暴走神に敗れし者、この地に現れる (弓風)
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エピソード 最後だった戦い

まだ書き始めたばかりなので下手ですが、下手なりに頑張っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。


 えーと、最初になんて言えば良いのかな?

 この物語を読んでくれてありがとう?

 うんとね。

 ちょっと言葉にしづらいけど、私は凄い感謝しているよ。

 それで今から少し長い話になると思うから、苦手な方には申し訳ない。

 さてと、じゃあ始めちゃおう。

 私達の物語の一番最初、開幕劇を───

 

 

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 無限と思える程、広大な暗黒の海に漂う巨大な天の川銀河。

 その天の川銀河を構成する無数の星々の一つ。

 皆の知っての通り、太陽系に位置する青き美しい惑星。

 それは地球。

 時代は西暦2018年。

 人類は北から南の隅々まで定住し、蒼天を仰ぎ見ればジュラルミンの鳥が空を泳ぎ、人の乗った小さな船が宇宙に浮遊している。

 狩りをしていた頃から人類はここまで成長し繁栄した。

 しかし地球での人の繁栄は“無知”という平和な証に包まれていたからだったよ。

 貧困、経済危機、地球温暖化、大災害、核戦争。

 どれも人類を衰退させる要因になり得るもの───だけど、今から伝える出来事に比べれば凄く些細なものと断言可能なんだよね。

 ある存在達によって・・・・・

 良くも悪くも発達した科学と科学者の懸命な努力によって、今までほのめかす事で害の無かったものを偶発的に突き止めてしまう事がある。

 人類が決して知るべきものではない、慄然たる景観や事実に───

 もしその存在の欠片でも知ってしまった者は、後悔の念に苛まれながら発狂するか、その狂気に呑み込まれ自身を見失ってしまうか、だろうね。

 どちらにせよ、まともな死に方がではないのは明白。

 これらの事態を引き起こす存在とは、私達人類の誕生から十数億年前に地球を支配した神とも呼ばれる旧支配者達。

 今でこそ旧支配者達は休眠状態に入っているけど、星辰の揃う時、目覚める圧倒的な力の前に全ての人類は思い知るだろう。

 人類の繁栄は“つかの間の現象”だと───ね。

 例えるなら、マッチに火を点けたら直ぐに燃え尽きて消える。人類の繁栄も基本は同じ事。

 そして追加ではっきり言わせて貰うよ。

 人自らが理解している。人とは傲慢で愚かな生物であると、ね。

 んっ?

 どうしてそんな表情をしているかな?

 ───あー成る程ね、なんで私がそんな事を知っているって?

 そっか、絶対に人目に触れられてはいけない出来事をどうして知っているか気になるよね。

 よし!じゃ言う前に、分かりやすいように旧支配者を含めた物や情報を“クトゥルフ神話”と定義しようか。

 それで私が知っている理由なんだけど、簡単に言えばクトゥルフ神話関係の監視をする仕事に就いていたからだね。

 まぁ監視と言っても実力行使も良くあったよ。

 いやぁ大変だったよ。

 狂信者達がクトゥルフ神話に触って色々と面倒な───おっとごめん。随分と話が逸れちゃったね。

 話を戻してと、今から話すのは人が愚かであると体現したある一つの出来事。

 まず最初に、どうやら私達の監視外にクトゥルフ神話に関する祭壇があったらしい。

 それで祭壇を自ら力を得る為に利用しようとした人物が居た。

 その人物をこれから背神者と呼称するね。

 この背神者は祭壇が原因で己がどれだけ危険か───いや、もしかしたら人類の終焉を握り締めたとも気づいていないだけなのかもしれない。

 加えて背神者は神を利用するだけでは飽きたらず、魔術の際に必要な大量の血液や人を手にしようと、事前に用意した手駒の怪物に無知なる大衆を襲わせた。

 私達はその時点でようやく行動に移ったけど、町は既に手遅れで、思わず鼻がひん曲がりそうな死臭の屍で山が形成されていた。

 こうして初動は完全に背神者に先手を取られた。

 でもすぐに差を埋めようと仲間と一緒に動き、途中で新人が入って来たりもしたね。

 最終的には背神者の本拠地を突き止め、八人の仲間で本拠地へ強襲を開始したよ。

 でも、本拠地の防衛は頑強どころかそれ以前の状態だった。

 本拠地内では床に血が赤いカーペットのように撒かれ、蛆の湧く腐敗の進んだ死体がそこらに投げ棄てられていた。

 死んでいる人は全員背神者の手駒だった者ばかり。

 背神者に利用され、挙げ句の果てに命まで刈り取られるなんてねぇと思いつつも、私は興味を持たなかった。

 クトゥルフ神話に関係すればこんな事態、よくある事だから。

 やがて背神者が姿を現し、戦闘を開始した。

 戦況は劣勢、あらかじめ地形を知り防衛準備の整った背神者は正直辛い相手だった。

 それに背神者は私達の最も恐れていた旧支配者の召喚を敢行。

 祭壇の上に旧支配者が召喚され、背神者は魔術で莫大な量の魔力を使い、強引に旧支配者を相手に魔術を掛け、人形と同じように操られてしまっていた。

 旧支配者という強大な存在を自らの手の内に取り込んだ背神者は、私達にその力を振るわれそうになる。

 しかしここで、仲間の一人が旧支配者に怯えた恐怖で銃を発砲。

 撃たれた銃弾は旧支配者とは違う明後日の方向へ飛んで行き、背神者の隣に置いてあった大きなカプセルを破壊してしまった。

 その瞬間、敵味方関係無く想定外の状況へ変化した。

 破壊されたカプセルから赤い気体が噴出し、何故か旧支配者が赤い気体を吸収してしまう。

 今思えば赤い気体、クトゥルフ神話的な興奮剤に近い役割があったんじゃないかな。

 やがて気体を吸収した旧支配者の体が段々赤く変化していき、全身が赤黒く染まった時、背神者の制御を拒否して暴走を始めた。

 旧支配者の急激な変化に困惑する背神者は再度旧支配者の制御を行おうとするが、旧支配者から放射された光線を受け姿を完全に喪失した。

 こうして背神者が消え去った時点で旧支配者の暴走を制御可能な者は居なくなった。

 背神者は自分から面倒な事に足を踏み出し、勝手に消え去るなんて本当に厄介な人物だよ。

 でもまぁ、居なくなってしまったならしょうがないよね。

 私達は背神者ではなく、今度は暴走する旧支配者を止める為に動き出した。

 幸いにも、仲間の一人が暴走を止められる可能性を知っていた。

 しかし可能性の発動にはこの場を離れなくてはならず、準備にも時間が掛かる。

 だから私は殿を務め、仲間全員を後退させようとした。

 でも私と比較的長く一緒に居た三人が同じく殿を務めたいと発言した。

 私は余計な事は話さず、三人へ戦う準備を、とだけ言った。

 そして私達四人を残して他は急いで後退させた。

 目の前に立ちはだかる旧支配者を相手に、勝利が不可能なのは明白。

 だから、ほんの少しでも時間を稼ごうとした。

 私は特殊な材質の小太刀を抜き、視線を右へ向けた。

 右隣で仲間の弓が巨大な銃器を持ち、弓の奥で由夢が手榴弾を手に持つ。

 視線を左に移せばMP5を構えた市が旧支配者に照準を合わせる。

 私は内心ため息を付き、戦闘開始の合図をした。

 それからはまぁ、大体想像はついていると思うけど私を含めた全員が地に伏せたよ。

 由夢を最初に弓、市、そして最後が私。

 私が床に転がり、ダメージで動けなくなった頃には生きている人間は私だけ。

 ただ、生きていると言っても切り傷からの出血による貧血。

 全身に打撲跡、連続回避によるスタミナ切れ、筋肉の過負荷などが全身に及び、こんな状態では回避どころか動くことさえままならないよね・・・もう。

 やがて旧支配者が私を完全に消し去る光線のようなものを溜めていると分かった時、もう消え去るんだなぁと諦めたね。

 でも当時の私はここから新たな物語が始まるなんて、全く想像もしていなかったよ。

 やがて溜め終わり放出された光線に私が巻き込まれる瞬間、見知らぬ声が頭に響いた。

 「「我は、もはや自らを制御できぬ・・・せめてお主だけでも。」」と。



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原作前
1:新しい世界


 原作より少し前になります。


 あれ?なんだろう・・・涼しい、風?・・・・あの世って涼しかったりするのかな?

 何故か私の頬に風が当たる感覚を感じる。

 その理由を少し困惑しつつ思考する。

 でも私はあの時に死んだはず、よね?

 なんで意識があって肌の感覚があるのかと、私にはある種の疑問が生まれる。

 んー?どうなっているんだろう?

 目は・・開くみたいだけど、目を開けたらどこにいるのかな?

 私のやって来た事を考えると絶対に天国は無いし、かといって地獄は暑そうだし、もしかしたら三途の川だったりして。

 しかしこのまま考えても意味がないのは明白なので、ゆっくりとまぶたを動かす。

 視界には川や火山など無く、木製の天井が写った。

 私は顔の前に手を移動させ、指を一本一本曲げてちゃんと動くのを確認する。

 さっきまで苦痛を発していた怪我や傷は無い上、それに特にこれと言った妙な違和感も無かった。

 床に手のひらを置き、体を支えてそっと身体を起こす。

 周辺に視線を動かし状況を確認したら、どうも部屋の一角にいるみたい。

 ───少なくともあの世、ではなさそう。となるとここは?

 そして目の前に鏡がある事に気付き、鏡の前に立って体の様子を確認する。

 私の黒い瞳が自分の身体全体を見渡し、予想通り何処の肌も戦いの傷もなく、クルリと振り替えって背中も見てみる。

 腰まで長い髪を手で動かしたり、服を軽く持ち上げたりしても何一つ形跡が存在しなかった。

 体は万全な状態だよね?

 正直私の頭の中では無数の疑問が埋め尽くされていた。

 誘拐されたとかではないはず、人は居なかった以前の状況。

 とにかく、行動しない事には何も始まらないかな。

 そう思い立って後ろを振り向くと、カーテンで隠されたベランダを見つける。

 カーテンの隙間から外の様子を見渡そうと、足を進めた瞬間、爪先に何がが当たった感覚がした。

 あっ!しまった!!

 状況の変化で足元のおろそかにしてしまい、足下を慌てて下に視線を合わせたそこには───愛銃であるFN5-7と愛刀の雨風改、小太刀の富雨が自分の寝ていた場所のすぐ隣に置いてあった。

 一瞬罠じゃないのかと考え、慎重に警戒しながらしゃがみ、観察した後に雨風改を指先で軽くつつく。

 そして触れても危険性なしと判断したら、雨風改を持って自分の前に掲げる。

 この見た目、質感、重量、この手に馴染む感覚。うん間違いない、本物。

 嬉しさとかより、私は大きな違和感を抱く。

 でも本物ならここにあるはずがない。

 雨風改はあの戦いの途中で折れて破棄した。

 コピー?いや、雨風改は使う材料の問題でコピーはほぼ不可能。

 一体何が起きているの?

 取り敢えず使えそうな情報を記憶から探した時、頭にある言葉が浮かんだ。

 「「我は、もはや自らを制御できぬ・・・せめてお主だけでも。」」そう、私が攻撃を受ける寸前に聞こえた謎の声。  

 この言葉の意味を少しでも理解しようと頭を働かせる。

 せめて私だけでも・・・つまり、私だけでもどこかに移動させた?

 お主は私、となると我は誰になるか?

 あの状況で言葉を発する事が出来るのは、目の前にいた旧支配者だけで、それに声は耳を経由せず脳内に直接響いたように感じだった。

 自らを制御出来ないとも言っているから多分確実。

 しかし人間一人を気遣うなんて、旧支配者にしては恐ろしく優しいのか、それともただの気まぐれか。

 それはさて置き、問題は旧支配者は私をどこに飛ばしたかだね?

 ここはやっぱり外を見るのが一番早い。

 ベランダ側のカーテンの裏へ行き、ほんの僅かな隙間から外を覗き見る。

 外は巨大な高層ビル群が立ち並び、この景色には見覚えがあった。

 この地形は東京だね。

 にしても転移先が東京って結構遠くまで飛ばされた。

 さてと早い所上に報告しないと───あれ、おかしい?

 風景から把握した位置関係的に東京タワーとスカイツリーが視界に入るはずだったけど、何故か建設途中の姿が目に写る。

 これって、もしかして時間が戻っている?

 んーそれを言ったら、そもそもこの東京は私が居た東京なの?ってなるよね。

 時間を巻き戻す方法は本で読んだ事がある。

 確か・・・偉大なる種族であるイス人のみ、時間を自由に行き来できるという。

 しかしそれは彼らのオーバーテクノロジーのお蔭で可能な訳であって、私達の技術力で全然足りない。

 あっでも旧支配者並みの力を持っているなら、イス人関係無く成功する可能性もあるよね。

 でも、旧支配者が魔術で時間を逆行させた場合、今頃ティンダロスの猟犬が襲いに来ているだろうし。

 なら他に考えられるのは・・・次元を超越した?

 その発想で行くなら、時間のズレもティンダロスの猟犬が来ないのも考えられるね。

 次元を超越するなんて時間以上に不可能だと思われそうだけど、門の創造という魔術は、条件が合えばほぼ無限の距離でも移動が可能なものもあるから無いとも言えない。

 それに旧支配者なら人の知らない魔術を知っていても全然おかしくない。

 いや、でも────

 

大和 「と、はいストップ。このまま行ったら深みに入っちゃう。」

 

 ひとまずこの思考を後回しにして、部屋の構造を把握して情報源を捜そう。

 慎重にかつ素早く部屋を捜索してから数分後。

 ふむふむ。部屋の大きさは1LDK、そしておまけに複数の本と若干のお金、それに封筒と身分証明書などの重要書類ね。

 まず身分証明書に手をつけ、そこに書かれている年号などに視線を動かす。

 年号は2007年。

 肝心の身分はえーと何処だろう?私の知らない中学校の三年かぁ。

 いろいろ突っ込み所満載だけど、今現在必要なのは可能な限りの多くの情報。

 身分証明書を机に置いて、隣に立て掛けられている数冊の本の内、一冊を取り出し読んでいく。

 一冊を読み終わり、次へ次へ読んでいく毎に時間逆行より次元の超越の可能性が高まるのを感じる。

 本には法律、経済、民法、国の歴史などが書いていて、地形や法律はあまり変化は無いけど、最も大きな違いは武偵と超能力の存在だった。

 武偵とは、武装探偵の略であり治安を守る為の機関。

 と言えば聞こえはいいんだけど、実際は雇われの便利屋みたいだね。

 ただし武偵は人を殺してはいけないと言うルールが日本では存在しているようで、ちょっと不便そう。

 次に超能力について、超能力はスピードが早くなるものから炎を出すものまで様々であり、使える人が少なく個人固有のものらしく、かなり差がある感じみたい。

 まぁその定義だと私も超能力あり、になるかな?

 超能力と言うか能力かな?何故か強化されてるし。

 私には元々ある能力があった。

 それは私を中心として半径5m圏内の存在をすべて把握する事ができた。

 うん?さっき足元に気が付かなかったって?・・・それはぁーあまり気にしないで欲しいなぁ。

 それで説明を続けると、能力の効果は半径5mのはずだったのに今は半径12mと爆上がりしている。

 なんでだろう?

 理由はまぁ、旧支配者からの贈り物としておこう。

 そして次に封筒を開けて、中に入った紙を広げてつい苦笑いしてしまう。

 

大和 「これって受験して来いって事かな?」

 

 広げた紙には東京武偵高校受験票と書かれていて、受験日は明日。

 早いよ、もう少し余裕を持たせて欲しいよ。

 内心そうツッコミながらも、ある意味ありがみを持っていた。

 

大和 「誰が用意したか本当にわからないけど、武偵高校なら情報が集まりそうよね?んー、今回はありがたく使わせて頂こう。えーと、地図地図。」

 

 本に挟まっていた地図を取り出し、東京武偵高校の位置を確認する。

 

大和 「バスで二十分位なら徒歩だと一時間位かな。それくらいならお金がもったいないから徒歩で行こう。後は外で日用品とか買って来なきゃ。」

 

 まさかこんな事態なるなんて予想してなかったよ、うん。

 でも、色んな意味でチャンスでもあると無理矢理思って行こう。

 今後の方針が決まると私は外に出掛けて、情報と可能な限り安く物品を手にいれて明日の準備を行う事になった。




 わたしが破棄すべきメモ:この世で最も慈悲深いのは、人類の脳裡に存在するものを繋げられていない事だけだろう。


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2:武偵試験

大和 「なんと言うか、地図で大きいとは思っていたけどまさかここまで広いとはねぇ。」

 

 翌日に転移させられたと思う部屋から、徒歩で一時間掛けて東京武偵高校の校門に到着した私は、その高校の異常な広さに驚愕する。

 本当にここは学校?規模が東京ドームとかの比じゃないよこれ。

 

大和 「おっと、ここだと邪魔になるね。」

 

 校門の前に突っ立てたら周りの邪魔になるので、ひとまず中へ入って行く。

 学校内に入った途端、至るところから発砲時の硝煙の臭いが鼻を刺激する。

 そして建物やら射撃レーンやらを見ながら歩いていると、ここの制服を着ている生徒達と何度もすれ違う。

 すれ違った生徒には一般的な普通な感じの生徒がいるけど、武偵高だけあって明らかに危険な雰囲気を隠している生徒もいた。

 んー、気配のまだ完全に隠して切れてない感じかな?

 それにしても───

 生徒の腰に着けている物に視線を動かす。

 普通は学校と言われれば学生鞄などを想像すると思う。

 でもここは武偵を育てる学校、勿論そんな学校の生徒は危険な任務をする事もある。

 だからなのか、この学校の生徒は全員拳銃を持っていた。

 持っている拳銃を見る限り、ルガーP1900みたいな古い物からベレッタPx4などの最新まで様々な物が使える様子で、使用者の使い易い物を自由に選べるのかな?

 私は愛銃であるFN 5-7を使う予定だけど。

 まぁそんな風に考えつつ校内を移動していたよ。

 ちなみに武偵校の試験は科で別れていて、たった今通り過ぎた建物は通信科の試験会場で、主に通信機器を使ったオペレーターなどのバックアップを学ぶ科。

 前に見えるのは車輌や船舶などの運転操縦を学ぶ車輌科の建物、他にも探偵科や狙撃科など複数の科が存在するらしいね。

 私はこの中で強襲科の試験を受ける事になっていた。

 だからその強襲科の試験を受ける為に試験会場に向かっている所。

 でも思ったより分かりやすい配置をしてあるから、これなら念の為に本に挟まっていた地図を持って来る必要はなかったかも知れない。

 

大和 「んっあの子?」

 

 近くの建物に視線を動かそうと右を振り向いたら、視界の端にやけに周りをキョロキョロと見渡す男子受験生がふと目に入った。

 服装はここの学校のじゃないから、私と同じ受験生かな?

 何かあったのかな?と思い、その受験生に話しかける。

 

大和 「ねぇ、どうかしたの?やけに周りを見てたけど。」

受験生 「おわぁっと!・・あっ変な声を出してすまない。えっと・・・俺に何の用事だ?」

 

 私が話し掛けた途端、表向き問題なくても視線が明らかに警戒のそれ。

 ・・・なんか凄い苦手意識持たれてるんだけど、私そんなに変な事したっけ?

 話し掛けた反応といい、謝りながらも少し後退りされているのも、正直私も対応に困る。

 

大和 「何か困ってそうだから、迷惑だった?」

受験生 「いやいや迷惑なんてないぞ。あー、まぁそれがな。ここの試験に来たんだが試験会場がわからなくて。」

大和 「なるほどね。一応ここの地図を持っているけど欲しければあげるよ?」

 

 地図は別に無くても問題ないし、不要な物はそれが必要な人に渡った方が遥かにいいからね。

 私の何気ない提案に、受験生は何故か呆気を取られた表情して言う。

 

受験生 「それ、貰って大丈夫か?」

大和 「私は使わないから、なんなら地図を渡すより案内した方が良かったかな?」

 

 受験生は手を左右に振って申し訳なさそうに断る。

 

受験生 「いや、地図で頼む。流石に案内までさせるのは気が引ける。」

大和 「わかった。はいこれ。」

 

 私はカバンから地図を取り出して手渡し、受験生は申し訳なさそうに地図を受け取る。

 

受験生 「悪いな。」

 

 地図を渡す頃には最初の警戒心はもう持っていないようで、自然体で受け答えをしてくれる。

 やっぱり原因は分からないものの誤解は解けたご様子。

 

大和 「気にしてないで。そんじゃ私は行くから、じゃあね。」

男子 「あっ!ちょっと待ってくれ。」 

 

 受験生に背を向けその場を立ち去ろうとしたら、受験生から呼び止められる。

 呼び止められて疑問に思った私は後ろに振り返る。

 

大和 「うん?」

男子 「お前もここに受験しに来たんだよな?ならいつかここで会えたら、その時お礼させて欲しい。」

 

 若干恥ずかしそうに口にする受験生に、私は微笑を浮かべて返答を返す。

 

大和 「また今度会ったらその時は宜しく。私は宮川大和。もしお互いに受かって顔を会わせたら、その時は大和って呼んでね。」

キンジ 「あぁ分かった。俺は遠山金次。周りにはキンジと呼ばれているからそう呼んでくれ。」

大和 「そっか、そっちも受験に受かるといいね。キンジ、good luck(幸運を祈る)。」

 

 今度こそ私は立ち去り、その後は特にめぼしい出来事も無いまま試験会場に到着する。

 会場の受付で受験票を渡して、矢印に沿って受験部屋に移動し、自分の番号が書かれている席に座って待つ。

 座ってのんびり待機していると、さっき地図を渡したキンジの後ろ姿が先頭付近の席に見えた。

 へぇー、キンジもここの試験を受けるんだ───あれっなんか雰囲気が?

 先ほど会ったキンジとは違う雰囲気を放っていた。

 うーん?試験だからスイッチでも入ったのかな?

 武偵は命に関わるからそうかもしれないね。

 そんな感じに考えていると、前の扉が大きな音を上げて開かれ、ガラの悪そうなポニーテールの女性が現れた。

 女性は受験生を一望出来る位置に付き、突然大声で叫んだ。

 

女性 「ガキどもが、静かにせいっ!!試験を始めるぞ!」

 

 いきなり怒声で部屋にいた殆どの受験生が一瞬で口を閉じる。

 その女性は一般市民だったら動けなくなるほどの迫力を持っていた。

 やっぱ、武偵高の教師は伊達ではないと言う事だね。

 

蘭豹先生 「私は蘭豹や!しっかり覚えておけ!まずはこのペーパーテスト、その後は実際に戦ってもらうからな。今から配るぞ。」

 

 先頭から順番にまわされたテストを自分の分を回収して、残りを後ろにまわす。

 一番最後の人に届いたのか、蘭豹先生が始めの号令を発する。

 

蘭豹先生 「全員届いたな。時間は五十分、始めぇ!」

 

 この部屋の受験生全員がテストを書き始める。

 カキカキとペンを動かす音が部屋中の至るところから響く。

 テストを開始して数分後、私は別の意味で苦笑いをしてしまったっていた。

 理由は単純明快。

 テストは問題が簡単すぎてほんの五分程で終わってしまったから。

 私は本格的にこの学校の学力を不安がる。

 これは流石に簡単すぎだよね。大丈夫なの、この学校?

 まぁ、受験にはあまり詳しくないから良く分からないけどね。

 しかし受験かぁ。

 私自身の覚えている記憶を辿って思う。

 実際に私はこんな風に受験をした事はあるのかなって?

 

 

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蘭豹先生 「そこまでや!後ろから回収して来い!」

 

 ペーパーテストが終わった後、別の部屋に移動させられた。

 その部屋で閃光手榴弾(スタングレネード)と防弾ベスト、サバイバルナイフが配られ、更に蘭豹先生が大きな段ボールを机にドカッと雑に置き蓋を開けた。

 

蘭豹先生 「そこの箱から自分の銃に合う銃弾を十発づつ持ってけ!銃が無い奴は貸し出したる。先に言っておくが十発以上を持っていこうした奴は私が相手したるわ。」

 

 蘭豹先生から脅しにしか聞こえない警告を聞きながら箱を覗くと、様々な口径の弾薬が収まっていた。

 9mm弾や357マグナム弾などの弾薬が入っていたけど、さっき箱を雑に置いたせいで中身がぐちゃぐちゃに混ざり合い、全員が捜すのに苦労している。

 幸い私のFN5-7はライフル弾に近い形状の5.7mm弾なので比較的簡単に見分けられたよ。

 ちなみに用意してあった弾薬は実弾ではなく、比較的ダメージの少ないゴム弾。

 死者をあまり出さないないようにするから当たり前だよね。

 

蘭豹先生 「全員準備が終わったな。今からお前らには殺し合いをしてもらう!」

 

 

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 周囲は薄暗く埃っぽい、それでいてコンクリート製の柱や壁はキズやひび割れが多く、床に至っては一部崩落し下の階層が覗ける大穴が開いている。

 そして至るところから、銃撃や閃光手榴弾の音が反響して耳に届く。

 私は建物の中で通路の傍に置かれた机の影に身を潜めていた。

 なるほど、ある意味殺し合いね。

 そんな感想を抱きつつ辺りを警戒する。

 今回の試験では前半組と後半組に別れ戦う。 

 現在戦っているのは前半組であり、場所は東京武偵高の管理する十四階建ての廃屋。

 この建物の中に受験生が詰め込まれ、バトルロイヤル形式で勝ち残る試験。

 なぜこんな試験なのかと言うと、純粋な戦闘力を測る為かな? 

 とにかく戦闘が始まって十五分が経過した。

 始まったばかりの時は銃声がよく聞こえてきたけど、十五分経過した今はあまり聞こえてこない。

 ちなみに開始地点はランダムで、私は二階から開始だった。

 まず最初に一階に降りて敵を捜索し別々の物陰に二人見つけた。

 どうも行動が明らかにぎこちない二人だったので、多分一般からの生徒だと考え、一応手加減しつつ気絶させる。

 それから一階づつ上がって索敵を続ける。

 私の居る階層は九階目で、こちらに向かって歩いてくる受験生が来るまで机に隠れて待ち、そして横に来た瞬間机から飛び出る。

 

受験生 「なっ!?」

 

 その受験生はこちらに驚いた拍子に一瞬だけ身体が固まってしまった。

 少ししてハッと我に帰った受験生は右手に構えるグロック17を急いで向けるが既に手遅れ。

 身体が硬直する一瞬の隙をついて懐へ飛び込み、自分の左手で銃を持つ受験生の手を外側に反らし、右手で受験生の着ていた服の首元を掴んで、流れるように背負い投げの要領で床に叩きつける。

 

受験生 「ごっ!!」

 

 こうして受験生は床に叩きつけられた衝撃で気絶した。

 私が無力化したのは七人目である。

 よしよし、これでこの階も終わりかな?あとは、さっきからずっと後ろをついてくる人だけだけど・・・

 私の後方をずっと追跡してくる人物がいた。

 その人物は後ろからただ追跡してくるだけで、攻めてくる様子が見えないから放置していた。

 でも今後を考え、念のために倒しておく事に決めた。

 先制として温存していた閃光手榴弾のピンを抜き、後方に投擲。

 すると後ろにいた人物は閃光手榴弾から逃げるように物陰に隠れた。

 そうやって視界が外れた瞬間、身体を低くしながらその人物の側面へ障害物を使いながら回り込む。

 次いで先ほど投げた閃光手榴弾から、キイイイインッ!と閃光と音が弾ける。

 私は能力を使いながら相手の位置を把握してゆっくり進む。

 その時気配を感じ取られたのかわからないけど、こちら側を警戒する様子を見せた。

 おっかしいな?結構気配を消しているはずなんだけど、勘かな?

 んーこれは参ったなぁ、これどうしようか?

 現状相手に警戒されているので何か良さげな物がないかと見回し、ちょうど相手と私の間にコンクリート製の柱が立っていた。

 あの柱──いけるかな?

 ある事を思いつき、相手に向かって一気に駆け出す。

 走りながら相手の容姿を確認する。

 その姿は明らかに生徒や受験生ではない容姿をしており、相手は濃い顎髭の目立つ男性だった。

 その男性はこちらに気づくと、私に向かって拳銃を発砲してきた。

 男性の持つ巨大な拳銃は357マグナム弾を使うS&W M27。

 私は予め射線を読んで、相手がトリガーを引く瞬間にスライディングで射線から待避し、そのまま間合いを詰めてさっきと同じく懐に潜り込む。

 しかし相手側も懐に入られないように銃を持たない左手で拳を振るう。

 一方その拳を受け流しながら左足を前に踏み込み、体を右へ捻り右面打ちを叩き込もうとする私に対して、男性が首を大きく反らし回避される。

 そして男性から反撃で胴打ちが飛び出し、私は腰を内側に捻りつつ左前腕部を円弧を描き打ち落とすように受け流す。

 そして再び攻撃の合間を突き、私の掌底が男性の顎へ向かって叩き込む───が、それも避けられる。

 思ったよりやるけど。

 このままでは埒が明かないと思った私はここであえて後ろ側に重心を崩すと、私のミスと判断した相手がチャンスとばかりに全力で振りかぶってきた。

 男性の拳は直線的で明らかに勝つと油断した動き。

 私は思いっきり後方に床を蹴り、同時に腰に着けた拳銃を抜き、二発発砲する。

 一発は柱に進み、もう一発は相手へ飛翔するが体を捻って回避された。

 そして相手は私に銃を放とうとするが、先に放った私の弾が柱に命中し跳弾、相手側に進路を変えて突き進む。

 それに驚き相手は跳弾した弾をなんとか避けようとする。

 しかし一発目を回避した時に無理に避けた為、横腹に直撃する。

 

男性 「ごはっ!」

 

 相手は被弾した時に崩れたバランスを取り戻そうとするが、そんな事はさせない。

 体の動きを反転させ前方向に一気に相手に近づき、まわし蹴りで爪先を男性のみぞおちにめり込ませる。

 みぞおちど真ん中に回し蹴りを食らった男性は一瞬呼吸が止まり、力が抜け動きが完全に止まった瞬間に男性の背後へ回る。

 右腕を男性の右肩から回し首筋に沿って差し入れて、今度は左腕を男性の左脇を経由して入れたのち、両手で思いっきり締め付ける。

 すると頸動脈を絞められた男性は私の腕を振りほどこうと動かすが、まわし蹴りのダメージで冷静さを失い力ずくでほどこうとする。

 しかし力もまだ戻って来ていない男性には技がほどけずに、およそ十秒程度で意識を失い床に倒れて動かなくなった。

 

大和 「ふぅ、なんとかなった。しかしこの人やけに強いけど、明らかに生徒じゃないよね。・・・というか生きてるよね?」

 

 一応男性の血流と呼吸を確認して一安心したよ。

 やった本人が言うのもなんだけど生きててよかった。

 男性の生存を確認してすぐ建物全体に試験終了の放送が響いた。




 狂人の警告:理解する必要はない。ただ知らなければいいだけだ。


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3:学校生活

 ちょうど正式に東京武偵高で入学式をたった今終え、自分の教室に向かっている途中、色々と多分初めての感覚に若干戸惑う。

 私が東京武偵高の制服に身を包み、高校内を歩いているなんて全く予想してなかったよ。

 学生服なんて初めて着たよ、多分。

 まぁ晴れて武偵高の生徒となった訳で、私は一年A組となったよ。

 講堂から教室に行く為の廊下を歩きながら周囲を同じく歩く生徒に目を向ける。

 周囲の生徒を一言で表すなら個性的、と言えるかな。

 ヘッドフォンをつけている子や随分と元気な金髪の子などがいて、武偵って皆こんな人達ばっかりなのかな?

 それと学校に来てからだけど、なんかいろんな視線を感じるのよねぇ。

 視線には尊敬や畏怖の感情。行動面では観察してくる様子やひそひそと話す人達もいた。

 最近よく思うんだよ。

 本当に私、何かしたっけって。

 うんまぁ一応記憶を探ってはみるよ、でも基本的には特に思い当たらない。

 はぁ~、分からない事を考えても仕方ないので受験から今日までを軽く振り替えってみようかな。

 例の入試試験の数日後、合格発表が部屋に届いた。

 勿論合格にちょっとだけ喜んだりもしたよ。

 しかし考えてみると、逆に落ちたらそれはそれで何をやらかしたのか?と思われそうだよね。

 そのあと制服やら装備の準備やらいろいろ大変だったけど、やっぱり一番大変だったのはお金が残り少ないことかな。

 一応少しはあったけど入学資金やらで結構飛んで、現在昼抜きの生活を実行中、朝も夜も周りから見たら貧相と言われそうだけど。

 と言うわけで、早く依頼を受けれるようにしないと冗談抜きで餓死しちゃうかもしれない。

 などと振り返っていると、1-Aの教室の前に到着する。

 扉に手を掛け普通にガラガラと開ける。

 中は良くある教室で、数人程度の人が座って仲良さそうに喋ったりしていた。

 そして先に席座っていた人達が私に気づくと、ここに来るまでと似た好奇心の目を向けてきた。

 結局私は見られる根本的な理由が分からないので、視線を気にせず自分の席に座って何気なく外の風景を眺めていたら、先に来ていた一人の男子生徒が近づいてきた。

 

男子生徒 「ちょっとゴメン。お話したいけど、いいかな?」

 

 ある一人の男子生徒は笑顔で話しかけて来て、整った顔に優しい雰囲気を出しつつ自己紹介をしてきた。

 

不知火 「初めまして、僕の名前は不知火亮。科は強襲科だよ。」

大和 「よろしく不知火。私は宮川大和、大和って呼んで。それで私に何か用事?」

不知火 「ちょっと噂になってる人を見つけたから、話をしたいと思って。」

 

 私は何の事やら分からず首を傾げた。

 というか私って噂になっているの?

 でもなんか見られる理由が分かったような。

 

大和 「噂って?」

不知火 「もしかして知らない?試験の時に教官を倒したSランクだって、もっぱらの噂が流れているよ。」

大和 「───なるほど。だからさっきから好奇心の視線を向かれる訳ね。今の私はあまり情報網が広くなくて気づかなかった。」

 

 そう言って私は教室内をもう一度見回す。

 言われてみれば試験で倒した生徒が何人か含まれているね。

 教室を見渡す私の様子に不知火は納得するように言う。

 

不知火 「その様子だと本当に知らなかったみたいかな。というと、大和さん以外にも教官を倒した人がいる事も知らない?」

大和 「そうなの?」

 

 その時再び教室のドアがゆっくり開き、廊下から疲れた雰囲気を撒き散らしながら見覚えのある人物が入ってくる。

 不知火はその人物を見て答えた。

 

不知火 「今入ってきたあの遠山君だよ。」

大和 「へぇーキンジって強いのね。」

不知火 「あれ?もしかして大和さんって、遠山君とお知り合いだったりする?」

大和 「試験日の時にキンジが困っていたから、その時助けてあげただけだよ。」

不知火 「大和さんは優しい人なんだね。」

大和 「私の手に届く範囲であれば助けるだけだよ。」

 

 と、こんな風に不知火と話していると声で気で気がついたのか、キンジが私の傍まで近づき声を掛けて来た。

 

キンジ 「ちょっといいか?試験の時、助けてくれてありがとう。お蔭でなんとかなった。」

大和 「どういたしまして。それより、噂になってるねぇキンジ。」

キンジ 「うぐっ!」

 

 私がニヤニヤしながら喋ると、キンジは大変困った様子に変化して、心底勘弁してくれと言いたい感じで口を開く。

 

キンジ 「それは言わないでくれ・・・つーか、それは大和もだろ。」

大和 「噂くらいでヒィーヒィー言ってると、この先大変だよ?あと不知火、キンジに自己紹介をどうぞ。」

不知火 「大和さんありがとう。」

 

 不知火が丁寧に私にお礼を伝えてキンジに自己紹介をする。

 

不知火 「僕の名前は不知火亮、強襲科所属だよ。」

キンジ 「噂で知ってると思うけど、俺は遠山金次。よろしく頼む。」

不知火 「よろしく。でもすごいよね、強襲科に今年は二人もSランクがいるなんて。」

 

 不知火は心から感心したように言葉にする。

 しかし不知火の言葉にキンジは相変わらずなんとも言えない微妙な顔をしているね。

 すると今度はバァン!と扉が大きな音を立てて開かれる。

 

謎の少女 「天才美少女武偵りこりん!いざ参上!」

 

 扉を大きな音を上げた少女はポーズを決めて教室全体を見渡す。

 本当にこの学校は変わり者が多いのかな?

 というかあの子、さっき廊下で見た金髪の子だね。

 更にその少女と私達の目が合うと、こっちに駆け出し目を輝かせる。

 

謎の少女 「わぁー!噂になった人達だぁ!えーと、遠山金次と宮川大和だったかな!」

大和 「その通り。で、貴方名前は?」

理子 「はい!峰理子になります!」

 

 私が少女に名前を聞くと、名前と共に笑顔で敬礼して挨拶する。

 そして理子は敬礼を止めて考える様子をしたと思ったら、今度はピカッと何かを閃いたようでキンジに指差す。

 

理子 「えっと、遠山金次だから・・・キーくんだ!」

キンジ 「・・・うん?」

 

 キンジはあれ?とばかりに困惑する。

 

理子 「それで宮川大和だから・・・やーちゃん・・いや、みーちゃん!」

大和 「えーと?」

 

 理子は私達二人にそれぞれ指を指して宣言して顎に手を当てて何かを考える。

 

理子 「うーん二人とも強いのかな?まっ、すぐわかるからいっか!」

キンジ 「ちょ、ちょっと待て!!」

 

 この状態・・・なんか理子は一人で納得してるし、不知火は笑顔のままで、キンジはなんか反論している。

 この学校、大丈夫かな?




 精神の種族:彼らは地球の生物の体をしているが、地球の生物の身体をしていない。


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4:学校生活2

 学校が始まってしばらく経ったある日。

 私は身体を動かしながらふと思い更ける。

 入学当初から今までの間はあまり退屈する事はなかったよ。

 ある時は白雪って名前の子が「キンちゃんから離れろぉ!この泥棒猫ー!!」とか叫びながら日本刀を降りかぶって攻撃されたり、その次の日に何故か白雪が落ち込んで、更に何故かキンジがその原因とか言われてクラスメイトがキンジに決闘を挑んだりしていた。

 外から見た限り、何がどうなってそうなったんだろうね?

 予想は出来ても本当に合っているかは分からないし。

 そして今日は・・うんうん、日光が降り注いで暖かい良い天気だね。

 さーて・・・こう理子の腕を掴み、自分の体を回転させ重心を下げてからほいっと───

 

理子 「ゴッ!!」

 

 理子が背負い投げで宙を舞い、背中から地面に叩きつけられ鈍い声を上げる。

 現在一年A組の強襲科はグラウンドで近接格闘の訓練の真っ最中で、私は理子に一緒にやろうと誘われたから理子の対戦相手になっているところ。

 ていうかほぼ毎回対戦しているから、ある意味恒例みたいになっていたり。

 さてさて、私は地面に倒れる理子を立ったまんま見下ろす。

 誘った本人である理子は悔しそうな視線を向けてくる。

 

理子 「うぐぐ・・・もぉーまた負けちゃったぁ!みーちゃん、強すぎだってぇ~、ずーるーいー!!」

 

 倒れても変わらず元気な理子に笑顔で答える。

 

大和 「まぁまぁ、今回は私が勝っただけだから。」

理子 「いつも同じ台詞言って勝つじゃん!もぉー次は絶対理子が勝つから逃げたらダメだぞ、逃げたらガオーだよ!」

 

 倒れた状態から立ち上がった理子が、頭に手を置いて鬼の角のように人差し指を立てる。

 鬼のポーズを取った理子に軽く笑いながら言う。

 

大和 「別に逃げたりしないよ。いつでもどうぞ。」

理子 「いつでも?言質は取ったから!」

 

 なんというか、理子はすごい元気だよねぇ。

 明るく元気だから、クラスのムードメーカーで皆から凄く人気があるのも納得だよ。

 こんな感じに理子と会話していると、蘭豹先生から大声が発せられる。

 

蘭豹 「全員終わったな、さっさと次のペアになれ!」

 

 おっと、急がないと人間バンカーバスターの異名を持つ蘭豹先生に撃たれちゃう。

 ちょっとでも気が触れると速攻で銃を撃ってくる上、よりにもよって象すら倒せるM500を撃ってくる。

 そもそも生徒に発砲するなんて本当に教師なのだろうか?と最近思い始めてきたよ。

 

理子 「じゃあみーちゃん、行って来るね!」

大和 「行ってらっしゃい。」

 

 私も撃たれたくないから、次のペアになれそうな相手を探そう。

 えーと、どこにいるかな───見つけた。

 まずは相手にバレないように死角から近づき、真後ろに着いたら勢いよく抱きつく。

 すると相手は明らかに焦って振り向く。

 

キンジ 「ちょっ大和、いきなり抱きつくな!」

大和 「どうしたのかな~キンジ、顔が真っ赤だよ~。」

キンジ 「そ、そんなことはどうでもいいだろ!それより早く離れろ!」

大和 「はいはい。」

 

 顔を真っ赤にして嫌がるキンジから手を離す。

 うーんキンジはいい反応をしてくれるから、悪戯が少し楽しいと思ったりね。

 まぁ、ほどほどにしておくけど。

 なんだかんだ私は結構キンジと一緒にいる事が多い。

 理由は簡単。私とキンジがSランクだから。

 詳しくは知らないけど、武偵のSランクは同じ科のAランクが複数人いるのと同じ強さがあるらしいよ?

 そんなんだからSランクの絶対数は少なく、大抵は腕も立つとあって、厳しく怖い人というイメージがついているみたい。

 実を言うと、このイメージが結構面倒くさいのよね。

 普段でも話し掛けたら怯える子も居たり、訓練の時は足手纏いになると思って嫌がる子もいる。

 だからこうして、ペアを組む時に苦労したりするから本当に参ったものよね。

 いやね、私は別にミスとかしても全然構わないと思ってるよ。

 でも相手が拒否するから仕方なく諦めるしかない。

 別に無理に頼めば嫌々やってくれるだろうけど、私はそんな事をしたりはしないしする理由も無い。

 これらの要因が重なり、どうしようかなと思った時に同じSランクのキンジを誘ったら、なんか葛藤する様子で引き受けてくれた・・・何か悩みでもあるのかな?

 今度相談に乗れたら聞いてみようかなって。

 

大和 「あ、そうだキンジ。放課後、平賀の所に行くけど来る?」

キンジ 「んっ平賀さんか?なら俺も行くぞ。」

 

 キンジが誘いをすぐにOK出す判断に少し疑問を思った。

 あれ?こんなに簡単に了承するなんて珍しい。

 普段は少し悩んでから答えるのに、何か事情がありそう。

 

大和 「誘った私が言うのもだけど、そこまで即決するなんて珍しいね。」

キンジ 「言われてみればそうだな。まぁ何せ平賀さんに俺のベレッタを取られちまったから取り戻さないと、じゃねぇと蘭豹に締められちまう。」

 

 武偵高は校則に銃の携帯を義務づけているから、持ってないとバレたらお叱りを戴く羽目になる。

 それも蘭豹先生だったらどうなるかは想像に容易いよ。

 キンジもお叱りを受けたくないので早く取り戻したいんだろうね。

 

大和 「でもあれだよね。平賀の性格だから一体どんな改造をされているのやら。」

キンジ 「う、うーん。無料で改造してくれるのは有難いが、果たして吉と出るか凶と出るか・・・いや、吉が出てくれないと困る。」

 

 私達の言う平賀とは、武偵高に通う装備科のSランク。

 平賀源内という江戸時代の発明家の子孫らしく、機械工作の天才。

 しかし無邪気で低身長も相まって、とてもじゃないけど高校生には見えないね。多分小学生くらいかな。

 そして私は平賀には結構お世話になっているよ。

 腕も良いし、予想外の要求にも答えてくれる・・・時々とんでもない欠陥もあるにはあるけど。

 ただ無茶も聞いてもらえる反面、値段を無邪気に決める性格で割と冗談にならない請求が来たりする。

 幸い自分自身Sランクだったから学校からの依頼等でなんとかなってるけど、他の人はどうするんだろうね?

 まぁそんな訳で私達は放課後に平賀の所に向かった。

 平賀の作業部屋のドアを開けて中に入る。

 作業部屋は至るところに旋盤やらフライス盤やらの機械が置れ、道具や部品が複数の山を形成していた。

 そして山の中には乱雑に物が積み上げられているものもあった。

 多分それ全部依頼品だろうけど、果たしてそんな置き方で良いのかなぁと思いつつ平賀が呼ぶ。

 大きく平賀の名前を叫ぶと、機械でできた死角から平賀の顔が飛び出し、こっちに気づいてトコトコやってくる。

 

平賀 「おー、大和さんなのだ!」

大和 「この前頼んだ物を取りに来たよ。完成している?」

平賀 「もちろん完成しているのだ!ちょっと待っているのだ!」

 

 平賀は私の見つけた依頼品の山に頭から突っ込んで、例の物を探し始めた。

 

キンジ 「なぁ、何を依頼したんだ?」

 

 すると物が来るまでの間に、隣で立つキンジが私の頼んだ物が気になったらしい。

 

大和 「見てからのお楽しみ♪」

 

 と、ちょっとだけ笑ってキンジに答える。

 しばらくして平賀が例の物を見つけたようで、それを台車に載せて運んで来る。

 頼んだ物は複数あるので、簡単に一個ずつ説明してくれた。

 

平賀 「まずはいつもの弾なのだ。」

大和 「ん、ありがとう。」

 

 まず私が普段から使う弾が入った小さな箱を渡してくる。

 

キンジ 「その弾は市販とは違うのか?」

大和 「これ?これは5.7mmの高速弾よ。やっぱり弾は速い方が使いやすいからね、反動は大きいけど。それで平賀、次は?」

平賀 「次はこれなのだ!」

 

 平賀はそう言って大体1mほどの長さ長方形の箱を置き、蓋を開く。

 箱の中身からスコープの付いたブルパップ型のライフルが現れる。

 

平賀 「ご注文の品のSVUなのだ。」

 

 SVUとはあの有名なドラグノフ狙撃銃をブルパップ化した狙撃銃。

 それでSVUの性能は全長900mm、重量4.4kg、装弾数十発、弾薬にドラグノフと同じ7.62×54Rmm弾を使用する。

 私はその中でもセミオートオンリーのOTs-03を選んだ。

 SVUを持って、構えたりスコープを覗いたりして使用感を確認する。

 

大和 「うん、問題なさそう。それで弾は?」

平賀 「えーと高速弾が五マガジン分と徹甲弾が二マガジン分なのだ。」

大和 「ありがとう。そして一番の目玉商品は?」

キンジ  「まだあるのかよ、頼みすぎだろ。」

 

 隣でキンジが若干呆れながら口にする。

 

大和 「いいの、全部使うから。」

平賀 「最後がこのフックショットなのだ!」

 

 平賀が二つの小さな弁当箱くらいの金属製の箱を見せてきた。

 二つ箱にはそれぞれフックが付いていた。

 

平賀 「この箱を腰に着けて、ワイヤーに繋がれたフックを発射して移動する物なのだ。高出力電動モーター式でワイヤーは50mまで届くけど、フル充電で三十分しか持たないのだ。それでワイヤーはTNKワイヤーを束ねた特殊ワイヤーだから拳銃くらいじゃ切れないのだ!」

 

 要はあれ、某巨人のガスの代わりに電気を使用した立体機動装置。

 本来付いているガス缶やらブレードの入れ物等が無い為、随分と小さく出来てる。

 流石平賀だねぇ。

 

大和 「電気を使うみたいだけど、雨とか大丈夫なの?」

平賀 「ちゃんと漏電対策万全なのだ。」

大和 「ならよかった、突然の雨で感電死は勘弁だよ。それじゃあ後でお金振り込んでおくから。」

平賀 「了解なのだ!それで遠山君は何の用事なのだ?」

 

 私の用事が終わった後、一緒に付いてきたキンジに平賀が視線を合わせる。

 するとキンジはふと用件を思い出した様子で平賀が会話をする。

 

キンジ 「あぁ、そうだった。俺のベレッタなんだが───」

 

 さてと、じゃあキンジが話している間にどうやってこれを持って帰るか考えないと。

 私は目の前にある頼んだ品を見て思考する。

 んー取り敢えずSVUと弾薬は箱に入れて、フックショットは・・・思いきって着けておこう。

 フックショットをベルトで固定してると、問題なく銃を取り戻せたのかキンジが帰ってくる。なんか凄い複雑な顔をしているけどね。

 これで用事も終えたし、少しだけSVUの試し撃ちにでも行こうかな。

 

大和 「じゃあね平賀。」

平賀 「さよならなのだー。」

 

 私達は平賀の作業部屋を後にして、廊下で相変わらずキンジと会話しつつ足を動かす。

 

大和 「キンジはこの後何かある?」

キンジ 「いや、別にないが。大和はどこか行くのか?」

大和 「ちょっと試し撃ちに行こうかなって。」

キンジ 「んー俺はこの後も本当に何も無いしなぁ。付いて行ってみるか。」

大和 「・・・キンジって結構暇人よね。」

キンジ  「べ、別にいいだろっ!」

 

 などとしょうもない話をしながら狙撃科へ歩を進め、数分程で到着する。

 行った先は狙撃科と言っても、正確には射撃レーンのある射撃場、そこでレーンの一本を借りてSVUの試射を行う。

 控えでSVUのチェックをして、特に問題はなかったのでレーンに立ってと。

 私がレーン立っている間、キンジは後ろの観客席に座って待っている。

 SVUにマガジンを差し、セーフティを解除してコッキングする。

 カッチャン、と心地の良い音が響く。

 的に銃身を向けて撃ちやすい構えをして、スコープを覗き的を見つめる。的までおよそ50m。

 

大和 「私の絶対半径はいくつかな?」

 

 的に精神を集中させ、ゆっくり息を吐き出し引き金を引いた。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

キンジ 「おっ?当たった。」

 

 俺は大和に連れられ、ライフルの試し撃ちを後方の観客席から眺めていた。

 しかし今の現状とかを軽く考えたりしたらあれだな。

 俺自身、こうして大和といる時間は多分一番多いだろう。

 そのせいか、少なくとも俺と大和の仲は結構良いと思っていたりもする。

 そもそもの始めは訓練の時に誘われたのが最初。

 俺はある体質で異性とはあまり関わりたくなかったが、残念ながら俺はコミュニケーションが皆無どころか死んでおり、他に組めそうな奴があまりおらず了承したのがきっかけだ。

 受験の時に困ってた俺に地図を渡してくれた出来事も、大和を十分信用出来る奴だと思っていたのもあるがな。

 それからほぼ毎日近付いてきて、最初こそ案外面倒な奴だと思った。

 しかし一緒にいる内にいろいろな性格が見えてきた。

 時々絡んできても俺が不快感を持ったら直ぐに手を引くし、何かに悩んでいたら文字通り何でも相談に乗ってくれる。

 他にも小さい子が迷子になっていたら丸一日潰して親を探し回ったり、別の日には貧乏な人が依頼してきた時に報酬として笑顔を欲しいと伝え後、募金と評して金を渡していた。

 実を言うと、俺の尊敬する兄さんも大和と何処か似ている性格をしていた。

 無論全部とは言わず一部だけだが、

 それもあって、大和に対する俺の警戒心が段々薄れていった。

 

 ───パァン!

 

 一発の銃声が俺を現実に引き戻す。

 大和の構えるSVUの銃口から僅かに煙が漏れ出ている。

 どうやら大和が二発目を撃ったようだ。

 的の距離を伸ばしているからここからはよく見えんが、多分100mの先の的を当てたのか。

 それで今度は的の距離を・・・そうだな、順当に行けば多分150m位か?

 しかし流石に150m先となると裸眼でじゃあ絶対見えねぇ。

 俺は的を目視で追跡するのを諦める。

 しっかし大和は俺と同じ強襲科に所属しているのに、狙撃もできるんだな。

 近中距離の訓練をする強襲科にしてみれば、狙撃が可能な奴は多くない。

 それに確か大和は他の科の授業も受けていて、他の科のランクは精々C程度だが、そこそこなら何でも対応できるだけの腕がある。

 まさに万能と言う言葉が相応しいな。

 万能と言えば器用貧乏に聞こえるが、少なくとも大和は違う。

 まず近接戦闘はかなり強い。

 特に守りが鉄壁で、こちらの攻撃の隙を突かれてピンポイントでカウンターが飛んでくる。

 奇襲や搦め手で挑もうとしても、何故か来るのがわかってるように対応されてしまう。

 並みの経験では防ぎきれないような攻撃を、だ。

 だから俺はたまに思う。

 

キンジ 「どういう人生を歩んでいたのやら。」

 

 大和はここに来る前の事を殆ど話さない。

 俺も前に気になって聞いてみたが、「ある所に王国がありました。王国ではある教団が神を召喚しようとしました。一方、王国は勇者にその教団を止めるように命じ、勇者は仲間を集めて教団の本拠地に攻撃しました。しかし教団は神を召喚し、結果的に神は暴走してしまいました。勇者達は神を止めるべく戦いましたが、神には勝てず力尽きてしまいます。さて問題です!勇者の名前は一体なんて言うでしょうか?」と、正直言って意味不明も良いところだ。

 名前なんか一度も言ってないから分かる訳がないだろう。

 大和は「これが解けたら教えてあげる。友人と一緒に考えてもいいよ。まぁ分からないだろうから、時々ヒントをあげる。」と言ったが、根本的に問題として意味をなしていない気がする。

 うーん、あいつの事だから何か意味があるのだろうが、分からん。

 

大和 「キンジ、なにか考え事?」

 

 おっと・・・考えすぎて、大和が近づいてきた事に気づかなかった。

 ちょっと考え過ぎたか。

 俺が顔を上げると目と鼻の先に大和の綺麗に整った顔が映る。

 

キンジ 「うおっ!大和!顔を近づけ過ぎだ!」

大和 「あっそれはごめんね。」

 

 大和は謝罪の言葉を口にしながらも俺を立ち易くする為か、相変わらずの微笑を浮かべつつ手を差し出す。

 さっきの出来事でちょっと顔に熱を持ったまま、差し出された手を掴み立ち上がる。

 大和にとっては何気ない行動だろうが、俺にとっては爆弾のようなものだ。

 あいつはクールな顔立ちなのに普段から優しい笑みを浮かべるから、このギャップが色々危険なんだ。

 なんとか心を落ち着かせる為に大和に対して別の話題を振る。

 

キンジ 「そ、それで試し撃ちはどうだ?」

大和 「んー大体500m辺りが限界かな?」

 

 警察の狙撃手が平均400~800mくらいと考えると、十分に通用する腕だと思う。

 でもまぁ、狙撃科には2km先を普通に狙撃する頭おかしい奴もいるからどうなんだろうな。

 それにそもそも大和は狙撃科じゃなく強襲科だしな。

 

キンジ 「500か。狙撃科の中ではどうか知らんが、強襲科なら十分だろ?」

大和 「そうだね。実戦に使えるならこれでいいかな。もう私は特に用事はないけど、キンジはある?」

 

 そうだな。平賀さんの所は行ったし、食い物もまだ冷蔵庫に残っていたはずだから道中で買う必要のない。

 

キンジ 「俺は寮に帰るか。」

大和 「なら途中まで一緒に帰らない?」

 

 大和の誘いに断る理由もないので、了承して一緒に帰宅する。

 俺達は狙撃科から出て、道中はお互いに他愛のない話で盛り上がる。

 そして平賀さんの話題が出ると、大和は俺のベレッタについて聞いてきた。

 

大和 「そう言えばキンジ、ベレッタどうなったの?」

 

 俺は咄嗟にその質問の解答に答えれず、腕を組んで悩みながら伝える。

 

キンジ 「う、うーむ。なんと言うか・・・三点バーストやフルオートが付けられて、整備が無駄に面倒になった。せめて言うならタダで済んだが。」

大和 「使いやすくなった、のかな?」

 

 おい大和。苦笑いで返すな不安になるだろ!

 でも少し考えてみるんだキンジ、何せあの平賀さんだ。

 依頼品の性能は基本的に問題はないが、時々冗談抜きで致命的な欠陥を持たせる事もあるんだぞ。

 ・・・本当に大丈夫か?

 

キンジ 「───試さんと判断不能だ。」

 

 結局はこうなる。

 場合によってはワンチャン他の奴に銃を借りるか?

 いや、結局俺にはベレッタがあっているからなぁ・・・三点バーストを使わなければ機能に問題はねぇよな───だよな?

 間違っても単発にしてたら突然フルオートとかになんねぇよな?

 うぐぐ、この調子で考えても現状どうしようもねぇし諦めるか。

 次の会話のネタになりそうなのは───

 あっそういえば不知火から頼まれ事があったな。

 

キンジ 「なぁ。大和はチーム決まったのか?」

大和 「チームって、何の?」

 

 大和は何の事やら分からず頭を傾げる。

 

キンジ 「近々始まる四対四戦のチームだ。」

大和 「えーと、それはつまりチームに入ってくれって事かな。」

 

 四対四とチームの単語から、俺の伝えたい意味を察した大和はそう口にする。

 

キンジ 「直球に言えばそうなるな。大丈夫か?」

大和 「いいよ。それでメンバーは?」

キンジ 「今のところは俺と不知火の二人だけだ。」

 

 四対四戦は武偵高の恒例行事で、四人一組のチーム同士で相手の持つフラッグを取った方が勝ちになるルール。

 大和を誘ったのは不知火から大和を誘えるなら誘って欲しいと言われたからだ。

 確かに不知火の言い分も十分理解出来る。

 もし大和が相手で出てこようものなら、正面からあの圧倒的防御相手に勝てる見込みは0。というか絶対無理だっつうの。

 万が一もしたくないが、ヒスっていたとしても自信無いからな。

 それで予定通り大和を加えて三人になったがまだ一人足りない。

 

大和 「私含めて三人かぁ。なら残った一人は私に任せて貰ってもいい?」

 

 おっと?大和が残った一人を選んでくれるのか?

 それはこっちとしてもありがたいが。

 

キンジ 「いいのか?」

大和 「別に良いよ。気にしなくても大丈夫だよ。」

 

 まぁそこまで言うなら大和に任せてみるか。

 大和なら少なくとも余程変な奴は来ないだろう。

 

キンジ 「じゃあ、ありがたく甘えさせて貰おう。」

大和 「わかった。あっ、私はこっちの道だからここまでだね。また明日。」

キンジ 「おう、じゃあな。」




 退化した敗北者:戦いに敗れ、地上で全滅した種族は、南極大陸に逃げた者だけは生きているかもしれない。


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5:四対四戦

 ふぅ・・・今日も普段と変わらない快晴だなぁ。

 俺の上を無数の鳥達が大きく羽ばたき大空へ飛んで行く。

 そしてここ暖かい日光を届けるお天道様からは、この辺りの景色がさぞ良く見えるだろう。

 ・・・さてと、そろそろ現実を見るか。

 今、俺の足元に地面などの支える物はない。あると言えば空気だけだから宙に浮いている状態だ。

 まぁジャンプでも一応宙に浮くことは出来るな。

 しかし俺の浮く高さはジャンプの非じゃねぇんだ。

 そうだなぁ・・・・・大体地上40m位か?それでこの数字が何を表しているかと言うと。

 つまりだな───俺は落下してるんだよ!?

 しかも何故か大和に抱き抱えられながらっ!

 

キンジ 「うぉぉぉおおおお!?」

 

 ていうかヤバイヤバイって!

 下に視線を動かすとかなりの速度で地表が近づいて来る!

 このままだと俺達、地表にぶつかって死ぬぞ!!

 

大和 「大丈夫、行ける!」

 

 ちょっ待、なにが行けるって?逝けるの間違いだろ!

 待て待て!本当に待てっ!マジでなんでこうなった!?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 この現状を話すには少し時間を巻き戻す必要がある。

 俺達は四対四戦の試合に伴って、試合のスタート地点に待機する。

 四対四戦を行う最終メンバーは俺の視界に入る三人。

 不知火をからかう理子、そして理子に対して苦笑いで答える不知火。

 二人から一歩下がった場所で普段通り微笑を浮かべる大和。

 うんで俺の四人だ。

 結局大和が誘ったのは理子だったんだな。

 などと思っていると、俺はある事実に気付く。

 この人選・・・もしかしてメンバーの中で俺が一番弱いんじゃねぇか?と。

 外から見ればSランクの俺が弱いなんて言われんだろうが

 実質俺にはSランクの看板を背負わされているだけであって、特定の条件を満たせば問題ないが、いつもの俺ではSランクに到底及ぼない。

 勿論いつものの俺もそれなりには戦えると考えてはいる───しかしだなぁ。

 大和と不知火は汎用型の高ランクだし、理子も理子で充分戦闘可能な腕を持つ。

 はぁ、悲しいがやっぱり一番弱い気がしてきたぞ。

 なら特定の条件を整えて本気を出せばいいと思うだろ。

 悪いがあの力は色々面倒で、更にろくな思い出がないときた。詰まるところ使うのは勘弁願いたい。

 

大和 「キンジ?どうかしたの?」

 

 チームの戦闘力を把握して一人虚しくなる俺の雰囲気を感じ取ったのか、心配そうに大和が声を掛けてくる。

 

キンジ 「大丈夫だ気にするな・・・ただ力の差を思い知っただけさ・・・・・」

大和 「途中の過程が分からないからあまり言えないけど、何かに打ちのめされたのは分かるよ。」

 

 やがて試合開始の銃声が響き、全員の顔が若干真剣味を帯びる。

 俺も気分を入れ替えないとな。

 一回深呼吸をして精神を落ち着かせ、身体の不要な力が抜ける。

 

不知火 「それじゃあ、作戦通りに行こうか。」

理子 「りこりんはぬいぬいに付いて行くからヨッロシク~。キーくんもみーちゃんも準備急いでよねぇー。時間掛かったらりこりん困っちゃうぞ~。」

 

 ニヤっと笑いながら理子は話す。

 理子はいつでも何処でも理子だよなぁ、と俺は内心そう感想を抱く。

 

キンジ 「分かったから少しは落ち着け。よし行動開始だ!」

三人 「おおー!」

 

 皆が前もって話していた作戦通りに動き始める。

 不知火と理子、俺と大和のペアに別れてそれぞれの予定地点に向かった。

 不知火と理子が正面を張りつつ大和がそれを狙撃して支援。

 俺の仕事はフラッグを持ち、大和の狙撃を邪魔させないように警戒する。

 ぶっちゃけ俺達が正面張ればいいだろうけどよ、狙撃できるのが大和だけだったからこの編成になった。

 それに俺の持つフラッグだって、狙撃手でなければ大和に持たせていた方が遥かに安心だ。

 しかし狙撃手とは攻撃に脆弱だ。それは大和だって例外ではない。

 にしても大和の奴。なんというか、まるで全ての道を知ってるようにスイスイ行くな?

 俺の先頭を走る大和は道選択に迷う動作一つなく進んでいく。

 まぁきっと細かくマップを頭に入れて来たのだろう。

 大まかな地図は覚えているが、今いる細かい路地裏とかになると俺にはできない芸当だ。

 それで俺達は、予定地点である受験時に使用した廃ビルの最上階へ登る。

 道中の待ち伏せを警戒しながら最上階に上がると、ビルから不知火達が見える位置に陣取り、援護の準備を始める。

 俺も周囲を警戒はしているが、今のところ特に目立った様子はない。

 不知火達と連絡を取る為、インカムのボタンを押して呼び出す。

 

キンジ 「不知火、理子。そっちは何かあったか?」

不知火 「「まだ会敵はしてないよ。」」

理子 「「全然会わないー暇~。」」

 

 ハキハキ答える不知火と、面倒そうに声を発する理子の声がインカム越しに届く。

 

キンジ 「こっちは問題なく着いたから援護は出来るぞ。と言っても、やるのは大和だけどな。」

不知火 「「うん、分かったよ。」」

 

 うーむ、不知火達も特にこれと言った会敵なしか。

 となると相手はどこにいるのやら。

 

大和 「ねぇキンジ?なんか変じゃない?」

 

 大和はSVUのマガジンを装填しながら話し掛けてくる。

 

キンジ 「そうでもないだろう。どうかしたのか?」

大和 「・・・なら、大丈夫かな?」

キンジ 「とにかく不知火達の援護は任せるぞ。俺は廊下に居るから何かあったら連絡してくれ。」

 

 俺はそう言って階段に向かった。

 

 

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大和 「な~んか、嫌な予感がするのよねぇ・・・・・」

 

 私はビルの一角から何km先すら簡単に視界に入る街を見下ろし、SVUを構えそう呟いた。

 覗き込むスコープから不知火達の姿が確認出来た。

 不知火達までの距離は・・・350mくらいかな?ならいけるね。

 

理子 「「あれ?ひゃっ!?」」

不知火 「峰さん、危ない!!」

 

 突如二人から慌ただしく無線が飛んでくる。

 おっと、どうやら理子達は相手に奇襲をかけられたのかな?

 これで一気に戦況が動き始めた。

 

大和 「敵の人数と方向、距離は?」

不知火 「数は三人だね。」

理子 「「理子から見て真っ正面!30m位だよみーちゃん!」」

不知火 「「これは残った一人がフラッグを持っているみたいだね。」」

理子 「もぉー沢山射ち過ぎぃ!みーちゃん助けてぇー!」

 

 ビルにまで銃声が何回も届き、文字通り戦闘中なのが良く分かる。

 理子の救援に対応したいけど、残念な事に途中の建物で射線が隠れたりして狙えない。

 

大和 「はいはい、狙撃するから頑張って引き込んで。」

理子 「「りょーかーい!」」

 

 私の要請に沿って理子達が私が狙撃しやすいように平地に引き込もうと動いてくれたけど・・・・

 

大和 「んー?」

 

 相手はまるで私の射線がわかっているように隠れて動く。

 あれ、ひょっとしてバレてる?

 右目でスコープを覗き、残った左目を開いて軽く街を一望する。

 簡単にだけど、特に他の狙撃手が居るようには見えない。

 とすると・・・・

 敵の不可解な動きについて考えていたら、いきなり後ろからキンジが息を切らしながら慌てて走ってきた。

 

大和 「キンジ、どうしたの?」

キンジ 「そんなことより早く隠れろッ!!」

 

 その時、ガシャンガシャンと硬い物同士で鳴る音と共に私の能力があるものを捉えた。

 あっ、これはマズイ。

 私とキンジは咄嗟に傍の柱に身を隠した瞬間───

 

 ズドドドドドドドドドドッッッ!!!

 

 と、耳をつんざくような銃声が建物を覆い、数秒後にようやく止む。

 そして今度は床に空薬莢が落ち転がる甲高い音が部屋に重複する。

 一方銃声が止まった時には、私が狙撃していた付近の壁はそこらじゅう弾痕だらけの早変わり。

 いくらゴム弾とは言え、今の射撃量だと被弾跡が酷い。

 

キンジ 「大和、なんとかならないか!」

大和 「えぇー、流石に無理だって。」

 

 キンジが焦った様子で聞いて来るけど、現状の装備じゃあの相手はかなり厳しい。

 私は現れた相手にどう対応しようか策を巡らす。

 隠れる時にチラッと把握しただけでも相手は、対爆ヘルメットにレベルⅣの防弾チョッキ、全体を覆うプロテクターを装備して、バックパックに弾帯を繋いだミニミ軽機関銃を装備していた。

 その姿はまさに現代版の重装歩兵。

 攻撃しようにも顔を出したら速攻で蜂の巣にされる。

 戦争に行くんじゃないんだから、その装備は果たしてどうなの?

 取り敢えずどうしたものかな?

 今回は狙撃の邪魔にならないように刀は無いし、かといって格闘しにも行けないし・・・うーん、これ使ってみる?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ヤバイ、かなりヤバイ。

 一言で言えば諦めろと言いたくなる状況だよ畜生!

 敵が来ないよう階段を警戒していると突然階段からこんな奴が真正面から堂々と参上しやがるものだから、どうしようもなく逃げるしかなかったぞ。

 大慌てで大和の所まで合流したはいいが、ここからどうするか全く考えていなかった。

 これじゃあただ大和を巻き込んだだけじゃねぇか!

 自分自身をぶっ飛ばしたい気分だが、そんなの後だ。

 相手はまるで装甲車、下手な攻撃は効かない。

 俺のベレッタの使う9mmパラベラム弾程度では、レベルⅣの防弾チョッキ相手は無理だ。

 そもそもゴム弾だから貫通したら困るんだがな。

 さてと、最大の問題は奴の持つ得物だ。

 つーかどっからLMGなんか手に入れて来たんだ!

 くそ、どうにかして打開できないのか?

 

大和 「んー、キンジ。一か八かだけど案はあるよ。」

 

 ある?マジで?本当にあるのか?この状況を打開できる策が───

 あっでも、一か八かということはそんなにヤバイものかもしれん。

 だがあれに撃たれるよりマシだ。

 

キンジ 「あぁ、別に構わない。」

大和 「そう・・・」

 

 本当に大丈夫かと大和は決断するように見つめてくる。

 大和の視線に俺は頭を少し上下に動かす。

 

大和 「キンジ走るよ!」

 

 張り上げた声と同時に大和は俺の手を掴み、老朽化して崩れた外壁の方向に走り始める。

 はっ!?ちょ、待て待て何故外へ向かって走る!!

 そのままだと落ち───

 そして俺が落ちると思った頃には既に足元に床は無かった。

 

 

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大和 「大丈夫、行ける!」

 

 ちょっ待っ!なにが行けるって?逝けるの間違いだろ!

 マジでなんでこうなった!?賛同するんじゃなかったぁぁあああ!

 大和は俺を抱き抱えた状態で、腰に付いてるフックショットを正面へ打ち出す。

 打ち出されたフックがグングンと伸び、隣のマンションの外壁に引っ掛かったようで、電動モーターが巻き取りを開始する。

 すると今度はフックの先を軸として、まるで巨大なブランコのように滑りながら地面にぶつかるすれすれを飛んでいく。

 体に遠心力のGが掛かるが、そんな事より俺は───うぉあっぶねぇっ!!

 もうちょっとで地面とぶつかる寸前だったじゃねぇか!

 地面より僅か数m上で降下が終わった恐怖や驚愕に、思考が占領されていた。

 そして大和はフックショットを巻き終えたらもう一度打ち出す。

 その後は巻き終えて、打ち出し、引っ掛け、巻き取るを何回も繰り返し、何度も建物と建物の間を綺麗に通り抜けていく。

 とんでもない位置エネルギーを運動エネルギーに変換したせいで、そこらの自転車より速く移動する。

 大和も早めに降りたいんだろうが、ある程度速度が弱まるまでこの高速移動を続けるしかないんだろうな。

 ヘタなジェットコースターより怖いぞこれ。

 しかしよくもまぁ、こんなにフックショットを器用に使えるのは正直すげぇ。

 落下による恐怖が時間経過で薄れ始め、思考が冷静化し感心している中、ある事に気づいた。

 

 ムニュッ───

 

 んっ?なんだこれ、いつの間にこんな柔らかい物が顔に?

 えーと確か、今の体勢は大和に対して俺が正面から抱いてもらっている状態だから・・・・・

 ────ッ!

 ちょっこれ!もしかして・・・・大和の!

 

 ──ドクン。

 

 やっヤバイこのままだと、なっちまう!

 おい、押し付けるな!!多分落とさないように無意識にやってるだろうけど!かと言って落として欲しくねぇけどよぉ!!

 しかもこいつ、スレンダーな癖してそれなりにありやがるから、顔にその・・だな。双丘が───

 

 ドクン、ドクン──!

 

 そう意識した途端、大きく鼓動が高ぶってしまった。

 あぁくそ、なってしまったよ。

 

大和 「キンジ、そこに降りるよ。」

 

 大和が俺に一言伝えてから近くの公園に無事着地した。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

大和 「ふぅ。上手くいって良かった。」

 

 途中ちょっと危なかったの内緒の話。

 ここの公園からさっきの狙撃地点がまぁ、直線で300m位?

 さてと、ここからどうしようかな?逃げる瞬間に理子達の方角へ向かったからそう遠くないはずだし。

 キンジにも聞いてみよっか。

 

大和 「この後どうする。キン、ジ?」

 

 振り返って見たキンジの様子が変だった。

 あれ、これは雰囲気が違う?  

 この雰囲気は知っているよ。これは受験の時にスイッチが入った時と同一だね。

 

キンジ 「まずは礼を言わせて貰おう。大和、あの状況から救ってくれてありがとう。」

 

 普段と違って凄いハキハキ話すね。

 別人みたいな違いだよ、うん。

 

大和 「どういたしまして。でも、それより理子達を助けに行かないとね。」

キンジ 「大和は優しい子だ。そんな子の為にある戦法を考えたのだが、聞いてくれるか?」

 

 キンジの考えた戦法?ちょっと気になる。

 

大和 「いいよ。キンジの戦法を教えて。」

 

 私はうっすらとニヤける。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 不知火と理子は三人を相手に戦闘中であった。

 二人は共に正面から戦える十分な腕前はあったが、現状は数的に不利な上に連携が上手く押されていた。

 相手の腕前は高くてもBランクだろう。

 しかしコンビネーション力の良さは力関係を逆転させる事も可能だった。

 

理子 「うー!キツイよ~。」

不知火 「───もう大丈夫だよ。見て、あっちから遠山君のお出ましだよ。」

 

 不知火の見る先にはキンジが二人の元へ一直線に走ながら銃を構える姿が認識出来ていた。

 そして全力疾走という全くもって射撃に向かない状況でありながら、キンジは相手前衛を張る二人の内、片方に対して射撃を行った。

 ベレッタから放たれた9mm弾は正確に狙った相手のみぞおちに命中。

 ゴム弾、そして防弾ベスト越しであろうが内部に衝撃は伝わり、一人は痛みからか膝から崩れ落ちる。

 前衛の片方が崩れ落ちる瞬間を目撃して始めて残った二人は、キンジの存在に気づいた様子を見せる。

 しかしこれは大きなミスであった。

 キンジに意識が向いている隙に不知火がもう一人の前衛へ一気に近づき、足払いで転かせ上に跨ぎり地面に押さえつける。

 こうして最後一人残った後衛は不利を悟って逃げ出すが、突如後衛の真後ろに建っていた一軒家の上から、フックショットを使って大和が空中へ飛び出す。

 そのまま大和は空中でSVUのスコープを覗いて───

 

 パァン!

 

 一発の7.62mm弾が銃口から吐き出され、後衛の背中にもろ命中し、撃たれた相手はその場で力尽きたように倒れこんだ。

 大和は空中で銃声を轟かせた後、空中でくるりと一回転してから綺麗に着地する。

 その光景に理子が両手を目一杯上げて興奮する。

 

理子 「わぁ~!みーちゃん、ヒーローみたいでかっこいい~!!」

 

 突如現れ、敵を倒しつつ完璧な着地する姿は理子にとって目を輝かせるものだった。

 一方の大和は不知火達の方に向き直り、ゆっくり歩き言う。

 

大和 「皆、怪我はない?」

不知火 「僕は大丈夫だよ。」

理子 「私もぬいぬいも大丈夫だよ~。」

大和 「キンジも囮ありがとうね。」

キンジ 「大和の為だ。どうって事はない。」

 

 キンジの台詞や口調が普段と変換していた事に不知火が疑問に思い質問した。

 

不知火 「遠山君、一つ聞いていいかな?随分と雰囲気違うように感じるけど、気のせいかな?」

キンジ 「気のせいさ。」

 

 不知火の質問にキンジは気のせいと否定する。

 

不知火 「わかったよ。でも、まだ一人残っているから今から探さないといけないね。」

大和 「それなら別に探さなくても大丈夫だよ。」

 

 不知火はどういう事かわからない感じの表情をする。

 無論理子も似たような顔付きをするが、キンジだけは始めから分かっていた様子をする。

 

大和 「こういう事。」

 

 大和は逃げようとした敵の後衛に近づき、分厚いジャケットに下に隠していたフラッグを取り出す。

 

大和 「これで私たちの勝ちでしょ?」

 

 こうして四対四戦は大和チームの勝利という結果となった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 そして試合を終えて帰る途中。

 

キンジ 「大和、今日は君が大活躍だったね。」

 

 まだスイッチが入ったままらしいキンジが、私を褒めてくる。

 

大和 「そんな事はないよ。」

キンジ 「あともう一度だけ言わせて欲しい、廃ビルの時は本当にありがとう。それで大和に聞きたいが、入学式の時の貸しはどうするのか決まったのかい?」

大和 「あーそうだね。」

 

 キンジに言われて初めて思い出したよ。

 とはいえ、今は別に特に困ってることはないし。

 うーん、何かあったかな?

 

キンジ 「無いのなら別の日でも、俺はいつでも構わないよ。」

 

 別に返して貰わなくてもいいし、無理矢理作ってもなぁ。

 

大和 「うーんそうしよっかな?・・・あっ。」

キンジ 「何か思い付いたのかな?」

 

 あーでもこれはどうなんだろ?

 これを貸しでやる訳には行かないよねぇ。本人の意識を尊重しなきゃ。

 ここでやっぱ無しってのも失礼に当たるし、伝えるだけ伝えてみよっか。

 

大和 「そうだね。キンジ、これは貸しじゃなくてお願いなんだけど、私とパートナーになってくれない?」

 

 私のお願いにキンジは驚いた様子を見せるが、すぐに笑顔で答えてくれた。

 

キンジ 「パートナーかい?俺で良ければ構わないよ。それじゃあこれからよろしく、大和。」

大和 「ありがとう。これからよろしくね、キンジ♪」

 

 私は満面の笑みを浮かべた。

 ここからは先は随分と後に知ったんだけど、スイッチが切れてから暫くキンジは後悔と羞恥で自己嫌悪に走ったらしいよ。




 トレジャーハンターの日記:あの空飛ぶ狩人は、光に弱い事を知れたのはラッキーだった。


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6:キンジの兄

 四対四戦から数日経った放課後。

 俺は自室に帰ってのんびりとインスタントコーヒーを味わいつつ、ソファーに座ってテレビで適当な番組を観たりなどの、変わらない日常を過ごしていた。

 すると、ズボンのポケットの入れてあった携帯が震え始めた。

 

キンジ 「んっ?」

 

 誰からだ?

 コーヒーを持たない左手をポケットに入れ、携帯を取り出して誰からの電話か確認してみる。

 開いた携帯の画面は大きく金一と表示されていた。

 普段から忙しく、あんまり連絡の取れない兄さんからの電話に珍しさを感じた。

 珍しいな兄さんから電話なんて、ともかく出てみるか。

 通話のボタンを押して携帯を耳元へ持っていく。

 

キンジ 「もしもし。」

金一 「「おっキンジか、久しぶりだな!学校は楽しいか?」」

 

 電話越しから元気そうな兄さんの声が聞こえてくる。

 兄さんの声を聞いて、俺は自然と表情が弛む。

 俺にとって兄さんは大きな憧れで目標だ。

 俺なんかより凄く強いし、義に厚い性格をしているから俺も兄さんみたいになりたいと頑張っている。

 実際俺が武偵の道を選んだのも兄さんが要因だ。

 

キンジ 「まぁまぁ楽しいよ。それでどうしたんだ兄さん?電話なんて掛けてきて。」

 

 兄さんに電話して来た理由を言ってから、右手に持つコーヒーを口に含む。

 

金一 「「あぁ、その事なんだが。キンジ、お前・・・パートナーが出来たらしいな。それも女子となったら連絡するに決まっているだろう。」」

キンジ  「───ブッ!?」

 

 兄さんが言ってきた台詞に思わず口に含んだコーヒーを吹き出す。

 ゲホッゲホッ!あっしまった!

 コーヒーを吹き出したせいで床が汚れちまった・・・って、今はそんな事はどうだっていい!

 

キンジ 「ちょっ!なんで兄さんが知ってるんだよ!」

 

 俺は動揺しながら口を開く。

 大和と組んでからほんの数日しか経ってないぞ!

 情報流れるのが早すぎるだろ!

 

金一 「「おいおいキンジ、俺の情報網を舐めるなよ。このくらい即座に判明するぞ。」」

 

 一方兄さんは当たり前だろ的な口調で返答される

 兄さんこえーよ!冗談抜きでこえーよ!

 んっ待て?これって、つまり俺の恥ずかしい情報も知られているって事だよな・・・・・

 おーい、俺のプライバシーは兄さんから丸見えって意味じゃねぇか!

 

キンジ 「まぁ・・・いい。それで兄さん。俺のパートナーがどうしたのか?」

金一 「「いやな、女が苦手なキンジがパートナーにした女子が気になったんだ。だから出来れば少し顔を見せて欲しいと思っているが、大丈夫か?」」

 

 なるほど納得したぞ。

 要は大和と会いたいから連絡してきたと。

 確かに女が苦手な俺がパートナーに女子を選んだんだからな。

 兄さんとしても気になるよな、そりゃあ。

 

キンジ  「そうだなぁ。大和が言ったら問題ないと思う・・・ちょっと聞いてみる。」

金一 「「ほう?パートナーの名前は大和と言うのか。キンジ、普段の会話でも情報が抜かれるから気を付けるんだぞ。」」

 

 げっ!今のは完全に迂闊だった。

 兄さんの注意通り、武偵にとって情報が引き抜かれるのは色々とやべぇ。

 

キンジ 「・・・気を付けます。取り敢えず聞いてみるから一回切る。」

金一 「「良い連絡を期待しているぞ。」」

キンジ 「それは俺に言わないでくれ。」

 

 良い連絡っても、まぁ大和なら間違いなくOKを出すとは思うけどよ。

 俺は兄さんとの通話を切って、大和の携帯番号で再び連絡する。

 大体数コールした後、電話が繋がった。

 

大和 「「もしもし。キンジ、どうかしたの?」」

キンジ 「あぁ実はな───」

 

 大和に兄さんが会いたい事を一通り伝える。

 伝えた時の反応は悪くはなかったが、どうだろうな。

 

大和 「「うんうん。つまりキンジのお兄さんが私に会いたいと。」」

キンジ 「もし嫌なら無理と伝えるぞ。」

大和 「全然大丈夫だよ。私もキンジのお兄さんに会ってみたいし。」

キンジ 「じゃあ兄さんにそう伝えておく。」

 

 大和から会う了承を取り付け、翌日の休日に俺の実家に集合となった。

 

 

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 いやー、まさか昨日いきなりキンジのお兄さんが私に会いたいと言われるなんて思わなかった。

 そもそもキンジにお兄さんが居たんだね。

 相手の家族構成とかは極力聞かないようにしていたから知らなかったよ。

 しかしキンジのお兄さんかぁ。どんな人なんだろう?

 兄弟だからって互いに性格とかが全員似ている訳なんてないから、正直想像も出来ない。

 でも外見に面影はあるかも知れないかな?

 大人になったキンジみたいな感じを想像する。

 こうして予想するのも良いけど、時間に間に合うようにしないとね。

 えーと、キンジの実家には電車で行くから途中で何か買って行って。

 

大和 「忘れ物は無いかな?」

 

 銃よし、フックショットよし、服よーし。

 普段は武偵高の制服か寝間着位しか着る事のない私だけど、キンジの実家に行くんだから制服で行くのはどうかと思って、今日は数ヶ月ぶりの私服。

 といってもそんな大層な物ではないよ。

 白シャツに黒のロングスカートの簡素な物。

 シンプルな白黒だけど、人前には見せれる位にはなったのかな?

 基本ファッションに興味ないから本当にこれで良いのか判断出来なくてね。

 色々詳しい弓が居れば聞いたんだけどねぇ。

 前の世界で弓に口うるさく服について指導されたのが懐かしいよ。

 おっと、呆けている暇はないんだよね。

 そして危うく忘れる所だったよ。雨風改を持って行かないとね。

 普段は持って行かないけど、ちょっと前に誰かが部屋に侵入した形跡があった。

 幸い何も取られてなかったけど、今後の為に安全第一を考え、出る時は鞘袋に入れて一緒に持っていく事にしていた。

 小太刀の方は置いておくよ。

 手間と世間体を考えれば二本持ち歩くのは少し厳しい。

 それに最悪取られてもまだ痛手で済む。

 雨風改はそれ自体が爆弾みたいなものだし、私にとっても死活問題。

 

大和 「よし、それじゃあ出発しますか。」

 

 白いリボン付きの黒い中折れ帽を被って寮を出る。

 寮から駅まで徒歩で移動し、駅前の店で適当な手土産を買ってから電車に乗る。

 うーん。手土産に和菓子を選んだけど、洋菓子の方が良かったかな?・・・まぁいっか。

 手土産の中身について考えたりしながら電車に揺られる。

 しばらく揺らされていると降りる駅に到着し、駅を出た頃には既に日が真上に上がりきっていた。

 改札口の前にいる広場で腕時計を確認する。

 時間は、何もなければ十分間に合うね。

 私は駅からキンジの実家まで再び歩いていく。

 駅から何kmか歩いた所で、キンジの実家だと思われる家の前に到着する。

 ここでいいのかな?

 一見すると古そうな大きな平屋、でも見る限り結構状態は良さげ。

 これなら少々の地震が来てもびくともしなさそう。

 さてと、チャイムを鳴らす前にもう一度教えて貰った住所と合っているか確認しないと・・・うん、多分合ってるね。

 もし間違っていたらちゃんと謝らないとね。

 それじゃあ押そうかな、よっと。

 指でチャイムのボタンを押すと、中からピンポーンと音が聞こえてきた。

 鳴らして二十秒位したら、家のドアが開いて中からキンジが現れる。

 

キンジ 「おっ来たか。ほら入って来い。」

大和 「お邪魔します。あとキンジ、これ手土産。」

 

 駅前で購入した手土産を差し出し、キンジが申し訳なさそうに受け取る。

 

キンジ 「あぁ、すまないな。別にそこまでしてもらわなくても良かったのだが。折角だ、ありがたく貰っておくぞ。それでこっちだ。」

 

 玄関で靴を脱ぎ、木製の廊下を通過して奥のドアをキンジが開く。

 案内された部屋は畳の敷かれた部屋で、中央に大きめの机が一つ置かれ、周りに座布団が幾つか並べられていた。

 

キンジ 「兄さんを呼んで来るから好きな所に座って待っといてくれ。」

 

 キンジはそう言って部屋を出ていった。

 んー好きな所、これって何気に難しいと思う。

 中央に座るのもどうかと思うし、かといって端過ぎても失礼に当たりそうよねぇ。

 ちょっとだけ考えて、端から一個隣に座るようにした。

 そしてちょうど座ったタイミングで部屋のドアが開き、若干キンジの面影がある若い男性が入ってきた。

 

金一 「ようこそ遠山家へ。俺は遠山金一。知っているだろうがキンジの兄だ。」

 

 へぇーこの人がキンジのお兄さんなんだ。

 何と言うか、キンジには悪いんだけど正直印象的にはキンジより頼りになりそう。

 

大和 「初めまして。キンジに御世話になっております、宮川大和と申します。私の事は大和とお呼び下さい。」

 

 スッと立ち上がり、私は頭を深く下げる。

 

金一 「じゃあ遠慮なく大和と呼ばせて貰おう。今キンジにお茶と菓子を頼んであるから、ちょっと待ってくれ。」

大和 「ありがとうございます。」

金一 「ハハッそんな固く苦しくする必要はない。まずはお互いの事を良く知ろうじゃないか。座って話でもしよう。」

 

 お兄さんは私の正面の座布団へ行っても直ぐには座らなかった。

 ここでキンジのお兄さんなら多分キンジみたいに律儀だと考えて、客人である私が先に座ると、思った通りお兄さんが後から座布団に座る。

 そしていきなり私が話すのが難しいと考えたらしく、お兄さんの方から簡単な自己紹介を始める。

 

金一 「俺から自己紹介をしよう。さっきと重複するが俺の名前は遠山金一。キンジから聞いていると思うが俺の職業は武偵だ。依頼の内容は警備やら犯人探しやら、救助とか。良くあるのはそこら辺だな。」

 

 お兄さんの自己紹介をした後は私の順番。

 ここは物怖じせずハッキリと答える。

 

大和 「キンジのパートナーの宮川大和です。キンジとは同じクラスメイトで、同じ強襲科に所属しています。」

金一 「強襲科か。正面から戦い合う難しく死亡率の高い役職だ。苦労が絶えないだろう。それで話せるならで構わない、可能ならランクを教えて貰えないか?」

大和 「一応Sランクです。」

 

 するとお兄さんは、驚いて感心するような様子を見せて言った。

 

金一 「ほぉ、Sランクとはすごいな!」

大和 「いえいえそんな事は。」

金一 「謙遜する必要はないと思うが。Sなんて才能があっても中々取れないからな。」

キンジ 「そうだぞ、大和。」

 

 その時キンジがタイミングよくお盆を持って来て、お茶やお菓子を机に置き、私の隣に腰を下ろす。

 

金一 「所でキンジは迷惑を掛けてないか?」

大和 「・・・そういえば、この前の四対四戦で見事に私の所まで敵を誘導してくれた事があったなー。」

 

 と、若干首をかしげながら棒読みで口に出す。

 

キンジ 「ちょっ大和!」

 

 多分キンジとって嫌な思い出であろう出来事を口に出されて慌てたキンジに、お兄さんの若干鋭くなった視線で睨まれると反射的にすぐに引っ込んだ。

 今の状況で、キンジはやっぱりお兄さんには勝てないんだねって実感したよ。

 

金一 「こんな弟ですまないな。」

大和 「いえいえ、別に問題ありませんよ。場所によっては私がバックアップしますから。それに今は私の大切な人ですから。」

 

 私は穏やかな顔で本心からそう伝える。

 でも本心からそう想う一方、今後周りの状況や性格の変化でもしかしたら敵になるかも知れない。

 ひょっとしたら最悪手を掛ける可能性も0ではない。

 だからどうしても今はって意味になっちゃう。

 でも私のわだかまり知らないお兄さんは、私の言葉で良い意味で解釈して笑顔になる。

 

金一 「ハハハッ良かったキンジ。こんないいパートナーを見つけて。」

キンジ 「あぁ、ありがとな・・・・・」

 

 私が横を振り向いてキンジと目と目で視線が合うと、キンジはスッと視線を素早く逸らす。

 視線を逸らしたキンジの耳が赤く変化している。

 あれあれ?キンジは照れてるのかな?

 

キンジ 「そっ、それより大和について聞いたらどうだ!」

 

 よっぽど恥ずかしいのか、話題を強引に変えてくる。

 

金一 「それもそうだな。うむ、なら例えば戦闘とかで何が一番得意なんだ?」

 

 得意・・・得意って言っても結構複数出来るし。

 うーん、なんだろう?何があるのかな?

 狙撃とか?でも別段上手い訳でもないから得意じゃないと思うし。

 

大和 「得意なもの・・・・うーん、キンジどうだろう?」

キンジ 「得意といっても大和は結構何でも出来るからな。よく考えて見れば、近接、狙撃、諜報、手当て、思い付くもの何でも出来そうだよな。」

大和 「それは買いかぶり過ぎだよ。」

 

 私もキンジもお兄さんの質問に対する解答に困る。

 

金一  「聞いた限りだがなんと言うか、えらく万能だな。そこまで出来るなら一人いるだけでだいぶ助かるだろうに。」

 

 じゃあ格闘?一応人並み以上には自信があるけど、所詮は防御位しか・・・・・あ、一つだけ飛び抜けて得意なものがあった。

 

大和 「得意なものが一つだけありますよ。私は防御だけはある程度自信があります。」

キンジ 「それがあったか!」

金一 「防御?キンジ、大和はそんなに上手いのか?」

 

 お兄さんが興味深そうにキンジに問いかけ、キンジは大きく頷く。

 

キンジ 「間違いねぇよ兄さん。多分大和以上に防御が出来るような奴はあまりいないと思う。今のところ、うちの学校で大和の防御を越えた奴はいないからな。」

金一 「それはちょっと気になるな。」

大和 「えーと今度、手合わせでもします?」

 

 私もキンジのお兄さんがどのくらい強いのか気になるしね。

 

金一 「おっそれは今度快く受けさせ貰おう。ところで話は変わるがいいか?さっきから気になっていたのだが、その棒状の物はなんだ?」

 

 キンジのお兄さんはそう言いながら、私が床に置いた刀に興味を示す。

 

大和 「これですか?ちょっと待って下さい。」

 

 私は刀を袋から取り出し両手で支えてお兄さんへ手渡す。

 渡された刀をお兄さんとキンジは眼を凝らして眺める。

 

金一 「これは───刀か?」

キンジ 「あれっ?お前、刀なんか身につけていたか?」

大和 「いやいや、ちょっと事情があってね。」

金一 「抜いても大丈夫か?」

 

 お兄さんが確認を取ってくる。

 まぁ抜くのはー、これから暫く携帯するから別にいいかな。

 

大和 「どうぞ。」

 

 私が許可を出すと、お兄さんが割れ物を触るみたいに慎重に刀を抜く。

 抜かれた私の雨風改は、天井に吊り下げられた照明の光が透き通った紺青色の刀身に反射し、机の上にステンドグラスを通したような反射光が当たる。

 普通の鋼鉄とは全然違う色、二人が興味津々なご様子。

 

金一 「持っただけで分かる・・・良い刀だ。」

キンジ 「何で色が青いんだ?」

大和 「悪いけどそれは言えないかな。」

金一 「───まさか、な。」

キンジ 「どうかした?」

金一 「いや、何でもない。良い物を見せてくれありがとう。」

 

 お兄さんはお礼を伝えて私に刀を返す。

 何か言ったら気がするけど、気にしないでおこう。

 

金一 「ところでキンジ。あれはしっかり話したのか?」

キンジ 「あれって?」

 

 お兄さんにあれの意味が何なのか分からないらしく、キンジは逆にお兄さんに問う。

 前の優しい雰囲気は無くなり、真面目に真剣味を帯びた目線であれの意味を言い放った。

 

金一 「HSSだ。」

キンジ 「─────ッ!!」

 

 キンジの表情が最悪の出来事を目の当たりにした風に強ばる。

 HSSってなんだろう?

 反応から見て、少なくともキンジの嫌がるものだとは判断出来るよ。

 

金一 「はぁ。これからパートナーになる相手だぞ。ちゃんと話しておけ。」

 

 キンジの様子から私にHSSについて何も話していない見切ったお兄さんは呆れて大きなため息をつく。

 

キンジ 「いずれ話さないとは思っていたんだが、なかなか踏ん切りがつかなくて・・・・・」

 

 キンジは頭を掻きながら下へうつむく。

 割と冗談抜きで何やら深い事情がありそう。

 

金一 「まったく、しょうがないから俺が話そう。大和も大切な話だからしっかり聞いてくれ。」

 

 お兄さんは遠山家について話し始めた。

 その話の中にHSSが登場する。

 ヒステリア・サヴァン・シンドローム。

 通称HSS───それは性的興奮によって能力を上げる遺伝子が存在しているらしい。

 しかもHSSが働いている間は大きく性格も変わるらしい。

 HSSは遠山家全員に組み込まれており、それは勿論キンジにも遺伝していると。

 確かに他人には言いづらい。

そ れに性的興奮って言う事は、一部の例外を除けば私みたいな女性が原因で起こる。

 成る程ねぇ。

 道理でキンジが女性が苦手な様子で、四対四でも急に雰囲気が変わった訳ね。

 

キンジ 「ハッハッハ!軽蔑しただろう・・・・・」

 

 うわぁ外からでも感じる。

 キンジが負の雰囲気で一杯になっているよ。

 キンジにとって巨大な黒歴史を出されたようなものだからそうなるよね。

 私は同情しながらもキンジの言葉を考える。

 まぁでも・・・軽蔑ねぇ。

 

大和 「私は特に軽蔑したりはないよ?」

キンジ 「はっ?普通に考えれば気持ち悪いだろ。」

 

 顔を上げたキンジからあり得ないだろお前的な感情が見て取れるが、私は変化なく言い続ける。

 

大和 「もう一回言うよ?私はキンジを軽蔑したりはしないよ。」

 

 キンジはHSSを爆弾並みのデメリットだど考えているけど、それはあくまで自分の主観でしかない。

 私のように他の人の価値観だとキンジの思うHSSと違う風に見えるもの。

 と言っても、確かに他人から見えても嫌な気持ちになる子が多いのは否定しないよ。

 公共の価値観と正反対だし、いきなり想定しないものが露になって動揺する子もいるだろうね。

 でもね。このくらいなら私にとって嫌とは思わない。

 キンジには失礼かもだけど、HSSは私にとってキンジを構成するものの一つ。たったそれだけの話。

 

大和 「大丈夫だよ、安心して。HSSがあってもキンジはキンジだよね。」

 

 ニコッと笑顔を見せながら私はキンジへ伝えると、キンジは無言で居間で出ていく。

 一方お兄さんは安心したように小さく呟いた。

 

金一 「本当に良かったな。大事にするだぞ、キンジ。」

 

 その後、お互いに質問をしていろんな話が聞いている間、キンジのおじいさんとおばあさんが帰ってきて、宴会騒ぎになってたりもした。

 そこでお兄さんが銃弾撃ちっていう技を見せてくれたりもしたね。

 こうしてたまには盛り上がるのも悪くないと思う。

 それからというもの、キンジとパートナーを組んでから小さいけど様々な依頼を受けたよ。

 HSS無しのキンジは結構ヘマをするので、その都度援護に動いた。

 なんか子守りみたいだよね、これ。

 あとは・・・なんだかんだキンジの実家に時々お世話になってもいる位かな。

 私としてはそのまま楽しい日常を過ごせると良かった───けど、日常は突如崩れ去るものと私は昔も今も先になっても知っていたし、分かっていた。

 実際キンジとのパートナーを組めた期間は僅か数ヶ月。

 これからお互いに大きな事件に挑もうかなって思う頃だったね。

 そして日常が崩れ去った理由は、2008年12月24日の浦賀沖海難事故。

 ある意味この時からが───全ての始まりでもあったよ。




 答えを知らない科学者の体験:目に見えない空間の下が溶解しているみたいだ。しかし熱は発していない、どういう事だ?


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7:早すぎる訪れ

 今日は秋を通り過ぎた冬真っ只中。

 木から葉は枯れ落ち、乾燥した空気が寒さと共に肌を刺激する。

 そして私は全身を黒い服で身を包み、はずれにあるお寺の正門付近の塀に寄りかかって空を見上げていた。

 今の私には楽しいという感情などない。

 でも悲しいだとか、虚しいとかは別に思ってもいない。

 ただ・・・なんだろうね?何もする気が起きない。

 私にとって初めての感覚。

 良くわからないけど、これって無気力というのかな?

 それで何故私がお寺の前にいるのかと言われると、実はこんな事が起きてしまったから。

 2008年12月24日、浦賀沖にて海難事故が発生した。

 事故を起こしたのは豪華客船アンベリール号。

 その船はクルージング中に突如謎の爆発が発生して沈没した。

 アンベリール号は何千人単位で乗る豪華客船。

 甚大な被害が想定されたけど、ある一人の手によって幸いにも犠牲者は一人で済んだ。

 しかしその犠牲者は私の知る人物であったよ。

 ───キンジのお兄さん。

 武偵である以上、何時死んで殉職するか分からない。

 だから仕方ないと思っているし、何千人の命を救ったお兄さんは凄いと言わざる得ない。

 でも、その事故によって訴訟を恐れたクルージング会社はお兄さんに責任を全て押しつけた。

 「乗り合わせていたにも関わらず、未然に事故を防げなかった無能な武偵」と批判した。

 死人に口なしだからって、好き勝手言い過ぎだよね。

 本当にいろいろと救いようのない面倒な組織だよ。

 まっ、私の言えた事じゃないかぁ。

 しかしこれが警察関係の人物だったらきっとこんな事になってない。

 これは世間に武偵があまり認められていない事も原因の一つね。

 これらの要因によってお兄さんはマスコミやら会社からの強い批判を受けた。

 その影響はキンジにまで及んだ、遺族として・・・・・

 ただでさえお兄さんを精神的に失って弱っている所に、マスコミの苛烈な攻撃が続くのだから。

 ・・・これはあくまで私の考え───いや、勘と言っていい。

 お兄さんは本当に死んだのかな?

 間違いなくお兄さんは優秀な武偵。

 そんな人が船の沈没に巻き込まれるようなミスをするとは考えにくいんだよねぇ。

 それなりに優秀な武偵となると、船の状態は乗っていれば大体は想像がつく。

 傾斜角、沈没までの時間、浸水区画、etc。

 なら沈没に巻き込まれたのか?

 私が今考えられる要因は三つ。

 一つ目、乗員の捜索中の予想外の状況の発生。

 二つ目が死ぬ前提の避難誘導。

 三つ目は何者かの妨害。

 多分このどれかだと私は考えている。

 一つ目の可能性はあるかも知れない。全て個人の予想通りに状況が進むとは限らないし。

 二つ目はお兄さんの性格上、割と可能性が高い気がする。

 三つ目は普通なら無い。

 三の場合は一人の為にわざわざ船を一隻沈めるようなもの、費用対効果が恐ろしく悪い上リスクが高い。

 しかしこれらはある条件を足せば可能性はグッと上がる。

 それはお兄さんが機密情報を握っていた場合。

 優秀な武偵はそれだけ多数の情報に触れる機会は多い。

 それはつまり機密情報にも出会う可能性も高まる。

 もし機密情報を握ってた場合、相手によっては情報をもみ消そうと躍起になる為、三の可能性が生まれる。

 と言ってもこれは私の考えだし、お兄さんが死んだと思いたくないだけかも知れない。

 ・・・・話を戻そうか。

 海難事故から数日後、キンジからお兄さんの葬儀に参加して欲しいと電話があった。

 でもハッキリと行くと言えなかった。

 勿論私は行こうと思ったよ───けど、私にはその資格は無い。

 だからお寺に来ても葬儀に参加する訳にいかなかった。

 だって───私は死者を冒涜するかも知れない人間。

 だからこうして精々塀の外から祈るしか出来ない。

 こんなで情けないと自身に対して大きくため息をつく。

 寒さで白く変化した息を吐き出し切って、今度は乾燥した空気を吸い始めたら、寺の中が突然騒がしくなった。

 正門から顔だけ出して中の覗き込むと、本堂の入り口に立つキンジがマスコミに周囲を囲まれていた。

 マスコミはいつもの変わらないように大きな声で質問するので、耳を澄ますと「事故についてどう思いますか?」「今の心境は?」など質問が耳まで聞こえた。

 正直私は思わず顔をしかめた。

 常識的に考えて、遺族にとって聞いて欲しくない事を真正面から問う。

 確かにマスコミ側も日々の生活とかで稼がないと行けないのは分かるよ。

 でもねぇ、せめてそれなり時間を置くとかするべきではと考える。

 あんな状況のキンジを助けに行きたいとは思う・・・でも私に参加する資格は無い。

 ───そこで私は考え方を変えた。

 葬儀に参加するのではなくキンジを助けるだけ、と。

 と言ってもただの屁理屈なんだよね。

 私はそう自覚しつつ、急いでマスコミの集団に割って入る。

 

大和 「はいはいすいませーん、通りまーす!!」

キンジ 「大和・・・・・!」

 

 キンジはマスコミの集団から傍に行こうとする私に気づいたみたいで、弱々しい声を呼んだ。

 ようやく集団から抜け出しキンジの傍に駆け寄る。

 キンジはお兄さんの写真を持って、虚ろで目の焦点が合っていない様子が簡単に見て取れた。

 これは精神的にかなり危険な状況。

 早いところ記者達をどうにかしないとまずい。

 

記者1 「ちょっと!いきなり入って来て、あなた誰なの!」

 

 後ろから記者の怒号が聞こえてくる。

 ここで私は大人しくキンジのパートナーと宣言すると決めた。

 そうすればマスコミの興味の対象がキンジから私に移動し、キンジの負担が減る。

 私は振り向いて記者に対して答えた。

 

大和 「キンジのパートナーです。」

記者1 「えっ!パートナーってあなたも武偵なの?それはちょうどいいわ。あんな問題を起こした遠山金一武偵についての心境は?」

記者2 「君は遠山金一武偵とどういった関係かな?」

 

 すると予想していた通り、獲物を見つけたとばかりに質問が殺到する。

 はぁ、速攻で手のひらを返して恥ずかしくないのかな?

 でもこれで対象が私に移った。

 

大和 「誠に申し訳ありません。プライバシーの観点から返答は控えさせて頂ます。」

 

 一応敬語で丁寧に拒否を伝えるけど、この位で記者が止まる訳もないよね。

 「俺達は真実を伝えるためにいる。遺族は返答する義務がある。」「こっちには報道の自由があるんだぞ!」等の声に「そうだ、そうだッ!!」と賛同の声が上がる。

 法律上遺族に返答の義務は存在しないし、報道の自由はプライバシーとの相違を想定しなければならない。

 明らかに言ってきた記者はプライバシーなんか放り投げているのが直ぐに分かるよ。

 前もって似た騒ぎになるとは予想していたけど、面倒だよね本当に・・・しかたない。

 私は全体が見える位置に行くと、写真や動画が撮られてもいいように微笑を浮かべつつ。

 

大和 「 こ れ は 警 告 で す 。」

 

 記者達に優しく言い放ち、それと共に私の精神を蝕むものの抑えを意図的に、ほんの微かだけ緩める。

 

記者達「・・・・・」

 

 すると先ほど騒がしかった寺の正面は即座に静まり帰り、そこにいた記者全員が顔を青くする。

 中には腰が抜けたみたいで地面に崩れ落ちる記者もいた。

 パッと確認した感じ発狂した人は居なさそう。

 漏れた量もこれだけなら失神したりもしないし、まぁ後で体調不良を発する人は続出するかも知れないけどね。

 それに今回私が記者達にしたものは報道されない。

 カメラやマイクには真実を述べる為の材料は記録されていないし、流石に記者の口から言われただけでは信憑性がなく報道出来ない。

 後々名誉毀損で訴えられると困るだろうしね。

 

大和 「理解して頂いて嬉しいです。それではキンジ、行きましょうか。」

キンジ 「えっ、あぁ・・・・」

 

 記者達が再起動する前にキンジを連れて寺の中へ撤退する。

 さて、中に入ったはいいけどこの寺の構造なんか知らない。

 その点、存在感知(私の能力名)が良い感じに役立った。

 無かったらきっと迷っているよ。

 私は後ろに付いてくるキンジに顔を合わせる。

 

大和 「ごめんねキンジ。驚かせちゃったかな?」

キンジ 「少し驚いたが・・・大丈夫だ。」

大和 「そう・・・・」

 

 お互い特に話す雰囲気でもなく、私達は寺の木製の廊下を歩いていると。

 

大和 「んっ?」

 

 存在感知にまさかと思うものを発見してしまう。

 ───はぁ~。一体何をやっているの?

 まぁこんな事をするとなると大きな理由があるんだろうけど、仕方ないか。

 

キンジ 「大和?」

 

 急に立ち止まった私をキンジが不審に思ったのか、後ろから声を掛けて来た。

 振り返って申し訳ない気持ちでキンジに伝える。

 

大和 「ごめんなさい、ちょっとやる事が出来たから一緒に行けなくて・・・・」

キンジ 「あぁ・・・わかった。」

 

 私はそう言ってキンジと別れる。

 キンジと別れたら、本堂の側面側出入りから外へ出る。

 そして寺に隣接している林を広く見渡す。

 林は薄暗く、風によって葉っぱがカサカサと音を鳴らす。

 私はポケットからペンとメモを取り出し文字を書き始める。

 書き終わったらメモを破り、小さな紙飛行機を製作し、風向きを計算して投げる。

 紙飛行機は空中で風に乗って滑空し、木や葉に隠された林の中に消えていった。

 そして私は林に背を向け裏口から寺を後にした。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 兄さんを失ってから一週間が経った。

 一応一週間経った事で、完全には整理がついていないが少しは考えがついた。

 それで今日は学校の放課後の屋上に大和を呼んだ。

 結局あれから俺はいろいろ忙しくて、まともに会話が出来なかった。

 じいちゃん達に手伝って貰ってなんとか処理は終わった。

 以前はマスコミが詰め掛けて邪魔だと思っていたが、寺に集まったのを最後に誰一人来なくなった。

 来なくなった理由は多分だがあの出来事だろうな、葬式の時に大和がマスコミを追っ払ったあれ。

 あいつ、普段は温厚で優しさの塊みたいな性格をしているのに、あの時は表面は笑顔で取り繕っていたが、目や雰囲気は全く笑ってなかった。

 俺は直接見られてないのにあの瞬間、本能の非常ベルがガンガン鳴っていた。

 しかし一体なんだったんだ?あの感覚は・・・・

 僅かに殺気も含まれてはいたが、それ以上に別の何が存在していた・・・・・

 ちなみに後々になってから、大和の雰囲気を直接浴びせられた記者は正直ちょっと同情してしまったのは内緒の話だ。

 追加で言うなら兄さんの葬式部屋に着くと、じいちゃんや兄さんの同僚が慌てた様子で俺に「何か起きたのか!」と聞いてきた。

 慌てた理由を聞いてみると「危険な雰囲気を感じてのぉ、なにか巻き込まれたのか心配になった!」と言っていた。

 確かにじいちゃんは軍人だったから危機感とかが鋭いだろうけど、ここから正面まで結構距離があるはずだろ?えげつな過ぎるだろ。

 そんな風に思い出しながら階段を上がりきり、屋上に通じる扉を開ける。

 屋上には腰まで伸びる黒い長髪を風になびかせ、落下防止の手すりに手を置く大和の姿があった。

 大和は俺に気づいたようでこっちに振り向く。

 いつもと変わらない微笑を浮かべ普段と変わらない様子だが、何処となく寂しそうな哀愁を漂わせる。

 俺はゆっくりと大和に近づき、話し始める。

 

キンジ 「突然呼び出してすまない。」

大和 「それは別にいいよ。それで、考えは決まった?」

キンジ 「まぁな・・・」

 

 大和はじっと黒い瞳を合わせて何を言われても拒否しない、そんな視線を送り続けていた。

 俺は時間を掛けて考え、自分で決めた事を伝える。

 

キンジ 「パートナーを解消して欲しい。」

大和 「了解したよ。」

 

 俺の考えに大和は頷いて答えを返す。

 視線で察していたが、思った以上に早く返答が返って来てちょっと困惑するな。

 

キンジ 「随分と即断即決だな。」

大和 「解消はあると考えていたし、それに私は迷ってる段階なら提案や相談はするけど、決めた事を拒否したりしないよ。それも他人の考えとなるとね。」

 

 こう思うのもどうかと思うが、俺ら強襲科の死ね死ね軍団でこんなに他人の意見を聞いてくれるのは大和と不知火くらいだろうな。

 と言うか二人以外に頼れつつ、常識的な相談できる奴が居ねぇ。

 

大和 「それでパートナーの解消の後はどうするの?」

キンジ 「一般高校に転校する。それまでは武偵を続けるつもりだ。」

大和 「じゃあ転校はいつ頃するの?」

キンジ 「今年の申請期間は過ぎちまったからなぁ。再来年の四月の予定だ。」

大和 「それじゃキンジ。それまで何かあったら私を頼ってね。出来る限り私の命に代えても護ってみるから。」

 

 この大和の言葉は正直言ってありがたかった。

 確かに転校まで何も起こらないとは限らない。

 それに大和の実力は折り紙つきだ。今回はお言葉に甘えさせて頂こう。

 しかし命まで掛けられたらたまったものじゃないぞ。

 

キンジ 「いざとなったら少し頼らせて貰うぞ。ただし命まで掛けるな俺が困る。大体俺からの話はこんな所だ。大和からは何かあるか?」

大和 「うんうん、ないよ。」

 

 大和は首を左右に振る。

 

キンジ 「そうか。」

 

 俺はそう返事すると階段へ振り向き歩を進める。

 そのまま勝手に閉まった階段の扉を開け、下に降りようとした時だった。

 

大和 「───キンジ。」

 

 大和が俺と話をした場所のまま、俺の名前を呼んだ。

 

キンジ 「なんだ?」

 

 俺は足を止め、振り返らずに返事を返す。

 

大和 「パートナーを解消しても・・・友達で居てくれるのかな?」

 

 普段の声より僅かに不安の混ざった声が耳に届く。

 パートナーを解消しても友達で居てくれるかだって?

 俺にしてみれば、大和の疑問の答えを考える事にほんの僅かな時間も必要はない。

 そんなものは元から答えは決まってる!

 

キンジ 「そんなの当たり前だろ。何変な事言ってんだよ。」

 

 俺は大和の方に身体を動かし視線を写すとそう宣言した。

 それに対し大和は、良かったと言わんばかりに今迄で一番最高の笑顔をして喜ぶ。

 

大和 「ありがとう、キンジ。」




 夢の悪夢:その怪物は、どんな生き物でも嬉々として捕食してしまう。


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少女アリア
8:緋弾の少女


やっと原作に入れました。地味に長かった。


 山から姿を表した朝日が街を少しづつ照らし、街灯は朝日に登場に反してその灯火を失う。

 そして日が昇るにつれて日射しの角度も高くなり、やがて部屋の窓枠から漏れた日光が顔に当たった眩しさで、意識が覚醒する。

 

大和 「んー、朝かぁ~。」

 

 何時も通りの時間に起きて私はベッドで上半身を起こし、腕を上げて背筋を伸ばす。

 次に壁に掛けてある時計で時間を確認する。

 よしよしほぼ六時を指しているね。

 一応設定していた携帯のアラームを解除してから布団を片付け、洗面台で顔を洗ってタオルで顔を拭いている時、一つの出来事を思い出した。

 

大和 「あ、今日から学校だっけ。」

 

 昨日も含めて春休みの間、ほとんど任務を入れていたせいで完全に忘れていたよ。

 まぁ大学にみたいな単位制だから、別に始業式に出る必要性はないんだけどね。

 取り敢えず東京武偵高に行く前に色々準備が必要。

 朝の食事が終え、愛銃であるFN5-7を分解整備する。

 銃の整備はこうして毎朝欠かさず整備するのが、武偵にとっての日課。

 もし危機的状態で弾が出ないとかなったら命に関わるからね。

 銃の整備に一時間位掛けて完了した。

 大体七時になったら防弾制服を着て、銃やその他のチェックを確認したら部屋を出る。

 寮の出入口を通って、バス停を素通りして徒歩で武偵高に向かう。

 少し早い時間だから車や歩行者はまだ多くない。

 私は普段からバスや自転車を基本使わない。

 どうしてかと言われると、歩いている瞬間が何となく落ち着く気がするからかな。

 武偵高の途中にあるコンビニやモノレールの駅を横目に通り過ぎると、海に浮かぶようなビル群が遠くに見えてきた。

 レインボーブリッジの南側にある、南北2km、東西500mの人工浮島に上に私の通う東京武偵高校がある。

 今日から二年生、今年はどんな出来事があるのかな?

 まぁ私としては平穏が一番なんだけどね。

 私のそんな呟きによるものかわからない。

 と言うか多分関係無いと思うけど、ある少女が私達の前に表れた。

 ────神崎・H・アリアの名を持つ少女が。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 始業式終了後に教室でHRをする為に皆が教室に戻る最中、他の生徒に紛れて入学式に参加してなかったキンジが入ってくる。

 キンジは自分の席に座り、憂鬱な顔をしつつ頭を抱えていた。

 そんなキンジを自分の席から何があったのか悩みながら眺める。

 えっと・・・かなりテンションが低いけど、どうしたんだろう?

 私はキンジがこうなる原因を幾つか思い浮かべると、類似した出来事を思い出し理解した。

 あーこれはあれだね、凄い久しぶりにヒスったパターン。

 予想だけど、入学式の途中に遠くから爆発音がしたから、恐らくキンジも巻き込まれてなっちゃったんかなーて思う。

 多分違うと思うけどねぇ。

 

ゆとり先生 「皆さ~ん、席に着いてください。」

 

 どうやらHRを開始するようで、私達2年A組の担任の高天原ゆとり先生が教室に入室する。

 ゆとり先生は唯一ここでまともに話ができる先生で、明らかにここにいるような先生じゃないから、過去に何かありそうなんだよねぇと考えた事もある人物。

 とは言え、別に調べるつもりはないよ。

 全員が席に着席したのを確認して、ゆとり先生は嬉しそうに前置きをする。

 

ゆとり先生 「うふふ。じゃあ早速、去年の三学期に転入してきた子から自己紹介してもらっちゃいますよー。」

男子生徒達 「おー!!」「やったぜッ!!」

 

 ゆとり先生の前置きに、一部の男子がとても嬉しそうにテンションを上げて叫んだ。

 皆は知っていた様子だけど私には初耳だった。

 転入生?ゆとり先生が言うには三学期から入ってきたんだよね?

 その時期任務ばっかりで殆ど武偵高に顔を出してなかったから知らなかったよ。

 一体どんな子かな?

 廊下からゆとり先生に呼ばれた転入生が教卓へ上がる。

 一目で気になった点は、身長147cmの理子と同じくらい背が低く、ピンク髪のツインテールをした子だった事かな。

 転入生は教卓に上がって教室を一望した途端、突如キンジを指を指して予想もしない爆弾を投下した。

 

転入生 「先生、あたしはアイツの隣に座りたい。」

 

 ・・・・・んっ?あれ?

 転入生の言葉が原因で、教室全体の時間が一瞬止まったように感じられた。

 時間が数秒か経ち、爆弾の意味に気が付いたクラスの生徒は一斉にキンジに視線を集め、歓声が教室に広がる。

 一方、転入生に対してキンジは絶句し椅子から転げ落ちる。

 これはキンジにとって最悪と言わざる終えないよね。

 えーとキンジ、ドンマイ。

 キンジにとっての不幸に私は苦笑いでキンジを見る。

 

武藤 「よっ・・・良かったなキンジ!あんな転入生から指名を受けるなんて。先生!オレ、転入生さんと席変わっても良いですか!!」

 

 キンジの右隣の席に座る武藤は、まるで自分自身に幸運が舞い降りたように倒れるキンジの手を握り締め、大きく振り回し満面の笑みで席を立つ。

 きっと武藤にしてみれば、キンジと転入生に配慮しての何気ない行動だったんだろうね。

 ただキンジにとっては頭を抱えるを通り越した最悪な行動だったんだけどなぁ。

 

ゆとり先生 「あらあら♪最近の女子高生は積極的ねぇー。武藤くん、席を代わってあげて。」

 

 ゆとり先生は嬉しそうに転入生とキンジを交互に視線を動かし、武藤の提案にOKしてしまう。

 わーわー!!パチパチ!!と、教室では拍手喝采が始まった。

 既に手に終えない面倒な雰囲気の中、転入生はキンジの前に立った瞬間に更なる燃料を投下する事態を引き起こしたよ。

 それもガソリン並みの奴を。

 

転入生 「キンジ。これ、さっきのベルト。」

 

 新入生がキンジにベルトを放り投げた。

 そのアクションを視界に捉えてしまったキンジの左隣の席に座る理子がガタン!と椅子から元気よく立ち上がって声を張り上げた。

 

理子 「理子分かった!分かっちゃったぁ!───これ、フラグが何本も立っているよ!」

 

 どう考えても嫌な予感を漂わせる理子を止めてとキンジは、私へ助けてと視線を合わせる。

 しかし私一人じゃあ止めるのは無理なのは明白。

 ごめんねキンジ、流石にこの流れに逆らうのは厳しいよ。

 んー、転入生も転入生でどうして追加で燃料を投入するのかなぁ。

 私は手を軽く振って無理と合図を送る。

 

理子 「キーくん、ベルトしてない!そしてベルトをこのツインテールさんが持ってた!これ、謎でしょ謎でしょ謎だよね!?でも理子には完璧な推理できた!できちゃったの!」

 

 理子は兎みたいにぴょんぴょん大きく跳び跳ねて、自身の推理を面白いそうに解説する。

 

理子 「キーくんは彼女の前でベルトを取るような何かしらの行為をした!そして彼女の部屋にベルトを忘れてきた!つまり二人は───熱い熱い、恋愛の真っ最中なんだよ!」

 

 残念ながら理子の推理は間違っているんだけどぉ・・・

 私はキンジがそんな事をしないと言うか出来ない性格なのは知っているよ。

 でもそんな事情を何も知らないクラスの皆は、理子の推理に呼応して大盛り上がりに盛り上がってしまう。

 あーこれは止められないですね、はい。

 

キンジ 「お、お前らなぁ───」

 

 キンジが頭痛そうに何かを言おうとした瞬間に、クラスメイト数十名の歓声を一瞬で上書きする重い金属的な衝撃音が、教室内で二回鳴り響く。

 

大和 「────!? 」

 

 ───パパァン!!キィンッ!

 

 突然の銃声には、クラス全体を一気に凍り付かせるには十分な効果があった。

 そして文字通り誰も動こうとしない。

 銃声の鳴った中心には、右手に白、左手に黒のコルト・ガバメントを握り締め、自身の髪以上に真っ赤に染まる新入生の姿が───

 て言うか危ないよ!

 転入生の撃った弾の片方が教室の壁で跳弾して、私に飛んで来た。

 咄嗟に手持ちのナイフの側面で跳弾させたから良かったけど、私以外だったら大惨事になっているところだよ。

 しかも頭部コース。

 転入生へ言いたい事が一つ。

 むやみやたらにトリガーを引く意味分かってやっているのかなぁとね。

 

転入生 「れ、恋愛なんて────くっだらない!」

 

 カラン・・カラン・・・・

 

 拳銃から排出された空薬莢が甲高い音を立てて転がり、教室の静けさを更に引き立たせる。

 あのムードメーカーの理子ですら、ロボットのカクカク移動で綺麗に着席する。

 

転入生 「全員覚えておきなさい!そういうバカなことを言うヤツには───」

 

 それが神崎・H・アリアが、クラス全員に発した最初のセリフだったよ。

 

アリア 「──風穴開けるわよ!」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 最悪な始まりだよ畜生。

 朝っぱらから神崎とか言う奴がバンカーバスターを落としやがった。

 絶対昼休みになると間違いなく二人を除いた全員から、大量の質問責めを食らう羽目に陥るだろうと読めた。

 なので授業終了のチャイムが鳴った瞬間、速攻で理科棟の屋上に退避してやった。

 たく、なんでこんな事になったんだろうな・・・はぁ・・・・

 俺が今日何度目か分からない溜息をついていると、何人かの女子の声がふと聞こえてきた。

 今朝の出来事があった事で反射的に俺は近くの物陰に隠れる。

 三人の女子は屋上へ登って来た後、適当な場所に腰掛けて話し続ける様子か。

 時間が掛かりそうだ、早く居なくなって欲しいんだがなぁ。

 

女子1 「さっき教務科から出てた周知メールにさ、二年生男子の自転車が爆破されたってやつあるじゃん。あれキンジじゃない?」

女子2 「あ、あたしもそれ思った。今朝の始業式に出てなかったもんね。」

女子3 「うわっ!今日のキンジってば不幸。チャリ爆破されて、しかもアリア?」

 

 予想はしていたが、俺の話題が出て無意識にすげぇ嫌な顔をしてしまう。

 しかし階段は女子達の方向、かといってここからワイヤーで地上まで降りる訳にも行かず。

 悲しいがこのまま静かに身を潜めるしか俺には選択はない。

 

女子1 「さっきのキンジ、ちょっと可哀想だったね。」

女子2 「だったね。アリア、朝からキンジの事を探り回っていたし。」

女子3 「あ。そういえばアリアに聞かれたんだけど、キンジだけじゃなくて、大和さんの事も聞いていたんだけど。」

 

 んっ?なんでこの会話で大和が出てくるんだ?

 

女子1 「えっ!それってもしかしてトライアングル?」

女子2 「うっわぁマジでキンジにラブなんだ。」

 

 うーん、なんでこの会話で楽器が出てくるんだ?

 理子とかなら問題ないんだろうけど、俺にはガールズトークは理解出来ん。

 ・・・いや、理解しない方がいいかも知れない。

 違うな、俺にしてみればじゃなくて間違いないか。

 しっかしなんで神崎が大和の情報を得ようとしてるんだ?

 元パートナーだったからか?今度話で聞いてみるか。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 夕方になってようやくクラスのバカどもから解放され、自室のソファーに体を沈め。

 はぁ、ようやく休める。

 今日はチャリジャックは起こるわ、ヒスるわ、アリアに身元調べられるわ、クラスメイトに追い掛け回されるわ、今までで二番目位に散々な一日だったぞ。

 

 ピンポーン。

 

 んっ誰だ?今めちゃくちゃ疲れているんだが。

 正直動くのが面倒で居留守でも使ってやろうかと思ったが、後々更に面倒な事なりそうだな。

 自分の不幸を呪いながら身体に鞭を打ち、大人しく出る事にした。

 

キンジ 「誰だよ・・・」

 

 嫌々顔の俺がドアを開けると、外ではレジ袋を持った大和が立っていた。

 

大和 「少しお邪魔するよ。」

キンジ 「何の用事だ?」

大和 「話は後、ここ男子寮だから見られると面倒な事になるよ。」

 

 なら来んじゃねえよ。

 まぁ今は神崎の事もあるし、確かにバレたらいろいろ面倒だから入れるけども。

 大和を部屋に上げたら、キッチンへ一直線に移動した。

 

キンジ 「何してんだよ。」

大和 「キンジ、疲れてそうだったらご飯を作ってあげようと思って。どうせ今日もコンビニとかで済ませる気だったんでしょ?」

キンジ 「まぁそうだったが。」

大和 「これでもバレないように裏から屋上に登って、そこからラペリングして来たんだけどね。」

 

 地味に面倒な工程で来てんじゃねぇよ。

 大和はそう言いながら、レジ袋から椎茸やゴボウとかを取り出し表面の土を水道で洗い流したりして料理を作り始めた。

 暇な俺は、大和の後ろから手際良く料理する様を覗き込む。

 今一度考えてみれば、さっきは疲れから大和を帰そうとしたが、こうして飯を作ってくれるのは正直助かるんだよな。

 それに俺が作るより旨いから料理出来る奴はすげえよ。

 などと感想を抱いていると、今朝部屋にやって来た白雪が一緒に持ち込んだ朝飯及び重箱を部屋の隅に見つける。

 朝は時間がなかったから忘れて行ったのか、今度白雪に返さないと。

 きっとこの事をクラスの連中が知った暁には、どっちが旨いんだ!と目の敵にされるのが想像付く。

 しかし残念ながら俺にはどっちが旨いかは決められない。

 何せ二人の料理はそもそも方向性が異なる。

 今朝食った白雪の料理が丁寧に作る高級料亭とするなら、大和は安心できる親の家庭料理って感じだ。 

 現状俺のこの錆びた心を癒してくれそうだ。

 

大和 「キンジは今日の出来事をどうするの?」

 

 大和が野菜を切る片手間で言葉を投げ掛けて来る。

 

キンジ 「どうするって、何をだ?」

大和 「例えば、神崎さんの事。」

 

 あぁーそう言えば俺の事を調べているって言ってたし、今後の為にも考えて置かねえーと。

 待て、つーか昼間に女子達の会話で大和も調べられていたって言ってなかったか?

 ある意味運良く本人が目の前にいるから丁度良い。

 

キンジ 「なぁ大和。お前も調べられていたらしいが、心当たりはあるか?」

大和 「いや無いよ。そもそも私は神崎さんとも今日初めて会会ったし。でも朝の時に、何度か観察される視線を感じたからあまり良い予想は出来ないね。」

 

 大和は迷わずほぼ即答で答えた。

 うーん?やっぱりあいつの行動パターンがイマイチわからん。

 ふむ。あいつの事だから、朝みたいに突拍子の無い行動をするかも知れんのが頭痛いぜ。

 ピンポーン。

 本日三度目のチャイムが鳴る。

 白雪、大和と来て今度は誰だよ一体?

 

キンジ 「今日はやけに訪問者が多い日だ。」

 

 重い腰を持ち上げキッチンから玄関に向かう。

 

 ピンピンピンポーン。

 

 ちょっ連打するな!うるせぇ耳に響くっ!

 チャイムの大音量が俺の鼓膜にダメージを与えている気がする。

 

 ピポピポピポピポピピピピピピピンポーン!ピポピポピンポーン!

 

キンジ 「うるせぇな!誰だ鳴らしまくる奴はっ!!」

 

 俺はドアを乱暴に開け、その迷惑者を一喝入れてやろうかと思っていた。

 しかし一喝入れる前に、何故そこに居る心から迷惑な張本人がふんぞり返って言い放った。

 

アリア 「遅いッ!!アタシがチャイムを押したら五秒以内に出る事!」

 

 両手を腰に当てて、赤紫色のツリ目を吊り上げ睨んでくる。

 

キンジ 「か、神崎!?」

 

 神崎の登場で、チャイムに怒る前に戸惑いが先に出てしまった。

 なんでこいつがここに来るんだよ!?訳が分からねぇ!!

 

アリア 「アリアでいいわよ。」

 

 そう言うと、アリアは靴を玄関に脱ぎ散らかし勝手に部屋に突入する。

 

キンジ 「お、おい!」

 

 俺の制止を全く気にも止めてねぇ!

 マジで何なんだこいつはぁ!!

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

アリア 「あら?なんかいい匂いがするわね。あっ、アンタいたの。」

 

 私が台所で筑前煮を作っていたら、キンジの部屋に新入生もとい神崎さんがお邪魔する。

 ・・・キンジに失礼だし今の私が言うのなんなんだろうけど、神崎さんはここに何の用事があるんだろう?と思ったよ。

 あれ?そもそもさっき玄関で口論になってなかった?

 

大和 「神崎さんどうしたの?」

アリア 「だからアリアでいいわよ、二度も言わせないで貰える?でもラッキーだったわ、これで手間が省けた。」

キンジ 「おいおい、いきなり入って来てなんだよ!」

 

 キンジが制止を聞かず乗り込み、そしてHR事件の張本人とだけあって珍しく怒りを持ちつつ叫ぶ。

 

アリア 「アンタ達、ここに二人で住んでるの?」

 

 しかし残念ながら、アリアはキンジの叫びを軽く無視して勝手に話を進める。

 キンジはもう何を言ってもしょうがないと実感し、諦めた様子で言葉を口にする。

 

キンジ 「はぁ・・・そもそもここは男子寮だからな。俺だけだ。」

アリア 「そう、なら良かったわ。それじゃあアンタ達──」

 

 その時私の感が大きく囁く。

 あっちょっと待って嫌な予感が───

 

アリア 「アタシの奴隷になりなさい!」

 

 そう高らかに宣言した。




 敵同士の同族:もし貴方の近くに広大な洞窟があるならば、近寄らない方がいい。人ではないものに食べられてしまうからな。


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9:壊れた日常

 ・・・・・・・・ありえん・・・ありえんだろ、こいつ。

 いきなり家に押しかけてきて?挙げ句の果てに奴隷になれだ?

 アホじゃねえか?

 俺は台所に居る大和に横目で顔を覗き込む。

 ほら見ろ。あの東京武偵高一の天使と噂された大和ですら、すっげぇ苦笑いを浮かべているぞ。

 

アリア 「ほら、さっさと飲み物ぐらい出しなさいよ!無礼なヤツらね!」

 

 ぽふ!と盛大にスカートをひらめかせながら、アリアは部屋のソファーに座り、俺らを睨み付けて叫んだ。

 

アリア 「コーヒー!エスプレッソ・ルンゴ・ドッピオ!砂糖はカンナ!一分以内!」

 

 無礼者はそっちだろぉ!?

 つーかおい待て、なんだその呪文みたいなコーヒー名は!

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 えっと・・・なんでこんな面倒な羽目になったのかな?

 よし、とりあえず撃たれる前にコーヒーでも入れよう。

 アリアにどやされて台所に戻って来たキンジに、コーヒーがあるか聞く。

 

大和 「キンジ、コーヒーある?」

キンジ 「あんな呪文なコーヒーは論外として、あると言ってもインスタントしかないぞ。」

大和 「ならインスタントでどうにかするしかないね。」

 

 適当にインスタントコーヒーをお湯で溶かして、二人分のコーヒーを作る。

 一つはアリア、もう一つはキンジの。

 私はコーヒーみたいな苦い物は苦手で飲めないから無し。

 完成したコーヒーを両手に持って持ち、机にそれぞれ置く。

 こうして出されたコーヒーを嗅いで、アリアは疑問符が浮かぶ表情をする。

 

アリア 「これ、本当にコーヒー?」

 

 一口味見して、どうも初めて感じる味だったらしく、アリアが首を傾げる。

 

キンジ 「それしかないんだから有難く飲めよ。」

アリア 「・・変な味。ギリシャコーヒーにちょっと似てる・・・んーでも違う。」

キンジ 「味なんかどうでもいいだろ。それよりだ。」

 

 今度は逆にキンジがアリアを指差すと。

 

キンジ 「今朝助けてくれた事には感謝している。それにその、お前を怒らすような事を言ってしまったのは謝る。でも、だからってなんでここに押しかけてくるだ。」

 

 今朝の事?あぁなるほど。

 多分その時ヒスったから、朝から頭を抱えていたのね。

 それにアリアも繋がってるっぽい?

 つまりキンジは朝に何かに巻き込まれアリアが救援に来たのはいいけど、何かしらの要因でヒスってアリアを怒らせたと。

 こんな感じかな?

 

アリア 「分かんないの?」

 

 アリアはカップを持ったまま、赤い瞳だけを動かしてキンジを見つめる。

 

キンジ 「分かる訳ないだろ。」

アリア 「アンタならとっくに分かってると思ったのに・・・なら隣のはどうなの?」

 

 キンジが答えられなさそうなので、アリアが私に話を振ってくる。

 しかしねぇ、正直言って今朝の出来事を詳しく知らないから何も言えないよ。

 

大和 「今日初めてアリアに会ったし、そもそも今朝に何があったの?」

 

 私の立場からすれば当然の質問に、キンジとアリアは顔をお互いに見合せ───

 

キンジ・アリア 「─────ッ!!」

 

 ほぼ同時に顔を赤くする。

 二人の反応とヒスる要因を組み合わせると、自然とどういう状況だったかある程度は想像がつくよ。

 

アリア 「コ、コイツ!ア、アタシにワイセツして来たのよっ!!」

 

 アリアは朝のHRの同様に恥ずかしさから赤く染まって、大声を部屋内に響かせる。

 

キンジ 「お、おい!違うぞ!!あれは偶然起きた──」

アリア 「偶然で、なんで服を脱がそうとするのよ!変なキャラになって・・・ア、アタシに────」

 

 キンジが弁解しようと声を上げるけど、アリアが更に大きな上塗りして叫ぶ。

 しかし後半になるにつれて今朝の事を詳細に思い出したみたいで、アリアの声がどんどん小さくなって、代わりに頭から煙が湧き始める。

 

アリア 「あーもう、コイツのせいでお腹が空いたわ!!何かないの?」

 

 これ以上この話を続けたくない為かな、アリアが無理やり話題を変えて食べ物を寄越せと言う。

 キンジもキンジでこれ以上失言をしたくないようで、アリアの言葉に続く。

 多分私の予想通りの状況だったのだろうけどねぇ、結局細かい所は分からなかった。

 

キンジ 「今作って貰っているから、もうちょっと我慢してろ。」

アリア 「やだやだ!!」

 

 アリアは駄々っ子みたいに手足をバタつかせる。

 んー料理はもうちょっとかかるから、あっ試しに買ってきたあれでいいや。

 私は食材の入った袋の中を探して、紙袋に包まれたそれをアリアの前に置く。

 

アリア 「何よこれ?」

大和 「ももまんっていう饅頭。口に合うかは保証しないけどね。」

アリア 「ふーん、まぁいいわ。」

 

 アリアがももまんを紙袋から取り出して、大きく頬張る。

 さて、ももまんでアリアの時間稼ぎしている間にささっと作っちゃおう。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲  

 

 

 私達が食事を終えて全員が一息ついていると、キンジが最初に話を切り出した。

 

キンジ 「一旦話を戻すが、奴隷ってなんだよ。どういう意味だ。」

アリア 「簡単な事よ。強襲科でアタシのパーティーに入りなさい。そこで一緒に武偵活動をするの。」

 

 強襲科の単語に嫌々顔のキンジは、当たり前に戻るのを拒否する。

 

キンジ 「何言ってんだ。俺は強襲科が嫌で一番まともな探偵科に転科したんだぞ。いずれ武偵を辞めて一般の高校に転校しようと思っているんだ。あんなトチ狂った所に戻るのは嫌だし───無理だ。」

アリア 「アタシには嫌いな言葉が三つあるの。」

キンジ 「人の話をちゃんと聞けよ。」

アリア 「無理、疲れた、面倒くさい。この三つは人の可能性を押し潰す良くない言葉。アタシの前では二度と言わない事。いいわね?」

 

 うーんこれは会話のキャッチボールじゃなく、会話のドッチボールだよ。

 お互いに言葉が一方通行にしかならないってどうなのかな?

 

アリア 「アンタも一緒よ。」

 

 アリアは私の方も向いて警告する。

 えぇ、凄い面倒な子・・・・私は何も言ってないのになぁ。

 

大和 「まぁ、可能な限りね。」

 

 私としては絶対に口にしないとは言えない為、少し言葉を濁したものの一応納得して貰えたらしい。

 

アリア 「・・・取り敢えずはそれでいいわ。それでポジションは───キンジ、アンタは私と同じフロントよ。大和は、まだ保留ね。」

大和 「いやまだ何も承認してないのだけど。」

 

 それにアリアの口から出たフロントという意味。

 戦闘時き危険な前衛の役職にキンジが振られる。

 武偵の編成にとって援護役である後衛の盾役、つまり最も危険なポジション。

 流石にキンジも待ったを掛けてアリアに伝える。

 

キンジ 「よくない。そもそもなんで俺なんだ?そこは大和の適任だろ。」

 

 キンジ~、無意識なんだろうけど私を売らないでよね。

 

アリア 「太陽はなぜ昇る?月はなぜ輝く?その位自分で推理してみなさい。」

 

 なんかアリアが口を開く毎に話がどんどん明後日の方向に飛んで行っている。

 なるほど、これはドッチボールじゃなくてピッチングマシーンの方になってきたよ。

 キンジも何か言いたそうにしてるけど、今朝みたいに撃たれると思って止まってる感じ。

 

キンジ 「とにかく帰ってくれ。大和も頼む。」

 

 私は頷く───が、肝心のアリアについては。

 

アリア 「そのうちね。」

キンジ 「そのうちって、何時だよ。」

アリア 「アンタ達がアタシのパーティーに入るって言うまで。」

キンジ 「既に夜だぞ。」

アリア 「しばらくここに泊まって行くから。」

 

 んっ?ここに泊まっていくの?

 あれ、それはキンジに取って色々とまずいんじゃあ・・・

 そう嫌な予感をしつつキンジの方へ視線を動かした結果、私もこうなるって想定していたよ。

 キンジが嫌とか拒否的な意味でとんでもなく頬が凄い引きつっている。

 ヒスりたくないキンジも堪らず声を荒げる。

 

キンジ 「ちょっちょっと待て、それはふざけんな!!絶対駄目だ!帰れ!!」

アリア 「嫌よ!こんな事もあろうと思って準備をちゃんとしてるわ!見ての通りよ!」

 

 ピシッと玄関にあるトランクを指差し、キンジを睨み付けながらキレ気味に叫ぶアリア。

 あのトランクって、宿泊の為に用意してたんだ。

 そして───

 

アリア 「──出ていけッ!!」

 

 唐突にそう叫んだ───何故かアリアが。

 

キンジ 「なんで俺が出ていくんだよ!俺の部屋だぞ!」

アリア 「分からず屋にはお仕置きよ。横でポケっ聞いていたアンタも!しばらく帰ってくるなぁぁぁ!!」

 

 こんな風にアリアによって無理矢理私達はキンジの部屋から外へ追い出される結果に

 うーん、部屋を追い出されちゃった。

 まぁアリアに追い出されたけど、私は自分の部屋があるからいい。

 問題はキンジの方だね。

 

大和 「どうするの?私の部屋でアリアの様子を観察する?」

 

 ひとまず私はキンジに一つ提案をした。

 しかしキンジは横に首を動かす。

 

キンジ 「いや、大丈夫だ。そこのコンビニで時間を潰してから戻る。」

 

 疲労感漂う雰囲気の中、キンジはそう話す。

 確かに怒りの感情は長続きしないから時間を置くのはいい考えだと思うよ。

 でも結局帰った手前からまた怒鳴られるんじゃないのかな。

 

大和 「本当に大丈夫?別に遠慮はしなくても良いよ?」

 

 一応念の為にもう一度聞いてはみたけど、キンジは変わらず首を左右に振る。

 

キンジ 「あぁ大丈夫だ。」

大和 「そう?わかった。じゃあね、キンジ。良い睡眠が取れると願っておくよ。」

キンジ 「是非ともゆっくり寝かせて貰いたいものだな。」

 

 私はキンジと別れ、自分の部屋へ歩を進める。

 そして帰る最中で少しだけ頭を働かせる。

 さて、どうしようかな?

 んーこれは波乱起きそうだし、備えて用意した方がいいかもしれない。

 久々だけどいくつか用意しておこう。

 備えず損するより備えて損する方が良いよね。

 はぁ~、意識していないのに精神の削れる音が聞こえて来ちゃうよ・・・・・

 部屋に着いて直ぐ、鍵を複数付けたドアの鍵を外す。

 数分程で鍵が開いて、私はその部屋の中に入っていった。




 消え去る化け物:猿と昆虫に似た生物がチカチカ光り始めたら、奴の手の届く範囲に寄ってはならない。一緒に何処に消えてしまうだろう。


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10:大和の二つ名

 どうしてこんな事になっちゃったんだろう・・・?

 内心気落ちして全くやる気が起きない。

 私が気落ちする原因は、正面で戦闘準備を行っているアリアの姿。

 この状況を簡単に言えば、東京武偵高の闘技場でアリアと戦おうとしていた手前だよ。

 私から数m先に居るアリアは二丁のガバメントを強く握り締め、赤紫色の瞳から鋭く真剣な眼差しを発する。

 そして周囲に勝負の観客と化した強襲科の生徒達が野次馬の如く盛り上げる。

 周りも乗っちゃってるし、はぁ~・・・憂鬱だなぁ。

 アリアがキンジの部屋に凸って来てから明後日。

 昨日はキンジが絡まれていたから今日に来るだろうと思ったけど、これは面倒な事になったよ。

 事の発端は「アンタ!アタシと勝負しなさい!」と、アリアの盛大な宣言から始まった。

 宣言を聞いた周りの同じ科の生徒が興味津々で盛り上げ、更にアリアが大声で宣言したせいで、よりにもよって蘭豹先生の耳に届いたお蔭でそのまま戦闘の流れへ。

 

アリア 「ほら、アンタも構えなさい!」

 

 私のあんまりやる気の無い様子を感じ取ったらしく、アリアが少しイライラしつつ催促する。

 

大和 「はぁ、本当に憂鬱ね。」

 

 溜息で気分を入れ換えてから、右手で刀を抜き、左手でFN5-7を構える。

 アリアは私の刀の青い刀身に珍しげな視線を送るけど、即座にさっきの目に戻る。

 

蘭豹先生 「始めぇや!!」

 

 パパパパンッ!!

 キィキィキィキィン!!

 

 蘭豹先生から開始の叫びと共に闘技場に響く、四発の銃声と四回の金属の擦る音。

 アリアが先制で発砲し、私は銃弾を防御する。

 しかし私の防御中にアリアは接近戦を挑もうと直線で駆け抜ける。

 対して私は懐に潜り込まれないよう、アリアの足へ左手のFN5-7を照準する。

 でもアリアの方はFN5-7の射線を先に読み、素早く射線から逃れる。

 次に反撃とばかりにアリアは両手のガバメントを連射した。

 飛翔する弾の中で危険なコースだと判断した弾だけを的確に弾き返す。

 一方アリアはホールドオープンになったガバメントを放り投げ、颯爽と私の背後へ回り込もうとする。

 速度を落とさず姿勢を低く下げ、床をしっかり蹴って急旋回を行う。

 アリアの動作は全てが洗練されて、話に聞いていた凄腕のSランクと容易に納得する程だったよ。

 更に回り込みと平行して服の中に隠して持っていた刀を抜き、アリアは二刀流で私の後方から全力で刀を振るう。

 確かにこれだけの技術があるなら、武偵での活躍は凄いだろうね。

 ────でも、甘いよアリア。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 昨日アリアを連れての猫探しで0.1単位を貰った翌日。

 武偵高でいう四時間目位の昼前に、ある人物に会う為俺は普段絶対に近寄らないと断言出来る女子寮へと足を運んだ。

 

キンジ 「理子。」

 

 予めメールで呼び出していた通り、理子は女子寮の前にある温室の中で待っていた。

 

理子 「あっ!キーくぅーん!!」

 

 薔薇園の奥で俺に気づき、理子がくるッと振り返る。

 そして振り返った時に遠心力で、理子の制服に付けられた大量のフリルが大きくなびく。

 

キンジ 「相変わらずの改造制服だな。なんだその白いフワフワは。」

理子 「これは武偵高の女子制服白ロリ風アレンジだよ!キーくん、いい加減ロリータの種類ぐらい覚えようよぉ。」

キンジ 「キッパリ断る。ったく、お前はいったい何着制服持ってるんだ。」

 

 そんな事を言いながら俺は鞄から一つの紙袋を取り出す。

 

キンジ 「理子、こっち向け。いいか?ここでの事はアリアには秘密だぞ。」

理子 「うー!らじゃー!」

 

 理子はびびしっと敬礼のポーズを取る。

 本当に秘密を守ってくれるんだろうな?

 不安感を含んだ苦い顔で俺が紙袋を渡して、その紙袋の中を理子が取り出し目をキラキラと輝かせる。

 

理子 「うっっっわぁーーー!しろしろっ!と白詰草物語と妹ゴスだよー!」

 

 俺が買って来たのはR15のギャルゲーだ。

 依頼の報酬に何故理子がどうしてこんな物を要求したかと言われると、理子はアリア程でないが少なくとも高校生としては身長が低い。

 どうやらその見た目のせいで中学生と見られていたらしく買えなかったとか、それで俺が情報の対価で買ってきた。

 確実に買ってきた店の店員さんにはあらぬ誤解を受けたのは明白だろうが、これもアリア対策用の情報を得る為と考えればまだマシだ。

 しっかしなぁ・・・アリアは何故、俺や大和を奴隷にしたがるのか?

 理由をアイツの口から話さない以上、こっちが調べないといけないからとことん面倒だぜ。

 

理子 「あっ・・これと、これはいらない。理子はこういうの嫌いなの。」

 

 理子はさっきまでの興奮した表情を反転させ、選んだゲームを俺に返却しようとする。

 

キンジ 「なんでだよ。これ、他と同じような奴だろ。」

理子 「ちがう。2とか3なんて、蔑称。個々の作品に対する侮辱。嫌な呼び方。」

 

 ・・・妙な事でへそを曲げやがる。

 返されたゲームはアリアに見つからないようさっさと砕いて処分しねぇと。

 もし発見されようものなら、絶対この前と似てとんでもない誤解を受けちまう。

 それもアリア本人の情報を集める用の報酬だから、まともな言い訳が出来ねぇと来た。

 

キンジ 「こいつらは俺がさっさと処分してやるから、アリアの情報を全部話せよ。」

理子 「あい!」

 

 この変な返事といい、理子は正直言ってバカだ。

 だが、そんなバカでも一つだけ良い所がある。

 ギャルゲーを要求する所から理子がオタクなのは分かるだろうが、その要素が組み合わさって情報収集が上手いんだ。

 

キンジ 「よし、じゃあ早くしろ。今日は大和の方に流れているからいいが、それでも早い方が良い。」

理子 「ねーねー、キーくんはアリアの尻に敷かれているの?彼女なんだから自分で聞けばいいのに。」

キンジ 「彼女じゃねぇよ。」

理子 「えっもしかして、キーくんをアリアとみーちゃんが奪い合って、トライアングルになってたりして!痛ッ!」

 

 俺は理子の頭にチョップを落とす。

 何バカな想像してんだ、あるわけねぇだろ。

 というか今の理子の言葉のせいで、トライアングルの意味が分かってしまったかも知れん、気分が悪ぃ。

 

キンジ 「お前は一瞬でそっちの方向に飛躍させる。悪い癖だぞ。それよりは本題だ。アリアの情報を・・・そうだな、まず強襲科の評価を教えろ。」

理子 「はーい。んと、ランクはSだったね。二年でSって、片手で数えられる位しかいないんだよ。」

 

 だろうな。

 アリアの身のこなしはどう見てもAランク程度の腕前じゃなかったからな。

 

理子 「あと理子よりチビッ子なのに、徒手格闘も上手くてね。流派はボクシングから関節技まで何でもありの・・えっと、バーリ、バーリ・・・バリツゥ・・・・・」

キンジ「バーリ・トゥードか?」

理子 「そうそうそれ。それが使えるの。それに拳銃やナイフは天才の領域。みーちゃんと同じ両利きなんだよあの子。」

キンジ 「それは知ってる。」

理子 「じゃあ、二つ名は知ってる?」

 

 二つ名───それは優秀な評価を得た武偵に渡される。

 基本的に二つ名を持つ者の腕前は保障され、信用も得やすく名前も良く売れる。

 

キンジ 「いや、知らない。」

 

 それを聞いた理子はニヤッと笑う。

 

理子 「双剣双銃のアリア。」

 

 双剣双銃の名前から察するに、四つの武器を扱う意味だと思う。

 恐らく二丁の白黒ガバメントと刃物系を扱う、近接戦闘型の武偵か。

 

キンジ 「双剣双銃のアリア・・・か。」

理子 「んーー、あれ?ひょっとしてキーくん。その始めて二つ名をマトモに考える反応は、まさかだと思うけど、もしかしてみーちゃんの二つ名も知らなかったりしないよね?」

 

 あっ?あいつも二つ名持ってるのか?

 俺にとって理子の言葉は初耳はだった。

 あーでもそうだよなぁ。大和はそう言う事を自慢したりないから、話題に上がらないんだよなぁ。

 

キンジ 「初めて聞いたが?」

理子 「やっぱりー!キーくん、ちゃんとみーちゃんも見てあげないと駄目だよぉ!」

キンジ 「うるせぇ。」

理子  「しょうがないなぁ。理子、特別に教えてあげる!」

 

 ・・・なんか理子がくそ意地の悪い笑顔をしているが、聞いて大丈夫だったかこれ?

 俺は変な好奇心を出して若干後悔している中、理子が面白ろそうに発言する。

 

理子 「みーちゃん、めっちゃ色んな依頼を受けていたんだよ。そして決め手になったのはこれ!二ヶ月前にあった銀行立て籠り事件!」

 

 俺は二ヶ月前の事件について記憶を探る。

 二ヶ月前の銀行立て籠り事件といったら、ニュースでやってたな。

 確か・・・十数人のテロリストグループが銀行を襲撃したって聞いた気がする。

 それで、なんだっけ?大和がメインになって解決したとかどうのこうの。

 

キンジ 「それがどうしたんだ?銀行立て籠りなんて、そう珍しいものでもないだろ。」

理子 「もぉーやっぱりキーくんはダメダメだなぁ。」

 

 理子がやれやれといった顔をする。

 そんな理子を見て、一瞬イラってする。

 一方俺の内心を気づいていないであろう理子が続きを話す。

 

理子 「その事件のテロリストグループって、どんな装備をしていたか知っていたり?」

キンジ 「まったく知らないけどよ。テロリストに回す武器はロクな物じゃねぇよな。相当旧式のコピーとかそういうのじゃないのか?」

理子 「違うよ!犯人グループは全員で十二人だったんだけど、皆がカラシニコフを持ってたの。しかも純正!」

キンジ 「はぁ!?」

 

 カラシニコフと言えば、別名AK47。

 突撃銃だけでなく、軽機関銃から狙撃銃、散弾銃まで様々な改良型が開発されたソ連製の傑作銃。

 今でもAKの改良版がロシア軍で試験中とか言うとんでもない銃だ。

 ちなみに中東の方のテロリストとかがよく使うのを見るが、あれは中国の劣化コピー品。

 それに比べ純正という事は、旧ソ連本場のバリバリの軍用突撃銃じゃねぇか!

 

キンジ 「おいおい、なんでそんな物をテロリストグループが持っていたんだよ。」

理子 「なんでも、どっかの組織が裏で繋がっているらしいって聞いたけど、理由はまだ回ってないから詳しくは知らない。それより事件の方!うんと銀行を突入して制圧しようとした時、テロリストの一部が人質を撃とうとしたんだよ!でもテロリストグループと人質の間にみーちゃんが颯爽と現れ、テロリストグループの撃った弾を全部刀で跳弾させたらしいよ。」

 

 ・・・・おい待てや・・・確かに防御が得意と言っていたが、ライフル弾を刀で跳弾させるってあいつも大概人外じみてるな。

 

キンジ 「それで大和の二つ名はなんだ?」

理子 「えーとねぇ、それはねぇ・・・」

 

 理子はあえて置いたような言い方をした後、その二つ名を言った。

 

理子 「絶対守護!」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ギィィィィン!!

 

 金属同士が高速で衝突し、高く反響する悲鳴が闘技場に木霊する。

 

アリア 「なッ!?」

 

 音が響いた時、私の後方を取った筈のアリアは、私の正面。

 そしてお互いに視線を合わせていた。

 まさか防がれると思ってなかったアリアは、思わず目を見開き驚愕する。

 先程の攻撃を私は左手のFN5-7を捨て、腰にかけていた小太刀を抜き、左足を軸にして全力で回転。

 アリアの縦の斬撃を回転する時の遠心力を使い、横一線の斬撃で防御した。

 アリアにとってすれば、並みの者なら反応すら出来ず、熟練者でも目で追うのが精一杯で防げない一撃必殺だっただろうね。

 しかしまさか防がれるという想定外に、アリアは大きく動揺するのが読み取れる。

 正直驚いてくれるのは嬉しいね───でも、それは大きな隙でもあるよ。

 私はアリアの腹部に向かって蹴りを放つ。

 

アリア 「グフッ!」

 

 アリアの腹部から鈍い打撃音が聞こえる。

 動揺によってアリアは私の蹴りをモロに食らい、軽く吹き飛んで倒れる。

 アリアはすぐに起き上がるが、腹部のダメージのせいで大きく咳き込む。

 

アリア 「ゲホッゲホッ!」

大和 「その程度かな?アリア。」

アリア 「ふぅーふぅー・・・何言ってるのかしら?あんたの弱点はわかったわ。」

 

 へぇー。私の弱点、ねぇ。

 

大和 「弱点って何かな?」

アリア 「簡単よ。アンタは多分防御に特化しているから、私が待ちに入ればいいのよ。」

 

 そういってアリアは防御の姿勢に入った。

 うーん、それは困る。

 アリアの言う私の弱点はあながち間違っていない。

 正直アリアの腕だと、普段じゃあ攻めは厳しいなぁ。

 こうなると私とアリアはお互いに動かない。

 そして一分、二分と時間が過ぎ去っていく。

 

蘭豹 「動きやがれやぁ!!」

 

 ババァァン!!

 

 五分経った時、私達より先に観戦者の蘭豹先生が、動きがないせいで溜まったイライラが遂に爆発したらしく、その手に持つ像殺しと呼ばれるM500を私に向かって放つ。

 それに私に向かって撃ったのは、お互いにハンデを背負えって意味だろうけど。

 

 ギィィィィン!!

 

アリア 「───ガハッ!?」

 

 私が自分の周囲で刀を一閃させると、離れていたアリアが倒れた。

 周りからは「えっ!なんで?」「攻撃したようには見えなかったぞ!」「何をしたんだ!」と声が聞こえる。

 そんな中、蘭豹先生だけが「おもろい事しやがるわ。」と小さく耳に届く。

 流石武偵高の教師、本当によく見てるよね。

 私は倒れたアリアを看護しようと傍に寄ったら、小さな声が私の耳に届く。

 

アリア 「アンタ、何したの・・・?」

大和 「あれ?流石Sランクの武偵だね。これで気絶しないなんて。ちなみにさっきの正体はそれ。」

 

 私はアリアの傍に落ちている、ある物を指差す。

 アリアがそれに視線を写した途端、アリアの中である予想が思い浮かんだみたいで、目を大きく開かせる。

 

アリア 「アンタ──まさか!」

 

 アリアの視界に入ったのは、一発の弾丸。

 正確に言えば、500S&Wマグナム弾だった。

 知っての通り、この弾はM500に使用する弾薬。

 そう、私は蘭豹の放った弾丸を刀の角度を調整し、アリアの方向に跳弾させた。

 

大和 「跳弾でエネルギーが低下したとは言え、まさかこれを食らっても意識を保てるなんて、アリアぅて頑丈ね。」

アリア 「そんな事が出来るなんて・・・アンタ、一体何者?」

大和 「もしかして、私の二つ名知らない?」

 

 アリアはなんもか首だけ振って、知らないと表現する。

 

大和 「絶対守護、それが私の二つ名。私は皆の盾であり、頑丈な盾は攻撃にも使える矛でもある。ほいっ。」

 

 私はアリアを背負う。

 見た目の体格通り結構軽いね。

 まぁこれで重かったら、密度どうなっているのって失礼な事を思わないといけないけど。

 

アリア 「ちょっと!なにするのよッ!?」

 

 アリアは思いっきり暴れようとする。

 しかし蹴りと銃弾を食らっているんだから、動くのは無理だよ。

 

アリア 「どこに連れて行く気よ!」

大和 「そりゃあ、傷治さないといけないからね。」

アリア 「アンタなんかに連れて行かれるなんて不愉快よ!」

大和 「と言っても、動けないから仕方ないよね。」

アリア 「むぅー!」

 

 あらあら、膨れっ面になっちゃって。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 その日の夜、私がお風呂から上がったタイミングで一本の電話がかかってきた。

 

大和 「誰だろ。もしもし?」

キンジ 「「大和か。済まないこんな時間に。」」

大和 「別にいいよ。それでどうしたの?」

キンジ 「「それが────」」

 

 キンジが言うにはこの通りだったよ。

 今日帰って来てからアリアと話したけど、なにやら話し合いでキンジが折れてしまって、一回だけどんな事件でもパーティーを組むとなったらしい。

 しかもおまけとばかり、私もその範疇に入っているみたい。

 今回キンジが私を巻き込んでしまって、現在進行形で罪悪感にうなされているって事ね。

 

キンジ 「「本当にすまん。巻き込んでしまって・・・」」

大和 「問題ないよ、多分私も折れちゃうと思うし。それより条件を考えるにキンジは強襲科に一時的に戻るの?」

キンジ 「「まぁそうなるな。それであんな所に戻る事になるなんて、最悪だ。」」

大和 「何かあったら、私が出来る限り対応してみるよ。それじゃあもう遅いから、おやすみ~。」

キンジ 「「あぁ、おやすみ。」」

 

 そう言って私は電話を切った。




 無力な教授の願い:太洋の海溝に変な生き物がいる噂があるらしい。私はただ発見されない事を祈るだけです。


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11:武偵殺し

 沢山の雨粒が空から降り注ぐ今日この頃。

 私が学校で一時間目の授業を受けている最中、ゆとり先生からのお呼び出しが掛かって、授業中の教室から廊下へ出る。

 私に何の一体なんだろう?

 

大和 「どうしました?」

ゆとり先生 「ごめんなさいね、授業の邪魔してしまって。実は神崎さんから緊急の依頼があるから電話を掛けたらしいのですが、応答がなかったから伝えてって言われたの。」

 

 緊急の依頼と来てピンと来た。

 なるほど、先日キンジが折れたと言った約束かな。

 一回だけしかやらない条件だから、アリアは選別して選ぶと思ったけど実際は予想より遥かに早かった。

 つまり緊急かつ、アリアの基準を容易に超える危険度の高い依頼となるのかな。

 凄く手間の掛かりそうな事件かなぁ。

 

大和 「分かりました。直ちに行動します。」

ゆとり先生 「アリアさんの事ですから、きっと難しい依頼なんでしょう。ですがきっと大丈夫ですね!そうでしょう?絶対守護さん?」

 

 私が居れば無事達成出来ます的な雰囲気を持つゆとり先生に、何とか私は期待に答えようと一言言う。

 

大和 「ゆとり先生、私は仲間の盾です。命に変えても仲間は護ります。」

 

 私の発言に、ゆとり先生は表情を一変させて悲しそうな顔をする。

 

ゆとり先生 「宮川さんは自分をないがしろにする傾向があるので。先生、凄く心配です。」

大和 「こればっかりは変えられませんし変えません。もし、何かあったら───その時はお願いします。」

ゆとり先生 「わかりました・・・それでは、依頼頑張ってね。」

 

 心配そうなゆとり先生と別れて授業中に着信のあった番号に電話する。

 携帯同士が繋がってから一回すらコールせずにアリアが出た。

 

アリア 「「遅いっ!!何やっていたのよ!すぐにC装備に武装して女子寮の屋上に来なさい。時間が無いの!」」

大和 「話は向こうで聞くよ。」

 

 電話を切ったら装備室へ駆け出し、アリアに言われたC装備を着始める。

 C装備───それら武偵の使う装備の一種で、危険な事件を扱う時に装備する物。

 これを用意しろって事は、危険な事件でほぼ確定だね。

 さて、武器をどうしよう。

 私は窓から軽く外を見渡す。

 ここから女子寮までそこそこ距離あるし、結構強い雨・・・ていうかゲリラ豪雨並みの雨が降っている状況。

 拳銃とナイフだけで、刀は移動の邪魔になるから置いていった方がいいかな。

 装備が揃えたら外に飛び出し、平賀に追加で改造してもらったフックショット改めアンカーショットを使って豪雨の中、女子寮を目指した。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 任務のコンディションとしては最悪の一言と呼べる大雨の中。

 俺達は女子寮の屋上でローターが回転するヘリに乗り込んで、大和の到着を待っている所だった。

 アリア、俺、レキ、大和の四人のパーティーで行く予定だったが、大和と連絡がようやくついたらしく到着が遅れている。

 俺は武偵高側の街中を遠くまで目を凝らして眺める。

 やっぱり駄目だな。

 外は大雨で極端に視界が悪い上、来ているのかも良く見えねぇ。

 

アリア 「時間切れよ。上げて。」

 

 大和の到着を待たず、アリアはヘリを上げるようパイロットに指示を出す。

 

キンジ 「おい、大和はどうするんだよ。」

アリア 「残念だけど今は時間が惜しいわ。私達三人で対応するしかない。」

 

 ヘリが屋上から離陸しゆっくり上昇に転じた瞬間、カンッ!と金属が接触する音が鳴った。

 

キンジ 「なんだ?うおっ!」

 

 俺が訝しげに開いたままのハッチから覗き込むと同時に、豪雨でびしょ濡れの大和がヘリ内部に突入してきた。

 

大和 「ごめん、遅れた。」

アリア 「遅い!でも、今回はギリギリ間に合ったからいいとしましょう。アタシは忙しいから事件の内容はアイツから聞いてちょうだい。」

 

 何かの作業をしつつアリアはそう言う。

 アリアにとってのアイツって、どう考えても俺を指しているよな。

 無視すると後で何されるか分からんから、観念して俺は大和へ向き直る。

 

キンジ 「大和。えっと、それがな───」

 

 俺は大和に対して知っている限りの内容を簡潔に伝えた。

 武偵高の通学バスが爆弾によってハイジャックされ、アリアは犯人として、絶対あり得ないはずの逮捕されたはずの武偵殺しが犯人とほざいているとかを伝え、そして話し終わったタイミングでレキが声を発した。

 

レキ 「見えました。」

 

 レキの覗くヘリ右側の窓を全員が外を確認する。

 外は随分ぼやけているが、なんとか台場の建物や湾岸道路が目視出来た。

 というか、バス何処だよ。

 

キンジ 「何も見えないぞレキ。」

レキ 「ホテル日航の前を右折しているバスです。窓に武偵高の生徒が見えています。」

アリア 「よ、よく分かるわね。アンタ視力いくつよ。」

レキ 「左右ともに6.0です。」

 

 サラッと超人的な数字を言ったレキに、俺とアリアは顔を見合わせてしまう。

 

大和 「流石レキ。」

 

 ヘリの操縦者がレキの指示する通りに降下するにつれて、バスが車を何台も追い越しながら猛スピードで走行中なのが俺の視界にも入る。

 

アリア 「空中からバスの屋根に移るわよ。アタシはバスの外側をチェックする。キンジは車内で状況の確認。大和は周囲の監視。レキはヘリでバスを追跡しながら待機。」

 

 簡単な指示をテキパキ伝えると、アリアは降下用のパラシュートを天井から取り外し始めた。

 

キンジ 「おいアリア、もし中に犯人でもいたら人質が危険だ。」

アリア 「武偵殺しなら車内に入らないわ。」

キンジ 「そもそも武偵殺しじゃないかもしれないだろ。」

アリア 「違ったらなんとかしなさいよ。アンタ達なら、どうにかできるはずだわ。」

 

 おいおい、ふざけるなよな。

 アリアのやろうとしている事は、セオリー無視を通り越して常軌を逸している。

 確かにスピードが命の事件ではその場で判断して、対応し解決するのは十分理解できる。

 だがな───まともな計画どころか状況の判断を全て個人個人に任したら、パーティーとして連携が取れず足を引っ張る結果になってしまうだろ。

 そんなのパーティーとは程遠い。

 これはアリアが殆どソロで戦ってきた弊害か?

 

アリア 「行くわよ!」

 

 アリアが先頭に俺、大和の順でヘリのハッチから空へ飛び出す。

 ある程度勢いがついたら、空中でパラシュートを開きつつ俺は自由落下するようにバスの屋根に転がった。

 

キンジ 「あっ、しまッ!」

 

 最近はまともな依頼をこなしていなかったのと雨のせいで、危うくバスから滑り落ちそうになる。

 すると、バスから落下しそうになる俺をアリアの手を持って支えてくれた。

 

アリア 「ちょっと!約束に従ってちゃんと本気でやりなさいよ!」

 

 イラッとした声で叫ぶアリアに───

 

キンジ 「本気だって・・・これでも、今は!」

 

 落ちないよう支えてくれてる間に体勢を立て直し、バスの屋上から周りを見渡す。

 んっ?待て、大和がいないぞ!

 アリアも大和が居ない事に気づいたらしく、慌てて辺りを見回す。

 まさかあいつに限ってミスって落ちた訳ないよな!

 

大和 「───勝手に殺さないで欲しいなぁ。」

 

 ハッとなり声のする方に視線を動かした瞬間、バスの屋根から死角になっていた側面から大和が飛び越え現れる。

 突如現れた大和は俺の頭上を飛び越え、アリアのすぐ傍に着地する。

 

アリア 「心配かけるんじゃないわよ!」

大和 「私はこっちの方が慣れているから使ったけど、心配させてごめんね。」

 

 アリアの叱責に軽く謝罪をしつつ、大和は腰にあるフックショットを手で叩く。

 んっ?大和のフックショットの形状が前と違うな?

 いや、今はそんな事を考えている暇は無いか。

 

大和 「それとアリア。爆弾は多分車体の下にあるよ。」

アリア 「本当?分かったわ。キンジも動きなさい!」

 

 アリアの言葉をキッカケにそれぞれが動き始めた。

 俺は鏡付きの伸縮棒で、バス内部に怪しい奴がいないか確認する。

 パッと見た目の感じはバスの中は生徒ばっかりで、特に怪しそうな奴がいないと判断して、窓から車内に侵入する。

 後々考えてみれば、これだけ武偵が居れば変装してもバレるから車内には居ねぇよな。

 

武藤 「キンジ!」

 

 中に突入した先に聞き覚えのある声が耳に届く。

 声のした方向に顔を動かすと、今朝バス停で俺を見捨てた武藤がそこにいた。

 

キンジ 「よう!今日会うのはこれで二回目だな武藤。バス停で置き去りにしたの忘れてないからな!」

武藤 「あれば仕方無かったんだからしょうがねぇだろ!お蔭様で今日は最悪の日だぜ!───それよりあの子だ!あの子!」

 

 武藤に案内され視界に入ってきたのは、俺の後輩の一人である眼鏡をした少女が、酷く怯えている様子で携帯に握り締めた。

 近づく俺に後輩が気付き、震えながら声を荒げる。

 

後輩 「と、ととと遠山先輩!助けてっ!」

キンジ 「落ち着け。どうした?何があった。」

後輩 「い、いい、いつの間にか私の携帯がすり替わっていたんです。そ、それが突然喋り出して!」

犯人 「速度を落とすと、爆発しやがります。」

 

 ───そういう事か。

 後輩の持つ携帯から、この前食らった俺のチャリジャックの際に使われたボーカロイドの音声が流れる。

 これは今回の犯人は俺の時と同じ犯人で間違いないか。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 取り敢えずバスの屋根で周囲を監視しているところだけれども、相変わらずの豪雨で周りが視界不良。

 冗談抜きで本当に視認性が悪い。

 キンジは中で状況の確認、アリアは爆弾を探していて、アリアの方はそろそろ見つけられる頃のはずだけど───

 その時、アリアの報告が無線機を通じて届く。

 

アリア 「「キンジに大和、どう!状況を報告しなさい!」」

大和 「「周囲に異常なし。」」

キンジ 「「車内犯人は居ねぇ。お前の言った通り遠隔操作だった。そっちは?」」

アリア 「「あったわ!カジンスキーβ型のプラスチック爆弾、武偵殺しの十八番よ。炸薬は最低でも・・・3500cm³以上あるわ。」」

 

 えっ3500立方cm³?

 それはつまり、約5kgのプラスチック爆弾?

 高層ビル用の極太H鋼ですら簡単に爆風で破断する量。

 構造上耐久性に欠けるバス程度はおろか、軍用軽装甲車輌ですら容易に吹き飛ばせる量じゃん!

 

アリア 「「潜り込んで解体を試みてみるわ!」」

 

 アリアが爆弾の対処を行おうと途端、バスの後方側から甲高い高回転のエンジン音が少しづつ近づいてくる。

 んっ?雨でよく見えないけど、あれは────

 無線機のボタンを押しアリアに通信を繋げる。

 

大和 「アリア、解体は止めておいた方がいいよ。」

アリア 「「どうしてよ!」」

大和 「お客さんのご登場だよ。」

 

 私の視野範囲に入ったのは一台のオープンカー、ルノー・スポール・スパイダー。

 ルノーはドンドン加速しスピードを上げて、真っ正面からバスに突っ込む形を取る。

 この行動に大半の方は運転手は何を考えているのかと思われそう。

 でも運転手席は無人で誰も乗っていない代わりに、カメラ付きの短機関銃のUZIが乗っていた。

 無線機のボタンから指を離してホルスターから銃を取り出して、ルノーの右前方のタイヤを撃つ。

 しかしルノーのタイヤがパンクする様子はなかった。

 一瞬ミスった?と思ったけど、違う。

 これは───防弾タイヤ!

 通常のタイヤならいざ知らず、防弾タイヤは拳銃程度の高速弾じゃあ駄目、少なくともライフル弾並みじゃないと撃ち抜けない。

 これならSVU持ってくれば良かったと後悔する暇もなく、ルノーは全速力でバスに突撃し接触する。

 ぶつかった衝撃でバスが瞬間的に加速し左右に大きく揺れ、雨で濡れた屋根から落ちないよう屋根にアンカーを打ち込んで体を支える。

 やがて揺れが収まってから、バスの後ろ側から爆弾を解体しようとしたアリアの方が心配になり無線を送る。

 

大和 「アリア大丈夫?」

 

 アリアからの応答がない。

 まさか落ち───てなかった、何とかバスの下に引っ付いているね。

 存在感知で全員の位置を確認する。

 

キンジ 「おい!大丈夫か!?」

大和 「両方大丈夫だよ。───全員伏せてッ!」

 

 伏せてと叫んだ後、私も言葉通り自分の身を低くする。

 側面に回り込んで同行するルノーのUZIの銃口が、バスに向く。

 皆が私の警告で身を低くした瞬間、UZIから無数の銃弾が放たれた。

 いくら防弾製とは言え元が脆弱なバスの窓ガラスは、大量に放たれた銃弾によって全て粉砕、破壊する。

 ルノーからの銃撃が終わった途端、バスが妙な揺れ方をしながら速度が下がり始める。

 あっやばい、これは運転手をやられたっぽいね。

 バスがどんどん車線から大きくはみ出ていく。

 

大和 「キンジ、運転手はどうなっているの?」

キンジ 「「さっきの銃撃で肩を負傷した。今、武藤に運転を替わってもらってるところだ!」」

 

 キンジの声に紛れて武藤の声が奥から声が聞こえて、バスが再び加速し始める。

 幸いにもこの世界の物はヘッドフォンから石鹸まで防弾性ばっかりだから、このバス本体もそこらの9mm弾程度じゃあ破損はしても簡単には大破しない。

 しかし問題はどの方法も有効打に欠けるこの現状。

 爆弾を止めようとすればルノーの邪魔が入る

 ルノーを破壊しようとしても勿論ルノー自体も防弾製。

 このまま待機してもジリ貧。

 対応を考えている間にバスは有明コロシアムを通りすぎ、レインボーブリッジへと走っていく。

 レインボーブリッジの入り口付近の急カーブを、乗客全員の重心移動で片輪走行になってでも曲がり切る。

 ギリギリで曲がれて一瞬だけ安心する。

 ふぅ~、車輛科の優等生の武藤じゃなかったら多分横転してたよ。

 そしてカーブを通り過ぎた後のレインボーブリッジには、このバス以外の車が一切走っていない。

 多分、警視庁か東京武偵局が手を回してくれたのかな。

 

アリア 「アンタ達、大丈夫!」

 

 ルノーが衝突してからずっと車体の下にいたアリアが、バスの後ろ側からワイヤーでよじ登って使って上がってきた。

 しかし登ったタイミングが悪かった。

 待ってッ!!アリアからは死角になって気づいていなかっただろうけど、そこは!

 私の視線の先には、先程までバスに随伴していたルノーがバスの後方を走行していた。

 ルノーの銃座が、背中を見せている無防備なアリアに照準を合わせる。

 まずい、どうしよう!

 アリアに伏せるように叫ぶ?

 いや、アリアはルノーに気づいていないから手遅れになる。

 お兄さんの使った銃弾撃ち?

 UZIの弾幕を拳銃で防ぐのは流石に無理。

 魔術?

 詠唱が間に合わないし、間に合っても効果は私だけだから意味がない。

 ナイフで弾く?

 銃座はもう照準を合わせているか、今からだと不可能───

 ─────こうなったらッ!

 私は素早くアリアの手を掴み、思いっきり私の方に引っ張る。

 

アリア 「きゃっ!?」

 

 アリアは軽く悲鳴を上げてバランスを崩し、バスの屋根に倒れる。

 そして私はアリアの上から隠すように覆い被さる。

 アリアに被さった瞬間、私の背中全体からハンマーで殴られたような衝撃を何度も受け、骨が軋み悲鳴を上げる。

 

大和 「ッ───!!」

 

 背中に受けた衝撃が内臓にまで伝わりダメージを与える。

 まるで、全身をミキサーにかけられるような感覚が全身に及ぶ。

 次いで呼吸が遮られ、肺が酸素を求め大きく喘ぐ。

 が、更に弾が命中し呼吸する暇すら与えられない。

 そんな状態に置かれた結果、私の意識は即座にブラックアウトする。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

アリア 「えっ、ウソっ!!」

 

 ルノーから数発の銃声が聞こえた後、バスの屋根からアリアの悲鳴の混じった声がバスに響いた。

 俺は心底嫌な予感をしつつワイヤーを使って屋根の様子を確認する。

 するとそこには、屋根に倒れたアリアと、倒れるアリアを庇うように覆い被さってる大和の姿が!

 

キンジ 「何っ!?一体何が起きっ!」

 

 大和のような奴がそう簡単にミスをするとは考えにくい。

 ルノーの位置とさっきの銃声、二人の位置を見ると自然と予想が浮かんできた。

 あのバカッ!!自分を犠牲にして盾になりやがったな!

 俺が事態を把握した頃、後方にいたルノーが加速してまたもや側面に回り込み始めた。

 おいおい!このままだと側面から撃たれるぞ!

 

キンジ 「おいアリア逃げろ!」

 

 俺はそう叫ぶが、アリアはどう動くか迷っているようだった。

 クッソ!!今までソロでやって来たせいで、仲間に庇われたこの状況で何をしていいか分からず大混乱してやがる!

 側面に回り込んだルノーがアリアに射線を通す。

 ───撃たれる!

 俺が肝を冷やした瞬間、一発の銃声が響いた。

 ・・・・・銃声が鳴ったのはずなのに、アリアに撃たれた反応は無かった。

 アリアが撃たれていない?

 もしかしてUZIは弾切れ?または外したのか?

 いや待て、あの低い銃声は9mmじゃねぇぞ。

 確か授業で聞いた・・・そう、7.62×54R弾。

 これはライフル弾だ!

 俺は慌ててルノーを確認すると、UZIの銃座が完全に破壊されていた。

 状況が読めない俺の驚く間に、再びもう一度銃声がルノーとは違う遠い距離から来ている事に気が付いた。

 そして今度はルノーが急激なスピンを始め、ガードレールに衝突した。

 あまりに急な変化に唖然としてる所で、ヘリのローター音が接近している事実に意識がようやく行った。

 バスに並走する形で武偵高のヘリが飛んでおり、大きく開かれたハッチから、膝立ちの姿勢で狙撃銃を構えているレキの姿があった。

 

レキ 「「───私は一発の銃弾。」」

 

 インカムからレキの声が聞こえてくる。

 

レキ 「「銃弾は人の心を持たない。故に、何も考えない───」」

 

 これは、レキや他のスナイパーの使う自己暗示か?

 

レキ 「「───ただ、目的に向かって飛ぶだけ。」」

 

 タタタァーン!!

 

 レキの狙撃銃の銃口から光が三度漏れる。

 三回の着弾音がした後、何かの部品がバスの後方に転がっていく。

 あれは・・・バスに付いてた爆弾か!

 

レキ 「「───私は一発の銃弾───」」

 

 レキがそう呟いて、再度発砲。

 高速で転がる爆弾から花火が上がり、着弾の衝撃を受けて橋から落下、海面に没する。

 水面に落ち、一拍置いて爆音が轟き水柱が噴き昇る。

 動きを制限していた爆弾が無くなった報告が車内に届くと、武藤がブレーキで減速し、バスが停止する。

 

キンジ 「まさか死んでないだろうな!本当に頼むぞ!!」

 

 動きが止まったバスの屋上に移動し、全身に冷や汗を流しながら俺は大和のすぐ傍に駆け寄った。




 亡くなる定めの農家:まただ。ここ最近地震がよく起こる。それも俺の家の周囲だけだし、それにこの前も金縛りも食らった。何か関連しているのか?


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12:欠落者

 目を開けた先には白い天井が写っていた。

 まだ覚醒しきれてない頭の状態で、何とか現実を思考する。

 私は、真っ白な部屋でベッドに寝かされている?

 じゃあこの部屋は何処の?

 首を横に倒すと、隣の壁に窓が設置されている。

 取り敢えず今ベットから見える範囲の外の風景を確かめる。

 確認できた地形と目立つ建築物、そして見え方などを無意識に記憶していた東京の地図と照合し、居る場所が判明した。

 ここは・・・病院?

 えっと、私はなんでここに?

 覚えている限りの記憶を巻き戻していく。

 アリアとバスジャックに対応しに行って、ルノーの襲撃があって───

 あぁ、そうか・・・アリアを庇ってから、それで・・痛っ。

 私は上半身を起こそうと動かした瞬間、背中全体に鈍い痛みが走る。

 痛ててて、思えばUZIの弾をあんなに受けたらこうもなるよねって遅れながら気が付いた。

 この通り背中がジンジン痛むけど、それより私がここにいるという事は、事件は一応解決したのかな?

 意識が戻ってからしばらくした後、様子を確認しに来た看護師さんから色々な話を聞いた。

 どうやら私はアリアを庇った時、幸いにも命中した弾は全部防弾ベストのお蔭で貫通はしてなかった。

 ただ前の世界より明らかに高性能な防弾ベストでも、貫通を防げるが衝撃は軽減するしか出来ない構造上、数ヶ所背中を軽く打撲したらしい。

 運良く脊椎や神経は大丈夫だったから普通の生活は出来る。

 でも内臓に若干のダメージがあるので、今後の食事とかは注意するようにだって。

 ただでさえ常人より少ない食事量だから、どうやって栄養を取ろうかなぁ。

 本格的にタブレットとかサプリでも入れようかな・・・・・

 地味に大きな問題について考えている時、病室のドアがガラガラと音を立てて開かれる。

 私は音の発生源であるドアの方を振り返る。

 

キンジ 「大和、怪我は大丈夫か?」

アリア 「・・・・・」

 

 ドアの向こうからキンジと、俯いたままのアリアが入ってきた。

 すると二人の雰囲気に違和感を感じ取った。

 んー?キンジとアリアの仲がなんかこう、とても雰囲気が悪く感じる。

 

大和 「少々の打撲で済んだから問題ないよ。」

キンジ 「全く、心配掛けないでくれ。俺達の心臓に悪ぃからよ。」

 

 キンジは私が無事と分かり、肩の荷が降ろす。

 そしてキンジは次に、鋭い視線へ切り替わってアリアを睨み付ける。

 

キンジ 「───何か言う事あるだろ・・・?」

 

 キンジの声はドスの聞いた声をしていて、確実に心から怒っているのが分かる。

 一方アリアは身体がビクッと震わす。

 

アリア 「 ンタ はも  タシの   ゃな わ。あ は勝  して。」

 

 俯いたまま口をパクパクさせるアリア。

 何かを話しているのは分かるけど、声の音量が低くてよく聞こえない。

 

キンジ 「なんだ、聞こえないぞ。はっきり言え。」

 

 キンジに言われてアリアがゆっくり顔を上げる。

 アリアは私に向き直ると、予想外の言葉を叫んだ。

 

アリア 「アンタ達はもうアタシのドレイじゃないわ!後は勝手にしてっ!!」

 

 これには流石にポカーンと呆然してしまう。

 感謝は言われないとは思っていたよ。

 でもこれは流石に予想外。

 以上の台詞を叫んだアリアは、クルッと回って病室を出ていこうとする。

 

キンジ 「おいアリアッ!!」

 

 同じく呆然としていたキンジが、さっさと出て行こうとするアリアに向かって怒気を含んだ声で叫ぶ。

 考えてみればキンジが怒るのも当たり前。

 キンジとしたら無理矢理事件に巻き込まれ、元パートナーを怪我させられた上、謝らずに去って行こうとするのだから。

 

キンジ 「それがミスを庇って貰った恩人に対しての言葉かよ!」

アリア 「そうよ。だから後は勝手にしなさい。」

キンジ 「ふざけんなよお前!お前のせいで大和が怪我したんだぞ!感謝の一つすら言えないのか!!」

アリア 「うるさいうるさーい!!アタシ達には期待していたのに・・・アタシの探していた人は───アンタ達じゃなかったんだわ!」

 

 アリアは一通り発言して病室を飛び出し、アリアの廊下を駆ける足音が部屋まで届く。

 

キンジ 「待てよアリアっ!!」

大和 「キンジ待って!」

 

 アリアを追おうとするキンジを急いで止める。

 はぁ、本当に手間のかかる子だよね。

 少し素直になったら皆と良い関係を築けそうなのに。

 

キンジ 「なんで止めるんだよ・・・・・」

 

 誰から見ても分かる位不満そうにキンジは私へ振り向く。

 

大和 「いいの別に、気にしないから。」

 

 冷静に口にした私の言葉にキンジが大きな溜息をつく。

 

キンジ 「はぁー、お前は少し人に甘過ぎるぞ。それにだ、致し方ない時はしょうがないとは言え、自ら盾になりに行くのは感心しないぞ。こっちの事も考えてくれよ。」

大和 「ごめんね。可能な限りは何とかするけど、やっぱり難しいかな。」

キンジ 「そもそも、なんで自ら盾になりに行くんだ?」

 

 私の言葉に疑問を持ったキンジが聞いてくる。

 どうして自ら盾になりに行く・・・か。

 なんでかと言われると、「     」を持っていないからかな。

 

キンジ  「・・・すまん。難しいようだったら言わなくてもいい。」

 

 どうも私の雰囲気を察してか、キンジが気を使わせてしまったみたい。

 正直あまり言うべきじゃない内容。でも、少しだけなら良いかな?

 

大和 「私は悲しい事は嫌。キンジもそうでしょ?」

キンジ 「そんなの当たり前だろ。」

大和 「人は人を失うと悲しくなる。だから私が盾になって少しでも無くしたいから、かな。」

キンジ 「だがな。それでお前が居なくなったら意味がないぞ。」

 

 私はここで首を左右に振る。

 

大和 「私は私をそう思うから自ら盾になる。知らない、分からない、だからこそ私はそう動いてしまう。まぁ、手の届く範囲だけだけどね。」

キンジ 「───それは、どう言うことだ?」

 

 キンジは私の言っている言葉の真意が分からないご様子のキンジ。

 答えてもいいけど、教えるにはもうちょっと先になるかな。

 

大和 「さぁー、どうだろう。この話はまた今度。」

 

 私はわざとらしく話を切る。

 キンジは相変わらず?が浮かべ、頭を捻る。

 

大和 「それより私の頼みをちょっと聞いてくれる?」

キンジ 「頼み?頼みってなんだ?」

大和 「一つは、私の部屋からSVUとノートパソコン取ってきてくれる?」

キンジ 「一つはって、いくつ頼む気だよ。それで他には?」

大和 「日曜日の昼過ぎに、ある美容院の付近を歩いて欲しいの。これ、その美容院が書いている紙。」

 

 その美容院の名前が載ってある紙をキンジに手渡す。

 私の真偽が分からず、キンジは疑問符が浮かびつつも受け取る。

 えっと、最後に一番大事なやつはっと。

 確か内側の胸ポケットに、あったあった。

 そして一番渡したかった物かつ重要な代物を。

 

大和 「最後にこれ。」

キンジ 「これは、御札か?」

 

 私が渡したのは二枚の御札。

 御札はそれぞれ赤色と緑色をしている。

 

大和 「出来るだけ無くさないように武偵手帳にでも入れておいて。」

キンジ 「それはいいけどよ。何の札だ?御守りか?」

大和 「簡単に言えば薬みたいなものかな?」

キンジ 「薬って、札がか?」

 

 キンジは半信半疑といった感じ。

 うん、そりゃあそうよね。

 いきなり御札を渡されて、薬とか言われても困惑するに決まっているもんね。

 

大和 「もしアリアか他の人が倒れたら、緑から赤の順番で心臓の上の皮膚に貼って。緑から赤だよ、ここ間違えないでね。」

キンジ 「うーん。まぁ一応は持っておくぞ。」

大和 「あと質問を一つ。864年───これの意味をキンジは知っていたりする?」

キンジ 「なんだそれ?俺は知らないが、大事な年かなんかか?」

 

 文字通りキンジはまったく知らないと言う。

 嘘は───ついてなさそう。

 

大和 「知らないなら気にしないで。それより頼んだよ。」

キンジ 「お、おう。じゃあ行ってくる。」

 

 こうしてキンジは病室を出ていく。

 病室から私以外誰もいなくなると、私は起こしていた上半身をベッドへ倒す。

 そこで私は、色々な出来事を引き起こした武偵殺しについて考える。

 今のところ、武偵殺しが起こしたであろう事件はキンジのチャリジャック、私達の居たバスジャック、過去に起こったらしいバイクジャックとカージャック。

 時系列的にはバイク、車、自転車、バスの順番で引き起こされた。

 でもここでの疑問が一つ。

 

大和 「バイクと車と一旦大きくなった所で、急に自転車なんかをジャックしたんだろう?」

 

 武偵や警察に追われて怖じ気づいたから?

 いや、あれだけ計画的ならむしろもっと大きな標的を選ぶはず。

 というか、車と自転車の事件の間隔がかなり空きすぎているんだよね。

 別の事件と思われる程に。

 考える要因は、一つ目に犯人に何かしらの原因があったから、二つ目はこれも計画の内だから、三つ目は可能性事件かな。

 可能性事件とは事故として処理されているけど、隠蔽工作の可能性がある事件の意味。

 一つ目を判断するにはまだ情報が足りないからスルー。

 二つ目は今までの傾向的に武偵殺しの性格とは違うかな?

 三つ目は・・・・どうだろう?

 可能性事件だとするなら、去年に起こった大きな事故を知っている限り思い出す。

 車より大きくなると、電車や飛行機、でも去年はそんな規模の事件や事故は無かった。

 電車や飛行機より大きくなる乗り物って言ったらそれこそ船くらいしか。

 んっ?・・・船?

 その時、去年起こったある船の事故が浮かんだ。

 

大和 「浦賀沖海難事故・・・・・」

 

 キンジのお兄さんが殉職したあの浦賀沖海難事故。

 武偵殺しは文字通り武偵を殺す犯人。

 時期的にも、事件の内容や大きさを考えても丁度いい。

 もしこの事件が武偵殺しの仕業なら、キンジのお兄さんは船からの脱出を妨害された、もしくは戦闘になったのかも。

 なら今回の武偵殺しの目的は何?

 あの武偵殺しの事だし、お金や事件の甚大さじゃなく、多分優秀な武偵を狙っている。

 特に自分を熱心に追っている武偵を───狙う・・・?

 ひょっとして、アリア?

 アリアは優秀な武偵で、前から武偵殺しを一生懸命探している様子だった。

 それに殆どの武偵殺しの事件に何かしらの関わっている。

 だとするなら、武偵殺しの目標は多分アリアな気が。

 んーまだ合ってるかは分からないけど、私なりの推理でここまで出せた。

 そう言えば、事件の中心的に巻き込まれたキンジはどこまで知っているのかな?

 864年を知らないなら、そんなに情報を持ってなさそうだよね。

 一応そう予想して頼んでいたからいいけど───ってあれ、おかしいな?そもそもなんでキンジは知らないんだろう?

 確かこの前レキの言う通りなら、キンジが調査を依頼したのは理子だったよね?

 理子はAランク並みの諜報能力があるから、私より細かく詳しく情報を知っているよね。

 ちゃんとした依頼で受けていたから、得た情報は全て提示しなきゃいけない。

 じゃないと武偵とって命綱の信用を失う。

 だとすると・・・理子はキンジに対して隠したって意味になるかも知れない。

 何の為に?

 まぁでも、本当に知らなかっただけかも知れない。

 でももしわざと隠したとした仮定するなら、もしかして理子は、武偵殺しと何かしらの繋がりがある・・・かも?

 うーん話が飛躍し過ぎだし、理子は友人の一人だから、けど。

 ────ねぇ理子。貴方じゃ、違うよね・・・・・?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 日曜日の昼頃、俺は学園島の片隅にある美容院の付近にいた。 

 ここ、だよな?大和に指示された美容院は?

 外から一見すると、若干高級そうな普通の美容院で特に怪しそうな所は見られない。

 ここに一体何があるんだ?

 俺は外から美容院内を覗き込む。

 外見通り、中もそれなりに高そうな内装をしていて、立派なシャンデリアとかが吊るされていた。

 人の方だと美容師達が客の髪を切ったり、パーマをかける良く分からない機械を使ったりしている位───

 

キンジ 「うげっ!」

 

 一応店内を更によく見渡した結果、端の席に座って髪を弄って貰っていた予想もしない人物を発見してしまう。

 完全にプライベート状態の、私服姿のアリアが座っていた。

 だが幸いにもアリアはこっちに気がついていないようだ。

 大和の奴め、アリアが今日ここを利用すると知って俺を送ってきただろ。

 今の仲で俺達を会わせるなんて、どういう意図があるんだよ。

 さっさと仲良くなれとでも言う気なのか?

 そんな事を考えている時、会計を終えてアリアが美容院を外に出そうになる。

 俺は慌てて近くの木の裏へ隠れ、アリアを観察する。

 美容院を出たアリアは、どうもモノレールの駅に向かっている感じだな。

 今一真意が読めないが、取り敢えずアリアの後を尾け始める。

 アリアはモノレールを新橋に移動、電車で神田を経由して新宿駅で降りた後、新宿駅西口から高層ビル街の方へとゆっくり歩く。

 この高層ビル街の方はオフィスビル位しか無かった気がするが、何かの話し合いか?

 だったらわざわざ私服じゃなく制服姿でもいいはずだよな。

 おっアリアが立ち止まった・・・って、ここは!

 アリアの立ち止まった先の建物にちょっとばかり驚く。

 美容院でキッチリ整ったアリアの着いた先は、新宿にある新宿警察署だ。

 こんな所に何の用事があるんだ?

 

アリア 「下手な尾行よ。もう少し腕を上げなさい。」

 

 アリアは振り返って俺の隠れている所に視線を合わせる。

 やっぱりか、半分想像ついていたぞ。

 俺の尾行程度、アリアの腕だと簡単バレるとな。

 

キンジ 「・・・お前、前に言っていたよな。質問せず、武偵なら自分で調べなさいって。」

 

 俺は無意識的に嘘をつく。

 

キンジ 「て言うか、気づいていたならもっと早く言わなかったんだ?」

 

 アリアとしても俺にここを知られたくはないだろう。

 だったら途中で引き返させれば簡単に解決する。

 

アリア 「迷っていたのよ、どうするべきか。アンタも一応武偵殺しの被害者だから。」

キンジ 「何か関係あるのか?」

アリア 「大有りよ。それにアンタの事だから今更帰ったりしないで───キンジ、アンタ今日一人?」

 

 今まで呆れた目線や迷った反応をしていたアリアだったが、急に険しい顔になって周りを警戒する。

 

キンジ 「俺一人だが、どうした?」

アリア 「アンタ。誰かに尾行されてないわよね?」

キンジ 「何!?」

 

 アリアの台詞を聞いた瞬間、俺は急いで周囲を確認する。

 特に何も視線を感じなかったが、腕の良い奴なら普段の俺じゃあ気づけない。

 しかし確認したところで、辺りは様々はビジネスマン達の人通りが多く、大きな高層ビルが何十も建っている。

 もし尾行じゃなくスコープや双眼鏡などで監視されていたら、まず何処にいるか見つけるのは不可能だ。

 

アリア 「仕方ないわ。早いうちに入るわよ。」

キンジ 「あぁ。」

 

 アリアは俺を連れて警察署に入っていく。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

大和 「入っていったね。」

 

 私は街を見おろすような位置にある、高いビルの屋上に、SVUを構えてスコープを覗いていた。

 スコープの見える先は新宿警察署。

 予想通りアリアとキンジがちゃんと来るか不安だったけど、ちゃんと来た様子でよかったよかった。

 ただ、アリアが一瞬私の方を見たのは流石に驚いたけどね。

 でもすぐに視線を別の方向に逸らしたからバレてはないよね?

 しかしちょっとでも情報をあげようとキンジをアリアに近づけたけど、正直やり過ぎた感が・・・

 あとでキンジに謝っておかないと───あっ。

 そこである出来事を思い出す。

 そういえば、もう一つキンジに謝らないといけない事があったね。

 でも、結局それもまだ先になっちゃいそう。

 にしても・・・・・

 

大和 「はぁ~。」

 

 正直に言ってアリアとキンジ。

 二人が持っているものが私から見たら羨ましいよ。

 いや、同じものを他の人も持っているよ。

 白雪、レキ、武藤に不知火etc、でも私は持っていないもの。

 人によってはいらないと切り捨てるもの。

 でも隣の芝生は青いって事よね。

 私はSVUをケースに片付け、髪が強い風でなびく中、ビルの屋上を後にした。




 アンデッド・モンスター:最初は人だと思った。たが本当は違った。あれは死んだ人間だ、死んだ人間が動いている!


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13:結末

 東京に台風が接近して来ている週明け、アリアは今日も学校を休んだ。

 そして俺は何時も通り武偵高に通い、普段と対して変わらない授業を受けていた。

 しかし授業の内容が一切頭に入らない。

 それ程俺は、別の出来事を寝ても覚めても考えていたからだ。

 あの日警察署で、俺は・・・アリアの重大な秘密を───知ってしまった。

 武偵殺しとされているアリアの母親、神崎かなえさんが容疑者として・・いや違うな、確実に犯人扱いとして。

 それにアリアの実家のH家の事もその時知った。

 どうやらパートナーと一緒にいる事によって、能力が上がる特性を持っているらしく。同時に様々な功績を作っていたようだ。

 そしてアリアが武偵殺し逮捕を急ぐ理由。

 かなえさんの罪を冤罪として、裁判を覆す為に真犯人を見つけようとしているから。

 警察署で出会ったかなえさんは、事件を起こした犯人が持つ独特な雰囲気を一切持っていない柔らかみのある女性。

 目に見えて犯人じゃないのは俺ですら理解できた。

 こんな事情を知ってしまっただけでも頭が痛いのに、更に気がかりなのは俺を誘導したあいつだ。

 俺を誘導したという事は、恐らくアリアの事情を知ってるだろう。

 見舞いに行った時に聞かれた864年の数字。

 あの数字はかなえさんの刑期の長さ。

 それは最早終身刑と変わらない、そして大和はかなえさんの情報を前もって握っていた。

 しかし行かせた理由や話をしようにも、大和は俺が学校に来てから話し掛けて来ないし、俺を避けて動きやがるから話ができない。

 キーンコーンっと授業終わりのチャイムが鳴る。

 はぁ~、今日は全く授業に集中できなかった───んっ?

 俺は携帯を確認すると、理子から一通のメールが来ていた。

 えーと内容は?

 「「キーくん。授業が終わったら台場のクラブ・エステーラに来て、大事な話があるの。」」と書かれていた。

 正直理子からの大事な話は殆ど信用できんが、今は状況が状況だ。

 理子は今日も調査で学校に来ていない、だから何か情報を得たのかもしれない。

 しょうがない、行くか。

 こうして俺は台場のクラブ・エステーラと言う場所に向かい、少し時間を掛けてその店前に到着する。

 クラブ・エステーラは外から見た感じだと、高級そうなカラオケボックスのようだった。

 そして駐車場に見覚えのあるバイクが置かれていた。

 普段理子が乗り回している、魔改造されたベスパが置いてある。

 ならここで合っているか。

 理子が居ると確定した俺が店内に入ろうとした時、今度は携帯が鳴った。

 こんな時に誰だ?

 携帯をポケットから取り出し通話を繋ぐ。

 

大和 「「キンジ。聞こえる?」」

 

 電話先は暫く俺を避けていたはずの大和だった。

 

キンジ 「あぁ、大和か。どうした?」

大和 「「ちょっと伝えたい事があって電話したんけど。」」

キンジ 「済まないが先に言わせてくれないか。お前、あれを知っていたのか?」

 

 大和ならあれの意味も知っている。

 アリアの行き先と用事の内容、そしてかなえさんの事。

 

大和 「「・・・知っていたよ。」」

 

 大和は若干の間を置いて認めた。

 やはりと言うか、大和が認めた事を意外だとは思わなかった。

 既に何となく予想はついていたからか。

 

キンジ 「そうか・・・お前には色々と聞きたい事が山程ある。が、今はすぐに行かないといけない用事あるんだ。話は後にさせてもらう。ところで伝えたい事ってなんだ?手短に頼む。」

 

 今すぐにでも直接話をしたいところ。

 しかし今は理子の用事の方が先だ。

 

大和 「「キンジ。確証はない、間違っている可能性の遥かに高いよ。でも一応伝えておくね。───理子には気を付けて。」」

 

 ───はっ?今、大和はなんて言った?

 理子には気を付けて、だと。

 

キンジ 「おい、それどう言う意味だ───切れた。」

 

 理子には気を付けろって、一体どういう意味だ?

 大和なら意味の無い情報は伝えないよな。

 それに今俺はその理子に一人だけで呼ばれ、向こうが先に到着して待っている。

 何か罠を仕掛けるには良い機会。

 ───ひとまず警戒しながら行くしかないか。

 俺は嫌な予感を肌で感じながらも、クラブ・エステーラに入って行く。

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

大和 「はぁ・・・手間掛けさせちゃったかな。」

 

 一応キンジに警告だけは伝える事は出来た。

 と言ってもこれは私の予想だから、キンジには無駄な推理リソースを吐かせちゃったかも。

 可能性があるけど理子が犯人と決まった訳ではないし、理子を信用していない訳でもない。

 それでも念の為に、ね。

 

大和 「んっ、雨?」

 

 私の髪に一粒の水滴が当たる。  

 空を見上げると、厚い雲で空が覆い尽くされて少しづつ色が黒く変化していく。

 雲の様子的に、今はまだ大丈夫だけどこれから降り始めそう。

 うーんここから直接部屋に戻るより、学校に置いてある傘を取りに行ってからの方がいいかな?

 私はそう考え、若干急ぎで学校に足を運んだ。

 駆け足で大体十数分掛けて着いた学校で、私は自分のロッカーから傘を探す。

 

大和 「えーと、あったあった。」

 

 ロッカーの中から黒の大きな傘を取り出し玄関へ戻る。

 そして玄関に行く途中の廊下で、偶然武藤と正面から出会った。

 

武藤 「よう大和!何をしているんだ?」

大和 「あっ武藤居たの?ちょっと雨が降り始めたから傘を取りに来たの。」

 

 武藤からの質問に傘を見せつけ答える。

 

武藤 「そうか。今は台風が近づいてきて強くなるらしいぞ。帰るなら急いだ方がいいな。」

大和 「助言ありがとう。じゃあ私は急いで帰るからじゃあね。」

武藤 「おうっ!またな!」

 

 こんな風に武藤と軽い話を終え、玄関に到着する。

 外は来る時とは違って、グラウンドの表面が湖みたいになる位強い雨が降っていた。

 それに普段この時間帯ならまだ少し明るいんだけど、今日は分厚い雨雲が原因で、夜と変わらない暗さになっていた。

 

大和 「あっちゃー、結構降っているね。これは急いで帰ら──んっ?」

 

 いざ傘を差して帰ろうとした瞬間、胸ポケットに入っていた携帯が振動する。

 携帯を開いて電話に出る。

 

武藤 「「大和か!今どこにいる!」」

 

 電話先はさっき廊下で出会った武藤からだった。

 でもさっきと違い、切迫している雰囲気が電話越しからでも伝わってくるのが直ぐに分かった。

 

大和 「まだ学校の玄関にいるけど、何の事件?」

武藤 「「良かったぜ、まだ近くにいて。悪いが俺達の教室に来てくれるか?内容は来てから話す。」」

大和 「了解。」

 

 電話を切ったら目的地の教室へ走って行く。

 幸いにも玄関と教室の距離が離れていなかったから、そんなに時間は掛からなかった。

 教室のドアをちょっとだけ勢いよく開けて部屋に入る。

 中の教室には武藤やレキの他、数名の生徒が一生懸命通信機を弄って悪戦苦闘している姿があった。

 そしてドアを開けた時の音で武藤が私に気が付く。

 

大和 「何があったの?」

武藤 「少し前に羽田空港を離陸したANA600便がハイジャックされたんだ。」

大和 「ハイジャック?」

武藤 「そうだ。こいつを見てくれ。何とか手に入れたANA600便の乗客名簿だ。」

 

 武藤からそこそこの厚さを持つ名簿を渡され、受け取った名簿の乗客者リストを素早く一枚一枚確認していく。

 するとふと、ある一人の名前が目に止まった。

 

大和 「アリアが乗っているのね。」

武藤 「俺たちも名簿を確認している時にアリアが乗っている事が分かったんだ。だから教室でANA600便に通信を試みている所なんだが。」

 

 旅客機がハイジャックされ、アリアも搭乗している。

 航空機、それも四発の大型ジェット機。

 もしもアリアが武偵殺しのターゲットだった場合、私が予想する条件と一致し、このハイジャックはアリアを狙ったものである確率が高くなる。

 一番最悪な想定をしつつ動かないと。

 

大和 「なるほどね。ちなみにどうやってハイジャックの事が外に漏れたの?」

武藤 「詳しくは知らんが、客の誰かが機内電話で通報したんだろな。」

 

 航空機のハイジャックするなら、ハイジャック犯は情報を外に漏らさない為、何名かで客を監視するのが定石。

 なら簡単にハイジャックの事が外に流れる訳ない。

 情報の管理を失敗した?

 いや、もしかしてしなかった?

 アリアの対応に人数を割かれたからかな。

 でも事件が発生した直後とすれば、寧ろこの場合は出来なかったの方が正しいのかな?

 出来ないとするなら敢えて放置しているか、出来るほど人数が居ないか?

 などと現状確認と想定を平行で行っていると、通信科の生徒が武藤を急いで呼び出す。

 

通信科の生徒 「武藤さん!やっと繋がりました!」

武藤 「よし良くやった!代われ!」

 

 武藤は通信科の生徒からヘッドフォンとトランシーバーを受けとり、通信を替わる。

 

武藤 「ANA600便、聞こえるか!・・・・はっ?なんでお前が居やがるんだよ!」

 

 通信を試みた武藤から、多分全く想定しない人物との会話で驚愕の声が教室中に響き渡る。

 外からだと武藤が驚愕した通信はヘッドフォンのせいで聞こえない。

 でも、私には存在感知がある。

 私は目を瞑り、余程集中しないと聞こえない微弱な音すら逃さない位のレベルで神経を研ぎ澄ます。 

 常時発動している存在感知を、ヘッドフォンへ意識を集中させる。

 存在感知でヘッドフォンから発する音の振動を捉え、捉えた振動を無意識のうちにノイズや周囲の音を切り捨て解析する。

 そして解析した振動を脳で音に変換、通信の内容を予想する。

 

通信 ((字は───今、540になった。どうも少しづつ減って行っているみたいだ。今、535。))

武藤 「くそっ!やっぱり漏れていやがる。」

通信 ((えっ!燃料が漏れているの!はっ、早く止める方法を教えなさいよ!))

 

 通信の内容を予想する限り、ハイジャックされたANA600便のパイロットの代わりに別の二人が操縦している状態。

 操縦している片方は口調的に多分アリア。

 ならもう一人が武藤の驚いた予想外の人物になるね。

 

武藤 「悪いが方法はない。B737-350に搭載されている四発のエンジンのうち、内側の二基のエンジンは燃料の流出を防ぐバルブの役割でもあるんだ。だがその機体は内側二基のエンジンが破壊されているはず、燃料の流出を止める術はない。残った燃料と流出する燃料を考えると、飛行できるのは・・・精々・・・あと、十五分ってところだな。」

通信 ((残りは十五分・・・となると羽田しかないな。済まないが管制官、近接する航空機全てと通信を繋いでほしい。))

武藤 「おいおいキンジ。お前聖徳太子じゃねぇーんだからよ!」

 

 えっキンジ?

 えっと、アリアとキンジがそこにいるって事は、ANA600便のハイジャック犯は武偵殺しでほぼ確定だよね。

 でも普段のキンジだとそこまでたどり着けなさそうだから、十中八九何処かでヒスったのかな。

 幸いにもヒステリアモードが今も続いているみたい。

 だとすると、なんとか着陸できる可能性は無い訳じゃない。

 

武藤 「ふざけんな!」

 

 突如武藤がトランシーバーに大声をぶち当てた。

 私は武藤の叫びで一旦思考を後にし、もう一度神経を尖らせる。

 

キンジ ((おい防衛省。機体の近くにあんたの知り合いが見えるが?))

 

 防衛省の、知り合い?

 多分航空自衛隊の機体、恐らく戦闘機。

 この時代の航空自衛隊の戦闘機としたらF2A/BかF4EJ、それかF15J/JDのどれか。

 いや、今はそんな事はどうでもいいね。

 内容を聞く限り、羽田空港の滑走路を封鎖されて今は別の考えがあるらしい。

 で防衛省の指示を無視し、機体は横浜方面を飛行している感じ。

 

武藤 「しかしキンジ。羽田空港を使えないとなると他に滑走路はねぇぞ。」

キンジ ((武藤、そこにレキはいるか?))

武藤 「居るっちゃあ居るが、どうした?」

キンジ ((レキに学園島の風速を教えてほしい。))

武藤 「風速?おいレキ、学園島の風速分かるか?」

 

 武藤が窓枠に腰を下ろしているレキに問う。

 

レキ 「私の体感でしたら、五分前に南南東の風・風速41.02mです。」

キンジ ((例えば風速41mの向かい風で着陸した時、着陸に必要な滑走距離はどの程度だ?))

武藤 「そうだなぁ。エンジン二基のB737-350が2450m位だろ。それに風速と雨の滑りを合わせると、そうだな・・・2050は欲しいな。でもよ、滑走路代わりになる場所なんてないぞ。」

 

 武藤の言う通りだった。

 幾ら滑走距離が短くなったとしても、それでも2000m近く。

 例えば高速道路だったら長さは確保出来るけど、緩いカーブが掛かっている上に横幅、そして強度の問題もある。

 頭の中でも横浜周辺の地図を思い出し、2000mの直線を作って配置し続ける。

 でも東京と言う巨体な都市には大きな平地は無く、最低限の可能性がある木々の生い茂る林すらもない。

 今日でなければ海に不時着する手段もあった。

 しかし台風の影響で海面が波打って、着水しようものなら機体が粉々に粉砕されるのが目に見える。

 やっぱり2000mの直線を確保できる場所は本当に海以外───海?

 あー成る程。

 キンジも無茶するよ。不時着する時点で無茶も良いところだけど。

 考えてみれば横浜周辺で2kmの直線を確保するとしたら、あそこしかないよね。

 前の世界にはなかった土地だったから盲点だったよ。

 そして武藤の傍に行ってから、ちょっと悪いと思いつつ武藤からトランシーバーとヘッドフォンを奪う。

 

武藤 「お、おい。」

大和 「ちょっとごめんね。こちら東京武偵高校。ANA600便、応答せよ。」

キンジ 「「その声は大和か?」」

大和 「そうそう大正解!」

アリア 「「アンタ達!今は呑気にしている暇は無いの!」」

 

 ヘッドフォンからアリアの怒鳴り声が届く。

 

大和 「冗談だよ。それより間に合うか分からないけど、滑走路の準備を開始するよ。」

キンジ 「「ほう・・・?流石だな大和。元パートナーだけあって、俺のやる事を理解してくれる。」」

大和 「褒めても滑走路位の小さなものしか出せないよ。」

キンジ 「「それは最高のプレゼントだ。」」

アリア 「「え、ちょ?アンタ達何処に降りる気よ!」」

 

 私達の会話にアリアがついて行けてないみたいで、きっと今頃パイロット席で困惑しているのが目に浮かぶ。

 

大和 「近くで滑走路代わりになる場所なんて一ヶ所しかないよね。でしょ、キンジ。」

キンジ 「「あぁだろうな。アリア、俺たちが降りる場所は、レインボーブリッジ北側の人工浮島である空き地島だ。」」

アリア 「「はぁ!?あんな所に着陸出来る訳無いでしょ!」」

 

 あり得ないとばかりにアリアが声を張り上げる。

 

キンジ 「「じゃあ俺と心中でもするかい?」」

アリア 「「うぐっ!アンタと心中するなんて勘弁よ。」」

キンジ 「「ならやるしかない。」」

 

 キンジに言われ、数秒の沈黙の後アリアは静かに答えた。

 

アリア 「「・・・・・アタシだって死にたくないもの。やるわよ。」」

キンジ 「「それでこそアリアだ。」」

 

 聞きたい事があるのにどうも会話に入りにくい。

 でもそんな風に思っている暇はないんだよね。

 

大和 「ちょっと割り込むよ。機体の状態は?まずは油圧系統。」

キンジ 「「昇降舵、補助翼、方向舵どれもコントロールが効く。」」

アリア 「「でも自動操縦の方は完全に無理そうよ。」」

 

 確かB737-350は手動は上部、自動操縦の油圧が下部にあるから、自動操縦の油圧はエンジンの破片で破断でもしたのかな。

 幸い手動が生き残って良かった。

 自動操縦だけじゃあ、着陸機器の存在しない浮島に降りるのは厳しかった。

 

大和 「残ったエンジンに被害は?」

キンジ 「「二番と三番は途中で下車してしまったが、残りの一番と四番は安定している。ただ何時まで持つか。」」

大和 「次にフラップ。」

アリア 「「動く。まだ生きているみたい。」」

 

 今の間は問題なく動く。

 でも結局エンジンが止まれば、油圧も作動しなくなり墜落は確定する。

 

大和 「最後に降着装置。」

アリア 「「・・・ギリギリね。動作は遅いけど何とかなるかしら。」」

大和 「OK。それだけ機能するなら不時着は可能だね。こっちも準備を始めるよ。」

 

 現状かなり絶望的ながらも、光が僅かに見えたと判断した途端、機体側の二人から良くない通信が流れる。

 

アリア 「「えっ?何の警報!?」」

キンジ 「「こいつは・・・クソッ!アリア、第四エンジンに愛着は無いな!」」

アリア 「「どういう意味?」」 

 

 その時全員が予想にもしない事態をキンジが口にする。

 

キンジ 「「第四エンジンから出火だ!」」

アリア 「「なら消火しないと!消火装置は・・・ええっとぉ~、これ!」」

 

 これは本格的危険な状況へ行っているのが容易に想像できる。

 こうなったらもう背に腹は変えられない。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 新宿のビル群にぶつかりそうになる低高度を飛行しているANA600便は空き地島に着陸すべく、減速しつつ大きな右旋回を行う。

 その最中に右翼が出力差による揚力のずれで上へ上がり、機体が左に傾く。

 

キンジ 「アリア、ペダルを踏み込め!そして操縦桿を右に!」

アリア 「やっているわよ!左のフラップを少し出すわ。」

 

 左側のフラップを出したお蔭か、揚力のバランスが取れたらしく水平に戻る。

 

キンジ 「しかし、俺達の乗っているのがこのB737のこの型番で良かったな。」

アリア 「本当にそうね。別の機体だったら既に墜ちているわよ。」

キンジ 「ハッハ、間違いない。」

 

 武藤の無線から聞いたんだが、こいつB737の350型は富裕層向けに造られ、安全性を最重視された特殊な機体だと。

 通常のB737はエンジンが双発の機体。

 しかしこいつは四発、そして操縦に必須な油圧系統はどれか一つでもエンジンが生きていれば作動する。

 それに最悪エンジンが全滅しても、予備バッテリーで短期間なら滑空が可能だ。

 アリアは言う通り、これが別の型番であれば今頃地上で挽き肉なっているだろうな。

 それはそうと。

 

キンジ 「よし東京湾が見えたな。空き地島もそろそろ見える頃だが。」

 

 東京湾の全容はなんとなく面影で確認出来る。

 だがその中の空き地島に関して言えば、真っ暗闇に包まれて完全に位置が把握出来ない。

 しかし既に空中待機可能な燃料は残っていない。

 このまま予測で空き地島に着陸するコースを取りつつ、大和達の滑走路製作が間に合うよう祈る。

 もし間に合わなければ、恐らくそのまま墜落するだろう。

 俺の額に一滴の冷や汗が滲み流れる。

 刻一刻と高度計の数値が下がり続け、現状を保つと危険だと対地接近警報が鳴り始める。

 しかし俺達は警報を切り、このままアプローチを続けた。

 そして───

 

アリア 「あっ!あれ!」

 

 先ほどまで暗闇に包まれ輪郭する認識出来なかった空き地島に、幾つもの光が直線的に灯され、俺達にとって立派な滑走路が生まれた。

 すると滑走路が生まれると同時に、海上から一本の強い光の線が空中に伸びる。

 

キンジ 「あれは───サーチライトか?」

 

 空を照らしていたサーチライトがANA600便を捕捉し、コックピットを照らさない精密な照準でANA600便を照らし上げる。

 

アリア 「あら?キンジ。動く光が近づいてくるわ。」

キンジ 「何っ?」

 

 アリアの言葉で視線を周辺に動かすと、確かにボール位の丸い光がこっちにやってくるのがわかる。

 ちょっと待て、俺達はジェット機に乗っているんだぞ。

 ジェット機と同じ高度まで来れる光って一体どんな原理だ?

 

武藤 「「キンジ聞こえるか!」」

 

 大雨が地面を叩きつける音と共に、嬉しそうな声をする武藤との通信が俺達に届く。

 

武藤 「「コックピットから見てみろ!滑走路を造ってやったぜ!どうだスゲーだろ!!」」

キンジ 「武藤、感謝する。」

武藤 「「俺としてみれば、滑走路を造ったより大和がSSRを使える事に驚きだけどな!」」

キンジ 「それは俺にも初耳だが。」

武藤 「「キンジ、お前の目の前にに丸い光が見えるだろう。その光を大和が操っている。着陸寸前まであれに付いていけ。お前のために俺達はこんなにも苦労が掛かったんだからよ、絶対に成功させて来なきゃぶん殴るぞ!!」」

 

 俺は自然と頬が緩む。

 

キンジ 「殴られるのは勘弁願いたいな。聞いたかいアリア、あの光に付いていくぞ。」

アリア 「大丈夫、分かっているわよ。」

 

 機体は飛ぶ光を追って行動する。

 光が高度を下げれば俺達も下げ、光の距離が縮まれば減速する。

 光の誘導のお蔭で、滑走路に対して真っ正面かつ適正速度に高度と、現条件最高のアプローチを行う事が出来た。

 フラップを着陸用に展開し、降着装置を下ろして着陸体制に入る。

 誘導という役目を終えた光はフッと消えて喪失する。

 ここにくるまでに燃料を消費して、残りが完全に無くなる手前だったが───ここまで来れば!

 

キンジ 「着陸行くぞ!」

アリア 「いいわよ!」

 

 ANA600便は空き地島に強行着陸を決行する。

 降着装置のタイヤが地面と接触する刹那、吐きそうになる振動の中、アリアがスラストレバーを操作して唯一残った最後のエンジンが逆噴射を行う。

 と、同時に車輪のブレーキを効かせ始めた。

 するといきなり、パリンパリンッと何枚ものガラスを砕く音が機外から鳴り響く。

 何処かの破損を懸念したが、毎回割れる音が聞こえる毎に何故か速度が低下していく。

 正直理由は知らないが、これは神風が吹いている!

 しかし現状のペースでは、雨に濡れた2000m弱の滑走路では決して止まれないだろう。

 たがここでANA600便を止める術である、一つの建造物がどんどん目前へと迫ってくる。

 そう、風力発電用の巨体な風車がなぁ!!

 ぶつかる寸前で俺は車輪を操作して位置を調整し、位置を調整したANA600便は右翼を風車の柱に直撃させる。

 巨大な打撃音と同時にANA600便は右回転にスピンをして、俺達は遠心力でコックピットの壁に直撃する。

 ANA600便は何回か回転した後、完全に停止した。

 俺は衝撃で朦朧とする意識の中、視界に入ったのはANA600便の目と鼻の先にある空き地島の海だ。

 どうやら、ほんのギリギリで成功したようだ。

 俺は成功したことに安心した途端、意識を喪失した。




 好奇心が殺す遺言:私はかつてカルト宗教のいた場所に向かっていが、結論から言えば止めておけばよかった。私の正面で木が二本足で歩いている。


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14:序曲の終焉

すいません。リアルが忙しいのと別ゲーをやっていてサボっていました。これからは更新速度を上げて行きたいと思います。


 白い壁や天井、そして突き当たりには日差しの入る大きな窓が配置され、左右対象にスライド式のドアが立ち並ぶ長い廊下。 

 ここは私がバスジャックの後に運び込まれた武偵病院の二階の廊下だや。

 私は一人で廊下を歩き、何度も看護師や他の患者とすれ違う。

 ここに来た理由は別に私が怪我をした訳ではない。

 どこぞのお人好しさんが、空飛ぶジュラルミンの塊を島に落として怪我をしたから様子を見に来ただけ。

 にしてもまぁ、あのハイジャック事件も表向き解決した事になっているよ。

 しかし実際事件は解決してないし、犯人も捕まっていない。

 ちなみにそのお人好しは想像通りと言うか、打撲やら捻挫やらで苦しんでいるっぽいけど、そりゃそうよねって。

 ジェット機の操縦席の中で衝撃によりミキサーされれば誰でもこうなる。

 だからこうしてお見舞いに来た訳だけど。

 んー、あの事件を思い出してみればあれだね。

 ANA600便を誘導した後、まさかナークティトの障壁を減速用に展開する羽目になるとは思わなかったよ。

 まぁ幸い誰にもバレない様子だったから問題なしという事で。

 私は廊下の名札を確認しながら、そのお人好しの名前を探す。

 

大和 「えーと、あった。」

 

 私は名前の書いてあった病室のドアを開ける。

 そこには病室のベッドに寝転がっているお人好し、通称遠山金次がいた。

 

キンジ 「おっ大和か。」

大和 「まさか私が退院してすぐ、キンジが入院する事になるなってね。」

キンジ 「まったく厄介な話だな。それで何の用だ?」

大和 「そりゃあ、お見舞いに来たに決まっているよ。」

 

 するとキンジの顔が明らかに嫌そうに歪む。

 何でそんな嫌な顔を・・・あぁ、あれらが原因かな。

 原因だと考えたそれは、ベッドの傍の机に置かれていた。

 ヨーグルトにチーズ、漬物とかの発酵食品が山積みされていた。

 誰かは知らないけど、何故微妙なそれを選んだのか正直聞きたい。

 確かに発酵食品は体に良いし、だから沢山食えって事だろうけどね、

 少しばかり量が多くない?

 それにまだヨーグルトなら分からない事もないよ。

 でも病院に納豆はいけないでしょ。

 

キンジ 「見舞い・・・か。何を持ってきたんだ?」

大和 「んー?食品とかは嵩張りそうだからやめたのは正解だったよ。その発酵食品の山を見たらね。」

キンジ 「こいつら武藤達から渡されたんだ。このままにしておいたら医者とかに怒られちまうから持って帰ってくれねぁか?」

 

 どう見ても一人分の量じゃないのよね?その袋一杯の量は。

 しかも私、あまり大量食べれないから暫く毎食これらになるんだけど、仕方ないかぁ。

 

大和 「私が引き取るよ。あとこれ、キンジが一番嬉しいと思う物を持ってきたよ。あまり量は多くないけどね。」

 

 発酵食品に対してため息を付きながら椅子に座り、懐に入っていた封筒を手渡す。

 

キンジ 「なんだこれ?」

 

 キンジは封筒を渡されて困惑する。

 渡した封筒の中身は若干のお金。

 前回の試験以降Eランクに下がったキンジは、節約生活を強いられているらしくて、物を渡すよりいいかなって。

 ただ、中身を伝えたら遠慮しちゃうだろうから誤魔化しておく。

 

大和 「中身は後で見てね。ところでキンジ、武偵殺しを会ったんでしょ?」

キンジ 「はぁ~・・・概ね、お前の予想通りだったよ。」

 

 犯人が私の予想通り、そして最悪の場合を考えたら・・・そっかぁ。

 

大和 「理子かぁ。」

キンジ 「なぁ・・・お前、どうやって理子が犯人ってわかったんだ。」

大和 「情報と勘、かな。あくまで一つの可能性として考えていただけだから、あまり当たってほしくなかったけどね。」

キンジ 「そうか。あっ!えっと、やま・・いや、でも・・・・・」

 

 キンジが突如何か言い掛けては言い淀むを数回繰り返す。

 どうもキンジが何かを伝えるか、伝えないかで随分迷っている気がする。

 

大和 「別に話したくないなら話さなくてもいいよ?」

 

 それからキンジは数分間悩み続けた。

 首をかしげて難しい顔なって腕を組んだり、いきなり納得した様子に変化したと思ったら、また悩むループに突入したりととんでもなく迷う。

 そして───

 

キンジ  「───いや、やっぱり伝えておいた方がいいか。」

 

 言葉から察するに、何か重要で面倒な内容を言うつもりらしい。

 他人を巻き込む事を嫌がるキンジにしては珍しいね。

 

キンジ 「大和はハイジャック中の状況をどの程度知っているんだ?」

大和 「私は通信が繋がったところ以降かな。その前となると、多分理子が逃亡したんだろなぁってくらい。」

キンジ 「大体の区切りが理解できた。実は機内だとな、こんな事があったんだ。」

 

 と前置きをしつつキンジが当時の行動や状況を説明し始める。

 キンジが言うには、私が電話して後、理子と会って何故か聞いてないけどヒスったみたい。

 そしてその時アリアが危険な状況だと気づき、空港に向かいANA600便を止めようとしたけど不可能だったので、仕方なく搭乗し機内でアリアと出会った。

 機体離陸した後にコックピットから銃声が聞こえて様子を見に行った。

 そこには操縦士達を撃ったアテンダントがおり、煙幕で取り逃がしてしまった。

 しかし機内のバーでアテンダントに変装した理子と勝負した時、アリアがやられて一時的にピンチになる。

 でも幸いな事に私の渡したお札の効果で持ち直し、逮捕まであと一歩のところで理子は機体の外壁を破壊して大空へ逃げ去った、と。

 その後は私の知っている通りだった。

 

大和 「ふむふむ、理子の祖先はリュパン。ここまでわかったけど、私に伝えたい事ってこれなの?」

 

 キンジは首を左右に振って否定する。

 

キンジ 「それもあるが、正確に言えば理子が逃げる時に口にした言葉についてだ。あまり外で言うのはあれだが理子はこう言った。イ・ウーの教授はみーちゃんの事が気になっているぽいから、気をつけた方がいいかもねぇ~っとな。」

 

 一言で言うならとんでもない人物に目を付けられている。

 それに教授って、言い方的にその組織のトップか幹部でしょそれ。

 

大和 「随分面倒そうな人に目を付けられているのは勘弁して欲しいね。」

キンジ 「そもそも面倒で済むかどうかだぞ。」

 

 キンジも私と似たような心境のご様子。

 

大和 「それに理子の所属しているイ・ウーて、どんな組織だろう?」

キンジ 「さぁな。むしろ俺よりお前の方が知っているんじゃないか?」

 

 キンジはそう話すけどね~───イ・ウーか。

 私だってそれなりに調べ物は出来ているけど、ほんの僅な噂を聞いた事があるような無いような。

 うーんよく思い出せない、また調べる必要があるね。

 と言っても今まで表に出なかった名前だろうから、ろくな情報はないと思う。

 もっと身の回りも気を付けないといけなくなったなぁ。

 

キンジ 「俺も最初は巻き込まない方がと思ったんだ。だがよくよく考えてみたら、既に巻き込まれているから伝えた方がいいだろうからな。」

大和 「相変わらず迷惑な話だよね。」

キンジ 「安心しろ。俺も同意する。」

 

 相変わらずと言うか何と言うか、私とキンジが目線を合わせて同時にため息を吐き出す。

 

大和 「それじゃあ長く居るのもあれだろうし、私は帰るよ。」

 

 食品の入った袋を持って椅子から立ち上がり、ドアに取り付けられたパイプ製の取手を握ったまま、体をキンジの方に振り変える。

 

キンジ 「じゃあな、次は学校で。」

大和 「じゃあね、キンジ。」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ANA600便のハイジャックから少し経った頃、退院したキンジはアリアとパートナーを組んだみたい。

 詳しい理由は聞いてないから知らないけど、あのお人好しの事だから、自分に言い訳をして組んだろうなって。

 それか機内で何かしらあったのかも知れないね。

 でもこれでアリアも少しは大人しくなっ・・・・・

 

 ───パンパンッ!!

 

 二発の銃声が下のグラウンドに鳴り響く。

 私が居る強襲科用建物の屋上から、落下防止フェンス越しに下を見渡すと、アリアが相変わらずキンジに向かって発砲していた。

 

大和 「・・・変わらないねぇ。」

 

 私は下の様子を眺めるながら苦笑いする。

 キンジは全力で逃げている中、数m後方のアリアが二丁拳銃のまま追いかけている。

 この光景は前と変わらない───けど、なんとなくアリアの様子が若干明るくなった気がする。

 パートナーが出来たからなのか、キンジのお陰だからなのかはわからない。

 とは言えこのままだとキンジが不憫過ぎるし、今度退院祝いでも持って行ってあげようかな。

 ただアリアも危なっかしいから、せめて銃口管理はちゃんとやって欲しいと思う。

 まぁ今の私達の日常はこんな感じ。

 ───果たしてこの日常は一体いつまで持つんだろう?

 この日常は台風一過ではなく、嵐の前の静けさだと考えている。

 今の間に何が起きても大丈夫なように備える準備期間だと、私はそう思考する。




 植物学者の言葉:金属的な灰色をした木が生えているので、近づいて行ったら、その木に襲われる羽目になるとは思いもしなかった。


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魔剣
15:星伽の申し子


 さて、私はキンジの退院祝いにまた何か作ろうかなって思い、昼頃にレジ袋を持って男子寮へ移動していた時だった。

 

大和 「んっ?」

 

 男子寮の入り口でスッと立ち止まって考える。

 私の勘が察するんだよね。

 このまま正面からキンジの部屋へ行っては駄目と。

 こんな時の勘は以外とバカにならない。

 それによって、命を救われた事が何十回もある。

 ただし決して鵜呑みにはせず、あくまで警戒や参考程度と思った方が身の為。

 私は入り口からでなく裏手に廻ってから上を向き、巻雲の浮かぶ空と一緒にキンジの部屋のベランダを視界に入れる。

 でもこれと言った変化はない。

 でもまぁ一応こっちから行こうかな。

 

大和 「えーと、あの辺りかな。」

 

 キンジの居る部屋のベランダに照準を合わせて、腰に着けたアンカーショットを打ち出す。

 アンカーは狙い通りベランダの手摺に引っ掛かり、ワイヤーがピンと張る。

 そして壁に足裏をつけて、巻き取りと平行して軽くジャンプしつつ高度を上げていく。

 外から覗けば、垂直の壁をスキップで昇る風に見えているのかな。

 巻き取りも終え掛けてベランダに着き、手摺を握って体を支えた瞬間、部屋に繋がる正面の掃き出し窓が開いて───

 

大和 「あれ?」

キンジ 「おっ?」

 

 部屋を出てきたキンジと私、お互い真っ正面から目が合う。

 

大和 「どうかしたの?」

 

 私の問いにキンジは何も言わず後ろを指差す。

 キンジの指が差された方向の室内に視線を移すと、即座に状況を把握した。

 

大和 「あーらら・・・・・」

 

 キンジの部屋の中は、二丁拳銃のアリアと何故か完全武装の白雪が戦闘していた。

 雰囲気はピリピリしているし、これって明らかに喧嘩しているよね。

 キンジがベランダに出たのは巻き込まれたくないからかぁ。

 そりゃあ私も同じ境遇なら逃げるに決まっているよ。

 

大和 「それで、どこに逃げる気なの?」

キンジ 「そこの物置にでも隠れようとな。」

 

 ベランダには、縦に長い一人二人入りそうな金属製の物置が置いてある。

 普通の物置だと弾が通るけど、これはおそらく防弾性。

 しかし防弾製と言っても安全とは言い切れない。

 例えば同じ箇所に複数回数着弾すれば貫通される可能性も存在する。

 結局の所、一番良いのは逃げて離れる事。

 

大和 「私が屋上まで送った方がいい?」

キンジ  「どうやってだ?」

大和 「これっ。」

 

 手摺に引っ掛かったままのアンカーを右手で軽く叩く。

 しかしアンカーショットを使うと気付いて、キンジの表情が青くなる。

 でもキンジは一端後方の状況を確認したら、諦めて私の提案に乗る。

 

キンジ 「・・・前の四対四みたいな真似は勘弁してくれよ。」

大和 「あんな真似は私もこりごりだから大丈夫だよ。じゃあこれ持って。」

 

 キンジに左に持ったままレジ袋を渡して、落ちないようアンカーを一本づつ発射。

 左右二本とも問題なく屋上に到達する。

 途中で落とさない為、キンジに抱き付くように指示すると予想通り嫌がり一歩下がる。

 

キンジ 「ほ、他に方法は無いのか?」

大和 「短時間だから我慢するしか。」

 

 キンジはヒスらないよう物凄く慎重に抱き付き、全体重を私に掛ける。

 さっきにみたいに垂直に登れないから、壁を思いっきり蹴り、最速でモーターが回転させて歪な円を描きつつ屋上に到着する。

 そして屋上にキンジに置いて、一人でラペリングしつつ部屋を覗き込む。

 どうやらたった今、本格的な喧嘩が開始されたらしい。

 車とかの環境音が聞こえなくなるくらいの発砲音やら斬撃音やらが鳴り部屋を中心に辺りを響き渡る。

 うん、これはしばらく待つしかないっぽいね。

 屋上で適当に日光浴をしてのんびり待っておこう。

 

 

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 屋上で途方に暮れている俺は、下で起きている戦争の首謀者達が諦めるまで屋上に居る事にした。

 まさか白雪がカチコミに来やがるとは思わなかったぞ。

 しかもよりによって巫女服の完全武装ときた。

 完全武装の巫女なんてゲームの中だけと思われそうだが、マジで存在するから困る。

 それが白雪の実家である星伽神社であり、そして星伽の巫女は武装巫女でもある。

 どこの神社でも御神体をお守りするのは当たり前な話だ。

 しかしどういう経緯でこうなったか知らんが、白雪のとこは武装して物理的に守っている。

 それに武装と言っても、多少心得がある程度じゃない───純粋に強い。

 少なくともアリアとやれる程だ。

 どうしてそんなに強いかと言われてもよくわからないが、鬼道術という超能力らしい。

 超能力・・・超能力ねぇ・・・・・

 正直胡散臭すぎて、そこらのバラエティの方がよっぽど信用できるだろう。

 でも、実際に超能力者は存在していて、超能力を使う武偵は超偵と呼ばれる。

 本当に馬鹿馬鹿しい。

 たがそんな俺でも、絶対に超能力の存在を認めなくてはいけないのが更に頭が痛い。

 その原因は、俺の隣に呑気に寝転がって日光浴をしているこいつだ。

 ANA600便のハイジャックで着陸をする際に、浮遊する謎の光が滑走路までの完璧な誘導をしてくれた。

 武藤が言うには、あの光は大和が操っていたそうだ。

 もし誘導をしてもらってなければ、着陸に失敗して俺はここに居なかったかもしれない。

 一応科学的に考えようとしても、時速300~400km/hの航空機に追従できる光など有るわけない。

 つまり俺は否応なしに認めなくてはいけない訳だ。

 はぁ・・・最悪だ。

 

 

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 屋上で寝転がってのんびり日光浴を堪能していると、耳煩い騒音がふと止んだ。

 私は携帯の時計を取り出し時間を確認する。

 携帯が示すに上がってからおよそ三十分弱も経っていた。

 流石にちょっと喧嘩し過ぎじゃない?

 と、時間を知ってから最初に思ったのはこの一言だったよ。

 そろそろ下に降りようかな。

 体を起こし、横で携帯を弄るキンジに声を掛ける。

 

大和 「キンジ、終わったみたいだよ。」

キンジ 「やっとか。それじゃあ部屋に戻るか。」

 

 キンジは携帯をポケットにしまい、私の手渡した袋を握りって階段に向かう。

 私もキンジに習って後ろに付いていく。

 階段を下って廊下を通過し、キンジが部屋のドアをゆっくりと開く。

 玄関からキンジの部屋の中を二人で覗く。

 すると半分予想通り、部屋の中は随分と悲惨な事になっていた。

 部屋の壁や天井は穴だらけ、凹みだらけ、斬撃の跡だらけと、それに加えて足場にされたであろう家具は粉々になっていた。

 どうやったら家具がそんなに粉々になるのかと疑問が浮かぶ。でも考えるのはひとまず後回し。

 で、部屋が破壊した原因である当人達は、玄関の私達に気づいた様子を一切見せずにお互いに睨み合っている。

 しかし二人とも相当疲れている感じで、刀を杖代わりに使っている姿はこっちからしてみれば滑稽と言うべきかな。

 それだけ疲労しているのに、まーだ戦うつもりなの?

 流石にこれ以上は周りの迷惑だし、そいっ。

 私は左右ののアンカーショットを射出し、放たれたアンカーは杖代わりの刀に向け飛翔する。

 アンカーは狙い通り刀に命中。

 不意打ちだったのもあり、着弾の衝撃で支えの刀が弾き飛ばされ、二人は顔を床に正面から激突する。

 

アリア 「ムギュッ!?」

白雪 「ひゃっ!?」

 

 二人は刀を弾いたアンカーを視界に収めてようやく、私達の存在に気が付く。

 

白雪 「あっあ・・・キンちゃん様っ!!」

 

 白雪はそう叫び、キンジに対し手本のような土下座をする。

 

白雪 「申し訳ありません、キンちゃん様!!ご迷惑をお掛けして、謝罪の意としてアリアを殺し私も死にますー!!」

 

 あれぇ?・・・白雪は間違ってもこんな事を言う子じゃないはずなんだけどなぁ?

 いきなり白雪から殺すやら死ぬやらと不穏な単語な登場してキンジが慌てる。

 私だって疑問に思うよ。

 

キンジ 「待て待て待て、話が飛躍し過ぎだ!一旦落ち着け。」

白雪 「アリアはキンちゃんの事、遊びだって思っているよぉ!!」

 

 白雪は立ち上がってキンジの服の首元を強く握り締め、訴えるように揺った。

 

キンジ 「持つな持つな!ぐふぅ、苦しい!」

 

 首元が締まっているせいで苦しそうなキンジが手を外せと言う。

 しかし残念ながら別の思考をする白雪にその声は聞こえなかった様子。

 

白雪 「私が悪いの、私に勇気がないから、キンちゃんも・・・・」

アリア 「たく、それ以上勇敢になられても私が困るわよ。」

 

 今まで会話内で蚊帳の外だったアリアが、嫌みを含んで言葉を発した瞬間───

 

白雪 「キンちゃんと一緒になったらといい気になるな、この奸婦!!」

 

 白雪がアリアの方をギロリと見つめ、巫女服の袖に仕込んでいた鎖鎌を思い切り投げつける。

 

アリア 「本当に何なのよッ!?」

 

 鎖鎌はアリアが咄嗟に防御に使った黒いガバメントと一緒に左手に巻きつく。

 うーん、このままヒートアップされるのも困るし、少しは落ち着いてくれないかな?

 白雪がアリアに巻き付いた鎖鎌を引っ張ろうとする前に、私は一歩踏み出し鎖へ雨風改を素早く抜刀。

 居合い斬りで鎖を断ち切り、雨風改を鞘へ戻す。

 鞘に戻し終えた後、鎖の斬られた部分から重力に従って床に落ちる。

 

大和 「まぁまぁ、一旦落ち着いてから話さない?」

白雪 「えっ?う、うん。」

 

 何故か白雪が戸惑い気味なのはわからないけど、これでゆっくり話せそう。

 

大和 「とりあえず落ち着こう、ね。まず白雪はなんでアリアを殺そうとしたの?」

白雪 「キ、キンちゃんが変な女にたぶらかされて、同棲してるって聞いたから。」

キンジ 「なんだそりゃ?」

 

 白雪の言い分にキンジも良く理解できないみたいで、腕を組んで考える。

 すると、またアリアが無意識に火種を投下してしまう。

 

アリア 「別にたぶらかせていないわ。アイツらはただの奴隷よ!ド、レ、イ!」

 

 こんな時は出来ればアリアは少し口を閉じてて欲しいなぁと時々思う。

 なんで毎回燃料を撒き散らして火災を広げようとするんだろう。

 それにバスジャックの後に奴隷取り消しを受けた覚えがあるんだけど、そこのところどうなっているのかな?

 

白雪 「奴隷っ?!キンちゃんにそんな遊びをさせるなんてぇ。やっぱり殺した方が良いよね!!」

 

 ほらやっぱり、白雪が息を引き返して弾け飛んだ刀を握り構え始めたよ。

 

キンジ 「待て白雪。来い。」

白雪 「はい!」

 

 でも幸い白雪はキンジの一言で動きを止め、すぐに刀を置いてキンジの方向に正座する。

 なんか、動き方がご主人様大好きな犬と似ている気がする。

 

キンジ 「いいか?俺とアリアは武偵同士だ。あくまで少しの間だけパーティーを組んでいる、それだけだ。」

白雪 「・・・・本当?」

 

 白雪は不安そうに言葉を口にした。

 キンジ側も白雪の不安を取り除こうと、少し声を大きく変化させた。

 

キンジ 「本当だ。その証拠に大和とは今まで何も無かっただろう?」

大和 「うん?まぁ確かにそうだね。」 

 

 キンジの何も無かったの線引きが分からないけど、私もそう思い返事する。

 しかし白雪の不安感は抜けてないようで、確認する口調で話続ける。

 

白雪 「・・・そうだけど。つまりキンちゃんとアリアは、そういう事はしないの?」

キンジ  「白雪の言うそういう事って、例えばなんだ?」

白雪 「あのっ、えっと。その・・・キスとか──」

 

 白雪がその単語を口に出した途端、キンジとアリアが目線を合わせて、氷のように固まった。

 あっこれ、やっちゃった奴だ。

 この反応で私は即座に状況を理解した。

 しかも悪い事にまったくバレないよう取り繕ってすらいない。

 つまり、隠し事に凄く鈍感な子でもわかる。

 例を上げるなら───白雪とか。

 

白雪 「あっうん・・・そうだよね。害虫は退治しないと、お花とかも、枯れちゃうもんね・・・・・」

 

 白雪の目からハイライトが消えて、殺気を体中から放出する。

 えっと、ここの戦いを終わらせようとしたら・・・・・あーこれは、本格的に武力介入しか選択肢が無くなった感じ?

 出来れば避けたい武力介入を考えていると、アリアが狼狽しつつ言い始めた。

 

アリア 「で、でも、だ、大丈夫だったから!安心してよ!!」

 

 んっ?

 

アリア 「子 供 は 出 来 て 無 か っ た か ら !!」

 

 ・・・・・・・?

 殺し合い寸前の雰囲気から一変、部屋中に何とも言いづらい空気が流れる。

 アリアの予想外の単語を聞いて、刀を持つ白雪がポカンと口を開いたまま硬直する。

 やがて我に返った白雪は顔を俯かせて、何も言わずに外へ出ていく。

 一方白雪が出て行った事に気づいていないキンジは、アリアにさっきの台詞の意味を問う。

 

キンジ 「ちょっ、なんで子供なんだよ!」

アリア 「あれから一人で凄く悩んだのよ!このバカキンジ!!」

キンジ 「なんで悩む必要があるんだよ!」

アリア 「だって、小さい頃、キスしたら子供が出来るって、言ってたもん!」

 

 アリアの知識が日本で言う、コウノトリが連れてくるみたいなレベルだよね。

 取り敢えず言えるものは一つ。

 ホームズ家の方々、聞こえてますかー?

 武道教える前に普通の常識から教えた方がいいですよーってね。

 

キンジ 「キスで子供なんて出来る訳ないだろうが!」

アリア 「じっじゃあ、どうやって出来るのよ!」

キンジ 「んなもん教えられる訳ねぇだろう!」

 

 キンジがアリアの常識を否定するから、その理由を答えろと叫ばれる。

 しかしキンジが異性相手、そしてヒスる最大の要因を話せる訳もない。

 

アリア 「もういいっ!キンジなんかには聞かないわ!大和、アンタが教えなさい!」

大和 「わかったわかった。なら今から私の部屋に来て。」

アリア 「良いわよ。」

 

 アリアはプンスカ怒りながらさっさと玄関に向かう。

 私も付いていく前に、さっきの口論で疲れた表情のキンジへ軽く口角を上げて伝える。

 

大和 「キンジ、後は任せて。少しはゆっくりできる時間を稼ぐから。」

キンジ 「俺ばっかり休ませて貰って悪いが、あれは手に負えん。頼む。」

 

 こうして自分の部屋に帰る間にアリアの後ろ姿を見て思う。

 さてと、どう教えよう。

 普通に教えるのも良いけどし、ここ最近迷惑ばっかり受けてきたし、ちょっとだけ懲らしめて良いよね?

 考えれば考えるほど自然と顔がニヤける。

 随分久しぶりにこんな悪どい顔をしたものだよ。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

大和 「そこの赤い椅子に座ってね。」

アリア 「ふぅん。あんまり物が置いていないのね。あら、結構良い座り心地じゃない。」

 

 アリアはそんな事を呟きながら、ドカっと赤色をしたリラックスチェアに座る。

 はいビンゴっと。

 アリアが椅子に座ったのを確認したら、隠していた小さなリモコンのボタンを押す。   

 

アリア 「えっ何よ!?」

 

 すると、アリアの手首足首に手錠のような物が椅子の隙間から現れ、瞬時に行動が制限される。

 

アリア 「ちょっと!なんなのよ!」

 

 自身をこんな侮辱な目に合わせるなと言いたげな鋭い視線を華麗にスルーしつつ答える。

 

大和 「ただの手枷と足枷。ここで暴れられたら堪ったものじゃないだよ。」

 

 問題なく座って貰えると予想はしていたよ。

 性格的に絡め手はアリアに対して弱そうだからね。

 それにパニックになった時に、間違って発砲されたら私が困るもん。

 私はアリアの前に組み立て式の机を作り、ノートパソコンを置いてネットで良さげな内容のを検索する。

 自分の言葉で説明するよりも、こういう動画の方が色々と分かりやすい。

 ネットで教育の動画を見つけたら、アリアにしっかり視界に収めるよう位置を調整して再生する。

 よくある一般的な内容を特に思うところは無かった。

 しかし横に居るアリアは違ったらしい。

 冗談抜きでびっくりする位顔を真っ赤に染めて悶える。

 中身は小中学生が観るような教材ぽいけど、本当に耐性ないんだねぇ。

 

アリア 「ふぇぇ・・・・・」

 

 たった三十分の動画なのに随分ぐったりしている。

 ・・・・・ちょっと悪戯しちゃおうかな?

 動画の再生が終わったパソコンで、ある事を調べる。

 

アリア 「ふぅー、えっ?ちょっと何する気よ!」

 

 アリアがパソコンの画面に写し出されたもので慌てる。

 私が調べているのは適当なR18のサイトだ。

 それで取り敢えず長い動画動画、おっ?これでいいや。

 アリアにちゃんと見えるように配置して再生し始めるする。

 さてと───

 

アリア 「えっ!ちょ、何処にいく気!」

 

 私が玄関に移動しようとしたら、アリアが咄嗟に声を張り上げる。

 

大和 「少し外回りしてくるよ。動画楽しんでね。」

アリア 「嫌よ!これ外しなさい!」

大和 「あーそうそう。その動画、三時間はあるっぽいから宜しく~。」

アリア 「いーやーッ!!」

 

 ドアを閉める時に何か聞こえた気がするけど、気のせいだよね?

 さーて、何処に行こうかな♪




 脳を失った生け贄:他の者は見た事があるか?光沢のある十本の足、左右がくっつきあってるヒゲをした蠅を。それも、鳩みたいな大きさのを······


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16:護衛

 キンジの部屋が破壊されてから暫く経ったある日。

 アリアと白雪は互いに若干行動が変化したね。 

 アリアの方は、キンジを見たら顔を赤くしたり硬直したりしていた。

 しかし相手が私の時に至っては、発見された瞬間即座に逃げ出すようになった。

 まぁ・・・あの後本当に三時間程空けて部屋に戻ったら、アリアが完全にオーバーヒートして虚ろな目をしちゃってね。

 私が急ぎで手枷と足枷を外すと、フラフラしながら一言の言葉を発ぜずに部屋を出て行っちゃった。

 あの時は流石にやり過ぎちゃったと反省する。

 しっかしアリアの凄い所は、なんだかんだ言って時間が経過すればいつも通りに戻っている事。

 いつもの暴力的なアリアに戻るのも色々参ったものだけど、手がつけられなくなったらこのネタを使えばきっと止まるだろうし、結果的には良かった・・・のかな?

 そして白雪の方は───

 なんて考えつつ武偵高内を歩いている時。

 

大和 「あれ?」

 

 ふと視界に入ってきた掲示板に、見覚えのある名前が見えた気がした。

 少し気になり掲示板に近づく。

 何枚か張られている紙の中で、生徒呼び出し欄に私の名前が書いてあった。

 別に変な行動はしてないはずだし、なんだろう?

 大きなミスとか目立つものも特に思い浮かばない。

 にしても嫌だなぁ、教務科に行くのは。

 教務科は、武偵高の中では強襲科よりも面倒な場所とされていて、多方面のスペシャリストが集まり生徒に指導する。要は先生だね。

 ただし中には・・・間違えた。

 大半が精神面に問題を抱えているせいで、別の意味で危険地帯になっている。

 更に呼び出しの先生を確認して気を落とす。

 しかも呼び出しは綴先生かぁー。

 拷問が得意で情報網もかなり広い先生。

 これならまだ蘭豹先生のマシなんだけどなぁ~、しょうがないか。

 びっくりする位モチベーションが低下した状態で、綴先生の個室へ足を運ぶ。

 でも綴先生の個室の前に到着してドアを開ける前に、私の存在感知に何かが引っ掛かった。

 これは、天井裏のダクト・・・空気の乱れから、人数は二人?

 まさか教務科に潜入してくる命知らずがいるとは思わなかったよ。

 バレたら地獄のような扱いされるのにね。

 私はそんな事を考えながら、ドアをノックして室内に入る。

 中には、黒のレインコートを羽織った綴先生が煙草を吸いつつ椅子に座って脚を組んでいた。

 そして先生に加え、向かいの椅子には白雪が俯いたまま座っている。

 私は白雪に対して意外感を持つ。

 白雪が呼び出されるなんて珍しいね。

 

綴先生 「おー、ちょうどいいところに来たなぁ。」

大和 「私に何かご用件ですか?」

 

 室内に入った私は、白雪の隣に腰を降ろし綴先生に質問する。

 

綴先生 「実はなぁ~、宮川に星伽の護衛して貰いたいんだぁ。」

白雪 「えっ!」

 

 私よりも隣の白雪が驚きの表情を浮かべる。

 綴先生の言う護衛をしろ。

 当たり前だけど、護衛対象に実害を与える敵がいる時に依頼されるもの。

 つまり白雪を狙う恐れのある敵が存在するという意味。

 

大和 「白雪の護衛ですか。相手は?」

綴先生 「あー・・・えっと、あれだあれ・・魔剣や。」

大和 「魔剣。」

 

 魔剣は・・・聞いた話だと確か、超偵だけを狙う誘拐犯だっけ?

 と言っても、誰も姿を見た事がないからデマとか言われていたはず。

 隣に座る白雪に横目でチラッと見る。

 白雪も超偵だから、一応誘拐犯が狙う範囲にも入っているよね。

 

大和 「ちなみに期間は?」

綴先生 「アドシアードが終わるまでして貰ってたらえぇ。それ以降は多分なんとかなるやろ。」

 

 アドシアード期間中は外部の人が沢山入ってくるから、初対面の人や民間人も多く、どさくさ紛れて誘拐するには最適。

 逆にそれさえ越えてしまえば、ランクは様々と言え、武偵が何百人もいる場所に攻めてくる者はいない・・・よね?

 白雪の安全の為にこの依頼は受ける気持ちで行くつもり、ただ今後の用に一応拒否した時の綴先生の対応も確認しておく。

 

大和 「もし断ったらどうなるのでしょうか?」

綴先生 「そうやな~・・・宮川大和───装備はFN Five-seveN、刀に小太刀、中遠距離用のOTs-03。近中遠距離どれでも対応でき、ナイフ・長物を使用した防御は目を見張るものがある。性格面は優しく穏やか、他人思いで能力も含めて周りからの信頼が厚いが、仲間の為なら自らを犠牲にする傾向あり。二つ名は絶対守護。」

 

 いきなり私の情報を羅列して喋り出した綴先生。

 しかしねぇ、流石教務科と言わざる負えない情報量。

 一方的に情報を取られるのはあまりよろしくない。

 今後は少し気をつけないといけな────

 

綴先生 「そして、推定G3の超能力者。実際はまだまだ上だろうなぁ?」

 

 綴先生が疑惑を含んだ悪どい笑顔で、私の反応を観察する視線を向けてくる。

 うーん、やっぱりハイジャックの時のが流れているよねぇー。

 

白雪 「えっ!そうだったの?」

 

 ハイジャック時に別の所へ行っていた白雪は、どうも初耳だったらしい。

 

大和 「さぁ、どうでしょうか?」

 

 私が適当にはぐらかしたら、綴先生は何かを思い出したみたいに頭を上げる。

 

綴先生 「そう言えば思い出したなぁ。どこだっけ、超能力捜査研究所からだったけなぁ・・・宮川の超能力を調べたいって要請が来ていた気がするぞぉ~?」

 

 綴先生が口元がニヤけながら、かなり面倒な事実を伝えられる。

 勿論綴先生の方も、こちらの心境がわかって言ってきているのだろうけど、調べられるのは色々と困る。

 何せ正確に調べられたら発狂者や自殺者が大量に続出するだろうから、とんでもない被害が出るんだよ。

 

大和 「わかりました。受けさせていただきます。」

綴先生 「よしよし、んじゃ頼むぞー。」

 

 快く承諾してくれると知っていた綴先生はそう言う。

 そして次に口を開いたのは護衛対象の白雪だった。

 

白雪 「あの、大和。迷惑じゃないの?」

 

 白雪は心配そうな視線で私の顔を覗き込む。

 その瞳にはこんな事に巻き込んでしまったと言った、申し訳ない感情が混じっている。

 

大和 「別にこれは依頼だから問題ないよ。ところで、私以外の武偵が追加で参加させるのは大丈夫ですか?」

綴 「そこら辺は自由にしてかまへんがぁー、誰を増やす気や?」

大和 「それは、そこにいる鼠さんに聞いてからじゃないと───」

 

 そう言い、私は天井にある通風口のカバーに視線を上げる。

 すると────

 

 ガシャァン!

 

 通風口のカバーが吹き飛び、ダクトからずっと覗き見ていた鼠さんが降り立つ。

 突然の事で白雪も綴先生も目を丸くする。

 そして降り立った鼠さんはこちら側を向いて宣言した。

 

アリア 「その依頼、私達も参加させて貰うわ!」

 

 アリアが叫んだ途端、その上からダクトから滑り落ちたであろうキンジがアリアに乗し掛かる。

 

キンジ 「うわぁ!?」

アリア 「むふぅつ!!」

 

 そしてそのままキンジが乗し掛かった事で、下敷きなったアリアがペチャンコに潰れる。

 

アリア 「キ、キンジッ!重いからさっさと退きな───ぐぇぇ!?」

 

 ダクトから落下してきたキンジを怒鳴ろうとしたら、二人共綴先生に襟首を掴まれて、猫みたいに持ち上げられる。

 綴先生は持ち上げた二人の顔をじっと確認して、誰か思い出す。

 

綴先生 「んー?なんだぁ、あぁこの間のハイジャックカップルじゃんか。」

アリア 「このー!放しなさいよー!」

 

 嫌がる猫みたいにアリアは手足をバタつかせるけど、全く綴先生には面白い位効いていない。

 

綴先生 「えーとぉこのピンクのが、神崎・H・アリア。M1911コルト・ガバメントに小太刀の双剣双銃。欧州で活躍していたSランクの武偵。でもアンタの功績は全部ロンドン武偵局が自らの手柄にしてたねぇ。相変わらず協調性の欠片の無いからだよ。」

アリア 「貴族は自らの手柄を自慢しないものなの!その位くれてやるわ!」

綴 「あらら、やっぱり平民の方がゆっくりのんびり出来るから良かったぁー。あーそう言えば、アンタ確か泳───」

アリア 「わぁー!!わぁー!!」

 

 綴先生が何か言おうとしたら、アリアが顔真っ赤にさせて声を全力で張り上げ妨害する。

 でも悲しいかな。

 私には綴先生の話した内容が、存在感知で解っちゃうんだよ。

 

アリア 「ふふっ大丈夫よ!浮き輪さえあれば何の問題も無いもの!」

 

 というか勝手に自爆して大公開しているし。

 武偵は常に冷静で居なきゃいけないんじゃなかったっけ、アリア?

 こうしてアリアが盛大な自爆をした後、綴先生はキンジに視線を移す。

 

綴 「それで、こいつがぁ。遠山キンジ君だっけ?」

キンジ 「あのー・・・俺は来る気無かったんですが、アリアが勝手に突っ込みましてね。」

 

 キンジな弁解を聞こえない風の綴先生は、キンジの情報を口にする。

 

綴 「性格は非社交的。他人、特に女性に対し距離を置く傾向が強い。しかし強襲科では元Sランクだった事もあり、ある程度の人望がある模様。解決事件は青海の猫探しとANA600便のハイジャック。解決事件の触れ幅が随分大きいねぇ?」

キンジ 「と言われても、どうしようもないですよ。」

綴 「装備はバタフライナイフと、単発、三点バースト、フルオートが可能なベレッタM92Fキンジモデル、だっけ?」

キンジ 「いえいえ、今は米軍払い下げのベレッタを使って────」

綴 「確か、装備科に改造の予約入れていただろ?」

 

 改造の予約を入れているのが完全にバレてるという風なキンジ。

 やがて二人を降ろした綴先生は、口にくわえて吸っていた煙草を持って、キンジの手の甲に押し付ける。

 

キンジ 「熱っ!!」

 

 煙草を押し付けられたキンジは、熱で反射で手を引く。

 煙草が当たったのは一瞬だから跡は付かないけど、生徒に煙草押し付けるのはどうなの?

 キンジの反応に綴先生が面白そうに笑った後、二人に聞く。

 

綴 「ところでよぉ。依頼に参加するって言ったが、どういう意味だぁ?」

アリア 「そのまんまよ。私達も白雪の護衛に参加するわ。」

綴 「おー良かったな星伽。ボディーガードが増えて先生安心だー。」

白雪 「嫌です!アリアなんかと一緒に居るなんて、絶対に嫌です!!護衛は大和だけで十分です!」

 

 前に喧嘩した影響で白雪はアリアの護衛を強く拒否する。

 まぁなんというか、こうなるって概ね予想は付いていたよ。

 一方アリアも想像していた感じで、無理矢理でも護衛の許可を手に入れようとする。

 

アリア 「アンタ!このアタシを護衛に付けないと、コイツのこめかみ撃つわよ!!」

 

 アリアが隣に立ってたキンジのこめかみに合わせてガバメントを動かす。

 

白雪 「キ、キンちゃん!」

 

 白雪は予想外の出来事に思わず立ち上がる。

 なんて言うか、思ったより随分と派手な事する。

 アリアの事だから本当は撃ったりしない・・・撃たないでよ?

 あくまで脅しに留まるとしても、白雪相手なら十分な効果が認められる。

 その頃キンジは瞬き信号で助けてって私に意思表示を送ってくる。

 でも悲しい事に、この状況で私が介入すると事態が悪化する可能性がある。

 アリアも間違ってトリガーを弾く恐れがあるから、意識を集中しておく。

 結果的には綴先生が悪い意味でこっそり笑い、白雪に判断を仰いで争いが止む事に。

 

綴 「なぁーるほど、これはこれは面白くなって来たじゃん。星伽はどうするのぉ?」

白雪 「キンちゃん・・・わ、分かったよ。アリア、護衛に含めます。でも条件があります!キンちゃんも一緒に護衛に参加して!私もキンちゃんと一緒に居たいの!」

 

 白雪は複雑に絡み合った感情の中、涙目でそう叫んだ。

 そして白雪の台詞を聞いた途端、キンジの口から白い何かが出ていった。




 幸運な不幸:馬に似た顔をし、像より大きな体をした生物に何故か乗る事が出来た。しかし、この謎の生物は、一体何処に行────


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17:つかの間の幸せ

 教務部からアドシアードまで白雪の護衛を頼まれた次の日に速攻で、白雪がキンジの部屋に引っ越して来る事になったらしい。

 白雪の護衛の為、キンジの部屋内に赤外線探知機など導入し、私とアリアはキンジの部屋の要塞化を進めていた。

 よーし、ここで終わりかな。

 天井に赤外線探知機を固定する最後のねじを回し、問題なく装置を取り付けた事を確認する。

 そして足場にした椅子から床に降りて、壁掛け時計で時間を見る。

 うーんと、時間的にそろそろ白雪が来る頃だけど。

 その思った時、丁度良く玄関の扉がガチャっと開く。

 

白雪 「えっと・・・お邪魔、します。」

 

 ドアを開いた先から、初めて飼われる小動物と似た感じにオドオドしつつ白雪が入って来る。

 

キンジ 「白雪。何でオドオドしてんだ?」

 

 白雪の後方で、荷物を肩に掛けたキンジが白雪の挙動に疑問に持つ。

 

白雪 「あ、当たり前だよ。キンちゃんと一緒に住むなんて、初めてだもん。」

 

 その白雪の台詞を聞いて、つい最近ここで日本刀を振り回してた出来事を思い浮かべるけど、気にしたら負けだね。

 私は心の中でそう思いながら、取り付け作業時に使用した工具を片付けた後、玄関の二人に近づく。

 

大和 「荷物はそれで全部?」

キンジ 「いや、まだ下に一つ置きっばだ。」

大和 「じゃあ二人は上がってて、私が取ってくるよ。」

キンジ 「そうか?なら頼むぞ。」

 

 私は靴を履き二人の横をすり抜けて、玄関から外に出る。

 

白雪 「私がお部屋汚しちゃったからお掃除しないといけないね。それに、粗大ゴミもちゃーんと処分しないと・・・・」

 

 ・・・・・おかしいなぁ?

 普通の言葉な筈なのに、不安な単語として聞こえた気がする。

 よし、これも気のせいとしておこう。

 階段を降りて寮の入り口に到着すると、何故か入り口の真ん中で、武藤が立ちっぱなしで呆然としていた。

 

大和 「武藤?何かあったの?」

武藤 「───あっいや、気にするな!」

 

 私は心配になり声をかけると、声に反応して武藤がハッと我に帰る。

 

大和 「悩みでもあるなら、相談位には乗れるよ?」

武藤 「いや、悪いが断らせて貰うぜ。これは俺の挑戦だ。他人の力ではなく、俺だけでやらないといけない事だ。うぉー!やってやらー!」

 

 武藤はそう叫びながら乗ってきたであろう車に乗って颯爽と走り去っていった。

 

大和 「あれだけ元気なら、多分大丈夫かな。」

 

 あそこで呆然して、急に元気になった理由が良く分からないけどね。

 ひとまず私は白雪の荷物を持って部屋に戻る。

 それから大体数時間後、私は白雪の掃除したキンジの部屋の変わり具合に驚く。

 

大和 「うっわぁ、凄い。」

 

 さっきまで穴だらけ残骸だらけの廃墟に近い部屋だったのが、今は綺麗を通り越して新築の部屋かと思える程劇的な変化していた。

 しかもこの掃除自体は三時間やそこらで終わらせる事にも驚愕するよ。

 私の隣でタンスを運んでいるキンジも、同じ感想を抱いているだろうね。

 部屋の掃除を終えた白雪が台所に向かうタイミングで、後方からアリアが迫る。

 そしていきなり右足を上げて、私達に連続で蹴りを入れてきた。

 でもまぁ私は気づいているから軽く前に動いて避ける。

 

大和「ほいっと。」

キンジ 「痛て!」

 

 一方アリアに気づいていなかったキンジは、アリアの蹴りをもろに食らってよろめく。

 いきなり蹴飛ばされたキンジは不満げに振り替える。

 

キンジ 「・・・いきなり何だよ。」

アリア 「大和、アンタ避けるんじゃないわよ。まぁそれより───」

キンジ 「おい。」

 

 キンジの言葉を華麗に無視して、アリアはタンスに指を先し話を続ける。

 

アリア 「アンタ達、いい?持ってきた荷物やらタンスやらをちゃんと調べておきなさいよ。」

キンジ 「調べなくても大丈夫だろ。、女子寮からここまでに仕掛けれる訳ないと思うが?」

アリア 「その発想が駄目なのよ!とにかく私が作業を終えるまでに終わってなかったら、風穴空けるわよ。」

 

 風穴宣言したアリアは工具箱を持ってベランダの方へ移動して行った。

 

キンジ 「はぁーしょうがないか。やるぞ。」

大和 「はいはい。」

 

 とは言ったものの、存在感知で荷物自体に仕掛けれていないのは分かっている。

 一応目でも確認しておこうかな。

 そう思ってタンスの周りや中を覗き込む。

 調べてから数分経っても、これと言った怪しい箇所とかは発見されない。

 そしてキンジがタンスのとある引き出しを開ける。

 ───あっ。

 引き出しの中に入ったものにキンジは首をかしげつつ、布を一枚取り出す。

 何気なく布を広げ、何の布かを理解して少し硬直した後、高速で布を中に戻しタンスをバタンと強く閉める。

 その後タンスに持たれ掛かり、頭を抱え全身から負のオーラを放ち始める。

 一部始終を存在感知で把握しながら、私は内心苦笑いを浮かべる。

 うん、キンジならそうなるよねって。

 だってそのタンス、衣服や下着が入っているもんね。

 ちょっとした事故でキンジが若干自己嫌悪に陥っている所に、運悪く白雪が近づいて行こうとする。

 

大和 「あっ白雪。ちょっといい?」

 

 キンジがあんな状態なので、白雪がキンジに向かうのを阻止しようと白雪を呼ぶ。

 気分を落ち着かせる為に、少しの時間だけでも一人にさせておいた方いいからね。

 

白雪 「うん?どうしたの?」

 

 私の言葉に何の疑いもせず白雪は私の方へ方向を変えた。

 ふぅー、白雪はいい意味でも悪い意味でも扱いやすくてありがたい。

 

大和 「えっとね。台所で何しているのかって思って。」

白雪 「さっきまであっちのお掃除してて、これからご飯を作ろうと思っていた所だよ。」

大和 「料理を作るなら私も手伝うよ?」

白雪 「えっ!いいよいいよ、大和にはいつも苦労ばっかりかけちゃっているし。」

 

 両手を自分の体の前で振り、白雪は手伝って貰う事に遠慮する。

 

大和 「それくらい問題ないよ。それに二人の方が手間も省けるでしょう?」

白雪 「えぇ、でも・・・」

 

 いまいち踏ん切りがつかなく白雪が迷って悩んでいる中、キンジはこっそりと玄関の方に移動していた。

 玄関で靴を履き、振り替えらず一言言ってからドアを開けようとする。

 

キンジ 「あー・・・わりぃ、少し外に出てくる。」

白雪 「えっ?キンちゃん、どこに?」

キンジ 「外と言ったら外だ!」

 

 さっきの出来事でキンジが若干焦っているのか、少しだけ声を荒げる。

 

白雪 「へ、変な事聞いてごめんなさい!」

 

 そのせいで白雪が余計な事をしたと思い、即座に謝罪する。

 

大和 「行ってらっしゃい。」

 

 いきなり外に出たくなった理由を知っている私は、いつも通り返事してキンジを見送った。

 

大和 「さて、一緒に料理作りましょうか。白雪。」

白雪 「えっ?あっうん。」

 

 私もその流れに乗って先に台所に行き、白雪にそう言う。

 一方、遠慮していた白雪は私の行動に観念したのか、一緒に台所に立つ。

 

大和 「ところで、白雪は何を作るつもりなの?」

白雪 「今日は中華料理を作ろうかなって思っているの。」

 

 中華料理って言ったら、麻婆豆腐とか回鍋肉とかかな?

 

大和 「どの中華?」

白雪 「えっとね。エビチリと酢豚と餃子にカニチャーハン、あとアワビのオイスター和え。あっそうだ、ラーメンも作ろうと思っていたんだ。」

 

 えーと白雪さん?

 明らかに一食で出す料理の数としては多いと思うのだけど、全部食べれるの?

 ま、まぁ張り切っているみたいだし、私の出来る限りの手伝おうかな。

 私達は冷蔵庫から料理で使う食材を取り出し、いざ料理を作ろうとした時、私はある事を思い出して逆に申し訳ない気持ちで白雪に伝える。

 

大和 「ねぇ白雪、私の分は作らないでもらえるかな?」

白雪 「あれ?ご飯、食べないの?」

大和 「ごめんね。いろいろ事情があって。」

白雪 「うん、わかった。」

 

 そして料理を作り始めようとした時、今度は作業を終えたアリアが玄関で靴を履きつつ言う。

 

アリア 「ちょっと買い物と脱走兵狩りに行ってくるわ。」

 

 アリアの言う脱走兵狩りってキンジって意味だよね。

 ガバメントで撃たれなければいいけど。

 玄関からまた見送ろうと思ったら、ふとアリアに聞きたい事を思い出す。

 

大和 「あっ、そうだ。アリア、聞きたい事あるけどいい?」

アリア 「何?」

 

 私は台所から玄関のアリアへ移動し、白雪に聞こえないようお互いの顔が当たる寸前まで近づける。

 

大和 「魔剣についての情報はない?」

 

 その瞬間アリアの目が細くなり、私を軽く睨みつける。

 

アリア 「───魔剣の情報ねぇ。正直に言って分かっていないと同義よ。強いていうなら剣の使い手で策士って言う噂があるくらいかしら。」

大和 「策士?」

アリア 「もういいかしら。アタシは忙しいんだけど。」

大和 「んっわかった。ありがとう。」

アリア 「じゃあ行ってくるわ。」

 

 そのままアリアは玄関のドアを開けて、どこかへ行ってしまった。

 しかし策士・・・ねぇ。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 魔剣の事を考えながら白雪と一緒にご飯を作ったけど、一言言うならあれだね。

 白雪の家事スキルって、凄いを通り越して恐ろしいね。

 私の目の前に広がる数々の料理。

 一つ一つ盛りつけも丁寧で、まるで高級店に出される料理みたい。

 私もそれなりに出来るけど、白雪並みは殆どいないと思う。

 部屋の修復もそうだし、この料理もそう。

 逆に料理中に邪魔になってないか不安満載で調理すると思わなかったよ。

 あと言う事は、調理途中に何か視線を感じてSVUで辺りを探索していたら、遠いマンションの上でレキを見つけた事かな。

 状況とか色々な場合を考えて、多分アリアが雇ったぽい?

 レキを雇ったんならアリアも一言言って欲しいなぁと。

 他にも料理が完成する手前、白雪がキンジに電話して際に白雪から低く不気味な声を発した気がするんだけど・・・・・

 ───よし、これも思い過ごしだよね。

 にしても今日は随分疲れているみたいで、色々変な風に聞こえてしまう。

 

キンジ 「帰ったぞー。」

 

 ドアの開閉音と同時にキンジの声が玄関から届く。

 

白雪 「お帰りキンちゃん!・・・チッ。」

 

 笑顔でキンジを迎えに行った白雪は、キンジの後方にアリアが視界に入った時だけ、一瞬舌打ちして顔が歪む。

 でも直ぐに元に戻ってキンジ達をリビングに連れていく。

 こうして食事が始まったまでは良かったんだよ。

 ただまぁ、知っていたよ。やっぱり食事でも争いは起こるものだよねって。

 私はテーブルの前で正座に座りながらお茶をすすり、そこから眺める食卓の風景はあまりよろしくなかった。

 キンジや白雪は普通に料理を食べている中、アリアに至っては丼に白米に突き刺さった割り箸のみ。

 当たり前だと思うけど、アリアはメニューに対して怒る。

 しかし白雪が文句を言うならボディーガードを解任すると言い出すので、何とか理性で堪えて悔しそうに白米を掻き込む。

 ・・・・・後でももまんでも買って来てあげよう。

 さて、今の内に出来る事をしようか。

 私は机が置いてあるリビングを抜けて台所に向かい、そこに放置してある白雪の携帯を持って、ポケットから自分の携帯を取り出し互いのコードを繋ぐ。

 自分の携帯を操作し、準備を終えたらバレないように白雪の携帯を元あった場所に置く。

 

大和 「これでよし。さてと私も栄養補給しないとね。」

 

 次に自分の鞄を開き、中からビタミン剤やらの栄養剤を多数取り出し、コッブに入れた水で一気に飲む。

 私が何故栄養剤を常備しているかって言われたら、入学当初の絶食とこの前の被弾で内臓を痛めたせいで、ほんの少量の食料しか食べれなくなっているから。

 若干でも食べる量を誤ったら、胃が受けつけなくて戻してしまうんだよ。

 とは言え栄養が取れないとそれこそ生きていけない訳で、こうして栄養剤で何とか補っている状態。

 ちゃんと食べないといけないのはわかっているのだけどねぇ・・・

 栄養剤を一通り飲んだら、コップを洗ってリビングに戻った。




 反旗を翻す駆逐種族:暗くて全くわからないが、なにやら不気味で奇妙な鳴き声が耳が届く。───テケリ・リ!テケリ・リ!


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18:ねぇ、貴方は白雪?

 皆が食事を終えた少し後、私は男子寮近くのコンビニで買い物をしてキンジの部屋に戻る。

 レジ袋を持ったまま玄関からリビングへ歩くと、キンジとアリアが顔の掴み合いをしていた。

 一瞬なんだろう?と思ったけど、二人がテレビの前に居る事。

 そしてすぐ傍にテレビのリモコンが置いてあるのを発見して、多分見るチャンネルの奪い合いでも起こってるのだろうな~と予想する。

 これ自体は特に放置してて問題はなさそうなので、私は近くのソファーに座り、ポケットに入れてあった音楽プレイヤーにイヤホンを差して音楽を聴く。

 そして三分位の曲が五曲目になる程時間が経ったのに、未だに二人は正面から掴み合いをしている。

 流石にそろそろ仲介に入ろうかなと悩んだタイミングで、白雪がトランプのようなカードを手に持ってリビングに来る。

 私はイヤホンを外して視線をカードに合わせ言った。

 

大和 「何それ?」

白雪 「これはえっとね。あっキンちゃん、今は大丈夫?」

キンジ 「おっ、どうした?」

 

 白雪の声で掴み合いを一旦止めて、キンジは白雪の方に振り返る。

 

白雪 「こっこれ、巫女占札って言うの。」

キンジ 「なんだ?占いみたいなものか?」

白雪 「うん、そうだよ。キンちゃん、最近色々気にしてたみたいだから、どうかな?」

 

 確か超能力者の占いは当たり易いと聞いた覚えがある。

 これって、簡単に言えば卜占みたいなものなのかな?

 

キンジ 「まぁ、そうだな。ここは一つやってもらうか。」

白雪 「うん!」

 

 白雪は大変ご機嫌でカードを準備していると、テレビの前に居たアリアが占いという単語に誘われ、近くまで寄って眺める。

 

アリア 「なになにー、占い?」

大和 「そうだよ。」

 

 アリアの疑問を白雪が返すとは思えないので、空気が悪くならないよう私が何気なく返答する。

 

白雪 「キンちゃん何を占う?いっぱいあるよ。仕事運と恋愛運とか、金運に結婚相手に恋占い、沢山あるよ。」

 

 うーん、白雪の出した例に恋愛関係が多いのは偶然、だといいけど。

 キンジは腕を組み、何を占うか考える。

 

キンジ 「そうだなぁー、俺の先がどうなるか頼む。期間は・・・今から数年以内程で。」

白雪 「・・・チッ。」

 

 また一瞬小さく白雪が舌打ちする。

 でもやっぱり満面の笑顔で変わってカードを星の形に広げる。

 そして五枚のカードを星の頂点に置き、典型的な五芒星の形を作る。

 一応それで準備が整ったご様子で、白雪が一枚一枚表にする。

 そして全部を表にした時、白雪の異変を感じ取った。

 ほんの僅かな異変だよ。

 でも、白雪は大きな衝撃を受けた時みたいに脈拍と呼吸が乱れた。

 

アリア 「それでどうだったのよ!」

 

 一方白雪の異変に全くと言っていいほど気づいてないアリアは、結果を教えろと急かす。

 

白雪 「だ、大丈夫だよ。全体的にいい感じ、だけど細かい所はわからないかな。」

キンジ 「出来ればその細かい所を知りたかったところだが、占いならこんなもんだよな。」

 

 私から見る白雪はキンジに対して一生懸命笑顔を繕っている感じがする。

 このパターンは多分嘘をついていると思う。

 でもあのキンジ好きな白雪がキンジ相手に嘘をつくなんて・・・一体どんな結果が出たのやら。

 言える事は一つ。キンジ、ドンマイ。

 

アリア 「次はアタシよ!」

 

 そう叫んでアリアがキンジの上に思いっきり乗し掛かる

 

アリア 「何か必要なものってあるの?アタシの星座は乙女座よ!」

白雪 「へぇーそうなんだー。」

 

 アリアが話し掛けて来たので、少し不満げな白雪は淡々と返事する。

 それにイラッとして顔を歪ませるアリアだったけど、内心占いをして欲しいのか、まだ大人しい。

 対する白雪はカードを一枚だけひっくり返すと。

 

白雪 「総運、最悪の一言です。」

 

 そう吐き捨てた白雪は巫女占札を回収してさっさと片付け始める。

 

アリア 「ちょっとー!アンタ巫女なんだからちゃんと占いなさいよ!」

 

 明らかに雑に終わらせた白雪にアリアが怒る。

 一応一枚だけは捲ったし、最低限占ったと思うよ・・・多分。

 

白雪 「ちゃんと占ったよ。それとも何?文句あるの?」

アリア 「当たり前でしょ!文句しかないわよッ!!」

 

 何度目か忘れたくなる程、二人の間にバチバチと火花が飛び交う。

 更に時間が経つにつれて火花が弱くなるどころか強くなり、一気即発に近づいていく。

 まるで二人の様子は、まるでキューバ危機を迎えた冷戦の大国みたい。

 

キンジ 「まったくなぁ!なんでお前らはそんなしょうもない事で喧嘩になるんだ!!」

 

 二人の間にキンジが入って、無理矢理二人を引き離す。

 

アリア 「もういいわ!」

 

 アリアは強く声を張り上げ自室(キンジの寝室)に閉じ籠ってしまう。

 白雪の方も大変ご機嫌斜めで、文字通り喧嘩した子ども同士の状態になっているよ。

 

白雪 「・・・悪口はあまり言いたくないのだけど、アリアはお人形さんみたいで可愛いと思うよ。でもすごく生意気だよね。キンちゃんにもたっくさん迷惑掛けているし、みんなは好きでも私は大嫌いっ!」

 

 私は白雪の言葉に軽く驚きを覚える。

 白雪は誰にでも丁寧で優しくする。

 そして周りからそんなに尊敬される子の口から、明確な悪口が出てくるなんてかなり珍しい。

 しかしキンジは白雪の悪口に別の疑問を持ったらしく、一つ質問をした。

 

キンジ 「なぁ白雪。お前、本当にアリアの事が嫌いなのか?」

白雪 「えっ?」

 

 キンジの話を聞いて、白雪自身がなんでと突飛な声を出す。

 するとキンジは言葉に表現するのが難しそうにしながらも、少しずつ口にしていく。

 

キンジ 「ほら、お前って、自分が嫌な事でも拒否しないでやるだろ。だからあまり本音を言わない気がしてな。その、なんて言えばいいのかよくわからないが・・・アリアに対してだけは確実に本音を言えている気がするんだ。」

白雪 「そう・・・なのかな?」

 

 今一困惑したままの白雪に、助け舟になるかは分からないけど、私からある問題を提示してみた。

 

大和 「んーそうだね。白雪、好きの反対はなんだと思う?」

白雪 「そんなの・・嫌い、じゃないの・・・・・?」

大和 「残念、不正解です。」

 

 やっぱりその解答で来た。

 私の予想通りの回答をした白雪は何が間違っているのと首をかしげる。

 

大和 「好きは相手に感心があるかは好きと思う。だから好きの反対は感心が無い、つまり無関心。でも嫌いって事は、その人に感心があるから嫌いと感じるわけ。」

白雪 「つまり、どういう事?」

大和「良くも悪くもその人に感心があるから嫌いと思う。白雪もどこかアリアが気になっているの所があるんじゃないの?」

白雪 「どこか気になる所?」

 

 一通り伝えたらキンジへ視線を移す。

 すると、視線で察したキンジが白雪に対して口を開く。

 

キンジ 「あいつは自分勝手でボロクソに言ってくるが、なんだかんだ戦いとかでは頼れるヤツだからな。白雪もそういう場所が気になっているのじゃないか?」

白雪 「・・・・ごめんなさい。やっぱり分からない。」

 

 白雪の様子がさっきと大きく変化して、申し訳ないと言った感情が表に現れ始める。

 

大和 「別にこれから少しずつ気付いて行けばいいんじゃない?それに、私は白雪がキンジに固執する理由を知らないから強く言えないけど、様子から見て、一つはキンジが凄く大切と思っているからだと私は思うよ。だよね、キンジ?」

 

 キンジは照れくさそうに明後日の方に視線を反らす。

 顔を赤くしてるのを隠す位だったら、素直に言った方が楽だと思うよ。

 まぁキンジがそんな事を自然体で出来る訳ないよね。

 

大和 「まぁ、どちらにせよ。今分からない事を考えてもしょうがないよ。だからこの話は終わり。」

 

 暗い流れを変える為に、少し強引ながらも話を区切り終わらせる。

 

キンジ 「そうだな、終わらせるか。」

 

 キンジ側も同じようにタイミングを見計らっていたらしく、一緒に乗ってくれる。

 さて、話が終わってこれからどうしようかな?

 この話の後を一切考えていなかったよ。

 次に話す内容を思い浮かべていると、白雪が人差し指でほっぺを軽く掻きながら申し訳なさそうに話す。

 

白雪 「あはは・・また迷惑かけちゃった。だ、だから大和も巫女占札、やる?」

大和 「私を占うの?別に構わないよ。そうだねぇ~、範囲を決めても大丈夫?」

白雪 「うん、ある程度なら大丈夫。」

 

 うーん、金運とか恋愛は興味ないからそうねぇ。

 さっきキンジの言った内容が数年以内の出来事なら、私は逆で行こうかな。

 

大和 「じゃあ、ここ最近の起こるであろう大きな出来事を占ってみて。」

白雪 「やってみるね!」

 

 キンジと時と同じやり方でカードを置いて、五枚全部表にした結果。

 

白雪 「えっと、古い友人に会うかも?だって。」

大和 「古い友人?」

 

 古い友人という単語に私は疑問を抱いた。

 古い友人って言っても数年位の付き合いの友人は居ないし、なんだろう?

 一応占いも全部が当たる訳じゃないから、もしかしたら外れを引いたのかも知れないね。

 

大和 「どうやったら会えるの?」

白雪 「うんと、木と鯨と羊とお城に会えたらいいみたい。」

キンジ 「なんだそりゃ?」

 

 それぞれの関係性が無さすぎて逆に凄いと思う。

 生き物かと思えば城が混じっているし、地上のものかと思えば鯨があるし、本当になんだろう?

 

大和 「まぁ、そのうち意味が分かるといいね。」

 

 私を占った後の白雪が綺麗にカードを片付けている間に、白雪に聞こえないようキンジに話しかける。

 

大和 「これ、アリアに渡して。」

 

 私はコンビニで買った紙袋をキンジに手渡す。

 

キンジ 「何が入っているんだ?」

大和 「アリアの。ちゃんと夜食べれてないよね。中にももまんが入っているから、白雪にはバレないように。」

 

 中身を知ったキンジは良い意味でため息をついて、渡されたももまんから私に視線を移す。

 

キンジ 「お前はとことん優しくやつだよな。」

大和 「それはキンジもだと思うよ?」

 

 お互いにニヤっと笑い、私達の間で柔らかい雰囲気が流れる。

 

大和 「それじゃあ私は寮に戻るから。」

キンジ 「んっ帰るのか?」

大和 「ただでさえ女子が二人居るのに、更に増えたら大変じゃない?だから私は離れておこうかなって。ボディーガードは二人入れば十分でしょ。」

 

 それに先日調べた過去の行動を繋ぎ合わせたら、魔剣が策士なのは何となく判断できた。

 策士なら今はリスクが高くて突撃したりはしないはず。

 て言うか策士じゃなくても、余程の人物でない限りない確率が高いからね。

 

キンジ 「あぁ、本当に助かる。」

 

 キンジにとっては、危険な爆弾が一つ減って若干気分が楽になった感じだね。

 寮に帰る為、靴を履き替えて玄関のドアを開けたまま外からお休みと言った。

 

大和 「じゃあ、お休み~。」

キンジ 「おう、じゃあな。」

白雪 「あっお休みなさい!」

 

 ドアを閉め掛けた瞬間、遠くの方で白雪が慌てて挨拶をしたのが耳に届いてからドアが閉まる。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 白雪が引っ越してから少し経った今も、魔剣からの襲撃や兆候は特になかった。

 お陰様で普段は比較的平和に過ごせている。

 でもアリアからしたらそんな事はないらしい。

 キンジから聞いたけど、アリアの警戒度は異常程だって。

 深夜に小さな物音を感じただけで銃を振り回したり、外に出れば常に周りを警戒しっぱなし。

 常時警戒する為に気を張っているお陰で、最近はストレスフルで不機嫌なのよねぇ。

 しかも事ある毎に私やキンジ、白雪に当たるせいで更に負のループに突入していく。

 私は別に構わないけど、他二人がどこまで堪えれるか心配だなぁってね。

 更に最近アリアは単独行動を目立つようになったら、三人ローテーションを二人で回さないといけなくなったりとか。

 まぁでも今週はキンジが護衛担当なので、ゆっくり自分の用事が終わらせれるよ。

 武偵高の放課後に平賀の所で弾の補充しに移動している最中、廊下の先で見覚えのある人影が近づいていく。

 

白雪 「あっ、大和!」

大和 「こんばんは、白雪。確か今の時間帯は・・・生徒会の仕事があるんだっけ?大変そうだね。」

白雪 「別に大丈夫だよ。私が生徒会長なんだからしっかりしないと。」

 

 白雪は小さくガッツポーズする。

 複数の部長兼任、生徒会長、SSRのお仕事。

 こうしてみると白雪って随分ハードスケジュールで行っているよね。

 

大和 「そっかぁ、頑張ってね。ところでキンジは?一緒に居ないの?」

白雪 「キンちゃんはお手洗いに行ってくるから、先に行ってって言われたの。」

大和 「あーなるほどね・・・・・」

 

 やっぱり白雪が気づいた様子は無いし、これは当たりを引いたね。

 でもこっちの準備がまだ整ってないから泳がしておこう。

 

白雪 「えーえっと、生徒会のお仕事あるから、急がないと。」

大和 「あっごめんね引き留めて。じゃあね。」

白雪 「うん、またね!」

 

 そう伝えて白雪は私の来た方向に走り出していく。

 一方私は遠く小さくなった白雪の後ろ姿を目で追う。

 そして白雪の姿が見えなくなった頃、私は一言小さく呟いた。

 

大和 「ねぇ、貴方は本当に白雪?」

 

 私の呟きは感とかに頼ったものではなく、少し調べれば十分な証拠は出てくるものだった。

 何せこの時間の今、生徒会で°会議°をしているはずの白雪がここにいるからね?




 無数の奉仕種族:砂に覆われた恐ろしい顔をしたコアラみたいな奴が少しづつ傍に寄ってくる。やめろ!来るなッ!!


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19:大和だから成せる業

 皆様、今日はどういった一日をお過ごしでしょうか? 
 今年もあと数時間で最後です。
 私は今年から小説投稿を始め、多数の方に観てもらいました。
 私はこんな沢山の方々に観てもらえるなんて思っていませんでした。
 皆様、本当にありがとうございます。
 来年も投稿を行う予定なので、よろしくお願いいたします。


 私は白雪とすれ違った後、平賀の工場から方向転換し教務科に足を運んだ。

 そして教務科にある東京武偵高に通っている全生徒の名簿のコピーを貰う。

 名簿と言っても個人情報大量の細かい物ではなく、名前や顔写真などのしかない簡単な物。

 名簿の中身を確認する為に適当な椅子に座り、名簿に書いてある名前で知っている子と長期任務で今武偵高に居ない子に印をつける。

 名簿に一通り印を付け終わったらそれぞれの科に向かい、写真を見ながら印の無い子を探す。

 幸いにも私は普段から複数の科の授業を受けているお蔭で、別の科の建物に居ても特に怪しまれる事は無い。

 そして移動中に名簿に印を付けてない子を見つけると、決して話し掛けずに側を通り過ぎる。

 通り過ぎて目的と違ったら、また名簿に印を付ける作業を何度も繰り返す。

 大体一時間弱経過した頃。

 

大和 「んー、そろそろ頃合いかな。」

 

 空はかなり薄暗くなっており、少しずつ学校から人が居なくなって静かになっている。

 一通り全ての科を回って印を付けたけど、やっぱり始めるのが放課後だったのも合わせて名簿は全部埋まらなかった。

 

大和 「まーいっか、また明日やればいいし。」

 

 一応、名簿自体は全体の七割が終わっている。

 これなら明日中に終わるかな。

 私は作業を切り上げ寮に帰宅する事にした。

 そして帰宅する途中に魔剣について考える。

 恐らく私の予想合っていれば、魔剣はほぼ確実に居る。

 ただし作業の結果次第だね。

 それはともかく、魔剣がいる前提で先回りしよう。

 まず、魔剣はどういった人物だろう?

 魔剣は白雪を狙っている。

 それは魔剣が起こしたとされる事件を見れば、多分間違いないよね。

 能力者を狙う理由はと言われると、全く持って分からない。

 だけど、いまいち解明されていない超能力を扱う者を誘拐している事から、魔剣は同じ超能力者である可能性は高い。

 うーん。これらを考えるのは後回しにして、魔剣がアリアの言っていた策士なのは当たっていると思う。

 魔剣の情報が表に出てないのが逆に証拠になる。

 さて、ここが私にとって一番の問題点。

 魔剣はどっちの策士になるかな?

 策士は基本的にこの二種類。

 二種類とも十分な情報を集める前提で、ある程度細かく計画を立てる者。

 そしてもう一種類が、きめ細かい所まで完璧な計画を立てる者。

 前者が相手ならかなりの苦戦を強いられるかも知れない。

 でも後者なら十分勝機はある。

 とは言え、この戦いはこっち不利なのよねぇ・・・・・

 何せ相手は用意周到に準備して自由に攻めれるに対し、私達はいつ来るか分からないので、ピンポイントの準備も出来ない上、常時警戒で精神を磨り減らしている。

 まっでも、何かあってもやる事はやるだけ。

 そう考えてから今日の一日は終わった。

 そして次の日学校に行ったら、何故かキンジが体調不良で欠席になっていた。

 また何かやらかしたのかなと思いながら白雪やアリアに聞くんだよ。

 でも白雪は顔を赤くして去っていくし、アリアは知らん顔して話してくれないし、一体何をしたの?

 様子見だけでも行こうかなって思ったけど、今のうちやる事があるので諦める。

 それにキンジが休んだから白雪の護衛をしないといけないんだけど、珍しく白雪が一人にして欲しいって言うから、代わりにレキに監視を依頼したよ。

 今のところはこれら以外は変わった様子もなく、学校の昼休憩中や放課後を利用して昨日の作業を続け、もう何百回目か覚えてないけど、またもや生徒の隣を通り抜ける。

 そうして名簿に最後の印を付けたら、抜けていないか確認し、大丈夫だと判断して作業を終える。

 

大和 「よーし!やっと終わったぁ!」

 

 作業を終えた喜びを味わいながらも、この作業で判明した事実を思って、僅かにほくそ笑む。

 ────魔剣はほぼ絶対に存在する。




 最恐の従者:蛙か?タコか?それともイカか?そんな姿が変化している奴が吹奏楽器のような音を発していた。


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20:魔剣の初動

 最近86(エイティシックス)にハマってしまって、この本もやりたいなぁと思いつつ、三本同時は厳しくないと考えているが、やっぱりやりたいなぁと葛藤を繰り返すこの頃。


 強襲科の建物の屋上に居た私は、前日の作業で少し疲れたので、休憩として階段の入り口の屋根で寝転がり日光浴をしていた。

 そして私の位置から見て左側の体育館から、時折アドシアードで行うバンドの練習音が聞こえてくる。

 近くだと正直うるさく感じるけど、それなりに離れていると寧ろ心地よく耳に届く。

 でも残念な事に練習が終わってしまったようで、今は音が途絶えてしまった。

 だったら音楽プレイヤーで何か聞こうかなって、取り出そうとポケットに手を入れた時、誰かが屋上に上がってきた。

 存在感知で誰が上がって来たか確認する。

 この感じは・・・キンジかな?

 キンジは屋上に上って、階段の屋根に私が居るのに気づかず同じように屋上のコンクリートの床に寝転がって昼寝を始める。

 私は屋根の上からキンジに話し掛けようとした時、もう一人屋上に上がってくる人物がいた。

 今度は階段からアリアが現れ、屋上に着いた途端空を蹴る動きをする。

 アリアが蹴る動きをした際、白いスニーカー脱げて高く舞い上がり、それなりの運動エネルギーを持つスニーカーがピンポイントでキンジの顔面に直撃する。

 スニーカーと言えど、数mの高さから落ちたら結構な衝撃が伝わる。

 痛みで悶絶するキンジに休む暇を与えず、アリアは連続で何度も蹴飛ばす。

 

アリア 「サボってんじゃないわよ、このっ!」

 

 ようやく蹴りが終わり、キンジがイライラしながら上半身を起こした瞬間、アリアは右足を高く上げて踵落としを繰り出す。

 いきなりの攻撃を止めようとキンジが両手でキャッチしようとしたが、残念ながらゴスッと鈍い音が辺りに響く。

 見事に踵落としを食らったキンジは、今度は頭を押さえてしゃがみ込む。

 

アリア 「まったく!白刃取りくらい出来るようになりなさいよ!」

キンジ 「──痛っつ・・・・いい加減にしろよな。俺は病み上がりなんだぞ。どっかの誰かさんがくそ冷たい東京湾に叩き込んだせいでな!」

 

 キンジは嫌みたっぷりにアリアを非難をする。

 というか、体調不良の原因は東京湾に落とされたからなの・・何があったら落とされるのかな?

 一方キンジを落としたであろうアリアの方も若干やり過ぎた感はあったみたいで、あまり強く言い出さない。

 

アリア 「す、少しは悪かったわよ。だから・・その・・・」

キンジ 「まぁ、風邪は治ったからな。白雪の買ってきてくれた特濃葛根湯でもう大丈夫だ。」

アリア 「えっ!?」

 

 それを聞いたアリアは目が驚愕で埋まった。

 

キンジ 「どうしたんだ?前にお前にも話しただろ、あれだけが唯一効くって。それを白雪が買ってきたんだ。」

アリア 「白雪が言っていたの?・・・買ってきた、って?」

キンジ 「あぁ、そうだが?」

 

 キンジの答えにアリアは何も言わずに静かに黙る。

 

アリア 「でも・・・そう、最終的に治ったなら別にいいわ。そうよ、私は貴族だから!」

 

 アリアが何か自身に一生懸命納得させようとしているのが見て取れる。

 地雷というか、あまりよろしくない雰囲気に変化していく。

 

キンジ 「なんだ、何か言いたい事であるか?」

アリア 「何も無いわよ!このバカ!」

 

 不自然なアリアに疑問を抱いたキンジが心配して聞いてみたけど、初っ端からアリアに罵倒を口にされる。

 これでキンジの中でさっきの蹴りの怒りが復活したらしく、吐き捨てるように叫んだ。

 

キンジ 「おいなんだよ!いきなりキレやがって!」

アリア 「うるさいっ!!」

 

 キンジとアリアはお互いに睨み合う。

 あっちゃ・・・喧嘩になっちゃった。

 これ、どうしよう。

 多分二人の認識の相違が喧嘩の原因ぽいんだけどねぇ、如何せん相違の中身が分からない。

 私が間に入ろうかな?二人から集中砲火されそうだけど、まっしょうがないよね。

 喧嘩を止める為に動こうとしたら、やっぱり今までかなりの鬱憤が溜まっていたようで、キンジからも怒声が飛び出てくる。

 

キンジ 「いいかっ!!この際だからハッキリ言わせてもらうが、パートナーだから付き合ってやったけどなぁ!あんなもん無意味に決まっているだろ!!」

アリア 「それは絶対駄目よ!魔剣は鋼すら易々と切り裂く剣を持っているそうだわ。それが本当だったらどんな盾でも防げない!だからその技が輝くのが今な───」

キンジ 「だからその技が輝く敵はどこに居るんだよ!ここ最近全く危険な事なんてねぇんだよ!魔剣なんて居ないんだよ!」

 

 キンジの言葉に更にヒートアップしてアリアは宣言する。

 

アリア 「居るっ!魔剣は絶対に居る!アタシの感がそう囁いているの!かなり近くまで来ている筈だわ!」

 

 アリアは居ると感が囁いていると説得する。

 人間は目に見えて、自身の目前で体験しなければ理解しない生き物。

 アリアの魔剣がある証拠は自身の感は他人には見えない。

 つまりキンジ側も見えないものに納得する訳がなかった。

 

キンジ 「だったら証拠を見せろ!他人を説得したいなら、証拠を出せ証拠を!実際に魔剣の存在する証拠が無いって言うなら、つまりそんな敵居ないって事だよなぁ!」

アリア 「証拠は無いけど、居るのが直感で分かるのよ!どうして・・・どうして誰も分かってくれないの!?」

キンジ 「あぁ分かるわけねぇ!存在しない敵がいる事なんて、信じれないに決まっているだろ!いいか、魔剣なんて居ねぇんだよ!」

アリア 「───この!大バカ!バカバカバカバカバカ────バカキンジッ!!」

 

 ついに全身真っ赤で本気でキレたアリアが二丁のカバメントを抜いて、キンジに発砲する。

 キンジの顔の横数cmの至近距離を多数の45ACP弾が放たれた。

 突然の発砲を本能的に避けようとしたキンジは床に思いっきり転倒。

 連射してマガジン内が空になったガバメントをアリアはリロードをしつつ、右足でキンジの顔面を思いっきり踏みつける。

 そしてリロードの終わったガバメントを貯水タンクに向かって再び発砲し、階段へ走り去って消えてしまった。

 こうしてアリアが居なくなり、屋上には嵐の後の静寂が流れる。

 仰向けに倒れているキンジが脱力感満載そうな体を起こした時、上から覗き見ていた私と目が合う。

 私はなんとも言えない雰囲気に包まれながら、屋根から飛び降りてキンジに近づく。

 

キンジ 「・・・・いつからだ?」

 

 キンジが最初に話したのはその言葉だった。

 

大和 「キンジが来るより先に居たから。」

キンジ 「なら、最初からか───」

 

 私達は何も言わず、時間だけが流れていく。

 少し前まで心地良い風だったのが、今では冷たい冷風のように感じられる。

 次に会話の先端を開いたのはまたキンジの方だった。

 

キンジ 「なぁ、大和は居ると思うか?」

 

 キンジの居るの意味は、多分魔剣が本当に存在しているのかと言う質問だと思う。

 

大和 「居る・・・いや、居る可能性は限りなく高い。」

 

 私から居る確率が存在すると言われ、キンジの目が一瞬だけ見開く。

 

キンジ 「何か知っているのか?間違っても感だと言うなよ。」

大和 「まさか。証拠は二日前の放課後、校内で白雪とすれ違った事。」

キンジ 「だからなんだ?白雪とすれ違うなんて別にどうって事───待て、二日前?」

 

 キンジは何かに引っ掛かり、その引っ掛かりの原因を考えて気づいた。

 

キンジ 「確か二日前って言ったら、俺が護衛している時だよな。」

大和 「護衛の際、一度でも離れた?」

キンジ 「・・・いや、あの日の放課後は一回も離れてない筈だ。」

 

 一度も離れてないとキンジから報告されて初めて、私が白雪とすれ違った当日に二人の白雪が存在すると証明された。

 しかし白雪に成りすましていた人物が魔剣とは限らない。

 何せ本物の魔剣という人物自体を知らないから。

 もしかしたら魔剣とまた別の人物が偶然同時に乗り込んできたのかも知れない。

 

大和 「なら、多分決まり。キンジ、白雪をお願い。私は別の手段で行動するよ。」

 

 そうキンジに伝えて、私は早くも行動を起こそうと屋上から下の階へ降りた。

 キンジとアリアの喧嘩から少し時間が飛んで当日の夜、私が部屋で様々な対応策を座って考えている中、部屋のチャイムが鳴った。

 

大和 「こんな時間に誰だろう?」

 

 ピンポーン、ピンポーン、ピポピピピンポーン!!

 あれ?なんか既視感がある・・・と言うかこれ、アリアだよね?

 玄関のドアを開けた先には予想通り、アリアが腕を組んだ仁王立ちで廊下に待機していた。

 しかも泊まる用だと思うリュックサックを持って。

 

アリア 「いつまで待たせるのよ!まったくもぉ!」

 

 アリアにとって開けるまでが遅かったらしく、不満げにズカスカと自分の部屋のように入っていく。

 ここ、私の部屋なんだけどなぁ・・・・・

 

アリア 「相変わらず殺風景で物が無いわね。」

大和 「普段からあまり必要な物が多くないからね。」

アリア 「ふーん。」

 

 アリアはそこらへんにリュックサックを放り投げて、私のベッドに飛び込む。

 

大和 「それでこんな時間に何の用事?」

アリア 「アタシ、暫くここに泊まるから。先に言っておくけど、出ていかないから。」

 

 うん、荷物を持ってきている時点でそうだろうとね。

 まぁリュックサックの中身は衣類とかかな。

 

大和 「別に良いけど、キンジや自分の部屋とかじゃあ駄目なの?」

アリア 「今はここに居たい気分なの!」

大和 「了解したよ。」

 

 これ以上はアリアの機嫌を損ねたくないから、適当に残った家事に勤しむ。

 するとアリアの方から私へ問いかけられた。

 

アリア 「ねぇ、アンタはどう思うの?」

 

 アリアがベッドにうつ伏せで寝そべったまま、唐突にそう聞いてくる。

 

大和 「どう思うって、何が?」

アリア「魔剣が居るかって事よ。ほんと鈍いわね。」

 

 当たり前のように無茶ぶりをしてくるアリア。

 流石にその台詞で察しろって、ちょっと無茶だって。

 でもまぁ、そうねぇ。

 

大和 「居る前提で動いているのが正しいかな。」

 

 ほぼ確実に居る、でもほぼであって確実ではないのよね。

 

アリア 「そう・・・アタシの感だと絶対に居るわ。でも、どれだけ言っても誰も信じてくれない・・・アタシだってわかっている!説得しようにも、アタシだとちゃんと説明も出来ない!一体、どうしろっていうのよ!!」

 

 後半になるにつれて、思いを吐き出すように声が強くなる。

 一通りわだかまりを吐き出したアリアは、私に視線を向ける。 

 

アリア 「アンタは───どっちなの?」

 

 アリアの瞳の奥からは心の底から私の答えを求めてくるのがわかる。

 これは間を取るのって難しそうだかなぁ。

 私は数秒間顔を上に上げて考え、アリアに視線を戻す。

 

大和「私は中立。って言っても納得して貰えないよね?」

アリア 「当たり前よ。白黒ハッキリつけなさい。」

 

 やっぱりこうなるよね。

 うーん、強いて言うなら───

 

大和「なら、今は白かな。」

アリア「今?」

大和「敵味方、状況、戦力差は常に変化し続ける。味方がいつまでも味方である必要性はないし、敵が敵であり続ける事もない。ただそれだけ。」

アリア「・・・・・もしアンタにまで見捨てられたら、どうしたら良いのよ。」

 

 アリアが小さくボソッと呟く。

 どうにも自分自身が仲間を引っ張ろうにも、思った通りに着いてきてくれず明け暮れているっぽいね。

 

大和 「んー正直言って人を引っ張りたいなら、結局のところアリアの考える道を突き進むしかないんじゃない?」

アリア 「えっ?でも、私の道になんて・・・誰も付いてきてくれない。」

 

 私の言葉にアリアは悲しそうな表情に変化する。

 

大和 「人は全員がそれぞれ、似ている人は居てもそれだけ。じゃあ逆に考えたら良いよ。アリアの思う道に付いて来ないなら、逆に付いていけばいいんじゃない?」

アリア 「えっ?」

 

 アリアは初めてその考えを聞いた風にベッドから顔をガバッと上げる。

 

大和 「私もアリアの向かう先は知らないよ。でも今回はキンジもアリアも私も白雪を守りたいと言うゴールは一緒。つまり道中にどれだけ離れても、最終的にはまた一緒になれる。」

 

 勿論道中で目的の変更や、本人の歩く道に大きな影響を与えるものが起きた場合は例外だけど。

 

大和 「例えばハイジャックの時だって、病院で皆が大きく離れたように見えたけど、武偵殺しを捕まえるという目的。そして機体を綺麗に不時着させる目的でまた一緒に集まったでしょ?」

アリア 「言われてみればそうだけど・・・・・」

 

 アリアは一言だけ口にして再び枕に顔を伏せる。

 

大和 「じゃあ目的が違う人と一緒になりたかったら、相手か自分のどちらか、またはお互いに変わらないと行けない。ただ変わるのはあくまで自分の考えと天秤を掛けないとね。」

アリア 「・・・よくわからないわ。」

 

 アリアは難しそうに悩む。

 今まではずっと一人でソロだったらしいから、あまり協同で動いた事が少ない影響かも知れないね。

 

大和 「別に一気に理解する必要はないんだよ。少しづつ、少しづつ、ゆっくり考えればいいから。」

 

 時間が経った位じゃ解決してくれない問題もあれば、解決してくれる問題もある。

 今回はどっちに入るのかな?

 

アリア 「・・・そうね。今すぐ理解する必要はないのね。取り敢えずそんな事は後にして、アンタと話してたら何だかお腹空いてきちゃったわよ。何か作って。」

 

 色々と吹っ切れた様子のアリアが、私に指を差して晩御飯を要求してくる。

 でも残念な事に、明日買い物行こうとしていたから冷蔵庫の中身が、少なめの一人前しか残ってないんだよね。

 今の時間からスーパー行くのも面倒だし、割高だけどコンビニで食材でも買って来よう。

 

大和 「はいはい。と言っても材料が無いからちょっと買ってくるよ。」

アリア 「早く食べたいから二分で帰って来なさい。いいわね?」

大和「まーた無茶ぶりを。まっ、可能な限り急ぐよ。」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 アリアとキンジが喧嘩から何日経過しても、魔剣の動きは相変わらず変化無し。

 私がキンジに魔剣の存在を仄めかして言った為、キンジのガードが固くなったのが原因の一つかも。

 それに一方アリアの方も情報収集を頑張っているのか、いつも八時頃帰ってくるようになった。

 今のところは問題なさそうだけど、油断は出来ない。

 あの魔剣がガードが固くなった程度でターゲットを変えるなんてプライドが許さないだろうし、更に入念な準備をして仕掛けてくる。

 場合にもよるものの、寮や下校中とかに襲撃すると他人に目撃される可能性があるから、今まで隠密を重視する傾向的に魔剣側も発見事は避けたいと考えると予想出来る。

 とするなら人が少ない所で襲撃するより、逆に人が沢山居る状況で紛れて行動した方が注意は逸れやすい。

 木を隠すなら森の中、人を隠すなら集団の中。

 勿論その発想で行くなら出来るだけ集団は多い方がいい。

 なら、近々そんな事を起こせる大きなタイミングは二つある。

 今日行っている祭りと、武偵高のアドシアードの二つ。

 しかし祭りの方はキンジがガッチリ守っているし、魔剣側が策士なら保険を掛けてから動く筈。

 なら計画に保険を掛ける時間も追加で上乗せされると考慮する場合、実質タイミングは一つしかない。

 そう考えている時、自分の携帯にメールの着信が鳴る。

 メールの送信先は白雪からだったよ。

 でもこれは白雪自身が送って来た訳ものでない。

 私が前もって白雪の携帯に仕込んだウイルスによる物。

 白雪の登録してない番号からの発信をコピーして、私の携帯に転送する、一種のコンピューターウイルス。

 今は黙っているけどね、事件が終わったらちゃんと伝えて改善する気だから。

 それで内容送られてきた内容だけど・・・・

 ───ビンゴッ。

 魔剣が本格的についに動き始めた。




 米軍水兵:俺は幾つもの深きものを見てきたが、6.5ydを越える巨体を持つものは初めてだ。


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21:氷の聖女

 初めて一万文字を超えた事に喜び?つつ思う。
 普段から一万超える人凄くない?と。


 ゴールデンウィークの連休が終わったら、東京武偵高の名物イベントの一つ、アドシアードが開催された。

 アドシアードは国際的なイベントなので、競技の為に各国からいろんな人物が参上している。

 つまりそれだけ人が多いと場所にもよるけど、名所の大通り並みの人々が密集してたりしている。

 その頃、私はアドシアードの係として動いていた。

 私の担当は各地の連絡役で、文字通り会場を行ったり来たりを繰り返している。

 というか一応護衛も受けている訳だし、係の免除とかの配慮が欲しいなぁとか、電話とかの連絡じゃあ駄目なのかなと思う。

 まぁ一緒に荷物も運ばされていたりするから、そのついでにって感じなのかな?

 でも幸いだったのは担当が連絡役で良かったって事。

 広範囲を移動する性質上、複数の細かい所まで目が届くからね。

 私は移動中に今日動くと予想する魔剣の移動ルートを予測しながら作業を行う。

 陸路は何かあった時にすぐ検問が張られるだろうね。

 それに陸路なら至るところに監視カメラが設置されているので、足が掴まれる可能性があるから来ないかな?

 空路はもはや論外、隠密以前に恐ろしく目立つ。

 他にはぁ、東京武偵高は巨大な人工浮島の上に建っているから、一応海路も可能。

 海岸線付近は警備も薄く安全そうだけど、行きはともかく帰りが大変。

 水上は隠れる物が無いから発見されやすい。

 それこそ、ヘリなどから広範囲を索敵されたら一瞬で捕捉されるからね。

 潜水艦でもあれば話は変わるけど、こんな浅瀬を潜水艦が通るのも厳しい。

 んー、ならやっぱり可能性が一番高いのは陸路かな?

 なら門の周辺を多めに通って作業をしよう。

 それに今日、私は白雪を囮にしてでも魔剣を捕まえるつもり。

 明らかに護衛としてやったらいけないのは分かっているよ。

 でももし魔剣を逃がしたら、また別の日に誘拐しに来る事が考えられる。

 それも今回の問題点を改善して、以前より優秀な計画を立てて───

 以上の事を考えてたら、ここで確実に仕留めて置くべきだと私は判断する。

 それに一応魔剣は行動からして、後者の策士だと判明している。

 だったら後は簡単、相手の嫌がる事をすればいい・・・・って、あれ?

 人混みに紛れているけど、どう見ても十歳以下だよね?

 その位の小さな少女が、建物の壁に付近で不安そうに辺りを見回していた。

 私も周囲の状況を確認する。

 どうにもその通路を通り過ぎる人達は、少女に気が付いた様子や探している風には見えない。

 そこで私は少女の所へ人混みを掻き分けて傍まで行く。

 

大和 「どうしたのかな?」

 

 私はしゃがんで少女と視線の高さを合わせてから、怖がらせないよう満面の笑顔で話し掛ける。

 すると少女は、突然話し掛けた私に驚きながらも静かに口を開いた。

 

少女 「あのね・・・ママがいなくなっちゃったの。」

 

 ママが居なくなったって事は迷子かな、この子。

 さっき周りを見た時には母親らしき人物は見つからなかった。

 それに直射日光に晒され続けるこの場所に居させる訳にもいかないから、何処か良い場所ないかな?

 確か、通信科の方が臨時の迷子センターを担当していたはず。

 

大和 「一人で怖かったね。でも一緒にいるからもう大丈夫だよ。あっそうだ!私は大和って言うの、貴方の名前は何かな?」

愛 「えっと、愛っていうの!」

大和 「愛って名前なんだ。いい名前だね!それじゃあ一緒にママを探しに行こうね!」

愛 「うん!!」

 

 私が右手を差し出すと、愛が左手を出して離れないよう手を繋ぐ。

 そしてはぐれないよう人通りが比較的少ないルートを選びつつ迷子センターへ向かう。

 するとその最中、愛が唐突に立ち止まる。

 

大和 「どこか痛い所でもある?」

愛 「あし・・つかれちゃった。」

 

 愛の言葉に、武偵高がとんでもなく広い立地である事実を失念していた事に気が付いた。

 そっかぁ、そう言えばここ広かったよね。

 慣れですっかり忘れていたよ。

 加えて人通りの少ない遠回りの道を選択していたのも失敗したかぁ。

 今回の反省は愛の対応が終わってからにして、彼処でいいかな。

 

大和 「はい、おんぶするから乗ってくれるかな?」

 

 道の端に寄ってから、愛の前で私がしゃがんでそう言う。

 愛は私の背中に乗って、自分の両手を後ろに回して愛を支える。

 その後、愛をおんぶしたまま迷子センターへ移動した。

 数分掛けて到着した迷子センターでは、ゆとり先生や通信科の生徒達がそれぞれ迷子の世話や放送を行っていた。

 するとゆとり先生が入り口に立つ私に気づいて、こっちに歩いて来る。

 

ゆとり先生 「あら、宮川さん。どうしました?」

大和 「この子、迷子みたいなんです。」

 

 少し体を捻り、ゆとり先生に愛を見せる。

 愛の姿に気が付いたゆとり先生が、両手を合掌のように手を合わせる。

 

ゆとり先生 「では中空知さんに放送を掛けるように言っておきます。親御さんが来るまでは宮川さんが見てて貰えますか。その子も宮川さんが気に入ったみたいですから♪」

 

 ゆとり先生が何故か暖かい目で私を見つめる。

 

大和 「えっ?」

 

 何だろうと首を回して背負う愛を確認すると、移動中に寝てしまっていたらしく、目を瞑っていた。

 私は愛を起こさないように気を付けて、邪魔になり難い壁側の方に移動する。

 それから愛の放送が流れて、少し経った頃───

 

女性 「あのー、迷子センターはここで良いでしょうか?」

 

 ワンピース姿の若そうな女性が迷子センターに戸惑いながら入る。

 その女性へ一番近くで作業していたゆとり先生が対応する。

 

ゆとり先生 「もしかして、愛ちゃんのお母様でしょうか?」

愛の母親 「あっ、はいそうです!」

ゆとり先生 「愛ちゃんはこちらです。」

 

 ゆとり先生に案内された母親が私の方にゆっくり近づく。

 すると母親が近付くのに反応したらしく、背中で起きる気配が直前まで無かった愛が瞼を上げる。

 眠たそうに目を擦る愛の視界に母親の姿が写ると、眠気が吹き飛んだように声を出した。

 

愛 「ママだー!」

愛の母親 「愛ッ!!」

 

 愛の叫び声に反応した母親は嬉しい悲鳴を発する。

 私が背中から慎重に愛を降ろした途端、一目散に母親に走って行く。

 

愛の母親 「良かった。一人で怖くなかった?」

愛 「うんうん、やまとのおねえちゃんがいたからだいじょうぶだった!」

 

 愛は私を指差す。

 そして指を差し先に居た私へ、母親が目の前で深々とお辞儀をする。

 

愛の母親 「愛を助けて頂いて、ありがとうございます。」

大和 「いえいえ、放って置けなかっただけなので気にしないでください。それよりも、アドシアードを楽しんで行って下さい。」

愛の母親 「本当にありがとうございます!愛もちゃんとお姉さんにお礼を言うのよ。」

愛 「やまとのおねえちゃん、ありがと~!!」

 

 私達と周りで会話の聞こえていた人達全員がニコッ笑い、柔らかい雰囲気が流れる。

 一通り会話を済ませた後、母親と愛が迷子センターを出ていく。

 外へ出ても愛が私へずっと手を振ってきたので、こっちも同じように手を振って返す。

 ある程度距離が離れると、二人の親子の姿は人混みの中に消えしまった。

 愛が見えなくなるまで外で手を振っていた私に、後ろからゆとり先生はクスクスと笑いながら私に話し掛ける。

 

ゆとり先生 「本当に宮川さんは、困った人を放って置けませんね。」

大和 「いえいえ。ただの自己満足、偽善ですよ。手の届かない人達までは手を差し出せません。」

 

 ゆとり先生の言葉を私が軽く否定しても、ゆとり先生は笑顔を浮かべたまま答える。

 

ゆとり先生 「確かにそうかもしれませんが、やらない善よりやる偽善ですよ。ところで、今の時間帯は担当でしたよね?大丈夫ですか?」

大和 「間違いなく蘭豹先生にどやされます。でも愛を放置するよりは全然マシです。」

 

 その急いで強襲科に通達や連絡を届けたら、予想通り蘭豹先生にどやされた後、また別の連絡を行いに走り回った。

 私のシフト期間の午前が完了して、これからは自由行動になった。

 しかし今は護衛もあるので残念ながら好き勝手には動き回れない。

 うーん、今の内に逃亡ルートになりそうな場所をあらかた回って目星を付けておこうかな。

 入り口にヘリポート、水路や海岸線などを索敵する。

 そして魔剣の動きがあったのは、時間の経った五時頃になってからだった。

 私の携帯に一つの周知メールが届いた。

 周知メールの種類はケースD───アドシアード期間中の武偵高内の事件を意味する。

 それでいてDの7は《ただし事件であるかは不明瞭で、連絡は一部の者のみに行く。保護対象者の身の安全の為、みだりに騒ぎ立ててはならない。武偵高もアドシアードを予定通り継続する。極秘裏に解決せよ。》という意味になる。

 メールの内容は、《星伽白雪が失踪した可能性あり。なお、昼過ぎから連絡が取れなくなっているという報告が上がっている。》

 メールを読み終えたら、すぐにキンジと連絡を取るため電話を繋ぐ。

 でもキンジはどうやら他の誰かと電話中らしい。

 電話中って事は、キンジもメールに気づいているね。

 なら私もやるべき事をするかな。

 魔剣が侵入した箇所は一応目星は付けてある。

 複数の目星した箇所で可能性が一番高いのは、第九排水溝からだと予想する。

 あそこだけ海水の流れが詰まった感じになってたし、蓋に細工をした跡があった。

 もし魔剣が第九排水溝から侵入したとするなら、その行き先は地下倉庫。

 地下倉庫は排水設備やデータサーバーが置いてある巨大な地下施設。

 しかし一番の問題は東京武偵高の危険地帯の一ヶ所、大量の火薬と爆薬が無造作に放置された大型倉庫に繋がっている事。

 もし引火しようものなら密閉された倉庫で爆圧で反射し増幅、多分浮島は丸ごと消し飛んでしまうね。

 是非ともそうならない事を祈りつつ、私は地下倉庫に繋がる入口へと駆ける。

 

大和 「ここを降りたら、次は変圧室。」

 

 地下倉庫は地下二階まで階段で降り、それ以下はエレベーターなどを使わないと降りれない。

 と言っても、流石に目立つエレベーターを使う訳にもいかないので、近くにある変圧室から非常用梯子で行く事に。

 そう思って変圧室に到着したら、非常用梯子のハッチが既に開けられていた。

 魔剣は多分排水溝から入ったと思うから、おそらくキンジやアリアが先に突入しているんだろうね。

 錆び錆びになった梯子を降りている途中、地下倉庫全体に響く重い振動。

 何か嫌な予感がして、一番下の第七層ではなく第六層

で一旦様子を確認する。

 すると張り巡らされた排水溝から、ゴポゴポと海水の漏れ出す音が聞こえてきた。

 

大和 「これは排水系がやられたね。」

 

 地下倉庫は水面下に存在しているので、排水系が破壊されたら第七層から海水が這い上がって来る。

 これで第七層は水没するだろうけど、私は第六層は水没しないと予想する。

 何故なら水没すればするほど行動範囲が小さくなり、隠れる所も減っていき、状況は私達有利になる。

 魔剣もそれくらい分かっているはず。

 でも排出系を壊したなら間違いなく、キンジ達が第七層に居ると予想出来る。

 じゃないとわざわざ壊す理由がない。

 しかし念の為、囮の可能性も考慮を入れて動く。

 キンジ達が無事な事も祈って、第六層で魔剣を捜索する。

 

大和 「んっ?・・・シンプルだけどえげつない罠を設置するねぇ。」

 

 廊下の途中に魔剣が仕掛けたであろう罠が仕掛けてあった。

 私のアンカーショットでも使用されているTNKワイヤーが高さ違いに計三本。

 それも私やキンジ、アリアの首の位置に斜めから当たるように張っている。

 魔剣を追う為に慌ててここを走ったら、そのまま首と体が分離、分離せずとも出血で天に召される。

 しかもワイヤーが設置している位置から更に奥に、本命の黒く塗装されたワイヤーが張られている。

 手前のワイヤーを切断して油断した所をサクッと。

 何処までも用心深い性格だねぇ。

 ワイヤーに切られないよう、しゃがみながら通る。

 本当はワイヤーを切断した方がいいんだけど、ワイヤー自体に細工がされていないとも限らない。

 トラップを回避して先を急ぐと、とりあえず近くにあるドアを音を立てないよう開ける。

 その部屋は大型コンピューターが大量に設置されたサーバールームだった。

 ここら辺からいつ魔剣と会うか分からないので、FN5-7を引き抜き両手で構える。

 気配を消して、静かに移動及び索敵を平行で行う。

 サーバールーム内を捜索していたら、奥の方に何かがいる気配を感じた。

 私は気配の正体知る為に、コンピューターの陰に隠れてこっそりと奥を覗く。 

 エレベーターホール近くの3m程の大型コンピューターの傍に、全身巫女装束の白雪を発見した。

 

大和 「白雪、大丈夫?」

白雪 「ケホ、ケホッ・・・や、大和っ!」

 

 私が駆け寄って見た白雪は全身が海水で水浸しになっていた。

 

大和 「ごめん、来るのが遅れて。」

白雪 「うん、いいの。私よりもキンちゃんやアリアは?」

大和 「まだ会ってないよ。とにかく二人と合流しよう。」

白雪 「うん。」

 

 白雪の手を引いて立ち上がらせて移動しようとした時、私は右手に持つFN5-7を構え、サーバールームの一角を狙う。

 

大和 「白雪、私の後ろ居て。」

白雪 「どうしたの?」

 

 白雪の疑問の呟きをスルーしてトリガーを引き、大きな銃声と共に一発撃つ。

 放たれた弾丸がコンピューターの側を通って壁に命中。

 そのまま跳弾して奥に消えてしまった。

 私は一旦銃を納め、雨風改を抜かずに抦を握る。

 

白雪 「大和、何かあったの?」

大和 「あーちょっと待ってね。白雪、先に一つ聞きたいけどいいかな?」

 

 私は白雪に背を向けたまま質問する。

 

白雪 「えっいいけど、何?」

大和 「そうだねぇ、私が聞きたいのは白雪───貴方は誰なのかな?」

 

 キィィィィン!!

 

 甲高い金属同士の接触音がサーバールームに響き渡る。

 私の目の前で雨風改と、白雪だった者の日本刀が十字の形で交差する。

 アリアの対決でやったように白雪の・・・いや、魔剣の攻撃を防ぐ。

 

魔剣 「やはり気づいていたか、貴様は。」

大和 「当たり前だって、私の前で変装なんて無意味だから。分かっているよね?魔剣。」

魔剣 「ふん!私をその名で呼ぶな。」

 

 お互いに剣の擦り合いを止めて後方にバックステップで距離を取る。

 そして口にされた名前が嫌なのか、魔剣が不快な顔をする。

 

大和 「おっとこれは失礼。なら貴方をなんて言えば良いの?」

魔剣 「随分と余裕だな。まぁ、いいだろう。」

 

 魔剣は白雪姿のまま宣言した。

 

ジャンヌ 「私の名は───ジャンヌ・ダルク。誇り、名、知略を子孫に伝え続けた策の一族。私はその三十代目だ。」

 

 ジャンヌ・ダルクと言えば、英国と仏国の百年戦争を仏国の勝利に大きく貢献した軍人。

 今もなお伝説が伝えられている英雄で、仏国の聖女。

 

大和 「確かジャンヌ・ダルクって、処刑されたと記憶していたけど?」

ジャンヌ 「あれは我が始祖ではない、陰武者だ。それに、だ・・・・」

 

 ジャンヌは片手を私に向けて伸ばす。

 その瞬間、嫌な予感がして再び床を蹴って後退すると、移動する前に居た場所の床が凍りつく。

 

ジャンヌ 「ほう?初見で避けるとは、なかなかやる奴だ。やはり双剣双銃の代わりに、絶対守護を貰って行こう。無論、奴もだが。」

 

 魔剣は奇襲を見破った私に感心して、薄く微笑を浮かべながら勝利宣言とも取れる台詞を発する。

 

大和 「ちょっとそれは傲慢過ぎない?」

ジャンヌ 「そんな事はない。それでは他の奴らが来る前に貴様を確保しておこう!」

 

 ジャンヌは白雪の姿のまま、日本刀を振りかぶって来る。

 私は雨風改で防御して右手でFN5-7を発射する。

 しかしジャンヌの着ている巫女服は、防弾製のようで意味がない。

 更に巫女服は全身の広い範囲を防御している。

 唯一服で守られていない箇所は、首など重要部位で即死する恐れのある場所ばっかり。

 無論、ジャンヌも分かって着ているのだろうね。

 銃の攻撃を諦め、打撃メインの攻撃に切り替える。

 ジャンヌの連撃をいなして出来た隙を、左足で足払いをするが回避される。

 しかしそれは予想していて、遠心力をそのままに今度は左足を軸に回転して、右足で横腹に回し蹴りを繰り出す。

 

ジャンヌ 「ぐっ!」

 

 回し蹴りはジャンヌの右側の横腹に見事命中する。

 しかし───

 

大和 「───痛っ!」

 

 ジャンヌに命中した右足に激痛を感じ、一旦距離を開ける。

 脚を見ると、靴ごと足首が氷で凍っていた。

 今もなお激痛が続き、足首が動かない事で行動を制限される。

 

ジャンヌ 「噂通りの防御だな。ほんの僅かな隙を突いてくるとは。だがどうだ、足ほ凍る気分は?」

大和 「まさか身体に接触した足を凍らせてくるとは思ってもみなかったよ。でも、対策してない訳ないよね。」

ジャンヌ 「なんだと?」

 

 ジャンヌの顔から笑いが消える。

 私は懐から青の御札を自分の足首へ叩き付ける。

 すると足首の氷が即座に溶けて、ただの水へと変化する。

 

ジャンヌ 「貴様、何をした?」

 

 ジャンヌは自慢の超能力が無効化された事実に警戒心をより強く抱く。

 

大和 「備えあれば憂いなし、わざわざ敵に情報を流す必要性もないよね。それよりタイムオーバーだよ、ジャンヌ。」

ジャンヌ 「何を言って・・・ハッ!!」

 

 ジャンヌの驚く姿をニヤニヤしながら観察する。

 策士が最も嫌がる事。

 それは誤算、予想外と言った自身の予想しない、経験してない攻撃や事態。

 例えば戦いが起こる前に放った弾、あれは何かを狙った訳ではなく発砲音を出す為。

 その理由は簡単な事。

 この封鎖された地下倉庫での発砲音は爆圧と同じく壁で反響増幅し、広範囲に広がる。

 するとあら不思議、私達の位置が丸分かりなんだよね。

 

 パァン!!パンパン!!

 

 私の後ろ側のコンピューターの角から銃声と同時に、ジャンヌに向かって三発の弾丸が私の隣を通り抜け飛翔する。

 右側から9mmパラベラム弾、左側から二発の45ACP弾がね。

 

ジャンヌ 「───ッ!」

 

 ジャンヌは日本刀の腹を盾にして、三発全部を弾く。

 そして弾を放った人物達がコンピューターの陰から私の左右に移動する。

 

アリア 「やっと見つけたわよ!魔剣!!」

キンジ 「悪いが、ここで終わりだ。」

 

 私の思惑通り、銃声が耳に届いたキンジやアリアが到着する。

 そして口調と反応的にヒス状態のキンジが話し掛けて来た。

 

キンジ 「大和、怪我はないかい?」

大和 「大丈夫だよ。それより正面に居るの彼女は、ジャンヌ·ダルク。氷を扱う超能力者だから気をつけて。」

アリア 「ジャンヌ・ダルクッ!?どういう事よ!」

 

 多分さっきまでの私と同じ認識だったアリアが、処刑されたジャンヌ・ダルクが存在している理由を理解しきれず聞いてくる。

 でも残念ながら今はそんな時間は使えない。

 

大和 「ジャンヌを捕まえてからゆっくり話すよ。」

アリア 「むぅー・・・わかったわよ。」

 

 疑問が晴れずに少し不機嫌で膨れ顔のアリアだけど、一応は納得したっぽい。

 

ジャンヌ 「フッ、私を捕まえるだと?よくそんな事が言えるな。」

 

 私の逮捕という単語にジャンヌは面白く嘲笑う。

 

ジャンヌ 「貴様らが三人集まろうが、私には勝てないぞ!」

大和 「あれ、おかしいなぁ?私達がいつ三人だって言ったっけ?」

白雪 「ジャンヌ・ダルク───ッ!」

 

 いつの間にジャンヌの後方に回り込んでいた本物の白雪が、分銅付きの鎖をジャンヌの持っている日本刀に巻き付けて、思いっきり引っ張る。

 ジャンヌはバランスを崩すのを阻止する為、反射的に日本刀を手放す。

 武器を失ったジャンヌにアリアが一気に走って接近。

 ジャンヌは超能力でアリアに対抗しようとするものの、そうはさせない。

 私とキンジがそれぞれ早打ちの要領で、FN5-7とベレッタM92Fを連続で発砲する。

 ジャンヌの意識が弾に向いてる間に、アリアが強烈なドロップキックをかます。

 思いっきりアリアのドロップキックを腹部に食らったジャンヌは白雪の位置よりも後方側まで吹き飛ばされ、壁に激突する。

 ダメージを受けたジャンヌは少しフラフラしながらも立ち上がる。

 

ジャンヌ 「・・・こうも集まれると面倒だ。」

 

 するとジャンヌの足元に円筒状の物が転がり、白い煙が大量に噴き出す。

 

キンジ 「発煙筒か!」

 

 白煙は少しずつ大きくなって、ジャンヌの姿が煙幕で消え去る。

 次いで天井にある火災報知器が、発煙筒の煙を火事だと誤認してスプリンクラーから水が撒かれる。

 奇襲を警戒して煙の近くにいた白雪とアリアが、私達の方に駆け足で避難する。

 合流した白雪にキンジがある質問を問う。

 

キンジ 「白雪、聞きたい事があるがいいか?」

白雪 「あ、うん。」

キンジ 「アドシアード準備委員会の会議があった日、大和と会ったか?」

白雪 「え、えっとぉ・・・どの会議だろう?」

 

 複数の会議を平行している白雪には、キンジの言う会議の日がどれを指すか分からないみたいで混乱する。

 

キンジ 「他の委員会の女性に台場に行こうと誘われた時の会議だ。俺も一緒にいたはずだぞ。」

白雪 「あの日?あの日は教室以外で会ってないよ。」

 

 白雪からの解答でキンジはより険しい顔して言った。

 

キンジ 「いいか?その日に大和が白雪と出会っているんだ。会議をしているはずの白雪が。つまり奴はずっと君に変装して武偵高に潜入していたんだ。もっとも、大和は最初から気づいていたらしいが。」

アリア 「キンジ・・・?アンタ───なれたのね!?」

 

 明らかに見分けれるキンジの急激な変化に、アリアが望むヒスった状態になったとようやく気が付いた。

 そしてヒスったキンジが居る事に気を大きくしたのか、アリアが大きな声でジャンヌを挑発する。

 

アリア 「大和から聞いたわよ!魔剣のご先祖様がジャンヌ・ダルクって凄いわよねぇ!まるで貴方には似合わない!!」

ジャンヌ 「人の事を言えないだろう。ホームズ、貴様もな・・・・・」

 

 煙幕の奥からジャンヌの声が聞こえてきた。

 それとほぼ同時に部屋の室温が急激に低下する。

 スプリンクラーから撒かれる水が、氷結になるほど急激に室温が低下する。

 これ以上室温が下がると行動にも支障をきたすと想定した私は、近くのコンピューターに青の御札を投げる。

 御札はコンピューターの側面に貼り付き、瞬時に半径5m圏内の円内が超能力を反射し暖かくなる。

 その現象にアリアやキンジだけでなく、白雪も理解が追い付かず一瞬呆ける。

 私は御札が効果に問題ないと確認したら、私はジャンヌの居るであろう煙幕に向かおうとした。

 

白雪 「大和、待って!」

 

 すると白雪が慌てた様に私の肩に手を置き、制止させられる。

 

大和 「白雪?」

白雪 「ジャンヌの相手、私にやらせて!」

 

 そう宣言した白雪の面影にはいつもの弱気な白雪は居なかった。

 覚悟を決めて闘いに行く戦士としての顔をしていたよ。

 普段のオドオドした白雪からの変化に、何故か自然と笑顔が出る。

 

大和 「本当に危なくなったら援護するから。良いよ、行ってらっしゃい。」

 

 今度は逆に白雪の肩に手を置き、白雪の決断を尊重する。

 

キンジ 「白雪・・・」

 

 キンジも白雪だけで戦わせたくないという気持ちがあったみたい。

 でも、私と同じく白雪の覚悟を優先させたみたい。

 私と白雪が入れ替わる形ですれ違う。

 白雪が前方に歩き、数m先で立ち止まって言った。

 

白雪 「ジャンヌ。もう・・・終わりだよ。私は誰も傷つけたくないの・・・たとえ、貴方だったとしても・・・・・」

ジャンヌ 「何故私相手に勝利を前提に話している?貴様が原石として良くても、所詮は未加工。既に極限まで研磨された私に勝てるとでも?」

 

 白雪との一対一なら絶対に負けないという余裕のあるジャンヌの声が、煙の奥から届く。

 

白雪「貴方は知らないかも知れないけど。私、G17の超能力者なの。」

 

 えっG17?

 超能力者の出力はグレート、Gで表される。

 基本的に正面から超能力者同士で戦えばGの高い方が勝つ。

 しかも白雪の言ったG17って、世界にも十人と居ないトップクラスの強さだよね?

 大半の勝負に勝てる世界最強レベルの超能力者。

 

ジャンヌ 「───いや、ただのブラフだ。万が一真実だったとしても、貴様は星伽の掟を破ることは出来ない。」

 

 口ではブラフと言っているものの、もしもの懸念がジャンヌの声に余裕が無くす。

 

白雪 「今までならそうかも知れない。いや、そうだった。でもねジャンヌ、人って凄いよ。ある一つの存在を護る為に、今までの全てを投げられるから。」

 

 白雪の纏う雰囲気が大きく変わる。

 全てを捨てる覚悟した最強の白い鳥は、今までの安全な籠を捨てて旅立つ。

 たった一つの存在を護る為、その翼を大きく羽ばたかせた。

 

ジャンヌ 「───こ、こうなるのも想定していた。だが超能力者はGに比例して精神力を失いやすい。貴様が先に倒れれば私の勝利だ。」

 

 ジャンヌの真剣見を帯びた声───やがてジャンヌを覆っていた煙幕が晴れる。

 髪はダイアモンドと言うべき透明感のある銀。

 そして鋭い刃を思わせる眼は宝石のサファイアのようだった。

 まさにジャンヌ・ダルクは仏国の聖女に相応しい女性。

 しかしジャンヌのサファイア色の眼の奥には、黒の陰りが確実に感じられる。

 ───本気で殺る気ね。

 

白雪 「キンちゃん。私を、見ないで・・・」

 

 白い鳥が大きく羽ばたく事へ僅かな恐怖が感じて怯える。

 

白雪 「今から、星伽の禁忌を使う。でも、キンちゃんは・・きっと、恐ろしく感じる。貴方に・・・恐怖を刻んじゃう。私を───怖いと思っちゃう!」

 

 白雪は左手で頭に着けている白いリボンに触れる。

 しかしその手は微かに震えていた。

 

キンジ 「大丈夫だ。何があっても、雪を怖いって思ったりしない。何当たり前のこと聞いているんだ。」

白雪 「・・・そっか、分かったよ。じゃあ、行ってくるね。」

 

 手の震えが消え、髪に結ばれていた白いリボンほどく。

 そして白雪がジャンヌに対し、始めて見た構えで日本刀を構える。

 

白雪 「ジャンヌ。私は、貴方は逃がす選択は絶対に出来なくなった。星伽の巫女の秘める本当の力、禁制鬼道を見てしまうから。それは、今この時までずっと継がれてきた。とても永い時間の中・・・・・」

 

 刀の先端からロウソク程の大きさの緋色の炎が生まれ、油に引火したみたいに瞬く間に刀身全体に広がる。

 

緋巫女 「白雪は、本当の名を隠す名前。私の本当の名前は───緋巫女。」

 

 名前を言った途端、緋巫女はジャンヌに突撃する。

 ジャンヌは急いで背中に隠していた洋剣で攻撃を防ぐ。

 ───緋巫女は何でも燃やし尽くす炎を・・・・・

 ───ジャンヌはあらゆるものを凍らせる氷で・・・・・

 炎と氷───正反対の属性が衝突し合う。

 二人はお互いにお互いを押し退けようと力を込める。

 無限に続くかと思われた硬直状態から、ジャンヌは緋巫女の攻撃をいなす。

 いなされた攻撃は、斬擊の範囲にあったコンピューターを一刀両断する。

 その切断面は高熱によって、熱したナイフをバターに下ろすように溶解していた。

 ジャンヌはいなした隙に数歩後退する。

 緋巫女の燃え上がる炎に映し出されたジャンヌの顔には怯えが含み、額から冷や汗を流していた。

 遥か昔、ジャンヌ・ダルクは炎で処刑される寸前だった。

 なら自分を殺そうとした原因の炎を怖がるのも当たり前。

 つまり嫌いな火の対策として、氷の研究を行ってきた。

 それによって多少の火であれば問題はなくなっただろうけど、今相手にしているのは緋巫女の扱う類を見ない最強の炎。

 

緋巫女 「私はその剣を斬ります。このイロカネアヤメに斬れないものはありません。」

ジャンヌ「フッ、そんな訳ないだろう。聖剣デュランダルに斬れぬものは無い!」

 

 ジャンヌはそう宣言してデュランダルを胸の前に掲げる。

 そして再び緋巫女から動いた。

 二本の得物が互いに接触する毎に激しい音が鳴り響く。

 イロカネアヤメ、デュランダルに触れた物は全て切り刻まれる。

 壁や床はおろか、コンピューターや防弾性のエレベーターの扉すら容易に切断される。

 

アリア「これが、超偵同士の闘い!」

 

 緋と銀が何度も交差し、まるで妖精がダンスを奏でているような幻想的な風景に思わず魅了されそうになる。

 

キンジ 「今の間に作戦を考えよう。」

 

 キンジの言葉に私とアリアは視線を向ける。

 

キンジ 「正直に言うと、俺は何処かで白雪に加勢したいと思うが───」

大和 「一流同士の闘いはタイミングが命。もしミスが起きれば瞬時に勝敗は決定づけられる、でしょ。」

 

 キンジが小さく頷く。

 

キンジ 「あぁ、俺も何とかしてそのタイミングを計りたいんだが、俺は超能力相手の経験が浅い。だからアリア、君が前に超能力者相手に戦った経験があると。」

 

 キンジの言いたい意味は理解できる。

 要はアリアに絶好のタイミングを判断して、攻撃の指示をして欲しいと。

 しかしアリアが難しい顔をして悩む。

 

アリア 「こんなレベルの超能力者とは会った事もないわ。でも強いて言えば超能力は凄い精神力を使うの。それにこの規模なら確実にガス欠を起こすわ。その瞬間だけが唯一のチャンスよ。」

キンジ 「そのチャンスは分かるか?」

アリア 「多分いけるとは思う。でも大半は感ね、それでもいい・・・?」

 

 アリアの声にほんの少しだけど不安が混じる。

 

キンジ 「ああ頼む。以前の俺は馬鹿だったすまない、パートナーを信じれなくて。だが今は違う。アリアの感を百パーセント信じる───何がなんでもだ。」

アリア 「そこまで言うなら、わかったわ。やってみる!」

 

 キンジの言葉に鼓舞されたアリアからは先ほどの不安感は一切感じられなくなった。

 特にサポートする必要がないと判断して、私は緋巫女とジャンヌの剣が激突するタイミングに合わせ、片側のアンカーショットを天井に打ち付ける。

 

大和 「私はあの二人居る場所の側面の壁に居るね。今はお互いに相手しか見えていないから、予想外の奇襲になると思う。」

キンジ 「わかった。ただ気をつけてくれ。」

 

 私はアンカーショットを巻き取り、緋巫女達の側面にこっそり移動する。

 おっと、やっぱり危ないなぁ。

 数m手前に何度も斬擊が走るせいで時々斬られそうになる。

 勝負に一生懸命の本人達は気づいていないだろうけどね。

 しかし戦闘が続くにつれて、確実に二人の疲労が重なっていく。

 体力的にも精神的にも随分疲弊した二人は、まだまだ諦めずに懸命に剣を振り合う。

 

緋巫女 「キャ───ッ!!」

 

 そして斬撃が交差した瞬間、突如緋巫女の悲鳴が上がって押し飛ばされ、床に転がる。

 更に手に持っていたイロカネアヤメが衝撃で遠くのコンピューターの裏手に飛んで行ってしまった。

 

緋巫女 「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」

ジャンヌ 「フッ・・フフッ・・・・・」

 

 ジャンヌは遂に最高の好機を得たと薄く笑う。

 

ジャンヌ 「この勝負───貴様の負けだ!」

 

 ジャンヌはデュランダルを高く掲げる。

 そして室温が氷点下に急激に下がる。

 多分そろそろ。

 キンジの方を見ると、飛び出したい気持ちをアリアが手に制していた。

 無論アリアも同じ気持ちだろうけど、何とか堪え忍んでいる。

 

ジャンヌ 「確保する予定だったが仕方がない。貴様は運がいい、何故なら我が一族の奥義で死ねるのだからな。食らえ!オルレアンの氷花───銀氷になって、散れっ!!」

 

 ジャンヌのデュランダルが青白い光を蓄える。

 

アリア 「キンジ!アタシの三秒後に続いて!」

 

 アリアは二本の小太刀を取り出し、ジャンヌとの空間を一気に走り抜ける。

 一秒・・・

 突然の奇襲にジャンヌが慌てて振り返る。

 二秒・・・

 

ジャンヌ 「ただの武偵が───邪魔だ!!」

 

 妨害に怒ったジャンヌが剣を橫薙ぎに払う。

 アリアはジャンヌの行動を予測していたようで、ジャンヌの変装に使っていた巫女服で視界を塞ぐ。

 更に視界を塞いだら、スライディングでジャンヌの股下を潜り抜ける。

 今はアリアに意識が向いている。

 出来れば使いたくなかったけど───ここしかない!

 

大和 「白雪っ!」

 

 私は腰に着けていた雨風改を鞘ごと緋巫女へ全力で投躑。

 サーバールームの空中を飛ぶ雨風改を緋巫女が受け取る。

 

緋巫女 「これって・・・?」

 

 ───三秒!

 視界を覆い隠していた巫女服を押し退け、ジャンヌの周りから青の濁流が起きた。

 青い光は天井に砲弾のように命中し、天井が巨大な氷の花みたいに凍っていく。

 ───って、ヤバっ!!

 このままだとアンカー経由で凍らされる!

 瞬時に天井に打ち付けたアンカーを外して事なきを得り、床に着地する。

 

アリア 「キンジ今よ!!」

 

 あらかじめ次の指示が分かっていたキンジはジャンヌに向かって駆ける

 バババンッ!!

 三点バーストに切り替えたベレッタをジャンヌに銃撃する。

 一方ジャンヌは、手に持っていたデュランダルで弾き返す。

 この距離では効果がないと思ったのか、キンジは更に距離を詰めて連射する。

 そして私もキンジを援護するため、FN5-7を発砲する。

 でもジャンヌはむしろキンジに突っ込んで行き、デュランダルを大きく振りかぶって切り下ろす。

 このままだとキンジが斬られると思った瞬間、デュランダルは止まった。

 

ジャンヌ 「ま、まさか!?」

 

 勿論ジャンヌが止めた訳ではない。

 その理由はキンジが片手で真剣白刃取りを決めた事。

 本当にそのまさか、何をどうしたら人差し指と中指に挟んだだけであのデュランダルが止められるのかと。

 今やジャンヌには頭は驚愕で埋め尽くされる。

 

ジャンヌ 「いや、まだだッ!」

 

 何とか冷静になって対応しようとする。

 でも残念だけど貴方の負け、ジャンヌ。

 この状況はよくに言う詰みってやつ。

 

緋巫女 「キンちゃんに手を出さないでええええッ!!───緋緋星伽神───!!」

 

 緋巫女は私の渡した雨風改を、居合い切りと同じように抜く。

 ほんの一瞬だけ見えた鞘から出された刀は、緋色の火ではなく───青色。

 緋色の炎を超える圧倒的な熱量を誇った青い炎。

 下から切り上げた刃はデュランダルをすり抜けて、直接当たっていない天井や壁に一線に炎が直撃する。

 壁は大きく溶解、天井はデュランダルが凍らした氷を一瞬で蒸発させる。

 更に熱に耐えられなくなった瓦礫が落下してくる。

 

ジャンヌ 「───ッ?!」

 

 ジャンヌは、自分の愛剣が溶断された事実にただ呆然していた。

 

アリア 「ジャンヌ!」

 

 ジャンヌが床に伏せられてアリアが上に馬乗りになり、両手に銀の手錠を付ける。

 

アリア 「ジャンヌ・ダルク!逮捕よ!!」

 

 アリアはそう高々と宣言する。

 こうして、魔剣の闘いは終わった。

 私はジャンヌが捕まった事に一安心する。

 さてと、ってあれ?

 ジャンヌを倒した白雪の様子を見ようとしたら、白雪はキンジに抱きついて泣いていた。

 それは嬉しい涙か、恐怖からなのかはわからない。

 流石にじっと見つめるのもあれなので、最後の斬擊の状態を確認する。

 パッと見て、深さ数十mはあろうかと思う巨大な斬擊の跡。

 しかも断面が完全に溶解しているし、というか臭いからして溶解を通り越して蒸発しているでしょこれ。

 はぁ~・・・・

 私は白雪に渡した雨風改に対し、小さなため息を出す。

 これでまた秘密事が増えちゃった。

 でも白雪の事を考えたら、これもしょうがないよね。




 供物を作る原住民:私達を襲ってきたのは、小さな人間達だった。私達が武器を構えた頃には、仲間が目の前で血を吹き死んでいた。


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22:アドシアードからの、おかえりなさい

 最近はアリアの方に熱が入っていたので、次は艦これの方を出したいと思います。


 魔剣事件は終わってもアドシアードはまだ終わらない。

 そしてこのアドシアードの最後を飾るのは───

 

不知火 「I'd like to thank the person・・・」

 

 不知火とキンジや武藤が第二グラウンドで行うバンド。

 閉会式のアル=カタ、だったよ。

 このバントに関して言えば、予想以上に個人の技術が高い。

 流石に雇われほどではないものの、かなりのバンドだと私は思う。

 全く詳しくない素人意見だけどね。

 

不知火 「Who flash the shot like the  bangbabangbabbng'ba?」

 

 曲のテンポが上がると、ステージ左右からチアガールが現れ、舞台の注目させる中央には白雪とアリアがドーンと登場する。

 そしてチアガールの登場によって、会場は更にヒートアップして盛り上がる。

 中央に居た白雪の表情が少し硬い気がするけど、きっとそのうち慣れるよね。

 それにチアガールは武偵高の生徒だけあって、全員が運動神経が良いから純粋に派手なショーになる。

 

不知火 「Who was the person, I'd likm to hug the body,」

 

 チアガール達が手に持っていたボンボンを天高く放り投げ、隠し持っていた空砲を複数回鳴らす。

 それと同時に観客から一気に声援を送って、最後にチアガール達が集まってポーズを決めて、銀紙の紙吹雪が周辺に巻き上がる。

 

不知火 「It makes my life change at all drbmatic!」

 

 ボーカルも終わり、観客席から大量の拍手と歓声がグラウンド全体に響き渡る。

 そしてアドシアードの後、ちょっとキンジと会って話そうと連絡したら、その時アドシアードの集まりの二次会に誘われて開催場所のファミレスに向かったよ。

 キンジと合流してメンバー聞いてみると、どうにも二次会のメンバーは偶然魔剣を逮捕したパーティーと同じ。

 アリアと白雪はクラブで一次会をしていたらしく、キンジは何処かなって思ったら、またこのファミレスだったみたい。

 一瞬キンジに可哀想な視線を送ってしまったのは秘密の話。

 まぁ他の場所にしようにもキンジの事だから、言い出しっぺのアリア相手に言い返せる訳ないよねぇ。

 それに今日はアリアの奢りということで、皆が好きな物を選んで注文する。

 この中で一番値段の張るステーキを頼んだキンジは、アリアに対してささやか過ぎるレベルの抵抗したのかな?

 しかし注文を終えた後、なんかアリアと白雪がお互いにチラチラと見合っている。

 

アリア・白雪 「「先に言うけど───」」

 

 言い出したタイミングが完全同時でハモる。

 それによって、更になんも言えない微妙な雰囲気が流れる。

 ここ最近変な空気になりやすいのをどうにしたいよね。

 

白雪 「アリアから話していいよ。」

アリア 「いや、アンタから話しなさい。」

 

 数十秒の無言時間を過ぎた後、結局アリアの無言の圧力に根負けして、先に口を開いたのは白雪だった。

 

白雪 「えっと。私、嘘ついてたの。」

キンジ 「嘘?いつの話だ?」

白雪 「その・・キンちゃんが風邪ひいた時、お薬を買ってきたのって・・・多分、アリアじゃないの?」

 

 不意を突かれた白雪の発言にキンジは大混乱して呆然になる。

 若干時間を置いてキンジはアリアに視線を合わせる。

 

キンジ 「・・・何?そうなのか、アリア?」

アリア 「あ、あら?しっ白雪が言いたいのは、その程度だったのね!」

 

 思いっきり噛んでいるよアリアさん。

 どう考えても図星ってのがピンポイントでわかるよそれ。

 アリアって普段から攻めばっかりだから、こう守りに入ると弱いのよね。

 

白雪 「私って、本当に嫌な女だよね。他の人の頑張った事を、自分がしたみたいに言って・・・」

 

 自己嫌悪から白雪が喋れば喋べるだけ下を向いて小さく萎縮していく。

 そんな白雪の姿にアリアが白雪の首根っこを掴んで持ち上げて言い聞かす。

 

アリア 「今さら気にしないわよ。それでも反省するって言うなら、次に私の言う事をしっかり聴きなさい。」

白雪 「う、うん。」

アリア 「白雪もアタシのドレイになりなさい!」

 

 その瞬間、またテーブル内の空気が硬直した。

 ねぇアリア、頼むからそうやっていちいち雰囲気を凍らせるのやめて、本当に。

 

アリア 「今回魔剣を逮捕して分かったのよ。あの戦いは、アタシ一人だったらきっと・・・いえ、確実に負けていたわ。たとえアタシと優秀なパートナーが居たとしても、二人で出来る内容は限られる。だから沢山の仲間を集めれば、いろんな戦闘に対応出来ると思っているの。」

 

 へぇー、アリアもだいぶ協調性を知り始めたのかな。

 内容は最初に比べたらかなり良くなっていると思うよ。

 ただしさっきの発言は今後でも治らない気がするけど。

 うーん。ストレートな言い方に入るか分からないけど、少しは取り繕った方がいいんじゃない?

 まぁアリアの良いところでもあるから難しかったね。

 

アリア 「だからアンタもその仲間に入りなさい。あと、ちゃんとチームワークを作る為にいつでも一緒に居るのよ!え~と何処にやったかしら?あっこれ渡しておくわね。」

 

 アリアはポケットから一つの鍵を取り出して、白雪に差し出す。

 

白雪 「何処の鍵?」

アリア 「キンジの部屋の鍵。自由に使いなさい。」

白雪 「嘘っ!ありがとうアリア!!」

キンジ 「おーい待て待て待て待てッ!」

 

 まさか突拍子も無く自室の鍵を渡されると思わず、キンジが声を張り上げる。

 そんなキンジを不満げにアリアが睨む。

 

キンジ 「やめろやめろ!!勝手に鍵を渡すなって言うか作るな!」

アリア 「アタシは聞く気ないわよ!」

キンジ 「おいそれはふざけるな!本当にやめ───」

 

 ガチャ!ガチャ!

 

キンジ 「───て頂きたいです・・・」

 

 アリアがガバメントを取り出すと同時に、強気だったキンジの声のトーンが急激に下がる。

 そんな状況の中、ウェイトレスさんが全員の料理を運んで来る。

 キンジにはステーキセットと水。

 白雪は烏龍茶と炊き込みごばん御膳。

 私はミルクココア。

 アリアはコーラとももまん丼・・・?

 あれ?ももまんを乗っけた丼って、ゲテモノに入るのじゃないのそれ?

 

大和 「と言うかアリアがガバメント抜いているせいで、ウェイトレスさんが怯えて手元が震えているから。アリアは取り敢えず銃を下ろそうよ。」

アリア 「何?ドレイの癖に主に文句を言う気?」

 

 周りの迷惑を伝えた私に対して、アリアはどう考えても注意を聞くがない。

 これ以上はウエイトレスさんが困るし今回は仕方ないかな。

 許してねアリア。

 

大和 「アリア。そろそろ銃を仕舞わないと、またあの三時間鑑賞会させるよ?」

アリア 「ヒッ!?」

 

 この前のトラウマを軽く抉ると、予想通り効果抜群だったご様子で、悲鳴のように高い声を発してからびっくりする位高速で銃を仕舞う。

 そして俯向いて顔を真っ赤に染める。

 と、こんな感じにアリアの光景を見てしまった私の隣に座るキンジが思わず質問してくる。

 

キンジ 「なぁ大和。お前とアリアに何があったんだ?」

大和 「これは秘密。アリアの面子に関わるから、仕掛けた私が言うのもだけど勘弁してあげて。」

 

 こうして静かになったアリアに安心したのか、ウエイトレスさんが私に軽く会釈して料理を並べ続ける。

 料理を配り終えてからウェイトレスさんが離れて行き、ちょっと顔が赤いながらも復活したアリアから私に話し掛けられた。

 

アリア 「アンタはそれだけいいの?」

大和 「私はこれで十分だよ。」

 

 アリアが私にそう質問したのは、私がミルクココアが一つしか頼んでないから。

 今回私がミルクココアを頼んだのは、残念ながら胃に入りきりそうな量の料理がなかったのと、単純の苦いのとても苦手だから。

 ブラックなんてとてもじゃないけど無理、他にもミント系も苦手なのよねぇ。

 ひとまず納得したアリアがコーラの入ったコップを持ち上げる。

 そして私もアリアに習ってココアのカップを持つ。

 

アリア 「それじゃあドレイ三号の誕生にCheeeeeers(乾杯)!」

白雪 「かんぱーい!フフフッやったぁ!合鍵なんて嬉しいよ!!」

大和 「はいはい、乾杯~。」

キンジ 「あぁ、もう・・・はぁー。」

 

 キンジも鍵の事を諦めて、同じようにコップを鳴らす。

 その後は四人で様々な話をした。

 最初はジャンヌの処遇や白雪の使っていた技などを話していて、後半では最近あった面白い出来事とかキンジの駄目な点にシフトしていった。

 他には最初の方に予想していた通り、白雪が私の刀についてさりげなく探りを入れてきたから、それは適当にはぐらかしたけどね。

 こんな風に大体三十分位会話をして、それなりに楽しんでいる所である事が思い浮かんだ。

 

大和 「あっ、そうだ!魔剣も解決しておめでたいから、あれのヒント言っちゃおうかな?」

白雪 「ヒントって?」

 

 白雪が首をかしげる。

 

大和 「勇者の問題のヒントだよ~。」

キンジ 「あー、あの意味不明のあれか。」

アリア 「それ、前にキンジから聞いたわよ。確か答えられたらアンタの秘密を教えてくれるヤツよね!アタシも気になっていたのよ!」

 

 アリアは本当に興味を持っているようで、机に体を乗り出して言う。

 

大和 「言うから落ち着いて、ね。ちなみにこれ、ヒントというよりは続きかな?」

アリア 「そんな事はどうでもいいから、早く教えなさい!」

 

 急がせるアリアを前に、話す順序を思い浮かべてから口にする。

 

大和 「えーとね。前に言った問題の続きで、〈しかし、力尽きた勇者は気がつくと、全く知らない世界に居ました。そこで勇者はとりあえず生きる為にある組織に入り、活躍しました。その組織で一人の男性と出会い、一緒に手を組んで数々の事件を解決しましたが、男性の家族が居なくなってしまい、男性が別の人生を歩むと宣言して、離れて行ってしまいました。〉までかな。」

 

 各自が首を捻らせ、悩む。

 アリアと白雪には完全に?が浮かんでいたけど、キンジはなんか引っ掛かるみたいで、二人とは違う別の挙動をする。

 すると様子の異なるキンジにアリアも気づく。

 

アリア 「キンジ。アンタなんか知ってそうね。」

キンジ 「・・・知っている。とは違うが、なんか覚えがあるんだよなぁ。だが全くと言っていいほど心当たりがねぇ。」

アリア 「ほら、早く思い出すのよ!」

キンジ 「いやいや、思い出せねぇんだからしょうがねぇだろ!おい、首元持って揺らすな!苦しい!!」

 

 アリアがさっさと思い出せとばかりに、キンジの首元を持って振り回す。

 それを白雪が、アリアがキンジを虐めていると思って怒り、アリアに襲いかかる。

 まさにカオスの状態、でも────混沌ほど面白い物はないよね。

 ただ他の人の迷惑になるのですぐに間に入ったけど。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 アドシアードがあった日の熱気が収まり、寝静まった月の上がる深夜。

 月光に照らされて現れる、女子寮のとある部屋のドアの前に佇む人影。

 

??? 「くふふっ!ここがみーちゃんのお部屋かぁ~!」




 未来視の嘆き:一度でも見られれば、煙と共に永遠に何度でも襲われる。


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現状の登場人物説明

遠山キンジ・東京武偵高に通う男子生徒。元大和のパートナーで現アリアのパートナーとなる。

 かつては強襲科に所属していたが、兄の事件をきっかけに一般高校に転校するつもりで、一応の繋ぎとして探偵科に編入している。

 性格は根暗で非社交的とかなり終わっているが、根っこはとても仲間思いで潜在的に強いカリスマを持っている。

 二年生の最初に神崎·H·アリアによって武偵殺しの事件に巻き込まれ、現状はアリアに尻に敷かれている状態である。

 使う装備は魔改造したベレッタM92Fキンジ·モデルにバタフライナイフ。

 あとキンジ自身は女性を苦手としているが、それはヒステリアモード(HSS)と言うのが原因だ。

 HSSは、性的興奮が原因で引き起こされる能力向上遺伝子で、性格も変化するため本人は凄く嫌がり、HSSが発動しようものなら後で自己嫌悪に走る。

 更に本人がHSSの暴発を防ぐ為に女性関係の知識を持っておらず、度々勘違いさせる事がある。

 

 

神崎·H·アリア・留学で東京武偵高にやって来たイギリスと日本のハーフ。

 二つ名は双剣双銃のアリア。

 この二つ名の通り、白黒の二丁のガバメントと二本の日本刀で活躍しており、英国では一度も犯人を逃したことはないとされる優秀な武偵。

 本人は武偵としての感は桁違いに優秀だが、推理や論理的説明が大の苦手で、魔剣の存在を信じれないキンジと激しい言い合いになった。

 性格は猪突猛進行き当たりばったりで、とても我が儘な少女だが、母親のことになると途端に涙脆くなり、弱い一面もある。

 日本には自分の母親の冤罪を無罪にすることを目標とし、冤罪を着せたイ·ウーという組織のメンバーを探している。

 

 

星伽白雪・超能力を使用する超偵と言われる武偵。

 容姿端麗、成績優秀、複数の部活の部長に生徒会長、更に大人しく丁寧という最強の完璧大和撫子───のはずだった。

 白雪はキンジに近づく女子にだけ過敏に反応する上、ヤンデレ感とかなりの妄想癖で暴走し、キンジに馴れ馴れしい女子は片っ端から白雪の制裁にあう、というかあった。

 もちろんキンジのパートナーのアリアや大和も、彼女からの奇襲を受けた。

 超偵としては最強のG17と、世界に誇れる戦闘能力を誇り、携帯するイロカネアヤメも合わさって最強の超偵なのは間違いないだろう。

 ただしGが増すにつれて消耗が激しくなるので、長期戦は不可能。

 ジャンヌ戦でその力を発揮し、禁術とされた禁制鬼道を自身の意志で解放した。

 それから少しづつであるが、自分の考えを表に出すようになる。

 なおキンジに対する欲望は、最初からほぼ丸出しだったが······

 

 

峰理子・キンジと同じく強襲科から探偵科になった金髪の少女。

 ルパンの曾孫で、武偵でありながらイ·ウーに所属する武偵殺しの犯人。

 普段は能天気でお馬鹿な性格しているが、武偵殺し事件を見る限り別の一面もありそうだ。

 仲の良い知り合いにはあだ名をよく付ける(キーくん、みーちゃんなど。)

 戦闘能力はそれなりにあるが、ANA600便のハイジャックでアリアを一時的に戦闘不能にしたので、本当の実力は隠しているのだろう。

 今は表向き、海外に事件の調査で出ているとされているため、いつ帰ってくるか不明。

 

 

レキ・狙撃科に所属するSランク狙撃者。

 無口·無感情な少女で、常にヘッドフォンを身につけて風を聴いているらしい。

 ちなみにレキは名前であって、名字は本人も知らないらしい。

 また、普段はカロリーメイトばっかり食べているので、たまにはと思って大和が手料理を振る舞ったら、冷蔵庫の中が無くなる事件が起こった。

 Sランクの狙撃者と言うこともあって、射撃の天才である。

 確実に目標に当てられる絶対半径は2051mと、桁違いの射撃精度を誇るが、狙撃者であるので近接格闘は苦手としている。

 使っている銃はAKを参考にしたドラグノフ狙撃銃。

 

 

不知火亮・同じ二年A組のクラスメイト。

 よくに言うイケメンで、常に笑顔を絶やさず、周りの生徒にも優しく接するため、女子からは良くモテる。

 ランクAだが様々な戦闘に対応でき、性格も合わさって信用出来ると評判。

 あと、入学してすぐに噂になっていた大和に話しかけた事から、もしかしたら意外にも好奇心は強いのかもしれない。

 

 

武藤剛気・車輌科に在籍するクラスメイト。

 190cm程の大柄な男性で、見た目通り性格も雑だが、キンジとは仲がかなり良く、遠慮しないで話せる人物である。

 本人は日頃から女子からモテたいと思っているが、まったくと言って良いほどモテない。

 車輌科に所属してるだけあって、車、バイク、モーターボートまで何でもござれの運転が可能。

 おまけに乗り物が大好きなので、乗り物の性能をかなり把握している。(ANA600便の型番の性能すら知っていた。)

 

 

平賀文・東京武偵高一の腕前を誇る装備科の生徒。

 入学当時ははSランクだったが、違法改造や桁違いの価格が原因でAランクに落とされた。

 しかし本人はあまり気にしてないというか、ランクに興味が無いのかもしれない。

 平賀源内の子孫なので機械関係は天才的と言える。

 ただ、法外な値段とイマイチな信頼性には思わず唸ってしまう。(勿論まともな魔改造もある。)

 身長は143cmとアリアより低く、それに合わせて精神年齢や容姿もそれ相応である。

 

 

遠山金一・キンジの兄。

 金一はキンジと同じく武偵をしており、それなりに腕を知られている。

 正義を貫き、敵であろうと味方であろうと全員助けると言う心構えして、キンジもそれに習っている。

 しかし、2008年12月24日のアンベリール号が起こした浦賀沖海難事故に巻き込まれ死亡した。

 だだ大和だけは死んでないと考えているが、真偽のほどは不明。

 

 

ジャンヌ·ダルク・超偵だけを狙う魔剣の正体。

 ジャンヌ·ダルクの名の通り、仏国の聖女であるジャンヌ·ダルクの子孫。今回は三十代目に当たる。

 聖剣デュランダルを扱い、氷の超能力を使用する。

 彼女自身は策士であり、前もっての準備で有利に戦うが、その反面想定外や誤算に弱い。

 白雪を狙って行動を起こすが、最終的に逮捕された。

 

 

宮川大和・この世界に移動させられたオリジナルのキャラクター。

 東京武偵高に所属している強襲科のSランク。

 格闘、近距離、中距離がそれぞれ対応できる強みを持っており、特に防御に関しては東京武偵高最強とまで言われている。

 その防御で付いた二つ名は、絶対守護の大和。

 性格は余裕があり、手の届く範囲であれば救いの手を差し伸べる優しさがある。

 最初はキンジにもちょっとイタズラをしていたが、パートナーになってからは一切やらなくなった。(キンジ曰く、唯一比較的安心できる女子らしい。)

 周りからはかなりの無茶も引き受けてくれる、基本ミスをしても許してくれるなどから、武偵高一の天使とも呼ばれるが、自分を犠牲にして他人を護ろうするので、度々心配される。

 武偵高では怒った姿を誰も知らず、元パートナーのキンジですら葬式の時以外見たこと無いらしい。

 装備は雨風改、富雨にFN5-7を常に携帯して、場合によってOTs-03を使用する。

 苦手な物は苦い物やミント系など、完全にと言っていいほど無理な模様。

 外見は黒髪ロング、瞳が黒の某弾幕ゲーの連子を想像して頂きたい。

 本人は2018年の日本から来たので、若干この世界より先である。

 彼女の過去は誰も知らない、時々意味深な言葉を発しているが────

 

 

真苗弓・大和の仲間の一人であり、遠距離狙撃担当のスナイパー。

 ブラウンな色のショートヘアをしており、上品な雰囲気を出している。 

 しかし彼女は極悪人の連れて来られた被験者の一人でり、何とか由夢と市と共謀して脱出した所を大和に保護され仲間になった。

 弓は身体能力、特に筋力の実験が行われ、見た目に対して桁違いの力を発揮することが出来る。

 弓はその筋力で、常人では扱えないレベルの狙撃砲(二式37mm携帯用対装甲砲)で敵を強引に撃ち抜く。

 デザートイーグルをサブに持っている。

 

 

戸山由夢・大和の仲間の一人だった女性。

 上側が浅緑色で下に降りるほど浅紫色に変化する独特な髪色をしたウェーブの掛かったロングヘア。

 由夢は無意識に干渉する実験に使用され、その影響かで無気力であまり喋らず、生活の大半を寝て過ごす。

 しかし由夢は元々記憶力が優れており、実験も加わって鋭く感が冴えている。

 普段から寝て過ごすので運動能力は無いに等しいが、持ち前の感で攻撃を予想して避ける。

 彼女は銃などを使わずに投擲物ばっかり使うが、感だけで八割は確実に当たる。

 

 

夕闇市・大和の仲間の一人、諜報潜入要員。

 藍色のカジュアルショートをしたボーイッシュな僕っ子。

 仲間の中一番小柄で、その小ささを使って潜入などを得意としている。

 市は神経系統の実験で反応速度は人を遥かに超え、夜目もかなり効く。

 攻撃で特に格闘が強く、大和ですらそれなりに本気を出さないといけない程だ。

 防御が大和なら、市は攻撃だ。

 武装は潜入がメインとあって短機関銃を使い、気に入っているのはMP5とP90である。

 サブにグロック18cを使う。



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西洋の鬼
23:理子の頼み


 魔剣を逮捕したアドシアードの日の深夜に、女子寮のある一角のドアに佇む一人の影。

 その影の正体は理子ちゃんでしたー!

 

理子 「くふふっ!ここがみーちゃんのお部屋かぁ~!」

 

 いやー、遂に帰ってきたって気分だよぉ。

 アリアとキーくんのせいでハイジャックの計画が失敗しちゃったから、イ・ウーを退学されるし大変だったんだよ。

 しかも理子の大切な物が取られてマジ最悪。

 だから取り返しに行くの!

 キーくんやアリアは当然として、みーちゃんも何かと居た方が成功率高いし、みーちゃんの性格なら拒否出来ないだろうしね。

 でも普通に行くのは面白くないじゃん。

 フフッだからこの深夜に襲うの、だって襲って驚かせた方が面白そうじゃん!

 普段から常に余裕のあるみーちゃんの驚く姿かぁ~、興味がバンバン出ますよッ!

 黒っぽい服装の女性に変装もしてきたから準備万端!

 

理子 「それじゃあ侵入開始~!」

 

 わたしは意気揚々と偽造したカードキーで、みーちゃんの部屋にお邪魔する。

 部屋の中は深夜とあって真っ暗。

 でも、前に教授の指示でこっそり入った事があるから問題なし。

 そういえば前に侵入した時、跡を残さないように逃げたのにすぐに侵入がバレちゃってたから、そこは流石みーちゃんだよね。

 あっ!

 みーちゃんの寝室に繋がる廊下を静かに歩いていたら、いっぱいの鍵で厳重にしている部屋のドアをまた発見した。

 ここ、前に来た時から気になってたんだよねぇ。

 一体こんなに厳重にするなんて、中に何かあるのか知りたくなっちゃうじゃない。

 凄い大事な物でもあるんだよきっと!

 みーちゃんも気を付けないと、泥棒が盗んで行くかも~♪

 でも今はみーちゃんの驚く姿を見に行くのが優先、名残惜しけど後にしよ。

 静かに忍び寄って寝室の前のドアに到着する。

 よし着いた!みーちゃんの寝室!

 音は・・・特にしないから、寝ている絶好のチャンスじゃん!

 さーて、後拝見させて頂きますよ~。

 ドアノブをゆっくり捻り、音を立てないようドアを少しづつ開けて、僅かな隙間から覗き見した中の光景は───

 あれ?なんか金属質の鋭い物が見える・・・近づいて来てない?

 わたしは何故か見覚えのある形状に頭を働かせる。 

 そして金属質の物の正体に気づいた。

 あっ!ナイフだこれ────ッ!?

 わたしは全力で首を傾ける。

 室内から飛んできたナイフがドアの隙間から飛び出し、わたしの顔の側面ギリギリ通り、視界外でドスッと鈍い音が鳴る。

 体を動かし後方を確認したわたしは、後ろの壁へ突き刺さるナイフから視線を逸らし、嫌な予感がしながらドアを開ける。

 行き先の寝室では、ベッドに腰掛け二本のナイフを使って片手でジャグリングをしているみーちゃんの姿が微かに認識できた。

 みーちゃんはスイッチで点照を点灯させ、笑顔をまま聞いてくる。

 

大和 「こんな夜遅くに何の用事かな?ねぇ理子?」

 

 笑顔で聞いてくるみーちゃんに、わたしは若干の恐怖を覚える。

 しかも変装しているのに完全にバレてるじゃんか!

 

理子 「えっと・・話すついでに、みーちゃんを驚かせようと・・・もしかして、怒っていたり?」

 

 わたしが恐れつつそう言うと、みーちゃんはきょとんして優しい微笑を浮かべる。

 

大和 「あれ?もしかして怒っていると思った?別にこれくらいで怒ったりしないよ。」

 

 みーちゃんの言葉を聞き、肩の荷が降りると同時にわたしの中から悔しさが沸き上がってくる。

 

理子 「もぉー、みーちゃんは本当に余裕はあっても隙が無いんだから!なんでこっそり入って来たの分かるのぉ~。」

 

 わたしは変装を解きながらそう嘆く。

 一方みーちゃんは困った表情で答える。

 

大和 「そんな事を言われてもねぇ。分かるからどうしようも」

理子 「みーちゃんは模擬戦でも不意討ちでも、いつも同じ事しか言わないよね。」

 

 みーちゃんはどうやって周囲の状況を確認して判断しているのかな?

 オルメスの感とは違うし、変装も見破られるから経験?

 理子もその力欲しいなぁ・・・それさえあれば、オルメスなんかに負けたりしなかったのに。

 

大和 「それで、私に話があるって言っていたけど?」

理子 「そもそもみーちゃん。理子がここに居る事に何か疑問を持ったりしないの?」

大和 「ここに居るって事は、既に司法取引でもしているんじない?してなかったら、私に捕まるだろうから来ないと思うよ。」

理子 「うん当ったりー!ちゃんと司法取引してるから安心して話せるよ。」

 

 確かにその通り。

 一応みーちゃんならちゃんと話を聞いてくれると思っていたよ。

 でも万が一戦いになったら逃げれる自信はないから、予め司法取引をしておいたの。

 それにしても、さっきからずっと翻弄されてばっかりで面白くない。

 ───あっそうだ!わたしを虐めた仕返しに良い事が思いついちゃった!

 不思議と表情が自然とニヤける。

 

大和 「・・・なんか凄く悪どい顔をしてるけど、何をする気かな?」

理子 「そんな事ないよぉ~だ!一つ質問するよ!」

 

 その質問は武偵にとって凄く嫌がる人の多いと思う。

 更に人によっては激怒する質問だったり。

 

理子 「みーちゃん。一般市民を殺すのって・・・どんな気分だと思う?」

 

 わたしはやってやったとほくそ笑む。

 武偵が守る対象である一般市民を殺す感覚なんて、武偵に対してのただの挑発だよね。

 でも殺すって言っても、オルメスを殺そうとしたことはあっても、他の人を殺すつもりはさらさら気ないよ。

 みーちゃんは顎に手をやって考える仕草をする。

 

大和 「うーん、赤子の手を捻るより簡単だよね。」

 

 ───ゾクリッ!

 

 背筋に氷柱を当てられたような寒気が走る。

 あ、あれ?なんだろう・・・なんか嫌な寒気が───

 わたしの身体は無意識に小さく身震いを起こし、全身の毛という毛が逆立つ。

 

大和 「どうしたの?様子が変だよ?」

 

 みーちゃんは様子の変わったわたしを心配して声を掛けてきた。

 わたしはこの変な気分を払拭する為に、何時もより元気な声を出して話を変える。

 

理子 「なんでもないよ!それより頼みがあるの!」

大和 「頼み?」

理子 「あのね、一緒にドロボーしようよ!」

 

 意気揚々と発言する私に対し、みーちゃんはドロボーと言う単語で難しそうな表情になる。

 みーちゃんは悩みながらナイフをベッドの隣にある机に片付け、気分の乗らなさそうに口を開いた。

 

大和 「理子って、武偵三倍の刑を知ってるよね?」

 

 と、みーちゃんは苦笑い気味に返答してくる。

 武偵三倍の刑は武偵全員が知っての通り、法を守らせる武偵が法を犯した場合、通常の三倍の刑が処させるもの。

 軽い犯罪でも重罪にされるとあったら、みーちゃんもうんとは言いにくいもんね。

 でも、理子はみーちゃんの性格は熟知しているし、大切な物物を取り返す為だからしょうがないよね!

 わたしはみーちゃんのお腹の辺りに抱きつき、下から見上げて追撃を続ける。

 

理子 「知っているけど、理子の大切な物なの!お願い!」

大和 「それって、本当に理子の大切な物?」

理子 「そうだよぉ!それに元は理子のだよ~!」

 

 視線を一回ずらして再び考えるみーちゃんは、数秒してから大きなため息を一つ吐き出す。

 

大和 「・・・・・はいはい、一緒にドロボーしよっか。」

理子 「やったぁ!ありがとう、みーちゃん!!」

 

 イエーイ、作戦成功!

 にしても思ったより早くみーちゃんの口からOKを出せた。

 もしかしたら、あのキーくん以上にみーちゃんって押しに弱いのかも。

 盛大に喜ぶわたしにみーちゃんはいつもの微笑を浮かべつつ、わたしの頭を優しく撫でてくれる。

 う~ん、みーちゃんに頭を撫でられるのは気持ちいい。

 

大和 「いつ開始予定?」

理子 「もうちょっとしたら理子が学校に戻るの。だから内容は後で。」

大和 「んっわかった。それじゃあ私はまた寝かせて貰うから。ふぁ~、まだ深夜だしね。」

 

 するとみーちゃんは眠たそうに欠伸をする。

 

理子 「あっ!理子もみーちゃんと一緒に寝たい!」

大和 「えっ、このベッド一人用なんだけど。」

理子 「大丈夫大丈夫、端に寄れば問題ないって!」

 

 大丈夫と言うわたしに、みーちゃんが座っていたベッドから床に立ち上がってリビングに移動しようとする。

 

大和 「じゃあ理子はこのベッドで寝て、私はリビングのソファーで寝るから。」

 

 みーちゃんの台詞にわたしは思わず頬を膨らませる。

 キーくんは殆ど全部だとにしても、みーちゃんもみーちゃんで結構鈍感だよね。

 

理子 「違う違う!一緒に寝るのー!」

 

 わたしはベッドに飛び込み、掛け布団を被ってみーちゃんに手招きする。

 すると、みーちゃんは諦めと優しさの混ざりあった表情しつつ、明かりを消して一緒にベッドに入る。

 みーちゃんが中に入ったら、みーちゃんの背中に思いっきりしがみつく。

 そしておでこをみーちゃんの背中にスリスリ~。

 わーい、みーちゃんのいい匂いがするぅ~。

 

大和 「おやすみなさい、理子。」

 

 それからすぐにみーちゃんの寝息が聞こえてくる。

 犯罪者だったわたしが居るのにすぐ寝るなんて、そんのに信用されていたりするのかな?

 それに少し嬉しさを覚える。

 そしてわたしの目の先にはみーちゃんの綺麗なうなじが見えて、思わず変な想像しちゃう。

 もし今みーちゃんの首を掻っ切ったら、絶対守護のみーちゃんでも死んじゃうのかな?

 勿論わたしは絶対にそんな事しないし、みーちゃんは理子の大切なお友達だもん!

 でも───

 さっきの寒気が気になる。

 あれって、わたしの質問が原因だよね?

 みーちゃん、やっぱり怒っていたのかな?

 うーん多分違う、その後の反応的に怒ってない。

 ならもしかして、みーちゃんは───

 うんうん違う!気のせい、そう気のせい!みーちゃんはそんな人じゃないもんね!

 強引にわたしは自分を納得させる。

 ふぁ・・・わたしも最近色々あったから凄く眠いや。

 おやすみ、みーちゃん・・・・・




 喰われた遺言:巨大な芋虫に似た形をしている生き物がいる。私はそれからもう逃げられない。何故なら既に目と鼻の先にいるか───


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24:ドロボー計画

 深夜に理子の突入を受けた次の日の朝。

 普段通り目が覚めて起きようとしたら、お腹周りに何かが引っ掛かって動けなかった。

 あれっと思い視線を下ろすと、私のお腹に理子が手を回してしがみついていた。

 あ、そっか。

 そう言えばベッドに入った途端、理子が抱きついたんだよね。

 残念ながら、手を退かそうにも理子は嬉しそうに熟睡していて起こすのは忍びない。

 このまま起きるまで居てあげたいけど、それじゃあ武偵高に遅刻するから、起こさないようほんの少しだけ緩めて抜け出す。

 後は私の代わりにクッションを挟んで置いておいた。

 そしていつも通り顔を洗い、銃のメンテナンスが終わって朝ごはんを食べる。

 制服を着て、机の上に理子の分の朝ごはんをラップに包んで置いておき、準備が全部終わったか確認して学校に向かう。

 学校に行く途中に、深夜の出来事を思い浮かべる。

 しっかし泥棒かぁ。

 正直言って気乗りはしないね。

 武偵が犯罪を犯したら、通常の三倍の罪が掛かる制度があるせいで出来れば犯罪には手を染めたくないんだよね。

 たとえ盗み一回だとしても、かなり重い罪が課せられるのよねぇ。

 それにキンジから聞いた話だと、理子はあのリュパンの子孫らしいから、泥棒は専門分野なはず。

 理子一人じゃあ手に負えないという意味かな?

 どう見てもかなり面倒な頼みなのは間違いない。

 しかも私に手伝って欲しいって、一体何を盗む気なの?

 こうして見るとあれだね。

 キンジが巻き込まれ体質なのはほぼ間違いけど、私もそうなのかな?

 なんか私も人の事を言えなくなって来た気がする。

 ・・・・はぁ~。

 そして武偵高で何時もの通り授業が始まり、一時間目が終わった後の休憩時間、自分の席でのんびりしていると。

 

理子 「りっこりんの参上だよぉー!」

 

 突如理子が後ろのドアから教室に現れて、軽快な足取りで私の席まで走ってくる。

 

理子 「みーちゃん、たっだいまぁ!!」

 

 理子は机に両手を置き、顔を近づけてから言う。

 すると、私は理子の唇に食べカスが残っているの見つける。

 

大和 「おかえり。あと理子はちゃんと鏡を見たら?ほら、口の周りに食べカスが残っているよ。ちょっと拭くから動かないでね。」

 

 ポケットに入れていたハンカチで、理子の唇に若干付いてた食べカスを拭き取る。

 

理子 「えへへ、ありがとー!みーちゃん!」

 

 甘える表情した理子は嬉しそうに感謝をして、今度は教壇に移動しアイドルのようなポーズをとる。

 

理子 「みんなー!りこりんが居なくて寂しかったぁ?でも、りこりんは今日!みんなの元に帰って来たよぉー!」

 

 男女両方のクラスメイトが理子に近づいて「りこりん!りこりん!」と応援団みたいに声援を送ったり、楽しくお喋りをしたりしている。

 そして私は理子が机に手を置いた時に、さりげなく置いていった折り畳まれた小さな紙をそっと回収する。

 すると今度は左側からバキッと木の折れる音が聞こえたので、そっちにチラッと視線を移す。

 そこにはアリアが真っ二つに折れた鉛筆を持ち、怒りに震えていた。

 ・・・そういえば、アリアと理子って敵対していたっけ。

 いきなり目前に宿敵が登場すればこうもなるよね。

 って、この場合だと理子と泥棒したのをアリアにバレたらかなり面倒な事になりそう。

 でも大丈夫、だよね?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 理子帰還から数日後、私は秋葉原の街を出歩いていた。

 通りは沢山の人で埋め尽くされ、建物はキャラクターのポスターが貼っていたり、ゲームの音楽が流れているそんな風景。

 普段はこの辺りには滅多に来ないけど、理子の置いた紙に今日の集合時間と住所が書かれていて、住所は秋葉原の一角にあるメイド喫茶、なんだけど・・・何処?

 こういう時にスマホのマップで調べられたらなぁ~、前の世界と比べるとまだ電子機器が発展途上だからまだ先かな。

 

大和 「えーと、住所はここで合ってるからこの建物だよね?」

 

 建物の外見は窓のあるクイックパーキングのようで、ぱっと見それっぽいお店はない。

 

大和 「間違えた?あ、ここから上がるのかな。」

 

 建物の端の方に小さな階段をあり、階段の壁にメイド喫茶と書かれたポスターが貼ってあった。

 私は階段を昇り、踊り場の所に扉と傍に看板が立て掛けられている。

 やっと見つけたと思いながら扉を開けた瞬間───

 

メイドさん達 「「「お嬢様、お帰りなさいませー!」」」

 

 おっと、入った途端に挨拶されるなんて思っても見なかった。

 居たのは分かっていたけど、これは想定外。

 それにメイド喫茶なんて初めて来たから、色々勝手が分からない。

 

大和 「理子って子と待ち合わせなんですが、聞いていたりしませんか?」

メイドさん達 「はい。理子様からお伺いしております!どうぞこちらへ!」

 

 予め理子が連絡していたらしく、挨拶されたメイドさんの一人に店の一番奥にある個室へ案内された。

 

メイドさん 「ここでお待ち下さい。お飲み物は如何しましょうか?」

大和 「今は大丈夫です。」

メイドさん 「御用がありましたら、何時でお申し付け下さい!」

 

 椅子に座り、個室から店内を見渡す。

 中は全体的にピンクと白。

 よく知らないけど、まさにメイド喫茶といった内装ぽい?

 それを数人のメイドさんが仕切っている感じ。

 うーん、どうにもこの内装は私の趣味には合わない。

 まぁこういう内装が好きな人も居るから、人の好みは本当に幅広いよね。

 

メイドさん達 「ご主人様、お嬢様、お帰りなさいませー!」

 

 またメイドさん達の挨拶が聞こえてくる。

 挨拶から今回は二人、ここって思いの外結構繁盛しているのかな?

 など考えていたら、何故か私の居る個室にメイドさんと入店した人達の足音が近づく。

 最初は間違って案内しちゃった?って思っていたら、予想外の人達が目線に入った。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 俺とアリアは、理子の大泥棒大作戦の会議に参加する為、嫌々ながら秋葉原のメイド喫茶に来た訳だが。

 俺はな、アリアと理子を合わせた三人でやると思っていたんだ。

 しかしメイド喫茶に到着して間違いだと分かった。

 少女趣味で汚染された店内の個室に集まり、紅茶を飲んでいる俺の隣に、ももまんを頬張るアリア、その正面にくそデカイタワーパフェを食べる理子。

 そして今回の予想外だったのが、理子の横に座って呑気に抹茶ラテを飲んでる大和。

 なんで大和も参加してんだ?

 俺とアリアが理子の泥棒を手伝う理由は、俺達の欲しいものを理子が持っているからだ。

 アリアは裁判の証言、俺は兄さんの情報。

 大和はぁ、性格的に断りきれずにしょうがなくって所だろう。

 

アリア 「まさか条件があるとは言え、リュパン家と同じテーブルに着く羽目になるとは思っても見なかったわ。ホームズ家の汚点ね。」

 

 このテーブルによる会話は、アリアの嫌み満載の台詞からスタートした。

 

理子 「フッフーン~♪これが奇跡の再会だよぉ!思わずヘッドショットしたくなっちゃう!」

 

 理子は嬉しそうにニコニコしている、あくまで表向きはな。

 しかしその表情の奥にドス黒い何かが写る。

 アリアと理子はお互いに見たまま、視線を動かさない。

 変だな・・・実際に見えてないはずなのに、アリアと理子の間に激しい視線の花火が散っているぞ?

 

大和 「はいはい喧嘩しない。話が進まないから。」

 

 大和が間に入り、この無駄な争いを中断させる。

 いいぞ大和、俺だとこいつらを止められないからな。

 せめて白雪みたいに俺が言って片方が止まってくれれば何とかなるが、アリアと理子相手は逆立ちしても無理だ。

 理子との争いを止められた事をアリアは不愉快そうにして、ももまんにかぶりつく。

 

理子 「むぅ、みーちゃんがそう言うならしょうがないかぁ。みーちゃん怒らしたら怖そうだし。それで今回の侵入場所はここ!」

 

 理子は店に持ち込んだ大量にある紙袋の内一つから、ノートパソコンを取り出し俺達に見せつける。

 

理子 「横浜郊外に建っている紅鳴館ー!パッと見はただの洋館に見えるじゃん。でも中身は偽装された要塞としか見えないの!」

 

 パソコンに映し出されたのは、建物の見取り図だな・・・・ってなんだこれ!?

 画面に映し出された見取り図には、侵入経路や逃走経路はおろか、作業一つ一つにかかる時間や非常時の対策が無数に想定されていた。

 や、やべぇ・・情報量が多すぎて訳が分からん。

 情報はあるだけ良いが、逆に有りすぎて処理が追い付かねぇ。

 これは、考えようとしたら逆に頭がおかしくなるぞ。

 隣で画面を覗くアリアも、精一杯熱心に理解しようと努力はしていた。

 しかしあっという間に情報量に耐えきれずオーバーフローしたようで、頭から知恵熱を発して机に突っ伏し倒れる。

 アリア。お前はそもそもまともな計画に乗っ取って動いた事ないから、理解するのは無理だろ。

 言葉に出さず内心アリアにツッコミを入れていると、大和が理子に質問する。

 

大和 「ところで目標の場所は?」

理子 「この地下にある金庫の中にあるの。この金庫がスゴく堅くて、とても理子だけじゃあマジ厳しいクソゲー。」

 

 理子がお手上げのポーズを取り、深くため息をつく。

 

大和 「ちょっとパソコン貸して。」

 

 理子が大和の前にパソコンを机の上でスライドさせ、そのパソコンを大和が操作し始めた。

 大和の視線が画面の中を素早く何度も動きまくる。

 

大和 「ねぇ、この通路使ったルートってある?」

理子 「んー?それだったらB15かなぁ。」

大和 「これだったら、こっちの通風口使った方が発見されにくいよ。」

理子 「えっ!でもそこ通るなら、手前の通路の方が安全だよぉ?」

大和 「普通はそう。だから廊下のカメラの視界を避けて───」

 

 大和の言葉に理子が頷き、理子の話す内容に大和が納得したり優しく否定したりと、二人でどんどん作戦会議が進んでいく。

 つーかすげえな大和と理子、よくあんな量の情報を話ながら並行に処理出来るな。

 もはや俺には訳が分からない。

 するとオーバーフローして蚊帳の外だったアリアが、思い出したように顔を上げる。

 

アリア 「そういえば今回はブラド関係だったわよね?もしかしてブラドも居るのかしら。」

理子 「あー多分居ないと思う。もう何十年も帰って来てないの。管理者もイマイチわかってなくてねぇー。」

大和 「ねぇブラドって誰?」

 

 大和の何気ない言葉が、アリアの顔をしかめさせた。

 

アリア 「悪いけど殆ど言えないわ。」

大和 「それだけで大体把握。」

 

 大和はアリアの一言で表に出すべきじゃない人物だと察する。

 

キンジ 「それで、肝心の盗み出す代物は何だ?」

理子 「うんとね。理子の誕生日にお母様がくれた十字架。」

アリア 「一体アンタは何を考えているのっ!?」

 

 理子の取り返して欲しい物に対して、怒り浸透のアリアは理子の顔に近づいて叫ぶ。

 

アリア 「アンタはアタシのママに冤罪を着せているのに何言ってるのよ!!自分のママのプレゼントを取ってこいなんて、よくそんなふざけた事を抜かせるわ!!」

キンジ 「一旦落ち着け。お前の気持ちは理解出来るけどな、理子の言葉一つ一つに目くじら立ててたらどうしようもないぞ。」

 

 口を荒くするアリアを落ち着かせようとさせるが、アリアは止めるなと俺に怒声を浴びせる。

 かなえさんの事も、アリアの気持ちも十分分かるぞ。

 だが俺だって、大事な兄さんの情報を得れる唯一のチャンスなんだ。

 アリアのせいで情報が手に入らなくなったら、本当に困るんだぞ!

 

アリア 「アタシの気持ちが理解できるなら止めないでよ!理子と違ってアタシのママはほんの少ししか話せ───」

理子 「理子は羨ましいよ、アリア・・・・」

 

 悲しそうにポツンと聞こえた理子の声に、アリアはギリッと歯を食いしばって、二丁のカバメントを理子に向ける。

 一方理子はアリアの相手に何もせず、寂しそうに足元を見つめる。

 

理子 「だって、理子のお父様も、お母様も、ここはもういないから。理子が八歳の時に、この世を発ったんだよ。」

アリア 「・・・・・っ!」

 

 想定外の理子の発言に、アリアは何も言わずばつが悪そうな感じでガバメントを仕舞ってゆっくり着席した。

 

理子 「あの十字架は、五歳の誕生日に理子が貰った物。理子の命と同じ位大切な物。ブラドは、それを知って取り上げたんだ!」

 

 最初は悲しいそうにしていた理子が、後半になるにつれて感情を抑えられなくなったのか、憎悪の表情に変わっていく。

 そんな理子に、隣に座っている大和は手を理子の頭を優しく撫でる。

 

大和 「理子、その気持ち想像出来るよ。大切な十字架を取り上げられたのもね。だから取り返そうよ。その為に、私達が集まったんでしょう?」

 

 柔らかく、ゆっくり、丁寧に理子へ伝えていく。

 理子は大和の方を見て、ほんの小さく頷く。

 

理子 「そうだ・・・理子は元気な子────」

 

 小さく何かをブツブツと呟く理子。

 

理子 「よーし、早くお宝取り返すぞー!」

 

 気分やテンションが一気に切り替わり、いつもの理子に戻った。

 しかしさっきの理子が脳裏今の理子と重ねてしまい、どうしても強がっているみたいにしか俺には見えない。

 理子は再びノートパソコンを全員が覗ける位置に移動させ、計画を説明する。

 

理子 「いつも通りの侵入で行こうと思ったけど、金庫のトラップはしょっちゅう変わってるし、いくらアンチトラップシステムにみたいなみーちゃんが居ると言っても厳しいんだよね。だからある程度の期間、ずっと潜入する必要があるんだよ!」

 

 理子よ。大和をアンチトラップシステム扱いはひでぇぞ。

 確かに間違ってはないけどよぉ。

 理子はパソコンを操って、あるページを開き閲覧させてくる。

 そのページには大きくバイト募集と載っている。

 なんだ?普通のバイトの内よ・・・待て、その建物の名前に見覚えあるぞ。

 それに内容がこれって、おいまさか!

 俺は大変嫌な予感を携えながら、理子に目線を送る。

 すると理子は待ってましたとばかりに、バンザーイのポーズをして宣言した。

 

理子 「みんなには、紅鳴館のメイドと執事になってもらいまーす♪」




 人の成れの果て:私はその鼠に心底震えあがった。その鼠の頭部が、邪悪な人間そのものだったからだ。


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25:前準備

 メイドさん、かぁ・・・思いもよらなかったなぁ。

 先日言われた理子からの頼みも一夜で終わらすタイプかと思っていたから、私自身がメイドになるとは予想もしてなかった。

 今回は紅鳴館のメイドとして情報収集の為に行くので、別の意味で潜入捜査と言っても間違ってない。

 ただ、今回は潜入捜査の泥棒版。

 普通の潜入より遥かに面倒な気がする。

 唯一幸いなのは、アリアも参加するからバレても問題なしってところ位。

 でもよく考えてみれば、あのアリアが実際に潜入できるかと言われれば・・・無理そう。

 どう考えてもアリアに潜入は厳しいものあるよね。

 特に性格があれだから、演技なんかさせたらオーバーヒートするんじゃないのかな?

 まぁこんな想像は後回しにして、ドアの開け部屋に入る。

 ここが何の部屋かと言うと、救護科棟の第七保健室。

 昨日メールがあって、再検査で採血するとか。

 どこか悪かったのかな?って、あれ?

 中は再検査になった女子生徒が集まっていたけど、なんで皆服を脱いで下着姿なんだろう?

 確かメールは採血だけだから、服を脱がなくてもいいって書いてあった気が───

 

理子 「おーう、これはみーちゃん様ではあーりませんかぁー!」

 

 部屋に入ってすぐ、黄色の下着姿の理子が変な台詞と一緒に走って駆けよる。

 

大和 「あっ理子。なんで皆服を脱いでるの?」

理子 「だって、いっつも検査の時は脱がなくちゃいけないでしょ!」

大和 「でも採血だけだし、メールに書いてあったよね?」

理子 「そうだっけ?別に気にしなくてもいいんじゃないのぉー?ほら早く、みーちゃんも脱いで!」

大和 「あ!こらっ───」

 

 はい、ちょっと待ったー!

 理子、勝手に脱がさない───って、なんでそんなに手慣れているの!

 下緒もあっという間に外すじゃん!

 理由が不明ながら理子が物凄く手慣れた手つきでどんどん制服や装備を脱がされ、即効で下着姿にされる。

 そんな姿の私を、理子が観察して悪い顔をする。

 

理子 「ほっほーう。白でシンプルだけど紐パンとは・・・みーちゃんって結構大胆!理子、この結び引っ張ってみたいなぁ~♪」

 

 私の下着を結ぶ紐を理子が掴もうとするけど、急いで理子の手を軽く弾く。

 

大和 「それは流石に駄目だって。」

理子 「そっかぁ。んじゃ、こっちにしちゃおう!」

 

 紐から手を離して、今度は私の胸を理子が両手で素早く掴む。

 

理子 「ほほう。これは結構良い物をお持ちで。」

 

 理子はそう言いながら、私の胸を揉み始める。

 あっ、ちょっとそんなに触らないで!

 

大和 「ねぇ理子。胸触るの止めてくれない?」

理子 「えー!触り心地抜群だからヤダー!」

 

 変わらず理子は胸を撫で上げる。

 ・・・・理子、もう止めて・・・それ以上は───

 

大和 「そこを何とか・・・んっ・・・・・」

理子 「おや?おやおや~?みーちゃんひょっとして───」

 

 理子が何かを言おうとした瞬間。

 

アリア 「───アンタ達、そんな馴れ合いは止めなさいよ!!」

 

 保健室に入って来たアリアが叫び、私と理子の胸を恨めしそうに見ながらこっちに来る。

 

理子 「もぉー、せっかくのお楽しみ中だったのにぃ!あっ!」

 

 そして理子は何かを思い付いた顔をして、アリアの方に移動する。

 はぁー、よかった~。

 私はアリアのお陰で理子から解放された事に心から安堵する。

 今のうちに脱がされた制服と装備を回収しロッカーに納め、隣の大きなロッカーに寄りかかって一息つく。

 さてと、こっちもしておかないと。

 周りに聞こえない大きさで、瞬き信号のリズムに沿ってロッカーを爪で軽く叩く。

 ホドホド・ニ・ネ、っと。

 ───しかしうーん、あれだねぇ。

 私はこの保健室に集まった周りの生徒を見渡す。

 キンジの戦妹の風魔、平賀源内の子孫の平賀、ホームズ家のアリア、リュパン家の理子、凄腕狙撃者のレキ、その他に名の知れた子達。

 何故か評価の高い人物だけがピンポイントで再検査なんて、ちょっと出来過ぎているよね?

 周りは気付いてなくても、私の感じ取った違和感が妙に引っ掛かる。

 採血する前に任務が入ったとして逃げるのも考えておこうかな。

 そして部屋のドアが開かれ、ドア付近に居た周りの子達から嬉しい悲鳴が上がる。

 ドアから白衣を着た小夜鳴先生が入ってくる。

 

小夜鳴先生 「・・・すいませんが、メールに書いていましたよね?再検査は採血だけで服は脱がなくてもいいって。はいっ、皆さんすぐに服を着ましょう!」

 

 軽く慌てたように喋った後、奥の方の丸椅子に座って窓の外に視線を向ける。

 小夜鳴先生の話を聞いて皆が服を取りに動き始めたので、私も制服を取りに行く。

 しかしレキ一人だけが動かない。

 何かあるのかな?まぁいっか。

 そして移動中に、一瞬だけチラッと小夜鳴先生に視線を合わせる。

 私はどうも小夜鳴先生が苦手。

 見た目は良く、優しく礼儀正しい上に誰でも敬語で話す等、どこも非の打ち所が無い人物。

 だから私は苦手。

 こういう人は根っこから優しいのかも知れないけど、実は表裏を隠すのがとても上手い人の場合が多い。

 小夜鳴先生や同じく優しいゆとり先生も、ただで武偵高に来る訳ないし。

 その点、蘭豹先生などは分かりやすいから楽。

 ・・・・・何か思いっきりブーメランが突き刺さった気がする。

 まっ、まぁ実際に何か隠していると思って動いた方がいいよね。

 

小夜鳴先生 「──Fii Bucuros. Scoala buna. Nu este interesant de sange.」

 

 んっ?小夜鳴先生が小さく何かを呟いた。

 日本語じゃない。英語、独逸語?いや違うね、何の言語だろう?

 と気になっていると、存在感知に予想外のものが引っ掛かる。

 えっ!?これって!!

 私は咄嗟の行動として、先程軽く叩いた大きなロッカーを開けようとした時、今まで動かなかったレキが私のやろうとしている事とまったく同じ動きする。

 レキと一緒に大きなロッカーを思いっきり開けたら、中にはキンジと武藤が入っていた。

 突然キンジと武藤はいきなりロッカーを開け放たれた事に動揺して取り乱すけど、今はそんな事を気にしている暇は無い。

 レキが武藤を、私がキンジを、それぞれ目の前にいる方をロッカーから力一杯引っ張り出す。

 そしてキンジと武藤の姿に周りの子が叫び出す寸前、窓ガラスの割れる音と同時に巨大な物体が現れた。

 現れた巨大な物体は、キンジ達の隠れていたロッカーを簡単ひしゃげさせ壁へ吹き飛ばす。

 

キンジ 「武藤っ!」

 

 そこで運悪く、レキの体格では大きな武藤を素早く引っ張り出す事が出来きなかったようで、ロッカーごと一緒に吹き飛んで、倒れたロッカーで片足が下敷きになる。

 武藤は痛みに耐えつつ、ホルスターからコルトパイソンを引き抜き構える。

 しかし武藤はトリガーを引かず、代わりに戸惑いの声を出す。

 

武藤 「おい、嘘だろ・・・?!」

 

 武藤だけでなく、ここにいる全員が同じく戸惑う。

 侵入してきた巨大な物体は、100kgに達するであろえ銀色の狼。

 強襲科の授業の写真に載っていた───コーカサスハクギンオオカミという種。

 

キンジ 「───全員逃げろ!」

 

 キンジが叫ぶと同時に、武藤の方は天井に向けたコルトパイソンのトリガーを引く。

 

 ───ドォンッ!!

 

 しかし狼は大口径の357マグナム弾の爆音に全くと言っていいほど怯まず、私達に向かって跳躍してくる。

 私が前に立ち、何とか受け流そうとした時、キンジが狼に飛びつく。

 そのまま狼の毛皮を思いっきり掴み、近くの薬品棚に受け流す。

 すると思いっきり薬品棚に突っ込んだ狼は薬品を被り、体勢を整えた狼が顔を振って薬品を撒き散らす。

 そして次の攻撃に備えようとキンジが狼の前に立つ。

 でも狼がキンジを無視して再びこちらを向き、吼え声を上げて小夜鳴先生に突撃する。

 このままだと小夜鳴先生が───!

 私は床を全力で蹴り、小夜鳴先生と狼の間に入って狼へ右手を合わせて唱える。

 

大和 「《アザトース、DEFLECT HARM(被害をそらす)!》」

 

 ───くっ・・・・!

 呪文を唱えた瞬間、私の精神内にある遥か深くの一部が削られ、それと一緒に精神とはまた別の何かが抜かれる感覚を覚える。

 一方狼は私達に直撃する機動を逸れて、突入してきた窓から外に逃げていく。

 

アリア 「キンジ、急いで追いかけなさい!他の市民に被害が出るわ!」

 

 キンジはアリアの言葉に頷き、割れた窓に走る。

 

武藤 「こいつを使え!キンジっ!」

 

 ロッカーのせいで動けない武藤が、キンジにキーを投擲。

 キンジはキーを受け取り、外に置いてあったバイクのエンジンをかけたら、下着姿のままのレキがドラグノフを背負ってバイクに二人乗りして行ってしまった。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 その後最終的にどうなったかと言うかと、狙撃でレキが狼を捕らえ、飼い犬・・・じゃなくて飼い狼にしたというらしい。

 しかも聞いたキンジの話によると、バイクの上に立ち上がった状態で、動き回る狼の脊椎と胸椎の中間を銃弾で掠めて動きを止めるといかいう神業以上の事を成し遂げた。

 その業は絶対にレキ以外に出来る未来が見えない。

 他にも狼が逃げ去った後に冷静になったアリア達が、覗きをしていた武藤を恐ろしいレベルでボコボコにしていた。

 十分か十五分ほど殴れたり、蹴られたり、罵倒され続けた武藤は予想通り気絶した。

 しかしアリア達全員がスッキリした表情で武藤を無視して出ていってしまったので、仕方なく私が武藤を背負って別の保健室に運んだよ。

 あと、キンジも覗きでアリアと一悶着あったみたい。

 次の日に全身打撲状態で教室に現れたよ。

 しかも運の悪い事に、当日は放課後の予定で理子の部屋に呼ばれていたから、打撲傷を癒す暇もなく集合させられていたよ。

 そして理子の部屋で執事とメイドの練習をするとの事で集まったものの、理子の用意したメイド服が地味に問題でねぇ。

 うわぁ・・・この前のメイド喫茶みたいに凄いフリフリを多様したデザイン、あまり着たくないなぁ。

 こんな事言っても仕方ないから着るけど・・・・・

 嫌々ながらメイド服を着て、動き易いように髪をポニーテールに纏める。

 髪型を弄ってるその隣で、やっぱりこうなると考えていた問題が当たり前のように登場する。

 

アリア 「いーやぁー!こんなの着たくない!」

理子 「へへっ、早く着ないといろんな所触っちゃうよー!」

アリア 「こっち来ないでこの変態!来ないでぇー!」

理子 「アリアちゃーん、罵倒は理子にとってご褒美なんだよぉ!つまりアリアには理子にたっぷり触られるか、ちゃんと着るかの二択しかないのでーす!」

 

 まぁ、こうなるよね。

 あのアリアが簡単にメイドへ変装できる訳ないもんね。

 しかもアリアが嫌がってるのは、私の着ているメイド服じゃなくて、ハートの形をした服の上に着るエプロン。

 うん、このメイド服よりましだと思うよ。

 ただアリアはエプロンでも拒否した結果、理子が無理やり着せる羽目になって今に至る。

 

理子 「ふぅーやっと終わったぜぇ!そうだ。みーちゃんの方───わぁー!みーちゃん可愛い!!」

 

 ようやくアリアにエプロンを着せれて、一仕事終えた感じの理子が私に視線を移して目をキラキラと輝やかせる。

 褒められるのは満更でもないけど、結構恥ずかしいよこれ。

 

大和 「私にこんなフリフリ系は似合わないよ。」

理子 「そんな事ないよ!絶対似合っているって!ほら、キーくんも見て見て!」

キンジ 「分かったら、少しは静かにしろ。」

 

 ずっと後ろを向かされていたキンジが反転して私を見つめる。

 するとキンジは、なんて言えばいいのか困った様子で答える。

 

キンジ 「あー、その・・可愛くて、似合っていると思うぞ。」

大和 「あっうん。ありがとうキンジ。」

 

 褒められて少し嬉しくなった私が笑顔でお礼したら、逆にキンジが恥ずかしそうにする。

 

理子 「キーくん、ちゃんとアリアも忘れないでね!アリア、出て出て!!」

 

 いつの間にかクローゼットに隠れていたアリアを理子が無理矢理引っ張り出す。

 

アリア 「いーやーだぁ!!」

 

 悲鳴を上げながら理子に引っ張り出され、クローゼットから出てきたアリアは元の体格とロリータ系のエプロンが合わさって、普通に似合っているね。

 

理子 「よし!じゃあアリアから、ご主人様からのご用件をお伺いしてみよう!」

アリア 「・・・えっ?」

 

 理子の発言に対しアリアは訳がわからないと言った感じで突っ立って呆然とする。

 

理子 「簡単だよぉ!ご主人様、ご用件は何ですか?って聞くだけ!キーくんがご主人様役!」

キンジ 「はっ!?」

 

 理子からの役割にキンジが仰天する。

 て言うかアリア、大丈夫?

 全身から大量の汗を流して、動きが錆びきった機械みたいになっているよ。

 

理子 「理子に続けてやってみようか!ご主人様、ご用件は何ですか?」

アリア 「ご───ゲッホゲッホ!ゴホッ!」

 

 予想以上に酷い。

 これって苦手のレベルの話じゃないよ。

 

アリア 「むっ無理よ!まだ色々準備がっ!」

理子 「むぅー。だったら先にみーちゃんからやって。」

大和 「私?」

 

 私はキンジの方を振り向き、背筋を正して笑顔で申し上げる。

 

大和 「ご主人様。私に何かご用件でしょうか?」

理子 「いい感じだよみーちゃん!はい、キーくんは何か注文してみて!」

キンジ 「お、おう。そうだな、コーヒーを頼めるか?」

大和 「ご用件を承りました。直ぐに用意させて頂きます。」

 

 さてと、ご主人様に申し上げられた通り、キッチンに移動してコーヒーを淹れる。

 その間、作業する私の後ろからカオスな会話が聞こえてくる。

 

理子 「みーちゃんも出来たし、アリアも行けるって!頑張れ頑張れできるできる絶対出来る頑張れもっとやれるって!やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!」

 

 炎の妖精と化した理子の応援で、アリアが嫌々口を動かす。

 

アリア 「ご、ごしゅじん・・さま・・・・・」

 

 まだお湯を沸かしてもないのに、湯気が吹き出す音が感じられるんだよねぇ。

 

アリア 「ごよ・・・ご、けん、は・・・!」

理子 「よし来たキーくん!」

キンジ 「えっとだなぁ。じゃあ洗濯を頼む。」

アリア 「わ、わかりま───」

理子 「アリアに一つ注意しておくよ。間違ってもその胸の洗濯板で洗濯したら駄目だよー?」

 

 パパガシャンパパァン───!!

 

 メイドは申し承った事をこなすのがちゃんとしたメイドだよね。

 ・・・だから後方でアリアがガバメントを発砲した銃声と、キンジがスッ転んだ音が組み合わせが部屋中に響いたのも聞こえなかったようん。




 無知な一般人:奇妙な生物だな。毛むくじゃらの六本足なんて始めて見たぞ。


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26:留学生

 六月十二日、理子の大泥棒作戦前日。

 本来であれば明日に向けて色々な準備をする日、でも私は準備自体は既に終えていた。

 その代わりと言ってもなんだけど、ある人物と会う約束をしている。

 今から会う人物はとても興味深くて、パリ武偵高から来た情報科の二年生。

 情報科なだけあって、普通は知らない情報も知っているんだよね。

 ・・・いや、情報科でも知らない事も知っているのが正しくかな。

 そしてここは看板裏と言われる場所。

 体育館と巨大な看板に挟まれた空き地で、人通りが少ないから周りに聞かれたくない話をするには最適。

 

大和 「こんにちは、魔剣。」

??? 「私をその名で呼ぶなと言ったはずだ。宮川。」

 

 魔剣と呼んだ人物は不愉快そうに私を睨み付ける。

 見覚えのある銀髪をして東京武偵高の制服を着た人物は、白雪を誘拐しようとしたジャンヌ・ダルク三十世。

 ジャンヌは逮捕されたのち、司法取引によって自由にする要求の代わりに、警察側が監視目的で東京武偵高に編入させたらしいよ。

 

ジャンヌ「それで、私に話を聞きに来たという事は───イ・ウーについて知りたいのか?」

大和 「私が聞きたいのは理子の事だけ。そっちの内容は貴方が危ないから聞く気は無いよ。」

 

 イ・ウーは感じからして、恐らく表に出るべきものじゃない組織っぽい。

 もしジャンヌから組織の情報漏れた場合、ジャンヌ本人が暗殺させる可能性が高いからね。

 出来ればジャンヌが殺されて欲しくないと思っているし、話を聞いた私も暗殺の危険に晒される。

 

ジャンヌ 「我の身を案じているのはお前の性格なんだろう。しかし理子の事を話すとしてもこっち側の話を抜く事はできない。なに、当たり障りの無い程度なら問題はないさ。」

 

 ジャンヌは私に向き直って話し始める。

 

ジャンヌ 「まずイ・ウーについてだ。イ・ウーとは、最高の才能を持った者達が集い、技術をお互いに教え合いながら神の領域まで成長する。それがイ・ウーだ。」

 

 お互いに技術を教え合い、遥かに高いの領域まで成長する。

 組織や個人としての目的は普通、というか当たり前だね。

 ただそこにいる構成員の性格とか法とかを除けば、ね。

 

ジャンヌ 「それで理子の事だが、少なくも私は好きだな。彼女はイ・ウーの中で一番の努力家だ。意地でも力を求め、自分を有能な存在にするために、とにかく闇雲にな・・・・」

 

 ジャンヌが少し悲しそうに伝える。

 理子が力を求めていたのは、私は違和感として前からなんとなく認識してはいた。

 一緒の授業ではいつも私の所に来てたし、それに理子自身すら気が付かない瞳の奥底が明らかに違っていたりとか。

 

大和 「理子が力を求めていたのは、生きる為?」

ジャンヌ 「少し違う。───自由の為だ。」

大和 「それはどちらの自由・・・聞くまでもなかったね。」

ジャンヌ 「他者の圧力からの自由。理子が周りより小柄なのは、小さな頃にまともな食事を与えられてないから。衣服があれだけ好きなのは、ロクな服を着てないから。」

 

 最悪の一言。

 理子の言葉から親との関係は良かったと予想できる。

 なら少なくともリュパン家の両親が生きている時でそんな状態はならないと思うから、おそらく死去した後の出来事。

 確か八歳の時両親が亡くなったメイド喫茶で聞いた。

 いくらリュパン家の子供と言えど、その年齢で一人じゃあ生きていけない。

 ジャンヌの与えられてないの言い方から、多分誰かに引き取られた?

 まともな食事も衣類も無い状態へ・・・使用人?いや、奴隷か監禁のどっちか。

 

大和 「そうなった理由は?」

ジャンヌ 「リュパン家が両親の死によって没落した。使用人は離れ、持っていた財宝はおろか理子の宝も盗まれた。当時の理子は幼く、養子を取ると騙されてルーマニアに渡った所で監禁されたのだ。とても、長い間だ・・・」

 

 理子にやりきれない気持ちを抱えて、ジャンヌは小さく漏らすように話を続ける。

 理子、本当に頑張っていたんだね。

 今さらだけど、理子の頼み受けて良かったと思う。

 そんな過去があったら、私の手の届く範囲であれば助けない訳にはいかないよね。

 それに私、知り合いとか友人が生きたまま虐められるの───大っ嫌いなんだよね。

 私は内心を悟られないよう、いつもの様子でジャンヌに質問する。

 

大和 「それで監禁したのは、もしかしてブラドって言う人なの?」

ジャンヌ 「そうだ。無限罪のブラド───イ・ウーの二番手だ。」

大和 「じゃあ、可能だったらブラドについて聞いていい?」

ジャンヌ 「いいだろう。一応先言っておくが、これは遠山にも伝えた事だ。」

 

 おっとキンジも聞いているんだ。

 キンジも手を回すのが早くなって来たのはいい傾向だね。

 そしてこんな風にジャンヌは一言前置きをして、言い始める。

 

ジャンヌ 「まず、ブラドは人間ではない。」

大和 「人間じゃないなら、何・・・?」

ジャンヌ 「これは、日本語でなんて言えば分からないが。」

 

 ジャンヌは考える様子を見せて───

 

ジャンヌ 「オニ、が一番近いはずだ。」

 

 オニ、鬼?西洋に居る鬼と仮定するなら、オーガ?

 多分違う、それなら鬼じゃなくて怪物になるし。

 ジャンヌはどんなものか知っているけど、日本語に直せない感じかな。

 んー、ブラドの正体を正確に知る為に考えるルートを変えよう。

 そもそもブラドが理子を監禁した理由は?

 財宝なら理子は無視するだろうし、当時幼い理子が怪盗として高い技術を持っている訳無い。

 それ以外に幼い理子が持っている物、と言うより持っていたもの・・・あー、あるじゃん。

 幼い理子が産まれた時から身体に流れる価値ある物───血統。

 理子を監禁したのも、その先祖に繋がる血が欲しかったから?

 

大和 「もしかしてブラドって、血が好きなんじゃない?」

 

 正体により近づく為に私はジャンヌに対して質問する。

 するとジャンヌは私の言葉に軽く驚きを見せる。

 

ジャンヌ 「よく分かったな。そうだ、奴は血を好む。」

 

 次に進むべき先は何処の地方の鬼になるかよね。

 それは理子を監禁した場所がルーマニアだから、多分ルーマニアに関係する鬼の名に近くで、血を好む存在・・・・有名所で行くなら───

 

大和 「ジャンヌの言う鬼って、ひょっとして吸血鬼───Dracla(ドラキュラ)の事?」

ジャンヌ 「───ッ!!」

 

 ジャンヌは明らかに目を見開き、驚愕する。

 それから少しの間を開けて、我に帰り深呼吸をする。

 

ジャンヌ 「それでいい、奴はDracla(ドラキュラ)で合っている。そうか、日本語では吸血鬼と呼ぶのか。血を吸う鬼、なる程な。」

 

 漢字の当てはめに納得してジャンヌは何度か頷く。

 

大和 「ヴラドの倒し方は知っている?」

ジャンヌ 「イ・ウーで少しだけ聞いた事がある。ブラドを倒すには、全身で四ヵ所の目の紋様を同時に破壊する必要がある。一ヶ所は分からないが、残り三ヶ所の位置は判明している。」

 

 右肩、左肩、右の脇腹と、ジャンヌが自分の身体を指で三ヵ所指す。

 

ジャンヌ 「今指を差した場所が弱点の目の紋様だ。しっかり覚えておけ。だが、奴は強い。もし出会ったら───逃げろ。」

 

 ジャンヌは冗談が一切混じっていない、真剣な赴きで私を見つめる。

 

大和 「大丈夫、少なくともキンジ達は何とか逃がすから。」

ジャンヌ 「私としては貴様が憎いが、貴様が居なくなれば理子が悲しむ。全員生きて帰れ。」

 

 なんだかんだジャンヌは心配してくれるのね。

 

大和 「善処するよ。情報ありがとうジャンヌ。」

 

 私はそう言って、看板裏を立ち去る。

 そしてそのままある所に足を進める。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

大和 「平賀ー、今いる~?」

平賀 「あ、お客さんなのだー!」

 

 何時通り部屋の奥から平賀の声が聞こえて、工作機械の裏から平賀が走ってやって来る。

 床に物のある工場で走ったら転けるんじゃないのとふと思う。

 

平賀 「おぉー大和さんだったのかぁ~。今日の依頼はなんなのだ!」

大和 「すぐに作って欲しい物があるのだけど。」

平賀 「うーん。今は忙しいからすぐは無理なのだ。」

 

 平賀が難しそうに唸る。

 ここで出すのが、最近覚えた対平賀用裏技の一つ。

 普通の高校生なら効きづらいだろうけど、精神の幼い平賀充分効果ありなんだよね。

 

大和 「そう言えば、駅前に美味しいケーキ屋さん出来たらしいよ。今から作ってくれるなら、沢山買って来ようと考えているのだけど、どうかな?」

平賀 「ケーキ!!わかった!すぐに作るのだ!!それで作る物はなんだのだ?」

 

 意外と物で釣るって汎用性高くてね。

 作業値段を値引きしたり、今みたいに直ぐに依頼を承けてくれたりとか。

 私は安く済むし、平賀は沢山ケーキが食べられるからお互いにWinWinだね。

 

大和 「えーと、これとこれ。」

 

 私はポケットから一枚の紙を手渡す。

 

平賀 「おーう。これは面白そうなのだ!でも材料があまり無いから一杯作れないのだ。」

大和 「ほんの少しだけでいいから作って欲しいの。」

平賀 「よーし、ケーキの為に頑張るのだぁー!」




 恐れ知らずの無謀者:廃墟の井戸の上が石が置かれてる。あの下、何かありそうだな····よし、行くか!


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27:大泥棒大潜入

 さて、今日は理子の大泥棒大作戦の潜入日・・・・・なんだけど、私は開始前から既に疲労感満載。

 理由は昨日平賀に作って貰った物に対して、更なる用意をした時の疲労が回復残っているんだよねぇ。

 あー、眠い・・怠い・・少しフラフラする。

 私は倦怠感を抱きながら待ち合わせ場所のモノレール駅に到着する。

 駅の入り口には既にピンクのワンピースを着たアリアと、相変わらずアリアのトランクを持たされているキンジの姿が見えた。

 

大和 「二人共、おはよう。」

キンジ 「ああ、大和か。って、どうした?随分窶れているぞ。」

大和 「うん、ちょっとあってね。」

 

 何気キンジからも見抜ける位疲れているって、流石に無茶し過ぎたかな?

 

アリア 「武偵なんだから、体調管理くらい気をつけなさいよ!」

大和 「はい。おっしゃる通りでございます。」

 

 そうよね、ちゃんと体調管理をしない───えっ・・・あっいや、なんだ理子ね。

 その時、存在感知に引っ掛かったものに一瞬だけ呆気を取られた。

 

理子 「イエーイ!理子だよぉ!!」

 

 声のする方に居たのは柔和そうな美しい女性───に変装していた理子。

 私の隣で理子の変装する女性のせいで、数秒程金縛り状態になっていたキンジが理子に突っかかる。

 

キンジ 「・・・お、おい!なんでその変装なんだよ!」

 

 変装した理子はその人物の顔のまま笑みを浮かべる。

 

理子 「だってぇ、ブラドは理子の事知っているからぁ。理子のせいでブラドが帰ってきたなんてハプニングに会いたくないし~。」

キンジ 「ならせめてカナの姿はやめろ!別の奴になれっ!!」

理子 「えーだって、カナちゃん程の美人は滅多に居ないからヤダァー!それにカナちゃんに会えてキーくんも嬉しくないの?」

 

 キンジの言い分を嫌々拒否する理子に、キンジが少し焦りながら理子の変装した人物を視界に入れないよう先に行こうとする。

 

キンジ 「あぁもういい。さっさと行くぞ!」

理子 「いざ出撃ぃ~!」

 

 理子の説得を諦めた結果、敗北感が漂うキンジと、反対にハイテンションの理子が改札に向かう。

 

アリア 「え、なになに。どうなっているの?・・・キンジ!あの理子が変装している美人誰なの!!」

 

 キンジの過剰な反応に対しアリアが思わず追いかけてキンジに問う。

 しかし何時もと違い、キンジは何も言わず無視しようとするからアリアが更に声を張り上げる。

 

アリア 「キンジ、答えなさい!その、カナって誰なの───!」

 

 アリアの嘆きに近い叫びは残念ながらキンジには届かなかったみたい。

 私達は切符を買ってからモノレールに乗り込み、目的の駅まで揺らされる。

 座席の座る位置は一番左から理子、キンジ、私、アリアの順番だったよ。

 でもこの配置は地味に面倒でね。

 右には早く目の前から今の理子の姿が居なくなって欲しいと願うキンジ。

 左側にはアリアがさっきの出来事の結果、大変ご不満な様子で腕を組んで睨む。

 しかもこんな感じの雰囲気が左右から同時に浴びられるから、その・・・圧迫感がね。

 それに座席の位置でさりげなく私を緩衝地帯扱いにするのは出来れば勘弁して欲しかったりもする。

 でも流石にキンジとアリアを隣同士にする訳にも行かないよねぇ。

 結局最後までキンジはアリアれカナが誰かとは一言も話さなかった。

 モノレールの移動中にアリアが私に目配せして来たけど、私は分からないと左右に首を振った。

 私が知っているのは本人であって、カナと言うか人物自体は詳しく知らない。

 モノレールを降りた後、拾ったタクシーで紅鳴館に到着した矢先、アリアの顔が恐怖で強張った。

 

アリア 「今日はハロウィンじゃないわよ・・・・・」

 

 紅鳴館の外見にアリアがそう呟いた。

 一言で言うなら、この洋館は凄く妖しい感じがする。

 なんかこう、ゾンビや青い鬼が出てきそうな雰囲気がするよ。

 あっ、今コウモリが空へ飛んで行った。

 どうもこの雰囲気が苦手みたいで、音もなく静かーに私の後ろのアリアが隠れる。

 一方その頃、管理人と玄関で挨拶している理子の表情も少し固い。

 

理子 「初めまして。本日面会のご予定をいただいております、ダブルクロス派遣会社です。ご契約の通り、本日からお仕事をさせていただくハウスキーパー三名を連れて参りました。」

 

 理子の表情が固い理由は、紅鳴館の中から出てきた管理人が見覚えのある人物だったから。

 うん、私もこの人が居ると思わなかったよ。

 

小夜鳴先生 「あ、あら~?これは思ってもいなかったですねー・・・・・」

 

 そう言いながら苦笑いするここの管理人だったらしい、小夜鳴先生。

 その後全員が困惑しながらも、洋館のホールのソファーに案内される。

 メインのホールには様々な物が飾られていた。

 例えば、通路の壁に狼と槍の紋章が書かれた旗が張られ、非常に古いのか随分と色褪せていた物とか。

 にしても、やっぱりアリアはホラーな雰囲気が苦手なのね。

 その飾られた旗に凄く怯えて、旗の横を通る際にこっそり距離を置いたりしているよ。

 

キンジ 「小夜鳴先生って、すごく大きなお屋敷に住んでいたんですね。正直意外でした。」

 

 キンジが広いホールを見渡しながらそう伝える。

 すると小夜鳴先生は少し照れた様子で言う。

 

小夜鳴先生 「いやー、一応ここの管理人となっていますが、私はここの研究施設を時々借りているだけでして、その成り行きでなってしまっただけですよ。それに今回もハウスキーパーを雇おうと思ったのは、成り行きとはいえ私が管理人の仕事でちゃんと管理していないといけなくてでして。あっ、そう言えば宮川さん。」

大和 「はい?」

 

 キンジと話していた小夜鳴先生が私の方に身体を正面にして。

 

小夜鳴先生 「先日、私を狼から助けていただいてありがとうございます。」

 

 小夜鳴先生が深々と頭を下げられる。

 

大和 「私は大した事はしていません。それに狼を仕留めたのはレキですよ。」

小夜鳴先生 「いえいえ。狼の攻撃を逸らしたのは宮川さんのSSRですよね?それに実際、この私を助けていただいた事に間違いはありませんから。彼との良い話のネタが出来ましたよ。」

 

 嬉しそうに小夜鳴先生はそう話す。

 そして小夜鳴先生の気分が良くなった隙を突いて、理子が知りたい情報を聞き出そうと動き始めた。

 

理子 「小夜鳴さんの申し上げます彼とは、このお屋敷のご主人様でしょうか?」

小夜鳴先生 「ええ、そうですよ。しかし残念な事に彼は今とても遠くにおりまして。暫くは帰ってから来れないようなのですよ。」

理子 「ご主人様はとてもお忙しい方なのですか?」

小夜鳴先生 「どうも彼はゆっくりしているみたいですが、理由があってこちらに戻って来れない感じですね。それに彼とはかなり親密ですが、直接会った事がないもので。」

 

 他愛の無い話をして少しずつ情報を集める。

 仲は良いけど、直接会った事がない?

 私の知っている吸血鬼なら・・・いや、ここは私が本来居ない世界。

 そうとは限らない・・・けど。

 やがて交渉を終えた理子が館を去り、私達は館の二階にそれぞれ部屋をあてがわれる。

 

小夜鳴先生 「この館には伝統と言いますか、まぁとあるルールがありまして。ハウスキーパーさんはちゃんとした制服を着ないといけないのですよ。制服は居室に様々なものがあるので、好きに選んでもらって構いません。仕事は前に来た方が資料を置いていたはずでしたから、適当にささっとお願いします。」

 

 廊下を歩きながら私達に説明する小夜鳴先生は、廊下端の螺旋階段の手前で立ち止まり、振り返って申し訳なさそうに話を続ける。

 

小夜鳴先生 「私は研究で多忙でして、基本的に地下に籠る生活なのであまり外には出てこないと思います。ですので暇になったら遊戯室のビリヤード台を好きに使って構いませんよ。それでは私は研究を続きに行きますね。夕食の時間になったら呼んで下さい。」

 

 小夜鳴先生は一通り説明を終えて、螺旋階段を降り地下に消える。

 階段の奥からガチャンとドアの閉まる音が届く。

 物音がしなくなり静かになった所で私は周りを見渡す。

 取り敢えず最初の行動は、そうねぇ。

 廊下に据え付けられた窓の縁を軽く指で触れ、埃の付いた指を見て言う。

 

大和 「じゃあ、お仕事始めようか。」

キンジ 「そうだな。」

アリア 「・・・そ、そうね。」

 

 それでは仕事を始める為に、それぞれの自室に入って制服に着替える。

 私は荷物を置いて部屋のクローゼット開けると、中には様々な制服が掛けてある。

 制服と言っても純粋なメイド服。

 服は飾りの無いシンプルなデザインから、アリアが絶対着ない感じのフリルを多様したデザインまで揃っていた。

 うーん、やっぱりフリルが付いたデザインは好みじゃないなぁ、シンプルなデザインにしよっと。

 私は黒をメインとした、飾り気の少ないロングのメイド服を選ぶ。

 メイド服を着て、作業しやすいように髪をポニーテール変えてからメイドカチューシャを着けた途端、アリアの部屋からドスンッ!と床に何か大きな物がぶつかる音が壁越しに響く。

 音が気になってアリアの部屋に行こうと廊下に出たら、何故かアリアの部屋のドアが半開きのままになっていた。

 

大和 「アリア、入るよー。」

 

 一言断って私は半開きのドアを開けて室内に入る。

 

大和 「・・・あちゃー。」

 

 アリアの部屋の惨劇を認識して思わず苦笑いで呟く。

 部屋の中ではアリアが服の汚れを叩き落とし、アリアの隣の床にキンジがうつ伏せで気絶していた。

 キンジが気絶した理由は既に納得している。

 アリアの服装が着ないと思っていた、フリルを多様したデザインをしていたからね。

 多分キンジに服を見られて、アリアが恥ずかしさから何かしらの技を決めたのかな。

 あー、うん・・・キンジ、運が悪かったね。

 キンジを気絶させたアリアは私をチラッと目線を合わせて、私の隣を通って部屋を出ようする。

 

大和 「キンジは放置でいいの?」

アリア 「そのままにしていて良いわ。どうせそのうち起きるでしょ。」

 

 アリアは冷めた目でキンジを見下ろし、そのまま部屋を去る。

 うーん。アリアはあー言ったけど、放置するのは忍びないんだよね。

 仕方なく私がキンジの部屋のベッドまで輸送する。

 なんか最近こんな立ち回りばっかりだよねぇ。

 

 

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 紅鳴館のハウスキーパーを開始してから随分時間の経った十日目。

 今のところ特に大きな問題はないかな。

 ちゃんと仕事を終わらせながら、紅鳴館の内部情報を少しづつ集めて行く。

 とは言え流石に十日目となるとそれなりに情報が集まり、少し余裕ができる。

 それに一日中仕事をしているだけあって、ハウスキーパーも効率良くに作業出来るようになった。

 その結果、作業時間が減りつつ集める情報も減少したので、簡単に言えば凄く暇。

 最近は遊戯室の窓際に座って、趣味の夜空を見上げるのも日課もなっていたり。

 昨日は雷が降り注ぐほどの強い雷雲で見えなかったけど、今は雲も移動して透き通った夜空がいつもより綺麗に感じる。

 でも何故か知らないけど、雲無くても地上の明かりで星達が相変わらず見えないはずだった。

 しかし当日は、その見えない筈の美しい星達が何故か私の瞳に写った。

 だからいつの間にか出てしまったと考える。

 それに私は気づかなかった。

 それは無意識の領域に刷り込まれていた事を忘れていた。

 それと私は永遠に繋がっているのに。

 それが表面に出たのは少しの気の緩みだったのかもしれない。

 それを決して表に出すべきものではなかった。

 それの知るべきではない存在の僅かな欠片を────

 

 空見上げ、天高く戻る、今宵、正しき星辰。

 

 目覚めよ、古代の支配者よ、封印は既に無く。

 

 無知なる人から、取り返す。

 

 人は知る、希望を、信仰を、正義を、願いを、望みを、無に還す、太古の畏怖を。

 

 地からも、海からも、空からも、天からも、時空からも、次元からも。

 

 狂気と、恐怖と、苦痛と、悲嘆と、災厄をもたらし、星々が破滅する定めの時が今。

 

 真の名を、この地に示す、そこに正気はない。

 

アリア 「なんか、不気味な言葉ね。」

キンジ 「あぁ、そうだな。」

 

 同じ部屋でビリヤードをしているアリアとキンジが、凄く嫌な顔をして私を見つめられている事に気づく。

 えっと、なんでいきなり私にそんな変な視線を向けてくるかな?

 私、何かやったっけ?

 

大和 「えっ?私を見つめてどうしたの?」

キンジ 「なんでってそりゃあ、いきなり気味の悪い言葉を言い出したからな。」

 

 気味の悪い言葉?私、何も言葉を発してない・・・よね?

 

大和 「気味の悪い言葉って?」

キンジ 「自覚ないのか?さっき、古代の支配者やら破滅が今とか言っていたぞ?」

アリア 「そうそう。正しい星辰とか、封印が無いも言ってたわね。」

 

 古代の支配者、破滅が今、正しい星辰、封印が無い?

 キンジとアリアから聞かされた単語を理解した瞬間、私の困惑する感情が弾け飛ぶ。

 あーこれは多分、しまった・・・少し気が緩み過ぎた。

 

大和 「ごめんね。あまり気にしないで。」

 

 私は普段通りの口調で二人に頼む。

 

キンジ 「お、おう。」

 

 キンジとアリアはお互いに顔を見合せて、意味が分からず戸惑う。

 その時私は別の事を考えていた。

 多分キンジは何もなければ大丈夫なはず。 

 アリアも感が良いけど、恐らく全く知らないから大丈夫だと思う。

 それに今回はほんの一滴未満程度だから良かった。

 僅かでも私が今回以上に気を緩めた瞬間、二人かどうなるかなんて想像は容易い。

 私は同じ光景を何十回も、何百回も見てきたから。

 もしこの事を私経由でなく、直接知ってしまった時は・・・・・せめて私が、安らかに────

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 私が変な事を呟いたらしいその日の深夜二時、はぼ毎日の恒例となった電話での定時連絡の時間。

 大泥棒大作戦決行日は四日後、つまりハウスキーパー最終日に実行する予定。

 それに備えて準備を行っている状態のところへ、アリアから悪い知らせが届いた。

 

アリア 「ちょっとマズイ事になったわ。今日の掃除で金庫を確認したんだけど、前の情報より強化されていたの!物理的な鍵から、磁気カードキー、指紋キー、声紋キー、網膜キー。前は赤外線だけって言ってたけど、感圧床にサーモグラフィーまであったわ!」

キンジ 「な、なんだよそれ!厳重過ぎるだろっ!」

 

 うっわぁ・・・えげつないレベルの金庫。

 国でも今回程の防衛機能付き金庫なんてあんまりないよ。

 それにこの段階で強化が入るなんて、もしかして気づかれているのかも?

 まぁそれは後にして、今は金庫の侵入方法が優先。

 と言っても十分な対策はある。

 金庫の鍵は正面から挑まなければスルーできるし、赤外線は赤外線ゴーグル、感圧床は宙吊り状態で突破可能。

 でも問題はサーモグラフィー。

 サーモグラフィーは、熱を持つ物体から放出される赤外線を探知する装置。

 赤外線は熱を発する物体全てが放射するから偽装がとても困難。

 体温はおろか漏れ出た息ですら感知される。

 一応この時代のサーモグラフィーは液体窒素で冷却されているから、その液体窒素を放出すれば使えなくなる。

 ただ代わりに窒素が金庫に撒かれて、中に居る人が窒息する可能性があったり、侵入も気づかれるだろうね。

 

理子 「そのタイプなら、プランC21を改良すればいけそう。でも、うーん・・・サーモグラフィーかぁー。」

アリア 「金庫のあのサーモグラフィーは見た事あるわ。登録されてない箇所以外の温度が一定以上になったら警報がなる仕組みだったはずよ。」

キンジ 「だったら、サーモグラフィーをハッキングとか出来ないのか?」

アリア 「恐らく無理よ。」

 

 キンジがサーモグラフィーの対策を提案するが、アリアがばっさり切り捨てる。

 

アリア 「ハードウェアのセキュリティであれだけ厳重なのに、ソフトウェアが脆弱な訳ないわ。」

キンジ 「それもそうか。」

 

 全員がサーモグラフィーの対策に頭を悩ませている時、理子が声を上げる。

 

理子 「あっ!そういえばみーちゃんって、SSR使えたよね?それで何とかならなかったりしない?」

大和 「えっ私ので?んー、ねぇアリア。」

アリア 「何?」

大和 「そのサーモグラフィーって、一定以上の熱に反応するんだよね?つまり一定以下は反応しないって事?」

アリア 「ええ、多分合ってるわ。」

 

 サーモグラフィーは赤外線に反応するから、赤外線って確か光の一種だったはず。

 つまり光を完全に遮断してしまえば警報は鳴らない。

 なら、ミ=ゴの光を完全に遮断するのを使えば。

 

大和 「うん、いけるかも。」

理子 「おー!それはよいではないかよいではないか!!」

 

 理子の嬉しそうな叫びがここまでハッキリ聞こえる位喜ぶ。

 

理子 「よーし次は、小夜鳴先生と仲良しなのは誰かな?誰かな?」

キンジ 「アリアだな。今日の夕食で、新しい品種の薔薇に自分の名前つけられて喜んでたもんな。」

 

 キンジが少し嫌味の混ざった言い方で答える。

 なーんか、夕食時からキンジの機嫌が少し悪い。

 私は夕食の担当外だから何があったのか知らないんだけどなぁ。

 

アリア 「そ、そんな事無いわよ!」

キンジ 「俺からはそう思えないけどな。」

理子 「おーっと!!これは面白そうな展開になってきましたね!」

大和 「ほら。話が逸れているから戻ろうね。」

 

 このメンバーだと一回話が逸れて放置したら全く別の話に変わるのが容易に想像付くので、早めに軌道修正を行わないと。

 

理子 「よし、誘い出す先生の方はアリアでOKね!時間はどの程度稼げそう?」

アリア 「先生はかなりの研究熱心よ。そんなに長く時間は稼げないと思う。もって・・・そうね、十分あるかないかってとこかしら。」

理子 「十分かぁー、まぁ理子が考えて対策して置くから問題なーし!それよりみーちゃんのSSRは十分間連続で持つ?」

 

 うーん、理子の確認が実を言うと結構な痛い所を突かれているんだよね。

 雨風改があるならどれだけでも大丈夫なんだけど、ハウスキーパーとかの依頼に長物を持ち込むのは得策じゃないから、基本持って来ない。

 だから純粋に頑張るとしたら───

 

大和 「サーモグラフィーを中心に1m³で展開したら、限界で二分半かなぁ。」

理子 「それはきついってみーちゃん!!もっと燃費良くなったりしないのー?」

大和 「一応範囲を小さくすれば長時間出来るよ。安全性を考えて十分間持たせるとするなら、60cm³がギリギリ持つかな。その分細かい座標が必要になるけど。」

理子 「じゃあそれも理子がなんとかしてあげる!それでは今日は撤退しまーす!じゃあねぇ~!」

 

 そう言って理子は離脱する。

 理子がいなくなったので、私も通話を止める為にボタンを押す。

 後は実際に実行する段階だね。




 記憶しない夢:カラスでも、モグラでも、死体でもない。思い出せない······いや、思い出さない方がいい!


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28:表と裏

 遂に令和の時代が来ましたね。
 実際に時代の境目を見れて大変喜ばしい事です。
 勿論この小説も令和になってからも、不定期ですが出し続けるつもりです。
 相変わらず安定しませんが、ご了承下さい。


 理子の大泥棒大作戦実行開始時間に時計の針が近付く。

 私達は昨日のブリーフィング通り作戦を行う。

 アリアが小夜鳴先生を誘い出し、私がサーモグラフィーの無力化、キンジが潜入を担当する。 

 もう間もなくキンジが潜入を開始するので、私は急いで準備を開始した。

 えーと・・・部屋の角から243cm、そこから直角に86cm、ここね。

 理子の指示に従ってサーモグラフィーの座標位置の真上に移動したら、次の合図が来るまで待機する。

 

キンジ 「「理子、ちゃんと聞こえるか?これからモグラが畑に入る。」」

理子 「よーく聞こえているよ~。しかしほんとキーくんって、いい声だよねぇ~♪」

 

 無線機から流れるキンジと理子の声。

 モグラが畑に入るとは、私達の暗号の一つ。

 これから金庫に潜入するという意味になる。

 潜入方法は、遊戯室のビリヤード台の置いている床に開けたトンネルから潜入を試みる計画だね。

 

キンジ 「「もうすぐモグラがコウモリになるぞ。」」

理子 「「よしよし。みーちゃん、コウモリの為に太陽にカーテンを掛けてあげて。」」

大和 「了解。」

 

 理子の言った意味は、コウモリ(キンジ)の為に太陽(サーモグラフィー)にカーテン(能力)を掛ける(発動)。

 理子からの合図を受けて、私の仕事が始まった。

 ここから真下に15m。

 さーてと、やりますか。

 

大和 「《VOID LIGHT(光の空隙)》」

 

 発動した途端、狼襲撃の時と同じ私の中で何が抜かれる違和感が生まれた。 

 しかし前回と違って、深く底の精神が削られる感覚は無く、一瞬だった何かが抜かれる感覚は小さく少しずつ継続している。

 

キンジ 「「こちらキンジ。モグラはコウモリへ変化した。」」

 

 キンジが金庫の侵入に成功したから、この時点で私の仕事は成功しているかな。

 多分今頃、キンジからサーモグラフィーを確認すれば、そこだけ切り取ったように真っ暗だろうね。

 

理子 「「キーくん、レール作戦開始だよ。うんと・・・Z1、次にA10を繋げて、B11、F23、A7、B15を二本、C19、C5、A13、E12、C7───」」

 

 私はカーテンを落とさないよう継続させている間、キンジの無線機と一緒に付けられたカメラに写った情報を頼りに、理子がキンジに指示を出していくのが聞こえる。

 

理子 「「A16、A19、D6、C7、A16、A13、D5。これで・・大丈夫。」」

キンジ 「フックを下ろすぞ。」

 

 針金が十字架に届いたようで、十字架を吊るすフックを送り出しているみたい。

 しかし問題はここから。

 今回用に用意した細い針金では、小さく軽い十字架でも大きくたわむ。

 そのせいで時折キンジの呻きが無線機に流れる。

 そして更に状況に追い討ちをかける事態が発生した。

 薔薇園で時間を稼ぐはずのアリアが、天気が悪く雨が降ってきたせいで、小夜鳴先生が地下室に戻ろうとしていると連絡が届く。

 それに私も発動させてから数分の時間が経っているから、正直言って・・・かなり厳しい。

 マラソンで、速度を緩めず限界まで全速疾走している感じだよ。

 早めに終わってもらわないと・・・・・倒れちゃうかも。

 

大和 「理子。そろそろ厳しい、かな・・・」

理子 「後ちょっとでキーくんは終わるから!もう少しだけお願い!」

大和 「何とか、耐えてみる・・・よ。」

 

 と言ったものの───本格的にヤバい。

 段々だるく疲労が表面に現れ始めた上、息が荒くなり、身体が不規則に振られる。

 視界が端から徐々に暗く・・・意識が・・・駄目!まだ、まだ、しっかりしないと・・・・

 

キンジ 「───よし終わった。ミッションコンプリートだ!」

 

 僅かに残った薄い意識の中、キンジの作戦終了の言葉を運良く認識して、即座にカーテンを停止する。

 そして次の瞬間、私は床に大の字で倒れ込む。

 

大和 「はぁ・・・はぁ・・・はぁ───」

 

 あっ危なかったぁ・・・・あとちょっとで全部持っていかれるところだったよ。

 私は荒く息をしながら、自分の身体の状態や感覚などを把握する。

 身体は凄く熱いし、常に電気が流れて痺れるような感覚で満たされている気がする。

 でも本当に運が良かった、朦朧した意識でキンジの報告がちゃんと聞こえて。

 もし聞こえてなければ、私は間違いなく倒れて病院行きだっただろうし。

 ふぅ・・ふぅ・・ふぅー・・・呼吸もだいぶ楽になってきたから、そろそろ合流しなきゃ。

 その後、私は疲労という疲労が全て組み合わさった体に鞭を打ち、キンジ達と合流してから制服に着替え、タクシーに乗って紅鳴館を後にした。

 なお紅鳴館を後にする際に私が恐ろしく消耗していたので、キンジとアリアだけでなく、小夜鳴先生からも心配されたりしてしまった。

 小夜鳴先生には金庫の事がバレてないかは祈るのみ。

 やっぱりこうなって何度も思うけど、雨風改の補助が無いも人間の限界点がもの凄く低いのが良く理解出来るよ。

 そして次に向かったのは、横浜駅に近い横浜ランドマークタワーって名前のビル。

 何故なら理子との取引場所はその屋上に予定されているから。

 そしてタクシーの窓から見える、周りより明らかに高い構造物。

 私達はタクシーを降りて、中に入っていく。

 七十階建て、高さ296.33mの横浜ランドマークタワー。

 2009年当時、日本一の高さを誇る高層ビルのヘリポートや空調設備の備わっている屋上の中央付近に、理子は居た。

 私達は理子の元へ近づいていく。

 

理子 「あっ、キーくぅーん!!」

 

 すると理子が私達に気づき、走ってキンジに思いっきり抱きつく。

 一方キンジは抱き付かれて嫌な顔をしながら理子に言う。

 

キンジ 「おい理子。十字架やるからさっさと離れろ。」

 

 キンジがポケットから十字架を取り出した途端、理子の目が見開き、瞳をキラキラさせて十字架を受け取る。

 理子は歓喜に満ちた表情で、首につけてたチェーンに十字架を繋ぎ合わせる。

 本当に嬉しいみたいで、ジャンプしたり駆け出したりしてるよ。

 理子のはしゃぎ具合に思わず私の頬が弛む。

 

アリア 「なんか元気なアンタを見てたら腹が立つわ。それに理子、ちゃんと取引は守りなさいよ。」

 

 一方正反対にかなりイライラした様子のアリアが理子に伝えると、理子はニヤッと笑う。

 

理子 「もぉーアリアったら~、感は良いのに鈍感だよねぇ。あっキーくぅーん、ほれほれ。」

 

 理子がキンジに対して手招きした。

 すると面倒な予感がしたようで、キンジは嫌々顔のまま理子に歩みを進め、一応手の届く位置の移動する。

 

理子 「このリボンを外したら、プレゼントのお届けだよぉー。」

 

 理子は自分の髪に付けていた大きな赤リボンを指差し

、キンジが少しうんざりしつつ適当にリボンを外した瞬間。

 

 ───ちゅっ!

 

 キンジの頬に理子の唇が当たり、キスをした。

 

理子 「フフッ!」

 

 キスをされた事に一瞬呆けていたキンジが、その事実を認識した途端、顔全体を真っ赤に染める。

 うっわぁ大胆。

 などと思った時、近くでプシューと言う音が聞こえた気がしてその方向に振り向く。

 

アリア 「・・・・・!?」

 

 キスを受けたキンジと以上に顔を赤くしたまま、頭から湯気を吹き出して石化していた。

 あーあ、間近で初めて見た直接キスの衝撃に耐えきれなかったみたい。

 そして再び正面に視線を移したら、キンジから理子が離れて私達を中心に大回りで半周して、下へ続く階段前に陣取る。

 

理子 「ねぇねぇキーくん、理子は悪い子なんだよぉ。理子はこの十字架さえ手に入れば、それ以外どうでもいいんだぁ!」

 

 理子はスカートの中から二丁のワルサーP99を取り出し、私達へ構えた。

 

キンジ 「理子は本当に悪い子だ。でも・・・俺は理子の嘘全部を許すよ。ただし、俺のご主人様が許してくれるかは分からないけどね。」

 

 理子のキスでヒスったであろうキンジが、一回だけ指を鳴らして、アリアの石化が解ける。

 しかしアリアは石化が解けてもまだ数秒間動きがきごちなかった。

 でも銃を抜く理子に気づき、即座に普段のアリアに戻って同じくガバメントを引っ張り出す。

 

アリア 「ふんっ!どうせ戦いになると思って、防弾制服を着てきてよかったわ!キンジ、やるわよ。」

キンジ 「───仰せのままに。」

 

 アリアの言葉と同時にキンジもベレッタを抜く。

 キンジの銃を抜く動作を終えた時、理子が私に対して口を開いた。

 

理子 「ちょーと、みーちゃんにお願いがあるんだぁ。理子もこの二人程度ならいいんだけど、流石にみーちゃんを相手にしたくないんだよ。だから、みーちゃんは参加しないで見学してくれないかなぁ?」

大和 「んー?別に私は構わないよ。まぁアリア次第だけどね。」

 

 私はそう述べつつアリアを横目で確認した。

 視界の端に写るアリアも視線を合わせてで私にOKと小さく頷く。

 

アリア 「元々アタシ達だけでやる予定だったから好きにしなさい。それに理子のあの言い方、まるでアタシ達なら勝てるように聞こえてムカつくのよねぇ!」

 

 色々と頭に来ているアリアからの了解も得たし、私は三人から少し距離を置いて戦いの行く末を見守る事にしようかな。

 

アリア 「そうだわ。」

 

 私が三人から距離を取り、いざ戦いが始まる前にアリアが何かを思い出した様子で、理子を見据えて発した。

 

アリア 「一つ聞きたい事があるから教えなさい。その十字架を取り返した理由は、きっとアンタの事だから形見以外にあるんじゃないの?」

理子 「・・・・ねぇアリア。お前は繁殖用牝犬(プルートビッチ)って、知っているか?」

 

 アリアの発言に理子の笑顔が消え伏せ、別人のような声でアリアに向け話す。

 そして私は理子の言った単語に顔を少ししかめた。

 

アリア 「繁殖用・・牝犬・・・・?」

 

 アリアは始めて聞く単語に少し困惑している。

 繁殖用牝犬・・・ね。

 人気の品種や珍しい血統のペットは高くよく売れる。

 だから数を集めて儲ける為に異常な回数の出産を行わせ、体をボロボロになるまで使い古し、最終的には捨てられ野垂れ死ぬ。それが繁殖用牝犬。

 更に効率だけを求め、経費を削減する理由から、場所によっては三日に一度だけ泥水や腐った残飯を与え、病気になっても放置する。

 偶然かは知らないけど、前もってジャンヌから聞いた昔の理子の状態と似たような環境。

 

理子 「理子もね、その人間版を体験した事があるんだよ。」

アリア 「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」

 

 アリアが若干混乱しながら一旦待てと言った瞬間、それを合図に理子は突然激情に刈られ始めた。

 

理子 「ふざっけんなッ!!わたしは理子、そう理子だ!でも周りは四世、四世ばっかり言う!わたしには理子って名前があるのに!なんなら五世を産んだら後は用済み?そんなのこっちから願い下げだ!」

 

 理子はその身体の中に存在する感情に強く流される。

 この状況は、失礼ながら私から言わせてもらえば危険な状況。

 戦いや闘いならともかく、今から始まるのは戦闘。

 戦闘において感情を大きく揺らがせてはいけない。

 挑発に乗ってはならない、自ら大きく揺らがすなんて論外。

 理子には申し訳ないけど、これはキンジ達の勝ちになりそう。

 しかし、それでも本当に最終的にどっちが勝つのは分からない。

 戦闘とは常に有利が勝ち、不利が負けるとは限らないからだ。

 

 ピカッ!・・・ゴロゴロ!!

 

 海の遠くの位置で一本の雷が落ちる。

 雷鳴らす轟音に、アリアがビクッと小さく震えた。

 

理子 「この十字架は、理子の大好きなお母様から頂いた一族の秘宝なんだよ。お母様が言ってた───これは、リュパン家の全財産を引き換えにしても釣り合う宝物なのよって。だから何処でもずっと口の中で隠してた。そして───」

 

 そこまで言って理子に異変が起きる。

 突然理子のツーサイドアップのテールが蛇みたいに動き始めた。

 理子の姿はまるで人を石にするメドゥーサ。

 その光景に、キンジが恐れて一歩後退する。

 

理子 「ある日、理子は気づいた。この十字架・・・いや、この十字架を構成する金属は、この力をくれた。それで、理子は檻から逃げ出す事が出来た。」

 

 理子のテールがそれぞれナイフのハンドルに絡みつく。

 

理子 「オルメス。お前を超えて、わたしは自由になるんだ。オルメス、遠山キンジ───わたしの自由の踏み台になれっ!!」

 

 理子が二人に宣戦布告を宣言した時───

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 ───パァン!

 

 俺達の居る屋上で一発の銃声が鳴り響いた。

 その銃声の正体に、俺は撃った理由が理解出来ず呆気を取られた。

 俺だけじゃない、アリアも理子も同じく驚愕して反射的にそっちに顔を動かす。

 その銃声は何度も耳にし、体感的に理解していた物だった。

 銃声の正体は、Five-seveNの5.7mm×28弾。

 俺達の左奥で観戦していたはずの大和の銃だ。

 銃音が鳴って左を向いた俺の視界に入ってきたのは───銃口から硝煙の漏れ出たFive-seveNを構える大和の姿。

 そして大和の視線とFive-seveNの銃口の先には理子。

 俺は即座に疑問に思った。

 何故大和が理子に発砲したんだ?少なくともこんな卑怯な手を使うような奴じゃ・・・んっ?

 だがその時、俺は妙な違和感を感じた。

 理子のお蔭でヒスってなければ、気付いてなかっただろう内容だ。

 もし理子が撃たれたなら、理子に何かしらのリアクションがあるよな?

 だが理子は呆然と立ち竦んでいる。

 なら何処を狙って?大和の視線の先は理子じゃない・・・更に、後方?

 

 ガラガラガシャン───

 

 理子の後ろ側から、小さな部品が複数落下する音がした。

 今度俺とアリアは理子の後方を見渡す。

 理子も疑問に感じて振り返り確認する。

 その瞬間、ある人物の姿に理子の顔が瞬時に強張らせる。

 

理子 「なっ?!なんで、お前が!!」

 

 バチッッッッ!!

 

 その人物の手の辺りから、電気がショートする音と放電の光が放たれた。

 すると理子はその場で力なく膝をつき、仰向けに倒れる。

 

アリア 「小夜鳴先生ッ!?」

 

 アリアにその名を呼ばれると、左手にしていた大型スタンガンをそこら辺に放り捨てた。

 小夜鳴は次に胸元から歪な形の拳銃を出し、理子の頭部に狙い合わせる。

 

小夜鳴 「皆さん。ちょっと間だけ動かないで下さいね。」

 

 小夜鳴は俺達を見渡す。

 相変わらずこんな状況でも、小夜鳴は薄く微笑を浮かべてやがる。

 しかしひとまず状況を確認するべきだ。

 俺は目線を動かさず小夜鳴の周囲を確認する。

 そして小夜鳴の足元に、銃弾を食らって砕けバラバラになったもう一つのスタンガンを落ちている事に気付く。

 それで合点が行った。

 そうか!さっき大和が発砲したのは、襲う寸前の小夜鳴の持つスタンガンを破壊する為か!

 俺達は戦いに集中していたから視野が狭くなり、小夜鳴の接近を許した。

 一方大和は離れて全体を見渡していた為、比較的早く発見出来た訳か。

 しかし残念な事に小夜鳴はスタンガンを二つ持っていた上、位置的に左手は理子に隠れて撃てなかった。

 だとすると、小夜鳴は前もって片方のスタンガンを破壊されるだろうと考えて予備を用意していた事になる。

 更に奴が手に握り締める銃、ルーマニア製のクジール・モデル74。

 武偵でも滅多にお目にかからない珍妙な拳銃だ。

 ただの一介の管理人では決してあり得ない武器、スタンガンの予備、一体どういうつもりだ?

 俺が目つきを鋭くした時、小夜鳴の背後の階段から二頭の銀狼が現れる。

 

小夜鳴 「ほんの僅かでも近づかない方が身の為ですよ?もし近づこうものなら、襲われちゃいますから。」

 

 小夜鳴の警告を聞いて実際に爪先を動かそうとした時、銀狼が喉を大きく鳴らす。

 ジャンヌから聞いた通りなら、あの銀狼はブラドの下僕だったはずだが。

 

キンジ 「まぁ随分と飼い慣らせているな。つまりこれは、保健室の襲撃も一つの茶番だったんだろ?」

小夜鳴 「えぇ、紅鳴館の学芸会よりも良い芝居だと思いますよ。」

 

 などと答える小夜鳴の足元で、使ったスタンガンや理子のワルサー、ナイフと言った武器を銀狼がビルの縁から捨てる。

 

小夜鳴 「その様子なら大丈夫だと思いますが、出来れば動かないで下さい。この銃、三十年前に造られた引き金が緩い粗悪品ですので、間違ってリュパン四世を殺すのは大変勿体無いですから。」

アリア 「なんでアンタが理子の名前を知っているのよ!まさか、アンタがブラドだって言うの!?」

小夜鳴 「・・彼は間もなく現れます。銀狼達もそれを感じ取っていますよ。」

 

 アリアは自身が立てた新説を間を置かず小夜鳴に否定されて、少し赤くなる。

 しかしこれからどうする?

 相手に理子を人質に取られ、銀狼が二頭。

 しかもジャンヌ以上の強さを誇るブラドまで登場する。

 それに対し俺達はかなり不利だ。

 理子を人質に取られている間は、ヒステリアモードの俺は何も出来ない。

 アリアが動こうにも貴重な証人である理子を殺されるのは、避けたいはずだからな。

 大和ならもしかしたら可能性があるかも知れないが、メインの刀は無いし、頼みの綱のSSRも紅鳴館でかなり消耗している。

 クソッ!駄目だな、誰も動けない。

 

小夜鳴 「遠山君。彼が来るまでに一つ、お勉強をしましょう。」

 

 はっ?こんな時に何を言いやがるんだ?

 

キンジ 「お勉強って・・・こんな状態で何を学ぶって言うんだよ?」

小夜鳴 「この前追試になったテストの内容ですよ。」

 

 この前の、遺伝子の伝わりに関しての内容だったか。

 だが、今それを出す理由が分からない。

 理由が分からず眉を寄せた俺に、小夜鳴は一方的に話し始めた。

 

小夜鳴 「遺伝子とは、気まぐれで不可思議なものです。両親の良い点が遺伝すれば有能な子に、逆に悪い点が遺伝子すれば無能な子に。その点では、リュパン四世は失敗例の貴重なサンプルと言えるでしょう。」

 

 そこまで言って、小夜鳴は理子の頭を蹴る。

 まるでそこらの石ころと同じように。

 

小夜鳴 「およそ十年前程に、ブラドからの依頼で、一度だけリュパン四世のDNAを調べた事がありまして。」

理子 「お、お前だったのか・・・ブラドに変な事を、話したのはっ!」

 

 スタンガンの痺れに抗いながら、理子は小夜鳴を睨み付ける。

 

小夜鳴 「えぇ、そうですよ。そしてその結果はとても面白いものでしたね。」

理子 「い・・言、う・・・な!聞き、たく・・な───」

小夜鳴 「凄いですよね。リュパン四世には優秀な遺伝子が何一つ遺伝していなかったのですよ。遺伝学的に言えば、この四世は完全な無能だったんですよ。」

 

 小夜鳴から言われた言葉に理子は嗚咽を漏らし、きつく閉じた目から涙を流す。

 その行動からは、事実に目を背けたい意思が見てとれた。

 もし体が自由に動いていれば、耳を手で塞いで全身を丸めていただろうと。

 

小夜鳴 「四世の無能さは、自身が一番理解しているでしょう。初代のような単独で盗みは出来ない無能な四世。先代のように精鋭を率いて盗みも出来ない無力な四世。おやおや?全部当てはまっていますね、四世。」

 

 理子は何も言わない、ただ喉の奥から虚しい声が漏れ出るだけだ。

 そこまで言って、小夜鳴がそんな理子の頭を踏みつける。

 

理子 「うぅ・・・」

小夜鳴 「四世さん、いいですか?人間は遺伝子で決まります。優秀な遺伝子を持たざる者に未来はありません。世の中は優秀な者しか生きていられません。無能な者は、そこらで野垂れ死ぬだけですよ。四世さん?」

 

 小夜鳴はその場で屈み、動けない理子の胸元から十字架を奪おうとしたその時。

 

大和 「確かに・・・貴方の言う事は概ね正しいよね。」

 

 今まで黙って話を聞いていた大和が唐突に声を上げる。

 小夜鳴は大和の台詞を興味深そうにし、スッと立ち上って大和の方に首を動かす。

 

小夜鳴 「ふむ?私の話を理解して賛同するなんて、人間にしてかなり希少ですね。」

アリア 「大和ッ!アンタ、ソイツの言い分に納得するわけ!?」

 

 理子を罵倒しながら遺伝子について言いやがる小夜鳴相手に賛同した事に、あり得ないとばかりにアリアが怒りの怒声を発する。

 しかし大和はアリアに対して一切感情的にならず、冷静に言い返した。

 

大和 「私は自分の才能のお蔭で今まで生きて来れた。じゃあ聞くよ?もし二人が持つ才能が無い場合だと、今ここまで来れたのかな?例えばアリアの感のようなものがね。」

アリア 「そ、それはっ!その・・・」

 

 さっきまであり得ないとばかりに叫んでいたアリアが急激にトーンが下がり、言い澱む。

 俺も大和に対しては何も言えない。

 実際に言っている事は正しいと理解しているからだ。

 もし俺にヒステリアモードが無ければ、前に闘ったジャンヌに殺されていただろう。

 それ以前に理子にも負けて殺されていた。

 アリアだってそうだ。

 自慢の感が無ければ、イ・ウーの情報の端すら見えてない状態だっただろう。

 

大和 「ただし、優秀で強い者しか生きられないのはちょっと違うかな?」

 

 ここで大和は小夜鳴の発言を一部否定する。

 

小夜鳴 「ほう・・・なら、どう説明して頂けますか?」

大和 「計算出来ない要素で溢れ変えるこの世界で、強い者が絶対勝つなんて、たった一つの存在を除いてあり得ないし、今私が生きている事がその証拠だよ。それにあと一つ言っておくけど───」

 

 まるで本当にその事を知っているかのように振る舞う。

 大和の動きや口調に変化はない。

 考えにくいが、これは・・・本当の事を言っているのか? 

 

大和 「───だからと言って、私の仲間を虐める理由にはならないよ。だよね、ブラド?」

 

 大和は普段通りの笑顔で答えたが、その言葉を口にした瞬間、背中に冷たく極太い針が刺さったような恐怖に一瞬襲われる。

 

 ───ゾクッ!

 

 こ、この感覚は!前に一度味わったもの!!

 強さこそほんの僅かだが、これは兄さんの葬式でマスコミに浴びせたものと同じだ。

 普段は決して怒らない大和が、僅かだが怒りを持っているのか?

 

アリア 「えっ!?でも、アイツは違うって。」

 

 さっき自身の予想を否定されたアリアが分からないと言う一方、小夜鳴は何かに感心して大きな拍手を送る。

 

小夜鳴 「Fii Bucuros(素晴らしい)!流石宮川さんですね。それで、四世を虐める理由でしたか。それは深い絶望が必要だからです。それに遠山君、君ももう分かりますよ。」

 

 俺は良くない不安に駆られ、怪しみながら小夜鳴に注目する。

 そして───分かってしまった。

 あの独特で、明確に、スイッチが変わるその気配に───

 

キンジ 「な、なんでお前が・・・!」

 

 俺には分かるぞ、その感覚が!

 そして遠山家全員が持っているその現象に。

 それは───ヒステリアモード!?

 何も言えない、何も言葉が出ない。

 想定外もいい所だ。

 こんなの、誰が予想できたんだと匙を投げたくなる。

 

小夜鳴 「その通りですよ。ヒステリア・サヴァン・シンドローム。」

 

 やっぱりな。

 小夜鳴の回答に俺は納得と大きな疑問を抱く。

 しかし奴め、一体どうやってそれを得やがったんだ?

 現代まで遺伝が残っているのは遠山家しかないはず。

 

小夜鳴 「これから暫く私とお別れです。その前に記念として一つ教えて上げましょう。」

 

 すると小夜鳴は、物語のネタバレをして面白そうにするみたいに発言する。

 

小夜鳴 「イ・ウーは能力をお互いに習得する場所でした。しかし今のイ・ウーは、私とブラドが大革命を起こしました。この力のような能力を写す力をもたらしたのです。」

 

 能力を、写す?どういう意味だ?

 

アリア 「そう言えば前に聞いたわ。イ・ウーの中には能力をコピーしてる奴が居るって。どんな最新技術を使ったのかしらね?」

小夜鳴 「いえいえ、方法は古く単純明確ですよ。ブラドは六百年から吸血で能力を得ていましたから。」

 

 ───吸、血・・・だと?

 

アリア 「吸血、ルーマニア、ブラド。あぁそういう事だったのね。キンジ、正体が読めたわ。」

 

 アリアの発する声に冷静感が戻り、そう言う。

 正体?小夜鳴の正体か?

 俺が横目でアリアに問う。

 

アリア 「ドラキュラ伯爵よ。」

 

 これまたあり得ない単語が登場しやがったな。

 ドラキュラ、それは架空のモンスターの名前だ。

 いや、イ・ウーにはリュパンやジャンヌ·ダルクが居たんだ、ドラキュラも考え方次第では不思議ではないのか?

 俺の常識と言う常識を砕かれる中、小夜鳴が拍手を贈る。

 

小夜鳴 「───正解ですよ。いやぁ皆さん運が良いですね。ブラド公と会えるなんて、大変光栄でしょう?」

キンジ 「大変信じがたい話だが、俺から一つ聞かせてもらおう。その能力をコピーしたのなら、どうして今も理子を苦しませれるんだ?」

 

 ヒステリアモードは、女性を守ろうとする性格に変化する。

 自衛や間違いを正す理由があって力を振る舞う事はあっても、小夜鳴のやる侮辱や暴力を与えるなど絶対に出来ない。

 

小夜鳴 「遠山君は良い質問をしますね。それについて細かく説明してあげたい所なんですが、もうあまり時間が残されていません。ですので申し訳ないですが、簡単に説明させて頂きます。」

 

 謝罪と前置きを置いてから、小夜鳴が語り始めた。

 

小夜鳴 「彼は昔から人間の血を摂取しており、ある時人間の知能を得ます。しかしその反面、常に知識を保つ為に人間の血を吸い続けなくてはいけませんでした。その結果、彼は私という殻に覆われる事になりました。」

 

 私という殻、つまり小夜鳴は裏を隠す表に過ぎないという事か?

 俺の中に嫌に予感がどんどん大きくなる。

 

小夜鳴 「私に覆われた彼は、唯一私が強く興奮を得た時だけ殻を破って外に出れました。しかし何百年も経ち、私は色々な刺激に慣れてしまい、興奮を全く得れませんでした。しかし偶然イ・ウーで最高に適合する一つの能力を知ったのです。それがヒステリア・サヴァン・シンドローム。そして発動時に放出される大量の神経伝達物質は、ブラドを喚ぶには十分な効力を得ました。」 

 

 小夜鳴の雰囲気が一気に変化する。

 これは───ヒステリアモードの、更に上!?

 

小夜鳴 「さぁ、彼の登場だ!」




先人の負の遺産 あぁ····私がなんでこんな羽目に。体が醜くく変化していく。


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29:理子の決めた道

 えーと、前の投稿が───二ヶ月前!?
 と焦って作ったのがこちらになります。(*´・ω・`)
 流石にのんびりし過ぎたと反省しております。
 相変わらず不定期で安定しませんが、宜しくお願いします。


 小夜鳴先生が恍惚な表情と声を発した直後、体が明らかに変化した。

 

アリア 「何、これ・・・変身!?」

 

 先生の近くにいるアリアは目の前で起きている出来事に唖然しつつ恐れる。

 小夜鳴先生───いや、小夜鳴先生だった人物名が私達の目と鼻の先で別の存在に変わろうとしている。

 キッチリしたスーツは内部から引き裂かれ、肌色は赤褐色の変色し、模様を纏う闘牛のような筋肉質の体になったそれに小夜鳴先生の面影はない。

 私は変化したそれに、周りに聞こえない位の小さなため息をつく。

 これだから吸血鬼は面倒なんだよねぇ・・・・

 私の持つ存在感知は、変装や暗器等は容易に発見出来る反面、変身されると私には分からない。

 変装とか隠すとかはあくまでも本質を化かすもの、でも変化は本質自体が変わるので私には感知出来ない。

 でも吸血鬼は一度発見出来れば、一部例外があるとはいえ比較的安全。

 とは言えこの世界の吸血鬼を詳しく知らないから、油断なく注意して相手しないと。

 

??? 「Ce mai faci・・・おっと、ここは日本だったか。初めまして、か。」

 

 小夜鳴先生だった頑強な吸血鬼は、薄気味悪い笑みを浮かべて挨拶した。

 ただ声を上げるだけで低く鈍い音で体を揺らされる感覚を感じる。

 んー、声から察するとパワー型の吸血鬼かな。

 

ヴラド 「小夜鳴からは聞いているぞ。そうだ、俺がヴラドだ。」

 

 目の前で変質した吸血鬼は、自身がブラドだって堂々と宣言した。

 すると変身で唖然していたアリアが、ヴラドの名を聞くと真剣味を帯びた顔に切り替わる。

 

アリア 「これは有り難いわね。アンタは一番見つけるのが面倒そうな奴だったから、自ら出てきて手間が省けたわ!」

ヴラド 「あぁ?なんだ、喧しいぞガキが。」

 

 吐き捨てたヴラドの言葉にアリアが表情を歪め苛立つ。

 

ヴラド 「あと、遠山っ言ったか?小夜鳴から答えてやれって煩いんだ。さっきの質問、特別に俺様が答えを言ってやろう。俺は吸血鬼だ、人間には何の感情も抱かねぇんだ。・・・まぁ、遊べば悲鳴を上がって楽しいがなぁ、ガハハハハッ!」

 

 一通り笑い声を出したヴラドが足元の転がる理子に視線を動かす。

 そして理子はヴラドから視線を反らしたくても恐怖で反らせない、蛇に睨まれた蛙の状態。

 

ヴラド 「おい四世、帰るぞ!だがまぁ、これだけ優秀な遺伝子共を逃すのも惜しいか、全員捕まえて俺の糧にさせてやろう!」

 

 悪どいの一言しか言えないような笑みを浮かべたヴラドが、私達を選別するかのように見回す。

 ヴラドの発言で少し憤ったアリアやキンジが睨みを効かせている中、全員に聞こえるよう少し大きな声を発した。

 

大和 「正直に言うとね、理子が何処に誰にどうなっても私は構わない。それが理子の選んだ道ならば、私はそれに見合った行動をするだけ。」

キンジ 「お、おい大和っ!!」

 

 横から聞こえるキンジの叫び声を気にせず、一歩前に出て理子に語り掛けるように伝える。

 

大和 「私は基本的に命令や強制しない。そして他人、個人の考えを可能な限り尊重する。だから・・・理子、貴方はどちらを選ぶ?」

 

 当然どちらを選ぶとは、ヴラドの元へ行くか、こちらに来るかの意味。

 今回はただ助けるだけじゃ駄目。

 普段だったら直ぐに助けに行けばいいんだけど、今はアリアも居るから念の為にこんな遠回しになる。

 大の宿敵である理子にアリアが簡単に助けれ動くとは限らない。

 だから少しでも行動してくれる確率を高める。

 しかしこれは理子に負荷を掛けてしまう行為、出来るだけ早く終わらせたい。

 そして理子は言葉の意味を理解し、怯えながら小さく洩らす。

 

理子 「い、嫌・・・・!」

 

 精一杯理子が言い表した拒絶をヴラドな首を傾げながら喋る。

 

ヴラド 「何言ってんだ?四世、お前に選ぶ権利があると思ってんのか?」

 

 ヴラドは鋭い鉤爪の付いた腕で理子の頭を掴み、吊り上げるように持ち上げた。

 

理子 「うぅ・・・」

 

 理子は力無くされるがままに持ち上げられ、うめき声を漏らす。 

 私は目の前の状況を知って理解しても、そのまま話し続けた。

 

大和 「人は言葉で伝え合わないと理解し合えない。もし理子が嫌なら私達に求めればいい。なんて言うんだっけ?」

 

 恐怖と、トラウマと、劣等感に侵される理子にその言葉が言えるかは私には正直分からなかった。

 こんな無駄な事せずにさっさと行動に起こした方が良いと思うだろうけど、ほぼ無意識的に最悪の事態を想定して保険を掛けてしまう。

 でも、可能性を無視するのは今の私で不可能だった。

 時間を使えるのはここで最後、結果次第では即座に強行救出を開始するつもりだった。

 最終的に言えば、理子は勇気を振り絞って───言ってくれた。

 

理子 「たす、け・・て・・・!」

 

 理子が助けを求めた次の瞬間───

 

アリア 「言うのが遅いわ!!」

 

 中々助けを求めない理子に向けてアリアはキレて怒号を放った。

 そしてアリアの一連の行動に私は失礼ながら一安心する。

 

アリア 「まずは理子を救出するわ!側面はキンジ、大和はアタシに付いて来なさい!」

 

 簡単に指示を出してアリアは飛び出し、私もアリアに遅れないようヴラドに向かって駆け出す。

 一方ヴラドへ高速で接近する私達を、ヴラドの下僕である銀狼が主を守る為襲い掛かってくる。

 しかし私もアリアも銀狼には目もくれない。

 だって、銀狼からは襲われないって知っているから───と言っても、存在感知を使ってやっぱり警戒しちゃうのが私だよねぇ・・・・・

 

キンジ 「───悪いな。」

 

 ガンガンッ!

 

 後方から二発の発砲音が鳴り、二匹の銀狼が即座に体制を崩して転がり動かなくなる。

 血は、出てない・・・でも身震いするだけで動けない様子、麻痺?

 銀狼の背中辺りに弾が掠ったから、話で聞いたレキの技を真似て動きを止めたのかな?ヒスってるとは言えキンジも良くできたよねそんな事。

 二匹の銀狼を止めたキンジは私達の後を追い、三人全員がヴラドに急接近する。

 

アリア 「理子はアタシの獲物の一つよ!横取りなんて許さないんだから!」

 

 うーんアリア、他の言い方なかったのかな?

 そんな思いが浮かぶ私を尻目に、ガガガガガガンッ!と二丁のガバメントの45ACP弾が放たれ、ヴラドの肩や腕等に次々着弾する。

 

アリア 「───えっ?!」

 

 しかしその後に驚いたのはヴラドではない、アリアやキンジだった。

 ヴラドの体に十数発の45ACP弾によって生まれた銃創から赤い煙を上げたかと思った頃には、傷口が完全に塞がり消えてしまう。

 そりゃあ吸血鬼ならあるよね、強力な回復力。

 キンジとアリアは予想外の出来事に一瞬固まってしまい、ヴラドも余裕と見せかけた油断の笑いを出す。

 私がヴラドのその隙を突き、一気に動く。

 今の状況ではまだ切り札は使えない、とすると───

 私は理子を掴む左手に近づき、愛銃のFN5-7を連続発砲する。

 狙うは腕の筋肉の更に奥の、正中神経と呼ばれる腕の動きを担っている神経。

 通常の攻撃だと間違いなく筋肉に阻まれ届かないだろうけど、ね!

 ───放たれた5.7mm弾の一発目が命中。

 次の二発目が一発目の弾頭の後ろを叩き、前に押し出す。

 更に三発目が再び後方から叩き上げ、まるで釘を打ち付けるかのように内部に侵入し、狙った神経を破壊してヴラドの握力がほんの一時的だけかなり弱まる。

 

ヴラド 「なんだ?」

 

 ヴラドが力が入らない事に疑問を抱いているこのタイミングは、絶好の理子救出チャンス。

 だけど私は位置関係的に理子の救出は厳しい。

 

大和 「キンジ!」

キンジ 「───ッ!大丈夫だ、任せろ!」

 

 唯一手が空いて行動可能なキンジが理子の傍に近寄り───

 

キンジ 「女性はこうやって抱くべきだぞ、ヴラド。」

 

 キンジはヴラドから理子を奪い去って、お姫様抱っこをして離脱する。

 アリアと私もキンジに習ってヴラドから距離を取りつつ連射で足止めを行う。

 この位離れれば問題ないね。

 えーとさっきの発砲数が十九発だから・・・

 私はFN5-7のマガジンキャッチボタンを押し、中のマガジンが排出され床に落ちた後、予備マガジンを挿入する。

 

アリア 「理子。アンタの話、全然分からなかったわ。それに───」

 

 アリアが睨み付けるとは違う、ハッキリとした視線で理子に発言した。

 

アリア 「このアタシを利用するなんてムカつく!でもアンタもアンタでアタシを利用したなら堂々としなさいよ!そんな弱そうな感じになって、まるでアンタに利用されたアタシがバカみたいじゃない!」

  

 アリア、利用された時点でバカと言うんじゃない?と思ったけど、これは心の中に閉まっておこうかな。撃たれたら困るし。

 こうして理子に一通り思いを伝えたアリアは、今度はヴラドに向き直り言い放った。

 

アリア 「それにブラド!アンタ、アタシの事を侮辱したわね!ルーマニアの貴族だったんなら知っているんでしょ、貴族が侮辱されるとどうなるかって!」

ヴラド 「だったらどうする気だ?この吸血鬼である俺を。」

アリア 「簡単よ。アンタをママの冤罪を晴らす為に逮捕するわ!」

 

 アリアの答えにヴラドは面白い可笑しそうに嘲笑う。

 

ヴラド 「俺を逮捕か?ホームズ家のバカのせいで笑いが止まらねぇな!」

アリア 「あぁっ!またアタシを侮辱したわねぇ!泣いても謝っても命乞いしても、絶対許してあげない!」

 

 今度はブラドの言葉にアリアが再び突っ掛かる。

 て言うかアリア、命乞いは許してあげないと殺しちゃう意味になっちゃうんじゃ?

 どうにも変なツッコミばっかり思い浮かぶ。なんでだろう?

 まっそんな事はどうでもいっか、私も理子から注意を反らす為にゆっくりと一歩づつ前に進む。

 

大和 「自然で純粋な吸血鬼、それも───たった八百年。」

 

 言葉を言い始めた私にヴラドの注意がアリアから移る。

 

大和 「八百年程度・・・人間だって、死にながら生きたら余裕で超えちゃうね。」

 

 私はヴラドの眼を見据えながらそう言い放った。

 すると生意気な事を言ったように聞こえたらしく、ヴラドが不機嫌気味に発する。

 

ヴラド 「ふん、百年すらまともに生きれねぇガキ共が、ほざき散らすな!」

 

 確かに人間は百年生きれるか分からない。

 でも、それはあくまで地球基準なんだよね。

 

大和 「ヴラド。貴方は知らないだろうけど、時空間の流れは常に一定じゃないんだよ。でも貴方では理解出来ないし、知らないよね。」

 

 私の言葉にヴラドは心底不愉快そうに喚く。

 

ヴラド 「おいそこの女。さっきから何でも見透かしているみてえな感じしやがって!不愉快だ。」

 

 ヴラドの眼孔が、横にいるアリアや後方の理子がブルッと体を震わせる。

 なお私にはマグマが煮たたるみたいな憤怒と威圧感が直接降りかかるけど、特に動じる必要はない。

 喚き散らして威嚇している時点で、所詮ヴラドは吸血鬼の中でも恐らくその精々程度。

 私の知っている最強の吸血鬼は、戦いに囚われた礼儀正しい英国紳士だった。

 それに比べれば遥かに天と地の差。

 

ヴラド 「そろそろ話は終わりだ。どうも俺はお前らをさっさとぶっ殺してやりたくてなぁ!」

アリア 「何言ってんの、アタシが逮捕するに決まってるわ!大和、行くわよ!」

大和 「そうね、殺りましょうか。」

 

 私とアリアは左右に別れ、同時で駆け出す。

 アリアが二丁のガバメントを連射で圧倒するのに対して、私はヴラドの関節部分を一発一発正確に合わせる。

 私達の弾がヴラドの皮膚を貫通する。

 しかし全て傷が治って弾まで排出された。

 アリアの弾はともかく、私の弾まで効かないのは少し意外に感じた。

 今の私が使う弾は通常の鉛弾ではない、対人外用の法儀礼済み銀弾───だけど、その銀弾の手応えがない。

 これは、銀に耐性がある感じかな?

 更にアリアの放つ弾が次々命中している中、ヴラドは特に気にせず周囲を見渡し何かを探す。

 

ヴラド 「おぉ?こいつは使えそうだ。」

 

 ヴラドは近くの携帯電話用の基地局に移動し、アンテナを掴み回していく。

 メキメキと金属の捻れる音が根元から響き渡る時に、再びアリアと私はキンジの前方辺りまで後退する。

 やがてアンテナがヴラドの握力に負け、根元から破断し折れる。

 そしてヴラドはアンテナを槍を持つように床に叩き付け、何かの予備動作をし始めた。

 

ヴラド 「ふむ。まずは一番楽そうな遠山、お前からだ。ワラキアの魔笛に酔え───」

 

 ブラドがそう言って肺に残った息を吐き出し、強烈に大きく空気を吸い込む。

 その量は気流の流れが変わる程。

 ヴラドは巨大な風船のように大きくなりながら空気を更に吸い込む。

 ワラキア?ルーマニアの地方だっけ?それよりヴラドの技名の魔笛と空気・・音の攻撃────ッ!

 

 ビャアアアアアウヴァイイイイイイイ───ッ!!

 

 ヴラドの吐き出した量の咆哮は、タワーの全体を振動させ、上空の雲の一部を吹き飛ばす規模の音量で放出された。

 数百gの炸薬が起爆したような衝撃は、長距離の駅や街でも聞こえたと思った程。

 

アリア 「ド、ドラキュラが吼えるなんて始めて聞いたわよっ!!」

 

 衝撃で尻餅をついたアリアがあり得ないと叫ぶ中、キンジが目を見開いて驚愕していた。

 あのキンジならそろそろ我に帰───違う、雰囲気が元に戻っている!

 キンジのヒステリアモードが、外的要因で強制切断されるっ普通は思わない!

 

アリア 「キンジ殺傷圏内よっ!のんびりしてんじゃないわよ!!」

 

 キンジに急速に接近したブラドがアンテナを大きく振るう。

 私は急いでアンテナを握る腕に銃弾を放つが、ヴラドはそのまま腕を直進させ、キンジに向けアンテナが振るわれる。

 しかし幸いにもアンテナはキンジに直撃せず、掠りっただけで済んだ。

 でもアンテナを振り回す吸血鬼の筋力を前に、人間の体重など紙同然。

 キンジは大きく回転しながら撥ね飛ばされ、ビルの縁から空中へと放り出された。

 ───キンジが!!

 視界からキンジを見失った途端、理子がキンジを追うように飛び降りた。

 その事に一瞬焦ったけど、直ぐに思考を変えた。

 理子のあの様子、明らか自分の意思で狙って動いていた。

 何か考えがあってきっと飛び降りた。

 なら後は二人の無事を祈って、私は私のする事をするだけ。

 

大和 「アリア!恐らくキンジは理子が何とかしてくれる。だから私達もやる事をするよ!」

 

 最初アリアはキンジが心配でオロオロした様子を見せていたけど、意を決したのかヴラドを視界に入れて叫んだ。

 

アリア 「理子!キンジを死なせたら許さないんだから!!」

 

 既に聞こえない位置にいる理子に対しアリアがそう言葉にした。

 そして私は正面を向き、ヴラドから一定の距離を保ちつつFN5-7を乱射する。

 一方弾の切れたガバメントを納めて、背中から寸詰まりの日本刀を二本抜いたアリアが突撃を開始。

 アンテナでヴラドがアリアに攻撃するけど、アリアは自慢の機動力で回避しお返しとして日本刀でヴラドを斬る。

 何度も何度もヴラドに多数の切り傷を作り続けるが、再生能力の前に無力だった。

 しかしアリアは怯まず攻め続ける。

 

アリア 「その再生能力は厄介ね。でも、再生する前に斬ればいい!」

 

 自信満々に発言するアリア。

 ある意味圧倒的脳筋を晒したアリアが刃を振り下ろし、縦横の斬撃を与えつつヴラドの攻撃を回避する。

 しかしその瞬間───

 

アリア 「───あっ!!」

 

 ヴラドが最初にアンテナを叩き付けた時に出来た凹みに足を取られ、バランスを崩す。

 その瞬間、ヴラドのアンテナがアリアの目前に高速で移動する。

 攻撃にアリアは反射的に日本刀で交差させて防御した。

 しかし防いだ日本刀を砕きながらアリアは衝撃で弾け飛ぶ。

 あのコースなら───大丈夫、ここからは落下はしない。

 空中を弾け飛ぶアリアは、床を滑りながらヘリポートの端で綺麗に着地する。

 良かったぁ・・・いや、それよりアリアに追撃するヴラドを止めるのが優先。

 アリアを仕留めようと、歩を進めるヴラドの右手首に弾を叩き込む。

 弾が命中した攻撃を無視していたヴラドは、止まらずアリアに向かって移動する。

 でもふと途中でその速度を緩め、撃たれた右手首をヴラドが確認する様子を見せた。

 本来であれば即座に治る筈の傷口は、数秒経過しても完治する形跡がなく血が流れ続ける。

 

ブラド 「・・・・こいつはただの銀じゃねえなぁ?」

 

 ヴラドが治らない傷に疑問を抱きつつ、私にその眼光を合わせた。

 

大和 「BLESS BLADE (刀身を清める)を応用して施した純銀弾のお味は如何?吸血鬼さん?」

 

 例え相手がどれだけの再生能力を持っても、桁違いの耐性を持っていたとしても関係ない。

 人ならざる者に“絶対”に効くと保証される魔術を施した銃弾。 

 と言ってもねぇ・・・作るコストが高過ぎて、最後の二発分しかないのが問題。

 

ヴラド 「小賢しい真似をしやがって!」

 

 身を傷つけられて怒りを覚えたヴラドがアンテナを大きく振りかぶり、私に対して縦に強烈な攻撃を振り下ろしてくる。

 だけど予備動作丸見え、威力だけに特化した動きの鈍い攻撃は余裕で回避出来る。

 上から大質量のアンテナが当たる前に、サイドステップで範囲から逃れた。

 そして私が回避した攻撃は、ヘリポートの床のコンクリートに直撃し、表面が砕け破片を辺りに撒き散らす。

 衝撃で弾け飛んだ破片の中に、偶然私の頭部に飛んで来た物があったので、銃に装填しているマガジンの底で軽く叩いて進路を変える。

 再び距離を確保し態勢を整え、ヴラドの動きを何一つ見逃さないよう意識を集中する。

 そして思考の中で次に来るであろうヴラドの行動を予測し、対応するシミュレーションを同時に何十、何百と並列で処理していく。

 そんな時、私の心では謎の高揚感が表れ始めていた。

 

 ・・・トクンッ・・・トクンッ───

 

 急に変化した鼓動を感じ取り、私の心の中が驚き二割、呆れ八割の状態になる。

 あっ・・・むぅ、流石の私だって理子が虐められて少しは怒っているのに、いつもそんなの関係ないとばかりに容赦なく出てくるんだよね。

 まぁ確かに最近は一対一でこんなに戦う事なんてなかったから、ある意味しょうがないかぁ。

 さてと、これが来ちゃったなら今の内に理子とキンジの手助けをしないと。

 しかしと言っても直接的に助けれないので、最低限生存性が上がるよう呪文を発動した。

 

大和 「《BRING HABOOB/Sandstorm small(小さい砂嵐を起こす)》」

 

 横浜ランドマークタワーを中心に直径100m、風速10m/sの上昇気流が巻き起こる。

 強風で周囲に設置されてる鉄製の柵がガシャガシャと音を立てて揺れ始めた。

 普段の私なら一時間は掛かるこの呪文、今の私にとってすれば一瞬。

 ただ、後で間違いなく代償を払う羽目になるけど。

 

ヴラド 「妙だな?急に風が強くなったぞ。おいお前、何かしやがったか?」

 

 急に巻き起こった突風にヴラドが怪訝な顔をする。

 

大和 「たった一人の人間がこんな風を起こせるとでも?」

ヴラド 「・・・それもそうだな。」

 

 ヴラドの知っている人間であろうはこんな強風を起こせない。

 だからヴラドは私の言い分に納得した後、アンテナを大きく横に振るい攻撃してくる。

 攻撃に対して私は敢えて前進し、スライディングで攻撃を回避して腕の関節に向け発砲。

 ヴラドの肘関節にど真ん中に着弾する。

 しかしその瞬間、FN5-7からカチッ!と鳴った。

 そして間合いを取り、ヴラドを状態を確認する。

 さっきと同じく肘に被弾した傷が殆ど治らず、動かしにくそうに肘を動かしながらヴラドが漏らす。

 

ブラド 「面倒な事しやがって。そこの女、どうするんだ?頼みの綱の玩具は使えなくなったぞ?」

 

 ヴラドがニヤつきながら、私のFN5-7が弾切れになった事を指摘してきた。

 私はホールドオープンになったFN5-7を見た。

 

大和 「確かに今はこの銃は使えないね。」

 

 使えなくなったFN5-7を、最初に投棄したマガジンの近くに放り投げる。

 そして代わりに取り出したのは一本のサバイバルナイフ。

 

ヴラド 「ゲァババババッ!そんな物で俺が倒せるとでも!」

 

 サバイバルナイフ一本だけで戦おうとする私を、ヴラドは面白そうに爆笑する。

 

大和 「これね、BLESS BLADE(刀身を清める)を施した純銀製サバイバルナイフ。きっと、貴方も喜ぶ美味しい味だよ。」

 

 ナイフの説明を聞いたヴラドから笑みが消え、代わりに今度は私が愉快にほくそ笑む。

 

ヴラド 「何を笑ってやがる?お前、いつもの人間とは違うな。よし、気分が変わった───ここで八つ裂きにして、人間共に絶望を見せてやる!」

 

 残念ながらヴラドの恐喝も私の中で起きたもののお蔭で、楽しく喋っているのと同義の感覚になっているよ。

 それに何で私が笑っているかって?

 これからの事が楽しみで楽しみで堪らないからだよ。

 フフッ、何とも素敵で楽しそうな宣戦布告。

 これで決闘が・・・あの楽しい決闘が出来るんだよ。

 貴方を簡単には勝たせたり敗けさせたりはしない。

 この決闘の味を末長く味わう為に───じっくり、じっくり煮るように痛めて傷めて痛めつけて、痛めて傷めて痛めつけられ、是非とも私の願いを叶えられて、獅子奮迅の活躍を望むよ。 

 決闘の場に置いて人間や吸血鬼は皆平等。

 貴方は私にどんな痛み、恐怖、狂気、苦痛、絶望、そして喜びを教えてくれるの?

 なら私は───

 貴方に永遠に迎えに来ない死の終焉を教えてあげる。

 貴方に狂気の狂喜を思い出させてあげる。

 貴方に本当の暴力を教えてあげる。

 貴方に私の一部を教えてあげる。

 貴方との一期一会の決闘。

 この世界の新進気鋭の吸血鬼さん、決闘の入り口へようこそ───

 

大和 「それでは吸血鬼さん、楽しい決闘を始めましょう。誓いは永遠───いざ、尋常に!」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

理子 「私の名前は・・・誰?」

キンジ 「理子だ。」

理子 「もう一度。」

キンジ 「理子。」

理子 「呼んで!」

キンジ 「理子!」

 

 その時、俺を落下から救ってくれた理子のグライダーが強力な上昇気流に巻き込まれる。

 ぐおっ!なんだこれ!

 しかし俺とは対照に理子の表情は笑う。

 

理子 「これは使える!」

 

 そう言った理子は荒れる海のような突風の中、グライダーを器用に操りほぼ垂直に急上昇する。

 強力な上昇気流の甲斐もあってか、恐ろしい速度で屋上に到達。

 しかし流石理子と言うべきか、屋上に上がりきる寸前でグライダーを解除し、慣性の法則でかすり傷一つない完璧な着地が出来た。

 そして屋上の様子を素早く観察して、予想外の事実に一瞬呆けまった。

 ヴラドとナイフ片手の大和が、一対一で正面から戦いあってる事に───

 横にいる理子もその戦いを前に唖然としている。

 そして戦いを眺める俺の視界の端に、悔しそうに立たずむアリアが見えた。

 

キンジ 「理子、行くぞ。」

 

 俺は呆然としていた理子を呼び、ヴラドにバレないようアリアに合流する。

 

キンジ 「アリア!」

アリア 「えっキンジに理子っ!?アンタ達、やっぱり生きてたのね!!」

 

 アリアは俺達がいる事に内心嬉しそうに歓喜する。

 お互いに無事を喜びたい所だが、まだ戦いは終わってない。

 

キンジ 「理子が落ちる俺をグライダーで助けてくれたんだ。それより状況を教えてほしい。」

 

 俺の言葉にアリアの顔つきが変化し、アリアが扱う日本刀を取り出す。

 

アリア 「見ての通りヴラドと大和が戦っているわ。アタシはもう武器がないから何も出来なくて正直歯痒い。それと大和の持つサバイバルナイフ、あれはそこらの得物じゃないわよ。傷が浅いけど、明らかにヴラドを追い詰めてる。」

 

 根元から砕けた日本刀を見せつけながら、アリアがそう説明する。

 俺は戦闘中のヴラドの体へ視線を集中させる。

 ・・・本当だ、ナイフに切られた箇所の再生が異常に遅い、というよりは再生していない?

 大和のナイフで付けられた切り傷に再生の兆しは見えなく、斬った後のまま。

 ヴラドの持つ桁違いな再生能力を前に効くナイフとか、何の原理だ?

 

アリア 「でも、追い詰めるだけで決定的じゃないの。逆にヴラドの攻撃は当たってないけど、当たったら確実に死ぬわ。ヴラドの体力が尽きるか、大和が攻撃を受けるかの戦いよ。」

 

 いくら防御特化の大和とは言え、吸血鬼相手ではいずれ限界が来る。

 ここで俺はジャンヌから入手したブラドの弱点をアリアに伝えた。

 

キンジ 「ヴラドには四つの弱点が存在する。あの目玉模様の中心がだ。」

アリア 「えっ?そんな情報どこから!・・・詮索は後回しね。弱点が四つ。キンジ、どう見ても三つしか見えないわ。」

キンジ 「そこなんだ。あと一つが───」

理子 「わたし知ってる。」

 

 理子の言葉を聞いて、俺とアリアが咄嗟に理子へ振り向く。

 

理子 「アイツの弱点を知っている、最後の一つを。場所は意識して貰いたくないから教えれない。」

キンジ 「なら次は弱点を同時に撃ち抜く方法だ。間違いなく弱点を同時以外で攻撃した場合、確実に再生が間に合ってしまうだろう。という事で同時攻撃の手数が欲しいが、大和はあんな状況だ。三人だけでタイミングを合わせなくてはいけない。」

アリア 「いいえ、四人よキンジ。大和の視線の先を良く確認しなさい。」

 

 大和の視線の先?

 俺はヴラドと戦闘で動き回る大和の瞳を目を凝らして覗き見る。

 すると普段は黒真珠のような大和の瞳に変化を発見した。

 左の瞳だけがルビーのように赤く変化している?いや、これは不思議だがアリアの言いたい事じゃないだろう。

 ・・・・・?今俺達を見たか?・・・・また見たぞ。

 大和が一騎打ちの状態の中、わざわざ時々俺達に視線を合わせる。

 

キンジ 「これは恐らく、一定間隔で大和がこちらに視線を移して俺達の行動を確認している、のか?」

アリア 「そうよ。アタシ達がどう行動してどう対応するか、常に意識しているの。ヴラドと真っ正面から戦ってるのに、良くそんな余裕あるわね。」

 

 アリアが驚愕半分、呆れ半分の表情をとる。 

 そこに理子がまた一つ朗報を口にする。

 

理子 「みーちゃんは四つ弱点の事を知っている。この前ジャンヌからそう言われた。」

 

 よし、これで着実と勝利のピースが揃っていくぞ。

 しかしよりにもよって最後のピースが一番デカイと来た。

 

アリア 「で、一番の問題以外は終わったわね。」

キンジ 「あぁその通りだ。今の俺達には四つの弱点を同時破壊出来る武器がない。アリア、残弾は?」

アリア 「この通りよ。」

 

 アリアがホールドオープンした二丁のガバメントを取り出す。

 

理子 「一応わたしは一発だけど銃を持っている。それを使えばわたしは何とかなる。」

キンジ 「今ある武器は、俺のベレッタと理子の銃。後は今大和が持っているナイフか。」

 

 例えナイフでも、斬るのではなく深く突き刺せれば十分弱点には届くだろう。

 しかし───

 

理子 「あと一つ足りないよ。」

 

 理子の言う通り、あと一つ足りない。

 四ヶ所の攻撃をするのに武器が合計で三個しかない。

 流石に古いアニメの表現の手を突き刺したりとは出来ねぇだろうし。

 しかも現状可能性のある大和のFive-seveNは、今ナイフ一本で戦っている事を考えると弾切れの可能性か高い。

 一応ベレッタの弾は残っているから、これでアリアのガバメントか大和のFive-seveNが使えればいいんだが、俺のベレッタは9mm弾、アリアのガバメントは45ACP弾、大和は5.7mm弾、呆れる位互換性が皆無。

 俺は何か武器になりそうな物が落ちてないかと辺りを一覧する。

 すると床に銃とマガジンが落ちているのに気が付いた。

 ───あれは、大和のFive-seveNか。

 だが残念な事に、アリアと同じく予備マガジンが刺さった状態でホールドオープンしている。

 そして傍には最初に投棄したマガジンが捨てられていた。

 うーむ。やっぱり弾切れか───待てよ?

 俺は再び妙な違和感が引っ掛かりを覚え、それを全力で思考する。

 大和が最初に発砲した数は・・・記憶に間違いなければ確か十九発、Five-seveNのマガジン弾数は二十発だよな?

 ───いけるぞ!!

 俺が思いついた起死回生のアイデアを二人に伝える。

 

キンジ 「アリア、理子、何とかなりそうだ。あそこに落ちてるFive-seveNを見てくれ。」

アリア 「あの銃は弾切れよ?」

 

 ホールドオープンしたFive-seveNを指差す俺に、困惑気味のアリアが弾切れの事実を言う。

 

キンジ 「そうだ、確かに弾切れだ。しかし俺の記憶が正しければ、大和は最初に十九発発砲している。」

理子 「キーくん。それだとやっぱり弾がないよ。」

 

 ここでの理子の指摘は正しい。

 自動拳銃は構造上、最初の一発はマガジンから薬室内に入り込み、実質マガジン内は一発減った状態から開始される───普通ならな。

 つくづく大和が俺の元パートナーで良かったよ、じゃないと絶対気付いてなかった。

 

キンジ 「大和はな、ある癖のようなものがあるんだ。」

アリア 「癖?」

キンジ 「アイツが銃を扱う時、最初は絶対に薬室内に弾を装填してからマガジンを挿入するんだ。」

アリア 「あっ!」

 

 俺の意図に気が付いたアリアが驚愕して、ラッキーとばかりに嬉しそうにする。

 

キンジ 「薬室に一発、マガジンに二十発で計二一発。十九発を使ったら残り二発。一発は薬室にあるとして、残り一発は───ビンゴだ。」

 

 捨てられたマガジンのマガジンクリックから顔を出す、一発だけ残った銀製の弾頭をした5.7mm弾がなぁ!

 それもご丁寧に同時に取りやすく捨てられた銃本体の位置。

 大和め、狙ってやったんだろうなぁ。

 それくらい予想していてもおかしくない奴だ。

 

キンジ 「アリア、撃てるか?」

アリア 「あら、アタシを誰だと思っているのかしら?」

 

 勝手の異なる銃とは言え、射撃の天才であるアリアには障害にならないだろうな。

 それを見て安心した俺は、大和が視線を移した瞬間を狙って瞬き信号を送る。

 内容は「アワセテ、ワキバラ、ナイフ、サセ。」

 送ってから十秒後くらいに了解と返信が帰ってくる。

 

キンジ 「行くぞ、3・・・2・・・1・・・0!!」

 

 俺の掛け声と同時に全員がそれぞれ行動を起こした。

 俺は左肩を狙う為、左の方に走り出す。

 理子はヴラドに対して正面から突撃する。

 アリアはFive-seveNの元へ駆け出し、銃を拾った後即座にマガジンを交換、ヴラドの右肩に照準を合わせる。

 大和は俺達が配置につくまでヴラドの注意を引き、配置に着いたと判断したら、ヴラドを狙い易い正面に誘導する。

 ───四点同時攻撃、やるぞ!

 

キンジ 「撃てっ!!」

 

 最初に合図に反応したのは大和だ。

 至近距離からナイフをブラドの右脇腹一直線に投擲。

 素早く投げられたナイフが深々と右脇腹に突き刺さる。

 次に俺のベレッタから銃弾が放たれる。

 そしてアリアがトリガーを引いた瞬間。

 

 ───ピカッ!!

 

アリア 「───ひゃっ!!」

 

 運悪く偶然放たれた雷光によって雷が苦手なアリアが反射的に目を閉じてしまい、緊張で筋肉が収縮し照準が逸れた弾が発砲されてしまった。

 クソッ!ここで雷とは最悪だぞ!!

 ───まて、今ならまだ修正が効くかも知れない。

 ヒステリアモードの俺が銃弾に意識を集中すると、俺自身もびっくりした。

 見える・・・弾が見えるぞ!

 それにあのコースなら、修正可能だ。

 だが大和の使う弾は足の早い高速弾、これは間に合うか?───いや、間に合わせる!!

 決死の覚悟で発射した俺の9mm弾が空中を飛翔し───

 

 キンッ!

 

 空中で9mmと5.7mmが掠りながら交差し、5.7mm弾が進路を変えてヴラドの右肩へと向かう。

 しかしそこでブラドが射線から逃げようと、肩を捻る動き出す。

 マズイ!このままだと弱点に当たらない!

 たが一度針路を変えてしまった弾に対して、もう俺には何も出来ない。

 

大和 「《GRASP OF CTHULHU (クトゥルフのわしづかみ)》!」

 

 ここで大和が何かを言った途端、ヴラドの体の動きが謎の力に押されたように完全に停止する。

 これで右肩、左肩に弾が直撃、右脇腹にはナイフが突き刺さる。

 これで俺達の仕事は終わりだ、そして後の一ヶ所は───任せたぞ!

 三ヶ所を撃たれたブラドは急に正面を視線を合わせ、何かの言葉を言おうとした。

 ヴラドの目と鼻の先には、胸の谷間からデリンジャーを取り出しヴラドを狙う理子の姿が───

 

ヴラド 「四せ───!」

 

 ───パァン!

 

 小口径特有の軽い発射音と同時に理子のデリンジャーが火を吹く。

 そして命中した、ヴラドの最後の弱点に。

 目玉模様は口を開けたその先、長く分厚い舌のど真ん中。

 ヴラドは謎の力に対して踏ん張れていた力を失い、押し潰されるように仰向けに倒れる。

 更に運の悪い事に、ヴラドの上から交差するように数tはありそうなアンテナが支えを失い乗し掛かる。

 この倒れたアンテナをヴラドが退けようとするが、まるで力が入っていない。

 そしてブラドが何百年掛けて集めであろう血液が全身から流れ出す。

 ブラドの哀れな姿に俺は妙な感情を抱く。

 なんと言うか、吸血鬼でもこうなってしまえば呆気ないものだな。

 

キンジ 「アリア。これどうするんだ?」

アリア 「気にしないでいいわ。それにしぶとい吸血鬼よ、簡単には死なないでしょ。」

キンジ 「それもそうか。んっ───?」

 

 仁王立ちするアリアに苦笑している時、大和がブラドに近づく。

 もう戦いが終わった今、ヴラドにする事はない。

 アリアや理子も気づいたらしく、大和の行動を気に掛ける。

 大和はヴラドの目の前に着き、ナイフの刺さった右脇腹のすぐ傍に脚を掛け、ナイフの柄を握り締めて思いっきり引き抜く。

 

ヴラド 「グオッ!?」

 

 ヴラドは引き抜かれた痛みで苦しそうに声を上げる。

 おい待て、本気で何をするつもりだ?

 怪しい行動をする大和に、俺は怪訝な表情で動きを監視する。

 血に濡れたナイフを握り締めた大和が、今度はヴラドの頭付近に行き、なんとヴラドの首の横にナイフを添える。

 まさか、ヴラドを殺す気か!!

 普段のアイツなら絶対しないと断言出来るが、今回は理子の事で大和が珍しく怒っていた。

 殺害は武偵法に違反する、それは吸血鬼だって例外じゃない。

 それに何より奴が死んでしまったら、かなえさんの無実を晴らせない!

 ───大和、駄目だ殺すなっ!!

 と俺がそう咄嗟に叫ぼうとした時。

 大和がクスッと笑い、血濡れたナイフを拭かずに納めた。

 

大和 「ヴラド、貴方は運が良いよ。向こうだったら殺していた所だけど、今は殺しちゃいけない身だからね。でもお仕置きはしておかないとね。《IMPLANT FEAR(恐怖の注入)》」

 

 大和が何かの単語を言った途端、ヴラドかビクビクと震えて泡を吹き気絶した・・・・・気絶だよな?

 

大和 「大丈夫、殺してないよ。軽く気絶しただけ。」

 

 俺達の心を察したのか、何時もの優しい姿に戻った大和はそう話しながら歩を進める。

 その一方では、ようやく麻痺が治った銀狼達が必死にヴラドの為に日陰を作ろうとしていた。

 数秒程銀狼の行動を観察して、やっと納得した。

 ヴラドから集めた血が流れた結果、日光の耐性が消えたのか。

 それより───

 

キンジ 「急にヴラドの首にナイフなんて突き付けて本当に焦ったぞ。それでブラドに何をしたんだ?」

大和 「肉体的には何も出来ないから、精神面をちょーと突いただけ。」

 

 ちょーと突いただけって、あの吸血鬼のヴラドが気絶する程のは絶対そうは言わないぞ。

 気絶したブラドを眺めて、大和に視線を移したアリアが疑問を問う。

 

アリア 「アンタのSSR何なの?全くもって関連性が分からないわ。今度何が出来るか教えなさいよ。」

大和 「それは勘弁してほしいなぁ。あまり表に出したくないんだよ。」

 

 アリアの言葉に困った様子で大和が答える。

 二人の会話を聞きながらふと思う。

 色々ハプニングはあったが、結果的にはヴラド相手に勝ったんだよな。

 俺は横に顔を向け、理子に言った。

 

キンジ 「ほら、理子。俺達は───いや、理子は勝ったんだ、あのブラドに。」

 

 理子は再度本格的にヴラドを倒したと認識したのか、口を開いて唖然とする。

 

アリア 「んーその反応?リュパン一世とブラドって、実際に戦っていたの?」

キンジ 「らしいぞ。」

アリア 「なら私達が居たとは言っても、アンタは今日。あのリュパン一世を越えたわね。」

理子 「えっ?」

 

 理子がアリアからそんな言葉を投げかけられるとは思わず、アリアを前に固まる。

 理子の様子に全員が表情を緩めた時、前触れ無く右手で頭を抱えて大和がフラッとよろめく。

 

キンジ 「大和、大丈夫か?」

大和 「あー、ごめんね。後はよろ・・し、く・・・・・」

 

 申し訳なさそうに謝って、大和は力無く床に倒れる。

 

アリア 「って、ちょちょっと!どうしたのよ!」

 

 突然大和が倒れた事に動揺するアリア。

 このパターンは、あれか。

 倒れた理由を察した俺は、大和の呼吸と心拍を調べる。

 ・・・予想通りどっちも異常ないな。

 

キンジ 「アリア安心しろ、これはSSRの使い過ぎだ。」

アリア 「えっ?SSRの使い過ぎ?」

キンジ 「あぁそうだ。紅鳴館とさっきの戦闘両方フル使ってたんだ、体力が尽きてもおかしくない。一応心拍と呼吸は安定しているから休めば問題ないだろう。」

 

 説明を聞いたアリアは呆れつつ怒った顔に変化した。

 

アリア 「全く、人騒がせばっかりするんだから。ってあら?理子はどこ行ったの!?」

キンジ 「何?」

 

 俺達は慌てて周囲を見渡し、ビルの縁の近くでこちらで腕組みをする理子を発見した。

 

理子 「やっと気付いたか。そんなんだからいつも出し抜かれるんだ、オルメス。」

アリア 「理子、アンタ逃げる気?」

 

 アリアは既につり目気味の目を更につり上げる。

 

理子 「そう、だったらどうする?」

アリア 「ふん!得意技を全部無くしたアンタが、アタシから逃げれるとでも思っているのかしら?」

 

 理子とアリアの間で激しい花火が昇る。

 その状態が続いて不毛に感じたのか、理子が途中で目を閉じて、ゆっくり開く。

 

理子 「神崎・ホームズ・アリア。遠山キンジ。今までお前達を下と見ていたが、その認識を改めよう。ちゃんと約束を守ろうではないか、永遠のライバルよ。」

アリア 「へぇ、約束守ってくれるんだぁ。ならアタシに逮捕されてくれない?でも、アンタの事だから抵抗するでしょうね。それでもねぇ!ママの為にアンタを殴ってでも裁判に引きずり出してやるんだから!」

 

 理子と面を向かって叫び、格闘の構えを取ったアリアがそっと俺に目配せする。

 逃げ道を塞げって事かアリア。

 一瞬だけ大和に視線を移した俺は、すぐにその考えを止める。

 いや、流石に理子も大和を盾する外道な真似はしないだろう。

 俺がそう判断したら、唯一の脱出通路の階段の前に立ち、何時でもバタフライナイフを抜けるよう備えるが───んっ?理子の髪が一部動いている・・・何かしているのか?

 

理子 「Au Fevoir. Mes Fivaux(さようなら、私のライバル)。いずれは正々堂々決着をつけよう。」

 

 そう言った理子はクルッと後ろに反転して駆け出し、ビルの縁からジャンプ───姿を見失う。

 

アリア 「───理子ッ!?」

 

 アリアと俺が全速力で理子が飛び降りた縁から外を広く見渡す。

 するとそこには、俺達が屋上に戻る時に納めたグライダーでゆっくり降下する理子の姿が。

 俺達が理子の姿を確認した頃には、もうかなり遠くまで離れていた。

 そしてグライダーはどんどん降下し、港の倉庫に消えていった。

 

キンジ 「これは、二度も同じ手を食らってしまったな。」

 

 しまったな、あの子の一番の得意技に気づかなかったよ。

 俺は肩をすくめて思った。

 一番の得意技は───逃げ足、だったんだとね。




敗戦の種族:要塞が陥落し、身を潜めていた者は、時間を掛けて一族の復活の為に動く。


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30:幽霊

 目を開けると、そこは白い天井だった。

 ・・・はぁ~、何回同じ事をすればいいんだろう。

 今居るのは見知った武偵病院の病室・・・いや、見知ったらいけないんだけどねぇ。

 部屋の構造や色、そして窓から覗く風景で簡単に分かったよ。

 それにしても───

 私はここに来る理由となった、ブラドとの一対一の戦いを思い出す。

 まーたやっちゃった、

 幸いにも掛かり非常に浅くて、ギリギリヴラドを殺さず済んだけど、もう少し気を付けないとね。

 

大和 「フフッ。」

 

 でもいっか。

 結果的に理子は助けれたしブラドも捕まった、結果オーライ。

 それに掛かりが強かったら結局私自身の制御が効かなくて意味なさそう。

 と私が思い馳せてる中、いきなり病室のドアが開く。

 

キンジ 「おっ?やっと起きたか。」

 

 私が起きた事にちょっと驚いた様子のキンジが、ドアを閉めてから近づいてくる。

 この光景も既視感満載だね。

 

大和 「キンジは元気していた?」

キンジ 「元気にしていた、じゃねぇよ。お前こそ三日間丸々意識が戻らんから心配してたんだぞ。」

 

 無茶をし過ぎだとキンジに叱られて、少し申し訳なく思う。

 それにあの戦いから丸々三日間。

 うん、使った消費量を考えたら回復時期も大体その位になるかな。

 

大和 「迷惑掛けてごめんね。私もここに何度も来るとは思ってなかったよ。あっ、そう言えばキンジと私って何故か交代で入院してるよね?なら次はキンジの番かな?」

キンジ 「不吉な事を言うのは勘弁してくれ。本当になりそうな気がする。」

 

 私もキンジなら本当になりそうな予感がする。

 なんでだろう?不思議。

 

大和 「それで私が倒れた後はどうなったの?」

キンジ 「ふーむそうだなぁー。まずはブラドの逮捕と理子の証言で、かなえさんの差戻審が可能なったとアリアがすげえ喜んでたか。あと預かってたお前宛の。」

 

 キンジが手持ちのカバンから、数cmの厚さの大きな封筒を取り出し渡される。

 

大和 「何これ?」 

キンジ 「中身を見れば分かる。どうやら俺達は国のタブーに触れたみたいだぞ。」

 

 あーはいはい、キンジの台詞だけで概ね察したよ。

 間違いなくブラドとイ・ウーの事だよね。

 渡された封筒の書類を全部取り出し、バラパラっとめくる。

 書類の名目は司法取引。

 ブラド・・・じゃなくて、今回のイ・ウーに関して永久的に口外無用。

 代わりに窃盗に関しては干渉しない。

 まぁ良くある口封じかな?

 にしても随分と優しい行動をしてくるね。

 国の対応に不満じゃなくて、結構意外に感じる。

 普通に考えれば暗殺されたり、存在が揉み消されても全然おかしくないのにねぇ。

 一応貴族のアリアがいるから、かな?

 まぁ取り敢えずささっと書類に署名したら、返却専用の封筒に入れてキンジに返す。

 

キンジ 「どうするんだこれ?」

大和 「私はこの状況だから、キンジに出して欲しくてね。」

 

 正直私の身体は意識が回復したなら他の部分には異常は無い。

 でも絶賛私は入院中だから医者の判断無しで勝手に動けないんだよね。

 そう思ってキンジに渡したんだけど、なんで微妙な表情なのかな?

 

キンジ 「んっ?待て、あの量をもう理解したのか?」

大和 「そうだけど?」

キンジ 「お、おう・・・分かった。帰りに出しておく。」

 

 何か妙の恨めしそうな視線でキンジが睨むって程じゃないけど見てくる。

 私何もしてないんだけど、正確にはしてないと言えないかも・・・・・

 しかしこのままこの雰囲気でいるのもねぇ。

 えーとどうしようかな、キンジの気を逸らせるものは。

 ───あっそうだ。

 

大和 「丁度一段落着いたし、問題の続き言っちゃおうかな?」

キンジ 「問題?あぁ、あのあれの事か。」

 

 キンジも私の言う問題の単語だけで、何か納得できるようになっている。

 まぁ何回も伝えているからそりゃそうだよね。

 

大和 「うんと、〈勇者と男性は暫く離れ離れになっていましたが、ある時一人の少女がきっかけでまた一緒になれました。そして三人は一つの事件に巻き込まれた際、金属の箱に囚われた人々を三人が協力して救う事が出来ましたとさ。〉って。」

キンジ 「───うーむむ?やっぱり既視感があるだが・・・やっぱり最初の方が良く分からんし、繋がりつうか関連性がなぁ~。」

 

 私の目の前で首を捻って唸るキンジ。

 んーこの様子だと、答えが出るまでそんな遠くない気がする。

 でもキンジだからどうだろう?案外核心まで行きそうになさげかも?

 こっちもこっちで別の事を思考していると、ふと時計が視界に入って気が付いた。

 

大和 「ねぇキンジ。時間大丈夫?」

キンジ 「時間?───ああっ!!」

 

 学校が終わった放課後にここまで来ていたら、寮に帰るまでそれなり時間が掛かる。

 普通は部屋の主はキンジだから、そこはキンジが自由に選んでいいんだよ。普通は。

 でもね、何より今のキンジの部屋には───

 

キンジ 「マズイッ!!飯がちょっとでも遅れるとアリアにどやされる!すっすまんが帰らせて貰うぞ!」

 

 私の頼んだ書類をカバンに積めて、焦りながら病室から飛び出し駆ける。

 にしても頼んだ書類を忘れず持っていくなんて、妙な所でキッチリしてるよねキンジは。

 ベッドから降りて、開きっぱなしの扉を閉めつつそう思う。

 そして何時もの聞き慣れた巨大なエンジン音が、病院の前に到着する。

 あっ、これはもしかして───

 扉から部屋の窓の前に移動したのち下の道路を見渡すと、そこには寮の方向のバスが病院前停留所を到着していた。

 病室から停留所まで地味に距離があるよね?

 キンジ大丈夫かなぁ?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 よし、これで頼まれ事は終わりだな。

 俺は大和から頼まれた封筒を真っ赤なポストに放り込んでその場を立ち去る。

 さーて、寮まで歩いて帰るか。

 ・・・どうしてわざわざ徒歩で帰るか、だって?

 そりゃ病院の玄関に着いたと同時に、寮行きのバスが発進したせいでな。

 更に運の悪い事に次のバスはそれなりに先な上、帰宅ラッシュの時間帯とあってくそ長い渋滞が発生してしちまった。

 これなら徒歩で帰った方が早いだろうと。

 しかし帰ってから飯が遅いとアリアに文句言われるのは確定だぜ・・・泣けてくるな。

 

キンジ 「はぁ~。」

 

 部屋に帰るのが憂鬱な俺がうなだれつつ脚を動かしていると、後ろから聞き覚えのある声が耳に届く。

 

理子 「キーくん!」

キンジ 「・・・理子か、どうした?」

 

 普段の俺なら近づかれ過ぎないように警戒するはずが、現状アリアの説教確定でもはや理子に抱き付かれてもどうでもいいと思考に陥り、ゆっくり振り向く。

 後ろから走って来た理子はいつものみたいに抱きつかず、俺の真隣で立ち止まって並ぶ。

 そして挙動不審な動きをさせて言った。

 

理子 「えっと・・・一緒にか、帰らない?」

 

 なんだ?理子の感じがいつもの随分違うぞ。

 そこらの女子と似た挙動しやがって、理子っぽくない。

 

キンジ 「あぁ。」

 

 俺は一応承諾して途中まで一緒に帰宅する。

 理子と一緒に帰るのはあまり気分が乗らないが、後々面倒な羽目になりそうなので仕方なくだ。

 しかし俺が警戒する理子は、口を開かず今まで沈黙を保ったまま。

 喋らない理子なんて随分と違和感満載だな。 

 俺としては面倒事に巻き込まれないから正直ありがたい反面、この妙な空気はどうにかならんのか。

 どうにかこの空気を流す方法を考えてる時、理子が一言呟いた。

 

理子 「みーちゃんの様子、どうだった?」

キンジ 「大和が起きたのもう知っているのか?やけに情報が早いな。」

理子 「キーくんがみーちゃん宛の書類をポストに入れてたから。」

 

 そういう事か。

 待て?それはつまり俺の目の前でバスが通り過ぎたのも知られているんじゃねか?

 今はともかく後々ネタにされそうで嫌だな。

 

キンジ 「元気そうって言えばいいのか分からんけどよ、大丈夫そうだ。いつも変わらない大和だったぞ。」

理子 「本当に?本当にいつも通りだった?」

 

 理子にしては妙に念を押してくるな?  

 俺はすぐに納得しない理子に若干の違和感を抱く。  

 ブラドと戦って、三日間意識不明だったからか?

 

キンジ 「大和に心配事でもあるのか?確かに三日丸々起きなかったからなのは十分理解で───」

 

 そう何気なく話す俺に対して理子は下を向いたまま、小さく理由を口にした。

 

理子 「わたし、みーちゃんが怒っているの・・始めて見たから・・・・」

 

 あぁ、なるほどな。

 理由を聞いてようやく俺の中で合点が行った。

 そうか、理子は大和が怒った所見た事ないんだったか。

 普段怒らない奴が怒った状態の後なんて、どう変化するか、どう対応すれば良いのか分からないよな。

 勿論気にもなるか。

 

キンジ 「まぁ、大和は普段怒らないからな。かなり前に後輩が転けて飯をぶっかけられた時なんて、自分より後輩を心配してた奴だ。他の奴だったら脅迫に近い事でもしているだろうよ。」

 

 俺は数ヶ月前の出来事を思い浮かべ理子に話した。

 大和と一緒に食堂で飯を食った時に、料理を持つ後輩がテーブルの足ですっ転んで、真正面に居る大和に料理が浴びせたんだ。

 しかもカレーうどんとか言う、洗濯するのにくそ面倒なものをな。

 そして大和が一番最初にした事が、後輩が謝罪する前にハンカチで軽く汁を拭き取って、半分パニック状態の後輩気遣い場を納める事だった。

 俺が同じ体験をすれば、唖然としてしまいそんな対応は無理だろう。

 他にも純粋なミスはおろか嫌味とかに対しても寛容過ぎたり、何回も大和を陥れようした奴をその都度許したりとか。

 それくらい大和は怒りの感情を知らない奴だ。

 

理子 「キーくんは見たの?前にみーちゃんが怒った所。」

キンジ 「・・・前に一回だけだが。」

 

 一応俺は大和が怒る場面を前に見た事があると言っても、たった一回。

 兄さんの葬式の時、マスコミに追われたあの時だけ。

 

理子 「そう。」

 

 理子が答えてから再び口を閉ざす。

 そして相変わらず微妙な雰囲気が流れ続ける。

 いつもみたいに元気出せよ理子、やっぱり調子狂うなぁ。

 かといって何時もみたいに元気満載でも面倒だなぁと思う俺もいる。

 大体数分位理子が口を閉ざしてから、いきなり意を決したのような行動をした後、俺の目に視線を合わせた。

 

理子 「キーくん。みーちゃんって強いと思う?」

キンジ 「なんだ藪から棒に。まぁいい、大和か?強いぞ、間違いなく強いぞ。それは理子の知っての通りだろ?」

 

 あのイ・ウー二番手のヴラドと真っ正面から正々堂々殴り合う奴が弱い訳ない。

 だが間近で戦いを観戦していた理子が何故そんな事を聞く?

 冗談抜きで今日の理子はほんと変だ。

 一方俺の返答に理子は首を左右に振る。

 

理子 「それはわたしも分かっているよ。でも、みーちゃんが強いのはあり得ないんだよ!」

キンジ 「それは、どういう意味だ?」

 

 理子の顔が上がり、訴えかけるように俺を見据え語り出した。

 

理子 「わたしね、今までずっと力を求めていた。ヴラドから逃げる為、アリアに勝利して自由を勝ち取る為に!だから防御に定評があるSランクのみーちゃんに目を付けた事があるの。それでどうやって技術を手に入れたか、過去の経歴とかの情報を調べたの。そしたらみーちゃん、今みたいな武偵関係の関わりは無くて、一般の小学校、中学校を出てたよ。」

 

 大和の意外な経歴に興味を持つと共に、正直羨ましいと思ってしまった。

 一般の学校、か。

 大和はちょうど俺が望む生活をしてたのか。

 あんな危険な連中じゃない知り合いでも居るんだろうか?

 是非とも俺も早くここからバイバイしたいもんだな。

 

キンジ 「それがどうしたんだ?」

 

 俺の返事を聞いた理子は一瞬呆気を取られた顔をして、頬を膨らませてむくれた表情に変化した。

 

理子 「今のキーくんってほーんと鈍感ッ!理子がこれだけ教えてあげてるのにまだ気付かないなんて!だから木偶の坊とか言われるんだよ?」

キンジ 「べ、別にいいだろっ!」

理子 「しょうがないなぁ~。今だけ特別に教えてあげるよ!」

 

 いつもの明るい笑顔の理子に戻り、自然と俺も頬が緩む。

 なんだかんだこの理子が一番だ。

 ただ、体を密着したりは物凄く遠慮して貰いたい。

 そして理子は笑顔から真剣な眼差しに戻って、話の続きを話す。

 

理子 「さっきも言ったけど、みーちゃんはここに来る前は一般の学生なんだよ。銃の扱いどころか戦いを知らない状態で、何でSランクを取れたと思う?それも強襲科。」

キンジ 「───あっ!」

 

 理子の説明を聞いた時、俺は即座に理子の言いたい事を理解した。

 そこらの一般の市民が戦いの試験を、それも最高のSランクで取れる訳がない。

 しかも一番危険な強襲科で獲得した。

 コネや資金で強引にやった可能性もあるにはあるが、大和の腕は間違いなく本物。

 一般人が武道や知識を持っていたとしてもSランクは絶対にあり得ない。

 だったら理子の言う一般の学校出身が違うとなりそうだが、リュパン家の出身、そして紅鳴館の内部情報から理子の情報収集能力は折り紙付きだ。

 理子の雰囲気から察して嘘もついていないだろう。

 

理子 「それに武偵高の入試以前の写真や映像が一切無いんだよ。それどころか目撃情報も名前を知っている人も皆無。」

キンジ 「それは裏の人間って、事か?」

理子 「理子も最初そう考えたんだけど、どうも違うっぽい。なんて言うか・・・まるでみーちゃんが武偵高に入る前まで存在せず、受験当日に急に現れたみたいな感じ。」

 

 存在しない人が急に現れたってあり得ないだろって思ったが、ジャンヌやら吸血鬼やらが出てくる状態を経験しているんだよな俺は。

 んっ?・・・おかしいぞ?どうも全然不思議に感じねぇ。

 これはいかん、俺の常識が塗り替えられて行っているじゃねぇか。

 

理子 「一応みーちゃんの性格とか考えたら多少は入り込んでも気にしなさそう。だけどあまり行き過ぎると───保証は出来ないよ。」

 

 やめろよ理子、過去を知られて本気で消しに来る大和とかヴラドよりこえーぞ!

 しかも性格的に凄い謝りながら来るだろうから、殺られる奴の心にもダイレクトダメージだぞ。

 う、うーむ・・・でもあいつの事だから、前もってすっげぇ遠回しに警告して来そうなもんだが・・・もしかして、前から言ってたあの問題みたいなのは、ひょっとして秘密を教えるかの試験や試練に近いものだったり?

 

キンジ 「分かった、程々にしておく。」

理子 「それとね、こっちが本題。キーくんに送ったから、メール。」

キンジ 「メール?」

理子 「わたしはアリアの方の裁判で証言をした。なら次はキーくんの方。」

 

 俺は上の空を見上げつつ、理子の言葉を意味を理解しようとする。

 アリアの約束は守った。

 つまり今度は俺の番───おい!!それってまさか!

 

キンジ 「居ない。」

 

 内容を察して理子の方を反射的に振り向いた俺は、理子の姿を捉える事は出来なかった。

 相変わらず、逃げ足がお得意な事だ。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 結果的に言えば、前に護衛した時にこっそり伝えられた白雪の予言は当たっていた。

 その一言しかこの状況を説明出来るのはなかった。

 視界に写るそれは、一つの幽霊だと。

 白雪は言った。狼と鬼と幽霊に会うってな。

 ヴラドの下僕の銀狼、ヴラドの本人、そしてここ・・・以前俺達が飛行機を不時着させた島。

 理子からのメールに記された場所でもある。

 何本も立ち並ぶ風力発電用の風車の中に、壊れて使えなくなった風車の羽の先へ、確かに幽霊は存在した。

 そこにいる筈の無い、既にこの世に居ない人物───カナだ。

 最初は目を疑った。

 変装した理子や別の人物ではないかって。

 でもANA600便の残骸を利用して近付くにつれ、俺の予想は裏切られていく。

 カナだ───間違いなく本物のカナだ!!

 その理由は、決して変装では出せないカナの持つ圧倒的な雰囲気。

 どんなに神秘的な景色や状況であっても、カナの前では一つの引き立て役に過ぎない。

 カナは俺が近付くを感じて、ゆっくり、ゆっくりとその瞳を露にする。

 そしてカナに見られた俺は反射的に動きを止めてしまう。

 

カナ 「キンジ、ごめんなさい。私にイ・ウーには届かなかった。」

 

 俺に聞こえる声で、それでいて優しく柔らかく発した。

 それを聞いた俺は不思議とあまり驚かなかった。

 きっと無意識の内に何処かで思ってたんだろうな。  

 あのカナ・・・いや、兄さんが死んでいるはずがないって。

 しかし俺は兄さんの生存を素直に喜べなかった。

 今はそれ以上のある感情が沸き上がっていたからだ。

 

キンジ 「カナ、教えてくれ。何処で何をして、今どうなっているのかを!頼むよ───兄さんッ!!」

 

 俺の訴えに兄さんはいきなり突拍子のない事を言う。

 

カナ 「キンジはアリアをどう思ってるの?」

 

 なっなんだいきなり!

 突然カナからアリアの単語が出てきて、若干動揺してしまう。

 

カナ 「ひょっとして───好き、なの?」

 

 カナの言葉に、不思議と体内の体温が上がった気がした。

 

キンジ 「そ、そんな事はどうでもいい事だ!それより教えてくれよ!!」

カナ 「その様子、キンジはまだ迷っている。なら、まだ間に合うわ。」

 

 俺は言葉の真意が理解出来ない。

 一方一人自己完結的に納得するカナは何の躊躇いの無く、ある台詞を俺に伝えた。

 

カナ 「キンジ。貴方も私と一緒に行きましょう。貴方のパートナー達を殺しに。」




地質学者の日記:誰も居ない所でクスクス笑いが聞こえたら、星から来た見えない生物が浮遊しているだろう。


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偉人の楽園
31:個人の正義


カナ 「キンジ。貴方も私と一緒に行きましょう。貴方のパートナー達を殺しに。」

 

 今、なんて・・・言った?

 パートナーを殺す。

 それはつまり、アリア───を殺す・・・?!

 

キンジ 「い、いきなり・・・何を、言っているんだ?兄さんっ!?」

 

 全身から冷や汗を滲み出させながら俺はそう叫んだ。

 

カナ 「兄さん?」

 

 突然アリアを殺すなんて言い出したカナは、俺の言葉を理解出来ないように首をかしげる。

 ・・・そっそうだった。カナの時の兄さんはある意味別人。

 兄さんと言っても分からないんだ。

 

キンジ 「カナ。そこに居てくれ、すぐに行く。」

 

 兄さんの呼び方を変えつつ俺は歩を進める。

 さっきの言葉は、きっと何かの間違いだろう。

 カナである兄さんは誰よりも正しく、力の無い人を助け、正しい行動で自らが危険になろうと関係なく戦った。

 俺はそんな兄さんに憧れと尊敬を抱いていた。

 だからアリアを殺すなんて・・・あり得ないと信じていた。

 不時着した機体の翼端付近まで登り、カナの居る風車の羽根まで大体2m程度の隙間。

 飛べない距離ではないが、ここは高さ10m以上はあるだろう。

 失敗して地面に落下すればどうなるかは容易に想像ができる。

 ここで俺は一旦足を止め、カナを見据える。

 

キンジ 「最後に出会ったのが半年前だ。折角今日会えたんだから素直に喜ばせてくれよ!!アリアを殺すなんて───言わないでくれ!!」

 

 俺はカナに訴え掛けるよう必死に思いを伝える。

 しかしカナは俺に言葉に反応した様子を見せず、こう返答する。

 

カナ 「キンジは熱くなると周りが見えなくなる。相手の言葉の意味を一つでも見逃すと、後が大変よ?」

 

 カナから注意やらアドバイスのような返答が帰ってきた。

 俺が聞きたいのはそんな事じゃあ───いや・・・そうだ、その通りだ。一旦落ち着こう。

 確かに俺にはカナに色々聞きたい事は山程ある、しかしまずはカナの言う通りにしよう。

 小さく二回程度深呼吸して気分を落ち着かせる。

 アドバイスみたいなのだって、あのカナが口にするんだ。何か意味があるはず。

 ここでカナの台詞を覚えている限り羅列する。

 確か、イ・ウーは遠かった、か?それでアリアが好きかどうか、そしてアリアを殺すって・・・んっ?何か引っ掛かる。

 思い出せ思い出せ!

 カナの言葉は、キンジ。貴方も私と一緒に行いましょう。貴方のパートナー達を殺しに───うん待てよ?パートナー達を殺し、に?

 達・・・達・・・おいまさかっ!?

 

キンジ 「冗談だろ!?パートナー達って、まさか!!」

 

 絶対当たって欲しくなかった俺の予想は、不幸にも的中してしまった。

 

カナ 「そう。パートナーという括りには、元パートナーも例外じゃない。」

 

 俺はカナの言葉に頭が真っ白に混乱する。

 何故、カナがそんなに人を殺そうとしているのか?

 なんで犯罪者であっても死なせたくないと思うカナがこんな行動に出るのか?

 どうしてわざわざ俺にその手伝わせようとするのか?

 それにカナなら一人で遂行可能な腕がある。

 全く持って俺には分からない───だが、カナの発言は嘘でない気がする。

 俺はもう一度下に視線を動かす。

 そして恐怖心を抑え、意を決して羽根に飛び移る。

 思ったより幅のある風車の羽根に飛び移るのはそう難しくはなかった。

 しかし人一人の重量が増えた為、羽根は僅かに動く。

 

キンジ 「うおっ!」

 

 僅かに動いた羽根に俺は即座にしゃがんで重心を下げ、バランスを崩さないようにする。

 

カナ 「出エジプト記32章27───汝ら各々、剱を帯びて門より門も営の中を彼処此処に行き巡り、その兄弟を殺し、愛しき者を殺し、隣人を殺すべし・・・キンジ。あの子達は、世に波乱を巻き起こす巨凶の因由。巨悪を討つのは、義に生きる遠山家の天命───」

 

 その台詞に俺は表情が完全に凍った。

 義、それはつまり正義。

 カナの口からそれが現れた瞬間、俺の心の何処かで残っていた穏便に済ませれる楽観視を───完全に失われた。

 何故なら正義を出したカナ、兄さんはその目的を全て絶対に完遂しているからだ。

 

カナ 「まずはアリアよ。一人だけなら脆い相手だわ。」

キンジ 「待て!だからちゃんと話を聞いてくれよ!!」

 

 初めてかも知れない、カナに対してこんなに声を荒げ続けたのは。

 正しく、強く、優しい・・・そんな姿に憧れ、尊敬し、同じようになれるよう努力した。

 俺にとって、カナ───兄さんは大切な人だ。

 だが、アリアや大和、理子、白雪、武藤に不知火達も、全員が大切な人なんだ。

 なのに何故!今は大切な人同士で殺し合おうとする!!

 俺は、一体どうすれば・・・?

 

カナ 「キンジ。行きましょう、私達の正義の為に。大丈夫、私達の仕事は今夜だけで終わるから。」

 

 カチャ───

 

 俺は一瞬、俺自身のした事を理解出来なかった───もしかしたら理解したくなかっただけかも知れない。

 カナに向けた右手には、セーフティを解除したベレッタを握り締めていた。

 ベレッタの狙う先は勿論カナ。

 なんで俺はこんなに行動に出たのか?

 正直俺にも意味が分からなかった・・・大切な人に銃口を向けるなど。

 しかし俺以上に驚いたのはカナだった。

 

カナ 「まさか私に銃を向けるなんて。キンジと私の力の差は歴然なのに、何故?」

 

 カナが俺に疑問を語り掛けて来るが、何度も言う通り俺にも理由は分からないし知らない。

 ただそう身体が動いた、それだけだ。

 

カナ 「駄目よキンジ。武器を見せてしまったら、自ら敗北へ突き進む要因になりうるわ。」

 

 パァン───!

 

 カナの手元から閃光が煌めくその刹那、俺の右耳の傍でヒュンッ!と一種の風切り音が発生した。

 俺は経験から音の正体を即座に把握する。

 頭から僅か数cm程の距離で銃弾が通り過ぎた音だった。

 そして発砲から遅れて身体が本能的に反応し、左側に大きくよろめきバランスを崩す。

 あまり広くない羽根の上でバランスを崩せば、足で支えれず羽根から落下する。

 だが本当にギリギリの所でベルト内蔵のワイヤーが羽根に引っ掛かり、事なきを得る。

 そしてカナを下から睨み付ける。

 さっきのは兄さんの持つ技の一つ、不可視の銃弾。

 昔に兄さんの知り合いから聞いた事がある。

 理論は知らないが、簡単に言えば銃が見えない銃撃だ。

 いつ抜き、いつ狙られ、いつ撃たれたのかが把握出来ない攻撃。

 カナが俺を見て。

 

 ───パァン!!

 

 再び手先から閃光が煌めく。

 しかし予想通り銃は見えない。

 そしてワイヤーに僅かな振動が掴む手に届き、俺は目を見開き驚愕した。

 編み込まれたワイヤーが一本づつだが、確実にほつれてちぎれ始めた。

 1mm以下のワイヤーを───掠めた、だと!?

 直接当てずに、わざと狙って掠めたなんて・・・・・

 クソッ!驚愕している暇はない。

 それにこのままだと、落下して死ぬのが目に見える。

 冷や汗を流しながら俺は地面に視線を下ろす。

 俺は死ぬのか?───いや、そんなのお断りだ!!

 手を動かし慎重に、慎重に、刺激や負荷を可能な限り与えずワイヤーを伝って昇る。

 

カナ 「今までのキンジではこんなのあり得なかった。イ・ウーは中でも外でも人を育てるのね。」

 

 イ・ウー。

 理子やジャンヌが所属していたらしい無法者が集まる組織名。

 カナからその単語が出るとは、つまりカナはイ・ウーに居たのか?

 真っ先に問い詰めたい所だが、この危機的状況から脱するのが先だ。

 

カナ 「その眼、キンジは不思議な子。何故この状況でもそんな感情を抱けるの?」

 

 カナが悩んだように俺を見下ろす。

 よし、あと少し!

 俺は後一回手を上げれば羽根に手が届くという最後って時に───

 

 ブツッ───

 

 今一番聞きたくなかったであろうワイヤーが完全に引きちぎれた音が鳴った。

 

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 

 そろそろ日の落ちる夕暮れ時、私は自室で特に考えもなくノートパソコンで適当な記事を閲覧していた。

 

大和 「ふーん。ロシアの奥深くで浮かぶ謎の創造物ねぇ。でも天候の影響でほぼ目撃情報はないんだ。ちょっと見てみたかったりするんだけど。」

 

 気になった物が見れないと知って少し残念に思いながら他のを漁ると、ある記事が目に留まった。

 

大和 「女子生徒が行方不明?」

 

 記事には東京都立日比谷高等学校の女子生徒が、およそ二日前から行方不明になっていると書いていた。

 誘拐にしても、強盗、立て籠り、殺害、放火、相変わらず何処の世界も犯罪が起こるのはあまり変わらないよねぇ。

 人は何処でも似ているものかぁ。

 んーと。さて、ちょうど時間的にご飯でも作ろうかな。

 私はノートパソコンを閉じて、台所の冷蔵庫を開ける。

 そして空っぽと呼べる冷蔵庫の中身でふと思い出す。

 

大和 「あっ、そう言えば食材は昼で使い切ったんだった。」

 

 どうしようかな。

 今の時間帯に買い物は人が多いんだけど。

 別に夜食べなくても問題ない、でも明日困るよね。

 仕方ない、買いに行こ───ッ!

 

 ヒュンッ!

 

 私は常備するナイフを抜き、その刃が素早く空を切る。

 そして空中からポトッと真っ二つにされたコガネムシが床に落ちる。

 いつも虫は捕まえて外に戻す私だけど、今回はしなかった。

 それはこのコガネムシから微量な魔力らしきものを感じたから。

 体積的にも精神的にも虫が魔力を持ってる事は稀。

 

大和 「魔力の集まる所ならあり得るけど?」

 

 これが偶然なのか狙ったものなのかはまだ判断できない。

 でも、何かしら良くない事が起きてるのは間違いない。

 しばらくは警戒度を上げておこうかな。

 そして少し辺りを警戒しつつ、大通り近くのスーパーで数日分の食品を買ったその帰り。

 私は狭い裏路地に繋がる建物の影で薄暗い小さな道から、何度も味わった雰囲気を感じ取った。

 この感じは・・・もしかして?

 ある懸念が浮かんだ私は、近くに設置されてたコインロッカーに荷物を置き、目立たないよう裏路地に足を踏み入れる。

 裏路地にはゴミは殆ど無く、何年も積み重なった埃で覆い尽くされ、人が足を踏み入れた形跡は見えない。

 一歩一歩足を踏み入れ奥に進むにつれて、日光が高い建物で際切られ、夜とまでは行かなくともかなり薄暗く視認性が悪くなる。

 裏路地に入って何十m近く進んだ所で、ある臭いを漂い始めた。

 鼻につく臭いに私は顔をしかめる。

 それは死骸の放つ独特の腐った腐敗臭だった。

 私は腐敗臭を嗅ぎ取った瞬間、無意識に気配を消し前進を続ける。

 次第に腐敗臭が強くなり、やがてグチャ・・・グチャっと肉質な物を潰す音が微かに聞こえてきた。

 そしてようやく路地の終わりが見え、ビル同士の間にできた広い空間が現れる。

 裏路地と空間の境目の角から頭だけを出して、広い空間を覗き見ると、そこには。

 

大和 「───やっぱり。」

 

 状況を一言で言うなら、二体の化け物が腐った肉片で遊んでいた。

 灰色がかった白色の大きな油っぽいヒキガエルに似ていて、その化け物には眼が無かった。

 代わりに奇妙な鼻づらの先に、ピンク色の短く動く触手が固まって生えている。

 ムーン=ビースト───私は心の中で化け物の名前を言った。

 他種族を好んで拷問する加虐嗜好の化け物。

 何処から取り出したのかが分からない槍で対象を串刺しにし、吸血鬼とまではいかなくても人の身体を容易に引き裂く筋力を持つ。

 それがムーン=ビースト。

 今の説明だとムーン=ビーストは吸血鬼に比べて劣る印象を受けるけど、吸血鬼よりも数が違う。

 酷い時には数十体単位が同時に集まる場合もある。

 今回は二体だけの感じかな?

 にしても、ドリームランドの月に住むのに何故ここへ?

 まぁどちらにせよ、早い内に対処しておこう。

 この世界に来てから始めてかな?するのは。

 正直何やらかすか分からないからしたくないし万が一があるけど、ムーン=ビーストの被害が大きくなる前に遂行した方がいいと判断する。

 私は目を瞑り、精神に刻み込むように念じた。

 宮川大和から宮川二等陸佐に命令する。

 面前の対象を排除せよ。

 副次命令、この事実を可能な限り消失させよ。

 その際、目撃者は兵民例外なく処理する事。

 命令は処理後、効力を失う。

 再度繰り返す。

 目の前の目標を“確実”に排除せよ。

 これは───命令である。

 

 ───宮川二等陸佐、命令を受託。

 行動を開始する。

 

 

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 メチャ・・グチャと肉が捻じ切られる異音が空間に漂い、何日も放置した肉の発する強烈な腐敗臭が鼻を刺激する。

 二体のムーン=ビースト達は、既に変色しウジの湧く腐敗する人だったものを引き裂いて投げたり、噛みつき遊んだ。

 しかし人間より遥かに強いムーン=ビーストは、白昼の表に決して移動しない。

 それはムーン=ビースト達は街中で堂々と人を襲うより、こうして隠れて遊ぶ方が一度に遊べる量は少なくとも、長い期間楽しめると理解していたからだ。

 そろそろこの肉片にも飽きて次の玩具を探そうとした時、コツコツと足音が聞こえる。

 ムーン=ビースト達は足音のする方を向き、人間だと分かって歓喜した。

 何せ彼らからすれば玩具が向こうからやってくるのだ。

 そして片方のムーン=ビーストが何処からともかく取り出した槍を手に持ち、人間に全力で投擲した───しかし。

 

ムーン=ビースト1 「グァ?」

 

 ムーン=ビーストは疑問的な鳴き声を発した。

 その理由は人間が砲弾に近い威力を持つ槍を正面から、しかも片手だけで掴み取り動きを止めたからだ。

 

宮川二等陸佐 「主任務内容、対象の排除。宮川二等陸佐───任務を開始。《GRASP OF CTHULHU (クトゥルフのわしづかみ)》」

 

 宮川二等陸佐が呪文を唱えた瞬間、ムーン=ビースト二体は何かに乗し掛かられたように地に伏せる。

 ムーン=ビースト側もこの魔術に力で対抗しようとするが、桁違いの出力に身体はおろか指先に至るまで動けない。

 続いて魔術を継続したまま、宮川二等陸佐は地に伏せたムーン=ビーストの片方の傍まで移動し、ヴラド戦で使用した魔術を施した銀ナイフを取り出し、ムーン=ビーストの頭部に突き立てる。

 

ムーンビースト2 「───ッ!?」

 

 そしてナイフを強く捻る。

 ナイフの刺さったムーン=ビーストは魔術の起こす圧力のせいで呻き声の一つも出せず、脳内をナイフでかき混ぜられ絶命した。

 次に宮川二等陸佐はナイフを丁寧かつ素早く抜き、残ったムーン=ビーストへ向き直る。

 その姿は武偵としての宮川大和ではない。

 かつて、死神の鎌として恐怖させた宮川二等陸佐がそこにいた。

 人間はムーン=ビーストに比べ遥かに下等であり、人類の叡知である銃火器は彼らには効果が薄い。

 しかし目の前の人間は、明らかにムーン=ビースト達より上級の空気を纏わせていた。

 残った方のムーン=ビーストが様子を大きく変化させる。

 恐らくムーン=ビースト界で始めてであろう。

 化け物が恐怖、恐れといった感情を抱いた事は───

 しかし悲しい事にそれを後生に伝える事は不可能。

 宮川二等陸佐は任務に関係しないムーン=ビーストの感情になど、意識の欠片すら向けない。

 そして体験したムーン=ビーストは、ここで死ぬのだから───

 全てが終わった時、宮川二等陸佐は床に落ちていた犠牲者のであろう一枚のカードを拾う。

 カードには、東京都立日比谷高等学校で通う生徒が載っていた。

 一通りを内容を記憶したら、手持ちのライターでカードを灰にし、そこらに転がる死体にに振り掛ける。

 

宮川二等陸佐 「《CONTACT RAT―THING(鼠怪物との接触)》」

 

 今度は壁の配水管や穴、マンホールから数十匹の鼠が現れ出す。

 現れた多数の鼠は大量の死肉を発見すると、死骸に集るアリのように貪り喰う。

 人間の腐敗した肉や化け物の死肉関係なく。

 しかしどうやら一匹の鼠が生きた人間である宮川二等陸佐に標的を合わせ見つめる。

 見つめるその鼠の顔はよくある鼠ではない、不気味な笑みを浮かべた人間の顔だった。

 その鼠以外の鼠も、ちゃんとよく見れば全部が人面鼠だ。

 一匹の人面鼠が生きた肉を捕食しようと飛び掛かり、正面から綺麗に真っ二つに切り裂かれた。

 しかし襲われた宮川二等陸佐は手はおろか微動だにしていない。

 そして新たに増えた食料に人面鼠達が集まり、人面鼠は我先に同族だったものすら喰らう。

 最終的に肉を喰らい尽くし、今度は骨を齧る。

 一匹が齧る骨の量はたかが知れているが、数が居れば急激に量が減っていき跡形もなく完全に無くなった。

 この広い空間に散らされた残骸は、肉片はおろか骨や床に撒き散らさせた血と体液すらも喪失していた。

 ここで宮川二等陸佐は次の段階に進めた。

 

宮川二等陸佐 「《DOMINATE(支配)》一列縦隊。」

 

 各自バラバラに行動している人面鼠が己の意思に反して一列に整列し待機する。

 人面鼠達が嫌だ嫌だと泣き叫ぶレベルに近い拒否を脳から流そうが、指令を上回る強力な命令で強制的に抑えてつけ意味をなさない。

 

宮川二等陸佐 「《CREATE GATE(門の創造)》」

 

 宮川二等陸佐はある魔術を発動する。

 しかし不思議と周りの見た目や様子に変化はない。

 でも宮川二等陸佐は気にも止めず、続けて人面鼠に指示する。

 

宮川二等陸佐 「そのまま前進せよ。」

 

 並んだ人面鼠がロボットように寸分狂わない動作で同時に前進を開始する。

 例え動きたくないと人面鼠達が拒否しても全く関係ない。

 そして摩訶不思議な事が起きた。

 先頭にいた人面鼠が突如消え去る。

 一匹目に続いて二匹目も姿を喪失させる。

 門の創造で作られた門は、何もしなければ直接視認は出来ないが門自体はそこに存在する。

 そして門の行き着く先は深い海中だろうか?

 高い天空だろか?

 この太陽系の何処からであろうか?

 はたまた遥か彼方の銀河であろうか?

 今それを知っているのは宮川二等陸佐だけだ。

 全ての人面鼠が消え門を閉じると、パッと見は綺麗になった。

 しかしまだ最後に臭いが残っている。

 だが宮川二等陸佐には現状臭いに対する直接的な対処法はないので、間接的に近づかせないように行動した。

 隠す予定のこの空間内で、目立たない端の箇所に石で円を描き、東西北南にたった今魔力を入れた石を配置し───

 

宮川二等陸佐 「《CIRCLE OF NAUSEA (吐き気の魔法陣)》」

 

 吐き気の魔法陣は一定範囲に、吐き気と不快感を発生させる魔術である。

 これでこの空間に近づこうものなら徐々に気分が悪くなり、通常であればUターンして帰るだろう。

 

宮川二等陸佐 「《CREATE BARRIER OFNAACH―TITH(ナーク=ティトの障壁の創造)》」

 

 宮川二等陸佐は裏路地に戻りナーク=ティトの障壁で空間を覆い、吐き気の魔法陣と合わせて物理的及び魔法的の二重の障壁を築く。

 その後は歩いて取れた床の埃の場所を目立たないように隠しつつ、大通りに帰った。

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 うーん、まさか街中にムーン=ビーストがいるとは思ってもみなかった。

 荷物を持ち、普段通り帰宅しながら頭の中で思考する。

 この世界で真っ正面から殺めたのは始めてかぁ。

 勿論この事は公にはしない。

 私の身もあるけど、それよりもあれらを決して表に出してはいけないから。

 この全てを裏で処理しなきゃいけない。

 もし表に出てしまい世界に広がれば、数万人の一人位かな?精神的に耐えて生き残れる人の割合は。

 それに今回襲われた生徒さんは不幸だったとしか言えないね。

 親族の方々も、二度と生徒さんの姿を見られない。

 いや、完全に闇へ葬った私が言える立場じゃないよね。

 でも私が間違っているのは思わない、少なくとも現状に置いての私の正しいと対処法だと思う。

 これが最善の処理法であり、私の正義でもある。

 にしてもいろいろと損な役回り、でも私はその為にいるんだよね。

 はぁ~・・・・

 ひとまず寮の入り口に到着し、道中郵便受けの中にあった封筒を回収して階段を昇る。

 昇る途中特に考えず中身を取り出したら、訳が分からず困惑した。

 あれ、木の模様?えっ?この質感、やっぱり木だよね?なんで?

 封筒の中に何故か木材が入っている。

 って・・・あっなるほど。

 木材を封筒から取り出してようやく理解できた。

 本物の木材を極薄にして片面をコーティングした紙?珍しい種類もあるんだね。

 裏側を木材ではなく紙になっていて、そこには長々と文が書かれていた。

 それで中身は───

 最初に一番下に書いた人物の名前を見る。

 ───木材をコーティングした紙とかいう物を使うんだから、なんとなく嫌な予感はしていたけど、悪戯かな?

 しかし中身の文を読むに連れて私の表情は険しく変化する。

 これは、本当・・・?

 もし本当だとするなら、何故それを望む?

 実際嘘の可能性が高い気がするけど、内容的に一旦様子見が一番。

 そして様子見している今の内に、もしもに備えてある程度の保険を用意するべきかな。

 まずは───

 私はすぐに携帯からある人物に電話する。

 登録された連絡先を選択して、数コールして電話が繋がった。




犠牲になったトレジャーハンター:炎を纏った霊体に触れられた者は、焼死体として発見されるだろう。


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32:予定された行動

 今回からスマホを変えましたので若干文が変わっておりますが、宜しくお願いします。


 午後十二時、本来であれば武偵高で四時間目の英語の授業を受けている時間帯。

 でも私はその時間別の場所にいた。

 アドシアードの集まりに使用したファミレスの一角で、ある人物を待っている。

 そして約束の時間通りに私の席へ近付く一人の足音が聞こえた。

 コツコツ、カツンッとね。

 ・・・うん?カツンッ?

 明らかに足音とは違う別の音に疑問を抱く。

 

??? 「こんな時間に呼び出すな。今の私には少し手間なんだぞ。」

大和 「えっと、それについては謝るよ。ところでどうしたの、それ?」

 

 私が呼び出した人物はジャンヌ。だったんだけど、何故か足に包帯を巻き松葉杖を突いている状況に疑問を感じざる終えなかった。

 

ジャンヌ 「朝に遠山にも言われたが・・・虫、が原因だ。」

大和 「虫?」

ジャンヌ 「道を歩いていたら虫が足に張り付いて、慌てた私は道の溝に足を踏み入れ動けない所をバスに轢かれた。」

大和 「えぇ・・・」

 

 もはや何かの陰謀で狙ってやられたみたいなレベルで悲惨じゃん。

 まだ足を溝に入ったまでは理解できるけど、オマケでバスひかれるって不幸にも程がある。

 そもそもひかれてその程度の傷なのも凄いんじゃ?

 にしてもジャンヌって、意外と運がないのかな。

 

ジャンヌ 「それよりだ。」

 

 ジャンヌが私の正面の席に座り、ウエイトレスに注文した後に私を見据える。

 

ジャンヌ 「ブラドの件は終わった。お前にも情報を与えた。今度は何の用だ?それも他の生徒に見られ難いこの時間帯に。」

 

 ジャンヌの問いに対して、私は竹刀袋に偽装した袋に入った雨風改を机の上に置く。

 

大和「保険の為、少しの間だけ預かってほしいの。」

ジャンヌ「───宮川。お前はその意味が分かっているのか?」

 

 私の言葉にジャンヌは目を細め、軽く睨み返す。

 ジャンヌの言う意味。

 それは剣を持つ者にとって半身と同等の価値のある剣を差し出す。

 実質自らの魂を差し出すの同義である事、だと思う。

 と言っても私には武器や物にあまり執着しないから、そこまで気にしない。

 だけど、ジャンヌの言いたい意味は十分理解可能。

 

大和 「勿論。」

ジャンヌ 「・・・・・・・」

 

 ジャンヌは何も言わず、目を瞑り思考する。

 そしてゆっくりと目蓋を開き、一線に私を見つめる。

 

ジャンヌ 「何故私なのだ?私はお前達から見て敵だった。宮川にとって他に私より信用出来る奴が居るはずだ。」

 

 つい先日まで殺そうとしてきた敵を容易に信用する私に、ジャンヌは納得出来ないと言った様子で話す。

 

大和 「今日の友は明日の敵、明日の友は今日の敵。敵味方なんて状況によって何度も変わるんだから、必要なのはその個人に対する信用度だけ。ジャンヌはそれに値すると私が判断したから。」

ジャンヌ 「ふむ?随分と私を買っているようだが、まぁいい。これは預かろう。私だって剣士の端くれ、丁重に管理するさ。で、この保険は一体何に対する保険なんだ?」

大和 「詳しくは教えられない。ただ確定じゃないけど、ピラミッドの元へ鉄の鯨が姿を見せるかもね。」

ジャンヌ 「・・・・・?」

 

 言葉の意味を分かりかねたジャンヌは首を傾げた。

 予想通りの反応に私は内心納得する。

 そうなるよね。むしろあの言葉だけで気付かれたらその人は超人的な名探偵だと思うよ。

 

大和 「これでこの話は終わり。私も五時間目には武偵高に戻らないといけないから早い所お昼食べて戻ろか。呼び足したお詫びとして奢るから。」

 

 これ以上この話をされるとボロを出す可能性があるから、半強制に話を終わらせて別の話題に流す。

 

ジャンヌ 「ほう?なら遠慮なく頂こうか。」

 

 こうしてファミレスで食事を終えた後、武偵高にジャンヌと共に戻った。

 時間的には五時間目の途中くらいかな?

 手持ちの時計を確認し門でジャンヌと別れた後、真っ先向かう先は強襲科棟の第一体育館。

 武偵高では体育館と言っている反面、実際は防弾ガラスで覆われた楕円形の闘技場に近いんだよね。

 コロシアムの現代版みたいな感じ。

 予定通り行動するなら、多分今頃のタイミング。

 駆け足で第一体育館に到着した時、何発かの銃声が響く。

 私が銃声の発生源を視界に捉えると、体育館の中央でアリアと前に理子が化けていたカナという人物が真正面から戦っていた。

 

キンジ 「おい蘭豹!早く止めさせろ!じゃないと死人が出るぞ!」

蘭豹先生 「おうおう死ねぇ!!せいぜい足掻いて死にやがれぇぇぇ!!」

 

 闘技場を覆う防弾ガラスの前で観衆と化した生徒達が興奮気味に声を張り上げる中、キンジが教科担当の蘭豹に勝負の中止を求める。

 しかしお酒片手に酔っぱらった蘭豹先生は関係ないとばかりM500を天井に乱射し勝負を楽しむ。

 これでは埒が明かないと判断したキンジが闘技場の入り口に向かうと、私も同じく入り口に駆ける。

 

大和 「キンジ!」

 

 予想通りキンジがICカードでロックを解除して入り口を開けようとした時、ギリギリの所で腕を掴み制止させる。

 

キンジ 「なっ!大和!?ちょっ離せ!このままだとアリアが!!」

大和 「分かっているよ。だから代わりに私が行く。」

 

 私の言葉に一瞬を動きを止めたキンジは、我に帰って拒否する。

 

キンジ 「駄目だ!大和はここに居ろ!」

大和 「じゃあキンジが行ったら、あのカナって人を止めれるの?」

キンジ 「そ、それは・・・そうだが・・・・」

 

 慌てたキンジに私がそう言うと、直ぐに言い澱む。

 入り口に向かう途中に見たカナさんの腕前を考えると、ヒステリアスモードのキンジならともかく普段のキンジでは戦力になる事は厳しい。

 アリア相手に圧倒的優勢に闘っているのがその証拠。

 キンジ自身も気が付いている。

 それでも私を行かせたくなさそうなのは、多分何か別の理由があると思う。

 私の性格か腕前か、それとも他にもあるのか知れないけど私には分からない。

 

 パシンっ!!

 

アリア 「うっ!!」

 

 今の鞭の鳴る音に近いのは、アリアの防弾制服に弾が命中した着弾音。

 ここで悩んでいる暇は無さそう。

 真剣見のある目でキンジにもう一度確認する。

 

大和 「キンジの代わりに私が行くよ?」

キンジ 「くっ・・・・アリアを頼む。だが危なくなったらすぐに戻って来い!」

 

 キンジは苦い顔をしつつ苦渋の決断をする。

 一方私は微笑を浮かべつつ、キンジに伝える。

 

大和 「大丈夫、アリアはちゃんと助けるから。」

 

 私はこの日に備えて用意した発煙弾を手に持ち、ピンを抜いて入り口から中央付近に投擲する。

 投げ込み転がった発煙弾が破裂し白い煙を撒き散らす。

 

生徒1 「うわっ!煙で何にも見えない!換気扇のスイッチは何処だ?」

生徒2 「おいおい良いところだったのに、誰だ発煙弾を撒いたのは!!」

生徒3 「待て、これは何かの策かも知れないぞ!」

 

 周囲の生徒から突然の煙に驚きの声が上がる。

 うん、ちゃんと視界は切れているみたい。

 

アリア 「えっ何よこの煙!うっゴホゴホッ!しかも妙に煙たいわ!」

 

 一方視界が突如白煙で覆われたアリアは、咳き込みながら奇襲に備えて周囲を警戒する。

 その間私は存在感知を使ってアリアに近付く。

 

アリア 「そっちにいるのね!!」

 

 私の気配をカナと勘違いしたアリアが、私にガバメントを向けトリガーを引こうとする。

 

大和 「アリアストッブ。私、大和だよ。」

アリア 「大和?何の用事?今アタシは忙しいのよ!」

大和 「貴方のパートナーのキンジが心配しているから、勝負を止めて欲しい。」

アリア 「嫌よっ!!このまま逃げるなんてバッカじゃないの!!」

 

 視界不良の中、アリアはその犬歯のような歯を剥いて私に叫ぶ。

 それに対して私はアリアに諭すようにゆっくり伝える。

 

大和 「武偵は何時でも冷静にだったよね、アリア。この勝負、私に譲って貰えない?アリアも分かるでしょ?パートナーを心配させたらいけないって。それに私がアリアの代役になるからアリアは逃げた事にはならないよ。」

 

 最初は血の気満載のアリアだったけど、キンジの単語が出てきてから大人しくなり、犬歯を納めて言った。

 

アリア 「・・・悔しいけど、キンジを心配させる訳にはいかないわね。良いわ、変わって上げる。でも!アンタが負けたらアタシは絶対許さないわよ!!」

大和 「勝てはしなくても負けはしないよ。今向いている方向にそのまま真っ直ぐ進めば入り口まで行けるから。」

アリア 「分かったわ───あ痛たっ!?」

 

 惜しいアリア。

 絶妙に入り口から1m横に逸れてガラスに正面衝突している。

 でも何とか外に出れたみたい、良かった良かった。

 

生徒 「ようやく煙が消えて───おろ?」

生徒 「なんで宮川さんがいるんだ?神崎さんの代わりって事か?」

生徒 「だがあの絶対守護との闘いだぞ!また面白いそうじゃねえか!」

 

 やがて煙が換気で流され、アリアの代わりに私がいる事に歓声が上がる。

 防弾ガラス越しに浴びせられる興奮を尻目に、私は姿の見え始めた正面のカナさんへ視線を移す。

 

カナ 「あら?私はあの子と闘っていたのだけど、邪魔しないで貰えるかしら?」

大和 「アリアとは交代しました。だから代わりに相手になります。」

 

 丁寧に伝えた私の言葉にカナさんの目が鋭くなる。

 

カナ 「へぇ~そう。じゃあ絶対守護にお相手して貰おうかしら!」

 

 ───パァン!!

 

 カナさんの腰の辺りから閃光が煌めき、ほんの僅かに遅れて銃声が響き渡る。

 放たれた一発の弾は一直線に私の頭部へ飛翔する。

 でも私は回避しないし動かない。

 やがて銃弾は私の耳の側を通り、後方の防弾ガラスに着弾する。

 何に一つ行動を起こさなかった事にカナさんは意外そうな表情に変化した。

 

カナ 「撃たれても動かないなんて、反応出来なかったのかしら?ひょっとして、貴方はその程度?」

 

 カナさんの売り文句に乗らず、私は逆に否定する。

 

大和 「当たらない弾を避ける必要はないよね。それに貴方の使う銃。コルト・シングル・アクション・アーミー、通称ピースメーカー。違う?」

カナ 「これは驚いたわね。まさか一度で見抜かれるなんて思ってもみなかったわ。」

 

 カナさんは即座に行動や呼吸などを判断出来るよう、私に観察する視線を合わせる。

 にしてもさっきの攻撃。

 やり方は単純だけど、限界まで磨き上げる事で手に入れた奇襲に特化した業。

 

カナ 「是非とも、どうやって気付いたのか教えて欲しいわね。」

大和 「噂で聞いたりしない?私には奇襲は通用しないよ。狙撃でも変装でも暗器でも、そして早撃ちもね。」

 

 最後の単語言った途端、僅かにカナさんの瞳が大きくなり内心の動揺が見て取れた。

 その時、入り口から女性の声が聞こえる。

 

??? 「あー!何やっているんですか!C装備を着用しない模擬戦は武偵法違反行為ですよー!!」

 

 近くの湾岸署から来たであろう、私の知っている小柄な婦警がピーピーと笛を鳴らす。

 

婦警 「はいはーい!ここにいる皆さんは逮捕します!暴れないで下さい!」

 

 予想外に現れた国家権力の登場に、武偵三倍の刑を恐れパニックに陥る周りの生徒。

 

蘭豹「ふん、折角の余興が覚めたじゃねぇか。」

 

 更に追い打ちを掛けるように不機嫌の塊に変化した蘭豹先生が、周りの生徒にさっさと立ち去れと強力な殺気を放つ。

 すると動かないでと言った婦警の言葉なんか忘れて、生徒達が我先に体育館から脱出する。

 そして蘭豹先生が婦警をギラリと睨み付け口にした。

 

蘭豹 「教務科に来い。後でしっかり落とし前つけろよ───峰理子。」

理子 「あっあははは・・・・・」

 

 婦警に変装していた理子は、大量の冷や汗を流しながら空笑いをする。

 私は理子に対して冥福をお祈りをしてから正面に佇むカナさんに視線を動かすと、カナさんからの視線が芯のある別のものに変化していた。

 

カナ 「ごめんなさい。私は貴方を誤解してたわ。」

大和 「出来れば誤解し続けた方がありがたいんですけど。」

カナ 「貴方はいずれ・・・いや、もうすぐ混沌への入り口になりうるかもしれない。次は今回みたいに甘くないわよ。」

 

 そう話し、最初に私が投げ込んだ発煙弾をチラッと確認してクルリと反転。

 途中で軽く欠伸をしつつ第一体育館から去って行った。

 私はカナさんの一連の行動に疑問を持った。

 カナさん、貴方は何時だって何処だって本当は甘いんじゃないんですか?

 次はじゃなくて──╴今、仕留めない時点で砂糖や人口甘味料よりも遥かに甘過ぎます。

 何故その時まで私が生きていると思えるんですか?

 何故その時まで貴方が生きていると思うんですか?

 どうして当たり前のように次があると考えられるんですか?




科学の成れの果て:私には体が無いが生きている。何故ならカプセルの中の脳しか残っていないからな。


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33:カジノ襲撃

しばらく全話の修正を行いますので、新規投稿まで暫くお時間が掛かります。


 カナさんとの戦いがあったその日の夜。

 私は部屋の一角でソファーに寝転がりながら、この前ポストに放り込まれた手紙を再び一覧して悩んでいた。

 これって、実際どうなんだろうね?本当ぽいけど罠って事もありそうだし。

 手紙を片手に考えるその時、玄関の方から僅かな物音が聞こえた。

 ───誰か来る。

 反射的に手紙を隠し手持ちのナイフを抜く。

 侵入者を待ち伏せるの為に部屋の角で身を潜め、存在感知で侵入者を把握した。

 って、なんだぁ。

 入って来たのが誰か分かり、ナイフを片付けてその侵入者と顔を合わせる。

 

大和 「部屋に入るならせめてチャイム位鳴らして欲しいんだけど。」

アリア 「ふんっそんな事をいちいち気にしてられないわ。」

大和 「えぇ・・・まぁいいけど。」

 

 部屋にズカズカと侵入して来たアリアは真っ先にソファーへ飛び込み、傍に置いていたクッションに顔を埋めた。

 このアリアの一連の行動と雰囲気に私は首を傾げる。

 んー?この雰囲気、なんか既視感があるのよねぇ。

 暫し考えていると、思い当たった出来事に気が付いた。

 あっ、ジャンヌ戦でキンジと喧嘩した時に似ているのかな?

 とするなら、今度はキンジとアリアは何をやらかしたのかなって。

 そう思いつつアリアに視線を合わせていたら、クッションに埋めている状態が虚しくなったのか携帯を取り出す。

 アリアが弄り始めてすぐ、ボンッ!っと言う単語が聞こえそうな程驚きながら赤面し、咄嗟にクッションへ顔を埋める。

 うーん?何故かアリアの頭から煙が吹き出してるように見える、不思議。

 するとアリアがようやく私の存在を思い出したのか、狼狽しつつ睨みを利かせる。

 

アリア 「なななっ何見てるのよ!!アンタはさっさと食事の準備でもしなさい!!」

 

 突如としてアリアから強烈な怒鳴り声をぶつけられる。

 ただし口調や様子から怒っているのではなく、恥ずかしさでパニックになっている様に感じるね。

 

大和 「はいはい了解しましたよ。」

 

 ここはちゃんとアリアの言う事を聞いて、台所に向かう。

 流石に私の部屋で発砲されたら敵わない。修理も大変そうだしね。

 でも、キンジにアリアと何があったか位は聞こうかな?

 という訳で食事の準備と平行でキンジに電話する。

 数コールして電話が繋がった。

 

キンジ 「・・・・大和か?何だ?」

 

 携帯から少しトーンの落ちたキンジの声。

 う、うーん。これは思ったより面倒そうな感じがする。

 

大和 「私の部屋にアリアが突入してきたんだけど、何があったの?」

キンジ 「それは、その・・・ちょっとした勘違いだ。」

大和 「ちょっとした勘違いねぇ。まぁ中身まで聞かないから安心して。ところで一つ聞きたかった事があるんだけど、カナさんって何者なの?」

キンジ 「あー・・・えっと、それはーだなぁ。」

 

 予想通り歯切れの悪いキンジの言葉。

 前もだけど、カナさんの話になると直ぐに言葉が詰まる。 

 そりゃあそうだよねって私は納得してはいるけど、言ってないからキンジは気づいてない。

 ってあれ?カレー粉って何処に置いたっけ?あっここかぁ。

 棚から見つけたカレー粉を机に置き、キンジとの会話を続ける。

 

大和 「だったら少し言葉を変えるよ。お兄さんはここに何をしに来たのか分かる?」

 

 お兄さんと言う単語を出した途端、キンジから何一つ返答は帰って来なくなった。

 恐らく向こう側で何故!って絶句してるのが簡単に想像出来るよ。

 

キンジ 「・・・なんでカナを、兄さんだと思うんだ?」

 

 キンジ、その言い方だと正体言っているのと変わらないよ。

 という考えを胸に仕舞ってあやふやな解答を返す。

 

大和 「私に不意打ちや奇襲は効かないよね。それは変装を同じ事。」

 

 簡単に答えてキンジから向こうから返答を待つ。

 まぁ実際のところ存在感知のお蔭分かったんだけどね。

 というか普通に見れば大半の人は気付かないよね、あの変装のレベルは。

 さて、キンジは一体どう返答するべきか頭をフル回転で動かしている頃かな。

 結局キンジからの返答が帰ってきたのは一分位経った程だった。

 

キンジ 「本当悪い。何も言えないんだ、すまない・・・」

 

 大変申し訳なさそうな声をしてキンジが謝る。

 

大和 「大丈夫大丈夫。誰でも答えたくない裏なんて一つや二つあるんだし。」

 

 そうそう私だったら一つ二つどころか百でも全然足りない気が・・・絶対超えるね、うん。

 

キンジ 「あぁそうだ、大和。」

大和 「うん?何?」

キンジ 「何も答えられてない手前、こっちから頼みを言うのはどうかと思うんだが、近々カジノ警備の依頼があるんだ。参加してくれないか?」

 

 ・・・カジノの警備、今まで予定通りに進んで来たからそろそろと思ったけど、今のタイミング。

 ここまで狂わず確実に事が進むなんて、内部に紛れているか?かなりの切れ者かな?

 

キンジ 「大和?」

大和 「あっうん分かったよ。」

キンジ 「はぁ~お前からOKが貰えて良かったぞ。何せアリアだと何をやらかすか分かったもんじゃなくてな。」

大和 「それ、アリアに聞かれたら多分撃たれるよ?」

 

 という事でカジノ警備をする七月二十四日までに保険事を済ませたり、途中でアリアとキンジが仲直りしたり、白雪がキンジを取られたと半泣きで嘆いていたりと・・・色々な意味で物事があったかな。

 あと不知火経由で聞いたんだけど、何か武藤がキンジの携帯をかっぱらってアリアに祭りに行こうとメールを送ったらしい。

 これであの日携帯使用中に恥ずかしそうにした理由に納得したよ。

 それで今日はカジノ警備の日なので、その名の通り私はカジノにやって来た。

 依頼メンバーはキンジにアリア、白雪、レキ、そして私。

 キンジは客の変装、アリアと白雪はバニーガール、レキはディーラーらしいね。

 というかレキやキンジはともかくアリアは、紅鳴館でメイドしていたし多分大丈夫だよね?

 それより正直白雪が不安だなぁ。

 しかも露出の多いバニーガールを恥ずかしがりの白雪がするのは向いてないんじゃ?

 まぁなるようになれだね

 でもある意味私はバニーガールじゃなくて良かったよ。

 私も露出高いのは遠慮したいし、武偵高のミニスカートですら結構恥ずかしいんだよ。

 まぁそんな事は後にして、私は何の変装かと言われると。

 私が変装したのはバーテンダー。

 近くの大きな窓から沿海の見えるバーを警備しているよ。

 バーは情報が集まり易く、人の動きもよく分かる丁度良い場所。

 でもバーテンダーをする場合はお酒が作れないといけないという制限がある。

 私はお酒が飲めないけど、前は友人にお酒をよく作らさせていたから幸いだったよ。

 お酒の作れないバーテンダーなんて、いる意味がないし。

 

客1 「バーメイド。ホワイトレディを。」

大和 「はい。」

 

 お客さんからオーダーを受けてまず最初にカクテルグラスに氷を入れてグラスを冷やし、シェイカーにメジャーカップで測ったジンとコアントローとレモンジュースを入れて軽くかき混ぜる。

 ちなみにコアントローって言うのはオレンジを使ったお酒の事。

 そしてシェイカーを振る前に予めグラスに入れた氷を捨て、次にシェイカーに氷を投入したら、横を向いて振る。

 大体二十から三十回を目安に振り終えてグラスに注ぎ、お客さんの前に出す。

 

大和 「ホワイトレディになります。」

客1 「おう。」

 

 こんな感じにお客さんに対して注文を受けお酒を出すのも依頼の一つ。

 案外バーテンダーも悪くない。

 すると今度は若い社長のような人物がカウンターに座り、私に視線を動かす。

 その視線で察した私はその社長さんの前に移動したら、社長さんが先に口を開いた。

 

社長 「さっぱりしたノンアルコールで頼めるか?あまり酒は得意ではないんだ。」

大和 「了解致しました。」

 

 あっさりしたノンアルコールならモスコミュールとか?

 えーと、ジンジャーエールは二種あったっけ?

 

大和 「甘めと辛めの両方がごさいますが。」

社長 「甘めで頼む。」

大和 「はい。」

 

 コップを用意しカットしたライムと氷を投入。

 シロップをちょっとだけ入れ、ジンジャーエールを注ぎ一回だけかき混ぜる。

 

大和 「こちらモスコミュールになります。」

社長 「あぁありがとう・・・これ旨いな!」

大和 「ありがとうごさいます。」

 

 社長さんはコップの半分辺りまで飲んだ後、軽い会話を投げて掛けてくる。

 

社長 「にしても流石カジノだけあって人が多いな。いつもこんな感じなのか?」

大和 「はい。毎日大勢の方に来て頂いています。」

社長 「それは良い事だ。じゃあ最近はどういう人が良く来るんだ?」

 

 社長さんからの質問に、少し首を傾げてから答える。

 

大和 「最近は砂遊びが好きな方が多い印象ですね。」

社長 「砂遊びか?これはまた妙な奴がいるもんだ。他に面白い人物はいるのか?」

大和 「そうですねぇ。そういえば斧のコレクターの方もいらっしゃいましたよ。」

社長 「斧か・・・分かった。世の中には変な趣味を持つ人がいると知れて良かったよ。それじゃあ俺はそろそろまた稼ぎに行かして貰おう。」

 

 社長さんはコップの残りを飲み切り、席から立ち上がる。

 

大和 「またのご利用をお待ちしております。」

 

 お辞儀をして頭を上げた頃には、社長さんは離れて見えなくなる。

 コップを片付けながらさっきの社長さんの事を思う。

 うんうん、キンジの変装もなかなか様になっているね。

 

客2 「おーい、こっちにも同じものを!」

大和 「はい!」

 

 他のお客さんへキンジに出した同じモスコミュールを作る。

 取り敢えずこんな感じに仕事?警備をしていると、遠くのフロアからガラガラガッシャーンっと激しい物音が届く。

 

客達 「なんだなんだ?」

 

 バーに居たほぼ全員が音の原因が気になり席を立った瞬間。

 

客3 「化け物だぁぁぁ!!」

 

 一人のお客さんの叫びと同時に二階から裕福そうな人達が入り口へ全速力で逃げる。

 するとその光景を見てしまった人達も疑心から動揺してパニックに陥る。

 誰もが我先にと足を動かし、入り口の近くまでパニックが広がる。

 ────遂に動き出した。

 そう判断した私は、隠し持っていたFN5-7と銀ナイフを回収してカウンターを出る。

 そしてバーの中でただ一人動じず、逃げようともしないフードを被ったお客さんの元に行く。

 

大和 「お客様。この場所は危険な為、直ちに避難をお願い致します。」

客4 「・・・・・」

 

 お客さんは何も言わず、立ち上がるとフードの下から半円型の斧を取り出し私へ横薙ぎに振る。

 振った時にフードの隙間から見えたお客さんは、どう考えても人間じゃない。

 漆黒の皮膚にイヌ科動物の頭、でも体は人間。 

 私はその特徴にそっくりなものを知っている。

 古代エジプト文明のアヌビス神、だと。

 最初から気付いてアヌビスを泳がしていた私は、アヌビスの攻撃を身を低くし回避し左手のナイフを高速で突き出してアヌビスの心臓の部分を突き刺す。

 肉体と違う、砂に刺すような感覚。

 刺されたアヌビスは硬直し、やがて体が崩れるように崩壊する。

 やっぱり構成物は砂、というよりは砂鉄の方が正しいかな。

 肩に掛かった砂鉄を払い、ナイフの先端に刺さったまま絶命する虫を観察する。

 この虫は、以前私に忍び寄ろうとした虫と同じ。

 これが制御装置の役割を担っていて、この砂鉄は手足って所だろうね。

 虫を捨て、キンジ達と合流する為二階に昇る。

 階段の途中で二階のフロアから大量の銃声が轟く。

 駆け上がる速度を上げ、銃声のする特等フロアへ向かうと。

 う、うわぁ・・・相変わらず派手にやっているねぇ・・・・

 安心したと言うべきか分からないけど、天井に張り付くアヌビス数体を相手に、回転するシャンデリアで砲台と化したアリアが銃弾の雨で連続的に仕留め、アヌビスは床に落下、砂鉄に変わる光景が広がっていた。

 これはアリアに任せて良いと判断して奇妙な光景を尻目に、壁に寄り掛かって気絶していた白雪の方に急ぐ。

 

大和 「レキ。白雪は大丈夫?」

 

 白雪を背にして守るように立つレキに白雪の容態を聞く。

 

レキ 「軽度の脳震盪を起こして気絶しています。命に別状はありません。」

 

 直接白雪の気絶場面を見た訳じゃないけど、レキがそう言っているなら多分間違ってないよね?

 とするなら───

 懐から赤と緑の札をポケットから取り出す。

 脳震盪状態で覚醒させるの危険、ここは緑一択。

 白雪の鎖骨部分に選んだ札を張ると、札は徐々に色を失い白くなる。

 

レキ 「何をしているのですか?」

大和 「治癒って言っても信じてくれないよね。取り敢えずこれで起きた時に違和感はないはず。」

 

 そして真っ白になった札を剥がしアリアの方を向こうとした瞬間。

 

??? 「キャァアアッ!!」

 

 一階の方から女性の悲鳴が響き届く。

 声は私の来た階段からは別の方向、あの悲鳴から察してあまり時間はない。

 それに今直ぐ動けるのは私だけ。

 

大和 「レキ、白雪は任せたよ。」

レキ 「大和さんこそ気を付けて下さい。貴方に良くない風を感じます。」

 

 レキの警告を頭の片隅に入れつつ急いでフロアから飛び出る。

 下に降りるなら階段より飛び降りた方が早い。

 手摺を越え、下の階の床に五点着地で衝撃を分散しつつ着地。

 そして降りた先には、今まさにアヌビスに斧を振り下ろされそうになる女性の姿が視界に入った。

 私は即座にFN5-7をアヌビスの背中に一発の銃弾を撃ち、アヌビスが完全に振り返る前に全力で駆け抜け、左手で斧の柄を握り、FN5-7を納めて代わりにナイフを取り出した右手でさっきと同じく心臓を突く。

 心臓を突かれたアヌビスが砂鉄に変化したら、左手の斧をそこらに捨てて女性に手を差し出す。

 

大和 「お怪我はありませんか?」

女性 「あっありがとう。ヒッ!」

 

 女性の見る先、フロアの奥から追加で現れたアヌビスに女性は小さな悲鳴を漏らす。

 あのアヌビスは奥からは来たけど、カジノの入り口側には・・・アヌビスはもう居ない様子。

 入り口まで女性一人で逃げれると考えた私は、畏怖の表情をする女性に対し念のために青の札を持たせる。

 

大和 「これを持って入り口へ早く逃げて下さい。信じにくいでしょうが、それは貴方をあれから護る御守りです。これで貴方は安全に出れるはずです。」

女性 「えっ?で、でもそれじゃあ・・・!」

大和 「私は武偵です。民間人を護るのが仕事です。急いで!」

女性 「あっはい!」

 

 女性は大慌てで入り口へ全力で走る。

 青の御札を握り締める限り、アヌビスはあの女性には近寄れない。

 

大和 「さてと。」

 

 正面にはアヌビスは二体、FN5-7の弾だと効果は薄い。

 だからまずは懐に潜り込む。

 私はアヌビスに向け突撃し、それぞれのアヌビスが斧を振りかぶり迎撃しようとする。

 斧はその大質量と遠心力で強力な武器だけど、咄嗟の行動や至近距離での小回りは利かない。

 アヌビスの斧が振り下ろされようとした時には既に懐に潜り込み、右側のアヌビスの腕をナイフで切り落とし空中でナイフ左手に持ち替え、空いた右手で斧の柄を掴み身体を力の限り右に回転を掛ける。

 すると身体の動きに合わせて斧も大きく右回転。

 斧は隣に居たアヌビスの胸辺りを直撃する───が、大量の運動エネルギーを持つ斧は止まらずアヌビスの体を上下に切り分け、次に腕を斬られた方のアヌビスの背中に刃がめり込む。

 こうして二体のアヌビスは砂鉄の山へと変わる。

 しかし───

 

大和 「まだまだ居るの?」

 

 スロットマシンの影にアヌビスが隠れているの発見、それも複数体。

 あのアヌビスは生き物ではなく、魔術的なロボット。

 つまり、武偵法九条の「武偵は如何なる状況に於いても、その武偵活動中に人を殺害してはならない」に反しない。

 既に手を付けている手前だけどね。

 それに私は護るのも無力化も得意───だけど、それ以上に殺しに特化したのが私。

 逃げられると民間人に被害が出るかも知れない。

 もしかしたらキンジ達の所に行くかも知れない。

 だからさぁ───大人しく殺させて?

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 大和がアヌビスと戦闘中、それを二階の吹き抜けから戦闘を観察する者がいた。

 

??? 「あの戦い方。」

 

 五体のアヌビスを相手に、大和は完全に優位に戦っていたと言えるだろう。

 一対多の戦いで誘導及び妨害で孤立させ、一体のアヌビスに対し死角からの奇襲を行った。

 

??? 「日本の武偵は武偵法九条の縛りで心臓などの弱点攻撃に躊躇する場合が多い。躊躇しなくても無力化ではない行動では高いパフォーマンスを維持できない。」

 

 アヌビスからの攻撃を他のアヌビスで盾のように使い、同士討ちを恐れ攻撃出来ないアヌビスに、心臓一点のみを正確に素早く攻撃。

 攻撃して後はすぐに距離を取り、一体一体確実に仕留め、決して深追いをせず一撃離脱に徹する。

 

??? 「いや、違うわね。寧ろあの子は無力化より動きが手馴れている。武偵の動きじゃないわね、まるで軍人の動き。やはり危険だわ。」

 

 

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

 

 

 アヌビスの背中からナイフを突き刺し、五体目のアヌビスは崩れる。

 これで最後───にしても。

 戦闘後のカジノの惨状を確認する。

 あーあ。豪華な絨毯やスロットが傷だらけ砂鉄だらけ。

 この事件が終わればカジノ内を片付けるんだろうけどねぇ、特に砂鉄は掃除大変だよ。

 特に砂鉄の舞った絨毯は掃除より捨てた方が早いと思う。

 などとカジノの悲惨な現状を思っていたら。

 コツッコツッコツと、足音が入り口側から鳴る。

 戦闘の観察は終わったから次の段階へと言う事なのかな?

 

大和 「会ったのはこれで三度目。面と向かってなら二回目ですね。出来れば私は戦いたくないんです。」

??? 「あらあら?一体どの口が抜かしているのかしら。」

大和 「私は平穏に暮らせたらそれでいいんですが。」

 

 足音の発する人物へ振り向き、視線を合わせる。

 

大和 「お久しぶりです。カナさん。」




人への心を理解した大いなる∶彼は俺に変な銃を渡した。彼は「私はこの世界に居過ぎた。見捨てる事が出来なくなってしまった。」と。


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