお目覚めはお任せください。ただ、念のために毎晩翌日の起床時刻は教えてくださいね」

「ん、そうだね。さて、朝飯はパンでも食べるかな」

「あ、私が用意しますからマスターは座ってお待ち下さい」

「任せて大丈夫?」

「大丈夫です。電子オーブンにいれて焼いて、パンをお皿に乗せるだけですから。お飲み物はどうしますか?」

「ああ、飲み物は昨日買っておいたボトルの紅茶があるから」

「そうですか。うーん、しかし朝はもっとマスターに食べていただきたいですね」

「はは、俺朝は軽めって決めてるんだ。だからそんなに気合をいれなくていいよ」

「そうですか?マスターがよろしいならいいんですけれど。私も人間の女性のように料理が出来れば、きちんとした食事を作って差し上げたいんです」

 

 知識の上で知っている人間の女性と自分自身のできる事を比べたのか、かすかに気を落としたようで、少し俯き両手を腰の後ろあたりで組むレイット。

だがマスターはそんなレイットのおでこをこつんと人差し指で突いた。

 

「レイットは神姫としてできることさえしてくれればそれで俺は満足だよ。だから考えすぎるのは禁止。気楽に行こう。折角の二人暮らしじゃないか、楽しまなきゃ」

「マスターとの生活を楽しむ……それは、たしかに重要な事ですね。もう私達はパートナーなんですから」

「そうそう。ただ俺としては心苦しい所があるのも確かなんだ。仕事の関係上、どうしてもレイットを一人にしちゃう時間があるからね。なんなら再入荷を待ってもう一人神姫を買ってもいいね」

「そ、それはダメです!」

「え。なんで?」

「……きりがいいです」

「ん?」

「マスターと、二人っきりがいいです」

 

 恥じらい、頬を赤く染める演出をしながら二人きりがいいと言い切った彼女の言葉にマスターは意識が宇宙に飛びかけた。

思わず刻が見えるところだったが、それを笑顔で隠した。

だが隠しただけで衝動は抑えられなかった。

「俺もレイットと二人きりがいいな」と言いながらそっとレイットを持ち上げて彼女の柔らかなファイバー製の髪に包まれた頭部にキスをした。

なんとも気障ったらしい行為で、生身の女性が相手ならマスターもこんな事はしなかっただろうが、自分に好意を抱いているという前提がある神姫であるレイット相手だからこそ、こんな暴挙にでたのである。

一瞬された側は何が起きたのか把握しかねたが、視界の上部を占めたものがマスターの顎だったのを認識した途端、CSCの中に収められた心が混乱を起こし完全にフリーズしてしまった。

マスターはそんなレイットに、何度も声をかけたがしばらくその機能が回復する事は無かった。

旦那様としてはお嫁さんの可愛いその姿を何時までも見ていたかったが、社会人としてはそうはいかない。

 

「レイット、レイット。戻っておいで。朝ごはん食べる時間が無くなっちゃうよ」

「あぅっ?あ、は、はい!じゃあパンを焼いてきます!」

 

 気恥ずかしさを誤魔化すようにすっと台所に飛んでいくレイットを見送ってから、マスターも背広に着替える。

その頭の中は今日いかに早く帰るかで占められていて、軽快に鳴った朝のフードファイトの合図にも気づかなかったほどだ。

ただ、それもマスターにとっての天使が声を掛けるまでだった。

 

「マスター、パンが焼けました」

 

そういいながらパンの乗った軽量樹脂性のお皿を持って飛び、テーブルの上に置くレイットの声にマスターは現実に立ち返り、にこやかに言ったのだった。

 

「ありがとう。いただきます」

 

 レイットの焼いたパンはふっくらさくさく、焼き時間を長くしすぎて炭化するという事もなく、非常に美味しく食べられた。

ただ、マスターである彼はトースターで焼いたパンのような粉が出る物に弱い喉を持っていたので、飲み物は欠かせなかったのだが。

そして「おいしかったよ」と言いながらレイットの頭を撫でたマスターは、会社に向けて出発する前にレイットに言った。

 

「昨日のネットショッピングで買ったものは即日配達にしあから、今日には届くと思う。だから届いたらレイットが適当に設置してもらってね」

 

 適当に、なんとも曖昧で、志向性の無い指示。

これが旧来のコンピューターであれば黙りこんでしまう所だが、神姫の受け答えの柔軟性は眼を見張るものがある。

 

「はい。配達員の方にはお手数をかけてしまいますけれど、マスターが帰ってきたらすぐ使えるようにしておきます」

 

 そう、神姫である彼女が言うのであれば配達される家具類は十分に見栄え良く、使いやすい位置に配置されるだろう。

そういった人間で言うセンスが必要な事も、小難しい学問名がつきそうなデータが刷り込まれていることでさっとやってのけるのが彼女達の特色である。

まぁ、神姫の基礎人格によってはそういう仕事に向かない子が居るのも事実ではあるが。

そんな向かないお仕事でもマスターがお願いしたりして任せれば、自分なりに精一杯やってくれるところも、彼女達の愛されるゆえんだろう。

 

 と、言うわけで。

朝食のパンを飲み込み、スーツを着て風呂場兼トイレ兼洗面所でみだしなみを整えたマスターは、最終確認をレイットに頼む。

マスターが外で恥を掻かない為の最終確認という大きな仕事を任されたレイットは気合を入れてふわりふわりとマスターの顔の周囲を飛んだ後、光り輝くような笑顔でマスターに言った。

 

「合格です!寝癖無し、ネクタイOK、スーツも皺無し。自信を持ってご出勤してください!」

 

 まるで自らの事のように喜んだレイットは、その後すっと滑るようにマスターの顔に近寄った。

 

「ですので、言ってらっしゃいませ。マスター」

 

 小さく、だが確かにマスターに聞こえるように紡がれた言葉がマスターの耳にとどくと共に、小さく低反発な感触のする唇がマスターの頬に押し当てられる。

 

「えっと、レイット。今のは?」

 

 さすがに今で余裕を見せ続けたマスターも、これには少し驚いたのかレイットを問いただす。

するとレイットはいじらしく両手を突き合わせながら、頬を染め、上目遣いでマスターを見つめながら言った。

 

「その、お嫁さんが旦那様を送り出す時の様式美といいますか。ダメでしたか?」

「いいや!いいよ!可愛い!よーし、じゃあ頑張って仕事してくるからね!」

 

 レイットの言葉に足取りも軽やかに、家を出て行くマスター。

鍵を閉め忘れたのは喜びすぎか、レイットを信頼しての事か。

どちらにせよマスターの生活に張りが出るのは間違いないだろう。



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マスターとバトルの予感、の巻き

 会社でレイットの事に思いを馳せて少々手元が留守になったマスターが、上司専属のストラーフMk.2にしっかりして欲しいと軽いお叱りの言葉を貰ったり、上司本人からは「神姫可愛いよねぇ。私にとっては娘みたいだが、君にはまた違う可愛さがあるでしょ」というお言葉を頂戴しつつ仕事をこなしてから帰宅。

そして帰宅してレイットにおかえりなさいのキスをしてもらってから、自分からも小さな彼女の頬にお返しをする。

食事の時にはレイットも一緒にヂェリカンを飲んで、昼間自分が居ない間レイットが何をしているのか聞いたら、折角買ってもらった武装なのでトンファーの扱いを練習していると言われて、「思ったより武闘派なんだね」と驚いたり。

そんな日々を過ごして一週間と少し。マスターが休日で二人一緒にゆっくり過ごせるという、そんな日だった。

前日に休日は昼まで寝ていたいと指定されていたレイットが、そろそろ昼食時になることを体内時計で感知して、寝起きでも食べられる軽めの食事。

神姫でも扱える調理器具で花型の卵焼きと、マスターの好みに合わせた先にマーガリンを薄く乗せて焼いたパン二枚。それから買い置きのレタスを千切って、マスターの好きなチーズをサイの目きりにして包んだチーズサラダを用意してからそっとマスターを起こしに掛かる。

 

「マスター。マスター。お昼ですよ。ご飯も出来ましたからおきてください」

「んぅ……眠り姫はキスで目が覚めるけど眠リーマンは何で目覚めると思う?」

「えっと、それは……ほっぺたでいいですか?」

「うん。いいよ」

「本当に仕方の無い人ですねマスターは」

 

 少し困ったような表情になりつつも、そっとマスターの頬に唇を落としたレイットの頭を、大きく暖かい手が撫でる。

まだ出会って半月も経っていない二人だったが、神姫の持つマスターへの適応性と、レイットの母性のようなものを刺激する普段落ち着いているのにどこか甘えたがりな所を見せるマスターの相性は良い様で、すでにバカップルのような状態になっている。

目を覚ましたマスターはまず洗面所に行き顔を洗う、洗い終ったマスターの顔をタオルで拭いてあげるのはレイットの仕事だ。

始めの内はマスターも自分で拭いていたのだが、料理をするレイットの、その小さな体からは想像し難い結構な力を見るとこれをねだるようになった。

上手くリアパーツを使って飛びながら丁寧にマスターの顔から水気を拭い取ると、ようやく食事である。

 

「うん。美味しいよ。特に野菜嫌いの俺に美味しく野菜を食べさせてくれるチーズのレタス包みは特に良いよ」

「よろしければシーザードレッシングもどうぞ」

「ん。それにしてもパンも香ばし……んぶふっ!げほ!げほ!」

「ああ!マスターの喉は敏感なんですからパンを食べるときは喋ったらダメですってば」

「ごふっ……んぐっ。いやぁ、悪いね。でもまぁむせるだけだから」

「いけません。こういうのは習慣づけないといけません。話し相手が居ても口を開くのはちゃんと飲み込んでからです」

「んー。ご飯ならこんなこともないんだけどけど。炊飯器買おうかなぁ」

「マスターは毎回、「米袋担ぐのはやだなぁ」って結局うやむやにしちゃうじゃないですか」

「まったくそのとおりで。ははは、こういうのも尻に敷かれてるっていうのかな」

「マスターの方から敷物になろうとしてるきがしますけれど……」

「だってレイット頼りがいがあるからさ。敷かれがいがあるよ」

「もう、またそんな事を。私、マスターがこんな甘えん坊さんだなんて思いませんでした」

「ん……うん。どうかなぁ、どこか自分の全てを許してくれる、神姫を求める人にはそんな存在を求める人が多いと思うけどね」

「なぜですか?」

「普通の人間同士で相手を受け入れるというのは難しいことだよ。一見上手くいっているように見える長年付き合っていた男女でも、些細なことで相手の事を嫌うようになる場合もある。それが神姫にはないからね」

「そう、ですね。私達神姫はマスターである人間の皆さんに寄り添うものですから」

「俺が思うに、もう神姫の愛情は高度になりすぎて機械の仮初めの愛を越えていると思うんだよね。始まりがプログラムでも、それを守り続けるならそれは本物だよ」

「マスター……マスターはもしかしてぼっちと呼ばれる人ですか?」

「ぼっ……そんな言葉どこから仕入れてきたんだレイット」

「あ、あの、悪い言葉でしたかっ。その、神姫ネットの書き込みで見かけた、交友関係の狭い寂しい人を指すような言葉だと類推したんですけれど」

「う、うん。どっちかって言うと俺はぼっちかな……実家ともあんまり連絡取ってないし会社の人との付き合いも飲み会の一次会に付き合う程度だし……」

「あ、あぁ!そんなに落ち込まないでくださいマスター!マスターには私が居ます!一人ぼっちじゃないです!」

「……なんてね、あんまり気にしてないよ。それよりも俺にはレイットが居てくれるかぁ。いやぁ嬉しい事を言ってくれるね」

「マ、マスター……っ。もう知りません!」

「あ、ごめん。心配させるような事言って怒らせちゃった?ごめん、ごめんよ。だからこっちを向いて」

「ふーんだ。少しは反省してください。私がどんなに心配したか解ってくださるまで、知りません」

「うぅ。レイットー」

「し、知りません」

 

 その光景はダメな亭主とそんな亭主に弱い嫁さんといった様相だ。

マスターは割りと本当にまるでダメな男、マダオなのであった。

そんなまるでダメなマスターがレイットに背中を向けて屈んでいると、いつしかレイットの方がマスターを気にして声を掛ける。

 

「あの、マスター。お願いを一つ聞いて下さったら、さっきの嘘は水に流しますけれど、聞いてくれますか」

「……ほんとに?」

「私は嘘なんてつきません」

「じゃあ、お願い言ってみてよ」

「私を、ライドバトルに連れて行ってください」

「んー、ライドバトルかー。こうなったらもう行ってみるしかないかな」

「本当にいいんですね?」

「う、うん。なんだかそんな念押しされなきゃいけないことあるの」

「ええと、実はこの街のゲームセンターってちょっと個性的な人が多いみたいで……」

「そんな覚悟の要る個性ってなんなんだ……」

「と、とにかく!もう約束したんですから、ライドバトルで私と一体になりましょう!マスター!」

「ふむ、レイットと一体にか。いいよ。じゃあ出かける準備するから、ちょっと待ってね」

「はいっ。マスター」

 

 嬉しそうにマスターの襟元に飛び上がったレイットに、マスターは「それじゃ着替えられないよ」と笑いながら、衣装の入った箱からスリムジーンズと少し大きめの錨柄のシャツを取り出して左手に持った後、レイットを右手で優しく襟元から取り上げる。

そして、「もう春も随分暖かいから上着はいらないかな?」とレイットに聞いて、「大丈夫だと思います」と答えが帰ってくると「じゃあ着替えるから、と言っておもむろにパジャマを脱ぎだす。

レイットがそそくさとそれに背を向けると、しばらくごそごそとして着替え終わるとマスターはレイットを呼んだ。

 

「財布良しっと、レイット。出かけるから肩に乗りなよ」

「はいマスター。お邪魔しますね」

「よし。じゃあ行こうか」

 

 レイットを肩に乗せてマスターは家を出る。

ライドバトルの出来る施設があるゲームセンターは街外れにあるので、その近くまでバスで行く。

その最中、マスターはレイットにバトルの基礎的な事を聞くことにしたようだった。

 

「ライドバトルって神姫とマスターがシンクロして戦うって売り文句だけど、実際マスターはどのくらいのことができるのかな」

「理論的には私達神姫がマスターに全てを委ねればマスターは私の体を完全に掌握できます」

「それは凄いね。でもそれだとリアル格闘家のマスターとか、神姫と協力する必要なくなっちゃうんじゃないのかな」

「それをするには格闘家の才能とはまったく別な才能が必要だと思いますよ。例えば、マスターは自力でリアパーツの制御ができますか?」

「あ……多分、無理だね」

「それに、神姫には武装の扱いがデフォルトでインストールされていますけれど、マスターはそういったものを一から自分の物にしなければいけないんです。こうなると神姫との協力は必要不可欠なように思えませんか?」

「うん。確かにバトルをしていくならレイットの協力は欠かせないみたいだ」

「他にも、人間であるマスターが使わない部位の制御の他に、マスターのイメージを機動に反映させるのもライド中の私達神姫の役割ですね」

「えーと、それは例えばどういう事かな」

「例ええばマスターが空中三回転捻りジャンプで敵神姫の背後に回りこんで、ハイキックからの廻し中段蹴り、さらに体を寄せての首狩り投げをしたい、と考えたとしますよね」

「う、うん」

「マスターは当然、そんな機動をする経験がありません。ですがイメージさえしっかりしていればその実行を神姫の演算機能を使って私が代行するんです」

「なるほど……それは頼もしいね」

「そういっていただけると光栄です。ですからマスター、バトル中も私に沢山、頼ってくださいね」

 

 そういってマスターの首筋に寄り添うレイットの髪を、彼はさらりと撫でて言う。

 

「うん。頼りにしてるよレイット」

 

 そんな話をしている内にバスは目的地、レイットの初陣を向かえる戦場近くへと到着するに至ったのだった。



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バトル前に、なんか凄い人がいるらしいの巻き

 ゲームセンターは想像以上に巨大な建物だった。

ボウリング場かなにかと併設されていると言われても信じられる広大な敷地の一割ほどを通常のゲームで埋めた後は、残りは全てライドバトルに特化したつくりになっているようだった。

まず、ゲームセンターの外周は昔ながらのアーケードゲームや体感筐体が並んでいるのだが、外周を除けば観戦用のスクリーン、神姫達が闘うことになるバトルシミュレーションコートに、ライド用のシンクロボックスと呼ばれる個室。

それらが円滑な対戦の進行の為に数セット並んでいるのだ、旧来のちょっとしたゲームセンターとは一線を画する場所がバトルの舞台だった。

 

「うわぁ……広いなぁ」

「マスター。まずはマッチングの為に選手登録が必要です」

「いや、それよりもあの試合……見届けたい」

「あの試合……あ、あれは確かに凄いですね」

 

 マスターの視線を追ったレイットの神姫アイが捉えたのは激しいバトルの様子だった。

アーンヴァルMk.2型とストラーフMk.2型の対戦。

変則的な高速機動でアーンヴァルMk.2の視界の外に消えたはずのストラーフMk.2のドリルによる突撃をひらりと回り込んでかわして小剣を突き立てるアーンヴァルMk.2.

神姫とマスター、どちらが焦っているのかはわからないが、ストラーフMk.2の攻撃はその後も苛烈になる一方だ。

だがアーンヴァルMk.2は火花散るドリルの攻撃を小剣で柔らかく捌き、その手数の多さで着実にダメージを与えて行く。

観戦素人のマスターにも解る。

これはストラーフMk.2の方が弱いわけではない。少なくともあの苛烈な攻撃を自分で避けろと言われたら、なす術も無く打ち抜かれるだろう。

その攻撃をアーンヴァルMk.2とそのマスターはまるで濁流に身を投じ一体化するかのごとく受け流し、柔を持って剛を制した。

アーンヴァルMk.2の武器がそこまでの大威力武器ではないので、戦いは長引くかと思われた。

だが極まった焦りにとうとう大振りの一撃のドリルを繰り出そうとしたストラーフMk.2の懐に、瞬時に入り込み武装を小剣から杭のような物が突き出した武装へ変更、そして無慈悲に敵の中枢を爆裂を伴う刺突攻撃で一気に勝負を決めたアーンヴァルMk.2に勝者としてのアナウンスが流れる。

 

「勝者小波万&レディ!惜しくも小早川千歳&リリスは敗北してしまいましたが素晴らしい勝負でした!このような勝負はすでにFバトルクラスと言っても過言ではないでしょう!皆さん、期待のマスターと神姫達に祝福の拍手を!」

 

 アナウンスの答え、大勢の観戦者達が大きく拍手をする。

当然、マスターとレイットもその中に入っていた。

 

「レイット、バトルっていうのは凄いんだね。俺はじめて見たけど、あんな凄い試合が当たり前なのかな」

「少々お待ちください……あの小波万さんという方と小早川千歳さんは神姫ネットのノンタイトルバトルスレッドで今話題の二人のようですね」

「ノンタイトルバトルスレッドっていうのはなんだい?」

「ええと、Fバトルという公式バトルはTVや有料ネット配信で全国、いえ、Fバトルの頂点であるF1バトルになれば全世界へ放映される事は知っていますか?」

「ああ、さすがにそれは小耳に挟んだことがあるよ。例の上司が会社から神姫を預かったことで興味が出たみたいでね。「竹姫葉月とアルテミスは本当に偉大なチャンピオンなんだ!」って興奮して語ってるよ」

「それらの試合で戦うマスターと神姫はタイトル持ちか、そうなる可能性があるとしてF3、F2、F1の個別スレッドで語られます。そしてノンタイトルとは公式ではない試合……つまりこういった地方のゲームセンターごとに強いマスターと神姫を語るスレッドです」

「うーん。つまり今の人達はこの地方の、神姫好きの間での有名人ってことになるのかな?」

「その通りです。特に小波万さんは一週間前から頭角を現し始めた方で、日にゲームセンターの営業時間が許す限り戦って、現在使っている武装は全てその試合で得たsptで揃えているらしいといわれる超新星です」

「そうなんだ。凄い人なんだね小波万さんって」

「強さもそうですけど、きっとお金持ちですよ」

「え、なんでそんなこと解るの」

「ええとですね、ゲームセンターの営業開始時間から入店して、営業終了時間まで三十回は試合をこなしていくという目撃談がありまして」

「……仕事してるように思えないからお金持ちって事?」

「それもありますけど、ライドバトルは一回三百円掛かるんです。これでも赤字覚悟の値段なんですけど、一日九千円を一週間ですよ。七万三千円です。このペースが続くようだと出費の方も……」

「なるほど。それは確かにお金持ちだね。でもあの人ならあっという間にプロになっちゃうんじゃないのかな」

「そうでしょうか?私は経験が少ないので判断しかねます」

「ああ、俺も初めて見た試合が凄かったからあの人ならプロになれるって思っただけ。と、それはさておき登録だっけ?」

「はい。まずは受付カウンターへ行ってバトルネームと使用神姫の登録をしてください」

「バトルネームっていうのあれかな、ペンネームとかリングネームみたいな。適当なのでいいのかな」

「はい、皆さんお好きな名前をつけているみたいですよ」

「そうかそうか。じゃあ早速登録しよう」

 

 するすると人の合間をすり抜けて、ゲームセンターの壁際の体感マシーンが並ぶ中にある受付でライドバトルの申し込みをするマスター。

その時マスターはバトルマスターズカードを作成するか聞かれた。

どうもそれはバトルで得た神姫SHOPで使うsptを直接支払いに使える貯蓄カードであり、戦績を記録してなるべく適正な相手と試合をマッチングするのに使われるものらしい。

当然、カードなしで完全に野良でバトルを申し込んで、マスター同士同意してマッチを組めば戦績に関係なくバトルはできるし、sptもきちんとその分の引換券が発行される。

だが基本的にバトルに参加するマスターは全員このカードを使っているらしい。

なぜならマスター……つまりバトルのプレイヤーの大部分は目的はバトルを楽しむことにある。

決して格下を狩り続けてsptを溜めるという、RPG的な行為にはないからだ。

当然そういった行為に走ろうとするマスターが完全に居ないとはいわないが、そんな事をして店内を巡回する警備員に見付かれば出入り禁止だ。

それが積み重なればもうまともなバトルの舞台には立てなくなる。

 

 と、これらの説明を今回はマスターも真面目に聞いていた。

バトルへの参加はレイットからのお願いである。万が一があってはいけない。

そして一通りの説明を受けたマスターは少し考えて、いつでも気軽に変えられますよといわれるとバトルネームを「アファームド」と書き込んで、神姫の情報を登録する為に店員にレイットを預けたりした。

まぁ預けたと言っても目の前で胸元のCSCにバーコードリーダーのようなものを当ててデータを取っただけだが、マスターはレイットが自分の元に戻るとそっと胸元に彼女を引き寄せた。

レイットは良く解っていなかったが、とりあえずなされるがままにマスターのてのひらと胸板の間に挟まれ、「あ、ちょっとこれはいいですね」などとのんきな事を考えていた。

 

「さっそくマッチを組みますか魔星頑駄無様」

「うん。お願いしたいんだけど俺はどうすればいいのかな」

「まずこちらで料金を支払って頂いた後、バトルネームがコールされるまであちらの選手控え室で神姫の武装チェックをしていただくか、呼び出しがあるまでライドバトルの観戦ディスプレイで観戦をお楽しみください。ただ、呼び出しから十分以内においでいただけない場合、不戦敗扱いになってしまいますのでご注意を」

「解りました。じゃあ控え室に入ろうかな」

「はい、いってらっしゃいませお客様」

 

 店員に見送られてすぐ傍に備え付けられている個室に入る。そこは自宅より広い長方形の部屋で、ジュースやヂェリカンの自動販売機や、最低限寛げるような椅子やテーブルが配置されていた。

そこでは一人の少年とアーンヴァルMk.2型神姫が他愛の無いお喋りをしていたが、マスターに気づくと少年は元気に挨拶をしてきた。

 

「こんにちは!お兄さん、新しく登録した人?それとも遠征の人?」

「俺は新人だよ魔星頑駄無っていうバトルネームだ。君はなんていうのかな」

「僕は柴田勝。こっちが相棒のプルミエ!」

「どうも、プルミエです。よろしくお願いします」

「あ、これは遅れて……どうもレイットです。よろしくお願いします」

「よろしくね二人とも。それにしてもお兄さん新人かぁ。じゃあ相手は僕かもね」

「柴田君も新人?」

「うん。今の所二勝三敗で、もうちょっとでリアパーツ買うsptが貯まるんだ」

「そうのか……じゃあ今はリアパーツ無しって事かい」

「そうだよ。後二回くらい勝てれば買えると思うんだけどなかなかね」

「勝率4割って所か、柴田君はバトルどんな感触だったかな」

「んと、頑張れると思った。でも最初に戦った人と比べるとちょっと自信無くすなぁ」

「誰その自信をなくさせるような相手って」

「控え室に入る前にちらっとみたけど、小早川さんって人と対戦してた小波万ってお兄さんだよ」

「あ、あぁー。あれと対戦したら自信なくしそうだなぁ」

「うん。でも戦えてよかったと思うよ。あれから試合のリプレイを何度も見直して、プルミエと僕もなんとなく強い戦い方って言うのが解った気がするから」

「お。それは油断できないな……」

「お兄さんが初心者でも手加減はしないから、覚悟してね」

「ははは、俺にだって大人だって言うのがあるし、レイットの事を信頼してるから簡単にはまけないぞ」

「マスター……私、頑張ります」

「ふふっ、私も簡単は負けませんからね、レイットさん」

「こちらこそ。胸を借りるつもりで精一杯やらせてもらいますよ、プルミエさん」

 

 こうしてお互いに交流を深めていると程なくアナウンスが流れた。

それは見事にマスターと柴田達の勝負を告げるものだった。

柴田は意気揚々と控え室を出て、マスターはぼんやりとその後に続く。

だがその外見に反してマスターは、どうやってレイットに初勝利を取らせるかを考えていた。



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バトルレディーゴー、の巻き

「今回の試合は地味ながらも着実に勝ち星を拾っている柴田勝&プルミエのコンビと、完全新人!魔星頑駄無&レイットのコンビだ!それでは両者ピットインをお願いします!」

 

 慣れた様子の柴田はそのまますいーっと観戦スクリーンの角のほうにある四畳半ほどの個室に入っていってしまったが、マスターは大人しく係員が誘導してくれるのに従った。

どうも柴田が入っていった個室とは対角線上にある部屋に入れられるようだ。

そして、中に入ればそこにはヘッドギア付きの座席と、神姫サイズのリフトが合った。

 

「お客様、このバトルシミュレーターについての説明は必要ですか?」

「あ、うん。お願いします」

「では、まずマスターである貴方にはその椅子に座ってヘッドギアを装着していただきます。その後神姫にこちらのリフトの上で武装を展開していただき、コストオーバーなどが無いかのチェックとバトルで使う武装の登録をしていただきます。なお、この時に同時にライドオンも行われ、視界が神姫の物になりますが落ち着いてくださいね」

「解りました」

「そこまでできればあとは実地、実際のバトルあるのみです。実体のよううな判定のある半電子空間での刺激的なバトルをお楽しみください」

「半電子世界というのは……」

「簡単に言うと、ホログラフによる仮想バトルフィールドにおいて、障害物などの足場や障害物になるオブジェクトに触れますと、データ的に神姫の動きを制限する場、という事になります」

「え?じゃあ空中にある障害物とかってどういう判定になるんですか」

「シミュレーターに備えられている斥力発生装置で、随時シミュレーター上の神姫の状態に合わせて足場を足場などの判定を発生させます」

「……凄いな」

「大まかな説明は以上になります。時間制限によるタイムアップなどもありますが、そちらは試合中に神姫に確認すれば、随時応答してくれるはずです。それでは良い神姫バトルを」

「ありがとうございます……ん、これかぶるだけでいいのか」

「はいマスター。ヘッドギアの装着をお願いします」

「いいよ。それじゃあ早速」

 

 レイットに促されてマスターは大きなバイザーのついた、少し重いなと感じるヘッドギアを装着する。

すると、レイットはさらにバイザーを降ろすように求めてきたのでバイザーを降ろすと、カチリという音と共にバイザー画面に「神姫のリンケージ回線開放待ちです」という文字が表示された。

その事をマスターがレイットに伝えると、それではリンクを始めますね、といい、視界が一気に変わった。

いきなり視界に移った無骨な合金製のリフトの姿に視界を左右に振ろうとするが、視界は動かない。いや、首は振っているのだが風景が変わらない。

多少混乱しているとヘッドギアのイヤフォンから耳の中に直接流れ込むようなレイットの声が響く。

 

「すいませんマスター。現在頚部の制御はこちらが取っていますので、視界は動かないと思います。少し私の体を動かしてみますか?」

 

 そう訊ねるレイットがマスターの側を向いたのか、視界に椅子に座って黒いフルフェイスのヘッドギアを被った自分の姿が映る。

 

「い、いや。試合ももう始まるし。後は試合場で少し試させてくれれば十分だよ」

「解りました。それではライドバトル、レディオッケーですね」

「ああ、オッケーだよ」

「では」

 

 言葉と共にレイットがリフト内で輝いていた青のSTAND BYと書かれたボタンの下、READY OKと書かれた赤いボタンを押す。

するとマスターの視界の中でリフトがゆっくりと動き始める。そして何時しか足元の方から輝く闘技場への花道へと出ると、シミュレーターという箱の中に居るとは思えない空間の広さに感嘆する。

今回のフィールドはむせる様な砂嵐が吹き荒れそうな、石柱や飛行機のような物が埋まり、中央が砂丘になっている砂漠だった。

 

「レイット。この戦場って……」

「ランダムバトルだから戦場もその場に立つまでわからないんです。落ち着いてください。始まりますよ」

「う、うん」

 

 レイットの言葉と共に、彼女の視界に映されるRIDE ONの文字、それがすぐにREDY GO!に変わる。

 

「は、始まった?」

「マスター。落ち着いてください。すぐに敵とは接触しません。それより今のうち少しでも私の動きをイメージしてください、私はそれにあわせるように動くチューニングを行います」

「わ、解ったよ」

 

 すっとマスターは昔見たカンフー映画で見た演舞のような動きをイメージする。

すっと拳を突き出すと共に足を突き出し右半身を前にする、その姿勢から円を描くように腕と足を引き、元の姿勢に戻る。

それを左右で繰り返し、腰を入れて正拳突きや回し蹴りをする、という漠然としたイメージもレイットが補助してそれを実現する。

 

「凄い……本当にレイットと一体になったみたいだ」

「うふふ。ですよね。できればこれでマスターもライドバトルにはまってもらえると、私もマスターと一体になるバトルが出来て嬉しいです」

 

 嬉しそうに言うレイットに、「ああ、彼女も『武装』神姫なんだなぁ」と、普段の穏やかな彼女に秘められた闘志にそのもともとの存在意義を感じる。

彼女はお嫁さんでもあるが、その根底にはきちんと戦いを楽しむ心があったのだなぁと感じいる。

そんな事を考えていると、レイットのレーダーが接近する物体を捉える。

マスターはそれを映像では見れないが、感覚として漠然と感じた。

 

「来ましたマスター。まずは私の自由にして様子見でよろしいですか」

「ああ、頼んだよレイット。俺はしばらく観戦させてもらう」

 

 接近してきたのはプルミエは殆ど素体そのままの姿で、その姿にマスターは一瞬動揺するが、すぐにその理由に行き着く。

単純な理由は資金力だろう。

恐らく柴田は小学生、お小遣いなり、誕生日プレゼントで神姫を手に入れたのだろう。それならば武装が無い事には用意に説明がつく。

マスターが購入したトンファーは比較的安い部類に入るが、それでもsptから円に換算すると3,000円を越す。

小学生にはちょっとした金額だ。

そしてバトルをするにはお金が必要だ、その分のお金もやりくりしなければならないのだ、小学生のマスターは大変だろう。

そんな事を思いつつも、マスターは手加減する気はない。

変に同情して手加減などすれば、真面目にバトルをしてきた柴田やプルミエに失礼だろうし、自分の経験にもならない。

だから心を澄ませてレイットの動きを邪魔いないように精神を統一しようと試みた。

 

 一方、そんなマスターの内心を他所にリアパーツが無い為、体重の軽いとっとっとという音を立てて砂の上を駆けて来たプルミエはハンドガンの武装を展開して射撃を開始する。

レイットはその射撃を冷静にリアパーツによる低空機動で滑るように回避する。

しかしプルミエもそんな機動をされる事の経験があるのか、立て続けに狙いを僅かにレイットから外して撃ち、僅かに誘導する光弾と自らの体をレイットに向けて走らせる。

 

「マスター、格闘戦のお誘いです。どうしますか?おそらく相手のペースに乗せられていますが」

「ん。こっちも装備しているのは格闘武装だ。乗ろう」

「了解です」

 

 ハンドガンからの光弾を前進して回避したレイットはトンファーを展開し、右手のそれを振るう。

やや大振り気味だったそれをプルミエは新たに展開した小剣で捌こうとして失敗したのか、姿勢を崩す。

レイットに対して左側へ体を泳がせたプルミエのボディを狙ってレイットがトンファーの柄を叩きつけようとするが、プルミエは流れに逆らわずそのまま左前方へと思い切り飛び込んで前転しては寝起き、レイットに向き直る。

それを捉えていたレイットはリアパーツで足を宙から浮かすと、芯地旋回ですばやく対象を捕捉すると再び大地に足をつけ、やや遠い距離からトンファーを振るい、拳側のほうの柄が短く、肘側が長いトンファーをくるりと回してプルミエの顎を狙う。

プルミエは今度は姿勢を崩すまいとその攻撃を力強く受け止めるが、そちらに意識を割きすぎているように見えた。

だからレイットは今度こそ空いた胴にトンファーの一撃を加えようとしたのだが、プルミエの方が一枚上手だったようだ。

トンファーを受け止める左手の小剣をそのままに、右手にハンドガンを展開するとその銃口をレイットに向けた。

撃たれる!そうレイットが思った時、マスターの意志が流れ込んだ。

レイットはそれに従いリアパーツでバレエのように体を回転させながら半円を描くようにプルミエの前から移動すると、回転の力を加えたトンファーの一撃をハンドガンを持つプルミエの腕に叩き込んだ。

 

「うっ!」

「プルミエ!?」

「大丈夫ですマスター。私の頑丈さは、マスターもご存知でしょう」

「……うん。そうだねリアパーツの差が出たから、対策を考えないと……

「任せてください、何とかします」

 

 僅かに言葉を交わした柴田とプルミエ、二人の闘志は装備の格差を目の前にしても衰えなかった。



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バトル終わって、の巻き

 ひとまずの打ち合いを終えたレイットとプルミエは、その後は小細工は要らないとばかりにトンファーと小剣を打ち合わせ始める。

シミュレーターはその殆どをガードと判定していたが、徐々に両手で攻め立てるレイットに対してプルミエが片手に持つ小剣だけでは対処が出来なくなって行った。

ハンドガンは弾を撃ち切りリロード待ちもあったが、それ以上にレイットのトンファー捌きに古典映画リベリオンのようにガンを用いた近接格闘銃撃術を使うというところまでプルミエは至っていなかった。

精々トンファーの打撃に対する盾や、牽制の射撃を行う程度だったが、その内元々他の武器と直接撃ち合わせる物ではないハンドガンの耐久力が尽きてホログラムで爆発演出がなされると強制格納された。

こうなってしまうとジリ貧である、リアパーツが無い為Life Pointに劣るプルミエは武装の差に押されて負けてしまった。

 

レイットの視界にYOU WINという勝利宣言が表示された後、シミュレーターの映像が消え、ただの四角い白い箱となったバトルフィールドで、シミュレーターからの動作干渉によって倒れていたプルミエが立ち上がる。

 

「はぁ、負けちゃいましたね」

「いえ、武装の差が無かったら多分負けていたのは私でした」

「レイットさん、今日が始めてのバトルとは思えないトンファー捌きしてたよ」

「実はアレを買ってもらった日から神姫ネットで武術関連の動画を見て私なりに研究を……」

「なるほど。シミュレーションはばっちりということですか……と、これ以上ここで話し込むわけにはいかないですね。でましょうか」

「はい。それではまた後ほど」

 

 挨拶を交わすとそれぞれ自分が出てきたリフトの搬出口に向けて歩き出す。

そしてリフトに乗ってマスターの元に戻ったレイットを迎えたのはマスターの優しい手だった。

リフトが上がりきってマスターの事を呼ぼうとしたレイットの体を、マスターの手が優しく持ち上げる。

持ちあげた手に腰掛けるように促したマスターはレイットの髪をさらさらと撫でた。

 

「お疲れ様レイット。良く頑張ったね」

「ありがとうございます。マスターも、咄嗟にイメージを送ってくださってありがとうございます」

「ん、ああ。あれはね。昔やってたゲームで自機が滑るように敵の対して回り込んで攻撃するシーンがあってね、リアパーツの機動があれば出来るかなと思ったんだ」

「そうでしたか。マスターはバトル、楽しめましたか?」

「うん。凄い迫力だった。アクション映画は結構好きだからね。まさに目の前で火花散る戦いを見れたのはよかったね」

「そうですか。それなら私も嬉しいです。マスターの嬉しい事は私も嬉しいですから。あっと、それから外でお相手の柴田勝さんやプルミエさんと話しませんか?」

「話せるのかい?」

「バトルをした後は対戦相手と軽い雑談をするのも楽しみの内ですよ」

「……話さなきゃダメ、かな?」

「マスターがあまり話したくないというなら無理にとはいいませんけど……バトルをしていくならこの先もお付き合いがあるかもしれない相手ですから。きちんとした方がいいと思います」

「解った。実を言うと殆ど試合はレイット任せだったから、何を話せばって感じだけど」

「これも経験ですよ。行きましょうマスター」

 

 手の中から飛び出し、背中を押すレイットに促されるままにピットからでると、そこには柴田とプルミエが待っていた。

二人に対して大人のマネーパワーで買ったという負い目があるマスターはぎこちなく挨拶した。

 

「や、やぁ柴田君。試合お疲れ様。レイットの動きはどうだった?」

「試合ありがとうございましたお兄さん。レイットさん強かったね!」

「うん。そうなんだ。強いのはレイットで俺は殆ど何もしてなかったからね」

「え?でも途中の回り込み攻撃はレイットさんのパターンとは明らかに違うってプルミエがいってたよ」

「あ、ああ。アレは一応……俺が昔やってたゲームを参考にイメージしたらレイットがやってくれた。やっぱりレイットの力だよ」

「そんなこと無いよ。ああいう咄嗟のアレンジを入れてあげるのがマスターの役割みたいなところあるよ」

「んー。じゃあ柴田君がアレンジを入れた部分ってあったのかな」

「えへへ、実は僕も自分が操作を受け持ったのはハンドガンで挟み込むように弾を撃ったのだけ。後はずっとプルミエが」

「ははは、そうなんだ。お互い神姫に頼りっぱなしだね」

「そうなんだ。僕もなんとかプルミエの力になってあげたいんだけどなぁ」

「そうだねぇ」

 

 いざ話してみると、やはり同じ神姫を扱う者同士ということなのか。

年齢の壁を越えて話が弾む。

それはレイットとプルミエが見せた武装の捌き合いにいつかマスターである自分が介入できるようになる日は来るのかなといった事だったり。

貰えるsptが120程度で、勝てば一回300円程度なら勝率3割でも元が取れるようになってるね、といった神姫に関する実利的な事だったり。

とにかく神姫を中心に話が進む。

そのことに機嫌が良くなっていたマスターだが、柴田少年に「こういう風に話が出来る相手は珍しいから嬉しい」と言われて少し固まった。

 

「えっと。珍しいの、俺みたいに話せる相手」

「うん。なんていうかなー、神姫への愛情過多っていうか、軽い挨拶した後は神姫とのプチコントみたいなやり取りだけしていっちゃう大人の人結構いるよ」

「は、はは。それは大変だね……」

「まぁ僕もそういう人と実際戦ったわけじゃないから、店員さんからの受け売りだけど」

「そうなのか」

「うん。そういう人はバトルのマッチングで勝率が高い人ほど多いっていう話だよ」

「適度に負けてマッチングの調整するようにレイットに言おうかなぁ」

「あ、お兄さんそれはダメだよ」

「へ、なんで」

「見てみなよ。レイットさん凄いむすっとしてる」

「ありゃ、ほんとうだ」

「神姫の皆はバトルで全力を出すのが楽しみなんだから、それを台無しにする指示は出さない方がいいよ。嫌われちゃうから」

「解った。ありがとう柴田君。おーい。レイット、さっきの言葉を取り消すから機嫌直しておくれ」

 

 プルミエと話していたレイットがツンと自分に背を向けてしまったのを見て、マスターは腰も低く彼女を迎えに行く。

それを見て話も切り上げ時かと柴田もプルミエを呼ぶ。

 

「どうだったプルミエ、レイットさんと話した感想は」

「マスターがあまりバトル向きではないのが惜しい、という感じですね」

「そんなに凄いの?」

「実戦は初めてでも神姫ネットで集められるデータで演算によるシミュレーションはみっちりやっていたらしいですよ」

「そんなに?あのお兄さんと一緒に居るとそんな暇なさそうだけど」

「レイットさんのマスターは会社員で、かなり時間に自由が利くらしいです。ですからその時間に」

「なるほどなー。だからプルミエと拮抗した?」

「はい。どうも日付的にレイットさんが購入された後にマスターが私を購入したようなので、起動時間としてはレイットさんの方が先輩、ですね」

「そっか。でもプルミエ、武装さえ揃ったら僕達が勝つよね」

「それは勿論。全力を尽くしますよマスター!」

 

 柴田少年とプルミエがその絆を深めていたその時、マスターはというと。

観戦ディスプレイの周囲を覆う観戦用のカウンターで後ろを向いてプレッシャーを放つレイットの機嫌をなんとか直そうと苦心していた。

何とかレイットと視線を交えて会話をしようと回り込もうとするとも、レイットはスーっとリアパーツを使って向きを変えてしまう。

 

「ごめん。ほんとごめん。レイットは手加減なんかしなくていいから。いつでも全力全開で戦っていいから。神姫の存在意義である戦いで手を抜けなんていった俺が悪かった。この通り」

 

 全力で頭を下げるマスター。

何も知らない人ならば、たかが玩具に良い大人が頭をさげるなんてと言うだろう。

だがそれは神姫を傍に置く人間なら、大多数がおかしいことではないというはずだ。

なぜなら神姫とマスターは主従関係でありながら、同時に対等なパートナーともなりうる存在だからだ。

だから、若干周囲の人の邪魔になっているマスターとレイットに、神姫とそれを従える観戦者のマスター達は今の所文句を言わない。

あまりに酷いようなら誰かが仲裁に入るだろうが、今はまだその時ではない。

 

「解りました。マスターの気持ち伝わりましたから。今回はこれで許してあげます」

 

 とうとうマスターの必死の行為に納得したのか、レイットが微笑みながら振り返る。

その可憐な表情にマスターは見とれながら、彼女に釘を刺される。

 

「手加減したい理由があるなら、それをちゃんと言って、私を納得させられたら私も協力します。だからマスター、二人で頑張りましょうね」

 

 地味にきっちりと今後もバトルを行う言質を取って、レイットはマスターの肩の上に飛んで行く。

マスターは彼女のその行動に安堵して、何度もレイットの頭を撫でながら、「もう一戦していくかい」と聞いた。

レイットの答えは勿論、「はい」だった。



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マスター、レイットに甘えるの巻き

 あの柴田少年達とのライドバトルから1月が過ぎた。

マスターは基本的に休日にしかバトルを行わないので戦績は13戦4勝9敗と負けが込んでいて、マスターもやはり男として悔しいのか、最近はバトルの戦術書やライド時のマスターがすべき事などを書いた週刊誌を購読するようになっていた。

が、彼のレイットに対して求めるモノはお嫁さんである事だ。

バトルに多少拘って知識をつけたとしても、それはレイットとの会話の幅になればいいという程度のものだった。

勝ったなら当然嬉しいが、負け戦は負け戦で、後からレイットとここの判断が良くなかったとか、武装を追加するべきかを話し合ったりする事そのものでレイットとより関係が深くなるのが一番嬉しい。

マスターはそういう人だった。

 

 そんなまったりバトルライフを過ごしているマスターも、さすがにこれは現実なのかなと思う記事が週間神姫バトルに載っていた。

どうにもあの日に見た試合の当事者だった小波万と小早川千歳が公式大会F3バトルの頂点を争ったというのだ。

マスターはカーペットの上に寝そべり週間神姫バトルの該当記事のページを開いて、腕の間にちょこんと正座しているレイットと共にそれを読みながら言う。

 

「すごいねぇ小波万さん。一ヶ月でプロになっちゃったよ」

「ちょっと信じられないというか、凄いですよね。私達と同時期程度に始めた方がもうプロだなんて」

「まあ、話によると俺達とはバトルをする密度が違うから、それもあるのかもしれないけどね」

「それでも凄いですよね。その試合、撮っておけばよかったですね」

「いやー。バトル頑張るなら公式戦もチェックした方がいいかな。でもうちってそういう映像記録媒体ないんだよねぇ」

「私の映像記憶領域にも限りがありますしね。全ての試合をチェックするのも不可能ですし……」

「ん、いや待てよ。レイット、この本によると特選バトルチョイスチャンネルっていうのがあるみたいだ。これの神姫ネットでの評判はどんな感じだい」

「少々お待ちを……でました。えーと、どうもその日のFバトルの中から特に見ごたえのあるバトルを30戦、Fバトルのランク問わずに選んでノーカット放映の後シーン切り出しして解説を入れるので見ごたえあり、と中々高評価ですね」

「それは1日かけて30試合の内容を放映するの?」

「このチャンネルは1日の製作番組は3時間程度に纏められて24時間流されるそうです。ただ、その番組形式の関係上実際に試合が行われる日とメディアに流す日に間があるみたいですね。情報源としては少し遅い部類みたいですね」

 

 レイットの答えに、体を横たえて肘をつき、彼女の毛先を弄るマスターは少し考え込んでから口を開いた。

その声は何を想像しているのか、多少遠くに向けて放たれているようだ。

 

「マスター、何を考えてます?なんだか声が浮いていますよ」

「んーとね、レイットの留守番中の暇つぶしにはいいかなって。俺の居ない間に試合を見てワクワクしてる君の様子を想像したらね」

「えと、マスターの想像の中の私ってどんな風ですか?」

「それはもう、好奇心旺盛で何を見ても楽しい的なやんちゃ系美少女」

「私そんなやんちゃな所ありますか……?」

「ははは、冗談冗談。1人なのに動画見るときは正座でピクリともしないで画面に集中する優等生タイプみたいな。あ、優等生タイプなら眼鏡欲しいね。今度買おうか」

「優等生と眼鏡って何か関係あるんですか?」

「ん。そりゃああるさ。優等生といえば眼鏡、眼鏡といえば優等生っていうくらい」

「なんでそんな関係に……」

「優等生は真面目だろ?真面目すぎるから勉強を頑張りすぎちゃんだ、そしていつしか視力が落ち……眼鏡の装着に至るというわけさ」

「現代なら視力矯正手術があるので、それは眼鏡を掛ける理由としては弱いと思います」

「むむむ。後はほら、コーディネイトの一部だよ。ブレザーの制服に赤縁のスクウェアレンズの眼鏡なんて、とっても真面目そうだろう」

「良く解りませんが、眼鏡には制服と同じ程度、社会的な人間であるという印象を相手に抱かせる、という事でよろしいですか?」

「あ、うん。大体そんな感じ」

 

 まだちょっとマスターのアレな嗜好を理解しかね、理解しようと頑張るレイットの姿にマスターの口も鈍る。

でもちょっぴり何も知らない神姫に世俗の垢を自分の手でつけているような感覚がして、少し興奮する。

正しくマスターはダメ人間だった。

だがそんな彼もレイットの慕うマスターな訳で。

 

「ええと。眼鏡を掛けると真面目そうに見えるのは解りました」

「うん。解ってくれて嬉しい」

「じゃあ、眼鏡って私に似合うと思いますか?」

 

 寝そべるマスターの顔を、両手を後ろに組んで見上げるレイット。

そんな彼女からの期待の篭った声を向けられてマスターは思わず言った。

 

「そうだね。出来るならタイトスカートのスーツも一緒に買って、銀縁のスリムなフレームの奴にしよう。きっと金髪に似合うよ」

「マスターはそういうファッションの女性がお好みですか?」

「好みなのは否定しないけどね。それ以上にレイットに似合うなって思ったのが大きい」

「私、武装以外のそういったお洒落もマスターにご満足いただけるでしょうか」

 

 自分がマスターに認められるか。

その一点に不安を感じてレイットの声が揺れる。

彼女にとって服とはマスターが似合うといえば似合い、似あわないといえば似あわない、そういうものなのだ。

だからこそ、純粋な存在承認への不安が現れる。

マスターはそんなレイットの髪をなで、さらさらと引っかからずに流れる感触を楽しみながら優しく言った。

 

「レイットは武装神姫だ。武装をするために生まれてきた子だ。でも、武装以外の着用物が似あわないなんて事ないんだ。大丈夫。レイットはちゃんとした服を着ればどんな服でも綺麗だよ」

「マスター……」

 

 撫でる手に身を任せ、恍惚として目を瞑り、思わず猫のようにマスターの手に自分からも身を寄せるレイット。

彼女のCPUは幸せで溢れ、CSCはその処理機能の大多数をマスターの言葉の反芻に廻す。

その結果として彼女が導かれるのは桃源郷だ。

人間が幻想とする境地に、彼女達武装神姫はマスターからの優しい一言で簡単に辿り着いてしまう。

この純粋さは時として彼女達を傷つけるが、それ以上の幸福も彼女達に与えてるのだ。

 

「しかし、神姫用の一般服って高いよね。この前レイットの神姫ネットと普通のネットでディーラーさんのサイト見たら凄かった」

「1セット当たり5万円とか普通にしますからね。私もあそこまでハンドメイドの15cmフィギュア用衣装が高いとは思いませんでした」

「んー。昔からそれなりの値段はしてたんだろうけど、神姫が流行ってそこに拍車をかけたっていうのもあるかもね」

「そうでしょうか?今の神姫の人気の原動力はライドバトルが大きいですから。それでおしゃれ用の普通の服が高くなる理屈が少しわかりません」

「何、簡単なことだよ。折角家族にした可愛い子に可愛い服を買ってあげたいと思うのは俺だけじゃないって事。需要に対して供給が少ないんだろうね」

「可愛い家族ですか……そういっていただけると嬉しいです」

「それなら良かった。マスターなんかの家族なんてごめんこうむりますとか言われたらどうしようかと思った」

「わ、私そんな事いいません!時々変だけど、いつも優しいマスターの事、大好きですから!……あうっ」

「うんうん。俺もいつも綺麗で優しくて、時々抜けてるレイットのこと好きだよ」

「も、もうマスターったら。女の子の心を弄ぶような事ばっかり言って、知ってますよ。そういうのジゴロっていうんです」

「ジゴロじゃないよ。仮にジゴロだとしたらそれはレイット専用だよ」

「んー、本当ですか?」

「フロントライン社の名に掛けても良い」

「それは私の台詞です!マスターとフロントライン社のつながりって私だけじゃないですか!」

「ばれたか、ははは」

「もう、マスターは本当にしようがない人です」

 

 マスターの軽口に、私ちょっと怒ってますアピールするためにマスターに背を向けつんと上向いたレイットのおでこに、覆いかぶさるように姿勢を変えたマスターの胸板が迫る。

かと思うとマスターは腕と胸元でレイット囲う様にして、レイットの髪を吐息で揺らすほど近くまで顔を近づけて静かに言った。

 

「うん。俺はしようがない奴だから。ずっと傍に居てねレイット」

 

 囁かれたその言葉に、レイットは表情を柔らかく崩して、マスターの顔の方を向いて、座ったまま手を伸ばしその顎に触れていった。

 

「この身体がどうしようもなく壊れるまで、ずっと一緒ですよ。マスター」

 

 その一言はマスターに感無量といった喜びを与え、安心感を与える。

神姫は、ある意味で消耗品だ。

時を経るごとに部品の耐用年数は削られていき、それがCSCを冒しその機能を失わせる時、神姫は永遠にマスターから失われる。

だが、それでもマスターはレイットと居る時間を後悔にはできないな、と思う。

もうそれほど彼はレイットという神姫に魅せられているのだ。

こうして、二人の蜜月は長く続くこととなった。



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マスターの大散財は愛ゆえに、の巻き

 小波万は相変わらずの快進撃を見せ、柴田少年とは歳は離れてもバトルの開始時期が近いため友達感覚でバトルについて語り合うようなそんな日々が当たり前になったある日。

マスターは出勤前に彼女のが焼いたカリカリのパンを食べながらいった。

 

「ああ、レイット。今日のお昼は楽しみにしておくといいよ」

「え?今日はマスター早引けですか」

「いや、そうじゃないよ。ちょっとした愉快なものが届くからさ」

 

 そういって曖昧に笑ったマスターの表情に、はてなと小首を傾げたレイットに言ってきますのスキンシップをしてから、マスターは会社に出勤して行った。

その後レイットにできる事と言ったら以前マスターと話し合って加入した特選バトルチョイスチャンネルを見て、プロのマスター達と共に戦う神姫達の動きの型だけでも真似て、結果1人不思議な踊りをしてマスターの不在を埋めることだった。

 

 

 

 そして昼。3時間たっぷりシミュレーションバトルをやり終えたレイットが、マスターが帰る前に一応充電しようとクレイドルで一休みしようとしたその時。

トントンと部屋のドアを叩く音が下ので玄関先まで飛んで行き、声の音量を調節して、扉の向こう側に聞こえるように声をかけると、扉の向こうにいるのは配達屋らしかった。

レイットは「お疲れ様です」と声を掛けながらドアの鍵を開け、その事を伝えると配達屋が扉を開いて印鑑の捺印を求めてきた。

彼女は即座にあまり仕舞う所のないマスターの部屋の中から印鑑を取り出して、受け取り伝票に全身を使って印鑑を捺した。

 

 受け取り伝票の控えを受け取り、印鑑を仕舞って玄関先に戻ったレイットに、配達屋が荷物を室内に運ぶか聞いた。

レイットは縦が自分の全高より少し大きく、横幅は3,4倍ほどの荷物をためしに下から支えてみて、運べない重さではないのを確認すると、配達屋には「大丈夫です」といってお帰り願った。

そうして受け取った荷物を部屋の中のテーブルの上に置き、改めて玄関の鍵を閉めてから荷物を観察した。

 

 箱だ。Ozonという大手ネットショップの包装箱に包まれたそれは、恐らくマスターが楽しみにしておくように言っていた物だろう。

レイットはここで葛藤した。

恐らく、楽しみにするようにといったからには、これはマスターからの贈り物。

マオチャオ型あたりならそれに気づいた時点で遠慮なく開封に走っただろうが、レイットはアーンヴァルMK.2型としてもう少し冷静な視点で考えた。

それは、マスターが自分にどんなことを望んでいるか。

遠慮なく開けて、自分が喜ぶのを想像するだけで楽しむだろうか。

それとも中身に思いを馳せてマスターの帰宅後、二人で中身を開いて目の前で驚き喜んで見せるべきか。

マスターにちょっとでも喜んで欲しくて、どちらが正解かを模索する。

 

 ここでぽんとCPUの計算の中である推測が成される。

先日マスターは服の話をしていた。

という事はこれは神姫用の服に類する物が入っているのではないか。

この推論はかなりの確立で合致していると思いつつ、Ozonで神姫用衣装など扱って居ないという事が疑問を広げる。

しかし、もし服ならきっとマスターはそれを着た自分の姿を楽しみに家路に就くのだろうと考えると、答えは開ける、に決まったのだった。

 

「これは……服、ではなくて、武装?」

 

 箱を開くと現れたのはプラスチックのパックに包まれた黒い衣装だった。

パッケージをよくよく見れば、レベル7武装シスターパック(聖帽“マリア”・聖ドレス“ジャンヌ”・ガター付きストッキング・セイントショスール)と書かれた表示が見えた。

 

「え、ええぇぇぇ!?」

 

 大人しいレイットに珍しく大声を上げてしまった彼女だが、仕方ないだろう。

レベル7武装で、しかもセットである。

よくよくパッケージの隅に書かれている値段を見ればセット価格で40,000spt。

つまり、40万のお買い物である。

それを見たレイットはパッケージ越しに見える白い帯から伸びる肩までの長さの黒いヴェールや、白い襟元を金のリボンで飾る黒い長袖ミニの修道服を前にCSCが一瞬止まったかのような感覚に陥った。

 

「マ、マスター……これはサプライズにしてもやりすぎです……!」

 

 ライドバトルでは規定のLOVE値に達していないため、ライドバトルの武装として使用する許可は降りないだろうが、現実での装着自体は出来る。

だから、マスターのお望みどおりこれを着て帰宅するマスターを出迎えるべきなのだろうが、それは余りにもレイットの感覚では高価すぎた、

彼女の金銭感覚は時折マスターと近所のスーパーに行ったり、過度に豪華な武装を使わない事で庶民派的な形成を見せていた。

そこにこの衝撃である。

 

 レイットはパッケージに触るのも畏れ多いといった慎重な手つきで一旦箱を閉じると、神姫ネットを開いた。

スレッドを立てる為である。

スレッドタイトルは「【無茶】サプライズでマスターがレベル7武装を買ってしまいました【大出費】」である。

その後は現実逃避をするようにスレッド内での他の神姫達からの驚きの声と質問などに答えていった。

それに一段落が着くと、レイットはふらふらとクレイドルに寄りかかり、そのまま思考を放棄するように充電するためのスリープモードへと逃げ込んだのだった。

 

 

 そんなレイットの気持ちを他所に、マスターはのんきな声と共に帰宅した。

 

「ただいまー。レイット。びっくりした?びっくりした?……レイット?」

 

 電気のついてない室内に光を灯すと、反応のないレイットをクレイドルに認めてマスターは一息つく。

そして部屋の中を見渡すと、閉じられた箱を見つけて開いてみて、中身がいまだ未使用である事を見るとすこしがっかりしたようだった。

だがすぐに気を取り直して跪いて、クレイドルに眠るレイットの胸をトントンと叩いて覚醒を促す。

 

「レイット、レイット。起きて。帰ってきたよ」

 

 どこか苦しそうに閉じられていたレイットの瞳が開かれ、ぼんやりとした表情で楽しそうなマスターを捉える。

普段起動に時間の掛からない彼女のそんな様子に、どこか調子が悪いのかな?と思ったマスターは声を掛ける。

 

「おーい。レイット大丈夫?調子悪い?神姫SHOPにメンテしてもらいに行く?」

 

 呼びかけるマスターの声に、ぱっちりと目を開くと、レイットは自分の胸元に置かれたマスターの指を掴んで叫んだ。

 

「何を考えてるんですかマスター!レベル7武装のセットなんて!」

 

 実に常識的な問いだ、マスターだって神姫を持たずに兄弟(居たらだが)が急に40万もする玩具を買ったなどと言われれば同じような事を言っただろう。

だが彼は既にマスターなのだ。

 

「ああ。レイットに着て欲しいと思ってね。ダメだったかな」

「ダメかなって……武装レベル7ですよ。ライドバトルで使えないんですよ。それなのにあんな高価な武装……」

「俺はレイットが着てくれるだけで報われるよ。着てくれないかな」

「で、でもあんな高価な武装もし壊したらって思うと怖くて……」

「大丈夫。怖がらなくていい。壊しても怒らないから。だからさ」

「はい、なんでしょう」

「俺の見てる前で着替えてね」

「え?」

「いやぁ、シスターセットの購入者評価で『フル装備した後にシスター服の下を見せてもらうのはまさに理想郷。神姫LOVEなマスターの方は必見』って書いてあったからさ。どんな風になるか凄い興味があるんだ」

「あ、あの……ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 思わずマスターが耳を押さえる音量で声を上げるレイット。

速攻で隣の部屋から壁を殴る音が聞こえる。

 

「「すいません!」」

 

 即謝った二人が改めて顔を見合わせると、レイットは感情表現機能によって顔を真っ赤にしてマスターを見ていた。

それはそうだろう。

武装を着た上でその下を見せてなどというのは、はっきり言ってエッチ変態あんぽんたんなお願いだ。

臆面もなく言い出すマスターが絶対におかしい。

普通は思っていても言わない。

 

 だが面の皮の厚いマスターは笑顔で言った。

 

「ほら、レイット。着て、見せて」

 

 明らかに着てみせるだけではないアクセントを感じ取ったレイットは、大声で「マスターはおばかさんです!」と叫んで再び壁ドンをされるのだった。

そして、結局マスターの希望に沿ったかどうかはレイットとマスターだけの永遠の秘密だ。



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会社での一幕、の巻き

 マスターはいつも神姫と一緒に居たい。

だがそれは往々にして叶わない願い事でもある。

学生マスターであれば、精密な計算機器であり、まさに生き字引となれる神姫ネットと接続された神姫の存在はテストなどの学習の妨げになるため認められていない。

当然、社会人になれば部外秘といった物も扱うようになるであろうし、それを私物の神姫に記憶されるような行動はもっての外だ。

ずっと一緒である事を実行できるのは一部自営業と、既に社会的にはお疲れ様と送り出される高齢者マスター、後は親が面倒を見るサポートとして乳幼児に神姫を買い与えた場合くらいだろう。

このように、神姫とマスターの一緒の時間というのは、様々な理由で削られるのだ。

 

 それはマスターが昼休みの時間にレイットお手製のサンドイッチの入ったお弁当を広げて食べている時の話だった。

彼の背後を上司である係長が通りかかった。

係長の胸ポケットには部下達との中継ぎであるストラーフMk.2がちょこんとポケットインしていた。

そのストラーフMk.2型神姫は、部署の皆には竹野秘書とよばれる業務用神姫で、褐色の肌と空色のツインテールに灰色のスーツ姿で部内の人間を観察するのが仕事だ。

今回そのマスターとして竹野秘書を会社から貸与されている竹下係長がマスターの弁当に目をつけた。

 

「やぁ、いつもコンビニ弁当の君が手作りのサンドイッチとは珍しいね。手料理を作ってくれる人でもできたのかな」

「係長。それはプライバシーの侵害だと思うぞ」

「いやぁ、部下のプライベートもある程度は把握しておかないとね。このくらい軽い世間話さ。そうだろ君」

「そうですね。後料理を作ってくれる人が出来たかと言われればノーです。人じゃなくて個人で購入した神姫が作ってくれました」

「ほう!神姫に弁当をね。その様子だと良好な関係の様だね」

「……いやぁ、実は弁当を作ってくれるようになったのはちょっとした理由がありまして」

 

 歯切れの悪いマスターに、竹下係長は好奇心を面に出さずあくまで上司として何か問題を抱えていないか確認する、といった態で問うた。

 

「ふむ。どんな問題かな」

「いや、貯金貯まってたので問題ないといったんですけど」

「何か大きな買い物でもしたのか?それも神姫がマスターに対して問題を起こすような物を」

 

 竹下係長より竹野秘書がやや表情を厳しくしてマスターを見る。

今頃彼女の記憶領域には彼の金遣いが荒いというメモでも付け加えられているだろう。

当然これは査定に響くだろう。

払っている給料で安定した生活を送れない社員など、いつ会社の弱みになるかもしれないからだ。

 

「いや。実は武装レベル7で良さそうなのがあったのでセット購入してしまってですね……財布を握られました」

「はっはっはっは!そんな事をしたのかい!それは握られても仕方ないね。普通の会社員の君がレベル7武装なんて買ったら、君の所の神姫は腰を抜かしたんじゃないかね」

「放心状態になったーとは言ってましたね」

「貴方は馬鹿だ。そんな高価な贈り物をいきなりされても神姫だって戸惑うに決まっている」

「はい、竹野秘書。確かに滅茶苦茶動揺されました」

「それで神姫に家計を管理させるとは計画性のない証。そんなことでは安心して会社として業務を任せられない」

「いえ、これに懲りてもうあんな無茶な買い物はしませんよ。電車通勤なので軽自動車でも買えばまた違ったんでしょうけど」

「そうだねぇ。しかし君もやるね。武装レベル7の商品をプレゼントだなんて。恋人がいたら絶対縁を切られてたよ」

 

 至極真面目な竹野秘書とうって変わって、意地悪く楽しそうに笑う竹下係長。

マスターはそんな彼に苦笑で返す。

 

「独身と若さがあるからできる事ですよ。しかし神姫が居ると恋人をつくろうって言う気がすーっと失せますね」

「まぁ無茶はいけないよ。私も竹野君が付いてからあまり残業をさせてもらえなくなった」

「当然だ。業務が終了しているのに残業だなんてさせられない」

「貯金のために残業したい時もあるんだけどなぁ」

「一応、私のマスターは竹下係長だが、あくまで貸与品だからな。私が考えるのは会社の利益だ」

 

 お堅い竹野秘書の言葉にはぁっとため息をついてから竹下係長はマスターとの話題を変える。

そこにはほんの少しの好奇心の色があって、それはどんなものかすぐに明らかになった。

 

「ねぇ君。君の神姫もこんなにお堅いのかい?どうも竹野君のおかげで私は神姫というのに苦手意識ができてね」

「竹野秘書は業務にそれだけ真剣なんですよ。それはさておき、うちの神姫ですか、可愛いですよ」

「どんな風に可愛いのかな」

「朝は体内のタイマーをセットして俺より早く起きて優しく起こしてくれますし、簡単な料理もしてくれます。それに素直で、少し控えめで、でも俺に好意を示してくれる時は大胆な所が凄く可愛いです」

「そうか。そんな夢みたいな存在なんだな……なぁ竹野君。君は私の事をどう思ってる?」

「業務上の仮マスターだ。それ以上でも以下でもない」

「これは手厳しいですね、竹下係長」

「だろう?私ももう少し可愛くしてくれると仕事に張り合いがでるんだがね」

「……可愛くしろといわれてもこれが性格なんだ。仕方ないだろう。私は悪魔型神姫ストラーフMk.2、甘えさせて欲しいならアーンヴァル型でも買うといい」

 

 マスターと係長の言葉に気分を害したのか、ふんとそっぽを向く。

それを見て係長は「おやおや、いじめ過ぎたかな」などと言いながら、竹野秘書の頭を撫でながらその場を立ち去りざまにマスターに言った。

 

「ま、さっきはもう少し可愛くなんていったがね。付き合うとやはりその神姫なりの可愛さは見えてくるものだよ。じゃ、またね」

「そうですか。竹野秘書はどうですか?」

「君も神姫を持ってるなら解るんじゃないかな」

「はは、ですね」

 

 こうして上司と部下のささやかな交流は終わりを告げ、マスターはお弁当の残りを片付けに掛かった。

それは勿論胃袋の中に仕舞いこむという意味での片づけだ。

レイットの作ってくれたお弁当を残すつもりは無い。

そして綺麗に完食してから軽い食休みがてら憩いの場になっている社屋の屋上をぶらついた後、心機一転午後の仕事に掛かったのだった。

 

 

 

 そして帰宅後、夕食の魚を中心とした和食を食べながら(米だけはマスターが自分で焚いた)マスターは件の竹野秘書と竹下係長の話をしていた。

それを聞いたレイットは、どこか安心した様子でヂェリカンを一口飲んでから口を開いた。

 

「きちんとその竹野さんというストラーフMk.2は、自分のいい所を解ってくれるマスターに貸与されてるんですね」

「ん。同じ神姫仲間として安心した?」

「そうですね。ストラーフMk.2は生真面目な……それも私達アーンヴァルMk.2とはまた違って、頑固者と見られがちな基本性格をしていますから。少し、マスターへの愛情が伝わりにくい部分があると思います」

「部署内では結構彼女好評だよ。仕事のミス、といっても彼女に裁量を任されてるのはデータの誤記入の指摘とかだけど。きちんとどこが間違ってるのか教えてくれるからね」

「それはなによりです。同じ神姫として皆さんに好意をもたれているのは嬉しいですね」

「自分とは違う型でも?」

「神姫は発売元は違っても、同じマスターに仕えるという一点で共通していますから」

「そっか、神姫は神姫ネットで無形のつながりがあるからよけいそういう感覚が強いのかな」

「そうかもしれませんね」

 

 話しながら夕食を平らげたマスターが食器を片付けるのを見ながら、レイットが口を開く。

それも少し不安そうな声でだ。

 

「あの、マスター」

「ん?何」

「勤め先のその竹野さんというストラーフMk.2にその、恥ずかしい話とかしてないですか?」

「恥ずかしいって、どんな」

「その、あの事とか」

「ああ、あの事ね。言ってないよ」

「……ならいいんです」

「言えるわけないだろう。言ったら俺の会社内での立場ぼろぼろだよ。よくわからないけど神姫の上司にセクハラって適用されると思う?」

「さぁ、そういった法整備はまだまだですからね……とりあえず、他の神姫との胸部の違いとかも聞かないほうがいいです」

「解ってるって」

 

 解っててもいいそうだから、こんなお小言みたいなことを言うんですけどねと思うレイットの老婆心を他所に。

その夜も平和に過ぎていくのだった。



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大事な大事なお嫁さん、の巻き

 マスターの刑期明け、と言っても警察にご厄介になっていたわけではない。

ライドバトルで現金を賭ける賭博をしていた一味が警察にご厄介になったりはしたようだが、マスターとそれは何の関係もない。

要するに40万の神姫関係のお買い物でレイットが締めていた財布の紐がマスターの手に戻ったという事なのだ。

 

 思わず「ヒャッハァ!新鮮なクレジットカードだぁ!」と買い物に走る欲求に駆られるかもしれない所だが、マスターは我慢した。

まず丁寧に貯めてきたお小遣いを確認する。

レイットはしっかり財布の紐を締めていたが、会社での飲み会などでのお金は経費で落としてくれる有情さがあった。

なのでマスターは比較的楽に月当たり5,000円程度の、レイットが管理する貯金とは別の貯蓄が出来ていたのだ。

それが4ヶ月間。

例の小波万がF1チャンプとして栄光の座に立ったと思ったら、なにやら神姫絡みの大きな事件が起こり、ライドバトルが一時期規制されたり、F0バトルという更なる高みの舞台が用意されたと思ったら、スポンサーが謎の墜落死を遂げたり。

色々と世間的にはめまぐるしく神姫を取り巻く環境に動きがあった。

 

 まぁそのあたりはさておき、マスターには自由に出来るお金が20,000円ほどある事になる。

マスターはこれじゃちょっと足りないなと思いながら、レイットと相談する。

曰く。

 

「レイット、俺は貸衣装になるけど、神姫サイズのウェディングドレスを買って写真を撮ろうよ」

 

 と。

レイットはまたお金を無闇に使おうとするんですから、と思いダメだしをしようとした所で、口を止める。

しかしはたと気づく、今マスターはなんと仰った?ウェディングドレス?じゃあマスターの貸衣装って、と優秀なCPUが要素要素を繋ぎ合わせて結論を出す。

この人は式は挙げないまでも、本当に自分をお嫁さんにしようとしている。

その結論に至ったレイットは普段の落ち着きが嘘のように「あ、あう、あー」としか声を出せなくなり、へたり込む。

ぺたんとお尻をついたレイットをひょいと摘み挙げて、手のひらの上に載せて目と目で見詰め合えるようにしたマスターは改めて言った。

 

「まだ俺達であって半年も経ってないけど、ずっと言ってるよね。レイットはお嫁さんだって。だから、結婚式代わりの写真取りに行こう」

 

 さらりと変態発言をするマスターに、レイットは手をわたわたと動かして。

瞳周辺に配された水分凝縮装置で涙目になりながら言う。

 

「で、でも私今みたいにマスターと二人っきりで居られればそれで満足で、あの、こういうのって昔ゲーム内彼女と結婚した人みたいにニュースになって、マスターが晒しみたいな目にあったりしたら……私そんなの嫌です」

「うん。まぁレイットの言いたい事もわかる。この間の事件以降、神姫とその所有者への視線は厳しいものになった。でもだからこそ俺はレイットとの間に証が欲しい」

「証、ですか?」

「こんな事を言うのは残酷だけど、レイットと俺の間には子供とか、作れないよね。だからレイットが俺のお嫁さんだっていう証が、写真1枚、画像データ1個でいいから欲しいんだ」

「マスター……」

「俺、人間としては外れものかもしれないけど、それぐらいレイットのことが好きなんだよ」

 

 そういいながら、マスターは自分の顔の高さにあわせていたレイットを、両手で包んで自分の胸の中に閉じ込める。

すこし固く大きな手と、筋肉質とはいえないが男らしい筋張った胸板をシャツ越しに感じるほど挟まれて、レイットのCPUは熱暴走寸前にあるかのような感覚に陥る。

あくまで感覚だけだが。最新のパーツを使用された神姫のCPUはこの程度で熱暴走は起こさない。

安全上当然の事だ。

だが感覚は厳然として発生する、そのためにレイットは酔いといわれる状態を味わっていた。

擬似的に手足の駆動部分に動力が通らなくなり、マスターに完全に体を預けてしまう。

 

「なぁレイット。ダメかな?」

 

 そんな状態で囁かれたレイットは何とか動く首を動かしてより強くマスターの胸元に顔を埋める。

神姫という根底を越えて、レイットという個で言えば答えは「Yes」だ。

しかし冷静なマスターのサポーターである神姫としての部分は、「No」を返すべきだと言っている。

人は、人の中で生きるべきなのだから。

そこにマスターは1つ、命令をする。

お願いと言ってもいいかもしれない。

 

「レイット。神姫であることとか、捨てられないのは解るよ。でも今回の俺の問いには心で答えて欲しい。掛け値なしの本音で」

「あ、ああ……マスター……私、なりたいです……マスターのお嫁さんに、なりたい……。マスターの迷惑になるかもって思っても、私、マスターが好きです」

 

 マスターの手の中で、動力が行き渡り始めた腕を動かして顔を覆い、涙を流しながら、搾り出すような声で答えるレイット。

そう、彼女達神姫は涙を流せるのだ。

涙を流さないただのロボット、マシーンとは違う。

限りなく人間の少女に近い、思考と判断能力、そして欲求を持つ存在なのだ。

 

「よし。じゃあ三週間後の休みまでに俺は全部準備を整えておくから。レイットは楽しみにしててよ」

「はい、はいっ……」

 

 マスターの言葉に頷きながら、涙を流し続けるレイット。

そんな彼女を胸中から解放して、心の滴が零れ落ちるそこにマスターはキスをする。

マスターが拭い去るそれは元素で表せばただのH2Oで、泣くことを機能として備える神姫が流す涙に何の意味があるという人間もいるだろう。

だがマスターはその中にレイットの幸福と罪悪感の入り混じる心が溶け込んでいる事を感じ取る。

感じ取ってしまうような、ある意味で奇矯な人間でなければ、神姫にプロポーズじみたことなどしないだろうが。

 

「あの、マスター」

「なにかな」

「本当に、私で良いんですか」

「そうだね、レイットが良い。他の子じゃダメだよ」

「マスタァ……」

 

 マスターに問い、答えられるとレイットはようやく涙を止め、本当に満ち足りた表情でマスターの指に捕まり、身体の替わりに抱きしめる。

万感の思いと愛しさを込めて。

 

 

 

 そして三週間後の日曜日、期せずして大安だったその日に、レイットはマスターの肩に乗り市内の撮影スタジオに来ていた。

マスターがレンタルのタキシードを仕舞いこんだ大き目の鞄と、小さな白い合金でうねる蔦や雲に天使を造型した飾りの付いた小さな箱を手に提げて。

彼が持っている小さな箱には勿論レイットの着るウェディングドレスが入っている。

個人で一点物の神姫用衣装を作成してる縫製職人から60,000円で買い取った純白のヴェールと、肩を出して腰までのラインを出して、脚はふんわりと広がるドレスで隠す一品。

おまけで神姫サイズの武装ではないシルバーの指輪が付いていたので、マスターもそれにあわせてリングを買った。

リングの交換は出来ないが、写真を見てすぐに「ああ、この二人は夫婦だな」と解るような細かい目印になればいいと願って。

 

 予約したスタジオに入ってから、マスターとレイットは別々の部屋で着替えた。

マスターはいつも以上に入念に、何度も身だしなみのチェックをして、完璧を期して部屋を出た。

レイットはウェディングドレスが入った箱の中に付属している化粧セットで記念の日の為にめかし込む。

この日の為に、マスターには先にドール用から派生した神姫用化粧用品を購入してもらって今では手馴れたものだ。

それでも、彼女の口紅を引く手は震えていた。

 

 先に着替えが終わったマスターはレイットの入っている部屋の前で待っていた。

ウェディングドレス姿では武装で飛ぶ事はできないので、レイットが読んだらマスターが迎えに入り、そのままカメラの前に行く事になっている。

 

「マスター、準備できました」

 

 ドア越しのか細い声、マスターはゆっくりとドアを開け、中で待つ純白の天使の元へと歩いて行く。

彼に見えるように、着替えに使ったカウンターの上でどこか所在なさげに手に嵌めた指輪を摩るレイットは美しかった。

白いヴェールで金髪を覆い、元のカラーリングも覗く花嫁姿は彼女が人では無い事を強く意識させたが、ほんのり頬に乗せられた元の色白の顔色に馴染む薄色の頬紅、そしてほんの少し唇を透明に近いパールピンクで輝かせてマスターを笑顔で迎えた彼女はまさしく花嫁だった。

 

「ああ、綺麗だよ。レイット、お化粧の練習、効果あったね」

「そうですか?あの、服はどうでしょう」

「勿論似合ってる。さぁ、それじゃ行こうか。カメラマンさんが待ってる」

「あの、マスター」

「なんだい?」

「撮影中はいえないだろうから今言っておきますね。愛してます。大切なマスター」

「俺だって愛してるよレイット。大切な俺のお嫁さん」

 

 本当はそのままレイットに口付けしたかったマスターだが、撮影前に化粧が崩れてはいけないと我慢する。

2041年の化粧品は保持力に優れているが、マスターがレイットにキスしようと思えばほぼ顔全体を覆うことになる。

鼻から上にすればいいかもしれないが、そうすると今現在はヴェールがキスの邪魔をする。

便利になった世界でもまだまだ不便があるものだ。

 

 こうして着替え室から出てカメラの前に立つと、カメラマンはいささかも動揺を見せずに二人に指示を出し始めた。

旦那さんは背筋をピンとして、花嫁さんをおなかの前にピタリと持ってくるようにだとか。

花嫁さんは指輪を嵌めた手を手の甲を前に顔の横に添えるように立てて、旦那さんは花嫁さんのお腹辺りを指輪をした左手で抑えてとか。

そんな指示を出しながら1枚、2枚と写真を撮り重ねて行く。

花嫁衣裳でマスターの頬に唇を寄せるレイット、彼女をお姫様抱っこしようとしてサイズの違いから子猫をあやすような形になってしまったマスター。

二人にとって大切な記憶である、記録が次々にデータとなっていく。

 

 そして時間一杯の撮影を終えて、着替えも済ませたマスター達にカメラマンが伺いを立てた。

 

「今回撮影したデータの中から特に印刷したいというデータはありますか?画像をクリスタル状合成樹脂にプリントしたスタンドを二週間以内にお届けします」

「ん、そうだね。じゃあ最初に撮った一枚をスタンドに」

「ありがとうございます。では一旦こちらのメディアはお預かりしますので受付でお待ちください」

 

 マスターが買い物を決定するとカメラマンは即座に記録メディアを持って引っ込んでいった。

恐らくプリント用のデータを別の媒体にコピーしに行ったのだろう。

それから、メディアが受け渡されるまでスタジオのロビーでマスターはレイットと話をした。

 

「あの、マスター。これで私、正真正銘、マスターのお嫁さんになったんですよね」

「そうだよ。これでレイットは心の底まで俺のお嫁さん」

「えと、その、キス、しちゃいましたね……普段もしてますけど……」

「特別なキスだったよ。カメラの前じゃなかったらきっとレイットが俺の頭おかしくなったんじゃないかって心配するくらい飛び跳ねてたと思う」

「マスター」

「なんだい」

「私、きっと世界で一番幸せな神姫です。マスターと出会えて、本当に良かったです」

 

 そういって、うっとりとした顔でマスターの首筋に持たれ掛かるレイット。

マスターは座っているソファに手荷物を置いて彼女の頭をこそこそっと撫でる。

そして静かな時間が流れ、マスターの名が呼ばれて記録メディアを受け取り、二人は家路に就く。

帰り着く場所は、二人の愛の巣、いつもの六畳一間の、バストイレ付きのアパートだ。

そこは明日からもっと二人にとって暖かい場所になるだろう。

まるで、そこは永遠の陽だまりともいうべきような場所に。

 

 こうしてマスターが買ったお嫁さんは本当のお嫁さんになった。

だが人が神姫に求めるモノ、属性と言ってもいいそれは多岐に渡る。

母親のように自分を見守り背中を押してくれる存在だったり、擬似的な愛人だったり、百合なあれこれ、あるいは純粋な相棒、少し暗い話をするならひたすらいびり抜くストレス発散の相手。

貴方は神姫に何を求めるだろう。

どんなものを求めても彼女達はきっとそれに答えようとしてくれるだろう。

マスターとレイットの結末は、その中の一つ。

神姫との関係はマスターの数だけ、貴方も神姫を買ってみませんか?



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