恋姫†無双 徐伝 (そこらの雑兵A)
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第1話 事の始まり

徐庶の外見とかは各々で想像してください。


産まれて初めて人を殺したのは、自分の為でなく他人の為だった。

知人の為の仇討ち。そこには間違いなく一つの正義を持っていた。

 

その後、役人に捕らえられた自分を助けてくれた友人達。

だが、自分を捕らえた役人にも、また一つの正義があった事に気がついた。

自分は「間違っていない。」だが、相手もまた「間違っていない。」

では、何が間違っていたのだろうか?

 

今の自分には答えはない。だがわかった事が1つ。

 

この世の中を動かすのは武だが、変えるならば知と仁だと。

そしてそれから数年の月日が流れた。

 

 

 

「で、偉そうな事をほざくのはこのお口かな〜?」

 

「わはひは、わふくありはひぇん!」

 

水鏡先生の私塾の入口。頬を引っ張られ、涙目になりなりながらも文句を言うのは、姓は諸葛、名は亮、字を孔明。水鏡先生曰く『伏龍』と呼ばれる少女だ。

 

その隣であわわと慌てふためいているのが姓は龐、名は統、字を士元。諸葛亮と対を成す『鳳雛』と呼ばれる少女。

 

その2人の間で諸葛亮の頬を引っ張っている男。先の2人より数年前に水鏡先生の元に来た青年だ。

 

「ったく。確かにお前の言う通りだが、少しは先輩を立てろよな。」

 

少し前屈みになって引っ張っていた手を離し、苦笑いしながら頭を撫でた。事の発端は凄く単純。先輩の人達が諸葛亮にいちゃもんをつけようと舌戦。容赦なく全て論破してしまった結果、その先輩が半ベソかいて私塾を辞めて行った。

 

「で、でも、あの人達は徐兄の事も悪く言ってました。」

 

龐統が大きな帽子のつばを両手で掴み、俯きながら言う。その言葉には僅かな怒気。

 

「俺の事はどうだって良いんだよ。所詮単家だ。だがお前らは違う。いずれこの世界を動かすかもしれないんだ。人脈は大切にしろよ。」

 

「そんな、徐兄は・・・。」

 

「どうせ州刺史か郡太守程度が限界なんだろ?」

 

何か言おうとする諸葛亮を遮り徐庶が笑った。諸葛亮が顔を赤くしながら更に言い返す。

 

「そ、それは会ったばかりの頃の話でしゅ、です!今の徐兄ならもっと、それこそ天下を動かす事も出来ます!」

 

必死になる諸葛亮。龐統も首をコクコクと縦に振る。徐庶は照れくさくなり、明後日の方向を向き頬をかきながら笑うしかなかった。

 

「悪い気はしないが、俺はお前らみたいに有能じゃねぇし、何より真面目じゃない。そんな持ち上げられてもなぁ・・・。それよりそろそろ飯にしよう。母さんが待ってる。」

 

誤魔化す様にそう言って2人の背中を軽く叩きながら帰路へとついた。

 

 

 

姓は徐、名は庶、字名は元直。この外史におけるもう1人の主人公の青年は、ここからは新たな旅を開始する事となる。




徐福って言うと、史記に出てくる不老不死の薬取りに行った人が先に思い浮かぶ。


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第2話 いざ見聞の旅

あれから更に数年の月日がたった。多くの仲間と共に学び、研鑽をしていた徐庶。諸葛亮、龐統よりもはやく私塾を卒業する事となった。

 

この日、徐庶はいつもの学舎で2人っきり、師であった水鏡こと、司馬徽の座る前で頭を下げていた。

 

「本当に良いの?あなたなら劉表様だけでなく、袁家や何進将軍、劉焉様への紹介状も・・・。」

 

「それを言うなら先生もでしょう。私は、ここで得た知識だけでなく、自身の目と耳で見聞したいと思います。仕官するかどうか、その相手は誰か、それを考えるのはその後です。」

 

そう言って笑顔で頭をあげた。そう言われてしまえば、もう何も言える事はない。司馬徽は微笑み、手渡したのは一枚の木簡。

 

「わかりました。これを持ってお行きなさい。あなたの身分証として使えるでしょう。」

 

それは所謂卒業証書の様なもの。私塾で学びを得た証、そして記された師の名前。司馬徽の名は、ある程度この大陸に知れている。その私塾出身だと言えば、信頼度は決して低くはない。

 

「ありがとうございます。長い間お世話になりました。」

 

もう一度深々と頭を下げて、部屋を出た。

 

 

 

 

「「徐兄!」」

 

私塾を出てすぐ。前もって用意しておいた荷を背負ったところで、2人の少女が声をかけて来た。諸葛亮と龐統だ。

 

「おう、孔明に士元。なんだ見送りか?」

 

「・・・本当に行ってしまうんですか?」

 

諸葛亮が泣きそうになりながら言った。徐庶は笑顔で頭を撫でた。

 

「ああ。ここで得られるものは得た。あとは俺自身で見て、聞いて、学んでいく。」

 

「先ずはどこに行くんですか?」

 

やはり諸葛亮同様、泣きそうな声で龐統はたずねた。徐庶は、やはり笑顔で頭を撫でる。

 

「先ずは揚州方面かな。あそこは孔明の姉ちゃんが仕官してたよな。」

 

諸葛亮が頷いた。姉とは今でもたまに書のやりとりをしている。

 

「その後は北上して冀州か幽州あたり。そんで洛陽を経由して一度荊州に戻る。」

 

大雑把な流れを聞き、少し不安になった。最近姉からもらった書に気になる記述があったからだ。

 

「あっちは今、江賊が多発しています。」

 

諸葛亮が言うように、揚州から来ていた商人からも同じ様な話は聞いていた。確かに無手なら危険かもしれない。

 

「らしいな。なに、自分の身一つぐらいは守れるさ。」

 

そう言いながら腰に差していた剣を叩いてみせた。普通の剣と比べてやや短め。所謂撃剣と呼ばれているものだ。

 

「お前らもあと2、3年もせずに卒業だ。どうせ仕官する気はないんだろ。」

 

徐庶の問いに、互いに目を合わせた2人は頷いた。徐庶は今までで一番の笑顔で2人の頭を撫でた。

 

「先に行って色々見てくるぜ。・・・俺の真名は侠懐だ。次に会うのはいつになるかわからんが、受け取ってくれるよな?」

 

突然の事に2人は驚き、顔を見合わせそして今までの中で最高の笑顔で2人も真名を名乗った。




羌瘣「・・・。」

信「どうした?」

羌瘣「未来で私の名前が使われた気がする。」

信「はぁ?」


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第3話 出会い

各話それぞれ長くしたく無いと思ってますが、読む側はどうなんですかね?

個人的な目安として1話大体1000〜1500文字ぐらいにしたいです。


それなりの速歩と野宿で数日。この日は起きてから数時間ほど歩いた所で大きな河に差し掛かった。

 

(ここらで商業船にでも便乗させて貰えりゃ楽なんだがなぁ。)

 

河をいつもより少し速度を落としながら歩く。この辺りは割と道が整備されており、人通りがちらほら有る。行商人とも何度かすれ違ったりした。この辺りはまだ比較的に安全なのかもしれない。

そんな中、小さな桟橋に中型の船が止まっていた。そのすぐ近くには、いくつか荷物が置かれている。近くの村との交易なのかも知れない。

しめたもんだと、その船の船員へと声をかけた。

 

「失礼、この船はどちらに向かう奴だい?」

 

「うん?こいつは夏口から順に建業の方までいく予定だけど。」

 

不意に声をかけられビクッとした様だが、返答は徐庶の予想通りで、この近くで仕入れたのであろう荷を水夫が肩に担ぎながら答えた。

 

「荷運び手伝うから途中までのっけてくんない?」

 

返事を聞く前に置いてある荷を肩に担いだ。慌てた水夫が船に向かって大声をあげた。

船から厳つい男が顔を覗かせる。

 

「うるせぇな。なんだ。」

 

「船長!実はかくかくしかじかで。」

 

説明を受けた船長が徐庶を見る。その視線を感じながらも、慣れた様子で荷を船へと乗せていた。近くの水夫らとボソボソ話しをして船長が頷く。

 

「実際に働かれちゃあ断れねぇな。良いぜ、乗りな。ただし、濡須口までだ。」

 

「よっしゃ。じゃあ運賃分は働かせてもらうぜ。」

 

意気揚々と荷を運ぶ徐庶。その船を少し離れた草陰から覗く姿には気付かなかった。

 

 

 

荷を乗せ終わると、直ぐに船が動き始めた。

積荷が納められている部屋の扉の前に、自身の荷と共に徐庶は座っていた。部屋は幾つかあるが、空きは無いとのことなので仕方がない。

船に揺られる事、数時間経った。登りきった日が傾き始めた頃。もうすぐで次の大きめの港見えてくるだろうという所で異変は起きた。

 

小さな船が複数。しかも速い。最初にそれを見つけた水夫が顔を青くした。

 

「先登だ・・・。敵襲!!」

 

大声をあげる。するといくつかあった扉がバッと開いた。明らかに水夫ではない厳つい男達が槍やら刀やらを手に部屋から出て行った。

 

(傭兵か?江賊がいるなら当然か。そう考えると、俺よく怪しまれなかったな。)

 

呑気にそう考えながら狭い甲板への顔を覗かせる。チラッと艇が見えた。その先端には女が1人。その女が大声を張り上げる。

 

「大人しく積荷を渡せ。そうすれば命は保障しよう。」

 

言い終わると同時に一足飛びでこちらの船に飛び乗って来た。そして手にしていた刀をスッと構える。

 

チリンと鈴の音が響き渡った。



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第4話 望まぬ一騎討ち

(命は保障するときたか。随分お優しい江賊だ。)

 

徐庶は腰にしていた剣から手を離した。荷の中身が何かは知らないが、量は決して多くない。正直、この状況なら商業的には痛手でも、背に腹はかえられないだろう。

だが船長の考えは違った。

 

「洒落臭い、者共!やってしまえ!!」

 

三下じみた台詞と同時に剣を抜く。それに合わせて周りの水夫や男達も武器を構えた。

 

「おいおい、本気かよ!?」

 

頭を下げながら船内へと下がる。上で騒がしい音が聞こえるが、仕方がない。

 

(こっちが無事に勝ってくれることを願うしかないか。)

 

時間としては十分もしていないだろう。音が大分減ってきた。徐庶はそっと顔を覗かせる。

 

(あー・・・これはダメな奴だ。)

 

船長と呼ばれた男とあと1人。その1人も今、目の前で女に斬り殺された。

 

「終わりだな。大人しく荷を渡せば良かったものを。」

 

パッと払った刀から飛び散った血飛沫が船上に斑点を刻む。それに怯えた船長が視線を彼方此方へと走らせる。そして徐庶と目があった。

船長が腰の袋に手を突っ込み、パッと投げる。小さな粉が飛び散った。所謂目潰しなのだろう。そして徐庶の方へと走ってくる。

 

「くだらん手だな。」

 

言うや否や、チリンと鈴が鳴ると同時に振り下ろされた切っ先。そのまま船長の首を刎ねた。ゴロンと転がる頭。それを目で追う女。そうなれば必然であろう。

 

「もう1人いたのか。」

 

徐庶と目があった。瞬間、放たれる殺気。

 

(あ、これやべぇ奴だ。)

 

咄嗟に船内から飛び出し、地を転がる。振り下ろされた刃は大きな傷を船に刻んだ。

 

(どう考えても刃渡りより切り口でけぇよ!?こいつも『気』の使い手か!)

 

転がりながら地面を叩いた反動で飛び、空中で態勢を整え、着地と同時に腰の直刀を抜き、構える。

 

「ほう。」

 

その身のこなしを見て、女が思わず声を漏らした。

 

(この男、先の奴らとは比べ物にならないな。)

 

(逃してくれる雰囲気じゃねぇよな・・・ヤベェって!?)

 

女が一瞬で間合いを詰めた。横に薙ぎ払われる刀を徐庶は腰を落として躱す。

女が振り切った反動のまま姿勢を捻り、顎を蹴り上げようとする。状態を大きく後ろへそらし、やはり躱す。

クルリと回って上段から振り下ろされる鋭い一撃。右足を大きく後ろへ引いての半身で紙一重で躱す。

地面を切り裂くと同時に弾けた刀で、無理やり横への薙ぎ払い。直刀で受け止め、その衝撃に乗り、大きく後ろへと下がって距離を取った。

 

(一発が重てぇな!?)

 

(これも躱すか。)

 

一旦距離が開いた。女がより表情を厳しくし、殺気が増す。

 

(こんな所で死にたくはないからなぁ。三十六計逃げるに如かずと行きたいが・・・さて、どこまで耐えられるもんか・・・。)

 

徐庶も深呼吸。自身の中にある何かを一段階、上へと切り替えた。




本気と書いてマジって読む?


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第5話 出会い その1

連休終わるんで、次回から更新頻度が激減します。
当面の目標は週に1〜2程。


ここからは、ひたすら一方的だった。一方的に女が攻撃をし続けた。だが徐庶はそれを躱し、受け流し、防ぎ、そしてまた躱す。

 

(こいつ・・・!)

 

女が苛立ち始める。

徐庶は元々撃剣の使い手である。普通の剣よりも少し短めの剣。その小回りの良さを最大限に発揮し、防御に徹していた。

それだけではない。回避の中でわざと隙を作っているのだ。当然優れた戦士である程、その隙を逃さず攻撃を加える。だが、来るとわかっている攻撃ならば当然受けれるし、躱せる。

 

(けど、これ以上躱し続けるのは体力的にキツイんだが!?)

 

呼吸が乱れ始めた。振るわれる刀が頬をかすめ、服の裾を切り裂く。

これ以上は長く持たないだろう。内心焦り始めたところで銅鑼の音が聞こえた。互いに剣を止め、距離を取る。

 

(あれは・・・都尉か県尉か知らんが助かったな。)

 

徐庶が相手に悟られない様に安堵する。逆に相手の女は少し悔しそうな表情をした。

 

「ここまでか。仕留められなかったのは口惜しい・・・いや、寧ろ良かったのかもしれん。大人しく捕らえられろ。」

 

そう女が言った。そこで徐庶は首をかしげる。

 

「なんで俺が捕まるんだ。」

 

「なに?貴様、この状況で白ばくれる気か。」

 

若干驚き、女が周りの死体を指す。ここで徐庶は察した。

 

「もしかして、お前らじゃなくてこいつらの方がが江賊だったのか?」

 

「なん・・・だと・・・?」

 

「俺は向こうの港で途中まで乗せてくれって頼んだだけだ。こいつらの仲間じゃねーよ。」

 

先の銅鑼を合図に女は殺気を引っ込めていた為、こちらも敵意がない事の証として、そう言いながら徐庶は剣を納刀し、地面に置いた。

襲われる心配がない以上、どうやらもう抵抗する意味は無さそうだ。

 

「・・・一応武器は預からせてもらう。」

 

バツが悪いのか、微妙な表情で女は徐庶が置いた剣を手に取った。

徐庶はそのままその場に座り込む。一気に全身の気が抜けた様だ。

 

「はー・・・キッツ・・・。」

 

部下であろう者たちに指示を出しながら、女は徐庶の方を見る。

 

「貴様、その服の中の物も全て外せ。」

 

「・・・やっぱり?」

 

羽織っていた上着を脱ぐ。その内側には小さな直刀、いわゆるナイフの様な物が数本。ズボンの中にもやはり数本。

取り出した刃物を一枚の布でまとめて差し出した。

 

「これで全部だ。嘘じゃないぞ。」

 

それを受け取る女の後ろ。部下の者たちが死体を一箇所にまとめていると、先程の銅鑼を鳴らしていた船が接舷してきた。その船の旗印には『孫』。

 

(おいおい、江東の虎かよ。)

 

意外な大物に冷や汗を流す。その船から2人、金属の爪のついた板で船をつなぐ様に作られた橋の上を歩いて移って来た。

1人は眼鏡をかけ、長い髪を靡かせる女性。その背後に立つのは、自身の妹弟子の背を少し高くし、身体の起伏を大きくした女性だった。




ここの徐庶は武力70後半ぐらい。


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第6話 出会い その2

徐庶の真名に関しての御意見ありがとうございました。
それに伴い、1、2話を書き換えましたが、ぶっちゃけ読み直さなくても問題ないです。


(あ、多分この人が朱里の姉ちゃんか。)

 

やはり姉妹だ。顔はかなり似ている。身体つきは全然違うが。

 

「ご苦労。やはり今回も抵抗されたか。」

 

重ねられている死体を目にし、メガネの女性が嘆く。そして徐庶を見た。

 

「それで、此奴はなんなんだ?」

 

当初の予定では、無抵抗なら全員捕縛。そうでなければ・・・。

故に1人生き残って地面に座らせられているという事は想定していなかった。

 

「・・・本人曰く、奴らの仲間では無いそうですが。」

 

「江賊とは知らず同船してしまいました。そちらに要らぬ手間を取らせてしまった様で申し訳ない。」

 

立ち上がり揖礼をとった。そしてそのまま後ろ側に立つ女性を見る。

 

「人違いなら申し訳ないが、もしかして諸葛瑾殿では?」

 

「何処かでお会いしましたか?」

 

問われた女性が首をかしげながら答えた。それを見て、徐庶は微笑んだ。

 

「妹とよく似ていますね。水鏡先生の下で共に励んでいました。徐庶と申します。」

 

懐に入れていた、司馬徽からもらった一枚の木簡を見せる。

諸葛瑾が口元を押さえながら驚いた。

 

「あなたが朱里の言っていた徐兄ですか。」

 

微笑みながら諸葛瑾が手を出してきた。徐庶がそれ握り返す。隣にいた女性が首を傾げながら諸葛瑾に尋ねた。

 

「妹の知り合いなのか?」

 

「はい。妹が行っている私塾の学友ですね。とても優秀な方ですよ。」

 

「買い被らないでください。あいつの方が何倍も優秀ですから。」

 

諸葛瑾が手を合わせながら微笑み、まるで自分の事のように話す。徐庶は照れ臭くなり、明後日の方向を見ながら頬をかいた。

 

「ふむ・・・私は周公瑾。どうやら迷惑をかけてしまったようだ。子瑜の妹の知り合いという事なら、色々話したい事もあるだろう。こちらで一泊宿を貸そう。どうだろうか?」

 

(周公瑾・・・周瑜!大物が出たな。あわよくば揚州の話が聞けるかもな。その分、荊州の話を聞かれるだろうが・・・まぁ、劉表に義理は無しな訳で・・・。悪い取引じゃねぇな。)

 

周瑜。字を公瑾。江東の虎と呼ばれる孫堅の元で水軍の一団を任されている人物だ。

そんな人物が目の前に現れた事に僅かに驚き、一瞬の考察と結論。徐庶はその申し出を受ける事にした。

 

「公瑾殿、その前に少しよろしいでしょうか。」

 

そう言って女が周瑜の耳元で何やら話す。それを聞いた周瑜は僅かに驚き、徐庶を見た。

 

「わかった。興覇、済まないが後始末を頼んだ。」

 

「ハッ!」

 

興覇と呼ばれた女が、受け取っていた武器を徐庶へと返し、部下たちへと向かう。徐庶は一言断ってから、船内に置いていた荷物を背負って周瑜らに続いて船を移った。



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第7話 呉下の阿蒙

直ぐ近くにあった街。都市と言うには少し小さいがしっかりとした城壁に囲まれた街だ。その門の所に数名の兵と、それをまとめているであろう将が2人。

少し幼さが残る青年の男女。少し長い髪の男と、団子状にまとめた後ろ髪、両腕が完全に隠れる程の長い袖の女。

 

「お疲れ様でした。今回はあまり良くなかった様ですね。」

 

青年が一歩前に出た。そして徐庶を見る。

 

「そちらの方は?」

 

「徐庶殿だ。子瑜の妹の学友だそうだ。賊に巻き込まれる形になってしまってな。朱治はこのままここで待機。甘寧が戻ったらそれの手伝いを頼む。呂蒙は私達と共に来い。」

 

そのまま周瑜を先頭に案内された部屋。侍女が持って来たお茶を飲みながら話しをする事になった。

今、周瑜はここを中心に江賊の取り締まりと水軍の調練を請け負っているとの事だ。

 

「私はその補佐を務めています。先の女性は甘寧将軍。元江賊なんですが所謂義賊で、他の江賊から略奪した物を色々な村に届けたりしてました。だから彼等の行動がある程度予想できるそうですよ。」

 

「成る程。通りで船の扱いに慣れている様でした。江賊の者達を捕縛しようとしたのは兵への登用及び抜擢ですか。」

 

諸葛瑾と徐庶の会話を聞きながら、周瑜は頷く。

 

「まだまだ我々には人手が足りんのでな。特に船を手足の如く扱える様な水兵を育成するには金も時間もかかる。その点、江賊は一人一人の技量が一定水準ある。

だが、民の事を考えるなら、有無を言わさず軍を動かして手早く討伐すべきなのだろうがな。」

 

甘寧が良い例で、江賊も一枚岩ではない。それぞれ勢力があり、それを一つずつ力量を確認する様に時間をかけて討伐しているのだ。

 

「・・・遠い目で見るならば、今のうちにしっかりとした戦力を持つ事は、未来で国を守る事に繋がります。それに少しずつでも討伐は進んでいるのでしょう?ならそれで良いじゃないですか。」

 

「そう言ってくれるならありがたい。この辺りでは、やはり船がないと不便が多くてな。元々扱いに慣れている者も多いのだが・・・。」

 

揚州での移動手段、それに伴う人員や金銭、民間でのおおよその船の数等、軍内部とは直接関わる話を意図的に避けているのだろう。だが、徐庶にとってはそれだけでもかなり有用な話だった。

 

「っと、すまないな。少し一方的に話しすぎてしまった。申し訳ない。」

 

周瑜が頭を軽く下げる。徐庶は微笑みながら手を振った。

 

「お気になさらず。こちらとしては中々有意義な話でしたよ。俺がいた荊州では、民間の船はそれ程多くないですから。」

 

お返しにと、荊州では船はあるがそれが主ではない事、昔から学問や文芸が盛んである事、そして『劉表が軍備をやや疎かにしている事』を話した。

 

「最も、過激派は何処にでもいる物、黄祖将軍や蒯越という方はどちらかといえば軍事よりですね。」

 

現段階で徐庶が知り得る情報。だがそれは、他の勢力では知り得難い情報だ。平然と話す徐庶に周瑜と諸葛瑾は驚いた。

 

「そんな話を私達にして大丈夫なのか?」

 

「お気になさらず。一宿一飯の恩という事で。」

 

ニコッと微笑む徐庶に、周瑜と諸葛瑾は顔を見合わせ笑うしかなかった。

 

「中々食えない方だ。」

 

「周将軍には劣ります。」

 

「嫌味にしか聞こえんな。」

 

そう言って声を出して笑いあった。

その後も、互いにいくつか話をしあった所で、徐庶は諸葛瑾の案内で部屋を出た。

残された周瑜と呂蒙。

呂蒙は途中までは必死に話を聞いていたが、途中から頭が限界を超えたのであろう、ポカーンとしていた。

 

「亞莎、大丈夫か?」

 

「は、はい。途中までは・・・。」

 

「フフ。そうだろうな。あの者、武もそれなりだが、それ以上に知にも政にも優れている様だ。是非うちに欲しかったのだがな。」

 

周瑜が少し残念そうに微笑んだ。呂蒙がキョトンと首をかしげる。

 

「勧誘しないのですか?」

 

「こちらが欲している情報をあえて話した上で、『一宿一飯』と言った。明日の朝にはここを立つつもりなのだろう。仕官する気がない証拠だ。」

 

そう周瑜に言われ、やっと気が付いてハッとした。

 

「お前も、しっかり学べ。一角の将となるには武だけでは駄目だぞ。」

 

そう言われた呂蒙は力強く頷いた。




これから必死に勉強した呂蒙は目を悪くして眼鏡をかける様になったとさ。


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第8話 北上

翌朝。軽い朝食をいただき、部屋を出た。周瑜も諸葛瑾も仕事が忙しいのか、侍女から言伝で見送りの言葉をもらった。

そして門へと差し掛かる。

 

「・・・俺の無罪は証明されたよな?」

 

そこに立っていたのは甘寧だった。壁に寄りかかり、腕を組んでいる。その表情は読めない。

 

「公瑾殿から話は聞いた。本当に仕官する気は無いのか?」

 

「まだまだ見聞の旅の途中なのでな。あいにく、誰かを君主として仕える気は無いんだ。」

 

微笑みながらいう徐庶に、甘寧は目を閉じ小さく息を吐いた。そして城内へと歩き出す。

そのまま立っている徐庶の隣で止まった。

 

「次に会うときは、敵で無い事を祈っている。」

 

そう言い残し、歩いていった。

 

(・・・おお、怖い。下手すりゃ次に出会った時に首斬られるんじゃないか?)

 

思わず苦笑いをしながら場外へと出ていった。次の目的地はとりあえず北上しながら考える。

 

 

 

その結果である。

 

「迷った。さっきの道右だったかなぁ・・・。」

 

道中で道が分かれていた。荊州を出る時に買った地図の範囲にギリギリ入っている道だが、地図には分かれ道などなかった。

どっちか迷い、なんとなくで左を選んだ結果がこれである。段々と道が細くなり、既に今は獣道状態だった。

辛うじて歩くことができる程度。一応人が通った様な形跡はある。

それからしばらく歩くと、人の声が聞こえた。

 

(3人?女の声だ。もしかして迷い仲間か?)

 

丁度道形に進むと声の方だ。そのまま近付くと、すぐに3人の女性が見えた。

先が二又になった赤い槍を肩にかけ笑う者。頭に何かのせて何故か眠そうな者。そしてその2人に少しイラついた様な眼鏡をかけた者。

 

「おっと。稟があまり大声で怒鳴るから人が来たぞ。」

 

「怒鳴らせたのは誰のせいですか。」

 

稟と呼ばれた女性がため息と共に徐庶を見る。

 

「申し訳ない、旅の方。実は幽州の方に行きたいのだが迷ってしまいまして。」

 

「ああ、奇遇だな。俺も北に行きたいんだが迷ってしまってな。」

 

僅かな沈黙。そして互いに溜息を吐いた。

 

「情報を整理しよう。俺は揚州方面から北上してきた。そちらさんは?」

 

徐庶がしゃがみ、懐から取り出した小刀で地面に大雑把な大陸を書く。それを見た稟と呼ばれた少女もしゃがみ、徐庶が差し出した小刀を受け取った。

 

「私達は徐州から来ました。」

 

地図に線を引き、徐州、揚州そして豫州を書き込む。

 

「ふむふむ、そちらの武芸者はともかく、2人は健脚ではなさそうだが・・・。」

 

「御心配には及びません。これでも旅は長いので。」

 

徐庶の心配を表情を変えることなく答えた。その雰囲気は、どちらかといえば徐庶が苦手な部類だった。

 

「そりゃ失礼。という事は、おそらく豫州の沛県には入っていると思うから。」

 

「おおよそこの辺りですね。」

 

互いに目を合わせて頷く。2人の意見が一致した。

 

「そんじゃあ、せっかくなので旅のお供という事で。」



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第9話 出会いその3

「改めまして。俺の名は徐庶。よろしく。」

 

太陽の向きで方角を確認し、北へと向かって歩き始めた4人。そこで徐庶が名を名乗った。

 

「私は戯志才と申します。」

「程立といいます〜。」

「私は趙雲だ。」

 

順に3人も名を名乗った。どうやら3人も旅の理由は徐庶と同じ様な物だった。少し違うのは、3人は仕える主君に足る人物を探しているという事だった。

 

「徐庶殿は誰かに仕える気は無いのですか?」

 

戯志才の問いに徐庶は少し困った様に笑う。

 

「正直考えてない・・・と言ってしまったら嘘だな。ただ、自分がまだ納得できる様な『答え』が出ないうちは、誰かを主人として仕える事はしたく無い。」

 

「答え・・・ですか。」

 

程立が首を傾げた。趙雲も少し難しい顔をしている。

 

「あー・・・まぁ、なんて言うか。昔ちょっと色々やらかしてしまってな。それで何が正しいのか、わからなくなってしまったんだ。」

 

苦笑いをしながら頭を掻いた。

 

「それで、自分の中で胸張って『正しい』って言えるなにかが見つかるまでは旅をしようかってな。」

 

「何が正しいか・・・ですか。難しいですね。」

 

戯志才が顎に手を当てる様にしながら呟いた。逆に趙雲は笑う。

 

「正しいかどうかは他人が決める事。要は、自分の正義を信じれば良いだけでしょう。」

 

「ま、それができれば1番なんだろうがな。」

 

趙雲の答えは徐庶もわかっている。だが、それが何より難しい。

 

「趙雲さんはその辺りは凄くしっかりしてそうだな。」

 

「当然。我が槍には偽るものも、隠す様な事も一切ありはせぬ。」

 

そう言ってニヤッと笑ってみせた。

 

「それで、その槍に叶う様な人物はいたか?徐州なら陶謙だっけ。」

 

徐庶の言葉に、趙雲は困ったような笑みで首を振った。同様に戯志才と程立も微妙な顔をする。

 

「最近派遣されてきたばかりの方ですからね。やはり地元豪族達とのいざこざに手を焼いてました。」

 

「どうも動きが遅く、その程度の御仁、と言う事ですね〜。揚州の方はどうでしょう?」

 

程立に聞かれ、徐庶は悩んだ。あの時は、互いの利という事でいくつか話あったが、それをここで他人に話す事に抵抗があった。

 

「運良く、周公瑾と出会って話ができた。詳しい事は省くが、あれ程の人が支えるのだから、孫堅は間違いなく大物だろうな。」

 

なので人物評のみ話す事にした。だがその名前を聞いただけで、やはり3人とも僅かに表情を変える。

 

「彼女がいる以上、孫家の中での立身出世は多少難航するかもな。」

 

「成る程。仕官云々は置いておいて、揚州の方も一度行ってみないといけませんね。」

 

「その前に先ずは無事に山を抜けないとなぁ・・・。」

 

そう言って徐庶は溜息を吐いた。



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第10話 黄色い布

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戯志才ら3人と出会ってから数日。通り掛かりの村で食料の補充(なぜか徐庶が荷物持ち)をしたり、途中で20人ほどの賊と何度か出会った(が、それらは全て趙雲一人で蹴散らした)。

 

この日もやはり少数の賊に絡まれていた。

 

「おうおう、兄ちゃん。美女を3人も連れて羨ましいねぇ。そいつら俺達に譲ってくれないかなぁ?」

 

「どうぞどうぞ・・・。この娘に勝てたらね。」

 

ニヤニヤと下品な笑みを浮かべる厳つい男に、呆れた顔で趙雲を差し出した。趙雲は膝から崩れ落ち、ヨヨヨと涙を流す。

 

「酷いです旦那様!私はもう用済みなのですか!?あれだけ熱い夜を共に過ごしたというのに!」

 

「確かに昨日は熱帯夜で暑い夜だったなぁ・・・。」

 

「あー、これでお兄さんの鬼畜っぷりが知られてしまいましたね〜。」

 

「女で非力だからという理由で、荷物を全て俺に持たせる様は確かに鬼畜だなぁ。」

 

「徐庶殿との熱い夜・・・ふ、ふふふ・・・。」

 

「おいコラ戯志才、変な妄想すんなよな。」

 

「旦那様は私達の事が嫌いなんですか!?」

 

「うっせえな。本当に嫌いだったら数日も一緒に旅なんてしねぇよ。」

 

「「「「・・・ハッハッハッハ。」」」」

 

「ふ、ふざけんな貴様ら!」

 

顔を真っ赤にして男が剣を抜き振りかぶった。その男の腹に、徐庶が投げた趙雲の紅の槍が刺さる。サッと趙雲が槍の柄を掴みながら立ち上がり男を蹴った。

血飛沫と共に抜かれた槍を左右へと振るう。

ものの数分で10を超え得る屍が積み重なった。

 

「遭遇する回数が増えてきましたな。」

 

槍を拭いながら趙雲が呟く。3人も同じ様に考えていた。だが、これは『幽州に近付いたから増えた』とは言い切れない。

 

「ここ最近、彼方此方で山賊やら江賊やらの話を聞きます。王朝の求心力が弱まっている証拠でしょう。」

 

(それを考えると、荊州って結構平和だったなぁ。)

 

少し前迄の生活を思い出しながら遺体を調べる。長い旅をしている場合、野盗や山賊から何かを得るのもやむを得ない。

 

「やはり、こいつらもだな。」

 

「黄色い布・・・ですねー。」

 

腕、頭、わかりにくい場合は懐の中等、皆何処かに黄色い布を巻くか、持つかしていた。

 

「何らかの徒党を組んでいるもの達、という事だろうか?差し詰め黄巾党とでも呼ぼうか。」

 

趙雲が足元に落ちていた布を拾ってヒラヒラと振りながら笑った。

 

「だが、10や20程度なら大した事はないが、百、千。下手すりゃ万となると馬鹿にはできねぇぞ。」

 

「そうですね。なるべく早く何処かに大きな街に入った方がいいでしょう。」

 

4人で頷き、足早に涿郡へと向かった。そして3日後。新たな賊と遭遇する事なく、日が沈み切る前に無事に城壁に囲まれた街にたどり着いた。

 

「街が近付くに連れて治安が良くなってるみたいですねー。」

 

程立が周りをキョロキョロしながら言った。この街にも軍が配備されている様で、ある程度しっかりした治政が行われている事がわかる。

 

「ふむ。路銀も心許ない。ここいらで暫く稼ぐのも良いかもしれんな。」

 

そう呟く趙雲に、戯志才と程立は顔を見合わせて首をかしげた。

 

「私達はまだ大分余裕があるのですが?」

 

「・・・何?」

 

「星ちゃんはメンマを買いすぎなんだと思いますよ。」

 

「道中でも行商人から買い占めてたからなぁ。」

 

「あの行商人が悪いんだ。あんな美味いメンマを食べさせられたら、買い占めざるを得ないではないか。」

 

呆れる徐庶と程立。趙雲が口を尖らせ文句を言った。

 

「とりあえず、日が落ちきる前に今日の宿を決めようぜ。」

 

徐庶を先頭に街の中央部へと進んで行った。



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第11話 見聞

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翌朝。貴重品だけを身に付け街へと出た。各々が自由に街を見て歩き、情報を集めることになった。

 

(やはり米の相場が荊州よりも2割ほど高いな。麦は大体同じぐらい・・・。うわ、粟の値も上がってるな。こっちって南より麦とか粟って安いんじゃなかったっけ。何かあったのか?)

 

市場で食料品の値を確認し、首をかしげた。店主に声をかける。

 

「ああ、太守様の命令で兵糧として買い上げられてるんだ。そんで量が減ったから値を上げたんだよ。」

 

「ふーん。戦・・・いや、賊の討伐か?」

 

「さぁ。そこまでは知らんよ。」

 

店主に礼を言い、粟を購入して別の店に向かった。そこでも色々話を聞くが、やはり軍備としていくつか買い集められているという事だった。

 

(ふむ・・・。こりゃ面倒に巻き込まれる前にここを離れるか、逆に面倒ごとが終わるまでここに止まるべきか?)

 

店に売られていた焼き鳥の様なものを口にしながら考える。ふと目線を向けると程立が猫と話をしていた。

 

「よう。なんか面白い話でも聞けたか?」

 

「ああ、お兄さん。このお猫さんは、最近食べ物が手に入りにくくなって大変だそうですよ。」

 

徐庶に声をかけられ、ぽけ〜っと顔を上げながら程立が答えた。

 

「お前、猫の言葉がわかるのか?」

 

「何をおっしゃりますか、わかるわけが無いのですよ。」

 

平然と答える程立に、思わずこけそうになる。

 

「まあいいや。ここの太守、公孫瓚だったな。どうやら近いうちに賊討伐の軍を動かすみたいだぞ。」

 

「ほうほう。みたい、とは曖昧ですね。食料や武器の買い集めでもしてましたか。」

 

「正解。軍備を整えているが、他州に攻める大義名分がない。なら、相手は賊だろうよ。」

 

食べていた鳥肉の切れ端を放り投げる。それを見た猫が勢い良く駆け出した。それを尻目に場所を移動する。程立も立ち上がり、徐庶についてきた。

 

「戯志才は?」

 

「稟ちゃんとは途中で別れました。しばらくしたら、あっちの方にある茶店で落ち合う予定ですよ。」

 

「よし、そんじゃあ俺も行くから、一回情報の共有といこうか。」

 

「おお、ではお兄さんの奢りですね。」

 

ニヤッとしながら徐庶の腕にしがみついてきた。その姿になんとなく妹弟子2人が思い出される。

 

「・・・路銀が残り少ないんで、程々にな。」

 

 

 

 

 

「成る程。では軍が動くのは確定ですね。」

 

茶店。お茶と、中に刻まれた果肉の入った小さなパンの様な菓子が置かれた机の囲う様に3人で座る。

 

戯志才の話では、数週間ほど前に近くの山に賊の集団が住み始めたという話だ。

 

「ここの城主が太守に要請したのが10日ほど前だそうです。それから直ぐに追加で兵糧などの用意を始めたのでしょう。」

 

「物価が少しだが上昇したのはそれが原因だな。要請を受けて直ぐに動くとは、中々民思いの太守様だ。」

 

「では、2、3日中にここに軍が入城してくるかもしれないですねー。それまでにここ、出ますか?」

 

菓子を口にしながら程立が首を傾けている。面倒ごとが嫌なら、戦の前に離れるべきだろう。程立の仕入れた情報では、商人達の何人かは、既に隣の街へと一時的に避難しているらしい。

 

「私としては、ここを離れるべきだと思います。賊の討伐なら、他所の州から来た我々も謂れのない拘束をされる可能性がありますから。」

 

事実、この街に入る時も、色々手荷物を検査されたりと、入るだけでも時間がかかった。もし何か問題が発生したら疑われる可能性は大きい。

 

「・・・路銀に不安があるんだが?」

 

先立つものが無いなら、ここを出るのは厳しい。趙雲同様、徐庶も実は懐的には結構キツい。

 

「ふむ・・・この後宿でどうするか話し合いましょう。最悪、ここで離れ離れもやむなしです。」




野良猫や野良犬、野生動物に餌を与えるのはやめましょう。


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第12話 別れ

夕暮れ。宿に戻る。趙雲もすでに戻っていた。

 

「どうでしたかな?何か情報は。」

 

窓際に腰掛ける趙雲。背後から差す夕暮れの光が、悔しいが中々様になっている。

 

「そうですね。今後のことも含めて話し合いましょう。」

 

戯志才が徐庶らが集めた情報をまとめて話す。それをうんうん言いながら趙雲は聞いていた。一通り話を聞き、そして出た結論。

 

「では、残念だがここでお別れだな。」

 

あっさりとそう言い切った。

 

「そうですね。我々は明日の朝、ここを出る商人達に同乗させてもらって発ちます。」

 

そしてあっさり返した。

 

「おいおい、それでいいのか。」

 

思わず徐庶が声を出す。それをキョトンとした顔でこちらを見る3人。だが戯志才が直ぐに察した。

 

「元々、我々は道中でであっただけの仲なので。最初から3人で一緒に旅をしていた訳ではないのです。」

 

察した戯志才が少し苦笑いしながら徐庶に話した。趙雲も頷く。

 

「別れる理由がなく、そのまま共に旅をしてきたが、同行出来なくなってしまったになら、無理に合わせる必要はなかろうさ。」

 

「そもそもお兄さんも同じ様な感じじゃないですか。」

 

「・・・そりゃそうだ。」

 

程立に言われ、納得した。確かに自分も途中で出会っただけだった。自分と出会った時の様な事が前にあって、そのまま道中が一緒だったのだろう。

 

「で、お兄さんはどうしますか?私達と一緒に出るか、それともここに残るのか。」

 

程立にたずねられ、少し考える。食料は買った。路銀もまだ少しだがあるにはあるが。

 

「俺ももう少しここに残るかな。懐が割と寂しいしな。」

 

人手が減っているだろうから、日雇いの仕事も直ぐ見つかろうだろう。一層の事、賊の云々が終わるまでここに留まるのも吝かではない。

 

(少し気になることもあるしな。)

 

「そうですか。仕事の当てはあるのですか?」

 

戯志才に問われ、趙雲と顔を見合わせる。

 

「賊討伐があるなら、客将として腕を売ろうと思う。それが1番早くて楽なのでな。」

 

趙雲が立てかけてある槍を指先でなぞった。彼女の腕前なら先ず間違いなく手柄を立てられるであろう。

 

「徐庶殿はどうするおつもりで?」

 

「明日、街に出て日雇いしてくれるとこでも探すわ。荒事は面倒なんでな。」

 

そしてこの日の夜、趙雲の提案で4人は小さな宴会を開いた。そして翌朝、日が登り始めた頃に徐庶が目を覚ました時には、戯志才と程立は既に街を出た後だった。

 

(趙雲は・・・まだ寝てるか。よし、今のうちに出るか。)

 

壁に背を預けてこうべを垂れる様にしている趙雲を確認し、腰に撃剣を挿して部屋を出た。スッと静かに戸を閉める。

 

(・・・朝早くにお忙しい事で。)

 

趙雲も目を開き、小さく深呼吸。立てかけてある槍を手に部屋を出ていった。



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第13話 斥候

濃い緑の外套を羽織り、城門を出て足早に歩く。すぐに道を外れ、木々の中を抜ける。

徐庶にとって幸運だった事は小雨だが、雨が降り始めた事だろう。雨音が徐庶の気配を消してくれる。

 

(・・・この先か。)

 

太い木の幹に懐から取り出したナイフを刺し、足がかりとして上へと登る。太い枝の上にしゃがみ、斜め前方を見ると木の壁の様なものが見えた。

 

(よし、予想通りここからなら一通り見渡せるな。)

 

ざっと目測で数は千人ほどであろうか。木造の塀。小さな小屋。組み立てている途中なのだろうか、柱がいくつか建てられている。小さな陣営の様なものだ。

 

(ここを本格的な陣地とするつもりか?)

 

予想よりも多いが、想定を上回ってはいない。だが、時が経てばもっと人の数が増えるかもしれない。

そして予想が当たった事がもう一つ。

 

(やはり、黄色い頭巾か。)

 

趙雲らと出会ってから遭遇した賊達の共通点。これで一つ確信が得られた。奴らは有象無象ではない。何らかの形で徒党を組んでいる一つの集団であるという事だ。

 

(恐らくだが、他の州にもいるとするならかなり大規模な集団だ。・・・漢王朝詰んだんじゃね?)

 

木の板を一枚懐から取り出し、気がついた事を走り書きで書いていく。

徐庶にとって不幸だった事は、雨が消すのは徐庶の気配だけではなかった事だ。

パキッと枝が折れたような音が聞こえた。

 

(・・・気のせいじゃないな。見回りか?)

 

手を止め耳をすます。雨音に混じって、枝や葉っぱを踏む音。足音だ。雨でわからないが、音の量から3〜5。そしてそれは思った以上に近い。

 

(気付くなよ・・・。)

 

姿が見えた。人数は3。やはり頭には黄色い頭巾。1人は腰に剣。2人は槍。そして運悪く進行方向は徐庶の登った木の方向。

 

「ん?おい、あの木になんか刺さってないか?」

 

槍を持つ男が気がついた。指差す方向に、腰に剣を挿した男が歩み寄ってくる。

 

(あ、こりゃダメだ。仕方ない。)

 

徐庶が小さな溜息を吐いた。

 

「これは・・・短刀か?」

 

男がナイフを抜こうと手を伸ばす。その瞬間、上から人間が降ってきた。

 

「なっ!?ギァ!!」

 

うめき声は一瞬で消えた。何か棒が折れるような音と共に足と腰があり得ない方へと曲がる。

 

「な!?伍長ガッ!?」

 

踏みつけた反動でそのまま前に跳ぶ。直刀をまっすぐ伸ばして相手の喉を一突き。そのまま横になぎ払うように3人目の息の根も止める。

 

(伍長・・・なら周辺にあと最低でも2人!)

 

徐庶はバッと伏せ、耳をすます。だが、雨のせいもあり足音は聞こえない。

 

(・・・よし、逃げる!)

 

木に刺したナイフをパパッと回収して直ぐにその場を離れた。

 

 

 

「なにぃ!?」

 

見張りの3人が何者かに殺された。その報告を受けた程遠志が杯を叩きつけた。部下がビクッとするが程遠志気にすることも無く声を上げる。

 

「官軍が動き始めたか。鄧茂の隊はまだこねぇのか!」

 

「予定ではあと3日の筈ですぜ」

 

側にいた部下がそう伝えると程遠志は舌打ちをした。

 

「この程度の兵じゃあなんにもできねぇぜ。ったくよぉ。だったら近いの村で略奪しておきべきだったぜ。」

 

文句を垂れながら程遠志は酒を呷った。




恋姫キャラが1人もいない!?


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第14話 側杖を食う

徐庶が城へと戻ってきた。雨は上がり、日も真上を過ぎて傾き始めていた。

 

(ふぅ・・・あとはこれをここの太守に売るか。)

 

先の斥候で得た情報。賊達のおおよその数と陣。場所も大体わかった。あとはそれに対応する策でもあれば完璧だ。

 

(まあ、策まで考えてやる義理は無い。)

 

懐から出した木の板。適当に置いてあった椅子に腰掛け、書いてある内容をもう一度確認。一部読みにくかったりわかりにくい所を手直ししていく。

それが終わった頃には日が傾きかけていた。

 

(あ、やべぇ・・・日雇いの仕事してねぇや。ま、いっか。)

 

適当に出店で夕食を済まして宿屋へと戻る。その宿屋の前には兵士が4人ほど立っていた。

 

(うわぁ・・・面倒臭い予感しかしない。)

 

目を合わせないように中へと入ろうとするが。

 

「失礼。貴殿の名前と、何か身分を証明するものを見せて欲しいのだが。」

 

やはり予想通り呼び止められてしまった。面倒なことになりそうだ。

 

「あー、名前は単福。身分を証明するものは部屋にあるんだが、取ってきても良いか?」

 

「わかった。私が同行する。お前達はここで待て。」

 

兵士の1人が付いてくる。階段を上がり、二階の部屋まで来た。

 

「ここだ。ちょっと待っててくれよ。」

 

部屋に入ったら荷物を持ち、窓を開けて飛び降りる。後はひたすら走って追手を巻く。そのままこの街を出るべきか。

そこまで考え、扉に手をかけた。

 

「この部屋という事は、貴方が趙将軍の同行者ですね。将軍が政庁でお待ちです。」

 

その言葉を受けて徐庶は思わず顔を覆って俯いた。

 

(趙雲の奴、俺を巻き込みやがったな!)

 

「一応聞きたい。拒否権は?」

 

「? 趙将軍の御仲間なのでしょう?既に給金を将軍が受け取っておりますが。」

 

「よし、わかった。案内してくれ。とりあえず一回ぶん殴りに行くわ。」

 

 

 

 

 

「おお、徐庶殿。遅かったではあr「よし、歯ぁ食いしばれ!」

 

兵士に案内され、政庁へと来た徐庶。門をくぐって直ぐの広場にいた趙雲へ問答無用に殴りかかった。

趙雲はそれを掌で受け止め、あっけらかんと笑った。

 

「まあ、良いではないか。扱いとしてはあくまで客将、ここでちょちょいと手柄を立てれば直ぐに路銀が稼げる。悪い話ではあるまい?」

 

溜息を吐きながら徐庶が手を引く。

 

「良い話でもねぇよ、このやろう。しかし、いきなり将軍呼びとは恐れ入った。何をやったんだ?」

 

「なに、容易いことさ。」

 

趙雲がクイっと顎で指す。そこには数十名程の兵がうつ伏せで息を切らしていた。

 

「ちょうど太守の公孫瓚殿が到着していたのでな。腕を買って欲しいと声をかけた所、その腕前を見せろという事で軽く捻ってやった。」

 

(兵士に同情するわ。)

 

思わず苦笑いしてしまった徐庶。気を取り直して懐から木簡を取り出した。

 

「とりあえず、ここでは俺を徐庶と呼ぶな。単福と呼んでくれ。早速だが、ここに賊の陣容とおおよその兵数や地形についての覚書がある。まずはこれをその公孫瓚殿に渡してこい。その後で、ここにいる将軍級の奴らを集めさせろ。日が沈みきる前に軍議を開いてもらう。」

 

木簡を趙雲に押し付けながら徐庶が一気にまくし立てた。

 

「っと、だがその前に公孫瓚殿に合わせてくれ。ここの奴らが俺の言う事を素直に聞くとは思えんから、先にいくつか伝えとかないと面倒が起こるからな。あとお前が受け取った給金の半分寄越せ。」

 

そしてそのまま建物の入り口へと進む。趙雲がポカンとした顔で徐庶を見ていた。それに気付いて足を止めて振り返る。

 

「・・・なんだよ。」

 

「いや・・・徐、じゃなかった。単福殿、貴殿は私が思っていた以上の傑物なのかもしれんな。」

 

「やめてくれ、柄じゃない。」

 

面倒臭そうに溜息を吐きながら頭をかいた。



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第15話 北方の勇

「私が公孫瓚だ。あんたが趙雲が言っていた連れの者か。」

 

趙雲の案内で部屋へと案内された。そこにいたのは赤い髪のポニーテルの女性。太守としては少し若いような印象を受ける。

 

「単福と言います。(不本意ながら)趙雲(に巻き込まれる形だけど)と共に賊討伐に参加することになりました。よろしくお願いします。」

 

拱手して名を名乗る。チラッと視線を趙雲へ向けると、趙雲は木簡を公孫瓚に差し出した。

 

「この者が朝から賊の所在に関して偵察して来た物だ。目を通して見て欲しい。」

 

太守に対するには随分尊大な態度だが、公孫瓚が気にしていない様なので、あえて口は挟まない事にした。

 

「なんか、発言に変な間があった気がしたんだけど・・・。これは、成る程、凄いじゃないか。これを今朝から今までの間でまとめたのか。」

 

目を見開き感嘆する。そして直ぐにそばにいた兵に声をかけた。

 

「城主含め、将軍を直ぐに集めてくれ。軍議を開く。」

 

兵が直ぐに走り出した。その間にも公孫瓚は木簡から目を離さない。

 

(ふむ、思ったよりしっかりしているな。流石北方の太守か。)

 

少し感心した徐庶。そして一通り読み終えた公孫瓚が顔を上げた。

 

「単福殿、この賊討伐は出来るだけ早急に治めたい。これに関してあなたの意見を聞きたい。何か策はあるか?」

 

「一応は。ここら一体の地図があれば有り難いのですが。」

 

公孫瓚が一枚の紙を机に広げる。その中にある一つの街がちょうど机の真ん中に来る様に動かした。

 

「ここが丁度私達のいる場所になる。単福殿が特定した賊の陣はこの森の、この辺りに当たるか?」

 

その地図の上に公孫瓚が駒を一つの置いた。徐庶が頷く。

 

「こちらの戦力は如何程で?隊を率いれる将の数も教えて頂ければ。」

 

「ここの全戦力の兵なら、全部で三千。だが幾らかはここに残さねばならないから、動かすなら二千五百。うち騎馬が千三百。部隊を指揮する事ができるのは、君達2人と私も含めれば、全部で5名だな。」

 

地図上に駒を並べながら公孫瓚が説明した。

 

「生憎、私は将軍の器では無いので、含まないでいただきたい。趙雲は?」

 

「問題ない。騎馬でも歩兵でもどちらでも構わんぞ。」

 

ニヤッと笑う趙雲に徐庶は頷いた。そして思考を回転させ、地図上の駒を手に取った。

 

「では、現状可能であろう策を二つほど。」

 

駒を地図上に置きながら徐庶が話す。趙雲と公孫瓚は頷きながら、時折疑問を口にする。それに徐庶は1つずつ丁寧に答えて言った。

 

「・・・驚いた。やはり徐・・・単福殿は私が思った以上の人物だった様だ。」

 

「ああ。これなら、明日1日で討伐出来るかもしれない。」

 

「買い被りすぎです。この方法では全滅は出来ない。あくまで短期決戦で砦を落とすだけですから。」

 

苦笑いしながら首を振る徐庶。だが公孫瓚は笑顔で手を差し出した。

 

「それでも、これでここの街の人達の安全は守られる。ありがとう。君がこの場にいてくれて助かった。」

 

「礼を述べるのは全てが上手くいってからにして下さい。」

 

そう言いながらも、徐庶も笑顔で手を取った。



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第16話 初陣

翌朝。公孫瓚を中心に合計千五百の兵が城門をくぐる。

 

「では、我々は予定通り。」

 

「ああ、頼んだよ。」

 

公孫瓚に拱手した趙雲は颯爽と白馬に、徐庶は栗毛馬またがって門を出る。同時に公孫瓚とは違う方向へと駆けていった。

 

「あの者達、本当に信じて良いのでしょうか?」

 

公孫瓚の隣で槍を肩にかけた男が疑念のこもった目で走り去る趙雲らを見た。

 

「まぁ、大丈夫だろう。それより、厳綱。先鋒は予定通り頼むぞ。」

 

「承知。」

 

公孫瓚に頭を下げ、厳綱は部隊の先頭へと駆けていった。

 

 

 

 

「ほう、太守自らか。中々骨のある奴じゃないか。よし、こっちも迎え撃つぞ!」

 

知らせを聞いた程遠志が杯を投げ捨て、立て掛けてあった大刀を手に取り、部屋を出た。そして大声を上げる。

 

「野郎ども、官軍がくるぞ!返り討ちだ!俺に続け!」

 

大刀を振り回しながら威風堂々と歩く姿に呼応する様、様々な声が上がり、ある者は馬に跨り、またある者は槍を手にと、統一感の一切ない千三百が砦を出た。

 

日が真上になる頃。左右に木々が生い茂った通りで公孫瓚は正面から迫る軍勢を捉えた。

 

「よし、単福殿の言っていた通りの場所で会敵出来たな。」

 

安堵の息をつく。それと同時に厳綱が槍を振りかざした。先頭の七百の騎馬が一斉に駆け出す。

 

 

 

「洒落臭い!官軍なんぞ蹴散らしてしまえ!」

 

程遠志が声を上げると同時に、左右の木々から銅鑼の音と共に歓声が上がった。そして複数の旗が立ち上がる。舞台に一斉に動揺が走った。

 

「伏兵!?」

 

「か、囲まれてるぞ!?」

 

「やばい!」

 

「・・・怯むな!あれは偽者だ!実際に兵はいない!」

 

混乱しかけた部隊を周りを見た程遠志が一喝した。まだ僅かに動揺が残るが、多少落ち着く。

 

「か、頭!ですが!」

 

「よく見ろ!声だけで姿が見えん!もし本当に伏兵ならとっくに攻撃されてらぁ。あんなもんは虚仮威しだ!」

 

程遠志の言葉通り、声や銅鑼だけで、矢の一本も飛んでこない。あちらこちらから安堵の声が溢れると同時に士気が上がる。

 

「小賢しい真似しやがって。行くぞ野郎ども!突撃じゃあぁ!」

 

大刀を振りかざし、程遠志が先頭で駆け出した。周りの者も声を上げながら走り出す。その姿を木々の隙間から覗く。

 

「よしよし。そんじゃあ予定通り趙雲のところまで行きますか。」

 

途中で趙雲と別れた徐庶が、側にいた兵に指示し、馬に跨った。指示を受けた兵が向かい側にいる単経に赤い旗を振る。頷いた単経が頷き、背後の兵に伝える。この辺りで最も高い位置にある木の上で兵が赤い旗を振った。

 

 

 

「旗だ。あれは赤だな。厳綱に伝令!部隊を下げる!」

 

公孫瓚は兵に指示し、部隊を魚鱗の形にまとめた。

 

 

 

「よし、赤だな。では諸君!ここからは手柄の立て放題だ!共に駆けようではないか!」

 

趙雲が槍を掲げ、馬腹を叩く。それに続いて五百の騎馬が一斉に駆け出した。

 

 

 

「ハッ、既に逃げ腰とは情けねぇな!者共、進めぇ!」

 

意気揚々と声を荒げる程遠志。そこに兵が1人慌てながら走ってきた。

 

「か、頭ぁ!う、後ろ、後ろ!」

 

指差す方を見ると煙が上がっているのが見えた。程遠志の顔が青くなる。その煙が上がっている場所。それはーーー

 

「わ、わしらの砦の方か!!」

 

全体に動揺が広がる。そしてそれに合わせる様に、先ほど無視した左右の木々から、歓声と共に矢が降り注いだ。

 

「!?ば、馬鹿な!あれはただの虚仮威しじゃなかったのか!!」

 

周りの兵がバタバタと倒れて行く。それどころか、先ほどまで及び腰だった官軍達が一気にこちらへ突っ込んでくるではないか。

 

「く、クソッタレがぁ!」

 

こうなってはどうしようもない。程遠志は方向転換し、既に焼け落ちているであろう砦の方に走っていった。



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第17話 天の御使い

顔見せだけだけどね。


「ち、畜生!それもこれも、鄧茂の所為だ!あの野郎が来てりゃあこんな事にはならなかった!」

 

僅かの部下を率いて走る。煙が上がっている砦は目前だ。だが、その煙の量から考えると、今更戻っても何もできないだろう。

 

「クソぅ・・・!こうなったら、ここを捨てて隣の・・・冀州か并州で他の奴らと合流するかな・・・。」

 

「ほう。他の州にもいるのか。是非詳しくお聞かせ願いたいな。」

 

突然の声に驚き振り返る。そこには赤い二股の槍を構えた妙齢の女性は微笑んでいた。

官軍ではないと思い、ホッと胸をなで下ろし、思わず笑みを浮かべる。だがその笑みはすぐに凍りついた。

 

その女性の足下には、先ほどまで自分の後ろを追いかけていた男達。

 

「あ、あ・・・。」

 

「どうやら貴殿があの砦の将の様だな。どうする?せめて一矢報いるか?」

 

「あ・・・ぐ・・・あああああ!」

 

「遅い!」

 

大声をあげて大刀を振りかざす。だがその刀は、握られた腕と共に明後日の方向へ飛んで行った。そしてそのまま胸を一突き。

 

肘から先を無くし、胸から血を流しながら、程遠志はその場に崩れ落ちた。

 

「っと、しまった。捕らえて色々聞くべきだったか。まぁ、良い。大将首を上げたのなら、報酬に多少色を付けてくれるかもしれんしな。」

 

槍を振って血潮を払い、肩に担ぐ。振り返った視線の先では、砦を落とした兵達が歓声をあげていた。

 

 

 

「よし、ここにある物資は全て城へと運べ。周囲の警戒は怠るなよ。」

 

砦に入った公孫瓚が指示をする。あっちこっちから煙がまだ上がっているが、焼かれていない小屋の中から物資を部下が運んでいた。

その隣で徐庶が物資の量や内訳を竹簡に書き込んでいた。

 

その公孫瓚の元に趙雲がやってきた。

 

「おお、趙雲。いやぁ今回は本当に助かったよ。」

 

笑いながら手をふる。趙雲も手を挙げた。

 

「ところで、ここの将と思われる男を討ち取ったのだが、特別手当の一つでもでないかな?」

 

趙雲がクイっと首で指す。その方向を公孫瓚が見ると、確かに厳つい男の亡骸が一つ、塀に立てかけてあった。

 

「なんと。うーん、そうだな。処理が終わった後で良ければ追加で何か出すよ。」

 

その答えに満足した趙雲が腕を組みながら笑顔で頷いた。その趙雲の頭を徐庶が竹簡で叩いた。

 

「なんで俺が後処理やらされてんだよ。ほら、そこの倉庫の内訳済んだからあとはあっちのまとめてこい。」

 

竹簡を押し付けられた趙雲が渋々倉庫の方へと歩いて行った。すれ違う兵達が皆ピシッと背筋を伸ばし頭を下げている。その様だけを見るなら、相当立派な将軍に見えるだろう。

事実、この一戦だけで、兵卒の中での趙雲人気は跳ね上がっていた。

 

「単福殿もご苦労だったな。改めて礼を言わせて欲しい。貴殿のおかげで、短時間で片付けられた。ありがとう。」

 

「いえ。実際に動いてくれた兵達の練度、指示をしてくれた将軍達のおかげです。私は大した事はしていませんから。」

 

「そう謙遜されると、逆に嫌味に聞こえるな。」

 

首を振る単福に公孫瓚は笑った。徐庶も笑う。

 

「このまま正規に将官として支えてくれる気はないか?将軍として優遇するが。」

 

「申し訳ないですが・・・。」

 

単福が頭を下げる。間髪入れずに返されてしまっては、どうしようもない。残念そうに公孫瓚が微笑んだ。

そこに駆け込んできた馬から将軍と思われる男が降り、拱手。公孫瓚に報告後、単福に向かって笑みを浮かべた。

 

「やぁ、単福殿!実に見事な策だった!」

 

「ど、どうも。」

 

バシバシと徐庶の背を叩く。少しフラつきながら微笑んだ。だが、男は申し訳なさそうな顔をする。

 

「私は厳綱という。正直に言うと、最初、私は君たちを疑っていた。すまん。」

 

そう言って頭を下げた。慌てて徐庶は肩を取り顔を上げさせた。そして笑顔を向ける。

 

「あなたの判断は正しい。私があなたの立場でも、突然現れた人物の話を簡単には信じない。だから気にしないでほしい。」

 

そう言って手を差し出した。厳綱はそれを見て笑みを浮かべ、互いに固く手を握り合った。

 

 

 

 

 

砦を落とした翌日。とある場所。黄色い頭巾をつけた千人程の集団が歩く。そこに騎馬が一騎駆け込んできた。その男は慌てて馬から降り、その集団の中央へと走っていく。

 

「なんだと?」

 

馬から降りて報せを受けた鄧茂は、耳を疑い思わず聞き返してしまった。ボロボロの姿の男は一度大きく息を吐き、呼吸を整える。

 

「て、程遠志様は討ち取られ、砦は焼かれた。もう、幽州方面への足掛かりは絶たれてしまった!」

 

「信じられん・・・。」

 

公孫瓚が無能とは思っていないが、程遠志も武に秀でただけでなく決して無能ではない、と言うのが鄧茂の見解である。それにもかかわらず、こうも容易く砦が落ちるとは。

 

「・・・仕方がない。このまま進む訳にもいかなくなった。近くの村で食料の調達でもするか。」

 

そう言うと周りの兵らから小さな歓喜の声が上がった。酒だ、肉だと下賎な笑みで嬉々としている。

 

「略奪か。こうなっては見過ごせんな。」

 

突然の声に鄧茂が振り返った。いつの間に合流したのか、全く覚えの無い一団。その先頭にはボロボロの外套を羽織った者たちが4人。そのうちの1人が外套を脱ぎ捨てる。そして手にした偃月刀を振りかぶった。

 

(美しい・・・)

 

靡く、長く美しい黒髪。それが鄧茂が最後に見た物だった。

 

 

 

兵数で言えば、二百対八百。だが勝敗はアッサリ着いた。八百の内、半数以上が討ち取られ、残りは一様に縛られている。

 

「どうしますか?賊の討伐が終わってしまった以上、公孫瓚殿の所に行く必要性が薄くなってしまった様ですが。」

 

先ほど鄧茂を一閃した女性が偃月刀に付いた血を拭う。

 

「だったら、他の所で賊退治なのだ!」

 

小さな少女が、えいえいおーっと自分の身の丈の倍はあろう蛇矛を振り上げた。

 

「うーん、どうしようか御主人様?私としては久しぶりに白蓮ちゃんに会いたいなぁ。」

 

振り返り、顔の前で両手の指を絡めながら上目遣いで見る。

 

「うーん、そうだなぁ。今のうちの勢力じゃあ不安だし、一度何処かの勢力と合流しといた方が良いかもな。(うまく行ったら趙雲とも会えるかもしれないしな。)」

 

そう言って、白い衣をまとった青年が北の方に目を向けた。



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第18話 防衛戦 その1

賊退治を終えて2日後。給金を多めにもらい、特別報酬として馬を一頭貰った徐庶は街を出た。

趙雲はもうしばらく残るという。と言うのも、公孫瓚の依頼で兵や将を鍛えてほしいと言う事だ。

 

公孫瓚は「もし正規に仕官する気になったら是非訪ねてほしい。」と言い、厳綱も「もう一度、共に戦える事を願っている。」と言ってくれた。

 

(ここの人達も良い人達だったな。)

 

自然と笑みを浮かべながら馬に跨り、門をくぐった。

 

(次は并州、司隷を経由してから荊州だな。)

 

門を出て直ぐの所で、賊と思われる一団を縛り上げた集団とすれ違った。恐らく義勇軍なのだろう。捕縛した人数を見れば、中々の精兵達だと感心した。だが、それと同時に一抹の不安。

 

(あの賊も黄色い頭巾か。冗談じゃなく漢王朝はダメかもしれんなぁ。)

 

軽く馬腹を叩き、軽く駆け出した。

 

 

 

 

それから大凡一ヶ月。并州を抜け、そして河内北部。

 

(ここらは治安が良さそうだな。并州とは大分違うな。)

 

并州では何度か賊に出会った。だが、公孫瓚に貰った馬が良い仕事をしてくれた。

北方で鍛え抜かれた馬の足に追いつける様な者がいなかったわけだ。

そして司隷に入ってからは、護衛付きだが、行商人と出会う回数があからさまに増えた。

 

(だが、并州からいつ賊が流れてくるかわからん。早めに荊州に一度戻った方が良いかもな。)

 

馬から降りて手綱を握りながら歩く。目の前には城壁と門。特に問題なく中へ入った。

先ずは馬小屋の有る宿を探し、愛馬を預けた。

 

(日が暮れる前に、少し見聞すっか。)

 

荷物を置き、貴重品と護身にナイフを数本隠して歩く。商店はあるが、品揃えはいまいち。人々の往来も、時間の割に悪い。

 

「道中、護衛付きの商人を見たが、あれは何処に向かってるんだ?」

 

肉屋から保存のきく干し肉を買いながらたずねる。すると、店主が微妙な顔をした。

 

「そりゃあ、恐らく陳留の方へ引っ越してんのさ。あっちは治安がかなり良いからな。俺らとは違う金持ちが、そっちに流れて言ってるんだよ。」

 

(陳留・・・なるほど。同じ兗州でも、西と東は違うんだな。)

 

幽州に向かう途中に通った所は、可もなく不可もない、普通の田舎町ばかりだった。

 

(陳留刺史は確か・・・曹孟徳だったか。)

 

噂程度は耳にした。中々の傑物だと。多少興味を持ちつつ、そのまま歩いていると突然警鐘が鳴り響いた。

 

「!?・・・賊が来たか。」

 

建物の中に避難する人達。建物から出てくる人達。避難するのは非戦闘員だろう。そして出てくる者達は兵なのかもしれないが、決して立派な装備品とは言えない。

 

(自警団と言ったか所か?)

 

嫌な予感がした。そしてこういう感は大抵当たる。とりあえず宿の方へと足早に戻る。途中で城壁沿いに櫓を見つけ、それを登った。

 

「ん?貴様、この街の者ではないな。」

 

登りきった所で1人の少女と出会った。手甲と胸当をつけた少女が警戒をして構えを取る。徐庶は片手を振って敵意が無いことを表し、そのまま遠くを見て目を細めた。

 

「ただの旅人だ、気にすんな。・・・やはり黄色い頭巾の集団か。数は大凡二千から三千か?一応聞くが、君は正規兵か?ここの兵力を知りたい。」

 

「い、いや。ここに駐屯軍は殆どいない。義勇兵が千人程いる程度だ。」

 

徐庶の行動に困惑しながらも答えた。徐庶が小さく舌打ちし、街の方を見る。慌てて門を閉めいる様が見えた。

 

(宿に戻る余裕はないってか。クッソ面倒な事になりそうだ。)



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第19話 防衛戦 その2

心の中で愚痴をこぼしながら思考する。目の前で賊が3つに別れた。

 

(部隊が三つに割れた。ならば・・・。)

 

「南門から撤退・・・という選択肢は。」

 

「何処に逃げろというんだ・・・私達の街はここにしかないんだぞ!」

 

そう切なく声を上げる少女に徐庶がまた手のひらを向ける。

 

「ま、そういうと思っていた。だが、援軍が来ない以上状況は悪化し続ける。当然死人も出るし、君も君の友人も死ぬかもしれん。その覚悟はあるのか?」

 

少女はそれを受けて思わず黙ってしまうが、キッと強い視線を徐庶へと向けた。

 

「援軍は、ある。陳留の曹操様の所に賊討伐の命が出た。その隊がここに立ち寄るという話が5日前に来ている。」

 

それを聞いて驚いた。傑物とは思っていたが、まさか他の州の賊討伐を引き受けているとは。左手を顎にあて、やや俯き気味に思案。その間はおよそ10秒ほど。

 

(5日前に出発したとして、兵数はわからんがここまで来るなら、恐らくあと3日から4日ほどか・・・。)

 

「ここの門で南以外で一番強いのと脆いのは?」

 

「ひ、東の門が恐らく脆い。北は門の造りが一番しっかりしている。だが、その分柵の設置はしてない。」

 

突然言われ、驚きつつも的確な答えを返す。恐らくこの少女は義勇兵の中でも立場が上の方なのだろう。

もう一度遠目に賊を見る。広がり方と進む速度から、すぐに北の門へと接触するだろう。

 

「兵力を北から右周りに4、2、1、2の割合で分けろ。あと馬に乗れるものと馬。100ほど欲しいが用意できるか?」

 

少女は頷く。それを見て徐庶も頷いた。

 

「ではその者たちを東門へと集めろ。急げよ。」

 

そう言って徐庶は櫓から飛び降り、宿屋へと走った。

 

宿屋へとたどり着いた徐庶は、すぐに馬に乗る。そのまま街中をかけた。途中で少し道に迷いそうになりながらも、なんとか東門へとたどり着く。そこには先程の少女と、馬にまたがる義勇兵が100、揃っていた。

 

「まさか君がいるとは。他への指示は?」

 

「信の置ける仲間に頼みました。大丈夫です。」

 

いつの間にか話し方が敬語になっていた。なんだかむず痒さを感じつつも、文句を言う暇はなさそうだ。北の方からはすでに戦闘が始まったのか、喧騒が聞こえて来る。

 

「よし、それじゃあ、東門から討って出る。」

 

それを聞いて兵達が驚きの声をあげた。当然であろう。兵力で劣る上でなお出陣など、馬鹿げている。

 

「落ち着けって。櫓から見た限り、東門に向かって来る兵が一番少なかった。こちらから仕掛ければ混乱し、突破はできる。そのまま北門を攻める賊を横から奇襲。だが、本格的にぶつからなくて良い。ちょっと当てたらそのまま大回りして西門の敵をやはり側面からぶつかる。」

 

それだけでは、大した打撃にはならないだろう。だが、相手は警戒するはずだ。

 

「『もう1度目後ろから攻撃されるかもしれない』ってな。そうすれば少しは正面が楽になる。」

 

(もっとも、なんども行けるほど馬が保つとは思えんけどな。)

 

不安は多い。だが、現状できる時間稼ぎはその程度だ。あとは援軍が来るまで耐えられるかどうか。

 

「時間が惜しい。それで行きましょう。みんな、行くぞ!」

 

少女が拳を振り上げる。それに呼応する様に兵達も声をあげ、各々の獲物を振り上げた。

 

 

 

 

 

東門。北に比べ、造りが簡易的で丸太で補強はしてあるが、如何せん心許ない。

その門に向かって賊達が向かってきている。

 

「ヘッ、こっちのは脆そうじゃねえか。余裕だな。」

 

先頭で馬に跨って槍を肩に担いだ男が笑いながら進む。そしてその槍を高く掲げ、部下に命令を出そうとした所でボロボロの門が開いた。驚き、呆れる。

 

「なんだ、抵抗は諦めたか?」

 

だか、その表情が凍る。開いた門の先には馬に跨った兵が多数。慌てて声を上げようとするが、声が出ない。喉元が熱い。ゆっくり視線を下に向けると短刀が刺さっていた。

 

 

 

 

 

門が開く。徐庶が馬腹を蹴り、走らせる。同時に先頭の男にナイフを投げて仕留めた。

 

「よし、このまま横を抜けるぞ!」

 

「私たちが出たら直ぐに門を閉じろ!いいな!」

 

そのまま走り、賊の横を抜けて行く。すれ違いざまに、先程の仕留めた男が落馬する前に、手にしていた槍を奪った。

 

(槍は苦手なんだがなぁ・・・。)

 

「逃すな!追うぞ!」

「走って終えるか馬鹿!馬は!」

「待て、頭の命令は街への攻撃だぞ?追うな!」

「見逃せって?それこそ馬鹿だろ!」

 

賊達が揉め出す。先に仕留めた者が賊をまとめる長だったのだろう。徐庶の思惑通り隊が混乱しだした。

 

(凄い。この者の言った通りになった。これなら耐えられるかもしれない!)

 

羨望の眼差しで、前を掛ける男の背を見る。

だが、その男の胸中は。

 

(・・・このどさくさに紛れて逃げようかな。)

 

などと考えていたりする。



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第20話 防衛戦 その3

そのまま北に向かって駆ける。徐庶の馬は他の馬より強い為、若干速度を抑えながら走る。だが、それでも隊は少しずつ縦長になって行くが。

 

(これって全力で走らせたら俺だけ逃げれるんじゃね?)

 

チラッと後ろを確認する。必死に馬を走らせる男達。その先頭、つまり徐庶の真後ろには最初に出会った女性。

 

(あ、無理だこれ。仕方ない、このまま当初の予定通り突っ込むか。)

 

期待する瞳を無視して逃げるなど、任侠に反する。徐庶の性格上それは出来なかった。つくづく自分の損な性格を恨みたくなる。

 

「付き合う義理は無いはずなんだが・・・なぁ!!」

 

そのままの勢いで北門に殺到する賊の側面に突っ込んだ。手にした槍を大きく薙ぎ払う。

メキッと嫌な音と共に2人ほど人間が吹っ飛んだ。

そしてそのまま槍で突きながら賊達の背面へと回り込む様に動く。後ろの者達も同様に、槍や剣を振るう者もいれば、必死に付いて来るだけの者もいる。

 

「な、なんだ!?どこから来た!?」

「官軍か!?」

「まさか、他の所からか?」

「おいおい話が違うぞ!?」

 

賊が乱れる。その様を確認し、そのまま西門へと向かって駆ける。

 

 

 

「あれが凪の言っとった策って奴か?えらい無茶しよるなぁ。」

 

北門の内側。櫓の上から髪を大雑把に左右にまとめた、豊満な少女が笑いながら見下ろしていた。

その視線の先。騎馬隊が賊の背後を抜け、そのまま西へと駆けて行く。

 

「な、もう行っちまうのか?もっと頑張れよ!」

 

隣にいた男が西へと向かう騎馬隊に文句を言うが、その男の後頭部を少女が叩いた。

 

「阿呆、攻撃受けとんはここだけや無いんや。文句を言う前にウチらも戦うで!」

 

その声に合わせる様に門が開き、義勇兵が打って出た。それを確認し、そばに置いてあった弓に矢をつがえる。

 

「・・・じゃまじゃ無いっすか?」

 

「何が、とはきかんで。」

 

 

 

西門へと差し掛かる。徐庶がまた後ろを確認すると、騎馬の数が僅かだが減っていた。

 

(思ったより残ったけど、キツイなぁ。)

 

数もだが、馬もだ。速度がだいぶ落ちている。徐庶が速度を落とし、後ろの女性に合わせる。

 

「西門の賊に当たったら、そのまま南門から中に入れ。その後はもう外は良い。中から北と東の援護に向かってくれ。」

 

「貴方は?」

 

頷き、疑問を口にする。わざわざ話すと言う事は、自分は別行動をすると言う意味だろうと察したからだ。

 

「俺か?俺はもう一回北に突っ込んで来る。」

 

そう言って直ぐに馬首を返した。

 

「な!?そんな無茶な!?」

 

思わず声を上げてしまうが、それより速く徐庶は離れて行った。焦るも、今更付いてはいけない。

 

「クッ、我々はこのまま西門へと向かう!私に続け!」

 

拳を振り上げ後方に声をかけ、そのまま西門の賊にぶつかった。

 

 

 

再度北門へと向かう。手にした槍は既に亀裂が入っている。あと5回も保てば良い方か。

 

「大将が見えれば、やりようはあるんだが・・・。」

 

1度目の接触では、それらしい姿は確認できなかった。次は見えれば良いが。

北門へと戻って来た。打って出た義勇兵と入り乱れており、やはり敵将の判断は難しい。

 

「ま、乱戦ならまだなんとか行けるか。」

 

賊らとぶつかる前に徐庶は馬から飛び降りて駆け出した。手にしていた槍を横に薙ぎ払い、目の前の男を張り倒す。

 

「な!?」

 

こちらに気付いた賊が剣を構えるが、それより先に槍を突き出し喉を刺す。直ぐに引き抜き、もう1度目薙ぎ払う。

横にいた賊を吹き飛ばすと同時に折れた。

 

「脆いなチクショウ!」

 

折れた柄を振りかぶって投げつけた。尖った先が目の前の賊に突き刺さる。

こちらの得物が無くなったと思ったのか、賊が剣を振り下ろす。徐庶はその腕を蹴り上げ、動きが止まった所に懐から短刀を取り出し相手の胸へと突き刺した。

そのまま回転して刃を抜きながら相手の剣を奪う。右手に剣、左に逆手持ちの短刀を構えた。

 

(さて・・・正直しんどいぞ。どうしたものかね。)

 

愛用の直刀は宿屋。手元の武器は奪った剣と護身用の短刀数本。敵の大将の位置は不明。

 

(・・・まだ詰んじゃいないぞ?)

 

冷や汗を流しながらも、視線は周りを見る。

 

(見えた!)

 

周りより少しだが身なりの良い男。周りに指示を出しているのが見えた。同様に周りに指示をしていると思われる者がすぐ正面に1人と、少し離れた所に1人。

 

(まずは頭を潰す!)

 

斬りかかってくる賊の剣を受け流し、身体を入れ替え前に出る。そのまま姿勢を落とし、地を蹴った。間合いを一気に詰め、斬りあげる。

 

(1人!)

 

左手の短刀を投げる。

 

(2人目!)

 

徐庶はすぐさま懐からもう一本の短刀を取り出し投げた。だがそれは槍で受け止められる。思わず舌打ちを漏らすが直ぐに切り替え、落ちていた刀を拾い、二刀で飛び掛った。

 

「ハッ!」

 

突かれる槍を二刀で受け流し、相手の腕を斬る。だが体をひねって躱され、切っ先がかすめるだけだった。だが、無理やり躱したため、姿勢が崩れている。

 

「もらった!」

 

腕を伸ばし、相手の喉元を目掛けて突き刺した。

 

「波才様!?」

 

恐らく敵将の名前なのだろう。予想通りだ。

だが相手も賊とはいえ、武将である。喉元に刺さる前に、崩れたバランスに逆らうことなく姿勢を落とした。徐庶の伸ばした刃は肩に突き刺さる。

仕留め損なった以上、止まるのは危険だ。徐庶は舌打ちし、刺さった剣をそのまま手放しクルッと向きを変え、門の方へと走った。

 

「グッ・・・1度下がる!西と東にも命令を出せ!」

 

膝をついた波才が槍を杖代わりに体を支え、声を荒げた。

下がっていく賊達の間をすり抜け、柵まで下がった徐庶は、手にしていた剣を地面に刺し、それを足掛かりとしてトンッと柵を飛び越えた。後ろを振り返ると賊達が離れていく様が見えた。

 

(よし、とりあえずこれで1日、2日は耐えれるな。)

 

大きく息を吐きながら柵に寄りかかる。ふと、視線を東に向けると砂埃が見えた。驚き目を凝らす。

少数の兵だが、旗印には『曹』と『夏侯』。

 

「まさか・・・幾ら何でも速すぎるだろ・・・。」



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第21話 『曹』 Side 徐

「凄いやっちゃなぁ・・・。」

 

弓を肩に掛けながら見下ろす先。柵を飛び越え、内側から東の方を眺める男。

理論を掲げるだけでなく、先頭に立って行動。そして実際に結果を出した。

 

(あの兄さんがおらんかったら、もっと被害が出とったやろな。)

 

東の方に目をやると『曹』の旗印。援軍だ。ホッと胸をなでおろし視線を戻すと、先程の男が膝から崩れ落ちた。

 

「!?」

 

慌てて櫓からおり、駆け寄った。助け起こそうと手を伸ばす。

 

「ちょ、兄さん大丈夫かいな!?どっかやられたんか!?」

 

「・・・さっき買った干し肉どっかに落とした。」

 

手を伸ばしたまま顔から地面に突っ込んだ。

 

 

 

「すまん、驚かせた。」

 

立ち上がり、砂を叩く。曹操軍が東の門に向かっているのが見えた。

 

「ホンマやで。でも無事でよかったわ。」

 

女性がホッと胸を撫で下ろす。

柵の向こう側から馬が寄ってきた。先程まで徐庶が乗っていた馬だ。

 

「」タダイマー

 

「よしよし。向こうの扉、開けれるか?」

 

「ああ、大丈夫や。」

 

馬と並行しながら扉がある方へと歩く。

 

「ウチは李典や。よろしゅうな。ちなみに最初に兄さんが出会った娘は楽進や。」

 

「俺は・・・徐福だ。よろしくな。」

 

扉を開き、馬を入れた。頭を徐庶に押し付けてくる。徐庶は笑顔で頭を撫でた。

 

「」ホメテー

 

「よしよし。よく戻ってきてくれた。」

 

「しかし、ホンマ助かったで。兄さんのおかげや。もしかしてどっかの軍師様とかやったり?」

 

李典も笑顔で徐庶の馬を撫でながら徐庶にたずねた。それに徐庶は苦笑いする。

 

「やめてくれ。釣り糸を垂らしてなければ、老人に靴を履かせてもない。俺はただの旅人だ。とりあえず、援軍も来たみたいだし、もう大丈夫だな。」

 

もっとも、数は少ない。おそらく先遣隊だろう。パッと見た数では、まだ賊軍の方が数は多い。

 

(どれ程の精鋭かはわからんが、軍が動いたならこれ以上付き合ってやる必要はないしな。)

 

「あとはそっちの指示に従ってくれ。俺は宿屋に戻るわ。」

 

そう言って馬を引いて城内へと入っていった。驚き李典が後ろから追いかける。

 

(確かに、曹操軍が来てくれたんや。これ以上、旅人の兄さんを巻き込むわけにはいかんわな。でも・・・。)

 

旅人でありながら、あれだけの行動力。彼程の者が居てくれればどれ程心強いだろうか。そう思い、思わず声をかけようと手を伸ばす。

 

「悪いな。面倒は嫌いなんだ。」

 

李典の表情で察した徐庶は一言残し、宿屋へと戻った。

 

 

 

そして宿屋。馬を預けて部屋へと戻る。

 

(とは言ったものの、すぐにこの街からは出れないだろうなぁ・・・。)

 

ため息を漏らす。賊軍が来ている以上、すぐには外に出れない。それに、旅の路銀はまだまだ大丈夫だが、食料は少し心許ない。

 

「義理は果たしたし、あとは危うきに近寄らずってな。」

 

窓を開けて外を見る。大きな通りと街の中央にある広場が見えた。そこに並ぶ『曹』の旗がなびいていた。



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第22話 『曹』 Side 夏侯

夏侯淵が馬を駆る。主人である曹操の命令で先遣隊を率い、可内の小さな町へと向かっていた。そしてその城壁が見えて来た所で、違和感。

 

「あれは、戦闘か!」

 

視線の先。常人には僅かな点にしか見えないであろう距離に上がる砂埃。

 

「秋蘭様!」

 

隣にいた小さな娘、許褚が僅かに不安そうな顔をする。夏侯淵は頷くと声を上げた。

 

「伝令!馬を潰してしまっても構わん、華琳様へ急ぎ伝達!」

 

すぐに後ろにいた兵がスッと手を合わせると同時に方向転換し、駆け出した。

 

「我らはすぐ防衛戦に入る!行くぞ!」

 

その声に合わせ、部隊の速度が急激に増した。

 

 

 

東の門に残っていた僅かな賊らを瞬く間に蹴散らし、門をくぐる。どうやら賊は引いていったようだ。馬をおり、ホッと胸をなでおろすが、すぐに表情を厳しくする。

 

(だが、こちらの兵は少ない。すぐにまた戦闘となれば、苦しい戦いになるだろうな。)

 

「すぐに防衛準備を。李通殿。」

 

「おう。」

 

返事をした、若い男が近くにいた兵達に指示をする。指示を受けた兵達が散らばると同時に、義勇兵と思われる男が寄って来た。

 

「こちら任せろ。夏侯淵殿と許褚殿はそちらへ。」

 

「ああ、任せた。」

 

案内を受け、夏侯淵と許褚は部下を数人率いて町の中央にある広場へと向かった。

日除けの布が広げられ、机や椅子やらが並べられている所で、女性が3人。うちの2人が何やら言い争っていた。

 

「だから、これはウチらの戦いや!巻き込むわけにはいかんやろ!」

 

「ちょ、落ち着くの2人とも!」

 

「わかっている!だが・・・それでも勝つ、いや、負けない為にはあの方の力が。」

 

「ウチだってわかっとるわ。でも、あの兄さんにとっては、ウチらは所詮他人。命をかけてもらっても、こっちから返せるもんがない。」

 

視線を落とし、空気が僅かに重くなる。だがこちらに気付くとその空気が変わった。

3人がサッと拱手し、頭を下げた。

 

「頭を上げてくれ。私は夏侯淵。こっちが許褚だ。曹操様の命により、先遣隊としてここに来た。状況を説明してほしい。」

 

「はい。私は楽進と申します。こちらが李典と于禁。ここで義勇軍を率いていました。」

 

楽進がチラッと横を見る。于禁が机に地図を1枚広げる。李典がそこにいくつか駒を置いた。

 

「先程、賊の一軍との交戦がありましたが、なんとかそれを退けた所です。」

 

「でも、もう一回来られたら危ない所だったの。」

 

「不幸中の幸いやったんは、曹操軍が間におうてくれた事と、敵将らしき男に傷を負わせられた事やな。」

 

3人の答えに感心した。成る程、義勇兵を率いるだけの事はある。

 

「将を負傷させられたのは大きいな。すごいじゃないか。」

 

素直に賞賛する。だが、楽進が表情を曇らせ俯いた。それに気付いた許褚が首をかしげる。

 

「どうしたの?」

 

「・・・今回の事は我々の力ではありません。」

 

そう答える楽進。李典も困ったような表情を浮かべていた。

 

「どういう事だ?」

 

「徐福という旅の方が、我々に策を与えてくれました。」

 

「ほう。詳しく聞かせてくれるか?」

 

楽進が出会い、策を立てて隊を率いた話をする。

李典が北門で敵将の目前まで迫った話をする。

 

(咄嗟の判断でそこまで考え、そして動くか。華琳様が聞けば、是非手に入れたいというだろうな。)

 

感心しながら思わず感嘆の声を漏らす。そしてチラッと夏侯淵が視線を遠くに向けた。その先、ハッキリは見えないが、二階の窓からこちらを見る何者かの姿があった。




徐庶「・・・この距離で視線に気付くとか、化け物か?」


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第23話 池魚の殃

その日の夜。

 

(どうしたものかね。)

 

硬いパンのような物を齧りながら窓の外を見る。曹操軍らの陣営から僅かに漏れる光が見えた。

 

(戦が始まれば、否応なく巻き込まれる。面倒ごとはごめんだなぁ。)

 

昼間に出会った少女らの姿が思い浮かぶ。面と向かって『協力してほしい』と言われてしまえば、徐庶の性格上断れない。

 

(夜のうちに抜け出すか。)

 

溜息を吐き、頭をかく。少数とはいえ曹操軍の精鋭。あの程度の賊軍に遅れをとるとは思えない。なら、もう関わるのは避けるべきだ。

そう決めてからの徐庶の行動は速かった。荷物をまとめ、馬を引き南門へと向かった。

当然のように門番がいる。だが、『ただの旅人が賊を恐れ、夜のうちにコッソリ南門から逃げる』だけだ。幸運な事に、同様に考えた者が何人かいたおかげであっさり外へと出れた。

 

(本当は許昌方面にも行きたかったんだが、食料がキツイな。しょうがない、このまま南下して荊州南陽かな。)

 

そして数日。食料が尽き、道中で抜いた草を噛みながら歩く。正直あまり美味くない。だが、一応食える草なので我慢する。

 

「そこらの草が普通に食えるお前が羨ましいわ。」

 

「」ドヤァ

 

馬の首を撫でながらしばらく歩くと少し大きめの街が見えてきた。

 

(ここらは確か、何ヶ月か前に太守が亡くなってたはずだよな。新しい太守は誰か、少し調べて見るか。だが、それより先に先ずは飯だな。)

 

門を抜けて街へと入った。中々に活気のある良い街だ。贔屓目もあるが、やはり荊州は他の州より治安が良い気がする。

大きい道に入ってすぐにあった出店で適当に歩きながら食べれそうなものを買い、そのまま口にしながら歩く。

 

「・・・うん。北方よりこっちの味付けがやっぱり口に合うな。」

 

自然と笑みを浮かべながらしばらく歩き、大きめの宿で馬を預け、そのままそこに泊まった。そして翌朝、また街へと出歩き見聞する。

 

(見た所平和だな。物流も安定していて、価格の変動も小さい。太守が亡くなっても何の影響もないのか。)

 

店で話を聞くと、まだ新しい太守は派遣されていないらしく、前太守の部下を中心にまとめているという話だ。

 

(部下が優秀なのか。だとすると、次に任命される太守は荷が重いだろうなぁ。)

 

少しばかり同情しつつ、その日は何事もなく宿に戻った。

そして次の日。少し細い道の裏側へと入っていく。粗を探す訳ではないが、表が平和な程何処かで綻びが出るものだ。そして早速粗が見えた。

 

息を切らしながら小さな女の子が走ってきて、そして転んだ。起き上がろうとして手をつくが、立ち上がれない。その後ろには男が2人。

 

「逃げないでくれよ、お嬢ちゃん。怪我でもされたら、問題だ。」

 

「俺たちは君のお母さんに用があるだけだ。だから大人しくしてくれよ。」

 

優しい笑みでゆっくり歩み寄る。女の子が何とか立ち上がり、後退りする。

 

(あー・・・ここ最近、行く先々で面倒に巻き込まれてる気がするのは、気のせいか?)

 

溜息を吐きながら、徐庶は女の子前で立ち塞がった。



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第24話 三下

「あ?なんだてめぇ。」

 

急に口が悪くなる男。徐庶から大きな溜息が漏れた。

 

「義を見てせざるはってな。まあ、落ち着け。お前らが悪い奴らだと決まったわけじゃない。」

 

膝をつき、女の子の目線に合わせて頭に手を置く。

 

「例えば、この子が何か盗みをはたらいt「璃々何にも悪いことしてない!」 ・・・と言っているが?」

 

キッと強い瞳で、徐庶を睨む璃々と名乗った少女。少なくとも、そこに嘘は感じられない。徐庶が顔を上げて男を見る。男たちは舌打ちをし、こちらへと近付いてきた。

 

 

 

 

 

「「すみませんでしたッ!!」」

 

顔をボコボコに腫らした男2人が土下座していた。

 

「ケンカは相手を見てやることだな。で、とりあえずお嬢ちゃん。えーっと。」

 

「璃々って呼んでいいよ。」

 

ニコーっと笑みを浮かべながら徐庶の腕にしがみついた。苦笑いしながら、その子の頭を撫でる。

 

「その璃々ちゃんを狙った理由は?」

 

「は、はい。この子は前太守の娘です。ご存知かと思いますが、ここは太守が不在でして・・・今は劉表様の協力のもとで上手くまとまっていますが、いずれ中央から新たな太守が派遣されます。」

 

男が顔を上げながら話し、チラッと璃々へと視線を向ける。璃々は、いーっとしてそっぽを向いた。

 

「その時までに、前太守の娘や妻を懐に入れておけば、直ぐに高官になれると考えた者に雇われまして・・・。」

 

もう1人の男も顔を上げ、愛想笑いを浮かべる。徐庶は大きなため息を吐いた。

 

「・・・なるほど。面倒な事だな本当に。」

 

璃々を肩車しながら立ち上がる。

 

「とりあえず、お前ら邪魔だから帰れ。雇い主には見失ったとでも言うか、この街から逃げちまえ。」

 

そう言われ、顔を見合わせキョトンとする2人の男を置き去りに、大きな通りに出た。人混みに出ると璃々が周りをキョロキョロし出す。

 

「先ずは君のお母さんを探そうか。どっちに行ったらいいと思う?」

 

「うーん・・・あっち。」

 

璃々の指差す方。そちらは少し商店か離れた、所謂金持ちの類が住むような家が並ぶ方向だった。

 

(本格的なゴタゴタに巻き込まれる前になんとかしたいんだけどなぁ。)

 

だが、今更この娘を置いて行くわけにもいかない。また溜息が出そうになるにを我慢しながら、指差す方へと進んで行った。

 

 

 

その一廓に入ってすぐ。髪が長く、妖艶な雰囲気の女性が慌てるように周りをキョロキョロしていた。

 

「おかーさん!」

 

徐庶の頭の上から璃々が手を振りながら声をあげた。それに気付いた女性がこちらへと慌てて走り寄る。徐庶はしゃがみ、璃々を下ろした。駆け出し、抱き合う。

 

「ああ、璃々!よかったッ・・・!」

 

「えへへ、このお兄ちゃんが守ってくれたの。」

 

璃々がニコッとしばがら後ろを指差す。徐庶も笑みを浮かべて拱手した。

 

「わたくしは黄忠、字は漢升と申します。この度は我が娘を助けていただいたようで・・・なんと御礼申したら良いか。」

 

「そう簡単に頭を下げないでください。俺は只の旅人ですから。」

 

膝をつき頭を下げようとする黄忠の姿に、徐庶は焦って手を取り立たせた。そして少し表情を厳しくする。

 

「・・・少しだけ、お話よろしいですか?」

 

その表情を受けて、黄忠も何事か察し、頷いた。



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第25話 義

多少、展開に無茶があるけど、気にするな!


「・・・やはり、そうでしたか。」

 

黄忠に案内されて入った一室。出されたお茶を飲みながら経緯を話した。それを聞いた黄忠が悲しそうに伏せていた目を開く。

 

「貴方様の仰られた通り、夫が亡くなってから、夫の部下の方々や知人の方々と共に、この街を守るために色々してきました。そして彼方此方の名家からそうでない者まで、多くの方から声をかけられるようになりました。」

 

手にしていた湯呑みを置きながら小さな溜息。

 

「この街のことを考えるのなら、その話を受けるべきなのでしょうが・・・。」

 

黄忠は、膝を枕にして寝息を立てている璃々の頭を優しく撫でた。徐庶は少しだけ悩む。

 

「・・・貴女が取れる選択肢は3つですかね。」

 

スッと指を三本立てる。黄忠が顔を上げて、その手を見る。

 

「貴女がどこかの名家と再婚。後ろ盾が付くので、迂闊にこの娘に手が出せなくなります。というか、手を出す理由が無くなります。」

 

1つ指を折る。ほんの僅かだが、黄忠の顔が曇ったように見えた。

 

「今の立場、身分を捨て街を出る。貴女自身も含め、自由になれます。ただ、その分不自由も増えますが。」

 

2つ目の指を折る。黄忠の表情は変わらない。

 

「貴女自身が太守となる。時間はかかりますが、そこまで行ければ、誰も手も口も出せなくなるでしょう。」

 

手を下ろす。黄忠は目を閉じ、何か思案するように俯いた。

 

「他にも多少違いはありますが、大雑把に分類すればこの3つです。」

 

「・・・今は、この娘が一番大事です。ですから・・・。」

 

目を開き、覚悟を決めたように口を開く。だが、それの途中で徐庶が掌を向けた。思わず口を閉じてしまう。

 

「では、中策ですね。この街以外でどこか頼れる場所、人物はいますか?」

 

「え、はい。益州巴郡に親友がいますが・・・。」

 

「成る程、なら好都合ですね。」

 

徐庶が近くに置いてあった筆と硯、そして何も書かれていない竹簡を取り、スラスラと文字を書いていく。

 

「・・・よし。益州に尹黙という者がいます。その方にこれを見せてください。きっとなんとかしてくれますから。」

 

そう言って渡した簡には黄忠達の状況と、あとは推薦状のような内容が書かれていた。その最後には『徐』の一文字。

 

「これで今と同等とは言えませんが、ある程度しっかりした生活が送れるはずです。」

 

「・・・貴方様は、一体?」

 

「只のお節介焼きですよ。」

 

そう言って照れ臭そうに明後日の方向を向きながら頬をかいた。それを見て黄忠が微笑み、深々と頭を下げた。

 

「詳しくは問いません。本当に、ありがとうございます。」

 

そして、徐庶と黄忠が同時に出入り口の方を見る。

 

「で、お前らはどうする?まだこの娘を狙うって言うんなら。」

 

徐庶が懐に手を入れる。だが、扉が開くと同時に男が2人、徐庶に向かって土下座をしてきた。

 

「「俺たちを部下にして下さい!」」

 

キョトンとする黄忠と、面倒臭そうな顔で頭を抱える徐庶。

 

「えっと・・・どちら様でしょう?」

 

「あー・・・。」

 

口籠る徐庶に対して、2人は頭を上げた。その顔は覚悟を決めた目。

 

「俺たちは、その娘を拐おうとした者です。」

 

「・・・!」

 

「その罰はどの様な形でも償います!どうか、お願いします!」

 

自ら罪を告白。黄忠が僅かに怒りと殺気を漏らすがそれを正面から受け止め、再度頭を下げた。

 

「彼の配下になるだけなら、ここに来る必要がありません。わざわざここで罪を白状した理由を聞かせていただけますか?」

 

黄忠がやや強い口調でたずべた。2人がゆっくり頭をあげる。

 

「俺たちは元々ならず者でした。それをここの太守様によって兵卒の末端に加えていただきました。」

 

「今回の事は上からの命令でしたが、気が付きました。俺たちはそんな命令よりも、義によって動きたいのです!」

 

「「そのためには、先ずここで黄忠殿に謝罪をしなければ、義に背くことになります!」」

 

揺らぎに消えた強い瞳。徐庶がため息を吐いた。

 

「お前らは、名は?」

 

「姓は陳、名は応!字はありません!」

 

「姓は邢、名は道栄!同じく字はありません!」

 

片膝立ちで拱手。頭を下げながら名前を名乗った。

 

「それじゃあ、2人に早速命令だ。」

 

 

 

 

 

そして2日後。黄忠と璃々は信頼の置ける人達数名のみに話を通し、街を出た。

 

「お母さん、どこに行くの?」

 

小さな馬にまたがった璃々が手綱を引く黄忠にたずねた。その馬の前を歩くには、鉞担いだ邢道栄。

 

「桔梗の所よ。これからしばらくはお世話になるのよ。」

 

「本当?久しぶりに桔梗さんに会えるんだ!」

 

嬉しそうに声を上げる璃々の姿に黄忠も微笑んだ。チラッと後ろを振り返る。後ろに追従するのは荷物を背負った陳応。

 

(結局名前は名乗ってくれなかったわね。わかった事は姓が『徐』という事。またいつか出会えたなら、この恩は必ず御返ししないとね。)

 

「どうしたのお母さん?」

 

「ううん、なんでもないわ。」

 

首をかしげる璃々に微笑み、西へと歩んでいった。




おお、邢道栄が出て来たか。

斬れっ!

邢道栄「!?」


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第26話 勢力確認

誤字報告感謝です。
なるべくしない様に注意はしてるんですがまだまだ未熟ですねorz


司馬徽はいつもの様に、自室で墨をすっていた。目の前には何も書かれていない書簡と、紙を束ねて製本された物がいくつか。

 

筆を取り、スラスラと竹簡へと写本していく。その作業中、扉の向こうから呼ぶ声がした。

 

「先生、よろしいでしょうか?」

 

筆を置き、応えるとスッと扉が開き、白い髪と眉の少年が入って来た。

 

「先生にお客様です。入口の方に待たせてますが、どういたします?」

 

ニコッと微笑みながら首をかしげた。それを見て何か察した司馬徽も微笑み立ち上がった。

 

「わかりました。すぐに行きますよ。」

 

 

 

 

 

「お久しぶりです、先生。」

 

そこには、一頭の馬にいくつか荷物を背負わせ、少し泥や土で汚れた徐庶が立っていた。

 

「ええ、お久しぶり。元気そうね侠懐。」

 

微笑み、互いに軽く頭を下げる。

 

「保存のきく食料や、いくつか気になった新しい書物を持って来ました。良ければ使ってください。」

 

「」オミヤゲダヨ〜

 

「あらまぁ。わざわざありがとう。季常、お願いしても良いかしら?」

 

「はい、お任せください。」

 

手にしていた水と手拭の入った桶を置き、季常と呼ばれた少年が笑顔で手綱を引いていった。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます。」

 

案内された部屋で、手拭いを首にかけたまま出されたお茶を手に取った。

 

「それで、ここに寄ったのは近況報告?」

 

「はい。とりあえず予定の3、4割程ですかね。」

 

徐庶の答えに、お茶を手にしたまま僅かに驚いた。

 

「あなたの割には少し遅いわね。何かあったの?」

 

「ははっ・・・まあ、色々。」

 

乾いた笑いで目をそらす。何かトラブルがあったのだろう。察した司馬徽もそれを見て苦笑いした。その後、他愛の無い話をしたところで、司馬徽が手を叩いた。

 

「あ、そうだ。そろそろ時間だしちょうど良いわ。侠懐、せっかくだし授業していかない?」

 

ニコッと微笑む司馬徽に、徐庶はゲッと顔をしかめた。

 

「そう言うのは朱里の方が向いてるんでしょうけど・・・。」

 

「残念。朱里も雛里も、もうすでに卒業して旅立っていて、ここにはいないわよ?」

 

「ですよねー。」

 

満面の笑みのままの司馬徽に、徐庶も苦笑いするしかなかった。

 

 

 

 

 

「と言うわけで、何人かは初めまして。徐、元直です。」

 

驚いた表情の生徒達がいる教室で、困った様な笑顔で前に立つ徐庶。その隣では司馬徽が微笑む。

 

「えー・・・それで、今日は何する?」

 

そう話を振られた生徒たちが顔を見合わせざわめく。完全にノープランで始まってしまった授業は初っ端から問題に直面した。

 

(あれ?普通ならここで色々聞かれる筈なんだけど。)

 

困ってチラッと司馬徽を見るが、相変わらず微笑むだけだ。すると、1人の少年が手を挙げた。

 

「馬良と申します。元直殿は、彼方此方を見聞していると聞きました。是非、天下の情勢についてをお聞かせ下さい。」

 

ニコッと微笑みながら中々えげつない質問をサラッとしてきた。

 

「一通り見て聞いてきた事でも話すか?そんじゃあ先ずは地図と駒を。」

 

言うや否や、生徒達が立ち上がり、ある者は机を動かし、ある者は地図と駒を取りに行き、ある者は筆や簡を用意した。

 

「えー、それじゃあ先ずは各地の勢力の中でも、規模の大きい所から。」

 

机の上に広げられた地図。その上に駒を置いて行き、簡に名前を書いていく。その間に、司馬徽はそっと部屋を出て行った。

 

「先ずはここ、荊州北部。知っての通り、劉表殿を中心に割とよくまとまっているな。」

 

他の州に比べれば圧倒的に賊などの問題点が少ない所だ。

 

「ここに関しては、態々詳しく話す必要はないな。そんで、隣は益州。ここも安定しているな。と言うより、立地的に他所から入りにくいって言うのが一番だろうけど。」

 

『劉焉』と書かれた簡を置きながら言うと、周りもウンウンと頷いた。

 

「そこから北。こっちの方は俺はまだ行ってないんだけど董卓、馬騰、韓遂あたりが異民族討伐で手柄を挙げてたよな。」

 

「・・・近頃では、その馬騰の娘さんがかなりの腕前だと言われてます。」

 

近くにいた女の子が言うのに徐庶は頷き、簡を置いた。

 

「西涼の錦と言われるほどだからな。それで、次は兗州、陳留郡の曹操。ここに戻ってくる少し前だが、司隷河内へ賊討伐に来ていた。近いうちに一気に名を上げるだろうな。」

 

徐庶の話に、周りがざわめいた。『曹家』の噂はいくつか出回っているが、他州へ出陣すると言う話はまだなかったからだ。

 

「で、その曹操と隣接するのが四代に渡り、三公を務めた袁家。その袁紹だが・・・名君ではなくとも暗君でも無しってとこか?」

 

「ハッキリしませんね。」

 

首を傾げる徐庶に馬良が言うが、徐庶は苦笑いするだけだった。

 

「金が有るからか、領内での金回りはかなり良い。治安も、賊がどうこう言っているわりには良い方だ。ただそれだけだったからな。正直ようわからん。」

 

話だけを聞けば、中々良いのだろうが確かに何かこれと言って、事を成した訳ではない。確かに判断に困るレベルだ。

 

「その隣、公孫瓚はかなりの勇の者らしいですね。」

 

「そうなのか?」

 

簡を置きながら言う馬良に、徐庶が首をかしげた。それを見て馬良がニコッと微笑む。

 

「ええ。なんせ、僅か半日で賊の砦を陥落させたそうで。知勇に優れた方なのでしょう。」

 

「あー・・・ナルホド、タシカニソウダナー。」

 

そっと目をそらし、本人が知らぬところで株が上がってしまった公孫瓚に内心謝った。軽く頭をかき、直ぐに地図上に目を戻す。

 

「そこから南、徐州では、陶謙が最近ようやく領内をまとめ終わって、賊の討伐に出たらしいな。」

 

「・・・青州、徐州がどうやら賊の量が多い州と聞いてます。」

 

先ほどの女の子がいい、そっと簡を置いた。その簡には『黄巾』と書かれていた。

 

「らしいな。そしてその賊達は皆、黄色い頭巾やら布やらを巻いてるらしい。良く知ってるな。」

 

「・・・恐縮です。」///

 

顔を少し赤らめ、スッと馬良の背に隠れてしまった。昔の頃の諸葛亮と似ている雰囲気に、思わず笑みがこぼれてしまった。

 

「で、そこからか更に南の揚州。ここは群雄割拠ってほどじゃないけど、いろんな所が揉めてるよなぁ。そんなかで一個飛び出ているのが江東の虎こと、孫堅だな。」

 

「先日病にかかり、今は伏しているそうですよ。」

 

「・・・本当か?」

 

「本当です。」

 

思わず聞き返してしまった徐庶。馬良はそれに笑みのまま頷いた。

 

「どんなに優れた勇将でも病には勝てないか。」

 

ふと周瑜や諸葛瑾らが思い浮かぶ。だが、態々見舞いに行ったり手を貸してやるほどの義理はない。

 

「こればかりはどうしようもないな。」

 

小さく息を吐き、また地図へと目を戻した。

 

「今の所、大きな勢力となりそうなのはこれぐらいか。じゃあ、最近の情勢の変化と、これからの展望について、皆で話し合おうか。」

 

そう行って徐庶は、立てかけてあった少し長めの指し棒を手に取った。




馬良は男の娘(!?)。


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第27話 虎子

それから皆で色々な話をして暫く。

 

「それでは、果物を切ったので少し休憩にしましょう。」

 

大きなお盆に切られた果物と飲み物を乗せて司馬徽が戻って来た。皆が集まり、和気藹々と果物の刺さった串を取っていく。

微笑みながらお茶だけを受け取り、徐庶は部屋の壁にもたれかかった。

 

そこに2人。先程から積極に話に混じって来ていた2人が歩み寄って来た。

 

「いやぁ、助かったよ季常。流石『白眉最もよし』ってな。」

 

「いえ、こちらこそ。徐兄の話していた、曹操や袁紹の話はこちらでは希有なので。」

 

そう言って、少し長めの白髪を手串で軽くとかしながら微笑む。馬良は徐庶がまだここにいた頃に入って来た者で、顔馴染みだ。徐庶も微笑み、馬良の後ろを覗き込む。

 

「で、そっちのは妹か?」

 

「・・・名は謖、字名は幼常と申します。」

 

俯き、小さくなりながら名乗った。馬良とは違って少し茶色がかった髪を後ろで束ねた幼い少女。雰囲気が昔の諸葛亮に似ている。その様に思わず笑みがこぼれた。

 

「馬謖ね。兄に劣らず中々の子じゃないか。」

 

「あまり褒めると調子に乗るんで程々でお願いします。」

 

苦笑いしながら馬良が馬謖の頭を撫でた。すると馬謖が恥ずかしそうにしながらも、一歩前に出て深々と頭を下げた。

 

「・・・『虎子』こと徐元直殿のお話は、兄や水鏡せんせいよりかねg「おい、ちょっと待った。」

 

話を止められ、キョトンとする馬謖に、眉間を抑えながら徐庶が口を挟む。

 

「その『虎子』ってなんだ?」

 

「諸葛亮さんと龐統さんを『伏龍』と『鳳雛』と呼ばれているのをご存知ですよね?」

 

「そりゃ知ってる。」

 

当然だろう。諸葛亮と龐統は徐庶とほぼ同期で、その優れた才能から『池に伏せ昇天の時を待つ龍』と『将来に天高く羽ばたく鳳』と呼ばれていた。

 

「その2人に並ぶ『正しき爪牙を宿す虎』と、徐兄はそう呼ばれてたんですが、知らなかったんですか?」

 

「いや、しらねぇよ!?」

 

馬良がニコッと微笑み話すが、完全に初耳だった。自身が知らぬ所でいつの間にか異名が出来上がっていた事に驚いてしまう。

 

「水鏡先生先生は、この3人に続く亀の様な人物を目指せとよくおっしゃってます。」

 

東西南北の青龍、白虎、朱雀、玄武の事だろう。思っていた以上の評価に、思わず顔を覆ってしまう。その手の隙間から見える顔は赤みを帯びていた。

 

「・・・私は3人とも、とても尊敬してるです。」///

 

馬謖は頬を染めながらも、輝く目で徐庶を見た。

 

「あー、なんだ、その・・・ありがとう。」

 

なんだか照れ臭くなり、頬をかきながら礼を言う。それを少し離れたところから司馬徽が笑みを浮かべながら見ていた。それに怨めそうな目を向けるが司馬徽は全く意に介さないだろう。

 

「それで、徐兄はまたすぐに旅に出るんですよね。次は何処へ?」

 

「んー・・・洛陽と長安かな。それから涼州方面あたり。」

 

まだ行っていない所を考える。今度は面倒ごとに合わない事を願うばかりだ。

 

(道中でまた路銀稼がないとなぁ。)




徐庶の知らぬ間に、黄巾の乱が終わります。


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第28話 洛陽

水鏡の下での授業をしてから数週間後、徐庶は今度は漢の首都である洛陽へと入った。今まで訪れた都市の中でも最も大きな都市だ。

先ずは軽く見て回り、宿を決める。

 

「主人、とりあえず二週間ほど泊まりたいんだが、足りるか?」

 

馬小屋付きの宿屋に入り、金を払う。今の手持ちでもなんとか足りたが、残金はかなり少ない。部屋へと入り荷を置き、主人の許可を得て窓の外に棒につるした濃い緑の布を一枚垂らす。

 

「これでよしっと。じゃあさっそく出るか。」

 

いつもの様に貴重品を身に着け町へと歩く。流石都だけあって人通りは多く、それに伴って様々な店が建ち並んでいた。

 

(それだけじゃないな。)

 

どう考えても町人じゃない佇まいの者達が複数目に留まる。だが、物々しい雰囲気ではない。ふむ、と少し悩んで酒場に入った。

 

「いらっしゃい。」

 

昼時を過ぎた時間帯にもかかわらず、ある程度の人数の客がいる中で適当な所に座った。近寄ってきた店員に、適当につまめるものと酒を一杯頼む。直ぐに出された物を受け取り、その代金よりも少しだが多めの金額を差し出し、たずねた。

 

「少し聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

「へえ、あたしに答えられる範囲でなら。」

 

差額を袖に入れながら、少し年老いた男がそのまま徐庶の向かい側に座った。

 

「ここ最近何かあったのか?どうも雰囲気が違う輩が多い気がするんだが。」

 

「ああ、その事ですか。近頃あっちこっちで出とった族の頭を打ち取ったとかで、それに関わった官軍とかが報告と褒美をもらいに集まっとるらしいだ。」

 

「へぇ。ならこれで少しは平和になるんかねぇ。」

 

「どうだかなぁ・・・。まぁ、あたしらの生活にはなんの変化もありゃあしないでしょうけどね。」

 

そういってワザとらしい溜息を吐いて男は下がっていった。

 

(やっぱり首領がいたんだな。それが打ち取られたという事は、一先ず反乱は下火になるんだろうけど・・・。)

 

その程度でもう一度漢王朝が安定するとは思えない。恐らくここからは、この乱で頭角を現した者たちによる群雄割拠の到来だろう。

 

(・・・考えても仕方がない。なるようにしかならねぇしな。)

 

 

 

酒を飲み終え、店を出た。そのまま町中を歩くと、やはり酒屋で聞いた通り、大通りから王宮への道で様々な旗印を見かけた。

 

(あれは「袁」に金色の鎧、袁紹の兵だろうな。向こうは「曹」に「鮑」、「孔」。各地から凱旋というわけか。)

 

遠目から眺めるだけでなるべく近寄らないように宿屋の方へと戻った。それから数日、路銀を稼ぐために適当に日雇いしてくれる所で肉体労働を終え、宿屋へと戻った所でその宿屋の前に立つ人物が二人。

 

「おう、刑道栄に陳応。無事に送り届けたか?」

 

スッと拱手する二人に、徐庶は苦笑いしながらは軽く手を振る。

 

「お二方は徐庶殿のご命令通り、無事に送り届けました。」

 

宿に入る徐庶に付き従うように陳応がそう答えた。部屋に入り、窓から吊していた布をしまう。

 

「で、益州方面はどうだった?」

 

刃の所に布を被せた鉞を置き椅子に座った刑道栄に、同じように椅子に座りながらたずねた。

 

「・・・良い所でした!」

 

一言でまとめた答えに思わず徐庶がこけそうになる。なんとか姿勢を戻し、今度は陳応を見る。

 

「えー・・・。荊州と比べても、遜色のない程度には安定していたんじゃないですかね。ただ、やはり道中は少々道が悪い所があったので、そういう意味では荊州より少し不便ですね。」

 

陳応が少し考えながら答えた。この二人の答えを聞いてまず確実に分かった事が一つ。

 

(こいつらあんまり頭よくねぇな。)

 

「よし、わかった。まぁ、益州は別に後回しでいいな。」

 

徐庶は深く考えるのをやめた。

 

 

それからまた数日、三人がそれぞれ適当に日雇いの仕事をし、路銀を稼いでいた。そんなある日の事。午前中のうちに適当な仕事を終えた徐庶が町中を歩いている。

 

(どうやら論功行賞は終わったらしいな。)

 

日に日に旗印の数や兵の数が減っていき、今となっては軍旗は一つも残っていない。どうやらいつもの日常の雰囲気となっているようだ。

 

(といっても、都だけあって普段からある程度賑わっているのは当然か。)

 

適当な店を覗いてみても、やはりある程度の人が娯楽や嗜好品などに手を出す余裕がある生活を送っているのがわかる。

 

(お、六博か。)

 

とある店で行われていた小規模だが六博の大会。スッと覗いてみる。ちょうど試合が始まるところだった。

 

「へぇ。」

 

思わず声が漏れた。目の前で行われている試合。難しそうな顔で汗を流している男の前には、涼しい顔で座っている緑がかった髪を左右に三つ編みで下した眼鏡の少女。終始少女が圧倒していた。

ここまでくれば勝敗はもう覆らないだろう。少女の圧勝だ。男が負けを認めた所で拍手が起こる。

 

「さぁ、これで4連勝!お次の相手はどなたかな?」

 

店員が声を出すが、流石に4連勝となると、皆尻込みする。相手がいないとなると店側も困るのか、主人が客に声をかけ始めた。だが、皆一様に首を振る。まぁ当然だろうと、胸を張って笑みを浮かべる少女。

 

「それじゃあそこのお兄さんはどうだい?」

 

声をかけられた徐庶が壁に掛けられた札を見る。それを読むと、5連勝すると、なにかしら景品が貰えるというものだった。

 

「・・・まぁ、いっか。」

 

徐庶が少女の向かい側に座った。周りから小さな歓声が上がる。

 

「とりあえず茶が一杯欲しいんだが良いか?」

 

向かいの少女と主人に声をかけ、出されたお茶を口にする。程好い熱が喉を通る。ホッと一息吐き、賽を手に取った。

 

「先に振っても?」

 

「ええ、良いわ。」

 

 

 

 

 

徐庶から始まった六博。交互に駒を動かすこと6回目。

 

(こいつ、ふざけてるの?)

 

目の前の男を睨みつける。ここまでの駒の動きが先の試合と全く同じだ。これはどう考えても意図的にそうしているとしか思えない。見ている客の何人かも気が付いたのか、少しざわめきが起こる。

 

(ふん、まあ良いわ。このまま続けるならどうせボクの勝ちだし。)

 

そう思って、駒を進めた。だが、次の一手は先の試合とは違う駒を動かしてきた。それを見て少女の顔色が変わる。

 

 

 

 

 

(これで先の先を取ったわけだが。)

 

実は先ほど少女と打っていた男の打ち筋は、決して悪いものでは無かった。少なくとも前半は。途中で少女が打った布石に対応できていなかったのが敗因。徐庶はその布石に気が付いていたため、打たれる前にそれを塞ぐように駒を動かしただけだ。

 

(さぁ、ここからどう対応してくるかな?)

 

少女の目が鋭くなる。その視線を受け、徐庶もニヤッとした。

 

 

 

「勝負あり。俺の負けだな。」

 

試合は長引き、今日の中で最も長い試合となった結果は、少女の勝ちとなった。徐庶は立ち上がり、小さくポキッと音を立てながら首と肩を軽く動かす。客からは拍手が起こるが、目の前の少女は納得いかなかったようだ。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

店を出て歩いていると、背後から先ほどの少女が呼びかけてきた。足を止め振り返る。

 

「どういうつもりよ、あんた!」

 

「何のことだ?」

 

徐庶が首をかしげる。少女が鋭い目つきのまま歩み寄り、徐庶の胸に指を突き立ててきた。

 

「あの打ち方、どう考えても手を抜いてたでしょ!あんな結果、ボクは納得できないから!」

 

前の試合での布石に気が付けるような人物だ。一手目からもっとちゃんと打っていたらなら、結末は違ったかもしれない。

 

「手は抜いてない。ちゃんと本気で打ったさ。」

 

ただ全力ではなかったが。実は、徐庶は六博事態は好きではあるが得意ではない。というのは、こういう類は妹弟子の龐統が突出しており、徐庶が打つ相手は異常に強すぎる相手か、または格下である事が多かった。その結果、ある程度力量がわかった相手と打つときは自然と力量を合わせて打つ癖があった。

 

(まぁ、これ自体はあまり良い癖とは言えないよなぁ。)

 

徐庶自身、六博は勝敗よりも相手の手の内を見定めたり、相手の出方や対応を見て楽しむものだと思っている節がある。故に、本気で勝とうとする気が起こらないのも、原因の一つかもしれない。今回も、先手を取られた相手がどのように動くかが気になった故の行動だった。

 

「・・・ボクの名前は賈詡。あんた、名は?」

 

「ん?俺は徐庶だ。」

 

「徐庶ね。次に打つ時には、絶対あんたに本気をださせてやるんだから。」

 

そういって賈詡は去っていった。残された徐庶は頭をかきながら苦笑いを浮かべ、宿屋へと戻っていった。



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第29話 予兆

(下手こいたな・・・。)

 

小さな茶店の席に着きながら徐庶は頬杖を着く。その向かい側に座っているのは賈詡、字は文和。現在洛陽に駐屯している董卓軍の軍師を勤めている人物だ。

 

六博をした後日、今度は町の本屋で。その後も城壁周辺で、練兵場のそばでと、徐庶が興味本位で見にいく先々で賈詡と出会ってしまった。不審に思った、賈詡が徐庶を呼び止め、話をした所で董卓軍所属である事が判明した。

 

(・・・どうしたものかねぇ。)

 

未だどこかに士官をする気がない徐庶は、なるべく政治や軍事に関わる人と話す事をさけてきた。そのような人物と話をするときはなるべく偽名を名乗る事にしている。(諸葛瑾は妹弟子の姉、戯志才、程立らはまだ在野だったので本名を名乗ったが)。

故に、本名を名乗ってしまった上に、この状況。あまり好ましくない。

 

賈詡にとっては、別の意味でこの状況は好ましくない。徐庶が他勢力の斥候の可能性が高いからだ。最初に出会った六博の試合で、徐庶が頭の切れる人物である事は分かっていた。それこそ、下手をすれば自分以上かもしれない。この場でいくつか言葉を交わした中でも、有能な人物である事はわかる。そんな人物が、軍事関係の所に現れたのだ。当然、警戒すべき事なのだろう。

 

(出来る事なら、仲間になって欲しいのだけれど。)

 

徐庶が斥候であった場合は問答無用で捕らえるべきだ。そんな警戒心を察した徐庶が両手を軽くあげる。

 

「別に何所ぞの密偵とかでは無いから安心してくれ。不用意に見物しに来たのは悪かった。」

 

本来なら軍事機密。容易く近づく事さえ許されない。というか、普通は近づけない。そこに平然と立ち入ってしまった事をサラッと謝る姿に賈詡は頭を抱えそうになる。

 

「あんたねぇ・・・。簡単に言ってくれるけど、こんな所にほいほい入ってきている時点で問題よ。あんたがまだ無所属だとしても、ここの情報を持って他の所に士官しに行く可能性だってあるんだから。」

 

御尤もな意見。だが、この場は信じてもらうしか無い。

 

「・・・実は、彼方此方見て回っていて、荊州、揚州、豫洲方面の情報もいくつかある。」

 

その言葉に、賈詡が僅かに身を乗り出した。だが、徐庶は首を振る。

 

「残念だが、その情報を教える訳にはいかない。同じようにここの話も他所には漏らさない。って事で信じては貰えないかな?」

 

普通は逆だろう。情報を明け渡す事で便宜をはかってもらうべきだ。だが、徐庶はそうしなかった。それは自身の義に反するからだ。賈詡があからさまに大きなため息をはいた。

 

「それを証明する方法はなにかある?無理でしょ。あんたが悪い奴ではないって事はわかったわ。でも、残念だけどこっちも一応軍人なわけだから、はいそうですかと、簡単に見逃すわけにはいかないの。」

 

そう言われてしまえば、徐庶には何も言い返すことは出来ない。腕を組んで考え込んでしまった。その態度から、完全に仕官する気がない事がわかってしまった賈詡は、もう一度溜息を吐く。

 

「しょうがないわね。洛陽からの追放。それで手打ちにしてあげる。」

 

その答えに今度は徐庶が困惑した。どう考えても賈詡にメリットがない。だが、理由はわからないがどうやら見逃してくれるのだから、それに素直に甘えることにしよう。

 

「悪いな。恩に着させてもらうよ。」

 

笑みを浮かべた徐庶に、賈詡が視線をそらす。そのまま徐庶は茶店に金を払って去っていった。

 

 

 

 

 

その後ろ姿を見送る賈詡の背後の柱の陰。さらしを胸に巻いた女性、張遼が腰の剣から手を離しながら、声をかけてきた。

 

「えかったんか?あの男、このまま逃がすんは少々勿体ないと思うで。」

 

あの男、徐庶はこちらの存在に気がついていた。僅かに漏れた殺気を察しつつ、それを受け流していたのが張遼にはわかった。

 

(打ち合えば当然ウチが勝つが、逃げに徹されたら追いきれんかもな。)

 

無手の様に見えて、懐に複数の短刀を忍ばせているのがわかる。立ち振る舞いにも隙は感じられない。恐らく隠密寄りの人物だと、張遼は評していた。

 

「今は仕方ない、信じるしかないわ。それに、近いうちに他所が攻めてくる。よくわからない相手に時間を割く余裕はないの。なるべく巻き込まないように、町の住人にも同じように洛陽から避難するように呼びかけないと。」

 

董卓のもとには、袁紹から書簡が届いていた。そこに書かれているのは有りもしない董卓の悪逆非道と、帝を解放するようにとあった。

 

だが、賈詡は知っている。すでに諸勢力に檄文が発されている事を。

 

董卓に対する連合軍が組まれる事はもう避けられない。




正直、自分が賈詡の立場なら、問答無用で疑わしきは罰する。

徐庶「!?」


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第30話 連合軍 諸勢力

賈詡に言われ、荷物をまとめて洛陽を出た徐庶達は鄴へと入った。そこでとある噂を耳にする。そしてその夜の宿屋。邢道栄、陳応と共に机を囲う。

 

「どう思う?」

 

「どう考えても可笑しいですぜ。洛陽が荒れている訳がないです。」

 

邢道栄が首を傾げなら言うと、陳応も頷き続けた。

 

「意図的に噂を流している、とかですか?」

 

「だろうな。じゃあ、誰が何のために?」

 

いつもよりもかなり真面目モードの徐庶。その問いに2人は首を傾げるだけだ。今の段階では情報が少なく、誰が主導したのかはわからない。だが、どうなるかはわかる。

 

「おそらく、董卓討伐のために連合が組まれる可能性が高い。」

 

「その前に洛陽を出れて良かったですね。」

 

気楽に言う邢道栄とは対照的に、厳しい表情の徐庶はやや俯き気味に思案。

 

(賈詡はそれをわかった上で洛陽を追い出したんだろうな・・・。)

 

「やれやれ、面倒な借りを作っちまったな。」

 

溜息を吐き、覚悟を決めた徐庶が顔を上げる。その表情を見た2人も、気を引き締めた顔をする。邢道栄に陳応も一時期は軍に所属していただけあり、この様な意識の切り替えは大したものだと、徐庶は頼もしく思った。

 

「少々荒っぽい事に首を突っ込むぞ?」

 

「「御意。」」

 

 

 

 

 

某所、小さな天幕が複数並ぶ中。中央にあった少し大きめの天幕に一人の少女が駆け寄ってくる。

 

「失礼します。」

 

魔女のような帽子をかぶった少女、龐統が入り口に垂れ下がる布を潜り、中へと入ってきた。そこには、中央に置かれた長机とそれを挟むように立つ5人。中央に立つピンクの長い髪を左右に降ろした女性が劉備。その隣に立つのは、龐統と同じくらいの少女諸葛亮。反対側の隣は長い黒髪を揺らしてこちらへと振り向く関羽。その向かい側には頭に虎の髪留めをつけた小さな少女張飛。そしてその隣、劉備の向かい側に立つのは唯一の男、北郷一刀だ。

 

「先ほど、公孫瓚様の軍の姿が確認できました。これで連合軍の集合予定場所わかりましゅ・・・ます。」

 

最後にかみ、顔を赤くしながら俯く龐統。それを見ながら、一刀が微笑み、皆へと顔を向ける。

 

「じゃあ、またで申し訳ないけど公孫瓚さんのとこにお世話になろうか。」

 

「やった!じゃあさっそく行ってくるね!」

「今度こそ、星には負けないのだ!」

 

笑みを浮かべる劉備と、腕を振り上げる張飛が天幕から出ていき、関羽が苦笑いしながら後を追っていった。

 

(反董卓連合か・・・このタイミングで既に伏龍鳳雛がいるって事は、おそらく俺が知っている三國志とは本筋は同じでも、陣営とか大分違うんだろうな。)

 

というか、主要人物が女性の時点で既に色々おかしい。だが、そんな事は関係ない。覚悟はもう決めた。

 

(俺の知識がどこまで通じるのかわかんないけど、まぁやれるだけやってみよう。)

 

改めて覚悟を決めた一刀も劉備らを追って天幕を出た。

 

 

 

 

 

周瑜が、馬に跨り部隊の先頭にいる女性へと馬を寄せる。

 

「どうした、雪蓮。柄にもなく緊張しているのか?」

 

「まさか。そういうのは私じゃなくって蓮華の方が似合うでしょ。」

 

雪蓮と呼ばれた露出の激しい服の女性、孫策が振り返り、笑みを浮かべた。だが、その表情はいつもより僅かに硬い事に周瑜は気が付いていた。そして孫策自身も、周瑜なら気が付いている事はわかっている。スッと笑みが消え、真剣な表情でたずねた。

 

「ねえ冥琳、今の私に母様の変わりが務まると思う?」

 

「・・・総じて見れば、お前は文台様に劣る。」

 

少しだけ間を置き周瑜が答えた。それを聞き、孫策は頷く。わかりきっていたことだ。どう足掻いたところで、母にはかなわない。

 

「だが、人を引き付ける魅力は相異ない。そして、事武に関しては確実にお前が上だ。だから胸を張れ。」

 

そう言って軽く背中を叩いた。

 

「フフッ、もー冥琳ったら。そんなに褒めたら私調子に乗っちゃうわよ?あ、でもこの服で今以上に胸を張ったら脱げちゃうわね。」

 

そう言いながら嬉しそうに笑う孫策。その姿に呆れながらも、周瑜も笑みを浮かべた。

 

「馬鹿な事はここまでだな。「袁」の旗が見えてきた。」

 

二人の視線の先、複数の旗と一軍が見えてきた。あれが連合軍の本陣なのだろう。この機会に、孫家の名を今まで以上に天下に轟かせる。決意を新たに、孫策と周瑜は馬腹を蹴り、足を速めた。

 

 

 

 

 

各陣営が集まり終え、その翌日。一番大きくて豪華な天幕に諸侯が集まっていた。

 

「皆様お揃いですわね!」

 

天幕へと入って来た金髪ロールで金色鎧の袁紹は意気揚々と一番奥の席へと着く。スッと視線を一通り周りへと向ける。

 

「それでは早速、悪逆非道の董卓を打ち倒すための話し合いを始めますわ!」

 

そして、一時間もしないうちに天幕から出て来たのは、袁紹よりは少し小さな巻き髪をした金髪の女性。曹操は溜息を吐いた。あからさまに不機嫌だ。そこに夏侯淵と兵数名が小走りで走り寄ってくる。

 

「如何でしたか?」

 

「如何も何も、あんなもの軍議じゃないわ。全く役に立たない。」

 

先の話し合いで決まった事は、総大将を袁紹とし、『優雅に華麗に前進して汜水関を落とす』だけだ。その話を聞いて夏侯淵は思わず苦笑いをするしかなかった。

 

「して、その他の方々は?」

 

「面白そうなのは何人かいたわ。」

 

話題を変えられると、曹操は多少機嫌を直して語る。先ずは対異民族で名を上げた馬騰に公孫瓚。

 

「でも特に気をひかれたのは孫策と、その横に控えていた女。」

 

そう話す曹操の目は、まるで獲物を狙う猛禽類の様に鋭く光っていた。

 

「それとは別に、少し気になるのはあの義勇軍かしらね。」

 

曹操が視線を少し離れた所のある一団へと向けた。それは黄巾の乱の時にも見た集団。今の軍議には呼ばれてすらいなかったが、噂によれば天の御使いがいるとの事だ。

 

「興味があるわ。今から出向いてみましょう。」

 

その言葉に夏侯淵は驚いた。たとえ噂通り天の御使いがるのだとしても、悪い言い方だが所詮は義勇軍だ。普通なら相手を自身の陣営側に呼ぶのものだ。

 

「今は細かい事は気にしなくて良いわ。それに、天の御使い以外にも興味はあるもの。直接見に行った方が面白そうだしね。」

 

夏侯淵の表情を読み取った曹操がそう言って笑みを浮かべ、夏侯淵と共にいた僅かな護衛のみで義勇軍の一団へと向っていった。



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第31話 再会

愛用の深緑の外套をまとい、頭巾をかぶり普段はあまりかけない眼鏡をわざわざかけた徐庶が陣中を進む。その背後には愛用の鉞を担いだ邢道栄と陳応。

それだけではない。他にも数名の男が付き従っていた。

 

ここは反董卓連合の陣。その中で最も端にある「公孫」の旗印、その隣にいるよくわからない一団。

 

(旗印はないから、たぶんここが義勇軍・・・だよな?)

 

正規の兵ではない徐庶らが連合に参加する方法はいくつかある。だが、最も楽で自由に動けるのは間違いなく義勇軍であろう。後ろに付き従う男たちも、義勇兵として戦いたいと、偶々村で出会った男たちだ。

それに、まだどこかの勢力に参加する気がない徐庶にとっては、他の選択肢をとりたくないというのも理由だ。

 

(周瑜殿に借りを作るのも面倒な事に成りそうだし、それに天の使いって言ったか?それにも興味はあるからな。)

 

天の使いではなく天の御使いだが、それは置いておこう。そのまま歩いていると、金属がぶつかり合う音と歓声が聞こえてくる。どうやら誰かが手合わせしているようだ。音の方へと足を運ぶと見知った顔が槍を振るっていた。相手は小柄ながらも、自分の身長よりも長い蛇矛を軽々と振るっている少女だ。

 

「ここにいるって事は、まだ公孫賛の所に居たのか。」

 

「おや、どこかで見た事があるような色男ではないか。」

 

手にしていた槍で蛇矛をはじき、大きく跳躍した趙雲が妖艶な笑みを浮かべながら徐庶の隣に降り立った。

 

「久しいな、趙将軍。・・・すまないが、単福のままで頼むわ。」

 

「ふむ・・・まぁ、良いだろう。して、ここに来られたという事は義勇軍か?」

 

「少々訳ありでな。ああ、そっちに迷惑はかけないから安心してくれ。」

 

少し考える素振りをする趙雲を尻目に、先ほど相手をしていた小柄な少女を見る。目が合った少女はぽかんとした表情で首を傾げた。

 

「星の知り合いか?あまり強そうには見えないのだ。」

 

頭の後ろで手を組みながらそう言う少女に、思わず苦笑いをしてしまう。だが実際に趙雲と比べれば腕前は下なので仕方が無いが。

 

「君は義勇軍の将か?我らも一団に加えて欲しいんだがどうだろうか。」

 

「うーん、聞いてみないの分からないのだ。ちょっと着いてきて欲しいのだ。」

 

(おいおい、いきなり見ず知らずの奴らを自分の大将の所に案内するとか大丈夫か?)

 

呆れ顔で、先を歩く少女の後ろ姿を追いながら隣を歩く趙雲を見るが、面白いものを見る様に笑顔を浮かべているだけだった。そのまま少し歩くとまたも見知った顔を見つけた。大きなつばの帽子をかぶった妹弟子だった。目が合う。お互い、驚いた顔をしているだろう。

 

(・・・なんでここにいるんだ?)

(どうしてこんなところに!?)

 

走り寄ってくる姿に苦笑いを浮かべながら、徐庶は人差し指を立てて口へと当てる。それを見て察した龐統は歩調を緩めながら徐庶らの前に立った。

 

「鈴々ちゃん、そちらの方達は?」

 

「仲間にして欲しいって。だからお姉ちゃんに相談しに来たのだ。」

 

「そう。では鈴々ちゃん、桃香様に伝えてきてください。私が案内しますから。」

 

そう言われると、鈴々と呼ばれた少女は中々の速度で駆けていった。その背を見送り、先ほどより少しだけゆったりとした足取りでと龐統の後をついていく。すると、趙雲に肩を軽くたたかれた。

 

「士元殿とは知り合いか?」

 

「・・・さぁ、何のことだ?」

 

隠すだけ無駄だろうが、あえて知らぬ振りをする。それだけで察してくれたのだろう。その後は何も言わずに後ろを付いてくるだけだった。

 

それから数分もせずに、陣の中央付近に近づいた所で、他より少々立派な天幕が見えた。その出入り口には複数の人物が立っている。

 

「すまないな、曹操。態々足を運んでくれたのに。」

 

そう言いながら、中央に立っていた男が軽く頭を下げた。という事は、その視線の先にいるのが曹操なのだろう。

 

「構わないわ。中々面白いものも見れたもの。劉備、何かあったら私の所に来なさい。それじゃ。」

 

踵を返し、去っていく曹操。それに付き従う中で一人。青い髪の女性が徐庶を一瞥し、曹操を追って行った。

 

龐統が前に出て、軽く頭を下げる。そこに並ぶ人たちを見て、やはり見知った顔がもう一人いた。

 

(だろうと思った。もう驚かないぞ。)

(!?・・・なんで?)

 

驚く諸葛亮を無視し、徐庶が前に出て拱手する。

 

「単福と申します。このたb 「単福!?」

 

先ほどの男が驚き声を上げた。突然の事に思わず徐庶も言葉を止めその男を見るが、その顔には全く心当たりがない。というか、服装も見たことがない。恐らく噂の天のなんたらだろうと予想するが、どうしたものか。

 

「あ、ごめん。続けてくれ。」

 

慌てながら促すので、とりあえず置いておくことにし、改めて徐庶は頭を下げた。

 

「この度、貴姉らの幕下に加えていただきたたく、馳せ参じました。是非とも、我らを一兵卒としてお使いください。」

 

「はい!よろしくお願いします!私たちと一緒に、圧制に苦しめられている人たちを救いましょう!」

 

そう言って笑みを浮かべながら、両手をグッと握る。この少女がここの頭首なのだろう。鶴の一声でこの一団への参加が許可された。

こんな簡単に仲間に加えて大丈夫なのかと、一抹の不安を感じるが、まぁ今回は都合が良いので良しとしよう。

 

「では、新しく隊に入ってもらいます。配置は・・・朱里、どうする?」

 

黒い長髪の女性が諸葛亮を呼ぶ。慌てながら諸葛亮が前に出た。

 

「で、では、貴方達は・・・とりあえず愛、関羽さんの部隊に入ってもらいます。えっと・・・あちらの旗の当たりで待機していてください。」

 

指さされた方には濃い緑の旗が一本立っていた。再度頭を下げ、徐庶を先頭にその旗の方へと向かっていった。

 

 

 

 

 

(単福って徐庶の事だよな。っていうか徐庶は女じゃないんだ・・・。まあ廖化も男だったし、おかしい事では無いけど・・・。)

 

徐庶らが去った後、その後ろ姿を見ながら一刀が腕を組みながら、自身の持つ三國志知識から必死に考える。

 

(朱里と雛里にこっそり話を聞いてみよう。もしその通りなら、絶対彼を曹操の下に行かせちゃ駄目だ!)

 

チラッと視線を横にすると、諸葛亮こと朱里と、龐統こと雛里が何やらこそこそ話をしていた。




ここの一刀は原作より三国志に詳しいようです。


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第32話 綻び

徐庶は地面を軽く掘り、土や石を盛って小さな竃の様な物を作った。その穴に大きめの薪を井の字型に組み、その中心に削って細くした薪や木の皮などを入れていく。

 

「こういう時、軍にいると楽だな。」

 

「そうですな。道具や食料があるのは本当にありがたいです。」

 

隣で鍋を手にしていた陳応が頷く。ここは義勇軍の陣。ちょうど昼食時となり、他の軍から分け与えられた糧食の準備をしている所だ。

正規の軍とは違い、各々が共用の道具で作らなければならないが、手慣れたものだ。

薪を組み終わった所で、徐庶が懐から戦闘用とは別の小さな刃物と金属の棒を取り出す。

その刃に僅かに気を送り込み、ガッと一度だけ素早く擦り付けた。大きな火花が飛び散り、細かくしてあった木の皮に火を灯す。

 

「よし。そんじゃあ後は頼むわ。」

 

「お任せを。」

 

他の物達も昼食の用意をしている様だが、どうやら徐庶らが一番に火を付けたようだった。徐庶が立ち上がり、軽く周りを見渡す。すると、こちらに走り寄ってくる少女が二人。

 

「よう。まさかこんな所で出会うとはな。」

 

眼鏡を外しながら軽く手を上げ、微笑む。二人の妹弟子も笑みを浮かべた。

 

「お久しぶりです。徐兄、あ、えっと・・・侠懐兄さま。」

 

諸葛亮こと、朱里が少しだけ頬を赤くしながら軽く会釈した。龐統こと、雛里もお辞儀をする。

 

「元気そうで何よりだ。だが、驚いたよ。もう仕える主が決まったんだな。見た感じだと二人ともかなり重要な立ち位置にいるみたいだしな。」

 

徐庶が近くにあった大きめの丸太に腰掛けながら言うと、二人も隣に腰掛けた。

 

「侠懐兄さまも一緒・・・じゃないの?」

 

雛里が首を傾けながらたずねる。偽名を使った理由はわからないが、ここに来たという事はそういう事なのだろう。そう朱里と話をし、確認のために来たのだが、どうやら徐庶はそのつもりではないらしい。

 

「あー・・・まぁ、まだそのつもりはないが、この後次第かな。まずは情報確認したいんだがいいか?」

 

頷き、三人で話をする。まずは反董卓連合に参加している主要人物、兵力等。その数は圧倒的で、正面から戦えば董卓側の勝ち目はほぼゼロだろう。

 

「そこまでは、ある意味予想通りだな。じゃあ次だ。お前らはどこまで、洛陽の事を把握している?」

 

問いの意味を理解し、朱里と雛里は表情を厳しくした。二人が目を合わせ頷き、朱里が口を開いた。

 

「董卓が帝を虐げ、民に対して悪逆非道をしている・・・という名目を立てて連合が発足した所までわかっています。」

 

つまり、実際にはそんな事実はないという事がわかった上で、この連合に参加しているという事だ。

 

「成程。じゃあ、天然そうなあの子や、天の使いっていったか?あの男もそれを知っているのか。」

 

何も考えていないように見えたが、実際はそうではないのだろう。利害を考えたうえで参加しているのなら何も言うことはない。だが、現実は違った。

 

「いえ、桃香様・・・劉備様とご主人様はそれを知りません。あと、天の使いではなく、天の御使いです。」

 

「なんだと?」

 

「桃香様とご主人様は、本当に民が苦しんでいるのならそれを助けようと、本気でそう思ってこの連合軍に参加することを決めました。」

 

呆れた。朱里の言葉を聞き、思わず額に手を当てながら天を仰いでしまう。今のこのご時世に素直に周りの言葉を鵜吞みにし、全く知らない赤の他人のために動こうとする奴がいるとは。

 

「なんでそんな奴に仕えてるんだ?」

 

「こんな世の中だからこそ、あの方達のような御方が必要なんです!」

 

心底呆れたように言う徐庶に、朱里と雛里が反論する。その眼は本気だ。この二人がそこまで言うのだから、決して凡人ではないのだろう。だが、徐庶にはまだそうは思えない。

 

「まぁいいや。今はまだ様子を見させてもらうよ。正式に仕えるかどうかは保留にしておこう。」

 

「今度はこっちの番です。侠懐兄さまの目的、聞かせてください。」

 

雛里が目を厳しくしながらたずねた。今までの会話で、徐庶が劉備に仕えるために来た訳ではないことは分かった。では、なぜ態々義勇軍に参加したか。それを問いたださねばならない。

 

「大分省くが、ここに来るちょっと前まで洛陽にいてな。そこで出会った人に言われ、連合が出来る前に洛陽から出られた。」

 

若干面倒くさそうな顔で言う。だが、その表情だけで二人にはわかってしまった。徐庶はその人を助け出す為にここに来たのだろう。

 

「受けた借りは返さないとな。だがどう足掻いても、董卓軍に勝ち目はない。なら、戦のどさくさに紛れるのが一番確率が高いだろう。」

 

そう言う徐庶の顔を見て安心した。昔と全く変わっていない。誰かのため、正しいと思った事のため。そのために動ける心優しい徐兄のままだった。

 

「なら尚の事、正式に私たちの仲間になりませんか?侠懐兄さまが味方になってくれたら・・・。」

 

そういう朱里に対し、徐庶は首を横に振った。

 

「人が手を伸ばして良いのは届く範囲までだろ。俺にはまだ、お前らの主の行動を肯定することはできない。」

 

残念そうに視線を下げる二人。だが、徐庶は立ち上がり、二人の前にしゃがんで頭を撫でた。

 

「というわけで、済まないが俺の事は『単福』として、ただの一兵卒って事で頼むわ。今はまだ、な。あと、多少勝手に動くが、そこは目をつむってくれ。」

 

そう言って浮かべた笑みは、昔より少し凛々しく見えた。




手が届くのに伸ばさなかったら、死ぬほど後悔しそう。


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第33話 汜水関の戦い その1

翌朝。軽い朝食を終えた後に、進軍を開始する。

先鋒を勤めるのは『孫』の旗印。その右翼側後方を義勇軍が追従する。当然、その中には徐庶らも含まれていた。

 

(まずは汜水関。その後に虎牢関か。道のりは長いなぁ・・・。)

 

などと暢気に歩く徐庶。相変わらず眼鏡と頭巾をかぶった状態で、支給された槍を肩にかけながら周りに目を向ける。所詮は義勇軍だ。ある程度の統率はとれているのだろうが、決して褒められた隊列では無い。必要最小限の組み分けは出来ているようで、伍を組んでいるがそれだけだ。

 

チラッと後方へと視線を向けると、大きな偃月刀を手にし、美髪を結んだ女性。この隊を率いている将である関羽だ。

 

「お、なんですか、主は関将軍に興味ありですか?個人的には趙将軍の方が好みですがね。」

 

邢道栄がニヤつきながら声をかける。徐庶が無言でその頭を叩いた。それからしばらくして、大きな関所が見えてくる。汜水関だ。そこに見える旗印は『張』と『胡』、そして『華』。

 

「将軍が3人か。不幸中の幸いは呂布がいないことだな。」

 

呂布。字は奉先。おそらく、ある程度見聞のある人物なら誰もが聞いた事のある名だ。董卓軍、いや、連合軍を含めても、間違いなく最強の人物であろう。その旗印が無いという事は、ここには居ないはずだ。

 

早速先鋒の孫策軍が汜水関の前へと隊を進める。矢が届かないギリギリの所で何やら声を上げているようだが、効果は無いようだ。董卓軍としては、諸勢力が一同に会しているこの場、態々打って出る力押しは愚の骨頂。孫策軍としては、なんとか外へと誘き出したいのだろうが。

 

「こりゃ長引きそうだな。」

 

徐庶が肩にかけていた槍を地面に突き刺して腕を組む。隣で伍を率いていた陳応もこちらへと歩いてきた。

 

「なんとか引きずり出す手はないんですか?」

 

「んー・・・無い事も無いが、割に合わん。それよりも、だ。」

 

陳応の問いに答えつつ、徐庶が周りを見渡す。正面の汜水関。それを挟む様に左右には山。登ろうと思えば登れるが、正直キツい。だが、下ろうと思えばどうだろうか。

 

「・・・奇襲か?」

 

あり得ないとは言えない。援軍の見込めない籠城は下策だ。だが、今回の場合は相手が連合軍。何もせずとも不和は生まれるだろう。時間を稼げば稼ぐだけ、董卓軍が有利になる。もっとも、そのためには相手の気勢を削ぐ必要があるからだ。

 

徐庶は周りを警戒するがその日は杞憂に終わり、何もなく終わった。日が沈み、そして夜が明ける。その日も、同様に孫策軍が前に出て、挑発を繰り返すが効果はない。二日目も多少の矢を撃ち合うだけで終わった。

 

そしてその夜。いくつか簡易的に建てられた天幕があるが、そこから少し離れた所で立っていた徐庶。そこに歩み寄ってくるのは公孫賛と趙雲だ。

 

「やぁ、元気そうだな。」

 

「そちらも。」

 

軽く手を上げる公孫賛に、徐庶が笑みを浮かべながら頭を下げた。

 

「趙雲に話は聞いていたんだけど、意外だな。貴方程の者が一兵卒なんて。桃香、劉備に推薦しようか?」

 

「ありがたい話ですが、少々込み入った理由がありまして。」

 

「ん、じゃあ余り細かいことは聞かぬ事にしよう。で、だ。ここに来たのは貴方の意見を聞きたくて来たんだ。何か気になる事でもあれば教えてほしいんだけど。」

 

公孫賛の問いに、趙雲の方へと視線を向ける。すると、少しだけ考え、趙雲が口を開いた。

 

「ふむ、私が敵将側なら、ひたすら守るのは性に合わん。だが、兵力差は如何ともしがたい。出来ることいえば、夜襲をかける位だが・・・。」

 

「昨日の夜はそれがなかった。という事は、ひたすら籠り続けるしかないか。」

 

趙雲の意見に、公孫賛も頷く。確かにそうだろう。それに関しては徐庶も同意見だ。

 

「だが、夜襲にせよ奇襲にせよ、重要なのはその機を逃さないこと。正面に陣取られてしまった今となっては難しいでしょうね。つまり、既に一つ目の機は過ぎました。」

 

それは初日か、それよりも前。連合軍が汜水関に着く前でなければならない。

 

「では、もうその心配はないと?」

 

そう問う公孫賛に徐庶が首を振る。

 

「二つ目の機。それは、相手側に弛みが発生し始める時。もし俺が敵側なら―――。」

 

 

 

 

 

「今日も成果なし、ね。どうするの?あれ使う?」

 

天幕の中。手にした徳利から杯に注ぎながら、孫策が机の横に置いてある木簡へと目を向ける。それは、甘寧らが見つけた汜水関の横へ出る抜け道。幅が狭く僅かな人数しか通れないが、試す価値はあるかもしれない。

 

「いや、あと二日待つ。」

 

周瑜がそう言いながら、杯を受け取り煽った。その横で豊満な胸部を支える様に腕んを組んで立っていた女性、黄蓋が、ほぅと言葉を漏らす。

 

「なにか理由があるようじゃの。」

 

「そうですね。理由は二つ。まず、あの道を使うのは少々、危険度と成果の割が合わないというのが一つ。」

 

黄蓋の問いに、指を二本立て、その一つを折る。

 

「そして、もう一つが最大の理由ですが、敵はおそらく―――」

 

 

 

 

 

天幕の外。夜風が曹操の金髪を軽く揺らす。腕を組み、視線を向ける先には汜水関とその前に陣取る孫策軍。その曹操の下に歩み寄る二人の将。

 

「いかがしますか?華琳様。」

 

「私が出ましょう!そうすればあの程度の門、すぐに打ち破ってみせます!」

 

夏侯淵が曹操にたずねた。その隣に立つ、前髪を大きく後ろの方へまとめた女性、夏侯惇が胸を張って声を上げ、前へ一歩踏み出す。曹操は笑みを浮かべながら手を挙げ、夏侯惇を下がらせた。

 

「もう一日、待ちましょう。孫策の所には明後日にでも足を運ぶわ。あまりここで時間を費やしても面白くないものね。」

 

「明後日、ですか?」

 

キョトンとした目で、夏侯淵を見ながら夏侯惇が首を傾げる。夏侯淵も、困惑気味に首を振った。

 

「理由は簡単よ。この戦い、―――」

 

 

 

 

 

「「「明日動く。」」」



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第34話 汜水関の戦い その2

「敵襲!」

 

誰かが大声を上げ慌てる。それが部隊全体へと伝播していった。

 

前日と同じような睨み合い。多くの兵が「今日も昨日と同じか」と、気を緩めた夕暮れ時。陣太鼓が鳴り響き、山の上から董卓兵が姿を現した。その旗印は『華』。突然の出来事に、多くの兵が戸惑いを見せる。その中で最も早く動いたのは孫策軍であった。

スッと一糸乱れぬ動きで僅かに後ろへと下がる。それは即ち―――。

 

「・・・まぁ、そうなるよな。」

 

徐庶が溜息を吐きながら槍をくるっと一回転させ、構える。山から下りてきた董卓軍が義勇軍に突っ込んできた。それだけではない。汜水関の門が開き、城内からも打って出てきた。

 

 

 

 

 

「引きが速い・・・読まれとったか。せやけど、ここで引くわけにはいかん。行くで!ウチに続けぇ!!」

 

張遼が馬腹を蹴り、先頭で飛び出した。下がられてしまった分、奇襲には程遠い。だがここで出なければ華雄を見捨てることになる。なんとか先鋒である『孫』軍に多少なりとも被害を与えておかなければ。

偃月刀を力任せに振りぬく。その一撃で目の前にいた兵を三人まとめて吹き飛ばした。そのままの勢いで今度は振り下ろす。だが、その一撃は飛び出てきた女性に受け止められた。

 

「ほう。ウチの一撃を真正面から受け止めるか。張文遠や。あんた、名は?」

 

「甘興覇。」

 

馬上でニヤッと笑う張遼に対し、地上で無表情のままの甘寧が力任せに薙ぎ払った。

 

「面白い。でも残念や、今は一騎打ちしとる余裕は無いんや!」

 

大きく振りかぶり、力を溜めた一撃を振り下ろした。先ほどよりも重い一撃を受け、無理やり後方へと押しのけられる。僅かに顔を顰めた甘寧を無視し、張遼は駆けていった。

 

 

 

 

 

「雑魚にかまうな!将を討つぞ!」

 

華雄は焦っていた。当初の予定では、「連合軍が来る前に汜水関の外に兵を伏せ、気が緩み始めた所で奇襲をする。」という策だった。この策は、結果として半分は成功した。連合軍の本陣の方は慌てているという事が遠目でもわかる。誤算は、先鋒に効果がなかったことだ。こちらの動きに合わせるように下がり、正面と側面からの挟撃を防いだ。そして誤算はもう一つ。

 

「くそ!こいつら、思ったよりも強い!」

 

旗印が無いという事は、義勇軍だろう。所詮は民兵の集まりだ。大した事はない、という予想は直ぐに覆された。一人一人は弱い。だが連携がすごくしっかりしていた。最低でも二人一組で動き、互いに背中合わせ。決して無理に攻撃をしようとせず、守りに徹している。

 

「だが、その程度ではなぁ!」

 

大きく振りかぶった斧を地面に叩きつけた。その衝撃で目の前に兵が吹き飛ぶ。このままの勢いで進もうとした華雄の背後から大斧が振り下ろされた。それを振り返ることなく上段で受け止める。

 

「へぇ。お前も斧か。奇遇だな。」

 

「おうよ。俺は邢道栄ってんだ。あんた、華雄だろ?どっちが最強の斧使いか、この場ではっきりさせようや!」

 

振り返りながらニヤリとする華雄に、邢道栄が両腕に力を籠める。だが華雄がグッと腕に力を入れ、その斧をはじき飛ばした。

 

「面白い!かかってこい、格の違いを見せてやる!」

 

自身の得物を片手でぶん回し、構えを取った。その気迫に、邢道栄の背筋が冷える。

 

(こりゃやべぇ・・・。死ぬかも。)

 

この時点で華雄は二つ、過ちを犯した。一つは邢道栄との一騎打ちに乗ってしまった事。奇襲部隊に兵を率いる事が出来る将は華雄しかいない。故に、この時点で部隊の足が止まってしまう。そして二つ目は、連合軍の本陣の中に混乱していない部隊がいた事に気が付けなかったことだ。

 

「よし、このまま突っ込むぞ!」

 

公孫瓚が馬上で剣を振る。それを合図に、白馬の一団が華雄隊の側面へと突っ込んだ。奇襲をかけた筈の部隊が、逆に側面からの奇襲を受ける。これで完全に優位性は失われた。あとは、各個撃破されるだけだ。

 

「なに!?」

 

邢道栄へ斧を叩きつけながら焦る。視線を周りに向ければ、既に自分の隊は分断されてしまっていた。

 

「くそ!なんとか、汜水関へ!」

 

「逃がさんぞ、華雄!」

 

邢道栄から離れ、向きを変えた華雄の前に立ちはだかるのは、黒く長い髪をなびかせた女性。

 

「貴様!邪魔をするな!」

 

華雄が斧を振りかぶり駆けだす。同じように駆け出し、手にしていた偃月刀を一閃。華雄の肩から胸にかけ、一筋の赤い痕。

 

「む・・・無念。」

 

「敵将、関雲長が討ち取った!!」

 

 

 

 

 

戦場を覆い尽くす歓声。それが意味するもの。

 

「まさか!?・・・しゃーない、下がるで!」

 

孫策軍を突破仕切れなかった張遼が手綱を引き、馬首を返す。それと同時に視界の端に青い軍旗が入った。その一軍が門の方へと向かってくる。サッと血の気が引いた。

 

「『曹』の旗印・・・。いそげ!」

 

声を荒げると同時に、一斉に城門の方へと駆け出した。

 

「逃がすかぁ!張遼!!」

 

曹操軍の先頭を走っていた将、夏侯惇が一騎飛び出し、張遼へと迫った。そのすぐ後ろには、馬上の夏侯淵が弓に矢をつがえているのが見える。

放たれた矢は夏侯惇を追い越し、先に張遼へと届く。咄嗟に偃月刀ではじくが、姿勢が崩された。その隙を逃がさぬよう、絶妙なタイミングで夏侯惇が目前へと迫る。

 

「でええぃ!!」

 

振り下ろされた太刀。躱せる筈が無い。間違いなく一撃で首をはねる筈だ。だがそれは空をきった。

 

「なんのぉぉ!!」

 

姿勢を崩していた張遼は、そのまま重力に従い馬から下りた。そして一度だけ地面を大きく蹴り、再度馬上へと戻った。

そのまま夏侯惇とすれ違い、門をくぐる。からくも曹操軍を躱しきり、門を閉じる事に成功した。

門の内側では、張遼が馬からおり、息を切らしながら膝をついた。そこに一人の偉丈夫で無精髭の男、胡軫が歩いてきた。

 

「今のは・・・死ぬかと・・・思ったわ。」

 

「だが、無事でよかったわい。しかし奇襲が失敗したとなると・・・。」

 

胡軫が張遼に水の入った竹筒を差し出した。受け取った張遼がそれを一息で飲み干し、大きく息を吐く。

 

「せやな。華雄には済まんが、今夜中に虎牢関に引く。」

 

 

 

 

 

「まさか、今のを躱されるとは・・・。」

 

「くそ!次こそは!」

 

夏侯姉妹が馬足を揃え、曹操のもとへと下がっていった。その曹操は、後方から今の戦いを見て笑みを浮かべていた。そこに李通が馬を駆って来て、隣に降り立った。

 

「どうした、孟徳殿。えらい上機嫌だな。」

 

「ええ。それで、文達。そっちはどうだったのかしら?」

 

腕を組みながら目線だけを横に向ける。

 

「華雄を討ったのは義勇軍の関羽だ。たしか、長い髪を左側に束ねていた子だな。」

 

「関雲長に、張文遠。実に良いわね。欲しいわ。」

 

そう言って舌なめずりをする。また悪い癖が出たかと、李通は表情は変えることなく、内心で溜息をついた。



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第35話 汜水関の戦い 夜

関羽に斬られた華雄だが、その後に部下達に担がれ汜水関とは逆の方へと逃れて行ったらしい。追撃隊は出たのだろうが、おそらく補足は出来ないだろう。

 

「奇襲を破り、猛将華雄を撃退」の報を受け、その夜連合軍本陣では宴がおこなわれていた。 その声を遠くで聞きながら、たき火を前に陳応と徐庶は羹をすする。そこに、右い腕に包帯を巻いた邢道栄がやってきた。徐庶の隣に座り、鍋の中身を手にしていた碗に注ぐ。大した傷では無いようだが、一応徐庶がたずねた。

 

「腕の調子はどうよ?」

 

「余裕、とは言えないっすね。だけど、いつもの斧じゃなけりゃ行けます。」

 

「しばらく後方に下がってもいいんじゃないか?」

 

 陳応が水の入った筒を渡しながらたずねるが、邢道栄は首を振った。

 

「下がってもやる事は変わらんでしょうよ。あいつ等は義勇兵の事なんて考えてない。」

 

「全くなのだ!華雄の奴を倒したのは愛紗なのに!」

 

プンプンと腕を組みながら、張飛がやってきた。心なしか、頭の虎の飾りも不機嫌な顔をしているように見えた。その後ろからは、苦笑いしながら関羽もやってきた。三人はスッと立ち上がり、拱手をする。

 

「楽にしていい。先の戦いでは、貴公の御かげで華雄を撃退する事が出来た。礼を言わせてほしい。」

 

そう関羽に言われ、邢道栄が照れながら頭をかいた。その様を見て張飛と関羽も顔を見合わせ笑みを浮かべた。

 

「その腕前と言い、今の礼と言い、御三方はもしかしてどこかの軍に所属してい事があるのか?」

 

その問いに、邢道栄と陳応がチラッと徐庶に視線を向けた。別に隠す事では無いが、話してもよい事なのだあろうか?その視線を受け、徐庶が頷く。

 

「自分は違いますが、こちらの二人は荊州軍の兵卒をしていた時期がありました。」

 

「成程。部隊を率いた経験は?」

 

「私は什長を務めたことがありますが・・・。」

 

陳応がおずおずと手を上げながらいう。それを聞いた関羽が笑みを浮かべた。

 

「それはありがたい。正直なところ、兵をまとめる事が出来る人物が圧倒的に足りていなくてな。三人には近いうちに改めて任命するかもしれないから、その時にはよろしく頼む。」

 

関羽がそう言って軽く頭を下げた。そこに一人の男が速足で駆けてきた。

 

「関将軍、なんか、曹操殿が用があるとかで。」

 

「堅苦しいのは無しで良いわ。こっちが勝手に来ただけだから。」

 

そこには曹操と、その部下と思われる瓶を持った者が数名。トンと置かれた瓶の蓋を開けると、そこから香るのは酒の匂い。邢道栄が思わずゴクリと喉をならす。

 

「曹操殿、態々このような所に。それは?」

 

「先の戦い、論功の一功は間違いなく貴女よ。にもかかわらず、諸侯は其れには一切触れないもの。呆れてしまったわ。だからこれは私からの贈り物よ。といっても、兵たち皆で分けたら一人に一杯程度しかないのだけれどもね。」

 

軽く肩をすくめながらそう言った。そしてスッと鋭い視線をむける。

 

「貴女ほどの者をこんな所で埋もれさせるのは勿体ないわ。私の所に来ない?」

 

「ありがたいお誘いですが。」

 

その誘いに、関羽が即答して会釈した。曹操が微笑みながら小さく息を吐く。

 

「そう。ならまた今度声をかけさせてもらうわ。せめてこれぐらいは受け取りなさい。私からの褒美よ。」

 

杯を取り出し、酒を注いで関羽へ渡す。流石にこれを断るのは悪いと思い、関羽も微笑みながら受け取った。そしてその場で一息で飲み干した。

 

「ありがとうございます。中々の美酒ですね。」

 

杯を返すが、曹操はそれを手を振ってうけとらなかった。

 

「褒美といったでしょ。持っておきなさい。それ自体もそこそこの物だから。なんだったら売って軍資金の足しにでもしなさい。」

 

そう言って曹操は帰っていった。それと同時に邢道栄が置いてあった杯を手に取りさっそく酒を飲む。

 

「うぉ!?なんだこれ!?すげぇ美味い!」

 

その声につられるように、一斉に周りの兵らが集まった。そんな中を手にしていた羹をこぼさないようにそそくさと徐庶が離れていく。集まる兵らを見ながら溜息を吐いた。

 

(やれやれ。まさか将軍に目をかけられるとは。少し動きにくくなったな。)



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第36話 虎牢関の戦い

翌朝。それはあまりにも静かすぎた。そんな徐庶の所に雛里が小走りでやってくる。

 

「これは軍師殿。朝早くからお疲れ様です。」

 

徐庶が意地悪そうな笑みで雛里を迎えると、顔を赤くしながらふくれっ面で裾を掴む。

 

「侠懐兄さま、ひどいです。」

 

「悪かったって。それで、何か動きがあったのか?」

 

徐庶が頭を撫でると、雛里は一度小さく深呼吸をして表情を厳しくした。

 

「朝から、炊事の煙が一切上がっていませんでした。恐らくですが汜水関はもう、もぬけの殻だと思われます。」

 

「撤退?いくらなんでも早いな。」

 

内心驚きながらも、表情はいたって冷静な徐庶。少し俯き気味に顎に手を当てる。この体制の時は、頭を最大限に回転させている時の徐庶だと知っている雛里はそのまま黙って待っていた。

 

「という事は汜水関は捨てる事が前提か?」

 

「はい。恐らくですが、その後の虎牢関が防衛の本陣だと思われます。」

 

雛里と同じ結論に達した徐庶。恐らく汜水関は連合軍の出鼻を挫くための策が失敗した時点で破棄する予定だったのだろう。ということは、その後に控えている虎牢関。

 

「呂布だけでなく、張遼もいるとなるとかなり厳しくなるな。」

 

「私の予想では、こちらの軍が到着すると同時に奇襲があると思いましゅ……ます。」

 

「成程。汜水関と同じつもりでいけば、その時点で虚を突かれてしまうな。」

 

雛里と対策を話していると伝令と思われる男が走ってきた。その話を雛里が聞く。

 

「わかりました。」

 

チラッと徐庶を見る。無言で頷くと、雛里はその男と共に走っていった。その背を見送り、徐庶が頭をかく。

 

「さてさて……。面倒にならなきゃいいけどな。」

 

徐庶の懸念、感は大体嫌な所で当たる。

汜水関の先鋒を務めた孫策。奇襲の策を見事に打ち破った公孫瓉。奇襲の隙を突き、張遼を打ち取る目前まで迫った曹操。そうなると、総大将を務めている袁紹が自身に何も手柄がない事を懸念。対虎牢関を受け持つこととなった。そして、その袁紹が自軍の盾として義勇軍も巻き込んできた。

 

(どうしたものか。)

 

行軍する中で視線を巡らせる。少し離れたところを、夏場は目に余りよろしくなそうな金ぴかの鎧が歩いている。正直見ているだけで暑苦しい。

 

そんな日が数日続き、虎牢関が遠目に見えてきた。

 

「ここまで奇襲無しか。」

 

「すこし警戒しすぎじゃないですか?」

 

「石橋でも、渡るときには軽く叩きながらの方が良いさ。」

 

隣を歩く陳応の問いに徐庶は手にしていた焼いた鶏肉をかじりながら答えた。すると邢道栄が指さしながら声を上げる。

 

「あ!その肉いつのまに!?」

 

「昨日の夕方、飛んでた奴を仕留めた。なんだ、食うか?」

 

「いただきます!」

 

ちぎって渡すと、邢道栄は骨ごとバリバリとかみ砕いた。

 

そしてその日の昼過ぎ。虎牢関の門が目視できるあたりで足を止める。ここに陣を引くとの事だ。各々が天幕を広げ、竈を組み始める。

 

 

 

 

 

「……うん?今、何か音がしなかったか?」

 

袁紹軍のある男が組んでいた竈から顔を上げる。隣にいた兵は首を振った。気のせいかと、虎牢関へと目を向けると、門が開き始めていた。

 

「は……?お、おい、虎牢関が開いているぞ!」

 

その声に周りの兵も虎牢関へと顔を向ける。開いた門の中央には一人の女性が巨大な戟を構えていた。

 

「なんだぁ?たった一人か?」

 

ホッと胸をなでおろす男の隣で、ある兵が顔を真っ青にし、生まれたての小鹿の様に手足を震えさせていた。

 

「りょ……りょッ……ふッ……。」

 

「あ?どうしたよ。落ち着けって。」

 

男が兵の肩を叩く。そのままその兵は腰を抜かしてしまった。そして大声を上げる。

 

「りょ……呂布だああぁぁーーー!!!」

 

その声を合図にしたように、目の前の女性がバッと駆けだした。



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第37話 人中の呂布

個人的には、強すぎず弱すぎない、でも色々できる系主人公が好きです。

三國志で言うとステータス70後半から80前半程度。


「ええい、なにが呂布だ!この方悦が相手じゃい!」

 

「邪魔。」

 

真っ先に飛び出した一人の男。だが、見向きもせずの一振りで上半身と下半身が分かれた。

そのままの勢いで振り下ろされた一撃。大地がひび割れ、衝撃で大の大人が5,6人同時に吹き飛んだ。たった二回の攻撃。それだけで袁紹軍は阿鼻叫喚に包まれた。

そして最悪なことに、呂布に続いて多数の騎馬隊、歩兵隊が門から打って出だ。

 

「な、なんなんですのあれは!?誰かあれを止めなさい!!」

 

袁紹が慌てて声を荒げた。一人の騎馬が呂布に向かって駆ける。

 

「呂布!この穆順が相手を致す!」

 

「邪魔。」

 

槍を振りかざす穆順に、やはり一言だけ返し、戟を突き出した。首から上が砕け散る。

 

「ひいぃぃ!?」

 

遠目で見ていた袁紹が腰を抜かした。側近と思われる二人の女性が慌てて寄り添う。

 

「猪々子さん、斗詩さん!な、なんとかなりませんの!?」

 

「いやいや、流石のあたいもあれに突っ込む勇気はないなぁ。」

 

「いくらなんでも死んじゃいますよ……。」

 

二人も泣きそうになりながら首を振る。その背後から歩み寄る影。それに気付いた三人が振り返り、そろって小さな悲鳴を上げた。

 

「あんたたちは下がってなさい。じゃないと……巻き込んじゃうかもね。」

 

全身から溢れ出る殺気と熱気を隠す事なく、笑みを浮かべながら歩を進める。その様は、過去を知るものであれば、彼の英雄、覇王項籍を思い浮かべたであろう。

 

 

 

 

 

「無茶苦茶だな、あの呂布って奴は。」

 

公孫瓚が息をのむ。だが、あれを止めるだけの将がいるとは思えない。悩んでいると、そのすぐ隣を人馬一体となった白い流星が駆けて行った。

 

 

 

 

 

「あれが人中の呂布ね。」

 

「あれを欲するなら、軍の半数を捨てる覚悟がいるぞ。」

 

暴れまわる呂布をみて、笑みを浮かべる曹操に李通が勧告する。そんな事はわかっている。だからこそ、視線をその先に向けた。

 

「春蘭。」

 

「ハッ!」

 

曹操の声に夏侯惇が膝を着く。

 

「張遼をとらえなさい。出来るわよね?」

 

「御意。」

 

一言答え、馬を駆って行った。その後を追うように曹操軍の騎馬隊もかけていった。

 

 

 

 

 

「……やべえな。」

 

徐庶が立ち尽くす。暴れまわっていた呂布がなぜか方向を変え、義勇軍側に近づいていた。呂布が標的を変えたわけではない。ただ、近い相手を屠っていたら方向がたまたま向いただけだった。

 

「に、逃げましょう!」

 

既に腰が引けてしまっている陳応が声を上げる。チラッと後方へと目を向ける。虎牢関から出てきた騎馬隊が、呂布を援護する用に大回りで回り込んでくるのが見えた。そちらの対処に関羽が向かっているのも、見えてしまった。徐庶があきらめたように息を吐いて、陳応が手にしていた槍を奪った。

 

「ここら一帯の兵をまとめて後方へ撤退。とりあえず劉備さんと合流して……近いのは陶謙か。その陣に紛れとけ。」

 

そう言って、自分の中にある何かを一段階、上へと切り替えた。

 

 

 

 

 

「ええい、こ、この武安国が相手を……やっぱ無理!!」

 

震えながら剣を振りかぶった武安国。だが、呂布の威圧に怯え、背を向けて逃げてしまった。それに向かって容赦なく戟を振り下ろそうとして、途中で方向を変えて横なぎに振り払う。投擲された槍が木っ端微塵に砕け散った。視線を向けると、槍を構えた徐庶が立っていた。

 

「……邪魔。」

 

「だろうな。邪魔しに来たわけだからな。」

 

徐庶が駆けだす。槍を突き出すが、どう考えても切っ先は届かない。だが、呂布が戟を振るう。その戟と槍が触れ合った。本来なら槍が砕け散っていただろう。

 

「!?」

 

触れ合った瞬間、徐庶が槍を手放した。槍は遥か彼方へ吹き飛ぶが、手ごたえがなくなったせいで一瞬呂布の動きがぶれる。本来ならその隙に呂布へど攻撃を加えるところだが、徐庶はそのまま呂布の横を通り過ぎて背後へと回った。

 

「ッ……。」

 

呂布が振り返り一撃を振り下ろす。だが徐庶は既に距離を取っており、その一撃は大地を砕くのみだった。

 

(速いッ……!こりゃあ、間合いを得物の倍の長さと想定すべきだな。)

 

飛び散った破片が徐庶の頬を切る。流れる血を無視し、懐から短刀を二本、呂布の顔めがけて投げる。それを呂布は平然と片手で掴んだ。

 

「返す。」

 

「んなッ!?」

 

呂布が手にした短刀を徐庶めがけて投げ返した。とっさの事に体をひねって躱すが、体勢を崩してしまい、地面に転がってしまった。慌てて立ち上がる徐庶の目前には振り下ろされる戟。

 

(あ……死ぬわこれ。)

 

咄嗟に直刀と懐から短刀を出し、十字で受け止めようとするが、耐えられる気がいない。

 

人が出したとは到底思えない激しい金属音。だが、その音の割には、徐庶の腕に伝わる衝撃は少なかった。

 

「フッ……。危ない所でしたなぁ。」

「これが呂布……。ふふふ、楽しくなりそうじゃないの。」

 

徐庶の手にした二本の刃。それに合わせるように重ねられた剣と槍。合計四本の刃が呂布の一撃を抑え込んでいた。

 

「何……?」

 

「趙子龍。名前ぐらいは聞いたことがあるのでは?」

 

「江東の虎、孫堅が長姉孫伯符。そんなのはどうでもいいでしょ?さあ、楽しみましょう!」

 

怪訝な顔をする呂布に対し、名乗った趙雲と孫策が両腕に力を込めた。流石の呂布も、軽くだが飛び、一旦距離を取った。そして、そこにさらにもう一撃。

 

「うりゃああぁぁ!!」

「はああぁ!!」

 

小さな体に似合わず、大きな咆哮。振り下ろされる重い一撃。その一撃を受けた呂布の表情が僅かに変わる。さらにそこに首を狙って振り下ろされた鋭い一撃。首をひねって躱し、改めて距離を取った。

 

「ここからは、張翼徳が相手になるのだ!」

 

「甘興覇、参る。」

 

「五体一か。だが、卑怯とは言うまいよ?」

 

そう挑発するように口走りながら趙雲が徐庶の腕を取り、立たせた。そして耳元で声をかける。

 

「まだいけるか?正直、あれを相手にするには一人でも多くの手がいる。」

 

本来なら一対一を挑みたいのが武将としての性だが、あれには勝てる気がしない。そう冷静に判断した趙雲が視線を逸らすことなくたずねた。

 

「正直きついが、そうも言ってられんな。出来るなら今すぐ逃げたい気分だよ。」

 

「そんな軽口が叩けるなら大丈夫でしょうな。」

 

徐庶が構えると趙雲も笑みを浮かべながら構えなおした。だが、そこでドラが鳴り響く。

 

「撤退?」

 

呂布が軽く首をかしげながら後ろへと目を向けた。虎牢関の上で小さな少女が手を振りながら声を上げているように見える。

 

「追いかけてくる?」

 

「……やめておくわ。これ以上追いかけたらウチの軍師様に怒られちゃう。」

 

孫策が剣を収め、肩をすくめた。張飛が何か言おうと矛を振り上げているのを苦笑いしながら徐庶が後ろから羽交い絞めにする。

 

「下がってくれるならその方がありがたいよ。」

 

「そう。じゃあ帰る。」

 

五人の将に囲まれた状態でありながらも、呂布は悠々と虎牢関へ帰っていった。

 

「はぁ……。助かりました、孫将軍。この借りはいつか必ずお返しします。」

 

徐庶が痛む腕をこらえながら拱手、孫策に頭を下げた。一瞬キョトンとした孫策だが、笑いながら手を振る。

 

「良いの良いの。私が好きで勝手に前線に出ただけだら。でも、あとで冥琳にこれでもかってぐらい叱られちゃうんだろうなぁ。」

 

うんざりとした表情の孫策の背を甘寧が押しながら帰っていく様を見送った所で、徐庶が地面へとへたり込んだ。

 

「おお!?だ、大丈夫なのだ!?」

 

「ああ……正直あまり大丈夫じゃないかも。」

 

両腕どころが、足もしびれだす。さっきまでは全身に気を巡らせていたから耐えられたが、少し緩めただけでこのありさまだ。趙雲の肩を借り、なんとか義勇軍の陣まで下がっていった。




この裏で夏侯惇が目を負傷。この小説ではその描写は一切ない。

夏侯惇「はぁ!?な、なぜだ!?」

……いや、マジごめん。


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