食戟のソーマの世界で。 (高任斎)
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1:運命に流されていく俺。

一発ネタの方で書いてたら、文字数が多くなったのでこっちで。


 睡眠不足と疲労は、容易く人間を破壊する。

 これは、宇宙の真理であり、宇宙の愛だな。

 机の上のモニターをぶっ壊したら、仕事の納期に間に合うとか……どうしてそんな結論に達したんだろう?

 

 なんにせよ、やらかしたなあ……と、今になって、ようやくそう思える。

 やりかけの仕事、どうなったのかなあとも思える。

 ジャングルジムのてっぺんで、綺麗な夕焼けを眺めながら物思いにふける俺。

 今年で5歳になる。

 

 いや、待って。

 おかしくない、何もおかしくないから。

 正気だよね?今の俺は正気だよね?

 

 ほら、あれだ。

 死んだと思ったら、幼児でした。

 はてさて、これは転生か?

 それとも、現実の俺は、集中治療室で覚めない夢を見続けているのか。

 ただまあ、『夢』というには、少々現実感がありすぎる。

 基本的に、俺は明晰夢しか見ない……から、余計にそう思うのだが。

 

 まあ、これまでと同じように、今を精一杯生きていくしかないか。

 夢にせよ、現実にせよ、『今』を投げ捨てる理由にはならないしね。

 さて、カラスが鳴くから帰るべ。

 

 

 

 

 今の母親、良くも悪くも『意識高い系』のところがあって、毎食毎食手作りのごはんを作ってくれる。

 しかも、なかなか美味い。

 前世(仮)の母親には悪いけど、料理に関しては今の母親の方が圧勝だ。

 インスタント食品とか、ラーメンとかを目の敵にしてるのは、麺好きの俺としてはちょっと悲しいけどね。

 でもまあ、好きな物を食べられないのは前世(仮)と同じで……一人暮らしを始めるまでの我慢だ。

 一人暮らしを始めたら、自分で好きなように作る……これでも割と好きだったのよ、料理。

 

 そんな母親が、5歳の誕生日だからと連れて行ったお店が……ちょっとしたお店なのは言うまでもない。

 まずは一口。

 

 美味っ!?

 

 思わず顔を上げて……吹いた。

 何してんの、かーさん。

 

 うちの母親、着ている服をはだけてトリップしてました。

 

 つーか、半分乳放り出して……はしたない。

 確かに美味いけど、グルメ漫画じゃないんだからさ。

 そんなリアクション芸人みたいなこと、お店にも迷惑……。

 

 そのとき俺は見た。

 見てしまった。

 店の中、わりとカオス。

 上半身裸のおじさんはいるわ、上品な老婦人が腰抜かして床に座り込んでるわ……美味いけど、教育に悪くないか、この店。

 うん、飯を食おう。(目逸らし)

 誰かが、飯を食うときはひたすら自由で、救われてなきゃいけないって言ってたし。

 

 やはり、美味い。

 前世(仮)を含めても、トップクラス。

 

 本当に美味いものは、個人の好みを超越すると主張する人間もいるけど、俺はそうは思わない。

 筋肉が、鍛えることで強くなるように、頭だって使わなければ発達しない。

 そして、それは味覚にも言える。

 もちろん、素質というか生まれながらの資質もあるけど、日本食というか東アジアの食事の旨味成分を、欧米人の半分以上が感じ取ることができないって、論文もあったしな。

 もちろん、繰り返し食べることで、そうした旨みを感じ取ることができるようになる人もいるけど、やはりできない人もいるそうだ。

 いわゆる、『食育』の理念は、このあたりからも来てる。

 そもそも、日本人だって肉食が受け入れられるまでに色々あったわけだし。

 当時は、『肉の旨味を感じとる能力が低い』というか、未発達だった日本人も少なくなかったと思うしね。

 

 

 

 

 うむ、美味かった。

 手を合わせて、ごちそうさま、と。

 顔を上げると、目が合った。

 女の子。

 第一印象は、小学校の高学年……ぐらいかな、たぶん、中学生にはなってないと思う。

 

「……」

 

 ……お嬢さん?

 

「美味しくなかった?」

 

 いや、美味かったよ。お世辞抜きに美味しかった。

 

 そう言って、母親にちらりと目を向ける。

 ……うん、良いところも、悪いところも、全部受け入れてこその家族。

 この店に連れてきてくれた、いい母親だ。

 

 おっぱい(下着)丸出しで、ご飯食べててもな。

 いい母親なんだ。(強弁)

 

「でもあなた、ふつーに食べてた」

 

 いかんのか?

 

 まあ5歳の子供だから許されるかもしれないけど、服脱いで『うーまーいーぞー!』などと叫びたくはない。

 俺の自尊心が死ぬし、事あるごとに『あの時この子ったら……』などと、嘘、大げさ、紛らわしいの三拍子揃った昔話を披露されて、俺の精神を削りに来る未来が見えている。

 

「あなたも、料理、するの?」

 

 ……うん?

 

 こてん、と首を傾げた。

 5歳児だから許される仕草だ。

 ああ、でも、子供の会話ってこんな感じだったよな……。

 つながりとか無視して、話題が飛びまくるというか。

 

「私のお父さんの料理をふつーに食べられるってことは、普段から同じレベルの料理を食べ慣れているか、料理人としてそれだけの力量があるかってことだから」

 

 そして少女は、ちらりとうちの母親を見た。

 おっぱい(下着)丸出しで、一心不乱に食事を続ける母親の姿を。

 

 見ないで!そんな母親を見ないで!

 いい母親なの。

 嘘じゃないから。

 

「……食べ慣れているとは思えない」

 

 なんとなく、彼女の言わんとすることが分かってきた。

 たぶん、バトル物の漫画でも読んだんだろう。

 料理人と客、仮に料理力とでも呼ぼうか。

 この料理力の差が大きいと、リアクションが大きくなる。

 

 うん、子供だからね、仕方ないね。

 俺は、やさしい気持ちで少女を見つめ……店の中を見渡した。

 

 俺か?

 俺がおかしいのか?

 

「……こんな小さい子供に……負けられない」

 

 きゅっと唇を噛んで、少女が俺を見つめてくる。

 なにこの展開。

 ほんと、バトル漫画じゃないんだから……。

 ……漫画?

 頭の中で、何かがひらめきかけた。

 輪廻じゃなく、擬似二次元世界への転生……か?

 

「準、あなたお客様に何をしてるの!?」

「わ、おかっ……」

 

 少女は、おそらく母親に連れ去られていき、代わって現れた父親には『娘が迷惑をかけた』と頭を下げられた。

 うん、下げられたんだけどさ。

 

「きみ、料理をするのかい?」

 

 僕、5歳ですから!

 

「うん、本格的にこの道を目指すなら、そろそろ修行を始める頃だね」

 

 やばい。

 なんか知らないが、やばい。

 たぶん、この世界がやばい。

 

「やめてください」

 

 凛とした声。

 それが、母の声であることを気づくのに少し時間がかかった。

 いつもとは違う、表情、雰囲気。

 俺の知らない母親の姿がそこにあった。

 

 おっぱい(下着)丸見えだけどな。

 

「この子が望まない限り……修羅の道を歩ませるつもりはありません」

 

 待って。

 待ってよ、母さん。

 そんないかにも、料理の世界に因縁がありそうなセリフはやめて。

 

「……失礼ですが、お名前を伺っても」

「早瀬と申します、今は。旧姓は、捨てました」

「……お客様のプライベートに踏み込むような真似をしました。申し訳ない」

「いえ、お気になさらず」

 

 母は、少し微笑んで。

 

「素敵な料理でした。美味ければそれでいい、美味くなければ料理ではない、美味い料理を作れないものは、人ではないと……そんな家で、育ちましたから、余計に心にきましたわ」

 

 旧姓は捨てたんじゃなかったのかよ、母さん。

 めっちゃ引きずってるわ。

 そういや、俺の記憶にある祖父祖母に、叔父さんと、全部、父方だった気がする。

 どう考えても、厄ネタです。

 というか、名字だけでどの家かわかるぐらい、有名どころの反応だきっと。

 やっべ。

 これって、俺が料理を始めて、腕が認められたら、母方の実家が乗り込んでくるパターンだろ。

 前世(仮)でその手の漫画や小説は結構読んだからな。

 

 リアルと創作をごちゃまぜにするなって?

 まあ、世の創作物ってのは、大抵はリアルをモデルにしてるから。

 特に、人間関係については、リアルも創作も関係ない……たぶん、きっと、メイビー。

 

 

 

 

 

 家に帰って、父親のパソコンを起動する。

 そして、記憶の中の料理漫画に関係ありそうな言葉で検索。

 味〇は……ないな。

 〇寿司も……違うか。

 天才料理少年……も、違うか。

 五〇町もない、中華〇番も違う、スー〇ーな食いしん坊に、包丁人シリーズも違うっぽい、まさかド〇コックか?

 たしかに、リアクションとしてはあれが近いけど……ジャンルが違う気がする。

 料理は料理でも、パンか?

 虹色〇ーメン?

 たしかに、うちの母親の条件に結構一致するけど……仕事も名前も違うしなあ。

 

 ふむ、方向が違うか。

 視点を変えるため、『料理』で、検索。

 ずらっと並ぶのは、『薙切』に『遠月』の文字。

 

 ……どうも、この世界では、これが本命っぽい。

 

 うん、聞き覚えないや。

 前世(笑)最後の数年間は、漫画もアニメもほぼ見られなかったからなあ。

 

 

 なんとなく。

 うん、なんとなくだ。

 台所に立ち、包丁を持つ。

 うむ、5歳児には厳しい……なので、果物ナイフで代用。

 

 じゃがいもを持って、刃を当て……。

 

 しゅるるるんっ。

 

 

 

 ……やべ。

 チートっぽい。

 5歳児なのに、前世(仮)の俺より器用というか、格段に速い。

 

 食材を無駄にするわけにもいかないし、何か作るか。

 じゃがいもの皮をむいてから考えるなよって。(笑)

 

 今日も帰りが遅そうな父親のために、オニオンスープにしますか。

 仮に酒を飲んでたとしても、いけるだろ。

 じゃがいもは、崩し気味にして、とろみをつけるか。

 

 さて、玉ねぎを……しゅるんっ。

 たたたたっ。

 

 ……やばい、楽しい。

 自分が、美味いメシを作れる予感がある。

 

 チキンコンソメの素を入れて……あ、これ、マジでチートだわ。

 理屈じゃなくて、味付けが感覚でわかる。

 塩。

 胡椒。

 

 ……いや、待って。

 ホントに?

 ホントに、これを入れていいの?

 

 ダシ醤油。

 

 お、オニオンスープ……だよな?

 

 仕上げにごま油……マジか。

 

 味見しなきゃ。

 さすがに、5歳児とはいえ、メシマズは許されん。

 どれ、一口。

 

 

 ……マジか。(汗)

 いや、もしかすると『俺の口にだけ合う味付け』かもしれん。

 万人にまずい料理はあっても、万人に美味い料理はない……それは俺の持論だ。

 

 頭を抱えて悩んでいたら、いつの間にか母親がいた。

 5歳児が、刃物と火を使って……怒られるかなと思ったが、何も言わずに一口。

 

「………ぁ」

 

 いきなり母親が崩れ落ちた。

 ビクンビクンしてる。

 僕、5歳だから!

 やめて、そんな姿見せないで!

 その顔もだめぇ!

 

 

 

 

 正気を取り戻した母親が、いきなり自分語りを始める。

 僕、5歳だから!

 いきなりヘビーな話聞かせないで!

 母親の目のハイライトが消えてるーっ!?

 めっちゃこじらせてるやん!

 実家でどれだけ虐待されてたんだよ!

 

「……自分ができそこないなんだって、はっきりわかったわ」

 

 あかん、やばい笑顔だ。

 5歳とか、母親とか、前世(仮)の記憶とか言ってる場合じゃねえ。

 

 何も言わず抱きしめる。

 とん、とん、と。

 心臓の動きに合わせて、背中を叩いてやる。

 ゆっくり、ゆっくりと。

 

 やがて、ダムが決壊するように、母親が俺の腕の中で泣き始めた。

 

 5歳の子供の役どころじゃねえよ、これ。

 

 

 

 

 ちなみに、父親は一口飲んでいきなりパンイチになった。

 

 私の料理力は53万です。(白目)

 




料理力を鍛えて、女性のおはだけを見たい……そんな主人公がいてもいいと思うの。


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2:運命の川の流れは速くて深い。

人生に疲れてきた5歳児。
慣れとか、諦念とも言う。


 うちの母親は、アグレッシブです。

 

(しん)、ぼさっとしない。やることはたくさんあるんだから」

 

 あ、ちなみに(しん)って俺の名前ね。

 早瀬(はやせ) (しん)

 うちの母親が、『心』にこだわっているのがよくわかるネーミングです。

 

 そして、5歳児の俺に対して、思いっきりお姉さんぶってるのが、(じゅん)

 なにやら、『おねーさんポジ』に憧れていたのがわかったので、『準ねえ』と呼びかけたら、デレた。

 ちょろい。

 先日、母親が外食に連れて行ってくれたお店の娘さんね。

 大庭(おおば) (じゅん)

 

 

 果物ナイフで、せっせと野菜の皮をむく。

 食材の下ごしらえは、開店前からしなきゃいけない。

 同じ食材でも、出るメニューを予測して、カットを分けなきゃいけない。

 確かに準の言うとおり、やることはたくさんある。

 ぼさっとしてる暇なんてない。

 

 うん、うちの母親はアグレッシブだ。

『血筋なのね……料理に呪われた血筋なのね』などと呟きながら、俺の修行先として、準の両親も含め、『みんな』で話し合って決めた……らしい。

 

 その『みんな』の中に、本人である俺が含まれてないのはどういうことですかね!

 

 もう一度言わせてくれ。

 大きな声で言わせてくれ。

 

 僕、5歳!

 

 ああ、でもスポーツの世界も似たようなものだしなあ。

 前世の野球部の友人なんか、幼稚園のころから走り込みとバットの素振りをやらされてたらしいし。

 手のマメがつぶれても『その下の皮が破れて血だらけになるまで振れ!そうして手の皮が強くなるんだ!』とか強制されたらしいしな。

 

 うん、うん。

 まあ、どの世界も楽じゃないってことだよね。(自己暗示中)

 

 しゅるるんっ、ぽい。

 しゅるるんっ、ぽい。

 しゅるるんっ、ぽい。

 

 こういう、手元の単純作業って、いい感じに心がトリップするよね。

 ペン回しみたいな感じ。

 こう、無心になれるというか、楽しくなってくるというか。

 

 ……無心じゃねえじゃねえか。

 

 まあ、5歳児だから。

 5歳児だから、正直、力仕事は厳しいの。

 やることは多くても、できることは少ない。

 まあ、こういうときは変に気負わず、邪魔にならないことが重要だ。

 

 え、労働基準法?

 ははは。

 これは修行であって、お手伝いだよ。

 当然、給料なんかでない。

 

 サビ残、無理難題……うっ、頭が……。

 いかん、考えるな、忘れろ。

 そう、フロアの電気は消えてるから、誰も残業なんかしていないんだ。

 

 

 はい、皮むき終了。

 次は、こいつを……。

 

「うううう……」

 

 どうした、準ねえ?

 涙目だけど、なにか辛いことでもあったの?

 

「なんでそんなに手際がいいのよ!」

 

 ……チートだから。(震え声)

 正直、そんなこと言われても……その、困るっていうか。

 別に神様にも会ってないし。

 いやまあ、精神的な落ち着きは、5歳児のものではないのは確かだけど。

 

 ほら、こっちに半分貸して。

 違う、違う。

 馬鹿にしてるとかじゃなくて、練習するチャンスがあったら、モノにしたいって思うのは普通だろ?

 

 準ねえは、僕のおねえさんなんだから、チャンスをちょっとだけ譲って。(白目)

 

 

 

 

 ……ちょ、ちょろいぜ。(震え声)

 

 自分の精神をゴリゴリ削るから、二度とやらない。

 

 あ、もしかしたら準ねえは、俺に指導したかっただけなのか。

 お姉さんぶる機会を、奪っちゃったのね、ごめん。 

 

 

 しゅるるん、ぽい。

 しゅるるん、ぽい。

 

「ああ、心くん。そっちの分は、心持ちざっくりとした感じで頼む」

 

 ほらきた。

 ふわっとした説明で、『こっちの言葉の意味を汲み取れよ』な曖昧な指示。

 よくあるよくある。

 あ、ちゃんと書面にしてお願いします。

 

 とは言えないから、とりあえず3個ほど、違うカットにして。

 どれでいきますか?

 

「うむ、こいつとこいつの中間ぐらいで頼む」

 

 うーん、この。

 

 料理に限らず、職人は芸術家(アーティスト)

 感覚の世界に生きてるって、はっきりわかんだね。

 つまり、社畜や、その上司も、きっと芸術家なんだ。

 

 

 

 

 ランチタイムという名の戦争が終了。

 準ねえはともかく、このオーナー夫婦、二人して手が早い。

 この店の規模、客数だと、もっとスタッフがいるかと思ったけど、接客はともかく、厨房は全部二人で回してる。

 これ、たぶん……開店前の野菜の皮むきとか、俺や準ねえにさせなくても、全然平気だな、きっと。

 良くも悪くも、俺はお荷物ってわけだ。

 うちの母親、無茶を通したよな、きっと。

 

 まさかとは思うが、うちの母親の実家って……『薙切』とか、『遠月』に関係あるんじゃなかろうな?

 

 などと、うちの母親のいう『血筋』に思いを馳せてたら、オーナーが声をかけてきた。

 

「……心くん。何か作ってみるかい?」

 

 いいんですか?

 

 実は、ちょっとワクワクしてる。

 家庭ではお目にかかりにくい、専門食材や、専門調理器を目の当たりにしてるわけだし。

 前世(仮)も含めた、心の中の『男の子』の部分が加熱中だったり。

 

 しかし、何を作ろうかな。

 最初だし、ちょっとぐらい、いい格好はしたいよね。

 とはいえ、こちらは5歳児……の身体。

 体格的に、フライパンを振り回す系統の料理は厳しい。

 とすると、煮込み系か……火の通りが早いというか、機械任せ系。

 

 あ、賄いだから、あんまり時間をかけてもダメなのか。

 

 野菜くずと、この鮮度落ちの魚を使って……いいですか、やったぁ。

 

 ふんふん。

 このブイヨンを少しもらって、野菜くずに火を通し、と。

 その間に、魚に下味付けて、おなかの中に香草と、もち米少々。

 究極の話、塩一粒で料理が終わる……たぶん、そんなバランスだ。

 

「ちょ、ちょっと、何してんのよ、心!?」

 

 圧力鍋を使いますが、それがなにか?

 カカカ、〇山の魔法を見せてやる……などと言ってみたい俺がいる。

 

 水を多めに炊き込みご飯。

 魚も同時に調理します。

 圧力かけて短時間で熱を通しつつ、米には少し芯を残した状態で……ここか。

 うん、チートってすごい。

 

 チーズを散らして。

 そしてまた、味付け。

 自然と、意識が集中していく。

 足し算、引き算。

 上手く言葉にできないが、頭の中で様々な数式がダンスしているイメージ。

 

 額に浮かんだ汗をぬぐい、グリルで焼いて余分な水分を飛ばす。

 

 なんちゃってリゾットと、魚の包み蒸し。

 

 準ねえはなんか怒ってる。

 オーナー夫妻は苦笑。

 

 調理方法は邪道かもしれないけど……けっこう、いい出来だと思う。

 さてさて、いただきましょう。

 

 うん、いい出来だ。

 クリティカルではないが、スマッシュヒットぐらいの出来。

 魚の旨みを吸ったもち米って、いいよね。

 機会があったら、次は鳥の包み焼きに手を出したい。

 などと、1人で自画自賛してたら……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 準ねえが、全裸になりました。

 女の子が見せちゃいけない表情を浮かべ、床にヘタリ込んで【武士の情け】しちゃった。

 

 オーナーが息を呑んでいたのはちょっと嬉しい。

 自分の料理が認められたような、そんな感じがする。

 奥さんは肩をはだけていた。

 なんとなく、目をそらす。

 母親のそれとは違って、女性の肌を目にするのは少々気恥ずかしい。

 

 なんだろう、この世界がそういうものならば、これを目的に料理の腕を磨く青少年がいるんじゃなかろうか。

 

『料理はパッション(エロス)だ!』とか言いながら、おもに女性客を相手にする料理人……うん、どう考えても主役にはなれないな。

 

 そうだ、床の掃除の準備しなきゃ。

 できるだけ業務的な感じに、こんなの何でもないよって感じで……それが準ねえに対する優しさ。

 

 

 

 

 俺、準ねえに張り倒されました。

 なんか涙目で責任取れとか言われました。

 

 僕、5歳!

 

 というか、まず服を着なさい。

 オーナーの奥さんも、笑ってる場合じゃありませんって。

 オーナーは、目が笑ってないし。

 

 待って。

 刃物はいけない。

 準ねえ、落ち着こう。

 クールに行こうぜ、クールに。

 責任なんて言葉は、衝動的に使っちゃいけません。

 責任を取るってことは、もっと地道で、日常的な行為の中に示されるものなんだ。

 

 

 

 食は人生の基本と言うけど。

 料理で、就職先だけじゃなく、婚約者までゲットできます。

 この世界ってすごい。

 

 

 

 閉店。

 さすがに疲れた……といっても、基本的には後ろで見てただけだけどね。

 でも、疲れたけど楽しい。

 ああ、どうしよう。

 また、何か作りたい。

 

 顔に出てたのかな、オーナーがちょっと笑って言ってくれた。

 

「何かつくるかい?」

 

 準ねえが、びくっと、身体を震わせた。

 でも、俺を睨みつけてくる。

 

 いや、だから別に、なんとも思ってないから。

 

 叩かれた。

 理不尽にも程がある。

 

 

 残った食材で、明日に持ち越せないのは……このあたり?

 

 などと、俺が料理を作る間に、オーナー夫妻が洗い物などをすませていく。

 うん、やっぱりすごいわこの人たち。

 

「ふふん、うちの両親は遠月の卒業生なのよ!」

 

 へえ、そうなんだ。

 

 叩かれた。

 理不尽にも程がある。

 ちくしょう、大きくなったら、尻をペチンペチンしてやる。

 

 いや、なんか余計に『責任とれ』っていう泥沼にはまりそうだから、思うだけにしておくか。

 

 まあ、お互いに子供だしね。

 あと数年すれば、『子供って無邪気よね』とか言っておしまいの話だよ。

 

 

 さてさて、味付けはいいんだけど、やっぱり5歳児の体格だと、炒め物なんかは厳しいな。

 頭でわかっていても、タイミングが遅れるというか。

 グリルとか、ただ取り出すタイミングだけの加熱なら、なんとか対処できるんだけど……。

 

 うん、できたことはできたけど、納得のいかない出来だ。

 

「先に食べてなさい」

 

 そう言って、オーナー夫妻が、料理に取り掛かる。

 あ、なんか本気っぽい。

 作業を見ていたほうがいいかな、それとも出来上がりを楽しむべきか。

 

「ほら、冷めちゃうわよ」

 

 あ、はい。

 

 と、手を合わせていただきます。

 

「……ふふ、しょせんお昼の賄いはまぐれだったってことよね」

 

 いや、準ねえ。

 気づいてないみたいだけど、上半身はシャツ一枚になってるからね。

 

「あ、暑かったのよ!悪い!?」

 

 などと、会話を楽しみながら食事を終えた頃。

 オーナー夫妻の料理が完成した。

 

 あ、これは美味いわ。(確信)

 

 見ただけでわかる。

 雰囲気でわかる。

 

 微かに震える手で、一口。

 

 っ!?

 

 

 ……ぶっ、はぁっ。

 

 しばらく、呼吸を忘れていた。

 

 全裸……だと?

 いつの間に。

 

 いや、しかしこれは……店で出す料理より遥かに。

 

「うん、それがなぜかわかるかな?」

 

 オーナーが、笑みを浮かべたまま聞いてくる。

 そして奥さんが、一言。

 

「熱すぎるお風呂に入ると、疲れちゃうって聞いたことない?」

 

 確か、体温との差が大きすぎる故に、刺激としての神経が……。

 刺激?

 疲れる?

 

 俺は、手を見た。

 そして、全裸の身体を見た。

 発汗。

 動悸。

 

 ああ、なるほど……。

 

 わかった。

 でも、まずは服を着よう。

 準ねえの俺を見る目つきがやばすぎる。

 俺は服を着て、オーナーに言った。

 

 美味すぎるんですね?

 

「うん、そのとおり。美味いってことは、刺激だ。強烈な美味さは、それだけ多くの電気信号を脳に向かって送り続けることでもある」

 

 俺は頷いた。

 外食の味付けが濃いっていう理由は、そこにもある。

 濃い味付けは、単純にそれだけ刺激が多い。

 美味い料理は、人生を豊かにする。

 だが、美味すぎる料理は……ほどほどにしないと、人生が壊れる。

 家庭料理に美味さを求めてもいいが、それが疲労をまねくならどうだろうか。

 

「まだ未熟だが、きみの料理はすでに美味い。しかし、その美味さを使い分けることができるようになるべきだ」

 

 うん、勉強になる。

 でも、ちょっとだけ突っ込みたい。

 

 僕、5歳!

 

 そして、オーナーが、俺の肩に手を置き……ギリギリと締め付けてきた。

 

「……準の肌を見た責任はとってもらうよ」

 

 僕、5歳!

 僕、5歳だってば!

 

 娘を思うお父さんの戦闘力は、53万です。(白目)

 

 




追記。

『準ねえは、僕のおねえさんなんだから、チャンスをちょっとだけ譲って。(白目)』

白目ではなく、上目ではないかと報告がありましたが、前世の記憶持ちが5歳児のおねだりをするという精神ダメージの意味で『白目』と表現しました。

言われてみると、そっちもありか、と新たな気づきが。
文章のリズムの兼ね合いもあり、主人公の心情表現が不十分ではありますが、微修正するにとどめます。

他人の視点というのは、書き手としての財産になります。
修正そのものを受け入れてはいませんが、誤字報告に感謝致します。


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3:運命の川は海に向かって流れていく。

時間が飛びます。
主人公、やや達観した11歳。


 あれから6年が過ぎ、弟と妹ができました。

 オーナー夫妻にも、子供が1人。

 俺の両親も、オーナー夫妻も、にこやかに微笑みながら『だから何の問題もないわ』などと言ってくる。

 あ、オーナーは、顔が笑ってるだけなんだけど。

 

 いや、待って。

 なんで、俺と準ねえが、そのまま2人でゴールインな前提になってるの?

 いやいやいや、そろそろ子供の約束じゃすまない年頃になってきてるよ。

 俺は今11歳だけど、準ねえは17歳だよ。

 ピッチピチのJKだよ。

 あ、いや、元JKか。

 

「うるさい!」

 

 叩かれた。

 

 料理学校の最高峰、遠月学園。

 準ねえは、そこの中等部に入学して、無事に高等部へ。

 そして、順調に3年生まで進級していたんだけど……ついさっき、『退学になった!』って笑いながら戻ってきた。

 何があったんだろというか、何があってもおかしくないのが遠月って学校のイメージだ。

 準ねえから色々と話を聞いてたけど、なんというか、前世(仮)で読んだ漫画、『〇の転校生』ででてくる、『すべて勝負で決着をつける。勝者こそ正義』的な学校を連想してしまう。

 まあ、高等部に1000人入学して、卒業できるのは数十人程度とか……まあ、そこに在籍できただけでも、料理人としては名誉なのはわからなくもない。

 

 あ、いや、そうじゃない。

 準ねえ、なんか俺と準ねえの結婚話が進んでるけど、嫌なら嫌って言わないとまずいかも。

 俺ももう11歳で、もうショタとは言えない外見になったし。

 

「っ!っ!っ!っ!っ!」

 

 顔を真っ赤にして、叩かれまくりました。

 

 うん、ショタコン(笑)の闇は深い。

 

 正直、俺の外見は、いたって普通程度。

 まだ成長期の途中だけど、そこそこ背は伸びた。

 小学6年生で160センチ。

 そして、料理人の修行は割とハードだから、そこそこ筋肉質。

 ちなみに、右手は何度も疲労骨折を経験済み。

 そのせいで、左手でも過不足なく刃物を扱えるし、フライパンが振れる程度にはなった。

 チートすげえとか思ったけど、オーナー夫妻には『まあ、料理人なら普通』とか言われた。

 両手は、火傷の跡や、切り傷なんかで……正直、何も知らない人間が見たらギョッとする程度に醜い。

 

 まあ、準ねえも料理人だからあれだけどね。

 ただ、俺の手を自分の手で包み込んで……『料理人として最高の手だから問題ないの』とか呟きながら、頬ずりしたりするのはどうかと思う。

 いやまあ、涎れとか垂らされなくなったからいいんだけど。(感覚麻痺中)

 

 

「というわけで、心!久しぶりに、あなたの全力の料理を食べさせて!」

 

 そういえば……メールや電話のやり取りをしてたからあれだけど、準ねえって、高等部に入学してから、一度もここに帰ってこられなかったんだったっけ。

 そっか、俺が準ねえに料理を作ったのって、中等部の卒業と高等部の入学祝いのあれが……最後か。

 

 よかろう。

 わが料理力の真髄を味わうが良い。(ノリノリ)

 身体ができてきたおかげで、味付けだけじゃなく、料理人としての調理力も整ってきた。(整ったとは言ってない)

 そして、6年間の修行で得た、経験と知識。

 

『お、美味しさを使い分ける修行だから(震え声)……決して、娘の肌を見せたくないとかそういう理由じゃないから』という理由で、オーナーには『全力は出さないように』って言われたからなあ。

 

 でも、準ねえに直接頼まれたら仕方ないよね。

 それに、遠月って言ってみれば料理学校としての最高峰で、そこでバチバチしのぎを削り合ってきたわけだから、むしろここは、俺が胸を借りる立場。

 それに、料理人に『お前の料理が食べたい』って言われるのって……冥利に尽きるよ。

 

 全力を出すのは久しぶりだから、ワクワクするぜ。

 

 

 

 

 

 準ねえ専用のモップで床を拭き。

 全裸で、ビクンビクンしてる準ねえの身体に、そっと毛布をかけておく。

 

「もぅ、無理ぃ……絶対、はなれられない……」

 

 なんか怖いこと言ってるけど、聞こえない。

 というか、遠月学園で、最高峰の料理を散々味わっただろうに、大げさな。

 空腹とか、思い出は、最高のスパイスってやつかな。

 

 でも、久しぶりに全力を出したけど、全力だからこその粗も見えてくるな。

 全力といっても、与えられた食材に対しての、今の全力に過ぎない。

 なんとなくだけど、頭の中で『まだ行ける』って感じがするんだ。

 

 ただ、料理人って、単純に美味しさを追求するってことじゃないとも思う。

 それ以前に、客というか食べる側にも好みはあるし。

 

『これが俺の最高の料理だ』という道と、『料理は愛情、食べる側優先』という道との間の、言ってみれば白と黒の間の、灰色の部分が俺の目指す道のような気がする。

 

 うん、料理に限った事じゃなく、『道』は果てしないってことか。

 

 

 

 

 

 

 

「心を、遠月に行かせるのは反対」

 

 シャワーを浴びて身だしなみを整えた準ねえが、いきなりオーナー夫妻にぶっちゃけた。

 うん、まあ確かに、聞く限りではあの学校はあんまり自分には合わないかなって気はする。

 

 ただ、俺の進路なのに、俺の意見を聞かれないのはなぜだろう。

 

「実際、私が遠月でそれなりにコネはつないできたし……」

「それで、準。本音は?」

「お母さん、わかんない?遠月って、食戟があるのよ?」

「……」

 

 奥さんが、俺を見た。

 そして、小さく頷く。

 

「あぁ、うん……今さら、準を捨てられてもねえ……」

「お母さん、なんで私が捨てられる前提なの!?」

「いやいや、準。心くんの可能性を、私たちの都合で狭めるのはよくない」

「お父さん、それ以上言ったら、私、心と一緒に家を出て、独立するから」

 

 俺の進路ってなんだろうね?

 

 準の妹、翼に話しかけたが、『……?』みたいな感じに、首を傾げられた。

 可愛い。

 超和む。

 たどたどしく、『にーたん』とか言われたら、正直倒れそうになる。

 この子はちゃんと、人の話を聞くように育てようと決意した。

 

 

 

 本来の家に帰った。

 

「にーちゃん」

「にぃにぃ」

 

 かわいい。

 癒しだ。

 ちなみに弟は『誠』で、妹は『(みゆき)』。

 

 そして、母さんが、台所で酒を飲んでいた。

 

「ざ、ま、あ!それ、ざ、ま、あ!うーん、お酒がおいしいっ!」

 

 ……。

 何があったの?

 

 

 ほろ酔い加減、上機嫌で、母親が語りだす。

 

 例の、母親の実家。

 クソ親父の後を、クソ兄貴が継いだらしいが、クソ兄貴の息子が……えっと、俺の従兄弟ってことね。

 この従兄弟が、料理の才能に溢れていたらしく、まだ小学生だというのに、クソ兄貴と、クソ親父を、料理の腕でぼっこぼっこにしてしまったらしい。

 

 美味いものをつくれないやつは人とは認めない……みたいな家の人間の店で、小学生が超下克上しちゃったわけだ。

 ああ、うん……店の中というか、従業員も含めて、人間関係ずたずただろうね。

 

 俺は、母親を見た。

 いや、まあ……虐待としか思えない扱いを受けていた母親の気持ちはわからなくないんだけど、復讐というか、負の感情をむきだしにした母親の顔はあんまり見ていたくない。

 

 なので、わりと本気で料理を作って母親の口に突っ込んだ。

 

 

 全裸でビクンビクンしている母親の身体に毛布をかける。

 

 そして、適度に手を抜いたデザートを、弟と妹に食べさせる。

 

「うまー」

「ぁー」

 

 うん、料理は人を幸せにする。

 

 世界の全てを平和に、なんてことは言わないが、できるだけ争いごとはなくしたいものだ。

 そういや、母親の実家って、『美作』っていうんだな。

 

『薙切』とか『遠月』じゃなかったことに、ほっとする部分と、ちょっとだけ落胆する俺がいる。

 まあ、転生者が俺一人とも限らないし、いわゆる主人公もいるんだろうし……俺は俺で、自分の目の見える範囲で、精一杯生きていこう。

 なんだかんだ言って料理は楽しいし。

 

 しかし、『美作』か。

 うちの母親、わりと和洋中の偏りなくご飯作るし……なんの料理の店なんだろ。

 あー、でも思いっきり実家のことを引きずってるから、逆に手を出さない可能性もあるか。

 手作りのお菓子とか作らないあたり、案外、和菓子とか洋菓子とか、そっちの店だったりしてな。

 

 

 

 

 

 さてさて、大庭家における俺の進路に関する会議は進んでいるようで進まない。

 そして、早瀬家では母親が『水に落ちた犬は叩くべきよね』などと、俺の肩に手を置いてゲス顔で言い出す。

 正直、今の母親は、弟と妹の教育に悪い。

 

 とりあえず、母親には料理を食べさせて、ビクンビクンさせておくことにする。

 

 

 

 

 ゴールデンウイークが終わる頃。

 準ねえが、家族会議の場で勝利の雄叫びをあげた。

 

「っしゃ、おらぁっ!」

 

 女子力が、女死力になっておる……。

 まあ、裸も【武士の情け】も見ちゃったから、今さらだけど。

 

 よくわからないけど、俺は遠月学園の中等部に進学しないことになった。

 うん、どうやら俺は脇役にもならない感じだな。

 そして準ねえは、店でバリバリに働き始めた。

 

 ……この腕前で、退学させられるのか。

 遠月のレベルは高い。

 脇役にもならないというか、脇役にもなれないという方が正しいのか。

 

 と、いうか……オーナー夫妻は、2人してそこの卒業生なんだよな。

 ぱねえ。

 

 え?

 俺もバリバリ働いてるよ。

 オーナーの奥さんが翼を産んだとき、店の穴を埋めたの、俺だよ?

 準ねえは、遠月にいたし。

 むしろ、俺が奥さんの穴を埋められるようになったから、オーナー夫婦も、子作りに励んだってことだろう。

 学校?

 俺、小学校の2年生ぐらいから、年に3回ぐらいしか学校に行ってない。

 職員室の片隅で、テストを受けるだけ。

 必要な学力が身についているかどうかの確認なんだろうけど、それでいいのか。

 

 俺の振舞う昼食を口にしながら、校長と教頭が『ええんやで』とサムズアップしてきたけどな。

 

 詳しくは聞かなかったけど、この世界、料理人は結構権力者とつるんでるみたい。

 たぶん、オーナー夫妻は、俺が思ってるより有名人だきっと。

 

 

 さて、そんなある日のこと。

 店になんかきた。

 

 いかにもな老人と女の子……孫娘かな?

 

 そして、その姿を見て準ねえが、盛大に吹いた。

 必死で隠れようとしている。

 んーと?

 準ねえの首根っこを掴んだ。

 

 お客様、ご注文の、準ねえです。

 

「心っ!裏切り者ぉ!」

「おお、久しいの大庭くん」

 

 おお、この人……雰囲気あるなあ。

 なんというか、キャラが濃そうな感じ。

 

「……お久しぶりでございます」

「『心』の栄養は補給できたかね?」

「これから一生かけて、補給し続ける予定ですので」

「戻ってこんか?」

「……目的もなく通う学校じゃないですよ、遠月は。私にとって、料理は手段であって目的ではないです……」

 

 あ、準ねえがシリアスだ。

 と、いうか……遠月の関係者かな。

 この場を離れたほうがよさそう。

 

 あの女の子、老人と準ねえが話し込んでいるせいで、ぽつんとお人形さんみたいにしてる。

 お子様向けのデザートっぽい食べ物でも作って、持って行ってあげようか。

 

 相手の料理力を感じ取り、適度な力を使う……か。

 女の子には、ちょっと睨まれてしまった。

 美味すぎない料理。

 それでいて、満足できるほど美味しいと思ってもらえる料理。

 うん、オーナーの教えは難しい。

 

 

 

 

 

 

 あとで準ねえに、叩かれました。

 まあ、裏切り者だから仕方がない。

 

 

 

 

 さて、オーナーの奥さんも翼の育児から手が空いてきたし、準ねえも戻ってきた。

 

 僕、いらない子?

 

 ああ、うん。

 これが使えるのは、小学校に上がる前までだな。

 自分自身に寒気がしたわ。

 

「じゃあ、しばらくよその店に行って、修行してみようか?」

 

 ニコニコと、オーナー。

 むう、善意なのか、準ねえから引き離したいのか、わからん。

 

「まあ、実を言うと……知人に頼まれてね。知人の恩人筋にあたる店でちょっとトラブルがあったらしい。手を貸してあげたいんだ。心くんなら、心配なく送り出せるし……この店じゃないやり方を経験するのも良いことだと思う」

 

 なんの店ですか?

 

「ああ、洋菓子の店だ。心くんは、これまであまり専門的なデザートには触れてこなかっただろう?」

 

 

 ……洋菓子?

 まさかね。

 

 

 私のフラグ力は、53万です。(白目)

 

 




原作キャラとニアミスっ!(笑)
が、ダメっ……気付かず。


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4:そして俺は、母なる海で出会う……。

増量したら、4話で終わらなくなった作者がいたらしい。(当初は全4話予定だった)
美作家の家庭の事情で、ちょっと『鬱』説明入ります、ご注意を。


 さあ、やってきました修行先。

 洋菓子のジャンルは、確かに新鮮で面白いといえば面白いんだけどさ。

 

 ははは、お店の雰囲気わるーい。

 ヘルプに来た俺に対する扱いもわるーい。

 まあ、お店の中がギスギスしてる時に、ヘルプとして子供がやってきたら『はぁ?』って言いたくなる気持ちはわからないでもないけど。

 

 我慢しつつ、情報を集めてみました。

 うん、どう考えても、うちの母親の実家筋の店だったわ。

 

 母親の言うところのクソ親父は、『美味いものを作れないやつは人じゃない』って感じ。

 そしてクソ兄貴は、『オリジナリティ信奉者』って感じ。

 そこにオリジナリティがない限り、全ては評価するに値しないってとこ。

 

 ……料理って、わりとアレンジの歴史だと思うんだけど。

 まあ、自分の父親の『美味ければ……』の理念に反発して、そういう美学っぽいものを求めた結果なのかもしれない。

 親の教育の歪みは、子供に連鎖していくっていう、いい見本だよね。

 

 う、うちの母親は、立ち直ったから……。(震え声)

 お酒飲んで、実家の悪口なんて、ふつー、ふつー。

 

 

 

 さて、そんな祖父と父親に育てられたわが従兄弟、美作昴くん。

 幼少期は、祖父に育てられ。

 物心ついてから、父親のもとで修行。

 

 俺が言うのもなんだけど、めっちゃ歪んでる。

 いや、歪んでしまった……かな。

 

 子供の頃は、父親から放置されてて……まあ、だから、父親に認めて欲しかったんだと思う。

 そこで、『祖父』の価値観に従って、『美味いもの』を作ってしまったと。

 

 父親の新作を、ちょっとアレンジする形で。

 

 

 ああ、うん。

 そりゃ、無茶苦茶になるわ。

 

 父親の求めるベクトルとは真逆のやり方で、父親を否定する形になっちゃったから……大人げないとは思うけど、父親もまた息子を否定するしかなかったのね。

 それも、全否定。

『模倣は模倣でしかなく、魂がない』とかそんな感じに。

 

 料理に対する主義主張は多いけど、『美味さ』ってのは説得力のあるものさしになりやすい。

 店の人間は、『店主が全否定する息子の方が美味しい』って認識したから……もう、無茶苦茶よ。

 

 猿山のボスが、異物を排除にかかった状態なんだけど、配下を納得させられないわけだ、と。

 

 で、ゴタゴタしてる間に、スタッフが1人独立、2人ほど離職。

 仕事の量はそのままに、人が減ったから、疲労もたまって、余計に店の中がギスギス。

 

 自分の息子の頭を撫でるとか、抱き上げてやりながら、『ははは、俺の息子は天才だ!この店の将来は安泰だな』などと親バカムーヴしてれば、万事オッケーだったはずじゃん。

 

 自分の息子が、自分とは違うやり方で美味い物を作っただけで、アイデンティティが揺らぐとか……。 

 結局、父親も父親で、余裕がないんだろうね。

 そしておそらくは、自分の父親に対しても、何か抱えてるものがあるんだろう。

 よく、『親の教育に縛られる』って表現を使うけどさ、親の主義主張を鵜呑みにするのと同じぐらい、『拒絶』ってのは影響を受けている証明だから。

『美味ければ』の父親に対し、『オリジナリティ』を掲げている時点で、親子の仲にギスギスしたものを感じるけど……当たらずとも、遠からずじゃないかな。

 たぶん、息子を放置して祖父に任せた件も……家庭板ばりの、ドロドロしたものがあったんじゃないかと思う。

 まあ、子供の頃からうちの母親への虐待とか、実家追放とか見ながら育ってきたわけだから……同情はする。

 同情はするんだけどさあ。

 

 お母様、貴女の言うクソ兄貴は、確かにクソです。

 息子を持てあまして、遠月に放り込んで、そのまま追放するつもりらしいっすわ。

 どう考えても、親子の仲直りとかいう段階を過ぎてます。

 

 出来損ないだから追放する。

 自分の手に余るから追放する。

 

 うちの母親への仕打ちと、基本のベクトルは同じなんだよなあ……。

 放っておけないだろ、これは。

 

 そう思って、俺の従兄弟である昴くんに接触。

 

 

 

 美作家によって教育され、出来上がったのが、こちらの昴くん。

 うん、外見は父親とあんまり似てないね。

 ちょっと濃い感じの、端正な顔つき……かな。

 体つきから察するに、まだ本格的な成長期に入ってないっぽい。

 まあ、外見の話はおいとこう……ブーメランになるし。

 

「くくっ、結局あいつはさあ、逃げたんだよ……」

 

 俺も昔は『僕、5歳!』を多用したけどさあ、小学生にしてこのセリフを吐かせる父親ってどうよ?

 擁護できる?

 まあ、5歳や6歳で、『僕はもう疲れたよ』などと、世をはかなみながら死んでいく某主人公に負けるかもしれないけど。

 

 この店へのヘルプの話が、もっと早く来てたら……ここまでこじれなかったのかなあ。

 いや、そもそも話がこじれたから、ヘルプの話がオーナーのところに来たんであって。

 

 人間なんて、所詮万能にはなれないんだけど……俺の従兄弟なんだよなあ、こいつって。

 なんとか力になりたいと思うのは自然だよな。

 

「ははは、美味ければそれでいいんだ。力さえあれば、それでいいんだ。料理なんて、結局はそんなもっ!?」

 

 昴の顎を握りつぶす勢いで、そのまま壁に押し付ける。

 

 おう、そのぐらいにしとけ。

 スポーツだろうが料理だろうが、『そんなもん』扱いされていいジャンルなんてないんだよ。

 おう、どこ見てんだよ、こっち見ろや。

 

 5秒。

 10秒。

 それまで何も見ていなかった昴の目が、ようやく俺を見てくれた。

 

「……なんでだあぁぁぁぁっ!」

 

 うん、ぶん殴られるよね。

 人間生きてれば、ガス抜きは必要なんだけど。

 

「オリジナリティとか、偽物とか、どうでもっ……ただ、頑張ったなって……美味いって……それだけで……」

 

 やばい、今、俺って主人公ムーブしてない?

 こういう場面で殴られるだけ殴られて、相手が落ち着き始めたところで一発だけ殴って……まさしく王道だ。

 努力、友情、勝利の第二ステージ突入ですよ!

 

 2発、3発……。

 くくっ、好きなだけ殴るがいい。

 殴れば殴るほど、俺の主人公力が高まり、お、お前は、敗北フラグを、立てていく……んだよ。

 

「俺はっ、パパに、パパにぃっ……」

 

 パパ言うな!

 つーか、なんで俺が一方的に殴られなきゃいかんのだ!

 やってられっか!

 そもそも、殴られる覚悟は出来てんだろうな!

 

 大人気なく、そして容赦なく。

 ローキックから、関節技に移行し、最後はキュッと締め落としてやった。

 

 うん、主人公とか無理。

 あんな格好いいことできんわ。

 俺って、1発殴られたら、3発ぐらいは殴り返したくなる俗物だもの。

 

 夕陽の河原で殴り合って『ユウジョウ!』とかないわ。

 そりゃ、世界から戦争とかなくならないわけだよ。

 

 

 

 

 勝てばいいとか、相手の土俵にあがらないってのは、戦争のやり方だから。

 父親に認められたいってことは、まず父親の何かを認めてからじゃないと話にならんのよ。

 つまり、戦争じゃなくて、喧嘩。

 戦争と喧嘩は別物だから、まず、喧嘩の仕方を覚えよう、な?

 

「……」

 

 ああ、言っておくけど、俺とお前、従兄弟同士だから。

 うちの母親、どうもクズ扱いされて美作家を追放されたっぽい。

 

「……マジか?」

 

 マジよ。

 

 俺とお前は仲間だよ、的な語りって、なんとなく後ろめたくなるよね。

 やるけどさ。

 ほんと、人の悪口は、コミュニケーションの第一歩とは、よく言ったもんだね。

 

 

 

 しかし、昴は俺と同学年か。

 昴も、勉強は家でやるだけで、学校とか通わずに家で修行だったそうな。

 親近感覚えるわあ……。

 

 あれ?

 

 そういや、俺って……。

 準ねえは、家族枠だし、友達とか、いない?

 俺の会話する相手って……ほかに誰か……いたっけ?

 

 ぼ、ぼぼぼ、ぼっちちゃうわ!

 結婚披露宴の友人招待枠で、夫婦揃って頭を抱えたカップルとは違うんです。

 

 ほ、ほら、料理というやり甲斐にあふれた仕事を、アットホームな職場で頑張ってる。

 

 待って、社畜とか言わないで!

 その言葉は、俺に効く……。

 

 

 友情大事、超大事。

 ほどほどに豊かな人間関係が、ほどほどに幸せな人生をもたらす。

 

 俺は、昴に、手を差し出した。

 

 母親が追放された家で、生涯の友を得る。

 運命的な導きを感じるよ。(自己暗示中)

 

 俺は、早瀬心。

 いや、心だけでいい。

 ただの、心と呼んでくれ。

 

「……昴」

 

 俺の差し出した手を握ってくれた。

 

 俺と昴の間に、何かがつながった。

 でも、今は脆弱な糸のようなもの。

 この、絆とも呼べない何かを、強靭に練り上げるためには……共同作業だ。

 そのための生贄……ゲフンゲフン、そう、共通の敵。

 

 わかりやすいな。

 

 俺は、母親が受けた仕打ちへの意趣返し。

 昴は、主人公ムーヴの、父親越え。

 その、王道的なベクトルを、友情パワーで包み込めば……。

 

 綺麗なドラマが出来上がる。

 

 主人公じゃなくても、脇役ですらなくても、ドラマは転がっているってね。

 でもまあ、その前に……確かめなきゃいけないことがある。

 

 

 俺は、昴を連れて家に……じゃなかった、オーナーに会いに行った。

 うん、職場に『帰る』とか、仕事場を『家』とか言い出したらやばいから、マジで。

 

 さて、オーナー。

 うちの母親の実家のことを知ってた上で、俺を修行に行かせましたね?

 

 目を泳がせるオーナーの脇腹に、奥さんのエルボーが叩き込まれた。

 うん、準ねえがいなくてよかったですね。(棒)

 

 

 ……えっと、大丈夫ですか?

 

「いや、その……心くん。『知人』の頼みで『知人の恩人筋の店』と私は言ったね?」

 

 ええ、それが何か?

 

 オーナーは、俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。

 

「『知人』というのは、きみのお母さんのことだよ」

 

 ……。

 

「きみのお母さんが、美作家でどういう扱いを受けたか……想像はつく。怒りはあるだろう、恨みもあるだろう……でも、それでも……彼女にとっては実家であり、親戚で……」

 

 いったん言葉を切り、オーナーは昴を見た。

 

「放っておけなかったんだろう」

 

 出来損ないとして、追放された自分。

 そして、追放されそうになっていた昴。

 

 料理の腕がモノを言う実家で、自分にはできない、でも俺にはできる……と。

 

 

 昴を、見た。

 泣いていた。

 ああ、確かに。

 これはずるい、反則だ。

 

 家を追放された叔母が、会ったこともない叔母が、自分を気にかけてくれていた。

 昴は聡い。

 そして、愛情に飢えている。

 

 声をあげずに泣く昴を、オーナー夫妻が、優しい目で見つめている。

 

 そして俺は、『ざまあ!』を繰り返しながら酒を飲んで騒いでいた母親の姿を思い出して、こめかみを押さえた。

 

 あんな実家なんかぶっ潰しちゃえ……という、副音声が聞こえてくるんですけど。

 気のせいかな?

 気のせいだよね。

 

 いやいや。

 綺麗な母親と、醜い母親の可能性。

 だったら、息子の俺は、綺麗な母親を選ぶぜ。(自己暗示中)

 

 この世に生を受けて10年あまり。

 初めて出来た友達のためにもな。

 

 俺は、涙を流し続ける昴の肩を叩き、無理やりその手をとって握手した。

 ああ、料理人の手だな。

 俺よりもイケメン(主観)だけど、友達だから目をつぶろう。

 

 なあ、昴。

 これからやることはシンプルだ。

 ただ勝つのではなく、相手の土俵で勝つ。

 それで、仲直りするきっかけになればよし、父親の心を完全に折るもよし。

 俺と昴の手で、それだけのクオリティの『オリジナリティ溢れるデザート』を作りあげる。

 それだけのことだよ。

 

 

 俺と昴の友情パワーは、53万です。(予定)

 

 




次で最終話なんだからね。


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5:そして平穏な日々は続いていく。(平穏とは言ってない)

気づけ、主人公。
昴は、原作でも屈指のチートキャラだ。(笑)


 さて、昴。

 勝負というのは、勝つか負けるかわからないから、勝負という。

 絶対に負けない勝負は、勝負ではなく、ただの蹂躙だから。

 相手の分析と、自分を知ること。

 まあ、自分に出来ることとできないこと、相手にできることとできないことを知るってことね。

 

 俺の言葉を、どこか憑き物が落ちた感じの昴は素直に聞いている。

 うまくいくにしろ、失敗するにしろ、昴はうちの母親が引き取る方向で、話を進めているらしい……水面下で。

 

 まず、自分を知るということで……とりあえず、俺の料理を振舞ってみました。

 色々できるよと知ってもらうために、広く浅くのベクトルで知識と技術を用いたあり合わせの料理だったけど、昴がいいリアクションを返してきたから満足。

 

 目を見開き、動きが止まる。

 そして、猛然と食べ始める……うむ、こういうのでいいんだよ、こういうので。

 

 脱衣とか、【武士の情け】とか、目の保養になることは否定しないけど、そのあとの床の掃除とか、介護とか考えるとさあ。

 

 さて、昴の料理の腕前はどうよ。

 デザートというか、洋菓子のジャンル特化かな?

 

 

 

 

 お恥ずかしい話ですが、俺の料理力はチートだなどと考えてた頃もありました。(震え声)

 

 俺の従兄弟であり、友人でもある昴くん。

 俺の料理を、一度見て、味わっただけで、ほぼ完全に再現してくれました。(白目)

 ははは、ご丁寧に、俺の動きまでトレースしてきたよ。

 

 洋菓子職人も、日本料理の手法とか普通に使えるんだ……と思って尋ねてみたら、『初めて見た』とか言われましたよ。

 

 これが若さというか、転生者が陥る罠ってやつか。

 無意識に昴のことを下に見てたかも……うん、痛いヤツだな俺って。

 

 それにしても、これが、本当の才能か。

 そりゃ、考えてみれば……あの準ねえが、退学になるんだもんな。

 この世界が、俺の睨んだように料理漫画系の擬似世界だとすれば、遠月って学校は原作ラインに深く関わる舞台だと思うのよ。

 1000人が入学して、卒業できるのは十数人~数十人。

 でも、そのレベルが毎年毎年卒業していくわけだ。

 

 あのオーナー夫妻レベルが毎年数十人かぁ……。

 しかも、遠月限定の話で。

 

 もしかしたら、準ねえの『遠月に進学させるのは反対』ってのも、優しさと思いやりだったのかもなあ……俺の心が折れないようにって。

 

 安心しなよ準ねえ。

 道は、人ぞれぞれだ。

 仮に心が折れたとしても、歩みを止める理由にはならない。

 決して、俺が前世(仮)で社畜だったというわけじゃないが、挫折や蹉跌、理不尽に対する耐性は、身につけているつもりだし。 

 

 それに、昴のためにも、父親越えの手助けをしてやらないといけない。

 歩みを止める暇もないし、心を折られている場合じゃない。

 なんせ、俺の名前は『心』だ。

 うちの母親、いい名前をつけてくれたよ。

 

 でも、遠月は、化け物の巣窟って理解した。

 うん、現状を知るって大事だね。

 

 

 それはそれとして、せっかくだから昴にアドバイスを求めたところ、子供の頃から刺繍をやらされていたらしい。

 ああ、そういや外科医が手先の器用さの鍛錬のために……とかいう話を聞いたことがあるな。

 なるほど、物心着いた頃から、手先の器用さというか、繊細さを養う……か。

 洋菓子職人の繊細さってのは、こういう日々の積み重ねが生み出すものなんだな。

 

 よし、俺も刺繍をしよう。

 スポーツの世界でも、子供の頃は1種目に専念するのではなく、いろんな競技をする方がよく発達するって言ってたしな。

 

 幸い、その手の作業は嫌いじゃない。

 準ねえや、オーナー夫妻、両親、誠に幸、翼に、刺繍入りのハンカチでも作るとこから始めるか。 

 

 

 

 さて、店のヘルプは続いているんだけど。

 相変わらず、雰囲気も居心地も悪いが、目標があれば人は耐えられる。

 逆に、目標を失ったとき、耐えられなくなる。

 

 焦りは禁物だが、急いだほうがいいな。

 美作家だけの問題じゃない。

 店で働くスタッフの人生まで関係してくるんだ。

 

 店が終われば、昴と2人で試行錯誤だ。

 確かに昴はすごいが、弱点も見えてきた。

 俺の動きのトレースに関して、そうしないと、味の再現ができなかったようだ。

 つまり、俺のチートの初期状態というか、こうすれば美味しくなると理解しているわけじゃないから、調理条件が変わるだけで再現レベルが下がってしまう。

 なるほど、どちらにせよ、努力無用の便利なチートなんてものは存在しないのね。

 

 うん?

 昴って、遠月に放り込まれる予定だったんだよな?

 

1:実家との確執による、人格面の歪み。(現状はクリア)

2:卓越した繊細さと、飾りつけというか美的センス。

3:繊細さをもとにした、トレース技術。

 

 まさかこいつ、主人公ポジじゃないだろうな?

 

 いやいや、そんなこと考えてる場合じゃない。

 洋菓子職人として仕込まれている昴と、俺の組み合わせは悪くない。

 なんせ、『味付け』という点で、俺の能力がピンポイントで使える。

 

 それと、なんていうか。

 俺と同年代の、同性の昴と、2人で切磋琢磨してると……楽しい。

 別に、オーナー夫妻や、準ねえと仕事するのがどうだって話じゃないんだけど、こう、男友達っていうか、競い合える友人ってのは、別物なんだな。

 心なしか、昴もいい顔してると思う。

 最初に比べて、なんか顔つきも変わってきたし……それまで歩んできた人生が顔つきを変えていくってことかな。

 ストレスは、人類の敵だな。

 

 なんとなくだけど、いい感じだと思う。

 でも、この世界は化け物のような料理人がうようよしている世界なんだよな。

 

 ごめん、オーナー。

 

 俺は……全力を出すよ。

 

 たぶん、全力を出しても、勝てるかどうかわからない……そんなレベルの争いになるはずだ、きっと。

 主人公でもない人間に、世界はそんなに甘くないし、優しくない。

 

 余力を残して負けるなんて最悪だ。

 俺だけじゃなく、昴のためにもならない。

 全力だ、全力でぶつかる。

 昴にも、全力を振り絞ってもらう。

 

 全力を振り絞った先に……何かが見える、かも知れない。

 それは、自分自身だったり、将来に向けた目標だったり……もしかしたら、『何もわからないということがわかる』だけかもしれない。

 まあ、無知の知とも言うしね。

 

 たぶん、大事なことだと思う。

 うまく言えないけど、そんな気がする。

 

 転生者として、人生の先輩としての勘ってやつかな。

 

 

 

 

 

 そして、俺と昴は、完成させた。

 料理の道が果てしないように、あくまでも現段階で、だけど。

 2人が全力を振り絞った、渾身の一作。

 

 オーナー夫妻と準ねえが、完成品を見てちょっと不安そうにしてたけど……やれるだけのことはやったと思う。

 勝ち負けじゃない。

 勝ちたいけど、決してそれだけじゃない。

 

 うちの母親は、なんか口元を押さえてたけど……やっぱり、実家の思い出というか、洋菓子そのものに拒否感があるんだろうか。

 いつか、母親に俺の作ったデザートを食べてもらおう、そう思った。

 

 俺と違って、昴は平然としている。

 いや、口元には微かに笑みまで浮かべている。

 ちょっと羨ましいな。

 

 じゃあ、行くか。昴。

 

「ああ、行こう」

 

 こつん、と拳を打ち合わせ、俺と昴は、戦いに挑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……どうしてこうなった?

 

 いや、昴。

 むしろ、『どうしてこうならないと想像していた?』って表情で俺を見るのはやめて。

 

 うん、大惨事だ。

 というか、絵面(えづら)がひどい。

 

 スタッフ全員、ヘヴン状態です。

 

 これは俺が男だからそう思うのか、男のヘヴン状態は、正直見苦しい。

 黒歴史なんてレベルじゃない。

 そして、昴が、淡々と自分の父親と祖父の醜態を動画で撮影してます。

 

 いや、何してんの?

 この光景、知らない人が見たら、警察に通報されそうなんだけど。

 

「おばさんに頼まれたから」

 

 何してんのかーさん!

 せっかく、昴の心の闇が払拭されたってのに!

 

 ……あれかっ!

 あの時口を押さえてたのは、『まだ笑う時間じゃない』ってことか!

 

 これ、勝負じゃなくて、ただの蹂躙だった……?

 うわあ、やれるだけのことはやったというより、やれるだけやっちまった……。

 

 

 

 相手の料理力を感じ取り、適切な料理を作る……か。

 オーナーはすごいや。

 確かに大事だ。

 うん、俺はまだまだ未熟。

 そう、だからこれは、未熟ゆえに起こった事故。

 俺も昴も、まだまだ子供(強調)だからね、仕方ないね。(白目)

 

 うん、昴。

 心ゆくまで撮影しててくれ。

 俺は、床の掃除をするから。

 

 床でビクンビクンしてるスタッフに……数が足りないから、女性だけに毛布をかけ、淡々と床の掃除をこなす。

 

 どうやら、俺の料理力は、チートってほどじゃないみたいだけど、結構イケるかも、ぐらいのレベルにはあるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの一件の後。

 

 昴は、いい性格になった。

 ちょっと斜に構えた部分はあるけど、俺としては、良い感じに砕け、悪巧みもできる、付き合いやすいタイプになった。

 俺の家に住み、俺と一緒にオーナーの店で修行をしている。

 

 うちの母親は、なんというかものすごく明るくなった。

 でも、昴が撮影した動画を見ながらニヤニヤするのはやめて欲しい。

 幼少期の教育って大事、超大事。

 

 だからこそ、誠と幸には、過保護でもなく放置でもなく、この世界のいろんなものを見せてやりたいと思う。

 

 

 ……え、母親の実家(美作家)がどうなったのって?

 

 し、心折スタッフが5割、逆に奮起したスタッフが4割、かな。

 うん、いろいろ頑張ってるんじゃないかな。(目逸らし)

 こ、子供の無邪気さって、時に残酷な結果を生むから。

 オーナーも、後始末を知り合いに頼んでくれたし……。

 

 そうそう、オーナー夫妻は、相変わらずだ。

 ただ、昴という即戦力に近い人材をゲットしたため、色々と悩んでいる。

 とりあえず、二号店の展開とか、業務拡大にはあまり興味がないらしい。

 俺はともかく、昴にはいろんな料理の世界を見せて、その上で進路を選ばせたいそうだ。

 

 あ、俺には選択肢はないんですね、わかります。

 別にそれがいやってわけじゃないからいいんだけど。

 

 ちなみに、翼が、俺じゃなく昴に懐きはじめた。

 やはり、昴の方がイケメンだからか。

 まあ……仕方ない。

 

 そして、準ねえ。

 俺を正座させ、頭をペチンペチン叩いている。

 例の一件で、洋菓子職人が……残り1割のスタッフである女性二人が俺につきまとうようになったからだ。

 正確には、俺と昴の合作目当てだと思うんだけど。

 

「心の、全力の料理を食べていいのは私だけなんだから!」

 

 やめてよ、準ねえ。

 俺の料理を、フラグメーカーみたいな言い方するのは。

 チートかなって思った時期もあったけど、俺はそんな大した料理人じゃないんだから。

 

 ペチンペチン。

 

 いや、わかってないって、何がわかってないっていうのよ?

 

 準ねえが、俺を睨みながら言う。

 

「いい?絶対に、遠月に進学したらダメだから」

 

 ははは。

 料理人として興味がないとは言わないけど、化け物ぞろいの場所に近づこうとは思わないって。

 

「お、おとーさんとおかーさんは、その化け物ぞろいの学校の、1席と2席卒業なのっ!」

 

 え、マジで?

 パないと思ってたけど、やっぱ、すごい人なんだ。

 

 などと感心してたら、準ねえが、ムッとする。

 

「わ、私だって…」

 

 退学だよね?

 

「退学だけど、退学じゃないのっ!」

 

 ペチンペチンペチンペチン。

 

 なんだろう、よくわからん。

 オーナー夫妻に対するコンプレックスってわけでもなさそうだし。

 

 うん、料理を作ろう。

 俺は、料理人だからな。

 

 準ねえ、何が食べたい?

 

「……なんでもいいけど、本気の料理を」

 

 ちょっと涙目の準ねえに向かって、俺は微笑んだ。

 腕を、振るわせてもらうよ、準ねえ。

 

 

 ありきたりだけど、俺はこの果てしなく続く料理の道を歩き始めたばかりだ。

 道ってやつは、ありふれた日常を続けていくことで、進んでいくんだ……きっと。

 

 俺の日常力は、53万だぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわーん、心のばかぁ!総帥の孫娘が、アンタの料理目当てにやってきちゃったじゃないっ!」

 

 え、誰それ?

 ああ、あの時の女の子……って、なんか重要人物なの?

 

 ペチンペチン。

 

 泣きながら俺を叩いてくる準ねえ。

 無言で、でも、その子供らしからぬ目力で俺に料理を要求してくる女の子。

 騒ぎに乗じて、俺にスイーツを要求してくる女性が2人。

 そして昴は、姿を消している。

 

 ごめん、俺の日常力、ちょっと自信なくなってきた。

 53万じゃなくて、5ぐらいしかないかもしれない。

 

 




これにてひとまず終了でございます。

高任先生の、次回作にご期待下さい。

……おまけ話もあるのよ。(チラッ)


追記。
誤字報告感謝です。


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おまけの小ネタ集。

おまけということで、おもに他人視点。
ちょっとオーバーだったり、説明くさかったりします。


 おまけ1:主人公は無自覚なテロリスト。

 

 

 目が覚めた。

 素肌に、毛布の感触。

 顔を横に向けると、あの人の背中。

 ああ、とため息をつき……羞恥に悶えた。

 

『僕の考えた最強のねこまんまが完成した!』

 

 ふざけちゃダメよとたしなめようと思う気持ちと、年齢相応の子供らしさを微笑ましく思う気持ちと。

 とりあえず、娘がやるようにペシンと頭を叩いて、帰らせた。

 

 一見、料理とも言えない料理。

 だから、油断した。

 あの、『天災』が、本気で取り組んだ料理だってことが、頭からスポーンと抜けていた。

 

 なんの気構えもせず、一口。

 食べてしまった。

 

 数種類の味噌のブレンド。

 米のブレンド。

 これ、ダシも……。

 

 くっ、こ、こんな料理(ねこまんま)で。

 悔しい、でもとろけちゃう。

 

 風味が、味覚が、全身で弾けた。

 

 陶然としたところに、あの人がやってきて……押し倒された。

 たぶん、ひどい格好をしてたんでしょうね、私。

 いや、それはいいの。

 それはいいんだけれど。

 

 

 そっと、お腹を撫でる。

 

 ……今、危ない時期だったのよね。

 

 

 

 

 

 

 

 生まれてきた娘に、翼と名付けた。

 

 

 

 おまけ2:暴君、遠月やめるってよ。

 

 

 大庭準は、遠月学園86期生である。(ソーマは、92期生)

 できる限り、原作キャラとは関係しない年代を選んだらここになった……というのはメタ発言だ。(笑)

 

 遠月の教育は、中等部と高等部とではベクトルが違う。(独自解釈)

 

 中等部は、料理知識、調理知識、食材知識、機材知識、経営論など、料理人として、また経営者として必要と思われる知識を、広く、深く、学ぶことが出来る。

 

 その一方で、高等部の教育は……授業もあるけど、基本は自己研鑽だ。

 高等部の教育は、よく言えば実践主義であり、悪く言えば食戟特化。

 まあ、そもそもの理念が、『1%の珠を生むために99%の生贄を必要とする場所』だから、生徒としては受け入れるしかない。

 つまり、切り捨てが前提の教育の場なので……料理人としての基礎教育は『中等部までには終わらせる』というのがコンセプトだ。

 

 それゆえに、『高等部からの編入希望』は、料理人としての修行ではなく、遠月という教育の場に集まる食品および料理関係者とのコネ作りを夢見てのものになる。

 なお、例外として……『遠月ブランドに憧れただけの勘違い者』や、『食戟が大好きなふれんず』もいる。

 

 以上を前提に、我らが準ねえにとって、遠月の高等部は、どんな場所だったか。

 

 

 

 

 人生って、ままならないことばっかりね。

 

 ため息をついた。

 中等部を卒業して、両親と話し合った、安心安定のプラン。

 

 高等部に入学したら、最速で十傑の地位を手に入れ、必要なコネを手に入れつつ、適当なところで自主退学。

 正直、十傑のまま卒業するとしがらみが増えすぎて面倒くさいことになるのだとか。

 父さんも、母さんも、しみじみとした表情で語るあたり、苦労したのだろう。

 

 と、いうか……卒業とほぼ同時に『出産と子育て』って名目で、隠遁して逃げ回った……のが、私の出生秘話とか、ぶっちゃけられても困る。

 

 ……父さん、一席卒業だしね。

 歴代一席の写真が飾られて……あれは私もゴメンだわ。

 

 まあ、それはそれとして十傑の地位を手に入れるまでは順調だったんだけど。

 

 (十傑の仕事に)飽きた。

 (人間関係が)めんどい。

 

 というか、私、もう退学(ゴール)してもいいよね?

 

 付き人に向かって、いつもの泣き言をもらしたが……いつものようにスルーされた。

 

 そもそも、十傑の地位を、放り出そうとしても、『学園への貢献度が非常に高いため』などという理由で却下される。

 食戟で勝った相手に、勝者特権で押し付けようとしたら、総帥直々に説教されたし。

 ちゃんと、実力を見極めたうえでの譲渡だからいいじゃない。

 

 だったらと、退学届を提出しても提出しても、何故か受理されない。

 

 なにこれ、もしかして十傑って、呪われた装備なの?

 

「いえ……基本的に、誰もが十傑の地位を欲しがってると思いますが」

 

 というかさあ、問題なのは、私じゃなくて、私以外の十傑メンバーでしょ?

 

 どいつもこいつも、世界を放浪して料理修行に出たっきり戻ってこないわ、権力争いに躍起になってる馬鹿はいるわ……権利と義務がセットって、最低限の認識じゃない?

 会議にメンバーが揃わないのは当たり前で、学校のイベントの仕事も放置とか……。

 

 自分勝手にヒャッハーしてる連中が放置で、なんで私だけ怒られるのかな?かな?

 

 3人の付き人がそろって、ついーと、目をそらす。

 

 そのまま、十数秒。

 沈黙に耐えられなくなったのか、ようやく1人が口を開いた。

 

「お、大庭先輩しか……仕事しないから、かな?かな?」

 

 ねえ、アンタ……私、高等部に上がってから、一度も家に帰ってないのよ?

 帰らせろ。

 家に帰らせろ。

 家に帰って、心の栄養を補給させろ。(本命)

 

「わ、私だって、大庭先輩の付き人になってから、休日をとったことないです!」

「あ、あなたは1年だからまだいいでしょ!私なんか、準が十傑メンバーにカチコんで(物理含む)からずっと……」

「……休みがあるから辛いと思うの。だったら、最初から休みなんてなかったと思えばいい……」

 

 ……知ってた。

 この娘たちも、被害者なのよ。

 

 十傑入りしたら、雑事が増えて料理する時間が減っちゃうとか、どんな罰ゲームなのよ……。

 権限が増えたところで、料理する時間がなくなりゃ、なんの意味もないわ。

 

 十傑からしてこの有様だから、私たちの世代はハズレ世代とか言われるのよ。

 まあ、高等部に上がって半年で十傑メンバーになれたって意味ではありがたかったけど。

 

 私以外の十傑が好き勝手やって、負担が全部のしかかってくるとか……。

 

 あれ?

 なんで私だけ、こんな我慢しなきゃいけないのかな?

 

 料理したい、家に帰りたい、心の料理食べたい。

 

 心の料理食べて……えへへ。

 私の心が丸裸にされて……溶け合っちゃうあの感覚。

 

「……大庭先輩が、またメスの顔になってる」

「シッ!」

「あの顔はむしろ、女をやめてるとしか……」

 

 

 聞こえてるから。

 

 

 ああ、はやく中等部から、タキちゃん上がってこないかなあ。

 あの娘なら、任せられると思うんだけど。

 

 タキちゃんと、新メンバーを十傑に推薦して……それじゃあ、私が逃げられないか。

 

 んー。

 機能不全を起こしてる十傑メンバーをどうにかする。

 そして、私はここから逃げる。

 

 あ、ひらめいた。

 

 物理で、ヤっちゃえばいいじゃない。

 3年はいなくなるからいいか。

 2年のメンバーね。

 うん、あいつら、衆人環視のなかで料理で叩きのめして、そのあとに物理的にシメよう。

 

 十傑メンバーの監督不行き届きと、暴行傷害。

 

 うん、物理的に退学しちゃおう、そうしよう。

 

 そうと決まれば。

 

 付き人の3人を見る。

 

 この娘達が困らないように話をつけて、便宜を図って……ああ、結局忙しいことには変わりないのね。 

 

 

 

 

 おまけ3:人のふり見て……。

 

 

 勝つか負けるかわからないから勝負だと。

 絶対に負けない勝負は、ただの蹂躙だと。

 

 そう言ってあいつは、まるで妥協を許さなかった。

 

 ああ、蹂躙しつくすつもりなんだな、と。

 そう思ったとき、俺の心から……何か、刺のようなものが抜けた。

 

 父を、祖父を、哀れに感じた。

 それと同時に、父を、祖父を、そして美作家にこだわっていた自分に気づけた。

 

 それまで顔も名前も、存在も知らなかった叔母さんが、『やっちゃえ』と、とてもいい笑顔で後押しするから、まあ、いいのかなと。

 そう思ったら、楽しくなった。

 

 

 そしてあの、約束の場所。

 

 不思議そうにそれを見つめていたあいつの顔を見て、気づいた。

 

 あ、こいつ自分のことわかってねえ、と。

 

 

 でもまあ、自分の立ち位置を定めるはずの、周囲のメンバーがおかしいから仕方ないのかもしれない。

 オーナー夫妻はもちろん、大庭家全員(現時点で翼を除く)がまずおかしい。

 

 遠月の1席、2席卒業の夫婦は、そもそも同学年と聞いた。

 準さんも、退学になったとは言うが、正直眉唾だと思ってる。

 

 たぶん、あいつの中のものさしはこんな感じか。

 

 オーナー夫妻はすごくて、遠月の卒業生。

 準さんもすごいけど、遠月の落第生。

 叔母さんが、一般人。

 

 そして自分自身は、料理人としてやっていけるレベルぐらいに考えてる。

 

 おそらく、準さん≒自分>叔母さん(一般人)という比較式が成立してるんだろう。 

 

 

 ……ちょっと考えればわかるはずなんだがな。

 

 その『すごい』奥さんの穴を、準さん1人で埋められる。

 遠月の二席卒業は、そんなに軽くない。

 

 そしてなにより、叔母さんだ。

 確かに、美作家を『出来損ない』として追放されたのかもしれない。

 でも、それを『一般人』として考えるのは絶対おかしい。

 

 たぶん、準さんをはじめ、オーナー夫妻が、意図的に偏った『遠月の知識』を与えている気がする。

 触れないほうがいいんだろうな、俺は。

 

 

 まあ、そういうわけで、あいつは自己評価がおかしい。

 それはつまり、周囲への評価もおかしいってことで……。

 

 だから……。

 

 あいつの言う、俺の評価。

 

 話半分ぐらいに聞いとくか。

 天才なんてのは、そんなにゴロゴロと転がってるもんでもないだろ。

 

 

 

 おまけ4:僕、経営者ぁっ!

 

 

 まあ、料理人にもいろいろスタイルがあるね。

 ただ、食戟にありがちの、1食完全燃焼主義がキャリアに活かされる料理人のあり方って、そんなに多くないと思うんだよ。

 

 店を経営する。

 料理を作る。

 食材を仕入れる。

 情報収集。

 そして、新作を作ったり、自分を研鑽する時間。

 

 人間一人のリソースは有限なんだ。

 

 毎日毎日、やってくるお客に対して、ほぼ同等の料理をコンスタントに提供し続ける。

 私が心くんにいつも言ってる『美味すぎない料理。それでいながら満足してもらえる美味さ』ってのは、それを見越したものだ。

 

 疲労のせいで昨日と同じ働きができないとか、幻の食材は滅多に手に入らないから幻なんだとか……瞬間最大的な美味しさを売りをメインにすると、余計な苦労をするよ。

 もちろん、私の主張が絶対に正しいとまでは言わないけどね。

 

 人を雇えばいいと言われるかもしれないけど、腕と人格、信頼できる人間はそんなに多くない。

 コスト面でもね。

 

 

 

 ……と、いうわけで、何か言い訳はあるかい?

 

「いや、その、なんか話が無駄に大きくなってませんか……」

 

 この店は、私(と妻)が経営している店だからね。(にっこり)

 

「申し訳ありませんでした」

 

 心くんの土下座を見て、私はため息をついた。

 

 

『僕の考えた最強のお茶漬けが完成しました!』

 

 さあ、これから店を開こうかというタイミングで、妻と、準と、昴くんが、戦線離脱した。

 今日は、ハードな一日になりそうだ。

 まずは店の掃除と……。

 

 もう一度、心くんを見る。

 本当にもう、この『天災』くんときたら。

 

 

 料理力の差が、リアクションを生む。

 それは、真実の一面だ。

 しかし、その真実には先がある。

 

 優秀な料理人は、総じて優秀な舌を持っている。

 それは、美味さを、刺激を、受け取る能力だ。

 

 遠月関係者のリアクションが派手と言われるのは、それが理由だ。(強弁)

 

 

 だから。

 彼を、遠月に進学させるわけにはいかないという意見には私も賛成だ。

 

 じゅ、準との仲を……み、認めることには、や、やぶさかではないつもりだけどね。

 

 というか、もういろんな意味で手遅れだし。(震え声)

 

 

 

 おまけ5:プライド。

 

 

 神の舌……そう称されるようになってから久しい。

 

 私は、お金をもらって料理を試食する。

 そういう立場だ。

 

『薙切』の名と、この『舌』を無視すれば、私はただの小娘でしかない。

 私に向けられる顔のほとんどは、『媚び』という一言で表現できる。

 そうでない人間は、料理の実力や地位というものを背負った人たち。

 

 でも、私に出す料理はいつだって真摯だ。

 

 それが、評価するに値しない料理であっても……結果として切り捨てるしかない料理であっても、『私に評価されるために作られた』ものであることを疑ったことはない。

 

 

 

 あの日、お祖父様に連れられて行った場所。

 

 私は、手加減された。

 

 香りが。

 味が。

 気配が。

 

『このぐらいでいいよね』

 

 そう語りかけてきていた。

 

 私は戸惑い、そして料理人を睨みつけた。

 睨みつけた理由を考えることもなく。

 

 その場はそれでおしまい。

 

 最初に気づいたのは、自分が久しぶりに料理人の顔をまともに見たこと。

 お祖父様に紹介されたわけでもなく、昔からの顔なじみというわけでもない。

 

 試食。

 試食。

 試食。

 

 料理しか見てこなかった自分。

 

 手加減された自分。

 

 じわりと。

 熱く、大きな感情を覚えた。

 

 怒りだ。

 

 

 

 これは、試食じゃない。

 私のもとへ、足を運ばせるのではなく、私から足を運んだ。

 私は、客になる。

 

 静かに、しかし、気持ちを乗せて睨みつける。

 

 

 出しなさい。

 本気の料理を出しなさい。

 

 

 

 あれから数年。

 この店に足を運ぶのは、何度目になるだろうか。

 

 この店の料理人は、彼だけじゃなく……私に本気を見せてくれない。

 それが、悔しくもあり、嬉しくもある。

 不思議な気分だ。

 

 

 ……ところで、あなたは準さん、でしたよね?なぜ私に対して刺々しいのですか?

 

「学園のゴタゴタを持ち込んで欲しくないんですけど」

 

 そうですね。

 

 微笑みを返した……そのつもり。

 

 

 

 次にこの店にやってくる頃には……カタが付いているといいのですけど。

 

 

 

 

 おまけ6:そう遠くもない未来。

 

 

 

「なんて言ったらいいのかしら……えっと、(あなた)はね、心くんのねこまんまのおかげで生まれたのよ」

 

 

 どうやら、お母さんは、私にグレてもらいたいらしい。 

 思春期の女の子に対しては、もう少し慎重に言葉を選ぶべきだと思うの。

 

「私なんか、人から逃げるための口実の子作りの結果よ……今さらだけど、うちの両親って、常識人ぶってるけど、どっかネジが外れてるのよ」

 

 たぶん……準姉さんには、言われたくないと思うわ。

 

 当然、準姉さんと結婚した心兄さんは……いい人だし、好きだけど、変人であることは否定できないし……。

 

 

 あれ?

 私の家族って、変人しかいなくない?

 

 もしかして、料理人って、みんな変人なの?

 

 

 

 待って、昴にぃ。

 無言で目をそらすのやめて。

 

 昴にぃはまともだよね?

 いつも、準姉さんや、心兄さんのストッパーになってくれてるし、常識枠ってやつだよね?

 

 変人なのはうちの家族だけで、料理人が変人ってわけじゃないよね?

 

 お父さんたちからいろいろ教えてもらってるけど、私、おかしくなってなんかないよね?

 

 ちょっ。

 まこにぃ、みゆき!

 なんで逃げるの!?

 

 そういう優しさに見せかけた暴力はダメなんだからね!

 

 

 

 

 大庭家と、早瀬家は、今日も平和です。

 

 

 

 おまけ?:しあわせのかたち。

 

 

「……美作の血のせいって思ったんだけど、結局(あなた)って突然変異だったのかしらね」

 

 しみじみと、そんなことを言い出す母親の髪には、白いものが混じっている。

 

 結局、言えなかったなあ……前世の記憶持ちとか。

 今思えば、相当おかしな子供だったと思うんだけど。

 今は今で、翼ちゃんには変人扱いだし。

 

 義務教育の小学校や中学校にもろくに通わず、料理の修行に明け暮れて。

 準ねえとの結婚を意識し始めた時に、自分の子供のことを意識した。

 

 高卒ぐらいの資格は取っておくかと、準ねえと二人で勉強して。

 

 

 ああ、そうじゃないな。

 ちゃんと、母親がしっかりしてるうちに聞いておかないと。

 人間、いつ何が起きるかわからないしな。

 

 誠や、幸を見てると……俺が母親に振り回されたんじゃなく、母親が俺に、俺のチートに振り回されたんじゃないかって気がする。

 

 

 ねえ、母さん。

 俺は、いい息子だったかな?

 

 

 母親は、笑ってくれた。

 

 うん、それだけでいいから。

 満面の笑みで、またあの動画を見返さないで。

 

 どんだけ、恨んでるんだよ……復讐の闇は深い。(震え声)

 

 

 それじゃ、そろそろ帰るわ。

 準の様子も心配だし。

 

「ばいばーい」

 

 やめて。

 自分の子供に、『ばいばい』されるのって、心にくるの。

 一時的にあずけてるだけだから。

『ほら、まーまって言って』とか、嘘教えてるんじゃないぞ、ババア。

 

 子育て大事、超大事。

 ちゃんと時間作るから、準が子供産んだら、ちゃんと時間作るから。(震え声)

 

 仕事にかまければ家庭が壊れ、家庭にかまければ仕事が壊れる。

 げに生きにくきは、人の世よ、って。

 

 膝をカクカクさせながら立ち上がった俺の背中に、ぽつりと。

 

「ありがとう」

 

 母親の言葉。

 

 

 ……うん、俺は生きている。

 たぶん、料理バトル系作品の擬似世界で。

 

 




オーナー夫妻は、ソーマの父親や、堂島さんよりちょっと年上ぐらい、かな。
そこは、ふわっとした、『ちみつなせってい(笑)』で、脳内変換お願いします。


これにて幕引きでございます。
応援ありがとうございました。

次は、どの星にかけようか……。(昭和生まれにしか通じないネタで逃亡) 


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