仮面ライダー響鬼のその後 (いしかわらいだー)
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1話
「明日夢、いい加減起きなさい!」
今日もいつもの声で目が覚めた。
昨日は響鬼さんと久しぶりに話した興奮であまり寝付けなかったが、気持ちのいい朝を迎えた。
「おはよう!」
「どうしたのそんなすっきりした顔して。はやく朝御飯食べないと遅刻するよ。」
確かに母郁子の言う通りすごくすっきりしている。
響鬼さんに厳しく叱咤されてから一年間、自分なりに努力はしてきたつもりだった。自分にできることを、精一杯やってきた。
だが、自分の努力が人に誇れるものなのかは自信がなかった。
昨日響鬼さんの「鍛えたな、明日夢。」という言葉を聞いたときは目頭が熱くなった。
「行ってきまーす!」
今日もしっかり鍛えよう。達成感とやる気に溢れて家を出た。
「昨日は大変でしたね。香須美さんから聞きました。」
登校後すぐに声をかけられた。
明日夢と天美あきらは昨年度に続き、今年度も同じクラスだ。
文系の持田とは違うクラスになったため、明日夢と一緒にいる時間は一番長い人間かもしれない。
「ありがとう、でも京介にも助けられたし、天美さんがたちばなに連絡してくれたからだよ。」
明日夢は照れくさそうに頭を掻きながら、はにかんで答えた。
「持田さんも順調に回復してるそうです。明日には退院できるみたいです。」
あきらは少し小声で伝え、明日夢は安堵した表情を見せた。
昨日の持田ひとみが魔化魍に襲われた一件は内密に、
そして迅速に処理され、ひとみの意識が回復した後に
勢地朗から魔化魍について、猛士について、鬼について説明がひとみに行われた。
ひとみは時折混乱した様子を見せたものの、
その都度横で一緒に聞いていた明日夢を
チラチラ見ながら頷いていた。
昼食時、明日夢とあきらはベンチに並んで昼食を食べていた。
あきらが鬼の修行を引退してからはひとみも含めた3人だったが、
クラス替えからは2人で食べることが増えている。
桐谷京介が変身したこと、響鬼に認めてもらったこと、これからも響鬼が自分にとって人生の師匠であること、昨日あったことを明日夢は嬉しそうに話し、あきらはそれを真剣そうな眼差しで聞いていた。
「今日ちょっと付き合ってよ。」
明日夢からの急な誘いに、あきらは少し目を見開いた。
「持田もきっと天美さんに会いたいと思うからさ。
一緒に病院に行こうよ。」
あきらは動揺を隠しながら、少し口に入っているものを飲み込んだ。
「いいですね、行きましょう。」
にっこり笑いながら答えた。
放課後、病院にて。
「だいぶ元気そうになったじゃん。」
持田ひとみはだいぶ混乱がとけ、落ち着いた様子になっていた。
「本当にありがとうね、安達くん。」
持田はいつもよりやや真剣に、でもいつものおだやかさも含んだ表情で、頭を下げた。
「いいよいいよ、気にしないでよ。逆に恥ずかしくなっちゃうじゃん。」
明日夢は照れくさそうに笑った。
あきらはそれを微笑みながら眺めていた。
はっと思ってあきらが声をかけた。
「ちょっと私飲み物買ってきます。少し待っててください。」
「えっいいよ、おれが行ってくるよ。実はトイレも行ってきたいしさ。」
明日夢はそう言い、返事も聞かずに半ば強引に出ていった。
ひとみちゃんと二人きりで話すことはあまりなかったから少し緊張するなぁ。
あきらは申し訳なさそうに話しかけた。
「せっかく安達くんと二人きりになれるチャンスだったのに、ごめんなさい。」
ひとみからも明日夢からもお互いが好きだと言葉にしているのは聞いたことはないが、あきらは二人にある絆を感じとっていた。だが、二人とも同じように「自分たちはそんな関係じゃない」と否定していた。あきらにとってはそれが逆に二人の絆を実感する部分でもあった。
しかし…
「えー、私そんな残念そうな顔しちゃってた?ごめんね。」
思わぬひとみの反応に、あきらは驚いた。
「あのね、あきらちゃんに話したいことがあるんだけどぉ。私ね、安達くんのことが好きみたい。」
ひとみは本当に嬉しそうな表情であきらに言った。
「まだよく理解はできてないんだけど、魔化魍?に連れ去られて気がついたときには安達くんが私のこと支えてくれてて、そのときまだほんとはすごく不安だったけど、きっと大丈夫って思えたんだよねぇ。それで昨日の夜たちばなの店長さん?から話聞いてたときも安達くんがいたから、なんとか落ち着いていられたの!それで昨日の夜ずっと安達くんのこと考えてて、これはきっと恋なんだなって思ったんだぁ~。」
ひとみは斜め上を見上げながら、幸せそうに一気に話した。
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2話
どうやら本気でひとみは明日夢が好きみたいだ。
いや、前からそれには気づいていたはずだった。
きっといや、たぶん明日夢もひとみのことが好きだ。
恋愛経験のないあきらにもわかるぐらい、それは明白だった。
でもそれを初めて言葉として聞いて、少し二人が遠くに行った気がして寂しかった。
あきらは明日夢との出会いを思い出していた。
今思えば、出会ってすぐにあの一言は相当ひどかったな。その後にコーヒーを出してくれた安達くんは、本当によくできた人だと今なら思う。桐谷くんが修行をやめた私を「落ちこぼれ」と呼んだとき、初めて心から怒っている彼を見た気がする。実は昨日安達くんがひとみちゃんを助けたって聞いたとき、私がされわれていても助けにきてくれたのかなと一瞬思ってしまった。
二人は付き合ってもきっと今までのようにお互いに思い続けるのだろう。安達くんはどんな表情で愛情を伝えるんだろう。私は二人を素直に応援できるだろうか。二人は私の友達だ。きっと生まれて初めての。その二人が好きな人と結ばれようとしている。こんなおめでたいことはないだろう。
あきらは自己嫌悪に陥りながら、作り笑いをしてひとみの話を聞いて頷いた。
ちょうどそのとき、明日夢が帰ってきた。
「お待たせ~。コーヒー買おうと思ってたんだけど、持田寝れなくなったら困ると思って暖かいココアにした!」
あきらは、明日夢が空気を変えてくれたことにほっとしたのと同時に、飲み物を買いに行っている時もひとみのことを考えていたことに少し落ち込み、ここで落ち込む自分がいたのに動揺し、複雑な気持ちになった。
「来てくれてありがとうね。明日の午前中には退院できると思うから、また明日学校でね~。」
病院からの帰り道。あきらは明日夢と並ぶことに少し抵抗を感じた。
「元気そうでよかったですね。」
明日夢の様子をうかがいながら言ってみた。
「そうだね~。天美さんが来たからだよきっと。」
明日夢は笑顔で振り向いて答えた。不意に二人は目が合い、あきらは目をそらしてしまった。
「安達くんは持田さんをどう思ってるんですか?」
聞かずにおこうかと決めていたのだが、どうしても我慢できずに聞いてしまった。
「えええっ、どうしたのいきなり!」
急に焦る明日夢の様子に、あきらの心も焦っていた。
「うーん、ただの幼馴染みだよ。」
こっちを見ずに答える明日夢。きっと自分の中の恋愛の感情にまだ気づいてないんだなとあきらは思った。
「もし持田さんに彼氏ができたらどう思うんですか?」
言った後にこんなことを言って私はどうしたいんだろうと思った。自分でもどうして言ったのかわからなかった。でも明日夢がひとみのことで思い悩んでいる顔を見るのは心が締め付けられた。
「別におれは持田の彼氏でもなんでもないからさ、持田が好きなんならいいんじゃないかな。」
全然いいとは思ってなさそうな表情で明日夢は答えた。
その表情を見ると、また何かが心を重たくした。もう何も言葉は出てこなかった。何も聞きたくなかった。
「すみません。私よるところがあるので、失礼します。」
なんとかその一言を絞り出して、明日夢の方を見ないまま踵を変えた。去り際に、背中から「今日はありがとう、楽しかったよ!」と声が聞こえた。嬉しさと寂しさが、同時に心を包んだ。
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3話
「へぇ~、そんなことがあったんですか。」
日菜香は同情するような顔をしながら言った。
「私どうしたらいいかわからなくなって、誰かに話を聞いてほしくなって。」
「あきらくんにとって明日夢くんは初めてできた同世代の友達だもんね。」
「でもそれは二人を応援しない理由にはなりません。私は最低な人間です。」
「そういう感情になることは誰にだってあるんですよぉ。寂しくなるのも無理ないですよぉ。」
たちばなでは今日もいつもと同じように老夫婦などのグループがまばらに談笑している。
香須美は客にお茶や団子を出し、一区切り落ち着いたところで二人のところに来て会話に加わった。どうやら聞き耳をたてていたようだ。
「あきらは二人にどうなってほしいの?」
「うーん、二人ともに幸せになってほしいと思います。」
「明日夢くんのことをどう思ってるの?」
「どうって…。素敵な人だと思います。」
「どうしてひとみちゃんを素直に応援できないんだと思う?」
「それは私の性格が悪いから…。」
「んーん、たぶんそれは違うわよ。」
「ままままさか。も、もしかしてぇ!」
「あきらもたぶん明日夢くんに恋しかけてるのよ。」
「そ、そんなわけないですよ!」
あきらは真っ赤になって否定した。でもなぜか心は温かくなっていく気がした。
「いいあきら。恋愛は早いもん勝ちなのよ。このままじゃあんたの初恋は実らないわよ。」
「べ、別にそこはいいですよ。…そ、それに初恋じゃないですもん。」
「うっそだ~。この反応は完全に恋する乙女ですよ!」
日菜香は急にうきうきし出した。
確かに自分にとっても、明日夢は大切な存在だった。最初は冷たく接した私に、彼はコーヒーを入れてくれただけでなく、響鬼から頼まれたとはいえ、その後も授業のノートを見せてくれた。今自分が学校生活に戻れていることには確実に明日夢のお陰も大きいのだ。
猛士の一員として働いていた自分に、いつも「すごいね。」と声をかけてくれたり、必要以上に猛士の話題を出さない配慮をしてくれたり安達くんは気をつかってくれていたんだと思う。鬼の修行をやめてからも、安達くんとだけは何も変わらず関わることができた。自分のことを常に認めてくれる、大切な人だ。
ただ、それは友達としてだと思っていた。そもそも、自分が誰かに恋をするイメージなど微塵もなかった。
明日夢とひとみが付き合うことにどうして素直に応援できないのか。これが嫉妬というものなのだろうか。じゃあどうしたらこの感情が消えるのだろうか。
「いったい私はどうしたらいいんでしょう。」
答えをもとめるわけでなく、誰にも聞こえない声であきらはぼそっとつぶやいた。
いきなりたちばなの戸が開いた。
「ただいま帰りましたぁ~。」
響鬼と京介がVサインをしながら入ってきた。
「おーあきら、昨日はモッチーのことありがとうな。」
頭を下げる響鬼。
「まぁ助けたのはおれだけどね。」
いつものように威張る京介。
「お前と明日夢な。」
優しく睨む響鬼。
「二人とも、ありがとうございました。」
「どうした。学校で明日夢となんかあったのか。」
あきらの様子に何か違和感を感じたようだが、ついすぐに聞いてしまう無神経さは、響鬼さんの長所でもあり、短所でもあると思う。
「ちょっと悩んでるんです。」
「響鬼さんにはちょっと難しいかもね~。」
香須美さんに言われて響鬼さんはちょっとムキになった。
でも少しどんな答えが来るのか気になったし、別のことで話したいこともあったので、香須美に合図を送って二人にしてもらった。
「どうしたんだよ、あきら~。」
響鬼さんは少し嬉しそうだった。
いきなり安達くんと持田さんの話をするのは少し気が引けたので、別の話を切り出した。
「すごいですね、桐谷くん。もう変身するなんて。」
「あいつは根性あるからね。期待してるんだよ。」
「私なんて5年も修行をしたのに…。」
「あきらはあきらでがんばって、別の角度から鬼を目指しただけさ。それに変身が目標じゃなくて、鬼になりたかったんだろ。その点ではまだまだ京介もこれからが大変だよ。」
「安達くんも響鬼さんに褒められたって喜んでましたよ。」
「あいつはあいつで別の道でしっかり鍛えてたからね。自慢の弟子だよ。」
二人の弟子について話すときすごく嬉しそうだった。
京介は鬼に向けて、明日夢は医者に向けて、それぞれがんばっていた。運動音痴だった京介はもう変身ができるまでになったし、決して特別優秀なわけではなかった明日夢は学年でトップクラスの順位になった。
私は二人と比べて成長できているのだろうか。福祉というものに興味を持ったが、まだ明確な目標を立てているわけでもない。
「二人ともすごいです。私なんて…。」
「あきら、ちょっといいか。」
響鬼さんは少し真剣な顔で続けた。
「あきらは鬼の修行やめたことに後悔はあるか。」
「それは正直ありません。ただ、まだ本当に自分がやりたいことは見つかっていないのかもしれません。やはり魔化魍は憎いし、修行をやめてもその憎しみは消えていません。」
「そうか。でも今のあきらにとって、鬼になることの意味は少し変わったんじゃないか。」
「え…?」
「たぶんあの頃のあきらにとって、鬼は魔化魍と闘うものという意識が強かったんじゃないか。だからこそ、鬼の修行を続けられたのかもしれないけどな。」
確かにそうだ。自分は魔化魍を憎み、その憎しみを晴らすことが目的になっていたのかもしれない。そして鬼の修行をやめて、明日夢たちと学校生活を送るようになって、だいぶその感情を忘れる時間も少なくなってはきていた。しかし、夜一人になるとふつふつと込み上げてくるものがあった。
「響鬼さん、お願いがあるんですけど…。」
「ん、なんだ。」
「私のことも鍛えてくれませんか。鬼としてでなく、一人の人間として。」
次の日、学校の昼休み。。
「二人とも~、おはよう!」
もう昼なのに、持田ひとみは二人にかけよってきて朝の挨拶をした。
「おー、おはよう!」
安達くんと持田さんはハイタッチをした。たまに見る光景だ。少し羨ましい。
「無事によくなってよかったですね。」
あきらはまた作り笑いしていた。
「安達くん、桐谷くんってどうしてるのかな。…桐谷くんにもお礼が言いたくって。」
ひとみは申し訳なさそうに言った。
「あー、響鬼さんと一緒だと思うけど。後から連絡してみるよ。」
明日夢は何も気にしてなさそうに答えた。
ちょうど同じとき、ラーメン屋で。
「あきら、そんなこと言ってきたんですか。」
「そうなんだよ、返事に困っちゃってさぁ。」
麺をすする威吹鬼と響鬼。
「僕が言うのも何ですけど、よろしくお願いしますね、あきらのことも。」
威吹鬼は響鬼に体を向けて頼んだ。
「といっても、どんな風に関わってけばいいんだろうな、あきらには。明日夢とかとはまた違うからな。」
「あきらにはなんて言ったんですか。」
「できる限り見守らせてもらうって言っといたよ。」
プルルル、響鬼の携帯が鳴った。
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4話
「お昼に悪いね。ちょっと話したいことがあるんだけど。お昼食べたら一度寄ってくれるかい?」
勢地朗からの電話だった。
同じ日、帰り道。
「今日の英語の小テスト、どうだった?」
いつもと何も変わらず話してくる明日夢。
「いつもよりはできたかもしれないです。」
いつもより気持ちよそよそしいあきら。
「安達くーん、あきらちゃーん、待ってよー。」
そこにいつもより少し元気に駆けてくるひとみ。
ひとみの明日夢に対する態度は特に変わっていない。
ここ数日ひとみに起こったことを考えると、変化がないこと自体、明日夢に対する信頼があるからこそなのかもしれない。
あきらは昨日響鬼と話したことを明日夢に伝えたかったが、無理して二人にしてもらってひとみを不安にさせたくなかった。
「ねえ今日たちばな行かない?」
ひとみは明日夢とあきらを誘った。
「いいですね。行きましょうか。」
微笑んで頷くあきら。
「ごめんおれ今日バイトあるんだ。」
頭をかきながら謝る明日夢。
「じゃああきらちゃん二人で一緒に行こ!」
あきらは少し気まずさを感じながら頷いた。
「来てくれてありがとう。」
勢地朗と響鬼は二人で話している。
「昨日あきらと話したそうだね。何か言ってたかい?」
「なにかとまた不安はあるみたいなんですけど、あきらなりにがんばってるみたいです。」
「それは、よかった。」
「おやっさん、話ってどうしたんですか?」
「いやー、実はあきらのことでちょっとね。」
間を空けてから、勢地朗は話を続けた。
「さっき吉野から連絡があってね。あきらくんのことについてだったんだ。ストレートに言うと、あきらくんに鬼の修行を再開するように説得してほしいそうなんだ。」
「えー、それはあきらの意思次第なんじゃないですか。あきらは鬼にならないという決断をしたわけで、おれたち大人はそれを応援してやるのが務めでしょう。」
「僕もそう思うんだけどね。やっぱり天美の血を引き、和泉が面倒をみてきたあきらが修行をやめて猛士から抜けるというのは相当あちらでも衝撃だったみたいだ。」
「でもそれがあきらが決めた道なんですよ。」
「おそらく吉野から、あきらを直接説得に来ることも考えられるみたいでね。響鬼くんに頼みたいのは、あきらを守ってやってほしいんだ。」
「確かに和泉の者である威吹鬼が入ると、ややこしくなりそうですもんね。」
「そうなんだよ。とはいっても鬼は他人に決められてなるものじゃないからね。」
「その通りですよ。なんで吉野はまた急にそんなこと言ってきたんですかね。」
「それがわからないんだよ。あきらについて報告したときには特に何も言われなかったんだけどね。」
並んで歩くあきらとひとみ。
「安達くんに気持ちは伝えないんですか?」
あきらの質問に、ひとみは焦ったように答える。
「んー、安達くんは私のことただの幼馴染みだと思ってるんじゃないかな。だから今はとりあえずアタックしてく感じかな。」
そんなことないでしょうとあきらは思ったが、何も口にはしなかった。
「あきらちゃんはさ…。」
目を合わさず話すひとみ。
「あきらちゃんは、安達くんのことどう思ってるの?」
「私は…。」
返事に困るあきら。どうして何も思ってないと言えないのだろう。ただの友達だと言えば持田さんは安心するのに。何かがそれを邪魔していた。あきらの言葉の続きの前に、ひとみが話し出した。
「あーやっぱりあきらちゃんも安達くんのことが好きなんでしょう!」
「えっと、その…。」
「あきらちゃん、お互いがんばろうね。安達くんの魅力がわかる人が他にもいて嬉しい!」
驚いて目を見開くあきら。どうしてひとみはこんなに強いんだろう。自分の立場なら同じように言えただろうか。いや、言えなかったから迷っていたのかもしれない。あきらはまた自分に悔しくなった。そして、無自覚ではあるが、明日夢を好きになっていたことを受け入れていた。
ひとみは正直複雑な気持ちだった。あきらは明日夢と猛士という共通の秘密を持っていた。ひとみにとってそれは二人だけにある絆のように思えていた。それに、今まで自分は無意識に明日夢の気を引こうとして行動している場面があった。だが明日夢にはそれはきっと伝わっていない。きっと自分は本当にただの幼馴染みだと思っていたからだ。
「こんにちは~。」
ひとみが大きな声で入っていく。
たちばなはいつものように談笑する老人のグループが数組いて、日菜香にも香須美にもある程度余裕がありそうだった。
空いたテーブルに座った二人に香須美がお茶を持ってきた。
「ひとみちゃん、もう体調はよくなったの?」
「おかげさまで。ご迷惑をおかけしました。」
「んーん、何も気にしないでいいのよ。ひとみちゃんは巻き込まれただけなんだから。」
そのときちょうど響鬼が中から出てきた。
「おーあきら、それにモッチーも。」
ひとみとあきらのテーブルの横に座る響鬼。
「無事でよかったな、モッチー。」
「ご心配おかけしました。」
「明日夢も京介もがんばってくれたおかげだな。」
「桐谷くんは今どうしてるんですか?」
「あいつは今も鍛えてるよ。今日は轟鬼のサポーターやってる。」
「轟鬼さんについて桐谷くん大丈夫なんですか?」
あきらが話に入った。
「今猛士も人がいなくてね。入ってもらってるのよ。轟鬼くんなら京介くんをお願いしても大丈夫だと思って。」
確かに京介と一緒にいて、腹がたったりしない人は数少ないかもしれない。
「二人とも、ちょっといいかな。」
中から勢地朗が顔を出して、ひとみとあきらを呼んだ。
二人ともなぜだろうという顔をしながら中に入っていった。
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5話
「ちょうどよかった。一人ずつ話をしたいんだけど、いいかな?」
あきらとひとみは同時に頷いた。
「じゃあひとみちゃんから話そうか。響鬼くんも呼んで一緒に来てくれるかい?あきらくんは少し上でお茶でも飲んで待っててちょうだい。」
そういって3人は地下へ降りていった。
「まずひとみちゃん、無事でよかったよ。」
「ご心配おかけしました。」
「いえいえ、こちらこそ巻き込んでしまって申し訳ないよ。」
ひとみは勢地朗の正面に座り、響鬼は座らずに部屋の入り口のところに待っていた。
「すいません。私まだよくわからなくて。結局昨日どうして私は連れてかれたんですか?」
「それは私たちもまだよくわからなくてね。そもそもひとみちゃんであったことに理由があったのかどうかかもわからないんだ。」
響鬼はずっとだまって聞いていた。
「私は本当になんともないんですか。」
昨日薄れゆく意識の中で感じた男女の気配は、なんとなく人間のそれとは異なる気がした。猛士の人たちにもわからないことが、通常の病院で診断されるものだとは思えなかった。
「そこについてなんだが、君の体について、僕たちもすごく心配しているんだ。なにせほとんど事例のない状況だったからね。」
他人事だと思って、呑気なことを言っているなとひとみは内心怒った。
「そこで、もし君がよければなんだが…、吉野に行って浄めてもらうのはどうだろうか。」
「え、吉野って奈良のですよね?」
「そうだよ。よく知ってるね。吉野は猛士の総本部でね。
実は鬼は魔化魍と闘う中でその体と心にどんどん邪悪な気みたいなものが溜まっていくんだよ。そのため鬼は定期的に吉野へ行って浄めてもらうんだけど。ひとみちゃんもそこで浄めてもらったらいいと思ってね。」
「でも私、そんなところ一人で行くなんて。」
「うん、不安だろうから香須美と威吹鬼くんと一緒に行ってもらおうと思ってる。もともとその二人は行く予定だったからね。」
「モッチー、おれも行ってきたらいいと思うよ。やっぱり行ってしっかり浄めてもらうまでは不安だろうからさ。」
ここで初めて響鬼が会話に入った。その一言はひとみが断る理由をなくすには、十分な一言であった。
「わかりました。行くことにします。」
「うん、もちろん旅費はこっちで用意するから。安心して行っておいで。」
ひとみと入れ替わってあきらが入った。あきらはすれ違いざまにひとみの微笑む表情の裏に不安と恐怖があることを読みとった。
「あきらくん、最近の学校生活はどうだい?」
「ええ、まあまあ充実していると思います。」
「そうかい。それはよかった。」
勢地朗の態度はいつもよりよそよそしいように思えた。
「ちょっと君に確認しておきたいことがあるんだ。」
「はい、なんでしょう。」
「君は鬼になることはもう考えてないという認識でいていいんだよね?」
「…。」
響鬼が驚いた顔で会話に入る。
「おいおい、昨日は後悔はないって言ってたじゃないか。」
「後悔はないです。それはほんとです。でも昨日響鬼さんに言われたように、鬼になるということの意味は一年前とまったくかわりました。今は自分のためではなく、人のために鬼になりたいと思うときもあります。もちろん魔化魍は憎いけど、だからこそ自分のような人間をこれ以上生まれてほしくないと思うし、それを自分の手で止めたいとも思います。」
「それは鬼の修行を再び始めたいということなのかい。」
「今病院でパネルシアターのボランティアをしていて、介護の道を考え始めたところでもあります。まだ自分の道を決められていないのかもしれません。でも、急いで結論を出す気もありません。しっかり自分を見つめ直して、どちらか決めたいと思っています。」
「別にどっちも目指していいんじゃないのかい。」
少し間をとって、勢地朗はあきらをしっかり見て話を続けた。
「実は…、吉野から君に鬼の修行を再開するよう指示があった。僕としては、あきらの意思に任せて無理にやらせたくはないと思ってるし、意思に反する形にならないように、君を全力で守るつもりだ。」
「どうしてそんなこと、急に…。」
「それはおれたちもわからない。でもあきら、あきらが言ったようにこれは急いで結論を出すことじゃない。あきらが自分を見つめ直す時間はおれたちが作る。あきらは焦らずに自分を鍛えていこうな。」
「はい。そうします。」
「昨日あきらは自分が鍛えられているのか、不安そうに言ってたけど、やっぱりあきらもちゃんと成長してるよ。一年前には考えられなかったことがいっぱい考えられてるじゃないか。明日夢や京介と比較する必要なんてない、あきらにはあきらの鍛え方があるんだぞ。」
なるほど、安達くんは響鬼さんのこういうところに惹かれたんだなと実感した。響鬼には人に自信を持たせる力がある。それは誰よりも自分を鍛え、苦難を乗り越えてきた響鬼だからこそ持てる力なのかもしれない。
「ありがとうございます。私もう少し考えてみます。」
あきらは立ち上がって深々と頭を下げた。
数日後、週末。病院のパネルシアターにて。
「今日は持田さん、来ないんですね。」
「うん、なんか家の都合で京都行ってるんだってさ。」
ひとみは吉野に行くことも、ましてやその理由も明日夢とあきらには秘密にしていた。二人とも猛士について知っており、ある程度の理解はあるとわかっていながらも、どんな反応をするのか不安だったからだ。
「天美さん、今日この後空いてる?」
またまた急な誘いに驚いて、顔を赤くするあきら。
「えぇぇっ、な、何もないですけど、どうしました?」
「天美さんがよかったらだけど、一緒に図書館で勉強しない?ちょっと最近一人だとなかなか集中できなくってさ。」
「私はいいですけど、逆に私でいいんですか?何も安達くんに教えられませんよ?」
「大丈夫だよ。じゃあその時は一緒に考えてくれる?」
『一緒に』という言葉に少し興奮した。あきらはさらに顔を赤くして、少し勇気を出した。
「じゃあもしわからないとこあったら私がわかるまで、つきっきりで教えてくださいね。」
ここで初めて目が合い、明日夢も少し顔を赤らめた。
「わ、わかった。がんばるよ。」
あきらは真っ赤になった顔を隠すのに必死だった。
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6話
同じ週末の土曜日、東京駅にて。
「ひとみちゃーん、こっちこっち!」
香須美と威吹鬼は先に来て待っていた。
「初めまして。威吹鬼といいます。僕も鬼なんです。」
同じ鬼なのに、響鬼とは全然違うなとひとみは感じた。
「持田ひとみです。よろしくお願いします。」
「じゃあさっそく行きましょうか。自由席だから、いい席とらなきゃ。」
「ひとみちゃん、奈良は初めて?」
「小さい頃に家族と行ったっきりなのでほとんど記憶にないんですよね。」
「今日ついて今晩中には浄めが終わるから、明日は一緒にどこか行こっか!」
ひとみは笑顔で頷いたが、心の奥にある不安は消えなかった。
その様子に何か感じたのか、香須美がひとみの背中をさすりながら一言告げた。
「そんな心配しないでいいのよ。吉野は日本の猛士の一番中心なんだから。」
ひとみはそのおかげでだいぶ落ち着いた。
その頃、秩父の山中にて。
今日も魔化魍と鬼が戦っていた。
「こいつか、今日の魔化魍は。」
弾鬼がツチグモと戦っていた。ツチグモのような大型には、弾鬼のような『打』の鬼が有効なのである。
「音撃打 破砕細石!」
弾鬼が激しく撥を連続で叩きつけた後、ツチグモは四散した。
「ふぅ~、童子と姫がいないな。」
リラックスしたのもつかの間、すぐに辺りを注意深く見渡す弾鬼。
「ん、あれは誰だ?」
それは姫のように見えた。衣装はいつもと同じような格好だが、容姿は異なっているように見えた。
同じ時、たちばなにて。
「ただいま帰りました~。」
鋭鬼が同じように魔化魍を退治して報告に来ていた。
「おつかれさまでした~!」
日菜香が笑顔で出迎える。
「今日はどうでした?」
「そうだ、おやっさんに報告しておきたいことがあるんだった!奥にいるかな?」
「いますよ~!どうぞ入ってってください!」
「どうしたんだい報告したいことって。」
「いやー今日ですね、オオアリと闘ってたんですけどね。」
「まさか、逃がしちゃったのかい?」
「いえいえ、しっかり倒しましたよ。」
「それはそれは、おつかれさま。童子と姫は?」
「そこなんですよ。普通姫と童子ってセットで動いてますよね。それが今回は姫しかいなかったんですよ。」
「それは不思議だね。童子だけ以前に倒してたりしたのかな。そんな報告あった覚えはないんだけど。」
「しかも、その姫なんとなく見た目が違って、これまで僕と同世代ぐらいの、若いお姉ちゃんって感じだったじゃないですか。それがもっと若い、そうだな、高校生ぐらいの感じに見えたんですよ。」
「そんな、今まですべて同じ顔だったのにね。」
「そうなんですよ~。なんか急にかわいくなったもんだから闘いにくかったです、ハハハ。」
鋭鬼は笑いながら言った。
「ディスクアニマルを確認したんですけど、撮れていなかったみたいなんで、次から起動したままにしておきます。」
勢地朗は表情は変えなかったが、内心焦っていた。もし童子と姫が、対ではなく単体で行動するようになると、これまでよりもさらに魔化魍は発見しづらくなるだろう。それに、その能力はこれまでの童子たちとどう異なるのか、もし二人分の力があるのならば、それが鎧やスーパー童子・姫になっていくことを考えたら決して見過ごせない問題だ。
「とにかく情報が少なすぎるね。しばらく様子を見てみようか。」
それからしばらく後、どこかの洋館で。
「新しいのはどう?」
身なりのいい女が尋ねる。鋭鬼のいう、『若いお姉ちゃん』だ。
「んー、まぁ順調だよ。2体である必要がなくなった分、楽になったのかもしれないね。」
男の方も身なりはよく、眼鏡をかけている。
「あの宿主の子、今も正気を保ってるみたいね?」
「今もというか、ずっとそうだと思うよ。」
「なんであの子は大丈夫なの?」
「そうなのかも含めて、今後のお楽しみかな。もういくつかサンプルを試す必要もあるし。」
図書館にて、ひとつの机に並んで座る明日夢とあきら。
黙々と勉強する二人。明日夢は学年トップクラス。あきらは鬼の修行であまり学校に行くことができていないときは成績は芳しくなかったが、今では明日夢ほどではないが、十分優秀と言われる成績だった。
「少し休憩しようか。」
明日夢は小声であきらに伝えた。甘いシャンプーの臭いにどきっとした。同じようにあきらも、急に耳元で囁かれたことに思わず体が飛び上がりそうになりながら目を見開いた。その後、二人同時に顔を真っ赤にした。
「わかりました。きりのいいところまでやるので、待っててください。」
「うん、わかったよ。なんかごめんね。」
あきらは顔を赤らめたまま左右に首を振った。
「もうすぐ京都ね。降りる準備しておきましょうか。」
京都からは乗り換えて奈良・吉野に向かう。
ひとみと威吹鬼は香須美の呼び掛けに頷いて支度を始めた。
ひとみには疑問があった。鬼の威吹鬼は勢地朗が言っていたように浄めに行くのだろう。では香須美の理由は何なのだろうか。単に二人の引率ということではなさそうである。それならあきらでも問題なさそうである。
そして不安もあった。もちろん自分の体のことや、これから初めて浄めの体験をすることも不安ではあるが、明日夢とあきらのことが不安だったのだ。数日前にあきらは明日夢に好意を抱いていることを知った。明日夢はどうかはわからないが、自分がいない間に二人に進展があるのではないかとどうしても不安になっていた。もちろんあきらは大切な友人の一人であり、自分の気持ちを知っている以上不義理なことはしないだろうという信頼はあったが、それでも不安だった。
乗り換えの移動の際、ひとみは無意識に香須美のリュックをつかんで移動していた。
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7話
「ただ今戻りました!」
轟鬼と京介が入ってきた。
「あらお帰りなさい!」
日菜香が笑顔で出迎える。心なしか鋭鬼のときより帰りを喜んでいる。
「おー轟鬼、久し振りだな。」
ちょうど鋭鬼が中から出てきた。
「鋭鬼さん!お久し振りです!」
「君が京介くんか、響鬼さんから話は聞いてるよ。すごいらしいじゃないか。」
「そりゃどうも。でもまだまだ強くなりますよ。」
「ビッグマウスだね~、期待してるよ。おれもうかうかしてらんないな。今日は何の魔化魍だったの?」
「今日はアミキリです。」
オロチの一件でアミキリはバケガ二の変種だということがわかったそうだ。だがその発生条件はまだわかっていない。
「京介くんも闘ったのかい?」
「いえ、今日は闘ってないですね。」
しかめっ面をする京介に変わって轟鬼が返事をした。
京介は響鬼の最速記録に並ぶ勢いで鬼に変身した。
しかし、まだ安定して変身できるわけではない。変身できたとしても魔化魍と闘うことができるような力はまだない。前回明日夢の前でサトリと闘った際には、自分の持ち得る力以上のものが出ていたのだ。
そして、響鬼がいうように『これからが正念場』なのである。
その頃、図書館の休憩室。
自販機の前で一息つく明日夢とあきら。
「天美さん、何か悩んでる?」
あきらは内心相当驚いたが、表情にはあまり出さずに答えた。
「いえ、特にありませんよ。何かありました?」
「ならいいんだけど。んー、何となくよそよそしいような気がして。」
「そ、そんなことないです!絶対!もしそう思わせてたら、ごめんなさい。」
「んーん、何もないんならよかったよ。何かあったら言ってね。」
明日夢が自分のことを気にしてくれていたのが嬉しかった。あきらははじけたような笑顔で頷き、それを見た明日夢は照れて目をそらした。
ひとみ、香須美、威吹鬼は吉野に到着した。
吉野から使者が来ていた。女性というより、女の子で和服を来ていた。
普通だと和服を来て一人でいるのは珍しいものだが、この吉野という地では、特に目立っていなかった。むしろそちらの方が溶け込んでいるぐらいだった。
「お疲れ様です。ようこそ吉野へ。使者の者です。」
声を聞いて、ひとみは人だと感じた。
「あ、栞ちゃん。久し振りだね。」
「あら~、大きくなったわね。私は何年振りかしら。」
「どうもお久し振りです。威吹鬼さんは2年ぶり、香須美さんは4年振りになります。」
少し前のあきらと雰囲気が似ているようにひとみには思えた。
はやくも3人で話が盛り上がりそうになっている。ひとみは威吹鬼と香須美と距離があるのを実感した。やはり二人は猛士の人間で、自分はその他なのだ。わかってはいても少し寂しくなった。
「初めまして。白井栞です。持田ひとみさんですよね?」
いきなり話かけられてひとみは驚いて返事がなかなか出てこなかった。
「そ、そうです。よ、よろしく願いします。」
「はい、敬語じゃなくていいですよ。私の方が年下なので。」
笑顔で言う栞に対して、ひとみは緊張しながら頷いた。
「栞さんって何歳なの?」
「今年で中学校を卒業します。」
「へー、もうそんな大きくなったんだね。」
香須美が代わりに返事をした。
「じゃあ出発しましょう。バスが来てます。」
「よっ、京介。」
京介は響鬼と合流していた。
「どうだ、調子は?安定して変身できるようになったか?」
しかめっ面で返事をする京介。
「まだです。」
「焦ることはないさ。じっくりがんばってみようぜ。」
「と言われても焦りますよ。まだおれは鬼になれたわけじゃないんですね。」
「お前にとって鬼になることはどういうことなんだ?」
京介は変身することができた。京介は変身できれば鬼になれると漠然と思っていた。だがもちろん現実は違った。まだ魔化魍と闘うことも十分にできない。おそらく一人ではサトリとは勝負にもならなかっただろう。こないだのサトリとの一件以来、京介の中で変身することのさらに次の目標が出てきたのだ。それは自身の鬼像が変化していることも表していた。
「おれにとって、鬼になるとは魔化魍を倒すことですね。まずは結果がほしい。」
「それだけじゃあ弱いかもしれないな。お前の中でそれに納得できてないところもあるんじゃないか。」
「それは…。」
「変身して闘うから鬼なんじゃなくて、鬼だから変身して闘うんだぞ。変身してない時の自分も含めて鬼にならなきゃいけないんだぞ。」
「その響鬼さんの、鬼になるってのはどういうことなんですか?」
「おれにはおれでちゃんと答えはあるよ。きっとおれ以外の鬼にもそれぞれにあると思う。京介も自分なりの答えが必要なんだ。」
ずるい答えだと京介は思った。
大体鬼の人たちはみんな言うことが哲学的でよくわからないんだよ。なんか核心を言わずにみんなぼやかして伝えてくるんだから。
京介は心の中で毒づいていた。彼が伸び悩む原因はこういうところだとも知らずに。響鬼は京介がそのことに自分で気づくのをずっと待つことにしていたのだ。
「すみません。嘘をついていました。」
図書館からの帰り道。
あきらは明日夢に告げた。
「え、どんな嘘?」
心配そうな表情の明日夢に、あきらは笑顔で答えた。
「実は今悩んでいることが2つあるんです。」
「えっ、何に悩んでるの?」
「ひとつは、鬼の修行を再開するかどうかなんです。」
「え、天美さんもう一度修行するの?」
「まだどちらに決めたわけじゃないんですけど、今なら以前とは違う気持ちで鬼を目指せると思うんです。鬼の修行をやめて、安達くんや持田さんと一緒に学校に行くようになって、色んなことを勉強するようになって、今まで自分の憎しみのために鬼を目指してたのが、今では人のために鬼になるのもいいように思えてきたんです。」
「うーん、おれなんかが言えることかはわからなし、ずれちゃってる気もするんだけど…。」
「なんですか?」
「おれ、天美さんのことすごい尊敬してるんだ。」
「えっ、どうしたんですかいきなり。」
照れるあきらに気づかずに続ける明日夢。
「だって自分と同い年でずっと鬼になるって決めて修行してたんだよ。京介はあんなこと言ってたけど、おれは本当にがんばってたと思うよ。しかもその道をやめたのだって本当に勇気がいることだと思うんだよね。今だって勉強もパネルシアターもすごいがんばってるし。だから、今天美さんが鬼の修行をするのは、鬼になるその一本で目指してたのとはだいぶ違う視点は持てると思う。」
真剣な眼差しで話す明日夢が、あきらは頼もしかった。
「確かにそうですね。なんかありがとうございます。」
「全然大丈夫だよ。でも…。」
表情を曇らせる明日夢。
「どうしたんですか?」
「いやぁ、別に…。」
「言ってください。私も言ったんですから。」
強めのトーンで聞くあきら。
「うーん、こんなこと言ったらだめなのかもしれないけど…。鬼の修行始めたら、また学校とかあまり来れなくなるのかなと思って、少し寂しくなっちゃった。」
力なく笑う明日夢とは裏腹に、あきらは内心喜んでいた。自分がいないと寂しいなんて思ってくれるんだ。それがすごく嬉しかった。
「そういう風に言ってもらえてうれしいです!」
あきらは心からの笑顔で伝えた。二人は目を合わせてまたお互い真っ赤になった。
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8話
「悩みが2つあるって言ってたけど、ひとつはわかったけど、もうひとつはなんなの?」
「それは…内緒です。」
「えぇぇ、なんで?」
あきらは嬉しそうな笑顔で、明日夢の方に振り返った。
「そうですねぇ、今はまだ秘密です!今日はありがとうございました。また学校で。」
頭を下げて、機嫌よく歩いていくあきらを、明日夢は立ち止まって眺めていた。
吉野までのバスではひとみと栞、香須美と威吹鬼が並んで座った。
吉野の本殿は山に囲まれており、一般の参拝者や観光客には見つからないようになっている。また、浄めの力が非常に強く、魔化魍などの被害が出ることはない。そのため、猛士以外の者では、まず入ることも見ることもできない。バスを下りてからは猛士の車での移動になる。
「今回は特別とのことです。確認ですが、決して口外しないようにしてください。」
「わかってます。」
ひとみは自分が信頼されていないようで少し苛立った。ひとみにしては珍しいことである。それぐらい非日常な機会であり、緊張しているのだ。
「私も仕事なので確認したんです。気を悪くされたのならごめんなさい。」
真剣な表情で謝る栞に、ひとみは笑顔で首を左右に振った。
「うん大丈夫だよ。ありがとう。」
たちばなの地下では勢地朗と轟鬼が二人で話していた。
「今日もおつかれさま。」
「いえいえ~、いくらでも働くっす!」
一度再起不能と診断されてから、轟鬼は鬼として活動できることへの情熱が、さらに加熱していた。
「サポーターとして、京介くんはどうだった?」
「がんばってましたよ!今日なんか、一緒にアミキリを倒したんですけど、童子をけっこう引き付けてくれてたんで、すごい闘いやすかったです。」
轟鬼は嬉しそうに京介の様子を話した。
「鬼として一人で闘うのは、まだ厳しいかな?」
「それはまだもう少しかかると思います。でもあいつなら、きっとすぐにそこまでいけますよ。」
予想と言うよりも願望に近い言葉だと勢地朗は感じた。
あきらや明日夢が修行をやめた今、京介は未来を担う重要な人材なのだ。しかもただでさえ鬼は慢性的に人材不足である。なので、響鬼だけでなく轟鬼や威吹鬼など、様々な鬼と組むことで、鬼としても人間としても成長することを勢地朗たちは願っているのだ。
その日の夕方、あきらは家でトレーニングをしていた。
鬼の修行はやめたが、それまで継続して続けていたトレーニングは習慣となっており、あきらの体力は修行をやめたときよりも向上していた。また、笛の練習もしており、それも依然よりもかなり上達していた。
無意識に修行を続けていることが、あきらが鬼になることを再び悩ませるきっかけにもなっていた。
また、今になってひとみに申し訳ないことをしたように思えていた。今日の一件で、明日夢が自分を好きになったなどとは思えないが、自分が明日夢の行動に心を踊らせ、顔を赤らめていたのは、ひとみに対する裏切りのように感じた。
ひとみたちは無事に吉野の本殿についた。
バスを下りてからは30分ほど歩いたが、ひとみは特別厳しい道のりのようには感じなかった。ただ、自分だけで帰るのは難しいような、複雑な道筋ではあったように思えた。
吉野の本殿は、真っ黒に塗られた木の外壁で囲まれ、中には神社のような建築の建物が5、6棟と、さらに大きなアパートのような建物が見えた。面積はかなり広く、ひとみは全体像を把握しきれなかった。
「みなさん、いらっしゃい。」
門をくぐって早々、年配の男性が話しかけていた。
「お久し振りです、お父さん。」
その男性は威吹鬼の父親のようだった。
背は威吹鬼よりもやや高く、がっちりしたような体型だったが、表情は柔らかく、人を落ち着かせることができる雰囲気があった。
栞がその人を見た瞬間、身体中に電流が流れたように背筋をのばしたのを見て、ひとみはこの人は偉い人だとわかった。
「こんにちは、立花香須美です。」
「お久し振りです。いつも威吹鬼がお世話になっています。」
香須美はいつも通り礼儀正しく振る舞っていたが、いつもより緊張しているように見えた。
「持田ひとみです。よろしくお願いします。」
続いてひとみも挨拶をした。
「君が持田さんか、事情は聞いています。巻き込んでしまって申し訳ない。ゆっくりと、休んでいってください。」
威吹鬼の父親は、優しく温かい表情だった。
明日夢はあきらと同じように、トレーニングに勤しんでいた。明日夢も鬼の修行後も鍛え続けており、それが先日京介との共闘を可能にしたのだった。
そして、明日夢はあきらのことを考えていた。
「天美さん、また鬼を目指すのかな…。」
あきらと出会ってから、明日夢はあきらのことを尊敬していた。自分の将来を決め、それに向けてがんばっている姿は、将来に不安を抱える明日夢にとってそれは眩い姿だった。そして、あまり明日夢にはよく理由が知らされてはいないが、あきらは鬼という目標を捨てた。あきらなりに考えぬいた末の決断であることは明日夢にでもわかった。なので、あきらに対する尊敬は変わることがなかった。そんな同級生が、初めて自分に悩みを打ち明けてくれた。それが素直に嬉しかったのだ。
「鬼の修行を再開したら、またあんまり学校来れなくなるのかな…。」
明日夢はなにかを振り払うかのように顔を左右に振った。
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9話
三人は広い和室に通された。
「二人は少し休んでてください。一刻、二時間ほど後に浄めを始めます。伊織、少しいいか?」
威吹鬼は頷き、父親と二人で出ていった。
「少し疲れたわね。」
香須美は笑顔でひとみに声をかけた。
「そうですね。あの、ひとつ聞きたいんですけど…。」
不安そうな表情で香須美に聞くひとみ。
「浄めってどんなことをするんですか?」
「うん、私お父さんから聞いて勉強してきたの。今から簡単に説明するね。」
香須美はスイッチが入ったように真剣な表情になり、ひとみも香須美に体を向けた。
「まず、響鬼さんや威吹鬼くんといった鬼が魔化魍と闘っているんだけど、厳密に言うと、鬼は魔化魍を倒しているのではなくて、浄めているのよ。」
よくわからない表情をしているひとみの表情を見て、香須美は説明を付け足すことにした。
「魔化魍っていうのはね、邪悪な気が土や草木、水といったものに取り憑いて発生すると言われているの。その邪悪な気自体を消さないと、ただその魔化魍を殺しても、また蘇っちゃうのよね。」
ひとみは頷きながら聞いている。まだわからないところは多いが、そういうものだと思って聞いてみることにしたのだ。
「だから、その邪悪な気自体を消す、つまり浄めることが必要なのよ。それが『清めの音』と呼ばれているんだけど、威吹鬼くんたち鬼は音撃、清めの音で魔化魍を退治しているのよね。」
もはや理解は追い付いていないが、なんとか話についていこうとしているひとみ。
「じゃあ私は今から、その清めの音を聞くわけなんですか?」
「んー、もちろん魔化魍に対するような強力な音を出されるわけじゃないんだけど、ひとみちゃんの内側から音を反響させて、少しずつ浄化していく感じかな。」
「具体的には、どんなことをするんですか?」
「とくに変わったことはしないのよ。たぶんひとみちゃんは、座って音を聞いていたらいいだけだと思うわ。魔化魍に対するものと違って、苦しくなったり痛かったりするようなものじゃないからね。」
ひとみはここまで聞いてやっと少し落ち着いた。
その夜、京介は一人ランニングしていた。
一年間で運動音痴だった彼の身体能力は随分と成長した。ただ、今彼は悩んでいた。そして、明日夢のことを考えていた。
自分はずっと優秀だった。今もそうだと思う。それに比べて明日夢は取り分のない、平凡なやつだと思っていた。そして二人で修行を始め、明日夢は鬼にならないことを決めた。そのせいで明確に自分の方が上であると証明することはできなくなった。それは自分に対する裏切りだと思っていた。だがそれは誤解だった。明日夢は明日夢なりに鍛えていた。そして、明日夢は明日夢の道を見つけていたのだ。
自分は鬼になる道を選んだ。後悔も迷いもない。自分には鬼になる道しかない。これまで精一杯鍛えてきた。一瞬なりとも鬼になれた。魔化魍ともある程度やりあえた。だが、まだ鬼としては一流じゃない。明日夢がいなかったら、サトリに殺されていたかもしれない。今日も、一人では童子も姫も倒すどころか引き付けるだけで精一杯だった。優秀かどうかではなく、まだ一人前ですらない。
響鬼は焦らなくていいと言ったが、京介はすごく焦っていた。少しでもはやく強くなりたかった。『親父を越える』その目標達成のためにも、とにかく強くなるしかなかったのだ。
そんな具合に、モヤモヤしながら走っている京介の前を、見覚えのある人物が通りかかった。
「京介!奇遇だな!」
ジャージ姿の明日夢だった。
「やあ、こんなところで何をしているんだい?」
「はは、京介と一緒さ。今軽く走ってたんだ。」
「君と一緒にしないでくれ。僕は鬼になるために走っているんだ。」
鍛える理由に、鬼になるかどうかは重要ではないが、そうでもしないと自分の努力が評価されないような気がして、ついつい毒ずく京介。
「うん、僕も少しでも人助けできるように、鍛えてるんだ。」
まじめな表情でこたえる明日夢に、少し圧を感じた。
自分に並んで走る明日夢。少しペースを上げる京介。なんとかついていく明日夢。またペースを上げる京介。その繰り返しを何度か続けた後に、きりがないと感じた明日夢が声をかけた。
「はぁ…はぁ…わかった、おれの負けだよ。少し休もう。」
「ふん、しょうがないな。」
少し笑顔になって頷く京介。京介も少し息が切れていた。
オロナミンCを買って、なぜか少し離れて一緒に二人で座った。
「なぁ、聞きたいことがある。」
最初に口を開けたのは京介だった。
「なんだよ改まって。」
笑顔でこたえる明日夢。
「君はどうして鬼にならないんだ?」
半分答えがわかりながら聞く京介。
「おれはおれなりに、よく生きようと思ったんだ。鬼にならずに他のやり方で人を助けていくことが、おれのやり方だったんだよ。」
笑顔ながらも真剣な表情でこたえる明日夢を見て、京介は悔しくなった。
「僕は…。」
言葉に詰まる京介。
「京介はさ、すごいよね。」
「君に言われても嬉しくはないよ。」
「でも言わせてもらうよ。おれはすごいと思う。一緒に修行を始めたときは、正直自分の方が鬼になれるかもって思った。でも全然違った。運動神経とかじゃなくって、鬼になるために大切なものはあの頃からずっと京介は持ってたんだ。今ならすごいわかるよ。」
それは何なのか、京介はすごく聞きたかった。
「君は鬼になれなくて悔しくないのか?修行をやめたのを後悔しないのか?」
「どちらも全然ないかな。修行をやめて、結果鬼になれなかったけど、自分の道はちゃんと見つかったんだ。」
京介には明日夢の凛々しい姿は、眩しく見えた。だが、まだ京介はそれに気づけていなかった。それが、京介が鬼として一人前になれきれない理由のひとつだった。
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10話
威吹鬼とその父親は、たちばなの地下室のような部屋で二人で腰かけていた。
「実際顔を見るのは久しぶりだな。声を聞くのはこないだの電話以来か。」
「そうですね。元気そうで何よりです。」
「どうだ、最近は。」
「鬼の仕事についてですか?」
威吹鬼は少し攻撃的な口調になっていた。
「そうだな、まずは香須美さんとの進展状況について聞こうか。」
威吹鬼の父は、飾り気のない笑顔で言った。自然と威吹鬼の顔も綻んでいた。
「やっぱり父さんには敵わないですね…。」
「今回一緒に来ると聞いたからもしやと思ってな。」
「ええ、明日二人で実家の方に挨拶に行きます。」
威吹鬼は凛々しさをふくんだ明るい表情になっていた。
「そうか、楽しみに待っているぞ。話は変わるが…。」
父親の少し気まずそうな顔を見て、威吹鬼から話を切り出した。
「あきらのことですか?僕の意見は変わりませんよ。」
先程父親が言った『こないだの電話』とはあきらのことだった。勢地朗への連絡と同じく、あきらが再び鬼の修行を再開するよう説得してほしいといった内容だった。
威吹鬼の返事は響鬼や勢地朗と同様に、「あきらの意思を尊重し、干渉をしないこと」であった。
再び攻撃的になりかけた威吹鬼に、父親がすかさず疑問をぶつけた。
「そもそもなんであきらは鬼になることをやめたんだ?」
威吹鬼は答えに困った。あきらが選んだ答えは鬼にならないことであり、それを優先しようと考えていたので、その理由は聞かないことにしていたからだ。
「師匠として、それをしっかり聞いてやって、本当にあきらがやりたいことはなんなのか、理解してやる必要があるんじゃないのか。」
「そうですね。そろそろ聞いてみてもいいのかもしれません。でもそれにしても、今さら鬼の修行を再開するよう説得するのはどうなんでしょう。」
「それには実は少し理由があってな。」
威吹鬼は父親の気まずそうな顔を見て、苛立った。
「師匠である僕にも言えないようなことなんですか?」
「今はまだ、といったところだ。もちろん納得できないと思うし、強制するものでもない。伝えられる時が来たら、お前とあきらには真っ先に伝えるつもりだ。」
「わかりました。少なくとも理由を聞くまでは、僕の意見は変わりませんから。」
厳しい目で訴える息吹鬼に、父親は申し訳なさそうに頷いた。
香須美とひとみがいる和室に声がかかった。
「持田様、準備が整いました。」
香須美は、いよいよかと緊張するひとみの手を握り微笑んで頷いた。ひとみも微笑んで頷き返した。
部屋を出ると、先ほどよりも深い色の和服に身を包んだ栞が待っていた。それはひとみをさらに落ち着かせた。
「これより浄めに向かいます。特に必要なものはありません。お手洗いなどは大丈夫ですか?」
ひとみは頷いて、栞の後をついていった。
「中へお入りください。」
案内されたのは先ほど香須美といた部屋の半分ほどの、小さな板の間の部屋だった。ドアはひとみが入った一つしかなく、窓も天窓のようなところに板の窓があるだけで、それは閉まっていた。座布団が真ん中にひとつあり、そこに座っているように指示された。
電力の小さな蛍光灯の薄暗い光の中で、一人で待っているのは心細かったが、しばらくしてノックの音が聞こえた。
「失礼します。今回浄めを担当する頼鬼(らいき)と申します。どうぞお気を楽にしてください。」
香須美より少し年上の、長身の美人な女性だった。表情は柔らかく、深い緑の和服を来ていた。
「まず今日行う浄めについて説明させていただきます。これから私が、あなたに『清めの音』をぶつけます。とは言っても魔化魍に対するような強力なものではなく、あなたの心にある魔化魍に近い汚れのようなもの、もしあればですが、それを打ち消す作用があるものです。」
ここまでは香須美の説明と同じようなものだったので、ひとみは頷いていた。
「約30分程になります。ここでひとつお願いなのですが…。」
「はい、なんですか?」
「もしよろしければですが…、裸になっていただいてもよろしいですか?」
「えぇぇぇ!?」
ひとみはいつもと違うところから声が出た気がした。人前で裸になることはもちろん初めての経験だ。
「もちろん他の人が入ってくることはありませんし、嫌なら結構です。ただ、効率的に浄めを行うにはそちらの方がいいんです。」
真剣な目で訴える頼鬼に圧されて、ひとみは頷いた。
「それでは5分後に始めます。お手洗いなどをすませて、服や下着を脱いでお待ちください。」
そういって頼鬼はひとまず部屋を出た。ひとみは生まれたままの姿になり体育座りをして待っていた。やはり裸を人に見られるのは恥ずかしかった。ひとみには待っていたのは何十分もあったように感じられたが、きっかり5分後、頼鬼はふたたび部屋に入ってきた。手には、薄目の布団と枕、そしてフルートのようなものを持っていた。
「ではこれより浄めを始めます。まず、ここに仰向けで寝てください。」
頼鬼はそう言ってひとみの座っている横に布団を敷き、枕をおいた。ひとみは頷きそこに横たえた。そのとき、改めて恥ずかしさを感じて目を瞑った。
頼鬼はそっと口元にフルートを当て、心地よい音を出した。ひとみは音が体に染み込んでいくのを感じた。心も体も、内側から暖めてくれるような音だった。
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11話
翌日の日曜日。あきらはたちばなを訪れた。
香須美がひとみたちと吉野へ行っているため、日菜香に加えて勢地朗も店に出ていた。
「あきらくん、いらっしゃい。」
勢地朗はいつもの落ち着いた口調ではあるものの、表情は焦っていた。接客などの仕事が単純に得意ではないのだ。
「あの、私手伝いましょうか?」
「本当かい?助かるよ。バイト代はちゃんと払うからね。」
あきらは笑顔で頷いて、奥に入った。
しばらくして少し客足が落ち着いたので、店番を日菜香に頼んで、奥で勢地朗とあきらは休むことにした。
「ひとみちゃんから何か連絡はあったかい?」
あきらは驚いた顔で首を左右に振った。
「持田さん、何かあったんですか?」
勢地朗はしまったという顔をした。
「いやー、困ったな。聞いてると思ったんだが。」
「聞かない方がいいですか?」
猛士にいると時折、自分が知るべきでない話題がある。通常の高校生などでは、気になって質問していくものだが、あきらは猛士に深く関わりながら成長してきたため、その線引きは訓練されているのだ。
「いや、本人の口から聞くのが一番だとは思うが、余計な心配をかけたくないし伝えることにするよ。実は今ひとみちゃんは、吉野へ浄めに行っているんだ。」
「浄めって鬼の人が行うあれですか?」
「そうなんだよ。あんなことがあった後だし、本人も不安そうにしていたからこちらから薦めたんだ。威吹鬼や香須美に一緒に行ってもらってる。」
「そうだったんですか。」
以前二人でたちばなを訪れたとき、ひとみが勢地朗と話した後にすれ違ったときのあの不安と恐怖が混じった表情の理由はこれだったのかと初めてわかった。しかも、ひとみの様子はいつもとなんら変わらなかった。以前と同じ明るく元気だった。だが、本当は不安で心配だったのだ。それに自分はまったく気づいていなかった。ましてや、そんな理由でこちらにいないのに、その間に安達くんに抜け駆けのように心惹かれて浮かれていた。自分は最低だ。
あきらは自己嫌悪に陥っていた。勢地朗はあきらの肩をそっと叩いた。
「ひとみちゃんを支えてあげてくれるかい?」
あきらは下を向いたまま何度も頷いた。
「ねぇ、次はあっちへ行こう。」
ひとみは栞と一緒に街を歩いていた。
香須美と威吹鬼は今日は二人で用事があると言ったので、栞が一緒にいることになったのだ。
ひとみは自分の心が昨日よりも軽くなっているのを実感していた。そんなひとみの様子に、栞も自然と笑顔になっていた。
二人は喫茶店に入った。
「栞ちゃんも猛士っていう組織の一員なの?」
「そうです。鬼を目指して修行しているんです。」
「私まだよくわからないんだけど、鬼は直接魔化魍と闘う人なんだよね?」
「そうですね。」
「いつから栞ちゃんは猛士に入ったの?」
「今から3年程前になります。」
「猛士ってどうやったら入れるの?」
「んー、どうなんでしょう。ひとみさんは入りたいんですか?」
「そういうわけじゃないんだけどね。私魔化魍とか猛士とかまったく知らなかったから、どうやってその存在を知ったのかなと思って。」
栞は答えに困っていた。部外者であるひとみにどこまで教えてよいものなのか、わからなかったからだ。
実は栞もあきらと同じように魔化魍に両親を殺されていたのだ。だがあきらと違うのは、その事実を栞は知らないことである。栞は4年前、両親を殺され施設に入った。その施設の宿泊学習で再び魔化魍と出会い、猛士によって保護され、そこから鬼を目指して修行しながら、猛士としての活動を始めたのだ。そのため、あきらが抱いていたような魔化魍に対する憎しみはなく、単純な恐怖だけを持っていた。
「私、昔魔化魍に襲われたんです。」
「えっ…。」
「ひとみさんのように拐われたとかではないんです。単純に宿泊で一人はぐれてしまって、山中を一人で歩いていたときに魔化魍と出会ってしまったんです。そこを鬼の人、今の師匠に助けてもらったんです。」
「そうだったんだ…。」
ひとみの中で拐われたときの恐怖が頭に甦ってきた。
しかし、ひとみは不思議と微笑んでいた。栞もあの恐怖を体感していたことを知り、栞に対する仲間意識のようなものを感じていたのだ。共有できる人間がいることが、今のひとみにとってはすごくありがたいことのように思えた。
「ね、今日私たち何時に戻らないといけないんだっけ?」
「えっと…、14時半です。」
「ならもうちょっとぶらぶらしよ!そうねぇ、栞ちゃんの服でも買いに行こ!」
そう言ってひとみは満面の笑顔で栞の手を引いた。
轟鬼は一人で化けガニ退治に湘南に来ていた。
ディスクアニマルを撒き、地図を広げてコーヒーをいれるためのお湯を沸かしていた。斬鬼がいた頃から、このような仕事は轟鬼が行っていたため、今は手慣れた手つきで一人で作業を行っていた。
そこに、セイジガエルのディスクアニマルが戻ってきた。
「おっ、仕事が早いな。」
ディスクアニマルを読み込む轟鬼。
「早速当たりだ。よーし、行ってくるか!」
火をとめ、音撃弦・烈雷を肩にかけて走り出した。
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12話
身を構えながら岩礁を注意深く歩く轟鬼。
いきなり浅瀬から化けガニが飛び出した!飛び出すやいなや左のハサミで攻撃する。轟鬼は素早く身をかわし、音錠を鳴らす。
雷とともに変身する轟鬼。
再びハサミで襲いかかる化けガニ。轟鬼は音撃弦で弾き、腹下に潜り込んだ。甲羅には体を溶かす溶解液を出すフジツボのような口があるからだ。
節の柔らかいところに音撃弦を突き刺し、それを蹴ることでてこの力でひっくり返す。これは以前、響鬼がやっていたのを参考にした。轟鬼はもう化けガニは何十体も倒しているため、慣れた対応である。
音撃弦を突き刺したまま化けガニの体をひっくり返したところで、そのまま自らも腹に飛び乗り、音撃震をセットする。
「音撃斬・雷電激震!!」
激しく音を鳴らす轟鬼。しばらくして化けガニは四散した。
気をゆるめずすぐに再び身を構えて童子と姫を探す。
数十秒後、姫を見つけた。
姫は轟鬼に目を向け、ふっと微笑した。
その容姿に、轟鬼は呆然と立ち尽くした。
「な、な、なんで!?」
その顔は、姫というより少女の顔で、彼のよく知った顔だった。彼の従妹と同じ顔だったのだ。
その少女は一瞬表情を冷たくし、轟鬼に手の平を向けた。すると、轟鬼は体が凍るように麻痺し、動かなくなるのを感じた。
姫は再び微笑し、霧のように姿を消した。
轟鬼は体の麻痺がとけても、呆然と立ち尽くしていた。
次の日、学校で。
「おっはよう、天美さん!」
明日夢は今日も元気だ。
「おはようございます。」
笑顔で応えるあきら。だが、心はいつもよりも暗かった。ひとみのことが気になっていたのだ。
無言で並んで歩く二人。ここで何か違和感を感じる明日夢。
「天美さん、どうかした?何かあったの?」
「い、いえ。何もないですよ。」
あきらは目を合わせずに否定した。
「二人とも~、おはよう!」
ひとみも明日夢と同様にいつものように元気なあいさつだった。あきらはその声に後ろめたさを感じた。
「おはようございます。」
「おはよう持田。土日は何してたんだよ?」
「んー、ちょっとね。奈良に行ってたんだ!はい、これ二人にお土産!」
そういって二人に、鹿のキャラクターのキーホルダーを渡した。
「これね、三人でお揃いなの!」
「ありがとう。なんでお揃い?」
笑いながら明日夢が尋ねる。こういうところに無頓着なのが明日夢の特徴だ。あきらは自分ももらえたことに対する喜びと、二人の恋路を邪魔するような申し訳なさを感じた。
「ありがとうございます。大切にしますね。」
あきらは心から大切にしようと思った。
その日の昼休み。
いつものように二人でベンチに座る二人の所に、いつもはいない人物がやってきた。
「やあ、明日夢。天美さんも。相変わらずふたりとも呑気そうだね。」
いきなりこんなことを言ってくるのはこの学校に一人しかいない、桐谷京介である。
ちなみに京介も、文系であるため二人とは別のクラスである。文理2クラスずつあり、ひとみとも違うクラスだ。
「おー京介。学校来てるなんて久しぶりじゃないか。どうしたんだよ。」
「別に。たまの気分転換に来ただけさ。鬼になるには学校なんて必要ないと思ってるんだけどね。響鬼さんたちが時間あるんなら行けってうるさいからさ。」
あきらははっとした。自分も昔は同じ考え方だったからだ。今思えばもっと学校に来ていればよかったと思う。自分の生き方や鬼になることについて、もっとはやくから多面的に考えることができていたと思う。
人との出会いに感謝すること、人との関わりの中で成長すること、人のために自分のできることをすることの意義、様々なことを鬼の修行をやめた後の学校生活で学んだ。そのため、学校生活も大切にしながらという威吹鬼の意図が、今ならわかる。
あきらは二人の会話を微笑みながら聞いていた。
たちばなでは、轟鬼が報告に訪れていた。
「どうしたんだい、そんなひどい顔して。」
冗談っぽく言う勢地朗。轟鬼の表情はかなり暗かった。昨夜はほとんど寝ていないのか、目の下にはクマがあった。
「ちょっとこれを見てください。」
そう言ってディスクアニマルを差し出した。昨日自分が見たものが、それに記録されている。
「ん、わかったよ。」
そう言って勢地朗はパソコンを起動し、ディスクを読み込んだ。
「これは…。」
「一体どうなってるんでしょうか。」
「ちょっとこれは…。童子と姫の姿は何百年も前から変わっていないんだ。だからこれは大変なことだよ。」
勢地朗は深刻な表情をしていた。
響鬼は今日は香須美と魔化魍退治に赴いていた。
京介が弟子になってからは、香須美が響鬼のフォローに入る回数は減っている。
響鬼の専用バンである不知火を運転する香須美。
「久しぶりね、響鬼さんと山に来るの。」
「そうだな。京介とのときと違って運転しないでいいから助かるよ。」
京介と魔化魍退治に来る際には、響鬼が専用バイク・凱火を運転し、タンデムシートの後部座席に京介が乗る。やはり山中などへの移動は、バンの方が肉体的に負担が少ない。
「京介くんもがんばってるみたいね。」
「あいつは根性あるからね。期待してるよ。」
「明日夢くんやあきらちゃんはこれからどうしてくつもりなの?」
「うーん、そうだねぇ。明日夢はともかく、あきらはもう少し自分で考える時間が必要かもしれないな。」
真剣な表情で語る響鬼には普段とは違う圧がある。それを感じた香須美は、そこで口を塞いだ。
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13話
学校からの帰り道。並んで下校する明日夢とあきら。
今日は時間割りの関係上、文系クラスよりもはやい下校時間である。そのため、ひとみは今日は一緒ではない。
「桐谷くん、久しぶりの登校でしたね。」
「なんか前の天美さんより学校に来てない気がするね。」
あきらは頷いた。明日夢は思い出したように続けた。
「持田、土日何してたのか結局教えてくれなかったなぁ。教えてくれないから逆に気になっちゃう。」
あきらは一瞬ビクッとしたが、表面には出さなかった。
「そうですね。今朝も答えてもらえませんでしたもんね。」
「そうなんだよ。ああいう時は大抵なんか隠してるんだけどね。」
明日夢は子供っぽく笑った。あきらは明日夢とひとみの関係性が羨ましくなった。やっぱり二人の間に絆を感じずにはいられなかった。
「ねえ天美さん。ひとつ聞いていい?」
「はい、なんですか?」
急に真剣な表情になった明日夢に少し身構えて答えるあきら。
「もし答えたくなかったらいいからね。天美さん、どうして鬼の修行をやめたの?」
突然の質問で驚いた。明日夢はこれまであまりあきらの鬼の修行について話題に出すことが少なかったからだ。それはあきらに対する気遣いからだったが、あきらにはそれはありがたかった。
なので、今回明日夢が聞いてきたのは彼なりにすごく迷って選んだことだとあきらにはわかった。そのため、あきらも正直に話すことにした。
「わかりました。少し長くなりますけどいいですか?」
明日夢は頷いた。明日夢の提案で二人は喫茶店に入ることにした。これもあえてたちばなを避けた明日夢の気遣いだった。
その頃学校では、文系クラスがようやく授業が終わったところだった。
「桐谷くん!」
「なんだ、持田か。もう体調は大丈夫なのかい?」
「うん。あの…、本当にありがとう、助けてくれて。」
お辞儀をするひとみ。京介は視線を合わせずに帰り支度をしながら応える。
「人を助けるのが僕の仕事だからね。また何かあったらいつでも助けてあげるよ。」
上からな物言いのまま、そう言って京介は立ち上がり、教室を出ていった。
その頃、たちばなの地下室では轟鬼と威吹鬼、そして響鬼が勢地朗と座っていた。
「なんですかおやっさん、話って。最近多いですね。」
「昨日轟鬼くんからある報告を受けてね。二人には話しておこうと思ったんだよ。」
「何があったんですか?」
響鬼と威吹鬼が尋ねる。轟鬼は3人の会話を真剣な表情で、黙って聞いていた。
「いや、実はね…。」
勢地朗は二人にひとみの顔をした姫のことを話した。昨日轟鬼から聞いた報告に加えて、弾鬼や鋭鬼もおそらく目撃していること、まだ関東圏だけでしか確認されていないこと、関東圏でも通常通り童子と姫が活動している事例も多いことなどが話された。勢地朗は昨日轟鬼から報告を受けてから、吉野や周辺の地域と連絡を取り合って情報を収集していたのだ。
「そんな、そんなバカな…。」
響鬼はなんとか絞り出したように声を出した。威吹鬼は声には出さずとも、目を見開いて呆気にとられていた。
「これからどうなっていくのか、これまでとどんな違いがあるのかまったくまだわかっていない状況だ。」
「実物と合間見えないとなんとも言えないところはありますけど、かなりやりにくそうですね。」
「ほんとだよ。姫と童子なんかあの顔しかイメージできないもん。」
「外見以外にも違うことはあるんだよ。」
「そうだ、傀儡みたいな金縛りの力もあるんだもんな。どう闘えばいいんだろうな。」
「もしすべての童子と姫がその力を持ったらぅて考えたら相当脅威ですね。」
「ひとまず、吉野にも対応を仰いでみるさ。現段階では如何せん情報が少なすぎるからね。」
響鬼たちはさらに警戒を強め、緊張感を高くしていた。
一方、どこかにある人気のない洋館では。
「あの新しいの、すごい力ね。」
身なりのいい女が男に声をかけた。ひとみよりも一回り以上年齢は上に見える顔だ。
「そうだろう。期待以上だよ。」
身なりのいい男は得意気に応えた。
「不都合なところは何かあるの?」
「正直まだ色々とあるよ。」
「見た感じ消費が激しそうね。」
「そうなんだ。ウニなんていくつあっても足りないよ。」
「もう鬼たちが闘ったのはいるの?」
「いないよ。そもそも闘う必要なんてないからね。」
男は女に向かって微笑み、女も同様に微笑み返した。
「まだまだ面白くなるのはこれからさ。」
明日夢とあきらは喫茶店に入った。
二人でコーヒーをひとつずつ頼んだ。
コーヒーが来るまでは二人は無言だったが、あきらが堰を切ったように話し始めた。
「私、ずっと魔化魍が憎かったんです…。昔両親を魔化魍に殺されて、それからずっと憎んでいたんです。」
「そうだったんだ…。」
明日夢は真剣な表情で聞いていた。必要以上に頷きもせず、表情も変えず、ただ真剣に話を聞いていた。
「憎いから、魔化魍を倒すために鬼になりたいと思いました。でもそれを威吹鬼さんや斬鬼さんに否定されて。二人は私のことをわかってくれない、二人に私の気持ちなんてわかるはずがないと思いました。両親を殺された私の気持ちなんて。」
あきらのつぶらなひとみは潤んできていた。
「そんなとき、私と同じように魔化魍を憎んでいた朱鬼さんという方に会ったんです。その人は自分の仇である魔化魍を倒すために、かつて斬鬼さんを犠牲にしようとして鬼をやめさせられた人です。でもその人なら私の気持ちをわかってくれると思いました。出会ったときに同じ匂いを感じたんです。」
あきらの透き通った頬を、一粒の涙が流れた。
「この人なら自分の気持ちをわかってくれる、そう思って朱鬼さんについていったんです。しかし、朱鬼さんは結局その魔化魍を倒すために、今度は私を犠牲にしようとしたんです。結局斬鬼さんが助けてくれはしたんですけど、私はもう誰を信じていいのかわからなくなってしまったんです。」
あきらはもう涙をとめることができなかった。
「それから数日、どうしたらその憎しみから解放されるか、自分は鬼になっていいのか、本当に鬼になりたいのか、ずっと考えていたんです。」
明日夢はあきらの目をずっと見ていた。
「そして、鬼にならないことを決めて、音笛を返したんです。」
あきらは少し落ち着いて、明日夢をじっと見つめた。
明日夢はあきらの瞳に吸い込まれるかと思った。
「まだこの選択が正しかったのかはわかりません。鬼の修行をやめて、私には何が残ったのかもわかりません。でも今、こうして安達くんや持田さんと過ごす時間は本当に充実していると思えているんです。そして、やっと私も、鍛える意味が見つかってきたんです。」
明日夢は大きく頷いた。あきらはにこっと笑った。
明日夢にはその笑顔が本当にかわいく愛しく見えた。
「ありがとうございます。話せて、真剣に聞いてもらえて、すごく嬉しかったです。」
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