風紀委員長のパラレル奮闘記 (まきびし)
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第1話 並行世界での目覚め

初めまして!雨良です。
TS物ですがヒバリさんの性格が女の子寄りにはなりません。 あくまでもちょっと弱いヒバリさんを楽しむためのお話です。
では、どうぞ!


 グチャグチャにかき回されていた僕の思考が一点に留まったので目を開けると僕は応接室にいた。

不意に訪れた懐かしさと気分の悪さに少し眉をひそめる。

 

 ここは並盛中学校の応接室、でいいよね。

僕が見間違えるはずがない。

風紀委員として何年もこの部屋にいたのだから。

ここで事務作業をしたり、昼寝をしたり…色々自由気ままに使わせてもらったよ。

 

 でも、一番の転機は沢田綱吉達がこの部屋に現れたときか。

弱かった彼らがよくあそこまで強くなったものだよ。

リボーンのおかげかな。

リボーンはあの時の僕がそれまでの人生で出会った最も強い相手だったと思う。

あの時はまぁ僕が青臭い子どもだったってこともあるけど、正直人生で一番ワクワクしたよ。

僕より強いやつがいるってことが嬉しかったんだろうね。

 

 それにしてもこの頭のふらつき方、尋常じゃないな。

まるで僕とこの体が拒絶し合っているみたいだ。

あながち間違いではないかもしれないけどね。

僕はここからそう遠くない未来を生きていたけど、10年バズーカを改良してこの時代にやってきた。

僕が息を引き取る前に運試し程度でやったことだけど、うまくいった。

この頭のふらつきさえなければ完璧だったんだけど。

 

 ああ、他にあり得る可能性としては、走馬灯かな?

…ワオ。 これが走馬灯だとしたら中々面白いね。

でも、この自分がここに立っているこの感覚…

話に聞き及んでいた走馬灯とは違うな。

走馬灯は一つの時間に絞らず多くの時間を遡ると聞いているからね。

走馬灯の思い出の一つとして応接室が出てくるのは分かるけど、でもそれなら多分あの黄色い鳥がいると思うんだよね。

僕はあの子を結構気に入っていたから。

 

 もし走馬灯でもないのだとしたら僕は死に際に不思議な夢でも見ているのかな。

どこからかよく分からない気持ちが沸き上がってきて、柄にもなく感傷的になってしまいそうな、そんな夢を。

ただ夢だとしたら、僕の命が絶えてしまったらきっとこの夢も終わってしまうよね。

それなら僕の命が絶える前に、平和だったころの僕が最も愛した並盛を―――もう一度この目に焼き付けたいと願うのは、限られた時間の中で、別に過ぎた願いではないだろう?

 

 頭のふらつきを無視して窓に駆け寄った。

窓を開けて外に少し身を乗り出すと硝煙の匂いなど何一つ無い澄んだ風が僕の顔をくすぐり、髪を揺らした。

空は夕暮れ。

空一面に広がる赤に近い橙色が僕を圧倒してくる。

 

 季節の変わり目かな。

雲と大空が零れ落ちそうな黄金色を受け止めて輝いている。

その柔らかな光が並盛町を包み込んでいてとても穏やかな景色だ。

こういう空の色は一年に何度も見られるものじゃない。

 

 夕焼けが眩しくて視線を下におろすと、帰路につく生徒達の影が校舎の方までぐっと伸びていて、それは楽しげに揺れていた。

 

 消えろ、消えろ、つかのまの蝋燭!人のいのちは歩き回る影法師、哀れな役者にすぎぬ

 

 口ずさんでから、この一節と自分を重ねていることに気が付いた。

 でも僕はシェイクスピアの登場人物とは違う。

死を目前にしてもしなくても、僕にとっての真理はこの並盛町そのものだったんだ。

僕が愛したこの町で最期を過ごせて良かった。

 

 窓枠から身を乗り出して景色を眺めている内に、夜のとばりが降りてきて街の明かりが目立つようになった。

若干の肌寒さを感じたときにようやく僕は窓枠から手を離して体を内側に引っ込めた。

 

 さて。 とりあえず僕は今こうして存在しているわけだ。

並盛町の風景といい高級な調度品が並べられた応接室といい、昔見た景色と何一つ変わりない。

 

ここは間違いなく並盛中学校。

そしてここで目覚めて最初に姿見を見たとき僕が並盛中学の男子制服を着ていたことを確認しているし中学生なんだろう。

 

 応接室の電気をつけ、今一度改めて姿見の前に立った。

顔は中学時代の僕そのものだけど、なんとなく身長に違和感を覚える。

 

 僕はもう少し身長があった気がするんだけど…うん、明らかに少し小さくなっている。

成人したときより小さいことは当然のこととして、以前より身長が縮んでいるというのはいただけないな。

誰かに見下ろされる可能性を考えると特にね。

 

 というか今歩いて気が付いたけどこの靴もしかしてシークレットブーツ?

 

 嫌な予感がして靴を脱いで確認してみると、やはり靴底がとても厚かった。 プラス10cmくらい。 ズボンの裾に隠れて見えていないだけで、割と厚かった。

それに足のサイズもかなり小さくなっているみたい。

 

 ふと姿見を見るとさらに縮んだ僕の姿があった。

 

 はァ。 頭のふらつきに加えて頭痛がしてきた気がする。

これだけは中々厳しいな。

だって、身長が低かったらその分他の草食動物に見下ろされるんだよ。

さすがに中身が成熟した今なら耐えられると思うけど、それがイラつくやつだったら咬み殺したくなる衝動を抑えられる自信が無い。

 

 それにしてもシークレットブーツって…ダサいな。

なんかこの時の僕と相いれない気がする。

軽くため息をついて靴を履きなおした。

 

 それより、さっきから何となく息苦しさを感じるこの胸の包帯を取ってしまおう。

シャツを脱いで胸に巻かれた包帯を丁寧に巻き終えると、とある事実に気がついた。

 

 これは別に気にしない。

 僕が僕であることには変わりはないからね。

 

 サラシを巻きなおしているときに、ふと視線を感じた気がして雲雀は扉の方に目を向けたが、誰もいなかった。

気のせいか。

そう雲雀は判断したが、頭のふらつきによって正常な感知が働いていないことに雲雀は気が付いていなかった。

加えて、人影が二人大急ぎで立ち去って行ったことにも。

 

 巻き終えると、頭の重さに加えて、いつものような眠気を感じたので僕はソファに横になった。

 

 窓から入ってくる風とほどよい暖かさがとても心地よくて、すぐにでも寝られそうだ。 平和な並盛でこうして寝ることが、こんなに幸せなことだったなんてね。 この幸せは本当に満ち足りている幸せだ。 最期にここで過ごせて本当に良かった。

 

 眠気が体中を巡り、体の奥深くまで達したころ、僕は意識を眠りに沈めた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 沢田綱吉は並盛中学校の夜の廊下を歩いていた。

全校生徒・教職員共に家路についた後の学校はもぬけの殻だった。

それゆえに、怖さも昼間の数倍に膨れ上がる。

 

 廊下を歩きながら、オレは昼間の出来事を思い出していた。

 

 お昼休憩の時間に、オレは獄寺くんと山本とお昼ご飯を食べていたんだ。

そしたら突然現れたリボーンがアジトをつくるとかなんとか言い出した(後から思うと雲雀さんに興味があっただけだと思うけど)から、オレはリボーンと獄寺くんと山本と仕方なく応接室に向かったんだ。

そしたら、オレたちはそこにいた雲雀さんに一瞬で倒されてしまった。

 

 マフィアの獄寺くんでさえも一瞬で倒すって、雲雀さんどれだけ強いの!?

後から聞いた話によると、応接室は、雲雀さんが委員長を勤める風紀委員の部屋だったらしいんだ。

お客さんを迎え入れるようなリッチな部屋を委員会の部屋に使うって、学校側からの許可も得ているってことだよね!?

雲雀さん色々強すぎでしょ―――っ!!!

 

 昼間に雲雀さんから感じた身の毛もよだつような恐怖を思うと、雲雀さんがいる昼間の学校と、いない夜間の学校では、おそらく後者の方が数万倍は怖くない!! 絶対そうだ!!

 

 でも怖いものは怖いよ~~~。

本当は誰かと来たかったけど、リボーンに馬鹿にされるのは嫌だったし、夜中だから獄寺くんや山本には悪いし…。

ああ―――っ、さっさと取ってさっさと帰る!!

 

 「うわッ!」

 

 背後でジジッと非常灯が鳴ってオレは必要以上に驚いてしまった。

もう嫌だもう嫌だ嫌だ―――っ!

 若干パニックになったオレは廊下を走り抜けた。

何かが追いかけてきているような、そんな妄想に取りつかれながら。

そうして応接間が見えてきて、ほっと胸をなでおろした。

 

 そしたら急に応接室の電気がついた!!!

 本当にビックリして逆に声が出なかった(助かった)。

応接室に誰かがいるみたい。

何となく嫌な予感がするというか、正直一人しか思い当たらないというか…。

 そっと応接室の扉の隙間から覗き見ると、案の定、雲雀さんがいた。

うわっ、やっぱり雲雀さんだったよ――――っ!!

今日は諦めて出直した方が良さそう…。

っていうか、あの人何時まで学校にいるんだよ!?

帰っておいてよ――――っ!

 肩を落としたオレはここからなるべく気配を消しながら立ち去らなければ…と内心ビクビクしながら視線を外して、一歩後ずさると、おしりに何かが突き刺さった。

 

 

 (~~っっっ!!)

 

 

 声を上げないように必死になりながら何が起きたのかと後ろを振り向くと、リボーンがいた。

 

 

 (リ、リボーン!!??来ないって言ってたじゃないか)

 

 (ツナ、お前はこの先ファミリーになるやつのことを知っておいた方がいいからな。 ほら、見ろ)

 

 (は?)

 

 

 リボーンが指さした先には、上半身裸の雲雀さんが……って、ちょっと、ちょっと待って!!?

う、わ――――――っ!!

 すぐに視線をそらした、だって、だって、女の人の着替えを覗き見るって、変態のすることじゃないか!!!というか、いや、ちょっと…ええ―――――っ!!??

 

 

 (リボーン!まさかこれって…)

 

 (ああ、雲雀恭弥は女だぞ)

 

 (マジで――――――!!??あの雲雀さんが!?獄寺くんや山本のことを一瞬で倒してしまうような強い人が女の人――――――っ!?)

 

 (見ないとお前信じねぇだろ。 そして、おそらく雲雀がこうやってボロを出す機会はそうそう無ェからな。 お前をここに来させたってわけだ。 ボスとしてファミリーのこと知っておくのは当然だろ?)

 

 (は、はぁ………。 )

 

 

 オレとリボーンは雲雀さんに気が付かれないように廊下を歩いて、学校を出た。

正直気が付かれているんじゃないかって内心ビクビクしてたけど、大丈夫だったみたいだ。

 

 まさか、雲雀さんが女の人だったなんて…。

 これはオレとリボーンだけの秘密にすることにした。

圧倒的強さで風紀を守る雲雀さんが他の人に知られたくない弱さだろうと思ったから。

 

 でも、雲雀さんが女の人だって知った今、オレはファミリーの一員に雲雀さんを加えることに絶対に反対なんだ!!

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 「ふあ〜ぁ」

 

 伸びをして窓を見ると朝が来ていた。 ここまで意識が沈んだのは初めてかもしれない。 良く寝た……。

 

 それにしても朝か。

僕の夢はもう少し続くらしいね?

それなら、夢の中で僕の夢を叶えてもらおうかな。

たった1つだけ、やり残したことがあるんだ。

 



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第2話 縮んだ身長

ヒバリ視点。ちなみに閑話1は第2話を獄寺目線でお送りします。


 久しぶりに並盛中学校の応接室で迎えた朝は眩しかった。

 静かな朝だ。鳥の鳴き声以外は風が通り抜ける音くらいしか聞こえてこない。

 今が何月なのかはよく分からないけど、どちらかというと暑くて少し寝汗をかいていた。

 

 昨日感じた頭のふらつきはすでに収まっていることにふと気が付く。

良かった。

もし体調が昨日のままだったら奇襲されたときにおそらく100%の力を発揮できなかっただろうから。

とは言ってもここは平和な過去の並盛町だったか。

奇襲なんて心配する必要は無いのに長年警戒し続けたクセはしばらく抜けそうにない。

 

 ソファの上でぐっと背伸びをすると凝り固まった背中が引き伸ばされて気持ちが良かった。

それにしても僕は女になってしまっているけど、これは一体何が起きているんだろう。

10年バズーカは原則として入れ替わりが起こるアイテムだけど、男の僕とこの女の精神が時空を超えて入れ替わってしまったのか。

もしそうだとしたら、元々の僕の体はもう死んでしまっているだろうから、この女の精神はそれと一緒に消えてしまったのか。

 

 身代わりにしたようで申し訳ないけど、予想していない結果だったから仕方ないよね。

思い返すと、元々僕が改良した10年バズーカでしたかったことは、過去の僕と今の僕を入れ替えて、過去の僕が10年後の敵の攻撃に耐えている間に最期に一目並盛町を見るというただそれだけ。

まさか女の僕として中学生からやり直す事になるとは思いもしなかったよ。

 

 ふとこの女のことが気になった。

この女は今まで何してきたんだろう。

過去の僕と同じように並盛町の風紀を守っていたのかな。

昔懐かしい風紀委員の腕章を見ながらぼうっと考えた。

 

 誰かこの女のこれまでを教えてくれる人がいればいいんだけど、さすがに聞けないか。

とりあえず誰かと会って、僕に対する反応を伺ってみようかな。

今は朝の5時か。

応接室にかかった時計で時間を確認した。

 

 ソファから立ち上がって、そして何となくソファの前に置かれていた机の上を見た。

何も置かれていないため、ニスの効いた机の表面が朝日を受けて輝いていた。

 

 

 校門から敷地外に出ると、ほとんど人通りのない住宅街が朝焼けで光っていた。

ポストに差し込まれた新聞の朝刊の日付を見たところ、今日は6月の土曜日らしい。

年は、たしか沢田綱吉たちが入学した年だ。

ふーん…。 うん、生徒会総会が毎月第4水曜日の昼休憩に開催されていて、毎年6月の総会は2学期の委員会の部屋割りの最終決定を言い渡す内容だったはず。

そう、その後すぐにボンゴレファミリーが応接室に乗り込んできたから、大体今はその時くらいか。

ということはもうリボーンと沢田綱吉と獄寺隼人と山本武との対面は終わっているわけだ

中学時代、彼らの敵を相手にするのは楽しかった。

 

 ヴァリアー、だっけ。

それ以降会うことはなかったけどあの時の僕にとって彼らと殺り合うのは非常に楽しかったよ。

というより、正直相手は誰でもよくて歯ごたえのある相手が欲しいだけだけどね。

 

 ああ、でも今の僕は女だから当時より身体能力はおそらく劣る。

 いいね。 だからこそ戦いがもっと面白くなる。

力の効率が勝負の決め手となってくるのか。

僕は暴れるのが好きでこれまでは身体能力のゴリ押しで戦いを制していたけど、この女の体ではそうはいかないから、今回は頭脳戦としゃれこむのもそれはそれで一興だね。

 

 雲雀は機嫌良さげに並盛町を闊歩していく。

 

 二時間くらいして並盛町全域を見回り終えたが、特にこれといって変なところは無かった。

本当にただの平和な並盛町で安心した。

それと同時に、今回こそはこの平和な町を守り通すと雲雀は静かに意志を固めた。

 

 前回は、テロ組織による侵略行為という形で白蘭がまず一つ国を物にするところから始まり、白蘭が手中に収めた国VS連合国軍の構図で戦いが始まった。

だが白蘭の圧倒的な力は周辺国家を次々と支配していき、この日本もすぐに白蘭に屈してしまった。

ミルフィオーレというマフィアが、白蘭が治めるテロ組織そのものであるため、同じくマフィアであるボンゴレのボスが住む並盛町は日本でも真っ先に標的にされた。

その軍事力になすすべもなく地上を追われた僕ら風紀財団は、その風紀財団を母体とするレジスタンスを地下で立ち上げた。

そして抵抗運動を続けて何度もミルフィオーレ基地に侵攻しようとした。

しかし彼の知力にはどうしても敵うことができなかった。

 

 ミルフィオーレ・ホワイトスペル第2ローザ隊隊長兼メローネ基地最高責任者、入江正一。

彼は日本人だがミルフィオーレファミリーの一員となり、嘘か真か並盛町で育ったという噂もある。

だからこそ、日本の中で並盛町がまっさきに標的とされたという説もある。

 

 彼は武闘派というよりは参謀派であると聞き及んでおり、その顔を見たことはないものの、彼の術中にはまって何度も死を感じた。

彼は脅威だ。

もし本当にこの並盛町に住んでいるのだというのなら、見つけ次第、必ず僕の手で咬み殺す。

 

 そうと決まればまず情報収集か。

並盛町役場で僕の顔が通るか試してみたいし、通れば入江正一が並盛町に住んでいるかいないかがすぐに分かり、住んでいるなら住所もすぐさま手に入るだろう。それなら、すぐにでも。

いや、町役場は休日には閉館している。

僕の顔が通るかどうか定かではないし、試すのは休みが明けてからにしよう。

はやる気持ちはあるものの急いては事を仕損じる。

どっしり構えることが成功の秘訣だと前の経験をもとに自制する。

それにしても二時間歩き回っただけあってそろそろのどが渇いてきた。

何か飲み物でも買おうかな。

 

 雲雀は近くの目についたコンビニに入った。

入ると同時に、レジで眠そうに立っていた店員が「いらっしゃいませー。 おはようございます」とむりやり張り上げたような声で言うのが聞こえた。

 

 財布にお金があることを確認し、飲料の棚まで向かう。

そういえば昨日の夕方に目が覚めてから何一つ口にしていないな。

健康に悪いし何か食べるべきだろうけど、あまりお腹が空いていない。

とりあえず微糖の缶コーヒーにしようか…と思っていると、ちょうど店員がドリンクを補充していたため、目当ての缶コーヒーをとるのに邪魔だった。

 

 

 「ちょっと、君」

 

 

 「あ?」

 

 

 客に対応するには無礼すぎる対応に眉根を寄せたとき、その店員の顔を見て少々驚いた。 ああ、懐かしい顔だ。

 

 

 「ああ君、獄寺隼人か。 」

 

 

 懐かしさに目を細めたのはつかの間だけで、それ以前の疑問が頭に浮かぶ。

 彼はどうして働いているのか、と。

というよりこのコンビニはなぜ彼を雇っている?

使用者が15歳以下の児童を雇用することは一部の例外を除いて法令で禁止されているし、何よりアルバイト等を行うことは並盛中学校の校則違反だ。

これは風紀を乱す行為で、粛正すべきだ。

 

そう考えを帰結させた僕はこのコンビニか獄寺隼人個人かどちらを先に粛正するか悩んでいると、獄寺隼人が口をへの字に曲げながら元々目つきの悪い目をいっそう悪くさせて僕をにらんだ。

 

 

 「なんだてめェ。 人のバイト先にまで来てヤル気か?あぁ?」

 

 

 「じゃーヤル?」

 

 

 彼がヤル気のようだし、粛正は獄寺隼人が先でいいか。

 

 雲雀は気付いていなかったが雲雀は自然と笑みを浮かべていた。

雲雀は戦闘狂としての自分に実は未だ気が付いていなかった。

 

袖の下を確認するとトンファーを見つけたので僕はそれを引いて取り出した。

彼はヘッと細く笑うとタバコを取り出し火をつけようとした。

それを見た僕は冷静さを失いかけている自分に気が付く。

だが仕方ないと思う。

なぜならバイトにタバコに、彼はいくつもの校則を破っている。 何より風紀委員長である僕の目の前で。

 

 決めた。 咬み殺す。この場で。

 そのとき、先ほどレジで眠そうに挨拶した店員が獄寺に向かって何か叫んだ。

 

 

 「獄寺くん!店内でタバコ吸わない!あと、お客様にガン飛ばさないで!」

 そう言われた彼はしぶしぶタバコを懐にしまった。

 

 

 「チッ…命拾いしたな」

 

 

 タバコがポケットに消えていくのを見た僕は少しだけ頭が冷えて、自分のやろうとしたことに気が付いて、危なかった、と内心ため息をついた。

 

 

 「それは君の方だよ」

 

 

 もうすぐで店内にも関わらず君を咬み殺してしまうところだった。

さすがに店内で暴れるのは迷惑だからなんとか自制できてよかったよ。

と思いながらも少し残念に思っている自分もいて苦笑しそうになった。

 

僕は暴れ足りないのかもしれないな。 このすぐに頭に血が上る感覚は今この体が餓鬼だからなのかな。 これは…困るね。

 

 

 「で、おまえここに一体何しに来たんだよ?」

 

 

 獄寺の言葉でふと我に返る。

ああ、そうそう。 僕はただ飲み物を買いに来ただけだった。

 

 

 「普通に買い物だよ。 何か問題ある?」

 

 

 「いや、ねーけど…」

 

 

 「じゃーのいてよ。 僕はそこにあるコーヒーが取りたいんだ」

 

 

 指し示すと彼は素直にのいてくれたので一歩進み出て僕は飲料の棚の最上段にある目当ての缶コーヒーを取ろうとした。

しかし背伸びをしても缶コーヒーを掴むことができず、わずかに表面を引っかくくらいで取ることができない。

 

 参ったな。 この女の体はかなり小さい。

 

 諦めて別のを買おうと思ってふと横を向いたとき、僕のその姿を見ていた獄寺の顔がこれでもかというくらい震えていて、手で口まで押えて笑いを必死にこらえている。

 

 それを見た僕は僕の中で何かが切れるのを感じた。

こらえきれずに盛大に噴き出した彼を見て、全身に制御が利かない殺意が満ちるのを感じた。

ああ、まずい。 冷静な自分が消えていく。

 

 

 「咬み殺す!!!」

 

 

 ここから先はもうよく覚えていない。

感情のままにトンファーを振るったことだけが記憶の片隅に残っている。 完全に制御という制御が何も利かなかった。

はっと我に返って気が付いたときにはコンビニ中がグチャグチャになっていて、彼は地面に伸びていた。

 

 やってしまったと内心頭を抱えずにはいられなかった。

この女の体は若すぎて、感情のリミッターが制御できない。

そういえば今は思春期とか呼ばれる年頃だったか。

納得と諦めの気持ちが自分の中で生まれ、自分を原因として混沌としてしまった周囲の状況を見ながら、しばらく立ち尽くしていた。

 

 冷静になった僕はせめて後始末くらいは自分でつけようと思い、頭を抱えていたレジ奥の店員に話しかけて、全て弁償する旨を伝え、請求書を僕宛てに書くように言って手続きを整えた。

彼には話しかけた当初憎々しげににらまれていたものの、賠償の話を持ち出すと納得してくれたようだった。

 

 この女の体、小さいし感情のコントロール効かないしろくなことが無い。

自分の今後を思うと先が暗かった。

コンビニを後にした雲雀はいつも通りすました顔をしていたが、内心今の自分にうんざりしていたのであった。



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第3話 白蘭さんとの出会い

正ちゃんと白蘭さんの出会いを妄想してみました。
パラレルワールドだから(言い訳)。




 日々を面白おかしく生きることができたらそれでいい。

将来のことなんて僕には関係ない。

だって、僕の目の前にはこんなに真っ直ぐできれいなレールが敷かれているのだから。

 

 僕が人生に諦めを覚えたのはいつのことだったか。

両親に言われるままに勉強して、地元の有名私立中学に進学して。

僕は人より頭のできが良いらしく、入って早々にトップを獲れた。

 

 周りや家族は僕を褒めてくれたけど、僕は特別な努力を何もしていなかった。

それを言うと、謙遜だとか何だとか言われるけど、本当に僕はただ授業を聞いていただけだ。

 

つまらない。

どこか非日常を求めていた。

だけど僕には勇気が無くて、両親が敷いてくれたレールをただ歩むことしかできなかった。

 

 

 そんなある日、家にいたときに突然非日常がやってきた。

僕の家が自称マフィアによって半壊させられた。

本当に突然のことでビックリしたし、両親はパニックになっていたけど、僕は内心ワクワクしていた。

僕を囲う箱庭の壁が取っ払われて、決まり切った人生をぶち壊してくれるような予感がした。

 

 家を壊してしまったお詫びとして、自称マフィアからボヴィーノお詫び詰め合わせセットが届いた。

驚いたことにそこには武器が入っていた。

人殺しの道具。

一瞬本気で怯えてしまったが、よくよく考えたらあんな子どもが本物のマフィアなはずがない。

 

 まさか、これはおもちゃだろう。

一人で苦笑し、一番大きな武器、バズーカを手に取ってその引き金を引いた。

 

 

 

 

「…えっ!?」

 

 発砲音がしたと思ったら急に視界が暗転し、一気に開けたかと思うと、見知らぬ場所にいた。ビックリして、腰が抜けて、つい座り込んでしまった。

 

様々な人種の若者が周りを闊歩していて、どこか場違いな気持ちになる。

大きな広場の中心に僕はいた。

昼寝をしたり談笑したりする若者が多く周りに見受けられた。

 

近くには大きな建物と大人というには少し幼い若者たち。

どうやらここは日本ではない国の大学らしい。

 

…いや、待て待て。そんなわけないだろう。

冷静に考えてみろ。

銃の引き金を引いて何で自分のいる場所が移動するんだ。

 

近くにあった鞄が目に留まった。まるで僕が今さっきまで持っていたみたいに横に倒れていた手提げかばんの中から、身分証のようなカードがはみ出している。

 

その身分証を手に取って見て、僕は開いた口が塞がらなかった。

 

 

「ぼ、僕の名前じゃないか! しかも年齢は24!?」

 

 

驚きのあまり思ったことを口走っていると、不意に後ろから肩を叩かれた。

 

 振り向くと、まず目に入ったのは目の下のタトゥー。そして次に銀色の髪の毛、でも何より気になったのは、僕のことを本気で案じているようなその目だった。

 

 

「正チャン? 大丈夫?」

 

「あ、ハイ。 大丈夫です」

 

 

 誰だろうこの人。 というか僕の名前を知っているのはなぜだろう。 考えても知り合いにこのような顔の人はいなかった。 銀髪の男性は訝しげに僕の顔を見つめる。 僕も負けじと見つめるがなぜか緊張してそのままその人の顔から目が離せなかった。

 

 

「入江正一、クン?」

 

「…はい?」

 

「君は、本当に正チャンなんだね?」

 

「あ、あなたは、入江正一の関係者ですか?」

 

 つい声が震えてしまう。 一瞬面くらった顔をした銀髪の男性は僕を安心させるように微笑んだ。

 

 

「関係者なんてものじゃないよ。 こ・い・び・と♪」

 

「ここここ恋人ぉ!?」

 

 

 いや、待て待て僕にそんな性癖はないけど、境界がどんどん取っ払われて行っているこの社会、変化のスピードもすさまじい。

 まして10年後ともなると同性愛同性婚なんて本当にごく普通になっているんじゃないか?

 それなら10年後の僕だってそんなこんなこんな人とこここ恋人でもおかしくはない~っ!!??

 

唇に指をあててウインクする銀髪の男性はいじわるく笑った。

 

 

「嘘だよ♪」

 

「勘弁して下さい!!」

 

 

 これが、僕と白蘭さんの出会いだった。

白蘭さんは10年後の僕ととても仲がいい友人らしく、小さくなってしまった僕を見て、不意に何度も笑ってきた。

人の顔を見て笑う人を僕はどうかと思っているけど、僕はこの人の親しみやすさに心惹かれて、ここまでの事情をすべて話した。

 

ふうん、と白蘭さんは面白そうに笑い、気遣うように僕に笑いかけた。

 

「大変だったね、正一クン。 君が元の時間に帰れるまで、僕が君の引受人になろう。 こうやって過去から来たことを、これからは安易に人に話してはいけないよ? 君を利用しようとする輩が出てくるかもしれないからね。」

 

「でも、これが僕の夢ではないとも言い切れないんです。

 

そう言ったら白蘭さんは、少し悲し気に微笑んだ。

 

「そうだね。 でも、君と僕の出会いを無かったことにはしないでほしいな。 たとえ一回限りの夢なのだとしても、僕にとって君は現実なんだ。 さあて!」

 

 白蘭さんは僕をひょいと持ち上げて立たせた。 突然のことに「ちょちょちょっと!?」と叫んで慌てふためく僕の顔を見て、白蘭さんは「本当に君は正チャンなんだねぇ」と言ってまた笑っていた。

 

 

「君にとっては10年後の世界なんだろう? 少し、僕とお散歩しようか♪」

 

 

 僕にとっての10年後の世界。

白蘭さんに連れられて訪ねたのは大学の研究室の一室だった。

壁際には本がうずたかく積まれており、残りのスペースは何やらよく分からない機械や論文が所狭しと敷き詰められている。

 

 

「白蘭さん、ここは何ですか?」

 

「ここはね、僕と正チャンが所属している研究室の部屋だよ♪ ここで僕らは、タイムトラベルを研究しているんだ」

 

 急に神妙な顔になった白蘭さんを見て、そして僕の今の状況を考えて、ここに連れてこられた理由が分かった。

 

 

「僕は良い研究対象ということなのですね?」

 

「ご名答♪ というか、君が来てくれたことが既に僕らの実験の成功を意味しているんだけどね?」

 

「あ、なるほど…」

 

「僕の正チャンが帰ってくるまで、10年前の正チャンで遊ばせてもらうよ♪」

 

 

怪しげな顔で手をわきわきと動かしながら迫ってきて、正直怖い!

 

 

「やややめてください!」

 

「嘘だよ♪」

 

「なんなんですかもー!!!」

 

 

 そうこうしながら、僕と白蘭さんは友達になった。

この研究室にいることにも慣れて、白蘭さんが僕を膝の上に乗せてアルバムを見せてくれていた。アルバムといっても、タブレット端末と呼ばれるものの中にある写真集だったが。

 正チャンはこの後派手にすっころんで眼鏡を割るんだよ、などと白蘭さんが楽し気に説明してくれた。

 

(僕が失敗したところばかりじゃないか…)

 

 あまりにも僕の失敗話ばかり話すのでふてくされていると、白蘭さんはごめんごめんと優し気に言った。

 

 

「いや、ね? 正一クンの反応が僕の知っている正チャンの反応にそっくりだったからついね♪」

 

「からかわないでくださいよ!」

 

 白蘭さんに聞いた僕の失敗を脳に焼き付けて、絶対繰り返さないことを誓う。

今の10年後の自分以上の存在になって、この銀髪の男を絶対見返してやるんだ!!

 

そして日が暮れてきたとき、自分の体に突然の浮遊感が訪れる。

 

これは、もしかして帰還の合図?

手や足が薄れていく。

ソファで寝そべっていた白蘭さんもそれに気がついて起き上がった。

 

 

「白蘭さん、僕は元の時間に帰るみたいです。」

 

 

 急に目の前にいる銀髪の男と別れるのが名残惜しくなって、顔をじっと見つめた。

 白蘭さんは優しく笑って言った。

 

 

「また10年後に会おうね、正一君。 絶対だよ? 今日たっくさんからかわれたからって、僕の事、避けたりしないでね。 僕に君以上の友人はいないのだから」

 

「白蘭さん…」

 

 

その一言で、この10年後の僕とこの目の前の青年との深いつながりを伺うことができた。

 

 

「またね、正チャン」

 

 

 白蘭さんが笑顔で手を振っているのが見えたところで、僕の視界はまた暗転する。

そしてたどり着いたのは、住み慣れた僕の家の、慣れたベッドの上だった。

 

 帰ってきたんだ。そう思うと同時に、白蘭さんのことが頭を離れず、未来へ自分の心を置いてきてしまったような気がした。

親友なんて、生まれてこの方持ったこのはなかった。 10年後の未来で白蘭さんと僕は出会い親友になる。 でも、僕はそこまで待つことができない。 会いたい。

 白蘭さん…僕の、親友。

 

 

 親友の姿を求めた入江正一は、近いうちにもう一度あのバズーカの引き金を引く。

しかしそれは入江少年に絶望を与えることになった。

未来世界で未来の唯一の繋がりである白蘭の姿を捜し出し、再会する。

 しかしそこでの白蘭は自分との面識がなかった。

諦めて帰ろうとする正一のその寂しげな姿に心動かされた白蘭は、その時、パラレルワールドの自分同士をリンクさせる能力に「目覚めて」しまった。

 

 親友同士との再会に喜ぶところだが、頭の良い正一は逆に恐怖する。

パラレルワールドの記憶を持つ白蘭の存在が、どれだけ世界にとって異質なことかに気がついたからだ。

 

 幼い入江少年はその場から逃げ出し、気がついたら自分の時間への帰還を果たしていた。

帰還した少年は、さらなる混沌へと巻き込まれていく。

 

 

 それは非日常を追い求めた末の罰なのかもしれない。

幼い入江少年は知らない。

日常こそがかけがえのないものなのだと。

 

 



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第4話 入江正一との邂逅

前半正ちゃん視点と、後半ヒバリさん視点の二本立て!
残酷な描写注意です。




(入江正一side)

 

 僕は無我夢中で走って、いつの間にか過去…僕の今、現実に戻っていた。

 なぜ白蘭さんは他の世界での僕のことを知っているんだ!?

 彼は一体何者なんだ。

 

 入江正一は震える手でPCの電源にスイッチを入れた。

 僕は彼のことを知らなければならない。

 彼は僕のことをなぜか異なる未来でも知っていた…。

 

 PCが立ち上がると、未来へ行ったときの情報をまとめたUSBフラッシュメモリーを差し込み口に差し込んだ。

 

 「!」

 

 入江が気付いたときにはすでに遅かった。

 『ダウンロードが完了しました』

 そういう文字が出現したと思うと、何やら大量のデータが僕のUSBから放出されたようだった。

 

 ちょっ…、あっ、ちょっと待って!!!この未来の情報を誰にも知られるわけにはいかないのに、気が動転していてオンラインのPCで立ち上げてしまった。 しかもなぜか分からないけど挿した瞬間にダウンロードされ、どこかに転送されたようだった。

 

 ヤバイヤバイヤバイ!!

僕はもしかしたら何かとんでもないことをしてしまっているのかもしれない。

もちろん今に始まった話ではないけど…でも何か決定打となるものを僕が今やってしまった気がする。

 

 真っ青になりながらも入江正一は今のデータの転送先を割り出そうと四苦八苦する。

そして転送先は5分ほどで判明した。

だが、そのサーバー管理者を特定してパスワードを手に入れなければその管理者が誰なのかが分からない。

そして丸一日かけてクラッキングし、パスワードを手に入れることができた。 震える手でそれを打ち込んだ。

見たいような、見たくないような。 だがこれは僕しか知らないことで、僕にしかできないことなんだ。

 

 ええと、この、データの転送先の名前は…

 確認したところ英語圏の人に送られたようだった。

その人のメールのログを読んでいく。

1日で膨大な量のメールがやりとりされていた。

 

 はたと目が留まる。

 『Future report』

 そう題名が冠されたタブを吐きそうになりながらクリックする。

 これを見たら確実に僕は…。

 

 それは、僕が未来で体験したことをつづった日記の英語訳だった。

 やってしまった…僕は未来のことを何かよく分からない人に教えてしまった。

 

 さらにスクロールさせていくと他のメールには、殺人の依頼、違法薬物の取引、各国スパイの現状、国家クーデタの企画書まである。

僕には荷が重すぎるものばかりが載っていた。

 僕は超危険な人物に未来の情報を渡してしまった。

 僕は…なんてことを。

 

 僕は衝動的に三度目のバズーカを使った。

そして訪れた未来では世界は荒廃し戦争で焼け野原となっていた。

 近くに落ちていた端末から流れてくるのはこの戦争を起こし世界征服を成し遂げた白蘭という独裁者の演説だけだった。

そう、僕が未来で出会った銀髪の男の顔だ。

 

 そして5分後、現実に戻ってきた僕は頭を抱えた。

 頭痛と胃痛がする。

動揺して息ができない。

 僕が傲慢にも自分の都合でタイムトラベルをしてしまったから、こんなことになってしまったんだ。

 ちくしょう。 ちくしょう!

 

 未来を世界が混沌に向かうのを止めなければならない。

 僕は一人で戦うしかない。

僕は必ず世界を元に戻さなければいけない。

白蘭という男が支配する未来を無かったことにするんだ。

 

 

 今後の動きについて必死に思考をめぐらせていた入江正一は、背後からの奇襲に気が付かなかった。

 

 

 「ガッ!?」

 

 

 頭を棒のようなもので殴られた入江正一は下にあったキーボードに顔面から叩きつけられる。

痛さと流れてくる血で目がくらみながらも振り向くと、そこには獰猛な肉食獣のような目をした男が立っていた。

棒だと思った物はトンファーだった。

 

 

 「君は入江正一だよね? ま、どちらにせよただではおかないけど」

 

 

 パソコンの画面をくいと顎で指した彼はそう言うと、僕に何度もトンファーを振るった。

 訳が分からなかった。

なぜ見知らぬ人からこんなにも暴力を受けなければならないんだ。

 

 

 「やめてくれ! 僕が何をしたって言うんだ!!!」

 

 「君は何もしていないよ。 ただ君は将来僕の並盛の風紀を乱すからね」

 

 「将来だって!?」

 

 

 将来という単語から推測するに、この男は未来の情報を何らかの形で持っているのかもしれない。

 

 

 「そうだよ。 だから君はここで死ぬんだ」

 

 「待って!!君は何を知っている?」

 

 「さあ…」

 

 

 その口ぶりは知らないようには思えない。

何より僕を見るその目は殺意に溢れていた。

 

 このままでは殺される。

生きて僕が未来を変えなければ未来は終わってしまう!

 

 そう思った入江正一は、決死の行動に出た。

床に敷いてあったマットを急に引っ張って雲雀の姿勢を崩し、そしてパソコンデスクの下から取り出しておいた拳銃を、よろめいた雲雀に向かって打ち込んだ。

 

 銃口を見た途端、雲雀の目が少し見開かれた。

 そして発砲音が鳴ったと思うと雲雀の腹部が真っ赤な血で染まり、雲雀が倒れた。

 

 

 「悪く思わないでくれ…!僕は未来を変えたかった…」

 

 

 入江は拳銃を握る手と喋る唇を震わせながらささやくように言った。

 

 だが入江が驚いたのは、撃たれてもなお雲雀が動こうとしたことだった。 ボヴィーノおわび詰め合わせセットの箱をリュックに詰め、全財産を持って立ち去ろうとした入江の足首を雲雀が掴んだ。

 

 地面に這いつくばりながらも入江を見上げるその目の意志の強さは、全く死にかけのようには思えなかった。

 しかし実際は雲雀の呼吸は荒く、つむぎだした声はとても小さくかすれており、死が目前に控えていることを示していた。

 

 

 「世界を敵に回すな、入江。 白蘭の…」

 

 

 言葉を最後まで言い終わらないまま血を吐きだした雲雀は何度か痙攣すると、足首を掴む手の力が緩み、支えを失って頭が床に打ち付けられた。 雲雀はそのまま動かなくなった。

 

 入江が首元に手をやると、脈はもう非常に弱く小さかった。

 このまま放っておいたら数分と経たずに死ぬだろう。 それより、早く逃げなければ警察が来て僕は捕まってしまう。

だが、最後に一つだけ。

 入江正一は雲雀のポケットから財布を取り出して学生証の名前を確認した。

 『雲雀恭弥』

 

 

 部屋の外に出ようとした入江は、最後にもう一度雲雀の方を振り返る。

 その獰猛さとは裏腹に、倒れ伏している雲雀はとても小さく感じた。

 

 

 

 

(雲雀恭弥side)

 

 人は変化するものだと、僕はこれまでの経験から知っている。

確かに、入江正一は未来の危険因子だ。

しかし、子ども時代の無垢な彼を殺してしまってもいいのか?

今の彼に何も罪はないのに。

 

 深夜2時。

今、入江正一の住民票のコピーを手にしている。

そして彼の住む家は今、目の前にある。

愛用のトンファーは懐に忍ばせてあるし、草壁に人払いも頼んである。

彼を殺す準備は万端。

あとは僕自身の気持ちの整理がつけば事は終わるだろう。

 

 雲雀は目を閉じてかつて自分がいた未来を回想する。

 

 

「雲雀さんを真似して、俺もトンファー持ってみました! コツとかありませんか?」

 

「ここはいずれ戦場になります。 私は、雲雀様に生き抜いて欲しい。ここは、私が食い止めます。 さあ、行って下さい!」

 

「殺せ…白蘭を…必ず、お前の手で! お前なら未来を変えられる…!」

 

 

 ここまでに背負ってきたものの重さを思い出した。

僕は今、仲間達の犠牲の上に立っている。

何としても白蘭を倒して平和な未来を実現する。

並盛町を戦火の渦から今度こそ守ってみせる。

 

 目の前で死んでいった大勢の仲間たち。

そして、最愛の…。

 

 

 入江正一はやはり殺さなければならない。

例え今の彼に罪は無くても未来で犯す罪が重すぎる。

 

 雲雀は鮮やかな手際で入江正一の家のドアのピッキングを終え、静かに扉を開けた。真っ暗な廊下が目の前に伸びて、視界の左端には階段が見える。

 階段を上り、入江正一の部屋の前に来た。

寝ているのか、とても静かだ。

 

 雲雀が気配を伺いながらドアノブに触れようとしたとき、中から大きな物音がした。

 

「!?」

警戒して半歩身を引いたがドアが開くことは無かった。

代わりに聞こえてきたのは、激しく咳をする音や、苦しそうな息遣い。

 

 喘息持ちか?

だけど、好機。女の体では万が一の反撃にも対応できないかもしれないし、卑怯だとは思うけど、弱っているところを始末する!

 

 トンファーを素早く装備してドアを静かに開け、部屋の中央、パソコンの前で膝をついてうずくまっていた人物の頭にトンファーを叩きこむ。

 

 

 ああ、一撃が相当に弱い。

雲雀は自分の身体能力の低さに歯がゆさ感じた。

トンファーで殴った人物の顔は暗くてよく見えないが、眼鏡が一瞬光って、こちらを見ていることがうかがい知れた。

 その人物の奥にあるパソコンには、殺人、薬物、スパイ、クーデタなどいかにもな内容が画面にびっしりと書き込まれている。

 へえ…。 彼は昔から相当頭が切れると聞いていたけど、もうこの時から黒だったとはね。

怒りがふつふつと沸いて来る。

駄目だ。 怒りを抑えろ。 若すぎる自分に叱咤する。 どんな時でも冷静さを失うなと。

 

 

「君は入江正一だよね? ま、どちらにせよただではおかないけど」

 

 

 言い終わらない内に何度もトンファーを叩きこむ。 この一撃の弱さは想定外だった。 決めきれない自分に腹が立ってきて、自分の動きが雑になっているのを感じる。

 

 

「や、やめてくれ! 僕が何をしたって言うんだ!!!」

 

 

 見かけよりも頑丈らしく、僕の攻撃を食らってもまだ声に力を失っていない。

小さく舌打ちをした。

 

 

「君は何もしていないよ。 ただ君は将来僕の並盛の風紀を乱すからね」

「将来だって!?」

 

 

 声が突然動揺したことを感じた。

なるほど、すでに白蘭と手を組んでいるとみて良いか。

じゃあ、咬み殺すしかないね?

 

 雲雀のいら立ちは最高潮だった。

弱い自分、倒れない敵、白蘭の手先、仲間のかたき。

それゆえに気がつかなかった。

最も自分が油断するタイミングを相手が窺っていることに。

 

 

「そうだよ。 だから君はここで死ぬんだ」

 

「待って!! 君は何を知っている?」

「さあ…」

 

 

 トンファーでは埒が明かない。

隠しナイフで彼の頸動脈を切り、蹴りを付けよう。

そう思って懐に手を伸ばした瞬間、入江正一の影が急に動いて、足元をすくわれた。

 

 

 「!!」

 

 

 入江正一の影から、パンと軽い音がしてすぐに、腹部に激痛が走った。

間違いなく体に穴が開いている。

 冷静に状況を見て、雲雀はああ、やられたと思った。

目の前には敵、手には拳銃、撃たれてコントロールが効かなくなってしまった僕の体。

そのままぐしゃりと地面に倒れる。

 クソ、動け。 動け…!

こんなに弱くなってしまった自分にイラついてたまらなかった。

血が逆流して口からあふれ出る。

 

 敵が目の前にいるのに動けない自分がイラつく。

入江正一はすでに立ち去ろうとしていた。

たまらず、その足首を掴み、入江正一の顔をにらむ。

 

 一瞬だけその表情が見えた。

その顔は本当におびえた子どもの顔をしていて、本当に一瞬毒気を抜かれてしまった。

 

 この幼い少年が本当に世界を地獄に変える歯車になるのか…?

雲雀の心に今更になってまた迷いが生じる。

このまま僕が死ぬのだとしても、最後に言葉をかけておきたい。

もしかしたら僕の言葉が彼を凶行から遠ざけるかもしれないという一縷の望みにかけて。

 

 

「世界を敵に回すな、入江。 白蘭の…」

元へ行くな。

 

 

 言い終えよろうとした矢先、猛烈な吐き気を感じて吐血する。

クソ、体がもう持たない。

頭が朦朧とする。

 

 入江正一が近づいてきて、僕の首元に手をそえたことを感じた。

とどめを刺されたように感じた。

意識が遠のいていって、僕にはそれがどこか懐かしいものに思えた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「…さん! 雲雀さん! あと少しです、死なないでください…雲雀さん!」

 

 必死な声が聞こえた気がした。

薄く目を開けると誰かの背中に背負われて移動しているのだと分かった。

この背中は知っている。

 

 

「…くさかべ」

 

「雲雀さん! あと少しで病院です。 だから耐えて下さい!」

 

「…」

 

 

 声を出す気力がもうほとんど残っていなかった。

だが声を絞り出した。

 

 

「降ろせ」

 

「っな!? この状況で何言っているんですか!? 今の状況、分かっていますか?」

 

「撃たれて、死にかけ」

 

「そうです。 素直に運ばれて下さい」

 

「…」

 

「雲雀さん? …ひばりさ…」

 

 腹部に激痛が走り、瞬間、草壁の声が遠のいていく。

もし、もし次に目が覚めたら、草壁を咬み殺そう。

ああ、本当に。

 

 

 

 



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第5話 お見舞い

まず10年後のお話から始まります。
その後、ハルちゃんがお見舞いに来ています。

ハルちゃん可愛いよハルちゃん。


  荒れ果てた荒野にて。

 数えきれないほどおびただしい数のウミヘビの槍が、四方八方から雲雀を突き刺しにくる。

 新しく来る槍を避け、飛び越え、くぐっては槍の林の間を走り抜けて突破を狙う。

 その間もめまぐるしく視線を動かし、この状況を把握しようと冷静に分析を行う。

 

  地面に突き刺さったウミヘビのこの異常なまでの硬さと、わずかに見えるこの炎から察するに、雷属性の硬化か。

一本一本が地面の奥深くに突き刺さっている。

そうして走っているうちに雲雀は、上から下へ右から左へと幾重にも何層にも交差した槍の中に閉じ込められつつあることに気が付く。

 

 だが、本当に恐ろしいのはここからだった。

 

 

 「!」

 

 『幻魔ウミヘビ方眼(レーペ・センペルテ・ディ・マーレ)

 

 

 その張り巡らされた槍同士の間隔が猛スピードで狭まっていく。

雲雀は数秒前に目に焼きつけた光景と今見えている光景を比較して、狭まるというよりはこの『槍の檻』とも言える全体が縮んでいっていることを確認した。

その縮まる檻が残酷にも雲雀の退路を防いでいく。

 

 

 『恐れを知らぬ者よ』

 

 

 雲雀はC級リングをはめると匣兵器を取り出して炎を注入した。 雲雀の頭ほどの大きさの雲ハリネズミがくるくると回りながら雲雀の前に現れる。

 

 

 「ロール」

 

 

 雲雀が名前を呼ぶとロールは小さく鳴いて返事をした。

すぐさま高速回転を開始し、雲雀が立っている横の地面に向かって穴を掘り始めた。

ちょうど雲雀が通れるくらいの穴がすぐに掘られていき、雲雀は迫りくる檻に完全に捕らえられる前にそこに飛び込んだ。

 

 

 『……』

 

 

 地面に入ったため雲雀の姿を見失った面の男、トリカブトは、しばし考えた後、槍の檻の幻影を解除した。

この槍の檻は雲雀を閉じ込める檻でもあり、逆に言えば敵の侵入を防いでしまう防波堤でもあった。

そのため鉄の檻の下の地面に飛び込んだ雲雀を追うには、幻影を解除しなければならなかったのだ。

 

 

 「冷静な観察眼をお持ちのかたですね。 あのひっ迫した状況において、トリカブトが作り出した方眼の中心にその収縮点があることを見抜き、手薄になった地面に逃れるとは」

 

 

 離れて攻撃する機会をうかがっていた桔梗はほう、と感心したようにため息をついた。

 

 

 「初見殺しの技を突破されてしまっては、彼にはもうあの技は効きませんね」

 

 

 同じ穴から出てきて再び地面へと戻った雲雀は、足一つ乗るくらいの雲ハリネズミを空中に大量に出現させて足場にし、一瞬でトリカブトに詰め寄った。

空に浮かんだまま雲雀から離れようとするトリカブトは迫りくる雲雀のあまりの速さに対応できなかった。

 

 

 「遅い!」

 

 

 追いついた雲雀は呟くと、トンファーでトリカブトの仮面をかち割った。

その途端、トリカブト自身がまるで幻影であったかのように黒い霧が霧散していく。

そしてその中から、体全体に呪文を刻んだ僧が死体となって現れ、地面に落下していった。

 

 空中の雲ハリネズミの上でそれを見届けた雲雀。

その正体を見たとき、眉根をよせて何かを呟いたかと思えば、すぐさま次の敵をその目で見据えた。

 

 

 「もしかしてその僧とお知り合いでしたか?」

 

 

 僧の顔を見て顔色を変えた雲雀に桔梗は興味を持った。

桔梗の問いかけに対して雲雀は一瞬黙り、おもむろに口を開いた。

 

 

 「少しね。 でもこれではっきりしたよ。 君たちは僕に咬み殺される」

 

 

 雲雀よりさらに高いところに浮かんでいた桔梗は、それを聞いてハハンッと笑った。

そしてその横に浮かんでいたブルーベルもプッと吹き出す。

 

 

 「ぷっぷー!ヒバリン何言っちゃってんの?」

 

 

 桔梗の隣でおとなしく様子を見ていたブルーベルはきゃははとおかしそうに笑った。

 

 

 「ブルーベル達のこと、そこらへんの雑魚兵と一緒にしてない?あんた本当に見る目あんのぉ~?」

 

 

 ニヤニヤと笑って雲雀を見つめるブルーベルをいさめるようにシッと彼女の唇に指をあてた桔梗は、ブルーベルの言葉の続きを引き取って言った。

 

 

 「トリカブトはいくらでも作れますが、私たちはそうもいかないのです。

世界中から白蘭様のお導きによって真の力を目覚めさせた我々は、白蘭様にお仕えするため生まれた存在。

白蘭様にお仕えする我々は、その力を白蘭様のために振るうのです。

それゆえ、あなたに絶対に負けるわけにはいかないのですよ」

 

 「じゃあ、その力とやらを見せてもらっていいかな。 今のところ弱すぎて何も楽しくないんだけど」

 

 「はぁーーーー!?あんだとー!ヒバリンこらぁー!!もっぺん言ってみろー!」

 

 

 それを聞いたブルーベルはむきーっと怒って、察した桔梗の制止を振り切って雲雀の前に躍り出た。

そして目をらんらんと輝かせている。

 

 自分と同じ匂い…雲雀は自分自身が戦闘狂であるとは気が付いていないものの、彼女からただようどこか自分と似た匂いに、雲雀はブルーベルに興味を持ったのか薄く笑った。

それを見たブルーベルも雲雀に向かってニィッと笑った。

 

 にらみあう二人の視線がしばらく交差した。

そこで口火を切ったのはブルーベルの方だった。

 

 

 「ヒバリンなんかブルーベルの手にかかれば、秒殺だよっ」

 

 

 腕に氷のようなものを作り出したブルーベルはそのまま雲雀に襲い掛かった。

 

 

 「へえ。 お手並み拝見するよ、お嬢さん」

 

 

 雲雀はいかにも楽しそうに笑った。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 花々に彩られた自然豊かな森の、清らかな川に浮かぶ船の上に僕はいた。

その船には僕の他に、何人も顔を見知った人たちが乗っていた。

僕はこの船を居心地が悪いとも良いとも思わなかった。

 

 ただ今はこの川の流れに身を任せていたかった。

 

 

 だが、この川はどこかで終わってしまい、そのとき僕も終わってしまうような予感がした。

そしてふと前方を見ると、ただの陸なのに、どこか終着地のような場所が見えた。

僕はそっちへ行きたくない。 まだ…。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ふ、と目を覚ますと雲雀はベッドに横たえられていた。

べっとりかいた汗が気持ち悪かった。

心臓がいつもよりも早く打っていて、ひどく寒気がする。

 

 一体どういう状況、とおもむろに手を動かそうとすると、何かが自分の手を握っていることに気が付いた。

見ると、今にも泣きだしそうな瞳で自分の顔をじっと見つめている人がいた。

 

 

 「…三浦、ハル?」

 

 

 自分の声がとてもかすれていて驚いた。

のどが乾燥していたことに気が付かず少しせき込む。

ハルが握っていた手を離してそっと水を差し出してきたのでそれを飲んだ。

 

 

 「ハァ…。 君のストーカー根性には本当にあきれるよ」

 

 「起きてほぼ第一声がそれですか、ヒバリさん」

 

 

 ハルは笑っているような泣いているような顔をしていた。

 

 

 「記憶が曖昧なんだけど、僕がどうしてこうなっているのか教えてくれる」

 

 「えっと…、草壁さんが詳しく知っていると思うんですけど、ハルが知っているところだけを説明します」

 

 

 聞けば、僕は撃たれたらしい。

それを聞いたとたん、遠のいていた記憶が鮮明に思い出された。

真っ暗な部屋。 ただ一つ光るPCモニター。

逆光でよく見えない中、彼の眼鏡がときたま光って見えた。

そして姿勢を崩した僕に向けられた銃口。

 

 

 「ああ、思い出したよ…。 僕は彼を殺し損ねたんだ」

 

 

 言ってからしまったと思った。 しかしそれを聞いてもハルは動じず、むしろ真剣な顔で僕を見つめてきた。

 

 

 「ヒバリさんっていつも何をしているんですか?」

 

 「いつも……いや、君とは関係ない話だ」

 

 

 そっぽを向こうとして体をねじろうとしたら腹部に激痛が走ったので、そろそろと体の向きを元に戻した。

それが少し顔に出てしまったらしい。

それに気が付いたと思われるハルの声はとても心配そうだった。

 

 

 「ヒバリさん…ずっとうなされていましたよ。 大丈夫ですか」

 

 

 頭がぼうっとしてハルの声が少し遠くに聞こえた気がした。

気付いてみれば、腹部がとても痛い。 全身が脈打っている。

それなのに背筋は氷にあてられているみたいに寒い。

頭がぐるぐる回っている。

 

 でもそれをこの女に気付かれるのは嫌だ。

 

 

 「…問題ないよ」

 

 「ヒバリさん…やっぱりしんどそうです。 寝ていて下さい」

 

 「君がいたら寝られない」

 

 「!す、すみません…。 ハルは一旦帰ります。 また明日来ますね」

 

 「…そんな悲しそうな顔をされたまま帰られても困るな」

 

 「はひっ!?」

 

 

 ハルは突然のその言葉に動揺して赤くなっていた。

悲しそうな顔より断然そっちの方がいいと雲雀はぼうっとした頭で思った。

 

 

 「僕はさっきまで夢を見ていたんだ…昔の夢だよ」

 

 「昔、ですか?」

 

 「僕がここに来る前の話」

 

 「その日僕は一人で荒野に向かった」

 

 「知り合いの死体に手紙がくくりつけられて、僕のところに送りつけられてきたから」

 

 「罠とは分かっていたんだけど自分が止められなかった」

 

 「死体を辱められて、黙っているなんてできない」

 

 「あの10年バズーカを持って行って正解だった」

 

 「正直死ぬって分かっていたからリングも匣兵器も全て持って行ったよ」

 

 「案の定僕は彼らに及ばなかった」

 

 「最期の死闘が本当に楽しかった」

 

 「もうすこし精度の高いリングがあれば…」

 

 「だけどそう…全て白蘭が持って行ってしまった」

 

 「そう、白蘭……」

 

 

 「ヒバリさん?」

 

 

 その内容が非常に気になってはいたものの、普段無口な雲雀がよくしゃべるので、何かがおかしいとハルは気が付いた。

名前を呼んでもそれが聞こえなかったかのようにそのまま雲雀は話し続けた。

 

 

 「でもここで死ぬ気にはなれなくて、だから僕は自分の頭に向かって引き金を引いた」

 

 「世界が一瞬消えたんだ」

 

 「そして現れた並盛町には僕以外誰もいなくて」

 「僕は…それをとても……………」

 

 そこまで言った雲雀は力尽きたように目を閉じた。

気がつくと彼は非常に呼吸が荒く、真っ赤な顔で滝のような汗をかいている。

 

 

 「ヒバリさん!?」

 

 

 その後も何かしらを口走っていたが呂律が回っておらず言葉になっていない。

これはまずいと察したハルはナースコールを押した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 駆け付けた医者によって解熱剤が投与され、落ち着いて眠る雲雀を見ながらハルは自分が雲雀のためにできることを考えていた。

 

 先ほどヒバリさんが口走っていたことはハルにはよく分からないことばかりで頭がグチャグチャになっちゃっていますが、ヒバリさんが大変なことに巻き込まれているということはよく分かりました。

私を命がけで助けてくれた、あなたの助けに私はなりたいです。

 

 先ほどのお話によると『白蘭』という人がヒバリさんの敵のようです。

そしてヒバリさんが夢うつつに呟いていた『入江正一』という人は、何者なのでしょう?敵なのでしょうか、味方なのでしょうか。

私はこの二人についてシリアスに調査しようと思います。

 

 

 ヒバリさんが巻き込まれていることにハルも関わってしまったらヒバリさんは怒るでしょうか。

ヒバリさんは…やっぱり怒るでしょうね。

 

 それでもハルは、あなたと同じところで同じものを見たいと思い続けていました。

爆風の中、ヘルメット越しにあなたの目を見たあの日からずっと。

 

 あなたに恋に落ちたあの日からずっと。

 

 



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第6話 三浦ハル

ハルちゃんってピュア可愛いですよねぇ。
ヒバリさんは生意気可愛いですねぇ。


 三浦ハルは目覚ましの音で目を覚ます。

しかし朝に弱いのか、目覚ましを止めてから数分間は動かなかった。

そして、意を決したようにむくりと起き上がったハルは眠そうな目をしばたかせている。

髪の毛の寝癖は大きく広がり口元に至ってはよだれが出ていたが、ハルはそれらのことにまだ気がついていない。

オレンジ色のパジャマが肩からずり落ちていたのを直して何を思ったのか、再び布団へと倒れこんだ。

そしてそのまま動かなくなってしまった。

 

 このだらしなさである。 彼女を知らない人がこの姿を見ても、並盛町にある日本でも指折りの偏差値を誇る女子中、通称緑中に通う生徒とは到底思えないだろう。

しかし現に彼女は、遊び盛りの小学一年生から塾に通い、友達との遊びや旅行を断って塾の夏期講習・冬期講習へ参加し、隙間時間には塾の自習室に通って予習復習を行うような不断の努力を続けてきた人である。

そのようにひたむきな努力を続けて緑中に合格した三浦ハルは、はた目にはまったくそのようなエリートには見えない。

だがその理由が三浦ハルの良さなのかもしれない。

彼女の明るさや朗らかさが付きまとう偏見ややっかみを振り払ってしまうからだろう

彼女自身の大らかな性格が、三浦ハルとしての個人を人に見させることを可能にするのだ。

 

 しばらくするとハルの部屋の扉の向こうから母親が起床を促す声がする。

ハルは寝ぼけた声でふぁいと答えて、近くにあったぬいぐるみを抱き寄せて「うー」と唸る。 ハル!と母親の声がさきほどより大きくして、ハルは多少嫌そうに「起きたー」とくぐもった声で返事をした。

そして面を上げたその顔は数分前よりはまだ冴えた顔をしている。

ただ、いくばくか不機嫌そうではあったが。

ハルは緩慢な動作ながらも慣れた手つきで制服へと着替えた。

そしてヘアゴムをくわえ、ブラシで髪をとかしながら髪を結っていく。

仕上げにおくれ毛をヘアピンで止めて、いつも通りの三浦ハルの出来上がりである。

ハルは姿見の前で一瞬ニコッと可愛らしく笑うと、満足したように部屋を出て行った。

 

 洗面所に寄ってからリビングに行くと、先ほどの母親が朝ご飯を用意してくれている。

リビングのソファで何やら難しそうな本を読んでいる父がいる。

そして今日の予定などを話しながら家族で朝食を食べる。

これが三浦ハルの平凡な日常である。

 

 日常は同じような繰り返しに見えるかもしれないが、生きているということは毎日初めての一瞬を積み重ねることだ、というのは誰が言った言葉だっただろうか。

今日の初めての一瞬の一つ目は、三浦ハルが朝食を食べ終わって歯を磨いているときに起きた。

 

 家の横には塀があるので普段は人の声が直接届くことはない。

だが、夏の風を通そうと思って今日開けていた窓から、割と鮮明に声が聞こえてくる。

三浦ハルはそこで初めて窓の外に注意を向けた。 塀の上で何かが通り過ぎていく

なんだろうと注視して見ると、黒のスーツに黒のシルクハットを被った赤ん坊が塀の上を歩いていた。

 

 

 「はひーっ!危ない、危ないですよ!」

 

 

 塀の上を歩くという危険な行為をしている赤ん坊にとても驚き、歯磨き粉を飲み込んでしまったハルはむせた。

収まって顔をあげるとすでに赤ん坊はいなくなっていた。

 

 こうしてリボーンと出会ったことが三浦ハルの恋のきっかけとなり、その恋が日常に変わって、日常が喜びになる。

そう、日常が変わるきっかけはどこにでもあるものだ。

 

 リボーンを初めて見た朝から三浦ハルは家の窓から外を覗く癖がついた。

そうした観察の結果、平日毎朝、家の塀の上を通るらしいということが分かった。

よくよく見ると赤ん坊の隣に男の子が並んで歩いている。

きっとあの赤ん坊の兄なのだろう、とハルは推測する。

いくばくの思考の後、二人は似ていないと結論付けたハルは、それよりも赤ん坊が塀の上を歩くのを許すのは兄としてあるまじき行為だと内心憤慨したものの、それを止めてしまうと平日毎朝の楽しみが無くなってしまうため言えないでいるジレンマを抱えていた。

 

 あの赤ん坊に塀の上以外で会える場所は無いだろうか。 もしあればそこで会うことにすれば、塀の上を歩かせることを注意できる。

 そこでハルは気が付いてもいいはずだった。 自分があの赤ん坊にそこまで執着する必要はあるのだろうかということ、そしてそれが許されるのかどうかという問題に。 だが三浦ハルはどこまでも純粋で、自分が好いた赤ん坊を追いかけること何の疑念も抱かなかった。

 

 そしてとある日曜日の朝に、三浦ハルはリボーンを探すために町へ繰り出したのだった。

 

 赤ん坊が行きそうなところと言えば、駄菓子屋、おもちゃ屋、あとは…保育所とか幼稚園?とハルが思考をめぐらせながら町の中心街に向かう通りを歩いていると、街路地からかなりのスピードで飛び出してきた人と側面からぶつかってしまってこけた。

 

 

 「はひっ!何ですかぁー!もー!!」

 

 

 飛び出してきた人は尻もちをついた姿を見て少々バツの悪そうな顔をして視線を逸らすと、「立てる?」と言いながら手を差しのべた。

 

 

 「ぶつかっておきながらごめんの一言も無いの!?いいです!一人で立てますから!」

 

 

 ハルは制服についた砂を払い落としながらすっくと立ち上がった。

二人がぶつかって一人しか倒れなかった。

その事実からハルはその人が自分よりも大きな人だと思っていたが実際こうして対面してみると、ハルより小さい男の子だった。

 

 割と幼さを残した風貌で制服を着ているので、おそらく中学生だろう。

年齢はハルにはよく分からなかった。

自分より幼く見えるのはその身長のせいかもしれないし、自分より年上に見えるのはその瞳に宿る強い意志のせいかもしれない、そう思いながらハルは、ただの通りすがりの人に対して何を考えているんだろう、と自分で自分がおかしくなってしまい、ついこらえ笑いをしてしまった。

すると惚けていたその男の子の顔がみるみるうちに不機嫌そうな顔に変わったので、ハルはしまった、と内心慌てていた。

 

 

 「い、いえ!今私が笑ったのはあなたのことを考えていて、ただの通りすがりの人であるあなたのことをこんなに考えてしまっている私は何なのでしょうーって…おかし…く?」

 

 

 言っているうちに、これ告白みたいじゃない、と思ったハルはさらに慌ててしまって、その慌てようが顔にまで出てきて、真っ赤になってしまっていた。

 

 

 「はひーっ!無理!ごめんなさい!もう、何でもないです!!」

 

 

 恥ずかしさが頂点まで達したハルは目をまわしながら来た道をUターンしようとしたところ、いきなり手首を掴まれて本気で動揺する。

 

 

 「な、何なのでしょう?」

 

 

 「君は動揺しているようだけど、そんなことはどうだっていいんだ。 ねえ、リボーンって赤ん坊が今どこにいるか知らない?黒いスーツを着ている赤ん坊なんだけど」

 

 

 どうだっていいと言われたことに少し落胆した自分がいることに驚きながらも、ともかくリボーンという名前を頭の中で反芻する。

黒いスーツを着た赤ん坊、と考えたところで心当たりが容易に思い浮かんだ。

 

 

 「リボーン…。 あ、もしかしてあの子のことかな」

 

 

 平日毎朝自分の家の塀を横切る赤ん坊の横顔が思い浮かぶ。

そうつぶやくや否や、その人がハルの手首を握る力が強まった。

 

 

 「痛いっ」

 

 

 ハルがついそう叫ぶと男の子はパッと手を離した。

 

 

 「心当たりがあるなら案内してよ」

 

 

 そう言ったその人の顔は涼しげで、悪いことをしたと思っているようには到底見えなかった。

ぶつかってくるし強すぎる力で手首を握ってくるし、不躾に頼み事してくるし、この人本当に失礼だわ!という本音をぐっとこらえて、その頼み事の内容に関して考える。

心当たりはないわけではない…しかし見ず知らずの人に対して人様の赤ん坊を紹介してしまうのはどうだろうか、この人の目的が分からない中、頼み事を飲んでしまうのは赤ん坊を危険にさらすことになる。

そう思い至ったハルは、その人の瞳に宿る強い意志よりもさらに強い意志でその頼み事をはねのけようと思った。

 

 

 「だめです!見ず知らずの人をリボーンちゃんのところに連れていくなんて、そんな危険なことはできません!」

 

 

 ハルは仁王立ちになってありったけの勇気をこめて言い放った。

ハルの勇気も空しくその人は、ならいいよと言ってあっさりと引き下がり、ハルの横を通り過ぎて町の中心街とは逆の方向へ行ってしまった。

 

 

 「も、もう。 何だったんですかあの人は…」

 

 

 ハルは一連の出来事で一日の気力を使い果たしてしまった。

ハルはその日リボーンを捜すことを諦めた。

 

 その日曜日の夜、歯を磨きながらハルは昼間の出来事を思い出していた。

街路地から飛び出してきてハルにぶつかってきた人のことだ。

いきなり不機嫌になったかと思えば涼しげな顔をしていたり、ぶつかってきたと思ったら何事も無かったかのように通り過ぎてしまったり、あの人はまるで雲のようだと、ハルは見えていた月にかかる雲を見ながら思った。

 

 

 日は飛んで火曜日。 ハルは歯を磨きながら、今日も自宅の塀を歩いているリボーンに熱い視線を送っていた。

短い手足、大きな頭、そんな体とはふつりあいなスーツに似合いの帽子、そのアンバランスさにハルはすっかり魅了されていた。

頬を紅潮させながら、はぁと時々ため息をもらしているその姿はまさに恋する乙女である。

ただ目の下にある寝不足の隈が多少ヤンデレ感を醸し出しているのは仕方あるまい。

昨日の夜、ハルは思い悩んで寝不足だったからだ。

 

 最近盗み見だけでなく盗み聞きも始めたハルは徐々に行動をエスカレートさせており、昨日はついにリボーンに自分から会いに行った。

 

 リボーンが塀を上っているのであれば自分も上らなければという突拍子もない発想はどこから来たのか分からないが、ハル自ら塀に上ってリボーンの顔を初めて真正面から見た。

好いている人の顔を間近に見られた喜びで気が動転しそうになった。

だが昨日あの人に歯向かった勇気に比べたらこのくらいという思い切りで、リボーンと友達になりたいという意思を伝えると、何を今まで迷っていたのだろうと後悔してしまうくらいあっさりとリボーンは承諾し、ハルは本懐を遂げることができた。

 

 そしてリボーンと友達になることが叶ったハルであったが、その後すぐにツナがリボーンに質の悪い教育を行っていることを知り、ツナに対して怒りが収まらず、その夜ツナの毒牙からリボーンを救うために沢田家に忍び込もうとした。

 

 不法侵入で犯罪者になる直前にビアンキと出会い、事なきを得たが。

ビアンキはリボーン救出の同志だと分かったハルは、そのビアンキとおでん屋で親睦を深める。 そしてそこで彼女にリボーンは最高の殺し屋だと聞かされ、同志である彼女の言葉をハルは信じるか信じないかで非常に思い悩んだ結果、今朝のこの目の下の隈ができたということだ。

 

 そしてその一晩の悩み事の帰結としてハルはツナの実力をはかることでリボーン=殺し屋という言葉の真偽を確かめようと、今日ツナに対決を申し込むつもりだった。

 

 ハルの父親の趣味は鎧収集であり、たしなむスポーツはアイスホッケーである。

ツナと対決する際には防具としてアイスホッケーのヘルメットと鎧、武器としてスティックを用意した。

手こずりながらもハルはそれを着ることができた。

 

 今日は火曜日なので通常通り学校があり、何だかんだ真面目なハルにサボるという発想は無い。

すぐに学校に行けるようにその下には制服を着こんでいる。

 

 外に出たハルは初め、鎧の重さに顔をしかめながらも意気揚々と歩を進めていた。

だが、6月の日差しと制服の上の鎧で鎧の中は炎天下であり、何より鎧は30キロ近くあった。

 

 結果としてツナの通学路にたどり着くまでに、ハルは滝のような汗をかき、体力がかなり失われていた。

鎧の重さによる体力消耗。

そして寝不足とこの暑さで、熱中症にかかっていることにハルは気が付いていない。

足元がおぼつかなくなっているのは自分の寝不足のせいだろうと決め込んで、自分が危険な状態にあることに気が付いていなかった。

 

 

 そしてツナの後姿を視界に捉えたハルはさらに歩を進める。

そしてツナがハルに気が付き、ハルがほとんど不意打ちながらも先制攻撃を仕掛け、リボーンをかけた戦いが幕を開けた。

 

 先手はハル。 スティックをツナに激しくふるうもツナはハルが思っていたよりすばしっこく、スティックは空を切って地面に叩きつけられた。

スティックから手に伝わってくる衝撃が痛かったが、ハルはそれをぐっと堪えて次の攻撃を仕掛ける。

ふらつきながらも筋の良い攻撃をし続けるハルのことを、遠くで見た獄寺がツナに敵対するマフィアの一人だと勘違いしてしまっても無理はないだろう。

 

 

 「10代目さがってください!」

 

 

 突然現れた獄寺にツナは驚いた。

獄寺が自分を守るということは、とその先に起こる出来事をツナは容易に想像できた。

名前を呼んで止めようとしたツナであったが一歩遅かった。

 

 

 「果てろ」

 

 

 獄寺の掛け声と同時に着火されたダイナマイトがハルに向かって投げつけられる。

ハルはそれを視認しても最初は何も危機感を覚えなかった。

それは獄寺のようなマフィアではなくハルはただの一般人であるから爆発物など一生でそうお目にかかれるものでもないし、何よりハルは熱中症で頭が回っていなかった。

これは爆発物だとワンテンポ遅れて気が付く。

しかし逃げるにはすでに時間が経ちすぎており、すでにハルの身体は限界に来ていた。

 

 爆発音とともに熱風と衝撃波がハルを襲う。

ヘルメットや鎧といった防具を装備していたハルは軽傷で済んだがその余波でハル自身が川に投げ出されてしまう。

こんな重いものをつけたまま川に落ちたら沈んで溺れ死んでしまう。

ハルは自分の生還の可能性がかなり低いことを悟り、死を覚悟した。

 

 そのとき。 恐怖に目をつぶろうと閉じかけていたハルの瞳がどこかで見たような人の顔を捉えた。

そう、どこかで見た。 いつかに見た。

この涼しげとも不機嫌そうとも見える顔を。

意志の強そうなこの人の目を。

その人の口が何か言いたげに動いたが、ヘルメットを着けているハルにはそれが聞こえなかった。

 

 瞬間、その人は女性であるハルを失礼にも足で蹴飛ばした。

その人が蹴飛ばしたためハルは元の橋の上に戻り、その人は頭から川へと落下していった。

 

 

 「そ、そんな…!!」

 

 

 ハルは地面に打ち付けられた衝撃で全身にしびれが走って動けないでいた。

動けない中、川に落下したあの人がどうなっているのかを確かめられないでいた。

あんなにも傍若無人だったあなたが自分の身を危険にさらしてまで、私なんかをどうして…。

 

 ハルはショックで茫然としていた。

するとハルの横を一陣の風が走り抜ける。

ものすごいスピードでツナが川に飛び込んでいったのだった。

 

 ツナさんがあの人を助けてくれる。

そう安心した途端ふっと力が抜けて、体力も気力も消耗していたハルはそのまま意識を失った。

 

 

 後日聞いた話では、ツナさんがあの人を助けてくれたらしい。

あの人が川に落下したときの打ちどころが頭だったらしく一時は意識を失っていたみたいで病院に搬送されたんだって。

でも何時間と経たないうちに意識を取り戻して怪我は何もなく事なきを得たと聞いて一安心です。

あのとき私も意識を失っていて、並盛中央病院に搬送されたんだけど、私は熱中症にかかっていたらしく、数日間熱に浮かされその間入院。

私より早く退院したあの人と病院で出会うことは無かった。

 

 だから今度会えたら、きちんとお礼を言おうと思っています。

 

 

 そして退院した三浦ハルは日常へと戻った。

いつもの平日。

目覚ましの音で目を覚ましたハルは眠そうな目をしばたかせ、髪の毛の寝癖は大きく広がり、口元に至ってはよだれが出ていたが、ハルはいつも通りそれらのことに気がついていないようだ。 緩慢な動作でハイソックスを足に通し、髪を一つに結う。 そして顔を洗い、しゃきっとした顔で両親と言葉を交わして朝食を食べ、歯を磨く。

 

 歯を磨いていると、塀の上を歩くリボーンを窓越しに見つける。

 ここまではこれまでと同じ。 でもここからは少し違う、日常の中の新たな一瞬。

 リボーンがこちらを見て、ニッと笑った。

 

 

 「ちゃおっス!」

 

 「おはよ、ハル」

 

 

 リボーンの横にいたツナも笑顔でハルに手を振る。

 

 

 「おはようございます!リボーンちゃん!ツナさん!」

 

 

 窓を大きく開けてハルは笑顔で挨拶に応えた。 ハルは歯を磨き終えるとローファーを履き、行ってきます!の元気な掛け声とともに玄関の扉を開けた。

そしていつも通り通学路を歩いていく。

 

 あ。 というつぶやきと共にハルの目が大きく見開かれる。

ハルの通学路にいつもは見ない、いつもと違う人がいた。

丸い頭、ぼさっとした髪の毛、ブレザーを両肩にかけて歩く後姿。

割と小さめな身長なのにすっごく力が強くて…。

 

 そう、彼はきっと日曜日の朝にぶつかったあの人だ。 火曜日の朝に私を命がけで救ってくれたあの人だ。

ハルは思わず走り出した。

そしてその人に手が届くところまで走り寄るとその人はハルを目で認めた。

初めて会ったときも二回目会ったときも、今回も。

いつも同じ表情をしているんですね。

 

 そんなことを思いながらハルは雲雀恭弥の前に躍り出た。

 

 

 「私、三浦ハルと言います!」

 

 

 ハルの日常が恋となり、ハルの日常が喜びに変わる、そんな新しい一瞬だった。

 



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第7話 入江正一の覚悟

正ちゃんが荒稼ぎする回です。
多少のグロ注意です。

※4/27 23:42 加筆修正しました


 入江正一は公園の公衆トイレで着替えていた。

先ほど雲雀恭弥を撃ったときに返り血を浴びたためだ。

 

 ランボが家の壁を壊して入ってきたあの日から、僕の人生は敷かれたレールから大きく逸脱してしまった。

 

最初は非日常だと本当にワクワクした。

だけどこうして自分のところに刺客が現れて殺されかけたり、正当防衛とはいえ人殺しをしたり、こんな物騒な未来は全く望んではいなかった。

 

もしあの赤子さえ家を訪れなければと、僕は何度思ったことだろう。

 

ただ、矛盾しているが、僕は未来で白蘭さんに出会えたことだけは後悔したくなかった。

たとえ未来を真っ黒に塗り潰した張本人だとしても、その裏には何か理由があるはず。

そう考えてしまうくらい、あのたった数時間で、僕は白蘭さんを友人として好きになってしまっていたんだ。

 

それにしても、疲れた…。

 

今は深夜の2時であり普段ならとうに就寝している時間だった。

服を着た後、壁にもたれかかったままずるずると座り込んだ正一は、そのまま眠り込んでしまった。

 

 

 はっと気が付くとすでに日が頂上まで登っていて、ちょうど時間は昼の12時だった。

そのままぼうっとして昼の空を見上げていた。

空を自由に飛ぶ鳥を見て、一瞬、このまま世界から消えてしまいたいと思っていた自分に気がつく。

 

ダメだ、ダメだ。

正一はかぶりを振って雑念を振り払った。

 

そこで正一ははたと気が付く。

 

 

 雲雀恭弥が死んだということは世間が知っているのだろうか?

その、犯人については?

 

 

 これから白蘭さんによる未来の支配を食い止めるために奔走することになる。

そのために雲雀恭弥の痕跡をたどる必要がある。

すでに死んだ彼の足跡を辿るためにはどうしても彼を知る人と話す必要があるし、もし僕が彼を殺したとバレていたら、絶対話してくれないしむしろ敵対するだろう。

早急に調べなければ。

 

 正一はパソコンを取り出すと警察のデータベースへアクセスした。

事件の記録を閲覧していくが、該当するものは無さそうだ。

これは一体どういうことだろう?

 

 正一は以前からお世話になっていたる情報屋にコンタクトを取ろうとして、電源を切っていた携帯電話の電源を入れた。

 

 

この情報屋との出会いは小学生のときに遡る。

愛用の自転車が盗みにあってしまい、途方に暮れていた時、友人から紹介を受けた。

『並森町の中の出来事であれば何でも相談に乗り解決に導きます』

というのが謳い文句で、その言葉の通り、電話で相談したら自転車のありかをすぐに割り出してくれた。

 

変声機ごしに聞く声は男女の性別が不明だが、何となく雰囲気的に女性と検討をつけている。

 

紹介してくれた友人によれば、おそらく腕利きの私立探偵だろうとのことだった。

便宜上、その電話の主は『ミネルバ』と呼ばれている。

 

 

正一が携帯電話の電源を入れた瞬間、けたたましく着信音が鳴り響いた。

母親からの電話だった。

正一は心臓がバクバクと激しく打つのを感じながら、意を決して携帯の通話ボタンを押した。

 

 

 「はい、もしもし」

 「正ちゃん!一体どこ行っているの!?何度電話をかけても繋がらないし、心配したのよ、もう。 」

 

 

 いきなり大音量で聞こえた母親の声につい耳から携帯を遠ざけた。

 

 

 「そんなに大きな声でしゃべらなくても聞こえているよ…」

 

 「またそんなこと言って!

正ちゃんの部屋で花火みたいな音がしたと思ったらいなくなっていたし…。

今日学校あるのにどうしたの?

何で家出したの?何かあったの?」

 

 

 矢継ぎ早に母親が質問を投げかけてくる。

あれ? 雲雀恭弥の話が出ない。

僕の部屋で彼は死んでいたはずなのに、母親はそれに何一つ気が付いた様子がない。

 

発砲音も花火の音だと思っているなんていつも通り能天気な…。

正一はついため息をつきそうになった。

 

雲雀恭弥の協力者、風紀委員会の連中が、彼を運んだのかな。

こうなると、彼の生死が分からなくなってしまった。弱ったな…。

 

正一はここで自分がすべきことを思い出した。

 

 「母さん?聞いて。 僕、しばらく家には戻らないよ」

 

母親が息を飲む音が聞こえた。

 

 「えっ…そんな、どうして?何か学校で悪いことあった?それともお家にいづらくなった?」

 「僕が家族と一緒に住んでいたら母さんたちが危ないんだ。 だから…ごめん!絶対帰るから!!捜索願いは絶対出さないで!僕を信じて!愛してるよ、母さん」

 「ちょっ…!正ちゃ」

 

 

 母親の返事を待つことなく電話を切ると、関節部分を逆向きにへし折って携帯電話を破壊した。

 

今後自分に何が起こるか全く分からない。

だからこそ、母親の声を聞くのはもしかしたらこれで最後かもしれない。

そう思うと、正一は途端に悲しくなってすすり泣いた。

 

 気が済むまで泣くと、正一は涙をぬぐって立ち上がった。

 

僕が動かないと未来は何も変わらない。

変えて、平和な未来を取り戻す!

そのためにはまず、雲雀恭弥の調査だ。

僕の未来知識と彼にどのような関係があるのかを彼の足跡をたどることで割り出す。

 

ふと握り締めた携帯電話を見て、正一はあることに気がつく。

 

 

「間違って電話折っちゃって、ミネルバの電話番号分からないや…」

 

 

ミネルバの電話番号がアドレス帳に入っていることを正一はうっかり忘れていた。

 

こうなったら、並盛中学校に潜入して情報収集をするしかない。

奮起した入江は並盛中学校への転学のため、退学手続きをしようと母校に電話をかけた。

持病の悪化により地元の中学校に通いたいという理由にしたら、医師の診断表を持ってこいだの言われたので、後日郵送で送りますと言って、そのまま電話を切ってしまった。

 

偽の診察書か…。

それならば日陰者の治療を専門にしている闇医者に頼もう。

友人が教えてくれたけど、確か、今並森町にはDr.シャマルという闇医者がいるんだっけ?

 

 

 

さて、情報収集をするにせよ、偽の診断書を書いてもらうにせよ、何にせよ重要なのは資金集めだ。

好都合なことに、僕の頭の中には今後10年間の宝くじの当選番号がある。

実は、タイムトラベル中に白蘭さんのタブレット端末から当選番号を検索して全て暗記してしまっていた。

これを当てれば資金は手に入る。

 

だがそのために1等宝くじの当選なんて、目立ちすぎるし、さすがにできない。

だから、低額の宝くじをたくさん買ってたくさん儲けようと思う。

 

 正一は通帳を見て、全財産の額面を確認する。 30万円…これが僕の元手だ。

これを全て宝くじ購入に当てても良いが、もう少し増やしても罰は当たらないだろう。

 正一は意地悪くニヤリと笑った。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 店でパーカーとジーンズを購入。 着用したまま店を出る。その後、付け髭を購入し、メイク道具も買って、近くの公衆トイレの中で、シミやシワをつくり、できる限り「老け顔」を演出する。

 

正一は自分の変装のある程度の出来に満足すると、あろうことか、賭博場に入っていった。

拙い変装だと本人も自覚していたが、警備員はちらっと正一を見るくらいで、呼び止められはしなかった。

 

そしてパチンコ台の前に座っては回し、そして他の台に座っては回し、を繰り返した。

その間、正一は何らかの数式を延々とノートに書き出し続けた。

店の台を一周した後、ただ一つの台の前で正一は延々と回し続ける。

すると、すぐさま台の中央の画面に777の値が表示され、きらびやかな装飾の点滅とにぎやかな音と共に、じゃらじゃらと玉が放出された。

周りの客がうらやましそうに正一の方を見ていた。

 

正一はそそくさとその玉を回収し、次の台に移動して当たり目を引き続ける。

それを何度も繰り返した。

どの台で打っても、必ず大当たり。

そのとてつもない強運に、周りの客はびっくりして正一にくぎ付けになっていた。

そろそろ何か言われそうだから退散しよう、と思い正一は玉を換金し、逃げ出すように賭博場を後にした。

 

 

 正一は元いた公衆トイレに戻ると、ふうと息を吐いて付け髭等やメイクを落とした。

 

 種明かしをすると、いや、これは種でも何でもない。 彼はただ確率を計算しただけだった。

台を回しその規則性と当たり目の関係を確率で表し、その賭博場のすべての台の確率を計算し台に当たりやすさのランク付けを行った。

それの上位5つを回し続けたというただそれだけだ。

 

 なぜこのような芸当ができたかというと、正一は数学が人よりもでき、なおかつ彼の中学の友人から賭博場は確率と統計で攻略できるという話を一度聞いていたため、それを実践したのだった。

 

 そして店舗を変えながら賭博場攻略を一日中行った結果、正一の全財産は30万円から320万円とほとんど11倍に膨れ上がった。

 

そしてその晩、正一は稼いだ金で成人男性の戸籍と偽造パスポートを購入した。

 

雲雀恭弥の強襲、賭博場の攻略、身分の購入…多くのことをやって心身ともに疲れがたまっていた正一は、シャワーと寝床を確保するため、ネットカフェに来店した。

 

近所のさびれたネットカフェで出迎えてくれたのは生気の無さそうな店員だった。

その店員はありがたいことに正一の顔を一瞥することもなく会員登録を済ませてくれて、シャワーを浴びエアコンの利いた部屋で寝ることができた。

 

 正一はその晩、雲雀恭弥を拳銃で撃つ夢を見た。

 

殺してもなお彼が僕の足首を離さず、頭を撃っても首を撃っても手を撃っても、胴体を撃っても足を撃ってもどこを撃っても彼は僕の足首を手を離さず、恨みのこもった目で下から僕を睨み続ける。

 

 僕は「未来のためだ」と言って、彼にひたすら弾丸を撃ち込み続ける。

そして拳銃の中の玉が無くなったとき、僕は足元からふっと何もない真っ暗な空間に落ちていき、そこで目が覚めた。

 

 

 正一はカタカタと震えながら、荒れていた息が落ち着くまで待った。

分かっていながらも、正一は運命の重さと急に訪れた心細さに、つい涙が出てきてしまった。

 

一人がこんなにも寂しいものとは知らなかった。

僕は一人で何でもできるって思っていた。

だけど、本当は一人で成し遂げられることなんて無いのかもしれない。

それでも、世界の運命を変えられるのは僕しかいないから。

白蘭さんのことが思い浮かぶ。

彼は僕の未来の親友なんだ。

世界を救うためにも、彼を正しい道に導くためにも、僕は白蘭さんに会いたい。

 

 

そこでふと、雲雀恭弥のことが頭をよぎる。

彼は未来のことを知っているような口ぶりだった。

 

『世界を敵に回すな、入江正一。白蘭の…』

 

冷静になってみるとつまり、彼は世界の味方?

世界って何?

君が言っていた世界は良いもの?それとも悪いもの?

 

正一には分からなかった。

彼は正義を掲げて行動しているにもかかわらず、彼は正義とは何かを鮮明に持っているわけではなかった。

 

(もし雲雀恭弥が自分を殺しにくるのではなく味方になりに来てくれていたら、どれだけ嬉しいことだっただろう)

 

店舗の扉を出て見た朝焼けの空が美しすぎて、正一はまた一人、泣いてしまった。

 



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第8話 二人目の転校生

正ちゃんが宝くじで荒稼ぎを終え、Dr.シャマルに偽の診断書を書いてもらい、無事並森中学校に入学したところからのスタートです!


体育祭まであと二週間を切った並中1-Aクラス。

 

 誰彼も体育祭談義に花を咲かせる中、沢田綱吉は興味が無さそうにあくびをしていた。

それはツナのこれまでの人生、体育祭で良い思い出が無かったからだろう。

 

 運動神経がまるでないツナにとっての体育祭は、個々人の運動能力の品評会のように思えてならなかった。

一年に一度、人より優れた運動能力を持つ者がより得点の高い競技に出場し、人より劣った運動能力を持つ者がさらし者にされ笑われる。

 

 そしてツナ自身は人より劣っていると自覚している。 さらし者にされ笑われると分かっているのにどうして体育祭を楽しみになどできるだろうか。

 

 周りの声がどうしても耳に入ってきて、二週間後に迫る体育祭のことを考えたくないのに考えてしまい、憂鬱な気持ちになる。

 

 ツナがため息をついたところで、担任の先生が教室に入ってきた。

 

 クラス中の話声がさざ波のように消えていく。

 

 

 そしてタイミングを見計らった日直が「起立、礼―」と号令をかけて朝のホームルームが始まった。

それが終わるとまた教室がざわめいた。

号令のあとはいつもであれば担任の話が始まり、一言三言くらいの世間話や注意などが入ってから出席確認に移る。

 

しかし、今日は何やら、生徒のざわめきが収まるのを待っているようだ。

担任が出席簿で肩をトントンと叩きながら、じっと黙っていて、何となく静かにしてほしそうな雰囲気を出している。

 

 その雰囲気を察した生徒が少しずつ黙っていき、教室は再びしんと静まり返った。

担任が普段は出さない真剣な雰囲気に、生徒達は興味を持って、首をちょっと伸ばしたりして担任の顔色を伺う生徒が後を絶たなかった。

 

 そして軽く咳払いをした担任は出席簿を教卓の上に置いて話し始めた。

 

 

 「えーと突然だが、転校生を紹介する」

 

 

 

 そう担任が言った途端、生徒達の大きなえーっという声が教室中に響いた。

 

 生徒達がちらちらと遠慮がちに獄寺の方を見ていく。

盗み見されるような感覚に獄寺はいら立ったのか、その人たちをにらみつけた。

獄寺ににらまれた生徒は慌てて目を逸らした。

 

 そんな生徒達の内心は、

 

転校生6月に引き続いて7月も来るの!?

 

 といったところである。

 

 転校生は基本学期始まりに来ることが多くその途中で来ることはごく稀にしかない。

そのレアケースの一つが獄寺隼人だったが今日また転校生が来るらしい。

 

 転校生が来る。

 クラス中で推測や憶測が飛び交っていた。

 

 

 机の上で寝そうになっていたツナは担任が言った転校生という言葉に驚いて顔を上げた。

 

 

 「え、また?」

 

 「転校生って今もう7月だろ?なんかうさんくせーな。 おい、こっち見んな!」

 

 

 同じ転校生という属性から盗み見してくる人に対してにらみを利かせていた獄寺は、足を机の上で組み、頭の後ろで手を組んだまま椅子を揺らしている。

 

 

 「ハハッ。 それを言うなら6月に転校してきた獄寺も十分うさんくさいよなー」

 

 

 悪意ゼロの笑顔でそれを言った山本に対して、あぁん?と低い唸り声をあげながら獄寺は本日一番の怖い表情で山本に対してガンを飛ばした。

 

 

 「喧嘩売ってんのかコラ」

 「ん?事実を言ったまでだろ?」

 

 「まーまー!やめようよ二人とも!」

 

 

 獄寺と山本の間でひと悶着起きそうだと気付き、慌てたツナがそれを静止した。

 

 ひとしきり生徒の反応を見ていた担任は、パンパンと手を叩いて教室の視線をさらった。

 

 

 「はいはい。 騒ぎたくなる気持ちは分かるがそんな騒ぐと転校生が入ってきにくいからなー。 ま、コイツなら逆に喜びそうだけど。 よし、入ってきていいぞー」

 

 

 担任の合図から間髪入れずに、勢いよく教室の前の扉が開いた。

 転校生との初対面。

教室中の視線がその人に集中した。

 

 その転校生の身長はそこまで高くなく、低くもなく。

 その横顔からして端正に整っているわけではないが、悪くもなく。

 雰囲気で言えば陽気そうでもなく、そこまで陰気そうでもない。

 やや長めのクセっ毛以外は特に特徴もない。

 

 ただただ平々凡々な転校生。

 全員が受けた第一印象がそれだった。

 

 教壇に立った彼は緊張しているのかうつむき気味だった。

 その教壇に立ったときの反応を見て、本当に普通と誰もが思った。

 

 すると転校生は、不意に右手を鼻筋に当てた。

 鼻の上で何かを押し上げるような動作をした彼は、はたと止まる。

 

 動きを止めた彼は「あ、無いんやったわ」と言って、自分で自分がおかしかったのか口元に手をあてて、そのままうつむき気味に堪えるように笑っていた。

 

 ごくごく平凡な人。

そんな第一印象と、大勢の人を前にして一人なぜか笑っている実際との間にあるギャップ。

それについていけていない生徒が、ぽかんとして転校生を見ていた。

 

 ひとしきり笑ったあと、その転校生は笑ってくずれていた顔を元に戻し、顔を上げた。

 

 ようやく生徒達はその転校生の正面の顔を見ることができた。

 

 少し笑いの余韻を残すその顔は、全員に明るそうな人、という印象を与えた。

 

 そして彼は、笑顔を交えながら大きな声でしゃべり出した。

 

 「初めまして!大阪から来た、入江正一(いりえまさかず)って言います。

 なんや東京ってなんでもデカすぎてわっけわからんなー。 オレここに来るまでに何回この言葉ゆーたんか分かるか?

 3回や!1回目は東京スカイツリーでやろ、2回目は東京駅や。 ほんまでかいなぁあのターミナル!んで、3回目は隣で小便する人の息子さんを拝ませてもろたときや。 オレ思ったわ。 これが本当の東京スカイツリーかーっ!!はい。 ほな、皆さんよろしゅー!」

 

 唐突の関西弁に意表をつかれながらも、テンポ良い早口で話す彼の話に引き込まれていった生徒達が、最後の東京スカイツリーのくだりで、どっと爆笑の渦に包まれた。

 

 それを見たマサカズは「やったったでー、おとん」と呟きながらちょっと嬉しそうだった。 ただし黒川みたいなしっかり者系の女子は下ネタじゃない、とあきれ顔だった。

 

 

 「あいつおもしれー!!」

 

 

 山本がマサカズを気に入ったようで愉快そうに笑っていた。

 

 獄寺はケッと言って眉間にしわを寄せていて興味を失ったようにそっぽを向いていた。

 

 面白くてツナも笑っていたが、同時にどこか劣等感のようなものも味わっていた。

 

 たった一度話すだけでこんなにもたくさんの人を笑顔にできるんだ。

 マサカズくんってすごいな。 オレには無いものを持っているって感じ。

 

 ツナはちらっと京子の方を見ると、京子でさえもくすっと笑ってしまっていて、笑ってしまったことに慌てた京子がまた照れ笑いしているのが可愛いらしかった。

 

 京子ちゃんもああいう面白いタイプが好きなのかなぁ。

 運動神経もない、喋りも面白くない、オレみたいなダメダメより…。

 

 やんややんやと喝采を受けながら席に着こうとしているマサカズを見ながら、ツナはその場につられて笑顔を浮かべていたものの、内心ため息をついていた。

 

 

 クラス中の笑顔と共にクラスの一員に受け入れられたマサカズは、あれよあれよの内にクラスの人気者となった。

 マサカズは好奇心旺盛だった。 そして何より話が面白かった。

 色んな人に色んな話を聞き、それをまた笑いに変えるような話術が巧みだった。

 話せば話した分だけ面白い話が返ってくる。

 クラスメイトは並中の色んな話をマサカズにした。

 流行りの遊びから学校の七不思議、タイムカプセルの場所から先生や生徒の噂話、多岐にわたる話をマサカズは笑いに変えていた。

 

 そして昼休憩になってもまたみんなに囲まれていたマサカズが、「なんかおもろい話してやー!」と周りにせがんでいた。

 

 

 「面白いっていうか、並中ならではの話なんだけど」

 「なになに!?めっちゃ知りたい!」

 

 

 好奇心旺盛なマサカズはすぐに話に飛びついた。

 それに気をよくしたその生徒は多少得意げに話を語る。

 

 

 「並中の風紀委員長の雲雀恭弥は、風紀委員長のくせに不良束ねてるんだぜ!」

 

 「えー!おっかなー!オレがそいつ倒そー思たら10年くらい熊と修行せなアカンなぁ」

 

 

 なんで熊なんだよ、と言ってマサカズを囲っていた人たちが笑う。

 

 マサカズはみんなが笑っているのを見て一緒に笑うと、急に表情をころっと真剣なものに変えた。 なんだ、またなんか面白いこと言い出すぞ。 周囲がちょっと期待する。

 

 

 「なぁ…。 もしオレがその熊に負けそうになったときはその熊、動物園まで連れてってくれへん?」

 

 

 普段しないような深刻な表情でバカみたいな頼み事をするマサカズはもはやコミカルだった。 自分で連れていけ!!と言って肩を叩かれたマサカズはその真剣な表情から顔を一変させ、吹き出すように笑った。

 

 

 「10年もしばいていたらその熊、動物園から飛び出して仕返しに来てまうかな?そんときはその雲雀さんって人に助けてもろてええかな?」

 

 「あ、でもねマサカズくん。 最近ヒバリさん並中にいないよ」

 

 

 その女子生徒が発した言葉にほー、と言ってあいづちを打った。

 

 

 「なんか大怪我で入院しているらしいよ。 私のお母さん、並盛中央病院の看護師やっていて、そこで見たんだって。 お腹を怪我しているらしいよ」

 

 「……へぇ」

 

 

 一瞬、無表情になったマサカズのこれまでにない表情に周囲はあれ、と疑問を抱いた。 しかしころころと表情がよく変わるマサカズのことだし、また何か面白いことを言い出すに違いない、という結論に落ち着いた周囲。

 

 彼らは一瞬の無表情の後急に机に突っ伏したマサカズを見て、ああ、やっぱりとニヤつく。

 そして、「どうしたマサカズ」「おい起きろ」などと言って周囲がマサカズの脇や首を突っついたりくすぐらせたりして顔を上げさせようとする。

 

 そして机にふせったままフゴッと汚い音を立てて吹き出した彼は、糸が切れたように笑い出した。 やめてーっと笑いをこらえきれずに彼が身をよじらせて攻撃を避けようとし、結局顔を上げて大笑いするものだから、面白くなってしまった周りの人たちはさらに攻撃を加速させていった。

 

 数分の後、くすぐりの拷問をようやくやめさせることができたマサカズは、「もうアカン…」と言ってぐったりしてしまった。

 

 それを見た周囲の人は面白がって、再びマサカズをくすぐるのであった。

 彼へのくすぐりの拷問は昼休み中ずっと続いて、その間、彼の周りでは笑いが絶えなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 放課後。 帰り道も大人数でぺちゃくちゃお喋りしながら帰っていたマサカズは、最後の一人と別れて人気のない道まで来ると、彼はようやくその道化師の仮面を外すことができた。

 

 常にどこか笑っているようなマサカズの表情。

 そこから一変して現れた…いや、元に戻ったその表情は根は暗めの入江正一(いりえしょういち)の素の顔だった。

 

 雲雀恭弥、やっぱり生きていたか。

 

 昼休憩で女子生徒に雲雀が生きていた話を聞いてから、マサカズの仮面をかぶって大笑いをしながらもずっとそのことについて考え続けていた。

 

 僕が殺したと思っていた雲雀恭弥。

 僕に撃たれて動けない彼をそのまま放置してきたはずなのに、その数分後には僕の部屋から忽然と姿を消していた彼。

 

 将来並盛の風紀を乱すから僕を殺すと言っていたけど、おそらくまた近いうちに彼は僕を殺しに来るだろう。

 入江正一が死ぬのが先か、雲雀恭弥が死ぬのが先か。 彼が僕を殺す前に、何とかして白蘭さんに会わないと。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 「アイツには気を付けろよ」

 帰り道一人になったツナの元に突如としてリボーンが現れた。

 

 「アイツって、誰のこと?」

 

 「入江正一(いりえまさかず)のことだ」

 

 「今日転校して来たあの子のこと?またマフィアだとか言うんじゃないだろうなぁ…」

 

 ツナは次の展開を予想して苦々しい顔をしたが、意外にもリボーンは違うぞ、と言って首を横に振った。

 

 「アイツは本当にただの一般人だ。 だけど一つ嘘をついているな。 アイツは幼少期大阪で過ごしたことを除けば、ずっと並盛町在住だぞ」

 

 「え、じゃ なんでそんな嘘を付いているんだ?」

 

 「さあ、知らねえな。 だけどツナ、オレが言いたいのはそこじゃねえ。 オレが気を付けろって言っているのはアイツの潜在能力だ」

 

 「潜在能力…?」

 つい死ぬ気弾に撃たれたときの自分の力を想像してしまった。

 

 「将来超強い格闘家になるとか?」

 

 「いや、アイツの潜在能力はそんなチャチなもんじゃねぇ。 それこそ世界の勢力図を塗り替えちまうくらいの大変革を起こせる潜在能力だ。 それも、頭でな」

 

 トントンと自分の帽子を小突いて頭を指さしながらリボーンは言った。

 

 「一国の首相とかそういうの?なんかよくわかんねーや」

 

 「ま バカなツナに分かるように言えば、世界のボスになれる可能性を持ったヤツってことだな。 分かったか?バカツナ」

 

 「なるほど…って、バカツナって言うな!」

 ツナが怒るのもお構いなく、リボーンは話を進める。

 

 「今のお前じゃまだ早い。 だからアイツに近づくな。 取って食われるぞ」

 

 「えー!?マサカズくん、オレには全然大したヤツに見えなかったんだけどなぁ…。 」

 

 

 ツナは首をかしげながら、ふと昼休憩に聞こえてきた会話を思い出した。

 「そういえばヒバリさん大丈夫なのかな。 大怪我して入院しているらしいけど」

 

 「ま 大丈夫だろ。 雲雀だしな」

 全く心配していない声音でいうリボーンにツナは少しあきれた。

 「ヒバリさんは女の子だぞ。 」

 「んなもん関係ねーよ。 アイツは並盛がバカみてぇに好きだからな。 必死なんだろ。 雲雀の必死さをお前もちったぁ見習え。

 

 京子に良いところ見せたいんだろ?マサカズってヤツに京子の心を取られてもいいのか?それがイヤならまず死ぬ気で体育祭優勝すっぞ」

 

 マサカズに笑っていた京子のことを考えると、マサカズに負けないくらい良いところ見せたいという気持ちがツナの中でわいてくる。

 オレはずっと京子ちゃんだけを見てきたんだ。 あんなぽっと出のヤツなんかに負けたくない。

 

 そして同時に、雲雀と初めて会ったときに感じた気持ちを思い出した。

爆発の中ハルを助けに飛び込んだ雲雀はとてもカッコよかった。

その後落ちて意識を失っていたりとか、今回もおそらくどこかでミスして腹部を怪我したりと、完璧にやり遂げられないのが惜しいところではあるけれど。

 

 それでもその必死さはとても良いことだと思った。

 

 

 「体育祭…頑張ろうかな! ありがとう、リボーン!」

 

 ツナは勇気がわいてきた。

 お礼を言われてニッと笑ったリボーンは、マサカズと雲雀はツナを焚きつけるのにもってこいだということに気が付く。

少し間を置いてから、良いことを思いついたと言わんばかりにリボーンはニヤリと笑うのであった。



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第9話 Dr.シャマルは女に気付く

このシャマル、最低である。


 Dr.シャマルは二つの顔を持っている。

医者としての顔と、殺し屋としての顔だ。

 

 シャマルは腕利きの医者であり不治の病に罹った誰かにとっては救命の天使となることもあれば、蚊を媒介として必殺の毒を対象に注入し死神となることもある。

 

 正反対の二つの顔を使い分けるDr.シャマルが、今の自分に至るまでに想像を絶する過去を歩んでいることは想像に難くない。

それは666もの不治の病に罹った苦労であり、その体質から四六時中菌やウイルスの猛威に晒されているということ、人を救い人を殺すその矛盾した行為の中にある葛藤をも含んでいる。

 

 もっとも、彼はそのような暗い心の一面を人に一片たりとも見せはしないのだが。

 

 ターゲット以外の普通の付き合いをする人にとっては、シャマルは女好きで、キス魔の変態。

それ以上でもそれ以下でもない存在でありたいとシャマルは常日頃から思っている。

 

 そんなシャマルは今並盛中学校の養護教諭をしている。

その理由を「夜遊びをしすぎておけらになっちまってな」と笑って説明する。

しかし公立中学校である並盛中学校の養護教諭は公務員の一端に過ぎないため、普段要人救命や要人暗殺で何億というお金を受け取る医者・殺し屋稼業をしているシャマルにとって、養護教諭としてもらえる賃金ははした金に過ぎない。

 

 そう、彼は詭弁を弄していた。 彼は仕事でこの学校に潜入していたのだった。

 

 

 「体育祭ねぇ。 女子生徒は全員ブルマ着用で…いや、もはや普段の制服でいいんじゃないか?」

 

 

 早朝の体育祭準備風景を見ながらDr.シャマルは一人妄想に浸っていた。

 ブルマのように若く健康的な下肢をさらけ出すのもいいが、制服スカートとハイソックスで見える絶対領域も素晴らしいものだ…。

 

 彼が仕事に従事していないときは本当にただの変態だった。 椅子に座りながら外を眺めていると保健室の扉が開いた。

 

 

 「すいません…カゼひいて、あの…熱があるみたいで……」

 

 

 ちらっと後ろを見ると沢田綱吉がいた。

ったく。 マフィアのボスになる男が何サボり決め込もうとしてんだか。

Dr.シャマルは内心嘆息した。

 

 

 「カゼぐらいで休ませねーよ。 つーか男に貸すベッドはねーんだ。 女性はいつでも歓迎だけどな。 わかったらとっととけーれ!」

 

 

 顔を青くした沢田綱吉をてきとうに追い払うとまた椅子に深く腰掛けた。

この年になって中学教諭になるなんて人生何があるか分かんねーな。

Dr.シャマルはつい、今回の依頼人とターゲットについて思考を巡らせそうになったが慌ててそれを打ち切った。

しかし、それを抑えきれないでいる自分もいた。

 

 普段、シャマルは依頼をしてくる相手に対して微塵も考えることはない。

「契約厳守」「依頼者の名前は聞かない」「ターゲットを詮索しない」。

この3つのルールを仕事に課すことで医者・殺し屋としての信用を得てきた彼はそのルールを厳守したい。

 

 だが、今回の契約はつい興味を持ってしまうほど奇妙なものだった。

まず、何の前触れもなく億単位の金がイタリアの銀行口座に入金され何事かと目を白黒させていると、仕事用のメールボックスに一通のメールが届いた。

 

 おそらく海外のサーバーをいくつも経由してきたのであろうそのメールの内容によると、銀行口座に入金された億単位の金は前払い金だというから驚きだ。

 

 何より、そのターゲットはただの中学生だという。 一体全体この中学生は何者なんだ?

 

 

 添付されていたターゲットのプロフィールを頭に思い浮かべる。

 

 今回のターゲットの名前は、『雲雀恭弥』。 並盛中学校の風紀委員長でありながら不良の頂点に君臨しているという。

まあ中学生にしては強そうではあるが、大金をはたいてまでオレに依頼をされるようなターゲットとは思えない。

 

 こいつにゃ何か絶対裏がある…って、ああ!何ターゲットのことを詮索しようとしているんだオレは。

シャマルは首を左右に振るって思考を散らそうとした。

 

 ええい!やめだやめだ!それに、何が楽しくて男のことなんか考えにゃいけねーんだ!

 

 

 「…何やってるの、君」

 

 

 いきなり後ろから声がした。

驚いて後ろを振り向くと、ぼさぼさの髪に不機嫌そうな顔、オレのターゲットである『雲雀恭弥』だった。

 何より驚きなのが、このオレが後ろに来られるまで気配に気が付かなかったことだ。

そんな中学生が本当にただの中学生か?

 

 まじまじと雲雀恭弥の顔を見ていると、彼の顔がさらに不機嫌そうになった。

 

 

 「イラつく。 僕の顔をそんなに見るな」

 

 

 そう言うか言わないかの内に雲雀恭弥が恐ろしいほどの早業でオレを押し倒した。

オレが地面に倒れこみ、さらした首元をトンファーで固く押さえられる。

オレは低くうめき声をあげた。

雲雀恭弥と目が合う。

ヤツは笑っていた。

その目は人殺しの目だった。

 

 

 「ねえ、Dr.シャマルだったね。

君が養護教諭に採用されるにあたって履歴書を見たけど、どれも嘘ばかりだ。

君の住所を訪ねてみたけど、そこにシャマルなんて人物は住んでいなかったよ」

 

 

 命の危険を感じたオレはとっさに三又矛の蚊(トライデント・モスキート)を使おうとポケットに手を伸ばしたが、動くなと言って雲雀恭弥はもう一方のトンファーでオレの左右の手を封じた。

 

 

 「何が目的で並盛中学校に来たのかは知らないけど、もし風紀を乱すようなことがあれば、ただじゃ済まさないから」

 

 

 「ぐっ…!」

 

 

 「僕の目が届く範囲で好き勝手はさせないよ。 」

 

 

 オレが無言でうなずくと雲雀恭弥はようやくそのトンファーをしまった。

張りつめた空気がようやく弛緩して、今更になって冷や汗が噴き出してきやがった。

やれやれ…とんでもない中学生もいたもんだ。

殺しを何年もやっているオレが気配に気づかないことや一瞬でオレを制圧してしまうこと、ただの中学生ができる芸当じゃねぇ。

 

 今回の依頼は一筋縄ではいかないことがよく分かった。

 

 雲雀恭弥は大きくあくびをすると、起こしたら殺すと言ってベッドで寝始めた。

 

 シャマルは起き上がり白衣についた埃を払った。

そしてベッドで寝ている雲雀恭弥の横に立った。 近寄っても起きないのは当然のことだ。

オレの三又矛の蚊(トライデント・モスキート)は象をも一瞬で眠らせる。

 

 オレは初めに雲雀恭弥を視認した時すでに蚊を放っていた。

その瞬間ヤツはオレの術中にはまっているはずだった。

なのにこいつ、しばらく普通に動き続けやがって。

一体どんな体質してんだよ。

オレの術の触れ込みの面目丸つぶれだぜ。

 

 そしてシャマルは再び、雲雀恭弥の顔をじっと見つめた。

最初に出会ったときに感じた違和感。

男にしては華奢すぎる肩、ごつくない手、長すぎるまつ毛…。

それはつまり。

 

 

 起きないと分かっていながらもシャマルはそろそろと両手を差し出し、雲雀の胸に当てた。

ほんの少しだけだが…ある。

 

 やはりこの子、女の子だ。

 

 眠らせた女の子の胸を触っているという事実に興奮しなくはないが、オレにそんな趣味は無い。

胸から手を離した。

シャマルは起きている女の子にセクハラをして嫌がる様子が好きだった。

どちらにせよただの変態である。

 

 無料で胸を触らせてもらった礼だ。

これが夜遊びだと何万ぼられるか…。

そんなことを考えながら、シャマルは本日2匹目の三又矛の蚊(トライデント・モスキート)を取り出すと雲雀にそれを付けた。

 

 そう、シャマルは雲雀が腹部を怪我していることを見抜いていた。

戦闘中、雲雀の上体を支える力が弱くブレがあることから見抜いていたのだった。

 

 シャマルの知らないことではあるが、その腹部の怪我は雲雀が先日入江正一に撃たれた傷であり、普通の人であればしばらくは動けないような傷だった。

だが体育祭というイベントに風紀の乱れはつきものであり、雲雀は居ても立ってもいられず病院を脱走してここまで来ていた。

だが校内を歩いているとき調子が悪くなり、近くにあった保健室のベッドを使いに来たのであった。

 

 

 シャマルが放ったその蚊は回復力増進作用のある薬を持っていた。

 心なしか雲雀の呼吸が穏やかになる。

 

 シャマルは後になって気づく。

こいつはターゲットだと。

傷の治りを早めてしまうなんて敵に塩を送るようなものではないかと。 彼は多少後悔した。

 

 だが、女の子でありながら屈強な不良達をまとめ上げ、校内のみならず町全体の風紀を守るその頼もしくも凛々しい姿を、応援したくなっちまうのはなぜだろう。

老婆心か?シャマルは一人自嘲する。

オレも年を食ったもんだ。

だが、仕事は仕事。 その点に関しておまえさんに容赦はしねぇ。

そしてトンファーでぶたれた恨みも忘れちゃいねぇ。

次会ったら、覚悟しておけよ。

 

 

 それにしても恭ちゃんは僕っ子か…。 うーん、たまらん。

 

 また椅子に腰かけて、運動場の方を眺めた。

女の子同士でズボン下しをしようとしているのをデレデレとした表情で眺めている。

内心「いいぞ、もっとやれ!」と思っているに違いない。

シャマルはやはりただの変態であった。



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第10話 三つ巴の思惑

リボーン全巻読み直しました。
主人公だけど平凡さを最終巻まで感じさせるツナって偉大。。


雲雀恭弥が保健室を訪れて小一時間ほど経ち、運動会の開会式が始まった。

生徒が入場し整列したあと、選手宣誓、その後すぐにチアリーディング部の女子生徒が演技を披露するという。

 

 

しばらくすると、チアガールが弾ける笑顔とともに駆け足で入場してきた。

 

「よぉっ 待ってました!!」

保健室で一人、盛り上がるシャマル。

運動場にもどっと大きな歓声が湧き上がる。

シャマルの期待はうなぎ登りだった。

 

しかしタイミングが悪いことに保健室に来客が。

礼儀正しく挨拶をして入ってきたのは、学ランにリーゼントという古風なヤンキーの格好をした男子生徒だった。

 

 

「失礼します。

風紀委員会副委員長、草壁哲矢です」

 

 

よく見るとリーゼントの形が崩れている。

相当慌てて来た様子だった。

 

この慌て様、そこで寝ている手負いの雲雀恭弥…。

合点がいったシャマルはああ、と呟いた。

 

 

「恭ちゃんを迎えに来たんだろ?

そこで寝てっからさっさと連れてけーれ」

 

 

シャマルは奥のベッドを指差した。

そして不快な虫を追い払うようにしっしと手を振る。

草壁がベッドに近づいていき、すやすやと眠る雲雀を確認すると安堵したように表情を和らげた。

そしてシャマルに対して深くお辞儀をする。

 

 

「すみません。ご迷惑をおかけ致しました」

「本当にご迷惑だっての。

入ってきて早々俺に掴みかかってくるしよ」

 

シャマルは、はぁ〜あと疲れたため息をついた。

 

 

「俺のこと害虫か何かだって誤解しているみてーだから、お前の方から言っておいてくれる?

ウジ虫以上の働きはしますからって」

 

 

皮肉げに言うと草壁は苦笑した。

 

 

「ええ。素性はよく分かりませんが、委員長に害は無さそうだ。

おそらく、委員長を治療してくれましたよね?

顔色がよくなっています。

本当にありがとうございます」

 

「いいっていいって!

俺、男に礼言われても嬉しくねーし!」

 

 

シャマルはなぜか少し慌てていた。とてもまっすぐな目でお礼を言われたので捻くれ者のシャマルも今回はさすがに少し気恥ずかしかったようだった。

 

 

「今、委員長は麻酔で眠っていますね」

「分かるのか?」

「いつもは葉っぱの落ちる音でも目覚めるくらい眠りが浅いので」

 

「神経質すぎねーか、それ」

「委員長に恨みを持っている人は多いですから、いつ何時も警戒してのことでしょう」

 

雲雀の顔を横目に見ながら、納得いかなさそうにふーんとシャマルは呟いた。

だがそれ以上は何も言わなかった。

 

 

「恭ちゃんは色んなことを隠してそうだな」

「と、言いますと?」

 

「これは秘密にしておいた方がいいかもしんねーが、お前は知っておいた方がいいかもなぁ」

 

 

「秘密…」

 

 

草壁は興味ありげに身を乗り出したが、少し迷った後、首を振ってその申し出を拒絶した。

 

 

「いえ、教えていただかなくて結構です。

人には隠したい秘密の一つや二つあるでしょう。

委員長とてそれは同じです。

それに、どんな秘密を抱えていようとも、私の心はこの人と共に。」

 

「はー。

見上げた忠義心だねぇ」

 

 

シャマルは手を広げて肩をすくめた。

 

 

「安心しな。

他の誰にも言わねーよ。

恭ちゃんのことは陰ながら応援しているしな」

 

 

シャマルはよっこらしょと重い腰を上げて、眠る雲雀の隣まで来ると、雲雀を持ち上げるために手を伸ばした。

 

すると草壁にその腕を掴まれて制止される。

何だと見ると、静かに首を横に振った。

 

シャマルは納得したようになるほどと呟いた。

触れて起こしたら彼女が怒るからだろう。

 

どれだけ恭ちゃん思いなんだよ、過保護すぎるだろ、と内心呟きつつ、シャマルはかぶりを振った。

 

 

「そんな心配しなくても起きねーって!

ちょっとやそっとで起きる麻酔じゃねーから」

「いえ、そうではなく。

委員長は私が運びます」

「は? 何で?」

 

「いえ、その……」

なぜだか冷や汗をかいて口ごもる草壁に何か勘付いたシャマルは、内心意地悪く笑った。

 

「いやいや。

別にやましいことをしようとしているわけではないぜ?」

 

 

何かを察したのか、草壁の顔が強張った。

 

 

「それにさ、ごめん。さっきすげー触っちまった」

「は?」

「しかも、胸…」

 

 

揉むような動作で手をワキワキさせながら反応を見ていると、草壁の顔が緊張を通り越して蒼白になっていた。

 

 

「さ、先ほどから気にはなっていたのですが、委員長をなぜそのような呼び方で呼んでいるのでしょうか…?」

 

「何でってそりゃあ 女の子だから?」

 

 

シャマルの言葉に全身を硬直させた草壁だったが、少し経った後なんとか冷静さを取り戻して、「このことは、他言無用ですよ」と絞り出すような声で言った。

 

 

「んん〜?それならそれなりの対価を寄越してもらわなきゃなぁ?」

「…対価というのは?」

「雲雀恭弥の弱点」

「?委員長に弱点なんてありません」

「無ければ作ればいいのさ!」

 

そう言うとシャマルは三又矛の蚊(トライデント・モスキート)を発動して雲雀に何らかの術を施した。

 

 

「テメェ!委員長に何をした!?」

 

 

目の色を変えた草壁が思わず掴みかかろうとするとシャマルはのわっと叫びながらも身軽に避けた。

 

 

「心配しなくても、とってもマイルドな呪いだぜ?

『桜クラ病』って言ってな…

って、わ、わ!

話は最後まで聞けって!」

 

 

うおおと叫びながら飛びかかってきた草壁に一太刀浴びせて、それを受けた草壁は保健室の壁まで勢いよく吹っ飛んだ。

 

シャマルは俺は武闘派じゃねーってのに!とボヤく。

 

「落ち着け!保険だよ保険!

怪しさムンムンの俺をコイツが放っておくわけねーし、自分の身の安全を保障したいだけだ!

悪用はしないって!」

嘘だけど。とシャマルは心の中で舌を出した。

 

 

「今から俺とお前は共犯者だ。

恭ちゃんにかけられた呪いのことを、お前は雲雀恭弥はもちろん、誰に対しても話すなよ?

あと、この呪いの発動条件は『桜に囲まれること』なんで、恭ちゃんは今後お花見禁止な。

もし恭ちゃんが花見したいっつっても全力で止めろよ。バレるから。

オッケー?」

 

「…非常に理不尽ですが、要求を飲みましょう。その代わり、あなたが学校から立ち去るときは必ず、この呪いを解くと誓って下さい!!」

 

 

草壁が鬼気迫る表情でシャマルに迫る。

「わーったよ。誓うよ」

シャマルは諌めるように両手を前にして草壁の体を押した。

 

「では、このことは他言無用で!!良いですね!?」

 

 

草壁は雲雀を抱えて逃げるようにして保健室を後にした。

面白くなりそうだ、と内心ニヤつきながらその背中を見送った。

 

 

◇◇◇

 

 

その後すぐにまた誰かが保健室に入ってくる。

 

何だ、忘れ物……っ!?

 

 

草壁ではなくまた別の生徒。

そう確認したところで、シャマルは息を飲んだ。

待て。俺はコイツを自分の目で見るまで、その存在に気がつかなかった。

 

ごく平凡そうな顔、少し長めの癖のある髪。

並盛中ブレザーを着ているから、風紀委員会でもなく身分としてはただの一般生徒だろう。

 

だが、ただの一般生徒であるはずがない!

裏の世界で長く生きているこの俺が、その気配を捉えられていなかったのだから。

 

 

「何者だ。テメェ」

 

 

警戒心むき出しのシャマルとは対照的に、その生徒は友好的に手を広げた。

 

 

「シャマル先生が僕のこと知らんのは当然や!

僕、入江正一(いりえまさかず)って言います。

一週間前に転校してきたばっかりやから、学校の中の地図分からんねん。

便所ってどこあるんですかねぇ?」

 

 

軽く笑顔を交えて、シャマルのそばまで近づいてくる。

そして上目遣いでシャマルの顔をじっと見つめる。

 

「そんな険しい顔せんでもええやん♪」

ニマッと人の良さそうに笑った正一を見て本能的な恐ろしさを感じたシャマルは、冷や汗を流して少し後ずさった。

 

「ヘッ。わざとらしい嘘ばっかつくな。

第一に転校したてのヤツが養護教諭の俺の名前なんざ知ってるわけねーだろ。

そして、テメェが探している便所は保健室の隣だ!」

 

「あっらー?そーなん?全然気付かんかったわ」

 

 

わざとらしく首をひねる正一は全く邪気が感じられない。

シャマルは正一のことを底知れないヤツだと思った。

 

 

入江正一(いりえまさかず)、ここに来た目的は何だ!?」

 

 

正一から急にその笑顔が消えた。

正一を知る者からすればありえないことである。

だが、それは正一の素の顔であり、正一は無意識のうちに『正一(まさかず)』の仮面を取ってしまっていたのだった。

 

 

「…なぁ、便所の場所教えてくれてありがとーな先生。

便所ついでにもう一個聞いてええかなぁ?

雲雀恭弥をなぜ殺さない?」

 

「まさか…お前は、俺の依頼人、か?」

 

 

その返事を聞いた正一はチッと舌打ちをした。

 

 

「質問を質問で返すなよ。

僕は代理だよ。ま、あなたが信じるか信じないかは別だけど。

何、雲雀恭弥が女だって?

それがどうした?

情でも移ったの?」

 

「俺は…女子供は殺さねぇって決めてんだよ。

この依頼を受けたとき、雲雀恭弥がまさか女だなんて思わなかったんだ」

 

 

シャマルは気まずそうに目線を逸らした。

 

 

「プロなら仕事は完遂してくれ。

あなたのポリシーなんて僕には関係ないし、それはあなたのミスだ。

必ず、雲雀恭弥を殺せ。

もし達成しなければ、監獄行きは免れない」

 

「無理だ!俺には殺せない!」

 

「まだ言うのか!!」

 

 

正一はシャマルの頬を殴った。

殴られてもシャマルは黙り込んでいたが、しばらくして重々しく口を開いた。

 

 

三又矛の蚊(トライデント・モスキート)を得る際の副作用の一つに、女子供を殺したら自分も死ぬっていう厄介なモンがあんだよ…」

 

「うええーっ!?あーもう!!知るかよ!

そんなんあるなら先言えよ!!」

 

 

カッとなってつい素の姿をさらしてしまった正一は、しまったと思ったが時すでに遅し。

シャマルが唖然とした顔でこちらを見ている。

 

 

あぁ!役作り失敗したぁ!!!

 

 

正一は自分の不甲斐なさに両手で頭を掻きむしった。

 

 

「と、とにかく!」

 

 

普段のクセで眼鏡を上げそうになるが、今はもう眼鏡はかけていない。

内心慌てて鼻の頭をかく振りをした。

 

「代わりの手段を用意しろ!」

 

シャマルは、んんと唸った。

 

 

「『桜クラ病』にかかっているときに、お前様が拳銃でパンと一発殺っちまうのが一番確実で早いと思うぜ」

「拳銃…」

 

 

正一は途端に気分が悪くなった。

実は、雲雀恭弥を拳銃で打って以来、彼は自分が打つ姿を思い浮かべるたびに、吐き気がして、ひどい時は立っていられなくなるのだった。

 

 

「う…」

「おいおい、大丈夫か?お前様、拳銃に何かトラウマがあるんだな」

「だ、黙れ」

「ま 俺には関係ねーけど。

それなら、新しく雇うか…」

「何のためにお前に依頼したと思っている!?

ある日突然病死、っていう筋書きが欲しかったからに決まっているだろ!!」

「そう怒りなさんなよ…。

そんなら、ホラ」

 

 

シャマルは保健室の棚をまさぐって、どこからともなく酒を取り出して来た。

 

 

「度数96度のウォッカだ……

筋書きはこうだ。

『花見中、飲酒をした中学生が、急性アルコール中毒で死亡』

な、いけそうだろ」

 

「いいと思う。

ただ、4月まで待たなきゃいけない。

僕は彼に命を狙われているんだ。

4月の雲雀恭弥殺害日まで、僕を、全ての敵から守れ!」

 

「わーったよ。恐れ多い俺の主人様よ。

契約履行できない代わりにその日まで、全力でお前を守ってやる」

 

「…成立だ。

よろしく頼むよ、Dr.シャマル」

 

 

二人はにらみ合いながら握手を交わした。



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第11話 雨のち曇りのち晴天

山本の実はヤベーやつオーラ好き


 すっかり日が落ちて夜を迎えた並盛町。

 都心のベッドタウンであるこの町は、ちょうど帰宅ラッシュを迎えていた。

 だが今日、山本武が家路につくのに選んだ橋はいつも人通りが少なかった。

 加えて車の通りも少ない。 暗くて静かな川辺だ。

 端的に言えば不気味な帰り道を選んだのは、一人で考え事をしたかったからだった。

 

 先ほど夜の7時に野球の練習を終えた山本。

 少し砂っぽい髪をすずしくなってきた夜風にさらし爪の中に少し泥が詰まっているのを歯牙にもかけず歩いているのは、彼が野球少年だからだろう。

 

 そんな彼がふと顔を上に向けて月を見上げた。

 すっかり夜だなーと彼は独りごちる。

 

 普段であれば夜の6時半に練習が終わっているところ夜の7時に練習が終わった。

 それは、明日、文化祭の前日準備で練習が無いから、その分今日は長めに練習したからだった。

 

 1年で野球部のレギュラーである山本は秋の大会を控えている。

 3年生が夏の大会で引退し、今回が1・2年生だけで出場する初めての大会。

 短い期間だったが3年生の先輩には大変お世話になったし、何よりチームの柱として野球部を実力的・精神的に支えてくれた。

 その分先輩達が抜けた穴は大きく、今回の秋の大会で新体制の実力が測られるが、ここで失敗してしまうと先輩が築いてきた『これまで』を台無しにしてしまいかねない。

 

 そんな大会を前にして臆病風に吹かれた山本は一人で考える時間が欲しかった。

 この川辺、橋を通る帰り道は、とても静かで考え事にはうってつけだった。

 

 

 遠回りだからいつもより10分ほど遅く帰ることになる。

 家族が心配すっかな…。

 いや、10分遅くなるなら20分でも一緒だな。 ちょっとぼーっとしてから帰ろ。

 

 そう思った山本は、車も通れるような大きな橋を渡っていたが、足を止めて橋の柵に前から体をもたれかからせた。 下には大きな川が流れている。 空は曇り。 そのため、川は月の光を反射できず真っ暗だった。

 

 この秋大会でオレたちは…。

 これまでずっとみんなで頑張ってきた。

 けど、先輩方が引退した今、もしここで負けちまったら…、

 オレたちは先輩に任せきりにして、頑張って無かったってことになる。

 オレたちは『頑張って無かった』ってことに気付くために秋大会に出るのか?

 

 まとわりつくような不安。

 泥沼のように、はまったら抜け出せない不安。

 

 時折、山本はこのように弱気になってしまう。

 明るい自分と、どうしようもなく弱気な自分。

 

 普段は明るくいるが、弱気になってしまうとどうしようもないくらいネガティブになってしまう。 腕を怪我した時は野球が人生だった山本は校舎から飛び降りようとしたこともあった。

 

 今回もそうというわけではないが、暗い川を見て落ち着いてしまうくらい、気持ちは暗く沈んでいた。

 

 

 ここ最近、そんな不安や気持ちを紛らわすために少しでも強くなりたくて練習していた。

 

 だからこそ、大事な大会の前に文化祭のために運動場を使用禁止にされ、クラスの出し物の準備するために練習時間を取られている現状にいら立ちを感じていた。

 もちろん、彼はそれを悟られないようにはしているが。

 

 

 物思いにふけっていた山本はふと腕時計を見た。

 

 ああ、もうこんな時間か。 帰ろ。

 

 歩き出した山本はさえない表情で橋を渡り切ろうとしていた。

 

 

 そのとき、山本の後ろから足音が近づいてきた。

 かなり駆け足だ。

 

 橋の上の歩道と車道の間には柵があり、山本はその歩道の中心線を歩いていた。

 割と狭い歩道。

 どちらによけようかなとちょっと考えて、何となく左に避けたら、目の前に無灯火のロードバイクが猛スピードで迫ってきていることに気が付いた。

 

 ちょ、無灯火かよ。 電気付けてくれねーと気付きにくいって。

 

 と内心文句を言いながら右に避けた。

 

 そしたら、山本のすぐ後ろで足を地面に踏み込む音がした。

 タンッ、と地面を蹴る音がしてすぐ、山本の肩に重さがかかった。

 

 

 「おわっ!?」

 

 

 「邪魔だよ」

 

 

 上から声がして見上げると、人が山本の肩の上から前方にジャンプするところだった。

 気付いた時にはもうその人は先に進んでいた。

 

 その人はくるっと宙返りして着地するとすぐに走り出していた。 器用にもこの間、ずっと携帯電話を耳にあて、視線は川の方を向いていた。

 

 

 「ああ、見つけたからもういいよ」

 

 

 携帯電話を切ってすぐ懐にしまったその人は橋を渡り終えるや否や、河川敷に飛び降りてまた走り出した。

 

 

 「あれ…ヒバリか?」

 

 

 山本はようやくさっきの人の正体が分かった。

 山本は特に何も思うことなく足蹴にされた肩の部分の砂を払った。

 

 なんか急いでんのかなアイツ。

 そいや、かなり息遣いが荒かった気がする。

 

 河川敷を走り抜けていく雲雀を橋の上から物珍しそうに見ていた山本だったが、雲雀が河川敷からさらに下りて川に入ったのを見てかなり慌てた。

 

 アイツ、何やってんだ!?夜の川に入るなんて危険すぎんだろバカ!

 

 居ても立っても居られなくなり、山本も走り出した。

 河川敷についてから目を凝らしたが、真っ暗な川と同化して雲雀がどこにいるのかよく分からない。 というか、川と河川敷の間に背の高い草が生い茂っていて正直よく見えない。

 

 流されたとか無いよなぁ…?

 嫌な予感がして雲雀が川に入っていったところより下流に向かって走った。

 しかし誰も流されてきているようには見えない。

 

 そしてふと元来た道を見ると、50mくらい先で、頭の先から足の先までずぶぬれになりながら、同じくずぶ濡れの泣きじゃくる男の子を背負って雲雀が川からあがってきていた。

 

 雲雀はその子を地面に下ろすと、片膝をついて、何やら話しかけているようだった。

 男の子はうなずいたり首を振ったりしてそれに答えているようだった。

 そして話し合いがひと段落したのか、雲雀が男の子の頭を優しくぽんぽんと叩いた。

 その後男の子をまた背負って歩き出した。

 

 

 ヒバリはおぼれた子どもを助けに行ってたのか。

 怖えーばっかだと思っていたけどアイツ良いところあんだな。

 

 山本が雲雀に走り寄ると、雲雀がちょっとだけ後ろを向いた。

 

 

 「あぁ…、えーっと、…」

 

 「山本!」

 

 「そう。 山本武だ。 何か用?」

 

 

 そう言っているヒバリの声は結構疲れていて、話しかけたのがちょっと申し訳なくなった。

 

 

 「その子もヒバリも大丈夫かなーと思って」

 「問題ないよ。 それより僕について来ないでくれる。 群れるのは嫌いなんだ。 すぐに離れないと咬み殺すよ」

 「そんなばってばての体じゃなんもできねーって」

 

 

 雲雀はため息をつくと男の子を地面に下ろした。 幼稚園児くらいの男の子はよく分からず下ろされてぽかんとしている。

 

 そして雲雀はおもむろにトンファーを取り出すとそれを山本に向かって振り放った。

 

 

 「うわ!?なっなんだ!いきなり!」

 「草食動物になめられるのは僕のプライドが許さないんだ。 君はここで僕に咬み殺される」

 

 

 疲労を感じさせない体裁きに驚くも、よくよく見れば6月に応接室で戦ったときよりも、えらく的外れな打ち込み方をしてきている。

 だからもし当たってもそこまでダメージにはならなかった。

 コイツやっぱり疲れてんなぁ。

 

 それに、当たりながらも避けていく内にだんだんヒバリの動きが見えるようになってきた。

 避けられる攻撃がどんどん増えていって、しまいには全部避けることができた。

 これなら反撃できるかも?

 

 どこか楽しくなってきてしまった山本は手を出そうとした。

 その時、

 

 

 「委員長!その辺にしてください!」

 

 

 大声をあげて駆け寄ってきたのは風紀委員会副委員長、草壁哲矢だった。

 勝負を止められた雲雀は草壁に向かってギロッと睨んだ。

 

 

 「草壁、いつ僕の戦いを邪魔していいなんて言った?許さないよ。 君も咬み殺す」

 

 

 雲雀は体の向きを変えて草壁に向かっていった。

 しかし、その攻撃はただ草壁が一歩横に移動するだけでよけることができてしまった。

 

 よけられて体制を崩した雲雀は、なんとそのまま地面にぶっ倒れてしまった。

 山本は唖然とした。

 

 

 「委員長、そのまま少しお休みになってください」

 

 

 倒れた雲雀に草壁がしゃがんで話しかけると、少し間をおいてから雲雀は静かに目を閉じた。

 そんな雲雀を軽々と背負い上げた草壁さんは、オレに子どもの方を背負うように頼んできた。

 

 

 「おい、坊主。 お家帰ろーな。 寒くないか?」

 

 

 山本はニカッと笑って男の子に話しかけると、男の子は大丈夫!と元気に答えた。

 そして山本も子どもを背負った。

 

 草壁と山本が二人並んで河川敷を歩き始めた。

 しばらく沈黙が続いた。

 その沈黙を割いたのは草壁の方だった。

 

 

 「委員長のこのようなお姿は、他言無用でよろしく頼む」

 「このようなって…これッスか?」

 背負われる雲雀を指さした山本に草壁はうなずく。

 

 

 「どこぞの誰かに知られるわけにはいかないんだ。 委員長はそこにいらっしゃるだけで抑止力になる。 だからとても大切にしておられる並盛町の風紀を守るために、委員長は誰にも弱みを知られてはいけないんだ」

 

 「オレ…なんか悪りーことしちまったな」

 「いや、気にすることはない。 委員長もおそらくこうなることは頭の隅で分かっていらっしゃったと思う」

 「え?分かっていたってんなら、何でオレを相手に?」

 

 「分かっていてもイラつく自分を止められなかったんだろう。 そこが悪いところでもあり、良いところでもある。 例えば、風紀を守るためなら自制が利かなくなることとか」

 

 「それはつまりどういう…?」

 「実はこのような人助けは今日だけでも4件やっていてね」

 「そーなんスか!?」

 「委員長はまるで未来でも見てきたみたいに、何かが起こる場所を見つけ出すのが上手なんだ。 裏道やトンネルや薄暗い道路や川…行く場所はいつも人気が無くて、委員長が行かなければおそらく大変なことになっていたと思うようなトラブルばかり」

 「それはすごいッスね」

 

 「だけど、そういうトラブルがあるところであれば、どんな時間・どんな場所でも飛び出して行ってしまう。 だから無理をしすぎるんです」

 「コイツ…たしかに戦った感じ疲れてましたけど、どのくらい無理してたんすか?」

 「ここ一か月は毎日働きづめだったな」

 「一か月!?そんなに!?」

 

 「おかげで並盛町は平和だが、委員長はボロボロだ…。 だけど止めたら怒るし、止めなければこうなる。 どうしようもないんだ」

 

 

 草壁は苦笑した。

 

 

 「だからどうか、このことは誰にも言わないでおいてくれないか」

 「そのこと知っちまったら、言うに言えないっすよ」

 「ありがたい」

 「…ヒバリって、実はこんなちっこかったんスね」

 

 「ああ…そういえば、靴が脱げているな。 川で流されたか。 靴を履いていない委員長の身長はおそらく145cmに満たない」

 「本当に小さいっすね」

 「全くだ。 それにすごく軽い。 こんなに小さくて軽い体でどこにあんな力があるのかいつも不思議でならない」

 

 「ハハッ。 小さいけど誰よりも強いってすげーな」

 「それに、誰より優しい人でもある」

 「ヒバリを信頼してるんだな、草壁さん」

 「ええ、とても」

 「そっかー」

 

 山本は先ほど雲雀が倒れたときに、草壁が一言声をかけただけで目を閉じた雲雀を思い出す。

 

 

 「ヒバリも信頼してると思いますよ」

 「さあ…どうだか。 委員長が目を覚ましたとき明日は休んでくださいと言っても、どうせこの人は僕が見ていないところで風紀が乱れるのは許せないとかなんか言って、私に任せてくれることはないだろうし」

 

 「明日は文化祭の事前準備ッスね」

 「委員長はイベント事が割と好きなんですよ。 並盛が活気づくから。 だから彼は成功させるために風紀を守ろうとするんです」

 

 「そっか…。 そうだよな。 こんなになるまで並盛町や並中守ってくれているやつがいるのに、文化祭が無ければいいとか、オレ、思ってました」

 「そうなのか?」

 「野球の試合が近くて、文化祭のせいで練習無くなるからちょっと嫌で」

 「なるほど…たしかにそうだ。 それなら、君の野球の応援をしてくれている人のために文化祭を成功させようと考えるのはどうだろう」

 

 

 山本の脳裏には引退していった先輩や家族の姿が思い浮かんだ。

 

 

 「その人たちに恩返しする方法は、何も野球の試合の結果だけじゃない。 文化祭のようなイベント事を楽しんでもらうのも、恩返しの一つになるんじゃないか。

 

 君は試合に勝ちたいという気持ちが先行してしまっているように思う。

それを支える人たちのことを忘れてはいけないよ。

この後ろの人も大きく言えばその一人だしな」

 

 

 と、草壁は笑って雲雀を見た。

 

 

 「そう…そうッスよね。

オレ、試合に出てもし負けちまったら、自分が『頑張って無かった』ことに気が付くだけだと思ってました。

でもどんな結果でも、支えてくれる人たちにオレらの『頑張っている姿』を見せることがきっと大事なんすよね」

 

 「そうだな 」

 「草壁さん、ありがとうございました!本当に」

 

 

 山本は久しぶりに心からの笑顔を見せた。

 秋の大会に向けて、支えてくれている人たちのために全力で頑張ろう。

 

 

 このバカみたいにな。

 

 疲れて眠りこけている雲雀を見た。

 見ていると何だか勇気が湧いてきた。

 

 そして文化祭は絶対成功させよう。 先輩方にとっても最後の文化祭で、オレの家族も来るし、小学時代のダチだって来る。 オレを支えてくれてる色んな人達に楽しんでもらいたいから、もちろん、全力で!

 

 

 何か大切なことに気がついた山本。

 男の子を送り届けて草壁と別れたあとも、ずっと晴れやかな顔をしていた。

 

 

 そうして良い気分で帰宅した山本は、散々帰りが遅くなったことを父親からしこたま怒られるのであった。



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第12話 正一と正一

ほんとすれたガキだぜぇ
正ちゃんよぉ


文化祭を前日に控えた並盛中学校。

下校時刻はとうに過ぎて辺りは真っ暗であったが、各教室には最後の追い込みのため、夜遅くまで居残りをして作業をする生徒の姿が目立った。

 

それは入江正一(いりえまさかず)が籍を置く教室も例外ではなく、マサカズを含む二名が、広告用の巨大な垂れ幕のペイント作業をせっせと行なっていた。

 

 

「何が嬉しくて男子二人で居残りせなあかんのや!!」

 

 

地味な作業の連続にしびれ切らしたマサカズが「サラ覚悟ぉ!」と叫んだと思うと、うりゃあ!という変な掛け声と共に、向かいで作業していた少年に絵筆を持って飛びかかった。

サラと呼ばれた知的そうな眼鏡の少年はパンと両手でその絵筆の柄を取ってマサカズの攻撃を阻止する。そしてそのまま、深々とお辞儀をした。

 

 

「このように道連れになってくれたこと、恩に切る。後で褒美を遣わそう」

 

「し、真剣白刃取り…だと……」

 

 

マサカズは役に夢中で何も聞いていないようだ。

 

実はこのサラという少年、あだ名の由来はサラブレッドから来ており、それは将軍の血をひいているからだとかなんとか。

 

 

「そういえばマサカズ、そろそろ次の生徒会長選の立候補時期だな」

「おお!そーなんや!次の生徒会長は美人で強気の女会長がええなぁ♪」

 

 

何やら想像をして、マサカズはちょっと元気を取り戻したようだった。

その反応を見たサラは少し期待を込めて言う。

 

 

「実はな、私はお前を推薦しようと思っているぞ」

「え、それはほんまやめて」

「なぜだ?」

「いやだから、美人で強気の女生徒会長を俺は求めているんや!俺が生徒会長なってしもたら、その夢が叶わんやろ!」

「問題ない。私が叶えよう」

「なっ……サラ!?」

 

 

マサカズは目を輝かせ、期待を込めて身を乗り出した。

サラはその顔に超早業でラクガキを

した。

 

「おっわあ!!!!何すんねん!!」

 

 

飛び退いたマサカズは、近くにあったタオルで顔をゴシゴシとこすって、何も汚れが落ちていないのを見て軽く絶望した。

 

 

「美人、強気、女、うん。完璧じゃないか」

ほら、とサラに手鏡を手渡されて自分の顔を見ると、右ほほに美人、左ほほに強気、おでこに女、と達筆な字で書かれていた。

 

「ひぎゃーーー!!!

このヤロウ!ただじゃ帰さんからなぁ!!」

マサカズは半泣きでサラに絵筆を持って飛びかかる。

 

 

二人はひとしきり大暴れした後、疲れて冷静になったのか、黙々と作業をして垂れ幕を完成させた。

 

 

◇◇◇

 

 

「あぁ〜…。最悪や。ほんま最悪やぁ…。」

 

 

半べそをかきながらマサカズはサラと共に校門をくぐる。

(まさか油性だったとはな。不覚……)

 

軽く笑って流しながらも、マサカズの目の充血を見て泣かせてしまったと思ったサラは内心少々申し訳ない気持ちになっていた。

 

まぁ、実際はタオルで顔をこすりすぎて目が充血していただけなのだが。

 

マサカズは涙で潤んだ目でぼそぼそと呟いた。

 

 

「明日の文化祭C組のおんにゃのこと回ろーねって約束してたのにぃ…」

「おい、マサカズゥ!!

彼女いない歴イコール年齢の私に殺されたいかぁ!!!」

「わー!わぁー!嘘に決まってるやんそんなん!!

俺はサラちゃん一筋だよぉ??

サラちゃん、俺を傷物にした責任とって?結婚して?」

「うわっ、離れろ気持ち悪い!」

「サラちゃんにあたしの全部をあ・げ・るぅ♪」

「むむっ、なぜだろう。今ものすごく鳥肌が…」

 

 

サラはぶるっと身を震わせた。

そのとき、サラの顔の向こう側を見たマサカズの顔が驚きに染まった。

不思議に思ったサラがマサカズの視線の先を追うと、そこには、

 

 

「君たち。とっくに最終下校時刻は過ぎてるよ」

 

 

並盛中学校風紀委員長、雲雀恭弥が、学校を囲う柵にもたれかかって横目でこちらを見ていた。

 

 

「おわっ!ひ、雲雀恭弥ぁ!?」

 

 

サラは動転して一歩後ずさった。

 

最近学校を空けがちだと噂されていたから今日もいないと踏んでいたが、運が悪かった!

 

チラと腕時計を見ると21時を超えている。完全下校時刻は20時であり、ここでの雲雀恭弥からの制裁は免れないだろう。

 

雲雀恭弥にしめられたやつが何人も登校拒否に陥っていたのを俺は見てきた!

ここで逃げなければ、間違いなく、私とマサカズはトンファーで滅多打ちにされて心も体もめちゃめちゃに…!!

 

青ざめたサラはマサカズに口早に告げる。

「おい!逃げるぞ!!

おいっ!?」

腕を引っ張ったがマサカズはなぜか動かなかった。

 

 

「君たちは袋の鼠だ」

 

 

す、と二人の前に立ち塞がる。

俺は恐怖でつい身を引いてしまった。

 

 

「逃がさない」

 

 

そして雲雀とマサカズは対面した。

雲雀はマサカズを少し見上げていて、その顔はどこか不満げで、少し首を傾げている。対してマサカズは緊張した顔で雲雀を見ているが、雲雀が近寄ってきても一歩も引かなかった。

 

 

雲雀がおもむろに口を開いた。

 

 

「……君は僕の知り合いにとても似ている。

他人の空似とは到底思えない。

君、誰?」

「名前は………入江」

「入江?」

 

雲雀の眉毛がぴく、と動く。

 

 

「そう。入江正一(いりえしょういち)だ!!」

それを聞いた途端、雲雀の顔が狂気に歪んだ。

 

 

「ワオ。飛んで火にいる夏の虫とはこのこと?

よくぞ僕の前に現れてくれたね。

君のことをずっと探していたんだよ……ッ!?」

 

 

不意に雲雀がぶっ倒れた。

それと同時に、Dr.シャマルが呆れ顔で現れる。

 

 

「おい入江!!何度も何度も雲雀恭弥に殺されそうになりやがって…俺は便利屋じゃねーんだぞ!」

「あーー。悪かったよ。今回は僕のミスだ」

「ったく…恭ちゃんは恭ちゃんで、いっつも入江に話しかけに行くし…。

開口一番にサクッと入江を殺しちまえば俺も解放されんのによぉ」

「は?僕が殺されたらお前も死ぬって分かっているだろ?

何、それかあれなの?

死にたがりなの?」

「冗談も通じねーのかよ最近の若いやつは」

「言っていることがまるで老害みたいだ」

「美人で強気な姉さんは言うことがちげぇなぁ。ええ?」

「か、顔のことは何も言うなぁ!!!」

 

 

サラは置いていかれたようにぽかんとしてそのやり取りを見ていた。

 

マサカズ、一体何なのだ?

お前のその変容っぷりは?

いつものお前はどうした?

 

正一(しょういち)という名前なのか?

雲雀恭弥との関係は?

このDr.シャマルは何者?

養護教諭ではなかったのか?

殺し?一体、二人で何の会話をしているのだ?

 

 

「おいおい。この坊主放っといていいのか」

 

 

ふと冷静になったシャマルが私を指差して言う。

 

 

「いや、頼むよ」

マサカズはこれまで私に向けたことがない視線を向けた。

何も関心が無さそうな、冷ややかな目。

 

 

「こ、殺すのか?私を?

私とお前は親友ではなかったのか……?」

 

 

すがるように問いかけたが、何となくマサカズの心に少し響いたように感じた。

マサカズは一瞬のためらいの後、ぐ、と唇を噛んで私を睨みつけた。

 

 

「僕の親友は、白蘭さんただ一人だ

君は、僕のことをただの一つも分かっていないのだから!」

 

 

絞り出すような声が聞こえてすぐ、私の視界は暗転した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

「何言ってんだ。おめーがおめー自身のことを偽るから、このメガネは何も知らないんじゃねーか。何も悪くねーのにかわいそうに」

 

 

シャマルがやれやれと肩をすくめる。

 

 

「僕の親友は白蘭さんただ一人だ。

彼らとの友人関係は遊びに過ぎない」

 

 

キッとシャマルを睨みつけた正一は眼鏡を上げる動作をしようとして、また眼鏡がないことに気がついて誤魔化すように鼻をかいた。

 

 

正一(まさかず)に友達はいてもそれは正一(しょういち)の友達じゃない」

「よくそんなに割り切れるもんだ。

正一(まさかず)正一(しょういち)、本当はお前はどっちになりたいのかねぇ」

「黙れ!!監獄にぶち込まれたいか?」

「へいへい…。黙ってますよっと」

「…おい。二人から記憶、完璧に消せよ」

「分かってらぁ」

 

 

シャマルはこの入江正一(いりえしょういち)と言う少年の悲しさに気がつきつつも見ないフリをする。

この少年とは依頼人とその請負人の関係。

それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 

 

これはシャマルの中での絶対的なルール。

シャマルは、自分の中のルールを決して曲げなかった。

桜が散るあの日までは、決して曲げなかった。



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閑話1 コンビニ店員 獄寺隼人

読まなくても本編に支障ありません。


 とある土曜日の朝、獄寺隼人はアルバイトをするためにバイト先のコンビニに向かっていた。 獄寺の足取りが急ぎ足でもなく普段通りなのは10分前出勤を心掛けているからこそか。 早朝にも関わらずその目がしゃきっと冴えているのは寝起きの良さからなのか。 髪の毛にアホ毛の一本もないのは早起きをして整えているからなのか。

 そんな獄寺はバイト先で、見かけこそは不良であるものの同僚に配慮しながら謹厳実直に働くさまが高く評価され店の売上を扱う作業をも任されている。 獄寺自身も評価されることを嬉しく思っている。 褒められたときに照れくさそうに笑っている顔が可愛いと職場のおばちゃんは語る。 「怖い顔だけど、本当は良い子なのよね」と。

 そんなこんなで獄寺にとって今のバイト先はツナの傍の次に居心地の良い場所である。 だが獄寺はコンビニでアルバイトをする目的を並盛の情報収集と言い張っており、この場所で働き続ける理由は並盛町の繁華街に位置するコンビニには情報が集まるかららしい。

 

 

 バイト先に到着して入店すると深夜帯で働いていた伏島さんが眠たそうな目で会釈をしてきた。

 オレの働いているコンビニは所有者が本社ではなく個人であるフランチャイズ店の一種で、そしてそのオーナー兼店長がこの伏島さんだ。 脱サラしてコンビニの所有者になったが深夜帯は働いてくれる人が中々見つからず、店長・伏島さん自ら週に5回くらい深夜帯シフトに入っている。 「僕もう疲れたよ」が伏島さんの口癖だ。 その言葉の通り本当に疲れているらしく、この前伏島さんの発注ミスで飲料(ペットボトル)の箱が通常の5倍ほど届き、それを全て仕分けて倉庫に詰めなければいけないという煩わしさから、スモーキン・ボムでこの飲料の箱を爆破して無かったことにしたのは秘密だ。

 加えて、店長・伏島さんの寝坊が増えているらしく、それを受けて他の同僚の間では「伏島さんそろそろ限界なんじゃないの?このお店もうすぐ潰れるんじゃない?」ともっぱら噂になっている。

 

 

 「おはようございます。 今日も眠そうッスね」

 

 

 「獄寺くんは今日もシャキッとしてるねぇ。 僕も若いころは君みたいにいつも元気だったんだけどもうほんと年だよ。 ああ、そうだ。 今日の8時にタバコがたくさん届くから僕もうちょっと残るからよろしくね」

 

 

 「うッス」

 

 

 バックヤードでバイトの制服に着替えてタイムカードを押し、いつものようにレジの前に立った。 隣のレジをふと見ると伏島さんが今にも寝そうだった。 肩を叩くとハッと我に返ったような顔をした伏島さんはやはり寝ていたようだ。 本当にこの店大丈夫かよ…。

 

 朝の通勤の時間帯となり客がちらほらと入店してくる。 平日であればこの客の数はどっと増えるが、休日の土曜日のしかも朝の客の数なんて知れている。 平日ならまだしも休日にレジ前の列ができることはほとんどない。 だからオレはゴミ出してきます、と言い残して昨晩の廃棄のゴミを捨てに行った。

 

 店の裏手にあるゴミ捨て場は繁華街に面した表に対して住宅街に面している。 そのため人通りは少なく、サボるにはもってこいである。 だが獄寺の根は真面目であるためそのようなことはしない。 ただゴミを捨てに来るだけである。 しかし今日、そのゴミ捨て場には先客がいたのだった。 子猫×5である。 獄寺は無視しようとした。 だが子猫たちは獄寺の持っているゴミ袋(廃棄物:賞味期限切れのお弁当)の匂いを敏感に嗅ぎ付けて、ゴミ袋に飛びついてくる。

 

 

 「あっコラ、やめろって」

 

 

 みーみー

 可愛らしい声で鳴く見かけも可愛らしい子猫たちの爪は意外と鋭くゴミ袋をすぐに引き裂いてしまった。 中の賞味期限の切れたお弁当が飛び出てそのフタが空いて中身が地面に散らばった。

 子猫たちはすかさずそれに飛びつき、うまそうに食べ始めた。

 

 

 「あー…まあ、本当は廃棄の物は捨てなきゃいけないんだけどよ。 お前らはこのオレから弁当を実力で勝ち取ったんだ。 その漢気に免じてくれてやるよ」

 

 

 獄寺が子猫たちの頭を強引になでると、子猫は迷惑そうに耳をピクピクと動かした。

 

 それにしてもすげぇ食いっぷりだな。 こんなチビなのに胃袋はいっちょ前に大人かよ。 みるみるうちにアジフライが消えていった。 口の周りを汚すのもお構いなく食べやがって。 …かわいいなぁ。

 

 子猫たちの食いしん坊さ、それに伴う愛らしさにすっかり心を奪われてしまった獄寺は時間を忘れてそこで子猫たちを見ていた。 10分ほどで完食した子猫たちは獄寺にお礼を言うかのようにみーと鳴くと、住宅街の中へと消えていった。 その子猫たちが見えなくなった後、獄寺はハッと我に返った。

 

 ヤベェ、バイト中!

 

 腕時計を見るとちょうど混み合いそうな時間帯である。 伏島さん一人を残してこの長時間出てきてしまったことに後悔しながら急いでコンビニに戻ると、レジに店内を埋め尽くしてしまいそうな長蛇の列ができていた。 それを一人でさばこうとしている伏島さんは目を白黒させ、釣り銭を明らかに多く渡しているなどミスを連発している。

 

 

 「伏島さん、すんません!!お次のお客様、こちらのレジへどうぞ!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 やっと客をさばききった獄寺はそれなりに疲弊した顔をしていた。 伏島さんは今にも倒れそうだ。

 

 

 「獄寺くん、これからはもっと早く帰ってきてね。 僕死んじゃうよ…」

 

 

 今にも魂が抜けそうな伏島さんは悲壮感を漂わせていた。 獄寺は申し訳ないと思っていたが、先ほど会ったかわいらしい子猫たちのことが忘れられず、次のシフトからも廃棄のお弁当を子猫たちにあげるのはまた別のお話。

 

 

 そして客足が途切れ、何もない時間がやってきた。 朝のピークの時間帯で飲料の棚はそれなりに空いてきている。 早めに補充しなければ昼のピークで買いに来た客が冷たい飲料を手に取ることができない。 それならばと獄寺は倉庫から飲料の箱を取ってきて、ペットボトルを棚につめ始めた。 左手に箱を持ち、右手で補充する。 その作業が終盤に差し掛かったとき後ろから声が聞こえた。

 

 

 「ちょっと、君」

 

 

 「あ?」

 

 

 呼ばれたので振り向くと、そこにはなぜか雲雀恭弥が立っていた。 休日だがいつも通り並盛中の制服に風紀委員の腕章をつけ、ムスッとした顔でこちらを見ている。 雲雀が買い物をするイメージが無かった獄寺は、短絡的に喧嘩を吹っ掛けられたと判断してしまい、雲雀をギロッとにらみつける。

 

 

 「ああ君、獄寺隼人か。 」

 

 

 「なんだてめェ。 人のバイト先にまで来てヤル気か?あぁ?」

 

 

 「じゃーヤル?」

 

 

 仕込みトンファーをちらつかせて雲雀はニヤッと笑った。

 

 やはりヤル気だ、コイツ!

 獄寺は武器であるダイナマイトの着火剤にしている煙草をくわえた。

 「獄寺くん!店内でタバコ吸わない!あと、お客様にガン飛ばさないで!」

 伏島さんが遠くレジから叫ぶ声が耳に痛い。 そうだ、オレはバイト中だった。

 

 

 「チッ…命拾いしたな」

 

 

 「それは君の方だよ」

 

 

 獄寺は不機嫌そうにタバコをしまい、雲雀もつまらなさそうな顔でトンファーをしまった。

 

 

 「で、おまえここに一体何しに来たんだよ?」

 

 

 「普通に買い物だよ。 何か問題ある?」

 

 

 「いや、ねーけど…」

 

 

 「じゃーのいてよ。 僕はそこにあるコーヒーが取りたいんだ」

 

 

 雲雀が指さしたコーヒーはちょうど獄寺が補充していたコーヒーである。 それはすまなかったと内心思って、獄寺は横にのいた。 そのコーヒーは最上段にあった。 何年も前からある真っ赤なパッケージの缶コーヒーで、朝にはもってこいな名前がついている。

 コンビニの棚は一般的に最上段が缶コーヒーとなっている。 それはペットボトルよりサイズが小さいため目立つようにという理由かもしれないし、はたまたコーヒーを買うのは身長が伸びきった大人が多いからという理由かもしれない。

 

 

 このときまで雲雀恭弥は気が付いていなかった。 男だった前世の身長は男の中でもかなり高く、何よりも女である今世の身長はかなり低めだということに。

 

 

 雲雀は前に進み出てドリンクケースの前に立った。

 そのまま獄寺が見ていると、雲雀の身長(現状153cm)(シークレットブーツでかさ上げ済み)では、最上段にある缶コーヒーを取ろうとしても指先がかするばかりだった。

 

 

 「……」

 

 

 「……」

 

 

 「……」

 

 

 「……」

 

 

 「……」

 

 

 「……プッ」

 

 

 獄寺がこらえきれずに吹き出してしまった。

 

 「クハッハハハハ!!おまっ……届かねーのかよ!!おもしれっ…ヒャハハハッハッハッハ!ハ?」

 

 

 それまで俯いていた雲雀があげた顔はいつもより不機嫌そうな顔、そのくらいだった。 ただし耳は真っ赤だった。 紫色の光が一瞬雲雀の目に瞬いたかと思うと、雲雀の仕込みトンファーを中心に紫色の火が噴きだして、コンビニ中の物がガタガタと揺れ出した。

 

 

 「咬み殺す!!!」

 雲雀が獄寺に向かって一歩踏み込んだかと思うと人外のスピードでトンファーをめった打ちで振り放ちそれが獄寺にことごとく当たった。 その間、わずか1秒。 ブチ切れた雲雀に獄寺は一瞬で咬み殺された。 そしてトンファーを放つたびに出る紫色の火はまたたくまにコンビニ中を埋め尽くし、すべての商品・備品を焼き払った。 しかし幸いにも獄寺以外の怪我人は出なかった。

 

 

 「ちょっ、待、待…!僕のお店がぁーーーーっっっ!!」

 

 

 獄寺の働くコンビニの店長・伏島の悲鳴が並盛中に響き渡ったという。



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閑話2 執事 雲雀恭弥

ツナ達の文化祭!
読まなくても本編に支障ありません。


 中学一年生の春。 笹川京子が文化祭委員になったのは4月の委員決めでのことだった。

 文化祭委員は他の図書委員、広報委員、体育委員、放送委員、美化委員、生徒会役員などのように1年を通して活動することはないが、その代わりに9月に行われる文化祭のため、その2・3か月前から始まる準備を取り仕切り、クラスの文化祭の出し物を成功へと導かなければならない、他の委員と比べて強いプレッシャーを感じる役職である。

 

 委員決めは新学期最初のの恒例行事であり、笹川京子が在籍する1-Aクラスでもその委員決めが行われたのだが、夏休み期間も準備を仕切るため強く時間を拘束される面倒さと人をまとめる難解さがあり、何よりまだ慣れていない中学生活の中、自分がクラスになじめるのかどうか分からないという状況で、責任感やリーダーシップや協調性が求められる文化委員をやりたいと思って手を挙げられる人はそういなかった。

 

 

 だが笹川京子は違った。 彼女はすこぶる人に優しく仲間想いであるから誰も手を挙げなければ率先して手をあげようとするし、何より彼女の天然さは文化委員のそのようなプレッシャーを歯牙にもかけなかった。

 そして彼女は気が付いていなかったが、人当たりの良い性格と可愛い容姿は、ごく自然に並盛中学校のアイドルたらしめたほどの高みにあるため、クラスを取りまとめる際に強い助力となる求心力を彼女は抜群に備えていた。

 そのため「文化委員になりたい人~」と担任の教師が問いかけた後の張りつめたような沈黙を破り、手を挙げた笹川京子に賛成する者はあれど反対する者など誰一人としていなかった。

 

 

 「文化祭委員って大変だって聞くよ~。 本当に大丈夫なの?」

 

 

 その日の帰り道、黒川花は不安げに笹川京子に問いかける。 しっかり者の黒川は笹川京子の性格も能力も把握しているが、その上で彼女の文化祭委員への立候補を不安視していた。 京子はとても柔軟な子だけどため込んでしまうようなもろいところもある。 京子はきっとうまく取りまとめるだろうけど起こる色んな問題を一人で抱え込んでしまうかもしれない。 やっぱりこの子に文化祭委員は荷が重そう、と心配する黒川であったが、京子は「大丈夫!」といつも通り明るい笑顔で返事をするのであった。

 

 客に対して金銭を要求する出し物か否かが、模擬店か常設展示の違いである。 模擬店の場合は客との間で何らかの物やサービスの売買が行われるが、常設展示の場合はその文化祭を盛り上げるため、悪く言えば引き立てる役割であるため、金銭のやり取りはほとんど行われない。

 そのため、お調子者や目立ちたがり屋が多い1-Aクラスが文化祭の主役である模擬店か引き立て役の常設展示のどちらを選ぶのかといえば、もちろん模擬店の方だった。

 

 そして模擬店の種類に議論が移る。 模擬店には客参加型・非参加型・中立型の3型があり、客参加型に代表されるのはお化け屋敷や迷路といった出し物だ。 これのメリットとしては集客の良さが挙げられる。 しかしデメリットとしては内装外装にかかる所要時間が長いこと、何より文化祭当日に裏方の仕事ばかりであることなどがある。 これは、目立ちたがり屋が多い1-Aでは却下された。

 

 次に、非参加型に代表されるのは演劇やダンス、合唱といった見世物系の出し物だ。 これのメリットは衣装代や内装・外装費用だけで事足りるため予算が低く抑えられることである。 しかしデメリットとしてはクラスの結束力や責任感が必須であるため、かなりまとまりのあるクラスでなければならないことが挙げられるだろう。 新入生というよりは3年生向けの出し物である。 そのため、まだクラスの結束力に自信がない1-Aではこれも却下された。

 

 そして残ったのは中立型の模擬店であり、飲食店に代表される。 メリットとしては準備期間が比較的短く済み、客とのコミュニケーションが取れることなどがあり、デメリットとしては文化祭で他クラスにも同様の飲食店が群雄割拠していることなどがある。 それゆえ激戦区となりやすく、いかに個性的で魅力的な模擬店にできるかが競争に勝つ最重要課題であった。

 

 

 1-Aでは、準備期間の短さと魅力的な模擬店を作り上げてそこで店員として個人が目立ちたいという欲望から、中立型の模擬店を出す事に決定する。

 

 そして争点となったのがその模擬店の内容である。 焼きそばやフランクフルトといった文化祭にありがちな調理販売の店にするか、カフェのような形で既製品をコップや皿に出して販売する小売販売の店にするか。

 

 ここでクラスは二つに分かれた。 自分たちがつくった食べ物を販売することにやりがいを感じる人と、カフェで店員としてカッコ良く・可愛く振る舞うことにやりがいを感じる人だ。 この論議は白熱していた。 しかし、途中で入ってきた担任の先生が「調理販売は3年生だけだぞ~」という言葉で水を差されてその白熱っぷりもむなしく鎮火。 調理販売という選択肢が消え、小売販売の店を選ぶ他なくなってしまった。

 

 

 小売販売の店と決まったとき、やはり出たのはメイドカフェか執事喫茶かという論争である。

 

 女の子に可愛い服を着て男子も女子も楽しむか、はたまた女の子に男前な服を着せてそのギャップの可愛らしさを男子も女子も楽しむか。 男子の頭の中ではその二択を迫られていた。 先ほどまで自分たちが目立ちたいと言っていた主張はどこへ雲隠れしたのかは分からない。

 

 だが、女の子の可愛いは正義。 男子の心はその点で一つであった。 そして一方の選択肢、「女子のメイド服」を想像したとき、男子の目線はつい教卓の後ろに立つ笹川京子にくぎ付けになる。

 

 

 クラスのみんながワイワイと話し合うのを可愛らしく微笑みながら聞いている笹川京子は誤って地上に降り立った天使かと見紛うほどの愛らしさ、可愛いらしさだ。

 

 笹川京子がメイド服で「おかえりなさいませ、ご主人様♪」と微笑む姿を想像するだけで男子は幸せな気持ちになった。

 

 

 そのとき。

 メイド服姿の笹川京子を想像してニヤニヤと笑っていた男子の一人の頭に、ものすごい勢いでチョークが投げつけられる。 黒川花が投げたチョークだった。

 

 「あんたらさぁ…、京子でなんか変な想像したでしょ?」

 

 黒川は鬼のような形相をしており、おっしゃる通りですという心持の男子は震えあがった。

 

 

 いやでも待て!諦めていいのか?

 笹川京子のメイド服だぞ!お前ら、それを拝みたくないのか!?

 

 

 男子の間で黒川に反抗しようとする気持ちが芽生えてくる。 そう、だって女の子の可愛いは正義。 笹川京子のメイド服は至高、異論は認めん。

 男子の心が一つとなり、誰かが立ち上がろうとした。

 だが黒川花にチョークを当てられた男子が突如すっくと立ちあがって、反論しようとした男子は立ち上がるタイミングを逃す。

 そしてチョークを当てられた男子は憑き物の落ちたような顔で、「執事喫茶が良いと思う」と一言。

 

 

 「おい、お前ふざけんな!」「許されると思ってんのかこのタコ!」「笹川京子のメイド服見たくないのか!!」

 

 

 様々な罵倒が浴びせかけられたが、チョークを当てられた男子はその意見を変えようとしない。

 

 そして黒川花にチョークを当てられた男子はポツリと言ったのだ。

 

 

 「黒川の執事服が見たい」

 

 

 全員の「え?」という声が聞こえるようだった。 全員が静まり返ったが、全員が頭の中に?を浮かべていた。 なぜここで黒川なんだ?

 黒川花は「へっ!?な、何言ってんの!?」と顔を真っ赤にした。

 

 

 「あっ、私もー!」

 

 

 先ほどまでのやりとりを不安げに見守っていた京子だったが、チョークを当てられた男子のその言葉に、ぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべて賛成した。

 その笑顔はまさに聖母のように神々しかった。

 

 その途端、俺も!私も!という声が教室中から響く。 頭が真っ白になっている黒川花を置き去りにして、1-Aの模擬店は、執事喫茶に決定した。

 

 

 

 

 そして衣装を手作りし内装外装を整え、いざ迎えた文化祭当日!

 

 

 「えっ、あーちゃんが熱でお休み!?」

 

 「そうなのよー!39.8度だって」

 

 「大丈夫かなぁ…」

 

 

 そんなやりとりをしていると、続けてなーちゃんもひーちゃんも高熱で休みという連絡が入る。 どうやらここ数日の追い込みと密室に閉じこもって作業した結果、風邪が蔓延してしまったらしい。

 

 

 「うわ、アカネもナツミもヒトミも12時~13時シフトの人だ!」

 

 

 不運にも風邪を引いた3人は、3人とも同じ時間帯に店員をやる予定だった。 京子が慌てて代わりを探そうとすると見かねたツナが京子に話しかけた。

 

 

 「京子ちゃん、オレ暇だし代わりやろうか?」

 

 「10代目がそうおっしゃるのならオレも」

 

 「んじゃーオレも!」

 

 

 ツナ、獄寺、山本が代わりを申し出てくれたのでほっとした京子は、「ありがとう!」と言って三人に笑いかけた。 照れたツナの顔が赤くなった。

 

 これで12時から13時までの人手は、私と花とツナ君と獄寺君、山本君の五人いる。 だから大丈夫!

 文化祭開催時間中の全シフトの人数の勘定を終えた京子はほっと胸をなでおろし、文化祭の開始時刻を迎えた。

 

 

 そして昼前に差し掛かったとき、黒川花が青い顔だったので京子が心配して話しかけたところ、黒川も夏風邪に罹っていたことが判明する。

 

 黒川は12時から13時までのシフトに入っており、かなり直前であるため代わりが見つからないかもしれない。

 

 だが黒川の体調が心配だった京子は黒川に帰ることをすすめて帰らせた。

 

 

  そして結局、その12時から13時までの間は京子・ツナ・獄寺・山本の4人で回すこととなった。

 

 

 そして迎えた12時は店が人でごった返していた。 お昼時と言うことで込み合う時間というだけではなく、12時前に体育館で閉会したライブステージの客が一気に校内になだれこみ、1-Aは一階にあるため、ライブステージ後の客達が突如としてどっと押し寄せてきたのだった。

 裏方のツナはパニックに陥っていた。

 

 

 「10代目!違います、この人のオーダーはコーラじゃなくてメロンソーダです!」

 

 「うわ、ごめん獄寺くん!」

 

 「明らかヤバそーだな。 大丈夫かツナ?」

 

 

 ひょいとバックヤードを覗き込んだ山本はツナがぐるぐると目を回しているのを見て、これはまずいと思った。

 

 一人裏方役をやっていたツナは飲み物や食べ物の盛り付けが追い付いていなかった。 次々来るオーダー表の順番を覚えきれなかったり、ナイフを落としてしまったりと、ツナが一人で裏方をするとどうなるかは正直本人でさえ想像がついたとは思うが、京子の前で良い恰好をしたいと思ったツナは一人で裏方の仕事を引き受けた結果、無理をして、このような事態になるまでやせ我慢していたのだった。

 

 

 「手を貸してくれ山本!」

 

 

 ツナのその言葉を聞いた山本が「助っ人呼んでくっからちょっとだけ待ってろ!」と言って店を飛び出した。

 

 

 そして呼んできた助っ人はツナも獄寺も、京子でさえも驚いた。

並中の風紀委員長であり不良の頂点であり、みんなから恐れられることはあっても助っ人などといって頼られることは毛頭無さそうな、孤高の浮雲 雲雀恭弥その人だった。

 

 

 「「雲雀さん!?」」

 

 「おい、野球バカ!これどういうことだよ!?なんで雲雀恭弥がここに!?」

 

 

 器用にもお盆を両腕に2枚ずつ載せてケーキを運んでいた獄寺は、山本に連れられて入ってきた雲雀を見て驚き、危うくケーキを落としそうになりながら山本に向かって叫んだ。

 

 

 「ま 細けーこと気になさんなって。 な、ヒバリ!」

 

 

 山本がポンと雲雀の頭に手を載せると、雲雀はピクリと眉根を寄せた。 そして雲雀は何も言わずに山本のすねを蹴り飛ばした。 弁慶の泣き所をピンポイントで蹴られた山本はしばらく悶絶していた。

 

 

 雲雀はいつも不機嫌そうではあるが、よくよく見るといつにも増して不機嫌そうだった。

 そんな雲雀は「今回だけだ」と小さくつぶやくと、いつも背中に羽織っている学ランを脱いで、黒川が抜けるときに置いていったネクタイとベストと前掛けを身に着けた。

 

 そしてその様子を内心ドキドキしながら見ていたツナの方を向くと、カッターシャツの両袖を捲くりながら、くいとあごを外に傾けて、ツナがバックヤードから出て行くように促した。

 

 

 「君と代わるから早く出てくれる」

 

 

 ツナは我に返ったのか慌てて「は、はいっ!」と言ってバックヤードからそそくさと出て行き、入れ違いで雲雀がそこに入って行った。

 

 

 雲雀が裏方になった後はみるみるうちに混み合いが解消され、事態は収束に向かったのだった。

 そして13時前になって交代のクラスメイトが到着すると、役目は終わったとばかりに雲雀は立ち去ろうとした。

 それを見た山本が慌てて呼び止めた。

 

 

 「おいおい!せっかく来てくれたのにそれで終わりか?最後にちょっと執事らしいことやってから帰れよ」

 

 「君は沢田綱吉の代理をすればチャラと言ったはずだけど」

 

 「まーま!いいじゃん!一回くらい。 な 頼むよ!シークレットブーツ、言いふらしてもいいんだな?」

 

 

 最後のほうは雲雀にだけ聞こえる声で囁き、それを聞いた雲雀はもはや目に殺意を宿している。

 

 勝ち誇ったようにニヤつく山本と、今にも山本を殺しそうな雲雀の視線が交錯して数秒。

  雲雀から漏れ出す殺気を感じて、客も店員も周囲の視線が全て二人に向けられていた。

 

 雲雀の血管がブチッと切れる音が聞こえた気がして、見ていたツナはひぃと小さく悲鳴をあげた。

山本が殺される!そう直感して間に入ろうか迷ったツナであったが、実際は雲雀が山本に危害を加えることは無かった。

 

 それどころか雲雀は獄寺が運んでいたティーカップを引ったくって、そしてオーダーした客のテーブルの前で立ち止まった。

 店員の顔がかなり不機嫌そうであるため、客の女性は不安げな表情を浮かべる。

 そんなことはお構い無しに雲雀はカップを机に置いて、「どうぞお嬢様」とそれはそれは不機嫌そうに言った。

 

 

 山本はそれを見て苦笑する。 ちょっとした遊び心だったけどお客さんビビらせちまった。 お客さんに悪いことしたな。 ただ店の印象悪くしただけか。

 

 

 山本がその女性客に謝罪しようと思い話しかけようとしたちょうどそのとき、雲雀の目線がつ、と入り口へと逸れる。

 すると間髪入れずに黄色い小鳥が教室の入り口から入ってきた。 小鳥が雲雀を見つけると、雲雀から漏れ出る殺気を少しも気にかけることなく、ふわりと雲雀の肩に降り立つ。

 そして可愛らしい鳴き声で小さく、ぴぃと鳴いた。

 

 それを見た山本は驚いた。

小鳥を見つけた雲雀から殺気を感じなくなったかと思うと、雲雀がまとっていた空気が和らいだのであった。

 雲雀は肩に乗るヒバードを見て目を細めると、ふ、と微笑んで小鳥を指でくすぐるように撫でた。

 

 雲雀に給仕された客の女性はそれを見て不安げな顔を一転させ、顔を真っ赤にさせていた。

 

 超がつくほど不機嫌そうな顔からの微笑みのギャップ。 そして鳥を愛でる美少年に、周りの女性客は感動していた。 男性客でさえその光景に何か神聖なものを感じていた。

 微笑む雲雀を見て、珍しいものが見られた…とツナと獄寺と山本はしばし茫然としていた。 微笑む雲雀を見た京子は条件反射的に顔を赤くしていた。

 

 そんな周囲の反応など全く眼中に無い雲雀は、衣装を元あった場所に戻して学ランを羽織ると、今度こそもう行くと言いたげにかなり足早にこの場を去っていった。 ツナ、獄寺、山本、京子は四人ともなんだかんだで惚けていたため、誰もそれを止めはしなかった。

 

 実は「黒川の執事服を見たい」という爆弾発言をした男子がちょうどそれらのことを見ていた。

 そしてまたもや爆弾発言をする。

 

 

 「雲雀さん可愛い」

 

 

 またこいつ何か言っているぞ、とツナと獄寺と山本は呆れ顔だったが、京子が笑顔で「そうだね!」とうなずいたから誰も何も言い出せずにいた。

 

 たしかに雲雀が給仕している姿は美少年執事を連想させ、鳥を愛でる姿はとても可愛らしいものだった。

性別でいうと中性的という言葉がよく当てはまる姿。

 

 雲雀の一連の行いは、周りの女性客全てが雲雀に一目惚れをする原因になると同時に、少し危ない何かに目覚めてしまうきっかけになったという。



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閑話3 求道者 イーピン

雲雀さんとイーピン
爆発は無しで(笑)
読まなくても本編に支障ありません。


 朝焼けに光る空、紅葉に色づく閑静な公園内で一人、風を切って拳を振るう者がいた。

見るものが見れば頭の先から足の先まで神経をとがらせていることが分かる。

そのたたずまいはごく自然ながらも敵と相対しているかのような空気をまとっている。

一瞬たりとも邪魔はさせない。

邪魔など許さない。

もし邪魔をした人はこの拳がその体を貫くと、そう思えてしまうくらいの殺気が公園中に充満している。

 

 彼女―――イーピンは殺し屋だった。

彼女の体は小さいが、その実「人間爆弾」と呼ばれて恐れられるほどの実力を持っている。

幼いながらもその成長性に大きな期待が寄せられているマフィア界の期待の新人。

香港出身の彼女が日本に来たのは、未熟な己を鍛錬するためだ。

彼女が持っている未熟さとは、自らの殺し屋としての能力をコントロールできないことが専らである。 だが、その一方で彼女は人としての弱さも抱えていた。

彼女は知らず知らずのうちに「人の温もり」を求めている。

だが、彼女はそれを求めることを是とはしなかった。

殺し屋はどんな情にも流されず冷徹であるべきだからだ。

 

 彼女が「冷徹さを得ること」を自らの課題として認識したのは、彼女が受けた初めての依頼のことだった。

それは、資産家の老人夫婦を殺せという依頼だった。

その夫婦に後ろ盾も無ければ、その夫婦自身に力も無い。

ごく簡単な仕事だった。

 

 だが、彼女にはその夫婦を殺せなかった。

寝静まったころに家に侵入して寝首を掻こうとしたが、その夫婦を目の前にしてどうしてもあと一歩を踏み出せなかった。

日を改めて何度も挑戦するも結局、最後の最後で踏み切ることができなかった。

最終的にはいつまでたっても殺しを達成しないことにしびれを切らした依頼人がイーピンを首にした。

なぜ殺すことができなかったのか。

それは標的に両親の姿が重なって見えて情が沸いてしまったことが原因だった。

 

 そのような自分を戒めるため、彼女は日本にやって来た。

全ての人との関係を捨て去り、孤独になることこそが、情を捨て、冷徹さを備えた殺し屋となるために必要だと彼女は考えた。

彼女は、孤独が自身を強くすると信じて疑わなかった。 真の強さとは、孤独が生み出すものなのだと。

 

 イーピンの拳は木からの落ちてくる枯れ葉を正確に捕らえ、枯れ葉は拳との接触と同時に粉々になる。

秋の風を切り、落ち葉を砕く。

繰り返す事1061回目、それは起こった。

最高潮に達した自身の殺気をものともせずに、誰かが公園内に侵入してきた。

精神統一を邪魔されたことに多少のいら立ちを感じて横目で確認したソレは、散歩中の老人夫婦だった。

思い起こされるのは、初めての依頼の、初めての失敗。

彼女はたまらず目を背けた。

自身の失敗の記憶がフラッシュバックして途端に心がずんと重く感じた。

 

 すると突然、その夫に異変が起きた。

胸を抱えて苦しんでいる。

しわくちゃの顔をこわばらせ、唇は紫色に変色していた。

ただならぬ状況にあるのは間違いなかった。

その妻は夫の身の危険を察して、蒼白な顔で夫の名前を呼び続けている。

 

 イーピンはその夫を助けるべきだと心では思っていた。

だが真の強さを手に入れるために自らに課した制約はどうなる?

この老人は全くの赤の他人。

人助けをすることで人との繋がりができれば、自分はまた弱くなってしまう。

弱さを捨てるために日本に来たのにまた弱くなって帰ってきたら本当に笑い種だ。

だから誰か他の人が助けてくれることを期待してこの場を離れよう。

 

 しかしイーピンはその場から動くことが出来なかった。

早朝であったため公園内はがらんとしていて人気が無い。

自分が助けなければこの老人夫は死ぬだろう。

そしてそこの老人妻は先立たれた夫に思いを馳せて一人夜に枕を濡らすことになるだろう。

 

 想像しただけで胸が苦しくなる。

吐き気がする。 呼吸がおかしくなる。

 

 人を助けタイ助ケタイ助けてはならナイ助けてはならズ、制約を破ることダカラ許されなイの だから、

 

 血が逆流しそうなほどイーピンは葛藤する。

 

 

 そんなイーピンの目の前に、学生服を肩だけで羽織った黒髪の少年が忽然と現れた。

 

 イーピンは突然現れた少年の顔を見て呆気にとられた。

 

 (お師匠様…?)

 

 涼し気な目がイーピンの顔を一瞬捉えたあと、少年は倒れた老人に近づいて、救命措置を始めた。

今よりずっと幼いころに別れたきり一度も会っていなかった師匠。

久しぶりに再会して見たその顔は記憶にあるよりもなぜかずっと幼くて、心なしか…いや間違いなく不機嫌そうな顔をしていた。

 

 

 

「ねえ、僕の声が聞こえる?」

 

 

 

 少年は倒れた老人に覆いかぶさるようにして、肩を軽く叩きながら話しかけている。

その声は至極冷静だった。

 応答が無いことを確認すると、少年は立ち尽くしていたイーピンを視線で射貫いた。

 

 目の前の少年が敬愛する師匠が何らかの原因で若返った姿なのか、それとも顔が似た赤の他人か、それとも親類の人なのか、などという憶測で頭がいっぱいになっていたイーピンだったが、黒髪の少年に見つめられた瞬間、電撃が走るような衝撃を受けた。

 

 少年の他人を見るような視線で、この人は師匠じゃないと悟ると同時に、この少年の目に宿る意志の強さに圧倒される。

 

 この人、お師匠様よりも強い…!

 

気づいた瞬間に体が硬直し、冷や汗が全身からブワッと吹き出した。

まるで自分がヘビに睨まれたカエルになったような気分だった。

なんだ、なんなんだ、この人は。

この少年の姿から一体どうやったら歴戦の戦人のようなこの気迫が生まれる?

一体どんな経験をすればここまで辿り着ける?

一体、何者。

 

 時間にして一瞬、イーピンにとっては数秒のように感じられた視線の交錯は、少年が口火を切ったことで打ち切られた。

 

 

 「救急車、呼んでくれる?」

 

 

 その有無を言わさぬ物言いに、イーピンはこくこくと頷く。

それを見た少年は頼むよ、と言って、心臓マッサージを始めた。

心臓マッサージをしながら老人妻にも何やら指示を出していた。

視線の圧迫から解放されたイーピンは弾けるように駆け出して、近くの公衆電話機に飛びつき、カタコトの日本語で救助を要請した。

 

 イーピンは元々人助けが大好きだった。

しかし人助けは殺しと対極にある概念であり、まして情に流されることで一度依頼を失敗させた身では最も避けるべきことだった。

しかし目の前の師匠似の少年は、人を一瞬で殺してしまえそうな覚悟を目に宿しながらも人に対する優しさを持っている。

心の底から感服してしまいそうな気持ちをイーピンはこの少年に感じていた。

 

 拙い日本語ながらも救急車を呼ぶことができ、ほっと一息ついた。

少年はそのまま心臓マッサージを続けている。

老人妻はどこかへ行ってしまっているようだ。

おそらく心肺蘇生機械を取りに行っているのだろう。

イーピンは他に何かできることがないかを考えながら少年の横顔を見ていた。

額に汗を浮かべながら懸命に救助を続けている。

イーピンはこの少年のようになりたいと思った。

 

 

 人を殺せる覚悟と、人を助ける優しさを兼ね備えた人になりたい。

 

 

 この日の出来事はイーピンの「孤独が人を強くする」という考え方を一変させた。

老人夫は病院に運ばれ、一命をとりとめた。

後日老人妻に呼ばれて会ったとき、老人妻はイーピンの手を強く握りしめて感謝の言葉を繰り返した。

一言では伝えきれないとでも言わんばかりに何度も何度も謝辞を述べた。

 

 

 「あなたたちのおかげで私たちはこれからも共に人生の旅路を歩めるのです」

 

 

 老人妻は目に涙を浮かべながら熱を込めた言葉をイーピンに投げかけた。

老人妻はそういえば、と言ってもう一人の彼のことを語り始める。

 

 そしてイーピンは少年の正体をついに知るのであった。

 

 

 並盛中学校風紀委員長、雲雀恭弥。

 

 

 雲雀恭弥というあの黒髪の少年は、この並盛町の風紀を守り続けているらしい。

 

 あの少年はなぜ、ああも強いのか。

 カタコトの日本語で老人妻に尋ねると、思慮深そうな瞳の老人妻は少し考えた後、話してくれた。

 

 人を殺すにせよ、救うにせよ、どちらも相応の覚悟が必要だ。

風紀を守るために人を傷つけることもあれば、人を助けることもある。

それは表裏一体のことで、あの雲雀恭弥という少年はその両方を渡り歩く覚悟を持っている。 

だから本当に強いのだ、と。

 

 

 それを聞いた瞬間、イーピンの頭の中の霧がすっと晴れた。

イーピンは「真の強さ」の答えに辿りついたことを確信する。

 

 「真の強さ」とは、覚悟だ。

失うものがある中でも失っていないものを必ず守り抜こうとする覚悟。

そのために人を傷つける覚悟。

 

 自分が本当にしなければならなかったことは、自分が誰か何かを守るために傷つけてしまうことも辞さない覚悟をすることだったんだ。

 

 自分は、人助けがしたい。

そのための手段として殺し屋という自分を使う。

イーピンはこの信念を貫くことを心に誓った。

 

 

 

 朝焼けに光る空、紅葉に色づく閑静な公園内で一人、風を切って拳を振るう者がいた。

見るものが見れば頭の先から足の先まで極度に神経をとがらせていることが分かる。

そのたたずまいはごく自然ながら、まるで敵と相対しているかのように張りつめた空気をまとっている。

一瞬たりとも邪魔はさせない。

邪魔など許さない。

もし邪魔をした人はこの拳がその体を貫くと、そう思えてしまうくらいの殺気が公園中に充満している。

 

 イーピンの拳は木からの落ちてくる枯れ葉を正確に捕らえ、枯れ葉は拳との接触と同時に粉々になる。 秋の風を切り、落ち葉を砕く。

繰り返す事1061回目、それは起こった。

 

 最高潮に達した自身の殺気をものともしない誰かが、何食わぬ顔で公園内を横切りイーピンの前を通り過ぎる直前、顔が少しイーピンの方を向いて、視線が交錯した。

 

 少年の不機嫌そうな顔が一瞬和らいで、ふ、と笑みがこぼれた気がした。

 

 

「今後の成長が楽しみだよ」

 

 

 イーピンは、そのまま通り過ぎて行った雲雀恭弥の背中を視線で追い続けた。

イーピンは初めに出会った瞬間に、雲雀に恋に落ちていた。

だが幼い彼女にはまだそれが分からない。

ここからもうすぐイーピンは人助けのために町へ繰り出し、その最中に沢田綱吉と出会う。

イーピンが雲雀に恋に落ちていると知ったツナが、雲雀がイーピンと同性だということを口に出そうとしてリボーンにしばかれるのは、また、別のお話。



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第13話 お花見①

GW忙しかった。休みたい。





この春で沢田綱吉は中学2年生になった。

その初日の朝は澄み渡った青空だった。

 

「なぁ、リボーン。俺はこの1年で何か成長できたのかな?」

「さぁな」

 

ツナは学期末に貰った通知表を思い出す。

諸々の教科はいつも通り全く振るわないし、勉学に限らず何かを成し遂げたと自信を持って言えることは特にない。

つまるところ何も変わっていない。

ツナは肩を落とした。

しかしふと見上げた木に桜の花が咲いているのを見てそんな気持ちはどこかへ吹き飛んでしまった。

 

 

「見て!桜が咲いてるよ!」

「満開まではあと一週間ってとこだな」

「なぁ、今週末にお花見しないか?山本や獄寺くんやランボにイーピン、ビアンキも母さんも誘ってさ!」

「いいぞ。京子やハルは誘わなくていいのか?」

「ハルはともかく、京子ちゃんを!?

おっ、男の俺から誘うのって、アリ…かな?」

「むしろ男から誘わなきゃダメだろ。

そういうのが分かってないからモテねーんだ」

「なー!何で赤ん坊に言われなきゃいけねーんだ!」

「オレはツナより女性経験あるぞ。

何だその顔。ウソじゃねーぞ」

「はいはい!とりあえず、誘ってみるよ」

 

 

ふてくされ顔のリボーンと2人でしばらく歩いていると、いつものように獄寺が小走りでやってきた。

 

 

「10代目!リボーンさん!おはようございます!!今日もいい天気ですね!」

「おはよう獄寺くん!あ、そうだ。今ちょうどリボーンと話してたんだけど、今週末お花見しない?」

ツナがそう言い終わるやいなや、獄寺は目を輝かせて、ぜひとも!と即答した。

「どこでお花見するかとかもう決めてますか?」

「ううん、それはまだ!」

「それなら、お花見に良い場所を知っています!

そこでピクニックをしましょう!」

「場所は任せるよ!お弁当は、母さんに頼もうかな」

 

唐突に、ツナは後ろから肩を叩かれた。

「よっ!ツナ。ん?獄寺と赤ん坊もいるのか」

そこには、野球のユニフォームを着た山本が泥臭い顔で笑っていた。

「おはよう山本!」

「クソッ。10代目と盛り上がっていたってのに!毎度のことながら邪魔して来やがって…!」

「アハハ…。あれ?山本、今日朝練は?」

「いや、実は家に弁当忘れちゃってな。取りに帰ってたんだ」

「それでユニフォーム着たまま走ってたんだね!そうだ!今週末にさ…」

 

 

後ろからついて歩くリボーンには山本の顔は見えなかったが、ツナの嬉しそうな顔と嫌そうな獄寺の顔を見るに、山本にもお花見参加の約束を取り付けることができたようだ。

 

何だかんだ和気あいあいと喋る3人の姿を見ていたリボーンは、心の中でツナに語りかける。

 

 

(何言ってんだ。成長してるじゃねーか。

ファミリーが二人もできて、しかもたった一年でここまで深い関係を築いたんだ。

ツナが成し遂げたことは並大抵のことじゃねぇ。

 

今までできなかったことができるようになること、今までできていたことをもっと上手くできるようになること、それを成長と呼ぶんだぜ)

 

 

しかしリボーンはツナに何も言わなかった。

成長はその人自身の中で起こるもの。

ツナ自身がそのことに気が付かないと真に成長とは言えないのだ。

 

 

(さて、そろそろ見るに徹するとすっか)

 

 

リボーンは人知れず気配を消して、ツナの後をつけていった。

 

 

ツナ一行が学校の門の近くまで来たところ、いつもいる風紀委員の面々の代わりに、小さな影が一つ。

 

 

「げっ。今日はヒバリかよ」

 

 

雲雀を視認した獄寺が警戒心をあらわにする。

 

 

「新学期の初日だもんね。最近見かけてなかったけど忙しいのかな?」

「忙しそうだよな。ヒバリが並中から離れるなんて、よっぽどのことがないとしねーもんな」

 

 

山本は少し考えてから、門の前で眠そうにあくびをしていた雲雀の元に一行を離れて歩いて行った。

 

 

「や、山本!?ちょっ、待っ!」

 

 

ツナが呼び止める声は聞こえていないようだ。

 

 

「よっ!ヒバリ」

山本が雲雀の前で立ち止まると、雲雀は怪訝そうに山本の顔を見上げた。

「何の用だい?」

「いや、最近ヒバリを学校で見ねーなと思って。最近何してんだ?」

「別に。学校にいるかいないかは僕の勝手だし、何より詮索されるのは嫌いなんだ」

「またこの前みたいに人助けか?」

「君、人の話聞いてる?」

「きーてる!また夜通し誰かを助けて寝不足なんだろ?ちゃんと寝ろよ、ヒバリ」

「………はァ…」

雲雀はため息と共に少し頭を抱えていた。

 

山本と雲雀のやりとりを見ていた2人は驚いていた。

「ヒバリさんと普通に喋ってる…」

「むしろヒバリがアイツに押されてるぞ…!?」

「そうだね…山本って実はすごいのかも」

「ええ……バカなんでしょう」

「そこまで言ってないよ俺!?」

 

「君たちコソコソ話してないで早く門の中に入りなよ。咬み殺されたいのかい?」

「はいィ!!入りますぅ!」

ツナは飛び上がりながら獄寺を引っ張って門に入ろうとする。

「君もだよ山本武。君の戯言にこれ以上付き合っていられない」

「えー?人が心配してるってのにその態度はねーだろ」

「いいから!山本、行くぞ!」

 

 

半ばツナが引きずる形で山本を雲雀から引き離した。

 

その後、しぶしぶ門をくぐった山本が考え込むように、うーんと唸った。

 

 

「あそこまで焚きつけられて手を出さないヒバリは珍しいな」

「あれ、言われてみればそうかも?いつもだったら秒殺だよね」

「何かしぶる理由があったんじゃないスか?」

 

 

その獄寺は、門の裏に咲いていた桜を見て、思い出したように言葉を紡いだ。

 

 

「あ、それよりも十代目!週末のお花見の集合時間はいつ頃にしますか?」

「お昼…だと、場所が取られちゃうから、朝にしよっか!」

「了解っス!」「りょーかい!」

 

 

◇◇◇

 

 

そして週末。

早朝の公園は人気が無く、そして桜も満開だった。

 

 

「おーラッキー」

「一番乗りだ!」

「いい場所取れるねー」

 

 

場所取りをしようとしたツナと獄寺と山本は、後ろからかかった低い声により、その作業の手を中断せざるをえなかった。

 

「ここは立ち入り禁止だ」

「!?」

「この桜並木一帯の花見場所は全て占領済みだ。でてけ」

 

 

見ると学ランに髪をリーゼントにした不良がこちらをにらんでいた。

すると山本がずいと身を乗り出して言った。

 

 

「おいおい!そりゃズリーぜ。私有地じゃねーんだしさー」

 

 

するとその不良はさらにガンを飛ばしてドスの効いた声で叫んだ。

 

 

「誰も話し合おうなんて言っちゃいねーんだよ!出てかねーとしばくぞ!」

「ひいいい!!」

 

 

不良の態度にビビってしまったツナだったが、すかさず獄寺が進み出て、その不良をひざげりで倒してしまった。

 

 

「獄寺くん!」

(何てことしてくれてんだーー!!)

 

その後の報復等を考えて、ツナはかなり慌てた。

その時、

 

 

「何やら騒がしいと思えば君たちか」

「ヒバリさん!!…あ!この人風紀委員だったんだ」

 

 

倒れた不良の腕に風紀と書かれた腕章を発見したツナはさらに慌てた。

 

 

(ヒバリさんの目の前で風紀委員を倒したら、絶対見逃してもらえないーーー!)

 

 

案の定、雲雀は心なしか楽しげな表情で話しかけてくる。

 

 

「僕は群れる人間を見ずに桜を楽しみたいからね。彼に追い払ってもらっていたんだ。でも君は役に立たないね。あとはいいよ。自分でやるから」

「い…委員長」

 

 

獄寺に蹴られてのびていた風紀委員は、何とか起き上がって雲雀の顔色を伺った。

その風紀委員を見る雲雀の目は冷ややかだった。

 

 

「弱虫は土にかえれよ」

 

 

一瞬のことだった。

どこからともなく仕込みトンファーが現れ、雲雀は風紀委員を一撃で吹っ飛ばした。

その後、ツナ達3人の前に一陣の風が吹いた。

「え?」「は?」「ん?」

気付いた頃には、三人は抗えない力によって吹っ飛ばされていた。

雲雀は軽く息をつくと、近くで見ていたリボーンの方へ歩いていく。

 

 

「また会えたね、リボーン」

「やっぱ雲雀はつえーな」

「あとは君だけだよ」

 

 

リボーンと戦うために身を乗り出しかけた雲雀だったが、リボーンが手を広げてそれに待ったをかける。

 

 

「いや、オレはお前と拳じゃなく言葉で話し合いてえ」

「へえ?」

 

 

雲雀は片方の眉を上げながら怪訝そうに答えた。

 

 

「最近人助けばっかやっているみたいじゃねーか。

不良のトップ張っているお前が何でそんなことしてんだ?」

「不良のトップ…?何の話か分からないけど、別に僕は風紀の乱れを正しているだけだよ。広い意味で捉えたら、人助けもその一貫。

それがどうかしたの?」

「質問を変えるぞ。元々お前は並中や並盛町への愛着はあってもそこにいる人に対しては無頓着だっただろ。いつの日からか、並中の生徒や並盛の住人を守るために動くようになった。何でだ?」

 

 

それを聞いて雲雀は少し考えるようなそぶりを見せた。

 

 

「…へえ。それは僕でも気付いていなかったよ。だから理由はよく分からないな」

「だけど、人助けの手が回っていない。

おめー、いつ見てもどっか無理してるぞ。

現に今だって、隠しているみてーだが足元フラフラじゃねーか」

「……」

「もしお前が並盛にいる全ての人を守りたいのなら、ボンゴレファミリーの一員になれ。

ボンゴレの時期ボスはツナだ。

言われずとも並盛を守る。

それに、ボンゴレは元々自警団が発祥のマフィアだ。

地域住民との繋がりは深い」

「…入らないよ。僕は弱い小動物が群れているのが一番嫌いなんだ。

それに、沢田綱吉がボンゴレの時期ボス?

はっきり言うけど、彼には無理だ。

なる意思もなければ、描く理想もない。

そんなボスに誰が従うんだい?」

「10代目には俺たちがいるだろ……!」

「獄寺隼人、山本武…どいつもこいつも本当に弱い。そんな軟弱なマフィアに堕落したボス。こっちから願い下げだよ」

 

 

挑戦的な目で雲雀がリボーンを捉える。

こけにされたリボーンの目が急に険しくなる。

 

 

「軟弱?堕落?ふざけんな。てめー、マフィアに喧嘩売りやがったな」

 

 

その反応を見た雲雀は嬉しそうに嗤った。

 

 

「さて、リボーン。

君と戦う機会を僕はずっと失っていたからね。

手加減はしない。全力でいくよ」

 

 

そういうと雲雀はリボーンに向かってトンファーを振り下ろす。

その時、リボーンがツナに向かって叫んだ。

 

 

「行け!名誉挽回のチャンスだぞツナ!」

「ってオレなの!?」

 

 

ツナが雲雀とリボーンの間に引っ張り出され、ツナは雲雀のトンファーをもろに食らった。

 

 

「10代目!!」「ツナ!!」

 

 

ツナがのびているのを見た獄寺と山本にスイッチが入る。

 

 

「全員まとめてかかってきなよ。全員、咬み殺す」

 

 

雲雀は不敵に嗤った。

 



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第14話 お花見②

今期のアニメはシュタゲゼロ推しです。











真っ先に獄寺が雲雀の前に躍り出て、爆弾を数十個投げつける。

それを雲雀がトンファーで全て獄寺に向けてそっくりそのまま弾き返した。

 

「餞別だよ」

「ウソだろ!?」

 

 

獄寺はとっさに飛びのいたが自分のボムスプレッズの弾幕をもろに受けて戦闘不能になる。

 

 

「起爆までの時間が長すぎだね」

 

「瞬殺かよ。さすがヒバリだな!」

「!」

 

 

山本がバットを振りぬいたかと思うと瞬時に日本刀に変わる。

山本の日本刀と雲雀のトンファーの打ち合う音が何度も響く。

山本の一つ一つの重い一撃を雲雀は受けているだけだった。

体重差が作用して、じりじりと雲雀が後退していく。

 

 

「へへ。お前力押しには弱いもんな」

 

 

刀の向こう側で山本が挑戦的に嗤った。

雲雀はむっとなって山本をにらんだ。

 

 

「うわっ!?」

 

 

もう一撃刀を振り込もうとした時、小柄な雲雀は山本の腕の下をするりと通り抜けた。

そして身軽に飛び上がると、山本の腰に回し蹴りを放つ。

腰を正確に打たれた上に、刀を振るうと同時にわずかに前に移動していた重心が作用して、山本は前につんのめる形になる。

 

(コイツ!体幹ブレっとこ的確に突いてきやがった!!)

 

その後瞬時にしゃがみこんだ雲雀は山本の膝裏に再び回し蹴りをたたき込み、山本は地面に崩れ落ちる他無かった。

その一撃で足がしびれ、山本は地面に手をついたまま立ち上がることが出来ない。

 

 

復活(リ・ボーン)!!死ぬ気でヒバリを倒す!!」

 

 

リボーンに撃たれて死ぬ気を覚醒させたツナがうおおと雄たけびをあげながらヒバリに向かって直進する。

 

 

「冷静さを欠いた草食動物なんて虫以下だよ」

 

 

雲雀は直進してきたツナの手首を掴んでその推進力のままにツナをぶん投げた。

しかしツナはすぐさま起き上がって向かってくる。

 

 

「効かねぇ!!」

「仕方がないね」

 

 

瞬時に後ろに回り込んだ雲雀はツナの首の裏にトンファーを叩きこむために飛び上がろうとした。

が、足をもつれさせてしまい、倒れ込んだものの、ただでは転ぶかとツナの足首にトンファーを叩きこむ。

 

 

「痛ってー!!」

 

 

お返しだと言わんばかりにツナは倒れた雲雀に拳を振り下ろそうとする。

それを防ぐためのトンファー越しに相対した雲雀の顔を見て、ツナはハッと冷静になる。

(待って!ヒバリさんは)

ツナの頭にともっていた死ぬ気の炎がすっと鎮火し、拳を下ろした。

雲雀が怪訝そうな顔でツナを見た。

 

「…?なぜやめた?」

「ヒバリさんは」

 

 

(女の子だから戦うべきじゃない)

 

そう言おうとしたツナだったが、雲雀と目が合った瞬間口をつぐんだ。

 

明らかに劣勢な状態で目が合ってもなお、雲雀は動じず、瞳はいつものように静かな光を放っている。

雲雀さんは、どんなときでも我を忘れることが無い。

戦いの中でも常にどこか冷静さを保っている。

それはひとえに彼女の心の強さだと思う。

 

この雲雀恭弥という女の子が、戦いの中で心を乱さぬようになるまでに、どれほどの痛みや苦しみを乗り越えてきたのか。

女の子としての楽しみを一切捨てて、戦いの術ばかりを学んできたのか。

そうして捧げてきた人生を否定するようなことを、俺はさっきまで言おうとしていたんじゃないか。

彼女にとって戦うことはきっととても大切なことなんだ。

だったら、

 

唇を一瞬固く結んだツナは、真剣な眼差しで雲雀に言った。

 

 

「俺はヒバリさんと一緒に戦いたいって思ってます!」

「は?」

「こうやってヒバリさんと喧嘩しているのって…何となく、なんですけど、ヒバリさんが、喧嘩の仕方を俺らに教えたくてやっているような気がして。

さっきから弱点ばっかり狙ってきてますよね?

そういうのを克服させたいって思っているんじゃないかなって。

俺らを強くしたいのかな?って思ったんです。

それに加えて、最近学校に来ずに風紀委員の仕事を草壁さんによく任せていますよね。

 

俺たちを鍛えて俺たちに並盛町を、草壁さんに風紀委員会を任せて…

ヒバリさん、もしかして並盛町を出て行こうとしていませんか?」

「!」

雲雀の目が一瞬見開かれる。

 

 

「何か大きな危機が並盛に迫っているんですね…?」

ツナが雲雀にだけ聞こえる声でささやいた。

 

眉間に皺をよせながら、ツナは雲雀に懇願する。

 

「俺…ヒバリさんは良い人だと思ってます。

山本やイーピンがヒバリさんのことをすごい信頼してるから…。

だから、俺はそんな雲雀さんの力になりたいって思っています。

その、本当にちっぽけな力にしかならないけど……

それでも並盛は俺にとって大事な場所だから」

 

 

「勝手な妄想、余計なお世話」

 

 

フラフラと立ち上がった雲雀がしゃがみこんでいるツナを見下すようににらんだ。

 

 

「群れるのは小動物や草食動物がやることだよ。

そんな妄想を垂れ流す暇があったら、自分をどう高めるかを考えた方がいい。そうでないと、君たちに秋は来ない」

「へ?それはどういう…」

「失せなよ」

 

今度こそ雲雀はツナの首の裏にトンファーを叩き込み、ツナは気絶してしまった。

雲雀はイラ立ちの矛先をリボーンに向ける。

 

 

「リボーン。そろそろ僕の相手をしてくれるよね」

 

「ヒバリ、いい加減正直な気持ちに気がついたらどうだ。

風紀委員会にせよ、並中にせよ、並盛町にせよ、お前は結局のところ、人の集まりから離れられないんだ。

群れるのは嫌いだとかなんとか言いながら、留まっているのはおめー自身じゃねーか」

 

 

先ほどまでのイラ立ちに加えてリボーンの挑発するような物言いにカチンときて、雲雀は完全にキレた。

 

 

「僕のことを知ったような口で語らないでくれる?」

 

「あーあ。雲雀をキレさせちまった」

 

 

いけしゃあしゃあとリボーンが呟く。

雲雀の不機嫌さは最高潮に達していた。

トンファーから紫色の火が漏れ出してチリチリと音を立てている。

雲雀は早口でまくし立てるように喋る。

 

「全然違うよ。リボーン。

僕が離れられないんじゃない。

僕の周りに勝手に人が集まってくるだけだ。

現に君だって、僕を執拗に勧誘してくる。

ファミリーを守るための力が欲しいんだろう?

本当に、自分で自分の身を守る力のない小動物は大嫌いだよ」

 

「それでも何だかんだ集まってきた人を受け入れているだろ?

本当に群れたくないなら、無人島にでも行きゃあいい。

集まってくる人を頭ごなしに拒絶しないのは、おめーがこの町を離れられない理由と関係あるんじゃねーのか?」

「…」

「本当に気づいてねーんだな。

おめー、実は人が好きなんだよ。

だけど群れる自分が許せなくて、町や学校を守るフリをして、人を守っていることを悟らせないようにしている」

 

 

それを聞いた雲雀は怒りを露わにする。

 

 

「ぐちゃぐちゃうるさいよ。

君は誤解している。

僕が本当に守りたいのはこの町の未来だよ」

 

「…!」

 

 

リボーンは人知れず息をのんだ。

 

 

「さあ、おしゃべりはもういいよね?僕は君を咬み殺したくて仕方が無いんだ」

 

 

雲雀はトンファーを構え、リボーンに向かって突進しようとする。

その二人の間に慌てて割って入る人影。

 

 

「待って下さいヒバリさん!リボーンちゃんをいじめないで!!」

 

 

バッと腕を広げて立ちふさがったのは息を切らし青ざめた表情の三浦ハルだった。

雲雀は明らかに不快そうな顔をして急停止する。

だが、ハルが現れた瞬間、先ほどまでトンファーの周りにちらついていた紫色の火は姿を消していた。

 

 

「三浦ハル…。何?君、リボーンと知り合いだったの?」

「そうです!ヒバリさんがハルを助けてくれた日にお友達になったんです!」

「ふうん…そうなんだ」

「ヒバリさんはあの日のことを覚えていないって言ってますけど、あの日は、ハルにとってとっても思い出深い日なんです。

リボーンちゃんとツナさん、獄寺さん、ヒバリさんとお友達になれた日ですから。

そのお友達同士が喧嘩する姿なんて、ハルは見たくないです…」

「…」

 

 

悲しそうな顔で雲雀の顔をじっと見つめるハル。

そのハルを見て、雲雀は毒気を抜かれたように肩の力を抜くとトンファーを懐にしまった。

 

 

「興がそがれた。僕は帰るよ」

 

 

先ほど倒れ込んだ際に足をくじいていたのか、雲雀は片足を引きずるようにしながらその場を離れた。

 

 

「大丈夫ですか?リボーンちゃん」

ハルが心配そうにしゃがみこんでリボーンの顔を覗き込む。

 

 

「…ああ。オレは大丈夫だぞ。

あっちで伸びてる3人も多分大丈夫だから気にすんな。

ハルは雲雀と仲が良いのか?」

「仲が良いかどうかは正直分からないですが、ハルは雲雀さんのことが大好きです!」

 

 

少し頬を染めながら照れくさそうに微笑むハルを見て、リボーンは少し引きつった笑顔を見せた。

(ハル…ヒバリは女だぞ…)

 

 

「!」

苦笑していたリボーンの顔が急に強張ったかと思うと、一点をじっと見つめた。

 

 

「どうしました?」

「殺気だ。オレらに向けてじゃねーな。

…ヒバリが危ねぇ」

 



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第15話 お花見③

ペルソナシリーズにはまり中…


本当に感情の自制が利かなかった。

蹴散らした沢田綱吉、獄寺隼人、山本武を残し、複雑な表情で見送る三浦ハルには目もくれず、赤ん坊から離れた。

三浦ハルが間に割って入らなければ僕は赤ん坊を本気で殺しにかかっただろう。その実力差を見誤ったまま、だ。あの赤ん坊は混沌に満ちた『前の世界』でも圧倒的な実力を漂わせていた。アルコバレーノにとって劇薬となる大気が無ければ、ミルフィオーレが覇権を握ることは無かっただろう。そう戦力分析をしていたにも関わらず、理性を欠いて馬鹿なことをしようとした。

 

ああ、今日の僕はどうかしている。サクラクラ病で膝から崩れ落ちた前回と、耐性を持って迎えた今回。結局、Dr.シャマルは現れずサクラクラ病に羅漢することも無かったが、内心では崩れ落ちそうになっていた。

 

『おめー、実は人が好きなんだよ』

『俺はそんな雲雀さんの力になりたいって思っています』

 

沢田綱吉は真っ直ぐな眼をしていた。照れも慌てもせずにあんな言葉が吐けるとは、若さ故の特権かな。

本当に二回目というのはどうしても思考に老いが出てしまって、前は盛んに燃えていた負けん気みたいなものが今は落ち着いてしまった気がする。

それでも今回みたいに理性を吹っ飛ばすときもあるんだから、体と心の年齢の乖離というものは、どうも自分自身を不安定にするらしい。

 

併せて体の動きも鈍るし、女の若い体なんて本当に良いことない。

桜、あぁ、今回も花見に失敗した。

…沢田綱吉に押し倒されたときにひねった足首が痛い。早く帰ろう。

 

 

道路を足を引きずりながら歩いていると、突然、足を引っかけるように誰かの片足がぬっと突き出てきた。

…面倒臭い。今、出てこられるのは本当に面倒臭い。

無視を決め込もうとして、少し大股でまたいで何事も無かったかのように歩く。

だが相手は無視されたことにイラついたらしく背中にうるさいダミ声を浴びせかけられる。

 

「ヴぉぉおい どこに行くんだぁ?」

 

あえて後ろは振り向かない。まともに相手したら本当に面倒くさい相手だからだ。色々と。

 

「……」

そんな問いかけも無視する。前回はそこまで縁が無かったコイツだが、今回は何かとよく会う。

 

「まァた人助けか?それで怪我するなんざ、ざまぁねぇな。ヒーローはスマートにいかねぇとちびっこも喜ばねぇぜ」

 

スクアーロは意地悪い笑みを浮かべて、背後から耳元にささやきかける。

 

「男装のヒーローは大変だな?」

 

コイツの女いじりは今始まった話ではない。去年の秋頃、おそらく沢田綱吉のことを探るために並盛町を訪れていたコイツの目の前で人助けをしてからというもの、何かとちょっかいをかけてくる。ヴァリアーと戦うのはとても楽しみなことだけど、今は別件で忙しい。まだコイツに構ってはいられない。

 

「…用が無いなら僕は行くよ」

呆れを隠しもしない表情と声音でこの目立つ風貌の男から離れようとした。

 

「おい、待てよ。」

いつもは意地悪い笑みを浮かべながらコイツも去っていくのに、今日は本当に用事があるらしく呼び止めてきた。

 

珍しく真剣な表情で「お前、殺されるぞ」なんてことを言ってくるから、ついにはため息までついてしまった。

「僕が殺される?…はぁ。僕を舐めているのかい?」

 

「良くて、監獄行きだな。これ見ろぉ」

そういって差し出された携帯には、ボンゴレIXの電子署名付きの処刑通知が届いていた。

なるほど、ボンゴレファミリーへの加入を断ったことに対する制裁…

併せて次期ボス候補への危害、報復…口封じのために抹消ってことか。

さっきの花見での衝突が敵対と見なされたか。面倒な…。

 

「…で、それをどうして君が教えてくれるわけ?ヴァリアーだよね」

当たり前の疑問を口にすると、スクアーロは肩をすくめた。

 

「一枚岩じゃねぇってことだよ」

「なるほどね。つまり君は僕と戦わないの?」

「あー…女に手ぇかけるの趣味じゃねーしなぁ」

「それ言われるとものすごく咬み殺したくなんだよね」

 

懐から取り出した拳銃を腹にグリグリと押し付ける。

 

「ここジャポーネでお前ぇ一般人だよなぁぁ!?なんでこんなモン持ってんだぁ」

「マフィアが言えた言葉じゃないでしょそれ」

「わわ、安全装置まで外しやがってこの」

 

拳銃が見えないように詰め寄った雲雀とスクアーロは、傍から見れば子どもと大人くらいの身長差と風貌の差があるため、子どもが上を見上げて駄々をこねているようにしか見えない。

しかし、慌てて駆け付けたリボーン一行から見るとその光景は全く別のものに見えていた。

 

(スクアーロ!?ヴァリアーがなぜここに)

リボーンは一応は敵対せず向き合っている二人の関係について思考を巡らせる。

 

(はひーっ!あの強面の巨人が雲雀さんを殺そうとしてるの!?ハル、勝てる気がしません…!でも…)

何か決心したように足を踏み出すハルを静止したのはツナだった。攻めるように見つめるハルの顔を見て、ツナは静かに首を振る。

 

(雲雀さんってああいう人がタイプなんだ……)

ツナは二人の恋路を邪魔してはいけない、という意味でハルを静止したことに、ハルは気がついていない。

 

「なんだー?雲雀、全然大丈夫そうじゃん」

山本がへらっとした顔で、それでもどこか安堵した表情でリボーンに話しかける。

 

「あんなやつ、心配するだけ損っすよ。ね、リボーンさん」

獄寺は笑顔でリボーンに同意を求めつつ、内心早く帰りたそうだった。

 

(これ以上、雲雀を焚きつけても今は何も出なさそうだしな)

 

「…俺、雲雀さんが並盛町を出て行くことを否定しなかったこと、ずっと気になってて…やっぱり、聞いてくる!」

「あっ、ツナさん!」

先ほどまでツナに静止されていたため動けなかったハルが慌てて追いかける。

 

ツナとハルはスクアーロと雲雀のところに向かった。

 



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