漆黒の英雄譚 (四季 春夏)
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--現代1--
ある国のある話


 アインズ・ウール・ゴウン魔導国。

 

 

 

 

 その国では、「魔導国」では「アインズ・ウール・ゴウン」の元で「全てが一つ」であった。魔導国に住む全ての民は知っている。

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンこそ偉大

 

 アインズ・ウール・ゴウンこそ至高の存在

 

 アインズ・ウール・ゴウンこそ究極なる支配者

 

 

 

 

 魔導王はその至高なる力を以って「大陸統一」を成し遂げた。それはかつて人類を救ったとされる「六大神(ろくたいしん)」、力を背景に大陸を支配しようとした「八欲王(はちよくおう)」ですら出来なかった偉業であった。

 

 アインズ・ウール・ゴウンは不死者(アンデッド)でありながら、とても慈悲深かった。「六大神」の様に特定の種族だけではなかった。「八欲王」の様に力と恐怖で支配はしなかった。「神」や「王」よりも慈悲深く力強かった。一部の者は魔導王のことを「神王長」と称え信仰していた。「神」や「王」よりも高い位置にいる存在。魔導王のことを知る誰しもがその呼称に納得していた。

 

 

 

 

 かつて大陸には多くの国があった。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、ローブル聖王国、アーグランド評議国、スレイン法国。そしてその他の国々。

 

魔導国は他の国に比べて遥かに規格外である。かつてバハルス帝国の皇帝であっジルク二フが言った言葉にこういうものがある。

 

「魔導王には敵わない。『王』という言葉は魔導王の為にあったのだ。だから私は『皇帝』なのだろう」

 

微笑みながらこう言ったエピソードはあまりに有名だ。教科書にも載っているほどである。その他にも「人類至上主義」を掲げた閉鎖的で排他的なスレイン法国が最後にはアインズ・ウール・ゴウン魔導国の支配下に入ったことからも魔導国の偉大さが分かる。

 

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国。

 

 そこに住まう民も「異形種」「亜人種」「人間種」と幅広い。

 

 そこに「差別」はなく彼らは皆「対等」な関係を結んでいる。

 

 例えばだが鍛冶や建造では右に出る者がいないとされる山小人(ドワーフ)。大きな身体を持ち腕力が自慢の巨人(ジャイアント)。この二つの種族が手を取り合えばあらゆることが可能となる。

 

 武器を作りたい?ならばドワーフに仕事を任せよ。重たいものを運んでほしい?ならばジャイアントに仕事を任せよ。といった具合である。この二つの種族が協力すれば家一つの建設などあっという間である。それはこの二つの種族だけでなく他の種族にも同じことがいえる。

 

 土堀獣人(クアゴア)という種族。彼らは土の中(地底)でも活動することが生活できる。何故なら視力は人間よりも鋭く、彼らの種族が持つ爪は土を掘り進めることができる。そんな彼らは雑食性であり鉱石をも食べる。これは鉱石を食べることで自身の身体をより頑丈に出来るからだ。そしてそんな彼らだからこそ「鉱石の採掘」に関しては右に出るものはいない。かつてはドワーフとは争っていたこともあったが、かの魔導王がその争いを平和的に解決。その後は魔導国でクアゴアたちは主に「鉱石の採掘」を仕事に賃金を受け取り生活している。今ではクアゴアが「鉱石採掘」し、ドワーフがそれを「加工」するといった具合だ。

 

 蜥蜴人(リザードマン)とは蜥蜴と人間が合わさったような種族である。彼らは湿地で生活を営む。そんな彼らは「魚」の「養殖」を試みた。これは魔導国の支配下に入る前の話である。だが魔導国の支配下に入ってからは多くの者が食す「魚」を提供する「組合」を結成した。そして彼らは自分たちの得意とすることを仕事とし、現在では魔導国に欠かせない種族としての地位を築き上げた。

 

 

 

 

 あらゆる種族は魔導国の元で「一つ」となっていた。

 

 

 

 

 誰しもが種族の特性を持っている。それを互いに協力し作業することで得られるものは有名かつ貴重な「黄金」よりも遥かに高い価値を生み、「アダマンタイト」よりも強固な関係を築いた。

 

 得意なことを……特異な種族が……

 

 そうすることで彼らは己の「種族」に誇りを持ち、自身は何が出来るか……何の「職業」に就けるかを考え、自らの『未知』なる可能性を追い求めていく。

 

 それはさながら現代の『冒険者』の様である。

 

 

 

 


 

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国

 

 

 

 

 その国はアインズ・ウール・ゴウン魔導王により統治された国である。

統治者の魔導王自身も不死者(アンデッド)であり、そのためか分け隔てなく様々な種族を受け入れ現在では過去のアーグランド評議国をも遥かに超える種族が暮らしていた。

 

 そんなアインズ・ウール・ゴウン魔導国がアインズ・ウール・ゴウン大陸(今年までは大陸には名前が無かった)の中にある諸国を全て支配下に置き、見事大陸統一を果たした。

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導王は大陸統一を果たし際に祝杯を行った。その祝杯の場にはアインズ・ウール・ゴウンとその配下の方々だけでなく、現在の『新しい時代』を作ったとされる者たちが数百人程出席していた。

 

 

 

 現在の『冒険者組合』を作り上げた冒険者組合長ブルトン=アインザック。

 

 『ポーションの先駆者』のリイジー=バレアレとンフィーレア=バレアレ。

 

 数奇な人生を歩みながらも魔導国に多大な貢献をした少女エンリ=エモット。

 

 『リザードマンの英雄』と呼ばれるザリュース=シャシャ。

 

 『魔導国の大商人』の異名を持つバルド=ロフーレ。

 

 『鮮血帝』と恐れられたジルクニフ=ルーン=ファーロード=エル=二クス。

 

 

 

 他にも伝説となった者たちの顔があった。

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンは祝杯を挙げた際にこう語った。

 

 

 

 

「私一人ではこのような偉業は成し遂げることは叶わなかった」

(ご謙遜を・・父上)

 

 そんなはずはないと多くの者は思った。魔導王や彼の配下が纏うアイテムは全て超級のものであり、彼らが使用する魔法は全て超級のものである。一つ一つが神話を連想させるようなものばかりであったからだ、いや中には神話そのものを書き上げることが出来そうな武具やアイテムすらあった。

 

 

 

 

「私の部下である守護者たちやその下にいる者たちが頑張ってくれたからだ。そして守護者たちやその者たちに協力してくれた者たちの存在があったからこそ、魔導国の『今』がある。お前たちや魔導国の民に感謝しよう」

 

 そう言う魔導王はどこまでも謙虚であった。だが同時にそんな魔導王だからこそ大陸統一を果たすことが出来たのだと多くの者は思った。今までの『王』のイメージとは全く異なる存在、それこそがアインズ・ウール・ゴウンという王なのである。

 

 

 

「守護者たちは確かに多大な貢献をしてくれた。だが守護者だけではない。彼らと同等の働きをした者もいる」

 

やがて話題は魔導国で多大な功績を上げた者たちの話になった。

 

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン魔導国を語るに欠かせない人物がいるだろう?実はだな……その人物についての物語を出版しようと思ってな……」

 

 その言葉を聞いた者たちは思わす「もしや…」と漏らす。それが誰の事か察しがついたからだ。今はもう去ってしまいこの地にいない大英雄のことだ。

 

 

 

 

「『漆黒の英雄譚』の名前で出そうと思う」

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウンがそう言ったことで会場は大いに驚いた。出版するということは一体「誰の手」で書かれるのだろう?誰しもがそう思った。

 

 

 

 

 魔導王はその者の元にまで歩み寄ると肩を叩いた。

(えっ……父上!?)

 

 

 

 

「悪いが、これを『お前』の手で書いてほしい。頼めるか?『___________』!!」

 

 

 

 


 

 

 

 

魔導暦5年

 

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国

首都エ・ランテル

 

 

 魔導国の首都であるエ・ランテルは交易都市でもあり、大陸の中心でもある。そのため大陸で最新のものや情報を得るにはここにいることが必須である。そのため何か大きなイベントがある時も一番最初にここで行われるのである。「武術大会」や「魔術大会」から最新の「生活魔法」の発表などである。だからこそ利益を追い求める商人だけでなくあらゆる職につくものは誰もがここで商売をしたがる。

 

 エ・ランテルの中にはいくつかの種類の店がある。その中でも「本屋」がある。「本屋」と呼ばれるこの場所では生活に必要とされる雑学や神話や伝説といったおとぎ話が売られている。

 

 おとぎ話は主に三つだ。人類を救った『六大神』。力を背景に支配を繰り返した『八欲王』。魔神を討伐した『十三英雄』。本屋の中でも人気かつ有名なのはこの三つだ。だが現在本屋に行列が並んでいるのはいずれかの本を求められているからではない。

 

 本屋の前には国民の行列がある。はっきり言って並び過ぎており、今日は商人の馬車が他のルートを迂回せざるを得なかった程だ。この行列に何万人が並んでいるのか分からない。魔導国の人口は多く、その場にいる者だけで五万人は並んでいるだろう。その中には人間だけでなく森妖精(エルフ)蜥蜴人(リザードマン)山小人(ドワーフ)などもいる。その行列に並ぶ者が一人増えた。

 

 

 

 

「凄い行列だなぁ」最後尾に並ぶ少年はそう呟いた。

 

 少年の名前はコナー=ホープ。エ・ランテル出身でエ・ランテル育ちの人間の少年である。今年で10歳になった。

 

 

 

 

「凄いなぁ」

 

 コナーが行列に目を向ける。今回彼らが本屋で並んでいるのは自分と同じお目当ての本をあるからだとコナーは知っている。

 

(みんなの目的は間違いなく『アレ』だな。この行列だと……最低でも二時間は掛かるかな?まだまだ時間掛かるだろうし、待っている間これを読もう)

 

 そんなことを考えながらコナーはズボンのポケットから一冊の本を取り出した。表紙には「十三英雄物語(魔導国出版)」と書かれている。

 

 コナーは本を開いた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 コナーが三分の一ほど読み終えた頃、ようやく売り子の前に立つことが出来た。コナーはポケットに「十三英雄物語」を仕舞うと代わりに財布を取り出して自分の番を待った。

 

 

 

「お待たせしました」

 

 売り子の女性の声を聞いてコナーは頭の中で「そんなに待ってないよ」と思った。待っている間に自分の好きな物語の1つを読み返すことが出来たからだ。コナーは本を読むのが好きなため苦痛ではなかった。

 

 

 

「銀貨5枚です」

 

 コナーは父親からプレゼントされた------ずっと使い続けてボロボロになった------財布から銀貨を五枚取り出すと、売り子の前に置かれたテーブルにそれを置いた。先程までは気にしていなかったがよく見ると売り子の三人はエルフの女性たちであった。それを見てエルフは奴隷の証として耳の一部を切断されていた歴史があることを教科書で見たことを思い出した。だがそんな歴史が嘘だったこの様にエルフたちの耳は傷は無く綺麗であった。

 

 

 

「銀貨5枚をお預かり致します……こちらになります」

 

 そう言ってエルフの彼女から本を受け取る。ズッシリとした重さであり、まるでこの本の物語の内容の濃さを語っているようでコナーは思わず興奮しニヤリとした。

 

 コナーの表情を見てエルフの一人がクスリと笑う。コナーはそれに気づかなかった。それは嘲笑の類ではなく「この本の主人公は誰にも好かれているのだな」と微笑ましく思ったからだ。

 

 長蛇の列を抜けるまでコナーの表情が変わることはなかった。列から抜けるとコナーは自分が本を持っているかを確認した。確かに持っている。

 

 

 

「よし。買えた」

 

 本来なら金貨一枚の価格なのだが、初回販売限定価格ということで半額の銀貨五枚で購入できるようになっていた。過去のエ・ランテルでは高額の部類だが、現在では銀貨五枚というのは庶民の手にも届く値段だ。これも魔導国陛下の治世の賜物である。

 

 コナーが手首を動かして本を眺める。

 

 表紙や裏表紙、背表紙なども全て黒い本だ。表表紙と背表紙に書かれているタイトルと作者名を見る。

 

 表紙には「漆黒の英雄譚」と書かれている。作者名は……

 

(早く読みたい!)

 

 その気持ちに突き動かされてコナーは本を片手にしたまま走る。長蛇の列に見られるが気にしなかった。普段から走っているおかげか長時間走っても息切れ一つしない。

 

 コナーは家に向かって走っていった。

 

 



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第1章【流星の子】
流星の子


バハルス帝国とリ・エスティーゼ王国の境界線たる山脈であるアゼルリシア山脈。

 

その山脈の上には様々な植物が生えていた。近くに住む者たちの中には薬草採集の為に来るものが多く、その最大の理由としてほとんど誰にも邪魔されずに薬草を採集できるからである。

辺鄙なこんな場所には遠くからわざわざ薬草採集をする者がいないのは当然のことであった。

 

その薬草を採集するために地面に座っている女性がいた。

 

「随分暗くなったわね。早く帰らないと・・」

 

アゼリシア山脈の上で薬草採集に励むのはモーエ=プニット。アゼルリシア山脈の上にある村の女性であった。

 

今日は快晴で薬草採集の邪魔をするであろう動物たちの気配も無かったため、久しぶりに薬草採集に為にここに来たのだ。

 

「綺麗な夜空・・・」

 

夜空とそこに浮かぶ星のあまりの輝きにモーエは感動し、思わず立ち上がる。

 

「あっ!流れ星!」

 

モーエは流れ星を見る。

モーエのいる村では流れ星に願い事を祈ると叶うとされている。叶う理由や条件をモーエは知らなかった。恐らく村の人々も理由は知らないだろう。でも何故かは知らないが村人たちは『星』には大きな力が宿っているのだと考えていた。

 

「村に元気な子が生まれますように」

 

 

「私も早く子供が欲しいなぁ・・でも相手がなぁ・・」

 

モーエがそう呟く。

 

 

「んぎゃ」

 

 

「ん?」

 

モーエの耳に何か聞こえた。

 

(村で聞いたことがある。この声は多分・・赤ん坊の声?)

 

モーエが声の方向に目を向ける。

 

そこには布で包まれた赤ん坊がいた。

 

「捨て子?」

 

別に珍しい訳ではない。貴族という人種は自らの領地内であれば多少の粗相が許される。それも国家公認である。権力の味をしめた貴族はやりたい放題である。そのため王国では貴族が気に入った女を強引に妾にして子供を産ませることも珍しくない。反対に帝国では皇帝が「大粛清」と呼ばれる大多数の貴族の処刑や追放を行ったことで、生き残った貴族たちの大半は辛い生活を強いられる。どちらにしても口減らしのために子供を捨てることも多いと聞く。

 

 

モーエが赤ん坊を布ごと抱きかかえる。

 

「この子・・」

 

モーエは赤ん坊を見て気付く。その赤ん坊はこの辺りでは絶対に見ない容姿であったからだ。

 

(黒髪黒目・・・綺麗・・まるでこの夜空みたい。)

 

「うちに来る?」

 

自分でも不思議なものだとモーエは思った。

 

モーエが赤ん坊に人差し指を差し出す。

 

「おぎゃー!」

 

赤ん坊は人差し指を掴むと笑顔を向けた。

 

(案外流れ星が願いを叶えてくれたのかしら?)

 

「今日から私があなたのお母さんよ」

 

そう言うとモーエは赤ん坊を抱きかかえて村へと向かった。

 



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ギルメン村

ギルメン村。アゼリシア山脈の上にある村だ。人口は40人と小さな村だ。この小さな村ではほぼ毎日顔を合わせる為、村人全員が親戚のようなものだ。

 

「ただいま」

 

「おかえり。モーエ」

 

モーエの帰りを迎えてくれたのはモーエの良き友人である男性、タブラスであった。

 

「タブラスおじさん、来てたの?」

 

 

「?・・その赤ん坊はどうしたんだ」

 

タブラスはモーエの抱える赤ん坊を凝視する。凝視するタブラスに反して赤ん坊はタブラスを不思議そうに見つめている。

 

「薬草採集に行くとこの子がいたの。多分・・」

 

「・・成程な」

 

タブラスはモーエの表情や声色から全てを察した。

 

村で一番の知恵者の名前は伊達ではないのだ。

 

「事情は分かった。とりあえず君は休め。薬草採集で疲れたろ」

 

「ありがとう。タブラスおじさん」

 

そう言うとモーエは薬草の入った籠を床に置いた。

 

「帰りが遅いと思ったが・・成程・・随分遠くまで行ってたんだね」

 

「えぇ」

 

モーエは椅子に座る。

 

「タブラスおじさん。実は村一番の知恵者であるおじさんにお願いがあるの」

 

「ん?どうしたんだい。改まって・・」

 

「この子をギルメン村の皆に紹介したいと思う」

 

「いいね。村の皆も歓迎してくれるよ。41人目の村人だって喜んでくれるだろうね」

 

「それとは別なんだけど所でこの子の名前をどうしようかなと・・」

 

「それはこの子を拾った君が・・親である君が考えることだよ」

 

「それはそうなんだけど・・」

 

(・・成程・・そういうことか)

 

「あぁ。そうか君は未婚者だったね。赤ん坊を育てるのが不安なのかい?」

 

「えぇ」

 

「ふむ・・ならばこの子はどうするんだい?」

 

「絶対に育てる!」

 

「決意は固いようだね・・」

 

「この子を拾った時に決めたの。絶対にこの子の笑顔を守るって!」

 

タブラスはモーエの瞳を見て親になる覚悟を感じ取る。

 

(あの目は母親の目だ・・彼女なら大丈夫だろう)

 

「・・年寄りから言えることは一つだけだよ。その子の名前にどういう願いを込めたいかだね」

 

「願い?」

 

「あぁ。願いとは・・・その子にどうなって欲しいかだよ。健康になってほしいとか、多くの友人に恵まれるようにだとか、ある偉人と同じような人生を歩んでほしい、そういったことだね。」

 

「私がこの子の名前に込める願い・・」

 

「ゆっくり考えてもいいんじゃないかな?」

 

「分かった。ありがとう。タブラスおじさん」

 

「どいたしまして」

 

タブラスがモーエの家を後にする。

 

「・・・あなたはどんな名前が良い?」

 

モーエが赤ん坊に問いかける。赤ん坊は意味が分かったのか分からなかったのか笑っている。

 

「よく笑う息子だなぁ・・」

 

 

 

 



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あなたの名前

「むぅー。名前を考えるのはとても難しい」

 

モーエはとても悩んでいた。

 

「?」

 

腕の中にいる赤ん坊が不思議そうな顔で見つめる。

 

「むぅ。そんな不思議そうな目でお母さんを見ないで」

 

「?」

 

(そんな顔されたらいたたまれないじゃない)

 

「こうなったら・・スザァークおじさんに聞いてみよう」

 

スザァークとはギルメン村の最年長者で長老的存在である。

 

 

 

―――

 

 

 

自分の家から出たモーエはスザァークの家に向かって歩く。

 

ギルメン村は中央に村の指導者の家があり、その周りを囲うように他の家が並び立つ。

 

家同士は5メートルずつ離れている。近くも遠くもないこの距離のおかげで狼のモンスターに襲撃された際も声を掛け合える位置にいたおかげで助かったのだ。

 

元々ギルメン村のこの家の配置を提案したのもスザァークである。

 

村一番の知恵者はタブラスであるが、幅広い知識という意味ではスザァークに勝る者はこの村にはいない。

 

「スザァークおじさん!」

 

モーエはスザァークの家のドアを開ける。

 

「やぁ。モーエ。どうしたんだい?」

 

「実はですね・・・」

 

モーエは赤ん坊をここに連れてくるまでのいきさつを話した。

 

「なるほど・・それで今は赤ん坊の名前を何にするかで悩んでいると・・」

 

「えぇ」

 

「ふむ・・」

 

そう言うとスザァークは目を閉じた。

 

モーエはそれを見て口を閉ざした。

 

(スザァークおじさんが目を閉じている時は真剣に物事を考えている時・・いつもの癖ね。)

 

「・・・」

 

「その赤ん坊は男の子かい?それとも女の子かい?」

 

「男の子よ」

 

「男の子・・村の一員・・家族・・」

 

「・・・」

 

「その子は何と繋がっているんだい?」

 

「?・・繋がり?」

 

モーエは首をかしげた。

 

「あぁ。赤ん坊というのはへその緒を通じて母親と繋がっているものだ」

 

「・・・」

 

モーエは黙ってしまった。自分はこの子と何の繋がりがあるというのだ。

 

「そう怖い顔をしないでくれ。モーエ。君がこの子の母親であろうとするならこの子もまた君の息子でいようとするだろう。だからこの子と君の・・親子の繋がりは気にする必要はないだろう」

 

「そうね」

 

「・・話が逸れたな。私がこの子を見て思ったのは・・この子は私の顔を見ても特に変化していないだろう?」

 

「確かに・・」

 

スザァークはこの村の中でも飛びぬけて特殊な容姿をしている。それこそ異形な・・

 

「きっとこの子は容姿で差別をしない良い子に育つのだろうな」

 

「えぇ。きっとそうなるわ」

 

「この子は何が好きで何が嫌いなのだろうな?何に対して憧れるのだろうな?

 

私は今こうしてモーエと話している。これも『繋がり』だ。君がこの子を拾ったのも『繋がり』だ。

 

世界は『繋がり』で満ちている。それゆえ私はこの子がどのように生き、どんな『繋がり』を持つかを考えたのだ」

 

「・・私はこの子には強く生きてほしい。健康で病に侵されず、どんな逆境にも負けない子供に育ってほしい!」

 

「良い願いだね」

 

「そして『繋がり』と『強さ』を大事にするそんな大人になってほしい。十三英雄のリーダーみたいな人物に。だから・・・

 

誰であろうと仲良くなり、誰よりも強くなれる・・

 

例え・・モンスターであろうと仲良くなり、モンスターを超える強さを持つ。

 

この子の名前は『モモン』!」

 

「良い名前だ」

 

「よろしくね。モモン!」

 

モーエがそう言うとモモンは言葉を理解していたのか微笑んだ。

 

 

 

 

 



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41人目

拾った赤ん坊にモモンと名付けた。

 

「後はこの子の存在をギルメン村の皆に教えとかないといけないね」

 

「えぇ。スザァークおじさんの言う通りね」

 

「今日は村のみんなで行う話し合いがある。せっかくだ。この機会にみんなにモモンを紹介しないか?」

 

「そうね」

 

「私とタブラスで皆を呼んでこよう。それまで君は少し休むといい。少し疲れてるだろう?」

 

「・・・」

 

モーエが腕の中のモモンを見る。モモンは眠っているのだろう寝息を立てている。

 

「いや・・みんなに紹介するまでは・・」

 

「モーエ。君がモモンを心配する気持ちは分かる。村のみんなに認められてこの子の安全が保障されるまでは気が休まらないのだろう。だけどね、モーエ。この子にとって母親は間違いなく君だよ。そんな君が倒れちゃならないよ。だから君はモモンの為に休みなさい。休むことも子育てには必要だよ。」

 

「分かった。少し休むわ」

 

「椅子に座るといい。私はみんなを集めてくるよ」

 

「ありがとう。スザァークおじさん」

 

スザァークが出ていくのを見てモーエは瞼を閉じた。

 

 

 

_____________________________________________________________

 

ギルメン村の中心にある建物、スザァークの家の前で村人たちは座り込んでいた。立っているのはスザァーク、タブラス、モーエの三人だけだった。

 

 

「えー。みんなに話さなければならないことがある」

 

スザァークが口を開く。

 

「?」ギルメン村のみんなが首をかしげる。

 

「モーエ。」

 

「はい。」

 

モーエが村人の前に立つ。

 

「実は・・私は薬草採集の時にこの子を拾ったの。私はこの子にモモンと名付けたの」

 

「みんなにはこの子がここで暮らすことを許してほしい」

 

「この子が村に暮らすのに反対の者は立て。賛成ならば手を挙げてほしい」

 

全員が手を挙げる。

 

「ありがとう。みんな」モーエが話す。

 

「ではギルメン村のみんな」

 

タブラスが水瓶を置く。スザァークが器を一人一人に渡していく。

みなが水瓶にある水を器に入れていく。

 

「ギルメン村の41人目の住人。モモンに祝福を!」

 

村のみんなが器に指をつける。指についた水を飛ばす。それを三回繰り返す。

 

「天と地、そしてこの出会いに感謝を」

 

こうしてモモンはギルメン村の41人目の住人として認められた。

 

 

黒髪黒目の男児モモン。流れ星が降る夜空に現れたこの男児はやがてギルメン村を旅立ち、やがて『漆黒の英雄』と呼ばれることとなる。

 

そして15年後・・・

 

 

 

 

 



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少年モモン

ギルメン村

 

アゼリシア山脈の上に位置するこの村の住人にとって朝は早い。

 

その村の家の一つで黒髪黒目の少年がいた。年相応の元気さと幼さを感じさせる。少年の身体は狩りや農作業で鍛えられ引き締まっており、貴族などが食事制限をすることで作る人工的な肉体とは異なり、狩りや山の気候などと格闘することで得られた真に強い肉体である。

 

窓から差し込む朝日を浴びて少年は今日初めて目を覚ます。

 

「おはよう。母さん」

 

モモンは『母』であるモーエに挨拶する。

 

「おはよう。モモン」

 

「良い匂いがするね。今日は何を作っているの?」

 

そう言ってモモンはモーエが何を作っているかを背後から覗き込む。

 

「今日はあなたの好きなシチューよ」

 

そう言ってモーエは皿にスープを入れるとモモンに手渡す。

 

「ありがとう」

 

「さぁ。座りましょう」

 

モーエも自身の為に入れたスープの入った器をテーブルに乗せる。

 

モモンとモーエは両手を胸の前で合わせて目を瞑る。

 

「「いただきます」」

 

ギルメン村では『命に感謝する』風習がある。村人たちが自身の生とその為に必要な食事に使われている植物や動物に感謝するのだ。両手を合わせるのは『命』に感謝を捧げる為である。

 

 

「3日前にあなたたちが狩ってくれた鷹の肉がまだあったから入れてみたの」

 

「あぁ・・あの時はね・・」

 

モモンとモーエは会話を楽しみながらシチューを食べる。

 

「ご馳走様でした」再び両手を胸の前に合わせて目を瞑る。

 

「はい。これ。」そう言ってモーエがモモンに渡したのは剣であった。剣は安全の為に鞘に納められている。

 

「ありがとう。母さん」モモンは剣を受け取ると腰のベルトの左側に差し込む。

 

「行ってらっしゃい!」

 

「行ってきます!」

 

モモンは自宅を後にした。

 

モモン、15歳。

彼の旅はここから始まる。

 

_____________________________________________

 

家から出たモモンは思わず目を細める。

 

「眩しいな」

 

ギルメン村はアゼリシア山脈の上に位置する為、平地とは異なり日差しがかなり厳しい。

 

「おーい!モモン!」

 

家から出たばかりのモモンに声を掛けた男がいた。男は肩に弓を掛けている。

 

「どうした?チーノ」

 

「水浴びを見に行こうぜ」

 

この男はチーノ。モモンより歳が一つ若い。モモンの『親友』であり『弟』の様な存在であった。

 

「やめとけよ。昨日もマイコの水浴びを見て追いかけられていただろう?」

 

「分かっていないなぁ。モモンは。マイコさんって胸が大きいじゃん」

 

「・・それと覗きにどう関係があるんだ?」

 

モモンの問いかけにチーノはため息を一つ吐くと自身の胸の前に拳を出す。

 

「大きい胸に詰まっているのは夢と希望。そこにあるのは男のロマン!だから全ては許される。何故ならエロは正義でこの世の唯一の真実だからだ!俺はエロの為なら死んでもいい。」

 

「ほう・・」

 

モモンは心底あきれた。

 

「なっ!だから覗きに行こう。なっ!」

 

「断る」

 

「なっ、正気か?」

 

「そんなに水浴びを見たいのならチャガのを覗けばいいだろう?」

 

チャガとはチーノの姉だ。怒ると凄く怖い。

 

「駄目だ!姉ちゃんの水浴びなんか見たくないし、もし万が一見てしまったら死ぬまで殴られ続ける」

 

「それが怖いなら水浴びを除くのはやめとけ」

 

「ぐっ。しかし、大きな胸が・・エロが俺を待っているんだ!」

 

「黙れ弟」

 

低い重圧を感じさせる声が二人の耳に入る。

 

「げっ!姉ちゃん」

 

チャガ。この女はモモンの『姉』の様な存在であった。軽装で皮手袋をしており、彼女の戦闘スタイルに適した装備である。

 

「おはよう。チャガ。またチーノが水浴びを覗こうとしていたぞ」

 

「おはよう。モモン。こいつまたか。そろそろ崖から落とした方がいいんじゃないかな?」

 

「ちょ!姉ちゃん。それは流石に死ぬって」

 

「あっ!?エロの為なら死んでもいいんだろ?じゃあ私の手で死ね!」

 

「ちょ!姉ちゃん。怖いって。モモン助けて」

 

「チーノ。お前は良いやつだったよ」

 

モモンは遠い目をして空をみつめる。

 

「それ冗談になってないって!!?」

 

「朝から元気だな。お前ら」

 

「「「おはよう。ウルベル」」」

 

モモンたち三人がウルベルに挨拶する。

 

「おはよう。モモン。チャガ」

 

「俺のこと無視!?」

 

「おはよう。チーノ。朝から覗きを計画する奴が悪い」

 

「だったらウルベルは大きい胸があったら覗かないのか?」

 

「・・覗くだろうな」

 

「よし。だったら!」

 

「チーノ。水浴びを覗こう。誰のを見ようか。」

 

そう言ってウルベルはチーノと肩を組む。

 

「おっ!流石はウルベル。話が分かる」

 

「チャガのを覗こう」

 

「うんうん。やっぱりマイコさんだよな・・ってアレ?」

 

「ふふふ、今日こそはみっちり教育してやるぞ。弟よ」

 

チャガが拳を鳴らしている。それを見たチーノは確信した。自分はウルベルにハメられたのだと。

 

「ウルベルっ!この人でなし!」

 

「人じゃないからな。問題ない」

 

そう言ってチーノ以外の三人が笑った。

 

ウルベル。この男はモモンの『悪友』であり『兄』の様な存在であった。ウルベルも軽装だがチャガの戦闘スタイルとは異なるので意味合いが違う。彼が着ている赤い花の刺繍がある黒いローブを着込んでいる。本人曰く、『これが良い』だそうだ。

 

「後はアケミラだな」

 

「アケミラは朝弱いからな」

 

「俺なんかは朝強いぜ。特に身体の一部が・・」

 

「黙れ弟」

 

「じゃあみんなでアケミラを起こしに行くか」

 

そう言って四人がアケミラの家に向かおうとするとどこからか足音が聞こえた。

 

「あっ・・アケミラだ」

 

四人が見つめる方向には大事そうに杖を抱えながら走る森妖精(エルフ)の少女がいた。

 

「みんなおはよう」

 

「「「「おはよう。アケミラ」」」」

 

挨拶を終えるとアケミラは走ったせいなのか息を整える。そしてチーノの目前まで迫る。

 

「チーノ!お姉ちゃんにあまり迷惑かけないでよね」

 

「何のことかな?ピュー」

 

チーノが誤魔化すために口笛を吹く。動揺しているせいか口笛ではなくただ息を吐いているだけにしか聞こえない。そのせいかより一層白々しい演技が目立つ。

 

「誤魔化さないで。お姉ちゃんの水浴びを覗いたでしょ」

 

アケミラがチーノが凝視する。それに耐えれなかったのかチーノが目を逸らす。

 

「悪かったって。マイコを覗いたことは謝るよ」

 

「分かった。次に覗いたら本気で怒るからね」

 

「でも仕方が無いじゃん。そこに大きな胸があるんだから・・」ボソッ

 

「何か言った?」

 

「いえ何も」

 

アケミラ。この女はモモンの『妹』の様な存在であった。普段は大人しいが姉のマイコが関わると少しばかり人が変わる。それだけ姉思いなのだろう。

 

モモンがゴホンと咳をする。それを合図に全員がモモンに視線を向ける。

 

「よしみんな揃ったな。じゃあ狩りに行こうか」

 

 

 

 

 



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五人の狩人

アゼリシア山脈 ギルメン村の狩場

 

 

モモン達は三十分程歩いた。

 

ギルメン村から遠く離れたその場所に彼らの狩場はあった。

木はほとんど生えていないため隠れる場所はなく、地面は凹凸があり注意して歩かなければすぐに転倒する。

天気は快晴で風はほとんど吹いていない。そのため

 

「今日は絶好の狩り日和だな」

 

モモンが口を開く。

 

「確かに。これだけ見晴らしが良ければ獲物を見逃すことはないだろう」

 

「この前みたいに鷹を狩りたいな。」チーノが弓を射るポーズを取りながら言う。

 

「弟、だからアレは偶然だって」

 

「チーノは目だけは良いもんね」

 

「ちょ、アケミラ!それどういう意味!?」

 

「言葉通りよ。チーノ」

 

一同が笑う。

 

「ところでモモン」ウルベルが口を開く。

 

「どうした?」

 

「そもそも鷹の肉はまだ残ってるんじゃないか?この前はチーノが4羽も狩ったんだぞ」

 

チーノの問いかけにモモンが答える。

 

「確かに残ってはいる。だがもうすぐ冬が来るだろう?」

 

「確かに・・鷹の干し肉だけじゃあ、冬を過ごすのは厳しいか・・」

 

「だったら大きい奴を狩るのはどう?」提案したのはチャガだ。

 

「私も賛成かな」アケミラが小さく手を挙げる。

 

「となると・・ブラッディベアか?」ウルベルが言う。

 

 

ブラッディベア・・アゼリシア山脈に生息し、洞窟などを拠点に活動する危険な熊だ。

獰猛な性格で獲物の匂いを発見次第追いかけてきて襲い掛かる習性がある。

体長は3メートルもあり、首や手足は太い。牙と爪は非常に鋭く少し太い木程度であれば一撃でへし折る程である。

だが最も恐ろしいのは牙や爪ではなく足であり、アゼリシア山脈の険しい山道でも活動できるように進化したその足は一度地面を踏み込むだけで5メートルもある距離を一気に詰めて獲物の手足を爪で引き裂き、牙で首を食い千切る。そして接近し背後に立とうとするものなら足で蹴飛ばされる。全身が獲物の血液で赤く染まることから『ブラッディベア』と呼ばれている。

非常に危険な生物である。

ちなみにタブラスおじさんの情報である。

 

 

「おっ!いいね。ブラッディベア、あいつの肉は美味そうだ!」チーノが言う。

 

「ブラッディベアは危険な生物だ。狩猟成功のメリットは大量の熊肉などが持って帰れる点。デメリットは俺たち全員死ぬ可能性すらある点」ウルベルがみんなに分かりやすく話してくれる。

 

「じゃあでいつもので決めよう。ブラッディベアを狩るのに賛成の人は挙手を」

 

モモン、ウルベル、チーノ、チャガ、アケミラの5人だけでなくギルメン村の村人は何事にも『多数決』を重んじる。その際のルールは主に3つ。

『多数決を口に出す者はその場の全員が話を理解しているかどうか確認すること』

『多数決では多さが絶対で万が一数が同じ場合は話し合い、再び多数決を行う』

『多数決を取って決定してから文句や反対意見を言わずそれに従うこと』

この3つである。

 

 

「弟に熊肉食わせなきゃ煩そうだからね」チャガが挙手する。

 

「熊肉取って、女の子にモテるんだ!」チーノが挙手する。

 

「村の皆の為にも栄養のあるもの食べてほしいもんね」アケミラが挙手する。

 

「大きな獲物を狩るのは男のロマンだな」ウルベルが挙手する。

 

「決まりだな。行こう!」モモンが拳を作り手を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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狩猟作戦

「どうだ?見えたか?」

 

モモンたちは上を見ながら声に出した。上を見ているのはモモン、ウルベル、チャガ、アケミラの四人であった。それもそのはず現在チーノは数少ない木に登り、その頂上から周囲を見渡しているのだ。四人は周囲を警戒しつつも上を見ている。

 

「南と西にはいない。東にもいないか・・」

 

チーノが残る方角を見る。

 

「いたぞ。北の方角、200メートル先に大きな動物の足跡だ。あれがブラッディベアなんじゃないか?」

 

「何故分かる?」

 

「この距離からでもはっきり見える。多分かなり大きな動物が通った跡だろう。」

 

「分かった。では降りてきて案内を頼む」

 

「了解!」

 

チーノは木から降りていく。

 

「さっさと降りてこい。弟」チャガが急かす。

 

「分かったよ。姉ちゃん」そう言ってチーノは急ぎ降りる。

 

(こういう時、誰よりもチーノを心配しているのはチャガなんだよな。口では急かしているけど、チーノが落ちた時助ける為だろう先程よりも木に近づいている)

 

まぁ・・本人に言えば照れ隠しで殴られるから言わないでおこう。

そうチャガとチーノを除く三人は思った。

____________________________________________________

 

 

「そろそろ足跡が見えた場所だよ」チーノが先導する。一同がそれに従いついていく。

 

「そろそろブラッディベアをどうするか決めとこう」モモンが口を開く。

 

「まずはブラッディベアを抑える役だ」

 

「それは私がやるよ。こんなこともあろうかと・・」チャガが挙手すると背中に背負っていたそれをモモンたちに見せる。

 

「盾?いつの間に・・」

 

チャガが背負っていたその盾はラージシールドと呼ばれる大きな盾だろう。その盾は全体が白く、アゼリシア山脈の石を加工して作られたのだろうと推測できる。

 

「昨日、アマノおじさんに作ってもらったの。少し重たいけどね」

 

アマノおじさんは素材があれば武具や農具の制作をしてくれる職人だ。

 

 

ここでギルメン村について一つだけ語っておくと、

ギルメン村も元々は開拓されておらず多くの者が苦労をかけて開拓された。最初に開拓したのは『開拓』を提案し行動したリーダーとその友人5人。開拓の為に必要なものを集める際に出会った社会的立場が弱かった3人を加えて『最初の九人』と呼ばれる。

アマノは『最初の九人』の一人でありギルメン村に長く住んでいる。それだけにアゼリシア山脈でどのような素材があるかどんな風に作れるかを熟知している。このチャガの盾はそんな集大成なのだろう。

 

 

「・・アマノさんの作った盾か。良い盾だな」

 

「モモンの剣も良い剣よ」

 

アマノおじさんが作った武器はモモンの剣やチャガの盾、その他多くある。というよりギルメン村に住む皆の持つ武具や農具の大半はアマノさんが作っている程だ。『最初の九人』は伊達ではない。

 

(アマノさんが作るものに間違いはない。だけど、その盾がどれほど頑丈なのかこの場の全員が知っておいた方がいいだろう)

 

「試しにタックルしてみていいか?」モモンはチャガとの間に距離を置く。距離は3メートル程だ。

 

「どうぞ」チャガが盾を地面に突き刺して構える。

 

「行くぞ」モモンが盾に向かって全力で走る。そして盾に向かってタックルする。

 

モモンと盾が衝突し大きな音が響く。

 

「うおっ!!?」思わず声を出してしまったのはモモンの方だった。

 

「本当に凄いわね。この盾。モモンがタックルしてもビクともしない」

 

「確かにその盾ならブラッディベアの攻撃も防げるな。」腕を出しての打撃、そこからの爪による引っ掻き、全身による打撃、牙による噛みつき、それらを全て防げるだろう。

 

「ではチャガには抑える役を頼む」

 

「分かった」

 

(チャガが抑える役か・・やっぱりチーノに危険な役割を任せたくないという姉としての優しさなんだろうな)

 

「ウルベルは火の魔法による中距離攻撃を、チーノには弓による遠距離攻撃を頼む」

 

「了解した。ふっ、俺の火で熊を消し炭にしてやるよ」そう言ってウルベルは左手で右手首を抑えながら不敵な表情を見せている。

 

「おーけー。遠距離は任せろ」チーノが弓を肩から外しながら言う。随分とリラックスした表情なのが少し気になった。

 

(そういう心構えなのは分かるんだが、ウルベル・・消し炭にしてしまったら食料が無くなるだろ。本当に消し炭にしないか少し心配だな。チーノ・・少しは緊張感を持ってくれよ。ま・・そこがチーノの良い所なんだが・・)

 

「俺が近距離でブラッディベアを攻撃する。アケミラにはブラッディベアの足止めと全体の支援を頼む」

 

「分かったわ」

 

「おい、足跡が見えたぞ」チーノのその一言で全員の顔が一瞬にして真剣な顔つきに変わる。

 

「よし。みんな!構えろ!」

 

 

 



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狩猟作戦実行

「大きな足跡だな」

 

大きな足跡にまで到着した一同は武器を構えながら話す。

 

「確かに。これはブラッディベアの足跡で間違いないな」

 

「どれどれ・・」チーノが屈み足跡に触れる。

 

「弟。どう?」チャガが聞く。

 

「まだ微かに温かい。通ったのは10分前って所かな・・」

 

チーノはそこから足跡に顔を近づける。

 

「どうだ?チーノ」今度はウルベルが聞いた。

 

「匂いはほとんどしない。汗や涎は落ちていないということは多分目覚めたばっかりなんじゃないかな」チーノ。

 

「となると腹を空かせているだろうから・・気性は荒くなってるのか」ウルベル。

 

「危険だけど・・裏を返せば罠にかかりやすいということね」アケミラ。

 

「寝て起きたばっかならこの周囲にそいつの拠点があるはずだ。もう一度ここを通る可能性は高いだろう。ここに罠を仕掛けよう」

 

モモンたちは足跡付近に罠を仕掛ける。

その作業はすぐに終わった。

 

「罠は仕掛けた。後は待とう。俺とウルベルはあっちの岩陰に。チャガとチーノとアケミラはあっちの岩陰に隠れてくれ。ブラッディベアが来たらチーノが先制攻撃してチャガがブラッディベアの攻撃を盾で防いでくれ。もしチーノ側が気付かれたらウルベルが魔法で先制攻撃を頼む。こちら側が気付かれた場合はチーノが先制攻撃をしてくれ。もし万が一誰かが死亡したり重傷を負った場合は即座に撤退を」

 

「「「「分かった」」」」

 

「それではみんな幸運を」

 

 

_______________________________________________

 

 

「なぁ・・モモン。少し話さないか?」

 

「まだ時間はあるだろうし良いぞ」

 

「俺たちもうすぐ15歳で成人だよな?」

 

「それがどうかしたのか?」

 

「いや・・そろそろ嫁さんを決めないとな。」

 

「・・珍しいな。チーノはともかくウルベルがそういうことを言うのは」

 

普段チーノは誰を嫁にするかと大声で話すような男だ。悪い奴ではないのは知られているがそれ以上に煩悩にまみれた男だと知られているからか女はチーノにあまり近寄りたがらない。

 

(恐らくチャガがチーノに何かある度に注意しているのもチーノの為なんだろうなぁ)

 

「いや俺だって男だ。嫁さんが欲しいよ。モモンはどうだ?」

 

「いや俺はまだあまり興味が無いかな・・」

 

「勿体ないな。お前なら嫁さん選びたい放題だろう?」

 

「そんなことないとは思うけど・・」

 

「そうか・・これは俺の口からあまり言うことではなかったか」

 

どこかウルベルは呆れたような表情を見せる。

 

「モモン、お前これからどうするつもりだ?」

 

「考えたことなかったな」

 

「そうか・・・俺はさ、成人したら冒険者になろうと思っている」

 

「えっ・・」

 

「まぁ、そんな驚くな。いずれ旅に出るってだけだ」

 

「いつ?」

 

「もう少ししたら行こうと思っている」

 

ウルベルがいなくなる。そんなこと考えたこともなかった。

 

「どうしても行くのか?」

 

「あぁ」

 

「寂しくなるな・・・」

 

「寂しくならない方法があるぞ」

 

「?」

 

「みんなが十五歳になったらさ、この5人で冒険者になって旅をしないか?」

 

「『十三英雄』みたいにか?」

 

ウルベルが十三英雄に憧れているのは知っている。

というより俺たち五人は『十三英雄』に憧れている。

 

母さんがよく話してくれた。周辺諸国では四大神を信仰しているけれどもとある宗教国家では『生』と『死』の神を加えて六大神が信仰されているとか、十三英雄は明らかに人間以外の種族が極端に出なくなっているとか。それが大人の事情だとか。

 

俺は一番『十三英雄』のリーダーが好きだ。人類を救ったとされる『六大神』や大陸を好き勝手に生きて殺しあった『八欲王』よりも、あらゆる種族と仲良く繋がり最初は弱くても最後には誰よりも強くなった『十三英雄』のリーダー。母さんが俺にモモンとつけてくれたきっかけ。『強さ』と『繋がり』の象徴。真の英雄にふさわしい人物。俺の憧れている人物だ。

 

 

「俺たちならなれるって。だからみんなで行こう」

 

そう言ってウルベルが手を伸ばしてくれた。

 

「俺は・・」

 

俺はどうすればいい?

俺はここにいる五人も好きだ。ギルメン村のみんなも好きだ。

俺は・・

 

瞬間、僅かに弓が引かれる音がした。

チーノが弓を引いたのだろう。

ということはブラッディベアが現れたのだろう。

 

俺はウルベルを見る。ウルベルは既に臨戦態勢に入っている。

俺は大声で叫び、岩陰から出て剣を抜いた。

 

「戦闘開始だ!!」

 

_____________________________________________

 

 

全員が岩陰から出てきて見たのは大きな熊だった。

立っているからだろうかモモンたちの身長の倍以上はあるだろう。

岩よりも硬質そうな胴体。鋼の剣よりも鋭いであろう爪と牙。

強烈な殺気を放つのはその瞳であった。

 

間違いない!ブラッディベアだ!

 

目の前に移るものを全て獲物だと認識しているのだろう。その瞳は冷たいように見えるが実際は生き残るために必要最低限な感覚しか持ち合わせていないようにも見える。

だが二つあるはずの一つは矢が刺さっており、目からは鮮血が溢れている。そのせいかその目を見て身体がすくまずに済んだ。

 

(チーノには感謝しかないな)

 

ブラッディベアが左腕を上げる。

 

「チャガ!」

 

チャガが熊の前に出て盾を地面に突き刺す。

 

「みんな!私の後ろに!」

 

盾を構えたチャガの後ろに前からモモン、ウルベル、アケミラ、チーノの順番に並ぶ。

 

「グォーン!!」

 

ブラッディベアの左腕がチャガの盾に振り下ろされる。

 

「くっ!」あまりの衝撃に盾を構えていたチャガごと吹き飛ばされそうになるが何とか耐えた。

 

「ウルベル!」

 

ウルベルの両手から炎が飛び出す。

 

「!」

 

ウルベルの両手から吹き出た炎がブラッディベアの上半身を焼く。

 

「ギィーン!!」

 

ブラッディベアの上半身が炎により燃えていく。だが・・

 

「くそ!身体についた血のせいで大してダメージを与えれていない」

 

ブラッディの全身に染み付いた血によって炎では大してダメージを与えられないようだ。

 

「次の攻撃が来るぞ!アケミラ!」

 

盾強化(リーインフォース・シールド)

 

アケミラが唱えた魔法がチャガの盾に込められる。

 

ブラッディベアの攻撃が盾に当たる。先ほどまでの衝撃は無い。

 

「ありがとね。アケミラ」

 

「サポートは任せて」

 

「チーノ!」

 

「了解!」

 

チーノが矢を放つ。その矢はブラッディベアの顔に目掛けて飛んでいく。

 

「ギャギャ!?」

 

ブラッディベアは顔を横にして矢をかわす。そしてそのまま地面に倒れる。

 

「!?倒れた?」

 

よく見るとブラッディベアは両腕を地面に突き刺していた。

 

「アケミラ!」

 

氷冷(アイシング)

 

アケミラの杖から氷魔法が吹き出る。それはブラッディベアの下半身を凍らせる。

血に染まっていたからだろう。身体が濡れていたため冷気によるダメージは大きいようだ。

 

ブラッディベアは両腕を突き刺したまま下半身を振り回して、チャガの盾に蹴りを行う。

 

「効かないよ」

 

チャガは攻撃を防ぐ。

 

「グォーン!」

 

ブラッディベアが凍り付いた足で蹴りを行ったせいか怪我をしたのだろう。

 

モモンたちに対して背中を見せて走り出す。

 

「逃がすか!」

 

チーノが矢を放つ。

 

「ギャン!」

 

ブラッディベアの背中に矢が刺さる。

 

ブラッディベアは背後にいるチーノに向かって腕を振るう。そこにあった岩が砕けてチーノ目掛けて飛んでくる。大きな岩だ。人間の頭部ぐらいの岩の塊であった。直撃すれば大怪我だろう。

 

「危ねぇ!」ウルベルが身を挺してチーノの前に出る。ウルベルの腹部に岩が直撃する。

 

「がぁっ!」直撃の瞬間、ウルベルの口から血が飛び出る。

 

「我が怒りと痛みをその身に受けよ!火炎(ファイア)!」

 

ウルベルが唱えた炎がブラッディベアの下半身を焼いていく。

 

「ギャァァァァン!!」

 

「ウルベル、大丈夫か?」チーノが問う。

 

「心配ない。」

 

ブラッディベアがこちらを振り向き、走るような構えを見せた。

 

「来るか!」

 

ブラッディベアがモモンたちに向かって真っすぐに跳躍した。

 

モモンも前に出る。

 

(彼らを攻撃させるわけにはいかない!)

 

モモンはブラッディベアに向かって走る。

 

ブラッディベアが両腕を突き出し、そこには鋭い爪が出ている。口は大きく開けており、そこにはかみ殺す本能が見て取れた。

 

接近するモモンとブラッディベア。

 

ブラッディベアの二つの爪がモモンに襲い掛かる。モモンはそれ自身の身体ごと剣を振り回して弾いた。残るは頭部だけ。モモンは回転した勢いのまま剣でブラッディベアの首を切り落とした。

 

ドン!

 

大きな落下音がした。一つはモモンが倒れた音。もう一つはブラッディベアの首と身体が落ちた音だった。

 

それを見た四人は倒れたモモンに駆け寄る。

 

「やったな。今日は大物だな」ウルベル。

 

「ふー。アレ何食分あるかな?」チーノ。

 

「お前の分は無いぞ。弟」チャガ。

 

「みんなに分けるから一人当たり・・」アケミラ。

 

「みんな。お疲れ。これで狩りは終わりだな」

 

こうしてモモンたちの狩りは終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)

モモンたちはブラッディベアを解体し、持ち帰った。

 

「狩りより持って帰る方が大変じゃない?」

 

道中、チーノがそう発言していたがまさにその通りだった。

解体したとはいえ一人あたりの重量はとんでもなかったのだ。

 

無事ギルメン村に帰れたのだ。行きは30分に対して帰りは3時間も掛かったのだ。

ただでさえ歩きにくいアゼリシア山脈の上を、限界まで力を振り絞り歩いたのだ。

 

 

ギルメン村に帰るとモーエがいた。

 

「これは・・・」

 

「すごいじゃない!ブラッディベアって!今夜は宴ね!」

 

母さんの気分が高揚している。

 

「おーい。モーエ!モモンたちが帰ったぞ!」

 

「おかえり。みんな」

 

「「「「「ただいま。みんな」」」」」

 

 

_____________________________________________________

 

みんなと別れて自宅に戻る。

 

「お疲れ様。宴まで時間あるし眠ったらどう?」

 

「うん。ありがとう」

 

モモンは剣を置くのも靴を脱ぐのも忘れてベッドに飛び込む。

 

モモンはそのまま眠った。

 

 

・・・・・・・・・・

 

 

 

 

「モモン。起きろ」

 

「ん?」

 

モモンは目を覚ます。目を開けるとそこにはウルベルがいた。

 

「ウルベル?どうしたんだ?」

 

「寝ぼけているのか?宴だよ」

 

「そうだったな」

 

モモンはベッドから起き上がる。

よく見るとベッドの端の方に剣が置かれていた。

 

(母さんが眠っている間に外してくれたのか)

 

「おい。早く行くぞ」

 

「分かった」

 

 

モモンとウルベルが外に出ると既に夜になっていた。辺り一面が黒に染まっていた。

 

モモンは空を眺めた。ウルベルとの間に距離が空く。

 

「どうしたんだ?早く来いよ。俺たち主役がいなくちゃ始まらないだろう」

 

「なぁウルベル一つ聞いていいか?」

 

「どうしたんだ急に?」

 

「もし俺たちが冒険者になったとしたらこの村には2度と戻ってこないのか?」

 

少しの時間沈黙が流れた。

 

「そんな訳ないだろ。戻りたかったら戻ればいい。冒険者だろうが冒険者じゃなかろうが戻ってくればいいさ。ここは俺たちの村なんだからな」

 

「そうだな」

 

「元気出せよ。2度と会えない訳じゃないんだしな」

 

「あぁ。そうだな」

 

「よし。宴に行くぞ!ついてこいモモン!」

 

ウルベルに腕を掴まれてモモンは宴の場に走っていった。

 

 

______________________________________

 

「ふぅー」

 

宴は一言で言えば『最高』だった。

宴では肉が出てきたのだ。それもブラッディベアの肉だ。

歯ごたえがあって適度な油。はっきり言って美味しかった。

ウルベルが言ったように俺たちが主役というようなことはなかった。

 

(タブラスおじさん、まさかポーションについて延々と語りだすとは・・)

 

「モモンも大人に絡まれたの?」

 

アケミラとチーノとチャガがいた。

 

「うん。タブラスおじさんにね」

 

「私はお姉ちゃんに絡まれた。よく分からないけど最後は服脱ごうとしたし。大変だったよ」

 

「何で止めたんだ。せっかくのチャンスを」チーノが文句を言う。

 

「黙れ。お前みたいな男がいるから止めるんだ」チャガがチーノに拳骨を浴びせて言う。

 

「みんな楽しそうで何よりだ」

 

四人が談笑する。

 

「おっ、みんな楽しんでんな」

 

そう言ってウルベルが右手を挙げる。

 

「ウルベル、その左手に持ってるのは何だ?」

 

ウルベルの左手には見覚えのある容器とその中の液体を入れる為の器だった。

 

「うん?あぁ。これは『ただの水』だ」

 

「・・」

 

(・・・いやここからでも匂いがする。これは・・)

 

「いや、それはどう見てもさ・・痛っ!」チーノがその中身について言及しようとしたのをチャガの拳骨が止める。

 

「馬鹿弟。今日ぐらい良いじゃない。めでたい日なんだからさ」

 

「そうそう。今日ぐらい良いじゃない」

 

「なぁ。みんなに話しておきたいことがあるんだ」

 

「「「ん?」」」

 

(多分あのことだな・・)

 

「俺はもう少ししたらこの村を出て、冒険者になろうと思う」

 

「だったら俺もなるよ。女の子にモテモテだな」

 

「馬鹿弟、お前は現実を見ろ。ウルベル、どうしたの急に?」

 

「前から考えてはいたさ」

 

「十三英雄みたいになりたいってこと?」アケミラが問う。

 

「少し違うな。十三英雄みたいに旅をしたいんだ。色々なものと出会って色々なものを学びたい」

 

(旅か・・)

 

「だから俺はもう少ししたら冒険者になる。世界を旅したいんだ」

 

「・・・」

 

「俺もウルベルと一緒に行くよ。」手を挙げたのはチーノだった。

 

「チーノ!あんた・・」

 

「姉ちゃん。俺も旅をしたい。ウルベルとは全然違う理由だけど『花嫁探し』の旅をする。俺の理想とする女の子を嫁にして家族を築きたいんだ」

 

「チーノ・・はぁ」

 

チャガはため息を一つ吐くと手を挙げた。

 

「チーノが女の子に迷惑をかけないか見る役は必要でしょ?」

 

「素直じゃないな。素直に寂しいって言えばいいのに」

 

「黙れ。チーノ」

 

照れ隠しだろう。チャガのその言葉にはいつもとは異なっていた。

 

「私も行く」手を挙げたのはアケミラだった。

 

「もっと魔法を知りたい。この世界にどんな魔法があるか知りたいの」

 

本好きのアケミラらしい答えだった。

 

「最後になったけど、モモンは?」ウルベルが問う。

 

全員がモモンに視線を向ける。

 

「俺はみんなみたいに大した理由があるわけじゃない。でも・・みんなと旅が出来たらきっと楽しいと思う。だから・・」

 

モモンが手を挙げる。

 

「俺も冒険者になるよ」

 

「・・・みんなありがとう」

 

そう言ってウルベルは袋から何かを取り出した。

 

「それは?」

 

「こいつを入れるための器だ」

 

それは小さなスープ皿のようなものだった。

 

「スザァークおじさん曰く、こいつは『(さかずき)』って奴らしい」

 

「変わった形をしてるんだな。」みんながそう言っている間にウルベルは盃に『ただの水』を入れていく。

 

「よし。みんな盃を受けとってくれ」

 

盃に入った液体がゆらゆらと揺れてとても綺麗に思えた。ウルベルが口を開いた。

 

「知っていたか?スザァークおじさん曰く、盃を交わすと家族になれるらしい」

 

「かつて『最初の九人』がこの村を開拓する時に盃を交わしたのが始まりだったんだとか」

 

「まぁ。とにかく俺たち全員が冒険者になるからには決めないといけないことが二つある」

 

「何だ?」

 

「冒険者チームのリーダーと冒険者チームの名前だ。俺としてはリーダーは誰がなるべきかは決まっているがな」

 

「一人しかいないわね」アケミラがモモンを見る。

 

「えっ、俺?」何故かチーノが反応する。

 

「そんな訳ないでしょ。モモンよ」チャガが呆れた様子でチーノを見る。

 

「俺が?みんなはいいのか?」

 

「あぁ。お前しかいない」

 

「・・・分かった。俺がリーダーになるよ」

 

「よし。後はチームの名前だな」

 

「『十三英雄』にちなんで『五英雄』っていうのはどう?」

 

「シンプル過ぎない?少し言い方を変えて『五英傑』っていうにはどう?」

 

「リーダー、何か提案はない?」

 

「みんなが気に入るかは分からないけど、一つあるよ」

 

「言ってくれよ」

 

「ギルメン村には『玉蹴り』があるだろう?」

 

玉蹴り。それはギルメン村の中の遊びであり、二つの家の壁を使って玉を壁に当てると点数が入る。自身の領地と相手の領地があり、相手の領地の壁にボールを当てると『得点(ゴール)』。自身の領地の壁にボールを当ててしまうと『自殺点(オウンゴール)』となる。このゴールを点。オウンゴールを自殺点という。

 

「俺たちに手を出したら痛い目見るぞって意味で『五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』っていうにはどうだ?」

 

「いいな。それ。そうしよう」

 

こうして『五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』は結成され、そのリーダーにモモンはなった。

 

「俺たち『五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』を祝って、乾杯!」

 

五人が盃を交わした。全員が一口で飲み干した。

 

モモンは盃から口を離す。

 

夜空が見えた。そこに現れた銀色の斜線が見える。

 

 

 

「ずっとこんな日々が続きますように」

 

 

 

みんなが頷く。

 

そして宴が終わり、ギルメン村に夜明けがやってこようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

・・・・・

 

 

この時の私はまだ知らなかった。ずっとこんな日々が続くと信じて疑わなかった。この日常を守るには私はあまりに無力であると、私はすぐに知ることになる。

 

 



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別れ道

ウルベルは朝早く起きたためスザァークの家に向かっていた。

 

「早く返さないと・・」

 

昨日モモンたちと宴をした際の一連のものを返しにきたのだ。

 

「ん?あれは・・」

 

ウルベルがスザァークの家に向かおうとドアを開けようとしたその時だった。

 

(足音?こんな朝早くから?)

 

ウルベルはドアから離れてこっそりと窓から外を見る。

 

「あれは?」

 

ウルベルが見たのは20人もいる団体だった。

 

 

__________________________________________

 

コンコン

 

「ん?」

 

スザァークは目を覚ました。自身の家のドアをノックするものがいたからだ。

 

「はい。誰かな?」

 

スザァークがベッドを降りてドアに向かう。昨日飲みすぎたせいか少しばかり足元がふらつく。

 

(そういえば昨日、私の酒と盃が見当たらなかったがどこにいったんだろうか?)

 

そんなこと考えながらズザァークはドアを開けた。

 

「あなたがこの村の村長ですね?」

 

見覚えのない男たちが立っていた。その中でも先頭に立っていた男だ。金髪で整った顔立ちをした少年・・いや青年になったばかりだろう。その顔にはまだ幼さがあった。だがスザァークが最も気になったのは神官の様な恰好をしていたからだ。

 

「あなたは?」

 

スザァークは警戒する。神官の恰好をしてる男がいるのだ。恐らく『あの国』から来たものだと瞬時に推測できたからだ。

 

「あなた方は先程の指示通りに。私はこの方とお話しします」

 

そう言って男はスザァークの家に入りドアを閉めた。

 

「初めまして。私はスレイン法国の六色聖典(ろくしきせいてん)の一つ、陽光聖典(ようこうせいてん)の隊長クワイエッセ=クインティアと申します」

 

やはり・・そう心の中でつぶやき舌打ちする。間違っていてくれた方が良かった。そうであればまだ何か手があったかもしれなかったのだ。

 

「スレイン法国が何の用かな?」

 

スザァークが目の前にいる男を睨んだのも当然のことだ。スレイン法国は『人間至上主義(にんげんしじょうしゅぎ)』を掲げており、人間以外に対して非常に排他的だ。そんな国に属する者が来たということは警戒して当然だろう。

 

「そう睨まないで下さい。私は取引をしに来たのです」

 

「取引だと?」

 

「えぇ。私たちは『人間至上主義』を掲げています。なので人間以外は滅ぶべきだと考えています」

 

「随分はっきり言うのだな。つまり人間以外の種族を滅ぼしに来たのだと?」

 

「えぇ。そう言った方が信用してくれるでしょう。ですが私たちも悪魔ではない。そこで取引したいのです」

 

クワイエッセがわざとらしく咳をする。

 

「抵抗することなくその命を差し出して下さい。例外として子供ならば人間以外でも助けることを約束します」

 

「その言葉・・嘘偽りないな?」

 

「えぇ。我らが六大神に誓いましょう」

 

「・・・」

 

(これが事実ならモモン、ウルベル、チャガ、チーノ、アケミラの五人は助かる。そしてこの男が嘘を言っているようには思えない)

 

(『五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』っていうのはどうだ?)

 

スザァークは酒で酔っていた時のことを思い出す。宴の時にモモン、ウルベル、チャガ、チーノ、アケミラが冒険者になる話を思い出した。

 

(あの五人だけでも生きててくれるなら・・)

 

「分かった。村人を集めよう」

 

 

____________________________________________

 

 

村人全員がスザァークの家の前に武装して集まっていた。村人を囲うように変わった格好をしている者たちが立っている。

村人の前にスザァークと金髪の男がいた。

 

「全員に聞きたいことがある」

 

「何があったの?」聞いたのはモーエだった。隣にはモモンがいる。

 

「ここにいるスレイン法国から来たクワイエッセ=クインティア殿はギルメン村を滅ぼしに来た」

 

「なっ!?」村人全員がクワイエッセを睨む。

 

「待て!私の話を聞け!」

 

スザァークが村人を宥めた。ほんの少しだけ村人たちが落ち着く。

 

「だがここにいるクワイエッセ殿は無抵抗でいれば子供たちだけは助けると約束してくれた」

 

「!」

 

「だからここにいるみんなに問う。無抵抗で子供だけは助けるか。抵抗して全員死ぬか。多数決で決めよう。賛成のものは挙手を!」

 

「待ってくれ!みんな!」

 

「待ちなさい!モモン。」

 

「母さん!何で止めるんだ!」

 

「あなたたちは生きて」

 

その場にいる五人を除く村人が全員手を挙げた。

 

「モモン!ウルベル!チャガ!チーノ!アケミラ!お前たちは向こうに行ってろ!」

 

スザァークが叫ぶ。

 

「いいから早く行け!」

 

タブラスが叫ぶ。

 

「行きなさい!」

 

モーエが叫んだ。

 

モモン、ウルベル、チーノ、チャガが村人から離れる。

モモンはアケミラがマイコと話しているのが見えた。

 

「嫌だよ。お姉ちゃん」

 

アケミラの瞳には涙が溢れていた。

 

「行きなさい。アケミラ。あなたは生きて」

 

マイコは泣くのを我慢してアケミラの肩を掴んでいる。

 

モモンはアケミラの背後から肩を叩く。

 

「アケミラ・・行こう」

 

なおも行かないアケミラを見てモモンはアケミラの腕を掴んで強引に連れていく。

 

「止めて。離して。モモン。お姉ちゃん」

 

アケミラがマイコに向けて手を伸ばす。

 

「モモン・・妹を。アケミラをお願い」

 

「・・うん」モモンは一度だけマイコの方に顔を向けて言う。

 

モモンはアケミラを連れて村人から離れた位置に立った。モモンはアケミラから手を離した。

 

モモン、ウルベル、チャガ、チーノ、アケミラの五人の瞳には涙が溢れていた。

 

それを見たスザァークが口を開く。

 

「クワイエッセ殿。約束は守って下さい」

 

「・・えぇ。分かっています」

 

クワイエッセは手を挙げた。それが合図だったのかクワイエッセの部下たちが何かを唱える。

 

それを唱えた瞬間、地上から白い何かが召喚された。

 

「これは天使です。せめてあなた方の魂が天国に行けるように私なりの配慮です」

 

「・・・」

 

その気遣いに感謝する村人はいなかった。

 

「天使に命じよ。ここにいる村人を殺せ」

 

天使たちが手から炎で作ったような剣を取り出す。それを村人たちに振るったり突き刺したりした。

鮮血に身を染める天使。無抵抗で五人の無事を祈る村人。苦悶の表情を浮かべる村人。

モモンたちは涙を流しながらそれを見る。

 

「お姉ちゃん!」

 

アケミラが村人たちに駆け寄ろうとする。

 

「アケミラ!」

 

アケミラの腕をウルベルが掴んだ。

 

「行くな!マイコの最後の頼みを守れ」

 

アケミラが膝を地面につける。そして大声で泣き叫ぶ。

村中にアケミラの声がこだまする。

 

よく見れば残る村人は五人を覗いて十人だけが立っていた。

 

「さて・・そろそろいいでしょう」

 

クワイエッセがそう言う。

 

「クワイエッセ殿!?何を!」スザァークが問う。

 

クワイエッセが手を挙げた。その指の一つに指輪がはめられている。

 

「出でよ。ギガントバジリスク!」

 

指輪が光り、その場に大きな蜥蜴に似た生物が現れた。体長は10メートルを超え、八本の足を持ち、その頭には王冠を連想されるトサカがあった。

 

「何っ!?」

 

「ギガントバジリスクよ。この村にいる全ての敵を殺せ!」

 

ギガントバジリスクと呼ばれる大きな蜥蜴が叫ぶ。

 

「どうして!?約束と違う。我々は言うとおりにしたではないか!」

 

スザァークがクワイエッセの襟を両腕で握る。

 

「悪いが我々スレイン法国にとって約束や取引は『人間』としかしない。そんな約束は最初から意味が無かったのだよ。子供も大人たちを大人しくさせるための道具にしか過ぎないのだ」

 

クワイエッセが懐からダガーを取り出してスザァークの胸を突き刺した。

 

「このクズがっぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「あまり喋るな。汚らわしい者め」

 

クワイエッセがもう一度胸に突き刺した。

 

「私はみんなに何て言えば・・」

 

スザァークが倒れる。口から吐血し、その瞳は無念だと訴えていた。

 

「死ね」

 

そう言ってクワイエッセがスザァークに目掛けてダガーを振り下そうとした時だった。

 

クワイエッセの頬に矢がかする。

 

「大人しくしていればいいものを」

 

クワイエッセが睨んだ先には弓を構えた少年がいた。その隣には少年二人・・剣を構える少年と手から火を出している少年。それと少女二人・・盾を構えた少女と杖を構える少女。

 

「許さない。よくも村のみんなを!」

 

「やれ。ギガントバジリスク」

 

ギガントバジリスクがモモンたちの前に現れた。前足と呼ばれるであろう手を振り上げた。

 

「任せて!」

 

チャガが盾を構える。

 

盾強化(リーインフォース・シールド)

 

アケミラが強化魔法を唱える。

 

ブラッディベアの攻撃ですら防いだ盾だ。きっと大丈夫。

 

「えっ・・」

 

しかしモモンたちが見たのはギガントバジリスクの爪で引き裂かれた盾とチャガの真っ二つに分けられた身体だった。下半身が地面に倒れ、上半身が宙に舞う。

 

「チャガ・・」

 

一瞬何が起きたか分からなかった。唯一チーノだけが行動できた。

 

「うわぁー!!!」

 

チーノが前に出て矢を射る。前に出たのは姉を守る本能がそうさせたのか。

 

だがチーノが射た矢はギガントバジリスクの鱗を突き刺すことは無かった。

 

次の瞬間、チーノの身体はギガントバジリスクの口に咥えられていた。

 

「離せぇぇぇ!」

 

「そのままかみ殺せ!」

 

クワイエッセの命令を聞いたギガントバジリスクはチーノを咥えたその口に力を入れた。

 

肉は裂け、骨は砕け、内臓が潰れる。チーノの身体からあふれ出たのは断末魔と大量の血液だった。

 

それを聞いたモモンが思考力を取り戻す。

 

「二人とも逃げろ!!!」

 

モモンは命令を下すと剣を構えたまま走る。だがウルベルとアケミラは命令に反してそれについていく。

 

「よせぇぇぇぇっっ!!!」

 

火炎(ファイア)

 

氷冷(アイシング)

 

ウルベルが両手から炎を。アケミラが冷気をそれぞれ飛ばす。

 

「その程度か?」

 

クワイエッセにそれらが当たるがまるで効いていない。

 

「なっ!?」

 

「ギガントバジリスク!『石化の魔眼(せきかのまがん)』を使え」

 

ギガントバジリスクの両目が裏返り、白い目を見せる。

 

「きゃっ!?」

 

アケミラが倒れる。アケミラは自身の足を見る。そこには石の様に白く固まった自身の右足があった。

 

「アケミラ!」ウルベルが振り返りアケミラに駆け寄る。

 

「よせ!ウルベル!」

 

モモンが後ろを見ると去っていくウルベルがいた。

 

「肩を貸せ」

 

「ごめん。ウルベル」

 

「気にするな」

 

ウルベルとアケミラ目掛けてギガントバジリスクが前足を振り上げていた。

 

「やめてくれぇぇぇぇっっ!!!」

 

モモンがそう叫ぶ。

 

しかし現実は非常であった。クワイエッセはその言葉に微塵も興味を示さなかった。

 

「なぁ、アケミラ・・俺はアケミラのことが・・」

 

「私もウルベルのことが・・」

 

ギガントバジリスクが足を振り下ろした。爪で裂かれたのであろう。最早どちらの身体が分からない肉片が飛び散る。

 

「うおっぉぉぉぉ!!!」

 

モモンはクワイエッセに接近し剣を振り下ろす。しかしクワイエッセの持つダガーにより防がれてしまう。

 

「野蛮な者め。人間でありながら・・奴らと仲良くするとは・・異教徒め!」

 

クワイエッセの空いた方の腕で殴られる。

 

モモンは吹き飛んだ。

 

「この男に『石化の魔眼』を使え」

 

「くっ!」

 

モモンの左手が石化していく。白い範囲が急激にモモンの身体に侵食していく。

 

「死ね」

 

クワイエッセは笑う。それを見たモモンは決意する。

 

「ぐっ・・」

 

「なっ!」

 

モモンは右手を再び振り下ろす。

 

その一撃がクワイエッセの顔を切った。しかしかすっただけだ。

 

「くっ・・狂っているのか!?」

 

クワイエッセはモモンの左腕を見る。そこには肘から先が切断されていた。

 

「自分の左腕を?痛くないのか?」

 

「痛いさ。だけどみんなの痛みに比べたら腕一本なんて痛くも痒くもない!!」

 

モモンは再び剣を振るう。

 

だが召喚主であるクワイエッセを守ろうとギガントバジリスクに防がれてしまった。硬い鱗により剣が折れてしまう。

 

「ギガントバジリスク!毒を吐け!」

 

ギガントバジリスクの口から吐き出された毒をモモンはその全身に受けた。

 

身体が縛られたように動かなくなった。

 

「天使たち!こいつを殺せ!」

 

モモンはクワイエッセに向けて折れた剣を持つ右手を振り上げた。

 

次の瞬間、全身に突き刺さる痛みに襲われた。意識が朦朧とする。剣が地面に落ちる。

モモンが最後に見たのはギガントバジリスクや天使たちにより殺された村人たちと燃えていく村だった。

 

 

 

 



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旅立ち

何も見えない・・・・

 

何も聞こえない・・・・

 

何も感じない・・・・

 

 

俺は死んだのか?

 

 

誰もいない・・・・

 

誰の声も聞こえない・・・・

 

ギルメン村のみんなは?

 

真っ暗の空間に自分がいるような感覚・・

 

夜の闇に自分が溶けていくような感覚・・

 

無いはずの手を伸ばす。

 

あぁ・・なんて綺麗なんだ。

 

これが『死』か・・

 

なんて・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモン!!」

 

 

 

________________________________________

 

 

「母さん?」

 

モモンは目を覚ました。目の前に母親であるモーエの顔があった。どうも膝枕されているようだ。

 

「良かった・・目を覚ましてくれて。彼らはもう去ったわ。全滅したのだと思い込んだのでしょうね」

 

そう言ってモーエが微笑む。だがその顔や首元は血に染まっており、重傷なのは一目で分かった。

 

「母さん・・血が!」

 

「大丈夫。これがあるから」

 

そう言ってモーエが右手に握ったそれを見せた。

 

「ポーション?」

 

「そう。タブラスおじさんが前に作ってくれたのよ。だから助かるわ」

 

「早く飲まないと!」

 

「ねぇ。モモン、このポーションを使う前に一つだけ約束して欲しいの」

 

「何でもする。だから早く飲んでよ」

 

「復讐なんて考えないで。あの男を殺したって村のみんなが帰ってくるわけではないから」

 

「母さん・・何を?」

 

「もう一つ、あなたは旅に出なさい。あなたは今日私たちやこの村と別れることになるけど、それ以上に素敵な出会いがあなたを待っているはずだから。あなたは旅に出なさい。約束してくれる?」

 

「うん。約束するよ」

 

「ありがとう。モモン」

 

モーエはモモンにポーションを飲ませた。

 

「母さん!何を!?」

 

「私にとって最も大事なのは自分の命やこの村じゃない。最も大事なのはモモン」

 

「母さん・・」

 

モモンは自身の左手が治っていくのが見える。左手が元に戻っていく。ギガントバジリスクの毒や全身の刺し傷が少し癒されていくのが分かる。

 

「愛してる。モモン。私の子供になってくれて本当にありがとう・・っ」

 

そう言うとモーエが息絶える。モーエが背中から地面に倒れる。

 

「母さん!」

 

モモンは立ち上がりモーエを見た。

モーエの左腕は切断されており、胸や腹には大量の刺し傷だけでなく火傷の跡もあった。

 

(こんな状態になっても自分にポーションを使わなかったのか?)

 

どれだけの激痛が母さんを襲っていたんだ?

 

(俺の為に?)

 

モモンはポーションの効果か全身が癒されていくのが分かる。だがそれに反して胃からこみあげてくるものを感じた。

 

モモンは村を見渡した。

 

家は全て燃え散っていた。

 

昨日まで笑顔を向けてくれていた村人は・・

 

昨日まで優しい言葉を掛けてくれていた村人は・・

 

「みんな死んだのか・・みんないなくなったのか」

 

母さん・・スザァークおじさん、タブラスおじさん、アマ―ノおじさん、マイコ・・・

 

ウルベル・・チーノ・・チャガ・・アケミラ・・

 

『ギルメン村』のみんな・・・

 

 

________________________________________________

 

 

「・・・」

 

モモンは墓の前に立っていた。

 

「40人もいる村人全員の墓を作るのは俺一人じゃ無理だよ。だから許してくれ」

 

モモンの目の前に墓がある。燃やされた木材の中でも比較的綺麗だった木材を再利用して十字に木を括り付けて地面に突き刺しただけの簡易な墓を作った。

 

ウルベル、チーノ、チャガ、アケミラの遺体は見つからなかった。

何度も探した。でも見つからなかった。

恐らく炎で燃やされたのか・・

あるいはあの化け物の腹の中か・・

 

「なぁ・・誰か応えてくれよ」

 

風の音だけがモモンの耳に入る。

 

「1人は嫌なんだ!」

 

モモンが墓を抱きしめる。

 

「・・・ごめんな。分かってはいるんだ。みんなはもういないって」

 

母さんの温かい料理が好きだった。

スザァークおじさんとタブラスおじさんの話が好きだった。

マイコの妹想いな所が好きだった。

アケミラの姉想いな所が好きだった。

チャガの声が好きだった。

チーノの馬鹿な所が好きだった。

ウルベルの少し悪い所が好きだった。

 

俺はギルメン村のみんなのことが好きだ。

 

「どうしてみんな俺だけを置いて行っちゃうんだよ・・」

 

モモンは瞳から涙を流す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう1度だけ会いたい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その為ならどんなことをしてもいい!

 

どんなことにだって耐えられる!

 

だから・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう1度だけでいいから!会いたいんだ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度も泣き叫ぶ。だがそれに応えるものはいなかった。

 

「俺・・もう行くよ」

 

モモンは涙をぼろぼろの袖で拭く。

 

「いつか全部が終わったら・・俺はここに戻ってくるよ」

 

拳を握る。

 

「旅に出るよ・・」

 

モモンは心を落ち着かせるために息を整える。

 

「行ってきます・・っ」

 

モモンのその言葉に応える者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2章【純銀の聖騎士】
奴隷の商人


一台の馬車が街道を進んでいく。

馬車の馬は値が張ったのだろう大きく筋肉質な馬だった。

その馬が引きずる荷台は大きく数人が乗ることができる程であった。

その荷台の見える位置に小太りの商人らしき男と馬を走らせている従者らしき男がいた。

 

「リンデス!まだ着かないのか?」

 

商人らしき男が従者であるリンデス・ディ・クランプに問う。

 

「ブライス様・・このペースだと恐らく後2日はかかると思います」

 

リンデスのその答えにブライスは納得しない。

 

「ふざけるな!2日だと!?そんなに掛かったら私の商品が『腐る』ではないか!」

 

そう言ってブライスが荷台の中を指さす。

『腐る』という言葉から連想すると食品を扱う商人の様に聞こえるが実際は違う。

そこにあるのは・・いやいるのは森妖精(エルフ)4人のであった。檻に入れられて手枷を付けられており万が一でも逃げる手段をなくしているのだ。

ブライスは奴隷商人なのだ。『腐る』とは、奴隷が死ぬことの隠語であると従者のリンデスは知っていた。

 

「しかし!旦那様。旦那様が闇妖精(ダークエルフ)を捕まえたいと仰ったのではありませんか。」

 

ダークエルフはかつてトブの大森林に集落を築いたとされている。半年前、それを知ったブライスはダークエルフを商品とすべく自身の従者たちに命じトブの大森林に向かわせた。しかし帰ってきたものは一人もいなかった。ブライスはこの者たちを商品にすれば大金を稼げると踏んでいたため、従者たちの「必要経費」に採算を度外視して投資した。その時の金銭の支払いにより、今のブライスは資産の大半を失う事態に陥ってしまった。その為ブライスは今非常に焦っていた。

 

「くっ・・確かにそうだった」

 

「いい加減、ダークエルフはあきらめられたらいかがですか?」

 

「ぐっ・・」

 

「帝国で贅沢三昧して森妖精も買えたのですから良いではありませんか。あんなこと出来るのはブライス様だけですよ」

 

「・・ふむ。そうだな」

 

リンデスはブライスの扱い方を心得ていた。ブライスは自尊心が強いが褒められることに弱い。これは褒められ慣れていないのではなく褒められることが当たり前の環境にいたからだ。

 

(しかし実際羨ましい・・)

 

リンデスは荷台の檻に入れられたエルフを見る。全体的に線が細いエルフの身体つきはリンデスにとって好みであった。奴隷の証として切り落とされた彼女らの耳を見て少し興奮を覚える。

 

「ブライス様、お願いがあるのですが・・」

 

「どうした?」

 

「法国に戻る前に奴隷をつまみ食いしたいのですが・・」

 

「ならん。大事な商品に触れていいのは所有者の私だけだ。」

 

(やはりそうですか・・・となると『お楽しみ』は自分でですか・・)

 

彼のいう『お楽しみ』とは奴隷に子供を産ませることだ。

 

奴隷があまりいい扱いをされることは基本的にはない。

この辺りの国家は大きく分けて三ヵ国が存在する。リ・エスティーゼ王国、バハルス帝国、スレイン法国の三つである。

 

王国では文字通り『奴隷』、帝国では『労働者』、法国では『敵』として扱われる。

 

ここで詳細を語ると、リ・エスティーゼ王国では奴隷制度の廃止を唱える者がおらず未だに奴隷と呼ばれる人種がいる。王国の奴隷の中には裏組織の娼館で働かされる者もいると聞いたことがある。帝国では奴隷制度は確かに存在するが王国とは異なり奴隷に対しての法律があり基本的な人権は存在する。しかし危険な仕事や低賃金な仕事や誰もやりたがらない仕事を任されることが多く『労働者』という意味合いの方が強い。だがスレイン法国はその二ヵ国とも全く異なるといってもいいだろう。

 

スレイン法国での奴隷は人間以外の種族であり、『人間至上主義』を掲げているためその扱いは極端に酷い。

スレイン法国では人間以外の種族は亜人や異業種といった『敵』の分類しかない。人類以外を奴隷として扱うが所有物として扱われることはない。奴隷は所有者が犯しても殺しても許される、いやむしろそういった行いは称賛を得られる程だ、何故なら『敵』に正義の鉄槌を下したからだ。そしてそれを『正義』と信じて疑わない国民性がスレイン法国にはあった。

例えばブライスが捕らえた森妖精という種族であるならばスレイン法国では比較的高値で売買される。そのため森妖精を買う奴隷商人の多くは強引に自身の子を産ませ、あげく親子のセットで売り払うことも珍しくもない。これはスレイン法国上層部の暗黙の了解を得ているからこそ出来る商売だ。ブライスが奴隷を売った中には法国の上層部も存在していた。

 

(何故上層部は森妖精の奴隷を買い漁っていたのだろうか?そういった性癖だったのだろうか?)

 

この時ブライスは『性癖』だと結論付けたのだが、それで良かったのだ。もし『真実』を知ってしまえば恐らく命は無かったはずだからである。

 

「旦那様!」

 

「どうしたリンデス?ダークエルフでも見つけたか?」

 

「はい!あんな所にいます!」

 

リンデスが指指した方向には確かにダークエルフらしき男がいた。黒髪で焼けたような肌の色。しかし最も特徴的な耳がこの距離では見えない。本当にダークエルフなのか?

 

「よし。捕まえろ!」

 

言われたリンデスはすぐに馬車を止めるとそこから降りて男に近づく。

 

「?・・これは?」

 

「どうしたリンデス?」

 

「ダークエルフではありません。恐らく・・人間です。」

 

「何?」

 

ブライスも馬車から降りて男に近づく。倒れている男の目は閉じられている。ブライスは耳と目を確認した。

何故耳と目を確認したかと言うと耳は森妖精の特徴が最も現れる部位であり奴隷かどうかもここを切られているかで判断できるからである。目は左右で瞳の色が異なっていればエルフの王族の証とされていると聞いたことがある。

 

(エルフの王族ではない。となると考えられる可能性は・・)

 

男の特徴はこの辺りでは非常に珍しかった。黒髪黒目。浅黒い肌。そして何よりボロボロになった服には大量の血液が付着していた。

 

(モンスターにでも襲われたのか?それとも・・)

 

ブライスが男の後ろにあるものを見る。そこにはアゼリシア山脈があった。

 

(まさかアゼリシア山脈からここまで歩いてきたのか?)

 

「そんな無茶・・普通の人間ならする訳ないか・・」

 

(普通の人間?・・いやもしかしたらこの特徴のある男・・)

 

「ブライス様?」

 

「そういえばスレイン法国の上層部の一人から聞いたことがある・・」

 

ブライスはかつてスレイン法国の上層部に奴隷の代金の代わりに貴重な情報を貰ったことがあった。その中でも最も印象に残った情報である。

 

「これは国家機密らしいのだが・・あの『六大神(ろくたいしん)』の子孫が実はスレイン法国内で秘密裏に存在することを上層部から聞いたことがある。確か名称は・・・『神人(しんじん)』」

 

「えっ?『神人』?どういう意味ですか?」

 

「『六大神』と『人間』の間に生まれた子孫だから『神人』らしい」

 

「どうしますか?ブライス様」

 

ブライスは思案することなく答えた。

 

「この男を捕らえて連れ帰るぞ。案外面白いものを拾ったかもしれん」

 

ブライスはそう言うと笑顔で馬車に乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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奴隷と奴隷

「うっ・・」

 

真っ先に思ったのは両手両足の違和感であった。何かが纏わりつくような感覚であった。

 

(俺・・確か・・)

 

モモンは思い出す。ギルメン村を旅立った後、あのギガントバジリスクの毒が解毒されていなかったのだろう。吐血や激痛に悩まされるが何とかアゼリシア山脈を降り切った。降り切った後のことは覚えていない。恐らく意識を失ったのだろう。

 

モモンは目を開けた。

 

見覚えのない光景だった。あまり周囲を見渡す余裕はなく、ただ自分が檻に入れらえていることが分かった。

 

「ここはどこだ!!?」

 

モモンは衝動的に立ち上がる。

 

ジャラ・・

 

聞きなれない金属音がする。そう思って見れば両腕には手枷が付けられており両足には鉄球を繋いだ鎖がそれぞれ付けられていた。

 

「鎖?・・何で?」

 

モモンが自分の置かれた状況を理解できずにいるとドアが開いた。

 

「起きたか?」

 

「誰だ?」

 

「私はスレイン法国のブライス。倒れていたお前を拾った者だ。」

 

「スレイン法国だと!?ふざけるな!」

 

モモンが叫んだのも無理はない。あのスレイン法国の者が自分を檻に入れているのだ。冷静でいられるはずがない。

 

「あまり大声で叫ぶな。この部屋は防音の魔法が掛けられているから問題ないが、私の耳には響く。」

 

「くっ・・」

 

「私は名乗ったのにお前は名乗らないのか?」

 

モモンは考える。名前を出すべきかどうか。

 

(スレイン法国の者か・・なら言わない方がいいに決まっている。)

 

「お前に名乗る名前は無い!」

 

「そうか・・名前は後で適当に付けたらいいから問題ないんだがな。」

 

そう言うとブライスは懐から何かを取り出した。

 

(あれは鍵?)

 

ブライスは鍵を使うとモモンの入った檻を開けて入ってきた。

 

「!」

 

モモンは警戒する。檻に入ってきて何をされるか分からなかった為である。

 

「お前・・『神人』という言葉を知っているか?」

 

「『シンジン』?何だそれは?」

 

「そうか・・」

 

その答えに安心したのか。ブライスはモモンに近づく。

 

そして・・

 

モモンの腹部に衝撃が走った。

 

「かっ!?」

 

モモンの口から胃液が飛び出る。

 

「汚いものを飛ばすな。」

 

そう言って再び腹部に衝撃が走る。

 

モモンの身体が吹き飛び背中に檻が当たる。激痛が走った。

 

「ここにいる以上は私が主人だ。それを覚えておけ。」

 

モモンが再び視線を向けた時にはブライスは檻の外から鍵を閉めた時だった。

 

「あぁそうそう。私は奴隷商人でね。お前を売れば大金が入る予定だ。」

 

「なっ・・」

 

モモンがあれこれ驚いているとドアから人が現れた。

 

「ブライス様。お客様がお見えになりました。」

 

「分かった。リンデス。今行く。」

 

「待て!」

 

モモンの制止も聞かず二人の男は出ていきドアを閉めた。

 

_____________________________________________________

 

 

「くそ!」

 

モモンは部屋に取り残された。

 

(まずは状況確認だ。周囲を見渡すべきだ。)

 

モモンは周囲を見渡した。

自身は拘束された状態で檻に入っている。檻は鍵で開閉可能。現在は閉まっている。鍵はブライスという男が持っている。この部屋は約10メートルの正方形の形(あくまで目視による確認)をしており、モモンの入った檻は部屋の左下に位置する。その右に檻が二つあり、モモンから見て手前側に男のエルフが1人拘束されていた。奥の部屋は扉が開いたまま空室になっている。

 

「何故人間がその檻に入れられている?」

 

「?」

 

モモンの右方向から男の声がした。恐らくエルフの男だろう。

 

「すまないがよく分からない。旅の途中でアゼリシア山脈を降りた後、意識を失ったらここにいたんだ。あなたは?」

 

「・・・・」

 

男の表情は死んでいた。

 

「何があったんだ?もしよろしければ教えてくれないか?」

 

「・・・私はトブの大森林に妻と息子と娘の四人で暮らしていた。狩りや植物を採取して生活して平和に過ごしていたんだ。だがそんな中・・スレイン法国の者が現れて、私たちは全員捕まった。」

 

「ここに奥さんたちはいないのか?」

 

「・・・いたさ。10日前に妻は誰かに売られた。息子は・・っ!」

 

息子のことを話そうとした瞬間、男が吐いた。地面に嘔吐物が広がる。

 

「ごめんな。ごめんな。ごめんな。こんな駄目な父親でごめんな。」

 

「・・・」

 

モモンは黙る。明らかに男の様子は異常だ。一体何があったんだろうか。聞くべきか放っておくべきか・・

 

いや聞くべきだ。何か助けになれるかもしれない。

 

「何があったんだ?息子さんに何かあったのか?」

 

男はモモンの言葉に反応する。表情が固まった。

 

「妻を売られたショックもあったのだろうな・・身も心も疲れた私たちは極度の飢えに襲われたのだ。」

 

「・・・」

 

「その翌日、息子が『買われた』とブライスに連れられて行った。その日の食事は肉の入ったスープだった。私と娘は『美味い』と言いながら笑顔で食べたさ。あんなに笑ったのは森の生活以来だった。娘も感謝していた。ブライスが現れた時に感謝の言葉を言ったのだ。そうしたら奴はこう言った。『お前の息子も美味いと言ってもらって喜んでるだろうな』。その言葉を聞いた時に思ったのだ。あぁ・・私たちは息子を食べたのだ。私と娘はその意味を理解した瞬間嘔吐した。それから数日後娘は栄養失調で衰弱死した。原因は拒食だ。それからさらに数日後売られた妻が自殺したことを聞かされた。」

 

「・・・」

 

聞いてはいけないような出来事を聞いたようだ。

 

「お前はここに奴隷になったばかりなのだろう。だったらまだ間に合う。ここを出ろ。」

 

「どうやってだ?」

 

「後でな・・」

 

 

先程閉まったドアが勢いよく開かれる。そこから現れたのはブライスであった。

 

「エルフの男・・出ろ!お買い上げだ。」

 

「・・分かった。」

 

そう言うとエルフの男は立ち上がる。

 

「早く来い。」

 

「なぁ。頼みがある。」

 

「何だ?」

 

「私は人間が嫌いだ。この人間の男の目の前で自由になった姿を見せつけたいのだ。数秒だけでいい。」

 

ブライスは思案する。

 

(奴隷の心を折るには・・こういうのもありか。)

 

同じ奴隷が違う扱いをされるのを見て心を折る。そういうのもありかもしれない。折角商談が決まったというのに客を待たせたくない。しかし奴隷の心を折っておきたい。一石二鳥の手と確信したブライスは機嫌よく笑う。

 

「いいだろう。」

 

ブライスは懐から鍵を取り出すとエルフの手枷を外した。

 

エルフの男が自由になった腕をモモンに見せつける。

 

「私は自由になったぞ。どうだ羨ましいか?」

 

「・・・」

 

エルフの男が舞う。腕や首、腰を動かす。

 

「何だ?その奇妙な踊りは?」

 

ブライスはその舞の正体に気付けなかった。それは舞などではなく身体を動かして温めているのだと。

 

そしてエルフの男が大きく足を振り回す。

 

ブライスの足に激痛が走る。

 

「がっ!!?」

 

ブライスの足の骨が折れ、床に這いつくばる姿勢になる。

 

男が再び足を振り回す。その足の先についた鉄球がブライスの頭を砕く。

 

ブライスの全身が吹き飛び、床に仰向けで倒れる。その身体は痙攣しており頭部からは大量の鮮血が溢れていた。

 

エルフはブライスに近づき、懐を探る。

 

「あった。」

 

エルフは鍵を見つけると自身の足枷を外した。

 

拘束を解かれた足のままモモンの檻の鍵を開けた。

 

「後は手枷と足枷だな。」

 

続いて手枷と足枷を外す。

 

「ありがとう。」

 

「礼はいらん。」

 

2人は檻から出る。

 

足音が響く。

 

「あの足音・・」

 

「不味いな・・」

 

「ブライス様?お客様が先程の件は無かったことにしてくれと言われ帰られたのですが・・」

 

リンデスがドアを開けるとそこにいたのは自由になった奴隷2人と血まみれのブライスであった。

 

「ブライス様!!?貴様らぁ!」

 

リンデスが剣を抜く。

 

「行け!」

 

そう言ってエルフがリンデスに立ち向かう。

 

「無茶だ!よせ!」

 

モモンが止めようと腕を伸ばす。

 

「ぐっ!」

 

モモンが見たのはリンデスの持つ剣がエルフの胸を貫く瞬間であった。

 

「死ねぇ。このエルフめぇ!」

 

リンデスが剣を抜こうとした時だった。

 

「抜けない?」

 

リンデスの剣を持つ腕をエルフが両手で握っていた。

 

「悪いが剣を貰うぞ。」

 

そう言うとエルフは腕に力を込める。リンデスの腕が折れて剣を離す。その隙にエルフは一歩後退する。

 

「よくもこの亜人め!!」

 

リンデスがエルフの胸に手を伸ばす。剣を抜くためだろう。

 

エルフは胸を貫いていた剣を抜く。抜いた際に大量の鮮血が流れ出る。

 

「一緒に地獄に落ちろ。リンデス!!」

 

エルフはリンデスに向かって剣を構え・・

 

今度はエルフがリンデスの胸を貫いていた。

 

「がっ・・エルフ如きが・・」

 

エルフが剣を抜くとリンデスは抜かれた反動で後ろに倒れた。先程のブライス同様痙攣を起こしている。口と胸からは大量の鮮血が溢れ地面に広がっていく。

 

モモンはエルフに近づく。

 

「傷が!」

 

エルフの胸の傷から鮮血が広がる。鮮血は地面に零れ広がっていく。

 

「お前は逃げろ。今すぐここから離れろ。」

 

「嫌だ。誰かが死ぬのを見るしか出来ないのは嫌なんだ。」

 

「もうすぐ騒ぎをかぎつけた衛兵がここに来るだろう。だから早く行け。」

 

「しかし・・・」

 

「あぁ・・やっと妻や子供たちに会える。」

 

男が天井に手を伸ばす。

 

「・・・」

 

天井に伸ばした手が床に落ちる。男が死んだのだ。

 

モモンは男の目に手をかざすと目を閉じてやった。

 

モモンは男を床に丁寧に置くと立ち上がった。

 

「・・・」

 

ドアに視線を向ける。

 

モモンはドアに向かって走り出した。

 

 

 

 

 



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奴隷の逃亡

「はぁはぁ」

 

モモンは走っていた。どこがどこだか分からないがそれでも走っていった。

 

またドアだ。

 

モモンは勢いよくドアを開ける。

 

「やっと出れた」

 

モモンは外に出ることが出来た。

 

モモンの目の前に広がる光景は初めて見る光景だった。

 

「おい!お前何故奴隷がこんな所に!?」

 

全身鎧を着込み長槍を携えた男にそう言われる。男の背後には同じ格好の人物が三人立っていた。恐らく衛兵だろう。かつてギルメン村で聞いた話に当てはまる。

 

モモンは自分の恰好を見る。その姿はこの国でいう奴隷なのだろう。ただ最も疑われたのはこの服に着いた血痕だろう。

 

「っ!」

 

モモンは走り出した。立ち止まることが危険だと判断できたからである。

 

「待て!くそ!奴隷が逃亡した!上に報告する奴と屋敷を調べる奴に分かれろ。」

 

「「分かった」」

 

衛兵は三手に分かれた。二人はモモンを追いかける方へ走り出す。三人目は上司に報告しに、四人目はモモンが出てきた屋敷を調べに、この四人の行動がモモンを追い詰めることとなる。

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

「はぁはぁ・・」

 

どれだけ走っただろうか・・

 

初めて来た街の中を土地勘も無いモモンが走っていく。

 

人もいない路地裏に隠れる。

 

「はぁはぁ・・・・」

 

心臓が痛い。喉も極端に乾いている。全身が怠い。足裏が痛い。それも当然だろう。裸足でひたすら走ったのだ。足裏を見てみると石でも踏んでいたのか血が出ていた。

 

村は襲われ、毒で意識を失い、奴隷にされ、そして逃亡・・

 

その全ての原因はスレイン法国・・

 

そのスレイン法国の中に自分はいるのだ。

 

「はぁはぁはぁ・・・・」

 

胸が激しく痛む。何かが突き刺さるような感覚・・

間違いない。この感覚はあの時の毒だ。

 

「ゲホッ・・」

 

モモンはその場でそれを吐き出した。大量の血液が路地に残る。

 

「こんな時に・・!」

 

モモンの全身の力が抜ける。全身が痛い。石の様に重く硬くなった身体。だがそれでも何とか走ろうとする。

 

「くそっ!」

 

暗くて気付けなかったが路地裏の奥は行き止まりだった。周囲に人がいないのが幸いか。

 

「ゲホッ!!」

 

再び吐血する。身体の中が焼けるように熱い。

 

「見つけたぞ!」先程から追いかけてきている衛兵の2人だ。

 

衛兵に見つかってしまった。

 

「あいつ病人か?血を吐いてるぞ」

 

「おい。アレをやるぞ」

 

「おっ、いいね」

 

衛兵たちが槍をこちらに向ける。そのまま槍を片手で持ちモモン目掛けて投げつけた。

 

「がっ!」

 

投げられた槍がモモンの右足に突き刺さる。モモンはそのまま倒れそうになるのを壁に手を置くことで何とか止めた。

 

「やった!ポイントゲット!次お前だぞ。」

 

「死ねよ。異常者が!」

 

もう一人が槍を投げた。その槍はモモンの左足を貫く。

 

「がぁぁっっ!!!」

 

両足を槍で貫かれたモモンは倒れる。

 

衛兵が近寄ってきた。

 

モモンは衛兵たちに向けて腕を伸ばす。

 

「気持ち悪いんだよ!!」

 

衛兵の一人がダガーを持っていない方の手でモモンの腕を掴む。

 

「もう少し付き合えよ」

 

モモンは何度も蹴られた。顔、胸、腹、背中、腕、足・・

何十回蹴られたか分からなくなるとどちらかの衛兵が口を開いた。

 

「衛兵ってのもストレスが溜まるんだ」

 

「むしろ感謝しろよ。価値の無い奴を有効活用してやってんだから。」

 

男たちが高笑いする。その声がひどく不快に感じる。

 

(こんな腐った『(くに)』なんて・・!)

 

モモンは衛兵たちを見る。まるで睨みつけすぎて血が出そうな程であった。

 

視界(しかい)が・・いや『世界(せかい)』が歪む。

 

(こんな腐った『世界(せかい)』なんて・・・!!!!!!!)

 

モモンの世界がひび割れ、そして・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異質な音を聞き取った。

 

「!!っ・・・」

 

風を切ったような音。

 

その音が聞こえた後、衛兵2人の首が落ちた。首が地面に落ちる。その顔は自分たちが死んだことにすら気付けていなかったのだろう。

 

だがモモンがそれに気付くことは無かった。

 

何故なら全神経が目に集中していたからである。睨みつけていた目は注視する目に変わる。

 

衛兵2人の首を切り落とした人物を見ていたからである。

 

その人物は白銀の剣と盾を持っていた。その人物が剣を収める。

その際に肩に掛かった赤いマントが風に舞う。

 

警戒心からか、モモンは感謝の言葉ではなく違う言葉を投げかけていた。

 

「どうして助けた?」

 

一言で言えば怪しんだのだ。

 

その男・・全身を純銀の鎧を装備した人物がこちらに手を差し出す。

 

「"(だれ)かが(こま)っていたら(たす)けるのが()たり(まえ)"!!」

 

 

 

 

 



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純銀の聖騎士

「"誰かが困っていたら助けるのが当たり前"」

 

そう言って『純銀の聖騎士』は手を伸ばす。

 

_______________________________________________

 

モモンは目を覚ます。

 

(夢か?)

 

辺りを見渡す。そこはギルメン村でも奴隷として入れられた檻でもなかった。よく分からないがタブラスおじさんから聞いた話に出てきた一般的な街に暮らす人の部屋なのだろう。モモンのいるベッドと木で作られたサイドテーブルと棚がある。サイドテーブルには水が入った桶と透明な容器があった。桶からは湯気が出ており、透明な容器からは水滴が汗のように出ている。部屋自体は簡易な作りなんだろう。窓はなくドアが一つあるだけだ。

 

(どうやら再び奴隷として捕らわれた訳ではないようだ)

 

モモンは身体を起こす。服は脱がされており、顔や身体に包帯を巻かれている。

 

(手当てをしてくれたのか・・)

 

あの『純銀の聖騎士』に助けられたのか。そう思うとモモンは少し安心する。

 

ドアが開く。

 

「目が覚めましたか?ウジムシ」

 

黒髪黒目の女がそこには立っていた。ギルメン村でもいたがあの髪型は確かポニーテールというやつだったかな。女の容姿は非常に整っている。ただしその目つきは鋭く少しばかり威圧感を感じさせる。声からしてあの『純銀の聖騎士』とは違う人物なのはすぐに分かった。その両手には何やら釜のようなものを持っていた。

 

「あぁ。君が手当てしてくれたの?」

 

(ウジムシ?)

 

「えぇ。全身傷だらけでしたので・・服も汚かったので勝手に脱がしましたよ。シロアリ」

 

服を脱がされたのがこの子だと知ると少しだけ羞恥心を覚えた。だけど今はそんなことよりも言わないといけない言葉がある。

 

「手当てしてくれてありがとう。えぇと君の名前は?」

 

「あなたに教える名前はありません。ダンゴムシ」

 

(さっきから虫の名前ばかり言っているが虫が好きなのか?)

 

そう言えばギルメン村にも虫好きな奴がいたな。ルシアか・・懐かしいな。

 

「そっか・・でも手当てしてくれて本当にありがとう」

 

そう言ってモモンは感謝の言葉を述べる。

 

「俺の名前はモモン」

 

「聞いていないのですが・・」

 

「・・・」

 

「ではモモン様と呼ばせていただきます」

 

「それでいいよ」

 

「モモン様。これをどうぞ」そう言って少女はサイドテーブルに釜を置く。釜の蓋を開けると湯気が立った。

 

それを見たモモンは自分が空腹であることを自覚した。

 

「これは?」

 

「お粥です。このスプーンを使って食べて下さい。」

 

そう言って少女がモモンにスプーンを手渡してくれる。

 

「ありがとう」

 

モモンはお粥を勢いよく食べ始めた。

 

___________________________________________________

 

 

「ではお下げしますね」

 

「ありがとう」

 

少女が釜を持ってドアから出ようとした時だった。

 

「すまない・・俺を助けてくれた人はどこにいるんだ?お礼を言いたいんだ」

 

その言葉に反応して少女が顔をこちらに向ける。

 

「純銀の鎧を着たお方のことですか?そのお方ならばすぐに会えますよ。あぁ・・服をお持ちしますね」

 

そう言って少女は部屋を出ていった。

 

モモンは自分の腕を全力でつねる。痛い・・

 

「これは夢・・なんかじゃないな」

 

「俺は助けられて・・生きている・・」

 

ようやく自分が助けられたことを実感したモモンであった。

 

それから少しして少女が着替えを持ってきてくれた。モモンはお礼を言いそれに着替える。

 

村の時の恰好とは違うが、これが街に住む人の恰好なのだろう。

 

モモンが着替え終わった後、ドアがノックされる。

 

「はい。どうぞ」

 

少女が言う。

 

「失礼するよ」

 

そう言って現れたのは先程助けてくれた『純銀の聖騎士』だった。ただし兜は脱いでおり、そこには白く染まった髪や眉があった。

 

「助けてくれてありがとうございます」

 

「気にするな。"誰かが困ってたら助けるのが当たり前"だからな」

そう言って男はモモンの頭を撫でながら笑う。

 

「ありがとうございます」

 

モモンは頭を下げて礼を言う。

 

「俺の名前はモモンです。あなたの名前は?」

 

「あぁ・・私の名前はミータッチ。ナーベの父親だよ。」

 

(ナーベ?あぁ・・先程の少女の名前か・・)

 

この時モモンは初めて先程の少女の名前を知った。あの黒髪のポニーテールの少女がナーベか。

 

「もし話せるなら何故追われていたか聞いてもいいかな?」

 

「えぇ。お話します。実は・・」

 

モモンは全てを話した。ギルメン村が滅ぼされたこと、一人だけ生き延びてしまったこと、意識を失っている間に奴隷として売られそうになったこと、そして一人のエルフの助けがあって逃亡できたこと・・

 

「・・よく生きていてくれた。」

 

モモンは過去を話していく中で全てを鮮明に思い出す。全身が悪寒に襲われる。

 

「俺・・オレ・・おれ・・」

 

その様子を見てミータッチが赤いマントを外してモモンの肩に掛ける。そのマントは火の様に温かく優しかった。

 

「もう大丈夫だ。」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

今まで抑えていた感情が爆発する。悪夢の様な日々・・・地獄の様な光景・・

全てを否定され、全てを奪われた・・・

 

もう・・大丈夫なんだ。『俺』は・・

 

__________________________________________

 

 

モモンが落ち着いた所でミータッチが質問する。

 

「所でギガントバジリスクの毒とか石化は大丈夫だったのか?」

 

「分かりませんね。腕は石化されたのを切断して止めましたが、毒はあれから何度か吐血しましたし治っていないでしょうね」

 

「少しいいか」

 

そう言ってミータッチはモモンの額に手を置く。

 

「どうしたんですか?」

 

「ふむ・・・成程」

 

「?」

 

「石化と毒に対して耐性が少し付いている。恐らくだが今の君なら抵抗(レジスト)することも可能だろう」

 

抵抗(レジスト)?」

 

「ギガントバジリスクの目は石化の魔眼と言って、その瞳に捉われた者は石化していく。体液・・この場合は唾液や血液といったものだが、これは猛毒を含んでおり触れただけで継続的なダメージを与えるものだ。他にも種類が色々あるが、それらに対して抵抗できることを『抵抗(レジスト)する』と言う。」

 

「・・今の俺ならギガントバジリスクに勝てるということですか?」

 

モモンが真っ先に思ったのはクワイエッセという男と戦うことであった。

 

「いや違う。あくまで耐性があるというだけだ。今の君ならギガントバジリスクを相手にするのは不可能だろうな」

 

「そうですか・・」

 

モモンが頭を下げて落ち込む。

 

その様子を見たミータッチが口を開く。

 

「もしかして強くなりたいのか?」

 

モモンは顔を上げてミータッチの顔を見る。

 

「はい。俺はもう誰かに守られるだけじゃ嫌だ。今度は俺がみんなを守りたいんだ」

 

その瞳には覚悟があった。何があってもあきらめない。そんな瞳をしていた。

 

(この少年が・・モモンが強くなる理由を見極めなければならないな・・)

 

「明日から私の知る限りのことを教えよう。それで強くなるかは君次第だ」

 

「お願いします!」

 

 

 

 

 

 

 



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抵抗(レジスト)

ミータッチの屋敷は大きい。ただ大きいという意味ではなく必要最低限の大きさ。機能を重視した大きさという意味だ。屋敷は二階立てである。一階の誰にも使われていない部屋がある。

そこにモモンとミータッチはいた。

 

「さて今日から君に色々教えよう。まずは抵抗(レジスト)についてだ。」

 

「モモン、君の身体の中ではかなり微弱だが『毒』と『石化』の状態異常に掛かっている状態だ。」

 

「・・・」

 

モモンは黙って聞く。一言一句聞き逃しが無いようにするためだ。

 

「君の身体の中にある『毒』と『石化』の状態異常は治療可能だ。私はこの二つの状態異常を治すポーションを持っている。一応聞くが・・どうする?」

 

ミータッチがそう聞いたのはモモンが何というか理解していたからだ。

 

抵抗(レジスト)の修行をしたい。だから治療はいいです。」

 

「分かった。」

 

ミータッチは少し間を置くと話し始めた。

 

抵抗(レジスト)するに大事なのは二つのことだ。一つは『経験』。もう一つは『イメージ』だ。」

 

「『経験』と『イメージ』ですか?」

 

「あぁ。毒を受けたことが無いものは身体が理解できずイメージ出来ない。だが毒を受けた『経験』をした者は身体が毒を覚えており、また毒に対するイメージが出来る。」

 

「では『毒』と『石化』の状態異常のどちらから抵抗(レジスト)の練習をする?」

 

「『毒』からで。」

 

モモンがそう言ったのには理由があった。石化してしまっても切断すればいい。しかし毒は対処法が無いのだ。

 

(もしあの時・・石化だけならば・・)

 

あの男・・クワイエッセを斬ることが出来ただろうか。

そうすれば・・誰か一人だけでも助けることが出来ただろうか・・

 

「分かった。まずは自身の身体の中にある『毒』を意識してくれ。」

 

モモンは自身の胸に手を当てる。明らかに心臓の脈動がおかしい。これが毒の影響だろうか。

全身に流れる血液の中に違和感・・正確に言えば不純物が紛れ込んでいる。

 

「意識できたようだな。ならば次だ。身体の中にある毒を体内から押し出すイメージをしてみてくれ。」

 

モモンは想像する。体内から毒を押し出す。どのようなイメージが正しいだろうか・・

 

「?」

 

モモンはイメージをどれだけしようとも出来なかった。

 

「今すぐは無理でもいずれは出来るようになるだろう。それまで頑張ってくれ。」

 

ミータッチは部屋から出ていった。

 

_________________________________

 

「くそっ!!」

 

ミータッチが部屋を出てからもモモンはイメージを続けた。あれから何時間イメージしたかも分からない。

 

しかし結びつかない。

 

「・・・・」

 

ドアがノックされる。続いて「入りますね。」と女の声がした。ナーベだろう。

 

「どうしたんだ?ナーベ」

 

「私の名前を気安く呼ばないで下さい。イモムシ」

 

「・・・・」

 

「お昼ご飯を持ってきました。勝手に食べて下さい」

 

「ありがとう。ナーベ」

 

「・・息が臭いです。歯は洗いましたか?」

 

「・・・・」

 

「では失礼します」

 

ナーベが後ろ手でドアを閉めていくのを見たのを確認したモモンは思わず漏らした。

 

「結構ショックなことを言うんだな・・」

 

その瞬間、モモンが閃いた。

 

「そうか・・・『息』か!」

 

 

__________________________________

 

モモンは体内に流れる毒を息を吐くと同時に出すイメージをする。それは『息』である

 

深呼吸して・・毒を溜めて・・

息を吐いて・・毒を出す。

 

「あれ?」

 

モモンは自身の身体から不純物が抜けたのを感じる。

 

「随分早く抵抗<レジスト>を取得したな。まさか1日で取得するとは思ってはいなかった。凄いものだな。」

 

「いえ、ナーベの言葉のおかげです。」

 

「ナーベが?」

 

「えぇ。その言葉から見つけたんです。」

 

「・・何かすまない」

 

「いえ・・」

 

「よし。腹も減っただろう。夕食にしよう」

 

ミータッチがそう言ってその場を後にした。モモンもそれに付き合って部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 



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実力差

モモンが毒の抵抗(レジスト)に成功してから一週間も経たない内に石化の抵抗(レジスト)も出来るようになった。その時ミータッチが言ったのだ。

 

「そろそろ毒と石化の状態異常を治療してもいいだろう。」

 

「もう抵抗(レジスト)の修行は終わりですか?」

 

「モモン。君は毒と石化の抵抗(レジスト)が出来るようになった。ならばこれ以上その修行は必要ない。」

 

「はい。」

 

「それに今後の新しい修行には治療が不可欠だと思うよ。」

 

ミータッチのその言葉にモモンは納得した。毒と石化の抵抗<レジスト>の修行の時ですらそれだけに集中していたんだ。他の修行中に抵抗(レジスト)し続けることは非効率でしかないだろう。

 

「分かりました」

 

「よし。これを飲んでくれ。」

 

ミータッチが赤いマントを探ると二本のポーションが出てきた。両方とも緑色のポーションで容器が違っていた。片方は丸く、もう片方は四角であったのだ。それぞれ飲み口の部分である突起はあった。

 

「この丸いのが毒を治療、こっちの四角のが石化を治療する」

 

そう言ってモモンに渡す。モモンはその二本を受け取るとすぐに飲み干した。

 

「不味い・・です」

 

「良薬口苦し・・と言うだろう。身体に良い証拠だ」

 

そう言ってミータッチは笑った。

 

「さて・・今後・・モモンに教えることを決める為にも一度私と戦って貰おう」

 

「えっ!」

 

師匠であるミータッチと戦う?

 

「安心してくれ。最初は手加減する」

 

再びミータッチは赤いマントからそれを取り出した。

 

「この剣を使っていい」

 

「この剣は?」

 

それは漆黒と呼ぶに相応しい大剣であった。剣先は扇状に大きくなっており、剣の刃には二匹の蛇が絡まるような模様が刻まれている。柄は棒のような真っすぐではなく握りやすいように凹みがある。剣全体の印象は『黒い蝋燭』の様な印象を持つ。

 

「見ての通り大剣(グレートソード)だ。効果は色々あるが・・今はいいだろう。」

 

モモンは剣を右手に持つと振り回す。かなり重たく綺麗に振り回せない。この剣を扱うにはまだ自分では力不足であることをモモンは自覚する。

 

「ミータッチさん。この剣はもう一本ありますか?」

 

「あるのはあるが・・まさか二刀流で挑む気か?」

 

「はい。」

 

「・・分かった」

 

そう言ってミータッチは黒い大剣(グレートソード)をもう一本取り出した。

 

モモンはそれを左手に持つと振り回す。やはり綺麗に振り回せない。

 

(持つことすら難しいのに何故二刀流なんだ?)

 

「それではこれから戦ってもらう。構えろ」

 

ミータッチはそう言ってモモンに構えさせる。

 

モモンは二つの大剣を自身の左右に広げるようにに構える。

 

(本能的に大剣の性質を理解しているのか・・・大剣を振り回すことを考えると余計な構えは必要ない。成程・・悪くはない)

 

「?」

 

「安心しろ。今の君には剣も盾も必要ない」

 

ミータッチは剣も盾も装備しないままであった。

 

「よし。どこからでも掛かってこい」

 

ミータッチは仁王立ちで立つ。

 

「行きます!」

 

モモンが走る。ミータッチに向かって走る。右手に力を込める。

 

「・・・」

 

ミータッチはこちらを向いたままだ。

 

モモンは右手を振り上げる。重たいが持てない程ではない。

 

モモンはミータッチの左肩に目掛けて剣を振り下ろした。

 

しかし剣は空を切っただけだった。すでにミータッチはそこにはいなかった。

 

「その程度か?殺す気で掛かってこい」

 

声がした。いつの間にか背後に回られていたのだ。

 

(!?・・見えなかった!!)

 

モモンは振り下ろした右手を斜めに振り上げ、そのまま全身を回転させて背後にいるミータッチを斬りつけようとする。

 

姿を確認・・攻撃範囲内・・イケる!

 

今度は感触があった。

 

(やった!!・・・!!?)

 

モモンが攻撃に成功したと思った瞬間であった。すぐに目の前の光景を理解する。剣が当たったのは床であり、そこには一滴も血痕は無かった。それはつまり・・

 

「成程・・モモン・・君の戦い方や考え方は大体分かった」

 

当然だがダメージ一つ受けていないミータッチの声が聞こえた。

 

「どこに!?」

 

「ここだ」

 

そう言ってミータッチが姿を現す。

 

「目の前!?」

 

「ずっと目の前を左右に跳んでいただけなんだが・・そうか見えなかったか」

 

モモンは理解する。ミータッチとの差が大きいことを。

 

「くっ!」

 

モモンは姿を現したミータッチに目掛けて左のグレートソードで斬りつけようとする。

 

攻撃が目前に迫ろうとミータッチは動こうとしなかった。

 

(さぁ・・どう動く?)

 

モモンは密かに右手に力を込めた。ミータッチが目の前からいなくなれば右手のグレートソードで背後に向けて回転するように斬ろうと決めていたからだ。

 

「!!!???」

 

モモンは驚愕する。ミータッチは足を動かすことが無かったのだ。

 

「遅い・・止まって見えたぞ」

 

ミータッチは『一本』だけで剣を止めたのだ。だが『腕一本』ではなく、『指一本』で止めたのだ。それも小指という指の中で最も小さい指でだ。

 

「もっと早く!もっと鋭く斬ってこい!」

 

モモンはその言葉に対して剣を振り回した。

 

一撃目・・防がれる

 

二撃目・・防がれる

 

三撃目・・防がれる

 

もう何十回剣を振り回したか分からない。左右の腕が疲労で大剣をまともに振り回せない程になっても攻撃はミータッチに当たることは無かった。呼吸が辛く、いつの間にか足腰には力が入らなかった。

 

「そろそろ頃合いか・・」

 

そう言うとミータッチは姿を消した。

 

(後ろか!?それとも前か!?)

 

モモンは両手に力を込めた。恐らくこれが最後の一撃だ。

 

「こっちだ」

 

声の方向は前後では無かった。それは上だった。

 

モモンが視線を向けると天井に足を置いていたミータッチがいた。ミータッチが天井を蹴ると・・

 

いつの間にかモモンの額に小指が当たっていた。

 

ミータッチがモモンの額から指を離すとモモンの目の前に跳ぶ。

 

「君の負けだ。モモン。休憩にしよう」

 

モモンの額から血が流れ出る。先ほどの攻撃をもし止めていなければ間違いなく死んでいた。

 

「まだまだ・・」

 

「実力差は理解しただろう」

 

「それでも俺は・・」

 

「そうか・・君はまだ戦うつもりか。ならば本当の実力差を教えよう」

 

「っっ!!!!????」

 

ミータッチがモモンを見る。途端、モモンは全身が凍てついたように動けなくなった。恐怖なのか何かは分からなったが、圧倒的な何かに圧迫されているような感覚だった。息が出来なかった。

 

「これで分かったか?君は私に近づくことすら出来ない」

 

「!っ・・」

 

モモンは口内を噛み、痛みで何とか動こうとする。しかし動けない。

 

「これで終わりだ」

 

「!!っ・・」

 

モモンは自身を圧迫するような何かが消えたのを理解した。左右の手に持っていた剣は落ち、自身の身体が床に倒れこむ。

 

「はぁはぁはぁ・・」

 

ミータッチがこちらに向かって歩く。

 

「さて休憩にしよう。君はそこで休むといい。私は少し用事があるので出かけるよ。」

 

(ちくしょう・・俺は弱い。もっと強くならなくちゃならないのに・・くそ)

 

去っていくミータッチをモモンはただ背中を見ることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 



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聖域に潜む影

スレイン法国の最奥部、法国の上層部の中でも知る者はごく一部に限られた『聖域』と呼ばれる場所がある。聖域と呼ばれる場所は部屋であり、部屋の中心には円卓が置かれており、その円卓の中心にはスレイン法国の国旗の同じマークの六本の蝋燭が描かれていた。

円卓には十二人分の席が用意されており、それぞれの席には既に全員が座っていた。

 

「それでは会議を始めよう」

 

現在の最高神官長である老婆が口を開いた。

 

「議題はやはりあの件か?」

 

「あぁ。例の逃亡した奴隷のことだ」

 

そう言われて円卓に座る者たちの表情が曇る。

 

「机の上に置かれた報告書を見てくれ」

 

そう言われて皆がそれを見る。そこには紙が一枚だけの資料が置かれていた。資料の薄さから得られた情報量が少ないのは明白であった。

 

「黒髪黒目・・この辺りで見ない容貌か」

 

「衛兵の一人が容姿について証言している」

 

「この容貌は間違いないのか?」

 

「えぇ。念のために精神操作を受けているか確認しましたが問題なしでした」

 

幹部の一人がそう尋ねたのも無理はない。他国では問題ないことでもスレイン法国にとってこれらの容貌は大きな意味を持つのだ。その質問に答えた者も精神操作を受けているかどうかの確認も何度も繰り返した程だ。

 

「ふむ・・この衛兵2人の死亡は奴隷と何か関係があるのか?」

 

「分からない。ただ・・死亡した衛兵2人は・・首を切り落とされていました」

 

「逃げた奴隷がやったのか?」

 

「いえ・・分かりません。ただ殺された衛兵2人に苦痛の表情は無く、切り口が綺麗であったことから・・・衛兵2人を殺したのは『神人(しんじん)』と同格かそれ以上の実力者でしょう」

 

「なっ!?」

 

誰もが驚愕する。『神人』と同格ならばまだ理解できる。だが『神人』以上の実力者といえばそんな存在は一つしかいない。それは『神』そのものだ。

 

「流石に『神人』以上は無いのでは?」

 

その言葉を聞いて皆が沈黙する。

 

『神人』とはスレイン法国が神と崇め祀る『六大神』。その六大神は人間との間に子供を作った。その存在こそが『神』と『人』の間の者。即ち『神人』である。そんな存在より強い者といえば『神』と同格ということになる。そしてそんな存在はこの場にいる誰もが認められなかった。

 

「いや・・『神人』とは限らないだろう。もし仮に我らが神・・六大神の子孫である『神人』ならばあのお方が必ずやここに来られるだろう。」

 

「死の神スルシャーナ様の第一の従者であるあのお方か・・」

 

「『神人』であるならば良いが・・もし八欲王の子孫であれば最悪だぞ」

 

「うむ・・確かに大罪を犯した者の子孫・・ならば人類は今度こそ滅びるかもしれぬ」

 

「我らが神・・スルシャーナ様を滅ぼした者たちめ・・」

 

多くの者がスルシャーナを滅ぼした八欲王に対して憤慨する中で、一人の者だけが口元を隠すように腕を組んでいた。その者は周囲を見渡す為に目元だけを見せていた。

 

「・・・・」

 

円卓に座るその者は部屋の壁を見る。そこには何かが収納できるようなスペースがあり、かつて六大神の象徴であり彼ら自身が守護していたとされる最強の武器『矛盾殺し(パラドックス・ブレイカー)』と呼ばれる剣が収められていたと言われる場所だ。

 

(スルシャ―ナ・・あの御方が「強者」と認めた数少ない存在。だが既に完全に・・。貴様が持っていたあの剣も・・。六大神の残したものの大半は消失した。今までの調査からしてスレイン法国には最早『我ら』に対抗できる術は無い。)

 

それから一時間以上は話しただろう。会議も終わりに近づいてきた。

 

最高神官長である老婆が締めの言葉を発する。

 

「それでは我らが六大神様に感謝の言葉を・・」

 

「我らはこれからも精進致します。」

 

最高神官長である老婆が口を開く。

 

「全ては人類繁栄の為に・・」

 

その言葉を聞き、皮肉を込めて笑った。

 

 

 

 



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青年モモン

『龍龍龍』さん、『竹刀』の設定を真似させて頂く許可を出してくれたこと感謝致します。
ありがたく使わせて頂きました。


モモンがミータッチの修行を受けて10年が経った。

 

ミータッチの屋敷の一室で二人の男は対峙していた。

一人の男は両手に漆黒の大剣を持ち構えていた。男の容姿は決して男前ではないが力強さを感じさせる顔つきである。10年前とは異なり体つきは戦士のそれであり全身からは力強さを感じさせた。

もう一人の男は純白の鎧を着用しており、何も身に着けていない頭部からは白くなった髪や髭が見えた。

 

「剣の握り方が甘い。まだまだ隙だらけだぞ。」

 

「はい!」

 

モモンとミータッチは剣を打ち合っていた。

モモンは黒い大剣の二刀流。

それに対してミータッチの持つ剣は「竹刀」と呼ばれる武器である。

その武器は決して相手にダメージを与えるものではない。頑丈さと扱いやすさだけが取り柄の剣だ。

 

「振りが甘い!」

 

ミータッチがモモンの頭を叩きつける。その後少し横にずらして肩に落とすと首を切断するように叩きつけた。

 

「遅い!今ので二度は死んだぞ。」

 

「はい!」

 

2人の実力差はかなり埋まったといえなくもないが、それでもミータッチが次元の違う強さであるのは確かであった。

 

飛翔斬(ひしょうざん)!」

 

モモンが武技を使い四度剣を振るう。「飛翔斬」という武技は飛ぶ斬撃である。その武技をミータッチは最低限の身のこなしでかわしていく。

 

「武技に頼りすぎるな。」

 

「はい!」

 

モモンがミータッチ目掛けて走る。右手にだけ大剣が握られていた。

 

「なっ!?」

 

ミータッチの目の前に漆黒の大剣の剣先が飛んできた。

 

「くっ・・」

 

ミータッチはそれを右手に持った竹刀で弾き落した。

 

モモンが右手に持った大剣を両手持ちに変えて振り上げる。

 

「やるな・・」

 

ミータッチの頭部目掛けて振り下ろす。

 

ミータッチはそれを竹刀で受け止めた。

 

それがモモンの狙いであった。

 

モモンは竹刀が構えられていない死角を突く。左足を蹴りだしてミータッチの腹部を蹴る。

 

「ぐっ・・」

 

ミータッチが突き飛ばされる。

 

モモンは大剣を突き出す形でミータッチの頭部を狙う。

 

「ほう・・」

 

ミータッチは横にずれてさけようとする。

 

しかしモモンの大剣がミータッチの頬をかすった。

 

「随分と成長したものだな。」

 

「あなたの教えがあってこそです。師匠。」

 

ミータッチに接近するのに五年、そして更に五年経ったモモンはようやくミータッチに傷一つつけることが出来た。

 

ただし・・剣も盾も装備していない状態でだ。

 

「あれから10年か・・」

 

モモンがミータッチに助けられてから10年の歳月が経った。

 

「父上、モモンさん、昼食の準備が出来ましたよ」

 

そう言って二人を呼びに来たのはナーベであった。

 

「分かった。今行く」

 

____________________________________________________

 

その日の夜・・

 

モモンとナーベはミータッチに呼び出された。呼び出された場所はいつも修行の場所として使う場所であった。

 

「どうしたんですか?師匠。」

 

モモンがミータッチに問いかける。モモンがそう問いかけたのはミータッチの恰好が純銀の鎧であったからだ。

 

「2人ともこちらに」

 

2人はすぐに頷いた。

 

ミータッチが部屋の奥に歩く。奥には本棚が多く並べられており、その横には蝋燭の形をした永続光<コンティニュアルライト>・・があった。

 

ミータッチは蝋燭の台座を曲げる。それは曲げたというよりも最初から曲げられるように作られているように思えた。それを曲げると何か大きな音がしていることに気付く。すると本棚が横にスライドする。

 

「これは!?」

 

本棚の下から現れたのは地下への階段だった。

 

「2人ともついてきなさい」

 

2人は驚きながらもついていった。

 

________________________________________________

 

階段を降りると薄暗い空間が広がる。

 

「暗いですね」

 

「安心しろ。すぐに明るくなる」

 

突然部屋に明かりが点きモモンは目がくらんだ。

 

やがて目が慣れるとその空間の全貌を見ることが出来た。

 

地下に広がっていたのは真っ白い空間。その空間は階段を降りると四角形の部屋があり、その中央には台座があり、その上には漆黒の全身鎧やポーションや見たことの無いアイテムが置かれていた。その更に奥にも台座が置かれており、その上には澄んだ薄緑色の石板のようなものが置かれていた。

 

「この部屋は一体・・」

 

ナーベが問う。

 

「この秘密の部屋は私の先祖が代々守り続けてきたものだ。私の持つこの純銀の鎧もその一つだ」

 

「師匠、あの奥に置かれた石板は?」

 

モモンが問う。

 

「あれは『エメラルドタブレット』。そこには預言が記されているそうだ」

 

ナーベが興味本位で預言書(エメラルド・タブレット)それを掴む。

 

「?全く何も読めないのですが・・これはどこの国の言葉でしょうか。父上は読めるのですか?」

 

「いや私にも読めないよ。」

 

ナーベが台座に石板を置く。

 

「モモンは読めるか?」

 

モモンがエメラルドタブレットを手に取る。

 

「?いえ、読めません。」

 

モモンがそれを読むの諦めて台座に置こうとした時だった。

 

「----ことはス--------と----くれ----」

 

「何だ?これ・・」

 

頭の中に声がしたのだ。思わず周囲を見渡すがこの場には三人以外はどう見てもいなかった。

 

「モモン、どうかしたのか?」

 

「モモンさん?」

 

「--私--ことはス-----ナと呼ん--くれ--」

 

声が鮮明になっていく。何度も頭の中でその声がこだまする。

 

頭の中に何かが広がっていく。何故か分からないが男の声や骨の姿をした何者かが見える。

 

視界が霞む。目の前に見覚えの無い部屋が広がっていく。

 

「私のことはスルシャ―ナと呼んでくれ」

 

足元がふらつき地面に倒れる。何故か何かに座るような感触があった。

 

モモンが最後に見たのは心配そうに見つめるミータッチとナーベの姿だった。

 

 

 



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E.T<1.六大神--破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)-->

男は五人の仲間たちと共に戦っていた。

目の前にいる亜人たちにはまるで手も足も出なかった。

 

「くそ」

 

悪態をつくも状況が改善されることは無いのだ。現実は非情である。

 

男たちは持っていた武器を構えようとするも力は入らなかった。

 

(あぁ・・・・死んだな・・)

 

その瞬間であった。目の前に一人の男が現れる。

 

「えっ・・・どうして」

 

「・・・・・」

 

視覚や聴覚がボンヤリしてはっきりとは分からない。だが目の前にいる『ある者』は彼ら六人の目前にいた亜人たちを一閃する。その一閃により数百の亜人が倒れる。

 

「力を貸そう」

 

『ある者』のその言葉に彼ら六人・・・後の『六大神』は武器を何とか構えると亜人の軍勢に飛び込んでいった。

 

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

かつて亜人に苦戦していた彼らは力を付けて『六大神』と呼ばれるようになっていた。

 

 

 

男は五人の仲間と共に戦っていた。全員が満身創痍であり、地面に流れる血液が地面を濡らしていた。六人の内、四人が地面に伏し息絶えていた。

 

当然蘇生はした。しかし蘇生に回せる魔力やアイテムは既に底を尽きて、彼らを蘇生させる手段・・いや余裕は現時点では無かった。

 

男と仲間の前には『神』がいた。

 

目の前にいる者は『神』を名乗り、大陸中を恐怖に陥れた。

人類を滅ぼすことを公言し、亜人たちを使って人類を一人残らず滅ぼそうとした。

『神』の名前は分からない。ただ『あの国』では『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』と呼ばれている。

 

手足の如く動く尻尾。

胸には赤黒く光るものがあり、それを中心に「6」の数字が三つ回るように並んでいる。

角は全て天に伸びるように曲がっており、その形は王冠の様にも思えた。

翼は近づくもの全てを燃やし尽くすように赤く染まっており、その色は太陽の様にも思えた。

手足は凶悪な姿をしており、天を堕とそうとする意思を感じさせた。

だが何故かは分からないが顔は仮面で隠していた。恐らく傷があるのだろう。胸部から首にかけて大きな傷があったのだ。ただしそれは私たちがつけた傷ではない。

 

「流石は『神』を名乗るだけはある。『六大神(ろくたいしん)』の名は伊達ではないようだな。」

 

 

『神』は満身創痍から程遠く、息も荒げていなかった。恐らく体力の半分も消耗していないのだろう。

 

 

対して二人の男女は満身創痍で息を荒げており重傷なのは明白であった。

 

全身を黒い鎧にフードという恰好の骸骨の男。

全身を白い鎧で包み込む女。

 

「ここまでよく頑張った。誉めてやろう。名前を言うがいい。」

 

「私のことはスルシャーナと呼んでくれ。」

 

「アーラ・アラフよ。」

 

アーラが口を開く。

 

「私たち・・六人掛かりでも倒せない奴がいるなんてね・・あんた何者?」

 

2人は確信していた。この『神』は・・・

 

「・・・何者なのだろうな。強いて言えば『世界の敵』だろうな。」

 

『神』は笑うとアーラ目掛けて跳躍した。

 

『神』は空中で腕の一本を女に向けた。

 

「『始原爆破(ワイルド・ブラスト)』」

 

『神』が唱えたのは始原の魔法(ワイルド・マジック)。その魔法はとんでもない威力である。その魔法を一つ唱えただけで『あの国』の数万人の人間が一瞬にして爆死する程だ。実際に目の前で見た二人はその威力を知っていた。それゆえ最大限警戒する。

 

「くっ!『次元断層』!」

 

アーラが手に持ったメイスを薙ぎ払い武技を発動する。次元を盾として使用する武技であり、最強の防御を誇る武技であった。

この場にいる六人が『ある人物』から師事を受けたことで習得した武技でもある。ただしその内の四人は既に死亡してしまってはいるが。

 

『神』の魔法がアーラの武技に吸い込まれた。

 

それを見てアーラはホッとする。だがそれが致命的なミスだとスルシャーナが気が付いた。

 

「アーラ!」

 

スルシャーナが叫ぶ。それを聞いたアーラはハッとする。目の前には『神』の尻尾が迫っていた。

 

急ぎ防御しようとするも時すでに遅く、谷間に激痛が走っていた。

 

「ドジっちゃったかな・・あはは」

 

尻尾を抜かれたアーラが倒れる。

心臓を貫かれたのか、大量の鮮血が噴き出す。

命を失った肉体が痙攣を起こす。その様子は死を拒絶しようとする最後の行動の様にも思えた。

だがやがて人形の様に動かなくなった。

 

「後は私だけか・・」

 

『神』は笑うとスルシャーナに向かって飛行する。

 

 

「くそがぁぁ!!」

 

『神』は笑うとスルシャーナに向かって再び走り出した。

 

「・・・・」

 

(もう・・・『アレ』を使うしかない。)

 

スルシャーナは懐に忍ばせたそれがあるかを確認する。

 

(大丈夫。ある・・・)

 

『神』がスルシャーナに目掛けて腕を伸ばす。

 

始原爆破(ワイルド・ブラスト)。」

 

次元断切(じげんだんせつ)!!!」

 

スルシャーナが最強の武技を発動させる。それは次元そのものを切断し、対象を切断する武技。『神』が使おうとした始原魔法の詠唱を阻止した斬撃が『神』に向かって飛んでいく。

 

「___________。」

 

『神』が何かを詠唱した。

 

その途端、『神』の姿が消えた。

 

スルシャーナの背中から胸に掛けて何かが貫いた。

それは『神』の右腕だった。

 

「これは『始原転移(ワイルド・テレポーテーション)』!?」

 

『神』が使用した始原の魔法は『始原転移(ワイルド・テレポーテーション)』。他の転移魔法などとは異なり、この魔法は攻撃を受けた瞬間であれば転移した時点で攻撃を受けていないことになる。通常の転移は自身の移動だけだからそうはいかないが、この魔法は転移先の『次元』と自身を入れ替えることで転移の瞬間は防御に成功するという性質を持つ非常に便利な魔法だった。但し敵対相手が使えばその分だけ厄介である。

 

 

「くっ・・」

 

スルシャーナは『神』の腕を右腕で掴んだ。もう逃がさない。

 

スルシャーナは『神』の腕ごと振り向く。身体の骨が一部砕け散るが痛みは無い。

 

スルシャーナは右手に掴んだ大剣を振り上げる。その大剣の名前は『矛盾殺し(パラドックス・ブレイカー)』。

『神』に最もダメージを与えた武器だ。

 

「・・・・」

 

『神』は左腕でスルシャーナの斬撃を防ごうとした。

 

スルシャーナは笑う。

 

(これでこの戦いは終わりだ!)

 

スルシャーナが気付く。『神』が笑っていることを。

 

『神』の目前にそれがが現れる。

 

スルシャーナの斬撃は『神』の次元の盾に吸い込まれていった。

 

「それは『次元断層(じげんだんそう)』!?まさかお前は・・」

 

 

 

「・・・」

 

スルシャーナは気付けなかった。使用した武技に驚愕していたからだ。

 

『神』が右腕を振り上げた。

 

スルシャーナがそれにようやく気付けた。だがしかし遅かった。

 

『神』が武技を使用した。

 

それは次元を切り裂いた。

 

「がっぁぁ!!」

 

スルシャーナの身体が左右に引き裂かれる。

 

(これは『次元断切(じげんだんせつ)』!!?)

 

(くそ!強過ぎるだろう!!)

 

「お前たちの負けだ。」

 

「まだだ。」

 

(例えどれだけの私の魂が犠牲になろうとこいつだけは何とかしなければならない!!!)

 

スルシャーナは『それ』を使用した。それは【連鎖の指輪】と呼ばれるアイテム。『ある者』から授かったアイテムである。

 

「指輪よ!<こいつを永遠に封印しろ!>」

 

『神』の胸元を中心に真っ黒い空間が広がる。

 

「ふはははははっっ!!!!!!!!!そうか・・封印か!!」

 

『神』が笑う。

 

やがて『神』は飲み込まれていった。そして黒い球体自体を吸い込むように圧縮されるとその場から消失した。

 

「はぁ・・はぁ・・はぁ・・はぁ・・」

 

スルシャーナがその場に倒れこむ。

 

(やった。封印したぞ。)

 

『神』こと『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』を封印したスルシャーナ。

 

この時のことはまだ序章でしかなかったのだが・・・

 

それにスルシャーナや他の者たちが気付くのは随分後になる。

 

 

 

 



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託されるもの

「モモン!!」

 

「モモンさん!!」

 

目の前に光が広がる。

 

「ここは?」

 

モモンは起き上がる。そこは自身が今まで使用していたベッドであった。

 

「驚いたぞ。一体何があったんだ?」

 

「実は・・」

 

モモンは全てを話した。エメラルドタブレットを触れた後にスルシャーナの声がしたこと、そこからまるで自身の記憶の様にスルシャーナたちと『破滅の竜王』との戦いを見たことなど全て話した。

 

「『六大神』のスルシャーナ・・・『破滅の竜王』・・」

 

「えぇ・・確かに見ました」

 

「他にも気になる単語があるが・・・それに関しては今は放っておこう」

 

そう言ってミータッチは懐からそれを取り出した。

 

「エメラルドタブレット・・・私や私の先祖はこれを『預言書』として扱ってきたが、どうやら違うようだな」

 

「というと?」

 

「恐らく、この石板は『未来』へ何かを伝える為のものなのだろう」

 

「過去の者が未来の者に何かを伝える為のものということでしょうか?」

 

ナーベが口を開いた。

 

「それが何かまでは分からない。ただ・・モモンが見たものが確かならば・・それは600年前のものだ」

 

「600年前!!?」

 

「600年前といえば『六大神』がスレイン法国を建国したとされる時期ですね」

 

その場が沈黙に包まれる。

 

「難しい話は止めにしよう。それより夕食にしよう」

 

 

____________________________________________________________

 

その日の夜・・

 

「モモン・・起きているか?」

 

「はい」

 

「悪いが少し付き合ってくれ。」

 

モモンはミータッチに連れられて隠し地下室に入る。

 

「ナーベには聞かせたくない話でな・・」

 

「何かあったんですか?」

 

2人はエメラルドタブレットの置かれた台座の前にまで歩いた。

 

「モモン・・私がこれを読めないと言ったな。あれは嘘だ」

 

「どうしてそんな嘘を?」

 

「私が嘘をついた理由はここに書かれていることが理由だ。より正確に言えば私ではなく私の『友人』がこれの解読に成功したのだが・・」

 

「『友人』?」

 

モモンは疑問に思う。10年もミータッチと一緒にいたが、ミータッチの『友人』という存在を見ることも聞いたこともなかったのだ。

 

「それに関しては私の口から言うつもりはない。話が逸れたな・・この石板に書かれた文字は・・」

 

『 流星の如く現れる者、「流星の子」

  流星が降る夜、「流星の子」は生れ落ちる。

  ある者は奇跡をもたらし、ある者は破滅をもたらす。

  預言を残し、星となって去っていく。

  それが「流星の子」である。

 

  預言を繋ぐ者、「預言者」

  世界が変わる時、「預言者」は現れる。

  過去と未来を繋ぎ、永遠を造る者

  究極の扉を開ける世界の主

  始原にして終末の存在、

  それが「預言者」である。 』

 

「・・・・ということだ。」

 

そう言ってミータッチはエメラルドタブレットを手に取る。

 

「師匠?」

 

「モモン・・預言を繋ぐとこれには書かれている。それはどういう意味か分かるか?」

 

「預言は少なくとも二つ以上あるということですね。」

 

「そうだ。そして恐らくだがこのエメラルドタブレットも二つ以上ある。そしてそれを悪しき者たちに渡す訳にはいかない。モモン・・私はお前を信頼している。だからこそ、エメラルドタブレットをお前に渡した。」

 

「そんなものを・・」

 

「モモン。お前に聞きたいことがある。」

 

「?」

 

「ナーベは好きか?」

 

「はい」

 

「即答か・・嬉しいな。ちなみにどこが好きになったんだ?」

 

「ナーベは優しいですよ。少し言い方が不器用で分かりづらいですが。」

 

「確かにな」

 

2人が笑う。

 

「モモン、この場にある全てのものをお前に渡す」

 

「しかし!!」

 

「受け取ってくれ。使い方はお前に任せる」

 

ミータッチがその場にある全てのものを革袋の様なものに入れていく。それを終えるとモモンに手渡す。

 

「これは?」

 

「これは無限の背負い袋(インフォ二ティ・ハヴァサック)。見た目はただの革袋だが、中身の容量はほぼ無限大だ。ただし総重量に限りはあるがな」

 

モモンを腰のベルトにそれを結び付けた。

 

ミータッチが純白の鎧に付いた赤いマントを外す。

 

「モモン、今から言う言葉に嘘偽りなく答えてくれ」

 

「?」

 

「『(すべ)ての()』を飲み干すと誓うか?」

 

「はい」

 

不思議と口が勝手に開いていた。

 

「『全ての血』を受け入れると誓うか?」

 

「はい」

 

「『全ての血』を守ると誓うか?」

 

「はい」

 

ミータッチはそう言って赤いマントをモモンの目の前に差し出した。

 

「『全ての血』を背負うと誓うか?」

 

「はい」

 

そう言ってモモンは受け取った。

 

「これで安心できる」

 

モモンは赤いマントを黒い鎧に付ける。

 

「明日、ナーベと共にこの国から出てエ・ランテルに向かえ」

 

「エ・ランテル?」

 

ミータッチから聞いた話ではエ・ランテルなる町は城塞都市であり、リ・エスティーゼ王国の領土とのことだ。

 

「あぁ。あそこで冒険者になるのも悪くないかもな」

 

冒険者・・・

 

かつて『五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』が憧れた職業。

 

十三英雄の様な冒険をするため、目指したもの・・・

 

(ウルベル・・チーノ・・チャガ・・アケミラ・・・ギルメン村の皆・・)

 

モモンは無意識に拳を作っていた。

 

「・・明日お前はナーベと共にエ・ランテルに行け」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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大虐殺

「一体何が?」

 

スレイン法国の最奥の聖域にて13人の存在がいた。

その内の12人が慌てていた。

 

「分からないが・・陽光聖典隊長のニグンを見ようとした所、突如爆発したのだ」

 

10年前・・多くの異種族の村や集落を滅ぼしたクワイエッセ=クインティアはその功績と実力を認められてスレイン法国の特殊部隊である六色聖典の一つである最強の部隊『漆黒聖典』の四番席次に任命されることになった。その後続としてニグン=グリッド=ルーインに白羽の矢が立ったのだ。ニグンは今まで無事順調に人間種を守るための戦いに身を投じていただが・・・

 

「一体何が・・」

 

(このパニック・・・使えるかもな)

 

その者は口元を隠すように両手を組んで笑う。

 

「もしや『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』の復活か?」

 

「馬鹿な・・・『破滅の竜王』はスルシャーナ様が倒したはずだ」

 

(何も知らない。愚か者よ。スルシャーナは一時的に『封印』したに過ぎない。何も知らないのはスルシャーナがお前たちを信用していなかったからだ。)

 

その者は部屋を出ようと扉の前に立つ。

 

こんなことをしても何も言われないのは、誰もその者の存在に気付けていなかったからだ。視認や気配の認識すら出来ていなかったからだ。

 

その者は最後に『矛盾殺し(パラドックス・ブレイカー)』のあった場所を眺めた。

 

(『十三英雄』・・『八欲王』・・・そして『六大神』、これで『あの御方』の敵は完全にいなくなる。そして『あの御方』の完全復活も終えた今、ついに活動を開始する時だ。)

 

その者が部屋を出た。それに気付く者は一人もいなかった。

 

 

_________________________________________

 

 

「準備は出来たか?」

 

ミータッチはいつもの純銀の鎧を着たまま見送る。

 

「父上、お元気で」

 

ナーベがそう言ってミータッチを見る。その眼には涙が溜まっていた。

 

「モモンと仲良くな・・」

 

「師匠・・」

 

「モモン・・ナーベを頼んだぞ」

 

「はい。」

 

モモンとナーベが屋敷を出る。

 

それを見たミータッチが一言告げる。

 

「お別れだ・・2人とも・・」

 

 

___________________________________________

 

 

スレイン法国の上空に六人の影があった。

 

「そろそろか・・」

 

その中でもリーダーである男が口を開いた。男は仮面を被っていた。

 

「ただいま戻りました」

 

「久しぶりだな。ラスト。相変わらずあいつらは無能だったか?」

 

あいつらと言うのはスレイン法国の上層部のことだ。

 

「はい。いつも通りでした」

 

「そうか。エンヴィー、グリード」

 

「「はっ」」

 

「私が隕石落下(メテオ・フォール)を使い、神都を襲撃した後、スレイン法国の聖域を襲いアイテムなどを全て奪え。」

 

「「かしこまりました。」」

 

「ラース、グラトニー、スロウス」

 

「「「はっ」」」

 

「お前たちはスレイン法国の民を一人残らず殺せ。神都から一人も残すな」

 

「「「かしこまりました。」」」

 

「ラスト。」

 

「はっ。」

 

白い華美な婦人服を着てる女性。頭部には帽子を、顔には仮面を被っていた。その眼には赤い光を宿していることが分かる。

 

「お前はアレを召喚して、逃走する奴を狩れ。お前自身は私の横で護衛だ」

 

「かしこまりました」

 

「それでは始めよう。隕石落下(メテオ・フォール)

 

 

_________________________________

 

 

「『神都』が!!?あれは爆発!!?」

 

「よせ。ナーベ」

 

「しかし・・」

 

「なーにをしーているーのかな????」

 

モモンとナーベが神都から出ようとした所でその者が現れる。

四本足で歩く存在が現れる。犬でも狼でも熊では無い。

 

「何者だ?」

 

「わーたーし。ホニョペニョコ!!」

 

大口で凶悪な雰囲気をまき散らしながら近寄ってくる。目から赤い光が漏れている。

 

(こいつ・・強い!!)

 

ホニョペニョコがナーベを見る。

 

「うまそぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

そう言ってナーベに向かって跳躍する。

 

「くっ!!」

 

モモンは剣を抜くとホニョペニョコの前に出た。

 

「くそがぁぁぁぁぁ!!!!じゃまぁぁぁぁぁ!!!」

 

「『飛翔斬(ひしょうざん)』!!」

 

モモンは武技を発動した。飛ぶ斬撃がホニョペニョコの右半身を斬りつけた。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!痛ぇぇぇぇぇ!!!!」

 

ホニョペニョコの右半身の切り口が元に戻っていく。

 

(再生能力・・吸血鬼か!!?)

 

ホニョペニョコが激痛のせいか暴れまわる。今ならば攻撃することが出来そうだ。

 

(どうすべきだ。このまま戦うべきか・・逃げるべきか・・)

 

ホニョペニョコがナーベに向かって右腕を振り上げた。

 

「にがすかぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 

一閃・・

 

ホニョペニョコがナーベの頬に傷をつけるのと同時にモモンが飛翔斬を使用した。

 

モモンの飛翔斬がホニョペニョコの右腕を切り落とした。

 

「がぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

ホニョペニョコが激痛でのたうち回っている。

 

「ナーベラル!」

 

モモンは懐からポーションを取り出した。そのポーションは血の様に赤い。

 

ナーベに振りかける。頬の傷が治っていく。

 

『ナーベを頼む』

 

「逃げるぞ。ナーベ」

 

「はい・・」

 

「ちっ!にがすかぁぁぁっっ!!!!」

 

そう言ってホニョペニョコが追いかけようとした時だった。

 

「!!っ。わかりました。いますぐむかいます!」

 

そう言ってホニョペニョコは神都の中心へと向かっていった。

 

(チャンスだ。今しかない!)

 

「早く逃げるぞ!!」

 

『ナーベを頼む』

 

「絶対に死なせるもんか・・・絶対に守って見せる」

 

モモンはナーベの手を取ってその場を後にした。

 

その日、スレイン法国の上空から再び隕石が落下した。

その隕石は全ての痕跡を消すように爆発した。

スレイン法国の人口は約5割・・約750万人の死傷者を出した。

後にこの日のことを多くの者がこう言う。

『大虐殺』と。

 

 

 



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幕間・ツアー

スレイン法国の遥か北西に位置する場所にアーグランド評議国と呼ばれる国がある。

周辺国家とは異なり、人間ではなく亜人が主な国民であるその国は竜が国を統治している。

 

アーグランド評議国、そのとある場所に一匹の竜がいた。

 

「ん?」

 

ツァインドルクス=ヴァイシオンは起きた。

 

(この感じ・・)

 

竜という種族は人間より遥かに優れた探知能力を持つ。その中でも竜王の一体と数えられる彼は非常に優れた探知能力を持つ。それゆえ離れた位置・・例えアーグランド評議国の外にいる敵の位置なども把握できる程だ。

 

(間違いない・・・この邪悪な気配・・『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』の気配だ。)

 

それはかつて六大神が封印したとされる存在。

 

(忘れる訳が無い・・この気持ち悪い気配。)

 

まるで身体に異物が紛れ込んでいるようなそんな身近で危険な違和感・・・この世に存在していい存在じゃない!

 

(この方向と距離は・・スレイン法国か。)

 

人類至上主義を掲げるスレイン法国と亜人たちが暮らすアーグランド評議国は潜在的に敵対国家である。その為すぐにスレイン法国に『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』の気配があることを知覚する。

 

(僕はこの大陸にいる存在の大半には勝利するだろう。)

 

竜という種族は人間では絶対に勝てないだけの力を持つ。その中でも竜王という存在は次元が違う強さであり、大陸にいる大半の相手やそれらが群れても勝利するのは確実だろう。

 

(だが・・・『流星の子(りゅうせいのこ)』や『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』だけは別だ。間違いなく負ける。)

 

竜という種族は強すぎる余りに傲慢になりがちだが、ツアーは違った。自身より強い存在を知っていたのだ。

 

(600年前に『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』を封印した『六大神(ろくたいしん)』。500年前に大陸を支配し、何故か最後は殺しあった『八欲王(はちよくおう)』。200年前に現れ魔神と戦い英雄と呼ばれた『十三英雄(じゅうさんえいゆう)』。)

 

ツアーはそれぞれのことを思い出す。

 

その中でも十三英雄のことだけは特別だ。

 

(リーダー・・・)

 

十三英雄のリーダー・・・

 

かつて同じ十三英雄の『白銀(はくぎん)』として共に旅をした。

 

リーダー、リグリット、『白銀』ことツアー、暗黒騎士、その他多くの仲間たち・・・

 

彼らと旅をしたことはツアーにとって初めて楽しいと思えた数少ない思い出であった。

 

(良い仲間たち・・良い冒険だった。だが最後は・・・)

 

あまりに悲しい最期だった。

 

(リーダーは誰よりも優しかった・・・いや優しすぎたのだ。)

 

今でも鮮明に思い出せる。

 

(何か一つ違えば・・結果は変わったかもしれない。リーダーや『彼』も死なずに済んだかもしれない。)

 

十三英雄の『誰か』が悪かった訳ではない。

 

(誰よりも弱く優しい存在。だけど誰よりも強くなり誰よりも頼りがいのある存在になった。)

 

(最初は彼が『預言者(よげんしゃ)』だと思った・・・)

 

彼も『預言者』じゃなかった。だが『流星の子』であるのは確かなのだ。

 

(今度、リグリットに『流星の子』を探すように頼もう。)

 

同じ十三英雄の仲間であり良き友人であるリグリット。今でも交流はある。

 

(久しぶりに会いたいな・・)

 

ツアーは少し首を曲げてそれを見る。

 

かつて『十三英雄』の『白銀』として旅をする為に遠隔操作していた白銀の鎧。正確に言えば鎧の中の『次元』を操作して動かしていたのだ。

 

ツアーは鎧ではなくその横に置かれたものに目を向けた。

 

魔法防壁を仕掛けられた台座に突き刺さった剣。白銀の鎧と並んでもその光景に違和感は無い。

 

斬るのに適していない形状をしているが抜群の切れ味を誇る剣。

究極の剣。

 

その形状は剣というよりは鍵の様である。

 

(・・・)

 

(僕はここを動けないからね・・)

 

八欲王が残した最上の武器。それを『ある理由』によりツアーは動けない。

 

 

 



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※※設定など/第1章-第2章

設定

 

不定期に更新します。

またそれに伴い設定の変更や削除も行います。

 

____________________

 

 

 

第1部の登場人物

 

 

モモン

「漆黒の英雄譚」の主人公。人間の男性。

アゼリシア山脈に捨てられていた所をギルメン村のモーエにより拾われ、

「モモン」と名付けられて41人目の村人として受け入れられる。

五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』のリーダー。

※モモンの名前の由来は『十三英雄』の『リーダー』である。

 

 

モーエ=プニット

モモンが「母親」と呼ぶ人物。

捨てられていた子供に「モモン」と名付けた女性。

この際にモモンの母親になることを決意した。

モモンにプニットを名乗らせなかったのはモモンに自身やギルメン村に縛られることが無いようにという親心からである。

 

 

ウルベル

モモンの「兄」にして「悪友」。

いい意味で悪い友人。

五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』の一人。

 

 

 

チーノ

モモンの「弟」にして「親友」。

水浴びを覗いてよく怒られる。

五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』の一人。

 

 

 

 

チャガ

モモンの「姉」。

非常に魅力的な声の女性。

ただしチーノに対してはよく怖い声を出す。

五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』の一人。

 

 

 

アケミラ

モモンの「妹」。森妖精<エルフ>の女性。

読書好き。

朝は弱い。

五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』の一人。

 

 

 

マイコ

アケミラの姉。巨乳。

よくチーノに水浴びを覗かれている。

実は怒るとチャガより怖い。

 

 

アマ―ノ

ギルメン村の鍛冶師。男性。

ギルメン村開拓時の「最初の九人」の一人。

村の大半のものは彼が作った。

 

 

ルシア

虫好きな青年。

虫を集めて飼うのが趣味である。

その趣味からか女性陣からは敬遠されている。

 

 

タブラス

ギルメン村一の知恵者。

よくスザァークと酒を飲んでいる。

 

 

スザァーク

ギルメン村の長老。最年長者。

よくタブラスと酒を飲んでいる。

 

 

クワイエッセ=クインティア

スレイン法国の特殊部隊・六色聖典の一つ「陽光聖典(ようこうせいてん)」の隊長。

天使とギガントバシリスクを使ってギルメン村を滅ぼした。

後に実力と功績を認められて「漆黒聖典(しっこくせいてん)」の一人に加わる。

 

 

 

___________________

 

 

第2部の登場人物

 

 

 

ナーベ

ミータッチの娘。

後に『漆黒(しっこく)』の片割れとなる女性。

毒舌家で人を見下した態度をよく見せるが、実は優しい。

彼女の言葉がモモンの問題解決の糸口になることがあった。

才能のみで第五階位魔法を取得した若き天才。それゆえ努力をする者を基本的には見下していた。しかし何事にもあきらめず努力を続けたモモンを唯一の例外として見ている。

 

 

 

ミータッチ

純銀の聖騎士(じゅんぎんのせいきし)」。モモンにとって大恩人であり師匠。

モモンに自身の戦闘技術や武技を叩きこんだ。

ちなみにモモンは2人目の弟子だったりする。

血の様な赤いマントを所有していたが、モモンに託した。

預言書であるエメラルドタブレットのことを初め謎の多い人物。

口癖は『(だれ)かが(こま)ってたら(たす)けるのが()たり(まえ)』。

 

 

???

ラストたちのリーダー。

何故か仮面を被っている。

この者の部下は現在六人いる。

スレイン法国に隕石を落とした。

『大虐殺』を起こした張本人。

 

 

ラスト

???の部下の一人。

ホニョペニョコを召喚した存在。

白い婦人服に身を纏い仮面を被る。

※ラストは英語で『色欲』を意味する。

 

 

ホニョペニョコ

「ラスト」と呼ばれる女性の召喚した謎の吸血鬼。

時間を巻き戻す能力を持つ。

モモンと互角の力を持つ。

 

 

 

ツァインドルクス=ヴァイシオン

通称「ツアー」。

アーグランド評議国の永久議員の一人。『竜帝(りゅうてい)』の子。

始原の魔法(ワイルド・マジック)の使い手。

500年前の『八欲王』と竜族たちの戦争には参加していない。

200年前に『十三英雄』に『白銀』として参加。

『八欲王』が残した『斬るのに適していない形状をした剣』を『ある理由』から守っている。

流星の子(りゅうせいのこ)』や『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』といった存在を警戒している。

※ドラゴンの中でも非常に優秀なクラスを所有している。

 

 

 

 

________________________

 

『現代編』

 

コナー=ホープ

エ・ランテルに住む少年。

モモンに憧れている。

 

 

サラ=ホープ

コナーの母親。

モモンを尊敬している。

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国

大陸統一を果たす軍事力を持ち、あらゆる種族(人間種・亜人種・異業種)が民として平和に暮らす治安の良い国家。この国家の冒険者は過去の傭兵の様な冒険者と異なり『未知を探索する』冒険者である。

 

冒険者組合(現代・冒険者組合)

未知を既知とすることをモットーとしており、最低限の自衛・生活能力を得るまでは魔導国がサポートする。階級は全部で8つである。以下の通りである。

 

オブシディアン

アポイタカラ

ヒヒイロカネ

エレクトラム

ダマスカス

アダマンタイト

オリハルコン

ミスリル

アイアン(訓練生・見習い)

 

オブシディアン〜エレクトラムが「上位冒険者」

ダマスカス〜ミスリルが「下位冒険者」

アイアンが「訓練生・見習い」

 

オブシディアンは「黒」(漆黒)

アポイタカラは「青」(蒼の薔薇)

ヒヒイロカネは「赤」(朱の雫)

魔導王がそれぞれの冒険者に良き見本にするため。

 

※『空想病』さんからの許可を頂き使わせて頂きます。

また一部の変更も許可を頂き使わせていただています。

 

 

________________________

 

 

村や国など

 

 

ギルメン村

アゼリシア山脈の上に開拓された村。

この村を開拓したのが九人であったため、その者たちは『最初の九人』と呼ばれている。その後村人が増え続け、40人に増える。

モモンは41人目。

 

 

スレイン法国

人間こそが選ばれた種族だと語る宗教国家。

周辺国家が四大神を信仰しているにも関わらず『六大神』を信仰している。

『大虐殺』により全人口(1500万人)の約半分が死傷した。

 

 

 

ミータッチ宅

ミータッチの家。

スレイン法国内にある。

何故か隠された地下室がある。

預言書なるエメラルドタブレットがあるなど謎の多い家。

 

 

 

 

 

 

 

________________________________________________________

※※これより先はかなりの独自設定・捏造設定ありです。

※※苦手な方は見ない方がいいです。

※※この二次創作のネタバレになります。現作や今作の未読な方は見ないことをお勧めします。

※※「六大神」などの設定についてです。

※※作者の想像上のものです。

※※上記のことを理解した上で先を見るかどうか決めて下さい。

________________________________________________________

 

 

 

 

 

 

 

↓↓↓↓↓

 

 

 

 

 

 

↓↓↓↓↓

 

 

 

 

 

 

 

 

↓↓↓↓↓

 

 

 

 

 

 

 

 

実は『流星の子』はユグドラシルプレイヤーの意味である(一部例外あり)。

プレイヤーは100年に一度現れる(所属するギルドや転移してくる人数は不明)。

 

世界の覇者<ワールドチャンピオン>

世界の災厄<ワールドディザスター>

 

上記の二行はこう訳すかなと思ったので書きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

『六大神』

 

ギルド名  パラドックス

 

ギルドメンバー スルシャーナ(ギルドマスター)

        アーラ・アラフ

        その他四人

 

ギルド加入条件 「ワールドチャンピオンの職業を取得していること」

        「ギルドメンバーからの推薦があること」

 

ギルド武器   矛盾殺し(パラドックス・ブレイカー)(大剣)

 

ギルド拠点   「???」

 

世界級アイテム  複数所有?

 

 

パラドックスの由来は矛盾。ワールドチャンピオンのスキルである「次元断切」という矛と「次元断層」という盾を使用できることから「矛盾」。

その単語の英語表記から来ている。

※正確にはパラドックスという英単語には「矛盾」という意味はありません。それを理解した後も個人的な好みで名付けています。

 

 

作者的にはステンドグラスと相性が良さそうな「氷河城」もしくは「氷結城」をイメージしています。

六大神→六→六花(雪)→氷→氷河?、氷結?

 

 

 

______________________________________________

 

 

 

スルシャーナ

六大神最強の存在。死を司るとされている。男性?

 

取得種族

????

 

取得職業

ワールドチャンピオン

その他※1

 

使用するスキル・魔法

次元断切

次元断層

 

 

 

 

アーラ・アラフ

生を司るとされている。女性?

 

取得種族

???

 

取得職業

ワールドチャンピオン

その他

 

 

 

※1. web版の設定を使用。オリ設定あります。

ワールドチャンピオンのみでギルドを構成するという話が出たが3人の反対が出たため頓挫。しかし残る6人で結成。このチームが傭兵魔法職ギルド(ワールドディザスター持ち多数)を潰した為に資格を得る。そのまま戦士職から魔法職にレベル構成を変えることなく「資格」のみ保有し続けた。

 

 

 

___________________________________

 

 

『????』

 

 

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)

 

 

正体不明。

自らを『神』と名乗り、亜人を使って人類を滅ぼそうとしていた。

六大神のスルシャーナにより殺害(実際は封印)された。

六大神を相手に常時優勢であるなどかなりの実力者。

何故か『始原の魔法<ワイルドマジック>』が使える。

『六大神』『八欲王』『十三英雄』とはそれぞれ何かしらの関わりがある。

六大神が何者かと聞くとどういう理由か自らを『世界の敵』と表現した。

少なくとも600年以上前から存在していた模様。

その正体は・・・

 

 

___________________________________________________

 

※これから先は今後の話に出て来るキャラなどの情報です。

 

※これより先は設定の変更などあるかもです。

 

__________________________________________________

 

『八欲王』

 

彼らは『漆黒の英雄譚』内では『雲を泳ぎし者』という名称で呼ばれることもあります。

※何故『雲を泳ぎし者』なのかは『とある理由』があります。

 

 

????????

八欲王の一人。

 

 

????????

八欲王の一人。

 

 

????????

八欲王の一人。

 

 

????????

八欲王の一人。

 

 

????????

八欲王の一人。

 

 

????????

八欲王の一人。

 

 

????????

八欲王の一人。

 

 

????????

八欲王の一人。女。

 

 

 

所有アイテム

 

世界級アイテム複数所有?

ギルド武器が・・??

 

 

__________________________________________

 

 

『十三英雄』

 

 

カイズ

十三英雄のリーダー。二つ名【緋色】。

種族は人間。

誰よりも弱かったが傷つきながら剣を振り続けて誰よりも強くなった英雄。

※名前の由来は『海図』ともう一つの理由から。二つ名の由来もちょっとした理由あります。

 

 

ジュゲム

十三英雄の一人。ゴブリンの王。

 

 

イジャ二ーヤ

十三英雄の一人。隠密に特化した人物?

 

 

ヤミー

十三英雄の1人。【暗黒騎士】。

悪魔との混血児らしいが・・・

十三英雄ごっこする際に2、3番目に選ばれるほど人気のある人物。

 

 

オベイロン

エルフの王。

 

 

 

リグリット

十三英雄の一人。【死者使い】。

死霊術師。

 

 

ツアー

十三英雄の一人。【白銀】。

その正体はツアァインドルクス=ヴァイシオン。

 

 

『神竜』

十三英雄の最後の敵。

この者との戦いで十三英雄の旅は終わる。

 

 

_____________________________________________

 

アイテム

 

 

『世界級アイテム』

※作者の独自設定や独自解釈もあります。

 

 

永劫なる蛇の指輪(ウロボロス)

運営にかなりのお願いができる世界級アイテム。

 

 

ファウンダー

世界級アイテムの一つ。日本語訳で「始祖」「創始者」。

原作では名前のみの登場。「運営狂っている」

効果は「職業(クラス)によるペナルティを無効化する」

 

 

 

世界意思(ワールドセイヴァー)

世界級アイテム20の一つ。

これを使用すれば単騎でナザリック地下大墳墓も制圧できるらしい。

※形状は『Fate/stay night』に登場するギルガメッシュの持つ『王律鍵ハヴ=イル』です。それを白銀色に染めている感じです。

 

 

 

 

 

 

 



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第3章【二人の冒険者】
二人の冒険者


エ・ランテル

 

リ・エスティーゼ王国の都市の一つである。

 

その都市には『冒険者』という職業がある。

 

冒険者という呼称から世界を旅するようなイメージを持たれることは多い。これは多くの者が幼少期に『十三英雄』のおとぎ話を読むことで冒険者イコール旅をする者だという認識を持つからである。だが実際は『十三英雄』が『魔神』と呼ばれる者たちを退治したことから、人々を守るために戦う傭兵の様な役割であるのが現実である。

その為、危険は多く実入りが少ないのが実情である。また冒険者は戦闘を経験するせいか血の気が多い者が多く粗暴な者も多かった。その為人々から感謝される者よりも嫌悪される者の方が多かった。

後に建国される『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』の冒険者と当時の冒険者ではその役割が大きく異なっていた。

 

当時の冒険者は八つのランクに分類されていた。下から順に

 

(カッパー)(アイアン)(シルバー)(ゴールド)白金(プラチナ)、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトとなる。当時は最低位が(カッパー)で最高位がアダマンタイトであったのだ。

 

このエ・ランテルで存在する最高位の冒険者チームでもミスリルである。

 

そんな最低位の冒険者は依頼の内容も雑用がほとんどで、当然報酬も少ない。その為、金の無い冒険者は食事の量や回数を減らすか、泊まる宿屋のランクを下げるかなどしなければ冒険者でいることすら難しい程だったのだ。

 

 

『灰色のネズミ亭』。駆け出しの冒険者が利用する宿屋である。

 

ロバート=ラムはグラスを布でゴシゴシと洗う。

 

「・・・」

 

「今日も無愛想だね。おやっさん。」

 

赤毛の女がロバートに声を掛ける。この店に来る数少ない『マトモ』な常連客だ。

無愛想だと言われるもロバートは腹を立てない。最早それがその女の挨拶だと知っていたからだ。

 

「ブリタか?」

 

その問いかけにブリタは挨拶も兼ねて腕を上げて肯定する。

 

「・・座れよ。」

 

いつも通り無愛想に席に案内する。それに対してブリタも嫌な顔をせずに店内を歩く。

 

ブリタがカウンター前に置かれた椅子に座る。

 

(ん?)

 

ロバートは気付く。何故だか分からないがブリタがニコニコしている。

 

「どうした?」

 

「聞いてよ。おやっさん。私ついにやったのよ。」

 

「珍しいな。お前がそんなに気分を上がっているのは。」

 

ブリタの口角が上がる。

 

(何か大きな依頼を果たしたか・・良い武器でも入手したか。あるいは恋人が出来た・・いや、こいつの性格的にそれはないか・・)

 

「・・」

 

ブリタが微笑みながら首を横に振る。その様子は無言の「聞いて。聞いて」であった。

 

「ほう・・それで何を成し遂げたんだ?」

 

(聞かなきゃ面倒臭い奴だな・・こりゃ。)

 

「じゃじゃーん!」

 

そう言ってブリタはカウンターの上にそれを置いた。

 

「・・ポーションか?」

 

「そうよ。私が倹約に倹約を重ねて買った治癒のポーションよ。」

 

カウンターに置かれたポーションを見る。ガラスに入った小瓶で銀色の蓋が取り付けれれていたそれはブリタが勢いよく置いたせいで中に入った青い液体が揺ら揺らと揺れている。

 

このブリタという女、冒険者のランクは(アイアン)級である。その為ポーション一つを買うのにも色々と苦労したはずだ。

 

「確かにお前、長い間、ここで飯食ってなかったよな。」

 

(三週間くらいだったか・・)

 

「そうよ。全てはこのポーションを買うためよ!三週間も非常食の一日一食で生活することでやっとよ。」

 

まるで演劇の役者の様に大胆なポーズを取ってポーションを自慢げに掲げた。

 

その様子を見てロバートは周囲に座る酔っぱらいたちを見る。

 

(こいつらにブリタの爪の垢でも飲ませてやりてぇな。いや変わらんか・・所詮こいつらは生粋の酔っぱらいなのだろうな。)

 

その者たちとブリタを見比べる。同じ宿屋にいるはずなのにこうも違うのかと感じたのだ。

 

(よく分らんが・・このままだとブリタが不憫だな。)

 

ロバートがそう考えると、一つの良いことを思いつく。

 

「・・・店の掃除を手伝え。そこのテーブルと椅子で良い。こいつで拭け。」

 

そう言ってロバートは雑巾をブリタに握らせる。ロバートが店の奥に行こうとする。

 

「えっ、おやっさん。この店はいつから客に掃除させるようになったの?」

 

困惑するブリタにロバートは顔を向けた。

 

「いいから拭いとけ。俺は忙しいんだ。」

 

そう言ってロバートは店の奥に入っていった。

 

「おやっさんの馬鹿・・」

 

ブリタはため息を吐く。やがて仕方ないとあきらめると机と椅子を拭き始めた。

 

・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・・

 

机と椅子を拭き終えたブリタは再びカウンターに戻る。

 

そのタイミングでロバートが奥から戻ってきた。

 

「おやっさん。掃除終わったよ。」

 

そう言って雑巾をロバートに手渡す。

 

「随分綺麗になったな。」

 

(綺麗になった?・・・そんな大したことしたっけ?・・まぁ・・いいか。)

 

そう言うロバートにブリタは困惑するように笑う。

 

「労働には対価が必要だな。」

 

そう言ってロバートはブリタが清掃した机の上に皿を置いた。その上にはチーズや卵、それに牛肉をふんだんに作ったパスタがあった。

 

「食え。」

 

「おやっさん。いいの!!?」

 

「俺は忙しいんだ。質問なら後にしろってんだ。」

 

「おやっさん。本当にありがとう。」

 

店の奥に行くとロバートは僅かにだが口角を上げた。

 

ブリタはパスタを平らげた後、そのテーブルにポーションを置く。

 

(おやっさんには感謝しかないね。)

 

ブリタはポーションを眺め始めた。

 

「今日は人生最高の日だな。」

 

 

 

___________________________________________

 

 

店のドアが開いた。

 

ロバートや店でただ酒飲んでいる酔っぱらいたちがそちらを見る。

 

「!!?」

 

そこにいたのは漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に纏う人物と黒髪黒目の美女だった。

 

男たちが驚いたのが全身鎧の人物よりもそれに付き従う美女である。もし二つ名をつけるならば『美姫(びき)』が一番しっくり来るだろう。だが二人とも冒険者プレートは(カッパー)であった。

 

全身鎧の人物を見ていた酔っぱらいたちは期待する。もしやあの人物も絶世の美女なのではと思ったのだ。

 

「2人部屋を希望する。飯はいらない。」

 

その声を聞いた酔っぱらいたちは失望し、勝手に嫉妬した。美女ではなく野郎なのだ。そしてそれが意味する所は男が美女を好き勝手できると結論に達した。勿論それは彼らのただの妄想なのだが。

 

(ちっ・・気にくわねぇ。)

 

禿げ頭の男が足を伸ばす。

 

「うん?」

 

漆黒の全身鎧を着た人物の足元に何かが当たった。

 

「痛ぇぇ。あぁ・・これは骨折れちまったな。」

 

そう言って禿げ頭の男が自らの足を抱えて下品な顔を浮かべる。

 

「お詫びにそこの女を一日だけ貸してくれないか?そうすりゃ治療費は無しにしといてやるぜ。」

 

その言葉に嫌悪感を抱いた美女が腰に掛かった剣を抜こうとする。

 

「よせ。ナーベ」

 

そう言って漆黒の全身鎧の男が手で制する。

 

「しかし!モモンさん」

 

ナーベと呼ばれた女が食い下がった。

 

「まぁ、何でもいいが相手してくれよ」

 

そう言って禿げ頭の男がナーベに手を伸ばす。

 

「痛ぇぇぇ」

 

禿げ頭の腕をモモンと呼ばれた男が掴んでいた。掴まれた腕はびくともしなかった。

 

「私の連れに何をしようとした?」

 

「離せぇよ!」

 

モモンは掴んだ腕を離す。

 

「分かりゃいいんだよ」

 

禿げ頭の男は次に胸倉を掴まれた。それも片腕でだ。

 

「!!おい!!冗談だろ!!?」

 

酔っぱらいの男たちが驚愕する。あれ程の重量を感じさせる全身鎧を着込みながら片腕で大の男を持ち上げる腕力。

 

「離せ!」

 

「望み通り離してやる」

 

そう言ってモモンは男を投げ飛ばした。その際に机や椅子が壊れる音がした。

 

「うきゃぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

「?」

 

「ちょっとアンタ!」

 

そう言って赤毛の女がモモンに歩み寄る。

 

「えっ?俺?」

 

「アレを見なさいよ。アレを」

 

「えっ・・」

 

モモンが見た先には壊れた机や椅子。そこに横たわる男。それと何かが割れて青い液体が床に広がっていた。

 

「私が倹約に倹約を重ねたあのポーションを壊したのよ!!弁償しなさいよ!!」

 

「喧嘩をふっかけてきたのはこいつらだ。こいつらに請求したらどうだ?」

 

「無茶言うな。こいつはいつも飲んでばかりよ。そんな奴が金を持っているはずないでしょ!アンタが弁償しなさいよ」

 

「分かった。これでいいか?」

 

そう言ってモモンは懐からそれを取り出した。

 

ブリタはそれを乱暴に手に取ってそれを見た。

 

(赤いポーション?血みたいな色・・)

 

「私たちは行くぞ。ナーベ」

 

「はっ」

 

そうして嵐の様な2人は二階に上がっていった。

 

 

_______________________________________________

 

 

「はぁっ・・・・」

 

モモンはため息を吐くと兜を脱ぐ。そこから黒髪黒目の男の顔があった。

 

「ようやくエ・ランテルに着いたと思ったらこれかよ」

 

「あの女、気にくわないですね」

 

「いや、あの女はいいんだ。ポーションを壊したのは俺だしな。仕方ないだろう」

 

モモンはナーベと二人っきりの時は一人称は『俺』を使う。これは他の冒険者に舐められないようにということで決めたことであった。無論ナーベも了承済みである。

 

「それにしても汚い部屋ですね。」

 

部屋には埃が舞っており、部屋の片隅にはクモの巣が張っていた。

 

「仕方ない。今は金が無いんだ」

 

スレイン法国から何とか脱出し、エ・ランテルまで生き延びることが出来た。

 

(あの吸血鬼・・・ホニョペニョコ・・次に出会う時は勝てるようにならなければ・・)

 

「それもそうですね・・」

 

「まずは生活の為に仕事探し・・冒険者組合に行くぞ」

 

そう言うとモモンは兜を被った。

 

 

 

 



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四人の冒険者

エ・ランテルの街中を歩くパーティがいた。

その者たちの首からの(シルバー)プレートをぶら下げており、冒険者であることが分かる。

このパーティは今日は依頼を探すために冒険者組合に向かっていた。

 

 

「今日は何か良い依頼があるといいな。」

 

「そうだな。この前みたいにまたゴブリンでも狩るか?」

 

「それもいいですね。」

 

「だが油断は禁物なのであーる。」

 

「そろそろ冒険者組合ですよ。」

 

 

 

_________________________

 

 

ペテル=モーク

 

ルクルット=ボルブ

 

ダイン=ウッドワンダー

 

ニニャ

 

彼ら四人は『漆黒の剣』という銀級冒険者である。

 

________________________

 

エ・ランテル冒険者組合

 

 

「すみません。何か依頼はありますか?」

 

リーダーであるぺテルが受付嬢と話す。

 

「『漆黒の剣』のぺテル様ですね。」

 

そう言うと受付嬢はぺテルの首にぶら下がったプレートを確認する。

 

「銀級で受けられる依頼は・・・現在無いですね。」

 

そう言って受付嬢は一枚の紙を手渡す。ペテルはそこに書かれた内容に目を通す。

 

「ゴブリンの討伐は?」

 

ぺテルの言った内容はエ・ランテルの周辺にいるゴブリンたちの討伐。街の治安維持の為に冒険者組合が独自に出している依頼だ。

 

「えぇ。この依頼を引き受けられますか?」

 

ぺテルは仲間たちを見る。誰もが首を縦に振った。

 

「受けます。」

 

「かしこまりました。それでは手続きの方をしますのでお待ちください。」

 

・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・・

 

・・・・・

 

それからぺテルたちは待合席に座って待っていた。

 

「ゴブリンの討伐・・・」

 

ニニャがふとそう漏らす。

 

「どうしたニニャ?考え事か?」

 

心配になったぺテルが問いかける。

 

「えぇ。どういう状況でどう戦うべきかなって・・」

 

「流石は我がチームの頭脳っ!」

 

ルクルットがウィンクをしながら大声で言う。

 

「茶化さないで下さいよ。ルクルット。」

 

「あまり大声で言わないでやった方がいいのであーる。」

 

「そうですよ。周囲にも聞こえて・・・ん?」

 

ニニャが周囲を見渡す。先ほどの会話はどうやら聞こえていなかったらしい。どうも他の冒険者たちが全員受付を見ていたのだ。

 

(受付嬢を見ている?)

 

最初はそう思った彼らであったがすぐに違うと気付いた。彼らが受付の方を見るとそこには漆黒の全身鎧を着込んだ人物と黒いロングの髪の美女が立っていたのだ。

 

「綺麗な女だな。」

 

そうルクルットが言ったのを他の三人は全面的に同意した。

 

「あの全身鎧・・・かなりのものであろうな。」

 

「やっぱりそうですよね。」ぺテルが言う。

 

「・・・」

 

そこにいた二人に対して一人だけ尊敬の眼差しと同時に異なるものを込めて見ていた。

 

(あの漆黒の大剣・・・案外、『暗黒騎士(あんこくきし)』が持っていた剣なのかな?)

 

十三英雄の一人、『暗黒騎士』。彼が持っていたとされる剣は四本ある。それらは彼の功績の凄さも相まって四大暗黒剣と呼ばれていた。それぞれ邪剣ヒューミリス、魔剣キリネイラム、腐剣コロクタバール、死剣スフィーズである。

 

そんなことをニニャは考えていた。

 

「ん?」

 

何やら受付嬢と漆黒の全身鎧を着た人物が話している。だが少し様子がおかしい。

 

明らかに受付嬢は困惑した様子だった。

 

(もしかして冒険者組合は初めてなのかな?)

 

ぺテルはそう思った。

 

「あの。」

 

ぺテルは思わず漆黒の全身鎧を着た人物に声を掛けた。

 

「ん?」

 

一言だけ聞いて推測するにその声は男のものであった。

 

「もしよろしければ私たちの仕事を手伝いませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 



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六人の冒険者

声を掛けられたモモンは戸惑った。

 

「そうですね・・」

 

モモンはそう言いながらナーベの方に目を向けた。

 

「私は構いませんよ」

 

(冒険者のこと実はよく知らなかったし・・・聞いてみよう)

 

「お話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

 

「っ・・ありがとうございます!」

 

話を聞くと言ったことが嬉しかったのかぺテルが笑顔を見せた。随分と爽やかな表情だ。

 

(こういう人のことを好青年というのだろうなぁ・・)

 

そうモモンは思った。

 

「それでどこでお話を聞かせていただけるのでしょうか?」

 

「あそこです」

 

ぺテルが指さした所には階段を上がった場所にスペースがある場所だ。

 

「あの場所は冒険者たちが話し合う場所として使用を許可されています」

 

「そうなんですね。初めて知りました」

 

そう言いながらモモンは二階へと上る階段を上がろうと・・

 

「あっ!すみません。実はその場所は許可を取ってからでないと使用できないんです」

 

「許可・・ですか?」

 

許可という言葉を聞いてナーベの眉間に皺が寄る。「何故私たちが許可を取らねばならないのだろう」といった顔だ。

 

「はい。受付嬢の方にプレートを提示して許可を貰ってからでないと使用できないんです。まぁ・・ミスリル級にまで昇級すれば顔パスで通れるんですがね」

 

「ならば早くミスリル級冒険者になりましょう。モモンさん」

 

ナーベが口を開く。

 

「まぁ落ち着け」

 

モモンがナーベを宥めている内にぺテルが受付でプレートを提示していた。

 

 

「それでは行きましょうか」

 

 

_______________________________

 

冒険者組合2F

 

 

「では自己紹介から始めましょうか」

 

全員が同意を表す相槌を打つ。

 

「私が『漆黒の剣』のリーダーのぺテルです」

 

いかにも好青年そうな雰囲気を出している。

 

「そこにいる弓の使い手が野伏(レンジャー)のルクルットです」

 

「よろしくねぇっ」

 

「そちらの椅子に座っているのがダインです」

 

「よろしくなのであーる。」

 

「そして最後にこちらが我がチームの頭脳『術師(スペルキャスター)』のニニャです」

 

「よろしく・・ぺテル、やっぱりその二つ名止めましょうよ。恥ずかしいですよ」

 

「良き二つ名なのであーる」

 

「以上です。そちらのお名前を伺っても?」

 

「・・私たちのチーム名はまだ決めていません。ですが・・私がリーダーのモモン。こちらがナーベです」

 

「・・・よろしく」

 

ナーベが顔を僅かに上下させる。了解の意なのだろう。

 

「それで早速ですが依頼とは?」

 

「えー、実はですね・・・」

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・

 

「以上です」

 

「成程。ゴブリンの討伐ですか・・」

 

 

「共同で受けて頂けますか?」

 

「はい。受けましょう」

 

「ありがとうございます」

 

「所で同じ依頼を受ける以上、顔を見せないのは失礼でしたね」

 

そう言ってモモンは兜を脱いだ。

その顔を見て「漆黒の剣」のメンバーが全員感心する。

 

(黒髪黒目、僅かに浅黒い肌、この辺りでは見ない容姿であるだろうがナーベさんと同じ『人間』なのは確かだろう。そういえば南方ではこういった容姿の人たちがいると聞いたことがあるが・・南方の人間なのかな?)

 

「意外と歳いってるんだな。老け・・」ルクルット。

 

「男らしい顔つきなのである」ダイン。

 

「男の人は顔じゃありませんよ」ニニャ。

 

「これでも25歳なんですがね。」

 

「えっ!!?」

 

ぺテルが驚く。どう見ても30代の顔だったのだ。

要するに老けていたのだ。

 

 

 

「それでは行きましょうか」

 

一同は階段を降りようとする。階段を降りようとしたモモンの前に受付嬢が飛び出てきた。

 

「すみません。モモンさん宛てに名指しの依頼が入ったのですが・・」

 

「私に?」

 

急な事でモモンは困惑する。

 

「それでその依頼主は?」

 

「こちらが今回の依頼人です。」

 

受付嬢が手を向けた先には少年が立っていた。

 

「初めまして。ンフィーレア=バレアレです。」

 

これがンフィーレア=バレアレとの出会いだった。

この時はまだお互いにどんな運命を辿るかなど知る由も無かった。

 

 

 



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初めての依頼

エ・ランテル近くの街道にモモンたちはいた。

モモン、ナーベ、ぺテル、ルクルット、ダイン、ニニャ、そしてンフィーレア。

彼ら7人は歩いていた。ンフィーレアのみ馬車に乗っている。

 

ンフィーレア・バレアレの依頼とは薬草採集であった。ただし薬草採集するに至ってカルネ村なる場所に拠点を置いて活動するとのことだ。モモンは名指しの依頼でこそあったが先約として『漆黒の剣』と依頼を受けることを決めていたため一度は断った。しかしぺテルたちから受けるように言われたことに悩むとナーベから「依頼内容を聞くだけ聞いて二つ同時に出来たら受ける。それが出来なければ断るのはどうですか」と言われたのでその提案を受けて内容を聞いた。ちなみにその際にルクルットが「流石はナーベちゃん。頭いいっ!」とふざけた様に言ったのでナーベから睨まれていた。

 

結果として『漆黒の剣』の「ゴブリン討伐」とンフィーレアさんの「薬草採集」は同時にこなせると判断し『漆黒の剣』のメンバーの許可も取った為、現在行動を共にしている。

 

(しかし何故・・銅級である俺なんだ?)

 

ナーベは自慢げな顔をしてさも当然という様な顔をしていた。しかしモモンにとっては疑問であった。

 

(何かしたっけ?そもそも昨日冒険者の登録をしたばかりだぞ。俺たち。そんな俺たちの名前が知られているとも思えないし・・・。まさか宿屋で投げ飛ばした奴の友人だとか。それであの時の借りは返させてもらうぜとか・・・ありえそうだな。)

 

この時のモモンはほとんど世間を知らなかった。

実際にはンフィーレアは酒場の一件の詳細など知らず、あることのみを知っていたのだが。

モモンたちが知るのは少し後になる。

 

「ンフィーレアさんの生まれ持った異能(タレント)って凄いですよね!」

 

そう言って高揚しているのはぺテルであった。

 

「まぁ・・僕自身はともかくこの『生まれながらの異能<タレント>』は凄いと思いますよ」

 

 

 

ンフィーレア・バレアレ。

彼の持つ生まれ持った異能(タレント)は『あらゆるマジックアイテムを制限なく使用可能』というもの。

その性質は本来であれば使えないはずの系統の違うも使えるし、使用制限で人間以外とされているアイテムでも使えるらしい。これはぺテルの推測ではあるが王家の血が流れていなけらば使用できない様なアイテムでも問題なく使用できるとのことだ。

 

 

 

「・・・」

 

(彼自身は気が付いているのかしら?その生まれ持った異能(タレント)は非常に便利でこそあるけどそれ以上に危険であることを・・・先程から彼と話している感じからして彼には悪意が無い、だけどもし誰か悪意のある者によって利用されたら・・・。そう・・例えばスレイン法国の様な国なら放っておかないだろう)

 

ナーベはそう考える。

 

「どうしたナーベ?難しい顔をして」

 

「いえ・・何も。少し考え事をしていただけです」

 

この時ナーベが危惧したことは現実のものとなることをこの場にいる者は誰も知らなかった。

 

「・・・」

 

ルクルットがナーベを見ていることに気が付いたぺテルが声を掛けた。

 

「どうしたんだ?ルクルット」

 

「いやー。考え事をしているナーベちゃんも可愛いと思ってな」

 

「黙れ。ウジ虫。指を折りますよ」

 

「いやー。勘弁してよぉ~」

 

そう言って片方の手で頭を掻いて笑う。

 

(あっ・・これ反省してない時の顔だ)

 

そうぺテルたち『漆黒の剣』のメンバーは気が付いたが口には出さなかった。

 

(・・・少しだけ・・ほんの少しだけチーノに似ているな)

 

モモンは少しだけ感傷に浸る。

 

(・・・)

 

何となくナーベを見る。

 

(あれ?・・)

 

「この・・・」

 

ナーベがその様子を見て苛立ちを見せる。眉間に皺が寄る。

 

「そういえば、この辺りで何か危険なモンスターなどはいないのですか?」

 

モモンが場の雰囲気を変える為に話を切り出した。

 

「あっ・・この辺りには色々なモンスターがいますが・・」

 

ぺテルはモモンの意図をくみ取り話を合わせた。

それから場の雰囲気が変わる。

モンスターの話題はやがてシフトしていく。

 

「・・中でも『(もり)賢王(けんおう)』は強く、魔法を使うとか」

 

「その者は警戒しなくてはなりませんね。」

 

(森の賢王・・・一体どんな奴なんだ?)

 

 

「モモンさん」

 

ぺテルに声を掛けられた。

 

「ん。どうしましたか?」

 

「そろそろ森の横を通ります。警戒しておいて下さい。」

 

「分かりました」

 

「ルクルット。お前も警戒しておいてくれ」

 

「了解。リーダー」

 

そう言ってルクルットは先程の雰囲気とは異なり真面目な顔をする。

 

(リーダーの一言で真剣になるか。良いチームだな)

 

(チームか・・・)

 

「噂をすれば来たぜ」

 

そうルクルットが言うと森からゴブリンやオーガたちが現れた。

 

(さて・・やるか!)

 

そう考えるとモモンは背中の大剣を抜いた。

 

 

 

 



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『亀の頭を引っ張り出す』

森から現れたのは数十体の小鬼(ゴブリン)

 

それと六体の人食い大鬼(オーガ)だった。

 

ゴブリンやオーガたちは隊列を組むことなくぞろぞろと現れる。

 

人食い大鬼(オーガ)が六体だと!?」

 

ぺテルがそれを見て驚愕する。それを見てモモンは思う。

 

(・・・今の彼らじゃオーガは厳しいか。ならば・・)

 

「私がオーガを倒します。それならば大丈夫でしょうか?」

 

「モモンさん!しかし・・」

 

「ぺテルさん。あなた方は私たちの心配はしなくていいです。あなた方は小鬼(ゴブリン)を倒すこととンフィーレアさんを守ることにだけ専念して下さい。私たちは大丈夫ですから。」

 

ぺテルはモモンの言葉に説得力を感じた。漆黒の全身鎧(フルプレート)を身に纏い、漆黒の大剣を両手にそれぞれ持つ腕力。そしてあれだけのオーガを目前にして「大丈夫」という自信。

 

(本当に『大丈夫』なんだ。だからモモンさんは・・・)

 

「了解しました。そちらはお任せします。ご武運を」

 

モモンとナーベがオーガに向かって歩いていく。その足取りはこれから戦闘をする者のそれではなく、まるで気軽に散歩に行く様であった。

 

「私たちはゴブリンを倒すこととンフィーレアさんの護衛だけに専念します」

 

その言葉を聞きルクルットが弓を引く。いつでも射れるように構える。

 

「亀の頭を引っ張り出してやる」

 

 

 

 

『亀の頭を引っ張り出す』これはリ・エスティーゼ王国独特のことわざである。その由来は一匹の亀であった。

リ・エスティーゼ王国ではムーンタートルという手の平サイズの亀がいる。この亀は川に生息している。この亀は美味である。最高級宿屋である『黄金の輝き亭』の料理の一つとして出て来る程だ。

 

最高級宿屋にも出されることから高値で取引される。王国民の中には一攫千金を夢見てムーンタートルを捕縛しようとした者もいた。だが警戒心が非常に強く夜にしか姿を現さない為に多くの者たちは探し出すことすら出来なかった。ムーンタートルという名前も『夜にしか姿を見せない月の様である』のが由来である。学の無い多くの王国市民では発見すら困難なのも無理は無かった。

 

一部の冒険者たちは何とかこの亀を捕らえることには成功した。そこまでは良かった。

 

多くの生物にとって頭部は致命的な弱点である。人間ならば兜を被るなりしてこれを保護する。だが亀は違う。亀の場合は自身の甲羅に頭部を引っ込めることで守る。そんな亀を倒すのは容易では無い。甲羅を叩き潰すなどして無力化するのは可能ではある。ただしムーンタートルは肝に毒があり、死を自覚した時点で最後の抵抗として毒を血液に送り出し全身に毒を回す、そうなれば調理するのは不可能となってしまう。その状況を回避する為に様々な試行錯誤を繰り返した。

 

試行錯誤を繰り返して

ムーンタートルは甲羅の上を光を通さない物・・黒く染めた木版などで光を一分程遮っていると夜だと勘違いするのか頭部を出す。そして普段の警戒心の反動かリラックスしきっており頭部を出してから10秒は甲羅に戻さない。そこを狙い頭部を包丁などで切断するなどして無力化できる。こうすることで調理が簡易となった。

 

それゆえ『亀の頭を引っ張り出す』は『知恵を使い工夫をして物事を解決する』という意味である。

 

ただし、冒険者がこのことわざを使う際は僅かに異なる意味を持つ。

 

『油断した所を一気に叩く』という意味だ。

 

 

 

 

ルクルットのその言葉にぺテルは頷く。

 

「ダインはゴブリンを足止め。ニニャは防御魔法を私に。それと必要とあらばンフィーレアさんの近くで護衛。ルクルットは弓でゴブリンを倒していってくれ。もし万が一ゴブリンが抜けたら足止めを。その時はニニャがゴブリンを倒してくれ。」

 

一同が頷く。

 

それを見たモモンは思う。

 

(良いチームだ)

 

かつての自身のチームを思い出す。『』。

ウルベル・・チーノ・・チャガ・・アケミラ・・

最高のチームだった。

 

(・・・・)

 

(・・・今は感傷に浸っている場合じゃないな。目の前のオーガに集中しなくては)

 

ルクルットが弓を引き矢を打つ。

 

地面に矢が刺さる。

 

それを見てゴブリンたちは一瞬だけ怯んだ。しかし矢を外したと勘違いしたのか嫌らしい表情を見せると雄たけびを上げてこちらに向かってくる。明らかに慢心し油断していた。

 

(やった。『亀の頭を引っ張り出した』!)

 

ぺテルが剣を抜き口を開く。

 

「戦闘開始っ!!」

 

 

_______________________________

 

『漆黒の剣』とは別にモモンとナーベはオーガたちに向かって歩く。ナーベはモモンに追従する形で歩く。

 

ナーベがオーガたちに向かって手を伸ばす。

 

電げ・・(ライト二・・)・・っ!」

 

ナーベが魔法の詠唱を止めたのはモモンが手で制してきたからだ。

 

ナーベがモモンを見ると首を縦に振っていた。

 

(私が動く必要は無いということね・・)

 

ナーベが頷き返すとモモンが前に出る。

 

 

「冒険者になって初めての戦闘だ。悪いが斬らせてもらうぞ」

 

オーガが叫ぶ。それは『小さい男め』という嘲笑の様に聞こえた。

 

モモンはその叫びに対して右手に持った大剣で返答した。

 

それは圧倒的な強者だからこその返答。

 

『だからどうした?』

 

モモンの持つ大剣がオーガに一撃を与える。

 

オーガの肩から腹部にかけて切り裂かれる。

 

斬られたオーガが倒れて動かなくなる。

 

ぺテルたちが驚愕する。唯一ナーベだけが「モモンさんなんだから当たり前」といった表情を見せている。

 

驚愕していたのはぺテルたちだけではなかった。

 

その場にいたゴブリンやオーガたちの足がすくむ。

 

「どうした?掛かってこないのか?」

 

モモンは両手の大剣を地面に広げるように構える。

 

その言葉を理解したのかオーガの一体が雄たけびを上げる。

 

オーガたちが一斉にモモンに向かって棍棒を振り下ろす。

 

モモンはそれらの攻撃を受けることはなかった。回避したわけでもなかった。

 

オーガたちの身体が一刀両断される。上半身と下半身が切り裂かれる。

 

二体目のオーガが地面に倒れて先程と同じように息絶えた。

 

「どうした?」

 

残る四体のオーガたちが明らかに困惑していた。その様子を見てぺテルたち驚愕する。

 

「!っ・・モモンさん・・あなたは・・」

 

(ミスリル・・いやオリハルコン・・もしかしてアダマンタイト!!?)

 

生きる伝説・・アダマンタイト。そのプレートはかの王国戦士長にも匹敵する実力者の証。

 

(出会って短い間だが分かっていた。彼らとの間に超えることが絶対出来ない壁があることは)

 

(・・・今はこの戦いに集中しよう。)

 

「全員!戦闘に集中!油断するな!」

 

 

それからの戦闘は圧倒的であった。三体目のオーガをモモンが切り捨て、残る三体のオーガをナーベが電撃<ライトニング>で一斉に倒した。それを見たことで戦意を失ったゴブリンたちをぺテルたちが倒していった。こうして戦いは終わった。いや戦いですらない何かが終わったのだ。

 

 

______________________________________

 

 

「何をしているんですか?ニニャさん」

 

戦闘が終わり、比較的体力を温存していたニニャは真っ先に『あること』をしていたのだ。そのことにモモンは疑問に思う。

 

「あっ・これはですね。耳を切っているんですよ」

 

そう言ってオーガやゴブリンたちの耳を短剣で切り落とす。それを小さな革袋に入れていく。

 

「?どうして・・また?」

 

「ゴブリンたちを倒した証として最も特徴的な耳を切り落としているんですよ。これらを提出すれば組合から報酬が出るんですよ」

 

「成程・・」

 

(確かにゴブリンたちを倒した証明をどうすればいいのかと思ったが・・成程。その為の証拠か・・。冒険者になった以上は冒険者に対しての理解を深めないとな)

 

「よし。これで全部ですね」

 

そう言ってニニャは革袋を閉じて立ち上がる。

 

「こっちは終わったよ。ルクルット、そっちはどう?」

 

「俺もぺテルもダインに回復して貰ってもう動けるぞ」

 

「こちらは大丈夫です。モモンさんたちは行けますか?」

 

「私たちはいつでも構いませんよ」

 

「それでは行きましょうか」

 

そう言って一行は再び歩き出した。



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火を囲む七人

モモン、ナーベ、ぺテル、ルクルット、ダイン、ニニャ、ンフィーレアの七人が焚火を囲みながら座っていた。空は既に太陽が落ち闇が広がっていた。焚火のチリチリとした音と僅かな風の音が心地よく耳に響く。そんな中に七人は野営の準備を終えて夕食にありつこうとしていた。

 

「いやー!モモンさんは凄いですね。」

 

「いえ・・・皆さんならいつか出来るようになりますよ。」

 

塩漬けの燻製肉で味付けしたシチュー、固焼きパン、乾燥イチジク、クルミ等のナッツ類、それが今晩の食事であった。ぺテルの手によってシチューが各自のお椀に取り分けられる。

 

「はい。モモンさん。」

 

「ありがとうございます。」

 

(シチューか・・・)

 

モモンはお椀に入ったシチューを見る。お椀の中で揺れるそれは今の自分の心境の様であった。

 

------あなたの好きなシチューよ。-------

 

(母さん・・・)

 

モモンの脳裏に母と呼んだ人物の笑顔が焼き付く。

 

(・・・・)

 

二度と訪れることが無い日々を求めてしまう。

 

(もしギルメン村が・・『五人の自殺点<ファイブ・オウンゴール>』のメンバーが生きていたら・・・目の前にいる彼らの様に笑いあっていただろうか・・)

 

そんな夢物語みたいなことをついつい考えてしまう。

 

(ウルベル・・チーノ・・チャガ・・アケミラ・・・)

 

「・・・・」

 

「あれ?何か苦手なものでも入っていた?」

 

ルクルットがモモンに尋ねる。シチューを見るだけで食べようとしないのを見て疑問に思ったのだろう。

 

「いえ、違うんです。ただ少し昔を思い出しまして・・」

 

「昔?」

 

「昔のことですか?」

 

ぺテルが尋ねる。

 

「えぇ。」

 

沈黙が流れる。

 

「・・・・」

 

誰もが黙る。

 

(気まずいな・・)

 

「あー・・そういえば皆さんは『漆黒の剣』というチームですが、もしかして『十三英雄』の一人の『暗黒騎士』の持つ剣が由来ですか?」

 

「!っ・・えぇ。そうなんです。」

 

ぺテルが目を輝かせて答えた。

 

「『暗黒騎士』とは誰でしょうか?」

 

「ナーベちゃんは知らなくて当然か。『暗黒騎士』は『十三英雄』の一人で、悪魔の血を引くとか悪者扱いされている人物だもんな。物語では故意に隠されているしな。」

 

ルクルットのその答えにナーベは眉を顰める。

 

「あなたには聞いていません。ヤブカ。」

 

そう言われてもルクルットはいつも通り笑うだけであった。

 

「『漆黒の剣』とは『暗黒騎士』と呼ばれた人物が持っていた剣のことです。魔剣キリネイラム、腐剣コロクダバール、死剣スフィーズ、邪剣ヒューミリス。これら四本の剣が『漆黒の剣』と呼ばれているんです。」

 

「そしてそれを集めるのが俺たちの目的って訳。」

 

「はぁ・・」

 

ナーベの興味の無い反応に『漆黒の剣』のメンバーは苦笑いを浮かべる。

 

「あのー、非常に言いにくいのですが『漆黒の剣』の魔剣キリネイラムは既に持っている方がいますよ。」

 

ンフィーレアが口を開いた。

 

「えっ!?」

 

漆黒の剣たちに衝撃が走る。

 

「誰だよ。」

 

「誰ですか?」

 

「誰であるか?」

 

「一体だれが?」

 

一斉にンフィーレアに問いただす。

 

「アダマンタイト級冒険者の『蒼の薔薇』のリーダーの方です。」

 

「あー!王国の・・」

 

「これで残るは三本であるな。」

 

「あー、どうしよう。」

 

全員が意気消沈する。そんな中ルクルットが口を開いた。

 

「まぁ・・四本手に入らないのは仕方が無いとして、いいじゃねぇか。俺たちは『漆黒の剣』なんだ。それだけは絶対に揺るがねぇよ。」

 

そう言うルクルットの右手には黒い短剣が握られていた。

 

「そうだな。ルクルットの言うとおりだな。」

 

ぺテルが・・

 

「珍しくルクルットが良いことを言ったのである。」

 

ダインが・・

 

「そうですね。この短剣が私たちがチームを組んだ証、そこに本物も偽物も無いですよね。」

 

ニニャが・・

 

それぞれが短剣を見て感傷に浸っていた。

 

(良いチームだ。本当に良いチームだ。昔は俺もこうだった。)

 

「本当に良いチームですよね。確かな繋がりを感じますし、目的に向かって真っすぐだとやっぱり違いますよね。」

 

「えぇ。本当に・・あれ?もしかしてモモンさんも昔はチームを組んでいたんですか?」

 

ニニャのその問いにモモンは口を開いた。

 

「私が無力だった頃、初めて私の友人になり助けてくれたのは一人の魔術師でした。そこから弓矢を扱う森伏、盾を扱う女性、それと杖を持つ魔術師の女性で五人。チームを結成しました。」

 

「良いチームだったんですね。」

 

「えぇ。最高のチームでした。本当に・・・」

 

「いつかその人たちに匹敵する仲間と出会えますよ。」

 

ニニャのその言葉にモモンは怒りを覚えた。

 

(何故・・『五人の自殺点<ファイブ・オウンゴール>』に似た君たちからそんなことを言われないいけないのだ!)

 

「そんな日は来ない!!」

 

周囲が困惑する。モモンの声には明らかな怒気を感じたからだ。

モモンは持っていたスプーンや器を握りつぶしていた。

 

「・・すまない。私たちはあちらで食べる。行くぞナーベ。」

 

「はい・・」

 

モモンとナーベが去っていく。

 

残された五人に沈黙が流れた。

 

「悪いことを言ってしまったみたいですね。」

 

「過去に何かあったのであろうな・・・」

 

「全滅かな・・」

 

過去にぺテルはチームが一人を残して全滅したチームを知っていた。

それゆえ全滅という単語が出てきたのだ。

 

「辛いだろうな・・・仲間を失うっていうのは。」

 

普段は軽いルクルットが真剣な顔つきで考える。

 

「そうですね。あまりに軽率な発言でした。大事な人を失う悲しみは知っていたはずなのに・・」

 

「ニニャ。一度出した言葉は戻ってはこない。だからこそ人は言葉を大事に使うべきなのである。」

 

「・・・・そうですね。」

 

そう言ってニニャは落ち込む。

 

どこかで生きているであろう自身の姉に向けて・・・

 

(姉さん・・)

 

暗くなる『漆黒の剣』を見てンフィーレアが口を開く。それはその場の状況を変える為の発言であった。

 

「そう言えば、モモンさんとナーベさんの今日の戦闘凄かったですね。」

 

 

 




次回、ついにカルネ村へ


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ンフィーレアとエンリ

「おい!置いていくぞ」

 

「ウルベル?」

 

「一緒に水浴びを見に行こう」

 

「チーノ?」

 

「弟知らない?あいつ今度ばかりは崖から突き落とす」

 

「チャガ?」

 

「朝が弱くて・・」

 

「アケミラ?」

 

「「「「モモン、早く来いよ」」」」

 

そう言ってみんなが俺に手を差し伸べてくれる。

 

「あぁ!今行くよ。」

 

モモンは手を伸ばし・・・

 

________________________________

 

 

 

「!っ・・」

 

気が付けばモモンは空に向けて手を伸ばしていた。

 

「・・・・夢か」

 

モモンの全身鎧の隙間から僅かな風が流れ込んでくる。目の前には青空が広がっていた。

 

「おはようございます。モモンさん」

 

「・・おはよう。ナーベ」

 

「大丈夫ですか?うなされていました」

 

「大丈夫だ」

 

全身から冷や汗をかいており不快な気持ちになる。

 

モモンは深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。

 

「それより彼らは?」

 

「『漆黒の剣』の者たちなら既に起きていますよ」

 

「分かった。すぐに向かおう」

 

(ニニャさんには悪いことを言ってしまった。謝らないとな・・)

 

そう思うとモモンは『漆黒の剣』の元へと歩いて行った。

 

 

_________________________________

 

 

モモンとナーベは『漆黒の剣』とンフィーレアたちに朝の挨拶をする。

一同がカルネ村へと向かう。

 

だが結局モモンはニニャと挨拶以上は話すことはなかった。モモンもニニャも昨日のことを謝ろうとしていたのだが言葉に出すことが出来なかった。

 

こういう時に何て言えばいいか分からなかったからだ。ギルメン村の時には全員が仲が良く喧嘩というものは基本的にしてこなかったからである。

 

(・・・・どうすればいいか・・)

 

モモンがそんなことを考えているとンフィーレアが口を開いた。

 

「もうすぐでカルネ村です」

 

このメンバーの中で唯一カルネ村に来たことがあるンフィーレアが言う。

 

「・・・」

 

昨日の一件以来やはり気まずい雰囲気が流れる。

 

(・・・・大人になったと思ったんだが、俺にとって『五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』はやっぱり特別なんだな)

 

「・・・・」

 

「あー!ドラゴンっ!!」

 

そう言ってルクルットが空に向けて指さす。

 

「あ!本当なのであーる」

 

ダインがそれを見て驚愕の表情を見せる。ルクルットと同じように指さす。

 

「えっ・・・」

 

素で声を出したのはナーベであった。ナーベの目線の先にはアゼリシア山脈しかなくどう見てもドラゴンらしき生物は見当たらなかった。

 

「・・どう見てもいないでしょう。何を言って・・」

 

「いやいやナーベさん。警戒は大事ですよ。ねっ!」

 

そう言ってぺテルがナーベに声を掛ける。

 

この時のことを後にナーベはこう語る。あの表情は「察してくれ」と全力で訴えかけていた・・と。

 

「そうですね。警戒は大事ですね。ドラゴンだっていつ出るかは分かりませんしね」

 

「そうですよ。遠方から飛んできたドラゴンが突然襲撃して来るかもしれませんしね」

 

ニニャは渡りに船とばかりにナーベの話に乗っかった。

 

「常識的に考えてそんなことありえるのか?ニニャ」

 

ニニャの発言にルクルットが食いつく。

 

「ありえませんね。エ・ランテル近郊にドラゴンがいたとされるのは、かなり大昔に天変地異を自在に操るドラゴンがいたという眉唾な伝承があるばかりで、最近はドラゴンを見たという話は聞きません。アゼリシア山脈には霜の竜(フロスト・ドラゴン)が生息しているという話を聞いたことはありますね。かなり北方寄りらしいですけど。」

 

(天変地異を操るドラゴン?・・・もしかして『神竜(しんりゅう)』のことか?)

 

十三英雄の物語で最後に彼らが戦った相手が神竜。その戦いを終えた彼らは散り散りになって旅を終えた。

 

「あー、その天変地異を操るドラゴンの名前は知っていますか?」

 

喧嘩をしている相手に平然と声を掛けられるほど面の皮が厚くないモモンは小さい声で喋る。それをニニャが聞き取った様で勢いよく顔を向けた。

 

「すいません!!エ・ランテルに帰ったら調べます」

 

「えぇ。ニニャさん。時間があったらで結構なので調べてくれませんか?」

 

「分かりました!モモンさん」

 

そんな二人のやり取りを見て仲直りをしたのを見届けた他の五人は満足げに笑った。

 

それを見てモモンも微笑む。

 

(本当に良いチームだ。感謝する)

 

「あっ!カルネ村が見えましたよ」

 

ンフィーレアのその言葉によって一同は気持ちを引き締めた。

 

____________________________________

 

 

 

「あれ・・前はあんな頑丈そうな柵なんて無かったのに」

 

「モンスター対策とかではないですか?私のいた村ではありましたよ」

 

ぺテルが言うがンフィーレアの疑念は晴れない。

 

「いや・・この村は『(もり)賢王(けんおう)』の縄張りに近いのでモンスター対策はしていなかったはずなんですが・・・」

 

「そんなに気になるなら私が見てきましょうか?」

 

意外にも一同に提案をしたのはナーベであった。

 

「頼めるか?ナーベ」

 

「はい。では見てきます。不可視化(インヴィジビリティ)

 

ナーベの姿が周囲に溶け込んだ後に透明となる。

 

飛行(フライ)

 

ナーベが飛んでいきカルネ村の状況を眺めに行く。

 

「それではナーベを待ちましょう」

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

「ただいま帰りました」

 

「どうだった?」

 

「はい。村人はいました。特に違和感はなく皆が働いていました」

 

「ありがとうございます。ナーベさん」

 

「・・いえ」

 

あまり礼を言われることに慣れていないせいかナーベが困惑する。

 

「それでは行きましょうか」

 

珍しく指示を出したのはンフィーレアであった。

 

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

モモンたちがカルネ村の門の前に立つ。

 

真っ先にぺテルが先頭に立つ。

 

(一応警戒をしての行動か・・)

 

「すみません!誰かいませんか?」

 

ぺテルのその言葉に反応したのか中から走り回る音が聞こえる。

 

扉の上にある櫓から何者かが弓を構えていることに気付く。

 

「!っ・・弓兵だ!」

 

モモンのその言葉に反応して一同が即座に戦闘態勢に入る。

 

「!っ・・後ろを取られてしまった」

 

気が付けば門の前でモモンたちは武装した何者かに囲まれてしまった。

 

(倒せるだろうが・・・この場にいる全員が無事でいれるかは分からないな。それにしても・・)

 

櫓から弓を構えるのはゴブリン。モモンたちを囲うのもゴブリンであった。

 

目の前にいるゴブリンたちは武装されておりその動きは訓練された戦士のそれであった。その中から一人のゴブリンが歩き出た。

 

やがてモモンたちの間合いに僅かに入らない程度まで歩くと立ち止まる。そして口を開いた。

 

「降参して下さい。おたくらに恨みは無いんですよ・・」

 

ゴブリンの口から出たのは流暢な言語であった。

 

(先程のゴブリンとは比べ物にならない程だな・・)

 

モモンは背中の大剣に手を掛ける。

 

「そこの漆黒の鎧を着た兄さん!動かないで下さい」

 

「・・私がお前たちの指示に従わねばならない理由があるのか?」

 

そう言ってモモンは『闘気(とうき)』を出す。

 

「!!!!っ」

 

その場にいる者・・ナーベを除く者の息が止まる。

 

『闘気』・・それは戦士が発することが出来るオーラである。

普段生物は必要最低限しか警戒していない。しかし緊急時に関してでいえば警戒心を最大にすることで物事を短時間で解決できるようになる。そしてその際に発するのが『闘気』である。そしてその『闘気』の範囲や存在感が強い程、生物として優れていることを意味する。そのため『闘気』の発動時間の速さや長さ、そして圧の強さなどで戦士という生き物は本能的に競い合う性質を持つ。

 

それは圧倒的な実力差を感じさせるには十分であった。

 

「・・アンタが強いのは分かっていますよ。ただこちらも退けない理由があるんでね」

 

そう言ってゴブリンの一体が震えた腕で剣を抜く。

 

「そうか・・・仕方ないな。ならば・・・」

 

モモンは背中の大剣を・・・

 

「止めて下さい!!!!!!!!」

 

聞こえたのは少女の声。

 

その場にいる全ての者が彼女を見た。彼女はカルネ村の門から出た所にいた。その少女は村娘という恰好をしている。金色の髪は結ばれており、その目は少女としての儚さと覚悟を決めた大人の力強さを感じさせた。

 

その少女を知る者は誰一人いなかった。

 

ただ一人を除いて。

 

「エンリ!!!!!!!!!」

 

ンフィーレアが彼女の名前を叫んだ。

 

それに対して彼女が言葉を返す。

 

「ンフィーレア!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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カルネ村

モモン、ナーベ、『漆黒の剣』、ンフィーレア、エンリの八人はカルネ村の門から入ってすぐの家に入った。どういう訳かこの家は空き家の様であった。

 

「ごめんなさい」

 

そう言って少女エンリ=エモットは頭を下げる。

 

「いえ気にしなくていいですよ。頭を上げて下さい」

 

そう言ってモモンは少女の頭を上げるように言う。

 

「ですがっ!」

 

エンリはそれでも頭を上げなかった。

 

「自分たちの村を守る為に必要なことなのでしょう。ならば謝る必要はありませんよ」

 

(村を守る為に戦うか・・・)

 

(もし村人全員で戦えば何かが変わったのか?)

 

「っ・・」

 

モモンが感傷から戻ってきた。

 

「エンリ。モモンさんの言うとおりだよ」

 

「ンフィーレア・・」

 

エンリはようやく頭を上げた。

 

それから少ししてンフィーレアが尋ねる。

 

「所であのゴブリンたちは一体?ご両親も見えないけど・・」

 

「・・・村が襲われたの。両親はその時に・・」

 

エンリの口から語られる内容は要約するとこうだ。

 

スレイン法国が王国戦士長であるガゼフ=ストロノーフを抹殺しようとした。だが王国戦士長であるガゼフが動くには何か理由が必要であった。そこでスレイン法国は特殊部隊である六色聖典の一つ・陽光聖典を派遣した。陽光聖典は王国の辺境の地にある村を帝国の騎士に偽装して次々と襲撃した。ガゼフとその直属の部隊の戦士団はこの襲撃犯を調査及び捕縛するために派遣される。それを知った陽光聖典は派遣されたガゼフの戦力を減らすためにわざと襲撃した村を全滅させなかった。何故か・・それは生き残りを出すことでその者たちの安全を確保する必要が出て来るからだ。そうなると戦士団を護衛として付ける必要が出て来る。それによりガゼフたちの戦力は半減。陽光聖典は遂にガゼフ抹殺に乗り出す。その舞台として選ばれてしまったのがカルネ村であった。カルネ村は襲撃されエンリの両親も含めて多くの村人が虐殺された。

 

(成程・・通りで門を入ってすぐの所に空き家があったわけだ。)

 

「酷い・・・そんなの国のやることじゃないよ」

 

ンフィーレアがエンリの話を聞いて怒りで身体を震わせる。

 

それを見てモモンはかつての自分とンフィーレアを重ねた。

 

(10年経った今もあの国は変わらないんだな・・・)

 

(村、虐殺、生き残り・・・)

 

(・・・・)

 

モモンは無意識に拳を作っていた。そのことにナーベだけが気付いていた。

 

(モモンさん・・・)

 

「でも・・エンリやネムちゃんが無事で良かったよ」

 

「うん。本当に。村を襲撃された時に私たちを助けてくれたお方がいるの」

 

「えっ・・」

 

(今の言い方からして王国戦士長であるガゼフ=ストロノーフではないのは確かだが・・。では一体誰がこの村を?)

 

「一体誰が?」

 

ンフィーレアが尋ねたのも無理は無い。言い方からして助けたのはガゼフではないのが確かなのはその場にいる全員が理解できたはずだ。

 

「その御方はね、凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)なのよ!」

 

そう言ってエンリは自分と妹を始め村を助けてくれたという人物について語り始めた。そしてその者が授けてくれた笛のアイテムを使用したことでゴブリンが現れてエンリに忠誠を誓っていることも話してくれた。

 

 

 

 

________________________________________

 

 

 

 

エンリの話を聞き終えた一同はカルネ村を拠点にする許可を村長夫妻から貰った。ンフィーレアはエンリと何やらまだ話している。『漆黒の剣』はンフィーレアが話を終える間だけでもとゴブリンたちの動きを見て少しでも技を盗もうと見学している。ルクルットに至ってはゴブリンたちと共に村人に弓矢の扱い方を教えていた。モモンとナーベは村を一望できる丘に立っていた。

 

「モモンさん」

 

モモンが兜を脱ぐ。そこから現れた黒い瞳がカルネ村を見ていた。

 

「ナーベ、悪いが今は一人にしてくれないか?」

 

「・・分かりました」

 

ナーベが去る。

 

「カルネ村の様にギルメン村にその魔法詠唱者(マジックキャスター)がいたら結果は違っただろうか」

 

「母さん・・」

 

「ウルベル・・チーノ・・チャガ・・アケミラ・・」

 

「ギルメン村の皆は助かっただろうか・・」

 

モモンが感傷に浸ったその時であった。

 

「この村が気に入ったか?」

 

背後から声がした。その声は力強さと自信に溢れていた。話し方も高貴で知的な印象を与えるものであった。

 

モモンは振り向く。

 

そこにあったのは『闇』だった。

 

黒い外套に金色や紫色の刺繍がされておりその装備は非常に輝いて見えた。腕には鉄の籠手(ガントレット)を嵌めており、顔には何故か分からないが全体的に赤いが緑色の涙を流しているような仮面を被っていた。

 

(不思議な存在感を持つ人だな。何というか人間離れしているような)

 

「あなたは?」

 

不思議なことに敵意は感じなかった。

 

モモンの問いにその人物は答えた。

 

「私がアインズ・ウール・ゴウンだ。」

 

 

 

 

 

 

 



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アインズ・ウール・ゴウン

「アインズ・ウール・ゴウン?」

 

その人物の名前はモモンが先程エンリから聞いた名前であった。

 

カルネ村を助けた恩人。エンリ=エモットが言ったことが事実なら電撃<ライトニング>ではなくその上位に位置する第5位階魔法の龍雷(ドラゴン・ライトニング)を使用した可能性が高い。しかも隊長でもない騎士の一人に放った所を考えるとそれ以上の位階魔法を使用できる可能性が高い。

 

(まず間違いなくナーベより上の位階魔法を使用できるだろうな)

 

また装備しているローブや指輪を見て瞬時に悟った。

 

(俺のこの装備よりも質が上なのは確かだな。質としては師匠の純銀の装備と同等なのだろう)

 

モモンはそう確信する。

 

「あぁ。そうだ。私こそがアインズ・ウール・ゴウンだ」

 

「ではゴウン殿と呼ばせてもらってもいいですか?」

 

「あぁ。構わない。そちらの名前は?」

 

「私の名前はモモンです。つい最近エ・ランテルで冒険者になったばかりです」

 

そう言ってモモンは銅級のプレートを見せつける。

 

「君が銅級?冗談だろう」

 

「いえ事実ですよ」

 

アインズは手を顎に当てて何やら考え事をし始めた。

 

「王国戦士長であるガゼフ殿から聞いた話ではアダマンタイト級はガゼフ殿と同格だと聞いていたのだが・・・ガゼフ殿以上の実力を持つ君が銅級(カッパー)か・・」

 

「・・まぁ成り立てですので。」

 

「冒険者というのはやはり言葉通り、冒険をする者たちのことなのか?」

 

「私も最初はそう思っていました。ですが・・」

 

モモンは冒険者について語り始めた。

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

「成程・・・冒険をする旅人というよりはモンスター退治専門の傭兵の様なものか」

 

「えぇ。そんな所ですね」

 

「ふむ・・・何というか夢の無い仕事だな。想像と違ったなぁ」

 

「その通りですね。ゴウン殿は『冒険者』にどのようなイメージを持たれていたのですか?」

 

(俺は世界を旅するようなものだと思っていたが・・)

 

「うむ。私は『未知』を求めて探索・・旅をするようなイメージを持っていたな」

 

その言葉を聞いてモモンは胸を熱くする。それはモモンたちが冒険者に夢見ていたものだったからだ。

 

「『未知』?それは一体どのようなものですか?」

 

「そうか・・では聞こう。モモン。『魔神』については知っているか?」

 

「えぇ。知っていますよ。『十三英雄』に出てくる悪魔の王の様な存在のことでしょう?」

 

200年前・・・この大陸に『魔神』と呼ばれる者が突如出現した。その者たちが何を求めてかは知らないが混乱と災厄をまき散らした。それを退治する為に多くの者が立ち上がった。それが後に十三英雄と呼ばれることになる。

『魔神』の中には『蟲の魔神』などもいた。

 

英雄譚(サーガ)については知っているようだな。ではそれ以外についてはどれくらい知っている?」

 

「?どういう意味ですか?」

 

「魔神は十三英雄の手によって『本当に』全滅したのか?」

 

「それは・・」

 

(間違いない・・・などとは言えなかった。俺は十三英雄に会った訳でもなければ、当時を生きていた訳でも無い。そんな俺が確信を持って間違いないと言うことなど出来なかった)

 

「これは『未知』の一つでしかない。もう一つ挙げるとすれば『魔神』はどのようにして生まれたのだ?」

 

「恐らくそれを知っているのは『十三英雄』か、あるいは十三英雄と関わりがあった者だけでしょう。しかし何故そこに疑問を持ったのですか?」

 

「もしこれを知っていたら悪意ある者が『魔神』を誕生させることを阻止できるだろう。自然発生で生まれるとしたらその条件は?それらを知れば『魔神』の脅威を事前に防ぐことが可能だろう」

 

そこでアインズは一つ間を置く。

 

「何かを守るには『未知』を知ることは必要不可欠だ」

 

「!っ・・」

 

それはモモンにとって衝撃を受ける言葉であった。

 

(もし・・・あの時、俺がギガントバジリスクについて何か知っていたら何かが変わったかもしれない。少なくとも全滅は防げたかもしれない)

 

そんな思いがモモンの胸の内に現れる。

 

「ゴウン殿・・」

 

「うん?」

 

「もし宜しければもっと話を聞かせてくれませんか?」

 

「いいだろう。話相手が欲しかった所だ」

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

 

それからモモンはアインズから色々な話を聞いた。

 

アンデッドを労働力として使う話・・・

 

建築や鍛冶に特化したドワーフに都市開発させる話・・・

 

冷気を使うフロストドラゴンを使っての物資輸送の話・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

「貴重な話ありがとうございます。最後に一つだけ聞きたいのですが・・」

 

「何だ?」

 

「ゴウン殿が倒した陽光聖典の隊長の名前は?」

 

「ニグン=グリッド=ルーインと呼ぶ男だ」

 

「そうですか。ありがとうございます。」

 

(クワイエッセ=クインティアではない?・・となると奴は一体・・)

 

「君の相棒が来たぞ」

 

ナーベが来た。

 

「モモンさん。彼らの準備は出来ました。出発しますよ」

 

呼びに来たナーベにより話が中断される。

 

(もうそんな時間になったのか・・)

 

「あぁ。分かった」

 

「そちらの方は?」

 

「こちらはアインズ・ウール・ゴウン殿だ。先程エンリ=エモットから話は聞いただろう」

 

「初めましてアインズ・ウール・ゴウンだ。名前を聞いても?」

 

「ナーベです。モモンさんと共に冒険者をしています」

 

「そうか君もか。成程・・・」

 

「?」

 

その問いにモモンは理解した。

 

(恐らく銅級であることを言っているのだろうな)

 

「あぁ。すまないな。どうやら少し話過ぎたようだな。話相手になってくれて感謝する」

 

「いえ。こちらこそ。ゴウン殿、今日はありがとうございました。行くぞ、ナーベ」

 

「はい」

 

2人が去っていく。その背中を見たアインズは一言呟く。

 

「あの者が『英雄』と呼ばれるのはそう遠くないだろうな」

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

 

『漆黒の剣』とンフィーレアの元にモモンたちは歩いていた。

 

(どこを見ても村人たちの顔は力強く、子供たちが笑っていた。それが意味することは・・あの人を信頼しているのだろうな。)

 

去っていくモモンは無意識に言っていた。ナーベは確かに聞いたのだ。

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿。あの方は必ず『王』と呼ばれる日が来る」

 

 

こうして後に『漆黒の英雄』と呼ばれるモモンと後に『魔導王』及び『神王長』と呼ばれるアインズ・ウール・ゴウンの初めての邂逅であった。二人は初めて出会った時から互いに理解し尊敬しあっていた。

 

『英雄』と『王』・・・

 

『剣』と『魔法』・・・

 

この二人の出会いはやがて世界の運命を大きく変えることになるのだが・・・

 

それは随分先の話である。

 

 

 



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トブの大森林

「んじゃー。行きますか。」

 

ルクルットのその一言で一同は頷く。

 

トブの大森林に目を向ける。そこはカルネ村から100m程先に位置する場所にあった。

 

先頭であるンフィーレアが立ち止まり、後ろを振り向く。

 

「これからトブの大森林に入ります。素人の僕が言うことじゃないですが警戒をお願いします。」

 

「任せて下さい」

 

ぺテルが言う。

 

「・・私たちも警戒を怠ることなく進もう。ナーベ」

 

「はい」

 

そうして一同はトブの大森林に入っていった。

 

 

トブの大森林。王国と帝国の間に位置するこの場所には森が広がっている。そこには様々な薬草が生えており、代表的な薬草は三種類だ。ニュクリ、アジーナ、エンカイシの三つだ。特にエンカイシは治癒系のポーション生成によく使われる為に需要は多い、それゆえ高額で取引きされるのでこの薬草を採集しようとする者は多いと思われるだろう。

 

だが実際はこの森林には多数のモンスターが存在し、薬草採集のメリット以上にモンスターとの遭遇というデメリットがあるためそうでもない。

 

ただしそれでも一部の者たちは冒険者を雇うことで何とか薬草採集に励むこともある。

 

ンフィーレアなどが良い例だろう。

 

 

 

森に入った後の一連の流れはこうであった。

 

ンフィーレアが薬草を探す。

 

ンフィーレアが採集できる薬草を発見。

 

採集。

 

採集中のンフィーレアを中心に警戒をする。

 

採集が終われば他の薬草を探す。

 

これを何度か繰り返した。

 

 

 

 

薬草採集の場所を変えようとした時であった。

 

(ん?)

 

モモンの耳が微かな音を拾った。

 

(今の音は・・?)

 

何か大きな生物が歩くような音であった。地面が微かに揺れたのだ。

 

「ルクルットさん!」

 

「!あいよ」

 

モモンのその呼びかけでルクルットが瞬時に察する。ルクルットは地面に耳を当てる。その様子を見て全員が理解した。

 

「間違いない。こっちに何か大きな奴が走って来ている。速度からして後10秒で来るぞ」

 

「私たちがしんがりを務めます。皆さんは撤退を」

 

「しかし・・」

 

そう言ったのはンフィーレアだった。

 

「大丈夫でしょう。モモンさんの強さを私たちは見たはずです。行きましょう」

 

ぺテルがそう言って撤退を勧める。

 

(もし『(もり)賢王(けんおう)』だった場合、私たちは却って足手纏いになる。そうならないようにするためにも・・)

 

そんな思いが「漆黒の剣」のメンバー全員の中にあった。

 

「モモンさん。お願いがあります」

 

「何でしょうか?」

 

「もし可能ならば『森の賢王』を殺さないで下さい」

 

「それは・・」

 

誰かがそう言った。

 

「分かりました」

 

しかしモモンはただ一言。そう言ったのだ。

 

「では私たちはンフィーレアさんを警護しつつ撤退します。モモンさんたちもご武運を!」

 

そう言って彼らは去っていった。

 

それを見てモモンは安心した。

 

「これで良かった」

 

(『森の賢王』がどれだけ強くてもここは通さない!)

 

モモンはそう決心すると背中の大剣を抜いた。

 

 



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森の賢王

生い茂る木々の奥から地響きに似た足音が聞こえた。

まだ距離は遠く、木々によって姿は隠れたままの為に姿を視認することは出来なかった。

 

「モモンさん。」

 

「分かってる。」

 

モモンは大剣を持つ両腕に力を込める。

 

「あれが『森の賢王』か。ナーベ、下がってろ。」

 

「はい。」

 

ナーベが一歩下がる。それを見てモモンはナーベの前に立った。

 

(何かあってからでは遅いからな・・)

 

モモンは二本の大剣を交えるように構えた。その構えは防御の構えであった。

振り上げたり振り回すことに適していない構えではあるが、正面からの攻撃などではこれが最適なのだろうとモモンは考えていた。

 

「さぁ。来い!」

 

モモンがそう呼びかけた時だった。

 

空気が揺れる。

 

その瞬間、モモンは『闘気』を発する。自身を中心に球体状に知覚範囲を広げる。

 

闘気を発した範囲内の全ての情報を読み取る。そこに入ってきた違和感・・・森の賢王だろう存在の身体の一部が入ってくる。

 

(この形状は・・鞭?いや違う・・これは尻尾か!)

 

モモンは攻撃が来るだろう位置に対して防御を構えなおす。

 

「っ!」

 

モモンの構えた位置に尻尾が当たり、火花が飛び散る。

 

「想像よりも遅いな。」

 

伸びてきた尻尾が森の中に戻っていく。

 

「森の中だと意外に見えないな。」

 

『森の賢王』の姿を視認できなかった。

 

かろうじて尻尾が緑色なのが視認できた程度であった。

 

(この緑に囲まれた場所ではあの尻尾の色が保護色として機能しているのだろう。)

 

かつてタブラスおじさんから聞いた話では、一部の虫や動物やモンスターは自身が生息する環境に適応しようとすることがあると聞いた。

 

(ブラッディベアがアゼリシア山脈でも生息できるように足を最も発展させていったのもそういうことなのだろう。)

 

モモンの知覚範囲に尻尾が再び入ってきた。この動きだと狙いは首元なのだろう。

 

「もう一撃か!」

 

モモンは自身の首を狙う尻尾に向かって大剣を振り下ろす。

 

再び火花が飛び散る。

 

「むっ・・」

 

初めて『森の賢王』が喋った。

 

「それがしの攻撃を防ぐとは見事でござるなぁ。名を名乗ることを許すでござるよ。」

 

その存在が森の奥・・視認できない位置から流暢に話す。

 

「モモンだ。お前が『森の賢王』か?」

 

「そうでござる。」

 

そう言って森の奥からそれが現れる。モモンはその姿を見て驚いた。銀というよりは雪の様な体毛。黒く円らな瞳。まん丸いパンの様な姿。相手の全身を見てモモンはあることを思い出していた。

 

「・・・似ているな・・」

 

(ギルメン村の一人、アンコさんが飼っていた犬に。)

 

ギルメン村にはアンコという女性がいた。アンコはモモンよりも年上で優しい性格の持ち主であった。争いごとを嫌い、子供や動物を愛でるのが好きな人だった。アンコはたった一度だけだが犬を飼ったことがあった。村の近くで重傷を負った一匹の犬を助けたことがあり、その犬を飼うことを提案し最期まで飼い続けた。その犬が死んだ時アンコさんは一週間家から外出しなかった。他の村人もショックを受けたが、アンコは特にショックを受けていた様子だった。今でも覚えている。アンコさんが叫んだその犬の名前を・・

 

「さて命の奪い合いをするでござる。」

 

そう言って『森の賢王』が腕を構える。

 

「・・やめだ。」

 

(冒険者になってからやけに昔のことを思い出すようになったなぁ・・)

 

「どうしたでござるか?」

 

円らな瞳の持ち主である『森の賢王』はモモンに問うた。

 

「お前を傷つけたくはない。これ以上の戦闘は無意味だ。」

 

(こいつの目・・あの犬に似ているんだよな・・)

 

「むっ・・それがしの領域に無断で入っておきながら無意味と申すか。」

 

モモンはため息を一度吐くと、右手に持った大剣の切っ先を『森の賢王』に向けて闘気を発した。

 

それを受けて『森の賢王』が仰向けに倒れた。

 

「だから言っただろう。無意味だと。」

 

 

 

 

 

 



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ハムスケ

トブの大森林の手前に五人の人間が立っていた。

 

「モモンさんたち無事だと良いんですが・・」

 

そう言ったのはンフィーレアだった。

 

「大丈夫ですよ。モモンさんたちなら必ず帰ってきます」

 

そう力強く答えたのはぺテルであった。

 

「そうだぜ。ンフィーレアさん」

 

「二人の言う通りであーる」

 

「だと良いんですが・・」

 

「そうですよ。あの二人なら大丈夫ですよ。王国戦士長に匹敵する程の実力者なんですから」

 

「そう・・ですよね」

 

(・・・モモンさんは僕たちを守る為に戦っているのに・・それに比べて何て小さいんだろう)

 

ンフィーレアはそう思った。理由はモモンに依頼をした本当の理由がそこにあったからだ。

 

(僕は・・・)

 

モモンに対して後ろめたい気持ちがあった。

 

(モモンさんが帰ってきたら、依頼した本当の理由を打ち明けよう)

 

そうンフィーレアは密かに決心した。

 

「あっ!モモンさん!無事!?」

 

ルクルットが真っ先にモモンたちを見つけてそう声を掛けていた。

 

「皆さん。無事ですか?」

 

モモンはそう答えた。

 

「!!?モモンさん・・・そのモンスターは?」

 

ぺテルがそう問うたのも無理はない。何故ならモモンはモンスターに乗った状態で現れたからだ。その横にはナーベが付き従う形で歩いていた。誰もが無傷だったのだ。

 

「無傷ですが・・・戦闘を避けられたんですか?」

 

「いえ、戦闘して勝ちました。えーと・・挨拶してくれるか?」

 

「それがし!『(もり)賢王(けんおう)』改めてハムスケでござる」

 

そう言ってハムスケが自慢気に鼻息を鳴らす。

 

「『森の賢王』!!?モモンさんは『森の賢王』を従えたと言うんですか!!?」

 

「えぇ。中々可愛い目をしていると思いませんか?」

 

その言葉を聞いてナーベ以外は「敵わないなぁ」と思った。

 

モモンからすればかつてギルメン村で飼っていた犬と全く同じ感覚で言ったのだ。アンコが飼っていた犬と同じ名前を付けたのもそういうことだ。

 

「あの・・」

 

「どうしたんですか?ンフィーレアさん」

 

「『森の賢王』・・いやハムスケさんがトブの大森林からいなくなることでカルネ村に影響は?」

 

(あぁ・・そうか、この少年はカルネ村を心配しているのか。エンリ=エモットのいるカルネ村を・・)

 

「どうなんだ?ハムスケ」

 

「恐らく問題ないでござろう。それがしがいた時でも何故か森の中に不穏な空気が流れていたでござるし・・」

 

「そんな・・」

 

(大事な人を守りたいのだろうな・・・)

 

「皆さん、ここで話すのもアレですし一度カルネ村に戻って休憩しましょう。カルネ村の人たちに改めてお礼を言いたいですし」

 

「そうですね!そうしましょう」

 

モモンの提案に一番食いついたのはンフィーレアであった。

 

「あの・・モモンさん。少しいいですか?」

 

「はい」

 

モモンがハムスケから降りるとンフィーレアと二人でその場から少し距離を取る。

 

「どうしました?」

 

「えぇ。実は・・今回の依頼をした本当の理由は・・ポーションです」

 

「ポーション?」

 

「酒場の一件でブリタさんに渡した赤いポーション。あれをブリタさんがうちの店に鑑定しにきまして・・それでモモンさんが赤いポーションを所有しているのを知って・・」

 

「もしかしてこれの作り方を知りたかったんですか?何でまた・・」

 

「えぇ。実はそうなんです。赤いポーションは市場にはありません。何故なら赤いポーションは完成されたポーションだからです」

 

「?」

 

「伝説ではポーションは別名『神の血』と呼ばれています。真に完成されたポーションの色は赤いんです。ですが薬師がどれだけ頑張っても制作過程で青くなってしまいます。エ・ランテルで一番の薬師と呼ばれるおばあちゃんですらそうなってしまうんです。そしてその『神の血』のポーションを作るのが薬師全員の目標と言っても過言ではありません。だから今回依頼しました」

 

そう言ってンフィーレアが背中を曲げてモモンに対して頭を下げる。

 

「そんな勝手な都合で依頼して申し訳ありませんでした」

 

「それのどこが悪いんですか?」

 

「えっ?」

 

「それで誰かが傷ついた訳でもない。誰かが苦しんだ訳でもない」

 

「・・モモンさんは懐が広いんですね」

 

「違いますよ。・・・あなたがポーションの件で依頼したのは分かりました。でもカルネ村に来てからのあなたはこの村やエンリ=エモットのことばかり考えていた。そんな人が悪い人な訳がない。信用できる人だと思いました。それだけです」

 

「・・・」

 

「エンリ=エモットと仲良くなれたら良いですね。」

 

そう言われてンフィーレアの顔が赤くなる。

 

(分かりやすい少年だ)

 

それを見てモモンはある人物の言葉を思い出す。

 

『何かを守るには『未知』を知ることは必要不可欠だ。』

 

(・・・・彼の根底にあるもの。未知なる赤いポーションを作りたいと思うのはもしかしてエンリ=エモットを守りたいという気持ちから来てるのかもしれないな・・)

 

(彼らには結ばれて欲しいな。そして幸せになってほしい)

 

死ぬ間際になってお互いの気持ちを告白しあって引き裂かれた二人みたいにはなってほしくない。

 

(最早癖になっているな・・・。昔を思い出すことを。悪い癖かもしれない)

 

「そろそろ戻りましょうか。ンフィーレアさん」

 

二人は彼らの元へと歩き始めた。

 

_______________________________________________________

 

 

カルネ村に戻ると一同は『森の賢王』ことハムスケを連れて村長夫妻の元へ。その後ンフィーレアと『漆黒の剣』はエンリ=エモットの元へ行き、モモンとナーベは村長からある人物居場所を聞きそこへと向かった。

 

「・・・村長から私がここにいると聞いたのか?」

 

「えぇ。ゴウン殿。話がありまして・・」

 

村を一望できる木が一本ポツリとある場所で三人と一体がいた。モモンとナーベとアインズ・ウール・ゴウン。それとハムスケだ。

 

「殿・・このお方は?」

 

「あぁ。彼はアインズ・ウール・ゴウン殿だ。少し前にこの村を救った方だよ」

 

「ふむ・・殿と同じで圧倒的な強者の匂いがするでござるな」

 

ハムスケがそう言うと何故かナーベにチョップを食らう。

 

「痛いでござる。ナーベ殿」

 

「ハムスケ。あなたは少し黙ってなさい」

 

ハムスケが頭を押さえて黙る。

 

「それで私に何か用かな?モモン」

 

「えぇ。実はお願いがあって来ました」

 

「お願いだと?」

 

「えぇ。トブの大森林はご存知ですか?」

 

「あぁ・・あの森か。それがどうかしたのか?」

 

「えぇ。そこにいる『森の賢王』のハムスケが言うには森の中に不穏な空気が流れているらしいんですよ。そうだな?ハムスケ。」

 

「えぇ。間違いないでござるよ。殿」

 

「ふむ・・それで私に何をして欲しいのだ?」

 

「トブの大森林の中にいるであろう脅威からカルネ村を守ってほしいんです」

 

「・・それが頼みで間違いないか?」

 

「えぇ。お願いできますでしょうか?」

 

「いいだろう・・と言いたい所だが私にメリットが無いように思えるが?」

 

(当然の反応だ。今日会ったばかりの私の頼みを無条件で聞くメリットなどある訳がない)

 

「これならどうでしょうか?」

 

そう言ってモモンは懐からそれを取り出した。

 

「・・・・」

 

モモンが取り出したのは赤いポーション。あの酒場の一件でブリタに渡したものと全く同じものだ。

 

(このポーションは市場に流れていないとのことだ。少しは興味を持てるといいんだが・・)

 

「この赤いポーションをあなたに差し上げます。これでどうでしょうか?」

 

「・・分かった。引き受けよう。」

 

「ありがとうございます。それでは私はこれで・・」

 

モモンがナーベたちを連れて去ろうとした時だった。

 

「モモン!」

 

「どうしましたか?ゴウン殿。」

 

「私の知り合いからエ・ランテルで不審な人物を見かけたと連絡があった。君たちなら大丈夫だろうが、念のために用心しておけ!」

 

「!っ・・ありがとうございます」

 

そう言ってモモンは頭を下げて去っていった。

 

その後モモンたちは『漆黒の剣』とンフィーレアと合流し、エ・ランテルに帰還する。

 

 

 

 

 

 

 



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幕間・黄金の輝き亭にて

モモンたちがエ・ランテルに戻る途中、エ・ランテルでは変わった出来事があったのだ。

 

黄金の輝き亭・・・・それはエ・ランテルで一番の宿屋である。そこで提供されるサービスは他の宿屋に比べて比較できない程だ。

 

そこで食事をしている者も王侯貴族や大商人といったかなり限られた存在しかいない。当然そんな中でサービスを提供する者にも失敗は許されない。

 

ベッドメイキングは金貨が跳ねるかどうか確認は必須であり、食事には提供する前の毒見は不可欠だ。それを提供するウェイタ―も間違いなどが許されるはずがない。

 

ウェイターの一人が料理を運ぶ。いつも通り真面目に仕事をしていた。黄金の輝き亭で働き始めてはや七年。

だが足元に『何か』(自分の足・・しかし違和感として足元にある『影』が引っかかったような・・)が引っかかる。持っていたトレイが宙を舞い、そして大商人の1人であるバルド=ロフーレの頭にスープが被さった。

 

「あつぅぅぅぅぅ!!!!!!」

 

そう言ってバルド=ロフーレは席を立ちあがりナプキンで頭部を拭う。

 

「っ!申し訳ありません!!!」

 

ウェイターが急ぎ謝り、零した水などを拭くためのナプキンでバルドの頭を拭く。

 

「おい!」

 

その場にいる支配人がウェイターに声を掛け肩を叩いた。ウェイターに支配人が声を掛ける時は非常に限られていた。その中でも最悪の理由をウェイターは考えた。

 

「この宿屋から出ていけ」

 

「私をクビにするんですか?」

 

「分からないのか・・もうクビにしたんだ」

 

そう言われたウェイターの膝が崩れ落ちる。

 

「さっさと出ていけ」

 

茫然とするウェイターの肩に手を置く人物がいた。

 

「大丈夫ですよ」

 

ウェイターがそこを見ると立っていたのは老人の執事であった。

 

「ロフーレ様。これをどうぞ」

 

そう言って執事が渡したのは青いポーションであった。

 

「すまない」

 

そう言ってバルド・ロフーレはポーションを飲む。スープが掛かった皮膚の火傷などが癒されていく。

 

「助かったよ。チャン殿。こんな高価なものまでいただいて・・」

 

「いえいえ・・」

 

そこで執事は一度言葉を区切る。そして・・

 

「『(だれ)かが(こま)ってたら(たす)けるのが()たり(まえ)』ですから。」

 

その言葉を聞いた周囲の者たちが言葉を失う。

 

利益を優先する商人にとってその言葉は嘲笑の種になるだけだろう。だが執事から漂う雰囲気は『できる者』であることが分かる。それは一流の者だけが許される自信に満ちた発言に感じ取った。

 

「チャン殿・・あなたは・・」

 

「私のことはセバスとお呼び下さい。ロフーレ様」

 

「では私のこともバルドと呼んでほしい。セバス殿」

 

そこでセバスとバルドが握手を交わす。

 

「もし何か困ったことがあれば言ってくれ。すぐに言ってくれ。助けになるよ」

 

「バルド様、それでは早速で失礼ですが・・・」

 

____________________________________

 

「はぁ・・」

 

ウェイターの男はため息を吐いた。

 

(七年働いて・・・ウェイターになって・・これか・・)

 

自分の人生を振り返る。

 

「さらば黄金の輝き亭・・」

 

そう言って男が去ろうとした時だった。

 

「待て!」

 

「うん?」

 

男が振り返るとそこには支配人がいた。呼吸が乱れている様子から探していたことが分かる。

 

「支配人・・どうしたんですか?ちゃんと退職金は貰いましたよ」

 

「退職金を返せ。お前には必要の無いものになったから」

 

「えっ・・どういうことですか?」

 

「いや違う。お前にクビって言ったのアレなしになったから」

 

「えっ・・一体何が?」

 

「実はだな・・」

 

__________________________________________

 

 

黄金の輝き亭・・・そこで一人のウェイターが働いていた。

その男はきっちりと制服を着ると食堂に現れた。朝食を食べている者たちに目を向ける。

そこに立っていた人物に挨拶をする。

 

「おはようございます」

 

「おはようございます」

 

そう言われて老年の執事が挨拶を返す。

 

「支配人から話を聞きました」

 

「バルド様にも言いましたが・・失敗をしないことよりも、失敗から何かを学ぶ方が大事だと・・そう私が仕えるお方が言っておりましたので」

 

「何故助けてくれたのですか?助けてもらっといて言うことではないですが・・私を助けてもあなたにメリットなんてないはずですが・・」

 

「『(だれ)かが(こま)ってたら(たす)けるのが()たり(まえ)』ですから」

 

その言葉を聞いた彼は後に・・「私の生涯の恩人は両親とセバス様だけ」と語ったとされている。

 

セバス=チャン。後に『純銀(じゅんぎん)』と呼ばれ『』のモモンと対決することになるのだが、それは随分先のこととなる。

 

 

 



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バレアレ家

エ・ランテルにモモンたちが帰還した。

 

「すっかり夜だな」

 

ルクルットのその言葉にみんなが同意する。

 

「モモンさんとナーベさんはとりあえず組合の方にですね」

 

「えぇ。それでは行ってきます」

 

そう言ってモモンはハムスケに乗ったまま冒険者組合を目指す。それにナーベも付き従う。

 

去っていく彼らを見てモモンは一言告げる。

 

「ナーベ。ゴウン殿の話では『不審者』がいるそうだ。念のために彼らの方に行ってくれるか?」

 

「しかし依頼は終わりましたよ?」

 

「分かってはいる。だが念のためだ。一応彼らに気を遣わせない様にする為に少し距離を取っておいてくれ」

 

「分かりました。確かにバレアレ家の場所も知りませんし・・そうした方がいいですもんね」

 

「あっ・・そうだな。そうしてくれると助かる」

 

ナーベが去っていくのを見るとハムスケは再び歩き出した。

 

 

_____________________________________________

 

エ・ランテル冒険者組合

 

「それでは新しい魔獣登録でよろしいですか?」

 

「はい。頼みます」

 

こうしてハムスケはモモンのペットとして登録されることになった。

 

組合からモモンとハムスケは出る。

 

「早かったでござるな。殿」

 

「それでは行くぞ。ハムスケ」

 

そこでモモンは気付いてしまう。

 

(ナーベはまだ来てないか。先に行くか。でもバレアレ家ってどこだ?)

 

「困ったなぁ・・・」

 

モモンがそう口に出すとハムスケが不思議そうに尋ねた。

 

「殿。どうしたでござるか?」

 

「バレアレ家の場所、私は知らない」

 

「ふむ。バレアレ殿は薬師であったでござるな。それがし分かるかも知れぬぞ」

 

「えっ・・もしかして匂いとかで分かるのか?」

 

「そうでござるよ。何やら薬草の苦い匂いがするでござる」

 

(バレアレ家の匂い?いや匂いがするいうことは他の薬師の可能性が高いだろうが・・だが、それでもエ・ランテルで一番の薬師ならば店の場所を知らないということは無いだろう。居場所を教えてくれるか・・)

 

「分かった。ハムスケ。そこまで行ってくれ」

 

「了解でござる」

 

そう言ってハムスケが早めに歩き始めた。

 

曲がり角を二つ曲がって・・・

 

「殿。この者でござる」

 

「ん?」

 

ハムスケが言っていた薬師だろう。ハムスケの正面にはンフィーレアと同じような恰好をした老婆がいた。

 

「なんと!?大きな魔獣じゃ・・」

 

「失礼・・あなたは薬師の方ですか?」

 

そう言ってモモンはハムスケから降りる。

 

「あぁ。そうじゃ。私はリイジー=バレアレじゃ。そなたは?」

 

「私はモモンです。こちらの魔獣が『森の賢王』改めてハムスケです」

 

「よろしくでござる」

 

「ほう。こんな大きくて立派な魔獣とは・・」

 

ハムスケが嬉しそうにして自慢げに鼻息を鳴らす。

 

「実はこのハムスケを組合で登録したばかりでして、後でバレアレ家の方で合流して果実酒を頂くことになっていたのですが、その場所が分からなくて・・」

 

「あぁ。それなら私も帰る所じゃから一緒に来ればいいじゃ」

 

「ありがとうございます」

 

________________________________________

 

 

バレアレ家

 

 

 

「どうしたんじゃ明かりも点けずに・・」

 

「?・・」

 

「ンフィーレアぁ!モモンさんが来たよぉ!」

 

そう言ってリイジーが家に入る。モモンもそれについていく形で入った。

 

その瞬間であった。

 

(!・・この感じ・・・魔法で音や気配が遮断されている?もしや!)

 

モモンは大剣を背中から抜く。

 

「リイジーさん。家の外にハムスケと一緒にいてくれ。ハムスケ。リイジーさんを守れ。何やら不穏な空気が流れている」

 

「了解でござる。リイジー殿、こちらに。」

 

「一体何が?」

 

リイジーはどうやら理解できなかったらしい。でもそちらの方が都合が良いかもしれない。パニックを起こして動けなくなるよりはマシかもしれない。

 

モモンの耳に金属音が聞こえる。

 

(無事でいてくれ!)

 

モモンは音がした場所へと走り出した。

 

____________________

 

「大丈夫か!?」

 

モモンが入った場所は薬草の保管庫であった。

 

モモンが一番最初に感じたのは薬草の匂いでは無かった。

 

ありえない程の鉄の・・いや血の匂いであった。

 

その部屋の中で血塗れに倒れている『漆黒の剣』の四人。傍らには頬から血を流すナーベがいた。ンフィーレアはどこにもいなかった。

 

「ナーベ!何があった?」

 

そう言って懐から赤いポーションを取り出した。それをナーベに手渡す。

ナーベはそれを一気に飲み干した。

 

「モモンさん!申し訳ありません!」

 

ナーベはポーションを飲んで落ち着いたのか、はっきりとした声で喋る。

 

「ンフィーレアさんが攫われてしまいました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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墓地騒動①--バレアレ家にて--

「ンフィーレアが攫われただと!?」

 

モモンは動揺のあまり呼び捨てで名前を呼んでいた。

 

「はい。短い金髪で刺突武器を使う女と禿げ頭で赤いローブを着込んだ魔法詠唱者(マジックキャスター)の男のニ人組です」

 

「・・・くそ!」

 

モモンは拳を作る。

 

「あっ!リイジー殿!待つでござる!」

 

ハムスケの声がする。その方向をモモンとナーベは顔を向けた。

 

そこには急ぎ足で部屋に入ってきたリイジーがいた。

 

「リイジー!」

 

「ンフィーレアはどこじゃ!?」

 

「・・攫われた」

 

「なっ!?」

 

そう言ってリイジーは『漆黒の剣』を見て驚愕する。リイジーの身体から冷や汗が出る。今のリイジーにとってそれは氷柱で身体を貫かれたような感触であった。

 

「もしやンフィーレアは・・」

 

最悪の事を想定したのであろう。

 

(俺の考えが間違っていなければンフィーレアは無事だが・・・今のリイジーにそのことを伝えても何の確証も無い希望を見せるだけだ。もし万が一、俺の考えが間違っていたら・・その時のリイジーは希望を見ていた分絶望してしまうだろう。今は何も言わないのが賢明だな)

 

「・・・」

 

モモンは『漆黒の剣』を見る。そこで気付く。

 

僅かにだが口元が動いていたのだ。

 

「!まだ息がある!」

 

モモンは再び懐から赤いポーションを四本取り出す。

 

「それは!?『神の血』!まさかお主らが・・」

 

リイジーが何か言っていたがモモンはそれらを無視して彼らに飲ませていく。

 

「!っ・・」

 

やがて『漆黒の剣』のメンバーたちの傷ついた身体が元に戻っていく。特に酷かったのはニニャであった。顔は酸で溶けており、胸には刺突武器が刺さった穴がはっきりとあった。

 

「間に合え!」

 

やがてニニャの顔はケロイド状から元の顔に戻っていく。

 

「・・・っ」

 

ニニャの瞼が微かに動いた。

 

「良かった・・・」

 

(今度こそ・・助けられた。)

 

モモンはぺテル、ルクルット、ダインの顔に目を向ける。

 

他の三人も僅かにだが表情が動いていた。

 

(彼らも大丈夫みたいだな)

 

その時の一連の行動を見てリイジーは驚愕していた。

 

(『神の血』をあんな容易に飲ませるだと・・・)

 

だがリイジーの胸中には驚愕以外の感情があった。

 

(間違いない。この者たちならンフィーレアを救い出せる・・いや!!この者たちにしか出来ないんじゃ!!)

 

リイジーは覚悟を決めてモモンに言葉を投げる。その言葉には重みがあった。自分の持つ全てと引き換えに孫を救い出せるならと・・そう覚悟を決めた。

 

「汝らを雇いたい。ンフィーレアを救い出してくれ!」

 

「ただし条件がある・・」

 

___________________________________

 

 

 

「リイジー。彼らはもうすぐ目覚める。彼らの側にいてやってほしい。その間、私たちは誘拐犯の行方を捜す」

 

「分かった」

 

リイジーはモモンの指示に従って部屋の中央に立った。

 

モモンとナーベは別の部屋に入る。そこでナーベが口を開いた。

 

「モモンさん。お願いがあるのですが・・」

 

「どうした?」

 

物体発見(ロケート・オブジェクト)千里眼(クレヤボヤンス)水晶の画面(クリスタル・モニター)巻物(スクロール)を出して頂けませんか?」

 

モモンは何故かとは聞かなかった。代わりにスクロールを取り出しながら違うことを尋ねた。ナーベがそれを受け取った。

 

「何故プレートを所持していない?」

 

よく見るとナーベの首に下げられていた冒険者のプレートが無かったのだ。エ・ランテルに戻った時にはあったはずだ。

 

「実は戦闘中に禿げ頭の男を背後からナイフで突き刺したんです。その時にポケットの中に入れました」

 

「成程な・・」

 

ナーベがスクロールを宙に飛ばす。

 

物体発見(ロケート・オブジェクト)

 

スクロールが燃え散る。スクロールを使用した証だ。

 

「・・・墓地で間違いありませんね。」

 

「やはりか。では次は俺にも見えるように頼む。」

 

「はい。千里眼(クレヤボヤンス)・・水晶の画面(クリスタル・モニター)

 

モモンとナーベの間の空間に映像が浮かび上がる。

 

そこにいたのは頭部に謎のアイテムを装備して両目から血を流したンフィーレア。それとその周囲を取り囲むようにしているスケルトンやアンデッドたちだった。

 

「不味いな。かなり数が多い。もし墓地から溢れ出したら街に被害が及ぶ。早く行かなくては」

 

「現状では情報が少ないです。そんな中動くのは・・」

 

「確かにそうだな。放っておいても何も無いかもしれない。だが今ここでその者たちを止めねば街の人々に被害が出る。そうならない為に手を貸してくれ。ナーベ!」

 

ナーベは目を閉じる。

 

(あぁ・・そうかモモンさんはこういう優しい人だったわね)

 

「勿論です」

 

(ンフィーレアの無事は少なくとも知ることが出来た。攻め込む準備は出来た。後は彼らの身が心配だ・・)

 

「彼らが起きたぞ!」

 

突然ドアが開いてリイジーが入ってきた。

 

「モモンさん!」

 

リイジーに続いて『漆黒の剣』がぞろぞろと入っていく。声の主はぺテルだ。

 

「みんな無事だったか」

 

「えぇ。リイジーさんから話は聞きました。モモンさんがポーションを渡してくれたおかげでこの通り・・っ!」

 

ぺテルが胸を抑える。恐らく回復した直後で身体が慣れていないのだろう。

 

「大丈夫か?」

 

「えぇ・・すみません。」

 

「回復した後ですまないが君たちに頼みたいことがある。引き受けてくれるか?」

 

「何でもします。仰って下さい」

 

モモンはぺテルの後ろにいる他の三人に目を向ける。全員が頷いていた。

 

「みんな今から話すことをよく聞いてくれ」

 

そこでモモンは一呼吸置くと状況の説明を始めた。

 

 

 

 



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墓地騒動②--門にて--

「今日も暇だな・・」

 

そう言った男の言葉に同意を示すように他の衛兵たちが頷く。

 

「暇なのはむしろ良いことだ。何事もないということだろ」

 

衛兵長である男が言って皆を引き締めた。

 

「まぁ・・さっさと終わって帰りたいな」

 

「衛兵長のお子さんは確か今年で六歳でしたっけ?」

 

「あぁ。自慢の息子だ。本当に自慢の息子なんだよ」

 

(また始まったよ。衛兵長の子煩悩め・・)

 

彼らはエ・ランテルの共同墓地の門を守る衛兵だ。

 

エ・ランテルの共同墓地の門は2か所ある。これはエ・ランテルという場所が帝国との戦争で死者が出ることが多い為、そういったものたちが埋葬されるためである。通常時であれば死者はさほど多くはない。しかし戦争時となれば話は別だ。桁が変わる。そのため通常時とは異なり『丁重』に埋葬されることよりも『とりあえず』『埋葬』されることが大半だ。戦争という状況下の中で無念を感じたまま死者になった者も多く、その多くがどういう理屈かは不明だが不死者(アンデッド)になる。そういったこともあって彼らの様な衛兵が墓地をしっかりと管理及び排除している。特にアンデッドはより強いアンデッドを呼び起こす性質を持つ為、この管理と排除を怠るとエ・ランテル全体の危機といっても過言では無い。

 

そんな彼らではあったが決して仕事をサボっていたわけではない。彼らは『自然発生』のアンデッドに対してはしっかりと仕事をこなしていたといえよう。ただし今回は彼らの想定外のことが起きていたのだ。それは『人為的』な『アンデッドの大量発生』である。これが今現在墓地内で行われているなど彼らは知らなかった。

 

そんな彼ら衛兵の長。衛兵長たるカイルは疑問に思う。

 

「もしかして何か見逃していないか?」

 

「衛兵長。それは・・アンデッドを排除できていないと?」

 

その時、衛兵の一人である男が口に指を立てた。

 

「何か聞こえなかったか?」

 

「おい。脅かすなよ」

 

「いや確かに何か聞こえた」

 

カイルがそのことに気が付いたのは普段から聞き耳を立てていたからであろう。

 

カイルと呼ぶこの男。仕事は真面目にこなし部下に対しても慕われている男である。ただ子煩悩で部下に自身の子煩悩っぷりを吐露することが多く部下を困らせることが多いが本当の意味で困っているのではなく「また言っているよ」と温かい目で見られている。その理由として彼の部下である衛兵たちは普段から体調が悪かったりしたら勤務時間を代わってもらったり、部下がトラブルに巻き込まれた際は親身になって話を聞いたりして助けたりなどと普段から感謝されていた。その彼に対して恩を感じているからこそ彼ら衛兵はカイルを慕っていた。そして普段から真面目に仕事をこなす彼だからこそ「いや確かに何か聞こえた」と言われてたら彼らも耳を傾けざるをえなかった。

 

「?・・・聞こえな・・いやこの音は」

 

何やら金属音がする。それはとても小さかったが少しずつこちらに近づいて行っていた。

 

衛兵たちが墓地の中に目を向けるとそこには門に向かって走ってきていた衛兵がいた。衛兵の武器の槍は持たず、何度か転んだのか鎧は全体的に土まみれであった。

 

走ってきた衛兵はカイルたちがいる門まで近づくと門を叩き出した。

 

「開けてくれ!早く!」

 

尋常ではない。パニックを起こしているように見えた。何か緊急事態が起きたのは容易に推測はできた。ただしそれはカイルたちの想定範囲内で収まることだと勝手に解釈していた。

 

「早く!門を開けろ!」

 

カイルのその指示で衛兵たちが門を開けた。

 

走ってきた衛兵は急ぎ門に飛び込むようにして入った。その彼は息を整える時間もかけず叫ぶ。

 

「すぐに閉めるんだ!」

 

「一体何が・・」

 

衛兵たちは困惑していた。状況が理解できていなかったからだ。

 

「早く!閉めろ!閂も忘れるな!」

 

カイルも理解は出来ていなかったが、墓地内を見た瞬間にその一言が出た。

 

他の衛兵たちが門を閉め、閂も閉めた。

 

「一体何が?衛兵長・・いや隊長」

 

衛兵の一人がカイルの役職名の言い方を変えたのには理由がある。緊急事態などが起きた際は『衛兵長(えいへいちょう)』と呼ぶと7文字だが『隊長(たいちょう)』だと5文字である。緊急事態などでは一々長い役職名などを言ってられない。そういったことを想定して予め決めていたことである。

 

「おい。他の奴はどうした?」

 

走ってきた衛兵にカイルが声を掛けた。

 

「みんな食われちまった。油断なんかしていなかった。ただ数が・・」

 

カイルは状況を理解した。彼の言っていることは正しい。そして今日恐らく私は死ぬ。

 

「見て見ろよ。アンデッドの大群だ」

 

門の上から彼らは見た。そこにはアンデッドの大軍がいた。数としては最低でも千。スケルトンだけではなく見たことの無いアンデッドもいた。自身の知らない敵、『未知』なる敵がいる。その事実がより一層彼らの恐怖心を煽る。

 

この日、彼らは死を覚悟した。

 

だがカイルだけは違った。

 

「全員槍を構えろ‼︎奴らを門に近づかせるな‼︎」

 

カイルの指示で彼らが槍を使う。門を叩くスケルトン、同族を足場代わりに使って登ろうとするスケルトンたちを突き落とす。

 

突き落とされたスケルトンが1体だけならば地面に落下した衝撃で砕け散るだろう。だが何千といるスケルトンがクッションとなってその身を保ったまま再び同じ行動を繰り返す。

 

アンデッドの特性として「疲労」することはない。そのため手足の一つでも砕かぬ限り彼らの動きが鈍くなることはない。またカイルたち衛兵が持つ武器がもし打撃武器であれば活路はあったかもしれない。だが彼らが持つのは槍。他のアンデッドならばともかくスケルトンにはダメージを与えるのは困難である。

 

だがらだろう。

 

アンデッドの大群の中にそれはいた。

 

てらてらとぬめぬめとしたピンク色の輝きを持つ「腸」であった。

伸びた先にいたのは卵の型をした人の死体で、身体の前面が大きく縦に割れていた。その割れた穴の中には数人或いは数十人分の数の内臓が寄生虫のように蠢いていた。そのアンデッドの名前は「内臓の卵〈オーガン・エッグ〉」。

 

もしこのモンスターを知っていれば対処できたかもしれない。

 

衛兵の中で1番若いサム。彼の首に内臓の卵(オーガン・エッグ)の割れ目から伸びた腸が絡みつく。締め付けられたその瞬間、サムの顔が絶望に染まる。

 

「サム!」

 

カイルが叫び手を伸ばす。

 

「!がっぁ」

 

サムが持っていた槍を落とす。両手で腸を外そうとするがビクともしない。

 

「隊長ぉぉぉ‼︎‼︎」

 

カイルの伸ばした手が虚しく空を切る。絡みついた腸に引っ張られる。

 

「サムぅぅぅ‼︎‼︎」

 

サムが内臓の卵(オーガン・エッグ)に引っ張られてアンデッドたちの群れの中に落下した。

 

「隊長ぉぉ‼︎死にたくない‼︎助け・・」

 

サムの叫び声がそこで止んだ。それが意味することは・・

 

「サム・・」

 

サムに起こったことを見て衛兵たちが思考を停止してしまう。

 

だが隊長の立場であるカイルだけは唯一思考を止めずに働かせていた。だがそれは親しかったサムの無残な死に衝撃を受けすぎていたからだろう。

 

「下がれ!壁の下まで後退しろ‼︎」

 

カイルはそう指示を出す。衛兵たちが動いて階段を降りる。

 

だがアンデッドたちが扉を壊そうと体当たりしたことで、扉からギシギシと悲鳴を上げていた。

 

彼らの中で、葛藤が生まれる。

 

もし自分たちが逃げたらアンデッドたちは扉を破壊し、エ・ランテルを蹂躙するだろう。そうなればどれだけの被害が出るのだろう。

 

カイルもその気持ちは分かった。だが自分たちではどうすることも出来ない事実が彼らに絶望を与える。

 

皆の身体も精神も絶望に満ちたその瞬間、どこからか金属音が響いた。

 

全員が反射的に音のした方に身体を向けた。

 

そこにいたのは英知を感じさせる魔獣。それに乗った漆黒に染まる全身鎧(フルプレート)を着用した戦士。横に立っているのは「美姫(びき)」と呼ぶにふさわしい人物がいた。

 

「冒険者か?」

 

カイルは瞬時に冒険者だと判断した。そこですぐに彼らの首にかけられたプレートを見る。

 

銅級(カッパー)か・・お前たち、ここは危ない!冒険者組合に応援を!」

 

カイルがそう言ったのも無理はない。銅級冒険者ではあれだけのアンデッドを相手するのは無理だ。何故なら衛兵と銅級冒険者の実力はほぼ同じだからだ。

 

「ナーべ、剣を」

 

漆黒の全身鎧を着た人物らしき声がする。男の声であった。

男は魔獣から降りる。

 

「お前たち、後ろを見ろ。危ないぞ」

 

男の注意を聞いて、カイルたちは即座に後ろを振り返る。それを見てカイルたちは言葉を失った。

 

そこにいたのは無数の死体が集合して出来た四メートルはあるアンデッド、集合する死体の巨人(ネクロオーム・ジャイアント)である。

 

「俺たち、終わったな・・」

 

だが漆黒の戦士が槍投げの要領で大剣を投げたのだ。目に映ることなく飛んで行った大剣が先程のアンデットの巨人の額に突き刺さっていた。だが最も信じられかったのはそのアンデッドがたった一撃で後ろに倒れ、轟音と地響きが同時に起きた。

 

「へ?」

 

「すげぇ」

 

漆黒の戦士が女からもう一本の大剣を渡された。

 

「門を・・いや、上から行こう」

 

「アンタら!むこうにはアンデッドの大群が!」

 

「それが?この私、モモンに何か関係があるのか?」

 

圧倒的な自信に満ちた漆黒の戦士のその言葉に衛兵たちは威圧感を通り越して安心感を得ていた。

 

「お前たちはそこにいろ。ハムスケ!お前はここに留まり門を守れ!」

 

「殿!承知したでござる」

 

「ナーベ!お前はついてきてくれ」

 

「はい」

 

漆黒の戦士と女が壁を乗り越えていった。漆黒の戦士は鎧の重たさを感じさせないように飛び、女は「飛行(フライ)」と唱えて飛んで行った。

 

そして漆黒の戦士はその場にいたアンデッドを次々と屠り、先程までのアンデッドの脅威が消えていった。

 

「あれが銅級だと?嘘だろ。あれこそ伝説のアダマンタイト級なんじゃ・・・」

 

カイルたちが戦士と女の様子を見ると、既にアンデッドたちは全滅。その場には大量の骨が散っていた。

 

そしてカイルは言った。この一言が彼らを象徴する言葉になるとは彼自身も思いもしなかった。

 

漆黒の戦士(しっこくのせんし)、いや・・漆黒の英雄(しっこくのえいゆう)だ!」

 

その声に誰もが頷いた。

 

 



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墓地騒動③--面影--

「ここか・・」

 

モモンとナーベはそこで立ち止まる。

 

エ・ランテル墓地の最奥に位置するその場所は霊廟であった。

 

だが2人が足を止めたのは霊廟があるからではない。

 

その手前に数人の者たちがいたからだ。

 

禿げ頭の魔法詠唱者の男とそれを囲うように立って覆面を被った者たち。禿げ頭の男に至っては左肩に流血した跡があった。見た所乾いており回復薬か何か使ったのか出血は止まっている様子であった。

 

(回復魔法を使った可能性もあるか・・・)

 

そう思いモモンは禿げ頭の男・・ナーベがナイフを突き刺した魔法詠唱者(マジックキャスター)を警戒する。警戒しておいて損はない。

 

「カジット様、敵です」

 

覆面を被った一人がそう告げた。

 

「無駄だ。明らかに我らに気付いているではないか」

 

禿げ頭の男・・・カジットがそう答える。

 

「やぁ。良い夜だな。カジット」

 

モモンはそうカジットに呼びかける。だがカジットがその冗談めいた発言に対して余裕を持って答えることは出来なかったのはある意味当然といえよう。

 

「どうしてここが分かった?」

 

どうやらカジットは何も気づかなかった様子であった。

 

「ナーベ。教えてやれ」

 

ナーベが頷くと前に出て口を開いた。

 

「ポケットの中身を見て見なさい。そこにプレートがあるでしょ?それを目印として追跡したの」

 

「何!?」

 

そう言ってカジットはポケットを探る。何やら硬いものに指先が当たる。それを掴み取り出した。手には銅の冒険者プレートがあった。

 

「これは一体いつの間に?」

 

「その程度のことにも気付かないなんて・・・ダニめ」

 

気が付くとカジットの目の前にナーベがいた。

 

「なっ!?転移(テレポーテーション)!!?」

 

ナーベはカジットの手からプレートをサッと取った。

 

「くっ!」

 

カジットは魔法を何か詠唱するのでは遅いと判断し、ナーベに向かって杖を叩きつけるようにして振るう。しかしそれは空を切っただけであった。カジットがハッとして前方を見るとナーベは元の位置に立っていた。彼の周囲にいる覆面の者たちはその一連の出来事があってからようやく異変に気付いたらしく「師よ。どうすれば」「カジット様!」などと慌てている様子であった。

 

「そうか分かったぞ!お主の切り札はその魔法だな。この儂を転移魔法を使って殺すつもりだな!」

 

「そんなわけないでしょ?」

 

ナーベは溜息を吐くとプレートを首に掛けた。それを見たカジットたちに冷や汗が流れる。

 

「あなたたちの血でプレートを汚したくなかっただけよ」

 

その一言でカジットたちの中で格の違いを感じ取ったのだろう。

 

 

 

 

_____

 

 

 

(あっちは大丈夫だな・・)

 

モモンがそう思った時であった。

 

金属音が響き渡る。

 

「あれ!?おかしいな。完全に気配を消していたはずだったんだけど」

 

女がモモンから距離を取る為に跳躍する。

 

モモンの背中から不意打ちで攻撃しようとした女であったが、モモンは最初から気付いており女の攻撃に合わせて大剣を抜いて防いだのだ。そのため女の武器・・刺突に特化したスティレットによる不意打ちは完璧に防がれた。

 

「バレバレだっ・・・」

 

『バレバレだったぞ』と言いたかったモモンであった。だがその言葉を発しようとしながら振り返った時だった。

 

思わず思考が停止する。その女の顔を見て昔を思い出したからだ。

 

「あれれ?どうしたの?」

 

女が口元を歪ませ笑いながら首を傾げる。

 

「・・・・・」

 

モモンは背中から大剣を抜くと両腕に大剣を持ち構える。

 

「?」

 

女の容姿を詳細に述べるのであれば金髪。顔立ちは可愛い猫を連想させた。ただし女の瞳には人間でありながら野生の肉食動物の様な必要最低限な感情を持った瞳。だが肉食動物と印象が決定的に異なるのはその瞳の奥に狂気を感じたからだろう。

年齢は20歳前後だろう。

 

そしてその女の容姿はモモンに昔を思い出させるには十分だった。

 

「一つ聞きたい」

 

「?何?」

 

「お前の名前・・フルネームは何だ?」

 

「私の名前はクレマンティーヌ=クインティア。よろしくねぇ」

 

自身の名前を話したことをクレマンティーヌは僅かながら後悔した。名前を言った途端モモンの全身からとんでもない程の威圧感を感じとったからだ。全身の血液が凍り付いた様な錯覚に陥る。

 

「・・クインティアか・・」

 

「!っ・・・」

 

クレマンティーヌはモモンの言葉を待った。それは威圧されて全身が石にでもなったように重く固まってしまったからだ。

 

「ナーベたちの邪魔になる。私たちはあちらでやろう」

 

そう言って二人はその場を離れる。

 

_______

 

 

「くっ・・」

 

カジットは倒れた弟子たちを見て舌打ちをする。全員ナーベが詠唱した魔法によって倒されたのだ。

 

「あら?もう終わり?ノミでももう少ししぶといわよ」

 

「馬鹿にしおって!ならば見せてやるわ」

 

そう言ってカジットは右手を空に向かって掲げた。

 

(この感じ・・・)

 

ナーベは瞬時に上を見る。

 

「ふははははっ!もうお終いだ。貴様の負けは確定したぞ。魔法詠唱者!」

 

骨の竜(スケリトル・ドラゴン)ね・・・」

 

「魔法を無効化するこのモンスター相手では手も足も出ないだろう!これが私の切り札だ!」

 

「そう・・・ならば叩き潰す」

 

ナーベは鞘に納めた剣を紐で固く結んだ。打撃武器として使用する為だ。

 

「やってみろ!小娘が!」

 

カジットがもう一度手を掲げるとそれが現れる。

 

「流石に魔力がほとんどなくなったか・・・まぁいい。やれ!」

 

「面倒ね・・・」

 

ナーベがそう言ったのも無理は無かった。何故ならこのモンスターは魔法を無効化するといった特性を持つ。それゆえ魔法詠唱者にとって天敵であった。

 

(勝った)

 

(・・とか思っているんでしょうね)

 

「もういいかしら?」

 

「何?降参か?考えてやっても・・」

 

「違うわよ」

 

「何?」

 

「少しだけ『本気』を出していいかしら?」

 

 その数秒後、ガジットは意識を刈り取られた。それに伴い召喚されたスケリトルドラゴンも消滅したのだった。



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墓地騒動④--夜明け前--

「・・・・」

 

「・・・・」

 

モモンは黙ってクレマンティーヌを見下ろす。モモンは足元で悶絶しているクレマンティーヌの首に剣先を向けていた。クレマンティーヌが先程持っていたスティレットは既に彼女の手から離れていた。

 

勝負は一瞬だった。

 

クレマンティーヌがあらゆる武技を使ってモモンに接近しようとしたが、モモンはそれを上回る斬撃の速度のままクレマンティーヌの腰に大剣を叩きつけた。ただそれだけだった。

 

「手加減したつもりだったが・・・」

 

クレマンティーヌは腰の骨が折れたのか下半身はほとんど動いていなかった。何とか上半身だけで立ち上がろうとしているも立てずにいる。それがより一層痛々しく感じた。

 

「お前ぇ・・何者なんだ?まさか『神人(しんじん)』か?」

 

「『神人』?何だそれは」

 

モモンが気になったのも無理はなかった。かつて奴隷にされそうになっていた所で聞いた単語だったからだ。忘れもしない記憶の断片。

 

「知らない?じゃあ『流星の子(りゅうせいのこ)』か?」

 

「『流星の子』・・・それも知らない」

 

「じゃあ・・・」

 

「クワイエッセはどこだ?」

 

「・・アンタあの男に何でそこまで拘る?復讐か?」

 

「いいから!答えろ!」

 

「・・あいつは今、スレイン法国の特殊部隊・六色聖典の一つ。『漆黒聖典』に所属している。居場所は分からない」

 

「そうか・・・ンフィーレアはどこだ?」

 

「あの霊廟・・・そこの地下室にいるわよ」

 

「無事なのか?」

 

それを聞いてクレマンティーヌが高笑いする。

 

「何がおかしい?」

 

モモンは嫌な予感がした。

 

「無事よ。命はね」

 

「どういう意味だ?」

 

叡者の額冠(えいじゃのだっかん)を装備させられたンフィーレアはもう元には戻れない」

 

「教えろ!彼に何をした?」

 

「あのアイテムを装備した者は自我を失う。無理に外そうとすれば発狂する。お前の負けだよ」

 

「もう黙っていろ」

 

モモンは大剣でクレマンティーヌの首を叩く。クレマンティーヌは意識を失い制御を失った身体が倒れこんだ。

 

(これ以上は理性が持ちそうになかった。)

 

手が震えている。怒りからだろうか・・・

両手が震えていた。

 

「スレイン法国・・・・」

 

何の罪もない少年から強引に自我を奪う。そしてアンデッドを使って街を襲わせるなんて・・・

 

「そんな国なんて・・・」

 

モモンは倒れたクレマンティーヌを通してスレイン法国を睨む。

 

血が出そうになるほど睨む。視界が歪んで・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモンさん!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ナーベに呼びかけられてモモンはハッとする。視界の広さが元に戻る。

 

「どうした?」

 

「ンフィーレアさんを助けましょう」

 

「あぁ」

 

モモンは無限の背負い袋(インフォ二ティ・ハヴァサック)から縄を取り出した。アダマンタイトが編み込まれた縄だ。それでクレマンティーヌを蓑虫の形になる程グルグル巻きにした。これで逃げられる心配はないだろう。

 

モモンとナーベは霊廟に向かって歩き出した。

 

 

 

___________________________

 

 

エ・ランテル墓地 霊廟 地下室

 

 

 

「分かってはいたが・・・」

 

モモンは拳を強く握る。食い込んだ爪によって血が流れ出る。

 

「モモンさん・・・これって・・」

 

先程赤いポーションを飲ませてみたが目の出血は止まらなかった。それが意味するところは・・

 

「間違いない。彼の目はもう・・」

 

ンフィーレアは両目から血が流れていた。裸の上に透明な衣を纏い、頭には先程クレマンティーヌが言っていた叡者の額冠だろうアイテムが乗っていた。

 

「彼を助けることは無理なのか・・」

 

モモンは拳を強く握り・・

 

「ふざけるな!!」

 

床に叩きつけた。床の一部が砕ける。

 

ナーベはそんなモモンを見兼ねて口を開いた。

 

「モモンさん。彼が助かる可能性が一つだけあります」

 

「それは・・・あっ」

 

モモンは唯一の可能性に思い当たる。

 

「まさか・・」

 

「えぇ。アインズ・ウール・ゴウン殿を頼りましょう」

 

 

 

 




ついに『墓地騒動』編がついに終わります。

次回、後日談へ


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訪れた夜明け

「ん・・」

 

目を開けると見知らぬ天井が広がっていた。

エ・ランテルではない場所だろう。窓から差し込む日差しが強い気がする。真っ先に思い浮かんだのはカルネ村だ。自身はベッドの上で寝ていたようで上半身を起き上がらせる。

 

「ンフィーレアぁ!!」

 

突然ベッドの横から見慣れた声がすると思った瞬間、前方から祖母に抱き着かれた。

 

何が何やら分からない・・

 

「おばあちゃん・・?」

 

「良かった・・・本当に良かった」

 

普段見ないあばあちゃんの涙を見て、ようやく全てを思い出す。

 

(そうだ!僕はあの『漆黒の剣』を倒した二人組に・・)

 

頭を働かせたことで目覚めたばかりの視界が広がる。おばあちゃん以外にいたのはモモンさんとナーベさん、それと仮面の男性アインズ・ウール・ゴウンさんだ。

 

「モモンさんが僕を助けてくれたんですか?」

 

彼の強さを知っていた僕は思わずそう聞いてしまう。

 

「君をあの二人組から助けたのは私とナーベだが・・・さてどこから話そうか・・」

 

モモンさんの口から出たのは僕にとって衝撃的な出来事ばかりだった。

 

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

 

「僕がそんな状態に?」

 

信じられなかった。

 

『漆黒の剣』の皆さんが重傷を負わされたのは知っていたから驚きはしなかったけれど

 

僕を助ける為におばあちゃんがモモンさんとナーベさんに依頼したこと。

 

スレイン法国からやってきた金髪の女性が僕が『叡者の額冠(えいじゃのだっかん)』なるアイテムを強引に被せたこと。

 

操られた僕が第七位階の死者の軍勢(アンデス・アーミー)を発動させられたこと。

 

それでエ・ランテルで混乱が起きたこと。

 

(だけど・・何でかな。モモンさんたちが僕を助けてくれたことは何故か信じられるかな・・)

 

「すまない・・」

 

「どうして謝るんですか?」

 

「いや・・俺は君を助けると彼女と約束した。なのに・・・」

 

「そんなこと気にしないで下さい。こうやっておばあちゃんと再会できましたし、むしろ感謝しています」

 

「ンフィーレアぁぁ」

 

「泣き止んでよ。おばあちゃん・・僕は元気だよ」

 

「モモン・・ナーベ・・私たちは外に出ていよう」

 

ゴウン殿のその言葉で三人は外に出ていった。

 

「ンフィーレアぁぁ」

 

この時泣いているおばあちゃんを見て僕は思ったんだ。おばあちゃんは僕の為に行動してくれた。だったら僕はおばあちゃんの為に何が出来るかな?って。

 

 

 

 

 

 

___________________________

 

 

 

 

外に出た三人は家から少し離れた位置で立ち止まる。

 

「しばらく二人っきりにしてやろう」

 

アインズがそう言う。

 

「えぇ。そうですね」

 

ナーベがそう返す。

 

「ゴウン殿。ンフィーレア君を助けてくれて感謝します」

 

モモンは頭を下げた。それを見てナーベも瞬時に下げた。

 

「頭を上げてくれ」

 

そう言われたが二人は頭を上げなかった・

 

「ですが・・」

 

「感謝しているなら私を困らせるような真似はやめてくれ」

 

その言葉を聞いて二人はようやく頭を上げた。

 

「しかしゴウン殿には一度だけでなく二度までも・・」

 

「一度目は見返りにポーションを受け取った・・それに関しては終わったことだ。だが・・

 

二度目の見返りは・・・そうだな・・」

 

「私個人で出来ることなら何でもします」

 

「ありがたい申し出だが、簡単に何でもなどと口に出すな。いつかそれでその身を滅ぼすぞ」

 

「・・・っ」

 

簡単なことだ。モモン一人ならともかく今はナーベもいる。簡単に言っていい言葉では無かった。

 

(俺はそんなことも分かってなかったのか・・)

 

「まぁ、そう落ち込むな。だが、そうだな・・・ならば」

 

そう言うとアインズは何やらこめかみに指を当てだした。

 

(伝言<メッセージ>か?)

 

やがてアインズは指を離すとモモンたちに目線を戻した。

 

「ならば三つほど頼みがある」

 

「何でしょうか?」

 

(三つか・・・俺個人で解決できるようなことなら良いんだが・・)

 

「一つ目・・二人には私をゴウンではなく、アインズと呼んで欲しい。ゴウンだと堅苦しいのでね」

 

「構いません。アインズ殿」

 

「分かりました。アインズ殿」

 

「二つ目・・私といつでも連絡を取れるようにしておいてくれ」

 

モモンはナーベの方に目を向ける。ナーベは頷くと口を開く。

 

伝言(メッセージ)でよろしいですか?」

 

「あぁ。それで構わない」

 

「それで最後の一つは?」

 

「今から来る私の部下に会ってもらいたい・・彼女にはカルネ村の守護を任せている。だが君たちからすれば少々特殊だぞ。それでも構わないか?」

 

「?・・構いませんよ」

 

それを聞いたアインズは再びこめかみに指を当てる。だが先程とは異なりそうしていたのは短かった。

 

「来たぞ」

 

アインズの指さした方向には一人の・・少女が歩いてきていた。

ナーベは彼女の髪型をシニョンと呼ばれているのを知っていた。

メイド服を着ておりその腹の部分に大きな赤い紐が蝶蝶結びの形で結び付けられていた。

 

「アインズ殿?あの少女の恰好は一体?」

 

「?あぁ・・君は知らないか。あれはメイド服と言う奴だ。それを着ているのは私のメイドの一人だ」

 

そうこう話す内に少女がアインズの前に立ち止まる。

 

その少女がアインズの目の前で右膝を地面につける。

 

「お呼びでしょうかぁ?アインズ様ぁ」

 

「あぁ。お前をこの二人に紹介したくてな。自己紹介を頼む」

 

「お初にお目にかかりまぁす。エントマ・ヴァシリッサ・ゼータでぇす」

 

 

 

 

________________________________

 

モモンたちはエントマと別れるとンフィーレアのいた家に戻る。

 

カルネ村はスレイン法国に襲われたことで空き家は多くあった。その内の一つである。

 

モモンはドアを開けて中に入る。

 

そこには既に泣き止んでいたリイジーと元気そうにしていたンフィーレアがいた。

 

「あっ・・モモンさん」

 

「ん?どうしたんだ」

 

「実はですね・・おばあちゃんとも話しあったんですが・・

 

 

もし良かったらあのエ・ランテルにある家を貰ってくれませんか?」

 

 

「なっ・・しかしあそこは君たちの大事な家であり店だろう?そんな簡単に手放していいのか?」

 

モモンはンフィーレア救出の際に依頼を引き受ける条件として『全て』と答えた。パニックになったリイジーを強引にでも落ち着かせる目的もあって言ったのだが・・

 

「簡単ではありません」

 

「なら・・」

 

「これを機にカルネ村に移住しようと思いまして・・

ですから、家を誰かに貰ってくれると嬉しいのですが・・」

 

「だが・・」

 

「モモンさん・・」

 

そう言ってナーベは頷いた。

 

「・・・分かった」

 

「ありがとうございます。おばあちゃんも分かっていましたよ。モモンさんがおばあちゃんの為にわざとあんなことを言ったことも・・」

 

「・・・そうか」

 

「さてリイジー、ンフィーレア、モモンにナーベ。君たちは一度エ・ランテルに戻る必要があるんじゃないのか?」

 

「アインズ殿の言う通り、私たちも組合に説明をしに行かないとな」

 

「では戻りましょうか。モモンさん」

 

「ゴウン様の言う通りですね。おばあちゃん、一度お店に戻ろう」

 

「そうじゃな・・・善は急げと言うしな・・」

 

「引っ越しですか・・」

 

モモンは尋ねた。

 

「あぁ。ここに荷物を持ってこんとな・・」

 

「それならば良い冒険者を紹介しますよ」

 

モモンはニヤリと笑った。

 

________________________________

 

 

 

 

「そうか・・・成程な。事情は分かった。」

 

今回の一件は未だに不明な点も多く、事情を知る者たちは限られていた。それゆえ『漆黒の剣』は都市長、冒険者組合長、魔術師組合長の三人が集まる場にて直接事情を聞かれていた。

 

エ・ランテル共同墓地で起きた騒動・・・

 

それに少なからず関りのある彼らは事情聴取を受けていたのだ。

 

それを終えた彼らは現在酒場にいた。

 

「モモンさんとナーベさん、組合に事情を話してカルネ村に向かったらしい」

 

「カルネ村かぁ・・」

 

「・・・・」

 

「はぁ・・」

 

誰かが溜息を吐くと伝染したように溜息を他の誰かがした。溜息を吐きながら食事をしていた。

 

「俺たち街の人たちに避難してもらっただけだもんな」

 

モモンから頼まれたことは二組に別れてリイジー=バレアレと共に避難勧告をしていった組と冒険者組合に報告をして他の冒険者たちに緊急事態であることを伝えただけだった。

 

自分たちがあまり役に立ててないことに引け目を感じ落ち込んでいた。

 

酒場のドアが開かれる。そこから入ってきたのは冒険者組合の受付嬢の一人だった。

ルクルットは見覚えがあるその人物に声を掛ける。

 

「あれイシュペンちゃん。どうしたの?」

 

入ってきたのはイシュペン=ロンブルだ。いつもの落ち着きとは異なり慌てた様子だ。

 

「あらルクルットさん。ぺテルさんはいる?」

 

「?私ですが・・」

 

「リイジー=バレアレさんからの『漆黒の剣』へ名指しの依頼です。依頼内容を説明しますから、組合までついてきてもらえませんか?」

 

「分かりました。みんな行くぞ」

 

「あっ・・それと皆さんにモモンさんから伝言です」

 

「?」

 

「『君たちの行動のおかげで街の人々に被害が出ずに済んだ。感謝する』とのことです」

 

それを聞いて『漆黒の剣』のメンバーは一瞬だけ微笑む。先ほどまでの雰囲気は嘘の様であった。

 

 

_________________________

 

 

こうして墓地騒動は終わった。

今回の首謀者は二人。漆黒聖典の一人クレマンティーヌ、ズーラノーンのカジット。

捕らえられた彼らは現在アイテムを全て没収され牢屋に入れられている。

 

今回の件で大きな功績を残したモモンとナーベは銅級から五階級も飛び級し、ミスリル級にまで昇格。

『漆黒の剣』を初めモモンたちの偉業を目撃した者たちはモモンを『漆黒の英雄(しっこくのえいゆう)』と呼び、いつしか彼ら二人だけの冒険者チームは『漆黒(しっこく)』と呼ばれることになる。

 

 

 

 

 



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第4章【漆黒の英雄】
死を撒く剣団


※※注意書き※※

今回の話では過激な描写やセリフが一部あります。
苦手な方などはこの話を無視して次回の話にしても問題ないかと思います。

※※※※※※※※


 

 

六人の塊のパーティは数十人の男たちに囲まれていた。

 

「逃げろぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!」

 

魔法詠唱者(マジックキャスター)の男がその辺り一帯に聞こえる程の声量で叫ぶ。

 

 

 

 

彼らは『死を撒く剣団』討伐に向かう前。

 

少し前ほどからエ・ランテルから王都への街道で起きている商人の荷馬車が襲撃されることが多かった。これにより物資は奪われ従者も殺されるため被害が多く、これをみかねた商人たちが共同で出資し冒険者組合に依頼を出した。最初はミスリル級限定で依頼を出していたのだが肝心の彼らは遠い地や危険で時間のかかる依頼に行くことが多いため不在であった。そこで商人たちは二週間前程から依頼条件を『階級不問』とした。そこで高額な依頼に食いついたのが彼らであった。

 

 

そして依頼を果たす為にエ・ランテルを発ったのが前日の昼。

その日の夜は丁度モモンとナーベが『墓地騒動』を解決した日でもある(カルネ村でンフィーレアを治療して依頼完了という意味では翌日の朝になる)。

 

 

 

 

 

 

 

女は目の前の光景が信じられなかった。

 

次々に仲間たちが殺されていく。

 

バラバラの装備をした男たちが下卑た笑みを浮かべている。

 

酒が好きな前衛の三人組は剣と盾を持つも背後から首を矢で射られ・・

 

何があってもフードを脱ごうとしない汗っかきな魔法詠唱者(マジックキャスター)の男は顔や頭をメイスで潰され・・

 

神への信仰を示す神官の男は首に掛けられた十字架ごと剣で胸を貫かれ・・

 

それぞれ絶命していた。その者たちの身体から命が奪われる。

 

「あっ・・・あ・・あぁぁぁぁ!!」

 

ブリタは近づく男たちに向かって剣を構える。

 

恐怖で震える手で何とか剣を構える。

 

だがそんな様子を見て男たちはニヤニヤしている。

 

「へっ・・良い身体してるじゃねぇか」

 

野伏(レンジャー)の彼がいる。きっと助けが・・)

 

「随分と余裕そうだな」

 

そう言って男たちの誰かが何かを放り投げる。夜の闇でそれは何かブリタには分からなかった。

 

「あっ・・あっぁ・・」

 

だがブリタの目の前に『それ』が転がった時、ブリタは知る。『それ』は・・・

 

 

 

 

私たちは七人組だった。

剣と盾を装備した前衛の三人の男。

前衛の背後に立つ女の私とフードを被り杖を持つ魔法詠唱者の男。

背後から支援する神官。

そして私たちとは少し距離を置いて後ろからついてくるのは野伏(レンジャー)の男。

この七人目の野伏の男は緊急時にエ・ランテルに帰還し私たちの危機を知らせる役目を持っていた。

 

だがブリタの目の前に放り投げられた『それ』は・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野伏の男の首だった。

 

 

 

 

ブリタの震えは大きくなっていく。持っていた剣を落としてしまう。

 

 

「あっ!」

 

すぐさま拾おうとするが足腰に力が入らず身体を曲げるのに時間が掛かってしまった。

 

その隙を男たちが見逃すはずが無かった。

 

ブリタの落とした剣を誰かが蹴り飛ばす。

 

「あっ!」

 

まるでブリタのその言葉が合図かの様に男たちはブリタ目掛けて接近する。

 

「あっ・・」

 

誰かがブリタの右腕を掴む。振りほどけない。

 

誰かがブリタの左腕を掴む。振りほどけない。

 

誰かがブリタの右足を掴む。振りほどけない。

 

誰かがブリタの左足を掴む。振りほどけない。

 

誰かがブリタの首を掴む。振りほどけない。

 

「お頭には内緒でヤッちまわねぇか?」

 

「いいな」

 

「俺が最初だ」

 

「いや俺が・・」

 

ブリタの意思など無視しながら男たちは誰が一番最初に行為に及ぶか話し合っている。

 

「おい!誰かこいつを脱がせろ」

 

ブリタの革鎧を誰かがナイフで切り刻む。また誰かは素手でちぎる。

 

(私・・・こんな奴らに・・そんなの嫌)

 

「へっ・・へっ・・俺が一番か」

 

男の一人がベルトをカチャカチャと外していく。

 

「これがあるから略奪は止められねぇ」

 

ブリタは目を閉じる。もう何も見たくなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途端、ブリタの周囲から悲鳴が聞こえる。

 

「何だ!!?あいつは!!?」

 

「!!?」

 

ブリタは目を開けて周囲を見渡す。

 

ブリタの目の前でベルトをカチャカチャと鳴らしていた男が背後を見ていた。ブリタの手足を押さえていた者もそちらに注意が向いていた。

 

(今しかない!!)

 

ブリタは両腕を持っていた男たちの腰から下げられているものに目を向ける。

 

(これだ!)

 

脳裏に浮かぶは漆黒の大剣を背負う男。

 

(今だけでいいから、アンタの実力の一部だけでも分けて頂戴!!)

 

ブリタは両手を男たちの手から引きはがすと、男たちの腰にかけられていた剣を抜き取る。

 

「あっ・・てめ」

 

抜き取った剣で男たちの顔を斬りつける。

 

「ぎゃぁぁぁぁっっ!!!」

 

両手を押さえていた男たちが顔を押さえながら後ろに転がりこむ。片方は両目を斬れた。だけどもう片方は両目ではなく鼻先を切り裂いた。

 

(おやっさんの言う通りだったよ)

 

 

 

 

 

 

それはまだブリタが鉄級に昇格した時『灰色のネズミ亭』のおやっさんことロバート=ラムから教えてもらったことだ。

 

「いいか・・ブリタ・・喧嘩の時は鼻をやれ!」

 

「どうして?」

 

「鼻っていうのはプライドそのもんなんだよ」

 

「?」

 

「『鼻っ柱』って言うだろう?だからそれをやっちまったら根性のある奴や覚悟のある奴以外は大体怯むんだよ」

 

「へぇー・・・それよりも水頂戴」

 

「ったく・・年寄りの言うことはよく聞けよ」

 

「何だかんだで水入れてくれるおやっさんのこと好きだよ」

 

「馬鹿言ってないでさっさと依頼探してこい!」

 

 

 

 

 

(おやっさん、ありがとう!)

 

「てめぇ・・よくも!」

 

首を掴んでいた男がブリタの顔を殴ろうと右手を離し振り上げた。

 

だがそれが命取りになった。

 

「ぎゃぁぁぁぁっっ!!!」

 

顔を斬りつけたまま、ブリタは首を持つ男の首を鋏の要領で切り落とそうとしていた。男がブリタの首を持ったままであればそこを中心として身体の力を働かせて距離を取れたかもしれない。だが男は右手を振り上げてしまった。当然攻撃の構えである。そんな中でブリタの両手に持った剣は避けられない。男は首を剣で挟み込まれるにして切断される。男の胴から血が噴き出す。ブリタの上半身が血で赤く染まる。

 

ブリタは両足を持った二人の男を斬りつけようとする。だが・・

 

「ひぃ・・嫌だぁぁぁっ!!!!」

 

自身の左足を掴んでいた男がブリタを放置して逃げていく。

ブリタは逃げていく男を見て呆気に取られていた。

だからだろう・・・右足を掴む男がブリタの腹にナイフを突き刺そうと振り下ろしていたことに気付けなかった。

 

「きゃぁぁっ!!!」

 

激痛のあまり持っていた剣を二つとも落としてしまう。

 

(しまった!!)

 

「よくもやりやがったなぁ・・」

 

男は怒りの形相でブリタを睨む。

 

腹に刺したナイフを勢いよく抜くともう一度突き刺した。

 

「かっ!」

 

男がナイフを抜いたのと同時にブリタは血を吐き出す。

 

「っぁ・・」

 

「せめてお前だけでも殺してやる!!」

 

男はもう一度ナイフを振り下ろそうとした。

 

(あっ・・私の人生・・終わった・・)

 

ブリタは自身の最期を悟る。でも今度は目は閉じなかった。

 

(でも一矢報えたや・・・)

 

だが男のナイフがブリタの腹部を突き刺すことは無かった。

 

男の首の無い死体が目の前にあった。胴から勢いよく飛び出す鮮血。

男の胴がブリタ目掛けて倒れたため、そこから噴き出した鮮血でブリタの全身は血に染まる。

 

ブリタはようやく立ち上がることが出来た。

 

 

 

そこで目にしたのは銀髪で大口のモンスター。男たちの血を吸っている様子から吸血鬼であるのは確定だろう。

 

その吸血鬼がその場にいる男たちを惨殺していく。ある男は頭を食われ、ある男は首を引きちぎられ、ある男は心臓を抜かれて、ある男は魔法か何かは知らないが内部から爆発した。爆発した男が最後なのだろうか。吸血鬼は周辺に生き残りがいないかと見渡している。

 

「ひゃひゃひゃぁぁぁぁっっ!!!!たのしいいいいいいいいぃぃぃぃぃ」

 

吸血鬼が狂喜する。

 

「ひぃぃぃっ」

 

悲鳴を叫んだのはブリタであった。ハッとしてブリタは両手で口を押さえる。

 

その声に反応したのか吸血鬼がこちらに視線を向ける。

 

「さいごぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!!!」

 

そう言ってブリタに向かって走っていく。ブリタの全力疾走の何十倍も速い。

 

だがブリタは先程『漆黒の大剣を持った男』から生きる力を貰った。

だから今度こそ・・・

 

ブリタは祈る気持ちでポケットからそれを取り出した。

あの人から貰った赤いポーション。

 

吸血鬼はアンデッド。だからこのポーションでダメージを与えられるはず!

 

ブリタは赤いポーションを吸血鬼に向かって投げつける。

 

吸血鬼は腕でそれを止めた。割れたポーションの液体が吸血鬼に染み込み火傷に似たダメージを与える。

 

「!!!!っ」

 

ブリタの目の前で吸血鬼は止まった。

 

吸血鬼が大口を開けて睨む。吸血鬼の長い手がブリタの首を持ち掴みあげた。

 

(あっ・・今度こそ死んだ)

 

そこでブリタの意識は途切れた。

 

 

 

 



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ブレイン=アングラウス

リ・エスティーゼ王国の中心に位置する王都リ・エスティーゼ、それと同じく王の直轄地であり帝国との戦争の際は前線として使われる交易都市エ・ランテル。この二つの点を結ぶ線として街道がある。その街道は王国の第三王女ラナーによる献策により整備されていた。しかし街道の全てが整備されているという訳ではなかった。当然だが悪路と言えるような道もあり、そのような場所は崖や森の近くを通るせいで略奪者に襲われることも珍しくはない。それゆえ一部の商人たちが話し合い『略奪者』たちを討伐する依頼を出したのはまだ新しい。

 

その街道の森の近くにすり鉢形の窪地がある。その中央部にぽっかりと開いた穴がある。

 

一言で言えば「洞窟」であった。

 

その穴からわずかに光が漏れており中に誰かがいるのは明白であった。

 

洞窟入り口の両脇に二人の見張りが立っている。

 

その二人の装備を見ると統一されておらず王国の衛兵でないのは一目で分かる。

 

「あいつら上手いことやってるかな?」

 

横にいた男が声を掛けた。

 

「どうせもうすぐ帰ってくるだろ?」

 

「見張りが交代制なのは分かるが、このタイミングでとは最悪だなぁ」

 

「違ぇねぇ」

 

(今頃外に行った奴らは愉しんでるんだろうなぁ)

 

その様子を想像して男の下半身が熱くなる。

 

「俺も早く愉しみてぇ」

 

「中の奴を使えよ」

 

「嫌だね。あいつらもう壊れちまってるだろう?反応しないし・・」

 

「違ぇねぇ。あぁ・・早く戻ってこーい。俺も愉しみてぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの世で愉しんどけ」

 

 

「「!!!!?????」」

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付くと目の前に男が一人で立っていた。

 

「誰だ!!?」

 

2人が武器を構えようとした瞬間、見張りである一人の首が飛んでいく。

 

まだ首のある見張りは目の前の男を凝視する。その出で立ちに見覚えがあったからだ。

 

ボサボサの青い髪、筋肉質な身体、そして最も特徴的なのは男の顔だった。

 

「まさかお前は!」

 

「ほう・・俺を知っているのか」

 

「ブレイン=アングラウス!!?」

 

 

かつて『王国御前試合』と呼ばれる大会があった。

リ・エスティーゼ王国で行われた催しである。早い話が王国内で誰が一番強いか決めるというものであった。

そこの決勝戦に残ったのがガゼフ=ストロノーフとブレイン=アングラウスの2人であった。

お互いの実力は同じ。戦いは数時間に及んだ。最後はガゼフの放った一撃でブレインが敗北。

その試合を見ていた者はみんな興奮していた。俺もその内の一人だ。

その後ガゼフは王に仕え王国戦士長の職に就いた。ブレインも大貴族たちからスカウトを受けていた。

 

ガゼフに負けたのが悔しかったのか・・

貴族が気に入らなかったのか・・

 

理由は誰にも分らないがブレインは誘いを全て断り、旅に出たらしく行方不明だった。

 

そんな男が目の前にいた。『あの』ブレイン=アングラウスが・・

 

 

 

「俺も有名になったもんだな」

 

そう言ってブレインは男に一歩近づく。男は一歩後退する。

 

「おい止めろよ。あっ!そうだ俺たちの仲間にならないか?」

 

「お前たちの?」

 

「あぁ。俺たちは泣く子も黙る『死を撒く剣団』だ。マジックアイテムだって奪い放題!女だって!」

 

「断る!」

 

「くっ・・刀を収めたのは失敗だったなぁ!」

 

そう言って男はメイスを両手を使って振り上げる。

 

次の瞬間、ブレインの腕は大きく広げられていた。持っていた刀も同じであった。

 

「えっ・・・えっ!?」

 

男は自分の両手首の先から感覚が無いことに気付く。見ると両手首先が無い。それを見て自分の両手首より先がブレインにより切り落とされたことに気付くまで数秒掛かる。

 

「あっ・・・・あっっぁぁぁぁ!!」

 

だが「斬られた」と認識した瞬間、男の全身に数秒間溜まっていた反動か激痛が走る。それは筋肉、血液、神経、あらゆるものを巡って痛みという痛みを伝える。燃えるような痛みが男を襲う。

 

「どうしてだぁぁ!?俺たちがお前に何をしたぁぁぁ?」

 

「ただの武者修行さ」

 

 

そう言って刀を納めるブレインを見て男は息絶えた。

 

男の死を見届けたブレインは洞窟の中に向かって進んでいった。

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

『死を撒く剣団』

 

戦うことしか知らない傭兵たちが最後に流れ着く先は略奪者・・即ち犯罪者である。だがただの略奪者ではない。それが証拠に襲撃は全て成功し、襲撃された際は返り討ちにした。

もし戦い以外のことで何か一つあればリ・エスティーゼ王国の戦士長ガゼフ=ストロノーフや彼の部下の様に何かの為に・・何かを『守る』為に戦う者になれたであろう。

 

だが彼らは力を『奪う』ことに使っていった。

 

商人を襲い・・

 

馬は食い・・

 

男は殺し・・

 

女は犯し・・

 

子供は売り払う・・

 

そして得たアイテムでより強く、得た金銭で凶悪を撒き散らす。

 

そうやって根こそぎ奪っていく彼らは悪党と呼ぶにふさわしい者たちだろう。

 

だがそんな生き方をしている者が碌な最期を迎えないのは歴史が証明している。

 

その最たる例がおとぎ話で語られる『八欲王(はちよくおう)』であろう。

 

 

 

________________________________

 

 

 

見張りのいた入り口から百歩歩いたあたりでブレインはあるものを見た。

 

「これは!・・」

 

ブレイン=アングラウスは自分の目を疑った。

 

「死んでる・・」

 

殺されていること自体は決して問題ではない。だがそれだけならばブレインは決して驚かない。

驚いた原因は二つ。

一つは見張りが異変に気付かなかったことである。それは即ち異変を知らされる前に殺害されたかマジックアイテムを使用して音でも遮断したかなどである。ブレインもかなりの実力者だと自負しているが彼らの人数を見るにここまで上手く早くは殺せないだろう。それと音を遮断するマジックアイテムは高額の為なかなか手を出せるものはいない。

もう一つはブレイン自身が気付けなかったからである。武技を発動していないとはいえブレイン程の実力者などであればまず間違いなく気付く。そのブレインが気付けなかったというのはどう考えても異常である。

それらが意味する所は・・・

 

(ガゼフ級の奴がいるかもな・・)

 

ブレインはそう結論付けた。かの王国戦士長であるガゼフ=ストロノーフ。ブレインが唯一ライバルとして認める人物であり倒すべき目標の男。その男と同格の人物がいる。それを考えるとブレインの口元がニヤリとなる。

 

「これをやった奴を倒せば俺はガゼフを超えることが出来る」

 

長い武者修行ももうすぐ終わりだ。

 

コツコツ・・・・

 

ブレインの耳に何やら足音が聞こえる。洞窟の奥に目を向ける。暗くて姿を確認できないがかなり近いだろう。そして向こうはこちらに間違いなく気付いている。

 

ブレインはマジックアイテムである指輪の効果を発動する。

 

コツコツ・・

 

ブレインは刀に手を掛けると武技『領域(りょういき)』を発動する。これは自身を中心とした知覚範囲を円形に広げるというもの。

そしてこの状態から放たれる武技は『神閃(しんせん)』。この一撃はあまりの速さゆえに血が刀に付着することすらない。

 

コツコツ

 

やがて姿が見える。

勿論、この瞬間ですら『神閃』をいつでも発動できるように構える。

 

やがて全身を白に纏う女が現れた。

 

「お前がやったのか?」

 

ブレインは自分がしっかりと刀を持っていることを再確認すると目の前の一人の女に問う。

 

全身に白を纏う女。帽子、仮面、貴人服といった格好だ。

白い帽子からは長い真っすぐな金髪が揺れている。

白い仮面の目の部分からは血を連想させる赤い瞳が見えた。

白い貴人服からは零れんばかりの胸があった。控えめな色である白に反して自己主張の激しい部位であった。

 

最初はその魅力的なプロポーションに見とれた男たちを殺したのかと疑問に思ったがすぐにその考えを捨てる。

 

(王国戦士長のガゼフと同格かもしれない奴だ。そんなはずはない)

 

ブレインの目指す『強さ』はそんな下らないことで勝ち得られるものではないはずだ。

 

「それがどうかしたの?」

 

女の声は外見に反してどこか幼さを感じさせた。

そのギャップがブレインにより一層警戒を強めさせる。

 

「一応こいつらは俺の獲物だったんだが・・」

 

「あら・・そう」

 

女はまるでブレインに興味が無いといわんばかりに返事をするとブレインに向かって歩み始めた。

 

「待て!」

 

女は立ち止まる。明らかに溜息を吐く音が聞こえた。

 

「何かしら?」

 

女はブレインの顔を見る。何故自分が声を掛けられたのか分からないといった様子だ。

 

「こいつらを殺した理由は何だ?」

 

「『武技(ぶぎ)』を使えなかったからよ」

 

ブレインの胸が締め付けられる。

 

(どういう意味だ・・・いやそれよりも)

 

「何故『武技』の使い手を探す?」

 

「『ある武技』を使える者を探しているの。これでいい?もう行っていいかしら?」

 

女は面倒臭そうに答えるとブレインの横を通り過ぎていった。

 

ブレインは女のその行動に意表を衝かれた気分だった。思わず振り返る。

 

「もし俺がその『武技』を使えるとすればどうだ?」

 

ブレインは女の様子を見る。女は立ち止まるとやがてこちらを向く。

 

「あまり無意味な殺人はしたくないのだけれども、アレを使えるのであればそうもいかないわね」

 

女のその様子からブレインには女の言う『ある武技』が使えないと思っている様子だ。

 

「どうしてお前が俺を殺せると思ってる?」

 

安い挑発だ。そう自分でも思う。

 

「理由は簡単よ。私の方が強いから・・それも圧倒的にね」

 

「?」

 

「あなた名前は?」

 

「ブレイン=アングラウスだ」

 

「そう・・時間を無駄にはしたくないの。とっとと始めましょうか」

 

 

 

ブレインと女の距離は約15歩。

 

女はブレインに向かってゆっくりと歩き出した。

 

ブレインは構えたままだ。対して女は何の構えもしなかった。

 

(何の構えもしないだと!ほえ面かきやがれ!)

 

武技『能力向上(のうりょくこうじょう)』を発動させる。

 

(一瞬で決める!)

 

領域の範囲内に入るのに後3歩、2歩、1・・・

 

この技は相手の頸部を一刀両断することにより、噴き出す血飛沫の音から名付けた技である。

 

秘剣・虎落笛(もがりぶえ)

 

 

 

 

 

 

 

 

だが・・・

 

「なっ・・」

 

ブレインの人生全てをもって磨いてきた技は・・

 

「嘘だろう・・・」

 

女によって防がれた。

 

「やっぱり探している『武技』では無かったようね」

 

それも右手の小指一本でだ。

 

「・・・・嘘だ」

 

俺が目指していたものは一体・・

 

「もう十分でしょ?行っていいかしら?」

 

女はやっぱりといった感じでその場を去ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嘘だぁぁぁぁっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女はため息を一度吐くとブレインのいた背後に振り返る。

 

「しつこい男は嫌われるわよ?」

 

「もう一回だ!」

 

ブレインは再び構える。

 

女はやがて了解したのか再びブレインに向かって歩き出した。

 

(何かの間違いに決まっている!俺の技が通用しないわけがない!!

 

『能力向上』『領域』『神閃』。よし今度こそ・・・)

 

ブレインは先程よりも女が二歩近づいた位置で剣を抜いた。

 

秘剣・虎落笛!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで満足した?もういいわよね?」

 

だがブレインの秘剣は再び女により防がれてしまった。

 

「嘘だ・・・化け物か・・」

 

ブレインの頭の中で何かが砕けちる。それはプライド。

 

 

 

 

 

ブレイン=アングラウスという男は剣に生きてきた男である。

 

才能に恵まれ『剣』を自分の分身として扱える程であった。

 

剣の達人と呼ばれる者を倒すにまで至った。

 

だがそんな中ガゼフ=ストロノーフに敗北したことで初めての挫折を味わった。

 

その後、放浪の旅を経て『刀』を手に入れた。

 

その後は『刀』を自分の分身として多くの敵を葬ってきた。

 

全てはガゼフ=ストロノーフを倒す為・・・

 

『最強』を倒す為・・・

 

 

 

 

「俺の目指したものは一体・・・」

 

「もう行くわよ」

 

女は去っていく。

 

ブレイン=アングラウスは刀の持っていない方の手で女の背中に手を伸ばす。

だが手をピクリと止める。

 

(俺は何で手を伸ばすんだ?敵わないのに・・・同じ方向に行くにはあまりにも離れている・・)

 

「俺の・・・俺の努力は・・俺の人生は・・」

 

ガゼフ=ストロノーフの敗北の時ですらブレインはその感情を出すことは無かった。

 

 

「ああああああぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!」

 

 

持っていた『刀』を地面に投げつけた。

 

戦うことも出来ず、逃げることも出来ない。

 

 

ブレインはただ蹲って泣き叫ぶことしか出来なかった。

 

 

 

 



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ガゼフ=ストロノーフ

キャラ紹介

ロウファ副長
王国戦士長ガゼフの副長。ガゼフに対して意見を言うなど有能である。
平民の出でガゼフに憧れている。

※キャラに名前を付けただけです。



ここはリ・エスティーゼ王国の中心に位置する王都。その最奥にある場所であった。

 

 

 

ロ・レンテ城 ヴァランシア宮殿

 

 

 

その長い廊下には陽光が差していた。その光の下に二人の人物が立っていた。

 

「『星降(ほしふ)りの災厄(さいやく)』のことですか?」

 

スレイン法国に隕石が二回も落ち大きな被害が出たことだ。正確な被害は把握していないが最低でも500万人は死亡したと聞いた。

 

「あの一件で周辺諸国は対応に困っておる。王国とて例外ではない」

 

その対応で王は過労や睡眠不足からくる不調により咳をすることが増えた。病に掛かっていた。このことを知っているのは(ガゼフが知っているのは)ラナー王女、クライム、レエブン候、そしてガゼフ自身くらいだ。

 

「だが・・・・」

 

(貴族共め・・・どうして今の状況を理解できないのだ)

 

「つくづく思う。良い跡継ぎがいれば・・・とな」

 

「陛下・・」

 

現在リ・エスティーゼ王国はランポッサ3世の跡継ぎについて問題となっている。長兄のバルブロ、次兄のザナック。唯一の例外は三女のラナー王女くらいだろう。

 

「少し・・疲れたかな」

 

ランポッサが意識が薄れ後ろに倒れる。ガゼフは咄嗟に両肩を掴む。

 

「陛下!!?」

 

ランポッサの目の焦点が合っていない。恐らく立ち眩みだろう。

 

「すまないガゼフ。寝室まで肩を貸してくれ」

 

「勿論です。陛下」

 

「感謝する」

 

(随分とお痩せになった・・・)

 

(陛下の病に効く『薬草』でもあればいいのだが・・・)

 

もしそんなものがあるのならばガゼフ自身が取りに行きたいものだ。

 

だがその様なアイテムがあるとすれば一番近い場所でも『トブの大森林』くらいのものだろう。

 

(そんな都合の良いものはないか・・・)

 

「長年仕えてくれて感謝する」

 

「縁起でもないことを言わないで下さい・・陛下」

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

ヴァランシア宮殿 王の寝室

 

 

 

二人は入る。

 

王はそこで気が緩んだのか咳を出す。

 

「陛下・・そろそろ休んでください」

 

「ふむ・・・そうだなガゼフの言う通りにしておこう」

 

そう言ってランポッサは微笑む。だが表情が歪むと再び咳を繰り返す。だが繰り返す内に喉が傷ついたのか口を抑えた手には血が付着していた。

 

「陛下っ!!?」

 

「大丈夫だ。ガゼフ・・私はまだ死ねん」

 

そう言ってランポッサは笑う。

 

「陛下、今日の予定は・・」

 

「駄目だ・・今日はカルネ村を助けてくれたというアインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者が来るではないか」

 

「確かにゴウン殿はカルネ村を助けてくれた方です。ですが今日のこの体調では!!」

 

「何度も言わせるな、ガゼフ。それにかの魔法詠唱者(マジックキャスター)はカルネ村を助けてくれたのだ。多少の無茶は仕方が無いではないか・・」

 

「・・分かりました。ならばせめて陛下が倒れられた際にはすぐに駆けつけられるようにしておきます」

 

「礼を言うぞ・・」

 

「いえ・・」

 

ランポッサはガゼフに向かって笑いかけた。

 

「悪いがガゼフ。着替えを手伝ってもらえんか・・」

 

 

 

 

 

________________________

 

ロ・レンテ城 正門前

 

 

 

ガゼフは待っていた。戦士長と自身を呼び慕い共に戦ってくれる部下の戦士たちと共に。

 

「戦士長、そのアインズ・ウール・ゴウンとやらは本当に来られるのですか?」

 

ガゼフの右腕である副長ロウファのその問いに対してガゼフはハッキリと答えた。

 

「あぁ。間違いない。かの御仁は必ず来られる。とても誠実な方だ。約束を違えるようなことはしない」

 

「まぁ・・戦士長がそう言うのであれば間違いはないですね。しかし幾つか疑問があるのですが・・」

 

「まだ彼らが来るには時間がある。答えよう・・・何だ?」

 

「かの魔法詠唱者(マジックキャスター)は仮面を被っていたんですよね?」

 

「あぁ。赤と緑の仮面だ。それがどうかしたのか?」

 

「何故正体を隠す必要が?あの『陽光聖典』を殲滅できるだけの者ならばむしろ顔を出し名を売った方がいいのでは?おかげで戦士長は奴らの生き残りを証人として連れ帰ることが出来たんですし」

 

 

陽光聖典・・・スレイン法国の特殊部隊『六色聖典』の一つだ。アインズ・ウール・ゴウンはこの部隊と交戦し殲滅した。生き残った数人を捕らえるとガゼフたちに罪人兼証人として連行することが出来た。ただし王の御前にて行われた裁判にてある程度の証言を語った後に不自然な死を迎えたが・・。その為現在は裁判は中断されている。

 

 

「かの御仁は『デスナイトを支配する為に必要なマジックアイテムだ』と言っていたが・・・」

 

ガゼフは陽光聖典についてあまり話すつもりは無かった。それゆえ話題はアインズ・ウール・ゴウンになる。

 

「本当にデスナイトなら・・・確かめる訳にはいきませんよね。貴族たちなら問答無用に外せと言いそうですが・・」

 

「当たり前だ。そこは例え貴族共に何て言われようが仮面を外ささせる訳にはいかない」

 

「しかし良かったですね。戦士長」

 

「ん?何がだ」

 

「無事生きていてですよ」

 

「王国・・いや王の為なら死ぬことは構わない。俺自身・・いつ死んでも良いように覚悟をしているつもりだ。だが・・・」

 

ガゼフのその言い方にロウファは察した。自分を庇って死んでいった者たちを思い出したのだろう。

 

「彼らは・・戦士です。戦いに生き、戦いに死ぬ・・・それにあなたの為に戦ったんです。悔いは無かったと思いますよ」

 

こんな言い方、ガゼフには慰めにもならないことを知っていた。だからこそせめて彼らの気持ちを代弁するつもりで語りかけた。

 

「俺にもっと力があれば・・・」

 

そう言ってガゼフは眉をひそめて拳を作る。

 

(実直な人だ・・・だからこそ私やみんながついていくのだろう。戦士長・・あなたは王の為なら死ねると言った。同じように私たちも実直なあなたの為なら・・・)

 

そこでロウファは考えるのを止めた。

 

「戦士長・・・私たちこそ貴方には何度も助けて頂いた。現にこうして野垂れ死ぬことなく生きている。『王国御前試合』でブレイン=アングラウスを倒し、王に忠誠を誓ったあの日から・・」

 

「・・・・」

 

「それで十分ではないですか・・・ただのどこにでもいる傭兵としてしか生きていけなかった俺たちをここまで連れてきてくれたではありませんか。戦いの中で死を選んだのは貴方ではなく彼ら自身の意思だ。戦士長が気に病むことではありません」

 

「・・・」

 

「そんな顔しないで下さいよ。これから俺たちはアインズ・ウール・ゴウン殿を迎えるんでしょう?もっと『貴族』みたいに威張り散らすつもりで堂々としましょう」

 

「あぁ。そうだな副長。こんな時こそ奴らの面の厚さでも見習うか・・」

 

そう言って互いに笑う。

 

「戦士長・・・来たようですね」

 

「あぁ」

 

(ロウファ、感謝する)

 

 

・・・

・・・

・・・

 

 

馬車が見える。とても大きな馬車だ。

 

 

アインズ・ウール・ゴウンと共に来たのはメイドであろう二人の人物と村人らしき者だ。アインズ・ウール・ゴウンに仕える二人のメイドは非常に整った容姿をしていた。だがガゼフはそれよりも気になったのはアインズ・ウール・ゴウンが連れている村人らしき男性であった。恐らくカルネ村の村長だろう。

 

 

「お久し振りです。ゴウン殿」

 

「戦士長もお元気そうで何よりです」

 

「全ては貴方のおかげですよ。ゴウン殿。それでは案内しますので付いてきて下さい」

 

「分かりました」

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

注意書き

 

ここから先は『リ・エスティーゼ王国』の名誉の為に必要最低限のみを記さない。一部の貴族たちがアインズ・ウール・ゴウンに無礼な態度を取った為である。なお無礼な態度を取ったものはランポッサ3世、王国戦士長ガゼフ、六大貴族筆頭レエブン候、第二王子ザナック、第三王女ラナーではないことをここに書き記す。

 

 

・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・

 

 

 

王の間にて

 

 

村長がカルネ村に起きたことを全て話す。

帝国兵に偽装したスレイン法国の兵がカルネ村を襲撃したこと。

それがガゼフ暗殺の為の計略でしかなかったこと。

 

アインズ・ウール・ゴウンは生き残った捕虜(偽装兵と陽光聖典の生き残り)を王国に差し出した。

その者たちの証言から村長の言葉に虚偽はないことを話す。

その際に『スレイン法国』の『命令』で『実行』したことを語った。

それ以外にも『色々なこと』を語った。

 

ランポッサはスレイン法国の者たちに『国外追放』を命じ縄を解いた。

ランポッサは村を助けれなかったことの『謝罪』とカルネ村を助けてくれた『感謝』、それと『信頼』の三つの証としてアインズ・ウール・ゴウンに『カルネ村』に関する『全て』を頼んだ。

 

アインズ・ウール・ゴウンはこれに対して『今後3年間は税を無しとすること』『カルネ村に属する全ての者は徴兵に従わなくて良いこと』『今後3年間カルネ村はアインズ・ウール・ゴウンの所有物とすること』、この三つを約束させた。

 

 

 

_______________________________________

 

王の寝室

 

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿には感謝しかないな・・」

 

「賢明な判断だったと思います」

 

「今回の一件でカルネ村の人々は王国の者に不信感を持ったはず。アインズ・ウール・ゴウン殿はかなり信頼されていると見えた・・・」

 

「えぇ」

 

(これで陛下の負担が少しでも減るといいのだが・・・)

 

「少し疲れたかな・・・」

 

ランポッサが倒れたのだ。口からは大量の血を吐き出している。

 

「!!今医者を」

 

「ならん。ガゼフ」

 

「しかし!」

 

「私をベッドまで運んでくれ」

 

ガゼフは何とかランポッサをベッドに連れていく。だがその一連の動作はガゼフの肉体からは想像もできないほど丁重だった。それはガゼフの体力が無かったからではなくランポッサの身体を気遣ってのことだ。

 

「ガゼフ。すまないが・・レエブン候を呼んできてくれないか?」

 

「っ!分かりました。すぐに戻ります。陛下」

 

「あぁ・・感謝する。」

 

ガゼフは部屋を出る。そこに一人のメイドがいた。王城に仕えているメイドだ。

 

(くそ!こんな時に・・)

 

王の不調を知られる訳にはいかない。そのためガゼフは急ぎたい身体を全力で抑えていた。

 

やがてメイドから見えない位置にまで歩くと周囲を見渡す。誰もいないことを確認する。

 

ガゼフはレエブン候の元に向かう為全力で走った。

 

 

 

 



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『英雄』と呼ばれる者

エ・ランテル バレアレ家

 

 

 

そこに八人の男女がテーブルを囲うようにして椅子に座っている。

 

モモン、ナーベ、ンフィーレア、リイジー、ぺテル、ルクルット、ダイン、ニニャだ。

 

 

「改めて感謝します。モモンさん」口を開いたのはンフィーレアだった。

 

「そんな・・・私は・・」

 

「そうじゃぞ。モモン殿・・・儂らの気持ちを受けとってほしい」リイジー

 

「・・・」

 

「そうですよ・・モモンさん。こうして私たちが果実水を飲みあえるのもモモンさんが多くの人を助けたからです」ぺテル

 

「そうなのであーる。モモン殿・・」ダイン

 

「おかげで上手い果実水飲めてるしな・・」ルクルット

 

「みんなの言う通りですよ」ニニャ

 

「・・・そう言ってくれてありがとう」モモン

 

「それでは・・乾杯でもしましょうか」ぺテル

 

「「「「乾杯!!!!」」」」

 

・・・

・・・

・・・

 

「モモンさんはもうエ・ランテルでは知らない人はいませんよ」

 

「そうそう『漆黒の英雄』と呼ばれてるんだから」

 

ニニャの発言に同意を示したのはルクルットだ。

 

(『漆黒の英雄』・・・『英雄』か・・・)

 

『十三英雄』みたいにだろうか?

 

(・・・・・)

 

守りたい者たちは守れなかった。俺が弱かったからだ・・・

 

そんな奴が『英雄』だと・・?

 

確かに今回は助けられたかもしれない。でもそれだけだ。

 

俺は『英雄』じゃない。

 

でも彼らは俺を『英雄』と呼ぶ。

 

だとしたら『英雄』っていうのは・・・・

 

どういう者のことを指すのだろうか?

 

そんなことをジョッキに入った果実酒の水面を見ながら考えていた。

 

 

・・・・

 

・・・・

 

 

ンフィーレアとリイジーはバレアレ家の譲渡の手続きなどを済まし、カルネ村に引っ越した。『漆黒の剣』の四人はその護衛兼手伝いだ。

 

机の上に置かれたものを片付けていく。

 

 

「ナーベ、ありがとう」

 

「・・・いえ」

 

「少しだけ上で眠っていいか?」

 

「えぇ。私は少し買い物にでも行ってきます」

 

「あぁ。行ってらっしゃい」

 

「行ってき・・あっ、これを渡しておきます。好きに使って下さい。それでは行ってきます」

 

そう言ってナーベは外出した。ドアが閉まるとモモンはそれを見た。

 

「本当にありがとうな。ナーベ」

 

手渡されたのはハンカチだった。

 

(今度は助けられたんだ・・・本当に良かった)

 

 

 

・・・・

・・・・

 

 

小一時間ほど眠ったモモンはベッドから起き上がる。

 

「少しだけスッキリしたかな・・・」

 

サイドテーブルの上の水をゆっくり飲み干す。胃に入った水分が心地よい。

 

「さてこのままいてもいいが・・・」

 

少し前までリイジー=バレアレ所有であった・・・・つまりは知り合いの家だったのだ。所有権を得たのは確かだが、いきなり知り合いの家を得ている以上、僅かに罪悪感に似たものを感じる。

 

(何というか・・・眠っておいて何だが・・・まだ慣れないなぁ・・・)

 

「とりあえず散歩に行くか・・・」

 

モモンは全身鎧を装備するとドアを開けて外に出た。

 

 

_____________________

 

 

「あっ!モモンさん!」

 

「やぁ」

 

外に出た途端、エ・ランテルの街人たちがモモンに気付く。

 

(うおっ!!?何だ何だ?)

 

目覚めて外出したら、一気に視線を向けられる。驚くなという方が無理だろう。それでも驚きを見せるのは失礼な気がしたのですばやく深呼吸を一度済ませて心を落ち着かせた。

 

「『漆黒の英雄』だぜ。かっけぇぇっ」

 

まだ髭も生えていない様な青年が口を開く。

 

「あぁ。やべーな。まさに『英雄』だよな」

 

その青年の弟か友人らしい人物が同意する。

 

「握手してくれ」

 

「あっ・・はい」

 

そう言ってモモンは握手する。何か不思議な気分だ。

 

「ぷひー。モモンさん、握手してくれ!」

 

そう言って次に手を差し出したのは小太りの男性だった。鼻が悪いのか『ぷひー』と漏れ出る。

 

「えっ・・はぁ・・・いいですよ。風邪に気を付けて下さいね」

 

モモンは握手をする。

 

「ぷひー。ありがとう。気遣ってくれて」

 

そう言って一人の男性はその場から去っていった。

 

「?」(何か不思議な人だったなぁ・・・)

 

「俺も握手して下さい」

 

次に握手を求めてきたのはまた違う人だった。

 

「あぁ・・はい」

 

・・・・・・

 

・・・・・・

 

・・・・・・

 

 

握手を求めてきた最後に人に応えた後、気付いたことがある。

 

(あっ・・俺、ガントレットを外すの忘れてた)

 

(握『手』なのに・・・何やってんだろう)

 

「モモンさん!」そう言って一人の少女が駆け寄る。

 

「ん?どうしたんだい」

 

「どうしてモモンさんは私たちを助けてくれたの?」

 

少女のその問いにモモンは困惑した。その問いに対して答えを持ち合わせていなかったからだ。

 

私たち、エ・ランテルの皆んなのことを指しているのだろう。

 

(笑ってごまかす・・のは無いな。こんな真剣な眼差しを向ける子にいい加減に答えたくないな)

 

「・・・・・・」

 

 

 

 

 

「モモンさん!」

 

横からナーベの声が聞こえた。

 

「どうした?」

 

「冒険者組合長がお呼びです。至急冒険者組合に来てくれとのことです」

 

「分かった。その問いにはまた今度ね」

 

モモンは少女の頭を優しく撫でると、ナーベの方向へと走っていった。

 

 

 

 

__________________________________________

 

エ・ランテル冒険者組合 会議室

 

 

 

「失礼します」

 

「入ってくれ」

 

モモンが部屋に入るとそこには六人の男たちがいた。

冒険者組合長は『墓地騒動』の一件で『質問』された際に顔を合わせたから知っていた。

 

「そこの席に掛けてくれ」

 

「失礼します」

 

モモンが椅子に座る。それを見た冒険者組合の長アインザックが口を開く。

 

「それでは始めよう・・と言いたいところだが、モモン君、君がミスリル級になったのだし初めに自己紹介をしておこうか・・モックナック頼む」

 

「はい。組合長」

 

そこで男は言葉を一度区切ると自己紹介を始めた。

 

「初めまして。モモン殿。私はミスリル級冒険者チームの『虹』のリーダーをしているモックナックだ。よろしく頼む」

 

そう言ってモックナックは右手を差し出した。

 

モモンもそれに応えるために手を差し出すと互いに握手する。

 

「こちらこそ、よろしく頼みます。私はモモンです」

 

(何かいいな、こういうの。冒険者って感じするなぁ)

 

「同じくミスリル級冒険者チーム『天狼』でリーダーをしているベロテだ。よろしく」

 

「こちらこそ!」

 

今度はベロテと握手する。

 

「・・『クラルグラ』・・リーダーのイグヴァルジだ」

 

「よろしく」

 

モモンは握手の為に手を伸ばすが、イグヴァルジは手を伸ばさず握手を拒否してきた。

 

(?・・俺この人に何か嫌われることしたか?覚えが無いのだが・・)

 

「イグヴァルジ・・お前・・・はぁっ」モックナックが溜息を吐く。

 

そこで行われた出来事を見たアインザックが話を再開した。

 

「一通りの自己紹介は終わったな。今回君たちに来てもらったのは依頼したいことがあるからだ」

 

「依頼内容は?」

 

モックナックが尋ねる。

 

「トブの大森林に存在する『ある薬草』を採集してもらいたい」

 

 

 

 



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『英雄』になろうとする男

一同はカルネ村へと向かっていた。理由としては宿泊場所にするためである。

 

ミスリル級冒険者チーム『虹』『天狼』『クラルグラ』それとモモンたち(この時はまだ冒険者チームを名乗っていなかったので便宜上モモンたちと表記する)である。

 

 

(トブの大森林だけでなくカルネ村もか・・・(えん)のある場所なのかもしれないな)

 

モモンはそう思う。

 

(それにアインズ殿に聞きたいことがあるしな・・・・)

 

聞きたいことは『アンデッド』に関すること。それともう一つである。

 

(『英雄』とは一体どういったものだろうか?)

 

 

 

 

「確か、モモン殿はトブの大森林やカルネ村に来るのは初めてでは無かったよな?」

 

「えぇ。そうです。モックナックさん」

 

「『森の賢王』を従わせたのは事実なのか?」

 

「えぇ。今はハムスケという名前ですが」

 

モモンはこのモックナックという男に対して好感を持っていた。最初に会った時の丁寧な対応、それに今も周囲を気にしながら話してくれている。

 

(ぺテルとはまた違う意味で好青年?なのかもしれない)

 

疑問形になったのはモックナックの年齢が分からなかったからだ。年上なのは確かだろうが・・・

 

(かといって相手に年齢に関することを聞くのは失礼な気がするし・・・・)

 

モモンがそんなことを考えながらモックナックと会話していた時であった。

 

イグヴァルジが口を開く。

 

「けっ・・・少し前まで(カッパー)だった奴がミスリル級冒険者である『俺ら』と仲良くお話とは・・・良い御身分だな」(この俺より早く『英雄』だと言われて気に食わねぇな)

 

そのキツい言い方にベロテが口を開いた。

 

「よせ!イグヴァルジ・・」

 

「ふん・・事実だろ?エ・ランテルでは『漆黒の英雄』だとか言われて調子こいてるみたいだが・・ここじゃお前はただの新人なんだ。あまり調子に乗るなよ」

 

「そんなつもりは無かったんだが・・・不快にさせたなら謝るよ」

 

モモンは謝罪する。

 

(一体何が気に入らなかったんだ?)

 

 

「けっ!モモンもナーベも聞いたことの無い名前だしな。どこの馬の骨だか・・」

 

そう言ってその辺りの小石を蹴っ飛ばした。

 

「いい加減にしろ!イグヴァルジ。同じ依頼を受ける仲間なんだ。そんな言い方はないだろ」ベロテが口調を荒げて話す。

 

「構いませんよ。確かに彼の言う通り、いきなりミスリル級に昇格されていきなり仲良くは出来ないでしょう。ですが一つだけ訂正をお願いします」

 

「あん!?」

 

「私の仲間を馬鹿にするのは止めてもらいたい」

 

それは冷たい声だった。凍り付くような感覚。

 

それはモモンが出した闘気がイグヴァルジを襲っていたからだ。

 

「があっ!!?」

 

(何だこれ!?一体何のトリックだ!?身体が動かねぇ・・)

 

イグヴァルジとは違い、闘気を当てられていない『虹』『天狼』、『クラルグラ』の他のメンバーもかなりの重圧(プレッシャー)を感じ取っていた。

 

(私たちですらここまで重圧を感じるのだ。直接当てられているイグヴァルジは・・・ヤバいだろうなぁ)

 

『天狼』のベロテはそう思う。

 

(この感じ・・・・カッツェ平野で遭遇して私たちが撤退した幽霊船よりヤバい)

 

『虹』のモックナックは過去を思い出していた。だが今まで遭遇した中で一番ヤバいのは確かだった。

 

「・・・・」

 

モックナックは冷や汗を流す。

 

(敵対すれば私たちは終わりだ・・・・だが・・

 

今までの彼の言動などを考えると・・・

 

私たち『虹』やベロテ率いる『天狼』は問題ない)

 

(問題は・・・・仲間を馬鹿にしたイグヴァルジだな)

 

そこでモックナックはイグヴァルジに目線を向ける。

 

(だが・・このままではいかないな)

 

 

 

 

「くっ・・」

 

「訂正してくれないのか?」

 

「待ってくれ!モモン殿!」

 

そう言ってモックナックは二人の間に入りモモンに顔を向けた。

 

「ぐっ・・」

 

イグヴァルジが受けていた重圧を受けて身体が沈みそうになる。

 

「モックナックさん!??」

 

モモンは間に入ったモックナックに気が付くとすぐに闘気を引く。

 

「話をしている間に失礼する。モモン殿」

 

モックナックは倒れそうになる身体を何とか立たせて会話する。

 

「すみません。大丈夫ですか!?」

 

モモンは慌ててモックナックに尋ねる。

 

「大丈夫だ。もしよければ私の話を聞いて頂けないか?無論イグヴァルジ・・お前も聞け」

 

「はい」

 

モモンはすぐさま返事をする。モックナックに対して申し訳ない気持ちもあったからだ。

 

「・・」

 

イグヴァルジは無言であった。だがこの場を切り抜けられるならと話を聞くつもりで一度頷いた。

 

「我々は今回『合同』で依頼を受けている。ここで大事なのは『合同』であるということだ。つまり一緒に依頼を果たさなければならない。だからチーム同士が争うようなことがあってはならない。そうだな?イグヴァルジ」

 

「あ・・・あぁ」

 

「そういうことでモモン殿。イグヴァルジも反省している様だし『今回だけは』許してやってくれないだろうか?」

 

「・・わかりました。私も大人げなかったです。申し訳ありません。皆さん」

 

モモンは頭を下げて謝罪する。その態度は誠実そのものであった。

 

それを見たイグヴァルジはプライドが許さなかったのか謝罪に反応することが出来なかった。

 

それを見た『虹』と『天狼』はやはりと思った。

 

(やはりイグヴァルジは謝らないか・・・)

 

想像通りの反応だったため彼らの中でイグヴァルジの評価は一段階下がった。

 

そのことをイグヴァルジは知る由も無かった。

 

 

 

 

 

そういったことはありつつも一同の目にカルネ村が映った。

 

 

 



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カルネ村、再び

「あのー!どちら様ですか?」

 

門の奥の櫓から一人の少女が尋ねてきた。エンリ=エモットだ。

 

「やぁ。エンリ・・依頼で近くまで来たんだ。悪いが村で休ませてくれないか?」

 

「あっ!モモンさん。分かりました!カイジャリさん、門を開けて下さい!」

 

「へい」特徴的な名前・・恐らくゴブリンだろう人物が返事した。

 

カルネ村の門が開いた。

 

 

「何故ゴブリンが?」武器に手を掛けるも村人とゴブリンとの関係を見て手を放すベロテ。

 

「ここの村人たちはゴブリンと共存しているのか?」武器に手を掛ける前に冷静な分析で両者の関係を見極めるモックナック。

 

「・・・・っ!」ゴブリンを敵として認識しているからだろう剣を抜いたイグヴァルジ。

 

それぞれ反応が違っていた。

 

(人間とゴブリンの共存がそんなに珍しいのか?)

 

モモンはこの時に確信する。ミスリル級で一番優秀な人物が誰なのかを・・・

 

(間違いなく『あの人』だろうな)

 

そういったことを考えていたが、このまま剣で攻撃してはいけないので冒険者たちを手で制した。

 

「大丈夫。ここにいるゴブリンは友好的です。武器を抜かないで下さい」

 

「そういうことですね」

 

そう言って開いた門からエンリが出てくる。

 

「モモンさんとナーベさんは前回お会いしましたが・・・・初めましてエンリ=エモットです。皆さんの休む場所を案内しますのでついてきて下さい」

 

「よろしく頼む」真っ先にそう言ったのはモモンであった。

 

「さて・・・1時間休憩後、トブ大森林の入り口前で集合しよう」モックナック

 

「分かりました」モモン

 

「了解」ベロテ

 

「分かった」イグヴァルジ

 

 

 

_____________________________________

 

 

カルネ村 空き家

 

 

モモンたちは各チームごとに空き家に入った。先に口を開いたのはナーベだった。

 

「どうやらカルネ村とは縁があるらしいですね」

 

「そうみたいだな」

 

モモンは全身鎧を一旦脱ごうとヘルムに手を外そうとした時であった。

 

コンコンとノックされる。

 

「どなたですか?」

 

ナーベがドアを開けた。そこにいたのはシニョンの髪型をしたメイドの恰好をした少女であった。

 

「エントマさん、どうしたんですか?」

 

「私の名前を憶えていてくれて感謝致しますぅ。モモンさん、ナーベさん、アインズ様がお呼びですぅ」

 

(案外、縁があるのはカルネ村じゃなくてアインズ殿なのかもしれないな)

 

「分かりました。すぐに行きます」

 

そう言うとモモンは兜を元に戻し、ドアの外に出た。

 

 

 

 

_______________________

 

 

カルネ村 丘の上

 

 

 

 

 

カルネ村を一望できる丘にアインズ・ウール・ゴウンがいた。

 

「やぁ。よく来てくれたな。モモン、ナーベ」

 

相変わらず仮面とガントレットを嵌めていた。

 

「お久し振り・・・ではないですね。アインズ殿」

 

「今回は依頼でこの村に訪れました。アインズ殿」

 

「二人ともそんなに固くならなくていい。楽にしてくれ」

 

「「分かりました」」

 

「エントマ、お前も案内ご苦労だったな」

 

「はっ。勿体なきお言葉です。では私は再び村の管理に戻ります」

 

「よろしく頼む」

 

エントマが村の中心部に歩いていく。

 

「さてと・・モモンとナーベ、お前たち二人に話さなければならないことがある」

 

「?」

 

「ンフィーレアのことなんだが・・・・」

 

「彼がどうかしたんですか?」

 

ンフィーレアは今はカルネ村にいるはずだ。何かあったのだろうか?

 

「あぁ。ンフィーレアの・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生まれながらの異能(タレント)が消失した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ・・・・」

 

最初に訪れたのは驚きよりも衝撃であった。一瞬思考が止まる。

 

「ンフィーレアさんの生まれながらの異能(タレント)って確か・・・」

 

何とか口を開いたのはナーベだ。

 

「あぁ。『あらゆるマジックアイテムが使用可能』というものだ」

 

モモンはアインズを見る。その視線に気付いたアインズが口を開く。

 

「あぁ・・・。今まで使用できたマジックアイテムはほとんど使用不可になっていた」

 

(『ほとんど』ということは彼が努力で使用できるようになったマジックアイテムなどは今まで通り使えるのだろう。ただしその場合どれくらい使用できなくなったかは私たちには分からない。アインズ・ウール・ゴウン殿なら把握していると思うが・・)

 

「そんなことが・・・」

 

「ただの憶測でしかないが、原因はクレマンティーヌなる女が彼に装着させた叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)だろうな」

 

(クレマンティーヌのことをアインズ殿が知っているのはンフィーレアたちから聞いたのだろう)

 

「・・・アインズ殿。彼は今一体・・」モモンはンフィーレアが心配になった。

 

「元気ではないな・・・・だが今は彼と会わないでほしい」

 

「・・分かりました」

 

(依頼は果たせていなかったのか・・・・リイジーとの約束事を守れていなかったのか・・・)

 

モモンは拳を作る。

 

(ちくしょう・・・・やっぱり『英雄』なんかじゃない。俺は・・・)

 

「アインズ殿。このことを誰が知っていますか?」

 

尋ねたのはナーベであった。

 

「知っているのは私と知り合い・・その一人のエントマ。それに身内であるリイジー、エモット姉妹、村長夫妻ぐらいだな」

 

「そうですか・・」

 

(なら他に漏れる心配は無い?)

 

王国に知られてしまった場合、彼が不当な扱いを受けないか心配になったナーベであった。

 

(だけど最悪なのは・・・)

 

これはナーベで理解できたことだ。自分より遥か格上であろうアインズなら気付いているはずだ。

 

「アインズ殿。お尋ねしたいのですが」

 

(間違いであってほしい・・・)

 

「どうした?」

 

「彼の持つ生まれながらの異能(タレント)が『喪失』ではなく『強奪』された可能性はないですか?」

 

その発言に衝撃を受けたのはモモンだった。

 

「!!?っ・・そんなこと可能なのですか?アインズ殿」

 

 

 

 

『あらゆるマジックアイテムが使用可能』・・・・

 

そんなものが何者かに奪われたとしたら、それは非常に危険である。

 

ンフィーレア=バレアレという悪意を持たない少年が所有していたからこそ危険は無かったといえる。

 

だがそれを誰かが『強奪』したとしたら『その誰か』は間違いなく『悪意』の持ち主。

 

彼自身が自我を奪われ利用される形でエ・ランテルという街が危険に晒されたのだ。

 

もし『強奪』した『その誰か』が悪用した場合、街一つでは済まないかもしれない。

 

今度は国一つが危険に晒されるかもしれない。

 

後で分かることだが、実際はもっと大きな危険だったのだが。

 

 

 

 

 

「私は知らない・・・だがスレイン法国の者なら何か手段を知っているかもしれないな」

 

「スレイン法国が?」

 

「あくまで可能性だ・・・真実は知っている者にしか分からない」

 

「・・・・」

 

(エ・ランテルに帰ったらクレマンティーヌに面会してみるか・・何か知っているかもしれない)

 

「以上だ」

 

そう言ってアインズはその場を後にしようとする。

 

「・・・・」

 

「そうだ・・忘れる所だった。二人にはもう一つ言っておかなければならない」

 

「まだ何かあるんですか?」

 

(これ以上、一体何があるというんだ・・)

 

「エントマ曰く、トブの大森林の中で危険な香りや気配がするらしい。だから注意して行った方がいい」

 

モモンとナーベはアインズ・ウール・ゴウンに礼を言うとその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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ダークエルフの双子

カルネ村 トブの大森林前 

 

 

 

森の入り口の証拠として切り株が何個もあるその場所で3組の冒険者チームが集まっていた。

 

後の『漆黒』、『虹』、『天狼』である。

 

彼らが集まってから既に20分は経った。

 

冒険者と言うのは大雑把な者も多い。その者たちならば集合時間に10分ずれてやってくる者も多い。

 

これは冒険者の仕事が戦闘に関するものが大半だからだろう。

 

血気盛んな者が多く、そういった者たちは酒や女が原因で集合時間に来ないこともある。

 

だが20分というのはちょっとした異常事態である。

 

「イグヴァルジたちはまだ来ないのか?」

 

そのためモックナックは仲間の一人に彼らが休んでいたはずの空き家の様子を見に行かせたのだ。

 

「空き家にもいなかったぞ!」

 

「まさか・・・」

 

仲間の言葉にモックナックは眉を顰めた。他の冒険者たちも状況を察したのだ。

 

その場の冒険者が全員森の入り口に目を向けた。

 

 

『クラルグラ』だけでここに入ったのか?

 

(不味いな・・・・)

 

モモンはそう思う。

 

(アインズ殿がわざわざ『気を付けろ』と言ったくらいだ。彼単独ではキツいだろう)

 

「・・・・・」

 

(しまった・・ハムスケを連れてくればよかったかもしれない・・・そうすれば彼らを救出できたかもしれない)

 

自身がエ・ランテルに留守番を命じてしまったので今回はいない。

 

(殿ぉ・・・・)

 

いないはずのハムスケの声が聞こえた。

 

「仕方ない。入ろう」

 

モックナックの言葉に頷くとミスリル級冒険者たちは森へ入っていった。

 

(死ぬなよ。イグヴァルジ・・)

 

モモンが森に足を踏み入れた時、何故か異様に静かであった。

 

 

 

 

 

 

__________________________________________

 

トブの大森林 中

 

 

 

 

トブの大森林の中を歩く集団がいた。

 

ミスリル級冒険者である『クラルグラ』だ。

 

リーダーであるイグヴァルジは自らが取得している森伏(レンジャー)の技術により頭の中で地図を描いていた。いわゆるマッピングだ。

 

「今度はこっちだ」

 

その言葉に仲間たちは従う。

 

「本当に彼らを置いてきて良かったのか?」

 

「何度も言わせるな!お前らは俺についてくればいいんだ!」

 

(普段ならここまで怒鳴ることはまずない。原因は恐らく・・・・いや絶対『モモンさん』だろうな)

 

男は思う。カルネ村に向かう道中のやり取りなどを見ていて彼らに非は絶対にないと言い切れた。

 

だが俺たちが数年かけて『ミスリル級』に昇級したのに対して、彼らは冒険者登録してから一週間もしない内に昇級した。

 

(それが気にくわないんだろうな・・・)

 

イグヴァルジは目先の欲望に囚われがちな男である。

 

今回、他のチームより先に森に入ったのもモモンさんたちに対抗意識を燃やして『功に焦っている』からなのだろう。

 

(能力は優秀なんだが・・・・)

 

だが意外にも冒険者チーム『クラルグラ』を結成してから仲間を失ったことは一度も無い。

 

(人格面がな・・・・・)

 

仲間の男は眉間に皺が寄った。仲間の一人にそう思われていたことに彼は気付いていなかったのだろう。イグヴァルジは振り返ることなく命令を出す。

 

「止まれ!この辺りだ。お前ら『薬草』を探すぞ!」

 

その命令を聞いて仲間たちが散ろうとした時であった。

 

「あ・・あのー」

 

「!!っ」

 

イグヴァルジは目の前の存在に警戒して距離を取る様に跳ぶと剣を抜いた。

 

「何者だ!お前!」

 

イグヴァルジが目前の少女に言葉を投げかけて初めて仲間たちは武器を構えた。その言葉のトーンで仲間たちはイグヴァルジですら接近に気付けなかった存在なのだと認識し警戒心を最大にする。

 

「あの・・・えーと。僕はマーレと言います」

 

そう言って目の前にいる闇妖精(ダークエルフ)の『少女』は杖を両手に持って名乗った。

 

「ダークエルフがこんな所で何をしている!?」

 

「えーと・・」

 

イグヴァルジは目の前の少女のオドオドした様子に苛立ちながらも同時に恐怖を感じていた。

 

(何でこんな奴が俺より『上』なんだよ!)

 

明らかに英雄を目指している自分より格上の存在であるダークエルフはチームで戦っても勝てないだろう。

 

「あー!もういいよ!」

 

耳にその声が聞こえた瞬間、イグヴァルジはこれ以上ないくらい冷や汗を流す。

 

「ごめん・・お姉ちゃん。でも・・」

 

ダークエルフの少女がお姉ちゃんと呼ぶ人物がイグヴァルジの目の前に飛び降りた。

その容姿を見て瞬時に気付いた。

 

(この二人は双子?それに左右の瞳の色が違う・・・まさか・・・)

 

「マーレ!後は私が説明するから!」

 

「!っ・・」

 

イグヴァルジは困惑していた。頭の中にあった常識が破壊された気分であった。

 

「まず最初に説明しておくと・・・・」

 

そうしてダークエルフの少年は説明を始めた。だがイグヴァルジは他のことを考えていた。

 

(もしかしてこの二人は・・・・エルフの王族なのか?)

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

 

「聞いてる?」

 

「あ・・あぁ。聞いてる。どうしたんだ?」

 

イグヴァルジはこの場から去ろうと森の奥に向かって歩こうとした。

 

「だからぁ!この先は危険だから入っちゃダメだって言ってるでしょ!」

 

その言葉を聞いてイグヴァルジの中で何かが壊れた。

 

自分より格上の存在を相手に何も出来ない自分、

 

そんな自分の胸中を仲間から隠すために・・・

 

自分は英雄になれるのだと思い込みたいがために・・・

 

彼は怒鳴ることにした。

 

 

「うるせぇ!ダークエルフが人間様に注意するなんて一万年早いんだよ」

 

「はぁ」

 

ダークエルフはあからさまに溜息を吐く。「面倒くさいな。こいつ」と顔に書いてあるのは一目瞭然だ。

 

「だったら最終警告!この先でどんな目にあっても文句を言わないって誓いなさいよ」

 

「死なねーよ。俺は『英雄』になるんだからな・・・」

 

他の仲間たちが困惑する中、イグヴァルジは奥に入っていった。その動きはとても早く、その場から立ち去りたいように思えた。

 

「『英雄』・・・あの人が?」

 

少女・・の恰好をした少年であるマーレは思った。『英雄』とは『至高の御方』の様な存在のことを指すのだと。

 

「『英雄』ね・・・バッカみたい」

 

少年は・・・少年の恰好をした少女はそう呟く。

 

「はぁ・・・早く『モモン』来ないかな?」

 

そう言うとダークエルフの少女は両手で後頭部を支えるように組んだ。

 

 

 

 

 

 



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アウラとマーレ

一同が森の中を歩いている。

 

そんな中、モモンは強烈な気配を感じ取った。

 

(この感じ、敵意は無いが・・・強い!!)モモンは背中の大剣を瞬時に抜いて構えた。

 

視界の端で何者かが木の枝から降りたのだ。

 

「やるね!アンタ」そう言って木の枝から降りたのは一人の少年・・いや少年の恰好をした少女であった。性別を判断できたのは声からだ。

 

「アンタたち、ここに何しにきたの?」少女の声を聞いて改めて確信する。彼女は少女である。

 

「私たちは冒険者だ。ここには依頼で来たんだ」

 

「冒険者・・依頼・・もしかしてアンタがモモン?」

 

「そうだが・・・君は?」

 

「私はアウラ・ベラ・フィオーラ。アインズ様の・・・従者って所かな」

 

「フィオーラは一体ここで何をしているんだ?」

 

「あれ?アインズ様から聞いていないの?」

 

「いや何も?」

 

「私はアインズ・ウール・ゴウン様の命でトブの大森林の調査をしているの」そう言って少女は自慢げに自身の胸を叩く。

 

「・・ここに冒険者がやってこなかったか?」モックナックが尋ねる。

 

「何か『英雄になる』って言っていた男がいたけど、もしかしてアレ?」

 

「恐らく・・そうだ」(間違いない・・イグヴァルジだ)アウラの応えにモックナックは確信する。

 

「ふーん」そう言ってアウラは興味なさげに返事をする。

 

「所で彼がどこに行ったかは分かるか?」

 

「あっちに行ったよ」そう言ってアウラは指を指す。

 

「すまないが・・この辺りに希少な薬草があると聞いたんだが心当たりはないか?」続いてアウラに尋ねたのはベロテだ。

 

「ん・・・多分アレのことかな・・アレならあっちにあったよ」

 

そう言ってアウラが指指した方向はイグヴァルジが向かった方向と同じであった。

 

 

 

 

______________________________

 

 

森の奥に入っていくと先頭を歩いていたモックナックが口を開く。

 

「さっきのダークエルフ、両目の色が違っていたな・・」

 

「もしかしてエルフの王族なのか?」その言葉を聞いてベロテが応える。

 

「可能性はあるか・・・・だがかのエルフ国ではエルフの王族はその証として両目が異なるとは聞いたことがあるが、ダークエルフについては聞いたことが無いな」

 

それを聞いてモモンは思う。

 

(そうなのか・・・・両目の色が異なるのはエルフの王族の証なのか?そういえばアケミラは両目とも同じ色をしてたな・・)

 

「モモン殿はどう思う?」モックナックがモモンに話を振ってきた。

 

「私は知らないので何も言えませんが・・・王族でなくとも両目の色が異なることはないのですか?」真っ先に思い浮かんだのはその可能性だ。

 

「可能性はあるか・・・・となると・・・・」モックナックは真剣に考えた。ただモモンの言う可能性を考慮するなら、両目の色が同じエルフの王族がいるかもしれないということもありうる。

 

「まぁ・・考えても仕方がないこともあるか。このことは終わった後に考えていけばいいだろう」そう言ってベロテはこの話題を終わらせる。

 

一同は森の奥をさらに進んでいく。

 

 

____________________________________

 

 

「ヤバいよ!!ヤバいよ!!行っちゃ駄目だよ!」

 

何やら誰かが騒いでいるようだ。モモンたちは互いに顔を見ると頷く。

 

(何かがある!)

 

モモンたちがその場の様子を見る。

 

そこにいたのは見覚えの無い種族の誰かと、その誰かの胸倉らしき部分を掴んでいたイグヴァルジだった。その周囲には『クラルグラ』の他の仲間たちがいた。

 

「おい!止めとけよ!・・イグヴァルジ!」イグヴァルジの周囲に散らばる『クラルグラ』の仲間たちが止めようとする。

 

「うるせぇ!」そう言ってイグヴァルジは仲間の一人を殴りつけた。殴られた仲間が地面に倒れこむ。その仲間を心配して駆け寄る別の仲間がイグヴァルジを睨みつけて叫ぶ。

 

「どうしちまったんだよ!イグヴァルジ!」その叫びには怒りが込められていた。

 

「うるせぇ!やっと『英雄』になれるチャンスが巡ってきたんだ!誰か文句あんのか!?」

 

「君ィ!彼は仲間なんじゃなかったの!?どうして!!?」胸倉らしき部分を掴まれている誰かが言う。

 

「うるせぇ!お前は『ザイトルクワエ』の所へ俺を案内すればいいんだ!!」

 

「だから『ザイトルクワエ』はヤバいんだって!!」

 

「俺は『英雄』になる男だ!『十三英雄』に出来て俺に出来ないことなんか無ぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの・・・いい加減にしてくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、空気が凍り付いた。だがモモンだけ冷静にその殺気の出所を探した。

 

(この重圧(プレッシャー)。彼か・・・)

 

モモンの視線の先にはイグヴァルジから離れた位置に立っているダークエルフの少女がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕・・すごく怒っているんです」杖を持った少女が彼らに歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから僕は皆さんを・・・・」そう言って少女は杖を大きく振り上げて・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マーレ!そこまで!」

 

その言葉がその場に届いた瞬間、少女の身体から放たれた重圧(プレッシャー)は消えた。

 

「お・・・お姉ちゃん」少女マーレは突如現れたアウラを見て悪戯がバレた子供の様に怯えていた。

 

(この二人・・・『姉妹』だったのか?)

 

「アンタはいつもやり過ぎる所あるからね」

 

「でもこの人たち・・・・全然話を聞いてくれなくて」

 

「問答無用」そう言って少女アウラはマーレの頭に拳骨を食らわせた。

 

「い・・痛いよ・・お姉ちゃん」

 

「少しは反省しなさいよ。見てみなさいよ。あいつらを」

 

そう言ってアウラはマーレに周囲を見渡すように促した。

彼女の周辺にいた『クラルグラ』の全員や胸倉らしき部分を掴まれていた誰かも呼吸を乱しながら地面に倒れていた。

 

「ほら!ピニスンも巻き込んでるじゃんか!ダメでしょ!マーレ」

 

「ご・・・ごめん」

 

(ピニスン?・・・・恐らくあの胸倉?を掴まれていた者のことか)そういったことを考えていたモモンであった。

 

 

 

 

 

 

「何だ?先程の『殺気』は・・」

 

「あのダークエルフの少女から出たのか?」

 

ベロテとモックナックが殺気の出所について話していた。私たちの方には殺気が当てられていなかったが重圧は感じ取ったのだ。

 

(彼女・・・マーレと俺が戦えばどっちが勝つかは分からないな)モモンはそう結論づけた。無論戦う理由も無いのに戦うつもりは無い。

 

「あの倒れているのはドライアード?どういう状況だ?」モックナックのその言葉でモモンは次にどう行動するべきか決めた。

 

(まずは状況の『正しい』把握だ。依頼を果たすのはそれからだな・・・)

 

モモンはナーベと共に歩き出した。

 

 

 

 

 

「すまない・・・一体どういう状況でこういうことが起きたんだ?」

 

モモンは状況を把握する為にマーレたちに話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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『英雄』の足跡

今回ほぼ説明だけの回です。


「フィオーレ。それで一体何があったんだ?」

 

「えーと・・ですね・・」

 

要約するとこうだ。

アウラとマーレの『森には危険があるから入るな』という警告を無視してイグヴァルジが入った。

二人は仕方ないと思ったが、心配になったマーレはイグヴァルジを追いかけた。

イグヴァルジがドライアドのピ二スンと会った。そこでピ二スンはイグヴァルジに『薬草』の場所とその場所の危険性を話す。その危険性が『ザイトルクワエ』である。

そのザイトルクワエに関する話を聞いたイグヴァルジが薬草を取りに行こうとした所をピ二スンが制止。

「ザイトルクワエは危険だから、行くな」と警告、それを聞いたイグヴァルジが逆上。

マーレが止めようとした所でモモンたちがやってきた。

以上である。

 

 

「成程な・・・君は悪くないな。私たちの同業者がすまない」そう言ってモモンは頭を下げる。

 

「いえ・・そんな・・・」

 

「それで気になったんだがピ二スン、君がイグヴァルジに話した『ザイトルクワエ』に関する話を聞かせてくれないか?」

 

「うん!いいよ!お兄さんはあの人とは違って話せるみたいだね!」

ピ二スンの言う『あの人』とはイグヴァルジのことだろう。同業者であり依頼を合同で受けた身としては胸が痛む。

 

「その・・・私の同業者がすまない」正直な気持ちをモモンは伝えた。

 

「もういいよ。確かにビックリ!したけど『ザイトルクワエ』程じゃないし!」そうピ二スンは言ってくれた。そう言ってもらってモモンは頭の中で感謝の言葉を告げた。だが同時にザイトルクワエなるものを警戒した。

 

「それでその『ザイトルクワエ』というのは何なんだ?」

 

「『ザイトルクワエ』っていうのはね・・・・」

 

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

 

「・・・・ってこと。ヤバいでしょ?」

 

「確かに・・・・」

 

 

 

モモンが聞いた話は要約するとこうだ。

(恐らく)数百年前に『ザイトルクワエ』なる植物が『次元を切り裂くようにして出現』した。

そのザイトルクワエはトブの大森林で中央部に向かいながら栄養を蓄えて眠ったとのことだ。

その後・・・(恐らく)数百年後にふらりと現れた旅人たちが『枝』を倒して『封印』したとか。

(これは推測だがモモンは)その旅人の種族や容姿から『十三英雄』の可能性を感じたのだ。

 

(だから『十三英雄』の名前を出していたのか・・)ようやくイグヴァルジの行動を理解したのだ。

 

(彼もまた『十三英雄』に憧れた者か・・・)

 

(・・・・・)

 

 

 

 

 

「危険だからね、今は入らない方がいいんじゃないかな?」

 

「あなたはどうするのですか?確かドライアドは本体からはあまり離れなかったと記憶していますが・・」ナーベが口を開いた。

 

「ん?まぁ気長に待とうかな・・・旅人の彼らの約束もあるし」

 

「約束?」

 

「うん。『ザイトルクワエが復活したら必ず助けに行く』って約束してくれたんだ」

 

「もし彼らが来なければ?」(もし『十三英雄』なら最低でも200年前か。彼らが助けにこれるとは思えないな)

 

「それなら・・ドラゴンでも来れば何とかなるでしょ?」

 

「ドラゴン?」

 

モモンは疑問に思う。この辺りでドラゴンがいたと聞いた覚えは無い。アゼルリシア山脈にフロストドラゴンがいるとは聞いたことはあるが、フロストドラゴンがトブの大森林に『偶然』来る可能性はそんなに高くないだろう。

 

(となると・・ここでピ二スンを助けないと何かしらの被害を受けることになる)この時モモンが考えた最悪の被害は死であった。

 

 

「うん。だって『ザイトルクワエ』は『世界を滅ぼす魔樹』だよ。それに対抗できるのはドラゴンくらいでしょ」

 

(世界を滅ぼす・・・か。危険な敵だというのは確かだな)

 

「さぁ・・どうでしょうね」そう言ってナーベはモモンの方を見る。視線に気づいたモモンはそれに応えた。

 

「全てのドラゴンが強いという訳でもないだろう」(最悪の場合、『十戒(じっかい)』を使うしかないか・・・)

 

 

 

十戒(じっかい)

それはモモンがミータッチから授かった10個の武技の総称である。

モモンが今まで使用した『闘気』もその1つである。

といってもこの時は実際に使用できるのは8つだけである。

 

 

 

 

「えっ!いやでも!」

 

「まぁ。この話はここまででいいだろう。それでその『ザイトルクワエ』はどうしてる?」

 

「今は眠ってる。でも何か切っ掛けがあればすぐに目覚めるよ」

 

「切っ掛け?」

 

「うん。ザイトルクワエの身体に触ったりしたら目覚めるはずだよ。君たちの言う薬草はザイトルクワエの頭に生えているアレのことだと思うし・・・・」

 

「!っ・・・・」(イグヴァルジが危ないな)

 

「それと時期的にもそろそろ目覚める頃なんじゃないかな?」

 

ピ二スンがそう言った時、何者かの叫び声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ザイトルクワエ

今回オリジナル武技がバンバン出ます。
苦手の方はこの話を飛ばしていただいても大丈夫です。


トブの大森林・・・

 

その場一帯が揺れていた。

 

それは物理的な揺れだけでは無かった。

 

森林内の植物は『それ』に養分を奪われて枯れ果てた。

 

動物たちは『それ』を恐れて逃げ惑う。

 

 

 

 

 

 

「やったぞ!俺は薬草を手に入れた!!」

 

薬草を引っこ抜いた男は嬉しさのあまり声をあげた。

 

自身は『十三英雄』と同じになれた。そう錯覚したのだ。

 

だが嬉しさのあまり先程の警告を忘れていたのだ。

 

薬草は・・・『それ』の頭部にあるということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして・・・・・

 

 

 

 

『それ』は目覚めてしまった。

 

 

 

森の中で『それ』は叫んだ。

 

 

 

________________________

 

 

モモンを始めとしたミスリル級冒険者たちとピ二スン、アウラやマーレが森の中心部に向かう。

 

その場に着いた時、それはいた。

 

巨大な木の様なモンスター。推定100メートルはある植物、触手が六本生えている。恐らくあれがザイトルクワエだろう。

 

その足元ではイグヴァルジや他のクラルグラのメンバーたちが倒れていた。血は流していないことから死んでいる可能性は低いだろう。だがピクリとも動かない様子から気絶しているのは確かな様だ。唯一イグヴァルジだけは明らかに意識があったが足を負傷したのか地面が揺れる中匍匐前進でザイトルクワエから距離を取ろうとしているようだ。

 

 

 

モモンは『闘気』をザイトルクワエに発して敵の強さを判断する。

 

(難度200は超えているな・・・)

 

「ピ二スン、あれがザイトルクワエか?」

 

「そうだよ!!ヤバいよ!!ヤバいよ!!ザイトルクワエが復活しちゃった!!もう終わりだ!!」頭を押さえてパニックになっているピ二スンが叫ぶ。

 

それを見た影響なのかミスリル級冒険者たち(流石にナーベや各リーダーは冷静さを残していたが)、メンバーの大半はパニックになりかけているのが明白であった。

 

(仕方ない・・ここは・・)

 

「モックナックさん!ベロテさん!『クラルグラ』の救出をお願いします!私があいつを押さえます!」

 

「そんな!無茶だ!」

 

「分かった!モモン殿」

 

ベロテの目の前にいるアレはミスリル級冒険者が太刀打ちできるようなものじゃないと身体で感じた。だがそれに反してモックナックはモモンの指示に従うことにした。そうするのが最善だと判断したからだ。

 

「だがモックナック!それじゃモモン殿が!」

 

「信じろ!ベロテ。あの人なら大丈夫だ。これが最善なんだ!」

 

「っ・・・それは分かっているが」

 

最善だからモモンが殿を務めるべきだと主張するモックナック。最善だと分かってても誰かを犠牲にするような選択に納得できないベロテ。ここにきて冒険者としての経験の差・・年月の差というべきものが表れていた。

 

「っ・・分かった!モモン殿!『クラルグラ』は俺たちに任せてくれ!」

 

短い時間、正確には1、2秒程考え仕方ないと判断を下し行動を開始する。感情が納得できなくても仲間を危険に晒すのは彼らにとっては最悪の選択肢だったからからだ。

 

「安心して下さい!私は死にませんから!」

 

そう言ってモモンは背中の大剣を抜いた。両腕に漆黒の大剣が握られる。

 

「ナーベ、お前はここで彼らの支援を頼む」

 

「ですが・・・」

 

「頼む」

 

「分かりました。ご武運を」

 

 

 

 

 

 

ザイトルクワエが口をモゴモゴとすると何かを吐き出した。高速で飛行するそれが何かは分からない。だがその先には他のミスリル級冒険者たちがいたのだ。

 

「っ!!」

 

ナーベは電撃(ライトニング)でザイトルクワエが吐き出したそれを撃ち落とした。

 

(種?撃ち落とせただけで破壊できていないことからかなりの硬度があるね。だとするなら本体の硬さは・・・)

 

「時間は稼いであげる!!急ぎなさい!!」珍しくナーベが叫ぶ。

 

「ナーベ殿!支援感謝する」

 

そして『虹』『天狼』による『クラルグラ』救出作戦は開始された。

 

 

 

 

 

 

 

「くそ!俺はこんな所で死んでいい人間じゃねぇ」

 

手に取った薬草を強く握りながら叫んだ。

 

「くそ!くそ!」

 

「俺は『英雄』になるまで死ねねぇんだよ!」

 

そう言って匍匐前進するイグヴァルジであった。

 

だがザイトルクワエから伸びた一本の触手がイグヴァルジに絡みつく。

 

「なっ!?ふざけんな!」

 

絡みついた触手に引っ張られていく。イグヴァルジの視界が大きく反転した。そこで見えたのは触手を勢いよく口元に寄せようとするザイトルクワエの姿であった。

 

「こいつ!俺を食う気か!!?」

 

それに応えたかの様にザイトルクワエは勢いよくイグヴァルジを自身の口の中に放り込もうと投げ入れ・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはイグヴァルジが走馬灯を見ていた一瞬の出来事であった。

 

 

 

 

 

辺り一面に広がる喧騒も、地面の揺れも全てが止まっているかの様であった。

 

 

 

 

 

まるで世界の時間が止まっていたのだ。

 

 

 

 

 

だがそんな中動く人物が1人だけいた。

 

 

 

 

 

その者は漆黒の大剣を二本持ち、ザイトルクワエの口にあたる部分に向かって大きく飛び跳ねる。

 

 

 

 

 

二本の大剣を振り上げて自身の武技を発動させる。

 

 

 

 

星火燎原(せいかりょうげん)!!」

 

 

 

 

そう言って武技を込めた一撃をザイトルクワエに叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、時間は再び進み始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」イグヴァルジは状況が飲み込めなかった。

自分は先程ザイトルクワエの口に放り込まれようとしていたはずだ。だが何故か知らないが触手の拘束は外れ地面にいた。

その横にはモモンがいた。

 

「お前一体何を!!?」よく見るとザイトルクワエの触手が一本切断されたような長さになっていた。口らしき部分は爆発を起こしたのかような傷を負っていた。

 

(こいつが俺を助けたのか?)

 

「話は後だ。これを」そう言ってモモンはポーション・・赤いポーションをイグヴァルジに振りかけた。イグヴァルジの足の傷が癒されていく。

 

「無事で良かった」

 

「何で俺を・・・俺は・・」

 

イグヴァルジが続きを言おうとした所でザイトルクワエの触手がムチにようにしなり攻撃してきた。それをモモンは二つの大剣を使って防いだ。

 

「話は後だ。お前の仲間たちが待ってる!早く行け」

 

イグヴァルジは倒れている仲間たちの元へと走り出した。先ほどまで大事そうに持っていた薬草は乱雑にポケットに突っ込んだ。

 

(・・・・・)

 

この時イグヴァルジが思ったことは彼自身しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

「モモンさん!!彼らの救出は終わりました!!」

 

ナーベが叫ぶ。

 

それを聞いたモモンは大声で「分かった」と叫ぶ。

 

ザイトルクワエが大声で叫ぶ。

 

既に六本あった触手は二本に減らされており、顔や口を斬られたことで種を吐き出すことも叶わなかった。

 

「腕が二本、口は使えない・・・こうなると大きな的だな・・だが・・」

 

(このまま戦えばこっちが不利だな)

 

単純な話、ザイトルクワエの樹皮?が硬すぎるのだ。

 

武技以外では大したダメージを与えられていない。

 

「・・・・となると弱点を突くしかない訳だが・・・」

 

(あるいは単純に強化して攻撃するしかないわけだが・・・)

 

「仕方ない・・・アレを使うか・・・」

 

 

 

 

ザイトルクワエが触手でモモンに向かって攻撃してくる。

 

モモンはそれらを躱し続けた。

 

(有効範囲に入った)

 

明鏡止水(めいきょうしすい)

 

瞬間、世界が静止した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明鏡止水(めいきょうしすい)

モモンが取得した武技『十戒』の1つ。

この武技の発動者は自分の周囲との『時間』を切り離すことが出来るのだ。ただし自身や自身の触れているもの以外の時間を動かすと発動は強制的に解除される(攻撃も時間を動かす行為だからである)。

先程イグヴァルジを助けたのもこの武技である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星火燎原(せいかりょうげん)

 

 

 

 

 

モモンはザイトルクワエの頭頂部から切り裂く為に大剣を大きく振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

星火燎原(せいかりょうげん)

モモンが取得した武技『十戒』の1つ。

爆発する斬撃を放つことが出来る。

その性質上通常の斬撃では効果的なダメージを与えられない相手でも、

爆発による内側へのダメージを与えられるためザイトルクワエの様な相手でも効果が見込める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがモモンはこれでもまだ足りないと判断していた。それゆえ更に武技を発動させる。

 

 

 

 

双極(そうきょく)

 

 

 

 

双極(そうきょく)

これもまた武技『十戒』の1つ。

今までとは異なり非常に単純な武技である。

この武技を使えば武器の攻撃力を発動中は足すことが出来る。

 

 

 

 

そして・・・・再び異なる武技を発動させた。

 

 

 

 

 

課全拳(かぜんけん)・2倍」

 

 

 

 

課全拳(かぜんけん)

これも武技『十戒』の1つ。

この武技は自身の能力を任意に『倍加』することが出来る。2倍や3倍なども可能。

ちなみにミータッチは課全拳を10倍まで使いこなしていた。はっきり言って反則級の実力である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンはザイトルクワエを一刀両断しようと大剣を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

即ち、聖遺物級の大剣ダメージ(攻撃力)×爆発による内外ダメージ(星火燎原)×課全拳による攻撃力の2倍化(課全拳・2倍)×2倍の威力(双極)×2(二本の剣)となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だからだろう。

 

 

 

 

 

その一撃がザイトルクワエを容易く切り裂いたのは当然といえよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザイトルクワエの身体が一刀両断にされて爆発を起こす。

 

 

 

 

 

まるで呪詛を撒き散らすかの如く、断末魔をあげる。

 

 

 

 

そして2つに分かれたザイトルクワエが倒れ地面に最後の揺れを起こすと

 

 

 

 

 

森はいつもの静寂を取り戻した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが静寂を破った。

 

 

 

 

「うぉー!!!モモンさんが勝ったぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

「うぉーーーーー!!!スゲェぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

 

ザイトルクワエを倒せた。

 

 

 

 

モモンはザイトルクワエの生死を『闘気』で確認すると、喧騒の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

 

「お姉ちゃん・・・アレってやっぱり『十戒』?」

 

「アインズ様の言った通りだね。特別な武技である『十戒』を使えるなんて・・。報告しないとね」

 

そう言ってダークエルフの双子はピ二スンを連れてその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




モモンの武技に関する説明

『十戒』
モモンがミータッチより授かった10個の武技の総称。
今のモモンですら8つしか使用できない。


明鏡止水(めいきょうしすい)
モモンが取得した武技『十戒』の1つ。
自分よりある程度弱い存在などであれば限りなく時間が止まる。
例えるなら通常の時間は走っている馬車の上に人間がいる状態。
だが『明鏡止水』発動中は馬車の上で人間が飛行(フライ)の魔法を使って同じ速度で飛んでいる状態である。
この武技の発動者は自分の周囲との『時間』を切り離すことが出来るのだ。その気になれば馬車(相手)を追い越すことも出来る。ただし自身や自身の触れているもの以外の時間を動かすと発動は強制的に解除される(攻撃も時間を動かす行為だからである)。
この武技の性質上、モモンの実力よりも上の存在には効かない。だがこの場にいる者の大半には効いている。
『時を止める』ような武技である。


星火燎原(せいかりょうげん)
モモンが取得した武技『十戒』の1つ。
爆発する斬撃を放つことが出来る。
その性質上通常の斬撃では効果的なダメージを与えられない相手でも、
爆発による内側へのダメージを与えられるためザイトルクワエの様な相手でも効果が見込める。
これは余談だが端から見ていたら『隕石が落下して爆発』した攻撃に見えるだろう。



双極(そうきょく)
これもまた武技『十戒』の1つ。
今までとは異なり非常に単純な武技である。
2つの武器を持った所で攻撃力が足される訳ではない。
だがこの武技を使えば武器の攻撃力を発動中は足すことが出来る。


課全拳(かぜんけん)
これも武技『十戒』の1つ。
自身の能力を向上させる『能力向上』などとは全く異なる。
この武技は自身の能力を任意に『倍加』することが出来る。2倍や3倍なども可能。
例えば『攻撃力』だけを倍加させることも出来るし、能力全てを倍加させることも出来る。そこに『双極』が加わると攻撃力は格段に上がる。
ただしどれだけ倍加するか、より多くの能力を倍加させるかで使用難易度は桁違いに変わる。
ちなみにミータッチは課全拳を10倍まで使いこなしていた。はっきり言って反則級の実力である。




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アダマンタイト級冒険者

今回、ついに・・・


エ・ランテル冒険者組合 2階

 

その部屋の一室で多くの者が集まっていた。

 

後の『漆黒』、『虹』『天狼』『クラルグラ』のミスリル級冒険者たち、

 

それとアインザック冒険者組合長だ。

 

先程話したことが事実なら幾つか確認しないといけないことがある。

 

 

窓際に立ったアインザックは一言呟いた。

 

「成程・・・そういうことが」

 

そう言って冒険者組合長アインザックは手に持った『薬草』を見つめる。

 

(確かに依頼の品だな)

 

ソファに座るは四人。モモン、モックナック、ベロテ、そしてイグヴァルジだ。

 

「イグヴァルジ・・・事実か?」

 

「・・はい」

 

「そうか・・・まずは依頼を果たしてくれて感謝する」

 

そう言ってアインザックは頭を下げた。だが一同の表情は動かない。

 

「次に幾つか確認させてくれ・・・モモン君の活躍により『奇跡的に』死者はゼロで済んだ。間違いないかね?」

 

「えぇ。組合長。私たちやベロテたちが生きていることが何よりの証拠です」そう言ってモックナックが口を開く。

 

 

「そうか・・・そちらは嬉しい報告だな。次は嬉しくない報告を聞こう」アインザックがそう告げるとイグヴァルジが険しい顔つきになる。

 

「モックナック、俺自身の口から話させてくれ」それを聞いた一同はイグヴァルジの顔を見る。先程とは異なり何か覚悟を決めた顔をしていた。

 

「イグヴァルジ!」アインザックはイグヴァルジが自分の保身の為に発言しようとしていると危惧した。

 

「組合長、お願いします」

 

そう言ってイグヴァルジは頭を下げた。その姿は今までのイグヴァルジからは想像できないものであった。アインザックも仕方ないと思い折れることにした。

 

「・・・分かった。話してみてくれ」

 

「はい。実は・・・・・」

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

イグヴァルジが言った内容は事実そのものであった。強いて言うならば少し自虐が混ざり過ぎているフシがある。それは『クラルグラ』ではなくイグヴァルジ個人についてだ。

 

「勝手な行動で仲間を危険に晒しただけでなく、他のチームにも被害を出した。間違いないな?」

 

「はい・・・俺個人の身勝手な行動で危険に晒したことを・・・この場を借りて謝罪させて下さい」

 

そう言ってイグヴァルジは屈むと両膝を地面に着けて上半身を前方に折った。いわゆる土下座だ。

 

「すまない・・・・・・」

 

 

 

 

「・・・・イグヴァルジの処遇は後日行おう。イグヴァルジ及び『クラルグラ』は今日はゆっくり身体を休まぜておけ。『明日以降』の為に」

 

アインザックのその言葉にイグヴァルジは立ち上がり頭を下げると部屋を出ていった。クラルグラのメンバーもついていった。いつもより人数が少ないのは半数以上が病院送りになったからだ。

 

(『明日以降』か・・・その部分を強調したのは恐らくイグヴァルジ個人か或いはクラルグラに対して重い処分を下すということか)

 

「・・・・・」

 

部屋の中に沈黙が流れる。

 

沈黙を破ったのは先程まで話していたアインザックだった。

 

「部屋の空気を悪くさせてしまってすまない」

 

「組合長は何も悪くないでしょう」

 

「そうか。そう言ってもらって感謝する」

 

そこで言葉を一度区切ると再び口を開いた。

 

「悪いがモモン君は1階で待っていてほしい。後で必ず呼びに行くから」

 

「分かりました」

 

そう言ってモモンとナーベは退室した。

 

 

 

 

それを見たアインザックは一言呟いた。

 

「さて、君たちに聞きたいことがある。彼らについてだ」

 

 

 

_________________________________________

 

 

冒険者組合 1階 

 

 

 

 

 

「どうしましたか?モモンさん」

 

「いや、少しな・・・」

 

「イグヴァルジのことですか?」

 

「あぁ。彼は心の底から反省しているように見えたんでな」

 

「・・ですが他の冒険者を危険に晒した以上、厳罰は免れないでしょう」

 

「それは分かるが・・・」

 

「冒険者組合も組織である以上、他の冒険者の手前何かしらの罰を与えないといけないでしょうから」

 

「・・・・」

 

少しだけ気まずい空気が流れた。

 

(モモンさんは人に対して優しすぎます。もっと傲慢でも良いと思いますが・・・・)

 

モモンが喋らないことでナーベはモモンの考えを察した。

 

(だけど・・・・そこがモモンさんの素晴らしい所ですね)

 

 

 

 

 

 

「罰か・・・・」

 

先に沈黙を破ったのはモモンだ。

 

「?」

 

モモンはその呟きの意味が理解できず考える。

 

(一体どういうことかしら?)

 

ナーベがそんなことを考えていると・・・

 

「モモン殿!ナーベ殿!」

 

二人が呼び声の方を見るとモックナックがいた。

 

「アインザック組合長が呼んでます」

 

「分かりました。行こうか。ナーベ」

 

 

__________________________________

 

冒険者組合 2階

 

 

 

「やぁ。さっきはすまなかったね。モモン君」

 

そう言ってくれて笑顔で迎えてくれたのは組合長だ。

 

「いえ・・・」(何故笑顔なんだ?)

 

「まぁ座ってくれ」

 

「モモン殿、上座へ」

 

「いえ、冒険者組合長の前で上座など・・・」

 

そう言ってモモンは固辞した。

 

「流石だな・・・・ではこちらにでも座ってくれ」

 

「はい」

 

モモンは下座に座る。立場上、ミスリル級冒険者の中では新人だ。それゆえ下座に座る。

 

「モモン君、1つ尋ねたいことがある。答えてくれるかい?」

 

「はい。何でしょうか?」

 

「冒険者にとって1番大事なことは何だと思う?」

 

 

 

 

数秒間、沈黙が流れる。

モモンは考えを整理するために目を閉じた。

その中でも自分が心から冒険者に必要なものを考える。

やがて一人の人物の言葉を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

「『未知』を『既知』にすることです」

 

「ほう・・それは何故かな?」

 

「これはあらゆることに言えることですが、自分の知らないことを知っていくと分かるものがあります。それは自身の限界、あるいは可能性・・・そう言ったことを知ることが出来れば最適な答えを導き出すことが出来ます。例えば自分がどれだけ冷静でいられるか・・・・それを知っていれば冷静でいるために何かしらの対策が立てられます。対策を立てるためには対策の立て方を知らねばなりません。その為に必要なことは情報収集・・・・即ち、『未知』を『既知』にすることです」

 

 

「・・・・成程な」

 

アインザックがそう言うとやがて安心したような表情を見せる。

 

「そうか・・・・『強さ』だとか言われたらどうしようかと思ったよ」

 

そう言ってアインザックは一呼吸置くと口を開いた。

 

「パナソレイ都市長!お願いします」

 

この部屋の冒険者組合長の書斎の為の空間があるであろう場所のドアが開く。そこから現れたのは小太りの男性であった。

 

「ぷひー、久しぶりだね。モモン君」

 

「あなたは・・」

 

「私がエ・ランテルの都市長、パナソレイ=グルーゼ=デイ=レッテンマイアだ。モモン君、改めてよろしく」

 

そう言うとパナソレイは手を差し出した。モモンもそれに応えるように・・・・

 

今度はガントレットをしっかり外して握手した。

 

「こちらこそよろしくお願いします。パナソレイ都市長」

 

二人が握手を終えるとやがてパナソレイが口を開いた。

 

「アインザック組合長。頼む」

 

「分かりました。都市長・・・」

 

そう言ってアインザックはモモンの方へと身体を向ける。周囲にいるパナソレイたちがモモンに身体を向ける。

 

「モモン君」

 

「はい」

 

「ナーベ君」

 

「はい」

 

「二人とも・・・アダマンタイト級に昇格だ。おめでとう」

 

アインザックたちが拍手をし出す。

 

「正式な授与式は別に行うつもりだが、約束しよう。君たち二人はこの街で最高の冒険者だ」

 

 

 

 

「同じ冒険者として誇りに思うよ」

 

「俺もだ」

 

モックナックとベロテがそれぞれ言う。

 

 

 

 

「ありがとうございます」

 

モモンとナーベは共に礼を言う。

 

 

 

「それで早速なんだが、アダマンタイト級に昇格した記念だ。何か欲しいものはあるかね?あるいはやってほしいことでもいい」

 

(アインザック君とも話したが、彼ら・・・いや彼にはこの街にいてもらわないと。その為なら前借で何かを渡しておかないと・・・・。間違えても帝国などには行かれると困るからな)

 

パナソレイの発言に真っ先にモモンが反応する。

 

「欲しいものもやって欲しいこともあります」

 

「ほう2つ同時にかね・・・それで何かな?」

 

「地図が欲しいです。できるだけ正確な地図が欲しいです」

 

パナソレイがアインザックの方へと顔を向ける。それに気づいたアインザックが頷いた。

 

「いいだろう。後で手配しよう。それでやって欲しいことは何だい?」

 

「えぇ。実は・・・・・・」

 

 

モモンが言った「やってほしいこと」を聞いた一同はモモンという存在の凄さを改めて知ることになった。

 

 

 

 

 

 

 



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傷だらけの者たち

モモンがミスリル級冒険者たちと依頼を受けて旅立った翌日の明朝のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

エ・ランテル 正門前

 

 

 

門番であるセロハン=ガムテプは不審な人物たちを発見した。

 

「おい。そこのお前!」

 

そう言って男を止める。

 

ボサボサの青い髪、放置された髭。この辺りでは非常に珍しい武器を持つ男。

 

「何だ?」男は衛兵を睨みつける。

 

「お前、何者だ!?」衛兵は怯えながらも尋ねる。

 

「俺は・・・・いや名乗る程の男じゃない」

 

「いいから名乗れ!」

 

「はぁ・・・俺のことはアングとでも呼んでくれ」

 

暗愚(あんぐ)だからな・・・)そう思って男は自虐する。

 

「では聞くぞ。アング!お前の後ろにいる二人の女は何だ?お前が抱えてる血塗れの女は何だ?」

 

「安心しろ。こいつは血塗れなだけで傷はほとんど無い」

 

「そんなの信じられるか!?お前がやったのか?」

 

「違う・・・俺はこいつらを拾っただけだ」

 

「そんなの信じられるか?」

 

「信じないか・・・・それなら」

 

そう言ってアングは自分の腰にかけられた武器に手を掛けた。

それを抜こうとした瞬間、アングの表情が崩れていく。

 

「あっ・・・・あ・・・」

 

まるで武器の抜き方を忘れたかの様子であり身体が揺れ始めた。それを見た衛兵の一人が声を出す。

 

「捕らえろ!」

 

その一言で男や女たちは捕らわれた。彼が抱えていた女は首からぶら下げていたものから身元が判明した。鉄級冒険者であるブリタだ。

ブリタの身元が判明したことで『死を撒く剣団』に関して何かがあったことが判明した。

だがアングなる男や女二人が何も言わないことで捜査は難航していた。

ブリタの身元が判明したのはモモンたちミスリル級冒険者が帰ってきた翌日であった。

 

 

 

____________________________________

 

 

 

モモンたちが正式にアダマンタイト級に昇格するための授与式が終わるとモモンはパナソレイとアインザックから頼まれたことがある。

 

「モモン君。後でいいからアングなる男に会ってくれないか?」

 

(依頼だろうか?)

 

「そのアングなる男がどうかしたんですか?」確認の為にモモンは尋ねた。

 

「鉄級冒険者のブリタ、謎の女二人、そしてアングという男・・・・全てを繋ぐのは『死を撒く剣団』という盗賊だ。ブリタは『死を撒く剣団』をパーティで討伐しに行って全滅したのだろう。今は組合で眠っており未だに意識が戻らない。女二人は衛兵に対する『異常な怯え』から話が出来ない。唯一会話できそうなのはアングなる男だけだ」

 

「このアングという男に会って何があったか聞いて欲しい」

 

「でも何故私が?」

 

「私たちの予想が正しければこのアングと呼ばれる男はブレイン=アングラウスだ」

 

「成程・・・王国戦士長と唯一対等に張り合った男ですか・・」

 

「そういうことだ。この男と会話できそうなのは君くらいでね」

 

「分かりました。早速会ってみましょう」

 

そう言うとモモンはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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スレイン法国にて

モモンたちがミスリル級冒険者チームと合同依頼を受けた日・・・

 

別の場所では不穏な会合があった。

 

 

 

 

 

スレイン法国

 

 

 

 

男は最奥の聖域なる場所にいた。そこには特殊な素材で作られた円卓があり、そこに12人の人物が座っている。現在の最高神官長を始めとした12人がいる。だが男は上司しかいない中でも普段の余裕を崩すことなく笑みを浮かべている。男にとってはこれはポーカーフェイスであった。

 

 

「お前はクレマンティーヌの一件は聞いてるか?」

 

「・・はい。『叡者の額冠(えいじゃのがっかん)』を奪い、密かに繋がっていたズーラノーンに寝返ったと」

 

「それの結末を知っておるか?」

 

「いえ・・・」

 

「そうか。なら教えておこう。奴はその後エ・ランテルでカジットなる男と共謀し『死の螺旋』を起こそうとした」

 

「エ・ランテルは交易都市ですよ。そんな場所を標的にしたのですか?」

 

男が真っ先に考えたのはエ・ランテルの住民の安否ではなかった。スレイン法国にどれ程の経済打撃を受けるか心配したのだ。

 

「安心せよ・・・いやそなたには複雑なことかもしれんが、エ・ランテルは無事だ」

 

「王国戦士長とでも戦ったというのですか?」

 

(あのクレマンティーヌとやり戦えるのは王国ではガゼフ=ストロノーフかブレイン=アングラウスくらいのものだ)

 

「いや違う。『死の螺旋』を行おうとしたものの二人と戦い勝利し止めた存在がいるのだ」

 

「クレマンティーヌに勝てるとは・・・一体誰なんですか?」

 

「エ・ランテルでは『漆黒』と呼ばれているチームだ。男女二人組で冒険者をしている。男は戦士で女は魔法詠唱者(マジックキャスター)だ」

 

「それはまた随分と偏っていますね」

 

男がそういったのも当然であった。冒険者の仕事はモンスター専門の傭兵の様なものだ。その性質上冒険者という職業の者たちは戦闘・・命のやり取りをする為、安全面や精神面を守るためにもバランスの良い構成にする傾向がある。

 

最適とされるのは

 

物理火力役(アタッカー)魔法火力役(アタッカー)

 

防御役(タンク)回復役(ヒーラー)

 

探索役(シーカー)特殊役(ワイルド)

 

の六人パーティだ。

 

ただし一人二役などを行うことでパーティの人数が減ることはある。

信仰系魔法をして戦闘もこなせるリーダーがいるとある王国のアダマンタイト級冒険者がそうだろう。

 

 

だが二人とはあまりにも少なすぎる。

 

自信の表れか、あるいは二人の実力についていけるものがいないのか。

 

どちらにしても偏ってるとしか言えないパーティ構成である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「話を続けるぞ・・・・女の名前はナーベ。その美しい容姿から『美姫(びき)』と呼ばれている。そして男の方の名前はモモン。黒い全身鎧(フルプレート)を着用し、黒い大剣(グレートソード)を楽々と振り回す腕力の持ち主じゃ。そしてエ・ランテルにいる密偵の話では『強さ』と『優しさ』を兼ね備えた人物で『漆黒の英雄』と呼ばれているそうだ」

 

「それはまた御大層な・・・」

 

「油断するでないぞ。漆黒聖典の一人・クレマンティーヌが1対1で戦い、敗北した戦士なのだぞ」

 

「あのクレマンティーヌが敗北したとなると・・・もしやその男は」

 

「私たちも同じ結論にたどり着いた。モモンは・・・『神人(しんじん)』か或いは『流星の子』じゃ」

 

「我らが六大神と同じ『流星の子』・・・あるいはその血を受け継ぐ『神人』ですか・・・」

 

「だが最悪なのは『八欲王』と同じ性質を持つ『流星の子』か・・・或いは・・」

 

八欲王の子孫・・・・そう誰もが思い唾を飲んだ。もし『八欲王』の子孫であれば世界の危機である。

 

沈黙が流れる。

 

「この二人には分からぬことも多い。だが実力が確かなら欲しい人材だ」

 

「『大虐殺』で神都は大きな被害を受けたからのう」他の神官長が話に入ってくる。

 

「そうじゃ。"あの御方"がいなければ大変じゃった。そのためにも…」

 

「クレマンティ―ヌが抜けた穴も大きい。それを埋める意味も…」

 

それらの言葉を聞いてクワイエッセは一つの結論に達した。そしてそれは間違いないだろう。

 

「彼らを『漆黒聖典』に加えるということですか?」

 

「あぁ。そうじゃ」

 

「そこでお前に命を下す」

 

「はっ」

 

「『漆黒』のモモンとナーベを漆黒聖典にスカウトせよ」

 

「もし彼らが断れば如何なさいますか?」

 

「その時は殺せ。最低でもモモンだけは必ず殺せ。生きていれば人類の敵となる可能性があるからのう」

 

「分かりました。必ずや・・我らが六大神の名にかけて」

 

「頼んだぞ。漆黒聖典5番席次・・・クアイエッセ=ハゼイア=クインティアよ」

 

「はっ!」

 

そう言うとクレマンティ―ヌと瓜二つの男はその場を後にした。

 

 

 



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折れた剣、壊れた宝石

エ・ランテル 地下牢

 

 

 

 

 

そこに一人の冒険者の姿が歩いていた。牢屋の固い廊下を歩く度に鎧の足音が広がる。

 

 

その音を聞いて衛兵の一人、ビニル=ガムテプは欠伸(あくび)をしていた口を閉ざし、顔をキリっと作る。牢屋で衛兵なんかしていると娯楽などあるはずがない。だからかビニルは足音だけでどういう人物が訪れるかを把握する特技を取得するに至ったのだ。規則的で単独の足音なら位の高い誰か、不規則的で足音が複数ならば犯罪者とそれを連行する衛兵などだ。そしてビニルが聞き取った足音は前者だった。

 

これから自分の前に来るであろう人物にみっともない姿を見せる訳にはいかないからだ。自分の身だしなみは大丈夫かと頭によぎるもすぐに頭を横に振るう。そんな時間はもう無かったからだ。衛兵の制服を着ている時は余分なものは持たない。手鏡の様なものなどを持ち歩くこともない。

やがて堂々とした足音は自分に近づいてくる。姿を確認した時、ビニルは自身が最大限緊張するのが分かった。自分に向かって歩いてくる『彼』に以前親戚と一緒に握手をしてもらったからだ。エ・ランテルで起きた『墓地騒動』を解決してくれた人物。ビニルは自分の生まれ育ったこの街を守ってくれた彼には深い感謝と尊敬の眼差しを向けていた。そんな彼だからこそこちらも礼儀をもって接する・・自分の出来る範囲で公務を行う。それが自分に出来る最大限の礼儀だと信じて・・

 

偉業に似合う立派な全身鎧(フルプレート)と二本の大剣。その全身から溢れだす雰囲気は歴戦の戦士そのものであり、堂々とした歩みは高貴さなどよりも力強さを感じさせ『男らしい』を体現しているようであった。

 

 

 

 

 

「モモンだ。面会を頼む」

 

 

「はっ。お話はアインザック組合長から聞いております。こちらです」

 

 

そう言ってビニルはモモンに牢屋を案内する。

 

 

「あぁ。頼む」

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

 

 

「こちらです」

 

モモンは衛兵のビニル=ガムテプに案内されると一つの牢屋の前に立つ。

 

「案内ありがとう。ゆっくり休んでてくれ」

 

「はっ。もし何か御用があれば仰って下さい」

 

「ありがとう。その時は呼ばせてもらう」

 

ビニルは一礼するとその場から離れた。

 

 

 

 

 

 

(さてと・・)

 

モモンは牢屋に目を向ける。

 

 

中には青い髪をした男がいた。

牢屋の壁にもたれるように膝を抱えるようにして座り、

床でも見ているのか顔は伏していた。

 

 

「お前がアングか?」

 

 

モモンがそう尋ねる。

 

 

「・・・・」

 

 

 

アングは顔を上げなかった。

 

 

 

 

「もう一度聞くぞ。お前がアングか?」

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

 

二度目の問いでもアングは顔を上げなかった。

 

 

 

 

「答えないか・・・・ならば言い方を変えよう。お前がブレイン=アングラウスか?」

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

三度目の問いかけにもアングは応じなかった。

 

 

 

 

「お前があの王国戦士長ガゼフ=ストロノーフと唯一対等に渡り合ったブレイン=アングラウスか?」

 

 

 

 

「・・ガゼフ?・・・・・・」

 

 

 

 

アングが身体をピクリとさせる。どうやら『ガゼフ』という単語に反応した様だ。

 

 

 

 

 

「もう一度聞くぞ。お前がブレイン=アングラウスか?」

 

 

 

 

「・・・・いや・・・俺はアングだ」

 

 

 

 

そう言ってアングはようやく顔をこちらに向けた。

 

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

アングの顔は一言で言うと「目が死んでいた」のだ。生気の無い顔をしており、筋肉質の身体との対比がその様子をより一層顕著にする。

 

 

 

 

「そうか・・・ではアングと呼ばせてもらおう」

 

 

 

 

「あぁ・・・それでいい。俺は暗愚(アング)だからな」

 

 

 

 

そう言ってアングは笑う。だが目は笑っていなかった。

 

 

 

 

「すまないが幾つか答えてほしいことがある」

 

 

 

 

「どうした?こんな俺に何を聞きたい?」

 

 

 

 

「まずお前が抱えていた血塗れの女、それとお前の後ろにいた女二人についてだ。どういう経緯であの状況になったんだ?」

 

 

 

「・・・・分かった」そう言うとアングは事の顛末を語りだした。

 

 

 

 

アングは『死を撒く剣団』のアジトを武者修行の一環で訪れたこと

 

入り口の二人の見張りを瞬殺したこと

 

中で『白い貴人服の女』が『死を撒く剣団』の者たちを殺害していたこと

 

自分がそれに気付かったこと

 

『白い貴人服の女』が『ある武技』の使い手を探していたこと

 

戦いを仕掛けるも圧倒的な実力差で完敗し、情けをかけられたこと

 

アング自身がその場で泣き崩れたこと

 

やることは無かったが中を探索していたら『拘束された裸の二人の女』を見つけたこと。

 

女に助けを求められて助けたこと

 

殺害された者たちの衣服を奪って渡したこと

 

最寄りの街のエ・ランテルに向かったこと

 

その途中で血塗れの臓腑やら鮮血まみれの中で『血塗れになった女(ブリタ)』を見つけ助けたこと

 

エ・ランテルの門で捕まったこと

 

そして今に至る

 

 

 

 

「・・ということだ」

 

「・・・だから。彼女たちが・・衛兵に異常なまでに怯えていたのか・・・」

 

(衛兵は『男』だからな・・・恐らく彼女たちは・・『そういうこと』の目的の為に捕まえられていたのだろう)

 

モモンは自分の中で怒りが込みあがるのを感じて拳を強く握る。

だが自制心でなんとか怒りを抑える。今はアングに色々聞くことの方が大事だったからだ。

 

これで『二人の女』のことは分かったのだ。モモンの疑問の一つが解消される。

 

(だが、そうなるとブリタを血塗れにした者の正体が気になるな。最も可能性が高いのは『白い貴人服の女』だが・・・・)

 

だが『死を撒く剣団』の死体とブリタが血塗れになった原因の死体とは似ても似つかないのだと疑問に思う。そこでモモンは『白い貴人服の女』とブリタを血塗れにした存在は別々かもしれないと考える。

 

 

 

「話は分かった」

 

 

 

(『白い貴人服の女』が『ある武技』の使い手を探していたことは気になるな。だが今は・・・)

 

 

 

 

「話してくれて感謝する。アング。それとは別に聞きたいことがある」

 

 

 

「・・・何だ」

 

 

「今から私が『闘気』を出す。そこから『白い貴人服の女』と私、どちらが強いか判断してくれ」

 

 

「『闘気』?・・よく分からないがいいぞ」

 

 

アングの返事を聞いたモモンは意識を自身に向けた。

 

 

「!!!!!っ」

 

 

アングは自身に向けられた闘気に身体を震わせた。柵越しに当てられたものを浴びて全身に氷柱が突き刺されたような感覚に陥る。だがそれは数秒間のことであった。フッと闘気を引かれてアングは自身の身体が冷え切っていたことを感じる。

 

 

「どうだ?」

 

 

「・・・・正直俺じゃ判断はつかない。でも・・敵に回したくないのはあの女の方だ。何というか・・・あいつの方は『冷たい』んだ」

 

 

「・・・そうか」

 

 

 

 

モモンがその場を立ち去ろうと背中を見せた時だった。

 

 

 

「・・・・なぁアンタに一つだけ聞きたいことがある」

 

 

 

 

「何だ?」

 

 

 

「アンタは自分では決して太刀打ちできない圧倒的な存在と出会ったことはあるか?」

 

 

 

「あるさ。二人な。その内一人は私に生きる術を教えてくれた人。10年間で千回以上戦うも一度も勝てなかったさ」

 

 

「なっ!!?」

 

 

アングは驚愕する。モモン程の実力者でも一度も勝てない存在がいることに驚きを隠せない。

 

 

 

「なのに戦いを挑んだのか?何故だ」

 

 

 

 

 

 

「正直理由は未だに分からない・・・だが、彼は私を助けてくれた。その『純銀の聖騎士』の背中に憧れた・・・だから少しでも近づけるように剣を振るったのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

「憧れ?」

 

 

その言葉を聞きアングの脳裏に浮かび上がったのは一人の男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また来る」

 

 

 

そう言うとモモンはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

_________________________________________

 

 

エ・ランテル 冒険者組合 2階

 

 

 

「・・・ということです。アインザック冒険者組合長」

 

「成程な・・・確かにそれなら辻褄があうか・・・」

 

モモンはアインザック冒険者組合長にアングから聞いた話を報告していた。

 

 

 

「だがそれが事実ならアングはブレイン=アングラウスではないのか」

 

「彼はあくまで自分のことをアング(暗愚)と言っていましたが・・・」

 

「アングか・・・アングラウスから取ったアングかもしれないが・・事実確認が出来ない以上断定はできんね」

 

「そうですか」

 

モモンはそこで息を吐いた。

 

 

「所でアインザック組合長にお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?」

 

「構わんよ。どうしたかね」

 

「『二人の女』の居場所を教えて頂けますか?」

 

「・・彼女たちならブリタと同じ場所に居る。だがどうしてだい?」

 

「彼女たちからどうしても聞かなけばならないことがありますから」

 

「・・いいだろう。ただし『二人の女』のいる部屋に男が入ったら大変なことになる。もし彼女らに何か聞きたいことがあるならナーベ君に聞いてもらうといい。場所は未だに目覚めないブリタのいる部屋の隣の部屋にいる」

 

「分かりました」

 

モモンはその場を後にした。

 

 

 

「・・他の男なら駄目だが、モモン君なら彼女たちも心を開くかもしれないな・・」

 

誰もいなくなった部屋でアインザックはポツリと呟く。

 

 

 

________________

 

 

モモンはドアの外で待機していた。

現在ナーべに『二人の女』に話を聞いてもらっている。

 

「・・・・」

 

「モモンさん」ナーベが部屋から出る。

 

「どうだ?」

 

ナーベが首を横に振る。

 

「駄目です。心を閉ざしています」

 

「・・・・・俺が行ってみるか」

 

モモンとナーべは部屋の中に入る。

 

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

二人の女はベッドの端に互いに寄り添うようにして座っている。顔は上を向いており天井を眺めている様だ。その瞳は虚ろで何も見ていないのは確かだ。

 

(彼女は・・・あの時の俺と同じだ)

 

(あの時、俺を助けてくれたのは・・・)

 

そう思い、モモンは背中の赤い外套を掴む。

 

 

 

もう大丈夫だ。

 

そう言われて赤い外套に包まれた瞬間、俺は・・・

 

 

 

 

(そうか・・・それが今俺がやるべきことなんだ)

 

 

 

モモンは赤い外套を外すと、彼女たちを外套で包み込むようにしたのだ。そのまま頭をポンポンと叩く。

 

「もう大丈夫だ。安心していい」

 

「あっ・・・・あっ・・」

 

二人の女は赤い外套に包まれて肩を抱きしめられていた。

 

それはまるで炎の様に不浄なものを全て燃やし浄化してくれる。

とても温かいものだった。彼女たちの瞳に涙が浮かび上がる。

 

「もう大丈夫だ。だから好きなだけ泣いていいんだ」

 

「うわぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

それは悲鳴ではなく、心が死んだ彼女たちが生まれ変わる為の産声の様であった。

 

 

・・・

 

・・・

 

・・・

 

「泣き止んだか・・」モモンは彼女たちに白いハンカチを渡す。

 

「はい・・ありがとうございます。こんないいハンカチ・・」

 

「気にするな・・・それより君たちに何があったか話してくれるか?」

 

「はい・・」

 

そう言って二人から語られた内容は悲惨なものである。

 

 

 

 

二人は互いに知らない者同士だった。

 

一人は王都内で拉致されて、もう一人は街道で馬車を襲われて

 

違いはあれど二人は『死を撒く剣団』に『行為』の目的の為だけに拉致された。

 

何十日も・・・・

 

行為の最中に「次はどれくらいもつかな?」などと言われ必死になったこと。

 

それしか生きていく術が無かったこと。

 

 

 

(どうしてそんなことが出来る!同じ『人間』じゃないのか!)

 

モモンは拳を強く握る。怒りからか震えそうになる。

 

「話を聞かせてくれてありがとう」

 

そう言ってモモンが部屋から出ようとした時だった。

 

 

 

「あっ・・あの・・・」

 

「うん?」

 

「あなたのお名前は?」

 

(あっ・・冒険者チーム・・考えてなかった。でも彼女たちを安心させるためにも言わないとな・・)

 

「私はモモン。アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』のモモンだ」

 

そう言うとモモンは部屋から出ていった。

 

 

 

「モモン・・・様」

 

二人の女は互いに寄り添うとお互い同じ言葉を発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________________________________________________

 

 

 

冒険者組合 2階

 

 

「成程・・彼女たちを助けたのはアングだったのか」

 

「えぇ」

 

「『死を撒く剣団』を武者修行の為に討伐か・・・やはり彼はブレイン=アングラウスだな」

 

「そうなると『死を撒く剣団』『冒険者パーティ』を全滅させたのはブリタに聞くしかないですね」

 

(となると・・赤いポーションを使うしかなさそうだな)

 

 

「組合長」ドアをコンコンとノックする者がいた。

 

「どうした?何かあった」

 

「実は・・」受付嬢の一人がアインザックに耳打ちする。

 

「何!?・・分かった。君はもう下がっていてくれ」

 

「どうかしたんですか?組合長」

 

「モモン君」

 

「どうしましたか?組合長」

 

「ブリタが目覚めたらしい。悪いが会って話を聞いてほしい」

 

「分かりました。すぐに行きます」

 

そう言うとモモンはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 



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ホニョペニョコ

「ん・・・」

 

そう言って女は目を覚ます。見開いた瞳に広がるのは見知らぬ天井だ。身体の感覚からしてベッドに横たわっている状態なのはすぐに分かる。だが冒険者という職業に就いている以上、誘拐された可能性などを思いつくと緊張の糸を張り巡らせた。

 

 

 

「ここは?」

 

長い間眠っていたからなのか口の中が異様なまで乾いている。正確には血の味が混じっており、それが乾いてしまって鉄の匂いがする。嗅覚と味覚に不快感を感じながらも女は頭を働かせた。確か自分は・・・

 

 

 

「!っ」

 

視界の端に冒険者組合の受付嬢の様なシルエットが映る。すぐに誰かまでは分からなかったが。その者が部屋から急ぐ様に出ていったのを見てブリタはここが冒険者組合であることを何となく察した。よく見ると部屋の模様に見覚えがあった。

 

 

「・・・・っ」

 

ブリタはベッドから起き上がろうと上半身に力を入れる。しかし全身の痛みに邪魔されてしまい息が乱れる。だが何とか起き上がろうとして数十秒後、何とか上半身のみを起き上がらせることに成功した。

 

 

 

 

ドアが開くような音と複数の足音が聞こえてブリタはそちらに顔を向けた。

 

 

 

 

「目覚めたか?ブリタ」

 

この部屋の出入り口に三人の人物が立っている。一人は白髪頭を生やしているが顔つきから力強さを感じさせる男・・アインザック冒険者組合長だ。先ほどの声が知っている人物の声でブリタは一先ず心に張り巡らせた緊張の糸を解した。

 

(良かった・・・ここはエ・ランテルか)

 

身体から力が抜ける。実際は身体中の傷が痛すぎて力が入らないのが正しいのだが・・・

 

 

 

 

「ブリタ?」

 

 

「あっ・・すみません。アインザック組合長」

 

 

ブリタは口頭で謝罪する。アインザック組合長は目上の人物であるのは確かだが、体中の傷のことがある。内心こんな状況なのだから許してほしいと願う。流石にこの状況で礼儀を求められてもどうしようもないというのがブリタの本心だ。

 

 

 

「そのままでいい。悪いが話はできるかね?」

 

「・・その前に水を一杯もらえますか?」

 

「あぁ・・すまない気が付かなかった。悪いが取って『その必要はありません』」

 

アインザックの言葉を遮る様に男の声がした。ブリタには聞き覚えのある声だった。

ブリタはアインザックから視線をずらす。よく見るとそこにいたのは酒場の一件で出会った二人組だ。

 

「あ・・あの時の」

 

そこには確か・・モモンとナーベ。その内モモンがドアの前からベッドの横に近づく。

 

 

 

 

 

ブリタは彼のおかげで助かったのだと分かっていた。あの彼がくれた『赤いポーション』が無ければ今頃自分は土の下で永遠に寝ていただろう。

 

だがブリタがそう思っているのに対して、モモンはあの『赤いポーション』を手渡してくれた時の様に赤い外套を何やら漁っていた。

 

「モモン君、今のはどういう・・」

 

「これを飲んでくれ」

 

そう言ってモモンが赤い外套から取り出したのは綺麗なガラスで作られたであろう水差しとグラスだ。中には綺麗な水が入っている。水差しには冷え切った水が入っているのか水滴がついていた。

 

「えっ!どこから・・」

 

アインザックの反応を無視してモモンは両手で丁寧に水差しを傾けてグラスに水を入れていく。ブリタが驚かなかったのは赤いポーションの一件があって耐性の様なものがあったからだろう。

 

「これを飲むといい」

 

そう言ってモモンはブリタに対してゆっくりと水の入ったグラスを差し出した。中の水が零れない様に丁寧に渡されたブリタは自身の手でそれを掴み、ゆっくりと飲み干した。

 

「・・・・・」

 

冷えた水が入ったことで視界が鮮明になっていく。体中の痛みが少し引いたさえ感じる。血で穢された口内が洗浄されて生まれ変わったような気持ちになった。

 

「・・大丈夫か?」

 

「えぇ。おかげ様で」

 

ブリタは身体に心地よい冷たさを感じながら、深呼吸を二度繰り返す。ようやく落ち着いて話が出来そうだ。

 

「それでは話を聞かせてもらおうか?」

 

アインザックの問いにブリタは黙って頷いた。

 

 

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

 

「そんな状況でよく生きていてくれた」

 

アインザックはブリタの話を聞いて素直にそう思った。

 

 

 

 

 

要約すると・・・

ブリタたちのパーティは『死を撒く剣団』を討伐する依頼を受けた。

その道中、『死を撒く剣団』の罠に入ってしまい仲間たちは抵抗空しく殺害された。

ブリタも殺害されそうになった。

だがそこに『謎の吸血鬼』が『突然』現れて『死を撒く剣団』を全滅させた。

ブリタは吸血鬼だから『銀製の武器』か『ポーション』ならばダメージを与えられるはずだと考え、

『赤いポーション』を投げて僅かに吸血鬼の肌に火傷に似たダメージを与えた。

吸血鬼がブリタに『魔法』で洗脳し、『赤いポーションを誰から貰ったか』『その者がどこにいるか』『その者の名前や恰好』を話してしまったこと。

そしてそれを聞いた吸血鬼がブリタの命を奪わず笑いながら去っていったこと。

それを見たブリタが周囲の惨状から気絶したこと。

 

 

 

 

「モモン・・ごめん」

 

そう言ってブリタは頭を下げる。どんな形であれモモンの情報を教えてしまったのだ。許されるはずがない。

 

「気にするな。君が・・死ななくて良かった」

 

そう言ったモモンに対してブリタはさらに申し訳ない気持ちになる。

 

(いつか彼に借りを返したい・・・一体どうすれば・・)

 

 

 

 

 

 

「『吸血鬼』が『魔法』か・・・・」

 

アインザックは考える。そんなことが出来る吸血鬼はどれ程の脅威かを瞬時に悟る。最低でもミスリル級以上の脅威だ。

 

(魔法は最低でも・・・<魅了(チャーム)>。もし『突然』現れたのが魔法によるものだとすれば<転移(テレポーテーション)>や<不可視化(インヴィジビリティ)>などの可能性もあるか。だとすれば・・)

 

そこでアインザックは考えるのを止めた。これ以上は一人で推測するのは難しいだろう。

 

(私だけでは分からない、ラシケルに聞かねばな)

 

友人でもあり魔術師組合長のラシケル。少し変わった男だが彼の持つ知識は確かだ。

 

(・・・・だがその前に都市長にこの件を報告せなばならないな)

 

アインザックは今後その『謎の吸血鬼』の対策について話し合う必要を感じていた。

 

 

 

 

 

「ブリタ。悪いが聞かせてくれ」

 

「何?」

 

「その吸血鬼の詳しい特徴を教えてくれないか?」

 

「あいつの特徴は銀髪で大口、舌は長く、無数の牙があった。身体に纏うのはボロ布の様なシャツとズボン。全体的に色白かった」

 

(!?もしや・・・)

 

モモンの脳裏にかつて戦った一体の吸血鬼を思い出す。スレイン法国で戦ったあの吸血鬼。名前は確か・・・ホニョペニョコ。

 

(奴がエ・ランテル周辺に?・・・何の為に・・)

 

そこでモモンはブリタが先程言っていたことを思い出した。

 

(狙いは俺か・・・ナーベか・・・だがどちらにしても・・・)

 

モモンは拳を作る。次こそは必ず勝たねばならないからだ。

 

 

 

 

「それと・・何故か分からないけど『死を撒く剣団』の何人かが『突然爆発した』と思う」

 

「『突然爆発した』?・・・・」

 

「思う」と言ったのはその吸血鬼についてブリタの理解を遥かに超えていたからだろう。だから確信を持てないという意味で「思う」なのだろう。

 

 

モモンがそんなことを考えているとナーベが口を開いた。

 

「ブリタ、その時の爆発とはどのような感じでしたか?その・・内臓が飛び出るような感じでしたか?それとも爆発だけが起きた様な感じでしたか?」このナーベの問いのいずれかなら吸血鬼がした行動の正体が分かるかもしれない。

 

「血とか内臓が飛び出ていたかな・・・」

 

「・・・・」

ナーベがモモンの方に顔を向けた。それを見てモモンは頷く。

 

 

 

(彼女の言うことから推測すると、師匠に教えてもらった知識にある第10位階魔法<内部爆散(インプロ―ジョン)>の可能性が高い。勿論他の可能性が無いことはないが・・)

 

 

だが第10位階魔法ならば・・・勝てるかは分からない。第10位階魔法を『死を撒く剣団』の一人に使う余裕があるのだとすれば、師匠が話してくれたあの魔法を使う可能性がある。

 

第10位階魔法を超える超級の・・・11位階魔法。

 

(もし使用されたら勝てないかもしれない)

 

 

 

 

「もしやモモン君、その吸血鬼はズーラーノーンと関係があるのでは?」

 

「その可能性は低いかと思います」

 

「何故だね?あまりにタイミングが良すぎるが・・」

 

「どういうこと?その吸血鬼に関して何か知っているの?」

 

「恐らく・・・・その吸血鬼と私は過去に戦ったことがあります」

 

「なっ」

 

困惑する二人をよそにモモンはナーベの方に顔を向ける。珍しく不安そうな顔をしていた。

 

「モモンさん・・」

 

「大丈夫だ」(必ず守る・・・)

 

 

 

 

師匠・・・ミータッチから武技『十戒(じっかい)』、あらゆる『魔法の知識』、託された装備やアイテムがある。それに頼れる相棒がいる。

 

 

 

モモンは拳に力を入れると口を開く。

 

 

 

「そいつの名前はホニョペニョコ。かつてスレイン法国に星が落ちた時にいた吸血鬼です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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決戦前日/エ・ランテル

エ・ランテル 冒険者組合 2階

 

 

 

 

生きる伝説でアダマンタイト級冒険者チームである『漆黒』の二人、

かつてエ・ランテルで最高位だった三チーム『虹』『天狼』『クラルグラ』のリーダーたち、

この街の統治を王により任せられているパナソレイ都市長、

その都市長の下にアインザック冒険者組合長、ラケシル魔術師組合長、

そしてホニョペニョコに襲撃されるも生き延びたブリタ、

計9名による話し合いが行われた。議題は『ホニョペニョコ』についてだ。

 

話し合いが長引く中、モモンは一つの結論を語りだす。

 

 

 

「私たちがホニョペニョコを討伐する」

 

 

 

多くの者が彼らの言葉を疑った。だが同時にそれが唯一の方法だとも分かっていた。

 

 

 

「自信はあるようだね。何か切り札でも?」

 

 

 

モモンの実力を把握しきれていないだろうラケシルが自身の胸中にある疑問を投げかける。

 

 

 

「自信はあります。これです」

 

 

 

そう言ってモモンは机の上にそれをゴトンと置いた。それは魔封じの水晶である。

 

 

 

「魔封じの水晶?・・・・」

 

 

 

ラケシルは頭の中に浮かんだ記憶を思い出す。古い文献の中で法国のみが持っていたとされるアイテムだ。この水晶には任意の位階魔法を込められてたはずだ。

 

 

 

「えぇ。中には第8位階魔法が込められています」(嘘だが・・・今はこう言っておいた方がいいだろう)

 

 

 

「えっ・・・マジか。神話の領域ではないか!!?」

 

 

 

これでモモンがホニョペニョコ討伐に行くことに疑問を持つ者はいなくなった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

会議が終わり、一階に降りた都市長パナソレイは必要なものを取りに帰らせるために自身の従者を呼んだ。今は冒険者組合の一階で待機してくれているはずだ。

 

(不味いな・・・・でも彼らなら『薬草採集の件』のモンスターを倒したんだ。大丈夫なはずだ)

 

「お呼びでしょうか?」

 

「あぁ。このリストに書いてあるものをここに持ってきてくれ」

 

そう言ってパナソレイは従者にリストを渡す。

 

 

 

 

 

 

 

 

「分かりました。あっ、旦那様」

 

 

「ん?どうした?」

 

 

「先程怪しげな女から手紙を受け取ったのですが・・」

 

そう言って従者はパナソレイに手紙を渡す。受け取ったパナソレイは中身を見る。

 

「何だ?これは白紙じゃないか・・これを」

 

パナソレイが手紙を渡したのは誰かと問おうとした、その時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブスリ

 

 

 

 

 

 

 

腹部を何かが貫いた。パナソレイは思わず声を出そうとするが従者だったはずの男に口を抑えられる。

 

 

 

 

「取引しましょうか。この場にいる冒険者や受付嬢の命と先日捕まったクレマンティーヌの身柄を交換しましょう」

 

 

 

それは女の声だった。どこか幼い声をしている。パナソレイは激痛で思考が鈍りながらも必死に頭を働かせた。従者の容姿をしている者の手を見る。先ほど貫いたのは従者の指のようだ。

 

 

(どういうことだ?彼は確かに私の従者だ。だが声と容姿が一致しない。まさか魔法か?)

 

 

 

服に赤い染みが出来る。ズボンを通して床に赤い染みが出来る。

 

 

 

「どう?悪い取引ではないはずでしょ?」

 

 

 

「・・がっ・・」

 

 

 

パナソレイは口を抑える手を両手を持って叩く。ビクともしない。

 

 

 

「このままじゃ話せないわね・・・どうぞ」

 

 

「プハッ・・・一体何が目的だ?」

 

 

「さっきも言ったと思うけど『クレマンティーヌ』が目的よ。彼女には『ある任務』を頼んでいたから」

 

 

「『ある任務』?」(手際の良さ、高度な魔法、もしやこの女、スレイン法国の者か・・・)

 

 

 

「話はここまで・・・・それでどうするの?解放するの?しないの?」

 

 

 

「・・・・・分かった。彼女を・・・・・クレマンティーヌを・・・・」

 

 

 

パナソレイはわざと溜めて言葉を話す。そうすることで時間を稼ぐためだ。

 

 

 

「話を長引かせても無駄よ。この辺りの者には私と貴方が仲良く話している幻覚が見えているから」

 

 

 

 

(見破られている・・・しかも周囲に助けを求めるのは不可能か)

 

 

 

最早これまでかとパナソレイがあきらめ、クレマンティーヌの解放を話そうとした時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

従者の姿をした女を斬りつける英雄の姿があった。

 

 

 

「・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっんん?????」

 

 

女が異常なほど舌巻く。その様子にはいら立ちがあった。モモンの突然の出現に女は信じられない速度で逃げていった。

 

 

 

 

 

「ありがとう。モモンくん。助かったよ。それでどうして分かったんだい?」

 

 

 

「組合に異質な気配を感じたので駆け付けました」

 

 

 

「おかげで助かったよ」(彼の持つ武技か・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

 

 

 

この一件により、エ・ランテルでは街の外への外出禁止令が出ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_______________________________

 

 

 

モモンとナーベはエ・ランテルを出た。ホニョペニョコを倒すためだ。

 

 

 

「モモンさん!」

 

「モモンさん!」

 

「モモンさん!」

 

 

エ・ランテルの街の人々に見送ってもらっていた。

 

 

 

 

 

アインザック冒険者組合長が魔術師組合長ラケシルと都市長パナソレイに今回の一連の出来事(後に『ホニョペニョコ事件』と呼ばれる)を話した。話を聞いた二人はエ・ランテルの街に『外出禁止令』を出した。そのため彼ら二人を見送るのは窓から顔を覗かせた者たちだ。中には外で遊びたいであろう子供たちの姿もある。

 

 

 

 

「私が必ず奴を・・・『ホニョペニョコ』を倒す!」

 

 

そう言って大剣を高く振り上げた。

 

家の中から歓声が上がる。

 

 

 

「そして普段の『エ・ランテル』を取り戻す!!」

 

家の中から拍手と歓声が溢れる。

 

 

 

 

 

 

 

「モモンさん!」

 

「モモン様!」

 

「『死を切り裂く双剣』!!」

 

「我らが『漆黒の英雄』!!」

 

「モモン!!」

 

 

 

 

 

 

 

「必ず勝たねばならない。必ずな・・・」

 

モモンは背中に大剣を収める。

 

 

 

 

その姿を見た街の人々は願った。

 

 

 

 

 

『漆黒の英雄』が『エ・ランテル』の安寧を取り戻すことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




駄文ですみません。
活動報告の方を見て頂けると幸いです。


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決戦前日②/カルネ村

陽が沈むにはまだ早い時間に『漆黒』の二人はカルネ村にたどり着いた。

 

ハムスケに乗って「大急ぎ」で走らせたためだ。

 

ホニョペニョコの位置を把握するためにスクロールを使って調べたからだ。

 

今、奴はトブの大森林の中央部にいる。

 

 

 

 

 

「殿ぉ・・・それがし・・疲れたでござる」

 

そう言ってハムスケは仰向けに倒れこむ。

 

 

 

 

「ハムスケ。お前は少し休んでてくれ」

 

 

 

「分かったでござる。それがし寝るでござる」

 

 

 

そう言うと数秒後イビキを掻いていた。恐らく寝たのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

「さてナーベ、アインズ殿を探すぞ」

 

ナーベの<伝言(メッセージ)>を通してアインズ・ウール・ゴウンには『ホニョペニョコ』について話していた。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 

・・・・・

 

 

 

・・・・・

 

 

 

 

 

 

「話は聞いたが詳細を教えてもらえるか?」

 

「えぇ」

 

モモンはホニョペニョコについて話す。

 

 

 

 

 

・・・

 

・・・

 

 

 

 

 

 

 

「成程な。確かにそれならここに来た訳だ」

 

「えぇ。ですので一言挨拶をと」

 

「・・・一つ聞きたい」

 

「どうしましたか?」

 

「勝算はあるのか?」

 

その言葉にモモンは口を閉ざす。先日の話し合いの際は安心させるためにあえて『切り札はある』と言って魔封じの水晶を見せた。

切り札にはなるかもしれない程度だ。少なくともホニョペニョコほどの相手には決定打にはならないだろう。最低でももう一つの切り札が欲しい所である。

 

 

 

 

 

 

「正直に言うと・・・非常にギリギリの戦いになるでしょう」

 

「ギリギリか・・・・」

 

そこでアインズが何やら考え込んでいると空中に向かって手を伸ばす。

 

まるで手を空間に入れるようにする

 

(あれは・・・無限の背負い袋(インフォ二ティ・ハヴァザック)?)

 

 

 

 

 

 

やがて手を空間から取り出すとそこには一つの弓が握られていた。

 

「これはある特殊な技術で作られた弓、『グレート・ボウ・スペシャル』だ。見た目はアレだが、効果は保証するぞ」

 

そう言ってアインズからの弓を受け取る。所々すり減っており古びた印象を持つが、手に取ったその瞬間に身体が軽くなるのを感じた。

 

 

「・・・・」

 

モモンがよく見るとその弓の持ち手の部分には何やら見覚えの無い記号(後に判明するがルーン)があった。

 

(この弓・・・もしかしてこの鎧と同格かそれ以上か?)

 

 

 

 

 

 

 

「私は戦士です。だから弓は・・」

 

「でも『十戒』を使えるのだろう?ならば弓だって使えるはずだ。違うか?」

 

「!っ・・どうしてそれを?」

 

「詳しいことはまだ言うつもりは無いが、いずれ話そう」

 

そんなことを考えているとアインズが再び口を開いた。

 

「あぁ・・・すまない弓には矢がいるな。10本あればいいか・・・・これでどうだ?」

 

そう言って手渡されたのは矢全体がアダマンタイトでコーティングされているものであった。

 

「アインズ殿・・・しかし」

 

流石に好意に甘えすぎている。そう思ってモモンが返そうとした時である。

 

アインズが口を開き、こう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かが困っていたら助けるのが当たり前

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!っ・・」

 

モモンとナーベは衝撃を受ける。その言葉は・・・

 

 

 

 

 

「・・・とまで言うつもりはないが、君たちに頼みたいことがある」

 

 

 

「頼みたいこと?」

 

 

 

「私は君たちが困っていたから助けた。だから今度君たちは私が困っていたら助けてくれないか?」

 

 

 

 

「喜んで」

 

 

そう言ってモモンはアインズと握手した。

 

 

「握手しておいて言うことではないが、君はもう少し相手を疑うべきだ。私が相手で良かったな」

 

「・・貴方だから握手したんです。信用できると分かっているから」

 

「・・・まぁいい。そうだな、この弓の効果は・・」

 

 

 

 

 

・・・

 

 

・・・

 

 

グレート・ボウ・スペシャルの効果について聞いた二人はその場を後にし、

 

 

モモンとナーベ、ハムスケの二人と一匹はトブの大森林に入っていった。

 

 

 

ホニョペニョコとの対決はもうすぐだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




駄文ですみません。
活動報告の方を見て頂けると幸いです。


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決戦 VSホニョペニョコ

勢いで何とか書いてみました。
ですので誤字脱字あるかもです。


トブの大森林を進む大きな影が一つあった。

 

「殿・・血の匂いがするでござる」

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンとナーベはその言葉を聞いてハムスケからゆっくりと降りた。

 

 

 

 

「奴だな」

 

モモンは背中の大剣を抜いた。いつでも戦闘を始められるように二本の大剣の柄を強く握る。

 

 

 

 

「ハムスケ、正確な位置は分かるか?」

 

 

 

「勿論でござる。血の匂いはあちらにあるでござる」

 

 

そう言って指さされた方向をモモンは凝視する。

 

 

 

 

 

(正確な位置を把握しておく必要がある。戦闘前だが使う必要があるだろう)

 

 

 

 

そう思い、モモンは意識を研ぎ澄ませた。

 

 

 

 

それは『十戒』の1つ。

 

 

 

 

 

 

<心刀滅却(しんとうめっきゃく)>

 

 

 

 

 

 

思考や感情を無にして自然と一体化する、風の流れや土の揺れによりホニョペニョコを発見した。

 

 

 

 

 

(・・・これか!)

 

 

 

 

モモンは自分の武技に引っかかった相手を知覚する。

 

 

 

 

「距離は約300メートル・・・気配が一つ・・ホニョペニョコだ」

 

 

 

その言葉を聞いてナーベとハムスケが頷く。

 

 

 

「ナーベ、ハムスケ、最悪の場合は・・・」

 

 

「この魔封じの水晶を使う・・そうですね?」

ナーベが手に持っているのは魔封じの水晶。その中には第9位階魔法の<朱の新星(ヴァーミリオン・ノヴァ)>。火に弱い吸血鬼に対して効果的なダメージを与えることが出来る。

 

 

「あぁ。私ごとやってくれ」

 

 

 

「・・・・殿・・それは!」

 

「・・・・分かりました」

 

 

 

「ナーベ殿!」

 

 

 

 

「黙りなさい。ハムスケ」

 

 

 

「お前たちには迷惑をかけるな・・・」

 

 

「殿・・・」

 

 

 

 

 

かつての戦いを思い出す。

 

あの時は混乱の中逃げ出すので精一杯であった。

 

正直勝てるかどうかは分からない。

 

だがここで逃げ出す訳にはいかない。

 

 

 

 

 

『ホニョペニョコ』の恐怖で外出禁止令により

 

エ・ランテルの市民たちは恐怖に怯えている。

 

中には遊び盛りの子供たちの顔もあった。

 

 

(彼らの笑顔の為に・・・彼らの街の平和・・)

 

 

 

モモンは大剣を強く握った。

 

 

 

 

 

「行こうか。奴を倒すぞ」

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

 

 

 

モモンはホニョペニョコに向かい走り出すと武技を発動していく。

 

(多少の無茶を承知でもやるしかない!)

 

 

 

<課全拳(かぜんけん)・3倍>

 

身体中に力が溢れる。途端に走る速度も3倍になる。

 

 

 

 

<双極(そうきょく)>

 

両手に持った大剣を力強く握り直す。それを交差させる様に背負う。

 

 

 

 

 

(いた!ホニョペニョコ!)

 

 

ホニョペニョコはこちらにはまだ気づいていない様子だ。顔をこちらに向けていなかった。

 

 

 

 

 

<明鏡止水(めいきょうしすい)>

 

周囲の時間と自分自身を切り離す。ホニョペニョコは微塵も動いていなかった。

これだけ武技を使用してしまうと流石に負担がキツい。だから最初の一撃で決める。

 

 

 

モモンはホニョペニョコに向かって跳躍し、二本の大剣を振り下ろす。

 

 

 

 

 

<星火燎原(せいかりょうげん)>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、爆風が周囲一帯を飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナーべとハムスケは爆風から目を守る為に片腕を構えた。やがて爆発が鎮まる。

 

「やったでござるか?」

 

「まだ分からないわ」

 

 

ナーベとハムスケの目線の先に広がるのは緑溢れる生命力種れる森林とは真逆のものであった。

 

 

 

 

森林の象徴たる木は炎の嵐に食い荒らされて全て灰と化し、

 

 

土は爆発の衝撃により半分に切断した果実を連想させるほど抉れていた。ナーベとハムスケは丁度緑が途切れる場所に立っており

 

周囲の森林は変わらず緑を保っている。だがそれに反して大地が死んでいた。黒く変色した地面のあらゆる部分はガラス化していた。

 

 

 

爆心地であるモモンとホニョペニョコの場所は未だ煙が立ち上がっていた。

 

 

 

(姿が見えない・・・警戒するべきね)

 

 

ナーベは左手に持った魔封じの水晶を握る手を強めた。

 

 

(いつでも使用できるように構えておかないと・・・・)

 

 

 

 

 

やがて煙が晴れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこにいたのは・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンだけであった。

 

 

 

 

 

______________________________

 

 

 

「勝ったのか?」

 

 

モモンは武技を込めた一撃をホニョペニョコに向かって振り下ろした。そして確実に攻撃は当たっていた。

 

 

だがモモンは素直に勝利したとは思えなかった。

 

 

(ホニョペニョコは時間を巻き戻す力を持っている・・・こんな簡単に終わるとは思えない)

 

 

 

モモンはそう思い、武技を発動させる。モモン自身が自然と一体化し周囲を探る。

 

 

(・・・いた!?この感じ、やはり傷を回復させたのか!・・・不味い!この方向は!?)

 

 

 

「ナーベ!ハムスケ!奴がそっちに行った!!」

 

 

 

 

モモンは先程と同じく武技を複数使用した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!」

 

 

 

 

大声を叫びながらホニョペニョコがナーベとハムスケに向かって跳躍した。その姿は傷を負っていた。だがナーベはホニョペニョコの傷が塞がっていくのが見えた。

 

 

 

ホニョペニョコは大きな口を開きナーベを飲み込もうと・・・

 

 

「ナーベ殿!危ないでござる!」ハムスケがナーベを突き飛ばすために体当たりしようと・・・

 

 

「私は大丈夫」だが衝動的に体当たりしようとしたハムスケとは対照的にナーベは冷静に行動を起こした。ハムスケをモモンのいる黒い大地に突き飛ばしたのだ。

 

 

「ナーベ殿!?」

 

 

「<転移(テレポーテーション)>」

 

 

ナーベの姿が消える。ハムスケは消えたナーベの姿を探すもすぐに自身の視界の端に映ったのだ。空中に放り出されたような位置に出現したナーベはホニョペニョコの背中に向かって右手を向ける。そこから放たれた電撃がホニョペニョコに直撃する。

 

 

「ナーベ殿!」

 

「私の心配は後にして!今は集中しなさい!」ナーベは地面にフワッと舞い降りる。<飛行(フライ)>の無詠唱だ。

 

 

 

 

 

ナーベとハムスケは黒くなった地面から爆発音が響き渡る。その方向は先程ナーベたちがいた場所だ。

 

 

「ホニョペニョコぉぉぉぉぉ!!!」

 

「じゃまぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

 

二人は黒ずんだ大地の上で激しく攻撃しあっているのだろう。地面が抉れた箇所は高速で増えていく。それに伴い剣と爪が当たったであろう金属音が響く。そこから察するに二人の戦闘が如何に激しいかを物語っていた。それによってナーベとハムスケは目にも映らぬ二人の姿がそこにあることは何とか把握できた。

 

 

 

 

 

 

 

「ハムスケ」

 

「何でござる」

 

「次にホニョペニョコが私たちの前に来たら、コレを使うわ」そう言ってナーベは魔封じの水晶を見せる。

 

「分かったでござる・・・痛いのは我慢するでござる」

 

ハムスケがそう言ったのは魔封じの水晶を使った場合、『誰かが』巻き添えになる可能性があるからだ。ホニョペニョコと互角かそれ以上に戦える戦士のモモンや<転移(テレポーテーション)>などの魔法を行使できるナーベに対してハムスケは攻撃に対する回避手段が無い。そのため巻き添えを食らう可能性が最も高いのはハムスケになる。

 

「悪いわね。ハムスケ・・・もしもの時は」

 

「構わないでござる。この命、殿に一度は助けられたあの時から殿の為に使う覚悟は出来てるでござる」

 

「・・・ハムスケ、あなたは強いのね」

 

「ナーベ殿?」

 

 

 

 

ハムスケがどういう意味か尋ねようとした時であった。

 

 

空から一つの影が落ちて来る。

 

地面に落下した影を認識した瞬間、二人は再び構える。

 

 

 

 

「ホニョペニョコ!」

 

 

 

ホニョペニョコは片目が潰れ、鋭利だった牙や爪はボロボロになっていた。大きく開いていた口は先程とは異なり辛うじて開けているようで、そこからは大量の血を流していた。

 

 

 

 

「なぁぁぜぇぇぇぇかてぇぇなぁぁぁぁぃぃぃぃぃ!!!!?」

 

 

ホニョペニョコが大きく叫ぶ。

 

 

 

その頭上からモモンが大剣を振り上げていた。

 

 

「お前の負けだ!ホニョペニョコ!」

 

その鎧は既にボロボロであり、二人の戦いが如何に熾烈であったかを物語っていた。

 

 

 

 

モモンは大剣を振り下ろし、最後の一撃のつもりで武技を複数込めて放つ。

 

 

 

 

「うぉぉぉぉっっ!!!」

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁぁぁんんちゃっっってぇぇぇ!!!!!!!」

 

 

 

 

そう言うとホニョペニョコはニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

___________________________________________________

 

 

 

 

 

 

ホニョペニョコの傷が塞がっていった。

 

 

その衝撃的な状況を見てモモンは思考を停止させられていた。

 

 

 

(時間を巻き戻した!?・・・回復手段を二回使用できたのか!?)

 

 

 

 

モモンはそのことを想定していなかった。

最初から武技に頼り過ぎていた。そのため身体は既にボロボロである。

筋肉や神経といったものが悲鳴を上げていた。

 

 

 

-----------武技に頼り過ぎるな--------------

 

 

 

 

 

(師匠。すみません・・・・俺は・・・)

 

 

 

 

 

ホニョペニョコは頭上にいるモモンに向かって手をかざす。

 

 

 

 

モモンはホニョペニョコが何故そうしたのか理由は思い出せなかった。だがすぐに自身の身体で思い出すことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンは内臓が爆発したかと思うようなダメージを受けて口と鼻から鮮血を噴き出した。黒くなった地面に吐き出したそれが吸い込まれるようにして染み込んでいく。

 

 

 

 

 

(第10位階魔法の<内部爆散(インプロ―ジョン)>!!)

 

 

 

 

 

空中で重傷を負ったモモンはホニョペニョコにそのまま首元を掴まれる。

 

 

 

 

「がっ・・・」

 

 

 

 

 

「しぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

ホニョペニョコがモモンの頭部に向けて拳を振り上げた。

 

 

 

「ナーベ!!」

 

 

 

モモンの叫びにナーベは右手に持った水晶を使用する。

 

 

 

 

「<朱の明星(ヴァーミリオン・ノヴァ)>」

 

 

 

巨大な炎の塊がホニョペニョコを纏うように包み込み身体を焼く。

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

ホニョペニョコがモモンを離しのたうち回る。ガラス化した地面に全身を擦り付けて消火しようとする。その様子は悪夢の様なものだ。

 

 

 

 

 

「モモンさん!今です」

 

 

 

 

 

「あぁ」ホニョペニョコの手元から離れたモモン。だが地面から起き上がろうとするも再び倒れてしまう。

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

 

ようや<朱の明星(ヴァーミリオン・ノヴァ)>の効果が終わるとホニョペニョコがこちらに視線を向ける。

 

 

 

 

「きぃさぁまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!よぉくぅもおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 

再生により元の鋭利さに戻った爪がナーベの肉体を引き裂こうと振るわれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがその攻撃はハムスケの尻尾により防がれた。

 

 

 

 

 

 

「武技<斬撃(ざんげき)>でごさる!」

 

 

 

 

 

 

「じゃまぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

 

 

そう言ってハムスケの尻尾に向かって手を振り上げる。ハムスケの尻尾が半分ほどに切断される。

 

 

 

「痛いでござる!!」

 

 

 

ハムスケに追撃をしようとすると思われたが、予想に反してホニョペニョコの動きは止まっていた。

 

 

 

「ちぃぃぃぃぃぃ!!!」

 

 

(ちぃ・・血か!?)

 

 

 

 

ホニョペニョコがハムスケに向かって大きく口を開いた。鋭利な牙が生え揃った口から長い舌が伸びる。その舌はハムスケの身体を縛りあげていく。

 

 

「離すでござる!!」

 

ハムスケの抵抗空しく、ホニョペニョコがハムスケを捕食しようと舌を口内に収めようとした時であった。何と横から放たれた魔法を受けたのだ。苛立ちながら視線を向けた。その先にはナーベがいる。

 

 

 

「<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>・・・・」(これで私の魔力は切れたわね・・・・・・・)

 

 

 

 

「うぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

ホニョペニョコがナーベに向かって手を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見ていた・・・何とか立ち上がったモモンは動かなくなった身体を『武技』を使って強引に動かした。

 

 

(間に合え!間に合え!!間にあえ!!!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

--------ナーベは好きか?-----

 

 

 

 

--------はい-----------------

 

 

 

 

 

--------ナーベを頼む---------

 

 

 

 

 

(俺はもう二度と大事なものを失いたくない!誰かを『守りたい』・・・・だから俺はどうなってもいい!だから!)

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

だがモモンがいくら早く動こうとホニョペニョコのナーベに対する攻撃の方が早い。

 

 

 

 

 

(俺は・・・どうなってもいい!!だから『ナーベを守りたい』)

 

 

 

 

 

------------『全ての血』を守るか?-----------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはモモンの『誰かを守りたい』という強い想いが具現化した様であった。

 

 

 

 

 

 

 

ホニョペニョコの攻撃はナーベの前に現れた・・・・『次元』の盾により防がれた。

 

 

 

 

 

 

「!!?これは!!?」

 

 

 

 

 

驚きで動きを止めたホニョペニョコの腕を切断した。ナーベを掴んだ手が重力に従い地面に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

ホニョペニョコの腕から鮮血が噴き出す!!

 

 

 

 

「それはぁぁぁぁぁぁ『じぃぃぃげぇぇぇんんんだぁぁんんんそそそそうううううう』っっっ!!!?」

 

 

 

 

ホニョペニョコが姿を消した。

 

 

 

 

「透明化だと!?」

 

 

モモンはナーベの盾になるように立つ。

 

 

 

 

 

 

 

モモンはマントから弓と矢を取り出した。

 

 

 

(『グレート・ボウ・スペシャル』使わせていただきます)

 

モモンは弓を持ち、右手に矢を二本持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<心頭滅却(しんとうめっきゃく)>

 

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

 

・・・・

 

 

 

違う・・これじゃない

 

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

感じろ・・・・流れを・・・

 

 

・・・・

 

 

そこだ!!

 

 

 

 

 

 

ホニョペニョコのいる位置が把握できた。そしてどの位置に移動するかも予見できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

<鏡花水月(きょうかすいげつ)・チーノ>

 

 

 

 

 

 

 

モモンは矢を放つ。

 

 

 

 

 

そしてその二本の矢はホニョペニョコの胸を貫いた。

 

 

 

 

 

 

「がぁぁぁぁぁっっ!!!?」

 

 

 

矢を中心に光の縄がホニョペニョコの全身を縛り拘束する。

動きそのものを封印しているようだ。

 

 

 

 

 

モモンは弓矢を収納すると、二本の大剣を再び持って構えた。

『コレ』は使用できるかは分からない。否、必ず使用してみせる。そうすることでしかホニョペニョコは倒せない。

 

 

再び複数の武技を同時発動させる。限界は既に超えていた。だがそれでも使うしかない!!

 

 

 

 

「力を貸してくれ・・・師匠!」

 

 

 

 

「<鏡花水月(きょうかすいげつ)・ミータッチ>!!」

 

 

 

 

 

 

 

モモンは動けなくなったホニョペニョコに向かって大剣を振り上げた。

 

 

「うぉぉおぉぉぉっっ!!!」

 

 

 

 

「くっぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 

ホニョペニョコの光の縄が消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンが大剣を振り下ろそうとした時だった。

 

ホニョペニョコが光の縄を解き、モモンに向かって手をかざした。

 

だが『何か』に警戒してしまった様な姿を見せた。

 

そしてそれがホニョペニョコの最後の行動だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「<鏡花水月(きょうかすいげつ)>・ミータッチ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次元断切(じげんだんせつ)』!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンの放ったその一撃が、空気を・・空間を・・・『次元』ごとホニョペニョコを真っ二つに切断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!!!!これは『じぃぃぃげぇぇんんんだぁぁんんせぇぇぇつぅぅぅ』!!!!!」

 

ホニョペニョコの身体がひび割れて崩壊していく。

 

 

 

 

 

「そぉんんなぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!まぁぁぁぁだぁぁぁぁぁいぃぃぃきぃぃぃてぇぇいぃぃたぁぁなぁぁぁんんてぇぇぇぇぇ」

 

ホニョペニョコが空に向かって手を伸ばす。

 

 

 

 

「『らぁぁぁすぅぅぅとぉぉぉさぁまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!』」

 

 

そしてホニョペニョコは完全に崩壊し、消滅した。

 

 

 

 

 

 

(ラスト様?・・・誰のことだ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辺りに静かな時間が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

「モモンさん、これを」

 

「ありがとう」

 

モモンはナーベによって手渡されたポーションを一気飲みした。身体が少しばかり楽になる。

 

 

 

 

 

「痛いでござるぅぅ」

 

「ハムスケ!」

 

ナーベはハムスケの切断された尻尾にポーションを振りかけた。あっという間に尻尾が元通りになる。

 

 

 

 

 

 

「終わったな・・・・」

 

「えぇ」

 

「終わったでござるなぁ」

 

 

 

 

 

 

モモンは視界がボンヤリとしたのを感じる。そして景色がグルグルと回ると意識が消失した。

 

 

 

 

 

こうしてホニョペニョコとの決戦は幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

・・・・・・

 

 

とある崖に二人のダークエルフがいた。

 

 

「何かやった?お姉ちゃん?」

 

「ちょっと手助けしてやっただけだよ」

 

「それでどうなったの?」

 

「モモンの勝利・・・行こう。アインズ様に報告しないと」

 

そう言うと二人はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










『十戒』について

心頭滅却
自身と自然を一体化することで周囲の状況などを把握できる。
五感を研ぎ澄ませることが出来る。
『闘気』とは異なるので敵対者に気付かれる心配はまずない。


鏡花水月
自分とは異なる誰かの『真似』をする武技。
ただし本人とは異なり実力は幾らか落ちる。ただし負担はかなりのもの。
さらに真似で『武技』を使用した場合、負担は相当なもの。
モモンは自分では弓を使用できないためこの武技を使うことでしか使用できない。


次元断層
どんな攻撃を防ぐ次元の盾。
モモンの『誰かを守りたい』という気持ちに反応して発動できた。

次元断切
どんな防御も切断する次元の矛。
モモンはこれを『鏡花水月』でミータッチの『次元断切』を真似て『強引』に使用した。そのため戦闘後すぐに倒れてしまった。




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決戦後

真っ暗の世界で自分の存在だけがはっきりと認識できた。

 

 

 

----モモン-------------

 

----ウルベル?---------

 

 

 

 

 

----モモン-------------

 

----チーノ?-----------

 

 

 

 

----モモン------------

 

----チャガ?----------

 

 

 

 

----モモン------------

 

----アケミラ?--------

 

 

 

 

ギガントバジリスクがどこからか現れる。

 

それに向かって四人が構える。

 

 

-----駄目だ!みんな行っちゃ駄目だ!殺されるぞ!---------

 

-----みんな!俺を置いて行かないでくれ!!!!!---------

 

 

 

一人、また一人と殺されていく。モモンも剣を振るうが硬い鱗により折れてしまった。身体をくねらせた衝撃でモモンが吹き飛ぶ。モモンは立ち上がりギガントバジリスクを凝視する。最後の一人であるモモンをギガントバジリスクは凝視する。横たわる四人の無残な死体を見て拳を握る。

 

 

 

-----俺を一人にしないでくれ!!!!!!-----------------

 

-----もう一人は嫌なんだ!!-----------------------------

 

-----俺のせいだ!---------------------------------------

 

-----俺が判断を間違えたから!!-------------------------

 

-----俺がみんなを殺したんだ!!!-----------------------

 

-----早く俺を殺してくれ!!!---------------------------

 

-----早くみんなに会わせてくれ!!-----------------------

 

 

だがギガントバジリスクは興味をなくしたのかモモンに背を向けて去っていく。

 

 

 

-----何で・・・誰も俺を殺してくれないんだ-----------

 

-----誰か俺を・・・みんなを殺した俺を殺してくれ-----

 

 

母さん?

 

 

-----あなたは生きて旅に出なさい--------

 

-----分かったよ。だからポーションを!--

 

-----ありがとう。モモン----------------

 

 

全身にひどい傷を負いながらも自分にポーションを飲ませてくれた母さん。

 

-----どうして俺から家族を・・『みんな』を奪うんだ!!?-------

 

地面に膝をつける。何となく右の手の平を眺める。そこには何も無かった。

 

誰かの手を掴むことも、剣を振るい続けることも出来なかった。

 

空っぽな手。

 

そんな手を横たわる彼らに向かって伸ばす。

 

伸ばした手がガラスの様に砕け散った。

 

 

-----ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!-----

 

-----こんな『世界』なんて壊--------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-----大丈夫。君のせいじゃない------------

 

壊れていく手を掴んでくれた人がいた。壊れた手を治してくれた人がいた。

 

 

 

 

 

 

----君のせいじゃない-------------

 

----でも俺はみんなを死なせてしまった。俺がみんなを殺したんだ!!-------

 

----君のせいじゃない。-------------

 

----でも!!俺のせいで!!--------

 

----君が何度も自分を責めようと私は何度も言うよ。君のせいじゃない---------

 

----何でこんな俺を・・・------------

 

----クワイエッセやスレイン法国でもない。君が最も憎んでいるのは________だろう----

 

----うっ・・・------

 

 

----君が剣を二本持つのは『誰かを守りたい』からだろう?盾を持たないのは・・手を空けないのは最後の一瞬まで自分を犠牲にしてでも誰かを守りたいんだろう------

 

----うっ・・・うっ----

 

----ほら。これで涙を拭くといい。気が済むまで泣くといい-------

 

----・・・どうして貴方は俺にそこまで優しくしてくれるんだ?--------

 

----それはね・・・・・『____________________』だから----------

 

 

 

その言葉で俺は・・・・

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

 

「・・・・・っ!ここは!?」

 

 

「カルネ村です。身体の方は大丈夫ですか?」椅子に座って問いかけるのはナーベであった。

 

 

 

モモンは自分の状況を理解するために周囲を見渡した。モモンはベッドの上で包帯を巻かれていた自分の身体を見る。

 

(あれは夢か・・・それにしても昔のことを随分と鮮明に見たことだ)

 

 

「あぁ。大丈夫だ。傷が治っているみたいだが・・」

 

「えぇ。アインズ殿がポーションを分けて下さりました」

 

(あの方にはいつか恩返ししたいな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺はどれくらい寝ていたんだ?」

 

「半日・・・といった所ですね」

 

「ホニョペニョコは倒したんだよな?」

 

最後の方は意識が朦朧としてしまったせいで奴の最期が幻覚だったんじゃないかと疑問に思ったのだ。

 

 

 

 

 

「えぇ。おかげで私やハムスケも無事ですよ」

 

「ハムスケは?」モモンはすぐに尋ねたが内心でホッとした。

 

 

 

 

 

 

「外です。窓からモモンさんを心配して覗いていますよ」そう言って指さされた場所を見ると涙目になっているハムスケがいた。それを見たナーベは窓を開けた。

 

 

 

「すまなかったな。ハムスケ」

 

「いや何のこれしき!殿やナーベ殿に比べたらこの程度などでも足りないでござる」

 

「いや本当に助かった」そう言ってモモンはハムスケの頭を撫でた。

 

「殿ぉぉぉぉっ!」ハムスケは大きな瞳から涙を零す。

 

 

・・・・

 

・・・・

 

・・・・

 

 

数十秒間ハムスケの頭を撫で続けた結果、泣き疲れたのか今度はハムスケが眠ってしまった。

 

「殿・・・むにゃむにゃ・・」

 

「寝かせてやろう」

 

「そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・」

 

「・・・・?」

 

「ナーベ」

 

「どうしましたか?」

 

「すまなかった」

 

「・・・モモンさんが謝ることなどありません」

 

「だが俺の戦い方のせいでナーベたちは・・」

 

「モモンさんは最善を尽くしてくれました。足手まといになったのは私たちです」

 

「ナーベ!!?」

 

「モモンさんがいなければ私たちは間違いなく死んでいました。でもモモンさんは私たちを助けてくれました」

 

「しかし・・・」

 

「私たちが襲われるかもしれないと思い、武技を使い過ぎたのでしょう?」

 

「確かにあの時は慌てていた。だが・・・」

 

 

 

 

 

 

 

「失礼しまぁすぅ。ナーベさんっ」その時ドアをノックする存在がいた。この声はエントマである。

 

「エントマさん?」

 

「はいぃ。モモンさんは目覚められましたかぁ?」

 

「はい。もう起きていますよ。どうかしたんですか?」

 

「アインズ様がぁ、モモンさんたちにぃお会いしたいとのことですぅ」

 

「分かりました、すぐに行きます」

 

モモンは返事をすると全身鎧を着込んでいく。

 

_______________________

 

 

村が一望できる場所にアインズ・ウール・ゴウンはいた。エントマに連れられてモモンとナーベは案内される。アインズはそれに気づきこちらに視線を向けた。

 

「それでは私はこれで失礼します」

 

「案内ご苦労、エントマ。下がっていてくれ」

 

「はっ」そう短いがハッキリと返事をしてエントマはカルネ村の巡回に戻った。

 

 

 

 

 

 

「すまないな。疲れている所悪いが幾つか大事な話がある。聞いてくれるか」

 

「えぇ。勿論です」

 

モモンの返事にナーベも頷く、それを見たアインズは語りだした。

 

 

 

 

「まず初めにあの吸血鬼は何者かに召喚された類のモンスターだ」

 

「何故それをアインズ殿が知っているのですか?」アインズを疑った訳ではないがモモンは疑問に思う。『十戒』を知ってたり『誰かが困っていたら助けるのが当たり前』の発言など疑問に感じる点が多い。

 

 

 

 

「私の部下に様子を見させていたんだが、その時気になる発言があったらしくてな」

 

「もしかして『ラスト様』という発言ですか?」

 

「あぁ。そうだ。それと消えていく様子が召喚主に従うモンスターが消えていく様と同じなのでな」

 

「それで召喚されたモンスターだと?」

 

「間違いない」

 

「もしかして私とホニョペニョコとの戦闘の最後にホニョペニョコに何かしたのはアインズ殿かアインズ殿の部下の方ですか?」

 

 

 

 

明らかにホニョペニョコは何かに注意を逸らしていた。もしあの時に攻撃されていたらモモンは今こうして立ってはいないかもしれない。

 

 

 

「あぁ。そうだ。私の部下にアウラという者がいる。君も会っただろう?」

 

モモンは『薬草採集』の依頼を思い出す。あの時森に入ることを注意してくれた少女だろう。

 

 

 

「えぇ。会いましたよ」

 

(確かに彼女ならホニョペニョコの注意を逸らせるだけのことは出来るだろう)

 

 

 

 

「ここまでで何か質問は?」

 

「いえ特には・・」

 

 

 

 

「それではモモンとナーベ、君たちがずっと疑問に思っているであろうことに応えよう。私と・・・ミータッチの関係だ」

 

 

「!!!っ・・」

 

「私と彼は『友人』だ」

 

「!!っ・・」

 

モモンが何かを言おうとする前にナーベが口を開いた。

 

 

 

 

「父上は!!生きているのですか!!?」

 

それはずっとモモンも気になっていたことだ。ミータッチが誰かに負ける所は想像できない。

 

 

 

「彼は・・・ミータッチは・・・恐らく・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ・・・」

 

 

「彼とは定期的に連絡を取り合っていたのだがそれが未だに無い」

 

 

「しかしそれでは生死は分からないんじゃ・・」

 

 

「彼は私にこれらを預かって欲しいと頼んだのだ」そう言ってアインズは空間から何かを取り出した。

 

 

「それらは!!?」モモンの目の前にはあの日ミータッチが装備していた剣や鎧などがあった。そしてそれが意味する所は・・・

 

 

「あぁ。彼の持つ『純銀』の装備だ」

 

 

「そんな・・・・」

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

 

「そして彼が私に託したものはもう一つある。コレだ」そう言ってアインズが取り出したのは透明な石板の様なもの。モモンとナーベには瞬時にそれが何か理解できた。

 

 

 

 

「エメラルドタブレット!!」

 

 

 

「モモン、ミータッチから話は聞いている。コレに触れてくれ」

 

「・・・・分かりました」

 

 

 

 

 

 

 

何やら話が飲みこめないがモモンはエメラルドタブレットを手に持つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、最初の時と同じく幻覚が現れる。ただし今回ははっきりと見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

異様な光景だった。

 

どこか薄暗い空間、まるで地下室だ。

 

そこで首から六大神の信仰者を意味する首飾りをかけた男たち。

 

横たわる女たち。その目には生気が無かった。

 

そこに『死神』の如く立つアンデッド。その手には鎌が握られていた。

 

モモンはそのアンデッドに見覚えがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

----これが私たちが・・友人たちが愛した人間の正体か!!-------------

 

そう言ってアンデッドが怒りを込めて口を開いた。

 

 

 

--------どうかお怒りをお鎮め下され。これも国の為です!スルシャーナ様!!--------

 

そう言って何故か全裸の男はひれ伏し命乞いをしているようだった。

 

 

 

----ふざけるなぁぁぁっ!!このクズがぁぁぁっ!!------------

 

激怒して声を荒げるスルシャーナの目線の先には生気の無い目をした女が複数人いた。何故か全裸である。

 

 

 

--------人間なんて!!!こんな国なんて!!滅びてしまえ!!!---------

 

そう言ってスルシャーナは鎌を大きく振り上げて・・・

 

 

 

 

 

 

そこでモモンの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 



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E.T<2.--六大神--大罪を犯せし者たち-->

※※※※注意書き※※※※
この話には一部の原作の捏造などがあります。
また具体的ではないですが一部性描写があります。
また性描写の場面で一部「過激な発言」があります。苦手な方は飛ばして読むことをお勧めします。
それをご理解した上で見て下さい。
※※※※※※※※※※※※


破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を封印してから亜人の軍勢は瓦解した。同士討ちを始めたのだ。

 

戦いを止めるべきだと唱える者たち、戦いを続ける者たち。即ち「和平派」と「交戦派」である。

 

 

 

 

 

 

 

六大神は「和平派」と和解した。「和平派」のリーダーの蜥蜴人(リザードマン)(こうべ)を垂れる。そこで「交戦派」が何故六大神に従わないかの理由を知る。

 

 

 

「彼らも破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)に人質を取られているんだ」

 

「家族か?」彼ら『も』。そこが気になったがスルシャーナはあえて無視をする。だから代わりに尋ねたのだ。

 

だが彼の答えはスルシャーナの予想を遥かに上回った。

 

 

 

「いや・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

種族だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼から聞いた話はこうだ。

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)に一族を人質に戦争への参加を強要される。

 

彼らは自らの種族たちの為に戦う。

 

だが一部の者・・・蜥蜴人(リザードマン)のリーダーなどは一族が囚われた場所を襲撃。

 

そこでは『同じ種族だった何か』があっただけだった。

 

つまり彼らには失うものが無いのだ。だがそれでも・・

 

『実は』破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)は生きていて

 

『実は』種族たちはどこかで生きて囚われていて

 

『実は』戦争が終わればまた会える。

 

そんな無いはずの希望に縋り付き最後の選択肢として残されたのが・・

 

戦死であった。

 

彼らも頭では分かっているのだ。ただ心が・・魂がそれを理解しないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六大神が「和平派」と共に「交戦派」と戦った。

 

 

「うぉぉぉぉぉぉっっ!!」

 

亜人の軍勢がスレイン法国を取り囲む。その大半は既に負傷し血に染まった手で武器を構えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に良いのか?」

 

「あぁ・・・彼らにはもう・・・死ぬことだけが唯一の自由なんだ・・・だからスルシャーナさん。頼む・・彼らの苦痛を終わらせてくれ」蜥蜴人(リザードマン)の彼は大粒の涙を流した。

 

「・・・・分かった」

 

そう言うとスルシャーナは前に出た。

 

 

「うぉぉぉおぉぉっっ!!」

 

こちらに向かう亜人たち。スルシャーナはせめて苦しまぬように鎌を振り下ろした。

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。・・・これでようやく家族に会える」

 

「恋人に自慢できる」

 

「心配性な母親を安心させられる」

 

 

 

亜人たちの中では「戦死」は名誉とされ、そこから逃げることは「種族の恥」とされるため逃げることも戦死しないことも許されなかった。もし戦いを拒めばその者の家族は種族の中で孤立や処刑されることもあるらしい。

 

「戦争」が始まった時点で詰んでいたのだ。彼らの希望はどこにもなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前は六大神、後ろは破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)。この二つに挟まれた彼らの苦悩は如何なるものだったのか。

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)、封印された今でも彼らを・・六大神たちを苦しませ続けた。

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)、何故お前は憎しみを撒き散らす・・・?)

 

 

 

 

スルシャーナはそんなことばかりを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして『戦争』が終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

 

戦争の傷跡がスレイン法国には残っていた。

 

壊れた教会、割れたステンドグラス、身体の一部を失った者たち、無理やり並べられた墓、食料を巡る喧嘩。

 

だがそれでも復興に向かって歩き出しているのだとスルシャーナは思っていた。

 

 

 

 

 

『スレイン法国』は亜人の軍勢を全滅させた。残ったのは六大神たちとの戦争を望まなかった「和平派」の亜人たちだけだ。

 

だが『人間』たちは・・

 

 

 

 

 

 

「亜人は死ね!」親を亜人に殺された少女は石を投げる。

 

 

 

 

 

 

「亜人は殺せ!」愛する娘を亜人に食い殺された父親は亜人に松明の火を押し付ける。

 

 

 

 

 

 

「和平派」の亜人たちが『人間』たちに私刑されている。それに気づいたスルシャーナたちは止める。

 

 

 

 

「よせ!!」

 

 

 

 

 

 

「六大神様!何故奴らを滅ぼさないのですか?」

 

「彼らにも事情があったのだ。種族滅亡の危機だったのだ。仕方あるまい」

 

「当然です!愚かな亜人どもなど滅ぶべきです!」

 

「愚か者がっ!!」

 

 

 

 

周囲が静寂に包まれる。

 

 

 

「何故分からぬ?彼らは我々と同じく生きているのだ」

 

「しかし・・」

 

「そうそう。もしあなたたちが『人間じゃない』という理由で彼らを滅ぼすべきだと言うのなら、スルシャーナも滅ぼすべきといっているようなものよ」

 

「アーラ=アラフ様。しかしそれは・・・」

 

「黙りなさい!ハッキリ言いましょうか?あなたたちは『亜人』を見下しているのよ」

 

「・・・・スルシャーナ様は特別です。しかし奴らは」

 

「私たちは人間よ。だからって人間という『種族』を特別だと考えるのは愚かよ!」

 

「アーラ!もういい」

 

「はぁ。優しいスルシャーナに感謝することね」

 

「ひぃぃぃ」

 

「立ち去れ。今はお前の顔は見たくない」

 

男は去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきはありがとう。アーラ」

 

「気にしないで。スル」

 

友人同士の彼らとの時はアーラはスルシャーナのことを愛称の『スル』と呼んでいた。そう彼のことを呼ぶのはスルシャーナ除く五人の存在、それと例外が1人の合計六人である。

 

「みんな怖いのね・・」

 

「怖い?」

 

「『明日』が・・『未来』が自分にあるかが不安なのよ。彼らは私たちの様には強くはないのよ」

 

「『未来』か・・・」

 

 

 

 

 

それから国は復興を果たした。

 

 

料理や松明に使う火の扱いを教えた者は『火の神』と呼ばれ、

 

日常に不可欠な水に関する知識を授けた者は『水の神』と呼ばれ、

 

風の流れや空気の性質を語った者は『風の神』と呼ばれ、

 

農作物や鉱石の知識に秀でた者は弟子を取り『土の神』と呼ばれ、

 

生命の起源や質の高い人生の送り方を伝えた者は『生の神』と呼ばれ、

 

亡くなったものたちの埋葬を取り仕切った者は『死の神』と呼ばれた。

 

 

 

 

 

「和平派」の亜人たちはスレイン法国で暮らすことになった。スルシャーナが彼らに復興の手伝いをさせることで彼らの良いアピールになると考えたのだ。

 

「人間」と「亜人」、二つの存在が分かりあえる日が来ると信じていた。

 

 

 

 

 

 

だがその想いは踏みにじられることになる。

 

『憎しみ』は新たな『憎しみ』を生む。ゆえに戦争はまだ終わってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10年もしない内である。

 

 

 

 

それは起きてしまった。

 

 

 

『亜人』と『人間』の殺し合いである。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの亜人が私の娘を殺そうとした!!!」

 

「ち・・違う!俺は!!」そう言う少年は大きかった。人間より遥かに大きな亜人であった。

 

「亜人の言う事などに耳を傾けるな!!我らの奴隷であり敵の亜人よ!死ね!死ね!死ね!」

 

そう言って人間たちは亜人たちを蹴りつける。

 

 

 

ある者は油と火を掛けて燃やす。

 

「聖なる火よ!!『悪』なる者を浄化したまえ!!」

 

亜人の少年の身体が炎に包まれる。

 

 

「やめろ!!俺の息子に何てことを!!」

 

「亜人は『悪』だ!!人間こそが『正義』!!」

 

「ふざけるな!!」

 

「ぉ・・と・・・さん」

 

「おい!」

 

亜人の彼が息子を見ると既に息はしていなかった。

 

 

 

 

 

「何をやってる!!?」

 

「スルシャーナ様!この亜人の親子が私を殺そうとしたんです!!」

 

「・・・・なっ」

 

スルシャーナは亜人の親子を見る。それはあの時「和平派」のリーダーをしていた蜥蜴人(リザードマン)だった。

 

「スルシャーナ様!!信じて下さい!私の命を!この亜人が!!」

 

「失せろ!!お前たち!!」

 

そう言ってスルシャーナはどこからか鎌を取り出し振り回す。

 

「ひぃぃぃぃっ!!!」

 

人間たちが去っていく。

 

 

 

 

 

 

「なぁ・・・スルシャーナ様」

 

 

「・・・・」

 

 

「アンタには感謝している。「和平派」の俺たちの言葉を信じて民にしてくれたこと・・・嬉しかったんだ」

 

 

「・・・・」スルシャーナは何かを話さなければならないとは分かっていた。だが言葉が出なかった。

 

 

「『六大神』は尊敬している。でも・・・・俺は息子を殺した『人間』は愛せない!!」

 

(やめろ!それ以上言うな!)

 

 

 

 

「だから!!」

 

 

 

 

「『人間』を滅ぼす!!!こんな世界なんてぶっ壊してやる!!」そう言った蜥蜴人(リザードマン)の男は目からは血を流していた。まるで世界を憎み、世界を敵として認識した様に。

 

 

 

 

 

蜥蜴人(リザードマン)の男が息子を抱きかかえたままその場を去る。だが一度立ち止まりこちらに視線を向ける。

 

 

 

「殺すなら今だぞ・・・スルシャーナさん」

 

 

その瞳に映っていた感情は、「交戦派」の亜人たちと同じであった。

 

 

スルシャーナは鎌を大きく振りあげて、そして・・・・・

 

 

「すまない。___________。」

 

 

 

この一件から『和平派』だった亜人たちへの私刑が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

そして私刑が全て終わる頃には『亜人』は街からいなくなっていた。

 

 

 

_________________________________

 

 

 

それから100年後

 

 

 

 

 

五人の『神』と呼ばれた者たちが死去してからスルシャーナの心は空っぽになった。

彼らの子孫はそれぞれ一人ずついた。『六大神』の血を持つ彼らは『神人』と呼ばれていた。

 

 

 

スレイン法国 最奥の神殿 

 

 

 

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫だ。ヨミ。お前には心配を掛けるな」目の前にいるこの女性はヨミ。スルシャーナの第一の従者。巷では『従属神』などと呼ばれているらしい。

 

「また昔のこと?」

 

「あぁ。どれだけ時間が経とうとあの時の感触は未だにあるんだ」

 

「・・・スル」

 

「なぁ・・・ヨミ。俺は正しかったのか?『人間』を守ったことを今じゃ後悔しているんだ」

 

「スル・・・あまり自分を責めないでね」

 

「お前はいつも優しいな・・・他の五人の愛した『人間』だから、俺は『人間』を愛せたんだ。でも彼らはもういない」

 

「だからここ30年は引きこもっているの?」こんな言い方を出来るのはヨミだけだ。他の従者じゃこんな話し方は絶対に出来ない。

 

「あぁ。彼らが死ぬ間際に言っていたんだ。『人間を頼む』って。その約束が無ければ私は・・・」

 

 

 

 

 

 

そう言うスルシャーナの頬にヨミは優しく両手を当てる。

 

「疲れているのよ。スル。旅に出たらどう?」

 

「旅に?」

 

「そっ。世界を見てみたらどうかしら?良いストレス解消になると思うよ」

 

「でも私は・・」

 

「『神』のスルシャーナじゃなくて『スル自身』がしたいことをして。人間がいるのはこの国だけじゃない。きっと良い人間に出会えるよ」

 

「・・・・考えとくよ」

 

 

 

スルシャーナはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スルシャーナ様!!」そう言ってスルシャーナを呼び止める女が1人。ナミだ。ヨミが第一の従者ならナミは第二の従者という所だ。

 

「どうした?」

 

「つい10分前に不審なものを発見したんです・・・」

 

「?どんなものだ」

 

「『浮遊する都市』の様なものです」

 

「都市が浮遊だと!?詳しく聞かせてくれ!」

 

「それが詳細はまだでして」

 

「それなら調査を頼めるか?もし危なくなったら分かっているな?」

 

「はい。撤退を最優先ですね」

 

「悪いが頼んだぞ。ナミ」

 

「はっ。それでは準備が終わり次第向かいます」

 

 

 

 

 

 

 

 

「スルシャーナ様!」

 

「どうした________?」

 

商人である男だ。スルシャーナは彼を気に入っていた。引きこもっていた今でも数少ない会う相手でもある。

 

「小麦の収穫量の件ですが・・」

 

「どうした?例年より上がったのか?」

 

「はい。例年より上がったため今年の冬も問題なく過ごせそうです」

 

「そうか。後は木材だな」

 

「はい。その辺りの事はどうなっていますか?『奴ら』との取引は?」

 

「問題ない。私たちが鉱石を掘る代わりに、その道具の作成を頼んでいる」

 

「アレは便利ですよね。採掘量が2倍になるツルハシ。アレのおかげで石材や鉱石の類は安定して流れていますよ。あんな大きな奴がただの使者だとは驚きますよね?」

 

「あいつはまだ小さい方だぞ。確か名前はツァインドルクス・・だったか」

 

 

 

(『彼』が『竜帝』を紹介してくれた御蔭で随分と助かった。竜たちと取引し、始原の魔法(ワイルドマジック)で制作されたアイテムを使って『復興』している)

 

 

 

「『竜帝』の息子ですよね。いずれは彼が後継者になったりするんですかね?」

 

「さぁな。ただ竜帝の話曰く『竜は群れを作らない』のが普通らしいぞ」

 

「だとすれば独自の文化を築き上げる日も遠くないかもしれませんね。そうなると・・」

 

「商人魂に火が付くか?」

 

「えぇ。まだ誰も開拓していない文化に対する商売。商人の腕が鳴るというものですよ」そう言って商人は腕を叩く。筋肉質・・・でないためにペチンと響く。

 

 

 

 

 

「スルシャーナ様」

 

「ん?どうした?」

 

「最近変わった噂を聞いたのですが」

 

「噂?」

 

「えぇ。何でもスレイン法国にある中央の大神殿の地下には『地獄の入り口』があるとか・・・」

 

「『地獄』?・・・随分物騒だな。どこでその情報を?」

 

「えぇ。私の取引先の奴隷商人が酒を飲んだ時に口を滑らしていました」

 

「分かった。この件は?」

 

「まだ誰にも言っていません」

 

「分かった。すぐに調べてみよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

・・・・・

 

 

 

 

スレイン法国 大神殿 内部

 

 

 

 

 

スルシャーナは魔法の衣服を身にまとい、姿を消した。

 

(大した装備ではないが・・・今みたいな状況では役立つな)

 

 

 

 

アレは?

 

スルシャーナの目線の先には機嫌が良いのか口笛を吹く神父がいた。その首には六大神に対する信仰の象徴が掛けられていた。

 

 

スルシャーナは教会の神父に着いていく。やがて神父の自室に着く。

 

 

(?噂はホラだったのか?)

 

だが神父が部屋に掛けられていた蝋燭台を掴む。それをグイっと曲げると壁がスライドして扉が現れる。神父が奥に入っていく。

 

 

 

(地獄への入り口か・・・)

 

 

 

スルシャーナは扉に入っていく。

 

 

 

 

地下室の階段を下りていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コツコツ・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コツコツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コツコツ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

そして再び扉があった。スルシャーナは扉を開けて中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

そこで目にしたものは・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い地下室。蝋燭の代わりに永続光(コンテュニュアルライト)が掛けられていた。

 

縦横100メートルはあるであろう広い空間が広がっている。

 

嗅覚は感じることが出来るスルシャーナは不快な匂いを嗅ぎ取った。

 

(この匂い・・・血と尿と・・・・そして・・・)

 

スルシャーナは見てしまった。広大な地下室の中央の・・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

十数人の全裸の男女であった。その首には奴隷の証である首輪がされており、その首輪は壁に取り付けられた鎖と繋がっていた。

 

 

(何だ?コレは?)

 

よく見ると先程の神父がいつの間にか全裸になっていた。そして奴隷の一人に近づき・・・・

 

「今日も楽しませろよ・・・44番」

 

そう言って男は腰を振り出した。よく見ると犯す側にも全裸の男女がいた。

 

 

 

 

 

 

スルシャーナは他にも犯されている男女を発見した。犯しているのは・・・・・

 

 

 

 

 

------その者たちの顔には見覚えがあった-------

 

 

 

最高神官長を始めとした十二幹部であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

衝撃のあまり一周して冷静になった頭で考えた。

 

 

 

(・・・何故彼らが?)

 

 

 

だがよく見ると犯されている側の存在の顔にも見覚えがあった。それは・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての仲間たちの顔立ちに似ていた・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして全てを察した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様らぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

スルシャーナは魔法の衣服を脱ぎ捨てて普段の恰好に戻った。

 

 

 

周囲の者たちがスルシャーナの存在を認識し、悲鳴を上げて平伏した。

 

 

 

 

「スルシャーナ様だぁぁっっ!!」

 

 

「許して下さいぃぃぃ!!これには深い訳が・・」

 

 

 

 

 

「どんな理由だ?言ってみろ」

 

 

 

「我々は『人工神人計画(じんこうしんじんけいかく)』と呼んでいます」

 

 

 

「私の他の神の姿もあるようだが?」

 

 

「はい。それはスルシャーナ様とアーラ=アラフ様以外の四柱の神の子孫でございます」

 

「それがどうこの状況に繋がるのだ」

 

「神人は・・・我が国の最高戦力です。もしそれを『量産』できれば我が国が世界を!!」

 

「そうです!だから最近では寿命の長いエルフと交らせることでより『稼働時間』を・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愚か者!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「『人工』?『量産』?『稼働時間』?・・・まるで兵器だな」

 

 

 

「これは我が国・・・スレイン法国の為!!どうかお許しを!!」

 

 

「お前たちは私たちによって助けられた・・・・・だから

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人間』!!その命、『神』に返すがいい!!」

 

 

そう言ってスルシャーナはどこからか鎌を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃぃいぃ!お許しを!」

 

「黙れ!これが友人たちが愛した人間の正体か!!」

 

鎌を振るう。無慈悲に命を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

「これも国の為です。仕方ないんです」

 

「ふざけるなぁぁぁっ!!このクズがぁぁぁ!!!」

 

鎌を振るう。無慈悲に命を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

「ひぃいぃぃ!!!」そうやって全裸の犯す側の人間を見てスルシャーナはようやく自身が何故後悔していたのか分かったのだ。自分の視界に入る全てを睨みつける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『人間』なんて!!!『スレイン法国』なんて!!!」

 

スルシャーナの視界が・・『世界』が歪みひび割れ、砕け散った。

 

 

 

 

 

 

 

「滅びてしまえ!!!!!!」

 

 

犯す者、犯される者、その場にいる全ての命を刈り取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして『絶望』を撒き散らした。彼の周囲にいた存在は嘔吐、眩暈、動悸を繰り返した。

 

 

死、疫病、災厄・・・・

 

これがスルシャーナが恐れられる理由である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スレイン法国を半壊させたスルシャーナは国を去った。

 

これがスルシャーナが放逐されたという真実である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スルシャーナは彼の言葉を思い出していた。

 

-----------俺は『人間』を愛せない----------

 

 

 

 

 

 

 

あぁ・・・・私もだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば砂漠が広がる場所に降り立っていた。

 

 

 

スルシャーナは視線を空に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには『浮遊する都市』が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




人工神人計画
スレイン法国の上層部により行われていた計画。
「神人」を(兵器として)「量産」するために行った。
寿命の短い人間をエルフなどと交らせて強引に寿命を伸ばそうとした。
そのため法国の上層部が時折エルフの奴隷を買い占めたりするのはこれが原因。
一部の奴隷商人は何かしていかもくらいには感じている。

神人が奴隷にできる理由
六大神の孫世代が生まれた時、その者たちは密かに幹部たちが育てていた。
生まれた時から現在と同じ状況で育てられているため『刷り込み』により反抗などはしない。ただし生理的に受け付けない時もあるのでその時は魔法で色々行ってスムーズに計画を実行に移す。最悪の場合、『叡者の額冠』を使う。


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アインズ・ウール・ゴウンの正体

「またか・・・・・」目を覚ましたモモンの視界に広がっていたのは天井だった。見覚えがある景観でカルネ村の家であることだけは分かった。どうやらまた眠ってしまっていたようだ。

 

「大丈夫ですか?モモンさん」モモンの視界に入る様にナーベが覗き込んでくる。

 

「あぁ大丈夫だ。ナーベ」モモンは心配そうな顔をするナーベに心配をかけまいと手で制するとベッドから起き上がる。

 

 

 

 

「ふむ・・・・・初めて見たが、興味深いな。預言書(エメラルドタブレット)に触れて、過去の記憶の映像を・・いやこの場合追体験といった方が正しいのか?」何やらアインズは考え事をしていた。

 

「ご迷惑をおかけしました。アインズ殿」モモンは頭を下げる。

 

「・・あぁ、気にするな。それよりも・・・話してもらっていいか?預言書(エメラルドタブレット)を通して何を見たか」

 

「えぇ・・・えーと」(どこから話せばいいのだろうか?最初から?それとも今回のことか?)

 

「?・・あぁ。今回の一件だけでいい。君が最初に触れた時の記憶の話はミータッチから連絡を受けているのでな」

 

「分かりました。それでは・・・」

 

モモンはアインズに全てを話すことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』、『人間種と亜人種の差別と争い』、『人工神人計画』・・そして『スルシャーナの暴走』と『エリュエンティウ』か」

 

「随分と情報量が多いですね。気になったのですが預言書(エメラルドタブレット)は『預言書』であるはずなのに、何故『過去の記憶』を映し出すのでしょうか?」

 

「ふむ・・・私にも分からない。これについては詳しく調べてみよう」(最初の一枚には『過去と未来を繋ぎ、永遠を造る者』と書かれていた。そこから続く文章から察するに『預言者』とは・・)

 

 

 

 

 

 

「感謝致します。しかしこの預言書は一体何を伝えたいんでしょうか?」

 

「記憶に過去、まるで・・・・・・・・・」

 

「アインズ殿?何か思い当たるものがあるのですか?」

 

「あぁ。多くの者は眠っている間に『夢』を見るそうではないか。それに近いと思ってな」

 

「『夢』?」(その言い方だとまるでアインズ殿は夢を見ない・・・睡眠を取らないように聞こえるが・・)

 

「あぁ。君が見たものは『眠っている誰か』の『夢』かもしれない」

 

「だとするならその者は600年は生きていたことになりますね」

 

「あぁ。その点は間違いないだろう。問題はその『夢』を見ている者がどのような者かだ」

 

「『六大神』、『スレイン法国』についてよく知る人物・・・これだけで考えた場合、危険な存在である可能性もあるが・・」

 

「その答えもこの石板を集めていけばいずれは分かるのでしょうか?」

 

「恐らくはそうだろう」

 

 

 

 

 

預言書(エメラルドタブレット)が『真実の歴史書』だとするなら・・・まだ『続き』があるはずだ」

 

「スルシャーナのその後ですか・・・」

 

「・・あぁ。彼のその後、スレイン法国では『放逐』あるいは『殺害』されたと伝えられているが・・」

 

「実際はスルシャーナ自身がスレイン法国を見限った・・・これが本当に真実なのでしょうか?」

 

「・・・分からない。だがそれも石板を集めていけば分かるだろう」

 

「その言い方だと他にも預言書(エメラルドタブレット)があるのですか?」

 

「あぁ。私が解読した限りでは最低でも七つはある様だ」

 

「七つ?・・残り五つは一体どこに?」

 

「場所は分からない。だが石板にはこう書かれている」

 

 

 

 

 

究極の門を求める者よ

虹の橋を渡り究極の門に進め

砕かれた「虹の欠片」を集めよ

さすれば究極の門への道は現れるであろう

 

 

 

 

 

 

「?今回は短いですね」

 

「あぁ。理由は分からんが今回は半分ほどの預言しか書かれていない」

 

「ですが『虹の欠片』とは恐らく預言書(エメラルドタブレット)のことですね。そして『虹』とは七色で構成されてるはずですね」

 

「あぁ。だから私とミータッチは預言書(エメラルドタブレット)は七つあるだろうと推測を立てた」

 

モモンとアインズの議論は終わった。少しの間の沈黙が流れた。

 

「モモン・・」沈黙の中で口を開いたのはアインズだった。

 

「どうかしましたか?アインズ殿」

 

「お前やナーベには言っておかねばな」

 

「?」

 

「今まで隠してきてすまないな」そう言ってアインズは鉄のガントレットを装備した左手で仮面を外した。そこから現れた姿は・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

骸骨だった。

 

 

「「アンデッド!!!???」」

 

一瞬スルシャーナと見間違える。しかしよく見ると容姿も雰囲気も全く異なっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モモンとナーベは驚きのあまり言葉を失う。

 

そんな二人を見ながらアインズはガントレットを外した。そこから現れたのは骨の手であった。

 

「言葉を失う程・・驚いたか?」

 

「・・・人間離れした方・・・人間ではないと思ってはいましたが、まさかアンデッドだとは・・」

 

「フハハハハ、そうかそこに驚いてくれるか。少しだけ嬉しいぞ」愉快に笑うアインズにモモンはただただ戸惑うだけだった。

 

「えっ、何故ですか?」

 

「陽光聖典の奴らは私の素顔を見た途端『スルシャーナ様、我々を導き下され』などと言い出したからな。奴らは自分たちの神と私の見分けもつかなかったからな。流石にあの反応は・・・不快だったな」そう言って言葉に怒気を込めるアインズにモモンは戸惑った。

 

(こうして話してみれば分かるが・・・アンデッドのイメージとは全く異なるな。アンデッドは基本的に生者を憎むと聞くことが多かったが・・アインズ殿が例外なのだろうか?)

 

 

 

 

 

「さて・・・もういいだろう」

 

「?」何がいいのかモモンにはまるで分からなかった。

 

「コキュートス、姿を現してくれ」

 

「ハッ。畏マリマシタ」

 

モモンとナーベの耳に初めて聞く声があった。アインズが何やら何もない空間に手をかざして「解除」と唱えるとライトブルーな昆虫と人を足した様な存在がモモンたちの前に現れる。腕は六本あり、それぞれに武器を持っていた。

 

「モモン、ナーベ、紹介しよう。私の直属の部下『守護者(しゅごしゃ)』のコキュートスだ」

 

「初メテ会ウナ。モモントナーベ、ダガアインズ様カラ話ハ聞イテイルゾ」コキュートスの声は音の塊を無理やり言葉にした様な声だった。

 

「初めましてだな。コキュートス殿」

 

「初めましてですね。コキュートス殿」

 

「アァ・・・宜シク頼ム」

 

 

 

 

 

「アインズ殿、一つお聞かせ下さい」アインズに尋ねたのはナーベであった。

 

「どうした?」

 

「コキュートス殿を紹介するのは分かりますが、何故魔法で姿を隠されていらっしゃったのですか?」

 

「・・あぁ。簡単な話だ。君たち二人に私が正体を見せた際に『敵』と見なして攻撃すれば、コキュートスに君たちの首を刎ねさせるためだ」

 

「!!?」この時二人は同じことを思った。『随分あっさりと凄いことを言ってくれる方だ』と。

 

「成程・・確かにコキュートス殿なら私たち二人の首を刎ねるのは簡単でしょう」モモンはコキュートスの強さを気配で察知した。かなり強い。戦えば間違いなく負けると言える。

 

「私の最も信頼する部下の一人だからな。当然だ」

 

「ソウ言ッテ頂キ光栄デゴザイマス」

 

 

 

二人のやり取りを眺めていた二人に目線を向けるとコキュートスが口を開いた。

 

「モモン、ナーベヨ。勘違イスルデナイ。アインズ様ハオマエタチ二人ヲ信用シテイタ。今回私ガ護衛ヲシテイルノハ私ト同ジ『守護者』ノ一人ガソウ提案シタカラダ」

 

「守護者は他にもいらっしゃるのですか?」ナーベがそう尋ねてコキュートスが答えようとした時であった。

 

「アウラ殿やマーレ殿ももしや守護者ですか?」モモンはアインズにそう尋ねた。

 

「あぁ。コキュートス、アウラ、マーレ・・・他にも守護者はいる。今回コキュートスを護衛にと提案したのは他の守護者だ。」

 

「応えて頂きありがとうございます。アインズ殿」(となると最低でも倍の人数はいると考えるべきか・・・守護者は六人という所か)

 

「さてと・・コキュートス、先に行っててくれ」

 

「ハッ。ソレデハ後ホド」

 

「あぁ。<転移門(ゲート)>」そう言ってアインズが唱えると空間に渦の様なものが現れる。そこにコキュートスが入っていく。

 

(アレは10位階魔法の<転移門(ゲート)>か。効果は確か距離関係なく成功率100%の転移魔法)

 

 

 

 

 

「さてと今から話すことは大事なことだ。よく考えた上で答えてほしい」

 

「何でしょうか?」

 

「私は『国』を造る」

 

「えっ!?」モモンとナーベはそれを聞いて驚く。話のスケールとテンポが自分たちでは追いつけない。

 

「モモン、ナーベ。私はな『種族』による戦争や差別など下らないと考えている」

 

「・・・・」(同感です)

 

「ゆえに異形種、亜人種、人間種、全ての種族が平穏に暮らせるそんな理想郷を築こうと思っている。無論私や私の配下たちの元でだが」

 

「・・・・」(ギルメン村の様な・・・そんな素晴らしい国か)

 

 

「私は平穏と静寂を愛している。しかし誰もが差別しあい争い傷つけあう・・・・悲しいことだ」

 

「・・・・」

 

 

「少し前に私はリ・エスティーゼ王国にカルネ村の個人所有を認めさせた。分かってはいると思うが君たちがいるこの村のことだ。次に先日私たちはビーストマンに襲撃されて窮地の竜王国に協力することを約束し、領土と引き換えにビーストマンを殲滅することを約束した。そして既に国単位の数年間分の食料を供給できる状況まで作り上げた。私には優秀な部下が大勢いてね。後は私がビーストマンを殲滅すれば『魔導国(まどうこく)』いや『アインズ・ウール・ゴウン魔導国(まどうこく)』の誕生だ」

 

「そこまでのことを」口を開いていたのはナーベだ。モモンはその様子を見てアインズに尋ねた。

 

「何故それを私たちに?アインズ殿」

 

「決まっているだろう、モモン、ナーベ。国には優秀な人材が欲しい。つまり私の部下になり、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私たちと共に『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』を『建国』しないか?」

 

 

 

 



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決着

かなり強引ですがどうか温かい目で見て頂けると幸いです。


モモンたちがエ・ランテルに帰ると、彼らの存在に気が付いた門番が声を大にして叫ぶ。

 

「『漆黒』が帰ってきたぞ!!!!!!!!!!!」

 

 

 

窓から顔を出す人々、家から飛び出る人々、駆け寄る人々

 

 

 

「モモンさん!!!!」

 

「ナーベさん!!」

 

「ハムスケさん!!」

 

 

そうやって多くの人々が彼らの名前を呼ぶ。

立派な全身鎧(フルプレート)は隙間なく傷ついており、へこみや穴が開いていた。そのことから街の人間は壮絶な戦いだったことを悟る。それは同時に彼らがホニョペニョコと戦った証でもある。だがホニョペニョコの脅威が消えた理由にはならない。だから彼らがモモンたちの口から聞きたい言葉はただ一つだけであった。

 

 

 

 

「パナソレイ都市長を襲撃し、街を脅かした吸血鬼、ホニョペニョコと戦い『勝利』し『倒した』。エ・ランテルのみんな!もう安心していい」そう言うとモモンは拳を作った右腕を空高く上げた。それと同時に村の人々から歓声が沸き上がる。

 

 

 

 

「衛兵!彼ら『漆黒』に敬礼!」門番を率いる者がそう命令を下すとモモンたちに敬礼する。

 

 

「『漆黒』万歳!!!!」

「『漆黒の英雄』万歳!!!!」

「モモンさん、万歳!!!!!!」

 

「今夜は飲むぞ!!!!!」

 

「おい店主!!酒は置いてあるだろうな!!」

 

そうやって賑やかに歓迎されたモモンたちは照れながら冒険者組合へと歩いて行った。

 

 

 

 

_________________________________

 

 

エ・ランテル 冒険者組合 応接室

 

 

 

 

 

そこには五人の人物がいた。モモン、ナーベ、パナソレイ都市長、アインザック冒険者組合長、ラケシル魔術師組合長だ。現在ハムスケは組合の外で待機中である。

 

 

 

「モモン君、エ・ランテルの都市長として、この街の人間の一人として感謝したい。本当にありがとう」

 

「いえ・・・当然のことをしたまでです」

 

「・・・本当に君は凄いな。色々話を聞きたい所だがまずは戦いの傷を癒すのが先だな」

 

「いえ問題ありません。傷は・・・」(アインズ殿に・・・)

 

 

 

 

 

『私たちと共に『建国』しないか?』

 

 

 

 

(断った身であるとはいえ・・・国を起ち上げようとしているアインズ殿に迷惑を掛ける訳にはいかないな・・・言い方を考えなくては)

 

 

 

 

 

 

 

「モモン君?」

 

「傷は問題ありません。持っていたポーションで回復しましたので」(この言い方ならアインズ殿に迷惑を掛ける心配はないだろう)

 

「そうか、それならせめてその鎧を直させてくれ。無論費用は私が全額出す」

 

「分かりました」モモンはそう言うと鎧を脱ぐ。ナーベもそれを手伝った。

 

「ラケシル君。頼む」

 

「お任せ下さい。パナソレイ都市長。魔術師組合を総動員して直して見せます」そう言うとラケシルは応接室から出ていった。

 

ラケシルが応接室から出ていくのを見てパナソレイは口を開いた。

 

「モモン君、帰ってきてすぐですまないが頼みたいことがある」

 

「何でしょうか?」

 

「君が捕らえた『墓地騒動』の主犯の一人クレマンティーヌが死亡した」

 

「えっ・・・」

 

 

 

 

 

____________________________________________________________

 

 

エ・ランテル 地下牢

 

 

 

 

 

 

 

モモンは牢屋の中を見る。柵の中で舌を大きく出して事切れている女クレマンティーヌの姿を見る。

 

「モモンさん、これって・・・」

 

「あぁ・・・魔法か何かで殺害されている」

 

外傷はなく手枷も外されていない。抵抗したような跡もない。その様子から魔法で殺害されたと見るのが妥当であった。

 

(問題は・・・『スレイン法国』の元『漆黒聖典』のクレマンティーヌを殺害したのが誰かという点だ。彼女を抵抗されることなく殺害できる存在がいるとすれば・・・!!っ)

 

そこでモモンが真っ先に思い浮かんだのは『漆黒聖典』の存在であった。

 

「誰か目撃者は?」

 

「えぇ。一人だけ・・」

 

「その者に会わせてくれないか?」

 

 

・・・・・

 

 

・・・・・

 

 

「まさかこんな形で再会するとはな」

 

衛兵の話曰くアングはブリタ殺害未遂の容疑が晴れた後も牢屋で暮らしているらしく、何やら考え事をしているらしい。冒険者組合長に相談した所、とりあえずそのままでいいとのことらしい。

 

 

 

「それはこちらのセリフだ。それで俺はその目撃した奴について話せばいいか?」

 

「あぁ。よろしく頼む。アング」(前回会った時より顔色はマシだな。声の感じも僅かに元気があるようだ)

 

「分かった。俺が見たのは神官風の恰好をした金髪の男だ」

 

「詳しい特徴を教えてくれないか?」

 

「あぁ。顔はどこか幼い顔立ちだったな。一目見ただけじゃ優男って感じだったな」

 

(もしや・・・・)モモンは顔を歪める。その男はもしや・・・

 

「他にはないか?」

 

「当てにするかは好きにすればいいが・・・俺の武技で把握したのは女と話していたのは非常に似た気配だったな。最低でも知り合いだったんだろう」

 

「協力感謝する」

 

 

モモンたちはその場を後にした。

 

 

 

 

 

________________________________________________

 

 

その日の晩、モモンとナーベはエ・ランテルの外にいた。既に門からも大きく離れており人目に付かない場所にいた。そして先程から感じる気配に声を掛けるために振り返った。

 

 

「出てきたらどうだ?魔法で隠れているのは分かってる」

 

 

 

モモンは誰もいない空間に話しかけた。すると空間がグニャリと歪み姿を現した人物が1人。神官風の金髪の男が現れる。

 

 

 

「気づいていらしたんですね。いつからですか?」

 

「私がエ・ランテルに帰ってから上空からずっと視線を感じていた。アレはお前の召喚したモンスターだろう?」

 

「成程・・・クリムゾンオウルに気付いていたのですね。流石は『漆黒』のモモン殿ですね」

 

「見え透いたお世辞はいい。何が目的だ?」

 

「・・単刀直入に言いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我ら『スレイン法国』の為にその力を貸して頂きたい」

 

 

 

 

 

 

「ほう・・・・・条件次第だな」

 

 

 

 

「条件・・成程やはり人は噂通りとは限らないという訳ですか」

 

 

 

「・・・・」

 

 

 

「いえ別に悪いとは思っていません。私は今回交渉人として貴方にお会いしたのですから」

 

 

 

「クレマンティーヌを殺害した件はどう説明するつもりだ?」

 

 

「我が妹ながら、クレマンティーヌは『スレイン法国』を裏切り『叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)』をも奪ったのです。死んで当然です」

 

 

「妹・・・ならば身内だろう?何故殺した?・・・いや何故殺せる?」

 

 

「我らが『正義』に背いたのです。その前では身内であろうと容赦致しません」

 

 

「なら続けて聞こう・・・お前たちの言う『正義』とは何だ?」

 

 

「・・四大神を信仰している貴方には分からないでしょうがいいでしょう・・・私たちは『六大神』を信仰し、その教えに従っているまで。我らの『正義』は即ち『六大神』です。神々の教えこそが我らが『法』!」

 

「そうか・・・一つ聞きたい。『俺』の顔を憶えているか?」そう言うとモモンは兜を脱いだ。それを見たクワイエッセは・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前・・あの村の・・・生きていたのか・・」

 

「覚えていてくれたか・・・・ならば先程の返答をしよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

却下だ!!!」

 

モモンは背中から大剣を抜いた。それを見たクワイエッセが腕を上げた。

 

(忘れる訳が無い!あの動作は!!)

 

 

 

 

「出でよ!ギガントバジリスクたち!」

 

 

その場にギガントバジリスクが出現する。『あの時』とは違い、五匹出現する。

 

 

「やれ!!その男を殺せ!!」

 

ギガントバジリスクたちがモモンに視線を向ける。その目には見覚えがあった。忘れるわけがない。

 

「ナーベ、お前はあっちに行ってくれ!これは『俺』の問題だ」そう言うとナーベは黙って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

「石化の魔眼を使え!!」その言葉に反応し五匹のギガントバジリスクが一斉に目を裏返した。

 

体中に『あの時』の感覚が蘇る。だが『あの時』とは違う。

 

モモンはそれを見て一度深呼吸して息を整えた。

 

(<石化抵抗(レジスト)><最大>)

 

体中を重たくするような感覚が消え失せる。抵抗(レジスト)に成功したのだ。

 

 

 

 

「なっ!馬鹿な!石化対策をしているだと!?アイテムか!?」

 

「・・・石化など抵抗(レジスト)すればいいだけだ」

 

「くっ、そんな馬鹿な!ギガントバジリスク!毒を吐け!!」

 

ギガントバジリスクたちがモモンに目掛けて毒を吐いた。モモンの全身に毒が浴びせられる。

 

「これで終わりだ!さぁ!ギガントバジリスク!今度こそこいつを殺せ!」

 

ギガントバジリスクが叫ぶとモモン目掛けて駆ける。

 

(<毒化抵抗(レジスト)><最大>)

 

体中を蝕む痛みが消え去る。モモンはそのまま剣を構えるとギガントバジリスクたちから距離を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!毒もか!ならば物理で殺せ!!」クワイエッセは距離を取ったモモンに指を向けて命令を出した。ギガントバジリスクたちがそちらに方向を切り替えると駆けだした。

 

モモンは両手の大剣を構えると走った。

 

それはクワイエッセの目には追いきれなかった。

 

そして・・・

 

ギガントバジリスクたちは獲物を食べるための口を、体液を吐き出す為の口を、石化の魔眼を持つ目を、獲物を切り裂く爪を、

 

全てを切断された。

 

「なん・・・だと・・何かのトリック!?いや違う」

 

モモンはクワイエッセに駆け寄るとそのまま大剣を・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

持った拳でクワイエッセの頬を殴った。

 

 

 

 

 

 

 

吹き飛んだクワイエッセは地面に転がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「勝負あったな・・・クワイエッセ」フラフラになりながらも立ち上がるクワイエッセにモモンはそう言った。

 

 

 

 

「・・何故だ?何故それ程までの力を有しながら『人類』の為に戦わぬ?何故だ!?」

 

 

 

 

「それが『俺』の『正義』だからだ」

 

 

 

「『正義』だと!?『正義』とは六大神のことを言うのだ!!即ち『人類』こそが『正義』だ!!!それ以外は『敵』だ!!」

 

 

「その六大神の教えは一体何を?」

 

 

「『人を愛せ』・・・・スルシャーナ様のこの言葉を胸に私たちは『人類の為に』戦うのだ」

 

 

「違うな。スルシャーナの言う『人』は・・『人類』は・・・『人間』以外の種族即ち『亜人』も含む。お前たちはいつから教えを履き違えた?」

 

「なっ・・・・そんな馬鹿な・・確かに教典には」

 

「その教典を書いたのは本当にスルシャーナなのか?」

 

「それは・・・」

 

「誰が書いた?」

 

「・・・・・」

 

「答えられないのならそれが答えだ」

 

「・・・・っ」言われたクワイエッセがモモンに近づく。その表情には怒りの感情が露わになっていた。

 

「お前たちの言う『教え』は間違っている!!誰かを犠牲にしないといけないことなどない!!」

 

「だったらどうしろっていうんだ!!ふざけるなぁ!!!!」そう言ってクワイエッセはモモンを突き飛ばそうとした。だがモモンはビクともしなかった。

 

「・・・・」

 

「今更どうしろって言うんだ!!?今まで信じてきたものが間違っているだと!!?だったら私は何のために妹を殺した!!?命乞いをする亜人の子供を殺した!!!?」

 

 

「誰かを犠牲にすることでしか成り立たない平和なんて間違えてる!誰も犠牲にせず幸せになる方法だってあるはずだ!」

 

 

「そんなのは存在するわけがない!!この世は呪われている。誰かを犠牲にすることでしか生き残れない!そんな呪われた場所にいる私たちは亜人たちを犠牲にすることでしか生き残れない!!そう教えられてきた!!」

 

 

「だったら俺がその呪いを解いてやる!誰も犠牲にすることなく平和を手にしてみせる!」

 

 

「・・お前・・っ」

 

 

「もう二度と『あの時』と同じことは起こさせない。だから証明してみせる。それこそが『正義』だと!」

 

 

 

「っ・・・」クワイエッセは懐からそれを取り出した。そしてそれを空高く振り上げて、自分自身の心臓に・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

だがそれは止められた。恐怖から自分が止めたのではない。モモンによって止められたのだ。

 

 

 

 

 

 

「何で・・・私は・・・お前の村の仇なんだぞ?」クワイエッセが膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

「『誰も犠牲にさせない』・・・それが『俺』の『正義』だ。お前は生きろ・・・生きて償え・・・村の皆もきっとそう望んでいる」

 

 

モモンはクワイエッセの両手からナイフを強引に抜き取ると自身の懐に入れる。これで自決の可能性はなくなったはずだ。

 

 

 

震えた身体でクワイエッセがこちらを見上げている。そして一言・・・

 

「何故だ・・・」

 

「それは・・・『_____________________________________』だからだ」

 

モモンは『ある一言』を言う。

 

 

 

 

 

「あっ・・・・あーーーーー!!!!!!!」クワイエッセが右腕で地面を殴りつける。左手で髪の毛をむしり取りながらそれを繰り返す。表情を歪ませながら大粒の涙を流している。

 

 

 

 

 

 

 

(終わったよ。『母さん』、『ウルベル』、『チーノ』、『チャガ』、『アケミラ』、『ギルメン村のみんな』)

 

モモンはクワイエッセに背中を向けるとナーベの元へ歩み出した。

 

 

 

 

 

「いいのですか?」

 

「あぁ・・・ずっと憎んでいたやつは『俺』の中から消えたよ」

 

「・・・・」ナーベが微笑む。全ての事情を知るナーベは気が気ではなかっただろう。

 

「すまなかったな・・・こんなことに付き合わせてしまって」

 

「いえ・・・」

 

「帰ろうか」

 

「はい!」

 

 

 

 

 

こうしてモモンの人生に一つの決着が着いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、『漆黒の英雄譚』の『第1部』、完結!!


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漆黒の英雄

色々な人物の話とその後を書きます。
そして最後までどうか見て頂けると幸いです。



モモンたちがエ・ランテルに無事帰還した。

 

パナソレイ都市長、アインザック冒険者組合長、ラケシル魔術師組合長にはクレマンティーヌ死亡の原因と犯人や犯人のその後を話した。

 

こうして今回の一件は解決した。

 

その後モモンとナーベはある場所に向かった。

 

 

 

________________________________________

 

 

エ・ランテル 灰色のネズミ亭

 

 

 

 

 

 

カウンターの中でゴシゴシとジョッキを拭きながら客の様子を見る。端っこの席ではいつもの様に酔っぱらい共が一杯の酒でひたすら粘っていた。

 

(そんな所で粘るなら仕事で粘ればいいだろうに・・・そうすれば酒代で困ることはないだろうに)

 

そう思いながら店主ロバート=ラムはカウンターに座る二人の客に目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私と一緒に冒険者をやらない?アンタならアダマンタイト級だって夢じゃないんじゃない?」そう言ってブリタは隣に座って酒を飲む男に尋ねている。

 

「悪いが断らせてもらう・・・俺は王都に行って会わないといけない奴がいるんだ」そう言ってブリタの提案を断ったのは男である。刀という変わった武器を持つ男だった。

 

「そう・・・・」そう言ってブリタは残念そうに肩を落とす。それを見た男はバツが悪そうにするとポケットを探りだす。

 

「店主、酒代はこれで足りるか?」

 

「あぁ。丁度だ」ロバートは男がカウンターに置いた銅貨をチラリと見てそう言った。

 

「じゃあな」そう言って男は店から出ようとする。

 

「アンタ!」

 

「ん?」ウエスタンドアの前で引き留められた男は顔だけをこちらに向けていた。

 

「助けてくれて本当にありがとう!」

 

そう言われた男は一瞬だけ微笑むと背中を見せたまま手を振り店を出ていった。

 

 

 

 

「・・行っちまったな・・・」

 

「うん・・・・・」

 

「・・これからどうするつもりだ?」

 

「・・・引退しようかなって思ってる」

 

「・・本気か?」

 

「うん・・・多分、私は冒険者に向いていないんだと思う、引退後はカルネ村にでも行こうかなと思う」

 

「・・そうか・・・」

 

 

 

 

 

 

「『彼女たち』はどう?」

 

ブリタのいう『彼女たち』とは『死を撒く剣団』により慰み者にされた二人の女性のことだ。最初は店主が男であることもあり色々と大変だと思われたが、マトモに会話が出来るようになっていた。

 

「・・あいつらはよく働いてくれるもんだ。腕の方はまだまだだが、見込みは十分ある。その内美味いもん作れるようになるだろう」

 

「良かった・・・」

 

「・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、おやっさん」

 

「・・どうした?」

 

「今日だけでいいから、最後まで店にいていいかな?」

 

「あぁ。好きなだけいろ」

 

 

 

 

_____________________________________

 

 

エ・ランテル 冒険者組合

 

 

 

「おめでとうございます!『漆黒の剣』の皆様」

 

そう言って受付で話すのはイシュペン=ロンブルだ。

 

 

 

 

「えっ?」そう言って困惑したのはぺテルだ。

 

 

 

 

 

「今回の依頼を果たしたことで金級冒険者への昇級試験を受けて頂けます」

 

「えっ、本当なのであるか?」普段は冷静なダインが衝撃を受けたような顔をしていた。

 

 

 

 

「はい。なのでお時間の都合が良いのはいつか教えて頂けますか?」

 

その言葉にルクルットとニニャが顔を合わせて頷き、ぺテルを見て頷いた。

 

 

 

「「「「今すぐ!」」」」

 

 

 

「・・・えと・・分かりました。それでは待合の方で待っていて下さい。『教官』の方をお連れしますので」

 

そう言ってイシュペンはその場を後にした。

 

 

 

 

「『教官』?」そう言ったのはニニャだ。

 

「確かに気になるであるな。確か冒険者が昇級する時は昇級試験があるとのことであるが・・」

 

「少なくとも『教官』がいるとかいう話は聞いたことがねーな」

 

「みんなもそう思ったのか?」

 

「あぁ。『教官』なんて単語、冒険者やってから初めて聞いたぜ」

 

「えぇ。初めて聞きました。確か王都の方でもそういった情報はないですね。もしかして新しく作られた役職でしょうか?」

 

そういった情報の場合アダマンタイト級やミスリル級冒険者でなければ知りようもないだろう。

 

「まぁ・・・実際に『教官』という方にお会いすれば分かるであるな」

 

 

 

 

 

 

 

一同がそんな話をしているとイシュペンが誰かを連れてやってきた。

 

 

 

「お待たせしました。こちらが今回あなた方の昇級試験を担当する『教官』の方です」

 

 

 

一同は驚く。イシュペンの背後にいた人物は・・・・

 

 

 

「初めましてだな。俺が今回お前らの昇級試験を担当する『教官』のイグヴァルジだ。よろしくな」

 

 

 

__________________________________________________

 

カルネ村 バレアレ家

 

 

 

 

 

「それで相談って何じゃ?」

 

「・・お婆ちゃん、その・・・」そう言ってンフィーレアの顔が爆発寸前のポーションの様な色になる。

 

「あぁ・・・その顔で分かったよ。エンリちゃんのことだろ?」

 

「・・・・うん」

 

「あんな良い子、中々いないはずじゃよ」

 

「うん・・・僕もそう思う」

 

「・・それで相談って?」リイジーには分かっていた。生まれ持った異能(タレント)を失ったンフィーレアが傷ついた時、ンフィーレアを支え続けたのはエンリの1つの言葉であった。元々エンリに惚れているのはすぐに分かった。我が孫ながら表情に出すぎる。今までのことから察するに求婚についてだろう。

 

 

「僕はエンリが好きだ・・・・だからプ・・・求婚(プロポーズ)しようと思っている」

 

 

「ほう・・・ようやくか・・・」

 

 

「えっ・・もしかしてお婆ちゃんは知ってたの?」

 

 

「むしろ分からない方がおかしいくらいじゃろ?」

 

 

「え・・・えーーーー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その様子を見ている影が二つ。窓の外にあった。

 

「やっとですねぇ。ネムさん」

 

「本当だよぉ~。ンフィー君遅すぎだよ。お姉ちゃんたちには幸せになってほしいのに」

 

(『お姉ちゃんたち』か、そこにンフィーレアの旦那やリイジーのお婆さんもいるんだろうな)

 

 

 

「行こう。ジュゲムさん」

 

「分かりやした」

 

そう言うと二人はその場を後にした。

 

 

 

 

 

______________________________________________________________

 

 

リ・エスティーゼ王国 王都リ・エスティーゼ  ヴァランシア宮殿

 

 

 

 

 

 

ヴァランシア宮殿、王の私室にて

 

 

 

 

「お元気になられた様子ですね。陛下」

 

「あぁ。戦士長。例の『薬草』のおかげでな」

 

そう言うと嬉しそうにするランポッサ三世を見て王国戦士長ガゼフは笑い返した。

 

 

 

「ラナーやレエブン候には迷惑を掛けたな」

 

「驚きましたよ。あのレエブン候が実はこの国を支え続けた重鎮だったとは・・」

 

 

「実際驚くのも無理は無い。レエブン候は王派閥や貴族派閥の間を行ったり来たりして『蝙蝠(こうもり)』だと呼ばれているからのう」

 

リ・エスティーゼ王国の中で現在派閥は二つある。王派閥と貴族派閥だ。現在この二つの派閥が水面下で権力争いを繰り返し続けていた。

 

 

 

 

「レエブン候がいなければこの国は恐らく既に・・・」

 

「・・・・」ガゼフは黙ることしか出来なかった。自分はレエブン候に対して嫌悪感をずっと持っていた。だがそれが誤解だと知ったのはつい最近ランポッサの口から聞いたからだ。

 

 

 

----レエブン候は信用しても大丈夫だ----

 

 

 

 

「・・・・・」(今の私に何が出来るだろうか・・・この国の為に何が出来るだろうか?)

 

 

 

「それよりも帝国だ・・・そろそろ戦争の準備を始めておかねばな」

 

「えぇ」

 

 

 

 

ランポッサとガゼフが私室を出るとそこには二人の男女がいた。

 

ラナー第三王女とその護衛クライムだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お父様」

 

 

 

「ラナーか」

 

 

「お元気になられて良かったです」

 

 

「あぁ・・心配かけたな。もう大丈夫だ」

 

 

「・・・・」ラナーは黙り目に手を当てた。やがてグスンと鼻をすする音がした。

 

 

 

「泣くでない。ラナー。泣き止んでくれ・・いつもの『黄金』の様な笑顔を見せておくれ」

 

 

 

「・・・・」(陛下も人の親なのだな・・)

 

 

ガゼフはクライムに目線を向けるとその場を離れた。

 

 

 

 

親子同士の温かい光景を守る為に周囲を見渡しに巡回した。

 

 

 

 

__________________________________________

 

 

 

バハルス帝国 帝都アーウィンタール

 

 

 

 

「それで、何か分かったか?」

 

「はい陛下。王国に潜り込ませた間者からの情報ですと『ランポッサ王が数日間、姿を見せない時があった』とのことです」

 

「奴も歳だからな・・・病気の可能性があるか。それで他には?」

 

 

「はっ!他の情報ですと、『アインズ・ウール・ゴウン』なる魔法詠唱者(マジックキャスター)が王国の『カルネ村』なる領土を助けたことで領土を得たとのことです」

 

「『アインズ・ウール・ゴウン』?聞いたことない名前だな。だが名前だけでも分かるが只者では無いのは確かだろう。それで」

 

「陛下ぁ!!!!!」

 

「何だ?爺」(ちっ・・遅かったか・・また爺の悪い癖が出たな)

 

「私にその魔法詠唱者(マジックキャスター)について調べるのをお任せ下さいませんか?」

 

 

 

(第6位階魔法を行使できる魔法詠唱者(マジックキャスター)の爺なら・・同じ魔法詠唱者(マジックキャスター)のアインズ・ウール・ゴウンを調べさせるのは妥当か・・・)

 

「分かった。皇帝ジルク二フ=ルーン=ファーロード=エル=二クスが告ぐ。フールーダ=パラダインよ、アインズ・ウール・ゴウンなる魔法詠唱者(マジックキャスター)について調べよ。その際の期限は二週間とする」

 

その言葉を聞いてフールーダの顔が曇る。

 

(不機嫌になるのは分かるが・・少しは隠せよ。私は仮にも皇帝だぞ)

 

「フールーダよ。返事は?」

 

「はい陛下」

 

「では行け」

 

 

 

 

「それで次は?」

 

「はい。次が最後の情報です。エ・ランテルにアダマンタイト級冒険者が誕生しました。チーム名は『漆黒』で、リーダーはモモン、その相棒にナーベなる若い女がいます。」

 

「詳細は?」

 

「はい。モモンは男で、全身鎧(フルプレート)を身に纏い、大きな二本の剣を使いこなす戦士、エ・ランテルでは『漆黒の英雄』と呼ばれています。相棒のナーベは魔法詠唱者(マジックキャスター)で第三位階魔法を行使できるとのこと、しかし噂では・・・」

 

「どうした?続けよ」

 

「はい。噂ではナーベはフールーダ様と同じく、第6位階魔法を行使できるとのことです」

 

「ふむ・・・フールーダと同じか」(先程話を一度止めたのはフールーダと同格というのが信じられなかったからだろう)

 

 

 

 

「決めた。その『漆黒』なるチームについて調べよ。そうだな・・・」

 

ジルク二フはチラリと目を向けた。

 

 

 

 

 

「お前に頼もうか?どうだやってくれるな?レイナース」

 

 

 

 

 

________________________________________________________________

 

 

竜王国 王城

 

 

 

 

 

「はぁ・・・」今日何度目かの溜息をする。

 

 

「やめて下さいよ。溜息なんて。幸せが逃げますよ?」

 

 

「うっさいわ!これ以上の不幸がどこにある?」

 

 

「良かったじゃないですか。ビーストマンに襲われていた我が国を助けてくれた『彼ら』に感謝こそすれど、不幸だと嘆くなどダメですよ」

 

 

「お主も見ただろう。あのアインズ・ウール・ゴウンなる人物の素顔を」

 

 

「えぇ。アンデッドでしたね・・」

 

 

「この国の領土の三分の一も割譲するなんて言わなければよかったわ!!いくらビーストマンによって奪われたからといって・・」

 

 

「まぁまぁ・・・アインズ・ウール・ゴウンなる人物がロリコンじゃなくて良かったじゃないですか。それにしばらくは支援を約束してくれたじゃないですか?」

 

 

「・・・うぅむ・・・どちらがマシかなど比べるまでもないが・・・」

 

 

「終わりよければ全て良しですぞ」

 

 

「わしが良くない!!!」

 

 

この国は竜王国、この国が今後平和でいられるように祈るだけである。

 

 

 

 

 

_________________________________________________________

 

 

 

 

???

 

 

ある場所 街道にて

 

 

 

「・・・・・」

 

 

 

 

「どうした青年、浮かない顔をして?」

 

 

 

「いえ・・・気にしないで下さい」

 

 

 

「私は商人だが、話には乗るよ?」

 

 

 

「・・・・いえ、結構です・・・いやこれをお願いできますか?」

 

 

「これは神官が着てそうな服だな・・それにこんなにも指輪やらナイフを貰っていいのかい?」

 

 

「・・えぇ。今の私には不要なものですから。タダでいいです。その代わり少しのお金を恵んでくれませんか?」

 

 

「分かった。これでいいかい?」

 

「えぇ。結構です」

 

 

 

商人である男は思った。

 

 

「あの青年、髪の毛でも毟ったのだろうか・・・何か辛いことでもあったのだろうか・・・」

 

 

去っていく青年の背中がやがて見えなくなると再び馬を走らせた。

 

 

「綺麗な金髪なのに、勿体ない」

 

 

____________________________________________

 

 

アーグランド評議国 とある場所にて

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

「久方ぶりじゃな。ツアー」

 

 

 

「やぁ。リグリット。久しぶりだね」

 

 

 

「今日は何しにきたんだい?」

 

 

「あぁ・・例の探索で結果が出たのでその報告をな」

 

 

「現れたのかい?『流星の子』が?」

 

 

「あぁ。間違いない。奴らは『流星の子』じゃ」

 

 

「誰だい、それは?」

 

 

「モモン、それとナーベじゃ」

 

 

_____________________________________________________

 

 

スレイン法国 神都

 

 

 

 

 

「下がれ」

 

「はっ」

 

そう言って漆黒聖典第一席次で隊長である男は最奥の聖域を後にした。

 

 

 

廊下を歩いていると男は自分より遥かに高い位置に存在する人物と出会う。仮面を被った男だ。

 

「どうしましたか?」

 

 

 

「はい。漆黒聖典第4席次と連絡が取れなくなりました」

 

「ほう・・彼が・・ですか。何があったのですか?」

 

「えぇ。エ・ランテルにいるクレマンティーヌの殺害、それとアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』を漆黒聖典に勧誘ですね」

 

「彼が帰っていない所を見るとどうやら勧誘は失敗した模様ですね」

 

「えぇ。これで漆黒聖典は二人失いました」

 

 

 

 

「他の隊員が無事で良かったですね。セドランやポーマルシェたちは無事なのでしょう?」

 

「はい。幸いにも『星降りの災厄』からの復活後は問題なく『修行』に成功しています」

 

「それは良かった。かの神スルシャーナ様も喜ばれているはずですよ。第一の従者である私が言うんです。間違いないですよ」

 

「えぇ。その通りだといいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤルダバオト様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて隊長が去った廊下でヤルダバオトは一言告げる。

 

 

「ラストですか?」何もない空間にそう問いかけた。

 

 

「はい」そう言って姿を現したのは白い貴人服を身にまとう女だ。

 

 

 

「報告を聞かせて下さい」

 

 

「はい。ホニョペニョコを使った実験は成功しました。ですが・・」

 

 

「続けて下さい」

 

 

「はい。ホニョペニョコが倒されました」

 

 

「ほう・・・あの彼女を倒したとは・・・これは驚きですね。誰が倒したんですか?」

 

 

「『漆黒』のモモン。エ・ランテルでアダマンタイト級冒険者をしている男です」

 

 

「映像は撮ってありますね?」

 

 

「はい。こちらになります」そう言うとラストからスクロールを受け取る。

 

 

「ラスト、あなたは『七大罪(ななたいざい)』を集めて下さい」

 

 

「分かりました。彼らを集めると言うことはついに傷は治ったのですね?」

 

 

「えぇ。あの『純銀の聖騎士』につけられた傷は回復しました。あの二人は?」

 

 

「えぇ。蘇生後の『修行』も問題なく終わりました」

 

「そうですか・・なら次の段階に移りましょう」

 

 

「いよいよですね?」

 

「えぇ。いよいよです。この生まれ持った異能(タレント)を得た今、ついに動けます」

 

「確か・・『あらゆるマジックアイテムが使用可能』でしたね」

 

「えぇ。いよいよ計画を始める時です」

 

そう言ってヤルダバオトの手には四本腕の生えた悪魔像があった。

 

 

 

 

_______________________________________________

 

 

アゼルリシア山脈 とある場所

 

 

 

 

 

 

「ここがモモンさんの家族が眠る場所」

 

そう言ってナーベが見下ろした場所には一つの簡易の墓があった。

 

 

 

 

 

「あぁ・・・みんなここで眠っている」

 

そう言うとモモンは兜を脱いだ。その表情には色々なものがあった。

 

 

 

 

 

 

二人は黙祷した。風の音だけが耳に残る。

 

 

 

 

 

 

 

「全て終わったよ。みんな・・・・」

 

 

 

 

 

「『俺』は全てを終わらせたよ」

 

 

 

 

風の音だけがする。

 

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

「行こう。ナーベ」

 

 

「いいのですか?」

 

 

「あぁ。もう『俺』はここに戻ることはない」

 

 

「・・・・」

 

 

「行こう」そう言ってモモンはその場を後にしようと振り返る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってらっしゃい」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!?っ・・・ナーベ!?」

 

 

 

 

 

 

「これから何度だって言いますよ」

 

 

 

 

 

 

「・・・・ありがとう」

 

 

 

「いえ・・・」

 

 

 

「行こうか・・・」そう言ってモモンは手を差し出した。ナーベはその手を掴んだ。

 

 

 

 

 

「・・・!」ナーベの耳に微かに鼻をすする音が聞こえた。

 

 

 

 

 

「・・・・・」

 

 

 

 

「雨が降っていますね」

 

 

 

 

「あぁ・・・そうだな」

 

 

 

 

モモンの視界・・・いや世界にはどこまでも雲一つない青空が広がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

エ・ランテル

 

 

 

 

 

 

 

「えーん」そう言って泣いている少女がいた。隣には母親らしき人物がいて必死に宥めていた。

 

 

 

「どうしたんだい?」

 

 

 

「パパから貰ったお人形さんがあそこに風で飛ばされちゃったの!」そう言って少女は自分の目線の先にある建物の屋根に指を差した。

 

 

「分かった。私が取ってきてあげよう」そう言ってモモンは跳躍すると屋根に上り、あっという間に降り立った。

 

 

 

「これのこと?」そう言って差し出した手には汚れた人形があった。どうやら長い間使われていたらしい。

 

 

 

「ありがとう!モモンさん!」

 

 

 

「ありがとうございます!モモンさん!」

 

 

 

「いえ・・・・」

 

 

 

 

「どうしてモモンさんは助けてくれたの?」

 

 

少女からすれば疑問だったのだろう。モモンが来るまで誰も人形を取ろうとしなかった。いや出来なかったという方が正しいか。だから少女はキョトンとした顔でありながら真剣かつ好奇心に満ちた目で真っすぐモモンを見つめていた。

 

 

 

 

モモンは少女に近づき頭にポンと手を置いた。そして少女の目線に顔を合わせるようにしゃがみこむ。

 

 

 

 

 

「それはね・・・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは『ある一言』であった。

 

 

 

 

 

 

 

かつて自分を救ってくれた恩人の言葉・・・・・

 

 

 

 

家族の仇を許した際に言った言葉・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『(だれ)かが(こま)っていたら(たす)けるのが()たり(まえ)』だから」

 

 

 

 

 

 

 

 




これにて『第1部』は完結です。


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※※設定など/第3章-第4章

『主要人物』

 

モモン

『漆黒』のリーダー。

ミータッチから武技『十戒』を初め多くのものを授かった。

スレイン法国で起きた『星降りの災厄』からナーベを連れて逃亡。エ・ランテルにたどり着く。そこで生活費と情報を得る為に冒険者になる。『墓地騒動』を解決し、ミスリル級冒険者が束になっても勝てなかった『ザイトルクワエ』といった強敵を倒した功績からナーベと共に最高位のアダマンタイト級に昇級。そして『ホニョペニョコ』を倒したことで生きる伝説となった。その後かつて村を滅ぼしたクワイエッセを許し、このことで過去の因縁を終わらせた。今後は自身を救ってくれた恩人ミータッチと同じ様に『誰かを助ける』ことを決め、『誰かが困っていたら助けるのが当たり前』を信条に生きることを決めた。

 

 

ナーベ

『漆黒』の片割れ。第五位階までを使いこなす。

非常に端正な顔立ちをしている。ただし心を許さない者には毒舌。

スレイン法国で起きた『星降りの災厄』からモモンと共に逃亡。エ・ランテルにたどり着く。そこで生活費と情報を得る為に冒険者になった。モモンと共に色々な偉業を成し遂げており、そのことからアダマンタイト級冒険者に昇級。モモンの過去も全て知っ上で彼の決断をした後にはある言葉を贈り彼を送り出した。

 

 

ハムスケ

『漆黒』の従者?

『トブの大森林』で『森の賢王』と呼ばれる存在だった。

ンフィーレアの薬草採集の依頼の中でモモンに戦い敗北。

その後はモモンとナーベに付き従う。現在は二人の馬代わりとして乗られることが多い。モモンやナーベの為なら死んでもいいと考えている。また何度か身を挺してナーベを助けたりするなど忠誠心は高い。また柔らかそうな見た目とは反対にその毛皮は非常に硬いらしい。

 

 

アインズ・ウール・ゴウン

カルネ村に暮らす人物。何故かいつも仮面を被っている。

スレイン法国が仕掛けた偽装兵からカルネ村を助けた。その際に王国戦士長ガゼフと友好的な関係になる。その後王城に招待され『カルネ村』の『所有物化』を認められる。

実はその正体はアンデッド。後にミータッチの『友人』であることが判明。彼から預かった装備をモモンたちに見せたこと、定期的に来るはずの手紙が送られなくなくなったことからミータッチの死亡をモモンとナーベに告げた。

だが生者を憎んでいるということはない。またアンデッドでありながらも類まれなる知性を持ち、そこから考える計画などはモモンを驚愕させる程。

ビーストマンに襲撃されて疲弊していた竜王国を領土の一部と引き換えに救援し、アインズ・ウール・ゴウン魔導国を建国、王となった(後に大陸統一という偉業を成し遂げる魔導王その人である)。

 

 

エントマ

アインズのメイドの一人。

非常に端正な顔立ちをしているも表情は一切変わらない。

人間ではないらしい。

なおナーベとは仲が良いらしい。

 

 

 

___________________________________

 

 

ブリタ

鉄級冒険者。女。

酒場の一件の詫びにモモンから赤いポーションを受け取る。

このポーションをバレアレ親子に鑑定してもらったことがモモンたちの依頼に繋がることになった。

後に『死を撒く剣団』討伐依頼の際は危機的状況の中でも戦うことを止めず結果的にホニョペニョコの襲撃に遭う形で生存。その後血塗れになった状況でアング(その正体はブレイン=アングラウス)により助けられエ・ランテルにたどり着く。目を覚ました後は冒険者引退を決意。ロバートに引退後はカルネ村へ行くことを話す。

 

 

ロバート=ラム

『灰色のネズミ亭』の店主。

強面で無愛想で口下手だが根は優しい。

ブリタを初め一部の人物はロバートの性格を把握している。

 

 

 

 

 

『漆黒の剣』

 

ぺテル

『漆黒の剣』のリーダー。

モモンが好青年だと認める人物。

『漆黒の剣』の由来は十三英雄の一人・暗黒騎士の持つ剣から。

 

 

ルクルット

『漆黒の剣』の一人。

軟派で軽薄そうな態度を取るが依頼の際はきっちりこなすなど公私混同はしないタイプ。

 

 

ダイン

『漆黒の剣』の一人。

大きな体格の持ち主。年長者であり落ち着いた性格からみんなのブレーキ役である。

 

 

ニニャ

『漆黒の剣』の一人。

小柄な人物。生まれ持った異能(タレント)<魔法取得速度2倍>の持ち主。

かつて貴族に攫われた自分の姉を探すために旅をしている。

 

 

 

 

 

 

『バレアレ家』

 

リイジー=バレアレ

とある一件により赤いポーションの存在を知る。

孫のンフィーレアが捕らわれた際は『全て』を差し出すことを強引に約束した。

墓地騒動後はンフィーレアと共にカルネ村に移住。モモンたちに家を譲渡した。

孫であるンフィーレアがエンリに求婚する話をした際は喜んでいた。

 

 

ンフィーレア=バレアレ

とある一件により赤いポーションの存在を知る。

モモンを名指しで依頼して赤いポーションの出所を探ろうとするが、自身の性格ゆえに出来ずモモンに正直に事情を話した。その際の誠実な態度からモモンと交友関係を結ぶ。墓地騒動の際はクレマンティーヌにより特殊なアイテムを被せられて強引にアンデッドを使役させられる。墓地騒動後は自身を助けてくれたモモンに家を譲渡することを同意した。

カルネ村に移住後は生まれ持った異能(タレント)<あらゆるマジックアイテムが使用可能>が喪失したことを知る。その後色々あったらしいが、その時に紆余曲折あって支えてくれたエンリに求婚を決意した。

 

 

 

 

 

『カルネ村』

 

エンリ=エモット

カルネ村の村娘。カルネ村の次期村長。

他の村人たちと同じように両親をスレイン法国の偽装兵に殺害された。この時に助けてくれたアインズに「角笛」を貰う。「角笛」を使ったことでゴブリンたちを率いることになった。

生まれ持った異能(タレント)を失ったンフィーレアに『ある言葉』を言って無自覚ながら救っている。

 

 

ネム=エモット

エンリの妹。

姉には早く幸せになってほしいと考えている。

 

 

ジュゲム

ゴブリンの一人。

名前の由来は十三英雄の物語から。

 

 

カイジャリ

ゴブリンの一人。

名前の由来は十三英雄の物語から。

 

 

 

 

 

『墓地騒動の主犯』

 

ガジット

『秘密組織ズーラ―ノーン』の幹部。十二高弟の一人。

それなりの魔法を行使できる。

奥の手は骨の竜(スケリトル・ドラゴン)の召喚である。ただしナーベにより第7位階魔法による攻撃を受けたことで敗北。その後捕らわれる。

牢屋の中では非常に大人しいらしい。

 

 

クレマンティーヌ

『秘密組織ズーラ―ノーン』の幹部。ただし十二高弟ではない。

可愛らしい顔立ちをしているも人格破綻者。

その正体はスレイン法国の特殊部隊・六色聖典の1つ、『漆黒聖典』の一人。そこを裏切った経歴がある。

最後はモモンに倒され捕らわれる。

最終的に国を裏切ったことから口封じに自身の兄のクワイエッセにより強引に『口封じ』させられたため死亡。蘇生すら出来なくなった模様。

 

 

 

 

 

 

『ミスリル級冒険者』

 

イグヴァルジ

ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のリーダー。

元々十三英雄に憧れたことが切っ掛けで冒険者になった経緯を持つ。ただ「英雄」になろうとし過ぎるあまりに周囲を顧みない一面を持つ。

『薬草採集』の依頼の際は「英雄」と呼ばれるモモンに対して競争心や同じ冒険者として功を焦るがあまり仲間を危険に晒してしまう失態を犯してしまう。

結果的にモモンたちによる活躍で死者は出なかった。だがこの一件でモモンに助けられたことで今までの考えを変える切っ掛けとなる。

依頼達成後は冒険者組合長からの言葉に従い引退を迫られるが、モモンが冒険者組合長に設立するように言った『冒険者育成機関』、それとその『教官』にイグヴァルジを任命したことで冒険者を引退することはなくなった。

金級冒険者への昇級試験を受ける『漆黒の剣』の教官を担当することが判明した。

 

 

モックナック

ミスリル級冒険者チーム『虹』のリーダー。

数多くの経験を積んだおかげか冷静かつ的確な判断を下せる。

モモン曰く非常に優秀な冒険者。

 

 

ベロテ

ミスリル級冒険者チーム『天狼』のリーダー。

ミスリル級冒険者にふさわしい言動や行動をする人物。

 

 

 

 

 

 

『トブの大森林』

 

ピスニン

ドライアード。

恐らく最低でも200年の時を生きている。十三英雄らしき人物たちと出会ったことがある。

ザイトルクワエの危険性をイグヴァルジに話すも理解されず胸倉を掴まれた不憫の人物。

 

 

ザイトルクワエ

ピスニン曰く『世界を滅ぼす魔樹』。

最終的にモモンの武技により倒された。

頭の所に「どんな病も治す薬草」が生えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

『エ・ランテル』

 

アインザック

冒険者組合長。

モモンたちを認める人物。

ラシケル、パナソレイがいる前では進行役として話す。

モモンたちをアダマンタイト級に昇級させたり、そのモモンのイグヴァルジについての処遇を認めたりするなどそれなりに臨機応援に動ける人物でもある。

魔術師組合長のラシケルとは仲が良い。

 

 

ラシケル

魔術師組合長。

ホニョペニョコ討伐前には魔封じの水晶を鑑定して驚愕していた。

討伐後は損傷の激しいモモンの全身鎧を魔術師組合を総動員させて修理した。

 

 

パナソレイ

都市長。

小太りで鼻が悪い。

ホニョペニョコに怪我を負わされた際は街の危機であることを感じてすぐさま外出禁止令を出した。

 

 

アング

血塗れのブリタや死んだ目をした女たちを連れていた不審な男。

刀という変わった武器を持っている。その正体はブレイン=アングラウス。

『死を撒く剣団』を討伐しに行ったが、謎の女(ラスト)と戦闘。圧倒的な差で敗北。

その後、慰み者になっていた女性二人と血まみれに横たわるブリタを保護し、エ・ランテルに向かうも衛兵に不審がられて逮捕される。冤罪が発覚してからも牢屋の中で何やら考え事をしており出ようとしなかった。

最終的に王都にいる王国戦士長ガゼフに会うことを決意、旅立つ。

 

 

 

 

 

___________________

 

 

ホニョペニョコ

謎の吸血鬼。『星降りの災厄』の時にいた吸血鬼。

非常に強い。モモンを騙すことで戦闘を有利にしたりなど知性の高さも伺える。

最後はモモンの放った『鏡花水月・次元断切』により切断されて滅びた。

その際に『ラスト様』と召喚主らしき人物の名前を叫んだ。

 

 

ラスト

ホニョペニョコの召喚主。全身に白い貴人服を纏う女性。

『星降りの災厄』の時にもいた人物。

ブレインと戦闘し、圧倒的な差で彼に敗北を与えた人物。

第4章の最後にて『ヤルダバオト』から『七大罪』を集めるように命令を受けた。なお『七大罪』の二人は『純銀の聖騎士』の戦闘により死亡。現在は『修行』している。

 

 

ヤルダバオト

スレイン法国にいる人物。スルシャーナ第一の従者を名乗っている。

ラストより立場が上の存在。

何かしらの手段でンフィーレア=バレアレの『生まれ持った異能(タレント)・あらゆるマジックアイテムが使用可能』を奪った。

『星降りの災厄』時に『純銀の聖騎士』と戦闘し深手を負った。

その正体は・・・・

 

 

__________________

 

 

 

『六大神』

 

 

 

スルシャーナ

『死の神』と称される存在。

アンデッドだったと言われている。他の五柱の神に比べて強大であった。

「世界の覇者」。

 

 

 

アーラ・アラフ

『生の神』と称される存在。女性。

スルシャーナを除けば他の神より強大だったとされる。

「世界の覇者」。

 

 

 

 

ヨミ

スルシャーナ第一の従者。女。

※名前の由来は『黄泉返り』から。

 

 

 

ナミ

スルシャーナ第二の従者。女。ヨミの友人的存在。

※名前の由来は『伊邪那美(いざなみ)』から。

 

 

 

__________________________________________

 

『その他の用語』

 

 

星降りの災厄

スレイン法国に何故か二度も星が降った出来事。

星の爆発によることが原因なのか全人口の約4割が死亡。

 

 

 

預言書(エメラルドタブレット)

預言が書かれているとされている石板。

ミータッチは何故かこれを所有していた。

アインズは何故かこれを解読できる。

モモンが触れると何故か「過去」を見ることが出来る。

この「過去」は伝承などは異なる歴史を辿っており、モモンはこれを「真実の歴史」ではないかと疑っている。

最低でも七つはある模様。

残る石板のある場所は現在不明。

 

 

破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)

600年前に六大神のスルシャーナにより殺害(実際は封印)された存在。

何故かスレイン法国を亜人の軍勢を使って戦争を起こした。

その正体は……。

 

 

亜人同盟

破滅の竜王(カタストロフ。ドラゴンロード)により編成された亜人の軍勢の名称。「同盟」とは名ばかりで実際は「破滅の竜王軍」といった方が正しい。

大半は人質(種族そのもの)の殺害を理由に脅迫を受けている状態で編成された軍隊。

和平派と交戦派に別れ同士討ち。やがて和平派はスルシャーナたちに降る。

交戦派が戦う理由も「破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)」の生死を確認できないことの不安からである。

交戦派はスルシャーナたちにより全滅した。

 

 

人工神人計画

六大神の子孫を最高幹部たちが死産と偽り密かにその子孫たちを育て他の者たちと「交配」させていた。

その理由は「自分たちの思い通りになる兵器」の生産が目的。

時折「亜人種」や「異業種」と交配させるのも「兵器」としての「寿命」を伸ばすためである。

最終的には「エルフ」などを始めとする「人間種」同士と交配させて寿命を伸ばすことに成功する。

その結果、誕生したのが・・・・

 

 

エリュエンティウ

砂漠の上に浮かぶ都市。「八欲王」が首都の名目で築いたとされている。

世間一般では「浮遊都市」と呼ばれている。

この都市あたりの古語で「世界の中心の大樹」を意味するらしい。

果たしてその言葉の意味は・・・・

 

 

 

十戒

モモンがミータッチから授かった10個の武技。

なおミータッチは全ての武技を「完璧に」使いこなせた。現在のモモンは授かっただけで取得には至ってない武技もある。

①飛翔斬・・・・飛ぶ斬撃を放つ。主に中距離攻撃に使用。鳥の様な飛ぶモンスターなどに有効。

②星火燎原・・・「爆発」する斬撃を放つ。爆発の性質上内部にダメージを与えやすい。硬い鱗などを持つモンスターに有効。

③明鏡止水・・・自身の「時間」を周囲と切り離す。この武技の使用中に自分と自分の触れているもの以外を動かす(主に攻撃)と武技が解ける。

④心頭滅却・・・自身の「精神」を落ち着かせ自然を一体化する。極度に集中力を要する時などに使用。「鏡花水月」との併用が多い。モモンの最も得意とする武技。

⑤鏡花水月・・・誰かの「真似」をする武技。これを使えば弓を使用することも出来る。ただしその実力は格段に落ちる。自身の性質から離れたものほど精神の消耗が激しくなる。※1

⑥双極・・・・・自身の持つ武器や盾などの強さを限界まで引き出す。

⑧課全拳・・・・自身の能力を任意に「倍加」させる武技。どこまで倍加させるか、またより多くの能力を倍加させる程コントロールも困難になり消耗も激しくなる。※2

⑨次元断層・・・どんな攻撃も防ぐ「最強の盾」。モモンのナーベを「守りたい」という気持ちにより発動した。

⑩次元断切・・・未取得。どんな防御も切り捨てる「最強の矛」。現在のモモンは「鏡花水月」を使用して強引に使用している。その為威力や他の性質は格段に落ちてしまっている。

 

※1「鏡花水月」使用の際は「<鏡花水月>○○〇・△△△」と表記。〇〇〇には真似をする「誰か」の名前、△△△は「武技」の場合に表記。

※2「課金拳」使用の際は「<課全拳>□□倍」と表記。□□には何倍かを表記。

 

 

 

 

修行

魂の強化、進化

※要はレベルアップのこと。レベリングである。

 

 

叡者(えいじゃ)額冠(がっかん)

スレイン法国にある最秘宝の1つ。

装備者の自我を奪う代わりに色々できるアイテム。

ンフィーレアはこれを装備させられたことで生まれ持った異能(タレント)を失ったと思っている。

ンフィーレアを助ける為にアインズはこのアイテムを魔法で「破壊」している。

そのためスレイン法国にこのアイテムは残り五つになった。

 

 

 

 

 

 

 



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--現代2--
ある国のある少年


コナー=ホープは本を閉じた。

窓から差し込む朝日でハッとする。

 

「そう言えば・・忘れてたな。」

 

今日はケイトと会う日だった。

 

コナーは自分の部屋を出て階段を降りる。

 

「どうしたの?コナー」

 

母親であるサラが聞く。

 

「ケイトの所に行ってくる」

 

「ケイトちゃんの所?行ってらっしゃい」

 

コナーは家を出た。

 

向かうは『灰色のネズミ亭』だ。

 

 

___________________________

 

コナーが『灰色のネズミ亭』に向かう途中で何か困ったような声をした人がいた。

 

「あぁ・・」

 

年老いた女性だった。見た所両親よりも年齢は上であった。細い手足を必死に動かしているものの、どこか怪我をしているように思えた。

 

「どうしたの?おばあちゃん。」

 

「買い物の帰り道で膝を痛めてしまってね。」

 

(大変だな・・・よし!!)

 

「家はどこ?送っていくよ。背中に乗ってよ。」

 

そう言ってコナーは老婆に背中を見せるとしゃがむ。

 

「いや、そんないいよ。」

 

「遠慮しなくていいよ。」

 

「・・ありがとうね。」

 

「いえいえ。誰かが困ってたら助けるのが当たり前だから」

 

昔、自分と家族・・いやエ・ランテルの『大恩人』であり『大英雄』と同じ言葉を言う。

 

 (昔俺たちを助けてくれたあの人みたいに、今度は俺が他の人を助けるんだ!)

 

 

____________________________

 

灰色のネズミ亭のウエスタンドアを開ける。

 

「おい!店はまだやってねぇぞ!」

 

顔に傷のある男であるロバート=ラムが怒鳴り散らす。

 

「俺だよ。ロバートおじさん」

 

「あぁ・・すまねぇ。コナーか。ケイトなら二階にいるぜ」

 

(いつもの酔っぱらいかと思ったんだが・・・)

 

ロバートの店には朝から酔っぱらいがいる。酒を飲む代金しか持っておらず、一杯の酒だけで一日中いられる面倒くさい客である。ただ今回は違ったようだ。

 

「ありがとう。おじさんは『漆黒の英雄譚』はもう読んだ?」

 

「いや、まだだ。今はケイトが読んでるはずだ」

 

「そうなんだ。二階に上がるよ。お邪魔します」

 

「おう。好きにあがれよ」

 

 

 

 

二階に上がると部屋があった。コナーは閉じられているドアをノックした。

 

「はい。どちら様?」

 

「俺だよ。コナーだ」

 

「コナーっ!!!?来るの早くない!!?ちょっと待って!!」

 

部屋の中から何やら片付けているような音が聞こえた。

 

やがてドアを開けて顔を出す少女がいた。

 

「もう。いいよ」

 

金髪碧眼。お下げ頭。可愛らしい顔は笑うとなお可愛い印象を与える。

ちなみにロバートおじさんの娘である。

 

「お邪魔します。」

 

そう言ってコナーは部屋にお邪魔する。

 

机やベッドが並んでいる。机の上には本が置かれていた。

 

「ケイトも『漆黒の英雄譚』を読んでたの?」

 

「うん。面白いもん」

 

「確かにな。それでどこまで見たの?」

 

「第3部まで読んだよ。モモンさんが・・」

 

「ちょっと待って!ネタバレしないで!俺まだ第2部までしか読んでないから」

 

「あっ、ごめん」

 

「いいよ。それよりこの本について少し話そうよ」

 

_____________________________________

 

コナーはケイトと『漆黒の英雄譚』について「あれいいね。」とか「これは酷いことをしている」などと話し、楽しんだ。

 

夕日が差し込んだことで二人は別れた。

 

今、コナーは自宅の自室にいる。

 

(ケイトもロバートおじさんも・・・みんなモモンさんが好きなんだな)

 

『漆黒の英雄』と呼ばれた人間。エ・ランテルの『大恩人』。

 

「さてと・・・」

 

外は既に暗く、両親は眠っていた。

窓の外には『いつも通り』にデスナイトが警備として巡回していた。それを見て安心する。

コナーは机の上の永続光(コンテニュアル・ライト)のランタンを点けると、本に触れる。

 

「読みますか・・」

 

コナーは再び『漆黒の英雄譚』を開いた。

 

 

 



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第5章【ヤルダバオト】
謎の女ヴァルキュリア


 

 

 

------助けて!!誰か助けて!!------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が街を照らし誰もが寝静まる中、モモンは女の声を聞いた。

 

「!!?」布団をバッと捲って立ち上がり隣のべッドに目を向けた。

 

だがそこには寝息を立てて眠るナーベがいただけだ。

 

(ナーベじゃないのか?・・・だとしたら今の声は一体?)

 

 

 

 

 

隣のベッドで眠っているナーベを見て起こさないようにゆっくりと歩く。

 

寝室から出たモモンは一階に下り、家の玄関のドアを開けて周囲を見渡す。だが誰もいなかった。

 

念の為に家の周囲や中を確認するが誰もいなかった。

 

 

 

(誰かの悪戯か?)

 

一瞬そう結論付けた。だが先程の声はとても悪戯だとは思えない様な声だった。

 

(だったら一体誰が?)

 

モモンは一先ず一階にある椅子に座った。

 

 

 

 

 

 

 

-------助けて!!誰か助けて!!---------

 

 

 

 

 

「これは!?」ようやく気付いた、

 

それはまるで直接頭に語り掛けてくる様であった。

 

モモンは声の発生源にようやく気付いた。

 

(これは・・・間違いない・・・コレから聞こえる)

 

 

 

 

 

 

 

モモンを懐を・・無限の背負い袋(インフィ二ティ・ハヴァザック)を探る。その中から預言書(エメラルドタブレット)を取り出す。

 

一枚目と二枚目をテーブルの上に置く。

 

 

 

 

 

 

 

-----助けて!!誰か助けて!!-------

 

 

 

 

 

 

 

モモンは意を決するとエメラルドタブレットに触れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________________________________________

 

 

 

 

 

 

「ここは?」

 

そこは何もない空間の様に感じた。

空に位置する場所には川?湖?何か知らないが水の様なものがある。

地面に位置する場所には草花が一つもなく荒野の様なものが広がっている。

 

ただただ空には水の様なものが、ただただ地面には荒野の様なものが広がっている。

 

 

 

 

 

「ここは一体・・?」

 

そんな風に考えた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「助けて!!誰か助けて!!」

 

声がした。その方向を向く。

 

 

 

 

 

水の様なものが、荒野の様なものがまるでその場に現れた真っ暗い穴に吸い込まれていった。

 

代わりに現れたのは一人の女だった。何故か両手を前に組んでいる。

 

 

 

 

 

 

「!!?」

 

 

「助けて!!誰か助けて!!」

 

そう言った女の声は悲痛に満ちていた。

 

 

 

モモンは女の姿を見た。そこで気付いた。

 

 

 

夕日の様な黄金の長い髪、

 

青空を連想させる青い瞳、

 

雪のように白いが少し日焼けしたような肌、

 

プロポーションの比率は完璧であった。

 

 

 

だが気付いたのはそこでは無かった。

 

彼女の胸には何故か古びた槍が突き刺さっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

「助けて!!誰か助けて!!」

 

胸に槍が突き刺さっているにも関わらず何故叫べるのかは分からないが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 

 

「君は一体!!?」

 

 

 

 

 

その声でようやく女は気が付いたのかこちらに視線を向けた。

 

 

 

 

「誰かそこにいるの?」

 

 

「私はモモン!!君は一体何故こんな場所に囚われているんだ?」

 

 

「モモン・・・・?」

 

 

「君は一体・・?」

 

 

「私は・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴァルキュリア」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴァルキュリア、私が君を助ける!どうすれば助けられる!?教えてくれ」

 

 

 

モモンはヴァルキュリアに声を掛けた。

 

 

 

 

「モモン・・・・助けて!!・・・彼を助けて!!」

 

 

 

 

「彼?・・・・彼って一体・・・まず君を助けなければ!」

 

 

 

 

「違う。私なんかより彼を助けて!!」

 

 

 

そう言うとヴァルキュリアは前に置いていた両手を真っすぐ前に伸ばすと開いた。そこには見覚えのあるものが握られていた。

 

 

 

 

「どうして君がそれを?」

 

 

 

 

それはモモンがついさっき見たものと同じであった。

 

 

 

 

預言書(エメラルドタブレット)

 

 

 

 

 

それが光り出した。

 

 

 

 

 

 

モモンの頭に何かが流れ込んでくる。

 

これは記憶?

 

 

 

 

 

 

 

 

----まだ神や悪魔の概念が無かった-----

 

----心優しきヴァルキュリアを、裏切った者は彼女の胸に槍を突き立てて滅びた----

 

----そして彼女も滅びたのだ----------

 

----未来と共に------------

 

 

----この一件は『ヴァルキュリアの失墜』と呼ばれた-----

 

 

 

 

その声は男の声だった。

 

だが随分と老練な印象を持たせる。

 

 

 

----預言書(エメラルドタブレット)は私が彼女に贈ったものだ------

 

 

 

 

「アンタは一体?」

 

 

 

-----ツアーを探せ!!そうすれば自ずと己の役目を知ることになるだろう!!-----------

 

 

 

「ツアーって誰だ?アンタは何者だ?彼女とどんな関係なんだ?」

 

 

 

-----答えは六つの預言書(エメラルドタブレット)を手にした時に分かる------

 

 

 

「どういう意味だ!?」

 

 

 

----行け!預言者よ!また会おう--------------

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水や荒野に満ちた世界が真っ白い光に包まれた。

 

 

 

 

___________________________________________

 

 

 

 

「!!?っ」

 

モモンは目を覚ました。急ぎ窓を見る。

 

既にエ・ランテルは朝の様だ。

 

 

 

 

 

預言書(エメラルドタブレット)、ヴァルキュリア、古びた槍、あの声の男、ツアー・・・そして預言者・・一体何だっていうんだ)

 

 

 

モモンは椅子から立ち上がる。

 

 

 

(そろそろナーベが起きる頃だ。まずは相談してみよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

ここからモモンの新しい戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 



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モモンとアインズ・ウール・ゴウン

※注意※

まず初めにこの作品を読んで頂き感謝致します。

『大幅修正・追加を終了するまで文章を全体的に変更しない』と言っていました。まだ大幅修正などは終わってません。なので文章は変更されていません。
まだ終わってなくてすみません。

ですがどうしても書きたい内容がありましたので本日更新させて頂きました。
ちなみに書きたい内容はまだ少し先の話です。
どうか今後ともどうかよろしくお願いします。

焼きプリンにキャラメル水

※※※※


エ・ランテルにある一つの家。『漆黒』のホームとなっている場所がある。

少し前まではエ・ランテルで一番の薬師であるリイジー=バレアレが所有し切り盛りしていた店だった。だが『墓地騒動』の時に彼女の孫であるンフィーレアがこれに巻き込まれてしまった際、リイジーが『漆黒』にンフィーレアの救助を依頼。彼らは『墓地騒動』の黒幕たちを倒し、ンフィーレアを救助することに成功した。その際に報酬としてバレアレ家が差し出したのがこの家だ。現在は最低限の模様替えだけをして生活している。

 

 

 

そこの一階の広間にテーブルを挟んで二人の男女が椅子に座っていた。アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』の二人だ。

 

一人は黒髪黒目の男だった。容姿は伝説の戦いを経たかの如く落ち着いており、そこから滲み出る雰囲気は歴戦の戦士を連想させる。鍛え抜かれた肉体は引き締まっており、その筋肉は骨の如く硬質化していた。だが肉体に反して市民たちからは親しみやすく尚且つ優しい顔立ちをしている。女同様に黒髪黒目であるが、この男の場合は誰もに安心を与える慈悲深さに満ちていた。それらの容姿や雰囲気は全てを包み込む夜空の如く温かく包み込む印象を与える。彼が『漆黒の英雄』と呼ばれるに相応しい容姿をしているのは間違いない。

 

もう一人は女性であった。十代後半から二十代ぐらいの年齢で、切れ味鋭い剣の刃を連想させる切れ長の瞳は黒曜石のような輝きを放ち、豊かかつ濡れたような漆黒の髪は後ろ手(現代で言うポニーテール)にしている。きめ細かい色白の肌は天からの贈り物である雪を連想させる。淑女と呼ぶに相応しい雰囲気を持つ。エ・ランテル含む周辺諸国では見ない容姿である黒髪黒目はまるで夜の闇の如く、彼女のその美貌はまるで美の神が造形したかの如く整い、夜の闇に浮かぶ月の如く輝いていた。

 

男が『夜空』であるなら、女は『月』である。

 

この二人の正体はモモンとナーベである。

 

 

 

 

 

「・・・・ということなんだ。どう思う?ナーベ」

 

モモンは普段とは違い全身鎧をまだ着用していない。今は食事の為にテーブルに置かれたパンを片手に持っている。決して小さくはないパンだが、戦士である彼が持つとパンが小さく見えてしまう。

 

 

 

「・・・・モモンさんが預言書(エメラルドタブレット)の中に・・」

 

そう言ってナーベはテーブルに置かれたグラスに入った冷水を飲み干した。衝撃な内容に対して頭を目覚めさせる必要があったからだ。だが飲んでも身体に変化はない。どうやら睡魔はとっくに消失しており、今自分の身体に残るのは先程モモンが語った内容に対して受けた衝撃なのだろう。

 

 

 

「あぁ。信じられないかもしれないが・・・」

 

モモン自身も正直半信半疑だ。自分で体感したことにも関わらずどこか『夢の中』みたいな感じだ。だがナーベに『信じてくれ』とは言わない。それは誰よりもナーベを信頼しているし、誰よりも自分のことを信頼してくれているのはナーベだと理解しているからだ。

 

 

 

「信じますよ。ただ私の頭じゃ分からないことが多すぎますので・・」

 

預言書(エメラルドタブレット)に関してナーベはモモンと同等の知識しか持ち合わせていない。そのためその内容を理解するには過去に読んだことある書物から自分の知っている内容を思い出すことしか出来なかった。そして自身の頭の中にある情報とモモンの語った内容が繋がるようなものは何一つなかった。

 

 

 

「なぁ。ナーベ、やはりアインズ殿に聞くしかないと思うか?」

 

「・・間違いなく、アインズ殿に話すべきことですね。ただ・・・」

 

ナーベは次の内容を語るのを僅かに躊躇った。理由はモモンが今さっきの聞き方をした理由と同じだ。

 

「あぁ。今や彼は魔導国を建国し異国の王だ。対して私たちは王国の・・・エ・ランテルのアダマンタイト級冒険者だ。そう簡単に会いに行ってもいいものだろうか?」

 

モモンの考えは至極全うかつ最もな正論である。

何故なら魔導国の王になったアインズ、リ・エスティーゼ王国という一国の街エ・ランテルに在住するアダマンタイト級冒険者のモモン、お互いの立場は今までとは違い責任が大きすぎる。

一国の王となったアインズは言うまでもない。それに対してモモンは今やエ・ランテルにおいて最高位冒険者であるアダマンタイト級冒険者である。現在モモンたちを除くとエ・ランテルの最高位はミスリル級である。このこともあり責任ある立場になった(後にモモンは『責任ある立場になってしまった』と語る)。更にモモンとナーベにとって因縁の敵である吸血鬼ホニョペニョコが起こしたことも大きい。あの一件でモモンはこの街で一番強い者と認識されたのである。それゆえ街の人々はモモンがいるというだけで安心感を得られるほどであった。そんな状況の為、モモンはアインズに会いに行くのを躊躇ってていた。彼はアインズの都合だけでなく、エ・ランテルの人々の都合をも考えていた。それゆえ彼は助けを求める意味でナーベに問いかけた。

 

「この件に関しては問題ないかと。ただ一国の王に会いに行ったと知られればあまりいい思いはされないかもしれませんね」

 

ナーベはモモンの考えを肯定する。誰よりも優しいと知っているナーベだからこそ躊躇うことなく肯定した。その上で自分の考えを述べたのだ。ハッキリ明言はしていないがナーベはモモンに『バレなければ大丈夫』と伝えたのだ。

 

「・・そうなると隠れて行くしかないか・・」

 

「まぁ・・そうなるでしょう。でしたらどうしますか?<伝言(メッセージ)>を使って会いに行くことをお伝えしますか?」

 

「あぁ。頼む」

 

ナーベはモモンからの答えを聞くと右のこめかみに指を当てて魔法を唱えた。

 

「分かりました。<伝言(メッセージ)>」

 

 

 

 

 

<ナーベです。アインズ殿。お忙しい中失礼します。今お時間は大丈夫でしょうか?>

 

<あぁ。構わないぞ。どうした?ナーベ>

 

 

<実は預言書(エメラルドタブレット)についてお尋ねしたいことがあるのですが、今からそちらにお伺いしてよろしいでしょうか?>

 

<今から30分程なら時間は取れるが・・今君たちはどこにいる?>

 

 

<エ・ランテルの自宅にいます>

 

<ふむ・・・仕方ない。私がそちらへ行こう>

 

 

<えっ!?しかしアインズ様は今や・・!?>

 

<友人に会いに行くのに立場など関係あるのか?少なくとも私には関係はないな>

 

 

<ですが、いいのですか!??一国の王であるアインズ殿の貴重な時間を>

 

<構わない。今から君たちがこちらへ来る時間に比べたら、私がそちらへ行く方が確実に早い。余計なすれ違いなどが起きる訳もなくお互い時間を無駄にせずに済む>

 

わざわざアインズ殿が『確実に早い』と言う程だ。何か別次元に早い移動手段を持っているのだろう。そうナーベは思った。

 

 

<・・感謝致します>

 

<気にするな。それでは一旦伝言(メッセージ)を切らせてもらうぞ。モモンにもよろしく言っておいてくれ>

 

 

 

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

 

 

 

ナーベはモモンにアインズが来ることを伝えた。その後二人はアインズを迎える為に掃除用具を片手にしアインズを迎える準備をしようとした時であった。

 

家の中に大きな闇が広がった。その闇は全てを飲み込むかの如く口を開いていった。

 

 

 

「なっ!?」

 

モモンたちは警戒する。突如現れた未知なる闇に対して警戒したのだ。モモンはテーブルの横に立てかけていた二本の大剣を手に取ると構える。ナーベは闇に向かっていつでも攻撃魔法を詠唱できるように右手をかざした。

 

 

 

「急に来て驚かせてしまったそうだな」

 

そう言って現れたのはアインズであった。モモンとナーベはすぐに警戒を解いた。その様子を見ていたアインズは仮面などを装着していないので表情が変わっている様に思えた。

 

 

 

「えぇ。まさか転移魔法を使いこなせるなんて・・<転移(テレポーテーション)>ではないですよね?」

 

まさかアインズがそんなにすぐに来るとは思っていなかったのだ。だからモモンがそう尋ねたのも仕方ないといえる。

 

 

 

「あぁ。この魔法は転移系の魔法の最上位とでも言っておこう」

 

「そう・・ですか」(まぁ・・第11位階魔法を使いこなせる可能性が高いアインズ殿ならばそういった転移魔法を使いこなせてもおかしくはないだろう)

 

 

 

「いえ気になさらないで下さい。むしろこちらにいらしてくれて感謝致します。大したおもてなしは出来なくて申し訳ありません」

 

「それこそ気にするな。預言書(エメラルドタブレット)の件は私にとっても大事なことだ」

 

「えぇ・・では早速・・」モモンがそう言って話をしようとした時であった。

 

「少し待て!」そう言ってモモンを手で制したのはアインズであった。

 

「アインズ殿?どうかなされましたか?」

 

「念のために魔法による結界を張っておこう」そう言ってアインズは何やら魔法を唱えた。

 

「これでいい・・・では話を聞かせてくれ」

 

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

 

「・・・成程・・預言書(エメラルドタブレット)の中に入った・・か」

 

「アインズ殿、このことについてどう思いますか?」

 

現在テーブルを挟んで座るはモモンとナーベ、それに向かう形で座るアインズだ。

 

「幾つか気になる単語がある。『ヴァルキュリア』と呼ばれる女。彼女の胸に突き刺さった『古びた槍』、何故か彼女が持っていた『預言書(エメラルドタブレット)』、それと『老練な声』の存在、『預言者』などだな」

 

「ヴァルキュリアは彼女の名前、そこまでは良いんですが他のことは全く分かりません」そう言ったのはナーベだ。

 

「・・まず最初の言っておくと『古びた槍』の正体は・・いや推測でものを言うべきではないな。なので『古びた槍』については現時点では何とも言えない。彼女が預言書(エメラルドタブレット)を持っていた理由も分からない。だが預言書(エメラルドタブレット)の中で彼女が預言書(エメラルドタブレット)を持っていたことを考えるのであれば・・・それを贈ったと自ら告げた『老練な声』の持ち主は彼女の敵ではないだろう。それが意味する所は彼女の胸に『古びた槍』を突き立てたのはその者ではない可能性が高い。だが最も気になるのは『預言者』という単語だ・・・」

 

それはモモンも気になったことだ。一枚目の預言書(エメラルドタブレット)に記載されていた単語だ。『預言者』は確か・・・・

 

 

 

「モモン、『預言者』というのはもしかすると・・モモン、お前かもしれない。その老練な声の持ち主に『預言者』と言われたのだろう?」

 

「えぇ・・・しかし・・」モモンは困惑した。いきなりそんなことを言われても理解できない。何やらとんでもない存在であろう預言者が自分だと言われて思考を停止してしまう。

 

「今はそこまで気にしても仕方るまい。お前が『預言者』というのはあくまで可能性だ」そう言われてモモンは胸を撫でおろした。自分が『預言者』と言われてもしっくりこない。むしろ『預言者』と呼ばれるに相応しいのはアインズの方だ。魔法を『詠唱』する存在の方が『預言者』という単語のイメージに合う。無論アインズ・ウール・ゴウンというアンデッドを知る上でモモン自身が判断したのが最大の理由である。

 

「『預言者』、確か一枚目の預言書(エメラルドタブレット)には『預言者』に対する記載があったな。それが見たい。悪いが見せてくれるか?」

 

「えぇ。お願いします」そう言ってモモンはテーブルに置かれた預言書(エメラルドタブレット)をアインズに手渡した。

 

 

 

  預言を繋ぐ者、「預言者」

  世界が変わる時、「預言者」は現れる。

  過去と未来を繋ぎ、永遠を造る者

  究極の扉を開ける世界の主

  始原にして終末の存在、

  それが「預言者」である。

 

 

 

「やはり記載されているな・・・」それに刻まれた一部の記載を読んだアインズはモモンに目を向けた。

 

「アインズ殿、『預言者』とは一体どのような存在なのでしょうか?」

 

「『過去と未来を繋ぐ』とある。預言書(エメラルドタブレット)にモモンが触れて見たのが600年前の歴史だったな?」

 

「えぇ。六大神が破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)を封印しました」

 

「過去と未来を繋ぎ、永遠を造る者・・・か。やはりモモンが『預言者』としか思えないな」

 

「・・・・」(本当にそうなのか?)

 

「モモンさんが『預言者』であるなら『過去と未来を繋ぎ』の部分はは説明がつきますね」

 

「どういうことだ?ナーベ」

 

「モモンさんは預言書(エメラルド・タブレット)を通して600年前の歴史・・過去を見ました。600年前の過去からすれば私たちがいる現在は600年後と言えます。これが『過去と未来を繋ぎ』という点なのではないでしょうか」

 

「だとすれば『永遠を造る者』の意味は?」

 

「そこはまだ何も分かりませんね」

 

「『預言者』についてはこれ以上の情報は無いだろう。それよりも『老練な声』は誰だ?心当たりはあるか?」

 

「分かりません。過去の記憶を見た時にも聞いたことがない声だったので。ですが『老練な声』の持ち主は何故か私に<ツアーを探せ>と言ってきました」

 

「『ツアー』。その名が人名なのか場所の名前なのか、あるいは何かアイテムの名前か・・・何にせよ『ツアー』と呼ばれる何かを探すしか無いだろう」

 

「そうなりますか・・・・だとしたら地道に聞き込みでもしていくしかなさそうですね」

 

「あぁ。そうだな。国の上層部や君たちと同じアダマンタイト級冒険者などであれば『ツアー』についての情報は知らなくても、それに繋がる情報を持っているかも知れない・・・・その可能性に賭けるしかないだろうな」

 

「・・・『ツアー』、一体どこに行けば見つかるのか・・」

 

「<探せ>と言われたのであれば、その『ツアー』とやらは隠れている、あるいは隠されているか・・可能性は高いだろうな」

 

「・・・まずは『ツアー』に関する情報集めですね」

 

「あぁ。・・・伝言(メッセージ)か。<どうした?エントマ・・・・何?・・・分かった。そちらへ向かう>」アインズのその様子にモモンは眉を顰めた。カルネ村に何か起きたのだろうか?

 

「どうかされましたか?」

 

「すまないがカルネ村に戻らねばならない。この話の続きはまた今度だ」

 

「忙しい中申し訳ありません」

 

「気にするな。今回の一件は私にとっても大事なことだ」

 

そう言ってアインズは再び闇を作り出し、その中に消えていった。

 

 

 

「アインズ殿のおかげで分かったことは一つ。『ツアー』か・・・・一体どこに行けば見つかるやら・・」

 

(これは今まで受けてきた依頼よりもずっと難しい内容ですね)

 

モモンとナーベはお互いに顔を合わせると溜息を吐いた。

 

 

 

 

 



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新たな出会い

※注意※

まず初めにこの作品を読んで頂き感謝致します。

『大幅修正・追加を終了するまで文章を全体的に変更しない』と言っていました。まだ大幅修正などは終わってません。なので文章は変更されていません。
まだ終わってなくてすみません。

ですがどうしても書きたい内容がありましたので本日更新させて頂きました。
ちなみに書きたい内容はまだ少し先の話です。
どうか今後ともどうかよろしくお願いします。

焼きプリンにキャラメル水

※※※※


 モモンとナーベは家の清掃を行っていた。二人は会話をしながら掃除していた。

 

「汚いですね」

 

「あぁ……埃まみれだ」

 

 二人が掃除をしているのにはしっかりした理由がある。それはこの家に誰かを招く際に、汚い部屋だと失礼にあたるからだ。特にミータッチの友人であり大恩あるアインズには最大限の礼儀を尽くしたいとモモンもナーベも思っていた。そのため現在家の掃除をしているのだ。最初はナーベが一人でしようとしたが、モモンもやり始めた。ナーベが何度も掃除の手伝いを断ろうとするもモモンは「ナーベがしているのに私がやらない訳にはいかない」と言って掃除をやり始めた。そして今に至る。

 

 

「そう言えば長い間、掃除していなかったなぁ」

 

「そうですね。リイジーさんとンフィーレアさんから家を譲ってもらった時に一度しただけでしたから」

 

 

 

 二人が会話をしていると突如ドシドシと大きな足音が聞こえる。

 

「殿ぉ!!」

 

「どうしたハムスケ?」モモンがそちらへ顔を向けると窓の外にハムスケの顔があった。

 

「それがしも何か手伝えることはないでござるか?」ハムスケはそう言ってモモンを円らな瞳で見つめている。思わず引き込まれそうになる。

 

(こいつ……まさか<人間種魅了(チャーム・パーソン)>とか使ってないだろうな?)

 

 何となくそんな気はしたが、恐らくただの気のせいだろう。モモンもナーベもハムスケのこの魔法には問題なく抵抗(レジスト)できる。まぁ本当にハムスケがこの魔法を使っていればの話だが。

 

「うーん……そうだな……お前にも手伝ってもらおうかな。まずはこの雑巾を使って……」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

◇◇◇

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「殿……ナーベ殿・・申し訳ないでござる」

 

「「………」」

 

 ハムスケはモモンとナーベの目の前で泣いて頭を下げた。窓の外からハムスケが申し訳なさそうにしている。心なしか尻尾も垂れてしまっていた。

 

「気にするな……誰でも失敗はあるさ…」

 

「……えぇ。ハムスケに怪我がなくて良かった」

 

 しかしハムスケは頭を上げない。

 

「しかしこんな大事なものを壊してしまったでござる……」

 

 そう言ってハムスケが頭を上げて視線を向けた先には床の上で無残に壊れてしまった置時計だ。部品も床に散らばっている。時針、分針、秒針全てが取れてしまっていた。この置時計自体はバレアレ家にこの家を譲渡してもらった後に購入したものだ。

 

(割と高かったんだよなぁ…アレ…これじゃ時計としての役割を果たすのは難しいな)

 

 

 

 何故こうなったか?

 

 ハムスケに掃除を教えたモモンは雑巾で本棚などの掃除を任せることにした。しかし雑巾を拭くたびにハムスケの毛が抜け落ちたのだ。それを見たナーベがハムスケに対してブラッシングをすることを提案しこれを行った。だがハムスケの毛は想像以上に硬くブラッシングをするのも困難であった。そこでナーベは力を込めてブラッシングをした結果、ハムスケが痛がり、外壁に飛び跳ねてしまい、その時の衝撃で置時計を落として壊してしまったのだ。

 

「いや……私も悪かったと思います。無理やりブラッシングしようとしましたから……」

 

 ナーベがハムスケをフォローする。だが最初からモモンはナーベもハムスケも責めるつもりはない。

 

 

 

「いや……二人?とも悪くはないだろう」

 

「しかし殿、それがしはこの置時計なるものを壊してしまったでござる」

 

「気にするな。モノは壊れてしまったら直せばいい。それが無理ならまた買えばいい」

 

「う……殿おぉぉぉ!!!」ハムスケはモモンの発言に感動し洪水の如く涙を流した。

 

(しかし実際どうしようか……そうなると誰かを雇って部屋の清掃やハムスケのブラッシングをしてもらうしかないか?)

 

 

 

 モモンがそう考えているのに対してナーベも似たようなことを考えていた。

 

(今後冒険者として・・『漆黒』として…活動するのであれば家を管理する誰かがいてくれた方がいいわね)

 

「モモンさん」

 

「どうした?ナーベ」

 

「もし良ければメイドの一人でも雇いませんか?」

 

(メイド?メイドってアレか……家の使用人のことか?)

 

 モモンが真っ先に思い浮かんだのはアインズのいるカルネ村を管理するエントマであった。確か彼女もメイドだったはずだ。

 

 

 

「いいんじゃないか?今後依頼で家を離れることも多いだろう。ハムスケを置いて行くこともあるだろうし。ハムスケも寂しい思いをしなくていいだろう」

 

「決まりですね。そうなると早速求人を出しましょう」

 

 結論が出た所で、二人はドアの方向に目を向けた。誰かがドアをノックしたのだ。

 

 

 

「どなたでしょうか?」

 

 モモンはドアを開けて相手の姿を見る。そこには冒険者組合長の遣いの男性がいた。

 

「『漆黒』のモモン様、アインザック冒険者組合長がお呼びです。至急、組合の方へお越しください」

 

「分かりました。すぐに伺います」

 

 そう言ってモモンはナーベに目を向けて問う。

 

「後は任せていいか?」

 

「えぇ。メイドの件は私とハムスケでやっておきますので大丈夫です」

 

「分かった。頼んだぞ。ナーベ、ハムスケ」

 

 モモンはナーベとハムスケに後を任せると外へと出ていった。

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

エ・ランテル 冒険者組合 

 

 

 

 

 モモンはアインザックのいる冒険者組合長の応接間のドアをノックした。

 

「失礼します」そう言ってモモンが部屋に入る。

 

 応接間にアインザックだけでなくパナソレイ都市長、ラシケル魔術師組合長などエ・ランテルにおいて最高権力者たちが座っている。だが一人だけ見覚えの無い人物がいる。エ・ランテルで見たことない顔の男性だ。

 

(このメンバーが揃っているということは……何か大変な依頼かな?)

 

 見覚えのない男性の恰好はエ・ランテルでは見たことない。それゆえ身分の高い者の服装なのではとモモンは推測する。

 

「よく来てくれたモモン君、まずは座ってくれ」

 

「失礼します」

 

 モモンはそう言われて座った。無論下座だ。

 

「まずは来てくれたことを感謝したい。モモン君」

 

「いえ……」

 

(パナソレイ都市長が『ぷひー』と鼻の悪い演技をしていないことから、この男性が都市長よりも立場が上なのかもしれないな…となると『王都』からの使者だろうか?)

 

 そうモモンが推測しているとやがて男が口を開いた。

 

「初めまして。モモン殿。私は王都にいる主人の代わりに貴方に依頼しに来た者です」

 

「初めまして」

 

 握手を求められたのでモモンはガントレットを外して握手をする。

 

「それであなたの主人とは?」

 

「私の主人はレエブン候です」

 

「……」モモンは確認の為にパナソレイ都市長を見る。都市長が頷く。

 

(都市長が頷いた……ということは全て事実か)

 

 モモンはアダマンタイト級冒険者になった際にパナソレイ都市長から王都に関して色々話を聞かされていた。そのためレエブン候が『六大貴族』と呼ばれていることを知っていた。

 

 モモンは再び男性に顔を向けて問う。

 

「それで依頼とは?」

 

「はい。実は……」

 

そうして彼は依頼の内容を話し出した。

 

 

 

___________________

 

 

 

 

 エ・ランテルの門番からの荷物検査を終えた女は街に入って思わず声を漏らした。

 

「ここがエ・ランテル……帝都とはまた違った賑わいがあるわね」

 

(王国、帝国、法国の三ヵ国の中心に位置するこの場所は……それ相応に賑わうものなのかしら)

 

 綺麗な長い金髪の女。顔の右側部分を隠すように髪を下す彼女は冒険者に擬態するような恰好をしていた。普段の恰好とは異なり簡易な軽装を身に纏う。唯一持ち出しを許されたのは自身の武器である槍であり、それを背負うような恰好だ。門番で疑われた際には『冒険者になるため』にエ・ランテルに来たと伝えた。それを聞いた衛兵は警戒心を解いたのかすんなりと解放してくれた。

 

(流石は陛下、まさか陛下の言う『魔法の言葉』を言うだけでエ・ランテルに入れるとは……)

 

 

 

 頬に伝うものを感じて女はポケットからハンカチを取り出した。それを使って拭う。ハンカチはあっという間に膿が染み込み黒くなった。

 

(この場所なら…私の『コレ』を治せるものも見つかるかしら?)

 

 

 

 帝都からやってきた女…『重爆』レイナース=ロックブルズはそんなことを考えながらエ・ランテルを歩いていく。

 

 

 

 今回レイナースがやってきた理由は一つだ。『漆黒』である。皇帝から下された指令は『漆黒』の調査だ。特に『漆黒』の人柄、そして可能であるならば……『帝国への勧誘』である。実際、もし『漆黒』の実績が事実であるならば彼らが帝国に戦力として勧誘できた場合、ここ毎年で繰り返される帝国と王国の戦争はあっという間に帝国の勝利で終わるだろう。

 

 

 

 

(さて……『漆黒』はどこかしら?やはり最初は冒険者組合へ行こうかしら)

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 結論だけ言うなら会えなかった。

 

(モモンは何やら組合長と大事な話し合いで会えなかった。となるとナーベの方か)

 

 そのため現在レイナースは『灰色のネズミ亭』という酒場にいて情報収集していた。

 

 

「マスター、情報ありがとう」

 

「……銅貨5枚だ」

 

そう言われてレイナースは先程の自分の食事代と『漆黒』に関する情報料を手渡す。

 

レイナースが酒場を去ろうとした時であった。

 

 

 

「嘘だろぉぉぉっっ!!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 誰かが叫んだのだ。

 

(えっ、何?)

 

 そう思い叫んだであろう誰かの方向へ顔を向けると酒場の中に掲示板があった。そこに人が一杯溢れていた。

 

(気になるわね……)

 

 レイナースはそこまで行き、人ごみをかき分けて掲示板に張られた、その場の冒険者たち(とても酒臭いので冒険者ではない者も多かっただろう)が視線を向けた先にある一枚の紙を見つめる。

 

そこにはこう書かれていた。

 

 

---------------------------------------

 

 

『漆黒』の家を管理する方、募集中

 

採用人数は1人、女性限定。

 

職業、年齢問わず

 

強い方、賢い方、であるならばなおよし

 

採用するかどうかは面接で決定します。

 

採用担当:ナーベ、ハムスケ

 

詳細は『漆黒』のナーベへお聞きください。

 

住所:エ・ランテル,○○○▼▼▼◇◇◇(旧バレアレ家)

 

 

---------------------------------------

 

 

レイナースはそれを見ながら住所をメモすると『漆黒』の家へと向かった。

 

 

 

___________________

 

 

 

 

エ・ランテル 『漆黒』家

 

 

 

 

アダマンタイト級冒険者の『漆黒』がメイドの求人を出した。

 

瞬く間にエ・ランテル中にそれが知らされることになった。

 

 

 

 

 

「ここが『漆黒』の家!!」

 

 そう言ってレイナースは先程見た求人の写しを見直した。間違いなくここであった。

 

「三人?」

 

 そこには三人の女性が並んでいた。中には冒険者組合の受付嬢らしき人物もいる。

 

(『漆黒』の人柄や評判からしたら少なすぎないかしら?)

 

 

 

「あら?あなたも面接ですか?」

 

「えぇ。あなたもね。さっき見たけど貴方受付嬢よね?」

 

「?その格好だと冒険者だと思ったんだけど違ったかしら?」

 

 確かにレイナースの今の恰好は冒険者そのものだ。

 

(しまった!『漆黒』のメイドなら、もっと自分の特徴を活かせる恰好をすべきだった!)

 

 皇帝であるジルクニフから調査費用の名目でそれなりの金貨は持たされていた。新しい服を買うくらいの金はある。

 

(マズい・・・この恰好じゃ・・落とされるんじゃ・・)

 

 レイナースがその場を離れようとした時であった。

 

 

 

「次の方!どうぞ!」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 結果だけ言うとレイナースは落ちた。レイナースの他の二人も落ちたのだ。

 

「あれが『漆黒』の片割れ、『美姫』ナーベか……」

 

 レイナースは自分の容姿には自信がある。スタイルは悪くない。顔は……隠せば大丈夫だ。

 

だが落とされた理由はそんなことではなかった。

 

「まさか、『森の賢王』と戦わされるなんて……」

 

 レイナースを含め面接を受けた人物は四人であった。いずれも普通のメイドよりはずっと有能だろう。

 

 それぞれ『森の賢王』と何かしら競争させられたのだ。

 

 受付嬢含め三人の女は<人間種魅了(チャーム・パーソン)>を掛けられ抵抗できないことから失格となった。

 

 レイナースは耐えたのだ。元々訓練していたからというのもあるかもしれないが、主な理由は自身の指にはめられた指輪だ。

 

(せっかく陛下に貸していただいたにも関わらず……こういう結果になってしまった…)

 

 魅了は耐えた。しかし次にナーベが口にした試験により落とされることになる。

 

「一対一で勝負って……勝てる訳ないじゃない!」

 

 少し苛立つ。心なしか血流が早くなるのと同じく膿の分泌も早くなった気がして余計に腹が立った。

 

「はぁ……」

 

 レイナースが溜息を吐いて『漆黒』の家から離れようとした時であった。

 

「どうかされましたか?お嬢さん」

 

 そこには漆黒の全身鎧を着込んだ人物が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま」

 

 そう言ってモモンは家のドアを開けた。

 

「あっ……モモンさん。実は……」

 

「メイドが決まらなかったのか?」

 

「えぇ」

 

 モモンが落ち込んだナーベに何て言葉を掛けようと考えていた時であった。ドアがコンコンとノックされたのだ。

 

「?どなたでしょうか?」

 

「求人……見た……面接はまだやってる?」

 

「はい!まだやっていますよ」

 

「……失礼する」

 

 その言葉をが聞こえるとドアから一人の女性が入ってきた。

 

 

 

 

 姿を見せたのは長い赤金(ストロベリーブロンド)の女性だった。

 

 メイド服を着た女性であり、つい最近成人したような幼さを感じさせる容姿であった。非常に整った容姿をしていた。服は全身鎧を改造した様な恰メイド服で、首に巻いたマフラーやメイド服の一部や首巻きは迷彩色をしていた。理由は分からないが左目に眼帯をしている。

 

「あなた名前は?」

 

 ナーベが尋ねる。

 

「…私の名前?」

 

「えぇ。貴方の名前を聞かせてくれないかしら?」

 

「…私はシズ。少し前まで『ある御方』の所でメイドの仕事をしていた」

 

「志望動機は何かしら?」

 

 そう聞かれたシズはナーベの横、正確にはハムスケに向かって指をさして口を開いた。

 

「ハムスケをモフモフしたいから」

 

「えっ…」

 

「…ダメ?」

 

そう言って首を傾けたシズを見てナーベは思わず思った。

 

(この子…可愛い。でも駄目…それだけじゃ…)

 

「あなたのアピールポイントは?」

 

「…だいたい何でも出来る」

 

 そう言われてナーベはこの女性を試してみようと思った。

 

「だったらこの時計を直せる?」

 

 そう言って指さしたのは少し前に壊れた置時計だ。

 

「うん……大丈夫。これなら五分も掛からない」

 

 そう言ってシズは置時計をすぐさま直してみせた。

 

「手先器用なのね」

 

「器用…嬉しい」

 

 そう言って笑うシズにナーベは何だか嬉しい気持ちになった。

 

 

 

(ダメだ……やっぱり『強く』ないと……)

 

「……ゴホン……貴方はどれくらい強いのかしら?」

 

「……多分、そこのハムスケよりは強い」

 

「……なら戦ってみる?」

 

「……分かった」

 

そう言うとシズは背中からクロスボウを抜き構えた。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「シズ殿は凄いでござるなぁ」

 

「…当たり前。ぴーす」

 

 そう言ってシズはモモンたちに向けて人差し指と中指を立てて見せつける。倒れたハムスケのお腹にダイブした後みたいに埋もれながら……ただし無表情だ。

 

 

 

「あなた……凄いわね」

 

「ナーベに言われると嬉しい…」

 

(…この二人なら仲良くなれそうだな)

 

モモンはそう思った。

 

「モモンさん、彼女を……シズを雇いませんか?」

 

「あぁ。そうしよう。彼女なら留守を任せても安心そうだ」

 

 

 

 

 

 

 

 こうして『漆黒』の家に新たな同居人が増えた。

 

 シズ。

 

 

 これが『漆黒』とシズの出会いである。

 




ついにシズが登場しました。



シズ
『漆黒』に雇われたメイド。
細かい作業が得意で、壊れた時計を数分で直す程器用。
ハムスケと戦闘で勝利するなど戦闘能力も高い。
『漆黒』の二人やハムスケも気に入りメイドとして雇われる。
モフモフなものが好き。
過去の『ある御方』の元で働いていたらしい。




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新たな出会い2

※注意※

まず初めにこの作品を読んで頂き感謝致します。

『大幅修正・追加を終了するまで文章を全体的に変更しない』と言っていました。まだ大幅修正などは終わってません。なので文章は変更されていません。
まだ終わってなくてすみません。

ですがどうしても書きたい内容がありましたので本日更新させて頂きました。
ちなみに書きたい内容はまだ少し先の話です。
どうか今後ともどうかよろしくお願いします。

焼きプリンにキャラメル水

※※※※


少し時を遡り・・・

 

アインズがモモンと話している時であった。

 

-----<アインズ様。エントマです。至急お伝えしたいことが>-----

 

-----<続けてくれ。エントマ>-----

 

-----<カルネ村に侵入した不審な人物を発見しましたので捕らえました>-----

 

-----<不審な人物?分かった。すぐに向かう>-----

 

そう言ってアインズは転移門(ゲート)の魔法を使用した。

 

 

 

 

 

アインズはカルネ村に帰還した際に使用したのは転移魔法の最上位に位置する<転移門(ゲート)>である。

 

この魔法には大きく分けて二つの性質がある。

一つは「失敗しない」ということだ。転移魔法は通常失敗する可能性がある。だが<転移門(ゲート)>ならば失敗はしない。もう一つは「距離」である。転移魔法とは通常、<転移(テレポーテーション)>などに代表されるように「距離」に制限がある。だが<転移門(ゲート)>の場合はこの限りではない。何と驚くことに転移できる距離は「無限」なのだ。それにより自身の把握する場所であればすぐさま転移できるのだ。要するに任意の場所に転移できるのだ。

 

それゆえアインズは転移先をカルネ村の使われていない家の1つに転移した。理由はエントマから報告を受けた『侵入者』に「アインズが転移魔法を使用できる」と知られたくないからである。

 

「・・・・」

 

アインズはすぐに家のドアに手を掛けて外に出た。

 

 

 

 

 

村の中を歩いていると何やら人が集まっている。

 

(エントマはあそこだな)

 

人ごみとなったその場所から一人の少年がアインズの存在に気付き、駆け寄った。

 

「アインズ様!」

 

「ンフィーレア」

 

「誰かがカルネ村を監視していたらしいです!お願いです。早く来てください」

 

「分かった。すぐに行く」

 

そう言って近づくと周囲の村人がアインズの存在に気付く。

 

 

 

「アインズ様だ」

 

「アインズ様。どうかお願いします」

 

「アインズ様。あの女がカルネ村を監視していました」

 

「アインズ様。あの女は透明になって姿を隠していたらしいです」

 

 

 

彼らが道を空ける様子は無かったので人ごみに近づいたアインズは仕方なく魔法を唱えた。

 

 

 

 

 

アインズは人ごみを通り抜けるために<飛行(フライ)>を唱える。人ごみの先に二人の女を見つけた。

 

一人はシニョンという髪型をしたメイド服を着たアインズの配下。

 

もう一人は後ろ手に縄で拘束されている長い赤毛の女であった。長い赤毛を三つ編みにしており炎の様に輝いていた。褐色の肌が女の赤い毛とこれ以上ないくらいに似合っていた。だがそれと同じくらい非常に端正な顔立ちをしていた。

 

アインズはひとまず自身の配下であるエントマが無事であったことを確認し安堵する。

 

 

 

 

 

アインズが地面に着地する。二人がアインズの存在に気付いたのかこちらに視線を向けた。

 

「いやー!捕まっちゃったっす!」

 

そう言って笑顔で語るのは赤毛の女であった。アインズは赤毛の女をチラリと見るとすぐに自身のメイドであるエントマに声を掛けた。

 

      ・・・・・

「この女か?エヌティマ」

 

「はい。アインズ様。この女が不可視化の状態でカルネ村を監視していました」

 

「いやー!エヌちゃんには参ったっすよ!」

 

 ・・・・・

「エヌティマ、詳しい話を聞かせてくれ」

 

「はい。アインズ様。実は_________」

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

「ふむ・・成程な」

(エントマの言う事から考えるに<不可視化(インヴィジビリティ)>を使用していたのだろう。この女がカルネ村を監視していたのは間違いないな。だが問題は・・)

 

アインズが考えた問題は他国からの偵察などだ。『魔導国』を建国位してまだ時間はそこまで経ってはいない。それゆえ今は他国との争いは望んでいない。

 

(スレイン法国なら面倒だな・・・)

 

スレイン法国とは一度争っている。カルネ村を助けるために王国戦士長であるガゼフ=ストロノーフと共に陽光聖典をほぼ全滅させた。

 

(もしあの時の報復などだとしたら・・・警戒するべきだろうな)

 

 

 

アインズが考えていると赤毛の女が口を開いた。

 

「いやー、あなた様がアインズ様ですか?」

 

「・・そうだが。お前の名前は何という?」

 

「私の名前はルプスレギナっす。ルプーと呼んでほしいっす!」

 

村の監視を命じられた割には随分と明るい喋り方をする女だとエントマは思った。

 

 

 

「どうしてカルネ村にいたんだ?」

 

「いやー!『ある御方』にカルネ村の監視を命じられたっす!」

 

「やはり監視か。それでその『ある御方』とは誰だ?」

 

「それは勘弁してほしいっす!」

 

「教えてもらわないとこちらが困るんだが」

 

「申し訳ないっす!守秘義務っす!禁則事項っす!」そう言ってルプスレギナは両手の人差し指を口の前で交差させた。

 

「この村を監視していたという者をそのまま野放しにするとでも?」

 

「いやいや!そこは本気でお願いするっす!上司にバレたら殺されるっす!」

 

(殺される?・・・随分物騒だな。だが嘘は言っていない様だ・・)

 

 

 

「アインズ様、どうなさいますか?」

 

「そうだな・・まずは・・」

 

 

アインズが尋問しようと手を伸ばした時だった。突然ルプスレギナが両手を拘束された状態で逃げ出したのだ。

 

「うわあー!!殺されるっす!勘弁してほしいっす!!」

 

「!?っ・・この!!」エントマはアインズの行動を邪魔したルプスレギナに思わず殺気を飛ばしていた。

 

    ・・・・・

「よせ。エヌティマ」

 

「しかし、この女は・・」

 

 

二人がそんなやり取りをしている間にルプスレギナはこちらに身体を向けて両手を差し出した。そこには拘束するために使われているはずの縄がなかったのだ。

 

 

「なっ・・・」エントマは思わず懐から自身の武器を出そうとした。

 

    ・・・・・

「よせ。エヌティマ。ルプスレギナに手を出すな」

 

「しかし!?」

 

 

 

そんな二人を見たからかルプスレギナは突然微笑み、先程までとは異なる口調で話し出した。

 

「アインズ・ウール・ゴウン、それとエヌティマ。あなたたちの名前は覚えたわ。さよなら」

 

そう言ってルプスレギナは二人に背中を見せて全力で走り出した。

 

 

 

「待て!」

 

エントマは追いかけようとした。しかしその様子を見たアインズは腕で制した。

 

「アインズ様!!?」

 

止められたことに驚いたエントマは思わずアインズの方に視線を向けてしまう。ハッとルプスレギナのいた方向に視線を戻すとそこには誰もいなかった。

 

 

 

 

「よい。これで良いのだ。エントマ」

 

「分かりました。アインズ様。ですが一つお訪ねしたいことがあります」

 

「何だ?」

          ・・・・・

「何故先程私のことをエヌティマとお呼びになったのですか?」

 

「簡単だ。それはな___________________」

 

 

 

 

 


 

 

 

カルネ村から大きく離れた位置まで走った。念のためにルプスレギナはカルネ村の方に目をやって追手がいないことを確認する。自身のこめかみに指を当てて<伝言(メッセージ)>を唱えた。

 

<ルプスレギナです>

 

<ご苦労様です。それでカルネ村に偵察に行った結果はどうでしたか?>ルプスレギナは労いの言葉を皮肉に言う相手に対して普段通りの丁寧な口調で返答した。

 

<問題はないかと思われます。ただしアインズ・ウール・ゴウンには思ったよりも警戒されなかった様にも思えました>

 

<問題ありません。少しは警戒はされたのでしょう?ならば問題ありませんよ。これで彼が動く心配はないでしょう。報告は以上ですか?>

 

<それとは別に報告があります>

 

<何ですか?>

 

<アインズ・ウール・ゴウンが建国した『魔導国』ですが、その国の領土であるカルネ村を管理を任されているのは『エヌティマ』と呼ばれる小柄なメイドです>

 

<あなたから見て、そのエヌティマはどうでしたか?勝てそうですか?>

 

<相手の詳しい情報までは得られませんでしたが、接近戦ならば私の方に分があるかと・・>

 

<成程・・・。いい報告が聞けました。そのまま合流地点まで向かって下さい>

 

<確か・・合流地点は王都でしたね?>

 

<えぇ。王都リ・エスティーゼに向かって下さい>

 

                ・・・・・・

<承りました。すぐに向かいます。ヤルダバオト様>メッセージを切ったルプスレギナは自身の胸に手を当てた。胸の奥・・自身の心臓に仕掛けられた『それ』の魔力を感じる。

 

 ・・・・・

(こんなものが無ければ、このまま逃げれる・・・・いや不可能っすかね)

 

(アインズ・ウール・ゴウン殿。あの方ならヤルダバオトに勝てるっすかね?もし・・そうなら・・)

 

ルプスレギナは自分の考えを捨てるように首を2.3度振ると再び走り出した。

 

(ヤルダバオトに人質にされた『あの子』が消されてしまう。今は王都リ・エスティーゼに向かわないと!!)

 

ルプスレギナは王都に向かおうと走り出した。

 

 



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蝙蝠と呼ばれる男

『漆黒』がエ・ランテルから王都へ向かってから数日後………

 

 

 

 二人は今、王都リ・エスティーゼにいた。エ・ランテルから数日かけて使者から案内を受けてモモンとナーベはレエブン候の屋敷に着く。そこには大きな屋敷があった。

 

(エ・ランテルでアダマンタイト級冒険者就任のパーティを開催してくれた時にパナソレイ都市長の屋敷に招かれたこともある。その時は大きな屋敷があるのだと感動したものだ。これだけ大きいということは報酬もそれ相応、だが……勿論危険度もそれ相応だろうが)

 

 危険度が高いということはそれだけ慎重に動く必要も出て来る。それが意味する所は長期間に渡り活動することになる可能性が高い。そうなるかもしれない可能性は十二分にあると予感し、モモンとナーベは顔を合わせて互いに頷いた。

 

 

「シズに留守番を任せて良かったな」

 

「えぇ。彼女ならハムスケとも上手くやれるでしょうし。安心です」

 

「今頃ハムスケはどうしているだろうか?」

 

「…おや、シズの心配はしないのですね?」

 

「あぁ。彼女なら大丈夫だろう。ハムスケよりも強い……それにいざとなったらハムスケもいる。余程の実力者が相手でなければ彼女が後れを取る心配は無いだろう」

 

「えぇ。その通りですね」

 

 そう言って二人は屋敷内を歩く。今二人は使者の後を歩き、屋敷の中にある庭園を歩いていた。庭園を見ると何やら綺麗な花が咲いていた。それを手入れする者もいる。

 

そうこうしている内にモモンたちは屋敷のドアの前に立っていた。どうやら時間の感覚を少し忘れたいた様だ。綺麗な花に少し見とれていて時間を忘れていた……もしかするとあの花を手入れしておく理由はそういった理由などかもしれないとモモンは思った。

 

 

 

 

「こちらで我が主がお待ちです」

 

そう言うと使者たちがドアを開ける。

 

 開けたドアの先に円形の空間が広がる。天井には高級そうな巨大なシャンデリアがその存在を現す。壁には四枚もの絵画が飾られていてどれも違う画家が描いたであろうものであった。中央に置かれたテーブルの上には花瓶が飾られている。そのテーブルの奥の方に一人の長身な男が立っているのが見えた。

 

「『漆黒』のお二方をお連れしました。レエブン候」

 

「ご苦労。君たちは休憩室で休んでくれ」

 

「感謝します。それではモモン様、ナーベ様、私たちはここで失礼します」

 

そう言って案内係の男たちは休むために部屋へと向かっていった。

 

 

 

「初めまして」

 

出迎えてくれたのは一人の男であった。長身痩躯で金髪をオールバックにし、切れ長の碧眼。唇が薄い。健康的とは言い難い白い肌をしている。その容姿から『蛇』の様なイメージが思い浮かぶ。王国の中で最上級に位置する『六大貴族』の筆頭と呼ばれるだけあって、その恰好は非常に凝ったであろう装飾がある服を着ている。モモンはパナソレイ都市長からフルネームや特徴は聞いていたのですぐに彼だと分かった。

 

 

 

「『漆黒』のモモン殿、ナーベ殿。私がエリアス=ブラント=デイル=レエブンです」

 

「いえ。こちらこそ。初めまして。レエブン候……とお呼びすればよろしいですか?」

 

「えぇ。お好きな様にお呼び下さい。モモン殿」

 

そう言って二人は握手をする。

 

「それではレエブン候と呼ばせて頂きます」

 

「親しみを込めてエリアスでもよろしいですよ?」

 

「……御冗談を」

 

 

 

モモンとレエブン候がそんなやり取りをしているとドアをコンコンとノックする音が聞こえる。

 

「構わない。入ってくれ」

 

「失礼します」

 

 そう言って部屋に入ったのは一人のメイドだった。そのメイドがカートを押してモモンたちが座るテーブルの横に並べた。メイドが紅茶をポットからカップにモモン、ナーべ、レエブン候の順番に入れていく。

 

「エ・ランテルから王都までは遠かったでしょう。喉も乾いたでしょう。お二人にお好みに合うかどうかは分かりませんが紅茶を用意させて頂きました。どうぞご賞味下さい」

 

「これはどうも、お気遣い感謝致します」

 

「……頂きます」

 

モモンとナーベはそう言って紅茶を飲んだ。

 

「美味しかったです」

 

「…………まぁ」

 

飲んだ二人は味の感想を告げた。

 

 

 

 

「お二人の喉も潤ったところで依頼の話をしましょう」

 

そう言うとレエブン候から先程からの笑みが消える。どうやらここから先が依頼の話の様だ。

 

「お二方に頼みたい依頼は……。ですが、その前にお訪ねしたいことがあります」

 

「何でしょうか?」

 

「『八本指』をご存知ですか?」

 

 

 

 

"八本指"

 

 組織の名前の由来は六大神の一柱である土神の従属神"盗みの神"であり、その者が八本指であることからその名を名乗っているとのこと。王国内の裏社会を牛耳る巨大組織。八つの部門の犯罪組織があり、それらが一つに結び付いたことで王国内でも確固たる地位を築き上げた犯罪組織だ。あまりに巨大過ぎるゆえに全貌は謎に包まれてしまっている……というのがパナソレイ都市長から聞いた話だ。

 

 

 

 

「えぇ。何でも王国の裏を牛耳る巨大組織だとか……」

 

「えぇ。その通りです。『八本指』がどういった活動をしているかはご存知ですか?」

 

「パナソレイ都市長からは……『暗殺』、『密輸』、『窃盗』、『麻薬取引』、『警備』、『金融』、『賭博』……それから……ラナー王女が禁止したはずの『奴隷売買』の合計八つだと聞いてます」

 

 

 

「えぇ。そうです。ラナー王女が奴隷売買を禁止する法を提案し、禁じられた今でも『奴隷売買』を行う者も少なくはありません。少なくとも八本指の者やその息のかかった者たちは今までと変わらず『奴隷売買』を行っています」

 

「何故ですか?法律で禁止されているのでしょう?それなのに何故?」

 

「……恥ずかしながら王国の上層部にも八本指の息のかかった者たちはいます。その者たちは八本指と手を結び、互いの利益を守ることを条件に取引して、八本指を助けるものさえいます」

 

「その者たちは罰されないのでしょうか?」

 

「……非常に困難ですね。何せ……彼らの中には王国の上層部と呼べるものすらいるのですから」

 

 

 

 

モモンとナーベは察した。六大貴族のレエブン候がいう『上層部』というのは王族、レエブン候を除く『六大貴族』なのだろう。

 

(王国の腐敗はそこまでのものなのか……)

 

「呆れたでしょう?ですがこれくらいのことなら今までとは変わりませんでした……」

 

「…………」

 

モモンは思わず黙ってしまった。王国の腐敗について聞かされてどのような反応をするべきか分からなくなったからだ。エ・ランテルでは決して聞くことの出来なかった内容だ。だからこそ思う。何故そんな話をしたのかを。

 

「では何故私たちに依頼を?」

 

「その疑問はごもっともです。本来ならばあなた方に依頼する予定はありませんでした。実は……八本指の動きが活発化しているので今回あなた方に依頼させて頂きました」

 

「動きが活発したのに心当たりは?」ナーベが尋ねる。

 

「……私の信頼できる者が得た情報では、つい最近『八本指』のトップが変わったのではないかという噂が『八本指』内部であったらしいのです」

 

「そのトップが?」

 

「えぇ。今、八本指を動かしているのでしょう。ただ……」

 

「ただ?」

 

「不自然な程、その者を知る者はいません。まるで最初からいないのか……あるいは記憶に残らない様にでもしているのか……」

 

「……記憶ですか」(想像してた以上に危険な案件だな……)

 

師匠であるミータッチから聞いた話では記憶を操る魔法は存在する。確かその魔法の位階は第10位階だったはずだ。それは即ち、モモンたちの敵対する相手がそれ相応の実力者である可能性が高い。

 

 

(この依頼………何か起きるな。ホニョペニョコ級か、あるいはそれ以上の何かが……。私の予想通りならば……)

 

「ちなみにその噂を語った者は今どうしていますか?」

 

「……行方不明です」

 

(やはりな。その噂を流したえあろう人物は恐らく既に……)

 

 

 

 

「ただ気になる点が一つ……」

 

「一体なんでしょうか?」

 

「えぇ。噂を語った者の話では『八本指』は半分近くの構成員を使い『あるもの』を探していたとのことです」

 

「あるもの?」

 

「えぇ。何でも『悪魔の像』と呼ばれるものらしいですが…‥ご存知ですか?」

 

「聞いたことも無いです……が、何やら危険そうなものですね」

 

 

 

 

モモンは今回の依頼の危険度を最上位に位置するものだと認識を改めた。

 

(『悪魔の像』か……知らないな。そんなアイテムの話は師匠の口からも聞いたことがない。警戒すべきだろうな。『未知』ほど怖いものはないだろうからな……)

 

モモンはナーベの横顔を見る。どうやら考え事をしているらしくこちらの視線には気付いていない。

 

(………この依頼、慎重に動くべきだな)

 

 

 

 

「モモン殿?」

 

「あぁ……すみません。話を続けて下さい」

 

「…分かりました。話を変えますが……『八本指』の中に警部部門がいて、『六腕』と呼ばれる幹部がいることは?」

 

「話だけは……」

 

「そうですか。エ・ランテルで使者にお伝えした依頼内容は嘘です」

 

「「…………」」

 

モモンもナーベも口を閉ざす。何となく察していたからだ。

 

 

 

 

「……実は、お二人に本当に依頼したいのは二つです。一つはこの『六腕』を壊滅して頂きたいのです。盾となる奴らを壊滅させないことには『八本指』壊滅は不可能ですから。もう一つは『八本指』のトップについての情報ですね。こちらは噂の真偽、出来ればトップの正体を掴んで頂きたいのです」

 

 

「成程。……分かりました」

 

「感謝致します……でしたら注意事項が一つ」

 

そう言ってレエブン候は一枚の羊皮紙をテーブルの上に置いた。

 

「?」

 

「『六腕』のメンバーの詳細についてです。といっても一年前に得た情報なのですが……」

 

 

そこに書かれた内容は……

 

 

 

 

--------------------------

 

"六腕"に関する記述

 

 

『闘鬼』ゼロ

警備部門の長。六腕最強の男。

王国最強の修行僧(モンク)

アダマンタイト級かそれ以上の実力者。

八本指のナンバー2。

 

 

『幻魔』サキュロント

六腕最弱の存在であると構成員の間で噂あり。

二つ名の通りであれば幻術を使用する可能性が高い。

油断は禁物である。

 

 

『不死王』デイバーノック

死霊術師?正体はアンデッド?

詳細不明。

 

 

『踊る三日月刀(シミター)』エドストレーム

女。踊り子の様な恰好をしている。

その名の通り三日月刀を武器とする。

 

 

『空間斬』ぺシュリアン

詳細不明。全身を黒い鎧で身に纏う戦士

使用武器は剣。

二つ名の由来が武技の可能性も考慮すべきだろう。

 

 

『千殺』マルムヴィスト

細長い剣を武器に持つ。

詳細不明。

 

 

 

 

--------------------------

 

 

 

 

(この中で気になるのは三人だ。『不死王』デイバーノック、『空間斬』ペシュリアン、そして『闘鬼』ゼロ)

 

 

『不死王』……

 

モモンの脳裏にふとよぎったのはアインズ・ウール・ゴウンのことであった。そんな風に呼ばれるに相応しい者がいるとしたら彼こそが最適……いや、彼の為だけの呼称だろう。

 

(もし、アインズ殿と同じ強さを持つ種族の者ならば撤退も視野に入れるべきだな……だがアインズ殿程の実力者が流石に複数人いるとは思いたくはないが……)

 

 

 

『空間斬』……

 

モモンの頭に思い浮かんだのは『次元断切』のことだ。あの武技を……『十戒』を授かった者以外で使用できるのはまずあり得ないだろう。だが世の中には生まれ持った異能(タレント)というものがある。もしタレントによりその武技だけが使用できる……といったことも可能かもしれない。もしそうであるならば不意打ちで倒すことや撤退も視野に入れねばならないな。

 

 

「モモンさん…」

 

「あぁ」

 

恐らくナーベもモモンと同じ考えに至ったのであろう。二人が一番気になったのは『不死王』や『空間斬』よりも強いとされる『闘鬼』ゼロだ。そしてゼロでもナンバー2であるという事実。つまり八本指のトップはそれと同格かそれ以上の実力を持つ人物なのだろう。

 

 

 

 

「かなりの強敵の可能性があるな……」

 

「えぇ。ホニョペニョコと同格…」

 

あるいはそれ以上か…だがここではそんな言葉は言えなかった。エ・ランテルの最高位冒険者としてこの依頼を任された以上はパナソレイ都市長やアインザック冒険者組合長たちの顔を潰すことにもなるだろう。そしてそれはエ・ランテルの街で生きるモモンとしては許されることではない。だがそれゆえに思う。

 

(やられた……油断した。これが『貴族』という奴か……)

 

随分と回りくどいことをするものだとモモンは思う。

 

 

(一応、彼の使者からエ・ランテルで『八本指』の話を聞いた際に察しはしたが……エ・ランテルで話を聞いた以上は依頼を受けざるを得ない。だが……)

 

(少しだけ……嫌な気持ちになるな)

 

 


 

 

 

 

「ナーベ、行こうか」

 

「えぇ」

 

そう言って二人はレエブン候の屋敷を出た。出る際にレエブン候から地図を手渡される。地図には幾つか×印を付けられている。レエブン候からは八本指のアジトの可能性のある場所だと告げられた。

 

二人は×印の付けられており、一番近いであろう場所へ向かう。屋根から屋根を飛び移っていく。その間に二人は会話をしておく。

 

「『不死王』……についてどう思う?」

 

「恐らくアインズ殿と同じ種族の者でしょう」

 

「やはり、そう思うか?」

 

「えぇ。犯罪組織などであれば死霊術師よりも、アンデッドという種族の可能性が高いかと」

 

 それはモモンも考えたことだ。一般的にアンデッドは生者を憎む者とされている。それに比べて死霊術師は多少の嫌悪は持たれるも扱いはいいものだ。かの『十三英雄』の一人・リグリットが死霊術を行使したからか、死霊術に良いイメージを持つものも少なからずいる。それゆえ王国の犯罪組織の幹部にいる程の者ならば、その状況でしか生きていけなかった者の方が可能性が高い。表立ってアンデッドが歩いているのを見られた際(勿論アインズ・ウール・ゴウンは例外)は嫌悪どころか憎悪される者は多い。これらの可能性を考慮した結果、種族がアンデッドであるという結論に至った。

 

 

 

 

「『空間斬』と呼ばれる剣士ペシュリアン。そんな奴を従わせるモンクの『闘鬼』ゼロ」

 

「空間斬……もしや『次元断切』のことか?だとすればその強さは最低でもホニョペニョコ級だと考えてもいいだろう。いやそれ以上だと考えておくべきだな」

 

「……そうですね。そうなると『闘鬼』ゼロの強さはホニョペニョコ以上になりますね」

 

「だが……『闘鬼』ゼロがナンバー2ということは…‥」

 

「えぇ。トップである人物はかなり危険な存在ですね。恐らく第10位階魔法を行使できる可能性が高いでしょう」

 

「もし、『闘鬼』ゼロと出くわしたらすぐにレエブン候の元へ撤退しろ。私が時間を稼ぐ」

 

「……分かりました」

 

「頼んだぞ。ナーベ」

 

これは今までで一番危険度の高い依頼だと、二人は思った。

 

 

 

 

 



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"純銀"

 モモンとナーベは屋根から屋根への跳躍を繰り返す。その途中モモンはナーベに対して話しかける。もうそろそろ『八本指』のアジトの一つに着くからだ。そろそろ話しておかねばならないだろうと判断したのだ。

 

 

「ナーベ、僅かにでも危険を感じたら撤退しろ。分かったな?」

 

「……はい」

 

 

 露骨に嫌だと言わんばかりの反応だ。だがモモンは気にしない。危険であるということはまだ大丈夫という意味だ。最悪なのは危険の段階を超えてしまうことであり、それは取り返しがつかない結果を生む。もし何か重大な危機が迫った場合、取り返しがつかないことになる可能性が高い。そうなってからでは全てが遅いのだ。そんなことに比べると全く嫌な気持ちにならなかった。

 

 

(これで分かってくれるといいんだが……『八本指』のアジトはそろそろか……)

 

 

 モモンは跳躍を繰り返したまま武技<心頭滅却>を使用。周囲を探る。街を歩く一般人、談笑する女性たち、酔いつぶれた男性、走り回る子供たち……その他多くの存在を感知する。

 

 

「!っ……これは!?」

 

「モモンさん!?」

 

 

 モモンが<心頭滅却>で感知した際に大きな反応が一つあった。人型の形をした『何者か』がいた。捉えた形は間違いなく人間のそれだ。だがそこから感じ取った強さはその辺りにいるただの一般人の比ではない。間違いないと瞬時に確信を持てる程の力を感じたのだ。難度にすると100といったところか。だが力あるものはそれを隠すのも上手くなるものだ。そえゆえ相手の難度などあてには出来ないだろう。最低でもホニョペニョコ級と警戒しておく。モモンは瞬時に自身の中にある警戒心を最大限まで引き上げ、すぐさま背中から二本の大剣を引き抜いた。その者は剣を抜いた際にこちらの気配に気付いた----正確には僅かに警戒した----ようだ。その様子から難度100と言うのはまずあり得ないと判断する。

 

 

(だが動く気配はないな。戦いか…撤退か…。いや『六腕』だとするなら相手が一人だというのは絶好の機会だ。ここで倒すべきだろう。そうした方が『六腕』壊滅の依頼をしやすくなる。やるしかないな……)

 

 

 モモンは目でナーベの方を見ると頷いた。初めてやる合図だがナーベは察したのだろう、返答するかの様に頷いた。モモンはそれを見て安心する。最悪の場合は撤退してくれるだろう。これで安心して戦える。

 

 

(ホニョペニョコとの戦いで武技に頼り過ぎるのは危険だと分かった。だから使用する武技は最低限にしておくべきだ。使うのは二つ。周囲を感知する為に<心頭滅却>、身体能力を倍加まで引き上げる<課全拳>だ。ホニョペニョコと同格だと警戒しておくべきだ。最初は2倍でいこう。必要とあればその度に倍加させていけばいくか他の武技を使用すればいい。ただし街中であるため攻撃範囲が大きい<星火燎原>は使うべきではないな)

 

 

(<課全拳・2倍>!)

 

 

 身体に力が漲る。両手に握った大剣の柄を強く握る。武技はしっかり発動できている。モモンは跳躍、跳躍、また跳躍。そうやって屋根を飛び移りながら気配に接近する。やがて気配の元の姿が見える。執事服を着ている男だ。白髪と白い口髭。だが執事服に収まりきらない頑強そうな肉体を見てモモンは一先ず修行僧(モンク)だと仮定しておく。そのままあの者こそが『闘鬼』ゼロであろうと仮定しておく。そう判断しておいた方が----最悪の場合を想定しておいた方が----油断せずにすむだろう。

 

 

(最初は不意打ちを試み、その後は<課全拳・2倍>を維持したまま戦闘。相手に関する戦闘能力を少しでも把握する。最終手段として<課全拳・4倍>、<次元断層>、<鏡花水月・次元断切>を使う。そうすればホニョペニョコ戦の時と異なり、武技の酷使で身体がやられることもないはずだ)

 

 

 モモンは最後の屋根の端から両足を押し出す。綺麗な斜線を描き爆発的な脚力で跳躍。その全身を持って風を切っていく。そのまま相手に向かって両腕を振り上げた。交差する様に袈裟切りを放った。

 

 

 

 

----はずだった。だがそれは空を切っただけだ。

 

 

 

 

「私に何か用ですかな?」

 

 

 攻撃方向とは真逆の位置に立つのは一人の執事服を着た男であった。男はまるでモモンからの攻撃を警戒している様子はなく、まるで普段通りと言わんばかりに落ち着いている。背後に立たれたこと、それと武器を構えた気配がないことからモモンは自分の考えが正しかったと判断した。

 

 モモンは地面に着地。空中から強引に相手に身体を向けるように降り立った。そちらを見ると男が両手で拳を構えているのが見える。その構えは接近戦を得意とする存在だろうと判断する。

 

 

修行僧(モンク)!……」(やはり、この男が『闘鬼』ゼロか)

 

 

いきなり八本指のナンバー2が現れた。いやむしろ好都合だとモモンは考える。

 

 

(さっきの攻撃に対して随分と冷静だな…‥‥これは様子見をしていて正解だった。この男が『闘鬼』ゼロ……成程。確かにアダマンタイト級冒険者と同じ実力……いや、それ以上だな……)

 

「……そういう貴方は……黒い全身鎧(フルプレート)の剣士ですか……」

 

 

 男がそう言うと爆発的に気配が強くなる。目の前に巨大な壁が出現したかの様に感じ、思わず威圧されてしまう。かつて戦ったザイトルクワエよりも大きな存在感だ。

 

 

(間違いない。この感じ……ホニョペニョコ級だと判断しておいて正解だった。<課全拳・3倍>)

 

 

 全身に力が漲る。だが今はそこに不安すら感じる。4倍の方がいいかもしれないと不安になり4倍まで引き上げたくなる衝動に駆られる。だが相手の情報が少ない以上は奥の手は隠すべきだと結論に達した。最悪なのは相手の情報を正確に把握しないままこちらの奥の手を出してしまうことだ。それだけは何があっても避けるべきだ。ホニョペニョコと時と同じにだけは……同じ失敗だけは繰り返してはいけない。

 

 

 

 

 

「そちらから来られないのですか?」

 

 

 男の問いかけにモモンはどうすべきか一瞬悩む。だがすぐに答えは出た。このままでは埒があかない。こちらが武技を発動している以上、長時間の戦闘はなるべく避けたいと思ったからだ。

 

 

「それならばこちらから行かせてもらおう」

 

 

 そう言うとモモンは男に向かって走り出した。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 ナーベは二人の様子を最寄りの建造物の屋根から眺めていた。自分の相棒であるモモン。モモンに対峙する男。先に行動を起こしたのはモモンだった。構える男に向かって走り出した。接近し、右手に持った大剣で袈裟切りを行う。だが空を切っただけだ。どうやら男は横に流れるように攻撃をかわしたようだ。

 

 

(あまりの速さに目が追いつかない……あの男性……何者?まさか『闘鬼』ゼロ?……ホニョペニョコの時とは違って邪悪さは感じないけど……)

 

 

 ナーベは戦いを見続ける。勿論いざとなった時の為の最終手段は用意はしている。懐に隠しているアイテムがそれだ。

 

 モモンと男が何度も打ち合う、剣と拳、やがて二人の距離が離れた時にモモンは男に向かって地面を蹴る様にして走って接近。剣を振り上げた。

 

 

(……そろそろモモンさんが仕掛けるわね)

 

 

 漆黒の大剣を振り下ろす。その斬撃の威力で地面が砕け散り砂埃が舞う。

 

 

 

 

 ぶつかる剣と拳、そこから発生する金属音に似た音。その音は二人の戦闘がいかに激しいかを物語っていた。

 

 

 

 やがて砂埃が徐々に晴れていく。

 

 

 

 

 そこにいたのはモモンと男だ。ただし理由は分からないが何故か握手していた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 砂埃を巻き起こした一撃でモモンの視界から男が消える。だが気配は感知したままである。<心頭滅却>で感知しているため目の前にいるのは確かだ。

 

 

「ふむ……流石王国のトップに君臨するだけありますね」

 

「なっ!!?」

 

 

 モモンは自分の感覚を疑った。目の前の男に剣を片手で掴まれてしまったのだ。だが問題はそこではない。

 

 

(武技が発動しない!?……いや無効化されている?……いや違う。この感覚は……何故!?……くっ!今は距離を取るべきだ)

 

 

 モモンは剣を引き離そうとするが、男の持つ手からビクともしない。仕方ない。

 

 

(<明鏡止水>)

 

 

 モモンは時間の流れから抜け出し、男の手から強引に剣を抜きだす。その際に妙な違和感を覚える。

 

 

(何だ?この違和感……何かを見落としている?)

 

 

 モモンが武技を発動し続けたまま後退しようとする。もし時間の流れから抜け出した際に<心頭滅却>を解除しなければ気配を感知してすぐに対応できたであろう。だがモモンは気付けなかった。戦闘経験の少なさゆえに……いやホニョペニョコとの戦い同様に武技の酷使をしないように警戒していたからかもしれない。

 

 

 

 

 だから気付けなかったのだろう……………

 

 

 

 

 男が自分と同様に時間の流れから抜け出していることに。

 

 

 

 

「仕方ありません。付き合ってさしあげましょう」

 

 

 その言葉を聞いたモモンは振り返り、男を見る。

 

 

(この武技も効かないのか!?そんな馬鹿な!くっ!仕方ない!<課全拳・4倍>!!)

 

 

 モモンは先程よりも早く動き後退する。

 

 

 

 

 

「ただし10秒だけですがね」

 

 

 男がそう告げると姿が一瞬にして消えた。

 

 

(!!?どこに行った!?)

 

 

 モモンはすぐさま<心頭滅却>を発動。気配を察知する。だが……

 

 

(早すぎて感知できないだと!?これは!!まさか!!私と同じ『十戒』!?)

 

「こちらです」

 

 

 男はモモンの背後に立っていた。

 

 モモンは距離を取りつつ振り返り右手の剣で袈裟切りしようと……。だがモモンが振り返るより先に……

 

 

 

 

脇腹に強い衝撃を受ける。

 

 

 

 

「がっ!」

 

 

 モモンはそのまま吹き飛ばされて地面に吹き飛ばされる。

 

 

(察知した感じからして回し蹴りを受けたのか……何て威力だ)

 

 

 たった一回の攻撃を受けただけで口の中に血の味が広がる。どうやら口の中を切った様だ。歯が折れなかったのは奇跡かもしれない。

 

 

(恐らくホニョペニョコ以上の攻撃だ。次に受けたら危ないな。さっきは大丈夫だったが……ホニョペニョコと違って、接近戦を仕掛けたからといって隙を見せてくれる訳ではない。これは本気で最終段階を考えるべきかもしれない)

 

 

 モモンは立ち上がろうとする。身体が震えていた。どうやら先程のダメージは想像以上に効いているようだ。だが大剣を杖の要領で地面に突き刺して何とか立ち上がる。

 

 

 

 

 

「……先程の一撃を受けて立ち上がりますか。強いですね」

 

 

(不味いな……次同じ攻撃を受けたら気絶するかもしれない。ならば……<課全拳・5倍>)

 

 

 だが身体に力が漲ることは無かった。

 

 

(不味いな……集中力が乱れている。これでは武技を発動できない)

 

 

 モモンは一先ず会話をすることにする。少しでも時間を稼ぐ目的だ。

 

 

 

 

 

「なかなか鋭い回し蹴りだな……流石はアダマンタイト級以上と呼ばれるだけある」

 

「?」

 

 

 一体何を?まるでそう言わんばかりに男が困惑するのをモモンは感知する。

 

 

(ん?……この感じ……まさか困惑しているのか?一体何故……)

 

 

 

 

 

「あなたは『空間斬』ペシュリアンではないのですか?」

 

(ぺシュリアン?……!っ……まさか私は!!!!????)

 

 

 モモンはゼロ……いや、ゼロだと思っていた男に向かって告げる。

 

 

「っ!待ってくれ!私はぺシュリアンなんかじゃない!貴方こそ『闘鬼』ゼロではないのか!?」

 

 

 男の動きが止まる。

 

 

「ゼロ?……いえ、私はセバス・チャンと申します」

 

「!!!っ……失礼した。私はモモンという者だ。エ・ランテルでアダマンタイト級冒険者をやっている」

 

「モモン……。貴方があのモモン様ですか。これは失礼しました」

 

 

 本当は「様」ではなく「殿」でいいのだが、今は誤解を解く方が先決だ。一先ずここは後回しでいいだろう。

 

 モモンは武技を全て解除した。その際に<心頭滅却>で周囲に敵がいないかを調べるも該当しそうな存在はいなかった。モモンは武技を解除した後、大剣を二本とも地面に突き刺した。

 

 

「チャン殿、先程は本当に失礼した」

 

「私のことはセバスで結構です。モモン様。こちらこそ失礼しました」

 

 

 そう言って二人は握手を交わす。どうやらお互いの誤解は解けたようだ。

 

 

 

 


 

 

 

 

「セバス殿……先程は本当にすまなかった」

 

 

 モモンは心より謝罪する。当然だ。『八本指』と間違えて無関係な人間を切りつけたのだ。謝罪で済みはずがない。むしろもう一度蹴られてしまっても文句は言えなかった。しかしモモンのそんな考えとは裏腹にセバスは懐から何かを取り出し、それをモモンの手に握らせた。

 

「これをどうぞ」

 

「これは……」

 

「えぇ。ポーションです」

 

 ポーションといえば一般的に青いポーションだ。だがセバスが出したのはモモンが過去にブリタに渡したことがあるものと同じ赤色をしていた。そしてそれが意味する所は……。だが今はそんなことより……。

 

「……セバス殿……ですが私は…‥」

 

「先にダメージを与えたのは私ですから……」

 

 その言葉を聞いてモモンは敵わないと思った。この男性にとって恐らく今の自分など敵ではないのだろう。だが不思議なことにモモンは嫌な気持ちになることはなかった。むしろ好感を持てたほどだ。

 

「感謝します。ではありがたく頂戴します」

 

 モモンは一言礼を言うとポーションを一気に飲み干した。身体の傷が回復し、先ほどまでのダメージはどこかに消えた様だ。脇腹に受けたダメージもある程度は回復したようだ。だが完全にではない。そのことからセバスの蹴りがいかに強力な一撃だったかが想像できた。

 

「貴方のことは我が主からも話は聞いています」

 

 その一言からモモンは察した。セバス程の人物が忠誠を誓う相手などモモンの知る限り一人しかいない。

 

「……もしや貴方の主は……」

 

「えぇ。アインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下です」

 

「……そうか、アインズ殿が……」

 

 確かにアインズ殿なら分かる。あの方ならセバス殿程の実力者を臣下に持つのも頷ける。きっとアインズ殿の魔導国の未来にはリ・エスティーゼ王国のような腐敗などは起こらない。何故かそう断言できるだけのものを感じる。先ほどの赤いポーションもそういうことなのだろう。

 

「それで王国で何を?」

 

「……それは秘密です」

 

 そう言って自身の口元に人差し指を立てて言う。

 

(当たり前か……今や魔導国は『国』だ。そう易々と情報を語ることはしないだろう。ましてや私はエ・ランテルの冒険者だ。教えるはずがない……)

 

 そう思うとモモンは何故かアインズやセバスに対して距離感のようなものを覚えた。無論距離を感じているのは彼らではなく自分自身だ。

 

「モモン殿……もし良ければアインズ様にお仕えしませんか?」

 

 

「………」

 

(……アインズ殿は素晴らしい方だ。アインズ殿の魔導国も素晴らしい国なのだろう。だが……)

 

 モモンは悩む。ナーベ、エ・ランテルに住む者たち、そういった人々から向けられる好意。エ・ランテルという街が好きだ。だから返答に戸惑う。

 

 

 

 

「モモンさん」

 

「モモンさん!」

 

「モモンさん!!」

 

 

 

 

 ナーベやエ・ランテルに住む人々を思い出す。

 

 モモンは拳を作る。

 

 やがて意を決するとセバスに向かって口を開いた。

 

「……ありがたい申し出ですが、今の私はエ・ランテルのアダマンタイト級冒険者……お断りします」

 

「…そうですか…残念ですね。同じ師を持つ者同士…上手くやれる思ったのですが」

 

「同じ師?」

 

 モモンは何を言ってるんだと思う。だがすぐに理解する。戦闘中、全ての『十戒』を封殺、いやセバスの言う言葉が正しいのであれば全て同じ『十戒』による武技で相殺していたのだろう。だとすれば思いつく結論はただ一つ。

 

「まさか、貴方もミータッチさんの弟子なのか?」

 

「えぇ。私が最初の弟子。貴方が最後の弟子。あの御方は弟子を二人だけ取りました。あなたの名前も報告で聞きましたよ」

 

(通りで……『十戒』が効かない訳だ。セバス殿も『十戒』を……恐らく私よりも遥かにに上手く使いこなせるのだろう……それゆえこちらの武技を封殺していたのだろう。武技が発動できなかったわけではないのが分かって安心はできるが…)

 

 

 

 

「それでは私はこれで……」

 

「セバス殿。最後に聞かせてくれないか?」

 

「何でしょうか?」

 

「どうして私にポーションを?悪いのは明らかに私ではないですか?」

 

 

 

 

 モモンのその問いかけにセバスは優しく微笑むと口を開いた。

 

 

 

 

「"誰かが困ってたら助けるのが当たり前"ですから」

 

 

 

 セバスは歩き去っていく。

 

 その背中にモモンは自分の師であるミータッチの姿と重ねて見えた。それは『純銀の聖騎士』と呼ぶに相応しい男と同じ雰囲気を感じ取った。だからだろう。思わずそんなことを口に出したのは……。

 

「……"純銀"のセバス……」

 

 モモンは全身からフッと力が抜ける。どうやら緊張が解けた様だ。そこにナーベが降りて来る。何やら困惑気味のようだ。上から見ていただけでは何が何やら分からなかったのだろう。

 

「一体何があったのですか?」

 

「あぁ。実はな………」

 

 モモンは一度笑うとナーベに先程のことを話し始めた。

 

 

 



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限界

「……そんなことが……」

 

「あぁ」

 

 

 

 モモンとナーベは先程の戦闘が行われていた場所で立っていた。現在会話をしており、その内容は先程出会ったセバスについてだ。

 

 

「セバス殿は強かった。正直いって私よりも強いだろう」

 

「モモンさんよりも!?…ですが勝負は互角だったのではなかったのですか?」

 

「"互角"という表現は正しくはない。いや…こちらが<課全拳>を限界まで上げたにも関わらず、彼は汗一つ流すことなく行動していた。要するに彼が"互角"に合わせてくれていたんだ。それに…」

 

「何でしょうか」

 

「…彼はまだ余力があった。もしかすると…師匠と同じで<課全拳・10倍>までを使いこなせるのかもしれない」

 

「!」

 

「私はあくまで『十戒』を"使えるだけ"だ。だが彼は違う。恐らく"使いこなせる"のだろう」

 

「それは……」

 

「あぁ。間違いない。彼は師匠の弟子だ。私からすれば兄弟子だな」

 

 

 

 

「彼が最初の弟子……」

 

「あぁ。最初は信じられなかった。だが……あの言葉を聞いて確信した。師匠のあの言葉を……」

 

「"誰かが困ってたら助けるのが当たり前"……ですか…」

 

その言葉を言えるのはナーベが知っている限り、二人だけだ。

 

 

 

純銀の聖騎士、それと目の前にいる漆黒の戦士。

 

"誰かが困ってたら助けるのが当たり前"。その言葉の意味を考えると言える者は限られるのは当然だ。

 

 

だけど三人目がいた。

 

 

それがセバス・チャンという人物。

 

 

 

ナーベは考える。

 

 

 

ナーベはモモンの方に目を向ける。

 

 

「どうした?」

 

「いえ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?あの人は?」

 

モモンの視線の先にはレエブン候の元にいた男だ。確か名前はロックマイヤー。元オリハルコン級冒険者だったと記憶している。

 

 

 

「良かった。間に合った」

 

「間に合った?一体どういう意味ですか?」

 

ナーベの問いにロックマイヤーは困ったように笑いながら口を開いた。

 

 

「緊急事態だ。悪いが依頼は後回しで……ついてきてほしい。レエブン候から、そう頼まれたんだ」

 

(この感じ…)

 

モモンはロックマイヤーのその表情を見て瞬時に察した。

 

(間違いない。レエブン候の身に何かがあったのか……)

 

 モモンはナーベの顔を見て頷くとロックマイヤーについていった。

 

 

 


 

 

三人が屋敷に戻った。

 

自慢の庭園に入った瞬間、モモンは違和感を覚えた。

 

(……屋敷のメイドがいないのか……)

 

だがその景色を見て推測する。

 

(この感じ……人払いをしているのか)

 

それは過去、エ・ランテルの冒険者組合で何度かあった状況と似ていたのだ。

 

 

 

 

「どうしたのですか?」

 

部屋に入ってすぐに口を開いたのはモモンだ。

 

レエブン候のいる書斎に四人はいた。机に座り頭を抱えるレエブン候、その正面に立つモモンとナーベ。出入り口であるドアの横で背中をつけているロックマイヤーだ。

 

 

「……『六腕』壊滅の依頼は……"中止"です」

 

「何故かお聞きしても?」

 

「……理由は話せません」

 

 

 嘘だな。そうモモンは確信する。正確には理由は言えないのだろう。恐らくレエブン候の方で何かしらの不都合があったのだろう。問題はそれが彼個人の問題なのか、国家の問題となるのか……。いやそこは重要ではないのだろう。

 

 

「……すみません。"漆黒"のお二人に来て頂いたにも関わらず……報酬は必ずお支払いいたしすので…」

 

 

(……この様子だと"理由"を聞くのはまず不可能だな。……となるとこの状況を打破するのは非常に困難だな)

 

「……行こう。ナーベ」

 

「はい。モモンさん」

 

 

 

 

モモンとナーベが書斎を後にしようとした時であった。突如ドアが開いた。思わずロックマイヤーはドアから距離を取る様に跳んだ。

 

 

「あなた!」

 

そこには血相を変えて扉を開けていた女性がいた。その綺麗な恰好からして使用人ではないだろう。恐らくレエブン候の妻である女性なのだろう。

 

 

「お前!何故入ってきた」

 

「"漆黒"のお二人に全て打ち明けてしまいましょう!そうすればきっと!」

 

「駄目だ!」

 

「……あの子の為ですか?」

 

「やめろ!」

 

「"あの子"を助けることが出来るのはこの二人だけではないの」

 

「"やめろ"と言ってるだろう!」

 

書斎にレエブン候の怒声が響き渡る。

 

「…すみませんが…」

 

"帰ってくれ"。そう言われる前にモモンは口を開いた。この状況を打破できる可能性が少しでもあるならそうするべきだと判断したからだ。

 

「失礼ですが、レエブン候、もしや誰かを人質に取られたのですか」

 

「………」

 

「安心して下さい。先程、武技で周囲の気配を探りましたが怪しい者はいません。だから話していただけませんか」

 

モモンのその問いかけにレエブン候は口を開こうとしたり首を横に何度も振ったりしている。そのことからモモンは人質がレエブン候の身内で家族だということを察した。

 

「……分かりました。お話します」

 

レエブン候は机の上の水の入ったグラスを一度飲み干すと話し出した。

 

「…実は"八本指"から手紙が来たんです。その内容がこれです」

 

レエブン候から渡された手紙をモモンは見る。

 

 

 

『 親愛なるレエブン候へ

 あなた様の大事なご子息を預かっています。

 あなた様同様非常に聡明でいられる。将来が楽しみですね。

 

  そういえば最近、王都では"黒粉"というものが流行っているだとか。

 何でもこれを吸ってしまった者はこれに強く依存し、最終的に精神崩壊を引き起こしてしまっているとか。

 あなた様の大事な人が吸ってしまわない様に気を付けて下さいね。

 

  そうそう忘れるところでした。

 あなたのご子息が遊んで欲しいと望まれています。

 ですが我々は玩具道具など用意しておらず、

 用意しているのは病気になった時の為の"薬"くらいしか用意していません。

 間違えて、ご子息が使用しないようにしっかり管理させて頂きます。

 

  つきましてはご子息が退屈されない様に玩具道具を買ってあげたいので

 白金貨500枚を用意しておいて下さい。二日後、こちらの従業員を向かわせますので。

 

 それではご機嫌よう。

 

          指が八本の友人より 』

 

 

 

「"八本指"…っ!」

 

「それがこちらに届いたのがつい先ほどです」

 

「ということは明日まで時間はあるのですね?」

 

「えぇ」

 

「ならば早速…」

 

 

 

モモンが書斎から出ようとした時だった。開きぱなしになったドアから何者かが現れる。

 

「旦那様!」

 

その声の主が姿を見せる。メイド服を着ていた。レエブン候の使用人なのだろう。

 

 

「どうした?今は大事な話が!」

 

「坊ちゃまが帰ってこられました」

 

「なっ!?りーたんが!?どこだ!?どこにいる!」

 

「正面入り口に…」

 

使用人が全て言う前にレエブン候は書斎を飛び出した。それをモモンたちも追いかけていった。

 

 

 

 

 

庭園に出て正面入り口に向かうと一人の少年がいた。

 

 

 

「りーたん!」

 

「パパ!」

 

二人が抱き合う。

 

 

 

 

「無事だったかい?何か嫌なことされなかったかい?」

 

「怖いおじさんに怖い所に連れて行かれたの。でもあの人が助けてくれたの」

 

そう言って少年が指さした方向には男が立っていた。

 

 

 

 

モモンにはその姿に見覚えがあった。いや忘れるはずがない。そこにいたのはつい先ほど言葉を交わした相手だったからだ。

 

「セバス殿!?」

 

「モモン殿!彼は一体?」

 

その不安そうな声色にモモンは思わずレエブンの顔を見る。そこからは何ともいえない不安があるのを感じ取った。

 

(恐らくレエブン候はセバス殿が"八本指"の関係者だとでも思っているのでだろう)

 

「レエブン候、安心して下さい。彼…セバス・チャン殿は信用できる人です。」

 

「…それは!?是非お礼をしたい!どうぞ屋敷に入って下さい」

 

「いえ、結構です」

 

そう言ってセバスは手で制した。

 

「ありがとう。セバス殿…いえセバス様。あなたは私の恩人だ」

 

「いえいえ、"誰かが困ってたら助けるのが当たり前"ですから」

 

「……あなたは凄いな。でもどうやってあの子を?」

 

「えぇ。実は……」

 

 

 

セバスの話はこうだ。セバスは"困っていた女性"を助けた。しかしこの女性は"八本指"の元で働かされていた人で、"色々あって""八本指"拠点の一つを襲撃して救出した。レエブン候の息子を連れ去った"幻魔"サキュロントとコッコドールという人物を捕らえたとのこと。そこに囚われていたレエブン候の息子がいたという訳だ。ちなみに"八本指"の二人の身柄は"クライム"という少年に任せたらしい。

 

 

「クライム?…もしや彼か…それなら問題ないですね」

 

 

 

「全て終わったようですし、私はこれで失礼します」

 

セバスが背中を見せようとした時であった。

 

「セバスさん、ありがとう!」

 

そう言ってレエブン候のご子息が手を振るう。それを見たセバス殿は優しく微笑むと手を振り返した。再び背中を見せた。

 

(セバス殿……)

 

 

 

 

やはりその背中には"純銀の聖騎士"の姿が重なった。

 

 

 

モモンが憧れた方、ミータッチに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




p.s

楽しみにしていた人がいたらすみません。
更新が非常に遅れました。
質は決して高くはありませんがどうか見て頂けたら幸いです。


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姉と妹

王都リ・エスティーゼ

 

 

 

 

その中にある"とある屋敷"。

 

 その屋敷には五十人程入れる広間がある。月明りが照らすその空間には屋敷の主やそこで働く使用人の姿も見当たらず静寂のみが広がっている。だが仮面を付けた怪しげな集団だけがその空間にいた。

 

 真っ白い貴人服に身を包む女。その豊満な肢体は清純さを強調する白では隠せない程であった。溢れるのは色気よりも整い過ぎた造形でまるで人形のような"作りもの"だと錯覚してしまう程だ。窓の外にある月を眺めておりその姿はさしずめ"天使"の様であった。

 

 手に大きな鎌を持つ悪魔の男。大きな鎌はまるで魂を刈り取る形をしているようで何とも言えない不気味さを感じさせる。一種のポーカーフェイスなのか、その男の口角は常に少し上がっている。

 

 ボンテージ風の衣装に身を包む女。男の劣情を誘うような姿だが頭部は黒い鳥を連想させるものだ。

 

 長い赤毛を三つ編みに結んだメイドの女。

 

 

 

 

仮面を付けている赤毛の女ルプスレギナは周囲を見渡す。

 

(まだ、"妹"は来てないっすね。どうしたものかっすね……)

 

ルプスレギナが探しているのは"妹"だ。どうやらまだ来ていないらしい。

 

 

 

 

「ヤルダバオト様はまだですか?」

 

その言葉に白い貴人服の女"色欲(ラスト)"と呼ばれる者がそのままの態勢で口を開いた。

 

 

 

 

 

「まだこの場には来てないわ。それがどうかしたの?」

 

「いやー!…これは過剰戦力じゃないっすかね」

 

 その一言で周囲からの視線を一気に受けたのが分かった。先程まで月を眺めていたラストすらこちらに視線を向けていた。それらの視線は全て鋭いものでありルプスレギナは思わず後ずさってしまう。

 

 

(あっ……これは不味い雰囲気っすね)

 

 瞬時に察したルプスレギナは出来るだけ平静を装おって語った。

 

 

 

「そう思いませんか?」

 

「ここにいる誰しもが……いや、あなたは"あの時"いなかったわね」

 

「"あの時"ですか?」

 

「えぇ。スレイン法国襲撃の時よ。巷では『大虐殺』などと呼ばれているらしいけど。確かあの時はあなたやあなたの妹はまだ"目覚めていなかった"はずよね。まぁ……色々あったのよ」

 

「そうっすか……」(色々?言葉を濁すということは聞かれたくない話っすね……一体何があったっすか)

 

ルプスレギナが思案しているとどこからか男の声がした。

 

「その話題はしないでくれ」

 

声を出したのは大鎌を構える男。"強欲(グリード)"だ。

 

「俺も……そこにいる"嫉妬(エンヴィー)"も……"純銀の鎧を纏った男"にやられたんだからな」

 

そう言ったグリードに対してエンヴィーと呼ばれるカラス頭の女が頷く。

 

「お二人を!?……その男は何者なんですか?」

 

ルプスレギナがここまで食い気味に聞くのには理由があった。

 

ヤルダバオトに脅されているのだ。

 

"全てが終わった時に貴方と妹は解放する"

 

そうヤルダバオトに告げられたルプスレギナと妹は仕方なく従うことにした。そうしなければ意思を封印され人形と化すしかないからだ。そうなっていまってはお互いを助けることなどまず不可能である。だが奴はとんでもないことをしてくれた。私と妹の心臓に"魔法の刃"を仕込んだのだ。だからヤルダバオトの命令を破れば"魔法の刃"が心臓を引き裂いて二人とも死ぬしかない。

 

 

 

 

「さぁ。ヤルダバオト様に直接聞いてみたらどうかしら?」

 

そう言ってラストは再び月を眺め始めた。

 

その時ルプスレギナの頭に直接語り掛ける声があった。

 

 

 

 

<あまり希望はもたない方がいいわよ。後で辛くなるだけよ>

 

<ラスト様!!?な!何で!?どうしてこの距離で伝言(メッセージ)を!?>

 

<これは個人的な警告よ。ルプスレギナ……ヤルダバオト様に逆らうのは止めておきなさい。どうなるか分かっているでしょう?>

 

<逆らうなんてそんな…とんでもない>

 

<……それに騙されるとでも?まぁ、いいわ。"全て"が終わった時にあなたとあなたの妹は解放するというのは嘘ではないわ。そこは断定してもいいわ>

 

<!……>

 

ヤルダバオトの幹部…もしかしたら右腕の様な存在かもしれないラストがこういうのだ。ヤルダバオトの目的や計画を全て知っている可能性は高い。ゆえにルプスレギナは聞くしかなかった。

 

<ヤルダバオト様の"目的"が成就した暁にはあなたと妹には"特別な役職"が与えられる。>

 

<"特別な役職"?それは一体…>

 

<……警告はしたわ。後はあなたの自由よ。でも逆らえばヤルダバオト様が手を下す前に私があなたたちを消すわよ>

 

 

 

 

そこに仮面を被った一人の人物が現れる。

 

メイド服を改造した様な恰好に背中にボウガンを持つ女だ。

 

 

 

 

「遅かったっすね?」

 

「……寝かしつけるのに時間がかかった」

 

「例のペットっすか?モフモフしてるとか何とか…」

 

「……そう」

 

 

 

 

「遅かったですね?」

 

 その言葉を聞いた途端、ルプスレギナと"妹"の背筋が凍りつく。思わず顔を向けた先には全身に赤い服を着ている男がいたのだ。その男こそが二人が忌み嫌う男だ。

 

 

 

 

「申し訳ありません。ヤルダバオト様」

 

「……申し訳ありません。ヤルダバオト様」

 

 

 

 

「まぁ、いいでしょう。"何か"をした訳ではないのでしょう?それなら計画に支障はありませんし、始めましょうか」

 

「待ってました」

 

鎌を持ったグリードが興奮しながら言う。その様子を見てヤルダバオトは口を開いた。

 

「興奮するのは分かりますが、少しは自重して下さいよ?グリード」

 

「はい。申し訳ありません」

 

「では今回の計画"王都襲撃"についてです。絶対に傷つけてはならない人物がいます。それがこちらです。ラスト、お願いします」

 

ラストが魔法で映像を映し出す。そこに現れた人物を見る。

 

「この者は一体?」

 

エンヴィーが尋ねる。

 

「いずれ分かりますよ。では次に襲撃するポイントについてですが……」

 

 

 

 

 

やがて話し合いは終わる。

 

それぞれの襲撃地点に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

「無事を祈ってるっすよ」

 

「……そっちこそ」

 

ルプスレギナは仮面越しに妹を見る。

 

仮面を付けており表情は見えないが、心情は読み取れたような気がした。

 

 

 

 

間違いない。"妹"もヤルダバオトに逆らうつもりだ。

 

 

 

恐らく、ラストの警告通り、私たちは消されるかもしれない。

 

だが……

 

その時は"姉"として"妹"のことだけは守らないといけない。

 

そう決心するとルプスレギナは拳を作った。

 

 

 

 

 



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赤毛の女と蒼の薔薇

久しぶりの投稿です。

※※注意※※
『蒼の薔薇』のメンバーが好きな方はご注意下さい。
特にイビルアイ好きな方はご注意下さい。
イビルアイ好きな方はこの話を無視した方がいいかもしれません。
※※※※※※


↓  ↓

↓  ↓




"八本指"

 

それは王都リ・エスティーゼに存在する巨大な犯罪組織。

 

巨大過ぎて恐れるものは何一つないと呼ばれた程である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……

 

"八本指"にもたった一つだけ恐れるものがあった。

 

それは……

 

 

 


 

 

 

深夜 

 

王都リ・エスティーゼ とある屋敷前

 

 

 

 

 

「急げ!」

 

 男は"八本指"の幹部であった。謎の老執事と戦い、圧倒的な差で敗北してしまった。その後は覚えていないが牢屋にいたことから衛兵に引き渡されたのだろう。だがそんなことは全く問題はなかった。男は衛兵に金を渡して脱獄し表向きは尋問中に獄中死したことになっている。こういったことが出来るのも"あの馬鹿"とのコネのおかげだったりする。馬鹿様様である。

 しかし男にとって大事なのはそんなことではなかった。予想外のことが起きたとはいえ"業務"を止めてしまったからだ。男が恐れているのは同じ"八本指"ではない。もっと"上"の存在である。だからこうして部下たちを集めて止まってしまった"業務"を続けさせている。

 

 

 

「急げ!」

 

 そう言って男は部下を急かす。しかし部下の動きは変わらない。何故なら既にこれ以上ないくらいには急いでいたからだ。だが男はそれを理解していないわけではない。しかしこれから自分たちに迫る脅威のことを考えたらそう叫ばずにはいられなかった。部下たちが急いでいるのは理解しているのだ。何故ならそれが自分と同様で自分たちを"愚かな存在"と嘲笑する圧倒的な存在を知っているのだ。男は生きたまま顔の皮を剥がされた。

 

 その後のことは思い出したくもない。

 

("八本指で六腕に所属する貴方に問題です。八に六を足すと幾らになりますか?")

 

 男は答えた。そしてその答えの数字を決して忘れることは出来ない。忘れようとしても消えることのない記憶。全身から吐き気がこみ上げる。だが男はそれを何とか抑えこむ。

 

 

 

「……」

 

 かつて"幻魔"と呼ばれた男…サキュロントは自身の顔に触れる。そこには確かに皮があった。

 

 

 

「全員撤収を急げ!」

 

 だから彼ら……"八本指"がその場からの撤収を急ぐのは当然であった。それが"あの悪魔"の恐ろしさが現実のものであると改めて認識させられるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………良い夜っすね。悪いことをするには丁度良いっすね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ては遅すぎたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには場違いな恰好をした女が立っていた。メイド服を纏い仮面を被っている赤毛の女。その声は"八本指"の者に声を掛けるには不自然な程に明るかった。

 

 

 

 

 

「お……お前、まさか…」

 

「ヤルダバオト…様からの伝言っす。"あなたたちのおかげで王国は腐敗させることが出来た。感謝致します。しかし世界をも腐敗させることは叶わなかった。だから速やかに自害せよ"とのことっす」

 

 

 

「…た…助けてくれ。お…俺たち…"八本指"はあの老人のせいで"六腕"を全滅させられて!!」

 

「それと意味は知らないっすが"君たちのおかげで悪魔像を発見できた。おかげで…"」

 

 

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 サキュロントは腰にぶら下げた剣を抜くと女を切りつけようと飛ぼうとした。

 

 

 

「………<拭き上がる炎(ブロウアップフレイム)>…っす」

 

 真夜中の王都、その街中で一つの大きな火柱が立った。その炎に燃やされる一人の男。炎を身を捧げているようにも思える。遠くからならば死者を弔うための巨大な蝋燭の様に見えるだろう。

 

 

 

(せめて安らかに眠るといいっす。生きていたらもっと辛い思いをしただろうから……)

 

 

 

「さて……」

 

 

 

「恨みはないっすけど……許してほしいっす」

 

 

 


 

 

 

全てが終わりその場を後にしようとしたルプスレギナは身体の動きを止めた。

 

(気配が二つ……)

 

 

 

「そんな所で何をしているんだ」

 

 ルプスレギナが気配の方を向くと立っていたのは二人の女だ。一人は筋骨隆々で男と見間違える程の女だ。その大きな両腕には刺突戦槌(ウォーピック)が握られている。もう一人は軽装に身を纏い、防御力よりも機動力重視と言わんばかりの恰好をしている。その姿は軽装の戦士というより暗殺者の様な印象を与える。よく見ると両腕にはダガーよりも小さな武器が握られている。

 

 

 

「どちら様っすか?」

 

「俺はガガーラン、こっちはティアだ。王国でアダマンタイト級冒険者をやっている。よろしくな」

 

 ガガーランと呼ばれる女はウォーピックを構えると笑う。

 

 

 

「アダマンタイト?何っすか?それ」

 

「……へぇ。だったら教えてやろうか?」

 

 目の前の女たちは武器を構える。だがルプスレギナはそれらを無視して歩き出す。

 

 

 

「おい!どこへ行くんだ」

 

「用は済んだので帰ろうと思ってるっす」

 

 

 

「行かせる訳ねぇだろ!生きたまま人間を焼くような奴をよ」

 

「……アレらは"八本指"の奴らっすよ。何か問題があるっすか?」

 

 

 

「"八本指"?……じゃあお前は何者だ?」

 

 ガガーランは少しだけ相手への認識を改めた。しかし同時に怪しんだ。何故"八本指"を襲ったのかを。

 

「いい加減にしてほしいっす。予定した時間に間に合わないっす」

 

 

 

「いいから答えろ!」

 

「……やりたくないけどやるしかないっすね。さっさと殺るしかないっすね」

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 どれだけの時間が経っただろうか。ガガーランとティアはかなり長い時間が経ったように思えた。

 

 

 

「はぁ…はぁ…くそ!何て強さだ」

 

「ガガーラン、大丈夫?青い血出ていない?」

 

「出ねーよ。今だけは出て人間辞めたい気分だがな…。それよりお前こそ大丈夫か?」

 

「こっちは大丈夫。直撃はまだない」

 

 

 

「終わりっす!<拭き上がる炎(ブロウアップフレイム)>」

 

「!っ…右足が動かね」

 

 ガガーランの足は疲労ゆえに限界だった。ゆえにすぐに動けず、地面からの爆風が直撃する。

 

(あぁ…オレ死んだな…)

 

 もう終わりかとあきらめかけた時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あきらめるな!ガガーラン!」

 

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 

 

 頭上からの声を聞いた。ガガーランは動けない右足ではなく、まだ辛うじて息のある左足で地面を蹴った。ギリギリ爆風が頬を掠る。

 

(大丈夫だ!まだいける…それより……)

 

 

 

「遅いぞ!イビルアイ」

 

「ちゃんと相手の実力を見極めろ!こいつは…私たちよりも強いぞ」

 

 その場に現れたのは仮面を被った少女だ。

 

 

 

「応援っすか?」

 

「……よくも私の仲間を虐めてくれたな。赤毛女」

 

 

 

「…イビルアイ、気を付けろ。この女むちゃくちゃ強いぞ」

 

「そんなのは分かってる。ガガーラン、ティア、早く回復しろ!ここからが本当の戦いだぞ!」

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

ルプスレギナと"蒼の薔薇"のガガーランとティア。

 

そこに仲間であるイビルアイが現れた。

 

戦闘はすぐに終わるかと思われた。

 

 

 

 

 

しかし……

 

 

 

 

 

「<拭き上がる炎(ブロウアップフレイム)>っす!」

 

「!ちっ…」

 

イビルアイは強い。確かに強い。だがそれは"蒼の薔薇"の中においての話だ。

 

 

 

「くそ!この強さ!貴様!"蟲の魔神"と何か関係があるのか?」

 

「何っすか?それ」

 

だが依然として戦闘は"蒼の薔薇"の方が不利であった。

 

 

 

「そんなに話してて大丈夫っすか?」

 

「お前…どこでこんな魔法を…」

 

原因は二つ。一つはかなり実力差があること。もう一つは相性の悪さである。イビルアイの持つ魔法の一つに"ある種族にのみ特別にダメージを与える魔法"がある。しかしルプスレギナの外見からそれは使えずにいた。この魔法は人間には効果が無いからだ。

 

 

 

("アレ"は人間相手じゃ通用しない。だが万に一つの可能性に賭けてみるか?)

 

「このままじゃすぐに終わりっすよ」

 

 ルプスレギナは焦っていた。原因はイビルアイである。イビルアイは先程から魔力を温存しているフシがある。これはルプスレギナの直感であり決定的な証拠はどこにもない。だがそんな不安からか"奥の手を持っている"と考えてしまうのも無理はない。ゆえに先程から至近距離で戦うことは避けている。もし"奥の手"が出た場合すぐにでも回避する必要があるからだ。ゆえに積極的に接近は出来ない。

 

 

 

「どうした?かかってこい!赤毛女!」

 

「挑発っすか?」

 

 ゆえに戦闘は膠着状態が続いていた。

 

 

 

(不味いっすね。このままじゃ本当に予定時間を過ぎてしまう。何か手はないっすかすね)

 

「良いこと思いついたっす!<拭き上がる炎(ブロウアップフレイム)>!」

 

 "蒼の薔薇"から見てその行動は不可解だった。ルプスレギナは自分自身に魔法を行使した様に思える。火柱がルプスレギナを包み込む。

 

 

 

「?一体何を…?」

 

「…分からない」

 

 ガガーランもティアもルプスレギナが何故そのような行動を取ったか理解できなかった。だが微かにイビルアイだけが違和感を覚える。

 

 

 

(何だ?この感じ……まるで…)

 

 ハッと気付くと声を荒げて叫ぶ。

 

 

 

「ガガーラン!後ろだ!」

 

「!ちっ……透明化か!」

 

 イビルアイの警告を受けてガガーランは後ろを振り返り、そのまま不可視化したルプスレギナを叩きつけようとした。

 

 

 

「あぁ……気付いたっすか。まぁでもいいっすよ!」

 

 目の前に現れたルプスレギナはガガーランの刺突戦槌(ウォーピック)を両手で掴み上げるとそのままガガーランの下腹部を蹴り上げた。

 

「がっ!」

 

 ガガーランはその衝撃のあまり腕を離してしまった。

 

 

 

「やったっす!武器を確保っす!…って腕を放すっす」

 

 だがガガーランは武器を放してすぐに再び掴んだ。それにすぐ気が付いたルプスレギナは今度はガガーランを蹴り飛ばす。巨体なはずのガガーランが吹き飛び、屋敷の壁にのめり込んだ。

 

 

 

 イビルアイとティアはガガーランに気を取られているルプスレギナの背後から攻撃を仕掛けようと跳躍。攻撃範囲に入る。

 

「<水晶騎士槍(クリスタルランス)>」

 

「<影分身の術>」

 

 イビルアイはルプスレギナの首筋に槍を突き刺そうと魔法を発動。ティナは分身を作り、本体は攻撃でもう一つはカウンターされた際の盾として発動。

 

(これで終わりだ!赤毛女!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしてほしいわ」

 

 

 

 

「「!っ」」

 

 冷たい言葉だった。今までとは異なる程の抑圧(プレッシャー)。それを感じ取った瞬間、イビルアイとティナの身体は強い衝撃を受けた。

 

 イビルアイの魔法で作成した槍は粉砕され、ティナの分身は一撃で消されてしまった。

 

 

 

「!」

 

 イビルアイはすぐさま<飛行(フライ)>を唱えてティナの身体を掴むとそのまま地面に降り立った。

 

 

 

「イビルアイ、一体何が?」

 

「あの赤毛女がガガーランの持つあの武器を使ったんだ」

 

「アレだけ強い魔法詠唱者でありながら、武器も使えるの?反則じゃない?」

 

「同意見だ。だがそんな無駄口を叩く暇は無さそうだぞ」

 

(もしや…あの赤毛女。"リーダー"と同じ"流星の子"だったりするのか……)

 

 そんなことを考えていると鼻と口から垂れる液体の感触があった。かなりのダメージを受けたようだ。そうこうしている内にルプスレギナが片手でウォーピックを掴みながら歩いてくる。

 

(不味いな。このままでは全員やられてしまう)

 

 

 

「さて…終わりっすよ拭き上がる炎(ブロウアップフレイム)

 

 イビルアイは避けた。だがティナは先程のダメージがあったせいか動けずにそのまま爆風を受ける。爆風の衝撃でティナの身体が空高く打ち上げられる。

 

「ティナ!」

 

「さて……これからが本当の戦いっすよ」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 爆発。イビルアイは避ける。

 

 

 

「はぁ…はぁ……どれだけ戦えるんだ?こいつの魔力は底なしか?」

 

 二度目の爆発。イビルアイのマントを燃やす。

 

 

 

「間に合わな……」

 

 三度目の爆発。イビルアイはよけきれず爆発をその小さな体に受けた。衝撃、逆流、吐血。イビルアイの身体はそういったものに支配された。だが……

 

 

 

(炎に対する耐性を上昇させるマジックアイテムを装備していなければ危なかった。もし無かったら死んでいただろう)

 

 イビルアイは微笑む。自身はまだ大丈夫。まだ戦えると確信したのだ。

 

 

 

「笑う余裕があるっすか?」

 

 爆発、爆発、また爆発。

 

 イビルアイはかろうじて避けていく。

 

 

 

「くっ!」

 

 だがついに爆発がイビルアイの右足に直撃。激痛をイビルアイに襲い掛かる。爆風がイビルアイの身体を吹き飛ばし仮面を砕く。その際に口元が見えた。そこにあったのものを見てルプスレギナは目を見開く。勝利への道が見えたからだ。

 

 

 

(さっき見えたものが見間違いで無ければ"これ"は防げないはずっす)

 

 ルプスレギナはイビルアイに接近し首を右手で掴む。

 

 イビルアイは反撃しようとルプスレギナの顔に目掛けて魔法を詠唱しようとする。

 

 しかしそれよりも早くルプスレギナの詠唱の方が早かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「<大治癒(ヒール)>」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ルプスレギナが右手を開く。そのまま何の抵抗も無くイビルアイは崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはガガーランとティアが目を覚ましたのと同時であった。

 

 目の前の光景が信じられなかった。自分たちのチームで一番強かったはずの女が何の抵抗も無く地面に落ちようとしている。その時間はあまりにゆっくりに感じた。一枚の花弁が地面に落ちるように儚かった。そしてイビルアイは力を失ったように地面に倒れた。

 

(俺たちは夢を見ているのか?)

 

 

 

 

 

 砂埃が舞う。

 

「"アンデッド"……」

 

(砕けた仮面から見えた素顔。そこで見えた特徴的な歯。あれは恐らく……)

 

「吸血鬼……それがこの女の正体だったっすね」

 

 

 

 

 

 

「イビルアイ!!!!」

 

 ガガーランは衝動的に叫んでいた。その衝動のまま壁を破壊し地面に両足を着いた瞬間駆け寄る。

 

 

 

「ガガーラン!」

 

 その言葉でハッとする。少し声がおかしいが間違いなくティアの仲間の声だ。声の方向を見ると全身が焼けていて辛うじて立っている状態だった。いつもは結んでいる髪も焼けてしまって焦げてしまっている。

 

 

 

「…すまねぇ」

 

 二人は互いの顔を見合わせた。

 

 

 

「おい。ティア」

 

「ガガーラン、私も同じこと考えてる」

 

 

 

「そうか……じゃあ何も言わなくていいな」

 

 それは疑問ではなく確認だった。

 

「うん。リーダーには迷惑をかける」

 

 二人が互いの顔から目を離すと赤毛の女に目を向け武器を突き付ける。

 

 

 

「俺たちの命も持っていけよ。ただしテメーも道連れだ!!」

 

 そう言ってガガーランが拳を大きく振り上げて跳躍。ガガーランと同じタイミングで走り出したティアは回り込み挟撃しようと武器を振り上げた。それを見たルプスレギナは笑った。それは嘲笑ではなく微笑みだった。

 

(仲間想いっすね。せめて……)

 

 ルプスレギナは両手をそれぞれに向けるようにして広げ魔法を詠唱しようとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!」

 

 ルプスレギナの顔目掛けて何かが飛んできた。ルプスレギナはそれをウォーピックで防ぐ。

 

 

 

「紙?」

 

 それは紙の様であった。持っているウォーピックに張り付く。

 

 ルプスレギナは危険なものを感じてすぐにウォーピックを投げ飛ばした。

 

 

 

 瞬間、ウォーピックに強烈な電撃が溢れだす。

 

「うぉー!危なかったっす!」

 

 口では軽口を叩くルプスレギナであったが内心はかなり警戒していた。アレだけの電流をもし受けていた場合、かなりのダメージを受けていたことだろう。

 

「さて、アレはそこの貴方の仕業っすか?」

 

 そう言ってルプスレギナが見たのはガガーランたちの真上だった。

 

 ガガーランたちも上からやってくる大きな影に気付き後ろに跳んだ。

 

 そこに一人の少女が舞い降りた。

 

 

 

「貴方ぁ…カルネ村に偵察に来てた女ぁ」

 

 そこから現れたのはメイド服を着た少女だった。シニョンと髪に無表情な顔。ただし容姿は非常に整っていた。

 

「お久し振りっすね。エヌティマちゃん」

 

 

 

「……誰?」

 

 ティアの問いかけは当然のものであった。こんな血なまぐさい場所には不釣り合いな恰好で出現した存在に思わず警戒心をむき出して問う。

 

「私は魔導国のエヌティマぁ。貴方たち"蒼の薔薇"を助けに来たのぉ」

 

「……魔導国が?何でまた……」

 

 ガガーランの疑問も当然のものだ。こんな状況で他国の者が国に属さないはずの冒険者を助けに来てくれるなどあまりに都合が良すぎる。どう考えても異常事態である。もしかしたらメイド服を着ているという共通点があるし二人がグルなのではと考えてしまう。そうだった場合はイビルアイが戦えない状況では逃亡することさえ不可能だろう。

 

 

 

「話は後ぉ。その仮面の女はまだ生きている。そいつ連れて早く逃げてぇ」

 

 

 

「ティア……エヌティマとかいう女は信用できると思うか?」

 

「……今はイビルアイを助けるのが最優先」

 

「…そうだな。今の内に行くぞ!」

 

 

 

 ガガーランは急ぎイビルアイの元へと駆け寄ると肩に担いだ。ティアはガガーランの武器を拾う。その間にルプスレギナとかいう女からの攻撃は止んでいる。どうやらルプスレギナとエヌティマはにらみ合ったままであった。

 

 

 

「すまねぇな。アンタ」

 

 そう言ってガガーランは走る。ティアはその背後を護衛する様にして去っていく。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「……ルプスレギナだっけ?……私とやるのぉ?」

 

 エントマには奥の手があった。それは自身の主であるアインズ・ウール・ゴウンから授かったアイテム。

 

(最悪の場合ぃ…このアイテムを使わないといけないかもぉ…)

 

 

 

「いや…私は急いでるっすから。必要ないなら戦わないっすよ」

 

 

 

「…逃がすとでもぉ?」

 

 

 

「逃げるが勝ちっす!」

 

 ルプスレギナがそう言うとエントマの目の前から突然と姿を消した。

 

 

 

「これは!?完全に不可視化する魔法ぉ」

 

(でも気配は既に無い。もしかして…逃げられた?…みたいぃ)

 

 

 

 エントマはその場を警戒していたがルプスレギナがそこに再び現れることはなかった。そのタイミングで<伝言(メッセージ)>が届いた。

 

 

<エントマか?>

 

<はっ。アインズ様>

 

<そちらはどうなった?>

 

<"蒼の薔薇"の救助は成功しました。しかしルプスレギナには逃げられてしまいました>

 

<構わない。最優先事項である"蒼の薔薇"の救助は成功したのならば問題ない。ルプスレギナは放っておけ>

 

<かしこまりました。後はいかがいたしましょうか?>

 

<実は大至急頼みたいことがある。今から言う場所にすぐに向かってくれ。頼んだぞ。エントマ>

 

 

 

 

 

 

 




ルプスレギナvs蒼の薔薇 でした。


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仮面少女と蒼の薔薇

※※注意※※
『蒼の薔薇』のメンバーが好きな方はご注意下さい。
※※※※※※



蒼の薔薇がルプスレギナと戦っている同時刻、それは行われていた。

 

 

 

 

 アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』、そのリーダーと仲間であるラキュースとティア。二人は目の前の敵を見ていた。

 

「仮面を被る怪しい存在……もしかして『八本指』?」

 

ラキュースはそう考えたのも当然だった。自らの友人であり王女であるラナーから依頼をされたのだ。

 

 

 

"『八本指』のアジトを襲撃してほしい"

 

 

それはリ・エスティーゼ王国にとっても緊急度の高い依頼だったといえよう。『八本指』はこの王国内に存在する裏組織に生きる犯罪組織の中で最も強大な影響力を持つ組織だ。王国には王族を除けば最高位の階級に貴族がある。その者たちは『八本指』に融通されて利益を得る。その代わり逆も然りだ。現に多くの貴族が『八本指』と繋がっており、そのことから『八本指』は簡単に手が出せない組織となっている。ゆえにそこに所属する者たちも実力者が多い。

 

 

 

 

「……違う」

 

「じゃあ戦う理由は無いわ。私たちはアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』!聞いたことくらいあるでしょ?」

 

 ラキュースが説得を試みたのには理由がある。リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者といえば知名度は非常に高い。もし何か誤解があって戦闘に発展するのであれば未然に防ぐ必要があった。これは最高位の冒険者、またそのリーダーとしてだけでなく、ラキュースの家が"貴族"の家だということにも関係していた。そして可能性が限りなく低いだろうが友人であり王女であるラナーに迷惑をかける可能性もあったのだ。ゆえに無用なトラブルは避けるべきだと判断した。

 

(仮にあの少女を仮面少女とでも考えときましょう。正体を隠したい理由は何?)

 

 

 

 

「……無い」

 

 その言葉を聞いてラキュースは考える。

 

(私たちを知らない?王国の人間じゃない?他国の人間?だとすれば帝国かしら?……帝国には『四騎士』なる四人の戦士がいると聞いたことがあるけど……。だけどガゼフ殿に聞いた話だと『四騎士』の一人を討ちとったらしいから、実力はオリハルコン級くらいが妥当なはずなんだけど……。それらを全て踏まえて考えるなら……スレイン法国あたりが妥当かしら?)

 

 

 

 

「……悪いけど、私は貴方たちの敵」

 

そう言って仮面の少女がクロスボウのボルトをこちらに向けて射出した。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 その場所はあっという間に戦場と化していた。

 

 舗装の為に敷き詰められていたはずのレンガは粉々と化し、王都を飾る建造物は傷だらけになっていた。

 

 砕けたレンガの上に血の雫が零れ落ちた。

 

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

 額から垂れる血を拭うとラキュースは詠唱する。

 

「<重傷治癒(ヘビーリカバー)>」

 

 ラキュースがそう唱えると先程までの傷が全て回復した。

 

 

 

 

「……しぶとい。<高速装填(クイックリロード)>、<高速射撃(クイックショット)>それと…」

 

 仮面少女が両手に持つクロスボウから複数のボルトが放たれる。

 

 

 

 

「リーダー!」

 

「分かってる。<射出>!…あんなに同時攻撃を仕掛けられるなんて……あの子、何者?」

 

 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)で応戦するラキュース。それを援護するような形でティアが二本のクナイを投げる。六本の浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)が六つのボルトに衝突し勢いを殺す。だがそこで動きが数秒止まる。ティアの投げたクナイが二本のボルトを叩き落した。金属で出来た物体同士が衝突し、互いの勢いを殺す。

 

しかし……

 

 

 

 

「くっ!」

 

「何で?」

 

 ラキュースとティアにボルトが突き刺さる。ラキュースは右肩を、ティアは左足にそれぞれ命中した。防いだはずの攻撃を防げなった。そのことでラキュースとティアは激痛に顔を歪める。それと同時に思考する。

 

(攻撃は確かに防いだ。浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)越しだけど感触も確かにあった。何かカラクリがあるのかしら?真っ先に思い浮かぶのは幻覚を見せる魔法だけど……)

 

 

 

 

「……」

 

 仮面を被る少女からは表情を読み取れない。

 

(魔法は使っている様子は無い。だとするなら攻撃手段は一体…)

 

 

 

 

(…<隠蔽射撃(シークレットショット)>を使ってしまった…)

 

 少女が使ったのは高度な射撃技術。先程少女が放ったボルトは全部で10本。八本はそれぞれ四本ずつ相手に対して射出した。しかし残る二本は全く同じ軌道で(・・・・・・)射出したのだ。具体的に言うならば全く同じ軌道でボルトに隠れるようにその後ろにボルトを射出したのだ。ゆえに相手からは攻撃を防いだはずなのに攻撃を受けたと錯覚させることに成功していた。

 

 

 

 

「リーダー。見間違いかもしれない。でも……」

 

 ティアは一瞬だけ躊躇した。自分が確認したことが間違えていた場合場合ラキュースを死なせてしまうことに繋がるかと思ったからだ。自身のチームのリーダーであるだけでなく、蘇生魔法を使えるラキュースの命は特に重い。

 

 

 

「大丈夫。言って。ティア。何に気付いたの?」

 

 ラキュースはそんな想いを全て察した上で尋ねた。仲間を信頼していた。もし間違っていてもそれは自分の実力不足だと思ったのだ。

 

 

 

 

「さっきあの少女が射出したボルト、私とリーダーにそれぞれ四本のボルトがあった。でもそれとは別に隠れるようにボルトを射出していた様に見えた」

 

「つまり…そのボルトと全く同じ軌道で(・・・・・・)他のボルトに隠れるようにを射出していたということね」

 

 

 

 

(厄介ね。そんな射撃技術を持ったクロスボウ使いは聞いたことない。多分だけど実力はアダマンタイト級である私たちより上!でも唯一の救いは……)

 

「仲間がいないことが救い……」

 

 ティアの発した言葉にラキュースは静かに頷いた。

 

 

 

 

 ラキュースは両手に持つ大剣キリネイラムを力強く握ると走り出した。

 

「相手が一人なら、二人いる私たちが勝てる可能性は十分にあるわ!……<射出>!」

 

 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)が再び仮面少女を襲う。その隙にラキュースとティアは仮面少女に接近する。

 

 

 

 

「む…早い…邪魔。<高速装填(クイックリロード)>」

 

 仮面少女は何度もクロスボウに(ボルト)を装填。すぐに構えて発射する。ラキュースが射出した浮遊剣を一つずつ撃ち落す。だが最後の一本が迫った時に目を見開いた。

 

 

 

 

(……これはさっきの私と同じことを……)

 

 仮面少女の腹部に浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)の一本が突き刺さる。

 

 はずだった……

 

 

 

 

「えっ!この攻撃を完全に防いでいる?」

 

「リーダー、あのメイド服すごく頑丈。多分私たちの装備より上質」

 

 その言葉にラキュースは頷くしかなかった。

 

 

 

 

「……仕方ない。これは使いたくはなかった」

 

 そう言って仮面少女は再びボルトを射出した。先程と同じように複数を射出した。先ほどまでとは違いラキュースたちとの距離は近い。それだけに即座に反応するのは困難であった。

 

 

 

 

「同じ手は食らわないわ!ティア!」

 

「了解!リーダー」

 

 ラキュースとティアは攻撃を防ぐのではなく回避した。本来回避するのは困難であろうそれをアダマンタイト級冒険者の名に相応しい動きで回避した。飛んできたボルトが空を切った。仮面少女目掛けて飛び掛かりながらラキュースが魔剣キリネイラムを大きく振り上げる。

 

 

 

 

「食らいなさい!<超技 暗黒刃超弩級衝撃波(ダークメガインパクト)>」

 

「……」

 

 仮面の少女が動かなかった。ラキュースが疑問に思った瞬間、その理由に気付いた。

 

 

 

 

 背中に激痛が走った。

 

 

 

 

「がっ!?」

 

 

 

 

 吐血していた。しかし何とか両手に持った魔剣を振り下ろす。

 

 

 

 

 だが攻撃を受けた瞬間を仮面少女は見逃さなかった。振り下ろした魔剣に対して後ろに跳んだ。

 

 

 

 

 (!っ…回避されてしまった)

 

 

 

 振り下ろした勢いのままラキュースの身体が崩れ落ちた。地面に伏してしまう。

 

 

 

 

(一体何が?攻撃は回避したはずなのに…)

 

 

 

 

 ラキュースが剣を杖代わりに立ち上がろうとした瞬間、両膝を崩す程の激痛が走る。

 

 

 

 

「!かっ……」

 

 

 

 

 再び倒れるラキュースの視界の端に写ったのは地面に伏したティアだった。その背中から大量の鮮血が流れていた。

 

 

 

 

(どういうこと?まさか他にも仲間が!?)

 

 

 

 

 ラキュースたちがその攻撃に気付けなかったのはある意味当然であった。その攻撃の名前は<|跳弾>。自身が射出したものが着弾した瞬間に跳ね返るというものだ。通常、ボルトなどを射出する者のそれは真っすぐには跳ね返らない。だがこの仮面少女の持つ高度な射出技術により真っすぐに跳ね返ることを可能にしていた。もし万が一、『蒼の薔薇』がこのような相手と過去に一度でも戦っていた場合はまた違う結果になったかもしれない。

 

 

 

 

 気が付くと倒れているラキュースの目の前に仮面少女が立っていた。

 

 

 

 その両手が持つクロスボウがラキュースの頭部に向けられていた。

 

 

 

 

「……さよなら」

 

 

 

そう言って仮面少女はラキュースの額目掛けてボルトを放とうと指をかけた

 

 

 

 

 

 

 

 

(あぁ……私ここで死ぬんだ……)

 

 

 

 

 死を覚悟しラキュースの脳裏に記憶が蘇る。

 

 叔父であるアズスの冒険譚を聞いて、"冒険者"に憧れてアダマンタイト級にまで上り詰めた。

 

 

 

 良き友人に恵まれた。

 

(ラナー……)

 

 

 

 良き仲間に恵まれた。

 

(ガガーラン。ティア、ティナ。イビルアイ……)

 

 

 

 (こんな所で死ねない!私はまだ"恋"の一つもしていないのに!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 走馬灯を見終えたラキュースの目前に巨大な影が落ちた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 空から飛び降りたモモンは二人を見比べた。一人は仮面を被りクロスボウを構える少女。もう一人は傷だらけで倒れていた。

 

 

 

 

(一人は私が降りた瞬間、飛びのいた。もう一人は重傷を負っている……はてどちらが敵なのか)

 

 

 

 

「さて……私の敵はどちらかな?」

 

 

 

 

(漆黒の全身鎧(フルプレート)!?……それにあのプレート!アレがもしかしてイビルアイの言っていた……)

 

「私はアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダーのラキュース!同じアダマンタイト級として支援を要請したい!」

 

 思わずそう叫んでいた。そう言った後にラキュースはしまったと思った。今最優先するべきは仮面少女を倒すことではなく、むしろティアを連れて逃げるように言うべきだったと後悔した。

 

 

 

 

「任せろ」

 

 その人物……いや男性のその言葉を聞いた瞬間、ラキュースは何故か安心できた。

 

 

 

 

「っ!」

 

 ラキュースは目を見開いた。その男性の背中を見た瞬間、何か大きなものに守られているような感覚に包まれた。まるで先程までの緊迫した空気が一気に消し飛ぶ。

 

(何……これ……何て力強いの……)

 

 

 

 

「ナーベ!」

 

「はい。モモンさん」

 

 モモンに名前を呼ばれると黒髪の"美姫"と呼ぶに相応しい美女が空から舞い降りた。

 

 

 

 

「彼女たちをどこか安全な場所へ!」

 

「はい」

 

 そう言ってナーべは倒れているラキュースの大剣を持っていない方の左腕を掴む。

 

 

 

 

「<転移(テレポーテーション)>」

 

 一瞬にしてラキュースは転移した。気が付くと倒れているティアが目の前に来た。ナーベが空いている方の手でティアの右腕を掴むと再び詠唱した。

 

上位転移(グレーター・テレポーテーション)

 

 その瞬間、ナーベたちが姿を消した。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 モモンと仮面少女の二人だけになった空間。そこでモモンは問いかけた

 

「さて、お前の目的は何だ?アダマンタイト級冒険者である彼女らを何故襲っていた?」

 

 

 

 

「……これは予想外。でも…仕方ないことかもしれない」

 

「?……どういう意味だ?」

 

 

 

 

「……やっぱりお別れはちゃんと言わないと駄目」

 

「?」

 

 仮面を被る少女がその仮面を外す。そこにあった顔は……

 

 モモンがよく知る人物であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で……」

 

 モモンは目を見開く。目の前にいた仮面を外した少女の顔を見て驚愕する。

 

「どうして……お前が……」

 

「……」

 

「答えてくれ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シズ!!」

 

 

 

 それはエ・ランテルで雇ったはずのメイド。今はハムスケと留守番をしていたはずだ。

 

 

 

 

「……モモンさん。騙していてごめんなさい」

 

 

 

「そんなことはどうでもいい!何でシズ!お前が!」

 

「…………モモンさん。今すぐ王都から去って。ここは大変なことになる」

 

 

 

 

「どういう意味だ?」

 

「……最終警告はした」

 

 

 

 

「シズ!」

 

「……モモンさん……ナーベ……ハムスケ、ごめんなさい」

 

 そう口開くシズの頬に伝うものがあった。

 

 

 

 

「シズ?……」(泣いているのか)

 

「っ!……」

 

 シズが懐から何かを取り出すと地面に叩きつけた。瞬間煙が周囲に拡散される。

 

 

 

 

(見えない。視界が……!<明鏡止水>)

 

 モモンは瞬時に武技を発動しシズの気配を探る。

 

(……どういうことだ?何故シズの気配を感じ取れない?これは転移魔法?……あるいは気配遮断か?)

 

 

 

 

 どうして?シズが……?

 

 

 

"ここは大変なことになる"

 

 

 

 とんでもなく嫌な予感がする。

 

 

 

 

 

 モモンは知っている気配が突如出現する。ナーベだ。

 

 

 

「ただいま戻りました。モモンさん」

 

「ナーベ。あの二人は無事か?」

 

「はい。傷は深いですが命に別状はありません。念のためにポーションを渡しておきました」

 

「ありがとう。助かった」

 

 

 

 

 モモンは一先ずホッとした。彼女らが死んでいなくて良かった。

 

「モモンさん?さっきの少女は?」

 

「……すまない。後で話す」

 

「…分かりました」(話したくない……ということは……どういうことかしら?いや今はそれよりも…)

 

 

 

 

 現実を直視したくなくてモモンは視線を上に向けた。

 

 あることに気付く。

 

 かつてスレイン法国に星が落ちた時に見たものだ。

 

 自分の師匠であるミータッチと別れることになった出来事があった日。

 

 忘れる訳がない。

 

 

 

「アレは……ゲヘナの炎!」

 

 

 



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悪魔と黄金

久しぶりの投稿です。
駄文ですみません。


ルプスレギナと"蒼の薔薇"の三人が戦っていた同時刻……

 

シズと"漆黒"が対峙していた同時刻……

 

 

 

 

 

 

 

 

 王都リ・スティーゼの中心を担うヴァランシア宮殿。そこに伸びる魔の手に気付けた者は一人もいなかった。

 

 それはとても大きく……

 

 掴んだものを全て破壊する手であった。

 

 

 

 

 


 

 

ヴァランシア宮殿

 

 

 窓から月光が差し廊下を照らす。その光を浴びる位置に二人の男が立っていた。一人はランポッサ三世、もう一人は王国戦士長であり王を護衛するガゼフだ。

 

 

 

 

「今宵は満月か…」ランポッサ三世は疲れ切った顔をして声に出した。

 

「陛下……」その横でガゼフ=ストロノーフはいつも通り王であるランポッサ三世を護衛していた。

 

 

 

 

「ガゼフよ……どれだけ私が歳を取ろうと……月は変わらず私たちを照らしてくれる。なのに……」

 

「……」

 

「王国は変わってしまった。いや……」

 

 そこから先の言葉は自分にも理解できた。

 

("腐ってしまった"。そう言いたいのだろう。王都では"黒粉"と呼ばれる麻薬、"八本指"と繋がりを持つ貴族たちによる汚職や不正がある。これらのことを陛下は一人で背負ってらっしゃる……苦しかったはずだ……)

 

 

 

 

「この国で……唯一の救いはあの子だけだ」

 

「ラナー王女のことですね……」

 

「あぁ。あの子だけは"月"の様に王国を優しく照らしてくれる。自慢の娘だ」

 

 

 

 

 ランポッサ三世は窓に反射した姿が視界に入る。自分たち以外の誰かの姿があった。

 

「……ん?」

 

 思わず振り返る。そこにいた姿を確認したと同時にランポッサは表情を変えた。

 

 そこにいたのはラナーとその護衛であるクライムだ。

 

 

 

 

「ラナー」

 

「お父様。戦士長様」

 

 そう言ってラナーは二人に可愛らしく駆け寄る。

 

 

 

 

「こんな夜更けにどうしたのだ?」

 

「実は眠れなくて……それでクライムを連れて宮殿内を散歩していました」

 

「眠れない?何かあったのか?」

 

「実は……」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「成程…『蒼の薔薇』に『八本指』のアジトの襲撃を依頼したのか……」

 

 ランポッサとガゼフはすぐさま周囲を見渡した。

 

((良かった。周囲には誰もいない……ここの会話を聞かれた様子は無いな))

 

 

 

 

 ランポッサとガゼフの苦労も気付かない様子でラナーはそのまま話し続けた。

 

「えぇ。ですがリーダーであるラキュースから何の連絡もなかったのです。今までこんなことは無かったのに…。何だか嫌な予感がします」

 

「そうか…。この件は私に任せてくれ。ラナー。『蒼の薔薇』は私が何とかしよう。だからお前は安心して休むといい」

 

「はい…感謝致します」

 

 そう言って去っていくラナー王女の背中は寂しげであった。やはり心の中は心配が消えないのだろう。そして自分がそのような状況に追いやったことへの責任を感じているのだろうとガゼフは思った。

 

 

 

 

「皆の者がラナーやガゼフ……レエブン候の様な……この国を想える者であればよいのに……」

 

 

 そう言われてガゼフは己の無力さを恥じた。

 

(私は無力だな……カルネ村の一件ではゴウン殿に助けられ…今こうして陛下の元にいるのに何の役にも立ててはいないではないか)

 

 

 

 

 そう思ってガゼフが窓を見るとそこには何か巨大な影があった。それは静かに両手で何か巨大な"何か"を掴んでいる。窓に向かって何か巨大な"何か"を放り投げたようで……

 

 

 

 

「クライム!ラナー王女を守れ!」

 

 

 

 

 ガゼフは王を庇い背にした。巨大な"何か"が城壁を破壊した。その瞬間、ガゼフの視界は反転した。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「くっ……」

 

 ガゼフが目を開けるとそのあまりの情報量に視界が眩む。

 

 粉々になった窓……いや、破壊された城壁。

 

 ラナー王女を守り意識を失っているクライム。

 

 そして最後に……

 

 

 

 

「これはロ・レンテ城!?」

 

 ヴァランシア宮殿の壁に飛んできたのはロ・レンテ城の塔の一つであった。少しばかり砕けてしまっているが原型は未だに留めていたことから飛んできたのはこれだと断言できる。

 

 

 

 

「陛下!ご無事ですか?」

 

「あぁ。おかげで怪我は無い。だが一体何が?」

 

「分かりません。ですが先程巨大な影を見ました」

 

 ガゼフは鞘から剣を抜くと周囲を警戒する。心許ないが無いよりはマシだろう。

 

 

 

 

「陛下、念のために私の後ろに…」

 

「分かった」

 

 ガゼフの後ろにランポッサが回る。そこでようやく冷静さを取り戻した。

 

 

 

 

「ラナーは?どこだ?」

 

 

 

ドン…ドン…ドン

 

 

 何か巨大なものが壊れた城壁の隙間から見える。

 

 

 

 

「あれは!?」

 

 ガゼフは見た。巨大な岩石の様なモンスター。そのモンスターは右手を上向きに広げてた。そしてその上に存在する仮面を被る赤い服の男。

 

 

 

 

「ここまで運んでくれて感謝致しますよ。『怠惰(たいだ)』」

 

 

 

 

 赤い服を着た男が右手から跳躍すると瞬く間に羽の様に地面に着地する。

 

 

 

 

「初めまして。私の名前は"ヤルダバオト"と申します」

 

 

 

 


 

 

 

 

「何の用でここに来た?モンスター」

 

 ガゼフは先程からヤルダバオトを見ていた。だからすぐに気づいたがこの男の腰から異形の者の証である尻尾が生えている。

 

 

 

「実は王国と"公正な取引"をしたいと常々思っておりまして……」

 

「"公正な取引"だと?これだけの被害を出しておきながらか?」

 

 ガゼフは目前にいる相手を心の底から軽蔑した。こんなのは取引などではない。ただの暴力だ。

 

 

 

 

「えぇ、悪いと思っていますよ。なのでますはご説明を。これより一日につき一万人の市民を殺害します。それを十日間行います。ただし!…ラナー王女を明日に公開処刑すると今ここで約束して頂けるなら市民たちは処刑しないと約束しましょう」

 

「王国の民を十万人殺すかラナーを処刑だと!?……そんなの選べる訳が…」

 

「そうですか…ならば無垢で罪の無い市民たちを殺すとしましょう」

 

 ランポッサのその当然な答えにガゼフは安堵した。

 

 

 

 

「ラナー王女をお借りしますよ」

 

 男はそう言ってクライムと同時に倒れていたラナー王女の首に手を掛ける。

 

「止めろ!」

 

 ガゼフはその男に向かって剣を振り下ろした。だがその剣の斬撃が届く前に……

 

 

 

「『平伏したまえ』」

 

 そう言われた途端、ガゼフの身体は地面に吸い寄せられるかの如く衝突する。

 

 

 

「がっ!貴様、一体!?」

 

 

 

 

「…。お目覚め下さい。ラナー王女」

 

ヤルダバオトがそう言うとラナー王女の瞼が開かれる。

 

 

 

 

「お……お父様……戦士長様……」

 

 首を絞められているからかラナーは苦しそうに声を絞り出す。

 

 

 

 

「ラナー王女を放せ!」

 

 

 

 

「いいでしょう」

 

 

 

 

 そう言ってヤルダバオトはラナーの首を放す。ラナー王女が床に倒れ込んだ。地面に落ちたラナーの口からせき込む音が聞こえる。気道ごと締め付けられていたせいで呼吸が上手く出来なかったのだろう。

 

 

 

 

「貴様!一体何者だ?」

 

 ガゼフは剣をその男に向けた。

 

 

 

「先程話した通りですよ。私の名前は"ヤルダバオト"。以後お見知りおきを」

 

 そう言って慇懃無礼な態度で挨拶をされる。

 

 

 

 

「……それでは返答は"王都の10万人が死んでもいい"ということですか?」

 

 

 

 

「待って下さい!ヤルダバオト!」

 

「どうされましたか?ラナー王女」

 

「お父様!明日、私を処刑して下さい!」

 

「なっ!自分が何を言っているのか分かっているのか!?」

 

「はい……罪なき者がそんな理不尽な理由で殺されていいはずがありません!でしたら私一人の命でよければ喜んで捧げます」

 

「……驚きましたね。まさかこんな言葉をラナー王女から聞くとは思いませんでした。いいでしょう」

 

 

 

 

「ごめんなさい。クライム……」

 

「ラナー様!駄目です!こんな者の言う事など信じては!」

 

「クライム!」

 

 

 

「お願い……いかせて……お願いだから」

 

 その瞳は濡れていた。

 

 

(泣くのを堪えて……それなのに私は…こんなにも無力なのか…)

 

 

 

 

「ヤルダバオト!…頼みがある!」

 

「?どうしたのですか?クライム君」

 

「ラナー様を処刑するというのでれば私も処刑しろ!私はラナー様の従者だ!」

 

 

 

 

「クライム!止めて!」

 

「申し訳ありません。ラナー様。貴方様に拾われたこの命、貴方に使わせて下さい」

 

(かつてスラム街で拾われたこの命……貴方の為に使うなら惜しくはない!)

 

 

 

 

(クライム……)

 

 ラナーはその言葉に揺れた。

 

(貴方の手を取りたい……貴方と共に生きたかった。だからこそ……!)

 

 

 

 意を決すると右手で拳を作り言い放つ。

 

「……駄目よ、クライム!貴方は生きて!」

 

「しかしラナー様!」

 

 

 

 

「王女もこう仰っていますし、処刑するのは一人で十分です。それでは明日の正午にラナー王女を処刑します」

 

 

 

 

「待て!」

 

 

 

「まだ何か話が?折角ラナー王女が命を捧げる覚悟をしたというのに……貴方は王都に住む民10万人が死んでもいいと考えているのですか?」

 

 

 

 

「そんな馬鹿な!話し合いで何とかできないか?」

 

「それは不可能です。それよりいいのですか?この取引を受けない場合、王国を一日で滅ぼすことも出来るのですよ?」

 

「っ…戦士長!」

 

 ランポッサはガゼフに目を向ける。だがガゼフに期待したものとは違う答えが返ってきた。

 

 

 

「陛下申し訳ありません……私ではこの者には勝てません」

 

 

 

 

 ランポッサが膝から崩れ落ちる。

 

 

 

 

「…だそうですが…如何なさいますか?」

 

「あ……あっ……」

 

 

 

 

「早く連れて行きなさい!ヤルダバオト!」

 

「畏まりました。それでは皆様御機嫌よう」

 

 

 

 

 そう言うとヤルダバオトとラナー王女は姿を消した。いつの間にか巨大な岩石の様なモンスターも消えている。

 

 

 

 

「ラナー様ぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」

 

 

 

 

「戦士長……」

 

「陛下……」

 

 

 

「……緊急に会議を開く。戦士長も同席してくれ」

 

 ガゼフはランポッサの意図に気付き、すぐに頷いた。

 

 

 

 

 

 




この世に一つだけ確かなものがある。

それは……

建物は投げるものだぁぁぁぁぁ!!


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悪魔と王国

 ヴァランシア宮殿

 

 リ・エスティーゼ王国の中心に位置するこの場所で今まさに会議が行われようとしていた。

 

 

 

 

「まずは緊急とはいえ集まってくれた皆に感謝する」

 

 

 

 そう言って玉座に座るランポッサ三世が頭を下げる。それに続き護衛として横に立つガゼフも頭を下げた。その姿を見て多くの者から困惑の声が漏れる。

 

 

 

「陛下!?……何を!?」

 

 

 

 本来玉座の上で座るはずの王を見て反王派閥の筆頭であるはずのボウロロープ候でさえ言葉を失った。額を一筋の冷や汗が伝う。

 

 

 

(そこまでの事態なのか?一体何が?王国全体の問題?……まさか『八本指』絡みか?)

 

 

 

 ボウロロープ候はランポッサの口から事情を聞くまでその理由に気付けなかった。だがそれは当然と言えたかもしれない。反王派閥である彼にとって"貴族"---もっと言えば自分自身とそれに近しい者---という階級に当てはまらない王族のことなど些細なことでしかなかったのだろう。ゆえに気付けないのだ。第三王女であるラナーの不在を。

 

 

 

 頭を上げたランポッサとガゼフの視界に多くの者が目に入る。第一王子バルブロ、第二王子ザナック、六大貴族、そして貴族含むその他の者たちだ。王国の最重要人物といっても過言でないメンバーの中にラナーがいないことを再確認すると胸を締め付けられる思いだった。そしてそれを伝えることでラナーが連れ去られたことが事実だと認めてしまうようで気が重かった。

 

 

 

「……ではこれより会議を始める」

 

 ランポッサの一言で室内にいる者たちの顔つきが変わる。

 

 

 

「既に気付いた者もいるかもしれぬが……我が娘、王女であるラナーが………攫われた」

 

「なっ!?それは事実ですか?王!」

 

 その言葉を聞いて大半の者が困惑する。ザワザワと周囲がざわつく。そんな中でも派閥争いを懸念してか反王派閥と呼べる者たちに関しては若干口元が笑っているようであった。その様子を見てランポッサは眉をひそめ、ガゼフは拳を強く握った。

 

(こんな時ですら派閥争いのことしか考えないのか!)

 

 

 

「あぁ。嘘であればどれ程良いか……」

 

 その王の疲れ果てた上で何とか絞り出したような声を聞いて大半の者がラナーがいないことを改めて確認させられた。ガゼフはラナーが攫われた事実を述べた際に六大貴族をみていた。明らかに動揺しているボウロロープ候とは反対に冷静さを失っていない人物がいた。レエブン候だ。

 

(やはり……レエブン候は気付いていたか。流石は六大貴族筆頭。いや彼もまた王国を愛する者、この言い方は失礼にあたるだろう。恐らく彼はこの部屋に王女がいないことで察していたのだな)

 

 

 

「まず初めに我が娘ラナーが……仮面を被った悪魔に連れ去られた」

 

「なっ!?」

 

「その悪魔は自らのことをこう名乗った。"ヤルダバオト"と……」

 

「"ヤルダバオト"…?聞いたこともない名前ですが……」

 

 

 

「陛下、戦士長に尋ねたいことがるのですがよろしいでしょうか?」

 

 そう言って手を挙げて尋ねるはレエブン候だ。

 

 

 

「あぁ。構わん。戦士長、答えてくれ」

 

「はっ。それで何を尋ねたいのですか?」

 

 

 

「戦士長、貴方の見立てではその悪魔の難度は?」

 

「……あてになるかは分からないですが、恐らく難度200以上かと……」

 

 

「…確認の為にお尋ねしますが戦士長の難度は?」

 

「…難度100を超えない程度かと……」

 

 

「王国の至宝を身に着けた場合はどうなりますか?」

 

「その場合は……いや、その場合でも難度120は超えませぬ」

 

 玉座の間が凍り付く。今まで"今回の件を解決したら褒美はどうしようか"などと楽観視していた貴族たちもバツが悪そうな顔をした。それは王国戦士長でも勝てぬ相手など判明してしまったからだ。

 

 

 

「父上、私が行きましょう」

 

 そう言って大きく手を上げたのは第一王子であるバルブロだ。

 

 

「…相手は難度200以上の悪魔だぞ?勝算はあるのか?」

 

「勝算はあります」

 

 そう言ってニヤリと白い歯を見せるバルブロを見てガゼフは嫌な予感がした。

 

 

 

「"ヤルダバオト"なる悪魔は恐らく魔法を使ったのでしょう。難度200以上などありえませぬ。戦士長には幻覚か恐怖を与える魔法でも使ったのでしょう」

 

 

 

 おー!成程!流石はバルブロ第一王子だ。

 

 

 

 そう誰かが言った。恐らく反王派閥の中に所属する誰かが言ったのだろう。だが本当にそう思っているわけではなく、あくまで第一王子であるバルブロを持ち上げるだけの意味で言ったのだろう。

 

 

 

 その言葉を聞いてガゼフは眉をひそめた。

 

(そんな考えは甘すぎる!幸い"ヤルダバオト"が陛下に危害を加える気が無かったから我々は助かっただけだ。"貴族"だとかそんな肩書が通用する相手ではない。もし戦っても逃げ……いや生かしてくれる保証は無い!この国にいる大半の者は魔法を行使する者を軽視し過ぎている!これは不味い!)

 

 ガゼフは先程から冷静に話を聞いているレエブン候に視線を向けた。どうやら向こうは気付いたようでこちらに視線を向けると小さく頷いた。

 

 

 

「陛下、進言したいことがございます」

 

「うむ、レエブン候。進言を許可する」

 

 レエブン候は一言礼を言うとすぐにそれを口に出した。

 

 

 

「ラナー王女、及びその"ヤルダバオト"なる悪魔の居場所は知る手段はおありですか?」

 

 

 

 周囲に沈黙が流れる。

 

 

 

「レエブン候……情けない話だが、そこまで考えが至らなかった……。……すまないが、この中でラナーの場所が分かる、あるいは知る方法を持つ者はいないか?」

 

 

 

 再度の沈黙。今度は先程よりも長い沈黙が流れた。

 

 

 

「陛下、私に一人心当たりがあります」

 

「なっ、レエブン候、それは本当か?一体誰なのだ?」

 

 

「アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』のナーベ殿です」

 

「!…っ…誰か早く彼らを!」

 

 

 

 普段なら事実確認の一言を問われたであろうがランポッサも王である以前に父親である。その気持ちをレエブン候は察し、冷静さを失っている王を安心させるためにもかなり優しく聞こえるように言葉を出した。

 

 

 

「陛下、ご安心を。実は彼らは既に城の外にいます」

 

「!っ」

 

 

「早速呼んでまいりますゆえ、少々お時間を下さい」

 

「あぁ。頼む」

 

 

 

 


 

 

 

 

 玉座の間の扉が開く。

 

 そこから現れたのは二人の男女。

 

 一人は漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を纏い背中に二本の大剣を背負う男。

 

 もう一人は黒髪のポニーテールが特徴的な美女。

 

 『漆黒』のモモンとナーベだ。

 

 

 

 本来ならば関係者でもない彼らが王城に入ることは認められない。だがレエブン候は同じ親としてのランポッサの気持ちを察していたのでそれに入城の許可は聞くまでもないと判断した。さらに『漆黒』の人柄は屋敷で話した時にある程度知っていたため問題ないだろうと判断していた。ゆえに今回はそういったことは割愛したのだ。

 

 

 

「初めまして陛下。アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』のモモンです」

 

「…同じくナーベです」

 

 

 

「陛下の前で膝を曲げぬなど失礼ではないか?」

 

 どうでもいいヤジが飛んでくる。どうでもいい貴族からだ。内心レエブン候は舌打ちした。いっそ『王が言わぬのだから、お前は黙れ』と言いたくなった。だがそれを言う必要は無いだろうとも理解していた。

 

 

 

「陛下、失礼ながら冒険者は"国家に属さない"性質ゆえ、礼儀作法などには目を瞑って頂きたい」

 

 そう言ったのは黒髪の美女ナーベだ。そう言って貴族たちを睨みつけるさまさえ美しかった。

 

 

 

 

(確かに礼儀作法に関しては問題無いだろう。しかし陛下の身の安全を確認する意味でも……)

 

「モモン殿、差支え無ければその兜を脱ぎ、顔を見せて頂けないか?」

 

「っ!」

 

 ナーベが戦士長を睨みつける。その様子に思わずガゼフ睨み返し更に剣に手を掛けそうになる。だがガゼフにとってもこの提案は受け入れてくれなくては困る。自身が護衛するランポッサに顔も見せない者に近づけるのは危険である可能性が高い。無論ガゼフは噂で『漆黒』については知っていたが噂はあくまで噂である。その噂を全部鵜呑みにしてランポッサに危害を加えられたらガゼフは生きてはいけないだろう。理由としてはもう一つあるのだ。それは先程の貴族の様な発言で場に無駄な時間を流したくなかったのだ。

 

 

 

「…分かりました。兜を脱ぎましょう」

 

「モモンさん」

 

 

 

 モモンが兜を脱ぐ。

 

 そこに現れた顔はどこにでもいる人間の男であった。かなりの困難を乗り越えてきたのか精悍な顔つきをしている。強いて言うなら隣に立つナーベに比べて少しばかり年の差が離れているように思えた。

 

 

 

「……もうよろしいでしょうか?」

 

「あぁ。すまない」

 

「いえ陛下を守る役目がある以上、こういったことは必要だろうとは思ってはいました」

 

「そう言ってもらって感謝する」

 

 

 

 

 モモンが戦士長から視線を外すと玉座に座るランポッサに対して向ける。

 

 

 

「陛下、それで今回どういった件で私たちが呼ばれたのでしょうか?」

 

「うむ……実はだな我が娘ラナーが……攫われたのだ」

 

「ラナー王女が?」

 

「あぁ。攫った者の名前は"ヤルダバオト"。仮面で顔を隠す悪魔だ」

 

「…………」

 

「ヤルダバオトはこう言ったのだ。"王女を明日処刑する"と。だが我らはどこでいつ……それを行うかが分からない。ゆえにその手段を持つとされるそなたたちに頼みたいのだ」

 

「…………」

 

「レエブン候!何故彼らならその居場所を知る手段を持っていると判断した?説明してくれ」

 

 レエブン候は一言返事するとモモンたちに向かって話し出した。

 

「あなた方がエ・ランテルで解決した『ズーラノーン』による『墓地騒動』の話を冒険者組合長や魔術師組合長から聞きました。その中で二人は"どうやって相手のアジトが分かったのか"と疑問視していました。これは私個人の推測も混じりますが……恐らく魔法詠唱者(マジックキャスター)であるナーベ殿が相手の居場所が分かる魔法…あるいはスクロールを所有しているのではと考えています。いかがでしょうか?」

 

 

 

「モモンさん…」

 

 ナーベはモモンを尋ねるように視線を向けた。モモンが頷く。

 

 

 

「…えぇ。レエブン候の言った通りです。ナーベは相手の居場所が分かる魔法が込められたスクロールを所有しています」

 

 

 

「それを使って頂くことは?」

 

 

「構いません。早速始めましょうか?」

 

 

「頼む」

 

 

 ランポッサが頭を下げた。

 

 

 

 

「ナーベ、アレらを」

 

「モモンさん、本当によろしいのですか?アレらは大事な…」

 

 ナーベの言いたいことは分かる。『大事な遺産』だ。

 

 

 

 

「あぁ。分かっている。だからこそ、こんな時の為に使うべきだ」

 

 それはこの遺産の持ち主であった人の言葉だ。『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』……。その言葉に助けれた人間としては同じように誰かを助けたいと思ってる。

 

「分かりました」

 

 

 

 

「さて早速ですが…王都の地図はありますか?」

 

「…地図を!早く持ってきてくれ!」

 

 

「陛下!しかし地図は!」

 

 国家の警備上の問題で地図は秘匿されがちだ。それは王国とて例外ではない。だがヤルダバオトの襲撃を許してしまった時点で地図を守ることに意味が無いことは明白だ。だが貴族たちにとっては面子がある。それを潰されるようであまりいい気はしなかった。

 

 

「構わん!行ってくれ!」

 

 ランポッサがそう指示を出すと誰かが走っていった。

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 ナーベは懐から取り出した三つのスクロールを取り出す。

 

「このスクロールにはそれぞれ第6位階魔法の<物体発見(ロケートオブジェクト)><千里眼(クレアボヤンス)><水晶の画面(クリスタルモニター)>が込められています。これらを使えばラナー王女の居場所が分かりますし、今ここでその場所を映し出すことも出来ます」

 

 

「頼む、やってくれ」

 

「分かりました」

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「ここです」

 

 そう言ってナーベが指を差した場所は……。

 

 

「ここは!?」

 

「レエブン候、この場所が分かるのですか?」

 

「えぇ。私は詳しくはないですが……。ここは王都の場所でも少し離れた場所です。倉庫が大量に置いています。商人や『八本指』などの裏組織が所有する倉庫も多数あります」

 

 

 

「『八本指』……」

 

「陛下、『蒼の薔薇』がラナー王女の依頼で『八本指』壊滅の為に動いてくれていました」

 

「………」

 

「彼女たちならばこの辺りの地理にも明るいはずです」

 

 

 

 

「誰か!『蒼の薔薇』を呼んでくれ!それよりも…ナーベ殿!早く!ラナーの様子を見せてくれ!」

 

 

 

 


 

 

 

 

 ヴァランシア宮殿の一室、既に陽が落ちて暗闇に満ちた王国に明かりが灯っている。大して広くない部屋だが多数の男女が集まっており、彼らはそれぞれ統一性の無い装備を身に着けていた。それぞれの階級は『漆黒』や『蒼の薔薇』が持つ最上級を意味するアダマンタイト級から最下級である銅級まで存在した。まさに総動員と呼ぶに相応しい人数と規模であった。彼らは王都内にいる全冒険者だ。上位の冒険者たちは本来であれば立ち入りを許可されることが決して無い王城に入ることが出来た時点で誰が依頼主がどのような人物かは簡単に推測できた。部屋にいた王都の冒険者組合長がいたからではない。部屋の隅で石造の如く立つ一人の男に視線が向けられる。

 

 王国戦士長ガゼフ=ストロノーフだ。

 

 ゆえに彼らは入室と同時に誰が依頼主かを察した。

 

 

 

「皆の者、まずは非常時によく集まってくれた。感謝する」

 

 そう言ってランポッサは頭を下げた。そして告げる。

 

 

「本来であれば冒険者組合に国家の問題に巻き込むなどあってはならない。しかしだ!今回の一件では王国はここにいる冒険者の皆を全面的にバックアップすることを約束する。早急に解決するべきだと判断したからだ。詳しい作戦内容に関してはレエブン候から話がある。皆に聞いて欲しい。レエブン候、頼む」

 

 

 

「はっ……皆さん、私はエリアス=ブラント=デイル=レエブンと申します。今回の非常事態に集まって頂き感謝致します」

 

 深く頭を下げる。そんな彼の姿に、冒険者の幾人かは感嘆の吐息を吐き出していた。これが"あの"レエブン候か……と。

 

 

「本来はもう少し丁寧に感謝の言葉を述べるべきでしょうが、今は緊急時。ゆえに割愛させて頂きたい。それでは早速……」

 

 レエブン候が咳をする。これから話す内容を一言一句間違える訳にはいかないからだ。

 

 

「本日未明、王城が襲撃を受けてラナー王女が連れ去られました。連れ去った者の名前は"ヤルダバオト"。種族は悪魔です。この者はラナー王女を連れ去ると"翌日に処刑する"と発言しました」

 

 冒険者たちに動揺が走る。

 

 

 

「本来ならば連れ去った先が不明のままでした。ですが彼らの協力があって居場所の特定とラナー王女の無事が確認できました。アダマンタイト級冒険者である『漆黒』のお二人、モモン殿とナーベ殿です」

 

 そう言ってレエブン候が手を差し向けた先に二人がいた。誰もがそこに視線を向けて羨望の眼差しを向ける。

 

 

 

「王都内の北東のここ、この周囲に炎の障壁が張られました。高さ三十メートルを超える壁のような炎を皆さんは既に確認済みだと思います」

 

 その場にいる誰もが頷く。

 

 

「先程元冒険者である者に確認を取ってもらった結果、この炎事態は接触しても害は無いようです。実際に触れて見ても熱などもなく何かしらの障害も無いそうです。また普通に入ることも可能で中に入っても変わりなく活動可能だそうです」

 

 その場にいる冒険者の大半が安堵の溜息を吐く。

 

 

「この事件の首魁はヤルダバオト!非常に凶悪かつ強大な悪魔であると聞いています。実際に炎の壁の向こうに低位の悪魔がいるのを確認し、上位者からの命令を受けて動くような規律を感じたそうです」

 

 

 

「すまないが質問良いか?」

 

 そう言って手を挙げたのは王都のミスリル級冒険者の男だ。

 

 

「構いません。どうぞ」

 

「ありがとう。……そのヤルダバオトが悪魔たちに指示を出しているとして、そいつを倒せば全て解決するのか?」

 

 

 

「……それで解決すればべストでしょう。しかしヤルダバオトを倒すことではなく、最優先すべきはラナー王女の救出だということを念頭に置いて頂きたい」

 

「それは分かるが……」

 

 

「それにヤルダバオトの目的はラナー王女の処刑だけではない可能性もあります」

 

「えっ、どういうことだ?」

 

 

「ここを見て下さい」

 

 そう言ってレエブン候は壁に貼り付けられた地図を指さした。

 

 

「ここ……倉庫や商会が多くある場所だろ?」

 

「そこは経済的な意味で王国の心臓部といっても過言ではありません。そこで王女の処刑を行うとして………何が起きると思いますか?」

 

 

 

「まさか!?」

 

「えぇ。恐らくですが……王国の経済はかなり大きな打撃を受けるでしょう。人に与える影響は数えきれない程でしょう。最悪の場合、王国そのものが傾きます」

 

 

 

「……っ!そんなことがもし起きたらこの国は…」

 

「だからこそ!皆様にはラナー王女の救出を最優先にして頂きたいのです。この国の為に……この国に住む者たちの為に……」

 

 

 

「ガゼフ=ストロノーフ殿、すまないが……ヤルダバオトと対峙したんだよな?難度はどれ程だった?」

 

「……最低でも難度200はあった」

 

 

 その言葉に大半の冒険者は絶望の表情を浮かべた。自分たちはとんでもない敵と対峙しようとしているのではと恐怖した。だが中にはハイリスクハイリターンと思わんばかりに報酬にちて考える人間もいた。そんな彼らが生き残るかどうかは分からないが。

 

 

 

「作戦の計画はこうです………」

 

レエブン候がそう言って周囲の冒険者たちの不安を取り除こうととにかく話題を変えたかったのだ。

 

 今回のラナー王女救助作戦の計画を立てたのはレエブン候だ。元々ランポッサは第一王子か第二王子の二人に任せようとしたが、今回は二人を王城の守備に任せる名目で置いてきた。理由としては王派閥と反王派閥による争いが起きないかを危惧したからだ。そのため中立である---どちらの派閥にも属する---王に次いで最も実力のあるレエブン候を今回の計画の参謀として任命されたという経緯だ。

 

 

 

 ラナー王女の姿を映像で確認した者たちは見てしまったランポッサは娘であり第三王女であるラナーが手枷をはめられているのを見て慟哭した。

 

 どこかの倉庫の一室のような場所でラナーは泣いていた。

 

 それを見たランポッサは今までの姿が嘘の様に大声を上げた。

 

「今すぐ!ラナーを助けてくれ!王都内にいる全冒険者を集めるのだ!」

 

 

 

 

 そして今に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さんにやってもらいたいのは"陽動"です」

 

「陽動?」

 

 

「えぇ。先程指さした場所……より正確に言うのであれば炎の壁を中心に皆さんには円陣を組んで頂きます」

 

「包囲網ということか?」

 

 

「えぇ。形だけですが……そうすることで悪魔たちの注意を引き付けて頂きたい」

 

「それは構わないが…俺たちだけでやるのか?それだと人員が少な過ぎると思うが……」

 

 

「いえ衛兵たちにも協力してもらいます。彼らには炎の壁を包囲してもらい、冒険者の皆さんにはその包囲網の……炎の壁の中で悪魔たちと交戦して頂きます」

 

「ちょっと待て!ミスリル級冒険者以上ならある程度対応できるだろうが……そうでない者はどうする?悪魔は種族的な特性で飛行する者も多い。対処しきれないぞ?」

 

 

「えぇ。そこに関してはミスリル級冒険者以上の方が包囲網の内側から円を描くように行動して頂こうと思います」

 

「まぁ、それなら……何とかなるか?それで俺たちが陽動している内に誰がラナー王女の救出を?そこにはかなりの可能性でヤルダバオトがいるはずだが?」

 

 

「それならば既に人選は………」

 

 

 

 

 作戦が話されている間、現実味を感じなかった者たちもいた。そういった者たちが小声で会話を始めだした。

 

「ヤルダバオトを倒せば……俺たちもアダマンタイト級になれるかな?」

 

「難度200だぞ?倒すのは非常に困難だろうな。だがもしかしたら何か弱点でもあるかもしれない。そうなれば……」

 

 

 

 

「奴らを侮るな。そして話を聞かぬのなら出ていけ。そんな奴は足手纏いだ」

 

 そう言って冒険者たちをたしなめたのは『蒼の薔薇』のイビルアイであった。既にポーションなどを使い回復した『蒼の薔薇』たちも部屋にいた。

 

 

 

「奴らは強い。……現に私たちは死亡こそしていないものも…全滅した。恐らくそのヤルダバオトの部下らしき者たちにな……」

 

 誰もが憧れるアダマンタイト級冒険者、その言葉にはとてつもなく重みがあった。その言葉を聞いて先程自分たちが如何に馬鹿な話をしていたかを知った冒険者たちは口を閉ざした。

 

 

 

「第一目標はラナー第三王女の身柄の保護だ。この中でそれが可能な者はいるか?」

 

「……」

 

 難度200の悪魔、アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』の全滅。そういった話から自分たちが出来ると言える者はいなかった。ただ一組の冒険者たちを除けばだが。

 

 

 

「イビルアイ、私から提案があるんだけどいいかしら?」

 

「何だ?ラキュース」

 

「『漆黒』のモモンさんならばそれが可能よ」

 

「しかし奴…彼は私たちと同じアダマンタイト級だぞ?私たちの二の舞にならないか?」

 

 イビルアイがわざわざ言い直したのには理由がある。少し前に『蒼の薔薇』のラキュースとティアを助けてくれたのだ。普段は毒をよく吐くがその時の話を聞き、感謝していたので言い方が幾分マイルドになっていた。

 

「問題ないわ。彼の強さは私が保障する。それに同じアダマンタイト級でこそあるけれど、もしそれ以上の階級があるなら彼はもっと上よ」

 

 

 

 

「凄え。あのラキュースさんがあんなに認めているなんて…」

 

「同じアダマンタイト級でもそんなに実力が上なのか……上には上がいるんだな…俺たちも頑張らないと……」

 

 その言葉に多くの冒険者が頷く。

 

 

 

「……分かった。レエブン候、少しいいですか?」

 

「どうしましたか?アインドラ殿」

 

「私個人としては王女救出の大役は『漆黒』のモモン殿を推薦したいのです」

 

「えぇ。私もモモン殿に頼むつもりでした」

 

 

 

 

「すみませんがが、モモン殿、頼めますか?」

 

「えぇ。任せて下さい」

 

 その言葉を聞いて『蒼の薔薇』はホッとした。それはヤルダバオトと戦わないことで自身の安全が確保されたからではない。ラキュースの友人であるラナーが助かる可能性が一番高い手段が確定したからだ。無論、可能であれば自分たちで助けたかったが……。ラキュースは笑顔を見せていたがその右手は拳を作って震えていた。やはり友人を助けれない自分自身の実力が悔しかったのだ。そして背が低かったせいか震える拳にイビルアイは気付いた。

 

 

 

「………。モモンさん!すまないが私も連れて行ってくれないか?」

 

「君がか?」

 

「イビルアイ!?」

 

「馬鹿なリーダーだ。ふん、私が行ってやる。せめて私がラナーを助ければ『蒼の薔薇』としての義理を果たすことが出来るだろう?」

 

「…ありがとう。イビルアイ。…モモンさん。イビルアイを連れて行って下さい」

 

「あぁ。分かった」

 

 

 

 

「それでは会議はこれで終わりです。皆さんのご武運を祈ってます」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 作戦会議が終わった後、モモンはイビルアイの元へと歩く。気になることがあったからだ。

 

 

「イビルアイさん、一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

「何でも聞いてくれ」

 

 

「あなたがさっき言っていた"ヤルダバオトの部下らしき者"はどんな格好だった?」

 

「私とティナ、ガガーランの三人は仮面を被った赤毛の女だ。そういえばメイド服を着ていたな。よく分からないがヤルダバオトのメイドなのかもしれないな。ラキュースとティアの方は……いや一応言っておくとクロスボウを武器にするメイドだ。こいつも仮面を被っていたらしい」

 

 

「………」

 

「…?モモン…どうした?」

 

 

「…いや、何でもない。まだ聞きたいんだが、イビルアイさんたちが戦ったというその赤毛のメイドは難度でいうとどれくらいなんだ?」

 

「……恐らく難度180かそれ以上……最初は割と互角かもと思ったんだが……奴がガガーランから武器を奪った後からはあっという間だった…」

 

 

「ありがとう。最後に一つ……言いたくなければ言わなくていいが、手も足も出なかった君たちはどうやって助かったんだ?」

 

「……気遣い感謝する。だが言っておいた方がいいだろう。魔導国から来たというメイドのエヌティマとかいう女によって助けられた。もしあの女が来なければ死んでいただろうな…」

 

「エヌティマ?…」

 

 その名前を聞いてモモンはカルネ村にいたアインズのメイドを思い出した。

 

 

(エントマではないのか?……彼女とは別人なのか?それとも本名を隠している?だとしたら何か理由があるのか?もしそれがアインズ殿による指示だった場合必ず何か意味があるはずだが……)

 

 だが、今はそこまで考える必要は無いだろうとモモンは判断した。

 

 

 

「質問に答えてくれてありがとう。そちらの武運を祈る」

 

「あぁ。ありがとう。『蒼の薔薇』こそ『漆黒』の武運を祈るよ。仲間たちに貴方のありがたい言葉を伝えてくるよ」

 

 

 そう言うとイビルアイは仲間たちの元へと走っていった。

 

 

 

 (……シズ……やはりお前は"ヤルダバオト"の部下なのか…。もしそれが事実だとすれば……)

 

 

 モモンは拳を強く握る。

 

 

 (何か理由があって部下として活動しているのならまだ良いが……それは甘い考えかもしれない。あの涙が嘘でないにせよ、戦うしかないのか?…だけどもし理由がある上で交戦した場合、あまり考えたくはないが私はシズを斬れるのだろうか……。私はどうするべきだろうか)

 

 

 モモンはナーベに視線を向ける。

 

 

 (いや……今そのことを考えるのはよそう。今は王女の救出に専念すべきだ)

 

 

「行こうか。ナーベ」

 

「はい。モモンさん」

 

 

 二人が部屋を出ようとした歩いた時だった。背後から近寄る気配が一つ。

 

 

 

 

「モモン様!お願いしたいことがあります」

 

「?…その前に聞きたい…君は誰だ?」

 

 白銀の全身鎧に身を纏う青年が一人いた。見た感じは冒険者には見えないが……。

 

 

 

「!っ…失礼しました。初めまして。私の名前はクライムです。ラナー王女の護衛の任に就いていた者です」

 

「ラナー王女の?」

 

「はっ……」

 

 

 

「クライム君と呼んでいいかな?」

 

「えぇ。お好きに呼んで下さい」

 

 

「それで私に何を頼みたいのだ?」

 

「無礼なのは分かっています。私を貴方たちに同行させて下さい」

 

 

「すまないが手の平を見せてくれるか?」

 

「同じだ……」

 

 

「ん?」(同じ?)

 

「あっ、いえ……」

 

 クライムは慌てて両手の手の平を見せた。モモンはそれを見る。

 

 

 

「……クライム君が真面目に鍛錬を行ってきた者なのは分かった。だが……いや、あえてハッキリと言おう。同行は許可できない!……君はそれ以上強くなることはないだろう。そしてその実力で難度200以上と対峙する可能性が高い場所に君を連れていくことは出来ない」

 

「…自分の実力不足は分かっています!ですがどうしても行かねばならないのです!」

 

 

「…………」

 

 全身を振るわせて拳を作る。その拳の中に込められた感情は……。

 

("悔しい"か……)

 

 

 

 モモンはかつての自分を思い出した。

 

 (…………)

 

 

「……クライム君、最後に一つだけ聞かせてくれ」

 

「…はい、何でしょうか」

 

 

「君はどうしてそこまでじて王女を助けたいんだ?」

 

「男ですから」

 

 

「クライム君、やはり君を連れていくことは出来ない」

 

「っ……。それでは……」

 

 

「だがこの冒険者チームである『漆黒』の名に誓おう。私が必ず王女を救出することを。だから君は王女が帰ってくる場所を守るんだ。いいかな?」

 

「…分かりました。どうか、ラナー王女を……我が主君を…助けて下さい。モモン様」

 

 クライムが大いく頭を下げる。

 

 

 

「あぁ。必ず助け出す!」

 

(必ず助け出す!ラナー王女。そして……シズも)

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして王都で一番長い夜が今、訪れようとしていた。

 

 

 

 





多分、初1万字超え!
やったぜ!


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英雄と悪魔

 

 王都のある場所にて彼らは走っていた。屋根から屋根へと移動しながら目的地へと向かっていく。『漆黒』のモモンとナーベ、それと『蒼の薔薇』のイビルアイだ。彼ら三人は目的地へと走っていく。

 

 

 

 

 行く手を阻もうとする悪魔たちが現れる。

 

 

 

 

 モモンは一閃、また一閃と屠る。

 

 ナーベも電撃、打撃、斬撃と悪魔たちに倒していく。

 

 イビルアイも魔法で作成した水晶の武器で悪魔たちにダメージを与えていく。

 

 

 

 

「凄い!同じアダマンタイト級のはずなのに……」

 

 

 

 

 ラキュースが何故モモンならば大丈夫と言ったか分かった。彼なら確かにラナーを助けられるはずだ。

 

 

 

 

 楽々と悪魔を屠るモモンたちを見てイビルアイは特にモモンへの評価を改めた。ゆえにイビルアイがモモンに対して敬意を混めて『さん』付けで名前を呼ぶのは何もおかしいことではなかった。

 

 

 

 

「モモンさん……か」

 

 

「ん?何か言いましたか?」

 

「いや……何でもないです。それと私に対しては堅苦しい言い方をしなくていいですよ」

 

「?…分かりま……分かった」

 

 

 

 

 そんな会話をしながらもモモンたちは楽々と悪魔たちを倒していく。その姿はまるで王国の未来を切り拓いてくれる救世主の如く英雄の様であった。いや間違いなくそうだ。と後のイビルアイは語る。

 

 

 

 

(……もしやモモンさんもナーベも"リーダー"と同じ『流星の子』なのだろうか?)

 

 イビルアイがそう思ったのは無理もない。だがこの時モモンたちはイビルアイがそう思ったことなど微塵も知らなかった。知る由も無かった。もしもっと早く知っていれば……イビルアイが『流星の子』について知っていることを知っていれば何かが変わったかもしれなかったのに……。しかしそんなことはこの場にいる誰もがそんなことには気づけなった。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 そんなことがありながらもモモンたちがラナーのいる牢を発見するまで比較的簡単に進むことが出来た。

 

 ようやくモモンたちはその牢屋を視界の端に捉えた。

 

 

 

 

「ラナー!」

 

 イビルアイのその発言を聞いてモモンは確認の為に聞くことにした。

 

 

 

 

「イビルアイ、彼女がラナー王女で間違いないのか?」

 

「えぇ。彼女がラナー王女です。間違いない」

 

 そう聞いてモモンは疑問に思ったことがある。ナーベの方へと目を向ける。ナーベがそれに気付くと頷いた。どうやらモモンと同じ考えの様だ。

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

「どうしたんですか?モモンさん」

 

 

 

「いや……あまりにも上手く行きすぎている。恐らくだがこれは……罠だ」

 

「だが私たちは罠だと分かっていても行くしかあるまい。ラナーを助けないと」

 

 

 

「えぇ。そうですね」

 

 それ以降モモンは口を閉ざした。確かにイビルアイの言う通りであり、今更何を悩むと言うのだろうか。余計な考えは却ってナーベたちを危険に晒してしまうだろう。そう思うとモモンは首を横に振り疑念を払う。

 

 

(私はまだまだだな。もっと冷静になるべきだ。でないと……)

 

 

 そう思いナーベの方に目を向ける。どうやらナーベは気付いていないらしくこちらを見ていなかった。

 

 

(大事なものを失うのは……もう嫌だ。もう二度とあんな思いはしたくない)

 

 

 

 

 かつて仲の良かった五人組。共に冒険者になること誓った仲間たち『五人の自殺点(ファイブ・オウンゴール)』。そして私含めて41人が暮らしていたギルメン村。

 

 

 

(………全てを失うのはもう沢山だ。ナーベ……ハムスケ……そしてシズ、もう誰も失うわけにはいかない。だから私が全てを守るんだ!)

 

 

 

 

「待て!」

 

「どうしたんですか?」

 

 『さぁ助けに行こう』と口に出して助けに行くともりで先頭に出ようとしたイビルアイをモモンは口で制した。気になる点があったからだ。

 

 

 

 

「わざわざ王女を誘拐したくせに見張りの者が一人もいないのはどう考えても不自然だ。数秒でいい。時間をくれないか」

 

「分かりました。モモンさんの言う通りだな。何をするつもりですか?」

 

「武技で周囲を探索をする。伏兵が潜んでいたらまず分かるはずだ」

 

 

 

 

(<心頭滅却><課全拳・4倍>)

 

 

 

 自らの能力を4倍にした上で周囲を感知する。時間にして約2秒。それで周囲一帯を感知する範囲をも4倍にまで広げる。牢屋内にいるラナー王女、その周囲には気配は無かった。念の為にさらに遠くも感知してしてみたが不自然な程誰もいなかった。だが違和感に気付きすぐに武技を解除した。

 

 

 

(この感じ………もしや…)

 

 

 

 

「どうしましたか?モモンさん」

 

「あぁ、少し気になることがあってな。今から話すんだが……」

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

◇◇◇◇

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「ラナー王女!」

 

 モモンがそう言って牢屋に近づき、大剣を一閃、いともたやすく牢屋の鍵は破壊された。

 

 

 

 

「貴方方は?」

 

「私たちはアダマンタイト級冒険者『漆黒』です。国王陛下の命で貴方を救助しにきました」

 

 

 

 

「お父様が?」

 

 

 

 

「ですが……私は…」

 

 

 

 

「話は聞いています。貴方が処刑されないと民が殺されると……ですがその悪魔が本当にその条件を守るとお思いですか?」

 

「そ…それは…」

 

 

 

 

「ラナー王女!後は"私たち"にお任せ下さい」

 

 

 

 

 そう言ってモモンは牢屋から出ようとしないラナーの手を取った。

 

 

 

 

「さぁ帰りましょう。皆さん、貴方の帰りを待っています」

 

 

 

 

「……私は……」

 

「もう大丈夫です。貴方がこれ以上頑張る必要は無い」

 

「そうだぞ。ラナー、悪魔たちがお前を処刑した後に他を助ける保証は無い。だから私たちが来たんだ」

 

「イビルアイさん……」

 

 

 

 

「……最後に一つだけ聞かせて下さい」

 

「何でしょうか?」

 

 

 

 

「貴方には立場があるはずです。それなのに何故……私を助けに来たのですか?」

 

「『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』だから……です」

 

 

 

 

 その言葉を聞いてラナーの視界が……いや世界が鮮明になる。

 

 

 先の無い真っ暗な未来に差した一筋の光。

 

 その二本の大剣であらゆる未来を切り拓く存在。

 

 

 

 

(あぁ……そうかこの方は……『英雄』なのね……)

 

 

 

 

「イビルアイ!頼む」

 

「分かりました。ラナー、私に掴まれ」

 

 

 

 

「えっ…あっ、はい」

 

「行くぞ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはイビルアイが転移魔法を詠唱する寸前での出来事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 聞こえたのは初めて聞く声。だがその声はあまりにも悪意に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「<次元封鎖(ディメジョナル・ロック)>」

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンはハッと声の方向へと顔を向ける。そちらには仮面を被る三人がいた。一人は赤毛のメイド、もう一人はストロベリーブロンドの髪をしたメイド(シズらしき人物)……。そして赤い服を着た翼を生やした人物。その悪魔らしき姿から連想できるのは一人だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!転移魔法が発動しないだと!?」

 

「イビルアイ!王女を連れて急いでここから離れろ!」

 

 

 

 

「わ、分かりました!ご武運を!」

 

 

 

 

 モモンは去っていくイビルアイとラナー王女を見て少し安心した。

 

(やはり!監視していたか……そして転移魔法で来たのか。確かにその移動方法ならば武技<心頭滅却>に引っかからない訳だ……。だがラナー王女は救出できた。後はイビルアイ一人で十分だろう。問題は……)

 

 

 

 

 モモンは悪魔を睨む。どういうわけかラナー王女とイビルアイを見逃してくれたようだ。

 

 

 

 

(一体何を考えている?ラナー王女の処刑が目的ではないのか?……かといって市民の虐殺が目的でもないのか?………いや今は考えても仕方が無い。情報が少なすぎる。目の前に集中しなくては……)

 

 

 

 

「初めまして。『漆黒』のお二方」

 

「お前が…ヤルダバオトか?」

 

 

 

 

「えぇ。そうですが、それが何か?」

 

「どうして王女を?いや…この王都で起こした一連の出来事は何のために?」

 

 

 

「さぁ……それは答えかねますね」

 

「そうか……答えないのなら、力ずくで答えてもらおう」

 

 

 

 

「……申し訳ありませんが、それは困りますので抵抗させていただきましょう。ルプスレギナ!シズ!ここは任せますよ」

 

 そう言ってヤルダバオトは背中から翼を生やす。

 

 

 

「何をしようとしているか知らないが、させるか!」

 

 

 

 モモンは大剣を背中から抜いた勢いのままヤルダバオトに振り下ろす。しかしその一撃は二人のメイドにより防がれてしまう。シズがクロスボウで、赤毛…ルプスレギナと呼ばれた女が魔法でシズに支援魔法を詠唱したようだった。

 

 

 

 

「…分かりましたっす」

 

「………分かりました」

 

 

 

 

「モモンさん」

 

「ナーベ、私が赤毛を……」

 

 

 

 見るからに赤毛の…ルプスレギナの方が難度が高い。恐らく180前後といった所だろう。シズで150以上と考えるとかなり差があると思える。

 

 

 

「いえ、赤毛の方は私に任せて下さい」

 

「なっ!しかし奴の難度は……」

 

 

 

「分かってます。その代わりモモンさんはシズをお願いします」

 

「……分かった。……ナーベ」

 

 

「?」

 

「…ありがとう」

 

 

 

 

 


 

 

 

「シズ!」

 

「……警告はした。なのに何故来た?」

 

 

 

「お前は本当に心の底からヤルダバオトに従っているのか?」

 

「……あの悪魔が王都で何をしたのかは知っている。でも……今の私にとってそんなことは関係無い」

 

 

 

「だったら何故あの時泣いた?」

 

「……」

 

 

 

「答えろ!」

 

「……私たちは戦うしかない。…それだけ。私たちにとってはそれしか許されない」

 

 

 

「何でだ!」

 

「…生きる為」

 

 

 モモンに向かってクロスボウが放たれる。

 

 

 


 

 

「<電撃球(エレクトロ・スフィア)>」

 

 ナーベが詠唱したのは第三位階魔法に位置する雷系統の魔法。両手から帯電した球体が生成され、それが膨張。いつでも爆発しそうな程膨れたその球体をナーベは容赦なく赤毛の女に投げつけるように放った。

 

 

「ふぎゃっ!」

 

 赤毛のメイドが攻撃を受けて感電する。その感約1秒。

 

 瞬間、ナーベは接近。腰からぶら下げる剣に手をかける。

 

(これで決める!)

 

 抜刀、振り上げ、そして振り下ろす。

 

 

 

 

「<________>!!」

 

 

 

 

 女が何やら詠唱した。だが限界まで集中していたナーベには聞こえなかった。しかし女の正面に立っていたこともあり口の動きで魔法を詠唱したのだと判断。瞬時に後ろに跳びその場を離れた。

 

 

 瞬間、地面から炎が噴き出した。

 

 ナーベの肌が炎の熱によって焼ける。だが比較的軽傷だ。

 

 

 

(危なかった……もし後一歩踏み込んでいたら重傷だっただろう)

 

(でも回復手段としてポーションは持っている。もし重傷を負ったとしても二回までなら回復できるでしょうね。でも可能ならば全て回避するべきね。あの攻撃は確か…<吹き上がる炎(ブロウアップフレイム)>。どの位階だったかしら……それなりの位階だったはず)

 

 

 

 ナーベがそんなことを考えると赤毛の女は自分の胸に手を当てて詠唱した。

 

「<重傷治癒(ヘビーリカバー)>」

 

 そう言った途端、女の身体を光が包み込み傷を癒した。

 

 

 

 

(回復手段がある……となれば回復しきれない程ダメージを与えるか、回復をさせる隙を与えない程攻撃を仕掛け続けるか…)

 

 ナーベはそう考える。しかし現状で出来そうな手段は一つしかない。

 

 

(相手の手の内が見えない内にこちらの手は見せるべきではない。ならば今の私に取れる手段は後者だけ。となると剣を主体で攻撃を仕掛けた方がいいだろう。だけど相手が信仰形魔法の<重傷治癒>を使えるのあれば他のも警戒しておく必要があるわね)

 

 

ナーベは剣を両手で構える。

 

それを見て赤毛の女が口を開く。

 

 

 

 

「剣で攻めてくるっすか?」

 

「さぁ、どうかしら。試してみたら?」

 

 

 ナーベは赤毛の女に接近するために地面を蹴った。剣を振り上げる。

 

 振り下ろそうとしたその時だった。

 

 

 

「っ……これは<太陽光(サンライト)>」

 

 突如目の前に光源が発生してナーベの視界を奪った。それとほぼ同時にナーベは腹部に強い衝撃を受ける。

 

 

 

「<火球(ファイアボール)>」

 

 その言葉を聞いてナーベは身構える。即ち自らの身を守る為に両腕を前に突き出すように交差した。それと同時に"しまった"とすぐに理解した。何故なら相手が信仰系魔法を主体だとした場合、その魔法は使用できないはずだ。そしてナーベの考えが正しい場合は相手が使える位階魔法の上限は………。

 

 

 

 

「<十字火(クロスファイア)>」

 

 ナーベの視界が晴れたと同時に足元から炎が噴き出す。

 

 <噴き上がる炎>の比ではない。より正確に表すならば『火炎』ではなく『爆炎』。

 

 爆発の衝撃と熱が無防備なナーベの全身を焼く。

 

 

 

 

「がぁぁぁっ!」

 

 

 

 爆炎がナーベを噴き上げる。ローブが燃え肌が焼ける。白磁を連想させる白い肌が焦げる。あまりの激痛にナーベは身体の自由を奪われた。

 

 

(まだ!まだ終わっていない!)

 

 

「<_________>」

 

 ナーベは小声でそれを詠唱した。その寸前に剣をルプスレギナに向かって投げる。それは槍投げの如く相手に向かって投げた。だがルプスレギナはそれを回避でなく手に取ることで防いだ。

 

 

 

 

 

 

 ルプスレギナは勝ったと確信した。仮面の中で笑う。

 

「終わった……っすね」

 

 

 

 

パン!

 

 

自分の背後から大きな音……それも両手を叩く音……人為的な音が聞こえた瞬間振り返る。そしてそこにいたのは両手から白い光を纏うナーベであった。

 

 

 

(<転移(テレポーテーション)>を使ったっすか!)

 

 

 

「<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>!」

 

 

 ナーベの放った第5位階の雷がルプスレギナに当たる。ルプスレギナの身軽さならば回避は十分出来た。だがそれが出来なかったのには理由があった。

 

 剣を持っていた。

 

まるでそこに吸い込まれるようにして龍の形をした電撃が飛ぶ。その速度はまさにドラゴンの如きものであった。

 

 ルプスレギナは仮面の中で笑うと目を閉じた。

 

 

 

 その衝撃のあまりルプスレギナは建物の壁を破壊し、その中にまで吹き飛ぶ。その際に落とした剣からカランと金属音が響く。

 

 

 ナーベは剣を拾い上げるとすぐさま追撃に移るために建物の中へと飛んでいった。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

◇◇◇◇

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「……」

 

「あきらめろ!シズ!お前じゃ私に勝てない」

 

 

 

 

「……」

 

「シズ!」

 

 

 

 

「……私は…」

 

「私やナーベ!それにハムスケも待ってる!だから止めろ!今すぐ」

 

 

 

「……」

 

 

 

 

<モモンさん!>

 

<ナーベ!…どうした?今は…>

 

<モモンさん、シズたちが何故ヤルダバオトに従っているか分かりました>

 

<?話してくれ>

 

<えぇ。実は………>

 

 

 

 


 

 

 

ナーベはルプスレギナと建物の中で戦っていた時だった。<伝言(メッセージ)>の魔法を使って誰にも聞かれない様に会話しようと思ったのだ。

 

 

<ルプスレギナ?だったかしら?……貴方に話があるの>

 

<いいっすよ。それで何を聞きたいっすか?>

 

 

 

<貴方たちは何故ヤルダバオトに従っているの?>

 

<私たちはヤルダバオトによって心臓に『魔法の刃』を仕込まれてるっす。なので抵抗できないっす>

 

 

 

<解除は不可能なの?>

 

<多分無理っす。ヤルダバオトに反抗しようとした時点で『魔法の刃』が発動してしまうっすね>

 

 

 

<……>

(流石に言えないわね……思い付きはしたけどいざ実行しようとしたら出来ないわ。『この方法』は……)

 

 

 

 

 だがナーベは言わなかった。相手が心の底からヤルダバオトに従っている訳ではないと分かった以上、その手段を取るのは抵抗を感じてしまった。

 

 

 

 

<どうしたっすか?>

 

<何でもないわ……ヤルダバオトに疑われない様に戦闘を続けましょうか>

 

 

 

 


 

 

 

 

<ナーベ!シズに抵抗しないように伝えてくれ!>

 

<分かりました。では一旦切ります>

 

<あぁ。シズが抵抗しなくなった時点でヤルダバオトを討つ!>

 

 

 

 

「シズ!」

 

「………」

 

 

(どうやらナーベが<伝言(メッセージ)>で伝えてくれているようだ。戦闘さえ回避できればヤルダバオトの元へすぐに行ける。すぐにヤルダバオトを倒せばそれで終わりだ)

 

 

 

 

 数秒後、シズの攻撃が止んだ。

 

 

 

 (今だ!)

 

 

 

 モモンは<課全拳・四倍>を発動、周囲の建物を足場に跳躍、その素早さと跳躍力は通常時の四倍。

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に上空にいるヤルダバオトの元へと辿り着く。

 

 

 

 「これで終わりだ!ヤルダバオト!」

 

 

 

 二本の大剣を振り上げる。

 

 

 

 

「あの"純銀の聖騎士"を思い出しますね」

 

 

 

 

 その一言を聞いてモモンは攻撃する箇所を首から胴体へと変更した。そのまま袈裟切りを交差する様に切り裂く。

 

 

 

 

「<次元断切>」

 

 

 

 

 ヤルダバオトに大きなダメージを与えたのか。ヤルダバオトはその武技を受けて地上へと落ちていく。

 

 

 

 

(勝ったのか?)

 

 

 

 

 モモンもヤルダバオトと同時に地上へと落ちていく。

 

 

 

 

 二つの影が地面に落ちた。一人はヤルダバオト。もう一人はモモンだ。

 

 

 

 

 

「……ヤルダバオト」

 

「ヤルダバオト」

 

 

 シズとルプスレギナがそれぞれ名前を呼ぶ。そこにはもう恐怖を感じさせるものは無かった。

 

 

 

 「やはり……貴方たちは裏切ったのですね」

 

 

 

 瞬時に警戒する。モモンはすぐに動けるように精神を集中。ナーベとルプスレギナも魔法を詠唱しようと集中。シズもサポートに集中する。

 

 

 

 

 

「まぁ…いいでしょう。しかしこのままで終われると思わないで下さいね」

 

 

(しまった!)

 

 そうモモンが思いヤルダバオトの首を刎ねようとする。だが防がれてしまう。

 

 

「……良い一撃ですね。怒りに満ちた良い一撃ですね」

 

 

 

 

 その瞬間、ルプスレギナとシズが突如胸を押さえだす。

 

「うっ…す!」

 

「……っっ」

 

 

 

「シズ!、ルプスレギナ」

 

 

 

「さてここで一つだけ助言致しましょう。横ばかり見ていてよろしいのでしょうか?」

 

「何を!?」

 

 モモンは気が付いた。自分の視界に突如現れた巨大な影。それに気付く顔を上に向けると巨大な岩があった。

 

 

 

 

「第10位階魔法<隕石落下(メテオフォール)>……つまらないものですがどうぞ受け取って下さい。それではみなさん御機嫌よう」

 

 そう言ってヤルダバオトは姿を消した。恐らく転移魔法だろう。周囲から気配が消えた。

 

 

 

 第10位階魔法……それは位階魔法の中でも最上位に位置するもの。それをこんな形で発動したヤルダバオト。

 

 

 

「すまないな。ナーベ」

 

「えっ」

 

 

 

「二人を頼んだぞ。私は今からあの魔法に抵抗してやろうと思う」

 

「無茶です!あれは第10位階魔法ですよ!いくら何でも…」

 

 

 

「あれを止めないと大きな被害が出る。『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』……この言葉を言っても恥じない様な者に私はなりたい」

 

「……必ず生きて帰って下さいね。モモンさん」

 

「あぁ。約束する」

 

 

 

 

 

 

 

 

「<明鏡止水>」

 

 

 

 

 周囲の時間から自分が抜け出す。まるで時が止まったかの様だ。だがその巨大な岩は速度こそ落ちているも止まってはいなかった。

 

 

 

 

「<課全拳・4倍>」

 

 

 

 屋根に飛び移り、最大限の跳躍。岩はまだ止まらなかった。

 

 

 

 

「<次元断切>!」

 

 

 

 

 岩を斬ることは出来た。

 

 

 

(ダメだ。もっと粉々に出来るほどの威力がいる。だったら……集中しないと)

 

 

 

 

「<課全拳・5倍>」

 

 全身に強烈な負担が掛かる。歯を食いしばり何とか耐える。

 

 

 

「<次元断切>!!」

 

 岩に大きな亀裂が入る。

 

 

 

(これでもまだ止まらないのか!?もっとだ……もっと集中しないと…)

 

 

 

 

「<課全拳・6倍>!!!!」

 

 全身の肉が裂け、骨が砕け血液が暴走する。まるで全身にセバス殿の蹴りを食らい続けているような感覚だった。

 

 

 

 意識が朦朧とする。

 

 

 

 目や鼻や口から何か----恐らく血だが----が溢れる。だが構うものか。

 

 

 

 

「<次元断切>!!!!!!」

 

 星を砕く。後少しだ。あと少しで粉々に出来そうな予感がする。

 

 

 

 

「<課全拳・7倍>!!!!!!」

 

 力の暴走。それが相応しい程、自分で自分の力をコントロールできなくなる。自分の力そのものに自分自身が破壊されていく感覚。だがそれでも何とかそれを星の破壊に集中させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「<次元断切>!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ようやく星を切断できた。その勢いのせいか星は粉々に砕け散った。

 

 

 

 

(あぁ……やっと終わった)

 

 

 

 

 モモンの全ての武技が解除される。それはモモンの肉体と精神の両方が限界に達したことを意味した。

 

 

 

 

(…意識が……)

 

 

 

 上空から落下していくモモンをナーベは優しく抱き留めた。

 

 

 

「お疲れ様です。モモンさん」

 

「あぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうしてモモンとヤルダバオトの初めての戦い終わった。

 

 

 

 

 リ・エスティーゼ王国は救われたのだ。

 

 

 

 

 そしてその救国の英雄の名前を皆が呼ぶようになる。

 

 

 

 


 

ルプスレギナの<十字火(クロスファイア)>は作者オリジナルの第5位階魔法という設定です。

 

 

十字火(クロスファイア)

第5位階魔法。信仰系のクラスを取得した者が取得できる攻撃魔法。

悪しき者程ダメージが大きくなるという性質を持つ。

魔法発動時は対象となる場所に十字の模様が浮かび上がり、すぐにその模様が炎に具現化し、それが対象を中心に折りたたむようにして閉じ込めて火あぶりにする。

※作者独自のオリジナル魔法です。独自設定です。

 

 

 

 

 

 



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英雄長モモン

 エ・ランテル 冒険者組合

 

 

 

 

 「ただいま戻りました。アインザック組合長」

 

 「おかえりモモン君。大変だったそうだね」

 

 

 王都での一件を解決後、モモンたちはやるべきことを終えてエ・ランテルに帰還。その後モモンはナーベを自宅に残してすぐに冒険者組合を訪れていた。理由は大きく分けて二つ。その内一つは依頼達成の件について話すためだ。

 

 

 

 

「まず初めに依頼の内容についてですが……」

 

「あぁ。そのことについては既に話は聞いてるよ。レエブン候からの謝罪文を使者を通して持ってきてくれた。何でも…本当の依頼は『八本指』の警備部門の『六腕』壊滅だったらしいね?」

 

「えぇ。その通りです」

 

 

 

 

「その件に関しては問題無い。君たち二人が壊滅させる前に既に『何者か』によって壊滅していたと聞いた」

 

「そうですか…」

 

 

(何者か……レエブン候はセバス殿を巻き込まない様にあえて情報を伏せたのだろう)

 

 

 モモンはレエブン候の配慮に感謝した。セバスは魔導国の者である。そのため王国から独立した魔導国への印象は----大半が魔導国の実態を知ろうともしない貴族たちだが----よろしくはない。謁見した時の感じからすると陛下やラナー王女、王国戦士長であるストロノーフ殿やレエブン候の少なくとも四人は魔導国の国力を把握している様子だった。そのことから王国と魔導国の関係は"微妙"としか言いようがないものなのだろう。

 

 

 

「しかし…君たちも大変だったね。王都で起きたラナー王女の誘拐、ヤルダバオトなる悪魔が起こした一連の出来事……。しかしそんな大変な事態を解決した君たち『漆黒』の活躍は我々の耳にも届いたよ」

 

 

 恐らく王都の冒険者組合長から報告を受けたのだろう。事態が事態だ。アインザック冒険者組合長の様子からモモンは都市長と魔術師組合長には既に伝わっているだろうと察した。

 

 

 

 

「えぇ。ヤルダバオト……非常に強力で…凶悪な悪魔でした」

 

「そうか……」

 

 

 数秒の沈黙が場に流れる。アインザックが意を決して口を開いた。

 

 

 

 

「これは興味本位で聞くのだが君が戦った例の吸血鬼とはどちらが強かったのだね?」

 

「間違いなくホニョペニョコです。ただ……」

 

 

「ただ?」

 

「ヤルダバオトは本気を出している様子ではありませんでした」

 

 

「なっ!?それは本当かね!?その悪魔の難度は最低でも二百以上だと報告を受けているが……」

 

(この様子だと奴が第10位階魔法を行使したなど報告すべきではないか……)

 

 

「……すいません。ここだけの話にしてください」

 

「…分かった。君の言う通りにしよう。確かにその情報が伝わるとエ・ランテルもパニックになるだろう。しかし……だとするならエ・ランテルも安全とは言い難いな」

 

 

「えぇ。何か対策を立てた方がいいかもしれません」

 

「…しかしだ……どう対策を立てようか。この街には君たち『漆黒』。それにミスリル級冒険者チームが三つ。いや今は実質二つだな……。それでどうにかなるだろうか。いや無理だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中の空気が重たくなる。モモンは話題を変えるために"もう一つの案件"を話すことにした。

 

 

 

「実はアインザック組合長に相談があるのですが……」

 

「ん?何だね?」

 

 

 モモンは懐から一本の短剣を取り出すと机の上に置いた。

 

 

 

「………これは…」

 

「今回、王都で王女を救出した功績、それとヤルダバオト撃退の功績から陛下からこの短剣と共に『英雄長』の称号を授かったのですが……。『英雄長』となった今どういう身の振り方をすればよろしいでしょうか?」

 

 

 

 

  "英雄長"

 

 それはモモンがランポッサ三世から授かった称号。これは先程もモモンが発言した様に王都で王女救出とヤルダバオト撃退という偉業を成し遂げた功績から授かったものだ。当時リ・エスティーゼ王国には"戦士長"の称号を持つガゼフ=ストロノーフがいた。ただしこの者の場合は"戦士長"の前に"王国"が付いており、大半の者が"王国戦士長"と呼ぶのが常であった。それはひとえにこの者が"王国"に属する者であると大衆に知らせる目的も兼ねていたのだ。

 

 だがここで疑問が一つ。

 

 何故モモンの場合『英雄長』であり、"王国英雄長"ではないのか?

 

 それは当然の疑問であり、当時は王国の内外の者の多くがそう思ったことだろう。

 

 以下は当時を知るレエブン候を初めとした多くの者たちから話を聞いたことで得た情報をまとめたものだ。

 

 

 

 第一にモモンは中立的立場である『冒険者』であり堂々と爵位を授けれなかったため

 

 第二にモモンは二つの偉業を成し遂げたものの王国自体の無力さを国内外に知らせないようにするため

 

 第三に王国内の派閥争いから"王国戦士長"以上の影響力を持つ存在を出さないようにするため

 

 第四にモモンが王国出身で無かったため、詳細に語るならば貴族でないため

 

 以上の四つがモモンの"英雄長"である役職に"王国"が付かなった原因だとされている。筆者である私個人(ハイユ―)からすると第一の理由以外は酷いものだとしか言えない。第二の理由は貴族たちの虚栄でしかない。第三の理由は派閥争いに巻き込まれた形での過小評価である。第四の理由は当時敵対国家であったバハルス帝国の"鮮血帝"とは真逆の行動である。加えて言うのであれば第五の理由としてランポッサ三世が優柔不断であったことが挙げられるだろう。

 

 

 

 そして"英雄長"は正確には"役職"ではなく"名誉職"のような意味合いが強く、ランポッサ三世を初め王族が"認めてる"と国内外にアピールし、当時の派閥争いを牽制するためだという理由が主であった様だ。

 

 

 

 

 アインザックは頭を抱えた。到底自分ではどうすることも出来そうにない案件だったからだ。だがそこで一つ疑問に思ったことがある。

 

 

 

「王国戦士長ガゼフ=ストロノーフ殿と英雄長モモン君か……。所でこの話をしたのは私が最初かね?」

 

「えぇ。そうです」

 

(ナーベ君を除けば……か)

 

 

 

 それを聞いたアインザックは再び頭を抱えた。

 

(都市長ではなく私に最初に相談しにきたということは………今まで通り『冒険者』として過ごしたいということか?少なくとも陛下は『英雄長』という称号を授けはしたが……『王国英雄長』という称号にはしなかった。これには何か特別な理由があったのだろうか。あるいはただ中立的立場を保持する冒険者だからこそ"王国"という名をつけなかったのか……。彼個人にこの街にいてくれるのは嬉しい。ただしそれはエ・ランテルに彼がいつまでもいてくれることが前提である。もし彼が"帝国"や"魔導国"に行ってしまったら………)

 

 

「……モモン君、君はどうしたいんだね?私が答えを出すことは簡単だ。でもやはり一番重要なのは君の意思だと思う。まぁ…私個人としてはこの街にいてくれた方が安心できるがね」

 

 これがアインザックが言えるギリギリの範囲だ。個人的にはエ・ランテルだけでなく王都の窮地を助けてくれたモモンにはどんな形であれこの街にいてほしいと思う。しかし街を…国を救ってくれた恩がある。救国の英雄だが、そのことにモモンが窮屈さの様なものを感じてしまっているかもしれないと思えた。今までそれなりに付き合いはあった。誠実で謙虚な彼が果たして『英雄長』という称号をどう捉えるか……。あくまで推測だが予想はつく。だがそれを私が勝手に決めていいことではない。彼は英雄であるが私たちにとって"恩人"だ。そんな彼に政治的なことで苦労してほしくないという気持ちもある。彼の意思を尊重はしたい。ただし個人的な要望もつけ足しておくことは忘れない。だが最優先すべきはエ・ランテルとその住人たちの安全の確保だ。

 

 

 

「………」

 

「そうだ!」

 

 

 

「?……どうされましたか?」

 

「君はどんな形であれ『英雄長』という肩書を得たんだ。その肩書を使ってエ・ランテルの守備力を高めるというのはどうだね?」

 

 自分でも良いアイデアだと思う。そう確信したアインザックは少しばかりに自慢げに語った。

 

 

 

「それは戦力になりそうな人材をエ・ランテルにスカウトするということですか?」

 

「どうだろうか?その者が冒険者なら融通も利かせられる自信はあるよ。それに冒険者でなかった場合でも職業に関してはちゃんと斡旋するよ」

 

 

 

 アインザックはチラリとモモンを見た。

 

 

 

「……いいですね。ただ一つ気がかりがあるんですが……」

 

「どうしたのかね?」

 

 

 

「スカウトするのは王国以外の者でもよろしいでしょうか」

 

「………」

 

 

 

 アインザックは再び頭を抱えた。ある意味で今回で一番難しい問題かもしれなかった。

 

(冒険者は中立的な立場にある。だが……他の国家がそれを許すだろうか……。帝国とは確かに敵対しているが、噂を信じるのであれば"鮮血帝"である彼が自分の所の冒険者やそれ以外の者をスカウトされた所で少なくとも…国家規模で何かしらの行動を起こすとは思えないが……。もし問題があるとしたら王国内の方だろうか?)

 

 

 

「…私個人としては構わないと思う…。だがそれらを実行するのであれば最低でも都市長や魔術師組合長からの許可だけ貰っておく必要があるだろうね。何だったら私から話をしておこうか?」

 

「いえ……お気持ちは嬉しいですが、お二人には私からお話します」

 

 

「そうかね。分かった。ならば私から言えることは以上だ」

 

「相談を受けて頂き感謝致します」

 

 

「気にしないでくれたまえ。君と私の仲じゃないか。いつでも相談にのるよ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 そう言ってモモンは部屋を出た。

 

 

 

 それを見たアインザックはボソリと呟く。

 

「すまないな。モモン君。これもエ・ランテルのためだ」

 

 

 

 


 

 

 

 

 自宅へと帰ったモモンはナーベとテーブルに向かい合わせで座っていた。その傍らでハムスケが寝ている中、モモンはナーベに冒険者組合でのやり取りを話していた。

 

 

「………という訳だ」

 

「…………」

 

 

 モモンの言ったことに対してナーベは思った。

 

 

 

(このままではモモンさんは…………派閥争いに巻き込まれてしまう。いやもう巻き込まれているはず。恐らくこのまま時間が経てばモモンさんは辛い決断を下さないといけない状況が来るかもしれない。そしてそれは……)

 

 

 

「ナーベ?」

 

「あっ……いえ、何でもないです」

 

 

 そう反応したと同時の出来事であった。ナーベの脳内に<伝言(メッセージ)>の音が流れた。

 

 

 

<ナーベ、今少しいいか?>

 

<アインズ殿!?どうしたのですか?>

 

 

 

<今からそちらに転移する。構わないか?>

 

<えぇ。大丈夫です。それでは後程…>

 

 

 

「どうした?ナーベ」

 

「もうすぐこちらにアインズ殿が来ます」

 

 

 

「アインズ殿が?分かった」

 

 

 

 

 二人がテーブルから立ち上がると同時に真っ黒い空間が現れる。

 

 

 

「久しぶりだな。二人とも」

 

「お久し振りです。アインズ殿」

 

 

 

「……実は二人に言っておきたいことがあってな」

 

「何でしょうか?」

 

 

 

「ヤルダバオトがシズとルプスレギナに仕掛けた"魔法の刃"についてだ」

 

「「!?」」

 

 

 二人が驚いたのは当然であった。シズとルプスレギナを殺害したその魔法。ヤルダバオトが仕掛けた魔法についてであったからだ。

 

 

 

 

「この"魔法の刃"は調べてみた結果、スレイン法国の独自の"魔法"であることが分かった」

 

「!?……スレイン法国?」

 

 

(どういうことだ?スレイン法国は『人類至上主義』を語っていたはずだ。いや、それよりも何故アインズ殿がそのことを?)

 

 

 

「アインズ殿、その情報は一体どこから?」

 

「私が陽光聖典を倒したことは教えたな。後は分かるだろう」

 

 

 

「……成程。それなら確かな情報源ですね」

 

 

 

「まぁ、いい。実はこの魔法の刃には"この魔法で死亡した者は蘇生できない"という性質がある」

 

 

 

(もしやエントマ殿に"エヌティマ"と名乗らせていたのは…それの可能性を危惧して?……だとしたらこの方は…。いやそれが出来るからこそアインズ殿なのだろう)

 

「……えぇ。私たちもシズたちを蘇生しようとしました。しかし……」

 

 ヤルダバオトの撃退後、モモンたちも密かに蘇生を試みた。ミータッチから受け継いだアイテムの中に蘇生できる類のものがあったのだ。それを迷わず使用しようとした。しかし出来なかったのだ。

 

 

 

「あぁ。だがこの魔法の刃にはもう一つの性質がある。それは"指定した名前の者に魔法の刃を仕込む"というものだ」

 

「…?」

 

 

 

「分からないか?つまりだ。彼女たちの名前を誰かが変えた場合、彼女たちは蘇生できる可能性があるということだ!」

 

「!っ…それは本当ですか!?」

 

 

 

「あぁ。今それを証明しよう」

 

 そう言うとアインズは空間を歪ませて闇を作る。そこから現れたのは………。

 

 

 

「!っ……シズ!」

 

 それは幻覚かと疑った程だ。だがその姿は忘れるはずがない。赤金(ストロベリーブロンド)のストレートの髪。余分な感情が一つもない様な瞳。

 

 

 

「……ただいま。モモンさん…ナーベ…ハムスケ」

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 シズと一通り会話した二人はアインズに目を向けた。

 

 

 

「………感謝致します。アインズ殿」

 

「…礼ならナーベに言え。彼女がシズとルプスレギナの蘇生を私に頼んだのだ」

 

 

 

「ナーベ、ありがとう」

 

「頭を上げて下さい。モモンさん……私はただ…」

 

 

 

「シズ…貴方がいない間にハムスケをブラッシングする者がいなかったの。だからお礼ならそれでお願い」

 

 そう言われてシズは瞳を輝かせる。

 

 「……分かった。任せて。行くよ。ハムスケ」

 

 「むにゃ……もう食べれないでござるよ」

 

 

 

 

 「…アインズ殿。シズをありがとうございました」

 

 「気にするな」

 

 「それで謝礼はいかほどにすればよろしいでしょうか」

 

 モモンはそう口を開いた。今までとは異なりモモンとアインズは既に違う国家にいる。一方はただの冒険者。もう一方は一国の--それも強大な--主だ。当然謝礼は支払うべきだ。ただし自分自身の行動のみで支払えたらいいなという想いはあるが…。

 

 

 「謝礼なら既に受け取っている。ルプスレギナがそうだ」

 

 「?シズの姉のですか?」

 

 

 「あぁ。ルプスレギナは魔導国に忠誠を誓った。理由は分かるだろう?」

 

 「…えぇ。シズですね」

 

 当然といえば当然だ。今まで恐怖で従わされていたヤルダバオトにシズ共々殺害され、それを蘇生したのならば感謝の念を抱くだろう。忠誠を誓うのも頷ける。アインズ殿は素晴らしい方であり、アインズ殿に付き従う者も素晴らしい方たちだ。アインズ殿の保護下ほど安全な場所は存在しないだろう。

 

 

「ゆえに謝礼としてルプスレギナというメイドを得た。これ以上の謝礼が必要だと思うか?」

 

 

 

 

 

 

「……モモン、ナーベ、話しておきたいことがある」

 

「?何でしょうか。アインズ殿」

 

 

 

「まずこれが手に入った」

 

 そう言ってアインズは懐から何かを取り出した。手の平の上には見覚えのある石碑があった。しかも二つだ。

 

 

 

 

「それは預言書(エメラルド・タブレット)!?これを一体どこで?」

 

「シズとルプスレギナ……それぞれの心臓に近くに仕込まれていた」

 

 

 そう言うとアインズは石碑をテーブルの上に置いた。石碑に何かが書かれてということはいなかった。恐らくヴァルキュリアなる人物…あるいは謎の声の男と対話できるようになったからだろう。

 

 

 

「!?……何故そんな所に?」

 

「理由は分からない。二人に聞いても分からないらしい。誰かが仕込んだとしか思えないが……」

 

 

 

「もしやヤルダバオトが?」

 

「……可能性は十分あるだろうな。だとしたら奴はこの石碑の存在を知っていることになる。だが…」

 

 

 

「確かにそれだと奴が簡単に退いた理由が分かりません。この石碑…が何に使えるかは知りませんが…持っていても問題なかったはずです。わざわざ手放す必要がありません」

 

「確かにな。……しかし、ここで可能性の話をしても仕方あるまい。現にあるのだから……それでどうする?モモン」

 

 

 

「えぇ。恐らく触れたら前回同様に意識を失うでしょう。ナーベ、悪いが後は頼むぞ」

 

「……」(モモンさん……貴方はもうこれ以上…)

 

 

 

「ナーベ?」

 

「…はい。分かりました」

 

「?……それでは触ります」

 

 やがて意を決したモモンはアインズが机の上に置いた二つの預言書(エメラルド・タブレット)に両手で触れた。

 

 

 

 

 視界が歪む。目の前にありえないはずの光景が映る。

 

 

 

 何も無い砂漠、空に浮かぶ巨大な城、巨大な八体の竜

 

 

 

----死ね。スルシャ■ナ----

 

----竜帝!----

 

----ツア■、お前は戦うな----

 

 

 

 蛇を模した指輪、少し変わった装飾の書物  

 

 

 

----『連鎖の指輪』、『名も無き魔術書』----

 

----何故裏切った!?答えろ!----

 

----■■の可能性はそんなに小さくはない----

 

 

 

 瓦礫が散らかる大きな部屋の中で対峙する二人の人間

 

 

 

 

----私の名前?そうですね………----

 

----『破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)』?お前は一体----

 

----私は■■■■■■ト……………………----

 

 

 

 白く細長い竜、それと…。今のは……くっ、頭が…

 

 

 

----殺し■くれ----

 

----こんな形でお前■殺すことになるとはな。■■■ー---

 

----ありがとう。スルシャ■ナ----

 

 

 

 涙を流し何かを懺悔する人間の青年に向かって剣を振り上げるスルシャーナ

 

 それが振り下ろされて……

 

 

 

 

そこで視界は消失した。

 

 

 

 



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E.T<3.--八欲王--連鎖の指輪-->

 草原が生い茂るその場所で一つの大きな光が膨らんだ。

 

 

 

 

「お止め下さい!キュアイーリム様!」

 

「我々が何をしたというのですか!?」

 

 

 

 

 それを冷たい瞳で見ていたのは一体の大きなドラゴン----キュアイーリム----であった。その鱗は灰色に包まれておりキュアイーリム自身の性格が反映されているようであった。それはまるで自らは白でもなく黒でもなくどこにも属していないと主張しているようであった。

 

 

 

 

「フン、下等生物風情が我に口をきくな」

 

 

 

 

「私の娘がぁぁ!!」

 

「まだ幼いのに!」

 

 そう言って喚くのは亜人種・異業種の群れだ。群れと言うには数が多く数百万がそこにいた。それが巨大な柵の中に閉じ込められており、さしずめ『収容所』の様であった。その者たちは全員衣服を着用していない。それは死んだ際にその肉体を食すためだ。その時に服は邪魔になるので吐き捨てるのだがその手間を省くためだ。

 

 

 

 

「下らない。貴様ら下等生物など……『資源』にしか過ぎぬわ」

 

 

 

 

「何でだよ!何で俺たちなんだよ!」

 

「どうして!私たちの子供ばかり殺されなきゃならないんだ!」

 

 

 

 

「安心して『資源』となれ。下等生物が」

 

 

 

 

「嫌だ!死にたくない!まだ…」

 

「パパ!」

 

 

 

 

「『始原道具作成(ワイルドアイテムクリエイト)』」

 

 

 

 

 そして再び巨大な光が収容所を……草原ごと包み込んだ。そして場に沈黙が流れた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 黄金色に輝く鱗を持つ巨大なドラゴン。それと灰色に染まる鱗を持つドラゴン。黄金のドラゴンが灰色のドラゴンと口論していた。黄金色のドラゴンは煌びやかなその鱗とは対照的に声は老練な印象を持たせる。

 

 

 

 

「いい加減にしろ!キュアイーリム。貴様、我々の資源を無駄遣いする気か?」

 

「フン!下らん。【竜帝】よ…この者たちのような下賤な者たちなどいくらでも湧く。その気になればまた増やさせればいいではないか」

 

「っ!品性の欠片も無い者め!貴様それでも誇り高き【竜王】か!恥を知れ!」

 

 

 二体のドラゴンは口論していた。しかし内容は人間では理解できない異形な話である。目の前にある砂漠が広がるその場所に視線を向けた【竜帝】はキュアイーリムに向かって冷たく言い放つ。

 

 

そんなもの(・・・・・)を作る為にどれだけの資源を無駄にした?ここを砂漠にしおって!貴様には自制心というものがないのか!」

 

「そんなものだと?【竜帝】っ!貴様っ!!!」

 

 

 

 

「報告致します!!」

 

 わざとらしい言葉でそこに入ってきた声が一つあった。その声を聞いて二体は目線をそちらへ向けた。そこにいるのは青い鱗を持つドラゴンであった。

 

「【竜帝】、ご子息が呼んでいます。何やらスルシャーナのことで相談したいことがあるらしく……」

 

「あやつが?……分かった。すぐに行くから案内しろ。キュアイーリム、これが最後通告だ!」

 

「…………理解した」

 

 そのドラゴンは【竜帝】に忠実な配下の一体であり、現在は【竜帝】の息子であるツァインドルクスの世話役を任されている。そんな彼からの口出しには【竜帝】は真摯に対応する。それはキュアイーリムとは明らかに違う態度であった。自身が『資源』の管理を任されているのとは大違いだ。そんな態度の違いを見てキュアイーリムはより一層怒りが湧いてくる。

 

 

 

 

 【竜帝】たちが去っていたのを見たキュアイーリムはボソリと呟く。

 

 

 

 

「……老いぼれめ」

 

 【竜帝】が去りし後、キュアイーリムは目の前のそれを見る。先程【竜帝】からそんなもの(・・・・・)と言われたものだ。

 

 目の前にあるのは四つの武器。それぞれ大剣、刀、槍、ハンマーといった武器だ。だが必要以上に生命を抜き取ってしまったらしく、草原だった場所は砂漠へ変化してしまっていた。草木も、そこに隠れる虫たちも、それを餌とする動物たちも、その者たちが歩くその大地さえも生命を失っていた。先程自身が行使した【始原の魔法】の影響だろう。

 

 

 

 

「他種族など……ただの資源でしかないではないか。何を躊躇うことがある?こやつらの生命など……砂漠の粒子の一粒以下の価値しかないではないか…」

 

 武器の奥にある砂漠に目を向けた。その上に倒れ伏す亜人種・異業種の群れ。亜人種・異業種の身体が倒れ伏している。生命……魂だけを抜かれた彼らは既に息絶えていた。その数は合計で百万は下らないだろう。あまりの亡骸の数に重量に耐え切れず砂漠に沈んでいる個体すらあった。だがそれがどうしたと言うのだ。

 

 

 

 

「まだだ……まだ足りぬ」

 

(あの老いぼれに私の実力を認めさせるには……そのためなら何をしようと構わぬ)

 

 

 

 

 キュアイーリムは砂漠になった場所の奥から何かが近づいているのに気が付く。

 

「何者だ?」

 

 キュアイーリムの目の前には八体の竜が立っていた。中央には炎を連想させる赤い鱗のドラゴンがいた。だが違和感を覚えた。そしてその原因にすぐに気が付いた。

 

 

 

 

「もう一度だけ問う。貴様ら……【竜王(ドラゴンロード)】ではないな。何者だ?」

 

 

 

 

「………『解放者』」

 

 赤い鱗のドラゴンがそう答えたのを聞いてキュアイーリムは鼻を鳴らし嘲笑を受けべようとした……

 

 

 

 

 その瞬間だった。

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 自らの身体を吹き飛ばす巨大な風圧を感じた。その圧の接近にキュアイーリムは気付けなかった。

 

 

 

(今のは一体!?ブレスか?……いや、それよりも!)

 

 

 

 自身が咄嗟に後ろに飛び跳ね、衝撃を逃がしたがとてつもない威力であった。だがそんなことよりも許容できないことがあった。先程後退した時に砂に足を付けてしまったのだ。

 

 

 

「貴様ぁぁぁっっ!!!よくもこの私の足を穢れた砂場などに着かせてくれたな!滅びて償え!」

 

 その場所からブレスを吐こうと構えた……

 

 

 

 瞬間、キュアイーリムの目の前に先程のとは比べ物にならない巨大なブレスが現れた。それは巨大な爆炎。触れるもの全てを焼き尽くすようであった。

 

 

 

「なっ……何だこの圧倒的な力は!?」

 

 ブレスを受けたキュアイーリムはその場から吹き飛ばされる。そして先程キュアイーリムが感じた正体に気付く。それは圧倒的な実力差であった。

 

 

 

「ぐぁわぁぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「手加減はした。まず死んでないはずだ」

 

 赤い鱗のドラゴンがそう告げると他の七体のドラゴンが口を開いた。

 

 

 

「いいのか?殺さなくて」

 

「殺っておかないと後で不味いんじゃないの」

 

「利益の無い選択だわ」

 

「イライラするから付き合ってやるよ」

 

「【竜王】か……実に興味深いね」

 

「あいつらを殺せば僕、王様になれるかな?」

 

「……貴方は正義感が強いんですね」

 

 

 

 

「殺戮が目的じゃない!目的はあくまで『解放』だ!それを忘れるな!」

 

 赤い鱗のドラゴン、リーダー格である男がそう告げた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

痛い!

 

熱い!

 

苦しい!

 

怖い!

 

助けて!!!!!!!

 

 

 

 

「ぐわぁぁぁぁ…っ!」

 

 全身を爆炎が燃やし尽くす。肉体が、精神がこの爆炎によって燃やし尽くされる。そのせいか幻覚を見た。今まで自分が『資源』と称して生命を奪っていった者たちの幻覚だ。

 

 

 

 

「くっ!」

 

 ブレスの勢いが止まることはなくキュアイーリムは巨大な壁に激突した。あまりの衝撃にダメージが大きかった。だがそのおかげかようやく爆炎が消えた。

 

 

 

「壁?……いやこれは山か……」

 

 

 

「はぁ……はぁ…何だアレらは」

 

 キュアイーリムは遠くの山まで吹き飛ばされていた。おかげ全身はボロボロだ。特に先程の爆炎のブレスから身を護るために自身を包んだ翼は飛行できない程損傷してしまっている。

 

 

 

「ここはケイテニアス山か。流石にここまでは追ってはこまいか……はぁ…はぁ」

 

 キュアイーリムは息を整えると激情が身体に走る。

 

 

 

「クソがぁぁぁぁ!あの汚物どもめぇ!!!!!」

 

 

 

 キュアイーリムは叫んだ。怒りのあまりプルプルと震えている。だがそれだけではない。

 

 先程のブレスを受けた瞬間に感じたのは激痛、恐怖、そして敗北感。

 

 

 

「震えが止まらぬ……我は恐れているのか……あの者たちを……いやそんなことはあり得ぬ。この【竜王】である我が……違う!アレは!……運が悪かった。準備さえしていれば!何なんだ!奴らは!」

 

 見えない誰かに言い訳するように告げるキュアイーリムに応える者はいない……

 

 

 

 

 

 

 

 

「言い訳ですか……仮にも【竜王(ドラゴンロード)】ともあろう者が嘆かわしいですね」

 

 

 

 

 目の前に突如現れた仮面を被る悪魔を除いては……。

 

 

 

 

「貴様!?いつからそこにいた?奴らの仲間か?」

 

 キュアイーリムは臨戦態勢を整える。飛行は出来ないが目の前にいる悪魔一体程度であれば屠るのは簡単なはずだ。

 

 

 

 

「最初からいましたよ。貴方がここに吹き飛ばされるのを見ていましたから。それと私は彼らの仲間などではありませんよ」

 

 

 

 

「名乗るがいい」

 

 キュアイーリムは続きを促した。先程の八体のドラゴンに比べて実力は足元にも及ばない悪魔だが、このタイミングで現れたというか何か狙いがあるのだろうと確信めいたものを感じていた。それよりもこの悪魔の正体を知っておくが肝要だ。

 

 

 

 

「失礼……私の名前はヤルダバオト。以後お見知りおきを。キュアイーリム」

 

 

 

 

「ヤルダバオト?聞いたこともないわ。何故我の名を知っている?」

 

「貴方にはこう言った方が早いですかね?私は【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】」

 

 

 

 キュアイーリムは目を見開いた。こいつは今なんと言った?

 

 

 

「貴様……戯言を抜かすな。【竜王】でもない悪魔のお前がその称号を口にするな。それに奴はスルシャーナたちによってあの指輪で」

 

「仮にも王と付く者がこの程度の知能しか持ち合わせていないとは……全く以て嘆かわしい。『世界の可能性は小さくない』…というやつですよ」

 

 

 

 

「!っ……まさか貴様!本当に【破滅の竜王】なのか!?」

 

「だからそう言っているでしょう」

 

 

 

 

「何の目的でここに来た?いや私に会いに来た?」

 

「ようやく話せますね。貴方が吹き飛ばされたおかげで【竜帝】の監視の範囲から貴方が外れました。そんな貴方にお願いしたいことがあるのです」

 

 

 

「何だ?」

 

「近い内、貴方を軽くあしらった者たち……あぁそう彼らを仮に【八王】とでも称しましょうか。その者たちと【竜王】たちが戦争になります。貴方にはその時にお願いしたいことがあります」

 

「……何だ?」

 

「キュアイーリム……貴方にはこの取引の後、すぐに戻り、その後起きる戦争には参加しないで頂きたい」

 

「何故だ?」

 

「簡単なことです。【八王】との戦争では【竜王】たちが間違いなく大敗します。その後に生き残った【八王】は同士討ちを始めます。貴方には戦争が終わった後の【竜王】たちの監視をして頂きたい。それに加えて【八王】の監視をする【竜王】が誰でどこにいるかを教えて頂けたらベストですね」

 

 

 

 

「我に見返りがあると思えないが?」

 

「見返りはありますよ。老いぼれである【竜帝】の死。そして貴方を軽くあしらった【流星の子】を殺す機会を差し上げましょう」

 

 

 

 

(【流星の子】……やはり奴らは【流星の子】だったか。しかし何故それをこの者が知ってる?……いやあの実力は【流星の子】しかあり得ぬか)

 

 

 

「貴様にあの者たちをどうこう出来るとは思えないが?」

 

「出来ますよ。貴方と違って私ならね」

 

「ならばそれを証明してみよ」

 

 

 

 キュアイーリムが尻尾でヤルダバオト目掛けて攻撃した……

 

 

 

 その瞬間であった。

 

 

 

「ヤルダバオト様、お戯れはそこまでにして下さいませ」

 

「助かりましたよ【色欲(ラスト)】」

 

 

 

 キュアイーリムは目を疑った。目の前に現れたのは全身を白い貴人服に包む仮面を被る女がいたからだ。体格は人間のそれと類似しているようだが驚くべき箇所はそこではない。何よりこの女に驚いたのはキュアイーリムの一撃を片腕一本で尻尾を掴むことで防いだのだ。その腕はか細く、キュアイーリムの全力を込めた攻撃を防げるとは到底思えなかった。

 

 

 

「何だと……貴様は……いや貴様らは一体?」

 

 

 

「そうですね。【世界の敵】とでも名乗りましょうか」

 

 

 

【世界の敵】……それは事実だろう。こんな存在複数もいていいはずがない。通常であれば【竜帝】に知らせる必要もあるだろう。しかし監視を外れた今ならば……。……危険かもしれないがこの者たちを利用するだけの価値はある。

 

 

 

「さっきの話は事実であろうな?あの老いぼれが死ぬんだな?」

 

「えぇ間違いなく。でしたら取引成立でよろしいですね」

 

 

 

「ヤルダバオト様。でしたらもうご帰還ですか?」

 

「えぇ。よろしくお願いします」

 

 そうヤルダバオトが言うと【色欲】と呼ばれる女がヤルダバオトの肩を掴む。【始原の魔法】を使えないはずの者が転移魔法でも使う気なのだろうか。まずありえないが……。いや思考するのは後にすべきだ。今は他のことに気を取られる訳にはいかない。この者たちに攻撃されたら今の我では決して勝てぬだろう。油断は禁物だ。

 

 

 

「あっ、そうそう忘れていました……」

 

「何だ?まだ何かあるのか?」

 

 

 

「恐らく他の【竜王】は貴方に戦争の参加を強制することでしょう。その時は貴方が作った四つの武器をその者たちに支援と称して渡してしまいなさい。それが参加を拒否する口実になりますし、ツァインドルクスたちに疑われることも回避できますよ」

 

「……貴様は全てを見通しているのだな。理解した」

 

「それでは御機嫌よう」

 

 そう言ってヤルダバオトたちは去った。

 

 

 

「転移魔法……奴は一体?」

 

 

 

「ヤルダバオト……【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】か……危険だが上手く利用できれば……我は更なる力を得ることが可能かもしれん」

 

 そう言うキュアイーリムの身体は未だに震えていた。それは興奮の類ではなく……。

 

 

 

 


 

 

 

 

 瓦礫が散らかる巨大な空間。その空間は神々しい宮殿の内部に位置するその場所で花弁の如く広がる者たちがいた。当然散っているのは花ではなく竜たちだ。だがただのドラゴンではなく【竜王(ドラゴンロード)】たちだ。だが彼らの瞳は既に閉じられておりその全身を自らの血で汚していることから絶命しているのは言うまでない。

 

 

 そんな彼らが倒れ伏す状況を作り上げた存在たちその傍に立っていた。

 

八体のドラゴン、それと竜王たちの頂点に君臨する存在である【竜帝】だ。その傍らには肩で息をするような動きを見せる一体のアンデッド----スルシャーナ----がいた。

 

八体は【竜帝】を囲うようにその場に立つ者もいれば、飛行していつでも動けるようにしている者もいる。だが彼らは総じて敵である【竜帝】に対して構えている。

 

 

 

 

「貴様ら、その力……【流星の子】か」

 

 

 

 

「……あぁ。そうだ」

 

 八体のドラゴンの内、その集団の代表である赤色の鱗を持つ者が口を開いた。

 

 

 

 

「この行動のその先に何がある?」

 

 これは単純な疑問であった。何故目の前にいるこの者たちは自分たちを襲った。

 

 

 

「『解放』だ」

 

「『解放』だと?……一体何をだ?」

 

 

 

「俺たちは貴様ら【竜王】の手から亜人種・異業種を解放する」

 

「成程……私たちの模倣か……皮肉だな」

 

 【竜帝】ではなくスルシャーナが笑った。『解放』と聞くも今やっていることは紛れもなく虐殺だ。そんな者たちの口からまさか解放などと聞けるとは思わなかったからだ。

 

 

 

(確かに【流星の子】である私は人間種を解放した。だが【六大神】と同じ種族であったことが原因で人間が他種族に傲慢になり他の人間種たちをスレイン法国から追放した。そしてまた私も……どこまでも皮肉なものだ)

 

 

 

「違う!俺たちはスルシャーナ!お前みたいに人間種だけじゃない!亜人種・異業種も全て解放する」

 

「私や【竜帝】、竜族を全て殺してか?」

 

 

 

「違う!でも邪魔するなら例え誰であろうと許さない!」

 

「……」

 

(この様子は義憤か……これは判断に困るな)

 

 

 

「【竜帝】たちの彼ら亜人種・異業種への行いを見た。よくもあんな!キュアイーリムとか言う奴も、お前たち【竜王】はどいつもこいつも腐ってやがる!」

 

 次に答えたのは【竜帝】であった。

 

「……仕方あるまい。【始原の魔法(ワイルドマジック)】を行使するには必要な犠牲だ。他種族からすればあまり誉められたやり方でないが……あぁするのが最も効率が良いのだ」

 

「彼らにだって生きる権利はある!何の罪もない亜人の子供が!異形種の少女がそんな理由で奪われていいはずがないだろうが!」

 

 

 

 リーダーは泣いていた。

 

「これ以上の支配は止めて今すぐ彼らを全員解放しろ!でないとお前を殺さないといけなくなる」

 

 リーダーである竜が腕を振り上げる。だがそこで止めた。

 

 

 

「何のつもりだ?」

 

「俺たちが望むのは解放だけだ。殺したい訳じゃない!」

 

 【竜帝】に対してそう言葉を発するのを見てスルシャーナは無いはずの目を見開く。そのリーダーの姿はまるで……

 

 

 

(こいつは……)

 

 

 

 

 リーダーの態度とは異なり他の七体の竜たちが口を開く。

 

「殺した方が面倒ではないと思うが?」

 

「おい!そんなこと言ってないでさっさとこいつら殺しとけって!」

 

「そうよ。こいつらを生かしておくことに何のメリットがあるの?」

 

「おい!俺をイライラさせるな!」

 

「あまり面白くない結論だね」

 

「これじゃあ僕は王様になれないかも……」

 

「…………」

 

 

 

 

「解放しても何も変わらんぞ。確かに解放の先には自由がある。だが自由の先にあるのは混沌だぞ?」

 

 

 

「それでも!彼らの未来をお前たちが決める権利は無い!」

 

「貴様の考えは傲慢で無責任だ!『解放』の先に貴様らが支配でもするのか?それでは我々と同じではないのか?」

 

「責任ならとってやる!それが支配することだというなら喜んで支配してやる!」

 

 リーダーと【竜帝】の間で意見がぶつかり合う。

 

 

 

 

「イライラすんだよ!いつまで話してんだよ!」

 

 そう言って紫色の鱗を持つ竜が【竜帝】に向かって口を大きく開く。ブレスの構えだ。

 

 

 

「よせ!殺すな!」

 

 意外なことにそう言って【竜帝】を庇うようにして立ったのはリーダー格の男だ。

 

 

 

「ちっ!邪魔すんじゃねぇ!」

 

「まだ俺が話は終わってないだろうが!」

 

 

 

 スルシャーナは目を細めた。

 

 

 

 (リーダーの男は殺戮を望んでいない。ただ『解放』が目的で、他の七体の目的とは異なるのか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞬間その場に光が広がる。その場にいた誰もが驚く。

 

 

 

「これは!?」

 

 

 

 八体の竜たちに動揺が走る。流石にリーダーであった男にも動揺が走っていた様だ。

 

 

 

(これは間違いない。【竜帝】の【始原の魔法(ワイルドマジック)】!)

 

 

 

 

 

 

 

 

(抗う事なら出来る……これが私の最後の魔法となるだろう)

 

 

 

 

 

 

 

 

【竜帝】が最後に選択したのは『始原回復(ワイルドヒール)』であった。

 

 

 

 

 名前の通り回復に特化した魔法である。この魔法は対象の回復に特化しているため、多大に回復できる点がある。しかしこの魔法が最も優れている点はそこではない。それは回復というには強大過ぎる力、『回帰』と表現する方が正しいだろう。つまり元に戻すのだ。そしてその力と光が【竜帝】が持っていたそのアイテムに収束されていく。そこに握られているのは蛇を模した指輪。それを見たスルシャーナと八体の竜は驚きを隠せなかった。

 

 

 

(!?っ…その指輪は…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それはスルシャーナたちとの『取引』で得たもの。

 

 

 

 既にそのアイテムの効果は失われているせいか、アイテムから微塵も魔力が宿っておらず錆びついていた。だが【始原の魔法】による魔力を受けた影響か蛇の双眸に光が灯る。その光が錆を弾き飛ばす。それは巨大な魔力の塊。蛇を模した指輪が元の輝きを取り戻す。元の強大な魔力を帯びていく。

 

 

 

 この指輪の名前は……

 

 

 

 

 

 

 

 

【連鎖の指輪】

 

 

 

 

「何で…お前が…それを持っている?」

 

 リーダーが驚愕のあまり身体を動かせずにいた。

 

 

 

 

「やはり知っていたか。ならば効果も知っておろう?」

 

 そして【竜帝】は【連鎖の指輪】に願った。この指輪に全てを願った。

 

 

 

 

「<貴様ら、全員『人間』になれ!>」

 

 

 

 蛇の双眸から上空目掛けて飛び出した光が巨大で強大な魔方陣を浮かび上がらせる。九つの色の異なる巨大な魔方陣が彼らの足元を飲み込む。

 

 

 

 

「やめろぉぉぉぉぉっっ!!!!!!」

 

 そう言って腕を伸ばす赤い竜を【竜帝】は尻尾で吹き飛ばす。吹き飛び他の七体に衝突する。

 

 

 

 その場が巨大な光に包まれた。

 

 それは世界を歪める力。

 

 それがたった今行使されたのだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

 

◇◇◇◇

 

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 光が薄れていく。そこにいたのは衣一つ守っていない全裸の男女八人だ。先程吹き飛ばしたリーダーは腹を押さえてうずくまっていた。

 

 

 

「くっ……ちくしょう…」

 

 

 

 

 だがリーダーとは反対に他の七人は違った様子を見せていた。

 

「だから殺せと言ったんだ!」

 

「馬鹿か!リーダー!」

 

「クソが!イライラさせやがって!」

 

「何の冗談よ?こんな不利益……ふざけないで!」

 

「ふむ、実に興味深い。しかし不味いな…」

 

「僕の力ぁぁぁぁぁぁ!!」

 

「流石にこれは……」

 

 

 

 

 その者たちの予数を見て【竜帝】は溜息を吐いた。どうやら自身が死ぬ運命は変えられそうにないようだ。

 

(弱体化は出来たが……それでも難度三百という所か……。力の大半を失った我はここまでの様だな)

 

 

 

 

「ちっ!」

 

 紫色の髪の男が【竜帝】に向かって走り出す。それに続き他の六人も走り出した。空間から彼らは武器を取り出した。彼らがそれを手にした瞬間、人間でありながらも強大な力を得たのを感じる。

 

 

 

「【ギルティ武器】……やはり持っていたか」

 

 かつてスルシャーナが持っていた武器。その中でも最も強大な威力を持つ武器であったことを思い出す。

 

 彼らのそれは槍、斧、ナイフ、鞭といった様々な形状であった。

 

 

 

 七人の人間が持つ強大な武器が自分に向かって振るわれる。

 

 

 

 

 脳裏に映るのは三つのことだった。

 

 

 

 

 まだ幼く力の無い小さな竜王のこと。

 

 彼らが来る前に追い出しておいて良かったと安堵する。世話役であるあの竜王と行動を共にしているなら安心だ。それに【流星の子】であるスルシャーナも死んだら合流するだろうし何とかなるだろうか。

 

(ツアー……お前は戦うな。私の死を【竜王】たちが知れば理由はともかく間違いなく戦争になる。お前は無駄死にするな。戦争には参加するな。そして我の代わりに世界を頼む。世界を変える者を……)

 

 

 それは【六大神】でもなく目の前の八人でもない存在。

 

 

(【預言者】を……)

 

 

 

 

 それと心残りはまだある。現存する書物などが何者かに全て処分され、後世に残ることが無かった超常の存在……【アインズ・ウール・ゴウン】のことだ。

 

(一度でいいから会ってみたかったものだ。かの伝説の存在に……)

 

 

 

 

 そして200年前自分を助けるために身を挺して庇ってくれた一人の人間の女を思い出す。最後の心残りだ。揺れる夕日を連想させる長い金髪、青空を閉じ込めたような瞳、そして全てを浄化する綺麗な笑顔。

 

 唯一自分が好意を持った人間の女だ。未だにステンドグラスを贈答した時の笑顔を思い出す。

 

 もう一度会いたかったぞ。

 

 

 

 

------世界の可能性は小さくないよ------

 

 

 

 

(私も『世界の可能性』とやらを見てみたかったぞ……ヴァルキュリア)

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして【竜帝】は死んだ。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「次は私の番か……」

 

 スルシャーナは覚悟を決めた。目の前に七人の人間が武器を構える。

 

 

 

 

「恨みは無いが」

 

「死ねよ!アンデッド」

 

「イライラすんだよ」

 

「貴方が生きていると不利益なの!死んで」

 

「君には興味が湧かない。消えろ!雑魚!」

 

「君を殺せば僕は王様に近づけるんだ」

 

「……すみません」

 

 

 

 

「よせぇぇぇっ!」

 

 リーダーの制止の声が響き渡る。どうやら先程の一撃からようやく立ち上がったようだ。

 

 

 

 

(やっぱり……お前は……)

 

 スルシャーナの身体に七人の攻撃が加わる。力を失ったアンデッドはその眼窩から青い光が消えた。

 

 

 

 

(リーダー……お前は……やはり……)

 

 

 

 

(いい奴だな……)

 

 

 

 

 スルシャーナは死んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界から最後の『神』が消えた。

 

 残されたのは『王』と呼ばれる二つの勢力。

 

 大陸全土を巻き込む戦争の時は着実に近づいていた……。

 

 



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E.T<4.--八欲王--空白の魔術書-->

 リーダーは【エリュエンティウ】にいた。

 

 

 

 

【エリュエンティウ】には大きく分けて三つの階層に分かれている。ゴシック建築様式で出来た建造物が多数並ぶ階層を『上層』、芝生や荒野が広がる地上にある巨大な空間が『地表層』、その地下にある建造物の階層が『下層』だ。その三つの階層の内、【八王】と呼ばれる彼らやこの都市の【都市守護者】たちの居住区は『上層』である。

 

 その『地表層』に二人の者がいた。その場所は芝生が広がっており、そこに置かれた椅子に二人は座って向かいっていた。炎を連想させる赤い髪に軽装で身を包む青年と灰色の全身鎧(フルプレート)に身を纏う青年がいた。リーダーである【赤】とその仲間の【灰】だ。

 

 

 

 

「はい、リーダー。これ」

 

「あぁ。ありがとう。【灰】」

 

 手渡された回復薬(ポーション)の栓を開けて飲み干す。傷だらけだった身体はすぐさま元の姿に戻った。

 

 

「怪我の具合はどうですか?」

 

「あぁ……おかげで問題ない」

 

 そう言って【赤】は空になった器を芝生の上に置いた。

 

 

 

 

「これで終わりましたね。リーダー」

 

「…あぁ。………………………」

 

「【竜帝】のことを気にしてるのですか?それなら必要な犠牲だったと思います」

 

「…本当にそうか?」

 

「えぇ。そうだと思います」

 

「…だがしかし俺は」

 

「……これ以上はやめましょう。終わったことばかりに気を取られるのは精神衛生上よろしくないでしょう?それよりもっと建設的なことを考えましょうよ。どうやってみんなと和解するかそっちを考えましょうよ」

 

「…そうだな」

 

 

 

 

 リーダーのせいで人間になってしまった!どうしてくれるんだ!

 

 それが他の仲間たちの考えである。そのせいで【竜帝】たちとの戦闘が終わった後、リーダーである【赤】、【灰】と他の六人とで揉めてしまったのだ。【赤】は散々殴られており傷だらけだ。結局【灰】が他の【竜王】が来る前に【エリュエンティウ】に戻ろうと提案したことでここまで戻ってくることが出来た。その後はリーダーと【灰】、他の六人で別行動をしている。理由は明白であった。

 

(あいつらが怒るのは当然のことだとして……【灰】には感謝しかないな。こいつがいなければあの場で殺し合いに発展しただろうな……。俺は一応こいつらのリーダーだが上下関係は本来無い。俺が【竜帝】を庇ったことが納得できるはずがない。こいつに助けて貰わなければ本当に危なかったな。でも一つだけ気になることがあるが…)

 

「お前は俺を恨んでないのか?【灰】」

 

 【赤】が質問したのは単純な疑問であった。他の六人と違い【灰】には恨まれているような対応はされていない。先程まで手当だってしてくれていたぐらいだ。

 

「……恨んでないといえば嘘になりますけど、まぁ……人間になれて良かったなと思うことは多いので……まぁ、それと相殺していますね。だから”恨んでいた”という過去形ですね」

 

「成程な……」

 

 予想に反した答えだったが内心では嬉しい気持ちだった。恐らく顔に出ていたであろう。だからか【灰】には見えないように顔を背けた。

 

 

 

 

「これからどうしますか?俺たちの種族は人間になりました。難度は三百ですけど……このままだと多種族の『解放』は厳しいと思います。何か策はありますか?」

 

「【連鎖の指輪】を使うのはどうだ?……あっ、だが……」

 

  あの戦いの後に揉めてしまってたので誰も回収していない可能性があった。そのことに気付きすぐに謝罪しようとした。

 

 

「……一応回収はしておきましたよ。この指輪の力は強大ですし、他の【竜王】に奪われたりなんかしたら大変なことになりますし…」

 

 【灰】は懐を右手で探るとそれを取り出した。手の平の上にあるそれを見て【灰】の言う通りだろうと思った。その中でも真っ先に思い浮かぶのは【竜帝】と同じことをされてしまうことであった。

 

(例えば……<難度三百の今の状態から難度三まで下げろ>とか<全員の消滅>などを願われてしまったら【エリュエンティウ】にいる者は全滅してしまうだろうな)

 

 だがその危険性も目の前にあるおかげで限りなくゼロになった。

 

 

「ありがとう。【灰】。お前のおかげで希望が見えてきたよ」

 

「礼はいいですから、それよりどうしますか?この指輪はそもそも今は力を失って使えませんよ?」

 

「【竜帝】は【始原の魔法】を使ってこの【連鎖の指輪】の効果を戻した。それで俺たちを人間にした。そして今のこの指輪は力を失ってガラクタでしかない。だがこの指輪に頼らないと俺たちは元の姿に戻れそうにもない」

 

 (そうだ。今はこの指輪から魔力の輝きは失われている。仮に元の姿に戻るとしてもその輝きを取り戻さないといけない。だがどうやって?そんな方法あるのか?)

 

 

 

 

「まぁ……そうですよね」

 

 そう言うと【灰】は【赤】の手を取り、その手の平に指輪を乗せた。

 

「これはリーダーに渡しておきます」

 

「いいのか?この指輪は……」

 

「構いませんよ。今リーダーは他のメンバーと顔合わせることすら危険ですし、自分の身を案じて下さい。この指輪はそのお守りになるでしょ?まぁ効果の失った指輪ですから…効果があるかは怪しいですが……」

 

 ちょっとした冗談を言われて俺は思わず笑った。面白かったからではなく冗談を言う事で余計な緊張を解いてくれた【灰】のその気遣いに感謝してだ。

 

「そうだな。ありがとう【灰】……」

 

 心の底から礼を言う。今はこいつだけが俺の味方だ。それに頼るばかりでは駄目だな。

 

(このままじゃリーダー失格だな。やはり何とかしないとな……)

 

 

 

 

「振り出しに戻ったな……。これからどうしようか?」

 

「とりあえず今できる状況を確認しませんか?」

 

「確認?」

 

「えぇ。【竜帝】が死んだ以上、【始原の魔法】を使う【竜王】たちの誰かが報復してきてもおかしくはないでしょう?一応【竜王】たちのトップですし何があっても不思議じゃないですから」

 

「そうだな…‥今あるアイテムで何が出来るか確認しておこう」

 

「……お願いします。一応【空白の魔術書】はリーダーが確保しておいて下さい。こっちは他の六人と顔を合わせてきますから」

 

「大丈夫なのか?」

 

「リーダーよりはマシな対応されると思います。和解は無理でもせめて話し合いくらいは出来ないと困るでしょ?これから何があるか分からないんですから」

 

「【灰】、お前には迷惑をかけてばかりだな。すまない」

 

「そんなこと顔しないで下さいよ。もし戦闘になったら宝物庫に逃げ込んでリーダーと合流しますから。後は……そうですね、念のために都市守護者たちに『他の六人が急激に動いたら可能な限り抵抗しろ』とでも命じておいて下さい。自分が宝物庫へ戻る間の時間稼ぎでもしてくれたら助かりますかね。そっち方向は任せましたよ」

 

「分かった。都市守護者たちにはすぐに伝える。その後に宝物庫へ行く。任せとけ」

 

「ではまた後で!」

 

 そう言うと二人はその場を後にした。

 

 

 

 


 

 

 

 

 リーダーは上層にある宝物庫へ来ていた。煌びやかな黄金で出来た棚。宝石が散りばめられたシャンデリアなど。そこには値千金をも軽々と超える絢爛豪華なアイテムや装飾品の数が眠っている。一つ一つ丁寧に置かれたマジックアイテム。それらがずらっと並べられておりどこか気品ある場所の様に思える。だがリーダーが真っ先に見たのはそれではない。それら棚の奥には紋章が掲げられた壁だ。その壁の前でリーダーは立ち止まった。

 

 その壁は合言葉を言わないと絶対に開かないように出来ていた。物理・魔法で破壊できるものではない。ゆえにリーダーは口を開いた。

 

「【雲を泳ぎし者】の権限を行使する!」

 

 そう言うと壁が煙のように消えて奥に通路が現れる。他者が見れば驚く光景だろうが【赤】にとっては当然のことであり、何の関心もなく再び歩み出す。通路の最奥には非常に強く硬い木で出来た台座がありその前で立ち止まるとその上に置かれたものへと目を向ける。

 

 

 

 

 何の変哲もない本。表紙は上質な革で制作されていることを除けば何も特別な点は無い。中身を開くとそこにはどこまでも続く無限の空白が広がっていた。だがそれが表すは無限の可能性。何でも書き込むことが出来るという無限の可能性。だがそれは表向きの性質でしかない。それは本来誰にも知られてはならない程の強大なアイテム。

 

 

 その名を……

 

 

 

 

「【空白の魔術書】」

 

 

 

 

「<目覚めよ>」

 

 

 

 

 【赤】がそう言うと今まで空白だった部分に文字が浮かび上がる。

 

 

 

 

 【空白の魔術書】

 

 これはあらゆる魔法が書き込まれていく書物である。だが真に恐ろしいのはそこではない。新たに作られた魔法でさえ書き込まれるのだ。そしてこの本に書き込まれた魔法はあらゆる者が行使できるという性質を持つ。無論代償は魔法に応じて存在するも使い方次第では強大な効果すら行使できるため、世の中をひっくり返せる可能性すらある。

 

 

 

 

「<【始原の魔法】の項目を開け>」

 

 【赤】がそう言うと本が勝手に中身をパラパラと捲っている。

 

「……やはり【位階魔法】ばかりが載っているな。少しも止まる気配が無い」

 

 この当時、魔法といえば【始原の魔法】のみしか存在しなかったのだ。だが【赤】たちは【竜帝】たちを急襲する前に確認をしていたのだ。ゆえにその内容には驚かない。その一冊に書き込まれた【位階魔法】は膨大な数であり、一つのページを理解するだけで一年は掛かりそうだ。【赤】は捲られていくページを見て文字に酔いそうになる。

 

 

「………俺たちの誰も位階魔法は使えなかったが生き残った。でもそれは前の強い肉体を持っていたからだ。人間になった今の俺たちじゃ何かあった時、簡単に死んでしまう。多種族の『解放』なんて不可能に近いかもな……。そう思うと【六大神】たちはどうして人間種を解放出来たんだろうな……」

 

 やがてページが止まる。そのページが見開いた部分が魔法の光で照らされる。そこに書きこまれた内容は【始原の魔法】ばかりがあった。そこにもやはり膨大な数の魔法の内容が込められていた。だが【位階魔法】に比べるとあまり多くないためすぐに目当ての魔法を見つけ出すこと出来た。

 

「『始原回復(ワイルドヒール)』!やっぱりあった」

 

(もしやと思ったが本当にあった!)

 

 

「早速やってみよう。これを使えば【連鎖の指輪】を元に戻して全員元の姿に戻れるかもしれない。そうすれば和解も出来る………だろうか?」

 

(最悪これで和解できなくてもいい。でも……せめて誰も死なずに済めばいい。もう殺すのは嫌だ。だから……)

 

 

 

 

(俺がやるしかない!)

 

 

 

 

 『始原回復』と書かれた箇所に触れた時だった。一抹の不安がよぎった。

 

 

 

 

(……何だ?俺は何を恐れているんだ……。「殺すこと」か?「殺されること」か?それとも……)

 

 

(この違和感は何故だ?まるで物事が上手く行き過ぎている様な……)

 

 

(何か重要なことを見落としているような?一体何だ?)

 

 

 

 

 首をブンブンと振り雑念を払う。

 

 

 

 

(いや……【灰】も和解のために頑張ってくれてるんだ。俺もやらなきゃな)

 

 【赤】は【空白の魔術書】を台座の上に置くと【連鎖の指輪】を右手で取り出しその横に置いた。左手で始原回復(ワイルドヒール)の単語に指さす。

 

 

「<【空白の魔術書】よ!魔法を発動せよ。『始原回復』を行使する!>」

 

 【赤】の右手に強大…などと形容するには遥かに強大な光が宿る。太陽ですら比べものにならない程に強大な光が自身に纏う。あまりの明るさに目が焼き切れそうになる。

 

 

 

 

 光る右手で指輪に触れる。

 

 

 

 

「<始原回復(ワイルドヒール)>!!!」

 

 

 

 

 右手に宿っていた輝きが指輪に染み込むように入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間であった。急激に全身を脱力感が襲う。

 

 

 「なっ!?」

 

 

 急に全身が重たくなる。着用している鎧が重たくなったようだ……いやそれだけじゃない。まるで肉体が弱くなった様な……重力にすら逆らえない程弱弱しく……。膝が崩れ地面に四つん這いになる。地面に当たった衝撃で骨が軋み筋肉に痛みが走る。更に息が出来ないほど身体が弱くなった。まるでか弱い老人にでもなったかの様だ。一体何が起きたのかが分からなかった。

 

 

(息が出来ない……何で!?……まさか!?……【始原の魔法】の代償に使うのは!?)

 

 

(先程の違和感の正体はまさか!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その正体に気付いた瞬間、【赤】の背中にドンと衝撃が走る。

 

「がっ!」

 

「アハハハハ!」

 

 それは不気味な笑い声だった。だが間違いなく聞き覚えがある声だった。

 

 

 

 

「くっ!……」

 

 どうやら背中を踏みつけられたようだ。その際に床に顎を打ったせいで脳が揺れたのだ。視界がグルグルと回る。【赤】は揺れる視界の中で何とか背中に足を乗せた存在に目を向けた。【赤】の瞳がその者を捉えると同時に視界の揺れが収まった。そこにいたのは先程気付いた違和感の正体とも呼べる者であった。

 

 

 

 

「【始原の魔法】は生命…魂を行使する魔法。やっぱりアンタに使わせて良かったよ。リーダー♪」

 

「【灰】お…お前……っ!どうして!?」

 

「アハハハハ!何その間抜け顔!?マジ受けるんですけど!アハハハハ」

 

 宝物庫に嘲笑が鳴り響く。

 

 

 

 

「【灰】!何でお前が!?本当は俺を恨んでいたのか?」

 

「いや恨んでないよ……むしろ感謝しているかな。アンタのおかげであのトカゲ共を殺せたからね♪」

 

「何だと……」

 

「アレは最高の遊びだった。知ってたか?あいつらが痛みに苦しむ顔を見てオレは内心では楽しんでたんだぜ。気付かなかったのか?」

 

(何でこいつの姦計に気付けなかった?……いやそれよりも……)

 

 

 

 

「俺を嵌めたのは何故だ?恨んでないなら何で?」

 

「楽しいからに決まってるじゃん。オレたち【流星の子】だぜ。この世界はオレの遊び場じゃん。だったら権利があるに決まってるじゃん!」

 

「フザけるな!この世界には必死に生きている者たちがいる!そんな彼らの生活の場を『遊び場』なんて言って踏みにじっていい権利がお前にある訳がない!それじゃあ【竜王】たちと何も変わらないだろうが!」

 

「いいに決まってるじゃん。オレたち【流星の子】だぜ。いうなれば『強者』だ。強い奴が弱い奴から奪う、従わせるのはこの世界のルールだぜ?アンタ頭悪いの?オレなら欲しいものは全て手に入れるけどね」

 

「クソ!ふざけるな!これ以上何も奪わせてたまるか!」

 

 【赤】は何とか動こうとするが背中に踏みつけられた足を動かせそうになかった。まるでビクともしない。

 

 

 

 

「難度三十程度って所か?随分と【始原の魔法】に力を吸い取られたみたいだね。そんな今のアンタが難度三百のオレに何が出来んの?」

 

「……何でお前こんなことをしたんだ?」

 

「もっと楽しくしたいからかな……アンタは【連鎖の指輪】を使ってオレたちを元の姿に戻そうとしたみたいだけど……それじゃあ楽しくないじゃん♪」

 

 

 【灰】が台座に置かれた【連鎖の指輪】を掴むとそれを自らの指に嵌めた。

 

「お前!?何を願うつもりだ!?」

 

「知ってるか?リーダー。ゲームっていうのはね圧倒的な力で勝利すると楽しいけど酷く空しくなるんだぜ……。だからゲームっていうのは遊ぶ者が楽しめるようにルールを設けるんだ♪楽しむためにはルールは絶対だ」

 

「…何を言って…」

 

「奴らの【始原の魔法】は今の俺には強力過ぎる。だからそれを歪めてやるのさ!そうすればあいつらはどうするかな?オレには手に取る様に分かるよ。だってオレがルールだから♪」

 

「まさか!?、お前ぇぇぇ!?」

 

 【赤】の背中を踏みつける力が強まる。内臓がねじねるような激痛が走る。

 

 

 

 

「ねぇリーダー。戦争って最高の遊び(ゲーム)だと思わない?」

 

「よせぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 口が裂けそうになる程叫ぶ。だがそれは【灰】を愉しませるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【連鎖の指輪】よ。オレは願う!<この世界を歪め位階魔法を広めろ>!」

 

 

 

 

 その瞬間、世界に一つのものが広がった。

 

 それは青空でもなく、夜空でもなかった。

 

 それは巨大な魔方陣。

 

 強大な九つの魔方陣が世界を覆ったのだ。

 

 そこに込められしものは位階魔法。

 

 陸を歩く者も、空を飛ぶ者も、海を泳ぐ者も………。

 

 人間種、亜人種、異形種、この世界の全ての者が………。

 

 

 

 

 その日、歪んだ欲望が世界を覆った。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 指輪は既に光を失っていた。それは既に効果を喪失している証拠であった。

 

 

 

「っ!」

 

 【赤】は身体を震わせた。気持ち悪い感覚に襲われる。まるで誰かに自分の内臓の位置を全て変えられてしまったようなそんな奇妙な感覚。そんな感覚に冷や汗と身震いが止まらなかった。事の重大さを身をもって知ってしまったからだ。

 

 

 【赤】とは対照的に【灰】は笑っていた。

 

「……やった。アハハハハはっ!アハハハハハハハハ」

 

 身体に流れるような感覚に気付くと全身を高揚感が襲う。

 

 

「アハハハハハハ!!!ハ?……」

 

 少し興奮が冷めると思考を取り戻す。

 

(試しに何か魔法を唱えてみる。何がいいだろうか?)

 

 

 

「あっ、そうだいいこと思いついた♪」

 

 【灰】は【赤】の背中から足をどかした。

 

 

「アンタさ、オレに魔法で攻撃してくんね?」

 

「っ…!<火…(ファイア…)>」

 

 【赤】が腕をこちらに向けて魔法の詠唱を開始した。だが【灰】にはそれがとてもゆっくりに思えた。

 

(難度下がったし、その程度の魔法の攻撃しか出来ないか。それに動きも遅い。まぁ…検証には丁度いいけど…)

 

詠唱無効(スペル・コンファイン)

 

 【赤】が放とうとした魔法を【灰】は無効化した。

 

 

 

 

「間違いない。やはり位階魔法は広まってたんだ!」

 

「……お前、自分が何をしたか分かってんのか!?」

 

 

「『楽しいこと』をしただけだよ」

 

「ふざけるな!」

 

 

「うるさいな……。吠えるなよ。アンタは犬か?」

 

 【灰】は【赤】に接近。首を掴んで放り投げた。最奥の位置から宝物庫の棚に吹き飛んだ【赤】は衝突。背中を打ちそのダメージから吐血する。

 

「がっ!」

 

 床で血を吐く【赤】に向かって【灰】は歩み寄っていく。

 

 

「どうでもいいだろ?これから楽しい…愉しい戦争(ゲーム)の始まりだ。オレの活躍を見てなよ♪観客第一号」

 

「ふざけるな!何がゲームだ!これは現実だ!痛みや恐怖も全部本物だ!!生きているのも死んでいくのも全部現実だ!やり直せないんだよ!」

 

 

「アンタ、ウザいよ……観客がいなくなるのは寂しいけど……まぁいいか。退場してよ。偽善者野郎♪」

 

「だったらせめて……お前にだけは殺されてたまるか!」

 

 【赤】は懐から魔封じの水晶を取り出しすとそれを潰した。

 

 

「<上位転…(グレーター・テレポーテー…)>」

 

「<詠唱無効(スペルコンファイン)。もっと早く動きなよ?あっ、出来ないか?」

 

「!!チッ」

 

「アハハハハ!知らなかったの?オレの計画は完璧なんだよ。つまりここではオレが決めたことがルールって訳。だからアンタが逃げられる可能性は無いよ。ぷっ、アハハハハハハハ」

 

「くそ!」

 

 【赤】は空間から【ギルティ武器】を取り出した。斬るのに適していない形状をしているがそれは剣だ。その柄を掴む。この武器の切れ味ならば【灰】にダメージを与える可能性がある。

 

 

「へぇ。それを使うんだ。見ものだね。それでオレに勝てるとでも?」

 

「勝てなくてもいい!他の奴らが来れば真実を話してそれでお前は終わりだ!」

 

「馬鹿か?アンタが都市守護者たちに命じさせたんじゃないか『他の六人が急激に動いたら可能な限り抵抗しろ』って。さっきの【始原の魔法】が原因で奴らは絶対に動いた。そうなるとあっちの方でもゲーム(戦闘)が行われる訳じゃん。そこで問題♪あいつらは誰を疑うでしょーか?」

 

「お前!」

 

 再び斬撃を回避される。

 

 

「だから言ってるだろ?オレの計画は完璧だ。アンタには全ての罪を背負ってもらうよ。リーダーぁ♪」

 

「!っ……クソっ!」

 

 【赤】の攻撃を【灰】は軽々と避ける。

 

 

アハハハハハハハハ

 

 

「どうしたの?リーダー、もっとオレを愉しませてくれよ」

 

「クソが!」

 

 【赤】の攻撃を【灰】は左手一本で止めた。

 

 

「……まぁ、もういいかな。アンタ煽るの飽きたし……じゃあね。【ギルティ武器】は貰っていくよ」

 

 【赤】は【灰】の右腕が振り上げられるのを見た。それは殴りつけようとする姿勢だ。難度三百の人間の攻撃を難度三十以下の人間が回避出来るはずが無かった。それは圧倒的な実力差であった。

 

 

(俺はただ……助けたかっただけだ!多種族のみんなを『解放』したかっただけだ!それがどうしてこうなった?……ちくしょう)

 

 

 

 

 【赤】は自分の頭部が粉砕される音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれは幻聴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 代わりに聞いたのは力強い戦士の声だった。

 

 

 

 

「<次元断切>!!」

 

 【赤】と【灰】の中間にそれは現れた。純黒のフードと全身鎧(フルプレート)を纏う戦士だ。その両腕には強大な力を持つ【ギルティ武器】らしき大剣が握られていた。その後ろ姿には見覚えがあった。

 

 

「っ……お前は…!?スルシャーナ!!」

 

「…話は後だ。すぐに逃げるぞ!」

 

 【赤】は逃げる為に動こうとした。そして何か生々しいゴトっとした落下音に気付き視線を音源へと向けた。【灰】の両腕から先が切断されて地面に落下していたのだ。先程のスルシャーナの放った<次元断切>をその身に受けたからだろう。

 

 

 

 

「あっ……」

 

 【灰】は最初気付かなった。だが気付いた瞬間、思考や感情はすぐさま激痛に支配された。

 

 

「っっっっぁぃっっ!!?」

 

 激痛のあまり【灰】は言葉を失った。両腕の切断面から噴水の如く鮮血が噴き出す。バランスを保てなくなった【灰】の身体は前面に転倒する。その際の衝撃で肉が圧迫され更に出血量が増す。あっという間に宝物庫の床は鮮血で染まっていった。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!いてぇぇぇぇぇぇっ!!!!!あぁぁぁぁぁ」

 

 宝物庫にある絢爛豪華なアイテムなどが血塗れに染色されていく。そこにあった黄金の輝きがあっという間に失わていく。

 

 

 

 

「さっさと行くぞ!リーダー」

 

 スルシャーナはリーダーの肩を掴んだ。スルシャーナは先程まで持っていた【ギルティ武器】を空間に納めると懐に納めていたアイテムをもう片方の手で握り潰した。それは魔封じの水晶。

 

「<上位転移(グレーターテレポーテーション)>!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人残された【灰】はぶつけようのない感情のやり場に叫ばずにはいられなかった。だが激痛がそれを邪魔しあげく支配してしまっていた。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

(どうして!?オレがこんな目に!?何でだよ!?)

 

 脳裏に一つのものが浮かび上がる。

 

 最早それが何だっかは思い出せない。それは激痛からの逃避の為に自ら生み出した幻覚かもしれない。あるいは死の間際の走馬灯かもしれない。何が何やら思い出せない。記憶にもやが掛かっているような……。

 

 

 

 

 【エリュエンティウ】に帰還したオレが【赤】に渡すポーションを取りに行ってる最中だった。

 

 

 

 

-----(駄目だ。もっとだ……もっと支配してやりたい)-----

 

-----(もっと楽しみたい。もっと苦しめたい!もっと痛めつけたい!…)-----

 

-----身体の中を支配するこの感覚に精神が狂いそうになっていたのだ-----

 

-----(人間にされてしまった以上、もう【竜王】たちとはまともには戦えない)-----

 

-----「クソ!」-----

 

-----建物を腕で殴る。痛みが走る。そこから血が出て熱を帯びる-----

 

 

-----「その悩み解決して差し上げましょうか?」-----

 

-----赤い服を着た仮面の悪魔が目の前にいた-----

 

-----「完璧な計画を私が提供しましょう。【灰】」-----

 

 

-----当然オレは警戒した。念のために【ギルティ武器】を取り出した-----

 

-----「【ギルティ武器】まで出すなど…恐ろしいですね」-----

 

-----「お前は誰だ?何故【ギルティ武器】を知ってる?」-----

 

-----「失礼。私の名前はヤルダバオト。貴方の悩みを解決できる唯一の悪魔ですよ」-----

 

-----「…聞くだけ聞いてやる。お前の計画とやらを」-----

 

-----「簡単ですよ。それは………」-----

 

-----そう言われたオレの視界は計画の完璧さのせいか白く塗りつぶされた-----

 

 

 

 

 二人がいなくなった宝物庫に【灰】の断末魔だけが空しく響き渡った。

 

 

 

  


 

 

 

 

 【エリュエンティウ】の外に転移したスルシャーナと【赤】。彼らはそのまま空中へと放り出される。戦士であるスルシャーナや難度三十にも満たない【赤】が<飛行(フライ)>を行使できる訳もなく、重力に逆らうことなど出来ずに落下していく。

 

 

「スルシャーナ、何故俺を助けた?」

 

「質問は後にしてくれ。今はどうやって無事降りるかだけ考えろ」

 

「えっ?……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 どうやらリーダーはここが外だと気付かなかったらしかった。だがそれに気付くと途端に叫び出す。

 

 

 

 

「ツアーぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 スルシャーナがそう叫ぶと雲の下から白銀の鎧を着た何者かが現れた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「ここは?」

 

 【赤】が目を覚ますとそこは砂漠だった。他には何もない場所。そこに横たわる自分の傍らで砂上に座るのはスルシャーナ、その背後に白銀の鎧を着た何者かが立っていた。

 

 

「リーダー、目覚めたか?」

 

「あぁ……俺は気絶していたのか?」

 

 スルシャーナの問いかけに【赤】は答えた。どうやら意識を失ってしまったらしい。

 

 

「あぁ。そうだ。一時間程だな」

 

「そんなに……。やはりこの身体は弱いな」

 

 

 

 

「……まずは礼を言ったらどうだい?」

 

 先程まで黙っていた白銀の鎧を着た何者かがそう口を開く。

 

 

 

「お前は?」

 

「僕は……今は『白銀』とでも呼んでくれ」

 

「そうか『白銀』……俺は死んだ方が良かったかもしれないぞ?お前らが危険を冒してまで助けるだけの価値があるとは思えない」

 

「……」

 

「それよりどうやってあそこまで来れた?戦士であるお前には難しいはずだ」

 

 位階魔法である<不可視化>や<不可知化>を行使できる『魔法詠唱者』ならばまだしも、戦士職であるスルシャーナが宝物庫に着くまで誰とも遭遇せずにいれるのはほぼ不可能だ。

 

 

「簡単なことだ。<始原隠密(ワイルドシーク)>と呼ばれる【始原の魔法】がある。それを【竜王】の一体に掛けてもらった。幸運なことに位階魔法が広まっても効果は消えなかった。まぁ…後はお前の知っている通りだ」

 

 成程。確かにそれならば可能だろう。俺と【灰】を除く六人と【都市守護者】たちは交戦していたはず。【都市守護者】の中には監視に特化した者もいたがそんな状況下ならば<始原隠密>を掛けられたスルシャーナが宝物庫まで誰にも気づかれずに侵入できたのだろう。

 

 

 

 

「君が何を考えているかは分からない。だがあまりにも沈黙が長いと敵意ありとみなしてもいいかい?」

 

「よせ。ツアー、こいつには聞きたいことがある」

 

 何やらスルシャーナがあせったように見えた。この白銀の鎧の男は一体?

 

 

 

「お前は何なんだ?」

 

「その前に幾つか聞きたいことがある。構わないね?スルシャーナ」

 

「あぁ……お前の好きにしろ」

 

 

 

 

「スルシャーナから君は【竜帝】の殺害に関与していないと聞いているけれど事実かい?」

 

「確かに俺は殺してはいないが……それでも奴を傷つけはした。関与していないわけじゃない」

 

 僅かに『白銀』から不穏な空気が溢れ出す。だがそれをスルシャーナが手で制した。

 

 

 

「次の質問だ。君は【竜帝】の殺害を止めようとしていたと聞いたけど事実かい?」

 

「……あぁ。でも止めることは出来なかった」

 

 

 

「……君は一部の【竜王】を殺害したけれど、それは自衛のためだね?」

 

「…あぁ。許しは請わないが……その通りだ」

 

 

 

 

「……スルシャーナ。君も聞きたいことがあるけれど、引き続きこの者に質問させてくれ。構わないかい?」

 

 『白銀』がスルシャーナに問いかける。

 

 

「あぁ。構わない」

 

 

 

「君は【始原の魔法(ワイルドマジック)】を歪めたのかい?」

 

「お前の言う【始原の魔法】が【竜王】たちが行使する魔法を指すのであれば、俺ではない」

 

 

「では誰が歪めたんだい?」

 

「俺の仲間……だった【灰】という奴が【始原の魔法】を歪めた」

 

 

「その【灰】は今どこにいるんだい?」

 

「俺たちの拠点【エリュエンティウ】にいる」

 

「あそこか……厄介だね」

 

 

「【始原の魔法】を歪められた時の前後の話が聞きたい。君はその時何をしていたんだい?」

 

「どこから話すべきか……。スルシャーナからある程度の話は聞いているか?」

 

「あぁ聞いたとも。【竜帝】とスルシャーナが殺された所までは聞いたさ。その時の君の様子もね。僕が気になるのはその後の話だ」

 

 

 

 

 俺は【エリュエンティウ】に戻った後のことを話した。

 

 

 

 

「成程。つまり君は【竜帝】殺害、さらに【始原の魔法】を歪めたことに直接は関与していないんだね?」

 

「あぁ」

 

 何となくだが分かってしまった。ここまで【始原の魔法】について聞いてくるということはこの者の正体は【竜王】に近しい者だろう。恐らくこの話を聞いた後に何かしらの判断が言い渡されるかもしれない。俺が大罪を犯した者かどうか……。スルシャーナは【竜帝】たちと何かしらの関係があるのは分かっていた……あの時一緒にいたくらいだ……偶然というのはまずあり得ないだろう。この二人のどちらか…いや両方か。俺を【竜王】に引き渡すことが目的なのかもしれない。そうなるのも仕方あるまい。【竜王】たちの長である【竜帝】を殺害したのだ。許されるはずがない。

 

(だが……それでもスルシャーナに助けられたことには感謝しかない。だから俺の命こいつになら奪われても構わない)

 

 【灰】の様な者に殺されるはずだった俺を助けてくれたんだ。

 

(もう十分だ。好きにしてくれ)

 

 

 

 

「どうするつもりだ?ツアー」

 

「……最後に一つだけ聞かせてくれないかい?」

 

「何だ?」

 

「君は何のために戦ったんだい?」

 

 

 

 

 それを言われて顔を歪めた。

 

 

 

 

(今の俺がこれを語る資格はあるのか……いや今は正直に話そう)

 

 

 

 

「……亜人種や異形種……それら多種族の…【竜王】たちからの『解放』。そのために戦いを始めた。俺は『世界の可能性は小さくない』と……信じてきた。結果はこのザマだが…」

 

 

 

 

 それを聞いたスルシャーナは思わず顔を下へ向けた。

 

(……『世界の可能性は小さくない』……か。かつて【竜帝】から聞いた伝説【アインズ・ウール・ゴウン】を思い出す言葉だ)

 

 

 

 

「……分かった。君のこと許しはしないけど……憎みもしないさ。君のこと、一先ずは放置だ」

 

「【竜王】たちに俺の身柄を引き渡さないのか?」

 

「どうしてそんな面倒なことをしないといけないんだい?あぁ…そうか君も勘違いしているのか」

 

 

(何が何やら分からない。どういうことだ?)

 

 

「リーダー……こいつの名前はツァインドルクス=ヴァイシオン。私がツアーと呼んでいるこいつの正体は【竜帝】の息子だ」

 

 

 

「!っ【竜帝】の!?」

 

「驚くのも無理はない。その姿からじゃドラゴンだと気付けるはずがないだろう?」

 

「君も最初は気付けなかったからね」

 

 

 

 

「俺を殺さないのか?」

 

「一先ずはね。君の本質は悪ではないだろうしね。それ以上の追求は今はいい。時間が惜しいからね」

 

 

 

 

「時間が惜しい……だと?どういうことだ?」

 

「【竜帝】が殺された今、【竜王】たちを統べる者はいない。【竜王】というのは誰もが我が強く、間違えても誰かの言う通りになんかしない。さらにドラゴンという種族は身内に対する情は人間の様なそれを持っていない。彼らの目的は間違えても【竜帝】の敵討ちなどではないだろうね」

 

「……まさか!?」

 

「あぁ。そのまさかさ【竜王】たちは君の元仲間【八王】と戦うことになるだろう。戦争が起きるさ。それもかつてない程大規模な戦いがね……」

 

 

 

 

(俺のせいで……戦争が……たくさんの者が死ぬのか…)

 

 

 

 

「ツアー、お前は参加する気なのか?」

 

「……いや、しない。した所で今の僕じゃ無駄死にだろうね。それよりも安全な場所に避難して力を蓄えるさ」

 

 

「それがいいだろうな」

 

「スルシャーナ、リーダー。君たちも来るかい?」

 

 

 

 

「私は遠慮しておこう。自分の身は自分で守る」

 

「リーダー、君は……」

 

「……」

 

「必要なさそうだね。分かった。君たちの意思を尊重しよう」

 

 そう言うと白銀の鎧はどこかへ去っていった。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

戦争は開始された。

 

七人の王と【竜王】との間に戦争が開始された。

 

王を一人倒すのに【竜王】は十体程死んでいった。

 

だがその度に王たちは位階魔法で蘇生され弱体化していった。

 

それに対して魂を行使する【始原の魔法】の蘇生では弱体化することは無い。

 

 

 

 

 

 

「よせ!リーダー!死ぬ気か!いいからスレイン法国に戻ってろ!」

 

「目の前で死にかけている奴、放っておけるか!」

 

 

「お父さん……」

 

「もう少しで助かるからな!しっかりしろ!」

 

「リーダー……」

 

 

「止めるな。スルシャーナ!早くこの子を安全な場所に運ばないと!もう俺もお前もポーションは持って無いだろ!そこをどけ!」

 

「違う。もうその子は……」

 

「……」

 

 

「おい、嘘だろ!?何で……息してくれよ、おい!」

 

「リーダー!戻れ!」

 

「何でだよ!ちくしょう!離せ!助けなくちゃならないんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて争いは大陸中を巻き込むことになった。

 

人間種も亜人種も異形種も例外なくその命を散らした。

 

一方は【始原の魔法】の燃料として……

 

もう一方は自らの【難度】を上げる為に……

 

世界は戦禍に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー!【八王】の一人が!うわぁ!」

 

「恨みは無いが……!」

 

 そう言って亜人種たちを槍で刺し殺す存在がいた。【青】だ。

 

 

 

「【青】!お前!」

 

「リーダー!お前生きてたのか?やはり【灰】は嘘を……」

 

 

 

「そんなのはどうでもいい!何で罪の無い者を殺すんだ!こんなこと許される訳がない!」

 

「許す、許されるは関係無い!生きる為に戦う、それだけだ」

 

 

 

 どこからか声が聞こえた。

 

 

 

「<始原爆破(ワイルドブラスト)>」

 

 目の前が真っ白になった。世界が燃えた。リーダーの視界が真っ白い光に包まれた。

 

 

「フン、スルシャーナと一緒にいる人間か?さっさと失せろ!邪魔だ!」

 

 そう言うとその【竜王】は去っていった。

 

 

 

 

 煙が晴れる。そこには全身が焼けただれた【青】がいた。

 

「スルシャーナ……か。成程な」

 

 何かを察したようでその表情は微笑んでいるように見えた。

 

 

「【青】、お前まだ戦う気か?」

 

「あぁ」

 

「このままじゃお前は死ぬぞ」

 

「俺の手はもう血にまみれ過ぎた。もう後戻りは出来ない」

 

「!だけど」

 

「お前は俺たちとは違う。お前はそのままでいろ。絶対に戦争に参加するな!」

 

 そう言うと【青】の肉体は燃え尽きた。

 

 

 

 

(リーダー以外の【八王】でもあんな奴がいたのか……だがこの戦争が和解の機会を永遠に奪った…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて雌雄は決した。

 

勝ったのは【八王】と呼ばれた者たちであった。【竜王】たちが敗れたのだ。

 

この時【始原の魔法】を使える【真なる竜王】の大半は狩り尽くされた。

 

生き残ったのは戦争に参加しなかった【竜王】たちだった。

 

 

 

だが既にリーダー去りし【八王】たちは弱体化した結果、

 

【連鎖の指輪】と【空白の魔術書】、七つの【ギルティ武器】、スルシャーナから奪った使い方次第で大災厄すら引き起こす【神の力】などを巡り殺しあうことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「【エリュエンティウ】の様子がおかしい。リーダー、見てきてくれないか?」

 

 

 

 

「……分かった」

 

「俺も同行しよう」

 

 

「スルシャーナ、君もかい?」

 

「あぁ。今のあいつを一人にはさせられない。ツアー、念のために<始原隠密>を頼む」

 

「分かった。こっちへ来てくれ」

 

 

 

 

 リーダーとスルシャーナが【エリュエンティウ】に侵入した時には【都市守護者】は全滅。七人いたリーダーの仲間たちも一人を除き全滅していた。

 

 そして今、リーダーとスルシャーナはその最後の一人を看取っていた。

 

 

 

 

 【エリュエンティウ】の下層。最下層にある地下室の床は全て特殊な魔法が込められたガラスが張られており、その下には雲が見えた。

 

 

 

 

 だがその一部では赤く染まっており雲を見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

「……リーダー」

 

「もう喋るな。【青】、傷に触るぞ」

 

 

「フッ……自分のことは自分がよく分かる。それよりもリーダー、最後に頼みがある」

 

「…何だ?」

 

 

「俺たち七人のギルティ武器を全て破壊しろ。あれは災いの種になる。それと【都市守護者】を蘇生してくれ……あいつらに罪は無い。そして【エリュエンティウ】をどうするかはお前に任せる」

 

「……【青】…お前まで死ぬなよ。俺を一人にしないでくれよ!」

 

 

「……リーダー…いや【赤】…最後に会えたのがお前で良かった………」

 

 そう言って【青】は事切れた。その手には壊れかけの槍…【ギルティ武器】が握られていた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 七つ目の【ギルティ武器】を壊した後、リーダーは何も語らなかった。

 

 

 

 

「これでようやく【都市守護者】たちを問題なく蘇生できるな。あの者も喜ぶだろう」

 

「…………」

 

 

 

 

 【赤】は【都市守護者】を三十人全員を蘇生すると最後の仲間が死んでから初めて口を開いた。【都市守護者】たちに【連鎖の指輪】と【空白の魔術書】を守る様に厳命した。それと一体のみ外に出るように命令を下した。「そして最後に…」と付け加えた。

 

 

 

 

「お前たち、今から俺がこいつに頼むことを止めることは禁ずる」

 

 

 

 

(もしやと思ったが……やはりこいつは)

 

 

 

 

 その瞳は何かを決心したようであった。そして何を決心したかをスルシャーナは気付いてしまった。自責の念に駆られたこいつが私に願うことなど一つしかない。

 

 

 

 

「スルシャーナ。俺を殺してくれ」

 

「………」

 

 

「【赤】様!いけません!貴方様は!」

 

 

 

「黙れぇ!!俺だけ生きていていい訳がない!!」

 

 

 

「……嫌です。その命令は聞けません!撤回して下さい!貴方も何か言って下さい!スルシャーナ!」

 

 都市守護者の長たる者がそう懇願するもスルシャーナの中では既に結論は出ていた。

 

 

 

 

(こいつに何を言っても無駄だ。正義感、責任感の強いこいつが生きることを許せるはずがないだろう)

 

 

 

 

「頼む。お前にしか頼めないんだ。スルシャーナ」

 

 こんなことをさせて申し訳ないといった気持ちが溢れていた。

 

 

 

 

「すまない……」

 

「………」

 

 

 

 

「すまない……」

 

「私が助けた命を私に奪えと?」

 

 

 

 

「すまない……」

 

「……っ!だったら一つだけ約束しろ!」

 

 

 

 壊れた人形の様に謝罪を繰り返すリーダーを見てあきらめたスルシャーナは背中に収めた大剣を掴む。

 

 

 

 

「……」

 

「死ぬことは罪滅ぼしにはならない!だからいつか来る蘇生を拒否するな!」

 

「……」

 

 その表情からは何を考えているかは分からない。だが了承したのだろう。僅かに頷く。

 

 

 

 

(私が助けた命を……私が奪うのか……皮肉でしかないではないか)

 

「リーダー。こんな形でお前を殺すことになるとはな……」

 

 

 

 

「すまない……スルシャーナ」

 

 

 

 

 涙を流し懺悔するリーダーに向かって剣を振り上げるスルシャーナ。

 

 リーダーは瞳を閉じた。

 

 

 

 

(お前はもう疲れたろ……)

 

 

 

 

 そのせめてもの慈悲が振り下ろされて……

 

 

 

 

(………『リーダー』。もう楽になれ)

 

 

 

 


 

 

 

 

 ケイテニアス山。その上空にて一人と一体はいた。

 

 

 

 

 巨大な灰色の竜王と仮面を被る白い貴人服を着た悪魔だ。

 

 

 

 

「ようやく支配できましたか。思った以上に掛かりましたね。流石は【竜王】の一体といったところですか」

 

「……」

 

 

「貴方の名前を教えて頂けませんか」

 

「私は…キュアイーリム」

 

 

「いいえ違うでしょ?貴方は【竜帝】を超えた存在となったのですから。貴方は今から【神竜】と名乗りなさい」

 

「…ありがたき幸せ。【色欲(ラスト)】様……万歳。【竜帝】の老いぼれ……を超えた我は…」

 

 

 

 

「相変わらず凄い能力ですね。【色欲】」

 

 そこに現れたは【色欲】の主と呼ぶ存在。ヤルダバオトだ。

 

 

「……【絶対魅了】。【竜王】すら魅了するこの能力は便利ですね」

 

「えぇ。とても……。所でヤルダバオト様。お聞きしたいのですが【雲を泳ぎし者】はどうするのですか?このまま放っておくのですか?」

 

「放っておきます……今あの者を捕えても意味はありません。それよりも他のことを優先させましょう」

 

 

 

「……」

 

「不満ですか?」

 

「失礼を承知で言わせて頂きます、本来であればこんな手段を使わずとも【八王】も【竜王】も葬れたはずでは?」

 

 

 

「……あの者さえ目覚めていればそれも可能だったでしょうね」

 

「やはり……あの者さえ目覚めていれば」

 

「えぇ。あの者がその気にさえなれば人間になる前の【八王】、【竜帝】を始めとした【竜王】の軍勢も単騎で全滅させることが可能でしょうね」

 

 

 

「【真なる世界の敵】と呼ばれたあの者さえいれば」

 

「仕方ありませんよ。【傲慢】が目覚めるのはもう少し先でしょう」

 

 

 

 

「その時が来たらようやく次の段階に移れますね」

 

「えぇ。その時は確実に近づいています」

 

 

 

 

(そしてそれは……私の終わりが近づいていることも意味する)

 

 

 

 

(……この方に救われた以上、この身がどうなっても構わない。でも……せめてこの方だけは)

 

 

 

 

(いや……私情は捨てるべきだ。我々の使命はこの方が望むことをするだけだ。それ以外のことに価値は無い)

 

 

 

 

 【色欲】は【神竜】に命令を下す。

 

 

 

 

「【神竜】、命令を下します。貴方は【始原の魔法】を使いアンデッドになりなさい。そして、この世界の者たちの魂を回収しなさい」

 

「……かしこまりました」

 

 

 

 

「我は一体……あの赤いドラゴンに吹き飛ばされて……それから先が何故思い出せぬ?」

 

 キュアイーリム、彼は何故か自分の身に何が起きたか思い出せなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 スレイン法国には【最奥の聖域】と呼ぶ場所が存在する。しかしその先に幾つかの部屋が存在する。その中の一つにその部屋があった。そう安置室だ。そこには六つの棺がある。【竜帝】と取引を行い作成してもらったものだ。【六大神】と呼ばれた者たちの為の墓だ。その効果は『一切の腐敗が起きない』というもの。遺体保管の為だけの場所であった。

 

 

 

 

「まさかこれを使うことになるとはな………」

 

 その内五つは既に埋まっていた。他の五人が既に眠っていた。少しだけ中を覗いてみたがその者たちは最後に見た時と変わらぬ姿で眠っている。天寿を全うし微笑みながら去っていった者たちだ。残るは最後の一つ。スルシャーナのための棺だ。

 

 

 

 

「……こいつをこの中に入れておく」

 

「スル……聞かせて下さい。何故この者を?貴方が急にこちらへ帰られた時には驚きましたよ」

 

 

 

 

「すまないな。ヨミ……俺はこいつに頼まれてこいつを殺した。だけど…」

 

「……続けて下さい」

 

 

 

「似ていたんだよ。人間を捨てる前の私にな。それにこいつはそこまで悪人ではない。こいつは私と同じ……良いように利用されただけだ。こいつの前では絶対に言わないがこいつも被害者だ」

 

「流石に慈悲が過ぎるのでは?」

 

「…お前の言う通りかもな。だけど……こいつはこのまま死なせていい奴じゃない。こいつはこの世界でまだやり直せるはずだ」

 

 

 

「だからこの場所でこいつを安置する」

 

 

 

「理由は分かりました。しかし【竜王】たちが黙っていないのでは?」

 

「その辺りは大丈夫だ。既に【竜帝】の息子であるツアー……ツァインドルクスとは話をつけてきた。今回の争いの原因となった【連鎖の指輪】【空白の魔術書】の二つはリーダーの命令でエリュエンティウで【都市守護者】に守らせている。その代わり、彼らが今後エリュエンティウから出ないことを条件に生き残った【竜王】がエリュエンティウを襲わないように頼んできた」

 

 

 

 

「ツアー……彼は信頼できるのですか?」

 

「出来るさ。ただしリーダーの遺体の件だけは他の【竜王】たちには伝えないらしいがな。戦争に参加していないからといって【八王】のリーダーだ。こいつの遺体がこの国にあると分かればまた戦争になるだろうな」

 

 

 

 

「最後にお聞かせ下さい」

 

「何だ?」

 

 

 

「いつかこの者を蘇生させることはあるのでしょうか?」

 

「あぁ。いつか……数十年後か、あるいは数百年後かは知らないが……いつかこいつの知恵に頼る必要が来るだろう。こいつは【流星の子】であり【雲を泳ぎし者】だ。必ず機会は訪れる」

 

 

 

 

「それは……【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】の時みたいにでしょうか?」

 

「あぁ。だからその時が来たらこいつを……『リーダー』を蘇生してやるさ。その時はまた私が戻って来る」

 

 

 

 

「スル、今後はどうするおつもりですか?」

 

「そうだな。旅にでも出ようと思う。昔お前が言ってくれたように……」

 

 

 

 

「……覚えてくれてたんだね。スル」

 

「あぁ。それと今後はスルシャーナの名前は捨てるつもりだ」

 

 

 

 

「それではこれからは何とお呼びすればよろしいですか?」

 

「あぁ。そうだな。お前にだけ教えておこう。今後俺のことはそうだな……」

 

 

 

 

 思いついたのは一つの名称……

 

 

 

 神ではなく悪魔

 

 

 

 信仰される存在の神でなく信仰する存在である騎士

 

 

 

 自らの正体を暗黒に隠すための偽りの身分

 

 

 

 

暗黒騎士とでも呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 そこで世界は消失した。

 



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さよなら

目を覚ますとそこには………。

 

 

 

(知ってる天井だな……)

 

 

 

 

 すっかり慣れた景色だ。ここは自宅にある二階の寝室だろう。モモンは体中が悲鳴を上げているのも無視して上半身を起き上がらせる。傍らではナーベがベッドの端に座りこちらをのぞき込んでいた。その手には水の入ったグラスが握られていた。

 

 

 

 

「モモンさん、大丈夫ですか?」

 

「あぁ。大丈夫だ……。それより私はどれくらい寝ていた?」

 

 

「半日…といったところです」

 

「そうか。またそんなに寝ていたか……」

 

 ナーベから手渡されたグラスを受け取ろうと手を伸ばす。体中に痛みが走り力が入らなかった。両手を使い丁寧にモモンの右手にグラスを手渡す。モモンは痛みを感じる前に勢いよく飲み干した。それをナーベに返すとナーベが水を再び入れようとしてくれたので手で制す。

 

 

 

 

 既に頭の中に何かが流れ込むような感覚は消失しており今回に関してはこれで終わったのだろうと考えた。軽く息を吐くとナーベに尋ねる。

 

 

 

「ナーベ、陛下たちは?」

 

「陛下は一階の客間で待たれております。今はそこでシズやハムスケと話しています」

 

 半日も待っていてくれたのか。そう思うが口には出さない。モモン自身『英雄長』の名誉職を授与されている。それに対して陛下は他国のトップだ。陛下が絶対にそんな方ではないと断言できるが、それでも王国側が不利になる可能性のある言葉は出すべきではないだろう。そう瞬時に判断する。だがそんなことよりも早く無事な姿を見せたいと思った。

 

 

 

 

「陛下を待たせる訳にはいかない。今すぐ下に降りよう。すまないが肩を貸してくれないか?」

 

「はい。どうぞ」

 

 

 

 モモンはナーベに肩を貸したまま一階に降りた。そこでモモンとナーベは客間に座るアインズ、その傍らで立ったまま会話しているシズとハムスケを見た。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「【ヤルダバオト】はかなり危険な存在ですね」

 

「老練な声の持ち主の正体は【竜帝】か。しかしそれよりも【ヤルダバオト】の正体が【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】だという方がはるかに重要視すべき点だろうな」

 

「それがしはよく分からないでござるが……とにかくヤバい出来事だというのは分かるでござる。」

 

「…………」

 

 モモンは話した。預言書(エメラルドタブレット)を通して見たことの全部を。

 

 

 

 

(【ヤルダバオト】の正体が【破滅の竜王】。【六大神】に単騎で戦闘し圧倒し、封印された存在。でも何故封印されたはずの【ヤルダバオト】がどういうわけか元に戻り【八欲王】と【竜王】たちを争わせ、さらに【八欲王】すらも内部抗争を引き起こして全滅させた。この悪魔の目的は何?……【ヤルダバオト】は何を考えているの?それに封印からどうやって出てきたの?謎が多すぎる)

 

 ナーベはそう考えていると先程まで沈黙していたシズが口を開く。

 

「……もし【ヤルダバオト】が奇襲をかけた場所が王都ではなくここエ・ランテルであればこうして私たちが生きて会えることもなかった……かも」

 

 シズのその一言に場に沈黙が流れる。

 

 

 

「シズの言う通りだな。シズ、ヤルダバオトについて聞きたいんだが奴は何者なんだ?」

 

「……私もルプーも詳しくは知らない。でも知っているのは二つ。何故か仮面を常に被っていること。それと【七大罪】と呼ばれる存在たちを率いていること…だけ」

 

 駄目もとで聞いてみたがやはり予測通りの答えが返ってきた。

 

 

 

 

「【七大罪】だと?」

 

「何か知っているのですか?陛下」

 

 

「あぁ。確か世界で最も大きな罪を指す言葉だったはずだ。【傲慢】【色欲】【強欲】【嫉妬】【暴食】【怠惰】…そして【憤怒】の七つを指す言葉だ」

 

「…陛下の言う通り…です。奴らは七人いるらしい。ヤルダバオトが何に当てはまるのかは知らない。そもそもそこに該当しているかすら知らない…です」

 

 

 

 

「最低でも七人を相手しないといけないのか……」

 

(あれだけの存在を七人いると考えた場合、とてもじゃないが私たち【漆黒】や他のアダマンタイト級冒険者【蒼の薔薇】で協力して戦ってもまず勝てないだろう。可能性があるとしたら……)

 

 そう思ってモモンはアインズに向かって視線を向ける。それに気付いたのアインズはモモンに対して口を開いた。

 

「モモン、一つ聞きたい」

 

「何でしょうか?陛下」

 

 

「この事実を知ったお前はこれからどうするつもりだ?」

 

「私はこの街が好きです。スレイン法国とは違い、活気あるこの街が好きです。この街で出会った者たちが好きです。だからこの街を守りたい!」

 

 

「守りたいか……。その気持ちだけ守れるなら誰も苦労しない」

 

「……それでも守って見せます!」

 

 

「ヤルダバオト一人と戦って気絶するお前がどうやって他の六人を相手にするつもりだ?勝算の無い戦いに挑むのは愚か者のすることだ」

 

「ではどうしろと言うのですか!?」

 

 モモンの怒鳴り声が部屋中に響き渡る。

 

 

 

「………(モモンさん)」

 

 

 

 

 アインズはモモンの怒鳴り声に対して少し口を閉ざすとやがて口を開いた。

 

「『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』……お前はその言葉に少し、いやかなり縛られていないか?」

 

 

「……それは」

 

「もしその言葉がお前を縛っているせいで無謀な戦いに駆り立てるなら……その言葉をお前が語る資格は無い」

 

 それは強い否定。今のモモンを象る全てを否定するほどの強烈な一撃であった。

 

 

 

「そもそもお前はこの言葉を語るには早すぎる。最低でもセバスと同等かそれ以上の実力を持たないと語るのは難しいだろう」

 

「……失礼ですが、陛下に何が分かるのですか?」

 

 

「と……殿…」

 

 怯えた声でモモンを呼ぶその声に冷静さを失っていたことに気付く。

 

 

「すまない。ハムスケ」

 

 

 

 

「『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』。これは『弱者救済』を願う言葉だと知っているか?彼は誰よりも強くなることで自分の守りたいものを全て守ると誓った。自分が最強になれば誰もを守れると信じ続けたからだ。そして実際彼は私とは比べ物にならない程の力を身に着けた」

 

「……」

 

 

「今のお前は心構え"だけ"は出来ているだろう。それは認めよう。確かにお前は『英雄』かもしれない。しかしだ、セバスと同等の実力すら持たないお前が彼に近い力を持っているのか?腕力でも、頭脳でも構わない。出来るのか?それとも志だけでそれを成し遂げられるだとでも?」

 

「それは……」

 

 

 

(認めたくはない。だが……)

 

 

 

 

「勘違いするな。お前は【英雄】かもしれないが【ミータッチ】ではない。彼の様になれると思うな」

 

 

 

 

 モモンは拳を作り揺らしながらも頭を下げた。

 

「すみませんでした。今の私にはその言葉を語るだけの実力はありま……」

 

「そうか。分かったならこれ以上は言うまい。……私も【守護者】たちと【ヤルダバオト】に対して急ぎ話し合いたいことが出来た。また会おう」

 

 そう言うとアインズはその場から消えた。

 

 

 

 

(………もっと強くならないといけない。でないと私は誰も守れない……)

 

 

 

 

 そう決意したモモンであった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 シズもハムスケも既に一階で眠っている。モモンさんが目覚めたことで今までの疲れが一気に解放されたのだろう。今どはちらもぐっすりと眠っている。

 

 それを確認したナーベは二階へと上がる。

 

 ソッと寝室のドアを開く。

 

 そこにはモモンがいなかった。ヤルダバオトとの激戦、更に【十戒】の行使による肉体や精神への極度の疲労の中でも剣の素振りにいったのだろう。そのために今は街の外にいるはずだ。

 

 

 

 

「モモンさん………」

 

(やはり【ヤルダバオト】【七大罪】【世界の敵】……これらの存在がいる限りエ・ランテルに本当の意味で平穏は訪れないだろう。そして何より王国の支配下にある限り、ヤルダバオトからの襲撃に耐えられる可能性は皆無。それは王都での被害を見たら誰でも分かる。もしここが襲撃されたら………間違いなくスレイン法国とは比べ物にならない地獄になる!)

 

 

 

 

「モモンさん……貴方はもう十分過ぎるくらい戦いました。だから……」

 

(後は私がやります……今から私がやることは『英雄』とは程遠い行いです。『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』の信念のもとで行動する貴方の相棒には相応しくないことをします………本当にごめんなさい)

 

 

(モモンさんには……シズも……ハムスケもいる。大丈夫……)

 

 ナーベは首からぶら下げているそれを外す。

 

 月の光に照らされて綺麗に輝くそれは冒険者の証。

 

 

 

(今まで色々ありましたね……貴方と法国で出会い、襲撃を受け、建国前の陛下と出会った。冒険者たち……ハムスケ、シズ……色々な出会いがありました。貴方と過ごした日々は非日常で溢れていて……とても……)

 

 机の上に置いてある手紙に大粒の水滴が零れ落ちた。ナーベの視界が歪む。

 

 

 

(あぁ……そうかやっぱり私は貴方のことを……)

 

 

 

 

 ナーベは袖で涙を拭うと唇を噛んだ。涙を止める為だ。

 

 

 

 

(ごめんなさい……ごめんなさい……私は貴方に何にもしてあげられない……ごめんなさい……)

 

 

 

 法国が襲撃された時、ホニョペニョコの時、そしてヤルダバオトの時……。その全部だ。

 

 

 

(悔しいです!……悔しいです!何にも出来ない自分が悔しい!!いつもあなたに無理をさせてばっかだ。私は貴方の相棒に相応しくない……)

 

 

 

 

(今までありがとうございました。モモンさん……私は貴方のことを……}

 

 

 

 

(お慕いしております)

 

 

 

 

(………)

 

 

 

 

「貴方はこの街を守りたいと仰いました。でも私はこんな街どうでもいい……貴方さえ助けられるなら!そのためなら……」

 

 

 

 

 ナーベは家から出ていった。それに気付いた者はいなかった。

 

 

 

「……さよなら。モモンさん。お元気で」

 

 

 

 

 そんなナーベを月だけが照らしていた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 モモンは剣の素振りから帰ると自宅へと戻っていた。

 

 

 寝室へと向かう。だがドアを開ける前に奇妙な感覚に捕らわれる。

 

 

 

(?……)

 

 

 

「ナーベ、いないのか?」

 

 そう思い部屋中に視線を向けるがナーベはいなかった。ふと視界の端に机が入った。その上に何やら白い何かが置かれていた。真っ暗の中それはとても存在感を放っていた。

 

 

 

 

「手紙…?出かける前は無かったはずだが……」

 

 

 

 

 モモンはその手紙の封を開く。すると金属板が零れ落ち机の上に落下した。

 

 

 

 

「えっ………これ…冒険者プレート。何で?こんなものが手紙の中に?」

 

 机の上に落ちたアダマンタイトのプレートを拾い上げる。そこには王国語で『ナーベ』と刻まれている。

 

 

 

 

(ナーベ!)

 

 

 

 

 モモンは何かを察したように手紙を見た。

 

 

 

 そこに書かれた内容は……。

 

 

 

 

モモンさんへ

 

この手紙を読んでいる頃には私は貴方の元から去っているでしょう。どうか私のことは探さないで下さい

 

私は今から【漆黒の英雄】と呼ばれる貴方の相棒に相応しくない行いをします

 

私が去った理由は全て私の弱さが原因です

 

冒険者のプレートは置いて行きます。どうか捨てるなり自由にして下さい

 

本当に申し訳ありません

 

貴方と過ごした日々は私のかけがえのない宝物です

 

さようなら。

 

ナーベ

 

 

 

 

「ナーべ!!」

 

 

 

 手紙を握りしめるとドアを開けようと振り向く。そのまま駆けだそうとして……。

 

 

 

 

「!」

 

 

 

 

 膝が崩れ床に崩れ落ちる。

 

 

 

 

「何で!こんな時に!」

 

 

 

 ヤルダバオトとの激戦、武技【十戒】の酷使、それらの疲労やダメージが未だに残っていたのだろう。モモンは崩れ落ちたままドアに手を伸ばす。

 

 

 

 

「ナーベぇぇ!」

 

 

 

 結局、モモンが倒れた音に気付き目を覚ましたシズとハムスケが来るまでモモンはその態勢のまま手をドアに向かって伸ばしていた。

 

 

 

 モモンはハムスケの背中に乗って共にナーベを探した。シズの協力もあってエ・ランテルとその周辺を探索するもナーベは見つからなかった。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「……ナーベ…どうして……」

 

 

 

 

 家に帰るとやはりナーベはいなかった。その事実を再確認してモモンは膝から崩れ落ちた。

 

 

 

 

「…モモンさん!?」

 

「殿!?」

 

 

 

 

(意識が……)

 

 

 

 

シズ殿、これは一体!?殿に何があったでござる!?

 

呼吸が早くなってる!ハムスケ!ポーションを早く!

 

 

 

 

「ナーベ…」

 

 英雄と呼ばれた男は残されたプレートを強く握りしめる。同時に胸が締め付けられた。痛い。苦しい。

 

 

 

 

(ナーベ……)

 

 男は涙を流し視界が歪んでいく。目の前にいたシズとハムスケがぼやけていく。

 

 

 

 

 

「意識が!?ハムスケ!早く!」

 

 

 

 その言葉を最後にモモンは意識を喪失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、『美姫』と呼ばれた冒険者がこの街を去った。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

次章予告……。第6章『消えた美姫』

 

 



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※※設定など / 第5章

------主要人物------

 

 

【モモン】

 『漆黒』のリーダー。武器は二振りの大剣。

巷ではその隠すことの出来ない実力と全身鎧から『漆黒の英雄』と呼ばれている。

ヤルダバオトたちとの戦いで『十戒』を酷使。何とかシズたちを救出に成功するも代償は大きく肉体的にも精神的にも極度の疲労に襲われてしまう。だが何とかこれを耐えていた。そんな中、相棒であるナーベがエ・ランテルを去ってしまったことで精神的にまいってしまい過呼吸を起こし倒れてしまう。

 

 

 

【ナーベ】

 『漆黒』の片割れ。雷系魔法を得意とする魔法詠唱者。

巷ではその美貌から『美姫』と呼ばれている。第五位階魔法までを行使できる。

ヤルダバオトたちとの戦いを通して自身の無力さを改めて痛感。さらに『八欲王』の過去を知ったことでヤルダバオトの存在に危機を感じた結果、一つの大きな決断をしてしまう。

 

 

【シズ】

 『漆黒』の拠点に雇われたメイド。武器はクロスボウ。

ハムスケをモフモフしたいという理由でメイドに志望した。壊れた懐中時計などの修理など細かな作業を得意とする。ナーベもシズのことは妹の様に気に入っていた。

 その正体はヤルダバオトからスパイとして送られたメイド。しかし王都にて『漆黒』の二人の説得などによりヤルダバオトの命令を無視して停戦した。そのため用済みとされて殺害されてしまう。だが魔導王にヤルダバオトの情報を尋ねるためにルプスレギナ共々蘇生された。姉貴分であるルプスレギナは魔導国に降るも、シズはこれを拒否する。そして現在は『漆黒』の正式なメイドになる。

 

 

【ハムスケ】

トブの大森林にて『森の賢王』と呼ばれた魔獣。

モモンたちの騎獣でもある。

何気に武技を行使できる凄い魔獣。

 

 

 

【アインズ・ウール・ゴウン】

 魔導王。『アインズ・ウール・ゴウン魔導国』のトップであるアンデッド。

『漆黒』の二人には何かとバックアップをしている。

かつて知らぬ者がいないほどその名は轟いていたらしいが……。

 

 

【セバス・チャン】

 魔導王に仕える執事服に身を包んだ男性。

ミータッチの弟子でありモモンからすれば兄弟子。

お互いのすれ違いから戦闘をすることになった。

しかし同じ『十戒』を使うモモン相手に圧勝した程の実力者。

『守護者』ではないがそれと同等の立ち位置である。

 

 

【ルプスレギナ】

 シズと同時期に目覚めたためシズとは不思議と姉妹のような関係になった。

ヤルダバオトの命令で王都の『八本指』を壊滅させた人物。

アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』を単騎で勝利できる実力者。

王都でシズ共々命令を無視したため用済みとなって殺害されてしまう。

しかし魔導王により蘇生されると恩を返す為に魔導王に降る。

現在は魔導王の本拠点にてセバスの部下として働いている。

 

 

 

 

 

 

------ヤルダバオトの勢力------

 

 

【ヤルダバオト】

 最悪な存在。王都を襲撃し地獄を演出した悪魔。

シズとルプスレギナを目覚めさせた。

何やら歴史の裏で暗躍していた模様で……。

『八欲王』と『竜王』の戦争などを仕組んだ黒幕であることが判明した。

『七大罪』を使って何かを企んでいるようだが……。

 

 

色欲(ラスト)

 『七大罪』のリーダー格である女。全身を白い貴人服に身を纏い仮面を被っているため正体は不明。

ホニョペニョコを召喚?した存在。

 

 

強欲(グリ―ド)

 『七大罪』の一人。大鎌が武器とする悪魔。

 

 

嫉妬(エンヴィー)

 『七大罪』の一人。鳥の頭を持ち煽情的な恰好をしている。種族は不明。

 

 

怠惰(スロウス)

 『七大罪』の一人。王都の王城に巨石を投げ込んで破壊した巨大な岩の様な存在。種族は不明。

 

 

憤怒(ラース)

 『七大罪』の一人。詳細は不明。

 

 

暴食(グラトニー)

 『七大罪』の一人。詳細は不明。

 

 

傲慢(プライド)

 『七大罪』の一人。詳細不明。

ヤルダバオト曰く、単騎で『八欲王』『竜王』たち全員を相手して勝利できるらしい。

 

 

 

 

------その他------

 

【ヴァルキュリア】

 エメラルドタブレットの中に存在する女性。

何故か胸に古びた槍が突き刺さっている。

七つ目のエメラルドタブレットを所有する存在。

 

 

【竜帝】

 エメラルドタブレットの中に存在する老練な声の正体。

『竜王』たちの頂点にいたが『八欲王』により殺害された。

モモンを『預言者』として扱う。

 

 

【ツアー】

 『竜帝』の息子。

スルシャーナや『八欲王』のリーダーと出会ったことが判明した。

外見は不明だが全身鎧を着込んでいる。

正体を隠すために着込んでいるのか?……。

 

 

【スルシャーナ】

 『六大神』のリーダー格であった男。

『八欲王』により殺害されるもこの時に制止したリーダーだけには違う印象を持つ。

その後起きた戦争や内乱の中でリーダーの本質に気付き理解者となった。

最終的に自責の念に駆られたリーダーを殺害し、自らの棺にリーダーを隠すように安置する。

 

 

【リーダー】

 『八欲王』のリーダー格である男。理想に燃えていた男。

『八欲王』の仲間であった男に計画通りに操られた結果、『始原の魔法』が歪む切っ掛けを作ってしまった。それにより起こった戦争や内乱の犠牲者たちを助けようと試みるも無力さゆえに誰も守れなかった。戦争や内乱による切っ掛けを作ってしまった自責の念に駆られた結果、スルシャーナに自身の殺害を依頼。

死亡後、スレイン法国にてスルシャーナに自らの棺に安置された。

 

 

 

 

------キーアイテム------

 

 

預言書(エメラルドタブレット)

 七つの預言が揃いし時、何かが起きると記されていた石板。

現在モモンたちはこれを四つ所有中。

少なくとも最後の一つはヴァルキュリアが所有している。

 

 

 

連鎖の指輪

 蛇を模した指輪。竜帝や『八欲王』のリーダーが使用したアイテム。

何やら願ったことが叶っているようだ。

 

 

空白の魔術書

 一見ただの上質な本。だがその性質はどんな存在でもあらゆる魔法を行使することが出来るようになる。

それは『始原の魔法』ですら例外ではないようだ。

 

 

ギルティ武器

 『罪』の名を冠する武器。とてつもない程強力なアイテム。

何やら様々な効果を持っているらしい。

 

 

 

 


 

 

 

 

※※※----注意----※※※

 

ここから先はネタバレ注意です。

作者の独自の考察や解釈があります。

ネタバレは嫌、不快に感じる方はここで止まって下さい。

 

※※※※※※※※※※※※

 

 

 

八欲王の正体

 

 

 

漆黒の英雄譚の中では八欲王の別称を『雲を泳ぎし者』という言葉に変換してました。

想像していた程使いませんでしたが元々は特定の単語を指す隠語として使う予定でした。

下にその言葉の意味を記しています。下より伏字にしています。クリックして下を見て頂けたら隠れた文字出ます。

 

 

 

『雲を泳ぎし者』の意味

 

→ 『雲を泳ぎし者』 → 漢字だけ取り出す →雲 泳 者 

 

ひらがなにする → うんえいしゃ → 漢字に変換 → 運営者

 

つまり『雲を泳ぎし者』の正体はユグドラシルの『運営者』である。

少なくとも運営側のプレイヤーである。

 

 

↓ ↓ ↓ ↓

 

 

 以下詳細

 

 

ギルド名『八竜』

 

ギルド拠点・????

所有する世界級アイテム二つ?『無銘なる呪文書』『ギャラルホルン』……それともしかして?

所属条件????

 

 

 

『雲を泳ぎし者』の考察など

 

ワールドチャンピオン・ムスペルヘイムがボス化できたという記述あり。

 → もしプレイヤーがワールドエネミーになれるのだとしたら、最初からワールドエネミーである存在はどのようなプレイヤーか…?運営側のプレイヤー

 

 

無銘なる呪文書(ネームレス・スペルブック)』の効果の一つ:新たに作った魔法も瞬時に記される 

 

 → 通常のプレイヤーは魔法を作成することは不可能ではないか?少なくともプレイヤーが独自の魔法を作成できるなどの記述は無い。なのに何故そんな効果を世界級アイテムに持たせたのか?身も蓋もない言い方をするならそもそもイビルアイの語った世界級アイテムの情報が真実だという保証は無い。どんな形であれ互いのものを欲して争ったはずの八欲王が持つ世界級アイテムなのであればその情報を隠すか誤魔化すはず。それこそ生き残りの竜王に攻められるだけの理由になってしまうはずである → だとしたら反対に(ユグドラシルの魔法を)この世界級アイテムを使用して魔法を作成していたという方がまだ分かりやすい。そしてこの嘘?情報を語った理由は強大過ぎるこのアイテムの真実の効果を隠すためとこれ以上の位階魔法で世界を穢さない様にという『何者か』の配慮では → 偶然にも『十三英雄』たちだけエリュエンティウにてアイテムを借りることが出来たらしいが……。この際に『何者か』が教えた情報が事実である可能性は低いだろう。情報を開示するメリットが根本的に無いからである

 

『竜王』たちと何故争った? 

 → 『六大神』でも取引している。更に当時は位階魔法は使えなかったはずなのに……。 → 可能性としては「現実」だと認識出来なかったか、勝てる「余裕」があったから  → まず現実だと認識できなかった点は削除したい。いくら何でも間抜け過ぎる。ゆえに 「余裕」があったを推したい。異業種の中でもステータスが非常に高くスキルや魔法も優れているドラゴン相手に「余裕」があるのはどんな存在か? → ワールドチャンピオンですら無双は出来ないと判明している。ならば残った可能性はワールドエネミー → その時に暴れたせいで人間にされた後に引けなくなってしまった → 暴れた理由は『竜王』が気にくわない、もしくは『世界の管理者』(運営)の座を巡って争った?

 

イビルアイの記述。「空よりも高い身長を持つとも、竜のようだとも言われる八欲王という存在が現れた。彼らは瞬く間に国を滅ぼし、圧倒的な力を背景に世界を支配していった。だが、彼らは欲深く互いのものを欲して争い、最後は皆死んでしまった」。

 → 彼らの種族はドラゴンだった?異形種ギルドのAOGですら仲間内にドラゴンがいたという記述は無い。それはつまり通常のプレイヤーではドラゴンという種族になれなかった可能性が高いからではないか

 → この記述に『世界』という単語が出てきている。このことから『ワールド』を冠する何かを持っていた可能性は高い。しかしいくら竜王が最初組織的に戦っていないとはいえワールドチャンピオンやワールドディザスターでそれらが可能だろうか? → もし自分たちと同族だとしたら竜王たちが組織的に戦わなかった理由も同族ゆえに舐め切っていたからという理由にはならないだろうか?

 

「神の力を奪った」 

→ 奪えるもの? → 経験値?しかし異世界でも経験値を体感することは出来る。それなのに「神の力を奪った」というのは不自然?→ 文字通りに考えるのなら奪ったのなら「殺害」しないと無理なはず → 世界級アイテムか、ワールドディザスターの資格? → 奪えるからといって奪おうとするだろうか?それだけ相手が強力だという証明になる可能性が高いのでは? → 手を出すのではなく敬遠するのが普通では? → それでも手を出すなら自分たちの方が「強者」だと認識できるだけの理由が必要になる

 

ツアーとリグリットの発言「リーダーの知恵さえ残せたら面倒事は減った」。

スルシャーナたち『六大神』と取引していたならそれ相応にユグドラシルに関する情報も得ていたはずである。それなのにこの発言は何故?パッと思い浮かぶ可能性はスルシャーナとリーダーでは持っている知識量にかなり差があったか、もしくは知識の種類が別々であるか。プレイヤーと運営者の持っているそれぞれ知識って感じが個人的にしっくりきます

 

『リーダー』が後のある人物だった場合

夢見るままに待ちいたり

プレイヤーだからといって必ずしもクトゥルフ神話を知っているだろうか?そんな偶然あるだろうか?

→運営であればそこも様々な知識を集めてゲームを作る以上、クトゥルフ神話について知っていてもおかしくはない

 

 

結論 これらの行動には圧倒的な実力が無いと納得できない点が幾つかある。それらをふまえて考えるとワールドエネミーでなおかつ運営だった可能性が高いと思われます。

『八武器』と呼ばれる武器は八つのギルド武器。これは元々運営のギルド崩壊を絶対に防ぐ為に八つの世界級アイテムを所有するという話が出たのだが、それだとバランスブレイカー過ぎるという話し合いの結果、八つのギルド武器という形で落ち着いたためである。狂っている運営もまとまな感性はごく一部持っていたそうだ。そして元々ユグドラシルのテストとしてプレイヤーしていたのでLv100の人間もいる。その後ワールドエネミーに。

 

 

 

------------------

 

『ツアー』が『リーダー』を生かした理由

 

①人柄

②父である『竜帝』を殺害していないこと

③竜王たちの戦争に参加していないこと

④『始原の魔法』を穢した張本人でないこと

⑤協力者スルシャーナの擁護

 

↓ ↓ ↓ ↓

 

①正義感が強い、もしくは本質が悪で世界に危険を及ぼすような思想の持主でなければ問題なし。

②オラサーダルクのように『竜王』は通常群れを作らない。しかし仮にも父を殺害された場合、ツアー自身の考えはともかく他の『竜王』の目を気にする、もしくは復讐という名目で殺害するはずだろう

③戦争に参加しない、ではなく参加すら出来ない状況……となるとLvダウンが最もしっくりくる理由。それなら後回しで殺害する、もしくは見逃される可能性が高い。逃げても感知能力で探索されるだけである

④『八欲王』のギルドにいる時点で不可能。なので穢した張本人でないのが限界である。そのためその切っ掛けを作ったのが関与しないにしても限界

⑤協力者を失うくらいなら多少のことは目を瞑ってくれそう。簡単な話、他の七人とは異なり「『竜帝』の殺害を止めようとした」とか。

 

 

 

------------------

 

『位階魔法』が広がったことによる『始原の魔法』の変化

 

 

大前提として元々『始原の魔法』しか魔法が存在していないとした場合

 

 

 そもそも異世界に『魔力(MP)』という概念があったかどうか?

「世界との接続」かどうかが魔法の行使に必要とされている。

それが『始原の魔法』『位階魔法』どちらも同条件として必要なのであれば……。

 

→『魔力(MP)』以外での魔法の行使をしていた可能性が高い。

→『始原の魔法』(元はHP(生命力)、経験値(魂)、もしくはそれら二つのものを消耗する魔法)

 

 

 

『八欲王』により位階魔法(ユグドラシルの魔法)が広がったことにより

 

→「世界の接続」とやらが『竜王』たちによる独占でなくなった。それにより……。

 

 

→『始原の魔法』生命力(HP)を消耗する魔法。

→『超位魔法』魂(経験値)を消耗する魔法。

→『位階魔法』魔力(MP)を消耗する魔法。

などの様に分類されてしまった?

 

これならばツアーの『始原の魔法』を現代で作成することは難しいというのもある意味当然である。

『始原の魔法』は位階魔法により放逐されてしまった、あるいは魔法の行使に必要な「世界の接続」とやらのリソースが分割されてしまった?

 

ツアーが国を作ったのもユグドラシルの法則が異世界でも適用された部分があるのかもしれない。

何だったら国そのものがギルド拠点として扱われている、もしくはそういった場所を選んで国を作った可能性すらある?

これならばドラヴィロンの竜王国もそういった可能性がある?

 

 

 

------------------

 

『六大神』に関する考察

 

 

①『六大神』と『竜王』たちは何故取引できたか?

→オラサーダルクの様な傲慢な態度を示すドラゴンが種族として標準なのだとしたら素直に取引に応じるだろうか? 

→それはどちらかが圧倒的な実力を持っていたか、あるいは共存できたか。

→ 何故なら当時は魔法は位階魔法はなく『始原の魔法』しか行使できなかったはず。しかもそれも『竜王』たちのみの魔法だったはず。となると……『六大神』たちは魔法職でないクラス、魔法に頼らないクラスである戦士職などであった可能性が高い 

→お互いに戦うのは得ではないと納得できる材料があったのでは?

→ これの最も分かりやすい例がワールドチャンピオンである。あるいは世界級アイテムを使って取引した?

→もしくは『破滅の竜王』を倒すことで何かを得た?取引?

 

②何故、ニグンが使った魔封じの水晶に入っているのが最高位天使だと思い込んだのか?

→戦士職であったなら魔封じの水晶を使う機会はあっただろうか?

→また水晶に魔法を込めることが出来ただろうか?……恐らくは出来ないだろう。NPCを使うにしても位階魔法が無いのにどうやって?

→あるいはもっと単純な理由としてスレイン法国自体が『六大神』に信用されなかった可能性あり?

 

③何故シャルティアは隊長の槍を見て古びた槍だとしか認識しなかったか?

→使い切りである世界級アイテム20の可能性のあるこの槍、実は魔力(データ)は既に失われているのではないか?

→ユグドラシルでは使用すれば消滅するらしいが……。この世界では残る?

→異世界だから?それだと消滅しそう。

 

元々使い切りとはいえユグドラシルの中でも消滅ではなく、元の位置に戻るだけでは?ゲームでもある再配置?

→これだと効果を戻す必要がある。再配置などは効果を戻してからになるはず。

→この効果を戻すのを運営がやっているとしたら?

→それこそ運営が世界級アイテムを使って効果を戻しているのだとしたら?

→だとしたら異世界では消滅することなく手元に残る可能性も出て来る。

→何故なら『運営』という概念すら無くなっている、もしくは既に死亡している可能性すらある。

→GMコールが通じないのもそういう理由?

→これなら再配置されることが無いので手元に残るのも納得?

→ただし世界級アイテムの効果が失われているだけでステータス上昇などの恩恵は受けられるのでは?そうでないと世界級アイテムを二個も外に出す理由が見つからない。

 

 


 

長々とすみません。独自解釈などもありますがどうか温かい目で見て頂けると幸いです。次回より第6章『消えた美姫』編です。

 

 



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第6章【消えた美姫】
たった一人の【漆黒】


「失礼します。皆様、モモン様をお連れしました」

 

(皆様か……ということは冒険者組合長、魔術師組合長、都市長の三人がいるのだろう)

 

 モモンは現在、冒険者組合の二階の応接間の前にいた。冒険者組合長であるアインザックの部下が訪れ要件を聞くと大至急来て欲しいとのことであった。モモンは支度を済ますとシズとハムスケに行ってくることを告げ、案内を受けてここに来た。

 

 

 

 

「入ってくれ」

 

 その言葉を確認した部下がドアを開ける。モモンは中へと入る。そこには四人の人間がソファに座っていた。都市長パナソレイ=グルーゼ=デイ=レッテンマイア。魔術師組合長テオ=ラシケル。冒険者組合長プルトン=アインザック。そして長い金髪の騎士風の女性だ。

 

 

 

 

「モモン君、かけてくれ」

 

 モモンが椅子を座る。それと同時にドアが外側からバタンと音を立てて閉まる。途端にこの空間が外部と遮断されて独特の空気を感じさせた。軽い訳でも重い訳でもなく、ただその空間の空気だけが異質。誰かの緊張が伝わるようなそんな感じであった。ここにいる面々を考えると嫌な予感がした。

 

 

(この感じ…間違いなく厄介事……だな。しかしそれよりも)

 

 

 

 

 

 

「モモン君、こちらの女性が今回の依頼人だ」

 

 アインザックの説明を受けるとモモンは視線をその女性に向けた。その丁寧な言い方からアインザックよりも目上の人間か、他国の人間だろうと考えた。恐らく後者だろう。それが証拠にエ・ランテルの最高幹部とでも呼ぶべき人物はここに揃っているし、彼女の纏っている重装備もその傍らに置かれた槍もエ・ランテルや王都でも見たことの無い装飾がされている。

 

 

 

(この女性は確か……)

 

 女は立ち上がるとこちらに向かって頭を下げる。女は顔をこちらに見せるように真正面を向いた。

 

 

「お久し振りです。モモン様……」

 

「レイナースさん?……」

 

(確か、王都で【八本指】討伐の依頼を受ける前、メイドを募集した時に会った人だよな?何でここに?もしかして彼女が依頼人なのか?彼女がとある呪いをモンスターにかけられていたのを聞いたモモンが渡したポーションで解いた。その時に名前だけは聞いていたが……)

 

 その二人のやり取りを見て他の三人は『知り合いだったのか?』とでも言いたそうな顔をしていた。だがそんなことモモンは気付かなかった。

 

 

 

 

「バハルス帝国の【四騎士】が一人【重爆】レイナース=ロックブルズでございます」

 

 その挨拶の仕方は貴族を連想させた。恐らく彼女の出自が貴族なのだろう。

 

 

 

「まさか帝国の方だとは……それにしても【四騎士】の方だとは……驚きました」

 

「えぇ。モモン様でも驚かれることはあるのですね」

 

 

「えぇ。ありますよ」

 

「フフ……話が逸れましたね。今回こちらには依頼人として参りました」

 

 

「それで内容は?」

 

「実は未知の遺跡について調査をして頂きたいのです」

 

 

「未知の遺跡?……」

 

「えぇ。モモン様は失礼ながらフールーダ=パラダインをご存知ですか?」

 

 

「えぇ。知っています。話だけはよく聞きますので」

 

 フールーダ=パラダインはかなりの有名人だ。第六位階を行使できる程の実力を持つ魔法詠唱者で、かの【十三英雄】に比肩すると呼ばれる程の存在である。リ・エスティーゼ王国は魔法詠唱者を基本的に見下す傾向があるが、フールーダはその数少ない例外だ。モモンは同業者やその他の人々からその話を聞くことが多かった。特にアダマンタイト級に昇格してからはナーベがフールーダと比較されることもしばしばあったからだ。

 

 

 

「我が帝国のフールーダは国境の監視などを魔法で行っています。それは何故かと仰いますと魔法を使って調査して帝国に仇なす者を発見し取り締まるためです。しかしつい最近行った調査で今までとは異なるもの発見したのです」

 

「それが先程仰っていた遺跡のことですか」

 

 

「えぇ。それの調査を【漆黒】に依頼したいのです。如何でしょうか?」

 

「………(【漆黒】にか……今は……)」

 

 

「失礼ながら【漆黒】としてはこの依頼をお断りいたします」

 

「……失礼を承知で申し上げます。ナーベ様もそれに同意しておられるのですか?」

 

 

「!っ」

 

 息が乱れる。肺を締め付けられたかの様に空気が抜けていく。

 

 

 

 

「ロックブルズ殿!それはあまりに失礼ではないか!」

 

「帝国から遠路はるばる来たからこそ応対させて頂いたが、これでは帰ってもらうしかないようですね」

 

「二人とも落ち着きなさい」

 

 今にも掴みかかりそうになるアインザックとラシケルをパナソレイが宥める。その様子を見てモモンは冷静さを取り戻した。息を整えることに専念する。

 

 

 

(落ち着け……大丈夫だ……落ち着け……大丈夫だ)

 

 そう自分に言い聞かせる。兜の中で錯乱した呼吸を何とか整えた。

 

 

 

「……失礼しました。この場をお借りし謝罪致します。モモン様、ご不快にさせてしまい申し訳ありません」

 

 そう言うとレイナースは頭を下げた。

 

 

 

「私は大丈夫です。……レイナース殿、悪いですが今回の依頼は……お断りします」

 

 モモンは再度断ることを告げた。それを聞いたレイナースは「そうですか」と一言を述べるとソファから立ち上がる。

 

 

 

 

そのまま振り向くとドアの前まで歩く。

 

 

 

 

「それでは失礼します。」

 

 

 

 

 レイナースがその場を後にしようとした瞬間であった。こちらを振り向いたのだ。

 

 

 

 

「最後に一つお伝えするのを忘れていました。皇帝からの伝言です」

 

 

 

 

 レイナースはそこで言葉を一旦区切った。その場の誰もが次の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『モモン殿。私はナーベ嬢の居場所を知っている』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いたモモンは誰よりも早く口を開いた。

 

 

「その話本当ですか!?」

 

 思わず声を荒げてしまう。そんなモモンを見て三人の長は驚愕していたようだがそんなことモモンには知る由も無かった。気に掛ける余裕すら無かった。

 

 

 

 

「えぇ。事実です。フールーダが発見した未知の遺跡に入っていくのを魔法で見たと報告を受けています」

 

「!っ……それはどこにあるのですか?」

 

 思わずレイナースに詰め寄る。その時のモモンに気迫に押されたレイナースは後ずさった。

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 しかしそこにはドアが閉まったまま存在し、レイナースはドアに背中をぶつけてしまった。そんなレイナースの様子に気付けずモモンは右手で壁に大きな音を立てて問い詰める。

 

 

 

 

「それはどこにあるのですか!?教えて下さい!レイナースさん!!」

 

 

 

 

 レイナースはモモンを見上げる形で壁際に追い詰められてしまった。思わず目を背けてしまう。

 

 

 

 

「申し訳ありません………今ここで私の口から言う事は出来ません。お許しを」

 

 

 

 

 『お許しを』。その言葉を聞いてモモンはハッとする。周囲から見たら怒っているように見えたことだろう、あるいは尋問しているようだろう。それを許してくれと言われていたのだ。

 

 

 

 

(くそ!駄目だ。落ち着け。焦り過ぎだ)

 

 

 

 

 内心では自分自身に悪態を突きながら、身体はすぐにレイナースから離れた。

 

 

 

 

(こんなこと、下手したら外交問題だ。落ち着け、俺……)

 

 

 

 

 兜の中で聞こえないであろう程度に深呼吸する。ほんの少しだけ落ち着いてきた気がする。気休めかもしれないが何もしないよりはマシだろう。

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 モモンはソファに再び座った。立っている状態のままだと何かある度に先程同様に動いてしまいそうな気がしたからだ。

 

(『私の口から』か……だとしたら彼女は知らない?知っているのは調査をしたフールーダ。それと最初に報告を受けた皇帝?そうなると真の依頼人は……やはり…。厄介な依頼だな。だが……)

 

 

 

 

 モモンは首からぶら下げている二つのプレートを強く握りしめた。

 

(可能性が少しでもあるなら……行くしかない。ナーベが何か困っているなら俺が助ける!これは相棒として俺がしないといけないことだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……分かりました。その依頼を受けます」

 

 

 

 

「えっ……」

 

 レイナースの顔は先程の行動に怒っているのか赤くなっているように思える。余程怒らせてしまったようだ。

 

 

 

 

「レイナース殿。その依頼を私は受けたい。私はどうすればいいですか?」

 

「……私と共に帝国へ来てください。一時間後馬車で帝国へ向かう予定です。同乗して頂きます。詳細は道中お話します」

 

 

 

 

「モモン君!」

 

「何でしょうか?」

 

「必ずエ・ランテルに帰ってきてくれ。君はこの街にいなくてはならない『英雄』なんだ!王国に必要な人材なんだ。だから頼む!」

 

 

 

 

 

「………失礼します」

 

 モモンは都市長の問いにそう言って頷くことしか出来なかった。

 

(『英雄』か……。『英雄』なら自分の相棒が去ることなんて無かったはずだ。陛下の言った通り、俺は【誰かが困ってたら助けるのが当たり前】という言葉に縛られていたのかもしれない。今の俺は……ナーベが困ってたにも関わらず助けることが出来なかった。もし帝国の皇帝がナーベの身柄を拘束などしていればどういう行動に出るかは自分でも分からない。自身だけで解決できるのなら皇帝を殺すかもしれないし、それが出来ないのであれば喜んで帝国に降る……かもしれない)

 

 モモンは自身の思考が過激になっていることに気が付き深呼吸を二回ほどした。

 

(落ち着け。どちらも最悪な場合だ。それこそ外交問題に発展してしまう!仮にナーベを助けられても王国やエ・ランテルに迷惑をかけてしまう。それじゃ駄目だ!)

 

 モモンは自分の思考を振り払うようにその部屋を後にした。

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンが去って少し時間が経った。応接間に残された三人が話し出す。最初に口を開いたのは冒険者組合長アインザックだ。

 

 

 

「都市長、本当にこのままでよいのでしょうか?」

 

「そうですよ。都市長、彼はエ・ランテルにいなければならない『英雄』ですよ」

 

 

「落ち着くんだ。レイナース殿は帝国からの依頼としてここに来た。となると使者として来た訳ではない。表向きはだが……」

 

「しかし帝国の皇帝はあの【鮮血帝】ですよ。過去には【王国戦士長】だって戦場で勧誘した人物です。必ずモモン殿も勧誘するに決まっているではありませんか!」

 

 

「信じるんだ。彼が必ず帰ってくると。私たちが信じないとどうなる?この街の住民に不安が広がる。彼が帰ってきた時のために信じて待つんだ。住民を不安にさせてみたらどうなる!それこそ彼が帰らない理由を作ってしまうぞ?」

 

 その言葉を聞いてアインザックは理解した。だが正直納得は出来ない。モモンは【漆黒の英雄】と呼ばれる程の人物であるが、それと同時に一人の人間だ。そんな彼に対して『エ・ランテルを守って欲しい』と思うと同時に『今の立場に縛られているのでは?』という考えもあった。現に今の彼は外交問題に発展しないように振舞おうと必死であった。

 

 

「こんな時、ナーベ殿が居てくれたらな……」

 

 ラシケルのその一言に二人は同意する。

 

 

 

「やはりモモン君にとってナーベ君は特別なのだろう。ナーベ君の所在が分かった途端にあの行動だぞ?今まで彼があんな行動をしたことなどあったか?いやないだろう」

 

 

「えぇ都市長の言う通りです。男女の関係などというよりは……身内のそれに思えますが……やはり特別であることに変わりない様に思えます。さっきの様子からもそれは明らかでしょう。一体彼女はどこにいったのだ?ラシケル、何か分かったことはあるか?」

 

「すまないが何も分からないアインザック。魔術師組合の者たちを全員動員しているが何一つ掴めない。少なくともエ・ランテルとその周辺にいないのは確かだが……」

 

 

「そうか。既に調査して二週間になる。そこまでしても分からないとなると他国へ行った可能性が高いな。他国に誘拐されたか何か弱みでも握られたのか?」

 

「スレイン法国ならやりそうだが……。しかしモモン君が前に見せてくれた手紙通りなら彼女は自らの意思でどこかへ行ったことになるのだが、何かアテはあるのか?」

 

 

「【ヤルダバオト】の襲撃があった王都に行くとは思えないから、可能性は近隣諸国か。帝国、法国、竜王国、評議国、都市国家連合……一体どこだ?」

 

「法国と竜王国、評議国や都市国家連合はありえないだろう。ナーベ君が法国の様な閉鎖的な国家に行くとは思えない。竜王国は少し前までビーストマンの襲撃があったから治安もあまりよろしくはないだろう。都市国家連合や評議国は我々が知る限りの情報ではどういった状況かすら分からない、冒険者組合はあるようだが……そんな情報が少ない状況で行くのは危険過ぎる。彼女がアダマンタイト級以上の実力を持つ冒険者いえ、そんなリスクのある場所へ向かうとは思えない」

 

「だとしたら帝国が妥当か?」

 

 

 そこで都市長が一言ゴホンと咳をする。アインザックとラシケルはパナソレイが何を発言するかを待った。

 

「その可能性もあるが、二人とももう一つの国家を忘れていないか?」

 

「魔導国ですね……」

 

 

「都市長。あの国は衛兵の代わりにデスナイトが警備、馬車の代わりにソウルイ―タ―を走らせているいるとのことですよ」

 

「それは確かなのかね?前回の調査でも同じであったが…」

 

 

「ロフーレ商会の商人も見てきたと聞きました。私の部下も同行させましたが間違いなかったとのことです」

 

 ロフーレ商会。バルド=ロフーレが率いる巨大な商会である。そんな商会の名前をラシケルが出したのはこの名前を出す方が話が早いからである。

 

 

 

「はぁ……魔導国、【ヤルダバオト】、ナーベ君の行方不明……これらにどう対処したらいいんだ?一体この街はどうなるんだ?」

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国。かの領土は王からカルネ村、竜王国から感謝の証として得た一部の領土のみであった。

 

 この時公式にはまだ魔導国はまだ小さな国家でしかなく首都と呼べる場所も存在しなかった。

 

 まだエ・ランテルが王国領であった時のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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"逸脱者"との対面

バハルス帝国の首都である帝都アーヴィンタール、そこの皇城にある応接間に四人はいた。

 

 

 一人目はバハルス帝国の最高戦力であるフールーダ=パラダイン。帝国の最高戦力としての権威を示すかの如く一級品のローブに身を纏っている。襟元と袖に付けた香水が良い香りを放ち、視覚だけでなく他の感覚にもその名に相応しいものを身につけている。

 

 二人目はロウネ=ヴァリミリオン。皇帝ジルクリフの書記官の一人であり非常に優秀な人物だ。フールーダと共にいることから今回の応対を如何に皇帝が重視しているかは言うまでもない。

 

 三人目はレイナース=ロックブルズ。帝国の『四騎士』の一人であり"重爆"の名で知られる女性である。皇帝ジルクリフから選出されただけあって非常に優れた防具を纏い、その手には槍が握られている。そこから放たれる一撃を想像するだけで無力な悪党は尻尾を撒いて退散するだろう。

 

 そして最後の一人はモモンである。

 

 

 応接間にあるテーブルを挟んで二つの大きなソファが置いてあり、そこにモモンとフールーダが対面するように座っていた。その二人の背後にそれぞれレイナース、ロウネが立っていた。

 

 

 

 

「初めまして。モモン殿」 

 

「初めまして……パラダイン殿」

 

 

 

 

(まさかフールーダ様自ら来られるとは……陛下は不在なのかしら?こんなこと計画には無かったはずだけど…)

 

 レイナースが聞いていた当初の『依頼』の過程はこうだ。レイナースが依頼人としてエ・ランテルへ出向き、かの【美姫】について語り、モモンに関心を持たせてを帝国へ連れて来る。そこで真の依頼人である皇帝ジルクリフがモモンに【美姫】の居場所を知らせ、その場所の探索をモモンに依頼する。

 

(それが当初の計画のはず……何か私の知らないことが起きた?陛下が不在になる程の何かが?……それ程までの事態が起きた!?)

 

 

 

 

(……元々フールーダ様が応対すること自体がおかしい"あの"フールーダ様がモモン様と応対している?一体何故?)

 

 このフールーダ―という男。本来政治にも社交にも関心は無く唯一の興味は魔法だけであり、可能であればその研究にのみ没頭したいと考えていた。そしてそれは皇帝に仕える者であれば周知の事実であった。無論レイナースも例外ではない。子供の頃は憧れていただけに入隊した後に事実を知ってショックを受けたのはレイナースだけではないはずだ。

 

 

(何か嫌な予感がするわね……)

 

 ロウネの方をチラリと見るも表情や雰囲気からは何も察せそうにない。レイナースは何とも言えない違和感のせいで自らの額を伝う汗を膿と数秒勘違いする程度には気持ち悪かった。

 

 

 

 

「貴方がかの有名な【漆黒】のモモン殿ですね。ヤルダバオトの件はお聞きしましたよ」

 

「……えぇ。そうです。まさかもう帝国の方にまで知られているとは驚きました」

 

 

「【漆黒】のお二方の活躍は帝国にまで届いています。聞かない日はありませんよ。いやどれも偉業と言うに……いや伝説、いやその程度ではありません!神話と呼ぶに相応しいでしょう!」

 

 

 

 

 レイナースにはどう見てもフールーダが喜んで……いや興奮しているように見えた。

 

(演技……かしら?この御方が戦士であるモモン様には興味を持たれるはずはないわよね。むしろ第六位階魔法を使いこなす可能性があると推測されているナーベ殿の方ならば分かるんだけど……。あれかしら?モモン様と仲良くなって後々ナーベ殿と友好を築きたいとか思ってるのかしら?)

 

 

 

 

「ゴホン」

 

 モモンが咳をする。それは明らかに「早くしてくれ」という意味が込められている。

 

 

(急かしたくなるのも当然よね……だってモモン様にとってナーベ殿は唯一無二の相棒なのだから。そのことで呼ばれているならそうなるわよね)

 

 

 

 

「フールーダ殿……本題を」

 

「……申し訳ありません、モモン様。それでは本題に……いえ何か現時点でお訪ねしたいことはありますかな?」

 

 

「それでは一つだけ。エ・ランテルでレイナース殿に聞きました。謎の遺跡にナーベが入っていく所を見た。これは事実で間違いないですか?」

 

「えぇ。事実です。詳しくは話せませんが魔法で確かに発見したのです」

 

 

 

 

 ----沈黙----

 

 

 それが数秒間続く。

 

 その沈黙を破ったのはモモンであった。

 

 

 

 

「失礼ですが、私も周囲を頼りに調査をしましたがナーベを発見できませんでした。貴方方はどうやって発見されたのですか?」

 

「……陛下からある程度の発言は許されていますのでお答えしましょう。実は元々ある遺跡について調査しようとした所にナーベ殿を偶然発見したのです」

 

 

「………」

 

 モモンは首だけ後ろを向いてレイナースの方へと視線を向けた。レイナースは頷く。

 

(嘘ではないわ。きっとモモン様はナーベ殿個人を探そうとして発見できなかったが、どこか特定の場所を調べようとしてナーベ殿を発見できた。手順が異なったから発見できた。私は詳細までは知らされていないけどそんな所かしら)」

 

 

 

 

「それでその遺跡の場所はどこに?」

 

「……遺跡の場所は現時点ではお答えできません」

 

 

 

 

 ----沈黙----

 

 再び沈黙を破ったのはモモンだ。ただし先程とは異なり言葉に--必死に抑えているのだろう--僅かに怒気を含んでいた。

 

 

「……何故ですか?」

 

「理由を語る前にまずはご説明しましょう。その遺跡は……私のいる魔法省では一先ず【大遺跡】と称していますが少しおかしい点があるのです」

 

 

 

 

「【大遺跡】?……おかしい点とは何ですか?」

 

「……おかしい点は二つあります。一つは綺麗過ぎることです」

 

 

「綺麗過ぎる……誰かが住んでいる?もしくはそこを拠点としている…ということだろうか。もう一つは?」

 

「魔法省では過去にその【大遺跡】のある周辺地域を調査したことが何度かあります。しかし……」

 

 フールーダはそこで言葉を一度切った。

 

 

「今までそこは草原があっただけです。間違えても巨大な建造物など存在していませんでした」

 

「!?」

 

 

「私たち魔法省が陛下と話し合った結果、建造物が今まで発見できなかったいくつかの可能性を考慮しました。一つは最初は建造物が無かったという可能性。二つ目が幻術で建造物は存在しないという可能性。そして……」

 

「魔法などで建造物を隠していた可能性……ですか」

 

 モモンは不思議と口に出していた。

 

 

 

(私も知っているのはそこまで。ここから先は私も知らされていない話ね。やはりフールーダ様の口ぶりからして第7位階魔法よりは上の魔法使いがいることになる。それはつまり……)

 

 

 

「えぇ。ただしこの場合はあることを考慮しなくてはなりませぬ」

 

「……何故今まで隠していたか、あるいは何故今発見される事態になったのか……ですね」

 

 

 

「我々の出した結論はナーベ殿を迎え入れる為にその建造物が出現した…かと」

 

「それでナーベは?」

 

 

「我々魔法省は引き続き監視していますが現時点ではナーベ殿はそこから出たのは確認出来ていません」

 

「分かりました。フールーダ殿、それでは場所を言えない理由をそろそろ教えて頂いても?」

 

 

 

「話せない理由はですね……実は陛下はモモン殿を気遣っておられるのです」

 

「私を…ですか?」

 

 その言葉にモモンは意外だと思ったのだろうどこか驚いたような口調であった。

 

 

 

「えぇ。陛下は大変慈悲深い御方です。モモン殿が『国』というものに振り回されるのではと危惧しておられます」

 

「冒険者は国家に属さない……故に中立ですが」

 

 モモンが発したのは当然のこと。冒険者の不文律についてだ。これは王国だとか帝国だとか国は関係なく、大半の国民が常識の如く知っていることである。

 

 

 

「それも状況次第でしょう」

 

「ヤルダバオトの件を仰っているのですか?」

 

 

 ヤルダバオトによる王国への襲撃。確かにあの時ばかりは国家に属さないはずの冒険者が王女救出という名目で各々戦った。国家の危機という非常事態ゆえ仕方ないといえばそれまでだが、少なくとも『冒険者は国家に属さない。ゆえに中立である』という不文律は破られたものである。

 

 

「えぇ。あれで証明されてしまいました。国家の危機に関しては冒険者は中立でいられないということを。それは何よりかの強大なヤルダバオトを撃退した貴方が一番ご存知では?」

 

「……それはそうですね。しかし我々が例外という訳ではないでしょう?竜王国のような例もありますし」

 

 

「竜王国……あぁ、【クリスタルティア】のことですな。確かに彼らは国家そのものに半ば属していたように思えますな」

 

「そういうことです」

 

 

「しかし【クリスタルティア】如きと【漆黒】では格が違いますぞ。それに……【クリスタルティア】はチームでようやく、【漆黒】はモモン殿ただ一人でも民たちに安心感を与えている。影響力は比較することさえままならないでしょう。現に」

 

「……」

 

 

 

 モモンは何かを言おうとするもフールーダの言葉は止まらなかった。

 

 

 

「モモン殿はそれで自らの力を証明した……いやしてしまったと言った方が正しいですかな?」

 

「何が言いたいのですか?」

 

 

「その一件について報告を受けたエ・ランテルの首脳陣、それと王国の上層部たちはこう考えたはずです。【漆黒】がいれば王国は大丈夫、エ・ランテルは守られていると……」

 

「誰かが困ってたら助けるのが当たり前です。それで人々が安心して暮らせるのならば私はそれでも構わない」

 

 

「……モモン殿、貴方が高潔で偉大な方なのは周知の事実。この私も陛下さえ疑ってはおりませぬ。しかし貴方は王国という小さな枠組みに縛られているように思えますぞ」

 

「……」

 

 

「先程、貴方は『冒険者は国家に属さない。故に中立だ』と仰いましたが実際にそうでしょうか?」

 

「さっきから何が言いたいのですか?フールーダ殿」

 

 

「ではお聞きします。もし私が帝国に鞍替えをしなければナーベ殿の居場所を教えないと言った場合、貴方はどうされますかな?」

 

「それは……」

 

 モモンは即答出来なかった。大事な相棒であるナーベと自分たちを慕う者たち。大事なのはナーベだ。そこは断言出来る。しかしそれは王国にいる者たちの信頼などを裏切る形になってしまう。もしモモンが何も理解しようとしない愚者であれば……何かを簡単に切り捨てられる冷酷さを持っていれば悩まずナーベだとこの場で声を大にして語っただろう。しかしモモンは賢くまた慈悲深かった、その英雄と呼ぶに相応しい人格から自分の我侭だけで誰かを切り捨てるという決断は下せなかった。

 

少しの沈黙が続く。

 

 

 

「……」

 

 

 

 しかし沈黙を破ったのは意外な人物であった。

 

 

「フールーダ様!お戯れが過ぎるのでは!」

 

 そこに割ったのはレイナースであった。フールーダもロウネでさえ驚いた表情を見せていた。口には出さないがモモンも驚いていたのだ。

 

 

 

「ロックブルズ嬢。どうしたのかね?声を荒げて」

 

「さっさと本題に入って下さい!モモン殿はお忙しい中、帝国までわざわざ来て頂いた方です。そんな方に説教じみた言葉など無礼極まりないではありませんか!」

 

 

---沈黙---

 

 ただし先程までのものとは異なり、それはその場の空気が一変する程のものであった。ゆえに場に流れていた空気は一度壊されたのだ。

 

 そもそもレイナースがこうして激怒したのも恩人であるモモンに対してあまりにもぞんざいに接するフールーダに我慢ならなかったからである。

 

 

「……そうじゃな。すまない。モモン殿。貴方の人柄を見たかったのです。どうか私めの謝罪を受け取ってほしい」

 

 そう言ってフールーダが頭を下げた。それを見たレイナースは自らが持つ槍を握る力を緩め一度深呼吸をして落ち着いた。

 

 

 

「いえ……」

 

「先程は失礼しました。実は我々が懸念したのは貴方が王国から何かしらの"役割"を以て派遣されたのではと疑っておりました」

 

「……警戒されるのは当然だと思います。して理由を伺っても?」

 

 あえて"役割"というものを追求しなかった。この場合の"役割"というものは十中八九よろしくないものだろうと誰もが分かっていたのである。だからこそモモンは話を次に進めたのである。

 

 

「フールーダ様。ここから先は私が話しましょう」

 

「分かった。そちが話した方が円滑に進むじゃろう。頼む」

 

 フールーダの肩を叩いたロウネはそう言って話し手を変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモン様。貴方様はリ・エステティーゼ王国の現国王ランポッサから"剣"を授与されましたね?」

 

「!っ」

 

 

「その剣は本来、貴族の爵位と共に授与されるべきもの。それを授与されたということが他国からすれば問題なのですよ。何かあれば国王ランポッサはこう言うでしょう。『剣と共に貴族の爵位を授与した』と。それはつまり王国の貴族になったのと同じことです」

 

「………私は冒険者だ。あくまで中立です」

 

 

 

「そうです。それが事実でしょう。しかし周囲の人々や国家はそうは思いません。冒険者組合長などあたりからは帝国からの依頼は良い顔をされなかったのでは?」

 

「………」

 

 モモンには思い当たる節があり過ぎた。冒険者組合長たちの表情はまさにそれに当てはまるものだったろう。彼らのレイナースを見るものにはどこか排他的な感情を感じたのだ。だがモモンは同時に理解もしていた。自らの故郷を守る為にはそういった感情も必要だということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからこそご安心を。少なくとも陛下はそういったモモン殿の状況を理解しておられる」

 

「どういうことですか?」

 

 

 

「モモン様、【漆黒】だけにこの依頼を出してしまえば王国との関係は悪化するかもしれません。そうでなくとも面倒事に発展する可能性は無いとは言い切れませぬ。しかしこれを解決するために陛下は一つの答えを出されました」

 

「それは一体?」

 

 

 

「『大遺跡』の調査、これをワーカーたちに依頼しましたのでその護衛を貴方にお願いしたい。無論現地に到着すれば自由に行動して下さって構いません。こちらもモモン様には干渉いたしません」

 

「……護衛という名目で調査できる……か。しかしこれでは私ばかりが得してしまっているように思えますが?」

 

 

「問題ありません。ワーカーたちへの依頼への説明にも記載していますが、その遺跡で持ち帰ったものは全て帝国及び皇帝に所有権があるものとしていますので…」

 

「失礼ですがそれは"物"の話という認識で合ってますか?」

 

 

「えぇ。"物"という認識で間違いありません」

 

「……分かりました。それでいつから調査ですか?」

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 モモンが皇城から出ていく。宿を探す為に出ていったのだ。その姿を窓から見ていたフールーダは誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

「流石は陛下……全て思い通りですな」

 

 

 そう言って不敵に微笑んだ。

 

 




すみません!久々に投稿しました!
既に忘れている方もいらっしゃるかもしれませんが投稿しました。
本当はもっと内容をしっかりさせてから投稿したいのですが、
書けそうな状況の内に話を進めたい気持ちの方が勝ったので投稿しました。

読んで下さる方のお目を汚してしまうかもしれませんがどうかご容赦下さい。
これからも稚拙な文章をよろしくお願いします。

      激辛プリン



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★ほぼ無関係★ アイテムテキスト

★★注意書き★★

 

アイテムテキストを書いてみたい!!!

本編書かずに何やってんだ? っていう感じだと思われますよね。

先に謝罪しておきます。読者の方すみません。

 

これはただの思い付きです。

特に意味はありません。今回は本編とはあまり関係ありません。

それどころか話ですらありません。

 

"漆黒の英雄譚"の中での

アイテムテキストを何となく書いてみたいなと思って書いてみただけです。

ちなみにテキストは某ゲームのアイテムテキストを意識していますが上手く書けていません。

 

投稿した後、どこかのタイミングでこれを消すかもしれませんし、そうでないかもしれません。

その辺りは適当に考えて行こうと思います。

 

★★★★★★★★


 

 

 【漆黒の双大剣】

『漆黒』の戦士モモンが振るう二本の大剣。

聖騎士から授かったもので約束の証でもある。

最期の瞬間まで戦う。その想いが盾ではなくこれを選ばせたのだ。

 

 【漆黒の全身鎧】

『漆黒』の戦士モモンが装備する全身鎧。

聖騎士から授かったもので約束の証でもある。

聖騎士はモモンが盾を持たない理由を察し、死なせぬ為にこれを授けた。

 

 【赤いマント】

『漆黒』の戦士モモンの赤いマント。

聖騎士が身に着け、全てのものを守った。

聖騎士はモモンにこれを託した、その意味を知る者はいない。

魔導王を除けば。

 

 【翼を欲する者の希望】

モモンが常に身に纏う翼を模した首飾り。

滅びた故郷の物で、自らが母と慕ったものの形見。

第3位階魔法<飛行>が込められている、しかし真に込められしは母からの想いだろう。

 

 

 

 【美姫のリボン】

『漆黒』の魔法詠唱者ナーベが髪を結んでいた黄色いリボン。

笑顔が素敵な少年に贈与されたもの。美姫は初めての感情を抱いた。

しかし再会した彼は笑顔はおろか全てを失っていた。

その記憶が美姫に一つの決断をさせたのだ。

 

 【美姫の剣】

『漆黒』の魔法詠唱者ナーベが使った剣。鉄製。

ある日、毒を吐かない美姫は一つの覚悟を語った。

それは少年を守る為に自らが盾になることであった。

 

 

--------------------

 

 

 【純銀の聖剣】

『純銀の聖騎士』ミータッチの剣。

元は鉄製であり、純銀に輝くのは世界からの祝福の証なのだろう。

慈悲深い彼は剣を振るい戦い続け、やがて全てのものから祝福を受けたという。

ミータッチのギルティ武器であり、この剣を装備するには特別な資格が必要だという。

 

 【純銀の聖盾】

『純銀の聖騎士』ミータッチの盾。

元は鉄製であり、純銀に輝くのは世界からの祝福の証なのだろう。

慈悲深い彼はこの盾を媒介に結界を作り、愛する子供たちを守った。

 

 【純銀の聖鎧】

『純銀の聖騎士』ミータッチの鎧。

元は鉄製であり、純銀に輝くのは世界からの祝福の証なのだろう。

慈悲深い彼は鎧を纏い、分け隔てなく全ての者たちを守り続けたという。

 

 【純銀の聖兜】

『純銀の聖騎士』ミータッチの兜。

元は鉄製であり、純銀に輝くのは世界からの祝福の証なのだろう。

慈悲深い彼は兜の中で、自ら嫌悪する力の行使に涙を流していたという。

 

 【大きな純銀の指輪】

『純銀の聖騎士』ミータッチの指輪。

彼は正義を目指す旅の中で愛する女性と出会った。

そして自らの子供を抱いた時、旅が終わったことを悟ったという。

 

 【小さな純銀の指輪】

ミータッチの伴侶の指輪。

ただ一つの対となる指輪であり、彼女はこれを決して外さなかった。

そして彼の帰るべき故郷の証として最期までこれを嵌めていたという。

指輪の裏に名前が彫られており、これが伴侶の名前なのだろうか。

 

-------------------

 

 

 【グレート・ボウ・スペシャル】

かつて魔導王が『漆黒』に貸したとされる弓。

強大なルーンが多数彫られた弓で、その効果は説明しきれない程。

この弓の最大の特徴は敵を数秒間のみ拘束することが出来る。

 

 【アルティメイト・シューティングスター・スーパー】

かつて魔導王が『漆黒』に貸そうとした弓。

強大なルーンが多数彫られた弓で、その効果は説明できない程。

これは持ち主を選ぶ。つまりはそういうことなのだろう。

 

 

-------------------

 

 【スティレット】

冒険者狩りクレマンティーヌの持つ刺突武器。

一見綺麗だが血の匂いが染み込んでいる。

それは彼女が狩った冒険者の数を物語っている。

 

 【冒険者狩りの軽装鎧】

冒険者狩りクレマンティーヌが着用していた鎧。

至る箇所に冒険者のプレートが縫い付けられている。

彼女はそれらを得意げに自慢していたという。

 

 

 【ズーラノーンの杖】

ズーラノーンの幹部カジットの持つ杖。

どこにでもある魔法の杖。よく手入れされている。

これまで生きてこれたのは彼自身の実力なのだろう。

 

 

 【衛兵の槍】

衛兵の槍。

何の魔法も込められてないただの槍。

素手よりははマシだろう。

 

 

 



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 ウィスク=バニールは『歌う林檎亭』の店主だ。酒場であり宿屋であるこの店では店主である自分はカウンターで立つのが仕事である。

 

 

 

「うぃー……暇だなぁ」

 ウィスクはそう言ってカウンターの上に散らばる埃を指でなぞった。その指に息を吹きかけると埃がフワッとまう。

 

 

「汚ねぇな……まぁ客が少ないからまぁいいかぁ」

 不意に表から鈴の音がカランコロンと鳴った。扉をくぐる客がいたということだ。

 

 

 

「いらっしゃい。何の用ですかい?旦那ぁ?」

 最後が疑問形になってしまったのは仕方ないだろう。相手は全身鎧を着込んでおり外見からは性別が判断できなかった。

 

 

「一泊を希望したい。部屋は空いてるか?」

 店主は鎧の人物の声を聞いて男だなと確信し、先程の言い方で間違いが無かったことにホッとした。

 

「えぇ。空いてますぜ。旦那ぁ(さてとお仕事開始っと……)」

 ウィスクは利き腕の袖を勢いよく捲ると宿屋の台帳を取り出した。

 

 

 ◇◇◇◇

 

 ◇◇◇◇

 

 

 

 

林檎(りんご)の木から制作した楽器を使った、そんな奴らが集まったのがこの店の始まりですよぉ」

「ほう……成程な。だから『歌う林檎亭』か……面白いな」

 

 モモンは現在店主と話していた。

 

 

 

 

「ここは酒場でもあるんですぜ。もしよかったら酒でも如何ですか?」

「酒はいい。まだ昼間だしな……それよりも何か飲み物を頂こう。お勧めはあるか?」

 

「そうですね。でしたら……リンゴジュースなんて如何ですか?ついさっき珍しいものを頂いたんですよ」

「ほう!『歌う林檎亭』でリンゴジュースか。面白いな。それを貰おう」

 グラスにそれを注ぐと、モモンの前に置く。音が鳴らない様にグラスの下に小指を挟んで机の上に置いた。

 

「ありがとう」

 モモンはそう言ってグラスを仰ぐ。

 

 

「?勢いの割にはあまり飲まないんですね?……ヘルムは脱がないんですかい?」

「あ……あぁ。少し考えたいことがあってな」

 モモンはグラスを傾けて氷の入ったグラスを鳴らす。

 

 

「……色々あるんですね。冒険者の旦那ぁ、もし用があったら呼んで下せぇ」

「あぁ。察してくれて感謝する」

 ウィスクが店の奥へと入っていった。

 

 

 

(……できるだけ人目につかない場所を探していてこの店に入ったが正解だったようだ。店主には悪いことをしたかもな。だがおかげで今ならゆっくり物事を考えられそうだ)

 

 

 

 モモンはグラスを揺らす。カランと鳴るそれが妙に心地よく癖になりそうだ。

 

 グラスをカウンターに置く。

 

 

 

 

(まずパラダイン殿たちとの話を整理しよう。『大遺跡』の調査はワーカーが、私はその護衛、一応『自由にしていい』と言われた。しかしだ……本当に『自由にしていい』かどうかが分からないな……。あのタイミングで『国に縛られている』と発言してきたくらいだ。ただの善意だと思いたいがそれは流石に考えが甘いだろう)

 グラスを傾ける。窓から差し込む光によって飲み物が反射する。

 

(私の目的がナーベの捜索だということには気が付いているだろう。その上であの発言だとすれば……本当に自由にしていいのかもしれない。しかしだ!……それは帝国に貸しを作ることにはならないか?)

 モモンは内心舌打したい気分に駆られる。

 

 

 

(国に縛られている……確かにそうかもな。フールーダ殿たちの言う通り、ヤルダバオトを撃退したことで王国民に私の名は知られてしまった!短剣だって王から受け取ってしまった!こんな現状でもし本当に自由にしたらどうなるか………考えられる最悪のパターンは帝国に貸しを作る形になり、帝国に拠点を置くように言われてしまうことだ。もし今回の依頼でナーベを発見し連れ帰れたと仮定した場合、帝国に恩を作ることになってしまう。最優先事項はナーベの捜索、及び連れ帰ることだ。それ以外は……。しかしその選択はエ・ランテルの者たちの信頼を裏切ることにならないか?)

 

「いっそ自由になれたらどれだけ楽か……」

 冒険者でなくワーカーになるか?、いや駄目だ。それはエ・ランテルや王国にいる冒険者の皆を裏切ることになる。

 

 

 

「はぁ……どうしろって言うんだ」

 何か良い手はないのか。王国にも帝国にも縛られずに自由に動けるいい方法は無いのか。そう思いモモンがグラスに手を伸ばした時であった。背後から大きな怒鳴り声が聞こえたのだ。

 

 

 

 

「だから知らないって!言ってるでしょ!」

 

「いえいえそんなこと言わずに、どうかお願いしますよ」

 

 

 

 

「喧嘩か?」

 

 モモンが後ろを振り向くとそこには店のど真ん中でにらみ合う一組の男女。一人は若く細身の女性であり装備からして冒険者の様な雰囲気を感じ取れる。もう片方は男であり腕や胸に筋肉が詰まっているのは一目瞭然であり威圧感を与える姿をしており、こちらは冒険者らしい恰好をしていなかった。戦士は二人の服装などの違いから全くの他人同士だと判断する。

 

 

 

 

「フルト様と同じワーカーチームの貴方様にお願いするしかないんですよ」

「だから!」

 

 

 

(ワーカーか……冒険者と違って何かと大変そうだな)

 

 

 

ワーカー

 

公式な機関である組合を仲介して依頼を受ける冒険者とは異なり、非公式に直接依頼を受ける者たちを"請負人(ワーカー)"と呼ぶ。犯罪に関わる内容でも高額の報酬を求めた彼らが危険な依頼に手を出すことも多い。法の枠内で依頼を受けるのが冒険者、法の外で依頼を受けるのがワーカー。一般的にはそんな感じの意味として使われることが多い。

 

 

 

(……助けた方がいいだろうか?いやまだ様子を見た方がいいか…)

 

 

 

「私たちはあの娘の仲間であって世話人や家族じゃない!居場所なんか知る訳ないでしょ!」

「私も仕事ですので『知らない』と言われたから、はいそうですかと引き上がる訳にはいかないんですよ。なんせ仕事なもんで」

 

 

 

「アンタ馬鹿ぁ?だからさっきから言ってるようにね…!」 

 女は我慢の限界とばかりに右手を振り上げる。それは平手打ちの構えであった。

 

 

 

 

(不味いな……そろそろ限界かもしれないな)

 これ以上は危険だとモモンは判断して止めようと……。

 

 

 

 

「おい!アンタいい加減にしろよ!」

 そう大声を張り上げる男がいた。その男はドアを開けた所に立っていた。その装備は冒険者らしき恰好をしており、その姿から女の仲間らしそうであった。

 

「アンタの顔なんてこっちは見たくないんだよ!」

 男は急ぎ二人の間に入り、両手を使って二人を引き離した。

 

 

「大丈夫か?イミーナ」

「遅いわよ。ヘッケラン」

 そのやり取りをして女の強張った表情が柔らかくなる。その様子から男への信頼が伺えた。どうやら仲間なのは間違いなさそうだ。

 

 

 

 

(あの感じだとどうやら助けは必要なさそうだな……だが念の為に様子見程度はしておくか)

 モモンは一先ずそうすることにした。彼らの様子から自分に出来ることは無いだろうと判断したからだ。

 

 

 

 

「それでまたアンタか……何度も言っているが」

「ターマイト様、申し訳ありませんがいい加減にフルト様をお出しになってください」

 

「アルシェの……約束の返済期限はまだ先だろ?もう少しだけ待てよ」

「これ以上は待てません」

 

「今まで待っていてくれただろ?半月は待ってくれたじゃねぇか」

「しかし!とっくに返済期限は過ぎました。新たな約束の期限は貴方様に説得されて一度は設けさせて頂けましたが!」

 

「なら……」

「ならばこそ!せめて具体的な返済計画だけでもお話し下さい!お願いしますよ」

 

「……」

「…正直に申しますとこれ以上は"上"のものが限界で、最悪の場合……その身柄を拘束させて頂く可能性すらあります」

 

「……帝国では人身売買は違法だろ?」

「人間は……ですね。例えばそこの……」

 男はそう言ってイミーナと呼ばれる女に目線を向けた。

 

 

 

 

 そしてその視線の意味を悟ったヘッケランと呼ばれた男は男の胸倉を掴み上げた。

 

 

 

 

「てめー!!」

「……失礼。しかし最悪の場合はそういうこともあり得るとお話したまでです」

 

「ヘッケラン!落ち着いて。私は大丈夫だから」

「イミーナ……」

 イミーナに宥められたヘッケランは掴んでいた胸倉を外した。男が床に落ちて膝を打つ。

 

 

「アンタも言葉には気をつけなさいよ。うちのリーダーは頭に血が上りやすいの知っているでしょう?」

「……分かりました。今日はもう冷静に話し合えそうにありませんね。また明日来ます」

 男はそう言って去っていった。

 

 

 

 それを見たヘッケランとイミーナはホッと息を吐くとお互いに顔を見る。

 

 

「あーあ…もう来ない方が助かるんだけどな……」

「現実に戻りましょうよ。ヘッケラン」

 

「はぁ……仕方ないな。イミーナ、悪いけど『もう終わったぞ』と二人を呼んできてくれ」

「分かったわ。その前に一つだけ言わせてもらっていい?」

 

「何だ?」

「ヘッケラン、さっきの演技じゃなくて本気だったでしょ」

 

「………まぁ、ついカッとなったんだよ」

「ありがとうね」

 イミーナはそう言うと階段を上がっていった。

 

 

 

 

(成程な……。理由はよく分からなかったが仲間を庇ったのか……。庇ってもらえるくらいの関係でありながら借金か……。フルト……いやアルシェか。何やらややこしそうな内容だな……。ワーカーとはみんなこうなのか?)

 

 

 ◇◇◇◇

 

 ◇◇◇◇

 

 

 少ししてイミーナに引き連れられる形で二人の人物が階段から降りてきた。

 

 神官風の恰好をしている男、それと身体に見合わない大きな杖を持っている幼さ残る女。

 

 

 

 

「……すまない」

 開口一番、少女がそう言った。この言葉を発したことから彼女が借金をしているフルト……恐らく彼女がアルシェなのだろう。

 

 

「お前が気にすることじゃないさ。気にするな。アルシェ」

「そうよ。貴方が気にすることじゃないわ」

 

「……しかし」

 

「はいはい!辛気臭い話はここまでにしましょう。それでヘッケラン、例の依頼どうだった?」

「あぁ。『大遺跡』の件だが……約束通り前金は既に振り込まれていたさ。いつでも現金化できるようになっていた」

 

「依頼主はどうでした?」

「そうだな。ロバーが最初に聞いた話とは大きくは異ならなかったな。相変わらず胡散臭い貴族だよ」

 

 

「…恐らく真の依頼人は帝国の上層部だと思う」

 

「まぁ…その可能性を考慮したとして……受ける方向性でいいな?」

 

 

「うん。『大遺跡』の調査だなんて面白そうじゃない!」

「そうですね。もし悪霊がいたら神の奇跡で対処しましょう」

 

 

「……私は……」

 

 

 

 

「大丈夫だぜ。アルシェ。俺たちならな」

「そうよ。私たちなら。それに悪い依頼ではないわ。ドカンともうかるわけだし……ねぇ?」

「イミーナさんの言う通りですよアルシェ」

 

 

「……みんな」

 

 

 

 

(借金の件はよく分からないが……彼らは『大遺跡の調査』を受けるつもりなのか?……)

 

 

 そこでモモンは思案する。

 

 

(!っ……何故こんな簡単なことに気が付かなかった)

 "それ"を思いついたモモンはカウンターからテーブルの方へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「失礼、『大遺跡』の調査と聞いたのですが、間違いないですか?」

 モモンの声に四人が反応する。それを見て真っ先に声を出したのは先程ヘッケランと名乗っていた男であった。

 

 

「……なんだい?アンタ。こっちの会話に割ってきて……」

 モモンの方へ視線を向けたヘッケランは驚きの表情を浮かべた。しかし視線は顔ではなく胸元であり、恐らく首からぶら下げたプレートを見たゆえの反応だろう。しかしすぐに胡散臭そうなものを見るような顔つきになる。どうやら偽物のアダマンタイトだと判断されてしまったようだ。

 

 

 

 

「これは失礼。私は【漆黒】のモモンと言う」

 

「はっ!?」

 表情を急激に一変させ、愛想笑いを浮かべる男にモモンは少しばかり嫌悪感を催す。

 

 

(だがこの態度もチームを守る為のものなのだろうな。やはりこの男がリーダーか……)

 首を振ると先程感じた嫌悪感はどこかへいった。リーダーならば仕方の無いことだろう……先程の一連の出来事を見ていると何となくそうなのではとは思っていた。

 

 

 

 

「……あー、【漆黒】のモモンさん?ヤルダバオトを撃退したという……あのアダマンタイト級の?」

「えぇ」

 

「はぁぁぁっ!?」

 ヘッケランが驚きのあまり声を上げる。モモンは兜の中で眉をひそめると少し注意することにした。

 

 

「ここは酒場だが同時に宿屋です。他にも客はいますし?大声を上げると他に客に迷惑がかかるのではないですか?」

 

「いやしかし……あぁ……そうですね」

 ヘッケランは声のトーンを少し下げて会話を続ける。一度ゴホンと咳すると先程までの慌てぶりは嘘のように消え去り右手を差し出してきた。

 

 

 

 

「初めまして。ワーカーチーム【フォーサイト】のリーダーであるヘッケラン=ターマイトです。会えて光栄です。モモン様」

「こちらこそ。気軽にモモンと呼んでくれ。ヘッケランさん」

 

 モモンもガントレットを外して応対する。その際に他の三人に視線を向けるが明らかに警戒されている様子だ。

 

 

 

 

彼ら(漆黒の剣)とは大違いだな……まぁ状況が真逆だから……当然か)

 

 

 

「……ではモモンさんとお呼びさせて頂いてよろしいでしょうか?俺のことはヘッケランと呼び捨てで構いません。もっとくだけた口調でいいですよ」

「…分かりました。ヘッケラン」

 

 

 

「何故俺たち【フォーサイト】に声を?」

「実は…先程借金の件を聞いていたんですよ」

 

 

「それは……」

「あー、いや本当に申し訳ない。正直言って聞かれて良い話じゃなかったでしょう」

 ヘッケランとモモンがアルシェの方へと目を向けるが『気にしないで』と言わんばかりに首を横に振った。

 

 

「……それと声をかけたのは何か関係が?」

「えぇ。もう一度聞きますが『大遺跡』の調査を受ける。これは事実ですか?」

 

「えぇ。その通りです」

「分かりました……」

 

 

 

 モモンは一度肺から大きく息を吸った。これから話す内容の為に自身を少し落ち着かせたかったのだ。

 

 

(パラダイン殿との話し合いで『大遺跡』の調査の際に自由に動けることは分かった。しかし護衛という名目である以上、護衛対象であるワーカーからはあまり離れる訳にはいかないだろう。ならば自由に動けるには何が必要か……)

 

 

 

「実は【漆黒】のモモンとして貴方たちに依頼をしたいのです」

「アダマンタイト級の貴方がワーカーチームの俺らに依頼?」

 ヘッケランは顔を歪めた。恐らくあまり良い想像ができなかったのだろう。

 

 

 

「えぇ。実は訳あって私は『大遺跡』で"あるもの"を調査したいんです。しかし私はワーカーの皆の護衛として派遣される予定で自由には動けません」

「?…それ俺たちに言って大丈夫なんですか?アダマンタイト級である貴方に依頼するくらいだから……」

 ヘッケランが心配するようにモモンに声をかける。彼の憂慮は当然だ。アダマンタイト級に依頼できる者は限られる。それこそ国の上層部と呼べる地位を持つ者くらいであり、説明はしていないが状況的に色々と察してくれたのだろう。ならばモモンの返答は一つしかない。

 

 

「はい。皆さんに危険は及びません」

「…とりあえず分かりました。それで俺たちは何を?」

 

 

「【フォーサイト】の皆さんには一つだけ実行してほしいことがあります」

「何でしょうか?」

 

 

 

「【フォーサイト】の皆さんには調査の際、可能な限り最前線に立って頂きたいのです」

「可能な限り…それはまた……。未知の遺跡ですよ。あぁ……貴方が『大遺跡』を調査したい……ということですか。本当にそれだけですか?」

 

 

「はい。他にお願いしたいことはありません」

「…では二つつだけ聞かせて下さい。私たちの安全はどうするおつもりですか?」

 

 

「他のワーカー同様に皆さんを護衛します」

「……それはモモンさんが平等にワーカーを護衛をするという認識でよろしいでしょうか?」

 

「……少し異なるかもしれませんが、皆さんに関しては最前線に立って頂くつもりですので私は特に警戒するつもりです。それでもう一つは?」

「報酬はいかほどですか?」

 

「そうですね……フルトさんの借金は如何ほどですか?」

 モモンが尋ねるとアルシェはヘッケランに視線を向けた。

 

「………アルシェ、今の金額は?」

「……金貨290枚…」

 リーダーであるヘッケランの言葉でようやく口を開いてくれた。どうやらまだまだ警戒されているようだ。

 

 

「そうですか。29枚…いや…でしたら……キリよく白金貨30枚で如何ですか?」

 そう言うとモモンは懐から革袋を出しテーブルの上に置いた。

 

 

 

「これは?」

 

 

「一応報酬が確実にあることをお伝えするためにお出ししました。白金貨30枚です。中身を確認して下さって構いません」

 

 

 

 ヘッケランは革袋から白金貨を一枚取り出すと表裏を確認し重さを確認するように腕を上下する。すると満足したのか白金貨を革袋に戻した。

 

 

 

「本物ですね。分かりました……確かに白金貨30枚確認しました。しかし本当にいいんですか?」

「えぇ。私としましても調査の際に自由に動きたい理由があるのです。その為ならばこの程度安い出費です」

 【フォーサイト】が驚く。白金貨30枚を安い出費だと言い張ったことなどがそうだ。それも無理は無かった。主に驚く理由は二つ。第一に最高位であるアダマンタイト級冒険者がドロップアウトしたワーカーに依頼をした点。通常ありえないことである。第二に白金貨30枚は金貨300枚と同等の価値を持っていた点だ。廃止されるまで白金貨1枚は金貨10枚と同等の価値を持っていた。

 

 

 

 

「いつまでに結論を?」

「可能ならば……今この場でお答え下さい。無理強いはしませんが……」

 

 

 

 

「……アルシェ」

「…ヘッケラン?」

 

「アルシェ。この依頼を受けるかどうかはお前が決めろ」

「……でも…」

 

 

「イミーナ、ロバーもそれでいいか?」

「えぇ。私はいいわ。リーダー」

「私もそれで構いません」

 ヘッケランはアルシェに視線を向けた。アルシェは視線を床い落とすと答えを出したのだろう。視線をモモンへと向けた

 

 

 

「……モモンさん。その依頼、私たちに受けさせて下さい」

 そう言うとアルシェは頭を下げた。続いてヘッケランたちも頭を下げる。

 

 

 

 

「受けてくれてありがとう。頭を上げてくれ」

(【フォーサイト】良いチームだな……。仲間の為に全員が頭を下げるか……それにリーダーのヘッケラン、彼は借金のことで後ろめたさを感じている彼女の為にわざと決めさせたな……良いリーダーだな)

 

 

 

 

 モモンがそんなことを思っているとヘッケランがこちらに向かって口を開いた。

 

 

 

「ところでモモンさんは依頼までどう過ごすつもりですか?」

「うん?……あぁ折角帝都まで来たんだ。見て回ろうと思う」

 

 

「でしたら観光なんか如何ですか?それともマジックアイテムなんかどうですか?モモンさん」

「…どちらかというとマジックアイテムの方が興味はあるかな」

 

「それでしたら俺が案内しますよ、この周辺のことは詳しいと自負していますんで」

「はは、ありがとう。では頼めるかな」

 

「えぇ。お任せ下さい」

 

 

 

 

 モモンと【フォーサイト】。彼らはこうして出会った。

 

 それから数日後……。

 

 モモンたちは『大遺跡』へ向かうことになる。

 

 



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★ほぼ無関係★ アイテムテキスト2

あぁ……!!

アイテムテキスト書きたい!

そんな衝動に襲われる日々です。

 

本編を書こうにも書けない時はよくこれらを想像しています。

……ということで書きました。

本編はまだちょっと待って下さい。読んで下さっている方には本当にすみません。

一応今週中に続きを投稿する予定思います。

 

 


 

 

竜狩(りゅうが)りの金獅子(きんじし)

 

 神の概念が無かった頃に現れた英傑の一人。

黄金の獅子を模した鎧を着込んでおり、その姿から『金獅子』と称された。二本の大剣を使いこなし、数百いた古き竜王を一桁程狩ったという。その圧倒的な強さから『竜狩り』とも恐れられた。現存する記録は失われ、一部の者たちにより口頭で名を知られているのみ。白金の竜王いわく、二人の同志と共に古き竜王たちを退けて人類の国を真に建国したとされる。

 『流星の子』である者からは何故かヨトゥンと呼ばれていたとか。

 

 


 

 

【金獅子の双大剣】

かつて『竜狩りの金獅子』と呼ばれた戦士の二本の大剣。

あらゆるものを切り裂き、古き竜王たちから恐れられた強大な武器。

かつてあった黄金の輝きはとうに失われており、時折妖しく光るのみである。

実はギルティ武器であり、彼は自らの罪に飲み込まれたという。

 

 

【金獅子の兜】

かつて『竜狩りの金獅子』と呼ばれた戦士の兜。

獅子を模した造形が為されており、重圧を感じさせる。

涙を流し、枯れ果てた瞳は世界を睨んでいたという。

かつてあった黄金の輝きはとうに失われており、時折妖しく光るのみである。

 

 

【金獅子の鎧】

かつて『竜狩りの金獅子』と呼ばれた戦士の鎧。

そこに宿る力は非常に強力であらゆるものから守った。

しかし大破しており、その様相から最後に対峙した者の強大さが伺える。

かつてあった黄金の輝きはとうに失われており、時折妖しく光るのみである。

 

 

【金獅子の手甲】

かつて『竜狩りの金獅子』と呼ばれた戦士の手甲。

そこに宿る力は非常に強力であらゆるものから守った。

しかしかの者は"二つの希望"を失った時、自らの一切を捨てたという。

かつてあった黄金の輝きはとうに失われており、時折妖しく光るのみである。

 

【金獅子の足甲】

かつて『竜狩りの金獅子』と呼ばれた戦士の足甲。

そこに宿る力は非常に強力であらゆるものから守った。

かの者は生涯膝を二度だけ付いた。求婚の時、そして敗北の時である。

かつてあった黄金の輝きはとうに失われており、時折妖しく光るのみである。

 

 

 

 

【暗い瞳】

別名"魔女の目"。効果は不明だが、世界をひっくり返せる程の強大な力を持つ。

かつて『聖女』と呼ばれた者がこれを持っていたことはある意味皮肉だろうか。

その暗い瞳が映すのは世界の終わりだろうか。

 

 

【始まりの指輪】

効果は不明だが、世界をひっくり返せる程の強大な力を持つ。

金獅子はこの指輪を見て真実に気づき絶望し、自ら破滅の化身となり世界へ戦いを挑んだとされる。その果てに対峙したのは一人の『銀騎士』であったという。

 

 

【破滅の槍】

かつて世界そのものに降り注ぎ滅びを与えた槍。

触れたものを完全消滅させる効果を持つ。

ただ一つ残るそれは"真に大罪を犯せし者たちの都"に安置されているという。

誰かが使った後なのか既に輝きは失われてしまっている。

 

 


 

 カイズ

 

『十三英雄』のリーダーである男。人間。異名は『緋色(ひいろ)

『魔神』を討伐した偉大な人物の一人。誰よりも弱かったが誰よりも強くなった英雄。

焼け爛れた鎧を着用しており、常に焦げ臭いにおいを纏っていたという。

殺害を最終手段として捉えており、魔神討伐の際でも最初は必ず説得しようとした。しかし戦闘では常に最前線に立っていたという。多くの英雄はそれを優しやさ勇気と捉えていたが、彼と一部の者たちだけはそれを別のものと捉えていた。浮遊都市『エリュエンティウ』とは何かしら縁があるようで……。

 

 

※異名が『緋色』である理由は一応あります。原作では異名などは出ていません。本名らしきものは出ていますがこの場では割愛させて頂きます。ちなみに【十三英雄】の話は【六大神】【八欲王】に比べて重たくなる予定です。

 


 

【緋色の兜】

焼け爛れているため本来の力を持たず、燃えるように熱く触れると火傷する。

かの者の心中を真に理解していたのは一人の戦友だけであった。

英雄たちの亡骸を傍目に最期は戦友の名前だけを呼び続けたという。

 

【緋色の鎧】

焼け爛れているため本来の力を持たず、燃えるように熱く触れると火傷する。

かの英雄の一人『白銀』はその背中にあるものを見出したという。

そして種族の壁をも超え、それを真に理解したからこそ苦しむのだ。

 

【緋色の手甲】

焼け爛れているため本来の力を持たず、燃えるように熱く触れると火傷する。

ある少女は亡国にて手を差し伸べられ、後に名も無き英雄になった。

真実を知らぬ彼女は今でも『緋色』に密かに感謝しているという。

 

【緋色の足甲】

焼け爛れているため本来の力を持たず、燃えるように熱く触れると火傷する。

かの者は自らの過去を語った。『死霊術師』たちはこれを受け入れた。

そしてその時にはまだ多くの英雄がいたのだ。

 

【緋色のマント】

燃えてボロボロになっているため本来の力を持たず、触れると火傷する程熱い。

炎のように燃えるその外套、それは一体何を燃やしていたのだろうか。

ある姫君はその背中にあるものを見極めるために同行した。十二人の騎士と共に。

 

 

【緋色の剣】

十三英雄のリーダー『緋色』が持っていた白銀の剣。形状は鍵。

斬るのに適さない形状をしているがその切れ味は『魔神』さえ切り裂いたという。

かの者は一人の戦友を失うと、狂い、その果てに死んだという。

現在は白金の竜王により密かに保管されている。

実はギルティ武器。彼は自らの犯した罪に耐えきれなかったという。

 

【緋色の指輪】

十三英雄のリーダー『緋色』が持っていた指輪。

この指輪の着用者はアンデッドの気配を消すことが出来る。

名も無き英雄は出会いの際にこれを譲り受けたという。

そして戦友と呼ぶ者もこれと同じものを持っていたという。

 

 

 

 

 

 



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大遺跡の探索者たち

読んでいる方へ
お待たせしました!
質はアレですが何とか投稿できました。


三人のワーカーたちが固まり、話していた。

 

 

 

「老公、彼はどうだった?」

そう問いかけたのは『ヘビーマッシャー』のグリンガムであった。

 

 

「ほっほっほ。ありゃ強いなんてもんしゃないわい」

老公と呼ばれたワーカー…パルパトラはそう答えた。

 

 

「そこまでか……」

思わずそう呟いたのは『フォーサイト』のヘッケランだ。

 

 

 

 

何故こんな話になったか?

 

それはここにはいない『天武』のエルヤーの一言が切っ掛けであった。

 

 

 

 

"目的地まで"の護衛として雇われた冒険者。その冒険者たちを見て……

 

「冒険者ごときで大丈夫なのですか?…荷物運びとしては合格なのは一目瞭然なのですがね。危険を払いのけてくれるかが不安で……全然眠れませんでしたよ」

 

 

傲慢……そう言われても仕方無い言動。しかしエルヤーの実力はかの王国戦士長ガゼフにも匹敵すると噂される程であり、他のワーカーたちは誰もが口を閉じた。だが内心ではこう思っていたに違いない。

 

(勘弁しろよ。仲良くしろとは言わないが、せめて険悪にだけはならないようにはしてくれよ。同じワーカーならまだしも相手は冒険者たちだぞ。仕事だから多少は我慢してくれるだろうが。実力があるからって見下し過ぎだろ。これだからスレイン法国の者は……)

 

 

そこで現れた冒険者の一人を見て____事前に知っていた『フォーサイト』でさえ____目を見開いた。そこにはかの生きた伝説……"漆黒の英雄"と呼ばれた『漆黒』のモモンがいたからだ。

 

「そうですか……ならば実力をお見せしましょうか?」

「!っ…アレは」

 

 

「"漆黒の英雄"!ギガントバジリスクを討伐したとかいう!」

「難度二百以上の大悪魔"ヤルダバオト"を撃退したとか」

「難度二百!?流石にそれは……」

 

モモンの登場にワーカーたちがざわめきだす。そんな中エルヤーだけは不満気にモモンを睨みつける。

 

 

 

「誰か手合わせでもしましょう。そうすれば不満もなくなるでしょう」

 

 

 

そんな中パルパトラはモモンに質問しようと前にで出る。しかしそれをヘッケランに手で制されてしまった。少しの間沈黙が流れる。誰も名乗りを上げないので

 

 

 

「そうですね。では遠慮なく……」

沈黙を破ったのはエルヤーであり、そう言うと刀を抜いた。

 

 

 

「……構わないが手加減できる自信は無いですよ?」

対してモモンは身近にいた冒険者から借りた何の魔力も持たない杖を手にした。

 

 

 

『漆黒』のモモンと『天武』エルヤー=ウズルス。

 

 

 

勝負の結果は明白であった。

 

 

 

その結果、エルヤーは自身のテントに引きこもることになったのだ。微かに肉を叩きつける(・・・・・・・)様な音と微かな悲鳴だけがそのテントから聞こえていた。エルヤーに対して「良い様だ」と思うのが本心である。しかし同時にこれでエルヤーを不満を自分たちのチームにぶつけたらどうしようかと不安に思った。そのため各ワーカーのリーダーたち(エルヤー除く)は集まって話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆえにこの場にはエルヤーはいない。

 

この場にいるのは三人。

 

 

緑葉(グリーンリーフ)』のパルパトラ。

 

『ヘビーマッシャー』のグリンガム。

 

そして『フォーサイト』のヘッケラン。

 

 

彼ら三人はエルヤーに隠れて話をしていた。

 

 

 

「モモン殿は強いな。あの感じだと王国戦士長よりは強いんじゃないのか」

「ふむ……儂もそう思う。恐らく比べることすら無意味しゃろ」

 

 グリンガムとパルパトラが話す。心なしか目標の建造物の前なのに二人の口調が明るい。

 

 

「あぁ。同じ戦士として感動した。あそこまで人間は強くなれるもんなんだな。それでもって人格面にも問題無しと来た。大したもんだ」

「あぁ。全くだ」

 

「それで老公、ヘッケラン……話を変えるが……」

 グリンガムはそこで言葉を一度区切った。

 

 

 

 

「『大遺跡』探索の全体の指揮権は誰が持つ?」

グリンガムの話はずっと意図的に避けていた話題であった。この場にエルヤーがいないのが救い、いや…この場にエルヤーがいないからこその話題なのだろう。それをヘッケランは瞬時に理解した。

 

 

 

 

「………その役は必要ないんじゃないのか?」

「いや遅かれ早かれ必ず必要になる。問題を先延ばしするだけだ。老公はどう考える?」

 

 

「儂はいてもいなくてもいいそ。ただその役をこなせる者がいるのかは疑問しゃか」

 その言葉を聞いてヘッケランは考え込む素振りを見せる。自分が思い描いていた会話の流れになったからだ。自身の考えを提案するにはここしかないと仕掛けた。

 

 

 

「さっき話した全体の指揮権だが、思い切ってモモンさんにやってもらうのはどうだ?」

 ヘッケランはそう言うとグリンガムとパルパトラの顔色を伺う。両者とも何やら考え事をしているようだ。

 

 

 

(こういう時は余計な事を言わずに相手の答えを待った方がやりやすいからな……)

「人柄、実力ともに申し分無いだろう。しかしだ、ヘッケラン……結論を出す前に汝に一つ聞きたい」

「どうした?」

 

「護衛を務める彼に本気で指揮を任せるつもりか?」

 グリンガムの疑問は当然だろう。ここにいる者たちは各自チームを率いているリーダーだ。メンバーの命を預かる以上、それらの責任をリーダーである自分たち以外に任せるのかと問うているのだ。

 

 

「いや実は本当の狙いはそこじゃない」

「どういうことだ?」

 

「これの狙いは『天武』、いや正確にはエルヤーのみを黙らせるだけの理由が欲しい。考えてもみてくれ。未知の遺跡、四つのワーカーチーム、そこにあの仲間のエルフを虐待する最低野郎のエルヤーがいるんだ。嫌な予感しかしないだろう?」

「……我らはドラゴンの威を借りるゴブリンになる。そういうことか」

 グリンガムも俺の言いたいことは分かってくれたみたいだ。エルヤーは身勝手な奴だ。だから奴が独断に走ってチームに危険が及ぶ可能性は少しでも減らしたい。そうでなくても剣の腕だけは王国戦士長に匹敵すると言われているのだ。そんな奴が暴走したら確実に大きな被害が出る。まぁモモンさんが護衛として一緒にいてくれるならその可能性は限りなく低くなるはず。まぁ本当の狙いはそこじゃないんだが……今はそれを言うべきではない。二人は知らないのだから。

 

 

「あぁ。正直言うとプライドという意味ではありえない選択肢だ。でも俺たちはワーカー、どんな報酬も生きてこそだろ。泥に塗れた金でも同じ金だ。違うか?グリンガム」

「名ではなく実を取る……そういうことか。汝の考えは分かった。我はそれでいい。老公はどうする?」

 

 

「ふむ……儂も一つ聞きたい。お主何故モモン殿を指揮官にしたいなどと思った?」

(やはり老公は聞いてきたか……予想通りだな)

 

 ヘッケランは一呼吸すると事前に考えていた内容を口にした。

 

 

「……また見てみたいんだよ。アダマンタイト級の冒険者の戦いってやつを。戦士としての彼を」

「ふっ……そうかそうか。なるほと……実は儂もしゃ」

 そう言うとパルパトラは笑った。先程の戦いを経て何か思う所があったのだろう。その顔は若々しい印象を受けた。

 

 

「決まりだな。早速モモン殿に提案してみよう」

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

「私が君たちの指揮官に?私は護衛だぞ?」

 モモンは自分のテントに訪れた三人に突然そう言われ驚いた。護衛の依頼のはずが何故指揮官になるになってしまうのか。

 

 

「えぇ。俺たちはこれから未知の遺跡を探索する。その場所での指揮官をモモン殿にお願いしたい」

 そう言って先頭に立ち話すのはヘッケランであった。

 

「……全ワーカーチームの総意と考えていいのか?」

「はい」

 

 

(ここにいないということは……どう考えても『天武』とやらの同意を得ていないだろうが………。いやこの場合『天武』の彼の暴走を抑えさせるために"形だけの指揮官"になれということか。彼の言動はあまりに”あの国”を思い出させるからな……もしや"あの国"の出身者なのか?彼の暴走する可能性を疑うも当然か。ならばここは引き受けた方が彼らも助かるか…)

 

 モモンは彼らに分からないように兜の中で一度息を大きく吸った。

 

「……分かった。力になれるかは分からないが……全体の指揮を取ろう。ただし私が指揮をするのはリーダーに対してだけだ。各チームのメンバーには今まで通りリーダーが指揮してくれ。これでいいな?。(これでいいだろうか。これなら各チームの機動性を失うことなく、『天武』を牽制できるだろう)」

 ヘッケランたちが頷いているのを見る限りどうやら正解だったらしい。

 

 

「あぁ。感謝する。それでどう探索する方針ですか?」

 そのヘッケランの言葉を聞いてモモンは理解した。ヘッケランのもう一つの目的を。そして密かに感謝した。

 

(彼は私を自由に探索させるために指揮官にさせたかったのか……感謝する)

 

 

 

「出発は十五分後、各自装備などの点検を。そして全チーム合同で『大遺跡』を探索する。時間は掛かるだろうが少しずつ探索をしていこう」

 

「モモン殿、感謝します」

 そうヘッケランが言うと他の二人も礼を言ってテントを後にした。

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 モモンたち一行は『大遺跡』の前に立っていた。それは巨大な三角形の建造物。砂や土で固められたであろうその建造物。そしてその周囲にはおびただしい数の墓が建てられており、周囲一帯は不自然な程平野が広がっていた。事前に確認した特徴と一致する。間違いない。アレが『大遺跡』だ。

 

 

 

 モモンは首に掛かっているもう一つの(・・・・・)冒険者プレートを握った。ひっくり返すと自身ではない名前がそこには刻まれており無言でその名前を呼ぶ。

 

 

 

(本当にここにいるのか?)

 

 

 

(納得できるわけないだろう。いきなりいなくなって……せめてお前の口から理由を聞くまでは)

 

 

 

 モモンはそのプレートを鎧の中に戻す。

 

 

(だから…無事でいてくれ。……………ナーベ!)

 

 

 

 背中の大剣を抜くと『大遺跡』に大剣を向けて言い放つ。それと同時に武技<心頭滅却>を発動。周囲を感知し始めておく。

 

 

 

 

「『大遺跡』探索開始だ」

 

 そう言うとモモンたちは『大遺跡』に踏み込んだ。

 

 

 


 

 

 一言で言えば士気は微妙だった。最初は良かったのだが……。

 

 

 

それぞれのワーカーたちの胸には未知の遺跡への興奮といつモンスターや罠に襲われるかの緊張感があった。ある者はいつでも武器を振るえるように両手で持ち、ある者はいつでも魔法を詠唱できるように額から出る汗すら拭かなかった。そしてある者は不機嫌そうに刀を鞘から出し入れしてキンキンと金属音を鳴らす。

 

 

『大遺跡』に入った時、そこには巨大な何も無い空間(・・・・・・)だけが広がっていた。いや正確には地下へと下る階段だけがあったのだ。モモンはワーカーのリーダーたちに降りるかどうかを尋ねた。彼らは何も無い空間を調べようとすらしなかった。だって何も無いのだから。そして階段を下りた。地下一階に下りると暗く---モモンは武技で周囲を探知し大体の地形を把握できていたが---何も見えなかった。松明をつけるもその階層も……いややはり下へと下りる階段のみがあったのだ。

 

 

 

興をそがれた彼らの士気が低くなるのも当然だろう。

 

 

 

「これはどういうことだ?見つけたのは床に沈んだ謎の線状の跡(・・・・・・)ぐらいだったが…」

 ワーカーの一人がそんなことを呟いた。

 

(確かに……。あの跡は謎だ。そもそも何故地下へと下りる階段だけがあった?それも他に何も置かずに……これではまるで地下へと誘導しているようじゃないか)

 モモンはそう考えた。しかし現状モンスターもいなければ罠の一つすら発見できていない。

 

(この流れそのものが罠だとしたら警戒が必要だろう。しかしそれだと何故ここまで大掛かりな施設を建造する必要があった?何も無い空間を悪戯に作ったとでも……あの跡の意味が分かれば何か解るかもしれないが……)

 

 

 

 

『大遺跡』、墓場があったことからアンデッドあたりが出現すると考えていたのだがどうやらそうではなかったらしい。

 

(もしやあの跡はアンデッドの足跡か?だとしたらそれなりのサイズのやつがそれなりにいるか……もしくは巨大なアンデッドが何体かいるか……その辺りが妥当か?)

 

 

今は地下二階。そこには先程とは異なり戦闘の跡があった。ただし既に誰かが勝利したであろう跡だ。

 

 

(いや……壁や床が所々焼けている。ナーベが<電撃(ライトニング)>などを使ったのだろう)

 床にはスケルトンらしきモンスターが大量に倒れている。その眼窩には本来あるはずの生者への憎しみの炎が宿っていなかった。

 

 

 

(確かにナーベならばこの程度なら通り抜けることなど造作も無いだろう。しかし先程見たモンスターの中に____知識でしか知らないが____死者の大魔法使い(エルダーリッチ)らしきモンスターすら大量に倒れていた。ここをナーベが通った可能性が十分あるな)

そしてやはりというか明らかに見つけて下さいと言わんばかりに階段があった。

 

 

 

(ここは一体……もしやアンデッドが生まれる遺跡なのか?それとも……)

 

 

____誰かが意図してアンデッドを生み出したのか……。

 

 

 

 

 

 

「階段だ!下に降りられるぞ」

 ヘッケランのその言葉にモモンはハッとした。他の者たちも注意をそちらに向けていた。

 

 

(先程までは武技に引っかかるものは何も無かった。だが気を引き締めないとな……)

 

 

 

「どうする?」

 ヘッケランのその言葉に他のワーカーチームのリーダーが話し出す。

 

 

 

「ここには何も無いんしゃ。行くしかあるまい」

「進むべきだ。この空間が何も無いのは気になるが。何の収穫も得られぬままなど我が許せん」

「私も進むべきかと思います。何より進まないとここまで来た意味が無いですから」

 

 

「モモンさん!」

「えぇ。分かりました」

 

 

 一同が下りるとそこは再び真っ暗な空間であった。

 

 

 

「誰か明かりを!」

 松明、魔法などにより明かりを点けると部屋全体が照らされる。今まで同じように砂岩で出来た空間が広がる。だが戦闘の跡も無く、さらに空間の奥に一つの大きな石の扉があり、その手前に椅子が一つだけあった。

 

 

 

「こんな場所に?……この【大遺跡】の関係者か?」

 

 

 

 そしてその上に一人の女性が座っていた。まるで奥に続くであろう扉を守る様にして座っている。

 

その服装は舞踏会用ドレスで、スカート部分は大きく膨らんでおり存在感を出している。ひらひらしたフリルと可愛らしいリボンのついたボレロガーディガンを羽織り、レース付きのフィンガーレスグローブを纏っている。肌はほとんど出ていないが顔や手から見えるのは白蝋じみた白さであった。長い銀髪を頭部の片側に集めており、その髪はとても手入れされているようであった。だがそんな存在が何故か瞳も口も閉ざされており、その様子から一見すると生きているかすら分からなかった。

 

 

 

 モモンは武技を発動し、周囲を感知する。どうやらこの階層にはあの椅子に座る女以外はいなさそうだ。

 

 

(だが妙だな……。あの女。妙な気配を感じ取ったな。死んでいるのか?だが何というか……どこかでこの気配の感じを……)

 

 

 モモンは少し考えるとその理由が分かった。

 

 

(そうだ!アインズ殿だ!だが何故アインズ殿を?………まさかあの女の正体は!?)

 

 

 

 モモンが考え事をしている間、ワーカーたちが散っていた。だがその中で明らかに椅子に座る女に歩み寄る者がいた。エルヤーだ。

 

 

 

「死んでいるのですか?(随分と胸が大きいですねぇ)」

 そう言ってエルヤーは女に近づき胸に手を伸ばす。

 

 

 

「よせ!その女は不死‥(アンデッ)

 モモンが最後まで言い切るまでに何者かがエルヤーの腕を掴み引っ張った。モモンはそれが誰なのか捉えていた。

 

 

 

 エルヤーは自身の腕を掴んだ正体を探ろうと掴まれた腕を見た。そこには椅子に座っていたはずの女の白い手があった。

 

 

 

「!?生きてるのですか…」

 驚愕するエルヤー。女の腕力に男であり実力者であったはずのエルヤーの腕がビクともしない。

 

 

「くっ!」

 そんな状況を打破しようと刀をすぐに抜こうとした時であった。耳元から今まで聞いたことの無い声が囁かれた。

 

 

 

 

 

 

「死体漁りとは感心しないでありんす」

 エルヤーはギョッとして女の顔を見た。女が目を見開いていた。その真っ赤な瞳に見られた瞬間、エルヤーの身体は動く意思すら奪われた。まるでドラゴンに睨まれたゴブリンだ。

 

 

 

「さて……いつまでそこにいるでありんすか?さっさとどいてくんなまし」

 女がそう言うとエルヤーを投げ飛ばす。ワーカーの方へと投げ飛ばされたエルヤーを---一応今回合同の依頼だしということで---とりあえず抱き止めようとするもあまりの衝撃にそのワーカーごと吹き飛び壁に衝突させられた。

 

 

「ビンゴ!でありんすね」

 

 

 

 エルヤーを投げ飛ばした際も武技を使い続けていたモモンだけは女の実力に底知れないものがあると判断した。

 

(この女強い!仮にも王国戦士長と剣だけは同じくらいのエルヤーを投げ飛ばした時、微塵も力を引き出していなかった)

 モモンは目の前の存在を最低でも"あのセバス"と同等の実力者だと考えた。

 

 

 

「ぬし、名前は?」

「モモンだ」

 女は明らかにモモンに---優雅に---手の平を向けて名前を尋ねた。

 

 

 

「そうか……ぬしが…‥あの。ならばこちらも名乗らないと失礼でありんしたね」

 そう言うと女はスカートの両端を持ちお辞儀をする。所謂カーテシーだ。

 

 

 

「わたしはシャルティア・ブラッドフォールン。【ナザリック地下大墳墓】の第一・第二・第三階層の【守護者】でありんす」

 

 

 




やっと書けました!
ちなみに今はそれなりにモチベーション上がっているので勢い重視で書いていく所存です。
次回も割と早く投稿する予定です。多分早くて今週中です。


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"鮮血の戦乙女"

投稿に思った以上に時間掛かっちゃいました。申し訳ありません。
一万字以上あるので少し長いかもです。



「シャルティア・ブラッドフォールン……【守護者】だと!?」

 モモンはその名前を繰り返した。それは確認の為であった。モモンにとって重要な意味を持つのはむしろ名乗った後の役職であった。それは過去に聞いたことがあり一度聞いたら忘れることが出来ない程印象深いものであった。モモンの知る限り【守護者】の名称を使っているのはアインズ・ウール・ゴウン魔導王に仕える【守護者】だけだ。

 

 

 

 

「まさか……(ナーベはアインズ殿のいる魔導国にいるのか!?でも何で!?)」

 

 

 

(それなら何故俺たちに何の話もしなかった?無いとは思うが……まさか!)

 頭を金属の塊で殴られた様な衝撃を受ける。思わず足元がフラつきそうになる。だがすぐに唇を噛むことで痛みを走らせて感情を押し殺した。

 

 

 

(精神支配を受けたのか……いやしかし手紙の筆跡は間違いなくナーベの筆跡だった。特に不自然なことはなかった。その後に精神支配を?それとも他に可能性が?…)

 モモンは首を横に振るう。ナーベのことで思考が乱れるが今は考えるのは得策ではない。目の前にいる【守護者】シャルティアが無事に自分たちを逃がしてくれるとは限らないからだ。

 

 

 そして先程シャルティアは第一・第二・第三階層の【守護者】と告げた。恐らくだが【守護者】とは複数の階層を守護する者たちなのだろう。まさかシャルティアだけが複数の階層を守護しているとは考えにくい。となるとモモンが今まで出会った【守護者】は四人。アウラとマーレ、コキュートス、そしてシャルティアだ。つまり【守護者】一人あたりに階層が最低でも三つだと考えた場合、この【ナザリック地下大墳墓】は最低でも第十二階層存在することになる。

 

 

 

(勝てる訳が無い。アウラとマーレのあの双子は正直分からないが……少なくともコキュートス殿には絶対に勝てない。しかも向こうにはセバス殿すらいる……)

 

 

 

「ぬし…どうしたでありんすか?」

 シャルティアは疑問に思ったのは当然だろう。目の前には侵入者、しかしその最前線に立つ指揮官らしき人物は何故か喋らない。魅了された訳でも、恐怖で身体を硬直している訳でも無かった。その程度は流石に見ただけで分かる。

 

 

(どうするのが正解だ?……俺一人なら間違いなく戦うだろう。しかし今は彼らが後ろにいる。慎重に答えないとならないな)

 モモンは兜の中で一度深呼吸をすると口を開いた。

 

 

「シャルティア殿……で良かったかな?この…【ナザリック地下大墳墓】に調査の為とはいえ勝手に入ったのは謝罪する。どうか私たちを見逃してはくれないかな?」

「………その前に一つ聞きたいでありんす」

 

「何が聞きたい?」

 モモンのその問いに応えるようにシャルティアはモモンの背後にいるワーカーたちに人差し指を向けた。

 

「先程調査と聞いたでありんすが、誰がその調査を依頼したでありんすか?」

「それは……言えない」

 モモンは表向きの依頼人についてならば話そうかと悩むがやはり駄目だなと思いそれを語ることはしなかった。

 

表向き(・・・)の依頼人はフェメール伯爵でありんしょう。わたしが知りたいのは真の(・・)依頼人でありんす」

(!?バレてる……真の依頼人が皇帝だという可能性に気付いている?いやブラフの可能性もあるか?……それとも誰かが魔導国に情報を流した?あるいは監視系の魔法の類か?)

 

 あらゆる可能性を考慮したモモンは兜の中で息を呑んだ。自身が考えたそれらは全て魔導国であれば容易に実現可能だろうと思ったからだ。魔導国の手が---セバス殿が来ていたことから---王国だけでなく帝国にも伸びていることを意味していたのだ。額に冷や汗が伝う。だが再び唇を噛みしめて気を紛らわせるとそれは消え去った。これも錯覚の類だったのだ。

 

「何のことだ?私たちはただ雇われただけだが?」

「……もういいでありんす。あくまで真の依頼人については語らないのであればこれ以上は無駄でありんしょう」

 白を切るモモンに対してシャルティアはあきらめたように瞳を閉じた。するとほんの少しだけ(こうべ)を垂れた。そして口も閉じた。

 

 

 

 

(アレは一体何をして?……まさか<伝言(メッセージ)>の魔法か?少なくとも純粋な戦士職ではない?……今なら攻撃を仕掛けられるか?いや無駄だろう。それよりも……)

 モモンは首を動かさない様に視線をシャルティアの後方へと向ける。巨大な石の扉がそこにあった。

 

 

 

(さっきシャルティアが第一・第二・第三階層と発言した。このことから察するにあの扉の先は更なる地下の……第四階層へ向かうための道だろう。あの奥にナーベがいる可能性が高い!)

 モモンは再び首を横に振った。

 

(駄目だ。今は目の前の相手に集中しろ!危険に晒されるのは俺一人だけじゃないんだ)

 モモンはそう自分に言い聞かせる。モモンは兜の中で密かに深呼吸をする。幾分か冷静さを取り戻す。だが手が震えていることに気が付く。

 

(……落ち着け。ここで冷静さを失えば俺だけじゃない、背後にいる彼らも危険に晒してしまう。だから今は冷静になれ!)

 モモンは身体に走っていた震えを止めた。モモンは両手の大剣を握る力を強めた。間違いなく目の前にいる存在はあのホニョペニョコより強いからだ。

 

 

 

「………」

 やがてシャルティアが瞳を開け頭を上げた。その顔には先程までとは異なっていた。武技を使い続けていたモモンには僅かに殺気を感知できた。

 

(話し合いは無駄だったか……となると覚悟を決めるしかないようだな)

 モモンは大剣を持つ力を強めた。僅かにだが足も曲げておく。いつでも戦闘できるように構えた。

 

 

 

 

 

 

「侵入者に告げるでありんす。ぬしらは汚い足でこの地を穢した。その罪をその全てを以て償え」

 

 

 

 シャルティアがモモンたちに歩み寄る。一歩また一歩と。

 

 

 小柄なシャルティアからは想像も出来ないほどの存在感を感じ取る。目の前にドラゴンがいるかの様な……そんな威圧感と、強烈な違和感に襲われる。まるでその姿が本当の姿ではないのではと思わせるくらいに強烈であった。そんな彼女が歩む度に圧倒的な重圧(プレッシャー)を感じるのは仕方ない。実際モモンでさえ身構えてしまった程なのだから。

 

「ひぃ!」

「うわぁぁ」

「あぱぱぱ」

 ワーカーたちがパニックになる。無理もない。誰もが先程エルヤーを吹き飛ばした姿を見ていたからだ。戦士は接近を拒み防御の構えを、神官は神に祈りを捧げ、弓手(アーチャー)は震える手で何とか矢を引き絞り、魔法詠唱者は慌てながらも何とか魔法を行使……彼らはシャルティアに向かって遠距離からの攻撃を繰り返した。

 

「<魔法の矢(マジックアロー)>」

「<睡眠(スリープ)>」

衝撃波(ショック・ウェーブ)

「<酸の矢(アシッド・アロー)>」

 

「落ち着け!」

 モモンの制止も空しく数々の魔法がシャルティアに向かって放たれる。その中に混ざる様に投げナイフや矢も飛んでいく。

 

 

「無駄でありんす。ぬしら如きの攻撃が通る理屈がないでありんすよ」

 シャルティアに当たる前にまるで見えない壁のようなものに拒まれる。魔法は霧散し、投げナイフは弾けて落下、矢は急速に力を無くしたように地面へと吸い込まれる。

 

 

「私が行く!」

「よせ!」

 

 

 

 一人の魔法詠唱者の女が集団から飛び出し自身が放てる最高の魔法を放つ。先程モモンが言いかけていた言葉からシャルティアの種族には有効打になりうると確信し、この中で唯一人だけ第三位階を使う自負もあったからだ。この女……アルシェは自身の最高の攻撃力を持つ魔法を放った。

 

 

「<火球(ファイアボール)>!」

 アルシェの手から放たれた炎の玉がシャルティアの胸を焦がさんと飛んでいく。

 

 この中で一番高い位階魔法を使えるアルシェの魔法が防がれた。

 

「?……何かしたでありんすか?」

 

 シャルティアは先程の魔法すら防いだ。それを理解したワーカーたちの瞳に絶望が宿る。モモンはこのままではパニックになると判断し怒気を込めて大声を上げた。

 

 

 

「全員逃げろ!!絶対に戦うな!!」

 モモンのその言葉にワーカーのリーダーたちはハッとしすぐに撤退の指示を出そうと口を大きく開けて震えた声で叫ぶ。

 

 

「ぜ…全員撤退!」

 各ワーカーのリーダーたちが叫ぶ。しかしシャルティアは歩みを止めなかった。

 

 

 

「逃がす訳ないでありんしょう。<全種族魅(チャーム・スピーシ…)>「させるか!」っ!邪魔をするでないでありんす」

 シャルティアの放とうとした魅了系統の魔法を防ぐためにモモンはシャルティアに飛びかかり右手の大剣を以て薙ぎ払う。それを躱すためにシャルティアは魔法の詠唱を中断して後退した。

 

 

 

「全員撤退!死ぬ気で急げ!この女は私が相手する!何が何でも生き延びろ!」

 再び叫ぶ。その声で力を抜かれた足腰を奮い立たされた彼らが元来た階段に上がろうとようやく駆けだした。

 

 

「はぁ…面倒でありんすが仕方ないでありんすね」

 シャルティアのその言葉を聞いた瞬間モモンは嫌な予感がした。先程発動しようとした<全種族魅了(チャーム・スピーシーズ)>は恐らく生きたまま捕らえるための魔法だ。だとしたらその次の段階とはどんな攻撃を仕掛けるかは容易に推測できた。攻撃の為の魔法しかない。モモンはそれを止める為に跳躍し<課全拳・五倍><飛翔斬>を発動し大剣を二本とも大きく振りかぶった。

 

 

 しかし振り下ろした二本の大剣は左腕のみで(・・・・・)それを止められてしまう。それを振りほどくように左腕で大剣ごとモモンは投げ飛ばされた。しかしモモンは壁に対して両足をもって着地(・・)した。キッとシャルティアの方を見てその状態から大きく踏み込みシャルティア目掛けて跳躍(・・)した。そんなモモンの視界の中でシャルティアは両手を胸の前で叩きつけた。パンという音がその空間に広がる。

 

 

「うわぁぁぁっっ!!」

 宙にいたモモンは思わずそちらへ目を向けた。それはワーカーの悲鳴を聞いたからではなく何か得体のしれないものの気配を感知したからだ。階段を上ろうとしたワーカーたちの前にスケルトンの群れと巨大な何かがいた。そしてその何かこそが得体の知れない気配の正体だろう。

 

 

(アンデッド!スケルトンが……二百以上はいるな。それとあの大きなアンデッドが三体か)

 モモンの視界には階段の途中にいる巨大なアンデッドの兵士があった。

 

 

 

 身の丈が成人男性二人分ちかくあり、右手に何も持たず。左手に自らの肉体の大半を隠せるほどの大盾タワーシールドを持っていた。全身を黒い鎧に纏い、そこには人間の血管のような深紅の模様があり、触れるだけで刺さりそうな鋭い棘を持つボロボロの黒いマントをたなびかせていた。顔の部分が開いた兜は牛の角のようなものを生やし、顔は腐り落ちた人間の顔であった。そしてその顔にはアンデッドの証明である空っぽな眼窩に、生者への憎しみや殺意が宿る赤い炎が灯っている。

 

 モモンはその姿に覚えがあった。かつてミータッチの教えで知ったアンデッドの一体。

 

 その名前は確か……死の騎士(デスナイト)!!!

 

 

 

(!まさかこの女が召喚したのか?……もしやシャルティアは死霊術師(ネクロマンサー)?しかもよりによってデスナイトとは厄介な……アレは面倒だ)

 モモンはシャルティアに向けて右の剣先で刺突攻撃を繰り出そうと構えた。シャルティアはそれを舞踏会のステップの如く優雅に最低限の動きで横に躱す。それがモモンの狙いであった。シャルティアに接近できたモモンは左の大剣を地面に突き刺した。跳躍の勢いを殺し僅かに動こうとする身体を強引に止めたのだ。そしてその状態から突きの構えだった右の大剣を横に払う。

 

 

 しかしモモンの斬撃をシャルティアは真上に跳躍することで躱したのだ。シャルティアは笑う。モモンは左の大剣を宙にいるシャルティア目掛けて<飛翔斬>を放つ。しかしシャルティアはそれを宙で難なく躱しモモン目掛けて魔法を放つ。

 

 

「<全種族魅了(チャーム・スピーシーズ)>」

「ぐっ!<抵抗(レジスト)>!」

 

 モモンの中で急速にシャルティアに親密さを感じた。しかし息を大きく吸って吐いた。途端に頭の中に湧いたシャルティアへの友好的な気持ちが消失していく。

 

 

抵抗(レジスト)に成功したが……今のは少し危なかったな)

 そのままモモンは地上に舞い降りるシャルティア目掛けて右の大剣を投げるようにして斬撃を放つ。しかしこれを躱したシャルティアはモモンの左側に回り駆け出した。

 

 

____くっ早い!<星火燎原>!

 

 地面に突き刺したままの左の大剣から放たれた爆発がシャルティアを襲った。この距離だと爆風による衝撃と音で少しはダメージを与えるはずで、いくら【守護者】ですら無事ではすまないだろう。煙はシャルティアだけでなくワーカーたちも隠すようにに広がった。

 

 

 そしてそれがモモンの真の狙いであった。この煙の中でモモンはワーカーたちの撤退を邪魔するデスナイトを倒すべく駆け出した。

 

 

____動けよ。私の身体!<心頭滅却>

 

 

 

 煙の中でもワーカーとデスナイトの位置を完全に把握。デスナイトのタワーシールドでワーカーたちが何人か吹き飛ばされる。その中でも重装備であったはずのグリンガムが簡単に吹き飛ばされたことからデスナイトの攻撃力が高いことが分かる。最優先で倒すべきはデスナイトだ。モモンは目標を定めた。デスナイトに到達する前に駆けつつ何度も<飛翔斬>を放つ。流石にデスナイトぐらいのアンデッドは一撃では倒せなかった模様ようだ。しかし目的は討伐ではなく注意をこちらに向けさせること。デスナイトたちがモモンに関心を向け身体を向けてきた瞬間、モモンもデスナイトたちの元へ到達。そこから斬撃を放つ。袈裟切り、薙ぎ払い、燕返し……無数の斬撃をデスナイトたちに的確に放つ。

 

 

 デスナイトの咆哮が上がる。その勢いのままデスナイトが倒れた際にスケルトンたちが何十体か巻き添えで倒される。その風圧で周囲の煙が大きく吹き飛んだ。

 

 

 

「モモン殿!」

 ワーカーたちはモモンの存在に気付き名前を読んだ。デスナイトから誰が助けたかは一目瞭然であったからだ。

 

 

 

「でかいのは全員倒した!スケルトンは対処できるか!?」

 最早敬語を使う余裕すらないモモンは叫ぶ。そのモモンを見てワーカーたちは今の状況がどれだけ危険であるかを改めて理解し冷静さを僅かに取り戻した。

 

 

「あぁ。大丈夫だ。モモンさんこそ大丈夫か?」

 ヘッケランのその言葉にモモンは無事な訳がないだろうと返したくなる程余裕が無かった。しかしこの場で激情に身を任せて彼らを不安にさせまいとモモンは自身の気を静め慎重に言葉を選んだ。

 

「あぁ。私は大丈夫だ!……くっ」

 モモンは異変を察知しすぐさま後方に振り向き斬撃を放つ。左に勢いよく払うようにしたその動きは回転切りとでも表現するそれは後方に立っていたシャルティアに簡単に弾かれる。その際に僅かに左の大剣の重量が少しだけ軽くなった感覚を覚えた。

 

 

______ぐっ!この感じ…刃こぼれしたか!どれだけ強いんだ!?【守護者】ってやつは……。

 

 

 

「行け!早く!」

 モモンのその言葉にワーカーたちのリーダーが仲間のチームの名前を出し「戻れ!後ろのことは考えるな!」と叫ぶ。リーダーたちの言葉にハッとしたメンバーたちはすぐさま上へ戻る階段へと走り出した。気絶したエルヤーは置かれたままだ。丁度よくモモンの足元にいたため、モモンは左手の大剣を地面に放ち、エルヤーをつま先に引っ掛けるようにしてすくい上げてエルヤーのベルト部分を掴み。それを投げた。こちらに視線を意識していたグリンガムがそれに気づき振り向くとあまりにも乱暴な受け取り方であるも何とかキャッチした。

 

「彼も連れていってくれ!」

そこでスケルトンの大半が倒されてようやくワーカーの皆の逃げ道が確保された。彼らはあっという間に上の階層に進んだ。

 

 

 

 だがそんな中で逃げぬ者がいた。

 

 

 

 三人のエルフたちだ。

 

 

 

「お前たちも早く逃げろ!」

 モモンも叫ぶも無駄であった。彼らはモモンの大声に反応はするも死んだ瞳で地面を眺めているだけだ。

 

 

(何で!?……あの耳!やはり彼女たちは"奴隷"なのか?)

 帝国では奴隷という存在がいる。無論エルフも例外ではない。そして奴隷とは"主人"の命令に絶対逆らわないように訓練---という名の拷問---を受ける。この場合の彼女たちは主人の命令無しで動けないように脳に刻まれている。そしてその肝心の主人は…。

 

 

(気絶しているあの男(エルヤー)か!何とかあいつを起こして……)

 しかしモモンの思考を邪魔するかの様にシャルティアの手刀がモモンの首を刎ねようとする。モモンは一瞬だけ<課全拳・6倍>を発動。辛うじて回避することに成功し空いた左手で地面にある大剣をその手で掴んだ。

 

 

 

(いやそんな時間は無い!……仕方ない!)

 

 

「おい!そこの三人のエルフ!」

 モモンは先程よりも大きな声で叫んだ。それに対して彼女らは千切れた耳をピクリとさせた。話は聞いているようだ。

 

「お前たちの主人のあの男は死んだ(・・・)!」

「えっ……嘘」

 無論嘘である。しかし今は彼女らを撤退させることが最優先だ。でないとシャルティアとの戦いに巻き込まれてしまうからだ。今こうしている間にもシャルティアはモモンに攻撃し続けている。今でさえこうなのだ。シャルティアが本気になったら対処できないに決まっている。そのためにも彼女たちには逃げてもらわなくてはならない。

 

 

「私たちどうすれば………」

 動揺している。モモンはそこで---溜息を吐きたい気持ちで一杯だったがそんなう余裕すらなかった---意を決して叫んだ。

 

 

「今日から俺が君たち三人の"主人"だ!」

 彼女たちはようやくこちらに目線を向けた。今の彼女たちは色々な状況が重なり合って一種の思考放棄状態。言う事を聞かせるには……ここしかない!

 

 

「"命令"だ!この私の退路を確保するためにワーカーたちと合流しろ!!」

 

 

「……でも……」

 彼女たちは動かない。奴隷は主人の所有物。だから主人のいない場所へ自由に行くことは大抵の場合禁じられている。どうやらモモンの叫びよりも奴隷としての"習慣"が勝ったようだ。これではモモンが何を言っても無駄だろう。

 

 

 

(くっ!どうすればいいんだ!?どうすれば彼女たちを外に連れ出せる!?)

 そんな状況でもシャルティアの攻撃は続く。モモンはそれでも思考を止めない。彼女たちを助ける為に。

 

(せめて考える時間をくれよ!あるいは誰か彼女らを助けてくれないだろうか……いや、そんな余裕は彼らには無いか)

 

 

 

 モモンの感知の範囲に二人の気配がした。どちらも見知った気配であった。

 

 

 

 どうやら二人のワーカーが戻ってきたらしい。

 

 

 

 ヘッケランとアルシェだ。

 

 

 

「新しい主人の命令はちゃーんと聞かないとな?奴隷ちゃん」

「奴隷は主人の命令に絶対に従わないといけない……でないと"鮮血帝"から処罰を受ける。死ぬよりキツい……」

 

 

 彼らのその言葉を聞いてエルフたちの顔色が青褪める。身体が震えている。その内一人は我先へと駆け出した。最初の一人が駆けたということは後の二人は時間の問題だ。

 

 

 

(成程、そういう方面で動かすのもアリか……。彼は頭がキレるようだな)

 奴隷である彼女らは恐らくモモンの言動のままだと動かない。だから"奴隷"であることを利用しそこを最大限利用……いや活用する形で動かそうとしているのだ。さらにモモンとの落差でより一層効果的になる。"優しい衛兵と怖い衛兵"という奴だろう。

 

 

 

「ありがとう!ヘッケラン」

 それは本心からの言葉だった。そんなモモンに対してヘッケランは「おうよ」と返しただけだ。でもそれで十分であった。これ以上ないくらいのファインプレーだ。

 

 

 

「モモンさん。私に何かできることは!……」 

 アルシェをそうモモンに告げる。しかし今のモモンにこれ以上の会話は避けたかった。ただでさえ押されている現状なのに思考すべきものをこれ以上持ち込まないで欲しかった。しかしモモンが何と答えようと思案しているとヘッケランの叫びが聞こえた。

 

「アルシェ!」

 アルシェの肩をリーダーであるヘッケランが掴む。無言であったが"早く行くぞ"と言いたいのは明白であった。

 

「ヘッケラン、でも恩人である彼を置いては!」

「アルシェ!!!俺たちがこの場を離れること!それこそがモモンさんにとって一番助かることだ!俺たちがいたらあの人が死んじまう!俺たちが生きているのはあの人が戦ってくれているからだ」

 ヘッケランのその言葉にアルシェは視界が歪む。涙で目の前が霞んだからだ。視界に映る漆黒の鎧がグニャリと曲がる。やがて涙を袖で拭くと駆けだした。

 

 

「……エルフ共!命令だ!そこの二人を全身全霊守れ!」

「っ!…はい」

 残りの二人のエルフが了解の意を表す。その言葉の本当の意味を理解したのはヘッケランとアルシェだけだ。

 

 

 ヘッケランは一度だけモモンに視線を向ける。

 

(これで良かったんだよな?モモンさん。アンタは俺たちを守れと言った。これって要は逃げろってことだろ。よくもまぁ…あんな状況下で冷静でいられるな。尊敬するよ。だから死ぬなよ。アンタにはまだでっかい借りがあるんだ!絶対に死ぬなよ)

 

 そして最後の一人であるヘッケランも駆け出した。 ……こうしてその場に残ったのはモモンとシャルティアだけとなった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 やがて煙が完全に晴れるとシャルティアは傷だけでなく汚れ一つすらない姿を見せた。

 

 

 

 

「良かったでありんすか?」

「あぁ。これで良いんだ。彼らに手を出さないでいてくれて感謝する……」

 

 

 もし本気でシャルティアが彼らを襲えばモモンは恐らく数秒程度しか足止め出来なかっただろう。

 

 

「あのような者たちの為に戦うなんて、理解できないんでありんすね……」

「………」

 やれやれと両手を掲げて首を振る。どうやら心底呆れられたらしい。

 

 

 

「だけどあの者どもを逃がしたのは少々面倒でありんすね」

「?どういう意味だ」

 

 

 

 シャルティアは「おっ」と口を両手で閉じた。モモンにはまるで意味が分からないが何か失言をしてしまったようだ。

 

 

(……気になる。まさか第二階層以上の階層、または地上……にデスナイトでも用意しているのか?だとしたら彼らでは対処できないが……)

 

 

「…これ以上は時間の無駄でありんす。あの中では一応(・・・・)一番強いであろうぬしの命を最初に(・・・)くんなまし」

 それは圧倒的な高みからの言葉であった。それだけ実力差が離れていることを意味しているのだが、モモンは逃げたワーカーを殺すと暗に告げられたためそれどころではなかった。その一言でモモンは彼らを人質として捕らわれたような錯覚を覚えた。だが同時に安心感を一つだけ得た。それはシャルティアの含みある先程の言葉はブラフである可能性が高いと判断したからだ。そうであれば彼らが地上に戻り帝国に帰還できる可能性は高いだろう。

 

(これで彼らが無事に戻れたらナーベを連れ戻すことは出来なくとも万々歳だ)

 通常であればモモンはシャルティア相手ならば間違いなく撤退を選択した。しかし今モモンにはワーカーたちという人質が存在し逃げられない状況であった。おまけにこの場所は地下であり破壊力の高い攻撃は出せない。攻撃の余波でこの地下施設ごと破壊してしまう可能性もあったからだ。ゆえにこれ以上ないくらいにモモンにとって不利な状況が出来上がっていた。さらにモモン本人は気付いていないがナーベを連れ帰るまで【漆黒】の名を穢さない様に無意識に心がけており、依頼の失敗は絶対に許されない心理状態であったといえる。

 

 

 

(……来る!)

 シャルティアの行動を"戦士の勘"とでも言うそれで予測できた。それと同時に視界からシャルティアが消えた。だが気配を感知する。

 

 

 

______<心頭滅却>

 

 

 

 シャルティアの位置を把握、正面からの攻撃であった。モモンの心臓目掛けて左手の突き。モモンは右手で握った大剣を全力で振るう。そのまま感知した気配を切り裂く。

 

 しかし空を切っただけだった。それ以上にシャルティアの動きが早かったからだ。

 

 

_____!っ。

 

 

 

 そのままシャルティアの突きが胸部に突き刺さる。金属が砕け散る音がし、胸に鋭い一撃が入り、抉るようにして貫いた。

 

 

 

「がっ!」(反則だろ、魔法詠唱者と戦士どちらも可能な存在とか。これが【守護者】か!?さっきの動きはセバス殿と同等かそれ以上……でも!)

 モモンは激痛に耐えながらも何とか左の大剣をシャルティア目掛けて振るう。しかしそんな力の抜けた一撃はシャルティアに回避されてしまう。

 

 

 

「欠伸が出るでありんすね」

 そう言ってシャルティアは左手でわざとらしい欠伸をし、それを抑えるよう右手を使いモモンの大剣を弾いた。モモンは右手の大剣で斬撃を放とうと振り上げた。右手を抜かれる前に一撃を与えようと思ったからだ。瞬間、胸から鮮血が飛び出す。シャルティアの左手が抜かれていたことで栓を失った身体から外に出ようと血液が暴れ出す。

 

 

 

「っ!?」

 勢いよく出る鮮血が周囲一帯を赤く染める。

 

 

 

(致命傷……このままじゃ死……)

 

 

______<明鏡止水>

 

 自らの時間を切り離し、距離を取ろうとシャルティアから後退する。今は回復が最優先だ。モモンはポーションを出そうと懐を漁る。

 

 

 

 

 

 

 だがシャルティアがこちら目掛けて駆け出していた。それが意味する所は……。

 

 

 

「時間対策は必須でありんすよ?」

 そう言って不敵に笑うシャルティアにモモンは背筋が凍り付いた。その直後顔に強烈な衝撃が走った。どうやら兜を破壊したのだろう。鼻筋にまで到達した手刀がモモンの顔を貫こうとしていた。

 

 

 

_____<課全拳・6倍>

 

 

 

 瞬間、横にそれて手刀の軌道から辛うじて外れる。しかし避けた拍子に耳を吹き飛ばされる。そして課全拳を5倍に戻す。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 モモンは何とか息を整えようとする。思考もままならない。

 

「流石に致命傷を負うと動きが鈍るでありんすね。その状態でどれだけ耐えられるでありんすか?」

 

(時間対策だと!?同じ武技を使うセバス殿ならまだしも…。まさか<明鏡止水>を防がれるとは…。いや…セバス殿以上の実力者であろう【守護者】ならばそれぐらいは出来るか。考えが甘かったな。しかしだ……こんな相手にどうしろっていうんだ!正直勝てるイメージがまるで湧かない)

 激痛で思考がままならない中、モモンは冷や汗を流す。あくまで冷静であろうとした。胸に空いた風穴、鼻血、耳の出血が止まらない。

 

 

 

(っ!落ち着け、落ち着け!っ…冷静になれ、冷静になれ!いっ……焦ればここで死ぬ。思考を切り替えろ。い…今のままじゃ駄目だ)

 だがモモンは自身が思っている以上に冷静だったのだ。それが証拠に武技を解除していなかったのだ。そこを自覚すると先程よりも思考をクリアにすることが出来た。

 

 

 

(相手はセバス殿と同じ、もしくはそれ以上の実力者。さらに武技を使っている様子は無い。間違いなくこのままでは死ぬ。武技の出し惜しみをするべきではない。だが課全拳を6倍以上は使えばマトモに戦えない。どうすれば……)

 

 

 

「ぬし……回復しないのかえ」

「回復させてくれるのか?」

 モモンはシャルティアのその提案に疑惑を向け警戒した。敵対者からそんな提案をされたら回復の瞬間を攻撃すると宣言されているようなものだ。だが何とか早く飲み込めば……。

 

 

「わらわは可憐で心優しき乙女ゆえ。特別に許すでありんす」

「……ではお言葉に甘えて」

 モモンは警戒しながら内心ありがたい申し出だと思った。このままでは間違いなく死ぬからだ。先程から出血が止まらず全身に激痛が走っており、武技の行使で疲労困憊であった。そんな状態でありながらも武技を解除しないまま警戒しつつ懐からポーションを取り出す。

 

 

 

 シャルティアは動かないし、動く気配すら感知できない。

 

 

 

 モモンは少しでも早く回復しようとそれを勢いよく飲んだ。全て飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 しかし傷は一つも戻らなかった(・・・・・・・・・・・)

 

 

(なっ!?何で!?…)

 

 

____傷が治らない。何かされた!?

 

 

 モモンは回復できなかった。いやそれが叶うとどこか安心したことで気を張っていて何とかもっていた肉体が途端に金属の如く硬直して動かなくなってしまう。あまりの落差に武技が強制的に解除されてしまった。慌てるも一秒にも満たない時間で何とか再び武技を戻す。しかし落差の分の疲労などは消えることは無かった。

 

 

 

「何をした?」

「さぁ?それを解いてみてくんなまし」

 そう言うとシャルティアは先程以上の動きで……。

 

 

 

____駄目だ。課全拳を6倍以上を使わないと!

 

 

 

「っ!」

 

 

____いや長時間の使用はあの時みたいに気絶してしまう。何か手はないのか!?

 モモンが思考している中、シャルティアはモモンの全身にダメージを確実に蓄積させていく。手刀、突き。それらの攻撃で鎧が剥がされるように破壊されていく。大剣で防ごうにもそれ以上にシャルティアの動きが早すぎる。

 

 

 

____駄目だ。俺の力じゃシャルティアには勝てない。

 シャルティアの一撃にモモンは吹き飛ばされた。その宙に浮いたような瞬間の中でも思考は止めなかった。それが幸いとなったのだ。

 

 

 

 

 

 

"俺の力じゃ"

 

 

 

 

 

 

待てよ"俺の力"?

 

 

 

 

 

 

では"俺の力"じゃなければ……。

 

 

 

 

 

 

____そうか!

 

 

 

「!っ……だったら」

 モモンはシャルティアの猛攻に対して剣を地面に突き刺した。

 

 

____<星火燎原>!

 剣を中心に爆発が発生。シャルティアは距離を取った。爆発を警戒して思った以上に離れてくれたみたいだ。先程までと同様に威力を抑えていたのでこれは嬉しい誤算だ。

 

 

 

____こっちは致命傷を負っているんだ。もう時間が無い。このまま出血などで死ぬか、武技の行使で死ぬか。同じ死だ。どうせ死ぬなら戦って死んでやる!

 モモンは地面の剣を抜くと息を整えた。すると突然頭に声が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

------『全ての血』を飲み干すか?------

 

 

 

 

 

 

(あぁ。飲み干してみせる。どんな激痛も自分の死さえも……全部)

 モモンは笑った。ほんの少しだけだが最強の戦士に近づけたような気がしたからだ。

 

 

 

(ずっと"あの人(セバス)"やヤルダバオトと戦った時から考えていた。どうすればもっと強くなれるか……今の俺じゃ課全拳は6倍以上は負担が掛かり過ぎる。でもそれ以上の力が無いと目の前にいる"強者"には絶対に勝てない。ならばこれをどう解決するか……簡単なことだったんだ)

「?何を……」

 煙が晴れていく中でシャルティアは動かないモモンを見て怪訝に思う。何故動かないのか。確かに致命傷を負わせているがまだ死んではいないのだ。シャルティアは警戒しそれを観察することにした。

 

 

 

(……一つだけあったんだ。自分以外の誰かの力を借りること……それも自分より強い者の力を借りたら良かったんだ。元を正せば武技『十戒』はミータッチさんからの授かり物。俺だけの力で取得できたものではない!)

 

 

 モモンは目を閉じた。全ての武技を解除した。それは一つの覚悟であった。

 

 

____<課全拳・5倍>

 

 

 モモンは武技を掛け直した。それは今から行うことに対する準備を万端にするためにだ。全身から力が溢れる。だが今からやるこれはヤルダバオトの時のように武技の使い過ぎとは異なり、違う意味で扱い切れるものではないかもしれない。裏技…外法とも呼ぶべきこの方法は本来なら避けるべきことだろう。これはモモンにとって悪手もいいところだろう。しかし現状これ以上の手が無いのが事実であった。賭けと呼ぶにはあまりに分が悪い。だがやるしかない。そのためモモンにとって最強の戦士の武技を真似ようとしているのだから。

 

 

 

(力を貸して下さい。貴方(ミータッチ)の力を……)

 

 

 

___<鏡花水月>ミータッチ……

 

 

 

___<課全拳・2倍>!!二つ併せて…

 

 

 

 

 

 

 

 

____課全拳10倍だぁぁぁぁぁっ!!

 

 

 

 瞬間、モモンは音を置き去りにした。僅かな距離を取っていたシャルティアに一瞬にして到達。それもそのはず今のモモンは10倍の速度で動いている。当然、斬撃の速度も10倍になっている。

 

 

 

 同じ武技で異なる武技を発動できた(・・・・・・・・・・・・・)モモンであれば……。 

 

 

 

 そんな奇跡を起こした今のモモンであれば……【守護者】たるシャルティアにも……。

 

 

 

 

 

 

 モモンは両手に持つ大剣を交差させるように袈裟切りを放つ。

 

 

 

 

 

 

 その刃はシャルティアを確かに捉えたのだった。

 




次回の投稿は8月7日あたり予定です。
あとこれは完全に独り言ですけど音楽聞きながら執筆していると進みますね。


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叶わぬ願い

すみません。
投稿予定を書いたにも関わらず大幅に遅れました。
申し訳ありません。


「はぁ…はぁ…はぁ」

 モモンは切り裂いたシャルティアを見る。シャルティアの瞳は自らを切り裂いたモモンを捉えた。お互いの目が合ったその瞬間、全てが静止した。そんな中シャルティアが口を開く。

 

 

 

「ぬしが絶望したくないのであれば…」

「?」

 

 

「その扉は決して開けてはならないでありんすよ」

 そう言うと感覚が戻り時間が進み出したのだ。シャルティアの身体が地面にドサリと音を立てて倒れる。その瞳には既に光が失われていた。

 

 

 

「絶望か……それでも進むしかない。だが……」

 モモンは倒れたシャルティアを武技で感知する。どうやら本当に死んでいるようだ。間違いなく死んでいると断言してもいい。

 

 

「すまない」

 モモンは光を失った瞳を見て謝罪の言葉を口にする。本来であれば戦う必要の無い相手であった。ましてや殺す必要もない。もしもモモンが圧倒的な力を手にしていればこんなことにはならなかっただろう。それこそあの人(ミータッチ)ならば【守護者】相手ですら殺害以外の手段で無力化出来たはずだ。しかし当然モモンはそんな力を持ち合わせてはいない。

 

 

「……」

 モモンは首を振る。今すべきことは感傷に浸る訳でも反省などでもない。ふぅと一息つけるとモモンは両手に持った大剣を背中に収めた。そしてふと空いた両手を……。

 

 

(本当にすまない……)

 モモンの両手は震えていた。途端にシャルティアを殺した罪悪感に襲われる。どんな形であれ女を殺したということに責任を感じていたのだ。女を斬ったのはこれが初めてであった。

 

 

 再び首を振った。それでも罪悪感は消えないものだ。視界が霞む。

 

 

---『全ての血』を飲み干すか?---

 

 ふとその言葉を思い出したのだ。膝をつけそうになる程の重量を感じる。だがモモンは拳を作りそれに耐えた。

 

(そうだ。全て飲み干せ。責任や後悔も罪悪感も全部………全部飲み干さないと!)

 モモンは霞む視界を戻そうと目力を入れる。ようやくまともにものが見えるようになった。

 

 

(飲み干さ……)

 モモンは喉から何かが込みあがるものを感じ取る。最初は胃液だろうかと思ったがどうも違うようだ。上手くは言えないが粘ばつく何かであった。

 

 

「ぐっ!」

 モモンは膝から崩れ落ち両手を地面につけた。

 

 

「……ごっ」

 モモンは口から溢れ出すそれを右手で受け止めた。

 

 

「……?」

 手にベッタリとついたのは血であった。おびただしいと表現すべき程の。

 

 

 

(そういえば既に致命傷を受けていたな………すっかり忘れてたな。ははっ)

 モモンは軽く微笑む程度には不思議と冷静であった。恐らく死ぬのが自分だったからであろう。あまり死というものに関心を持てなかった。これが他者ならばもう少し取り乱したかもしれない。特にナーベ、シズやハムスケなどであれば尋常じゃなく取り乱したはずだ。これは完全に余談だがモモンという人間は故郷を自身を除いて滅ぼされた過去から自分自身の命を軽く---正確には死んでもいいと---扱っているフシがある、先程名前を挙げた三者であればそれらを完全に理解していたという。

 

 

 

(武技を使って強引に……いや無理か)

 既に武技は限界寸前……致命傷を負っているため実質限界であった。そのため肉体のダメージを無視して武技を行使するのは控えるべきだろう。

 

 

(感覚からして無理だろうが一応試しておくか…)

 モモンは懐からポーションを取り出して飲み干す。しかし傷は癒えることはなかった。それはシャルティアとの戦闘中と同じ結果に終わる。シャルティアを倒したにも関わらずだ。厄介なものを残してくれたものだ。

 

 

「やはりな……」

 モモンは万策尽きたなと自身の傷を癒す選択をあきらめた。するとふと一つの選択肢が浮かぶ。

 

 

 

(戻るか、進むか……それが問題だ)

 モモンは胸から溢れ出す鮮血だけでなく先程の吐血も含めてかなりの出血をしている。そしてそれらの傷は治らないときた。万が一シャルティアを倒したことで受けた傷も治るようなっていればこんなことを心配せずとも良かっただろう。もうすぐモモンは死ぬ、恐らくもって後数分だ。

 

 

 

 

 ワーカーたちか、ナーベか………。どちらを選ぶべきか。

 

 

 

 

(……後悔の無い方を選ぼう)

 モモンは立ち上がる。全身の傷からおびただしい出血が溢れ出した。朦朧とした意識の中で辛うじて視界だけは霞まない。それはモモンの強靭な精神力からくるものだろう。

 

 

(すまないな。『フォーサイト』のみんな……ワーカーのみんな)

 自らの足でつまずきそうになる程、おぼつかない足取りであった。しかしその足は確実に前へと進もうと抗う。進むたびにおびただしい血痕が床に残り、自分の足跡で転倒しそうになるのを何とか堪える。

 

 

 

 

(ナーベ……)

 モモンはただ一心に身体を歩かせた。既に限界を迎えたはずのその身体のどこにそんな力が残っていたのか。恐らくだが精神力のみで肉体を支えていたのだろう。

 

 

 

 

(は……)

 扉の前に到達することが出来た。モモンはドンと両手で開けようとしたが扉は開かない。両腕には既に力が入らなかった。

 

 モモンは腕力で開けるのをあきらめる。次に体当たりすることで開けようと試みた。

 

 扉はゴドンと音が鳴るも開く気配すらない。

 

 

(開いてくれよ)

 体当たりをする。しかし開かない。

 

 

(開けよ!)

 三度目の体当たりでようやく扉が辛うじて開く。僅かな隙間から見える先は明かりが無いのか真っ暗だ。だがどちらにしてもモモンの身体を通すにはまだ小さかった。

 

 

(やった……)

 体当たりの衝撃で全身が軋む。骨が砕け、肉は裂け、神経が擦れる。そんな常人が耐えきれぬはずのダメージをモモンは負っていた。それでも体当たりを繰り返したのはただ(ひとえ)にナーベへの想いゆえだろう。

 

 

(あともう少しだけ……)

 モモンは最早体当たりの態勢すら整えずただ扉に自身をぶつけていた。

 

 

 するとようやく扉が開く。それはモモンを歓迎するためではなく侵入者を抹殺せんと言わんばかりの態度のように思える。しかし今のモモンにそんなことを考える余裕すら無かった。辛うじて動く身体を強引に扉の中にねじ込む。

 

 

 モモンはバタンと音を立てて地面に倒れる。視線の先で扉が開いたままであった。

 

 そこでようやく明かりがついた。モモンは何者かが出現したのだろうと分かったが警戒はしない。それは既に警戒しても何も変わらない状況であったからだ。最早死ぬ身で何を案じろと言うのか。半ばあきらめの境地に達していた。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ…はぁ…」

 モモンは地面から立とうと両腕に最後の力を振り絞り立ち上がる。時間は掛かったがようやく立つことが出来た。

 

 

 顔を扉とは真逆に向けた。

 

 

 

 

 

 

 視線の先に広がっていたのは……。

 

 

 先程の場所と同じ光景が広がっていた。

 

 

「っ……」

 モモンは言葉を失った。それは文字通りの意味。

 

 

「嘘だ」

 嘘ではない。

 

 

「嘘だ!」

 それはまぎれもない事実。

 

 

 

 視線の先には先程と全く同じ光景(・・・・・・・・・)が広がっていたのだから。

 

 

 

「嘘だっ!!」

 

 

 

 

 

 

 そこには先程と全く同じ光景が広がる。巨大な空間、その奥にある石扉、そしてその手前に椅子が一つ。まるで最初からそこに座っていたかのよう(・・・・・・・・・・)にシャルティアがいたのだ。

 

 

「だから言ったでありんしょう」

 そう言うとシャルティアは椅子から立ち上がる。

 

 

「初めましてでありんすね。わたしが本物の(・・・)シャルティア・ブラッドフォールンでありんす」

 そう言ってスカートの両端を指で摘み頭を下げた。カーテシーだ。優雅な振る舞いであったが今のモモンにそんなことを気にする余裕は無い。処理しきれない程の情報量に脳が正常に機能しなかったからだ。

 

 モモンはハッとして背後を振り向いた。開けた門の隙間から倒れているシャルティアが見える。

 

 

(では俺が倒したあのシャルティアは一体?)

 モモンは前方にいるシャルティアからパチンと指を鳴らするのが聞こえる。するとシャルティアだったもの(・・・・・・・・・・)の正体が判明する。それは小さな生物で羽を生やしていた。鳥のようで鳥でないような……そんな生物が何十という数が地に伏していた。洞窟などでよく見るそれだ。

 

 

 

「コウモリ?」

「アレはわたしの眷属でありんす。わたしの持つ技の一つ<眷属分身>でありんすよ」

 

 

「俺が倒したのは……お前の眷属だったと?そういうことか……」

「そうでありんすよ。どうでありんすか?……コウモリ如きを打ち破った気分は?」

 

「最悪だな……」

「これで分かりんしょう。【守護者】との歴然たる力の差が」

 シャルティアの言う通りだ。成程……確かに。実力が上とか、格上とかそんな話で済まない圧倒的な差。言うなれば……。

 

 

「住む世界が違う……」

 モモンはボソリとそう呟く。最早限界であったモモンは両膝を地面につけた。致命傷を負い、同じ武技で異なる武技を発動させた矛盾、武技の行使による精神的疲労。そこにトドメと言わんばかりに実力差を突き付けられたのだ。そんな彼が武技を全て解除してしまったのも無理のないことだろう。先程から心臓の鼓動を感じ取れない程モモンは弱っていた。全身を纏う鮮血が妙に温かく感じる。

 

 

「さて……ぬしはよくここまで来たでありんすね。特別に褒美をあげんしょう」

 そう言うとシャルティアは両手をパンと叩いた。するとシャルティアの横に真っ黒な空間が広がる。それは第10位階魔法の転移魔法だ。

 

 

「……来るでありんす」

「はいっす!」

 

 空間から現れたのは巨大な杖を持つ赤毛のメイド。王都でヤルダバオトと共にいた女であり、今は魔導国に仕えている者だ。確かシズの姉のような存在。名前はルプスレギナ。

 

 

「シャルティア様、お呼びで?」

「さっさとモモンを治療してくんなまし!」

 シャルティアにそう言われると軽い口調で返事をした。ルプスレギナはモモンに近づくと手をかざす。

 

 

 

「<大治癒(ヒール)>っす!」

 ルプスレギナがそう唱えるとモモンの傷はたちまち回復した。ポーションによるチマチマとした回復などとは桁が違う回復量であった。恐らくダメージの半分近くは回復したであろう。モモンの全身に活力が溢れ出す。

 

 

「!?なっ」

 モモンが思わず叫んだのも無理はない。その魔法は第六位階魔法に当てはめることが出来るものであったからだ。魔導国に最初期からいた者を除けば、ナーベとフールーダ以外に第六位階魔法以上を行使できる存在などヤルダバオトしか知らなかったのだ。そして何よりシャルティアによりつけられた傷さえも回復していたのだ。そのためルプスレギナが使ったこの魔法にモモンは驚いたのだ。

 

 

「大丈夫っすか?モモン」

「あ……あぁ。おかげで助かった」

 自身が治療したモモンに関心を向けたのかルプスレギナは額と額が密着する程顔を近づけた。あまりの距離感のおかしさにモモンは戸惑ってしまい思わず顔を背けた。しかしルプスレギナは全く異なるものを見ていた様であったのか再び口を開いた。

 

 

「シャルティア様、もう一度<大治癒(ヒール)>を使っていいっすか?」

 シャルティアはルプスレギナにそう問われると何やら考え事をするような仕草を少しだけ見せて口を開いた。

 

「……<重傷回復(ヘヴィリカバー)>程度ならいいでありんすよ」

「うげぇ……第3位階の<重傷回復(ヘヴィリカバー)>程度じゃ大して回復なんてしないっすよ。せめて兜の修理ぐらいもやっては駄目っすか?」

 

「分かったから……いいからやるでありんす。はよ」

「はーいっす。<重傷回復(ヘヴィリカバー)>それと……」

 ルプスレギナがそう唱えるとモモンの身体に再び活力が溢れ出す。しかし先程の回復に比べると随分と効果が薄いのが身を以て実感してしまう。ここまで違うものなのか関心してしまった程だ。それと自身が被る兜が元通りになっていく。だがモモンにとってあまりその魔法には関心が向かなかった。

 

 

「<大治癒(ヒール)>はともかく何故<重傷治癒(ヘヴィリカバー)>などまで掛けてくれたんだ?」

 モモンは自らの純粋な疑問をぶつけた。先程シャルティアは褒美と告げた。だからそれが<大治癒(ヒール)>だということならば驚かない。しかし何故ルプスレギナは二回目の治療をわざわざ上司であるシャルティアに尋ねたのだろう。

 

 

「特別サービスっす!モモンはシズの恩人っすからね。ついでにナーちゃんの相棒っすからね!サービス、サービス!」

 シズの恩人……あぁヤルダバオトの元から確かに助け出せた。あぁ…そういうことかとモモンは納得した。納得はした。しかしルプスレギナの発言した単語に思わず眉をひそめた。

 

「ナーちゃん?……」

 待て。ルプスレギナは今何と言った?ナーちゃんの相棒?……まさかナーちゃんって……。

 

 

「ルプスレギナ!」

 モモンはルプスレギナの両肩を掴んだ。

 

 

「えっ……モモン。ナーちゃんがいるのに私に手を出すんすか?いやーんエッチっす」

「そんなことどうだっていい。ナーベがどこで何をしているのか知っているのか!?教えてくれ!ナーベは無事なのか?」

 モモンがここまで慌てたのはルプスレギナがナーベのことを知っていた口振りであったからだ。彼女であれば魔導王と遥か昔から付き従っているであろう【守護者】たちとは異なる情報を得られるだろう。根拠としては彼女は魔導国からすれば新入りの立場であり、彼女自身も魔導王に対しての忠誠心もそれ相応だと推測したからだ。そんな彼女からならば嘘偽りや明らかに偏った情報を述べることなど恐らくは無いだろうと判断できた。

 

 

「え……えぇ。一応同じメイド仲間っすから……」

 モモンのあまりに剣呑な雰囲気に飲まれたルプスレギナは固まってしまった。だがここで同じ『メイド仲間』という単語が出てきた。このことからナーベがメイドをしていることが分かった。だがこれだけではモモンが最も欲しい情報とは程遠い。

 

 

「教えてくれ!ナーベは無事なのか!」

 モモンはルプスレギナの両肩を乱暴に揺らし問い詰めるような口調で尋ねる。普段のモモンであればそんなことを女性に対して絶対にしないであろう。しかし彼にとってナーベについての情報はこの場にきてようやく得られたのだ。そのことから思わずそんなことをしてしまったのは無理はなかった。それだけ自身の相棒を大事に想っている証拠だったのだろう。

 

 

 

 パンパンと手を叩く音がした。モモンもルプスレギナもそちらへ顔を向けるとそこにはわざとらしく咳をするシャルティアがいた。僅かばかり殺気を出している。武技を使わなくとも分る程度には凄い殺気であった。

 

 

 

「モモン、ルプスレギナが困っているでありんしょう。それ以上その者を困らせるのはいくら可憐で優しいわたしとはいえ敵対行為と見なすでありんすよ?」

 

 

「すまない……」

「…いや…いいっす」

 モモンはルプスレギナの両肩から優しく手を離した。心の底からの謝罪にこれにはルプスレギナが困惑してしまう。その場に沈黙が広がる。耐えきれなくなったルプスレギナがシャルティアに目で助けを求めた。そんなルプスレギナを見てシャルティアは溜息を一度だけ吐くとモモンに対して口を開く。

 

 

「モモン、ナーベについてはわたしの口から話しんしょう。元々褒美とはそのことでありんすから」

「シャルティア……頼む。ナーベについて教えてくれ!」

 

 

「分かったでありんすよ。でも……わたしの口から話すよりは……」

 シャルティアが再び両手をパンと叩く。再び転移魔法が広がる。

 

 

 

 

「こっちの方が納得するでありんしょう。来るでありんすよ……」

 モモンはまさかと思い……。

 

 

 背後から足音がした。靴の音がコツン。コツンと響き渡る。

 

 モモンはすぐさま振り返った。

 

 そこには真っ黒い空間から一人のメイドが現れた。

 

 印象に残るその黒髪に見覚えがある…いやありすぎた。

 

 当然モモンがその姿を見間違うはずがなかった。

 

 

 

「ナーベ……」

 少し前まで自分と共に冒険者をやっていた相棒がそこにいる。顔色などを見る限り体調は問題なさそうであった。しかしそれは身体的な話であり精神がどうかは分からない。モモンは精神状態を把握するために武技を発動。シャルティアが一瞬ピクリとしたが戦闘の為ではないと理解してくれたおかげで攻撃されることはなかった。

 

 

「…お久し振りです。【漆黒】のモモン様(・・・・)

 ナーベは普段モモンを"さん"付けで呼ぶ。だからその言い方にモモンは強烈な違和感を覚える。何故そんな他人行儀な言い方をするのか疑問に思う。

 

「俺もシズもハムスケもみんな心配したんだぞ…‥」

 

「…そうですか。それでご用件は何でしょうか?」

 それはまるで目の前にいる人物を拒絶するかの様な冷たい物言いであった。あの手紙を書いた本人とは思えない程の拒絶であった。だが武技はナーベ本人だと感知している。万が一もそこに間違いはないだろう。

 

「っ……!」

 モモンは唇を噛んだ。それは怒りなどでも悲しみでもなかった。あったのは戸惑い。何故そんな風になってしまったかという疑問であった。世間的にはモモンとナーベは冒険者からの付き合いだが、実際二人は十年以上共にいた。そんな家族同然のナーベから突然拒絶の言葉を告げられたモモンの心中は決して穏やかなものではなかった。

 

 

「ご用件は手短にお願いします。私にも業務がありますので」

「幾つか聞きたい…あの手紙だけじゃ訳が分からない。何故俺たちの元から去った?」

 

「貴方たちといても……エ・ランテルにいても叶わない願いがあるからです」

「それは一体何だ?」

 

「貴方には関係ありません。これは私個人の問題ですから」

 言いたくないということか。これは話せと言っても無駄だろうな。納得はできないが。

 

 

「それは……俺たちといても叶わないと?」

「はい。叶いません。……絶対に」

 そう冷たく告げたナーベであったが、モモンはその時に僅かに表情と声色に違いがあることに気付いた。

 

(今のは一体……ナーベ自身も言いたくないような発言だった?……そういうことか?でも何で……)

 

 

 

 

「脅迫を受けた……あるいは魔導国に降るしかない状況にお前は追い込まれたのか?」

「いいえ。私にそのようなことはありません」

 その質問をした瞬間シャルティアから殺意を飛ばされ身体が硬直する。自ら忠誠を誓う主君の国をそんな風な言われ方をされたのだ。殺意というよりは怒りに近いものだろう。

 

 

(今もだ……。ナーベは質問をした瞬間、表情が微かに変化した。一体どの部分のせいでそうなった?脅迫や追い込まれたのならば助けを求めるはず。それが明らかに無い……自分の意思などは分かるが……一体どうして?)

 

 

 

「褒美の時間は終わりでありんす。さっ、ナーベはとっとと帰ってくんなまし」

「分かりました」

 思考するモモンに対してシャルティアはその時間を強引に終わらせようとしてきた。恐らく先程の発言のせいで心証を悪くしてしまったようだ。だがモモンはまだまだ納得できないことが多い。だからだろう。

 

 

 

 

 

「待ってくれ!最後に一つだけ言わせてくれ」

 思わずそう叫んでいた。次の質問など何も思い浮かばかった。疑問に思うことは多すぎる。しかし少しでも多くの情報が欲しかったのだ。だから時間稼ぎもかねてそう言ってしまっていた。

 

 

 

 

「何でしょう?」

 ナーベはそう言ってモモンに視線を向ける。それは冷たい表情のままであった。しかし視線からはそういった冷たいものは感じなかったのだ。むしろ……。何故かは分からないがそう思ってしまった。

 

 

 

 

「ナーベ……お前が無事で良かった」

 モモンは心の底からそう想いそれを口にした。理由こそ分からないがナーベは自らの意思で魔導国に降った。正直言って複雑な気分であったがそれ以上にナーベ自身が無事で良かったと思えたのだ。

 

 

「………」

 一瞬だけだったがナーベの表情が変化した。今のモモンは武技を万全とはいかずとも十分行使可能になっていた。その状態で武技を発動しナーベを感知できていたので魅了などの精神支配などの類は受けてはいないことも分かる。ナーベが去った理由こそ分からないがその叶えたい願いというものはナーベがエ・ランテルにいることでは叶わない。つまり裏を返せばナーベが魔導国に降ることでそれが叶うということだ。

 

 

「本当に良かった……」

「話は以上ですか。でしたら失礼致します」

 

 

 シャルティアが両手をパンと叩くと真っ黒い空間が再び現れた。だが今度はナーベが立ち止まる。背中を向けたままそれを告げた。

 

 

「貴方には帰るべき場所がある。守るべき者もいる。ならば早くエ・ランテルに帰還すべきです」

「どういう意味だ?」

 ナーベはモモンの疑問に答えることもなく消えていった。モモンはナーベが去った後もずっとその空間が閉じられるまで見ていた。

 

 

(何だ?何が理由だ。エ・ランテルになくて魔導国にあるもの……真っ先に思い浮かぶのは軍事力だが…………?俺たちの元にいるから叶わない?それは文字通りの意味か?それともエ・ランテルにいるからという意味か?……駄目だ。分からない……)

 

 

 

 

 気が付くとシャルティアはモモンに歩み寄っていた。

 

 

「モモン」

「何だ?」

 

 そして告げる。

 

 

「命拾いしたでありんすね。ここが本物の(・・・)【ナザリック地下大墳墓】であれば例えアインズ様がお許しになってもわたしがぬしを殺したでありんすよ」

「……やはりそうか」

 モモンは薄々気付いていた。幾らナーベがここを通ったとしても【守護者】が守る階層に対してそこに従事するアンデッドたちがあまりに弱すぎる。偽物のシャルティアがいたことからもそこに従事するアンデッドも"偽物"とでも表現すべき強さしかいなかったのだろう。デスナイトは確かに厄介な能力を持っているが---シャルティア基準だが---強い訳ではない。

 

 

「おや気付いていたでありんすか。そして最後に早くこの場を去った方がいいでありんすよ。もうすぐこの拠点は崩壊するでありんすから」

「なっ!?」

 

 

「早くワーカーたちの元へと行くでありんすよ。手遅れになる前に」

「それを早く言ってくれ!」

 

 モモンは振り向いて駆け出した。扉の向こうで止まると身体を振り向いてシャルティアに告げた。

 

 

 

「感謝する。シャルティア」

「何がでありんすか?」

 

 

「【ナザリック地下大墳墓】がどういう場所でどう危険か親切に(・・・・・・・・・・)教えてくれて」

「さぁ……何のことでありんしょうね」

 モモンは再び駆け出した。

 

 

 それを見ていたシャルティアは一言呟いた。

 

 

「……モモンもナーベもお互いに………いやこれ以上語るのは野暮でありんすね」

「シャルティア様、私は嫌っすよ。モモンはシズの恩人なんすから」

 

「……ルプスレギナ。ぬしはアインズ様にその命を救われた。この意味をよく考えるでありんすよ?」

 シャルティアから殺気が漏れる。それはルプスレギナの言葉に対して警告の意味でだ。

 

「すまないっす……」

「分かるといいんでありんすよ。ぬしにモモンへの恩もあったから魔法の行使を許可したでありんしょう?」

 そう言うとシャルティアの殺気が消えた。すると手をパンと一度叩く。転移魔法が広がる。

 

 

「しかし……あの成長の速さならばアインズ様の御計画には間に合いそうでありんすね」

「でもこのままだとモモンは!____」

 

「ルプスレギナ、わたしたちも【ナザリック地下大墳墓】に帰還するとしんしょう。その話の続きはそこで…」

 そう言うとシャルティアはルプスレギナごと転移魔法の中へと消えていった。

 

 

 二人が去った後、大きな音をたてながら地震の如く揺れながら地下空間が崩壊していく。たちまち第三階層は瓦礫に埋もれていった。他の階層も埋もれるのは時間の問題だろう。

 

 

 

 


 

 

 その頃、モモンは『大遺跡』こと偽りの【ナザリック地下大墳墓】から脱出した所であった。さっきから何やら大きな揺れと音を出している。どうやらシャルティアの言った通りだ。何か仕掛けが施していたのかもしれない。

 

「はぁ……はぁ」

 課全拳3倍で強引に移動速度を上げて戻ってきたのだ。精神的にはかなりキツかったが肉体的には問題がなかった。息が上がっているがそれも仕方の無いことだろう。あのまま生き埋めになって死ぬよりはマシだ。

 

 モモンは顔を上げるとその顔に日光を浴びる。いつもより眩しく感じる。

 

 

 

「彼らは無事に逃げ切れただろうか……」

 周囲を見渡す。足跡が大量にありそれらがある程度バラバラになっていたことから無事に脱出は出来たようだ。しかし地上に出てからのことまでは足跡だけでは流石に分からない。

 

 

「?」

 モモンは視線に気づく。敵意は無いので慌てずに武技で相手を感知。どうやら近くの石碑に隠れている者がいた。一度会ったことのある気配だ。モモンは確認の為にその者に向けて言葉を向けた。

 

 

「ヘッケランか?」

「旦那。生きていたんだな。良かったよ」

 そう言うとヘッケランは石碑から身を乗り出した。見た所大した怪我はしていないようだ。せいぜい擦り傷だ。

 

「君だけか?」

「あぁ。『フォーサイト』のみんなは帰した。そうでもなきゃアルシェが残りそうな勢いだったんでな」

 確かに。彼女にとってモモンは恩人にあたる。彼女はシャルティアと対峙した時でさえ援護しようとしていた程だ。そういう意味ではヘッケランの選択は最善であったといえるだろう。

 

「他のワーカーたちは?」

「みんな帝国に帰ったよ。残っているのは一台の馬車と荷物を見守る冒険者ぐらいだ」

 これは推測でしかないが恐らく『大遺跡』から逃げ出した彼らワーカーは冒険者たちに何の説明もしていないのだろう。仮に冒険者が尋ねても何か適当なことを言ったのだろう。でないと冒険者である者たちが危険なはずのこの場所で待機しているはずがない。

 

 

「そうか……」

 撤退しろと言った以上仕方がないとはいえこういう結果に終わってしまうと流石にアレだな。

 

 

 

「旦那、『フォーサイト』『ヘビーマッシャー』『緑葉(グリーン・リーフ)』から伝言を預かっているぜ」

「伝言?」

 

「あぁ。助けてくれてありがとうってな。旦那がいてくれたおかげで俺たちは全滅せずに済んだんだ。感謝してもしきれねぇよ」

「そうか……」

 

「さぁ。帰ろうか。帝国へ。道中聞かせておくれよ。あの後何があったかをさ」

「あぁ。どこまで話していいか分からないが話そう…」

 

 こうしてモモンとワーカーたちの『大遺跡』探索を終わりを迎えた。

 

 

 

 

 この時ヘッケランが残ったのには二つの理由がある。一つは自身が残ることで仲間を帰すこと、もう一つはモモンにエルヤーが行った"蛮行"とでもいうそれを冒険者の口からモモンに伝えさせないためであった。今のモモンはシャルティアと敵対して帰ってきた。そんな彼にこれ以上の精神的苦痛(ダメージ)を与えたくなかったのだ。

 

(帝国に着いちまえば嫌でも知ることになるだろうが……今くらいは彼の耳に入れない方がいいだろう)

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 帰りの馬車の中でモモンは目を瞑っていた。眠ろうとしたが眠れなかったのだ。あの『大遺跡』から離れて少しするとモモンは武技を解除していた。それゆえ考えごとをするようにしていた。目の前にいるヘッケランはイビキをかいている。それが演技なんかじゃないかと疑いたくなる程うるさかった。

 

(うるさい……だが今の気分だと無音よりはマシか……)

 

 

 

 

 ---シャルティアは強かった。住む世界が違う程に……---

 

 

 

 

 だがそれ以上にモモンはナーベを連れ戻すことが出来なかった。そのことに自らの弱さを嘆いていた。力があれば強引にでも連れ戻すことも出来ただろう。

 

 

(ナーベ……)

 拳をぎゅっと握る。その手の中は何も掴めぬ空っぽなままであった。連れ戻したいという願いは叶わなかった。

 

 

(もっと……もっと強くならないと。ナーベを連れ戻す!……その為にももっと【十戒】を完璧に使いこなせないと……)

 

 

「…………」

 モモンの精神力じゃ<課全拳>は五倍が限界。でもミータッチの<課全拳>を<鏡花水月>で真似ることで強引に十倍にした。そう……。

 

 

(同じ武技であるはずがないんだ。戦士として頂点にいるであろうあの人と……戦士としてまだまだ未熟な俺の武技の性能が同じであるはずが無い。ただ取得しただけの俺の付け焼刃の【十戒】とは異なり、やはり最小限の消耗で最大の効果を発揮できるように"最適化"されていたんだ)

 モモンは自身の考えが正解に近いだろうと考える。そしてこのことから他者の武技を真似る<鏡花水月>を使えば今まで以上に<課全拳>を強化できるだろう。しかし<鏡花水月>の使用には極度の集中力が必要。これ以上の強化を目指すならば精神がどれだけ消耗するかは想像すらつかない。だが"最適化"さえ出来れば……可能性はまだあるはずだ。

 

 

 【十戒】はミータッチの為の"最適化"された武技であり、本来モモンの為の武技ではない。つまり"最適化"さえできればモモンにとって本当の意味での【十戒】になりえるだろう。そしてその時初めてシャルティアなどを初めとした【守護者】たちとまともに戦える可能性が出て来る。つまりは武技そのものよりも、その使い方だ。モモンにとって最適な戦い方を模索すべきだろう。

 

 

(今の感じだと…十倍が限界かもしれないな……。これ以上は精神力との勝負になって戦闘にすらならないだろうから。だが精神力であるならば……肉体の限界に依存しない。そしてそれは……)

 

 無限に強くなることを意味していた。

 

そう……。

 

それは誰よりも弱いが誰よりも強くなった英雄の様に。

 

モモンは兜の中で微笑んだ。不思議と気分が高揚していたからだ。

 

 

(【十三英雄】のリーダー『緋色(ひいろ)』のカイズ……子供の頃に憧れていた存在……こんな形で近づけるなんてな)

 この時モモンの精神の僅かな支えになったことだろう。それは幸せなことだったのだろう。

 

 

 

 

 【十三英雄】の"真実"をまだ知らなかったのだから……。

 

 

 

 

 そしてそんなモモンの乗る馬車を遥か空中から見ている者が一人。

 

 

 

 

「アレがリグリットの言っていた【漆黒】のモモンか……」

 

 否一つの白銀の鎧が浮かんでいた。その周囲には様々な武器も浮いている。

 

 

「これから君という【流星の子】を見極めさせてもらうよ。世界の為に……」

 

 




これからは月2回(二週に一回)くらいの頻度で投稿予定です。
モチベーション次第でそれ以上に投稿するくらいに思って下さい。
別にモチベーションが下がったとかそういう類ではないのですが。


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見えない手

 帝都アーウィンタール、その地に二人の人間が降り立った。

 

 

「とりあえず帝国に無事着いたな」

「あぁ。これから旦那はどうするんだ?報告をしに行くんですかい?」

 一人はモモン。もう一人はヘッケランだ。『大遺跡』から脱出した二人は今ようやく帝都に帰還することが出来た。

 

 

「そうだな……。このまま依頼主に報告に行くつもりだが……」

「先程も言いましたがエルヤーの"蛮行"の件は……」

 

「あぁ。分かってるさ。しっかり報告すれば何の問題もないだろう。当然君の責任でもない」

「…俺たちはワーカーだから良いんですがね。これは余計かもしれませんが……相手は"鮮血帝"でしょうから報告の際は気を付けて下さい」

 

「あぁ。分かってる」

 モモンはそう言うと兜の中で一度溜息を吐いた。ヘッケランが言ったエルヤーの"蛮行"のことで頭を悩ませたからだ。要約するとこうだ。

 

 

 

 シャルティアに吹き飛ばされエルヤーは気絶。その後の撤退時に目を覚ます。そんな中撤退をエルフたちに命じた。しかしエルフの一人が命令に従わなかったため激昂したエルヤーがその者を斬り伏せたというもの。

 

 そしてその様子を他のワーカーたちがガッツリ見ていた……。

 

 

 

(どういう神経してたら仲間を斬り殺せるのだろうか……。ふざけるなよ……。いやそれよりもエルフが動き出さなかった原因はもしや……)

 モモンは『大遺跡』の中で動かぬ彼女たちをに撤退させるために自らが主人だと名乗った。もしもそれが原因だとしたら……。

 

(……私のせいだな)

 モモンは兜の中で俯いた。モモンの心中を察したヘッケランが口を開く。

 

「エルフが逃げなかったのは旦那のせいじゃないですよ。どんな形であれ動かなかったのは彼女たちの意思ですから」

「……その通りだな」

 モモンはその言葉に無理やり自分自身を納得させた。今後の為にも気持ちを切り替えないといけないからだ。

 

 

 

 モモンとヘッケランが少し歩くと妙に人が賑わっていることに気付く。目の前には闘技場があり、人々が興奮した口調で何やら話している。二人は耳を傾けた。

 

「おい!聞いたか…あの噂」

「何だ?何だまた魔導国か何かしたのか!?」

 

「いや違う!何でも明日、闘技場で大会を開くらしいぞ」

「何!?まさか『武王』が出るのか?」

 

「いや今回は参加しないらしい。何でも特別なゲストを招いているということらしい」

「特別なゲスト?……誰だ?」

 

「それが大会の関係者に何度聞いてもはぐらかされるんだ。アレは多分……他国の者だろうな」

「他国……俺の予想だと魔導国だ!」

 

「ほう……その根拠は?」

「王国はかの大悪魔ヤルダバオトの襲撃があったらしいし、竜王国は魔導国の属国になったという噂だ……。スレイン法国はアレだし、そもそも目立つ場所には現れないだろう。だったら可能性はそれぐらいじゃないか?」

 

「ふむ……しかし都市国家連合の可能性もあるんじゃないか?帝国とは長い付き合いだし。最も可能性が高いんじゃないか。評議国は……無いな」

「あぁ…ないな。やはり魔導国だって!」

 

 

 

(随分と興奮しているな……大会か。こんな立場じゃなかったら出場してみても面白いかもしれないな。しかし『武王』か……王を名乗るくらいならやっぱり強いのか)

 『武王』は闘技場の歴代チャンピオンに名付けられる名称だ。今は確か八代目でゴ・ギンと名乗る者がそれを継いでいるとヘッケランに案内の時に聞いた。

 

(一度戦ってみたいものだ。しかし他国の大会に参加するのはやめた方が無難だろうか……)

 今のモモンには肩書がある。それらのことを思慮するならばやはり参加は避けるべきだろう。無論必要とあらば参加すべきだろうが……。

 

 

 モモンがそんなことを考えているとふと足音がするのに気付く。はっきりと…こちらに向かってくる足取りであった。その様子からこちらに用があるのは明白だ。

 

 

 

 

「失礼します」

 そこに声を掛ける者が一人。モモンは冷静にそちらに顔を向ける。それに対しヘッケランは声の主に驚く。声を掛けてきたのは男であり全身に良質な装備を身に纏っていたからだ。良質な装備を持つ者は限られる。そのことからヘッケランはその者を貴族だと判断した。

 

「誰ですかね?俺に貴族の知り合いはいませんが……」

「申し遅れました。私はニンブル=アーク=デイル=アノックです」

 

「『四騎士』の"激風"!?」

 ヘッケランは思わず声を上げていた。それもそのはず。現在の皇帝には有名な直属の者が五人いる。一人は言わずもがな第六位階魔法を行使できる重鎮"逸脱者"フールーダ=パラダイン。それと『四騎士』と呼ばれる皇帝から選ばれた直属の四人の護衛の騎士。王国の戦士長に匹敵すると言われている四人であり、皇帝直属の存在であるため少なくともワーカーであるヘッケランがこうして街中で会えるような存在ではない。その一人が今目の前にいる『激風』と呼ばれる男であった。

 

 ニンブルは驚きのあまり言葉を失ったヘッケランからモモンへと視線を向ける。

 

 

「貴方様が【漆黒】のモモン様でございますね?会えて光栄です」

 そう言って帝国式の挨拶をするニンブル。モモンはその所作がとても綺麗だと感心した。綺麗な所作であり皇帝による教育の賜物かそれともかなり良い所の貴族あたりの身分だろうかと推測する。

 

「…アノック殿とお呼びすればよろしいでしょうか?」

「いえ、私のことは気軽にニンブルとお呼び下さい。モモン様」

 

「ではニンブル殿と呼ばせて頂きます。……かの有名な『四騎士』の"激風"の方ですよね」

「アダマンタイト級の…それも【漆黒】の貴方に知られているとは光栄です」

 

「いえ貴方は有名ですから……。それでどうしてここに?」

「陛下は常々こう仰っています……"私の国はあますところなく私の庭である。ならばどのような場所であろうとそこに相応しい者が行くべきだ"と……」

 そう言って微笑む。あまりにその笑顔の作り方が自然であったことからモモンはこの者はやはり"鮮血帝"の直属の者なのだろうと警戒する。何か一つ相手に付け入る隙すら与えるべきではないと判断したからだ。モモンからすればこういった腹芸を得意とする者は最も苦手な部類な人種であった。

 

 

「……皇帝陛下のお気遣い感謝致します」

(つまり…皇帝はこの"激風"を自らの代理人としてよこしたということか……流石は"鮮血帝"様だな)

 モモンは内心思わず笑ってしまった。それは嘲笑の類ではなく手の速さに感嘆を覚えたからだ。これが王国であるならば代理人というのは間違いなく形だけのそれであっただろう。しかし彼はまだ幼い頃に"大粛清"を成し遂げたのだ、それだけをやってのける器量を持っている。この状況では【漆黒】という存在に好感を持たせようと考えているのが明白だ。だがそれは媚びへつらうものではなく自然と好感を持たされるようなスマートさがある。王国ならばこういったスマートさは望めないだろう。実際モモンが【英雄長】の称号を授かった時はかなりひどいものであったのだから。

 

 

「かの【漆黒】にそう言って頂けて陛下も喜ばれるでしょう。話が逸れましたね……」

 そこでニンブルは一度言葉を区切った。

 

 

「帝国のフールーダ=パラダインが貴方をお呼びです。どうか城まで来て頂きたいのですがご都合はよろしいでしょうか?」

「…分かりました」

 モモンはやはり依頼の件かと思った。それ以外で帝城に呼ばれるようなことはしていない。

 

「…ではこのまま徒歩で?」

「いえ、お疲れの所申し訳ありませんが、こちらで馬車は手配させて頂いています。そちらに乗っていただいてもよろしいでしょうか?」

 

 

 

「じゃあなモモンさん」

 帝城に案内されるのはモモンだけだろう。そう思ったヘッケランは別れを告げ、その場を去る。

 

 

 

「お待ち下さい」

 そう言ってヘッケランは呼び止められた。ヘッケランは驚く。帝城に行かされる理由など少ししか思い浮かばないからだ。

 

 

「『フォーサイト』のヘッケラン様ですね。貴方様にも来て頂きたいのですがよろしいでしょうか?」

 しかしニンブルは笑みを絶やすことなくそう告げる。これは断れない雰囲気であるとヘッケランは察する。

 

「…俺もですか?」

「はい。フールーダ=パラダインは貴方にも来て頂きたいとお願いしています。ご都合悪かったでしょうか?」

 その言葉に戸惑いを覚えたヘッケランであった。しかし皇帝の代理人として来ていると暗に告げてきた者に対して一ワーカーである自分がそれを断れるはずがない。つまりこれは疑問ではなく確認であり、「絶対に来るよな?来なきゃどうなるか分かるな?」といった発言に等しい。しかしそこまで脅迫的に聞こえないのは偏にニンブルの表情や立ち振る舞いからあふれ出る気品さゆえだろう。

 

「えぇ。俺は大丈夫ですよ。あっ…でも」

 ヘッケランは分からないように自分の手の平をズボンで擦る。嫌な汗が染み出ていたからだ。

 

「感謝致します。…もしや仲間の方でしょうか。ご安心を『歌う林檎亭』の方へはこちらで遣いの者を出させますので」

 ヘッケランの心配事が何か察したニンブルはそう告げた。

 

「あ…はい。感謝致します…アノック様」

 普段のヘッケランであれば今の会話におかしな内容があったことに気付いただろう。しかし帝国の上層部、それも皇帝直属の者との会話で緊張していたヘッケランではそれに気付けない。だがモモンはそのことに気付きニンブルの方を見て兜の中で目を細めた。

 

 

 こうして三人は帝城へ向かうことになった。

 

 


 

 

 帝城に着くとニンブルは手際よくモモンたちをフールーダの部屋に案内する。そこには無駄な所作は無かった。

 

(やはり見事だな……"鮮血帝"という人間がどのような存在かよく分かる。王国の方の陛下は"国の象徴"という印象だったが……こちらはまだ会ってはいないが"国の支配者"という感じがする)

 モモンがそう思ったのも無理は無かった。王都に比べて帝都に住む民たちの表情は明るい。それはまぎれもなく皇帝の治世による賜物だろう。残念ながら王都にあんな明日への希望を感じさせる空気を持つ者はいない。いたとすればそれは貴族を始めする…いわゆる上流階級の者たちぐらいのものだろう。

 

("鮮血帝"か……叶うなら一度会ってみたいものだな……。だがお互いの立場を考えると会うことは無いのだろうな…)

 モモンが今まで"王"と名乗る者に出会ったのは二人。一人は言わずもがな【アインズ・ウール・ゴウン魔導国】の【魔導王】その人で、もう一人はリ・エスティーゼ王国のランポッサだ。

 

(アダマンタイト級冒険者といえど……会ったのは二人だけか…。私はまだまだ世界を知らなさすぎるな)

 

 

 

 

「【漆黒】のモモン様、『フォーサイト』のヘッケラン様をお連れしました」

「入ってくれ」

 そう言うと再びあの場所に戻ってきた。そこには変わらずフールーダがいた。

 

「モモン殿。さぁ……お掛け下され」

「では失礼して……」

 

「ヘッケラン様もどうか…お掛け下さい」

「では……」

 

 フールーダはモモンにのみ着席を促したがヘッケランのことは無視かと思う程に目に入っていなかった。しかしそこをフォローするようにニンブルがヘッケランに着席を促す。モモンとヘッケランは並ぶように座る。それに対してフールーダはモモンに向かうようにして座っており、その背後にニンブルが立つ形である。

 

 

 

 

「今日私どもを呼んだのは『大遺跡』の探索の件ですか?」

「えぇ。そうです。お話願えますかな?」

 

「えぇ……ではまず初めに…」

 モモンは語り出す。帝国で『大遺跡』と呼ばれた場所は正式名称【ナザリック地下大墳墓】であること。そこで自衛の為に交戦した【守護者】シャルティア・ブラッドフォールンのこと。それとそこで召喚かどうか定かではないが死の騎士(デスナイト)が出現しワーカーたちと戦闘になったこと。モモンたち全員が脱出した後にその場所が崩壊したこと。そしてその場所が【魔導国】の可能性が極めて高いこと。

 

 それらを聞いてフールーダは顔を青褪めさせた。

 

 

「……そうですか。魔導国が…それは不味いですなぁ」

「えぇ。その通りです」

 確かにフールーダの言った通りだ。他国である帝国が魔導国の領土に侵入した。場合によっては宣戦布告と捉えかねないだろう。もしそうなった場合---王国もだが---帝国に戦えるだけの力があるとは思えない。

 

 

「他には何か分かったことはありますかな?」

「そうですね。あの拠点は重要な拠点ではない。もしくは偽の【ナザリック地下大墳墓】の可能性が高いだろうということです」

 モモンがこういった言い方をしたのには理由がある。簡単な理由だ…魔導国のスパイだと疑われる可能性を排除したかったからだ。敵対したはずのシャルティアからわざわざ教えてもらったなどとは言うべきではない。それを言ったら最後面倒事に発展するのが目に見えている。

 

「根拠は?」

「大量のアンデッドが出現したがそれは一部を除いてスケルトンだったからです」

 モモンのその言葉にヘッケランも頷く。それを見たフールーダは髭を手でといた。

 

「ふむ……スケルトン。確かにそれは……。それでその一部というのは死の騎士(デスナイト)のことですかな?」

「はい……私も実物を見たことがないので何とも言えませんが」

 

「デスナイト……」

「?」

 何やらフールーダはそのアンデッドに思う所があったようだ。その理由までは分からないが……。そう言えば先程も顔を青褪めさせていた。何かデスナイトに思う所があるのだろうか。モモンはこれ以上考えても仕方ないなと割り切ると口を開いた。

 

 

「魔導国では衛兵として…そのデスナイトが行使されていると聞きました。であるならば"衛兵如き"にそんな重要な拠点を守らせるはずはないかと……」

「確かにモモン殿の言う通りだな。それならば"衛兵如き"を作るための拠点としていた……こちらの方がまだ分かりますなぁ」

 

(あぁ……成程…確かにそう考えることも出来るな。流石は二百年以上生きた者だ。それにしても……あの魔導国は何故わざわざシャルティアをあの階層を守護させた?……仮に入り口に配置しておけばそれだけで事足りたのではないだろうか。実際そうすればモモンたちが『大遺跡』に侵入することは不可能であったはずだ。となると侵入させることが目的だった?……何の為に……?まさか戦争を仕掛ける為か?……いや止めよう)

 モモンは誰にも分からぬように溜息を吐いた。今考えるべきはそのことではない。目の前にいる相手に集中すべきだ。

 

 

 

「ふむ……それともう一つお聞かせ願えますかな?」

「何でしょうか?」

 

「ナーベ殿はどちらに?」

 フールーダはヘッケランに一度だけ視線を向けるとそう告げた。ヘッケランは何が何やら分からないといった顔でモモンの方を見る。

 

「……発見できませんでした。転移魔法を使ったのか…或いはどこかに隠し通路でもあったのか…」

 モモンはそう言うしか出来なかった。冒険者は国家に属さないとは言っても、流石に自分の相棒が他国に身を置いていることなど言うべきではない。こればかりは面倒事などでは済まない……最悪の場合…いや止めよう。だがこれでヘッケランにはナーベを探しに帝国に来たことは知られてしまっただろう。あまり他者に知られたくは無かったがこの状況ならば仕方あるまい。

 

 

 

「そうですか……残念です。魔法省で見た人物がナーベ殿本人かだけでも分かれば良かったのですが…」

「えぇ。そうですね」

 モモンはこの話題にあまり触れてほしくなかった。モモンはナーベ本人に再会しており、この事実をこの場で告げるメリットは皆無である。またこれを隠し通す自信が無かった。兜を被っているため表情は見えないが所作や声色からそれを見破られる可能性は十分ある。なんせ相手は"鮮血帝"の直属の者たちなのだから。何が切っ掛けで面倒事に巻き込まれるか警戒しておいて損はないだろう。

 

 

 

「パラダイン様」

「あぁ……分かった」

  そんなことをモモンが考えているとニンブルがフールーダに声を掛けた。どうやら話題を変えたいようだ。そこで空気が変わる。一気に張り詰められる。まるで開いていた窓を全て一気に閉じたような感覚であった。

 

 

(あぁ……この張り詰めた感じ…間違いなく厄介事だな。一体何だ?……何の話題を口にするつもりだ?)

 モモンは密かに身構える。ここからが重要な局面だ。兜の中で目を細めた。さらに警戒心を高める。

 

 

「モモン殿……貴方は確かに依頼を成し遂げた……ですが貴方は彼らワーカーの護衛ですよね」

「はい。そう認識しておりますが……」

 フールーダはヘッケランに視線を向け告げる。嫌な予感がする。

 

「貴方はワーカーたちを無事全員逃がした……そうですね?」

「……はい。『大遺跡』から脱出するまでは」

 

「ではその後で何があったかお聞きしても?」

「それについてもお話しましょう」

 モモンはフールーダが言いたいことが分かった。『天武』のエルフが一人死んだことについてだろう。だがこの件は相手に話させる訳にはいかない。こちらから発言すべきことだろう。

 

 

「ヘッケラン、今から話すことで何か足りないことや正確でないことがあった場合訂正を頼む」

 ヘッケランは無言で頷く。モモンはそれを見て口を開いた。

 

 

◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

「…以上です。何か質問はありますか?」

「いえありませんな。しかし証言が食い違っているのですよ」

 

「証言?もしや他のワーカーですか?」

「はい。アノック殿、頼む」

 フールーダに言われたニンブルは部屋の外へ出た。

 

 

 

「少々お時間を下さい」

「構いませんよ」

 それから少ししてフールーダは口を開いた。

 

 

 

 

「さてモモン殿、個人的にお聞きしたいことがあるのですが。よろしいですかな?」

「何でしょうか?お答え出来る範囲であればお答えしますよ」

 

「先程【守護者】シャルティア・ブラッドフォールン……は魔法を行使したとお聞きしましたが」

 モモンは頷く。確かに先程そのような内容を話したからだ。

 

「それで何位階の魔法を行使していたのですかな?」

「……」

 モモンは言葉に詰まる。正直に第十位階の転移魔法を行使したと言うべきだろうかと悩んだからだ。そもそも戦士であるモモンが第十位階魔法を知っていると言っても信じてもらえるだろうか。しかしだ今回の一件が切っ掛けで戦争になるのだとしたら……無意味な戦争はただ悪戯に被害を拡大させるだけだろう。そのことを考慮すると正直に話すべきだと判断した。

 

「私が把握している限り第十位階魔法を行使していたと思います」

「…今何と?」

 

「もう一度言いましょう。第十位階魔法です」

「………」

 

 

 

「えーと、モモンさん。それは本当ですか?」

 ヘッケランがこちらを見る目は半信半疑といった所だ。それもそうだろう。第十位階魔法を行使するなんて神話ぐらいでしか存在しないのだから。

 

「あぁ。確かだ」

「………」

 モモンの言葉にヘッケランも黙ってしまった。

 

 

(これは失敗だったか?……いや戦争になることも考えるのであれば嘘だと思われても真実を伝えとくべきだろう。………だがせめてニンブル殿が戻る前には空気を戻しておきたいな)

 

 

「……ニンブル殿遅いですね。どうかしたんでしょうか?」

「…えぇ。そうですな」

「………そうですね」

 

 

 

 空気が戻らない中、扉をノックする音が響く。ニンブルが帰ってきたのだ。

 

「お連れしました」

 だがその背後に一人のワーカーを連れていた。見覚えのある男であった。

 

 その人物を見てヘッケランが思わず叫んでしまう。

 

「お前!」

「大声で叫ばないで下さいよ。ターマイトさん」

 そこにいたのは『天武』エルヤー・ウズルスであった。フールーダの隣にスペースが開いているが着席を促されないのはすぐに終わる話だからだろう。

 

 

「ウズルス殿、モモン様とヘッケラン殿の両名に話を伺ったがぬしの証言とは食い違うようじゃが?」

「いえ…私は仲間である彼女が死の騎士(デスナイト)に切り殺されるのをこの目で確かに見ました」

 

「嘘だ!俺たちは見たぞ。お前は気絶していたじゃないか!」

 ヘッケランが叫ぶ。それをフールーダはただ見ていただけだ。

 

「ふむ……やはり証言が食い違っているではないか。これはどういうことかな?」

「……簡単です。そこのターマイトさんが嘘の証言をしたのでしょう」

 

「ふざけるな。そんなこと俺がするか!そうだ!パラダイン殿、他のワーカーにも聞いてくれ!そうすれば本当のことが分かる」

 

「それが残念ながら共に『大遺跡』の依頼を出した『ヘビーマッシャー』『緑葉(グリーン・リーフ)』のワーカーチームは国外におってのう。聞き取りにまで時間がかかるんじゃ」

 フールーダの物言いにヘッケランはどうすればいいか脳をフル稼働させる。

 

「そんな訳が……あいつら帰ってきたばっかだぞ。そんなすぐに国外に行くわけが……もしかしてアンタらが」

「ヘッケラン!」

 モモンの叫びにハッとしたヘッケランはそこで口を閉じた。これ以上は一ワーカーのリーダーが言うべき言葉ではない。目の前にいる相手はこの国の最高戦力。そして"鮮血帝"の最側近。そんな人物の前で不敬にあたる言葉を言うのであれば……。取り返しのつかないことになった可能性が高かった。ヘッケランはモモンにすまないと伝えるために頭を垂れた。

 

(…クソ…旦那が困っている時に俺は何も出来ないじゃないか。あいつらがワーカーであろうと冒険者であろうとそんなすぐに国外に行くはずが無いだろ。むしろ【守護者】との実力差を見せつけられた後では話し合いの為に留まるはずだ。国外に行ったというのが事実であるのだとすれば……それはこの状況を作り出す為の一時的な口封じ……それしかありえない。最悪なのはあいつらが殺された可能性でこの証言を覆すことが出来ないことだ。そうなれば一ワーカーの証言なんて役に立たない)

 ヘッケランは拳を握る。自身の唇を噛み締めて何とか冷静さを取り戻そうとする。だがそれでは収まらない感情が拳を震わせる。

 

 

「残念です。彼らから聞けばどちらの証言が事実であるかなど簡単だったでしょうに」

「……えぇ。本当に残念ですね」

 そう言ってヘッケランはエルヤーの方に視線を向ける。その顔は勝ち誇っており今のヘッケランにとっては我慢できない程苛立った。

 

 

 

(このクズがぁぁぁぁぁっ!!)

 脳内で何度も顔を殴り潰す妄想をする。だがその甲斐あってほんの少しだけ冷静でいられることが出来た。

 

 

 

「フールーダ殿、それで結局の所どうするのですか?」

「…そうですね。二つの証言が食い違っている以上は今回の依頼が成功か……失敗か……結論を出せませぬ。ゆえにモモン様には報酬が出せませぬ。申し訳ありませぬ」

 

「……報酬自体は今は構いません。それよりも大事なのは真実でしょう」

「その通りです。しかし死者が出ている以上、私個人としましても今回の一件は慎重に慎重を重ね結論を出したいと思っております」

 

「……言いたいことは分かりました。ですが質問が二つあります」

「何でしょうかな?」

 

「まず今回の依頼を成功か失敗か……最終的にどうやって決めるおつもりかお聞かせ下さい?」

「…私と陛下と何人かの文官たちと話し合って決めるつもりです。それでもう一つは?」

 

「陛下は今どちらに?叶うならば直接お話したいのですが」

「申し訳ありませぬがそれはこの場ではお答え出来ませぬ。ご容赦下さい」

 その言葉にモモンは何か見えない力が働いているように感じた。

 

 

 


 

 

 

「………」

 モモンはグラスを持つ手を傾けた。中に入った氷が心地よく鳴る。

 

 

「そうですか……そんなことが」

「あぁ……どう考えてもおかしいよな?」

 そう言ってロバーデイクは胸にある十字架を握る。それを見たヘッケランは神様って奴がいるなら今助けてくれよと思う。

 

「何というか理不尽ね」

「……どう考えてもモモンさんに落ち度は無い。原因はウズルス……」

 イミーナは状況の大変さに思わず言葉が出てしまう。その言葉に続くようにアルシェは告げる。それは紛れもない事実。

 

 

 今彼ら『フォーサイト』がいるこの場所は『歌う林檎亭』。モモンもヘッケランも帰ってきた。ついでにアルシェの妹二人もこの酒場の上の宿で眠っている。

 

 

 

 状況は悪い。そんな中更に悪くなる何かが飛び込もうとしていた。

 

 

 

「おい!フルトのお嬢さんはいるか!」

 そう野蛮な声を荒げる男が一人。粗暴な振る舞いでドアを開ける。アルシェに向かって話していることから金貸しの類だろう。

 

「……何?借金の件なら間違いなく全額返済した……もう関わることはないはず」

「そうはいかなくなっちまったんだよ!お前さん、実はだな……話すより見せた方が早いな。これを見ろ!」

 そう言って男が取り出したのは一枚の羊皮紙であった。アルシェは困惑しつつもそこに書かれている内容を見た。絶句する……その内容が理解できなかったからだ。

 

 

「……どうして」

「どうしたもこうしたもあるか!お前さんの両親がまた借金をしたんだ」

 男の言葉の通り。両親は借金をした。正直言ってそれ自体は何の問題も無い。もう縁は切り、後は好きにしろと言った程なのだから。

 

「……アレは両親の借金で私たちの借金じゃない!妹たちには何の関係も無い」

「そんなこといっていいのか?」

 

「アルシェ、一体何が書かれて……」

 覗き込んだ仲間たちもそこに書かれた内容を見て絶句した。

 

 男の強気な態度に納得したからだ。

 

 

 羊皮紙に書かれている内容は主に三つ。一つはアルシェの両親が前借りという形で再び借金したこと。二つ目はその金額が白金貨三十枚だということ。そして三つ目こそが最も重要なことであった。それはあるものを"担保"に再び借金したということ。その担保の欄に書かれていたのが……。

 

 

"クーデリカ"

 

"ウレイリカ"

 

 

 アルシェの二人の妹の名前であった。

 

 

「……妹たちは既にあの家から出ている!だからあの家とは関係無い!」

「戸籍はどうなってる?ここじゃねぇだろう」

 

「それは……」

 男の言う通りであった。アルシェは帰還後すぐに妹二人をここ『歌う林檎亭』に連れ出し今は上で寝かせている。しかし帝国には---王国とは異なり---戸籍がしっかり存在し、それゆえ妹二人の戸籍は未だにあの借金を作る両親の実家のままだ。ゆえに両親との縁は断ち切れずにいた。もしアルシェが妹二人をこのまま匿えばそれは誘拐、もしくは戸籍の詐称だと指摘された場合、まず裁判では負けるだろう。裁判になった時点で二人の妹たちは戸籍通りの場所に身を置く必要がある…つまり実家だ。その間に借金が増えれば?……あの両親は妹たちを僅かな金額で売り払うだろう…今回の様に妹二人を使って…。そうでなくとも裁判に負けた場合多額な賠償金と長期間の服役は間違いないだろう。そう……だからこの場所に妹がいると知られた時点でアルシェは詰んでいたのだ。

 

 

「…悪いが連れて行くぞ」

「待って!」

 アルシェは男の服を掴む。しかし魔法詠唱者のアルシェでは体格の良いこの男の腕力に敵うはずがなかった。それが分かっていても震える両腕で妹たちの元まで歩かせないようにしようと必死に抵抗する。

 

「うるせぇ!借りたものは返す!子供でも知っているぞ!」

 男はアルシェを引き離す。その勢いが強すぎたせいでアルシェが吹き飛ばされテーブルに衝突する。

 

 

 

 それを見たヘッケランの中で何かが切れた。

 

 

 

 吹き飛ばされた男は床を一回転して壁に背中を打った。顔面を殴られた男の鼻から血が出ていた。

 

「へっ?」

 ヘッケランは何が何やら分からないといった様子で視線を自分の横に向けた。自分よりも先に殴ったのが誰か見る為だ。

 

 それは意外な人物であった。

 

 

 

「…神の鉄槌です」

「…正確には拳だけどな」

 それは普段温厚なロバーデイクであった。だがその目つきは別人の如く歪んでおりヘッケランたちは初めて見た仲間の一面に思わず驚愕する。

 

 

(ロバーが人を殴る所初めて見たわ……)

 

 

「くそ…殴りやがって…鼻血出ちまったじゃねぇか。痛ぇな」

 男がそう言うとヘッケランの横から今度は矢が飛んできた。その矢は男の頬を掠る。

 

 

「そう……今度は額をやられたいかしら?鼻血が気にならなくなるわよ」

 弓を構えるイミーナ。その目には理不尽に追い詰めた者に対する明確な怒りがあった。

 

 

「まぁ……俺たちはこういう状態なんだが……お前さんはどうするつもりだ?」

「お…俺も引けない事情があるんだ!返してもらうまではここを動かねぇからな」

 

「引けない事情?」

 ヘッケランは疑問に思う。アダマンタイト級であるモモンが介入したこの件で借金取りのグループは納得したはずだ。アダマンタイト級が関わるならこれ以上は危険だと判断するはず。アウトローな奴らにとって自分より格上な存在に牙を向ける理由なんてほとんどない。明日は我が身な奴らにとって生きることが重要でありそれ以外はついでぐらいの意味合いでしかないだろう。

 

「あぁ。そうだ。上には死んでも帰るなと命令されている。だから許してくれよ」

「上?……」

 ヘッケランは疑問に思う。アウトローな人間が作るアウトロー組織に共通して言えることは面倒事は持ち込まないことだ。かつてヘッケランもそれなりの経験をしてきたから分かる。アダマンタイト級冒険者がこの借金に関わった時点でかなりの面倒事に違いない。

 

(それでも強引なやり方でアルシェの両親に借金を作らせたのは何故だ。何か理由があるはずだ。例えばアダマンタイト級よりヤバい何かに命じられたとか……このタイミングで……モモンさんがいるこの場所で……まさか!)

 ヘッケランは自身の考えが間違いないだろうと確信する。あまりにもタイミングが良すぎる。これで偶然はありえない。この手際の良さは間違いなく……。

 

 

 

 "鮮血帝"

 

 

 

 先程までの熱い怒りが一瞬にして全て冷えに変わった。背筋が凍り付いたような錯覚……いや冷たい鎖を全身に巻き付けられているような錯覚を覚えた。

 

(それしかあり得ない!でも何で『フォーサイト』を?)

 そんなヘッケランの視線の先には壁にもたれかかった男とそれに近づくモモンであった。

 

 

 

「お前にも引けない理由があるのは分かった。だがこの宿から出て行ってほしい」

「い……嫌だ」

 

「いいから行け。私の言葉を二度も袖にはしないだろう?上にもそう伝えろ」

「……わ…分かった」

 そう言うと男は宿から逃げるようにして走り去る。

 

 

 

(いや違う。俺たち『フォーサイト』じゃない!"鮮血帝"の狙いは……間違いなくモモンさんだ!)

 ヘッケランはまるで見えない大きな手で全身を握られているように感じる。その手の持ち主は間違いなく……この国のトップだ。

 

 

 

("鮮血帝"は……俺たちを人質として利用している。間違いない。でないと『ヘビー。マッシャー』『緑葉』の二つのチームを国外に出したのも事実ではなく実はどこかで捕らえられているのかもな。そちらの方が確実だ。エルヤーのあの証言を利用するには……他のワーカーは邪魔だった。そこまでは分かる。だが解せない部分もある)

 ヘッケランは頭をフル稼働させた。冷静さを取り戻した今の自分であるならば小難しいことの大半を理解できそうであった。しかしどうしてもそれで"鮮血帝"にメリットがあるようには思えない。

 

(だとしたら何をモモンさんに求めてる?依頼失敗の詫び?………アダマンタイト級に?…いやないか。それならば追加の依頼を出す?……でもそうなると追加の報酬が……。あぁ…駄目だ。これ以上は頭が破裂しそうだ)

 ヘッケランは頭を振った。怒りとは別の理由で頭が熱くなったからだ。

 

 

 

(旦那には悪いが……"鮮血帝"が出る程ヤバい案件なら俺たちに出来ることは何も無い。俺にとっては『フォーサイト』の方が大事だ。だから今は頭を切り替えてアルシェの借金をどうすべきか考えよう。モモンさんに話せば返済の期限ぐらいならどうにかなるか?いやそれじゃあ根本的な解決にはならない!何か手は無いか?モモンさんらな何か思いつかないだろうか?)

 

「モモンの旦那……話が…」

「……ヘッケラン、一つ聞きたい」

 ヘッケランの言葉を遮る様に尋ねる。ヘッケランは一先ず話を聞こうと判断し開いた口を閉じた。

 

「何だ?旦那……」

「私は君に帝国のことを教えてもらったよな」

 確かに案内はした。だがそれだけだ。今話したい内容ではない。

 

「?あぁ…確かに案内したが…それがどうかしたのか?」

「私は恩には恩をと……そう考えている」

 

「旦那……?」

「今この時点で私に何かできることは無いか?」

 

「それは……」

 非常にありがたい申し出であった。しかしモモンが言う協力できることとは借金のことだろう。こればかりはチームではなくあくまで仲間の問題だ。ヘッケランはアルシェに視線を向ける。そんなアルシェは首を横に振った。

 

 

(俺は馬鹿か……仕方ねぇよな。何度も同じ人に助けてもらう訳にはいかないよな……そうだよな。アルシェ。それでいいんだよな)

 これ以上の好意に甘える訳にはいかない。そう思ったヘッケランは先程までの打算的な態度を改めた。

 

 

「旦那……悪いが俺たちにもプライドがある……今回の借金の件は俺たちだけで解決させてくれ。すまない」

「そうか……」

 モモンはヘッケランたちの心中を察した。察しはした。だがそれ以上に納得できないことがある。

 

(家族がバラバラになる……か)

 モモンは兜の中で目を瞑る。とても辛いことだ。だが彼女や彼女の妹は生きている。つまりまだやり直せる。自分とは違って…。

 

 

 

(………『大遺跡』の調査、フルト家の再びの借金……これらを解決するためにも……やはり……)

 モモンは拳を作る。現状を打破するには一つの方法が思い浮かんだからだ。

 

(会わねばならないな。"鮮血帝"に……どんな手を使っても!)

 そしてモモンには一つの推測があった。そしてご丁寧にそこまで誘導しているであろうまだ見ぬ皇帝へ向かって視線を向ける。

 

(他国からのゲストが来るならば皇帝が現れる可能性も高いだろう。であるならば行くしかあるまい……)

 

 

 

 

(『闘技場』に!)

 



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その頃のエ・ランテル

 モモンが帝国にいる間、エ・ランテルではちょっとした出来事があった。

 

 

 

 

 冒険者組合の廊下を歩く姿が一つ。やせすぎで神経質そうな線の細いその男は魔術師組合長のテオ=ラシケル。しかし彼の額は汗を流しながらその足取りは重い。それは自らと同じ"組合長"の一人プルトン=アインザックから『本日中で構わないから時間のある時に相談したいことがある』と連絡を受けたからだ。相談、そう言われて何事かと思ったラシケルは何とか今ある仕事を一通り終わらせてたのである。それゆえまだ昼過ぎでありながら呼吸は乱れ肉体は疲労を感じていた。

 

 

「アインザック!失礼するぞ」

 ノックして返事が聞こえるのとほぼ同時にドアを開けた。そこで見たものにラシケルは自身の目を疑う。机の上に無造作に置かれた大量の羊皮紙。そのあまりの量に思わず胃が痛む。そのことから内心で『面倒事か……はぁ』とため息を吐かずにはいられない。

 

 

「おいおい……何だ?この資料の山は?」

 ラシケルは重なって山となった羊皮紙に手を伸ばす。その一番上に置いてあったのを手に取る。するとそれを合図かのように羊皮紙の山の影から一人の男の姿が現れた。

 

「散らかしててすまないな。ラシケル」

 冒険者組合長のプルトン=アインザックだ。同じ"組合長"の役職を持つ者同士であり、仲の良い友人でもある。今日はそんなアインザックから呼ばれたラシケルである。しかしその目にはいつものような眼光は宿っておらず代わりとばかりに目の下にひどい隈があった。恐らく寝ていないのだろう。

 

 

「不眠とは感心しないなアインザック。日を改めようか?」

「いや今頼む。これは早急に解決しなけらばならない問題だ」

 そう言って訴えかけるアインザックの瞳に眼光が宿る。これなら日を改める必要はなさそうだ。

 

「…分かった。それで相談とは何事だ?アインザック」

「実はお前の意見を聞いておきたくてな…」

 

 

 

 

「意見?…もしかしてこれらの資料のことか?」

 ラシケルは先程手に取った資料を見る。書かれているのは一枚につき一人の女性、それとその女性の性格から男性の好みなどが詳細がビッシリと記されている。ラシケルの知る限りそこに書かれているのは妙齢の女性の名前ばかりが載っていた。そのことから自らの友人が誰に対して何をしようとしているかを察する。

 

 

「どうした?また女衒(ぜげん)の真似事か……アインザック」

「仕方あるまい。これらの資料は全てエ・ランテルの未来の為だ」

 エ・ランテルの未来。そう言うアインアックに対して、ラシケルはやはりと思った。このエ・ランテルに拠点を置く我らが【漆黒の英雄】のモモンのことなのだ。

 

 

「まさか今度は仲人(なこうど)の真似事だとはな……」

 仲人。その言葉を使ったのはアインザックの意図が分かったからである。大方何か楔を打ち込みたいと考えているのだ。今現在ナーベがいないエ・ランテルではモモンだけが人々の希望となりえる。そんな彼をナーベを追いかけてそのままエ・ランテルを去らないようにしたいのは明白であった。だが自分の友がそれをしていることに思わずため息が出てしまったラシケルである。

 

「お前の言いたい気持ちも理解できる。だが分かるだろ?彼の価値が」

 アインザックの言葉に今度はラシケルが頷く。モモンという英雄は今やこの街を象徴する程の存在だ。そんな彼を失うことは人々の生活だけでなく"戦力"という意味でも重大な損失である。この街では彼の存在を表現する言葉は多い。ラシケルが知る限りだけでも【漆黒の英雄】の他に【生きる伝説】【不敗の戦士】【優しき大英雄】【英雄長】など---探せば更にあるだろうが---そのことからも彼の人気が凄まじい。特にかの大悪魔【ヤルダバオト】を撃退した後はそれが顕著で彼が帰還した際は大きな歓声と共に迎えられた程、そのことからも如何に慕われているのが明白であった。

 

 

「彼はこの街の希望だ。彼をこの街に繋ぎ止めるためならば女衒だろうと仲人だろうとやってみせるさ」

 そう威張るように発言するアインザックを見てラシケルは仕方ないことだなと感じる。事はそれだけ重要なのだ。

 

 

「悪いが……この街の未来の為に協力してくれ」

「無論全面的に協力するが……。その言い方は卑怯じゃないかアインザック」

 

 

「駄目か?無理にとは言わないが…」

「構わないさ。最後まで付き合ってやるとも」

 そう言うとラシケルは笑い、それにアインザックも笑い返す。共に目指す場所は同じだと理解したからだ。即ちこの街の為だ。

 

 

 

 

「しかし都市長が納得するかは分からないだろう」

「既に都市長の許可は取ってある」

 

 

「随分と早いな。私の意見を聞いてからとは考えなかったのか?」

「それに関してはすまない。ただ彼がいつどこで去るかなど私たちには分からないものだからな。……それに」

 そこでアインザックは言葉を区切る。ラシケルにはその続きが何となく予想できた。

 

 

「かの大悪魔【ヤルダバオト】のことか……」

 あの悪魔の襲撃で一つのことが証明されてしまった。かの『王国戦士長』ガゼフでさえ敵わなかった相手、そんな相手にモモンは撃退したという事実。そしてそれはモモンという存在がいなければの同じ事が起きた場合確実に滅ぶことを意味する。つまり何が何でもモモンには"王国にいてもらわなけらばならない"のだ。そのためにアインザックやラシケルは自身の立場をフル活用し、王国にいてもらわなければならないと王国に住む一市民としての使命感を燃やしていた。だからこそアインザックは寝不足に陥ったのだろう。

 

 

「少し話が逸れるが、魔術師組合ではどうだ?かの悪魔に関わる情報は得られたか?」

「いや残念ながら無い。ただ奇妙な噂を一つ聞いたくらいだ」

 

「何だ?それは」

「誰が流したかも分からないが王城に眠る『五宝物』。その内の一つが原因でかの大悪魔が召喚されたという噂だ。無論私たちの組合は信じていないがね」

 

「…信じらられんな。だがそれはエ・ランテルに住む私たちだからだろう」

「あぁ。この噂を信じて王都の住民の中で王政に対し反乱を起こそうとした者もいた程だからな」

 実際被害が出た地域である王都とその周辺では未だにピリピリとした空気が流れている。身内を亡くした者や連れ去られた者、そのぶつけようの無い感情をぶつけられる場所はやはり身近な場所に向くものだ。長年生きてきたアインザックやラシケルは人間という種族のそういった弱い一面を知っており、更に職業柄どういった人間がそういった状態に陥りやすいかを見てきた。それは精神的に弱い者、又は弱っている者だ。

 

「……どこもかしこも問題だらけだな。その反乱を鎮圧したのは?」

「これがまた悩ましいのだが…。第一王子殿下だ」

 

 アインザックは頭を抑えた。理由は簡単だ。かの第一王子バルブロ。貴族派閥筆頭でかつては『八本指』ともかなり密接な関係であったと噂であった。そんな彼がこの問題に取り組むことは厄介事になっていくのが見える。この一件だけで第一王子の派閥が大きく存在感を示すことになるだろう。そしてそれは王国の未来を曇らせることに繋がってしまうのだ。

 

 

((最悪の場合、【ヤルダバオト】の襲撃や帝国との戦争が始まる前に王国は滅ぶかもしれない))

 一瞬だけそんな嫌な想像をしてしまった二人であったが、それを首を振るって打ち消した。

 

 

「あぁ……頭が痛い。逸らしておいてアレだが話を戻そう」

「あぁ…そうだな。そうしようアインザック。一旦落ち着こうか」

 

 そこでお互い一度気持ちの整理をつけるために何か飲むことにした。

 

 

 ◇ ◇ 

 

 ◇ ◇ 

 

 

 既に空になった二つのグラス。それを机の上に置いてラシケルは口を開いた。

 

「さて……随分と脱線してしまったな。本題に入ってくれ。大体の察しはついているが…」

 

 今度はアインザックがグラスを置いて口を開く。

 

 

 

 

「誰かナーベ君の代わりになってくれる者がいないか……と思ってな」

「それは冒険者の仲間という意味か?それとも伴侶の様な存在という意味か?」

 ラシケルがこう問いかけたのにはアインザックがどこまで考えているかを知る為であった。ここがハッキリしないと意見の出しようがないのだ。

 

 

「伴侶の様に心を支えてくれるのであれば一番だ。欲を言えばナーベ君と同様の実力は欲しいが……それは二の次だろう」

「それは……やはり何というか…大変だな」

 ラシケルはアインザックの苦労を察した。ナーベの代わりなど簡単に見つかる訳が無い。彼女は【美姫】と呼ばれる程の美貌の持ち主でありながら第六位階---ラシケル個人の推測としては第七位階まで---使いこなせる魔法詠唱者。まさに【漆黒の英雄】に相応しき人物といえよう。それ程までの存在である彼女の代わりがエ・ランテルや王国全土で探してもまず見つからないはずだ。それこそ可能性があるとすれば竜王が支配する評議国か、スレイン法国くらいなものだろう。例外として魔導国だがあの国は建国の過程で王国からカルネ村とその周辺を勝手に領土と化し独立した経緯からあまり友好的な関係とは言い難いためこの手に関しては望めないだろう。

 

 美貌や心の支えとなる性格だけであるならば幾つかの選択肢はあった。しかしそこに戦力としての期待も加わると選択肢は限られる。とてもじゃないがラシケルが思い当たる人物などせいぜい片手で数えるくらいだ。しかしそれもアダマンタイトに相応しいか……それも【漆黒】に相応しいかと言うとまず無いと断言できてしまう。

 

 

「信頼できそうな人物を一通りまとめてみたんだが……お前の意見を聞かせてくれ」

 そう言ってアインザックはラシケルに一枚の羊皮紙を手渡す。これら膨大な資料の中からまとめ出したものだろう。ラシケルはそこに記載された女性の情報を読み取っていく。

 

 

 

 

 イシュペン=ロンブル ……その他の受付嬢

 

 

「イシュペン=ロンブルを始めとした冒険者組合の受付嬢たちか。……彼女たちならまぁ分かるな。信頼という点ではかなり上位に位置するだろう」

「あぁ。彼女たちに意見も聞いたがみんな肯定的だった。むしろ彼が彼女らを選ぶかが心配といった所だな」

 確かにアインザックの言う通りだ。冒険者の中で何度も顔を合わせる受付嬢に好意を持つ者は多い。中には勘違いなどから口説いたり愛の告白をする者も---ミスリル級以上でそんな者は流石にいないが---少なくはない。だがこの場合の問題点はモモン君が彼女たちにそういった接し方をしていないことだ。そこから察するに彼女たちには悪いが可能性は皆無だろう。

 

 

「まぁ…冒険者組合の関係者なのはいいが…。彼の支えになってくれる女性となればやはり実力の方もいると思うが……」

「ふむ、やはりそうなるか……」

 そう言ってアインザックは溜息を吐いた。そのことから本気で彼女たちがモモン君の支えになれるとは思っていなかったのだろう。

 

 

(だとするとここに書かれた女性の情報はあくまで"可能性"ということだな……)

 ラシケルは目線を羊皮紙に戻す。

 

 

 

 

 クレア

 

 

「モモン君が提案した【冒険者育成機関】二人目の『教官』クレアか。確かに彼女の短い金髪や猫の様な顔立ちは美しいな。ただ……」

「あぁ。元戦士らしいが…実力的にはオリハルコン…いやアダマンタイトにも匹敵するだろう。しかしあの嘘くさい演技は何なんだろうな」

 二人目の冒険者『教官』の職を持つ女クレア。ホニョペニョコを【漆黒】が討伐した数日後にエ・ランテルを尋ねた者だ。トブの大森林にて"獲物"を狩り続けた結果、かなりの実力を得たらしい。正直胡散臭いが……あの【漆黒】のモモン君が証人になったため受け入れざるを得なかった。そのため身元調査なども行っていない。幸い一人目の『教官』であるイグヴァルジとは割と仲良くやっているようだ……。少なくとも彼女はモモン君が好みそうな性格はしていないと思われる。これは完全に余談だが元ミスリル級冒険者チーム『クラルグラ』のメンバーは現在その【冒険者育成機関】の職員として業務に携わっている。各々得意な分野を活かすのにまだ苦労している最中だ。

 

「彼女は実力的にも申し分は無いと思うが……一部では"聖女"などと持ち上げられているらしいが…」

「アレに関しては色々と謎だが多い…しかしモモン君ならば問題ないだろう」

 彼女の性格は一言で言えば好戦的であった。ゆえに生存率を上げるために行っている訓練などでしばしば冒険者を肉体的だけでなく精神的にもボコボコにしている。英雄級の実力者でありながらモモンとは対照的で暴君の様に振る舞う一面もある。密かに冒険者組合の受付嬢からは怖がられていたりする。『アレならナーベ様の方がまだ接しやすい』と言われるくらいには。

 

 

 

 

 ブリタ

 

 

「ふむ……ん?引退した元冒険者ブリタ……確か彼女って」

「あぁ。彼女は既に引退した。それから一人の男を追いかけていったらしい」

 

 

「うん?それって確かブレイン=アングラウスだよな?」

「あぁ、その通りだ。ある宿屋ではブリタがその男に冒険者をやらないかと提案したらしいが…」

 その話は有名だ。結局それは断られたらしい。一部の酒飲みが夜中に笑いながら叫んでいたことから町中が知っている。そのことに憤慨した彼女が酒飲みたちを闇討ち--といっても顔に一発パンチやキック--した。彼女には気の毒だ。

 

 

「ブレイン=アングラウスか……。エ・ランテルに来て欲しかったものだな」

「確かにその通りだが……王都の状況を見るにラナー王女の近くにいてくれた方がいいだろうな」

 

 

「それもそうか……。一度は連れ去られた身である御方だ。警備は多いに越したことはないだろう」

 そう言ってラシケルが視線を羊皮紙に戻すと驚いた。

 

 

 

 

 ラナー王女

 

 

「おいおい!ラナー王女とは……またこれは…。一応聞くがあくまで"可能性"の話だよな?」

「あぁ。勿論だ。流石に王族にこんなこと聞かせられないさ。間違いなく火種になるからな」

 

 

「分かっているならいいんだが。……流石に王女は不味いだろう。私は嫌だぞ。内乱の片棒を担ぐような真似は」

「やはりそうなるか……。最悪の場合は都市長を通して陛下にお許しを頂くことも一度は考えたんだが」

 ラナー王女は本当に不味い。本気でラシケルはそう思う。彼女は王国民の為の献策を行っているため民からの人気が篤い。それゆえ王派閥や貴族派閥で彼女を手に入れようと躍起になっている。王都内がそんな不安定な状況なため陛下はラナーをどうすべきかで非常に悩んでいるそうだ。王族や貴族の場合、人気があるということは政治の道具にされるのとほぼ同じ意味なのだ。

 

「考え直したのならいい。しかしこうなると王国で探すのは大変だな。いっそ他国の冒険者で探してみては?」

「それも考えたんだが……中立な機関とはいえ流石に国家には逆らえまい。ならば他国というのは難しいだろう。何より冒険者は国家の切り札になりえるのだから」

 あの王都で起きた出来事から完全な中立というのはやはり難しいのだ。どこまでいっても所詮は国の中に存在する機関でありその影響には逆らえないのだ。

 

 

「仕方ないか……」

 

 

 

 

 ラシケルは羊皮紙の一番下に書かれた名前を見て思わず眉をひそめた。そこに書かれている名前が意外な存在だったからだ。

 

 

「……うん?彼女はリストに加えて良かったのか?」

「あぁ。間違いではない。私は彼女こそ最有力候補だと思っている」

 

 

 

 

 そこに書かれていた名前は…

 

 

 

 

 シズ

 

 

「まさか……シズ殿とはな。驚いたぞ」

 彼女は【漆黒】とかつて戦った者の一人。かの大悪魔【ヤルダバオト】に精神操作を受け無理やり配下扱いされていたという。最後はモモンたちの活躍あって解放されたらしいが…。

 

 

「確か彼女は今【漆黒】の拠点の家でメイドをしているのだよな?」

「あぁ。何でもかの【森の賢王】…ハムスケ殿よりも強いらしいぞ」

 

 

「……彼女は戦力的にも立ち位置としてもモモン君に最も近いのは分かる。しかし彼女はかつて操られていたんだぞ?その辺りは大丈夫だなのか?」

「お前の心配も分かる。二度目が無いか不安もあるだろう。しかしだ…これは彼女にとって二つの大きなメリットがある」

 

 

「モモン君の心の支えになれる可能性、それと印象の回復……いや中和といった方が正しいか?」

「あぁ。彼女とは話した者もいて彼女の人となりを知っている。だがその数は多くはなく、そうでない者はこの街に戻ってからだが少し警戒する態度を取っている」

 その辺りは仕方ないだろう。そうラシケルは考える。あの王都での悲劇を語る者はいる限り彼女の肩身は狭いままだ。しかし容姿もかなり良く、モモン君に恩義を受けている。ぶっちゃけた話だがモモンさえよければ彼女自身はかなり良きパートナーになるかと思われる。無論世間体がどうだとかの話にはなるが……。

 

 

「彼女に関しては都市長は何と?」

「都市長はモモン君がシズ君をパートナーに選ぶことには反対はしていない。ただ世間がそれを認めるとは思えないと仰っていた」

 

「成程な。そしてそれは私もお前も同じだろう?違うかアインザック」

 ラシケルのその言葉にアインザックは頷くことしか出来ない。王都を襲撃した実行犯、幾ら主犯格ではなく精神支配を受けていたとはいえ彼女はそこに加担した人物である。そのためもしモモンがシズをパートナーとして選んだ場合はエ・ランテルに住む者たちは恐らく祝福してくれるだろう。しかし王都にいた者たちからはいらぬ疑いをかけられるに違いない。中には『モモンはヤルダバオトとグル』と下らない噂を垂れ流す輩もいるのだ。もし二人がそういった仲に発展した場合、それを口実に王都にいる貴族派閥の者たちがエ・ランテルを攻め込む可能性も無いとは言い切れまい。

 

 

「しかし彼女にナーベ君の代わりが務まるのか?」

「何もナーベ君の代わりにならずとも良い。彼女がナーベ君と同等かそれ以上に大事な存在になってくれればいい。大事なのはモモン君が調子を取り戻すことだ」

 

 

「……仕方あるまい。しかし最終的に決めるのはモモン殿だ」

 

 

 

 

「あぁ。その通りだ。だが問題はそれだけじゃない。この街の者についてだ」

「確かに。ナーベ君の存在が見えなくなってから彼らの中で不安が広がっているな。【漆黒】がこの街から去るのではと心配している噂なども聞いた。実際ここに来るまでの間だけでもかなりの噂を聞いたぞ」

 

 ナーベ不在の原因は実力差、方向性の違い、かなり少数派の噂だが痴話喧嘩など、だがそんなことよりも最も影響力のある噂はこれだろう。

 

 ---ナーベは帝国にスカウトされたからエ・ランテルを去ったというもの---

 

 

「彼女ならば確かにかのフールーダ=パラダインと同等の実力を持っていてもおかしくはないな。帝国に行く理由もここに比べて住みやすいのかもしれないな」

「おいおいそれは私に対する皮肉か?」

 

 

「いや…そんなつもりはなかった。すまない」

「いや気にするな。逆の立場なら私も同じことを言っているさ。あの"鮮血帝"ならばやりかねない」

 

 

「しかし実際問題どうなんだ?彼女が帝国にスカウトされた可能性はあるのか?」

「個人的な考えでしかないが……ナーベ君単独で動いたことからその可能性は低いと思う」

 

 

「理由は?」

「このままいけばどうなると思う?」

 質問を質問で返すな。そうラシケルは叫びたくなった。しかしアインザックがこういうからには何かの確信を得ているのだろう。

 

 

「もうすぐ…あっ、戦争の時期か」

「そうだ。もし仮にナーベ君が帝国に行ったとして、モモン君がエ・ランテルにいる状態であるならば……その可能性は僅かにだがあるだろう。あの彼の相棒である彼女がそんな計算を出来ないはずがない!」

 

 

 可能性…その言葉を使ったのは”冒険者は国家に属さない”この言葉ゆえだろう。しかし実際は…。

 

(国家規模の何かが起きた場合、冒険者は中立ではいられない。それをあの王都での悲劇で証明してしまった)

 

 

 

「そうだな……しかしそうなると彼女はどこへ?」

「分からない。しかし気になることがある」

 

 

「何だ?」

「帝国にいる密偵からだが、何でも"他国からの使者が闘技場に来る"と噂が流れているそうだ」

 

 

「それは本当か?」

「あぁ。間違いない。しかしだ。あの帝国がどこと外交を結ぼうとしているかは見当も付かないな」

 

 

「さぁな。都市国家連合…ここならば問題ないだろう。スレイン法国は……まぁ何とも言えないが同じ人間国家だし多分大丈夫だろう。どちらも少なくとも王国との戦争に関わるような真似はしないだろう」

「そうだな。ではお前はどこが一番問題だと思う?」

 

 

 

 

 ラシケルの問いに対してアインザックが口を開く。

 

「噂が真実であるならば……アインズ・ウール・ゴウン魔導国。お前も噂を聞いただろう?かの国はデスナイトを衛兵、ソウルイーターを馬車にすような国だぞ?そんな国に戦力…いや軍事力という面で勝てると思うか?」

「それはそうだが……。そこまで心配することか?帝国と魔導国が同盟を結ぶと思うか?」

 

 

「お前の言いたいことも分かる。しかし考えてもみろ。あの国はどうやって建国した?」

「それは…あっ!」

 

 

「そうだ。竜王国をビーストマンの軍団から守る為に"僅か数分"で数万のビーストマンを殲滅したんだぞ」

「…帝国がもし魔導国と同盟など結べたとしたら……」

 

 

「あぁ。間違いなく戦争で敗北は必至。エ・ランテルは帝国が支配。その裏で真に支配するのは魔導国になるだろうな」

「……笑えないな」

 

 

「だろうな。さっきは言わなかったが……【漆黒】はカルネ村に行ったこともある。このことは銀……いや今は金級の冒険者チーム『漆黒の剣』からも確認が取れている」

「カルネ村だと……まさかだとしたら!」

 

 

「あぁ。ナーベ君が向かったのは帝国なんかじゃなくて魔導国かもしれない」

「それならば可能性の一つとしてだが……いや無いか」

 

 

「何だラシケル。話してみろ」

「…あぁ。これは仮の話だが……帝国が魔導国と同盟でも結んだとしてそのメリットは何かを考えて見たんだ。もしやだが……ナーベ殿を帝国にスカウトするためもその一つなのでは?」

 

 

「ありうるな……あの"鮮血帝"だ。状況次第では強引な手も使うだろう。しかしそれだけで同盟を結ぼうと考えるか?」

「確かに。そこは気になる。仮に"鮮血帝"がナーベ君の弱みでも握ったとしてそこまでするか?彼女は一冒険者だぞ?」

 

 

「…少し考えにくいな」

 

 

(弱み……何故だろうか。その言葉に妙な違和感を覚える)

 

 

 そこでアインザックは気付く。否気付いてしまった。ある一つの可能性を。

 

 

「…っ!」

「どうした?アインザック」

 

 

「いや…何でもない。ラシケル」

 アインザックはそう言って窓の外を見た。

 

(弱みか……一つだけある。彼女にとって最大の強みであり、同時に最大の弱みとなりうる存在……モモン君しかありえまい)

 では何故わざわざ帝国や魔導国に行ったのか。その理由も今さっきアインザックが気付いてしまった可能性であるならば説明できる。しかしあくまで可能性であって絶対ではない。アインザックはこのことを"今は"胸に秘めることにした。誰かと共有するにはまだ早いだろう。いたずらに不安を広げる趣味はアインザックには無かった。

 

 

(だとするとやはり……。だが"この可能性"の場合、ナーベ君がエ・ランテルに戻る可能性は間違いなくゼロだ!)

 

 

 

 

「やはり早急にシズ君にモモン君の支えになってもらわねばならないかもしれん……」

 アインザックはそう言うと空になったグラスに水を注いだ。

 

 



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集う強者たち

「随分と人が多いな」

 モモンは闘技場前にいた。視線の先には熱狂的な観客や興奮している参加者たちがいたため思わずそんな声を出す。

 

 

(これだけ人が多いと随分と時間が掛かりそうだ)

 モモンがここに来た目的は"鮮血帝"に会う事であり、『大遺跡』での誤解を解くこととアルシェの借金の返済についての説明をしようと考えたからだ。本日この場所で大会が行われ、そこでモモンは数々の者と戦うことになるだろう。

 

(前にヘッケランから聞いた話だと試合形式は一概に決まっていないらしいが……もし一対一を何度も繰り返すトーナメント戦なんかであればかなり時間は掛かりそうだが……)

 モモンがそんなことを考えていると大声で誰かが叫ぶのが聞こえる。だが悲鳴の類ではなくむしろ呼び込みの様であった。

 

 

 

「はーい!今から闘技場で大会を開催します!」

 聞き取りやすい女性の声が聞こえた。あの女性が受付嬢なのだろう。活発そうな表情を浮かべ元気よくハキハキと喋るその姿はとても内面の明るさが滲み出ている様に思える。

 

「大会参加者の方はこちらで受付をお願いします」

 モモンはその言葉を聞いてそこで参加登録をしようと歩く。そう思った中に背後から肩を叩かれた。

 

 

「久しぶりだな」

 モモンはその声の主を知っていた。しかし前回会った時とは明らかに声色が異なる。振り向くとやはりと思う。髪はボサボサで青く、鎧ではなく鎖帷子(チェインシャツ)を着込んでいる。そして腰にはその者の武器である刀が差さっている。

 

 

「あぁ。ブレイン=アングラウス?」

 

「何で疑問形なんだ。まぁ…お前からしたら俺なんてその辺の石ころかもしれんが」

「いや…そうではないんだが。どうもあの時の印象が強すぎてな……」

 エ・ランテルで出会ったブレインは死んだ目で自身のことを自嘲気味に『暗愚(アング)』、などと名乗っていた。それに対して目の前にいるブレインは瞳に生気と力強さを宿し、その背筋は真っすぐ伸びている。とても同じ人間だとは思えない。

 

 

(あの時とはまるで別人だ。何か生きる目的を見つけたようだな……)

 そう考え、密かにモモンはその生きる目的となった"何か"に感謝した。流石にあのままどこかで野垂れ死にましたなんて言うのは気分が良くない。噂では今は元冒険者であるブリタと良き仲だったとか聞いたが。

 

 

「あぁ……成程。確かにそれは仕方ないな。あの時の俺は……色々あったからな」

「……元気そうで良かったよ。しかし何でお前がここに?噂じゃ王族の護衛をしていると聞いたが…」

 アダマンタイト級冒険者であるモモンの元には---直接の場合もあるが---都市長や冒険者組合長などを通して初め様々な情報が入ってくる。その情報の一つにラナー王女に新しい護衛が……というものがあった。そしてその者の名前や特徴が一致したことでブレイン=アングラウスが王都にいることを知っていた。かの【ヤルダバオト】襲撃の際には会うことこそなかったがまさかこうして出会えるとは思ってはいなかったが。

 

 

「実はお前さんにお嬢様から伝言を頼まれていてな。ここに来たのはそのついでだ」

「……場所を移そうか」

 モモンがそう問うとブレインは周囲を明らかに見渡しその場を離れた。どうもかなり重要な話であるようだ。人ごみから離れた位置にある建物の外壁まで歩いてようやくブレインは口を開く。

 

 

「『王都で内乱の恐れあり。もしもの時は王国を優先し(・・・・・・)王都までご足労願います』とのことだ」

「……分かった」

 モモンはその伝言に溜息が出そうになった。仕方ないだろう。何かあれば帝国ではなく王国を優先して助けろ……そう言ってきたのだ。一国の王女がそう言わざるを得ない王国の状況と自身の立場がそれを逆らうことを許さない、その二つの意味で憂いたのだ。

 

 

「してその原因は?」

 モモンの言葉にブレインは再び周囲を注視する。やがて口を開く。

 

 

「……原因となっているのはある噂だ」

「ある噂?」

 モモンが知らない噂だということはつい最近のものなのだろう。ひょっとすれば入れ違うような形でエ・ランテルには届いているかもしれない。帰ったら組合長たちに一度訪ねてみようかと考える。

 

 

「王家代々受け継がれてきた『五宝物』を知っているか?」

 

 

 

 『五宝物』

 

 それは王家に代々受け継がれてきた五つのアイテム。このアイテムの所有権は---正確には王族ではなく---国王の座につく者ただ一人。現在はランポッサ三世がそれを受け継いでこそいるも、戦場において前線に出ない自身ではなく王国戦士長であるガゼフ=ストロノーフに身に付けることを許している。そのことからも国王が如何に王国戦士長であるガゼフを信頼しているかが伺い知れた。

 

 

「あぁ。知っている。確か有事(・・)の際にストロノーフ殿が身に着ける武具だろう?」

 モモンがそんな含みのある言い方をしたのはカルネ村の一件を聞いていたからだ。【ヤルダバオト】撃退後の褒美として【英雄長】の称号を授かった後にガゼフと話す機会があり、その際にガゼフが後の魔導王に助けられたことを知った。そこで『五宝物』についても五宝物でありながら四つしか現存していないことも聞かされたのだ。

 

 ブレインはモモンの反応を見て既にある程度情報を知っていると判断しそれに感謝した。話が早くて助かるからだ。

 

 

「あぁ。話が早くて助かる。その…現存していない一つがあの【ヤルダバオト】を召喚した『悪魔像』だという噂さ」

「それは……」

 モモンは言葉に詰まった。間違いなくそれは無いと否定しようとするもそのために必要な証拠が存在しないのだ。『ある』ことよりも『ない』ことの方が証明は難しいからだ。

 

 

「一応聞くが王城とその悪魔像は関係無いのだろう?」

「関係無い…はずだ」

 

 

「だがあの大悪魔による被害を受けた者たちはそうは考えない。王族やレエブン候もその辺りを危惧しているのだろう」

「あぁ。うちのお嬢様の見立てじゃ王都を二分する戦いにまで発展しかねないということさ」

 ブレインの言葉にモモンは頷く。確かにその通りである。現在王都はヤルダバオトによる被害で立て直しを図っている段階であり、民への不安を解消できるだけの余裕が無い。また貴族の多くは自身の領土に住まう民の暮らしを無視し私腹を肥やす者も少なくない。それゆえ王国では今回の噂を真に受ける土壌が出来上がってしまっている。

 

 

 ただそうなるとある一つの可能性(・・・・・・・・)が浮かび上がるのだがモモンはそれをあえて口にしなかった。代わりに他のことを告げる。

 

 

「内乱規模では済まないぞ。これは最早…戦争だ」

「……」

 ブレインは黙ってしまう。民の不安に関して思う所があったからだ。元々は農民の出であるブレインがそう感じたのは仕方の無いことであった。

 

 

「国王陛下はどうなされるおつもりなんだ?」

「あぁ……」

 そう言ってブレインは再び周囲を見渡した。

 

 

「実は……【ヤルダバオト】の一件があってから体調を崩して寝たきりだ。今はレエブン候が代理として実務を担っているが、第一王子のバルブロとその取り巻きの貴族共がそれに反対していてな……王都はかなり荒れている」

「第一王子……それに派閥争いか」

 モモンにとっては少し苦い思い出だ。バルブロとその一派らしき人物たち---いわゆる貴族派閥---はモモンが短剣と共に【英雄長】の称号を授かった時に声を荒げていた者たちだったからだ。しかもその中で一番叫んでいたのがバルブロ第一王子であり、貴族派閥の代表---実権を持つのは六大貴族の一人だろうが---なのだ。更にカルネ村の一件の際には貴族派閥が横槍を入れたことで王国戦士長は万全の状態でカルネ村に行くことは叶わなかったという。とてもじゃないがこれで良い印象を持てる訳が無い。

 

 

「それで…国王陛下は無事なのか?」

「…さぁな。ガゼフとレエブン候には会っているみたいだが……姫さんには会わないみたいでどういう状況かよく分からん」

 

 

(かなり具合が悪いのか?もしくは……それもヤルダバオトの仕業だろうか)

 モモンは考える。しかし結論は出ない。王族などに関する情報はいくらアダマンタイト級冒険者であるモモンであっても知らされないことは多い。そういう意味ではブレインはまだ教えてくれる方であった。それでも多くは無いが。しかし少ない情報の中からでもモモンは直感で王にヤルダバオトが何かをしたとは思えなかった。いや正確にはそんなことをする必要があるとは思えなかったのだ。

 

 

「……(あの悪魔の性格がどうかは置いといて……。これだけ疲弊しきっている王国にわざわざ止めを刺すような真似をするだろうか?あのの悪魔ならむしろ……どうやって王国が生き延びるか高みの見物をしていそうだ。そしていざ助かる可能性が見えた場合は絶望に突き落とす……そんな気がする)」

「…とまぁ俺が伝えるべきことはこんなもんだな」

 

 

「分かった……」

「じゃあな。俺も大会に参加するんでな。相手になった時はよろしく頼む」

 そう言ってブレインは参加受付の方へと歩いて行った。

 

 

 

 

「えっ!あのブレイン=アングラウス?」

 などと受付から聞こえた。やはりというか知っていたがブレインはどうも有名人らしい。かつて王国で開かれた武術大会であり同時に優秀な者を王国に勧誘するのを目的とした『御前試合』というものがあった。そこで現在の王国戦士長ガゼフと優勝を賭けて戦ったのがブレイン=アングラウスという男だ。当時は刀ではなく剣を振るっていたと聞く。

 

(あいつもかなりの有名人なんだろうな……)

 

 

「モモンだ。大会に参加したい」

 モモンがそう言うとブレインの時よりも大きな反応があったのだが今は割愛するとしよう。

 

 

◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 モモンは案内を受けて控え室に通される。

 

 

 控え室は闘技場の観客席の下にあり、そこでは大きな部屋が二つあっただけだ。即ち男女に分れれているだけだ。しかし女性でこの大会に参加する者は非常に少なく女性用控室は形骸化してしまっている。そのためどちらも男性用控室と言っても過言ではない。そうヘッケランから聞いていた。

 

 

 

 モモンはドアを開けた。

 

 

「ここが…控室か」

 男性用控え室、そこは部屋というよりは巨大な空間といった方が正しい。壁や床などは汗や血で汚れた跡があるも匂いや埃の類が目立たないことから清掃が行き届いているのがよくわかる。部屋に入ったモモンに視線が一度向けられた。その内の一人である上半身に何も纏わず長ズボンを履き、筋肉質でモヒカンの髪型をした男が近づく。

 

 

「お前さんもこの大会に参加するのかい?」

「あぁ。そうだ」

 

 

「俺はモバア。弟と一緒に大会に参加している。よろしくな」

 モバアという男はそう言って握手を求めてきた。

 

 

(間違いなく何かするつもりだろうな……だが勝負は既に始まっている。こんな所で負ける訳にはいかないか…)

 モモンは握手を返す。

 

 

「……アンタは強そうだな。最初から当たらないことを祈るよ」

「…そうか」

 だが予想とは裏腹にモバアが何か仕掛けるようなことは無かった。せいぜい強く握ってきたくらいだろう。そのためモモンは思わず拍子抜けしてしまう。

 

 

 

「おい見ろよ。あの全身鎧(フルプレート)の戦士、"腕力自慢"モバアの腕力に耐えやがった。すげーな」

「帝国のワーカーでもそこそこ強いという噂がそこそこあるあのモバアのそこそこの腕力に耐えただと。あの戦士やべーかもな」

 

 

 

(うん?……まぁいいか。あそこで待機しよう)

 モモンは部屋の端である壁にもたれかかる。男たちの視線は未だにモモンへ向けられていた。しかし次に誰かが入るとそれらの視線はすぐにその者へ向けられる。

 

 

(……後は待つだけだな。さてどうしようか。……見た所"強者"なのはいないな)

 モモンが壁で待つ間に何人かの参加者が訪れる。それらを見てモモンは自身の脅威になりえないと判断していく。ちなみにブレインはここにはいない。恐らく闘技場の中で集中力でも高めているのだろう。

 

 

(優勝できるならそれに越したことはないが……出来れば戦って何かを得たい所だな)

 

 

「おい!嬢ちゃん」

 ドアの近くから何やら大声が聞こえた。どうやら先程のモバアが何かを注意していたようだ。

 

 モモンはそちらへ視線を向ける。そこには少女が立っていた。まだ幼さを残すその少女は大鎌を背負っていた。そしてその少女の容姿はこの辺りではまず見ないものであった。

 

 容姿は十代前半の少女。長い髪は奇怪なことに左右で色が違う。片側が光輝く白であり、もう片方は光を飲み込むような黒であった。髪と同じように瞳の色も左右で異なっており、それゆえ彼女の容姿はとても目立つ。それを更に際立たせるように服装も黒い鎧と白く柔らかそうな服を混ぜ合わせたような恰好であった。これで目立たない訳が無い。

 

 

(何者だろうか?半分白くて半分黒い……)

 まるで生と死が半分ずつ混ざり、調和を成しているようにすら思えた。ふとエメラルドタブレットを通して見た【六大神】のスルシャーナとアーラ・アラフを思い出す。

 

(まさかな………)

 

 

 

「おい、お嬢ちゃん、ここは男性用控室だ。女性用は隣だぜ。ここじゃねぇ」

 モバアが声を掛ける。どうやら部屋を間違えたのだと思ったのだろう。だがその認識こそが間違いだとモバアはその身を以て教えられた。

 

「邪魔」

 少女がそう発言した時全ては終わっていた。モバアは最初気付かなかった。数秒後自分の右腕に軽い痛みが走ったのだ。その程度の認識しかなかった。

 

 だが自分の腕がそうなった理由を知ると大声を叫んだ。

 

 

「あぁぁぁっ!腕がぁぁぁ!」

 モバアの右腕はありえない方向に曲がっていた。右腕を少女の腕が掴んでいた。そのことから少女がモバアの腕を腕力のみで曲げたのだと推測できる。

 

「うるさいわね」

 そう言って少女は左手でモバアの顔を掴むと床に叩きつける。モモン以外の誰もが目にも追えぬその動きであったため事態を把握するのに数秒要した。

 

 

「おい、アンタ何も殺さなくても!」

「死んでないわ」

 少女の言葉通りモバアは死んでいない。それはモモンも分かっていた。腕を折られて床に頭をぶつけられて気絶しただけだ。攻撃の派手さで分かりづらいが軽傷より少しダメージがあるといった所だ。少女はモバアから身体を離し、倒れたモバアや声を掛けた男をまるで興味が無いと言わんばかりに無視する。歩き出した少女はやがてモモンの前にまで近づく。

 

 

 

 

「何の用だ?」

 モモンは目の前にいる少女を観察する。この辺りではまず見ない容姿であったからだ。

 

 

「……」

 少女は黙ってこちらへ視線を向けたままだ。

 

 

(先程の力……もしや神人か?……それとも他の何かか?例えば【流星の子】とか)

 謎である。モモンは少女について何も知らないのだ。

 

 

「もう一度聞く。何の用だ」

 モモンは背中の大剣に意識を向けた。次に少女が何をするか戦士の勘とでも言うもので把握したからだ。

 

 

 

 

 瞬間、首元に刃を突き付けられていた。

 

 

 

 

「どういうつもりだ?」

 否、モモンはほとんど反射的に大剣を抜いて防いでいた。辛うじて鎌の刃の部分はモモンに到達していない。だがモモンは奇妙な感覚に陥る。それは殺意を感じなかったからだ。その証拠に少女の右手に握られていた十字槍にも似た戦鎌(ウォーサイズ)がモモンの首元から引き戻される。

 

「貴方がどれくらい強いか見たかった」

 そう少女は告げる。恐らくだがモモンの反応の速さを見てモモンの強さを把握したかったのだろう。だが少女の行いは徒労に終わったはずだ。今のモモンは武技を発動しておらず、せいぜい難度百程度の実力しかないのだから、さぞつまらなかっただろう。

 

 

「それで結果は?」

「うん。合格ね」

 

 

 

(彼女の雰囲気は熟練の戦士のそれだが……いくら何でも若すぎる。あの人(ミータッチ)じゃあるまいし。もしや長命種……エルフあたりか?)

 モモンはそう思い耳元を確認するも、長い髪に隠れており確認できない。しかしそれは別の可能性を示唆している。あくまで彼女がエルフと何かしらの関係があれば…だが。あくまでモモンは彼女をエルフと仮定してみる。

 

「あまり耳をジロジロ見ないでもらえるかしら」

「それは失礼した」

 

 

(耳を隠しているのであれば……ハーフの可能性が高そうだ。無論他の種族の可能性もあるだろうが………)

 かつてミータッチから聞いた話だが……エルフは自身の種族に"かなり"誇りに持っており、そのため特徴である耳を隠すのはそれを誇りだと認識していない者であると聞いたことがある。そしてこの話には続きがあった。

 

 ハーフエルフはエルフ・人間共に迫害される傾向が強い。

 

 その最大の理由としてエルフ側は閉鎖的な種族であること、人間側は短命な種族であること。それゆえエルフ側は異なる血を拒み、人間側は長命の者に支配されることを恐れる。どちらの群れに属すにしてもハーフエルフは肩身が狭くなる。それゆえ迫害されがちで、ひどい場合は両親からすら捨てられる者もいるらしい。

 

 

(彼女もその類だろうか?しかしこれだけ強い彼女を迫害できる者がいるとは思えないが……。いや長命であるならば私の物差しで測っても分からないことが多いだろう。いつかそれを知る機会があるかもな)

 モモンがそんなことを考えているとどうやら怪訝に思ったのか少女が口を開いた。

 

 

 

 

「貴方…名前は?初めて会った気がしないのだけど」

「モモンだ。エ・ランテルで【漆黒】という名のアダマンタイト級冒険者をやらせてもらっている」

 周囲の参加者たちが騒いでいたがモモンは無視した。今はそんなことに気を掛ける余裕は無さそうだったたからだ。

 

 

(やはり容姿にしても声にしてもまだ幼い。だがこの感じ……かなりの強者だ。恐らくだが『十戒』を使って何とかなるくらいか?流石に【守護者】クラス程ではないが……最低でも難度二百以上だと認識しておいた方がよさそうだ)

 モモンはこの少女と戦う際にどうやって勝とうかと考えていた。あまりに深いその思考ゆえに少女が最初自分に何をしたか気付かなかった。悪意が無いゆえに……。

 

 

 ガシッ

 

 

「うん?」

 モモンは目を疑った。目の前の光景に思わずそんな声を出してしまう。

 

 

 モモンの視界には少女が自分に抱き着いてきていたのだ。しかしモモンは冷静であった。これが知っている人物であるならばまだ分かるのだが、しかし初対面でいきなりときてその理由が分からなかった。モモンが冷静であったのは少女が抱き着いてきたのは他の可能性ではないかと推測したからだ。

 

 

「ねぇ、私を抱かない?」

「はっ?」

 少女のその危ない言葉にモモンは困惑した。参加者たちあわただしくなる。中には妙な疑いの目を向ける者や「あらやだ、ロリコンですって」などと噂する者もいた。

 

 

(誤解だ!)

 モモンは思わず頭を抱えそうになる。しかしすぐに冷静に戻る。

 

 

「あら?しないの?」

「その言葉は誤解を招く……よしてくれ」

 

「分かったわ」

 そう言うと少女は意外なことに素直に口を閉ざしてくれた。その間モモンは誰が……どこの国家がこの少女を派遣したのかを推測することにした。

 

 

(もしや……これも"鮮血帝"の仕業?ハニートラップってやつか……しかしこんな白昼堂々とするか普通……。もしや社会的に【漆黒】を潰そうとしている?そんなメリットがあるとは思えないが…。いやそんなことよりも…)

 モモンは一先ず女を引き離した。考えてみると大人しく抱き着かれている必要は無いのだ。引き離すと女は少し不満そうな顔をしていた。何が何やら分からない……これも演技の類だろうか。おのれ"鮮血帝"め。そう内心でまだ見ぬ人物に怒りをぶつけた。何となく八つ当たりだと分かってはいたが…。

 

 

 

「すまないが私と君は初対面のはずなんだが……」

「強いなら関係無いわ。それとも抱かれるのが趣味なのかしら?」

 彼女の言葉にまたもや周囲がざわつく。全然口を閉ざしてくれない。本当に何なんだろうかこの少女は。

 

 

「だから誤解を招くと言っているだろう…………はぁ…!っ」

 モモンが溜息を吐いて思いついたのは単純明快。誤解を解くのに必要な情報が不足していた。そのためまずは相手の情報を得ようと考えた。だが同時に誤解を解くには時間が掛かることも予想できてしまった。この際周囲の視線などは無視することにした。

 

 

 

「君の名前は?」

「私は…番…絶……いえシメイよ。会いたかったわモモン」

 女は愛を囁くような言い方で言葉を紡ぐ。しかしモモンはシメイという名前に心当たりが無かった。それに当てはまりそうな名前も無い。

 

 

 

「シメイ…?すまないが私は君を知らない……」

「別にいいわよ。私を抱くのに私の名前が必要かしら?」

 モモンは頭を抱えたくなる衝動とこの場をどうにかしたいと思いながらも何も出来なかった。モモンはつい先ほどから武技を発動しシメイを感知しているが、悪意や敵意というものを感じなかった。これがどちらかだけでもあれば強引にこの部屋から追い出すこと考えただろうが……モモンの優しき性格が裏目に出た結果、この空気を打破できずにいた。しかし何か聞きださねばと思ったモモンは"鮮血帝"が仕掛けた姦計か確認するためにシメイに尋ねる。

 

 

「君はどこの国の者だ?」

「法国からよ」

 

「スレイン法国だと!?」

 モモンは警戒心を最大まで引き上げた。目の前の女がスレイン法国の追手の可能性を考慮する。過去にモモンは漆黒聖典の一人の勧誘を蹴り、あげくその者を無力化した。もしあの者が帰国し法国の上層部にそのことを報告していたとしたらモモンの暗殺などをこの女が引き受けていてもおかしくはない。それならばまだ帝国の者であった方が幾分かマシであった。

 

 

「そんな怖い空気出さなくても大丈夫よ。今の私は法国とは無関係だから」

「?……ますます分からないな」

 モモンは頭に疑問が浮かぶ。それならば何故この場所にこの女がいるかが理解できなかったからだ。追手ではないのならば何故ここにいるのか?彼女程の実力者をあの国が手放すとは思えないが……。

 

 

 

「まぁ……そちらに敵対する意思が無いならこちらから攻撃する理由は無いが……」

「……貴方と戦えるの楽しみにしているわ。勝ったら私のこと好きにしていいわよ」

 そう言うとシメイはモモンから離れて笑った。その笑みは年相応というには少し異なっているように思えた。どこか歪んだ(壊れてしまった)笑みを浮かべている。

 

 

(随分な笑顔だな…それに論理感が壊れている)

 部屋から出ていくシメイ。モモンは最後の笑みからクレマンティーヌを思いだす。しかしすぐに違う存在だと認識する。

 

 

(いやシメイとクレマンティーヌは違う。クレマンティーヌは様々な体験を経て性格が歪んだ末にねじ切れた……そんな感じだったが、シメイは何というか……奴隷の扱いを受けてきた者たちの表情のそれに近い。一種の暗示とか洗脳にかかっているような……まるで誰かから特定の役目を強いられてきたような……閉鎖的な空間で居続けてきたもの特有のそれのように思える)

 モモンはそこまで考えてしまった。しかしすぐに首を振るう。

 

 

(シメイには悪いが、私はこの大会を通して"鮮血帝"に会わなくてはならない。彼女のことばかり気に掛けてはいられない)

 

 

 モモンはそう気持ちを一区切りした。

 

 

◇ ◇ 

 

◇ ◇ 

 

 

 モモンが現在いる場所は闘技場の中であった。試合開始まで少しあると控室にスタッフが訪れたのでその間、自身が戦う場所を把握しておこうと通路と会場を繋ぐギリギリにまで足を伸ばしていた。ブレインとは会わなかったので恐らく見えないどこかにいるのだろう。

 

 モモンは試合会場となるその場所を見てふとヘッケランの言っていたことを思い出した。

 

 

 

 

 闘技場は円形でありその中心に試合をするための空間、その周りを観客席が囲う形だ。観客席は中心から外側に向けて席を高く設けられており、これは前の者のせいで後ろの者が見えなくなるのを防ぐことを目的とした意図的な作りであった。闘技場で行われる娯楽を全ての観客たちに余すところなく堪能してもらいたいということで"鮮血帝"が改修したのだ。元は観客席は全て平らで前の者が邪魔でとても見れたものでは無かったという。

 

 

 当時、多くの文官たちは改修を止めるために苦言したという。

 

---幾ら陛下といえど歴史ある建造物に手を加えるなど!ありえませぬ---

 

 

 だが"鮮血帝"はただ一度だけ微笑むと優しい口調で告げた。

 

---歴史?それがどうした。帝国の民が満足に見れぬ娯楽に価値があると?そんな悪しき歴史なら全て断ち切れば良い。血一滴すら残さずな---

 

 

 

 

(自身の国の為に変わることをいとわぬ人物。そして民あっての国だと知っている。……今の王国に一番足りない存在だろうな)

 モモンはブレインから教えてもらった話を思い出した。その時に感じたことを再び思う。

 

 

 

(【ヤルダバオト】……奴が再び王都、いや王国を襲撃しない保証はどこにもない。エ・ランテルだって例外じゃないんだぞ!それが何故分からない!あの時は王都に私がいた!しかし次もそこにいる保証は無い!)

 モモンは拳を作った。

 

 

(それなのに!何故!まだ王都内で、身内同士で争っている!振り回されるのはいつだって民だ。このままじゃヤルダバオトの襲撃の有無に関わらず滅んでしまうぞ。それとも王はそれが望みなのか?)

 モモンは首を振るった。そんなはずはないと自分に言い聞かせる。ヤルダバオト撃退後、【英雄長】称号授与の際に謁見した。その時の印象だけでしかないが悪い王では無いのだろう。少なくとも民を大事には思ってはいるはずだ。しかし貴族たちとの接し方から優柔不断だということは分かっていた。だが王という存在は導き手である以上、決して優柔不断などであってはならない。賢王か愚王かは決断してこそだ。

 

 

(もしナーベと共に行動を共にしていたら"鮮血帝"のいる帝国に移る提案をしたかもな…)

 モモンは一度目を瞑って深呼吸。息を整えて目を開けた。

 

 

(今はそんなことを考えている場合じゃないのは分かっているんだが…)

 モモンは溜息を吐いた。モモンは再び思考する。本日開催される大会に出場する参加者の数は少なく見積もっても百はいるようだ。中には試合開始前であっても談笑している者もおり、そのことから考えるに冒険者またはワーカーのチームも参加しているのだろう。

 

 

(悪いが……優勝させてもらうぞ。"鮮血帝"に会うために)

 モモンは自らの手の平を眺めながら拳を作り、モモンが密かにそう決意する。

 

 

 

 

 するとふと声が聞こえた。

 

 

 

 

「君がモモンかな?」

 

 

 

 

 モモンは警戒心を最大まで引き上げ瞬時に振り向いた。

 

 モモンは背後から声を掛けられたのだ。反射的に背負っていたもう片方の大剣を抜いていた。それも仕方あるまい。何故なら接近に気付かなかったからだ。

 

 

(!っ気付かなかった。足音もしなかった。何者だ?もしや暗殺者(アサシン)の類か?)

 そこに立っていたのは白銀の鎧、まるでドラゴンをモチーフとしているようなスケイルメイルを着込む男であった。声は若々しく非常に丁寧な口調だ。一見すると戦士にしか見えない。

 

 

「僕のことは……そう…アガネイアと呼んでくれ。見ての通り戦士さ」

 そう言ってその手に握る武器を見せる。そこにあったのはハンマーであった。これまた大柄な男が両手で振るうような大きなハンマーであった。それを楽々と持っていることからこの男の腕力が伺える。しかしわざわざ自分のことを戦士と名乗ったことでモモンは大剣を持つ腕に力が入った。理由は定かではないが何か強烈な違和感を覚えたからだ。何かを見落としている……そんな感覚である。

 

 

「アガネイアか……知らない名前だが。どこかで会わなかったか?」

「そんなはずはないよ。僕たちは初対面だ」

 アガネイアのその丁寧な物言いに対してモモンは頭を傾ける。この姿、この声どこかで知っているはずなのだが。何故か思い出せない。まるで今は思い出すべきではないと本能が告げているようだ。

 

 

「そうか……どうも私の勘違いだったようだ」

「そうだね。それが分かった所でお近づきの証に握手でもどうだい?」

 一見丁寧な物言いで手を差し出したアガネイアであった。しかしモモンはそこに高圧的なものを感じ取る。まるで目の前に巨大な何かがいるようなそんな違和感である。目の前にいるのは何かとてつもない存在感を放つ何か。それが何か知る為にモモンは握手に応えた。

 

 

「あぁ。構わない」

 モモンは手を握る。握手といいながらお互いにガントレットは外さない。警戒したからだ。少なくとも相手は今この場で何かを起こすつりはないようだと判断しなければ握手をしようとさえ思わなかっただろう。

 

 

 

 しかし握手するとアガネイアは何故か数秒ほど握ったままであった。

 

 モモンがそろそろ手を離そうとしてもいだろうと思った時であった。

 

 

 

「どうやら……君の本質は『彼』と同じ善のようだね。少し安心したよ」

「?『彼』?」

 そう言うとアガネイアはモモンの耳元に顔を近づかせた。いや正確には声だけを飛ばすような小声であった。その奇妙な感覚にモモンは大剣を振りかぶろうと……しかけた。

 

 

「もう一つ聞かせてくれないか」

「何だ?」

 

 

「君、【流星の子】だろう?」

 モモンは頭が真っ白になった。何だこいつは何を言っている。何故その言葉を知っている。そんなことばかりが頭の中を反芻した。

 

 

「あぁ。安心してくれ。今の君の実力のままなら(・・・・・・・・・・)なら何も心配しなくていいよ。僕が手を下す必要はないさ」

「どういう意味だ?まさかスレイン法国の者か?」

 

「あの国とは関係無いんだが……。先程のことは気にしないでくれ。ただの独り言だよ」

 そう言ってアガネイアは手を離し、どこかへと去っていく。どうやら大会が開くまで控室にでも行くのだろう。しかし先程の言葉に嘘があるとは思えなかった。まるで心の奥底を見透かされるようなそんなアガネイアにモモンは気味悪いものを感じ取った。

 

 

 モモンはアガネイアの言葉を思い出していた。先程の言葉を解釈するのであれば『独り言なのは君の相手はしていないから。君の力じゃ警戒する必要はまるでない。だから安心しろ』。そう言っているのだろう。モモンは大剣を握る力を強めた。

 

(私はまだまだ強くならなければ……"強者"相手に戦えるようにならないと!)

 【守護者】、【ヤルダバオト】、それにシメイ、アガネイアなど……モモンが勝たなくてはならない存在がいる。

 

 

 

「私は………」

 モモンは大剣を背中に収めた。もうすぐ最初の試合が始まるだろう。

 

 

(優勝して"鮮血帝"に会うだけのつもりだったんだが……。どうやら他にもやらなけらばならないことが出来てしまったようだ)

 この闘技場の中で強いのはアガネイア、それとシメイ。この二人だけだろう。ブレイン=アングラウスも強いが、この二人は次元が違う。二人とも最低でも難度二百以上は覚悟しておいた方がいいだろう。そんな彼らから学べることは多いはずだ。今のモモンにとって是非戦いたいとも思えた。

 

 

 モモンは一度深呼吸する。それは今ある興奮を落ち着かせたかったからだ。

 

 

(今は目の前のことに集中しろ。私は勝つ……そのために来たのだから)

 モモンはそう決意した。

 

 

 

 

 一方、ブレイン=アングラウスではない刀を持った一人の男が控室にいたことには気付かない。

 

 

 

 

 そして闘技場で武術大会が始まろうとしていた。




----作者の趣味・どうでもいい豆知識コーナー----

Q モバアの名前の由来は?
A モブAです。モブAなのでモバアです。



Q シメイは誰か?
A シメイは原作でも登場したある人物です。


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"鮮血帝"

更新遅れてすみません。
しばらく創作意欲が消失していました。正直言って今回はリハビリで書いた所あります。ご不快な思いをさせるかもしれません。申し訳ありません。
書いてある内容はアレですが、もしよければ見ていただけたらと思います。




 モモンは闘技場の中にいた。今回の参加者は百人以上いたらしく、それらが闘技場の中心に立っている。その様は外から見れば中々な眺めだろう。

 

 

(しかし…何で参加者は全員、ここに集められた?まさか試合前の挨拶か?いや油断すべきではないな。乱戦でも始めさせるつもりだと考えておこう。いつでも戦えるよう身構えておくべきだろうな)

 モモンは気を張り詰めた。警戒すべきは主に二人、一人はシメイ。もう一人はアガネイアだ。

 

 モモンは考える。

 

 

 シメイとアガネイア……。どちらを最優先で警戒すべきか。

 

 

(……個人的にはアガネイアの方が危険だろうな。奴は【流星の子】の存在を知っていた。そのことから奴自身ももしかしたら……【流星の子】である可能性が高い)

 

 

 

 

 流星の子

 

モモンにとっては未知なる情報であり、詳細は何も知らない。もしかしたらミータッチやアインズ・ウール・ゴウンならば何か知りえるのではと思うが今となっては確認しようがない。

 

 

 

 

(あくまで可能性だが……。あるいは…)

 

 

 それはもう一つの可能性。

 

 

(【神人】か……)

 かつてミータッチから聞いた話では、スレイン法国は【六大神】の子孫を秘匿しているらしい。それが確かならばあの強さも納得だ。正確には六大神と呼ばれた流星の子の血を覚醒させた者がそう呼ばれるとか……正直言ってモモンからすれば呼称うんぬんは別にどうでもいいことであった。

 

 

(アガネイア……シメイ、二人とも【流星の子】、もしくは【神人】の可能性がある……か。【神人】ならばスレイン法国と何かしらの関係を持つことを意味する。謎の多いあの国ならば見たことのない強大なアイテムが存在してもおかしくはないだろう)

 

 モモンは冷静に分析していく。

 

(いや……本当に重要なのは二人が自分などより遥かに強いことだろう)

 

 モモンには何があっても優勝しないといけない事情がある。

 

 

 

 

 モモンは大剣を強く握りしめた。

 

 

 

 正直言ってアルシェの一件を皇帝に直訴するのはついでの意味合いが強い。モモンは可能ならば助けが必要なものを助けたいとは思う。しかしそれ以上に大事なものに比べて優先するようなものではない。

 

 

(【漆黒の英雄】が聞いて呆れるな。……あの方ならこんなこと考えなかったのだろう…か。【誰かが困ってたら助けるのが当たり前】……並みの者ではまず言えない。だが彼は違った。誰よりも強く、力に溺れることもなく優しくあり続けた)

 

 そこでモモンは思い出す。エメラルドタブレットを通して見た過去の出来事を。

 

 

 

 

(そう……【六大神】の様に特定の種族だけに認め認められる存在でなく、【八欲王】のように力をただ振り回したり振り回されたりする存在4でもない。……そんな彼にこそ【英雄】の名は相応しいだろう。少なくとも私などよりは……いや比べることすらおこがましいだろうな)

 

モモンは自嘲が過ぎるなと鼻で笑った。

 

 

(私は【英雄】などと呼ばれるに相応しくないだろう。だがほんの少しくらい彼に……【英雄】に近づきたいと思うのは構わないだろう?)

 

 『漆黒』の名は守る。だが少しくらい寄り道は許してくれ。

 

 

 

 

「?」

 モモンは違和感を覚える。

 

 

 それは冷たいものでもなかった。だが暖かいものでもない。そこに関心以外の情は一切なく獲物を「観察」するかの如きものであった。違和感の正体は視線であった。

 

 それに気付き、モモンは思わず視線の元となる場所に顔を向けた

 

 

 

 

 最初は何者か分からなかった。だがそのものいるであろう部屋の外観を見て貴賓室らしき場所だと判断、ある一定の地位にいる存在だと瞬時に把握した。そして窓から見える上半身の情報を基にその人物が何者か理解した。

 

一目見たモモンの感想は……

 

 

(流石だな。あぁいうのを王の器とでも言うのだろうか)

 

 王国で出会った王は『支配者』ではなく『象徴』だとモモンには思えた。いや思わされたという方が正しいか。

 

 それは男から発するオーラとでも呼ぶべき不思議な雰囲気。

 

 王威をそのまま纏ったような独特で高貴なものを感じさせる。

 

 

 

眉目秀麗。金髪に、濃い紫で切れ長の瞳をしていた。全身こそ見えないが高貴さを感じさせるオーラを纏っている。それらを総合的に考えてモモンの脳裏に再び『支配者』という単語がよぎる。

 

その表情はモモンからの視線に気付くと笑顔を見せた。思わず好感を持ってしまいそうになる程に様になっている。

 

いや…様になり過ぎていた。

 

 

 

 

モモンはそれが偽りの表情だと理解する。

 

 

 

(顔は知らないが……あの感じ間違いない!!あの男が『鮮血帝』ジルクリフ=エルニクス=ファーロードだ!)

 

 モモンはほんの数秒、ジルクリフを見ていた。

 

 ジルクリフもまたモモンを見ていた。

 

 

 二人の視線が交差する。

 

 

 だがやがてジルクリフは窓から腕を伸ばし、指を差した。その先には……。

 

 

 

 

 進行役らしき人物が現れる。だが現れた男は何故か仮面を被っている。

 

 

「………………」

 だが進行役の人物は喋らない。闘技場内が沈黙に支配された。

 

 

「皆さまお待たせしました。これより武術大会を開催します。進行はこの私、ハイユ―が務めさせていただきます!」

 そう言ってオーバーリアクションで語り出す男は進行役にはうってつけなのだろう。それが演技の類かは分からないが随分と様になっている。何やら手には声を拡張するマジックアイテムが握られていた。そこから声のボリュームが大きくなり観客席の末端にまで広がった。先ほどまで沈黙の影響か、より強烈な印象を与えた。

 

 

 

 

「今回は残念ながら『武王』の参加はありません!」

 観客席の中からブーイングが上がる。中には「金返せ!」などと叫ぶ者もいる。

 

 ブーインングの嵐の中、男はただ一言「ですが!」そう言った観客たちを黙らせた。

 

 

 

 

「…今回の催しはいつもとは違います!何と!最初は参加者全員で戦ってもらいます!そこで残った四人だけが本戦に参加という形です!」

 観客席の中から戸惑いの声も上がる。しかしそれ以上に喜びの声が上がる。基本的に闘技場での大会はトーナメント形式であり、勝ち上がった者同士が争うというもの。ゆえに基本的に一対一、もしくはチーム対抗のようなものだ。確かにそれは楽しめるのだがここ最近は同じような形式が多く、観客の中では半年に一度くらいの頻度で見るのが丁度いいと思っている者も少なくはない。ゆえに進行役に「分かっているじゃねぇか」などと口を開く者もいる。

 

 

 

 

「ルールは簡単。殺害禁止で相手を降伏させるか気絶させればよし!さて生き残るは一体誰でしょう?」

 観客席が静まり返る。いつもと違う大会が開かれることが決まったことで固唾を呑んだ。闘技場内で緊張感が走る。視線が参加者たちに集まる。

 

 

 

 

青い髪で髭がボサボサの刀使い……ブレイン=アングラウス

 

『白銀』の鎧を着こむ謎の戦士……アガネイア

 

白と黒の奇抜な格好のの鎌使いの女……シメイ

 

そして漆黒の戦士……モモン

 

 

その四人の傍らで多くの参加者が目をギラつかせる中で密かに差別意識の高い刀使いの男はモモンの方ばかりチラチラと見ていた。だが四人の誰もその剣士の存在に気付くことはなかった。

 

 

 

 

「それでは始め!!」

 モモンは背中の大剣を抜くと武技を使い周囲を感知する。

 

 その瞬間、モモンの武技の感知から二人が飛び出した。

 

 

 


 

 

 

「モモンの奴め……面白い男だ。噂以上の男かもしれんぞ。これは今回の大会が楽しみだな。なぁバジウッド」

 『鮮血帝』ことジルクリフ=エル二クス=ファーロードは微笑んだ。それにつられる形で隣にいた護衛であり、『四騎士』筆頭"雷光"バジウッド=ペシュメルは笑う。

 

「そうですね。陛下。今回の大会は『武王』が参加しないと公言しているにも関わらずこれですぜ。あの『漆黒』に、アングラウスもいるとはこりゃ楽しみですね」

 

 

 

「お前の言う通りだな。しかし予想以上の賑わいで私は嬉しいぞ」

「もしかしてあの白銀の鎧を着こんでいる戦士のことですかい?それとも鎌使いの女ですか?」

 

「両方だな。まぁ今言った四人が全員帝国に来てくれたら喜ばしいがな」

「そうなったら大変ですぜい。陛下俺たち『四騎士』は解雇ですか?」

 

「馬鹿言うな。お前たちを解雇だと?そんな馬鹿な奴なのか?『鮮血帝』という男は」

「いやーどうですかね。俺の知る限りだと帝国のためならば平気でしそうですがね。まぁ…『四騎士』が問題でも起こさない限りは心配しなくいていいでしょうが」

 

「違いないな」

 

 お互い皇帝とその護衛の騎士という役職ではるもこの二人の間にはこんな冗談を言い合える関係であった。それはお互いがお互いを認めあっていたからだ。ジルクリフは『皇帝』としてバジウッドを認め、バジウッドも『臣下』としてジルクリフを認めていた。

 

 

 

 

「モモンか……流石はかの大悪魔を退けただけはある。素晴らしいな」

 

(欲しいな。アレが欲しい。この国にはあのような者が必要だ。だがあの国(・・・)との関係を考えるとそうもいくまい。少なくとも今はまだな……)

 

 

 

 

 

『四騎士』筆頭であるバジウッドの見立てでは単独での実力ではガゼフには勝てない。複数で戦えば勝機はあるだろうが最低でも死者が二人出るだろうとジルクリフは考えていた。それは過去にガゼフにより『四騎士』の二人を討ち取られたことがあるからだ。ゆえにジルクリフは圧倒的な実力を持つ"強者"を求めていた。

 

 

「バジウッド、アレをどう思う?」

「……俺じゃ勝てないでしょうね。『四騎士』全員で戦っても負けるでしょうね」

 

 

 

 貴賓室のドアがノックされる。恐らく新しく雇った護衛たちだろう。とある事情で一時的に雇った護衛たちだ。

 

「陛下、来客です」

 そう言って報告をしたのは『ヘビーマッシャー』のグリンガムであった。

 

 

「そうか……通してくれ」

 

 ジルクリフが許可を出すと先程の護衛とは別に雇ったパルパトラだという男とそれが率いるチームのメンバーだ。その男たちの背後にローブで姿を隠している怪しげな男たちを引き入れる。

 

 

 

 

「……」

「やぁ。久しいな。神官長たち」

 

 

「あの話の結論を聞きに来た。返答は如何に」

「本題に入る前に少し試合でも見て行かないか。面白いものが見れそうぞ」

 

 

「ふざけているのか?これは人類にとって大事なことなのだぞ。早く答えを聞かせてもらおうか」

「実は決めかねているのだ」

 

 

「何を悩むのだ?人類にとって利益になる選択肢は一つしかないではないか!」

「だからこそだ……」

 

 

 

 

「我が国とスレイン法国が同盟を結ぶ……それが本当に正しい選択なのか?」

 

 沈黙が流れる貴賓室の外から観客たちの歓声が響き渡った。

 

 




あとがき

???「うわぁ…ハイユーってそのままじゃんか。おいぃぃ!」



評価・感想頂けたら励みになります。過去にそれらを送って下さった方、本当に感謝致します。


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"ツアー"

お久しぶりです。
長い間投稿できず、すみません。
実は今年になってからエタってしまっており、これ以上質を高めるのは無理なのか?と自分の中で限界を感じていたり……。

投稿するのを優先して質は後回しにします。私の人生そんな感じばっかです。はい…すみません。最近リアルで割と疲れることが多くて…という感じです。

今は少し某ゲームと出会い『エルデの王』を目指してモチベ上がってきているような気がするので今後少しだけ頑張れる気がします。

もしいたらですが、読者の方にはこれまでと変わらない温かく見守って下さるとうれしいです。

なのでもう少しだけ頑張りたいと思います。



それでは本編どうぞ


大きな金属音が闘技場内に響き渡る。

 

 

 

モモンは思わず目を見開く。

 

 

音の発生源を知ったことで本能的に反応してしまった結果であった。

 

 

 

シメイがモモンの鎧を薙ぎ払った音……違う。

 

アガネイアがモモンの鎧を砕いた音……違う。

 

そもそもその音の原因にモモンは関わってはいない。

 

 

 

 

それもそのはず。

 

何故ならその音の正体は……。

 

 

 

 

 

 

「邪魔しないでくれないかい?」

「あら、いたの?」

 

 それはモモンの目の前で発生した音であったからだ。アガネイアとシメイの武器が互いにぶつかっていた。ハンマーと鎌、性質が大きく異なる二つの武器、その金属の不協和音こそが音の正体であった。

 

 

「やれやれ、仕方ないか。まずは君からのようだね」

「あなた強いの?そうは思えないけど」

 

会話が終わると同時に第二、第三の交差。攻撃による応酬が行われる。斬撃、防御、刺突、薙ぎ払い…からの兜割り、回避……からの打撃。

 

そんな戦いが行われていた。

 

それも空中で……。

 

 

 

 

(あの二人の戦いは気になるが…今は放置しておいても問題なさそうだな。それよりも……)

 

 モモンは関心を空から地上に向けた。自身に接近する気配が三十はいる。どうやらモモンに挑む者たちのようだ。

 

 

 

「おらくたばれ!全身鎧!」

 右手側からスキンヘッドの男が斧を振り上げ……。

 

「死ね」

 真正面からは顔に傷がある男は大きく拳を振り上げ……。

 

「良い鎧を着てるんじねぇよ」

 左手側からナイフを両手に持ったフードを被る男が何かをしようと……。

 

 

 

 

「邪魔だ」

 モモンは真正面にいた男を蹴った。続いて左右から仕掛ける男たちの攻撃を防御するために腕を折る形で構える。攻撃を防いだ時点に反撃として大剣を押し出した……シールドバッシュならずソードバッシュである。

 

 

 

蹴られた男が宙を舞う。そのまま他の参加者を巻き込む形で五人が倒れこむ。左右から仕掛けた者たちも同様で宙を舞ってこれもまた他の参加者たちを巻き込んだ。全員恐らく気絶したのだろう。

 

 

「おいおいやべーぞ。あの鎧野郎。めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか」

「おい、十人掛かりで挑むぞ」

「よし、いくぞ」

 そう言って即席のチーム出来上がりと言える十人以上集まった参加者たちがモモンに向かって攻撃の態勢に入った。

 

剣を。槍を。斧を。……構えた者たちを一閃。その風圧のみで吹き飛ばす。

 

 

「悪いが……こんな所で負ける訳にはいかないんだ」

 モモンは男たちを蹴る。両手が塞がったモモンにとって両足を使うことは全力の手加減である。力加減が苦手なモモンにとってはそれは最大の配慮であった。

 

 

 

(さて…近くにいた参加者は大体戦闘不能にはした。後は…っ)

 モモンは再び空に視線を向ける。しかし先程までいたアガネイアとシメイは空高い場所で金属音を出しながら交戦している。それを見てモモンは思わず溜息が出た。

 

 

(あのまま二人とも場外で失格になってくれると嬉しいんだが……流石にそれはないだろうな)

 モモンは再び地上に視線を戻した。モモンに真っすぐ視線を向ける男が一人いた。

 

 

 

 

「ブレイン=アングラウス……」

「モモン……悪いがここでお前を倒させてもらうぞ」

 

 

 モモンとの距離、約二十歩。

 

 ブレインは武技を発動。そのまま居合の形で刀を構える。

 

 

 

 だがモモンはそれに対して構えなかった。ブレインの武技を見てみたかったことが最大の理由であったからだ。

 

 

モモンがブレインの武技の発動範囲に入ると同時に抜かれた刀の刃がモモンの首元を切り裂こうと向かう。

 

だがモモンはこれに対して……

 

 

回避した。

 

 

 

「……三倍で回避可能。成程な……」

「何を言っているんだ?」

 

 ブレインの武技を使った居合をモモンはただひたすらに回避していく。

 

そんな時間が二分は続くとブレインが肩で息をしていた。精神からくる疲労が全身に広がったようだ。

 

 

 

「ハハハ……どうも俺の人生はあの白いのに出会ってからおかしくなっちまったらしい」

「?」

 

 

モモンはブレインの発言で分かることは多くはなかったが、物言いから『強者』と出会ったのは確かなのだろう。エ・ランテルへの危機が訪れる可能性を想定した。だからモモンがブレインにそれを聞き返したのは英雄としては当然のことであった。

 

 

「そういえば以前も同じことを言っていたな」

「あぁ。その女は……っ」

 

 そこでブレインは息を呑んだ。それにすぐさま気づいたモモンは気配を感知する。そしてアガネイアとシメイと同等かそれ以上の気配の持ち主を。

 

モモンは気配の先へと視線を向けた。

 

そこには全身に白い貴人服を纏う仮面の女性が立っていた。

 

 

 

(もしやあの女がブレインの言っていた……特定の武技を探し回っていた女か!)

 

 

「どうしてあの女がこんな場所に……まさか帝国で何かを起こすつもりなのか?」

「!っ」

 

 

 モモンは思考を巡らせた。これだけの人数を集めた闘技場内で悪意を持った強大な力を持つ未知の敵。何かを起こすならば何をするつもりなのか。考えられることの一つは大勢の人質を確保すること、次に……。

 

 

(皇帝がこの場にいることを知っているならば、皇帝暗殺でも考えているのか?だとしたら……)

 

 モモンが思考の海に浸っているとブレインは走り出した。どうやら白い貴人服の女に向かっているようだ。

 

 

「おい!よせ。お前じゃ…」

「分かっているさ。俺じゃああの女に敵わないなんて。でもいつまでも負けたままじゃいれれないんだ。悪いが俺はここで大会から抜ける。じゃあな」

 

 

 

 モモンはブレインを追おうと駆けだす。

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間であった。

 

 

 

 背後から迫りくるそれを感知しその場から離れるように横に跳躍した。

 

 だがそれはモモンの行動を予測していたかのような動きで瞬時に態勢整え進路を変更。

 

 モモンに向かってハンマーを叩きつけていた。

 

 

 

 

 それに対してモモンは五倍速(・・・)で対応した。

 

 大きな金属音が会場内に響き渡る。

 

 

 

 

「不意打ちとは意外だな。そういうことをするタイプだとは思わなかったが」

「気が付いたじゃないか。これのどこが不意打ちなんだい?」

 

 

 

上段から振り下ろされた一撃を正面から受け止める。ハンマーを両手の大剣で受け止める形になった。だがモモンは攻撃を受けてしまったことを後悔する。何故ならアガネイアの腕力はモモン以上で彼の装備しているハンマーもまたモモン以上であったからだ。そんな相手の攻撃を受けたことで大剣や自身の肉体にダメージが通るのは当然の結果であった。そのため大剣を握る両手から神経を通り激痛がが走った。だがモモンは眉を歪めただけで態勢を崩すことはなかった。しかし一瞬の精神の硬直。それを逃すアガネイアではなかった。

 

 

 

「彼女はどうした?」

「あぁ。彼女は場外に吹き飛ばした。少しの間は戻ってこないはずさ。さてその間に…」

 

 

「君の力……見させてもらうよ」

 アガネイアは確かにそう言った。しかし少しばかりその声が遠くに感じた。それもそのはず、モモンの無防備であった腹部をハンマーを振り下ろしていたアガネイアが両足で蹴り飛ばしたからだ。咄嗟に腹に力を込めて衝撃に備え、後ろへと跳ぶ。その状態であったおかげでダメージをかなり抑えることに成功した。

 

 

「がっ!」

 ただの体術。されど……。それがモモンの感想だった。アガネイアがどのような職業(クラス)を取得しているかは分からない。だが体術までこなすとなれば修行僧(モンク)を取得している可能性が高いと考えていた。しかし蹴りを受けたモモンはすぐにその可能性はありえないと否定する。何故ならとある人物と比較した時あまりに弱弱しい蹴りだったからだ。

 

 

____【純銀】のセバス

 

かつて王都で対峙した兄弟子。手加減していたはずの蹴り。それを踏まえてもアガネイアの蹴りは弱く感じられた。それは一つの可能性を示す。

 

 

アガネイアは体術・格闘術に関するクラスを取得していない可能性だ。

 

 

(だが妙だな…その割には奴はあまりにも動けている(・・・・・)。そんなことありえるのか?)

 モモンはそう考える。体術などに秀でたクラスを修めていない者にあの動きが可能かどうか。もしそこまで動けないのであれば特定の武器---この場合はハンマー---に特化したクラスを取得しているかもしれないと考えられる。しかし奴の動きにそれらしいものは見当たらない。

 

また先程ハンマーによる攻撃を受けた時も"純粋な力"のみだと感じ、とても武器を使いこなすような技量は感じ取れなかった。

 

 

(あるいは……あの鎧そのものが奴の『武器』なのかもしれない。それならば武器の扱いに特化したクラスを修めていると仮定できる。あくまで可能性の一つでしかないが……。ただそうなると別の可能性が浮上するのだが……)

 

 

 

 

 

(だがその可能性はあまりにも……ありえないことだ)

 そこでモモンはふととある言葉を思い出す。

 

 

 

----世界の可能性は小さくない----

 

 

 

「……結局の所、全部推測でしかない。だが可能性はゼロじゃないな」

 

 

 

 モモンが思考を巡らせているのに対し、アガネイアは猛攻と呼ぶに相応しい乱撃を繰り返す。その攻撃の一つをモモンは対応できずまともに受けてしまう。

 

 

 モモンは吹き飛ばされたまま地面に両足を差し込む。その衝撃を殺し、会場内の壁に激突せずに済んだ。モモンは思考を止めぬまま両手に力を込める。

 

 

(何だ?この違和感)

アガネイアは明らかに強い。それは確かだ。しかしそれも至高の領域に達していたミータッチや格上のセバスとも違っているように思えた。

 

 そしてモモンは気付く。

 

(そうだ。奴の間合いの取り方は戦士のそれではない。これではまるで……魔法詠唱者(マジックキャスター)か戦士のフリをしているようではないか)

 モモンそう考える。するとアガネイアからの空気が一変した。

 

 

 立ち止まりこちらを見ている。まるで巨大な何かに注意深く観察されているような……。上手くは言えないがそんな感覚だった。ドラゴンに睨まれたゴブリンとはこんな感じなのだろうと…そんなどうでもいいことを思い出していた。

 

 

 

「……」

「どうした?」

 

 

「……」

「?……!っ」

 モモンは違和感とは異なることに気づく。

 

 

 

(そうだ!私はこの鎧が誰か知っているじゃないか!あの預言書(エメラルドタブレット)で見た。名前は確か…)

 

 

 

 

ツアー(・・・)?」

 

 

 

 瞬間、空気が凍り付いた。いやまるで今まで留まっていた巨大な圧が一気に解放されたような……例えるなら爆発。膨張する圧をモモンや周囲を襲った。

 

 

 

「!貴様っ……」

 先程までの空気とは異なり、明らかな殺気を向けてくる。巨大な殺気がモモンを襲う。モモンは密かに冷や汗を流すもそれに気づかれぬように口を開く。

 

「そうか……ようやく会えた訳だな。だが何故この場所に?」

 

 

 

「誰から聞いた?」

 殺気が大きくなっていく。しかしモモンはそれを受けてもなお別のことを考えていた。

 

 

 

「(答えてもいいが……。いや下手な交渉は信頼関係の構築に差し支えがあるか……ならばここは正直に話すべき!)……とあるアイテムを通してお前を見た。そこでお前の存在を知る者からお前の名前を聞いた。それよりも私の質問に答えてほしいんだが…」

「まさか……あのアイテムか。だがアレは……。だとしたらもしやお前が【預言者】か?」

 モモンの言葉にツアーは返事をしない。あくまで独り言をブツブツと呟く。

 

 

「さぁどうだろうな」(それは分からないが。わざわざ言わずともいいだろう。相手が何か情報をバラしてくれるかもしれないしな。質問してもいいがこの様子だと恐らく答えてくれることはないだろう)

「……そうか。やはり…君も【流星の子】か。その力の大小に問わず危険だな」

 

 

 

「?私たちが敵対する理由は無いはずだが」

 

「許せとは言わない。だが【流星の子】である以上、君を殺さなくてはならない。同じ過ちを犯さないために!」

「?(過ち?……【八欲王】のことか?。いやアレを通して見た記憶では少なくともこの者がそんな感情的になるような出来事だとは認識していなかったはずだ。私の知らない所で何かあったのか?可能性が高そうなのは……)」

 

 

 

 六大神

 

 八欲王

 

 と来れば…残された可能性は一つしかない。

 

 というよりモモンが知っている有名な伝承などそれぐらいしかない。

 

 十三英雄だ。

 

 

 

 

 

 

 アガネイアのハンマーがモモンを襲う。回避する。背後から大きな得物で狙われたのを感知したからだ。横に移動する様に跳ねたモモンは先程までいた場所を見た。地面は陥没しておりハンマーの跡がクッキリと残っていた。

 

 

「ツアー」

「黙れ!彼のように(・・・・)私を呼ぶな!」

 

 

 モモンはツアーに向かって駆け出す。だがそんなモモンに向かってツアーはハンマーを大きく振り上げた。振り下ろされたそれをモモンはそれを二本の大剣を交差させて防ぐ。そしてその瞬間、小規模な爆発が起きる。

 

 

「!爆発…」

 ツアーは一瞬だけだがモモンの存在を見失う。それは視界を煙で覆われたからではなく、この状況下で爆発を起こされたことへの一瞬の驚きゆえに。

 

 突然煙の中から飛び出てきたものを叩き下ろす。しかしツアーがハンマーで叩いたのはモモンではなくモモンの大剣の一振りであった。ツアーの頭上に跳躍して大剣を両手に構えたモモンを感知した。

 

 

 

 

 モモンは二つの武技を併用し自身の物理に干渉する攻撃力のみを……十倍にし、それを振り下ろす。

 

 

ツアーはそれに対応した。それは視覚に頼っていなかった(・・・・・・・・・・)ゆえに。だがモモンはただ斬撃を振り下ろした訳ではない。

 

飛ぶ斬撃である<飛翔斬>を放っていた。ゆえにツアーは振り上げたハンマーを一度叩き落される形となった。一瞬だけだがハンマーを持ち上げることが叶わなかった。勢いを殺されたハンマーにモモンは自分の全力の一撃を放つ。

 

 

 

それを受けたツアーを通して地面の土埃が舞い、二人を包み込んだ。その瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界が止まった。ハッとし周囲を見渡す。モモンとツアー以外の全ての時間が止まっていた。戦場で飛び交う歓声は聞こえず、踏みつける砂が周囲に飛び散ることもない。全てが止まっていた。まるで特定の時間や空間に隔離されたような感覚であった。それはまるでエメラルドタブレットに触れた時の様な……。

 

 

----ツアーか…----

 

 

思わず頭にそんな誰かの声が響き渡る。モモンはそれが瞬時に自身が所有するエメラルドタブレットによるものだと分かった。そうモモンだけがその声に気付いた……そのはずだった。

 

 

 

モモンはツアーから距離を取った。それは警戒心を最大限まで引き上げたため、そして何より相手の様子を伺いたかったからだ。

 

 

ツアーの様子がおかしい。

 

 

微動だにしなかったのだ。

 

だが先ほどまで存在していなかった殺気が飛び出てきた。エメラルドタブレットから漏れ出た言葉が聞こえた直後である。これで警戒するなという方が難しいだろう。

 

 

 

 

「君に聞きたいことが出来た。答えろ」

ツアーは先程とは全く異なる威圧的な話し方であった。

 

 

 

それ(・・・)をどこで手に入れたッ!!それは我々が探し求めていた【秘宝】の一つ。その欠片だ!」

「……これは私に生き方を教えてくれた恩師がくれたものだ」

 

 

「まさかスレイン法国から持ち出したのか!」

「知るか!これは私が大事な人から託されたアイテムの一つだ!」

 

 

 

「やはり…貴様らは死ぬべきだ。【世界の盟約】さえなければ貴様らなど!」

モモンの大剣にヒビが入る。あまりの圧に剣がひび割れrる。

 

 

 

----ツアー、止せ。この者はお前の敵ではない----

 

 

 

「信じられるか!今更……五百年前に死んだはずのお前の言葉など。お前が【流星の子】に肩入れしたせいで世界がどれだけ被害を受けたと思っている?ふざけるな!」

 

 

 

----許せとは言わぬ。だがこの者は我々にとっても希望となりえる存在。殺すことは許さぬ----

 

 

 

「希望だと!?既にほとんどの者たち亡き今、今更希望だと…戯言を」

 

 

----仕方あるまい----

 

 

次の瞬間、ツアーは倒れた。ガシャンと音を立てて崩れ落ちる。それと同時に世界が再び動き出す。観客たちの歓声が戻り、モモンの汗も流れていく。

 

 

 

「……ッ。僕はこの場を去ろう。だがモモン、忘れるな」

「?」

 

 

「【流星の子】は必ず殺す。例え誰であっても殺す(・・・・・・・・・・)

 そう言ってツアーは去っていった。

 

 

 

 

(最後の言葉は私にではなくまるで自分に言い聞かせているように思えたが……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 闘技場から離れたツアーは一呼吸置いた。

 

(冷静欠いてしまった。……やはり【流星の子】に対してはどうしてもこうなってしまう。分かってはいる。もう二度と戻らないのだと……だがそれでも…。)

 

 

(『彼』らは特別……特例中の特例だ。基本的に【流星の子】は皆死んでもらう。いつかはその本質も悪に染まるだろうし、その可能性がある限りやはり死んでもらう。世界の為に)

 

 

 

 

 ツアーは自らの拠点に戻ろうとした。

 

 

 

 

 その瞬間あった。

 

 

 

 

「!っ……この気配…まさか」

 

 

 ツアーは目を開けた(・・・・)。本来の姿に戻った状態で気配を感知する。

 

 

 

「この位置……もしやエリュエンティウに向かっている?この気配はやはり最初の(・・・)!?馬鹿な、早すぎる!」

 

 

 

 

 

 

 世界は大きく動き出そうとしていた。

 

 

 大きなうねりが……強大な力が……。

 

 

 世界を包み込む。

 

 

 その力の名は……。

 

 

 かつて神という概念が無かった時代に現れた災厄。

 

 

 文字通り、世界を震撼させた存在であった。

 

 

 

 そして世界はまだそのことを知らない。

 

 

 



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揺れ始める世界

相変わらず文章はアレですが暖かい目で見て下さい。
あと近い内にもう一つの投稿作品にも投稿したいです。

ps
某ゲームで王様になりました!やったぁぁ!
一度目は魔術師で新婚旅行に行きました。二度目は戦士で世界燃やしました。
三度目はどんなキャラ設定でビルドにしようか悩んでいます。
何かそのおかげか日頃のテンションが上がってきています!
普段のテンションが30ぐらいなら今70ぐらいにまで上がっています。上限100。


 

「はぁ……はぁ」

 

 

 男は走っていた。

 

 

 

「はぁ……はぁ」

 

 男は戦いの舞台から降りた。それは臆した訳ではなく、むしろ闘志を漲らせていた。視界には闘技場の階段、壁、柱また壁……が映るが、瞳が追いかけるはただ一人であった。自らが真に戦うべきそれを見つけたのだ。

 

 

 男は走る。本当は戦うべきではないと分かっている。次は無いかもしれぬ。本能が無いと断言している。されど男は駆けるのを止めぬ。

 

 男は走る。それは自らを打ち負かした相手と対峙しようと。即ち弱い自分自身へと刃を向けるために。

 

 

 

 

「はぁ……はぁ」

 

 男は止まった。それは自らが追いかけた者が足を止めたからだ。そこは観客席と出入口を繋ぐ大きな通路であった。今は試合が行われているおかげで人の気配がない。好都合だと男は笑う。だが息が切れる。普段ならばこの程度走っていても疲れぬだろうが男は疲れたのだ。自らの生がここで終わりだと本能が告げているからだろう。

 

 

 

だが走る。

 

だけど走る。

 

だからこそ走る。

 

 

 既に止まっているはずなのに、男は走っているような錯覚を覚えた。

 

 

 客席から湧き上がる歓声、武器同同士がぶつかりあう音。そのどれもがまるで愛らしく思えた。

 

 

(色々あったな……俺も……だからかな)

 

 男は自らの生を振り返る。

 

 

男には才能があった。その才能のおかげで高みを目指せた。しかしその高みは偽りであったことを知った時、男は絶望した。ふと空を見上げると手を伸ばしても届かないものがあるのだとあきらめていた。

 

一人の戦士に再会するまでは……。

 

 

 

(感謝する。ガゼフ……お前のおかげで俺はまた戦うことが出来る!)

 

 

 

 

「また会ったな!」

 

ただ一言。その一言を全力を絞り出し放つ。その言葉に反応した女は振り向いた。帽子、仮面、貴人服、女の全てはそれらの白によって隠されていた。だがその声だけはどこか呆れた様子に男には思えた。

 

 

「どこかで会ったかしら?」

 女のその言葉に本気で覚えていないのだと男は知った。だが男は折れない。たとえ相手が自身の心を折った相手であってももう二度と折れぬと誓ったからだ。

 

 

「あぁ。言いたいことはいくつかある。だが今言うべきは一つだけだ」

 そう言って男は腰に差した刀に手を掛けた。居合の構えを取る。相手との距離は十歩にも満たない。

 

 

 

「あの時のリベンジを果たすぜ」

 そこにいたのはかつて心折れ自らを暗愚と称した男ではない。瞳に闘志を宿す剣士ブレイン=アングラウスその人であった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇

 

 

 居合の構えを行うブレインに対し目前にいる女は仮面越しでも分かるほど大きな溜息を一つ吐いた。

 

「……一度しか言わないわ。死にたくなければ私を見なかったことにしなさい」

「断る。お前がここで何をしようとしているかは分からない。あの時みたいに特定の武技を使える誰かを探しているの?だがロクでもないのは確かだろう?」

 

 

「愚かね……警告はしたわよ」

 そう言って女はブレインに向かって歩き出す。それを見てブレインは笑った。

 

 

(あの時と同じだな……だがあの時とは違う!)

 女が右腕をブレインに向かって引いた。突きの構えであった。

 

 

 

 

 

この武技に必要な武技は既に発動した。後は僅かな狂いも許されない。

 

 

 

この武技は自分一人のためじゃない。

 

 

友の想いも宿る一撃。

 

 

 

 

女がブレインに向かって右手を突き出した瞬間、何かが女の指先を通った。

 

 

 

 

それは刀。ブレインの居合が女の攻撃速度---全力で手加減していたであろう---を上回ったからだ。

 

 

女はすぐに右手を見た。その内の指の一つ、その爪が切断されているのに気付いた。

 

 

 

「貴方……もしかして…」

 女はこの時思考を停止してしまっていた。驚愕ゆえに動けずにいた。だからだろう続いて放たれた武技への対処が大幅に遅れてしまったのだ。

 

 

ブレイン=アングラウスの放った縦切り。それが自身の仮面を切り裂くなど思いもしなかったのだ。

 

 

 

「俺の……今の俺の(・・・・)最強の武技<爪切り>。どうだ?感想は……」

「【神人】……?」

 

 

 女がその単語を呟くと同時に仮面が二つに分かれて落ちた。地面に落ちた際にカシャンと鳴ったことから金属製であったようだ。だがブレインの耳にその音は届かなかった。他の大きな音にかき消されたからだ。

 

 

自分の首を何かが掴むと同時に壁に叩きつけられたからだ。

 

「がっ!……お前その顔…」

 女の顔は左側の半分が剝がされており、その上に火傷を負っていた。更に左目が抉られており、そのことから女が酷い拷問を受けたであろうことが分かる。

 

 

「……【神人】は殺す!必ず殺す!」

 女のそれは「狂乱」の一言であった。先ほどまでの口調が嘘のようであったのだ。どうやら仮面の中にあった顔と【神人】には何かしら関係があるようであったが今のブレインにそんなことを考える余裕は無かった。叩きつけられた際に刀を落としてしまったらしく、さらに女に首を掴まれている状態であった。呼吸もままならないほど首が締まっていく。折れるのが先か、潰れるのが先か、そんなどうでもいいことを考えてすらいた。だがそれ以上にブレインの中では異なる感情で埋め尽くされていた。

 

 

(あぁ……俺はやった。やったんだ!やったぞガゼフ。俺は……勝ったんだ。この女の爪に!!)

 

 

 

 

「忌々しい【六大神】の子孫め!………死ね」

(あぁ……死ぬのか。悪くない人生だったよ。でもようやくお前に肩を並べることが出来たかもしれないのにな。あぁ……やっぱり最後はお前と戦いたかったよ。我が友(ガゼフ)

 

 

 ブレイン=アングラウスは死んだ。

 

 

 

 

 そう思った。

 

 

 

 

「よしなさいラスト。そのゴミは【神人】ではない」

 その声が女の背後から聞こえる。ブレインからすれば正面であった。それはいた。その声に反応した女が手に込める力を弱めるのが分かった。

 

 

 全身に赤い恰好をしており、仮面を被っているため顔は見えない。だが腰より低い位置にある尻尾がそのものが人間でないことを表している。

 

 

(こいつ!もしかして王都を襲撃した悪魔のヤルダバオトか!?)

 

 

 

「何故?」

 その言葉には何故止めたかの意味で聞いていたのか。もしくは何故ここに貴方がいるのかという問いであったのかはブレインには分からない。

 

 

「その者……ブレイン=アングラウスは特別な武技が使える訳ではない。かの武技を継いだのは二人のようです。これ以上の調査は時間の無駄でしょう。私がここにいるのは"皇帝にご挨拶"するためです。納得して頂けましたか?」

「……分かりました」

 

 

 ラストがブレインの首を掴む手を放した。床に落下し態勢を崩したブレインは喉元を抑えた。先ほどまで呼吸がまともに出来なかったからだ。

 

 

 

 

「貴方は運がいい。良かったですね。私がこの場にいて」

「お前……もしかしてヤルダバオトか」

 ブレインに視線を向けた悪魔に向けてブレインは尋ねる。だが悪魔は何も応えずに床に落ちたブレインの刀をブレインに手渡した。ブレインはそれを迷わず掴んだ。

 

 

「忘れ物ですよ」

 そう言うと悪魔の爪が伸び、切断した。ブレインの右足を、刀を……文字通り(・・・・)切断したのだ。

 

 

 

 

「……あぁぁぁぁっっ!」

「私の名前はヤルダバオト。以後お見知りおきを。剣士様(・・・)

 それは悪魔なりの皮肉だったのだろう。刀剣を破壊された者に剣士とわざわざ発言するあたり性格は極悪と呼ぶに相応しいだろう。そして戦えない者にそういう辺り殊更酷い。

 

 

 右足を切断されたブレインはその場を後にするヤルダバオトとラストに向かって手を伸ばした。だがその手は何も掴むことが出来なかった。だが拳を握った。

 

 

「ヤルダバオトぉぉぉぉっっ!!」

 その声は歓声に飲み込まれ、ブレインのせめてもの抵抗は無意味に終わった。

 

 

 

 

 切断された足から噴水の如く血が飛び出す。自身の足が熱を帯びていく。ブレインはすぐに自身の腰に巻いているベルトを外すとそれを切断された右足の根本を固く結んだ。血の勢いこそ一度弱まるも嘲笑うかのように再び勢いを取り戻す。

 

 

 

「こんな形で死ぬのか……ちくしょう」

 ブレインは闘技場の通路から見える会場から漏れ出す光に向かって手を伸ばした。

 

 

 

 意識が朦朧とし、視界が霞んでいる中、その光景の中に一つの影が映った。

 

 


 

 

 

 

闘技場内では最後に残ったモモンに向かって拍手喝采が起きていた。

 

「すげー!アレが【漆黒】のモモン!」

「【漆黒の英雄】の名は伊達じゃねぇ」

 

 

 そんな中、一人の人物が貴賓室から外へ姿を見せた。

 

 

 

 それにより拍手喝采は一度止まった。誰もがその姿を知っており、その場に現れたことで必ず何か大事なことを言うと理解したからだ。それは日々の支配者としての振舞いからか、もしくは民の皇帝への理解もしくはあふれ出すカリスマによるものだったのだろう。理由が何であれ王国ではこうはいかないだろう。それだけ帝国を支配するこの男の優秀さが良く分かる。

 

 

 

 

「皇帝ジルクリフ=エル二クス=ファーロードが告ぐ。今回、闘技場に集まってくれた参加者、観客、全ての者たちよ。私は今日この時を皆と共有できたことを感謝する」

 その言葉に観客たちの中から涙を流す者さえいた。だがその顔色は明るく帝国の未来への期待などに溢れていた。「良い王だな」などとモモンは思った。

 

「そして最後まで残り、そして優勝したモモンよ。まずは優勝を祝おう。……乾杯」

 そう言っていつの間にか持っていた酒杯を高く掲げた。それを見て観客たちも真似をする。

 

 

「優勝者モモンよ。褒美を取らせよう。何か欲しいものはあるかな?」

「ありません。陛下。私は何も求めません」

 モモンはそう答えた。当然であろう。冒険者は国家間の争いに介入しないゆえに中立である。これは王国でも帝国でも常識である。だが特定の冒険者が特定の国家に属しているのもまた暗黙の了解である。モモンの本拠地はエ・ランテル、つまりは王国である。ゆえに帝国から、それも皇帝からの褒美など授かるのは些か外聞が悪い。ナーベを連れ戻すことと【漆黒】の名誉を守るために帝国に来たのにそうなっては辛いところだ。

 

 

「ふむ……そうか。褒美はいらぬと申すか。流石は【漆黒の英雄】。噂に違わない謙虚さであるな。王国では【英雄長】の称号を受けたというが……成程。流石だな」

 そう言うと皇帝は口元をニヤリとした。何故だろうか、モモンにはそれが悪い予感に思えた。

 

 

「今日、この日に『武王』がいないことが残念でならない。もしいたらきっと良い試合が出来たであろう。非常に残念だ」

「そうだ!そうだ!『武王』を出せ」

 観客の何人かがそう言った。しかし皇帝は薄っすらと笑いただ手で制した。

 

 

「諸君らの中には納得できない部分もあるだろう。しかし先程までの戦いを見てモモンが『武王』に劣るとは思えない。この私はそう思ったが、諸君らはどうだ?」

「そうだ!モモンは『武王』に匹敵する!」

「ひょっとしたら『武王』以上かもしれない」

 

 

「だ…そうだ。モモンよ。では優勝した褒美、私が勝手に贈らせてもらおう」

「いや…陛下、私は…」

 

 

「受け取れ!」

「褒美だぞ!」

「【漆黒の英雄】万歳!」

 観客たちのその言葉にモモンは続いての言葉を言えなくなった。今思えばこの時モモンは強引にでも話を終わらせるべきだっただろう。もしナーベがいればこの場を強引に終わらせることが出来たかもしれない。だがモモンは優しすぎた。ゆえに強引に会話を終わらせるような真似は出来なかった。そしてそれがこの時ばかり仇となった。

 

 

「モモンに【英雄王】の称号を授けよう。今後、帝国で有事の際は頼りにさせてもらうよ。【英雄王】っ!!」

 

 

「【英雄王】万歳!」

 観客たちから歓声が響き渡る。拍手喝采も起き、会場は興奮に包まれた。ただ一人モモンを除けば。

 

 

(やられた……!まさかこれが皇帝の目的だったのか!)

 モモンを拳を強く握った。

 

 

(……ナーベがいたらこんなことにはならなかっただろうな。だがナーベはいない。私は頼りすぎたのかもしれないな……)

 

 

 

「それでは諸君、また会おう!」

 そう言って皇帝は貴賓室の中へ戻っていった。モモンはただ貴賓室を見ることしか出来なかった。

 

 

 

(………間違いなく今回の一件は王国に知れ渡るだろう。そして王都にも……)

 モモンは正直言って王都に良い思い出はない。貴族たちの派閥争いなどというものは特に見ていられなかった。

 

 

(何事もなければいいのだが……そう思うのは甘いだろうな)

 モモンは拳を作った。

 

 

 

 恐らく皇帝は……。

 

 

 そこまで考えたモモンの耳に誰かの叫び声が聞こえた。

 

 

 

 

「ブレイン=アングラウスが!死んでいる!」

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 貴賓室に戻ったジルクリフは神官長の一人に顔を向けた。

 

「良い試合だったな」

「……そうだな」

 

 神官長の顔色は悪い。隠しているつもりだろうが表情を読み取る能力に長けたジルクリフにはそこに不安の色があるのが読み取れた。

 

 

(先程の参加者のシメイ。彼女が間違いなく原因だろうな。やはり……あの者から聞いた通り(・・・・・)だな)

 

 

「先程までの答えを言わせてもらおう」

「……聞かせてくれ」

 

 

「バハルス帝国はスレイン法国と……同盟は結ばない!」

「!っ、それが何を意味するのか分かっているのか!人類の為に正義を行わないというのか!」

 

 

「下らない。貴殿らの言う"人類"とは何か?"正義"とは何か?」

「決まっている……それは」

 

 

「"人間"であろう。悪いが私は帝国の未来を……利益を最優先に考える。"帝国のため"ならば手を取るが"人類のために"は同盟を結べんよ」

「ぐっ!ならば手紙でよかったであろう!何故わざわざ我らをここまで呼んだ!何の為に?」

 

 

「貴殿らに聞きたいことがあったからな。そのためだけに来てもらった」

「…何だと?」

 

 

「貴殿らは本当に【六大神】に仕えているのか?」

「何を言っている?無論だ」

 

 

「では死の神スルシャーナ、彼は何故スレイン法国を見限った?」

「……貴様、どこまで知っている?」

 

 

「質問しているのはこちらだ。まずは答えてくれないか」

「……」

 

 

「では質問を変えよう。スルシャーナ第一の従者の名前は?まさかヤルダバオトかな?」

「!」

 

 

 瞬間、貴賓室内に殺気と警戒心が満ちる。その瞬間であった。

 

 

 

 

「ブレイン=アングラウスが死んでいる!」

 その声に注意がそちらへ向く。神官長はチャンスとばかりにニヤリと笑った。

 

 

 

「貴様は知り過ぎた!死ね」

 神官長はローブの懐から一つのアイテムを取り出した。そこにあったのは悪魔像であった。そう……ヤルダバオトが王都を襲った原因だと言われるアイテム。それが神官長の手に握られていた。

 

 

 悪魔像が妖しく光る。瞬間、闘技場内は地獄と化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそうはならなかった。

 

 

 

 何者かが神官長の腕を大きな槍で貫いたからだ。

 

 

 

 

「ぐわぁぁっ」

 室内で大量の鮮血が流れる。腕を失った神官長は腕の喪失を見て皇帝の方へと視線を向け直した。そこにいたのは一人の可憐な少女であった。

 

 

 

「まったく大の男がだらしないでありんすね」

「まったくですな。シャルティア殿」

 そこにいたのはアインズ・ウール・ゴウン魔導国の【守護者】が一人。シャルティア=ブラッドフォールンであった。

 

 

「何故、その者がここに!?答えろ!」

「決まっているだろ。帝国は法国とは同盟を結ばなかったが、魔導国とは同盟を結んだ。そういうことだ」

 

「人類の敵となる気か!正気か貴様!」

「至って正気だ。むしろ貴殿らの方が狂っているとさえ思うがね。それと人類の敵…と言ったが貴殿らの様に"人間"を正義にあらゆる悪行を正当化する者たちの方こそ人類の敵ではないのか?」

 

「我らは人類とその正義の為に!」

「カルネ村の一件、そのことを知っている上でそう語るのだな?」

 

「あれは…」

「たかが戦士長ガゼフ一人を殺すためだけに(・・・・・)……。何の罪も無い平和な村を燃やし民を虐殺した者たちが正義を語るな!しかもそれをよくも帝国に罪をなすりつけようとしたな」

 

「あの一件は誤解だ。アレは…」

「悪事を正義と偽る人間、誠実で話の分かるアンデッド。どちらの方が信用に値するか……言うまでもないだろう」

 ジルクリフがそう語ると神官長はうなだれた。

 

 

 

「この者たちは殺してしまってもよいでありんしょう?」

「申し訳ないが生きたまま捕らえて頂きたい。悪魔像という証拠。その回収とその意図について尋ねさせてもらいたい」

 

 

「分かったでありんすよ。アインズ様にはぬしの指示に従ううように言われているでありんす」

「感謝します。シャルティア様。さて……爺、やれ」

 

 

そう言うとジルクリフの傍にいたフールーダが神官長の頭に手を置いて<魅了(チャーム)>と唱える。

 

 

 

 

「神官長、貴殿は何故悪魔像を持っている?これは王国での惨劇を引き起こしたアイテムだと認識しているのだが」

「友よ……それはヤルダバオト様から渡されたものだ。」

 

 

「では質問を変えよう。ヤルダバオトの目的は何だ?何故王国だけでなく帝国まで襲おうとした?」

「友よ……。我らの崇高な目的、それを叶えるためよ。あのお方は我らの悲願を成就してくださるのだ」

 

 

「その目的、悲願とは何だ?」

「アーラ・アラフ様の復活だ。友よ……」

 

 

 ジルクリフは冷や汗をかいた。この男たちは自身の神のために他国の何の罪も無い市民を犠牲にしようとしていたのだ。冗談じゃないと内心で舌打ちをするが今は冷静さを失って暴れる訳にはいかない。怒りを何とか抑えて次の質問を投げかける。

 

 

「どうやって復活させるつもりだ」

「人間以外の生命を殺しつくし、その魂をもって復活するとだけ……聞いた」

 

 

「何故スルシャーナではない?かの神は最後までスレイン法国に君臨していたはずだが」

 他国のジルクリフは皇帝になるための英才教育、それと皇帝になってからの情報収集によりあらゆることを知った。当然スレイン法国に関しても例外ではない。特に宗教国家である法国において宗教への理解は重要度が非常に高い。そのため宗教への理解はそう国への理解へと直結するとかつて考えた。

 

 

「スルシャーナ?……あれのどこが人間だ?ただのアンデッドではないか。神を名乗るだけのアンデッドめ」

「………それが貴様らの本音か。貴様らの信仰など所詮は偽りだったということか……嘆かわしいな」

 

 

「何を怒っている友よ……貴様、よくも!」

 どうやら魔法の効果時間が切れたようだ。先ほどとは異なり怒りを露わにした男は鋭い目つきでジルクリフを睨みつける。

 

 

「捕らえよ。この者たち全員牢獄へ連れていけ!」

 

 

 こうして水面下で起きた争いは終結した。

 

 

 

 

かのように思えた。

 

 

 

 

「それは困りますね。彼らにはまだ利用価値がありますから」

 突如現れた存在にジルクリフは警戒した。その者は貴賓室のただ一つだけあるドアの前にいた。そしてそんなジルクリフを庇うようにシャルティアが前に出る。

 

 

 

「ぬしが悪名高いヤルダバオトでありんすか。随分と弱そうでありんすが」

「つまらない挑発ですね。神官長たち、無事ですか?」

 

 

「ヤルダバオト様!我らのことなど捨て置いて下さい!」

「それも良いのですが折角ここまで来たのですから連れ帰りますよ」

 

 

「それをさせると思うでありんすか?」

 ヤルダバオト目掛けてシャルティアが全力で(・・・)手刀を放つ。

 

「ラスト」

 ヤルダバオトがその名前を呼ぶと同時にシャルティアの攻撃は防がれた。目の前に現れた白い貴人服の女にシャルティアの攻撃を同じく手刀で防いでいた。全力の一撃が防がれた。それは即ち最低でも実力は同じだということだ。

 

 

「ぬし…何故ヤルダバオトなどに仕えるでありんすか?ヤルダバオトなんかよりずっと強いでありんしょう」

「……あの御方の為に生きる。それが私の使命」

 

 

「理由は分からないでありんすが、邪魔ぁ!」

「邪魔なのは貴方よ」

 シャルティアはもう片方の手で拳を作りラストの顔…仮面目掛けて殴りかかる。しかしシャルティアの腕は掴まれてしまう。

 

 ラストはシャルティアの腕をずっと掴んだままだ。とてつもない腕力の持ち主であることは明白であった。。

 

 

「まさかぬし……」

「………もういいわね」

 

 ラストはそう言うとシャルティアの腕をパッと放した。シャルティアはすぐに攻撃態勢に移ろうとしたがラストは消えていた。ハッとして周囲を見渡し神官長たちの姿を探すも既にいなかった。

 

 

 

「あの女、やはり……。だとしたらもしかしてヤルダバオトも?」

 シャルティアのその言葉の意味を理解できる者は今この場にはいなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

浮遊都市エリュエンティウ

 

 

広大な砂漠の上に浮かぶ巨大な城。

 

 

都市守護者と呼ばれる三十人の従者がこれを守っている。

 

 

 

 

だがかつてあった栄華は既に失われており、素晴らしかった建築様式の城はただの瓦礫と化していた。あらゆるものは崩壊しており、周囲にはおびただしい死体の山と血の海が流れていた。壊れた床から炎と煙が漏れ出している。

 

 

 

 

(くそ、一体何が起きた?)

 

 ツアーはエリュエンティウの地表部を走っていた。この場所に着いてからツアーはずっと強烈な不協和音を聞いていた。まるで鋼の弦をノコギリで引いているようなそんな違和感。先ほどから何か大きなものが弾ける音が聞こえる。

 

 

ツアーが瓦礫の山の一つに足を置いた時、その不協和音の原因を知った。

 

 

 

 そしてそれが視界に入った瞬間、強烈な吐き気と目眩に襲われる。

 

 

ツアーが見た光景はエリュエンティウを守る都市守護者の最強とされた存在の頭部が拳で潰された瞬間であった。

 

潰されたそれは痙攣を起こしもう死んでいることを物語っているように思えた。だが問題はそこじゃない。そこにいる背中を晒している人物こそが問題であった。

 

 

黒髪、中肉中背、どこにでもいる村人の様な恰好、血まみれ。左腕に何者かの腕のみが握られていた。その腕は白銀よりも強い輝きを放つ手甲であった。

 

 

ツアーはその人物をよく知る。否知りすぎていた。

 

 

 かつての災厄。【六大神】が現れる前の存在。ツアーの母である竜王とその取り巻きを血まみれになって笑いながら首をもぎ取った男。暴力そのものを愛し、血を流させるのも血を流すのも笑いながら受けれ拳を振るう異端。

 

 

 

 

「お前がエリュエンティウを……都市守護者たちを破壊し尽くしたのか!」

 ツアーの目の前にいるのは頭部を破壊された遺体と、全身に血を浴びている男であった。その男はツアーの方へと顔を向けた。

 

「……」

 男は関心の無い瞳でツアーを見る。だがそれは一瞬のことであり、ツアーの存在を視界に入れると瞳に光が宿る。

 

「こんな所にいたんだね。また戦おうよ。あの時みたいに」

 そう言って男は微笑んだ。その笑顔は純粋無垢と呼ぶに相応しい。だがその口元は三ケ月の如く大きく歪んでいた。

 

「何を言ってる?」

 ツアーがそれを口に出すと同時に男は右腕を伸ばしてきた。その手にはまるで何かを掴もうとしているように思えた。

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁっ」

 ツアーの体が崩れ落ちる。ツアーは何が起きたか分からなかった。だがとてつもなく悪寒がしまともに鎧を動かせなくなる。

 

 

「偽物だったのかな。面白くないね」

 男は先ほどの腕の動きを止めると何事も無かったように歩き出す。だがその男にツアーは待ったをかけた。

 

 

「誰が貴様の封印を解いた!?」

 だが男はツアーの言葉を無視して歩き出す。歩くたびに全身に浴びた血肉が床に零れ落ちる。

 

 

 

「待て!」

 ツアーは男の背中に向けて手を伸ばした。

 

 

 

 

 何が起きたか分からない。だが気が付くとツアーは仰向けに倒れ、その腹部を男によって踏まれていた。男が足の力を少し入れるだけで鎧にヒビが入っていく。

 

 

 

 

「どうしたの?もっと強くなって…」

 男は笑う。その口元が大きく歪む。瞬間、男とツアーとその周辺、空間が……世界が揺れる。

 

 

 

 

(まるで歯が立たない)

 鎧のヒビが全身に広がっていく。ツアーの鎧の感覚がなくなっていく。意識が朦朧とするせいか何を言っているかわからない。

 

 

 

「もっと僕を笑顔にしてよ

 最後に見たのは男の綺麗な笑みであった。金属が砕け散る音が聞こえツアーの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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★?無関係?★ アイテムテキスト3


すみません。アイテムテキストのみです。
次回の話が全然書けないのでやる気を出すために書きました。
どうか温かい目で見てくださると助かります。



 

等価交換の箱

 謎の箱。何の飾りもされていない箱。

エリュエンティウから奪い去られたものであった。

仮面の悪魔の真の目的。それを叶えるために必要だという。

かつては世界一つに匹敵したという。

 

 

死神の大剣

 スルシャーナの武器。処刑人が持つ剣に形状が似ている。

かつて多くの亜人を斬り、人類の国をを守ったとされる。

第一の従者、彼女だけが死の神の本心と慈愛を知っていたという。

一人の戦友が目覚める、その時までは。

 

 

 

 

 

黄金の兜

 かつて『黄金の英雄』と呼ばれたヨトゥンの兜。

百獣の王を模した造形がなされている。

兜に描かれた獅子はまるで世界を睨んでいるように見える。

破滅と化した時、かつての祝福は失われそれは呪いとなった。

 

 

 

黄金の鎧

 かつて『黄金の英雄』と呼ばれたヨトゥンの鎧。

百獣の王を模した造形がなされている。

愛するものを得た時、彼は人となった。だがそれを奪われた時、彼は人を捨てた。

破滅と化した時、かつての祝福は失われそれは呪いとなった。

 

 

 

黄金の手甲

 かつて『黄金の英雄』と呼ばれたヨトゥンの手甲。

百獣の王を模した造形がなされている。

愛するものを同時に失った時、自らを祀るものたちを手にかけたという。

破滅と化した時、かつての祝福は失われそれは呪いとなった。

 

 

 

黄金の足甲

 かつて『黄金の英雄』と呼ばれたヨトゥンの手甲。

百獣の王を模した造形がなされている。

最後の戦い、その戦いで敗れ二度と立ち上がることはなかったという。

破滅と化した時、かつての祝福は失われそれは呪いとなった。

 

 

 

 

赤化した耳飾り

 『傲慢』の赤い耳飾り。その色の正体は全身に浴びた血肉である。

よく殴り、よく笑う。傲慢の心が震える度に共に揺れたという。

その正体は神を模した人形、即ち最古の人間であったという。

 

 

赤化した衣服

 『傲慢』の赤い衣服。その色の正体は全身に浴びた血肉である。

何層にも重なった血肉は鱗となり、やがて鎧となった。

最初はただの布だったという。

 

 

赤化した腕輪

 『傲慢』の赤い腕輪。その色の正体は全身に浴びた血肉である。

あらゆるものを殴り続けた結果、その拳は竜すら屠ったという。

あらゆる血を浴び、世界の呪いをその身に受けたという。

 

 

赤化した足環

 『傲慢』の赤い足環。その色の正体は全身に浴びた血肉である。

『傲慢』が大地に足をつけた時、恐怖と共にそれは広がったという。

かつてはとある聖騎士にすら勝利したという。

 

 

色褪せた銀の腕

 『傲慢』が常に持ち歩く誰かの右腕。

それは手甲も部分と共に残っている。

よく見ると僅かに銀色に輝いているように思える。

 

 

 

白い仮面

 『色欲』が被る仮面。

ただ一人の忠誠を誓う主から授かった仮面。

この仮面は顔を隠すためのものではない。

つまり忠誠の証であったのだ。

 

 

歪んだ仮面

 『怠惰』が被る仮面。

自らが主と仰ぐ者から授かった仮面。

自らの本心を隠すためにこれを被ったという。

いつか来る支配のために。

 

 

 

 

彼女の指輪

 海上都市の彼女が身に着ける指輪。

左手の薬指にはめられており、そこからこの指輪が如何に大事であるか分かる。

彼女には想い人がいた。だが自らの真実を話すには彼女はあまりに臆病であった。

ゆえに真実は語られず、想い人である男は孤独のまま支配者となった。

 

 

彼女の首飾り

 海上都市の彼女が身に着ける首飾り。

彼女の瞳の色と同じ"エメラルド"で作られた首飾り。

彼女は手に入れたかった。過去でも未来でもなく永遠を。

ゆえに彼女は待ち人を待つのだ。永遠の想いと共に。

 

 

彼女の髪飾り

 海上都市の彼女が身に着ける髪飾り。

かつて彼女は血の繋がらぬ三人の娘を作った。

その中の白き娘には『盾』になるよう役目を与えたという。

そして想い人の息子に、かつての姿を取らせ願いを託したという。

 

 

彼女の耳飾り

 海上都市の彼女が身に着ける耳飾り。

彼女の瞳の色と同じ"エメラルド"で作られた耳飾り。

かつて英雄の一人が想い人と同種であることを知った時、

彼女はただ一度だけ手を差し伸べたという。かつての永遠を思い出したゆえに。

 

 

 

ブレインの刀

 ブレインが持つ刀。

よく手入れされている武器。折れてしまったが刃こぼれはしなかった。

それは持ち主の心を写した結果ゆえだろう。

だが彼は知っている。もう二度と自らが折れぬことを。

 

 

エルヤーの刀

 エルヤーが持つ刀。

よく切れて良い武器。ただし持ち主までもが良いとは限らない。

至高とは程遠く、それを持ち主は知らない。

世界を知らぬ者に世界は斬れぬのだ。

 

 

 



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等価交換の箱

 

 

白銀の鎧を砕いた。

 

 

 男は笑い、その口元に三ケ月を浮かばせた。それはまるで男にとって一つの"星"などその程度だと言わんばかりであった。だがすぐに男は興味を失い鎧から視線を外す。顔から感情が一切消える。そして自身の左手に持ったものに目を向けた。

 

 

「また戦いたいな……」

 左手に握られたそれは先ほど破壊した鎧とは比べ物にならないほど強く、光り輝く銀色の鎧の持ち主であった。そのことを思い出し無邪気な少年の如く笑った。

 

 

 

 

(あぁ……また戦いたいな……)

 思い出し右手を伸ばす。それはまるで友人と手を取り合うように。

 

 

(また戦いたいな……)

 思い出し右手を胸に当てる。それはまるで初恋に胸を躍らす少女の様に。

 

 

(ま……でもいいか…)

 

 

 

 

 

 

 

 

(もうすぐまた(・・)戦えるからね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫の中から足音がした。男が振り向くとそこに一人の…悪魔がいた。

 

 

 

 

「……見つけたんだね」

 

 

 男の言葉に答えるように瓦礫の中から足音がする。それと同時に床から炎が吹き上がる。全身を燃やし炎の翼を持つ。その顔はあらゆるものを睨みつけていた。傍から見れば全身で怒りを表現しているように思えた。まさに『憤怒』の炎と呼ぶに相応しい出で立ちであった。その者は【七大罪】の一柱であり、ヤルダバオトの最側近の一人である【憤怒(ラース)】である。

 

 

「貴様が都市守護者たちを全滅させたからな……退屈であったぞ」

「またアレ(・・・)と戦いたいな」

 

 

「……」

 ラースは会話の通じなさに黙った。この男のその言葉に特に反応を示すことをしなかったのもあえてだ。この者の言うアレとは一人の人物だ。そしてその人物は今……。だが今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 

「まぁいい。例のアイテムは見つかったしな」

 そう言うと右手には小さな何の飾りもされてない目立たない箱が一つ乗っていた。

 

 

 

 

 何の変哲も無く、飾りも無いガラスで作られたのかの如く透明な正方形の小箱。人間の手に丁度収まるくらいの大きさであり、ガラスのような見た目に反し中身は一切見えていない。傍から見れば何の脅威も感じない。だが【憤怒】はこの箱の脅威を知っている。そしてその利用価値の大きさも。だからこそだろう。思わず呟いたのは。

 

 

「等価交換の箱……」

 かつて【八欲王】…【雲を泳ぎし者】たちのリーダーを除き、残り七人が争った原因の一つとなったアイテムである。否、そうなるようにヤルダバオトが仕組んだのだが……今のラースにはどうでもいいことであった。ラースにとって大事なのはこの箱が世界一つと同等の価値があり強大である。その一点のみであった。

 

 

 

「見つけたんだね」

「………」

 

 

(帰るのが先だな。この【等価交換の箱】を持ち帰らねばな……)

 憤怒が持っているその箱は【等価交換の箱】。本来ならば【雲を泳ぎし者】の正当な"権限"を受け継ぐ者しか使用できない。だが……。

 

(かの薬師の【あらゆるマジックアイテムを使用可能】の生まれ持った異能(タレント)をヤルダバオトが得ている……ならばこそ可能。……もうすぐだ。もうすぐ……我が望む結末が近づいている。即ちスレイン法国への完全なる復讐が!)

 ラースがその場を去ろうと翼を広げた。

 

 

「帰るぞ。既に目的は果たした」

 そう言った時、既に男はいなかった。周囲を感知してみるもどうやらいないようだ。動いた気配すら感じなかった。だがそれにラースが驚く様子は無かった。

 

 

「勝手な奴め……だがいい。目的は果たした」

 そしてエリュエンティウから飛び去った。さの際にキラリと光るものを見つける。それば砕け散った白銀の鎧であった。

 

 

「アレは白金の竜王の……。成程…奴にやられた訳か。あれが相手じゃなければ良い勝負になっただろうに」

 

 ラースはその場を後にした。そこには何も無い荒野の如き景色だけが広がっていた。

 

 

 


 

とある深い領域

 

 

 

光さえ届かない深い大きい円柱状の部屋…その領域にて二人の人物がいた。

 

巨大なガラスの円柱の中で逆さまに立って眠っている【眠り姫】。その外で膝をつき異形の容姿をした騎士。

 

 

 

【眠り姫】は長い黒髪、ボロボロのローブの上から全身に拘束具を巻き付けて局部を隠しており所々見える白い肌を見るとただの人間にしか見えない。眠っていることで目は閉じられている。そのせいで本当にただの眠れる美女にしか見えないだろう。

 

騎士の方は頭部はとある甲殻類を想像させるものでありその右手にはトライデントが置かれている。いかにも異形種といった容姿をしている。だが騎士は自らの容姿を誇っていた。主である姫により創造された自身を。

 

 

 

 騎士が姫に何やら報告しているようであった。だがそれは毎日行われる光景であった。

 

 

 

「我が姫、報告します」

「……」

 姫は話さない。眠っているゆえに。

 

 

「エリュエンティウにて【世界の敵】が観測されました」

「……」

 姫は眠ったままだ。だから会話が繋がることは決してない。

 

 

「姫様……私はかつて姫が仰ったように静観するつもりです」

「……」

 姫は眠ったままだ。だから意思が通じることは無い。

 

 

「ですので姫様……『待ち人』が来られるまでは我々がお守りいたします」

「……」

 そして騎士の想いが姫に届くことも無い。

 

 

 

(姫様…………貴方様の待ち人は本当に来るのでしょうか。私には分かりませぬ。このアンモには分かりませぬ)

 

 

異形の騎士アンモ=ディープス。彼は【眠り姫】を守り続ける。いつか来る【眠り姫】が【待ち人】と再会できるように……。

 

 

 

(夢見るままに待ちいたり………か。いっそのこと、自ら待ち人を探してもいいかもしれない)そうアンモは考えた。待ち人の名前と容姿は知っているからだ。

 

 

 

そしてその待ち人の名前は_________。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





こんな感じですいません。
これから頑張ります。

それとこの章を早く終わらせたいと思っています。
『消えた美姫』編終わらて次の章に行きたい。

今更ながらこの作品完結できるのか心配になってきました。
特にオバロ四期を見てる内に次の章に行きたい……。
あー。誰か私にモチベを分けておくれぇぇぇ!


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別れの挨拶の仕方--鮮血帝編--

モチベーションが上がらない……。
きっと夏のせいだ……。
うんきっとそうだ。

きっとモチベーションまでも溶けているんだ。そうに違いない。



というわけで本編どうぞ


 

 

闘技場での戦いを終えたモモンは"四騎士"の一人であるニンブルから呼び止められた。

 

「陛下が貴方と話したいそうです。皇城にて場を設けさせて頂きたいのですが、今からよろしいでしょうか」

 

それは事実上「来い」と同義だ。だがモモンにとってはどんな言い方でも断る理由は無かった。既にナーベの件、アルシェの件、【英雄王】の件などを除いて謁見してみたいと感じていた。それは戦士としての誇りゆえか皇帝への好奇心ゆえかモモン自身ですら定かではない。

 

そのためモモンは急な呼び出しにも関わらず一人で皇城に招かれた。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「先ほどは良き試合であったぞ」

 

 

 

 皇城の応接間に座る"鮮血帝"。その背後には二人の騎士と秘書が立っており、一人は貴族風の男ニンブル。もう一人は会ったことはないがニンブルと同じ格好をしていることから同じ"四騎士"であることが伺える。秘書の様な男は名前は確かロウネだった。皇帝の横にはフールーダ=パラダインが座っており自らの髭を触っている。

 

その前のソファに座る一人の戦士がいた。モモンは兜の中で表情を歪めた。先ほどの皇帝の言葉に一種の皮肉のようなものを感じたからだ。そのため声色を変えずに言葉を返す。

 

 

「先ほどは良き挨拶でした(・・・・・・)

 それは一種の皮肉。よくも自身に"武王"と同じ【英雄王】などという称号を公の場で授与してくれたな、帝国のトップが他国の者にそんな位を授けてくれたな。そういった意図で皮肉を込めて言葉を返す。相手は政治などにも長ける優秀な皇帝。モモンなりに皮肉で返したのはせめてものの抵抗であった。

 

 

 

「あぁ。ありがとう。君のような大英雄にそう言ってもらって私は幸せ者だな」

 そう言って笑顔で本気で嬉しそうな態度を取った。だがモモンには分かる。これは皮肉を理解できていない訳でもなく、当然本気でそう思っている訳でもない。皇帝は読んでいたのだろう。モモンが皮肉で返すことに、もしかしたら何通りかの返答を笑顔のまま読んでいたのかもしれない。だとしたら目の前にいる人物は……とんだ食わせ物だ。

 

 

「……っ」

 モモンは鎧の中で冷や汗を流した。だとしたらこの男にその手で敵う訳がない。政治を知らないモモンが敵う道理が無いのだ。モモンは政治を知らない。その代わり剣を振るうことは出来る。だが今この場で剣を振るうことは無意味でしかない。皇帝の行う"政治"という剣にモモンの"武力"という剣では相手にならない。いやそれ以上に断絶した武器を相手が持っているからかもしれない。

 

 

(立場……か) 

モモンはアダマンタイト級冒険者だ。自慢でき、モモン自身も密かにだが誇り(今となっては相棒のナーベとの唯一の繋がりに思えるからだが)に思っている。だが相手は皇帝であり、様々なものを支配している。戦うことが出来る戦士(モモン)と戦いそのものを支配する皇帝(鮮血帝)では相性が極端に悪いのだろう。チェス盤の駒がチェス盤の持ち手にどうやって抵抗できるというのだ。

 

 

(王国戦士長であるガゼフ殿はこんな気持ちを何十年と耐えてきたのだな……しかもあの王国のような国で。やはり大したものだ。私には真似できそうにない)

 モモンはこの場にいない男に敬意を向けた。向けられた本人は自覚していないがそれ自体がかなり凄いことなのだ。少なくともモモンはそう考える。

 

 

 

 

「さて挨拶はこの程度としよう。本題を話そうじゃないか」

「えぇ。お願いします」

 モモンは皇帝のその言葉を聞いて気を引き締めた。相手は"鮮血帝"…何を言うか注意して応対しなくてはならない。ある意味ではホニョペニョコなどよりも手強いのだから。

 

 

「まず最初にだが闘技場での一件は謝罪しよう。試合を見て興奮してしまったのだ。どうか許してほしい」

「なっ……」

 モモンが驚いたのも無理は無かった。皇帝という最上位に位置する人物がモモンに頭を下げたのだ。皇帝の傍にいる二人の"四騎士"と秘書であるロウネ。その者たちの顔が驚きに満ちる。それを見てモモンは予め決めていたことではないのかと考えるに至り驚いたのだ。ゆえに今は一種の思考停止状態。そんなモモンが従来の人柄そのままの言葉を紡いでしまったのはある意味当然といえよう。

 

 

「頭を上げて下さい。陛下が一冒険者である私に頭を下げる必要は無いでしょう」

「そうか……君の慈悲に感謝する」

 そう言って皇帝は頭を上げた。その表情は明るく嬉しそうだ。とても演技には思えなかった。

 

 

「謝罪を受け入れてくれた後で申し訳ないが、話を続けてもいいかな」

「えぇ」

 

 

「それでは次に…」

 皇帝が言葉を続けた時、モモンは「しまった!」と思った。先ほどの言葉は「【英雄王】の話を終わらせてもいいかな?」と同義であったことを理解したからだ。つまりモモンは【英雄王】という称号に関して受け入れたのと同じだ。あまりにもアッサリと流されたがこれが最後のチャンスだった。思わずナーベがいれば…そう考えずにはいられなかった。

 

 

「ナーベ嬢に関してだが……こちらの調査では"大遺跡"に入った以外の痕跡は無かった。実際に"大遺跡"に入った調査結果を報告してくれ」

「…分かりました」

 モモンは真の依頼人である皇帝を目の前にして一瞬のみ思考する。ナーベに関して真実を話すべきかどうかだ。だがここでの発言は結果的にエ・ランテルの組合にも伝わることになる、そう考えて真実を話すことにした。間違いなく厄介ごとになると分かっていたがそれでも他に選択肢があると思えなかったからだ。

 

 

「"大遺跡"、そしてナーベに関してですが……」

 

  モモンは出来るだけ冷静に……感情的、感傷的にならぬように淡々と言葉を紡いだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇

 

 

「成程……"大遺跡"は魔導国の領土であったか……。そしてナーベ嬢はどういうわけか魔導国に……」

 

 

「……」

 モモンは思わず黙ってしまった。報告するために頭を整理しようとした。そのせいで自らの胸の内が苦しくなったのを感じたからだ。この場で感情的になるなと自身に言い聞かせるも体がそれを許さないと言わんばかりに胸の奥が痛む。

 

 

 

「……報告ご苦労。それは……辛かったな」

「……いえ」

 

「今回の一件は非常にデリケートな問題だ。これ以上聞くような真似をしないさ」

「……」

 

 

「さて話は終わりか……それでは「陛下!」…うん?どうしたモモン」

 話が終わらそうにとする皇帝に対してモモンは口を挟んだ。話すべきは他にあったからだ。

 

 

「これは個人的な話で、冒険者組合とは全く関係無い話ですが、二つよろしいでしょうか」

「構わない。話してくれ」

 

「分かりました。フルト家をご存知ですか?」

「フルト家?……あぁ、知っているとも。その家がどうかしたのかな」

 

「実はその家の借金に関して相談がありまして……」

「……続けてくれ」

 

 

モモンは話した。

 

要点にすると以下の三つだ。

 

 

・フルト家の借金を取り立てるのをアルシェの両親にしてほしいこと

 

・アルシェの両親が担保にした二人の娘を取り戻してほしいこと

 

・アルシェと妹二人は一緒にフルト家を出るために、縁を切ること

 

 

 

 

「…分かった。取り立てに関しては私の代行者としてニンブルに向かわせよう。縁切りの件はロウネ!」

「はっ」

 

「帝国の法では『未成年者の戸籍に関してその親もしくはそれに該当する成人の住所に適用される』、だったな確か」

「はい陛下。その通りです」

 

「ならば本日づけでその法律は改善する。……だがいきなり全てを変更というのも難しいな。一文を付け加えるとしよう。『未成年者の戸籍に関してはその親もしくはそれに該当する成人の住所に適用される。ただし未成年者が戸籍の変更を強く求めた場合はその限りではない』に変更してくれ」

「…しかし陛下、今すぐというのは幾ら何でも…」

 

 

「私は変更してくれと言った。言い方が悪かったか?ならば変更しろ。今すぐにだ」

「…分かりました。そのように」

 そう言うとロウネはこの場を後にした。それを見送った皇帝はモモンへと視線を戻した。

 

 

「さてこれでいいかな?」

「感謝します」

 

 

「借金の件に関しては安心してくれ。後で解決したことも報告させてもらう」

「はい。それともう一つあるのですが」

 

「"大遺跡"の件か?エルヤー=ウズルスが自身の仲間を殺害したことなら知っている。それだったら既に真実を知っている者たちから話は聞いた」

「?それは一体…」

 

「安心してくれ。『グリンガム』『緑葉』のリーダー二人、それに『フォーサイト』のターマイトからも聞いている。ウズルスが下らぬ嘘を報告したこともな。明日にでも彼の者を問いただすつもりだ」

「それでは……」

 

「あぁ。【漆黒】の名誉が汚されることはない。安心してくれ」

 

 

 

 

 

 モモンが去った後、ジルクリフはテーブルに置かれたワイングラスを手に取りながら隣にいた男に声を掛けた。

 

「爺、これでモモンに帝国での称号を与えた(・・・)ことには成功した。あの場にいた観客たちも含め、あの"鮮血帝"も証人だそうだ」

 ジルクリフが授けるではなく"与えた"と強調したのはどんな形であっても良かったからであった。そうどんな形であっても……。

 

「しかし良かったのですかな?どんな形であれ帝国内で"称号"を与えた。ということは帝国内でモモン殿が何かしらの行動を起こしても咎めるのは難しくなりますぞ」

「問題ないさ。爺だって気付いているだろう。バハルス帝国は魔導国と同盟を結んでいる。自らの相棒を魔導国に奪われた大英雄が果たしてそこの同盟国に行くとは思えない。彼は……善人過ぎる。エ・ランテルを捨てることも魔導国とその同盟国へ下ることもないはず。でなければ私の謝罪をあぁも真摯に受け止めやしないさ」

 そう言ってジルクリフはワインを飲み干す。それはまさしく勝利の美酒であった。

 

 

「…爺。分かっているな?」

「えぇ。もうあの男(・・・)は用済み。そういうことですな」

 

 その言葉を聞くとジルクリフ、"鮮血帝"はただ笑った。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 帝都内といえど誰の目にも見られない場所というのは存在する。大半はそう思わせている(・・・・・)場所なのだが、それに自力で気付ける者は少ない。

 

その場所の一つである、帝都の西に位置する商人たちが使う倉庫街。そこで二人の人物が出会っていた。

 

 

「遅いですよ。パラダイン様」

「すまないのう。ウズルス殿」

 

「まぁいいでしょう。それで報酬の件は?」

「こちらにありますぞ」

 そう言って懐から革袋を取り出したフールーダ。それを見てエルヤーは自らの左腕を差し出した。利き腕でないのは警戒されているからだろう。だがフールーダにはそんなことなど関係無かった。

 

フールーダは普段の姿からは想像できない程腰が低かった。報酬を露骨に求める若造に一切の表情も崩さず左手で手の甲を掴み、右手で報酬の入った革袋を渡した。

 

 

「ん?」

 それがエルヤーの感想だった。金貨や白金貨が入った革袋にしては……軽く……そして柔らかかった。

 

だがそれに気付くのが遅かった。あのフールーダ=パラダインが自らにへり下っている。もしかしたら自分は"四騎士"になれるのでは……そんなものを幻視していた。だからだろう。フールーダの口から出た言葉を聞いて初めて行動を起こせたのは。

 

 

 

 

「<火球(ファイアボール)>」

 

 

 

エルヤーの右腕が燃え出したのだ。

 

 

「あぁぁぁ!腕がぁぁぁ。貴様ぁぁぁぁ」

 

エルヤーの腕が燃えたのには理由がある。フールーダには確かに高名な魔法使いだ。だがそれだけでここまで激しく燃えることはない。原因は革袋の中にあったのだ。そこに入っていたのは牛脂……それと金貨だと誤魔化すためにまぶした金属の粉。それらが錬金反応を示し、えるやーの腕を激しく燃やしたのだ。

 

 

 

「くそがぁぁぁ」

エルヤーは右腕一本で腰に差した刀を抜きフールーダ目掛けて振るう。エルヤーにとって最も強い攻撃手段は居合だ。隻腕になった彼はそれでも刀を振るう。自分ならば勝てると確信を得て……だがその刃は失った腕、動揺する精神、それらの要素も絡んで少し背後に跳んだだけのフールーダにすら届くことはなかった。

 

 

エルヤーは瞬時に判断する。二撃目はどうするか……。結論だけを先に告げるのであればそれが放たれることはなかった。動きを強制的に止められたからだ。

 

電撃を受け、一瞬の硬直。

 

いつの間にか現れた大きな盾を二つ持つ騎士が盾を振り上げていた。

 

 

 

 

「神よ……ぉぉぉ!」

そして頭上から巨大な盾を振り下ろした騎士により頭部ごと地面に叩きつけられた。エルヤーの頭部は地面への衝撃を受け止めきれず破裂、破壊された。

 

地面に鮮血が噴水の如くまき散らされた。

 

 

 

「終わりましたな。フールーダ様」

「あぁ。これで一件落着ですな。ナザミ殿」

 

 

 

 

 

 こうしてエルヤー=ウズルスは一生を終えた。

 

 彼は最後まで傲慢であった。ゆえに最後の言葉も自身を救わなかった神への怒りと傲慢さに満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





エルヤー「神ぃぃぃ」(助けを求める叫び)
????「いや俺、死の神なんだけど………」


エルヤー「神ぃぃぃ」(怒りの叫び)
????「いやお前誰だよ?ていうか既に死んでいる俺にどうしろと?おいツアー俺はどうしたらいい?」


エルヤー「神ぃぃぃ」
Mさん「あっ、そういうの間に合ってますんで……あっち行って下さい。いやフールーダお前もそっち行け。足を舐めようとするな」


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別れの挨拶の仕方--英雄王編--

最近、『風都探偵』にハマってます。やっぱりW好きです。
今の唯一の楽しみです。おかげでちょっとだけモチベ回復します。
ルナになって腕グニャグニャしてみたら面白そう。


 

"誰か"を求めると『色欲』、

 

"何か"を求めると『強欲』、

 

ならば消されしまった"過去"と"未来"

 

この二つを求めることを何と呼ぶのかしら。

 

 

         守護者統括アルベド 『漆黒の英雄譚・第三部』より抜粋

 

 

 

 


 

歌う林檎亭

 

 

 

 

「そうか……旦那は帰るんだな」

 そう言って別れを惜しむ男にモモンは嬉しくもあり同時にいたたまれない気持ちになった。

 

 

「あぁ。だが二度と会えない訳じゃない。また帝国付近で依頼があえば会えるさ」

「……そうだな」

 

 ヘッケランはそれがモモンなりの気遣いだとすぐに分かる。【英雄王】という厄介な名誉を授かったモモンにとっていらぬトラブルを避ける意味でも帝国に来る理由はないはずだ。--ヘッケランが把握している限りの情報で推測混じりだが--今まで帝国に来なかったモモンが今回帝国に訪れたのだって、相棒であるナーベを探す目的があったからだろう。

 

そしてそんなモモンがエ・ランテルに帰る理由など一つしかない。

 

 

(相方であるナーベさんには会えたんだろう。だがどういう訳か連れ帰ることは出来なかった……。無事は確認できて安心した。だから帰る。そんな所だろう)

 ヘッケランはその辺りが正解だろうと何となく思った。普段からワーカーチームのリーダーをやっているだけにその考え方は理解できたからだ。もし自分の元から仲間が去ったら……そう考えたことが無いというのはありえなかった。仲間の一人であるイミーナと恋仲になるまでは常にそういった不安を抱えていた。ロバーとは仲良くやっていけたが……それも運が良か……いや良い仲間に巡り合えただけだ。

 

 

 

「ヘッケラン、君には世話になった。礼を言う」

「俺こそ……いやおれたち(フォーサイト)こそ旦那には世話になった。本当に感謝している」

 ヘッケランは頭を下げた。感謝の気持ちと…そして謝罪だ。何から何まで世話になっておきながら何も恩返しできていない。それが情けなくて申し訳なく思った。ただあおの想いだけが胸の奥でこだましていた。

 

 

 入口のドアが開いた。ドアの方へ目線を向けるそこには想像通りの人物が立っていた。帝国四騎士の一人であるレイナース=ロックブルズだ。これから帰るモモンを彼のホームであるエ・ランテルまで送り届けるためだろう。

 

 

「モモン様……そろそろ時間です」

 レイナースはそう言いながらモモンへと声を掛けた。そこにはヘッケラン同様の感情があったのだがヘッケランには知る由もなかった。

 

 

「あぁ。そろそろか……」

 モモンはカウンターから席を立つ。全身鎧を着こんでいながらその動きは軽い。しかし少しの間だけだが一緒にいたヘッケランにはどこか未練を残した動きのように思えた。それは帝国から去ることへの未練……いやこの場合はナーベへの……。

 

 

(旦那……)

 ヘッケランにはその背中がとても寂しそうに思えた。今のヘッケランだからこそ想像することができる。自らの愛する者と離れることはとても辛いことのはずだ。もしイミーナが自分の元から去ってしまったら……そう考えずにはいられなかったからだ。多分今の自分には耐えられないだろう。既にヘッケランからすればイミーナは日常そのものの象徴であり、もう一つの心臓のようなものだ。あるのが当たり前で」、それが失われることなど考えたくもない。

 

 

 

「何か…俺にできることはなかったのか?」

 そのヘッケランの声をきく者はいなかった。ヘッケランは自身の無力感から歯を食いしばり拳を作った。そこにあるのは怒りではない。怒りならばどこかにぶつければいい。だがこの感情の場合どこにぶつければいい?その答えをヘッケランは知らない。短い間だが、モモンは信用できる人物であり好感の持てる戦士であった。実力・人柄どちらにしても『フォーサイト』全員が認めている。

 

 

「結局……俺は何も出来なかった…のか」

 それがヘッケランがその場で出した最後の言葉であった。

 

 

 


 

 

 

 

 モモンは帝国を去った。

 

 

 エ・ランテルへ帰るために。今はレイナースと数人の帝国騎士たちによりエ・ランテルに向かっている所であった。

 

 

 

 帝都が離れていくのをモモンはただ黙って見ていた。今のモモンの頭に一つの感情が支配していた。

 

 

 

 それは無力感であった。

 

 

 

 

(【守護者】……コキュートス殿、アウラ、マーレ、シャルティア・ブラッド・フォールン。それと同格であろうセバス殿、そしてその者たちの忠誠を受ける支配者アインズ殿……全員私などより遥かに強い。住む世界が違う(・・・・・・)ほどに…。だがそれよりも……)

 

 

「ナーベ…」

 思わず呟いていた。無事であったのを確認できて安心した。だが……それで納得できた訳ではない。

 

 

(理由は分からないが……ナーベは魔導国へ降った。何故か?……いや今考えるのはよそう。これはエ・ランテルに帰還してからゆっくり考えよう。組合長たちに質問攻めされる可能性は非常に高いだろうが……正直に報告するしかないな。帰ってからそうするとして……これからどうしようか?どうすべきだろうか?)

 

 

真っ先に思い浮かぶのはナーベをエ・ランテルへ連れ戻すことだ。だがモモンは今の自分が魔導国に勝利できると思えるほど自惚れてはいない。

 

 

 もしナーベが何かしらの理由で魔導国に縛られているとして、私がそこで連れ帰ることだけ(・・・)は可能か?

 

 

(いや無理だ。不可能だろう。仮にナーベを連れ戻せたとして、エ・ランテルはどうなる?冒険者を事実上辞めたナーベ。それをエ・ランテルに連れ戻すのはどう考えても個人の問題ではなくなってしまう。最悪の場合戦争になるかもしれない。ただでさえヤルダバオトの一件でモモンは王国内で良くない目で見られている。それに……)

 

 モモンは歯を食いしばり拳を作った。

 

(守護者一人にすら今の私では敵わない!もし守護者一人が相手という条件であれば、万が一の可能性があるとすれば……その時だけは全てと引き換えに(・・・・・・)相打ちに持ち込むしかない!)

 

 モモンはそのことを理解すると自らの腕が震えていることに気が付く。

 

(出来るのか?私に……そんなことを……)

 

 もし、次に【守護者】と対峙した時、ずっと避けていた【十戒】の一つを使わなくてはならない。危険過ぎる"第八のあれ"を使うしかない。それは分かっている。しかし最悪の場合にはこれの使用には大きな代償を背負うことになる。

 

 

(もしかしたらナーベがいなくなって……少し自棄になっているのかもな)

 モモンは自らを嗤った。

 

 

(だが情けない話だが……今の私にその覚悟はない。『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』……この言葉は言うなれば……自らの身に何があっても誰かを助ける……そういう覚悟がなければ言う資格はない。今の私に……それが出来るのか)

 

 

ふと誰もいない馬車の中を見渡す。

 

常に傍にいて支えてくれたナーベはいない。

 

 

 

(………どうしてこうなったんだろうな)

 

 気が付けば失ったものを数えていた。

 

 

 

(母さん、ウルベル、チーノ、チャガ、アケミラ……ギルメン村のみんな。……ミータッチさん、そして………ナーベ)

 

 みんないなくなった。そして誰もいなくなった。

 

 『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』

 

 …だったら、今の私は一体『誰』を助ければいい?

 

 

 

 誰か教えてくれよ。

 

 

 ……なぁ。教えてくれよ。今の私は『誰』だったら助けられる?

 

 

 

モモンは馬車の中で声を押し殺し、ただ拳を握った。

 

悲しい訳ではない。怒っている訳でもない。

 

ただ自らが何をすべきか、それが分からぬのだ。

 

ゆえに苦しむのだ。

 

自らの感情が自らを苦しめる。抑制されるわけでもない激しいその感情にモモンはただ飲み込まれていく。暴風の如く押し寄せるそれに対する受け止め方を、その術を知らぬのだ。

 

傍から見れば普段の英雄としての彼の姿とは程遠いだろう。

 

この時のモモンにとって必要だったのは彼を『英雄』と呼ぶ者ではなく、彼をただの『人間』として扱う者だったのは言うまでもない。

 

 

 

こんな時、あの人(ミータッチ)だったらどうするんだろうか?

 

 

ふと彼に言われた言葉を思い出した。アレは確か修行を始めた頃だった。

 

 

----力なき正義は無力、正義なき力は暴力だ----

 

----だからこそモモン、君はどれだけ力を得ようと"正義"を失ってはならないよ----

 

 

 

あの時は聞かなかったが結局の所"正義"とは何だったんだろうな。きっとあの人ならその"正義"というのを失うことは決してなかったのだろう。

 

(そう…私と違って……)

 

 今のモモンにとっては全てネガティブの方向へ思考が流れてしまう。それ程までに今回の一件は衝撃であったのだ。

 

 

 

 

 そしてそんなモモンの乗る馬車を上空から見つめる一つの鎧の姿があった。

 

 

 

 


 

 

 

「さて……それで私に何か用かな?」

 モモンはエ・ランテルへもうすぐ到着という所で馬車を下ろしてもらった。最初は渋ったレイナースたちだがモモンが三度説得することで何とか帰ってもらった。帰ってもらった理由としてはそうした方がいいと判断したからだ。

 

 

「気付いていたのかい?」

「お前ほどの者が頭上にいて気付かない訳がないだろう。それよりも……」

 モモンが見るとツアーの鎧はボロボロであった。まるで砕け散った鎧を無理やり修復したような様子だった。

 

 

「気にしないでくれ。帝都では君を殺すと言ったが今は忘れてほしい」

「…どういう風の吹き回しだ?何があった」

 

「時間が惜しい。言うことを聞いてくれないかな」

 疑問形。だがその声には高圧的な意思が込められていた。要する命令という訳だ。

 

 

「頼み事でもあるのか?」

「時間を無駄にしなくて済む。僕を【竜帝】と会わせろ」

 

 ツアーのその言葉にモモンは一瞬言葉を失った。確かにエメラルドタブレットを通して竜帝とは会えたが、それだけだ。今までアインズ殿にも触れてもらったこともあるがあの"謎の空間"に行けたのはモモンただ一人だけだ。アインズ殿でさえ行けなかった。だからこそモモンは言葉を選ぶことにした。

 

「…それが可能かどうかは分からないぞ」

「それでも構わない。【竜帝】に聞かねばならないことがある。後は切っ掛けだけあればいい」

 ツアーの物言いはモモンにとって欲しい言葉をくれない。ゆえに情報が不足している。恐らく理解してもらおうなどと思ってもいないのだ。だからこそ相手への理解や配慮のない物言いなのだろう。

 

 

「分かった。今取り出す」

 そう言ってモモンは懐からエメラルドタブレットを取り出す。四つの欠片。その全てを取り出し手に持つが何も起きない。

 

 

「どうした?」

「いや何も起きないんだ。いつも向こうへ行く時はこれが何かしら反応するんだが……」

 モモンのその言葉にため息を吐いたツアーはボロボロになった鎧の胸部から……まるで異空間から何かを取り出すようにそれを出した。

 

 

「お前!それを持っていたのか?」

「あぁ。だが説明は時間の無駄だ。さっさと触れてみてくれ」

 

モモンはツアーが取り出したエメラルドタブレットに触れる。

 

 

 

 

 瞬間、脳裏に一つの声が響く。

 

 

 

黒の全身鎧を纏う一人の戦士が一つの棺から出た男に向かって言葉を掛けている。

 

 

----何故俺を蘇生させた?----

 

----悪いが力を貸せ。リーダー----

 

 

 頭が割れる。胸が引き裂かれる。

 

 

 

白銀の鎧の者……恐らくツアーが男に向かって何かを伝える。

 

 

----リーダー、君に"夢"を持つ資格はないよ。----

 

----分かっている。俺は……----

 

 

 

どこかの大森林。一人のドライアードの近くで七人組がいた。

 

----お前の夢は何だ?----

 

----俺の夢は多種族の共存……そのための国だな。まぁ叶わなかったがな----

 

----それは…----

 

----知ってるか?リク。夢っていうのは呪いと同じだ。叶わなければずっと呪われたままだ----

 

 

 

二人の男が酒杯を当てあう。

 

----あぁ。お前の『仲間』になってやるさ。リク----

 

----ありがとう。スルシャーナ----

 

 

 

 

英雄たちが蟲の種族と対峙する。

 

----カエセ!スルシャーナ様ヲカエセ!----

 

----………すまない。俺のせいだ----

 

 

----リーダー、君は…----

 

----ツアー、俺には夢がない。でもな……夢を守ることなら出来る!----

 

 

 

そこで意識は消失した。

 

 

 

 



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E.T<5.--十三英雄--偽りの英雄と呪い(ユメ)の始まり-->

 

 

 何も無い砂漠、

 

 そのどこかで大きな爆発が起きた。

 

 

 爆発から逃れた二つの影。

 

 

 

 軽装で剣を腰にかかげた男、

 

 もう一人は全身鎧の男。

 

 

「死ぬな、死ぬな…絶対死ぬな」

「もう少しだ。もう少しで戦地から抜け出せる。それまでの辛抱だ!」

 

 

 軽装の男の腕には一人の亜人の姿があった。それの体に比べてもその音は小さく、着ているボロの擦れる音にすらかき消されていくほど小さかった。全身は酷い火傷で顔の半分に残された幼い顔立ちが見えるおかげで辛うじて少女だと分かる。

 

 

 

「死ぬな!おい!死ぬな…生きてくれ」

 男はそんな少女を抱きかかえて走る。爆発、爆音、また爆発……。自らの死すらいとわないその行為は何も知らない者からすれば『英雄』に見えたことだろう。実際彼の片耳と左腕は先ほど起きた爆発のどれかで吹き飛んでしまっていた。傷つき……血を流し……弱った少女を助ける英雄、だが男はそんな傷を痛がる素振りも見せずただひたすらと走っていた。

 

 

 

 何も無い砂漠だけが広がる。そこに希望はなく絶望だけが広がっていた。否、時折だが巨大な爆発とその破裂音、そして巨大な塊が空を駆け抜ける音が響く。二人の男の姿を巨大な影が覆い隠す。

 

 砂漠が燃えた。

 

 砂漠が凍てついた。

 

 砂漠が吹き荒れる。

 

 砂漠が……。

 

 

 

 砂漠に広がる大勢の死者、その中にはまだ幼さを残す者たちもいた。まるでこの辺りの砂は彼らの魂が削れて出来たようにも感じるほどに凄惨な光景だった。

 

 

 

血、死体

 

肉片、虐殺

 

少女、少年

 

凄惨、残酷

 

 

 

あらゆる作家が今のこの光景を見たら何と表現しただろうか。

 

それ程までにこの光景は異常であった。そしてその原因となったのは二つの勢力であった。

 

『竜王』と『八王』(後の八欲王)であった。

 

 

 

「ポーションだ。ポーションを頼む!まだ息がある!お前のを使わせてくれ」

 

「もうポーションは使い切った!昨日の少年に使ってもうないんだよ!私たちじゃ彼女は救えないんだ!」

 

 

 

 

たすけようとしてくれて……ありが…

 

 

少女の腕だったものが力なく垂れ、そして腐り落ちるようして砂漠の上に落ちた。その腕は既に先程の爆発で大きく吹き飛び、辛うじて繋がっていただけであった。自らの腕の重さすら支えられないままに砂漠の上に落ちた。

 

 

 

 

血も、肉も、死さえも広大な砂漠は吸い込んでいく。

 

まるで何も存在しなかったように。

 

まるで何者の存在も許さぬように。

 

それはさしずめ……地獄への入り口のようであった。

 

 

 

 

「…俺のせいだ……俺の!俺のせいだぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

 誰も守れなかった。

 

 誰も救えなかった。

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 男は叫びながら両手の爪で自らの首を搔きむしる。自らを傷つけることを目的としたその行為を羽交い絞めにして止めた。

 

「落ち着け!リーダー!!」

 全身鎧の男はそうしなければこの者が自らを傷つけることになると知っていたからだ。もし後数秒でも遅れてしまえば男は自らの喉を引き裂くほどに自傷してしまってであろう。喉は血まみれになり、一部の爪ははげれ、残った爪にも肉片が見える。

 

 

 

 それは強くなかった。

 

 それは英雄などではなかった。

 

 

 

「俺のせいだ!俺のせいで全て……世界が…あぁぁぁぁ!」

「リーダーっぁぁぁぁぁ!!」

 

 

 

砂漠の中心で叫ぶ男。その隣には一人の友がいた。

 

彼の苦しみを理解し支えてくれる者が。

 

彼の罪を知り、それでも共にいる者が。

 

 

 

「俺を殺せぇぇぇぇぇぇぇっ!!殺してくれぇぇぇぇぇっ!!!」

 

 

その友の名前は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

スルシャーナぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

目を開けると知らない天井が広がっていた。

 

「…夢?」

 そう言って男は自らの首に触れる。そう確かに…"あの時"に首を……それで絶命したはずだ。

 

「目覚めはどうだ?」

 その声は男の声だった。それも知っている男の声だ。かつて自身の首を刎ねたはずの男の声だった。その声に反応して上体を起こす。すると自分が今までどこで眠っていたかが分かる、棺だ。だが何かしら特別な棺なのか。六つの棺が花弁の如く並べられていた。その傍らにはそれぞれ一本ずつ蠟燭が燃えていた。

 

 

「……お前!何で……俺を?」

「言っただろう?『蘇生を拒否するな』と……。私個人ではどうしようもないことが起きた。お前の力を貸せ」

 

 

「正気か?俺がこの世界で何をしたか忘れたのか?」

「問題ない」

 

 

「問題ないだと?」

 その声には明確な怒気が籠っていた。

 

「俺がしたことは!何年、何十年経っても消えることはない!」

 その怒鳴り声に対して全身鎧の男は冗談めかして肩をすくめ言葉を放つ。

 

「三百年経ってもか?」

「えっ?……」

 

「もう十分だろう。あの戦争から三百年が経過した。当時を知る者たちはほとんどいない。私の知る限りではツアーと私ぐらいだろう。長生きする種族のことなら知らないが…」

「だが……」

 

 

「悪いがすぐに準備をする。話はそれからだ」

 男はそう言うとこの部屋の中にある唯一のドアを指さした。

 

 

 

 

 

 二人の男がその部屋を出ると一人の女性が立っていた。

 

「待たせたな。ヨミ」

「ス……ダーク様」

 そう言って女性はお辞儀をする。その所作はとても綺麗で指先一つすら乱れていない完璧なものであった。ゆえに軽装の男は全身鎧の男に自らの疑問をぶつけた。それは彼が名乗った偽りの名前に対してではなく……。

 

 

「彼女は……『従属神』か?」

「あぁ。巷ではそういう風に言う奴もいるな。その認識で間違っていない。だが『神』という表現は好きじゃない。お前には従者と呼んでももらえると助かる」

 

「……お前が言うと説得力があるな」

 そう言って従者らしき女性を改めて見た。

 

 

「初めまして。私はス……ダーク様の第一の従者ヨミです」

「…あぁ。初めましてだな。俺は……」

 軽装の男は言葉に詰まった。かつての自分は大罪人。そんな自分が誰かに名乗るだけの名前を持ち合わせているだろうか。

 

「いや…俺には名前など無い。好きに呼んでくれ」

「面倒くさい奴だな。お前は……。だったらカイズだ。お前の名前はカイズだ」

 

「何故その名前なのですか?ス……ダーク様」

「かつて全てを灰燼(かいじん)と化した、その原因を作った男だからか?」

「いや違う……ま、いずれ話してやるさ」

 そうこうしている内に準備を終えたらしい全身鎧の男は軽装の男の腕を掴んだ。

 

 

 

「行くぞ。あぁ……それと俺のことはこの国から出るまではダークと呼べ。面倒事になるからな。いいな?」

 その言葉の意味を察した軽装の男はただ頷いた。

 

 

 

「あぁ…そうだ。忘れる所だった。これを渡しておく」

 そう言ってダークは懐から一つのものを取り出した。それをカイズの手のひらの上に乗せた。とても小さなものでどうやら金属で作られた何からしい。見覚えのある金属で作られていた。

 

「これはミスリルか?いや、それよりも何だこれ?」

認識票(ドッグタグ)だ。これの持ち主は第一従者ヨミの協力者という立ち位置だという証明代わりでもある」

 

 カイズはそれを見る。金属で作られた長方形のプレート。その両端に革ひもが結ばれており、どうやら首からかけるものだというのが分かる。ダークの胸元を見ると鎧の上からそれが掲げれれているのが分かった。どうやら自分の予測は間違ってはいなかったようである。

 

 

「……成程な」

 カイズはそれを首にかけるとダークと共に部屋を出た。

 

 

 

 ヨミのいた空間を後にするとそこは巨大な教会の内部のような場所が広がっていた。

 

 

「ここは?もしかしてスレイン法国の中心部か?」

「あぁ。お前がよく知っているであろう"水晶城"だ。ステンドグラスとも相性が良いだろう」

 

「あぁ。幻想的で素敵だ」

「あぁ。だがこの城に反して……」

 ダークはそこで言葉を詰まらせた。カイズからしてその先に何を言おうとしたかは分かる。

 

 

「……悪いな。思わず愚痴を語ってしまった。すまないな」

「気にするな。お前の立場なら仕方ないだろう」

 二人の男は教会らしき領域から外に出た。

 

 それから老いた神官長たちに囲まれたりした。

 

「あぁ。また新たな協力者が!」

「共に人類を守護して下され」

「亜人どもに正義の鉄槌を!」

 ダークが何やら言い訳らしきものを行っていた。

 

 だがカイズからしてその時の話は覚えていない。

 

 

 別のことを考えていたからだ。

 

 

 (俺はどうするべきだろうか……)

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 スレイン法国の中心部、そして国から二人は出た。

 

 

 

 二人が出た先に白銀の鎧の姿があった。その胸元にはミスリルで出来た認識票があった。どうやら奴の存在も(表向きは)そういう立ち位置らしい。

 

 

「待たせたな。ツアー」

「僕も今来たところだ。それと久しぶりだね。"リーダー"」

 ツアーのその言い方にはかつてのリーダーだった男に対しての明らかな不満が込められていた。

 

「よせツアー。今はアレをどうにかする方が先決だ」

「そうだね。あの巨大トレントをどうにかしないといけない」

「トレント?」

 

「まぁ。聞くより見た方が早いだろう。ツアー」

「仕方ないね。<始原転移(ワイルド・テレポーテーション)>」

 ツアーの唱えた魔法により三人の姿がその場から消えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……無事着いたようだね」

 ツアーが発した言葉を二人が聞いて二人の男は周囲を確認した。

 

 

「おいダーク。ここは一体?」

「あぁ。ここはトブの大森林だ」

「かつて【八欲王】に支配された場所の一つさ。"リーダー"」

 

「……」

「よせ。ツアー。今はそんなことを言っている場合じゃないだろう」

「…分かったよ。それが君との"取引"の一つだったね」

 

 

「それよりもツアー、周囲に監視の目は?」

「いないね。いても野生のモンスターさ。監視しているわけではないさ」

 ダークはツアーにそう尋ねた。あまりに露骨な話題変換であった。ツアーもそれを知ってか妙にわざとらしく答えた。

 

 

「そうか……だったらそろそろいいか」

 そう言うとダークは兜を脱いだ。現れた顔を見て軽装の男は見知った存在であると再確認した。

 

 

 

 

 

「詳しいことを聞かせてくれ。何故俺を蘇生した?」

「あぁ。全て話そう。リーダー」

 

 それから二人の男。二人は300年振りにゆっくりと話を始めた。この三百年の間に起きたことや発見したことであった。

 

 

「そうか……お前はツアーと協力して世界を守ってきたのか……」

「所詮は"聖騎士"の真似事だがな。私では彼のようにはなれなかった。その証拠に絶対に対処できない奴が出てきた」

 

「それがこのトレントか……多分だがそいつはザイトルクワエだ」

「知っているのかい?リーダー」

 

「あぁ。生命力が異常に高い奴だ。自らの種を飛ばして遠距離攻撃を行えるモンスターだ」

「やはりお前を蘇生してよかった。だから言ったろ?ツアー」

 

「……そうだね。蘇生に反対していたけど今は少し考えを改めたかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「成程な。この大森林の中でトレントの様なモンスターが暴れていると?」

「あぁ。そうだ。残念ながらツアーは手伝う気はないそうだ」

 

 

「『世界の管理者』?『傍観者』の間違いだろう」

「君もかなり言うようになったね。昔はそんな物言いをしなかったろう」

 

 

「何百年の付き合いだと思っている?」

「ふっ……そうだね。さて……リーダー。何か言っておきたいことはあるかな?」

 

 

「……無い。お前が望むなら俺を殺せ」

「……悪いが"彼"との約束でね。君を殺す真似はしないさ。少なくとも今はね」

 

 

 

「それでどうすればこいつに対処できる?」

「ツアー、お前が協力する気がないなら俺たち二人じゃまず無理だ。協力者がいる」

 

「やはりそうか。それで何人ぐらいを想定している?」

「そうだな……七人は欲しい所だな」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

それから色々あった。

 

スレイン法国の"漆黒聖典"の四席、"死霊術師"のリグリッドが放浪の旅に出、それを裏切りと判断され刺客として"イジャニーヤ"が差し向けれ、返り討ちにする場面に二人が出くわし……リグリットとイジャニーヤが共に旅をし……。

 

戦争中のドワーフの王とジャイアントの王が、互いに勝利する武器を求めて殺しあっている場面に出くわし、何だかんだ共に旅をし……。

 

気が付けばそれはパーティとなっていた。彼らの胸元には同じようにミスリルで出来た認識票があった。

 

そしてトブの大森林にいる巨大なトレント、ザイトルクワエと戦った。

 

 

 

 

そして……。

 

 

 

 

攻撃して弱らせたザイトルクワエの一部をツアーが封印して幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

一人のドライアードの前には七人の者たちがいた。

 

 

 

 

「ありがとう。アレを倒してくれて」

「いや…俺たちが倒したのはザイトルクワエの本体ではなく触手の一本でしかない。しかも倒したんじゃなくて封印だ」

 そう言ってカイズはピ二スンに説明する。だがピ二スンの反応は意外なものであった。

 

 

 

「えっ!そうなんだ……でもありがとう。助かったよ」

「?…状況分かっているのか?要するに倒せていないんだぞ?また復活するつもりかもしれないんだぞ」

 

 

 

「うん。でも君たちが来なければきっとこの森は終わっていたはずだから……やっぱり言わせてほしいな。ありがとう」

「っ……」

 『ありがとう』。その感謝の言葉がカイズの胸に突き刺さる。それはどんな罵詈雑言よりも突き刺さった。

 

 

(俺が……俺なんかが……『ありがとう』?……いいのか…そんなこと言われて!)

 

 

「……ピ二スン。もしザイトルクワエが復活したらその時はまた助けに来るよ。約束する」

「いいの?…ありがとう」

 

「だから俺たちのことを忘れないでほしい」

「忘れないよぉ。えーと…若い人間が二人、老人二人、大きな人が一人、翼?が生えた人が一人、ドワーフの一人で合計七人だね」

 

 

「ピ二スンとやら……少しあっちで話をしないか」

「えっ…嫌だけど…あっ……あー!止めて…引きずらないで!」

 

「おいリグリットの奴、何する気だ?」

「老人扱いされたのが気に食わないのだろう。でも百歳超えても若者は無理がないか?」

「ピニスン、君に心から同情するよ」

 

 

 

 

 しばらくすると何やらおぼつかない足取りで歩くドライアードが一人いた。

 

「……ボクが間違ってたよ。若い人間が三人、老人一人、大きな人が一人、翼が生えた人は一人、ドワーフの一人で合計七人だね。ごめんね」

「そういうことじゃ。頭の良い子と素直な子は好きじゃよ。がははは」

 

 

(リグリット……ピ二スンに同情するよ……)

(あぁ……うん。まぁ……色々あるよな)

(………)

 

 

 

 


 

 

 

 

その日の晩

 

 

 

 

彼らは酒宴をしていた。

 

「平和だねぇ。ずっとこんな日々が続くと良いのに……」

 ピ二スンはそう言った。酒は飲めないがその場にいることだけで楽しくなってくる。

 

 

 

暗黒騎士の正体はスルシャーナ

魔神(六大神のNPC)が暴走した切っ掛けはスルシャーナの所属ギルド変更によるもの

六大神のギルド → 八欲王のギルド

そのため第一の従者(直接作成したNPC)以外は裏切られたと判断し、暴走してしまった

魔神討伐の旅の実態は"リーダー"とスルシャーナによる罪滅ぼしの旅である

 

 

 

「何を考えていたんだ?」

 カイズは酒杯をそのままにただ一人で佇むダークにそう問いかけた。他の者たちはそれぞれ飲み交わしたりしている。例外はツアーで先ほどどこかに行ったようだ。そのためカイズは自然とダークの方へと歩み寄った。

 

 

「ずっとこんな日々が続けばいいのに……こんな夢みたいな日々が続けばいいのに……そう思っていた」

「あぁ。そうだな。戦争もなく他種族同士が手に取りあえる……最高だな」

 

 

「あぁ。そうだ」

 そこでダークは言葉を詰まらせた。そのため口を開いたのはカイズだった。

 

「お前の夢って?」

「………いつか話してやるさ」

 ふと脳裏によぎったのはかつての友人であった亜人。自らが殺害した友のことであった。そして自らの伴侶である【光の神】が最期に遺した言葉だ。ツアーにだけは一度だけ告げたことのある言葉だ。だがそれを今言うつもりはない。

 

 

「なぁリーダー。お前には夢ってあるのか?」

「………」

 沈黙。それが答えだった。

 

 

「夢を語る資格は無い。……多分お前はそう思っているんだろう?」

「………」

 

 

「まぁいいさ。でもなこれだけは言わせろ。もういい加減許してやったらどうだ?自分自身のことを……」

「……だが俺は…」

 

 

「お前は十分苦しんだ。あの戦争で地獄を見たお前はもう十分苦しんだ」

「だが、それでも俺は……」

 

 

「そうか。だったら言ってやる。俺がお前のことを許してやる。だからいい加減前を向け」

「……っ……」

 そう言ってカイズは首を振る。それは拒絶の意思の表れだった。

 

「お前は生きてる。夢を持てないなら……せめて誰かの夢を守れ。それが生きてるお前の義務だ」

「誰かの…夢?」

 

 

「あぁ。そうだ。戦争を望まぬ奴、差別で苦しんでる奴とか色々な奴を助けてやれよ。お前が自分を許せないなら、お前はその分誰かの存在を許してやれ。きっとそれが過去への償いになるはずだ」

「……その言葉…まるで…」

 

 

「あぁ。『誰かが困ってたら助けるが当たり前』……に似ているだろう。まぁ彼は私の恩師だし、影響を受けているのは否定できないがな」

「……ふっ」

 ようやくカイズは笑った。それを見てダークもまた笑う。

 

 

「お前が一人じゃ無理だっていうなら、私が一緒にやってやるよ……

 

 

 

 

私がお前の【仲間】になってやるよ」

 

 その言葉にカイズは言葉を失った。そして……。

 

 

 

「……よろしく頼む。俺の【仲間】になってくれ。スルシャーナ」

「あぁ。リーダー」

 

 そう言って二人は酒杯を叩きあった。そのすぐ近くの大木から大剣を握っていた白銀の鎧があった。だがすぐに大剣はその場から消えた。

 

 

(……君に夢を語る資格はないよ、リーダー。それと君に(スルシャーナ)の夢を守ることも出来やしないさ。でも……祝いの席だし、今回は(・・・)殺さないでおいてあげるよ)

 

 

 こうして夜を過ごした。

 

 

 

 

 リーダーとスルシャーナが【仲間】になった。この時、全ての歯車が狂いだしたのだ。

 

 

 

 

今思えば"この時"私が下した決断のせいで"あんなこと"が起きてしまった。

 

決して許されることのない罪。

 

私は彼らの"仲間"になるべきではなかったのだ。

 

だが後悔しても遅い……

 

 

 

それは裏切りであった。裏切りになってしまったのだから…………。

 

それが切っ掛けで世界は一変してしまうことになるなんて………。

 

この時の"私"はまだ知る由も無かった。

 

そしてそれが全てを終わりにしてしまうなんて………。

 

 

 

この時、まだ【魔神】の存在を世界は知らなかった………。

 

 

 



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預言者はいずこ

 

「……っ!」

 エメラルドタブレットの記憶から出たモモンは覚醒し、目を開ける。

 

 

「ここは……あの時と同じ空間…か」

 それはかつてモモンがヴァルキュリアと名乗る女性と出会った空間であった。ただ一つだけ違うことがあるとすれば空間内に先程まで話していた白銀の鎧のツアーがいたことだろう。

 

 

ツアーはヴァルキュリアの前に立ち何やら叫んでいる。それは怒鳴り声のようにも聞こえる。だがその意識は眼前の女にではなく別の場所に向けられていたようであった。

 

 

 

「どこだ【竜帝】!姿を見せろ!この女がいるということはお前もいるはずだ!」

「【竜帝】?……この女?ツアー、お前この空間が何か知っているのか?」

 モモンはツアーに歩み寄る。そしてその鎧の肩に触れた時。

 

 

「僕に触れるな!」

 そう言いながら振り返り、その勢いのままモモンを腕の力だけで振り払った。そのあまりの勢いにモモンは吹き飛ばされる。何とか態勢を崩すことこそなかったが、ツアーの思わぬ行動に思わず感情的になる。

 

「っ!この…」

 感情的になり殴りかかろうと拳に力を込めた。

 

(落ち着け……エメラルドタブレットの通りならツアーは竜帝の息子。感情的になるだけの何か理由は)

だが瞬時に気持ちを切り替えて冷静さを取り戻した。

 

 

「汚らわしい【流星の子】め!僕に近づくな」

「………」

 

 

「それよりもだ。モモン、君は【竜帝】とどうやって会えた?教えろ」

「……」

 モモンは僅かな時間思考を巡らせた。素直に答えてもいいのだが、心理的に答えたくない気持ちが勝っていたからだ。そしてそれ以上にツアーから何か新しい情報を引き出したいと思ったのだ。

 

 

(……いや無駄だな。素直に答えるべきだな)

 モモンなりにツアーという存在を考える。この者は一方的な物言いしかせず、そのことから自分の都合しか考えていないのは明白だ。そのことから取引じみたやり取りなど時間の無駄でしかないだろう。それ以上にこの者が何故か【流星の子】である自分に対して何やら嫌悪感……いや苦手意識とでも言うべき感情を向けていたことが気になった。そのため時間の無駄だとい悟ったのだ。

 

 

「それは……」

 モモンが答えようとした時だった。

 

 

『久方ぶりだな。ツアー』

 モモンの脳に直接言葉が届く。どうやらツアーにも届いたらしく何やら反応していた。

 

「竜帝!貴様…今までどこで何をしていた!」

『それを話すには時間が足りぬ。すまぬが説明出来ぬ』

 

「ふざけるな!貴様が死んでどれだけの混乱が起きたと思ってる!?それが原因でどれだけ多くの犠牲が出たと思っている!?」

『それを我の責だというのか?それは貴様が無力だった……それだけではないか』

 

「……まぁいいさ。さっさとこの空間から出て自らの責務を果たしてくれ。いいな」

『断る』

 

「何故!?」

『正確には出来ぬ。我はこの空間から出れぬ。更に言えばこの空間内でしか生きられぬ。今の我は魂だけの存在。所詮は"残骸"でしかない』

 

「……この女を生かすためか?」

『この世界のためだ。そのために消滅するはずだった我の魂と自我を分け、この女に始原の魔法(ワイルドマジック)を行使した』

 

「遥かなる過去と未来を繋ぐ者……【預言者】。その者のためか?」

『ツアー、貴様は既に答えを知っている。だから確認しここを訪れた。違うか?』

 

 先ほどから繰り返される謎の問答にモモンは割って入ることにした。あまりに置いてけぼりだ。これでは何一つ理解できやしない。

 

 

「さっきから何の話をしているんだ?」

「モモン、君には関係の無い話だ」

 どうやらツアーは答える気はないらしい。ならばもう一方に聞くしかないだろう。

 

「竜帝!何か答えろ。さっきから何の話をしている?」

『やはりお前はツアーと出会った。これは必然か……いや運命というべきか。やはりお前は特別なのだな』

 

「何の話だ」

『……』

 

「もういいだろう。ここに連れてきてくれた礼として僕から一つだけ答えよう」

「ツアー、お前…」

 

「よく聞くんだ。モモン……遥かなる過去と未来を繋ぐ者が【預言者】だ」

「?それがどうした?私がその【預言者】だとでも?」

 

「そこまで分かっているなら話が早い。竜帝は君を【預言者】だと言ったはずだ。違うかな?」

「…確かに過去にそう言われたが……」

 

「それは竜帝の嘘だ。君が【預言者】であるはずがないんだよ。【真なる神人】とかなら分かるけどね」

「【真なる神人】?本当に何の話だ?正直言って話についていけないが……どういうことだ?」

 

「君はエメラルドタブレットを通して過去を見た。そうだね?」

「あぁ」

 

「君はエメラルドタブレットの中で彼女……ヴァルキュリアに出会った。そうだね?」

「あぁ」

 

「さてここで疑問だが、エメラルドタブレットの遥かなる過去と未来、この過去と未来とはそれぞれ"だ"……いや"何"を指すことだと思う?」

「?過去と未来……?」

 

「そこまで理解できたなら後は分かるはずだ。後は自分で考えるんだ」

「?」

 

 

『……』

「悪いがモモン、竜帝のことがあるため僕が言えるのはここまでだ」

 

「話がまるで分からないんだが……」

「今はそれでいい。僕の要件はそれだけだ。そろそろ戻ってくれ」

 

「(………言っても無駄か。本当に自分の都合だけだな。この者は…)分かった」

 モモンは何とか戻ろうとするも戻れなかった。

 

 

一体どうしたものかと……そう悩んでいるモモンに向かってヴァルキュリアがこちらに顔を向けていることに気が付く。でもその目は虚ろでどこか遠い所を見ていた。

 

そして小さな声だったが確かにそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「モモン……あなたの名前はモモン」

 

 

 

 

「えっ……その言葉は……」

 

 

 

 

そこでモモンの意識は覚醒して………。

 

 

 

 


 

 

 

 

「モモンさん」

「殿ぉー」

 モモンは自分に覆いかぶさる巨大な影によって目を覚ました。思わず上半身を起き上がらせる。

 

「シズ…ハムスケ…ここは家か?私は一体」

 どうやらモモンはエ・ランテルの自宅にまでどういうわけか戻ってきたらしい。

 

「私とハムスケが待っている留守番している間に、白銀の鎧の男が来てモモンさんを連れてきてくれた」

「そうか…(ツアーが?)」

 

「もしかして知り合いじゃなかった?」

 シズの無表情が崩れる。どうやらツアーのことを敵だという可能性が思い浮かんだのだろう。モモンは手で制しながらとっさに思い付きで喋った。

 

「知り合いだ。まぁ…仲良くは無いが…少なくとも敵じゃない(仲良くできる気もしないが……)」

「そう…」

「そうでござったか……心配したでござるよ。殿はずっと眠っていたでござるからな」

 

「ずっと?どれくらいだ?」

「半日くらい……」

 

 シズの答えにモモンは頭を悩ませた。エ・ランテルに帰還してから半日も眠っていたらしい。さっさと組合に報告すべきだからだ。

 

 

「悪いがすぐに冒険者組合に報告しないといけないことがある。すぐに戻るから二人はここにいてくれ」

 モモンはそう言って支度をして二人を置いて家を出た。

 

 

 残された二人はほんの少しだけ会話した。それはほんの短い会話だった。

「……これでいい。これでいい……はず」

 

「殿……泣いていたでござる。何故かは分からぬが」

「……良いの。これでいい。私はナーベじゃない。だからモモンさんが泣いていても隣に立って涙を拭えない」

 

「…シズ殿」

「ハムスケ……ナーベは多分戻らない。多分一生……」

 そう言いながらシズは拳を作った。表情こそ一切変わらないがその言葉に込められた思いがハムスケには痛いほど分かった。

 

 

(悔しい……今のシズ殿の中にはその感情だけで一杯のはずでござる。自らを助け出してくれた恩人二人が引き裂かれるのを黙って見ることしか出来なかった。某だって……悔しいでござるよ)

 

 

 

 

◇ ◇

 

 

 

 

家を出たモモンは路地裏に立っていた。周囲に人がいないことを確認する。

 

そして思い出す。

 

 

 

 

ヴァルキュリアの言った最後の言葉……あれは自身を拾い育て上げてくれた母親モーエの言葉と同じだった。

 

二人の容姿は違う、話し方も違う。だがただ一つだけ共通していることがあったのだ。

 

同じ言葉を語ったのなら、その言葉には同じ意味が込められている可能性がある。

 

だとしたら……。

 

 

 

 

遥かなる過去と未来。

 

過去とはヴァルキュリア、未来とはモモン。

 

それは一つの可能性を指す。

 

 

 

 

つまりモモンとヴァルキュリアの関係は……。

 

 

 

 

「………」

 

 

 

 

 モモン自身、その関係にどういう感情を持っていいか分からなかった。

 

 

 

 結局、モモンが冒険者組合に今回の一件を報告したのはそれから二時間後のことであった。

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇

 

 

 神々の居城、そう表現してもいいほどの場所にナーベはいた。

 

 

 その廊下に二人の女性は立っていた。一人はナーベ、もう一人は……。

 

 

 

「さてと…私の部下になった訳だけど何か質問はあるかしら?ナーベ」

「ありません。【守護者統括】アルベド様」

 

 

 

「そう……。では一先ず私の部屋の掃除でもお願いしようかしら。案内するわ」

 その言葉に従いナーベはアルベドについていく。

 

「ここが私の部屋よ」

 そう言って見せられた部屋は非常に整理整頓がされており持ち主の性格を表しているようであった。正直言って掃除の必要性を感じなかった。ゆえにナーベは困惑する。そしてこの部屋の掃除の必要性を訪ねようとした時であった。

 

「これを渡しておくわ」

 アルベドが差し出したのは純白のハンカチであった。ナーベは頭上に疑問符が浮かぶ。しかし続いての言葉を聞きその理由を知る。

 

「この部屋は私の部屋。【守護者統括】という立場である以上、誰かが聞き耳を立てることもない(・・・・・・)そのため扉さえ閉めれば誰にも見られない(・・・・・・)わ。この意味分かるわね」

「アルベド様…それは……」

 

「私は今からアインズ様に魔導国の今後の方針について相談の予定があるから一時間は戻ってこない(・・・・・・)わ。掃除(・・・)はそれまでにすましておきなさい。今後のために(・・・・・・)

「……かしこまりました。アルベド様」

 ナーベはアルベドに対して本心から頭を下げた。するとその姿を見たアルベドは部屋から出ていく。その際に扉をさりげなく閉めてくれた。

 

 

(アルベド様には全てお見通しですか……)

 ナーベはアルベドに部屋のドアに背中からもたれかかりそのまま床に腰を落とした。ナーベはアルベドから手渡されたハンカチを強く握る。

 

 

 視界がぼやける。目に溜まる液体のせいだ。

 

 

(あぁ……あぁ……)

 

 

 世界がぼやけた。心に溜まった想いのせいだ。

 

 

(あぁぁぁぁぁぁっ!!!!)

 胸が締め付けられる。喉が詰まる。

 

 

 

その日、一人のメイドがアルベドの部屋から現れた。

 

その表情を見た赤毛のメイドは後に語る。

 

 

 

 

そこには最初から無かったのか、枯れてしまったからなのか。

 

涙を流すことなどないであろう一人のメイドが立っていたと……。

 

 

 

 

 

 

 

 アダマンタイト級冒険者チーム【漆黒】

 

 【美姫】脱退により、メンバーはリーダーであるモモンのみとなった。

 

 そしてそれはかつての過去と同じ状況であった。

 

 

 

 

 多くの疑問や感情を残し、一つの物語は幕を閉じた。

 

 そしてそれは新たなる物語の始まりを意味していた。

 

 その果てに英雄は孤独な戦いへと身を投じることとなる。

 

 

 

 


 

 

 

 漆黒の英雄譚・第二部

 

 第六章・消えた美姫

 

 

          

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





すいません。
こんな話ですみません。
作者のモチベがヤバいので
とにかく投稿優先です。

どうか温かい目で見て下さい。


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第7章【ただ一つの正義】
第七章・あらすじやキャラ紹介のみ



※※※注意書き※※※


読者の方へ。
もし今回の内容に「アレ?どういうこと」と思われた方は
申し訳ありませんが、作者の『活動報告』を先にお読み下さることをお勧めいたします。もしくは今回の内容を見終えてからお読み頂いても結構です。


※※※※※※※※※※


 

 

≪ストーリー≫

 

 

ナーベ脱退後、モモン冒険者組合に全て報告。素直に魔導国にナーベが下った理由を語る。

 

それからの話。

 

 

 

 

↓ ↓ ↓

 

 

 

 

 物語はモモンが帝国へ向かった時間にまで遡る。

 

 

 

 エ・ランテルから遠く離れた国家、ローブル聖王国の話に焦点が当たる。

 

 この国は半島の形の国土を持っており、その入り口に北から南まで全長百キロは超える城壁がある。これは聖王国の東側にスレイン法国。その間に丘陵地帯があってそこに亜人部族たちが住んでおり、その者たちからの襲撃に備えるためである。

 

 そこに駐屯所が複数建設されており、その内の一つである砦、中央部拠点。そこにいる二人の男の会話から始まる。

 一人はオルランド=カンパーノ。聖王国の兵士階級の中では下から数えた方が早い立場の人間だが、実力のみで『九色』という九人しか存在できない名誉を授与された程の男。

 もう一人はパベル=パラハ。オルランドと同じ『九色』の一つを授与された男。

 

 二人は亜人たちの襲撃に備えながら会話をしていた時、亜人たちの軍勢を発見。過去に同じような襲撃は何度もあった。だが今回は今までとは違うと二人は感じた。数は今までの比ではなくその動きは統制されていた。そこで二人は亜人たちにとって何が一番重要視されるか、その答えにたどり着いた時に今回のは襲撃ではなく『侵攻』だと認識を改めた。そしてその背後にいる巨大な力を持つ『何者か』の存在に気付く。

 

 そして二人は『何者か』の姿を見た後……。

 

◇ ◇ ◇

 

 

 『何者か』……ヤルダバオトは城壁を破壊した後、聖王国への侵攻を本格的に開始するために多種族からなる亜人の軍勢を集める。このグループは二つの軍勢に別れていた。大まかに分けるとヤルダバオトへの強さから従っているのと、恐怖から従っているものたち。

 ヤルダバオトは後者のグループに【役割は終わった。逃げていい。ただし一日経てば残った者たちに襲わせる】と伝える。後者のグループの半分は逃げた。ヤルダバオトは残ったグループを集めて【聖王国を滅ぼし、スルシャーナ様に魂を捧げよ】と告げた。破壊された城壁から亜人たちは侵攻していく。それを見るヤルダバオトの傍らに【十二人】の人間が立っており、【隊長】と呼ばれる人間の指揮で他の十一人も活動を開始した。その中には【第四席次】で、かつて【ソーイ】と呼ばれた冒険者の女の姿があった。

 

 

 城壁破壊の報を聞いた聖王国のトップ聖王女カルカは国家総動員を要請、それと同時に二つの大きな政策を打ち出す。一つは侵攻してきた亜人たちと戦える者を他国から連れてくること、もう一つは逃げた亜人たちの行方を追うこと。そしてそのために『使節団』兼『調査団』として人を派遣することを決定した。

 

 派遣された聖王国の副団長グスターボ、その傍らには団長レメディオスの従者ネイア・バラハもいた。

 

 

 法国、帝国は断られ、王国にも断られ周辺諸国で残す所は魔導国のみとなった。グスターボ率いる団は【魔導国に向かう前に駄目元でエ・ランテルの『漆黒』に依頼を出す】ことを決める。だがエ・ランテルに到着した時、一同が目にしたのはヤルダバオトの元から逃げて生き延びた亜人の群れが正門の前にいた場面であった。一同はこれに驚くも運良く気付かれずに先に発見できたため、国家の緊急事態につき説明することを前提にエ・ランテルに不法侵入し冒険者組合に依頼を出すことを決め、場合によっては正門前の亜人を挟み撃ちし討伐すると決める。そしてグスターボとネイアは侵入、冒険者組合に到着。そこで冒険者組合、魔術師組合、この都市のそれぞれの長。そしてモモンと出会い、事の顛末を語る。

 

 モモンは語る。今いる亜人の群れを『冒険者』とし、城壁破壊の責任を追及しない代わりに共闘を持ち掛けるように提案(冒険者は国家に属さないため、亜人たちの身柄の安全を確保する代わりに罪の清算として『共闘』させる)。

→この時、非戦闘員である亜人はエ・ランテルで身柄を保護すると告げる。聖王国側はこれを共闘を強制させるための人質として認識しこれを認める。だが実際はモモンは言葉通り保護するのが目的であった。これに気付いた一部の賢い亜人たちは死地へ向かうことよりも家族や友人を守ってくれたモモンへ感謝した。それに対してモモンは「こうすることしか出来なかった。すまない」と告げる。

 

 色々あって提案を受け入れたグスターボたち。しかし条件としてモモンが聖王国へ行き亜人たちを率いて戦うことを求めた(帝国でワーカーを率いた件をケラルトの口からグスターボは聞いていたため)。モモンは背後にヤルダバオトの存在に気付くき自身が行くことを告げるが、冒険者組合長たちの反対により身動きが取れなくなってしまう。組合長たちは代案としてシズとハムスケを聖王国へ派遣させることを約束し、これをモモンだけでなく冒険者組合長アインザックが実力を認めていると告げたことで聖王国側が折れて、二人が派遣されることになる。

 

 そして聖王国のメンバーが去った後、エ・ランテルで保護するとしてどこで保護するかと組合長たちから聞かれたモモンはかつてズーラノーンと戦った墓地、そこにあった隠し地下空間を利用することを提案し、受け入れ体制が出来次第宿屋などに割り当てていくつもりだと話した。

 

 聖王国で色々ありながらもシズとハムスケが活躍する話。そしてそこでシズとネイアが仲良くなり、ネイアなりの『正義』を見つける話。

 

 そして亜人たちの保護、聖王国への対応、それらを密かに見ていた【十三英雄】リグリットはツアーの元へ報告しモモンは信用できると告げる。それでも【流星の子】に対しての嫌悪感を払拭しないツアーの元へ一人の少女が現れる。そして【モモン様は信用できる】と告げる。そこでようやくツアーはモモンに六つ目の過去を教えることを決意し、自らの胸中を明かすことを決めた。

 

 亜人たちの説明を終え、保護や宿屋への手配などを終えたモモンは一休みする。そんな中モモン宛に一通の手紙が届く。差出人はシズであり、内容は【聖王国からエ・ランテルへ戻るのはまだしばらく時間が掛かること、そしてその間何も出来ないことへの謝罪。そしてヤルダバオトの元から新たに逃亡してきた亜人たちがエ・ランテルへ向かっていること】であった。モモンは笑って受け入れた。だが自分以外誰もいなくなった家の中を見渡し、自分が一人であることを嫌でも認識させられた。

 

 そしてモモンの元を訪ねる二人がいた。ツアーとリグリットであった。ツアーはモモンを信用することを告げ、そして六つ目のエメラルドタブレットを渡す。それを見てリグリットは苦い顔を見せる。そしてモモンは【十三英雄】の真実を知ってしまう。

 

 

↓ ↓ ↓

 

 

【十三英雄】過去・後半へ進む。

 

 

 

 


 

 

 

 

≪キャラクター紹介≫

 

 

モモン

 【漆黒】と呼ばれるアダマンタイト級冒険者。現在は一人で活動している。

 ナーベ脱退後、エ・ランテルでシズやハムスケと共に過ごすも心のどこかで孤独を感じていた。それとふとした瞬間にシャルティアとの戦闘を思い出し、自らの無力感に追い込まれていた。そんな中、亜人の群れがエ・ランテルにやってくる。亜人から事情を聴いたモモンは彼らを助けるべく行動を起こす。そこでモモンは亜人たちを一人でも多く助けるために冒険者組合長アインザックと都市長パナソレイを説得し、亜人たちを『冒険者』として登録させて階級プレートを渡した(冒険者は国家に属さない。これを逆手に取った形で聖王国からの討伐を防ぎ、なおかつ王国と聖王国との外交問題に発展させないように考えたためである)。このまるで最初から来るのが分かっていたかのような迅速な行動のおかげで聖王国の使節団兼調査団が訪れた時は亜人の引き渡しを拒否し、折衷案として『共闘』という形を取ることで非戦闘員であった亜人たちを保護することに成功する。その後シズに【とある弓】を渡し必要とあらば使うように告げた。そしてこの一連の出来事によりモモンはある人物たちの信頼を得ることになるのだが、本人はそうなることまでは予測していなかった。

 

 

シズ

 モモンのメイド。

 かつてはヤルダバオトの配下『メイド悪魔』の一人であった。だがエ・ランテルにモモンの元へ諜報活動させられた際にモモンとナーベやハムスケといった人物により良心に目覚める。その後、王都でヤルダバオトへ謀反を起こすも自らの心臓に仕掛けられた魔法により死亡。王都動乱後、ナーベが密かに魔導王にシズの蘇生を頼むことで、再び生を得た。だがナーベが去った後、その理由が自らの蘇生が原因なのではと思っており密かに責任を感じている。しかしそれをモモンに伝えると心優しいモモンが傷つくと思い話せずにいることで苦悩していた。そんな中、聖王国へハムスケと共に行く時はモモンへの恩返しの為にも必ず生きて帰ると【指切り】を行い、かの地へと向かった。

 聖王国の使節団兼調査団として派遣されていたメンバーの一人ネイア・バラハとは互いに信頼関係を築き、国土を奪還していく。その時の二人を知る者からは『戦友』や『親友』同士のように見えたという。最終的にエ・ランテルに戻るにはかなりの時間を要することに気付き、モモンへの手紙を送り自身は聖王国で亜人たちの対応をすることを決意した。

 

 

ハムスケ

 モモンの騎獣。かつては『森の賢王』と呼ばれた。

シズと共にモモンの苦悩や孤独に気付きながらも何も出来ないことを嘆いていた。そんなある日シズと共に聖王国へ向かってほしいと主人であるモモンから告げられこれに従った。

亜人への対応の際はシズと共に最前線に立ち、勇敢に戦い続けた。そんな中でシズが新たに得た友人ネイアの存在に感謝し、同時に羨ましくもなった。やがて聖王国からエ・ランテルへ帰還するにはかなりの時間を要するとシズに告げられた際は、シズから「ハムスケは戻るべき」と提案されるも「殿の心配事(シズの安全)を一つでも減らすためにも某がシズ殿についていなくてはならないでござる」と返答した。そのためハムスケはシズと共に聖王国に残ることが決まった。実は聖王国へ来た当初容姿が獣であるハムスケはどこか聖王国のレメディオス団長をはじめ兵士たちからは警戒されていたが、これをネイアが何とか説得したのを見てそこにモモンの姿を重ねネイアを『英雄』と呼ぶに相応しいと思ったと後にシズに告げた。

 

 

ネイア・バラハ

 聖王国の聖騎士見習い。弓兵。

自身と同じ聖騎士であった父親を失って間もないことで精神的に参っていた。エ・ランテルに使節団兼調査団として派遣された際にモモンと出会い【正義】について考えるようになる。シズと出会い色々と教えてもらっていくことで徐々に自信や心の支えを持っていき戦場で活躍していく。道中シズから貸し与えられた【とある弓】を使い、亜人たちへの対応を行っていく。後に周囲からはシズの『戦友』『親友』のように見えたと告げられ嬉しさからか赤面する様子を見せる。今章の終盤ではシズとハムスケが聖王国に残ると聞いて安心感よりも嬉しさが勝っていたと内心で気付く。

 

 

グスターボ=モンタニェス

 聖王国の副団長。

聖女王カルカにより使節団兼調査団の責任者として派遣された男。苦労人。

今章で一番胃を痛めた人。

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

ヤルダバオト

 聖王国で『大侵攻』を起こした張本人。

王国でモモンと戦闘し逃走後、今度は聖王国を襲う。前回とは違い亜人の群れに聖王国を襲わせて全国民の魂を得ることを目的としている。どういう訳か【十二人】からなるメンバーを率いている。

 

 

隊長

 ヤルダバオトの率いる【十二人】又は【十二使徒】の隊長。古びた槍を武器としている。ヤルダバオト曰くこの槍は【罪の象徴】らしい。ソーイの見立てでは難度二百以上らしい。

 

 

ソーイ

 隊長率いる【十二人】又は【十二使徒】の第四席次の女性。二つ名はまだ無い。

盗賊職であり、軽装に身を包む。何故かヤルダバオトやその配下をよく観察している。

かつては冒険者だったらしいが、その正体は………。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

ツアー

 白銀の鎧に身を包む【竜帝】の子。

リグリットともう一人の説得もあってモモンを信用し、エメラルドタブレットの六つ目及び自身の過去を告げることを決意する。

 

 

リグリット=ベルスー=カウラウ

 【十三英雄】の一人。自身の友人であるツアーにエ・ランテルで見たモモンの人柄などを伝えた。その場にもう一人の人物を連れて……。

 

 


 

 

《裏話》

 

???「あーあ。冒険者って人間種ばっかだなぁ。亜人とか異形種の冒険者も欲しいなぁ」

???「成程。そういうことですか。かしこまりました」

 

 

???「もしや……全て御身の計画通りだったのですか!?」

???「そうだ。その通りだ(どうしてあの一言からこうなった?)」

 

 

 

 

 



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E.T<6.--十三英雄--真の仲間と(ノロイ)の果て--前編>

200年前、とある存在がこの大陸に現れた。

 

それは【魔神】と呼ばれた存在。何故彼らが出現したかその原因を知る者はいない。

 

【魔神】は一人残らず強く、周辺諸国を荒らしまわった。

 

ある時は国が荒れ、またある時は国が滅びた。

 

【魔神】はあらゆる種族、あらゆる国家にとって【英雄】と呼ばれる者たちですら殺し、脅威として認識された。まるで何かを探している(・・・・・・)ようだと一部の識者は語るがそれが表に出ることは決して無かった。

 

そんな中、周辺諸国の首脳陣が集まり、一つの話し合いの場が設けられ一つの決定が成された。

 

対【魔神】軍とでも称すべき傭兵団の結成である。

 

 

 

 

その傭兵団の特徴は【国家に属さない】【政治的不干渉】、更に一度傭兵団に属した者は国家の重職に就けないことなどであった。

 

ある国家は国内での厄介払いとして事実上の追放として、またある国家は有能な存在を探すために、他の国家では新たな国の象徴が誕生を恐れて……傭兵を出した。だがここで問題が一つ。

 

各国が各国同士を傭兵という表現ではいずれ各々が国家に戻った際に軍事力として利用されることを危惧した。だからだろう。こんな下らないことで口論になっているようでは魔神対策は進まない。そう考えたスレイン法国の付き添いの一人の女性(後に、水晶城を支配し十二人の騎士を従えている姫君と称される人物)が口を開く。傭兵団で駄目ならば【冒険者】は如何かと。

 

胸元に金属製の一つの認識表(ドッグタグ)があったことからその提案は受け入れられたことがよく分かる。

 

 

 

 

そして彼らは戦う。

 

【魔神】と……。

 

 

 

 

【魔神】と呼ばれるようになってしまった存在と………。

 

そして彼らは求める。破壊ではなく、自らの失った存在を求めて……。

 

 

 

 


 

 

 

 カッツェ平野にて戦う者たちがいた。

 

 後に【十三英雄】と呼ばれる彼らと不思議な装いをした存在である。

 

 

 

 神官を思わせる服装に帽子。

 

 一見すると少し怪しい人間の聖職者を連想させるが、その体格は縦に異様に伸びていた。

 

 だがその者の頭部は二本の触手と大きな複眼が付き、両腕からは鎌を連想させる鋭い刃が伸びており、その異形の姿から人間でないことが伺える。

 

 『十三英雄』と呼ばれる彼らが対峙するその者は『蟲の魔神』と呼ばれている。彼らが戦い討伐することになる六体目の【魔神】である。

 

 

 

 

 

「ガッ……カ…」

 暗黒騎士は『蟲の魔神』の左腕を一閃。まるで処刑人が罪人の首を切り落とすようにするりとそれは落ちた。暗黒騎士の持つ剣の1つ、とてつもない切れ味を誇るそれが腕を切り下したのだ。

 

「どけ!ダアク!」

 エアジャイアントの戦士長のニッグが斧を振り回す。暗黒騎士ことダアクはその言葉に反応するように無言でそっと離れた。

 

 

「おら!次は俺の番だ!さっさとくたばれ!このデカブツ」

 そう言ってニッグは斧を振るう。すると大きな旋風が魔神を襲う。

 

「グッ…」

 ほんの一瞬、魔神が意識が刈り取られ複眼から光が失われる。それを見てニッグは追撃を決めて斧を振り上げる。

 

 

「…エセ…ャナ…ヲ…エセ」

 魔神は自身に迫った斧を残された右腕一本で受け止めると口を大きく開けてニッグの首元に嚙みつこうとする。

 

 

「こいつ!放しやがれ!」

 ニッグは首元を噛まれ、出血、肉が抉れ、痛みが走る。だが巨体ゆえに致命傷になるのは時間が掛かった。ゆえにニッグは反射的に斧を投げ捨て、即座に魔神の首を掴み反対に首を折ろうと試みる。

 

 

「ぐっ…ぐぎぎぎぃ……こいつ強ぇな」

 魔神の首は固くとても折れそうにない。ニッグは自分の行いを後悔した。今まで何度もとあるドワーフから「脳筋」と呼ばれていたがまさに今の自分がそうだなと思ったからである。

 

 そんなことを考えている内に首元の痛みが極限に達する。血が噴き出したのである。

 

 

(あっ……やべ。これ死ぬやつだ……っ!!?)

 だが突然魔神の口と手が自分から離れた。それに反応し腹部を蹴り飛ばして距離を取る。蟲の魔神が屈むようにして倒れた。その背中には大きな切り傷があった。

 

 

「遅いんだよ!イジャニーヤ!」

「若い者はこれだから……教育がなっとらん……そもそも『若い』の定義というのは……」

白い髭を生やした男イジャ二―ヤの手に握られている鎌の刃からは血がついていた。隠密行動からの不意打ち、ゆえに魔神にとって大きな傷を負う形となる。

 

 

「…エセ……エセ!!」

 イジャニーヤは魔神から距離を取るため飛び跳ねた。だが腹部に斬撃が飛んでいく。イジャニーヤはそれを空中で躱そうとするも間に合わずに斬撃を浴び腹部から血が噴き出る。

 

 

「……ぐっ……痛いのう……だがそもそも『痛み』とは……」

「イジャニーヤ!喋ってないで早く解毒しろ!」

 そう言って暗黒騎士はイジャニーヤに向かって解毒用のポーションを投げつけた。イジャニーヤはそれを無駄の無い動きで掴むと蓋を開けて飲み干した。

 

 

(ぬし…いつも思うがよー知っとるのー。まさかおぬし【魔神】を最初から(・・・・)知ってるんじゃ……いや、今はよすとしよう。それよりも……)

 

 

「ババァ」

「誰がババァじゃ!このジジィ!」

 イジャニーヤは自身の元へ再び攻撃するために接近してくる魔神をその目で確認。その間にリグリットが入った。

 

 

「<デスナイト>!」

 リグリットの言葉通り、アンデッドであるデスナイトがどこからか召喚される。その右手にはフランベルジュ、左手に巨大なタワーシールドを持っており魔神の鎌にうよる攻撃をその巨大な盾で防ぎ切った。

 

 

「奴の動きを封じろ!デスナイト」

 リグリットの言葉に従いデスナイトは魔神の動きを封じようとフランベルジュを振るった。盾により攻撃を防がれた硬直、その状態から未だ解けていなかった魔神は左の触手・複眼の上から真下に振り下ろされた斬撃を受けて左半身にダメージを受ける。だがその鎧を纏ったような肉体が硬く思った程のダメージを与えられない。それに気付いたリグリットは一先ず距離を取ろうとするも、魔神の背後から飛行している一人の少女の姿を見て考えを改めた。

 

 

「ニッグ!」

「おうよ!」

 リグリットの言葉に反応しニッグは魔神の背中から斧を振るう。再び背中からダメージを受けた魔神は硬直してしまう。更に振るった斧の旋風を受けて僅かな間意識を刈り取られる。

 

魔神は即座に振り返りニッグに視線を向けた。いや向けてしまった(・・・・・・)。ゆえに戦闘対象から一人が消失してしまったのだ。頭上に飛行していた少女のことを。だが気付いた時には前後で挟まれていたため動けなかった。

 

 

「<蟲殺し(ヴァ―ミンべイン)>!!」

 

 

 飛行(フライ)の魔法を使って現れた一人の少女は自身がつい最近作った魔法を魔神に向かって放った。口や鼻らしき部分から泡を出し、身体が痙攣を起こす。だが致命傷とまではいかずまだ立っていた。だがそのダメージが想像以上に大きかったようで魔神は残った右の複眼を少女に向けるも既に光を失っていた。それを見て少女は心の中で達成感に満ち溢れガッツポーズした。そして勝利を確信した。それは魔神の正面にいるリグリットと召喚されたデスナイト、背後にいるエアジャイアントの戦士長、少し離れた位置から攻撃の隙を伺うドワーフでもなければ、棒立ちしている暗黒騎士でもない。ましてや『封印』しか出来ないツアーはありえない。

 

 

魔神は頭上にいる少女に目を向けた。

 

少女を殺そうと手を伸ばしてしまった。

 

本来であれば見えたであろう。

 

だが少女の魔法により魔神は自身の敵を感知するあらゆる感覚が狂っていた。少し時間があれば回復したであろう。だがここまで攻撃を畳みかけてきた者たちにより一切の余裕を失くしていた。

 

 

そして気付く。自身の横から剣を両手で持ち逆袈裟の構えを取る男がいたことに。

 

斬るのに適していないその剣の攻撃を受けて魔神は首を両断された。引き裂かれた頭部が地面にコロコロと転がり、胴体はデスナイトにもたれかかるようにしてドスという音がした。その後ドサリと音がしてデスナイトごと巻き込んで地面へと倒れこんだ。

 

 

 

「…終わったな」

 そう言ってリーダーであるカイズは剣を収めた。

 

 誰もが安心した。確信した。これでようやくこの魔神との戦いは終わったのだと……。

 

 

 

 

「アッ……アッ……」

「!?」

 

だが魔神は生きていた。既に頭部のみとなったはずだが辛うじて生きていた。まさに虫の息とでも言うべき状態であったが、それでもそこにいた者たちは驚き身構えた。ただ一人、暗黒騎士を除いて。

 

 

 

「カ……エセ……カエセ…」

 

 

 

「………」

 暗黒騎士はその手に握られた大剣を振り上げた。だがその様子はどこかぎこちなく、まるで身内相手に処刑人が剣を振り上げたようであった。僅かにだが剣が、それを持つ腕が震えていた。

 

 

 

 

 

 

「……カエセ……ャナ……ヲ……エセ……」

 

 

 

「カエセ?……『返せ(カエセ)』か?……ならば一体何を返せというんじゃ?」

 リグリットの疑問は当然である。何故そもそも『魔神』は各地で暴れまわったのか、その詳細は誰も知らないのだ。それはかつて自分がいたスレイン法国ですら例外では無かった。勿論ごく僅かに知っていた者がいた可能性は否定できないが……。

 

 

(可能性があるとすればやはりスレイン法国か……)

 だが次に蟲の魔神が言った言葉を聞いてリグリットはその理由を知ることになる。

 

 

 

 

 

 

「カエセ!スルシャーナサマヲ!カエセ!」

 

 

 

 

 

 

 魔神の瞳には涙が浮かんでいた。そこに宿る感情は怒りか悲しみか、もしくは寂しさかそれは誰にも分からない。

 

 

 

 

 

 

「……スルシャーナサマ……」

 

 

 

 

 

 

 暗黒騎士は剣を振り下ろした。その攻撃を受けた蟲の魔神は最後に再び同じ言葉を吐いた。

 

 

 

 

「スルシャーナサマ……」

 そして『蟲の魔神』は完全に絶命した。

 

 

 

 

「『蟲の魔神』……お主……まさか」

 そう言ってのはリグリットだ。自身の中で疑問に思っていたことが全て繋がったのだ。そしてスレイン法国ならばそれら知っていることを確信する。

 

 

「今回勝てたのはお前がいたからだろうな。アレは良い魔法だな」

「ほっ……ほっほっ。やはり若いものが一番じゃな」

 ニッグやイジャニーヤがそんなことを口走る。それに対して少女は眉間に皺を寄せて怒鳴る。

 

「うるさい!この脳筋!ロリコン爺!」

 

 

 

 

「…………」

「リーダー?どうかしたのかい?」

 ツアーが声を掛ける。

 

 

「…………後何回こんなことを繰り返せばいいんだろうな」

 リーダーはそう言って拳を作る。

 

 

「兄貴は優しいな!」

 そう言ってリーダーの肩を叩いたののはゴブリンのジュゲムだ。先ほどまで重傷を負っていたためエルフの仲間により戦場を離脱していた。だが今や回復していることからポーションなどを渡されたのは言うまでもない。

 

 

「そんなんじゃないんだ……」

 

 

例え『魔神』と呼ばれる存在でさえ倒すことに心を痛める優しい青年カイズ。

 

身体も心も傷つきながら剣を振るい続けた英雄……

 

それが彼ら『十三英雄』の知るリーダーの姿であった。

 

 

 

 

幸か不幸か、そんな彼の戦う本来の理由を知る者は二人しかいなかった。

 

 

(リーダー、それは君の本音かな?君の本質が仮に善だとしても僕は君が脅威になりうる可能性がある以上、殺さなくてはならない。許してくれとは言わないよ。例え『彼』が許しても…)白銀の鎧はリーダーに顔を向けながらそんなことを考えていた。そして『彼』に目を向けた。

 

 

「すまない……サンタテレサ(・・・・・・)

 呆然と立ち尽くし、ボソリと呟いた『彼』の言葉が聞こえた者はいなかった。

 

 

軽いネタバレ:魔神(六大神のNPC)が暴走した理由は六大神のギルド武器破壊ではない



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E.T<6.--十三英雄--真の仲間と(ノロイ)の果て--後編>

かつて『十三英雄』と呼ばれた者たちがいた。

 

 

 

 

誰よりも弱かったが傷つきながらも剣を振るい続け最後には誰よりも強くなった『リーダー』、カイズ。

 

四本の魔剣を使いこなした悪魔との混血児とされる暗黒騎士と呼ばれる『彼』。

 

死霊術を司り、死者を操る老婆リグリット。

 

白銀の鎧を操り彼らと旅を共にしたツアー。

 

その他多くの仲間たちがいた。

 

『十三英雄』の中には人間種以外、亜人種や異形種もいた。

 

 

 

 

全ては【魔神】の登場から始まった。

 

ある者は故郷を守る為に

 

ある者は故郷を奪い返す為に

 

ある者は滅ぼされた故郷の仇の為に

 

そして集まった集団は傭兵の如く各地を転々とした。やがて彼らは『英雄』と呼ばれるようになる。

 

 

 

 

数多くの魔神を倒した。その中には『蟲の魔神』などという印象的な存在もいた。

 

 

 

「もう【魔神】は全員倒せた。これで終わったんだね」

 そうツアーは語った。封印しか出来ない(・・・・・・)彼は【魔神】の気配などを敏感に察知することが出来る。それが魔法によるものかタレントといった特別なものが理由かは結局語ることは無かったが。

 

 

「………そうか。だったら俺たちの旅はここで終わりだな」

「…そうだな。リーダー(・・・・)

 リーダーの言葉に暗黒騎士が頷く。

 

 

 

 

「……帰ったら国の上の奴らから話を聞いてみるかのう」

「ババァ、何する気だ?」

 リグリットとイジャニーヤが何やら会話を始める。

 

「あぁジジィ。ワシは今回の【魔神】発生にはスレイン法国が関わっていると睨んでおる」

「いいのか?ババァの国じゃろう。まさかワシの暗殺対象になったことを忘れた訳ではあるまいな?」

 

「無論じゃ。だが今回の一件、ワシらのサポートを周辺諸国がしたのも……それまでの過程もまるで最初から(・・・・)知っていたような手腕に思える。少なくとも他の国よりは何か知っている可能性が高いじゃろう」

「……もしそれが事実ならババァ、お前死ぬぞ」

 

「構わん。老い先短いこの命。こんな命でよければいくらでもくれてやるさ。無論わざわざ死にに行くつもりはないがのう」

「……そうか。だったらワシも行こう。暗殺対象であったババァがワシ以外の奴にやられてほしくはないからのう」

 

「ほう……それはありがたい。背中は任せたぞ」

「えぇぞ。えぇぞ。感謝しろ。だがまだ足りんのう。そもそも『感謝』というのは……」

 

「話長いんじゃ。まだ続けるようならその髭むしり取るぞ」

「ほっほっほ」

 

 

 

 

「お前はどうする?小人」

「その呼び名はいい加減やめぃ。この脳筋」

 エアジャインアントのニッグとドワーフの魔法工が話す。

 

「むっ。すまんな。どうも言い慣れ過ぎたようだ」

「はぁ。まぁいいわ。ワシはこれから国に戻るつもりじゃ」

 

「例の【ルーン】を発展させるのか?」

「そのつもりじゃ。旅は十分した。そろそろ戻って国の立て直しでもしようと思ってのう……」

 

「きっと上手くいくさ。あの【ルーン】には俺たちも何度も助けられた」

「使い手が良いからのう…」

 

「そうか。なぁドワーフの王よ」

「なんじゃエアジャイアントの戦士長よ」

 

「俺たちの国家で手を取り合えないか?」

「……出来なく……はないが恐らく時間が掛かるぞ。元々殺し合いしていたような同士だぞ」

 

「でも出来るんだろう?だったら俺たちの国からお前たちの国を支援することも可能なはずだ」

「それは嬉しいが、お前さんの立場はどうなる?『戦士長』という役職のお前さんは戦士の長であって国のトップではないじゃろう」

 

「頭を下げるさ。それでも無理なら……」

「無理なら?」

 

「王をぶっ飛ばして俺が王になってお前らの国を支援するさ」

「……お前さんならやりかねんな」

 

「そうだ。王に進言する際に何かを持ってこさせようと思うんだがどうしたらいい?」

「そこワシに丸投げするのか……そうじゃなぁとりあえず酒を頼む。ドギツイのを頼むぞ」

 

「おう。任せろ。俺たちの国には『巨人殺し』と呼ばれる酒があってな…」

「ほう…巨人ですら酔える酒か。相当ドギツそうじゃのう。詳しく聞かせろもらいたいのう」

 

 

 

 

「カイジャリ……君はどうするんだい?」

「ツアー!俺は兄貴に助けられたからな。兄貴と旅をしようと思うぞ。勿論兄貴が何かをしようと思うなら俺も同じことをしたい!」

 

「そうか。まぁ達者でね」

「おう!ありがとう」

 元気よく他の仲間たちの元へ駆け寄るゴブリンを見てツアーはため息を一つ吐いた。こんな良いやつに慕われて君は幸せ者だね。と思ったからである。そしてその当人は『彼』と話している。

 

 

 

 

「これで俺たちの旅は終わりだな……」

「あぁ…そうだな」

 

 

 

 

 全ての魔神を倒した時点で彼らの旅は本来終わるはずであった。

 

 

 

 

「故郷に帰ろう」

 そう誰かが言った。多くの者はそれに賛成した。中には故郷を失った者を誘い自身の故郷に連れ帰ろうとした者もいた。そう言って去っていた仲間の中に一人の少女もいた。とても泣き虫なことが印象的な少女だ。少女は一同と別れる際にとあるアイテムをプレゼントされた。そして少女はそれを片時も手放さなかったという。

 

「私アンデッドになってよかった」

 そう少女は言った。かつて「目的のためにアンデッドになるべきではない。精神がそれに引っ張られる」と忠告してくれた一人の仲間、暗黒騎士に。それを聞いた暗黒騎士は何故か笑っていた。理由は分からないが、悪い意味で笑った訳じゃないのは少女にも分かった。

 

 

 

 

 多くの者が故郷に帰っていった。残ったのは三人の人物だけとなった。リーダーを兄貴と慕うカイジャリの説得は大変であったが何とか元いた故郷へと帰っていった。

 

そのため残ったのはリーダー、暗黒騎士(スルシャーナ)、ツアーである。

 

 

 

 

「スルシャーナ……お前はこれからどうするんだ?」

「……」

 リーダーが口を開くも彼は黙ったままだ。

 

「……まさかとは思うがお前……」

「それ以上は言うな……」

 

「……」

 カイズは分かっていた。今のダアク……もといスルシャーナの心境を。かつて自分も体験したから分かる。理解、いや共感できる。

 

「お前死ぬ気だろう」

「……」

「スルシャーナ、そうなのか?」

 

 

「図星か……」

「……」

 

「なぁ。スルシャーナ」

「……」

 

「お前はかつて俺に言ったよな。『夢を守れ』って。そしてお前は結局それが何なのか言わなかったが…。お前の夢って何だ?」

「……お前になら話してもいいか……。俺みたいな奴が語る資格が無いのは分かっているが、かつての夢は……『誰もが一緒にいれる国を作ること』だった。人間だけじゃない、亜人や異形種もみんなが共にいれる国を作りたかった」

 

「アインズ・ウール・ゴウンみたいにか?」

「あぁ。その通りだ……」

 

「……この旅の途中でツアーから聞いたよ。お前かつて亜人の友を殺したことを未だに後悔しているって」

「……あぁ。ザリュースという気のいい戦士だった。少々変わり者であったが人間に危害を加える奴じゃなかった。でも人間は……」

 

「それでも『五人』の友が残したものを守るために、お前は人間からアンデッドになったとも聞いている」

「……あぁ」

 

「そしてそこまでしたお前に人間が見せたもの、それによって人間を愛せなくなったとも……」

「ツアー、お前そこまで言ったのか……」

「すまない。だが必要なことだと判断した」

 

「まぁ言ったことに関しては許してやってくれ。こいつもお前のことが心配だったんだろう」

「……どうだかな」

 

「なぁ。スルシャーナ。お前の夢、もう一度だけ叶えてみないか?」

「……リーダー、私は……」

 

「俺がお前の夢を守る!だからお前はもう一度だけ夢を叶えてみないか?」

「……」

 

 

 

 

 

 かつてカイズ…もといリーダーが【八王】と【竜王】の戦争の切っ掛けを意図せず作ってしまい、

 

 戦争は起きてしまった。

 

 戦争による被害、戦地となった場所、被害を受けた罪なき者たち。

 

 それらを見て絶望していた……

 

 自分のせいだ、自分のせいだと……何度も後悔と絶望を繰り返し

 

 それでも何度も誰かを救おうとするも、誰も救えず……

 

 自らを罰するために、殺してくれと頼み、

 

 二百年の歳月を経て蘇生、

 

 そして………。

 

 

 

 

「リーダー……私は……もう疲れたよ。長生きし過ぎたのかもしれない。なぁリーダー」

「……」

 

「私を殺してくれ」

「断る」

 

「……」

「俺を助けてくれた……救ってくれたお前をどうして俺の手で殺さなくてはならないんだ」

 リーダーは声を荒げるが大声を出すことはしなかった。それは冷静さを保てたからではない。かつての自分と同じ心境になってしまっている恩人に対して理解・共感していたからだ。怒りだけじゃない。何があっても自分の恩人を死なせてなるものか。まるでかつて自身が言われたことを言い返した。それはまるでかつての恩義を返すように。

 

 

「……今のお前は間違いなく【英雄】だよ。リーダー」

「そういうお前はどこまで行っても人間だ(神じゃない)よ。スルシャーナ」

 その言葉にスルシャーナはリーダーの顔を改めて見た。

 

 

(あぁ……今のこいつなら俺の夢を託せる。もう十分だ。こいつは十分罪を償った。その上で戦った。こいつはもう自分の罪に押しつぶされるだけの人間じゃない。誰かの夢を守れる強い戦士だ)

 ふと思い出す。

 

 談笑し合う仲間たち。共に笑い、共に悲しみ、共に戦った者たち。

 

 あらゆる種族が集まり、人間種・亜人種・異形種と幅広い集団。

 

 

 

 

(こいつはみんなの夢を守った。……凄い奴だ。だが私とは違う。私一人なら無理だったが、こいつとならもしかしたら……)

 

 

 

 

「そうだな。もう一度だけ夢を叶えてみるか。悪いがこれから忙しくなるぞ。よろしく頼む相棒」

「あぁ。俺を好きに使えよ。相棒」

 そう言って二人は握手した。リーダーとスルシャーナ。この二人が本当の意味で友、仲間となった姿を見てツアーはふと思う。

 

 

(不思議と悪い気分じゃないね。かつて【六大神】と呼ばれた者と【八欲王】と呼ばれた者……それぞれのリーダーが手を取り合った。今までとは違い、本当の意味で理解し合い、互いの孤独を埋めあう仲間(・・・)となった。でも世界と敵対する可能性が消えた訳じゃない訳だけど……)

 

「喜ばしいことだね」

 

 

 

「あぁ。それでこれからどうするつもりだカイズ?」

「あ……特に考えていなかったな」

 

「…お前なぁ。はぁ……まぁいいか」

 そこでふとスルシャーナは自身の第一の従者たるヨミの言葉を思い出した。

 

 

『旅をしたら?』

 

 

(あぁ……そうだなヨミ。ようやく……本当の意味で私の旅が始まる……。始めることが出来る!)

 

 

「時間はたっぷりあるんだ。各地を見て回ろう。【冒険者】らしくな」

「そうだな。一先ず世界を見て回ろうか。俺たちは【冒険者】なんだからさ」

「見届けさせてもらうよ。君たちの夢の続きを……」

 

 

 

 こうして【十三英雄】の【魔神】討伐の旅は終わった。

 

 

 

 いつの日か、夢が叶うという希望を残して。

 

 

 


 

 

 

 

それからいくつかの月日が経った頃であった。

 

 

 

 

スレイン法国 最奥の聖域にて

 

 

 

 

 

スルシャーナの第一の従者たるヨミは一人の人間から報告を受けていた。

 

 

 

 

「どういうことかしら!?何があったの」

「はっ。報告します。調査に出した陽光聖典が全滅しました」

 

「確か例の件を調査させていたわね」

「はっ。そこを中心に螺旋状に被害が出ています。これがその地図です」

 そう言って伝令が渡してきた報告書を受け取る。その中に被害が出た地域の地図があった。

 

「それ程の規模の被害を出すには組織的に動かないと無理でしょうけど……まさか他国の者かしら」

「いえ、それが他国へ送った間者の情報通りであるならばその可能性は低いかと…」

 

「何故?」

「他国の者も同じように調査隊を出しこれらが全滅してるとのことです」

 

「……まるでとぐろを巻いているようね。いや死の竜巻のようね。竜巻……?竜!?」

「どうされましたか?」

 

「……まさか……これは竜!……【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】の復活?」

「!?姫様…だとすればこれは…」

 

「急ぎ緊急会議を行います。彼らを呼ぶ際にこう言いなさい。【魔神】が復活したと!」

 

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

周辺諸国のトップ同士が集まる。各国は再び【魔神】が出現したのではと不安を覚えた。

 

そこで語られるスレイン法国のトップの付き添いで現れた女性により言葉が紡がれる。

 

 

 

 

最後の【魔神】、仮に【魔神王】とでも呼ぶべき存在が現れました。と。

 

 

 

 

各国は騒ぎ出す。【冒険者】たちが討ち漏らしたのでは?いや【魔神】側についたのでは?と。憶測が憶測を呼び、それは尾ひれをつけて収集がつかなくなっていく。このままでは不味いと感じ、ヨミは語る。

 

 

 

 

「【冒険者】たちを再び集めましょう。彼らの力を借り、今度こそ全てを終わりに致しましょう」

 

 

 

 

反対意見が無かった訳ではない。だが誰もが分かっていた。【魔神】の暴走により各国は危機的状況に陥った。未だに復興していない国も多い。そんな中再び脅威が現れたと知ったら次こそ収集がつかなくなる。国民の不満が爆発し自分たちの国で国家転覆が起きてもおかしくはないのだ。ゆえに何のしがらみも、表向きは国家に不干渉な【冒険者】を使うのが最もダメージが少なく得るものが多いのだ。それに万が一は彼らを切り捨てる、もしくは敵として扱い国家をコントロールしてもいい。

 

 

「国民への説明は……すべきではないでしょうな」

「えぇ。その通りです。間違いなくパニックになるでしょうね」

 

 

「偶然にも彼らのリーダーは我がスレイン法国に滞在しています。まずはリーダーに呼びかけ仲間たちを集めてもらいましょう」

「しかしそれでは全てが終わってしまう可能性があるのでは?」

 

 

「そうならないように最善策を打ち出すのです。迅速に行動致しましょう」

 

 

 


 

 

 

 それからの各国の動きは早かった。

 

 各地に散らばった英雄たち。

 

 彼らを全力で支援するという名目で送り出した(・・・・・)

 

 

 

 英雄と呼ばれた彼らは集まり、その数は最後に魔神を討伐した数とほとんど(・・・・)変わらなかった。

 

 三十人を超えるあらゆる種族による集団。

 

 そんな彼らは【神竜】と呼ばれた(スレイン法国では何故か破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)と呼ばれていた)存在を討伐するために、リーダーの提案と導きによってある場所(・・・・)へと向かった。

 

 それは【八欲王】の伝承で語られる天空に浮かぶ巨大な城塞エリュエンティウであった。

 

 そこで彼らの多くは疑問に思ったことを口に出した。

 

「どうしてリーダーはここに来れたんだ?」

「…俺はお前たちに言わなきゃいけないことがある……」

 

 リーダーは自らの正体を語った。即ち自身が【八欲王】のリーダーであることを。【八欲王】と【竜王】の戦争の切っ掛けを作ってしまったことを。

 

「騙していたのか!俺たちを!」

「………」

 

「俺の国は【八欲王】のせいで滅びかけた!」

「私の種族はお前たちと同じ種族というだけで迫害を受けた!馬鹿にしてるわ!」

「【魔神】を討伐したい同志だと信じたからこそだ!お前を殺してやる!」

 

 

「悪いがリーダー一人の責任ではない。私のせいでもある」

 そう言って暗黒騎士が仲間たちの動きを抑えた。それを見たツアーは溜息を一つ吐くと尋ねる。

 

「君も自らの正体を見せるつもりかい?」

「あぁ。もう私の正体など彼らには関係ないだろう……」

 そう言って暗黒騎士はヘルムを脱いだ。そこに現れた顔を見て一同は驚きを隠せなかった。

 

「アンデッド……お前アンデッドだったのか!?」

「あぁ。そして本当の名前は……私の本当の名前はスルシャーナだ」

 

「はっ!?えっ……どういうことだ?」

「やはりそういうことじじゃったか。通りで【魔神】にやたらと詳しかった訳じゃな」

「あぁ。その通りだ、イジャニーヤ。みんなには長い話になるが話そう」

 

 スルシャーナも自身の正体を隠していたことを侘び、謝罪する。そこで話が終わろうとした時であった。

 

 

「そしてついでに言うがツアーの正体は……」

「!?スルシャーナ!?君!?」

 スルシャーナの口から語られるはツアーの正体。それに驚く仲間たち。「騙された」とチクチク言う老婆もいた。

 

 

 

スルシャーナがツアーの正体をバラしたのはリーダーへの関心を逸らすためであったのだがそれはどうやら思うようにいったようであった。既に場は怒りや悲しみよりも衝撃が上回っており、ある意味では悪い雰囲気はリセットされたようだった。

 

 

 

「まぁ……この際もうお前たちが何者であったかなんてどうでもいい。今回の一件は【魔神】とは関係無いんだろう?」

「あぁ。今回の一件は私の国では【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】と呼ばれている脅威が原因だ」

 

「?聞いたことない存在だが、そんな竜王が本当に存在するのか?」

「あぁ。正確には竜王、もしくはそれに匹敵するような脅威を指す単語だ。お前たちも嵐や地震を『天災』と表現するだろう。アレと同じだ。私たちの国では天災を起こせる程の力を持ち、話し合いで解決できない存在、それをそう表現している。だから正確には【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】の一体、もしくは一人とでも表現するのが妥当だ」

 

「成程な。それならお前たちは何故ここまで連れてきた?」

「リーダー……そろそろい話せ」

「あぁ。今からお前たちにこのエリュエンティウにあるマジックアイテムを貸し出す。だから俺たちと共に戦ってほしい」

 

 

 


 

 

 

 【十三英雄】最後の敵【神竜】。

 

 強大な力を持つその竜王は【十三英雄】の多くを亡き者にした。

 

 ある者は尻尾による打撃で、

 

 ある者は爪による斬撃で、

 

 ある者は全てを消し去るブレスによって。

 

 それでも彼らは戦った。自分たちの大事なものの為に。

 

 

 

 ブレスを受けて鎧ごと吹き飛んだツアー。

 

 神竜の操るアンデッドを使役しようと試み反撃を受けて気絶したリグリット。

 

 

 トネリコの杖を振るい多大なダメージを与えたカイジャリ。

 

 だが彼は神竜による打撃で気絶してしまう。

 

 

 スレイン法国から派遣された女、彼女に貸し出された角笛。

 

 彼女はそれを吹いた。すると曇天の雲が開いて光が差し、九体の女神がたちまち現れた。

 

 

 

 

「ふん、女神?……下らん」

 だが神竜は目を見開いた。九体の女神の姿がたちまち九人の戦士に変化したからだ。

 

 いや正確にはその内の二人の戦士を見て驚愕を隠せなかったからだ。

 

 

「まさか……何故……お前たちは……」

 視線の先にいたのはかつて六柱の神と評された者たち含む七人の戦士ではなく、残った二人の戦士。つまり【純銀】の戦士と【黄金】の戦士がいたからであった。

 

 

神竜に周りを飛び交う九人の戦士の姿を模した女神。その者たちの放つ最大の攻撃が神竜はその身に受けた。二人の戦士を警戒し過ぎたゆえに脳裏から消えてしまっていた。

 

 

「次元断切」

「次元断切」

「次元断切」

「次元断切」

「次元断切」

「次元断切」

「次元断切」

 

 

左の翼、右の翼、尻尾、左腕、右腕、左足、右足、それぞれを切り落とすように究極の斬撃が振るわれる。巨大だったはずの肉体はあっという間に小さくなった。翼を失い地上へと落下していく体。それが重量感ある肉体を地面に容赦なく突き落とす。

 

 

「ぐぉぉぉぉっ!」

 だが神竜が最大に警戒したのはやはり【純銀】と【黄金】の二人の戦士だ。地上へと落下した神竜はその戦士が振るう武器を警戒したが既に遅かった。自身の感知よりも早いその二つの一撃を何の抵抗もなく受けてしまう。

 

 

「次元断切!」

「次元断切」

 

 

 

純銀の鎧の戦士の剣が神竜の上半身と下半身を引き裂くように横に振るい、それに合わせるように黄金の戦士の大剣が左右を引き裂くように一撃を振るった。それは巨大な十字架を描くようにした斬撃。それによって神竜の視界がズレる。

 

 

「がっ!何故奴らが!?奴らは五百年前に!」

自身の肉体をバラバラにされた神竜だったが辛うじて生きていた。既に致命傷とでも言うべきダメージを受けていたがそれでも生きていたのはドラゴンの肉体によるものが大きいだろう。

 

 

 

「汚物めぇぇぇっ!!」

 神竜はあらゆるものを消し去る自身の最強のブレスを吐いた。召喚された戦士の九人が消え去る。そのブレスの先にいたのはリーダーであった。リーダーは神竜に止めを刺そうと最強の一撃を振るおうとしていた。

 

 

 

「カイズ!」

 その間に入ったスルシャーナ。兜は既に砕けその正体が露わになっていた。

 

 

「次元断層!」

 万物を防ぐそれが神竜のブレスを防ぐ。だがブレスを吐く時間が長すぎる。

 

 

(くっ……こいつ相打ち覚悟でブレスを連続して吐いてやがる!このままじゃ全滅だ!)

 スルシャーナの背後には仲間たち。このブレスを通してしまえば全滅してしまう局面であった。

 

 

「貴様ぁ!スルシャーナぁぁぁ!」

「やれぇぇっ!カイズ!」

 

「けど!」

「相棒!」

 

 

 

 リーダーは涙を流しながら剣を振り下ろした。

 

 それは巨大な緋色に輝く一閃。

 

 その最後の一撃は間に入ったスルシャーナを飲み込み、そのままブレスを押していき……。

 

 

(あぁこれで……やっと……)

 そう思って微笑んだ。目の前にいる存在のことすら忘れていた。『神竜』と共に緋色の光に飲み込まれる。スルシャーナの肉体が緋色の光に飲み込まれていく。肉体が吹き飛び上半身が後ろへと回転する。そこで見た景色は……

 

 

 

 

(……そうか。そうだったんだ)

視界に映るは仲間たち。涙を流すリーダー、額から血を流し気絶しているリグリット、この場にいないツアー、その他大勢の仲間たち。

 

 

(みんな一つに、集まって生きて、必死に抗って………)

人間種、亜人種、異形種と多く……。

 

 

(もう十分だ。とても小さいが確かにそこに国はあったんだ)

 夢は叶わない。人間を愛せない自分ではもう不可能だと、ずっとそう考えていた。だが今なら……今だからこそ分かった。

 

 

(俺の夢はもう……叶ってたんだ。)

緋色の光に飲み込まれていく。自身の体の崩壊が加速していく。

 

 

 

 

そこにあった理想郷(十三英雄)を見てスルシャーナは微笑んだ。

 

 

(ありがとう。カイズ。俺の(十三英雄)を守ってくれて……ありが…)

 

 

 


 

 

 

 意識を失っていたリグリットが目を覚ました。

 

「終わった?『神竜』を倒したのか!?」

 

「……」

 

リーダーの無事を確認し一先ず安心した。だがすぐに違和感を覚える。どこを見てもツアーや暗黒騎士がいないのだ。意識を失う前は確かにいたはずだ。ツアーは分かる。だが暗黒騎士は……。

 

 

 

 

「兄貴!やったんだな」

「……」

 先ほどまで気絶していたカイジャリがリーダーに駆け寄る。背中しか見せていないリーダーの肩を叩く。

 

 

「リーダー?」

 何故リーダーは背中しか見せない。微動だにしていなかった。それにその横で血塗れで倒れている仲間である聖魔術師に視線を向けた。妙な違和感を覚える。彼女はまだ生きていたはずだ。彼女のその姿はまるで袈裟切りを受けたような傷跡があって……。しかもその手には蘇生用のマジックアイテムが握られていて……。

 

 

「カイジャリ!離れろ!」

「どうしたんだ?リグリット。なぁ兄……っ」

 リグリットは目を疑った。百年以上共に生きた己の目をかつてない程疑ったのだ。悪寒を感じた瞬間、すぐに仲間を引き離すべきだったのだ。

 

 

 

 

 目の前にいるリーダーが……

 

 

 

 

 

 

 

 

仲間の(・・・)カイジャリの胴体を切断したからだ。

 

鮮血が吹き出し、周囲一帯を赤く染めた。周囲一帯に飛び散った鮮血はまるで大きな疑問符のようであった。

 

 

 

 

「リー…ダー?」

 震える声のリグリット。その呼び掛けに反応するようにリーダーは身体をこちらへと向けた。

 

 

 

 

----『お前の夢を守らせてくれ。カイジャリ』----

 

かつて優しい笑みを浮かべキザなセリフを言った自分に照れたのか頬は赤かった。

 

だが今は顔に噴き出た鮮血を浴び赤く染まっていた。

 

 

 

 

(リーダー…お前…)

 

口元は笑い、表情は歪み、瞳からは涙が溢れていた。

 

それはかつていたスレイン法国、そして【魔神】たちが見せていた表情でもあった。

 

 

 

 

(ぬし、心が壊れてしまって……)

 

 

 

 

 

「あぁ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!!」

 突然奇声を上げた者がいた。それはリグリットの目の前にいた人物であった。

 

 

 

 

----『俺たちと来るか?リグリット』----

 

 かつて自分たちに差し伸べられた手。その優しい手によって多くの仲間たちは救われた。

 

だが今やその手には剣が握られ、無慈悲にリグリットの腹部を突き刺した。

 

 

 

 

「あぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 もうそれは誰の叫びかすら分からなかった。

 

 

 

 

誰よりも弱く傷つきながら剣を振るい誰よりも強くなった英雄。

 

そんな強くなった彼が今や自分たちに剣を振るっていた。

 

 

 

「全員逃げろぉぉぉ!!!」

 リグリットは叫んだ。反射的に横に動いたおかげで内臓を避けて致命傷は避けていた。だが腹部に走る様々な感覚が冷静さを奪う。今思えばこの時自分は叫ぶべきではなかったかもしれない。その声に反応した様にリーダーがリグリットに向かって再び剣を振り上げた。

 

何度も見た袈裟切りの構え。【魔神】との戦闘の際に必ず見たその動きは仲間たちの意識を高揚させ鼓舞した。さならが希望の象徴であった。

 

だが今やその構えは……。

 

 

 

「ぬしは一人で背負い過ぎたんじゃ」

 リグリットは瞳を閉じた。

 

 

 

「<デスナイト>ぉぉ!!」

 デスナイトがリグリットの影から現れ召喚主であるリグリットを守ろうとフランベルジュを振るった。

 

 

 

 

 だがその攻撃を何も握られていない左手で掴まれた。その直後デスナイトの上半身が吹き飛んだ。

 

 

 

「あが……あぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 リーダーの喉が避けたのか口から叫びと共に鮮血が飛び出る。

 

 

 

その背後に一人の巨人がいた。

 

 

「止まれ!!」

 エアジャイアントの戦士長は斧を振るう。巨大な旋風がリーダーを襲い意識を刈り取ろうとした。

 

「止まってくれぇぇぇっ!!!」

 何度も斧を振るい、意識を奪おうとする。だがリーダーは背後からの攻撃に意識を向けそちらを振り向く。何も映さないその瞳がニッグを捉えた。

 

 

「仲間を殺すなぁぁぁ!!!」

 振るう。とにかく振るった。武技も含めて全てを出し切る。だがそれらは全て無情にも……。

 

 

「あが……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 リーダーの叫び声のみで旋風がかき消された。ニッグはそれでも斧を振るおうとして……。

 

「がっ!」

 ニッグの喉元を剣が貫いた。だが手放しそうになる意識を何とか保ち、剣を掴むその腕を掴んだ。

 

 

(放すか!絶対に放さない!お前の腕を折るまでは!)

 ニッグの抵抗にリーダーは剣を両手で抜こうとする。しかし巨人の優れた腕力によって動きが止まってしまう。

 

 

 

(不味い……このままじゃ)

ニッグが腕力に全精力を込めたと同時に急激に意識が失いそうになる。だがリーダーの背後にいる存在に気付くと再び腕力に全てを込めた。

 

 

リーダーの背後にいたのはイジャニーヤ。イジャニーヤの持つ刀がリーダーの脳天めがけて振り下ろされる。

 

だがリーダーは剣を持つ左腕を放す。そのまま背後に飛んでいたイジャニーヤの首を掴む。奇襲に失敗したイジャニーヤはすぐさま刀を引いた。リーダーの左腕の血管が浮き出る。

 

 

(こやつ!わしの首の骨を折る気か!)

イジャニーヤはリーダーの狙いに気付き自身に残された時間は少ないことを察した。すると持っていた刀でリーダーの左目を貫いた。

 

 

「あがぁぁぁぁ…あぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

 激痛からか叫ぶリーダーはそのままイジャニーヤの首の骨を折った。ボキっと不快な音が二つ同時に(・・・・・)に周囲に広がる。

 

 

「!!」

 ニッグは最後の力を込めてリーダーの腕の骨を折ることに成功した。だがリーダーは叫ぶとニッグを持った腕をそのまま地面に叩きつけた。まだ辛うじて意識を保っていたニッグを使い物にならなくなった右腕とイジャニーヤを掴んだままの左腕で殴りつけた。

 

何度も……何度も……。

 

血が吹き出し、肉が裂け、骨が見えても……。

 

何度も何度も……。

 

ニッグが死に、至る所が折れていたイジャニーヤを投げ捨てた。そして左腕で剣を掴んだ。

 

 

 

 

そんなリーダーに向かって鎌を振るう女が一人いた。スレイン法国から派遣された彼女のその一撃にリーダーは回避しようとするも左耳にかすりそのまま左腕が空中には弾けるようにして飛んでいく。だがそんな状況になってもリーダーは叫び剣を振るう。

 

 

「くっ…殺すぞ」

女は鎌で防御するように構えたが遅かったのだ。

 

リーダーが剣を振るって切断しようとしたのは両足であった。

 

 

女はそれに気付き激痛を緩和しようと叫び太腿より上の部分だけで鎌を振り上げた。

 

だがリーダーは今度はその両腕を切断するように横に一閃。

 

女は両腕両足を僅か数秒で失った。腰にぶら下げていた角笛が地面に落ちる。

 

 

 

「あぁぁぁぁぁ!!」

 女の叫びに反応したのは女の近くにいたエルフの王族の仲間であった。

 

 

「落ち着くのだ。俺が貴様を助ける」

 そう言って軽くなった(・・・・・)女をエルフの男は大事そうに抱きしめると一言叫んだ。

 

 

「リグリット!!」

「わかっておる!」

 

リーダーに向かって剣を振るうリグリットがいた。だがその奇襲も失敗。リーダーの意識は完全にリグリットに向かった。

 

 

「あやつらだけでも助かればよいが……」

「あががががっぁぁぁぁ」

 

 

リーダーはリグリットに向かって剣を振るう。それを見て構えたリグリットは何とか彼らだけでも逃そうと時間稼ぎをすることを決める。

 

 

それから十秒にも満たない攻防が繰り返された。他の仲間たちが凶刃の前にバタバタと倒れていく。

 

召喚する。攻撃される。消滅する。もう体力も魔力も限界になったリグリットは地面に伏した。

 

 

 

再び剣を振るうリーダー。倒れたリグリットに目も向けず、既に周囲に誰も立ってない(・・・・・・)のに剣を振り回す姿はまるで何かを探しているよう(・・・・・・)だった。

 

 

そんなリーダーに飛んでいく三本の武器。

 

 

刀。リーダーの左肩を貫いた。

 

大剣。リーダーの腹部を貫いた。

 

ハンマー。リーダーの頭蓋を砕いた。

 

リーダーが地面に両膝を着いた。持っていた剣が地面に当たりカランと金属音を響かせる。

 

 

 

 

「リーダー!」

「?……っ!」

 先程のツアーからの攻撃によりリーダーの瞳に光が戻る。だがそれは……。

 

理性を失っていたリーダーが自分の犯したことに気づいてしまった。

 

周囲を見ても血や死体が溢れていた。

 

 

 

「あ……あ……あっぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 リーダーの瞳から大粒の涙が溢れ出す。その瞳に冷たい何かが宿ったのをツアーは見逃さなかった。

 

 

(あぁなってはおもう手遅れだ。このままでは【世界の敵】になってしまう。僕が世界を守らなくては!)

 ツアーは覚悟を決めてリーダーに接近する。

 

 その瞬間、ツアーの鎧が血に染まった。

 

 

「えっ……」

 それは誰の声だっただろうか。少なくともリーダーでないのは確かだった。何故ならリーダーの喉には自身の武器が突き刺さっていたからだ。そこから噴水の如くの鮮血が辺り一面を赤く染めた。血の勢いに流されて剣が地面に落ちた。

 

リグリットはそんなリーダーの顔を、口元を見てしまった。

 

幻聴の類かもしれない。だが確かに裂けた喉でそう言ったのだ。

 

 

 

 

「スルシャーナぁ……」

 

 

 

ツアーは剣を拾い上げると、鎧を震わせながら剣を振り下ろした。

 

 

リーダーの首が切り落とされた。

 

 

 

 

辺りに静寂が広がる。

 

 

 

「………」

「………」

ツアーもリグリットも、他の生き残ったメンバーも誰も何も言わなかった。

いや言えなかった。

 

 

 

【英雄】の物語がこんな形で幕を閉じるなどと誰が想像できただろうか。

 

 最大の英雄が魔神と化し、それを討伐した者たち。

 

 そこに希望はないのだ。

 

 

 

 

 夢が壊れて、絶望だけが残されたなんて。

 

 この場にいる(・・・・・・)誰が想像できただろうか。

 

 

 


 

 

 

スルシャーナの亡き後、第一の従者たるヨミは眠った。

 

「スルシャーナ様がお帰りになるまでは起こさないで下さい」

 

スルシャーナのために用意されていた棺の中に彼女は眠った。

 

せめて夢の中で会えることを祈るだけだ。

 

 

 

 

 

スレイン法国から派遣された彼女とエルフの仲間が【十三英雄】の元に帰ることは決して無かった。

 

二人が無事なのかすら分からない。

 

だが二人が無事だろうが、事の顛末を告げるのは心苦しかった。

 

何も知らない方が幸せかもしれないのだから。

 

 

 

 

【十三英雄】の仲間たちの中には蘇生を拒否する者も多かった。それは絶望ゆえからだろう。

 

もうこれ以上の絶望を見たくない。彼らの多くが目を覚ますことは無かった。

 

 

 

残った者たちは全ての真相を語ることはしなかった。だが皆、一つだけ共通していることがあった。リーダーと暗黒騎士の秘密とその最期であった。

 

 

 

 

一通りの事を終えたツアーとリグリット。多くの仲間を故郷に戻るように告げた。

 

彼らはただ黙して帰郷した。

 

 

 

「リグリット……」

「何じゃツアー」

 

「……これからは僕が世界を守るよ」

「リーダーやスルシャーナの代わりにか」

 

「いや……彼らの代わりとしてではなく、ただ一体の竜王としてだ」

「そうか……【英雄】として守る訳ではないのか」

 

「あぁ。僕は【英雄】じゃない。神や王でもない。ただのドラゴンだ」

「……おぬしまで背負い過ぎるなよ。ツアー、必要とあらばわしを使えよ」

 

「あぁ。その時は頼らせてもらうよ。リグリット」

「あぁ。それまではしばしの別れじゃな。ツアー」

 去っていく仲間の姿を見てツアーは一言呟く。

 

 

 

「そうだ。僕が世界を守るしかないんだ。リーダーもスルシャーナもいないのだから………」

 白銀の鎧のツアー。その右腕にはリーダーの遺品である剣が握られていた。

 

 

 

「世界を守るんだ。悪しき【流星の子】から。リーダーとスルシャーナが守ろうとしたこの世界を!」

 

 

 

◆ ◆ ◆ 

 

◆ ◆ ◆ 

 

 

とある教会 壊れたステンドグラスがある場所

 

 

 

 そこで赤い服に身を纏う仮面の男と全身を白い貴人服に包む女がいた。

 

 

 

「『神竜』が討たれました」

「そうですか……所詮は失敗作でしたか」

 

 

「えぇ。ですがこれでよかったのですか?」

「何がですか?」

 

 

「計画通り【八欲王】と【六大神】の生き残りを完全に排除できました。あの例の角笛の効果も確認出来ました」

「というとやはり効果は私の言った通りでしたか?」

 

「えぇ。九人の戦士の姿を確認しました。その中に我らにとって最大の脅威たる戦士の姿もありました」

「…【純銀の聖騎士】。やはり世界に選ばれた戦士である彼は……未だに祝福を失ってはいない。その証拠にあの角笛で彼を模した戦女神が召喚された。それが確認できただけでもよしとしますか」

 

「…【黄金】の戦士の方はよろしいので?見たところ【純銀】とほぼ同格に見えましたが…」

「そちらは問題ありません。アレが敵になる(・・・・・・)ことは絶対にありえせまんから」

 

「あの戦士は確か……あぁ、そうでしたね。そういうことですか。ヤルダバオト様」

「えぇ。その通りです。ラスト。何も問題ありません」

 

 

「それでは、いよいよ次の段階に移るのですか?」

「えぇ。邪魔な第一の従者は眠りました。そろそろスレイン法国を影から支配いたしましょう。【新世界】の為に」

 

 

 そこで世界は消失した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





※注意※

十三英雄関連の情報は次回に書きます。
すみません。投稿するペースを上げるためです。


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手の中にあるもの

 

目を開けるとそこにはツアーとリグリットがいた。場所は変わらず二階にあるモモンの寝室だった。

 

記憶の中に入る前と状況が同じだったことから今回は倒れるようなことにはならなかったようだ。ナーベもおらず、シズやハムスケもいないこの状況で親しくもない人物に介抱されるののは正直言って避けたかったのだ。

 

 

「……戻ってこれたようじゃな」

「そのようだね。それでモモン、僕たちに何か言いたいことはあるかい?」

 

 

「…【十三英雄】のリーダー…彼は確かに絶望の果てに自ら命を絶とうとした(・・・・・・)

「………あぁ。その通りだよ」

 モモンはそう言ってツアーを見る。その理由を察したツアーは頭を下げる。どこか遠くにいるであろう人物に向けての謝罪だろう。

 

「だが【暗黒騎士】……いやスルシャーナと言うべきか……少なくとも彼は絶望して死んだ訳じゃない」

「!」

「おぬし、それは本当か!?」

 

「あぁ。少なくともコレを通して見た記憶では彼は絶望していなかった。むしろ希望を抱いたまま死を受け入れていた。彼は【十三英雄】という集団に自らの理想の国……理想郷とでも言うべき夢を見ていたことに気付いたんだ。そしてそれをリーダーが守ってきてくれたことに気付き、満足して逝ったようだ」

 

 

「……そうか。スルシャーナが」

「奴め。リーダーといいあの馬鹿といい何故死ななくてはならなかった……」

 

「運命…という言葉で片づけるには人為的過ぎる。誰かに仕組まれていたとしか思えないのだが……」

 そう言ってツアーはモモンに視線を向ける。モモンはそれに答えるように口を開いくことを決める。今までの言動から考えても……いやそれ以上に隣にリグリットがいる間はツアーが身勝手な言動を繰り返すことは無いだろうと判断したからだ。

 

 

「コレを通して見た記憶では【六大神】【八欲王】…そして【十三英雄】。それら全てにある人物が関わっていた」

「してその人物とは誰かな?僕の予想では魔導国の者が怪しいと思っているんだが…」

 ツアーは魔導国の者…そのような言い方をしたが実際はほぼ間違いなくアインズ・ウール・ゴウンその人を怪しいと睨んでいるからなのだろう。

 

 

「いや違う。あの人ではない」

 そこでモモンは言葉を一度区切ると口を開いた。

 

 

「そいつの名前はヤルダバオト。スレイン法国で【破滅の竜王】と呼ばれている存在だ」

 モモンは続けて自身が見た十三英雄に関して知っていることを話した。

 

 そのモモンの言葉にリグリットは何か感じたようでツアーの方へと視線を向けた。

 

「ツアー……おぬしヤルダバオトを知っておったな?いつからだ」

「……すまない。六百年前から存在は知っていた。流石に『神竜』との繋がりは知らなかったが……。しかし【新世界】か…」

 

「?…まぁいいじゃろ。それよりもモモン、一つ聞きたいのじゃが」

「何だ?」

 

「おぬし、おぬしは何故コレの中にある記憶に触れれる?わしが知っている限りツアーだけじゃぞ」

「……」

 

 

「ツアーは分かる。コレを作ったのが父親だから……それで納得は出来る。だがおぬしは違う。おぬしは【竜帝】との繋がりがあるわけでも、ましてや【始原の魔法】を行使できるはずがない。何故じゃ?何故おぬしは……」

「……推測込みの話でいいなら話すが、どうする?」

 そう言ってモモンはツアーに視線を向ける。話していいか?そう尋ねるつもりであった。

 

 

「いいよ。君の好きにするといい。ヒントを与えたのは僕だ」

「分かった。リグリットの言う通り私には【竜帝】との繋がりは無い。それは間違いないさ。だが……」

 そこでモモンは一度言葉を区切る。今からの発言は自身の中でも確信めいたものがあった。だが一度口に出してしまうと何か取り返しのつかないことになるのではという一抹の不安があったのだ。だがそれを喉の奥でグッと飲み込むと口を開いた。

 

 

「私はヴァルキュリアとの間に"ある繋がり"がある。私は前回の時にその繋がりの正体が何なのか確信した」

「その繋がりとは?」

 

 

 

 

「私とヴァルキュリア……彼女とは"血縁関係"だ。それもかなり近しい関係だ」

「!」

 

 

「だが!彼女は神も王もいなかった時代の人物じゃぞ。人間であるおぬしが親戚だとして若すぎる。いやそもそもとっくの昔に死んでないとおかしい」

「私もそこが何故なのか分からない。最低でも七百年前の人物がどうして母親なのかが……」

 

「ツアー、お前は何か知っているか?」

「彼女の胸に突き刺さっている槍は見たかい?古びた槍のことだ」

 

「あぁ。アレが何か関係しているのか?」

「僕も【竜帝】が教えてくれたから知っているんだが、あの槍は【破滅の槍】。とある人物の【罪の象徴】でありその罪深さから【世界一つに匹敵する程の強大なマジックアイテム】になってしまったらしい」

 

「何故そんな槍が彼女に?」

「当時のことを詳細に教えてもらったことはない。僕もまだ産まれたてだったからだろうね。でもあの槍の効果は知っている」

 

「あの槍の効果は対象の完全消滅と聞いてる」

「消滅?死亡とは違うのか?」

 

「根本的に違う。死亡は肉体だけだ。だが消滅は肉体だけじゃない……精神や魂も……それこそ"そこにいた"という記憶そのものすら完全消滅するものらしい」

「だから誰も彼女の存在を知らないのか?…何故彼女がそんなことになっている?」

 

「分からない。だが当時彼女がスレイン法国でその槍を何者かに受けた際、【竜帝】が【始原の魔法】を行使し彼女の精神と魂の一部をソレに込めたということまでは知っている。僕がソレの中に入れたのは【竜帝】が行使した魂と精神の一部が宿っていたからだろうね」

 

 

「……そうか」

「モモン、君も知っていると思うが彼女は七つ目のアレを持っている」

 

「あぁ。そうだな……だが恐らくアレは触れることは出来ないぞ。あの謎の空間の中にしかないだろうから」

「あぁ。だろうね。だが彼女との繋がりを持つ君と、【竜帝】との繋がりを持つ僕がいればそれも可能だ」

 

「本当にそんなことが可能なのか?」

「あぁ。【始原の魔法】……それも最上位に位置する魔法を行使すれば可能だよ。ただし…これを行使するには直接魔法を掛ける必要がある」

 

「直接?……そういうことか。確かにこの場ですぐにいうのは無理だな」

「あぁ。その通りだよ。それに極限まで集中しなくては成功しないだろう。その間に僕と君を守る存在がいてくれなければ安心して行使できない」

 

「偶然かな?私の知っている限り竜王が認める実力者は二人しか知らないのだが…」

「ミータッチとアインズ・ウール・ゴウンだね。確かに彼らなら実力は間違いないだろう。だがミータッチは……恐らく行方不明。アインズ・ウール・ゴウンの方は交流が少しばかりあるが……いやこの際仕方ないか。でもそうなると問題が一つあるね」

 

「あぁ。こちらの問題だな。現在私個人とアインズ・ウール・ゴウンは協力関係には無い。少し前まではその関係もあったんだが…」

「事情は把握していないが……まぁ問題ないだろう。こちらも【破滅の竜王】対策はしているしね」

 

「?そうなのか……」

「あぁ。一応しているさ。奴の言う【新世界】が何かまでは断言できないが……」

 

 

 

「さてと…リグリット、そろそろ帰ろうか」

「うむ……分かった。また会おうモモン」

 

「あぁ。また」

 

そう言って去っていく二人は窓から飛び出た。ここは二階なのだが、恐らく人目を避けてきてくれたのだろう。どんな形であれ今の自分はアダマンタイト級冒険者、見知らぬ存在が訪ねてきたら嫌でも人目についてしまう。ツアー単独ならこうはならないだろう。恐らくリグリットによる気遣いだろう。同じ人間だけあってそういった配慮もしてくれたようだ。モモンはそのことに密かに感謝した。

 

 

 

 

モモンは窓を閉める。

 

 

 

 

振り返る。

 

 

 

 

誰もいなくなった空間だけがあった。

 

 

 

 

それはまるで自分の心境の様で………。

 

 

 

 

「……やっぱり一人は寂しいな」

 

 

 

 

誰よりも献身的で心の支えとなっていた頼れる相棒はいない。

 

 

 

馬鹿ばかりするがどこか憎めない奴もいない。

 

 

 

無表情だが感情豊かなメイドもいない。

 

 

 

みんないなくなった。

 

 

 

 

モモンはふと自分の手の平を見た。

 

 

 

「何もない……俺には何も無いんだな……」

 そんな孤独な男の言葉に反応する者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

----【第七章・ただ一つの正義】 完----

 

 

 

 


 

 

 

 

ネタバレ注意!!

これより先は第七章の投稿した内容を全て見ることをお勧めします!

 

 

 

それではどうぞ!

 

 

 

大前提として

・『リーダー』はかつて『八欲王』のメンバーの一人だった。

・『八欲王』は『運営』もしくは『運営側』のギルド。

と仮定しています。

 

作者個人としては十三英雄最大の疑問は三つです。

『何故十三英雄が魔神を討伐できたか?』と

『何故魔神が暴走したか』

『スレイン法国とツアー、ユグドラシルについて知らなさすぎる』

です。

 

結論として『十三英雄が討伐したのは弱体化した魔神だったから』と

『ギルド武器破壊以外の可能性』を考えています。

以下個人的解釈を説明します。

 

 

【Q1 何故魔神は討伐されたのか? → 魔神のレベルが低かったから】

魔神が六大神の従属神(NPC)だったとして異世界の住民たちに討伐できるレベルにいるとは考えにくいのです。

オーバーロード本編において異世界の住民は基本的にレベルが高くはありません。それは周辺諸国で王国戦士長のガゼフが王国最強と言われたりしていることも確かでしょう。帝国のフールーダのように長生きすることでレベルをある程度上げれた存在もいますがそれでもレベルが高いとは言い難い。例外は法国の漆黒聖典の様なプレイヤーの血を引く者たちぐらいです。ですがそれでもシャルティアの攻撃によって簡単に一人死亡していることからもレベルが高いと判断するのは難しいでしょう。ツアーの様な竜王を除けば強者と呼べるのは隊長と番外席次ぐらいです。つまりプレイヤーかプレイヤーの血を引くような者ぐらいしかレベル100もしくはそれに準ずる強さは持てないのでしょう。恐らく異世界の住民にはレベルキャップの様なものが存在するのでしょう。帝国のワーカーであるアルシェの説明文に「早熟の天才、成長の限界」といった様な説明もあるくらいです。ここから判断するに異世界の住民が100レベル近くレベリング出来る可能性より魔神(NPC)が弱体化したと考えるほうが自然かと思います。

 

 

【Q2 何故魔神(NPC)のレベルが低いか? → ギルド武器を破壊されて時間経過したため】

例えばギルド拠点を守るNPCを配置するとしてわざわざレベル1のNPCを多数用意するでしょうか?NPCを自作出来るギルド拠点のNPC自作ポイントは最低でも700らしいですし、そんな面倒くさいことをするとは考えにくいと思います。アインズ・ウール・ゴウンのナザリック地下大墳墓ほどこだわりを見せなくても、防衛専門のNPCぐらいは配置したくなるのが心情だと思います。防衛手段なんていくらでもあるはずです。それをしなかったとするのはあまりにも防衛という観点からも無茶苦茶です。仮にサービス終了間際にギルド拠点を制圧、NPCを作ったとしても適当にわざわざ作るとは思えません。むしろそうならばロマン溢れるレベル構成などでレベル100になってそうです。となると最初からレベルが低いというのは考えにくいです。となると低くなる理由がなければなりません。それが出来そうなのはギルド武器破壊くらいしか思いつきません。しかしギルド武器を壊されて正気を失う、それ以外の行動に出るとしてもNPCのレベルが最初から低いとは考えにくいです。となるとギルド武器破壊されてから時間経過でレベルダウンしたと考えました。モモンガさんが原作でシャルティアの洗脳を確認する際にコンソールを開いたり、シャルティア蘇生の際にギルドの資金から金貨を用意していることからも『NPC』と『ギルド』は密接な関係であることが伺えます。更にギルドにはペナルティを犯した際に『システム・アリアドネ』という機能が発生しギルド資金が多く減るというものがあります。例えばプレイヤーがいなくなったギルド拠点、またはギルド拠点を維持する費用(ユグドラシル金貨)が不足するなども含むのではないでしょうか。ならばそれらのシステムは何と密接な関係があるのか、私はギルド武器がその役割を果たすのではと考えています。ギルド武器破壊によって拠点に関しての権限を失う。権限を失ったことでギルド拠点の費用などを賄う手段を失い、そのまま三百年経過してギルド拠点そのものやNPCの弱体化……という感じです。こうやってゆっくりしたギルド崩壊もありえるかと思います。もし何かあっても異世界に転移したことによる仕様変更の可能性もありますし。

 

 

【Q3 ギルド武器以外の可能性は? → 所属ギルドの変更】

ギルド武器が理由でNPCが暴走。確かにその可能性は高いと思います。ですがそれ以外の可能性は十分あると思います。それが所属ギルドの変更です。

そもそも六大神の最後の一人が八欲王に放逐もしくは殺害されたのならギルド武器が無事だとは考えにくい。そうなると五百年前に魔神(NPC)が暴走しなくてはならなくなる。では何故ならなかったのか?三百年後にわざわざ破壊する理由もありません。考えられる理由としてギルド武器破壊のタイミングと魔神暴走のタイミングは異なるからではないかと考えました。それならばどういった理由で暴走したか?最後のプレイヤーであろうスルシャーナが死んだすればスルシャーナの蘇生をまず最初に試みるでしょう。その後復讐なり暴走すればいい。でもこの可能性の場合、六百年前に六大神と竜王が取引したことから考えても復讐や暴走をスルシャーナが許すだろうか。正直断言できるだけの理由が見つからない。となるとギルド武器破壊、スルシャーナの死亡以外の可能性を考えるしかない。第一の従者(NPC?)が無事なのもスルシャーナ自身は無事だったから、暴走しなかったとなれば可能性は十分ありえるのでは?と考え思いついたのが『所属ギルドの変更』です。大雑把な表現をすると【六大神】から【八欲王】ギルドへ所属変更した感じです。作中のイビルアイのセリフからもエリュエンティウへはリーダー単独ではなく複数人で向かったように聞こえるので恐らく竜王と取引したこともあるスルシャーナがツアーと共にリーダーについていって向かったとかありそうだなと思います。かつてのギルド拠点へ向かうことをかつて竜王の多くが殺されたツアーがリーダーに許すとは思えませんし。では何故スルシャーナがリーダーのギルドに所属変更したか?これは故意に選択したかどうかは不明ですが、何かしらのメリットを感じる要素がなければ所属ギルド変更は警戒した可能性もあるでしょう。となると自分にとってメリットの多いギルドに所属変更したからではないかと考えています。それはもうワールドチャンピオンのギルドとか運営ぐらいしかなさそうです。

 

 

【Q4 スレイン法国とツアー、ユグドラシル知らなすぎる  → リーダー、スルシャーナから信頼されてなかった可能性】

 スレイン法国とツアーがユグドラシルに関しての情報を知らなさすぎます。特に悪名高いアインズ・ウール・ゴウンについてさえ知らされていないことからも大した情報を教えてもらっていないのは確かです。スルシャーナがツアーに教えていないのは取引という観点からも出し惜しみしていたなどという可能性もありますが、それ以外の部分は全て最初から教えてもらっていないとしか判断できません。そうなると信用されていなかったとしか思えません。そうなるとスレイン法国もツアーも【人類の守護者】【世界の管理者】などとありますがプレイヤーからはあまり受け入れられていなかったのでしょう。裏を返せばリアル世界から転移してきたプレイヤーにとっては異世界人は全て外国人で、リアル世界の住民こそが同郷の存在だった可能性もあります。そうなるとその存在に依存に近い関係とかなりそうです。それこそプレイヤーであるモモンガさんとNPCたちの関係の様に。お互いが心の支えとなってどちらかが死亡すれば残ったほうが廃人、もしくは発狂するとかありそうです。

 

 

-----------------

 

 

 

 

 

ギャラルホルン

 世界級アイテムの一つ。九体の女神を召喚する角笛。ラッパ?

九体の女神とはつまり戦乙女。エインヘリアルを選出した九体の女神が選出した最強の戦士の姿と力を借りて一定時間戦闘に参加する。

つまりワールドチャンピオンを九体召喚するアイテム。

ただし公式武術大会優勝時の装備やクラス構成のまま召喚される人物が登録されているため正確にはワールドチャンピオンではないが、女神の力によって一撃だけ「次元断切」「次元断層」とか使えたりしないかなぁ…。

捏造設定可能な本作では九人の次元断切を神竜が受けたという描写を入れました。

 

 

聖者殺しの槍(ロンギヌス)

 世界級アイテムの一つ。使用者の消滅と引き換えに対象も消滅する槍。

ユグドラシルでは狂った性能のアイテムとして認識されている。

作者の作品では【破滅の槍】の名称で登場。

 

 

始まりの指輪

 世界級アイテムの一つ。本来の名称は■■■。効果は■■■。

作中ではヴァルキュリアが過去に装備していたアイテム。

彼女がとある罪に染まった槍を受けた時に装備していたアイテム。

これを装備していた時、彼女は『ワールド』の祝福を受けていたはず……。

なのに何故か彼女は槍を受けてしまうことになって……完全消滅…?。

彼女が槍を受けてしまったのは【とある人物(・・・・・・)】の存在が理由(・・)です。

原因ではなく『理由』です。ここ大事ですので二回言いますね。

 

 

 

 

 

リーダーが神竜に放した最後の一撃

 リーダーは誰よりも弱かったが誰よりも強くなったとある。

単純なレベルだけじゃないとすれば、それは武器やクラスによるものだと判断します。

武器はギルド武器を使えばいい。となると問題はクラスです。

作中ではリーダーはギルド武器を七つ破壊したということをしています。それによりギルド武器を破壊した者だけがなれるクラスを取得しています。

このクラスはかなり強い攻撃を出せます。

『緋色』という二つ名の独自設定ですので北欧神話らしく世界を燃やした一撃とかだったらかっこいいなと思います。

 

 

 

--------------

クラス

 

 

【ブレイカー】

最大レベル10。ギルド武器を破壊することで取得できるクラス。

取得条件はギルド武器を一度破壊したことがあること。

『破壊者』の名前を冠するだけあって強い。

このクラスはそこそこのプレイヤーが取得していた。

異世界ではギルド武器を三個破壊すればレベル9まで上がるイメージ、後は短期間、単独での破壊などでプラス1する感じです。

 

 

【デストロイヤー】

最大レベル5。ギルド武器を破壊することで取得できるクラス。

条件はブレイカーに比べて厳しく…

①ギルド武器を30日以内に3個破壊

②もしくは累計で5個破壊する

③ギルド武器を装備してギルド拠点に入りギルド武器を1個破壊すること。

これらの一つでも満たすことで選択可能になる。

ただしこのクラスのスキルなどを使用するには必ずギルド武器を装備することが求められる。

異世界においてリーダーはギルド武器を装備したまま全ての条件を満たしたことでこれの最大レベルを取得できた。

ギルド武器を外している間はこのクラスのスキルだけでなくステータス上昇などの恩恵も受けられない。ただし取得したクラスが消える訳ではないのでギルド武器を装備することでそれらを戻すことも可能。

 

 

---------

 

スキル

 

 

天地灰尽(レーヴァティン)

デストロヤーLv5取得で得るスキル。

 とてつもないダメージを与える。ギルド武器を装備した時のみに一日に一回使用可能。

ダメージ量は今までギルド武器で攻撃してきたダメージ、ギルド武器を破壊するに至って与えたダメージの合計値を対象にダメージとして放つ。

武器の形状次第で斬撃か打撃、刺突などと変化する。リーダーの場合は剣だったため斬撃であった。

『神竜』のブレスを押し込めたのも膨大過ぎるダメージ(データ量?)によって強引に押し込んだからである。

消失vs無限という感じですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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--現代3--
ある少年のある物語


 

「……」

 コナー=ホープは本を閉じる。ようやく第七章まで読めた。

 

机の上にそれをゆっくりと置くと凝り固まった体を動かそうと両腕を大きく上げて背中を伸ばした。すると座っている椅子がギシリと音を立てる。二度三度と深呼吸を繰り返す。これは気分を落ち着かせるために必要なことだったからだ。【漆黒の英雄譚】、その物語の続きを読むのにコナーはある意味では覚悟しなくてはならないのである。"あの時"を思い出すからだ。

 

 

 

----『誰かが困ってたら助けるのが当たり前』----

 

 

 

 それは自分や家族、そしてこの街エ・ランテルを救ってくれた大恩人モモンの言葉だ。かつての出来事…"あの時"自分や自分の家族を……そしてこの街の全ての人々を助けてくれた大英雄の言葉だ。

 

 

 

 

"あの時"何も出来なかった。

 

悔しかった。

 

 

 

「すまない。コナー」

"あの時"去っていく父親を止めることが出来なかった。

 

悲しかった。

 

 

 

「ごめんなさい。コナー」

"あの時"泣いている母親を支えることが出来なかった。

 

辛かった。

 

 

 

お前は無力だ。

 

抗う意思など持っても無駄だ。

 

理不尽な状況を壊せない。

 

どんなことをしても世界は変えられない。

 

 

 

 

 

そんな事実を突きつけられたようだった。

 

"あの時"、コナーは何も出来なかった。

 

父も…母も……何一つ守ることが出来なかった。

 

その時、自分の小さな手がどうしようもない程憎かった。誰かに向かって手を伸ばすことも、誰かに向かって剣を振るうことも出来ないその小さな手が憎かった。何よりその小さな手に相応しい自分のその小さな心こそが最も憎かった。

 

 

そんなコナーに出来たのはただ一つの行動だった。それがせめてものの抵抗だと信じて……。

 

 

 

再び右手の中身を見る。

 

剣を振るうようになってから五年。そこにはマメが出来ていた。マメの上から更にマメが出来ており、コナーからすればそれは秘密の勲章である。だが同時に恥でもあった。

 

 

「ははっ…」

 その手の中身を潰すように強く握りしめた。秘密の勲章でも恥でもある。ゆえに何度も自問自答を繰り返す。

 

 

「こんなことで満足するな。まだ足りない……もっとだ。もっと強くならなきゃ!」

 自分が憧れた『英雄』に一歩でも近づくにはこんなことで満足する訳にはいかない。

 

 

 

◇ ◇ ◇ 

 

◇ ◇ ◇ 

 

 

エ・ランテル 訓練場

 

 

 

冒険者組合には訓練場と呼べる部屋がある。組合から少し離れた場所に設けられたこの部屋では戦闘訓練や模擬戦を行えるように周辺に配慮されている。そのため部屋を囲うように(過去のエ・ランテルでは希少とされた金属の)オリハルコンで作られた壁が四枚、正方形状に広がる。外から見たらこの部屋は大した大きさではないのだが、実際にこの空間に入ってみると分かるが"拡大"の"ルーン"によって大きさスペースがある。外から見た空間に比べて三倍は大きい。そのため少々の戦闘行為をしても問題無いような作りとなっている。実際この場には『教官』と呼べる人物の許可さえあれば通常であれば法律違反となる戦闘行為に該当する武器の使用も可能となっている。だが最大のメリットは冒険者以外の存在、冒険者を目指す者たちに対してもここの使用が許可されている点だろう。

 

その訓練場に二人の影があった。コナーとそれに対人戦闘を教える"教官"と呼ばれる人物である。コナーはひょんなことから週に一度の頻度で実戦経験を積ませてもらっている。

 

 

「そろそろ訓練を終わりにしろ」

「いえ教官、続けさせてください」

 

「いやダメだ。これ以上は許可できない。今日はもう体を休めろ」

「しかし!」

 

「体を休めるのも必要なことだ。お前俺に何度この話をさせるつもりだ?"今"の冒険者に求められているのは戦闘能力じゃない」

「…それはそうですが……でも俺は」

 

「言っても無駄か……」

 そう言うと"教官"はコナーの腹部を殴る。鳩尾(みぞおち)に衝撃を受けたコナーは思わず剣を落とし床に崩れ落ちる。

 

 

「いい加減にしろ。お前は焦りすぎだ」

 その言葉を最後にコナーの意識は喪失した。

 

 

 

◇ ◇

 

◇ ◇

 

 

 

コナーは目を覚ますと先ほどと違う空間にいたのが分かった。自身はベッドに寝かせられており、その周囲には同じように清潔そうなベッドや医療器具が置かれている。そこからこの部屋がどこか推測できた。……といってもコナーの場合は何度も来たことがあって既に知っていたのだが……。

 

 

「ここは……医務室?」

「その通りだ」

 

「教官?」

「何でそこまで強くなろうと焦る?"今"の冒険者には分かりやすい"強さ"……戦闘能力を求められていない。それは国内を巡回しているデスナイトを見ていても分かるだろ?」

 

 

「…俺、強くなりたいんです」

「……お前も"あの人"に憧れたクチか…」

 教官の言う"あの人"が誰を指すかはすぐに分かった。

 

「はい。昔、俺はあの人に助けられたんです」

「……そうか。"あの時"のことか……」

 

「俺だけじゃない。俺の母さんも父さんも……この町のみんなが助けられた。あの人のおかげで」

「……分かるさ。あの人のやったことは偉業なんて言葉で語れるものじゃない。もっとずっとすごいことだ」

 

「えぇ。俺はあの時、あの人の強さに憧れました。でもそれ以上に…」

「?」

 

「自分の弱さが悔しかった。何も出来なかった自分に……」

「"あの時"……あぁ、そうか。お前は確か……そうか、そうだったのか。確かに……お前がそれだけ焦るのも分かる気がする」

 

「だから俺強くなりたいんです。『英雄』になって"あの時"みたいなことがあっても今度こそ誰かを守れるようになりたいんです」

「お前は俺に似ているさ。焦り、英雄への憧れ…とかな」

 

「俺が教官に似ている?」

「あぁ。そうだ。そっくりさ。でも一つだけ決定的に違うことがある」

 

「それは一体?」

「お前は若い。まだまだ時間があるんだよ。焦る必要はない」

 

「なら、その時間の分だけ頑張れば俺は少しでも強くなれるんじゃないんですか?」

 コナーのその言葉に教官は大きく溜息を吐いた。『あっ、こいつ分かってないな』という表情を見せながら眉を歪めた。

 

「お前が無理をして怪我でもしてみろ。その時誰がお前の心配をするかよく考えろ」

 

 コナーはハッとした。真っ先に思い浮かんだのが両親だったからだ。

 

「お前が目指す『英雄』というのは自分が守りたいものを心配させてまでなるものなのか?」

「それは……」

 言葉に詰まるコナー。そんなコナーを見て教官は「これは俺の昔話だが…」と口にした。

 

 

「俺はかつて『英雄』にさえなれたらその過程がどんなものであっても構わないと考えていた」

「教官が…ですか?」

 確かに教官がかつて自身が英雄になろうとしていたことは【漆黒の英雄譚】に記されている。だがその詳細までは把握していなかった。物語として記されているだけで実際はそこまで酷くはないだろうと考えていた。それは普段の教官の姿を見ている者なら大半がそう思うことだろう。

 

「あぁ。冒険者をやっていた頃の俺はそのせいで仲間を道具、競争相手を引き摺り下ろすことしか考えていなかった。今考えても相当なクズだったな」

「……」

 

「でも俺もあの人に助けられて……その後にあの人にチャンスを貰えたんだ。『教官』として働かないか?って」

「……ザイトルクワエの時ですか…」

 

「あぁ。その時、俺は思い出したんだ。俺の目指した英雄はこんな人だったんだって……。それから一つの考えにたどり着いたさ」

「それは?」

 

「過程を大事にしない奴は結果に見放される。少なくとも俺はそうだった」

「結果……」

 

「あぁ。お前が英雄を目指す理由を考えろ。そしてそれを大事にしろよ。『英雄になること』じゃなくて『英雄に何故なりたいか』。それをしっかり考えろよ」

「……っ、俺…」

 

 

「その顔…理解したようだな。もう一度だけ言うが今日は休め」

「…はい。ありがとうございました。イグヴァルジ教官」

 コナーが礼を言うと教官ことイグヴァルジは照れ臭そうに微笑みながら医務室を後にした。

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 医務室を後にしたコナーは自宅へと戻っていた。自分のベッドで考え事をしていた。

 

 

「……何故『英雄』になりたいか……か」

 イグヴァルジ教官から言われた言葉が頭から離れない。

 

 

 

「俺が『英雄』になりたい理由は……」

 右手の中身を見る。そこには何も握られていなかった。

 

 

 

 

五年前……

 

コナーのその手には小さな石ころが握られていた。今思えばそれが自分が持った最初の武器だったかもしれない。

 

 

 

 

「誰かを守りたい……。それと多分同じくらいに………」

 コナーはそこでハッとした。

 

 

(そうか!俺はきっと!……)

 コナーはベッドから起き上がり、机に向かう。椅子に座った。

 

 そして【漆黒の英雄譚】を手にした。自分の答えはそこにあるのだ。【第八章・最後の希望】。

 

 

 

 

「俺はきっとこの人みたいに………」

 コナーは本を開いた。そして続きを読み始めた。今ならきっと最後まで読めるはずだ。

 

 

 

 



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第8章【最後の希望】
第八章・あらすじやキャラ紹介のみ


 

 

 

《ストーリー》

 

第七章の続きから……。

 

 聖王国の一件が終わり、亜人たちがエ・ランテルに【冒険者】として暮らし始めてからの話。モモンは都市長パナソレイに呼び出される。そこでモモンは住民からの陳情を聞かされる。

 

 人間は新しく住み始めた亜人の牙や爪や大きな体格に怯え、亜人は新しい地で受け入れてくれない人間たちに対してどう接すべきか困惑していた。そんな中、幼い子供たちは人間や亜人も関係なく遊んでいた。子供たちが仲良くするから大人も仲良くしないといけない…そんな雰囲気が出てき始めた頃、子供たちの些細な喧嘩により亜人の子供が鋭い爪で人間の子供を怪我させてしまい、それの反撃で人間の子供は亜人の子を殴ってしまう。それを境に人間と亜人たちの間に亀裂が走る。

 

 モモンはこの一件を当事者の子供たちに優しく諭し互いに『対等に』謝罪させることで解決した。この一件を境に人間と亜人の架け橋になることをモモンは密かに誓う。パナソレイ都市長やアインザックもこの一件から新しく来た住民として亜人たちを本心から受け入れようと努力することを誓う。

 

 人間と亜人、共存への道がほんの少し見えてきた。

 

 

 

 

----そんな中、パナソレイ都市長宛に王国からの手紙が届く----

 

内容は『近日中に魔導国からの使者が来ること』であった。

 

様々な準備を行う中、モモンにはある不安があった。

 

 

 

エ・ランテルにやってきた一台の馬車。そこから降りた二人の女性。

一人は使者らしき女性。もう一人はメイドであり、その姿はエ・ランテルで誰もが知っている女性ナーベであった。アインズ・ウール・ゴウン魔導国の使者は守護者統括(王国で表現すると宰相)アルベドと名乗った。この街の長たち(英雄長として名誉職を得ているモモンもその場に同席している)が混乱しつつも、アルベドから魔導国の要求を聞くことになる。

 

 

 

「魔導王陛下からのお言葉をお伝えします。『エ・ランテルはアインズ・ウール・ゴウンのかつての領土の一部でした。ゆえに返還して頂きたい。もしそれが叶わぬならば四十日後に武力をもって取り戻す』。以上です」

 

モモンはその言葉を聞きアルベドに勝てるか知るために、大剣に手を掛けようとするもアルベドの向けた視線に圧倒され身動きを取れなくなってしまう。更にナーべから魔法をいつでも行使できるように構えられてしまう。それは下手に動けば攻撃するという意味だった。ナーベの行動に混乱するモモン、それを見て更に困惑する他の長たち。

 

そんな混乱を知らんと言わんばかりにアルベドとナーベは帰還していく。

 

 

 

 

都市長は王都からの手紙を受け取り、その内容を語る。

 

それは王国対魔導国及び帝国の戦争の始まりを意味していた。

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

開戦が近づくにつれてエ・ランテルの住民たちに不安が広がる。

 

それを落ち着かせるために街中で多くの住民に接していくモモン。

 

だが今の自分では【守護者】たちには勝てない程に圧倒的な実力差があることを自覚しており、そのことから修行の一つでもしたがっていた。そんなモモンが冒険者組合から呼ばれると名指しの依頼が来ていることを知る。

 

詳細を聞くと『一日だけ、ある夫婦の護衛』の依頼であった。組合長たちはこれは断るべきと主張するもモモンはこの依頼を受けた。何故ならその依頼人の名前が【セバス・チャン】であったからだ。セバスと再会し、『何故依頼を出したのか?』と問うと『休みを取ったから、貴方の修行に付き合わせてもらう』と二人はトブの大森林へと向かう。

 

そこでモモンはセバスと戦うことになる。様々な武技やその複合技を使ってセバスと戦うモモン。それを同格以上に使いこなすセバス。そしてモモンは【十戒】の一つ【第八のアレ】を使おうとし、セバスから止められてしまう。

 

『その武技を使うのは早すぎる。もし今それを使えば元には戻れない可能性が非常に高い』と警告を受けてしまう。そして続いて『その覚悟があるのですか?』と問われてしまう。何も答えることが出来なかったモモン。

 

修行を終えて本来の依頼(形だけの依頼)を受けセバスが妻だと紹介した女ツアレを護衛する。そんな中、ツアレがとある人物が出会いその感動的な場面を見たモモンは『家族への再会』が果たせなくなるのは辛いことを再認識する。

 

依頼を終えたモモンのセバスは一言『何のために貴方は戦うのですか?』。その言葉にモモンは答えることが出来なかった。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

開戦が間近に迫る中、王都からの軍が駐屯し、エ・ランテルの住民を徴兵していく。

 

徴兵という形で引き裂かれる親子や兄弟、時に強引に徴兵されていく彼らを見てモモンは心を痛めていく。

 

『自分はどうすればいいんだ?ただ見ることしか出来ないのか?』と苦悩する。

 

そんな中、とある家族の父親が徴兵されていく現場を目撃するモモン。徴兵しているのは第一王子のバルブロとその腹心たちであった。泣き崩れる母親、徴兵していくバルブロたちに向けて石を投げる少年。『父さんを返せ』と叫ぶ少年に向けて腹心たちが剣を抜いた。周囲の住民たちも声を挙げる。それが振るわれると少年を庇った母親の背中を切り裂く。その現場を見たモモンはかつての自分と母親を思い出すと飛び出ていた。

 

バルブロや腹心たちの前に姿を見せて殺気のみで追い払ったモモンは少年の母親に向けてポーションを惜しみもなく振りかけた。母親は感謝し少年は謝罪する。モモンは少年に向けて言葉を掛けた。「何故あんなことをした?」それに少年は「父さんに死んでほしくなかった。母さんに笑ってほしかった」と言い、自身の無力さ・悔しさをモモンに告げる。モモンはそれを見て『この少年は自分と同じだ。何も出来なかったあの時の自分と同じだ』と考え、自分が何故戦うかをようやく理解した。

 

モモンは覚悟を決めると懐から白金貨の入った革袋を落とす。それを地面に放り投げると少年に拾うように頼む。疑問に思いながらも拾う少年。モモンはそれを受け取ると周囲の者たちに向けて言い放つ。

 

「これは私のものだ。つい先ほどまで紛失していたのだが。これには一体どれだけの価値がある?」モモンは中身を見せながら言う。

「白金貨百枚くらいはあるんじゃないか」と答える者がいた。

 

「ならば私は礼を言い、謝礼として何割か渡すべきだな」

「モモンさんは一体?」

 

「アダマンタイト級冒険者への依頼料は白金貨何枚ぐらいかな?」

少年は自分も手に渡された白金貨を見て「まさか」と驚く。

 

「冒険者がこれを受け取ることはどういう意味だ?」

「それは……まさか依頼!?」

 

少年と母親、周囲の住民たちの顔色が変わる。

 

 

「エ・ランテルのみんなとその家族や友人を再会させてみせる!これは【漆黒】が受ける最後の依頼だ!」

 

 

周囲に涙する者もいる中、モモンは少年に向けて尋ねる。

 

 

「依頼人である…君の名前は?」

「コナー……。コナー=ホープ」

 

「コナー。…そうか君の父親は衛兵をしているカイルか。良い息子を持ったじゃないか」

「!」

 

去っていくモモンの背中を見てコナーは涙を流し、感謝の言葉を告げた。

 

モモンは自分の分の冒険者プレートをアインザック組合長に強引に渡し、戦場へと向かう。

 

 

 

これが後に語られる【漆黒、最後の依頼】である。

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

モモンは国王ランポッサやレエブン候と再会し、そこで自分が徴兵される代わりにエ・ランテルの住民を全員家に戻すように頼む。

 

これに頭を悩ませるランポッサ。だがヤルダバオトの一件の際にラナー救出されたことを引き合いに出したレエブン候によりモモンの言葉を受け止めたランポッサはこれを受諾。ただし他の貴族たちにも納得させる形を取るため戦場に駆り出すのではなくエ・ランテルの守護に就くという形に落とし込む。モモンはそれを受け入れる。

 

モモンは唯一の徴兵された者として戦争に駆り出されることが決まった。

 

 

開戦。

 

ランポッサとレエブン候をはじめ重要人物は戦士長率いる戦士が護衛につき、兵士として動くのは王都から徴兵された者たちであった。そんな彼らは信じられないものを見続けた。

 

帝国の騎士たちをで無力化していく戦士。

 

そしてモモンは単騎で皇帝を降伏させようと向かうも、そこに魔導国の旗があるのを発見。

 

そこにいたのはアインズ・ウール・ゴウン魔導王その人であった。

 

アインズ・ウール・ゴウンを斬ろうと飛び掛かろうとするも、殺気を感知し後退する。

 

そこにいたのは……全階層守護者であった。

 

『勝てると思っているのか?』と魔導王が尋ねる。

『傷一つすらつけれる気がしない』とモモンは答える。

 

 

勝ち目の無い戦いであることを再認識するモモン。何とかこの状況を打破しようと思考しようとする中、魔導王から衝撃の提案を受ける。

 

『コキュートスと一騎打ちをし、一度でも傷を負わせてみよ。それが出来たら今回我々はエ・ランテルから手を引こう』

多くの守護者が反対する中、コキュートスはこれを受けモモンへ一騎打ちを受けるか問う。

 

モモンの答えは決まっていた。

 

そしてモモンは守護者の一人コキュートスと一騎打ちをすることになる。

 

コキュートスはハルバードを振るい、「参れ」と告げる。

 

 

 

 

戦闘でモモンは『十戒』を行使するもコキュートスにはまるで届かなかった。一度も自分からモモンへと距離を詰めないコキュートス相手にモモンは武技を振るい続けるがそれでも届かない。

 

コキュートスに「勝てないのに戦うのか?」と聞かれ「勝てるから戦うんじゃない。勝たないといけないから戦うんだ」と反論。それを聞いてコキュートスはモモンを強者と認め、ハルバードを仕舞って刀を取り出し「参る」と告げる(この行動はモモンを一人の戦士として認めた証左である)。ゆえにここからコキュートスは自ら距離を詰めて戦うようになる。

 

 

圧倒的な実力差に笑いながらもセバスから禁止されていた十戒の【闘法神鬼(とうほうしんき)】を発動。この武技は精神が崩壊するまで武技を行使し続けることが出来てしまう…というものであった。つまり肉体が耐え切れなくなっても精神を行使武技を発動するため死ぬ可能性が非常に高い(少なくとも今章ではそういう扱い。実際は少し異なる性質を持つ)。

 

モモンはこの時、【黄金の戦士】の姿を見る。

 

最初の数分はコキュートスを驚愕させる。だが現実は空しくコキュートスにはこれすら通用しなかった。それでもあきらめないモモンにコキュートスは両足を氷漬けにし告げる。「何故戦う?お前が誰かを守ってもお前を守るものはどこにもいない。だがお前は一人で戦い抗う。何故だ?」。その言葉にモモンは全てを注いだ一撃を放つ「それは俺しかいないからだ!」。その一撃はコキュートスの体に確かな傷を……。

 

………。

 

全てを振り絞ったモモンは自らの大剣が折れたの認識するよりも、コキュートスによって振るわれた斬撃を受ける。

 

 

折れた刀身を見て自らの敗北を悟る。自分に駆け寄る一人の女性の顔をボンヤリと見ながら…。

 

そしてそのまま立ったまま気絶してしまう。

 

 

 

戦闘が終わり、魔導王に報告するコキュートス。

 

アウラとマーレからコキュートスは勝利したことを褒められるもその表情はどこか……。

『何か言いたいことがあるか?コキュートス』と魔導王が口を開く。

『申し訳ありません。アインズ様。この勝負、私の敗北です』

 そう言って自らの体についた小さな傷を見せるコキュートス。それを見て魔導王はどこか嬉しそうであった。

 

『お前ほどの戦士に傷をつけるとはモモンめ、大した奴じゃないか』

『アインズ様に報告したいことがもう一つあります』

 

『どうした?』

『奴が放った最後の一撃、恐らく無意識の内に出したそれが【次元断切】でした。ですがその…』

 

『まさか"祝福"でも帯びていたか?』

『そのまさかです』

 

『それで奴の"祝福"の色は何色だった?彼やセバスのような色か?それとも案外漆黒か?』

『奴の色は"純銀"でもなく"銀色"ですらありません。ましてや"漆黒"ですらありません』

 

『それでは一体…』

『"黄金"でした。辛うじて見えただけですが、奴の"祝福"の色は"黄金"でした』

 

『!っ』

『何を言っているの!コキュートス、貴方自分が何を言っているのか分かってるのかしら?"黄金"の祝福を持つ男は既に……』

『よい。アルベド。コキュートスが見間違える訳がないだろう。"黄金"というのは正直言って信じられないが……。確かに見たのだなコキュートス』

 

『はっ。この目でしかと見ました』

『……そうか。(となるとやはり【預言者】というのは………)』

 そこで魔導王は一度言葉を区切る。

 

『まぁいい。その件に関しては後に話そう。今は約束を果たすとしよう』

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

 

目を覚ますと自宅(旧バレアレ邸)であった。

 

ベッドで横たわる自分の足元で立っていた存在たちに気付く。ナーベ、シズ、ハムスケの存在に気付く。

 

モモンの意識が戻ったことでシズとハムスケは退出。

 

シズはナーベに対して『理由を言うべき……。察しはつくけど……』と告げて出ていく。

 

ナーベの口から全てを告げられる。

それを聞いてモモンは自らの敗北、無力感に苦しむ。そしてナーベに対して真実を話すように頼み、ナーベはこれに応えた。

 

 

【誰かが困ってたら助けるのが当たり前】……。その言葉の中の"誰か"にモモン自身が含まれていないことを……。

 

それによりナーベが不安を感じていたこと。ホニョペニョコやヤルダバオトの一件でモモンがかなりの無茶をしていたこと、自分が役立てていなかったこと。それらを見てモモンにこれ以上苦しんでほしくなかったこと。もしヤルダバオトやそれのような存在がエ・ランテルを襲えば今の戦力では守り切れずモモンの心に傷を負わせてしまうこと。そしてそれを防ぐには……。

 

魔導国にエ・ランテルを明け渡し、モモンとエ・ランテルを守ってもらうことで全てを守ろうとしたこと。そしてその全ての責を自分一人が負うことを決めていたこと。

 

 

 

モモンはナーベを不安にさせてしまったことを謝罪し、そしてナーベを不安にさせないために、もっと強くなって二度と負けないことを誓うのであった。

 

 

それから一か月後……。

モモンが元気になる頃には、エ・ランテルは魔導国の領土となっていた。

原因として……王都でバルブロ第一王子率いる王への不満を持つ者たちが決起。この決起した反乱軍が王都を制圧。それを戦争より帰還した王国軍が取り戻すもバルブロは王城の隠し場所から【悪魔像】を取り出して悪魔たちを召喚。王都は再びヤルダバオトに襲撃され、余裕をなくした王国が魔導国にエ・ランテルを明け渡すことを条件に救援を求めたこと。それに答える形で魔導国が王都を救援しエ・ランテルを手に入れたこと。バルブロがどこかへ消えたことなど。

 

そんな話を聞いた時、

自らの戦った意味が果たして何なのか分からくなってしまった。

 

だが町の者たちが自分の姿を見て笑いかけたりするのを見て、きっと無駄ではなかったんだ。

そう思うことにし、モモンは一つの決意をし、街の中を歩きだした。

 

『もう二度と負けない。もう二度と奪わせやしない』

『俺は誰よりも強くなる。どんな相手でも助けてみせる』

『誰かが困ってたら助けるのが当たり前……そう胸を張って言えるように』

 

 

【漆黒の英雄譚】【第二部】 完

 

 

 

 

 


 

 

 

《キャラ紹介》

 

 

 モモン

 

【漆黒】のリーダー。

人間と亜人の喧嘩を解決した際に、架け橋になることを宣言する。

魔導国からの使者でアルベド、そのメイドのナーベを見て動揺し『戦うことが本当に正しいのか、ナーベを助けたい。だがナーベを斬らねばエ・ランテルを守れない』と自問自答を繰り返し苦悩する。刻一刻に迫る開戦までの間にかつて戦ったシャルティアのことを思い出し『守護者には勝てない』ことを再認識、エ・ランテルの住民からの期待の眼差しなどが原因で板挟みになり葛藤・苦悩してしまう。(その際に『私がみんなを助けるから誰か私を助けてくれ』は大英雄の苦悩を表すあまりに有名な言葉となった。)

 開戦前にて王都から来た貴族により徴兵されていく住民を見ながら、戦闘に参加できないことに苦しみながらもどこか安心感を得ている自分に気が付く。だがこの貴族の徴兵を邪魔したことでエ・ランテルの子供が斬られるのを庇い母親が負傷した姿を見て、貴族を威圧しこれを止めた。そしてその子供の口からかつて自分が体験した想いを吐露されたことで自分が何をすべきかを理解。モモンは少年の目の前で金貨を落としそれを拾ってくれと言い、それを受け取り、周囲の住民に「冒険者に金貨を渡す意味が分かるか?」と住民に問う。その答えは「依頼」だった。モモンは戦争に参加するために自らの地位を証明するアダマンタイトのプレートを少年に渡し「組合長に返しておいてくれ」と言い、「必ず君たち家族を再会させてみせる」と宣言。単騎で王都からの軍がいる場所へ向かった。そして「自分が一人で戦うからエ・ランテルの徴兵を自分一人だけにしてほしい」とランポッサに直談判。悩むランポッサだったがかつての恩からレエブン候がこれを受け入れるべきと進言したことでエ・ランテルで徴兵された全ての住民は家に帰る約束をさせる。(後に【平和の使者】の異名を持つモモンの偉業【漆黒、最後の依頼】である)

 開戦後、帝国のトップである皇帝ジルクリフに降伏させようと単騎で向かうも魔導国の旗を発見。そこにいた人物アインズ・ウール・ゴウン魔導王に向かって攻撃しようとするも殺気を感知。【アルベド】【シャルティア】【アウラ】【マーレ】【デミウルゴス】【セバス】そして【コキュートス】(つまり全【階層守護者】)たちによって動きを止められてしまう。そんな中、アインズ・ウール・ゴウン魔導王により『コキュートスと戦い、傷を一つでもつけることが出来たら進軍を止めよう』と条件付きの一騎打ちを受けさせられる(徴兵されているモモンの立場上受けるしかなく、また全階層守護者を相手するよりも一人の階層守護者を相手した方がまだ辛うじて勝率があるためである)。モモンはこれを受け一騎打ちを受け入れた。コキュートスはハルバードを取り出し「参れ」と告げる。結果敗北する。

 終戦後、ナーベの口から真実を聞き、自らの弱さを再認識。二度と負けないこと、もっと強くなることを誓った。

実はコキュートスによって負わされた傷は回復魔法などで塞ぐことも出来たがモモンはこれを拒否。これを戒めとして今後消すことは無かった。

 

 

 

 

ナーベ

 

元【漆黒】のメンバー。

 前章では何故かモモンと決別した。だが今章でその理由が判明。

その理由としてモモンにこれ以上の無茶をさせないこと(死んでしまうため)、エ・ランテルを明け渡し魔導国の領土にすることでこれをヤルダバオトやそれに近いものから守ろうとしたこと(現段階のエ・ランテルではこれを守れる戦力がモモン以外がいないため)。そのためにアルベドと共に都市長の元へ会談した際は売国奴、悪女などと一般市民から言われてしまう(実際ナーベはこれを予期し、全ての悪名や責を負うつもりであった)。

 終戦後、モモンへ真実を話し、去ろうとする(エ・ランテルが魔導国の領土になった以上、そこに属する冒険者のモモンも魔導国によって守られることになるだろうと判断したから)。だがモモンに止められ、抱きしめられた際に『誰よりも強くなって二度と負けない』『もうお前を困らせないぐらい、助けられるぐらい強くなる』『だからもう二度といなくならないでほしい』と言われ涙を流す。その後どうなったかは不明。だが少なくとも魔導国の元で働いている模様。

 余談だがこの時モモンがナーベを止めねばナーベは二度とモモンの元へ戻ることなく、魔導国からも去るつもりであったと後に語る(一部の識者曰く、裏切り者としての自分はモモンには相応しくないと考え、自決しようとしていたのではないかという推察されている程)。

 

 

 

 

シズ

 

【漆黒】のメイド。

聖王国でネイア・バラハと共に亜人たちと戦争していたが、どういう訳が亜人の軍勢の勢いがなくなったこと、モモンが単騎で戦争を止めよとうとしていたことを知り、ネイアからの提案もあって一度エ・ランテルに戻ることになる。

その際にモモンとコキュートスが戦う中、それに加わろうとするもこれをナーベによって止められる。交戦中に会話をしていく中でナーベの心の奥底に隠された本心に気付き、それを指摘。指摘し動揺したナーベを戦闘不能に追い込もうとするも反対に戦闘不能にされてしまう。

※前章でシズが聖王国に残らずエ・ランテルに戻っていればシズが事実上のヒロインになってしまっていた可能性が高い程活躍してしまう予定だった。そのため前章でシズがいなくなる必要があったという経緯があります。

 

 

ハムスケ

 

【漆黒】の騎獣。

聖王国からエ・ランテルまで戻れたのはハムスケの移動速度があったためであり、その後は体力が尽きて行動不能になってしまう。

出番は多いが、メインキャラクターでないため詳細は記載なし。

 

 

 

 

 

コキュートス

 

 【守護者】の一人。

モモンとの一騎打ちを受け、戦いの中で強くなっていく彼を戦士として認め、やがて強者として認めた。

最後は自らの問いに対して力強い答えと同時に放たれた斬撃の【次元断切】を見て"思わず全速力で"斬撃を振るいモモンを倒した。

その後、魔導王に自ら見たものを伝え、モモンを改めて【流星の子】として期待と警戒をするようになる。

※モモンが傷一つつけれぬ存在が【守護者】なら、【守護者】が傷一つつけれぬ存在が【ミータッチ】である。

 

 

 

アインズ・ウール・ゴウン

 

 【魔導王】その人。

コキュートスとモモンの一騎打ちを提案。決着後コキュートスからの報告を聞きモモンへの期待と警戒を高めた。

コキュートスから聞いた"黄金"の祝福について何かを知っているようなのだが……。

王都より救援を求められた際はランポッサに応える形でヤルダバオト率いる悪魔の軍勢と戦闘。これらを殲滅した(ただし【憤怒】と呼ばれる存在の出現によりヤルダバオトには逃げられてしまう)。その謝礼としてエ・ランテルを得る。

 エ・ランテルを得ると、【英雄長】という役職を正式に(今までは名誉職だった)モモンに授与し、今後は【守護者】の下と都市長の上に存在する「調停役」謙「法の番人」として働いてもらおうとアルベド、デミウルゴスに考えていることを告げる。

 

 

 

 

黄金の戦士

 

 謎の人物。

モモンがコキュートスとの闘いで見た謎の戦士。

あまりの疲労や苦痛からモモンは幻覚だと認識していたが……。

詳細不明。ただし魔導王や守護者たちからは何故か知られている。

その正体は……。

 

 

--------

 

 

アインザック

 

 冒険者組合長。

前章では年の功からかナーベが何故モモンと決別し魔導国についたか理解していた。そのためナーベがアルベドのメイドとして会談に同席した際はナーベに対して『自分を犠牲にしたやり方で彼は喜ばんよ』と自分なりに助言している。またモモンが自らの冒険者プレートを返還しに来た時は『まるで賢者の贈り物だな』と語り、モモンに向かって『この町の住民としては町の為に戦ってくれと言いたい。だが友人として言わせてもらうならば……自分を犠牲にせずに自分の為に生きてほしい』と告げた。

 

 

 

バルブロ

 

 王国の現国王の第一王子。

ヤルダバオトの一件でモモンが【英雄長】の称号を短剣と共に(実質)授与された時に疑心暗鬼からか父親が後継者を自分以外に指名する可能性を考え、そこを奸臣たちに唆される形で王都にて発起。反乱軍(名称はバルブロ国王軍)を結成、これを従わせ王都を占拠。しかしこれをエ・ランテルより帰還した王国軍により圧倒的な練度の差で蹴散らされると危機感を持ち、王城の隠し部屋にあった【悪魔像】を起動。再びヤルダバオト出現の切っ掛けを作ってしまう。その後はどうなったかは不明。

その後のヤルダバオトの発言から少なくとも生きてはいる模様。

 

 

 

 

 

コナー=ホープ

 

 エ・ランテルに住む少年。両親と住む。

父親が徴兵で連れられた際に貴族に対して石を投げ、これが当たったことで問題に発展。

自分を庇う母親を目の前で斬られ、それを英雄であるモモンに助けられたことで自らの無力さとどう生きるべきかを理解する。

実は後に語られる【漆黒、最後の依頼】という話で登場する少年であり、現代編の主人公だったりする。

父はカイル。町の衛兵で墓地騒動の時にいた衛兵たちのリーダーである男。

母はサラ。自分を庇い背中を斬られた人物。

※カイル、サラ、コナーは作者が昔見た映画のキャラクター名から取っています。ファミリーネームであるホープは「希望」を意味する英語から。

 

 

 

--------

 

 

エルピス

 謎の少女。黒髪黒目。

現代編にて登場。詳細不明。

コナーと出会う。しゃべり方や立ち振る舞いからかなりの良家の令嬢だと思われるが……。

(作者の勝手な想像ですが)口が絶対悪い。ただし天然?

 

 

 

 



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第三部(まとめ)
第三部・ストーリー設定


火を点けろ、燃え残った全てに


AC6 トロコン終えたので…。
燃え残ったものに火を点けてみました。
ガトリング大好き。


 

ストーリー 流れ

 

 

エ・ランテルが魔導国の統治下に置かれて数か月後から話は始まる。

 

魔導国は王都で起きた内乱を収めたことで、王国に対して同盟を提案。これを王国側が了承したことで魔導国は帝国だけでなく、王国をも同盟に巻き込む。これにより魔導国は帝国・王国による三国同盟となる。

→圧倒的な軍事力を前に帝国は従う他なく、また王国は既に抵抗するだけの軍事力は失われていたため。

 

かつて竜王国をビーストマンから救った多大な恩からも事実上の同盟国となっている。

→救援と引き換えに領土の一部(二割~三割ぐらい)を得た。その得た領土で巨大な食糧を生産できるようにし、ここで生産した食糧を(事実上)領土などと引き換えに取引を行った。

 

周辺諸国で魔導国の手が伸びていないのは……(都市国家連合を除けば)聖王国、評議国、法国の三国のみとなった。評議国と法国は未だに特に異変などは無い模様。唯一聖王国のみがヤルダバオトからの襲撃を受けている状態であった。

 

----------------------------------

 

【第9章・七大罪】(聖王国編2)

 

修行を繰り返すモモンはある日、魔導王から呼び出される。

「ヤルダバオトとそれが率いる亜人の襲撃を受けている聖王国へ戦力を派遣するつもりだ」

「誰を派遣するつもりですか?」

「私だ」

モモンは頭を抱えた。

 

『守護者』たちから御身が単身で向かうことを大反対されたりするが……。

モモンはアインズ・ウール・ゴウン魔導王と共に聖王国へ赴く。

そこにはユリ・アルファとパンドラズアクターと呼ばれる者もいた。

特にこのパンドラと話をしていく内にモモンは様々な知識を吸収していく(後の強化フラグ)。

 

そこでモモンは様々なものを見ることになる。

王と英雄の違い、理想と現実……。

モモンの目指すべきもの、その先にある遥かな高み……。

 

モモンはこの戦いを経て、強くなっていく。

その果てにモモンたちは三体の悪魔と出会う。

モモンは自身の師であるミータッチのことを口にした『憤怒』と交戦。

魔導王は『強欲』、パンドラとユリは『嫉妬』と…『七大罪』と戦うことになる。

 

魔導王は強欲を捕縛し、パンドラとユリも何とか『嫉妬』に辛勝する。

苦戦を強いられるモモンは『十戒:闘法神鬼』を発動。

再び『黄金の戦士』の姿を見て、声を聞く。

「困った時は俺の名前を呼べ。いつでも駆けつける。俺の名前は……■■■■」

黄金の戦士の男が告げた名前を聞いたモモンは…その状態で『十戒:鏡花水月』を発動。

先程の苦戦が嘘のように『憤怒』に勝利する。

 

『七大罪』の三体に勝利したモモンたちはミータッチについて尋ねる。

憤怒が告げる。「奴は生きている……いや…あの状態を生きていると表現すべきかは分らぬが…」

その言葉に魔導王とモモンが動揺する。その隙に憤怒の逃走を許してしまう。

 

残された『強欲』『嫉妬』からはミータッチの生存すら聞かされていなかったことが判明。詳細を知る可能性があるのはヤルダバオトの最側近である『色欲』か古参メンバーである『憤怒』か『傲慢』だけだろうと聞かされる。そして二体は告げる。「元々自分たちはスレイン法国への恨みから、ヤルダバオトに助けられる形で悪魔になり復讐を果たした者」であること。この話を聞いた魔導王は「ならな古参メンバーとやらは復讐をまだ終えていない者だろうな」「そうなるとスレイン法国の内部に拠点がある可能性が高いな」と推測し。それと同時に「次に向かうべき国が決まったな。スレイン法国へ向かわねばな……」

 

ヤルダバオトの目的、スレイン法国の闇、モモンが見た黄金の戦士。

多くの謎を残して話は終わる。

 

だがモモンは黄金の戦士の正体に一つの可能性を感じていた。

 

(鏡花水月は自分の性質に異なるもの程負担が大きい。ならば裏を返せば自分の性質に近いもの程負担は小さい。あの黄金の戦士を真似た時、驚くほど負担が無かった。まるで自分自身の一部の様に……)

 

(あの石板の中に入った感覚に似ていた。ヴァルキュリアと会えるあの空間の感覚に……。黄金の戦士の正体はまさか……)

 

そこでモモンは確信に至る。心の奥底で名前を呼んだ。

 

(そうなのか?……ヨトゥン)

 

 

 

第9章・七大罪  終

 

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第10章【守護者と破壊者】(スレイン法国編)

 

アインズ・ウール・ゴウン魔導国がスレイン法国へ正式に使者を送る。

しかし法国は使者を殺した。

これに対しアルベド、アウラ、マーレの三人の守護者と共に"抗議"のために向かう。必要とあればそのまま軍事進攻も行おうとする。

 

スレイン法国は『十二使徒』と呼ばれる集団が出現。ヤルダバオトの配下のものである彼らを打ち倒し、魔導王一行は法国の最奥の聖域に到達。そこで『地獄の門』が『究極の門』だと判明。魔導王の口から『究極の門』についての詳細を聞かされる。その門の先にはあらゆる過去と未来を繋ぐ場所があるというらしい。そしてその門の入り口は三つあることを知る。一つは法国の神都、二つ目は砂漠(エリュエンティウ)に、最後の一つは海(海上都市)に。神都の門は竜帝が、砂漠の門はツアーがそれぞれ封印したため入ることは叶わない。唯一の入り口は海上都市にある門のみであった。

 

この話の最後にモモンはヴァルキュリアの持つ最後のエメラルドタブレットの記憶を知る。

そして自分が何故生まれてきたか、自分が何を為すべきかを知る。

モモンに最後の記憶を伝えたヴァルキュリアを消えてしまう。

戻ってきたモモンは魔導王たちに向けて見たことをそのまま伝えた。

 

 

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第11章【誰かの願いが叶うころ】(700年前のスレイン法国編)

 

『竜帝』から『三大神』と呼ばれた存在。

『守護神』ミータッチ。『破壊神』ヨトゥン。『創造神』ヴァルキュリア。

人類の真の解放者であり、真に『神』と呼ばれ『信仰』されるべき存在。

これは彼らの過去であり、なぜ後世に彼らの情報がないのか……。

『百年戦争』とは一体……。

何故アインズ・ウール・ゴウンが今まで歴史上に存在していなかったか。

その真実である。そしてモモンは自らの出生を知ることになる。

この時死んだはずのヨトゥンが人間を捨てた存在……それこそが…。

 

そして全てを語り終えたモモン。今後を話し合おうとする魔導王たち。

 

 

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第12章【世界の敵】

 

 

王国、帝国、竜王国、聖王国に悪魔の軍勢が出現。

これに協力するために魔導国は『五国同盟』を提案。

そのための会談の場をエ・ランテルとし首脳陣たちが集まる。

集まった首脳陣たちを前にヤルダバオトとその配下の者たちが出現。

そしてスレイン法国を軍事拠点として認め『第二次百年戦争』を宣言。自身の目的が海上都市にある『究極の門』だということも認めた。

 

悪魔の軍勢の対処に守護者たちが向かい事態の収拾に向かう。

そんな中、聖王国に『傲慢』が出現。聖騎士たちが虐殺されていく。

魔導王と共にモモンが向かう。圧倒的な実力差に敗北するモモン。

魔導王が『十戒:闘法神鬼』についての真実を話す。

モモンはそれを知り、覚悟し、『傲慢』を倒すために『傲慢』と同じ存在になることを決意する。即ち『世界の敵』に。

 

聖王国にて『傲慢』を倒したモモン。代償に力を失ったモモンは修行のため『ナザリック地下大墳墓』を攻略することになる。歴代ミータッチの英霊と戦うことになる。そしてモモンは自身の『ギルティ武器』を得る。

 

第二次百年戦争の開戦は近かった。

即ちアインズ・ウール・ゴウンとヤルダバオトの全面戦争であった。

 

念のためにと魔導王は同盟もしくは不可侵条約を結ぶために向かう。全ては世界の命運のために。

 

---------------------

第13章【世界崩壊(ワールドエンド)】(第二次百年戦争編)

 

遂に始まった『第二次百年戦争』。

アインズ・ウール・ゴウンvsヤルダバオト。

 

生き残った敵勢はヤルダバオト、『色欲』『憤怒』『怠惰』、謎の尖兵『暗銀の騎士』。そして悪魔の軍勢であった。

 

ついに全面戦争が開始された。

 

守護者たちが七大罪と対峙。

 

魔導王、コキュートス、セバス、モモンは『究極の門』の前へと到達。門を守ろうと立ちふさがる憤怒。魔導王のみ入ることを許す憤怒。魔導王が門に入る。残された一同が戦闘を開始しようとした時だった。しかし突然門の向こう側から『暗銀の騎士』が出現。味方であるはずの憤怒を一撃で切り伏せる。

その圧倒的な実力に一同はそれが誰かがすぐに分かった。

 それは右腕がなく、精神と魂を全身鎧に移され、折れた直剣を持つ。それはその者へのヤルダバオトの警戒心ゆえに。その者の正体は……。

 

コキュートス、セバスが倒れる中、モモンは『暗銀の騎士』と戦う中で何とか自我を戻すことに成功。『暗銀の騎士』から『世界の加護』と『誓いの言葉』を託される。誓いの言葉を宣言したモモンに世界の加護を引き継いだ。そのモモンの姿は『純銀の聖騎士』にそっくりであった。

 

究極の門のその先……。

既に『等価交換の箱』を使い、力と元の姿を取り戻したヤルダバオト。

赤を基調とした異国の鎧とステンドグラスを混ぜたような鎧。かつて英雄と呼ばれた者が堕ち、まるで果実が腐敗したような姿。両手で持つような大剣。

ヤルダバオトとアインズ・ウール・ゴウン。そこにモモンが加勢することになり形勢が逆転。ついに勝利する。

だが既に『等価交換の箱』を使い『世界』そのもののと等価交換し『新世界』を作り始めていた。世界の崩壊は止まらない。これを防ぐには『究極の門』を閉じるしかない。魔導王はモモンと共に出ようとするもモモンは先に出るように告げる。

 モモンは『真実』を話した。それを聞いたヤルダバオトは……。

モモンは単身で究極の門を閉じた。だがヤルダバオトは別のことを考えていた。ヤルダバオトは自身の願いが叶ってもう十分生きたことを告げる。

 

ここから出るには世界を斬るか、世界を騙すか……。

 

ヤルダバオトは世界を騙すことにした。

 

そして………。

 

 

 

 

 

 

 

その後この戦争を終えた英雄……

モモンの姿を見たものはいなかった。

 

---------------------

 

エピローグ【星に願いを】(【漆黒の英雄譚・後日談】に記載)

 

ナーベは願い続けていた。モモンの生存を。

魔導王を始め、多くの者もまた願い続けていた。

そしてパンドラズアクターの提案によりより多くの願いがあれば叶うのでは?

そう告げられた魔導王はすぐさま【漆黒の英雄譚】の作成開始の公表の場を設ける。

そして……その書物の最後にモモンを取り戻すために『願いの力』を貸してほしいと書き込まれていた。

 

英雄は……かつての故郷で目を覚ます。

それは星降る夜での出来事であった。

その後……。

 

 

どこにでもある家。そこに住む男女とその子供二人。

二人の子供は兄と妹の二人。二人にはそれぞれ父、母がかつて首からぶら下げていたアダマンタイトのプレートの輝きがあった。

過去の同僚(『蒼の薔薇』)から聞いた『新大陸』での冒険譚を聞いて男は笑う。

 

そこには英雄はいなかった。

ただの男がいた。

家族を愛し、平和を愛する。

ただそれだけの平凡な男がいた。

そこに英雄はいなかった。

 

多分、彼はこの『英雄』を必要としない世界を求めて……

旅をし、戦い続けた。

ゆえに『英雄』はいない。

 

それこそが彼、モモンが求めてきたものなのだろう。

 

「冒険したいのでしょう?」

「……あぁ。だが…」

 

「あなたはもう他の者の為に十分過ぎる程戦いました。もう自分の為だけに生きて下さい」

「…ありがとう」

 

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 笑顔で送り出した妻、それに負けないくらい、いやそれ以上に……

男は笑っていた。

 

その顔は無邪気に笑う少年そのものだった。

 

きっと彼の冒険はここから始まる………。

英雄ではなく、一人の冒険者として……。

 

 

 

 漆黒の英雄譚 完結

 

 

著書 ハイユー

 

 

 

 


 

 

 

 

ハイユー その正体は パンドラズアクター

 

700年前の流星の子(プレイヤー)の話を出すことで歴史をひっくり返す。

そのため今まで最古とされてきた六大神が偽りの歴史であることとし、

スレイン法国を極悪国家として表現することで魔導国の正当性を主張していく。

この世界線では異世界転移後、カルネ村発見前にパンドラズアクターと会うことで『鈴木悟』としての人間性を原作よりも保っている。そのため原作とは異なる展開となっている。

また今作の話(大陸統一時点)で二人のプレイヤーと出会い(ヨトゥンヘイムのワールドチャンピオン、『ワールドサーチャーズ』の女性プレイヤー)友好関係を結べたことで相談相手がいるため余裕がある。そのため『世界征服』はパンドラの助力もあり途中で軌道修正に成功している。その後はツアーの話を聞くなどしてリーダー(『八欲王』のリーダー)、スルシャーナ(『六大神』、『十三英雄』の暗黒騎士)を蘇生。『友人』と呼べる存在を作ることに成功。

そのためアインズ・ウール・ゴウンは自身の子供に二代目アインズ・ウール・ゴウンの名前を継がせ、『モモンガ』に戻れる日が確定している。

海上都市の彼女(その正体はかつてのギルメン『タブラスマグナ』)と婚姻、その後アルベド、シャルティアとも婚姻関係となり今後の繁栄が約束される。

 ただしルート次第では百年後に現れるプレイヤーによって、アインズの子供は目前でコキュートスを殺害され『ワールドディザスター』の覚醒が起きる。

などかなり大きな影響力のある人物。

 

個人的に好きなキャラクターですので凄く活躍させてみたかったです。

 

---------------

 

『流星の子』

百年に一人現れるかどうかの存在。

神、王、英雄と呼ばれる者の中でも名高い者たちは大体これ。

ある意味では種族であり、職業であり、タレントのようなもの。

ただ全ての流星の子に言えるのは強大な力を持つほど大きなものを背負うことになる。

六大神、八欲王などがどれだけ大きなことを成し遂げても最終的に全滅していることからも見てとれる。

実は人々(この場合全ての種族の者たちを指す)の『強い願い』から生まれる存在である。

ゆえにその願いが叶うと役目を終えたかのように死去や非業の死を遂げる。まるで物語の中の登場人物の様である。

六大神が出現したのはその百年前に存在した者たちの『歴史を隠すため(隠蔽)』、八欲王が生まれたのは六大神の『スルシャーナに消えて実権を握りたい(殺意)』と願われたためである。七百年前に願われたのは『竜帝たちの支配からの解放(解放)』であったためである。またこれを知り、最大限利用としてきた国家がスレイン法国であり、法国の最高幹部のみが知る『真の歴史であり罪そのもの(真実)』である。

※原作でいうプレイヤーを指す単語。ただし今作ではプレイヤーに近しい難度の者も指すため『守護者』たちに関しても匂わせている。

 

 

『三大神』

六大神が出現する百年前に存在したが、その歴史を消された者たちの総称。

竜王たちの最上位に位置した存在である竜帝により呼称されたのがその始まり。

守護神ミータッチ、破壊神ヨトゥン、創造神ヴァルキュリアの三名である。

竜帝たちと対立するも、圧倒的な実力差で大勝するも一体も殺害することなく人類を真に解放した者たち。

ミータッチとヨトゥンは対等な存在として認識されている。

ヨトゥンとヴァルキュリアによってスレイン法国が建国される。その後役目を終えた7と判断したミータッチは世界を巡る旅に出る。

 しかし建国後、国の実権を握りたいと野心を持つ『神官』がいた。この者の暗躍によりヨトゥンは国外に救援に向かう。その隙にヴァルキュリアを自身のものにしようとするも失敗。最奥の聖域にあった『槍』を発動してしまい『始まりの指輪』(世界の加護を得るアイテム)を持つヴァルキュリア共々消滅してしまう(後にヴァルキュリアの消滅の理由がお腹の中にいた一人の子供が判明、また子供を守るためにヴァルキュリアが消滅してしまう)。丁度、戻ってきたヨトゥンが現場を見てしまい、人類には守るべき価値が無いと理解し、狂い、『世界の敵』となり暴走。スレイン法国を半壊し上層部を皆殺しにする。

 ヨトゥンの暴走を竜帝から聞いたミータッチが駆けつける。竜帝の始原の魔法によって作った結界の中で二人は対峙する。一日中戦い続け、止めを刺されそうになるミータッチ。朝日が出てヨトゥンの大剣に光が照らされたことで一瞬の隙が生まれたことで逆転。大剣を折り両腕を切断し頭部を一刀両断するも最後の抵抗で、折れた大剣を噛みしめ心臓を貫かれ『世界の呪い』を流し込まれたことで『相打ち』となった。

 二人とも死ぬはずであった。しかしそうはならなかったのはその場にアインズが現れ、今まで得た全ての力と引き換えにミータッチの傷と呪いを治癒したからである。この時竜帝がアインズを認識出来なかったのはあまりの激闘ぶりに結界が何度も破壊されて意識朦朧としていたからである。

 この戦いの後、ミータッチはアインズがナザリック地下大墳墓で眠るのを見届ける。その際に『自分の子孫が困ってたら助けてほしい』と頼みアインズもまたこれを約束した。その後ミータッチが法国へ戻ることはなかった。

 その裏で死んだはずのヨトゥンの肉体は嵐によって流されどこか遠くへ流れていった。この時元の肉体をそのままに中身だけが別の何かが生まれた。これは彼がミータッチとの戦闘の途中で保険として口の中に忍ばせていた『悪魔に種族変更するアイテム』を使用したからである。その後ヨトゥンは元の名前を捨てヤルダバオトの名前を名乗る。そして大幅に弱体化した自身が戦力を得るためにスレイン法国への復讐心を持つ者たちを集めた(これが後の『七大罪』、ただし傲慢のみ例外)。

 

 

『百年戦争』

ミータッチとヨトゥンの戦闘の名称。

竜帝が結界を張るも、その中の戦闘跡を見て

「この場所が元に戻るまでには百年の修復が必要」

「『流星の子』同士の百年分の戦闘跡」と表現したことからいつからか『百年戦争』と呼称されるようになった。なお後の八欲王との戦争でそれを知る竜王たちは全滅してしまったためにこの戦争を知る者はほとんどいなくなった。

 

 



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第三部・アイテムテキストなど

 

おまけ編です。本編で出す予定だったものとか色々です。

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【暗銀の兜】

『究極の門』を守る騎士の防具。

装備者の精神を支配し、五感を奪う。

その性質は防具というより拘束具に近い。

多くを守った彼は今はただ門を守るのみだ。

 

 

【暗銀の鎧】

『究極の門』を守る騎士の防具。

装備者の精神を支配し、万物の加護を奪う。

その性質は防具というより拘束具に近い。

鎧の中身に高潔な魂の持ち主だという。

 

 

【暗銀の腕甲】

『究極の門』を守る騎士の防具。

装備者の精神を支配し、腕力を奪う。

その性質は防具というより拘束具に近い。

奪われた右腕には盾が握られていたという。

 

 

 

【暗銀の足甲】

『究極の門』を守る騎士の防具。

装備者の精神を支配し、時間を止める。

その性質は防具というより拘束具に近い。

誰かを守るために立った時、右腕を奪われたのだろう。

 

 

【暗銀の剣】

『究極の門』を守る騎士の長剣。

『憤怒』を一撃で斬り捨てた剣。

半分に折れた刀身に気づけぬは偏に装備者の技量だろう。

よく見ると切れ味が悪いだけのただの鉄の長剣だと分かる。

 

 

【暗銀の盾】

『究極の門』を守る騎士の大盾。

今や失われたものである。

持ち主はこの盾を犠牲に大事な家族を守ったという。

持ち主は盾の名手であり、無傷の勝利を手にし続けたという。

 

 

【暗銀のマント】

『究極の門』を守る騎士の防具。

何の効果も無い赤いマント。

このマントの持ち主はかつて"守護者"全員と対峙し

無傷で勝利したという。

 

 

 

『暗銀の戦士』

 ヤルダバオトの尖兵。

鈍い銀色の全身鎧を身に纏い、何故か右腕を失っている。

ただの鉄製の折れた長剣を振るう。

かつては単騎で『傲慢』を除く『七大罪』を全滅させたという。

 『究極の門』の前でモモンと戦い敗北した『憤怒』を一撃で屠った。その後駆け付けたコキュートスとセバスを合わせた三人と対峙することになる。しかしモモンは殺気のみで、コキュートスを剣で突き刺し動きを止め、その隙に素手でセバスを圧倒した。だが三人は何とか一撃を入れることに成功し、その兜の中身を知る。そこにあった顔は……。

 

その正体はミータッチである。

 

 

 

【ギルティ武器】

”罪”の名を冠する武器。

神話や伝説として語り継がれる者たちが所有していた武器。

自らの本質を映す武器であり、"強い意思"を持ったものだけが所有できた。

この武器は物質ではなく所有者の精神を武器として顕現させている。そのためこの武器を破壊されるということは精神を破壊されるのと同義である。

強大な武器ゆえに大半の者が力に溺れ、かつての志や目標を失い罪だけを重ねていくことからギルティ武器という名称で定着した。それはこの武器の所有者の大半の末路を物語っている。一部例外の者たちがいたがそのものたちの存在が語られていないのは罪深い者たちがその存在や痕跡を抹消したからである。

またこの武器を特別な方法で受け継ぐことが出来るのだが、そのためには単純だが非常に困難な条件を満たす必要がある。

 

 

【漆黒の双極剣】

モモンのギルティ武器。全てが真っ黒な大剣。

 モモンが『傲慢』と戦うために『世界の敵』となり、その代償に力の大半を失った。

その後、魔導王の勧めもあって本物の『ナザリック地下大墳墓』の"霊廟"と呼ばれる聖域で歴代ミータッチたちと戦闘していく内に自ら作り出した『ギルティ武器』。

 その性質は強大さもそうだが、それ以上にモモン自身の本質をその大剣が持っている。その性質とは『何度壊れようともその度に新しく自動生成される(人間でいう何度心が折れようとも何度も立ち上がる)』ことである。実際ミータッチとの戦闘において何度この武器を壊されようとも振るい続け最終的に一太刀浴びせることに何とか成功している。

その外観は『漆黒の双大剣』と非常に酷似しているが、その刀身には自らの人生において失った『ギルメン村』の者たちの名前が刻まれており、まるで墓標のようにも見える。

 

 

 

【鏡天同地】

モモンが『十戒』を自らに最適化した形、そこに『ギルティ武器』。この二つの力を重ねたことで可能となった武技。モモン曰く『ギルメン村のみんなが力を貸してくれたから出来る武技』。

十戒:課全拳を最適化しており、最小のコストで最大のパフォーマンスを発揮できる。そのため相手に合わせて自動的に自身の能力を最大40倍にまで引き上げることが出来る。ベースとなった武技は『鏡花水月』『明鏡止水』『課全拳』。

 

 

【無限断切】

モモンが『十戒』を自らに最適化した形、そこに『ギルティ武器』。この二つの力を重ねたことで可能となった武技。モモン曰く『最後の武技』。

 万物を切り裂く一撃『次元断切』とは異なり、この武技は"ただの斬撃"を"無限"に重ね合わせ『次元断切』と同じ威力として放つ"多段攻撃"のため万物を防ぐ『次元断層』とは相性勝ちできる。

 

 

 

 

 



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