獣狩りの夜 (空気洗浄機)
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獣狩りの夜

特に深い考察の無いブラボ短編。
練習なども兼ねているのでアドバイスを頂けると嬉しいです。


 

僕は月が嫌いだ。何故かって、彼はいつの夜も僕らを照らしてしまうからだ。夜の暗がりが隠してくれる筈の僕らの醜悪さを、おぞましさを、これがお前たちなんだぞと目を逸らさせまいとするように、容赦のない光で暴いてしまうからだ。

今、僕は月明かりの下で、"獣"と対峙するべくヤーナムの街を歩き回っている。

"獣"ーーヤーナムを蝕む風土病"獣の病"によってその姿を変えた、人間の成れの果て。形振り構わず人に喰らいつこうとする彼らの有様は、醜いったらありゃしない。そして、僕もああなる可能性を孕んでいると思うと、吐き気を催さずにはいられない。だからこそ、僕は獣狩りの徒となったのだろう。彼らとは違うのだと証明するために。

ふと視界に動くものを捉え、僕は咄嗟に物陰へ飛び込んだ。改めてそちらを覗き込むと、人間に比べて一回り大きな影が歩いてくるのが見えた。黒い体毛に覆われた両手足を地面につけ、犬のように出っ張った鼻を荒く鳴らしているそれはまさしく、獣だ。彼の歩く速度からして、すぐに僕の匂いに気づいて、襲いかかってくるだろう。であれば、そのギリギリの距離で先手を打つまでのこと。

僕は左手の中折れ式の短銃を折って、銃弾が装填されていることを確認した。銀色の弾丸はしっかりと待機していて、引き金を引けば間違いなく狙ったところへと素直に飛んでくれるだろう。銃を元に戻すと、僕は再度彼我の距離を測る。

ーー吸気。

肺の動きに合わせて、胸を交差するベルトに吊るされた銀弾が揺れる。

ーー呼気。

こちらに気づいた様子はなく、彼は依然として歩き続けている。

ーー吸気。

右手の曲剣を握り直す。

ーー今!

僕は勢いよく飛び出すと、無防備な獣に向かって突っ走る。向こうはこちらの姿を捉えたようで、咆哮とともに右腕を振りかぶった。しかし、もう遅い。彼が腕を振り抜く前に、脇腹を曲剣で切りつけ、間髪入れずに斬撃を加えていく。

獣の身体能力は人間のそれを大きく上回るが、血を流し続ければやがて死ぬのは同じこと。ならば、死ぬまでその身を切り刻めばいい。

刃が肉を、筋繊維を、血管を切り裂き、鮮血が噴き出す。次第に僕も彼も真っ赤に染まっていった。

とうとう限界がきたのか、獣が断末魔ともとれるような咆哮を上げ、刺し違えてでも殺してやるとでも言わんばかりに、その鋭利な爪を振り下ろしてきた。二本足で立ち上がり、最後の一撃にすべてを込めて高く腕を振り上げたその迫力は、常人を生への執着から解き放つほどであっただろう。しかし、僕は狩人だ。彼の決死のそれは、大きな隙でしかない。

左の短銃を即座に向ける。狙いは振りかぶられた右腕、引き金を引いた。

銀色の弾丸は剛毛に覆われた肉体へと吸い込まれーーしかし、致命傷を負わせるには至らない。否、それで十分なのだ。

短銃が吐き出したものは確かな衝撃を生み出し、その衝撃は、絶妙な感覚で保っていた獣の体勢を大きく崩した。

僕は曲剣を放って、堪らず膝をつく彼に肉迫しーー彼の胸へと、右腕を突っ込んだ。生温い液体に腕の先が包み込まれるのを感じながら、無造作に体内を掻き回し、手頃な臓器を引っ掴んで、勢いよく引き抜く。血が噴水のように溢れて、僕の顔を、狩装束を濡らした。

いくら獣であっても、内臓を抜かれてしまえばひとたまりもない。彼はようやく両膝を折り、とうとう煉瓦造りの地面へと倒れ伏した。

まずは一匹。獲物が事切れたのを見届けると、僕はどこか満ち足りた気分になって、ため息を吐いた。放り投げた曲剣を回収し、おもむろに周囲を見回すと、民家の窓に映る自分を顔が目に入った。半分以上を真っ赤に

塗りたくった、おぞましい顔。その口角は上がっていて、これではまるで、どちらが獣なんだか。

だから月は嫌いなんだ。獣性に身をやつした連中。それを鏖殺して楽しむ僕。そんな自分を醜悪だと言いながら、気に入っている僕。先も見えないほど真っ暗なら見えなくて済むだろうに、あいつは問答無用に現実を突きつけてくる。これがお前の本性なんだぞ。お前の業は、自身の正気ではなく、胸の深奥に潜む獣性こそを証明しているんだぞ、と。

だが、そんなことはどうだっていい。どうせすぐに気にならなくなるのだから。僕は曲剣に付着した血液を払って、次の獲物を探し始める。

月はまだ顔を出したばかり。獣狩りの夜は、これからだ。



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