異世界にレオパルドンを持ち込むのは反則ですか? (塩田多弾砲)
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序章
1話:突然マーベラーが落ちてくるのは反則ですか?


『落下』。

 拝田真が、最初に感じ取った感覚は、まさしく『落下』だった。

 彼をいきなり襲ったのは、全身に襲い掛かる、強烈な風。

……それとともに、『重力』が、自分を地面へ引きずりおろそうとするのを強制的に感じ取った。

「……なあ、異世界へ召喚するんなら……せめて、ちゃんとした地面でやってくれ」

 どこの誰だか知らないが、自分をこんな状況に陥らせた何者かへ、真は心の中で文句を言った。

 この状況は、間違いなく尋常じゃない。普通じゃない。普通に説明のつくもんじゃない。

佃煮ができるくらいに数多くつくられた、「異世界転生もの」というジャンルの物語群。

そこで描かれている『異世界からの召喚』。自分はそれに運よく、あるいは運悪く、選ばれて召喚されたに違いない。……と、真は確信していた。

 なぜか? なぜなら彼は、たった今まで『地下街』に居たからだ。

 

 とある市街地の、地下街。そこに真は用事があった。

 その地下街にある店、ないしはその店頭に飾られていた商品。ようやくそれが手に入ると思ったところ、いきなり地震が起こったのだ。

 揺れは大きく、棚が倒れてきて、真はそれの下敷きになったが……床が抜けて、彼はその中に落ちていった。

 抜けた床の下は、空間があった。おそらく下水道かなにかだろうと思っていたら……。

 真っ暗な空間を、長い時間をかけて真は落下していったのだ。いつまでたっても着地または着水しない。やがて、周囲の闇に、いきなり光が満ち満ちて……。

 気が付いたら、こうやって『空中』に放り出されていた、という始末。

 実際ここは、『空中』で間違いなかった。下方を見たら、森や平原や川が地図のように広がっており、上方を見たら、遮るものが何もない『青空』。

 地下街からどうやって、こんなところに来れるというのか。誰かがダマくらかしてるとしても、どこの誰が、何のために自分にこんな事をするのか。

 いや、そもそも……なんでこんな状況になってしまったというのか。今は『原因』よりも、状況の『認識』、そして『解決』の方が重要だ。後で『原因』はいくらでも調べればいい。

 ……問題は、『解決』どころか『認識』すら、できないんじゃないかという事だが。このままでは、飛行機からパラシュートなしで飛び降りたのと同じ運命をたどる事になる。すなわち、墜落死。

 いや、それ以前に、

『地下へ落ちた先は、空中でした』

 これをどうやってまともに『認識』しろというのか。教えてリビング・トリビューナル。これだったら、『トラックに跳ねられて、記憶を保ったまま別世界に転生』って方がよっぽどマシだ。少なくとも、『異世界に来てすぐに地面に激突』などという、素敵イベントを味合わずに済む。

「……くそっ。せっかく『レオパルドン』を手に入れたってのに……!」

 真の脳裏に、あの特撮ドラマの巨大ロボ、宇宙戦艦に変形するあの無敵のロボの姿がよぎった。

 山城拓也は、こんな状況に陥ったらきっと叫ぶだろう。

「……マーベラー!」

 ……ってな。

 真は眼を閉じた。

 そして、次の瞬間。

 何か、固く大きな何かが、自分を受け止めたのをその体で感じ取った。

 

 

「……くっ!」

 ミリアは、歯噛みしていた。

 彼女は周囲を見回し、何とかして現状を打開できる『策』が無いかと考えていたが……それは徒労に終わっていた。

 彼女の後ろには、メイド服に身を包んだ女性が数名。そして、……自分に仕える、ツクミ・イーミア。

 そして、ミリアの前には。満身創痍といった様相の女騎士と、その配下の兵士が数名。

 兵士たちは全員が男だが……彼らの顔には『諦め』と『恐怖』の表情が浮かんでいる。

 唯一、彼らの指揮官として立つ女騎士……クリス・ブレイドのみが、凛とした背中を見せていた。ツクミのいるここからでは表情は見えないが、おそらくは……未だ闘志を忘れず、敵へと挑む表情を浮かべているに違いない。

 そして、その視線の先には……異様な『霧』が漂っていた。

 その『霧』は、闇のように黒かった。そして、その黒い『霧』の漂う場所は、青空の下であっても不自然なまでに暗く、黒かった。

 やがて、その『霧』は次第に一か所に集まり、固まり……黒い身体の、実体のある怪物を産み出した。

 怪物は、一体だけではなく、数体、数十体、数百体と……大量に出現し、ツクミたちの目前に群れを成す。

「……『霧獣(ミストビースト)』が、こんなにも……」

 クリスが、うめくようにつぶやいた。認めたくない現実を、自分自身に言い聞かせ、認めさせようとしている。そんな悲壮感を、ミリアはそのつぶやきから感じ取っていた。

闇霧(ダークミスト)』、そして『霧獣』……ミリアたちが、そして人類が戦い続けている『敵』。そいつらの群れが……ミリアたちの前方に、群れを成して立ちはだかっていたのだ。

 

『闇霧』……この世界において存在する、人類の天敵。

 否、人類のみならず、世界そのものを侵食している存在。

 なぜ発生するのか、どこに出現するのか。いまだ全容は解明されていない。

 しかし、確実に分かっている事は……

『闇霧』は、人を害する。人を殺す。人を飲み込み、自身の糧とし尖兵と成す。

 そして、『闇霧』は凝縮し、実体を有した怪物と化して、人を襲撃する。

 一体のみならば、人間でもなんとか対処は可能。装備を整えて数名でかかれば、倒す事は出来る。

 しかし……この状況では、戦い、倒す事はまず無理。こちらの総勢は二十人。そのうち、非戦闘員は十一名……ツクミを含めたメイドや侍従たち。彼女らは全員、ただの召使であって、戦う術は持ち合わせていない。

 残り九名のうち、兵士は七名。しかし、兵士たちは全員が疲労と絶望で、これまた戦う力はほぼ残っていない。既にその多くが、『霧獣』に襲われ、殺されてしまっていた。体力さえあれば逃げ出したいが……それを実行する『気力』と『体力』は残っていない。兵士たちはそれだけ、疲れ切っていた。

 残る二人……クリスと、ミリア。

 彼女らは、『霧獣』と戦う『力』を持っていた。しかし、それも先刻に多用しており……彼女たち自身もまた疲れ切っていた。現にクリスの息は荒く、ミリアも立つだけで精一杯の様子。

「……姫様……私たちに構わず、このまま……」

 ツクミは意を決し、言いかけたが。

「だめです!」

 ミリアの鋭い言葉が、それを止めた。

「……もはや、これまで。ならば……私とクリスが今一度『クリエイテッド』を出して時間を稼ぎます。その隙に、なんとかして……貴女だけでも逃げなさい」

「で、でも!」

「ツクミ! ……『姫様』の命令、ちゃんと聞くんだ」

 クリスからも、背中越しに言葉が飛んでくる。だが、彼女の体力ももはや限界なのをツクミは知っていた。

 もしも『クリエイテッド』をもう一度出したとしても、あんなに大量の『霧獣』を相手に戦うのは、自殺行為以外の何物でもない。

 しかし、皆を見捨てるほど、自分は人でなしではない。加えて……この状況下では、逃げる事すらおそらくは不可能。

 なぜなら、自分たちの後方は、十数m先には巨大な谷間があり、断崖絶壁が逃げ道を塞いでいたからだ。

 以前は、ここに頑丈な橋がかかっていた。『霧獣』に追われ、その橋を渡って逃げようと考えていたツクミたちだったが……。

 橋は落とされていた。自然に壊れたのか、それとも何者かが落としたのか、それは判明しないが……はっきり判明しているのは、『これで退路は断たれた』という事。

 仮にツクミ一人が、皆を見捨てて逃げたとしても。この谷間には手掛かりが無く、降りるのも、昇るのも、一苦労。

 なんとか降りたとしても、そこには激流で、岩があちこちにむき出しに。そしてこの河の下流は、イマジン王国からかなり離れた場所に辿り着く。

 それでも、おそらく自分一人だけならば、ひょっとしたら生き残れるかもしれない。が、その確率は極めて低いだろう。

 でも、皆を見捨てて逃げたくはない……。

 どうする、どうする。

 迷い、逡巡し、言葉も行動も詰まる。

 が、次の瞬間。

「姫様、あれを!」

 メイドの一人が、空を指さした。

 巨大な何かが『飛来』……否、『落下』してきたのを、ツクミ、そしてミリアにクリスは見た。

 それは狙いすましたかのように、彼女たちの目前に広がっていた『霧獣』が群れている場所に落下。轟音をあげつつ、ミリア達の前をスピンしつつ横切り、黒い怪物たちを押しつぶし、跳ね飛ばし……その動きを止めた。

「……な、何……あれ……」

 ようやく、ミリアは理解した。自分たちが未知の何かにより助けられた事を。

 彼女たちの視線の先には、土を抉り動きを止めた、『それ』の姿があった。

 

「……どうやら、助かったようですね」

 巨大な『それ』を見つつ……ミリアは呟いた。

 迫ってきた『霧獣』は、その全てが落下してきた『それ』に跳ね飛ばされ、霧散していった。そして漂っていた闇霧も、徐々に薄まっていく。どうやら、窮地は脱したと判断して良かろう。

「それにしても……私達の命を救ってくれた、あれは……一体何でしょう?」

 ツクミが、口を開く。

空を飛んできた事から、各地で運用されている飛行空船(フライトシップ)の類である事は間違いない。もっとも、目前のそれは、『船』と呼ぶには似ても似つかない形をしていたが。

 船首から船尾までの大きさは、ざっと見て50mくらいだろうか。船首部分は箱状になっており、前面に赤いパネル、そしてパネルには蜘蛛の巣を思わせる模様が刻まれている。

 四角い船体には、左右の側面に何かを格納しているような、増槽のようにも見える箱状のパーツが付いていた。船尾の方も、船側が左右に広がり、垂直に立った翼が二枚付いている。

 しかし、一番目を引くのは、上甲板に付いている『艦橋』。

 黄色の艦橋は、動物……タテガミの無い獅子の頭部を模していた。その艦橋のせいで、ミリアは思った。

「まるで、この『船』……。顔を上げている獣のように見えますね」

「ええ。それにしても……これは一体、何なんでしょう?」

 ミリアの言葉を受けて、クリスも疑問を口にする。自分たちを救ってくれた命の恩人ではあるが……これに乗っているのが何者なのか。王族のミリアに恩を売る事で、何か見返りを要求する強欲な者だとしたら……?

 どうしたものかと、判断に迷っていたその時。

「なっ……!?」

『船』が光りはじめた。

 やがて、光とともに『船』はその輪郭を崩し……空中に霧散していった。

「これは……『クリエイテッド』?」

 呻くようにクリスが呟き、そして……、

「姫様、誰か倒れています」

 ツクミが、倒れている人影を見つけ、駆けつけた。

『船』……『マーベラー』が消えた跡地、そこに倒れていた真へと、クリスと兵士たちは近づいていった。

 

 

 眠りから覚めた真が、最初に見たのは、見た事のない『天井』。

 そして、最初に感じたのは、『ふかふかのベッドの感触』。

 自分は、一体……確か、地震に巻き込まれて、それで床が抜けて、そこに落ちて。

 で、空中に出て、マーベラーに受け止めてもらうって『夢』を見ていた……。

 いや、『夢』にしては……妙にリアルだったな。

「……って、ここは?」

 病院にいるのかと思った真だが、周囲を見て、『違う』と判断した。

 少なくとも、中世のヨーロッパのお城、ないしはその一室のような内装の病室を備えた病院など、真の知っている限り存在しない。いや、探せばあるのだろうけど、病院というにはどっか違和感がある。

 そして、もう一つ違和感が。

「おかしいな……なんでこんなに……」

 なぜだかわからないが、『疲労』が激しい。地震に巻き込まれて、精神的に参っているからか?

「お目覚めですか?」

 扉が開き、誰かが入ってきた。顔を動かすと、そこには、二人の少女の姿が。

 一人は、育ちが良さそうな金髪の美少女。

 もう一人は、メイド服姿の少女。

 その二人に対し、

「だ、だいじょう、ぶ……」

 と、真は返答したものの、本当はあまり大丈夫ではない。疲労が、普通に喋る力を奪い去っているかのよう。

「あ、あの……これを飲んで下さい」

 メイド服の少女は、手に盆を持っていた。盆には水の入った水差しとコップ。

 ベッド脇のサイドテーブルに盆を置き、コップに水を注いだ少女は……それを真へと差し出した。

 無理やり身体を起こし、それを受け取った真は……中の水を飲みほした。甘く冷たいその水は、真の渇いていた喉を潤し、彼をいい気分にさせてくれた。

「……あれ?」

 いや、気分『だけ』ではなかった。身体の調子も良くしてくれた。……たった今まで感じていた疲労が、『無くなった』のだ。

「良かった、ポーションが効いたみたいですね」

 金髪の少女が、安堵したように笑みを浮かべる。

「…………」

 逆に、真は安堵できなかった。マーベラー云々の『夢』が、『夢でない』という可能性が強まったからだ。

 どうやら、覚悟を決めないといけないだろう。

「……ありがとう、おかげで助かりました。それで……」

 深呼吸を一つして、

「俺は、真。拝田真と言います。『二つ』、質問してもよろしいでしょうか?」

 その自己紹介と問いかけとを受けて、二人の少女は一歩下がると……。

 スカートの裾をつまんで、挨拶した。

「……私は、イマジン王国の第三王女、ミリアリア・レドカッスル・イマジンと申します。ミリア、と呼んで下さい。ここ、イマジン王国において、王女を務めております」

「……わたしは、ツクミ・イーミアと申します。ここ、イマジン王国にて、姫様のお世話をさせていただいております」

 それで……と、逆に少女たちが問いかける。

「質問が『二つ』と仰いましたが、一つめの御質問はなんでしょう?」

 ミリアの問いかけにに対し、

「……一つ目、『ここは、なんという世界ですか?』」

 真が質問を以て回答した。

「……二つ目も、先に伺ってよろしいでしょうか?」

 ミリアのその問いかけに、

「……俺を受け止めた、あの宇宙船……マーベラー。なんで『あんなものが出て来たんでしょうか?』」

 真もまた、二つ目の質問にて返す。

 ミリアがそれに答えようとした、その時に。

「……それらの質問には、私が答えよう」

 扉が開き、一人の少女が入ってきた。

「……クリス・ブレイド。姫様を守る、王国騎士団・団長だ」

 簡単な挨拶を終え、クリスが質問に回答する。

「マコト殿、と申したか。貴殿の質問……一つ目は、この世界は、『クリエイタニア』。貴殿から見て、異なる別の世界……いわゆる『異世界』です」

 ああ、やっぱりな。真は心の中で突っ込み、ため息を。

「二つ目の質問だが。あの船は、『貴殿が出したもの』だ。我々はあれを『創造せしもの(クリエイテッド)』と呼称している」

 二人からの回答を聞き、真はしばらく言葉を失っていたが……。

「……詳細を、教えていただけますか」

 かろうじて立ち直り、そう問いかけた。



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2話:異世界で王女と女騎士とメイドさんと知り合うのは反則ですか?

 イマジン王国。

 その国境近くに、国境防衛都市『ファーグ』は存在する。

 人口はさほど多くはない。というのも、ここは都市ではあるが、どちらかというと国境警備のために建立された、いわば『基地』。侵略者迎撃の『防衛拠点』としての役割が大きい都市である。それゆえ、非戦闘員の一般市民はほとんどおらず、住民の多くは駐留している兵士。

 周囲を城砦で囲み、国境側には戦闘用の城壁が、国土側には王族専用の城砦が存在。城砦は小高い丘の上に建っている事も手伝い、市内を一望できた。

 市内のところどころには、武器を手にした巨像、『機械兵』が歩哨に立ち、警戒に当たっている。

 そして、ファーグ市城砦の応接室にて……ミリアリア、ツクミ、クリスを前に、真は紅茶のカップを手にしていた。

 その頬に、手形を付けて。

「……あれは『事故』、その事は認めよう。何より、貴殿は姫様とツクミの命の恩人であるからな」

 憮然……もしくは恥ずかしさと幾分の怒りとがこもった表情で、クリスはカップをあおった。

「しかし! 念のために言っておく。今後、故意にあのような行動を起こした場合……貴殿の安全は保障しかねる。よろしいか?」

「……はぁ」

 迫るクリスに、あいまいに返答する真。

 きっかけは、些細な事。

「詳しい話は、応接室でお茶でも飲みながら……」と、そう言われたが。真はベッドから立ち上がれなかった。

 彼は『杖を貸してください』と申し出て、ツクミが持ってきたが……それがばきっと折れ、ツクミを床に押し倒す形に。

「え……きゃあっ!」

 更に悪い事に、押し倒した際に『むにゅっ』と、真の手に柔らかな感触が。それがツクミの胸だと知るのに、真は若干の時間を要した。

「な……き、貴様っ!」

 クリスは激昂、

「あらあら」

 ミリアもまた、赤面しつつその様子を見守る。

 かくして数分後。

 真はツクミにはたかれ、クリスに睨まれつつ……応接室に移り、紅茶とお菓子を目前にして座っていた。

『ううっ、まさか自分がハーレムものみたいなラッキースケベを起こすとは』

 などと思いつつ、

『……でもあの感触は、悪くなかったかなー』

 などと手をわきわきしてる真だったが、

「聞いているのか! マコト殿!」

「ひゃ、ひゃいっ!」

 クリスの怒号に、思わず返答してしまう。

「あ……あの……わたし、気にしてません、から……」と、ツクミは真っ赤

「まあまあ……」と、その場を和ませるはミリアの声。

 ミリア・イマジン王女。

 こうやって改めて彼女を見てみると、王族らしい育ちの良さと、凛とした雰囲気を持つ女性だ……と、真は実感していた。

 見た目の年齢は真と同じくらい……16歳くらいだろうか。王族という肩書からか、どこか『貫禄』と『威厳』はあるが、『威圧感』は無かった。

 彼女を見て、真が連想したのは『耳がとがってないエルフの美少女』。

そして、『生徒会の会長をしていそうな、文武両道な女子の先輩』。

 流れるような長い金髪と、エメラルド色の瞳と、色白の肌。整った顔立ちが、また美しさを際立たせていた。着ている服も王族らしさを保ちつつ、華美ではない質素なデザイン。が、それがかえって彼女の魅力を際立たせているかのように見える。

 ミリアの隣に座っているクリス・ブレイドは、彼女とは異なり『威厳』と同時に『威圧感』があった。彼女はミリアリアより背は高く、年齢も上……大体、20歳前後くらいだろうか。眼差しは鋭いが、それと同時に優しげな感もあった。瞳の色はルビーのような赤色、やや長い髪も赤毛で、情熱が燃えているかのよう。

そんな彼女が着ている鎧は、全身を板金で包むフルプレートではなく、主に革を用いた軽装なもの。腰に下げるは短めの剣。

 そして、ツクミ・イーミア。

 先刻に押し倒してしまった際、触ってしまった胸は、他の二人よりもやや大きめ。

 彼女には、他の二人のような『威厳』は無い。が、他の二人には無い『安心感』があった。ミリアリアの日常雑務を受け持っているためだろうか、ツクミには日常における、安堵できる『空気』『雰囲気』。そういったものが醸し出されていたのだ。

 着ているメイド服は、フリルなど無く、実務一辺倒の地味なもの。しかし……真の眼には、それがとても『かわいい』ものだと思えていた。メイド喫茶には何度か行った事はあるが、ここまでかわいい子はなかなかお目にかかれた事は無い。

 そして、彼女の瞳もまた、エメラルド色。その色は、ミリアリアと同じくらい……いや、それ以上に澄み切ったそれ。

「あの……その……」

 そんなツクミは、やや恥ずかしそうに……、

「き、気になさらず。あの、それで、その……」

 もじもじしつつ、視線をあっちこっちに。

「あの、そういえば……その脚は、どうなさったのですか?」

 と、問いかけてきた。

「ああ。昔ちょっと事故に巻き込まれたんですよ。杖が無いと歩けませんが、杖さえあれば普通に生活できるので、あまりお気になさらず」

 と、簡単に説明した真は、

「それで……もしよろしければ、先刻の質問の続きを伺いたいのですが」

 自身からも質問した。

 

「…………ええと、ちょっと整理させてください」

 そして、更に数刻後。

「まず、最初の質問の答え……この世界『クリエイタニア』ですが……確かに俺達の世界から見たら『異世界』で間違いないようですが」

「はい」と、ミリア。

「……で、この世界には『闇霧』とやらがあって、そいつがモンスターと化して、人々を襲っていると」

「ああ、その通りだ」と、今度はクリス。

「『闇霧』は、クリエイタニアにおける『穢れ』『邪念』……そういった、負のエネルギーが集まり、実体化したものらしい。情けない話だが……王国内で有名な学者、賢者、術師などが長年研究しているが、未だにあれの全容が何かは、我々もほとんど解明できていない」

「その『闇霧』が、具体的に『何か』は解らない……では、『なぜ』『どこに』現れるかは……」

「すまんが、それもわかっていない。分かっている事は、何やら『嫌な気配』が強まると、場所や昼夜問わず、どこにでもあの霧は湧いて出てくる、という事くらいだ」

 真が重ねて質問した事にも、クリスはかぶりをふった。

「……ですが、ある程度の『傾向』ならば、判明しています」と、ミリアが補足する。

「先刻にクリスが言ったように、『嫌な気配』が感じられる場所。『闇霧』はそういう場所に比較的多く発生している、という記録は残されています」

「その、『嫌な気配』が感じられる場所、とは?」

「具体的に例を言うなら……廃墟や、荒れた墓場、洞窟に地下迷宮、死者の屍が放置された戦場跡など、『陰鬱な雰囲気』を醸し出している場所ですね。ただ、これも確たる基準はないので、一概には言えませんが」

 ですが……と、ミリアは言葉を続ける。

「『闇霧』自体は、発生しても通常はごくわずかで、すぐに霧散してしまいます。恐ろしいのは、それが大量に発生し続けると、やがて『闇霧』自体が凝縮して……『霧獣』に変化する事、なのです」

「……マーベラーで一掃したという、あの怪物たちの事ですか?」

 真が問うと、ミリアは頷いた。

「はい。『闇霧』が大量に発生すると、次第にそれが凝縮し、実体となります。それが『霧獣』です。『霧獣』は、姿形も様々で、似たものはあっても、完全に同じ個体は存在しません。大抵は動物、または伝説上のモンスターの姿を取ります。さらに厄介な事に……周囲の『闇霧』の力が強いと、巨大化もするのです」

そして……と、息を継ぎ、

「その行動理念はただ一つ……『人間に害をなす』。それが、『霧獣』の全てです」

 静かに、冷徹に、ミリアはそう言い放った。

 彼女の後を、ツクミが続ける。

「『闇霧』と同様、『霧獣』に関しても、あまり多くは判明していません。しかし、程度の差はあるものの、『人を害して殺す』事だけは、例外なく行っています。……この世界には、いわゆる人間以外の種族……エルフやドワーフといった種族はいましたが……先の『霧獣』との大規模な戦いで、だいぶ数を減らしてしまいました。なので、私達は常日頃、『霧獣』と戦う術を研究し、実践しています」

(……ずいぶんと、ハードな異世界に来ちまったなあ)

 ミリアたちからの話を聞いて、真はため息をついた。しかも、人間以外の種族も半減させたとは、一体過去にどんな戦いがあったのか。

「『霧獣』との戦いは熾烈なものだが……我々もただ、座して死を待つわけではない。『霧獣』とて万能無敵というわけでもない。戦い、倒す事は十分可能だ。とはいえ……戦う敵としては厄介である事はかわらないが」

と、クリスは付け加えた。

 一つ目の質問の『答え』を得た、と判断した真は、

「………それで、『二つ目』の質問ですが……」

 と、まだ答えを貰っていない質問について切り出した。

次の質問は……。

『なぜか、自分は「マーベラー」を呼び出したら出てきて、落下した自分を受け止めてくれた。あれはいったい何なのか?』

『クリエイテッド』などと言っていたが、そもそも何なのか?

「それは……」

 ミリアがそれに答えようとした、その時。

「姫様! 大変です!」

 息せききった兵士が部屋にやって来た事で、中断された。

 

 

「どうしました?」

「申し上げます。市街地に『霧獣』が多数出現しました! 現在、市街地防衛部隊が出動し、対処しています!」

 兵士のその言葉に、その場の『空気』が、一変した。

『日常』の空気が、『戦場』のそれに、変化したのだ。

「姫様、私も行きます!」

 クリスが立ち上がり、ミリアへと言葉をかける。

「分かりました。クリス、気を付けて」

 そのまま、彼女は部屋から出ていく。そして、ミリアは真へ向きなおった。

「マコト様、この部屋は安全です。しばらくここで、ツクミと一緒に待っていてください。ツクミ、お願いしますね」

「はい、姫様も気を付けて!」

 そのまま、ミリアも兵士を伴い退室してしまった。

「…………」

 ツクミと、部屋に残された真は……、

 いささかの居心地の悪さを、実感していた。

 自慢じゃないが、自分は戦いには向いていない。なにせ戦いとは無縁の日常を送っていた、ただの高校生。加えて……杖が無ければ歩くどころか、立ち上がる事すら困難。こんな自分など、足手まとい以外の何物でもない。

 あのクリスという女性騎士は、中々に強そうな感じではあった。けど、姫様は……、

「あの、マコト様?」

 ツクミの問いかけが、真の思考を中断させた。

「大丈夫ですよ、マコト様。クリスさんはすごく強いんです。大抵の霧獣ならば、簡単に退治出来ちゃいますよ」

 そう言って微笑みを浮かべるツクミ。しかし……それでもツクミのその笑みから、真は感じ取ってしまっていた。彼女の有する、『不安』を。

 なんとなく、その不安を解消しようと……、

「あー、そういえば。紅茶とお菓子、まだ残ってるね。……おかわり、もらえますか?」

 やや冷めた紅茶をぐっと飲み干した真は、空になったカップをツクミへと差し出した。

「あ、はい。……焼き菓子もどうぞ。これは私が焼いたんですよ?」

「では、遠慮なく」

 新たな紅茶が注がれたカップを受け取った真は、紅茶を一口飲み、ツクミが勧めたキッシュ……もしくは、それに似た焼き菓子を手に取り、一口噛んだ。

「うん、これは中々……ん?」

 美味が口中いっぱいに広がり、おかわりの紅茶を飲もうとしたその時、真は……。

 突如襲ってきた強烈な『振動』に、カップを取り落した。

「なっ……なんだっ!?」

 再び『振動』。それは言うなれば……外から巨大な何かが、この建物自体に体当たりをしているかのよう。

「……ツクミ殿? お客人も、こちらでしたか」

 扉が開き、数人の兵士が部屋に入ってきた。彼らが手にしているのは、マスケットに似た銃。

「皆さん……ここも、危険ですか?」

「ええ。『霧獣』も一体は倒しましたが、どうやら別の『霧獣』が巨大化し、攻撃しているらしいです。ここも危険だから、すぐに避難するようにと姫様が」

「わかりました。皆さん、お願いします! マコト様……」

 ツクミからの問いを待たず、真は杖を用いて立ち上がった。

「それで、どちらに行けば?」

 

 真は今、『左手』に杖を持ち、左足に荷重をかけつつ、速足で廊下を進んでいた。

「大丈夫ですか? わたしか兵士がお力添えを……」と、ツクミが申し出るが、

「大丈夫ですよ。杖で歩くのには慣れてます!」と、真は歩きつつそれに答える。

 実際、彼の歩行速度は速くはないが、決して『遅い』とも言えなかった。先刻の杖は古ぼけたものだったが、今借りているこれは金属製で、簡単に折れない程度の強度はあった。

 真の『右足』は過去の事故の後遺症で、体重をかけたら膝に激痛が走り、力も入らない。そのために、片足で自身を支えきれず、歩くこともできない。

 ただ立っているだけなら何とかなるが、起立や着席、そして自力での歩行には、杖が必要。

 が、杖を用いない人間は「右足に荷重がかけられないなら、『右手』に杖を持ち歩く」と考えがちだが、実際は違う。

 杖を使って歩く時には、『痛みのある悪い方の足とは逆の、良い方の手で杖を突き、痛みのある足と合わせて前に出し、良い方の足で踏みだす』。正しいこのやり方を、真はリハビリの時に学んでいた。

『左手』に杖を持ち、左に身体を傾けつつ、『左足』と『左手の杖』で歩く。この歩き方をマスターし、真は日常生活に支障を出さすに過ごせていた。

 杖を突きつつ階段を降り、建物から出る。そのまま門へと進もうとした、その時。

 突然、目前の門そのものが……空から降り立った『何か』により、破壊された。

「!?」

 全員が立ち止まり、その『何か』を凝視する。

まず最初に見えたのは、巨大な『顔』。

 黒ずんだ皮膚の、狂乱に歪んだ人間の、老人の『顔』。それが……真らを見下ろしている。

『顔』が咆哮すると……乱杭歯がむき出しに。

 真は最初、そいつを見て『巨人』かと思ったが……違った。人間の顔の下、胴体部は……獣、獅子のそれだった。

 四足だが、顔の高さは十m……いや、二十mくらいだと真は目視で予測。その背中には蝙蝠を思わせる禍々しい翼が広がり、それが更に体を巨大に見せている。おそらく直立したら、この二倍から三倍の体高になるだろう。

 長く伸びた尻尾は甲虫類のような甲殻に覆われ、先端は棘鉄球のように太い針が無数に生えている。それをハンマーのように振るい……建物へと叩き付けた。

 その一撃で、重厚な石造りの建物が積み木のように崩れる。先刻の振動音は、この尻尾の打撃に違いなかろう。

「『魔蠍獅子(マンティコア)』……!! 既に巨大化している、だと……!」

 兵士の一人が、そいつを見て……呻くようにそいつの名を口にした。

 更に、そいつの周辺に……数体の、小型の『霧獣』が出現した。

 が、小型とはいえ、あくまでマンティコアと比較しての事。そいつらは獅子と熊とを混ぜ合わせたかのような外観で、その体格は雄牛なみ。凶暴な牙を剥き出し、恐竜を彷彿とさせる鉤爪をむきだしている。

そんな凄まじい化物が……真らの目前に姿を現していたのだ。その数、見える範囲で三~四十体。

「『熊獅子(ベアレオン)』が、まだこんなに!? 下がって! 早く!」

 ツクミが叫び、兵士たち……そして真もそれに従う。

 が……数人の兵士が犠牲に。何人かは銃を構えて発砲、何匹かの『熊獅子』に命中し、霧散させるが……、群れの前にはほとんど無力だった。

「まずい……やられる!」

 真が、背中に、自分のすぐ後ろに、そいつの気配を感じ取った。

 思わず目をつぶった、その時。

『熊獅子』が、苦痛らしき咆哮をあげたのを聞いた。

 真が振り向くと、背後まで迫っていた『熊獅子』の一匹が、倒れているのが見えた。太い『剣』がその脳天に突き刺さり、断末魔の咆哮とともに……痙攣し、やがて……霧散した。

 それに合わせて、『剣』も、光の粒子と化して霧散し、消えた。

「……えっ?」

「クリスさん!」

「二人とも、大丈夫か? すぐに下がれ、ここからは私と……姫様が相手をする!」

 騎士・クリス・ブレイズと、

「ええ……町中の『霧獣』は、兵士の皆さんと機械兵で何とかなりそうです。あとは……ここの『霧獣』を倒せば済みます」

 ミリア・イマジン姫の二人が、勇者たちのように立ちはだかっていた。

 真とツクミ、そして兵士たちの生き残りは……姫君と女騎士の後ろへと下がる。

「……マコト様、そういえば……先刻の『二つ目の質問』に、まだ答えていませんね」

 落ち着いた口調で、ミリアが問いかける。

「貴殿に言った『クリエイテッド』とは……『創造せし想像物』。クリエイタニアには、自分の心の中で『想像』したものを、自らの生命力を媒介として実体化させ……自在に操る事が出来る人間がいるのです」

「そして……それを操って、『霧獣』と戦う武器とするのだ!」

 クリスが、後を続けた。

 そして、

「「クリエイション!!」」

 二人が同時に叫ぶとともに、

 二人の身体から、光り輝く『粒子』が放たれた。

 

 ミリアから放たれた『粒子』は、彼女のすぐそばで、大きな『形』を伴い、凝縮され、固形化し……『立った』。

 そこに立っているのは、巨大マンティコアに匹敵するほどの、巨大な『ドラゴン』。

 一昔前の、背を伸ばし直立した『恐竜』の復元図を、真は連想した。が、上半身は人間のようなプロポーションで……ドラゴンというより、ドラゴンと人とが合わさった、竜人とでも言いたくなるような姿。

「これは……まるで……」

 真はそれを見て、

「……フィン・ファン・フーンみたいだ」

 マーベルコミックに出てくる、ドラゴン型異星人を連想していた。

 鱗に覆われ、背中には翼。しかしそれが周囲に醸し出しているのは……『恐怖』。

 その体の表面には、炎が燃えているかのように、気迫が満ちて漂っている。竜から放たれた力強い咆哮が……周囲の空気を、震わせた。

 顕現したドラゴンの名を……、

「クリエイテッド!『恐炎竜(フィア・ファイア)』!」

 ……ミリアは、叫んだ。

 同様に、クリスからも『粒子』が放たれ、それが固まり、彼女のすぐそばに『立った』。

 こちらは、等身大の『鎧の騎士』。しかし、その周囲には……、種々雑多な無数の『剣』が、ずらりと浮かび並んでいた。

「クリエイテッド!『百剣の騎士(ナイト・オブ・ハンドレットソーズ)』!」

 クリスもまた、その騎士の名を、己の『クリエイテッド』の名を叫ぶ。

「こっちは、シルバーチャリオッツ……いや、どちらかというと赤セイバーのモードレッド?」

 真が、似た印象のキャラクターを口にする。その両方の雰囲気を持つ鎧の騎士は、

「行け!」

 クリスの命令を受け、それこそかのフランス人の『そばに現われ立つ』騎士のごとく……、

『霧獣』めがけて走り出した。

 怪獣ほどに巨大なマンティコア一体と、数十体の大柄な獣の群れ。

 それに対するは、二人の少女が顕現させた……巨大なドラゴンと、無数の件を携えた一人の騎士。

 それらは真の目前で、ぶつかり合った。

 

 コウモリの翼を広げ、マンティコアが空へと舞いあがる。

 それを追い、恐炎竜もまた空へと舞いあがった。二体の巨獣は空中を飛び、空中でぶつかり合う。

 弾き飛ばされたのは、『霧獣』の方。バランスを崩したマンティコアは、そのまま地上に落下し、木々や建物を押しつぶしながら転がった。

 追撃せんと、空中から急降下する『フィア・ファイア』。しかしそれを迎え撃たんと、マンティコアは立ち上がり、体をひねって尻尾を叩きつけた。

 棘鉄球のごとき尻尾の先端が、ドラゴンに直撃し……地面に叩き落す。

「くっ!……その程度、効きませんよ」

『フィア・ファイア』が痛手を負うと同時に、ミリアもまた……顔をしかめていた。

 そして、地上では。

 数十の熊獅子の群れが、一体の騎士へと襲い掛かっていた。

 十体の熊獅子が、騎士へと飛び掛かるが……、

「はっ!」

 クリスが叫ぶと同時に、騎士の周囲に並び漂う種々雑多な形状の『剣』が動き、宙を舞い、『霧獣』の群れを迎え撃つ。

 騎士が腕を振り、それに合わせ、無数の剣が宙を舞い、霧獣を切り裂いていく。

「……百の剣と、その剣技。それらを極めし剣の騎士の伝説を……なめるな!」

 クリスの言葉とともに、近くを漂う剣を手にした『百剣の騎士』自身が突撃した。

 騎士の両の手が握るは、日本刀に似た、僅かに反りのある剣。両手に握った剣を振るい、騎士は迫りくる熊獅子の群れへと斬り込んだ。

 両脇からせまる熊獅子を、体を回転させ、両手に構えた剣で切り裂く。休む間もなく、跳躍し襲い掛かる一匹へと剣を切り上げ、足元から襲い来る別の一匹に剣を振り下ろした。

「!」

 騎士の猛攻から下がり、真たちへと顔を向けた熊獅子が向かってきたが。

「……逃がさん!」

 騎士が投げつけた剣が、熊獅子に突き刺さり、引導を与えていた。

 熊獅子の群れも、大柄なものに変わり、若干小柄な個体が進み出ると……上下左右から、一斉に飛び掛かった。そいつらの大きさは普通の犬程度だが……禍々しさは大きな個体に引けを取らない。

 それらに対し騎士が手にしたのは、レイピアのような細身の剣。

 それを手にすると、騎士の構えもフェンシングのようなそれに変化。まさにあの銀の戦車の名を持つ騎士のように、超高速で剣身を振るい始めた。

 空間そのものを切り裂くように、目に見えぬほどの刃の斬撃が、小型の熊獅子を切り刻み……黒い霧へと霧散させていく。

「……これは、すごいな……!」

 真の言葉とともに、熊獅子の群れにも変化が起こっていた。明らかにたたらを踏むように、突撃するのを躊躇し始めている。

「これで……止めだ!」

 クリスが腕を振り、その動きに合わせ『百剣の騎士』も腕を振る。

 その腕の動きに合わせ、周囲に漂って展開していた『剣』もまた、熊獅子たちへと刃を向けた。

 全ての剣が、クリスを中心にして……竜巻のように回転する。

「『全断の剣嵐撃(オールスラッシュ・ソードストーム)』!」

 回転する『剣』の群れは、それ自体が巨大な『竜巻』であり、『嵐』

 その『嵐』が、熊獅子の群れを巻き込んだ。内部を飛びかう『剣』の刃をその身に受けた『霧獣』は……その全てがズタズタに切り裂かれ、塵と化し、霧になり、文字通り霧散した。

「……はあっ、はあっ、はあっ……」

 剣の嵐が収まるとともに、『騎士』の姿も消え、

 疲労困憊した、クリスの姿がそこに残された。

 そして、巨竜と巨獣の対決は。

 コウモリの翼をはばたかせ、再び空に舞い上がったマンティコアが、『フィア・ファイア』へと突撃した。

 その顎を大きく開き、その牙で噛みつこうとした獅子の巨獣は……、

「はーっ!」

 ミリアの怒号と共に放った、巨竜のパンチをカウンターで、その顔面に受けた。

 もんどりうって、地面に転がされるマンティコア。『フィア・ファイア』は、その隙を逃さず……、

「……『破滅なる炎の息吹(ブレス・オブ・ドームフレイム)』!」

 その口から、燃え盛る火炎の帯を吐いた。その苛烈なる炎は、あたかも巨大な火炎放射器を仕込んでいるかのように、『フィア・ファイア』の口から絶え間なく放たれ続け……、巨大な『霧獣』を包み込む。

 炎に巻かれ、悲痛なる断末魔の咆哮とともに……マンティコアはのたうち回り……そして、霧散し、消滅した。

「……はあっ………」

 ミリアは周囲を見回し、他に『霧獣』がいないかを確認すると……膝をつく。

そして、それとともに、『フィア・ファイア』も光の粒子に変化し、空中に霧散していった。

「……マコト様、お怪我は……ありませんか?」

 クリス同様に、疲労した様子で……ミリアが真へと問いかけた。

 ねぎらいの言葉をかけたかった真だったが、それ以上に……。

「……これ、が……」

 ……『驚愕』が、彼を支配していた。

「これが……『クリエイテッド』……!?」

「ああ、そうだ」

 やや回復した、クリスが相槌を打つ。

「人の精神力から生じたエネルギーが、姿を得て、実体化した存在……それが、『クリエイテッド』だ!」

 クリスの言葉が、真の胸に叩き込まれる。

「じゃあ、さっきのあのマーベラーは!」

「そうです、マコトさん」

 その場にやってきたツクミが、真へと相槌を打つ。

「『クリエイテッド』……。これは、『霧獣』と戦う運命の者が、生まれつき有している『力』。そして……『この世界』を守るために、異世界より召喚されし者、『流離人(ストレンジャー)』も有している『力』……。マコトさん、あなたもこれを、持っているのです」

「…………」

 にわかには、信じがたい。否、『()()()()()()』。

 だが……『クリエイテッド』を実際に目撃した真は、それを信じない事が出来なかった。



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3話:空中で危機的状況に抗うのは反則ですか?

「……ペンはやっぱり書きにくいな……」

 真があてがわれた、城砦内の小さな部屋。

 室内にて今、真が向かっているのは『机』。

 彼はそこで、借りたペンと紙を用い……今までの衝撃的な体験、及び、この異世界での出来事を箇条書きし、自分なりに『整理』し、『理解』しようと努めていた。

「天を司るカブトムシの彼じゃあないけど……俺の婆ちゃんも言ってたしな。『何か困った事があったら、頭の中で悩む前に、帳面に書き出してみなさい。そうすれば、何が問題なのかが分かるものよ』……って」

 まず……、

 

:この俺、拝田真は地下街にいたところ、地震が発生。その時に、地下の穴に落ちた。

:落ちた先は、空中。そこは『クリエイタニア』って異世界。

:落ちた時に気を失い、気が付いたら、『イマジン王国』のお姫様たちに助けられていた。

:この『クリエイタニア』には、『闇霧(ダークミスト)』とかいう謎の物質が湧いて出て、それが集まる事で『霧獣(ミストビースト)』という怪物が生まれ、人々を襲う。

:人間は、霧獣と日夜戦い続けている。

 

「……それから……」

 

:その『霧獣』とやらと戦うため、一部の人間には『クリエイテッド』という力を持っている。

:それは簡単に言えば、『一般人にも見えるスタンド能力』。その人物にとって思い入れのある存在……伝説の英雄や、物語の登場人物、有名な怪物など、要は『好きなキャラクター』を実体化し、そいつを操り戦うという。

:そのクリエイテッド能力は、異世界から来た人間。流離人(ストレンジャー)は必ず有している。

:この俺、拝田真もその例に漏れない様子。

 

「……いやはや、マジにハードな世界に来ちまったもんだ」

 まだ、言われたこの「クリエイテッド」が、俺自身出せるかどうか、試してはいない。いや、試して良いし、試すべきなんだろうけど……。

 ファーグ市は現在、先刻の霧獣の群れの襲撃の後で、事後処理に忙しい。あのお姫様も、女騎士さんも、そしてメイドさんも、忙しく動き回っている状況だ。練習するにしても、状況がいったん落ち着いてからにすべきだろう。

 ……俺が空から落ちた時、マーベラーが受け止め……、

 そのマーベラーが墜落して、お姫様たちに迫ってた霧獣の群れを薙ぎ払った……と聞いたけど、もしそれが本当なら……。

「……ま、そうなるよなあ」

 自分は確かに東映版スパイダーマンが好きで、それに出てきた巨大ロボ『レオパルドン』が好きだ。

 つまりは、自分は『レオパルドン』を呼び出せる事が可能に、って事になる。

 

『レオパルドン』。

 1978年に、東映が製作した特撮ドラマ「スパイダーマン」に登場した巨大ロボット。

 原作はアメリカの、マーベルコミックが出版している「スパイダーマン」。そのタイトルを、日本の東映が契約を交わし製作した作品だが……ほぼ別物と言える内容の設定、物語に。

 主人公がクモの超能力を得て、コスチュームを着てスパイダーマンになる点は同じ。しかし……、

 原作の、『放射能を浴びたクモ』、あるいは『遺伝子操作されたクモ』、いずれかに噛まれて能力を得たのと異なり、東映版の能力は宇宙人がもたらしたもの。

 加えて、東映版には……「レオパルドン」という巨大ロボが登場する。

 敵組織「鉄十字団」が差し向ける怪物『マシーンベム』。

 最後に巨大化し、迫ってくるマシーンベムに対し、スパイダーマンはブレスレットを使って、戦闘母艦『マーベラー』を呼ぶ。

 そして、マーベラーに乗り込み、巨大ロボ「レオパルドン」に変形させ、巨大化したマシーンベムと戦うのだ。

 レオパルドンはまさに無敵。巨大マシーンベムからの攻撃を受けてもびくともせず、必殺の「ソードビッカー」を放ち、瞬殺してしまう。

 十年以上前、真は幼稚園の頃……父親にDVDを見せられ、その活躍に夢中になった。本編の方はちと、子供には難しかったが、スパイダーマンのアクションと、レオパルドンの雄姿には夢中になった。

「……親父、よく言ってたっけなあ。『これは、俺がお前と同じくらいの子供の頃に、TVで放送して夢中になってたんだ』って、な」

 その後で『バトルフィーバーJ』とか、戦隊シリーズの初期作品も見せられたっけ。

「ボヘミアンなんちゃらを目の当たりにしたら、こんな気分になるんだろうか……っていかんいかん、そんな事を言ってる場合じゃないな」

 仮に、本当にレオパルドンを呼び出せるとしても……その力で、何をするべきか。

 やっぱり、あの霧獣と戦う事になるんだろうけど……。

 それ以前に……色々と大変な事になる。

 ……そう、

 

『大いなる力には、大いなる責任が伴う』

 

 ずっと後になって、アメコミの原作でこのセリフを知ったけど。

 中二病的に「俺TUEEE」って、力を無責任に使いまくる……みたいな事は、したくない。

 ……こりゃ、マジに今後の身の振り方、考えないと。

「……マコト殿?」

 やがて、部屋の扉が開くと。

 そこには、トレイを手にしたクリスの姿が。

「あ、クリスさん。こりゃどうも」

「粗末ですまないが、食事だ。ツクミは姫様と事後処理や負傷者の手当などで忙しくて、私が代わりに持ってきた」

「どうも、恐縮です」

 トレイに乗せられているのは、固皮のパン……フランスパンを小さくしたような印象のそれと、やはり固そうなチーズ。それに水の入ったカップ。

 先刻のティーセットとは、雲泥の差。それでも真は……空腹に腹を鳴らしつつトレイを受け取り、

「……いただきます」

 机に乗せ、軽く手を合わせてからパンにかぶり付いた。

「……イタダキマス? ……ふむ……」

「? 何か?」

「いや、食前の祈りの言葉は、様々だなと思ってな。というか、少し暗くなってきたな」

 確かに、この部屋は窓からの日光以外に光源が無い。そして窓の外には、夕日が落ちつつある。

「ちょっと待ってろ、今……」

 クリスはそう言うと、壁に立てかけられていた装飾……に見えるものの、つまみをひねった。

 途端に、そこから光が放たれた。

「え? それ、照明器具だったんですか?」

「ああ、魔力石(パワーストーン)による魔灯具(マジックランタン)だ」

「魔力石?」

「簡単に言えば、エネルギーが込められた鉱物、だな。我々はこれを用いて、様々な機械や仕掛けを動かすための動力源にしている。こうやって、小さいものは日常で使う道具に、大きいものは機械兵や重機などに、色々と用いている」

 天然の電池のようなものかと、真は推測した。

「それで……」

 クリスは椅子を引き、真の前に座った。

「マコト殿、貴殿の事を……私は知りたい」

「ええっ!?」

「……ああ、最初に言っておくが、貴殿は私の好みとはやや外れている。そういった意味での『知りたい』ではない事を、先に伝えておこう」

「……ですよねー」

『安心』と『がっかり』をブレンドしたような感情を覚えつつ、真は……、

「……それで、俺の『何を』知りたいんですか?」

 パンを噛みつつ、クリスに問いかけた。

「単刀直入に言えば、貴殿が『どんな人間か』。そして、貴殿の『クリエイテッド』が何か。……私と姫様たちを助けてくれたはいいが、あの状況はあくまでも『偶発的』。狙って行った事ではない。加えて……あの巨体。どんな力を持ち、何が行えるのか。それを知っておきたいのだ」

 クリスが鋭い眼差しを、真へ向ける。それを見つめ返しつつ、真も困惑するかのように、

「……俺も、その……分からないです。正直、クリエイテッドっての自体が初めてですし。そもそも、自分自身にこんな超能力を授かって、それを操るなんて、考えもしてませんでした」

 正直な気持ちを、そのまま述べた。

「……ふむ……」

 その言葉を聞いて、考え込むように沈黙したクリスは、

「……いいだろう。では、次の質問だ。いや、質問というより、『お願い』というべきだろうが……」

 改まり、一呼吸入れてから……言葉を紡いだ。

「……貴殿のその身柄、しばらくはイマジン王国に預からせてはもらえないだろうか? 貴殿にとって、このクリエイタニアは『異世界』。右も左もわからないだろうし、何より闇霧と霧獣、周辺各国との事情や状況など、ありていに言えば『危険』なのだ。それゆえに、自由を抑制するようで心苦しいが……」

「ぜひ、お願いします!」

 言い終わらぬうち、今度は『安心』を全快にした真は返答。

「……そ、そうか。やけにあっさりと受け入れたが」

「いや、俺もその……不安だったので。ここで放り出されたらどうしようって思ってたとこなんですよ。いやー、良かった良かった」

 心底安堵したという感で、『にぱっ』という擬音がきこえそうな笑顔を浮かべる真。

「いやあ、安心したら食欲出てきちゃいました。……このパン、固いけどうまいッスね。チーズも……臭いきついけど、嫌いじゃないですよ」

 がつがつとパンとチーズを喰らい、水を流し込む。

 その様子を、あっけにとられ見ていたクリスだが、

「……今晩は、この部屋で眠ってくれ。明日、王都から迎えが来る。貴殿も姫様たちとともに、来てもらうぞ」

 ……次第に微笑みを浮かべ、そう告げた。

 

 その後。

 特に何事もなく、真は寝床に横になり、目を閉じた。

「……考えてみれば、異世界転生してから……いや、転移か。ともかく、こっちの世界に来てから『初めての夜』だな」

 ……おばさん、大丈夫だろうか。妹ズは……あいつらはほっといても大丈夫だろう。

 クラスの友人たちも、心配してるだろうなあ。

 バイトは……まあ、俺がいなくても仕事に支障はないだろうけど……連絡つかない今のままだったら、クビになるかなあ。

 定期通院してる病院にも、迷惑かける事に……。

 考えてみれば、異世界にこうやって『来てしまった』って事は、『元の世界での生活を全部捨ててしまう事』と同じ。周囲の人間にとっては、近しい人間が行方不明になったわけだから……騒ぎにならんわけがない。

 ……十年前。自分は6歳か、7歳だったか。あの頃の事はうすぼんやりとしか覚えてないが……火事になって、父さんがいなくなって、周囲が色々と騒がしかった事だけは覚えている。

 大人たち、警察とか火災保険の人とか、そういう人たちが入れ代わり立ち代わりやってきては、色々と話し合いが行われていた。

「……父さんがあの時にいなくなってから、もう十年なのか……」

 母さんは、もういない。そして、父さんも……。

「……寝よ寝よ、悩んだところで何にもならんだろ」

『戻らなきゃ』ならないだろう。しかしそのためには、こちらでの生活基盤を整えないと。

 幸い、一国の王女様と、女騎士さんとメイドさん……といった、美少女たちとお近づきになれた。少なくとも衣食住に関しては、なんとかなるだろう。

『霧獣』やら『クリエイテッド』やらが問題になるだろうけど、これから学べばいい。

 生じる不安を無理やり抑えこむかのようの、真は強引に……自分を眠りにつかせた。

 

 

「これは、また……」

 次の日、朝。中庭にて。

 今度は真が、あっけにとられ見つめる番。

 彼の視線の先には、巨大な『船』があったのだ。

「大きさは……ボーイング727くらいか。普通に『船』に似ているけど……船底は平らだなあ」

 実際、それは『底が平らな船』という印象だった。もっとも近い印象の船を上げるなら、『カーフェリー』だろうか。

 上部には甲板があり、戦艦のごとき砲塔が前後の甲板上に設置。中心部には船橋も……軍艦の艦橋のようなものもある。

 船底は平らになっているが、通常の船同様に分厚い金属に覆われている様子。どうやら、水上に降りた時に、普通に船として用いるのだろう。

 真は最初に見て、船舶のプラモデル……「ウォーターライン」を連想していた。

「これは、我が王族用の飛行空船(フライトシップ)、『クイーン・スミア』……。クリエイタニアで用いられている、飛行する船です」

 隣に立ったミリアリアとツクミが、真へと言葉をかけた。

 見ると、あちこちに『紋章』らしきものが埋め込まれている。つまりは……これは、イマジン王国の王家専用の船と見て間違いなかろう。

 もっとも、各部は傷みがみられたり、錆がそのままだったりするが。あまり整備がなされていないか、もしくは……その余裕がないのか。

「……あの、姫様」

「ミリア、と呼んでいただいて構いませんよ。何ですか? マコト様」

「じゃあ、ミリアさん。それに、ツクミさん。昨日にクリスさんにも言いましたが……しばらくの間、イマジン王国にお世話になります。受け入れて頂き、ありがとうございます」

 二人へ頭を下げる真に……、

「いえ……あの時に助けて頂いたのは事実。少なくとも、それに報いる事は必要と存じます。改めまして……」

 よろしくお願いします。そう言いつつミリアは、頭を下げた。

 

「船尾推進装置、及び左右回転翼、異常なし!」

「魔力石駆動機関、始動!」

「浮遊石、加熱始め!」

「前方、障害物無し! 両舷、後方、同じく障害物無し!」

「船尾推進装置、始動! 回転翼、回転始め!」

「浮遊石、加熱異常なし! 浮遊反応確認! 抜錨準備完了!」

「イマジン王国、王室専用飛行空船『クイーン・スミア』発進!」

 船長の一令とともに、空船は浮き上がった。

 地面から船体が離れ、空へと舞い上がるのを……真は、客室の窓に広がる景色を見て知った。

「これは……良いなあ。旅客機と同じくらい、快適だ!」

 客室は、ほとんど『揺れ』が無かった。ゆっくりと浮かび上がったためか……むしろ、『旅客機』というより『飛行船』に乗っているようだと真は感じていた。

「マコト様、『クイーン・スミア』の乗り心地はいかがですか?」

 客室に、ワゴンを押したツクミが入ってくる。

「ええ、とても良いです。ほとんど揺れないし」

「それは良かった。イマジン国の王都までは、空路ではここから三時間ほどで到着できます。それまでゆっくりとおくつろぎくださいね」

 そう言って、テーブルにティーセットを並べるツクミ。

「ああ、ありがとうございます。……それにしても、この船。こんなに大きいのに空を飛べるなんて、すごいですね」

 ツクミに入れてもらった紅茶を口にしつつ、真は窓の景色を眺める。

「私もよくは知りませんが……空に浮く事ができるのは『浮遊石(ウルリウム)』の性質によるもの、なんです。この石は加熱すると、重力を遮断して空に浮かぶので、これを利用して乗り物を空に浮かばせているのですよ」

 ツクミの説明によると、ウルリウムは魔力石の一種であり、希少価値のある鉱物。高値で取引されるのみならず、その採掘も、加工にも、技術が必要なものとの事だった。

 ともかく、この石の塊を乗り物に内蔵し、それを炎などで加熱すれば、乗り物は空に浮き上がる。そして、魔力石による別の動力も用い、プロペラを回し推進力を得る事で、飛行できる、という原理だ。

 浮遊石やその加熱の仕掛けは、ある程度の大きさがなければ物体を浮遊させるパワーが出ない。そのため、乗り物を浮遊させるためには、最低でも『小型船くらいの大きさ』が必要とのことだった。

「まあ、飛行できるクリエイテッドを持っていれば、自前で空を飛ぶことができますが……」

 苦笑しつつ、ツクミはそう付け加える。

 そうだった。自分もマーベラーが出せるなら、それに乗って空を飛べるはずだし、実際そうした。まだ実感は湧かないが。

 そこから、真は……思い出した。

『クリエイテッド』について、色々と聞きたい事があったのを。

「あの、ツクミさん」

「ツクミ、と呼び捨てて頂いて構いませんよ。なんでしょう?」

「その……まだ実感がわいてないので、教えてもらえませんか? 『クリエイテッド』の事を」

 

 

『クイーン・スミア』が、森林地帯の上空を飛んでいる時。

 優雅に空を進むその飛行空船を、見つめるかのように、注意を向けている存在が居た。

『それ』は、優雅に空を進む飛行空船に、頭部を向けていたが……見つめているようだったが、見つめてはいなかった。

 なぜなら、それには『見つめる』ための『眼』が存在していなかったからだ。

 それは森林内部に、その頭部を出していた。周囲に生えた、高さ数十mはある『大木』。それらに擬態するかのように、それは自身の細長い巨体を伸ばし、立っていた。

 やがて、それは……。獲物を値踏みした捕食生物が、先回りしようとするかのように。その身体を地面へと引き込み、そして……。

 地中へと、その姿を消した。

 後に残るは、直径が十mはある『穴』。その穴の内部と周辺には……、

『闇霧』が、漂っていた。

 

 

 ツクミの淹れてくれる紅茶は、実にうまい。

 きっと、放課後にティータイムしてた軽音楽部の子達は、毎日こんなのを口にしてたんだろうな……などと、真は勝手に考えつつ、二杯目を飲み干した。

 いや、それ以前に。異世界であるクリエイタニアにも、「紅茶」という飲料とその文化がある事に、真はちょっとした驚きを有していた。

 この世界、どうにも……色々と自分の世界との「共通点」が多いように思える。単位もメートル法だし。ひょっとしたらコーヒーもあるかも。

 この辺りは、おいおい調べてみよう。

 今は……『クリエイテッド』。この超能力について、もっと学びたい。

「ふう、ごちそうさま。それで、ツクミさん。やっぱり王都には、様々な能力を有したクリエイテッドを持つ人も、やっぱり多くいるんですか?」

「ええ。ただ……『クリエイテッド』を持つ人は、よほど信頼がなければ、他者には『クリエイテッド』の詳細は口にしないものなんです。なので……『おそらくそういう人もいる』とは言えますが、具体的に『誰がどのように』までは、私にも分からないですし、知っていたとしても、おいそれとは言えないです」

 ま、そうなるよなあ。

 ……あれ? でも、それじゃああの二人は?

「でも、だったらミリアさんとクリスさんは? どうしてあの二人は『クリエイテッド』を持ってる事を教えてくれたんです?」

「それは……お二人は、『責任』があるからです」

「責任?」

「……お二人は、イマジン王国の『戦い』の先陣を切らねばならないお立場にいらっしゃいます。『霧獣』との戦いのみならず、他国からの侵略者や、国家の危機。そう言った時に、鼓舞し、力を見せる事で、兵士や国民の皆さんを安堵させる『シンボル』としての役割をも担っているのです」

 それに、何より……と、ツクミは言葉を続ける。

「……クリエイテッドという力を持つゆえの『責任』……イマジン王国と、その国民を守るための『責任』。それを一身に受け、その行動を国民のみならず、周辺各国に知らしめる義務も……同時に存在するのです。なので、イマジン王国では、ある法律が制定されています」

「法律?」

「はい。イマジン王国の王家の血筋、もしくは王家に仕える人間で、なおかつ強力なクリエイテッドを有している人は、その力を私利私欲のために使わず、『公務』に、あくまでも国民のため、国を守るために使わなければならない……という法律があり、それに従わなければなりません。そして、その法を順守するために……義務ではないですが、自身の能力をある程度公表する事が習わしになっています」

 ……なるほど、公的な存在としてその身を置いているから、その『能力』を持つ事を皆に知らしめて、そして……それを用いて公務をこなし、責任ある『行動』として示す義務を有しているわけか。

 だから、隠さず堂々と『自分が力を持つ事を、示さなきゃあならない』わけか。

 ブチャラティ風に言えば、

 

『公務は遂行する』、『責任も負う』。「両方」やらなくっちゃあならないってのが「イマジン王国・王室」のつらいところだな。

 

 ……ってとこか。

 きっとその『覚悟』も、できてるんだろう。

 だとしたら、二人はアベンジャーズみたいでもあるな。特に王女や王族が特別な戦闘能力を持ってるってとこは、ブラックパンサーか、X-メンのストームみたいじゃないの。

「……ミリアさんと、クリスさん。二人とも……スゴイんだな」

「え?」

「あ、いや……あんなスゴイ力を持ちながら、そうやって為すべき事をしてるのは、とても魅力的だ……と思ってね」

 真のその言葉に、当初驚きを見せていたツクミは……くすっと笑みを浮かべた。

「そう、ですね。お二人が聞いたら、きっと喜ばれると思います」

 が、真はツクミのその笑みに、やや違和感を覚えた。

 どこか……寂しそうな笑みにも思えたのだ。

「ええと、それで、姫様とクリスさんは?」

「姫様は、休まれています。昨日は激務でしたので、しばらく眠られるとの事で。クリスさんは、霧獣などの敵襲来に備え、待機されています」

「『敵』? 空でも霧獣が出てくるんですか?」

 その質問をしてから、すぐに真は自分のマヌケさに気付いた。昨日のマンティコア……だったか。あの怪物も、ミリアのフィア・ファイアと空中戦を行えるくらいに空を飛べたのだ。

『飛行可能』な霧獣も、存在して当然だろう。

「ええ。ですが心配なさらないで下さい。『空』に闇霧が発生するという例はなく、霧獣が襲撃するにしても、見晴らしが良い現在の天気なら、すぐに見つけられます。これが夜や曇り空だったら、大変でしたけどね」

 空も、安心はできないってとこか。

 この様子なら、おそらく海や湖など、水辺や水中にも同じく存在するだろう。昨日の戦いを見ていたら、クリエイテッドを持たない一般人の兵士も、戦って勝てなくはなかったけど……かなり苦戦してた。こんなのが恒常的に湧いて出てくるんなら、これらと戦える力を持つ人間は、率先して前に出る必要があるだろう。

 まさに、『大いなる力には、大いなる責任が伴う』だ。

 溜息をつきつつ、真がそんな事を考えていた、その時。

「!?」

『警報』が鳴った。

 

「状況は?」

 クリスの元へ、船橋の指揮室へと、ミリアが駆け込んできた。

「飛行型の霧獣を目視で確認。数、50以上。内10体以上が巨大化。現在、後方5時の方向より接近中!」

 簡潔に、しかし、必要な内容を素早く述べたクリスは……船橋の窓から外の様子を見つめていた。

「……50以上!? ……ちょっと……楽観視できない数ね」

 ミリアリアは、上擦っている自分の声を聴いた。

「砲撃準備は完了しています。ですが……」

 クリスの言葉が詰まった事から、ミリアは悟った。

 おそらく、生きては帰れない。

 通常ならば、飛行型霧獣は10体前後の群れを作る。その大きさも、さほどのものではないのが普通。小回りが利かなくなるので、巨大化も群れ内部で1~2体が普通。

 しかし……、

 50体で、しかも10体以上が巨大化している群れなど、聞いたことがない。そんな大量に集まっている状況もまた、聞いたことがない。

 それに、これほど大量の霧獣が発生するなら、相応の『前兆』……、大量の闇霧が発生するなどの前兆が起こって然るべき。

 ファーグから出立する時、兵士たちからは報告は無かった。飛行空船が出発する前には、周辺に闇霧や霧獣が発生していないか。それを確認したうえで出発する。今回も、闇霧も霧獣も確認はされなかった。

 ……帰還を急いだため、十分とは言えなかったが。

 が、いまや『原因』よりも、『現状』をどうすべきか。そちらを優先すべき。

 あれほどの数の飛行霧獣の群れに対抗するには、完全武装した戦艦十数隻が必要。申し訳程度に武装しただけの王家用船舶がたった一隻では、交戦するのは自殺行為。

 何か、違和感がある。

 が、まずは……生きのこらねば。

「魔力石駆動機関、全力前進! できるだけ距離を取って!」

 

「飛行型霧獣の大群?」

 船橋に呼ばれた真は、現状をミリアたちから教えられ……絶句していた。

「……マコト様。こう言ってしまうのはなんですが……どうか、『覚悟』を決めておいてください。この状況下では……あなたの身の安全は、保障できません」

「……わかりました」

 絞り出すように、返答する真。

 何か言って力づけたいと思ったが、何も……浮かばなかった。

 今現在、なんとか群れとは距離を取っているが……それでも追いつかれるのは時間の問題だという。

 クリスも、ツクミも、そして……兵士たちも。全員の顔に浮かぶのは、絶望的な悲痛なる表情。

 何か、打てる手はないのか……。

 が、そうこうしている時。

「前方、山頂付近に巨大な闇霧を確認!」

『クイーン・スミア』の進路上、山の山頂付近に、巨大な黒い霧が……渦を巻いていた。

 霧は……徐々に固まり、それは……その姿を露わにする。

「……闇霧、凝縮・固体化していきます!」

 兵士の言葉通り、山頂の闇霧が、徐々に集まり、そして……。

「それ」は、山頂にとぐろを巻いて……その姿を現した。

「……霧獣、出現を確認!」

 クリスが、鋭い眼差しをそいつに向けた。

 そいつを見た真は、一見『大蛇』に見えたが、徐々に近づくにつれ、ミミズや芋虫、細長いヒルのような印象を強めた。

 その巨体。山の頂上から尾根にぐるりと巻きついているところから、全長は数百mから数kmはあるだろう。

 頭部は、爬虫類のそれとは程遠い。眼も、顎も無く、円形の口があるのみ。

 いや、その円形の口の周辺に、無数の触手がうねっている。とぐろを解いたそいつは……明らかに『クイーン・スミア』に注意を向けるかのように、鎌首をもたげていた。

「あれは……『巨大死蚯蚓ジャイアント・デスワーム』! ……あのクラスの霧獣が、どうしてここに……」

 クリスの眼差しが、驚愕から恐怖のそれに変化した。

 デスワームと呼ばれた霧獣が、巨大な鎌首をもたげ……後ろに引いた。

「まずい! 避けろ!」

「間に合いません!」

「全員、衝撃に備えろ!」

 真はクリスの言葉に従い、近くの椅子に座り、身体を固定する。

 次の瞬間、

『デスワーム』の鎌首が、まるで毒蛇のハブのように、勢いよく放たれた。

 触手に覆われた、丸い口が……『クイーン・スミア』に襲い掛かるが、操舵手の捜査によって直撃は躱せた。

 が、直撃しなかっただけで、衝撃が無かったわけではない。その巨大な長虫の体当たりは……飛行空船の側面を破壊するのに足るものだった。

 衝撃が、乗組員全員を襲う。

「船体の状況を報告しろ!」

「船尾推進装置、左舷破損!」

「浮遊石加熱装置、及び浮遊石、異常なし!」

「浮遊反応、異常なし!」

「報告します! 敵霧獣、本船左舷破損部に、頭部口腔部周囲より触手を伸ばし、本船に絡みつき固定しています!」

 そして、更なる絶望の報告が。

「報告します。後部より霧獣『翔竜鳥リンドブルム』型の接近を確認!」

 50体以上の霧獣の群れが、視認できる程度に接近してきたのだ。

 リンドブルムは、いうなれば『鳥に近い体型のドラゴン』といった姿の霧獣。ドラゴンと比較したら、前肢が無く、顔や身体つきもまた、鳥に近い。

鋭い嘴と鋭い爪を持つ後脚は鳥めいているが、その翼はコウモリのそれ。しかも縁部分が鋭く研ぎ澄まされ、まるで刃物。

 大きさは、その多くが5mくらいだろうか。そんな怪物どもが、群れを成してこちらに迫っているのだ。

 中には、巨大な個体……昨日のマンティコアと同じか、それ以上に巨大になっているものもあった。

 この状況。まさに『前門の虎、後門の狼』ならぬ、『絡まれたデスワーム、追いつきつつあるリンドブルム』。

「船長、主砲発射の許可を!」

「許可します! 後部主砲、撃て!」

『クイーン・スミア』の後部主砲が火を噴き、弾丸が発射された。

 密集しつつ飛来したリンドブルムの群れは、ほとんどがその砲撃を回避。が、砲弾はかろうじて一匹に命中し、その胴体を吹き飛ばした。

 一匹は倒した。が、たった一匹。

 後部主砲が、再び発射されるが、リンドブルムの動きは素早く、当たらない。

「姫様!」

「ええ、クリエイテッド!『フィア・ファイア』!」

 船橋の外すぐに、あのドラゴンがその巨体を現した。が、

 リンドブルムが高速で接近し、すれ違いざまに翼で切り付けた。

「うああっ!」

 フィア・ファイアが切り付けられるとともに、ミリアリアの身体にも切り傷が刻まれる。

 リンドブルムは、鳥に近い体型のドラゴン……といった姿の霧獣。

 フィア・ファイアもまた飛行は出来るが……、飛行能力のみに関しては、リンドブルムの方が『上』。

 それ以前に……的の数が多すぎる。

 リンドブルムが連続で切り付け、それとともにフィア・ファイアの傷も、ミリアの傷も増えていく。

「姫様! 私も……」

「だめよクリス! あなたのクリエイテッドは『飛行』はできないわ! 本体の近くに浮遊する程度ならともかく、『飛行』と『空中戦』までは不可能! ……それよりも、あなたは船を守りなさい! ……いや、この船に絡みついている、デスワームの方を!」

「はい!」

 クリスはすぐに、左舷甲板へ、デスワームが触手を巻き付けている場所へと駆けていく。

 ツクミはというと、不安そうに外を、そして傷が増えるミリアへと視線を泳がせている。

「…………くっ」

 そして、その様子を……、

 真は見ているだけだった。

 しかし、見ながら……、

 真は、考えを巡らせていた。思考を止めず、回転させ続けていた。

 

 だが、次の瞬間。

「マコトさん、危ない! 逃げてっ!」

 ツクミが叫んだ。

 ミリアのフィア・ファイアの攻撃をすり抜けて来た、リンドブルムの一体が、

 船橋の、真が居るその場所へ、鋭いその嘴を突き刺したのだ。

 それは、巨大な個体。嘴の一撃はツクミをも巻き込み、彼女を床に叩き付けて気絶させた。

「ツクミさん! ……うわああっ!」

 そして、リンドブルムの嘴は、真を摘まみ上げると。

 そのまま空中へ、彼の身体を放り投げた。

 



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4話:巨大な霧獣の群れをレオパルドンで無双するのは反則ですか?

「……俺は……『傍観』するばかりだったな……」

 リンドブルムに空中に放り出され、落下中。

 真の脳裏に走るのは、自分が『傍観』していた事。

 そして、その事による『無念』。

 事故でこの片足が、右足が効かなくなってから……自分自身は多少の不自由を被りはしたが、それほど『悲観』はなかった。

 だが、代わりに『無力感』を感じる事も少なくは無かった。お年寄りや妊婦や、自分と同じく何らかのトラブルを抱えた人、そして助けを求める人。そういった人々を見かけても、自分が助ける事はできず……誰かが助けるのを傍観する事しかできなかった。

 もちろん、自分は身の丈に合わない事をするつもりは無いし、無理や無茶を通すつもりもない。

 ……いや、

 しかし、それでも……『助けが必要な人を、助けたい』と思う気持ちはある。だからなんとかして、どうすれば自分でも助けられるか、そのために自分はどうすべきか。そういった事を思案し、実行し、わずかではあるが成功する事もあった。

 けれど……やはり多くの場合、自分は『助けられる』側であり、『助ける』側ではなかった。

 片足が効かないってだけで、誰かを助けられない。自分の事だけで精いっぱいで、他者を助ける『余裕』が無い。

 現に今も、怪物に襲われ、そして……殺されかけた。

 情けない。助けたいのに、助けられない。

 ……クリエイテッドなる『能力』が、あるかもしれないとは言われたが、それの出し方も知らないし分からない。

 しかし……、

 この世界に初めて現れた時、この世界の『空中』に出た時、確かに自分は『マーベラー』を出せた。あの時はただ単に、口にしてみた……ところがあったが。

 そもそもが、

『なぜ落下して死にそうな時に、マーベラー=レオパルドンの事が頭に浮かんだのか?』

 あの時、危機的状況下にあった。そして、()()()()()()()()()()()()、妙な『直感』もあった。

 正直、今も危機的状況下。それも、あの時と比べ物にならないほど危険。

 が、同時に……頭の中に『マーベラー』が、『レオパルドン』が、浮かんでいる。

 ムックや関連書籍に掲載された写真のように、細部まで詳細なイメージが、頭の中に浮かんでいる。

 加えて、そのイメージは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……頭の中でいっぱいに膨らんでくる。

「…………」

 こんな状況で、自分は傍観する事しかできないのか? 許されないのか?

『傍観』するだけでなく、『助ける側』になれるか?

 もう一度、呼び出せるか?

 いや……『呼び出せるか?』じゃない。

『呼び出す』んだ!

 なにをぐずぐずしている? 

 呼べ! マーベラーを一度出せたのなら、もう一度出してみろ!

「…………」

 自分へと、自分が叱咤する声が聞こえてくる。

 落下しつつ、真は左腕を伸ばし。

「……クリエイション!『マーベラー』!」

 叫んだ。

 

『クイーン・スミア』は、リンドブルムの群れに、完全に囲まれていた。

 船橋にて、ミリアは荒い息で膝をつき、周囲を見回していた。

 既に船橋の天井は、リンドブルムの嘴に何度も突かれて、天井はほぼ存在しないほど……穴を穿たれていた。

 船橋にいた船長と乗組員、兵士たちは、全てが突かれて、あるいは嘴により空に放り出され……生きながらえているのは、ミリアとツクミのみ。

 ツクミは床に倒れ、動かない。ミリアリアは助け起こしたかったが……自分もほとんど動けない。

 何故なら、自身の分身たる『フィア・ファイア』が猛攻を受け、血みどろの様相となっていたからだ。

 既に彼女のクリエイテッドは引っ込めている。というか、ミリアの生命力が低下していたため、引っ込めざるを得なかった。

 ……出せたとしても、多勢に無勢で、万が一にも勝ち目はない。

 船の左舷は、外装が破壊され、内部の機械類がむき出しに。そこへとデスワームが、巨大な頭部を船中に深く突っ込んでいる。その様子はまるで、生きた獲物の腹へ頭を突っ込み、内臓を喰らっているかのよう。

『こちら機関室! デスワームの触手が! ……うわああああっ!』

『た、助けてくれえっ! ……ぎゃあああっ!』

『こちら船倉! 非戦闘員は全員こちらに移りましたが……ああっ、扉が! いやああっ!』

 船橋の伝声管より、船内各所から悲鳴が響いてきた。その全てが、デスワームによる殺戮と……その犠牲者の断末魔。

 デスワームは、船内に触手を入り込ませ、船内の人間を次々に襲っていたのだ。触手が突き刺し、締め上げ、床や壁や天井に叩き付け、血祭りに。

 ややしばらくすると、それらの断末魔は消え……静かになった。

 その沈黙が語るのは、冷徹にして残酷な『現実』。おそらく船内全ての人間が……デスワームにやられてしまったに違いなかろう。

「くっ……だめだ、多すぎる!」

 そして、甲板上ではクリスが、船内から伸びてきたデスワームの触手、そして空から強襲するリンドブルムの群れに、『百剣の騎士(ナイト・オブ・ハンドレットソーズ)』で対抗していた。

 が……その行動は徒労に。

『百剣の騎士』が、様々な剣で斬り付け、触手を切断するものの……切った端から触手は次から次へと再生し、きりがない。

 それと同時に、空中からの攻撃。

全断の剣嵐撃(オールスラッシュ・ソードストーム)』を幾度も放ち、何匹ものリンドブルムを斬り捨てはしたものの……多勢に無勢だった。

 とうとう力尽き、クリエイテッドも引っ込め……膝をつく。

「……はあっ、はあっ、はあっ……」

 疲労が激しすぎる。戦うどころか、立つ事も、クリエイテッドを出す事もできない。

 そして……、

 船は徐々に、デスワームに引っ張られて地面に近づいていった。デスワーム自身が、巨大な錨と化し、動きを強制的に止められている。

 デスワームの顎と触手から逃れる事は、今の自分たちにはできない。

 仮に逃れられたとしても、リンドブルムの群れから逃れる事はできない。

 そして、戦う事も……できない。

「……これまで、なの? ここで終わるっての?」

 ミリアの心が折れかけた、その時。

 ほとばしる『轟音』が、彼女の耳に響いた。

「!」

 ミリアは、それを聞き、

「!!」

 クリスは、それが『砲撃』と知り、

「……あれ、は……!?」

 意識を回復したツクミは、砲撃した『それ』を見た。

 自分たちを助けた、飛行空船が……、

『マーベラー』が再び飛来し、リンドブルムの群れを攻撃していたのだ。

 

「……『理解』、できたぜ」

 マーベラーの、コックピット内部。

 そこで、真は……コックピットシートに座っていた。

「こいつは本物だって事が、間違いなく『理解』できたぜ! 本物の……マーベラーだ!」

 興奮とともに、操縦桿を握る。劇中に出てきたセットと同じ、レバーや計器類のレイアウトも同じだ。

 そして、これを操る自分は、マーベラーの力を自分のものにできたのと同じだ。それを理解した、『理解』できた。

 操縦方法は、なんとなくわかる。どのレバーを押し、どのボタンを押せば、どのように動くのか。それも理解できる。

 目前にはモニターが、そして襲い来るリンドブルムの群れの様子が写っている。

 先刻ならば、自分の無力さに絶望し、恐怖するしかなかった。が、今は違う。

「もういっちょ、喰らえ! マーベラー、カノン発射!」

 飛行しつつ、マーベラーの前部から……強力な砲弾が再び発射された。

 それは、先刻の『クイーン・スミア』の防御砲とは比べ物にならない。命中どころか、掠っただけで霧獣を破壊し、霧散させたのだ。

 逆襲してくるリンドブルムもいたが、いくら嘴でつつき、翼で切り付けても、マーベラーの装甲に傷一つつきはしない。

 そのまま飛行するスピードを上げて、軽々とリンドブルムを振り切ると……、Uターンし、再びマーベラーカノン。

 砲撃に薙ぎ払われるが、仲間を掻き分けて巨大なリンドブルムが。そいつが体当たりを仕掛けてきたが、

 マーベラーもそのまま、スピードを緩めず突撃した。

 マーベラーと霧獣。勝ったのは当然、マーベラー。体当たりして巨大リンドブルムの片翼をもぎ取り、そのまま墜落させたのだ。

 マーベラーの艦橋、獅子の頭部を思わせる艦橋が、霧散した闇霧を飛び散らせ、消滅させていく。もはやリンドブルムの群れは、その立場を変化させていた。獲物を狙う側だったのが、襲われ霧散される獲物の側になっていたのだ。

 マーベラーの姿はまさに、天翔ける巨大な獣のよう。豪快かつ俊敏に、その巨体を巡らし、動かし、カノンを放つ。

 空のリンドブルムを掃討した真は、

「お次はお前だ! デカいミミズ野郎!」

『クイーン・スミア』を助けるべく、次なる攻撃を。

「……試してみるか。映像は同じだったけど……ムカデ鉄人を怯ませたんだから、電気ミミズ……もとい、巨大ミミズにも効いてくれよ?」

 呟き、

「マーベラー、ファイバーサンダー!」

 叫んだ。

 マーベラーより、再びカノン砲が発射された。

 連続発射される、強大にして強烈な砲撃。その攻撃が命中したデスワームは、まるで電撃を喰らったかのように痙攣させた。

 昆虫めいたキチキチキチ……という鳴き声とともに、デスワームは頭部の触手を緩め……、

『クイーン・スミア』を解放した。

「よっし! さすがはマーベラー! こいつはすごいぜ!」

 だが、デスワームは。攻撃目標を飛行空船からマーベラーに変更し、それを実行した。

 すなわち、その頭部の触手をマーベラーに向け、伸ばしたのだ。

 触手から逃れたマーベラーだが、

「なっ!」

 その先に待ち構えていたデスワームの尻尾が、マーベラーに叩きつけられる。空中できりきり舞ったマーベラーは、そのまま地面に激突……、

 しなかった。

「この程度で……やられるかーっ!」

 操縦桿を思いっきり引っ張った真は、マーベラーの推進器を全開にする事で地面への激突を避けたのだ。マーベラーは強引に空中へ舞い戻り……、

「マーベラー、チェンジ……『レオパルドン』!」

 真の掛け声とともに、変形を開始した。

 

「あれは……」

 ミリア、ツクミ、そしてクリスは、真が操るマーベラーの活躍を見守っていた。

 見守りつつ、先刻から『予想外』の事が連発している事実を実感していた。

 霧獣の群れに襲撃を受けた事も『予想外』。

 その霧獣の群れ相手に、勝ち目のない戦いを繰り広げ、かろうじて生き残っているのも『予想外』。

 そして、ストレンジャーの少年が、訓練もせずにクリエイテッド(これを持っていた事は予想していたが)を実体化させられた事も『予想外』。

 さらに、そのクリエイテッドを操り、霧獣の群れをほぼ一掃した事も『予想外』。

 これ以上、『予想外』は起こらないと思っていた矢先……地上の超巨大な霧獣・デスワームに襲われて墜落しなかったどころか持ちこたえ、『変形』までし始めている。

 マーベラーの、見上げた獅子の頭部のような船橋が縦に分かれ、内部から人の顔に似た鉄の顔が。

 それは、蜘蛛の巣のモールドが刻まれた船首部分を巻き込んで、前の方へとせり出て、地面を向いた。

 それとともに、船尾に立っていた垂直尾翼が折りたたまれて船内に収納。更に、左右に広がっていた舷側が折りたたまれ……、逞しい『両足』に。

 そして、増槽のように見える船体側面の箱状パーツが展開すると、ごつごつした巨大な拳が現れるとともに、巨大な『両腕』へと変形した。

「あれが、マコト様の……クリエイテッド?」

 ミリアが呟き、

「巨大な、機械兵?」

 ツクミが驚愕し、

「だが……強そうだ!」

 クリスが期待を込めた言葉を。

『クイーン・スミア』に乗った三人に見られつつ……身長60mの巨大ロボが地面へと降り立つ。

 両足の甲には、蜘蛛の巣のモールドが刻まれた、細長い六角形の装甲。

 四角い胴体と両腕。角ばった拳は文字通り『鉄拳』。

 胸部には、マーベラー時には船首だった箱状のパーツ。赤いパネルには、やはり蜘蛛の巣のモールドが。

 頭部は、額に三角形のパーツ。顔は、すぼめたような、星型のような形状の口が特徴的。

 その鉄の顔が……巨大な霧獣を睨むように見つめ返していた。

『レオパルドン』……それが、その巨大ロボの名前。そして、真のクリエイテッドの名前。

 そのコックピット内で。真は自身が搭乗している事を実感していた。

 デスワームは、山の尾根に身体を巻きつかせつつ、鎌首をもたげて待ち構える。

 それに対し、レオパルドンはいささかも身構える事無く、地面を踏みしめ歩き出した。

 デスワームの長い身体が、とぐろを解き、蛇のようにくねりながらレオパルドンに迫る。

 レオパルドンはそれに動じず、デスワームの体当たりを受け止めた。怪物の口から伸びる触手を無造作につかんだレオパルドンは、そのまま引っ張り、引きちぎる。

 触手が再生し始めるが、

「レオパルドン、パンチ!」

 振りかぶった巨大ロボの鉄拳が、巨大ミミズの頭部へと炸裂し、吹き飛ばす。

 更なる攻撃をせんと、レオパルドンが歩き出したが、いきなり側面から巨体が体当たりを。

 それは先刻に、片翼を吹っ飛ばされた巨大リンドブルム。しかし、体当たりが全く功を奏しないと知ると、今度は嘴でつつき始めた。

『クイーン・スミア』の船橋を穴だらけにした鋭い嘴だが、レオパルドンの前にはまったく効かない。逆にその嘴を無造作につかみ取られ、巨大リンドブルムは脇へと投げ捨てられた。

 地面を転がされながら、それでも立ち上がった巨大リンドブルムへ、

「アークターン!」

 真は次なる攻撃を。レオパルドンの額から、金色のブーメランを放ち……、

 それは、巨大リンドブルムの嘴を切断した。

「アームロケッター!」

 止めとばかりに、両の拳を発射。巨大リンドブルムのどてっ腹にめり込み、貫き……断末魔の悲鳴とともに、巨大な霧獣は闇霧となり、霧散し……果てた。

「残るは、お前だ!」

 拳を戻し、向き直ったレオパルドンに、デスワームは……、

 レオパルドンの周囲を囲むようにして、ぐるぐると回り始めたのだ。

 その意図はすぐに判明した。デスワームはレオパルドンに、その長い身体を巻き付けたのだ。まるで獲物をぐるぐる巻きにして締め付けるニシキヘビのように、デスワームはレオパルドンの身体をきつく締め付ける。

「マコト様! あれではさすがに……」

 空中で、その様子を見守るミリアは……不安な眼を向ける。

 が、その不安はすぐに、全く時間をかける事無く消え去った。

 締め付け始めて十秒もせずに、レオパルドンがその両腕を開いたのだ。それとともに、デスワームの体中が引きちぎられ……デスワームの胴体の破片が周囲に飛び散った。それらはすぐに、闇霧へと変化し、霧散する。

 身体の半身を失ったデスワームだが、それでもレオパルドンの身長の三倍はあった。

 死なばもろともとばかりに、触手を再び伸ばすが……、

「レオパルドン、ソードビッカー!」

 真はレオパルドンを操り、右脚側面に内蔵されていた、剣を引き抜かせた。

 デスワームがその口を大きく開き、レオパルドンを飲み込まんとしたその時。

 レオパルドンは、手にしたその剣を投げつけた。

 剣はまるで槍のように宙を切り……、デスワームの頭部に深く突き刺さった。

 巨大な霧獣は、断末魔の悲鳴と共に……爆発。

 そして一刻後。霧獣とともに、周囲の闇霧は全てが消え去り……、

 レオパルドンの巨体が、闇霧の晴れた大地に立っていた。

 

「まさか、あれだけの霧獣を、たった一人で……」

 ミリアは、目前の光景を理解するのに時間がかかった。

 ツクミも、それは同様。

「……あれほど強力なものとは……予想外、です」

 体中を苛む疲労と傷で、くたくたになりつつも……自分たちを救ってくれた巨大ロボを、畏敬の念とともに見つめていた。

「……敵には、したくないな。マコト殿が味方で、良かった」

 自分が本音を語るのを、クリスは聞いた。が、

「!?……高度が、下がっている?」

 船が地面に迫っていく事も気付いた。

 おそらくこれは、ウルリウム機関の破損が原因だろう。先刻にデスワームに船内を荒らされた時、破壊されたに違いあるまい。

 飛行能力を無くした船が、バランスをも無くして大きく傾いた、その時。

 飛行したレオパルドンが、船体を抱え込み……墜落を防いでいた。

 レオパルドンはそのまま、飛行能力を失った『クイーン・スミア』を地面へと置き、

 直立不動の姿勢を取ると、その姿を霧散させ始めた。

 巨大ロボが、大量の光の粒子と化して、その姿を霧散させた、その後……、

 巨体が立っていたその場所に、真が……座り込んでいた。

「……あの、また杖を無くしちゃったみたいで。助けてはくれませんか?」

 やや間の抜けたその言葉に。

「……ええ、少し待っててくださいね」

 ミリアが、声をかけていた。

 



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5話:美少女たちに王国へ迎え入れられる事は反則ですか?

 真は、杖……代わりの、適当な棒を見つけ、再び歩行が可能に。

 ようやく、『傍観するのみ』でなく、『助けられるだけ』でなく……、

『助ける事が出来た』。

 その事を実感した彼だったが……更なる実感が……彼の心を曇らせた。

「……気に病む事は無い、マコト殿。クリエイテッドを知らない者に、いきなり『使え』という方が間違いだ。それに……あれだけの霧獣が攻めてくるのを予測できず、対抗策も立てておかなかったのは、私の……ミスだ」

 ここは、『クイーン・スミア』内、船倉。

 クリスはそこで、目前の……数多くの『遺体』を前に、自らを戒めるかのように言っていた。

「……わたしは、やはり……王女よりも、戦士になった方がよかったのかもしれません。……臣下を守れずして、何が王女……」

 床に転がっている、メイドの死体。それに近づき膝をついたミリアは、彼女の開いたままの眼に手をやって、そっと閉じさせた。

 ツクミもまた、彼女の後方で祈るように手を合わせ、目を閉じていた。

 レオパルドンが霧散してから、真は近くに落ちていた木の枝を杖として、船内へ入って行った。

 そこから、なんとか甲板までたどり着き、ツクミら三人と合流。その後に船内に生き残りが居ないか、けがを負い動けない者はいないかと、探していたが……。

 その名の通り、デスワームは船内を『死』で埋め尽くしていた。船員も、兵士も、非戦闘員の召使やメイドたちも、そのことごとくが触手のもたらした『死』の犠牲になっていたのだ。

 ここは異世界。近くに常に戦いが、殺し合いが存在する世界。

『死』は、すぐ近くに存在し、命の危険がより高く、死する事がより容易に起こり得る世界。

 その事を、真は……実感した。否、『実感しなきゃならない』、そんな気がした。

「……姫様、そろそろ」

「……ええ、そうね」

 ツクミに促され、ミリアは外へと向かった。

「マコト様、行きましょう。再び霧獣が現れないとも限りません。あなたのクリエイテッドが強力である事に意義は申しませんが……時間を置かずに何度も攻めてこられると、体力が持ちません」

 そしてミリアも、真に促した。

「あの、この船員たちの遺体は……」

 しかし、真は気になっていた。

 死した船員たち。彼らの遺体を、ここにこのまま放置しておくのは、ちょっと抵抗がある。

「それですが……」と、真の言葉を遮ったミリアは、

「……これから、『フィア・ファイア』の炎で、船ごと『燃やします』」

「え? 燃やす?」

「はい」

「ちょ、ちょっと待って! 燃やすって……せめて、あとで戻って、遺体を回収して埋葬するとか、そういう事は……」

「……マコト殿。おそらく貴殿の世界では、同様の事件が起こったならば、そのようにしているのだろうな。我々とて、可能ならば手厚く葬りたい。彼らは王国民として、懸命に戦い、命を落としたのだ。葬儀される権利があって当然だ」

 だが……と、クリスは言葉を続ける。

「……この周辺、闇霧の気配も徐々に濃くなってきている。闇霧は凝縮し実体化するだけでなく、人間や動物の死体にも寄生する。死体を依り代として、新たな霧獣と化するのだ」

「死体にも? ……って、え?」

 戸惑う真の前で、クリスはいきなり『百剣の騎士』を抜き放ち、

「はっ!」

 剣の一つを、真の背中越しに投げつけた。

「!……え?」

 いつしか、メイドの死体の一つが起き上がっていたのだ。が、クリスのクリエイテッドが投げつけた剣に、胸を貫かれ……死体は動きを止めて倒れ込んだ。

 死体からは、わずかに……黒っぽい霧のような気体が漂っている。

「……『理解』、しました。こういう事、なんですね」

 真は実感した。死体の処理もまた、闇霧との戦いなわけだ。屋外の、それも闇霧の発生する場所で遺体を放置していたら……それに闇霧は憑依し、霧獣と化すのだと。

 それに……ミリアたちの方がこの船員たちとの付き合いは長い。死んだ船員たちがゾンビめいた、『歩く死体』になって襲ってくる様子など、彼女らは見たくないだろう。

「……わかりました。行きましょう」

 

「……『ブレス・オブ・ドームフレイム』!」

 旅に必要な、水と食料、それにいくつかの道具を船内から持ち出したのち。

 ミリアは『フィア・ファイア』……ドラゴンのクリエイテッドを解き放ち、その口から猛烈な火炎を放射した。

 一日前に、霧獣マンティコアを葬った火炎。吹き付けられたそれは、たちまちのうちに『クイーン・スミア』を包み込んだ。

 まるで、巨大な棺を火葬しているかのよう。踊る赤色の炎は、幻想を見ているかのような美しさがあった。

 やがて、炎に包まれた『クイーン・スミア』は、

『浮き上がり』始めた。何事かと思った真だったが、すぐに理解した。

 船内のウルリウムが、『フィア・ファイア』の炎に熱せられて、浮力を産み出したのだと。

 が、放たれ続ける『フィア・ファイア』の炎は、飛行空船を完全に包み込むと……、船の、浮遊石以外の材質を熔解させた。

 火炎の中に浮かんだ、巨大な石の塊。炎に当てられた石塊は更に熱せられ、液化し、気化。

 気化したウルリウムは、輝きながら高く、高く、空に浮かび……、

 そのまま、空の彼方へと、消えていった。

 真は思った。まるで、犠牲者たちの魂を、天に導いているかのようだ……と。

「……イマジン王国、第三王女、ミリアリア・レドカッスル・イマジンの名において……この炎が、忠誠心と献身に身を捧げた国民たちを、平穏の地へと導かん事を……」

 ドラゴンのクリエイテッドもまた、消えると。その本体たる少女は、両手を合わせ、目を閉じ……『祈り』を、捧げていた。

 クリスとツクミも、それに続く。真もまた、合掌。

 しばらく、それを続けた後、

「……皆さん、それでは……先を急ぎましょう」

 ミリアの言葉に、皆が頷いた。

 

 ……『急ぎたい』けど、これは……『急げない』よなあ。

 杖を突きつつ、真は……その事を実感していた。

 それも当然と言える。彼らは森林内に続く『道』を進んでいたが、それは当然ながら舗装もされず、整備などもされておらず、ただ単に踏み固められただけの獣道だったのだ。

 そこはでこぼこして、非常に歩きづらい。そして真は、杖を突いており……このような歩きにくい道を歩く事は、不得手であった。

 そして、真は嫌と言うほど、うんざりするほどに思い知らされていた。道なき道を歩く事は、自分にとっては他者よりも『困難を伴う』のだと。

 ……しかし、だからといって、泣き言を言うかっつーの。

 真は疲労を覚えつつも、自身を叱咤。確かに『困難』はあるだろう。だが、この世に『困難』の無いものなどない。それに、挑戦してみれば、成功失敗はともかく、案外うまくいくものだ。

 片足に力が入らない、片足の自由が効かないならば、それ以外の自分の身体を、もっと鍛え、もっと動かせばいい。

 その為には、ちょっと協力してもらおう。

「……あの、クリスさん。ちょっとお願いが」

 

 数分後。

「……これでいいか?」

「上等です。ありがとうございます」

 クリスの『百剣の騎士』の剣で、近くの木の、太めの枝を切断。それとともに、近くにあった植物の蔓をロープ代わりに用い、真は即席の松葉杖を一組、作り終えていた。

「マコト様、それは……?」

 ミリアが、不思議そうにそれを見つめる。

「ああ、これは『松葉杖』という道具です。肩の部分で体重を支える事で、片足を負傷していても歩けるようになる杖なんですよ」

 そのまま、肩に力をかけ、立ち上がる。

「……よっし、うまくいった」

「それは、マコト様の世界では、良く用いられている道具なのですか?」

 ミリアの言葉に、相槌を打つ真。

「ええ。自分も良く使ってました」

 ついでに、壊れた時などは自分で修理したり、時には自作したりもした。

 ともかく、これで前よりも格段に歩きやすくなった。

「さて、それじゃあ先を『急ぎ』ましょうか」

 真が促し、ミリアはそれを聞いて、僅かにくすっと笑みを浮かべていた。

 

 

 ミリアらが、森の中に姿を消して数刻後。

 数分前まで、『クイーン・スミア』があった場所へ、近づく者たちの姿があった。

「なあ、あんなの今までに見た事あったか?」

「『あんなの』? 何が『あんなの』だ? さっきのデスワームのことか? それとも、燃えながら空に消えてったフライトシップのことか?」

「一応、燃えて天に召された船の方だ。とはいえ……さっきのデスワームもスゲエもんだったがな。俺は一度だけだが、デスワームを見た事があった。で、その後で俺以外の周囲の人間は、全員おっ死んだ。それだけじゃあなく、城砦都市自体がカルーク壊滅しやがった。まさに『デス』だ。デカいのは図体だけじゃなく、危険度もブッちぎりでデカいってもんだ」

「で? それがどうした。あんな超巨大な霧獣を見て『スゲースゲー』と騒ぎたいってのか?」

「つーかよー、そうやって俺をディスるのがデフォになってねーかオメーよぉ。俺が言いたいのは、そんな危険度最大の霧獣を、あのデカいクリエイテッドがこれまたカルークぶちコロしたってのがスゲくないか? って事だ」

「……そうだな。確かにあんなクリエイテッドは見た事が無い。人型で巨大な存在なら、多くは無いが相応に存在するし、変形するものもだ。だが……あれだけ頑丈で強力なものは、俺も見た事が無い」

「だろ? ……でだ、これからどうする? 俺らの任務は、イマジン王国の王女と騎士の監視、あわよくば拉致……だったが……まさかここまで霧獣が大量発生するとは思ってもみなかったぜ」

「確かにな。それに加えて、あの巨大な未確認のクリエイテッド。一体何が起こっているのか、見当もつかん」

「王女サマと騎士殿、やられちまったか?」

「二人のクリエイテッドは、あの未確認クリエイテッドには及ばずとも、この地域では最強の一角を成すクリエイテッドだ。おそらくは生き延びているかもしれん」

「しかし、船ごと燃えちまったんなら、遺体を確認したくともできない……」

「しなくていいぞ」

 二人へと、言葉を重ねる者の声が。

「隊長?」

 二人がふりむいた先には、一人の女性が。

 しなやかさと同時に、力強さを兼ね備えた四肢。軍服めいた服に身を包んでいたが、それでも隠し切れない大きな胸と腰つきは、魅力的であると同時に……危険なものも感じさせた。鋭い目つきとともに、全身から鋭い気配を醸し出している。まるで抜き身の刃が歩いているかのような、そんな印象の女性だった。

「ご苦労。別の部下から、報告を受けて駆けつけてみたが……。リンドブルムの群れとデスワームが発生し、それらを未確認の巨大なクリエイテッドが掃討したと聞いたが、間違いないか?」

「はっ! 自分も目撃しました! 未確認クリエイテッドは、飛行空船から巨大な人型へと変形し、デスワームを一撃で倒し、すぐに消えました!」

「俺も目撃してやす。飛行空船形態では、船前部からの強力な砲撃を、人型では額の三角形の飾り、および両拳を発射し、武器としていやした」

「お前たちの飛行空船は?」

「申し訳ありません、クイーン・スミアを追跡中にリンドブルムの群れの襲撃を受け、不時着しました。なんとか自分ら二名が脱出し、デスワームと未確認クリエイテッドとの交戦を地上から視認した次第であります!」

「そうか……しかし、デスワームを一撃で倒したというのは、にわかには信じられんな」

「いえ、間違いありやせん。奴は人型で、デスワームに巻き付かれ……そんな事が何でもない感じに、腕を開き胴体を引きちぎりやした。で、半身が残ったデスワームは、飲み込もうとしやしたが……」

「未確認クリエイテッドは、どこからか剣を抜き、それを投げつけたのです。それがデスワームの頭部に突き刺さり……爆発しました」

「ふむ……その、未確認クリエイテッドの本体は? それに、王女たちはどうした?」

「確認しようとここにかけつけましたが、既に本体らしき人物、および王女らの姿は周囲には見えません」

「……」

 隊長と呼ばれた女性は、二人の男の言葉を聞き、何やら考え込むように思いにふけっていたが、

「……ミリアリア王女に、騎士クリス。二人の強力なクリエイテッドに、そんなクリエイテッドが加わったら……少しばかりまずい、な」

「いかがいたしやしょう? このまま援護を待ちやすか?」

 男の片方から問われ、

「いや……おそらく奴らは、ここからそう離れてはいない場所にいるかもしれん。それに……移動手段も、徒歩のようだ」

 女性は、足元の足跡に目を落としつつ、答えた。

「脱出用のボートを使ったのでは?」

 もう片方の男からの問いには、

「思うに……霧獣の群れに襲われた時、壊されたのだろうよ。でなければ、徒歩での移動などしないだろうからな。それに……」

 足跡の中に、普通とは違うものが、杖の跡も残っているものを見つけ、

「……『歩行速度』も、遅めかもしれん。今から追えば追いつけるだろう。連中は疲れている。我々三人のクリエイテッドを用いれば、捕まえる事も難しくはなかろうよ」

 にやりと、彼女は微笑んだ。もうじき獲物をしとめる事が出来る。そんな確信めいた笑みだった。

 

 

 真は今、座り込んでいた。

 クリスは自分のクリエイテッドから、今度は大ぶりな剛剣を実体化させて、倒木を切り刻んでいた。

 そして、積み上げた薪に、ミリアが『フィア・ファイア』を実体化させ、ほんの僅か、炎の息を吹きかけた。

 薪が燃え、焚火になる。その炎を見て、真は安堵を覚えた。

 木々の中、下生えの少ない開けた場所。そこで皆は、今晩はここで泊まろう……という事になったのだ。

 松葉杖を作った後の旅は、さして妨害も無く、トラブルも無く、霧獣との遭遇も無かった。

 しかし、霧獣の群れと死闘を繰り広げ、かろうじて生き延びたのだ。ミリアも、クリスも、そしてツクミも、疲労度は限界だろう……と、真はなんとなく感じていた。

 なので、

「すいません、疲れたので、一休みしませんか?」と、真は申し出て……現在に至る。

 森の中は、ひんやりしてやや肌寒い。日も傾きはじめ、薄暗くなりつつある。

「どうぞ、お水とパンです」と、ツクミが小さなカップに、固い保存食の小さなパンを差し出す。それらを受け取った真は、その石のようなパンを苦労しつつ噛みちぎり、無理に飲み下した。

「持ち出せた水と食料は、これだけだった。これらが尽きる前に、早く森を抜けられればいいのだが……」

 クリスの不安そうな声が、森の中に響く。

「…………」

 それ以上に、ミリアは不安そうな表情を浮かべていた。

「あの……ミリアさん?」

 真が声をかけるが、

「…………」

 何かを考え込んでいるかのように、ミリアは落ち込んだまま。

「ミリアさん? どうか、しましたか?」

「……え? あっ、はい。いえ、別に……なんでも、ありません……」

 いや、なんでも『ある』。何か思い詰めているような、そんな表情。

 先刻の、船員たちを救えなかった事で、まだ自分を責めているのだろうか。

 その『思い詰めた表情』を変えようと、

「……ねえミリアさん。『クリエイテッド』って、この世界における個人の『思い入れのある存在』を、実体化させたもの……なんですよね」

 唐突に、真が質問してみた。

「え? あ……はい。そうです」

「という事は……ミリアさんと、クリスさん。お二人の『フィア・ファイア』と『百剣の騎士』も、お二人ともそれぞれ思い入れがある……って事、ですよね」

「ええ、そうです」

「……そうだな、私も思い入れがあるから、あのクリエイテッドを持てたわけだ」

 頷く二人に、

「なら、もしよかったら……それらのクリエイテッドの『元ネタ』を教えてもらえませんか? あれだけスゴイドラゴンと騎士なら、さぞかし元ネタもスゴイのでは」

「静かに!」

 いきなりクリスが立ち上がり、『百剣の騎士』の剣のみを周囲に実体化させ……周辺を見回した。ミリアもまた、立って身構える。

「え? なにを……」

 突如訪れた、緊迫した空気。

 真は戸惑うが、すぐに彼も感じ取った。殺気めいたなにかの気配を。

 その張り詰めた空気は、少しの間、流れ……、

「……失礼した、マコト殿。気のせいだったようだ」

「ええ。私も何か、殺気を感じましたが……気配は消えました」

 と、クリスとミリアは安堵し、緊張を解いた。

「……闇霧か、霧獣でも、近くにいたんでしょうか?」

 ツクミが不安そうにつぶやくが、動くものは視界の中には見当たらず、わかる限りではあの黒い霧も見えない。

「…………」

 だが、真は。まだ周囲に浮遊したままの、クリスの『百剣の騎士』、ないしはその数本の剣を見つめていた。

「マコト様? どうかなさいましたか?」

 問いかけるミリアに、

「……すいません、ちょっと質問です」

 質問で返答する真。

「……クリエイテッドに関してですが……クリスさん、これってあの騎士の剣『だけ』ですよね」

「? ああ、そうだが?」

「それでしたら…………」

 

 

「……隊長。発見しました」

 先刻の男たち。

 眼鏡をかけた、二人の男の片方。彼はずれてもいない眼鏡を直し、『隊長』と呼ぶ女性へと報告した。

「クリエイテッドを使ったのか?」

「はい。私のクリエイテッドで接近し、姫と騎士の姿を確認しました。他には護衛などおらず、メイドと、『ストレンジャー』らしき少年が一名ずつです」

 眼鏡の男の報告を聞き、もう一人……隣にいた、顔に傷のある男が、

「よしッ! ならば今度は、俺が一気に力業で……」と、張り切る様子を見せるも、

「いや……お前はまだ待機だ。お前よりも、まずは私のクリエイテッドで攻撃してみる」

 顔に傷のある男の、ややしょんぼりした表情を見て、

「……大丈夫だ。お前の出番はすぐに来る。お前のクリエイテッドは大きいし、強力だからな。あの巨大クリエイテッドに対抗できるのは、お前しかいない。その時に、大暴れしてやれ」

 隊長は、力づけるように言葉をかけた。

「はっ! おまかせください!」

「うむ……。それで、奴らは?」

 眼鏡の男に、隊長が問うが、

「奴らに『気配』を感知されそうになったので、距離を置いていますが……何やら、話し合っている様子です……ん? あれは?」

「どうした?」

「いえ、その……な、なんだっ!?」

 眼鏡の男が、いきなり狼狽えた。

 そして、彼のクリエイテッドは。真がクリエイテッドを実体化させ、それに乗り込んだ一行が、その場から離れていくのを感知していた。

 

 

「あとで、メモをしとかなきゃな」

 クリエイテッドのメモ。『元ネタの、一部だけを実体化させる事も可能』。

 それをクリスから聞き出した真は、その実践を試みて、見事に成功。

 森の中の獣道を、四人が乗り込んだ『マシン』が、高速移動していた。

「ま、マコト様! これもまた……そうなのですか?」

「ああ! こいつは『マシーンGP7』! レオパルドンの、一部です!」

 真が乗っているのは、流線形のスーパーカー。それはまるで、猛禽類の顔のような印象を与えるデザインをしていた。

 フロント部分に描かれているのは、クモの巣の模様。運転席はオープントップで、後方にはエンジンと、小さな補助翼が付いている。

『マシーンGP7』

 元ネタたる、東映版スパイダーマンに登場する、スパイダーマン=山城拓也が運転する、マーベラーに内蔵されたスーパーカー。

 時にスパイダーマンの足として地上を走り、時には空を飛んで巨大化したマシーンベムを翻弄したり、飛来したマーベラーへと飛行してスパイダーマンを搭乗させたりと、様々な活躍をする万能マシンである。

 クリエイテッドの『一部』のみを出せるのなら、これもまたマーベラー=レオパルドンの一部。

 真は先刻の、クリスの『剣のみを出した「百剣の騎士」』を見て、このマシーンGP7のみを出せないかと思いついたのだった。

 かくして実体化したマシーンGP7は、森の中の獣道を走破していた。先刻までの徒歩の遅さが嘘のように、高速移動している。

 だが、獣道は狭く、車が走行するのには向いていない。加えて、前方に倒れた大木が。

 ならば……、

「皆さん! 『飛ばし』ますよ!」

 そのまま真は……マシーンGP7を、空中へと飛ばした。

「ま、マコトさん? ……ひゃあっ!」

「これはっ……空も飛べる、のか?」

「ま、マコト様のクリエイテッドは……本当に、『予想以上』の事ばかりですっ!」

 ミリア達の驚愕を背中に感じつつ、真はマシーンGP7のスピードを上げていく。

 そのまま真たちは、森の上空へと姿を現した。既に日が落ち、夜の帳が落ちている。

 頬に夜風を受けつつ、真は……改めて、驚愕していた。

 俺は……自分は、本当に、『クリエイテッド』なる能力を、身に着けた……いや、身に着けて『しまった』のだ、と。

 そして、これから……おそらくはこれに見合う『責任』も、負わされることになるのだろう。

 だけど、今は……、今くらいは、得たこの力を楽しんでも良いだろう。

 眼下には、イマジン王国の領土……緑の森と山、平原が広がっているのが見えた。

 本当に、こうやって見る分には……。自然豊かな、平和な場所としか見えない。雄大な山脈と、生き生きとした緑。夜空には月と星とが、優しい光を灯している。

 頬にあたる風が、いささか冷たいが、心地良くもあった。

「……このスピードなら、おそらく今晩中には王都に辿り着けるだろう。マコト殿、重ねて礼を言わせてほしい」

「はい! マコトさんは、命の恩人です!」

「……私からも、お礼を言わせてください。マコト様……ありがとう、ございます」

 三人の美少女から、三者三葉の礼を述べられ、

「どういたしまして、みなさん!」

 高揚感を覚えつつ、真は夜空を飛んでいった。

 

 

「……あれは?」

 そして、地上から。

 真らが飛び去る様子を、やはり驚愕とともに見ている三人が居た。

「……クーン。あれがそうか?」

「はっ、ティラン隊長。自分はクリエイテッドの分身の一体を、接近させて偵察していたのですが……間違いありません。あの走行・飛行するクリエイテッドは、ストレンジャーの少年が出したものです」

「……となると、あのデスワームを倒した、巨大クリエイテッドは、誰が出したのだ?」

「……他にストレンジャーがいるんでしょうか? どうしやす? このまま王女らを追いやすか?」

「いや、ドラーゴ。引き返すぞ。クーン、お前に確認するが……ストレンジャーの少年が、あの小さなクリエイテッドを出した事は確かか?」

「間違いありません。自分が確認できた範囲では、少年が出したクリエイテッドは、魔動車(マギモービル)の類でした。少なくとも、目撃した巨大クリエイテッドとは、大きさも、形も異なります」

「その、巨大クリエイテッドは『変形』したとの事だが。あの小型クリエイテッドが変形する、という可能性は?」

「それも考えられません。巨大クリエイテッドが人型に変形する前は、獅子の意匠の巨大な飛行空船でしたから。ドラーゴもそれは目撃しています」

「俺も見やした。それに、大きさも俺のクリエイテッドと同じくらいでやしたし」

「……ふむ……」

 ティランと呼ばれた女性は、考え込むように沈黙し、

「……とにかく、今は戻るぞ。あの少年のクリエイテッドも気にはなるしな。行くぞ、クーン、ドラーゴ」

「「はっ!!」」

 三人は身をひるがえし、その場を去った。

 そして、三人とはまた、別の場所にて。真のマシーンGP7が飛び去る様子を遠くから見つめる、人影があった。

 それは、まるでその様子を目に焼き付けんとするかのように、じっと見据えていた。

 

 

 それから、一時間ほど経過。

 整備された街道を上空から発見した真は、マシーンGP7を着地させ、地上を走行させていた。

 飛行は可能ではあっても、GP7で空を飛ぶのはやはり疲れる。やはりスーパーカーは地上を走るものだしな。

 そんな事を考えていると、

「マコト様! そろそろ、王都です。……ほら、見えてきました」

 ミリアの言う通り、前方に……巨大な『壁』が見えてきた。間違いない、都市全体を囲っている城壁だ。

 高さは……おそらくレオパルドンと同じくらいだろう。そこはファーグ市よりも、はるかに規模が大きいように思えた。

「マコト様、ようこそ我が国……『イマジン王国』王都『サラモリア』へ。王女ミリアリア・レドカッスル・イマジンの名において、歓迎いたします」

 ミリアのその言葉に、安堵するとともに……、

『不安』を、真は覚えていた。先刻以上の、問題と騒動に巻き込まれる『不安』、先刻以上の戦いに巻き込まれる『不安』を。

 だが、『不安』とともに『期待』もしていた。今の自分は……無敵の巨大ロボ『レオパルドン』がついている。

 この身一つなら、おそらく不安に押しつぶされ、心折れていた事だろう。だが、レオパルドンがついているなら話は別。これから、レオパルドンでどんな敵と、霧獣と戦えるのか。それを期待している自分がいる事も、確かに感じ取った。

 マシーンGP7は、そのまま……新たな冒険へと真を誘うかのように、サラモリアへと進んで行った。



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第一章
6話:活気の無い王国に逗留するのは反則ですか?


「…………」

 真は、若干複雑な気分に陥っていた。

 異世界の空に落ちて来た彼は、そこで王女と騎士とメイドさんに助けられ、逆に助けもした。

 そして、その身を預けられる事となり、それを承諾。そうして、イマジン王国王都『サラモリア』へとやっては来たものの……。

「……あまり『活気』が感じられないなあ」

 というのが、正直な感想だった。

 王都の上空、特に城の周辺は、ウルリウムの飛行空船が飛んではいけない決まりになっている……要は、飛行禁止区域に指定されていると、ミリアたちから説明を受けた。

 それと同じく、王都周辺を囲む城壁。それを飛行空船でそのまま中へ入る事も禁止されている。王都に入りたくば、城壁外に船を着陸させ下船。関所で入場の許可を得てから入らなければならない。

 真はマシーンGP7を王族専用の入場門近くへ走らせると、そこで降り、クリエイテッドを消した。そこから門に向かい、番兵らの前に姿を現したのだ。

そこから、煩雑な手続きを行ったうえで……、ようやく入場が許可された。

「王女殿下、無事にご帰還されて何よりです。入場を許可します」

 兵士からの言葉に、ミリアは頷き、

「ありがとう。では、マコト様」

「あ、はい」

 真を促した。

 門は大きく、頑丈なつくり。その重々しい扉が開かれ……、真は王都内へと足を踏み入れた。

 

 門を通り抜けたそこは、乗り合い場所。様々な動物が、乗り物、もしくは運搬のためにと待機していた。

 馬が繋がれた荷車へと、人間の形をした機械……鎧を着ているような大柄な人型の機械が、大きく重そうな木箱を、いくつも運び込んでいた。どうやらあの人型機械が、ミリアが言っていた『機械兵(クロックワーカー)』……この世界における、ロボットのようなものらしい。

 簡単に言えば、魔力石を動力として動く、ロボットのようなもの、カラクリ人形らしいが。

「ふーん、『馬』は存在するんだな……」

 それとともに、

「あれは……『自動車』?」

 真は思い出した。マシーンGP7が、『魔動車(マギモービル)』と呼ばれていたのを。

 おそらく、飛行空船のように『魔力石を動力源として動く車』といったところだろう。

 とはいえ……数が少ない所を見ると、あまり普及してないようだが。

 などと考えつつ、真はミリアたちの案内で……待機していた『馬車』へと向かった。

 やはりまだ、馬車などの動物に牽引させる乗り物や、動物そのものに跨っての移動手段の方が多いようだ。

 荷役獣もまた、馬が最も多く、それに次いで牛やロバなどの姿が目につく。このあたりは、どうやら真の世界と共通している様子。

 が、

「……ダチョウ? ……じゃないな。エミューとかジアトリマとか、あんな感じの鳥だな。それにあっちは……恐竜?」

 大きな二足歩行の鳥や、巨大なトカゲもしくは恐竜のような大型爬虫類などを見ると、『異世界に来た』という事を実感してしまう。

「あの鳥は『バンブ』といいます。馬に比べ体力はやや劣りますが、その分早く走れるので、クリエイタニアでは主に乗用に利用されているんです」

「トカゲの方は、『ザムファ』だ。鈍いがその分力があるため、牛やロバ同様に、荷役獣として用いられている」

 真の疑問に、ツクミとクリスが説明してくれた。

 やがて、待機していた馬車に真等は乗り込み……、

「では、出発しまス」

 王宮へと向かい始めた。

 

 小柄な御者が、手綱を握り馬車を走らせる。

 馬車の窓から見えるサラモリア市内は、街路には石畳が敷かれ、石造りの建物が通りに沿って建っていた。その様子は、中世……というより、18~19世紀のヨーロッパの都市部のような、そんな印象を真に与えていた。

「…………」

 だが、やはり……、

『活気』が無かった。民たちの様子は、必死に元気を出そうとしてはいるものの、気力も体力も限界、疲れ切った様子だった。

「……あの……」

「……お気づきになりましたか、マコト様」

 真が質問を口にする前に、ミリアがその質問に回答した。

「イマジン王国は、小さな国土の独立国家です。小国といえど、かつては領土もあり、活気もあり、霧獣の脅威はあっても……それなりに平和でした。ですが……このところ、国家間の紛争や、大規模な霧獣との戦闘が多く、国家自体が疲弊してしまっているのです」

「過去には、魔力石の鉱脈があり、それを採掘し加工して輸出していたのだが……鉱脈は今や枯渇し、わが国には現在、これと言った資源や財源が無いのだ」クリスが、ミリアを補足した。

 つまり、戦争の危機に瀕しているのみならず、経済的にも危機に瀕している状況。

「……でも、疲弊してるなら……近隣諸国から侵略されたりとかは?」

「その危険性はあります」と、今度はツクミが。

「なので、隣国と条約を結び、防衛に関しては協力してもらっている状態なのですが……。イマジン国内ではそれを良しとしない一派もあり、問題になっているのです」

 国家には、闇霧や霧獣以外の問題も存在している。

 隣の国が攻め込んで、自分の領土にしてしまう危険性も、その一つ。

 だから、その国と友好を結び、不可侵条約をかわしたのだろうが……人は約束を『破る』こともある。戦争や戦乱、災害、霧獣の襲撃、不安要素は数限りなく存在する。

 加えて、経済的にも良くは無く、明日の希望も見えない。

 なるほど。こんな状況下なら、『活気』が出るわけがない。

「……あの、ミリアさん。それに、クリスさんにツクミさん」

 しばらく考え込んでいた真は、今まで考えていた『思い付き』を、口にした。

 杞憂かもしれないし、必要ないかもしれない。しかし……混迷しているこの状況下では、やはり必要になるんじゃないか。そんな気がしたのだ。

「……わかりました。そのようにいたしましょう」

 彼の『思い付き』を聞いたミリアとクリス、そしてツクミは、

 その言葉に頷いた。

 

 

 王宮の大広間にて。

 玉座の前に、ミリアら三人、そして杖を手に苦労しつつ、王に向けて膝まずき、頭を下げる真の姿があった。

「……面を上げよ。マコトと申したか、そちの言い分、だいたい分かった」

 イマジン王国、国王・ケイナス・イマジンが、玉座から声をかけた。

 ケイナスの印象は、ファンタジーものRPGによくある、『勇者に魔王討伐を依頼する、典型的な王様』といったものだった。それなりに威厳がある中年男性だが、あまり……『これといった個性』が感じられない。

 ミリアによると、実の父ではないという。実の両親は相次いで亡くなり、ミリアは立場上『王女』の地位に就いている状況なのは、先刻に聞いていた。

 なんとなくだが、『お飾りで王座につく事になった、普通の男』みたいだなと、真は王を見て思っていた。

「よかろう。ろくなもてなしはできないが、そなたを我が国の賓客として迎え入れよう」

 そう言ってくれたものの……あまり歓迎されている感はない。

 ケイナス王自身のみならず、周囲の閣僚たちの表情は曇っており、中にはあからさまにしかめっ面の者も。

 ほとんどの者が、明らかに『面倒ごとがやってきた』と、拒否しているかのような表情を浮かべていたのだ。

「ではミリアリア、マコト殿に関しては、お前に任せる。それで……」

 本題とばかりに、ケイナスは周囲の人間に目くばせした後に、

「……マコト殿。そなたに聞いておきたい。そなた、この世界の『クリエイテッド』の事は聞いておるか?」

「はい。うかがっております」

「……ならば、聞いておこう。おぬし、クリエイテッドを『持っているか?』」

「はい」

「では、それを見せてもらおうか」

 

 王宮、中庭。

「これが、俺のクリエイテッドです。……クリエイション!」

 ケイナス王を含む、ほぼ全員が王宮の外に移動し、

 真は彼らの前で、己のクリエイテッドを顕現させた。

「……『マシーンGP7』!」

 彼の目前に、先刻まで出していたクリエイテッドが。スマートな車体の自動車……スパイダーマンが駆る専用ヴィークルが、その姿を現していた。

「ほう……」

「魔動車のクリエイテッドか……」

「早そうだが……大局を覆すほどではなさそうだな……」

 ひそひそと、そんな声が聞こえて来る。

「…………ふむ。で、このクリエイテッドは何ができる?」

「高速で移動できます」

 乗り込み、エンジンをかける。そのまま、マシーンGP7は発進。王宮を臨む中庭を疾走した。

「……これは……馬車や、普通の魔動車より早いな」

「……確かに、使いようによっては役立ちそうだ……」

「……まあ、霧獣相手に戦うには、やや力不足の様だが……」

 閣僚や大臣たち、彼らの様子を遠目に見た真は、

『まあまあスゴイが、大したもんじゃあないな』

 という彼らの気持ちを、なんとなく感じ取っていた。

 ひとしきり走らせた後、

「もうよい。そなたのクリエイテッド、しかと目にしたぞ。なかなかのものだ」

 ケイナス王からの言葉に、真はマシーンGP7を停車させ、降り立った。

「ありがとうございます」

「では、後の事はメイドに世話させよう。下がるがいい」

 やれやれ、やっと解放されるか。

 杖を突きつつ、その場を後にする真。

「あの、こちらに」

 ツクミが真の手を引き、導いてくれた。

「…………」

 導かれつつ、真は、

「……少しばかり、『嫌な空気』が流れてるな」

 そう感じざるをえなかった。

 

 真にあてがわれた部屋は、お世辞にもあまり良い部屋とは言えなかった。

「……ファーグ市の屋敷の部屋の方が、まだまともだよなあ。別に豪奢な部屋に泊めろとは言わないけど、これじゃまるで……」

『独房』みたいじゃないか。

 装飾品らしきものは無く、簡素な寝床と、やはり簡素な魔灯具の明かりが一つと、必要最低限の家具があるのみ。窓は一応ガラスがはまり、鉄格子も無い。が、飾り気も無く殺風景。

 いや、独房というより、『廃墟』に近いと、真は思い直した。

 とはいえ、贅沢を言える立場でもない。ベッドにごろりと横になり……真は大きくため息をついた。

 溜息をつきつつ、彼は馬車の中で、ミリアらとかわした会話を思い出していた。

 あの、『取引』した内容を。

 

…………………

 

「……あの、ミリアさん。それに、クリスさんにツクミさん」

 しばらく考え込んでいた真は、

「……この世界、クリエイタニアの実情と、イマジン王国の事情は、大体わかりました。それで、その……」

 ……今まで考えていた『思い付き』を、口にした。

「……『取引』を、したいのですが」

「『取引』……ですか?」

 首をかしげるミリアに、頷く真。

「……結論から申しますと、俺は『元の世界に戻りたい』んです。幼い日に、俺は母親を失い、十年前に父親とも死に別れました。俺を育ててくれたのは、叔父夫婦です。……その叔父も亡くなり、俺の家族は、今は叔母だけです」

「そのような、事情が……」

 驚愕したミリアにうなずき、真は言葉を続ける。

「……この俺が、クリエイタニアという異世界に居たままだと、叔母をひとりぼっちにさせてしまう。だから俺は……元の世界に、戻りたい」

 なので、と、話を切り出す。

「……なので、皆さんにお願いします。『元の世界に帰る手助け』をして下さい。そのかわりに……俺のクリエイテッド『レオパルドン』の力を、可能な限りお貸しします」

『直感』ではあったが、真は確信していた。

 この姫様と、女騎士と、メイドさん。この三人は……おそらく悪人ではない。

 もしもこの四人で無人島に流れ着き、飴玉一つしか手持ちの食料が無く、皆が空腹だったら。

 三人とも、他者に一個しかない飴玉を譲りあう事だろう。

 ひょっとしたら、自分はそう思うようにダマされているのかもしれない。が、真のこの『直感』は、けっこう当たる。

 この足の自由が効かなくなってから、人を観察する『癖』がついたせいか、結構いろいろな人間の『善意』と『悪意』に接してきたせいか。少なくとも現時点において、彼女たちは『信用するに足る』と真は感じていた。

 しばしの沈黙の後、

「……分かりました、そのようにいたしましょう」

 ミリアの返答が、沈黙を破った。

「ならば、こちらからもお願いがあります。目下……わたしにも抱えている『問題』があるので……その問題解決に協力してはいただけないでしょうか?」

「問題?」

「詳しくは、後で話すが……簡単に言えば『姫様の護衛』をしてもらいたいのだ」

 クリスが言葉を継ぐ。

「詳細は後で説明するが、ミリア姫は何者かに狙われている。おそらくその黒幕は……王宮内部に居るはずだ。しかし……それが誰かは分からない。なので、異世界から来て間もないマコト殿に、ミリア姫を守っていただきたい」

「護衛ですね? わかりました、やらせていただきます! ……って、あれ?」

 即答したら、再び沈黙が。というか、三人とも目を丸くしている。

「……よろしいのですか? そんなあっさり」

 ツクミの言葉に、

「もちろん! 俺も何もしないで、元の世界に戻る……ってな事は考えてないですからね。それに……レオパルドンならば、どんな相手でも倒してみせますよ!」

 と、受け合う真。

 しかし、

「マコト殿、その……貴殿のあのクリエイテッド、『レオパルドン』と申したか? その事についてだが……可能ならば、内密にしていただきたいのだが」

 クリスの言葉に、今度は真が目を丸くする。

「それは構いませんが、なぜです?」

「先刻言った、姫様を狙う者。その彼または彼女が、『デスワーム』を瞬殺したほどのクリエイテッドを持つ者の存在を知ったら……まず間違いなく『警戒』して身をひそめ、暗殺の矛先をマコト殿にも向けるだろう。我々も、そんな事は避けたい」

 なるほど。強力すぎる『力』は、その使い道の善悪関係なく、人を『警戒』させ『恐怖』させる。ミリア姫を狙ってるのが誰かは知らないが……そいつの立場から考えると、レオパルドンほどの強力な力を持つ奴を知ったら、間違いなく『警戒』し『恐怖』する事だろう。

「わかりました、秘密にしておきます。ならば……俺のクリエイテッドは、『マシーンGP7』という事にしておきましょう」

 

…………………

 

「……『レオパルドン』……というか、『マシーンGP7』だけを出せて助かったよ。もしも違ってたら、少々メンドクサイ事になってただろうしなあ」

 ひとりごちた真は、改めて先刻に自分が実体化させた、マシーンGP7の事を思い出していた。

 レオパルドン本体に比べれば、能力的にかなり落ちるが……あれくらいならば『注目』も、『危険視』も、『警戒』もされないだろう。

 だが、『こちらが警戒』するに越した事は無い。用心しすぎかもしれないが、ここは『霧獣との戦いが恒常的に存在する、危険な異世界』。

 クリエイテッドの事を含め、馬鹿正直に自分の事を周囲にバラす事も、良い判断とは思えない。

 当面は正体を隠し、このままやっていくしかないだろう。

 とりあえず、王宮に置いてもらえるかどうかの、当面の目的は解決した。

「さて、これからどうしたものか……」

 安堵しかけた真だったが、再び問題が発生。

「腹、減ったな……」

 考えてみれば、今日摂った『食事』は……。

 朝食は取っておらず、昼前あたりに『クイーン・スミア』号の船室で、お茶とお菓子をごちそうされた。その後で、霧獣の群れがやってきて、戦って。

 解決した後に、森の中に入って、野営した時にパンと水とをもらって……、

 考えたら、今日口にしたのは『それだけ』だ。それを思うと、ますます腹が減ってくる。

 贅沢は言わんから、何か腹を満たすものを……、

「……!?」

 扉からのノック音が、

 コン、コン、コンと、二秒ほどの間隔を置いて『三回』。

 続き、コン、ココンと、長め『一回』短め『一回』長め『一回』。

「O……K……ツクミさんかな?」

 先刻に『取引』に関し話し合った時。真は仲間内のみで用いる『合図』も教えていた。簡単にだが、ノックでのモールス信号を教えたのだ。

 それと、『合言葉』も。

 杖を突きつつ扉に向かい、その前に立った真は、

「……『ナポレオンの切り札は?』」

 合言葉を述べた。

「……『ダイヤの13』」

 扉の向こうからは、その返答が。真がゆっくり扉を開くと、

「……えっと……どちら様?」

 そこには、ツクミでも、クリスでも、ましてやミリアでもない者が、立っていた。

「……ワタシは、あなたに『三つ』伝える事がありまス」

 その者は、ツクミ同様にメイド服に身を包んだ女性。後ろには、押してきたのか。布が被されたワゴンがあった。

 ツクミよりも小柄で、ツクミにはない『不信感』を、漂わせていた。

「『一つ』、食事をお持ちしました。とりあえず、そこにアホみたいに突っ立ってられると、ワゴンを中に入れられないんで、どいてくれると助かるんスが」

 低い背に、やや浅黒い肌。一見すると子供かと思ったが、醸し出す雰囲気は、子供のそれではない。どことなく、鞘に納めた短刀を連想させた。

 逆らうのは得策では無かろうと、真は後ろに引き、ベッドの縁に座った。

「どうも。『二つ』、姫様とクリス様から伝言がありまス」

 ぶっきらぼうにも、どこか見下しているようにも思える口調とともに。彼女はワゴンを室内へと入れ、自分も入り、扉を閉めた。

「はい。で、その伝言とは?」

「まず、姫様から。『マコト様、これから色々とご苦労とご迷惑をおかけすることになると思われますが、どうかよろしくお願いします。イマジン国内にいる限り、衣食住に困らないように努めますので、どうかご心配なく』と」

 それから……と、彼女は言葉を続けた。

「クリス様からは、『マコト殿。貴殿の力になれるよう、私と姫様は全力を尽くそう。私から出来る事は、マコト殿にクリエイテッドの使い方をマスターさせる事くらいだ。私達の忠実なる部下、イブキ・クロカゲを師事させる。クリエイテッドの正しい使い方を、その者から学んでもらいたい』……以上でス」

 イブキ・クロカゲ?

「……分かりました。で、そのイブキさんは、今どちらに?」

「アナタの目前に居るメイドがそいつでス」

「え?」

「『三つ』……自己紹介させていただきまス。私が、イマジン王国・王室内メイドの一人、でもってついでに『直属隠密兵』などをやらせていただいてる、『イブキ・クロカゲ』と申しまス。以後、お見知りおきを」

「……あ、はい。ええと、拝田真と申します」

「挨拶は結構でス。先刻の馬車で会話されてる時から、大体の事情は把握し、理解しておりまス。ま、そういう事なので、アナタのクリエイテッドが『レオパルドン』なるものである事も存じておりまス」

 ……あの時の『御者』?

「ご心配なく、ワタシは姫様に忠誠を誓った者。この命は姫様のために存在するものでス。内密にしていただきたいと姫様が望まれているならば、それに従うまででス。それよりも……」

 ワゴンの布を取り、室内にあった折り畳み式の小さな食卓を真の前に広げると……、

 テーブルクロスを敷いたイブキは、そこに食事を並べた。

「空腹でしょうから、はやいとこ食事をどうぞでス」

 並べられたのは、堅皮のパンにチーズ、ハム、乾燥した果物、それに水差し。贅沢とは言えないが、腹を満たすには十分だろう。

「クリエイテッドの訓練は、明日の夜から始める予定でス。何か質問は?」

 ぶっきらぼうで愛想など無いが……するべき事はちゃんと行うといったタイプの人物らしいなと、真は彼女の眼差しを見て思った。

 よく見たら、ツクミよりも小柄だが、顔立ちは整っている。短めに切りそろえられた髪も、ファッションよりも機能性重視した結果なのだろう。目つきは良く無く、いわゆる『ジト目』な感じだが、見慣れればそう悪くもない。

「質問がないなら、ワタシはこれで。ワゴンは出しておいてくださいでス」

「……『質問』です」

 イブキを呼び止めた真は、

「クリエイテッドの『訓練』ですが、『明日の夜』ではなく、『これを食べ終わってからすぐ』は、できますか?」

 そう、問いかけた。

 そうだ、俺は今『異世界』に居て、チート級の『能力』を有しているのに、それを使いこなすための『技術』が無い。

 マーベラーとレオパルドンを使ったのも、先刻にマシーンGP7を出してみせたのも、『なんとなくやってみたら出来た』という感覚的なもの。どこか『確信』が足りない気がする。

 レオパルドンを、使いこなしたい。某京兆の兄貴じゃないけど、モンスターマシンを手に入れても、それを乗りこなせずミミッちい走りしかできないんじゃあ、正に宝の持ち腐れ。

 少しでも、『訓練』しておきたい。その機会があるのなら。

「……わかりました。では、食べ終わるまでワタシはこちらで待たせていただきまス。それと……」

「はい?」

「……ワタシの教えはキビしいでス。覚悟しておくように願いまス」

 そう言って、僅か、ほんのわずか、

 イブキは、真へ微笑んだ。



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7話:メイドさんと秘密の特訓するのは反則ですか?

「……疲れたわ」

 報告が終わり、私室にて。ミリアは安堵の溜息をついた。

 王室に帰還したは良いものの、ミリアは休む間もなく『報告』する事に。それがようやく終わったミリアは、解放され、部屋にてベッドに倒れ込んでいた。

「……お疲れ様でした」

 と、ツクミは紅茶を淹れ、ベッドサイドテーブルに置く。

「……ツクミ、あなたは大丈夫? マコト様は?」

「ええ。ご心配なく、ですよ。マコトさんは、夜食を取られたのちに、イブキ様と…『女神の手のひら』へ行かれたようです」

「もう行かれたの? ……マコト様、後で後悔する事でしょうね。イブキは厳しいですから」

「ふふっ、そうですね」

 にっこり笑うツクミの笑顔を見て、ミリアも安堵の微笑みを浮かべる。……このところ、彼女が見て『心より信頼し、安堵できる』人間の笑顔。

 会議室での報告は、疲れるものだった。

 大臣たちが指摘し、非難していたのは、兵士と家臣、それに『クイーン・スミア』を墜落させた事。

 確かに、王室専用の飛行空船と、その乗組員を全員失った件に関しては、自分に責任がある。その事に異議は無い。

 しかし彼らは、ミリアの指摘する『異常事態』に関しては、ほとんど関心を寄せていない。それどころか、『そんな事を言い出して、自分の不甲斐なさをゴマかすつもりだろう』と言い出す者も。

 その事が、悔しかった。確かにミリア自身も、現時点では『なんとなく怪しい』程度にしか感じておらず、その確証も、物証も無い状況だが。

 だからこそ、ミリアは調査が必要だと考えて、ファーグ市へと向かったのだ。

 

 今回ミリアが、クリスを伴ってファーグ市に赴いたのは、イマジン王国内で最近頻発している、

『闇霧など出ていない平穏な場所に、いきなり霧獣が発生』

 ……という、一連の事件に関連した調査目的があった。

「……本当に、『違和感』があるわよね。一体何なのかしら、この『突然発生する霧獣』は」

『闇霧』はまず発生し、それが凝縮する事で『霧獣』と化す。

 しかし、闇霧が発生したからと言って、いきなり霧獣になるわけではない。闇霧は多少出たところで、大抵は自然に霧散する。風や嵐で吹き飛ばされる事も少なくない。

 そして、霧獣と化すまでにはある程度の時間が必要であり、なおかつ霧獣の身体自体を構成させるだけの量もまた必要。人間よりも小さな、小型犬や猫程度の大きさの小型霧獣といえども、闇霧が大量に発生し続け、なおかつ凝縮するための時間が一日以上は必要。

 大型ならばなおのこと。『熊獅子』も一体が実体化するならば、十分に噴出する闇霧の艦橋が整ったうえで、少なくとも一週間以上の時間を要する。

 ましてや、今回出現し、交戦した巨大霧獣たち。……『マンティコア』、『リンドブルム』、『ジャイアント・デスワーム』。

 あれだけ強力かつ巨体な霧獣が出現するためには『闇霧が発生し続ける環境』と、『数か月から数年の時間』が必要になる。

 そんな環境は、ファーグ市近辺には無い。少なくともファーグ市の先には、隣国であるガリアン帝国の国境があるのみで、そちらの方でも闇霧や霧獣が大量発生したという目撃例や報告は無い。

 そして、二週間前。ミリアがファーグに視察に赴いた時には、闇霧が発生する兆候は、全くと言っていいほど見られなかった。

 闇霧は、採取も保存も出来ない。過去においてそういった試みは、全て失敗していた。

「ファーグ市周辺のどこかが、いきなり闇霧を吹きだすようになったのでしょうか?」

 ツクミの言葉に、ミリアはかぶりを振る。

「……闇霧がいきなり発生したとしても……それが霧獣に変化するまでの『時間』があまりに早すぎるわ。あれだけ巨大なマンティコアや、大量のリンドブルムの群れ、それに……ジャイアント・デスワームまで発生したのは、どう考えても『不自然』よ」

 それ以前に……と、ミリアは言葉を続ける。

「大量に闇霧が発生したとしたら、すぐ近く……境界線の向こうの、ガリアン帝国が先に動き出すはずよ。イマジン王国より規模も、軍事力も、闇霧や霧獣に関する研究もはるかに上なのだから、私達より先に発見し動き出すでしょうし。加えて昨今の状況から、これを『国防のため』と理由を付けて、侵攻してくるはず」

「……ならば、誰かが『霧獣』そのものを捕獲し、連れてきたのでは?」

 ツクミの言葉に、再びかぶりを振るミリア。

「確かに、ガリアン帝国では軍事目的でそういう研究をしている……という噂は聞いているけど。でも……実際に捕獲を試みても、それはかなり困難。成功しても、拘束し続けるのもまた困難。熊獅子クラスを捕獲し、研究しようとした事例は聞いたことがあるけど、すぐに活動停止して霧散したというから……」

 霧獣を、『捕獲』し『拘束』。そして『任意の場所に放つ』という事は、ほぼ実行不可能。それが巨大だったり、大量にというのも、同時に不可能。

 誰かがクリエイテッドを使って実行したとしても、誰が、どんなクリエイテッドを、どう使ったのか。見当もつかない。

 健康な人間が、病魔に侵されつつあるのに、それに気づいてないような……何か、良くは無い事が発生し……それが徐々に進行している。そんな漠然たる不安が、ミリアを苛む。

「……気になるわ。理由が、欲しい。『納得』できる理由を……」

「まあ、姫様。今はゆっくり休まれて、鋭気を……」

 そこまで言ったツクミは、ミリアがベッドに突っ伏したまま……寝息を立てている事に気付いた。

「……お休みなさいませ」

 ミリアをベッドに横にさせ、毛布を掛け、魔灯具の灯を消して外に出ると、

「……ツクミ?」

 クリスが、そこにいた。

「クリスさん。姫様は、お休みになりました」

「そうか……ご苦労だった」

 そう言って、クリスはツクミを抱きしめる。

「あっ……だ、だめですよ、こんなところで……」

「大丈夫……誰も見ている者はいないよ……」

 クリスの声にも、若干の『疲労』があった。

「……焼却した『クイーン・スミア』の残骸の確認作業は完了した。全て焼却され、消滅している。乗組員の葬儀は、明日から行われる予定だ。不幸中の幸いと言うべきか……『歩く死体(ウォークデッド)』になった者はいないようだ」

 姫様の『フィア・ファイア』が、ほとんどすべてを燃やしてしまったからね。歩ける死体どころか、埋葬できる死体も残ってはいなかったよ……と、自嘲するかのように、クリスは付け加えた。

 ツクミは感じていた。自分を抱きしめるクリスの腕に、若干の『震え』がある事を。

「……お疲れ様、でした」

「……騎士団長とはいえ、こういう事にはやはり、慣れないものだな……」

 クリスの言葉は、やや弱々しかった。騎士団長で、戦いに身を置く彼女だが……、人の『死』に対し、非情になり切れない面も持つ。

 それは、ツクミと二人きりの時にだけ、彼女が見せる表情であり仕草。

「……お部屋へ。今日は、休みましょう」

 ツクミに促され、ツクミとともに、クリスは……自分の私室へと向かっていった。

 

「……乗り心地は、いかがでス?」

 そう尋ねるイブキの姿は、ローブをゆるく引っかけ、フードをかぶり、顔にマフラーを緩く巻いているといったもの。

「……ちょっと揺れるけど、慣れれば結構悪くない、かもです」

 真も同じ姿になり、二人は、それぞれ『バンブ』……鞍と手綱を付けた乗用鳥に跨って進んでいた。

 といっても、真は操れないので、イブキが手綱を手にして引っ張っているのだが。

 こうして近くで見ると、バンブは本当にエミューに似ている。それより少し筋肉質だが、十分に乗用になるだけの力が、鞍越しに伝わってくる。

 周囲は暗くなり始めたが、光源といえば、バンブの首から下がったランタンのみ。少々心もとないが、致し方ない。

 やがて、しばらく進んで行くと……王宮の裏口に。

 そこには、二人の兵士、そして、二つの大柄な人型が、見張りとして立っていた。

「あの大きいのは……」

 真の目を引いたのは『人型』。……『機械兵(クロックワーカー)』だった。先刻の作業用とは異なり、装甲が施され、武装を携えている。

 それらの身長は大体3~4m……霧獣『熊獅子』が直立した時と同じくらいの大きさで、武器として長柄のハンマーを手にしていた。太くずんぐりした手足は、いかにも力強そうだが、頭部には、顔が無く……まん丸の眼窩が二つ、穿たれているのみ。まるで、手抜きしたデザインのぬいぐるみのようでもある。

「あれらは『機械兵(クロックワーカー)』でス。魔力石の一種、魔動石(ドライブストーン)を核に細工し、石や岩、金属で作った身体に内蔵させて動かす、各種作業用大型人形でス。ストレンジャーの中には、あれを『ロボット』と呼ばれる方もおられまスが」

 だろうなあ。いうなればあれ、動力源が魔力石のロボットだろうし。

「クリエイテッドを使えない人間たちにとっては、あの機械兵が主戦力となりまス。精度の高い魔動石から魔動核(ドライブコア)を作りだし、より強力で出来の良いボディに搭載すれば、より性能の高い機体となり、並のクリエイテッド以上の力を発揮する事も可能でス」

「……ふーん、ちょっと面白そうですね。もっと詳しく知りたいな」

「それに関しては、検討させていただきまスね。差し当たっては……」

 あの機械兵が守る門より、外に出なくてはならない。

 門に近づくと、

「止まれ! この時間に何用か!」

 人間の兵士二人に、呼び止められた。

「騎上より失礼。特別任務で、この者とともに、これより外出しまス」

 バンブに乗ったまま、イブキは。

 胸元から首飾りを出して、それを兵士らに見せた。

「……失礼しました。どうぞ」

 機械兵により、重々しい門扉が開かれると、

 イブキと真を乗せた二羽のバンブは、塀の外へと歩を進めた。

 

「……ここならば、大丈夫と思われまス」」

 イブキはバンブをトンネルの中へと走らせ、そのまましばらく進み……、

 開けた場所へと、真を導いていた。

「ここは……」

「『女神の手の平』と呼ばれている、王室関係者のクリエイテッド練習場でス。ここで実際にクリエイテッドを出して、訓練するための場所なのでスが……最近は王国でもクリエイテッド使いが出ておらず、ほとんど使われていないのでス」

 そこは、ゆるい丘陵地の底に位置する、広い空き地だった。周囲を見渡すと、ゆるく広がったすり鉢のように、丘陵が囲み、木々が空き地の周囲を囲っている。さらに、この丘陵地を隠すように、周囲には白い霧が立ち込めていた。

 ……なんとなくだけど、王宮の近くじゃなさそうだな。あのトンネルの中……通った時に、普通じゃない違和感を覚えたけど……。

 真が周囲を見つめていると、

「……では、さっそく出してくださいでス。あなたのクリエイテッドを」

 地面に降り立ったイブキが問いかけた。続き、真も降りた。

 杖を突きつつ、空き地の中心部へ赴いた真は、

「では、いきます。……クリエイション!『レオパルドン』!」

 その場に、『レオパルドン』を顕現させた。

「……ほう、これが。思ったよりも、はっきり形をたもっていまスね」

 そびえ立つレオパルドンを見て、イブキは驚いたかのように目を見張ったが、すぐにいつもの調子に戻った。

「……では、ワタシも行きまス。……クリエイション!」

 真とレオパルドンから距離を置き、離れた位置に立ったイブキは、

 まるで闇霧を思わせる、大量の『黒い気体』を周囲に出現させた。

「!? あれは……?」

『黒い気体』は『霧』、もしくは『煙』のよう。その中心部に立っていたイブキは。

 それを纏わせ、視界から消えた。

「……一体、何を……」

『気体』は、そのままイブキを包み込んだまま『膨らみ』、何かの『形』を取り始めた。

「……って、これって!」

『気体』は、徐々に固まりはじめ、その細部が明らかに。黒一色だったのが、色も付き始め……、

 そして、完全な『形』と『色彩』とを得て、変形を完了させた。

 真は、イブキのクリエイテッドの姿に、見覚えがあった。

「これって、ミリアさんのクリエイテッドじゃないか!」

 彼の目前に立っているのは、『フィア・ファイア』。

 ミリア王女のクリエイテッド、恐怖を纏うドラゴンの姿に他ならなかった。

「……まずは、『この姿から』行きまス。そちらの準備ができたなら、さっそく訓練を開始しまス。いつでもどうぞでス」

 更に、その『フィア・ファイア』からは、イブキの声が聞こえてきた。まちがいない、あれはイブキさんのクリエイテッドだ。

 よくわからん相手だが、わかるためには実際に交戦してみなければ。

 レオパルドンに乗り込み、そのコックピットに座った真は、

「こちらも準備が出来ました。では……いきます!」

 自身の巨大ロボを、動かした。

 

「……あのバンブたちは……あそこか。踏まないようにしなくてはね」

 乗ってきたバンブが繋がれている位置を確認し、改めて目前のクリエイテッドを見据える。

 複製か、偽物か。よくわからないが、今は対戦相手。ならば、戦わねば。

 まずは、レオパルドンを歩かせて接近した真。しかし、フィア・ファイアは翼を広げ、宙に舞った。

 そのまま、レオパルドンの周囲を飛び回る。後ろに回り込まれた真は、

「……くっ、素早い、な……」

 そのスピードに翻弄され、相手の位置の特定ができずにいた。

『どうしましたでスか? この程度の動きも、さばけないんでスか?』

 フィア・ファイアから、挑発めいた口調のイブキの声が。が、レオパルドンの動きを見透かしたように、ドラゴンのクリエイテッド……またはその複製は、素早く動いては真を翻弄する。

「……くそっ! ヘタな鉄砲もなんとやらだ! 『アークターン』!」

 額からのブーメラン。しかし、それはかすりもしない。

 やがて空中で向きを変えたフィア・ファイアは、レオパルドンの正面から、体当たりするかのように、直線で突撃を。

「これなら! 『アームロケッター』!」

 ソードビッカーは、強力すぎるだろう。まずは小手調べ的に、アームロケッターを放ったのだが……、

『甘いでス』

 空中で体をひねったフィア・ファイアの尻尾が、飛んできたレオパルドンの両拳を打ち据え、そのまま逆にレオパルドン自身へと跳ね返したのだ。

「うわーっ!」

 自分の武器を、自分で受け、レオパルドンは地面へ倒れ込む。

「……あ、あぶなかった。もしもソードビッカーをハネ返されてたら……」

 いや、ひょっとしたらソードビッカーを最初に放ってたら、倒せてたかもしれない。

 が、なんとなくだが、『倒せてたかもしれない』は、『ない』……という予感の方が強かった。アームロケッターを跳ね返したという事は、アームロケッターと同等、もしくはそれ以上の威力を持つ事に他ならない。

 両拳を元に戻し、レオパルドンを再び立ち上がらせるが……、

『……遅い、でス』

 敵クリエイテッドの体当たりで、再び地面に転がされた。

「ええい、だったらこれだ! チェンジ・マーベラー!」

 倒れた状態で、真はレオパルドンの足裏からロケットを噴射し、飛行すると……、

 マーベラーへ変形させた。

『……これは……なるほど、こういうギミックも持つのでスか』

 フィア・ファイアから、イブキの感心したような声が。

 空中を舞うマーベラーは、フィア・ファイアを追うが……、

『しかし……遅い、でス』

 やはり、追いつけない。

 再び空中で反転したフィア・ファイアは、まるでチキンレースを挑むかのように、正面から突っ込んでくる。

「……ここからなら! マーベラー、カノン発射!」

 正面からなら、カノンが当たる。当てさえすれば……、

『……当たれば勝っていたでスが、今のあなたには当てられませんでス。よって……』

 ワタシの勝ちでス。そう呟いたイブキは、

 そのまま、フィア・ファイアの翼をいきなり畳み、いきなり落下する事で……カノンの火線上から消えた。

「なっ!?」

 そのまま、マーベラーの後方に現れ、恐怖の名を持つドラゴンの爪が引き裂く。

 バランスを失ったマーベラーは、落下。そして、

『……終わりでス。「ブレス・オブ・ドームフレイム」』

 止めとばかりに放たれた、フィア・ファイアの火炎ブレスに包み込まれ、引導を渡された。

 

「……まさか、ここまで一方的とは……」

 マーベラーが消え、真は衝撃から冷めやらぬといった状態で、倒れていた。

 倒れたまま、仰向けになり……空へと視線を向けている。夜の空、曇っているためか星明りは見えないが……雲の切れ間から、月が照らしていた。

 この世界にも、『月』はあるんだな。そんな事を現実逃避的に考えていたら、

「……初めてにしては、なかなかスゴかったでス」

 ぬっと、イブキが視界に入ってきた。

「クリエイテッドは、『コツ』が要るのでス。『出す事』にも、『操る事』にも、そしてそれを用い『戦う事』にも……それらの『コツ』をマスターできた時点で、クリエイテッド使いとして一人前になるのでス」

「……『コツ』、ですか」

 上半身を起こし、真は問う事で返答した。

「その『コツ』は、どうすれば身に付きますか?」

 問いに対し、

「それは、人によって違いまス。ただ、共通する事は……クリエイテッドを繰り返し出して動かし、その存在に『慣れる』事、そして……そうする事でクリエイテッドを、より『自分のモノ』にするしかないでス」

 イブキは、そう答えた。

「……『自分のモノ』に?」

「そうでス。ストレンジャーの皆様も例外なくそうでしたが、ここ……クリエイタニア生まれの人間もそうでス。そもそもが、クリエイテッドなるものを自分から出し、それを自在に動かす……という事を、いきなり言われて『はいそーでスか』と簡単に適応できる人間など、そうそうおりませんでス。故に……クリエイテッドそのものを『出す』事、それを『操る』事。それらが『普通に行える』事。そういった事を繰り返し行い、『慣れる』事が、重要なのでス」

「……そういえば、さっき王室の人たちの前で『マシーンGP7』を出した時。なんとなく『車が空飛べるわけがない』って思ったら、飛ぶことができなかったのも、やっぱり俺が『慣れ』てなかったからですか?」

 問われ、イブキは頷いた。

「そうでス。クリエイテッドの『形状』と『能力』は、本体の『思い入れのある、原型となる存在』を再現するものなのでスが。『実際にはこんな事は出来ない』『自分にはこんなものは動かせない』と思ってしまったら、『原型の存在』が空を飛べたとしても飛べず、泳げたとしても泳げませんでス」

 ちなみに、その『逆』はできないらしい。例えば、クリエイテッドの『原型の存在』……平たく言えば『元ネタ』のキャラが、空を飛べなかったとしたら、いくら『飛びたい』『飛べる』と強く思い願っても、飛行するように変化・進化はしないという事だ。『元ネタ』自体に、そのように変化する物語が付いていたり、そういう設定だったりすれば、その限りではないらしいが。

「……あくまでも、クリエイテッドの『元ネタ』が最初から持ってる、能力の範疇内って事か」

「そういうわけでス。ただし、クリエイテッドそのものの力を使いこなせれば、有している能力は元ネタ以上に強く、優れたものになりまス。例えば、元の物語では『見習いの未熟な剣士』として描かれていた人物を、クリエイテッドとして出した場合。当初は剣の腕が元の通りに未熟であっても、本体が修練を積む事で『手練の剣士』にさせる事ができます。あくまでも『有している能力』に限りますが、能力そのものの成長は可能でス」

 なるほど。つまりは……、

 

:『能力』に関して。スタンドで例えると、スタープラチナが成長したところで、マジシャンズレッドの『火炎』や、ハーミットパープルの『念写』などが身に付かないのと同じ。ただし、能力そのものを元ネタ以上に成長させる事は可能。

 

:『成長』に関して。モビルスーツで例えると、旧ザクやボールであっても、本人が修行して強くなる事で、サザビーやシナンジュ、デビルガンダムにも勝てるほど強くなる『可能性』がある。

 

 ……ってなところか。

 

 イブキの言葉を噛みしめ、自分なりに理解した真は、

 傍らの杖を用い、立ち上がった。

「……では、一休みはここまででス。もう一回戦、いきまスよ」

 と、イブキが再び身構えるが、

「その前に、もう一つだけ聞きたいんですが……。イブキさんの『クリエイテッド』は、なんなんですか?」

 先刻からの疑問を、真はぶつけてみた。

 イブキはそれに、

「……それは、ワタシに一撃でも当てられたら、お教えいたしましょうでス。では、いきまスよ!」

 僅かに笑みを浮かべながら、再びあの『黒い気体』を出し始めた。



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8話:王女様から依頼されるのは反則ですか?

「おはようございます! ……って、マコト様?」

 朝。

 真にあてがわれた部屋にて、ツクミが訪れて起こしに来たが。

 くたくたに疲れた真の身体は、朝が訪れても『休息・睡眠』を求めており、覚醒を拒否していた。

 早い話、昨晩に行ったイブキとの訓練が、かなりハードだったという事。そのため、全身筋肉痛。ついでに疲労も身体を縛ってたり。

「あの、朝ですよ? 起きて下さい……」

 ツクミの声を聞きながら……既に目を覚ましていた真は、わざとそれを無視して寝たふりを続ける。

 ううっ、キビしいとはイブキさん言ってたけど、あれほどとは思わんかったよー。眠いー、筋肉痛が痛いー。

 クリエイタニアに来る前から、筋トレ自体はやってたけど、ここまで筋肉痛がじんじん響くほど筋肉を酷使した事はなかったよー。

 今日はこのまま、一日中寝てたいー。疲れたらやっぱ休まなきゃなあ。人間休息が必要だ。ツクミさんだったら、イブキさんと違って優しいだろうから、このまま寝かせておいてくれるだろうし……、

 などと考えてたら。

 ばしゃっ……という水音とともに、結構な量の水が、マコトの頭にぶちまけられた。

「うひゃっ! ……って、な、なんだっ?」

 あわててベッドから起き上がると、そこには、

「おはようございます、マコト様」

 空の水差しを手にしたツクミが、にこやかな表情を浮かべていた。

「……おはようございます。って、あのー、その水差しは?」

「申し訳ありません。マコト様がお目覚めにならないものですから、ちょっと利用させていただきました。代わりの洗顔用の水と飲み水は、今すぐにお持ちしますね」

 って、一応自分は客人なんだけどなあ。イマジン王国では、目覚めぬ客人に水ぶっかけて無理やり起こすんかい。心の中でそんなツッコミをしてみた真は、

「おはようございまス、マコト様、ツクミにそうスるように命じたのは、メイド長のワタシからの命令でスので、どうかご心配なくでス」

 イブキもまた、姿を現していた。

「は、はあ。さいですか」

 彼女の顔を見て、真は昨夜の模擬戦を思い出していた。

 あれから、『フィア・ファイア』の他に、クリスの『百剣の騎士』、その他『大蛇』や『巨鳥』など、大小様々な見知らぬ、名前も知らぬクリエイテッドと対戦した真は、ただの一度も攻撃を当てられなかった。

 体力が尽きて倒れ、気が付いたらあてがわれたこの部屋のベッドで目が覚めていた次第。

 見ると、着替えさせられていた。下着は流石にそのままだったが、パジャマらしきものを今は着ていた。

「……で、今晩も同じくらいの時間に、昨夜と同じく『女神の手の平』にて訓練を行いまスので、お伝えしておきまス。マコト様は、お昼の間は可能な限り、ミリア姫のお側に付いてくださいでス」

 そうだった。元の世界に帰るため、ミリア姫を守るって約束していたっけ。

「は、はい……」

 まあ、姫様を守るためなら、戦わなくちゃあならないし、戦うためにはクリエイテッドを自由に使えるようにしなくちゃあならないから、訓練する必要があるわけだけど。

 夕べみたいに一方的にフルボッコ、そして今以上の疲労がと思うと、ちょっと心が折れそうでもある。

「お召し物をお持ちしましたー」

 ツクミが着替えと、洗顔用の水を持ってきた。とりあえず、着替えるとしよう。

 

『お着換えのお手伝いを』と言う二人のメイドを説き伏せ、真は一人で服を脱ぎ、用意された服を着てみた。

 丈夫な布製のズボンにブーツ。そして、チュニックに似た上着を着て、腰にベルトを巻く。

 着心地は、悪くない。サイズに余裕があるためか、むしろ最初に着ていた学生服よりも着心地がいいくらいだ。

 そして、用意してくれたステッキを手にして、床に突き……立ってみた。

 こちらも具合がいい。ステッキ自体は、いわゆる「T字杖」。やや重いが、真に扱えないほどの重さではない。金属製のそれはバランスが良く、施された装飾が実に魅力的。ゲームに出てくるマジックアイテムっぽくも見える。

 部屋の鏡で、自分の服装とその姿を映し、

「……悪く、ないんじゃあないかな」

 柄にもなく、見入ってしまった。

 さてと、出よう。

 一日が始まる。この一日が、どんなものになるか。それこそ神のみぞ知る、だ。

 杖を突きつつ、真は扉に手をかけ、廊下へ足を踏み出した。

 

 

「……何が、言いたいのですか?」

 午前中の会議。

 閣僚を前に、ミリアは……『憤り』を感じていた。

「単刀直入に申し上げる。姫様はあのよそ者……あのストレンジャーの小僧をなぜあそこまで目を掛けられる?」

 慇懃かつ攻撃的な口調で、閣僚の一人が言葉を投げつけて来た。

「……異世界から迷い込んできた者に、親切にするのは普通ではなくて? それに、彼は私たちの命の恩人です。礼を尽くすのは当然でしょう?」

 ミリアの言葉に、

「……相変わらず甘えなあ。ミリアリア。そんな甘い事を言えるほど、お前は余裕があるとはな」

 やや下品で、同時に力強さもある口調で、女性が口を挟んできた。

「ったく、昨夜遅くに姉貴と帰還したら、ミリアの奴がストレンジャーの男をひっかけて戻ってきたっていうから、驚いたぜ……。ま、自力でろくに歩けもしなけりゃ、クリエイテッドは貧相な車の『使えねえ』ヤツと聞いたが……そんなナマっちろい奴なら、お前には似合いだな」

 嘲りを含んだ口調で、彼女は……ミリアへと言葉を投げつける。

「……ええ。少なくとも、クリエイテッドを持っている点だけでも、『持たない』……いいえ、『持てない』ザニア姉様よりは、戦場で『使える』人材ではありますね」

 ミリアもまた、『持てない』『使える』という点を強調し、返答する。

「……おい、テメエがクリエイテッド持ちだからって、調子に乗ってんじゃねえぞ。クリエイテッドが無けりゃ、テメエも弱っちいだけの役立たずな事を忘れんな!」

「そちらこそ、クリエイテッドがあるからこそ、霧獣から国と人々を守れるのだと忘れないでいただきたいです。クリエイテッドを持たぬからと、八つ当たりするのはみっともないですよ」

「なんだとテメエ!」

 剣呑な空気が漂うも、

「おやめなさい、ザニア。貴女が戦うべきは……妹ではないでしょう?」

 その場を収めたのは、穏やかな女性の声。上座に、ケイナス王の隣りの席に座っている、神々しさを感じさせる一人の女性が放ったものだった。

「姉貴……でもよ!」

「ザニア。まことに強き者なら、その力を簡単にひけらかさないもの。そして、力劣る者や力無き物を、見下さないもの……違いますか?」

「そ、そりゃ、そうだけどよ……」

「ならば、反省なさい。勇猛な戦士といえど、身内への愛情を持たねば……ただの戦闘狂にすぎません。私の妹ならば、わかってくれますね?」

 穏やかな声は、ザニアと呼ばれた豪快かつ下品な声と異なる、奥ゆかしいそれ。

 しかし、有無を言わせない言葉の力、反論を許さない意志の力が、その声にはあった。

「とはいえ……ミリアリア。貴女の言葉も少々言い過ぎとは思いますよ。重要な事は、クリエイテッドを持つか持たないか、ではなく……一人ひとり、何が出来るか、という事です」

「メトリア姉様……そうですね、失言でした。謝罪します」

 ミリアは頭を下げ、

「……まあ、姉貴が言うんなら、反省するぜ」

 ザニアと呼ばれた女性も、不承不承それに同意する。

「ええ。姉妹は争うものではなく、愛し合うもの。わかってもらえて嬉しいわ」

 メトリアと呼ばれた女性は、満面の笑みとともに、満足げにうなずいた。

「……ま、まあ。話を戻そう。あのストレンジャーの少年、クリエイテッドを持ってはいるが……その能力も、そう大したものではなさそうだし、適当に、穏便に済まそうではないか」

 いささか威厳を欠いた口調で、ケイナスが議題を進めんと試みた。

 正直、こういった議会での話し合いは、ろくに進んだ試しは無い。

 夕べの報告の際もそうだったが……誰もが『現状の問題』から目を反らし、『解決策を出さず』、現状維持のままで『責任』を取ろうとしないのだ。

 かつてはイマジン王国も、それなりに議会が回っていた時期もあった。が、ここ最近は、『現状維持』のみを良しとして、問題解決の『案』を出そうともしない。

 出したところで、あれが悪い、これが良くないと文句を言い、結果的に却下。当然、ミリアの発言も同じく却下されてばかり。闇霧や霧獣の不審な大量発生も、隣国ガリアン帝国の動きも、対帝国のために周辺各国で同盟を結ぶ事についても、ろくに取り上げていない。

 特に、先の紛争でミリアの実の父とその一派が亡くなってからは、その傾向が強くなっていた。

「…………はあっ」

 目前の、茶番のようなやりとりを見つめつつ、

 ミリアはいつものように、『早く終わってほしい』と願うばかりだった。

 

 

「……なるほど」

 ミリアの執務室。

 やや広めのその部屋には、扉が開いた正面に机がある。

 その机とは別の、小さな机。部屋の端に新たに据え付けられたそこに、真は座っていた。

 側には、ツクミが。

 そろそろ、ミリアが午前中の会議を終えて戻ってくる頃合い。それまで、真はこの部屋に待機しておくようにと言われ……、

 待機している間、彼はこの世界の成り立ち、『イマジン王国』の歴史、周辺諸国の知識などを、書籍から学んでいた。

「『言葉』のみならず、『文字の読み書き』もできるとはね。都合よすぎな感はあるけど……」

 なんでも、ストレンジャーがクリエイタニアに転移される際には、例外なく全ての人間に、『意思疎通のための翻訳能力』が付加されるらしい。

 その能力を用い、真は書籍を読み進めていく。

 本を読む時、真は集中する癖があった。集中しすぎて、周囲で何が起ころうと気にせず、目前の書籍の内容に夢中になる。そのせいで、放課後に図書館にいたら、既に日が暮れていた……という事も少なくは無かった。

 そして、読む書籍の内容が面白いものならば、その集中力はさらに高まる。

「……世界そのものは、オーソドックスはファンタジーものっぽいな。人間以外の種族は、ドワーフ、エルフ、ハーフリングに……ライカンってのは、獣人か」

 とはいえ、科学技術の類は中世レベルよりも、少し進んでいる様子。何せ、『火器』『銃器』がある。と言っても、最新式の銃は単発式のマスケットのようだが。

 魔力石により、電気は無くとも灯火があり、魔力石の補助で水道に近いものもある。一番近いのは、18~19世紀のヨーロッパのイメージだろうか。

『イマジン王国』は、マージニア大陸の北に位置する、小規模の王立国家。

かつてこの地に存在した『マージニア王国』の栄光再びと、その末裔たちが建国した……という歴史を有していた。

 マージニア国は千年以上の歴史を持つ古代王国だが、イマジン王国はまだ建国から百年程度の若い国家だという。

 現国王は、現在から五年前に即位した、ケイナス・ブルカッスル・イマジン。

 ちなみに、前国王のデュラッヘ・レドカッスル・イマジンは、ミリアの父親。

 主産業は、魔力石の採掘。しかし、最近は魔力石の鉱山が枯渇してしまい、ほとんど採掘できていない。そのため、経済的な危機に陥りつつある。

 イマジン国の東側には、強大な軍事国家『ガリアン帝国』の国境があり、西側は、広大な山脈を擁する『ブリガンダイン公国』と接している。

 そして、公国のその先には、大小の国家による『ユートピアン国家連合』、その中心的国家『イーグラント王国』の存在する内海『ハオース』がある。

 この『ユートピアン国家連合』。要は過去に発生した、闇霧および霧獣による世界規模の戦争にて、人類側が協力して対抗するために設立したもの。

 人類側の勝利により、戦争は終結。しかし、その後の国家間の問題や紛争は後を絶たなかった。

 そのため連合は、『戦争法』を制定。クリエイテッド同士の代理戦争を行う事で、被害を最小限にして問題解決に努めてきた。イマジン王国も連合に加盟しており、当然その法律に従わねばならない。

「……要は、クリエイテッドを使ってGガンやロボジョックスのような事をしなきゃならないって事かよ」

 どんだけ戦争がしたいのか、この世界の連中は。

……まあ、闇霧やら霧獣やら、危険が常時存在するのなら、『戦い』ありきの法律になって当然なのかもしれないけど。

 その闇霧および霧獣も、地震や台風のような自然災害のように、自然発生する災害として捉えられている。それらに対抗するのも、またクリエイテッド。

「……なるほどな。ならば『クリエイテッド』の存在は、思った以上に重要なんだな」

「ええ、そうですよ」

「ミリアさんのあの『フィア・ファイア』も、俺が思っている以上に、王国民には頼りにされてるんだろうな。……そんな彼女を、俺が守り切れるだろうか?」

「え?」

「いや、守らなきゃ! 死んだ母さんも言ってた。男だったら、女の子を守れるような強さを持てって。腕力が無理なら、知力や技術など、別の力を用いて守りなさい……ってな」

「……そ、そうですか」

「にしても、お姫様を守る、か。クリスさんのような騎士みたいに、ミリアさんを守れるか……」

「私みたいにか? なら、戦術をもっと学ばねばならないだろうな。イブキにそう伝えておこう」

「そう、イブキさんに……って、え?」

 と、クリスの言葉を聞いて、真は我に返った。

 既に室内には、ミリアとクリスの姿があったのだ。それとともに……先刻から『返答』されてる事もようやく気付いた。

「あのー、姫様とクリスさんが戻られましたとお伝えしたのですが……」

 おずおずと、ツクミが言葉をかける。

「……ええと、どのあたりから」同じくおずおずと、二人へ声をかける真に、

「……『じーがんやろぼじょっくすみたいな事を』あたりからか。どういう意味かは、わからないが」

 そう言うクリスの後ろには、頬を赤らめているミリアの姿が。

「え、ええと……わ、わたしはその、大丈夫! 守られるより、守る事のほうが、わたしは得意ですから!」

 などと言いつつも、嬉しそうに顔がにやけてしまってる。

「……そ、そうですか。はい」

 などと返した真は、ものすごく『恥ずかしかった』。

(「いろんな作品でよくある『俺がお前を守る!』ってなシチュ、実際にやってみたら……なんだよこれ、すっげー恥ずかしいんだけど!」)

 まるで女の子に「好きです、付き合ってください」などと勢いで告ったかのような、むずがゆい羞恥が身体を貫く。

「……あー、マコト殿。そろそろよろしいか? ……今後の事について、色々と話し合っておきたい」

 と、クリスが。

 それまでの浮かれた空気を払拭するかのような、冷徹な声で話しかけて来た。

 

 

「……ええと、確認させてください。まず、俺がここ最近でしなければならない事は『二つ』。

 一つ、二週間後に行われる『ガリアン帝国との代理戦争において、ミリア姫を護衛』。

 二つ、一月後の『イーグラント王国、ハオース海の島で行われる、ユートピアン国家連合の会議に同行』。それで間違いないですか?」

 クリスから言われた内容を、真は繰り返した。

 二週間後に、先刻にも口にした『代理戦争』、すなわち、国の代表同士の『決闘』が行われる。

 イマジン王国側の決闘者は、ミリア。

 ガリアン帝国側は、まだ知らされていない。

 ガリアン帝国側の要求は、『イマジン王国にて、ガリアン帝国の軍の駐屯及び補給の全面協力の要求』、

 イマジン王国側は、『ガリアン帝国側の要求を拒否』。その権利をかけて戦うのだという。

「しかし、ここ最近の動向からして、おそらくガリアン帝国側は、何か仕掛けてくる可能性が髙い。例えば、決闘前に姫様を暗殺、もしくは出場を妨害し、不戦勝にする、などな。なので、可能な限り、身辺に付いていてほしい」

 それから……と、クリスは言葉を続ける。

「可能な限り、マコト殿が出すクリエイテッドは、マシーンGP7のみとするように。マコト殿のレオパルドンは、おそらく周辺諸国とのパワーバランスをやすやすと崩す事だろう。今のところは、他国にもその存在を隠しておいた方が良いと思われる」

「でしょうね。……で、もう一つの方は?」

「それについては、わたしから」と、ミリアが口を。

「イマジン王国は、マージニア大陸の北側に位置している事は……先刻から読まれていた書籍に書かれていたと思われます。そして……東と西の、それぞれの国家に挟まれていると」

 ミリアの言う通り、イマジン王国は東のガリアン帝国、西のブリガンダイン公国とに挟まれている。

 そして、西側はさらに進むと、大小の国家が集まる地域……『ユートピアン国家連合』の中心部へと続いている。

「ユートピアン連合に赴く理由は……そこで他の国家に協力要請をするためです。ガリアン帝国の昨今の不穏な動きのみならず、その周辺地域での闇霧や霧獣の活性化。それに対し、現在のイマジン王国では対処しきれないと思われるので……」

「他の国家に、助けを求める、ってわけですね」

「はい。おそらくは……その時にも何者かが襲撃するだろう事は、容易に想像できます。なので……」

「わかりました、それも任せて下さい」

「……さて。それでは……そろそろ昼食の時間ですね。お話の続きは、食事の後で構いませんか?」

 ミリアの言葉に、真は自分が空腹な事に気付く。

「ええ、お願いします」

 ()()()()()()()()()。何か、大きな『渦』の中に、自分は巻き込まれつつある。

 真はその事をなんとなく実感したが、

 ……ま、何とかなるか。くよくよ考えても、わからんものはわからんし。

 どこか呑気に、そんな風に考える自分も実感していた

 



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