起動戦士ガンダム・オンライン (グッドネイバー)
しおりを挟む
出会い
つまらない……
この世界は、とてつもなくつまらない
変わり映えの無い日常、光景、習慣、家族、勉強で学ぶこともテレビで知ったことも、何一つ面白みを感じることが出来ない
暮凪刹那にとって、現実は信じられないほどに空虚だった
変わり映えのしない夕日に沈む電気街の中心で、赤いランドセルが夕暮れに反射する背の小さな少女__暮凪刹那は帰路へ就く
紫紺の巻き癖のかかった長い髪に、異国の血を思わせる透き通った翡翠色の瞳には、小学生ながらに大人びた妖艶さを持ち合わせていた
彼女の容姿は望むとも望まないとも、人を寄せ付けた
校内の男子生徒の間でファンが生まれ、都内で暮らしていたこともあってか週刊誌の目に留まり、小学生ながらに撮影モデルをするようになった……所謂、”ちょっとした有名人”になった
まるで典型的な成功者の話に聞こえるが、勿論この少女「暮凪刹那」の望んだ結果でも、彼女の生きがいでもなかった
何事にも無頓着な彼女は、正に完成された人形にようであった、人形師が美しさを追求した人形を作るのならば、彼女こそが理想図となるだろう
しかし周囲から賞賛を浴びても、彼女の瞳には何も映らない
どんな群衆も、ファンも、取材にくる人間も、決して興味の対象にはならない
周囲に興味を持てず、常に無気力だった彼女を、周りは疎ましく思い始めた
当然、彼女と親しくなろうというクラスメイトなどいなかったし、今こうしているように下校の時間は独りぼっちなのが当たり前で、授業も休み時間も、必ず独りで過ごしていた
ただ、生きているだけだった
絶望的なまでに空虚な時間を生きる彼女が、もう何度となく歩いた夕暮れの電気街を歩いていると、ふと耳にした電子音と小さな集団の歓声に意識を奪われる
「ガンダム」
その言葉を耳にして、立ち止まる
目を向けた先には、通りを行き交う人々の中に生まれた小さな集まり、スーツを着た大人や学生服の人間、個々に色々な特徴を持った人の群れだった
その中心に置かれた、大型の液晶モニターを見る
「ガンダム」というワードには、何度となく聞き覚えがある
刹那の兄、暮凪恭弥が最近になってハマりだしたVRゲームのこと……仮想現実の世界で実際に宇宙空間や様々な土地へ赴き、モビルスーツと呼ばれるモノに乗って戦うゲームであること、これにハマりだした兄の学校の成績が下がり(元よりゲームは昔からやっていたのを知っているが)、母が苦言を呈していたこと
そして、今はもういなくなってしまった父も、この「ガンダム」を愛していたという話……
これ以上に知ることは彼女にはなかった
そもそも仮想現実というものが何なのかを知らず、このゲームのタイトルすら知らない刹那にとって、想像も及ばないような世界だ
これまで、幾度となく私の周りに現れた「ガンダム」という存在
何事にも興味を示さなかった私を見かねた母は、私に様々な習い事を体験させてくれたことがある
スポーツも料理も、果ては詩吟や川柳までやらされたことがある
これまで私の周りに現れたものは、どれも私にとって「与えられたもの」でしかなかった
なのに、この「ガンダム」だけは、私のすぐそばに存在していながら、その姿を見せてはいなかった……
そこまで思考し、ふとあることに「気付いた」
__これが、運命だったのかもしれない
瞳の色が変わった、何も写すことのなかった刹那の目に、一瞬だけ人間らしい「興味」という感情、自ら行動しようと思わせる光が走った、彼女がここまで一つの対象を意識したことは、自分から見ても他人から見ても、きっと初めてのことだろう。いやそのはずだと、刹那はその瞬間理解した
「気付いた」時には、刹那は”人の群れ”に歩み寄り、背丈がまだ大人たちの腰くらいまでしかない小さな体が人混みをよじって掻き分けていく
なんとか最前列(の足元)に辿り着き、高く設置された液晶を見上げた
人型の機械……モビルスーツと呼ばれるソレが砲火と閃光のに包まれた空間を飛び回る
そこへ飛び込んだ白いモビルスーツが、その右手に持つ銃のようなものを構え、一発の光の柱を放った
その一撃が、人型をした深緑色の機体……モビルスーツを撃ち抜き、白い機体が旋回、赤い目をした深緑色の機体から撃ちだされる銃弾の弾幕を潜り抜け、一閃、また一閃と光の柱を赤目に向かって放ち、その柱が機体を捉え、胴体を射抜いた
「ガンダムだ……」
その言葉が、画面に映るあの白い機体を指していることは、何もしらない刹那にも分かった
「アレは”オリジナル”の機体なのか?」
「あんな性能、”オリジナル”じゃなきゃ出せないだろ」
群衆の中から聞こえる、ゲームの専門的な会話が聞こえてくる、しかしその会話の内容よりも、刹那の目を引くものが画面に映し出される
場面が切り替わり、一人の男が現れた
白をベースに青のラインが入れられたヘルメットとスーツを着用し、座席に座り操縦桿を握る男だ
ヘルメットのバイザー越しに、ちらりと顔が見えた
見覚えのある顔だった
「兄さん……」
見間違うことはない、そこには刹那の兄、恭弥の姿があった
このゲームを兄がプレイしていることは前から知っていたが、まさか店前のテレビのモニター中継でその姿を見る時が来るとは思ってなかった
兄さんの乗るガンダムが、今こうして画面の中の宇宙を翔け、次々と他の機体を撃破していく
初めて、刹那が「興味」という感情を持った瞬間だった
そもそも、自分の意思でここまで行動したことがなかった、何かを追求したことはなかった
ゲームの中継映像を見て、心を大きく揺さぶられ、感動したというわけではない
自分の兄が深く入れ込み、事あるごとに口にする「ガンダム」
見てみたくなったのだ、体感してみたくなったのだ
小学生程度の発想ではあるが、この仮想世界にあるものに感じた感情の光を追い求めてみたいと思った
あのガンダムに……
私も、あのガンダムに……
後日、とある土曜日の昼下がり、天井を叩きつけるように降り注ぐ大雨の日だった
刹那は部屋でPCを弄る兄、暮凪恭弥に一つのお願い事をする
「どうした?刹那」
ほほ笑みかける兄の様子から小さな影を感じる、兄は誰にも本心を悟られることのないポーカーフェイスの持ち主でもあり、それもまた兄が周囲の人を惹き付ける要素の一つなのかもしれない
今日の兄からは、普段見せないような弱さを感じた、何かに迷ったような様子だった
「ガンダム」
ただ一言、そう告げた
その言葉を聞いて、動揺したのか一瞬だけ狼狽える恭弥
「ああ、それがどうかしたか?」
だが、すぐにいつもの調子になり、取り繕う
「あたしも、あのゲームやってみたい」
「ゲームって……なんで急に……」
彼の表情から先ほどまで感じていた陰りが消えた、その代わりか、今は純粋な疑問を抱え困惑している
「兄さんいつもやってるから、”気になった”の」
恭弥はその言葉を聞くなり、驚いたように目を大きく見開いた
未だに困惑した様子ではあるが、何処か喜びを感じたように「そっか」と微笑みながら立ち上がり、何やら色々なものが詰まっている本棚からいくつかのケースを取り出す
部屋の真ん中には机と座布団が、そこへ刹那を座らせると、机の上にDVDが入ったケースを一斉にぶちまけた
「まずは、兄ちゃんと一緒にアニメみよっか」
「アニメ?」
「そう、アニメだ!」
兄の不穏な空気はいつの間にか消えてしまっていた、今彼に残るのは、ただただ好きなものに没頭する少年のような目だった
「ガンダムのアニメ、最初から一気に見よう、ちょっとずつな!」
「うん」
楽しみでしかたがなかった
考えてみれば、こうして兄弟で何か一緒に同じアニメを見るなんてことが、今まであっただろうか
もしかすればあったかもしれないが、少なくとも刹那の記憶にはもう残っていない
これまで感じたこともないような高揚感が体中を満たし、呼吸するたびに肩が大きく動く
自然と笑みがこぼれた__刹那にとって初めて、自分の意思でこぼれた笑みだった
今ここにいる刹那は、誰もが彼女に抱いている”お人形”のような少女ではない、雑誌に写真が載るモデルらしい面影も、クラスで疎まれる無気力な少女の面影もない
年相応の、興味や興奮を抱く子供の姿がそこにはあった
今まで灰色の世界しか見ることのなかった彼女の瞳だが、今は違った
見えていても、それはただ通り過ぎていく灰色の風景でしかなかった刹那の瞳に、初めて色が宿った
これから見る仮想の世界……いや、ガンダムの世界を
彼女は持ちうるすべての知識を使ってそれを描いた、体に照り付ける日差しを、空気の味を、風を、匂いを
兄があそこまで入れ込み、父が愛したといわれた世界を
子供のようなそれらの妄想は__彼女自身が気付く間もなく、”現実”のものとなった
__それから6年の月日が経った
世界同時接続型のオンラインVRMMO、「GUNDAM」という名で知られたこのゲームは、世界約80か国以上の国でプレイされている
世界同時接続という名の通り、一つの広大なワールドを舞台に世界中のプレイヤーが同サーバーに同時接続して遊ばれるゲームという、オンラインゲームとしてはこれまでにない規模のものである
元は日本のアニメ作品であるが、その知名度は世界でも大きく、最新のVRハードウェアであるアストラル・デバイサーを開発しVRゲームに核心を起こしたエクシテンス・インタラクティブの手によって開発されたこの「GUNDAM」はユーザー数が億単位で存在し、同時接続数は平均で数百万人に及ぶ
脳量子波と電子的に接続し、仮想空間における人間の五感を完全再現したこのアストラル・デバイサーによって描かれた「GUNDAM」の世界は、まさにガンダムにおける宇宙世紀の世界を”現実”であるかのように錯覚させるほどのリアリティを誇る。舞台となるのは宇宙世紀時代の地球と、その周りを広大に広がる宇宙空間であり、プレイヤーは現存する勢力のどれかに所属することができる
元は連邦軍とジオン軍のどちらかの陣営に所属することができたが、現在ではジオン軍勢力が壊滅、地球連邦は2つの勢力、「エゥーゴ」「ティターンズ」に分かれて内戦が起こり、そこにジオン残党勢力や地球連邦亡きあとの国際連合組織(武力を持たないゲーム内における全ての勢力に対して力を持つ司法組織のようなものとなっている)、合計で4つの勢力が存在している、新規にゲームを始めたプレイヤーはこの4つのうちどれかを選択してゲームを開始することになる
その日、地球連邦2大勢力のうちの一角をなす同盟「エゥーゴ」の傘下に置かれた「トウキョウエリア」の港湾区画に、一隻の輸送艦が入港した
貿易ギルド「クリスタルベイン」のエンブレムが船体に描かれた水上を渡る大型の船舶だ
ギルドとは、プレイヤー同士の集団組織の中でも最小の単位であり、おもにMSを運用する傭兵部隊や、その他の同盟や勢力の経済活動を行う組織、更には外宇宙を開拓する組織などがこの「ギルド」というプレイヤーの集まりを作っている
このギルドは所有する船舶を各勢力に貸し出し、貿易を行うことで利益を上げている中堅規模のギルドの一つであり、他の大規模な貿易ギルドのように他勢力の息のかかっていない者たちでもある、この極秘貨物を運ばせるには適任だったのだろう
その船舶を護衛するように、4機のMSが波止場にて立ち尽くしていた
MSA-003”ネモ”、原作作品であるガンダムで登場した、エゥーゴという組織によって運用されたモビルスーツである
長身のジムライフルを携え、およそ12メートルほどの大型のシールドを左手に構えている
彼らはこの日の輸送艦の入港を防衛するためだけに、今回召集されたユナイテッド・ステイツ傘下の小規模ギルドのMS部隊である
合計で8機のネモを所有しているそのギルドは、4機が波止場で周辺の警戒、2機の別部隊が外洋で巡回し、残りの2機が格納庫待機という編成であった
「なぁ、コレ俺らいる意味あんのかな?」
周波数を限定した通信、オープン回線ではなく、モビルスーツが一対一で会話する際に利用する個別通信で飛んできた一人の男の声
格納庫にて待機していた二機のネモの間で、その会話は行われた
「いや、理由なんてどうでもいいんじゃないか?報酬も貰えるんだし」
「こんなつまらねぇ依頼で小銭稼いでるのなんて俺らのギルドぐらいじゃないか?ほかのプレイヤーはみんなドンパチやってるってのに、俺らはこんな安地で意味のない警備だよ……全く、全然面白くねぇって」
男はいかにも気怠そうに答えた
「こっそりログアウトして別ゲーいこっかな……なぁイタルよ、タムリエルオンラインとかどうだよ?」
「いや!それは不味いだろグラン!」
グラン、小さな体躯とチリチリ頭が特徴的なその男の誘いをイタルは強く否定した
イタルはグランとは正反対の高身長で、髪も癖のないサラサラとしたものだ
「何言ってんだよ……せっかくガンダムの世界を再現した仮想世界だってのに、まともにドンパチもしないでコクピットにいるだけで数時間潰すとかさ、あの超ダルいモビルスーツの操縦訓練を終えたってのに、これじゃなんのためにこのゲーム買ったか分かんないぜ……ああ、こりゃ返品だな、明日にでもやめるかな、やってらんねーわ」
悪態を付くグランに、イタルは小さくため息をつく
格納庫にて待機するネモには、腕と足に白い縦に伸びたラインが引かれている
ギルドのメンバーには「初心者プレイヤーには乗る機体に塗らせるんだよ、初心者マークみたいなもんさ」と説明された
”シロオビ”と呼ばれる者の証であるこの白線は、初心者でグランとイタルを蔑称するものだった
「俺らはいつまで”シロオビ”呼ばわりなんだろうな、まぁ実際モビルスーツに乗って戦うの面白いけどさ、少なくとも入るギルドはまちがえたよな?頃合いを見て他のギルドか同盟の大きい部隊に行きたいな、もっと最前線でドンパチしたいわ」
「確かにな……」
リアルなガンダムの世界を描いた「GUNDAM」というゲームに惹かれて、9800円という値段で購入、もう7年以上も前のゲームだが、これでも安くなったほうだといわれている
しかし、ゲームを始めてみれば思いのほか「モビルスーツ戦闘」を行う機会は少なかった
そもそも、MSの操縦自体がある程度の訓練を積まなければまともに戦闘できるものではないため、どのプレイヤーも初めは所属した勢力ごとにモビルスーツの操縦訓練をしなければならない、これは強制ではないものの、少なくともモビルスーツパイロットとしてこのゲームをプレイするためには必要である
とにかくシステムが優しくないのだ、ミリタリー系統のゲームで例えるなら、銃と装備を渡されて最初から撃ち合いができるFPSではなく、怪我や出血の概念、銃弾の当たり判定やそれによるHPの減り方の違いがあるリアル趣向な玄人向けゲーム、そういったイメージだろう
そんなやりづらいシステム故に、プレイヤーの年齢層も高いほうではあるため、オンライン上では割と普通に会話できる相手が多い、ネットゲームでよく目にする誹謗中傷ばかり発言する者や、過度な煽りプレイ、MS戦闘以外での過度な殺害行為などは、最初のイメージよりは少ないほうではある
もちろん同盟同士の争いの最前線では、MSが生身のプレイヤーを殺害するようなことも起こるが、ガンダムの世界を忠実に再現したというだけあって、そこはどうしようもないだろう、実際多くのプレイヤーが「このゲームは競技性のあるものではない」と語っている
「つまんねーよな、もっとガチなモビルスーツ戦闘がしたいってのに……あー、なんかテロリストみたいな連中でもここを襲ってくれればいいのによ」
故に、グランのこういった気持ちは痛いほどイタルには伝わった
グランもイタルも、実はリアルでは同じ高校の同級生である、年齢層の高く、システムがあまり優しくないこのゲームは彼らには物足りなさを感じさせる内容だった
イタル自身、モビルスーツによる闘いを心の奥で強く望んでいたのだ
グランの悪態はその後もグチグチと続きうるさくてたまらなかったが、止めるのも可哀想に感じたイタルはただただ黙ってうなずくだけだった
そんな苦痛に近い時間は、そう長く過ぎる前に一本の無線通信によって断ち切られた
『シロオビ、応答せよ。こちら哨戒チームの02だ』
ずっと反応もなかったチームチャットから流れる哨戒チームのネモ、02機のパイロットの音声だ
「こちら……待機チームです、どうかしましたか?」
シロオビ、と自分から答えそうになるのをイタルは躊躇した、自分から蔑称を名乗るのは癪に感じたからだ
ギルドのメンバーからいじめを受けてるわけではなかった、寧ろお互いガンダムファンとしてよい交流をしているとイタル自身は思っているが、こういった部分でチーム内の亀裂を感じていた
『哨戒網に所属不明のMS群の反応だ、あと04の反応も消えてる……ただの通信不良ってわけじゃなさそうだ』
04、同じく哨戒チームのネモの機体番号だ
チームチャットの反応がないということは、なんらかのジャミングを受けた場合か、或いは機体そのものが破壊された場合だ
前者の場合であれば、音声通信が駄目な場合でもプレイヤー同士のメール機能を使えば文章のやりとりはできる、しかし後者の場合、戦闘中であれば文章を送る余裕もないだろうし、最悪”死亡”した場合であれば、プレイヤーは自分の所属する勢力の病院でリスポーンする、この場合戦闘地域にいるプレイヤーにメール送信は出来ないため、チームメイトは仲間の死を目視しなければ確認すら行うことができない
『本部隊へこちら02、04の反応途絶、恐らく撃破された可能性がある』
『こちら01、了解した……シロオビたちは格納庫を出て我々と合流だ』
01、隊長機の指示に従うように、スリープ状態の機体を起こし、ゲートを開けて外へと出た
ガシャンガシャンと、二機のネモが地を鳴らすようにして走り出す
「おいおいイタル!どうやら俺の願いは叶ったみたいだな!?凄くないか?俺の予知能力よ!!」
これから始まるであろう__長く待ち望んだ本当の闘いが、恐らくだがこれから始まろうとしている、グランはその予兆に心を躍らせ、有頂天になっている
対するイタルは、高揚感もあれど、自分があっけなく敵に打ち倒されてしまうのではないか、もしコクピットをビームで撃ち抜かれたらどんな風に”死亡”するのか?いや、死亡することに関するシステムは知っているので、”どう感じるか”になるのだが、とにかくそういった不安な気持ちが彼の頭の中をめぐった
そんなイタルの不安をどう感じ取ったのか、グランは何かを察したように励まそうとする
「大丈夫だって、所詮ゲームはゲーム、やられるかもだけど楽しく行こうぜ?」
「あ、ああ、そうだよな」
そうして、二人は戦いの舞台へと歩きだす
もういつの間にか慣れてしまったモビルスーツの歩行音とその振動、もしかすれば急にこの足取りが止み、何が起こったかもわからないまま倒され、コクピットが焼かれるかもしれない
そんなような悪いイメージばかりが先行してきてしまう、しかしそれでも進むのを止めない
自分が少し心配性すぎるのは理解している、だが同時にこの戦いを何処か楽しみにしていたような自分も、イタルの中にはあった
港湾区画では既に戦いが始まっていた
炎上する三隻のMS輸送艦と、その横で倒れる二機のモビルスーツ……03と05のコードネームを割り当てられていた隊員の機体が、無残にコクピットを鉤爪なようなもので引き裂かれ、打ち倒されていた
その残骸を見下ろすようにして、一機のモビルスーツ”MSM-07”「ズゴック」
方幅の広い首なしの人間のようなシルエットを持ち、頭部には周囲360度をすべて目視できるモノアイカメラに、腕には3本の爪を持つ
胸部と腕部の装甲には”都市迷彩”が施されたその機体の風貌は、それが隊長クラスの機体であるということを認識させてくれる
隊長機のズゴックに続き、3機のズゴックが水中から這い上がり、港湾区画の地にたどり着いた
そのうち一機のズゴックが高く跳ね上がった、スラスターを勢い良く吹かし、より内陸へと進みだそうとする
しかしそれは、一本の光線が飛び上がった機体を貫いたことで阻止される
内陸側のコンテナ群に、その光線を放ったモビルスーツ「ネモ」がライフルを構えたまま立ち尽くしていた
「01、こちら06。目標を補足した……上陸したのは4機、全部ズゴックでそのうちの一機を狙撃に成功、だが恐らく他にも居るはずだ」
『01了解、攻撃を続行せよ、とにかく数で上回られた以上一機でも多く敵を減らすんだ』
指示を受け、ネモはシールドを左腕に装着し、スラスターを吹かして飛び上がった
敵との距離はそう遠くはない、ビームライフルの射程圏に収まっているズゴックに向かい、一発、また一発とビームを放つ
初弾が隊長機の左腕に命中し、膨大な熱量を持った光線により関節は溶かされ、鉤爪のついた腕が削ぎ落とされる
一斉にズゴックたちがあわてて散開し、各々が腕部に備え付けられたメガ粒子砲を放つ
左右両方に散ったズゴックを目で追いつつ、ネモは孤立した一機のズゴックを確認し、それを目標と定めた
判断は素早く、着地したネモは孤立したズゴックめがけて突進、メガ粒子砲を盾で受けながら建物の影へ、他のズゴックたちの死角に回り込みながらビームライフルを放ち、見事ズゴックの肩口に命中させ、腕を焼き切った
反動で跪いた隙きを付き、ライフルを投げ捨て、スカートアーマーに装着されたビームサーベルを引き抜く
立ち上がろうとしたズゴックの特徴的な頭部モノアイを、サーベルの放つ圧倒的な熱線が貫き、動きを完全に停止させた
「06、一機撃破!」
06のコードを持ったネモのパイロットが、一瞬だけ安堵の息を漏らした
それはほんの3秒か4秒だっただろう、何かを成し遂げた人であれば、誰でも作ってしまうようなほんの数秒の隙きだった
『……もらったァァ!!』
オープン回線で混線した一瞬の通信、06に困惑の表情が生まれる
目の前の格納庫の壁が打ち破られ、モビルスーツが飛び出す__先ほど腕を焼き切ったズゴックが、残った右腕の爪をネモの頭部に突き立てた
頭部の装甲は、頑丈な爪を突き立てられても耐えるほど頑丈ではない、頭部カメラがまるで豆腐のようにぐしゃりと潰されてしまう
06は機体を後ろに後退させて、もう一度高く飛び上がった
追撃のメガ粒子砲を受けながらも海側へと退避し、身を隠す
「頭部損傷、メインカメラが逝ったか……01、こちら06、機体損傷大、撤退し__」
言葉は遮られ、06は呆然と空を見上げた
彼が見上げたそれは、水中から飛び出し、その特徴的な大きな頭とズゴックとは違った逆三角形の体躯を持った機体
MSM-04”アッガイ”、ジオン公国軍で初期に運用された水陸両用モビルスーツ
腕部に収納した爪を剥き出す、06が何か対応をとろうと考える猶予を与えること無く、それはボディーブローを食らわすようにしてコクピットを貫いた
『無事か?』
そう問いかけたのは、先ほどの都市迷彩を胴体に施した隊長機体のズゴックだ
アッガイは爪をコクピットから引き抜き、潰したネモを跪くような姿勢で波打ち際に寄せながら答えた
『ああ、だが今のコイツは……実戦慣れしてるやつの動きだった、射撃も正確だったし、何よりあの状況で孤立したズゴックを追い込んだ時の判断の素早さ、他の奴とは違ったぜ』
『それは同感だな、俺等の知ってる”日本人”プレイヤーはもっと強かったはずだからな』
日本人プレイヤーが強い
VRMMOというジャンルが始まり、現在に至るまで__そうでなくともそれ以前から、日本人はオンラインゲームという舞台においてどのようなゲームでも平均的なスコアが高いことは知られていた
『GUNDAM』の世界においても、日本人のモビルスーツパイロットという存在は一年戦争が行われていたころから知られていた
その後ジオンが亡くなり、連邦が内戦状態になった後も、古参の日本人プレイヤーたちは傭兵となり、個人で保有するモビルスーツを駆り、世界中の戦場に現れては数々の戦果を挙げた
故に今日この日、トウキョウエリア襲撃を決行した彼らの部隊は、かなり念入りに準備をして臨んできたのだ
しかし迎え撃ったイタルたちの部隊は、それほど戦歴のあるわけでもないような出来立ての部隊であり、彼らにとっては物足りないくらいの戦力でしかなかった
『やっぱり、Noob相手じゃこんなもんだな。日本人で強い連中が多かっただけで、やっぱりNoobはNoobだ』
「なぁ、あれって……」
港湾区画に到着したグランとイタルが目にした光景は、自分たちの想像をはるかに超える惨状だった
搬入路とコンテナ群のブロックは至る所が炎上し、波打ち際に佇んでいるネモの残骸(先程アッガイに撃破された06)がその戦闘の悲惨さを物語っていた
「ヤバいだろコレ……俺たちでなんとかできる相手じゃない……」
「いやいやいや!これこそまさに待ち望んだ展開でしょ!?なんかゲームのチュートリアルみてぇじゃん?」
イタルに対してお気楽なことをぼやいているグラン、そんな彼を横目に、イタルはある光景を目にした
「あれ見ろ!隊長だよ!」
その視線の先に見えたのは、燃え広がるいくつもの格納庫と、その中心でビームサーベルを構えた片腕のネモだ
鋭い爪で引きちぎったような傷が各所に見られ、足元には一機のズゴックが横たわっている
恐らく隊長が撃墜したものだが、それ以上に隊長を取り囲むようにして多数の水陸両用MSがいるのが分かった
「隊長!イタルです!現場に到着しました!」
『駄目だ!撤退して援軍を要請するんだ!ここはお前らで戦えるような場所じゃない!』
通信越しに隊長の必死な声が聞こえた、勿論ここまできて帰るつもりもないし、そもそも隣にいるグランはどっちにせよ戦おうとしている以上、見捨てるわけにもいかなかった
「やります、俺たちも!」
「先に行くぜイタル!」
えっ__
突如、バックパックスラスターを点火させて勢いよく跳躍したグランの機体が、イタルが制止する間もなく隊長の傍へと飛び込んでいった
「おらおらぁ!!一匹残らず撃墜してやるってよぉ!!」
空中からマシンガンのオート射撃を降らせ、まずは単独で行動していたアッガイに向かって降下していく
アッガイはそれを避けるようにして回避するが、幸か不幸か、まぐれなのかグランの才能だったのか、マシンガンの弾丸がアッガイの両足を粉砕した
『冗談だろチクショウゥ!!』
「……っへ、やった……やったぞ!!」
ガスン!と大きな地響きを鳴らして隊長の傍へと着地、両足をなくし横たわったアッガイに銃口を向け__
グランが、引き金を引く
「死ね死ね死ね死ねぇぇ!!」
高速で撃ち放たれる弾丸が、金属特有の重低な炸裂音を響かせながらアッガイの装甲を撃ち貫いていった
やがてマガジンが空になったのか、カチカチカチと空回りする撃鉄が音を鳴らし始めて射撃が止んだ
アッガイは機能を停止させ、ぐったりと体を沈めるようにして動きを止めた
「……勝った」
その一瞬にして、グランは自分が初めての実戦というものを経験したと自覚した
そこで初めて勝利というものを実感した
「ッ……!!おいイタル!勝ったぞ俺はっ__」
グランが勝利に酔いしれ、歓喜した瞬間
その隙を突いて、接近する影が二つ
通信モニタに向かって騒ぎ出したグランの表情が、コクピットに響いた熱源接近の警報アラームによって曇らされる
咄嗟に機体を振り向かせ、姿勢を低くしてシールドを構え防御態勢を取る
しかし攻撃はグランではなく、隣にいた片腕のネモに向けられる、ネモのコクピットに右腕の鉤爪を叩きこんだズゴックが、大きく爪を開き、メガ粒子砲の銃口を突きつける
装甲が剥がされたコクピットブロックはもはや丸裸同然であり、中でもがいていた男の姿が見える
しかしその男が機体から抜け出すのを待つこと無く、ズゴックはメガ粒子砲を放った
「隊長っ!!」
『次はお前だっ!!』
振り返るようにして左腕の鉤爪をグランの乗るネモに向かって突き立てるが、運よく防御が間に合い、背後から突き立てられたズゴックの鉤爪を受け止める
グランも反撃に移り、弾倉を交換していないマシンガンを頭部モノアイにむけて勢いよく叩きつけ、バックステップで距離を取る
「グランっ!そこを離れろ!」
イタルがその渦中へと飛び込み、殴りつけられ怯んだズゴックに向かいビームライフルを放つ
放たれた熱線が推進バックパックを貫通し、爆発を起こす
立て続けに撃ち込んだビームが胴体に何度も命中し、3発目のビームがついに装甲を貫いて機体の中心に大穴を開け__爆発
容赦なく機体が真っ二つに破裂し、その火の手が自らの機体に降りかかる、しかしモビルスーツの巨体を形作るパーツは頑丈であり、多少の火の手であればびくともしない耐熱構造を持っているため、視界を一瞬奪われた以上に被害はもたらさなかった
「ありがとうイタル!」
「無茶しすぎだって!!危なかったぞ!!」
イタルの必死な様子に多少気圧されたグランも、少し反省するようにして「すまない……」と彼に謝罪の言葉を加える
「でも隊長が……」
「もうどうしようもないよ……」
グランは隊長の元へ駆けつけるためにここへ飛び込んだ
その隊長を、助けられてなければ意味がないのだ、最早隊長を失った以上、この場所をなんとかして抜け出すしか無い
「脱出しようグラン、やられたら失うものが大きすぎる」
このゲームには、死亡時に課せられるペナルティがある
まず死んだMS戦闘で死亡したプレイヤーは、乗っていたMSが大破すれば回収するまで永久にロストすることになる、他のゲームと違い撃破されたMSはきちんと修理を受けなければならない
次に、戦場で死亡した場合、再復活する場所が”自分の所有する物件がある都市、またはコロニーにある病院”か、”自分が一番最初にゲームを始めた都市の病院”のどれかに飛ばされてしまう。前者はゲーム内で自分の暮らす物件を持つプレイヤーの場合、物件を持たないプレイヤーは後者になる
これをRPGに例えるなら、敵に倒されると一番最初の村の教会で復活するというのと同じ意味である。
これがかなり不便で、地球に家を持つ男が宇宙で死んだ場合、地球にまた戻されてしまうためにまた宇宙へと戻るという手間が発生する
このゲームにはワープの類が一切存在しないため、移動にはかなりの手間がかかる。更に復活した際に”治療費”として所持金をかなり多く持って行かれる、はっきり明記されてるわけではないが、所持金の4割から最大7割は失われる
更に失ったMSの修理にかかる費用、失った装備品を補填するのは個人ではかなり厳しい
軍属のプレイヤーであれば一切の金銭的心配は必要ない(完全に負担をしてくれるから)ものの、治療費に関しては絶対自己負担であるため、なんにせよペナルティが大きすぎる
これは初心者やライトゲーマー、またはこの世界で商業やMS開発、整備などのサポート職を担うプレイヤーには優しくないため、新規のプレイヤーがあまり増えない理由の一つでもあるが、それでも戦場のリアリティの高さや、ガンダムファンを引きつけるような宇宙世紀を再現した世界というだけあってプレイヤー人口はかなりの数を保ち続けているし、例えMSに乗らなくとも、このような厳しい難易度のお陰か先ほどのようなサポート職を自ら進んでやるようなプレイヤーが多数出てくる理由の一つにもなっている
「そうだよな、これだけ騒ぎがあれば俺ら以外の防衛勢力が出てきてくれるだろうし、貨物は守れないかもしれないけど……」
トウキョウエリアの港湾区画を防衛していたのは自分たちの部隊だったが、何もトウキョウにいるモビルスーツ隊が自分たちだけという意味ではない、他にも防衛に当たる戦力がトウキョウにはいるはずだった
しかし彼らからの連絡は今のところない、この戦闘に気付いていないということはないだろうから、恐らく別エリアにおいても戦闘は発生しているのかもしれない
*******
「不味い、撃墜されるっ!」
アッガイのアイアンネイルの刺突をシールドで受け止めたものの、それはシールドを貫通し、ネモのマニピュレータごと潰してしまう
振りほどこうにも、腕にまで到達した爪は簡単には引きはがすことができない
「グランっ!!」
機体を反転させ、グランに取り付いたアッガイに向けてライフルの引き金を引くが、粒子残量の尽きたライフルの銃身から小規模のスパークが発生するのみで、それ以上に何も起こらなかった
__弾切れだ
「それでもっ!!」
ライフルを投げ捨て、スカートアーマーからビームサーベルを引き抜き、それを突き立てる
一本の光る熱線が堅牢なアッガイのコクピットブロックを焼き切り、左半身にかけて振りぬいた
「助かった!!」
勿論相手はこのアッガイだけではない、今こうしている間にも他のモビルスーツの弾幕を浴び続けているのだ
シールドを持っていた左腕がメガ粒子砲によって吹き飛ばされたグランが慌てて後ろに跳躍する
「グラン!そっちは駄目だ!」
「えっ……」
着地した途端、右脚関節をメガ粒子砲が貫き、グランは姿勢を崩してしまう
動きを止めたネモは格好の的になる、無理やりにも体を起こそうとバーニアを最大出力で噴射するが、機体推力の要であるバックパックを撃ち抜かれ、大爆発を起こしながら転倒した
「うわぁぁああ!!イタル助けてくれぇぇえ!!!」
バックパックは推進剤を多く搭載している故に、破壊されれば大爆発を起こす
ネモは頭部と両腕を肩から無くしてしまいながらも、コクピットブロックだけが綺麗に残され、それはコンクリートの地面に何度もぶち当たりながら転がっていく
「グラン!おいグラン!!」
「……おえ__……ぇぇ、なんだっ__た__よ今の……」
雑音交じりにも、こちらの呼びかけに反応があった、どうやら生きてはいるらしい
敵も両腕両脚を失ったグランに脅威を感じなくなり、コクピットを破壊することなく__
__今度はイタルにヘイトが集まる
「やっぱそうなるよなッ……」
建物を盾にしながらスラスターとバーニアだけで浮遊移動を行い、後方へと下がっていく
敵がこちらの軌道めがけて撃ち込まれる砲撃が、様々な建物へと命中し、崩していく
『逃がすな!追いかけろ!!』
「グラン……アイツは生きてるっぽいな、あのまま逃げきれればっ……」
コクピットブロックのある胴体部分が、四肢の付け根と首から上から火を噴きながら転がって行ったのを見た、ネモは球体型のコクピットを採用した最新の「ムーバブルフレーム」構造を取っている、パイロットの安全性が敵の使うジオンの水中機体より高いはずだ
イタルも”上手く撃墜されて”逃げようとも考えた、がその考えをすぐ愚策と判断し選択肢から捨てた
奴らはパイロットまで殺す勢いで襲ってきた、グランは運がよかっただけだが、隊長や他のみんなは機体が動かなくなったあともコクピットを破壊され完全に封殺されていた、自分も下手をすれば同じような目に合う場合がある
『捕まえたぞ!』
一本のアイアンネイルが腕に突き立てられる、グランを背後から射撃したズゴックのようだ
片腕を掴まれ、身動きを封じられる
ズゴックが空いたもう一本のアイアンネイルを閉じ、鋭く尖った腕をイタルに向けて振り抜く……その瞬間
「まだ終わってない!」
握りしめたままのサーベルから、もう一度粒子状ビームを抜き出す
咄嗟の判断で掴まれた自分の腕を右一線に切り裂き、体を後ろにそらして振りぬかれたアイアンネイルを紙一重で躱す
『そんな馬鹿な……どうやってこの一瞬でそんな判断をッ!!』
「うおぉぉぉおおおッッ!!!」
右半身に構えたサーベルで袈裟切り__左半身から右斜め下に向かって切り裂いた
ジリジリとズゴックの耐水装甲を引き千切るように焼き切り、真っ二つに割れた機体がスパークを放ちながら爆散する
核融合炉を主電源としたモビルスーツの爆発は凄まじく、その時の姿勢の不安定さもあって機体がバランスを崩して後ろへ吹き飛ばされる
「不味い……システムダウンか」
風圧で姿勢を崩し、機体が横なぎに倒れてモニターが赤く点滅、機能停止を知らせる警報音が鳴った
カメラとの接続が壊れたのか、モニターには砂嵐が走っているせいで機体の詳しい損傷状況がわからない、システムの自動復旧まで数分かかる……もはやこの機体でこれ以上の戦闘は不可能だろう
装甲はボロボロだろうし、下手をすれば四肢を失ってしまっているかもしれない(既に左腕は敵の刃によって傷つけられていたが)
「……ッ、さすがにここまでか……」
小さく舌打ちをして見せるが、決して自分に不甲斐なさを感じたとか、もっとうまく戦えただろうという後悔がある、というわけでもない
寧ろここまで奮戦した自分を少し誇っているし、そうそうに離脱したグランと今敵を自力で撃破した自分を比べて、内心ホッとしていたりもする
イタルは座席下の脱出装置に手を伸ばす、脱出装置は映画やドラマなどで見る航空機のものと同じような、よくある形のものだった
具体的にイメージするならば、エネミーラインの序盤で出てきた米軍戦闘機のモノにそっくりだとイタルは感じている
「一度コレ言ってみたかったんだよな……ベイルアウトッ!!」
脱出装置を起動させると、コクピットハッチが開いて内部隔壁が小さな爆発を起こして吹き飛ばされる。座席は全天周モニターの骨組みにもなっているポッドごと射出され、機体の手前に転がり落ちた
落下の衝撃で体を揺さぶられながらも、シートベルトを外して外へと飛び出た
「ここ、さっき船が入港したドッグじゃないか」
ポッドから脱出し、しばらく方向もわからないまま歩きさまよっていると、どうやら自分がまたもや海側のエリアに戻ってきていることに気付く
そこはイタルたちの小隊が護衛していた船舶が入港したドッグだった
荷下ろしがある程度進んでいたようで、かなりの数のコンテナやモビルスーツのパーツのようなものが辺りに置かれている
イタルはそれらの物資一つ一つに目を配りながらドッグのなかを歩き出す、するとしばらくしないうちに聞きなれない人の話し声が聞こえてくることに気付いた
「おい、本当にこれ動かせるのか?」
「セットアップさえ完了すれば動かせるだろ、3機もあるから時間はかかるけど、最悪頭部と胸部だけ持ち帰れればいいって”アシュラ”が言っていた……俺らの目的はコイツの中にあるシステムだそうだからな」
彼らは貨物の中にあったモビルスーツを奪おうとしている、恐らく俺たちの守っていた本命の貨物とは彼らがいま奪おうとしているモビルスーツのことだろう
イタルは小隊の皆が守ろうとしたそのモビルスーツが何なのか興味を持った
「3機あるなら、1機を奪ってしまえるだろうか……」
こちらから様子を伺う限り、見えるのは4人のプレイヤーだけだ
あの数であれば、もしかしたら……
そんな考えが頭をよぎった瞬間だった
__ガシャン!!
梱包された箱の上に身を乗り出した瞬間、傍にあったバケツの”オブジェクト”に衝突し、それは現実であればそう大きな音にはならないはずなのだろう、ゲームエンジンの仕様上仕方がないというか、物理演算の”バグ”のようなものと言えばいいのだろうか……あらぬ方向へとバケツが跳ね返り、騒音を立ててしまう
過去のPCゲームなどではお馴染みの”アレ”である
「だれだっ!!」
「まだ生きてる一般プレイヤーかもな、俺が二機目のセットアップをやっておく、みてこい」
ぞろぞろと、3人のプレイヤーが各々に武器を構えて音の発生源である自分の場所へ向かってくる
早くこの場を離れなければ、見つかって何をされるかわからない__先ほどの会話を聞く限りなら、ここにいた一般プレイヤーを殺害している可能性もある
しばらく様子を見るつもりだったが、イタルは護衛のいなくなったモビルスーツのほうに向かって駆け出した
コクピットに残っていた作業中の男が足音に気付いて振り返るが、彼がコクピットから飛び出てくるよりも先に、既にハッチの開いたもう一機のモビルスーツに乗り込む
「うわ、これなんだ!?全天周モニターじゃないぞ」
シートに座り直してベルトを締める、既に電源がついていたコンソールを操作し、ハッチを閉める
「おいお前!誰だか知らんがそっから出てこい!!」
「だれが出てきてやるもんか……」
モビルスーツの各部位の動力が完全に起動したのを確認し、ペダルを強く踏み込む
オート動作で機体が起き上がり、ハッチに張り付いていた男を振り落とした
「せまっ苦しいなここ……見た感じ旧世代MSじゃないか」
最新の機体であれば全天周モニターが完備されているはずだった、そのようなシステムを備えたモビルスーツはまだ量産され始めたばかりであったが、ジムⅡやネモ、ハイザックなどの全天周モニターを持つモビルスーツは各地で使われている
先の戦闘で戦ったような、あの規模の制圧部隊が奪うほどのものが、こんな旧世代機体だったというのだろうか
「これ、どんな機体なのかまだ確認してないよな」
コンソールを操作し、機体情報を開いてみる
「おい……この型番って」
機体図面とともに表示される型番を読み上げる
そこには「ガンダム」シリーズの機体につけられたRXの文字が映っていた
「RX-80、”ペイルライダー”?」
残念なことに、イタルはいくつかのアニメでガンダムを知るばかりで、そこまで宇宙世紀シリーズの機体には詳しくない
彼はこのペイルライダーの出典作品が何なのかわからなかった
「とにかく武装は……バルカンと、ミサイルポッドがあるのか」
火器管制システムをチェック、今使える武装を確認してみると、殆ど弾薬の入っていないバルカンと、撃ち切って使い捨てるミサイルポッド、ビームサーベルが2本と、心許ない武装ではあった
「とにかく、ここを抜け出すことが優先だ……」
周囲は大量の貨物で囲まれており、歩いて抜け出せるようなスペースはない
サーベルを抜き出し、天井目掛けて飛びあがり得物を突き立てて屋根を突き破る
「凄い……機体の推力が旧世代のものじゃないよ、コイツ」
ネモやそれ以下の量産機体のレベルではない、このガンダムと同じ「RX」の型番を持つモビルスーツは、今までイタルの載ったことのないような破格の性能を誇っている
周囲を見渡せば、先ほどの武装勢力が攻撃した炎上する港全体を眺めることができる
そこには何機かこちらを見上げてくるモビルスーツの反応があり、ペイルライダーのセンサーがそれらの位置情報をオートで表示しいてくれる
「システムのアシスト機能……素の性能じゃなくて、誰かがカスタマイズしたモジュールを積んでいるのか」
既に誰かが使い込んだ機体であれば、”モジュール”と呼ばれるカスタマイズパーツが積まれていることがある
モビルスーツは搭乗者に合わせてカスタマイズされることが多いため、長く使われ続けた機体であればそのような改修を受けた形跡がある場合が多い
空を舞うこの機体に向かい、メガ粒子砲が数発放たれる
重力下の空中機動で攻撃を避けるというのは簡単なことではない、しかしこの機体はそれを難なくこなし、ネモよりも軽やかな動きで攻撃を躱した……イタルはこれが自身の力ではなく、これもまた機体の性能によるものだと確信した
やれる、このモビルスーツであれば___
「まずはお前からだっ!!!」
機体を下方向に傾け、バルカン砲を発射しながら一気に急降下する
目標である手負いのズゴック__先ほど苦戦を強いられた隊長機は、残った片腕で身体を守るようにして後退していく
「隊長をやらせはしない!!」
隊長を守るように出てきた新手のゴックが胴体に設置されたメガ粒子砲をチャージし始める
「そこを……どけよ!!」
もう一本のサーベルを引き抜き、全速力で正面から突撃をする
こちらの動きに焦ったゴックは、チャージしきる前にメガ粒子砲を放つ、その時距離は数百メートルしか離れておらず、弾速を考えてもペイルライダーは避けきれないはずだった
「なんだとッ!?」
ゴックのメガ粒子砲が空高く一直線に放たれる
出力不足の不完全な粒子砲の射線上に、もうペイルライダーの姿は何処にもなかった
「どこに消えた……ぐわっ!!」
粒子状の熱線がゴッグの両肩を貫く
背後へと回り込んだペイルライダーの2本のビームサーベルが、両肩から胴体を一気に焼き切った
「すごい……この機体、本当に俺が操縦してるのか……」
操縦系はネモより複雑に感じたが、こうして戦闘しているとまるで”自分の意識で操縦している”感覚だ
機体が自分の思った通りの動きを再現している、そんなレベルだった
これまで感じていた”機械を動かしている”というような感覚ではなかった、実際に四肢が自分のもののように動かせている
気が付けば機体の各所から、赤く輝いている粒子が放出されており、コンソールモニタには”HADES”と表示されている
知らないうちに起動した謎の”HADES”というシステムが、どうやらこの機体の機動性を一時的に強化しているようだった
「これ……どうなってるんだ、強化システムのようなものなのか……」
そんなシステムがあるのかすら自分でもよくわかっていない、しかしこのシステムを使えばあの隊長機を、それに続く別の機体も、全て一掃できるとイタルは確信した
「次こそお前をッ!!」
機体を反転させ、もう一度あの隊長機に目標を合わせる
ブースターを限界まで噴射し、一気に間合いを詰める
片腕から発射されるメガ粒子砲を躱しながら、脚部に装着されたミサイルを発射、6発の弾頭がズゴックの各部位に直撃し、動きを完全に封じる
「……死ね」
次第に、イタルは感情的になっていく
__壊せ、壊せ、壊せ
ゲームとはいえ、これほどまでに現実味をもたせる戦場であれば、勿論戦いの最中に気分が高揚することもある
それでも、イタルはどちらかというと心配性が過ぎる性格であり、どのようなゲームでもあまり暴言を吐くようなプレイスタンスではなかった
「死ね……死んでしまえ………」
意識が”喰われていく”
HADESが起動してから数分ではあるが、イタルの表情から冷静な色は既に感じられない
イタル自身に自覚はないが、この機体にまるで意思があるかのようだった
__この機体は、”HADES”は破壊を求めている
「死ねないのならッ!!」
少しでも前に踏み込めば互いが衝突する距離にまで接近し、振りかぶったサーベルを縦に振り下ろす
ズゴックが咄嗟に動かした片腕でそれを防ぐが、圧倒的な力でもって呆気なく腕を切断されてしまう
「俺が殺してやるよォ!!」
両手を失い抵抗する力を失ったズゴックに、更に2本めのサーベルを胴体に突き立て、横一線に振り抜いた
最後の一撃を受けて、壊れた人形のように手足を投げ出しながら機体が地面へと転がり、やがて爆発を起こす
__まだ足りない、俺が求めていた戦いはこんなに呆気ないものじゃない
それはイタルの本心だったのか、それとも”HADES”の見せるシステムの意思なのか
”HADES”は未だ、その機能を発揮し続けている
次々と視界に写り込む敵の影、自分を脅威だと認識した彼らは、何としてでもその動きを止めようと躍起になって襲い掛かってくる
正面から、ペイルライダーは堂々とそれを迎え撃つ
一機、また一機と斬りかかっていく中で、新たな機影を確認する
「さっきの”もう一機”の方か!!」
先程イタルが強奪したペイルライダーは合計で三機あった、奪ったこの機体を除いた二機のうち、起動セットアップを行っていた機体、今目の前で立ち上がった機体はそれだろう
__そうであるならば、相手に不足はない
「一気に仕留めてやるっ!!」
振りかぶったサーベルを、大きく振り下ろして攻撃を繰り出す
しかしもう一機目のペイルライダーもまた、サーベルを抜いて対抗し、つば迫り合いが始まる
「なんだこの出力の差は!同じ機体なのにまるで歯がたたないぞッ!」
イタルの機体は”HADES”と呼ばれる謎のシステムを使用している、大して一方の機体はなんの変化も起きていない
同じ機体でも、”HADES”によって引き上げられた機体の出力差でイタルが有利になっていた
「このまま押し切るぞ……」
ペイルライダーがバーニアを点火させ、サーベルで押し出すようにして敵を真後ろに倒した
続けてトドメを刺すべく、倒したペイルライダーに向かいサーベルを突き立てようとした
「やらせるな!ヤツの動きを止めろ!!」
その瞬間、イタルの機体に数発の弾丸が炸裂した
周囲に退いていた別の敵機、マシンガンで武装したアッガイ二機が背後からの奇襲を仕掛けてくる
運悪く弾丸が機体関節部を貫通し、バックパックを掠めて火花を散らして爆発を起こす
「……ッ!!しまった、機体出力が落ちるっ!!」
反動でのけぞった機体をもう一度起こそうとするが、アッガイに背後から間合いを詰められる
「おっと!起き上がらせてたまるかよ!」
片腕のアイアンネイルが飛び出し、それをペイルライダーの頭部めがけて振り下ろす
頭部は全損とは行かないまでも、半分が曲がったように潰れてしまい、同時にコンソールに表示された機体パラメータが赤く警報音を鳴らし始めた
いつの間にか機体装甲から噴出していた赤い粒子の輝きは消え失せ、ペイルライダーは人形のように倒れ込んだ
赤く点滅するモニターだけがコクピット内の灯りとなった
照明が消え、コクピット内の非常電源が可動し、空調と通信機能だけが確保されてはいる、しかしこの状況下ではこの場所も直接攻撃によって破壊されてしまうかもしれない
しかしハッチを開いて外に逃げ出そうとすれば、それこそ死を免れることは出来ない
__万事休す、とはこのことか
イタルはすべてを諦めたように、このままキルされる瞬間を待った
「動きが止まったか……このままトドメだ、モビルスーツ泥棒っ!!」
やってきたのは、先ほど押し倒したもう一機のペイルライダー__全身の装甲に傷を多く受けていたが、本体のフレームは健在だ
一歩ずつ、歩み寄りながらビームサーベルを引き__
__それを容赦なく、刃を向けて突き立てようとした
* * *
地球圏を脱しても、このゲームにはエリア移動という概念が存在しないため、ロードを挟む必要はない
このゲームは背景に見える数々のビルや家屋全てに侵入が可能であり、やろうと思えばNPCたちの住宅に侵入してトイレを借りることだってできる、なんなら司法機関まで存在するので、そんな馬鹿げたマネをすれば警察と争うことも出来てしまうくらい忠実にこの世界は作られている、ここまで来ると最早別ゲーだろう
このゲーム内に存在するのは”本当に”一つのワールドだけである、プレイされる国や地域に関係なく、すべてのプレイヤーが同じ一つのサーバーに、ワールドに集っている。ワールドは宇宙世紀ガンダム作品に登場する地球と宇宙の果てまで、すべて存在する
「大気圏突入から地球降下、そのままロードもムービー演出も無しで作戦続行なんて、ガンダム作品じゃこのゲームだけじゃねえか?」
紫紺の柔らかな髪を撫でながら、高身長のパイロットスーツの男は呟いた
「バリュートと違って兄さんの勝手なタイミングじゃ駄目だから、アタシの上から振り落とされないようにね」
男の横にちょこんと佇んでいる、同じ髪色の少女
紙パックジュースを吸いながら、隣にそびえ立つ男にたしなめるように言った
「わかってるって、シュミレーションは一回やって上手くいったし、何も心配はいらんだろうよ」
「一応アタシこの機体の初実戦なんだけどな」
「なんだぁ?兄ちゃんはな~んも心配しとらんぞい」
おどけた様子を見せる兄に、少女は深くため息をつく
「少しは心配してほしかったな」
「要らないだろ、お前なら出来る……なんならこの作戦お前ひとりで敵を一掃できるぞ」
兄はそう言って少女を抱き寄せ、その柔らかな髪をぐしゃぐしゃと掻いた
「うへへ~♪……ありがとっ!」
少女もまた嬉しそうに唸る
6年前、もう昔のような、死んだように生きる少女と、幼さを残していた少年の姿はない
けれど、その姿にはかつての面影が残っていた
暮凪恭弥と、刹那
二人の兄妹は、今こうして「GUNDAM」という仮想世界にいた
『各員に通達、本艦はこれより地球軌道に入る、MSの地球降下を開始するためパイロットは出撃を』
「艦長からのお呼び出しだな、行くか”刹那”」
地球連邦軍、”元”第七艦隊所属アーガマ級強襲用宇宙巡洋艦「ハンコック」
現在は反地球連邦組織エゥーゴの所属艦艇である
ガンダムシリーズに登場した”アーガマ級”の戦艦の後継艦の一つであり、現在エゥーゴが所有するアーガマ級では唯一の艦である
テレビシリーズでは存在しない艦ではあるが、「GUNDAM」ではティターンズ勢力がアーガマ級を3つ建造しているため、さして特別なことでもない
”GUNDAM”に登場する艦艇は、少しだけ特殊な性質を持っている
それは、艦艇の使用に必要な人員は最低6名であること、MS整備を行うものはせいぜい2人か4人、パイロットは搭載しているMSの数だけいればいいことになる
大規模作戦を行う場合においても、艦艇一隻に必要な人員は多くて20名いれば手が余るくらいだ
最低人数の6人はブリッジに集まり、それぞれオペレータ二人、操舵主、火器担当、通信主、そして艦長がいればこれで揃う
艦艇に装備された艦砲の殆どはオート制御のシステムで行われる、もちろん実際に乗り込んで直接操作も可能であるが、そのような必要がある場面は滅多に見られない
ハンコックの乗組員は全部で11名、6名はブリッジに、4名はパイロットで整備担当の人間が1名のみだ
『カタパルトスタンバイ、トウキョウ降下へのポイントに到着、モビルスーツ発艦用意、タイミングを恭弥さっ……”エス・オー・エス”に譲渡します』
「先に行かせてもらうぜ……”エス・オー・エス”百式、出撃するっ!」
『刹那ぁ~』
地球軌道へとまっすぐ飛び出していく恭弥は、一本の暗号回線による通信を行う
『どしたの?兄さん』
『楽しみにしてるぜ、新しい”ガンダム”の初陣をな』
数秒置いて、愛する妹からの返事はやっと帰ってくる
『アタシ結構動き回るから、後ろから誤射なんてしないでよね』
”いつも”の調子だ、と恭弥は鼻で笑う
『そんなわけあるかよ、俺のエイム力は一年戦争の古参の中でもずっとナンバーワンだからな!』
だから……そう言葉を続けて言い放つ
『見せてやろうぜ、俺たちの……”ガンダム・マイスター”の称号を持つ兄妹の実力をな』
* * *
__振り下ろされた高熱の刃は、ペイルライダーの胸部装甲を貫くことなく空気へと還っていく
一本の光の柱が、イタルを追い詰めていたもう一機のペイルライダーの頭部から下半身にかけてを貫いた
即座に機体は爆炎を起こし、その光の柱はもう一機、また一機とモビルスーツを撃ち貫いていく
「じょ、上空から狙撃!?一体誰が……」
唐突な展開に慌てふためくイタルは、自分の上空を見上げ、唖然とした
一機のファイターが、高出力のビームを放ちながら急降下を行ってくる
「ファイターであの火力なのか?……いいや違うな、ありゃモビルアーマーか?」
対空射撃の弾幕が上がる、イタルにはお構いなしに、すべての機体がただ一機、上空にいるモビルアーマーを前に攻撃を行う
異常なまでの旋回軌道で弾幕を回避し、地上へと接近する
接近するたびに機影ははっきりと映し出され、それがファイターの大きさではないというのがわかる
そしてその機影は、徐々に速度を落としつつ__変形した
ウィングが折りたたまれ、肩と腰回りのシルエットが映し出され、太陽を背にしてその全身を広げた
「可変機なのか!?モビルスーツじゃないか!!」
見覚えがある、だがおかしいのだ
ムーバブルフレームはすでに存在する、しかしそれはまだ量産の始まったばかりの珍しいものだ
現時点での最高科学力を保持しているティターンズですら、ムーバブルフレームを使った第二世代MSを配備し始めたばかりなのだ
だから、存在するには少し早すぎる
そのガンダムは……
「刹那、”ゼータ・ガンダム”目標、敵水陸両用MSを確認、これより対象を駆逐する……」
Zガンダム……本来であればグリプス戦役後半に登場する機体だ
それも「GUNDAM」の世界において、科学リソースの大半を握るティターンズ以外にこんな最新鋭の機体は作れないはずだ
であれば、あれはティターンズの機体である可能性がある
しかし、なぜエゥーゴの勢力下にわざわざやってくるのか……??
疑問は多かった、しかしそれらはこの”ゼータ”による圧倒的且つ一方的な戦闘の光景の前にすぐ消え失せた
ビームライフルの射撃で牽制し、接近してサーベルを振り下ろす、死角からの一撃を狙って近づいた別の機体が、ゼータの圧倒的な反応速度の前に攻撃を躱され、返す刃で機体を切断される
至近距離における圧倒的不利な状況を、機体の速度とパイロットの的確な反応により覆していく
一機、また一機と、瞬きをする間に次々とジオンのMSが撃墜されていく
「かっけぇ……」
それは自分の見せた”HADES”による戦闘以上の興奮をイタルに与えた
圧倒的な実力差に落胆はしない、自分は初心者であるという自覚や謙虚さもまた、彼のゼータをみる目を輝かせる一因となった
『トウキョウエリアの防衛部隊に次ぐ、これより長距離狙撃を行うため、港湾部にいるものはその場から動かないかすぐに離れてくれ』
暗号回線、それも同軍の識別コードだった
そして通信が終了したと同時に一本の粒子砲が空を切り裂いた
「高出力のメガ粒子砲だ……」
危機的状況を察知したものの、指揮系統を完全に失ったジオンのMS部隊は混乱し、各々がゼータに反撃を行う
そこへ割り込むように撃ち込まれた粒子砲は、地上を蠢くモビルスーツたちを的確に射抜いていく
回避行動をする間もない奇襲とはいえ、その狙撃能力は恐るべき精度だった
たった一機のガンダムと遠距離狙撃が、トウキョウエリアの惨事を引き起こしたジオン残党のMS数十機を、ものの数分で片づけてしまった
空に佇む”ゼータ・ガンダム”は、機体をこちらに向け、ゆっくりとバーニアを吹かしながら降下してきた
イタルもまた、こちらの無事を確認しに来たのか___おそらくは自慢をしに来たのか、ゼータを前にコクピットハッチを開けて外へと乗り出した
ゆっくりと降り立ったゼータは、こちらと同じようにハッチを開き、パイロットがその姿を見せた
赤紫のパイロットスーツから分かるのは、体は自分よりも一回り小さく、身長も150㎝といったところか
小柄な体躯ではある……しかし、ガンダムのパイロットの胸部は、不自然な膨らみを持っていた
パイロットがヘルメットをゆっくりと取り外す……そして、紫紺のウェーブかかったセミロングの髪と、愛らしい少女の顔が露わになる
お、女だっ!__
イタルは一瞬唖然とした、おそらく自分と年齢差の殆どないくらいであろう少女が、あの圧倒的力量をもってしてジオン残党のモビルスーツ部隊を壊滅させたというのだろうか?
「ねぇ!」
突然大声で声を掛けられ、思考が追い付かないまま驚いたイタル
「ああ……はいっ!なんでしょうか!?」
「大丈夫か聞きたかったんだけど、アナタは大丈夫そうだね……仲間の人とかはどうしたの?」
「みんな撃墜されてます!……ああでも一人だけ確実にキルされなかったやつがいますが、どこに行ったかわからないです!」
「そう……」
話を聞き終えると、少女は興味を失ったかのように、またガンダムのコクピットへと戻ろうとする
「あっ、ちょっと待ってください!」
「どうかした?」
少女は顔だけ振り返ると、興味無さそうに聞き返す
「お名前教えてください!あと所属!たぶんティターンズじゃないかと思ったんですけど……ああ、ていうか何でゼータがもうあるんですか!?それと……」
「一度にいっぱい言わないでよ、答えらんないじゃん」
冷めたように言い返され、おもわず口をつぐむイタル
少女は抱えていたヘルメットを片手でぶら下げ、こちらを振り向いて堂々と仁王立ちをした
港湾部は風が強く、今なお海風が強く吹き付ける
すぅ、と息を吸い、まっすぐにイタルを見つめた
「プレイヤーネーム”グッドネイバー”……エゥーゴ、アーガマ級強襲重巡洋艦ハンコック所属の”ガンダム・マイスター”よ」
炎上するトウキョウエリアの港湾部を、名前のないエリア外の廃墟地帯のビル屋上から眺める二人の男女の姿が、そこにはあった
二人とも黒いつややかな髪を持ち、片方は黒いフード付きコートを纏ったショートボブの少女であり、もう片方は少女よりもやや高い身長の、同じ黒いコートに身を包んだ、白い肌を持つ異国風の少年だ
「圧倒的っすね、ガンダム」
「素晴らしいじゃないか……いいぞ、燃えてきたな」
面倒くさそうにつぶやく少女を横に、拳を握り闘志を燃やす少年、二人の感情の温度には大きな差があった
「もしかしたらキミよりも強いかもしれないぞ?”アカリ”?」
「あー、機体の性能差もありますしね……私にもゼータを貰えれば、渡り合って見せますとも」
「張り切りがいいな」
「一応ティターンズの”ラウンズ”第七騎士ですし、プライドもあるんで」
「キミが負けたら、私はあのゼータのパイロットに目移りしてしまうかもしれないぞ?」
「ストーカーがいなくなって私はうれしいですけどね」
「つれないなぁキミは……キミの底知れない強さと美しさに一目惚れし、たった一年と数か月で日本語をここまでマスターしたっていうのに、少しは可愛がってもらえないものかね?」
「どうやらモラルの勉強が足りなかったみたいですね」
少女の変わらぬ冷たい態度にしびれを切らし、男は踵を返し、ビルの階段の中へと消えていく
「あっ、ちょっと”アシュラ”!!片づけくらいやれって!!……はぁ」
監視のために用意された荷物やそれらの資料、道具は散乱したままだ
アイテムタブを開き、アカリは一つ一つをストレージの中へとしまい込んでいく
中にはどこで拾ったのかわからないガラクタアイテムまでも交じっており、ため息をつきながら片づけを始めた
「私だ、総帥よ」
携帯端末から、誰かに連絡を取り始めたアシュラという名の少年
「そうだ、ガンダムが現れた……アレを開発したのはティターンズから勝手に飛び出したプレイヤーだろう?確かロイドとかいう……そうか、ロイドは戻ってきたんだなティターンズに、馬鹿げた話だ、そいつはガンダムを作ることしか考えてない奴だからな」
「……そうか、そうだな、ティターンズには私から話を通して、私とアカリのガンダムを用意させるよ、ガンダムにさえ触らせて開発資金も惜しみなく出してやれば奴は大人しくしているだろうからな……楽しみだ」
通話を終え、少年は笑みを浮かべ、両手を広げて大きく笑った
「フハハハッ!!楽しみだな!これから起こる”戦争”がっ!!フハハハハッ!!」
「五月蠅い厨二病!早く帰るぞ」
背後から怒鳴りつけられ、機嫌を損ねたように表情をゆがませ、振り返る
「なんだ、やっと終わったのか」
「お前がアイテムリストにあった道具や書類をストレージごと全部地面にばら撒くからいけないんだろうがっ!」
足を思いきり蹴られ、けらけらと笑いながら階段を降り始めるアシュラに続き、アカリもその後を追う
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
ゼロの騎士
地球軌道上を移動する一つの宇宙艦船、二本のカタパルトデッキと特徴的なブリッジの形状を持った大型のスペースシップ
アーガマ級宇宙巡洋艦、ハンコックという名をつけられたこの船は、海賊をモチーフにした名称を持つ
反地球連邦組織の勢力に属したこの艦は、モビルスーツの降下をすべて終え、月のフォンブラウンへと寄港し、乗組員は艦を降りるため準備を始めていた
もっとも、準備といっても乗組員は総勢8名であり、ブリッジ要員が6名、メカニックや医務担当を含めてたったの8名である
モビルスーツ部隊の降下がすべて終了し、あとは地上作戦における隊の指揮のためアーガマをエゥーゴの秘密ドッグへと隠し、地上へと降下を行う予定である
フォンブラウンは宇宙世紀シリーズに登場する月面都市であり、連邦の支配とそれを支える経済の一大拠点である
「GUNDAM」において、MS開発などの兵器開発やその他経済活動もプレイヤーによって行われるため、実在しなかった企業や団体(これらは総じてギルドという基本携帯から成り立っている)は多数存在するが、この仮想世界においてもフォンブラウンにはアナハイム社の工廠が存在し、随一のMS生産能力を保有している
故に各経済勢力もこの地に集まっており、観光都市としての力も強く、地球上の広大なワールド以上に開発が進んでいる都市でもあるため、人口も多く、非戦闘員である者たちの殆どがこの月面都市に暮らしている
「見てくださいよ荒木艦長!めっちゃ綺麗ですよ街の明り!!これPCゲーだったらテクスチャだけで何ギガ行きますかねぇ!?」
寄港したハンコックのブリッジから、そんな都市の様子を眺める一人の女性、背丈は160かそのくらいで、ぱっちりとした目と金色に染めたガーリースタイルの髪型が特徴的
「お前、その見た目に似つかわしくないくらい詳しいのな、小日向くん」
「もち!こーみえてもうちそれが専門なんで!ギャップですよギャップ!艦長もそうゆうの好きでしょ?」
「ノーコメントだ」
対して、こちらの艦長はモヒカン頭に広い肩幅、無精ひげと清潔感のない風貌の持ち主である
「反応がつまんないですよ艦長ぉー、もう面白いのはそのレイダーみたいな見た目だけですね、フォールアウトの世界に帰ってください、プレイするゲーム間違えてません???」
「うるせぇ!!こっちはそーゆうファッションなんだよ」
小日向の余計な一言に荒木が激高するが、彼女のほうはあっけらかんとしたようすでそれを流す
「荒木君も茉莉ちゃんも……二人とも元気でいいねぇ……」
「ですねぇ……おねぇちゃんと荒木さん、正直お似合いだと思ってるんですけど……文岡さんもそう思いますよね」
そのやり取りの横で、ヒソヒソと会話をする二人の男性
片方はもう貫禄を迎えたような、額と頬に年齢を感じさせるような深い皺がくっきりと映った老いた男性、もう一人は、顔立ちは小日向によく似ているが、身長はもう10センチ近く高い少年
「おい裕也、何ジロジロみ・て・ん・だ・よっ!!」
声を上げ、荒木は少年の肩を強く叩いた
「街に出たらお前の姉ちゃんがどっかほっつき歩かないように見張ってろよ?俺はごめんだからな」
「艦長が一緒に行ってきてくださいよ!僕だってゲームの中でまでそんなストレス抱えたくないですって」
少年……小日向裕也もまた、苦笑いでそれを返す
「聞こえてっぞそこの二人ぃ!誰かストレスだって?」
そんな二人を睨み付け、あからさまに不機嫌な表情を返す
賑やかなブリッジの空間だったが、しばらくするとブリッジの扉が開き、一人の男が入ってくる
艦長と同じくらいの身長だが、体格は細く、おそらく年齢も上であろう眼鏡を掛けた男性だ
「楽しそうなところ悪いが、艦長。地上でのガルダの用意ができたぜ、カラバの現地勢力が手配してくれるって報告が入った」
「来たのか……ここまではミッションプラン通りだな、三枝さん……ガンダムの様子は?」
三枝は少し苦い顔をしながら、ゆっくりと口を開いた
「残念だが、ミッションプランの大幅な修正が必要になった……ガンダムが地上での交戦のあと、ティターンズのスードリの追跡中に追撃を受けた……撃墜されたわけでもないが、どうやら”ラウンズ”相手にガンダムの存在がバレてしまったみたいでな」
荒木もまた、その報告に険しい表情を見せる
「早いな……最低でも俺たちが地上に降りて作戦が本格始動するまではバレたくなかったんだが……」
「このままじゃ手を打たれちまうから、こっちも早く”ジャブロー”を叩かないとな……向こうもガンダムの存在を知った以上、すでに移動を始めるかもしれない」
「ジャブローのティターンズ本隊が移動する前にエゥーゴの主力が叩き、戦力差を埋める……そのために駆け足でゼータの開発とロールアウトを上が漕ぎつけたんだ……台無しにするわけにはいかない……少しまずいな」
二人は小さな声で会話を進めていたが、じきにその不穏な空気を周囲も察知したのか、先ほどまで騒いでいた茉莉と裕也の二人も押し黙る
「せっちゃん……上手くいくといいね」
茉莉が心配そうにするが、それを察した弟は「あ、お兄さんのほうはいいんすか?」などと茶化す
「余計なお世話よっ!」と茉莉が突っ込み返して、また姉弟そろって騒がしくなるが、先のような重苦しい空気はどことなく無くなっていた
「まぁ、あの兄妹なら心配いらねぇだろうな、方や元RX-78”オリジナル”ガンダムのパイロットで、元ガンダムマイスター。妹は最新鋭のガンダムを操る”良き隣人”のガンダムマイスター。やられちまう要素なんてこれっぽっちもねぇんだし、俺らが全力でサポートするだけだっつの!な?艦長さんよ」
三枝に激励され、険呑な雰囲気でやられていた荒木も、少し緩やかな表情を取り戻した
ガンダムマイスター……一般的なゲームでいう「称号」や「トロフィー」と同じように、一定の条件を満たすことで得られる称号である
しかし、このマイスターの称号は謎が多く、この仮想世界を構成するシステムが判断して適正なプレイヤーにこの称号を付与する
その条件は一切が不明であり、このゲームのブラックボックス的要素でもある、過去に2000人近くのプレイヤーがこの称号を手に入れたが、彼らの共通点からわかることは、「ガンダムに乗っていたこと」「ガンダムに乗らなくなると称号が消える」ということだけしかはっきりしていない
しかし、過去に「ガンダムマイスター」と名乗ったプレイヤーたちには、それぞれにゲーム内のパーソナルネームとは別に、”コードネーム”が与えられる
彼らは数々の場面で人目を集め、多くの戦績を出した
その名前が持つ影響力と、本人の実力は本物であることは、だれでもよく知っていることだった
「そうだな、アイツらが下手しないようにサポートするのは俺たちだ……」
ゆっくりと、モニターの向こうに青く輝く地球を見つめる
__本当に、あれがただの背景じゃないなんて嘘みたいだ
太平洋上を飛行する緑色の大型輸送機、ガルダ級「スードリ」と呼ばれる、全長317m、全幅524mの超大型輸送機である
内部の殆どが貨物スペースであり、多数のモビルスーツとサブフライトシステムを搭載、その最大積載量は9800トンを誇る
「艦長、後方のレーダー施設からの所属不明機データをキャッチしました、かなりの速度で接近しています……」
デッキ中央にてふんぞり返る栗色の髪の青年……恐らくだれが見ても艦長には見えないであろうその西洋人の青年は、待っていたといわんばかりに椅子に深く座ったその体を起こした
「来たのか、アシュラの言っていた新しいガンダムが……会敵までどのくらいだ?」
「恐らく、4、50分でこちらを視認してくると思います……ですが、単機で攻撃はしないのでは?こちらの後をつけるのが目的かと……」
言いかけて、艦長を名乗る青年は怒鳴った
「そんなことわかっている、どっちにせよあのガンダムを連れたままこちらの航路を読まれるわけには行かない……時間稼ぎとデータ集めも兼ねてモビルスーツに対応させろ!」
「言われずとも、私が行きましょうヘンリー大佐殿」
デッキ後方の扉を開け、やってきたのは一人の少年
東洋人らしい黒髪と、それに似つかわしくない異国風な顔つき……以前トウキョウエリアで港湾区画の一部始終を眺めていた男、アシュラだった
「なぁに?お前がやるのかアシュラ……」
「マラサイを一機、アカリにベースジャバーを使わせて、それで出撃します」
聞き終わり、けらけらと艦長は笑い出した
「第二世代モビルスーツとはいえ、向こうはさらに上の第三世代、それもガンダムときたもんだ。やれるのか?」
「モビルスーツの性能さだけで、後れを取るようなことはございませんよ」
「ふむ、そうかい……まぁ我々のスードリがティターンズに付いていることもエゥーゴは承知なんだろうしな、迎撃しても上は構わんだろう……よろしい!マラサイを一機出撃準備!それとベースジャバーも袋を剥いで一機用意させろっ!我々は”ラウンズ”指揮下の元、ガンダムを迎撃させる!」
太平洋横断には、本来モビルスーツの航行能力では泳ぎ切ることも、空を飛び切ることもできない
飛行形態への可変が可能な第三世代MSであるゼータであっても、この広い海を横断するためには積載できる推進剤だけでは足りないため、長距離飛行の際にはオプションパーツとして、予備のブースターを装備して飛行する
変形の際にはブースターの切り離しが必要になるが、あくまでも今回の飛行目的は敵機の追跡であり、迎撃およびその他の戦闘行為が目的ではない
「……接近する機影?」
ガルダ級航空輸送機のレーダー視認範囲外を飛んでいるはずだったが、恐らく何らかの方法でこちらの位置を確認したのか、なんにせよ、この程度はミッションプランの想定範囲内だった
ただ一つ疑問点があるならば、それは相手側が”たったの一機”であるという点である
水平線の向こう側から段々と近づいてくる……赤色と黒い飛行物体、恐らくはサブフライトシステムと……
「マラサイか……」
現行のティターンズ戦力の中では主力最新鋭機の、第二世代モビルスーツ
RMS-108、ジオニック系技術を応用し開発された機体であるが、その性能は現在エゥーゴ以下の連邦組織の大半が運用を続けているジム系統の機体とは比べられないほどに優れている
しかし、この機体の存在が知られてしまうことを避けるためにも、敵機にとっても母艦との通信範囲外であるこの空域で全滅させなければならない
トリガーの安全装置を解除し、機体高度を若干下げつつ、照準を定める
一撃で仕留めることができれば、プレイヤー自身に詳細なデータをつかまれることなくミッションを続行できる
「脅威目標を確認、ゼータガンダム。目標を撃破する」
カチリ、とトリガーを迷いなく引き、ビームライフルを射撃した
ビーム兵器は、雨や雪などの悪天候、またはミノフスキー粒子散布下において出力が減退してしまうが、弾速もはやく、弾道に左右されず直線で飛ぶため、立ち回り次第では一方的に敵を攻撃することも可能である
狙い通り、この一発のビームもまた、直撃コースを狙ったはずだった
直後、光の速さで飛翔する閃光を、急な角度をつけた旋回でそれを躱す
「……っ外した!?」
射的距離外というわけでもない、射撃システムに問題があるわけでもないはずだった
「よくぞ躱したなアカリ!!」
ベースジャバーの上にまたがるマラサイのコックピット内で、アシュラは満遍の笑みを浮かべた
「うるさい射撃に集中しろ、もうこっちは向こうの有効射程範囲内に入ってるよ」
「そんな冷静さも大好きだっ!もっと接近して上空をとるんだ!奴とは格闘戦でやり合いたい!」
「ハイハイ……ならお望み通りに」
呆れた様子を見せながらも、アカリは機体の機種を勢いよくあげて高度をとる
「上に逃げる?……とにかく、今のうちに撃ち落とせばっ……!!」
二発、三発とビームを連射するが、ベースジャバーは機体高度を上げながらもそれらをひらりと躱していく
「アイツ……足元に目でも付いてるっていうの……当たれぇ!」
次第に焦りを感じ始め、一回の射撃間隔が短くなっていく
「今だよっ!アシュラ!」
「任せろ!」
ベースジャバーがゼータの頭上を交差したとき、一つの機影が直上から降りてくる
マラサイがベースジャバーから飛び降り、ライフルによる射撃とともにゼータに向かって一直線に突撃する
「不味いっ……」
ビームライフルがブースター中央を貫通し、推進剤に点火したと同時に爆発を起こす
刹那は咄嗟にそれを切り離し、機体を”変形”させてサーベルを振りぬく
マラサイもまたサーベルを引き抜き、閃光の刃が互いにぶつかり合う
「初めましてだなぁ!!ガンダム!!」
有視界通信、一定の距離でパイロット同士がおこなうことのできる音声通信
「誰だっ!?」
「何ィ?女の声かっ!?」
アシュラは驚いたように声を上げるが、一幕置いて名を名乗った
「阿修羅……”ラウンズ”第零位階騎士、君の存在に心惹かれたものだっ!!」
刹那はそれにこたえることなく、ロングテール・スタビライザーを上部へ動かし、バーニアの出力を使って鍔迫り合いから一気にマラサイを押し切った
「機体出力と機動性ならこっちが!!」
「機体の性能さだけが決定的な差ではないぞ少女よ!」
ゼータが機体姿勢を持ち直し、サーベルを突き立てる
しかしマラサイは__躱すことなく、肩のシールドを展開してそれを受けた
熱線は徐々にマラサイの肩を焼き切る……直後に、機体全身を下に反らし、右足を使ってゼータのコックピットめがけて勢いよく蹴りを入れた
「阿修羅という名は伊達ではないっ!……名付けて、アシュラ・スペシャルだ!」
マラサイの渾身のキックを受け、刹那はコクピットに伝わる大きな衝撃に悶絶した
機体は徐々に高度を下げて海へと真っすぐ落ちていく……水面が目の前に迫ったその瞬間、機体が起き上がり、姿勢を変えて変形する
「ミッションレコード!刹那、ゼータガンダムはミッションに失敗、これより撤退する。」
飛び去って行くゼータを後ろ目に、マラサイはベースジャバーへと飛び乗る
「いいの?追撃」
「いや、その必要はないぞアカリ……奴とはこの先また出会うだろう、その時の戦いを楽しみにする」
「あっそ……ていうか、何なのあの”何とかスペシャル”って、恥ずかしくないの?」
「一体何が恥ずかしいというのだ!?あれで彼女も私の名を覚え、そして自覚するだろう……自らの機体性能に頼りすぎた戦闘の愚かしさをな!」
「さっきの、普通に強かったと思うよ?アンタのあの攻撃に咄嗟に対応できてたし、蹴りも避けきれなかっただけで攻撃を見抜いてた」
アシュラは目をさらに見開き、感嘆の息をもらす
「流石だな!あれが私の一方的な蹂躙には見えなかったか!その通りだとも……」
既に夕焼けが見え始めた空を仰ぎ見ながら、アシュラはひとり呟いた
「楽しみだな……ガンダム、次は私も同じ”舞台”で戦ってやろう」
オート飛行に操縦を切り替え、刹那はインベントリから救急アイテムを取り出す
どうやらマラサイの格闘によりコクピットを蹴られた際に、”自分自身”に頭部裂傷と左足骨折の”状態異常”を受けてしまったようだった
一通りの治療を終え、刹那は自分自身のヒットポイントを確認……7割まで減っていたようだったが、すでに体に異常を知らせるために”痛覚”もなくなっていた
どっと大きな疲れが刹那を襲った……戦闘の緊張感、激痛ではないもののパイロット本人へのリアルさを与えるために用意された”痛覚”など、この仮想世界は、命の奪い合いにおいてどこまでも忠実だ、モビルスーツパイロットが全プレイヤーにとっての多数派ではない理由もこれらである
「”ラウンズ”……連邦のエリート部隊の中核、やっぱりスードリはただの定期輸送任務を請け負っているだけの輸送機じゃなかったんだ……」
ラウンズ、ゲーム稼働当初から組織されている連邦軍のエリート集団であり、円卓の騎士をモデルに、12人で構成されている
常に連邦のトップ組織であり、メンバーの12人は自分たち以外の命令系統には理由なく属することはない、独立部隊である
第一から第十二位階までの位が存在しているはずだったが……あの男、アシュラは自分を”第零位階”と名乗った
「ゼロの騎士……なーんか胡散臭いけど、あの強さはホンモノだったよ。……兄さん」
誰もいないコクピットの中、彼女もまた日の沈みゆく空を仰ぎ見ながら、少しだけ、ほんの少しだけ短い眠りに付いた
シャトルは無事日本へと降下し、すでにトウキョウエリアの飛行場にて、カラバの所有するガルダ級”アウドムラ”が格納庫を出ようとしていた
あれから三日、エゥーゴの主力部隊として集結したハンコックのクルーと、モビルスーツパイロットたち
そこにカラバの部隊も加わり、”ジャブロー攻略戦”の要となるチームが完成した
「先日のガンダムによる追跡任務は、本来であれば数少ないガルダ級大型輸送機スードリが、極秘でティターンズの輸送任務を行っているのかどうかの検証が目的であったが……どうやら”ラウンズ”までスードリに居合わせていた。ガンダムは多大な損傷を受けることはなかったが、これから先ラウンズは中立ではなくティターンズの一勢力として戦わなくてはならなくなった」
エゥーゴとカラバの地上作戦指揮官の会合にて、荒木が放ったその言葉はその出席者すべてを動揺させた
「まさか本当にラウンズがティターンズについたとは……」
「ただでさえ戦力差は開いているのに、余計に厄介になってしまったか」
「ですが!こちらにはまだガンダムがあります!」
荒木の一声で、周囲の動揺が少し収まる
「本来であればまだ存在するはずのない”Zガンダム”とそれを開発するだけの技術レベルがこちらにはあります……我々は一刻も早くティターンズの主力がジャブローから撤退を始める前に、早期決戦を行い戦力差を埋めなくてはなりません」
「しかしこちらの”Zガンダム”開発したロイドはティターンズに逃亡したではないか!それも同じ研究チームのプレイヤーを何人も連れてな!」
「そうかもしれませんが、全員ではありません……それに向こうが可変機体やさらに上の機体を作り始めるまで、まだ時間はあります……とにかく今は、最初の計画に沿って行動するべきでしょう……ここですべてを止めるわけには行かないのですから」
第二話です
実は色々設定が固まってない部分が多いのですが、今回は戦闘シーンを書いててすごく楽しかったです♪
ガンダム大投票ではもちろんゼータに投票したのですが……皆さんはどれに投票しました?
この作品では”刹那”という名前の女の子が主人公として登場しますが、実のところキャラ的にはロックオンが好きだったり……
話が脱線しましたが、これからもガンダムオンラインをよろしくです
目次 感想へのリンク しおりを挟む
しおりを挟む
暮凪刹那という少女1
トウキョウエリアでの戦闘を終えたイタルは、刹那とガンダムとの出会いで不思議と高揚感を覚えていた
もう一度彼女に会えるんじゃないか?その日が待ち遠しい……イタルこと、三津谷至は、現在私立高校に通う高校生1年生であった
部活には特に所属せず、幼馴染の少女、駒戸鞠奈とゲーム仲間のPN”グラン”こと増田と同じクラスの友人だった
至は増田に先日、ゼータガンダムとそのパイロット、暮凪刹那の姿が映ったスクリーンショットを見せる、増田はそれが同じ高校の女子生徒であること、写真集や雑誌記事にのるレベルのちょっとした有名人であることなどを話す……至は、刹那を校内で探し周り、”ある相談”を持ち掛ける
頭の中を何かが駆け抜けていくような錯覚に見舞われながら、ゆっくりと瞼を開く
「うっ、重い……」
大型ヘッドアップデバイスである「アストラル・デバイサー」を外し、ゆっくりと体を起こす
アストラルデバイサーは使用者の脳と直接リンクさせて仮想空間へと意識を飛ばすものなので、接続時と切断時には特徴的な”疾走感”に襲われる、慣れないうちは、まるで高所から飛び降りているような感覚に気持ち悪さを覚えるが、案外すぐ慣れるものである
しかしそれらの錯覚情報は身体や精神に障害を持つ人間には危険とされているので、この”ゲーム機”は誰でも使えるというものでもない
現在4時半、まだ日も出ていないが、二度寝をすれば遅刻をする危険な時間帯だ
「……飯食うかな」
ドタドタと足音を立て、ふらつきながら一階へと降りていく
両親はまだ寝ている時間だが、勝手に冷蔵庫を漁っても特に文句は言われない
「チーズ……ああ、これでいいや」
適当に朝食用に食べられそうなものを引っ張り出し、リビングでそれらを食しながらスマホをいじり出す
アストラルデバイサーの端末にアクセスし、昨日……もうすでに今日であるが、その時の記録を確認する
スマートフォンとアプリで連携できるアストラルデバイサーは、ゲームプレイの最中に見たものや聞いたものを記録しており、ユーザーはそれを見ることができる
「ああ、あったあった、スクリーンショット」
彼が見つけたのは、ゼータガンダムと出会った時の記録、パイロットである”セツナ”と名乗った女の顔を見る
可愛いな……そう思ったところで、少し罪悪感が沸いたので画面を一度消した
なんだかこう、初対面の女性の顔写真をまじまじと見るのは……少し恥ずかしいし、なにより今度彼女ともし出会ったとき、気まずく感じてしまう
「すごかったな……あの女の子」
睡眠不足で眠いはずだが、不思議と心は躍動感を得ている
ゼータの戦いを見て、至は”グッドネイバー”と名乗った少女のことで頭がいっぱいだった
「俺もアレくらい戦ってみてぇな~」
朝はいつも通りの時間の電車に乗り、HRの15分前には教室へと付いていた
扉の前につくと、一人の人影が窓越しに映る
とっさに扉を開け、先に向かい側にいた人影の正体に道を譲った
「どうも」
出てきたのは、一人の少女
ショートボブの髪が特徴の、150過ぎくらいの身長のクラスメイト
「あっ、あ、どうも……」
思わずたじろいでしまう、至自身もとより女性は苦手なほうではあるが、彼女……クラスメイトの水無月灯里の前ではほかの女性以上に怯んでしまう
鋭い目つき、というととても失礼だが、なんといえば言いだろうか……他者を簡単には受け入れないというような意識を感じる
そう、彼女の周りにいる人間といえば、比較的綺麗系やギャル系、可愛い系の所謂「カースト上位の女子」やクラスの中心的人物の男子が多い……カースト最底辺を自称している至にとっては、正直言って天敵みたいな存在だった
そんな至の思いなど向こうには伝わるわけもなく、彼女が通り過ぎていくのを見送りながら教室へと入っていく
「よっ、至!」
ふいに声をかけられる、声の主は教室の窓側、やや後ろに位置する席に座っていた少年、増田だ
その横には、至の幼馴染で小中高とずっと同じ学校に通っている少女、駒戸鞠奈が居た
「おはよっ!」
「ういっす」
挨拶を適当に交わし、鞠奈のとなりにある自分の座席に座る
どうやらすでにいろいろ話し込んでいたようで、増田がその説明をしてくれた
「昨日のガンオンの話してたんだよ、俺とお前でマジの実戦やった話」
ガンオン……言うまでもなく、ガンダム・オンラインを略した呼び名だが、海外と違い日本ではVRMMOゲーム「GUNDAM」を”ガンオン”と呼ぶのが一般的だ
「イタルが最後に知らないモビルスーツ乗って敵を何体も倒した話とか……あとアレ!ガンダムが出てきたってこともね!」
楽し気に話す真理奈を見て、至は増田に問いかけた
「知ってたのか?ガンダムのこと」
「知ってたも何も、この目で見てたからな!」
ふいに至が席を立ち、増田の肩を掴んで焦ったように問い詰めた
「ゼータのパイロット!!あのゼータのパイロットを見たのか!?」
「待て待て!俺もそこまでみちゃいねぇよ!……でも、至は会ったんだろ?お前の機体のそばに降りたのを知ってる、そっから先は見てない」
落ち着きを取り戻した至は、ため息をつきながらまた席に座った
増田も襟元を正しながら、見透かしたように笑った
「その様子だと、会ってたみたいだな。どんなだった?」
至は少し言い渋るが、すぐにその名を口にした
「”グッドネイバー”ってプレイヤーネーム、女の子だった」
「女!?女ってあのゼータに乗ってたのが女だってのか?」
静かに至は頷いた
横で聞いていた鞠奈も「女の子のパイロットか~これは私も自信付くな~」などと呟いている
「スクショあるぞ、今朝スマホに落としておいたけど見る?」
「もちろん見るって!」
「ウチも見る見る!」
そうか、と至は頷き、3人で作ったグループチャットに画像を送信した
二人は画像をダウンロードし終えると、画像を見て同時に「ああっー!!」と大きな声を上げた
「どうした?知ってる人?」
増田が物凄い形相でこちらを睨むと
「お前マジで言ってるのか!?知ってるも何も校内じゃ結構有名人じゃねえか!!」
「ウチも知ってる!同じ一年生だけど結構噂になってたもん!この人ファッション誌とかでモデルやってるって聞いたもん」
そんな有名人だったのか、と至はたいして驚きもしなかった、そのような点にはあまり興味が沸かなかったのだろう
それよりも、”同じ学校”であるという点に至は詳細を聞きたかった
「同じ学校で同じ学年ってことは、一年生だよな?クラスは?」
「確か国際科のGクラスだったよ!”暮凪刹那”って名前……あそこ女子多いからいろんなコミュニティあるし、噂広がるの早いから至も知ってるもんかと思ってた」
「いや全然」
あっけらかんとした様子で答えると「ああ、まぁ至はそうだよね……」となんだか呆れられた、何?俺別に悪くないよな?
「お昼休み、ちょっと見に行こうぜ至、せっかくだし」
「お前マジで言ってんのか?」
「大マジだよ、あの時戦場で会ったんなら、きっとお前みたいなカースト底辺でも相手してくれるだろ」
地味に失礼な発言をされた、確かに自称はしているが他人に言われていいものじゃないと思うんだ……いや、事実だが
「でもあの子基本的に一人だと思うから話しかけやすいんじゃない?うちのクラスの”誰かさん”と違って、気持ち悪いリア充みたいな取り巻きもいないし」
誰かさんが何を指しているのかは後が怖いので言及しないでおこう……実際、”水無月灯里”を敵に回したらこのクラスで過ごしずらくなる(主に周りのコミュニティが原因であるが)
「いや~流石に童貞仲間の至君には、一人で高嶺の花の女性に話しかけるのはそもそもが鬼畜だと思われ……」
「うるせぇ童貞に童貞言われたくないわ!」
要らぬ一言についカッとなるが、鞠奈の冷ややかな目線に気付いて落ち着きを取り戻す
「恥ずかしいからやめろって……そうだ、私もモビルスーツ乗れるようになったんだ」
「早いな!もう乗れるのか?」
鞠奈はえへへと照れ笑いをしながら話をつづけた
「重力圏でしか模擬戦したことないけど……一応無重力空間での操縦もやったしね!あとは所属する部隊とか決めないといけないし」
あっ、とここで増田が大きな声を上げた
「どうしたいきなり」
「俺らのいた部隊、なんかあのまま解散するってメンバーから聞いたぜ?」
なんでそんな大事なことを!と至は驚いた
「てことは俺らは何になるんだ?連邦正規兵ではあるのか?」
「モビルスーツパイロットになった時点で連邦兵ではあるけどよ……配属先の希望決めとかないと俺ら無職だぜ?」
昔であればこんなことはなかったが、今の「GUNDAM」は連邦軍同士の内戦という事情がある以上、自らの所属する部隊、勢力は各々で判断できる
過去にも、ティターンズ側のプレイヤーが裏切って反連邦についたり、その逆みたいなこともしょっちゅうあった
「っつてもなぁ……日本のエリアに正規軍の下で作られたギルドなんて多くないしな」
「このゲームの日本人プレイヤーの大半は非戦闘員か軍からも独立した傭兵部隊とかだし、環境は最悪だぜ?正直正規の連邦兵として戦いがしたいなら海外勢と一緒にやるくらいしか……あーあ、そもそもクッソつまんねぇから至と一緒に辞めようって話をしてたんだぜ」
増田が怠そうに答えるが、鞠奈はそれに納得のいかない様子で返す
「せっかく始めたばっかなのにもうやめるとか許さないかんね!?ガンオンめちゃめちゃ高かったんだからさ!」
「まぁまぁ……そうゆう話があったってだけだよ」
至が鞠奈をなだめながら、増田にも「もうしばらく考えてみようよ」と促し、話はHRが始まると同時に一旦は閉じた
昼間の講義が終了する、この日は午後に授業が一つもないため、家へと帰るついでに近くの行きつけのそば屋でお昼ご飯を食べるのが、暮凪恭弥の日課だった
キャンパスから歩いて10分の距離であり、たいして遠くはない
店の暖簾をくぐり、扉を開ける
いつも通り、外国人店員のやる気のない「イラッシャイマセー」という挨拶と、もしかしてここで暮らしているんじゃないかと思うくらい何度も見たことのある同じおっさんの客が何人かいる
そして奥のカウンター席には、そんなオヤジ臭い店の雰囲気には似つかわしくない、セーラー服の少女が一人、ずるずると音を立ててそばを啜っている
「よぉ刹那、学校はどうだ?」
「私ってそんなに有名なの?」
恭弥の質問に答えることなく問いかけてくる妹、暮凪刹那
この兄妹、刹那が高校に上がって以来週に一度だけこうしてお昼ご飯を一緒に食べている
「まぁ、昼間に学校抜け出していつまでもお兄ちゃんと飯食ってるようじゃ、あまりいい感じじゃないんだろうな」
「もう怒らなくなったね」
「注意したってお前学校抜け出すだろ、ていうかバレないの?」
「お昼ご飯の間だったらだれも探さないし、私特に役職とか仕事ないからね」
「人気者なんだろ?そーゆう奴は大抵クラスの委員長とかにまったりするもんじゃないですかね妹殿」
わざとらしく茶化したように言った恭弥に、刹那はため息をつきながらも「とにかく……」と話を続ける
「別にテレビに出たとかじゃないのにさ、どうしてみんな私が撮影モデルやってるとか、雑誌乗ってるとかどこから情報得てるのさ?あんな雑誌誰でも買ってるようなものでもないでしょ?」
「そーゆう情報をみんなに拡散する奴はどこにだっているんだよ、まぁお前が可愛いのがすべての原因だな」
恭弥が刹那の頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でるが、妹は何一つ反応を返さず、無表情のままだ
「ところでそんな妹が大好きなシスコンさんは、この後もガンオンですか」
「おっ、もちろん……近いうちに大規模な作戦をやるからな、ジャブローを叩いてティターンズの要人の捕獲、データや物資の鹵獲、奇襲による大部隊の撃滅、やることはいっぱいある」
頭に置かれた兄の腕を片手で退けながら、刹那はニヤリとして恭弥を見つめた
「大学生がこんなゲーム三昧で大丈夫なんですかね?」
「残念ながら、単位も内定も全部揃え終わってるんで……何も焦ることはないんだな」
「呑気でいいね大学生」
「お前も高校時代をゲーム三昧してると俺みたいな大人になるぞ~?底辺大学生を舐めるなっ!」
自虐ネタを披露して一人で盛り上がる兄をよそに、刹那は先に食べ始めていたそばを食べ終え、レジへと向かう
「おいおい、麺だけたべて蕎麦湯どころかネギもめんつゆも一切手を付けない食べ方、常識外れだと思われるから止めろって言ってるだろ」
「だっておいしくないもの」
「勿体ないぞ!……って聞いてねぇし」
兄の注意も耳を貸さず、レジにて会計を済ませると、「バイバイ」の一言もなく店を後にした
「オニイサン」
「あん?」
話しかけてきたのは、とてもそば職人というイメージが似合わない、筋肉質な黒人男性の店員
「チューモン、ハヤクシナ」
「ああ、それじゃあ……」
「見つかんねぇな……暮凪さん」
もう日が沈み始め、放課後になってしまっていた
あのあと暮凪を探そうとみんなで決めたのに、鞠奈も増田も用事があるだとかでいなくなってしまい……後でこのツケは払ってもらわねば
なんだか、放課後に女の子を探すというシチュエーションに、妙な気恥ずかしさを覚えてきた頃だ
別にこれから告白をしようってわけでもないのに……お昼休みはクソ真面目に暮凪を探していたので何も食べていない
「あの人、特に部活やってるとかって話じゃなかったはずなんだがな」
つまり、部活や同好会をむやみに当たる必要はないはずなのだが、そうなると一体どこを探せば彼女に会えるのか余計にわからなくなってしまう
G組の教室には二回も行ったし、人気のなさそうな屋上や空き教室のある別棟もくまなく探した、放課後になってすぐ探し始めたのにまだ見つからないのだから、正直もう家に帰っているのではないかとすら思える
自分でもどうして、こんなに必死に一人の少女を探しているのか冷静になって考え直してみる
そうだ、別にあの時ガンダムに乗っていたからといって、あって何になるのか?助けてもらったお礼でもいうのだろうか?
「いや、そうじゃないよな」
自分と同じ年で、同じ学校で、あんなに強い
何か言いたいことがあるわけじゃなくけれど、彼女には会ってみたいと思わせるだけの魅力があると思う
「また会えるだろうか……あのガンダムに」
彼女の連絡手段さえあればよかったのだが、生憎リア充とはかけ離れた学生生活だった自分にはそんな手段は見当もつかない
仕方がない、日を改めよう……疲れと憂鬱感でクタクタになりながら、夕焼けの眩しい校舎の階段を降りていく
降りていった先で、一人の女子学生の後ろ姿が見えた
ここは空き教室や移動教室の際にしか生徒の来ない別棟であり、それ以外であれば吹奏楽の人間か美術部あたりの生徒であると思うが……
だが、至はその姿に見覚えを感じた
紫紺のウェーブかかったセミロングの髪を後ろでハーフアップにしている……後ろ姿を見たのは初めてだったのでその髪型には気が付かなかった
こちらの存在に気付いた少女が、ゆっくりと振り返った
「あの、”暮凪刹那”さんでいいですよね?」
少女はただ頷いた
「”ガンダム・マイスター”のグッドネイバーって人、ご存知ですか?」
先に話すべきことはいろいろあったかもしれないが、至は単刀直入に本題に入った
刹那は表情を変えることはなかったが、眉を少しだけ動かし、こちらをにらみつけた
「昨日、トウキョウエリアが攻撃されたときに、ゼータに乗っていたのはアナタですよね?」
「どうしてそれを知っているの?」
鋭く、声色の冷ややかな言葉だった
至は少しだけ怖気づくが、すぐに話をつづけた
「あの時、ペイルライダーに乗っていたパイロットです!アナタと直接話もしました!」
刹那の表情が、急に緩やかなものに変わった
もしかすると、自分のことをストーカーか詮索好きの何かと勘違いされていたのかもしれない
「あの時のパイロットって君だったの?ヘルメットで顔全然わからなかったし」
ああ、そういえば確かにそうだ
こちらはすでに向こうの顔を知っていたから、会えば彼女も気付いてくれると思っていた
「それはごめんなさい……俺も友達に、あの時の話をして、そしたら君の事じゃないかと教えてもらって、お昼のときとかも探したんだけど見つからなくて」
さすがにスクリーンショットを撮っていたなんて恥ずかしくて言えないので、話を少しだけ変えた
「あー……それはちょっといろいろあってね?……それで、どんな話があるの?」
苦笑いをしながら濁されてしまったが、なんとか話はしてくれそうだ……彼女がお昼になにをしていようが自分には関係はないだろうし、余計な詮索は無用だと考える
それにしても、彼女はどこまでもクールなイメージを勝手に抱いていたから、こうやって笑ったりする表情は意外だった
まだ少ししか会話をしていないけれど、彼女の話し方や仕草からしても、友達のいない人やいつも一人でいるような人には感じない
「あの時助けてくれましたけど、アナタは連邦軍側のパイロットですよね?」
「そうだよ、ティターンズじゃなくてエゥーゴのね」
しれっとした態度で答える刹那、至が詳しく聞きたいのはこのことだった
「それです!原作アニメはともかく、今ガンオンの勢力差はティターンズが圧倒的に上で、エゥーゴはほぼジリ貧状態で新規のMS開発なんて無理なはずです」
「それは答えられないかな、理由があるもの」
「……答えられない理由も察します、エゥーゴがこの先どんな作戦をするのかっていうことにも関わることだと思うので」
ガンダムを隠し持っていたエゥーゴ、本来であれば完成すらしていないはずの機体があるのだから、もしかすると自分はエゥーゴの今後の重要機密に触れようとしているのかもしれない
「俺がのったペイルライダーは、確かアナタ達のために供給される機体だったはずです」
「片割れをアタシがぶっ壊しちゃったけどね」
刹那はクスクスと笑いながら、片割れ……あの時ジオンに強奪されたペイルライダーの話をした
「破損したとはいえ、まだペイルライダーはトウキョウエリアの貨物倉庫にあります……実はちょっと相談があるんです」
「取引?ってこと?ペイルライダーは確かにエゥーゴが受領するモビルスーツだったけど、その辺の話はアタシじゃ知らないよ?」
至は首を横に振り、静かに答えた
「別にペイルライダーをどうこうしようって話じゃないです……俺と、あと二人……俺たちをエゥーゴの君の部隊に入れてほしい」
目次 感想へのリンク しおりを挟む