果てなき旅路 (わっふる)
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第0章 プロローグへと至るエピローグ
俺たちの聖杯戦争は――これからだ!


 

 

 ――この戦い、負ける訳にはいかない。

 

 俺は気合を入れなおしながら眼前の敵を睨む。

 その敵とは、眼鏡をかけた白衣の男とその男が使役するサーヴァントだ。

 相手にとって不足はない。俺はこれまで共に戦ってきた戦友とも言うべきサーヴァントへと告げた。

 

「気を付けろ、ランサー。こいつら、今までの敵とは格が違うぞ」

 

 彼女は俺の言葉を耳にすると、こちらを横目で見つつ一笑に付した。

 

「何よ今さら。勝てない筈の相手に挑むのなんていつものことでしょ?」

 

「フッ。そうだったな」

 

 ――ああ、なんて頼もしいんだ。

 

 俺は弱気になっていた自分を恥じる。俺はもう昔の俺とは違う。

 これまで戦ってきた相手だって本来俺たちが勝てるような相手じゃなかった。それでも、俺たちは勝ち続けてきたのだ。

 俺たちが今に至るまで文字通り死ぬほど苦労して積み重ねてきた経験と、確かな絆。それらは決して―――誰にも否定させはしない!

 

 

「いくぞ、ランサー!これがラストコンサートだ!」

 

「ええ、それでいいのよ!精々上手くワタシを輝かせなさい、プロデューサー!」

 

 俺たちの聖杯戦争は――これからだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「転輪は時を告げる。あらゆる衆生、あらゆる苦悩は我に還れ。大いなる悟りの下、人類はここに一つとなる。――一に還る転生(アミタ・アミターバ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! クソがあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

 

 

 

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 目が覚めると、俺は保健室のような部屋にいた。ような、ではなく実際に保健室なのだが。

 

「知り尽くした天井だ...またやり直しかよ...」

 

 自分の目が急速に濁りつつあることを自覚しつつも呟く。...というか、思い出したらまた腹立ってきた。

 

「もうマジでいい加減にしろよ、あのクソ眼鏡!何がセイヴァー(救世者)だよ勝てるわけないだろあんなん!もうお前の勝ちでいいからはよ聖杯使えよ!」

 

 ベットから起き上がりつつ大声で愚痴を吐き出すと、少しだけすっきりした。...そういえば、この声質からして今回は(・・・)男か。正直もうどっちでもいいけど。

 そんな事をつらつらと考えつつ今後の予定を組み立てていると、如何にも不機嫌そうな声の持ち主が目前のカーテンを開きつつ話しかけてきた。

 

「それだけ叫べるほどの元気があるならここにいる理由なんてないでしょう。荷物...なんてなかったわね、手ぶらのままさっさと出て行きなさい、駄犬。」

 

 ...しかも今回はこいつ(カレン)かよ。大抵の場合は間桐とかいう名前のAIなのだが、今回は運が悪いようだ。

 何せ俺の目の前にいるカレンとかいう少女の見た目をしたAIは、健康で元気な人間を見てると吐き気がするなどとのたまう超絶サディストなのである。しかもまともな医療知識も有していないし、服装もシスター服のようなものの上に白衣を着てるのでぱっと見て保険室担当のAIに見えない、などムーンセルが彼女を保険担当に選んだ理由が全くもって理解できない。

 

 そのカレンとかいう少女は心底がっかりした目をしながら自身を眺める俺を見て何を思ったのか、顔を若干上気させながら言葉を告げた。

 

「先ほどの発言を撤回するわ。もうしばらくここにいても構いません」

 

「...はい?なんでだよ」

 

「いえ、その絶望しきったかのようなあなたの顔を見ていたら気分が高揚してきたので。先ほど、あなたの醜態で私の耳を汚した件を差し引いてもお釣りがくるかと」

 

 案の上ロクでもない理由だった。当然ここに居座っていいことなど皆無なので、その提案は却下だ。

 

「...いや、遠慮しとくわ」

 

 俺は短く告げるとすぐにベットから降り、カレンの横を競歩に出たらそれなりの順位が取れそうなレベルの早歩きで素通りして保健室の出入り口へと向かった。

 ...今ここで腕とかつかまれたら心臓止まるかもしれん、などと警戒していたが幸いにもカレンは俺の背中に視線をぶつけるだけで何もしてこず、開始直後に少女に腕をつかまれて死亡なんていう俺史上最悪の死に様だけは避けられた。

 しかし何故か部屋の外に出ても背中に刺さる視線は途切れず、扉を閉めるために保健室の方に体を向けたことでカレンと視線が合ってしまった。

 

「...今回は世話になった。サンキュー」

 

 あのカレンが何も追撃してこずに見つめるだけとかこの上なく恐ろしいのだが、助けられたというのは事実なので礼だけは述べておき、扉を静かに閉めると足早にその場を立ち去った。

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 誰もいなくなった保健室で、彼が立ち去った方の扉をカレンはじっと見つめて呟いた。

 

「...まだいても良かったというのは本当なのですが。何度やり直したところであなたには...」

 

 彼女はそこで言葉を止めると、何かを諦めるように深く息を吐きだして目をつぶった。

 

 

 





・オリ主
ザビ子が参加するまでに行われた過去の聖杯戦争の参加者。
何度もリトライしているが、死ぬ度に時間が巻き戻っているわけではなく、死んでも次回の聖杯戦争に引っ張りだされているだけ。
しかし、死ぬ度に性別・容姿・資質、その全てが変化している。
また、やり直しの中で60回ほど聖杯戦争で優勝しているが、その全てでその後トワイスチェックにひっかかり戦闘し、敗北している。
いやでも記憶に残るのでサーヴァントに関する知識は並外れており、大抵のサーヴァントに対して「あ、このサーヴァント聖杯戦争で会ったやつだ!」が可能なほど。

・カレン・オルテンシア
保健室を担当するNPC。オリ主を性別によって変化する三人称や固有名詞で呼ぶことは絶対にない。


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第1章 月の聖杯戦争 予選
月海原学園 その1


 

 

 さて、無事保健室から離脱することに成功した俺が今何をしているかというと――

 

「He has been to Kyoto twice. この英文の和訳を......そうだな、岸波にしよう。座ったままでいいから答えてくれ」

 

 英語教師である。

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 突然だがここで、現在行われている月の聖杯戦争の予選について触れたいと思う。

 まず予選は二段階に分かれており、第一段階ではふとしたことから異常に気付くことのできる能力、第二段階では自身のパートナーに対して適切な指示を送る能力が試される。

 まぁ二段階に分かれるとはいったが、ここでは第二段階についてはひとまず置いておいて第一段階について詳しく述べることにする。

 ここから次の段階に進むために必要になるのは、これから月海原学園で送られることになる何一つ変わらないまま繰り返される異常な(・・・)学園生活から見事抜け出すことだ。

 

 まぁ、全てが同じかというとそうでもないのだが。ここ月海原学園においてはNPCとプレイヤーのアバターが入り混じった学園生活が行われており、異常に気付いたプレイヤーたちによってNPCや他のプレイヤーが異なるルーティンを組み始めることも、開始から数十日も経てば必ずといって良いほど起こる事態だからだ。

 それと合格を判定する方法はいたって簡単で、異常に気が付くことをトリガーとして学園の一階の端にある行き止まりの壁が通路の入り口へ見えるようになるので、そこへ足を進めれば良い。

 

 さて、なぜ俺がわざわざこんな前置きをしたかというと、実はちょうどカレンと会話している時に俺自身のパーソナルデータやこの仮初の学園生活で今回何をルーティンとして設定されているかなどの情報が頭に入ってきたためだ。まぁ、これ自体は毎回多少タイミングは違えども割と目覚めてからしばらくすれば起こることで、特別気にするようなことではない。

 何度もやり直している俺にとっては初めからこの学園生活が異常だとわかっているので、予選の第一段階はこの通り問題にさえならない。

 しかしここで少し困るのは、それによると俺は今回教師の役割を与えられているらしいということである。

 

 ムーンセルが俺に与える役割は様々だ。ほとんどの場合俺は生徒として過ごすことになるが、これまでにもいくつかの例外が存在した。たまにあるもので言えば教師や清掃員などがこれに該当し、特に珍しい一回きりのパターンとしては学園長や牧師などがあった。

 なお、学園長の役割を与えられた聖杯戦争では学園生活をできる限り長引かせた上で最高にエンジョイしていたが、牧師の時にはその裏返しと言わんばかりの散々な目に合った。

 具体的に言うと、本来なら保険医しか担当しないはずのカレンがその時に限ってシスターとして教会に常駐していた。当然俺は最速で例の壁に突っ込んで予選突破したが、本戦において与えられたマイルームは教会の一室だった上に相変わらずシスターはカレンであった。ムーンセル絶許。

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 あの時は仕方がなかったとはいえ、常に最速で予選を突破するわけにはいかない。予選通過の方法はいつも同じだが、毎回毎回一人だけすぐに予選突破するやつがいるなんて事態はどう好意的に捉えても怪しいからだ。観測者(クソ眼鏡)が存在する以上、あまり迂闊なことはできない。

 そのためしばらくの間は教師としての役割をきちんとこなすつもりであり、そんな俺にとって今は過去を振り返るよりも岸波という生徒から答えが返ってこないことの方が重要である。

 とりあえず出席簿から顔を上げて教室を見渡してみるが、座席表のついていない出席簿では適当に指名した岸波がどの生徒なのかは案の定分からなかった。

 

「おーい、岸波。岸波白野はどうした」

 

 まさか、初日にしてもう予選突破したやつがいるのか...?などと戦慄しながらも顔には出さずに呼びかけを続けていると、いかにも元気そうな見た目をした一人の女子生徒が手を挙げた。

 

「せんせー、岸波さん寝てます!」

 

 その女子生徒の目線をたどってみると、確かに俺の目の前という最前列にも関わらずに幸せそうな寝顔を晒している女子生徒がいた。こいつが岸波白野か。

 さすがに指名した以上起こさないわけにもいかないので、俺は岸波の机の前まで歩いていくと、コンコンと机を軽くノックする。...お、起きたな。

 

「...んぅ?.........お父さん?」

 

「誰がお父さんだ、おい。いいから起きろー、岸波。今はまだ授業中だ」

 

 俺がため息をこぼしつつも声をかけて現実を認識させてやると、今まで完全に停止していたとみられる彼女の脳も流石に回転を始めたようで体勢を徐々に戻すとともに顔を赤くし始めた。

 

「.........あの、すみませんでした。...いろいろと」

 

「お、おう。まぁ、とりあえず問題には答えなくていいから、一旦教室出て水道で顔洗ってこい」

 

「...はい、いってきます」

 

 そのまま耳まで赤くした岸波が早歩きで教室を出ていくのをなんとなく全員で見送った後、俺はなんともいえない空気に包まれている教室の雰囲気を変えるために気持ち大きめに声を出した。

 

「よし、授業続けるぞー」

 

 

 これ、もしかして予選が終わるまで毎日あの子を起こさなくちゃいけない感じか...?

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 それからは特筆するべきことも起こらず、いくつかのクラスで授業を終えた現在は待ちに待った放課後の時間である。

 放課後が楽しみな理由は実のところ簡単で、異常に気付いたプレイヤーにとってこの時間はかなりの自由が許される時間となっているからだ。この時間帯はNPCもプレイヤーも決められたルーティンが存在しない。そのためNPCはAI、プレイヤーは本来の性格に沿った自由な活動を開始することになる。例え部活に所属している生徒でもサボることがあったりなど行動が毎日バラバラになるので、異常に気付くプレイヤーが最も増えやすいのもこの時間だ。

 もちろんこの学園の敷地から出ようとするなどのあからさまに予選のルールに反することは不可能だが、学園内では教師や学生といった役割に反しない範囲でなら好きに動くことができる。

 

 この日に俺が訪れることにしたのは屋上だ。ここは涼しいし、学園の敷地内を一望できるので暇をつぶすにはもってこいだ。その上自由に活動できるといっても屋上に来るという選択肢をもった生徒など皆無といって良いので、好きなだけ羽を伸ばすことができる。学生の立場であれば図書室で読書しているのがベストなのだが、教師となると目立つのでそうはいかない。なので専らここで一人でのんびりしたり、藤村先生を筆頭とする他の教師たちと職員室で話し込んでいるのが最もリラックスできる時間の過ごし方になる。

 

 

 だがどうやらこの日は違ったらしく、屋上には先客がいた。

 

「あら、古崎(ふるざき)先生じゃない。ごきげんよう」

 

「ああ、ごきげんよう。遠坂...で合ってるよな?」

 

 このような挨拶を投げかけてきたのは、午前中最後の授業で担当したクラスに所属している女子生徒だ。他の学生とは隔絶したオーラを持っている子であり、俺のこれまでに培った経験からしても相当な実力を持った霊子ハッカーだろうという判断を下していた生徒でもある。

 

「ええ、合ってるわよ。それで、先生はここに何しに来たの?」

 

 いかにも興味津々といった顔で訊ねてくる彼女の表情は、その判断を確信へと変えてもいいと思えるほど人間味にあふれていた。異常に気付いてない生徒たちは、総じて表情が薄っぺらいものになりやすい。優秀なプレイヤーたちはその優秀さゆえに異常には気付きやすいとはいえ、まだ初日にして彼女は異常に気付きかけている。これはあまりにも早すぎる事態だ。

 まぁ、彼女がどれだけ早く異常に気付いたとしても俺に不利益はないのだが。

 

「これといった理由はないが、なんとなくな。しいて言えば、ここは風が涼しくて気持ちいいからだな」

 

「......ふーん、そうなのね。私も似たような理由でここに来たから、気持ちは分かるわ」

 

 そんな会話から始まりしばらく彼女と雑談していたが、30分ほど経ったあたりで彼女はこう告げてきた。

 

「あ、私はそろそろお暇するわ。まだこれからすることがあるの」

 

「そうか、俺ももう少し風にあたったら職員室に戻ることにするよ。それじゃ、また明日授業でな」

 

「ええ、お先に失礼するわね。また明日会いましょう」

 

 

 そう言って去っていった彼女は、あと何日こちらで過ごすことになるのだろうか。そんなことを考えていると、ふと気が付いた。

 

「さっきから何かおかしいと思ったら、あの子の話し方か。確か授業中は敬語だったよな...?」

 

 





・オリ主
今回の苗字は古崎。ちなみに牧師の時は言峰。

・遠坂凛
授業中だろうと放課後だろうと一切関係なく、他の教師には常に敬語。


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月海原学園 その2




予選については資料も少ないので多少の独自設定が入ります。
あと予選はさくさく進めていきます。




 

 

 俺は今日も授業を続けている。多くのプレイヤーが予選を突破したことで空席が目立つようになった教室を見渡しながら。

 

 すでに遠坂凛がこちら側の(・・・・・)学園から立ち去ってから、実に30日もの日々が過ぎていた。

 

 俺の予想していた通り、開始から早くも三日間のうちに遠坂はこの学園生活の異常に気が付いたらしい。四日目になって俺が授業を行おうと今までのように教室へ入ると、服装を制服から赤色を基調とした私服に変えた遠坂が席に座っていた。思わず唖然としてしまい教室の入り口で立ち止まった俺を見て、頬杖をついたような体勢のままで悪戯が成功したかのような笑みと共にこちらに向けて手を振ってきた遠坂のことは今でも記憶に新しい。

 

 記憶を取り戻すということはすなわち、霊子ハッカーとしての実力を取り戻すということを意味する。そして優秀なハッカーであれば服装をカスタマイズする程度のことは大した手間ではなく、驚いたというのは彼女の服装の変化そのものに関してではない。記憶を取り戻してなお授業に参加してきたことと、明らかに俺が異常に気付いたプレイヤーであると理解しているかのような行動をとってきたことに驚かされたのだ。

 

 さすがに気になったので授業後に遠坂を呼び止めていくつかの質問をしたのだが、その内容を要約すると「まだこちら側で調べることがあり、その一環として授業に参加した。俺が異常に気付いていると思った理由はなんとなく」とのことだった。俺と遠坂はあの日屋上で会話しただけの関係だったが、その程度の付き合いしかない俺でも彼女がそのようなあいまいな感覚をもとにして行動するような人間だとは到底思えなかった。なのでもう少し詳しく話を聞きたかったのだが、時間を置かずに行われる昼の職員会議に参加しないわけにもいかなかったために断念した。

 

 その際、遠坂にはどうして俺が気付いていながらも次のステージに進まないのかを逆に聞かれることになったが、その答えは簡単だ。生徒が授業を抜けたところで大した問題はないが、教師がそんなことをすればその違和感から大量のプレイヤーが予選を突破することになるためである。

 

 しかし俺がそれを気にしてここにとどまる必要も本日を以って無くなる。なぜなら今日は開始から40日目―――予選突破の締め切り日だからだ。

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 話は変わるがここで一つ、異常に気付いたプレイヤーたちがこぞって気にするあることについて述べたいと思う。それが何かといえば、「この聖杯戦争の予選をどれくらいの人数が突破するのか」ということだ。

 

 月の聖杯戦争のプロである俺がさっくりとこの疑問に答えてしまうのならば、大体100人前後といえる。もちろん回によって多少のぶれはあるが、極端に少なかったり多かったりということは基本的にない。しかしながら数多く行われていればやはりその中には例外も生まれてくるもので、一度きりとはいえ極端に数の減った予選が存在した。それはまだ俺が新人であったといっていい6回目のやり直しの最中のことだ。

 

 すでに予選突破の方法とその期日についてそれまでのやり直しで把握していた俺は、開始から10日目のその日も図書室で本を読んで暇をつぶしていた。事件が起きたのはその夕方のことだ。

 突如として学園のあちこちで爆弾が爆発し、それに伴い銃声までもが校舎内に響き渡った。いまだに真名は分からないが、アサシンと思わしき赤黒いフードを着た男とそのマスターによって行われた学園襲撃事件。当然この異常事態の結果として、多くのプレイヤーが予選の存在に気付くまでもなく脱落した。生き延びて予選を突破したのは、元々突破していたプレイヤー10人と俺を含めて2人の生き残り、合わせて12人だけであった。

 

 なぜこのような事態が起きたかというと、予選突破後の仕組みが今と異なるからだ。当時もルール違反とはされていたものの、ペナルティを覚悟してしまえば予選突破後に予選会場へ戻ることが可能だった。それも予選突破時に入手したサーヴァントを連れてきた状態で、だ。それを利用しようとするマスターが出現するのも時間の問題だったといえるだろう。

 その後7回目のやり直しの時までにこの件をきっかけとして多くのルールが見直された。例えば予選突破後に突破前の学園に戻ることは不可能とするなど予選そのものを終わらせかねない行為はまず不可能にした上、成功しても失格処分が下されるようになり、他にも予選に気付いたプレイヤーが気付いてないプレイヤーにあからさまな助言をすることなど予選の妨げになりかねない幾つかの行為に対しては新しくペナルティが課されるようになった。

 

 したがって現在もこちら側の校舎に残っているプレイヤーは、総じて予選を突破できていない者に限られる。そう、今日も変わらず俺の目の前で寝ている少女―――岸波白野もそれに該当する。

 

 

 ♦ ♦ ♦ ♦

 

 

 岸波白野という生徒は非常にちぐはぐな印象を受ける存在だった。彼女は遠坂凛ほどではなくとも、初日から至るところで確かな人間性を滲ませていた。にも関わらず、彼女はずっと異常に気が付くことなく初日と同じ行動を何度も何度も繰り返している。

 

 それは最終日を迎えた今日であっても変わることはない。

 岸波が眠り、俺が起こす。何度も繰り返したやりとりを再び交わすと、いつもと同じように耳まで赤くした岸波が顔を洗うために教室を出ていこうとする。―――そう、いつもと同じ(・・・・・)である。

 ならばこのまま俺が彼女を見送ればきっと、彼女はこの予選で終わりを迎えるのだろう。

 

 別に珍しい話ではない。これまでにも多くのプレイヤーが予選で脱落してきた。その一人に彼女も加わることになる、ただそれだけの話だ。

 

 それだけの話のはずなのに―――――心の奥底で何かが俺に告げている。

 

 

 "岸波白野という存在は、こんなところで終わるべきではない"

 

 

「待て、岸波!」

 

 気付けば俺は大声を出して彼女を引き留めていた。

 当然、岸波に集まっていた教室中の視線は俺に向くことになるが、そんなことはもはや重要ではない。今重要なのは彼女もこちらを振り向いたということ、ただそれだけだ。

 

「......最近、お前が登下校するときに通る道で不審者が出たらしい。今日は帰り道(・・・)についてきちんと精査してから帰るようにな」

 

「はい?...あ、いえ!分かりました、気を付けますね」

 

 初め岸波は疑問符でも浮かびそうな表情をしていたが、次第に内容が理解できてきたのかきちんとこちらの目を見て頷いた。素直な性格をした彼女のことだ。まず間違いなく言葉通りの意味で受け取っただろうが、今はこれで良い。

 夕方になっても彼女が俺の言葉を覚えていてくれたのなら、予選の第一段階はまず突破できるだろう。

 逆に言ってしまえば今回の発言はルール上アウトになりかねないレベルの内容であるとも言えるが、可能な限り早く罰を与えることを基本としているムーンセルからペナルティが下っていないためセーフだったのだろうと考えられる。しかし一方で、俺が彼女に与えられるヒントはこれが限度であるということは間違いない。

 

「娘の心配をするお父さんの話はこれで終わりだ。分かったなら行っていいぞー」

 

 願わくば、彼女が予選を突破できることを。

 俺にからかわれたことで、再び顔を真っ赤にしながらいつもよりも少しだけ勢いよく扉を閉めていった彼女に苦笑しつつ、心から祈った。

 

 





・オリ主
本人は知らないが、もしも岸波白野が予選で脱落した場合存在そのものが消滅する。
その場合、彼に次はない。

・遠坂凛
他人に隙を見せたがらない性格だが、オリ主に対しては無意識のうちに年相応の態度で接してしまっている。
またそのことを本人も自覚しているが、根本的な原因が分からないため放置している。

・赤黒フードのサーヴァント
手段を択ばない相変わらずのケリィ。
最終的には自身のマスターをも殺害して聖杯を確保する手筈を整えていたが、待ち構えていたトワイスによってマスター共々一蹴されたことで失敗に終わる。

・はくのん
すっごい幸せそうな顔で寝てるので、滅茶苦茶起こしずらい。




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未知のサーヴァント

 

 

 過去の改変すら可能にする七天の聖杯(セブンスヘブン・アートグラフ)を求めて行われる月の聖杯戦争。その予選の第二段階の突破はすぐそこまで迫っていた。

 

 

 第二段階は入り口を同じとしていながらも、入るときに他のプレイヤーがいない空間につながる仕様になっているため、周囲に他の人物は存在しない。『人形(ドール)』と呼ばれるサーヴァント擬きが俺に付き従うように立っているだけだ。

 現在、俺はすっかり見慣れてしまった不気味なマネキンのような見た目をしたこれを横目に、あくびを噛み殺しながら電脳空間を進んでいた。

 

 ここの道中はひどく退屈だ。

 エネミーが現れる場所も、どのように動いてくるのかも全て分かっている。プログラム通りに動くそれらが入力されていない動作をすることは一切なく、それゆえに実戦の練習にもならない。決まった場所で決まった指示をする、それ以外にすることがないのだ。

 

 

「......お、やっと終わりか」

 

 ゴール地点である広い空間に足を踏み入れながら、思わず言葉を漏らした。

 天井にあたる部分を色とりどりの鮮やかなステンドグラスによって彩ったこの場所は、敬虔な信者たちの集まる教会のようにどことなく神秘さを感じさせるものになっている。これから自身と命運を共にすることになるサーヴァントを召喚するにあたってふさわしい雰囲気を持っており、俺個人としても気に入っている空間だ。

 ―――地面に死体のようにばらまかれた大量のマネキンとその手足を除いて、だが。

 

 そして中央へと足を進めたその時―――足元で停止していたマネキンが人体では不可能な関節の曲げ方をして飛び蹴りを行ってきた。俺は少しだけかがみ最小限の動きでそれを避ける。

 

B(Break)A(Attack)、それからG(Guard)だ」

 

 油断さえしていなければ、壊れかけの人形であるエネミーが俺の新品同然の人形に勝てる道理はない。あせらず冷静に指示を出して、徐々に敵を追い詰めていけばいい。

 

 そして戦闘が始まって一分ほどで、壊れかけの人形は完全なジャンクへと姿を変えた。そしてそれから数秒後、俺の指示に従っていたマネキンもその場で動きを停止した。このことが意味するのは、俺は今の戦闘を以って合格と判断されたということだ。

 

「さて、どんな人物が喚び出されるか......」

 

 そう、これから行われるのは英霊召喚。実在していようがいまいが関係なく、人類史や物語に登場する英雄たちの写し身を喚びだす超級の儀式だ。

 ただし儀式とはいったものの、この月で行われている聖杯戦争では触媒やら魔法陣やらといった特別な用意を事前にする必要はない。ムーンセルが召喚者の性格・性能・経歴といったパーソナルデータを読み取ることで、その人物と相性がいいと思われる英霊を自動的に選択し喚び出してくれる仕組みだからだ。

 さらに言えばこの三つの中でも特に経歴は重要視されるという傾向があるため、人によっては召喚される英霊の候補をある程度予測できる場合もある。

 まぁ、例外として中には英霊からマスターを指名する場合もあるがそういった事例はほんの一握りだ。

 

 だが俺の場合は事情が異なる。以前一度だけ聖杯戦争を完全に無視してその回の自身の経歴を全力で洗い出したことがあるが、結果として分かったことは自身と同じ経歴の人物など現在はもちろん過去を含めても地上には存在しないということだった。

 つまり俺は架空の経歴を持った誰の再現でもない(・・・・・・・・)人間としてこのムーンセルに毎回作り直されている、ということだ。

 それがムーンセルのエラーによって起こったバグのか、意図してムーンセルが行っていることなのか――個人的には前者ではないかと考えている――は分からないが、今言いたいのは要するにこういうことだ。

 

 ―――誰が来るのか全く予想できないから毎回毎回怖いんですけど!

 

 

 召喚の合図となる天井のステンドグラスに罅が入る音を耳にしながら、過去に召喚してきたサーヴァントのことをぼんやりと振り返り始めた。

 

 前回は悪名高いエリザベート・バートリーことエリちゃんだった。これはまだ良い部類だ。なんせ逸話に反して本人は滅茶苦茶ちょろかったからな。最初の頃は血で満たした浴槽が欲しいと言ってきたり、突然頭が痛いと言い出して癇癪を起こしたりと大変だったが、操縦の仕方を理解してからはむしろ他のサーヴァントより素直だった節がある。

 

 二つ前はエレナ・ブラヴァツキーことエレナさんである。この回は控えめに表現しても最高だった。彼女もキャスターの霊基で顕現するサーヴァントの例にもれず戦闘に特化した性能ではなかったが、敵の弱点をほとんど把握しておりかつ分析も得意としている俺と古代から近現代まで幅広い世代の魔術を扱えることで戦闘時の選択肢を多く持つ彼女との相性は抜群に良かった。聖杯戦争の間に彼女からは多くのことを教わったし、また彼女も誰かにものを教えるということを好んでいたために関係も終始良好だった。

 

 三つ前、真名は未だに分からないが妙な拘束具を付けた筋肉達磨を喚んだときは思い出したくもないほどひどい結果になった。マスターである俺に向けての反抗心の高さはそれまでに喚び出したサーヴァント中でも間違いなくトップ5に入るレベルだったと言い切れる。それがどれほどのものだったかというと、「圧制者(我がマスター)よ!汝を抱擁せん!」などと言いつつ召喚の間で俺を殺害したくらいだ。こんなんどうしようもない。

 

 これまでに召喚したサーヴァントの例を挙げていくときりがないが、明らかに初めから裏切るつもりの悪魔、戦闘中に突然吐血する剣士、引きこもりたいと事ある毎に言ってくるニート姫、馬とセットで召喚されてきた聖槍使いや最後まで真名を名乗らなかった暗殺者など、他にも様々なサーヴァントがいた。

 これらを見れば分かるが、はっきり言ってしまえば英霊にはハズレもアタリも存在する。俺の実体験からすると、大体2割くらいがハズレのサーヴァントにあたる確率だ。

 これを高いとみるか低いとみるかは人によるだろうが、俺は断然前者だ。なので俺はいつも、楽しみにするというよりは祈るような気持ちでこの召喚の時間を迎えている。......そろそろ来るだろうか。

 

 そんなことを考えると同時に、ステンドグラスが砕け散る音が空間に響き渡った。

 その原因であるサーヴァントが目の前に着地したことで、容姿が分かるようになるがそのサーヴァントの見た目は―――黒いドロワーズを着た12歳前後の幼い少女だ。

 

 あまりにもこの戦争の趣旨とはかけ離れているであろう幼すぎる見た目をした少女が選ばれたことに対して軽く俺が呆然としていると、彼女はそんな俺を見てにっこりと微笑み―――ぴょんと飛び跳ねて俺の首に抱き着いてきた。

 突然ダイブしてきた少女に対して、反射的に動いた俺の腕が彼女を抱きしめるような形で受け止めると、彼女はそのまま耳元で心底嬉しそうにこう告げた。

 

「ずっと......ずっとずっと会いたかったわ、先生!私、アビーよ!セイレムでの約束、覚えていてくれてるかしら?もちろん私は覚えているわ、だって......大事な大事な約束ですもの!」

 

 そう言って少女は抱き着いている腕の力を俺が苦しくならない程度に強めてきたが、しばらくすると満足したのか俺から顔だけを少し離した。

 そうして見えるようになった少女の綺麗な青色の瞳には俺に対する確かな信頼が見てとれる。しかしその一方で、俺は彼女――アビーのことが全く分からなかった。もちろん、彼女の言う約束というのが何かも分からない。セイレムというのはどこかの地名だったか...?

 

「......先生?どうかしたのかしら?」

 

 彼女も俺が難しい顔をしていることに気が付いたのか、心配そうにこちらの顔を覗き込んできた。......よし、ここは正直に言おう。

 

「申し訳ないが、俺には君のことが分からない」

 

「.........え?......うそ」

 

 アビーのそれに対する反応は劇的で、次第に首に回していた腕からも力が抜けていった。―――危ない。もうすぐで落ちそうだった彼女を、左手の位置を少女の膝の裏へ回すことでお姫様抱っこのような形にして支え直した。

 それから少し経って落ち着いた様子になったアビーを地面に下ろし、しゃがむことで目線を合わせてから言った。

 

「......もしかして、人違いじゃないか?」

 

 俺の思いついた可能性の中で、もっとも確率の高いものを挙げてみるがアビーはすぐに否定した。

 

「そんなことないわ!......私、あんなにお世話になったのだもの。そんな先生のお顔を見間違えたりなんて、絶対にしないわ!」

 

「そうだな......なら、アビーのいう『先生』に関して何か知ってることはあるか?」

 

 俺がそうアビーに聞くと、彼女はしばらく悩んでからぽつりと言葉を漏らした。

 

「......私はずっと先生、って呼んでいたから合っているのか分からないのだけれど。確か大人の方にはシュー、と呼ばれていたような気がするわ」

 

「顔が同じで(シュー)と呼ばれていたなら...確かに俺の可能性が高いな」

 

 今回の俺の名前はフルネームだと古崎秀であり、下の名前で呼ばれていたのなら外国の人にはそう聞こえるかもしれない。

 深く頷きながらそう告げると、俺が『先生』だと分かって安心したのかアビーの顔がぱあっと輝いた。

 

「やっぱり先生は先生だったのね、良かったぁ!でも、どうして私のことを忘れてしまったのかしら......?」

 

 かと思えばすぐに悲しそうな顔でそう溢したアビーに対して、現状だと一番可能性が高くなる最もあり得ない可能性(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)を提示する。

 

「アビー。忘れているわけではなく、俺にとって君とは会うのはこれから先、つまり未来なんじゃないかな?」

 

「.........まぁ!確かにそうね、さっすが私の先生だわ!私もそれを聞いて思い出したわ、先生言ってたもの。『俺は昔、月にいたことがあるんだよ』って。先生の可愛らしい冗談だと思っていたのだけれど...本当だったなんてびっくり!」

 

 はっ、とした表情になったアビーが両手を合わせてそう言ってから再び笑顔に戻るのを見て、良かったと思いながらもその裏であることを確信する。

 

 ―――今回の聖杯戦争は、間違いなく今までにない何かが起こるな。

 アビーのいう『先生』が古崎秀という今回の俺であるならば、『先生』はこの回でトワイスに勝利したことになるが、恐らくそれだけではない。

 アビーのいうセイレムというのは地上のどこかの地名だったはずだ。そこで『先生』とアビーが出会ったということは、俺にとって大きすぎるほどの意味がある。

 

 何せ俺が聖杯で叶えたい願いはこれまで何度やり直したとしても変わることはなかったが、そこに月から出るという願いはない(・・・・・・・・・・・・・)のだから。

 





・オリ主
やり直し序盤の方でとあるサーヴァントに召喚してすぐ殺されており、しばらくは反抗的なサーヴァントに備えて令呪をいつでも使えるようにしてから召喚していた。
しかし慣れてきてからは、どのみちこんなところで一回令呪を使わなくてはならないようならトワイスには勝てないという結論に至っため、祈るだけになった。

・アビー
再会に喜びすぎて真名とクラスを言い忘れている。良かったね、バーサーカーに特攻だよ!(なおCCCのアルターエゴry


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