ハイスクール・フリート~北の海より愛をこめて~ (葉桜照月)
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0話 

葉桜です。
ハーメルン投稿第一作です。
構想してる小説のイメージです。
一話は実はほぼ完成しているのですが、それに続く形になっているので、0話自体はぶつ切りです。
世界観というか、設定の説明的な小話です。
生暖かい眼でご覧ください。



舞鶴海洋学校所属のとある教育艦。

 

その名は「大和」。

 

奈良の旧国名を冠するその艦艇は、今、故あって知床半島の沖にいた。

 

ここで大和はある重大な任務に就いていた。

 

海洋国家たる日本という国をささえる、重大な重大な任務を・・・。

 

 

 

船員はいずれ劣らぬ優秀な者ばかり。

 

今日も羨望と期待を一身に受けて、彼女らは戦い続ける!

 

ゆけ大和! 日本の未来のために!

 

どんな困難があっても、その46cm砲で破壊するのみ!

 

巨艦、巨砲、高速、高燃費。

 

艦齢、130オーバー。

 

我が国の誇る稀代の名鑑、その艦長帽を被る女・七島珠洲が今、高らかに宣言する!

 

「大和、発進!!!」

 

戦艦大和大勝利!希望の未来へレディ・ゴーッ!!

 

 

 

―――――――――

 

「艦長ー?」

「げ、副長・・・」

「何を書いてるんですか?」

「妄想」

「妄想っていうか・・・完全にウソ、ウソofウソじゃないですかこれ!!」

「だって妄想だし」

「ええ・・・」

「いいじゃん別に」

「だめです!いい加減に現実を見てください!」

「妄想なのにダメ出しされた」

「正しいのは『船員はいずれ劣らぬ優秀な者ばかり』までですよ!」

「あっそこはいいんだ」

「いいですか、改めて説明するまでもないですが、・・・一応言いますよ。

 

 ・たしかに『大和』ですが、呉の超大型直接教育艦とは別物です。

 ・舞鶴の測量支援教育艦・大和です。

・こちら排水量はなんと1/32!すごいでしょう?

 ・艦齢130オーバーはマジです。日露戦争も経験したロートルです。

 ・なんで三笠は係留・保存されてるのにまだ現役なんでしょうね。

 ・既に10回近い大改装を経て、もとの大和とは所謂「テセウスの船」状態です。

 ・46cm砲は積んでません。搭載されたてのボフォース40 mm L/70機関砲があるだけです。

 ・巨艦でもありません。65mしかありません。

 ・そして半分帆船なので燃費は風次第です。

 ・もう我々がこの船のってから1年経ちますから、いい加減覚えてください!

 

・・・わかりましたか?

・・・・・・・・・・・

・・・って、いないし!どこ行ったんですか艦長!!」

「んー?艦長なら釣りに行ったー」

「はぁ何で止めてくれなかったんですか!?」

「独り言ウケルw」

「ひどい!」

「(笑)」

「ひどい!!いつからですか!?」

「たしかに『大和』ですが~の時点で居なかった」

「めちゃめちゃ最初の方じゃないですか」

「マジ卍」

「ひどい」

 

「・・・(トントン)」

「あら、国東さん? 紙?これは・・・電報?」

「・・・(コクッ)」

「あ、舞鶴からの指示ですね。艦長に渡してきます。常陸さん、国東さん、一旦艦橋を任せます」

「りょ!ウチにまかせて、副長!」

「・・・(コクッ)」

「じゃあ、回収してきます」

「ほーい」

「・・・」

 

「釣りって言ってたから・・・多分甲板ね。行ってみよう」




―――――――――
あとがき

はじめまして。
葉桜です。
構想中のはいふりオリ主スピンオフ、その0話です。
まだ全体が完成しておらず、ほぼプロット段階ですから、おそらく不定期更新になると思います。

時代設定は本編はいふりと変わりません(2016年4月ごろ)が、学年はミケちゃんたちの一つ上です。
一つ上なら呉女子海洋学校のはずですが、測量艦大和の乗員は舞鶴の所属です。まあその辺は追々整合性を取っていくとして。

一応戦闘要素も盛り込む予定ですが、なにせ機銃しか積んでないので…。
ボフォース40 mmL/70も射程が12000くらいなのでまあまあ長いかな、と採用しただけです。25mm単装機銃は8000くらいしかありませんし。

では、ここらへんで失礼します。
葉桜先生の次回にご期待ください!


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1話 イワシ釣って名前呼んで発進

第一話。
不定期ですので2話は未定。つーか執筆中。
ブロック工法式執筆法採用者なので、書けてるところと書けてないところが穴ぼこなのです。


――紋別沖 2016/4/6/1620

 

舞鶴女子海洋学校所属の教育艦「大和」。

その艦長、七島珠洲。

普通の高校で言うところの2年生になる我々は、艦を預かってからもう1年が経ち、すっかり海に生きる女らしくなった…と思う。少なくとも私はなったと思う。この船の副長として色々なことを体験してきたからだ。

 ましてや艦長など私達に比べたら仕事量や責任はずっと大きい。そこから由来するストレスや使命感もまた、私たちの比ではないだろう。

 

その人物が、

「…いた」

 

今、目の前で、

「艦長」

「…………」

 

釣糸を海に垂らしている。

「かーんーちょーう??」

「ん」

艦長は釣り糸を凝視したままで返事をした。

「舞鶴より入電です、読みますよ」

「ん」

 

「『舞鶴から大和へ通達。貴艦は遂行中の任務完了後、北東へ航行し、幌筵島の柏原で補給を行った後で幌筵海峡にて特殊任務に当たれ』…だそうです」

 

遂行完了後、とある。つまり舞鶴のほうはまだ我々は任務遂行中だと思っていたようだ。

がしかし、実はとっくに任務自体は完了している。帰るのがだるいので、航行中のタービンの不調による速度低下を理由に任務完了報告を遅らせていたのだ。

 当然艦長の判断だが、もう艦長がこういうことを平気でするのは慣れっこだし、帰ってもどうせすぐまた遠くまで行かされることも分かりきっているし、何よりも私達の任務が重要で、また私達自身の成績も優秀であるから多目に見られているのが大きい。

 艦長のカンもまた冴えていることも理由のひとつだ。今回たまたまオホーツク海まで来てのんびりしていたいるから幌筵島…つまり千島列島のかなり北の方まで行けと言われても割りきって対応できるのだが、任務完了直後にハイスピードで直帰するコースだったらこうは行かなかっただろう。恐らくは津軽海峡、悪くすれば粟島沖まで南下していたかもしれない。

 

「遠いね」

艦長は釣糸を凝視したまま返した。

「まあ紋別沖まで来ていますから。舞鶴で聞かされなかっただけマシでしょう」

「…ん」

「艦長、柏原ってどんなとこですか?」

「北千島最大の有人市街。2000くらいだけど」

知らなかった。艦長は、さすがと言うべきか地理関連の知識がかなり豊富である。

艦長は、実は千島列島に関してはプロだ。大学教授並みの知識を持っている。詳しくは知らないが、時々誰かと電話でレベルの高い会話をしているようだ。

「それで最大…。寒いから人が少ない…ということですか?」

「それと火山。環太平洋造山帯を形成するから活火山が豊富」

「カムチャツカ半島のようなものですか」

「千島は『噴火による火山ガスでふもとの集落が全滅した』みたいなニュースに事欠かない」

「めちゃめちゃ危険なところじゃないですか」

「私もそんなかんじのとこで育った」

「艦長って千島の生まれなんですか」

「ん。択捉紗那島の紗万部っていう、沈降前は択捉島っていうひとつの島だったとこの真ん中あたり。火山の麓のいい村だ」

「成程、知りませんでした。ではもうタービンまわして…」

「…来たッ!」

「艦長?出航しますよ?」

「副長。黙れ。魚が逃げる」

「ええ…」

「ラーッ!!!」

「魚が逃げるのでは!?」

――――――。

艦長の握った釣り糸には、魚がぶら下がっていた。

「マイワシ」

「ええ、見ればわかります」

知らなかったけど。魚だってことしかわからなかったけど。

「私が釣った」

「ええ、見てればわかります」

それくらいはわかる。

「私が食べる」

「ええ、知ってます」

いつも艦長が自分で食べてる。

「やった、夕食は丼イワシだ」

 

ここまでのやり取りをして、気付く。

多分艦長がやりたいのはここまでの一連のやり取りだ。

 

「…もういいですか?」

「いいよ」

「じゃあ艦橋に上がりましょうよ」

「他のみんなは」

「もう呼んでます。全員とっくにいますって」

 

というと、艦長は親指を立てて言った。

「有能」

「艦長が無能なんですよ…」

っていうかアンタさっきまで艦橋にいたろ。(0話参照)

 

「もっと褒めて」

「褒めてないですよー?」

そこまで言うと、艦長はふう、と一息ついて釣具を仕舞い、立ち上がり、

「行こう、千島へ」

「だからそういってるじゃないですか」

そこまで言うとお互い無言で艦橋に向かった。

艦長がやりたいことはもう終わって、仕事モードになったのだった。

 

「あ」

「どうしましたか」

「調理室に渡してくる」

…なってなかった。

 

艦橋。

「点呼とるよ。副長、高柳うしお」

「はい」

「航海長、常陸樋芽子」

「うぃーっす」

「書記、国東詩歌」

「…(コクッ)」

艦橋要員、私含め四人。

 

「砲雷科」

「はい。射撃指揮所神若、駒ヶ岳両名います」

「水測員幌内、います」

砲雷科は三名だ。

 

「航海科」

「マストは島村、今井。います」

「電信、平山茉莉」 「電測、平山杏奈」 「「います」」

「続いて操帆担当から。操帆長那須野以下6名、既に持ち場についています」

航海科は操帆担当含め、10名いる。

 

「機関科」

「機関室に全員いる!」

「お、応急工作、嵯峨野も、いいい、いますよ…」

機関科も4人。

 

「主計科」

「主計長・荻原。おりましてよ」

「炊事、神宮寺・鈴木。いるっスよー!ちなみに今夜のメニューは…」

「神宮寺黙って。保健室朝田、います」

主計科四名。

 

「測量専科」

「測量長・高遠。以下、大雪、高野、夜叉神、堀江。全員います」

測量は基本全員でするが、主導となる測量専門担当が5人いる。

以下、大和乗員、計三十名。

 

「オーケー、26人全員いるね。

抜錨、発進準備を。タービン準備出来てる?OK。総帆展帆用意。これより本艦は北東へ転針、千島列島の幌筵島北東部の港町・柏原へ向かう。各員はさらなる気温低下を警戒し、耐寒装備を整えられたし」

 

「よし。呉女子海洋学校所属、K117・超大型直接教育艦・「大和」、出発するよ」

 

「……(ハァ…)」

「………それやらないと死ぬ的な?」

「艦長。いつものことですが…」

「…ロマンがないなあ…」

「ダメです」

n回目のやりとりだ。

 

「はあ…。分かったよ…。

舞鶴女子海洋学校所属、M2401・汽帆兼用測量支援教育艦・「大和」、出発するよ。

 操帆班、出帆用意。

 右60度、タービンは原速航行。タービンの回転については、風の様子を見て判断。

 各員は引き続き各々の職務を遂行。

 砲撃担当はもしもの戦闘に備えてレベル1の待機状態を継続。こちらの指示から40秒以内に攻撃出来るよう心掛けること。

 各マスト見張員はそれぞれ引き続き警戒に当たれ。また付近を航行する船舶を発見した場合も艦橋へ報告。手旗信号員はあらかじめ決めておくように。

 また、各マストに1名づつ記録員を配置。流氷や結氷、氷山を確認した場合は速やかに記録、報告せよ。

 それ以外の各担当はそれぞれ通常待機状態を継続し、必要があれば直ちに待機状態を解除し艦橋へ報告をいれること。

各員への連絡は以上。現在時刻は西暦2016年4月6日1627。不明瞭な点は直接艦橋に知らせ。ではタービン回せ、大和、発進!」

 

・・・いやホント、やるときはやるんですけど。この長い指示を淀みなく言える人間が、さっきまで任務ほっぽって釣りしてたんですよ、信じられます?

 

 

「そういえば入学式シーズンですね」

「もーそんな時期?マジ?」

答えたのは常陸だった。

「もう演習が始まってるらしいですよ」

「場所は」

艦長が尋ねる。

「西之島新島沖です」

「え」

艦長の動きが止まった。・・・いつものことだけど、まあ、文脈的になんか驚いてるっぽいですよ。

 

「どうかされました艦長」

「西之島新島は最近の火山活動の影響で海上及び海底地形が変化したばかり」

「測量されてるんじゃ…?」

「まだ」

「…(!?)」

「は?」

「危なくないですか!?」

「危ない」

「潜水艦とかやべーんじゃね?」

「航洋艦も十分危険、座礁する」

「あっそうか」

ざわざわする艦橋を代表して艦長が締め括った。

 

「嫌な予感」

 

もっとも、まさかあんな大事になるとは艦長すら予測していなかったようだけれど。

 




名前    七島珠洲 
NAME    Suzu Nanashima
所属    (本来は呉だがいろいろあって)舞鶴女子海洋学校
所属艦   大和
役職    艦長
所属科   航海科
好きな物  イワシ
嫌いな物  〆切
得意科目  地理、特に日本近代地理
苦手な科目 英語
好きな言葉 やらなくたっていいじゃないか どうせできるし すずを
性格・特徴 「北の小天使」とまで呼ばれた天才、その正体は干物
趣味    釣り、地図旅行
出身    北海道根室支庁紗那郡紗那村
誕生日   3/31、おひつじ座
身長    148cm




【次回予告】
次回「早速寄り道して豪邸泊まって停滞」お楽しみに!


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二話 早速寄り道して豪邸行って停滞

ハイドウモ―!リアル二次創作小説writerノ、テルナデス!!
お久しぶりです第二話です!

ここで「このセリフ誰が言ってるか分かんねーよ土へ還れハザクラこのやろう」と思っている方にご報告です!

「……()」の形で無口なのが書記・記録員の国東 詩歌、
「ヤバくね?」とか言ってる渋谷で膝上25cmくらいのスカートはいてそうなガングロ卵ちゃん的ポジションのいいヤツが常陸 樋芽子、
「~ですよ艦長」が語尾の人が副長の高柳うしおです。それ以外が基本的に艦長。
たまに艦橋外の人間が出てきます。今回はタムラさんみたいな人などが出てきます。



――オホーツク海 北国後島沖 2016/4/6/1930

 

「艦長、相談が」

と、伝声管で話を切り出したのは、炊事長の神宮寺抄だった。

「なに」

「いやあ、これからいよいよ任務に行くって時に水を差すようで悪いんスが…」

「遠慮はいらない」

「ありがたいっス。いや実は、味噌が足りんっスよ」

「味噌」

「不肖この神宮寺、不注意で使いすぎました。無くなりそうなんスが、どっかで補給できないっスかね」

「味噌…味噌か」

さすがに渋っている。むやみに停泊するとサボってるのがバレるかららしい。

前に話してくれたのだが…いや、その理由はどうなんですかね。

「このままだと艦長の釣った折角のイワシ、みそ煮に出来ないっスよ」

「補給しよう」

悲しいほどに即答だった。

 

 

「ここからだと、補給できるのは紗那しかないですよ」

というと、艦長は微妙な反応を返した。

「紗那か…」

「何か問題が?」

「いや…。ま、大丈夫か…」

「??」

なんだろう。

紗那と言ったら艦長の故郷に程近い。何か帰りたくないのだろうか…??

 

 

 

――択捉紗那島 紗那別飛港 紗那第四埠頭 2016/4/7/0200

 

 紗那は、留別村、蘂取村と並んで旧択捉島を形成していた紗那村の村役場所在地で、かつ現在も旧択捉島地域――現在は択捉列島という主に7つの島となっている――のみならず、千島列島全域でも最大の街だ。同時に、択捉列島、国後諸島、色丹群島からなる南千島にそれぞれ一つずつ存在するフロート(紗那、古釜布、色丹)の一角でもある。ちなみに、かつて歯舞諸島と呼ばれた島々は完全に海没し、現在は歯舞群浅堆と呼ばれている。平たいその地形を生かし、新たな海上都市を建設しようとの声も上がっているが、好漁場であるため地元漁協の反発も根強く、具体的な話は進展していないらしい。

 列島沈降の影響を受けた紗那は、もともとが散布半島の西の付け根に存在したため、深く開けた湾となり、東の付け根である別飛とともに良いフロートの設置場所となった。紗那と別飛の間には三本の運河が通り、紗那別飛港というひとつの港という扱いになっている。豊かな地形を生かして、現在では北海道第五の大港湾にまで発展した。規模的には苫小牧を超えて道内一の港になるポテンシャルを秘めてはいるが、如何せん近くの外国の港に恵まれていない。アンカレジやペトロハヴロフスク=カムチャツキ―などは得意先だが、ポロナイスクやコルサコフまで来ると小樽に持っていかれる。これには小樽は札幌が近いのも大きい。その点でも紗那は恵まれていないといえる。

 

『こちら紗那港。夜遅くお疲れ様です。…って舞鶴の大和?ああ、珠洲じゃねーか!元気か!?』

「悪い予感が…」

「??」

「父だ…」

「!?!?!?!?!?!?!?!?!??????!!!??!?!?!」

ここで働いてたのか…

『で?何の用だい?』

「補給と一旦休憩。別飛に移りたいけど、運河使える?」

どうやら艦長は父親と遭遇したくなかったようだ。

『おう、第一運河なら使えるぞ。今すぐがいいか?』

「いや、今日はもう営業終了」

『あいよ、停泊な。そうか、じゃあ朝になったら家に寄るか?』

「絶対嫌だ」

「え、艦長の実家普通に行きたすぎるんだけど(笑)」

「…(コクッ)」

「興味ありますね」

めっっっちゃ興味ある。

『ほら、御学友もそう言ってるぜ?』

「うう…」

 

――択捉紗那島 紗万部 七島邸 2016/4/7/0900

 

翌朝、艦長と私と神宮寺さんは、艦長の父親の車で紗那郊外にある艦長の実家に来ていた。

「広い…」

「広いっスね…」

広い。豪邸だ。しかも陸上である。

沈降によって、陸地として残った部分の地価は急激に高騰した。

 そもそも沿岸部に都市の集中していた我が国においては、海洋沈降は非常に大きな問題であった。当時陸地で最大の都市はかつては「桑の都」と謳われるほどに養蚕業と絹織物産業が盛んだった東京府八王子市であり、また絹織物は当時主要な輸出品であったために、ここに首都機能を移転しようという動きも生まれた。『海上の人工都市を国の中心とするのは天津神の創生せし大秋津洲に対する冒涜だ』という神道原理主義勢力も絡んでこの首都移転運動は一時世間を席巻した(ダジャレじゃないよ)が、結局は天皇陛下のおわすところが我が国の中心であるという考え方により、帝都八王子の称号は東京大フロート竣工までの臨時として位置づけられた。

 話がそれたが、陸に新しく居を構えることはそう簡単ではなかった。豪邸とあらば尚更である。そうなると七島家は沈降前から大地主としてここに大豪邸を持っていた由緒ある一族か、高騰した陸地にこれだけの豪邸を築けるブルジョワジーのどちらかということになる。やばい。

 そんなことを神宮寺さんと再確認していると、艦長の父親―お父様と言った方がいいかもしれない―が割り込んだ。

「ははは!そうだろそうだろ!だがなんせ田舎だからな!じーさんは安く買えたそうだぜ!」

「父さんやめて…」

いや、でも、それにしても実際広い。初めて見たこんな広さ。

 

「おや、お嬢さまお帰りなさい」

屋敷の中に入ると、待ち構えていた執事さんっぽい人が言った。

「お嬢さまですってよ奥様」

「言われてみたいっスね…」

「やめて…」

艦長ったら、さっきからやめてとしか言ってない。

「さっきから正気を保てていませんよ艦長」

「正気しか保っていないよ副長」

「絶対保ててないっスよそれ」

こんな艦長は珍しい。カメラを持って来ればよかったが。

 

艦長のお母様は優しい方で、私たちを丁重にもてなしてくれたし、会話をしても極めて多岐にわたる分野において浅からぬ知識を持っていることが分かる人でもあった。なぜこの人と暑苦しい紗那港職員から任務遂行報告を平気で遅らせるような盆暗干物が誕生したのかよくわからない。

 他にも艦長の実家に―というより友人の実家ならどこにでも興味はあるものだが―行きたいという人は多かったが、私と神宮寺さんしかその願いを果たすことはかなわなかったので、やや後ろめたくはあったが、そのぶん楽しまなくてはと変に意気込んでしまった。艦長の自室を見させて貰って昼食を頂いて帰ったが、これが素晴らしく楽しかった。意気込む必要など最初からなかった。

食事については、食レポ技術がないので報告を避けるが、わが艦の炊事長たる神宮寺さんが衝撃を受けるほどに美味しかった。彼女は相当ショックだったのか、帰りは殆ど無口を貫き、迅速に味噌の調達を終えると、運河で別飛側に出ていた大和に到着すると、颯爽と調理室に籠ってしまった。

 




駆け足です。すみません。

第三話は、とうとう横須賀の異変が大和に・・・・
もう書きあがってるんで、四話がある程度書けたら投稿します。

次回「推理して不穏な報告して暗雲」
君の中のはいふり愛が、目を覚ます――。


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【お知らせ】報告と世界観解説

ハイドウモ―!葉桜です!

 

投稿遅れてます。申し訳ございません。

 

3話は書きあがりました。

そのため投稿したいところなのですが、実は4話で完全に詰まってて、今以上に間隔があくかもしれないので、その調整のために最新話長く投稿できてません。

申し訳ない限りです。

 

実は葉桜第三次受験戦争に駆り出されていて、それでここの所なかなか執筆できていない日が続いています。

まあそんな時期に二次創作書いてんじゃねえぞという意見は尤もですが、実際いい気分転換になりますし良いんですよ。セーフセーフ。

 

でも実際プロットは出来上がっており、概ねどのような流れにするかも決めてあります。

なので、休載するつもりは更々ないことだけ報告いたします。

 

ええ、休載しません。

 

もしも楽しみにしてくださっている方がいらっしゃるならば、恐れ多く、また申し訳ないのですが、首を長くして待ってください。

頑張ります。

 

さて、報告しただけでは申し訳ないので、この「ハイスクール・フリート~北の海より愛をこめて~」について、世界設定を紹介したいと思います。

 

 

 

「ハイスクール・フリート~北の海より愛をこめて~」 概要

 

時代はテレビアニメ(以下『本編』)のほぼ裏にあたる、2016年4月から5月初頭です。

ですが、(本編の設定と相違が出た時の保険として)本編で展開される世界とは若干の世界線の変動があります。ダイバージェンスで言うと0.0001%くらい違います。

具体的には、『1940年代に改秋月型駆逐艦がマジで進水一歩手前まで行きかけた』というあたりで本編世界とは分岐があります。本編との相違は、その影響です。全部。

 

とはいっても、原作レ〇プは趣味じゃないので、大筋で原作通りの展開をしますし、特に現在本編や公式で触れられている部分については極力矛盾なく執筆することを心掛けています。あくまで「原作の裏番組」「同時進行」「一方その頃」というコンセプトで進めています。

まあ、映画版とかで新たな情報に触れられちゃって、それがこの小説世界に矛盾するものだったなら、いよいよダイバージェンスの違いが表れてきたなあってかんじです。

 

≪2019/1/2追記≫

  現状いわゆる架空艦は、改秋月型駆逐艦を流用した測量艦『野付型』のみです。

 

【日本の領土について】

こちらは1940年代に原作世界から分岐する前の話になるので、完全に推測になります。

日本の領土関連については、下のように捉えています。

 

1875年の樺太・千島交換条約は史実通り締結。

1894年の日清戦争には史実通り勝利。

・台湾、澎湖諸島、遼東半島を獲得するが、三国干渉により遼東半島を返還。

1904年の日露戦争は、史実と大きく異なり、

・陸軍は史実以上の苦戦を強いられる。

・アメリカ介入のもと締結されたポーツマス条約では、

  ・日本の朝鮮半島における優越権を認める。

    →認められず。

  ・日露の軍隊は、鉄道警備隊を除き満州から撤退する。

    →合意。

  ・ロシアは樺太南部(北緯50度以南)を日本へ譲渡する。

    →認められず。

  ・ロシアは東清鉄道南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を日本へ譲渡する。

    →認められず。

  ・ロシアは関東州の租借権を日本へ譲渡する。

    →認められず。

  ・ロシアは沿海州沿岸の漁業権を日本人に与える。

    →大筋で合意。

 

というようになっています。

陸では序盤から戦果が芳しくないままであり、海戦では確かに勝利したといって差し支えなかったが、陸戦はほぼ敗北と言っても過言ではなかった、と解釈します。そのため日比谷焼き討ちも起こらず、大陸の利権もほぼ放棄せざるを得ませんでした。

 

その後日本が沈降をはじめ、大きな戦争に参加することも、巻き込まれることもなかったため、このまま現在に至ります。すなわち、

 

最北端 占守郡・阿頼度島 最北埼

最南端 台湾総督府・台湾島 鵝鑾鼻

     →1931年より東京都沖ノ鳥島南小島(史実では1938年に海没したとされているが、坂本商会が頑張ったので東・北小島とともに護岸が設置されている)

最西端 台湾総督府・澎湖諸島 花嶼

     →1936年より同・新南群島 西鳥島

最東端 占守郡・占守島 小泊岬

 

(ww1がなかったため当然南洋庁はない。そのため最南端と最西端は南洋庁ではない。)

 

つまり、概ね「史実日本+千島+台湾」です。

 

樺太も朝鮮半島も、日本領にはなっていません。

ただ、シベリア出兵と共産主義革命の影響で極東についてはロシア領ではない可能性もあるので、その辺については詳しく触れるつもりもありません。

台湾についても、あくまで設定として存在するのみで、登場予定はありません。

 

 

【沈降範囲について】

こちらも考察が必要です。

こちらについては、台湾はよくわかりませんが、北の沈降範囲としては、

・樺太 わずかに影響を受けるも特に変化なし

としています。

北方四島、および以北の各島についてですが、

・歯舞群島 残らず海没

・色丹島 沈降。大きく分けて6つの島に

・国後島 沈降。大きく分けて4つの島に

・択捉島 沈降。大きく分けて7つの島に

 

ここを境に、沈降は収まっていきます。

・得撫島、チリホイ島、ブロトン島 沈降するも影響微弱

・新知島 影響確認できず

 

ブロトン島については、最近まで沈降したのかしてないのかよく分かっていませんでしたが、ある人物主導のもと北海道海洋大の調査チームにより解明されています。




ひとまずは以上です。
隔週か、3週間に一度ぐらいは乗せられたらと思います。
頑張ります。
投稿の遅れ、ほんっとに申し訳ありません。


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三話 推理して不穏な報告もらって暗雲

お待たせしました!
とうとう、ようやく四話にメドが着きました。
現在五話の執筆にも取り掛かっております。
またしばらくかかるかもしれないので、よろしくお願いします。

それと、設定変更のため一話を変更しております。
具体的には船員が増えました。


【三話 推理して不穏な報告もらって暗雲】

――択捉紗那島 別飛港 別飛第一埠頭 2016/4/7/1500

 

 艦橋で一人、出港を待っている。

 艦長は艦長室にいるし、まあぶっちゃけ艦橋の真下なのだが、一人で艦橋にいるというのもなかなか珍しくて、他の艦橋要員も含め誰も呼ぶことはしない。

 その日のうちに別飛をでる予定だったため、艦長の実家でそこまで長くくつろぐことは出来なかったが、艦長の部屋は思い出深かった。部屋の一番目立つところに、大きなトロフィーが置いてあって、よく見てみると、「最優秀賞 全国中学生自由研究大賞」と書かれていた。艦長こんな賞まで取っていたのか。変なところで局地的にマルチな才能を発揮するから、艦長は不思議なお方である。他にも壁には地図がそこら中に貼ってあって、択捉列島や日本列島の現代地図はもちろん、大日本沿海輿地図だとか、帝国陸軍陸地測量部の地図だとか、そういう沈降前の地図まである。沈降前と沈降後の気候変化をあらわした地図もある。わけのわからないものもあった。あれは海図だったろうか?

 

 艦長は地理ヲタだ。海図室長も兼ねており、艦長室は海図室でもある。地理の成績はもはや歴代の海洋学校測量科生徒の中でもトップレベルだ。既に大学まで行って博士号を取っているという噂まである。本人が話さないので知らないが。

 実際、この艦長大卒説は案外的を射ているかもしれない、と私は思っている。

 先ほどこの船に乗り込む直前に、二人で歩いていたところ、艦長の名前を呼ぶ人があった。振り返ると見たところ50くらいの女性で、数人を連れていた。知合いですか、と聞く前に、艦長はこう言っていた。

「かっ、鎌谷教授!?なぜこんなところに…。お久し振りです。…副長、君は船に戻っていてくれ、すぐ行くから」

そう、”教授”と言ったのである。少なくとも大学教授を知合いに持っているのだ。大学で学んでいれば、変なところで専門知識が多いのもわかる。ただ、なぜ大学から呉海洋女子(今は舞鶴だがそれは私達も同じだ)に来たのかが分からない。説明できないのだ。

 そして、大卒であるほど優秀ならば艦長は多分大和の艦長ではなかった。今頃呉の最新測量艦「野付」の艦長帽を頭に乗せていただろう。

 入学間際に呉所属の測量艦が一隻失われ、しかし二クラス分新入生を集めていたから足りなくなって、たまたま舞鶴に測量艦が余っていたからそっちに乗ったクラス、それが我々であり、大和である。成績が良ければ、より性能のいい方に乗せられていただろう。

そんなことを考えていると、しだいに艦橋要員が集まってきて、出港準備完了の報告が入った。

 我々は別飛を出発し、幌筵島へ向かった。

 

ただ、次に紗那の土を踏むときまでに、私たちはとんでもない大事件の一端に巻き込まれるということは、多分誰も予測できてはいなかった。

 

 

――オホーツク海 計吐夷島西北西沖 2016/4/8/0400

 

 艦長に叩き起こされた。

 寝坊したか、と思うと、まだ四時であった。

 まだ四時ですよ、と文句を言うと、いいから来い、寝間着で構わないから何をおいても駆けつけろと言われた。

 当直であった艦長により早朝に叩き起こされたのは、艦橋要員全員だった。

 皆文句を言い目をこすりつつも集まると、艦長によって横須賀女子海洋学校における異変が報告された。

 

「先程、舞鶴からわたしに直接宛てて緊急の入電があった」

「緊急の…ですか?」

「緊急の」

「よほどのことですか」

「大変なことだ」

「何でしょうか。勿体ぶらずに教えてください」

「分かった。だが、衝撃的な事だから騒がないようにしてくれ」

「聞きましょう」

この時まで、私は眠いながらも叩き起こされたことを恨んでいた。

 

「昨日4月7日10時ごろ、西之島新島沖で横須賀女子海洋学校の主催する予定であった大規模演習において、集合時間に遅刻した同校所属の陽炎型航洋艦「晴風」が同校の改インディペンデンス級教員艦「さるしま」を砲撃、撃沈した。既にさるしまの乗員は救助されているが、晴風は逃走し、現在行方不明となっている。

 またこれとは別に、同演習に参加する予定だった直教艦複数隻と連絡がつかなくなった。消息不明艦は超大型直教艦「武蔵」などで、詳細不明。演習は中止となった」

 

艦橋に動揺が走った。

眠気も吹っ飛んだ。

恨みも吹っ飛んだ。

「直教艦が教員艦を砲撃!?」

「反乱?ヤバくね?」

「そうなる。動機は不明だが…。

日本近海を航行する全ての船舶に、晴風を含め行方不明となっている艦船の目撃情報を求めている。発見し次第連絡を入れて欲しい、とのことだ。まあおそらく、行方不明となっている船がそれ以外に無いかを調べていることも兼ねているだろうが…」

 

「今のところ横須賀以外の艦船の行方不明情報は上がっていないそうだが、対応措置として航行している4校全ての直教艦について、原則直ちに母校へ帰投するよう指示が出たそうだ」

「じゃあここまで来て帰るんですか!?」

「まさか。現在位置はと聞かれたのですでに計吐夷島西北西だと報告した。そうしたら、なら特別に任務続行を認めるとのことだった。あちらも大和の無事が確認できればそれでいいらしく、横須賀船籍の航洋艦を発見した場合はただちに報告せよとのことだった。」

「ということは任務継続、ということでよろしいんですね?」

「無論。クラスの皆には朝の定期報告で私から伝える。」

 

これで話は切れた。

そのあとは、寝ようと思っていたが、興奮冷めやらぬ故に寝られなかった。

 

「それにしても私達の任務ってそれほど重要視されてるんですね~。」

「ん」

艦長は通常モードに移った。

「なんでそれを生徒にやらすのでしょうね」

「人材不足、あともう卒業後の仕事が決められてる」

「まあそれはそうですよねー。私達の仕事なんてそれぐらいしかありませんもんねー。」

「だったら今のうちに若いけど経験ある優秀な人材をってことですか…」

「そう」

とは言ったが、艦長は最後にこう言った。

「私は卒業しても、ブルマーにはならん。大学教授の椅子を狙っているからな」

 

…やはりこの艦長、大学卒業してるんじゃ…と思ったが、聞くかどうか逡巡していた間に、「詩歌、君の時間だ」と書記の国東さんに艦橋の担当を任せ、颯爽と艦長室へ戻って行った。

 

 

……

………

…………

 

――パナマ共和国 ポルトベロ港 2016/4/8/0400(JTC)

 

「…だそうです」

「そう。ここなら、直ちに問題はないわ。予定通り出発しましょう」

「了解。無寄港で目的地に出発します」

「ああ、それと」

「なんでしょう、艦長」

「電話を掛けなさい」

「誰にでしょう」

「もちろん、七島珠洲よ」

「了解しました大和にですね、手配します」

 

「そう、あの女に、ね」

 




次回「電話して電話して長電話」!お楽しみに!

ちなみに次回は4700字くらいです!
でもほとんど電話です!登場人物は基本3人だけ!わお、わかりやすい。

・・・・・・一話2400字くらいずつって言ったような気がしますが、忘れてください。


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四話 電話して電話して長電話

一週間ぶりです、みなさま。
隔週!と言いましたが、一週間で投稿できました。
めでたいです。
脳内では骨格が完成したどころか、それの肉付け―つまり執筆―を後回しにして第二部、第三部まで計画が進んでいます。いや、とっとと一部の執筆をしろって?はぁい。


【四話 電話して電話して長電話】

――千島列島 計吐夷島北東沖 2016/4/8/1100

 

朝が終わった。

反乱の話は、にわかには信じられない。

非現実的すぎる、といえばそれまでだが、まるで小説を、いや映画を見ているような気分になる。

あのあと、艦長はおおよその事実を余すことなくクラスの全員に伝えた。

反応は多様だったが、そこまで大きな混乱も起きず、私達は無事だから良いや、といった雰囲気のまま朝は終わった。

私も艦橋でのシフトは昼からで、特にあてもなく艦内を歩いていた。室内に戻っても大したことはないから、誰か他のヒマしてる人とおしゃべりでも洒落込もうかと思ったのだ。

そんなとき、電信・電測室の前を通りかかった。ここは、平山茉莉と平山杏奈という双子の姉妹が担当している。ちなみに、二卵性なのであんまり似てない。

 ドアが空いていたので覗いてみると、電信員である平山さん(双子のうち、妹の杏奈のほうだ)が私に気付いて、

「あ、ふくちょ~。電話で~す」

「誰から?舞鶴?」

「いえ、『野付』ですよ~」

「ああ…。分かったわ。艦長に渡しとくわ。受話器は?」

「艦橋にキャッチ回しときま~す」

ありがとう、と言って去った。

 

艦橋に行くと艦長がいた。ものぐさな艦長だが、シフトは割とちゃんとやる。感心だが、その気力をどうして他に回してくれないんだろうか…。

「やあ副長。まだシフトは先だろう?代わってくれるのか?」

「違います。艦長、電話です」

「誰から」

「…」

「言ってみろ、また舞鶴か?」

「…いや…」

「察した。貸せ」

艦長は電話を取ると、艦長が艦橋に持ちこんでいた小型テレビをいじりだした。するとすぐにテレビに、電話主の姿が映された。

 

『やあやあ、お珠洲。元気でしたかしら?』

 

「お前だと思ったよ、籠原」

『お元気そうで何よりって感じね、お珠洲』

 

籠原双葉。

呉所属の同期にして測量艦「野付」の艦長だ。

同期なのにも関わらず籠原さん達が呉、私達が舞鶴所属なのは、元々呉にあった2隻の測量艦のうち1隻(旧型の筑紫型筑紫)が事故で失われたからなのだが、詳しいところは聞かされていない。ただ、正しいかは分からないが、筑紫と野付の艦長にそれぞれ内定していた七島珠洲と籠原双葉は、詳しい事情を聞かされて、筑紫の乗員であった我々が舞鶴のオンボロ時代遅れ帆船に乗ることになった、というのがウワサ好き大和乗員sの定説だ。

実際私もこれくらいしか選択肢がないし多分そうだろうと思っているのだが、それにしても不思議なことがある。籠原さんは、何かあるとすぐ電話をかけてくるのだ。それも艦長指定で、けっこうな頻度で、である。元々知り合いだったわけではないらしいし、そもそも性格が違いすぎる。見た目、というか容姿に関する理由でも恐らくないだろう。ベクトルこそ違えど、どちらも顔面醜悪とは言い難いからだ。艦長は150cmないからかやや童顔気味なのに対して、籠原さんは大人びた整った顔立ちをしている。

もしかしたら地理だけは勝てないから、籠原さんが艦長に嫉妬しているのかもしれない。籠原さんは成績優秀のオールラウンダーであるのに対し、艦長は地理しか脳がない。しかしこの地理が恐ろしく優秀で、この前の1月に行われたテストでも、籠原双葉の全科目1位という偉業をただ1科目阻んだのが、発展地理で史上初の満点を叩き出した七島珠洲だったのである。例年なら930点を取れれば学年首位は固いと言われるが、史上最高点987点の更新を期待されて望んだ二人は、一人は1000点満点の大記録を、もう一人は歴代5位となる965点となり、私達からすればハイレベルな、しかして二人にしてみれば一方の圧勝に終わったのだった。

 それが籠原さんに影を落としているのか、籠原さんは艦長に対してよくちょっかいをかけて来るのだ、と私は予想している。まあ、テストの前も電話してきていたが…

 

「で?わざわざ電話してきたってことは何かあるんだろう?」

『トーゼンでしょ。横須賀の船が行方不明になったって聞いたから、あなた達も行方不明になってないかって心配してあげたのよ』

「心配?乾杯と聞き間違えたかな、私は?」

『フンっ。まああなたがそう思うならそうなんじゃない?』

「…それより、私も連絡をしようとしてたところだったんだ。お陰で手間が省けたよ」

『感謝なさい』

「籠原たちは無事だったんだな」

あ、艦長スルーした。でも籠原さんも特に気にしてないまあいつものことなので仕方無いのだが。

『勿論よ。今アタシ達がどこにいると思ってるの?』

「草葉の陰か?」

『勝手に殺さないでよ!ポルトベロよ、ポルトベロ』

 

(ポルトベロってどこだ…)

割と聞いてて面白いので仕事が手につかない。そして後で調べなきゃいけないことができてしまった。

 

「そうかい。地球の反対側まで行ってどうするんだ?ああアレか、マグロ漁船に乗せられたんだな」

『アタシはなにもしてないわよ!野付艦長よ!』

「野付、とうとうマグロ漁船になってしまったのか…」

『なってないわよ!仮にも世界の名門呉女子の最新艦船よ、あんたのロートル帆船とは違うのよ。舞鶴と違って、呉は最新技術のデパートなのよ』

「私だって呉に入学予定だったんだが…」

『あんたが選んだんでしょ』

「ぐ…」

『そもそもあなたは地理しか脳がないじゃない。野付艦長には私みたいに、なんでも出来る秀才が必要なのよ』

「地理だけは勝てないからって僻みに来たのかい?それに野付艦長が秀才なのは《結果》だろう」

『ッ!!黙りなさいよ!悔しかったらアタシに地理以外で勝ってみなさいよ』

「悔しいと思って欲しければ地理で私に勝つこったな」

 

(──────!!!!!)

今…何か重要なことを聞いた気が…

聞いた気がしたのだが、直ぐに重要な話題に移ってしまった。

 

「ところで──」

『…何よ、まだ話続いてたじゃない』

「今回のこれ、どう思う?」

『……』

 

一瞬で籠原さんが黙った。今回の、この大事件には、彼女もやはり思うところがあるのだろう。

 

『……情弱なあなたたちは知らないだろうけど、6日の晩に、鳥島沖で砲撃を受けてる輸送船があるわ。詳しくは分からないけど、それも事件のひとつとして見るべきでしょうね』

「……砲撃?雷撃ではなくて、か?」

『ええ、砲撃よ。それも、とびきりでかいやつらしいわ』

「おいおい、晴風にはせいぜい高角か14cmしかないはずだぞ」

『そうなのよ。多分これ、私達が第一報で抱く印象よりも深そうよ』

「そうだな。そもそも複数隻の失踪って言うこと自体がおかしい」

『そうね。一隻失踪ならまだ分かるし、反乱だって言うのも納得が行くけど、複数隻って…』

「複数隻がどれくらいなのかにもよるがな。そして反乱っていうこと自体も十分おかしい」

『どうして?』

どうしてだろう?変ではないが…

「入学式は6日だぞ」

『あっ…』

???

「出航が昼だとして、そして反乱があったのが7日の朝だ。籠原の情報も組み合わせれば晩には反乱が始まっていたことになる。ちょっと早すぎやしないか?」

『……』

確かにそうだ。不自然ではある。

「そして、早すぎるというよりも、ほとんどの人間は入学式で会ったばかりのはずだ。それを、たった半日と少しで統制して反乱に導くことが出来るのか?だとしたら、首謀者──艦長だと思うが──は相当の統率力とカリスマを持ってることになるぞ」

『そうね…でも…』

「ああ。早かろう遅かろうに関わりなく、晴風は教員艦を砲撃した」

『艦長が反乱を命令して船員に強いたとかは…ないわね。』

「ああ。少し無理がある」

 

…ダメだ。話についていけない。おとなしく割り込もう。

「あの、すみません…。

えっと…副長の高柳です。乱入してしまって申し訳ないのですが、どうして無理があるんですか?艦長が命令して…というのなら、反乱が艦長個人の私的な考えだったなら、やけに反乱が早かったのも説明がつきます」

『ああ、高柳…うしおさん、でしたね。ええと…、』

突然の割り込みにも、籠原さんは正しく反応してくれた。なんとなく、学年一位(測量科だけでの話だけど)の風格を感じる。

『ええ。その考えは間違ってないわよ。だけど…』

と、籠原さんは艦長を見遣った。艦長に、質問をした人物の上司に、説明をさせようとしたのだと思う。

 しかし艦長は顎で籠原さんに説明を促した。これを確認すると籠原さんはため息を少しついて、私に説明をしてくれた。

『人間っていうのは、そう簡単に誰かの言う通りにはならないわ。自分が嫌なことであれば、その人ができるだけ抵抗を試みるものよ。だから、艦長が命令して無理強いさせるっていうのは難しいのよ。

なぜなら、教員艦に攻撃して逃走するには、観測・セーフティーロックの開錠・操船・速度調整・照準・砲塔旋回その他が必要だから』

「あっ…」

『もう分かった?そう。そしてこれらは担当者が違う。誰か一人でも抵抗したら反乱は成立しないの。

反乱が嫌ならば、見張りや電測員が距離の虚偽申告をすればいい。

そうでなくても、操船手や機関がボイコットすれば船は動かない。

そうでなくても、砲雷長や水雷長が命令しなければ弾は撃たれない。

そうでなくても、照準や砲塔旋回担当が抵抗すれば当たらない。

そうでなくても、副長の同意がなければそもそも開錠すらできない。

…そして反乱は、そのすべてが必要なのよ。更に、学校に反乱を起こすこと自体がかなりリスキー。失敗すれば、その後の生涯に大きな汚点を残すことになる。ブルマーへの道は当然絶たれるでしょうし、それ以外の仕事に就こうとしたってケチがついてまわるわ。そんな一大事を、たかが直近24時間以内に会ったばかりの同年齢の艦長に命令されて仕方なくやった…というのでは、合理的ではないわ。晴風に至っては入試でギリギリだった人たちの集まりのはずだから、艦長に特別ほかの乗員を圧倒する才能があったとは考えづらいわ。お珠洲の地理ならともかく。つまり、艦長の命令で強制的に…ではない可能性が高いのよ』

「じゃあ…」

そのあとは艦長がついだ。

「そういうことだ。艦長以下、船員ほぼ全員の意思による可能性が高い。輸送船への砲撃を考えれば反乱船は複数。そしてその全てで、おそらく事情は同じだ」

「で…ですが艦長、それは…」

「そうだ。明らかにおかしい」

『少なくとも2クラスの60名、多ければもっと。それだけの集団が、同じこと、それもとんでもなく無謀なことを考える。そんなの明らかに合理的ではないわね。けれど…』

「今ある情報だけでは、それしか考えられないんだ」

「そんな…」

『つまり、情報が錯綜しているか、足りないか。お珠洲、あなたどっちだと思う?』

「どっちもだろうな。私は後者のほうが割合が多いと思うが」

『私もよ。相当足りてないわね、これは』

「具体的には?意見を聞こう」

『従わざるを得ない命令だった、とか』

「どこかに学生だけの独立国家を樹立する、とか」

『全ては横須賀の大芝居、とかもアリね』

「あるいは…」

『なに?』

「洗脳」

『…』

「なんだい、適当なことを言ったつもりはないが」

『バカバカしいわ』

「この状況では全てがバカバカしいがな」

『それもそうね。まあ、私はとりあえず任務を継続し、大西洋中央海嶺に行くわ。大和は、どこにいるか知らないけど、どうせ帰還命令じゃない?』

「任務継続だよ。北千島の調査だ」

『あら、千島の調査。慣れてるんじゃない?』

「そうだな。…今の、皮肉としては三流だぞ」

『あなたに判断されても困るわ。ま、無事を祈るわ』

「そうか。カリブを北上するのであれば、せいぜいバミューダ・トライアングルには気を付けろよ」

『言われなくても。じゃ。UW』

「UW」

そこまでで電話は切れた。UWとは「御安航を祈る」という意味である。

艦長は、そういえば私は休憩時間か、高柳任せた、と言って部屋に戻っていった。

 

 

――千島列島 松輪島北沖 2016/4/8/1200

その後私は艦橋で、艦長の代わりにいくつか指示を出しながら、私はさっきまで繰り広げられていた会話を思いだして、引っ掛かったことについて考えていた。

 

──「私だって呉に入学予定だったんだが…」──

──『あんたが選んだんでしょ』──

 

ここの会話が、ずっと心に残っている。

「舞鶴行きは七島が選んだ」という趣旨。

筑紫乗員となる予定だった我々は強制的に大和に載せられたのだという噂だったが、「選んだ」という表現は、少し変だ。

まだ変なところはあったような気もするが、思い出せない。どちらにせよ、噂ではなく、真実を知るためには、どうやら情報が錯綜している以上に、足りなさすぎるようだった。

 




次回「6話 会議してぐだりにぐだって柏原」
川柳ですね。いいですね。
ではまたお会いしましょう。今月中にお会いできればいいのですが・・・


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4.5話 ㊙各海洋女子校所属 測量艦リスト

【マル秘】

【各海洋女子校所属 測量艦リスト 2014/12/20】



※一番艦の学園艦としての就役の早い順に、艦級ごとに掲載する。




 

 

 

《筑紫型 測量支援教育艦》

・基準排水量 1400t

・全   長 84.00m

・全   幅 10.60m

・速   力 20kt

・出   力 5700hp

・航 続 距 離 16kt8000NM

・兵   装 12cm連装高角砲2基 25mm連装機銃 2基

・配 備 状 況 一番艦筑紫 JBNS-K-2403 呉

        同型艦なし

 

・概   要

設計時から測量艦として設計されたものとしては、我が国最初の艦船。

同型艦が計画されていたが、改良した改筑紫型として就役したため、同型艦はない。

一番艦筑紫は海洋女子開校以来より、長らく呉に在籍しており、老朽化が叫ばれている。

現在、最新鋭の野付型二番艦との入れ替えることが予定されている。

 

 追記(2015/3/31)

2015年3月12日、本級一番艦『筑紫』は、瀬戸内海を試験航行中に座礁、沈没した。

  翌4月に入学し本艦に乗船予定であった呉女子海洋学校測量科第二クラスは、協議の末、舞鶴女子海洋学校所属艦に乗船することになった。

 

 

 

《改筑紫型 測量支援教育艦》

・基準排水量 2300t

・全   長 90.00m

・全   幅 11.50m

・速   力 22kt

・出   力 7000hp

・航 続 距 離 17kt8000NM

・兵   装 12cm連装高角砲 3基

・配 備 状 況 一番艦三保 JBNS-Y-2401 横須賀

        二番艦気比 JBNS-M-2402 舞鶴

        三番艦唐津 JBNS-S-2401 佐世保

 

・概   要

前級の測量艦としての問題点を改善するために計画された。三保型とも呼称される。

居住性を含めて大幅な改善がなされ、評価は総じて高い。

四番艦以降の建造も計画されているが、更なる改良を加えた新艦級となる可能性もある。

 

 

 

《野付型 大型測量支援教育艦》

・基準排水量 3030t

・全   長 136.20m(水線長134.00m)

・全   幅 12.00m

・速   力 35.0kt

・出   力 70000shp

・航 続 距 離 18kt8000NM

・兵   装 65口径10cm連装高角砲 2基、25mm連装機銃 2基

・配 備 状 況 一番艦野付 JBNS-K-2404 呉

       二番艦███ ████-█-████ █(現在、実質████)

 

・概   要

現在は横須賀女子海洋学校に配備されている秋月型教育艦を改良する目的で設計されていた「改秋月型」をベースに、測量艦として再設計した艦級。建造中止となった改秋月型一番艦「北風」の船体を一部転用したものである。

そのため、そのカタログスペックのほとんどは改秋月型と同値であるが、改秋月型ほどの兵装を必要としなかったため大幅に撤去した。そのために軽くなった分は二号二型改四スーパーヘテロダイン式受信機付電波探信儀や三式水中音波探信儀、零式水中聴音機の多数装備にまわすよって高性能化を実現した。そのため、ただでさえベースが並の駆逐艦を凌ぐものだったことも相まって単なる測量艦としてはかなりのオーバースペックの艦になっている。しかし、これを逆手に取り敵地や危険水域内での強行迅速測量を想定して運用されている。

 

現在は一番艦が呉女子海洋学校に配備されており、二番艦は███████████である。

 

 

 

《大和型 測量支援教育艦》

・基準排水量 1990t

・全   長 65.37m

・全   幅 11.67m

・速   力 20kt+α

・出   力 7000hp

・航 続 距 離 風次第(無風計算16kt8500NM)

・兵   装 ボフォースL70 2基

・配 備 状 況 一番艦大和 JBNS-M-2403 舞鶴

 

・概   要 

元は日露戦争にも従軍した葛城型スループ二番艦である。日露戦争後、三番艦「武蔵」とともに測量艦へ改修された。

日本海に存在する大和堆や、オホーツク海に存在する北見大和堆は発見艦である本艦に因んだものである。特に日本海の大和堆については、それまで通説であった日本海は一様に深い海だという学説を打ち破ったことで広く知られている。

 その後1940年代に退役し長らく行方不明となっていたが、2000年代に再発見され、舞鶴女子海洋学校で大規模改修を受け、世界的にも数が少なくなっている汽帆兼用艦の学生艦として2021年度より運用される予定である。

 2013年度末に改修を終えた本艦は、武装・機関等を学生艦として運用可能なレベルに改修したのみならず、帆船航行を阻害しないよう小規模ながらも艦橋を増設し、その性能は筑紫型を凌ぐほどになっている。

 

 追記(2015/3/31)

  2015年3月12日、筑紫型一番艦『筑紫』は、瀬戸内海を試験航行中に座礁、沈没した。

  翌4月に入学し事故艦に乗船予定であった呉女子海洋学校測量科第二クラスは、協議の末、舞鶴女子海洋学校所属の本艦に乗船することとなり、運用開始が本来の予定であった2021年から大幅に前倒しされることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

以上

 




こんにち葉桜。照月です。
前回、「6話 柏原」と銘打った次回予告をしたのですが、そもそも5話だったうえに、㊙資料が流出してしまうというこのていたらく。
今回の説明は特にありません。野付の補足説明がメインです。

次回こそは本編5話なのでお待ちください。


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五話 会議してぐだりにぐだって柏原

2400字なんて到底収まらないぜフゥゥゥゥゥゥ!!!!!


──千島列島 幌莚島沖  2016/4/9/0530

 

「では定例会を始めるぞ」

こんちゃーっす!

自分、大和炊事長、神宮寺抄っス!今日は週に一度の、大和の重役の会議の日なんスよ!いっつもグダグダに終わるんスが、今日はどうっスかね…。なんか横須賀の方で事件があったらしいんで、それのことについて追加情報が出るんじゃないっスかね。

改めて参加者を見渡してみると、

七島艦長兼海図室長・常陸航海長・国東書記の艦橋組──副長は艦橋で仕事をしてるだけで決してハブられてる訳じゃないっスよ──高遠測量長、神若砲雷長、柿崎機関長、萩原主計長、朝田衛生長、那須野操帆長、そしてこの神宮寺。計10人っス。なかなかのボリューミィな感じなんスよ。

…お、司会の艦長さんが何か言い出し始めそうっスね…

「さあ、いつものごとく早朝に集まっていただき感謝する。

まずは早速、昨日全員に伝えた例の反乱事件についてだ」

この一言で、雰囲気が一気にシンとしたっス。やっぱりみんなが気になる話ではあるっスから、新しい情報を得たくて仕方がないんスよ。後で自分の持ち場の人に話したいっていうのもあるだろうっスけどね。

 

「昨日の朝報告した段階まででは、晴風が反乱を起こして失踪、しかし他にも失踪船がいるらしい、という話だった。それから一日経って、新しい情報も入ってきた。ここで伝えておく。なかなかに刺激的な知らせだから心して聞いてくれ」

あつ、柿崎機関長がメモと取り始めたっス。まあ機関科は噂話大好きっスからね…仕方ないっスね…

「失踪船の数が判明した。いくつだと思う?」

うん、早速グダグダになりそうな気がするっスね…。あ、ここからは台本形式にするっスね。

七島「どう思う、神宮寺」

神宮寺「5000兆隻欲しいっス!大量失踪で圧倒的成長!」

朝田(衛生長)「神宮寺黙って。常識でものを考えて。そして圧倒的失墜の方が正しい」

萩原(主計長)「現実的には3隻くらいじゃないではないすか」

神若(砲雷長)「でも艦長の口ぶりからするともっと多そうですよ」

神宮寺「じゃあ現実的な数値に直すっスか…。810隻くらいとかどうっスか?」

那須野(操帆長)「神宮寺さん、汚いですよ…」

神宮寺「801隻でもいいっスよ?むしろウェルカムっス」

柿崎(機関長)「それもダメじゃないかな…」

七島「7隻だ」

 

艦橋組以外の全員「うわー…」

神宮寺「少ないっスね…」

朝田「黙れ神宮寺…」

那須野「コレ多いの?神若さん」

神若「そこそこ多いですよ」

萩原「いやそこそことかじゃなく多いのですからね!?とんでもないのですよ!?」

常陸(航海長)「もしもの話、もっと増えるっぽくてー」

柿崎「私達は失踪しなくて良かったよ…」

神宮寺「不思議な言い方っスね」

 

七島「それで、だ。我々にも帰還命令が出ていたらしいが、舞鶴直々の指揮で任務継続となったのは伝えた通りなんだが───」

 

神宮寺「ちょっとミス朝田!今神宮寺けっこうまともなこと言ったっスよ!?いちいち突っかかって来るなっス!」

朝田「だから黙れって…お前の声だけで頭痛が起こるんだって」

神宮寺「だったら頭痛薬でも飲めばいいっス!あんた衛生長でしょーが!」

朝田「黙れ、貴重な薬をこんなことに使いたくないんだって」

萩原「ま、まあまあ。お互いにここは納めたほうがいいのですよ?会議中なのですから…」

 

神宮寺「黙るっス!これは二人の問題っス!」

朝田「黙れ萩原、これは二人の問題なんだってば」

 

萩原「酷いのです!」

 

常陸「ここまでいつもの流れすぎて笑える」

柿崎「全員が全員学習しないからね…」

神若「いつもこうなりますよね…」

七島「緊急時はバッチリみんなやってくれるんだがな…」

神宮寺「ちょっと!なにまとめにかかってるっスか!?」

七島「後でやれ。今日は解散だ。もう柏原が近いぞ。全員測量だ。高遠、頼む」

高遠(測量長)「…」

七島「高遠?」

高遠「…zzz」

七島「寝てるよこいつ」

柿崎「まあいつものことだよね…」

神若「これだけうるさいのによく寝られますよね」

七島「よし、高遠を起こして準備させろ。到着したら連絡を入れろと舞鶴に口酸っぱく言われているから時間はあるが…。…では、全員解散!」

 

 

 

──幌莚島 柏原 2016/4/9/0700

 

 

「…もしもし、秋峰先生ですか?七島です。ただいま柏原に到着しました。…はい、異状ありません。…他にですか?ええと…野付から電話が掛かってきましたが、あちらも異状無いようでした。」

 

艦長が舞鶴に電話をしている。艦長は珍しく丁寧語だ。まあ担任の先生と会話をしているのだから当たり前と言えば当たり前だか、普段のものぐさで突っ慳貪な態度からすれば私達にもその丁寧さを分けてくれと言いたくもなる。人によって態度を変えてはいけないと、学校で教わりはしなかったのだろうか。

 そのあとしばらくして電話が切られたので皮肉混じりにそんなことを言うと、

「人によって態度を変えてはいけないのは小学校で習った。だがそれはあくまでその人達が対等な関係にある場合だろ。お前と秋峰先生とでは私から見た立場が違う。態度が変わるのは当然だろう」

と返された。至って正論だったが、ふと思い立って、こんな切り返しをしてみた。

「この前の鎌ヶ谷教授?とやらは、艦長から見たら?」

「ああ、鎌ヶ谷教授は…そうだな…」

さあ艦長、先生だとかボロを出しちゃって大卒説を証明させてくださ──

「私の志す学問の第一人者なんだ。尊敬しているよ」

チクショウ!だがまだだ…

「どうやって知り合ったんですか?」

さあ大学とかボロを出しちゃって大卒説を証明させて──

「友人の紹介だよ」

チクショウ!い、いや…

「友人というと、その方も教授なんですか?」

「ああ、教授ではないが大学で研究をしているよ」

かかった!

「その方とはどこで?」

大学で研究をしてるんだから大学で知り合ったに決まって──

「研究論文大賞の授賞式…だったかな」

チクショウ!

…諦めよう、武器が足りない。

「そうなんですか…」

「ああ。…思えばあの賞は人生の転換点だったな」

うわ!自分から釣られに来たぞ!神様ありがとうございます!

「どんなことがあったんですか?」

極めて慎重に、努めて冷静に…

「あの賞を受賞した直後にな」

大学に入ったんですか──とは言わずに喉で押さえておく。

 

「中学校に行かなくなったんだよなあ、今思えば中学校でもっと学習しておくべきだった」

 

ええ…重い雰囲気出してくるなよ…

待てよ…コレ大卒じゃなくて単純に不登校にでもなってしまっただけではないか…?

…ええい、聞くなら今だ!

 

「艦長!」

「なんだい」

「その…学生論文大賞を受賞したあと、艦長に何があったんですか?」

 

「そうだ、そう言えば言ってなかったか?」

「聞いてません」

「そうか…そうだな…」

艦長は少し俯いて言った。

「出来れば言いたくないな…」

「そう…なんですか」

「ああ。どうせいつかは皆知ることになるとは思うが…でも、今は言いたくないし、知って欲しいとも思わないんだ…」

そうか…

そうなのか…

駄目だ、こう言われてしまってはこれ以上の詮索は出来ない。

「艦長以外でその事を知っている人はいるんですか?」

「この船では、詩歌が部分的に知っているだけだ。それと籠原も知っている」

「国東さんが…どうしてですか?」

「ここに来る前に何度か会ったことがあるんだ」

「そうなんですか…。…あれ?それだけってことは、国東さんもホンの少ししか?」

「ああ、そうだ。…でも副長、君が知りたいであろう情報はそれで十分だと思うよ。…そうだ副長、私からも聞いてみたいことがあるんだが」

「…へ?何でしょうか?」

「君がさっきから質問してくるように、どうやら艦内で私の入学前についての噂が広がっているらしいな」

「はい、艦長地理のことなら何でも知ってますし…」

「知っていることしか知らないね。そして7割は小学校時代に身に付けた知識さ。それで質問なんだが…」

「はい」

「あんまり聞いていいか、こういうことに慣れていないが分からないが…」

「??」

「それらの説のなかで一番突拍子もないのと一番それっぽいの、教えてくれ」

「…なんだ、そんなことですか」

「いいだろ?頼む、聞いてみたい」

「いいですよ。私か聞いた限りですと…」

 

「一番突拍子もないのは、『飛べる』です」

 

「…ははっ。なんじゃそりゃ。鳥かね私は」

「流石にあり得ませんよね。すぐにテレポート派が優勢になりました」

「うん、テレポートも出来ないからな」

「逆に一番それっぽいのは…何でしょうね、天才だから、ですかね」

「合ってる」

「自分で言いますかそれ」

「当たり前だろう。私は天才だからな」

「そうなんですか…」

「そうだ。私の噂をするのは構わないが、どうか超能力者のセンは消しておいてくれよ」

「ふふ。分かりました。では、行きますか」

「ああ、行こう。

測量は時間が掛かる。ひょっとしたら終わる頃には全部が解決しているかもしれない」

そうだといいですね、と言って私たち以外にはもう誰もいなくなった艦橋を出た。

 

 

「…あ、そうだ。艦長室に寄らせてくれ」

「ああ、いいですよ。待ってます」

と言って、艦長室に艦長は行った。

──艦長室は、この狭い大和のなかで唯一の個人スペースである。もっとも海図室を兼ねているので個人スペースかどうかは微妙だが、個室を持っているのはこの船では艦長だけだ。艦長室は艦橋のほぼ真下にあり、有事の際にも艦長が真っ先に駆けつけられるようになっている。

艦長室には艦長の私物が全て置いてある。中を見たことは数度、それもホンの少しだけだったため、中がどうなっているかは分からない。それと、この船の艦橋の設置自体がかなり新しいからか、艦長室にはトイレとユニットバスが設置されている。艦長は地味にお風呂が好きらしく、非番の夜はよく入っているのが、伝声管からたまに鼻歌が漏れたりすることからもわかる。鼻歌というとすごく艦長らしくないが、その鼻歌も演歌だったり軍歌だったりチョイスが微妙なことが多いのでやはり艦長である。

それよりも気になるのは、艦長の噂である。艦長室にはきっと、艦長の出自に関する秘密が隠されているに違いない、とはずっと思っているが、誰も調べようとするものはいない。どうせ簡単には理解できない書類しか入っていないからだ。先程の会話で、艦長に探りをいれることは叶わなくなったが、だからといって真実がわかった訳でもないし、既存の噂を収束させることが出来る訳でもなかった。

「…艦長室か…」

と呟くと、噂をすればなんとやら、その艦長室から艦長が地図を持って出てきた。

「待たせたな。幌莚海峡周辺の海図だ。本当は幌莚島南部だったはずなのだが、この前の事件によってちょっと変わることになったんだ」

「そうだったんですか…」

「柏原から見える位置にしたいんだと。まあ同じ海の上だからな、突然目の前に晴風が現れてもなんらおかしくはない。そんなことになったら面倒だからな」

「撃ち合い…ですか」

「まさか。あっちはモトが戦闘艦だ。一方的に虐殺されるのがオチだろうさ」

「それもそうですね…」

艦長が歩き出すと、私はもうドアの閉まった艦長室にそっと目をやり、すぐにまた目線を戻して艦長の隣に並んだ。

私たちは艦長室に背を向け、タラップの方へ向かう。これから陸に上がるのだ。たった2日ぶりだが、異様に長く感じた。

 




出てくる人の数が増えてきましたね。
アニメでもないので、やはり口調で差分するしかなくて、でも全員が全員奇天烈な口調を持つと今度は不自然になる。難しいです。
群像劇というか、そういう系を好むので、結局書かれるのはそのなりそこない形式なんです。

次回「不法侵入と学歴開示祭り」
まだ執筆が完了していないのですが、6000字くらい行きそうです。


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六話 不法侵入と学歴開示祭り―不法侵入編―

次回「不法侵入と学歴開示祭り」とお伝えしましたが、
10000字を超えたので二つに分けます。
すんません。
今回はその前半。5000字弱でお送りいたします。


──柏原港 大和艦内 2016/4/15/2028

 

最近厄介事が増えた。

そんな気がしてならない。

その最たる理由は間違いなく晴風失踪事件だろう。…おっと、もう晴風の発見報告は届いているから、例の集団失踪事件…とでもしようか。

元々私は厄介事や面倒事が嫌いだ。

艦長特権を駆使し、同じ場所に留まって報告を送らせたことが何度あっただろうか?

仕事が増えるのが何より嫌だ。

尤も、自分の好きなことであれば仕事がいくら増えようと飛び付くが、世の中そんなに甘くはない。特にこの、学生艦の艦長という職は。

だが、非常に残念なことに、私の艦長として背負う仕事の殆どは、投げ出してはいけないものだ。投げ出していいもの、等閑にしてもいいものであれば、喜んで放棄するか、ヒマしてるヤツに慎んで進呈したいところだが、生憎そうではない。

しかし、…まあまったく嫌ではないといえばウソになるが、このテの艦長としての責任を伴うような仕事については、私はきちんとこなす。始末書を書くのが死ぬほど嫌だという理由も無くはないが、やはり、そこはテキトーにしてはいけないだろ、というラインは私も一応は弁えているつもりなのだ。

尤も、これがあまり周りに伝わらないというのは、艦長としてはなかなかに致命的だ。日頃から何でもテキトーにやっていると思われてしまう。まあある意味では狙ってのものだし、そう思われる分には特に文句があるわけでもないのだが、テキトーに物事を進めていると、兎に角変な印象を持たれる。

艦内には私がテレポーターであるという噂があるようだが、これもやはり、どれだけ私が船員に理解されていないかという事実の現れではある。勿論、全てを理解してもらおうとは更々思わないし別に良いのだが、この謎チックな都市伝説とも言うべきそれは、私の前に突然実体として姿を表すことがある。

 

例えば、今だ。

 

艦長室に戻ると、

ある人物が、

私の机を引っ掻き回していた。

 

海図室でもある私の部屋だが、私は停泊中の勝手な立ち入りを禁止している。海図なんて停泊中にこれほど要らないものはない。なのに海図室に入る必要があるか?ない。では、目の前にいる人物は何がしたいか?

海図室兼艦長室である部屋に人が入った。、そして海図室としての利用は考えにくい。となると、海図室ではなく艦長室に用があったと考えた方がいい。それは今目の前で「やっちまった」的な表情でこちらを見ている人物が、私の机を漁っていることからも明らかだ。

「…説明してもらおうか」

「…」

その女は口を開けたままであった。

 

「どう言うことだ、高柳…高柳うしお」

「…あの…か、艦長…これは…」

 

高柳…副長は、ポカンとしている。

最近、厄介事が増えた。

そんな気がしてならない。

まずは一旦落ち着いて、こうなった経緯を思い出すことにしよう。

 

 

──回想::幌莚海峡上 2016/4/15/1135

 

「艦長さん、全工程終了したよ」

その報告を聞いたのは、私が甲板に上がって、皆が測量しているなかで優雅に釣りと洒落込もうかと言ったのを副長に止められて拗ねていた時であった。報告をしてきたのは、測量長ではなく、その補佐をする測量専門員の大雪 名残だった。

大雪は、測量専科のなかで最も明るい性格をしている。その苗字を体現したかのようなやや白みのかかった肌と、それとコントラストをとるような黒い髪は、私からしても、見るからにケバケバした──というと流石に失礼な気がするのでのでその性格的に(もっと失礼になった)──常陸にさえも、美人だと言わしめる域だ。

ああ、ありがとう。お疲れ様、と言って艦橋に戻り、柏原に帰ろうとした。艦橋にはもうすでに人が揃っていて、帰港まではそれほど時間はかからなかった。

帰港して、下船する前に一旦ふと思い立って艦長室に立ち寄ると、開けた瞬間に、中がいつもと違うのに気づいた。具体的には海図が散乱している。綺麗な部屋だったのに。

…おっと、勘違いされては困るが、確かに私はものぐさだが部屋は綺麗に保つ方だ。床でごろごろしたいという希望によるものだ。なので海図が床に5枚ほど散らばっている事は、はっきり言って異様だったのだ。

 しかし、この時は誰かが意図的にひっくり返したとは思わなかった。とかく船は揺れるからなんにでも固定をしなくてはならない。しかし、おそらく海図室として誰かが私の部屋を訪れて海図を返却する際、海図の固定を忘れたことが原因だろう。よほど焦っていたのだろうか。

海図をサッと片付けて机に座ると、なんとなく机の棚の資料の順番がこの前見たときと違うような気がした。あれ、変だな、とは思ったものの、自分的には棚の資料を見返すのはよくあることで、そのときにまあ正しく戻さなかったのだろうな、あるいは風呂の入りすぎでのぼせて机をいじって、記憶ごと無くしてしまったのだろうと思った。

 

 

 

──回想::柏原港 大和艦内 2016/4/15/1920

 

 

「…ええ、それはありがたいです」

『じゃあ、そちらからも連絡を入れておけ』

「わかりました。では」

 

舞鶴との電話を切って、ふう、と一息ついた。

私達が測量に励んでいる間に、晴風が無事保護されたという知らせは入っていたのだが、今回の電話では新たに、失踪艦が12隻になったことが知らされた。晴風が見つかってなおそれだというのだから、8日の報告──もう一週間も前の出来事になる──から6隻新たに失踪した(少なくともそう判明した)ことになる。

また随分と謎が深まってしまった。前に籠原と電話したときは色々な冗談が出たが、少し方向性を変えなければならなくなる。

例えば、「従わざるを得ない命令だった」や、「洗脳された」とかであれば、一斉に被害が出るはずである。追って6隻も新たに追加されることなんて考えにくい。最初から大規模な被害を出すつもりであれば、第一波のみでよい。第二波を引き起こす前に正常な船は横須賀に逃げ帰ることができてしまうからだ。そのリスクを考えると何回にも分けて行動を起こすことは効率的ではない。

逆に「単純に学生が反乱を起こした」「学生のみの国家を樹立する」というのは、にわかにそれっぽさを増してきたことになる。新規の失踪艦は、晴風らの反乱に賛同したから失踪したというのは、まあまあ納得の行く論理だからだ。しかし、これも考えにくいというのは既に籠原と結論を出しているし、晴風が極めて平穏無事に「保護」されたことも引っ掛かる。本当に反乱したのであれば保護という言葉を使うだろうか?鎮圧という方が考えやすいだろう。投降したとでもいうのならば保護という言葉でも筋は通るが、反乱の先陣を切り、反乱勢力の中で現在(報告のあるものとしては)唯一上司たる教員に攻撃している晴風がそう簡単に投稿するだろうか?

 そう言えば俄に私のなかで急上昇している見解がある。

ウイルス、あるいはそのような、集団感染を引き起こすような病気だ。

何故そんなに唐突にか、というと、柏原の町に行った時に見つけた本屋に、全人類の半分がゾンビになって人間に反乱を起こす小説を見つけたからである。私はこのようなジャンルの小説は滅多に読んだりしないのだが、それでもまあたまには趣向を変えてみるのもいいだろうと思って、思わずその場で購入してしまった。それを、まだはじめの方しか読んでいないのだが、その本のせいで、なんとなく例の集団反乱もゾンビウイルスのせいなのではないか…と思ったのだ。ゾンビは得てして人間に反乱を起こすものである。

…まあ勿論痛い妄想だというのは百も承知だ。晴風が保護された事について何らの理論的説明が与えられない。これ以上は何も言わないでおこう。

 

話がそれたが、どうやら舞鶴は、私達が測量に励んでいる間に帰り道の安全を図ってくれたようだ。函館までの短い期間ではあるが、海上安全整備局紗那出張所の人達が護衛についてくれるのだという。合流地点は千島列島中部の島・羅処和島の東の沖合。そこから紗那までと、紗那から函館まで我々をインディペンデンス級の艦船が同行するらしい。嬉しいことだ。勝手に決められた事について文句を言う筋合いはない。安全が保証されたのだから、享受しておくべきだろう。

 

「もしもし、紗那出張所ですか?ええと、舞鶴女子海洋学校所属の…ああ、はいそうです、大和です。艦長の七島珠洲と言います。よろしくお願いします…」

 

このあと、コミュ力を少しだけ消費して、16日の6時に我々は柏原を発ち、21時に羅処和島沖で合流することで合意、確認した。

 

私は受話器を置いて、乗組員に通達をしてから、例の小説の続きを楽しみにしつつ、艦長室に向かったのである。

 

 

::::::::::::::::

 

艦長室に戻ると、高柳が私の部屋を机を物色していた。

文章だと以外にも表現が淡白になってしまうが、目の前の光景はなかなかに衝撃的である。別に裸な訳でも、ベネチアンマスクをつけている訳でも、メキシカンライスを食べている訳でもないのだが、副長がこっちを「あっ終わったやっちまった」的な目線であんぐりとしている様は、むしろ滑稽さすら感じるものであった。

「…説明してくれ」

「…」

答えない。

だが、予測はできていた。

「…私がこの学校に入学する前の事について知りたかった」

「…‼」

「…もっと具体的に言ってやろうか?私が大卒かどうか知りたかったんだろう」

「……」

「図星か?」

「…はい…」

 

やっぱりな。そうだと思った。

「…これ以上は無理か…」

溜息をついて、そう呟いた。

決して隠そうとしていた訳ではない。

決して知られたくなかった訳でもない。

知ってほしくなかったのだ。

艦長として、この船を統括するものとして、この船に火種を持ち込むのは極力避けてきた。今回の事は立派な火種になりうる。艦内が不穏な空気に支配されるのは、艦長としてこれほど心苦しいことはない。

 

過去にずかずかと踏み込まれる事は構わないが、踏み入った事を後悔させたくもなかった。

でも、どうやら知りたいらしい。

みんな。

人の過去にずかずかと踏み込みたいらしい。

楽しいかよ、そんなの。

遊びじゃねーんだぞ、それ。

「…知りたいというなら、構わん」

「…艦長…」

もういいのだ。

「副長」

「…はい」

「私の事を知りたいのは、お前だけか」

「…」

「噂がある以上、皆知りたいと見ていいんだな?」

「…はい」

「そうか」

そうか。知る権利か。厄介な権利だ。

 

艦長室の伝声管を使って、全員に伝える。

「皆聞いてくれ。私だ、艦長だ。

ええと…、日頃から艦内に蔓延っている、私の中学入学前の話について、どうやら話さなければならない時が来たらしい。

突然ですまないが、知りたい者は、約30分後、つまり2100に教室に集まってくれ。知りたい者だけでいい。強制はしない」

それだけ伝えて、まだ気まずそうな顔をしている副長の前に立った。

「艦長…すみません…私のせいで…」

「今は聞きたくない。準備があるんだ。君も戻れ。侵入については不問だ」

「その…私は…」

まだ何か言いたげだった。でも、それもどうせ…

「「これが一回目じゃないんです。」」

ハモった。

「…だろ?」

「…」

「それについても不問だ。さあ、戻りたまえ」

「艦長…本当にごめんなさい…」

「いいんだ」

それだけ言って、私はもう何も言わなかった。

副長も、終始申し訳なさそうにして出ていった。

 

「さて、と…どうしたものか…」

話さなければならなくなってしまった。

やはり不和を招かぬように、

「当たり障りのない…こと…を……あれ」

そこまでで思考が一度止まった。

「そうか…、私…は…、」

私は、艦長としてどうするかしか考えられていないのではないか。

相手は同級生なのに、下に見てはいないだろうか。

同級生と同級生らしい会話を、もう何年していないだろう。

あのアイドルが、そのケーキ屋が、そんな会話をもうずっとしていない。

艦の為と言っては俗を避け。

艦長だからと言っては俗を忌み。

みんなを思ってと言ってはみんなを抑圧し。

同級生でありながら、同級生であろうとしない。

そんなことばかりなのかもしれない。

私は。

「…馬鹿だ」

 

やっぱり、話さなければいけないらしい。

「…バカタレ」

自分を少しだけ罵り、準備を始めた。

小説を読むのは、後になりそうだった。

 




次回は「不法侵入と学歴開示祭り―学歴開示祭り編―」をお送りします。
艦長の正体が遂に明らかになります。


そして新秩序が始まる・・・

ではまた来週。葉桜でした。


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七話 不法侵入と学歴開示祭り―学歴開示祭り編―

前々回、次回「不法侵入と学歴開示祭り」とお伝えしましたが、
10000字を超えたので二つに分けます。
すんません。
今回はその後半。6000字強でお送りいたします。


──柏原港 大和艦内 教室 2016/4/15/2100

 

いっけな~い!遅刻遅刻!!

わたし、島村悠希菜!この船で第一マストの見張をしているの(*`艸´)でもある日艦長が「私の過去を知りたいやつは教室へ来い」とか言い出してもう大変!みんな「どうでもいい」とか言ってるけど私はすっごい気になる・・・私いったいどうしたらいいの~!?次回「全員出席」お楽しみに( ´∀` )

 

…なんてことを考えつつ、教室の机に座っています。実際にここまでの流れはおおむね上記の通りだから、ちょっと面白い。

教室は騒がしい。まだ「やっぱり飛べる宣言では…!?」みたいな事前予測が飛び交っていて。

艦長がどういう風の吹きまわしでいきなり学歴開示をしようと思ったのかは分からないけれど、でもここに全員が集まっていることからもわかるように、やはり全員が「気になる事柄」ではあったみたいで。

…でも私は、おそらく期待していることの本命はみんなのそれとは違う。ずっと感じてた違和感なんだけど…

 

「…なんだ、全員集まったのか」

艦長がやって来た。

艦長は、なにやら紙袋をひとつ携えて、そしてやや緊張した顔で、教卓から私たちを見ていた。そして、

「…黙ってても始まらないから、始めるぞ」

と言った。教室はすっかり静かになっていた。

 

 

「…私については、色々な噂が飛び交っているらしいが、実際のところは…この紙袋の中に全て詰まっている。まずは…そうだな、これか?」

そう言って取り出したのは、ひとつの書類。

文字がびっしり書き込まれていて──しかも英語──、席が後ろの方の私には読めなかったけれど、前の方の席の人が読んでみたらしく、前の方からはどよめきが上がっていた。艦長はそれに答えたらしく、

「ああ、博士号の書類だ。おおよそこう書いてある。『海洋地理学博士 七島珠洲』と」

後ろの方も、ざわざわしはじめる。

艦長が博士…

マジか…

やべえよやべえよ…

そうしてドヨッている私達におかまいなく、艦長は続けた。

「そして…おおよそ皆が知りたいのはこちらだろう」

と言って、それを高く掲げた。

それは私にも読むことができた。

 

「卒業証書 七島珠洲 ────北海道海洋大学」

 

大卒だった…??

大卒だった…!!

またひとしきりどよめいた後、自然と教室中の視線が艦長に向いた。「どういうことか説明してください」──と、そう言いたげに。

それを知ってか知らずか、艦長は語り始めた。

 

「…経緯を説明しよう。

これは言ったことがある人もいるかもしれないが…私は中一で『学生論文大賞』の最優秀賞を受賞したんだ。地元の海底地形の調査だったんだが。…それがどういうわけか、その筋の学者にも知られ、どういう運命の悪戯か、そこでも高い評価を得てしまったんだ。海洋学界隈に、七島珠洲の名は広く知れ渡ったらしい。謎の天才中学生、海洋研究界期待の星として」

艦長はそこで一拍置いて、また続ける。

教室は静かだった。

 

「そうしたらある日、北海道海洋大学から手紙が来た。何かと思ったら、中学高校を全部スッ飛ばして、大学に入らないか──と、おおよそでそんなことが書かれていた。

 中学は義務教育だ。そんなことが可能なのかと思ったが案外可能らしく、私が希望したこともあり入学はすぐに決まった。形体的には転入が近いかもしれない。…まあ後で知ったことだが、北洋大は若い才能を活かす事に力を入れているらしく、飛び級や優秀な高校生の…引き抜き、とでも言うのか?言い方は悪いかもしれないが…まあその辺は既に多くの前例があったらしい。流石に中学生、となると例がなかったようだが。

…ともあれ、私は大学に入った。確か9月の末だったから中学生活は6ヶ月もなかった」

 

「私はそれ以来、地理学の勉強ばかりやった。それで大学に入ったのだし、周囲もそれを期待していたから、当然と言えば当然だ。そうして期待になんとか答え続け、大学側も若い人材の育成推進という点で私に何らかの思惑を掛けていたらしく、私は飛び級に次ぐ飛び級。書いた論文も好評に次ぐ好評。知名度目当てに私との共同研究を提案してくる大人もいた。…おっと、自慢するつもりはないんだ。今はただ事実のみを述べるよ。

…まあ、色々あって。私は普通の中学生が入学して卒業するまでの間に合わせて15学年くらい飛び級し、10以上の論文を書き、博士課程を卒業、晴れて博士となった。世の中は中3の2月の末だった。…とはいえ、周りの目には、私は義務教育を終える中学生どころか、大学生ですらもなく、一人の若い、未来ある研究者として映っていたんだ。多くの人は、大学でこれからも長く研究を続けて行くものだと思っていた。

私もそうしようとは思ったが、ある技術が足りなかった。──測量技術だ。大学では測量のことは一切やらなかったし、研究の時はできる人間に任せていたのだが、これからはどうしても自分で測量しなければならない日も来るだろうし、技術は持っていて損はないと思った。…ところが、大学ではもう測量の基礎を学べる科目はなかった。海洋大学だったからな。できるやつのみが集まっていた。そこで私が選んだのが…呉女子海洋学校への入学だった」

 

「呉に打診してみたら、いくつかの書類を要求されて、そのまま入学を許可された。そして…あの筑紫座礁事件を経て、舞鶴に移り、大和(このふね)に乗ることになった。艦長として、皆と共に」

 

以上だ、と言って、艦長は口と目を閉じた。

 

そのあとしばらく、教室はざわざわしてた。

私が知りたかった「あること」を知ることは出来なかったけれど、それでも艦長の話は予想や噂を大きく越えていて。

その場にいた誰もが、艦長のことを予想よりもずっと、自分達よりもずっと、上をいっている(少なくとも一部分においては)ことを思い知った。

 

 

人間は、不思議です。

私はそうはならなかったけれど、人間、特に自尊心の強いようなのは、自分がある相手に負けていることを知ると、どこかで優越できる点がないかとあら探しを始める、と、何かで読んだことがあります。

そしてこの場合も、どうやらそれが発現したみたいで。誰かが立ち上がって、こう叫びました。

 

「…だったら、艦長は地理の成績良くて当然じゃないですか。ズルですよ、そんなの」

 

艦長はそう言われたとき、何か酸っぱいものを噛んだ時のように、一瞬だけ目を細くすぼめて、悲しげな表情をさせました。

その時に私は、多分こういう指摘を受けることを艦長は予測していたんだろうな、と感じました。

 

でも、大衆心理はその程度で動かなくて。

「そもそもテスト受けてないのにここにいたんですか??」

「艦長と私たちで何が違うの?」

「それで艦長になったの?」

「高柳さんが本当は艦長になる予定だったんだね?」

「高柳さんの方が良かった」

 

云々。

一部のラディカルな皆さんに詰め寄られてもなお、艦長はなにも反論することなく、俯いて目を閉じたままでした。そこに込められた感情が何かは、分からない。

もっとも、不快感をあらわにして艦長に詰め寄っている人は精々10人弱で、その他の生徒は私含め、席に座っていました。しかし、艦長の擁護に動いている人はいないまま。私もそうだったけれど、知らされた事実を整理して、自分の考えを立て直すので精一杯だったのです。そういう人たちは、艦長がもう話をしそうにないことを見ると、無言で、何か考えたまま、教室を去ってしまいました。

そうして、その場に座ったまま残っていたのは、私と、副長の高柳さんと、書記の国東さんと、測量専科の大雪さんの四人だけでした。

私は少し前から、座って俯いていた状態から脱却して、周囲を見渡すことができていました。それに関する全ての思考をいちど後回しにすることでなんとか心に平静を戻したからです。

けれど、大雪さんは、まだ俯いたままで、むしろ何かしら思い詰めているかのように強く目を瞑っていました。心なしか、少しだけ震えてもいました。

国東さんは、ほぼ前の方に当たるので表情こそ分からなかったものの、既にペンをもって紙に何か走らせていました。まるで全てを最初から知っているようでもありました。

もしかしたら艦橋組はみんな知っていたのかもしれないな、と一瞬だけ思いましたが、それを否定させたのが、高柳さんでした。彼女もまた大雪さんのように何かしら思い詰めていたような表情をしていましたが、目を閉じていた大雪さんとは違って、艦長の方をじっと見つめていました。そこからは何か強く思うことがあることしか分かりませんでした。

 

しばらくして、前に出ていた人達が戻ろうとすると、ガタァン!と言う音と共に、大雪さんが立ち上がりました。その時は全員の視線が大雪さんに集まっていました。──艦長含めて。

 

大雪さんは静かに艦長の前に歩いていき、そうして、何を言われるのか分からないで少しだけ戸惑っている艦長に向かって、こう言いました。

「──私には、すごく仲の良かった幼馴染がいてさ。身長やら成績やら、何につけても競争してた。そして殆どが実力伯仲。でも、測量とか、数学系の成績だけは勝てなかったんだよね。

…呉も一緒に受験したんだ。でも私はちょっとだけ数学が出来なくて、直前まで教えて貰ってた。それのおかげで、入試で教えて貰ったとこが出たから、私は受かった。けれど、あの子は受からなかった。自己採点のとき、あの子はすごく気難しそうな顔してて。聞いてみたら、私と3点差で負けてたんだ、自己採点。その時は、まあここまで点数が近ければ、どっちも受かってるか受かってないかだって、一緒に笑ってたんだ。

けどボーダーは、その3点に、その1問のところに引かれた。私は慰めたけど、それは上から目線に過ぎなくて。勝った側が負けた側を褒めているに過ぎなくて。そのまま疎遠になって、もう長く話してないんだ」

大雪さんはそう語った。

ここまでの話を聞いて、先は読めた。多分みんな読めている。でも、話は続いた。

「私はずっと自分を責めてさ。どうして私だけ受かってしまったんだ、一緒に落ちた方がずっと良かったって思った。思ってた。今も思ってる。

…けど、艦長さん。さっきの話が本当なら、艦長はテストを受けてないのにここにいるんだよね?もし艦長さん…いや、艦長が、ここに来なければ、あの子は確実に受かってたんだ。…いや、言い方が違うや。あの子は受かってたんだ。けど落ちた。艦長が…お前がっ、押し退けたんだ!」

 

おそらく、事実はそうではないだろう。

矛盾や不可解な点が多すぎる。私の見たてでは、そもそも多分その幼馴染さんは嘘をついている。何故なら、今の話が事実ならば、大雪さんはギリギリで受かったのだから、成績が悪くないといけない。しかし、彼女の成績はむしろこの船ではいい方だ。それに彼女は測量副長なのに、測量は苦手だと言う。少なくとも、大雪さんについてはボーダーからかなり余裕のある位置にいたはず。恐らく幼馴染さんは相当のコケ方をして、落ちるべくして落ちたのだ。けれどそれを悟られたくない一心で、その場凌ぎの嘘をついた。3点だけ負けたと言う嘘を。

もしそうでないなら、入試、そしてそれまでは成績が低かったけれど、何らかの理由で一念発起して成績を上げる必要が────

(……ッ!!!)

いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

──いや、これは私(こっち)の話だ。大雪さんは全く関係ないの。思考を戻そう。

 

…ただ、大雪さんと幼馴染さんとの事実がどうであるにしろ、「一方は受かり、一方は落ちた」という事実は変わらない。そして、幼馴染さんの方が受かる確率が高かったのに…ということも。

それについて、艦長という丁度いい感情のぶつけ先、責任の押し付け先が出来たのだから、感情論に立てば、艦長を責めるのはある種仕方ない。そういう状況において、論理だった正論は受け入れられないから。

艦長は押し黙り、俯いていました。

教室は静かだったものの、しばらくして、大雪さん以前に艦長に詰め寄っていた人達が、こう言う。

 

「艦長…私達は、ちょっと納得できません。しばらく、指揮権を副長に委譲してください」

 

それは、クーデター宣言。

副長も国東さんも若干驚いた顔をしていましたが、クーデター発案者の彼女達は、面白い事でもあったかのように、黙りこくっている艦長をひっ摑んで、どこかに連れていこうとしました。おそらくは艦長室へ、軟禁に。

流石にこれはまずいのではないかと思って、艦長っ、と声をかけようとして立ち上がったのですが、制止されました。

艦長に。

「島村、やめてくれ。仕方のないことだ。

…それに私はまだ、君に隠し事をしている」

 

(…!!)

艦長はそれだけ言って、摑む周りの手を払うと、艦長室だろ、といって、自分から去ったのでした。彼女たちを伴って。

 

教室には無言が残った。

流石に反乱は…これはまずい、今艦長へ反乱なんて起こしたらそれこそ横須賀と同じになってしまうのだから!

私は副長に詰めよって、

「副長!どうして止めないんですか!」

と批難しました。

しかし。

「私だって、艦長に不満はあるんですよ」

と言って、去ってしまいました。

 

 

ここに、実質のクーデターが成立したのでした。

 

 

私は、どうしたらいいか分からないけれど、もう不満をぶつける相手はいない部屋(国東さんはいる)にいても仕方ないと思って、その場を去ろうとしました。

その時でした。

「…島村…さん」

「へ?」

振り返ると、思い詰めたような表情で、国東さんが立っていたのです。

国東さんの声は、もしかしたらはじめて聞いたかもしれません。透き通った綺麗なソプラノでした。

 

「国東さん…?」

「…(コクッ)」

「何でしょうか?」

「…話が…あるの…」

 

きっと艦長の事だろう。

「長いですか?落ち着ける所がいいですか?」

「…(コクッ)」

「じゃあ…あそこかな。

私の仕事場…マストに行きましょう。二人ぶん暗いのスペースはあります。寒いですから、毛布とか持っていった方がいいと思います」

マスト。

この船では正式な個人スペースは艦長室だけだが、一人でいられるスペースとしては、マストもまた引けをとらない。普段は第一マストに私、第三マストに月視ちゃんが入っているが、そこにはよほどの事がないと担当以外の人は来ない。私の手伝いとしてサブとして見張りをしてくれる人もいるので私物が持ち込めるわけではないが、見張りは一つのマストに一人なので、一人でいられるスペースではあるのだ。そこなら、二人でゆっくり話せる。港にいるから、担当もいないし。

「…大丈夫。私、道産子」

そうだったのか。知らなかった。

「…それと…」

「?」

「…敬語じゃ…なくても…いい」

そうなのか。

国東さんといえば、無口なこともあって、余り人と関わろうとしていないから、敬語が出てしまう。何となく威厳があるのだ。

でも、敬語が要らないというのなら。

私に何か相談をしようとしてきている。相談相手が満足できる環境を作るのは当然でしょう。

 

「そっか、じゃあ行こう、マストへ(^-^)d」

 

国東さんは頷いた。

…私も、艦長の言葉は気になる。秘密にしていること。多分、あの人のことだ。

(…ま、検討はついてるしね)

そう心で呟いて、二人でマストへ向かった。




次回、「暗躍―Side;島村悠希菜」をお送りいたします。

来週もまた見てくださいね。
ジャン、ケン、ポン。デュフフフフフフ。


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八話 暗躍―Side;島村悠希菜

前回はすみませんでした。


──大和 艦長室前 2016/4/16/0700

艦長室の前に誰かいるかと思えば、誰もいない。

もっとドラマ的な展開を少しだけ期待していたのだけど、現実はとんとん拍子に事を進めてくれたのだ。感謝しよう。

──そういえば艦長室って入ったことないな──そんなことを考えつつ、私は艦長室の戸を叩いた。

「誰だ」

「島村です。お話が」

そのあとの返事はすぐには現れなかったけど、どう考えているかはすぐに分かった。ドアが開いたのである。

「お邪魔します」

「良く来たな、島村」

「鍵も無いしやろうと思えばすぐに脱出出来るんですね、この部屋」

「そうだ。まあ、そんなことをやっても連中の感情を煽るだけだからな…ああ、そこにかけてくれ」

そう言って艦長は私に机の椅子に座るよう促し、自らはベッドに腰を掛けた。普段から艦長はこのベッドをソファー代わりとして愛用しているのだという。

 

「…それで、話とはなんだい?」

「急ですね」

「読んでいる本が良いところでね。早く続きを読みたいんだ…そこの。」

確かに机の上には栞を挟んだ本が置かれていました。緑色のヒモが、こちらに向かって伸びている。

カバーがかけられてタイトルは分からないが、けして薄くはない文庫本サイズの本で。椅子に座り机に向かって読んでいたのだろう、天地の方向がこちらに向けてほぼまっすぐに置いてある。

…だけど、これは多分…

「…嘘ですね」

「…ほう、理由は?」

「別に確証はありません。ただ、私がノックしたとき、もし艦長が本をベッドで読んでいたならば、艦長はきっと本をベッドに置いていた筈です。それが自然です。でも机の上に最初から置いてあったので、艦長は机の上で読んでいた…と思ったんです」

「確かにそうだ。私は椅子に座って読んでいたよ」

「そう言うと思いました。でも少し変ですよね」

「何がだい?」

「その本、栞のヒモがこちら側に出ていますよね」

「つまり?」

「スピン…つまり本に付属の栞紐であれば、通常ヒモの出た方向が本の、天地の地の方向になりますよね」

「そうだな」

「もしその本から出ているヒモがスピンであれば、ヒモがこちら側に出ているのは何も問題はありません。しかし、あれは栞です。スピンにしては、挟まれた部分が厚すぎますからね。であれば、あの栞、つまりヒモのついた栞は、ヒモのついた側をこちらに向けている、ということになります」

「…」

「お分かりですよね?通常、ヒモのついた栞は、ヒモのついた方向が上に当たります。ですから、そのヒモがこちら側に向けて出ている以上、あの本は天地の天の方向をこちらに向けている事になります。ほぼ直角に。つまり、艦長は椅子に座り机に向かって小説を読んでいたのに、私が訪れて席を発った時にわざわざ逆さまの方向に本を置いたことになります。自然に流れる動作のうちにねじ込むのは、ちょっと不自然です」

「だが…」

「ええ。勿論、艦長がしおりを下側に向けて挟む性格であったり、ありえませんが上下逆さまに本を読む性格であったりするなら、話は別です。…だから最初に『確証はない』と保険をかけておいたのですが、そうなのですか?」

「…いや。見事な推理だ。さっきまで寝てたよ」

「そうですか。推理が当たっていたのなら、嬉しいです」

「…とはいえ、話を早く聞きたいのは事実だな。

…『隠していること』の話じゃないか?」

おっと、忘れてた。推理は楽しいからついなんでも推理してみてしまう。

「おっと、すみません。でも正解です。その事です」

「…とりあえず、君の推理を聞こうか、島村悠希菜」

と、艦長はそう言い、こちらを睨み付け、続けて、

「籠原双葉の中学時代の同級生として、君は私に何を思う?」

 

 

籠原双葉。

野付艦長にして、私の中学時代の同級生。

最も仲の良かった友人の一人。

 

「…そうですね、私はある結論にたどり着きましたよ」

と、私はそう言い、艦長を睨み返し、続けて、

「貴女は元々野付の艦長に内定していた、そうですよね?」

 

沈黙。

それは、私の推理が当たり、あるいは少なくとも的外れではないことを証明していて。

 

艦長は目をつぶり、返しました。

「…聞こう」

その言葉を確認して、私は語りだしました。

「筑紫が事故沈没して、野付と筑紫の艦長内定者が呉に集められました。そこで双葉と艦長が初対面。七島珠洲ら旧筑紫メンバーが、舞鶴の大和に乗ることになった…というのが、語られてきた共通認識です。」

「そうだな」

「…でも、おかしいんですよ。私の知っている、中学時代の籠原双葉は、野付の艦長に内定する――つまり、測量科入試で主席合格するほど成績がよくありませんでした。入試後の自己採点は、私よりちょっと高い程度だったんですよ。…それこそ、二番手艦のトップあたりじゃないかって位の。」

「…ひどい言い草だな」

「双葉ですからいいんです。ずっと不思議だったことでしたし。

…そして艦長。いくら技能が足りないからと言って、わざわざ入学を打診してきた海洋研究界期待のホープを、二番手艦の艦長ごときに据えたりしますか?当然一番艦、つまり野付に付けられるはずです。…おそらくは、艦長に。…つまり、野付と筑紫の艦長内定者が呉で対面したのは、それは事実でしょう。ただし、野付艦長内定者・七島珠洲と、筑紫艦長内定者・籠原双葉が、ですが」

「…続けてくれ」

「そして、そこで何かしらの事情があって艦長と双葉がそのポストを入れ替わらざるを得ない状況になったのだと思います。…いや、おそらく艦長がそう希望したんですよね?」

「…」

「…双葉は、それに押し負けて野付の艦長になったんですよね。けれど野付の艦長とは、すなわち測量科トップ。それだけ彼女は勉強をしなければならなくなった。二番手クラスの艦長から、一番手クラスの艦長レベルまで。中堅から最上位へ。人知れず、孤独な戦いに挑まざるを得なくなった。簡単なことではなかったでしょうね。でも双葉は並々ならぬ努力の末にそれを達成した。…まあ、元々本気になれば何でも出来る人でしたけど」

「…」

艦長は黙ったままでした。それは、自分の推理が大それたものでないということを証明していて、私はここで漸く自分の推理が完全に正しいことを確信して、自信を持ってこの後を語ることが出来た。

 

「…艦長、私に隠したかったこととは、その事ですね。

野付艦長は元々、貴女だったこと…そして、入れ替わったことで私の親友に、『優等生であるプライド』を突然にも与えたこと、今も…それに囚わせ続けていること。

私の親友に苦痛を与え続けていること。」

「…」

「その事ですよね?でしたら…」

「…」

「私は、全く…」

そこまで言ったとき、艦長が割り込みました。

眼を閉じて、俯いている。

 

「違うな」

 

「…へ?」

「だから、違うよ」

「…え、ああ、いや、双葉が苦しんでいても私は別に…」

「そこじゃない」

そこまで言うと、艦長は眼を開いて、こちらを見た。

 

「推理だよ。その推理は、ハズレだな」

「…なんですって?」

「…まあ、大筋で合っている。99.98%まで合っているんだが…お前はどうして自分のことを考えないんだ。一時期の私にそっくりだ」

「ど、どういうことですか?」

「簡単だ、馬鹿め」

「ええ…ちょっと傷つきますよ」

「いいや。自分を過小評価する奴には荒療治が必要なんだよ」

「べ、別に過小評価してるわけでは…」

「あるんだよ!ああ、腹が立つなあ、頼むから鏡を見せないでくれ」

「…」

「いいか!?私も別に、籠原が傷つこうが苦しもうがどうでもいい。ただ、私は…」

「艦長は…?」

 

「お前を…島村悠希菜を、その親友と離ればなれにさせてしまったこと。ただそれのみが、私の負い目だ」

 

「…」

「…」

「艦長」

「なんだ」

「ずるいですよ」

「怜悧狡猾と言ってくれ」

「謹んで、お断り申し上げます」

そこまで話をして、そうしていたら、なんだかおかしくなって、ふふっとお互いに笑った。

 

艦長はなんだか上機嫌で、その後もいくつかのことを話してくれた。

 

「…にしてもお前の推理はなかなかにイイトコついてるな。大筋では全くその通りで、私が呉に声を掛けた途端に一番良い船の艦長職を用意してくれたんだ。まだ一般入試の採点途中だったみたいで、役職が決まっていなかったのもその理由のひとつだったらしいがね。…まあ私は始めは野付に乗るつもりだったんだが、そうしたら筑紫の沈没事故で説明の為に呉に呼び出された。それが野付艦長内定者の私と、筑紫艦長内定者の籠原だった。当事者たる籠原だけでなく私まで呼ばれたのは、どうやら生徒に説明するのは生徒が一番よい…らしい。詳しいことは全く教えてもらえなかったがね。…まあとにかく、筑紫が沈没したから筑紫乗員内定者には舞鶴の大和に乗って貰う、という説明…いや、事後報告だったわけだ、その招集は。

ここで私の気が変わってね。帆船というものには前々から興味があったんだ。そして籠原が仕方なくそれを受け入れようとするのを見て、こいつは私よりも余程マシな人間だ、と思ったんだよ」

「双葉をですかぁ?マシじゃないですよ双葉は」

「それは後で分かったことだからな。

呉に呼び出されたときに、説明してくれた奴が来るまで少し籠原と話す時間があってね。あいつは私のことを知っていたようでな。名乗った途端に口をあんぐりさせていたよ。どうやら中学生論文大賞…私が大賞をとって北洋大に招聘されるきっかけになったあの大会に、籠原も論文を出していたらしいな。そして地理は少し得意だったようでね──まあ君は同級生だから知っているだろうが──私の話に食い付いてくれた。…同年代である程度とはいえ話の通じる奴を私はそれまで知らなかった。周りには大人しかいない。そして周りの連中は、私に『まだ子供であるという''年齢設定''』のみを求めた。中学生らしい青春やら何やらは私には求められてはいなかった。だから、多少なれども話の通じる同い年がいることほど嬉しいことはなかったんだ、私はね。…そしてそのとき、私は情けなくなったんだ。二番手艦に乗るようなものですら且つこうなのだから、況んや他の者をや、地理について既に多くを知っている者はたくさんいる。そして、測量技術…それだけじゃない、中学生で習う地理以外の全ては、皆が皆私よりもずっと多くのことを知っている。にも関わらず、私は単に地理で他人より多くのことを知っているだけだ。それなのに、私はそれだけの理由で受験戦争を尻目に一番美味しいポジションにつこうとしていた。それが情けなかったんだ。

それに比べれば、そのとき私の隣に居た籠原双葉という人間は、受験戦争を勝ち抜き、来るべくして来て、そして舞鶴行きの指示を否応なく受けとる。その時、何となく見過ごしてはいけないと思ったんだ。私は野付の艦長には籠原双葉こそ相応しいと言って、そして私は精々沈没した筑紫の艦長職がお似合いだと言ったんだ。そのあと色々あって、結果私と籠原で役職を入れ替わることにしたんだ。」

「そうだったんですか…」

「そうだ。だいたい推理通りだったろう?…あの時は籠原にけっこう酷いことを言われたな。天才の椅子に座れ、とかなんとか。文句なら土俵に立ってから言えよとも思ったが、それは傲慢が過ぎるし、土俵に立っていないのは私の方だったから、言い返せはしなかった。そして籠原はもう地理以外の全教科で学年トップと来た。あちらが横綱なら、私は序ノ口がいいところだ。地理だけは譲らないが、私は籠原を尊敬しているよ」

「…まあ、それは私もです。双葉は元々始めると止まらない性格でしたから、そのベクトルが勉強に向かえば私では勝てないだろうなとは感じていました。…まさか本当にそうなるとは思いませんでしたけど。

…そういえば、詩歌ちゃ…もとい、国東さんなんですけど」

「ああ、詩歌がどうした?」

「国東さんが、おそらく艦内で一番艦長のことを気にかけています。今も艦長を復職させんと暗躍しています」

「詩歌がか。…そういえば、詩歌も元々野付の書記になる予定だったんだ」

「えっ!?そうなんですか?」

「そうだ。詳しいことは知らないが、筑紫に…つまり大和に乗ることになった書記が、舞鶴に行くのが嫌だと言って、野付に乗せるよう要求したそうだ。結果として野付の書記だった国東詩歌が応じて入れ替わることになった、って訳だ」

「国東さんは、それで良かったんですかね?」

「さあ。だが、詩歌と私は入学前から面識があってね。それで詩歌も私と一緒の方が良かったのかもしれん」

「…?同じ中学だったんですか?」

「いや。上司の娘だよ。大学の私の上司のひとりである…といっても専門分野は違うが、国東博栄教授の一人娘さ。教授の紹介で知り合ったんだが、これがもう博識でビックリしたよ。父親から色々叩き込まれたんだろうね。…さっき籠原を『同級生でこんなに話の通じる人がいるとは』って言ったが、詩歌はそれ以上だった。だから彼女はノーカウントだよ。なんせ大学教授の娘だからね。」

「艦長は、大学で何の研究をしていたんですか?」

「海洋地理さ。…というかその話しなかったっけ。…まあ、海岸線やら海流やらを扱う学問さ。特に日本近海は、地盤沈下による海岸線のこれからの変化なんかは注目されている事柄だからね。まだまだ研究の余地がかなりある学問だよ。私の直属の上司の鎌ヶ谷教授はまさに海岸線の変化に関する研究を専門にしている。…だから私が将来的にやりたいこととは微妙に違う」

「艦長は…?」

「私は海底地理学。要するに海底がどう変化するか。海岸線の変化も扱うが、メインはそっちだな。例えば…そうだな、『おおよそ標高30m程度で、高いところでも50m程度の原っぱがある。南北は海に面し、東西は標高100m以上の大地に囲まれた凹んだ原っぱである。子の付近が約100m地盤沈下して沈んだ時、この原っぱは当然新たな海底となるが、この原っぱはいったいどんな地形変化を辿るか?』みたいな」

「…平坦になるのでは?」

「結論を言えばそうだ。この例えば実例に乗っ取っているんだが、確かに平坦になった。では、どの程度だと思う?」

「その50mあったところが30mの周りと同じに…あ」

「気づいたかい?そう、それが30mになったとして、周りの『もとから海底だった部分』とは、依然として30m高い位置にある計算だ。では30m、さらに削れていくのか?削る海流はどこから生まれる?勿論新しい沿岸との兼ね合いもあるから全て削れていく訳ではないだろうが、では最終的にどんな地形で安定するのか?海底の土の質はどう変わるのか?」

「それは…」

「それを研究するのが私の将来のビジョンさ。特に今言ったような実例──旧択捉島の留茶留原平原だが──は、もし水深がこれからもある程度深くなり続けて、大型船舶の通行も可能になるとしたら、そこは恐らく交通の要所になるであろう場所でね。私はここを研究しつくすことが夢のひとつなんだ」

「ここで足踏みしてたら、誰かにとられませんか?」

「さあね。それは残念だが悔やむことじゃない。結論は早く出るに越したことはない。それに…」

「それに?」

「その水域の片方の沿岸部は全部丸々七島家の土地だから。隈無く調査するには七島家当主の父の許可が必要だ。誰にも譲りはしないよ」

「コワっ!というか七島家土地持ってるんですか!?」

「まあな。20000haくらい」

「広っ!」

「大したことないさ。維持費も高くないし」

「いや、そんなレベルじゃないですよ!バーベキューパーティーとか盛大に開けるじゃないですか!」

「はは、そうだな。…待てよ、そうだ、そこを使えば…」

「…?何ですか?」

「いや、何でもない。お楽しみだ。」

「このあとなにするおつもりですか…。…そういえば、艦長のお父様が七島家の御当主なんですよね?次期当主は…」

「私だよ。兄弟がいないからな。半ば結婚をさせられることが確定しているから当主になるのはあまり望むところでは無いんだが…どうした?震えてるぞ?」

「…いや、艦長とはこれからも仲良くしようと心に誓いました」

「…何のことだ?」

「…こっちの話です」

 

「…そうだ、詩歌は今何をしているんだ?」

「暗躍ですよ」

「いや具体的に」

「ああ…その事ですか」

「え、聞いてはいけない奴なのか!?」

「いえ別に」

「ええ…」

「でも詳細は次回お届け!次回「暗躍─Side;国東詩歌」お楽しみに!」

「急にメタくなったなぁ!」




ということで次回は「暗躍―Side;国東詩歌」らしいです。
今度こそ来週乗せられるように頑張ります。


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九話 暗躍―Side;国東詩歌

まおたせしました。


──大和 会議室  2016/4/16/0700

 

 

こんちゃーっス!

覚えてるっスか?神宮寺っス!

今日は臨時の会議があるらしいんスが、艦長さんが軟禁中のいま、この会議はどうなるんスかね?

我々イツメンこと重役(笑)会議の面々もまた、対応に困っていて。我々は『周りが帰り始めたので帰るか』みたいなノリでみんな途中退出してしまったもんで、その後の軟禁?の流れも知らないんスよね。気付いたらトップが変わってた、みたいな。軽いノリと思われるかも知れないっスけど、『まあなんとかなるだろ』みたいな雰囲気なんスよ。だって、まだ一晩しか開けていないんスから。そして、その『なんとかなるだろ』精神を育んだのは、他ならぬ艦長さんっスし。

でもイツメンは全員が全員、『いやこれまずいだろ』っていう認識を抱えてはいるんス。でもどう動いたら良いかは分からずって感じっスかね。特に高遠測量長なんかは、直属の部下が当事者っスから、日頃から寝るのが日課の測量長も胃痛で寝られてないようで。それに艦長さんに対する考え方も、反乱に至るほど過激では無いけれどたしかに立場の違いがあるんス。例えばミス朝田や那須野操帆長なんかは成績優秀なので艦長さんに現状総得点で勝ててるからか別にどうでもいい見たいっスが、柿崎機関長は艦長の地理が普通レベルだったら勝ててるので「私も機関で大学いってれば良かった~」と皮肉混じりに言ってたっス。ここから先は点数低い人のヒガミなので触れないっスが、この神宮寺はどうかというと、…まあ成績のことは別にいいじゃないっスか。ね?不肖神宮寺抄、普段から料理しかしていないっス。料理に三角関数や漢文の智識が要るとでも?…まあ、正直なところどうでもいいっス。艦長がどうだろうと私の人生の体勢に悪い変化が起こるたぁ思えないっスからね。

まあでも、事実として、やっぱり艦長さんでないと弊害は起きるっス。そもそも高柳さんの指示には、もうすでに「コイツ駄目だ」感が漂っているんスよね。自分で指示しないで、全部個人個人に任せきりなんスよ。悪くはないんスが、やっぱり指示があった方が良いっス。…いや違うっスね、艦長も割と放任だったっスから…。でもその代わり艦長さんはよく話をしてくれるんスよね。艦橋に居ても操帆科や機関科に積極的に声かけてるみたいっス。非番の時は調理室にも顔をだしてくれるっスよ。つまみ食いして帰ってくっスけど…まあ要するに、副長は艦長にある何かを持ってないんスよね…

 

まあそんなわけで、会議はいつも通りごちゃごちゃしてるっス。まだ開会もしてないのに。

そのときっス。

「…みな…さん」

誰かがそういって、

「「「「「え??」」」」」

普段この程度じゃあ静まらない我々が、一気に静かになったっス。

そりゃあ、全員が発言者を二度見するっスよね。

「…ひっ(ビクッ)」

滅多に喋らないお方だったんスから。

「国東さん…」

国東詩歌書記。

静かで物を話さないことで知られている、無口なお方っス。仕事はするんスが、声を聞かない。実は地理に関して艦長についで出来る御仁で、艦長が事情持ちだと分かって以降最も怒って良いハズの船員のひとりなんスが、自分から何かすることはなかったっス。

けど今、アクションを起こしたっス!

キョトンとする会議室中の目線を一身に受けて、なおも国東書記はこう言ったっス!!

 

「…みなさんに、お…お話が」

 

 

 

──15分後

 

高柳「はい、では臨時重役会議を始めます、司会は私、副長高柳が…」

 

神宮寺「フウウウゥゥゥゥゥゥ!!!!!」

高柳「!?」

朝田「神宮寺黙れいい加減にしろ」

神宮寺「おおっとミス朝田!こればっかりは口を出されたく無いっスね!保健室に帰っておねんねしてろっス!」

朝田「黙れ…今薬を持ってくる」

神宮寺「何の薬っスか?神宮寺に使うのはもったいないんじゃなかったんスか?」

朝田「劇薬だ」

那須野「それはダメじゃないですか…」

萩原「会議中なのですよ!静かに──」

神宮寺&朝田「黙(るっス・ってくれ)!」

萩原「またなのですかぁ!?」

 

高柳「!?!??」

常陸「どうしたの副長」

高柳「いやどうしたもこうしたもなにこのカオス!」

常陸「副長、これくらいいつもの事だしこの程度で狼狽えてたらマジこの先もたないよ」

高柳「ええ…」

柿崎「ごめんね、副長さん…」

高柳「いやそう思うなら止めようよ!」

柿崎「あれは無理かな、あはは…」

高柳「ええ…」

 

高遠「黙れっ、てめーら!」

 

高柳「おおっ、高遠測量長流石で──」

高柳国東高遠以外「高遠が起きてる!!??」

高柳「は?」

朝田「なん…だと…」

柿崎「珍しいね…」

萩原「いつもと違うのです…」

那須野「普段は寝ていますし…」

神宮寺「明日は大雪っスー!」

柿崎「ここ千島だから大雪は普通に降るよ…」

 

高柳「いやちょっと失礼すぎやしませんかねぇ!」

高遠「実にそう。失礼」

高柳「そうですよね!ほら言ってやって下さい、いつも寝てる訳ではないと──」

 

高遠「うるさいと眠れないんだよ!」

 

高柳「そこかよ!」

高柳国東高遠以外「サーセンw」

高柳「軽いわ!」

神宮寺「すマートン!ごメンチ!」

朝田「お、jか?ゴニョゴニョー」

高柳「は?」

神宮寺「副長このネタ知ってるんスか!?」

高柳「は?」

神宮寺「は?」

高柳「…」

神宮寺「…」

高柳「…」

神宮寺「…すまんな」

朝田・柿崎「ええんやで」

神宮寺「はいカブッた、アウトっス!」

朝田「くっ…」

柿崎「焦りすぎたね…」

 

高柳「…」

常陸「副長?どーしたし?」

高柳「…いや…会議やりましょうよ…」

常陸「いやそれ言わないと始まらないし」

高柳「いやそうなんだけど、そうなんだけど…」

常陸「みんな根は真面目だしちゃんと話せば会議始まるって。コレはマジでいつもどーりだから」

高柳「本当に?」

萩原「本当なのですよ。真面目な会議を真面目にやるぶん、始まる前と後ははっちゃけてよい、という艦長のお達しなのです」

高柳「そうなんだ…」

萩原「まあ例外はあるのですが」

高柳「あるんだ!?」

萩原「そこまでの例外ではないのです。単に、真面目じゃない議題…つまるところどうでもいい議題だったらみんな無視してはっちゃけるのです」

高柳「へえ…今回の議題は真面目だから大丈夫かな」

萩原「それを決めるのは議題の提出者ではないのです。ぶっちゃけ神宮寺なのです」

高柳「ええ…」

萩原「まあものは始めないと分かりません。声かけてください」

高柳「いや萩原さんがやってよ…」

萩原「私にはもう無理なのですね」

高柳「ええ…じゃあ…」

 

高柳「みなさん、会議始めますので!一旦静かに!」

全員「………………………………」

高柳「うわ本当だった!」

全員「………………………………」

高柳「では会議を始めますね」

全員「………………………………」

高柳「…よろしいですか?」

全員「………………………………」

高柳「…そんなに固くならないでいいですよ?」

全員「イェェェェェェェェェェイ!!!」

高柳「そうじゃないよ!黙れよ!」

全員「………………………………」

高柳「黙ってんじゃねぇよ!」

全員「………………………………」

高柳「あれ……?」

全員「………………………………」

高柳「どう転んでもアウェーだったぁぁ!!」

一部メンバー「始めるんだよあくしろよ」

高柳「誰のせいですか、誰のっ!」

 

(気を取り直して)

高柳「ええー、では会議を始めますね。今回の議題は、真面目です。艦長を軟禁して事実上の反乱を行っている現状、我々には団結が必要です。そこで、各部門の長たるみなさんに、是非ご協力頂きたいのです」

 

全員「………………………………」

高柳「…続けますね。そこで、具体的には──」

全員「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウ!!!!!」

高柳「!?」

全員「イェェェェェェェェェェイ!!!」

高柳「あの…」

 

 

(騒ぎは収まらない。高柳が困っているところに、萩原が声をかける。)

萩原「副長…」

高柳「な、なんでしょう…」

萩原「申し上げづらいのですが…これでは多分議論続行は無理だと思うのです。副長が悪い訳ではないので、後日臨時会議を開いてはどうでしょう?」

高柳「…変わりますか?それで」

萩原「誓って、変わるのです。」

高柳「でも…これはつまり『この議題はどうでもいい』と思っている訳でしょう?」

萩原「そうではない、と思うのです。少なくとも私はそうではないのです。このメンバーの中にも艦長に複雑な感情を抱いている人はたくさんいるのです。ただ、定例会はこうなるのが常みたいなもので。臨時会ならば、確実にまともな会議になるのです。」

高柳「本当ですか…?」

萩原「はい。重役会議メンバーの一人として、今ここで重要な会議を出来ないこと、そして暴れる皆を止められず静観するしかないこと。申し訳ないのです。」

高柳「あっ、いやいや、萩原さんは悪くないですよ!?」

萩原「いや…申し訳ないばかり…」

高柳「…私にとっても、起こしたくて起こした反乱じゃないんです。祭り上げられて。でも艦長の仕事ってこんなに大変なんですね。」

萩原「副長…」

高柳「…なんでもないです。臨時会では良い議論になることを望みます。…私は一旦部屋に戻ります。」

(高柳、部屋を出る。部屋のざわめきは次第に小さくなる。)

 

萩原「副長…本当に申し訳ないのです。本当に…」

 

 

──会議解散後、艦橋

 

朝の、まだ顔を出したばかりの日の光が波打つ海を照らし、波の照り返しが少し眩しい。

会議のあとで、私は、少し罪悪感を感じ、ただ、艦橋から見える限りの海を、網膜に投影するのみだった。

「…書記ちゃん。ここにいたんだ」

「…(クルッ)」

声がして、振り向いた。声は何度も聞いたことのある声で、すぐに主は分かった。元気に溢れていて、少し苦手なタイプ。けれど、物怖じせず何でも言えるその『普通』が、少し羨ましい。

「書記ちゃん、隣いい?」

「…(スッ)」

何となく、横に動くと、空いたところに彼女は来た。

航海長、常陸樋芽子。

操舵を一手に引き受ける、この船の要。

少しの間、無言が続いて、私も言い出せなくて、困っていたけれど、航海長はそれを察してくれた。嬉しい。

「書記ちゃんさ、さっきの会議…マジであれでよかったん?」

「…」

「アタシ驚いた。まさか書記ちゃんが『会議をわざと妨害してほしい』なんて頼むなんてさ」

「…副長には…申し訳ないことを…した」

「アタシもそう思う。止めなかったのは、あれがマジで面白かったからってことだけだし。でも罪悪感っつーの?なんか悪いことしたなーみたいな。それ感じちゃってさ」

「…でも…艦長を復権させるため…」

「ま、それも分かるケド。けどさ…」

「…ん?」

「副長をさ。このまま追い詰めるばっかで良いのかな」

「…それは…」

「追い詰めるべき人なんていないと思うの、アタシ。居たとしても、副長じゃないワケ。このままだと、副長、病むよ」

「…でも、これしか…ない。艦長の復権は…どうしても、指揮する人は…艦長が一番だと言うことを…、みんなが理解するしか…ない」

「その理屈は分かる。でももっとスマートな方法があんじゃね?ってコト。艦長が一番だって皆が思うってことは、副長は無能だって証明させるようなモンでしょ?マジで続けるの?」

 

しばらく私は黙った。

 

「…航海長」

「なに?」

「…それでも、今の状態は…よくない。私は…もとに戻りたい。それだけ。でも…そのためなら、私は出来ることをやる」

「…」

「…確かに、副長は何も…悪くない。担ぎ出された、それだけ。でも…反乱を抑え込むには…反乱が無益だ…と思わせるのが一番…だと思う」

「そ。書記ちゃんがそう思うならいいよ」

「…」

「アタシも乗るわ。トランプの革命返し、ってやつ?あれマジ爽快感パナイし。あれをリアルでやるんでしょ?いーじゃん」

「航海長…」

「…ま、それだけ。アタシも仲間だから。ヨロシクね」

 

航海長は、そういって戻って行った。

もっと言いたいことが有ったんだと思う。

けど、言わなかった。

きっとそれは、私に配慮してのこと。

私は人と話すのが苦手。

航海長はどんな人とでも仲良くなれる、真逆の関係。

航海長にとってはもしかしたら、私みたいなのは一番気を遣わなければいけない人種かもしれない。

だからこそ、気を遣ってくれたことが、少し嬉しかった。

 

実際、ちょっと申し訳ない。

いつまで副長を追い詰めればいいのか。

いつまで副長を追い詰めなければいけないのか。

 

でも、その時は、以外と早く訪れた。

 

 

 

──松輪島東沖 2016/4/16/1945 

 

夕暮れ。

艦橋には、私と、航海長と、副長がいる。

艦長は、いない。

私達は、今いる所から更に南西の、紗那の船との合流地点に向かっている。

これから、夜になる。安全な航海を心がけたい。

 

そのときだった。

 

「緊急!緊急!こちら第一マスト島村。西の方角、丁度松輪島の方向に船舶二隻確認!」

 

島村さんが、連絡を入れてきた。

副長が、少し慌てて、「詳細、分かりますか?と聞いた。」

 

「見えません。いかんせん暗くて…。今井ちゃん、見える?」

「第三マスト今井。同じく見えない。…って言うか、まっすぐこちらに向かってきてる」

「第一マスト島村。双眼鏡で確認したところ、どうやら識別信号が…ついていないようです」

「第三マスト今井。同じく確認。識別信号の表示なしっぽい模様。少なくとも合流する船ではなさそう。船影が改インディペンデンス級ではない」

 

「どういうこと…」

副長は狼狽えていた。

それもそうだ。どこの誰かも分からない船二隻が、こちらにまっすぐ向かっているのだ。

「…と、とりあえず連絡取れませんか!?」

 

「第一マスト島村。やってみます」

「…ちょっと待って島村!あいつら、砲をこっちに向けてる!」

「ウソ!?…ホントだ!…あれ、ちょっと待って…これまずくない?」

 

島村さんと今井さんの声が強張る。

艦橋も緊張感に包まれる。

そして、その時は来てしまった。

 

 

「…不明船、発砲!こちらに向けて撃ってきた!」

 




次話、タイトル未定。


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十話 砲火は飛べど、飛び交わぬ

以下、砲雷長・神若冠の日記より。

 

4月16日

今日は色々ありました。

まず重役会議に欠席したこと。これは、艦長の代理として副長が重役会議に参加するため、私が代理の代理として艦橋に立っていたからです。なお、私が務めたのは艦長の代行である副長の代行であり、航海長の代理は普段通り今井月視・第三マスト見張が務めました。それで重役会議のメンバーを穴埋めに使うのもどうかとは思いましたが、別にいつもの重役会議ならば参加しなければならない必要性は薄いだろうという判断に基づいてのものでした。

 

しかし、本日において特筆すべきはそこではないでしょう。

夜に入って間もない時間帯。松輪島東の沖、154゚18"00'E,48゚25"00'N付近だったと記憶しています。

船籍不明の船隊二隻が、西の方角から、つまり南西に向かっている船からすると二時の方角より接近。詳細を確認していたところ、該船が突如発砲。これにより、該船が武装していることが判明し、艦内が混乱に巻き込まれました。

後で聞いたところによると、特に混乱が起こったのは甲板で操帆をしていた操帆科の人たちだったそうです。砲撃の第一波そのものは船のかなり手前に着水したのですが、それよりも急襲を受けたという事態に衝撃を受けた船員は少なくなかったと思います。

私は、砲雷長、つまりこの船において砲撃を司る者として、自らの安全のために邀撃行動に出ることを辞さない考えでした。私と同じく射撃指揮所にいるはるちゃん──駒ヶ岳はるこもそう考えていました。

しかし、これはあくまで私達の判断でした。それに対して、艦橋側は、1発だけでは誤射かもしれない、と言わんばかりで、将来的に反撃が必要になるかもしれないが、それは今ではない。売り言葉に買い言葉ですぐ反撃に転じる前に、相手との交信を望む、と主張し、私達はそれに従い、射撃準備は行いませんでした。

また、艦橋側──具体的には副長──は、凡百の手段を講じて相手側と交信を図ったそうでした。国際信号旗や、発行信号、手旗信号などを用い、自らの船の子細を伝え、相手に応答を求めたそうです。しかし、その苦労も空しく、相手はこちらの通信の一切に応じず、無言を貫くのみでした。

ここで大和は進路を転換し、距離を詰める不明船に対して距離を取ろうとしました。

 

しかし、ここで第二波が襲撃します。

突如一隻が発砲。これを以て、不明船は味方ではないことが明らかになりました。第一波からは約七分の後でした。この第二波は船の後方に着水し、第一波とあわせると夾叉された形になりました。

第三波が来る前に、艦橋の様子は緊張感を増したというよりも、若干にピリついたようでした。副長が回避を宣言すると、航海長がどこに逃げればよいか尋ねます。それに対して副長が夾叉範囲外から逃れる為に速度を上げ距離を開けろと命令したのでした。航海長はこう返したのでありました。

 

「ちょっと、逃げたら相手にケツ見せることになんだよ!?被害が増えると思うんですケド。多少反撃した方がアタシはいいと思うわ」

 

これに対して副長は夾叉範囲外に出れば一切の問題は霧消するとやはり離脱を主張します。どちらの意見も一長一短であるため私は、取りあえず「もし撃つならば用意しておきますね」としか言えなかったけれど、それも副長は必要ないといいます。そんなこんなで議論が平行線のまま、第三波がやって来ました。

第三波発砲。この報には艦橋は対応できず、一切の指示も出せませんでした。

そしてこの一撃はとうとう大和に命中。第二マスト上端部に直撃し、第二マストのてっぺんが吹き飛びました。また、帆に一部損傷が発生し、速度微減も確認されました。

これには第一・第三マストの両名が抗議。第二マストに仮に人がいれば、死んでいたことはほぼ間違いなく、また自分達も今その危険な状況下にあることを考えれば、抗議は当然です。これに対して、副長は迅速な離脱を行わなかった航海長の責任だとしてこれを非難。一方航海長は、仮に回避に出ていたら、第三マストに直撃していた可能性もありうるとして反論。

第四波。これはとうとう船体に命中。遠距離のため一次被害こそ無かったものの、これによって愈々艦内は混乱に包まれました。私は、反撃も可能であると何度も伝えましたが、副長は反撃によって相手側に被害が出ることを避けたいとしてやはり反撃を認めませんでした。続く第五波も船体に直撃し、調理室で皿が割れる被害に遭ったそうでした。

この五度にわたる攻撃に、艦内は沈没への恐怖で指揮系統を完全に喪失しました。艦橋は射撃指揮所、マストを除く全ての場所への伝声管の蓋を閉じ、艦橋を閉じた空間としました。これは仕方ない判断としてある程度は擁護すべきと思うのですが、逆効果だったとも思います。

艦橋では、初めは副長と航海長との間に侃諤とした議論が行われていましたが、このときには既にマストも混じっての喧喧囂囂としたカオスになっていました。

安全を求めるマスト。

安全な離脱を主張する副長。

離脱は安全でないと反論する航海長。

この議論とも言えない喧嘩の渦中で、射撃指揮所の私とはるちゃん、そして影の薄い国東さんだけが平静を保っていました。

いつ第六波が来るかもわからないのに。こいつら何をしているんだろう、このままだと死ぬのが分からないのかとも思いつつあるなかで、はるちゃんも今にも泣きそうでした。

そんなときに、とうとう国東さんが口を開いたのです。

 

「…副長。…七島珠洲の艦橋入りを…要望します」

 




短くてすいません。


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十一話 鉄拳乱舞

一日だけ曜日感覚がずれてました。


七島珠洲の艦橋入り。

つまり解放。

七島珠洲の解放を提案します。

それはつまり、私よりも艦長の方がこの場に対応できるだろうと思われた、ということ。

ああ、やっぱりそうだと思った。

私は出来てなさすぎる。

でも…艦長に頼りたくはなかった。

艦長が、やはり許せないのだ。

艦長には、ずっと閉じ籠っていただきたい。

「駄目です。私の一存で決められる話ではありません」

「…現在の責任者は副長…です」

「それでも、です。ここは、私で切り抜けられます」

「…ですが…」

カッときた。

そんなに信用されてないのか、私は。

そんなに艦長と比べて駄目か。

あの駄目艦長より下なのか、私は。

「ッ!私は副長です!私が責任者です!あなたさっき言ったでしょう!私の指示に従ってください」

「…わかりました。…折衷案…です。…砲撃を受けている現状を…舞鶴に連絡しましょう。…増援が来るまで…持ちこたえれば…」

「なるほど、ですが却下です。」

「…何故…」

「舞鶴への報告は原則として艦長が行うものです。現在は指揮は私ですからそれ自体は問題ないですが、先生に七島珠洲はと聞かれたら答えようがありません。分かってください。ここは逃げるしかないんです」

「…(ハァ…)」

大きな溜め息をついた国東さんは、それきりなにも言わなかった。

 

「敵艦発砲!」

島村さんがまた叫ぶ。とっさにまた言う。

「か、回避!」

そうしたら、今度は常陸さんが怒り気味に言った。

「だから無理って、さっきからウチ言ってるよね!?いい加減にしてよ、ウチがハッキリ言おうか?アンタ指揮官に向いてない!艦長の方がマシだとかそんなレベルじゃない!ずっといいよ!艦長あれでもちゃんと艦長してたんだって痛感してる!

アンタ感じないの!?艦長が、思ってた以上に仕事してたってコト!」

「それは…」

思わずたじろぐ。

次の常陸さんの言葉は、痛かった。

「アンタ分からないの!?アンタ、今この船にいる31人の命を背負ってんだよ!?アンタがテキトーな指示してるから、31人が死にかけてんだよ!?アンタのせいで!!」

「…‼」

「いいから艦長を呼び戻してよ!…いいや、アンタがしたくないなら私はもう舵を動かさないから!

…国東ちゃん、艦長つれてきて」

「…了解、航海長」

「ちょっと、勝手に…」

「アンタ黙って!いい加減メーワクだから」

「……」

もう、何も言えなかった。

 

 

「…戦闘中だな」

しかもそうとう被害を食ってるはずだ。余程敵艦に詰め寄られたのだろう。普通なら逃げるはずなんだが、反撃を優先したのだろうか…?

ふと時計を見たが、まだ「らっきべつ」との合流予定時刻は遠い。らっきべつが応戦してくれているとは考えづらい。敵がいくついるのか分からないが、あまり戦況は芳しくなさそうだ。

「…艦長」

「え?」

詩歌がきた。

貴重な艦橋人員を一人削ってまでここに来るとは、上はなにやってるんだか…

「…解放」

「本当か?」

何だ何だ、この期に及んで私が必要なのか?

「…(コクッ)」

「そうか、感謝する」

それだけ言って、私達は艦長室を出た。

 

艦長室から艦橋までは短い。

艦橋のすぐ手前まで来ると、詩歌は振り向いて言った。

「…艦長…あの…」

「なんだい」

「…ごめんなさい…」

「それは…、何についてだい?反乱を止められなかったことかい?」

「…それもだけど…艦長を、珠洲ちゃんを…助けるっていう…前の約束…破った」

ああ、あれか。

古い話だ。

国東博栄教授が、私と同い年の娘がいると言って会わせてくれたのが、国東詩歌だった。

それまで、ある程度地理の話の通じる同じ学年で人間と会ったことがなかった私には、学者の娘として幼少期より本棚から知識を吸い上げてきた彼女は、よく話の合う貴重な友人だった。呉に入った理由は色々あったが、その原点を辿れば、国東詩歌が呉に入る、と言っていたから、私も呉に入りたいなあと思ったからだった。

「…そんな約束もあったね。懐かしい」

だけど、と前置きして、伝えた。

「艦橋に戻って来れたことだけで、私は助けられてるよ。そうしてくれたのは、詩歌だ」

「…珠洲ちゃん…」

「その言い方はやめてよ、恥ずかしいなあ」

気付くと素の口調が漏れていた。

素の口調がでるのは、中学の時までと、詩歌に初めて会ったときだけだったかもしれない。

大学では、砕けた会話なんて誰とも出来なかったから。

ここでも、艦長としての威厳だなんだ言って封印していたから。

砕けた口調で会話する相手は、なかなかいなかった。

もしかしたら、なんだかんだ言って私は、砕けた会話をしたかったのかもしれない。

神宮寺と朝田みたいに。

機関科みたいに。

操帆科みたいに。

私以外の、皆みたいに。

砕けた口調で。

揶揄でも軽口でも何でもなく、ただ他愛もない話を。

 

その追想を破ったのは、ただ一人私と砕けた会話をしてくれる人だった。

「…艦長」

「なんだい」

『珠洲ちゃん』ではない。口調は仕事モードに戻す。

「…お伝え…しなければ…ならないことが…」

 

 

 

詩歌の報告を聞いてから一分。

艦橋に立って、副長の前に立った。

私の代わりに艦長帽を被った副長に。

「艦長…」

「高柳…」

私は高柳の顔を見て、そして思わず、

「このアホンダラァ!歯ぁ食いしばれ!貴様それでも副長かーッ!!」

柄にもない事を言って、高柳の頬に鉄拳を叩き込んだ。

高柳はのけ反って倒れた。艦長帽も飛んだ。

「がっ…」

「…(!?)」

「艦長!?」

みんな驚いてる。そりゃそうだ、この船乗って人を殴るのなんて、初めてに決まってる。

「…艦長…?」

高柳は何が起こったか分からないかのように、殴られたところを抑えつつ目をパチクリさせていた。

その間抜け顔にまた腹が立って、

「立て高柳!いつまで寝っ転がってんだ貴様!」

軍人風に叱責する。

「艦長…」

高柳は立ち上がったが、まだ何も分からないみたいな顔をしていた。

私は高柳の胸ぐらを摑んで、そしてまた言った。

「聞いたぞ!第二マスト上部破損!第一マスト帆損傷!船体直撃!これじゃあいいカモだぞ!貴様何を指示していた!しかもこちらからは一発も撃っていないだと!?

…おい神若!何やってた!?」

と、砲雷長の神若に言うと、

「副長は一切砲撃を許可しませんでした」

…は?

「…はぁ?そんなわけないだろ」

「それがあるんですよ。副長はずっと回避主張でした」

「…なにぃ?じゃあどうしてこんなに被害を食ってる。どう言うことだ航海長」

「ウチ悪くないし。回避したら余計に被害が出てたってコト」

ほーお、成程、読めてきたぞ…

「成程。規律を保つ上では仕方ないな、それは。

しかし、だよ、高柳?ちゃんと敵がどこにいてどんな艦種かって把握しているか?」

「ひっ…し、してない…です」

「…まさか舞鶴に連絡入れることすらしてないとは言わないな?」

「うっ…そ、それは…」

高柳が返答に窮していた。

もうこの時点で察しはしたが、島村が伝声管で介入してきた。

「してないですよ副長は。舞鶴に連絡したら、艦長を軟禁していることがバレるから、と」

「う…いやその、これは…艦長…」

「もう一発殴らせろ」

「え」

「問答無用だ」

ガッ。

さっきとは反対側の手で、反対側の頬を殴った。

殴ると、自分も案外痛い。

「痛いですって…仕方なかったんですよ…」

何が仕方なかった、だ。

私はもう呆れ返り、わざと大きな溜め息をついて、言った。

「高柳。お前は副長だろう。

日頃からお前が私の事をものぐさな反面教師艦長だと思っていることは知っている。知っているが…、だからと言って私から何も学ばないのか?私がした対応を思い出せないのか?そして、もしもの時のマニュアルが頭に入っていないのか?とっさに対応することが出来ないのか?

私が死んだらどうしていた?連絡もしなければ、我々は突如失踪したことになるんだぞ?この水深3000mの大海に沈んだかどうかも分からない。失踪位置も、どんな状況だったかも分からないまま、我々は死ぬんだ。それを回避するか出来ないかは、船の指揮官にかかっている。全ての責任が、指揮官の双肩には乗っかっている」

「……」

「私は確かにものぐさだ。どうせできることを、わざわざやりたくない。天才の無駄遣いだ。だが、私は艦長としての責任その他を放棄しようとしたことはない。出来ないかもしれないことは、やりたくなくたってやらなきゃいけない。天才とは完璧を求める姿勢だ。艦長としての責任は、常に意識してきた。お前には伝わっていなかったかもしれないが」

「……」

「『文句を言うなら、私に並んでからにしろ。』

……むかし籠原に言った言葉だ。傲岸不遜の極みだが、私はやはり好きだよ」

「……え?」

「…なんでもない。昔話だ。高柳、お前は後で艦長室だ」

「はい」

 

「…よし。やるぞ」

 

「…へ?」

「何だ?」

「いや…、何をするんですか?」

 

落ちていた艦長帽を拾い、

「決まってるだろ。分かってるだろ?」

そして被る。

 

 

「応戦だ。私情は入れてくれるなよ、大和副長・高柳うしお」

 

 

 

「こちら艦橋。七島だ。

ただ今より、高柳うしおに代わって私が本船の指揮を執る。

大和乗員諸君。昨日諸君が私に言ったように、私はズルだと言われても仕方ない入学経緯を辿った。この点については、もし諸君がこの後、私に聞きたいこと、言いたいことがあれば、言ってくれ。

ただし、今じゃない。

今本船は、敵の攻撃を受けている。既に第二マストの上部が吹っ飛ばされた。船体に砲弾を直撃されてもいる。

このままでは、本船は沈む。この千島海溝の端、水深3000mの海に。

だが、私にはこの場を抜け出せる自信がある。だからこの場だけ私に任せてくれ。私情を一旦老いて、私の指示に従ってくれ。コレが終わったら、また軟禁してくれても構わない」

ここで私は一拍置いた。

隣で詩歌が私を驚いたような目で見た。それはそうだ。また軟禁してくれても構わない、なんてことを言ったら、軟禁から解放してくれるのに奔走した詩歌と島村の努力を無下にしてしまうことになる。

だが、

「私に任せろ」

それぐらいの決意がないと、

「私は天才だからな」

ここを乗り切ることはできない。

「…異論があるものは言ってくれ」

30秒待ったが、異論は遂に出なかった。

 

 

「武装輸送船隊、発砲!」

第一マストの島村が叫ぶ。

さっき私は高柳を叱った。これくらい反応しろ、と。

でも、私だってそうだ。突然攻撃を受けたらそりゃあ反応もできない。

でも反応しなくてはならない。

自信がある、と言った。

あるわけがない。

でも、ここから生きて帰らせるのは艦長の仕事だ。

艦長は船の最高責任者だ。常に見られる存在で、常に頼られる存在だ。

普段ふざけていても、ダウナーでも、艦長の仕事は時々、無差別にやってくる。

笑うことしか知らない天使が、顔色を変えず、屈託のない笑顔で舞い降りてくる。

戦闘経験はない。非戦闘艦だから当然と言えば当然だ。勿論演習くらいはしたが、実戦とは状況が違いすぎる。けれど最適な方法を見つけなければならない。でないと―死ぬ。

 

私を現実から引き戻したのは、第一線からの冷静たる言葉だった。

 

「今のはおそらく機銃の類いで、威嚇と思われます。射程外ですので直撃の心配はありません」

第一マスト見張り員の島村が報告。

ああ、本当に私は今、この人の命を預かっているんだ、と思った。

 

「発砲してきた艦隊は4時の方向、2隻…かな。どちらも旧型の輸送船を改造し武装している模様…かな。ようやく見えてきた。識別信号やはり確認できない。詳細不明!」

続いて第三マスト見張り員の今井は素早く分かる限りの情報を提供してくれる。

ああ、本当に私は今、この人に信頼をされているんだ、と思った。

 

危険な役目だ。

でも買って出てくれている。

なら…

ならば、やらねばならない。

「こちら艦橋、七島から。各マスト見張り員は救命衣を着用し非常時に備え。危険なら生命を優先!なんなら海に飛び込んでも構わん!救助する!」

「「りょ…了解!」」

マスト達も当然こんなことには慣れていない。ましてや、第二マストが吹っ飛んだのを、自分たちもそうなるかもしれないということを、間近で見ていたはずだ。私はそのバックアップを、できるだけのことをしなければ。

艦長帽の鍔を持って目線まで下げて、言い放つ。

 

「総員、第一戦闘配置!

繰り返す、第一戦闘配置!」

 

大和に乗船して、初めて言う言葉だった。

 

 

「はい…。ええ、謎の襲撃を受けました。識別信号なし。民間改造船舶かと。松輪島西沖です。…柏原に戻りますか?…ええ、もうらっきべつが羅処和島に?…わかりました。進路を南東に変更し保護を受けます。…安全最優先で。はい。また連絡します」

舞鶴との受話器を置く。

 

「羅処和島に既に「らっきべつ」が待機しているから保護に行ける、と。」

「なんとかなれば良いですが…」

「にしても随分変な形の艦首してんねー」

「おそらく揚陸艦を転用したものだと思います。であれば、この艦首にも説明が着きます」

「しかしそれにしても艦長、実際どうしますか?」

「それが問題。管制室、聞こえているか?」

ラッパを伝ったくぐもった声が帰ってくる。

「はい聞こえています。こちら砲雷長神若、威嚇程度であればいつでも撃てます。それ以上は期待しないでください。反撃には射程が貧弱です」

「わかった。詩歌、敵船艦種分かるか?」

「…(クルッ)」

詩歌はタブレットを見せた。画面には推定される敵艦スペックがまとめられていた。

「ふむ、第103号型輸送艦。なになに…元々のスペックは8cm高角砲と25cm3連装機銃。改造され重武装になっていると見られ、12cm単装砲とおぼしき砲熕装備一基を増設している模様…と。なるほど、12cm単装砲の射程は?」

と特に宛もなく聞くと、伝声管から冠の声が聞こえた。

「だいたい18000です。

ちなみに次に艦長が聞くのを当てましょうか。うちのは射程はいくつか?ですよね、きっと。

…ボフォースL70は12000届けば良い方ですね。」

図星だった。

「応戦は厳しいか…。ちなみに速度は?」

「…」

詩歌がタブレットをもう一度見せる。

「ふむ、16ノット…って、16ノット!?

ははは!これは傑作だ!!遅い!のろい!16ノット!いくら何度も改造受けてるとはいえこの大和だって本気出せば風無しでも20は出るというのにか!?

16だったら100年前の大和だって風次第でギリギリ振り切れる!よし、これは逃げ切れそうだぞ!うしお、距離は?」

「10000ちょいだそうです。ボフォース、届くんじゃないですか」

それを聞いて冠がため息とともに言う。

「はぁ…。じゃあ威嚇で撃ちますか?」

「うん、やろう。準備は?」

「できてますよ。先程も言いましたが、いつでも撃てます。当たるとは思いませんが、近くには行くようにします」

「わかった。

作戦を説明するよ。…ま、作戦とはいえ逃げるだけだけど。速力でなんとか勝てそうだから。南東に逃げて「らっきべつ」の保護を待つ。風も味方をしているし、運悪く弾が来なきゃ逃げ切れる!いいね?」

「わかりました。それで行きましょう」

「りょ。ウチに任せなって!」

「ok。進路転換、135゜よーそろー!」

「よーそろーっと!」

「機関、第二戦速出せる?」

「大丈夫。長くは持たないけど、敵さんを降りきるまでは行けると思うよ」

「よし、射撃指揮所!任せる!」

「はい!よし、狙っt─────」

 

そのとき、一番マスト・島村悠希菜が叫んだ。

 

「敵艦発砲!12cmです、来ます!」

 

 




次話、「たった一発の冴えた砲撃」


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