やる夫とクラスメイトがバトロワに参加させられたようです (MASUDA K-SUKE)
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1話

プロローグ

 20XX年、ある国では全国の学校から無作為に選ばれたクラスの生徒らを対象にした『プログラム』と呼ばれるデスゲームを行っていたッ!この『プログラム』とは、一つのクラスに属する生徒全員を一ヶ所に閉じ込め、最後の一人になるまで殺し合わせるというものであった。騙し、騙され、裏切り、裏切られ、利用し、利用され、殺し、殺される。そんな悪魔のゲーム『プログラム』を執り行うことを決めた法案を、人々はBR法と呼ぶッ!これはBR法によって不幸にもプログラムに参加させられたあるクラスの物語であるッ!

 

 

 

1

 ある国のどこかにあるハーメルン学園。この学園の3年β組に一人の男子生徒が転校してきた。その生徒の名はやる夫という。白い肌、背は低く小太り。ほがらかで愛嬌のある顔をしている。いや、時々むかつく顔にもなる。

「こんにちはだお。ニュー速学園から来たやる夫だお。みんな、よろしくお願いするお」

 彼は今、3年β組の教室でクラスメイトらへの自己紹介を終えたところであった。自己紹介を終えたやる夫はクラスメイト達からまばらながらも拍手で迎えられた。

「これからやる夫君も皆さんと共に勉強します。仲よくしてくださいね」

 3年β組の担任である糸色望がそう言った。彼は絶望先生というあだ名で生徒から呼ばれている。

 それではやる夫君の席は、と絶望先生がやる夫に席を教えようとした瞬間、教室の戸が叩かれた。

「やる夫君、悪いんですがちょっと待っていてください」

 そう言うと絶望先生は教室の外へと出ていった。廊下で誰かと話し込んでいたが、しばらくすると話が終わったのか、教室に戻ってきて教卓の前でこう言った。

「皆さん、このクラスは今から修学旅行に行くことになりました」

 は?

 やる夫、転校初日から修学旅行の始まりだお。

 聞いてないお。

 

 

 

2

 走るバスの中、ここにはやる夫を含めたハーメルン高校3年β組の生徒43人と担任の絶望先生が乗っている。

 まさか転校初日から修学旅行に行くとは思わなかったお。みんな楽しそうに話したり、遊んだりしてるお。でもこれはチャンスじゃないかお?修学旅行なら新しいクラスメイトらとどこかへ出かけたり、遊んだりしてすぐに仲良くなれそうだお!修学旅行万歳だお!

 そう思ったやる夫は早速友人を作ろうと隣の席に座っている男子生徒を見た。彼は窓の外の景色を眺めている。その男子生徒の顔はやる夫にそっくりだが、やる夫の顔が横に長いのに対して彼の顔は縦に長かった。また、やる夫のような小太り体形ではなく、長身かつ痩身であった。

 話しかけて友達になるチャンスだお。早速、やる夫の面白いキャラをアピールするお!

 やる夫は隣に座っている男子生徒に満面の笑みを浮かべながら話しかけた。

「エライコッチャ、エライコッチャ、ヨイ、ヨイ、ヨイ、ヨイ、あんたのおなまえ何アンてエの?」

 やる夫はただ話しかけるだけでは無く、手でそろばんをはじく動作も取り入れた。これはトニー谷という芸人のネタで、以前の学校でやる夫が頻繁にモノマネしていたものであった。

 以前の学校ではこれが大受けだったお、彼もすぐに笑い出すお。

 期待に胸を膨らませてやる夫は男子生徒の顔を見たが、やる夫の期待と異なり、男子生徒は首をかしげていた。笑うどころか、知らない物を見た時のような顔であった。よく分からないものを見せられ、反応に困っているのであろう。彼の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいても不思議ではない。

「あっ…え、えっと…お、俺の名前はやらない夫です」

 くっ、そこは『やらない夫と申ちまちゅ』とでも言って欲しかったお。このネタを知らないのかお。

 当たり前だ。

 渾身のネタが不発で少しショックだったやる夫。でも、やる夫はすぐに立ち直った。この立ち直りの早さはやる夫の長所でもあると言えよう。

「さっきも教室で自己紹介したけど、やる夫はやる夫というお。よろしくだお」

 そう言うとやる夫は笑顔でやらない夫に右手を差し出した。やらない夫は困惑したような表情になりながらも、あっ、ああ、握手かと言うとやる夫の手を握った。

「仲良くしてほしいお、やらない夫さん。そうだ、やらない夫って呼んでもいいかお?」

「お、おう。こちらこそよろしくな。クラスメイトなんだし、呼び捨てぐらい構わないぜ。俺もお前の事をやる夫って呼ぶから」

「おおっ、早速友達が出来たお!嬉しいお。ありがとうだお、やらない夫」

その後も二人の会話は続いた。やる夫が話を切り出し、それにやらない夫が反応するかたちとなっていた。

「ネタと言えば、自己紹介でやろうと温めてたネタを披露するのを忘れてたお!」

「自己紹介は普通だったな。どんな事やろうと思ってたんだ?」

「ニュー速学園出身、やる夫。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらやる夫の所に来なさい。以上。面白いだお、やらない夫?」

「普通の自己紹介をしといて正解だろ、常識的に考えて。そんな自己紹介やってみろ、教室は沈黙し、事あるごとにお前はその事でからかわれる。地獄のような学校生活を送る事になるぞ」

「なんでだお?以前の学校ではみんな自己紹介ではこう言ってたお。人によっては改変もして、それがまた大受けだったお」

「それは前の学校がおかしかったんだろ。いいか、自己紹介で受け狙いなんて滑るだけじゃ済まないんだぞ。周りからは珍妙な奴と思われ、お前も自分の心に傷を付け、その傷を抱えて一生涯生きる事になるんだ。公の場では普通にするのが一番なんだ。今後の為に覚えておけよ」

「そうなのかお。みんなもやる夫の事を愉快な人だと好意的に見てくれると思ってたお。話は変わるけど、このクラスには変わった人が沢山いるんじゃないかお?」

「まあな。でも俺からしたらお前も十分に変わってるけどな」

 是非やる夫に紹介してほしいお、とやる夫は言おうとしたがその発言はやる夫自身の欠伸によって妨げられた。

「むにゃ、なんだか眠いお。転校初日で緊張し、疲れが出たのかもしれないお」

「そうかもな。少し寝てもいいんじゃないか。着いてから眠くなるよりもいいだろ」

「そうするお。やらない夫、到着直前には起こしてくれお。それじゃあ、おやすみだお」

そう言うとやる夫は眠りについた。

「もう寝てやがる。こんなにすぐに眠れるなんて羨ましい奴だな」

 やる夫が寝たのを見てからやらない夫は再び窓の外に目をやった。

 そういや、到着直前に起こせって言ってたが、俺たちはどこへ向かってるんだ?だいたい、いきなり修学旅行なんておかしいだろ、常識的に考えて。あれっ、なんだか俺も眠いな。まあいいか、着いたら誰かが起こしてくれるだろ。俺も少し寝るか。

 こうして、やらない夫も眠りについた。二人は知る由もないが、彼らが寝た後も一人また一人と眠りにつき、バスの中は静まりかえった。最後には運転手以外の全員が眠りについた。

 

 

 

3

「なんなんだお、この映画。ギャングものだと思って見てたら突然吸血鬼との戦いが始まったお。わけわかんないお」

「こいつは一体どんな夢を見てるんだ…おい、起きろやる夫!」

 やらない夫は寝てるやる夫の体を揺さぶる。しばらくしてやる夫は目を覚ます。

「おはようだお、やらない夫。もうすぐ到着かお?」

 そうだ、以前見た映画に面白いものが、というやる夫の発言をやらない夫は遮る。

「そんな話はどうでもいいだろ!周りを見てみろ」

 やる夫は周囲を見ると、自分が学校の教室のような部屋の中にいる事に気づいた。また、やる夫は自分が椅子に座っており、目の前に机が置いてあることにも気づいた。机と椅子は共にどこの学校でもよく見かけるものであった。そして、やる夫だけでなく、やらない夫を含めクラスメイト全員に机と椅子が用意されていた。これではまるでどこにでもある学校の教室の風景である。だが、その学校にはいる筈のない人間が教室内にいる事に気づいた。それは全身を白い装甲で覆い、銃で武装したこの国の兵士、ストームトルーパーである。教室の四方にストームトルーパーは立っており、その中には生徒らに銃を向けている者もいる。

「どうなってるんだお、やらない夫!やる夫たちは修学旅行に出発したはずだお。何で学校に戻ってきてるんだお?それに、ストームトルーパーが何で教室にいるんだお?そして、何故やる夫たちに銃を突き付けてるんだお?」

「そんな一度に聞かれても俺だって分からないだろ!分かってるのは、ここは教室に似ているが俺たちの教室とは違っている、すなわちよく似た別のどこかという事だけだ」

 そう言ったやらない夫を見て、やる夫はやらない夫の首に銀色の首輪がつけられている事に気づいた。いや、やらない夫だけではない。他の生徒の首にも同様の首輪がつけられている。そして、やる夫は自分にも首輪がつけられていることに気づいた。

「こ、この首輪はなんだお?いつの間につけられたんだお?」

「きっと俺たちが寝てる間につけられたんだ。バスの中で眠くなったのは俺たちだけじゃなく全員みたいだ。何らかの方法で眠らされ、その間に首輪をつけられてここへ運び込まれたらしい」

 次第に他の生徒も目を覚まし、教室が騒がしくなり始めた。すると、教室の扉が開き、数人の男が入って来た。大柄で銀髪、顔には皺の刻まれた中年の男を先頭にし、その後ろには黒いサングラス、黒いネクタイ、黒いスーツといった全身を黒で統一した黒服の男らが数名続いた。黒服の男らは教室の扉を閉め、黒板の前に並び、やる夫ら生徒の方を向いて立っている。最初に入って来た中年の男は教卓に手を置き、やる夫らを眺めている。

 超展開でわけが分からないお。あの黒服はなんなんだお。ハンターみたいだお、逃走中でも始めるのかお?

 中年の男が口を開く。

「おはよう諸君。よく眠れたかな。私は今回のプログラムの進行を務めるBR法委員会の利根川幸雄という。突然だが今から君たちには殺し合いをしてもらう」

 は?

 このおっさん、突然出てきて何を言ってるんだお。殺し合い?いい年になって馬鹿じゃねーのかお。

 利根川の発言で教室内はざわめきだす。それを見て利根川は自分の手を叩き生徒らを再び自分に注目させる。教室内が静まり、利根川は話を続けた。

「突然の事で戸惑っているかもしれないが、すぐに現状が把握できるようにしてやろう。連れて来い!」

 利根川の指示に従い、教室に黒服が台車を押して入って来た。台車には人の身長程あるものが乗せられ、それに布がかぶせられている。利根川から外せと命令され、黒服は台車の荷物の布を外した。

 そこにはロープで首を吊った3年β組の担任、糸色望の姿があった。生徒の中から悲鳴が上がる。やる夫は腰を抜かし、床に座り込んでしまった。

「絶望先生はこのクラスでプログラムを行う事に反対されてな、その為に首を吊ってもらった。絶望した、喜んで首を吊ってやる、自殺してやるなどとおっしゃってたな。潔い男だと思ったよ。だがな、首を吊る直前でこちらをチラチラと見てきたと思えば、死んだらどうするなどとぬかしおった。結局、いつまでも首を吊らないから、こちらで彼の自殺の手伝いをさせてもらった。そういう訳で、急きょこの私が3年β組の担任を務める事となった。それでは今からプログラムのルールを説明するが、一度しか言わないのでよく聞くように。質問は一切受け付けない」

 教室が静まり返った。やる夫もとりあえず話を聞こうとする。

「これから私がくじを引き、そこに書かれた名前を読み上げる。名を呼ばれた生徒は前に来てもらう。生徒一人につき、一つのカバンを提供する。カバンの中には水、食料、地図、コンパス、時計、懐中電灯、そして武器が入っている。武器はそれぞれ異なったものとなっている。また、この島に来る時に君たちの荷物はすべて回収させてもらった。これは事前に武器を持ちこんでプログラムを有利に進めるのを防ぐためだ。君たちは与えられた武器を使って、この島で最後の一人となるまで殺し合いをしてもらうというわけだ。カバンを受け取り、この建物から出た時点でプログラム開始となる。ある生徒がカバンを受け取ってから一定時間経過後に私が再びくじを引き、そこで呼ばれた生徒はカバンを受け取りプログラムの開始、これの繰り返しだ。プログラムにおいてルール違反というものは存在しない。ありとあらゆる手を使って存分に殺し合って欲しい。さらに、この島には特殊な設備が施してある。これにより、この島では魔法、異能、超能力といったものは使えない。己の肉体と頭脳、そして支給された武器を駆使して戦ってもらう。もっとも、支給された武器次第ではそういった力が使えるようになるかもしれないがな。そして、既に気づいていると思うが、君たちには特殊な首輪を付けさせてもらった。その首輪は我々委員会がいつでも爆破させる事ができる。島から逃げたり、我々に抵抗したりするといった、我々の意に反した行動をした時はその首輪を爆破する。無理やり外そうとしても爆発することを覚えていてほしい。生きて帰りたければ自分以外のクラスメイトを全員殺せばいいというわけだ。そして、最後まで生き残った生徒一人には末代まで遊んで暮らせるほどの大金と、BR法委員会の長である唯一神様との面会が許され、願いを一つかなえてもらえる。そして、君たちに転校生を紹介しよう」

 転校生?や、やる夫の事かお?

 やる夫の予想と異なり、教室の扉が開き、二人の黒服が二人の男女を挟むようにして入って来た。男は長身で浅黒い肌、銀色の髪を立て、前髪を一部垂らしている。女は紫がかった黒髪を伸ばし、前髪を一直線に切りそろえている。

「転校生のオルガ・イツカ君と山田葵さんだ。この二人も今回のプログラムに参加する事になった。仲よく殺し合うように。以上で私の説明を全て終わらせていただく。君たちの健闘を心からお祈りさせていただく」

 利根川は一礼し、黒服らにくじとカバンを用意するよう命じる。やる夫はこれまでの利根川の説明を聞いて恐怖に震えていた。

 クラスメイトと最後の一人になるまで殺し合い?そ、そんなの出来ないお!やる夫はなんてクラスに転校してきてしまったんだお。そうだ、これは夢だお、夢に決まってるお。目が覚めたらやる夫はバスの中でやらない夫たちと修学旅行の行先について盛り上がるんだお。

 やる夫は自分の頬をつねった。

 痛い。痛みを感じる。夢ではない。

 ところがどっこい、夢じゃありません。現実です。これが現実。

 これは何の漫画のセリフだったかお。

 頭がボーっとして働かない。思い出せない。

 つらい。

 それにあんなおっさん共に首輪を付けられて管理されるなんてやる夫の趣味ではない。

 でも、仮に美人でボインのお姉さんに管理されるのだったらちょっといいかもしれないお。

 しばらくしてやる夫は自己嫌悪に陥った。

 そんな中、生徒の中から声が上がった。

「BR法?殺し合い?めんどくせー。やーだよ。バーーーカ!!!」

 金色の髪をツインテールにした女子生徒、ポプ子がそう叫んだ。ポプ子に続くように他の生徒も声を上げだした。

「ポプ子の言うとおりだね。殺し合いなんて馬鹿馬鹿しいもの、僕は降りさせてもらう。僕の代わりにα組の藤木君でも参加させればいいじゃないか」

 玉ねぎの様な形の頭をした男子生徒、永沢君男がつぶやく。

「困るフォイ!何で僕がこんなものをやらされなきゃいけないんだ!僕の父上は学園の理事で、政界、金融界といった様々なところに友人がいるんだぞ。今すぐ僕を解放しろ、さもないと父上が黙ってないぞ」

 プラチナブロンドの髪、青白い顔の男子生徒、ドラコ・マルフォイはそう訴える。

「待ってくだちゃい!私この夏の映画の主演で、これから撮影に行かないといけないんでちゅ!その代わりにパチリスやエモンガ、トゲデマルをプログラムに参加させまちゅから。駄目?ならほっぺすりすりしてあげますから見逃してくだちゃい」

 女子生徒、デデンネは委員会に取り入ろうとする。彼女の体は他の生徒と比べても小さい。オレンジ色の体。黒いしっぽ。綺麗な白い前歯。つぶらな瞳。大きな耳。赤く染まった頬。そこからアンテナ状の黒いひげが生えている。まるで鼠だ。

 こうした反感の声に 教室がざわめきだすが、利根川は顔色を変えることなく教卓に手をつき、生徒らに向かい口を開いた。

「Fuck you…ブチ殺すぞゴミめら…」

 ざわ…ざわざわ…

 利根川の一言で教室は静まり返る。

「いいか、お前らはBR法委員会によって運悪く選ばれ、今ここにいる。それを理解しろ。面倒、帰らせろ、代理人をたてる?そんな泣き言で状況は何も変わらない。お前らがするべき事は勝ってここから抜け出すこと。勝ちもせず生きようとすることがそもそも論外なのだ!『勝ったらいいな』じゃない、人生は『勝たなきゃダメ』なんだ。心に刻め、勝つこと、勝つことだけが全てなのだ。勝たなければゴミ…勝たなければ…勝たなければ…!」

 利根川の演説を聞いて、生徒らも反応を示す。

「殺し合いか。面白え、それならイライラしなくてすみそうだな」

 茶色に染めた髪をボサボサにした男子生徒、浅倉威は笑みを浮かべる。

「クラスのみんなで遊ぶんでしょ、すっごく楽しそうだね」

 深紅の瞳。黄色い髪をサイドテールにし、赤いリボンのついた白いナイトキャップをかぶった幼児体形の女子生徒、フランドール・スカーレットは笑い、万歳の姿勢を取る。彼女の背中には一対の枝に七色の結晶が吊り下がった独特の造形をした翼がある。

「面白そうなゲームじゃねえか。オレ様も乗るぜ」

 独特の形に尖らせた長い銀髪の男子生徒、獏良了も参加の意思を示す。

「をーほっほっほ、トラップマスターのこの私にかかれば、プログラムなんて楽勝ですわ」

 黄色のショートヘアで黒いカチューシャをした女子生徒、北条沙都子は高笑いをする。

「ルール無用の殺し合いって事は、何をやってもいいんだろっていう?でっていうにとってはまさに夢のようなこのゲーム!いいかお前ら、死の恐怖に震えて眠れっていうwwww」

 緑色の爬虫類のような外見の男子生徒、でっていうは他の生徒を挑発する。

「支給武器、首輪、特殊能力の使用不可、脱出不可能な島、なるほど。これらの面倒なルールは口だけは達者なトーシローのためってわけですな。そうでもしないと、こんなカカシども、俺なら瞬きする間に(パチン)皆殺しにできる。それじゃあつまらないですからな」

 浅黒い肌に短く刈り上げた髪。ダンディな髭が魅力的な男子生徒、ベネットはクラスメイトらに挑発をする。

「ちょっとみんな、こんなゲームに乗る気ですか?クラスメイト同士で殺し合うなんて間違ってます!私たちは深い絆で結ばれた仲間なんですよ!」

 黒い髪を前に長く垂らした女子生徒、山村貞子は皆に訴えるが、別の女子生徒、水銀燈に鼻で笑われる。

「くぅだらない。相手を殺して生き残らないと生きて帰れないのよ。そう説明されたでしょ、おバカさぁん…それとも他人のために自殺でもするのかしらぁ?私は一向に構わないけど」

 腰まで届く長い銀髪。赤い瞳。黒いリボンに黒いフリル、薄紫色の薔薇の意匠のヘッドドレスを付けており、気品のある姿だが、貞子を小バカにするような態度も感じられる。

 やる夫はこの一連の発言を聞いて頭を抱えてしまった。

 こいつら、殺し合いにノリノリだお。このクラス、どうかしてるお。

 変わってる奴が多いって言っただろとやらない夫がそばでつぶやいた。

 これらの様子を見て利根川は満足そうにうなずいた。

 突如一人の男子生徒、ケニー・マコーミックが声を上げた。

「むーむーむむむーむむー!」

 ケニーはオレンジ色のフードをかぶっており、口元が覆われてしまっている。そのために彼の発言はくぐもってしまっている。

「お前は何を言ってるのか聞き取りにくいんだよ。やれ!」

 利根川は携帯電話を取り出して命令を下した。

 その瞬間、ケニーの首輪が爆発した。ケニーの頭が吹き飛んだ。

 

【男子19番 ケニー・マコーミック 死亡】

【生存者 残り44人】

 

 

 

4

 やる夫の目の前でクラスメイトが一人死んだ。一度も話したこともない、名前も知らない生徒とはいえ、その事はやる夫に大きなショックを与えた。周囲から「なんてこった!ケニーが殺されちゃった!」、「この人でなし!」という声も聞こえてきた。そんなケニーの遺体を見て利根川は黒服に掃除しておくように命じた。

「まだ現状を把握していない者はいるか」

 利根川の質問に答えるものはいなかった。

「よろしい。開始前に参加者が一人減ってしまったが、これで男女の数が同じとなったのだから良しとしよう。それに首輪の爆発がどれ程のものかもわかっていただけただろう。それでは始めさせてもらおう」

 利根川はそう言うと、黒服に用意させたくじを引いた。

「最初の出発者は、男子22番やる夫」

「い、いきなりやる夫かお」

 やる夫は慌てふためきながらも床から立ち上がり、教室の前へ行く。そこで黒服からカバンを受け取った。そんなやる夫に利根川が話しかけてきた。

「教室を出て廊下の案内板に従えば外に出れる。そしたらゲームスタートだ。健闘を祈る」

 恐怖で漏らしそうになるやる夫だが、勇気を振り絞って耐え抜いた。ここで醜態をさらせば、教室にいるストームトルーパーに撃ち殺されたり、先ほどの生徒のように遠隔操作で首輪を爆破されたりしかねない。涙を流しながらもやる夫はカバンを手に教室を後にした。やる夫が教室から出るのを見届けた利根川は側にいた黒服に話しかけた。

「聞くところによると、彼は今日このクラスに転校してきたそうだな。よかったじゃないか、ほとんどの生徒は赤の他人だ。他の生徒よりも躊躇なく殺し合いに参加できるだろうな」

 

 

 

5

 廊下の指示に従ってやる夫は走る。そうしてるうちに建物から外に出た。ふと見上げると出てきた建物は非常に高いビルである事が分かった。やる夫が出てきた所の両脇にも武装したストームトルーパーが立っていた。恐らく、再び本部に入ろうとする者を撃ち殺すためだろう。

 そうか、やる夫たちはビルの一室に設けられた、教室を模した部屋にいたみたいだお。はっ、入り口付近にいたら次に出てくるクラスメイトと遭遇しかねないお。先ほどのやり取りを見ると殺し合いに積極的な人もいるみたいだし、まずは入り口からできるだけ遠くへ逃げて、安全なところに隠れるお。くっそ、転校初日でクラスメイトと殺し合う事になるとは思いもよらなかったお!

 本部のビルから出来るだけ離れる、その一心でやる夫は走り出した。

 

【男子22番 やる夫】

【身体能力】 E 【頭脳】 E

【武器】 ???

【スタンス】 生き延びる

【思考】 遠くへ逃げる

【身体状態】 正常 【精神状態】 動揺

 

ㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤㅤ*

 

 全ての生徒が出発した後、利根川と黒服も教室を後にし、ビル内のvipルームに向かった。そこには金融界、政界、芸能界、そして裏社会の大物といった世界中のvipが顔をそろえていた。この島にあるBR法運営委員会のビルでは参加生徒の管理だけではなく、このようなvipをもてなす為の部屋も多く用意されている。vipらはこのプログラムを娯楽として楽しむためにこの島を訪れた。vipルームから生徒たちの戦いの様子を観戦しているのである。ただ観戦するだけではなく、どの生徒が生き残るかの賭けも行われており、一回のプログラムで国家予算並みの金が動くとのうわさもある。そんなvipらの前で利根川は挨拶をした。

「ハーメルン学園3年β組45名を対象としたプログラム、無事に開始いたしました。それでは皆様にこのクラスの名簿をお渡ししましょう。○が生存、●が死亡を表します。果たして誰が生き残るのか、ぜひ予想してみてください。全滅という可能性もあります。あまり大声で言えないのですが、複数人生存というのも否定できませんがね」

 

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

 

○→生存、●→死亡

 

○ 男子01番 浅倉威

○ 男子02番 阿部高和

○ 男子03番 天野河リュウセイ

○ 男子04番 泉研

○ 男子05番 オルガ・イツカ

○ 男子06番 井之頭五郎

○ 男子07番 剛田武

○ 男子08番 相楽左之助

○ 男子09番 じーさん

○ 男子10番 先行者

○ 男子11番 多治見要蔵

○ 男子12番 でっていう

○ 男子13番 永沢君男

○ 男子14番 獏良了

○ 男子15番 ヒューマンガス

○ 男子16番 日吉若

○ 男子17番 ベネット

○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド

● 男子19番 ケニー・マコーミック

○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ

○ 男子21番 やらない夫

○ 男子22番 やる夫

○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ

○ 女子01番 うさみちゃん

○ 女子02番 木之本桜

○ 女子03番 桐敷沙子

○ 女子04番 日下部みさお

○ 女子05番 古明地こいし

○ 女子06番 佐天涙子

○ 女子07番 沙耶

○ 女子08番 水銀燈

○ 女子09番 枢斬暗屯子

○ 女子10番 フランドール・スカーレット

○ 女子11番 ちゅるやさん

○ 女子12番 デデンネ

○ 女子13番 ベータ

○ 女子14番 北条沙都子

○ 女子15番 ポプ子

○ 女子16番 まっちょしぃ

○ 女子17番 美樹さやか

○ 女子18番 見崎鳴

○ 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ

○ 女子20番 山田葵

○ 女子21番 山村貞子

○ 女子22番 両儀式

 

 

【生存者 残り44人】



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2話

当初は登場人物全員を男にして男子校にしようかと思ったのですが華が無いので止めました。


前回までの結果

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

○ 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
○ 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
○ 男子07番 剛田武
○ 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
○ 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
○ 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
○ 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
○ 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
○ 女子18番 見崎鳴
○ 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
○ 女子22番 両儀式

【生存者 残り44人】


6

 やる夫はひたすら走っていた。少しでも本部から離れた所へ、その一心がやる夫の体を動かし、普段よりも速く、かつ長く走る事を可能にさせた。

 ふう、これぐらい離れればひとまずは一安心だお。ああ、転校初日で話したことも無いとはいえ、クラスメイトと殺し合いなんて勘弁してほしいお。でも、死にたくもないお。

 やる夫は誰かを殺さず、かつ殺される事なく生き延びる方法を考えた。

 あっ、やらない夫がいたお。

 やらない夫。

 やる夫がここに連れてこられる前にバスの中で会話した唯一のクラスメイトである。あの時に話しておいて本当に良かったとやる夫は思った。

 一人でいるよりも、誰かといた方が安心だお。でも、他のみんなはやる夫を信用してくれるかが不安だお。それに、クラスには殺し合いに乗り気の人も沢山いたお。万が一、彼らに会ったらやる夫は殺されるお。その点の見極めもしないといけないお。いや、やらない夫はきっと殺し合いには乗らないお。よし、まずはやらない夫を探して合流するお。おっ、そう言えば、このカバンには武器が入ってるって言ってたお。見てみるお。殺傷力がある武器はいらないお。それよりも、自分の身を守れる武器が欲しいお。防弾チョッキとか入ってないかお。

 やる夫はカバンの中をあさった。その中に入っていたやる夫の支給武器、それを見てやる夫は言葉を失った。

 刀身に龍が巻き付いた意匠の金色に輝く西洋の剣。つばは龍の翼の形をしており、柄は龍のうろこ文様で、柄頭は龍の頭を模した形状となっている。さらに、つばの中心には赤く輝く宝石のようなものが埋め込まれていた。だが不幸にもこの剣はやる夫の手のひらよりわずかに小さいサイズでしかなかった。

 やる夫の支給武器、それは修学旅行先のお土産屋によく売っており、全国の男子を魅了してやまない龍が巻き付いた剣のキーホルダーであった。

 

【男子22番 やる夫】

【身体能力】 E 【頭脳】 E

【武器】 剣のキーホルダー

【スタンス】 生き延びる

【思考】 わけ分かんねえお

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

 

 

7

 女子09番、枢斬暗屯子。

 肩にかかるほどの長さの黒髪。切りそろえた前髪。彫りの深い顔。綺麗に整えられた口髭。鍛え上げられた肉体。ハーメルン学園生徒会の副会長を務め、極道一直線、極道界のキャリアウーマン、そこらへんにいる男どもよりも男らしい学園一のイイ女である。

 彼女はこの現状に激怒していた。以前から政府が全国の学生らを使って怪しげなゲームに興じているといううわさはあった。だがうわさのみで事実確認はできず、今日まで政府を野放しにしてきた結果、自分が政府のゲームに参加させられてしまったのだ。

 同じ赤い血を流す人間同士で殺し合いを行わせる、こんな残虐非道な所業が許されてたまるかーっ!

 枢斬は怒りのあまり叫ぶ。

 だが、彼女の怒りの対象はBR法委員会だけではない。何か行動を起こすこともなく、BR法委員会を今日までのさばらせてきた自分自身が許せなかった。こんなことなら、もっと前から行動すればよかったのだ。そうすれば、自分らが巻き込まれることはなかった。それどころか、奴らに弄ばれ誰かに知られる事なくその若い命を散らしていった少年少女を救う事ができたはずなのだ。しかし、今更悔やんでも過去は変わらない。悔やむ暇があったら、今すぐ行動すべきなのだ。

 枢斬はバッグから支給武器である鱧切り包丁を取り出した。普段からドスを使い、その扱いに長けた枢斬にとってこの武器は当たりであると言える。

 鱧切り包丁を持ち、枢斬はBR法委員会の本部ビルを見据える。

 咲いた花として、散る覚悟はとうの昔に出来ている。

 わしの生き様をよく覚えとけ、クラスメイトども。わしと委員会の犬コロどもの全面戦争じゃ。

 枢斬は本部のビルへ走って向かおうとするが、そんな彼女を後ろから呼び止める者がいた。

「でっでっでっでっで。早速女の子を見つけたっていうwwwおいおい、枢斬じゃねえか、大外れっていうwwwww」

「なんじゃあワレぇ!__ああ、でっていうか」

 枢斬を呼び止めたのは男子12番、でっていうであった。緑色の体に爬虫類のような外見、クラスで最もうざい生徒として評判である。

「何の用じゃでっていう、わしは今から委員会の奴らをブチ犯しにいくんじゃ。貴様も来るか?歓迎するで」

「お前、頭がクリボーじゃねーのかっていうwwww委員会に喧嘩売るなんてわざわざ死にに行くようなものだっていうwwwいやいや、止めたりしないから安心して死ねっていうwwwwww」

 でっていうの発言を聞き、枢斬はでっていうに殴りかかった。とっさの事ででっていうは反応できない。枢斬は左手ででっていうの顔を殴り、でっていうは数メートル程吹っ飛んだ。

「でっていう-っ!貴様はバカか!こんな糞ったれなゲームに乗るってのかい!今の一発でもまだ分からないってなら今度は分かるまでブチ犯したる!」

「ふむふむ。なるほどなるほど。で?っていう?いいか枢斬、ここで生き残れば多額の金を貰って一生遊び放題、さらに唯一神とかいうのに願いを一つ叶えてもらえるんだっていう。やるべき事はクラス全員を殺すだけ!男は殺す!女は犯して殺して犯す!普段は出来ないあんな事やこんな事がやりたい放題!この島はまさにでっていうにとって地上の楽園、ここが俺様のヨッシーアイランドだっていう!ここにお前みたいなブスはいらねえんだっていうwwwww」

 そう言うと、でっていうは懐から注射器を一本取りだした。中には赤褐色の液体が入っている。

 毒か?

 枢斬はでっていうから距離を取る。だが、でっていうの行動は枢斬の予想とは異なった。

 でっていうはその注射器の針を自身の腕に突き刺し、その中の液体を注入した。その瞬間、でっていうの体に変化が起こり始めた。でっていうの上半身に血管が浮かび上がり、腕、肩、首、胸、腹といった上半身の筋肉が急速に肥大化を始めた。筋肉の肥大に耐え切れなくなったのか、でっていうの制服が勢いよく破れた。

「うおおおおおおっ!力だ!力がみなぎるっていう!」

 でっていうの急激な変化を見た枢斬は再びでっていうに殴りかかった。枢斬はでっていうの顔面をめがけてこぶしを繰り出す。だが、でっていうも枢斬のこぶしに自分のこぶしをぶつける事で身を防いだ。でっていうのこぶしも先ほどまでとは比べ物にならないほど肥大化し、枢斬のこぶしをも上回る大きさとなっていた。枢斬はこぶしをひき、後ろへ下がる。そして鱧切り包丁を右手に持ち構える。その枢斬を見てでっていうは叫んだ。

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!驚いたか枢斬、これが俺様の支給武器、至高にして究極の料理、ドーピングコンソメスープだっていうwwwwアミバ流北斗神拳とは似て非なるものだっていう」

 でっていうは勝ち誇った笑みを浮かべ、口からは唾液が飛び散る。でっていうの姿は先ほどのものとは大きく異なっている。異常なまでに活性化した筋肉により、でっていうの上半身は普段の数倍ほどの大きさとなっている。

 ドーピングコンソメスープとは数えきれない食材・薬物を精密なバランスで配合し、特殊な味付けを施して七日七晩煮込むことで完成する料理である。これを血管から摂取すると、摂取した人間の筋肉は急速に発達、活性化する。さらに、このスープは血液や尿からは決して検出されることは無い。

 だが肥大化したのはでっていうの上半身のみであり、下半身には変化は無かった。

 枢斬は鱧切り包丁ででっていうに切りかかる。でっていうは上半身を素早く動かして包丁をかわす。一方、でっていうも枢斬に殴りかかる。今のでっていうのこぶしの威力は枢斬のこぶしをも上回りかねない。それら全てを枢斬は回避する。枢斬がこれまでに培った戦闘経験が大きく関与しているのだろう。

 この様な攻防がしばらく続くが、突如枢斬はでっていうに背を向けて走り出した。

「でっていうのパーフェクトボディに怖気づいたのかっていうwwww情けないっていう、枢斬暗屯子!」

 でっていうも枢斬を追いかける。だが、ここででっていうに誤算が生じた。活性化したのはでっていうの上半身のみであり、下半身は以前のままである。その下半身が肥大化した上半身を支えきれなかったのだろう。でっていうは足がもつれてバランスを崩した。その隙を逃さず、枢斬は立ち止まると左足を軸とし、でっていうの顔面に回し蹴りをくらわせた。

「ハーメルン学園生徒会副会長、枢斬暗屯子!犯したるーっ!」

 枢斬の蹴りはでっていうの顔面を的確に捉えた。でっていうの歯が五、六本折れ、血と共に口から噴き出した。でっていうはその場に倒れる。倒れたでっていうの首元に枢斬は鱧切り包丁を向ける。

「貴様の負けじゃーっ!自分がどれ程のバカか分かったか。さあ立て、わしと共に委員会を皆殺しじゃ。そうすりゃ命までは取らん。心配するな、わしがお前を守ってやるねん。」

 松任谷由実よろしくクラスメイトを苦しめる全てのものから守ってあげたいのだろう。

 枢斬はでっていうに左手を差し伸べる。

「倉橋ヨエコよろしく俺様の楯になるってか。いや、お前は仮面ライダーガイみたいにガードベントになってもらうっていう。まあいい、でっていうも協力するっていう。一緒に奴らを倒すっていう」

 でっていうは笑って枢斬の手を握る。

 その瞬間、でっていうは握った左手を強く自分の方に引き寄せた。

 これには枢斬も予想できず、でっていうの方に前のめりに倒れこみそうになる。

 油断した。

「いーひっひっひっひwwwwこんな嘘に騙されるほどに馬鹿だとは思わなかったっていう、枢斬暗屯子ォ!俺様のこぶしでお前の顔面を無限増殖だっていうーっ!」

 でっていうは右手で枢斬の顔面を狙って渾身のパンチを打ち込んだ。

 枢斬は鱧切り包丁を持った右腕で顔を防ぐ。辛うじて顔を防ぐことは出来たが、でっていうのパンチは枢斬の右腕に直撃した。ゴシカァンと枢斬の腕の骨が折れた音がした。その衝撃で枢斬は鱧切り包丁を落とす。でっていうは枢斬が逃げないよう左手を強く握りしめ、二度目のパンチを撃とうとする。

 だが、突如でっていうの股間に痛みが走った。枢斬がでっていうの股間を蹴り上げたのだ。あまりの痛みにでっていうはつい左手を離してしまう。枢斬は落とした鱧切り包丁を左手で拾い、でっていうから距離を取った。枢斬は怒りで震えていた。

「貴様-っ!今の一発、わしの顔を狙ったなー!女の顔を傷つけようとするなど、男の風上にも置けん奴じゃぁーーっ!」

「まだ動けたのかっていう、化け物め。だがな、俺様のさっきのパンチはお前の右腕を確実に砕いたっていう!」

 それは事実であった。枢斬は右手に力が入らず、左手で鱧切り包丁を持っている。

「お前はもうその包丁は使えないっていうwwwwwさあ枢斬、お前の最後だっていう!死んだらお前の死体に旗でも立てといてやるっていうwwwwww」

 でっていうは腕を振り上げ枢斬に向かってくる。一方の枢斬はその場から動こうとしない。でっていうと枢斬の距離が狭まっていく。でっていうのこぶしが届く範囲に枢斬が入る直前、枢斬は包丁を持った左手を口元に近づけ、包丁の柄を口に咥えた。でっていうのこぶしが振り下ろされる。それをかわし、枢斬はでっていうの胸元へ飛び込む。そして口に咥えた包丁ででっていうの胸を斬り裂いた。

 でっていうの胸から勢いよく血が噴き出る。でっていうは呻きながら倒れこんだ。その時でっていうの体に再び変化が訪れた。肥大化した上半身が縮まりだし、瞬く間に以前のでっていうの姿となった。

「な…ぜ…」

 枢斬は咥えた包丁を外して伝えた。

「筋肉とは長期間に渡って身につけるもので、一朝一夕で身につくものじゃねえ。そこに気づけなかったのが貴様の敗因じゃーっ!」

 そうだったのか…っていう、とつぶやくとでっていうは動かなくなった。

 

 

【女子09番 枢斬暗屯子】

【身体能力】 S 【頭脳】 E

【武器】 鱧切り包丁

【スタンス】 BR法委員会犯したる

【思考】 まずは右腕の治療

【身体状態】 右腕の骨折 【精神状態】正常

 

【男子12番 でっていう 死亡】

【生存者 残り43人】

 

 

 

8

 自分は他のクラスメイト達よりも非常に優れた頭脳を持っている。

 男子10番、先行者は以前からそう思っているし、今もそれは変わらない。

 八角形で平たい頭。綺麗な円形の目と高い鼻が特徴的だ。細長い手足に空洞のある体。力強さは感じられず、強く押したら倒れてしまうように思える。

 今、自分はクラスメイトと殺し合うという、非生産的で無意味なゲームに参加させられている。

 面倒だ。さっさと帰りたい。自分はこんなところにいるべきではない。

 だが、帰るためには自分以外のクラスメイト全員を殺さなければならない。それ以外の方法は無い。生きて帰ることが出来るのは一人だけ。ならば誰が生き残ればいいか。

 わざわざ言うまでもない。

 自分である。

 このクラス45人の中から一人だけが生き残れる、それなら人類にとって有益な人間が生き残った方がいい。無益な凡人クラスメイトの代わりは世の中にごまんといる。あんな有象無象がいくら死んだところで世界は何ら変化せず、何事も無かったかのように進んでいく。一方、自分の偉大な頭脳の代わりはない。自分がここで死ぬという事は全人類にとっての大きな損失だ。それは防がなければならない。ならどうするか。簡単だ。

 このゲームで優勝すればいい。

 有能な自分には無能な奴らを殺す権利がある。

 先行者がそこまで考えていた時、彼の背後で物音がした。

 先行者は後ろに振り向き、自分の股間に備え付けられている武器、中華キャノンを使おうとした。

 中華キャノンとは先行者が有する秘密兵器の名で、ここからミサイルを発射することが可能である。

 誰だか知らんがミサイルで吹き飛ばしてしまおう。

 だが、ミサイルは発射されることは無かった。

 何故だ?

 自分の体に特に異常はないと思う。非常時に備えミサイルはいつでも発射できるようにメンテナンスをしてある。

 予想外の事態に慌てふためく先行者の前に男が姿を現す。長身で浅黒い肌。銀髪を立てながらも、前髪は下におろしている。BR法委員会の利根川に転校生として紹介された男、男子05番、オルガ・イツカであった。

 オルガは先行者の数メートル前で立ち止まり、口を開く。

「どうした?備え付けの武器の調子が悪いのか。気にするな、お前に問題はない。お前が眠っている間に委員会の奴らがミサイルを取り除いたんだろう。公平なゲームの為に武器は没収したと言ってただろ。忘れたのか?」

 忘れていた。確かにそんな事を言ってた気がする。でも、自分が寝てる間に体をいじくりまわしてミサイルを回収するだろうか。普通しないだろう。それよりもこいつは何なんだ。委員会に金で雇われたプロか、何らかの理由で無理やり参加させられた哀れな奴のどちらかだと思うが。それよりも初対面のくせになんて偉そうな奴だ。誰に口をきいてるのか分かっているのか。人類の宝となる頭脳を持つこの自分に向かって。身をもって分からせてやらないと駄目みたいだな。そもそもこいつの名前は何だったか。キット・イツカだったか、イツカ・ドコカだったか。いや、どうせすぐに死ぬのだから、名前などどうでもいい。

 でも気になる。

 もやもやして落ち着かない。

 先行者はオルガに名を尋ね、オルガは答える。

「俺は…鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ…」

「ご丁寧にどうも。でもねえ、私には中華キャノンが無くとも、これがあるんですよ!」

 先行者は拳銃を取り出し、オルガに向ける。オルガは両手をポケットの中に入れたままだ。

「これが私の武器、S&WのM29です。ダーティハリーをご存知ですか?そう、この銃こそダーティハリーも使っていた世界一強力な44マグナムです。あなたの頭なんか一発で吹き飛ばせるんですよ」

 先行者は右手に拳銃を持ち、オルガの眉間を撃ち抜こうと狙いを定める。

「あんた正気か?このゲームに乗るってのか」

 オルガは先行者に尋ねる。未だに一歩も動こうとしない。

「もちろん私は正気です。論理的に物事を考えることが出来ます。論理的結論からして、全人類の為に私は生きなければならない。イツカさんにはここで__」

 死んでもらいます、と先行者が言い終わらないうちにオルガは突如身を低くして先行者の左側に向かって走り出した。とっさの事で先行者は対応に遅れる。自分の腕を左側に向け、引き金を引いた。銃弾が発射される。だがそれがオルガを傷つける事は無かった。むしろ怪我をしたのは先行者の方であった。M29は威力が高いが反動も大きい。腕が細い先行者では片手で銃の反動に耐えきることが出来なかった。銃は跳ね上がり、銃弾は明後日の方向に飛んでいった。さらに跳ね上がった銃を先行者は自分の顔にぶつけてしまった。

 痛みで拳銃を落とし、とっさに顔を押さえる先行者、その体にオルガは蹴りを入れる。その衝撃で先行者は仰向けに倒れる。オルガの攻撃はこれで終わらない。倒れた先行者の腹を踏みつけ、身動きが取れないようにした。

「お前、あれだけ偉そうな事言っておきながら、その銃の反動が大きい事は知らなかったのか?思ってたよりもバカなんだな」

 先行者を踏みつけながらオルガは挑発をする。先行者は怒りをあらわにして叫ぶ。

「この私に向かってバカとはなんだ!くっ、本当なら今すぐにでも殺してやりたいが、今回は許してやる。とりあえず足をどけろ、そうしたら命だけは助けてやる」

「あ?お前状況分かってんのか?そのセリフを言えるのはお前か俺か、どっちだ?」

 オルガも懐から拳銃を取り出し、倒れている先行者の眉間に狙いを定める。

「ま、待ってくれオルガ・イツカ!偉大なる私の頭脳をこの世から消してはならない!イツカ!落ち着け!やめろ!イツカ!うわああああ…あああああああああああああああああああ!」

 オルガの拳銃から一発の銃弾が発射された。銃弾は先行者の眉間を正確に撃ち抜き、先行者はもの言わぬ物体となった。

 オルガは足をおろし、先行者の武器であったM29を拾った。さらに先行者のバッグをあさり、その中から、水、食料、M29の弾丸を自分のものとし、ここから立ち去った。

 後に残るのは人類の宝となりうる偉大な頭脳の成れの果てだ。

 

【男子05番 オルガ・イツカ】

【身体能力】 A 【頭脳】 B

【武器】 トカレフTT-33、S&W M29

【スタンス】 邪魔者は殺す

【思考】 ここから離れる

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

【男子10番 先行者 死亡】

【生存者 残り42人】

 

 

 

9

「道化師さん見ぃつけた」

 女子10番、フランドール・スカーレットは数メートル前を歩く男子18番、ドナルド・マクドナルドに後ろから声をかけた。

「アラー!この声はフランちゃんか。どうしたんだい?」

 ドナルドは気さくに返事をする。

 まるでメイクを施したかのような白い顔。鼻と口まわりは赤く染まり、赤いアフロヘア-が印象的だ。

「退屈なの。遊ぼうよ」

 そう言うと間を置かずフランはドナルドに殴りかかった。だがドナルドもフランのこの行動を読んでおり、フランのパンチを軽々とかわす。

「道化師さん流石ね」

「ドナルドは今、君と一緒に遊びたくないなあ…」

「なーにそれ。つまんなーい」

 その後もフランは殴る、蹴る、ひっかく等の攻撃を繰り出すがいずれの攻撃もドナルドにかわされるか止められるかで、決定打が得られない。一方でドナルドはフランの攻撃に対して回避、防御はするものの、自分から攻撃を仕掛けてくることは無い。

 なによ道化師さん。自分からは一切攻撃しないなんてこのゲームのルールが分かってないのかしら。それとも私が疲れるのを待ってる?もしかして、女性には手を出さない紳士だったりして。

 はーあ。

 飽きちゃったな。

 フランは攻撃を止め、ドナルドから距離を置く。

 これぐらい離れればいいでしょ。

「おや、もう終わりかい?ドナルドもようやく体が温まってきたんだけどね」

 ならもっと熱くしてあげるわ。

 フランはカバンの中に手を入れ、支給された武器、スマートボムを取り出そうとする。

「ヘッハッハッハッハッハ。スマートボムを投げるのかな?それじゃあもっと離れないと危ないなあ」

 え?コイツ今なんて言った?

 フランはカバンの中に手を入れた状態で固まる。それとはお構いなしにドナルドは話を続ける。

「スマートボム、投げつけると広大な爆風を発生させる。強力な武器だけど、フランちゃんは一個しか持ってないんだよね。それを今使っちゃうのはもったいないと思うな。ドナルドは君の武器を知ってたよ。驚いた?」

 驚いた。十分驚いたわよ。だからさっさとこの事の種明かしをしなさいよ。むかつくわ。

 フランはバッグからスマートボムを取り出し、ドナルドに見えるように掲げる。

 投げつける気は失せた。

「正解だ!嬉しいなあ」

「道化師さんおめでとう。正解のご褒美にこの爆弾をプレゼントしようかしら。で、何で私の武器が分かったの?」

 もしかして、私がバッグの中身を確認したのを見てたんじゃない?手品の種だって一見複雑だけど実は単純だったりするじゃない。

「その質問に答える前に一つ提案があるんだ」

「何?」

「ドナルドと手を組まないかい?」

 嫌だ。

「おや、嫌だって顔してるねえ」

 だって嫌だもん。

「やっぱりフランちゃんは自分一人の力でクラスメイトと戦いたいのかい?」

「もちろんよ」

 武器を手にしてクラスメイト達と死闘を繰り広げる。私はそういうことがしたいの。

「でも、支給武器はスマートボム。これはフランちゃんの望みのものとは言い難いね。強力だけど使い勝手が悪い」

 その通り。ちょっと、私何も言ってないわよ。コイツは相手の考えが読めるっていうの?嫌だなあ。

「ここで、先ほどの質問に答えようか。ドナルドの支給武器はね、このプログラムの全参加者武器シートなんだ。これには誰がどんな武器を支給されたか、そしてその性能について詳しく書かれている。これがフランちゃんの武器を言い当てた手品の種だよ」

「やっぱり手品の種なんか聞くもんじゃないわ。面白さが半減しちゃうもん。で、手を組むって話は?」

「今言ったようにドナルドの武器は情報さ。その代わりに攻撃や防御のための武器をドナルドは持っていないんだ。ドナルドは武器が欲しい。フランちゃんもスマートボム以外の武器が欲しいだろう?そこで提案なんだけど、ドナルドは他の参加者の武器に関する情報をフランちゃんに教えよう。その情報をもとに二人で協力して強力な武器を手に入れようという事さ。それまで勝負はおあずけ、どうかな?」

「最後のダジャレ?」

「もちろんさぁ」

 確かに良い提案かも。武器が欲しいのは事実だし、他の子の武器が分かればそれだけでも有利だわ。でもコイツが嘘をつく可能性だってあるし、今ここでコイツを殺してそのシートを奪っちゃえばいいんじゃない?

「ちなみにシートは紙だからスマートボムを使えばドナルドと一緒に灰になっちゃうよ。殺して奪おうと思うのも自由だけど、先ほどの戦闘でフランちゃんではドナルドに勝てない事も分かるよね?」

 やっぱりコイツ私の考え読んでない?読んでるでしょ。そういう特殊能力はこの島では使えないんじゃなかったの?だとしたら不公平でしょ。ちゃんと仕事しろ委員会。

「いいわ。私にも利点があるし、武器が欲しいというお互いの目的は一致してるもの。協力しましょう、道化師さん」

「ありがとう、フランちゃん。嬉しいなあ、ランランルー」

 ランランルーって何なんだ?ドナルドが嬉しくなるとついやっちゃうものだ。

 

【男子18番 ドナルド・マクドナルド】

【身体能力】 A 【頭脳】 A

【武器】 全参加者武器シート

【スタンス】 生き残る

【思考】 フランちゃんと同盟が組めて嬉しいなあ

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

【女子10番 フランドール・スカーレット】

【身体能力】 A 【頭脳】 C

【武器】 スマートボム

【スタンス】 楽しく遊ぶ

【思考】 隙をついてシートを奪おう

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

 

 

10

 火は嫌いだ。

 火は全てを包んで燃やして黒焦げに、炭に、灰にしてしまう。

 おもちゃも。

 家具も。

 人も。

 家も。

 思い出も。

 全ては燃えたら炭か灰。

 みんな一緒だ良くはない。

 僕の過去は灰かぶりさ。

 みんな黒こげ灰かぶり。

 へへへへへ。

 そんな僕に支給された武器が火炎放射器だなんて笑っちゃうよなあ。

 へへへへへへへへ。

 男子13番、永沢君男は笑っていた。

 家が火事になってから僕の人生も真っ黒焦げだ。

 永沢は最近の自分を振り返る。

 永沢はスマホのパズルゲームで六人いる最高レアリティを誇るキャラの一人として登場している。

 そのゲーム内で最大火力が叩き出せるキャラなんて言われている。

 だがそれは間違いだ。

 永沢は最高のレアリティであるために素の火力は他のキャラクター達よりも高い。だが、永沢の有するスキルは獲得する経験値の上昇だ。スコアアップや火力の上昇ではない。永沢は最高レアリティのキャラの中で最も火力が低い可能性だってある。スキルを考慮すれば最大の火力を叩き出せるのは全体強化を持つ最高レアリティの野口だし、同じく全体強化を持ちレアリティで劣る藤木君にすら負ける始末である。

 自分は最初の頃はパーティーに組み込まれるも、他のメンバーが育てば必然的に外される。僕は藤木君らの踏み台ってわけさ。

 ああ、出来る事なら某聖杯の有名スマホゲームとコラボしたいな。清水のアヴェンジャーなんて僕にお似合いじゃないか。格好いいだろう。フランスで火刑となったあの聖女と炎、火力つながりでコラボさせてくれないかな。お似合いだろう?藤木君みたいな卑怯者の出る幕は無いね。彼がいたら原作の雰囲気が壊れるからね。そうだなあ、緑茶生産都市清水なんてどうだい。

 へへへへへへへへへへへ。

 何故僕だけがこうなった。

 永沢は火炎放射器を手に取る。

 燃やしてしまおう。

 全て燃やせば灰になる。

 灰になればみんな一緒だ。

 クラスメイトも。

 BR法委員会も。

 この島も。

 灰かぶりの過去も。

 狂った現在も。

 この僕も______。

 へへへへへへへへへへへへへへへへへ。

 誰かいないのか。

 永沢は周囲を見渡す。

 

 いた。

 

 見つけた。男女の二人だ。マクドナルドとスカーレットだ。

 永沢は奇声をあげながら二人のもとへ駆け寄る。当然二人も永沢に気づいたようだ。

「燃え尽きろおおおおおおお!」

 永沢は叫びながら火炎放射器から火を放つ。

 ドナルドとフランはそれをかわす。

「あれ永沢、貴方もこのゲームに乗るんだね。いいよ、遊び相手は多い方が楽しいもん。遊ぼうよ」

「やめるんだフランちゃん。永沢君の顔が変だ。丸尾末広の漫画の登場人物みたいな顔をしている。今の彼は普通じゃない、迂闊に近づかない方がいいよ」

「道化師さんは怖気づいたの?永沢の武器は火炎放射器でしょ。なかなか魅力的じゃない。今すぐ奪って殺しちゃおう」

 フランは素早い動きで永沢を惑わし隙をつこうとするが、噴き出す炎に遮られて近づけない。

「フランちゃん、バッグに燃え移ったらどうするんだい!」

 バッグ?燃え移ったらまずいのか。

 燃やすか。

 永沢はフラン目がけて火を放つが当たらない。

「そうだったわ。忘れてたわ、道化師さんありがとう。だったらさあ、ここは逃げた方がいいんじゃない?」

「もちろんさ」

 そう言うと、ドナルドとフランは走り出した。

 逃がすか。

 永沢も追いかけるが二人には追い付けない。みるみる二人の姿は小さくなっていき、ついには見えなくなった。

 逃したか。

 永沢はため息をつく。

 汚物は消毒だという有名なセリフがあるが、この世界そのものが汚物だ。こんな火炎放射器だけでは世界を消毒するのに全然足りない。それでもまずはこの島を燃やそう。

 一人一人を燃やしていては燃料が無くなってしまう。もっと効率的にこの島を燃やす必要がある。

 熱い決意を胸に永沢は歩き出した。

 

【男子13番 永沢君男】

【身体能力】 D 【頭脳】 D

【武器】 火炎放射器

【スタンス】 世界を燃やす

【思考】 全部燃やそう

【身体状態】 正常 【精神状態】発狂

 

 

 

11

 男子03番、天野河リュウセイは一流のボーガーである。カブトボーグを愛しカブトボーグに愛された男である。だがその愛はリュウセイによって都合よく利用される。以前彼はボーグバトルで負けた時に、負けた理由をボーグのせいにした挙句、川に投げ捨てたこともある。

 ボサボサの髪の毛は全体的に茶色いが、前髪の一部が黄色である。、

 俺の相棒、トムキャット・レッド・ビートルは委員会に奪われた。

 リュウセイはビルの出口に立っていたストームトルーパーに「返してくれよ、俺のトムキャット・レッド・ビートル!返してくれよ!」と涙を流して訴えたが、銃を突き付けられたので急いで逃げた。

 そりゃ命の方が大事だぜ。さらば俺の相棒、トムキャット・レッド・ビートル。お前の事は忘れない。後で委員会から絶対に取り返してやる。

 あーあ、ボーグさえあれば、こんなビルはお得意のボーグ魔法で爆発させてるんだけどな。

 それからリュウセイは本部のビルから離れるべく走った。

 ここならしばらくは安心だぜ。

 本部ビルから離れたところでリュウセイは今後の動きについて考えた。

 やる事なんて決まってる。本部に殴り込みだ!そして、相棒を取り戻す!

___いや、違うな。そんなことしたら首輪を爆破させられてしまう。それよりもこのプログラムで優勝して返してもらえばいいのか。

 そうだよな、優勝すれば一生遊べるほどの大金が貰えるんだから、そっちの方がいいよな。それでもっと強いボーグを買えばいいんだよな。

 よし。

 クラスメイト諸君、お前たちは今日まで共に過ごしてきた大事な仲間だが、この島で死んでもらおう!

 リュウセイは自分のバッグを開けて中身を確認した。利根川が言ってたように、バッグの中には水や食料といったものが入っており、それらと一緒に銀色のアタッシュケースが入っていた。アタッシュケースには何かブランド名のようなものが書かれている。

 SM…RT、BR…IN…?

 なんだこれ、読めねえ。まあいっか!

 リュウセイはアタッシュケースを開ける。中には銀色のベルト、携帯電話、デジタルカメラ、銃剣、双眼鏡が入っていた。ところどころに黄色が入った非常におしゃれなものであることが分かった。

 カッけえええーーー!

 でも俺は黄色より赤色の方が好きなんだよな。

 文句を言いながらもリュウセイは付属の説明書に従ってベルトにデジタルカメラ、銃剣、双眼鏡を装着する。そしてベルトを装着した。携帯電話を片手に持ちながら、説明書を読む。説明書の最後には次のように書かれていた。

 カイザギア。携帯電話、カイザフォンのボタンを9、1、3、エンターの順に押し、携帯電話を閉じ、ベルトに挿入すると仮面ライダーカイザに変身できる。変身すると灰になる呪いのベルトと呼ばれたが、草加雅人なら大丈夫。

 うわあああああああああああっ!

 これ変身したら灰になるって、死ぬじゃねえか!嫌だ嫌だ死にたくねえ、死にたくねえ!誰だよ草加雅人って!俺は天野河リュウセイ、大丈夫じゃねえ!

 怯えるリュウセイ。彼はその場にしゃがみこんでしまった。全身の震えが止まらない。

 恐怖で周囲が見えなかったのか、リュウセイは背後から近づいてくる者がいる事に気が付かなかった。

 ぐわっ!

 リュウセイの背中を突如激痛が襲った。その痛みで声が漏れる。だが、幸いにもどこかの骨が折れたりはしてないようだ。痛みに耐えて立ち上がりリュウセイは後ろを見た。

 そこに立っていたのは女子19番、ルーシー・モード・モンゴメリだった。

 長い暗めの赤髪。前髪は切りそろえられている。腰まで届く後ろ髪を三つ編みにして二つに分けている。歯には矯正器具を付けている。彼女の青い目は笑っている。

 モンゴメリの手にはネイルハンマーを持っている。あれでリュウセイを殴ったのだろう。楽しそうな声でモンゴメリはリュウセイに話しかけてきた。

「ようやくひとりめ見つけたと思ったら常識知らずのボーグ馬鹿じゃないの。あらご免なさい、痛かったでしょう。なにしろこんなもの使うの初めてなの。これがあたしの支給武器、ネイルハンマーっていうの。でもこんな名前じゃ美しくないわ。そうね、癒しの金槌なんてどうかしら。素敵でしょう?」

 リュウセイにとってはモンゴメリの一撃よりも、彼女がさりげなく言った常識知らずのボーグ馬鹿という言葉の方が痛かった。心が痛い。

 いててててて。

 リュウセイは胸を貫かれるような痛みに耐え、モンゴメリに精神攻撃を仕掛けようとする。精神攻撃はリュウセイの十八番であり、ボーグバトルでは何よりもまずボーガーの精神の強さが試される。

「お前…こ、こんなゲームに乗るっていうのか!クラスメイト同士での殺し合いなんて心が醜い奴だけがするもんだ!お前の性格がこんなにも不細工だとは思わなかったぜ!」

 恐怖心のせいか、いつものキレがリュウセイにない。

「物事が醜いとしか思えないのは貴方の心が醜いからよ。綺麗な心を持って世界を見てごらんなさい。世界は美しくて素敵なものであふれてるわ。このプログラムだって楽しもうと思えば楽しめるのよ。いいえ、どんな時でも楽しもうと思うだけで、人生は素晴らしく輝くのよ。こんなに面白い世の中に生きてるのだから、もっと楽しまないともったいないわ」

 モンゴメリはリュウセイの頭を狙ってネイルハンマーを振り下ろす。リュウセイはそれを左腕で防ぐ。

 リュウセイの左腕に激痛が走る。

 リュウセイは痛みをこらえてモンゴメリから遠ざかり、カイザフォンで変身しようとした。

 変身すると灰になる。

 あ…あ…。

 説明書の最後の文がリュウセイを恐怖で動けなくする。

 そんなリュウセイには構う事なくモンゴメリは再びリュウセイを殴ろうとネイルハンマーを振り下ろす。

 リュウセイはとっさに後ろ向きに倒れる事でモンゴメリの攻撃をかわすことが出来た。だがリュウセイも背中を地面に強くぶつける事となった。

 倒れたリュウセイめがけてモンゴメリは再びネイルハンマーを振り下ろす。その攻撃をリュウセイは転がる事で回避する。

繰り返し降ろされるモンゴメリの攻撃を転がる事で回避し続けるリュウセイ。いつしかリュウセイの体は砂まみれになっていた。

「これが汚れっちまった悲しみにってやつか…」

 リュウセイがつぶやく。

「それ知ってるわ。一世風靡セピアによる魁!男塾のオープニング曲のタイトルでしょ?」

「お前さあ、せめて中原中也の詩、百歩譲って異能とか言えよ!」

「はい隙あり」

 リュウセイの右足をモンゴメリはネイルハンマーで殴る。

 リュウセイは痛みで悲鳴を上げる。

 仮にモンゴメリにもう少し力があるか、鈍器の扱いに長けていたとしたら、リュウセイの右足は折れていただろう。

「さあ、この世とお別れよ。でも安心なさって。天国では貴方は沢山の人に囲まれて盛大に祝福されるの。怖いことなど何もないわ」

 モンゴメリは横になったリュウセイの顔を目がけてハンマーを振り下ろす。

 うわああああああああ。

 プツン。

 これまでに経験した事のないほどの恐怖心、それにより極限まで追い込まれたリュウセイの中で何かが切れた。

 リュウセイの茶色い瞳から光が消え、波紋のような模様が現れる。

 先ほどまでの生への執着がリュウセイの中から消えた。今や彼の心にあるのは目の前の敵を殺す、その一念のみである。

「残念だが俺が行くのは天国じゃない、地獄だあああ!」

 リュウセイは横になった状態で素早く転がり、モンゴメリの必殺の一撃をかわす。

 これにはモンゴメリも驚きを隠せない。

「俺はこんなところで負けるわけにはいかない。なぜなら、俺には絶対負けられない理由があるからだああああ!」

 リュウセイはカイザフォンを開き、ボタンを9、1、3、エンターの順に押した。カイザフォンからスタンディングバイと音声が出る。

「闇討ちするような卑怯な奴が優勝したら、世も末だからよおおお!変身!」

 

【男子03番 天野河リュウセイ】

【身体能力】 C 【頭脳】 E

【武器】 カイザギア

【スタンス】 皆殺し

【思考】 全員殺す

【身体状態】 左腕、右足の骨にひび 【精神状態】無一物

 

【女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ】

【身体能力】 D 【頭脳】 C

【武器】 ネイルハンマー

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 生きてるって素晴らしい事でしょう?

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

 

 

12

 クラスのみんなと殺し合いなんて出来ないよ。

 女子02番、木之本桜は泣いていた。

 茶髪のショートヘアに明るい緑色の瞳。その瞳も今は涙で濡れている。

 突然の修学旅行に驚くのもつかの間、クラスメイトとの殺し合いに巻き込まれたのだから当然の反応と言える。

 誰かを殺すなんていやだよ。でも、死にたくもないよ___。

 ___ううん、泣いてちゃダメ。泣いてたって何にもならないもん。この島から出る方法を考えないと。なんとかなるよ、絶対大丈夫だよ。

 そう思って涙を拭い、さくらはバッグの中を見てみた。中に入っていた武器はレーダーであった。画面には今自分がいる周辺の地図が映り、その中央に丸がある。

 この丸がわたしを表しているんだ。

 あれ?

 さくらは手に持ったレーダーの画面の上の方から丸が現れたことに気づいた。この丸は画面の中央の丸に次第に近づいてくる。

 誰かが近くにいるんだ。どうしよう。そうだ、まずは隠れて誰が来たのかを見てみよう。

 さくらは物陰に隠れた。レーダーに現れた丸は徐々に自分に近づいてくる。

 そろそろ誰か分かるかな。

 さくらはそっと物陰から顔を出した。

 そこにいたのは男子20番のドラコ・マルフォイだった。

 さくらはほっと胸をなでおろした。彼がこのプログラムに乗るような生徒ではないことをさくらは知っている。それにプログラムの始まる時、彼は委員会に反対した生徒の一人だった。彼は周囲を神経質そうにきょろきょろと見まわして歩いている。

 マルフォイの青白い顔は普段よりも一層青白く見える。

 さくらは物陰から姿を現し、マルフォイを小声で呼んだ。

「マルフォイ君。わたし、木之本桜だよ」

「うわっ!く、来るなあ!」

 マルフォイはスプレー缶のようなものを取り出し、さくらに吹きかけようとする。

 ほえええっ。

 さくらはとっさにそれを避ける。

 マルフォイは声をあげながら再びスプレーをさくらに吹きかけようとするが、さくらはそれをかわし続ける。

 どうしよう、マルフォイ君は動転してるんだ。そりゃ怖いよね、仕方ないよ。でも話を聞いてもらいたいの。

 マルフォイのスプレー攻撃を避けてるうちに、さくらはある事に気が付いた。

 あれ、このスプレーって。

 さくらはその場で立ち止まった。マルフォイは桜にスプレーを吹きかける。さくらはそれを避けようとはしなかった。避ける必要は無いからだ。マルフォイの吹きかけたスプレーがさくらの顔にかかる。

「こ、これでもくらえ、あ、アバダケダブラ!」

 マルフォイは叫びながらスプレーを吹き付けるが、さくらは微動だにしない。この事をマルフォイも奇妙に思い、スプレーを吹きかけるのを止めた。

「な、なぜだ。なぜ死なない?」

「だってマルフォイ君が持ってるのデオドラントスプレーだよ!」

「えええっ」

 マルフォイは驚いて手に持っているスプレー缶を見る。制汗スプレーだ。松岡修造が腋に吹きかけるので有名なあのスプレーだ。これでは人は殺すどころか傷つける事も出来ない。

 さくらは制汗スプレーを噴きかけられた顔を擦った。

 マルフォイは悲鳴をあげながらその場に座り込んだ。その眼には涙が浮かんでいる。

「ぼ、僕は家に帰らなきゃいけないんだ。たとえみんなを殺さないと帰れないとしても!そ、それにみんなを殺さなきゃ、僕が殺される!」

「大丈夫だよ。落ち着いて、マルフォイ君」

 そう言いながらさくらはマルフォイにレーダーを差し出す。マルフォイは震える手でそれを受け取り、「なんだこれは?」と尋ねる。

「これがわたしの武器。近くに誰かいるのかを教えてくれるの。画面を見て。今は中央に二つの丸があるでしょ。これがわたしとマルフォイ君を示してるの。画面に映ってる丸は二つだけ。つまり今は近くに誰もいないって事」

「なんだ…お、お前も攻撃できる武器を支給されなかったってことか。だ、だったらすぐに言って欲しかったね」

「ごめんね。でもそんな武器よりこっちの方がいいの。近くに誰かがいるのを教えてくれるから前もって隠れられるし、人を探すのにも便利だよ」

「人を探すって…そんな事をしてどうするんだ?」

「みんなで力を合わせてこの島から出るんだよ。きっとみんなもこの島から出られるのならすぐに出たいと思うし、本当は殺し合いなんてしたくないって思ってるはずだよ」

「なるほど、このレーダーを使えばいち早く他人を見つけられるな。そうやって協力してくれる奴を探すってとこか…でもな、クラスの大半はこのプログラムに乗ると思うぞ。協力してくれる確証がある奴なんかいるのか?」

「暗屯子ちゃんや貞子ちゃん、阿部君にドナルド君はきっと力を貸してくれるよ。それにうさみちゃんや先行者君なら頭がいいからこの首輪を外せるかもしれないよ。そしたら、この島から出られるんだよ!このクラスのみんなで協力すれば、こんなプログラムすぐにでも中止になるよ。わたしにはこれぐらいしか出来ないけど、わたしの出来る事を頑張るよ。ねえ、マルフォイ君も手伝ってくれる?」

 って、マルフォイ君にもマルフォイ君の考えがあるんだろうし、強制は出来ないんだけどね。だけど殺し合いに参加するのだけはやめて欲しいな。

 しばしの沈黙の後、マルフォイが口を開いた。

「分かった。木之本の考えに乗ってやる」

「本当に!マルフォイ君も手伝ってくれるの?」

「ああ。委員会の穢れた血どもには僕も激おこぷんぷんマルフォイって感じでね。こんなゲームはうんざりだ。なに、僕が本気を出したら、プログラムを終わらせるなんて、ふぉふぉいのふぉいさ。僕が力を貸してあげよう」

 そう言うとマルフォイは桜に右手を出し、握手を求める。さくらも笑ってマルフォイの手を両手で握る。

「ありがとうマルフォイ君!」

「礼には及ばないさ。そうだ、このレーダーは木之本のものだし、今は返しておこう」

 マルフォイはさくらにレーダーを返すがその手は激しく震えていた。さくらはレーダーを受け取る。

「おっと。木之本、この震えは武者震いってやつさ。決して怖いなんて思ってないぞ。本当さ。この僕がいつまでも怖がってるわけないだろう。勘違いはよしてくれよ」

 

【女子02番 木之本桜】

【身体能力】 A 【頭脳】 C

【武器】 レーダー

【スタンス】 島からの脱出

【思考】 いっぱい仲間を集めよう

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

【男子20番 ドラコ・マルフォイ】

【身体能力】 C 【頭脳】 B

【武器】 デオドラントスプレー

【スタンス】 島からの脱出

【思考】 仲間が出来て嬉しいフォイ

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

 

 

 




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

○ 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
○ 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
○ 男子07番 剛田武
○ 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
○ 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
○ 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
○ 女子18番 見崎鳴
○ 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
○ 女子22番 両儀式

【生存者 残り42人】


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3話

出ておじゃれポッター。透明マントで隠れていても臭いで分かりまするぞ!


ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

○ 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
○ 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
○ 男子07番 剛田武
○ 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
○ 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
○ 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
○ 女子18番 見崎鳴
○ 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
○ 女子22番 両儀式

【生存者 残り42人】


13

 変身!

 リュウセイはそう叫びカイザフォンを腰に付けたカイザドライバーに挿入した。

 コンプリートという音が響き、リュウセイの体が黄色い光に包まれる。

 モンゴメリはリュウセイから距離をおく。

 あらあら、面白いじゃないの。

 光が消えた。そこに天野河リュウセイの姿は無く、仮面ライダーカイザが立っていた。リュウセイの変身した姿を見てモンゴメリは楽しそうにはしゃぐ。

「ああ素晴らしいわ!とっても格好いいわね。でも貴方のイメージとはちょっと合ってないかしら。貴方には赤い色でカブトムシがモチーフの仮面ライダーの方がぴったりね、あはははは。さあ、かかってきなさい。どうしたの?お遊戯はこれからが本番よ!貴方の変身は素敵だけど、そのボロボロの体で何分心が保つかしら?」

 モンゴメリはネイルハンマーを持ち、リュウセイの攻撃に備える。

 こうなっては迂闊に近づくのは危険だわ。

 変身したリュウセイはベルトから双眼鏡の形をしたカイザポインターを外す。そしてカイザフォンに付いているミッションメモリーをカイザポインターに装着する。カイザポインターからレディーと音が出る。

 そのカイザポインターをリュウセイは右足に装着し、ゆっくりとモンゴメリに近づいていく。

 リュウセイはモンゴメリに殴りかかるが、その攻撃をモンゴメリは楽々かわす。

 やっぱりさっきまでの攻撃が効いてるんだわ。変身したとしてもそれほど素早くは動けないのね。

 モンゴメリはリュウセイの頭を目がけてハンマーを振り下ろす。

 さあ、その仮面の下の顔を見せてもらおうかしら。

 だがモンゴメリのハンマーが振り下ろされることは無かった。

 リュウセイは振り下ろされるモンゴメリの腕をつかんで攻撃を防いだ。さらにリュウセイはすかさずモンゴメリの腹に右足で蹴りを入れる。

 がっ…!

 モンゴメリの口から息が漏れる。

 その姿勢のまま、リュウセイはベルトに装着されたカイザフォンを開き、エンターキーを押す。

 エクシードチャージという音声が出る。

 カイザドライバーから右足のカイザポインターにエネルギーが注ぎ込まれる。カイザポインターから黄色に輝く光線が出る。それがモンゴメリの体を貫くと同時にリュウセイはモンゴメリの手を離す。光線を腹に受けたモンゴメリは後ろへ吹っ飛ぶ。リュウセイは高く飛び上がりモンゴメリ目がけてドロップキックをしかける。

「くらえ!これが俺の必殺技、ゴルドスマッシュだあ!」

 リュウセイの必殺の蹴りがモンゴメリに直撃する。

 この一撃でモンゴメリは斃れた。

「よっわー、秒殺しちゃったよー」

 リュウセイは地面で動かなくなったモンゴメリを見てそう言った。変身を解除する事なくリュウセイは次の獲物を求めて歩き出した。

 ここで呪いのベルト、カイザギアについて一言説明しておかねばならない。カイザギアで変身した者が灰となるのは変身した時ではない。カイザフォンをベルトから自ら外して変身を解除した時、もしくは他人の手でベルトを外されて変身を解除された時である。

 

【男子03番 天野河リュウセイ】

【身体能力】 C→S 【頭脳】 E

【武器】 カイザギア(仮面ライダーカイザに変身中)

【スタンス】 皆殺し

【思考】 見つけた奴は殺す

【身体状態】 左腕、右足の骨にひび 【精神状態】無一物

 

【女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ 死亡】

【生存者 残り41人】

 

 

 

14

「イライラするんだよ…」

 男子01番、浅倉威は支給武器であるエクスカリバールを振り回して周囲の木を殴ったり、木に蹴りを入れたりしている。

 浅倉は対戦相手を求めて島を歩き回っていたが、誰も見つけることが出来ずイライラしていた。最初は本部の入り口付近で待機し、次から次へと出てくるクラスメイトらと戦おうかとも思っていた。だがそれでは戦いがすぐに終わってしまうのでやめた。

 一瞬で終わったらつまんねえよなあ、もっと愉しませろよ。

 浅倉はバッグから支給されたパンを取り出して貪り食う。

 このザマなら待ってたほうが愉しかっただろうなあ、と浅倉が思った時である。

 浅倉の顔を目がけて石が飛んできた。

 浅倉はそれを悠々とかわし、石が飛んできた方向を見た。

 浅倉は白い歯を見せる。

「はっ、会いたかったぜ…ベネットォ!」

 浅倉の見た方向には男子17番、ベネットがいた。ベネットの魅力的な口髭の下の口は笑っているが、目は笑っていない。

「イライラしてるなぁ、浅倉。ちゃんと乳酸菌を取りな。まあお前にそんな機会はもう来ないがな」

 浅倉はエクスカリバールを振りかざし、ベネットに向かって走り出す。

 ベネットも再び浅倉に石を投げる。今度は両手で二つの石を投げた。

 浅倉は一つ目の石をかわし、二つ目の石は左腕で防ぐ。投石を意に介することなくベネットに襲い掛かる。

 防御ぐらい覚えろ、このクソッタレィ―――。

 浅倉はベネット目がけてエクスカリバールを振り下ろす。ベネットはそれをかわす。

 凄まじい破壊力だな。だがな、テメェの攻撃は単調だ。特殊な訓練を積んだ俺の敵じゃねえな。

 浅倉は再びバールを振り上げようとするが、それよりも早くベネットが浅倉の顔を殴る。

 ハハッ、今のは入ったぜ。

 ベネットは笑みを浮かべる。

 浅倉は今の一撃を受け、口から血を流している。だが浅倉の目は笑っている。

 何だぁその目は。そんなに殴られるのが好きならさらにもう一発くれてやるぜ。

 ベネットは浅倉に近寄り、顔面を殴る体制に入る。

 この瞬間、浅倉はベネットの顔を目がけて口から血を噴いた。その血がベネットの顔にかかる。

 突然の目潰しにたじろぐベネット。さらにベネットの腹に衝撃が走る。

 浅倉がベネットの腹に蹴りを入れたのだ。

 ベネットは後ろに吹っ飛ぶ。顔にかけられた血をぬぐう。その瞬間、浅倉がベネットの頭にバールを振り下ろす。

 ベネットはとっさに後ろに飛ぶ。間一髪で浅倉の攻撃をかわすことが出来た。

 畜生ぉ!楽に殺してやろうと思ったがやめだ!テメェには散々苦しんで死んでもらうぜぇ!

 それから二人の激しい戦いが始まった。ベネットは浅倉のバールの間合いに入らずに、投石での攻撃を試みる。だが、そんなものに浅倉は怯むことなくベネットに襲い掛かる。ベネットもバールの攻撃だけは避け続けていた。そして互いの拳が届く間合いとなると、すぐさま暴力の応酬が始まる。しばらく殴り合い、蹴り合ってはベネットが距離を取る。この繰り返しであった。バールを警戒するがゆえにベネットがわずかに押されていた。

 チキショー、このままではこっちが殺されちまう―――。

 そう思いベネットは浅倉から離れ、膝をつく。

 ほーら、隙が出来たぜ。かかって来いよ。

 これはベネットの演技である。それを知らずに浅倉は向かってくる。浅倉はバールを振り上げる。その浅倉の眉間を狙ってベネットは石を投げる。

 こいつは避けられねえだろ、くたばれ浅倉ぁ!

 浅倉の額に石が直撃する。浅倉の額が割れ、血が流れ出る。

 それでも浅倉は止まらない。ベネット目がけてバールを振り下ろす。ベネットは咄嗟に飛び上がりその攻撃をよける。

 こんのバケモンがぁ!

 だが浅倉の攻撃はこれで終わらない。浅倉はバールをベネットに投げつけた。バールは回転しながらベネットに向かって飛んでいく。ベネットはバールを紙一重で避ける。突然の事で、今度は演技ではなく本当に体勢を崩す。ベネットの隙を逃す浅倉ではない。すぐにベネットに殴りかかり、その顔面を何度も殴る。ベネットの鼻は曲がり、口は切れ、顔が血まみれとなる。さらに浅倉はベネットの体を掴み、腹に膝蹴りを何度も入れる。そしてベネットを放り出す。それによって倒れたベネットの体を何度も蹴っては、踏みつける。

「なあ…本当に愉しいよなあ、戦いってのは!」

 浅倉は楽しそうに笑う。額から流れ出る血で浅倉の顔は赤く染まっていた。

 浅倉はベネットを蹴るのを止め、先ほど投げたバールを拾いに向かう。バールを拾い、倒れているベネットの頭上にバールを振り下ろそうと構える。

 その浅倉の肩を誰かが後ろから叩いた。

 浅倉は首を回して後ろを見る。

 そこにはベネットが立っていた。

 その顔には笑みを浮かべている。

 浅倉の動きが止まる。

「あ?――ベネット――」

 浅倉は足元を見るが、そこにもベネットは先ほどと同じ姿で倒れている。だが、倒れたベネットもまた笑みを浮かべていた。

「残念だったなぁ、トリックだよ」

 突如浅倉の背後に現れたベネットは浅倉を殴り飛ばす。それと同時に地面で倒れていたベネットも起き上がり、浅倉の後頭部に肘を入れる。突然の攻撃で浅倉はバールを手放す。それを地面で倒れていたベネットが拾い上げる。

「気分いいぜぇ!浅倉ぁ!てめえはもう終わりだぁ!」

 ベネットはバールで浅倉を何度も殴る。突如現れた二人目のベネットも浅倉に蹴りを入れる。二人のベネットによる怒涛の反撃を受け、遂に浅倉は動かなくなった。エクスカリバールを肩にかける。

「こいつは貰うぜ。もうてめえには必要ねえ」

 それからベネットは新たに現れたもう一人のベネットの鼻を押した。その瞬間、もう一人のベネットの姿に変化が現れ、瞬く間にクリーム色の人形となった。大きさも先ほどのベネットのものから手で抱えられるほどにまで小さくなった。

 しばらくは使う必要もないと思ったが、緒戦で使う事になるとはまったくお笑いだ。

 ベネットの支給武器はコピーロボットである。コピーロボットの鼻を押すと、コピーロボットは鼻を押した人間そっくりの姿となる。姿だけでなく、記憶や身体能力も引き継がれる。

 切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て。

 そんな事も知らなかったのがテメエの敗因だ、浅倉ぁ。

 ベネットは前もってコピーロボットに自分の姿をコピーさせて物陰に隠れさせておいた。そして自分のピンチに助けに来るように命じておいたのだ。

 ベネットは血を拭き取り、曲がった鼻を治す。体の状態を確認すると、手や足に異常は無かったが、肋骨が2、3本折れていた。

 なぁに、人間には215本も骨があるんだ、2、3本くらいなら問題ない。

 ベネットはエクスカリバールとコピーロボットを持って立ち上がる。

 クラスで最強の俺が二人になったんだ。もう誰にも負けやしねえ!ハハハハハ!

 

【男子17番 ベネット】

【身体能力】 S 【頭脳】 D

【武器】 コピーロボット、エクスカリバール

【スタンス】 皆殺し

【思考】 殺しってのは楽しいよなあ

【身体状態】 肋骨が数本折れている 【精神状態】正常

 

【男子01番 浅倉威 死亡】

【生存者 残り40人】

 

 

 

15

 トゥットゥルー♪まっちょしぃです☆

 女子16番、まっちょしぃ。無造作にはねた黒いショートヘア。ひらひらしたつばの付いた水色の帽子がチャームポイントだろうか。つぶらな黒丸の目とωの形によく似た口が彼女の顔の特徴だろうか。だが彼女の外観にはこれらの要素よりも遥かに人々の注目を集めるものがある。

 制服の上からでも分かる極限まで鍛え上げられた筋肉だ。その筋肉たるや、元コマンドー部隊に勝るとも劣らない。彼女は鍛え上げられた肉体を武器にこれまでも数多くの猛者と激戦を繰り広げていた。まっちょしぃの友達に手を出そうとした悪漢や、まっちょしぃの先のメイド喫茶で自分を含めた従業員の子に過剰に言い寄って来るマナーを知らない客を病院送りにしたことは数知れない。腕に自信のある者がまっちょしぃに挑んできたことも何度もあるが、それら全てを退けてきた。さらには“機関”のエージェント、タイムマシンを作っているとの噂もあるSERN、その下部組織のラウンダーとの戦いにも勝利している。最近ではまっちょしぃは300人委員会、フリーメイソン、イルミナティといった世界を裏から支配する組織と戦っているといった噂が独り歩きする始末である。陰謀論者が大喜びだ。

 彼女もこのプログラムが始まってから島を巡って対戦相手を探していたが、これまでに誰とも会わなかった。その事を気にすることなく、まっちょしぃはこの島の空気を楽しんでいた。

 殺気に満ち溢れた戦場。この島は実に快適なのです☆

 しばしの散歩を楽しんでいたまっちょしぃ。だが突如彼女の動きが止まる。

 七時の方角、何かが飛んでくる。

 まっちょしぃは飛んできた物体に左手で裏拳をくらわせる。

 その瞬間、まっちょしぃの体は爆炎に包まれた。

 爆発を少し離れた木の陰から見ている女子生徒がいた。

 女子18番、見崎鳴である。白蝋の様な白い肌。黒いショートヘアでアホ毛が垂れ下がっている。瞳は赤いが左目に眼帯をしている。彼女の手にはジャスタウェイが握られている。

 まっちょしぃが先ほど裏拳をくらわせた物体は鳴が投げつけたジャスタウェイであった。鳴は『いないもの』と呼ばれるほどに気配を消すことに長けていた。

 鳴は木の幹の横から顔を少し出してまっちょしぃの死を確認しようとした。そんな鳴は眼帯をしていない方の目を白黒させた。

 爆発による煙が晴れるとそこにはまっちょしぃが立っていた。着ていた制服の上着は無残にも焼け落ち、彼女の研ぎ澄まされた肉体が露わになっていた。

 一度は動転した鳴だが、すぐに落ち着きを取り戻し、まっちょしぃの体を観察する。

 まっちょしぃの体には至る所にやけどの跡が見られるが、いずれもまっちょしぃにとっては軽傷だろう。最も怪我がひどいのは左手だろうが、まっちょしぃの指は全てそろっていた。

 鳴は再びジャスタウェイを投げようとする。それよりも早くまっちょしぃは鳴の姿を捉え、呼びかける。

「誰かと思えば鳴ちゃんでしたか、トゥットゥルー♪まっちょしぃです☆」

 まっちょしぃは鳴に向かって手を振る。

 鳴は木の裏に再び姿を隠し、返事をする。

「ジャスタウェイの爆風を受けても元気だなんて流石だね。Anotherなら死んでたよ。――いや、Anotherじゃなくても普通なら死ぬって」

「これは普段の鍛錬の賜物です。でも鳴ちゃんも凄いのです。まっちょしぃに気配を悟られる事なくジャスタウェイを投げてくるとは―――まっちょしぃが気づいたのはジャスタウェイが飛んできてからだったのです。おかげで制服が炭になってしまったのです。ジュージューです。ジューシーじゃないのです」

「支給された武器がジャスタウェイじゃなくて破片手榴弾とかだったらよかったのに」

 鳴はジャスタウェイをまっちょしぃに投げつける。それをまっちょしぃは華麗な側転で回避する。

「鳴ちゃん♪鳴ちゃん♪ここに拳銃があるでしょ~?」

 まっちょしぃがバッグから支給武器であるワルサーP38を取り出し、銃身を掴んで天高く掲げた。

星屑との握手(スターダスト・シェイクハンド)!」

まっちょしぃは拳銃を握る腕に力を込める。銃身は折れ曲がり、細かなパーツが飛び散る。まっちょしぃが手を開く。拳銃はひしゃげた鉄の塊となっていた。それを地面に投げ捨て、まっちょしぃは腕を組む。

「数秒後の貴様の姿だ」

「銃がいらないのなら私にくれてもよかったのに」

「まっちょしぃの武器はこの鍛え上げられた肉体なのです☆拳銃など不要です。いくぞ、沈黙の直帰(スニーキング・フェードアウト)!」

 鳴の目の前からまっちょしぃの姿が一瞬で消える。鳴は逃げようと後ろを振り向く。

 そこにまっちょしぃが立っていた。とっさの事で鳴は身動きが取れない。そんな鳴にまっちょしぃは渾身のパンチをお見舞いする。

 鳴の体が数メートル吹っ飛ぶ。

 まっちょしぃは鳴のもとに走り寄り、死亡を確認した。

 戦いの後は仲直りがいいのですが、殺さなければならないのは残念なのです。

 まっちょしぃは倒れている鳴を見た。その体は血や砂で汚れ、普段つけている眼帯も外れて義眼が露わになっている。

 最後はやっぱり綺麗にしてあげたいのです。

 まっちょしぃは倒れて動かなくなった鳴の体の血や砂を拭き取って綺麗にし、両方の瞼を閉じてやった。

 

【女子16番 まっちょしぃ】

【身体能力】 S 【頭脳】 D

【武器】 無し

【スタンス】 全員と戦い勝利する

【思考】 次の強敵を探すのです

【身体状態】 左手を負傷、上半身に軽いやけど 【精神状態】正常

 

【女子18番 見崎鳴 死亡】

【生存者 残り39人】

 

 

 

16

 はあ、殺し合いとかマジ勘弁してほしいだろ、常識的に考えて。

 男子21番やらない夫は頭を抱えていた。

 あーあ、マジで面倒臭え。別にあいつらがどれだけ死のうが俺の知った事じゃねえ。クラスメイトなんて話した事が無い奴だって何人もいるし、特にこれといって親しい奴もいないからな。どうせ卒業したら二度と会う事もないような奴らだ。そんな奴らが何人死のうが俺には何の関係もないし、心も痛まないだろ。それに俺がわざわざ手を下さなくても、あいつらの事だ、勝手に殺し合って全滅するだろ。

 いや、相打ちならまだしも、誰かが勝ち残った場合はどうなる?そりゃ俺を殺しに来るだろうな。果たして俺はそいつに勝てるのか?勝ち目のなさそうな奴が多すぎるだろ。

 それに途中で誰かに見つかるのもまずい。数が減るまで隠れてた方が安心だな。そして戦いで弱った奴らを確実に狩るのがこのプログラムの最適解だろ。いや、手負いの獣ってのも恐ろしいしなあ。

 そもそも俺に殺しが出来るのか?法で禁じられてるとかは考えなくていいだろ。この島では殺しを許可されてるんだから、後ろめたい事なんか何もないだろ。でも、やっぱりちょっと気が引けるな。

 いやいや、大丈夫だろ、男を見せろ、やらない夫。別にあいつらが何人死のうと問題無いってさっき結論出しただろ。クラスには俺より弱そうな奴もいるんだ。そういう奴を狙うのなら俺なら出来るだろ!でもなあ、殺した後で罪の念に押し潰されそうで嫌だな。一生十字架を背負って生きるってか、重みに耐えられるだろうか。

 ひ、一人ぐらいなら大丈夫だろ。それ以上は厳しそうだな。

 よし、行動方針は決まったろ。俺は積極的に殺しには参加せず最後まで隠れるのに徹する。そして残って弱った奴を倒して優勝だろ。そして賞金は俺の物だろ。

 待てよ、賞金が本当にもらえるのかも怪しいぞ。俺が委員会の立場だとしたら優勝者に賞金をあげるか?あげねえよなあ。

 嘘臭いだろ。それに唯一神とかいう奴が非常に胡散臭いだろ。

 何だよ唯一神って。

 自分で神を名乗る奴なんて、ノートに名前を書いて人を殺しまくったり、仮面ライダークロニクルとかいう危険なゲームを作ろうとしたりと信用できない奴ばかりだろ。

 やらない夫の考え事は続き終わる気配がない。そのやらない夫の頭に何かが落ちてくる。

 うわっ!

 な、なななな何かが頭に落ちてきただろ!

 ナイフ、銃撃?そ、そそそそれとも爆弾?

 ごごごゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい!

 殺すとか思ってすすすすいません!

 俺はこここ、このプログラムにのののの乗らないからららら、だから命までは取らないで欲しいだろ!

 やらない夫は動転して頭を抱えてその場にうずくまる。

 だが、その後何も起こらなかった。

 ――あれ?

 やらない夫は恐る恐る顔をあげる。周囲に人の気配はない。

 誰もいないだろ。何だったんだ?

 やらない夫はそう思い頭を触る。指に何か湿ったものが付く。

 何だこりゃ?

 やらない夫は指に付着したものを見てみる。

 それは鳥の糞であった。

 固まるやらない夫。

 やらない夫は悲鳴を上げ、指を地面にこすりつける。その辺に生えている草を見つけ、頭を拭き取る。さらにバッグから水を出し、指と頭にかける。

 ふっ、ふふふふざけんじゃねえぞ!俺たちは殺し合いという極限の状態にいるのに、なんで鳥の糞が落ちてくるんだよおおおおお!馬鹿にしやがって!

 そこでやらない夫は今バッグの中で何か固いものに触れたのに気づいた。

 いけねえ、まだ支給武器を確認してなかっただろ。身を守るのにも、誰かを倒すのにも必要だろ。

 やらない夫はバッグの中を探る。

 ナイフや剣より、銃の方がいいだろ。銃は人が死に行く感触が手に残らないだろ!そもそも銃と近接武器では銃の方がはるかに有利だろ。よし、銃来てくれ!頼む!さらに欲を言えばスナイパーライフル!

 だが、バッグの中の武器を見てやらない夫は絶句する。

 やらない夫の武器はメガホン型の拡声器だった。

 あ、あ、ああ。

 ああああああああああああああああああああああ。

 ハズレだ。

 ハズレの中のハズレだ。

 これでみんなに戦いを止めるように呼びかけるのか?誰かを呼び寄せてそいつに殺されるのがオチってところだろ。

 ん?

 やらない夫はバッグの中に説明書が入っているのに気づいた。すがる思いで説明書を見てみると次のように書かれていた。

 この高性能拡声器はスピーカーとしても使えます。

 馬鹿じゃねえの。

 音楽再生機等は勿論の事、パソコンといったものはバッグの中に入ってない。

 無駄な機能だな、オイ!

 こんなものより銃をくれ、銃を!これじゃあ、弱そうな奴にも銃で返り討ちにされちまう。ああ、終わった―――。

 ―――いや、待てよ。使い方ではこれも使えるんじゃないか。

 まずはこいつで誰かを呼び寄せる。それでやって来た奴が俺より弱そうで倒せそうなら倒して武器を奪う。強い奴なら隠れてる。そして複数人やって来たらその瞬間に戦いの始まりさ。勝ち残り弱った奴にとどめを刺す。

 意外といけるんじゃないか、この作戦。やってみる価値はあるだろ。

 やらない夫は隠れる場所を探す。

 少し離れたところに大きな岩があるのを見つけた。その中心には一人ぐらいが隠れられるような隙間がある。

 よし、隠れ家は見つけたろ。後は何と叫ぶかだな。

 皆さん、戦いはやめて出てきてください。

 これだと罠だと思われるだろ。少なくとも俺は思う。そもそも戦いを止めるのを呼びかけるなんてこの島じゃ愚の骨頂だ。こんなことするのは戦いを止めるように言ってた山村ぐらいだろ。

 いーや、そういう思い込みも危険だ。人の良さそうな顔をしておいて後ろからザクッなんて事もあり得るだろ。

 誰かの名を呼ぶのはどうだ?

 強い奴を呼ぶのは論外だろ。みんな警戒して寄ってこない。いや、まっちょしぃとかは喜んでやって来そうだろ。だけどそれじゃあ俺では勝てないだろ!無し!強い奴呼ぶのは無し!

 ならば弱そうでこういうのに騙されそうな奴、誰かいるか?

 そんな時、やらない夫の頭にある男子生徒の顔が浮かんだ。

 やる夫。

 今日転校してきてこのプログラムに参加させられた不幸な奴。バスの中でのあれだけの会話で俺を友達だと思うなんて馬鹿な奴だろ。そもそも友達の定義ってなんだろな。まあいい、あいつを利用させてもらうだろ。見たところ俺よりも弱っちそうだし頭もそんなに良くなさそうだ。ころっと騙されるだろ。

 やらない夫は拡声器の音量を最大にし、「やる夫―!」と叫ぶ。やらない夫の声が何倍にも大きくなって島内に響き渡る。

 これでいい。

 やらない夫は先ほどの岩の隙間へ走った。

 クックックッ、さあ来い。この俺の罠にかかるのだ。

 かかるかなあ。

 やらない夫は再び思考の迷宮に陥った。こうなるともう一人では止まらない。

 

【男子21番 やらない夫】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 高性能拡声器

【スタンス】 生き延びる

【思考】 本当に大丈夫かなあ…

【身体状態】 正常 【精神状態】不安

 

 

 

17

 やる夫は剣のキーホルダーを手に取って眺めている。

 確かにやる夫は攻撃用の武器はいらないと思ったけど、せめて身を守れるぐらいの武器は欲しかったお。これじゃあ身は守れないお。

 やる夫はキーホルダーの柄をもって振り回す。

 よく見ると、このキーホルダー、かなり格好いいお。お土産屋で見つけたらついつい手を伸ばしかねないお。ああ、そういやこのプログラムも最初は修学旅行だったんだお。修学旅行ならこのキーホルダーもお似合いだお。

 やる夫の口から乾いた笑いがもれる。

 本当の修学旅行なら、みんなでこうしたキーホルダーを買ってチャンバラしてるはずだったんだお。今頃、真剣でチャンバラしてる人もいるのかもしれないお…。

 やる夫は本日何度目かのため息をつく。

 ん?

 遠くから自分の名を呼ばれているのに気づいた。

 なんだお?今、確かに『やる夫』って呼ばれたお。誰かがやる夫を呼んでいるのかお?

 あっ。きっとやらない夫だお。

 本日転校したばかりのやる夫を呼ぶのはやらない夫しかいないお。やらない夫がやる夫の事を待ってるお。やらない夫も一人でいるのは心細いんだお!待ってろやらない夫、すぐに行くお!

 やる夫は荷物を持ち、声のした方向へ向かって走り出した。

 

【男子22番 やる夫】

【身体能力】 E 【頭脳】 E

【武器】 剣のキーホルダー

【スタンス】 生き延びる

【思考】 やらない夫と合流するお

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

 

 

18

 まいったな。いい男を掘るのは構わないんだが、無理やりってのは性に合わねえ。それに殺し合いってのも気が引けるな――。

 男子02番、阿部高和は今後の動きについて考えていた。

 縦長の顔。短い黒髪、前髪の一部がわずがに垂れ下がっている。形が良い黒い眉。光のある目。割れた顎。

 誰もが認めるいい男である。

 こうなった以上は指をくわえて見てはいられないな。こんな状況じゃあ恐怖からプログラムに乗っちまう奴も沢山いそうだがしょうがねえよな。俺がやるべき事は生き残っているいい男を見つけては掘り、残りのクラスメイトをつれて島からの脱出ってところか。きっと委員会との戦いも避けられねえな。負ける気はしないが、皆を守るとなるとちょっと心配だな。しっかりケツの穴を閉めとかないとな。

 阿部はバッグを開け、支給武器を確認した。中に入っていたのは漫画、ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクトだった。

 おおっ!委員会の奴ら、なかなかいいものを支給してくれたじゃないの。こいつはありがたくいただくとするか。

 笑みを浮かべた阿部は早速ページを開く。

 その直後、遠くから「やる夫ー!」と呼ぶ声が聞こえた。

 やる夫。

 今日転校してきた奴の名前だったな。さっきの声は拡声器の類を使ったんだろう。転校初日のあいつの名を呼ぶなんてどういう事だ?何かの罠か?いーや、ここで考えてたって仕方ねえか。仮に罠だとしても、声がした方に誰かがいるのは確実だ。まずは皆と合流するのが最優先だ。男は度胸!何でも試してみるのさ。それにあのやる夫という転校生、なかなかいい男だったしな―――。

 阿部は漫画をバッグにしまい、声のした方向へと向かった。

 

【男子02番 阿部高和】

【身体能力】 S 【頭脳】 A

【武器】 ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクト

【スタンス】 いい男を掘りつつ島からの脱出

【思考】 声のした方へ向かう

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

 

 

19

 でっていうとの戦いで右腕を負傷した枢斬暗屯子は近くに人の姿が見えないことを確認し、座り込んで自分のスカートの一部を引きちぎった。

 包帯代わりや、何もしないよりもマシや。

枢斬は左腕と口を使って器用に右腕を固定する。

 民家や診療所に行ってちゃんと治療するほうがええかのう。いいや、委員会の犬コロどもめ、もう一刻の猶予もやらん!

 がん。

 突如枢斬の後頭部に衝撃が走った。

 攻撃ぃ!?後ろからだとーっ!?

 意識が飛びそうになる。

 枢斬はとっさに左手で鱧切り包丁を掴もうとするが、今度は左手に殴られたような痛みが走る。

 周囲に人がいないのは確認済みや。それにわしがここまで接近されて気づけないとは。

 不覚…!

 枢斬の後頭部に繰り返し殴られたような衝撃が走る。遂には枢斬の頭は割れ、血が流れ始める。

 皆すまねえ、わしはここまでじゃ。必ずや委員会を…!

 倒れる枢斬。急激に遠ざかっていく意識の中、血の付着した石を持った腕が宙に浮かんでいるのを枢斬は見た。これが彼女のこの世で最後に見る光景となった。

 

 枢斬が倒れるやいなや、宙に浮かぶ手は持っていた石を枢斬の頭に投げつける。そしてもう一方の手が現れ、何かを掴んで外すようなしぐさをする。

 突如、女子05番、古明地こいしの姿が現れた。

 黄緑色で癖のあるショートヘア。瞳孔が無く、白く発光した緑色の瞳。黄色のリボンが付いた黒い帽子をかぶっている。

 彼女の武器は透明マント。包んだものの姿を透明にするマントである。

 こいしは枢斬の首元に両手を伸ばし、首を絞める。

「ごめんね暗屯子ちゃん。ごめんね」

 そう言いながらこいしは枢斬の首を絞める手に力を込める。こいしの目には涙が浮かんでいた。

しばらくして腕が疲れたのか、こいしは落ちていた枢斬の鱧切り包丁を手に取り、枢斬の首に突き刺した。首から血が流れる。

こいしは枢斬の首に突き刺した包丁を抜き取り、枢斬の服で血を拭き取った。

「スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ…」

 楽しそうにキチガイ地獄外道祭文を歌いながらこいしは歩き出し、再び透明マントをかぶって姿を消した。涙は既に乾いていた。

 

【女子05番 古明地こいし】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 透明マント、鱧切り包丁

【スタンス】 皆殺し

【思考】 ガスの元栓閉めたっけ

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

【女子09番 枢斬暗屯子 死亡】

【生存者 残り38人】

 

 

 

20

 ま、参ったなー。このクラスで殺し合いなんて勝てる気しないんだけど。

 あっはっはっはっは。

 女子06番、佐天涙子は笑っていた。

 長い黒髪で、鼻の形の髪飾りを付けている。

 いやー、特殊能力持ちの皆と無能力者のあたしじゃ勝ち目無いでしょ。ん、そう言えば委員会の利根川とかいうおじ様がこの島では能力が使えないって言ってたっけ。つまり今はみんなもあたしと同じ無能力者?

 もしかして、あたしにも勝ち目がある?

 無い無い無い。能力無くとも筋力が凄まじい人もいっぱいいるし。頭がいい人は策を練ってきそうで怖いし。あーあ、ほんとにやめて欲しいな。

 あっ、まだ支給武器の確認してないや。身を守るのには役立つでしょ。見てみよっと。やっぱりあたしに向いてるのは金属バットかな―――。

 ―――もしかしてレールガンとか入ってたりしちゃいます?そしたらあたしもこのプログラムに――冗談ですって。

 佐天はバッグの中からアメリカンバトルドームを取り出した。

 ほーう、これがあたしの武器ですか。二人から四人で遊べる超エキサイティンな3Dアクションゲームじゃないですか。

 あっはっはっはっはっはっは。

 おいおいおいおいおいおいおいおいおい。

 これでどうやって戦えと。戦いなんてやめてみんなで遊べばいいか。って、あたし一人じゃん。これから島を歩いて遊び相手を探そうってか。んなアホな。

 困惑する佐天。そんな彼女の後ろから呼びかける者がいた。

「ふっふっふ。見つけたわよ佐天さん。あたしの最初の相手があなたとはね。ま、相手にとって不足無しってとこかな」

「だ、誰?」

突然後ろからふっふっふとかいう笑い方で登場し、折角相手の背後を取ったのにその利点をみすみす捨てちゃうなんて、絶対残念な子だ!

「か弱い女の子かと思った?残念!さやかちゃんでした!」

 佐天の背後に立っていたのは女子17番、美樹さやかであった。

 青髪のショートヘア。小さな金色の髪留めを付けている女の子だ。

 さやかは屈託のない笑顔を浮かべていた。

 なんでこんな環境で笑顔なんだろうかこの人は…。

「さあ勝負よ佐天さん。この島にいる以上、殺し合いは避けて通れない。あたしはみんなをぶっ飛ばして優勝するよ」

 さやかはバッグを地面に置いて開き中身を確認している。

「銃なんて使った事ないからさ、使い慣れたサーベルやバットがいいなあ」

 なんだこの子…。

 さやかがバッグをあさっている中、佐天はそっと忍び歩きで逃げようとする。

「ちょっと、逃げないでよ!逃げるなんて卑怯よ。正々堂々戦いなさいよ!逃げたらもっと痛い目に合わせるからね」

 ばれちゃった。

「あれ~、おっかしいなあ。パン、水、ソース、コンパスに地図、時計、懐中電灯。―――ちょっと、武器なんて入ってないじゃない!騙したなあのジジイ!」

「待ってください美樹さん。ちゃんと武器なら入ってるじゃないですか」

 佐天はさやかに寄り添い肩を叩く。

「何言ってんの?パンに水にソースにコンパスに地図に時計に懐中電灯、ぜーんぶただの支給品じゃん!それとも何、この中に武器が入ってるっているの!?この懐中電灯で相手を殴れとでも言うの!?こんなの武器じゃないじゃん!あたしだけ武器無しで戦えって?ひどすぎるよぉ…」

「武器なら入ってるじゃないですか。美樹さんの武器はそのソースですよ」

「え?」

 さやかはそれを聞いて硬直する。

 佐天はさやかのバッグの中のソースを見る。

 なんだこれ。

 確かにソースって書いてあるけどさ、なんで緑色なの?

 さやかの支給武器はソースであった。縦長の容器で白いキャップが付いた、どこにでもあるようなものだ。だが、中身だけが普通のソースとは異なっていた。緑色なのである。

 佐天はさやかの支給武器である緑色のソースを手に取った。説明書が容器に張り付けられている事に気づき、書かれている内容を読み上げる。

「皆さんはお刺身を食べる時に醤油と間違ってソースを付けてしまった事はありませんか?醤油とソース、色が似ていて紛らわしいんですよね。そんなうっかりやのあなたのために開発されたのがこの新感覚ソース・大草原です!最新技術で緑色になったソース、これで醤油と間違える心配はありません!味は中濃、ウスター、とんかつの三種類」

 ですって、と言って佐天はさやかに新感覚ソース・大草原を手渡す。ちなみにこのソースは中濃だった。

「ははは…確かにソースと醤油って色が似ていて紛らわしいよね。あたしも間違えたことあったなあ…」

「あるんですか」

「でもこれなら間違える心配ないね。緑色のソースか。良いところに目を付けたもんだね。新しいアイデアってのは、現状の不満を解消したい、もっと便利にしたいという意志から生まれるのかもしれないなー」

 だとしても緑色のソースは駄目でしょう。そもそもこの緑色、野菜以来の緑色とかじゃなくて、絵の具とかの色ですよ。体に悪そうなオーラが出まくりですって。いいえ、あたしだって着色料が悪だとは言いませんよ。

 毒も喰らう、栄養も喰らう。

 両方を共に美味いと感じ血肉に変える度量が食には肝要だって分かってますよ。でもね、これをかけた料理なんて食べたくありません。そもそもこのソースは食材への冒涜ですよ。

 食事というのは舌で味わうだけじゃない、料理を見て、匂いを嗅ぎ、歯ごたえや触感も楽しむものなんです。料理によっては油のはねる音みたいに耳で聞いたりもするんです。食事とは五感全てを使って楽しむものなんです!

 それなのになんですか、この緑色のソースは!食欲減退もいいところですよ!あたしはこんなソース認めません。仮にソース味だとしても絶対に認めません。

 新感覚ソースを手に取って眺めているさやかの肩を佐天は掴む。

「美樹さん、あたしと手を組みませんか?美樹さんもそんなソースもどきではあたしと戦えないでしょう。お互いがソースまみれになるのが関の山です」

「はっ。あたしたちは殺し合いの真っ最中だったね、忘れてたよ」

「忘れないでください。いいですか美樹さん、美樹さんの武器はその緑色のソース、あたしの武器もアメリカンバトルドームという3Dアクションゲームで武器とは言えません。こんな状態で戦うよりも今は一時休戦して、ちゃんとした武器を手に入れるのに協力しませんか?殺し合いはそれからという事で、どうでしょうか?」

「なるほどねー。佐天さんの武器も外れだったんだね、それで良い武器が欲しいと―――。よし分かった。このさやかちゃんが力を貸してあげよう!ふっふっふ、このあたしがいれば百人力よ、武器もどんどん手に入っちゃうから心配しないでね。佐天さんとの決着はそれまでお預けよ」

「ありがとう美樹さん。が、頑張りましょう!」

「よろしくね。ところでさあ、佐天さんの武器ってアメリカンバトルドームなんでしょ。どうせなら遊んだことのないドラえもんバトルドームが良かったなあ」

「美樹さんはバトルドームで遊んだことあるんですか?あたしは聞いたことがあるだけで実物は初めて見ましたよ」

「そうなんだー。それならさあ今からちょっとやってみようよ。なーに、あたしがちゃんと教えてあげるから」

 

【女子06番 佐天涙子】

【身体能力】 C 【頭脳】 C

【武器】 アメリカンバトルドーム

【スタンス】 生き延びる

【思考】 この先大丈夫かな…

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

【女子17番 美樹さやか】

【身体能力】 B 【頭脳】 D

【武器】新感覚ソース・大草原

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 強い武器が欲しいなあ

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

 

 

21

 さーて、俺の武器は何だ?斬馬刀、炸裂弾だな。ゴブリンバットでもいいぜ!

 男子08番、相楽左之助は赤報隊、喧嘩屋、キワミ、KYM、ノーパンスタイリストといった数々の異名を持つ。激しく跳ね上がった茶髪に赤いハチマキがトレードマークだ。

 左之助はバッグの中を漁っていたが、望む武器は出てこなかった。

 伸縮サスペンダー!?こんなものが使えるかぁ!

 左之助は伸縮サスペンダーを投げ捨てる。

 ぶつぶつと文句を言いながら歩く左之助。

 あ?なんだありゃあ。

 左之助は離れたところにバッグが落ちているのを見つけた。

 よっしゃあ、いいもん見つけたぜ!

 左之助はバッグを拾いに走り出す。

 いーや、ありゃあ見え見えの罠じゃねえか。

 左之助は立ち止まって周囲を見渡す。

 おっ。

 バッグの後ろには低木が並んで植えられていた。低木は生い茂っており、しゃがめば人が一人くらいは身を隠せるだろう。

 そこだあっ!

 左之助はバッグにはもう目もくれず、低木へ向かって砲弾のごとく殴りかかる。

 低木へもう少しで手が届く距離に近づいた時、左之助はある事に気づく。

 低木の前の地面に隠されるように亀裂が生じている。

 この亀裂、恐らく――落とし穴!二重の―――罠ってとこかあ!

「うおおおおおおおっ!」

 左之助は叫びながら亀裂の直前で飛び上がり、そのまま低木をも飛び越え後ろ側に着地する。着地した途端に後ろを振り向き、左之助の必殺技である二重の極みを使う。

「フタエノキワミ、アッー!」

 左之助は一歩踏み出す。

 その瞬間、左之助の足元の地面が無くなった。

「あああああああああ!!!」

 悲鳴を上げながら左之助は落ちていった。

 落とし…穴ッ!

 突然の事だったが、左之助は着地を華麗に決める。

 左之助は上を見る。飛び上がって穴のふちを掴もうとするが届かない。

 この穴…深いっ!

 ちと骨が折れるが、登るしかねえ。

 左之助が穴の壁面に手を掛けようとした途端、上から声が聞こえた。

「をーほっほっほっほ!誰が引っかかったのかと思えば、左之助さんでしたか。私の落とし穴は見事でしょう?あなたには地面を這いつくばる姿がお似合いですわー」

「テメエ、沙都子か!」

 上から左之助を見下ろしているのは女子14番、北条沙都子であった。トラップマスターの異名を持ち、数々のトラップを仕掛けるのが趣味である。以前から左之助を含めた多くのクラスメイトが沙都子のトラップの餌食となって来た。

「おい沙都子!こんな姑息な真似しやがって、正々堂々と真っ向からかかって来やがれ!」

「何を言ってらっしゃるの、左之助さん。私が腕力で左之助さんに敵う訳がないでしょう。そもそも戦いというのは頭を使うものですのよ。相手の先の先を読んでトラップを仕掛ける、まさに芸術ですわー」

 沙都子は後ろに下がり、穴の中の左之助から姿が見えない位置に移動した。

「それではごきげんよう、左之助さん。あなたの武器は私が頂いておきますわ。をーほっほっほっほ!」

 沙都子が言い終わると同時に、左之助の頭上から大量の石が降って来た。

 左之助はとっさに両手で頭を防ぐ。石は止まる事なく降り続け、遂には左之助の体は石に埋まってしまった。

 沙都子は石が止まると用意しておいた砂を降らせて穴を塞いでしまった。

「はい終わり。これで一丁上がりですわー」

 沙都子は左之助が捨てた伸縮サスペンダーを拾う。

スキップでここから去ろうとするが立ち止まり、塞いだ落とし穴の跡を見た。

 土の中から手が出ている。その手が動き、土をかき分ける。すぐさまもう一方の手も出てきて、土をかき分ける。

「終わっちゃいねえってんだよ!」

 土の中から左之助が飛び出してきた。体は土や血で汚れている。左之助は沙都子の姿を見つけると走り出す。

 その瞬間、左之助の首に凄まじい速度で石が飛んできた。石が左之助の首輪に当たる。

「あぁん…」

 左之助は声を漏らす。沙都子は伸縮サスペンダーを木に縛り付け、パチンコの要領で石を飛ばしたのだ。

 そして左之助は自分の首輪が妙な電子音を立てるのを聞いた。

 首輪は無理やり外そうとすると爆発する。

 強い衝撃を与えるのも禁止ってことか――。

「あぁぁぁぁぁぁ…!(´゚д゚`)」

 左之助の首輪が爆発した。

 

【女子14番 北条沙都子】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】ズルい落とし穴のタネ、伸縮サスペンダー

【スタンス】 トラップを駆使して優勝する

【思考】 次のトラップを仕掛けますわ

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

【男子08番 相楽左之助 死亡】

【生存者 残り37人】

 

 

 

22

 足音が聞こえただろ。

 やらない夫は石の隙間からそっと顔を出し、誰が来たのかを確認する。

 やる夫か?それとも別の誰かか?

 ―――え?

 だ、誰?

 あんな奴、クラスにいたかっ!?

 

 

 

 




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
○ 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
○ 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
○ 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
○ 女子22番 両儀式

【生存者 残り37人】


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4話

「五条勝が試合に出ないのは勝手だ。けどそうなった場合、誰が代わりに出ると思う?」
「…」
「万丈(一道)だ」


ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
○ 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
○ 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
○ 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
○ 女子22番 両儀式

【生存者 残り37人】


23

 vipルームを後にした利根川はビル内部のプログラムの進行管理部屋にいた。その部屋では多くの黒服がモニターに向かって何らかの作業を行っている。モニターには参加させられたハーメルン学園3年β組の生徒の姿が映し出されている。この部屋でプログラム中の生徒の居場所や動き、戦いの様子を常に監視しているのである。

 利根川は椅子に座り、戦いの様子を眺めていた。

 ククク――今のところは順調だ。vipルームの方々も今回は予想が難しいと言って大いに盛り上がっておったわ。

「既に8人の生徒が死んでいますよ、利根川先生。唯一神様も大層お喜びでした」

 利根川は後ろに振り向く。そこに立っていた男は黒服を着ていない。この部屋で黒服を着ていないのは利根川とこの男のみである。すなわち利根川と同じ立場にこの男はいるという事だ。その男の名は蓮実聖司という。

 蓮実はBR法委員会の会員でありながら、ハーメルン学園の英語教師でもある。蓮実は教師という立場を利用して様々な学校の情報を手に入れた。それらの情報を活用し、唯一神が望んだ内容のプログラムを実施するのに適したクラスを選んできた。

 今回の唯一神の希望は多くの生徒が殺し合いに乗るというものであった。蓮実はすぐさまハーメルン学園3年β組を推薦した。

 決まるのは一瞬だった。

 その後、蓮実は様々な方面に手を回し、ハーメルン学園3年β組の生徒を突然の修学旅行と偽ってプログラムに参加させた。やる夫が転校してきた日の朝、3年β組の担任である糸色望を廊下に呼び出して修学旅行の旨を伝えたのも蓮実であった。

こうした実績から、今では蓮実は利根川と委員会のナンバーツーの座を争うまでになった。

利根川は蓮実を快く思っていない。蓮実も同様である。

「蓮実先生、あなたが推薦したように、このクラスの大半の生徒は殺し合いに乗り気だ。それについては問題ない。だがな、プログラム当日に生徒が一人転校してくるとは聞いてなかったぞ…!参加者は44人として準備をしておいたのに余計な手間を増やしてくれおって…」

「たった一人増えたって問題はありませんよ。武器でしたら驚くことに唯一神様自らが提供してくださいましたしね。水や食料、首輪などはすぐにでも用意できるじゃないですか。確かに突然の事でしたから利根川先生にはご迷惑をかけたと思いますよ」

 蓮実は笑顔で返事をする。その顔を見て利根川は舌打ちをしたくなった。

 この男…委員会に入ってから凄まじい勢いで出世し、今ではプログラム開始後の唯一神様に謁見するのもワシだけの特別な仕事ではなくなった…。蓮実が唯一神様に謁見するのは二回に一回、その時のワシはvipへの挨拶回りだ。――今回もそうだったな」

 利根川は苦虫をかみつぶしたような顔でたばこを取り出して火を付けた。

「ところで、今回は禁止エリアを設けないのか?生徒がこのビルに突入するのは避けたいところだが」

「以前のプログラムで禁止エリアを設けなかったところ、生徒らが団結して本部に乗り込もうとした事があったでしょう。大半が警備中のストームトルーパーに殺され、残った生徒もvipらの目の前で首輪を爆破させられて死んだという結末でしたが。これがvipらには非常に面白かったそうでしてね。生徒らの殺し合いも見たいが、委員会に反抗して夢半ばで散る生徒も見たいとの事です」

「そうか。禁止エリアを設定するのが面倒というわけではないんだな」

 悪趣味な奴らだ。もっともこのワシが言える事ではないがな。

「最後に一つ、蓮見先生は今ではハーメルン学園で別のクラスの担任だったな。かつてのように自分の教え子らをプログラムの対象に選ばなかったのはなぜだ?」

「彼らは私の邪魔になったから仕方なく参加させたんですよ。まだ私は今のクラスを楽しんでますから殺し合わせる必要もないんです。邪魔になったらすぐにでも後のプログラムに参加させますよ」

 この男は危険だ。出来る事なら今すぐに委員会から除籍したい。

 そう思った利根川は苦々しげな顔で、煙草を灰皿でもみ消した。

 

 

 

24

 美しいとか醜いとか、裕福とか貧乏とか、有能とか無能とか、白人とか黒人とか、善人とか悪人とか、老いとか若いとか、男とか女とか――そういうことは関係ない。死は誰にとっても等価なの。個性や特徴といったものは生きている時しか意味がない。死んだら全てが無意味になる。だからこそ死は恐ろしく、誰にとっても酷い事なの。

 女子03番、桐敷沙子は物思いに耽っていた。

 腰まで伸ばした長い黒髪。切りそろえられた前髪。光が無い瞳。そして目を引くのが白い肌だ。雪のように純白な肌と言えば聞こえはいいが、彼女の場合は白すぎる。美しいというよりも不健康という印象が先行しても仕方がないだろう。

 沙子は本部のビルから離れたところでバッグを地面に置いた。

 何が入ってるのかは知らないが、とても重くて大変だった。日焼け止めや帽子が入っていれば何でもいい。

 沙子は肌が弱く、長時間紫外線に当たると肌が痛くなる。そのため、常日頃から日焼け止めを塗り、長袖の服を着て身を守っている。普段愛用している日焼け止めは委員会によって奪われてしまった。今朝も登校前に日焼け止めは塗ったが、長時間この島で日に当たるのは堪らない。

 沙子はすがる思いでバッグを開けたが、中に日焼け止めを初め、紫外線から身を守れる類のものは入っていなかった。入っていたのは三つの緑色のパーツだった。

 これは一体何なのよ。

 沙子は三つのパーツを取り出して地面に並べた。一つ一つのパーツが重く、これらがバッグを重くしていた原因かと分かった。

 沙子は付属の説明書を取り出して読んだ。そこには次のように書かれていた。

 付属の三つのハイドラパーツX、Y、Zを組み立てると伝説のエアライドマシン、ハイドラが完成します。このマシンに乗ってクラスメイトを吹っ飛ばそう!

 乗るよりも中に入れるマシンの方がよかったわ。

 沙子は三つのパーツを組み合わせる。何もしないより何かした方が気を紛らわせていい。この島はまともな場所じゃない。

すぐさま伝説のエアライドマシン、ハイドラは完成した。緑色のコーカサスオオカブトのような姿で、マシンの至る所に棘が生えている。

 沙子は完成したハイドラに乗り、チャージを始めた。

 チャージが完了するまでしばらく時間がかかるのね。

 沙子はハイドラの上で体育座りをしてハイドラが動き出すのを待つことにした。

 いつになったら動くのよ。

 そう思った時である。

 青い閃光が空気中を走る。それが沙子の体に当たるや、沙子の体を数メートル吹き飛ばした。

 この一撃で沙子は事切れた。

 吹っ飛ばされて動かなくなった沙子の姿を見て、一人の女子生徒が物陰から姿を現した。

 沙子とハイドラを見て、ある女子生徒が物陰から姿を現した。

 女子13番、ベータであった。多少緑がかった水色の髪に、赤紫色の瞳。ハーメルン学園のサッカー部に所属しており、ポジションはフォワードである。

「あらやだ、ごめんなさぁい、当たっちゃったぁ」

 ベータは笑顔で舌をちょこっと出し、自分の右手で頭を小突く。

 ベータに支給された武器はEM銃であった。

 EM銃とはアルミニウム弾を電力によって光速に近い速度で撃ち出す事を可能とした銃で、軍事企業サイレックス社によって個人が携帯できるほどにまで縮小化された最新鋭兵器である。早い話がレールガンだ。先ほど沙子を貫いた青い閃光はEM銃から光速で撃ち出されたアルミニウム弾であった。

 ハーメルン学園ではなぜかクラスをα、β、γ、δとギリシャ文字で分けている。ベータはこれまでの3年間、β組になるために金だのコネだのマインドコントロールだの様々な手を使ってきた。

今日までは満足してきた。今日までは。だからと言ってα組やγ組になってたら良かったのかというとそういう訳でもない。

 ベータは操縦者を失い地面に放置されてるハイドラを見た。

「持ち主もいなくなっちゃいましたし、この武器も壊しちゃいますね。」

 ハイドラを狙ってベータはEM銃を向け引き金を引く。EM銃から発射された弾丸はハイドラを貫き、再び三つのパーツに分かれた。

 バラバラになっちゃいましたねぇ、と言ってベータは辺りを見回す。誰もいないことを確認し、次の標的を探して歩き出した。

 ベータは知らない事だが、ハイドラは壊されたのではない。再び三つのパーツに分かれただけだった。

 ベータが去った後、三つに分かれたハイドラパーツが新たな持ち主を求めて三方に飛んで行った。

 

【女子13番 ベータ】

【身体能力】 A 【頭脳】 B

【武器】 EM銃

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 皆さんはどこにいるんでしょうねぇ

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子03番 桐敷沙子 死亡】

【生存者 残り36人】

 

 

 

25

 誰かが武器を残して死んでないかしらぁ――。

 女子08番、水銀燈は歩きながらそう思っていた。水銀燈は支給武器であるパラソルをさしている。このパラソルは丸みを帯びたデザインで生地は赤と白が交互に配列したものである。パラソルの先端には黄色い星が付いている。

 星のカービィのパラソルが水銀燈の武器であった。

 銃火器類がよかったのに、こぉんなものが来るなんて最悪よ。そもそも傘が武器だなんてあのバカな妹みたいで気分悪いわぁ。

 水銀燈は七人姉妹の長女である。次女の金糸雀は普段から傘を持ち歩いており、有事の時はその傘がバイオリンに変化する。水銀燈は金糸雀をバカだと見なしているが、金糸雀に色々と自分の秘密を握られているのが難点でもある。

 はぁ――。

 ため息をついた。

 このパラソルの生地は特殊な素材で出来ていて、防弾、防刃の役割を果たす。パラソルをさしていれば多少の銃撃は防げるかと思い、水銀燈はやむなくパラソルをさしているのである。

 ホントこのパラソルのデザインは何とかならないの…目立ってしょうがないわぁ。でも、あった方が安全だから仕方ないわねぇ。防弾チョッキと違って死んだふりは出来ないけど、守備範囲はこっちの方が広いものねぇ。そもそもこのクラスでは死んだふりなんて無意味だもの。さぁて、これからどうしましょう――。このパラソルで敵が死ぬまで殴るなんて面倒だわ…。

 ふと水銀燈は自分のファンクラブ、水銀党の事を思い出した。

 水銀党の党員は全世界におよそ30億人いる。

 公称であるが。

 党員は水銀燈の手足となって動く。ここに党員がいれば間違いなく水銀燈を生かすために動き、最後は水銀燈の為に喜んで自らの命を投げ捨てるだろう。

 だがこのクラスに党員は一人もいなかった。結局は誰の力も借りずに一人で戦わなければならない。

 フン、上等よ。私一人でこのプログラムを制して見せるわ。

「アハハハハハッ!」

 水銀燈の考え事は突然の高笑いによって妨げられる。

 水銀燈は笑い声のした方へパラソルを向ける。

「あらぁ?攻撃前に高笑いだなんて、相当のお馬鹿さぁんがいたものねぇ――。それとも余裕の表れかしらぁ?早く出てらっしゃい。今なら苦しまずに殺してあげるわ」

「ある時は情け無用の男、またある時はジュラル星人キラー。しかしてその実体は、正義と愛の使徒、チャージマン研だ!」

 そう言って男子04番、泉研が姿を現した。

 青い瞳に茶色い髪。後ろの毛は数本が束になってはねている。

 なんで多羅尾伴内の口上を真似してんのよ…それに東映版スパイダーマンも混ざってるじゃないの。

 頭を抱えた水銀燈に研は話しかける。

「やあ、銀ちゃんじゃないか!やっと誰かに会えたよ、嬉しいなあ」

 嬉しくない。

そもそも銀ちゃんって何よ、バカにしてるわけ?

 泉研は地球侵略を目論む悪の宇宙人、ジュラル星人から地球と人々を守るためにチャージマン研に変身して戦っている。ジュラル星人は人間の姿に化けることが出来る。研は相手がジュラル星人と分かればすぐさま変身し、ジュラル星人を愛用の銃、アルファガンで撃ち殺している。もちろんこの島では変身は出来ないし、アルファガンも既に回収されている。

「はぁい、そこまでよ。両手を頭の上で組んでその場に跪きなさい」

「なんでそんな事しなきゃいけないんだよう!」

 水銀燈の命令に研が従う様子は全くない。

 水銀燈は傘を研に向けたまま様子をうかがっている。

 泉研――、このクラスで1,2を争う頭のイカレた子。こういう子によくあるのが無茶苦茶な理屈で殺しを正当化する事よ。そうね―――クラスメイトはジュラル星人だから皆殺しだってとこかしらぁ?

 研への警戒を怠らない水銀燈。研はそれに構う事なくバッグからヤクルトを取り出して飲み干した。

「銀ちゃん、そんな傘を持ってどうしたんだい?まさか、そんな傘で殺し合いに参加するっていうのかい?」

「そのまさかよ。笑っちゃうわよねぇ―」

 アハハハハハと研は笑いながらヤクルトを取り出して飲み干した。

「殺し合いなんて間違ってるよ、銀ちゃん。そんな事はやめるんだ」

「やめてどうすんのよぉ…くぅだらなぁい。おとなしく誰かに殺されるのを待てってわけぇ?そんなのごめんよぉ。私は生きるわ。生きるためにこの殺し合いに乗るのよ。だって――生きることは戦うことでしょう?」

「それって銀ちゃんと特に仲が悪い5番目の妹さん、えーと、真紅さんが言ってたことだよね」

 前言撤回。

「生きるっていうのは他の誰かの命を喰らうって事でしょう?」

おっかないなぁ、と言って研はヤクルトを取り出して飲み干した。

「そもそも銀ちゃんはそんな傘でどうしようっていうんだい?空中散歩してこの島から逃げるのかい?」

「逃げたら首輪が爆発するでしょう。そうね――このパラソルで貴方を死ぬまで殴って武器でも頂こうかしらぁ…。そもそも貴方の武器って何なのよぉ?」

「僕の武器はこれだよ」

 研はイングラムM10マシンガンを持ち上げるようにして水銀燈に見せた。

 絶句する水銀燈。

 冗談じゃないわ!あれって当たりの中の当たりじゃないの!殺して奪う?いいえ、このパラソルがどれくらい丈夫なのかも分からないし、今のわたしじゃこの子には敵わないわ!

「どうしたんだい銀ちゃん。急に青ざめたと思ったら黙っちゃって。熱でもあるのかい?」

「な、ないわよ!」

「それはよかった。ねえ銀ちゃん、僕と手を組んで委員会を滅ぼさないかい?」

 プッ、と水銀燈は笑う。

 あらあら、マシンガンを持っていながらなんで私に撃ってこないのかしらと思ってたけど、そういう事。この子は対運営ってことね。

「僕らを殺し合わせるなんて、間違いなく委員会の奴らはジュラル星人だよ!僕はあいつらを皆殺しにしないといけないんだ!」

「あははははっ!おバカさんだとは思ってたけど、これ程までとはねぇ!いい、私たちには首輪が付けられていて委員会の手でいつでも爆破させられるのよぉ。反抗すればこの首輪が爆発してあの世行きよ。それよりも先にビル周辺のストームトルーパーに蜂の巣にされるわねぇ。貴方もビルから出た時に見たでしょう?」

「あっ忘れてた。いっけね~」

「そんな事も忘れてたの…貴方、頭の中は空っぽ?それとも爆弾でも入ってるんじゃないのぉ?」

「どちらかと言えば空っぽの方かな。でも銀ちゃんだってお腹が空っぽだろう?」

「それは旧アニメオリジナルの設定でしょうがぁ!いっそのこと頭の中に爆弾入れた方が貴方の頭も少しはまともになるんじゃないのぉ!」

 水銀燈は怒りを露わにして怒鳴るが、研はそれに臆することなくヤクルトを取り出して飲み干す。

「でもねえ、僕らで力を合わせればストームトルーパーには勝てると思うんだ。ストームトルーパーを殲滅したら、ビルに突入。首輪を爆破される前にみんなで委員会のジュラル星人を殺してこの島を脱出!完璧な作戦だろう」

「どこが完璧なのよ。誰がそんな作戦に乗るっていうのよ」

「クラスにジュラル星人がいないのは確認済みだから。みんな協力してくれると思うよ」

「ふぅん。――そういうところはしっかりしてるのね。でも私は嫌よ、群れるのは大っ嫌い。それに転校生はどうなのよ。やる夫に山田にイツカだったわね、あの子らがジュラル星人かもしれないじゃない」

「やる夫君は違うよ。ジュラル星人はあんな姿に化けたりしないよ」

 それはやる夫に失礼じゃないの?貴方は人の外見にあれこれ言える顔じゃないでしょう。

「残りの二人はまだ分からないけど、もし会えたら協力してくれないか聞いてみるよ。協力してくれるならジュラル星人じゃないし、協力しないって言ったらジュラル星人だからその場で撃ち殺せばいいんだよ」

 そう言って研はヤクルトを取り出して飲み干した。

「そう言えば――銀ちゃんは協力するのは嫌なんだよね」

 ぎくっ。

 水銀燈は研の様子をうかがう。いつの間にか研の持つイングラムの銃口が水銀燈の方を向いている。さらに指はイングラムの引き金にかかっている。表情に変化はない。

 正体見せたわねぇ――。

「別に協力するのが嫌なわけじゃないわ。馴れ合いが嫌いなだけよぉ…。それにこのクラスにジュラル星人はいないんでしょう?それなのに私を撃つの?」

「銀ちゃんがジュラル星人でないのは確認済みさ。でも今ここにいる銀ちゃんがジュラル星人の化けた姿でないとは言えないんだよ。本物の銀ちゃんは今頃ジュラル星人に拉致されているのかもしれない。だとしたら、ここでジュラル銀ちゃんを殺して本物の銀ちゃんを助け出さないと。で、どうするんだい?」

 私は本物よ!どうするですってぇ…?そんなのyesかはいで答えるしかないじゃないのよ!いっそフランス語でouiって答えようかしら―――駄目ね、おバカな6女の雛苺みたいだわ。

「分かったわよ、闇を纏い、逆十字を標されたクラス最凶の私が力を貸してあげるわぁ。喜びなさいよぉ」

「ありがとう銀ちゃん!ところで逆十字というのは世界各地の人々を救う事が目的である国際組織」

「それは赤十字」

「クリスチャン・ローゼンクロイツによって創始されたと言われる秘密結社」

「それは薔薇十字団」

「うみねこのなく頃にの登場人物で、右代宮家序列第7位」

「それは右代宮譲治でしょうがぁ!」

 水銀燈は怒鳴るが、研は気にすることなく、ザ・ビートルズのメンバー、と笑顔で言った。

 それはジョージ・ハリスンでしょう。

 水銀燈はツッコむ気力も失せた。気づけば肩で息をしていた。

 だんまりかあ――と言って残念そうな研はヤクルトを取り出して飲み干した。

「疲れただけよ。おバカな姉妹におバカなクラスメイトに囲まれてたら疲れるし血圧も上がっちゃうわよぉ…」

「銀ちゃんも苦労してるんだね」

「9割ぐらいは貴方のせいよぉ…。そう思うなら苦労人をもっといたわって欲しいわあ」

「緋村剣心は」

「流浪人」

「月影兵庫は」

「素浪人」

「ドストエフスキーの小説、悪霊の主人公は」

「スタヴローギン。はっきり言って上手くないわよ」

 そ、そんなぁ――と言って研は肩を落とす。だが何事も無かったかのような顔をして研はヤクルトを取り出して飲み干した。

「まあまあ、ストレスをため込むの良くないからね。ちゃんと発散しないと。あとは乳酸菌をしっかり毎日取る事だね」

「その心配ならいらないわよぉ――毎日朝の1本を欠かさず飲んでいるもの。今日だってちゃんと飲んできたわ。――で、そろそろツッコんでもいいかしらぁ?」

「断る!」

「うるさいわねぇ!さっきからずっとツッコみ待ちでしょうよ!何で貴方はさっきからヤクルトを飲んでるわけ?支給品にヤクルトは含まれていないはずよ、それに貴方の支給武器はそのマシンガンでしょう?どこで手に入れたのよ!」

「特別付録として入ってたんだよ。ラッキーだったなあ、もしかして僕にキャンペーンボーイを務めて欲しいのかな?」

「何で貴方のバッグに入ってるのよ、乳酸菌といえばこの私でしょう?貴方がキャンペーンボーイ?笑わせるんじゃないわよぉ!」

 自分では似合ってると思うんだけどなあ――と言って研はヤクルトを取り出して飲み干した。

「話の途中で飲むんじゃないわよ!」

「話してたらのどが渇いちゃって。銀ちゃんも飲むかい?」

 ―――え?

「これまで飲んでたけど毒や工場廃液は入っていない普通のヤクルトさ」

 入っていてくたばればよかったのよ。

「僕らの同盟結成を祝って乾杯といこうじゃないか」

「ま、まあ一杯ぐらいは付き合ってあげるわぁ」

 そうこなくっちゃ――と言って研はバッグからヤクルトを取り出す。それを片手に持ち、もう片手でバッグの中身を漁る。しばらくバッグを漁った後、研は顔を上げた。

「ゴメンね~これが最後の1本みたいなんだ」

 固まる水銀燈。

 そんな水銀燈を横目に研はヤクルトを飲み干した。

「貴方、頭がジャンクなんじゃないの?」

 

【女子08番 水銀燈】

【身体能力】 D 【頭脳】 A

【武器】 パラソル

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 いつか研は殺す

【身体状態】正常 【精神状態】 正常

 

【男子04番 泉研】

【身体能力】 A 【頭脳】 E

【武器】 イングラムM10

【スタンス】 ジュラル星人は皆殺し

【思考】 クラスメイトと殺し合うなんて頭どうかしてるよね

【身体状態】正常 【精神状態】 正常

 

 

 

26

 岩の隙間から顔を出したやらない夫の全身は激しく震えていた。

 見たことも無い人物がこちらへ向かって歩いてくる。頭を動かして周囲を見渡している事から、まだやらない夫に気づいてはいないのだろう。

 誰だ。

 機械のような姿。先行者というロボットみたいなクラスメイトならいる。だが、こちらに向かって来る者は先行者よりもはるかにカッコよくて強そうだとやらない夫は思った。

 体には黄色のラインが走り、やたらと色んなものが付属したベルトを付けている。

 正面に付いているのは――携帯電話か?

 だ――駄目だ。あれには絶対に勝てない。

 やらない夫は身を縮こまらせた。口元を押さえ、息や声が漏れないように努めた。だが体の震えは止まるどころか、ますます激しくなった。

 やらない夫は知る由もないがやって来たのは天野河リュウセイが変身した仮面ライダーカイザであった。

 仮面ライダーカイザ、天野河リュウセイは声を出す。

「あっれー、おかしいな、誰もいないぜ。確かにこっちの方からやらない夫―って聞こえたんだけどなあ。やらない夫の奴、どっかに隠れてんのかなあ」

 やらない夫じゃねえ!俺はやる夫って叫んだんだ!あれ?それってつまり、こいつは俺を殺そうと思ってやって来たって事か!?ゴメンなさい、ゴメンなさい。やる夫を嵌め、クラスメイトを利用しようとした俺が間違ってました。命だけは勘弁してください。――って待て。今の声、聞き覚えがあるぞ。

 やらない夫は必死に声の主を当てようとする。

 ――思い出した。

 天野河リュウセイだ。

 うん、話し合いでどうにかできる相手じゃない。姿を見せたら殺されるな。

「やらない夫―!どこにいるんだおー!やる夫がやって来たおー!」

 突如聞こえてきた声にやらない夫はとっさに噴き出す。

 ブーッと音がした。

 やらない夫は慌てて口元を押さえる。

 気づかれたっ!

 だがやらない夫の予想を裏切り、リュウセイはやらない夫に気づくことはなかった。

 疑問に思ったやらない夫はそっと岩の隙間から顔を出して様子をうかがった。やらない夫の視線の先に変身したリュウセイが立っている。その奥には森が広がっており、リュウセイは森の方向をじっと見ている。

 ああ、声がしたのはこの森の方からだ。

 草をかき分ける音が聞こえる。音は大きくなり、森の中から一人の男が姿を現した。

「はあはあ…やっと広い所に出られたお。んんっ、そのカッコイイ姿、まるで仮面ライダー!もしかしてやらない夫かお?変身したのかお、うらやましいお!」

 現れたのはやる夫だった。やる夫は笑顔でリュウセイに話しかける。人に会えたのが嬉しいのか、テンションも高い。

 違うんだよやる夫!あれは俺じゃない!と、とにかく、すぐにここから逃げてくれ、俺が悪かった!そいつは、天野河は間違いなく殺し合いに乗る奴だ!

 やらない夫は心の中で叫ぶ。そんな事を知らないやる夫はリュウセイに近寄る。リュウセイはベルトに付属した銃剣、カイザブレイガンを手に取る。カイザフォンのミッションメモリーを外してカイザブレイガンに装着する。

 この動きを疑問に思ったのか、やる夫はその場で立ち止まる。

 リュウセイはベルトに装着したカイザフォンを開き、エンターキーを押す。エクシードチャージと音声が流れる。ベルトからエネルギーがカイザブレイガンに伝わる。そしてカイザブレイガンから黄色に輝く光弾がやる夫目がけて発射された。

 やる夫はとっさに両腕で顔をかばう。

「や、やめてくれー!」

 やらない夫は咄嗟に岩の隙間から姿を出して叫ぶ。

 その瞬間、光弾が何かに当たってはじかれた。

 それはやる夫の体ではなかった。

 やる夫の体の前に金色に輝くものが浮かんでいる。やらない夫は目を凝らしてそれを見た。

 何だあれは――小さな剣?

 やる夫の目の前で光を放って剣のキーホルダーが浮かんでいる。突然の出来事でリュウセイの動きも止まる。

「――こ、これはッ!」

 やる夫は目の前に浮かぶキーホルダーを掴む。刹那、キーホルダーは巨大化し、一メートルほどの大きさとなった。

 金色に輝き龍が巻き付いた刀身。龍の翼を模したつば。つばの真ん中には赤く輝く宝石がはめ込まれている。その剣は今、やる夫の手に握られている。

 一体どうなってるんだ――。土産屋で売ってそうな剣のキーホルダーが巨大化して本物の剣になった!?

 やらない夫は開いた口が塞がらない。

「カ、カッコイイー!」

 感極まってやる夫は叫んだ。

「まさか、こんな武器が本当にあるとは思わなかったお。生きていて良かったお!」

「心を打たれてる場合か!前を見ろ、前!」

 石の隙間から飛び出したやらない夫はやる夫に呼びかける。

 やる夫は瞬時に前を向く。リュウセイが銃剣、カイザブレイガンでやる夫に切りかかろうとしていた。リュウセイの攻撃をやる夫は持っている黄金の剣で防ぐ。両者の剣がぶつかり合う。リュウセイは腕に力を込めてやる夫を押す。やる夫も踏ん張るが徐々に後ろに押されていく。

 マ、マズイ。このままだとやる夫が押し負ける。俺がやる夫を助ける方法、何か、何か無いのか。

 やらない夫は辺りを見回して石を見つけた。

 これしかねぇっ!

 やらない夫は石を掴み、リュウセイの頭を狙って投げつけた。

 石は見事にリュウセイの頭に直撃した。カーンと音が響く。

 フッ――完璧だっただろ、今の俺の投石。

「今何かしたか?」

 リュウセイはやらない夫の方を向いてつぶやいた。

 やっぱり全然効いてないわ。そのマスク格好いいんだけど怒ってるように見えて怖いんですよ。

「うおおおおおッ!」

 リュウセイが振り向いたその隙にやる夫が腕に力を込めて叫ぶ。その瞬間、やる夫の持つ剣にはめ込まれた赤い宝石が輝いた。

「え?」

 やる夫の剣から赤い光弾がリュウセイ目がけて発射された。その光弾はリュウセイに直撃して爆発した。リュウセイの体は数メートルほど後ろへ吹き飛ばされた。

「どうりゃああッ!」

 やる夫が叫ぶと再び剣から赤い光弾が発射される。リュウセイは光弾をかわすために立ち上がる。この時、リュウセイの右足に激痛が走る。先のモンゴメリとの戦いで、リュウセイの右足にはひびが入っていた。痛みで動きが止まったリュウセイ。またも光弾はリュウセイに直撃して爆発した。

 リュウセイの体は爆炎に包まれた。

 それを見てやらない夫は内心で喜ぶ。

 よっしゃあッ!これで天野河はくたばったぜ!あとはやる夫のこの剣さえ奪えれば俺にも勝機は見えてくるだろ。

 爆炎を見てやる夫はその場にしゃがみこむ。そのやる夫のもとにやらない夫が駆け寄って来た。

「やる夫―」

「やらない夫―!やっと会えたお!見てくれお、やる夫のこの武器を!金色に輝いてカッコイイだお?全国の男子の夢が今ここに実現したんだお!」

「ああ見てたわ!何なんだよ、お前のそのファンタジー武器は!うらやましいぞ畜生、俺なんて支給されたのは拡声器なんだぞ」

 あれ?俺はこんな話してる場合じゃないんだぞ。隙をついてこいつから剣を奪わないと俺の命が危ない。こいつだって、こんな強力な武器を持ったら考えだって変わるさ。いきなり殺し合いに乗って、俺に襲い掛かってくるかもしれないぞ。油断は禁物だろ。

「でもその拡声器のおかげでこうしてやらない夫と合流出来たお!」

「こんなものはもうお役御免だよ!お前はファンタジーの剣、天野河だってあんなに強そうなパワードスーツみたいな武器貰ってるし、いくら何でも武器の格差がありすぎるだろ、常識的に考えて!俺だってなあ、お前らみたいな強い武器を貰ってたら今頃は――」

「そうだお、さっきの仮面ライダーみたいな人はどうなったお?」

 二人は爆炎の方を見る。

 爆炎の中からエクシードチャージと音声が響く。

 やべっ、まだ生きてやがる!やる夫の剣強奪作戦は失敗だ!

 やる夫は瞬時に剣を体の前に構えて防御態勢に入る。やらない夫はやる夫の後ろに素早く回り込んだ。

「や、やらない夫、やる夫を盾にする気なのかお?」

「ち、違うぞ。これはお前を後ろから支えてやってるんだ。俺がしっかりつかんでいるからお前が吹っ飛ばされることは無いから安心してほしいだろ」

「で、でもこれじゃあ動けないお!」

 爆炎の中から黄色の光弾が発射される。だがそれも前に構えたやる夫の剣によってはじかれた。

 やらない夫はほっと溜息をついた。

 優秀な楯だろ。

 爆炎の中からリュウセイが姿を現す。右足を引きずってはいるものの、その姿は未だ仮面ライダーカイザであり、変身解除には至っていない。

「よし行けやる夫!天野河を倒すんだ。俺は後ろから投石で援護するだろ」

「了解だお!――ってやる夫が戦うのかお!?」

「お前の方が強そうな武器を持ってるんだから当たり前だろ!自慢じゃないが俺の腕っぷしはこのクラスにおいて下から数えた方が早い!」

「本当に自慢になってねえお!やる夫だってもうヘトヘトだお。えーと――あ、天野河さん?戦いなんてもう止めるお。これ以上戦ったら本当にどっちか死んじまうお」

「説得なんかしても無駄だやる夫!あいつは――天野河リュウセイは説得に応じる奴じゃない、喜んでこの殺し合いに乗るタイプだ!天野河はただパワードスーツの力を楽しんでいるんだ!」

 騒ぐやる夫とやらない夫を見てリュウセイはベルトに装着したカイザフォンを取り出して9、8、2、1の順でボタンを押し、最後にエンターキーを押した。

 サイドバッシャー・カムクローサーと音声が流れる。

「やらない夫、あの人携帯電話みたいなものを操作してるお。どこかに電話でもかけたのかお?」

「さあ、仲間でも呼んだんじゃないかな。なーんてな。まさかあいつに仲間がいるわけないか」

「ご名答だやらない夫!俺の新たなる相棒、サイドバッシャーを呼んだんだ。俺がやりたいのは互角の戦いなんかじゃない。一方的な虐殺だーっ!お前らの相手も面倒になってきたから相棒と一緒にさっさとぶっ殺してやる!」

 リュウセイが答える。

 サイドバッシャーとは仮面ライダーカイザの相棒であるサイドカーの名前である。勿論ただのサイドカーではない。人型に変形して戦う事が可能である。変形後は格闘戦に秀でただけでなく、ミサイルを撃つことも可能だ。

 冗談じゃねえぞ、このボーグ馬鹿が。それに――サイドバッシャーとかいう相棒が相当強いのは天野河の発言からして間違いない!

 やらない夫はすぐさま走り出した。ここから少しでも遠くへ逃げるためだ。

「やらない夫―!逃げるの速いお!やる夫を置いてかないで欲しいお!」

「うるせー!現状、天野河一人の相手ですら危険なのに、さらに敵が増えたら本当に殺されちまう!殺される前に逃げるんだよ。逃げるが勝ちだ!三十六計逃げるに如かずだ!」

 やらない夫は森へ逃げ込む。その後をやる夫が追う。

 だが森の奥から何か音が聞こえてくる。

「な、何か来るぞ!」

「ああそっちから来るのか。おーい相棒。適当にやっといて!」

 リュウセイが声を出す。

「やらない夫、どうするんだお」

「ああああああ。進むも地獄、戻るも地獄。俺はここで死ぬんだ――」

 やらない夫はへたり込む。

「やらない夫。な、何か銃撃音が聞こえるお」

 ああ――。本当だ、きっと俺らを撃ち殺すんだろ。

 もう喋る気力も残ってない。

 その時、森の奥で爆発が起こった。

 突然の衝撃でやらない夫、やる夫共々吹き飛ばされる。これにはリュウセイも想定外の様で立ち止まって様子をうかがっている。

 こ、この音――茂みを踏み分ける音だ。誰かが歩いてくるってのか。

 爆発した方角から一人の男が歩いて来た。男は口を開く。

「おいおい、さっきのバイクもどきは何なんだよ。なかなか魅力的だったが、ちょっと掘っただけで動かなくなっちまって突然の爆発ときたもんだ。興ざめもいいところだぜ。このままじゃ、おさまりがつかないんだよな。そういう訳で御三方――」

 男は制服のボタンを外して脱ぎ捨てる。

「やらないか」

 誰もが認めるいい男、阿部高和が現れた。

 

 

 

27

 女子21番、山村貞子。胸元まで垂れ下がった黒い髪。それらは前に降ろされ、貞子の顔を覆い隠してしまっている。うっとうしくないのか、前が見えないのではないのかという推測は野暮である。これが貞子のお気に入りだ。

 貞子はこの3年β組の学級委員長を務めている。

 このクラスは最高のクラスよ。常ににぎやかで明るい空気に満ち溢れている。多少、やかましすぎるという事もあるかもしれない。α組、γ組、δ組の委員長の佐伯伽椰子ちゃん、川上富江ちゃん、水沼美々子ちゃんらからはいつもβ組は問題を起こすと小言を言われる。先生たちからもこのクラスは問題児集団と呼ばれているのも知っている。でもそれはこのクラスの事をちゃんと知らないからそう言うのよ。学級委員長としてこのクラスを見て気づいたわ。みんなとても素晴らしい人たち。

 物事をちゃんと知らないという事は決して悪い事ではない。いちいち全ての事を深く追求していてはキリがない。

 原作小説で貞子はテレビから出てこないし、呪いのビデオにばかり注目が行き過ぎてリングウイルスに触れられる事は少ない。有名な主題歌も、来るきっと来る――とは歌ってない。Ooohきっと来る――が正しい。あの話がコンピューター上の仮想空間が舞台だと言ったらどれだけの人が信じるだろうか。

 でもそんな事は問題じゃない。それらを知っていたとして何になるのだろうか。さほど興味がない事についてにわか知識となるのもいいだろう。ただし、深く知る事で見えてくるものもあると貞子は思う。

 他のクラスの子や先生たちがβ組のみんなに接する機会も少ないのだから、そういった印象を抱くことを批判は出来ない。それにクラスのみんなをより良く知ってもらう事を強制する事も不可能だ。

 でも私はみんなと深く接して多くの素敵なものを見つけた。それを守るために立ち上がるのだ。

 決心をした貞子。

 この時、背後から何か音がした。貞子は後ろを振り向く。

 何かが貞子の目の前に落ちて来た。

 土煙が立つ。それが晴れた後、貞子は落ちて来たものを確認した。

 緑色で至る所に棘が生えている。ずっしりと重たい。

 貞子は知らないがこれはハイドラパーツXであった。伝説のエアライドマシン、ハイドラが三つに分かれたうちの一つである。

 よく分からないけど持っておこう。

 そう思いバッグを開ける貞子。その中に支給武器であるスーパースコープが入っていた。

 付属の説明書には、ボタン連打で光弾を発射できます。長押ししてエネルギーをチャージする事でより威力の高く巨大な光弾が発射できます、と書かれていた。

 ハイドラパーツXをバッグの中にしまった貞子。

 護身用として武器は持っておこう。でもこんなものは使いたくない。私たちの手は誰かと戦うためのものじゃない。誰かの手を握るものなのよ。そう、手を伸ばせばみんなに届く。

 絶対に。

 爪が剥がれて黒くなった自分の手を見て、貞子はそう思った。

 

【女子21番 山村貞子】

【身体能力】 E 【頭脳】 D

【武器】 スーパースコープ、ハイドラパーツX

【スタンス】 戦いを止める

【思考】 みんなを探す

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

28

 突然の爆発。そして現れた謎のいい男。

 この展開にやる夫は慌てていた。

 よく見るとやらない夫も目を白黒させてるお。それに確か天野河――さんもその場で固まってるお。

「やらない夫に――おおっ、やる夫かあ。会いたかったぜ、なかなかいい男じゃないの」

 謎のいい男、阿部はやる夫の目をじっと見つめてくる。

 このいい男がやる夫に会いたかったってどういうことだお。それにこの男の一点の曇りもない目はなんなんだお。こっちまで緊張してきたお。ところで一体何者なんだお。クラスの人か、もしくは…。

「あ、あなたが――サイドバッシャーですかお?」

 それを聞いたやらない夫がずっこけた。いい男は突然笑い出した。

「ははは。そういや自己紹介がまだだったな。俺の名は阿部高和。よろしくな、やる夫。そしてそこにいるもう一人の人物、素顔は見えないが――男だな。俺の目はごまかせないぜ」

「阿部!よく分からんパワードスーツで武装しているがあいつは天野河だ!」

 やらない夫が叫ぶ。

 ほう、格好いいじゃないか天野河。そのパワードスーツの下を見たくなったぜ――と阿部が言ってる途中でリュウセイが銃剣カイザブレイガンから光弾を阿部に向けて撃ち出す。

 阿部さんが危ねえお。

 やる夫が心配するが、阿部は飛んできた光弾を難なくかわす。

 あの光弾をかわした?凄い身体能力だお。

「おいおい天野河。俺はまだ話してる途中だぜ。それにその攻撃、冗談で済ませるものじゃないぜ」

「鬼に会っては鬼を斬り、仏に会っては仏を斬る。クラスメイトに会えばクラスメイトを斬る。信じられるのは自分だけ」

 リュウセイは阿部にこのように答えた。それを聞いて阿部は自分の額をかく。

「つまり天野河はこの殺し合いに乗ったって事か。で、やる夫とやらない夫はこのゲームに乗ったのか?」

「いいや、俺は乗ってない!ここに天野河がやって来て俺を殺そうとしてるんだ。さっきまでの戦いは正当防衛だろ、常識的に考えて」

 阿部の質問にやらない夫が答える。

「やらない夫の言うとおりだお。やる夫はやらない夫に呼ばれてここに来たんだお。そしたら天野河さんもいて、戦いになってしまったんだお」

 やる夫もやらない夫に続く。それを聞いて阿部は満足そうに頷く。

「そうか。つまりは天野河を止めればこの場はおさまるって事だな。よし天野河、お前の精神を俺が叩き直してやる。ケツを出しな」

 そう言って阿部はリュウセイに殴りかかった。リュウセイは阿部の攻撃をかわし、カイザブレイガンで反撃に出る。阿部もリュウセイの攻撃を華麗な動きでかわす。

 阿部との戦いの中で、リュウセイの右足が再び痛み出した。リュウセイの動きが鈍る。

「天野河。お前の右足と左腕、痛みで十分に動かせないだろ?」

その瞬間、阿部の渾身の蹴りがリュウセイの胸に入った。その衝撃で、リュウセイはカイザブレイガンを手放す。この一撃に怯みながらもリュウセイは阿部から距離を取る。

 凄い戦いだお。阿部さんはあの天野河さんを相手に有利に戦いを進めているお。そう言えばやらない夫はどこだお?

 やる夫はやらない夫を見つけようと周囲を見回す。阿部とリュウセイの戦いから少し離れた所で腰を抜かして座り込んでいるやらない夫を見つけた。まるで放心したかのような顔をしている。

 やらない夫と一緒にいた方が安心だお。

 やる夫はやらない夫のもとへ走り寄る。

 その瞬間、リュウセイもやらない夫目がけて走り出した。

 これには阿部も驚きを隠せない。

「くそっ、俺よりも先に他の奴から狙うとはな。そこまでやるかリュウセイさんよ!」

 そう言って阿部もリュウセイを追う。

 逃げてくれお、やらない夫!そうだ、この剣は光弾が出せるお!

 やる夫は剣を構えて先ほどのように光弾を出そうとする。

 だが光弾は出ない。

 なんでだお!

 戸惑うやる夫。その体を急に疲れが襲う。

 な――なんか疲れたお。こ、このままじゃやらない夫が危ないお――。

 重い体を頑張って動かすやる夫。だが、リュウセイの手は今にもやらない夫に届きそうであった。や――やらない夫―!と叫ぶやる夫。

「かかったな、この常識知らずのボーグ馬鹿が!」

 突如立ち上がり、隠し持っていた石をリュウセイに向かって投げつけるやらない夫。放心した顔はやらない夫の特技である。

 やらない夫の悪口に胸の痛みを覚え、リュウセイの動きが止まる。

 ボーガーに対して常識知らずのボーグ馬鹿という悪口は絶大な攻撃となる。

 そのリュウセイの顔面にやらない夫が投げた石が直撃する。その衝撃で後ろによろけるリュウセイ。

「うおおおおおおッ!」

力を振り絞ってリュウセイに追いついたやる夫はリュウセイの背中に黄金の剣で斬りかかった。

「がっ――!」

 うめき声をあげてうつぶせに倒れるリュウセイ。倒れたリュウセイの体を後からやって来た阿部さんが取り押さえた。

「お前の負けだ、天野河。さあ、お楽しみはこれからだぜ。これから俺がお前の曲がった根性を叩き直してやるからな」

 阿部さん――一体何をするんだお?なんだか――とても嬉しそうだお。

 疲れで朦朧としているやる夫は杖の代わりとして剣を用いている。

「ところでこのパワードスーツはどうすりゃ脱がせられるんだ?つなぎ目やファスナーが見当たらねえぞ」

「そのベルトを外せないか?試してみろよ」

 阿部の質問に答えるやらない夫。それを受けて阿部はリュウセイのベルトを取り外す。変身が解除されてリュウセイは仮面ライダーカイザから元の人間の姿に戻った。

「やっと顔が見れたぜリュウセイ。さあ、とことん楽しませてやるからな」

「やめろ阿部!やるならそこの森の奥でやれ!」

 その瞬間、変化はすぐに訪れた。

 リュウセイの体が灰となって崩れ始める。瞬く間に天野河リュウセイの体は全て灰となり、後には彼が来ていた制服のみが残った。

「あ、あ、天野河が灰に――」

 後ずさるやらない夫。

 天野河さんが――灰に――一体、何が――どうなって――。

 意識を失いその場に倒れこむやる夫。持っていた剣も再びキーホルダーサイズになった。

 

【男子22番 やる夫】

【身体能力】 E 【頭脳】 E

【武器】 剣のキーホルダー

【スタンス】 生き延びる

【思考】 疲れたお…

【身体状態】 疲労困憊 【精神状態】 気絶中

 

【男子21番 やらない夫】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 高性能拡声器

【スタンス】 生き延びる

【思考】 天野河が灰に――どうなってんだ!?

【身体状態】 正常 【精神状態】 動揺

 

【男子02番 阿部高和】

【身体能力】 S 【頭脳】 A

【武器】 ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクト

【スタンス】 いい男を掘りつつ島からの脱出

【思考】 天野河…灰化する程に俺に掘られたくなかったのか…

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 正常

 

【男子03番 天野河リュウセイ 死亡】

【生存者 残り35人】

 

 

 

 




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
○ 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
○ 女子22番 両儀式

【生存者 残り35人】


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5話

「バトルロワイアルやろうズェ…」
「いいズェ…」


ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
○ 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
○ 女子22番 両儀式

【生存者 残り35人】


29

 右手にエクスカリバール、左手にコピーロボット。

 殺人衝動に駆られたベネットは次の獲物を探していた。

 この島ではいくらでも殺しが出来るんだからもっと満喫しねえとな。浅倉を殺しただけじゃあ物足りねえ。男でも女でも――誰でもいいから殺したくて堪らねえ。

 そう思っていた矢先、ベネットは一人の女子生徒を見つけた。

 女子22番、両儀式である。黒髪のショートヘアに黒い瞳。美女とも美男とも捉えられる中性的で整った顔をしている。肩からバッグをぶら下げて気怠そうに歩いている。

 両儀じゃねえか――、厄介な相手だな。ここは保険をかけておくか。

 ベネットはコピーロボットの鼻を押す。コピーロボットが瞬く間に大きくなり、ベネットと全く変わらぬ姿となった。浅倉との戦いでベネットが負った傷や汚れまで完璧にコピーされていた。コピーされたのは外見のみでは無く、ベネットの記憶もコピーしている。コピーロボットが変化した姿、コピーベネットも式の姿を捉える。

「あれは――両儀式ですね。物事の死を視覚情報として捉える事が可能な直視の魔眼を持っていると。凄まじい能力ですがこの島では考えなくていい事ですね。それよりも剣術や合気道の達人で、このクラスの中でもかなりの実力者。厄介な相手ですね。相手の武器が何かは分かりませんが、ナイフや日本刀であった場合、相当厳しい戦いになるかと―――」

「お前は俺の姿や記憶を完璧にコピーするのはいいんだが、その口調はなんなんだよ、おい。クラスメイトが見たらお前が偽物だってすぐに分かるじゃねえかよ。しっかり口調までコピーしろ、マヌケェ。俺はそんなお上品な喋り方はしねえんだ。分かったか?」

「分かったぜぇ、こんな感じでいいかぁ!?」

「まあいいだろう。よし、作戦を説明する。お前は気配を消して両儀の後ろに回り込め。その間、俺が会話で両儀の気を引く。お前は隙をついて後ろから両儀を襲え。殺しちまっても構わん」

「姑息な作戦だぜぇ。でもしっかりと把握したぜぇ。で、お前は俺にいくらくれるんだ?10万ドルPONとくれても――」

 ベネットはコピーベネットの頬を殴った。

 コピーベネットの鼻に触れるとコピーが解除され、元の人形の姿に戻る。ベネット本人だけでなく、他人やコピーロボット自身が触れても変身が解除される。さらにはコピーロボットが転んで地面に鼻を打ち付けても変身は解除される。

 だから頬を殴ったんだよ…顔面殴りたかったぜぇ!

「冗談だぜぇ。お前の命令ならタダでも喜んでやるぜぇ」

 そう言うとコピーベネットは身を屈めてベネットの元から離れた。

 あの野郎、口調に未だ難ありだな。もし仮にワイルドだぜぇ、とか言ったらボールを吹っ飛ばし舌ぁ引っこ抜いてゴミ箱に送ってやるんでぇ!

 ベネットは右手にエクスカリバールを持って立ち上がり、式へと近づいた。式もベネットに気づいて歩みを止め、ベネットの方を振り向く。

「よう両儀。相変わらずシケた顔してんな。まあお前の事だ、この殺し合いもどうでもいいって思ってんだろう」

「はあ――ベネットかよ面倒だな、全く。見逃してやるからさっさとどっか行けよ」

 式の一人称はオレで、男口調で話す。その理由や背景についてはここで述べる事ではない。

「そうはいかねえなあ。俺の目的はクラスメイトの皆殺しだからな。勿論お前も対象だ。そういう訳で――死んでもらうぜぇ!」

 話し合いで気を引くとは何だったのか。ベネットはエクスカリバールを振り上げて式へ向かって襲いかかる。

 ああもう、うっとうしいな、と式は呟きベネットが振り下ろしたバールをかわす。

 その瞬間、式の背後からコピーベネットが姿を現し、式に殴りかかる。だが式は既に背後に何者かが潜んでいる事に気づいていた。式は繰り出されたコピーベネットのこぶしもかわし、そのまま合気道の要領でコピーベネットの体を投げ飛ばした。投げ飛ばされたコピーベネットは地面に背中を打ち付けた。

「くっ――記憶にある通りの腕前ですね」

 そう言ってコピーベネットは立ち上がる。

「だからお前は口調に気をつけろとさっき言ったばかりだろうが!今度妙な口調で話したら口を縫い合わすぞ」

ベネットがコピーベネットに向かって言う。この光景に式は眉をひそめる。

「なんだよお前、ベネットにそっくりだな。まるで双子だ。まさか――異能でも身につけたか、ベネット?」

「フッこいつがなんだか――俺に勝てたら教えてやるぜぇ両儀ィ」

「興味ないからどうでもいいんだけどさ。まあ少しは相手してやるよ。暇潰しには丁度いい」

 そう言って式はバッグからにゅーくれらっぷを取り出した。それを見るや否や、ベネットは笑い出した。

「ハハハハハハ!両儀ィ、何だよその武器は!相当のハズレを引いちまったみたいだなあ!」

「ハズレ?知らないのかよ、にゅーくれらっぷは何でも包める優れものなんだぜ」

「知らねえな。おい、二人がかりで確実に仕留めるぞ」

 ベネットは側のコピーベネットに呼びかける。コピーベネットもうなずく。

「おいベネット、お前、強そうな武器持ってるじゃん。その上二人がかりかよ、ハハッ大人げないな。――それとも怖いのか?」

「―――あ?違えよ、両儀ィ。俺は戦闘相手を見くびらねえのさ。――お前は俺の中では強敵という扱いだしな。そして勝つためには俺は最善の手を使う、それだけだ」

 ベネットの額には青筋が浮かび上がり、眉間に皺が寄っている。

「そうやって――怯えている自分を誤魔化してんだろ?」

「相手を恐れるのは勿論です、プロですから」

 そう言ってコピーベネットはベネットの肩を掴んで諫めようとする。だが、ベネットはその言葉に耳を貸さず、コピーベネットの手を払いのける。

「ブッ殺してやる!イッヒッヒッヒ!アハハハハハ!――バールなんて必要ねぇ!誰がテメェなんか!テメェなんかこわかネェェェ!野郎ブッ殺してやるぁああああ!!」

 式の挑発に乗り、エクスカリバールを投げ捨てるベネット。怒りを露わに式へと襲い掛かる。

 困ったご主人だぜチクショウ、と言ってコピーベネットは投げ捨てられたバールを拾う。

 ベネットは式の顔面めがけてこぶしを繰り出す。式は手に持ったにゅーくれらっぷからラップを引き出してベネットのこぶしを包む。これにより、ベネットのこぶしの威力がそがれた。ベネットは驚きを隠せない。すぐさま式はラップを斬り離し、虚を衝かれたベネットの胸元へ勢いよくにゅーくれらっぷを突き出す。

 この一撃を受けてのけぞりかえるベネット。その顔は苦痛に歪んでいる。頭に血が上っているのか、手を包むラップを外すのにも非常に苦労している。

「箱から取り出して突いた方が良かったな。この形状なら――お前の腹に突き刺せば十分ガス抜きは出来そうだ」

 そう言って笑う式。

 ベネットの怒りは最高潮に達した。叫びながら立ち上がり、式の元へと駆け寄る。手には未だラップが付いている。

 式は再びラップを引き出す。向かってくるベネットの攻撃を素早くかわす式。式は繰り出される攻撃をベネットの周囲を回るようにかわしつつ、引き出したラップをベネットの体に巻き付けた。ラップによって両手を上半身に巻き付けられ、ベネットは身動きが取れなくなる。さらに式に足払いをされ、その場に転げる。

 怒りで叫ぶベネット。もはや何を言っているのか分からない。

 その時、転げたベネットの前にコピーベネットが立った。バールを持ち、式からベネットを守るかのようである。

「まったくお笑いだベネット、冷静になれ。それはただのラップですな。俺なら瞬きする間に(パチン)外すことができる、忘れないことだ」

 そう言って地面に転がっているベネットを見るコピーベネット。コピーベネットはベネットに向かってウインクをした。

「やっぱりお前が偽物――異能だよな。ベネットにしちゃ頭がまともすぎる」

 コピーベネットを睨む式。

「偽物、異能、好きに呼べばいい。もっとも、それらは全てハズレだぜ」

「さっきも言っただろ、お前の正体なんてどうでもいいんだよ。重要なのはお前が生きているという事だけだ。生きていれば――殺すことが出来る」

「口だけは達者なトーシローとはお前の事だ。俺を殺すなんて夢物語も良い所だぜ」

 式は再びにゅーくれらっぷを引き出す。コピーベネットはバールで式に攻撃する。それを式はかわしつつ、ラップで包んで無力化しようと試みる。だがコピーベネットの動きは先ほどの怒りに駆られたベネットの様に単調な動きではない。緩急を付けつつ、自身の力と戦闘経験を上手に活かして戦いを有利に進める。式もコピーベネットの攻撃をいなしてはいたが、先ほどのように易々とラップで体を包んで無力化とはいかない。

 ラップで簀巻きにされて地に転がされていたベネットは、この攻防を見て怒りで歯を噛み締めていた。時々呻き声をあげながら転がったり上下に動いたりしているが、ラップが外れる気配はない。

 クッソ――両儀ィ!テメェも浅倉と同じく楽には殺さねえ、散々いたぶって殺してやる!そしてコピーロボット!テメェは俺のコピーの分際で偉そうに!コピーに何ができるって!?舐めた口をききやがってぇ!テメェは俺だ、テメェに出来る事ぐらい俺にも出来るんだよぉ!!

 ―――ん?

 ―――そうか――そういうことか!

 急に冷静になったベネット。落ち着きを取り戻し、ベネットは巻き付けられたラップを外すためにそっと動く。

 ベネットは首を上げ、コピーベネットの顔を見る。

 式と攻防を繰り広げているコピーベネットも振り向いてベネットの顔を見る。

 お互いの目は笑っていた。

 ああ、その目だ。――目を見りゃ何を言いたいのか分かる。なにせお前は俺だからな――!

 転がっているベネットの付近で、突如コピーベネットは持っていたエクスカリバールを天高く放り投げる。

 刹那、ラップの拘束を解いたベネットが瞬時に飛び上がり、空に舞うエクスカリバールを掴む。そのままバールを式に振り下ろす。

 突然のコピーベネットの予想外の行動と、無力化したと思っていたベネットの復活。これらの出来事が式の動きを鈍らせた。

 ベネットは渾身の一撃を式に叩き込む。

「本当…いい迷惑」

 そう言うと式はその場に崩れ落ちた。

 バールを持ったベネットにコピーベネットが話しかけてくる。

「流石は俺だ。冷静になればあの程度のラップの拘束を解くのは簡単だ。よく俺の意図に気づいたな」

「ふん、お前は俺だ。俺の考えぐらいお見通しだぜ。そういや、お前もかなり俺に似て来たな。口調もそっくりだぜ」

 二人のベネットはこぶしを突き合わせる。

 ベネットはコピーベネットの鼻を押して元に戻そうとしたが止めた。

 こいつは役に立つ。このままにしておいた方が良さそうだ。

 

【男子17番 ベネット】

【身体能力】 S 【頭脳】 D

【武器】 コピーロボット、エクスカリバール

【スタンス】 皆殺し

【思考】 コピーロボットを採点してやろうか。100点だよ。

【身体状態】 肋骨が数本折れている 【精神状態】 正常

 

【女子22番 両儀式 死亡】

【生存者 残り34人】

 

 

 

30

 金髪ツインテール。萌え要素だ。

 だが彼女の目は血走っていた。

 血走った眼は萌え要素だろうか。

 萌え要素だというなら否定しない。萌えは人それぞれ、千差万別だ。

 萌え要素の塊、目を血走らせた金髪ツインテールの女子15番、ポプ子は釘バットを振り回しながら歩いていた。

 他人を煽るのが好きだが、自分が煽られるのは嫌いだ。ポプ子は煽り耐性が無いのである。

 ポプ子の特技として声を自由自在に変えるというものがある。女性の声は勿論、男性の声も出せる。その変化は非常にバリエーションに富み、三十一人もの声が出せると自負している。また、フランス語にも堪能で、英語や沖縄弁にも精通しているとの噂もある。

 ――殺し合い?

 ――めんどくせー。

 ――あ?最後まで生き残らないと帰れない?

 あーそーゆーことね。完全に理解した。

 それならいっそ、派手にやったらあ!クラス全員、皆殺しにしたらあ!

 ポプ子は釘バットで素振りを始めた。

 早くこの釘バットを誰かの頭に打ち込みたい。

「ポプ子ちゃん…」

 突如、ポプ子の名を呼ぶのが聞こえた。ポプ子は立ち止まり、期待に満ちた目で周囲を見渡した。

 自分を呼ぶ声が聞こえる。小さきものの声だ。

 ポプ子は物陰に誰かがいる事に気づいた。

「ビビってんのかオェーイ、姿を見せろぉ!」

「叩かないで…叩かないで、ポプ子ちゃん…」

「ああっ、君はデデンネちゃん!」

 物陰から姿を現したのは女子12番、デデンネであった。デデンネの目には涙が浮かんでいる。オレンジ色の鼠のような姿をしており、クラスで最も小さい生徒である。クリーム色の大きい耳につぶらな瞳、白い前歯とチャームポイントの塊である。頬からアンテナのような髭が生えており、この髭から電波を送受信する事が可能である。黒いしっぽから電気を吸い取る事も出来る。だがこれらの能力もこの島では封じられている。今ではその小柄な体と素早さのみがデデンネの武器である。

「ポプ子ちゃん…私、ずっと一人で怖かったんでちゅ。やっと…クラスメイトに会えたでちゅ。ポプ子ちゃーん!」

 涙目のデデンネはポプ子に向かって走り出した。

「デデンネちゃーん!デデンネちゃんは一人ぼっちじゃない。私がいつも側にいてあげるよ。手をつなごう、共に歩こう、守るべきものデデンネちゃん!」

 ポプ子もデデンネに走り寄る。

 感動の抱擁まであと数歩の距離まで二人が歩み寄った時である。

 突如デデンネの背中から火が噴き出し、猛烈な速度でポプ子に向かって突進してきた。

 だがデデンネが加速する瞬間、ポプ子も立ち止まって釘バットを構えた。

 この二人、共に相手を油断させて殺す気満々であったのだ。

 凄まじい速度で突っ込んでくるデデンネに合わせるように釘バットを振るポプ子。デデンネもポプ子の動きを見るや、釘バットが当たる直前で再び背中から火を噴き出して急上昇した。

 ポプ子の釘バットは空を切る。咄嗟に空を見上げたポプ子。そこにはデデンネが浮かんでいた。

 デデンネの支給武器は背中に背負ったジェットパックである。これにより、先ほどのような加速、飛行が可能となった。飛行能力を得たデデンネ、もう地震など恐れない。

「ッダロガケカスゥーー!」

 宙に浮かぶデデンネを見上げ、怒りのあまり叫ぶポプ子。左手の握りこぶしには血管が浮き出ている。

「まんまと騙されでちゅねポプ子ちゃーん!あははははっ、涙目なんて私はいつでもできるんでちゅよー」

 上空からポプ子を煽るデデンネ。先ほどまでの涙目の弱々しい姿とは打って変わって満面の笑みを浮かべている。

 何故デデンネはこの様な喋り方をしているのか。それは人気を得るためである。

 最も人気を集めて全ポケモンの頂点に君臨する事がデデンネの夢である。

 人気を得る為に可愛らしい仕草や演技を習得した。自分の人気を上げるだけでなく、ライバルの人気を下げるために様々な手を使った。一例として、掲示板やSNSにサーナイトやミミロップの顔だけをライバルであるトゲデマルやエモンガの顔にすり替えたコラ画像を投稿した事がある。

 悪質である。

 これではデデンネが悪人と思われかねないので述べておくが、デデンネもライバルらによってカイリキーの顔をデデンネの顔に加工した画像を投稿されるという意趣返しをされた。

 この様に常日頃から熾烈な争いを繰り広げているデデンネがこのプログラムに乗らない筈が無かった。

 優勝すれば願いを叶えてもらえまちゅ。全ポケモンの頂点にデデンネが、私が君臨する日も近いでちゅ!

 それを想像しては、デデンネは笑いが止まらなかった。

「バイバイ、ポプ子ちゃーん。あんたの相手をする気はないんでちゅ。適当に誰かに殺されてくだちゃーい」

 デデンネはそう言うとポプ子に向かって手を振り、ジェットパックから火を噴き出して遠くへと飛んで行った。先ほどの不意打ちでポプ子を仕留められなかった上、ポプ子の武器は釘バット、これ以上の接近戦はデデンネにとっても避けたいものであった。

「オ゛ァ゛ァ゛ーッ!!」

 怒りで目を血走らせ、叫ぶポプ子。飛び去るデデンネの後を走って追いかける――。

 

                 *

 

 ポプ子とデデンネの姿がこの場から消えた後、二人の生徒が物陰から姿を現した。

 木之本桜とドラコ・マルフォイである。

 さくらとマルフォイは島からの脱出という目的で共に行動している。

 現状、この二人だけでは島からの脱出は不可能と言ってもいい。脱出したいのなら、もっと多くの助けが要る。そのためにさくらの支給武器であるレーダーを使って協力してくれる生徒を探しているのである。このレーダーは誰かが近くにいる事は分かるが、誰がいるのかまでは分からない。

 二人はレーダーを使って人を探し、見つけた人を見て協力してくれるかどうかを判断することにした。

 先ほど、さくらとマルフォイはこのレーダーで永沢君男を見つけた。

 永沢は世にも奇妙な物語に出演しているかの様な顔で、何やらぶつぶつと呟きながら歩いていた。永沢の手には奇妙な形の銃が握られていた。二人は知る由もないが、これは火炎放射器である。

 もしかすると永沢は殺し合いに乗っているかもしれない――。

 永沢は殺し合いに乗る生徒ではないと思っていた二人だったが、前述の永沢の異様な様子を見て声をかけるのを止めたのだ。

 永沢から離れた後、さくらとマルフォイはレーダーにより近くに二人の生徒がいる事を知った。この二人とはポプ子とデデンネであった。

 さくらとマルフォイは二人を確認するべく、離れた物陰から様子を窺っていた。

 そして先ほどのポプ子とデデンネの戦いが繰り広げられた。

 この戦いを見終えたさくらとマルフォイはお互いの顔を見た。

「ほええ…ポプ子ちゃんとデデンネちゃん、向こうへ行っちゃったよ。どうしよう、マルフォイ君、追いかけようか?」

 さくらはマルフォイに尋ねる。

「いやいや、そんな事しても無駄だフォイ!あの二人が脱出に協力してくれるとは思えないね!」

「はう…。で、でも大丈夫だよ、協力してくれる人が絶対見つかるよ」

「そ、そうだな。このクラスにもまだ何人かまともな奴が残ってる筈だ」

 そして二人は再び歩き出した。

 果たして協力者は見つかるのだろうか。

 

【女子02番 木之本桜】

【身体能力】 A 【頭脳】 C

【武器】 レーダー

【スタンス】 仲間を集めて島からの脱出

【思考】 手伝ってくれる人いないかな

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子20番 ドラコ・マルフォイ】

【身体能力】 C 【頭脳】 B

【武器】 デオドラントスプレー

【スタンス】 仲間を集めて島からの脱出

【思考】 まともな奴に会いたいフォイ

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

31

 飛び去るデデンネを必死で追いかけたポプ子だが、既にデデンネの姿は見えなくなっていた。

「どんなに遠くに隠れても――必ずお前を見つけ出すからなあ!」

 デデンネの飛び去った方向へ向かって叫び、天高く中指を突き立てるポプ子。

 ポプ子の怒りの叫びがむなしく響く。

 ――ん?

 少し離れた所に何かが埋まっているのに気づいたポプ子。興味を持ち、そばに近づく。

 緑色で重厚感のある物体、ハイドラパーツYが地中に埋まるようにしてそこにあった。

 ポプ子はハイドラパーツYを掘り出して上機嫌でバッグにしまった。

 イエーイ! よく分からないけど、こりゃ間違いなくレアアイテムだぜー!

 笑顔でスキップをするポプ子。

 突然始まったクラスメイトとの殺し合い。辛い事もいっぱいあるけど、今日も一日頑張るぞい!

 ポプ子はデデンネの事を一旦忘れ、次なる敵を探して動き出した。

 

【女子15番 ポプ子】

【身体能力】 C 【頭脳】 D

【武器】 釘バット、ハイドラパーツY

【スタンス】 皆殺し

【思考】死ねーッ!死・死・死・ねーッ!

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子12番 デデンネ】

【身体能力】 B 【頭脳】 E

【武器】 ジェットパック

【スタンス】 全ポケモンの頂点に君臨する

【思考】地面タイプ(笑)

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

32

 山田、超がんばります!今回だけは明日から本気出すなんて言ってられません!今日頑張らないと明日は来ないんです!

 女子20番、山田葵は動揺していた。前髪パッツン、紫がかった黒髪のストレート。彼女の一人称は山田である。

 訳も分からず変な場所に連れてこられたと思えば、今度は殺し合いって何ですか!?一体何がどうなってるんですか!?それにあのクラスの人たちはおかしいですよ!クラスメイトと殺し合えって言われたのに何であんなにノリノリなんですかー!?

 頭を掻きむしり、叫ぶ山田。そしてその場に座り込む。

 山田はバッグを地面に置いて一息つこうと思った。

 本部のビルから全力で走って逃げて来た山田の息は上がっていた。

 ああ、喉が渇きました。ジュースが飲みたいんですが贅沢は言ってられませんね。

 山田はバッグを開ける。中には支給武器であるキチガイレコードが入っていた。

 キチガイレコードとは聞いた者を発狂、衰弱させる恐怖の旋律が入っているレコードである。だがレコードプレーヤーが無いので再生は出来ない。これではただのレコードである。さらにこのレコードに衝撃を加えると発火、炎上する危険がある。

 この武器は一体何なんですか!全く使えないじゃないですか!

 その時、山田の首元に冷たく鋭い物が触れる。すぐさま山田の首元に背後から腕が回される。

「動くんじゃねえ。死にたくなかったらオレ様の質問に答えろ」

 山田の後ろから男のものと思しき声が聞こえる。

「はい答えます!ですから山田を見逃してください。山田は殺し合いに乗る気なんてありませんよ」

「うるせえ!余計な事は喋るんじゃねえ」

「は、は、はい!」

「早速質問だ。何故手前ェはこのプログラムに参加した?」

「そ、それはですね、広告!広告を見たんです!一日から三日の労働で末代まで遊んで暮らせるという凄いバイトの広告があったんです。それに申し込んだらこんな事になったんです!」

「そんなうまい話がある訳ねえだろうが。バカじゃねえの」

「ぐふっ」

「じゃあ次。お前と一緒に紹介された転校生の男は知り合いか?」

「知りません!ここに連れて来られて初めて会ったんです!」

「手前ェと同じ様なバカな参加者か――それとも委員会の奴らの差し金かは分からねえって事か。この島に連れて来られるまでの経緯を教えろ」

「え、えーとですね、そうです、あれは山田がバイトを終えて夜遅く帰る途中でした!突如現れた黒服の男たちに囲まれたんです。山田がバイトの選考に受かったとか言って拍手してきました!コングラッチュレーションとか言ってました!」

「それからどうした」

「あの後、後ろから目隠しをされました。そして腕にチクリと痛みを感じたら、急に眠くなってきて…。そ、それで目が覚めたら暗い部屋の中に一人でいました。あっ!こ、この首輪も付けられてましたね!それで――しばらくすると部屋の扉が開いて黒服が山田を外に連れ出したんです。そこに数人の黒服とあの銀髪で前髪を垂らした人がいました!その人たちに付いていくように命令されて――しばらく歩いたらあの部屋の入り口で待つように言われました!」

「あの部屋ってのは――オレ様たちがいた教室みたいな部屋の事だな?」

「はい、そうです!そしたら利根川とかいうオジサンがやって来て教室に入ったと思えば、中からは殺し合いとかいうとんでもない話が聞こえてきたんです!その後は――」

「利根川に命じられた黒服に連れられて教室に入って来たんだろ」

「おっしゃる通りです!」

「――チッ。そうだな、唯一神とかいう奴について何か知ってるか?そんな奴はいないのか、もしくはそう名乗ってるだけの奴か。まさか――本物の神なのか?」

「あっ、それなら建物内で黒服たちが何か言ってましたよ!エンテイ――でしたっけ」

「エンテイ?」

 茶色の毛に覆われ、白いたてがみを持つ。四足歩行で獅子の様な姿をしている。それがエンテイである。

 エンテイは何年か前にこの国に現れ、その力で瞬く間にこの国の頂点に君臨したポケモンである。その神の如き力は凄まじく、この国の上流階級の人間の半分はエンテイの息がかかっているとの噂がある。

「――そうか。このプログラムにはエンテイが絡んでいやがったか。それなら納得がいく。莫大な優勝賞金もエンテイなら簡単に出せるし、オレ様たちの能力を封じる特殊な島だってエンテイなら作れるだろうな」

「そうですね!これで山田の知ってる事は全部言いました!早く山田を解放してくださ――」

 言い終わる前に、山田の首の裏に針状の物が突き刺された。

 この瞬間、山田の体の自由は失われた。

 

 

 

33

 ハッ、これで一つ目の駒は手に入れた。だがこいつは弱そうだし、もっと使える駒が欲しいところだぜ。ポケモンゲットだぜ、なんてな。これじゃあオレ様はポケモンマスターを目指すマサラタウンの少年になっちまうな。

 男子14番、獏良了は身動きの取れない山田を見てそう思った。至る所の髪を左右に立てている銀髪の男である。獏良了と聞いて、穏やかな表人格と冷酷な闇人格を思い浮かべる方もいると思うが、この世界における獏良了は闇人格のみであると思っていただきたい。

 闇そのものである。

 バクラの武器は携帯する他人の運命(ブラックボイス)、というものであった。本来は武器ではなく、特殊能力の類であるが、このプログラムの為に本来の能力と同様の事が可能となる武器を開発したと説明書に書かれていた。

 バクラのバッグには携帯電話とアンテナという名の針が二本入っていた。このアンテナを他人の体に突き刺すと、突き刺された人間は自分の意志で身動きが取れなくなる。その人間を付属の携帯電話で自由に動かすことが出来る。操られた人間はアンテナが抜けない限り、死ぬまで解放されない。また、携帯電話で意のままに操るだけでなく、オート操作も可能である。アンテナは二本あり、同時に二人まで操る事が可能である。さらに、アンテナを自分に刺すことで、自動操作モードというものを発動できる。これにより、自分の戦闘能力は格段に跳ね上がる。自分自身を携帯電話に操らせ、敵と認識した者を殺すか、アンテナが抜けるまで止まる事は無い。だが、この状態である時の記憶は残らず、使用後に体に非常に大きいガタが来るという欠点もある。

 バクラは携帯電話を操作し、山田が自分の指示通りに動くことを確認した。

 前進、後退、側転、ブレイクダンス、ヘッドスピン、空中旋回。ウルトラCだ。

 バクラの命じた動きを山田は的確に行った。

 いいじゃねえか。駒の身体能力を問わず、オレ様が命じた動きをするって事か。忠実な駒だな、気に入ったぜ。

 バクラは山田の顔を見る。山田の息は荒く、顔には大粒の汗が浮かんでいた。

 あれだけの動きをしたんだから汗もかくよな。だが、このクラスの連中と比べるとこいつの身体能力は高くねえな。戦闘においても殴り合いには期待出来ねえな。銃でも持たせりゃ話は別だが、こいつの武器はこのレコードだしな。でも持たせておくか。まあいい、代わりの駒などいくらでもいる。そいつらにアンテナを刺せばオレ様の勝ちだ。

 また、この携帯電話にはアンテナを刺した人間を操る以外の機能、通話などの機能は一切含まれていない。この事をバクラは確認済みだ。

 この武器は機能を制限した千年錫杖(せんねんロッド)のようなものか。多少不便だがゲームってのはこうじゃねえとな。簡単すぎちゃあつまらねえ。いいぜ、唯一神エンテイ。普段はゲームマスターの方が好きだが、今回はお前らのゲームにプレイヤーとして乗ってやるよ。このゲームで優勝して貴様の御尊顔を拝ませてもらおうじゃねえか。

 バクラは歩き出す。その後を追うように不自然な動きで山田も歩き出した。

 

【男子14番 獏良了】

【身体能力】 B 【頭脳】 A

【武器】 携帯する他人の運命(ブラックボイス)

【スタンス】 他人を操り優勝する

【思考】使える駒を探す

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子20番 山田葵】

【身体能力】 D 【頭脳】 D

【武器】 キチガイレコード

【スタンス】 生き残る

【思考】体が自由に動きません…!

【身体状態】 バクラによって操作中 【精神状態】 動転

 

 

 

34

 突然修学旅行に行くことになりバスに乗せられた。本来、修学旅行とは事前に綿密な調査を重ね、旅行先で何を食べるか思いを巡らすのが王道だ。だがこの旅行は行先や日程といった肝心な事が全く伝えられていなかった。俺だけが聞き逃したり知らされていなかったりという事ではなかった。担任であった絶望先生を初め、この旅行を前もって知っていたクラスメイトはいなかったようだ。それでもクラスメイトは未知なる修学旅行に思いを馳せていた。それなら俺もと、旅先で何を食べるか想像していた。

 ところがバスの中で急に眠くなり、つい睡魔に負けてしまったのがまずかった。寝てる間に妙な所に拉致され、気が付いたらクラスメイトとの殺し合いに参加させられていた。

 うわあ、なんだか凄い事になっちゃったぞ。

 男子06番、井之頭五郎の心の声である。七三分けの黒髪で顔には皺が少し出ている。古武道を習っており体格はいい。さらにはピアノを足で弾くことが出来る。これでは古武道ではなく柔道だ。

 弱ったぞ、俺はこれからどうするか。クラスメイトと戦って最後まで生き残るか、クラスメイトと共に委員会と戦ってこの島から脱出するか。どちらがすぐに満腹になるか――。

 焦るんじゃない、俺は腹が減っているだけなんだ。

 五郎はバッグを開けて中身を確認した。中に入っていた支給武器は複数個の煙玉だった。

 煙玉!そういうのもあるのか。持っておいてもいいだろう。

 五郎はバッグからパンを取り出した。

 ああ…。一目で分かる安いパンだ。食べなくても触れば分かる、パッサパサだ。だが文句を言ってる場合じゃないな。仕方ないかあ。

 五郎が渋々パンを口に入れようとした時である。

 凄まじい速度で五郎目がけて木片が飛んできた。

 五郎は大柄な体格に似合わず、機敏な動きで木片を避ける。

「くそっ!おれの必殺シュートをかわしやがって!次はこうはいかねえぞ、五郎!」

 声の聞こえた方向を向く五郎。

 うわあ、まいったなあ、こりゃあ。

 眉間にしわを寄せた男子07番、剛田武が立っていた。

 大きく丸い顔に丸い鼻、彼もまた大柄な男子生徒である。また、彼は多くの人からジャイアンというあだ名で呼ばれている。こちらでも以下、彼の事をジャイアンと呼ばせていただく。

 ジャイアンは赤と白の運動靴を履いている。その場にしゃがみ、靴に付いたボタンを操作する。するとジャイアンの靴が七色に輝く。

「今度こそ避けるなよ!避けたらギッタギタのメッタメタにしてやる!どりゃあああ!」

 ジャイアンはその場に転がっていた石を五郎目がけて蹴り飛ばした。凄まじい速度で石が五郎へ飛んでいく。五郎はこの石もかわす。五郎に当たらなかった石は五郎の後ろに生えた木を貫く。大きな音を立てて木が倒れる。

 ジャイアンの支給武器はキック力増強シューズである。電力と磁力で足のツボを刺激し、使用者の筋力を極限まで高めることが出来る。先ほどの木片と石はキック力を増強したジャイアンが蹴り飛ばしたものである。この靴が使用者の筋力をどれほど強化するかは先ほどの石で分かるだろう。

「むひひひひ。ドラえもんの秘密道具とはちょっと違うが、おれにはこういう道具の方が向いてるな。これがあればクラスメイトの皆殺しはおろか、世界征服も出来るかもな…」

 ジャイアンは悪い顔をして笑う。顔には影がかかっている。

「ジャイアン――このプログラムに乗ったのか?」

 五郎が尋ねる。

「ああそうさ。優勝すれば大金持ちだぜ。欲しいものは手に入れるのがおれのやり方さ」

「人を殺す事に抵抗は無いのか?」

「お前の物はおれの物、おれの物はおれの物だぜ。お前の命もおれの物だ。おれの物をおれが壊したって――何ら問題無いだろう?」

 そう言うとジャイアンは再びキック力増強シューズのボタンを操作し、最大レベルの威力とした。靴が光を放つ。

「五郎、一発蹴らせろよ!」

 ジャイアンは五郎に向かって何発もの蹴りを繰り出す。それらを五郎はかわしたり、古武道で培った経験を生かして受け流したりする。

 先ほどの蹴りから見て、ジャイアンの蹴りが入ったらひとたまりもないなあ。それよりもまずは手に持ちっぱなしのパンをしまわないと。それにしても、その靴の使い方って相手を蹴るので合ってるのか。勢いよく物体を蹴り飛ばすのに使うんじゃないのか。

「その靴で直接蹴りかかるなんて…サッカーでもファール中のファールだよなァ」

 超次元サッカーでもせめてボールを介して蹴るんだがな。もしくは蹴りで衝撃波を飛ばすとかな。直接蹴るのはマズいだろう。

「うるせえ!サッカーは格闘技だ!」

 ジャイアンは五郎の上半身を狙って蹴りを入れる。それを五郎はかわした。

 だがここで五郎に誤算が生じた。ジャイアンの蹴りは五郎の体を外れ、五郎が持っていたパンに直撃した。それを受けてパンの半分が吹き飛んだ。

 五郎の目の色が変わる。

 手に残った残り半分のパンをバッグにしまい、五郎は口を開く。

「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず自由で何というか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで…」

「知るか!ああ畜生、一発も当たらねえ!むしゃくしゃしてきた…」

 ジャイアンはキック力増強シューズを操作し、最大威力とした。そして宙高く飛び上がる。ジャイアンは空中できりもみ回転をしながら五郎目がけてドロップキックをしかける。

「これがおれの必殺技、スクリュー・スピン・スライディングだー!」

 それはサッカーじゃなくて野球の技だ。

 回転しながら向かって来るジャイアンを見て五郎はそう思った。五郎はジャイアンのドロップキックを直前まで引き付ける。ジャイアンのドロップキックが五郎に当たる直前、五郎は体を横にして直撃を防ぐ。直撃を避けたとはいえ、スクリュー・スピン・スライディングの螺旋力は凄まじく、側にいる五郎の体を容赦なく抉る。制服が破れ、血が流れだす。

 だが五郎も負けてはいない。回転しているジャイアンへ手を伸ばし、ジャイアンの左腕を力強く掴む。それを受けてジャイアンの回転が止まる。そして五郎の十八番、アームロックが炸裂した。

「がああああ!痛っイイ!お――折れるぅ…!」

 ジャイアンは悲鳴を上げる。

 それ以上いけない?いける。この左腕――貰うぞ。

 五郎はさらに力を入れる。鈍い音がしてジャイアンの左腕が折られた。五郎はジャイアンの手を離す。ジャイアンは痛みに顔を歪め、右腕で左腕を押さえるようにして立ち、五郎を睨む。憤怒の形相が浮かんでいる。

「くそう!五郎め、覚えてろよ。この腕の分、後でたっぷりお礼してやるからなあ!」

 ジャイアンは左腕を抱えながら走って逃げ出した。

 腕を追ったのに走って逃げられるのか、やるなあ。追いかけるか。いや、無理そうだ。

 腹が減った。

 五郎はバッグから残ったパンを取り出して食べた。

 駄目だ。足りない。全く満たされない。

 腹が減って死にそうなんだ――。

 

【男子06番 井之頭五郎】

【身体能力】 S 【頭脳】 B

【武器】 煙玉

【スタンス】 生還して美味いものを食べる

【思考】腹が減った…

【身体状態】 空腹、微量の出血 【精神状態】 正常

 

【男子07番 剛田武】

【身体能力】 A 【頭脳】 E

【武器】 キック力増強シューズ

【スタンス】 皆殺し

【思考】 五郎の奴、ぶっ殺してやる!

【身体状態】 左腕骨折 【精神状態】 興奮

 

 

 

35

 目が覚めると最初に視界に入ったのは薄汚れた天井だった。

 ここは――?

 やる夫は自分が仰向けになっている事に気づいた。

 あれ?やる夫は何でこんな所にいるんだお?

 記憶をたどるやる夫。

 転校初日に突然の修学旅行。

 そして始まった名も知らないクラスメイトとの殺し合い。

 やらない夫との合流。

 妙な姿のクラスメイトとの戦い。

 本物の剣となる不思議な剣のキーホルダー。

 阿部さんとの出会い。

 そして――灰になった天野河さん。

「うわああああ!」

「どうしたやる夫、目が覚めたか!?」

 その声は――やらない夫?

 やる夫は振り向く。そこにはやらない夫、そして阿部高和の姿があった。阿部は上には何も着ておらず、見事な上半身を晒していた。

「おいおい、そんな大声出して大丈夫か、やる夫。まあ、気持ちは分かるがな」

「阿部さん――。やる夫は、やる夫たちは一体どうなったんだお?」

「まずは落ち着け。これまでに何があったか覚えてるか?」

 忘れたくても忘れられないお。

 やる夫は阿部に自分の覚えている事を伝えた。それを聞き終えた阿部は満足げに頷き、口を開いた。

「その通りだ。お前は天野河との戦いの直後に気絶しちまったんだ。それで一旦は身を落ち着ける事にしたんだ。俺もやらない夫も疲れてたし、何よりお前の体が心配だったからな。俺とやらない夫でお前を運びながら休める所を探したんだ。ここは島にある民家の中だから安心してくれ」

「阿部さん、やらない夫、ありがとうだお」

「気にするなよ、困った時はお互い様さ。そうだ、飯は食えそうか?食えるなら何でもいいから食っといた方がいい。」

「お腹ならすいてるお!あれ、やる夫のバッグはどこだお?」

「ほらよ」

 そう言ってやらない夫がやる夫にバッグを手渡してくる。

「ありがとうだお、やらない夫」

 やらない夫からバッグを受け取ったやる夫は中に入っていたパンを出して貪る。そのやる夫にやらない夫が質問する。

「ところで、お前の持ってるあのファンタジー世界から飛び出してきたかのような剣のキーホルダーは一体何だ?」

「や、やる夫にも分からないお」

「そうか…。お前が気絶中にちょっとあのキーホルダーを調べさせてもらった。結論から言えばただのキーホルダーだ。俺にはあれを剣に変える事が出来なかった」

「そうなのかお?」

「ああ。やる夫、お前のバッグにキーホルダーについての説明書は入ってなかったか?」

「説明書?そんなのは無かったお」

「説明書なんてあるのか?」

 阿部もやらない夫に尋ねる。

「オレの武器は拡声器なんだが、使い方や機能についての説明書が入っていたぞ。何の役にも立たなかったけどな」

 やらない夫はそう言って説明書をやる夫と阿部に見せる。

「俺の武器はこれだ。説明書は無かったぜ」

 阿部はウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクトを持ち出す。いや、それに説明書は不要だろ、とやらない夫が言う。

「でも拡声器のおかげでやらない夫と阿部さんに会えたお!」

「天野河も来たけどな。そうだやる夫、天野河が灰化した理由が分かったぜ」

 やらない夫はバッグからリュウセイの武器であったカイザギアを取り出す。

「このベルト、カイザギアっていうんだが、これを使うと変身が出来るみたいだ。さっきの天野河の姿は変身した姿だろうな。だがこれは変身すると灰になる呪いのベルトだ。だから天野河は灰化したんだろうな。他にも天野河が持ってたバッグに入っていた説明書に変身の仕方や武器の使い方等、全部書いてあったぜ」

「やらない夫、灰化するタイミングについては書かれていなかったか?例えば――変身してから何秒後とか――変身を解除された時とか」

「その事については書かれていなかった」

「そうか――。もしかすると天野河は俺のせいで灰になったのかと思ったんだが――」

「阿部さんのせいじゃないだろ、常識的に考えて。ああでもしなきゃ俺たちは天野河に殺されてたし、正当防衛だろ」

「ん?やらない夫、さっきは俺を阿部って呼び捨てにしたのに今はさん付けか?」

「あー、すまん。さっきは俺も焦っていてつい呼び捨てにしちまったんだ」

「なんだよ、折角やらない夫との距離が縮まったと思って嬉しかったのに。でも今は普段と違ってタメで話してるじゃないか」

 やらない夫は気まずそうな顔で黙り込む。

 普段のやらない夫は今と違うのかお?よく考えたらやる夫はやらない夫や阿部さんの事を全然知らないお。

「あの――普段の二人について教えて欲しいお」

 やる夫はそう言う。

「そうだな。やる夫は今日転校してきたばかりだもんな。当然俺達の事も全然知らないよな。よし、じゃあここで自己紹介と行くか」

 阿部は笑顔でやる夫の方を向く。

「オレの名前は阿部高和。趣味は男色、特技は穴掘り。好きなタイプはいい男だ。よろしくな。好きなように呼んでくれ」

「阿部さんは阿部さんという呼び方がしっくり来るお!よろしくだお!やる夫の趣味はネトゲやエロゲ――パソコンを使う事全般だお。特技は体にガムテープを巻き付けてHOT LIMITのPVの再現。好きなタイプは青い空に白い雲、ひまわり畑の中で佇む麦わら帽子に白ワンピース、黒髪ロングの女の子だお!」

 やる夫と阿部は互いに握手をする。

 それを横から見ていたやらない夫が口を開く。

「やる夫、もう分ってると思うが阿部さんはゲイだぞ。それにノンケだってかまわないで食っちまう人間だからな。隙を見せたら後ろから掘られるぞ」

「ええっ」

 やる夫は阿部の顔を見る。阿部の純真な目が真っすぐやる夫の目を見ている。心なしか、阿部の握る力が強まったようにやる夫は感じた。

「またさん付けになってるぜ、やらない夫。まあ呼びやすい呼び方でいいんだがな」

「やらない夫は阿部さんの事をさん付けで呼んでるのかお?」

「俺だけじゃないさ。やらない夫は誰にでもさん付けで呼ぶし、基本は敬語でしか話さないぞ。だからこの島で呼び捨てにされたり、タメで話したりしてやらない夫とも仲よくなれた気がして俺は嬉しかったんだがな」

「でもやらない夫はやる夫の事はやる夫って呼ぶし、敬語で話された記憶もないお」

「ああ、それは――何だかやる夫にはさん付けする気も敬語で話す気にもならなかったんだ。何でだろうな」

気まずそうな顔でやらない夫がそう言った。

「それでいいんだお!友達同士でそこまで気を使う必要は無いお」

「やる夫の言うとおりだぜ。やらない夫、お前がどの様に人と話すかはお前の自由だが、無理して敬語を使ったり、相手にさん付けしたりする必要は無いんだぜ」

 阿部もやる夫の意見に賛成の様だ。それを聞いてやらない夫は腕を組んでため息をつく。

「分かったよ、阿部。お前らは俺の好きに呼ばせてもらうし、いちいち敬語を使うのも面倒だから止めるよ。これでいいんだろ?怒ったりするなよ」

「そんな事で怒らないさ。それよりもやらない夫とこんなに話せて嬉しい限りだ。お前、ほとんど人と会話しなかったからな。休み時間も寝てるか、イヤホン付けて何かやってるかの二択だったしな」

「人をコミュ障みたいに言うな。話す必要が無いから話さなかっただけで、用があれば話してるだろ。そんな事よりも今は自己紹介だろ。名前はやらない夫、趣味は――特になし。特技も無し。好きなタイプもいないだろ。やる夫、こんなんでいいのか?」

「改めてよろしくだお、やらない夫!」

 やる夫はそう言ってやらない夫に手を差し出す。少しの間が開いた後、やらない夫が握手か、と尋ねた。やる夫は笑顔で頷く。それを見てやらない夫も手を伸ばす。そして固い握手が結ばれた。

「でもやらない夫、天野河さんとの戦いで見せた放心した顔は本当に放心してたのかと思ったお。凄かったけどあれは特技じゃないのかお?」

「つらい現実について考えればあんな顔は簡単にできる。特技として言うほどの事じゃないだろ。おっと、話が脱線してたな。今はやる夫の武器についての話だ。やる夫、こいつを返すぜ」

 やらない夫はやる夫の支給武器である剣のキーホルダーをやる夫に渡す。それをやる夫は受け取る。

「やる夫、そいつをもう一度剣に変えられるか?」

「やってみるお!」

 とはいえ、どうやって変えるんだお?さっきは勝手に浮かんできたキーホルダーを掴んだら変わったんだお。えーい、モノは試しだお。剣に変われ!

 キーホルダーを持って念じるやる夫。

 その瞬間、キーホルダーが光り輝き、再び巨大な剣に変化した。

「か、変わったお!」

「改めてよく見ると格好いいものだな」

「やる夫なら剣に出来る――と。やる夫、元に戻すことは出来るか?」

 心の中でキーホルダーに戻るように念じるやる夫。

 瞬く間に剣は縮まり、元のキーホルダーへと戻った。

「やる夫なら伸縮自在って訳か。その武器はやる夫専用って事だ」

「やる夫専用…格好いいお!」

「それじゃあその専用武器を思う存分に使って俺の身を守ってくれよ」

「や、やっぱりやる夫が前線で戦うのかお!?」

「当然だろ。俺の武器は拡声器と天野河が持ってたカイザギアだぞ。まさかお前、俺に変身して戦えなんて言わないよな?」

「ぐっ…が、頑張るお。でもせめて後方から援護ぐらいはして欲しいお」

「ところでやらない夫。何でその危険な――カイザギアか、持ってきたんだ?」

 阿部がやらない夫に聞く。

「天野河の変身や灰化について詳しく知りたかったからだな。非常に危険な代物だが、使い道もあるかもしれないだろ。例えば、灰化を防ぐ方法さえ分かればコイツは強力な武器になる。それにこのベルト一式をあそこに放置して誰かに使われると恐ろしい事になるだろ」

「――確かにな。俺たちが勝てたのは天野河が怪我をしていたのも大きいしな。もし仮に浅倉とかに使われたら勝ち目はないだろう。それなら俺たちが持ってた方が安全だろうな」

「そういう事だ。こいつは俺が預かっとくぜ。やる夫もそれでいいか?」

「全然オーケーだお。うう…突然の修学旅行からの殺し合いとか、急展開にも程があるお…」

「ああ。そういや、やる夫のそのキーホルダーなんて、まさに修学旅行の土産って感じだろ。まさか――修学旅行に合わせて、こんなデザインにしたとか?」

「なるほど。カッコいいデザインで気に入ってるんだお」

「なあ、話を変えて悪いが、二人は今後どうするんだ?」

 阿部が質問した。

 今後?とりあえず生きるためにこの剣で戦うお。いや、やっぱり怖いお、出来れば戦いたくないお。

 やる夫は唇を噛み締める。やらない夫も、遠くの方を見て黙り込んでいる。

「二人共、殺し合いに乗る気なんか無いんだろう?そこで提案がある。俺と一緒にこの島から脱出しないか?」

 ――え?

「組まないか」

 阿部はそう言った。

 

 

 

36

 いてえ、いてえよ、畜生!クソッ、クソッ!

 剛田武は歯を食いしばって痛みに耐え、折れた左腕を抱えながら走っている。

 こんな事なら五郎が死ぬまで遠くから木や石を蹴り飛ばし続けてれば良かったんだ!

 頭が怒りと痛みでいっぱいのジャイアン。突如ジャイアンの意識が一瞬途切れる。

 走っていたジャイアンは足を取られてその場に転げた。

 何ィ!?このおれが平坦な道で転ぶだとぉ!?

 大地に体を思い切り叩きつけるジャイアン。ジャイアンの肺から空気が漏れる。

「があッ!」

 なぜおれは転んだんだ?――まるで誰かに足を引っ掛けられた感じだ。でも誰もいねえじゃねえか!まさか、敵襲か!?

 呻き声をあげながらも、ジャイアンは右腕に力を込めて起き上がろうとする。だがジャイアンが立ち上がるよりも速くジャイアンの両膝の裏に鋭い痛みが走る。

「うぎゃああああッ!」

 悲鳴を上げるジャイアン。その時ジャイアンの眼前、何もない空間に突如一人の女子生徒が姿を現した。

 黒い帽子に黄緑色のショートヘア、古明地こいしであった。

 こいしは右手に鱧切り包丁、左手に透明マントを持っている。

 ジャイアンは地に伏せたまま顔を上げてこいしの姿を観察する。

 左手に持ってるのは薄汚れた布――シーツか?それよりも右手に持ってる大きい包丁、その刃に付いているのは――血!?ま、まさか、あの血は――!

「こ、こいしちゃん!?こ、これは――君がやったのか?」

 ジャイアンはこいしに尋ねる。

「そんな事なんてどうでもいいでしょ。突然ですが問題です、何故ジャイアン君はゴローちゃんを殺せなかったのでしょうか?回答時間は10秒♪」

 楽しそうにこいしは言った。そしてじゅーう、きゅーうとカウントダウンを開始した。

 どうなってんだよぉ!こいしちゃんはまさか、おれを殺す気なのか!?

 内心で怯えるジャイアン。こいしのカウントダウンは進んでいく。

 やべぇ!き、きっと、クイズに間違えたら――おれは殺される!絶対に正解しなくちゃならねえ!でもバカなおれに分かるかよ!なんで五郎を殺せなかっただと、ああ、それはあれだ。さっき思った――。

「タイムアップだよー。さあジャイアン君、答えをどうぞ」

「はい!あれだ、おれは五郎を蹴り殺そうと接近戦に挑んだのが間違いだったんだ!遠距離から物を蹴り飛ばし続けてれば良かったんだ!」

 ジャイアンはそう言ってこいしの顔を見る。

 どうだ、正解だろ、こいしちゃん。頼む、見逃してくれ!

 ジャイアンとこいしの目が合う。こいしは倒れているジャイアンの顔に自分の顔を近づけ、口を開いた。

「残念でしたー不正解」

「な――何でだよぉ!くっそう、おれは頭が悪いからそれしか思いつかねえよ!だったら――だったら正解は何だっていうんだ!」

「自分の事を頭が悪いなんて言っちゃ駄目だよジャイアン君。そもそも脳髄が物を考える処だと思うのが間違ってるの。物を考えてるのは全身の細胞。これは人間だけじゃない、全ての生命に共通なのよ。でも人間はこれまでの教育環境で脳髄こそが物を考える処だって教え込まれたから、脳髄の機能だけでお馬鹿さんとかお利口さんって決められちゃうんだよ。でも気にしないで。ジャイアン君も全身の細胞で物事を考えてみてよ。そうすればみんなお利口さん、自ずと答えは見えてくるよ」

 こいしの発言を聞いて目を白黒させるジャイアン。

 一体――こいしちゃんは何を言ってるんだ?おれにはさっぱり分からねえ!

「じゃあ救済措置でもう一度だけ解答を認めるね。ジャイアン君は全身の細胞で考えて、見事に正解を出せるかな?」

「わ、分かったぞ!お、お、おれの日頃の鍛え方が、た、足りなかったんだな、だから五郎に勝てなかった。か、体を鍛えれば――全身がかっ、活性化してっ、物事の心理がみ、見えてくる――」

「あれー、ジャイアン君はまだ脳髄という鎖に縛られちゃってるのかな。しょうがないから答えを教えてあげるね」

 こいしは持っていた鱧切り包丁をジャイアンの右手の甲に突き刺した。

 ジャイアンの右手に激痛が走る。刺された部位から血がこぼれ出る。

「うぎゃあああっ!!」

 ジャイアンの絶叫が響く。こいしは包丁の持ち手を握ってぐりぐりと動かす。そのたびにジャイアンの口から声が漏れる。

「助けてくれぇ、母ちゃーん!!」

 ジャイアンは恥も外聞もかなぐり捨てて泣き叫ぶ。

「ジャイアン君の敗因は新しい靴に履き替えたからでーす。修学旅行で浮かれちゃって新しく手に入れた靴を履きたくなったのかな。でもねジャイアン君、修学旅行で新しい靴を履くのは駄目。だって旅行でしょ、沢山歩くんだから新しい靴より履きなれた靴の方がいいんだよ。新しい靴だと靴擦れしちゃうし、疲れやすいものね。履き替えられた方の靴も泣いてるよ、可哀そう」

 そう言うとこいしはジャイアンの手の甲から包丁を抜き取った。刺され、抉られた傷口からは血が流れ出ている。

 ジャイアンは縋る思いでこいしの顔を見る。

 こいしは――笑っている。

 ――否。笑っているのは――口だけか。

 目は――。

 白く発光し、瞳孔が無い緑色の瞳。

 こいしの瞳からは――感情が一切窺えなかった。

 こいしは鱧切り包丁を振り上げる。

「や、止めてくれこいしちゃん!おれ達は心の友だろ!心の友を殺そうっていうのか!」

 こいしに命乞いをするジャイアン。

 心の友?――いや、違う。

 こいしちゃんには――心が無い。

 ジャイアンの額に鱧切り包丁が深々と突き立てられた。

 

【女子05番 古明地こいし】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 透明マント、鱧切り包丁

【スタンス】 皆殺し

【思考】 見たい特番の予約するの忘れてきちゃった

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子07番 剛田武 死亡】

【生存者 残り33人】

 




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り33人】


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6話

(オタサーの姫を)かこんでいたのに(よそのイケメンと付き合うなんて)ひどいや


ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
○ 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
○ 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り33人】


37

 こっちの方がいいかな?これもいいなぁ。これか?これか?これかぁ?

 ドナルド・マクドナルドは自身の支給武器である全参加者武器シートを眺めながら楽しそうにつぶやいている。

 フランドール・スカーレットはドナルドのそんな姿を横目で不満げに見ていた。

 フランはドナルドが持つ全参加者の支給武器という情報を共有するという目的でドナルドと同盟を結んでいた。 

 永沢の魔の手から逃れた後、フランはドナルドに武器シートを見せるように要求した。 だがドナルドはそれを拒否した。フランが武器シートの内容を全て知った時点でドナルドは用済みとなるからである。そこでドナルドはフランにある提案をした。

 ドナルドはフランちゃんの質問にはちゃんと答えるよ。

 信用できなーい。道化師さんはその名の通り道化を演じてるんだから、演技なんて簡単に出来るじゃん。そもそも道化師さんは存在自体が嘘みたいな人じゃない。

 そう思ったフランはドナルドに質問せず、その場に座り込んだ。その横でドナルドは武器シートを取り出して楽しそうに眺めているのである。勿論、フランの位置からはドナルドの持つ武器シートに書かれている内容は一切見えない。

 コイツほんとにむかつくわ。――やっぱり力ずくで奪えばいいか。

 フランはドナルドに飛びかかり、その手から武器シートを奪い取ろうとする。

 だが、ドナルドもフランの攻撃に素早く反応し、フランの攻撃をかわす。フランは再びドナルドのシートへ手を伸ばすがその手は虚しく空を切る。

「フッ!フッ!」

 ドナルドはまるでダンスでもしているかの様な華麗な動きでフランの攻撃をかわし続ける。

「ドナルドマジック!」

 ドナルドが指を鳴らす。それと同時に、ドナルドの手から武器シートが忽然と消え失せる。

 は?

 フランは攻撃を止め、ドナルドの姿をじっと見る。

 コイツ、武器シートをどこにやった?

「さあ問題だよ。ドナルドは武器シートをどこに隠したでしょうか?ドナルドの体を調べるのは無しでよろしくね」

 そう言ったドナルドの顔面を狙ってフランは飛び膝蹴りを仕掛ける。ドナルドはこの攻撃もかわす。そしてフランのナイトキャップに手を伸ばした。

「正解はここ!フランちゃんのナイトキャップとリボンの隙間だよ。これは手品の初歩的なテクニックさ」

 ドナルドは武器シートを指でつまんで楽しそうに振る。

 ああもう――今ここに鏡があったら自分の顔が見てみたいなー。怒りで、ほおずきみたいに紅い顔になってるね!――そもそも、コイツのペースに乗せられてる時点で私の負けじゃない!

 フランは深呼吸をして気を静めようとする。そしてドナルドに尋ねた。

「道化師さん、この島で一番強い武器を持ってるのはだぁれ?」

「やっとフランちゃんとお話出来るね、嬉しいなぁ。んー、一番強い武器かあ。難しいなあ、武器にも相性があるからね。例えば――ベネット君の支給武器、コピーロボットは自分の記憶と身体能力をコピーした分身が作れるんだ。そのコピーはコピー元の人間に忠実に動く。自分を二人にして共闘が可能になるんだ」

「二人に分身して戦えるって事ね、面白いじゃん。でも普段の私なら四人に分身出来るし、その半分なら恐れるに足らずね」

「こいしちゃんの武器は透明マント。このマントで包めば人でも物でも透明に出来る」

「透明になるだけで存在はしてるんでしょ。楽勝楽勝」

「あとはやる夫君の剣のキーホルダーもなかなか面白いね」

「やる夫って――ああ、やらない夫を小太りにした見た目の転校生ね。ソイツの武器って強いの?キーホルダーでしょ、弱そうじゃん」

「そんな事は無いんだよ。フランちゃんは旅先のお土産屋で売っている、龍が巻き付いた剣のキーホルダーを知ってるかい?」

「知らなーい」

「アラーッ。まあいいや、そういうものがあると思って聞いて欲しいなぁ。やる夫君の武器は一見すると、今言ったような龍が巻き付いた剣のキーホルダーなんだけど、やる夫君が念じる事で本物の剣に変わるんだ」

「ふーん、で?」

「この剣、カッコイイだけでなく、やる夫君の体力を消費して光弾を撃ち出すことが可能なんだ」

「は?その武器の何が面白いの?」

「ええっ、持ち主の意志で自由自在に姿を変える秀逸なデザインの剣、さらに体力と引き換えに出される光弾!これだけじゃないよ、この剣は持ち主に忠実でやる夫君以外には使えないんだ。他の人が使うには、やる夫君から直接キーホルダーを受け取るか、やる夫君を殺して奪い取らなければいけないんだ。なんて持ち主に忠実な武器なんだろう。どうだい、凄いだろう!」

「ぜーんぜん。そんな武器いらないわ。何よ伸縮自在の剣って。普通の剣で十分じゃん。それに体力を消費して光弾撃つよりも、引き金引くだけで銃弾撃つ方が効率的じゃない」

「待ってよ、この剣はこのプログラムの主催者である唯一神自らが創り出した、唯一神の半身とも言える剣なんだ。いや、むしろもう一柱の神と言っても過言じゃない。フランちゃんもこの武器の凄さが分かったかい?」

「分かりたくもないわ。さっきから聞いてれば無駄な機能のをカッコイイだの、凄いだの、それが何だっていうのよ。馬鹿じゃないの。道化師さんの趣味なんかどうでもいいのよ」

「んー。こういう物のカッコよさが女の子のフランちゃんには分からないか」

「私知ってるよ。そういうのって中二病っていうんでしょ」

 ドナルドはアラーッと言って後ろに倒れる。そんなドナルドに構う事なくフランは質問を続ける。

「道化師さん、それじゃあ今度はハズレの武器を教えてよ」

「んー、やらない夫君の高性能拡声器、ドラコ君のデオドラントスプレー、高和君のヤマジュン・パーフェクト、さやかちゃんの新感覚ソース・大草原とかかな。あと、ケニー君の超人化の薬も酷いものだね」

 ドナルドは寝転がったままフランの質問に答える。

「道化師さん、ケニーの武器って強そうな名前してるけどハズレなの?」

「超人化の薬かい?その名の通り、飲むと体とプライドが巨大化して凄まじい力を発揮できるんだ。筋力や体力は異常なまでに上昇し、口から火を噴くことも可能となるんだよ」

「飲むと巨大化、怪獣大戦争ってとこね。確かにその武器もいらないわね。巨大化なんて私の趣味じゃないし」

「それよりも問題なのはドナルド達に付けられた首輪さ。巨大化の際に首輪を圧迫するから、首輪が自身を破壊しようとしていると認識、爆発してしまうんだ。飲めば巨大化の途中でボカンって訳さ」

「酷い武器ね。まあケニーには似合ってるかも。――ってケニーはプログラム開始前に殺されたじゃん!終わった奴なんてどうでもいいや。次は銃火器類を支給された人を教えてよ」

「んー、先行者君がS&W M29、まっちょしぃちゃんがワルサーP38を支給されてるね」

「天才の先行者に、筋肉モリモリのまっちょしぃが拳銃持ちかぁ…」

この瞬間、ドナルドとフランの後方から大きなクラクションが響き渡る。

 咄嗟にフランは音のした方を振り向く。耳を澄ますとエンジン音の様なものも聞こえて来た。ドナルドも瞬時に立ち上がる。その顔には冷や汗が浮かんでいる。

「道化師さん、この音は何よ。道化師さんなら分かるでしょ?」

「フランちゃん、今すぐ走って逃げるんだ」

 そう言い終わるとドナルドは走り出す。

 説明不足よ!

 フランもドナルドの後を追う。

 その瞬間、二人の後方から黒い車が勢いよく飛び出してきた。

「何よあれ!何で車が出てくるのよ!」

「あれはBMW735i E38だよ。正真正銘の高級車さ!支給されたのは沙耶ちゃんだね」

「巫山戯ないでよ!そんな支給武器がある筈がないでしょ!」

「あるんだよ。だってほら――すぐ後ろにあるじゃないか」

 走るドナルドとフランにBMW735i E38は距離を詰めていく。

 このままじゃ轢き殺される!

 車と衝突する直前でフランは素早く横に飛ぶ。ドナルドも同様にして車をかわした。二人を当て損ねた車はしばらく進んだのちに動きを止めた。パワーウィンドウが下がり、女子07番、沙耶が顔を出す。

 腰まで届く暗い緑色の髪をしており、犬耳の様に髪が左右にはねている。あどけない少女の姿をしている。

 この世界では沙耶をただの少女と思って戴きたい。そのように認識している登場人物達は皆正常である。決してグロ肉ではない。

 沙耶はウィンドウから体を乗り出し、フランとドナルドの方を向いて笑顔で手を振る。

「見て見てー、これが私の支給武器。素敵でしょ?まだ上手く運転できないけど二人共、私の練習に付き合ってよー」

 そう言うと沙耶の姿が車内へ消える。その直後、車は猛烈な速度でフラン目がけて後退してきた。車内から沙耶が楽しそうにバックします、バックしますと口ずさむのが聞こえてくる。フランは再び横に飛んで車をかわす。

「車の練習って――人を轢く練習の事じゃない!そんなのに付き合ってられないわ。上等よ沙耶、貴方を車諸共粉々のグロ肉にしてあげるわ」

「駄目だフランちゃん!スマートボムを使ってはいけない!高速で動く車にスマートボムが引火して爆発が大きくなって巻き込まれる可能性が有る!」

 ドナルドがフランの側へと走り寄ってフランの腕をつかむ。

「じゃあどうするっていうのよ!このまま黙って沙耶の車の染みになるなんて――言わないわよね?」

「もちろんさぁ。フランちゃん、沙耶ちゃんの運転は、今のところはたいして上手じゃない。いくら速くても動きも単調だから回避しやすいし、動きも予測しやすい。車のナンバープレートを見てごらん」

 ドナルドに言われた通り、フランは沙耶の車のナンバープレートを見た。ナンバープレートがくるくると回転し、次々と別のナンバープレートへと変わっている。

 再び車が突っ込んでくるがドナルドとフランは別々の方向へ逃げる。そのため、沙耶の車の動きが鈍る。

「あれはナンバープレートを自由に変えられる機能だ。その機能を入れっぱなしにしている事に沙耶ちゃんは気づいていない。沙耶ちゃんはあの車に関して素人同然って事さ。」

 ドナルドはフランの元へと駆け寄りながら小声で話す。

 そんな機能は普通の車に付いていないし裏社会の運び屋でもない限り必要ないでしょ。そもそもナンバープレートを自分で変えるのって犯罪でしょ?

「でも恐ろしいのは沙耶ちゃんの驚異的な学習能力だ。今は下手くそな運転だけれど、沙耶ちゃんならすぐに上手くなるだろうね。そしたら逃げるのは難しくなる。」

「ちょっと道化師さん、逃げるつもりなの?」

「うん。今の僕らではあの車には勝てない。あちらをご覧。森が見えるだろう。あそこまで行けば車では追って来れないよ」

 ドナルドが指さした方向には木々が生い茂る森が広がっている。あそこを車で通るのは不可能だろう。

「はあ…仕方ないわ。気に入らないけど逃げるしかなさそうね。それじゃあ二手に別れて森へ向かいましょう。いくら何でも同時に二人は追えないでしょう」

 ドナルドも頷く。二人は別れて森へ向かって走り出した。

 これで沙耶が道化師さんを追いかければ二人まとめてスマートボムで吹き飛ばせるわね。いや、それだと武器シートが無くなっちゃうし、私も手ぶらになっちゃうか。ああ、ほんと面倒な武器を支給されたものだわ。

 だがフランの思いと裏腹に、沙耶の車はフランを狙って走り出した。

 なんで私を狙うのよ!

 フランはまたも沙耶の車を直前まで引き付けて回避する。だがフランの横を通り抜けた車はその場で瞬時にドリフト回転をし、方向転換して再びフランへと襲い掛かる。

 嘘でしょ!?この短期間でもうドリフト出来るようになったって訳!?

 焦りながらもフランも自身の高い身体能力を生かして車をよけ続ける。

 確かにこの距離だとスマートボムに巻き込まれかねないわ。

 ふと、森の方を見たフラン。森の入り口で木に手をかけるようにしてドナルドが立っている。

 ドナルドと目が合う。

 アイツ、ちゃっかり安全圏に避難してやがる。

 笑うなよ。

 手を振るなよ。

 ああもう、ムカつくなぁ!

 フランは森を背にして立つ。沙耶の車もフランを狙ってスピードを上げる。

 今よ!

 フランは高く飛び上がり、沙耶の車の屋根に飛び乗る。車のスピードは落ちることなく森へと向かっていく。森の直前で沙耶がハンドルを切る。そのタイミングでフランは屋根から森へと飛び込む。フランの体は木々の中へと突っ込んでいく。枝葉が引っかかりフランの体にかすり傷を創る。

「待ってたよ☆フランちゃん!」

 枝葉を潜り抜けたフランの下にはドナルドが手を広げて待機していた。ドナルドは落ちて来たフランをお姫様抱っこの要領で抱え、すぐさま森の奥へと走り出す。

「Go, active!」

「ちょ、ちょっと降ろしてよ!」

 フランは腕を振ってドナルドの体を叩くが、ドナルドはそれに動じず笑い続けている。その間にもドナルドはフランを抱えたまま走り続け、瞬く間に森の奥へと消えていった。

 一人残された沙耶は車を停めて降り、両腕を上げて背筋を伸ばす。

「あーあ、逃げられちゃった。でも運転のやり方もよく分かってきたし、楽しくなってきたなあ。次はもっと難しい技にも挑戦してみようかな」

「戦闘中に車から降りちゃっていいんですかぁ?」

 沙耶の背後から声がした。沙耶は咄嗟に振り向く。

 そこにはベータが笑顔で立っていた。その手にはEM銃が握られ、銃口は沙耶の体へ向けられている。EM銃から放たれた青い閃光が沙耶の体を貫く。沙耶の体は森の方へと飛ばされた。沙耶の体を貫いた弾丸が、沙耶の背後の木々をなぎ倒した。

「さぁて、森にもまだ誰か隠れているんでしょう?早く出てきてくださいね」

 ベータもEM銃を片手に森の奥へと歩みを進めた。

 

【女子13番 ベータ】

【身体能力】 A 【頭脳】 B

【武器】 EM銃

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 すぐに楽にしてあげますね

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子07番 沙耶 死亡】

【生存者 残り32人】

 

 

 

38

「降ろせって言ってるの!」

 フランはドナルドの顔面を殴った。プログラムが開始してから初めてフランがドナルドに有効打を与えた瞬間である。

 ドナルドの動きが一瞬止まり、すぐさまフランはドナルドの手から降りた。ドナルドは殴られた鼻をさすっている。

「痛いじゃないか、フランちゃん」

「いつまでも降ろさない道化師さんが悪いのよ」

「でも抱えられた時は気持ち良くなかったかい?」

「全然。乗り心地最悪」

 その時、ドナルドとフランが走って来た森の入り口の方から青い光が一瞬走り、木々が倒れる音がした。

「今度は何?まさか沙耶が車で突っ込んできたとでもいうの?」

フランがつぶやいた。だがドナルドの行動は違った。青い光を見た途端、更に奥へと走り出した。

「今度は何なのよ!あの光もなんかの武器なんでしょ。自分だけ分かって満足してないで、私にもちゃんと教えてよ!」

 フランもドナルドの後を追う。

「フランちゃん、さっきの光は恐らくEM銃だ」

「EM?」

「エレクトロマグネティック。電磁場さ。火薬も従来の弾もいらない。アルミ弾を光くらいの速さで飛ばせるんだ」

「レールガンってヤツね…ちょっと、そんな凄い武器まで支給されてるの!?そういう事はさっさと私に教えてよ!」

「教えようと思ったら沙耶ちゃんがやって来たからね」

「人のせいにするな!あんなどうでもいい剣の話する暇があったら、レールガンだの、車だの、もっと先に言っとく事あるでしょ!」

 怒鳴るフランの側を青い閃光が走る。それはフランの側に生えていた木の幹に直撃し、木が倒れる。

「凄い威力ね…ちょっと待って、沙耶はどうなったのよ!?」

「最初の閃光が見えた時、人の影みたいなものも見えたし――EM銃の餌食になったんじゃないかな…」

「何よそれ、車に乗ってたんじゃないの?」

「恐らく――あの後に車から降りたんじゃないかな。そこを撃たれたとか。車ごと撃たれたらもっと大きな爆発もしている筈だ。車は無事なんじゃないかな」

 走る二人の周囲を度々閃光が走る。それが周囲の木や地面を抉る。

「忠告しとくけど、相手を殺してEM銃を奪い取ろうなんて考えない方が良いからね。足を止めればその時にはあの世行きさ。ただのカカシ兵でもEM銃があればアーノルド・シュワルツェネッガーを手こずらせる事は出来るんだから」

 手こずらせても最後はシュワに殺されるんでしょ。

 今度は走るドナルドの側を閃光が掠める。ドナルドは一瞬、姿勢を崩すが、倒れることなく走り続ける。

「それにねフランちゃん、EM銃を支給されたのはベータちゃんだから、ただのカカシよりははるかに厄介だよ」

「マジかよ、生身でも戦える奴に強い武器を支給して何が面白いのよ」

「フランちゃん、このまま一緒にいたらEM銃の餌食になっちゃうね。いったん二手に別れれよう。そして、森を抜けた先で合流しよう。ドナルドは右、フランちゃんは左でどうかな?」

「どっちでもいいわよ」

 いっそ、このままコイツと別れた方が楽しくなるんじゃない?

「よし、それじゃあフランちゃん、つかの間のお別れだね。逃げる時は木々を盾にしつつ、決して真っすぐ走って逃げないようにね」

「分かったわ!ああ、ホントにうんざり。私は武器を手に皆と遊びたいのに、プログラムが始まってから逃げてばっかりじゃん!こんなの全然面白くなーい!」

「鬼ごっこだと思うと楽しいよ」

「私は追いかける方が好きなの!」

 フランとドナルドは左右に別れて走り出した。二人の側を閃光が掠めるが、直撃する事は無い。そのまま二人は森の奥へと消えていった。

 フランとドナルドの後を追ってきたベータは、二人の姿を見失った時点で走るのを止めた。周囲にはEM銃の弾丸でなぎ倒された木々が連なっている。

 ベータは不満げな顔をして頬を膨らませた。

 あーあ、見失っちゃいました。それにしても――ドナルドさんとフランさんに狙いを定めるのが難しかったですねぇ。走っていたから?――いいえ、あの二人の動きが非常に狙いにくかったんですよぉ。まるで私の攻撃が分かってるみたい――。まあ考えても仕方ないですね。それよりもこの騒ぎで誰かが来る方が面倒です。私の武器よりも強い武器を持ってる人がいないなんて言いきれませんから。

 そう思い、ベータもこの場を後にした。

 だが、フラン、ドナルド、ベータ、この三名共がこの森の中に一人の女子生徒が潜んでいる事には気づかなかった。

 その女子生徒は非常に鋭くでかい目で、この一連の戦いを観察していた――。

 

【女子10番 フランドール・スカーレット】

【身体能力】 A 【頭脳】 C

【武器】 スマートボム

【スタンス】 楽しく遊ぶ

【思考】 退屈よ!

【身体状態】 かすり傷あり 【精神状態】 正常

 

【男子18番 ドナルド・マクドナルド】

【身体能力】 A 【頭脳】 A

【武器】 全参加者武器シート

【スタンス】 生き残る

【思考】 早くフランちゃんと合流したいなあ

【身体状態】 鼻が痛い 【精神状態】 正常

 

 

 

39

 ハーメルン学園3年β組のうさみちゃんは、みんなに頼られる名探偵だよ。その名は留まることを知らず近所でも有名な名探偵だよ。まだ学生だけどその推理力は大人顔負け。将来の夢はもちろん畳の上で死ぬことだよ。だからうさみちゃんはこの島で死ぬわけにはいかないんだ。

 女子01番、うさみちゃんは森の中で息を潜めてベータの銃撃から逃げるドナルドとフランを観察していた。

 ピンク色の肌に長く反り立った耳。つぶらな瞳や左右の頬から三本ずつ生えた髭、赤くて丸い鼻が印象的だよ。兎みたいだね。

 見つかってたら私も危なかったわ。それにしても妙ね――ドナルド君はベータちゃんの銃に関してやたらと詳しかったわ。まるで前もってどんな武器なのか分かってたみたい。これはどういうことかしら。――そういえばドナルド君は一見して武器らしい物を持ってなかったわね。ドナルド君の支給武器には何か秘密があるのかしら――。

 うさみちゃんのインスピレーションが働き、目が鋭くなる。この特徴からうさみちゃんは別名、うさみちゃん目つき悪っ!!等の異名で知られている。この鋭い目でうさみちゃんは犯罪を即座に見破り、決して犯人を容赦することなく警察に突き出してきた。

 森の中を歩きながら、顎に手をやって考え込むうさみちゃん。その背後から物音が聞こえてくる。

 うさみちゃんは振り向いた。

 後ろから男子11番、多治見要蔵が木々の間を走り抜けてこちらへ向かって来る。

 まるで白粉を塗ったかのような白い顔、対照的にその唇は赤く染まっている。彼の目は狂気に満ち、杉本一文が描いたかのようなおどろおどろしい表情をしている。頭には白い鉢巻きをしており、その鉢巻きには点けっぱなしの棒型の懐中電灯が左右に一本ずつ、まるで角の様に結び付けられている。

 要蔵にも夢がある。うさみちゃんの夢が畳の上で死ぬことならば、要蔵の夢は落ち武者の格好をして死ぬことである。勿論、死後に死蝋となる事が理想である。

 決して真っ白なゴム製のマスクを被り、湖に頭から突っ込んで両足のみを逆さまに晒して死ぬ事は望んでいない。この点については絶対に間違えないでいただきたい。間違えると八つ墓明神に祟られるぞ。

 なんで要蔵君はいつも巻き付けている鉢巻きと懐中電灯を委員会に没収されなかったのかしら。――ああ、彼の体の一部みたいなものだし、別に武器にもならないからね。

 納得するうさみちゃん。直後、うさみちゃんは要蔵の手にあるものが握られているのを見た。

 要蔵の手には妙な形の刀があった。一見すると日本刀の様であるが、その刀身は途中で直角に曲がり、その先で再び下を向くように直角に曲がっている。

 この刀は侘助と言い、斬った物の重さを倍にするという能力がある。二度斬れば更に倍、三度斬れば更に倍となり、斬られた相手は最終的に重さに耐えきれず、詫びるかの如く頭を差し出す。故に侘助。

 勿論この能力をうさみちゃんは知らない。要蔵が奇妙な刀を持っているという認識しかない。だがうさみちゃんは瞬時に要蔵を観察し、その表情から要蔵が自分を殺そうとしている事を理解した。

 まずいわ、あの武器は――刀!ちょっと厄介かしら、戦うのは危険ね。

 うさみちゃんは脱兎の如く走り出した。逃げる過程でうさみちゃんは地に咲く花を何本も踏みつけた。

 

【女子01番 うさみちゃん】

【身体能力】 B 【頭脳】 S

【武器】 ???

【スタンス】 頭脳を駆使して優勝する

【思考】 天寿を全うしたいわ

【身体状態】正常 【精神状態】 正常

 

【男子11番 多治見要蔵】

【身体能力】 C 【頭脳】 E

【武器】 侘助

【スタンス】 皆殺し

【思考】 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す

【身体状態】 正常 【精神状態】 発狂

 

 

 

40

「バトルロワイアルには危険がいっぱいじゃーっ!!!今日はワシがバトルロワイアルで身を守る方法を教えてやるぜー!!」

 男子09番、じーさんは一人叫んでいた。丸い顔に大きな目と立派な髭、頭頂部の毛は数本しか残っていないが側頭部にはまだ髪の毛が残っている。世の中を安全に生き抜く方法を教えるのが趣味である。好きな言葉は酒池肉林、好きな食べ物はソース、好きな動物はイリオモテヤマネコ、好きな駅は西日暮里駅、将来の夢は課長、F1カーのタイヤで、好きでも嫌いでもないものは電柱である。

「このプラグラムで睡眠不足は大敵じゃっ!そういう訳で――寝る!」

 そう言うや、じーさんは地面に仰向けに寝転がった。両手両足を大の字に伸ばす。

 どうじゃ?耳をすませば聞こえてくるじゃろう。小鳥の囀り、木々のざわめき、大地を駆ける風の音が。暖かな日差しに包まれて――気持ちいいのう。おっと、ここは島じゃったな、遠くから波の打ち寄せる音が聞こえてくる。潮の匂いも感じられるぞ。ああ――人間もこの大自然と共存している。共に生きる仲間として、ワシら人間もこの美しい自然を守ってゆかねばらんのう――。

 じーさんは穏やかな笑みを浮かべている。

 しばらくの後、じーさんの瞼が重くなってきた時である。何やら賑やかな音が聞こえて来た。じーさんは横になったまま、笑みを浮かべた顔を動かして音のした方を見る。

 じーさんの視線の先にはうさみちゃんが走っている。その後ろを妙な形の剣を持った多治見要蔵が追う。

 その光景をじーさんは笑顔で見ていた。

「うるせぇーーーっ!!!」

 突如じーさんが叫ぶ。両目は血走り、残った髪の毛が逆立つ。

「折角人が気持ちよく寝てたのに許さんぞー!アホかーっ!肛門をひきちぎるぞ、この野郎!!」

 怒り狂ったじーさんを見てうさみちゃん、要蔵の動きが止まる。

「寝る子は育つって言うだろうがぁー!ワシの成長を邪魔しおって!禿げろ!突き指しろ!」

 じーさんは支給武器であるRPG-7を取り出し、うさみちゃんと多治見要蔵に向かって発射した。

 RPG-7は対戦車擲弾発射器である。対戦車用である。相手がアーノルド・シュワルツェネッガーでもない限り人間に向かって撃つものではない。

 砲弾がうさみちゃんと要蔵を襲う。要蔵は咄嗟に逃げ出した。だがうさみちゃんは動じる様子を一切見せず、その場から動こうとしない。

「ひらりマントー」

 そう言って、うさみちゃんが支給武器であるひらりマントを取り出した。ひらりマントとは、飛んでくる物体に向かって振りかざすことで、その物体の軌道を変える事を可能とするマントである。

 うさみちゃんはひらりマントを構え、飛んでくる砲弾に備える。うさみちゃんがひらりマントを振る。うさみちゃんを狙っていた砲弾は軌道を変えられ、走って逃げる要蔵へと飛んでいく。必死で走る要蔵、だが逃げ切れるはずもなく、砲弾の爆発に巻き込まれた。

 要蔵の夢、叶わず。

 うさみちゃんはひらりマントで爆風からも身を防ぐ。じーさんは爆風の影響で転げた。

 転げたじーさんと要蔵の爆死を確認してから、うさみちゃんは走ってこの場から姿を消した。

 一人残されたじーさんは立ち上がり、爆心地へと歩く。黒焦げになった要蔵に近寄ると、じーさんは制服を脱いだ。そして要蔵の遺体の上で脱糞した。急な便意に襲われたのである。

 その後、制服を着たじーさんは地面から緑色の物体が飛び出している事に気づいた。じーさんはその物体に近づいて掘り出した。地中から出てきたのはハイドラパーツZであった。

「掘り出し物じゃーっ♨」

 歓喜のあまり、じーさんは両目から涙を、両鼻から鼻水を凄まじい勢いで噴き出した。脱水症状にならないか心配である。

「さーて来週の絶体絶命でんぢゃらすじーさんは!絶世の美男児、真珠郎が伊豆沖の小島、月琴島から瀬戸内海の獄門島にある八つ墓村の犬神家の一族のもとに引き取られた!犬神家で仮面舞踏会が開かれていた頃、八つ墓村に伝わる悪魔の手毬歌にのせて、三つ首塔に悪魔が来たりて笛を吹く!次回、夜歩く?鵺の鳴く夜は気を付けろ!金田一耕助、最後の事件!」

 そう言うとじーさんは勢いよく親指を立てた。

 そんな話があってたまるか。

 

【男子09番 じーさん】

【身体能力】 D 【頭脳】 E

【武器】 ハイドラパーツZ

【スタンス】 プログラムを安全に生き抜く

【思考】 決勝で待ってるぜ!!

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子11番 多治見要蔵 死亡】

【生存者 残り31人】

 

 

 

41

 フランドール・スカーレットは森を抜け、一息ついた。

 周囲に人の気配はない。EM銃の弾丸も、森の木々がなぎ倒される音も――道化師の笑い声も聞こえない。

 静寂がフランの周囲を支配していた。

 これで鬼ごっこはお終い、次はかくれんぼってことね。私が鬼なら――皆を見つけないとね。見つけた子は隠しちゃおう。さあ、どっちへ行こうかな。今来た森を引き返そうかな。沙耶の車も欲しいけど、私に運転は無理。やった事ないもん。それにまだベータがいるかもしれないし。ふう、やっと道化師さんから解放されたのね。遊び相手としては悪くないけど、ずっと遊んでいると厭になるなあ。

 フランは落ちていた木の枝を拾い、地面に立てる。手を離すと木の枝が倒れる。フランは気の向くままに木の枝が倒れた方角へと歩き出した。

 

 

 

42

「組まないか」

 何言ってんだこいつは――。

 やらない夫は阿部の提案を聞いて呆れた。

 島からの脱出なんて出来るわけがないだろ。

「組むお!」

 やらない夫の考えとは裏腹にやる夫は即答した。

「よかったのかホイホイ話に乗っかって。俺はノンケだってかまわないで食っちまう人間なんだぜ」

「既に阿部さんとやらない夫とやる夫は仲間だお!いやー殺し合いは嫌だけど、それなら島から逃げればいいんだお。思いつかなかったお!」

「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。それじゃとことん手助けしてやるからな」

 俺も仲間に組み込まれてる?

「待て待て。おい阿部、島から脱出すると言ったって、何か方法があるのか?俺達はこの首輪で管理されてるんだぞ、そんな事をしたら首輪を爆破されちまうぞ」

「それは分かってるさ。島から出る前に首輪は外すぜ。プレイでもないのに首輪なんて付けてらんねえよ」

「外すったってどうするんだ?首をいじればその時点で爆破するんだぞ」

「その辺も含めて考えるさ。やらない夫、クラスメイトを思い浮かべて見な。首輪を外せそうな奴が何人かいるだろう?」

「――先行者に沙耶とかか?ムスカも出来そうだな」

「ちょっと待つお、その――沙耶という子は名前からして女の子かお?」

 やる夫が問う。それに対してやらない夫は、そうだと答える。それを聞いたやる夫は鼻息を荒くしてさらに質問をする。

「その子、可愛い?」

 やる夫――お前、どうしてこんな状況で女の子の容姿について興味が湧くんだよ。

「可愛いかどうかは俺からは判断しかねるな。いい男の判断なら大得意なんだが。やらない夫、どう思う?」

「えー、可愛いなんて個人の価値観によるものだから俺が何か言っても意味ないだろ。そうだな――確か、一部の奴からグロ肉とかっていう不名誉なあだ名を付けられてたな」

「阿部さん、先行者とか、ムスカって人はどんな人なんだお?」

「先行者は男のロボットだ。ムスカは茶髪で七三分け、常にサングラスをかけているいい男だ」

 おいおいおいおい。

「ゴルァ!やる夫、お前――何事も無かったかの様にしれっと俺の話をスルーしてんじゃねえよ!」

 やらない夫はやる夫の胸倉をつかんで揺さぶる。やる夫は必死でそれを振りほどこうとしつつ、口を開く。

「いやいや、そんな話を聞けばスルーしたくもなるお!何だお、グロ肉って人に付けるあだ名じゃねえお!そんなあだ名を付けられてる時点で悪いけど沙耶って人には期待できねえお。天才だけど、可愛くないってことだお?」

「やる夫――お前、割と性格悪いな」

「ハッ!素が出てしまったお!転校初日ぐらいは猫をかぶっておこうと決めたのに!」

 顔を青ざめて口を押えるやる夫。その光景を横で見ていた阿部は笑いながらもやる夫とやらない夫に話しかける。

「いいじゃないか、やる夫。猫なんてかぶらず、思いっきり素を出していこうぜ。出せるもんは出せる時に出しといた方が良いと俺は思うぜ」

 いや、人間の素なんて誰しも皆醜いから出さない方が良いだろ。

 内心でそう思うやらない夫。そんなやらない夫に阿部は声をかける。

「やらない夫、お前もここに来て俺と会ってから普段とは全然違う姿を見せてくれてるじゃないの。それがお前の素ってヤツか。いいねえ、やらない夫のいい男度がグングン上昇しているぜ」

「そ、そんな数値は上がらなくて結構だろ!」

 ――はあ、俺も醜い素を無意識の内に晒していたのか。駄目だ、こいつらといると妙にペースが狂う。そもそも突っ込み要素が多すぎるんだよ。ああ、喋りすぎて喉が痛いな。普段、こんなに喋らねえし。

「やる夫、俺には沙耶が可愛いかどうかは分からない。でもな、沙耶は暗い緑色のロングヘアのロリっ子だぞ」

「先ほど迄の数々の暴言、やる夫が悪うございましたお。どうかこの白豚を許していただきとうございますお」

 やる夫が土下座をした。

「態度変わるの速過ぎだろ!」

「だって――そんなロリっ子、可愛いに決まってるお!誰だお、沙耶ちゃんをグロ肉って呼ぶ奴は!やる夫がひき肉にしてやるお!」

 やる夫は握りこぶしを作って勢いよく立ち上がる。その目は決意に燃えている。

「会ったことも無いのにちゃん付けかよ…」

「ハハッ。だとしたら何としても沙耶に会って、首輪を外してもらわないとな」

 やらない夫が眉間を押さえる一方で、阿部は満足そうに笑ってほほ笑む。

「やらない夫―!他にもこのクラスにはどんな女の子がいるか、やる夫に教えて欲しいお!」

「え、えーと、そうだな――やる夫が好きな黒髪ロングは何人かいるな。気品のある銀髪の女子や金髪ツインテの女子、ロリもいるな。いや、本当に小さいのもいるか。あと、茶髪に赤髪、青髪とバリエーションは豊かだな。うさ耳に鼠耳もいるし」

「決めたお!やる夫はその子たちと一緒に生きてこの島から脱出するお!やらない夫に阿部さん、是非協力してほしいお!」

 力強く叫ぶやる夫。やる夫の目には一点の曇りも無い。

「その意気だぜ、やる夫!お前のその決意、決して無駄にはさせないぜ。やる夫、一緒にクラスのいい男も紹介するから――衆道にも目覚めようじゃないの」

 そう言って阿部さんはやる夫の尻に手を回す。

「待て待て待て待て待て待て。やる夫、全員で島から脱出なんて不可能だろ。そいつらの中にはプログラムに乗ってる奴が絶対いるぞ。そんな奴らと協力なんて出来ないだろ」

「でも乗ってない子もいると思うお。乗るか乗らないか、確率は半々だお」

 ――こいつは馬鹿だ。自分以外の全員が敵とも言えるこの状況、疑心暗鬼に陥る奴がいくらでも出るに決まっている。そんな時に手元に強力な武器、拳銃とかがあれば、自分の身を守るためだと言って武器に手を伸ばすだろ。そして生きるために殺し合いに乗る。結局、誰も信用できないだろ。このプログラムは信じる奴から足元をすくわれて死ぬだろ、常識的に考えて。

 ――まさに俺の事だな。

 黙り込んだやらない夫に阿部が声をかける。

「やらない夫が言いたいのは――むやみやたらと他人を信じるのは危険で、本当に信用できる限られた人間とだけ手を組めって事か?」

「――そんなところだな」

 阿部、お前の事だって完全に信用してるわけじゃねえからな。やる夫も――いや、やる夫は何だか違うような――よく分からない。

「やらない夫にやる夫。よく聞いてくれ、俺はこんなプログラムは糞くらえだ。委員会の奴らと戦ってでも俺はクラスメイトと共にこの島から出る。俺のキンタマに誓って言うぜ。もし俺が二人を裏切る事があれば、俺のキンタマを潰して構わない」

 そんなものに誓うなよ。あと潰したくねえ。

「阿部さん…」

 やる夫は阿部の事をじっと見つめている。阿部の発言に心を打たれたようだ。

 やらない夫は歩いて窓の方へと向かう。何だか無性に外の景色が見たくなった。

 しっかりと今後について考えておくべきだろ。

 やらない夫の後ろではやる夫と阿部が話し込んでいる。

「ヒューマンガスという鉄仮面をしたいい男がクラスにいるんだ。クラスは違うがヒューマンガスにはベネットによく似た顔をした赤いモヒカンの男と金髪の美青年の友がいる。モヒカンと金髪は付き合っていて――」

 阿部とやる夫はクラスの男子に関する話に夢中である。振り返ることなくやらない夫は窓を開けて外を見た。

 ん?変な臭いがする。

 奇妙な感覚が突如やらない夫を襲った。

「おい、何か臭わないか?」

 やらない夫は振り向いて尋ねる。

「えっ!?やる夫、昨日はちゃんと風呂に入ったお!」

 昨日はってなんだよ、毎日入れよ。

「臭い?俺もまだナニしていないが」

 するなよ。ああ、他人の発言の細かい所にいちいち反応して――本当に嫌な癖が付いちまってるよ。

 阿部も立ち上がって窓の方へと向かう。その時、阿部の動きが止まる。そして阿部はかっと目を見開き、民家の入口へ向かって走り出した。

「やる夫、やらない夫!すぐにここから出るぞ!この臭いは――ガソリンだ!」

 ―――は!?

 やる夫も青ざめた顔ですぐさま立ち上がり阿部の元へと駆け寄る。阿部は扉を開けようとする。だが、扉が開く気配はない。

「阿部さん!なんでドアが開かないんだお!?」

「まずいな、外から重いもので塞がれている!」

 やる夫と阿部の顔に冷や汗が浮かぶ。

「こっちだ二人とも!ドアが開かないのならこの窓から逃げるぞ!」

 やらない夫は叫んで窓から外へと飛び出る。その後を追うようにやる夫と阿部は窓へと走る。いち早く民家から飛び出たやらない夫は、やる夫と阿部が出てくるのを待っていた。

 この瞬間、やらない夫の眼前で民家は炎に包まれた。

 ―――え?

 やらない夫の思考が一瞬停止する。だが、すぐさま現状を把握するやらない夫。

 二人はどうなった?間に合ったのか?無事なのか?

「やる夫―!阿部―!」

 やらない夫は炎に向かって叫ぶ。

 それと同時に炎の中からやる夫と阿部が姿を現した。二人は勢い余って地面を転がる。やらない夫はその二人に駆け寄る。

「大丈夫か、やる夫!阿部!」

「間一髪ってところだったぜ。制服を中に忘れたのが残念だな。もう手遅れだが仕方ないか」

 そう言うと阿部は立ち上がる。阿部の上半身にはいくらか軽度のやけどの跡が見られる。阿部のズボンもわずかに焦げて黒くなった場所がある。

「ほら、やらない夫忘れものだ。大事な武器と食料だ」

 阿部はやらない夫にバッグを手渡す。それをやらない夫は受け取る。

「あっ、俺のバッグ。すまねえ、俺がバッグを忘れたせいで余計な手間をかけちまって。それで脱出が遅れたんだろ?」

「気にするなよ、やらない夫。俺だってバッグの事はやる夫が言うまで忘れてたんだ」

「そうだったのか。やる夫、――ありがとう」

「どういたしましてだお」

 やる夫は転げたまま笑顔でやらない夫の方を向き、親指を立てる。

「聞いてくれお、やらない夫。阿部さんが凄かったんだお!やる夫とバッグを抱えて、家が燃え上がると同時に窓を蹴破って――」

 やる夫の言葉が途切れる。やる夫は口を開いたまま、離れた一点をただじっと見つめている。

 やる夫の視線の先には一人の男子生徒がいた。その男子生徒の頭は奇妙な形をしていた。まるで玉葱の様である。玉葱男も離れた場所から燃え上がる民家を眺めていた。恍惚の表情を浮かべている。

 玉葱男もやる夫に見られている事に気づいたのか、視線を燃え上がる民家からやる夫へと向ける。やる夫と玉葱男の目が合う。

 玉葱の――目じりが下がり、口角が上がる。

 ああ――玉葱は――。

 笑っている。

 玉葱男はやる夫に背を向け、遠くへと走り出した。

 突然固まったやる夫に、やらない夫が不思議そうに尋ねる。やる夫はやらない夫を見てこう言った。

「玉葱が――やる夫を見て笑ったお」

「玉葱――まさか!」

「間違いなく――黒太陽神拳の使い手だお!」

「違うそうじゃない」

「ウェズリー・スナイプス?」

 違う、そうじゃない。鈴木雅之だろ――。

 

【男子22番 やる夫】

【身体能力】 E 【頭脳】 E

【武器】 剣のキーホルダー

【スタンス】 島からの脱出

【思考】 玉葱男が怖いお

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子21番 やらない夫】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 高性能拡声器、カイザギア

【スタンス】 生き延びる

【思考】 玉葱男――永沢か!

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子02番 阿部高和】

【身体能力】 S 【頭脳】 A

【武器】 ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクト

【スタンス】 いい男を掘りつつ島からの脱出

【思考】 いっそ全部脱ぐか…

【身体状態】 小ダメージ、軽度のやけど 【精神状態】 正常




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り31人】


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7話

「綿流しすっぺ」
「やめなされ・・・やめなされ・・・惨い殺生(オヤシロさまの祟り)はやめなされ」


ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
○ 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り31人】


43

 下剋上だ。この殺し合いを制して俺がこのクラスの頂点に立つ。

 男子16番、日吉若は決心した。

 茶色のストレートヘアに冷ややかな目つきの男子生徒で、このクラスの男子生徒の中でもイケメンの部類に入る。テニス部に所属しており、プレイスタイルはアグレッシブ・ベースライナーである。性格は冷静沈着で他人に流されない。少し神経質な面もあるが常に前向きで虎視眈々と正レギュラーを狙っていた。誕生日は12月5日、血液型はAB型。好きな言葉は下剋上だ。実家が古武術の道場をやっており、そこで培った経験を基にした独特のプレイ、演舞テニスの使い手である。また、野良猫を駆除する猫駆除のバイトをしており、近所の人々から好評を得ている。猫駆除のやり方は、お湯次いでぶっちゅーして犯る、だけだ。日吉自身もお湯をかけるのが快感であり、彼に適したバイトであると言えよう。

 日吉の手には支給武器である丸太がある。頑丈でリーチにも優れた攻防一体の武器である。テニスで鍛えた日吉には丸太を振り回す事など容易である。対戦相手を探していた日吉、その視線の先には一人で踊っているドナルド・マクドナルドがいた。フッ、フッ、とドナルドの声が聞こえてくる。

 マクドナルドか――。何を考えているのか分からない不気味な奴だ。何故この状況で踊っている?罠か、それとも馬鹿なのか。それに――あいつ、武器を持ってないぞ。まあいい。俺ならやれる!

 丸太を構え、日吉はドナルドへ向かって走り出す。踊っていたドナルドも気づいたのか、日吉の方を向く。だが、ドナルドが踊りを止める様子はない。日吉は躊躇うことなくドナルドの顔を狙って丸太を勢い良く突き出す。ドナルドはその場から動くことなく、体を低くして日吉の突きをかわす。日吉はドナルドから距離を取り、再び丸太を構える。ドナルドは振り向いて日吉に話しかけてくる。

「やあ、日吉君。ドナルドは今ダンスに夢中なんだ。ほらね、体が勝手に動いちゃうんだ。ドナルドは日吉君と一緒に踊りたいなあ」

「興味ないな」

「残念だなあ。おっと、日吉君。ドナルドは今、フランちゃんを探してるんだ。どっかで見なかったかい?」

「フラン――スカーレットの事か、見てないな。そもそも探してどうすんだ。スカーレットと戦いたいのか?」

 日吉の質問には答えず、残念だなぁ、と言ったドナルド。ドナルドはすぐさまドナルドエクササイズ初級編を始めた。その光景を見て、ため息をつく日吉。

「マクドナルド、お前はプログラムに乗ってるのか?」

「ドナルドって呼んで欲しいなあ。ドナルドは生きたいんだよ、それだけさ」

「武器も持たずに踊ってる奴の言葉とは思えないな」

 日吉は丸太を持ち、ドナルドの上半身を薙ぎ払うように振る。だが、ドナルドは上半身を動かして避ける。

「ドナルドの支給武器はカーネル・サンダースの像だったんだよ。ついカッとなって海へ投げ捨てちゃったんだ。だからドナルドは今武器を持っていないんだ」

 カーネル・サンダースの像?そんなものが武器として支給されるか?嘘か真実か――、だが、仮に嘘だとして何故奴は武器を持たない?いや、考えるだけ無駄か――!

 日吉は素早い動きで丸太をドナルドへと突き出す。またしてもドナルドは華麗な動きでかわす。

「ドナルドエクササイズ中級編の始まりだ!」

 ドナルドはそう言って日吉の丸太攻撃をかわし続ける。

「お前――俺が疲れるのを待っているのか?だとしたら無駄な事だ!」

 前述の通り、日吉は演舞テニスという独特のプレイスタイルで戦うが、これには一つ問題点があった。日吉本人の体力不足である。古武術の動きを取りいれた独自のフォームゆえに通常のプレイよりも体力の消耗が激しいのである。その為、試合が長引くと体力が切れて負けてしまうという事がしばしばあった。だが、この問題点は既に過去のものとなっている。日吉自身も体力不足を自身の弱点と認識、それを改善する為に体力向上に励んできた。今では通常のプレイスタイルの選手と同等以上の時間、演舞テニスを行う事が可能である。

 丸太を持ち、様々な角度からドナルドに攻撃を試みる日吉。だが、一度たりとドナルドに丸太が当たる事は無い。

 チッ、俺と体力勝負をしても無駄だと言ったはずだ。それでも奴は一歩も動かずに攻撃をかわすだけで、反撃に転じようとはしない。奴の目的は一体――?

 その時、日吉はある事に気づいた。本当にドナルドはその場から一歩たりとも動いていないのだ。ドナルドの足の動きによって地面にはドナルドを中心として円を描くように土が抉れた跡がある。

 ドナルドの動き――まさか、手塚ゾーンの応用か!?だとしたら――気づかないうちに俺は奴の周囲に誘導されていた!?

 手塚ゾーンはテニスの技の一つである。打球に特殊な回転をかける事で、相手がどの様に打ち返しても常に自分の場所に戻ってくるようにする事が出来る。よって、自分はその場から動く事なく相手の球を打ち返し続けることが出来る。

 この状況、まさに俺は奴の元へと飛んでいく球!これは奴の周囲に俺を釘付けにする作戦だ!その作戦の目的と、奴が武器を持っていない理由――、奴の武器は地雷だ!奴の周囲にそれが埋められている!

 そう思った日吉は高く飛び上がる。ドナルドを丸太で押し潰そうと、日吉は丸太を掴んでドナルドの立っていた場所へと振り下ろす。

 上からは丸太、周囲には地雷、これはかわせない!

 だが、ドナルドは軽いステップで横に動く。標的を失った丸太が地面に突き刺さる。

 何だと!?周りには地雷が埋まっている筈じゃ――。

 驚きを隠せない日吉の頬にドナルドの蹴りが決まる。日吉の体が後ろへと飛び、地面に倒れる。

「丸太かあ。良い武器を手に入れたぞ、嬉しいなあ」

 ドナルドは地面に突き刺さった丸太を抜いて肩に担ぐ。

 くっ…俺は奴の策略にまんまと引っかかったって事か。だが下剋上だ!俺はここから這い上がる!

 蹴られた頬を擦りつつ日吉は立ち上がり、古武術の構えを取る。

「おやあ?まだ戦うつもりかい、日吉君」

「下剋上等。武器は失ったが、俺には古武術の技がある。お前を倒して下剋上をし、このクラスの頂点を極めるさ」

「困ったなあ。それならドナルドもドナルドエクササイズ上級編を披露しないといけないなあ」

 そう言うとドナルドは丸太を両手で持ち、日吉へと向ける。

「ドナルド、お前にとっての下剋上はここには無いんだよ」

「下剋上ってさあ――位が下の者が上の者を倒す時に使うんだよね」

「減らず口を!」

 日吉はドナルドを睨みつけ、ドナルドへ向かって駆け出す。

 だがその歩みは突如日吉の背中を襲った激痛によって妨げられる。

 何…だと?

 苦痛に顔を歪め、後ろを振り向く日吉。だが誰もいない。戸惑う日吉の背中に再び激痛が走る。

 がはっ――。

 日吉は口から血を吐いた。足に力が入らず、その場に倒れこむ。

「あれー楽しそうじゃん。私も混ぜてよ」

 倒れた日吉は残る力を振り絞って声のした方を見た。そこには笑顔のフランドール・スカーレットが立っていた。

 そうか――俺はこの戦いは1対1のシングルスマッチだと思っていたが――本当はドナルドとスカーレットのペアとの1対2の変則ダブルスだったのか――!ああ、俺はテニスプレイヤーとしてなんてミスを――、戦いにおいて常識に縛られてはいけないと、テニスを通して散々学んできたじゃないか――!

 消えゆく意識の中で最期に日吉は自らを悔いた。

 一方、楽し気なフランは丸太を地面に立てたドナルドに気づいた。ドナルドもフランに気づき、ランランルーをした。

 フランの顔には厭だという気持ちがひしひしと現れていた。

「やあフランちゃん、久しぶり!また会えて本当に嬉しいなあ」

「私としては最低ね。折角楽しそうに遊んでたのに私が来た時には終わっちゃってたじゃん。道化師さんが日吉をやったの?」

 そう言ってフランは倒れた日吉を見る。日吉の背中には数枚のトランプのカードが突き刺さっており、そこから血が流れ出ている。

「何これ、トランプが武器なの?道化師さんの新しい武器?答えはお死枚って?ピッタリじゃん道化師さん」

「いや、これはゾリンゲン・カードだ。この武器の持ち主は――」

 ドナルドが言い終わるよりも前に、再びトランプのカードがドナルドとフランを目がけて飛んでくる。ドナルドとフランは持ち前の高い身体能力でカードをかわす。カードが地面に突き刺さる。

「あはははは!ドッジボールでもしようって言うの?だったら貴方も隠れてないで姿を見せなさいよ!」

 フランは笑う。その声に答えるようにどこからか声が聞こえて来た。

「言葉を慎みたまえ。君たちはラピュタ王の前にいるのだ」

 

【女子10番 フランドール・スカーレット】

【身体能力】 A 【頭脳】 C

【武器】 スマートボム

【スタンス】 楽しく遊ぶ

【思考】 面白くなってきたじゃない

【身体状態】 かすり傷あり 【精神状態】 正常

 

【男子18番 ドナルド・マクドナルド】

【身体能力】 A 【頭脳】 A

【武器】 全参加者武器シート、丸太

【スタンス】 生き残る

【思考】フランちゃんと会えて嬉しいなあ

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子16番 日吉若 死亡】

【生存者 残り30人】

 

 

 

44

「最後の出発者は君だ、女子04番日下部みさお」

 利根川が言った。

 時はプログラム開始直後に遡る。利根川がくじを引き、クラスメイトの名前が次々と読み上げられた。ある者は笑みを浮かべて楽しそうに教室から出ていき、またある者は目に涙を浮かべ、黒服らに追いやられるようにして教室から出ていった。このクラスの大半の生徒が笑みを浮かべて自分の名前が読み上げられるのを待っていた。みさおもその一人である。

 あー待ち遠しいなー。早くわたしもプログラムとやらで大暴れしてやるぜ!

 みさおの目は期待で満ち溢れていた。

 黄色い瞳に癖のある茶髪のショートヘア、八重歯がチャームポイントで女子である。誕生日はドナルド・マクドナルドと同じ7月20日である。

 クラスメイトとの戦いに胸を躍らせていたみさおだが、一向に自分の名前が呼ばれない。いつしかみさおは椅子に座って足をぶらぶらと揺らしつつ、欠伸をしていた。

 あ~退屈DAZE☆

 ケニーの遺体も黒服らの手で片付けられ、教室に残っているのはみさおを含めた数人の生徒、あとは利根川に黒服、ストームトルーパーと委員会の関係者である。

 あれー、もしかして――わたしが呼ばれるのって最後じゃね?

 その考えを内心で笑い飛ばしたみさお。だが、不幸にもみさおの予想は的中した。ついに教室内にいる生徒はみさお一人となった。

 ようやく利根川に名前を呼ばれたみさおは素早く立ち上がって返事をし、走って利根川の元へと向かう。黒服がカバンをみさおに渡す。だが、みさおはカバンを受け取る前に利根川を勢いよく指さした。

「いいか、お前!このわたしの活躍をしっかりと見ておくんだな!出遅れた分、存分に暴れてやるんだってヴぁ!」

 みさおが声を上げる。それに応じて黒服やストームトルーパーが行動を起こそうとする。だが、利根川が静まるように手で促す。そしてみさおを見た利根川は拍手をした。

「素晴らしい意気込みだ。主催者として、そうした気持ちでプログラムに臨む生徒がいるのは大変喜ばしい」

 そう言うと利根川は黒服が持っていたカバンを受け取る。そして、一つ残されたカバンの中から何かを取り出し、みさおのカバンの中に入れた。利根川はそのカバンをみさおに突き出す。

「これは君の心意気に打たれたワシからの特別プレゼントだ。最後の出発となった君にはハンデを与えてもいいだろう」

「礼を言うぜ、おっさーん」

 みさおは利根川からカバンを受け取り、笑顔で手を振りながら教室から出ていった。

 廊下を走りながら、みさおはカバンを開けて中身を確認した。中から出てきたのは銀色に輝く鍋の蓋と、緑色の液体が入った三角フラスコだった。

 なんだよ、なんだよ、ハズレじゃんかよー。――いや、鍋の蓋は当たりじゃね?だって主人公の支給武器だぜ~。つまりはわたしが主人公って事じゃん!優勝は貰ったぜー!

上機嫌で廊下をスキップするみさお。そして眼前に建物の入り口が見えて来た。

 おっと。ここから出る時が危険だなー。出てきたところを上からボウガンでグサリと撃たれかねないんだってヴぁ!

 みさおはそっと入り口から外の様子を窺う。出口の上はビルの壁面であるため、人がいる筈もない。

 あれっ、この建物どっかの廃校かと思いきや、まさかのビルかよー。

 みさおは身を屈めてビルの周りを歩く。ビルの周囲には銃を持ったストームトルーパーが多数歩き回っている。みさおはふと上を見上げた。

 おおっ、このビル、ツインタワービルだったのか。すっげー金かけてんな。

 このツインタワービルはBR法委員会の本部であり、世界各地からプログラムを見に来たvipをもてなす為の多くの設備がある。このツインタワービルは東西に並んで立っており、生徒たちは東側の入り口から出てきたのである。

 ツインタワービルを見上げていたみさおの後ろにはいつの間にかストームトルーパーが二人立っている。

 げげっ、早くここから立ち去れって事だな。よく考えたら入り口の近くで誰も死んでないのも妙だと思ったけど、兵士がいるからみんなすぐに離れたんだな。わたしも撃ち殺されない内にさっさと立ち去ろっと。

みさおは全力で走り、本部のビルから距離を取った。みさおはしばらく走った後、歩みを止めた。

さーてと、どうしよっかなー。主人公のわたしはまずは誰かと会わないといけないのか。面倒くせー。ん?

 みさおの視線の先には灯台がそびえたっている。

「おおーっ!灯台あるじゃん。きっと誰かいるぜ。プログラムに反対の奴が徒党を組んでるってところかな。そうだ、わたしのもう一つの支給武器は毒っぽいし、あれをシチューの中に入れれば――くっくっく。よーし、灯台に行くかどうか、コイントスで決めるか。表が出たら――って、コイン持ってないじゃんか。それにコインの表ってどっちだっけ――」

「それ以上、原作のネタバレはやめるにょろ!」

 みさおの独り言は聞こえてきた声によって妨げられた。

「こ、この特徴的な喋り方は――ちゅるやさんだな!?」

 みさおは振り向く。そこにはみさおが言った通り、女子11番、ちゅるやさんがいた。

 腰まで伸ばした緑色の髪に、つぶらな黒い目と一直線の眉、ωの形の口が可愛らしい女子生徒である。大好物はスモークチーズである。

 ちゅるやさんは穏やかだし、たいして動けるわけでもないから最初の相手として楽勝だろー、ツいてるぜぇ。

「やあ、みさお、みさお。スモークチーズはあるかい?」

 ちゅるやさんはみさおに話しかけてくる。みさおは持ってないなー、と返した。

「にょろーん」

 そう言うとちゅるやさんの眉が八の字状に下がる。落ち込んでいるのが見て取れる。

「スモークチーズを持ってないなら――みさおにはもう用は無いにょろ!死んでもらうよ、リボルケイン!」

 ちゅるやさんの眉が上がる。ちゅるやさんは懐から支給武器であるリボルケインを手に取って構える。

 リボルケインは光粒子を凝縮させて形成された光の杖である。

「ちょっ――ちょっと待ってよ、ちゅるやさん!何だよ、そ、そ、そのライトセーバーみたいな武器は!こ、殺し合いなんて止めようぜ、絶対良くないってヴぁ!」

「わたしはこのプログラムで優勝してスモークチーズを死ぬまで食べ続けるという夢を叶えてもらうにょろ!みさお、いや、君たちクラスメイト全員、スモークチーズの為の生贄となってもらうにょろ!」

 ちゅるやさんはリボルケインをみさおへ向けて走る。みさおは瞬時に横へ跳び、リボルケインをかわした。ちゅるやさんは止まることなく、みさおの背後にあった岩へと向かう。そしてリボルケインは易々と岩に突き刺さった。ちゅるやさんはリボルケインを岩から引き抜く。引き抜かれた箇所から火花が飛び散っている。再びちゅるやさんはみさお目がけて走り出す。

その時、ちゅるやさんの背後の岩が爆発した。爆発の衝撃でちゅるやさんとみさおは転ぶ。

「あばばばばば」

 この光景にみさおは開いた口が塞がらない。

「どうだい、みさお。めがっさ恐ろしい威力にょろ?」

「ず、ずるいぞ、ちゅるやさん!わたしの支給武器なんて鍋の蓋だったんだぜ。武器のアタリハズレがでかすぎるだろ!」

「愚痴を言うよりも念仏でも唱えといた方がいいんじゃないかい?」

 ちゅるやさんのリボルケインがみさおに迫る。

「うわああああっ!」

 みさおは叫びながら鍋の蓋を前方に構える。ちゅるやさんが突き出したリボルケインは易々と鍋の蓋を貫く。だが、リボルケインはみさおの体の直前で止まる。

「どうだ見たかー!鍋の蓋だってなあ――盾の代わりにはなるんだよ!」

 そう言うとみさおは後ろに素早く跳ぶ。

 よーし、鍋の蓋で身を守りつつ、ちゅるやさんからあの武器を奪ってやるぜ。体力勝負ならちゅるやさんには勝てるもんな。――ん?

 みさおが手に持っていた鍋の蓋には先ほどのリボルケインで貫かれた穴が開いている。その穴から火花が噴出している。

 お――おいおい、じょ、冗談だろ?

 みさおは持っていた鍋の蓋を手放す。その瞬間、鍋の蓋が爆発した。小さい爆発だが、それを受けて、みさおは倒れる。

「ぐうううう――痛いぜ…畜生――」

 倒れたみさおの側にちゅるやさんが近寄り、リボルケインを高々と掲げる。

「さらば、みさお。いい友達だったにょろ。みさおの事は忘れないにょろ」

 ああ――わたし、こんなところで死ぬのか――死にたくねえよ――。

 みさおの体にリボルケインが振り下ろされる。リボルケインがみさおの体を貫く直前、ちゅるやさんの横から勢いよく何かが飛び出してきた。それはちゅるやさんに体当たりを仕掛ける。今にもみさおを貫こうとしていたちゅるやさんには防御が出来ず、体当たりを受けて吹っ飛ばされた。

 あ――あれ?わたし、生きてる?

「立て、日下部よ。いつまで寝転がっているつもりだ。日頃から3秒ルールと言ってたのはどこの誰だ?5秒以内なら菌が付かないのだろう?今すぐ立たねばお前の体は菌まみれだ」

「お――お前は――」

 みさおは腕に力を入れて立ち上がる。突き飛ばされたちゅるやさんも突然の乱入者の姿を見て息を呑む。

 鍛え上げられた肉体に見る者全てを威圧する鉄仮面。男子15番、ヒューマンガスがそこに立っていた。

 これにて役者は出揃った。

 

【女子04番 日下部みさお】

【身体能力】 B 【頭脳】 E

【武器】 緑色の液体

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 死゛に゛た゛く゛ね゛ぇ゛よ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛

【身体状態】 中ダメージ 【精神状態】 正常

 

【女子11番 ちゅるやさん】

【身体能力】 D 【頭脳】 D

【武器】 リボルケイン

【スタンス】 優勝してスモークチーズに埋もれて死ぬ

【思考】スモークチーズが食べたいにょろ

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 正常

 

 

 

45

 まさかこんなところに民家があるとは思わなかった。僕はたまたまこの辺にガソリンを探しに来て民家を燃やしてしまったのだ。僕は一刻も早くこの島を燃やし尽くさなければならないのだ。しかし不案内なこの島でガソリンを探すのは容易な事ではない。しかもガソリンを見つけて持ち歩いていても、良く燃えそうな物を見ると折角見つけたガソリンを使ってつい燃やしたくなってしまうのだ。僕は必死になってガソリンを探しているのです。

 するとお前様はガソリンを探しているのだね。

 あなたに義侠心というものがあるならば、僕をガソリンのある場所へと案内してください。

 なるほど、君の言わんとする意味が大体見当が付きました。君はこう言いたいのでしょう、死者はどこだ!

 悪質な冗談はやめてください、僕は燃え死ぬかもしれないのですよ。ほら、僕の顔はこんなに火照っていくではありませんか。

 ああ僕はなんて無駄な時間を潰してしまったのだろう。よし、こうなったら徹底的に島中を探すぞ。いや、この場合、テッテ的というのが正しい文法だ。ちくしょう、民家ばかりではないか。BR法委員会さん、隠さないでください、この島には確かにガソリンが沢山しまってある物置があるはずです。

 先ほどの民家は良く燃えたものでしょう。確かにヘラクレイトスは万物の根源は火であると言いました。つまり火は僕のおっ母さんではないですか!ねっ実はそうなんでしょう!僕が生まれる以前のおっ母さんなのでしょう。

 やる夫たちがいた民家の入り口を塞ぎ、島を歩き回って見つけたガソリンを使って永沢君男は火を放った。燃え上がる民家の美しさに永沢はただ見とれていた。

 燃え上がる民家から離れた永沢は再びガソリンを探す旅に出た。

 

【男子13番 永沢君男】

【身体能力】 D 【頭脳】 D

【武器】 火炎放射器

【スタンス】 世界を燃やす

【思考】 ふっ…ふつくしいっ…!…火!

【身体状態】 正常 【精神状態】 発狂

 

 

 

46

 男子23番、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタは木の上からドナルド・マクドナルドとフランドール・スカーレットを見下ろしていた。ムスカの手には支給武器であるゾリンゲン・カードがある。

 ゾリンゲン・カードはトランプの形をした刃物である。その切れ味は凄まじく、手で持って何かを斬るだけでなく、飛び道具としても優秀な効果を発揮する。先ほどの日吉若とドナルドの戦いの中、ムスカは日吉の隙をついてトランプを投げた。それは正確に日吉の体に突き刺さり、日吉の命を奪った。

「死ねぇ!」

 ムスカはドナルドとフランへ向けてトランプを投げた。カードには回転をかけており、様々な弧を描いてドナルドとフランへと飛んでいく。これはムスカの正確な居場所を判別されないようにしつつ、様々な方向から攻撃を仕掛ける事で相手が回避するのを難しくするという目的がある。

「フランちゃん、ドナルドの後ろでしゃがんで待ってくれるかい?」

「嫌よ、そんなの。飛んでくるトランプを避けるなんて――弾幕ごっこみたいで面白いじゃん!」

「本当に困った子だなあ――」

 フランは飛んできたトランプを正確な動きでかわし続ける。否、ただかわすのではない。飛んでくるトランプが、フランの制服や帽子をかすめるように動いていた。意図的にグレイズを稼いでいるのである。

 一方でドナルドは丸太を振り回して飛んでくるトランプを防いでいた。丸太によって次から次へとトランプは叩き落される。

 トランプの攻撃が止む。フランの制服は飛んできたトランプによって所々が切れている。だが、衣服としての役割はまだ十分に果たしている。

「アラーッ、駄目だよムスカ君。フランちゃんの制服がダメージファッションになっちゃったよ。勿論このツケは払ってもらうよ。ハンバーガーが――4個分くらいかな」

「私の価値が400円!?安すぎでしょ」

「じゃあビッグマックが1個分で」

「えーと、390円――もっと安くなってるじゃん!巫山戯ないでよ!」

「ヘッハッハッハッハッハ」

 このやり取りを見ながらムスカは考え事をしていた。

 くそう、ドナルドの丸太が相手では私のカードは不利だ。ここは一旦退散して強い武器を持つ生徒を探した方が良い。さらに奇妙な事がある。何故ドナルドは日吉に突き刺さったトランプを見てゾリンゲン・カードという正式名称が分かった?それに奴は先ほど、確かにムスカと私の名前を呼んだ。奴が私の居場所に気づいた様子はない。だがドナルドは私の武器を見て武器の名前および持ち主の名を口にした。恐らくドナルドは支給武器に関する何かしらの情報を持っている。それがドナルドの支給武器か?だとしたら、それを手に入れれば非常に強力な武器となる。だが、ドナルドの事だ。情報を奪われる事を恐れ、内容を全て把握した後、情報源は処分しているだろう。くっそう、厄介な相手だが、私がわざわざ殺す必要は無い。放っておけば強い生徒同士で殺し合う。そして残った生徒、確実に殺せる相手を一人ずつ殺していけばいいのだ。

 ムスカは木から木へと飛び移りながら次の行動について考えていた。

 

【男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ】

【身体能力】 A 【頭脳】 S

【武器】 ゾリンゲン・カード

【スタンス】 優勝してラピュタ王となる

【思考】 手荒なことはしたくない

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

47

「ちゅるやさん、お前には失望したぞ。おかげでまた戦いをしなければならなくなった」

 ヒューマンガスはちゅるやさんの方を向いてそう言った。

 ちゅるやさんはリボルケインを構え、ヒューマンガスへと向かって走り出す。ヒューマンガスはその場から逃げる事なく、向かって来るちゅるやさんを見据えている。そしてヒューマンガスはちゅるやさんのリボルケインがその体に届くよりも早く、蹴りをちゅるやさんにお見舞いする。この攻撃でちゅるやさんはまたも吹っ飛ばされる。

「こうなったのも、お前らの自分勝手のせいだ。自分の命惜しさや優勝賞金に目がくらみ、他人の事など考えようともしない。平気でクラスメイトを手にかける奴らと、それによって無残にも殺された生徒の死体が辺り一面に散らばっている。ちゅるやさん、お前の話によれば、クラスメイトを全員殺してスモークチーズを手に入れるという。愚かな計画だ。周りを見て見ろ。ここは死の島だ」

「ベックリンかい?」

「おい、ちゅるやさん!この島からの脱出は不可能だぜっ!この島を支配するのはヒューマンガスだぜ、ヒューマンガスに逆らう事は出来ないんだってヴぁ!」

 みさおもつい、ヒューマンガスに同調、従属するかの如く叫ぶ。

「日下部、日下部気を静めろ!」

 ヒューマンガスはみさおにそう呼びかけた。そして、再びヒューマンガスは演説を続ける。

「ゲームは終わりだ。俺がここに来たのは話し合いで解決するためだ」

「おいヒューマンガス、何を言ってるんだよ!そんな事できるわけ無いじゃんかよ!ちゅるやさんはわたしを殺そうとしてるんだってヴぁ!」

「話し合い?ヒューマンガス、スモークチーズはあるかい?あるなら話だけは聞いてやるにょろ」

「落ち着くんだ!誰かを殺さなければ自分が殺されるという、お前たちの恐怖は分かる。だが、俺のやり方でやる。俺のやり方でだ。殺し合いは散々やった。もういい、お互い何の得もない。この際俺が妥協案を出そう!皆でこの島から立ち去るのだ!生きている全ての生徒、全ての武器を使ってこの島から立ち去るのだ!その過程の安全は俺が保証する。大人しく従え、そして恐怖に終止符を打て!どうするかはお前たちしだいだ。24時間以内に決めろ」

「――いいや、わたしはやっぱりスモークチーズが諦めきれないにょろ。ここは一旦引くにょろ。でも、次に会った時はこのリボルケインの餌食となってもらうにょろ」

 そう言うとちゅるやさんは左手でわき腹を抑えつつ、遠くへと歩いて行った。ヒューマンガスはちゅるやさんの後ろ姿が見えなくなるまで彼女を見ていた。そして、ヒューマンガスは振り向き、みさおの顔を見た。

「わ――わたしも殺し合いなんて間違ってると思うZE!よーし、一緒に島から逃げようぜ、ヒューマンガス!」

 みさおは右手で頭を掻きながら、左手をヒューマンガスに差し出す。ヒューマンガスは差し出された手を力強く握った。

 

 

 

48

「玉葱の顔をした人間を見るなんて――やる夫は緊張してるのかお?」

 やる夫は不安そうな表情を浮かべてやらない夫に尋ねた。

「こんな状態じゃ緊張するのも当然だろ。ん?人の顔を野菜だと思い込むのは緊張を和らげる方法じゃなかったか?」

「そうだったかもしれないお」

 やる夫は顎に手をやって考える。

「やる夫が見たのはきっと永沢だな。そいつは玉葱みたいな形の頭してるんだ」

「そんな頭の人間がいるのかお!万国びっくりショーかお!」

「やる夫の頭の形も十分に変だろ。ところで何で永沢が近くにいたんだろうな?」

「やらない夫には言われたくねえお。その永沢って奴が火を放ったからだお」

「いや、それだと変なんだ。やる夫は知らないだろうが、永沢が最も恐れるのが火なんだ。永沢が殺し合いに乗るのは分かる。だが、永沢に放火は出来ないと思うんだ」

「じゃあ――火を放ったのは別の誰かという事かお?」

「誰が放火したかなんてどうでもいい事じゃないか。ただ、俺たちを殺そうとした奴がいるのは事実だ。これから先、そういう奴らとも戦う事にもなるだろう。しっかりケツの穴をしめとかないとな」

 阿部がそう言った。阿部の発言を聞いてやる夫は尻に力を入れた。

「阿部の言うとおりだな。だが永沢には用心した方が良いだろ」

 やらない夫が言った。

『えー、生徒諸君。BR法委員会の利根川だ。これから放送を行うので、しっかりと聞くように…』

 突如、声が聞こえて来た。聞こえてきた声はスピーカーから流れており、所々に雑音が混ざっている。

「放送!?ど、どこから聞こえてくるんだお、一体何が始まるんだお!?」

 やる夫は慌てて周囲を見回す。やらない夫も同じように辺りをきょろきょろと見まわしている。

「そういや――二人と会う前に、上にスピーカーが付いたポールが立っているのを何本か見たな。何のためだと思ったが、こうした放送をするためだったか…」

 阿部が言った。

『それでは、これまでに死んだ生徒の名を死亡順に読み上げる。一度しか言わないから聞き逃さないように…』

「し、死んだ人の名を!?」

「悪趣味にも程があるだろ…」

 利根川の放送に動揺するやる夫とやらない夫。阿部は黙り込んでいる。彼らに構う事なく、利根川の放送は続けられる。

『男子19番、ケニー・マコーミック。男子12番、でっていう。男子10番、先行者。女子19番、ルーシー・モード・モンゴメリ。男子01番、浅倉威。女子18番、見崎鳴。女子09番、枢斬暗屯子。男子08番、相楽左之助。女子03番、桐敷沙子。男子03番、天野河リュウセイ。女子22番、両儀式。男子07番、剛田武。女子07番、沙耶。男子11番、多治見要蔵。男子16番、日吉若。以上。これまでの死者は15人だ。既に生徒の3分の1が死亡している。なかなか良いペースだ。今後も一定時間経過後に同様の放送を行う。これからも仲良く殺し合うように…』

 そして利根川の放送が終わった。

 放送の途中、そして放送終了後もやる夫の体は震えていた。

 お――女の子が6人も亡くなったのかお――。話に聞いていた沙耶たんも含まれていたお。名前を聞いても誰が誰だか分からないけど――本当ならやる夫のハーレムのメンバーとなる筈だったんだお――。

 やる夫が横を見ると、阿部は目を閉じ、口を半開きにしていた。

「阿部さん。そんな顔してどうしたお」

「――すまない。ちょっと――クラスメイトの為に祈らせてくれないか」

 阿部さん…

 やる夫も目を閉じ、死んでいった女子、及び天野河リュウセイの為に祈った。

 

                *

 

「え~。でっていうさん、一番に殺されちゃったんですか~。よっわーい。でもぉ、でっていうさんじゃあ仕方ないですよね~☆」

 放送を聞いて、ベータは笑った。

 

                *

 

「やっぱり、でっていうさんや剛田さんの様な単純で分かりやすい人ではこの戦いを生き抜くことは出来ませんもの! をーほっほっほっほ!」

 北条沙都子はトラップを作る手をいったん止め、高笑いをした。

 こうやって放送で誰が死んだかを教えて下さるのはありがたいですわね。生き残っている方が誰だか分かって、対策用のトラップも作りやすいですもの。

 

                *

 

 この島ではさっきから決闘者特有の殺気にも似たやつを感じるぜ!この島はまさにバトルシティならぬバトルアイランドってとこか――!

 獏良了は放送を聞いて笑みを浮かべていた。

 左之助や枢斬みたいな強い奴もチラホラと死んでるな。だが、駒の候補ならまだいくらでもいる。オレ様が同時に使える駒は二個まで。多すぎても扱いに困るし、勝手に潰し合ってくれるならオレ様にとっても好都合だ。

 獏良は手に持った携帯を操作して、側にいる山田葵の体を意のままに操って遊んでいる。

 クククク…怪しげな広告を少しでも疑えば、テメエはこんなゲームに巻き込まれずに済んだのによ――同情するぜ!

 

        *

 

 トゥットゥルー♪まっちょしぃです☆まっちょしぃ達は今、クラス最強の座をかけて戦っているのです。

 まっちょしぃは放送を聞いて多少落ちこんだ。クラス全員と戦いうのがまっちょしぃの望みだが、既に鳴を除いて14人の生徒がまっちょしぃと戦うことなく死亡していた。そこでまっちょしぃは考えを改めた。

 この戦いはトーナメントなのです。これなら全員を倒せなくても仕方ないのです。それにしても、浅倉君や、相楽君、暗屯子ちゃんや式さんがもう負けちゃってるのはびっくりだな~。緒戦で強い人と当たっちゃったのかなあ。それに、一見弱そうな子もまだいっぱい生き残っているのです。鳴ちゃんみたいに良い武器を貰ったのか、それとも今まで真の実力を隠していたとか――?

 まっちょしぃは鳴との戦いで負傷した左腕を見た。意のままに動かすことは出来るが多少の痛みはある。

 まっちょしぃは厳しい鍛錬を経て身につけた、脳内麻薬エンドルフィンを意のままに出す呼吸法を行った。

 確定した過去の痛みは無くならない。ならば、脳内麻薬で痛みを消すだけです。自分を騙せ――。さて、現在生き残っている人は1回戦を勝ち進んだ、猛者ばかり。戦いはますます激しさを増していくのです。ああ――心が躍るのです☆

 まっちょしぃは支給品である時計を取り出して現在時刻を確認した。まっちょしぃに支給されたのは銀色の懐中時計であった。この時計が止まる様子は微塵もない。

 

                *

 

「あたしって、ほんとバカ」

 放送終了後、美樹さやかはバトルドームから手を離して頭を抱えた。さやかの目からは涙が流れている。

「あたしたち、殺し合いをしてたんだよ!それなのに――あたしたち、バトルドームに夢中になってて――今の今まで忘れてたよ!」

 思い出さなくて良かったんだけどなー。

 佐天涙子はそう思った。

 二人は同盟を結んだ後、佐天の支給武器であるバトルドームで遊び始めた。初めはただのおもちゃだと思っていた佐天だが、遊んでいるうちに超エキサイティンなゲームに魅了された。自然と二人の戦いは激しさを増し、遂にはプログラムの事を忘れてバトルドームに熱中した。

「よーし、もうバトルドームはお終い。佐天さん、それしまって。そしたらすぐに出発よ」

「えー、もう少しやりましょうよ。それとも美樹さん、あたしに勝てなくなって飽きましたか?」

「何言ってんの佐天さん!まだあたしの方が勝率上だし!55%ぐらいでしょ」

 ちゃんと数えてないからそんな事言われても分かりませんよ。ああ出発したくないなー。このまま、最後までバトルドームやってた方がいいんですけど。それに美樹さんに勝手に動かれるとより危険な目に合いそうです勘弁してください。

 佐天は時間を稼ぐ目的でさやかに話しかけた。

「美樹さん、出発前に昼食にしてもいいですか?あたし、お腹すいちゃって」

「えー?でも確かにあたしもちょっとお腹すいたかも。そうだね、ご飯にしよっか。腹が減っては戦が出来ぬって言うしね」

 よしっ!

 佐天は内心でガッツポーズした。

 二人は座り込んでバッグの中から支給されたパンを取り出した。

「美樹さん、こうして見ると遠足みたいですね」

「あはははっ、そうだね。でもカラフルなお弁当やお菓子とかもあった方がいいよね。パン一個だけじゃ味気ないや」

 そう言ってさやかはパンをちぎって食べた。

「うーん、パサパサ。味も薄いや。もっとおいしいパンにして欲しいんだけど。――あっ、そうだ」

 さやかは自分のバッグの中をあさり始めた。

 え、どうしたんですか、美樹さん。そんな緑色したソースの名を騙る何かを出してどうするんですか。蓋を外してなにするんですか。かけるんですか。それをパンにかけるんですか。正気ですか。止めてください。止めてくださいって!

 佐天の心の叫びはさやかに届かない。さやかは支給武器である新感覚ソース・大草原をパンにかけてほおばった。佐天は青ざめた顔でどこか遠くを見ていた。そんな佐天の気持ちなど知らないさやかは瞬く間にパンを平らげた。

「このソース、結構いけるよ。佐天さんもどう?」

「いりません!」

 

                *

 

 この世界を焼かねばならぬ。別に誰がどれだけ死のうが僕の知った事じゃない。僕はこの世界を焼き尽くさねばならないのです。

 なるほど、それじゃあ次の放送では全員の名前が呼ばれるのかい?

 いいえ、全てが燃えて灰になっては放送も出来ないでしょう。そうかそうか、つまり僕はそういう奴なんだな。巨神兵、スルト、精神病院の院長と世界を焼き尽くす、もしくは焼き尽くそうとした偉大な先達に僕も並ぶのです。そして永沢君男の名も永久に語り継がれるのです。

 おや、君は功名心から世界を焼こうというのだね。

 いいえ、違います、僕はそんな不純な目的で生きているのではないんです。そもそも、全てが燃えては後世に語り継ぐ人や物も灰になってしまうではありませんか。

 永沢君男は歩き続けている。

 

                *

 

「そんな――ルーシーちゃんも沙耶ちゃんも暗屯子ちゃんも…。それにクラスのみんなも――こんな事って酷すぎるよ…」

「ああ…実に不愉快だ」

 放送を聞いた木之本桜とドラコ・マルフォイの顔は悲痛に歪んでいた。

「ま、まあ安心しろ木之本。今頃、僕の父上がこのプログラムを止めるべく動いてくださってるに決まっている。父上がこんな事を認める筈が無い。プログラムの中止も時間の問題だ」

「す、凄いんだねマルフォイ君のお父さん」

「ふん、父上はこの学園の理事だからな。それに、様々な業界に友人がいらっしゃる。彼らの力があれば、BR法委員会だかなんだか知らないが、奴ら全員アズカバン送りさ」

「そっか…じゃあ、わたしたちもプログラムが中止になるまで生き残らないとね」

「その意気だフォイ。それに木之本、今の僕らは杖がないから呪文を唱えても意味がない。でも君には無敵の呪文があるだろう?」

「――絶対…だいじょうぶだよ。――そうだよね、わたしに出来る事を頑張るって決めたんだもん。みんなで力を合わせて、一緒にこの島から生きて帰ろうよ!」

「その意気だ木之本。そこでだ、僕に一つ考えがあるんだが…」

 

                *

 

 古明地こいしは石の上に座り、足をぶらぶらと揺らしながら放送を聞いていた。放送を聞き終えたこいしは両目を閉じ、名前を読み上げられた15人の生徒の姿を思い浮かべた。

 

                *

 

 もう15人も殺されたのか――。死に過ぎじゃねえか…勘弁してくれ…。

 オルガ・イツカは放送を聞いてそう思った。今日初めて出会ったこのクラスの生徒の中にオルガが知っている顔は一人もいない。だから、誰が死んだなどと言われても特に何とも思わない。

 そういや、俺が殺した奴の名前はなんていうんだ?ゲームが始まってすぐの事だから、早めに名を呼ばれた奴で間違いねえ。でっていう、先行者、浅倉威のどれかだろうな。いや、こんな事考えても仕方がねえ。俺にはやらなきゃならねえ事がある。やると決めた以上は前に進むしかねえ。邪魔をするなら殺すまでだ――。

 

                *

 

「狂゛っ゛て゛る゛よ゛ッ゛!゛ど゛う゛し゛て゛み゛ん゛な゛そ゛ん゛な゛に゛簡゛単゛に゛殺゛し゛あ゛う゛ん゛だ゛よ゛ッ゛!゛!゛!゛!゛!゛」

 放送を聞き終えたみさおは叫んだ。

「どうだ日下部。殺し合いがいかに無意味で無価値なものだか――お前にもよく分かるだろう」

 ヒューマンガスがみさおに声をかけた。だが、みさおは聞いていない。

 くぅ~、一度こういうセリフ言ってみたかったんだよなぁ~。なんせ、ほら、わたしって鍋の蓋を支給された主人公じゃん?さてさて、どうやってヒューマンガスをやろうかな?次の放送ではお前の名前も読み上げられる事になるZE!

 

                *

 

「あ゛あ゛?デデンネの奴、まだ死んでねーのかよ。はよ死ねやオッラーン!」

 目を血走らせてポプ子は叫んだ。

 利根川による放送が始まり、死亡した生徒の名前が一人ずつ読み上げられる間、ポプ子はエイサイハラマスコイおどりをしていた。だが、憎き相手デデンネの名前が読み上げられる事なく放送は終わった。その直後、ポプ子はエイサイハラマスコイおどりを止め、持っていた釘バットを勢いよく地面に投げつけた。

 オ?ざっけんなデデンネ。何が全ポケモンの頂点に立つだ。お前ごときがピカチュウに勝てると思うな。仮にピカチュウに勝ったとしてもお前は数多のネズミキャラに負ける事になる。ガンバ、ジェリー、トッポ・ジージョ、ニャンちゅう――いや、ニャンちゅうはネズミじゃねえ、猫だ。それになによりネズミいや、全キャラクターの頂点に君臨するあのお方に勝てるわけないやんけ!

 

                *

 

「ぷっ…アハハハハハッ!ねえ聞いたぁ?もう既に15人、開始前に殺されたマコーミックを除いても14人も殺されてるのよぉ。当然よねぇ――誰だって他人より自分の命の方が惜しいですもの。私が直接手を下さずとも勝手に殺し合ってくれるなら楽でいいわ」

 放送を聞いて水銀燈は高笑いをした。

「くっそー、ジュラル星人め、よくも皆を殺したな…!」

 放送を聞いた泉研はジュラル星人への怒りに震えていた。

「何よ貴方、まだジュラル星人とか言ってるわけぇ?ホントに救いようのないジャンクねぇ…」

「銀ちゃんこそ何を勘違いしているんだい?この島に潜むジュラル星人がクラスの皆を一人ずつ殺しているんだよ。ジュラル星人、今度という今度は許さないぞ!」

「――ねぇ、どうして貴方はジュラル星人の仕業だと思っているの?」

「チャージマンの勘!」

 京都地検の女か。

「アハハハハ、冗談だよ銀ちゃん。科学は嘘をつかないが信条の銀ちゃんにはこんな事言っても意味ないよね。ちゃんと論理的に説明しろって言うんだろう?」

 分かってるなら最初からちゃんと説明しなさいよ。それに私は科捜研の女じゃないからそんな信条は持ってないわ。

「僕がこのプログラムがジュラル星人の仕業だと思った理由、それはこんな非人道的な作戦を思いつくのはジュラル星人しかいないからさ!」

 水銀燈は自分の手で額を抑えてうつむいた。

 何だか頭痛くなってきたんだけど――。ジャンクはジャンクらしく早く死なないかしら。

「一つだけいいかしらぁ?仮にこのプログラムがジュラル星人の作戦だとして、その目的はなんなのよ」

「簡単さ!ジュラル星人はこのプログラムを通じて未来ある若者を殺すことで、少子高齢化を進行させようとしているんだ!」

「回りくどすぎるでしょ…」

「非常に綿密で用意周到なジュラル星人による恐ろしい作戦さ。食塩が欲しくなったらウユニ塩湖まで足を延ばして取りに行くのがジュラル星人だ。奴らを甘く見るのは危険なんDA」

「ああ、そう。もうどうでもいいわ――。貴方と話すとくぅだらない事で長くなるからうんざりよ。貴方の脳は尺を稼ぐようにプログラムされてるって訳?」

「なんだい尺って?招かれた人の事かい?」

「それは客」

「神代凌牙の異名かい?」

「それはシャーク」

「パイレーツ・オブ・カリビアンの登場人物でジョニー・デップが演じた」

「それはジャック・スパロウでしょうが!」

 水銀燈の叫びがこだました。

 

                *

 

 この短期間で15人か――めがっさハイペースにょろ。

 ちゅるやさんは放送を聞いてそう思った。

 わたしの夢の実現も近いにょろ!クラスのみんな、命日には墓前にスモークチーズを供えてあげるにょろ!

 

                *

 

 戦争は好きなだけ人を殺せる最高の娯楽だ。修学旅行でこんな事が出来るとは夢にも思わなかったぜえ!

 ベネットのテンションは最高潮に達していた。ベネットは利根川による放送を満足げに聞いていた。

「ほう――カカシ共も結構頑張るじゃねえか。本腰を入れて臨まねえと獲物がすぐになくなっちまいそうだ。それと誰が殺したかも放送してもらいてえな。浅倉に両儀、このクラスの実力者を二人も殺したのは――この俺だ」

「俺達――だろ?」

 ベネットの肩にコピーベネットが手を回してくる。

「ああ、そうだったな、相棒」

 ベネットとコピーベネットは顔を見合わせて笑った。

 

                *

 

 私は学生探偵、うさみちゃん。クラスのみんなと突然の修学旅行に行くことになって、観光バスに乗り込んだ。クラスメイトとの会話に夢中になっていた私は、バスの中が催眠ガスで満たされていたことに気づかなかった。私はそのバスの中で眠りにつき、目が覚めたら――クラスメイトとの殺し合いに参加させられていた!

 放送を聞いたうさみちゃんは、野に咲く花を踏みつけながらほくそ笑んだ。

 フフフ…先行者君も沙耶ちゃんも殺されちゃったのね。だいぶ楽になったわ。今生き残っているので厄介なのはムスカ君ぐらいかしら。あなたたちが非常に優秀な頭脳の持ち主で、数理学、機械工学、プログラミング、生物学、社会学、人文学等の分野では私をはるかに凌駕する事は知ってたわ。でもあなたたちには名探偵に必要な推理力が無かったのよ。こういう状況では推理力の差がモノを言うのよ。

 

                *

 

「最高のショーだと思わんかね。ハッハッハッ、見ろ、人がゴミのようだ!ハッハッハッ!」

 放送を聞いてロムスカ・パロ・ウル・ラピュタは高笑いをした。だが、その笑いはすぐに収まった。

 ――いや、この私が出演している時点で最高のショーとは言い難いな。それに、このショーは私の優勝で閉幕だ。結末が分かっているショー程退屈なものは無い。ふん、誰が死んだのかを親切に教えてくれたのなら、その情報を使わない手はあるまい。

 ムスカは生き残った生徒を思い浮かべ、対策を考え始めた。

 

                *

 

 多治見君、鳴ちゃん、沙子…それにクラスのみんながこんなにも死んでしまうなんて!どうしてこんな事になってしまったのよ――もう戦いなんてうんざりよ!

 山村貞子は長い前髪の上から顔に手を当てて、さめざめと泣いた。

 

                *

 

 ああ、腹が減った――。

 井之頭五郎は少しでも消費エネルギーを減らすために横になっていた。

 ああ、鳥がうらやましい。俺も鳥の様に飛んでいけたらこんな島、すぐに出て飲食店へ行けるのになあ。いや、鳥を食べた方がすぐに腹が膨れるな。そういや、浅倉は食い物が手に入らなかったときに何度も泥を食ったって言ってたな。仕方がない、今はこれしか食うものが無いんだ。

 五郎は周囲に生えていた草と一緒に泥を掴み、口に入れて咀嚼した。

 マズくない!けっしてマズくないぞ!ああうまい!なんだか懐かしい味――。

 五郎は泥を吐いた。

 こんなの人が食べる物じゃない。浅倉は人じゃなかったのか――。

 そう思っていると、利根川による放送が聞こえて来た。その放送で五郎はクラスの誰が死んだかを把握した。

 ほほう、ジャイアンは死んだのか。ああ、ジャイアンのせいで歯車がずれた…。それに浅倉も死んだか。もし会えたらアームロックでもかけてやりたかったが、死んでしまったのなら仕方がない。ああ、口の中にまだ泥の味が残ってる。早く口直しをしないと。浅倉め――。ん?この島には数が多くて最も簡単に手に入る生きの良い肉があるじゃないか。鮮度も問題ないな。うん、俺は何て大事な事を見落としていたんだろう。空腹で頭も回らなくなっていたか。もう少し頑張れば美味い物が食べられるぞ。おっと、想像しただけでよだれが溢れて来た。子供じゃないんだから。でもたまには童心に帰って思う存分食事を楽しむのもいいかもしれない。

 口元をぬぐい、空腹の体に力を入れて五郎は立ち上がった。

 

                *

 

「アラーッ、沙子ちゃんが死んだ!?」

「沙子ってちゃん付けで呼ばれるの、大っ嫌いだって知ってた?それよりも道化師さん、沙子が死んだのがショックなの?」

「いや――沙子ちゃ…沙子さんの支給武器は伝説のエアライドマシン、ハイドラって言ってね――」

 ドナルド・マクドナルドはフランドール・スカーレットにハイドラの破壊力、及び三つのパーツに別れる機能について説明した。

「そっか…沙子が死んだって事は、ハイドラは三つのパーツに別れてこの島のどこかに飛んだか、それとも完成した状態のものが誰かの手に渡ってるかのどちらかって事ね」

「うん、ハイドラの恐ろしさは沙耶ちゃんのBMWに匹敵、いやそれ以上かもしれないんだ」

「ふーん、じゃあさ、パーツに別れてるなら探すか持ってる人から奪えばいいじゃん。完成してたとしても、持ち主を殺せば私のものになるんでしょ」

「うーん、フランちゃんは前向きだね――」

 

                *

 

 日吉が死んだか――。テニヌという非常に危険なスポーツをやっていても無事だったあの日吉が。まあ、今日まで無事だったのはワシがテニヌで生き残る方法を教えてやったからじゃな。バトルロワイアルで生き残る方法を前もって皆に教えておけば誰も死ななくて済んだのじゃが…。

 じーさんは腕組みをして物思いに耽っていた。

 はー。帰りてえ…。もうこの島飽きた。さっさと帰っておやつやご飯を食いてえ。そして風呂に入ってあったかい布団で寝る。これが人間じゃ。――あれ!?今のワシ、どれも出来てねえじゃん。つまり人間じゃねえじゃん。じゃあ今のワシは何者なんじゃ!?ロボット!?機械!?違う、違うぞ――!

「ワシは人間じゃ!ワシは人間じゃーーーーッッッ!!!!」

 じーさんの叫び声が島に響いた。

 

                *

 

「あははははっ!浅倉や多治見みたいな私の可愛らしさを理解できない奴らが死んだでちゅ!ポプ子ちゃんがまだ死んでないのが残念でちゅねー。私の可愛らしさを理解できない奴に生きている資格は無いのでちゅ!」

 放送を聞いてデデンネは笑いが止まらなかった。

 あーいいでちゅね。女子よりも男子がいっぱい死んでるのがちょっと残念でちゅ。でもこの私の可愛らしさをもってすれば、男子も女子も敵じゃないでちゅ。ちょっと目をキラキラさせてほっぺすりすりしてあげまちゅ、とか言えば、男子は鼻の下を伸ばして隙だらけになるでちゅ。男はケダモノでちゅからね。女子だって、涙を浮かべてプルプル震える私を見れば殺す事なんて出来ないでちゅ。ポプ子ちゃんは例外でちゅから早く誰かに殺されて欲しいでちゅ。今のジェットパック体当たりだけでは攻撃力に不安があるでちゅ。何か武器が欲しいでちゅ。鎌なんて私に似合うんじゃないでちゅか?

 デデンネは理由もなくそう思った。

 私が全ポケモンの頂点に君臨するのが目前となってきたでちゅ。この夏の主役となるでんきタイプのポケモンはゼラオラでもピカチュウでもない、この私、デデンネでちゅ!

 

                *

 

 やらない夫は放送が終わった後に黙祷しているやる夫と阿部を見た。

 黙祷か――。そうだよな、マコーミックに天野河も含めてクラスメイトが15人も死んだのか…。この感覚は何なんだろうな。名前を呼ばれた中には特に接点の無い奴も何人かいた。でっていうに至っては何度かウゼェ、死ねとか思ったものだけどな。俺はプログラム開始直後、早く全員死んでくれと思ったぞ。だが、実際に死なれると、思ってたのと違うな――。まず嬉しくはない。だからと言って悲しいともちょっと違う。虚しいだろ――。




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り30人】


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8話

「Animoca Brandsさん…ちびまる子ちゃんの主人公、まる子こと、さくらももこの誕生日はいつだったっけ?」
「ええと、5月8日だね」
「公式アプリ、ちびまる子ちゃんDream Stageでまる子の誕生日記念大型アップデートがあったのは?」
「…2017年の5月だね」
「もうひとつ質問いいかな……2018年のまる子誕生日記念アップデート、どこに行った?」
「…君のような勘のいいガキは嫌いだよ」


ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
○ 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
○ 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り30人】


49

 放送を終えた利根川は煙草を一本吸おうと手を伸ばすが、それより早く蓮実が声をかけてくる。

「利根川先生、今回のプログラムはどうですか?殺し合いのペースは良好といったところですが」

「確かにペースは順調だ。これなら今日中にも決着はつきそうだな。ところで、唯一神様やvipの皆さまの反応はどうだ?」

「唯一神様は大喜びでしたね。vipの皆さまも似たようなものでした。ある方々はこのビル内の高級レストランの食事に舌鼓を打ちつつプログラムの観戦を楽しんでます。またある方々は屋上のプールで色々とお楽しみになりつつプログラムを楽しんでいるようです。生徒一人一人に注目してその動きを映すシアタールームですが、やはり女子生徒を対象とした部屋が人気ですね。男子生徒で人気のありそうな浅倉威や日吉若が死亡したのも影響してるでしょう。そしてなんといってもカジノルームですが、これが大騒ぎでしてね。困った事に、先ほどちょっとした流血騒ぎもありましたよ。まあ、すぐに収まりましたが」

「ほう…。カジノではプログラムの結末を予想するんだったな。一番人気なのは何だ?」

「ひろゆきエンドでしたかね」

「は…?まあいい、vipの皆さまがそう予想されたのなら文句は言わん。それよりもワシが文句を言いたいのは蓮実先生、あんただ」

「ほう――何ですか?」

「多すぎるだろ…殺し合いに積極的でない生徒が…!!」

「え!?多いですか?」

「多いだろ!今生き残ってる生徒だけでも阿部高和、泉研、ヒューマンガス、ドナルド・マクドナルド、ドラコ・マルフォイ、やらない夫、やる夫、木之本桜、佐天涙子、山田葵、山村貞子と11人も乗り気ではないではないか!蓮実先生が事前に我々に提案した時は、殺し合いに乗らないのは5人以下だとか言っていたではないか」

「そうですか。確かに私も驚きですよ。マルフォイ、やらない夫はすぐに殺されると思っていましたからね。それに利根川先生は今11人の名前を挙げましたが、彼ら全員に戦う気が無いという訳じゃありませんよ。阿部、やらない夫、やる夫の3人は天野河との戦いから見て分かるように、身の危険を感じれば戦います。現に阿部は天野河を殺しているではないですか。同様の事がマクドナルドにも言えます。山田は獏良に操られている身ですし、泉、ヒューマンガス、佐天は組んだ相手がプログラムに乗り気ですから、あっさりと仲間に裏切られて殺されるかもしれません。それに泉は貴重な反運営派ではありませんか。我々をジュラル星人と勘違いしているのが多少残念ですがね。我々に対抗しようとしてくれる生徒は何人かいて欲しいものです。反運営の大本命であった枢斬が亡き今、泉には期待してますよ。そうなると、現在戦いに乗り気ではなく、命の危険に晒されていないのはマルフォイ、木之本、山村の3人です。これなら問題無いでしょう?」

「う、うむ――」

 利根川は不満げにうなずいた。

「そう言えば利根川先生。先生が気にしていた彼はどうなんですか?」

「あいつか。今のところ、プログラムには乗っているみたいだが――」

 

 

 

50

「いいか木之本。僕らみたいにこのプログラムに反対する人を集めるなら、そう言う人が来るべき場所に僕らもいかなければならない」

「そうだね。でも、それってどこ?」

「本部ビルの近くさ」

 ドラコ・マルフォイは木之本桜にBR法委員会本部のツインタワービルの近くへ向かって歩いていた。

「ここで木之本に問題だ。みんなで島から出るのが僕らの目的だが、そのためには何が必要だと思う?」

「えーと、ボートみたいな乗り物が必要だよね。この島から泳いで逃げるなんて無理だもん」

「それも大切だ。だが、何よりもまず、この首輪を外さないといけない。これを付けられていては島から逃げる事が出来ないからな」

「あっ、そうだよね――」

「父上が助けに来るのをただ待っているだけじゃダメなんだ。僕らも行動を起こさないといけない。そこで僕らがするべき事が首輪の解除さ」

「でも無理やり外そうとしたら爆発するんでしょ?どうするの?」

「本部ビルに乗り込む。委員会の奴らがビルの中で僕らの首輪を管理しているのは間違いない。だから中に入って、管理権を奪えばクラスメイト全員の首輪を無力化できると思う」

「そっか――そんな事、思いつかなかったよ。凄いよマルフォイ君!」

「フッ、ありがとう。でもまだ問題は山積みだ。木之本も最初にビルから追い出された時、周囲に兵士がいたのは見ただろう?」

「うん。あんなにいっぱいいたんじゃ、こっそりビルに入るのなんて難しいよね…」

「僕ら二人だけなら難しいだろう。でも、幸いな事にこのクラスにはあんな兵士を軽々と倒せそうな奴が大勢いる。先ほどの放送から、力を貸してくれそうな人がまだ生きているのは分かっている。彼らがプログラムに反対なら、僕と同じように考えて本部ビルへ入ろうとするはずさ。僕らはビルの近くでレーダーを使い、彼らを見つけて協力を頼むんだ。プログラムに反対の人間でもなければ、あんなに多くの兵士がいるビルに近づこうなんて思わないさ」

「ほえ~。分かったよ、マルフォイ君。」

 そう言うと、さくらはレーダーを取り出して、画面を見た。さくらの顔は希望で輝いていた。だが、マルフォイの表情は違った。

 考えたくはないが、この僕がプログラムに参加させられている時点で、BR法委員会には父上の力が通用しない可能性が有る。すなわち、委員会の関係者は父上以上の存在――その場合、父上の助けは望めない。僕らの力のみで生き延びなければならないんだ。

「ねえマルフォイ君、これを見て」

 さくらがマルフォイに小声で呼びかける。その手にはレーダーがある。マルフォイはレーダーの画面を見た。

 画面の中央に動かない二つの丸があり、これらがマルフォイとさくらを示している。そして、画面上部に一つの丸が動いていた。その丸はゆっくりと二人のもとへと向かって来る。

「マルフォイ君の言ったとおりだよ。早速誰か見つかったね」

「いや、誰だか分からない以上、安心するのはまだ早い。ひとまず隠れて、誰なのかを確認するんだ」

 そう言って、二人は物陰に身を隠した。しばらくすると、草を踏み分けてこちらへ向かって来る足音が聞こえた。マルフォイは物陰から顔をわずかに出し、足音がした方を見た。

 向かってきたのは、浅黒い肌に特徴的な前髪、短くも逆立った銀髪をした長身の男だった。その手には拳銃が握られている。

 何で――よりによってあいつなんだ――!

 姿を見せたのは、利根川が転校生として紹介した男、オルガ・イツカであった。

「木之本。やって来たのはプログラム開始前に紹介された二人の転校生の内の男の方だ」

マルフォイは物陰に身を隠し、さくらに耳打ちした。

「えーと、その人の名前――何だっけ。でも、その人もわたし達と一緒でプログラムに反対なのかな?」

「いや、アイツに接触するのは危険だ。委員会が送り込んだ以上、委員会側の人間の可能性もある」

「そんな…」

 委員会は何故アイツを送り込んだ?アイツの目的は何だ?何故ここにいる?――まさか、本部のビルに乗り込もうとする人間を殺すのが目的か――?

 マルフォイは恐怖で震える体を押さえつけ、再び物陰からそっと顔を出し、オルガの様子を窺った。オルガは拳銃に手をかけながら、周囲をくまなく見まわしている。オルガの視線は木の上や地面にも向いていた。周囲を警戒しつつオルガは歩き続け、マルフォイ達から次第に離れていった。

「転校生さん、遠くへ行ったみたい。もう大丈夫だよ」

 レーダーを見てさくらがマルフォイに言った。安心からマルフォイはため息をついた。

 

【女子02番 木之本桜】

【身体能力】 A 【頭脳】 C

【武器】 レーダー

【スタンス】 仲間を集めて本部に乗り込み、首輪を外して島からの脱出

【思考】 転校生さん、どんな人だろう?

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子20番 ドラコ・マルフォイ】

【身体能力】 C 【頭脳】 B

【武器】 デオドラントスプレー

【スタンス】 仲間を集めて本部に乗り込み、首輪を外して島からの脱出

【思考】 怖かったフォイ…

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

51

 山村貞子は力の限り走っていた。

 泣いていたって始まらない。みんなに会って戦いを止めるよう呼びかけないと。

 貞子は自分の身体能力に関して自身は全く無い。走り出してからすぐに息苦しくなり、わき腹も痛み出した。

 あっ――苦しい――わきも痛い――。それに普段から走らないからか、足も痛くなってきた――。でも――死んでいったクラスメイトの痛みはこんなものじゃない――!

 力を振り絞って走り続ける貞子。

 突如、貞子の足元の地面が無くなった。そして、何か大きな力で貞子の体が上へと引っ張られた。

 ――え?

 あまりの出来事で貞子の思考は一瞬停止した。そして、気づいた時には貞子の視界は上下反転していた。

 どういうことなの!?

 貞子は冷静になるよう自分に呼びかけて現状を把握するよう努めた。その結果、貞子の片足には黒いゴム状のものが巻き付けられており、これによって貞子の体は逆さまに宙吊りにされていたことが分かった。この黒いゴムの片側は木の枝に巻き付けられている。勿論貞子の着ている制服のスカートも逆さまにまくれあがっている。貞子の特徴である長い髪も全て逆さまに垂れ、先端は地面に触れている。手を真下に伸ばすが、貞子の手は空を切るばかりで、地面には届かない。

「をーほっほっほっほ!どうですか貞子さん、私の伸縮サスペンダートラップは?見事なものでしょう」

「その声は――沙都子ちゃん!?」

 口元に手を当てて高笑いをしながら、北条沙都子が姿を現した。

宙吊りにされた貞子は沙都子の姿を見ようと試みるが、失敗に終わった。沙都子は貞子の後ろ側に立っているため、貞子からでは見えないのである。

「会えて嬉しいわ沙都子ちゃん。お願い、早くここから私を下ろして!」

「何を言ってるんですの貞子さん。私のトラップにかかった獲物を何で私が助けなければなりませんの?」

「え――。そんな、これは沙都子ちゃんがやったの!?」

「先ほど私のトラップと申し上げたではありませんの。その長い髪で耳まで覆ってらっしゃるからちゃんと聞こえなかったのではありませんの?」

「だ、駄目よ沙都子ちゃん!クラスメイトとの戦いなんて間違ってるわ!」

「あらー素晴らしい考えの持ち主ですのね貞子さん。でも私にもこのプログラムで優勝するという目的がありますの。トラップマスターとして一世一代の大仕事、貞子さんの考えは受け入れられませんわ!をーほっほっほっほ!でも――貞子さんの望み、一つは聞いてあげますわよ?」

 そう言うと、沙都子は支給武器であるズルい落とし穴のタネを貞子の体に向かって投げつけた。ズルい落とし穴のタネが貞子の体に当たった瞬間、凄まじい勢いで貞子の体は真下に叩きつけられた。貞子の口から息が漏れる。貞子の体が地面に叩きつけられた直後、足に巻き付けられた伸縮サスペンダーによって、貞子の体は再び高く持ち上げられた。その後、貞子の体は再び急降下して地面に叩きつけられた。伸縮サスペンダーによって貞子の体は上下に勢いよく振動させられた。

 ズルい落とし穴のタネを地面に埋めると小さい星型の亀裂が地面に生じる。この亀裂を踏みつけると地面が割れ、落とし穴に落ちる仕組みとなっている。また、投げつけられた落とし穴のタネに空中で当たった者は、穴に落ちるかの如く勢いよく真下へ叩き落されるという効果もある。

「よりにもよって、このトラップに引っかかるなんて、運が悪かったですわね貞子さん。もっと一瞬で楽になるトラップもありましたのに」

 沙都子は再びズルい落とし穴のタネを貞子の体に投げ当てた。貞子の体が上下に勢いよく振動した。

「うう…沙都子ちゃん…」

 貞子の体は土に汚れ、所々から血が出ている。

「あらまあ…このトラップは獲物をしとめるのに時間がかかりすぎですわ。もっと改良が必要ですわね。――そうですわ。貞子さん、死ぬ前のあなたの素顔を見せてもらいますわ。どんな顔なのかずっと気になってたんですのよ」

 沙都子はそう言うと貞子の正面へ回り込み、貞子の顔を見た。

その時である。

「うわああああああああああああっ!!!」

 沙都子の悲鳴がこだました。

 貞子の素顔は沙都子の想像をはるかに上回るものであった。その衝撃の凄まじさ故、沙都子は両手で口元を押さえて叫び、咄嗟に後ろへ下がった。

 これが沙都子にとって不運であった。普段の沙都子はトラップマスターの異名にふさわしく、自分が仕掛けたトラップの位置や仕組みを全て完全に把握している。だが、貞子の素顔という衝撃が一瞬沙都子の思考全てを打ちのめし、沙都子から正確な判断力を奪った。沙都子は自分で仕掛けた落とし穴の位置を忘れ、その上へと飛んでしまったのだ。

 沙都子の足元の地面が無くなり、沙都子の体は地面深くへと落ちていった。

「沙都子ちゃん!」

 貞子は地下深くへと消えていった沙都子の名を叫んだ。貞子は力の限り体を揺すった。先ほどの上下振動で伸縮サスペンダーが巻き付けられていた木の枝にも負担がかかったのか、木の枝は折れ、貞子の体は伸縮サスペンダー諸共地面に落下した。

 貞子は痛む体を引きずり、沙都子が落ちた穴へと近づき、穴を覗いた。この落とし穴トラップは沙都子が先ほど言ったような、かかった者が一瞬で楽になるトラップであった。穴の底で沙都子は既に動かなくなっていた。その沙都子の姿を見て貞子はむせび泣いた。

 

【女子21番 山村貞子】

【身体能力】 E 【頭脳】 D

【武器】 スーパースコープ、ハイドラパーツX、伸縮サスペンダー

【スタンス】 戦いを止める

【思考】 沙都子ちゃん…

【身体状態】 中ダメージ 【精神状態】 悲嘆

 

【女子14番 北条沙都子 死亡】

【生存者 残り29人】

 

 

 

52

 じーさんは自分が何者なのか考えていた。

 なぜワシはワシなのか?天ぷらとか森山パチンコ店かもしれねーじゃん!?何でワシはこんな事を考えておるんじゃ?あれか?ちくわか?ちくわの中身を覗くという禁忌を犯したからか?

 はぁー。

 じーさんはため息をついた。

 まあどうでもいいか。自分が何者かなんて考えても何の意味もねーや。腹も膨れねーし、クソつまんねえ。それならいっそ大根でいーや。いや、むしろワシは蟹になりたい。

 じーさんは蟹になるため、素早く反復横跳びを始めた。

「うひょおおおおおっ!ワシは蟹じゃ!蟹なのじゃーっ!!」

「ハァーしょーもな。小学生レベルですわ」

 じーさんは反復横跳びを止め、声のした方を見た。そこにはポプ子が立っていた。手には釘バットが握られている。

「よークソジジイ。老い先短いんだから、もう少しまともな事をして静かにおとなしく生きろよ」

 ポプ子はじーさんを指さして言った。そのじーさんは後ろを振り向いた。

「誰もいないが。お前は誰に向かって話しかけてるんじゃ?」

「お前だよ。お前の事だよ!お前お前お前お前!」

「さっきから黙って聞いていれば――お前は何故お前なんじゃ?」

「ああ!?全く黙ってねえだろうが、ボケェ!俺は俺だ俺だ俺だぁぁぁ~!」

「さてはウンチだなおめー」

「オッ、テメーいい度胸してんねー」

 ポプ子はじーさん向かって走り出す。釘バットを振り上げ、じーさんの頭目がけて振り下ろす。だがじーさんは華麗な後転をしてポプ子の攻撃をかわす。さらに後転を続け、じーさんはポプ子から距離を取る。

「お前はコラーーっ!!そういう事するとアレだぞ、アレだからな!!アレすんぞ、アレを!お前、少しはジジイを労われ!労わらないなら自分の口臭で窒息しろ!!」

「オ?ざけんなコラ。さっきからアレとか何の事だよ、ボケ老人。むしろ未来を背負って立つ若者の私を労われや。そういうわけで――死ねジジイ!」

 目を血走らせたポプ子は釘バットを構え、じりじりとじーさんへ迫る。この時、じーさんとポプ子、それぞれが持つバッグが緑色の光を発した。

 疑問に思ったじーさんは自分のバッグを開けてみた。その中ではじーさんが拾ったハイドラパーツZが光を放っていた。

 この光景を見たポプ子はじーさんの元へと走り寄った。

「ジジイ、お前もレアアイテム持ってたのか。それは私のものだ。だから――殺してから奪い取る!」

「なんじゃお前、これが欲しいのか?だったら――くれてやるわ、こんなもん!」

 じーさんはバッグからハイドラパーツZを取り出し、ポプ子目がけて勢い良く投げつけた。ハイドラパーツZがポプ子の額に直撃し、ポプ子は後ろ向きに倒れた。倒れたポプ子の側をじーさんは笑いながら走り抜けた。

「わははははは!!バーカ、バーカ!お前なんか、2円の借金が返せなくなって自己破産しちまえバーカ!」

 じーさんが去った後、額を押さえながらポプ子は立ち上がり、じーさんが投げつけて来たハイドラパーツZをバッグにしまった。

 ポプ子は将来、年金を払わないと決心した。

 

【男子09番 じーさん】

【身体能力】 D 【頭脳】 E

【武器】 無し

【スタンス】 プログラムを安全に生き抜く

【思考】 ビンタされてぇ…

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子15番 ポプ子】

【身体能力】 C 【頭脳】 D

【武器】 釘バット、ハイドラパーツY,Z

【スタンス】 皆殺し

【思考】死ねーッ!死・死・死・ねーッ!

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 正常

 

 

 

53

 空腹に苦しむ井之頭五郎は自分の感覚が鋭くなっている事に気づいた。

 空腹で俺の中に潜む野性が目覚めたか。俺がちょっと飯を入れていくような場所ってもう無いのか?

 今の五郎はかすかな物音にも敏感に反応していた。物音がするという事は、そこに飯がある事を示しているからだ。

 五郎は歩みを止めて振り返った。背後にそびえる木。その内の一本、裏側に生き物の気配を感じとった。。五郎は鼻に気を集中して匂いを嗅いだ。

 うん…獣の匂いがするな。腹もペコちゃんだし、肉でも食って一息つくか。

 五郎は瞬時に目的である木の裏側へと走りこんだ。

 そこにいたのはデデンネだった。

 デデンネと五郎の目が合う。デデンネの体は震え、その目には涙が浮かんでいる。

「ゴローちゃん、こんにちはでちゅ。わ、私、プログラムが始まってからずっと一人で怖かったんでちゅ。でも――やっと信頼できるゴローちゃんに会えまちた…。あれ?私、嬉しくって涙が…」

「そうか。俺もようやく食事にありつけた嬉しさで涙が出そうだ」

「え――?ゴローちゃん、食事って――、ま、まさか私を食べる気でちゅか!?やめて!私に乱暴する気でしょう?エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!」

 騒ぎ出したデデンネを見て五郎は首をかしげる。

 五郎の腹も限界に来ていた。五郎は泣き叫ぶデデンネを捕まえようと手を伸ばす。その時である。

「トゥットゥルー♪まっちょしぃです☆」

 五郎は手を止め、振り返った。

「まっちょしぃの二回戦の相手はゴローちゃんなんだね。負けないのです」

 そこにはまっちょしぃが立っていた。まっちょしぃは上半身には何も着ておらず、自身の素晴らしい肉体を晒していた。

 あまりにも発達した筋肉のため、既定のサイズでまっちょしぃが着られる女子の制服は無かった。その為にまっちょしぃはオーダーメイドの制服を着ていた。だが、それもジャスタウェイの爆風で吹き飛ばされた今、まっちょしぃが着られる女子用制服は枢斬暗屯子のものを除いて他には無い。しかし、まっちょしぃは枢斬の遺体を見つけることが出来ず、着る物も無いためにこの様な姿となっている。

 だが、その事をまっちょしぃは不満に思ってなどいない。むしろ堂々と自身の筋肉を見せつけられる事がまっちょしぃには嬉しかった。完璧なまでに鍛え上げられた筋肉が織りなす、均整の取れたまっちょしぃの体は、至高の芸術品と言っても過言ではない。

 ガーンだな…出鼻をくじかれた。まっちょしぃか――筋肉が付きすぎて身が固くなってそうだな。歯ごたえはありそうだが、噛み切るのに一苦労ってところだな。

 五郎もまっちょしぃの方を向いて、古武術の構えを取る。

 まっちょしぃはジャイアンよりはるかに強い。ああ、だめだ。俺も全力を出さなければ――喰われる。食前の運動など必要無いぐらい腹も減ってるのに。食事の直前で邪魔されるなんて――酷だ、残酷です。

 まっちょしぃも構えを取る。両者、相手を見据え、その場から微動だにしない。相手の隙を窺っているのだ。

 デデンネはこの二人のにらみ合いにうんざりしていた。

二人共、早く殺し合ってくだちゃい。相打ちとなれば最高、どちらかが勝ったとしても、無事ではないでちゅ。弱ったところを私が狩るでちゅ――。

 だが、デデンネはすぐさま我慢の限界に達した。全く動かない二人に飽きたデデンネはジェットパックから火を噴き出して天高く飛び上がった。

 デデンネのジェットパックが戦いの始まりを告げた。まっちょしぃが動く。

沈黙の直帰(スニーキング・フェードアウト)!」

 五郎の眼前からまっちょしぃの姿が一瞬で消えた。だが五郎は慌てない。

 まっちょしぃのこの技は瞬間移動じゃなくて高速移動なんだよな。落ち着け、落ち着け。落ち着けば対処できる。

 五郎は、まっちょしぃの高速移動による空気の微妙な変化、その中にわずかに混ざるまっちょしぃの臭い、そして気配を感じ取った。

 そこだ。

 五郎が向いた先に、まっちょしぃが現れた。まっちょしぃの渾身の右ストレートが繰り出される。だが、五郎は拳が飛んでくる位置が分かっていた為、体をわずかに横にずらしてこの攻撃をかわす。さらに五郎はまっちょしぃの右腕を掴む。

 痛たたた。なんてことだ。繰り出された腕をつかむのがこんなにも難しいとは思わなかった。

 五郎は歯を食いしばり、まっちょしぃの腕を掴んで投げ飛ばした。まっちょしぃの体が宙を舞う。まっちょしぃは空中で回転して着地した。

 いつもなら投げる時に相手の腕を壊して使い物にならないようにするんだが――今のは投げ飛ばすだけで精一杯だった。

 まっちょしぃは五郎へと距離を詰め、今度は両腕で無数のパンチを繰り出した。

「あたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたたた!!」

 まっちょしぃのパンチを五郎は両手で必死にいなす。五郎の両腕からは少しずつ血が流れ始め、五郎の顔には大粒の汗が浮かんでいる。

 まいったな…このままじゃあジリ貧だ。――ん?まっちょしぃのパンチ、左腕のがわずかに遅くないか?うんうん、パンチ一回につき左腕が0.1秒遅れているな――見切ったぞ。

 五郎はまっちょしぃの左腕を両手で掴んだ。その間、まっちょしぃの右腕のパンチが五郎の体に当たるがそれを五郎は耐えつつ、両腕に力を込めた。

 鈍い音がして、まっちょしぃの左腕が折れた。まっちょしぃは悲鳴を上げそうになるが、歯を食いしばってそれを抑え込む。五郎はまっちょしぃの左腕から手を離す。その直後、まっちょしぃは素早く後ろに跳び、片膝をついた。腕の痛みのせいか、まっちょしぃの顔にも汗が流れ始めている。五郎はゆっくりとまっちょしぃに近づく。

「踊り食いとは興味深い」

 五郎はそうつぶやき、まっちょしぃの体に顔を近づける。

「くっ――星屑との握手(スターダスト・シェイクハンド)!」

 まっちょしぃは五郎の顔を目がけて勢いよく伸ばした。まっちょしぃの手が何かに触れた。その瞬間、まっちょしぃは右腕に力を込めて五郎の顔を握りつぶそうとする。

「いやいや、ここで星屑との握手(スターダスト・シェイクハンド)――そいつは悪手だろう」

 五郎は右手に支給武器である煙玉を持ち、自分の顔の前に掲げていた。まっちょしぃが先ほど掴んだのは五郎の顔ではなく、煙玉だった。煙玉から煙が噴き出す。不意を突いた五郎の攻撃にまっちょしぃは一瞬目を閉じた。その時、伸ばされたまっちょしぃの右腕を五郎が掴む。

 うおォン、俺はまるで人間火力発電所だ。

 煙を身にまとった五郎がまっちょしぃの腕を掴んで投げ飛ばした。今度はまちょしぃは着地する事も出来ず、体を勢いよく地面に打ち付けた。

 だが五郎の両腕も震えていた。

 今の投げ…75点だな。痛みで両腕に十分な力が入らなかった。さっきの連続パンチ…あれが効いたな。

「流石の投げ技――ゴローちゃん、まっちょしぃは今とっても楽しいのです」

 俺は食事を引き延ばされてばっかで全く楽しくない。

 まっちょしぃは右腕に力を込めて立ち上がる。そして、まっちょしぃは世にも奇妙な構えを取った。その構えに五郎も驚きを隠せない。

「まっちょしぃ…その構え、まさか 艪賄亞流(ろわいありゅう)殺人拳――。ば、馬鹿な、信じられん。あの幻の拳法が目の前に…」

「知っているのですかゴローちゃん!?」

「…ああ」

 

                *

 

  艪賄亞流(ろわいありゅう)殺人拳…古代中国、秦の時代の拳闘士、 艪賄亞(ろわいあ)が考案した殺人拳。この拳で 艪賄亞(ろわいあ)は数多の猛者を殺し、最強の拳闘士と称されるようになった。 艪賄亞流(ろわいありゅう)殺人拳を習うべく、 艪賄亞(ろわいあ)の下に多くの人間が弟子として詰めかけた。自分の拳法が世に広まれば災いを招くと危惧した 艪賄亞(ろわいあ)は、弟子志願者を桂林の石柱の上に集め、最後の一人となるまで戦わせた。この戦いで生き残るには心技体、全てにおいて優れた者でなくてはならなかった。そして生き残った一人に 艪賄亞(ろわいあ)は自身の殺人拳の全てを伝授した。 艪賄亞(ろわいあ)亡き後も 艪賄亞(ろわいあ)の弟子はこの殺人拳を後世に伝えるべく、師と同様に志願者らを互いに戦わせ、最後まで勝ち残った者にのみ殺人拳を伝授した。この後も 艪賄亞流(ろわいありゅう)殺人拳はただ一人の師から、最強の弟子一人にのみ受け継がれていった。後継者を決める戦いの場も、森林、砂漠、湖中と時によって変わっていったと言われている。

 なお現代において、閉鎖された場に閉じ込められた参加者らが最後の一人になるまで殺し合うデスゲームをバトル・ロワイアル、その略称としてバトロワと呼ぶが、このロワイアルの由来が「 艪賄亞流(ろわいありゅう)」である事は言うまでもない。

 民明書房刊『バトル・ロワイアル~血塗られたその歴史~』より

 

                *

 

 まさかこの目で 艪賄亞流(ろわいありゅう)殺人拳を見ることが出来るとは思わなかったな。俺の中の武道かとしての血も騒ぎ出している。これじゃあますます腹が減ってしまう。――ツバが出て来た。そろそろ限界だな。

「くらえゴローちゃん! 艪賄亞流(ろわいありゅう)殺人拳・ 㝢覇(ウーパー)!!」

 まっちょしぃは五郎目がけて走り込み、回転を加えた右ストレートを繰り出した。

 くっ…まだ当たってもいないのに、この圧力…当たれば内臓破裂は確実だな…。だが――所詮はパンチ、ならば俺の敵じゃない。

 五郎はまっちょしぃのパンチを腕で掴む。五郎の腕やわき腹をかすめたパンチの衝撃でそれらの部位から血が噴き出す。だが五郎も痛みに耐え、まっちょしぃの腕を離しはしなかった。

「うおォォォォォォン!!」

 普段の無口な五郎と打って変わって、叫び声をあげ、腕に力を込める。

 アームロックだ。

 五郎は渾身の力でまっちょしぃの右腕にアームロックをかけた。まっちょしぃの右腕は鈍い音を上げて折れた。

 これでまっちょしぃの両腕は使い物にならない。俺の勝ちだ。やっと――飯にありつける。

 五郎は正面を見た。だがそこにまっちょしぃの姿は無かった。

 ――な。

 呆気にとられた五郎。

 まっちょしぃの右腕は確かに掴んでいる。消える筈が無い。

 五郎は瞬時に上を見た。逆さまになったまっちょしぃの姿が宙にあった。

 まさか――右腕を支点にして攻撃するつもりか――!

 五郎は掴んだ右腕を離そうとするが、それよりも早くまっちょしぃの蹴りが五郎の腹に炸裂した。それを受けた五郎は凄まじいい勢いで後ろへ倒された。

艪賄亞流(ろわいありゅう)殺人拳・ 㝢覇(ウーパー)は自分の腕を相手に掴ませ、そこを支点として渾身の蹴りを叩きこむ技――!代償として自分の腕1本が使えなくなるけど、ゴローちゃん相手なら腕の一本、惜しくないのです」

 五郎は蹴られた腹部を手で押さえながら体を起こそうとする。その途端、五郎は口から血を吐いた。五郎は腹を押さえていた手を見た。その手の平は血で真っ赤に染まり、小刻みに震えている。

「さっきの蹴りで、ゴローちゃんの内臓は完璧に破壊した。もう食物で満たす腹は無い。食欲に支配されたゴローちゃんには――そんな最後がふさわしいのです」

 五郎はゆっくりと倒れた。急激に全身の力が抜けていく。

 駄目だ頭が回らん…。でもこれって餓死じゃないよな。餓死じゃないなら――まあ、いっか――。

 五郎は両目を閉じ、口を半開きにした状態で動かなくなった。

「Too true. Mad, you see death. (それが 運命石の扉(シュタインズ・ゲート)の選択だ。五郎、お前はもう死んでいる。)」

 

【女子16番 まっちょしぃ】

【身体能力】 S 【頭脳】 D

【武器】 無し

【スタンス】 クラスで最強になる

【思考】 ゴローちゃん、お前はまさしく 強敵(とも)だった!

【身体状態】 両腕骨折、大ダメージ 【精神状態】正常

 

【男子06番 井之頭五郎 死亡】

【生存者 残り28人】

 

 

 

54

「すまない、二人共、待たせたな」

 阿部高和はやる夫とやらない夫に話しかけた。

「阿部――もういいのか?」

「ああ。いつまでも落ち込んではいられないさ」

「その意気だお阿部さん!やる夫達で委員会の奴らをぶっ飛ばすお!」

「そうだなやる夫。俺達でこのくそみそなプログラムを終わらせようぜ!」

「気合い入れて尻の穴を引き締めるお!」

「だから尻の穴は引き締めなくていいだろ。でも…俺もお前らに――そこにいるのは誰だ!?」

 やらない夫がそう言った。やる夫もやらない夫が向いた方向を見る。阿部がゆっくりと歩き、やる夫とやらない夫の前に出る。

「出て来い。そこにいるのは分かっている」

 阿部が言うと、それに答えるように木の裏から一人の女子生徒が姿を現した。

「うひょー!前髪パッツン、黒髪ロングストレート、制服着こんだ女学生。やる夫の春が来たおー!」

「お前は――確か転校生の――」

「山田――葵さんだったかな?」

 現れたのは山田葵だった。着ている制服は所々破れ、制服や体は砂で汚れている。山田の顔には疲労が濃く表れていた。

「どうしたんだお可愛い顔したお嬢さん。名前は何て言うんだお?その黒髪ロングヘアーに触って頬ずりしてもいいかお?ところで制服がボロボロだけどナニにやられてナニされたんだお?その辺を詳しく、詳しく教えて欲しいお!その後はダンシングヒーローと一緒に、夜のバトル・ロワイアルでサタデーナイトフィーバーだお!夢見る少女じゃいられなくなるお!」

「うわぁー!何だコイツ――セリフ超キメェ!いきなり何を言い出すんだ、この歩く18禁が!」

「や――山田は、突然襲われて――命からがら逃げて来たんです…」

 山田はかすれた声で言った。

「やらない夫、襲うのと襲われるのどっちが好きだお?やる夫はどっちも好きだお!」

「俺は二人が幸せならそれでいいのであって、そういうのは別に――って、何を言わすか!」

「やらない夫もだいぶノリが良くなってきたお!でもちょっとキモイお」

「さっきあんな事言ったお前にキモイとか言われたくねえ!」

 やる夫とやらない夫が騒いでいる横で、阿部は山田に柔らかな口調で話しかけている。阿部の質問に細々と山田は答えている。突如、山田の体から力が抜け、その場に倒れそうになる。だが山田の体が地に着く前に阿部が手を伸ばして山田の体を支える。

「おおっ!阿部さんは本当にいい男だお!」

「気を付けろよ阿部。その女がプログラムに乗ってる可能性もあるぞ。委員会の差し金とも考えられる」

「だが、このまま見捨てるわけにも――」

 阿部の言葉は中途半端なところで止まった。阿部の顔には驚きの表情が浮かんでいる。阿部は黙り込んだまま、動こうとしない。

 阿部の様子に疑問を抱いたやらない夫が阿部に近寄る。

「おい、どうしたんだよ阿部。急に黙り込んで――」

 やらない夫の言葉は遮られた。

 やらない夫の腹に阿部がパンチをしたからだ。

 やらない夫は腹を押さえて、その場に両膝を着いた。やらない夫の顔には苦悶と困惑の表情が現れている。

「やらない夫!?な、何をするんだお、阿部さん!突然やらない夫を殴るなんて――ウボァア゛ー!」

 やる夫は阿部に頬を殴られて転げた。

 やらない夫は腹を押さえつつ立ち上がった。

「阿部――お前、何をしやがる…。まさか――お前!」

 阿部は山田と並ぶようにして立ち、口を開いた。

「騙してて悪かったな、やらない夫に転校生。ここがお前らの墓場だ」

 

                *

 

 獏良了は携帯電話を操作している。今、バクラの持つ携帯電話には、山田葵と阿部高和の二人の操作が可能であると表示されている。獏良は遠く離れた物陰に隠れていた。バクラの持つ携帯電話では、操っている山田と阿部の目に映る物が表示されている。

 バクラは山田にアンテナを持たせ、隙をついて阿部の体に刺すように命令した。バクラの思い通りに事は運び、バクラは阿部を支配下に置くことに成功した。テストを兼ねて、バクラは阿部を操り、阿部の仲間らに攻撃をさせた。阿部は二人の仲間に容赦なくパンチを入れた。阿部がバクラの操り人形となったのは明白である。

 ククククク――。阿部か、駒としては申し分のない強さだな、使えるぜ。それにしても仲間がいたとはな。それも、やらない夫に転校生と――オレ様もつくづく転校生と縁があるな。ヒャハハハハ!さっきまでの仲間が一変して敵となる。こんなに面白い事はねえ。さて――オレ様の駒は山田と阿部の二体、一方で阿部の仲間も二体。こいつはダブルバトルだな。ルールは簡単、反則行為は一切無し、負ければ死ぬ。それだけだ。罰ゲームも必要ねえ。

「さあ、闇のゲームの始まりだぜ!」

 携帯を片手にバクラは笑った。

 

【男子22番 やる夫】

【身体能力】 E 【頭脳】 E

【武器】 剣のキーホルダー

【スタンス】 委員会を倒して島からの脱出

【思考】 阿部さん…!?

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 困惑

 

【男子21番 やらない夫】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 高性能拡声器、カイザギア

【スタンス】 やる夫、阿部と共に島からの脱出

【思考】 阿部…?

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 困惑

 

【男子02番 阿部高和】

【身体能力】 S 【頭脳】 A

【武器】 ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクト

【スタンス】 いい男を掘りつつ委員会を倒して島からの脱出

【思考】 体が勝手に…二人ともすまない…!

【身体状態】中ダメージ、バクラによって操作中 【精神状態】 痛恨

 

【男子14番 獏良了】

【身体能力】 B 【頭脳】 A

【武器】 携帯する他人の運命(ブラックボイス)、キチガイレコード

【スタンス】 他人を操り優勝する

【思考】 このゲーム、存分に楽しませてもらうぜ!

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子20番 山田葵】

【身体能力】 D 【頭脳】 D

【武器】無し

【スタンス】 生き残る

【思考】誰か助けてください!

【身体状態】 中ダメージ、バクラによって操作中 【精神状態】 悲愴

 

 

 

55

 あらあら、これは予想外の展開ね――。もしかしたら私は何かとんでもない事を見落としていたのかしら。

 うさみちゃんは物陰からやる夫、やらない夫、阿部、そして現れた山田を観察していた。インスピレーションを働かせる事でうさみちゃんの目が鋭くなった。

 転校してきたばかりのやる夫君とやらない夫君はもう仲良くなったのね。ん?やる夫君は転校初日でこのプログラムに巻き込まれたのよね。一体どれほど不幸な星の下に生まれたのかしら。これまでの人生で何度も殺人事件に巻き込まれて――ってそれは私の事ね。それよりもあのいい男の阿部君が委員会の手先と思われる山田ちゃんと手を組み、やる夫君とやらない夫君を裏切るなんて驚いたわ。なんて悪い男なのかしら。でも、いい人を装っていた真犯人が追い詰めれると本性を現すなんてことはよくあるわ。阿部君も実は悪い人なのかもしれないわね。

 

【女子01番 うさみちゃん】

【身体能力】 B 【頭脳】 S

【武器】 ひらりマント

【スタンス】 頭脳を駆使して優勝する

【思考】 ウホッ!悪い男…

【身体状態】正常 【精神状態】 正常




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り28人】


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9話

「よっしゃ、さくらー!跳(ジャンプ)、火(ファイアリー)、双(ツイン)でバーニングディバイドや!」
「ほえええええっ!?」
「(0w0)<ウェッ!?」
「(0M0)<ナニイテンダ、フザケルナ!」


ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
○ 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
○ 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
○ 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り28人】


56

「秘蔵のエロゲを差し上げるお!本棚の漫画も画像フォルダも全部渡すお!だから見逃してほしいお!命だけは!命だけはお助けお!」

 やる夫は土下座して命乞いをした。そんなやる夫のもとに阿部が駆け寄ってくる。阿部は右足を後ろへ引き、やる夫の体を蹴り飛ばそうとする。

「ヒィー!」

 やる夫は叫び声を上げつつ、瞬時に転がり、阿部の蹴りをかわした。

「くっそ、やっぱり美少女モノでは阿部さんの説得は出来ないお。でも、ゲイ向けエロゲなんて持ってないし――」

「オイィィィ!やる夫、お前はこの期に及んで何を言ってるんだ!それよりも――阿部!さっきのはどういう事だ!?お前、俺たちの事をずっと騙してたのか!?」

 やらない夫は繰り出される山田の攻撃をかわしつつ、叫んだ。

「その通りさ。さっきも言っただろう」

「テメエ――よくも俺たちを!」

 やらない夫は山田の体を突き飛ばし、阿部へと向かう。やらない夫は阿部へとパンチを繰り出す。だがそれは阿部の左腕で易々と止められた。

「騙すのが悪い事なのか?このゲームでは騙し合い等、日常茶飯事に過ぎない。戦場で後ろから掘られたと騒ぎ立てる兵士がどこにいる?」

「う――うるせえ!」

 やらない夫はもう一方の腕で阿部の体にパンチを入れた。だが阿部が全く動じない。

「それにやらない夫、お前だってこのゲーム中で誰かを騙そう、利用しよう、裏切ろうと考えたりはしなかったのか?」

「そ――それは――!」

 阿部がやらない夫の体にパンチを入れた。苦痛に顔を歪め、やらない夫はその場に倒れた。

「やらない夫!」

 やる夫がやらない夫のもとに駆け寄る。

「阿部さん!さっきからなんて酷い事をするんだお!やらない夫はちょっとキモイ奴だけど、殴られて喜ぶタイプではないんだお!だからこんな事はやめるんだお!」

 やらない夫が呻くように俺はキモくねえ、と言った。阿部はやる夫に話しかけてくる。

「やめる?お前も馬鹿だな。まあ、俺の演技も見抜けなかったぐらいだしな。いいか、お前らはこの俺に騙されていたんだ。俺はお前らから武器でも奪ってやろうかと思って、お前らに近づいたんだ。結局、使える武器は持ってないようだし、本当の仲間である山田と合流したからここらで演技も終了って訳さ。騙すなんて酷いだなんて言わないでくれよ? 騙された方が悪いんだ」

「ああ…阿部の言う通りだ。ルール無用のこのプログラムでは裏切り、騙し合いなんて当たり前。すまないやる夫。お前まで巻き込んでしまって…」

 痛みで顔を歪ませながら、やらない夫がやる夫に言った。

「気にするなお!やる夫は二人に会えてここまで楽しかったお!いや、辛い事もかなりあったけど」

「それにやる夫――お前にはもう一つ謝っておかなければならない事があるんだ。最初にお前の名を呼んだ時から俺はお前を利用するつもりだったんだ。転校初日で、俺以外のクラスの奴を知らないお前なら利用できそうだって思ったんだ――」

「やらない夫――」

 バクラは携帯電話で山田と阿部の動き、発言を操っていたが、一度携帯電話から指を離した。

 ハハハハハッ!やらない夫も転校生を騙してたのか!本当に可哀そうな転校生だな、同情するぜ!ヒャ―ハッハッハッハッ!いいぜ、やらない夫。最後の相手がオレ様で良かったなあ。オレ様は優しいから、お前に懺悔の機会をくれてやるぜ。

「やらない夫、今でもやる夫の事を利用しようと考えてるのかお」

「いや――。今はそんな事思っていない。これだけは本当だ」

「ならオーケーだお!やる夫とやらない夫は仲間だお!」

「やる夫――?」

やらない夫の目が点になった。

「ほら立て、立つんだ、やらない夫!それともお前はやる夫の手助けが無ければ立つことも出来ねえのかお?」

「ば…馬鹿野郎!これっくらいのパンチ、大した事無いだろ…!」

 やらない夫は殴られた腹を左手で押さえながら立ち上がった。

「流石やらない夫だお!立てるならさっさと立てって話だお!」

「――ああ。すまなかったな、やる夫。色々と面倒をかけただろ」

「気にすんなお!もう済んだ事だお!それより、今のやる夫達にはやるべき事があるんだお!」

 そう言うとやる夫はやらない夫に手を差し出した。

 あ?オレ様の予想とは違った展開になったな…。

 遠くからこの様子を見ていたバクラは顔をしかめた。

「そうだな…やる夫、ありがとう…」

 照れくさそうにやらない夫は言った。そしてやる夫の手を力強く握った。

やる夫は笑みを浮かべていた。

「でもそれとこれとは話が別だお!」

 そう言うや否や、やる夫はやらない夫の頬を殴った。

「やる夫を騙そうとした罪は重いお、やらない夫ー!罰として、帰ったらやらない夫には真昼間のコンビニで大量のエロ雑誌を買ってもらうお!勿論女性の店員相手になあ!」

 やる夫はやらない夫を指さして楽しそうに叫んだ。

「ああ――なんて惨い事を考えるんだお前って奴は。でも――分かったよ、やってやるよ!十冊でも二十冊でも買ってやるよ!」

 殴られた頬を擦りながらやらない夫が言った。

「よく言ったお、やらない夫!それでこそ男だお!そして阿部さん!男と男の約束だお、裏切った阿部さんのキンタマは、やる夫が責任もって潰してやるお!」

 やる夫が力強く阿部を指さした。

 それを聞いてバクラは頭を抱えた。

 こいつらそんなくだらねえ約束してたのかよ…。それよりもこいつらに妙な結束が生まれたのが厄介だな。情けなんてかけるモンじゃ無かったなあ――そろそろテメェらをブッ殺す事にするぜ!

 バクラは携帯電話を操作する。それを受け、山田と阿部がやる夫、やらない夫に襲い掛かる。

「行くぞ、やらない夫!」

「おう!」

「「逃げろおおおおおおおおお!」」

 やる夫とやらない夫が同時に叫ぶ。やる夫とやらない夫は山田、阿部の攻撃をかいくぐり、二人で勢いよく走って逃げ出した。

 突然の事にバクラの思考が一瞬停止する。

 は?

 ――ハッ、逃げたか。ククク…確かに今の貴様らにとって正しい判断だ。武器も無いのに、阿部と戦うなど、千年の盾を攻撃表示にするぐらい愚かな事だ。だがオレ様はこのまま黙って貴様らを見逃しはしねえ。精々、余生を楽しみな。山田と阿部、奴らを追いかけて殺せ!

 バクラは携帯を操作する。それを受けて、山田、阿部も走ってやる夫とやらない夫を追いかける。逃げるやる夫はやらない夫に話しかけた。

「単刀直入に聞くお。やらない夫、今の阿部さんを見てどう思う?」

「凄く――驚いたな。そして嫌だった。まさか阿部が俺たちを裏切るなんてのは正直信じたくないだろ…」

「そうなんだお!阿部さんはやる夫が見てきた男の中で、間違いなく1,2を争ういい男だお。そんないい男が騙すような卑怯な真似はしないお。仮に阿部さんが最初からやる夫たちの敵だったのなら、正々堂々と真っ向勝負をするはずだお」

「――ああ、そっちの方が阿部の性格に合っている。でも実際に阿部は俺たちを裏切ったんだし――」

「今の阿部さんはおかしいお!あれは裏切ったんじゃなくて操られてるんだお!きっとあの黒髪パッツンの子が操ってる黒幕だお!女の子を洗脳して色々と命じるのはそそるお!でも、女の子に洗脳されて意のままに操られるのもまた一興だお」

「だからお前はいきなり話を脱線するのを止めろ!それに、人を意のままに操るだなんてそんな事が――いや、このクラスにならいてもおかしくないかもしれん。違う、ここではそういう類の特殊能力は使えない筈だし――」

「人を操る武器があるんじゃないかお?ファンタジーの剣に、変身ベルトまで支給されているこのプログラムなら、人を操る武器の一つや二つあってもおかしくねえお!」

「確かにな――。待てよ、だとしたらさっきからの違和感は――、っておいやる夫、後ろ見ろ、あの二人、追いかけてくるぞ!」

「ゲェー!やる夫、もう足パンパンだお!」

「耳を貸せ、やる夫!確かめたい事がある」

 やらない夫はやる夫に耳打ちした。やる夫はうなずき、親指を立てた。

「その策、やらない夫に任せるお!それにしても、いちいちそんな事を気にするなんて、やらない夫はホント、細かい男だお!」

「うるさい!観察力があるとか、注意深いとか言え!」

「お前ら――盛り上がってるところ悪いが、逃げられると思っているのか?」

 二人の背後で阿部がそう言った。

 阿部は既に、やる夫とやらない夫のすぐ後ろにまで近寄っていた。阿部がやらない夫に跳び蹴りをする。

 やらない夫は転がるようにして前に跳び、阿部の攻撃をかわす。

 一方で、やる夫も山田に追いつかれた。山田は高く跳び、やる夫目がけて真空跳び膝蹴りを仕掛ける。

「――見えたお!」

 やる夫の目が輝く。その直後、やる夫の顔面に山田の真空跳び膝蹴りが入った。やる夫は後ろに転がっていく。

「ゴブハァァァアアー!」

「やる夫―!攻撃、見えたんじゃないのかよ、思いっきり当たってるじゃねえか」

「攻撃とは別の物に目を惹かれたお。視線の誘導とはやりおる…」

 地に倒れたやる夫は顔面を手で擦りながらそう言った。

「やる夫――何色だった?」

「フ…自分の目で確かめるお」

 分かったよ…、とやらない夫は言った。

そして、やらない夫は、顔を押さえながら倒れているやる夫の前に立った。真っすぐ阿部の目を見る。

「阿部。お前がこんな卑怯な奴だとは思わなかっただろ。俺の怒りの炎が燃え滾ってるぜ。そのままお前を燃やし尽くせるほどにな」

「おれはこういう人間さ。これで鬼ごっこは終わりだ。もしや――戦う気にでもなったか?だったら、お前らを裏切った詫びに死ぬ前に天国を見せてやるよ」

 阿部は残った制服のズボンに手をかける。

「その手は止めろ。阿部、お前の言う通り戦ってやるよ。ああ、せめて剣でも支給されればよかったんだがな。知ってるだろ、俺の武器なんかプラスチックのフォークだぜ。これじゃあお前のイチモツを切り落とす事も出来ねえよ」

「運が良ければ少しはダメージを与えられるかもな。突き刺さったら痛いぜ」

「ところでよ――阿部、何でコイツの事、転校生って呼ぶんだ?少し前まで名前で呼んでただろ」

 やらない夫は親指で後ろをさす。しばしの沈黙。そして阿部が口を開いた。

「忘れたよ――今から死ぬ奴の名前なんてな!」

 そう言うと同時に阿部がやらない夫に飛びかかる。

「ド忘れするような名前じゃないだろ、常識的に考えて。そして阿部、俺の支給武器は拡声器だ。そう言っただろ、忘れたのか?さあ――やっちまえ、やる夫!」

「ニュー速学園から来たやる夫だお!以後お見知りおきを、そして二度と忘れるんじゃねーお!やる夫という名を、しかと記憶に刻み込めお!」

 やらない夫がその場にしゃがむ。それと同時に、背後のやる夫が立ち上がる。

 やる夫の手には既に刀身に龍が巻き付いた金色の剣が握られており、埋め込まれた赤い宝石は既に赤い光を放っている。

 やる夫は剣を振るった。やる夫が剣を振ると同時に、剣から赤い光弾が阿部を目がけて放たれた。光弾が阿部の体に当たり、爆発が起こった。やる夫、やらない夫、山田もそれを受けて後ろへ吹っ飛ぶ。その後、やる夫は剣を大地に突き刺して立ち上がる。

「おっしゃー!洗脳を解くにはショック療法が一番だお!これで阿部さんは元に戻るのかお?」

「まだ分からん。だがさっきのやり取りで分かったぜ。阿部はずっと誰かに無理やり喋らされていたんだ。動きだけでなく、発言まで操るとは恐ろしいな…」

「これでもまだ阿部さんが正気に戻らないなら、操ってる奴を倒せばいいお!あの黒髪パッツン女子か、それとも別の誰かかお?あの子を倒すならやる夫に任せて欲しいお!」

 それよりさあ…、とやらない夫がつぶやき、爆心地を見た。そこではまだ煙が立ち込めている。

「やる夫…もう少しあの光弾の威力を下げることは出来なかったのか?」

「…。あ、阿部さん!粉々になってないかお!?」

「なってたら困るだろ…。洗脳が解けて、体が無事であることを祈ろう…」

 次第に煙が晴れていく。

その中心で、阿部は佇んでいた。

「おお~。阿部さんは無事だった――お?」

「どうしたやる夫?阿部に――あ?」

 今の光弾を受け、残っていた阿部の制服のズボンも吹き飛んでいた。今の阿部は一切の衣服を身にまとっていない。そして阿部はやる夫とやらない夫の方を向いていた。言うまでもない、やる夫達からは阿部のイチモツが丸見えだった。

「うぎゃあああああっ!阿部!お前、本当にそういうのやめろって!せめて前を隠せ、前を!」

 やらない夫は横を向いて叫ぶ。

一方のやる夫はしっかりと前を見据えている。その後、やる夫は下を向いた。やる夫はもう一度阿部の方を向き、再び下を見る。やる夫は左手で額を押さえた。やる夫は真っ白に燃え尽きてしまった。

 最初から真っ白だけど。

「どうしたやる夫―!何で燃え尽きてんだ―!?」

「この世界は残酷だお…やる夫と阿部さん、同級生なのにどうしてあんなにも差が…」

「身長だって違うだろ。そういう物だと思って諦めろ」

「くっ…。やる夫だって成長期、これから――ん?や、やらない夫、阿部さんの下腹部を見るお!なんだか変な物が刺さってるお!」

「いや、見たくねえ」

「今回ばかりは真面目な話だお!見ろ!じゃないとやる夫のを見せるお!」

 そう言われ、やらない夫は目を細めて阿部の下腹部を見る。イチモツに視線が向くのを耐えながらやる夫が言った通り、下腹部を見た。

 小さい針のようなものが刺さっていた。

 やる夫とやらない夫は知らないが、そこに刺さっていたのはバクラの支給武器に含まれていたアンテナであった。

「本当だ――針みたいな物が刺さってるぞ。阿部はああいった物を付ける趣味は無いし――あの針が阿部をおかしくした原因か?確か阿部がおかしくなったのは、転校生の女が現れてからだっただろ。そういえばあの転校生、阿部に向かって倒れこんだな――あの時に針を刺されたのか!?」

「とりあえず阿部さんの針を抜いてみるお!あれを抜けば万事解決だお!」

「まだ確証はないが、試す価値はあるだろ。やる夫、転校生の女にもう一発光弾を撃てるか?あいつも針が刺さっていれば、別の誰かが操っている証拠になる」

「それは――やる夫にあの子の制服を吹き飛ばせっていう事かお?」

「まあ――ちょっと心は痛むが確認するのは大事だろ。べ、別に下心なんてないぞ――」

「カーッ!これだから素人は困るお!いいかやらない夫―!今のあの子は制服を着てるんだお!女学生に制服、これは黄金の組み合わせだお!これを脱がすなんてとんでもない!そうやってすぐに服を脱がしてエロ展開に持っていこうとするなんて、ホント愚かだお、やらない夫! やらない夫は想像力が足りないお!脱がせばそれで終わりだお!でも制服には夢があるお!その制服を可愛い女の子が着ているだけで十分に萌え要素だお。それに今のあの子を見て見るお!所々ほつれたり、破れたりしているが衣服としての機能はまだ十分に保ってるお。あの破れたスカートの間からチラッとみえる太もも、何て魅力的なんだお!色々と想像を駆り立てられて、かなり萌え萌えだお!やらない夫、これだけは覚えておけお。世の中、何も着ていない状態よりも着ている方が萌えるという事がいっぱいあるんだお!だからやる夫はあの子には攻撃しない、制服の上から針を探すお。やらない夫にチラリズムの本髄を教えてやるおー!」

「うわっ、自分の好みや考えを言うとなると、突然早口でまくしたてやがった!キモッ!今ので400字以上、原稿用紙1枚分も喋りやがった!キメェーー!キモすぎて妊娠させられそう!これが歩く性犯罪か!」

 やる夫とやらない夫の救いようのないやり取りを聞きながらも、バクラは焦っていた。

 チッ、正解だよテメエら。なんてカンの良さだよ…。顔に似合わずなかなか鋭いカンをしてるじゃねえか、転校生――いや、やる夫。それにあんな武器を隠し持っていたなんてな。コイツは一本取られたぜ。さて、阿部が裏切ったのではなく、操られてるのがバレちまったなら――奥の手を使わせてもらうぜ!限界を超えて動け、阿部!

 バクラは携帯を操作する。

 猥談を続けていたやる夫とやらない夫の前で阿部が先ほど以上の速度で走り出した。阿部はやる夫とやらない夫に体当たりをした。やる夫、やらない夫の二人が吹っ飛ばされた。

「やっぱりまだ阿部は操られているか――!それよりも何だ今の速さ!」

「これじゃあ阿部さんから針を抜くのは大変だお。何とかして動きを止めないと。考えるお…。――はっ!やらない夫、やる夫が阿部さんの動きを止めるから、その瞬間に針を抜いて欲しいお!」

「やる夫――本当にそんなことが出来るのか?」

「阿部さんが教えてくれたんだお!こんな時こそケツの穴を引き締めるんだお!」

 そう言うと、やる夫は持っていた剣をキーホルダーに戻した。それを持った手を後ろに回した後、やる夫は阿部へと向かって走り出した。

 やる夫の行動に疑問を持つやらない夫。そのやらない夫にも操られた山田が襲い掛かる。やらない夫は山田の攻撃をかわすことに専念しつつ、じわじわと阿部へと近づく。

 やる夫は叫びながら阿部へと向かう。やる夫は阿部へと体当たりをするが阿部は軽々かわす。勢いそのまま、やる夫は転んでしまった。やる夫は手をついて立ち上がろうとする。だがそれよりも早く、阿部の両手がやる夫の両足を押さえつけた。

「じゃあな、転校生いや、やる夫。最期に天国を見せてやるよ」

 そう言って、阿部はやる夫のズボンを脱がした。

「マズイ!このままじゃ、やる夫が掘られる!くそっ、どけ!」

 やらない夫は山田を突き飛ばし、やる夫を救うべく走る。

 身動きが取れないやる夫の尻に阿部の下半身が近づく。

「かかったな、阿部さんを操る黒幕め!こいつをくらえ!」

 やる夫が叫ぶと同時にやる夫の尻が光り輝く。やる夫の尻から瞬時に剣が伸び、阿部の股間に突き刺さった。

 阿部の動きが止まった。

 剣に刺された阿部の股間からは血が流れ出ている。

 この出来事に、バクラは開いた口が塞がらない。

 何だとお!?――そ、そうか、やる夫の剣は伸縮自在――、さっき剣を縮めて――自分の尻に挟んで隠したのか!まさか、さっき転んだのも――わざと隙を作ったってワケか!尻を見せれば、オレ様が阿部を操って襲わせるという事を想定しての行動か!クソッ、やってくれるじゃねえか!

 バクラの顔には冷や汗が浮かんでいる。

 股間に剣が刺さった阿部は苦悶の表情を浮かべている。だがやる夫も無事ではなかった。

「ぎゃあーっ!持ち手が!剣の持ち手が!奥に食い込んでるお!」

「あと5秒だけ耐えろ、やる夫!」

 やらない夫が阿部に駆け寄る。

 チッ!こいつはマズい!追いかけろ、山田!

 命令を受けた山田はやらない夫を止めるべく走り出す。だが山田はやらない夫に追いつけない。山田の足は小刻みに震えており、走るたびに、両足がもつれて転びそうになっている。

 やられたぜ――!山田の体を酷使しすぎたか!もう無理やり動かそうとしても力がほとんど出ねえじゃねえか!なら阿部だ!剣を抜いて――いや、それよりも先にやらない夫を追い払う!それだけじゃねえ、オレ様も――動かねえとコイツはマズい!

 バクラは走りながら携帯を操作する。バクラの命令を受け、阿部がやらない夫に殴りかかる。それとほぼ同時にやらない夫が阿部の下腹部のアンテナに手を伸ばす。

 阿部のパンチがやらない夫の頬に入った。やらない夫が後ろへ吹っ飛んだ。

 ヒャ―ハッハッハッハッ!!どうだテメエら!惜しかったなあ、結構面白かったが、そろそろ闇に飲まれる時間だぜ!

 バクラは携帯を操作し、阿部に剣を抜くように命じた。

 反応は無かった。

 バクラは瞬時に携帯電話を見る。そこには現在操作できる人物の名前、山田葵の名前しか表示されていなかった。

 まさか――!

 殴られたやらない夫の手にはアンテナがあった。やらない夫は両手で力を込めてアンテナをへし折った。それと同時にやる夫が剣をキーホルダー状に戻す。阿部の股間、やる夫の尻から剣が抜けた。二人共、非常に息が乱れている。

「へへ…やったな、やる夫。これで阿部も元通りか?」

 やらない夫もゆっくりと二人に近づいた。

「やる夫の作戦は完璧だったお。キンタマを潰すという阿部さんとの約束も果たせたお。ただ持ち手も伸びるのを忘れてたお。そのせいで童貞より先に処女を失って――やらない夫、危ねえお!」

「ファルコオオオオン!」

 物陰から現れたバクラがそう叫び、山田から奪っておいたキチガイレコードをやらない夫に投げつけた。

 そいつは衝撃を加えると炎上する。オレ様の駒を潰した分のツケは払ってもらうぜ!

 この瞬間、倒れていた阿部が立ち上がった。阿部はやらない夫の前に立ち、飛んでくるキチガイレコードに背を向けた。そして阿部は自分の尻でキチガイレコードを挟み込んで止めた。衝撃を加える事なくキチガイレコードを止めたため、キチガイレコードが炎上する事は無かった。

「やる夫にやらない夫。二人共、これまで散々迷惑をかけた。本当にすまなかった。謝って許される事じゃない。だがせめて、お前らを守るぐらいはさせてくれ」

 尻に挟んだキチガイレコードを外して阿部はそう言った。そして現れたバクラを見た。

「俺と山田さんを操っていたのはバクラ、お前か――。こりゃ、きついお仕置きが必要だな」

「フン――今回はオレ様の負けにしといてやる…。だが覚えとけ…!オレ様は必ず、貴様らを永遠の闇に葬ってやるぜ…!」

「はー?負け惜しみとか見苦しいお!人を操るなんて姑息な手を使わず、最初っから自分の手でかかってこいや!」

 バクラはやる夫の発言を意に介さず、携帯を操作した後、この場から走り去った。その後ろを操られた山田が不自然な動きで追う。

「待て!」

 阿部が追いかけようとするが、その場に崩れ落ちる。

「阿部さん!」

「阿部、悔しいが今は怪我を治療すべきだろ」

「ああ…」

 阿部はそう言って頷く。阿部の顔には汗が浮かんでいた。

 

【男子22番 やる夫】

【身体能力】 E 【頭脳】 E

【武器】 剣のキーホルダー

【スタンス】 委員会を倒して島からの脱出

【思考】 阿部さんが戻って良かったお

【身体状態】 中ダメージ、肛門に小ダメージ 【精神状態】 正常

 

【男子21番 やらない夫】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 高性能拡声器、カイザギア

【スタンス】 やる夫、阿部と共に島からの脱出

【思考】 とりあえず今は一安心だな

【身体状態】 中ダメージ 【精神状態】 正常

 

【男子02番 阿部高和】

【身体能力】 S 【頭脳】 A

【武器】 ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクト、キチガイレコード

【スタンス】 いい男を掘りつつ委員会を倒して島からの脱出

【思考】 やる夫にやらない夫、本当にすまなかった…!

【身体状態】全身、股間に大ダメージ 【精神状態】 正常

 

 

 

57

 なるほどね。阿部君と山田ちゃんはバクラ君に操られてたのね。さて――今の阿部君たち三人は満身創痍。今の私でもさほど苦戦はしないと思うわ。でもね、誰だって追い詰められると予想外の行動に出る事だってあるんだし、彼らと戦うのは危険だわ。それよりもあの地獄の傀儡師、獏良了は見逃せないわ。私は名探偵のうさみちゃん。このプログラムで優勝する事も大事だけど、逃げる悪人を放っておくなんて名探偵失格よ。獏良君は私が倒す、数の子大好きうさみちゃんの名に懸けて!

 うさみちゃんは逃げたバクラと山田を追いかけた。

 

 

 

58

 佐天涙子と美樹さやかは木の陰からそっと顔を出した。彼女らの視線の先には、両腕を折ったまっちょしぃと、倒れて動かなくなった井之頭五郎がいた。

「なんて激しい戦いだったんでしょう。巻き込まれなくてホント良かった…」

「ねえねえ、見てよ佐天さん。今のまっちょしぃは五郎との戦いで満身創痍じゃん。これならあたし達でも勝てそうじゃない?」

「ええっ!?まっちょしぃさんと戦うんですか!?そんなの止めましょうよ!勝ち目無いですって!」

「だからさー、五郎との戦いの直後で弱ってる今だからこそ戦うんでしょ。むしろ、この機を逃せばまっちょしぃが回復して倒せなくなっちゃうって」

「いやいや、そもそもあたしは戦いなんて嫌なんです。まっちょしぃさんに気づかれる前に、早くここから逃げましょう」

 そう言って佐天はこの場から離れるべく、静かに歩き出した。ちょっと歩いた後、佐天は後ろを振り向いた。

 さやかがシャフ度で佐天の顔をじっと見ていた。さやかの目にはさっきまでとは打って変わって光が無い。

 何故今シャフ度?ってか、怖っ!目、怖っ!クラスで目が怖いのは、うさみちゃんだけでいいんですって!それよりも――美樹さん、まさかあたしを殺す気じゃ…!

 佐天は足音を立てること無く、早歩きでさやかに近づき、その両手を握った。

「分かりました、美樹さん…。まっちょしぃさんと戦いますから、どうか命だけはお助けを…」

「うんうん、その意気だよ佐天さん! あたしが正面から攻撃するから、佐天さんは後ろから回り込んでまっちょしぃに不意打ちして。じゃ、行こうか!」

 言い終わると、さやかはまっちょしぃへと向かっていく。

 ああ――こうなりゃもうヤケクソだー!

 佐天も走ってまっちょしぃの後ろに回る。

 一方、まっちょしぃも周囲に人の気配を感じたのか、辺りに目を配っている。まっちょしぃは右足をそっと後ろへ引く。

「まっちょしぃ!その首、貰ったあー!」

 さやかが叫び声を上げながら、まっちょしぃへ正面から飛びかかる。それと同時に、まっちょしぃの後ろから佐天も静かに襲いかかった。

 まっちょしぃの目が光る。まっちょしぃは静かに右足を上げた。そして左足を軸にしてコマの様にその場で回転を始めた。

 ひぃっ!

 佐天はまっちょしぃの足が当たる直前で急停止をした。だが、さやかは回転するまっちょしぃにはじかれてしまう。さやかは地面を転がるもすぐに頭を押さえながら立ち上がる。

「いてててて。さっきまで五郎と戦ってたのに、まだこんなに動けるなんて――流石ね、まっちょしぃ!でもさあ、思ってたよりも痛くないね!」

「普段から鍛えているから当然だよー。でも――やっぱりゴローちゃんとの戦いの傷が癒えて無いせいか、力が普段の半分も入らないのです…。えーと、次の相手はさやかちゃんと佐天さんですか。ゴローちゃんを倒したばっかりなうえ、2対1の戦いとは――戦いとは何が起こるか分からないから楽しいのです♪」

「待ってください、まっちょしぃさん!あたしは別に戦うつもりなんてないです!ただ死にたくないだけなんです!」

 佐天はまっちょしぃにそう弁明した。それを聞いたまっちょしぃはため息をついた。

「佐天さん――。人生とは戦い。戦いとは人生。戦い無くして人生無し。戦おうともせずに生きようとするその考えが間違ってるのです!」

「その通りよ、まっちょしぃ!佐天さんにもっと言ってやって!」

「み、美樹さんはどっちの味方なんですか!?」

 さやかの野次に佐天は過敏に反応した。

「味方?あたしと佐天さんは、強い武器を手に入れるまでの間、同盟を結んだだけよ!」

 胸を張ってさやかが答える。さやかの返事を聞いて、佐天はずっこけてしまった。その佐天のもとに、まっちょしぃが近寄る。

「戦え――戦え――佐天さん。佐天さんが逃げても、まっちょしぃは地の果てまで追いかけて、とどめを刺すだけだよ。でも――佐天さんが戦い、まっちょしぃを倒せば生きることが出来るのです。さあ決断の時です、佐天さん。戦わずして逃げて死を選ぶか――戦ってまっちょしぃを倒して生きるか――。戦わなければ生き残れない!」

「はぁー。分かりましたよ。戦えばいいんですよね!」

 佐天さんはバトルドームを両手で持って上段に構え、まっちょしぃへと走り寄る。さやかもまっちょしぃに攻撃を仕掛けようとする。

 まっちょしぃの左右から佐天とさやかが近寄る。まっちょしぃは動じることなくその場でジャンプした。それと同時に両足を勢いよく左右に開き、その足で近寄って来た佐天とさやかに蹴りを入れた。

 佐天とさやかは同時にのけぞる。

「や、やっぱり勝てないじゃないですかー!」

 倒れながらも佐天が叫んだ。そんな佐天に構う事なく、まっちょしぃがじりじりと近づいてくる。

「戦おうという佐天さんの意志は立派だったよ。さあ、佐天さん。おやすみの時間なのです」

 うずくまっている佐天の側でまっちょしぃは右足を後ろに引いた。

 その瞬間、まっちょしぃの顔が歪み、口から息が漏れる。そしてまっちょしぃの体がその場に崩れ落ちた。

 え…?

 佐天は突然倒れたまっちょしぃを観察した。まっちょしぃの左足には数枚のトランプが突き刺さっていた。まっちょしぃの左足からは血が流れ出ている。

 トランプ…?

 首をかしげる佐天。その時、声が響き渡った。

「ハッハッハッハッハ!私はムスカ大佐だ。跪け、命乞いをしろ!」

 高笑いと共に、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタが現れた。

「げ…ムスカさん」

 佐天の顔が青ざめる。

「やばい、逃げろ!」

 そう言うと、さやかは瞬時に立ち上がって走り出した。

「えー!?美樹さん、あたしに散々戦えとか言っておきながら、あたしよりも先に逃げてるじゃないですか!」

 佐天も体に力を入れ、さやかの後を追うべく立ち上がった。

「ほう――どこへ行こうというのかね?」

 ムスカの手の中でゾリンゲン・カードが広がる。そして逃げ出そうとする佐天を狙ってトランプを投げつけようとする。だがムスカはトランプを投げつける寸前でその手を止めた。

 まっちょしぃがムスカを目がけて体当たりをしてきたからだ。

 ムスカはまっちょしぃのタックルを機敏にかわす。口元に笑みを浮かべ、ムスカはまっちょしぃに話しかける。

「これはこれは――まっちょしぃさん、君はそれだけの傷を受けても、まだ立ち上がるのかね?」

 今や、まっちょしぃは無傷の右足一本で片足立ちしていた。流石のまっちょしぃも顔に疲労の色が濃く出ている。

「ムスカ君。まっちょしぃは佐天さん、さやかちゃんとの戦いの最中だったのです。乱入とは――ダメだよ。ちゃんと決着がつくまで待って欲しいのです…」

「君は――このプログラムをクラス最強の生徒を決めるトーナメントか何かの様に考えているのではないのかね。このプログラムで優勝したければ、無用な戦いは出来るだけ避けたまえ。確実に勝てる相手とのみ戦って、参加者の数を減らすのが正攻法だ。わざわざ強い相手と戦うなど、実に非効率的だ。まっちょしぃさん、いや、まっちょしぃ。お前は戦いすぎた」

「ムスカ君の考えは受け入れられないよ。まっちょしぃは目があえば、誰とでも戦うのです。そして、どれほどの傷を負っても、命ある限りまっちょしぃは戦い続けるのです!腕が折れても――足が折れても――まっちょしぃの心は折れてないのです!」

 まっちょしぃは右足で力強く大地を蹴り、ムスカに飛びかかる。だがまっちょしぃの体がムスカに触れるよりも早く、ムスカの手から放たれた数枚のトランプがまっちょしぃの胸に突き刺さった。まっちょしぃの体から血が噴き出し、力を失ったまっちょしぃは静かに落下した。

 あれー?まっちょしぃの心臓、止まっちゃった―――。

 これを最後にまっちょしぃの肉体が動く事は無かった。

 ムスカは地面に転がるまっちょしぃの体、そして離れた所にある井之頭五郎の体を見た。それらの周囲にバッグがある事に気づき、それらを手に取った。

 ムスカはまず、まっちょしぃのバッグを開いた。バッグの中に入っていた懐中時計をムスカは手に取った。

懐中時計はまっちょしぃが息絶えた時刻を示して止まっていた。

 

【女子16番 まっちょしぃ 死亡】

【生存者 残り27人】

 

 

 

59

 ムスカは動かない懐中時計を放り捨てた。続けてまっちょしぃのバッグを見たが、武器として使えそうな物は入っていなかった。次にムスカは五郎のバッグを漁った。そこからは複数個の煙玉が出て来た。

 煙玉か。攻撃用の武器でないのが残念だが、中々使えるな。攪乱、不意打ち、逃走等、戦闘の補助にはなってくれるだろう。

 ムスカは煙玉を自分のバッグにしまった。

 そして、ムスカは立ち上がり、さやかと佐天が逃げた方向へと走り出した。

 二人が逃げた先は森だった。ムスカは用心深く、周囲の木々や茂みを観察する。

 ほう…これ程の木々があれば、身を隠すには好都合だな。それに不意打ちも出来る。

 ムスカは手にゾリンゲン・カードを取る。息を潜め、ゆっくりと歩みを進める。

しばらく森を歩いたムスカだが、さやかと佐天の姿を見つけることは出来なかった。

 くそう、逃がしたか。美樹や佐天の足ではこの短時間でそれほど遠くまでは逃げられないと思ったが――。まあいい、深追いは危険だ。事を急ぐと元も子も失くすのは、制服さんだけでいい。一段落したらこんな森、全て焼き払ってやる!

 ムスカは不満げな表情を浮かべ、森から出るべく歩き出した。

 そのムスカの姿を、佐天とさやかは息を殺して遠くから見ていた。

「うう…ベタベタして気持ち悪いです…」

「我慢してよ、佐天さん。これのおかげでムスカに気づかれずに済んだんだから。でも、あのムスカにもばれないなんて、これ結構使えるね。作戦変更、ステルス作戦で優勝を目指すよ!」

 

【女子06番 佐天涙子】

【身体能力】 C 【頭脳】 C

【武器】 アメリカンバトルドーム

【スタンス】 生き延びる

【思考】 大変な事になっちゃいました…

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】正常

 

【女子17番 美樹さやか】

【身体能力】 B 【頭脳】 D

【武器】新感覚ソース・大草原

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 優勝するのはこのあたしよ!

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】正常

 

【男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ】

【身体能力】 A 【頭脳】 S

【武器】 ゾリンゲン・カード、煙玉

【スタンス】 優勝してラピュタ王となる

【思考】 次の獲物を探す

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

60

 しばらくの間走っていた獏良了はその歩みを止めた。後ろからバクラが操っている山田葵がついて来た。

 山田――コイツはもう駒として使えねえ。そしてオレ様もアンテナを一本失った。だとしたら、コイツを生かしておく必要はねえな――!

 バクラは携帯を操作した。

 命令を受け、山田は自分の腕で自分の首を絞め始めた。

 ククク…。山田を闇に葬った後は、再び駒を探さねえとな。高い身体能力の持ち主か、使える武器を持ってりゃ誰でもいい。使えねえ奴にはアンテナを刺してから、そいつ自身の手で殺せばいい。そして、阿部にやらない夫、そして転校生のやる夫――!貴様らにはオレ様の手で最高の恐怖と絶望を与えてから殺してやる!それまでは精々、つかの間の憩いを満喫しな!フハハハハハハハ!

 その瞬間、一筋の青い閃光が山田を貫いた。

 山田の体は宙を舞い、後方へ飛んでいった。

 何ィ!?

 バクラは瞬時に横へ跳ぶ。だがそれよりも速く閃光がバクラの体を捉える。閃光はバクラのわき腹を貫いた。

 ぐおっ――!

 バクラのわき腹から血が噴き出す。さらにバクラの口からも血があふれ出た。

 バクラの体も山田と同様に後方へと飛ばされた。そしてバクラの体は地面に強く打ちつけられた。だが、バクラの体を襲う激しい痛みがバクラの意識が途切れるのを防いでいた。

 遠距離からの――狙撃か!?誰だか知らねえが――やってくれるじゃねえか!

 バクラは自分の隣に既に事切れた山田の体がある事に気づいた。

 くっ――まだだ、アンテナがあれば――まだオレ様は負けちゃいねえ!がっ――!

 地に倒れたまま、バクラは山田の首元へ手を伸ばす。それだけで、バクラの体に痛みが走る。だが、バクラは歯を食いしばって痛みを耐える。遂にはバクラの手が山田の首元に突き刺さったアンテナに触れた。バクラは力を込めて山田からアンテナを引き抜いた。

「犯人はあなたよ。獏良了」

 あ――?

 バクラは倒れたまま声のした方へと首を回す。そして、バクラは声の主を睨みつける。

「テメエは――うさみちゃん!」

 バクラは声を荒げる。それと同時にバクラの口から血が噴きこぼれる。

 バクラの体は血に染まっているが、バクラの目には生気に満ちている。バクラはまだ負けを認めてはいない。

 一方、うさみちゃんは、バクラに向かって人差し指をピンと伸ばしている。うさみちゃんの目は大きく、鋭くなっている。この目でバクラの目をじっと捉えて離さない。

「もう何をやっても手遅れよ。この島では通報できない、だから――バクラ君はここで死ぬのよ」

「うるせえ!ほざきやがれ!」

 バクラはアンテナを持った腕をそっと上げる。だが、名探偵のうさみちゃんはバクラのわずかな動作も見逃さない。

「その針を私に刺して、今度は私を操ろうっていうのかしら?無駄よ。バクラ君の武器の効果は既に見切っているの。タネが分かった以上、名探偵の私にそんな小細工は通用しないわ」

「ケッ、そうかい。だったら――コイツはどうだ!?」

 地に伏せたまま、バクラは自分の体にアンテナを突き刺した。

 バクラの体から、勢いよく金色のオーラが噴き出す。

 バクラの武器、携帯する他人の運命(ブラックボイス)は、アンテナを刺した相手を操る事が出来る。それともう一つ、自分自身にアンテナを刺す事で自動操作モードが起動する。

 自動操作モードに入ったバクラは全身が金色のオーラに包まれ、戦闘能力は格段に上昇している。今のバクラに意識は無く、うさみちゃんを殺すまで止まる事は無い。

 うさみちゃんを殺すべく、バクラはうさみちゃんに飛びかかる。

 だが、うさみちゃんは慌てない。落ち着いてひらりマントを取り出す。うさみちゃんはひらりマントを振り、飛びかかって来たバクラの体を振り払う。

 バクラの体が宙を舞う。だが、自動操作モードに入ったバクラは着地を決める。瞬時にバクラはうさみちゃんへと走る。バクラの口や脇からは血がとめどなく流れ出ているが、バクラの体は止まらない。

 その姿にうさみちゃんはため息をついた。

「追い詰められた犯人の行動は本当に予測不可能ね。自分の体を犠牲にしてでも私を殺そうとするなんて、普段のバクラ君からは想像できないわ」

 うさみちゃんがひらりマントを振る。

 それと同時に空中を青い閃光が走った。その閃光がひらりマントに当たった瞬間、弾道が曲げられる。そして閃光はバクラの体を貫いた。

 閃光に貫かれたバクラの体が再び後方へと飛ばされる。バクラの体は勢いよく地面に打ち付けられる。この衝撃でバクラの体に刺さったアンテナが折れた。

 バクラの体を包んでいた金色のオーラはもう見えない。閃光に撃ち抜かれたバクラの意識は、闇へと葬られた。

「バクラ君、さっき言ったでしょ?光の速度の前では――もう何をやっても手遅れよ」

 

【女子20番 山田葵 死亡】

【男子14番 獏良了 死亡】

【生存者 残り25人】

 

 

 

61

 うさみちゃんは倒れた獏良了へと近づく。二度も閃光に貫かれたバクラの体からは血がとめどなく流れ出ている。うさみちゃんはバクラの死を確認した。

 あらあら。これで要蔵君にバクラ君と二人も殺しちゃったわ。これで私も立派に殺人探偵の仲間入りね。でもいいの。名探偵が人を殺してはいけないなんて、ノックスの十戒やヴァン・ダインの二十則でも書かれてなかった筈よ。たぶん。

 考え事をしながら、うさみちゃんはひらりマントを振るう。うさみちゃん目がけて閃光が走るが、ひらりマントがその弾道を変えた。

「さっきはナイスサポートをありがとう。ベータちゃん」

 うさみちゃんは閃光が飛んできた方向へ向かってそう言った。うさみちゃんは手を振るが、もう一方の手には用心深くひらりマントが握られている。

 うさみちゃんが呼びかけた方向から、EM銃を手にしたベータが現れた。頬を膨らませ、不機嫌そうな顔をしている。手に持ったEM銃の銃口は、しっかりとうさみちゃんへ向けられている。

「サポートって何ですかぁ?私、貴方と手を組んだつもりなんて、一切無いんですけどぉ」

「でも結果論として、ベータちゃんは私の探偵助手としての役割を十分に果たしてくれたわ。ありがとう小林少年。普段だったら、ベータちゃんを私の助手として雇ってもいいんだけど、この島ではそうはいかないの。ああ残念ね、残念だけどベータちゃんもここで死んでもらうわ」

「へぇ~。うさみちゃん、私を殺す気ですかぁ?意気込みは立派ですけどぉ、名探偵らしく、現実を見た方がいいですよ?」

 そう言うと同時に、ベータのEM銃から弾丸が放たれる。光速で撃ち出された弾丸は青い閃光となってうさみちゃん目がけて飛んでいく。

 それに対し、うさみちゃんは勢いよくひらりマントを振るった。それにより、放たれた閃光がひらりマントによって跳ね返される。その閃光がベータの左腕の二の腕をかすめた。

「きゃあ!」

 ベータが悲鳴を上げる。閃光がかすめた二の腕から血が流れだす。ベータは右手で傷を押さえる。

「あら?ベータちゃんの心臓を狙ったのに、狙いが外れちゃったわ。精密に狙った場所へと跳ね返すには、まだ練習が必要みたいね」

「ちょっとお聞きしちゃいますが、光の速さがどれくらいか知ってますかぁ?普通、跳ね返すどころか、反応すらできないと思うんですけど」

「およそ秒速30万キロメートル。名探偵ですもの、それくらい知ってなくちゃ務まらないわ。それに弾丸が光速でも、ベータちゃんが撃つまでには銃を構え、引き金を引くという動作があるでしょ。これは目でも十分に追える動きだから、対策も取れるわ。加えてベータちゃんの銃から放たれる閃光についても既に観察済みよ。それらの情報から閃光がどの様に飛んでくるかは予測できる。どんなに弾が速くても――飛んでくる場所が分かれば跳ね返すのは簡単よ」

 うさみちゃんが勝ち誇ったように言った。

「へー、そうですかぁ凄いですね。だったら――銃を使わずにお前を潰せばいいだけだろ!」

 ベータの赤紫色の瞳が青紫色に変化し、目尻が吊り上がった。口調もこれまでの穏やかなものから荒々しいものへと変化した。

 ベータには二つの性格がある。普段のベータは優しい性格をしているが、気が高ぶったり、攻撃態勢に入ったりすると攻撃的な荒々しい性格へ切り替わる。この時にベータの瞳の色が赤紫色から青紫色へ変化する。一人称も私から俺へと変わる。

 断っておくが、二重人格ではない。人格は一定に保っており、記憶が途切れるようなことも無い。普段はおとなしい人が運転する時に性格が変わったり、無口な人が自分の興味のある分野について語る時は饒舌になったりする事と似たものだと思って戴きたい。

 ベータは瞬時にうさみちゃんへと飛びかかる。そして、ベータはうさみちゃんの顔面を目がけて蹴りを放つ。

 一方のうさみちゃんはこの事も予測していたかのように、自然な動きでひらりマントを顔の前に構え、振るった。

 ベータの足がひらりマントに触れた。それにより、ベータの体が宙で回転する。だが、ベータは体を打ち付ける事無く見事に着地した。ベータは後ろへ跳び、うさみちゃんと距離を取った。そして、うさみちゃんを睨みつける。

 それを受け、うさみちゃんも目をさらに大きく見開き、ベータの目を真正面から見据える。

「どう?このマントは向かって来るもの、それが弾丸だろうと、生命だろうと跳ね返せない物は無いの。そして流石ねベータちゃん。サッカー部でフォワードをやってるだけあって凄まじいキックね。あんなキックをまともにくらえば、顔面がめり込んで前が見えなくなっちゃうわ」

 うさみちゃんが言った。

「チッ、ムカつくぜ。でも今の俺じゃあお前には勝てねえか…」

 ベータが苛立ちながらそう言った。そしてベータはうさみちゃんから離れるべく走り出した。

「あら、逃げるの?」

「うるせえ!一旦、形成を立て直すだけだ!」

 そう言うとベータはさらに走る速度を上げた。

 遠ざかっていくベータの姿をうさみちゃんはじっと見ていた。うさみちゃんにはベータを追いかけようという気は毛頭なかった。

「逃げたわね。でも勝ち目のない相手にはそれが正解。ベータちゃんは頭まで超次元ではないみたいね」

 うさみちゃんがそうつぶやき、目から力を抜いた。

 それと同時に、うさみちゃんの手からひらりマントが落ちた。

 うさみちゃんは落としたひらりマントを拾おうと手を伸ばした。この時、うさみちゃんの腕にかすかに痛みが走った。だが、腕を動かせない程の痛みではない。ひらりマントを拾ったうさみちゃんは自分の腕が小刻みに震えている事を確認した。

 ふう…。いくら何でも、光速の弾丸を何度も跳ね返すのは腕への負担が半端ないわね。今後の戦いに備えて、今は腕を回復させないとね。あーあ、こんな事なら普段からもっと頭だけでなく体も鍛えておくべきだったわ。バーロー並みの身体能力も名探偵には必要よね。よーし、帰ったら肉体のトレーニングも始めるわ。何かスポーツでも始めようかしら。――ん?これって死亡フラグじゃない?いいのよ、死亡フラグは死亡フラグだって言う事で死亡フラグじゃなくなるの。

 

【女子01番 うさみちゃん】

【身体能力】 B 【頭脳】 S

【武器】 ひらりマント

【スタンス】 頭脳を駆使して優勝する

【思考】 腕を揉んで疲労回復よ

【身体状態】 腕の疲労 【精神状態】正常

 

【女子13番 ベータ】

【身体能力】 A 【頭脳】 B

【武器】 EM銃

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 ムカつくぜ、うさみちゃん!

【身体状態】 左腕に小ダメージ【精神状態】正常

 

 

 

62

「ねえ見て、マルフォイ君。またレーダーに反応があるよ。この先に誰かいるみたい」

「その様だが――今度こそ仲間になってくれる人であってほしいね」

「はう…」

 木之本桜とドラコ・マルフォイはレーダーで彼らの進行先に一人の生徒がいる事を確認した。そして二人は木の陰に姿を隠した。

「マルフォイ君、もうすぐ目の前を通りかかるよ」

「分かった。相手を確認するまではここで隠れていよう」

 しばらくして、二人の視線の先に一人の男子生徒が姿を見せた。

鍛え上げられた肉体と魅力的な髭。

 現れたのはベネットだった。

 ベネットの姿をマルフォイとさくらは確認した。さくらが無言でマルフォイの方を見る。マルフォイは目を閉じて頭を左右に振った。

 さくらも残念そうな表情を浮かべた。

 この時、マルフォイとさくらにとって予想外の事が起こった。

 二人の視線の先を歩くベネットの後ろから、もう一人のベネットが姿を現した。

 ベネットの後を歩くもう一人のベネットはベネットの姿をコピーしたコピーロボット、コピーベネットである。だが、マルフォイとさくらは勿論そんな事を知らない。

「うわああああああああああああっ!!」

「ほえええええええええええええっ!!」

 マルフォイの顔が恐怖と驚きに染まり、目と口を大きく見開いて悲鳴を上げた。

 その隣でさくらも青ざめた顔で悲鳴を上げた。

 二人は悲鳴を上げた直後、ハッとした顔で口を押え、お互いの顔を見た。その直後、二人はこの場から逃げるべく走り出した。

 二人の悲鳴をベネットとコピーベネットが聞き逃す筈もない。新たな獲物を見つけたベネットとコピーベネットは満面の笑みを浮かべ、悲鳴の聞こえた方向へと走り出した。




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り25人】


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10話

MAD動画が作られる!BB素材も量産される!ゲーム化する!決闘者になる!異世界転生したと思ったら様々なアニメとコラボする!お次は全ガンダム大投票キャラクター部門1位ときたわ!挙句の果てにはバトル・ロワイアルに参加させられた!一体何があったのか教えて頂戴!

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
○ 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
○ 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り25人】


63

「な、何あれ!?ベネット君が、ベネット君が二人いたよ!も、もしかして、お化け!?それとも幽霊!?」

 走りながら木之本桜は慌てふためく。

 その後ろを走るドラコ・マルフォイがさくらに話しかける。

「い、いや。あれは幽霊やゴーストとかの類とは違うと思うぞ。あれは――なんだ、そう忍者だ。分身の術みたいなものじゃないかと思う」

「そ、そっか。そうだよね、ベネット君はまだ生きてるんだから、化けて出たりしないよね。――そうだ!」

 さくらは走りながらレーダーを取り出し、画面を見た。

 画面の中心には動く二つの丸があり、その二つの後を追うように一つの丸が動いている。

「聞いてマルフォイ君!レーダーにはわたし達二人と動いている一つの丸しか表示されてないの。この一つの丸がベネット君だと思う。やっぱり、わたし達の事を追ってるみたい」

「一つ?つまりさっき見たベネットの内、もう一人はレーダーに映らないのか?まさか、さっきのは見間違いか――いや、二人そろって見間違いなんてする筈が無い。だとしたらやっぱりあれは分身か、もしくは幻覚の類か?」

 マルフォイは後ろをちらと見た。まだ距離はあるものの、ベネットが自分たちに迫ってきているのが見て取れる。

 このままだと追いつかれる…。流石の身体能力の高さといったところだ。木之本だけなら逃げられるかもしれないが、僕はこのままだと…。

 マルフォイは歯を食いしばって足に力を込め、走る速度を上げた。

 マルフォイの前を走るさくらは再びレーダーの画面を見た。

 画面の中心の丸はさくら自身、そのすぐ側にあるのがマルフォイを示している。この二つの丸に後方から猛烈な勢いで迫る一つの丸がある。これがベネットを指し示しているのは明確である。

「ねえマルフォイ君、もしかしてだけど…ベネット君とも話し合いで解決できないかな?」

 振り向いてさくらは尋ねた。それに対し、マルフォイは首を左右に勢いよく振る。

「出来るわけがないね!あのベネットが説得に応じて戦いを止める筈が無い!」

その時、二人の後方からベネットが叫んだ。

「マルフォイに木之本!てめぇら非戦闘員はいたぶりゃしねえ、無駄な抵抗しなけりゃ楽に殺してやるぜ!」

 マルフォイは顔を青ざめ、さくらに話しかける。

「ほら見ろ!ベネットに捕まったら、僕らは一貫の終わりだ!」

「ほええええっ!――マ、マルフォイ君、後ろ!」

 さくらに言われ、マルフォイが後ろに振り向いた。そこには物陰から姿を現したもう一人のベネット、コピーベネットがいた。コピーベネットが手を伸ばし、後ろからマルフォイの首元をつかんだ。急に走るのを妨げられたマルフォイは前のめりに倒れそうになるが、それよりも強い力で後ろから引っ張られた。

「マルフォイ君!」

 さくらが叫ぶ。

「うわあああああああ!!た、助けてくれ木之本――!」

 後ろから口元を押さえられ、マルフォイの発言は妨げられた。

「逃げるなよ木之本。逃げれば――マルフォイは殺すぜ」

 片手でエクスカリバールを振り回しながら、ベネットがさくらにゆっくりと近づいてくる。日頃の訓練の賜物か、先ほどまで走っていたのにも関わらず、ベネットの息はほとんど乱れていない。

「俺が後ろから追いかけて注意を引き、その隙に相棒が物陰からそっと近づいて、相手を捉える。作戦通りだ、流石だな相棒」

 ベネットは笑みを浮かべてコピーベネットに話しかける。コピーベネットもマルフォイの口元を押さえつけながら、ウインクをしてそれに答える。

 喋れないマルフォイは必死にもがいてコピーベネットの拘束から逃れようとするが、コピーベネットの力は凄まじく、振りほどくことが出来ない。

「側でピーチクパーチクやかましいぞマルフォイ。拘束されるのは初めてか?おい相棒、もっと力を入れてやれ」

 ベネットがそう言うと、コピーベネットはマルフォイの首元に片腕を回し、力を込めて締め上げた。

 痛みと苦しさでマルフォイは呻き声をあげた。両腕でコピーベネットの腕を首から外そうとするが、マルフォイの力ではびくともしない。

「もうやめて!マルフォイ君が苦しんでるよ!ベネット君、どうしてこんな酷い事をするの!?」

 涙を浮かべ、さくらがベネットに訴えるが、ベネットはどこ吹く風で、小指で耳の穴をほじくっている。

「まったくお笑いだ。そういうのは他所でやってもらいたいですな。ここは戦場――はじけろ!筋肉!!飛び散れ!汗!!男のリトマス試験紙、バーノン・ウェルズ!おかわり!ベネット丼――の世界だ!俺達には生きるか死ぬかの二択しかない。それが――戦争だ。女が戦場にいるのは気に入らないな。どうだ相棒――先に木之本からやっちまうか?」

 ベネットはコピーベネットに話しかけた。

「それでいいんじゃないか、もう一人の俺。木之本とマルフォイみたいな雑魚はさっさと殺って次の獲物を探しに行こうぜ」

 コピーベネットがそう返事をした。コピーベネットは腕の力を抜き、マルフォイの首元から腕を離した。

 マルフォイは息を荒げ、苦しげな表情をしている。

 ベネットはエクスカリバールで左の掌を叩きながらさくらに近づく。この光景を見て、マルフォイは叫んだ。

「何とかしてくれ木之本――!痛い!痛い!折れる!腕がおれちゃうよ――!」

 コピーベネットがマルフォイの腕を力強く握り締めた。

「女の子に助けを乞うとは、なんて情けねえ男だ、このクソッタレエ」

 マルフォイの苦しむ姿を見て、さくらはその場に立ちすくんでしまう。

「逃げるなと言っただろう木之本?鬼ごっこは面倒でなあ――。お前が逃げれば、マルフォイは殺す。この先どうなるかはお前次第だ。マルフォイを無事助けたければ――俺たちに従え、OK?」

 口角を上げたベネットがさくらに話しかけた。

「わ、分かったよ!わたしはどうなってもいいから!でもお願い!マルフォイ君は助けてあげて!」

 さくらの懇願にベネットとコピーベネットは目を丸くした。互いに目を合わせた後、ベネットとコピーベネットは声を上げて笑い出した。

「ハハハハハ!聞いたか相棒。木之本は自分よりも他人の命が大事みたいだぜ?コイツは傑作だ!」

「美談ですな。俺も涙が出そうだぜ。で――どうするんだ、もう一人の俺?」

「俺も非情なターミネーターじゃねえ。女の子の頼み、聞いてやるとするか」

 そうか、とコピーベネットが言い、握っていたマルフォイの腕から手を離した。

「痛い――痛いよ!ああっ――!腕が折れた!首も折れてる!死んじゃう、死んじゃうよ!」

 マルフォイは地面に倒れこんで、わめいている。

「ハッ、魔法に頼ってばかりで体を鍛えないからこうなるんだ。箒に乗ったり、呪文を唱えたりする暇があったら、ジムに通ったり、実戦を経験したりして筋肉を鍛えておくんだったな。軟弱なカカシ――いや、マルフォイ、お前はただのモヤシですな」

 コピーベネットがマルフォイを鼻で笑う。

「さあよく見とけよ、マルフォイ。お前の為に木之本は自分の命を投げ捨てるそうだ。そんな彼女の最期の雄姿、しっかりと見ておけよ。でないと、彼女に失礼だろう?」

 コピーベネットはマルフォイの髪を掴んで持ち上げる。

「痛い痛い!引っ張るな、髪の毛が抜けちゃうよ!」

 騒ぐマルフォイを尻目に、ベネットはさくらの正面に立った。

「約束は守るぜ木之本。痛いのは一瞬で、すぐ楽になれる。そしてマルフォイは見逃してやるぜ」

 ベネットに約束を守る気は毛頭無い。コピーベネットもそれが分かっている。それを知ったマルフォイがどんな顔をするかを想像しては面白がっている。

 ベネットは両手でエクスカリバールを握り、上段に掲げた。

 さくらは両目をつぶった。

 マルフォイも目を閉じようとしたが、コピーベネットが指で瞼を押さえつけた。

 ベネットがエクスカリバールを振り下ろす瞬間である。

「邪魔するぜ――」

 ――あ?

 突如、男の声が聞こえた。ベネットは声がした方を振り向いた。

 その瞬間、ベネットの顔面に蹴りが入った。その蹴りを受け、ベネットの体が横に跳んだ。突然の事であり、ベネットといえども対応が出来ない。蹴られたベネットの体が地を転がる。ベネットの手からエクスカリバールが離れ、宙を舞う。くるくると回転したエクスカリバールはベネットから離れた地面に突き刺さった。

 蹴られたベネットはすぐさま体を起こす。蹴られた顔面を触り、怪我の具合を確かめた。

 こ、これは――血!

 蹴られた衝撃でベネットは鼻血を流していた。それを手でぬぐい、ベネットは立ち上がった。

 この光景を見ていたマルフォイ、コピーベネットも予想外の出来事に茫然としていた。

 一方で、目をつぶっていたさくらも、そっと目を開けた。

「え…?」

 さくらの眼前に立っていたのは、ベネットではなかった。男性、およそ190センチメートル、髪は銀、浅黒い色の肌をしていた。

「誰だてめぇ…まず名乗れよ眼鏡」

 怒りに顔を歪め、ベネットがぼやく。

 それに答えるように、乱入した男が口を開いた。

「俺は…鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ…」

 そう言うと、オルガはトカレフTT-33を左手に持ち、ベネットへと向けた。

 オルガ・イツカ――コイツは転校生…委員会の刺客か面白え…!それに――よく見ると眼鏡かけてねえぞ!

 ベネットはその場に佇み、辺りを見渡す。

 バールがあんなに遠くへ飛んでったか――。銃を向けられている以上、取りにはいけねえ!

 ベネットは眉間に皺を寄せながらも、ゆっくりと両手を上げた。

 それでもオルガが銃口をベネットから外す事は無い。

「おいテメエ!こっちを見ろ!」

 コピーベネットが叫んだ。オルガは視線だけをコピーベネットに向けた。

 コピーベネットは再びマルフォイの首元に腕を回して立っていた。

 いいぜ、相棒!流石は俺だ!こっちには切り札がある。マルフォイを人質にして、ここから形勢を立て直す!

「マルフォイ君!」

 さくらが叫ぶ。

 だがオルガはすぐさま視線をベネットに戻した。

 このオルガの対応にコピーベネットも慌てた。

「お、おい!お前、コイツがどうなってもいいのか!?」

「さあな。そいつがどうなろうと俺が知った事じゃねえ」

 確かにオルガ・イツカの言うとおりだ。転校生のコイツには人質作戦は通じねえ。そんな事も分からねえのか、相棒!

 コピーベネットも怒りに歯を噛み締めている。コピーベネットはマルフォイの首を絞めながらも、マルフォイに話しかける。

「そうか…マルフォイ、お前はもう用済みだ。今から死んでもらうぜ。どうした――怖いか?」

「怖い?この僕が?フン――怖がっているのは僕ではなく――君じゃないのかベネット? いや――醜いデカブツの野獣君?」

 マルフォイの口調にはいつもの様に自信とプライドが現れていた。この事がコピーベネットの怒りの火に油を注ぐことになった。

「ブッ殺してやる!イッヒッヒッヒ!アハハハハハ!――誰がテメェなんか!テメェなんかこわかネェェェ!野郎ブッ殺してやるぁああああ!!」

 コピーベネットは力強くマルフォイの体を地に叩きつけた。雄叫びを上げながらコピーベネットは拳を振り上げ、マルフォイの顔面を殴り潰そうとする。

 それよりも速く、マルフォイが懐からデオドラントスプレーを取り出し、コピーベネットの顔へと吹き付けた。

「うおっ!?」

 予想外のマルフォイの反撃に、コピーベネットは攻撃を止めて顔を押さえた。その隙を逃さず、マルフォイは瞬時に立ち上がり、さくら、オルガの元へと駆け出した。

 この時、コピーベネットの姿に変化が訪れた。輪郭、姿が歪みはじめ、ベネットの体程の大きさから手で抱えられるほどの小ささへと変わっていく。瞬く間にコピーベネットの姿は消え、そこにはクリーム色の人形が転がっていた。

 コピーベネットは自らの手で、コピーを解除する鼻を押したのだ。

 あのマヌケェ!あんな挑発に乗りやがってぇ!

 オルガに銃を突き付けられていたことも忘れ、ベネットはコピーロボットを回収するべく走り出した。

 オルガはベネットを逃さない。オルガの拳銃から銃弾が放たれ、ベネットの足を貫いた。

 だが、ベネットは根性で痛みに耐え、悲鳴を上げることも無かった。

 片足を引きずってでもコピーロボットに近づこうとするベネット。だが、ベネットの手がコピーロボットに触れる前に、ベネットの眼前をさくらが横切った。それと同時に、さくらがコピーロボットを拾い上げた。

「くっそおおおおおおおお!!」

 恨みのこもった声を上げ、ベネットはさくらに飛びかかる。だが、片足を怪我した今のベネットでは思うように遠くまで跳べない。

 さくらもベネットの動きを持ち前の反射神経でかわし、身軽に後ろへと跳んだ。

 その結果、ベネットの手は空を切り、上半身を地面に打ち付ける結果となった。

「どうなってるんだあああああ!!マルフォオオオオオオイ!!お前の腕は折れた筈だあ――!」

「残念だったなベネット。折れたフリだよ。こう見えても僕は痛がる演技には自信があるのさ」

 マルフォイは勝ち誇った笑みを浮かべた。手にデオドラントスプレーを持ち、腕が折れていない事をベネットに見せびらかすように左右に振って見せた。

 この俺が――トリックに引っかかっただとおおお!?

 ベネットは額に青筋を浮かべ、マルフォイらを睨んだ。

 その視線の先で、オルガが銃口を自分の顔に向けている事に気づいた。

「双子漫才御苦労さん。珍しい物を見せてもらったぜ。まあ、これっぽっちも面白くなかったがな」

「畜生おおおおおおおおお!!」

 目と口を大きく開き、最後の力を振り絞ってオルガを殺すべく、ベネットはオルガに襲い掛かった。

 オルガの拳銃から1発の銃弾が放たれた。それはベネットの眉間を貫いた。

 ベネットの断末魔の叫びはオルガの銃声によってかき消された。

 

【男子17番 ベネット 死亡】

【生存者 残り24人】

 

 

 

64

「さあ、早くそのマシンガンを見せてくれる?」

「でも、いくら銀ちゃんでも、それだけは――」

「だから人目につかないここまで来たんじゃないの。1回きり見せてくれればそれで私は満足するの。お願いだから、ネネ――いいでしょう?」

 水銀燈は両手を合わせ、しなを作って泉研に笑顔で頼んだ。

「僕はイヤですね!」

 研の返事は拒否だった。

 水銀燈は舌打ちをして研を睨んだ。

 マシンガンさえ手にできれば、すぐにでもこの子を殺せるんだけど――やっぱりそう簡単にはいかないわねぇ…。いつまでもまとわりつかれるのも鬱陶しいし、この子を殺すか、マシンガンを奪う何かいい方法は無いかしらぁ…?

 水銀燈はちらと研を見やった。

 研はバッグからヤクルトを取り出して飲み干した。

「うんまぁい☆」

 ヤクルトを飲み干した研は口元をぬぐった。

 水銀燈は研の顔面目掛けてパラソルを振るった。

 この水銀燈の攻撃を研はしゃがんで避けた。

 すぐさま水銀燈は足を伸ばし、研のすねに蹴りを入れた。

「痛いなあ!なんて酷い事をするんだよ!」

 研がイングラムM10を片手に、水銀燈への怒りを露わにした。

「貴方ねぇ…ヤクルトは全部飲みほしたんじゃなかったの…?」

「ああ、これかい?バッグの底の方に転がってたんだ。運が良かったなあ」

「そうよね!おかしいと思ったのよ!ヤクルトは基本10本入りよ!なのに貴方は9本目で最期の1本って言ったじゃない!もしかしたら私と会う前に1本飲んでたのかもしれないとか思ったけど――やっぱり飲んでないじゃない!それは私のヤクルトよ!返しなさいよ!私のヤクルト!このジャンク!」

 物凄い剣幕で水銀燈は研へと怒りをぶつける。

「え~。銀ちゃん、僕が飲んだ本数をいちいち数えてたのかい?細かいなあ。そんな事いちいち覚えてないよ」

「4話参照!数えてみれば分かるわよ!ああもう限界――今すぐ貴方を殺すわ。食べ物の恨みは恐ろしいという事を思い知りなさい!」

 水銀燈は研の胸倉をつかむ。もう一方の手で研のイングラムM10を奪い取ろうとするが、研も必死に抵抗する。

「ゴメンゴメン!あぁっ――ん、ちょ、ちょっと銀ちゃん、どこ触ってるんだい!?」

「マシンガンよ!少しでも自責の念があるなら、このマシンガンを私によこしなさいよぉ!」

「謝ってるじゃないか!許してくれよ」

「はあ?自分から許してくれだなんて、全く反省してないじゃない!私に許してもらいたければ、十字路に立ち、跪いて貴方が穢した大地に接吻してみなさいよぉ!それから世界中の人々に対して四方に向かってお辞儀をし、大声で『僕がヤクルトを飲みました!』とでも言いなさい!そしたらこの件については許してあげるわ!」

「あ――いや、別に、そこまでしなきゃならないのなら、許されなくてもいいや…」

「ならば今すぐ死になさい!」

 水銀燈は研からマシンガンを奪い取るべく、研に組みかかった。それから水銀燈と研の取っ組み合いがしばし続いた。水銀燈は必死でマシンガンに手を伸ばすが、研の方が身体能力の点で優れており、水銀燈がマシンガンを奪う事は叶わない。だが研も水銀燈をあしらうだけで、水銀燈を撃ったり蹴りを入れたりするような危害を加える事はしない。

 研は水銀燈がジュラル星人でないと思っているからだろう。鬼畜ヒーロー、チャージマン研として名高い泉研でもジュラル星人でもない女の子を相手に乱暴は出来ない。

 取っ組み合いの最中、水銀燈がその手を止めた。水銀燈の視線は研のはるか後方に向けられていた。

 水銀燈の視線の先に一人の男子生徒の後ろ姿があった。その男子生徒は長身、茶髪、清潔そうな印象を与える男だった。

 あれって――ムスカじゃなぁい?

 水銀燈は手を止め、じっと遠くにいる男の観察を始めた。

「あれ?どうしたんだい銀ちゃん?」

「うるさいジャンクねえ…とりあえず呼吸するのを止めてくれるかしらぁ?」

 水銀燈は自分の口元に人差し指を立て、小声で研にそう言った。

 水銀燈はじっと男を見ていたが、その男も後ろを振り返った。

 気づかれたら面倒ね…。

 水銀燈はその場で身を屈めた。だが男からは目を離さなかった。

 その男は水銀燈の予想通り、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタだった。ムスカは周囲に気を配りながらゆっくりと歩いている。特にムスカの後方、水銀燈と研が争っていた方角が気になるのか、そちらを用心深く見ている。

 水銀燈は身動きをせず、ムスカがいなくなるのを待っていた。

 ムスカも安心したのか、次第に水銀燈らから離れていった。

「ふぅ…やっと行ったわね」

「ん?誰かいたのかい?」

「なぁんで生きてんのよぉ、呼吸するなって言ったでしょう?」

「それよりも誰がいたんだい?ジュラル星人と戦ってくれる強力な味方になってくれるかもしれないじゃないか!」

「はあ…。ムスカよ」

「ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ君かい!?いいじゃないか! ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ君なら強いし、頭もいい。ジュラル星人との戦いにも間違いなく協力してくれるよ!」

「何でムスカを本名で呼ぶのよ、長いじゃないのぉ…」

「本名で呼ぶならいいじゃないか」

「そうやって尺を稼ぐつもりでしょ、このお馬鹿さぁん…。そんな事やってると、ますます読者が減るじゃなぁい、どうしてくれるのよぉ」

 水銀燈の嫌味に耳を傾けず、研は支度を始めた。

「さあ銀ちゃん、ムスカ君を追いかけよう!どっちへ行ったんだい?」

 最初からムスカって呼びなさいよ。

 水銀燈は非常に苛立っていた。

「そうねぇ…」と口を開いた水銀燈。

 ――あらぁ?ちょっと名案思い浮かんじゃったわ。

 水銀燈は口元に手をやり、妖艶に微笑んで研に話しかけた。

「ねえ貴方…、今気づいたのだけど、さっきのムスカに妙な事があったのよぉ…」

「妙な事?髪の分け目が逆だったのかい?それとも――西部警察で渡哲也がかけていた物と同じサングラスをかけていたのかい?ハッ、まさか――赤と青の3Dメガネ…!」

 もうこのお馬鹿さんにはツッコまないわ。私までお馬鹿さんになっちゃう。

「ムスカの近くに水たまりがあったのよ。でもね――その水たまりにムスカの姿が映ってなかったの。ねぇ――これってジュラル星人なんじゃなぁい?ジュラル星人って鏡に映らないんでしょう?」

 これは水銀燈の作り話である。だが水銀燈の話を聞いて研は目を見開いた。

「どうやら僕の勘は当たっていた!やはりこのプログラムはジュラル星人の仕業だ!ジュラル星人め、ムスカ君に化けてクラスの皆を殺したな――!銀ちゃん!ムスカ君に化けたジュラル星人はどっちへ逃げたんだい!?」

「あっちよぉ…」

 水銀燈はムスカが歩いて行った方向を指さした。

 研は水銀燈が示した方向へと瞬時に走り出した。

 水銀燈は笑いたいのを必死に抑えていた。

 アハハハハハ!上手くいったわ!今の私には泉研は殺せない。だったら別の誰かに殺してもらえばいいのよねぇ。泉研とムスカを戦わせて互いに死ねば、武器は全部私の物。どちらか片方だけが死んでも、生存者が減ってくれればそれだけ私の優勝が近づくわ。ジャンクとハサミは使いようよ!

 野望を胸に秘め、水銀燈も研の後を追った。

 

【女子08番 水銀燈】

【身体能力】 D 【頭脳】 A

【武器】 パラソル

【スタンス】 優勝を目指す

【思考】 漁夫の利を狙う

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子04番 泉研】

【身体能力】 A 【頭脳】 E

【武器】 イングラムM10

【スタンス】 ジュラル星人は皆殺し

【思考】 ムスカ君に化けたジュラル星人を殺す

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

65

 阿部高和は支給武器である漫画、ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクトを取り出し、丁寧な手つきでページを外し始めた。

「阿部さん、傷は大丈夫かお?」

 不安げな表情でやる夫が尋ねた。

「大丈夫だぜ、やる夫。お前がこの事について気を止む必要は無い。お前は俺との約束を果たしてくれただけさ」

 やる夫、やらない夫、阿部の三人は獏良了、及び操られた山田葵との戦いの後、戦いで負った怪我に処置を施していた。殴られたり、蹴られたりしたやる夫とやらない夫の怪我は、冷やしてしばらく安静にした。その事で痛みは和らいでいた。だが阿部の怪我、やる夫の剣で貫かれた股間は決して良い状態ではなかった。

 そういや、やる夫の肛門も――いや、考えないようにしよう。

 突如、思いついた疑問をやらない夫は頭を左右に振ってかき消す。

 傷の洗浄をするために阿部は自身に支給された水を使った。本来なら水道の使える民家を探し、そこで水道水を使って傷口を洗浄するつもりだった。だが支給された地図で確認したところ、彼ら3人がいる場所の近くには民家が無かった。また、この島には川もないため、今使える清浄な水は支給された飲み水しかなかった。

 だが阿部はすぐさま飲み水を使い、傷を洗った。そして、漫画から外したページで血を拭き取った。

「やる夫もこの水と漫画を使ってくれ」

 阿部はそう言って、水とページの束をやる夫に渡した。やる夫はそれを受け取り、阿部と同様に先ほどの戦いで負った肛門の怪我を洗った。

 この光景をやらない夫はなるべく見ないようにしていた。阿部、やる夫が怪我した部位はやらない夫にとって目をそむけたくなるようなものだったからだ。

「よーし、これでばっちりだお!」

 やる夫の声が聞こえたため、やらない夫は振り返った。

 だがやらない夫は瞬時に首を横に振った。

「おい阿部!全裸じゃねえか!そういうの、ホント止めろって!」

 やらない夫が声を荒げて叫んだ。

「おいおい、そうは言ったって仕方ないだろう。衣服は全部なくなっちまったんだ」

 阿部が言うように、阿部の制服、下着はこれまでの戦いで焼失してしまった。筋骨隆々の阿部の体を露わにしている。損傷した股間にはページを包帯代わりとして巻き付けている。。

「それなら阿部さん、やる夫に良い考えがあるお。このページの束を使うお!」

 やる夫が阿部にページの束を渡した。

「やる夫の言うとおりにやるんだお」

「ほう、何か考えがあるみたいだな。やる夫、よろしく頼むぜ」

 そう言うと阿部はページの束をまとめ、やる夫に言われるがままに何かしらの作業を始めた。

 その作業の音を、やらない夫は目を閉じて聞いていた。数分後、阿部がやらない夫に向かって、もう大丈夫だぜ、と言った。

 その声に従い、やらない夫は阿部の方を向いた。

 阿部は紙製のスカートを履いていた。このスカートはウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクトのページをまとめて作られたスカートである。

「おおっ!いいじゃん、阿部。それなら見苦しくもないし、結構お前に似合ってるぞ」

「なんて素晴らしいアイディアでしょう――考案したのは、この天才デザイナー、やる夫だお」

 やらない夫からも意外にも好評で、やる夫は誇らしげに言った。

「オレの支給武器にこういう使い方があったとは驚きだぜ。やる夫の発想には驚かされるな」

「そうだお?やる夫は凄いお、天才だお、もっと褒めるお!」

 感極まったやる夫はその場でとんだり回ったりした。

「ほらここを見てくれやらない夫。こいつをどう思う?」

 阿部は嬉しそうに、自身のスカートを指さした。

 やらない夫は阿部が指さした箇所を見た。ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクトの各ページのコマがスカートの柄となっている。

 その為か、阿部のスカートには数多のいい男の顔や、『あおおーっ!!』なシーンや、『ウホッ』なシーンが多く載っている。

 やらない夫は死んだ目でそれらを見た。

 いやあ――これはねーわ。確かに漫画の名シーンがプリントされたTシャツとかはあるけど、こんないい男だらけのスカートはマズいだろ…。

「すごく…ゲイ術的だろ?」

 やらない夫の考えなど知らず、阿部は嬉しそうに言った。

 やらない夫は適当に「おー」とだけ返事した。

「さて、応急処置も済んだし――二人共、やらないか」

「やらねーよ!」

 スカートに手をかけようとした阿部をやらない夫が瞬時に制した。

「阿部さん、そもそも出来るのかお!?その――やる夫が阿部さんのモノは使い物にならなくしてしまったし――」

「だからその心配はしなくていいといっただろう、やる夫。幸いにも俺を操ってたバクラは掘るという事に関して無知だったらしい。ただやる夫のケツにオレのイチモツを近づけただけで、その後どうすればいいかは分からずじまい――そこで一瞬俺を操るのを止めた。その瞬間にやる夫の剣が伸びたもんだから、幸いにも急所は外れた。痛みはあるが機能としては問題ないぜ」

「そいつは良かったお!いやあ、バクラとかいう奴はピュアだったお…」

 しみじみとやる夫が言った。

 うーん…喜ばしい事なんだが、素直に喜べないだろ。

「それにもう一つ嬉しいニュースがある。俺の体がボロボロ――生命の危機に瀕した今だからこそ、俺の生存本能が子孫を残せと――俺のイチモツを活性化させている!いつも以上にビンビンだぜ!」

「凄いお阿部さん!これぞ生命の神秘!でも阿部さんには種の存続なんて一切関係ねーお!」

「そうだな――やる夫の言うとおりだ!でも実際にビンビンなんだぜ。生命って不思議だな!」

 やる夫と阿部は互いに大声で笑った。やらない夫だけが一人眉間を押さえていた。

「なあやる夫、瀕死の俺のイチモツ――試してみたくないか?あの剣で貫かれたのはノーカンだろ。俺がお前の初めてを貰ってやるよ」

「嫌だお!怪我してるだろ阿部さん!血まみれのイチモツとか、なんか怖えーお!」

「ハハハ――そうだな。じゃあ帰って怪我を治してからの楽しみにとっておこうか。代わりにだが――やる夫、俺で童貞を捨ててみないか?」

「阿部さん――」

「もうそういう話はやめろ!はい、お終い!これでこの話は終わり!これ以上続けたら俺は怒るぞ!治療が終わったならさっさと動くぞ!」

 やらない夫が声を荒げた。このやらない夫の介入に対し、やる夫が残念そうな表情でやらない夫に話しかけた。

「うわーやらない夫がキレてるんですけどー。自分の思い通りにならないとすぐにキレる最近の若者ってこわー」

「そうだな。俺がやらない夫を立派な大人にしてやるか」

「おい阿部!そういうのは帰ってからの楽しみにするんじゃなかったのか!?」

「俺もそのつもりさ。だがな――血まみれでやりまくるのもいいかもしれないしな!禁忌を犯した果てに得られる禁断の果実――!試してみたくはないか!?やる夫!やらない夫!」

「ねーお!!」

「ねーよ!!」

 やる夫とやらない夫が同時に叫んだ。つかの間の沈黙の後、やる夫とやらない夫が顔を見合わせた。そして、二人は同時に笑い出した。

「やる夫とのやらない夫の返事がかぶったお。やる夫達、やっぱり息ピッタリじゃないかお?」

「いやいやいや、あんな事言われて拒否しない奴の方が珍しいだろ、常識的に考えて」

「なるほど!つまりやる夫は常識人!」

「どの口が言うんだ!」

「やらない夫には言われたくねえお!」

 やる夫と会話をしているやらない夫は奇妙な感覚を覚えた。

 人付き合いって面倒な事だと思ってたが――偶には悪くないだろ。

 これまで極力、人との交流を避けてきたやらない夫に芽生えた新しい感情だった。

「参ったな――。こうも二人に拒否されちゃあ、この島での発散は無理そうだな。無理矢理ヤるのも俺の趣味じゃないし、ここはやらない夫の言うとおりに次の行動に出るか」

 頭を掻きながら阿部が言った。やる夫も賛成の意を示し、阿部の後を追って動き始める。

 あっそうだ。

「なあ、やる夫。お前の剣のキーホルダー、ちゃんと水で洗って拭き取ったか?」

「へ?してねーお」

「せめて洗っとけよ…。阿部を刺したり、お前の肛門に突っ込まれたりと、このままじゃキーホルダーが可哀そうだろ。多分キーホルダーは泣いているぞ」

 

【男子22番 やる夫】

【身体能力】 E 【頭脳】 E

【武器】 剣のキーホルダー

【スタンス】 委員会を倒して島からの脱出

【思考】 泣いてるお…

【身体状態】小ダメージ 【精神状態】 正常

 

【男子21番 やらない夫】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 高性能拡声器、カイザギア

【スタンス】 やる夫、阿部と共に島からの脱出

【思考】 泣いてるだろ…

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 正常

 

【男子02番 阿部高和】

【身体能力】 S 【頭脳】 A

【武器】 キチガイレコード

【スタンス】 いい男を掘りつつ委員会を倒して島からの脱出

【思考】 感極まって泣いてるな…

【身体状態】全身、股間に中ダメージ 【精神状態】 正常

 

 

 

66

 ここは島にある物置小屋の中。

 もしもし、この近所にガソリンはありませんか。

 永沢はつぶやきながら、島中を歩き回っていた。そして遂に、永沢は古い小さな物置小屋を見つけた。永沢は期待に胸を膨らませ、物置小屋へと入っていった。

 「火火火火火(ヒヒヒヒヒ)()ャーハッハッハッハ―!!」

 やれやれ、ようやくガソリンを見つけることが出来た。

 永沢君男はそこに置かれたガソリンの入ったタンクを見つけて笑っていた。タンクに近づいて持ち上げようとする永沢。だが、非力な永沢では持ち上げるのは困難であった。

 タンクには20リットルと表記されている。満タンではないが、まだ中身は半分以上残っている。

 永沢はタンクを持ち運ぶ事は諦めた。代わりとして、複数個の小さな容器にガソリンを入れて持ち運ぶことを考えた。

 永沢は物置小屋の中を漁って、ガソリンを分けて入れられるような容器を探した。

 その途端、永沢は手を止めて物置小屋の入り口を見た。細い目をさらに細めて外の様子を窺う永沢。

 物音が――した。小さな音だったが僕の耳はごまかせない。誰かいるな。焼き払うべき誰かが。待っていてくれよ、僕の大事なガソリン君。ここで火を放つわけにはいかないんだ。僕も灰になってしまう。

 それでいいのではないですか。あなたも灰になる事を望んでいるのでしょう。

 違います。僕が灰になるのは全てを灰にしてからです。それまで僕は灰になってはいけないのです。

 だから火炎放射の扱いに気を付けてください。

 その通りです。僕は世界を燃やす男だとしても、火も油もガソリンも持たない男なのです。その証拠にほら、ポキン、ポキン、ハム太郎。

 なるほど、ポキン、ポキン、ハム太郎。

 永沢はしゃがみこんで、満面の笑みを浮かべてタンクに頬を擦り付けた。それから永沢は物置小屋の外に目を向けた。

 永沢は手に火炎放射器を持ち、走って物置小屋の外へ出た。

「もっと燃えるがいいやああああああああああああああああああ!!」

 永沢は鬼の形相で火炎放射器から火を放つ。

 今の永沢にとっては不幸かもしれないが、永沢が火を放った周辺には木々や草花、民家等は無く、火が燃え広がる事は無かった。

 ()ったな…。

 永沢は額の汗を腕でぬぐった。一仕事を終えたかのような充足感が永沢を満たしていた。

 誰だか知らないが、今ので燃え尽きただろう。そうでなくとも火を恐れて近寄っては来ないさ。

 勝ち誇った笑みを浮かべ、再び物置小屋へと足を進める永沢。

 ん――?

 唐突な違和感が永沢を襲った。永沢は物置小屋の入り口手前で足を止めた。そして物置小屋の屋根を見た。

 屋根の上には誰もいない。

 気のせいか――。

 永沢がそう思った矢先、屋根の上から姿の見えない何かが飛び降りて来た。

 驚きに永沢が目を見開く。

 それとほぼ同時に、何もなかった空間に古明地こいしが姿を現した。

 こいしの左手には透明マント、右手には鱧切り包丁が握られている。

 永沢は火炎放射器を構え、こいしへ向けて火を放とうとする。

 だが、永沢よりも速く、こいしが鱧切り包丁を振るった。遅れて永沢の火炎放射器から火が放たれるが、こいしは既に永沢の後方へ移動していた。

「古明地か――。透明になって不意打ちだなんて――君は本当に卑怯だな」

 永沢は振り向き、恨みがましくそう言った。

 ん――?

 永沢は、こいしが持つ鱧切り包丁の刃の上に奇妙な形をした物体が乗っている事に気づいた。

 あれは何だ?底は平らだが、先端に向かって尖がっている。まるで玉葱の先端みたいだな。毛のようなものも付着している。あれ――?あれってまさか――。

 不安に駆られ、永沢は自分の頭頂部へと手を伸ばした。本来なら頭がある位置、だがその位置で永沢の手が空を切った。

 ――無い!

 こいしは鱧切り包丁を振り、乗っていた物体を落とした。先ほどの一閃で、こいしは永沢の頭頂部を切り落としたのだ。

 それとほぼ同時に、永沢の頭から噴水の如く血が噴きだす。

「うわああああああああああああああああああああああああああ!!痛い痛い痛い痛い痛いいいいいい!!」

 悲鳴を上げ、永沢は流れ出る血を止めるべく、左手で頭を押さえた。

 その永沢へ、こいしが再び走り寄る。

 永沢は悲鳴を上げながらも、火炎放射器をこいしへと向けて火を放つ。だが、永沢の右手は震え、狙いが定まらない。こいしは噴き出される火をかわしつつ、永沢に近づき、永沢の右手に鱧切り包丁を突き刺した。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!」

 こいしは鱧切り包丁を永沢の手から抜くと、すばやく、永沢から距離を取った。

 永沢は火炎放射器を落とした。そして左手で刺された右手を押さえようとする。だがその途端、押さえられていた頭から再び、血が噴きだした。

 あ…あああ…。

 永沢の体から急速に力が抜け、意識が遠ざかっていく。

 でも考えてみればそれほど火を恐れる事もなかったんだな。火なんて真夜中に背中のほうからだんだんと…巨人になっていく恐怖と比べたらどうって事ないんだから――。

 消えゆく意識の中、永沢の目には緑色に淡く輝く、こいしの無機質な瞳が見えた。

 ああ――ただ一つ残念なのは僕の死後も僕の体が残る事だな――。古明地でも――誰でもいい――どうか――僕の体も燃やして――灰に――。

 こうして、永沢は事切れた。

 こいしは永沢の体に近づき、火炎放射器を拾い上げた。

「これから毎日恋を焼こうぜ♪これから毎日恋を焼こう♪」

 こいしは火炎放射器を片手に持ち、無意識の内にステップを踏みながら歌っていた。

 一通り歌った後、動かなくなった永沢を見た。こいしは自分の顎に手をやり、首を傾げた後、永沢の片足を掴み上げた。

 こいしは辺りを見回し、永沢の体を引きずって歩き出した。

 少し歩くと、こいしは崖に到達した。こいしの眼前には海が広がっていた。こいしは引きずって来た永沢の体を海へと投げ入れた。永沢の体が次第に小さくなっていき、終には海の中へと消えていった。次にこいしは、ここへ来る途中で見つけて抜いて来た花々を海へと投げ入れた。そしてこいしは両目を閉じ、両掌を合わせて祈るような姿勢をとった。

 

【女子05番 古明地こいし】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 透明マント、鱧切り包丁、火炎放射器

【スタンス】 皆殺し

【思考】 海って広いな大きいな

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子13番 永沢君男 死亡】

【生存者 残り23人】

 

 

 

67

 ベネットが倒れた。

 それによる安堵からか、ドラコ・マルフォイはその場に座り込んだ。顔には主にコピーベネットに痛めつけられた事と、精神的なダメージによる疲労が濃く表れていた。

 マルフォイは木之本桜を見た。同様の事がさくらにも当てはまっているとマルフォイは思った。だが、さくらの場合、いくら自分らを殺そうとしていたとはいえ、クラスメイトが目の前で死んだという事が大きなショックであったようにも思える。

「動くな」

 そんなマルフォイの思考を遮るかのように、オルガ・イツカが声をかけて来た。オルガの手にはトカレフTT-33が握られており、その銃口はマルフォイへと向けられている。

「おいおい、嘘だろう?僕ら、共にベネットと戦った仲間じゃないか?銃を僕に向けるなんて――これは何の冗談だ?」

「黙れ。両手を頭の後ろで組め。アンタもだ」

 オルガはマルフォイだけでなく、さくらにもそう命じた。

 さくらはマルフォイの目を見た。それに応じるように、マルフォイは黙って頷いた。そして、オルガの指示通りに両手を組んだ。さくらもマルフォイと同様にオルガの指示に従った。

 くそっ、一難去ってまた一難とはまさにこの事だな…。だが、転校生の目的はなんだ?僕らを殺すのなら、ベネットに殺されそうな僕らを助けたりはしない。また、ベネットに蹴りを入れた実力や、ベネットを容赦なく殺した事から、コイツが僕らを殺す事など、実にたやすいだろう。なのに何故こんな事を命じる?

「お前たちの支給武器はなんだ?」

 オルガが銃を向けたまま尋ねてくる。

 ここは正直に答えるべきか――。

「デオドラントスプレー」

「わたしの武器はレーダー」

 さくらもマルフォイに続いて答えた。

「レーダー?ちょっと見せてくれ。腕は降ろして構わねえ。マクギリス――じゃねえな、金髪、お前は駄目だ」

 オルガはレーダーに興味を持ったようで、さくらにレーダーを見せるよう求めた。

 誰だよ、マクギリスって。

 マルフォイは疑問に思いながらも、頭の後ろで手を組み続けた。

 オルガはさくらからレーダーを受け取ると、その画面を見た。オルガは画面を見ては、何かをつぶやいた。レーダーをひとしきり見たオルガはレーダーを地面に置き、さくらに話しかけた。

「アンタら、一体この辺りで何をしていた?」

「この島から脱出するのを手伝ってくれる人を探してたの」

「何?その事について詳しく聞かせろ」

 オルガにそう言われたさくらは、マルフォイを再び見た。

 正直に答えた方が良いだろうね。

 マルフォイは無言で頷いた。

 それからさくらはオルガに対して、このプログラムに乗り気でない事、レーダーを使って人を探していた事、本部に乗り込んで首輪を解除しようと考えた事、そこでベネットに見つかった事を丁寧に話した。

 オルガはさくらが話す間黙って聞いていた。話が終わったオルガはため息をつき、口を開いた。

「なんだよ、このクラスにも結構まともな奴がいるんじゃねえか…」

 そう言うとオルガはトカレフTT-33を懐にしまった。

「もうその手はほどいていいぜ。安心しな、俺はアンタらを殺しはしない。むしろ俺はアンタらの様なまともな奴をずっと探してた」

「突然何を言ってるんだ君は?全く話が見えないな」

 マルフォイは手を下ろし、疑惑の念を抱きながらオルガに話しかける。

「そうだよな。アンタらはこれまでの事を全て話した。なら次は俺の番だ――腹割っていこうじゃねえか!」

 オルガは居住まいを正し、マルフォイとさくらに正面から向き合った。

「俺は鉄華団団長、オルガ・イツカ。BR法委員会に落とし前をつけるために、このプログラムに参加した」

「ええっ!?」

 さくらが驚きの声を上げた。

 驚いたのはマルフォイも同じであった。

「委員会に落とし前を付けるって――まさか――」

「ああ。俺もかつてプログラムに参加させられた。そのプログラムの唯一の生き残り――優勝者だ」




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り23人】


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11話

やあ、ピングーinザ・シティ。君はいつまで再放送を続けるのかな?この私の目は欺けないぞ!

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
○ 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
○ 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り23人】


68

 この男――オルガ・イツカが過去のプログラムの優勝者――!?

 オルガの突然の告白にドラコ・マルフォイは激しく動揺した。その隣で話を聞いていた木之本桜も驚きの表情を浮かべている。

 しばしの沈黙の後、オルガが口を開いた。

「俺達は修学旅行でバスに乗っていた。しばらくするとバスの中で急に眠くなり、目が覚めたら知らない教室にいた。そこに委員会の男、蓮見聖司が入って来て俺たちに殺し合うように命じたんだ」

 蓮見聖司――!?

「待ってくれないか。その蓮実っていうのは――」

「お前らの学園の英語教師だ。だがな、奴の裏の顔はBR法委員会の会員だ。その事は既に調べがついている。俺は奴に落とし前を付けるために今回のプログラムを狙って参加した。蓮実なら自分の学園の生徒を平気でプログラムに参加させるだろうと思ってな。蓮実は自分の学園の生徒たちが殺し合う姿を見て面白がる――だから蓮実はこのプログラムに必ず現れる。そう思ったんだが――」

「姿を見せたのは蓮実ではなく利根川という男――だったね」

「ああ…」

 オルガはため息をついた。

「そんな――蓮実先生が、委員会の人だったんて…」

 さくらは沈痛な面持ちでそう言った。

「辛いだろうが、本当の事だ。えっと――」

「木之本桜です。そ、そんなに気を使わなくて大丈夫ですっ、イツカさん」

「オルガで構わねえぜ。それと俺に対して敬語は使わなくていいぜ」

「分かったよ。じゃあ、わたしの事もさくらって呼んで、オルガ君」

「分かったぜさくら。で、お前は――」

 オルガがマルフォイの方へ顔を向ける。

「僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイだ」

 それを聞いて、オルガは小さく笑った。

「なぜ笑う?僕の名が可笑しいか、オルガ・イツカ――」

「いや違うんだ、すまない。可笑しいのは生きている奴を既に死んだ奴と見間違えた俺自身だ」

 それは、もしかすると――。

「マクギリス――という人の事かい?」

「ああそうだ…。さくらにドラコ、ちょっとだけ俺の話を聞いてくれねえか?長くなるが寝るんじゃねえぞ…」

 オルガは自分が経験した過去のプログラムについてゆっくりと話し始めた――。

 

                *

 

「うっ、うう――はっ!」

 オルガ・イツカは目を覚ました。

 ここは――?

 疑問に思い、周囲を見回すオルガ。オルガは自分が教室内にいる事を把握した。室内には多くの机と椅子があり、そこにはクラスメイトの姿もあった。皆、机に伏したり、椅子にもたれたりして眠っている。

 さらにオルガは自分を含め、皆の首に奇妙な首輪が付いている事に気づいた。

 教室――じゃねえか…?どうなってやがる…俺たちは、修学旅行でバスに乗っていたはずだ。話したり、遊んだりしているうちに急に眠くなってきて――。

 オルガは横を見た。隣に置かれた机に伏せるようにして、オルガの親友である男子生徒、三日月・オーガスが眠っていた。オルガと三日月・オーガスはお互いの事をオルガ、ミカと呼び合う仲である。

「おいっ、起きろ、ミカァァァァァァ!」

 オルガがミカを揺さぶりながら大声を出した。それにより、ミカは目を覚まし、ゆっくりと体を起こした。ミカは周囲を見回した後、オルガに話しかけた。

「ここ教室じゃん。ねえオルガ、修学旅行はどうなったの?」

「勘弁してくれよミカ――。俺だって何が何だか分からないんだ」

「駄目だよオルガ、俺はまだ止まれない」

「待ってろよ」

「教えてくれオルガ」

「待てって言ってるだろうが!――ぐっ!」

 ミカがオルガの胸倉をつかんだ。ピギュという音がした。ミカはオルガを睨みながら「ここが俺たちの場所なの?」と尋ねた。

 それを聞いてオルガは何も言えなかった。

「旅行先に着くまで俺は止まらない。止まれない。決めたんだ。あの日に決まったんだ」

「ああ――」

 オルガとミカのやり取りで教室が騒がしくなり、次第に他の生徒も目を覚ました。そして、自分が置かれた異常な状況を認識し、教室内がざわめきだす。

 その時、教室の扉が開き、スーツを着こんだ黒髪の男が入って来た。その男の容貌は非常に整っている。その男は教卓の前に立ち、オルガら生徒を見回した。男の後ろには黒いサングラスをかけた黒服の男が複数人立っている。教卓に立った男は笑みを浮かべ、「Hello everyone!今日からみんなのクラスの担任となった蓮実聖司だ。突然だが今から君たちには殺し合いをしてもらう!」と言った。

それを聞いて教室内の生徒が騒ぎ出す。

「お前を殺す」

「命は――おもちゃじゃないんだぞおお!」

「お前――消えろよ」

「あんた正気か?」

 ミカとオルガも蓮実に怒りをぶつける。

 蓮実はそれらの文句を一切意に介さず、黒服らに何かしらの指示を与えた。それを受け、複数人の黒服が布に覆われた何かを教室内に運んできた。

 黒服が布を外した。そこにあったのは、オルガたちの担任であったビッグマグナム黒岩先生こと、黒岩鉄夫の変わり果てた姿であった。

 あの黒岩先生が…!?嘘だろ…!?

 オルガを始め、生徒たちに衝撃が走る。

 そんな生徒たちの姿を見た蓮実は満足げに頷き、プログラムの説明を始めた――。

 

                *

 

 プログラムが始まってから、オルガはミカを始めとする鉄華団の団員を探していた。走り回っていたオルガは、遠くにミカの後ろ姿を見た。

「ミカァァァァァァ!」

 オルガは後ろから大声でミカを呼んだ。

 その時、銃声が鳴った。

 不安に駆られたオルガはミカの元へと駆け寄る。

 そこでオルガが見たのは、血を流して倒れている一人のクラスメイトと、拳銃を持ったミカの姿であった。

 ミカが撃ったのは明らかだった。

「何やってんだミカァァァァァァッ‼」

「――こいつは死んでいい奴だから」

 

                *

 

「やあオルガ団長、三日月・オーガス」

「マクギリスじゃねえか…」

 クラスメイトのマクギリス・ファリドがオルガとミカに話しかけて来た。

「なんだ、チョコレートの人か」

 マクギリスは以前ミカにチョコレートをあげた事がある。それ以来、ミカはマクギリスをチョコレートの人と呼ぶ。

「これは空き家で見つけたものだ」と言い、マクギリスはチョコレートの入った袋をミカに渡した。ミカはそれを受け取り、中に入っていたチョコレートを食べた。

「三日月・オーガス、私の元に来ないか?」

「何で?」

「言葉にすれば大した話でもないのだがな――。鉄華団とは今後もいい関係でいたいのだよ。そう身構えないで貰いたい」

 そう言うとマクギリスはオルガに近づき、このプログラムを潰そうとしている事を打ち明けた。それはオルガらにとっても決して都合の悪い提案では無かった。

 オルガとマクギリスの間でしばしのやり取りの後、オルガはマクギリスに協力する事を決めた。

「分かった。鉄華団はあんたの側に乗ってやる」

「では――共に駆け上がろうか」

 オルガとマクギリスは握手をした。

 

                *

 

「プログラムを潰す――革命はまだ終わっていない!諸君らの気高い理想は決して絶やしてはならない! アグニカ・カイエルの意志は常に我々と共にある!皆、バエルの元へ集え!」

 マクギリスは島で見つけた拡声器を取り出し、辺り一帯に聞こえる声で演説を行った。

 マクギリスの作戦とは、拡声器でクラスメイトらにプログラムに反抗するよう呼びかけ、それに応じた生徒を集めるというものであった。

 マクギリスは左手には支給武器であるガンダム・バエルのプログラムを持ち、高く掲げている。

 演説が終わった後、マクギリスは満足げな顔をしていた。そんなマクギリスの頬をオルガは力いっぱい殴った。殴られた頬を擦りながら、マクギリスが不満げな目でオルガを睨む。

 こんなの、俺たちの居場所はここだと言ってるようなものじゃねえか!プログラムに乗っている奴が来たらどうするつもりだ!

 内心で焦るオルガ。だが、次に起こった事はオルガの想像とは異なっていた。

「バエルだ!」

「アグニカ・カイエルの魂!」

 なにっ!?

 オルガの予想を裏切り、演説を聞いてマクギリスに賛同した四人の男子生徒が走ってやって来た。彼らはクラスでも仲良し四人組と呼ばれている。

「そうだ――ギャラルホルンの正義は我々にある!」

 顔から血を流した一人の男子生徒も姿を見せた。

「准将おおおおおおおおおおおお!」

 マクギリスを准将と呼び慕う男子生徒、石動・カミーチェもやって来た。

「団長!車の用意できました!」

 鉄華団団員であるライド・マッスが車に乗ってやって来た。

 何だよ…結構上手くいったじゃねえか…!

 オルガもこの光景にまんざらでもなかった。

 俺、ミカ、マクギリス、ライド、そしてマクギリスを慕う奴が6人。全部で10人、事を起こすには悪くねえ数だ。

 マクギリスはやって来た生徒を見て、口を大きく開けて満足げに笑った。

「君たち全員に109アグニカポイントを与えよう」

 嬉しそうなマクギリスがそう言うのもつかの間、どこからともなく大量の爪楊枝が飛んできた。つまようじがオルガ達を襲う。オルガ、ミカ、マクギリスは爪楊枝をかわすも、仲良し四人組やライドの体には爪楊枝が刺さり、痛みに苦しんでいる。中には数多の爪楊枝を体に受け、その場に倒れた者もいる。

 不幸はさらに続く。ライドが用意した車に爪楊枝が刺さる。刺さった場所が悪かったのか、車は轟音と共に爆発した。

 オルガやライドはこの事態に唖然としていた。

 足音が聞こえた。オルガ達はその方向を向いた。

 立っていたのは男子生徒、イオク・クジャンであった。その手には大量の爪楊枝が握られている。

「このイオク・クジャンの裁きを受けよッ!」

 イオクが再び爪楊枝を放った。

「バエルを持つ私の言葉に背くとは――」

 マクギリスが怒りを露わにする。

「見せてやろう、純粋な力のみが成立させる世界を!」

 マクギリスはガンダム・バエルのプラモデルを手に、イオクに戦いを挑んだ。

「やっちまえミカァァァァァァッ‼」

 オルガにそう言われたミカも拳銃を取り出し、戦闘態勢に入った。

 

                *

 

 その後オルガは数多の戦いを繰り広げた。オルガも多くの傷を負った。そして多くのものを失った。今やオルガに残されたのはミカに支給された拳銃だけである。

 はっ!

 オルガは後ろに人の気配を感じた。

 だが、オルガが振り返るよりも速く、オルガの体を数多の銃弾が貫いた。

 ぐぅっ!

「うおぉぉぉぉっ!」

 叫びながら最後の力を振り絞ったオルガは、振り向いて数発の銃弾を放った。その内の一発が、オルガを背後から襲った生徒、ヒットマンの脳天を貫いた。ヒットマンが倒れ、オルガへの銃撃も止んだ。

「はぁ…はぁ…はぁ…。なんだよ、結構、当たんじゃねえか――」

 笑みを浮かべたオルガは痛む体に力を入れて立ち上がる。そしてゆっくりと前に歩き出した。

 よく分からねえが――俺の本能がこうしろと叫んでやがる…。

 かすれ行く意識の中、オルガはそう思った。

 まだだ――まだ、止――

 これを最後にオルガの意識は消えた。

 

                *

 

「うっ、うう――はっ!」

 オルガは目を覚ました。

 ここは――?

 まず目に入ったのは白い天井だった。

 疑問に思い、周囲を見回すオルガ。四方を白い壁に囲まれ、床も同様に白かった。それらの壁や床、天井にはシミ一つ無い。一目で清潔感を感じさせる部屋であった。

オルガは自分がベッドの上に寝ていたことを確認した。さらに、ベッドの側には何やら複雑な機械が置かれていた。その機械から伸びたチューブがオルガの体につながっていた。

 まるで病院だな…。――はっ!?

 オルガは、自分がプログラムに参加させられた事、多くの仲間を失った事、そして自分も凶弾に倒れた事を思い出した。

「うわあああああっ!」

 オルガは声を上げ、自分の顔を押さえた。

「ライドォ!マクギリス――ミカァァァァァァ!」

 この時、部屋の扉が開き、中に大勢の黒服の男が入って来た。プログラムの始まりの場である教室にいたものと同じ姿をしている。

 黒服らはオルガの寝ていたベッドを囲んだ。

 ここはあの世か――?だとしたらこいつらは天使か――いや悪魔だな。勘弁してくれ――。

「Congratulation!」

 は?

 黒服たちはオルガを囲んで拍手を始めた。パチパチパチと、室内に拍手の音が鳴り響く。

 拍手が止み、一人の黒服がオルガに話しかけてくる。

「優勝おめでとう、オルガ・イツカ君」

 優勝?この俺が?一体どういうことだ!?

「おいあんた、一体何が何だか――詳しく説明してくれ」

 黒服はオルガに次の事を語った。

 今回のプログラムで最後に残ったのはオルガと、オルガを背後から撃った男、ヒットマンの二人だった。ヒットマンはオルガの体を撃ち抜いたが、オルガが死ぬよりも先に、オルガの銃弾でヒットマンは息絶えた。それにより、最後まで生き残ったのはオルガ・イツカとなった。だが、撃たれたオルガも虫の息だった。それをプログラムの主催者である唯一神エンテイが助けたのだという。

 オルガは自分の体を確認した。プログラムで負った傷は一つも残っていなかった。

 オルガがいるのは委員会の息のかかった病院で、オルガは検査のために入院したのだという。

「そうか…。なあ、あんたら。このプログラムの優勝者は唯一神と会って、願いを一つ叶えてもらえるんだろ?今すぐ会わせてくれ。この馬鹿げたプログラムで死んだ皆を生き返らせたい」

「残念だがそれは出来ない。本来ならあそこで死んでいた君を唯一神様が助けた時点で、唯一神様は君の願いを叶えたことになる。優勝者が叶えてもらえる願いは一つだけだ」

「待ってくれ、俺の命はどうなってもいい。俺の命の代わりにクラスの皆は生き返らせてくれ、頼む!俺ならどうにでも殺してくれ。何度でも殺してくれ!」

「お前が我々に望んでもそれを叶える力は我々には無い。望みを叶えたければ、もう一度プログラムに参加して優勝する事だ。そうすれば唯一神様に謁見して、今回死んだ皆を生き返らせてもらえる。理解できるな?」

「はっ…」

「オルガ・イツカ君、この番号に連絡すれば、次のプログラムの対象となった学校とクラス、生徒の名前が分かる。参加したくなったらいつでも言ってくれ。我々は君を歓迎する」

 オルガは黒服から番号の書かれたメモ用紙を受け取った。

「Excellent!プログラムで優勝したばかりなのに、もう次のプログラムへ参加する意欲を見せるとは、素晴らしい!それでこそ優勝者だ、オルガ・イツカ君!」

 病室に場違いなほど明るい声が響いた。

 この声は――!

 オルガは声のした方向を睨みつける。部屋の扉が開き、笑みを浮かべた蓮実聖司が入って来た。

 蓮実は拍手をした後、黒服に話しかけた。

「オルガ・イツカ君に優勝賞金を」

「はっ!」

 数人の黒服が動き、アタッシュケースを持ち上げた。黒服らが蓋を開く。中には大量の札束が入っていた。

「優勝賞金として、末代まで遊んで暮らせるお金だ。受け取ってくれ」

 オルガは数多のアタッシュケースの内の一つを受け取った。オルガの眼前には、オルガがこれまでに見たこともの無いほどの大金がある。

 オルガは歯を食いしばった。

「ふざけんじゃねえ!」

 オルガは声を荒げ、アタッシュケースを黒服の一人に投げつけた。アタッシュケースからは数多の札束が舞った。オルガの行動に室内がざわめきだす。

「こんな金、欲しくはねえ!今すぐ皆を生き返らせろ!そして蓮実、テメエはぶっ殺してやる!」

 ベッドの上で立ち上がったオルガだが、すぐに大勢の黒服らによって取り押さえられた。蓮実はそれを確認し、部屋から出ていった。

 身動きの取れないオルガの挙げた怒声が室内に響いた。

 

                *

 

「これで俺の話は終わりだ。この後、俺は病室から放り出され、賞金も没収となった。残ったのは、委員会への連絡手段だけだった。本当なら、大金を得て、悠々と暮らす事も出来た。だが俺にはそんな事は出来なかった。俺は皆の為に委員会に落とし前をつける。馬鹿な話だろ?笑いたければ笑ってくれて構わねえ」

 オルガの話をマルフォイとさくらは沈痛な面持ちで聞いていた。

「俺は落とし前をつけるまでは止まらない、止まれない。目を閉じると頭の中で声が聞こえるんだ。止まるんじゃねぇぞ…止まるんじゃねぇぞ…ってな。皆がそう言ってるんだ」

 オルガは自虐ぎみに笑った。

 マルフォイとさくらは笑う気にはなれなかった。

「で、二人はこれから先、どうするんだ?委員会のビルに入り込んで首輪を解除し、この島から逃げるんだったな」

 マルフォイとさくらは黙って頷いた。

「そして協力してくれる仲間を探していた。それなら、俺と手を組まねえか?」

 何だって!?

 このオルガの提案はマルフォイにとって驚きだった。

「いいの!?それはわたしたちにとっても嬉しい提案だけど…」

 さくらが躊躇いがちにオルガに尋ねた。

「ああ。俺だって落とし前をつけるにはあのビルに入る必要がある。その為に協力者を探していた。このクラスは予想以上にゲームに乗る奴が多くて辟易してたんだが、お前らみたいにゲームに反対の奴らと会えて嬉しいぜ」

 マルフォイとさくらは気まずそうな顔をした。

「なあ、オルガ。ビルに乗り込むと言っても、何か作戦はあるのか?まさか、真正面から突っ込むなんて言わないだろうね?」

 オルガは落ちていた木の枝を拾い、地面に文字を書き始めた。オルガが書いたのは次のような短い一文だった。

 俺たちの会話は委員会に盗聴されている。

「えっ!?盗ちょ――」

 マルフォイの口をオルガが塞いだ。さくらも両手で自分の口を押えている。その目には驚きが現れている。

 マルフォイの口から手を離したオルガは再び地面に次のような文字を書いた。

 俺たちの首輪には盗聴機能がついている。これから話す作戦は委員会に聞かれると面倒だから筆談で行う。いいな?

 マルフォイとさくらも枝を拾って頷いた。それを見て、オルガは次の作戦を地面に書いた。

 委員会の本部ビルは東と西のツインタワービルだ。俺達は皆、東側の正面玄関から出た。だが、西側のビルにも同様に玄関がある。どちらも警備のストームトルーパーがうろついているが、西側の方が警備は手薄だ。俺達は二手に別れる必要がある。一方が東側の玄関目がけて爆弾を投げつける。それで東側で大騒ぎとなったら、西側の警備はより手薄になる。その隙にもう一方の組が西側からビルへ突入する。東西のビルはいくつかの連絡通路でつながっているから、仮に首輪の管理を東側のビルで行っていたとしても問題はねえ。

 そこまでオルガが書いた後、さくらが文字を地面に書いた。

 爆弾なんかわたしたち持ってないよ。作るの?

 オルガが地面に返事を書く。

 俺はこのプログラムが始まる前に、ビル内でいくらか武器に関する情報を得た。それによると、今回は支給武器に凄まじい威力の爆弾が一つ含まれているらしい。今のところ、この島でそれほど大きな爆発音や爆発の跡は見ていない。恐らく、爆弾はまだ無事だろう。爆弾が誰に支給されたかは分からねえ。だが、爆弾がまだ残っていれば、持ち主を探して協力してもらうことが出来る。

 でも、爆弾の持ち主が僕らに協力してくれるとは限らない。このクラスなら、むしろ嬉々としてクラスメイトに爆弾を投げつけてきそうだ。

 マルフォイはそう思ったものの、書くことはしなかった。それよりも一つ疑問が生じ、それを聞きたかった。

 その作戦だと、東側から本部に爆弾を投げる組と、西側からビルに突入する組の二組に分かれる必要があるんじゃないかい?突入組の方が多い方が良いと思うが、その点についてはどうする?

 オルガの返事は早かった。

 俺もそれを考えていたが、先ほどいい解決策が見つかった。さくら、さっきの髭男が使っていた人形を出してくれ。

 さくらはコピーロボットを取り出した。

 そいつを調べてくれ、とオルガが書いた。

 さくらはコピーロボットを調べ、鼻の位置にボタンが付いているのを見つけた。さくらは無言のまま、動きで二人にボタンを押してみると伝えた。二人共同意した。

 さくらがコピーロボットの鼻を押すと、コピーロボットの姿が変わり、瞬く間にさくらと同じ姿になった。

「ほえ~、(ミラー)さんみたい。どうやって戻すのかな?」

 さくらはそういった後、青ざめた顔で口を押えた。

「もう一度鼻を押してみてくれ」

 さくらの疑問にオルガが答えた。それに従って、さくらがコピーさくらの鼻を押すと、再び元の人形に戻った。

 オルガは地面に『作戦の根本的な所以外は口に出して構わねえ。むしろ、さっきまで話していた俺達がずっと黙り込む方が、盗聴している委員会に怪しまれる』と書いた。

 それを見たマルフォイは頷いた。

 やっぱりね。鼻を押すと、押した人の姿となり、もう一度鼻を押すと元の人形となるようだ。誰が鼻を押しても人形に戻ってしまうようだから気を付けておこう。

 マルフォイは先ほどのベネットの戦いで、コピーベネットが自分で鼻を押して人形に戻った事を思い浮かべていた。

 ――僕も変身させてみたいんだが。

 マルフォイもコピーロボットの鼻を押そうと指を伸ばすがそれより先に、オルガがコピーロボットを取り上げた。

 こいつは俺が持っておく。俺にコピーさせて東側から爆弾を投げさせる。恐らく委員会に睨まれている俺の姿をしていた方が、囮役として何かと好都合だろう。

オルガはそう書くと、コピーロボットをバッグにしまった。それをマルフォイは恨みがましい目で見ていた。

「これで以上だ。正直無茶な作戦だ。だが俺はやると決めた以上は前に進むしかねえ。二人共、俺に力を貸してくれ!」

 オルガが頭を下げた。

「勿論だよオルガ君!わたし達も協力してくれる人を探してたから、オルガ君が仲間になってくれるなら嬉しいよ!ね、マルフォイ君!」

「ああ、そうだね――」

 恐らくオルガが言った事は本当だろう。高い身体能力に、一度プログラムを経験して生き延びた事を考慮すると、味方になってくれれば頼もしいな。僕と木之本の二人では、ビルへの進入も不可能だろう。よし――。

「オルガ、僕も君の側に乗ってやろうじゃないか。ただし、僕と木之本は戦闘には向いてない。島から脱出するまで、僕らの身を守ってくれるかい?」

「ああ。鉄華団は決して団員を見捨てない。団長である俺がお前らをビルへと連れてってやるよ」

 オルガはそう言うと、マルフォイと握手をした。

 あれ?それって、僕と木之本も鉄華団とかいう謎の団体の一員って事かい?

 疑問に思ったマルフォイの横で、さくらとオルガも握手をした。

「だがなマルフォイ、せめてこれくらいは持っておけ」

 オルガがそう言って、マルフォイにエクスカリバールを渡した。

「これは――ベネットの武器だね」

「ああ。言っちゃ悪いが、もうアイツには必要ねえ。お前もスプレーだけじゃ、ちと不安だろ?」

「ああ――」

 マルフォイはエクスカリバールを受け取った。

 そうだ、ビルに入ろうとすれば委員会との戦いは避けられない。自分の身は自分で守れって事か――。

 エクスカリバールを握る手に力を込めるマルフォイ。マルフォイの体は小刻みに震えていた。

 

【男子20番 ドラコ・マルフォイ】

【身体能力】 C 【頭脳】 B

【武器】 デオドラントスプレー、エクスカリバール

【スタンス】 仲間を集めて本部に乗り込み、首輪を外して島からの脱出

【思考】 生きて皆と帰る

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子02番 木之本桜】

【身体能力】 A 【頭脳】 C

【武器】 レーダー

【スタンス】 仲間を集めて本部に乗り込み、首輪を外して島からの脱出

【思考】 オルガ君が仲間になってくれて嬉しいな

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【男子05番 オルガ・イツカ】

【身体能力】 A 【頭脳】 B

【武器】 トカレフTT-33、S&W M29、コピーロボット

【スタンス】 委員会に落とし前をつけ、島からの脱出

【思考】 爆弾の持ち主及び協力者を探さねえと…

【身体状態】 正常 【精神状態】正常

 

 

 

69

 ちゅるやさんは座り込んでいた。

『ちゅるやさん、お前には失望したぞ。おかげでまた戦いをしなければならなくなった』

『ゲームは終わりだ。俺がここに来たのは話し合いで解決するためだ』

『落ち着くんだ!誰かを殺さなければ自分が殺されるという、お前たちの恐怖は分かる。だが、俺のやり方でやる。俺のやり方でだ。殺し合いは散々やった。もういい、お互い何の得もない。この際俺が妥協案を出そう!皆でこの島から立ち去るのだ!生きている全ての生徒、全ての武器を使ってこの島から立ち去るのだ!その過程の安全は俺が保証する。大人しく従え、そして恐怖に終止符を打て!どうするかはお前たちしだいだ。24時間以内に決めろ』

「う、うるさいにょろおおおおっ!」

 怒りにまかせ、ちゅるやさんはリボルケインを振るった。肩で息をしていたちゅるやさんは自分の額に手を当てた。

 ちゅるやさんの脳内では、ヒューマンガスの言葉が目まぐるしく繰り返されている。

 黙るにょろ!わたしはスモークチーズの為に――皆を殺してこのプログラムで優勝するにょろ!

 心に葛藤を抱えたちゅるやさんはリボルケインを振り回した。

「お~い、ちゅるやさーん、ちゅるやさーん!」

 呼ばれたちゅるやさんは声のした方を見た。

 そちらから、じーさんが芋虫の如く這うようにしてやってきた。

 じーさんにょろ…。せめてスモークチーズを持っていれば、このイライラも少しは解消されるにょろ…。

「やあやあじーさん、じーさん。スモークチーズはあるかい?」

「スモークチーズか?それならバッグの中に――」

 じーさんは立ち上がって、自分のバッグを漁り始めた。ちゅるやさんは期待に胸を膨らませる。

「ねーーーーーーーーーーーーーーよ!!!!!!!!!!!」

 目、鼻、口と顔の至る所から勢いよく汁を噴き出しながらじーさんが笑って言った。

「にょろーん」

いつも通りの反応。だがちゅるやさんのはらわたは煮えくり返っていた。

じーさん、アンタにはスモークチーズという大義の為の犠牲となってもらうにょろ!

 ちゅるやさんはリボルケインをじーさんの体を目がけて突き出す。じーさんは不気味な動きでちゅるやさんの攻撃をかわし続けた。

「やーい、バーカ!バーカ!うんこ!うんこ!」

 じーさんはちゅるやさんの攻撃をかわしながらも、ちゅるやさんを煽ってくる。

 カーッ!じーさん、アンタをさっさと殺してスモークチーズを手に入れるにょろ!

『殺し合いは散々やった。もういい、お互い何の得もない』

 ちゅるやさんの脳内をヒューマンガスの言葉がよぎる。

 ちゅるやさんのリボルケインを持つ腕の動きが止まる。その瞬間、じーさんがちゅるやさんの腕を掴んだ。

「腕が震えておる。迷いがあるようじゃな。そんな事では、10億光年たっても、ワシどころか、誰一人殺せんよ」

「光年は――時間じゃなくて距離の単位にょろ、このクソジジイ!」

「ぎゃあああああああああああああっ!!!」

 ちゅるやさんはもう一方の手で、じーさんの顔面を殴った。悲鳴を上げてじーさんは倒れた。倒れたじーさんに近寄り、ちゅるやさんはじーさんの体を何度も蹴る。

「じーさん、光年に関するボケをするなんて、いよいよ本当にボケて来たんじゃないかい?この!この!にょろ!」

 ちゅるやさんはじーさんの体を何度も蹴る。その間、じーさんは抵抗したり、逃げたりせず、防御すらしなかった。ただちゅるやさんの蹴りを受け続けていた。

 その事がちゅるやさんをますます苛立たせた。ちゅるやさんはさらに蹴りを入れ続ける。

「どうだいじーさん、わたしはじーさんを殺し、皆を殺してスモークチーズを満腹になるまで食べるにょろ!」

「ちゅるやさん、そんなにスモークチーズが食べたいのか」

「勿論にょろ!」

「さっきもう食べたじゃろ」

「えっ」

ちゅるやさんの蹴りが止まる。

「はっ、食べてない、食べてないにょろ!あやうく騙されるところだったにょろ!そもそもそういうネタはじーさん、アンタか志村けんがやる事にょろ!私のキャラじゃないにょろ!」

 ちゅるやさんはリボルケインを持ってじーさんへと走り寄る。

「フ――誰かを殺せば、それは一生ちゅるやさんの心に刻まれる。そしたら、ちゅるやさんは二度と美味しくスモークチーズを食べる事は出来ないぞ」

 ちゅるやさんの足が止まる。

「いいか、ちゅるやさん。スモークチーズが大好きで、それを沢山食べたい、そのために努力する、それは素晴らしい事じゃ。だがな、スモークチーズの為にクラスメイトを殺すのは間違っとる。スモークチーズが無くなったらまた買えばいい。しかし――友を失ったら二度と買うことは出来ない!そんなかけがいのない友をちゅるやさんは自分の手で殺そうというのかー!」

「うるさいにょろ――うるさいにょろー!」

 ちゅるやさんは地面に倒れたじーさんの体にリボルケインを振り下ろす。その瞬間、じーさんが瞬時に飛び上がり、ちゅるやさんの後方へ着地した。ちゅるやさんは振り下ろしたリボルケインを再び持ちあげ、じーさんへと迫る。

「目を覚ませー!ちゅるやさん!」

 じーさんのこぶしがちゅるやさんの頬を捉えた。ちゅるやさんが後ろへ吹っ飛ぶ。ちゅるやさんの手から離れたリボルケインが宙を舞う。

 にょろ…。

 じーさんに殴られた頬が痛む。でもそれに対する苛立ちは無かった。今のじーさんの一撃で、さっきまでちゅるやさんの胸の内に詰まっていたモヤモヤが晴れた。倒れたちゅるやさんは不思議な爽快感を感じていた。

 倒れたちゅるやさんの側にじーさんが近づいた。

「悪夢は覚めたか?ワシと共にこの島で生き延び、それからスモークチーズを腹一杯食べればいいじゃないか」

「じーさん…」

 ちゅるやさんが体を起こす。

 プスリ。

 にょろ?

 ちゅるやさんは体に違和感を覚えた。ふとじーさんの顔を見ると、血走らせた目を大きく見開いている。じーさんの髭は勢いよく跳ね上がり、口を大きく開いている。じーさんの体は生まれたての小鹿の如く小刻みに震えている。

 ちゅるやさんは自分の腹を見た。

 ちゅるやさんの腹にはリボルケインが突き刺さっていた。突き刺された場所から火花が噴き出している。

「にょろろろろろっ!?」

 衝撃でちゅるやさんは自身の黒丸の目を大きく見開き、より大きな黒丸の目となった。

 め、め、めがっさピンチにょろ!ど、ど、どうしたらいいんだい!?リボルケインをすぐ抜くべきか――それともこのままにしておくべきか――。

「じ、じーさん!じーさんは世の中の危険から身を守るプロだろう?この状況はどうしたらいいか、教えて欲しいにょろ!」

「ワシに任せろ!ワシにかかれば、ちゅるやさんはメアリーセレスト号に乗ったも同然!安心してワシにその身を委ねやがれー!」

 もうダメにょろ――!

 ちゅるやさんの目の前が真っ暗になる。

「いくぜちゅるやさーん!どおりゃあああああああっ!!!!」

 じーさんは勢いよく、ちゅるやさんの体からリボルケインを引き抜いた。

「そいやああああああっ!!!!」

 素早くじーさんは落ちていた石をリボルケインによってちゅるやさんの腹に生じた穴に詰め込んだ。

 火花が――止まったにょろ!

「じーさん、ありがとにょろ!」

 いつもの純真な顔でちゅるやさんは立ち上がった。

 ポン。

 軽い音がして、ちゅるやさんの腹に詰め込んだ石が外れた。そこから火花が噴き出している。

 沈黙。

 じーさんはウインクをして、自分の頭を小突いた。その直後、じーさんはちゅるやさんに背を向けて走り出した。

「じーさんーーーーーー!」

「ゴメンごめーん♪めんゴメーン♬うっふんあっはんすっぽんぽーん♬」

じーさんは謝りながらも凄まじい速度でちゅるやさんから離れる。

「タダでは死なん――じーさん、アンタも道連れにょろ!」

 ちゅるやさんはじーさんを捕まえようと走るが、急速に体の力が抜けていく。ちゅるやさんがじーさんに追いつくことは叶わない。

 ちゅるやさんの体がゆっくりと前のめりに倒れていく。

「ス――スモークチーズ、万歳!」

 ちゅるやさんが爆発した。

 

【男子09番 じーさん】

【身体能力】 D 【頭脳】 E

【武器】 リボルケイン

【スタンス】 プログラムを安全に生き抜く

【思考】 キリンはどーしてキリンなんですか?

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 正常

 

【女子11番 ちゅるやさん 死亡】

【生存者 残り22人】

 

 

 

70

 日下部みさおとヒューマンガスは島の民家の中にいた。

「どうだ日下部、なかなか良い家だろう。ここを拠点とし、島を歩いて皆を集める」

「へー、いいんじゃねーか」

 みさおは適当に答えた。

 流石だZEヒューマンガス、隙が全くありゃしねえ。さてさて――こいつをどうやって料理してやろうかな――。そうだ!

「なあなあ、ヒューマンガスはどんな武器を支給されたんだ?」

「俺の武器が気になるのか。まあいい、見せてやる」

 ヒューマンガスはバッグから黄色い竹トンボの様なものを取り出した。

「これはタケコプターだ。体に取り付ける事で、空を自由に飛ぶことが出来る。一つしかないから、一度に飛べるのは一人だけだ。だが俺ならもう一人ぐらいは抱えて飛ぶことが出来る。今は首輪があるため、飛ぶことでこの島から逃げることは出来ない。しかし!この武器は必ず後に役立つ時が来る。俺はその時に備えて準備中だ。日下部、お前も協力してもらうぞ」

「勿論だってヴぁ!」

 みさおは力強く胸を叩いた。

 ふう、ヒューマンガスの武器は、わたしの武器よりも便利そうだな~。でも、銃とかじゃなくてよかったZE。

 この時、みさおに妙案が浮かんだ。

「なあ、ヒューマンガス。わたし、喉が渇いたんだけど、この家には水道ってないか?ほら、支給された水は万が一に備えて取っておきたくてさ」

「いい判断だ日下部。水は大事だからな。水道はあそこだ。水が出る事、及び飲める事は確認済みだ」

 ヒューマンガスが水道を指さした。みさおは水道へと向かった。

 へっへー、まんまと罠にかかったな。

 みさおは水道にコップが複数個置いてある事を確認し、その内の二個を取った。蛇口をひねり、二個のコップにそれぞれ水を入れた。みさおは手に隠し持った緑色の液体が入った三角フラスコを取り出し、その中の液体を二、三滴、一方のコップに入れた。

 みさおは三角フラスコをしまい、二個のコップを持ってヒューマンガスの元へと歩いて来た。

「ほら、お前も飲めよ」

「礼を言う」

 みさおは緑色の液体を加えたコップをヒューマンガスに渡した。

 みさおはコップに入った水を一気に飲み干した。

「ぷは~。うめえっ!こんなにも美味い水を飲んだのは初めてたZE!」

「戦場で飲む水より美味い水は無いからな」

 だがヒューマンガスはコップを手に持ったまま、口をつけてはいない。

「ヒューマンガス、飲まないのか?」

「飲みたいが、このマスクがあっては飲むことも難しい。ストローでもあればいいんだが」

 ヒューマンガスは顔面を覆い隠す鉄仮面を指でつついた。

 あっちゃー。ヒューマンガスのマスクの事を忘れてたぜ。そういえば、コイツが飲み食いする時にもマスクを外してるの見た事ねーや。確か専用のストローとか持ち歩いてたっけか。ヒューマンガスと貞子の素顔ってホント、謎なんだよな~。あーあ、毒殺作戦も失敗か~。

「折角、俺の分も水を入れてくれたのに悪いな日下部。こいつもお前が飲んでくれ」

 ヒューマンガスがコップをみさおに渡してきた。

 ええっ!?そ、そいつは勘弁してくれよ!

「い、いや~わたしも今飲んだばっかりだから、これ以上はいらないな」

「いや、これから動く以上、飲める時に飲んでおいた方が良い。遠慮するな、俺は一切口を付けていないから綺麗だぞ」

 ヒューマンガスがみさおにコップを渡した。

 一切口を付けてないってのが、問題なんだってヴぁ!

「なら仕方ないな~。もったいないけど、誰も飲まないなら捨てるしかないな~、ハハハッ」

 みさおがコップの水を捨てる為、水道へと向かう。

 それを見たヒューマンガスは右手の平にタケコプターを取り付けた。タケコプターのプロペラが高速で回転を始める。室内で風が吹き始めた。

 風!?ここは部屋の中だZE!?

 驚いたみさおが振り向く。そこにヒューマンガスが立っていた。

「ど、どうしたんだよヒューマンガス。今からお空のお散歩でも行くのか?そりゃ、お前がそうしたいなら、わたしは止めないさ。で、でもなぁ、タケコプターって掌より頭とかに付けた方が左右のバランスが良くなっていいんじゃないのか?」

「――タケコプター!」

 鉄仮面の下でヒューマンガスが呟いた。瞬時にヒューマンガスがみさおに襲い掛かる。不意打ち、さらにヒューマンガスの巨体と素早さに圧倒され、みさおの足が震える。だがみさおはまだ負けてはいない。

「うぎゃああっ!」

 みさおは手に持っていたコップをヒューマンガスへと投げつける。だがヒューマンガスは最小限の動きでそれをかわす。コップが床に落ちて砕け散り、中の液体が飛び散った。

 ヒューマンガスはプロペラが回転したタケコプターを取り付けた掌で、みさおの腹に掌底突きをお見舞いした。

 ヒューマンガスの肉体から放たれる掌底突きに、高速回転したプロペラが加えられ、みさおの腹が抉られた。

 痛みでみさおは悲鳴を上げる。腹から肉や血が飛び散り、みさおは倒れた。

 しばし苦痛で呻いた後、みさおは動かなくなった。

「1分経過。5秒以内なら菌が付かないだとか言ってたが――もはや3秒ルールどころの話ではないな、日下部」

 動かなくなったみさおをヒューマンガスはじっと見下ろしていた。

 

【女子04番 日下部みさお 死亡】

【生存者 残り21人】

 

 

 

71

 みさおが動かなくなったことを確認したヒューマンガスは、みさおが隠し持っていた三角フラスコを奪い取った。

 毒か。あの落ち着きのない目、俺への適当な返事、挙動不審な態度、頼んでもないのに水を渡してき事等から警戒しておいたが、正解だったようだな。あれほどコソコソしていれば、お前が俺を殺そうと計画していたのはお見通しだ。

 ヒューマンガスはタケコプターと三角フラスコをバッグにしまった。

 日下部の血が飛び散った以上、ここはもう使えない。後始末も面倒だから、さっさと引き払うべきだ。それにしても毒とは、日下部は良い物をプレゼントしてくれた。相手の信用を勝ち取れば、食事に毒を盛る事は容易い。仮に複数人がいれば、誰が毒を持ったかで疑惑は広がり、疑心暗鬼になって仲間同士で殺し合う。そして優勝は俺のものだ。

 タケコプターのプロペラに付着した血をぬぐいながら、ヒューマンガスはそう考えていた。

 マーダーどもは放っておけばいい。見つけるべきは、怯えて逃げ隠れしている奴らと、対委員会を目論んで結束している奴らだ。そいつらに取り入る。そして殺す。

 鉄仮面の下でヒューマンガスはほくそ笑んだ。

 

【男子15番 ヒューマンガス】

【身体能力】 S 【頭脳】 S

【武器】 タケコプター、緑色の液体

【スタンス】 ステルスマーダー

【思考】 プログラムに反対する奴らを探す

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

72

「やっと鎌を見つけたでちゅ!」

 島にある小さな民家でデデンネは歓喜の声を上げた。

 天使の如き可愛らしさを持つこの私に一見アンバランスな鎌というアイテムが、小悪魔的要素を付加し、私の魅力をより一層向上させるのでちゅ!

 デデンネは鎌の持ち手にほっぺを擦り付けた。

 ん?

 デデンネは鎌の置いてあった所に小さなメモ用紙が置いてあるのに気づいた。それを取り上げると、次のような事が書かれていた。

 デデンネ、ポケモンアニメに久しぶりの登場!湧き上がるお茶の間!

 これはBR法委員会からデデンネに向けてのメッセージであった。

 わおっ!私がまたアニメに出演したでちゅか。やったでちゅ!私がレギュラーに舞い戻る日も近いでちゅ!

 さらに1枚の写真が付けらていた。アニメでデデンネとトゲデマルが共演したシーンの写真であった。

 ああ――すっごく可愛いでちゅ…♡こんなに可愛い私と並べられると、トゲデマルはより一層ぶちゃいくなのが際立ちまちゅね、可哀そうでちゅ(笑)。

 メモの裏にはBR法委員会による『最近印象に残った電気ポケモンは?』というアンケートの結果が書かれていた。

 結果は1位がゼラオラ、2位がピカチュウ、そして3位にデデンネの名があった。ちなみに4位はデンリュウだった。

 くっ…!やはり、夏の映画のゼラオラ、そしてポケモンの看板であるピカチュウは人気でちゅ…。でも私も3位!皆も私の可愛さが分かって来たみたいでちゅねぇ。よし!このプログラムで優勝し、より可愛さと強さを手に入れるでちゅ!目指せ、人気ポケモン1位!

「ほあようごぁいまーしゅ!」

 突然の挨拶と共に、民家のドアが勢いよく開かれた。デデンネは振り向く。

 そこに立っていたのは釘バットを手にしたポプ子であった。

「ポプ子ォ…」

 デデンネは自分の可愛さを理解しないポプ子を呼び捨てにした。

「あっ、あたちゅ、かちゅぜちゅわるいんしゅ。いまのま、ほあようごぁいましゅって、いいたかったんしゅ!」

 冷や汗をかきながらポプ子が聞き取りにくい弁解をする。

「ほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

 ポプ子は走り出し、釘バットをデデンネ目がけて振り下ろした。

 デデンネは背負ったジェットパックで高く飛び上がり、ポプ子の攻撃をかわす。デデンネはポプ子の攻撃が届かない天井付近で浮いていた。

「ポプ子ォ…私の可愛さを理解しないという罪――罰を受ける時間でちゅ!見よ!私の新必殺技、デデンネZの力を!」

 背負ったジェットパックの力を使い、デデンネはポプ子目がけて高速で襲い掛かった。

「もう見た」

 つまらないものを見たとでも言いたいような顔をしたポプ子は釘バットを構える。

 この時、空を飛ぶデデンネが高速できりもみ回転を行った。手に持った鎌との合わせ技でかまいたちが発生する。

「は?」

 ポプ子は咄嗟に横に飛ぶ。デデンネの体当たりはかわすことが出来たが、デデンネから繰り出されたかまいたちがポプ子の体を傷つける。ポプ子の手や足には紙で切ったかのような薄く細い傷が複数生じていた。わずかながらも血が流れ出ている。

「あん!?」

 ポプ子は傷ついた自分の体を見て目を大きく見開いた。ポプ子は手で自分の傷を押さえる。

「どうでちゅかポプ子、デデンネZの威力は!分かりまちゅか?なら教えてやる――この私が世界で一番強いって事なんでちゅ!」

 ポプ子は大きく笑った。

「さらばだポプ子ォ!ひき肉になるでちゅ!」

 再びきりもみ回転したデデンネがポプ子に迫る。

 ポプ子は釘バットを上段に構えたまま動かない。デデンネから放たれたかまいたちがポプ子の制服や体を傷つける。だがポプ子は動かない。デデンネがポプ子に体当たりする直前である。

「とうっ!」

 ポプ子が飛び上がった。デデンネの体当たりをギリギリの距離でポプ子はかわした。ポプ子の股下をデデンネが通る。

「チェストー!」

 ポプ子は釘バットを思いっきり振り下ろした。鈍い音が生じた。

 このポプ子の攻撃を受け、デデンネの回転が止まり、デデンネは地に足を着けた。

「ふん、今のはちょっと油断しただけでちゅ。もう二度と今の攻撃は通用しないでちゅ!その釘バットが私を捉えるよりも先に、お前は切り刻まれているのでちゅ!」

 デデンネは再び飛び上がろうとしたが、自分の体が上がらない事に気づく。

 な、何ィ~!?

 デデンネは首を回してジェットパックを見た。ジェットパックはデデンネの指示を受けつけず、動きが止まったままである。先ほどのポプ子の釘バットはデデンネのジェットパックにダメージを与えたのだ。

 焦るデデンネにポプ子が走り寄る。

 くっ!

 デデンネは持っていた鎌をポプ子に投げつけた。ポプ子は走るのを止め、飛んできた鎌を釘バットで冷静にはじき返した。

 その間にデデンネは走って民家から逃げ出した。

 ポプ子は後を追おうとするが、小さくすばしっこいデデンネを捉える事は出来なかった。

「ア゛ォ゛ア゛ー!」

 一人残されたポプ子は目を血走らせて地団駄を踏んだ。

 

【女子12番 デデンネ】

【身体能力】 B 【頭脳】 E

【武器】 ジェットパック(故障)

【スタンス】 全ポケモンの頂点に君臨する

【思考】 結局私が一番強くて凄いんでちゅね

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子15番 ポプ子】

【身体能力】 C 【頭脳】 D

【武器】 釘バット、ハイドラパーツY,Z

【スタンス】 皆殺し

【思考】うるせえよ、うるうるせえよ、うるせえよ

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 正常

 

 

 

73

 BR法委員会本部、ツインタワービル東棟最上階。ここでは委員会の黒服たちが本部ビルに近づく生徒がいないか、島に仕掛けられたカメラ及び望遠鏡を使ってビル周辺を監視していた。

 そこにいる多くの黒服のうち、先輩である慈英と後輩である計の二人はサングラスをかけたまま望遠鏡で周囲を見ていた。その時、彼らの興味を引いた出来事があった。

 彼らが見つけたのはビル周辺で行われた複数人の生徒による戦いだった。これに勝利した三人の生徒がしばらく話し合った後、突如地面に文字を書いて筆談を始めたのだ。その三人の生徒とは、ドラコ・マルフォイ、木之本桜、そしてオルガ・イツカであった。

 これは二人の黒服にとって驚きであった。先輩である慈英が口を開く。

「まさかあの生徒たち、首輪に盗聴器が付けられている事に気づいた…?」

「そんな嘘でしょう…。あいつら何者なんです!?」

「マーダーばかりのクラスでここまで生き残っている生徒だ。相当の手練れだとは思うが…ちょっと待てよ!」

「何です?」

「あれは…鉄華団団長、オルガ・イツカ!」

「鉄華団団長…オルガ・イツカ?」

 慈英は計にオルガが過去のプログラムの優勝者であり、委員会に恨みを持っている可能性が有る事を教えた。

オルガは委員会上層部で今回の要注意人物としてみなされていた。先輩である慈英はその事を利根川から知らされていたが、計はまだ知らされていなかった。

「オレ達は出しゃばるより、すぐに利根川先生に報告した方が賢明だ」

 慈英がそう言った。

「そんな要注意人物が本部の周辺で不審な動きをしていたと知ったら、あの利根川先生…黙っていませんね」

 顔に冷や汗を浮かべた計は、すぐに利根川にこの事を伝えるべく、階下へ降りて行った。




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り21人】


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12話

真実はいつも一つ!だけど正解はひとつ!じゃない!!

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
○ 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
○ 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り21人】


74

「そうか…やはりかつてのクラスメイトを甦らすために参加しただけではなかったようだな…オルガ・イツカ…!」

「はっ!」

 黒服の一人、計からの報告を聞いた利根川幸雄は特に動じる事無く、煙草を取り出してくわえた。

 オルガが二人の生徒と共にビル周辺で奇妙な行動をしている――か。

 利根川は部屋でモニターに向かっている黒服らに、オルガを映すよう命じた。

 部屋にある大きなモニターにオルガを含めた三人の姿が映る。これはオルガがドラコ・マルフォイ、木之本さくらと筆談をしていた時の映像であった。映像の角度やピントが調節され、オルガらが地面に書いた文字がはっきりとモニターに映し出された。

 オルガらがビルの東側に爆弾を投げ込み、その隙に警備の手薄な西側からビルに侵入するという作戦は、全て委員会に知られる事になった。

「礼を言うぞ、計。お前達のおかげで、こうしてオルガの作戦を事前に知ることが出来た。引き続き監視を行え。それと、慈英にも良く言っといてくれ」

「はっ!ありがとうございます、利根川先生!」

 計は利根川に頭を下げ、持ち場である屋上へ戻っていった。

「我々がしているのが盗聴だけな訳がないだろうが…。音声だけではvipの皆さまを満足させられん。衛星や島内の隠しカメラで貴様ら生徒全員の行動は常に監視している。詰めが甘かったな…オルガ・イツカ」

 利根川は笑みを浮かべた。

 利根川はこのオルガの作戦を潰すため、西棟の入り口に警備を増やす事を命じようとマイクに手を伸ばした。

 それよりも速く蓮実聖司がマイクを奪い取った。

「兵士たちに告ぐ。西棟入り口警備のA班、ビル内警備のG班は至急、東棟入り口の警備に向かうように。西棟入り口警備のB班、C班の内、B班はその場で待機、C班はビルの内部に入り、西棟入り口からの侵入者に備えよ」

 それを告げると蓮実はマイクを切った。

 は…?

 利根川は蓮実の命令を聞いて唖然とした。今の蓮実の命令は西棟入り口を警備しているA班、B班、C班のうち、B班以外の警備を外すというものであった。

「――オルガの作戦を見ていなかったのか…蓮実…!?ビル内警部の班を東棟に向かわせて警備を固めるのは良いが、なぜ西棟の警備を手薄にする?これではここから入ってくれと、生徒共に言っているも同然…!」

「利根川先生、そうやって警備を固めては彼らも進入するのを躊躇ってしまうかもしれませんよ。むしろ彼らをビルに招き入れるのです。彼らが東棟とは違って警備の手薄な西棟を見た場合、『なんか静かですね…。西棟には見回りもいないし、東棟とはえらい違いだ』、『ああ、委員会の戦力は軒並み東棟に回してんのかもな』等と思うかもしれませんよ。そうすれば、彼らも希望を抱き、西側からビルに突入しようとするでしょう。ご安心を、突入してもすぐに対処できるよう、C班を内部に待機させてありますから。希望を抱いた生徒らがむなしく倒れるのはvipの皆様が見たいものだと思いますが?」

「うむ…確かにそれも一理ある…」

 この男――唯一神様やvipの皆様を挙げる事で説得力を増そうとしている。そして、ワシの仕事に手を出し、自分の思うように動かしている――黒服と兵士を!確かにそれで唯一神様らに好評ならばさほど問題はあるまい――。しかし、その手柄は蓮実の物…!全て…!挙句、ワシの采配にケチをつけるかの如き態度…!気に入らん…実に…気に入らん!だが、プログラムの成功と同時に、皆様を楽しませることも不可欠…!

 苛立ちながら、利根川は煙を口から吐き出した。

 

 

 

75

 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタは後方に気を配りながら歩いていた。

 確かに先ほど、声が聞こえたし、気配も感じた。この私をつけているのか――。誰だか知らないが、ラピュタ王に対して無礼な奴だと思わんかね?

 その時、離れた茂みの中で何かが動く音がした。それをムスカは聞き逃さなかった。

 ムスカは数枚のゾリンゲン・カードを茂みへと投げつけた。カードは草を切り開きながら、茂みの中へと入っていく。

 茂みの中から悲鳴が聞こえた。

 フっ、誰だか分からないが、この私に見つかるとは不運な奴だ…。

 その時、茂みから先ほどムスカが放ったゾリンゲン・カードがムスカ目がけて飛んできた。

 何だとっ!?

 ムスカは華麗に飛んできたカードをかわし、かわしきれなかったものは手に持ったカードで払いのけた。

「おはよー!おはよー!そこにいるの?」

 茂みの中からひらりマントを持ったうさみちゃんが姿を現した。大きく見開いた眼でムスカをじっと見ている。

「これはこれは、うさみちゃんではないか。どうした、私と戦うつもりか?」

「その通りよムスカ君。私の推理が正しければ、貴方は少なくとも二人はそのトランプで殺してるわね」

「ほう…」

 日吉とまっちょしぃの死体を見たのだろう。私の武器はバレているな、だが煙玉についてはまだバレていないだろうな。流石うさみちゃん――戦う相手に関しての下調べは怠らないか――。

 ムスカがカードをうさみちゃんへと放った。うさみちゃんはひらりマントを振ってそれらを跳ね返す。だが、ムスカもそれを予測し、瞬時に横に跳んでカードをかわした。

「なるほど、そのマントで飛び道具を跳ね返せるという訳か。先ほどのカードを跳ね返したのも、同様の手口だな」

「ご名答。流石ムスカ君ね」

「礼を言う。だが、名探偵であるうさみちゃんがそんな事を私にばらしていいのかね?」

「いいのよ。だって今は名探偵の謎解きの時間よ。私が持つ全ての情報を犯人に示さないといけないの」

「私を犯人扱いしているのが気に喰わないが、流石は名探偵といったところか。だがいいのかね?君の武器は飛び道具を跳ね返すようだが、私がカードを投げるのを止めれば、君は何も出来なくなるのではないのかね?」

「あら、私を心配してくれるのね、ありがとうムスカ君。でも心配は無用よ」

 うさみちゃんは懐から多数の石ころを取り出し、高く放り投げた。石ころをひらりマントでムスカのいる方向へ振るうと、石ころはムスカ目がけて飛んでいく。

 なんだと!?

 ムスカは石ころに驚きながらも、冷静に石ころをかわす。

 ならば――これをくらえ!

 ムスカは煙玉をうさみちゃんへゆっくりと投げつけた。

 うさみちゃんは油断することなく、煙玉の様子を窺いながらひらりマントで振り払おうとする。

 だがそれよりも早く、ムスカがゾリンゲン・カードを煙玉へと投げつけた。

 煙玉がひらりマントに触れるよりも先にカードが煙玉を切り裂く。中から煙が噴き出し、辺りは煙に包まれた。

 うさみちゃんはひらりマントを構え、煙の中からの攻撃に備える。

 その時、うさみちゃん目がけ、一枚のカードが飛んできた。うさみちゃんは野生の本能でそれを察知し、的確にマントを振るってカードを跳ね返した。

 それと同時に、うさみちゃんは周囲の煙をひらりマントで振り払う事となった。うさみちゃんの周囲の視界が晴れた。

「そこだ!」

 煙の中からムスカが姿を現し、カードを放った。

 マントを振るった直後で手を伸ばしていたうさみちゃんは再びマントを振るうのにわずかな隙が生じた。ムスカの手から離れたカードは綺麗な弧を描いてひらりマントを切り裂き、うさみちゃんの体に突き刺さった。

 うさみちゃんの口から悲鳴が漏れる。

 痛みでうさみちゃんは目を大きく見開いた。普段以上に大きくなった目から血涙が流れ出ている。

「どうやらそのマント、跳ね返す時にはマントをひらりと振らねばならないようだな。一見無敵のようだが、ただ構えていては、跳ね返すことが出来ない。同様に、マントを振って、手を伸ばし切った状態からでは、再びマントを振るのに、わずかな時間差が生じる。そのマントは、何かを跳ね返した直後が隙という訳だ」

「あらあら――この名探偵うさみちゃんの目をもってしても見抜けなかったわ…」

「名探偵である君に勝つには、まずはその目を何とかしなければならないと思ったが――うまくいったようだ」

「ええ、私の完敗よ」

 うさみちゃんは半分の大きさになったひらりマントを持ったまま、仰向けに倒れた。

「本当は畳の上で死にたかったのだけれど――仕方ないわね」

「随分と潔いな。それとも、この私を油断させようとしているのかね?」

「そんなんじゃないわ。名探偵とは常に死と隣り合わせ。そしてミスを犯せば名探偵としての人生も終わり。私もミスを犯したからここで死ぬのよ。恨むなら自分の脳力の無さを恨むわ」

「素晴らしい――名探偵だな、うさみちゃん」

 ムスカは一枚のカードをうさみちゃんへと放った。

 

【男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ】

【身体能力】 A 【頭脳】 S

【武器】 ゾリンゲン・カード、煙玉

【スタンス】 優勝してラピュタ王となる

【思考】 誰かが私をつけているな

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子01番 うさみちゃん 死亡】

【生存者 残り20人】

 

 

76

 ドラコ・マルフォイ、木之本桜、オルガ・イツカの三人は遠くから本部ビル西棟の入り口を見ていた。西棟入り口周辺は綺麗に舗装されている。ここの警備をしているストームトルーパーの数はオルガが言う通り、東棟の入り口にいたものと比べて少なかった。

 マルフォイとさくらはこの事に喜んだ。

「――妙だな」

だがオルガの反応は異なっていた。兵士らを睨みながらオルガはつぶやいた。

「俺がさっき見に来た時よりも兵士の数が減っている。半分――いや、それ以下だな…」

「警備が減ってるという事は、東棟やビル内部に人数を割いたという事かい?」

「分からねえ。ドラコの言う通りか、それとも罠か――用心だけはしておこう。それよりも俺達は爆弾を持った生徒を探さなきゃならねえ。さくら、レーダーに反応はあるか?」

「ダメ、近くには誰もいないみたい」

「そうか――やはり今はここで待機とするか」

 三人はストームトルーパーに見つからないよう、本部から少し離れた場所で身を隠す事にした。

 

 

 

77

 水銀燈と泉研は遠く離れた物陰から、ムスカがうさみちゃんにとどめをさすのを見ていた。

「ねぇ、見たでしょ?ムスカはうさみちゃんを殺したのよ。ね?私が言ったように、ムスカはジュラル星人よ」

「でも――うさみちゃんが襲い掛かって来て、ムスカ君が仕方なく戦ったのかもしれないよ。いや、うさみちゃんがジュラル星人で、ムスカ君がジュラル星人を倒したという事も考えられる!」

「くぅだらない。それはあり得ないわ。ほら、貴方の狂気の瞳でうさみちゃんをよく見なさい。何が見える?」

「鰹と昆布の合わせ技」

 水銀燈は研を殴った。

「うさみちゃんの遺体が残ってるわ。ジュラル星人は死ぬと消滅するんでしょ?でもうさみちゃんは消滅してないじゃないの。つまり、ムスカに化けたジュラル星人が、罪の無いうさみちゃんを殺したのよぉ。分かった?さあ、チャージマン研の出番よぉ。早くムスカに化けたジュラル星人をそのマシンガンで倒してらっしゃい」

 研は決意を固め、マシンガンを手に立ち上がる。

「銀ちゃん――」

「何よ」

「トイレ行きたいんだけど、行っていいかな?」

「巫山戯るのもいい加減にしなさいよぉ!そんなの、貴方が一人でヤクルト10本も飲んだからでしょ、このお馬鹿さぁん!本当なら、その内の1本は私のものになる筈だったのに…。ああ、思い出すだけでイラつくわぁ…」

「トイレに行けないなら――今ここでするしか」

「それこそ止めろって言ってるじゃないの、このジャンク!貴方は何を考えてるの?やっぱり脳がジャンクじゃない!いいえ、これは脳だけじゃない、貴方は全身がジャンクね!貴方の体を流れているのは血液じゃなくて、工場廃液なんじゃなぁい!?」

「いや、血液だよ。工場廃液が流れている生命なんているもんか」

「ああああ――本当に面倒くさいわぁ…!」

 苛立ちながら水銀燈は顔を押さえた。

「そこでごちゃごちゃと話している二人――そろそろお休みの時間だ!」

 その場で瞬時に振り返ったムスカは、ゾリンゲン・カードを水銀燈と研が隠れていた場所へと放った。

「バ、バレた!?完璧に隠れていたと思ったが――やるなムスカ君!」

「あれだけ五月蠅く喚いてれば、バレるに決まってるでしょぉ!って、なんかトランプみたいなのが飛んでくるじゃない!」

「やあああああっ」

 研は、常日頃からジュラル星人との戦闘経験を活かし、華麗な側転を披露しながらカードをかわした。

「きゃあっ!」

 一方で水銀燈は悲鳴を上げながら横に跳んでカードをかわした。だが、その時に尻もちをついてしまった。

 いったぁい――。

 尻を擦りながら水銀燈は立ち上がった。顔を斜め上に上げ、見下すような姿でムスカを見る。この様な状況でも水銀燈から気品は失われていない。

「あらぁムスカ、お久しぶり。でもねぇ――出会って早々にトランプを投げつけてくるなんて、物騒、いえ――野蛮じゃなぁい?それにぃ、ムスカ、貴方はトランプで戦ってるのかしらぁ?フフッ、優雅ねぇ…。それとも、マジシャンにでも転向したの――?」

 水銀燈に煽られても、ムスカは顔色を変える事無く、手にゾリンゲン・カードを持ち、構えた。

「私の後を追っていたのは水銀燈さんに研君か。珍しい組み合わせだな。二人はそんなに仲良かったのかね?」

「えへへ、そんなぁ、照れちゃうなあ」

 研は照れくさそうな顔で自分の頭を掻いた。

「私とこのジャンクが仲良いですってぇ!?冗談もいい加減にしなさいよ!あと、ジャンクもなに嬉しそうな顔してるのよ、ぶっ殺すわよ?」

 怒鳴り散らす水銀燈を見てムスカは高笑いをした。

「ハッハッハッ。これはおっかない女王様だ。本当なら、優雅にお茶会でも開きたいところだが、今はそんな事も言ってられなくてね。そろそろ鬼ごっこは終わりだ!」

 ムスカはカードを水銀燈に投げつける。

 水銀燈は持っていたパラソルを前に構えた。カードがパラソルに当たるが、パラソルを突き破る事は出来ず、はじき返された。はじかれたカードは水銀燈の足元に散らばった。

「なんと…。そのパラソル、相当丈夫なようだな」

 ムスカは驚きの表情を浮かべている。

「ふん、お茶会なんてくぅだらない。そんなの、どっかのお馬鹿な五女がやってればいいのよ。私には合わないわ。でもねぇ――紅茶の代わりにヤクルトを出すなら考えてもいいわよぉ?」

「残念だ。私と君は相容れないようだ」

「あらそう。まあいいわぁ。さあ研、さっさとムスカに化けたジュラル星人を倒しなさいよぉ」

「でもぉ、まだジュラル星人だと確認出来てないのに、ムスカ君を撃つ事なんて出来ないよ」

 研は躊躇いがちにそう言った。

「はぁ?貴方ねえ、今までに相手がジュラル星人の姿を現す前に撃ち殺した事、何度もあったでしょ!?何で、今に限って撃たないのよお!?」

 水銀燈は研に怒鳴る。この光景を見たムスカは口元に軽く笑みを浮かべ、研に話しかけた。

「研君、君は私を――ジュラル星人か何かと勘違いしているのではないのかね?」

「うん。銀ちゃんがムスカ君はジュラル星人だって言ったんだ」

「ちょっとぉ!なにチャージマン研がジュラル星人の話を真面目に聞いてるのよ!」

 ムスカは水銀燈を意に介さず、研に話を続ける。

「研君、話がある。私と手を組まないか?」

「何だって!?」

「私はジュラル星人ではない。そして、ジュラル星人が憎いのは私も同じだ。どうだね、君がジュラル星人を倒すのに私も協力しようではないか」

「その話――嘘じゃないな!?」

「騙されるんじゃないわよ!ムスカが言ってる事なんて、ジュラルの魔王とそっくりじゃない!やっぱりムスカがジュラル星人よ、研!耳を傾ける事無く、さっさとやっちゃいなさい!」

 声を荒げる水銀燈を見て、ムスカは小さく嗤った。そして、水銀燈に話しかけてくる。

「水銀燈さん、なぜ君は私をジュラル星人と見なしているのかね?見たところ、君の武器はその丈夫なパラソルで、カメラや鏡は持っていないようだが――」

「銀ちゃんは水たまりにムスカ君の姿が映らなかったって言ったんだ」

 ムスカの質問に研が答えた。

 それを聞いて水銀燈は舌打ちした。

 ムスカは高笑いをした後、水銀燈を向いて、話しかけて来た。

「水たまりか。それは不思議な話だな。私はこの島でそんなものは一回も見ていない。仮に前日に水たまりが出来るほどの雨が降っていたとしたら、地面はもっとぬかるんでいる筈だがね」

 ムスカは足で地面を蹴った。砂埃が舞い上がる。

「これを見たまえ。見ての通り、地面は乾いている。この島で前日に雨が降ったとは考えにくい。それなのに水たまりとは――奇妙な話もあるものだな。ハッハッハッハッハッ」

 ムスカの話を聞いて、水銀燈は苦虫を噛み潰したような顔になり、研は驚きに目と口を大きく開いている。

「どうだね、研君。これで分かっただろう、私がジュラル星人というのは、水銀燈さんの真っ赤な嘘だ。何故、彼女がこのような嘘をついたか――考えるまでもない、彼女がジュラル星人だからだ!」

「な、なんだってー!?」

「ま、待ちなさいよ!」

 水銀燈は慌ててムスカの考えを否定するべく、研への説得を試みた。だが、研の返事は歯切れの悪い物であった。その事が水銀燈を一層苛立たせる。

「ああもう、何なのよ!何で私がジュラル星人にされてるわけ!?委員会め、せめて鏡の一枚ぐらい支給品に入れてくれたっていいじゃないのよぉ!女心が分からない奴らね!」

「ハッハッハッ、追い詰められたジュラル星人というものは醜いものだな」

「何ですってぇ!?この私に醜いだなんて――ジュラル星人の分際で偉そうに――!」

 水銀燈はムスカを睨みつけ、ムスカは水銀燈を見下している。研だけは顎に手を当てて考え事に耽っていた。

「銀ちゃんとムスカ君の意地のぶつかり合いか、果たしてどっちがジュラル星人なんだ――!?ん、の意地――のいじ――のいぢ――いとうのいぢのイラストっていいよね」

「貴方、何がどうなってそういう発想になる訳ぇ!?ねぇ、ジャンク、説明しなさいよ。私もムスカも理解できるように説明しなさいよ。いえ、工場廃液ジャンクの説明なんて聞いたって理解出来ないわねぇ――」

「それは研君の説明力よりも水銀燈さんの理解力に問題があるのでは無いのかね?」

 ムスカは水銀燈を煽る。水銀燈は黙って歯を食いしばる。それを受け、ムスカは研に話しかける。

「研君、君の意見には私も同感だ。ハルヒ、シャナ、ななついろ★ドロップス、Another――私にも多大な影響を与えてくれた」

「うん、僕も大好きSA☆」

「フランシス・ベーコンの絵みたいな顔したジャンクが何言ってるのよ」

 研はシュルレアリスム作品の様な顔をして水銀燈を見やると笑った。

 水銀燈が苛立つ中、研とムスカは話に花を咲かせていた。その内容は水銀燈の耳にも入っていた。

 Anotherねぇ――クラスの鳴に言ったら喜ぶんじゃなぁい?いえ、鳴の名前はもう放送で呼ばれてたわね。でもアレは良かったわぁ。まずねぇ、作中に登場する人形の雰囲気が最高なのよぉ。やっぱり球体関節はいいわねぇ。私の語彙力じゃあ、美味く説明できないけれど。そしてオープニングがALI PROJECTなのが素晴らしいわぁ。禁じられた遊びや聖少女領域なんてとても素敵よぉ…。

 はっ!

 水銀燈はまたも研のペースに乗せられている自分がいる事に気づいて、頭を抱えた。顔を上げ、研を指さして叫んだ。

「いつまでジュラル星人と話してるのよ、チャージマン研!さっさとその子を殺しなさい!」

「う~ん、そう言われても僕困っちゃうなぁ~。どっちがジュラル星人かも分からないし、もういっそ、二人共ジュラル星人として撃ち殺せばいいんじゃないかな」

「終に本性を見せたわね、このサイコジャンク!」

「サイコジャンクって何だい、サイコ・ショッカーの仲間かい?」

 研に怒鳴る水銀燈を見て、ムスカはため息をついた。

「そろそろ尺稼ぎの為の不要な会話にも飽きて来たところだ――水銀燈さん、いやジュラル星人、さっさと正体を見せたらどうだ!」

 ムスカがゾリンゲン・カードを水銀燈へと放った。水銀燈はパラソルを持ったままその場にしゃがんだ。

 パラソルで自分の体を上から覆うようにして水銀燈は身を守った。またも、ゾリンゲン・カードはパラソルによってはじかれた。

「ふふ…ムスカのおバカさぁん。そんな宴会芸では私を殺せないわぁ」

 パラソルの中から水銀燈の声が聞こえて来た。ムスカは悔しそうにパラソルを睨みつけている。

「ムスカ君、何て酷い事を言うんだよ!」

「えっ」

 突如、研がムスカへ怒りをぶつけて来た。ムスカにとっても予想外の事であった。

「研君、どうしたというのかね、そんなに大声を出して」

「僕との会話を尺稼ぎの為の不要なものと言ったのは、聞き捨てならないね!」

「いや――実際に尺稼ぎか文字稼ぎだろう!私も皆もうんざりしているぞ!」

「他愛のない会話や冗談を楽しんでいるのを丁寧に描写する事で、後半の凄惨な展開に、より勢いが増すんじゃないか!」

 研はイングラムM10をムスカに向けた。

 ムスカの顔に同様の色が濃く表れた。

 研が自分の味方をしたという事で、水銀燈は勢いづいた。

「そうよ研。か弱い女の子に刃物を投げつけた極悪非道のムスカなんて、そのマシンガンで蜂の巣にしちゃいなさい!」

「水銀燈さん、君は辞書でか弱いという単語を引いてこい!」

「あらぁ――あんな失礼な事言ってるわよ。ジュラル星人でなくても、あんな事言う奴は生かしておいちゃ駄目ねぇ…」

「私をあまり怒らせない方がいいぞ――」

 ムスカは水銀燈へあっかんべをした。

「もすかう!?」

 研が反応した。

「研君、君のアホ面には心底うんざりさせられる。実質三千円のピザは無いが――君たちにはこれをプレゼントだ!」

 ムスカが煙玉を勢いよく投げつけた。煙が辺り一面を覆い隠す。

「あ~あ~、目がぁ~目がぁ~!」

 研の悲鳴が聞こえた。

「何で貴方がそれを言うのよ!それはムスカのセリフでしょうが!」

 水銀燈はパラソルの下でうずくまりながら叫んだ。

「ふう…閃光弾ではなくて良かった――」

 煙の中、かすかにムスカの声が聞こえた。

 水銀燈はしばらくうずくまって防御態勢に入っていたが、煙の中からムスカが攻撃を仕掛けてくることは無かった。次第に煙が晴れていき、視界も良くなってきた。

「はぁ…。大変な目にあったわぁ――。これもあのジャンクがさっさとムスカを殺さないからよ。それに私の嘘もばれちゃったみたいだし――ほんっとにつっかえないジャンクねぇ!」

 水銀燈の怒鳴り声が周囲にこだまするが、それに対する研の返事は無かった。

 水銀燈は疑問に思い、立ち上がって周囲を見回した。

 ムスカの姿は無かった。煙に乗じて逃げたのだろう。だが、研の姿も無かった。

 水銀燈は首を傾げた。

 

                *

 

 研は走っていた。

 ヤクルトの飲みすぎで研の尿意は限界に達していた。流石の研といえども、水銀燈のいる側で排尿とはいかない。煙玉で視界が悪くなったのをこれ幸いと思った研は、水銀燈から離れるべく走り出した。

 うん、ここならいいだろう。それにしても、銀ちゃんとムスカ君、どっちがジュラル星人なんだろう?銀ちゃんは違うね。じゃあムスカ君か?いや、まだ分からない。でもこの島のどこかにジュラル星人がいるのは間違いない。ジュラル星人め、僕がこの手で殲滅してやるぞ!

 

 

 

78

 ドナルド・マクドナルドとフランドール・スカーレットは最初の放送を聞いた後、時々休憩を挟みながら島を歩いていた。

 フランにとって、遊び相手を探すのが目的であった。だが、その相手は一向に見つからなかった。故に、フランは不機嫌であった。

 退屈で死にそう…。

 だが、フランにとって不愉快な事は遊び相手が見つからない事だけでは無かった。

 フランは自分の少し先を歩くドナルドを見た。

 道化師さんったら、遊ぶのが大好きなんじゃないの?それなのに全然遊び相手になってくれないじゃない!ああ、ホントに退屈。やる気のない相手と遊んでもつまらないけど、暇潰しぐらいにはなるよね?

 そう思って何度後ろから飛びかかろうと思ったか。だが、ドナルドの手にある丸太の存在がフランにとって非常に煩わしかった。

 なんで、よりにもよって道化師さんの見つけた武器が丸太なのよ!吸血鬼相手に木の杭、ましてや丸太なんて相性最悪よ!日没から夜明けまで開いてるバーでも、死に包囲された村でも、そして何より彼岸花咲き誇る島でも――吸血鬼相手に丸太は効果抜群なの!

その時、笑顔のドナルドが振り返った。

「フランちゃん、まだ歩けるかい?」

「歩けるに決まってるでしょ。むしろジッとしてたら死にそう。あー、でもお腹減ったな、道化師さんの事食べていい?」

「ドナルドマジック!」

 ドナルドが指を鳴らした。だが何も起こらない。そのドナルドの姿を呆れた目でフランは見ていた。

「――何してんの?」

「いやあ、いつもならドナルドマジックでハンバーガーやナゲット、フライドポテトにハッピーセットぐらい出せるんだけどなあ。んー、やっぱりこの島じゃあ、こういう能力は使えないみたいだね。残念だなあ、調子狂っちゃうよ」

「今更何を言ってるの?それに私、ハンバーガーよりも、ねるねるねるねやヴェルタースオリジナルが食べたいんだけど。持ってない?」

「はあ?フランちゃん、言葉遣いには気をつけなくちゃ駄目だよ。言ってはいけない事もあるからね。もう一度悪い事を言ったら、マックシェイクの代わりに発毛剤飲ませるぞ」

「はいはい、私が悪かったわ。じゃあ、モスバーガーやバーガーキングで我慢するから。別にケンタッキー・フライド・チキンでもいいけどね」

「アラーッ!フランちゃん、一度口から出た言葉は取り消せない、言葉には気をつけないとって言ったよね?ドナルドも今回ばかりはちょっと怒ってペニーワイズになりそうだよ」

「へー、いいじゃん。ペニーワイズって子供にしか見えないんでしょ。つまり私は道化師さんを見る事が出来なくなるんでしょ?このイライラも解消されるね」

「いやいや、フランちゃんは子供でしょ?ドナルドの事が見えるに決まってるさ」

「は?私、こう見えて495歳ですけど」

「子供というのは、年齢、身長、肉体、顔つきといった外的要素ではなく、精神という内的な――」

「オーケイ、分かった。道化師さん、私をバカにしてるでしょ。それだけで、遊び相手になってもらうには十分すぎる理由ね」

 道化師さんの真っ白な顔をそのアフロと同じくらい真っ赤に染めてあげる。

 ――あれ?

 突如、フランは違和感を持った。フランは目を細め、ゆっくりと周囲を見回した。

 ふーん、なんだか嫌な感じ。

「ねえ道化師さん、支給武器の中に自分の姿を隠したり、相手から気づかれなくしたりする武器ってない?」

「んー、それに当てはまるのは透明マントかな。支給されたのはこいしちゃん――」

ドナルドは口元を押さえ、目を見開いた。その顔には冷や汗が浮かんでいる。

「ありがとう。それだけ分かれば十分」

 フランは口元に笑みを浮かべた。目も楽しそうに輝いている。

 ドナルドも丸太を手に持ち、周囲に気を配る。

「道化師さん、後ろ!」

 フランが叫んだ。ドナルドは「フッ!」という掛け声と共に、自分の後方を丸太で突いた。

 だが丸太が標的を捉えた事は無かった。

「んー、逃したかな?」

「何やってんのよ!」

 フランは叫んだ後、再び周囲の気を窺う。だがそれは非常に困難であった。ドナルドも同様に辺りを見回していた。

「もしもし、私、メリーさん。今貴方の後ろにいるよ」

 ドナルドの後ろから声がした。

 空中に突如火炎放射器が現れ、ドナルドの頭を目がけて火が噴き出した。

「道化師さん!」

 ドナルドは咄嗟に身を屈めて、火をかわした。

「おっとっと――危ない危ない。熱っ!」

 側頭部に手を触れたドナルドは熱さで手を離した。

 噴き出された火が直撃する事は避けたドナルドだったが、側頭部を火が掠めていた。火が掠めた為、ドナルドの髪の毛の一部が焦げていた。ドナルドの手には焦げた髪の毛が付着していた。

「アラーッ!ドナルドの自慢のアフロヘアが――焦げちゃった――」

 ショックでドナルドは地に崩れ落ちた。

「元々アフロヘアなんだから多少焦げても違い無いって。気にするな!」

 フランはドナルドをなじった。そして、すぐさま視線を移した。

 その先には、透明マントを脱いだ古明地こいしが立っていた。その手には火炎放射器が握られている。

「妙な気配がしたと思えば――やっぱりこいしね。普段の貴方なら一切関知出来ないけど、この島では違うから」

「久しぶりフラン。残念ながら元気そうね」

「そう見える?遊び足りなくて欲求不満なんだけど。それよりも――こいし、貴方のその手にある火炎放射器、永沢の武器でしょ。永沢を殺して奪い取ったのね」

「心配しないで。ちゃんと永沢君は水葬に処しといたから」

「はぁ!?こいし、永沢のこの島での変化を知らないの?今の永沢は水葬なんかしたって喜ばない。ちゃんと鳥葬にしなさいよ!」

「二人共、ドナルドの髪の毛を気にしてはくれないのかい!?」

「だから――元からチリチリアフロヘアなんだから、変化無いって言ったでしょ!」

「その髪型も似合ってるよドナルド君」

 二人の女子の非情な対応を受け、アラーッと言いながらドナルドは後ろに倒れた。倒れたドナルドの事を一切気に掛ける事無く、フランとこいしは向き合った。

「こいし、私今とっても退屈なの。遊んでくれるよね?」

「面倒だから嫌」

 瞬時にフランはこいしへと飛びかかった。フランは手を伸ばし、こいしの首を爪で引っ掻こうとする。

 こいしは冷静に後ろへ跳んでフランの攻撃をかわした。すぐさまこいしは火炎放射器をフランへ向け、火を放った。フランは素早く地面を転がって火をかわす。

「フランちゃん!武器の事もあるし、君は火に気を付けてー!」

「分かってるって!道化師さん、これ持ってて!」

 フランは持っていたバッグをドナルドへ投げつけた。ドナルドは慌ててそれを掴んだ。中を開き、入っていたスマートボムが無事である事を確認し、ため息をついた。

 それからフランとこいしの戦いが始まった。フランは素早く手や足でこいしを狙う。だが、こいしの体を捉える事は無い。一方のこいしは火炎放射器でフランに火を放つが、フランもそれを華麗にかわし続ける。

 このままでは埒が明かないのか、二人は転がっていた石や枝を投げつけ合う。だが、常日頃から弾幕遊戯に勤しんでいるフランとこいしにとって、この程度の石ころをかわす事など造作もなかった。お互いにグレイズを稼ぎつつ、飛び道具をかわしていた。

「アハハハハ!楽しいね!楽しいよね、こいし!」

「そう?」

 フランの真紅の瞳は喜びに満ちていた。一方でこいしの無機質な瞳は何の感情も表していない。

 その時、遠く離れた場所で煙が立ち上った。

 フラン、こいしの二人共動きを止めて煙を見た。それはドナルドも同様であった。

「煙玉――ゴローちゃんか?」と、ドナルドが呟いた。

「あーあ、もう飽きちゃった。フラン、全然攻撃当たらないんだもの」

「私はようやく面白くなってきた所なんだけど。それに遊戯は難しい方が面白いじゃん。Easyモードじゃつまらない、やっぱりLunaticモードじゃないとね」

「それ、Extraの私達が言うと違和感あるよ。じゃあねフラン」

 そう言うと、こいしは火炎放射器から火を放った。フランは後ろに跳んでそれを避けた。

 炎が晴れた時には、こいしの姿が無くなっていた。

「あー!!いない!こいしの奴、逃げやがった!何よ、折角面白くなって来たのに!」

 苛立ち気にフランは地団駄を踏んだ。

「ああもう――行くわよ、道化師さん!」

「ええっ、行くってどこへ?」

「あそこの煙が上がった所に決まってるでしょ!あそこに誰かいるのは間違いないし、こいしもそれであっちへ行ったんでしょ!」

「ええ…まあ、それも考えられるかな」

「でしょ!さあ立ってよ道化師さん、こいしを追うわよ。遊びの途中で逃げ出すなんて許せない。それに他の子が見つかるかもしれないでしょ。遊び相手は多ければ多いほど楽しいもの!」

 そう言うと、フランは煙の上がった方へと走り出した。

「フランちゃん、バッグ忘れてるよ」

 ドナルドもフランの後を追うべく立ち上がった。

 

【女子10番 フランドール・スカーレット】

【身体能力】 A 【頭脳】 C

【武器】 スマートボム

【スタンス】 楽しく遊ぶ

【思考】 こいしを追って遊びの続きをする

【身体状態】 かすり傷あり 【精神状態】 正常

 

【男子18番 ドナルド・マクドナルド】

【身体能力】 A 【頭脳】 A

【武器】 全参加者武器シート、丸太

【スタンス】 生き残る

【思考】 困ったなあ

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

【女子05番 古明地こいし】

【身体能力】 B 【頭脳】 B

【武器】 透明マント、鱧切り包丁、火炎放射器

【スタンス】 皆殺し

【思考】 お家に帰りたいなー

【身体状態】 正常 【精神状態】 正常

 

 

 

79

 ふぅ…。

 水銀燈はため息をついた。水銀燈は今、非常に心地よい気分だった。まるで、長年煩わされてきた問題が解消したかのような心地よさであった。

 やっとあの邪魔くさいジャンクから解放されたのね。ああ、肩の荷もおりて肩が軽いわぁ…。

 笑みをたたえた水銀燈は嬉しそうに左右の肩を回した。心理的なストレスで凝り固まった体をほぐすかのように、水銀燈は両腕を高く上に伸ばした。

 なんていい気分!ああ、あのジャンクがいなくなるだけで、こんなにも違うものなのね!ああ――目に見える木々、体を打つ風、大地を踏みしめる感覚、これら一つ一つがこんなにも美しいなんて!最高よ!一つ問題点を挙げるとすれば、未だくぅだらないプログラムの渦中って事ね。でも、もういいのよぉ。冷静に考えれば、うちのクラスにはムスカみたいに進んでプログラムに参加する子ばっかり。そういう子達が勝手に殺し合えばいいのよ。そしたら生き残るのは、隠れて戦おうとしない臆病な子ぐらい。そんな子達、私でも簡単に殺せるわぁ!それに私にはこれがあるの。

 水銀燈はパラソルを見た。先程のムスカのカード攻撃から水銀燈を守り切った武器である。ムスカのカードを受けながらも、パラソルには傷一つついていない。

 パラソル――貴方は本当に優秀で立派ねぇ…。どっかの頭ジャンクとは大違い。貴方さえいれば、私は無敵よ。剣も銃も、貴方を傷つけることは出来ない。貴方が私を守ってくれれば、私は最後まで生き残れるのよ――。

 水銀燈はパラソルを閉じて抱きしめた。

 ガコン。

 軽い音と共に、水銀燈の頭に痛みが走った。

 痛っー!

 水銀燈は殴られた頭を両手で押さえてしゃがみ込んだ。そして、ゆっくりと首を回して後ろを見た。

 そこには両手にアメリカン・バトルドームを持った佐天涙子が立っていた。佐天の体には緑色の妙な液体が付着していた。

 へぇ…。佐天涙子、貴方がプログラムに乗って――そして私を襲うなんてねぇ――!

 頭の痛みに耐え、ゆっくりと水銀燈は立ち上がり、佐天を睨みつけた。

「ひっ――こ、こんにちは、水銀燈さん」

「あらぁ…。面白いわねぇ、全身緑色のその姿。貴方がプログラムに乗ってるなんて想像もつかなかったわぁ」

「アハハ…ご、ゴメンなさい」

「謝る事なんて無いわよぉ――。だって――この島ではこれが生きる為のルールだもの!」

「ひぃっ!」

 水銀燈は痛む体に鞭打ち、パラソルを握って振り上げた。

 その瞬間、水銀燈の後ろから美樹さやかが飛び出し、水銀燈に体当たりを仕掛けた。水銀燈が前のめりに倒れた。倒れた水銀燈の上にさやかが飛び乗ってその体を押さえつけた。さやかの体にも佐天と同様に緑色のものが多く付着していた。

「さやか――貴方達、二人で組んでいたのね。フン、弱い奴程群れたがるって訳ね――。それに――貴方達の体に付いた緑色のそれ、一体何よ!?汚くて、醜くて、滑稽ったらありゃしない――」

「ああ、これ?」

 さやかは明るい声で懐から、緑色のソース、新感覚ソース・大草原を取り出した。それを見せびらかすように手で回した。

「これはソースよ、緑色だけどね。こんな色だから美味しいだけじゃなくて、別の使い道があったんだ。緑色のソースをあたしと佐天さんの体に塗りたくって自然と同化するってワケ。その名もステルス作戦。効果は覿面、あのムスカですら、森の中で隠れたあたし達を見つける事は出来なかったんだから!」

「へぇ――でもぉ、そんな事をベラベラと喋っていいのかしらぁ?」

「自分で考えた名案ってのは、どうも人に話したくなっちゃうんだよね。それにさ――今から死ぬアンタになら話したって問題ないでしょ。冥途の土産って奴よ」

 さやかは倒れた水銀燈から体を上げる。すぐさま、水銀燈を仰向けにし、その腹の上に乗っかった。

 このぉ――!

 水銀燈は手に持ったパラソルでさやかを殴ろうとするが、パラソルはあっさりとさやかに掴まれた。さやかはパラソルを掴んだ手を回し、水銀燈からパラソルを奪い取った。さやかはパラソルを遠くへと投げ捨てた。

 水銀燈は憎らし気にさやかの目を見た。さやかの目は普段とは異なった暗い目をしていた。

「ふっふっふー。さあ水銀燈さん、念仏でも唱えたらどう?佐天さん、例のモノを!」

「えっ!?本当にアレをやるんですか!?」

「やると言ったらやるよ!やらないとあたし達がやられるからね!」

「は、はいいいい!」

 佐天は慌ててバッグを開けた。その中から、アメリカン・バトルドームに付属した大量のボールを取り出した。

「そ、そのボールで何をするつもりよ!」

 水銀燈はさやかを払いのけようとするが、手足を押さえつけられていて出来なかった。そんな水銀燈に跨ったまま、さやかは佐天から大量のボールを受け取った。

「このボールで何するかって?こうするのよ――ボールを相手の口へシュゥゥゥゥゥーッ!」

 さやかは掴んだ数多のボールを水銀燈の口元へ押し込んだ。

 むぐっ!?ごほっ!?もごっ!?

 水銀燈は悶えながら必死にボールを吐き出そうとする。

「超!エキサイティン!」とさやかが叫んだ。

 水銀燈は必死に頭を振って口からボールを吐き出した。未だ口の中にはボールが残っているが、辛うじて呼吸は出来た。

「はあ――はあ――貴方ってほんとバカじゃないのぉ!」

「――知ってるよ!」

 さやかは水銀燈の頭を押さえつけた。そして水銀燈の口を無理やり開いてボールを流し込む。先ほどの様にしてボールを吐き出せない水銀燈の意識が遠ざかっていく。

「佐天さんも手伝って!ボールを水銀燈の鼻にシュゥゥゥゥゥーッ!するのよ!」

「ご、ご、ごめんなさい、水銀燈さん!」

 さやかに命じられた佐天は水銀燈の鼻の穴にボールを押し込んだ。さやかも絶えず水銀燈の口にボールを押し込み続ける。

 く、苦しい――。何よ――これで死ぬってワケぇ?バッカみたい…。イかれたあの子に付きまとわれ、ようやく振り切ったと思えば、次はこんなお馬鹿さん達にバカな殺し方されるなんて――冗談じゃないわぁ――。

 息苦しくなった水銀燈の意識は次第にかすれていった。鼻と口に無数のボールをシュゥゥゥゥゥーッ!された水銀燈の呼吸は止まった。

 

【女子08番 水銀燈 死亡】

【生存者 残り19人】

 

 

 

80

 水銀燈は口と鼻にバトルドームのボールを大量に詰め込まれた状態で動かなくなっていた。

 さやかは水銀燈が動かなくなったのを確認した後に立ち上がった。

 佐天はさやかの側で震えていた。さやかは佐天に近づいて肩を叩いた。驚いた佐天の体が跳ね上がる。

「お疲れ佐天さん、ステルス作戦成功だよ!」

「何言ってるんですか!そんな――あたし達、突然の事とはいえ、何てことを――」

「仕方ないって。こうでもしないと、あたし達が殺されていたんだから。見たでしょ、水銀燈が傘で佐天さんを殴ろうとしたのを」

 佐天は何も言えなかった。

 さやかは先ほど投げ捨てたパラソルを拾い上げた。

「傘だね、こりゃ。水銀燈も外れ武器だったのか。これじゃあ佐天さんとの決着もまだ先だね」

 さやかは振り向いて佐天に話しかけた。だが佐天の返事は無かった。佐天はただ一点を見つめていた。

「何々?何かあったの?」

 声を弾ませてさやかは佐天に近寄り、佐天の見ている方向を見た。

 そこにいたのは人だった。

 イングラムM10マシンガンを手にした泉研がいた。




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り19人】


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13話

ポケモン映画の女の子ではフルーラ、カノン、リサが好きです(隙あらば自分語り)
ピングーinザ・シティ、新エピソード、やったー!

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
○ 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
○ 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
○ 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り19人】


81

 美樹さやかと佐天涙子の目の前に立っていたのは泉研だった。

 泉か、相手にとって不足は無いね!ステルス作戦が使えないのが残念だけど!

 さやかは新感覚ソース・大草原とパラソルを持って構えた。その目はしっかりと研を捉えている。

 だが、研はさやかと佐天を見てはいなかった。さやかと佐天の後ろ、ボールを詰め込まれて動かなくなっている水銀燈を見ていた。

 研はゆっくりと首を回した。次に研の視線はさやかの持つパラソルへと向けられた。

「アッ!」と言うと研は両目を見開いた。

 しばしの間、研、さやか、佐天の三人の間に沈黙が訪れた。

「ああ――この沈黙に耐えられない!佐天さん、バトルドーム借りるよ!」

 さやかはソースをしまい、佐天の持つアメリカン・バトルドームを手に取った。パラソルとバトルドームをそれぞれの手に持ち、研へと駆け寄る。

「そうか、クラスメイトの中にジュラル星人が!」

 研はイングラムM10をさやかに向けた。

 一瞬の出来事だった。

 イングラムM10から放たれた銃弾がさやかの体を貫いた。さやかは体中から血を流しながら倒れた。

 さやかは既に動かなくなっていた。

「ひっ!?」

 倒れたさやかの姿を見て、佐天は青ざめ、その場に座り込んだ。

 研はへたり込んだ佐天を見た。

「ジュラル星人か!ヨーシヒトマトメニカタヅケテヤル」

 再びイングラムM10から数多の銃弾が放たれた。佐天の体は銃弾に貫かれた後、沙耶かと同様に地に倒れた。その体が再び動く事は無かった。

 研は黙ったまま、変わり果てた姿のさやかと佐天に近づいた。

 さやかと佐天の体は、先ほどまで彼女ら二人が体に付けていた緑色のソースと、銃弾による真っ赤な血で汚れていた。

「緑色の血…。二人はアンデッドだったのか!」

 研は叫んだ。

 沈黙が訪れた。

 研の発言に対する返事は一切なかった。

 ツッコミ不在の中、一人でボケる事は非常に虚しい。

「可哀そうな銀ちゃん…」

 研は水銀燈の支給武器であったパラソルを拾い上げた。

 

【男子04番 泉研】

【身体能力】 A 【頭脳】 E

【武器】 イングラムM10、パラソル

【スタンス】 この島にいるジュラル星人を皆殺し

【思考】 ジュラル星人を殺す

【身体状態】 正常 【精神状態】 発狂

 

【女子17番 美樹さやか 死亡】

【女子06番 佐天涙子 死亡】

【生存者 残り17人】

 

 

 

82

 山村貞子は今も島内を走っていた。

 クラスメイトを見つけて戦いを止める。

 貞子の考えは未だ変わっていなかった。

 普段から特に運動をしていない貞子にとって、不慣れな島を走り回る事は決して楽な事では無かった。走る過程で何度もつまずき、転んだ。それだけでなく、北条沙都子との戦いで傷も負った。

 普段の運動不足がたたり、貞子の両足は悲鳴を上げていた。

 それでも貞子は走り続けていた。

 誰か――誰かいないの!?

 そう思いながらしばらく走り続けた貞子。遂に貞子の歩みが止まる時が来た。

 貞子の目の前に奇妙な物体があった。

 それは地中に頭を埋めて逆立ちとなり、両足をピンと伸ばした男子生徒であった。

 犬神家の一族の有名なワンシーンを想像して戴きたい。

 疑問に思いながら、貞子は地中から生えた足を指でつついてみた。

「デリシャス!」

 地中から声が聞こえた。

「だ、誰なの!?」

「助けてほしければ、20円ください!??」

 貞子の呼びかけに対し、地中からの返事があった。貞子は首を傾げ、地中から生えた右足の薬指をつまんだ。

「ぎゃひ~ん♪」

 またも地中から声が聞こえた。

 貞子は地中から生えた左足の親指の爪を剥がしてみた。

「うひゃひゃひゃひゃぁぁん…♡」

 甘い声が聞こえた。

 この足の正体がいよいよ分からなくなった貞子は、自分の長い前髪を一本掴んだ。そして、その髪を地中から生えた右足の中指の爪の間に差し込もうとした。

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 叫び声と共に、足が地中から上空へと飛び上がった。その衝撃で勢いよく砂が舞い上がる。だが、貞子は長い前髪を地面にまで垂らしているため、前髪に砂がかかるも、顔は無事であった。

 地面から飛び出した男子生徒は空中で回転しながら降りてくる。だがその男子生徒は華麗な着地を決める事は出来ず、回転したまま勢いよく地面に体を打ちつけた。

「まさよしーーーーーーーーーーーー!!!」

 誰っ!?

 男子生徒は悲鳴と共に口から勢いよく血を噴きだした。

 ああっ!あなたは!

「じーさん!」

 貞子は地面で震えているじーさんに声をかけた。

 じーさんは口から血を流しながらも瞬時に立ち上がり、貞子の顔を見た。

「何すんだテメエエエエエエエエエエ!!!!爪の間に髪の毛を刺すとか、完全に極悪人の発想じゃねえか!ボルメテウス・サファイア・ドラゴンに勝るとも劣らない極悪っぷりだな!キレるぞ!他のパワー6000のクリーチャーをすべて破壊した後、このターンの後にもう一度自分のターンを行うぞ!!」

「落ち着いてじーさん!ボルバルザークは既にプレミアム殿堂入りよ!」

 貞子はじーさんを落ち着かせるべく、最近のデュエル・マスターズについてゆっくりと語った。まず貞子はじーさんがカード化した事について話した。だがじーさんは自分の事ゆえに既に知っていたのか、さほど驚きはしなかった。だが、覇王ブラックモナークがカード化したと聞かされた時のじーさんの驚きは大きかった。さらに、解体人形ジェニーのイラストが可愛らしくなったと聞かされた時、じーさんは両目と舌が前に勢いよく飛び出すほどに驚いた。

 驚き疲れたじーさんは肩で息をしながらも、落ち着きを取り戻した。

「迷惑をかけてメンゴメンゴ貞子。で、ワシに何か用か?」

「じーさん、クラスメイト同士で殺し合うなんて間違ってるわ。だから私は皆が戦うのを止めないといけないの。じーさんも協力してくれる?」

「なーんだ、そんな事か!それならクラスで最強のこのワシが、貞子が嫌になるまで協力してやるぜー!」

 じーさんは貞子の願いを二つ返事で聞き入れた。

「本当に!?ありがとうじーさん!あなたは最高のクラスメイトよ!」

 貞子は喜びを露わにじーさんの両手を掴んだ。それから貞子とじーさんは全身で喜びを表すかのように、手を取り合ってダンスを始めた。

 殺し合いが行われている島では不釣り合いな光景だった。だが、今の貞子はそんな事を考えてはいなかった。

 殺し合いに反対する仲間にようやく出会えた喜びで貞子は満たされていた。

 ダンスをしている貞子の顔には笑みがこぼれていた。長い前髪によって、外から見ることは出来ないが。

 じーさんも汚い笑顔で踊っていた。

 しばらく踊り続けて満足した後、多少息を乱しながら貞子はじーさんに問いかけた。

「ねえ、じーさん。あなたが私の味方をしてくれるのはとっても嬉しいわ。でもね、争い事は避けて欲しいの。ほら、じーさんがクラス最強だとしても、戦っている皆を止める時には暴力ではなく、話し合いで止めるようにして欲しいのよ」

「なんじゃ、そんな事か。貞子、お前はワシが言う最強の意味を勘違いしているようじゃな」

「へ?」

「いいか貞子。ワシはな、相手の強さを正確に推し量る事に関しては、近所の杉本さんに次いで自信がある。そして相手がワシより強いと分かれば戦わない!ワシより強い奴と戦わなければ負ける事は無い!ゆえにワシは負けることが無いから最強なのじゃ!」

「なるほど!つまりじーさんは戦わずして勝つという事ね!」

「たぶんそう!!!!????」

「素晴らしいわじーさん!あなたこそ私が求めていた理想の人よ!さあ、一緒にこの戦いを止めましょう!」

「当然じゃ!この島で安全に生き抜く方法を熟知したワシに任せろ!わははははははははは!」

「うふふふふふ!」

「でべべべべべべべ!あ、待って、笑い過ぎてケツからチクワ出そう」

 

【女子21番 山村貞子】

【身体能力】 E 【頭脳】 D

【武器】 スーパースコープ、ハイドラパーツX、伸縮サスペンダー

【スタンス】 戦いを止める

【思考】 この調子で皆の戦いを止めましょう!

【身体状態】 中ダメージ 【精神状態】 正常

 

【男子09番 じーさん】

【身体能力】 D 【頭脳】 E

【武器】 リボルケイン

【スタンス】 プログラムを安全に生き抜く

【思考】 29話!

【身体状態】 小ダメージ 【精神状態】 正常

 

 

 

83

 フランドール・スカーレットは煙が上がった場所目指して走っていた。そこにいけば誰か遊び相手がいると思ったからである。

 だがその期待は裏切られた。

 フランは足を止め、周囲を見回した。近くに遊び相手の気配は一切なかった。

「はぁー、つまんなーい。結局ここも外れかー」

 フランはため息をついた。その後を追うようにしてドナルド・マクドナルドが走ってやって来た。

「はあ――待ってよフランちゃん。急に走り出したりして、誰かに襲われたらどうするんだい?」

「それなら楽しくていいんだけどね」

「ドナルドとしてはそうなる事は出来るだけ避けたいんだけどね。――あれ?」

 ドナルドは遠くを見つめた後、ゆっくりと歩き出した。そして、地面を見た。

「ん?何かあった?」とフランが言ってドナルドの側に駆け寄った。

 そこには地面に倒れたうさみちゃんの変わり果てた姿があった。うさみちゃんの体には一枚のトランプのカードが突き刺さっている。

「うさみちゃんか。頭の良いうさみちゃんなら面白い遊び相手になってくれると思ったのに――残念。ねえ道化師さん、このうさみちゃんの体に刺さってるのって――」

「ゾリンゲン・カード、ムスカ君の武器だよ」

「やっぱりね。ムスカはまだ生きていて、存分に遊んでいるって事か。羨ましいなー。ま、いっか。ムスカとのリベンジマッチに期待って事で」

 それからフランは目を閉じて、周囲の音を聞くことに専念した。だが、すぐに目を開いた。

「あーあ、ダメ。こいしの気配はないや。さっきの煙はきっとムスカとうさみちゃんのどちらかが戦いの中で上げたものか」

「いや、そうとは限らないよ」

 ドナルドが地面を指さして言った。

 ドナルドは地面に複数人の足跡が残されている事に気づいた。

「これらの足跡は新しいものだ。数からして、ムスカ君とうさみちゃん、恐らくこっちへ逃げたこいしちゃんの物もあるだろうね。でもそれでもまだ足跡が多すぎる。あと一人か二人ぐらいここにいたかもしれない――」

 ドナルドは腕を組んで考え込んだ。

 先ほどの煙が煙玉によるものだと考えているドナルド。煙玉を支給されたのは井之頭五郎だが、残された足跡はどれも決して大きくはなく、五郎がここに来たとは思えない。

「誰かがゴローちゃんから煙玉を奪ったのかな――?」

 ドナルドはつい、自分の考えを口に出した。

 だがフランは聞いていなかった。

 少し前には、ここに大勢の生徒がいた。その楽しそうな輪の中にまたも自分が混ざれなかった事がフランにとって不満であった。

 ドナルドはしゃがみ込み、うさみちゃんの手に握られている半分になったひらりマントを抜き取った。

「んー。これは結構良いかな」

「何その布切れ?使えるの?使えるなら私に頂戴」

「説明するより見せた方がいいね。フランちゃん、このマントを殴ってみてくれるかい?」

 フランはドナルドの手に握られた布を目がけて蹴りを入れた。それと同時にドナルドが布を振るう。フランの足が布に触れると同時に、フランの蹴りが跳ね返される。そのままフランの体は宙を舞うが、フランは華麗に着地した。

「ちょっとフランちゃん!殴れとは言ったけど、蹴れとは言ってないよ!」

「その布に攻撃すれば良かったんでしょ。で、何その布。私の蹴りが簡単に止められるなんて信じられないんだけど」

「これはひらりマントって言ってね――」

 ドナルドはフランにひらりマントの効果について説明した。半分にされたひらりマントが未だその効果を失っていない事は確認できた。だが、布が小さくなった事による使い勝手の悪さ等の問題点もあった。

 だがフランはドナルドの説明を聞いているうちに飽きてきて、説明が終わるころには欠伸をしていた。

「つまりそのマントは相手の攻撃を跳ね返せるマントなんでしょ。防御用じゃん、興味ないわ」

「それじゃあ遠慮なくドナルドが頂こうか、嬉しいなあ」

「――ねえ、道化師さん」

「何だい?」

「退屈」

「じゃあお喋りしよう。ドナルドはお喋りが大好きなんだ」

「嫌」と言うとフランはドナルドを指さした。

「道化師さん、その丸太、私に頂戴。それで遊べば少しは暇潰しになるでしょ」

「お断りさぁ☆」

「何でよ!そのマントが有れば、攻撃から身を守れるんでしょ?だから私が我慢してその丸太で道化師さんを攻撃するから、道化師さんがいつまでマントで身を守り続けられるか、ね、やってみようよ」

「このマント、本来の半分だから小さくてね。そんなモノでフランちゃんの攻撃をいつまでもいなし続けられるか、ドナルドにはそんな自信がないね」

「私だって丸太を持ってたら普段の力は出ないから大丈夫よ。だからさ――ねぇ遊ぼう?」

 フランが両手をドナルドへ伸ばしてゆっくりと歩み寄る。

 ドナルドは笑顔で後ずさる。

 その時であった。

 島の至る所に設置されたスピーカーから音声が流れだした。

 

 

 

84

 やる夫、やらない夫、阿部高和の3人は今後の動きについて話し合っていた。

「やる夫から二人へ問題だお。皆でこの島から脱出するために必要な事は何だお?」

「まず首輪の解除が最優先だろ、常識的に考えて」

「ああ。この首輪がある限り、俺達は島から出られない。委員会の奴らと戦うとしても、首輪を何とかしない事には始まらねえな」

「その通りだお!」と言うと、やる夫は力強く地面を叩いた。

「では次!どうやって首輪を解除するお?」

「そうだな――衝撃を加えると爆破するから、力づくでは外せないな。俺達はこういった機械は詳しくないから、解析も出来ないし――」

 顎に手を当ててやらない夫は考え込んでいる。

「いや――そんな事をしなくてもいい方法が一つあるんじゃないか?」

 阿部がそうつぶやいた。

 流石阿部さんだお!やる夫の考えに気づいたお、間違いない!

 やる夫は内心で喜んだ。

「それなら阿部さん、言ってみるお」

「いや、俺の考えは恐らくやる夫の考えと同じだろう。やる夫、お前の口から言ってくれ」

 ほう――やる夫と同じ考えか、流石は阿部さんだお。

「くっそう、阿部はともかく、やる夫でさえも気づいた首輪の解除方法か――。既に亡くなったクラスメイトを探し、その首輪で実験するか――!?」

「おいこら、やらない夫。それはちょっと非人道的な考えだお。ドン引きだお」

「う、うるせー!俺だってそれぐらい分かってるぜ。これはあくまで仮の話だ!」

 そう言うとやらない夫は両手で自分の頭を抱えて考え込む。だが、名案は思い付かないようだ。それを見かねたやる夫は、ゆっくりとやらない夫に近づき、肩を叩いた。

「無理して考え込まないでいいんだお、やらない夫。やる夫が教えてやるお」

 ドヤ顔で言った。

 やらない夫は歯を噛み締めながら、体を小刻みに震わせていた。

 もう少し煽っていたいけど、これ以上煽るとキレやすいやらない夫は本気でキレるお。

 やる夫はキメ顔でやらない夫を指さした。

「首輪を解除する為にやる夫が考えた作戦、それはBR法委員会のビルへの突入だお!」

「――――は?」

 やらない夫は前のめりになって口を開いた。

 やらない夫――やる夫が考案した作戦のあまりの素晴らしさに感極まって、放心してるお!ならばもう一度!

「BR法委員会のビルに突入して首輪を解除するお!」

「はあああああああああああああ!?」

 やらない夫は大きく叫んだ。

「お前――お前は何を考えているんだあ!?」

 やらない夫はやる夫の両肩を掴んで揺さぶる。

「ハハハッ、やっぱりやる夫は俺と同じ考えだったか」

 阿部はこの光景を見て笑った。

「落ち着けお、やらない夫!」

 やる夫はやらない夫の手を振り解く。

「何も、やる夫はただ考えなしに言ってるんじゃねえお。委員会の奴らがあの建物でやる夫達の首輪を管理してるのは確実だお。だからそこに入りこみ、首輪の管理権を奪えば、やる夫達、いやクラス全員の首輪を解除できるんだお!」

「――そ、そうだな。確かに、それなら首輪を解除できるかもしれないだろ――。非常に危険だが、俺達で首輪をいじくるよりは望みがあるな――」

 やらない夫は納得したかのように頷くが、未だやる夫の案に賛成とは言い難いようだ。

「だがやる夫、どうやって侵入するんだ?入り口はストームトルーパーが大勢警備しているし、仮に進入できてもビル内には恐らく監視カメラがある。侵入がバレる、いや、侵入の為にストームトルーパーと戦うだけで、俺達の行動が委員会にバレて首輪を爆破されかねない。これらの問題はどう思う?」

 阿部がやる夫に尋ねた。

「心配無用だお!」

 やる夫が力強く胸を叩いた。そして、やる夫が口を開こうとした時である。

『あーテステス、生徒諸君。BR法委員会の利根川だ。これから放送を行うので、しっかりと聞くように…』

 スピーカーから利根川の声が聞こえて来た。

 折角やる夫が妙案を言おうと思ったのに!少しだけ待って欲しいお!

 やる夫はやらない夫と阿部の顔を見た。放送が始まると分かると、二人共顔つきが先ほどとは変わって真面目なものになっている。

『それでは、前回の放送からこれまでに死んだ生徒の名を死亡順に読み上げる。一度しか言わないから聞き逃さないように…。女子14番、北条沙都子。男子06番、井之頭五郎。女子16番、まっちょしぃ。女子20番、山田葵。男子14番、獏良了。男子17番、ベネット。男子13番、永沢君男。女子11番、ちゅるやさん。女子04番、日下部みさお。女子01番、うさみちゃん。女子08番、水銀燈。女子17番、美樹さやか。女子06番、佐天涙子。以上。死者の追加は13人だ。これまでの死者は28人。生き残っている生徒は17人だ。少し落ちているぞ…ペースが!もう少し頑張って殺し合うように。出来る事なら、次の放送を行うまでには決着が付く事を祈っている。今後も仲良く殺し合うように…』

 そして利根川の放送が終わった。

「さらに13人も死んでしまったのか――」

 やらない夫が呟いた。

 えーと、名前を呼ばれた女子は――9人。ううっ、これで残っている女子は7人。酷過ぎるお…。

 やる夫は地面に両手をついた。

「そうか――。バクラも山田さんも亡くなったか――」

 阿部は悲しげな表情でそう言った。

 そして、阿部は再び口を半開きにして目を閉じた。阿部なりの黙祷だった。

 やる夫も同様に目を閉じた。

 二人を見て、やらない夫も目を閉じた。以前の放送の時は黙祷しようとは思わなかったやらない夫だが、今回は違った。

 これまでに、何かしら小さな心境の変化がやらない夫には生じていた。

 

                *

 

「ポプ子ォ――ポプ子ォォォォォオオオ!」

 デデンネは怒りの雄叫びを上げていた。

 先のポプ子との戦いで、デデンネは支給武器であるジェットパックをポプ子の釘バットによって殴られた。それ以降、ジェットパックは動かなくなっている。

 ジェットパックを支給されたことで、デデンネは空を飛ぶ事の快感、及びじめんタイプの攻撃を一切受けなくなった悦びに満たされていた。だが、デデンネの自由の翼は突如、引きちぎられた。それも、自分の可愛さを理解しようとしないポプ子の手によってである。

「畜生――電気さえ、いつもの様に電気さえ出せればジェットパックの一つ、簡単に直せるのに――。ポプ子ォォォォォ!」

 デデンネはチャームポイントである前歯で歯ぎしりをしていた。

 その時、利根川による放送が始まった。一人一人読み上げられる生徒の名を、デデンネは嬉々として聞いていた。そして放送は終わった。

 やったでちゅ!私を食べようとしたゴローちゃん、強敵のまっちょしぃ、名前が呼ばれた順からして、相打ちになったでちゅ!私が直接手を下す手間が省けたでちゅ!しかし!ポプ子ォ!お前の名前が呼ばれてないでちゅ!やはりお前は私自ら始末するしかないようでちゅね!

 

                *

 

「え~、うさみちゃん殺されちゃったんですかぁ~」

 放送を聞いたベータはつまらなそうに言った。

 うさみちゃんとの戦いで負わされた左腕の傷には、既に最低限度の治療を施していた。

 ベータはその辺に落ちていた石ころを拾って投げ上げた。

「あーあ、私が見つける前に殺されちゃうなんて、つまんなぁい――この傷の借りを返してやろうと思ってたのによ!」

 ベータの目の色が青紫色になり、荒々しい口調でそう言った。

 ベータは落ちて来た石ころを空中で力強く蹴る。石ころは勢いよく海へと跳んでいった。

 

                *

 

 放送を聞き終えて、泉研はイングラムM10を握る手に力を込めた。

「こんなに多くのクラスメイトが殺されるなんて、これはひどい。皆の命を弄ぶ、残虐非道なジュラル星人め、必ず僕がこの手で滅ぼしてやる!待っててね銀ちゃん、君の墓前にジュラル星人の首を供えるからね!」

 

                *

 

ベネットが死んだか。これで俺の優勝への障害がまた一つ消えた。実に喜ばしい事だ。それにちゅるやさんもか。俺の口車に乗り、戦いを止めて無残に殺されたか。それとも、戦いの中で殺されたか。まあ、既に終わった事だ、どうでもいい。

 放送を聞き終えたヒューマンガスは仮面の下で嗤っていた。

 さて、今生き残っている中で、プログラムに積極的と思われるのは、ムスカ、スカーレット、デデンネ、ベータ、ポプ子――割と減ったな、素晴らしい。この5人とは会えば戦闘はほぼ避けられないだろう。遭遇するのは出来る限り避けたいものだ。

 泉、じーさん、マクドナルド、古明地、そして転校生のやる夫と委員会の差し金と思しきオルガ・イツカ、この6人については判断が難しい。クラスメイトでもある4人は何を考えているのかが判断しにくく、プログラムにもどのような姿勢で臨んでいるのか推測するのは困難だ。だが、用心しておくに越したことは無い。そして不幸な転校生、やる夫。体力、頭脳、人柄、全てにおいて未知数だが、ここまで生き残っている事からして、並みの奴ではあるまい。さらにオルガ・イツカ、何故奴はこのプログラムに参加させられたのか、それが分からない。この6人については発見次第、様子を窺い、隙をついて俺のタケコプターで殺すのがいい。

 そして、残りの阿部、マルフォイ、やらない夫、木之本、山村の5人、彼らこそが俺が出会いたい奴らだ。この5人はプログラムには消極的だ。阿部の奴は委員会への対抗手段を考えていてもおかしくは無い。残りの4人は、戦闘に関して優れている訳でもない。ここまで生き残っているのはどこかに隠れているからか。――いや、木之本と山村は行動力がある。この二人ならプログラムに反抗する仲間を集めて動く事も考えられる。いい男の阿部なら仲間を守ろうとするだろう。――もしや、この5人、いや別々かもしれないが、何人かで徒党を組んで委員会に対抗しようとしているのではないか。それならマルフォイとやらない夫が生き残っているのも納得がいく。

 この5人、それに未知の6人の内の誰かが組んで委員会に反抗するべく動いていたら、それは俺にとって非常に都合が良い。そいつらに協力する振りをし、隙をついて殺す。

 ヒューマンガスは今後の行動について考えていた。

 

                *

 

 放送を聞き終えた古明地こいしは伸びをした。

「私だって早く帰りたくて頑張ってるのに、さらに頑張れって言うなんて、利根川のおじさんったら、酷いなあ」

 無意識の内に、こいしはある一点を見ていた。

「まあいいや。この島で最後の一人になれば帰れるんでしょ?私以外、全員殺せばいいんだよね?」

 

                *

 

 木之本桜、ドラコ・マルフォイ、オルガ・イツカの3人は隠れたまま放送を静かに聞いていた。

「みさおちゃんも、さやかちゃんも、佐天さんも――うう…」

「そうだ――ベネットは確かに死んだんだ――」

 さくらとマルフォイはそれぞれ放送を聞いて打ちひしがれていた。さくらの目には涙が浮かび、マルフォイは唇を噛んでいる。

 だがオルガだけは違っていた。

 オルガは冷静に放送を聞いていた。

「クラスメイトの死は辛い事だ。だがいつまでも悲しんでたって、どうもこうもねぇ。俺達鉄華団は生きて帰るって決めただろ」

 オルガは両目を閉じ、腕を組んでそう言った。

 やっぱり――僕らはいつの間にか鉄華団の団員にされているみたいだ。

「うん――そうだよね。いつまでも泣いてたって何も変わらないよね。みんなで一緒に生きて帰る、その為にわたし達はわたし達が出来る事を頑張ろうって決めたもの」

 さくらは涙をぬぐう。

 木之本は鉄華団に関して、何にも疑問を持たないのか?

 オルガが目を開く。

「その意気だぜ。まだ計画の実行には必要な事がある。やるべき事をやるぞ」

「ああ、オルガの言う通りだね。やってやろうじゃないか。テンション高まるフォイ!」

 マルフォイは渾身のギャグを放った。場を明るくするためだ。

 だが、オルガとさくらの反応は乏しかった。

「――は?何だ、今のマルフォイの妙な語尾は」

「ああ、それはね、マルフォイ君の名前とかけた――」

「黙るフォイ!」

 滑ったギャグの解説をされるのは、聞いていて非常に恥ずかしい。

 

                *

 

 ポプ子はデデンネとの戦いで負った傷の治療をしていた。

 デデンネによるかまいたちでポプ子の体は傷つき、制服はボロボロになった。傷を水で洗ったポプ子は制服の一部を破って包帯代わりに巻き付けた。

 傷の治療を終えたポプ子は自分の制服を見た。かまいたちで切り裂かれた挙句、包帯代わりに破いたため、ポプ子の制服は見るも無残なボロボロなものとなっていた。

 これ――T.M.Revolutionみたいだ!

 ポプ子の制服は今や、魔弾~Der Freischutz~のPVの後半で西川兄貴が着ていた衣装の様である。

 エモ~い!!!これで強風が吹けば最高なんだけどなー。

 ポプ子は海に近づいた。塩を含んだ海風がポプ子の体を襲う。ポプ子の傷口に塩が染みる。

 いってぇー!だが風も吹いて来てイイ感じだな。よーし、気分良いから、私の好きなT.M.Revolutionの楽曲ベスト10でも紹介しちゃうか~。

 その時、利根川の放送が始まった。放送を聞いている間、ポプ子は終始笑っていた。だが、放送が終わるとポプ子の顔から笑みは消えていった。

 アァン!?デデンネにじーさん、まだ死んでねーのかよ!?往生際の悪い奴らだ。災害老爺や珍獣なんかは早く処刑されて世の中にその愚かさを詫びろ。

 

                *

 

「やっぱりムスカもこいしも生き残ってるわけね。あっ、レールガン持ちのベータもまだ生きてるじゃん。そう来なくっちゃ、私以外の誰かに殺されたら面白くないもん」

 放送を聞き終えてフランドール・スカーレットは笑みを浮かべた。

「ねえ、道化師さん。まだ生き残っているのって誰?」

「今、フランちゃんが言った3人を除けば、阿部君、研君、じーさん、ヒューマンガス君、マルフォイ君、やらない夫君、さくらちゃん、デデンネちゃん、ポプ子ちゃん、貞子ちゃん、それに転校生のやる夫君とオルガ・イツカ君の12人だね」

 ドナルド・マクドナルドは指を曲げながら答えた。

「ふーん、まだ面白そうな子が何人か残ってるじゃん。やらない夫とかは逃げ隠れてそうで面白くなさそうだけど。転校生のやる夫君とオルガ君もやるじゃん。だっさいキーホルダーが支給武器なのにさ」

「だから、ダサくないって、カッコイイよ!それに説明したように、そのキーホルダーはただのキーホルダーじゃなくて――」

 

                *

 

 水銀燈は死んだのに、研は死んでいない。これはどういう事か。研が水銀燈をジュラル星人と見なして撃ち殺したか。それともあの後、二人が襲われ、水銀燈のみが殺されたか――。

 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタは考え事をしていた。

 研の武器は非常に欲しい物であったが、あの状況では奪えなかっただろう。このプログラムのそろそろ終盤戦といったところだ。私もトランプと煙玉だけでなく、銃火器といった強力で手に合った武器が欲しいものだ――。

 

                *

 

「まだ、みんな戦っているのね!早く私達で戦いを止めないといけないわ!沙都子ちゃんみたいな犠牲者はもうこれ以上出させないわ!」

 山村貞子はそう叫んで決心した。爪が割れて黒くなった指を折り曲げて、こぶしを握り締めている。

「永沢ーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!」

 じーさんもブリッジをしながら、永沢の名を叫んだ。

「じーさん――あなたも永沢君という大切な友人を失ったのね。その悲しみは痛いほど分かるわ――」

「いや、ただ大声を出したくなっただけじゃ。普段から声を出すよう習慣づけてないと、声が出なくなるからのう」

「なるほど――普段は誰かを驚かす時には声を出さないのだけど、私もたまにはやってみようかしら」

 この世のものとは思えないような声が、貞子の口から聞こえて来た。

「まだまだじゃな、それはただの声であって、芸術性が皆無じゃ」

そう言いながらも、貞子の声のあまりの恐ろしさに、じーさんは体を震わせ、涙を流しながら失禁していた。

「じーさん、そろそろ私たちも動きましょう。せめて今まで生き残った皆だけでも助けなくちゃ」

「おおっ、そうじゃな」

 じーさんは勢いよく走りだした。その後を貞子が必死に追う。

「ててててーてて、てっててててー」

「幽霊楽団?」

「お願いだから歌わないで」

 

                *

 

「気を取り直して、やる夫考案、ビルへの突入法を説明するお!」

 やる夫がそう言った。やらない夫は固唾を呑んで、耳を傾けていた。

「突入方法、それは――」

 やる夫、やらない夫、阿部の中で緊張が走る。

「正面突破だお!」

 やる夫は右手の人差し指をやらない夫に突き付けた。

 やらない夫は黙り込んだまま、やる夫の指を掴み、上へと曲げる。

「痛たたたた!上には曲がらねえお!やめろお、やらない夫!」

 やらない夫は指から手を離した。

「おいこら、やる夫!正面突破だなんて、不可能に決まってるだろ、常識的に考えて!もっとマシな作戦を言うかと思ってたのに――期待した俺がバカだっただろ」

「やらない夫がバカなのは周知の事だお。でも――男なら一度はやりたい正面突破。なあ、阿部さんもそう思うお?」

「いや――確かに正面突破の響きは魅力的だが、俺も今回はやらない夫に同意見だ。俺達三人だけ、加えて武器も使えそうなのはやる夫の剣のキーホルダーだけだ。これだけの戦力で、銃で武装したストームトルーパーらと戦うのはちと大変だぜ」

「そんな――やる夫の夢の正面突破が――」と言ったやる夫は落ち込んで、その場で体育座りをした。

 見かねたやらない夫が口を開く。

「ストームトルーパーに変装してビルへ入るのはどうだ?」

 やる夫が顔を上げる。阿部も興味を持ったような眼でやらない夫を見つめる。やらない夫が説明を続ける。

「ほら、ストームトルーパーだって、ビルの入り口付近に固まってるだけじゃなくて、その周辺の警備もやってるだろ。その中で、少数、2、3人で動いている奴らを見つけたら、不意打ちでそいつらを倒す。それから、奴らの武装を奪って俺達が身につける。外観だけじゃ、俺達を認識する術はないと思うだろ」

「なるほどな――。それなら、怪しまれずにビルへ入れるし、ビル内でも動きやすいな」

 阿部が続けた。

 でもやる夫は正面突破を捨てきれないお!

 内心でやる夫は思ったが口に出すのは止めておいた。

 

 

 

85

 ヒューマンガスは歩いていた。プログラムに乗らない生徒を探す為である。

 誰かの気配を感じるぞ――!

 ヒューマンガスは木の裏に姿を隠し、様子を窺っていた。すると、一人の女子生徒がやって来た。

 やって来たのはデデンネだった。背中にジェットパックを背負いながらも、素早く走っている。

 デデンネ――ライバルポケモン達を貶めるために、デマをネットに頻繁に書き込んでいるらしい。そういう奴ならこのプログラムにも積極的だ。大方、優勝してポケモン人気ナンバーワンの座を狙っているのだろう。プログラムに積極的な奴と会うとは不幸だな。

 ヒューマンガスはデデンネを観察する。

 支給武器はあのジェットパックか。他に銃火器類を持っている様子は無い。

 ――殺るか。

 プログラムに積極的な奴を残しておくと、後々不利にもなりかねん。それにデデンネ一匹、俺の戦闘技術とタケコプターの合わせ技でいつでも始末できる。

 ヒューマンガスは木の裏から姿を見せる。

「おい、デデンネ!」

 ヒューマンガスの呼びかけに、デデンネは走るのを止める。

「あっ!ヒューマンガス君!」

 デデンネはヒューマンガスに駆け寄る。ヒューマンガスも両手を広げてデデンネを待つ。デデンネがヒューマンガスの胸元に飛び込んだ。ヒューマンガスはデデンネを力いっぱい抱きしめた。

「痛い、痛いでちゅ、ヒューマンガス君!」

「ああ、済まない。つい、腕に力が入ってしまった」

 ヒューマンガスが腕を緩めるた。デデンネは地面に着地する。

「まあ私は可愛いでちゅからね。抱きしめる手に力が入るのも分かりまちゅ。それよりもヒューマンガス君、会えて嬉しいでちゅ。私、プログラムが始まってからずっと一人で――途中、ポプ子ちゃんに襲われてジェットパックも壊されたんでちゅ――。怖かったでちゅ――」

 ふむ――デデンネが言っているのは嘘か真実か。デデンネが積極的にプログラムに乗るなら、先ほど胸元に飛び込んで来た時に、何かしらの攻撃をしようとするだろう。だが、そんな事は無かった。まさかプログラムに乗っていない?いや、他人を油断させて利用しようとしている事も考えられる。ここは話を合わせるか――。

「それは災難だったな、デデンネ。だがもう安心だ。この俺がお前を守ってやろう。そして恐怖に終止符を打ち、この島から逃げ出すのだ!」

「わーい!ヒューマンガス君、カッコイイでちゅ!私もこんなプログラムには反対だったんでちゅ!ありがとう、今なら特別に、ほっぺすりすりしてあげまちゅよ」

「気持ちはありがたいが、今はやらねばならない事がある。こっちに来い」

 ヒューマンガスはデデンネを手招いて歩き出した。その後ろをデデンネが続く。

 ヒューマンガスは歩きながら、こっそりとデデンネの顔を窺った。

 デデンネは嗤っていた。

 やはり、腹に一物ありげな顔だな、デデンネ。

 ヒューマンガスはデデンネを警戒しながら歩き続けた。

「ここだ、デデンネ。ここを拠点として、俺は島からの脱出計画を練っている」

 ヒューマンガスは目の前の民家を指さした。

「本当でちゅか!やっぱりヒューマンガスは凄いでちゅね!惚れちゃいまちゅ!」

「冗談はいい。まずは入ってくれ」

 ヒューマンガスとデデンネは民家に入った。そして向き合うようにして座った。

「あーあ。歩き続けて疲れたでちゅ」

「喉が渇いてないか?俺が水を入れてやろう」

「お願いするでちゅ」

 ヒューマンガスは立ち上がって水道へ向かった。

 日下部が俺にやろうとした事と全く同じ事を俺がやるとはな――。

 ヒューマンガスはコップを二つ用意し、それぞれに水を入れた。

 この毒の効果、試してみるか。

 ヒューマンガスは懐から緑色の液体の入った三角フラスコを取り出した。

「何でちゅか、その液体」

 ヒューマンガスは驚いて振り向いた。

 デデンネがいつの間にかヒューマンガスの後ろにいた。

 ヒューマンガスといえど、デデンネのこの行動には驚いた。鉄仮面の下では呼吸が荒くなっている。

「これは――メロンジュースだ。冷蔵庫に入っていたのを見つけた。これを水で薄めて飲もうかと思ってたんだ」

 ――無理があるな。

 無茶苦茶な出まかせを吐いたヒューマンガス、鉄仮面の下は冷や汗で濡れている。

「そうだったんでちゅかー!私に隠れて自分だけ甘い汁を飲もうとするなんて、ズルいでちゅ!」

 ――は、ははは――。馬鹿だ。救いようの無い馬鹿だ、コイツは――!

「済まない。ちゃんとお前の分にも入れてやるから」

「駄目でちゅ!そもそもメロンジュースを水で薄めたら、マズくなるでちゅ!そんな貧乏くさい事はやめて、ジュースを渡すでちゅ!」

 ヒューマンガスは笑いをこらえるのに必死だった。この時ほど、鉄仮面をありがたいと思った事は無い。

 ヒューマンガスは三角フラスコをデデンネに手渡した。笑いをこらえているヒューマンガスの腕は震えていたが、デデンネがそれに気づくことは無かった。

 デデンネはヒューマンガスから三角フラスコを受け取ると、栓を外して飲み始めた。

 まさか、これほど簡単に毒殺出来るとはな――。デデンネを甘く見ていた。

「ぷは~っ」と言うと、デデンネは三角フラスコをヒューマンガスに投げた。それをヒューマンガスは片手で受け取る。

 ――軽いな。

 ヒューマンガスは三角フラスコを見た。中の液体は一滴も残っていなかった。

 飲み干した――!デデンネ、この液体を全部――!これでデデンネの死は確実!だが大誤算!この毒の遅効性、そしてデデンネの行動!これでは今後、誰かに毒を盛る事は不可能!

 内心で苛立つヒューマンガスをよそに、デデンネはげっぷをした。

「何でちゅか、このジュース、全然甘くなくて、不味かった――」

 デデンネの言葉が途切れた。ヒューマンガスはデデンネを見やる。

 デデンネの体は小刻みに震えている。

 始まったか。デデンネの死を見届けてやる。

 だが突如、デデンネの体に変化が訪れた。

 初めはデデンネの耳だった。デデンネの耳が大きくなったと思えば、次の瞬間には縮まっていた。再びヒューマンガスがデデンネを見た時には、デデンネの耳が縦長に伸びていた。

 変化が表れ始めたのは耳だけでない。デデンネの顔が平らに潰れ始めた。

 ヒューマンガスは自分の目を疑い、目を擦ろうとしたが、鉄仮面が邪魔して出来なかった。仕方がなく、自分の両目を力強く閉じたヒューマンガス。目を開けて、再びデデンネを見た時、デデンネの顔は上に細く伸びていた。

 鉄仮面の下でヒューマンガスの顔は冷や汗で一杯になる。

 これは――俺の見間違いや、幻覚の類ではない――!

 デデンネの作画が――崩壊している――!

 この事態に、ヒューマンガスは息を呑む。

 これがあの毒の作用なのか!?

 ヒューマンガスはデデンネの脈を確かめる為、デデンネの体に触れようと右手を伸ばす。

 バチッ!と大きな音がし、肉が焼けた臭いが生じた。

 ヒューマンガスは瞬時にデデンネから離れ、自分の右手の指を見た。ヒューマンガスの指先は黒く焼け焦げていた。わずかに煙も上がっている。

 感電――!

 指先の痛みよりも、デデンネに触れようとして感電した事実の方がヒューマンガスにとって重要だった。

 デデンネに触れようとして感電した。デデンネは体から電気を発生させる事が可能なのは、このクラスの者ならだれでも知っている。だからデデンネに触れて軽度の感電をしたとしても大した問題ではない。

 ――この特殊な島を除いては。

 この島で、特殊能力の類が封じられているのはヒューマンガスも知っている。故に、ヒューマンガスはこのプログラムで優勝を狙えると考えた。

 デデンネもこの島では電撃を放てない。いや、電撃を放つなどあり得ない。

 そのあり得ないことが俺の眼前で起こっている。変化はデデンネの作画が崩壊を始めてからだ。電撃などあり得ない、いや、あってはならない――!

 あってはならない事を無くすため、ヒューマンガスは瞬時にタケコプターを右掌に取り付け、プロペラを回転させる。

「タ――タケコプター!」

 雄叫びを上げた。ヒューマンガスはタケコプターを使った掌底で、デデンネの体を引き裂こうと試みる。風を切りながら、タケコプターがデデンネの体に触れる直前である。

 デデンネの両目が赤く光った。

 デデンネの体から電撃が放たれた。

 デデンネの電撃による光こそが、今際の際にヒューマンガスが見た光景だった。

 民家の中が電撃で光り輝く。その直後、民家に火が上がる。瞬く間に火は燃え広がり、数分後には民家は焼け崩れた。

 デデンネだけが焼け跡に立っていた。

 

【男子15番 ヒューマンガス 死亡】

【生存者 残り16人】

 

 

 

86

 焼け跡に立ちすくんでいたデデンネは物思いに耽っていた。

 力が――戻って来た、いや、この力はいつも以上でちゅ!

 デデンネは自分の体内に意識を向ける。

 うぷぷ、私の体内に電気が溜まってるでちゅ。今朝以来の懐かしい感覚でちゅ。やっぱり、大切な物の価値は失ってから分かるんでちゅね。

 自分の体に力が満ちている事を実感したデデンネは、眼前にある一本の木へ向けて電撃を放った。デデンネの体から放たれた電撃は一瞬で木を消し炭にした。

 デデンネの口角が上がる。デデンネは大声で笑い出した。

 ついに手に入れたでちゅ!史上最強の破壊の力を!今の私はハピナスのHP!デオキシスアタックフォルムの攻撃と特攻!ツボツボの防御と特防!デオキシススピードフォルムの素早さ!これが私のメガシンカした姿、メガデデンネでちゅ!唯一神エンテイも、創造神アルセウスも今の私の足元にも及ばないでちゅ!今となっては私の敵は青版のけつばんとィ゙ゃゾ┛Aぐらいでちゅ!これで私は最かわで最強のポケモンでちゅ!

 デデンネはその場で笑い転げた。だがデデンネは自分の外観に起こった変化には気づいていない。

 デデンネは立ち上がって自分の背負ったジェットパックに電気を流した。ジェットパックが音を上げて息を吹き返した。

 フフフ――電気さえ使えれば、ジェットパックの故障なんて、簡単に直せるんでちゅよ。残念でした、ポプ子ちゃあ~ん。

 ふとデデンネの頭の中にポプ子の顔が思い浮かんだ。

 おっと、私は今、クラスメイトと殺し合うプログラムの最中でした。忘れて帰る所だったでちゅ。

 デデンネが首輪に手で触れた。そこから首輪に電気を流し込む。

 首輪がデデンネの首から外れ、地面に落っこちた。

 うふふふふ――やっと煩わしい首輪が外れたでちゅ。私はペットじゃねーでちゅ。さて――。

 ジェットパックを使い、デデンネは上空へ飛び上がった。そして、空中で待機し、眼下に広がる島を見下ろした。目と耳に意識を集中する。

 ふふふふふ――、見えるでちゅ、皆の慌てる姿が!聞こえるでちゅ、皆の戸惑う声が!

 デデンネは右手を高く上げた。

 さて、もうこの島に用は無いから、ジェットパックで飛んで帰ってもいいんでちゅが、折角参加したプログラムを途中で投げ出して帰るのは私の性に合わないでちゅ。それに、私も手に入れた自分の力を試してみたいし、散々私を痛めつけたポプ子ちゃんへの逆襲もしたいでちゅ。

 右手を上げたデデンネを中心として、島の上空に雷雲が広がっていく。瞬く間に島の上空全てが雷雲に覆われた。

「裁きの時は来た!ダァーーーーーーーーーーーッ!!」

 デデンネの叫び声と共に、島中に雷が降り注いだ。




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り16人】


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14話

この小説はまだ続くぞ…。ノーコメもありや。
8年だ、もう休暇は十分に楽しんだだろう、とある三期。
好きな子は佐天さん、フレンダ、アリサです。

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り16人】


87

 島中に雷が降り注ぐ。雷に打たれた木々はへし折られ、火の手が上がり始める。火は周囲の木を包んで燃え広がっていく。雷に打たれた民家も瞬時に壊れるか、火の手が上がって焼け落ちていく。島中に設置されたスピーカーは雷によって次々と壊されていく。島にそびえた灯台も雷を受け、音を上げながら崩れ落ちていった。

 デデンネは島の上空を覆いつくす雷雲の下で浮かんでいた。

 自分の手による雷の雨が、島中のあらゆる物を破壊していく。その光景はデデンネにとってこの上なく堪らない娯楽であった。

 デデンネを楽しませるのは、こうした破壊の光景だけではない。耳を澄ませば島にいる者たちの悲鳴、怒号、絶叫が聞こえてくる。

 島は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 みんなの声が聞こえてくるでちゅ。もっと私の力を恐れるでちゅ!

 作画の崩壊した顔でデデンネは文字通りに破顔していた。

 ふとデデンネは本部のツインタワービルを見た。その周囲には警備を行っていたストームトルーパー達がいる。ストームトルーパーの中には、上空を見上げている者、悲鳴を上げながら逃げ惑う者、その場に立ちすくんで動かなくなっている者、果敢にも雄叫びを上げながら上空へ銃弾を放つ者等、様々な者がいる。だが、その銃弾が上空にいるデデンネに届く事は無い。

 うぷぷぷぷぷぷぷ――滑稽でちゅね。

 デデンネはストームトルーパー達へ向けて電撃を放った。とっさの判断で逃げた者もいたが、その場で動けなくなっていた者、銃撃を行っていた者等、数人のストームトルーパーが電撃で犠牲になった。

 デデンネはまたも嗤っていた。

 おっと、私の相手はクラスの皆、委員会の奴らはおまけでちゅ。でも、おまけにはおまけなりの楽しみがあるんでちゅ。

 デデンネの雷がストームトルーパー達を蹂躙していく。だが、すぐにデデンネはビルから視線をずらし、島にいる生徒たちへと関心を向けた。

「クラスの皆さん、残念でちゅがさようなら」

 デデンネが右手を振り下ろす。デデンネの右手から巨大な雷が放たれた。

 

【女子12番 デデンネ】

【身体能力】 SSS 【頭脳】 E

【武器】 ジェットパック

【スタンス】 散々遊んでから皆殺し

【思考】 この私が!世界で一番!強いって事なんだよ!

【身体状態】 超人化 【精神状態】 正常

 

 

 

88

「うわああああああああああああっ!」

「ぎゃあああああああああああああああああっ!」

やる夫とやらない夫は悲鳴を上げながら、降り注ぐ雷から逃れるべく走っていた。

 二人の前を阿部高和が走る。阿部は走りながらも周囲に身を守る場所が無いか探していた。

 その直後、走るやる夫とやらない夫の後方に雷が落ちた。

「ひいいいいいいいいいっ!」

 その衝撃でやる夫とやらない夫は前へと吹き飛ばされた。やらない夫は何とか無事に着地できたが、やる夫はそのまま、前へと転がった。

「やる夫!」

「無事かやる夫!?」

 やらない夫と阿部の呼びかけに、やる夫はすぐさま起き上がって応じた。

「やる夫は大丈夫だお!それよりも二人共、足を止めては駄目だお、走り続けるんだお!」

 やらない夫と阿部は頷いた。そして3人は再び走り始めた。

「確かこの辺に、民家があった筈だが――」

 阿部は走りながらそう言った。

「あれじゃねえか!?」

 やらない夫がそう叫んで、指さした。その方向には民家が一軒立っていた。

「助かったお!雷が止まるまで、あそこで待機するお!」

 3人は民家へと駆け寄った。

 その3人の眼前で、民家に雷が落ちた。

 3人は腕を前に構え、その衝撃に耐えようとした。だが、やる夫だけは耐え切れず、今度は後ろに転げた。

 今の雷で民家は半壊となった。

「一体何がどうなってるんだお!?さっきまで晴れてたのに、突然雲が広がって暗くなったと思えば、雷は落ちてくるし、もうプログラムとか本部へ正面突破とか言ってる場合じゃねえお!」

「確かに妙だな。この雷、まるで俺達を弄んでいるかのように落ちてきやがる――」

「それはアレが原因じゃないのかい?」

 阿部が真上を指さした。

 やる夫とやらない夫も同時に空を見る。そこには作画の崩壊したデデンネが飛んでいた。

「――デデンネ?」

「えっ!?」

 呆気に取られたやらない夫とやる夫。その二人目がけて電撃が放たれた。

 その瞬間、阿部が走り、やる夫とやらない夫を掴んで雷をかわした。

「ありがとう阿部!」

「礼ならいらないさ。それより二人共、すぐにここから離れるぞ!」

 阿部が走り出す。その後をすぐにやる夫とやらない夫が追う。走りながら、やる夫は先ほどのやらない夫が言った事について質問する。

「やらない夫、さっき言ったデン助ってのは誰の事だお!?」

「デン助じゃなくて、デデンネ。クラスの女子生徒だよ。鼠の様な外見で、電撃を放つことが出来るんだが、空は飛べない筈だ」

「いや、空を飛んでるのは、支給武器の力によるものかもしれない。今更空を飛ぶ事を可能にする武器の一つや二つ、あっても可笑しくは無いぜ。それよりも俺が疑問に思ったのは、電撃の破壊力だ」

 やらない夫の説明に阿部が補足をする。

「確かに――デデンネの電撃がこれほどまでに強い筈が無いだろ、常識的に考えて。こんなの、伝説のポケモンに匹敵する威力だろ」

「ああ。だが妙なのはそれだけじゃない。やらない夫、さっきデデンネの姿を見た時、違和感を覚えなかったか?」

「あっ――確かに。いや、遠くてよく見えなかったから、確証は持てないが――」

「それでも構わないさ。お前が見て思った事を教えてくれ」

「そうだな――何か、体の形がいつもと違うっていうか、変っていうか――」

「俺もそう思った」

「ま、待って欲しいお。つ、つまり、この雷はクラスメイトの、そのデデンネとかいう人が落としてるのかお!?」

 やる夫の顔に驚きが大きく表れていた。

「そう考えて間違いないぜ、やる夫。ん、人?あれ人か?ネズミだろ。まあいいや、さっきから嫌がらせの様に俺達の周囲を狙った雷も、デデンネの仕業と考えれば納得がいく。デデンネは絶対に勝てる相手には、散々いたぶってから倒す傾向があるからな」

「だが不思議な事が多すぎるぜ、やらない夫。この島では特殊能力は使えない。デデンネの電撃も当てはまる筈だ。でも今ではデデンネは電撃を打ち放題、更にいつもとは比べ物にならない威力となっている。それに飛行能力まで得て、外見は作画崩壊でもしたかの様に変化している。これらは一体どういう事だ?」

「この世には不思議な事など何もないんだよ、阿部君」

 突如呼びかけられ、阿部、やる夫、やらない夫の3人は足を止めて背後を振り向く。

 そこにいたのは、ドナルド・マクドナルドであった。

ドナルドの後ろにはフランドール・スカーレットもいた。フランは笑みを浮かべて、上空を見ている。

 ドナルドは微笑み、自分の胸に手を当てた。

「ドナルドは勿論、デデンネちゃんに何があったか知ってるよ。驚いた?」

 

                *

 

「うわー。凄いなー」

 古明地こいしは降り注ぐ雷と、それによって破壊されていく島の光景を眺めていた。

「これなら私が皆を探して殺す手間も省けるかな。でも、こうなっちゃうと島から逃げ出そうとする子も出てきそう。それは困っちゃうな――」

 こいしは透明マントを被って姿を消した。

 

                *

 

「島にこんな雷が落ちるなんて!ジュラル星人の仕業に違いない!」

 研は上空に浮かぶデデンネを見た。

「あれも間違いなくジュラル星人――!」

 

                *

 

 オルガ・イツカ、ドラコ・マルフォイ、木之本桜の3人も雷から逃げ回っていた。オルガは右手を腰に当て、左手の人差し指を伸ばすという、独特の走り方で逃げていた。

「突然の雷だなんて、どういう事なんだ!?」

 走りながらマルフォイは慌てふためいていた。

「ねえ、見て、あそこ!」

 さくらが空を指さした。マルフォイとオルガもさくらが指さした方角を見た。そこにはデデンネが浮かんでいた。だが、彼らの場所からは遠く離れた位置にデデンネが浮かんでいるため、デデンネだと認識する事は出来なかった。

「ほ、本当だ、何かオレンジ色の物体が浮かんでいるようだな。木之本、あれがこの雷と関係しているとでも言うのかい?」

「ごめんね、そこまでは分からないの。でも、あのオレンジ色の物って何だか見覚えがあって――」

 さくらはレーダーを取り出してみたが、目的の相手はレーダーの範囲外にいるためか、レーダーには映らなかった。

 マルフォイはしばし考え込んだ。

「――デデンネ?」

「あっ!それだよマルフォイ君!あそこにいるのはデデンネちゃんだよ。きっとこの雷もデデンネちゃんが――」

「勘弁してくれ――」

 オルガが呟いた。マルフォイとさくらはオルガを見た。

「その言い方から、デデンネってのも、クラスメイトなんだろ。一体、どうなってやがる。このクラスは奇人、変人、超人たちの万国びっくりショーじゃねえか――」

 オルガはその場に座り込んだ。だがオルガの口角は上がっていた。

「オルガ君!?ここにいたら危ないよ!急いで安全な場所まで逃げないと!」

「安全な場所?この雷が自然なものと違って人為的なものの場合、止めるにはアイツ――デデンネを倒さなきゃならねえ。今は空を飛んでいるアイツが、地上に降りてきたら益々手が付けられなくなる。俺達、いや――誰もデデンネを止められねぇ。あの紫電の威力を見りゃ分かる。この島のどこにも逃げ場なんてねぇぞ」

「そんな…」

「オルガ――勘弁してほしいね。そんな事言われても困るフォイ!このまま僕らは無残に電撃で殺されるのを待てって言うのかい?」

「待ってくれ。まだ話は終わっちゃいねえ。確かにこの島には逃げ場なんてねぇ、一ヶ所を除いてな――」

 オルガは腕を上げ、ある一点を指さした。

 マルフォイとさくらはオルガの指の先を見た。

「「あっ!!」」

 二人は同時に驚きを露わにする。

 オルガは右目を閉じ、白い歯を見せるようにして笑った。

 オルガの指の先にはBR法委員会のツインタワービルの西棟入り口があった。

 

                *

 

 ベータは降り注ぐ雷の中を走っていた。ベータの瞳の色は青紫色になり、攻撃的な性格が前面に現れている。

「チッ!どうなってやがる、冗談じゃねえぞ!」

 ベータは雷の間をかいくぐりながら上空を見た。

 何だよあれ――。

 ベータは宙に浮かぶデデンネの姿を捉えた。雷が止んだ瞬間を見計らって、ベータはEM銃から数発の弾丸を上空のデデンネへ向けて撃った。だが光速の弾丸も、上空のデデンネを正確に捉える事は不可能だった。

 EM銃から放たれた弾丸はデデンネの側を飛んでいく。デデンネはそれを面白がって見ていた。弾丸が止まると、デデンネは返礼としてベータへと電撃を放った。

 持ち前の反射神経でベータは電撃をかわした。

「ふざけんじゃねえぞ!」

 ベータは悪態をついた。そのベータを煽るように、ベータの周辺で雷が落ち続ける。

 ベータはこの場から離れる為に走り出した。

「どこへ行こうというのかね?」

 あ?

 ベータはその足を止め、声のした方を向いた。

 ベータの視線の先に、一人の男子生徒が背を向けて立っていた。その男子生徒が振り向いてベータを見た。

 その男はロムスカ・パロ・ウル・ラピュタであった。ムスカはドヤ顔でベータを見ると鼻で笑った。

 そしてムスカは再びベータに背を向け、数多の落雷で破壊されていく島の光景に見入っていた。

「素晴らしい!最高のショーだとは思わんかね?ハッハッハッ、見ろ人がゴミのようだ!ハッハッハッ――」

 ムスカかよ、面倒臭えなこんな非常事態に――。

 ベータは自分に背を向けているムスカを背後から撃ち抜こうと、EM銃を構えた。

「ハッハッハッ、私と戦うつもりか?――今となってはそれが無意味だという事ぐらい、君なら分かるだろう?」

 ムスカはベータに向き合った。サングラスの奥にあるムスカの目は笑っていた。

 

                *

 

 回転宙返りを行いながら、ポプ子は雷をかわし続ける。

「カスカスカスカスカスカスカス!」

 ポプ子は口から不満をぶちまける。

 この雷はポプ子を煽るかの様に、ポプ子の近くに落ち続けているが、ポプ子本人を狙ってはいない。雷から逃げ惑うポプ子の姿をあざ笑っているようだ。

目を血走らせ、ポプ子は空を見上げる。

 この憎らしい雷が、仇敵であるデデンネの仕業という事実がポプ子の怒りの炎に油を注いだ。

「カスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスカスゥーー!!」

 ポプ子は両手で空に中指を突き立てた。

 ふと視線を感じたポプ子は振り返った。

 背後に未だ倒れずに残っていた木の後ろから、山村貞子が体をのぞかせていた。

「ザァダコザァン!ナズェミテルンディス!!」

 その貞子の下からじーさんも姿を現した。

「なんだ…?テメェ…」

 ポプ子、キレた!!

 

 

 

89

 BR法委員会のツインタワービル内は、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっていた。

 突如超人へと覚醒したデデンネが島中に雷を落として島を破壊していくというこの事態に、黒服たちもパニックに陥っていた。ざわ…ざわ…と不穏な空気が委員会の管理部屋を包んでいく。

 だが利根川はまだ冷静であった。否、利根川もこの非常事態に動揺していた。だが、ここで自分の醜態を晒せば、部下たちへの混乱は広がり、手が付けられなくなる。利根川は冷静であろうと努めていた。

 利根川が大きく手を叩いた。

「うろたえるな、お前ら――!このワシが付いている!」

「と、利根川先生――!」と、黒服たちがどよめく。

 黒服たちは一斉に利根川を見た。

「いいかお前ら…。慌てていては何も解決せん。落ち着いて…まずは深呼吸…!」

 ざわ…ざわ…。

 顔に冷や汗を浮かべた黒服たちだが、利根川の指示通りに深呼吸を行った。ざわついていた空気が次第に落ち着いていく。

「落ち着いたか…。さて、まずは…被害報告!この島で今、一体何が起こっているかを報告しろ!」

「はっ!」と、黒服たちは威勢よく利根川に返事した。

「利根川先生!島の東側の森林では雷による火災が発生しています。火は激しさを増して、燃え広がっているようです!」

「西側の森林でも同様に火災が発生しています!」

 黒服たちが報告を始めた。利根川はそれ等の報告を、落ち着くよう努めながら聞いていた。

「なるほど――。火災は放っておいて良し!」

「ええっ!?」と、黒服たちは驚きを露わにする。だが、利根川はそれを意に介さなかった。

「考えてみろ――。森林が燃えれば、そこに隠れている生徒たちの逃げ場がなくなるという事だ。さらに、この火災に巻き込まれる生徒もいるだろう。生徒の数が減り、逃げ場、隠れ場もなくなるという事は、プログラムの終結が近づくという事で、我々にはむしろ好都合…!それに、このビルは外部からの火災に負けるほど弱くない…!我々は安心…!」

 利根川の返事に黒服たちは安堵の表情を浮かべた。

「で、では利根川先生!島の民家も雷で同様に焼け崩れていますが、これも問題ないと…!?」

「ああ。生徒の隠れ家が焼失するなら我々には問題ない」

 利根川が頷き、黒服たちから歓声が上がった。

 火事…!まさに委員会にとって、デデンネの雷は対岸の火事…!

「利根川先生、島中に設置したスピーカーも雷で全て壊されてしまいました…!」

 この報告に、他の黒服たちは慌てた。だが、利根川は違っていた。

「それも構わん…一向に!どう考えても今回のプログラムの優勝者は、この雷騒ぎの張本人で間違いない。だから不要…!これ以上の放送も…!放送の為のスピーカーも…!ところで…まだ分からんのか…この怪現象の原因は…!」

「は、はい!で、ですが、島に設置したカメラも雷によって大半が機能を停止し――」

「だが、過去の映像は記録として残っているだろう。それに衛星もあるんだ、それを使え!」

「分かりました!」

 黒服たちは一斉に作業に取り掛かった。それを見て利根川は、一旦落ち着くべく、煙草を取り出した。

 流石に今回のプログラムは特殊過ぎたか…。まさか、唯一神様の能力封じを打ち破る生徒が出てくるとは…。優勝はこの生徒で間違いない。だが、この生徒が我々に牙をむく事も考えられる。島中の兵力を結集、かつ唯一神様にも後でこの場を治めるのを協力してもらわねば…。

「た、大変です利根川先生…」

「今度は何だ?」

「こ、壊されました…灯台が…!」

 は…?壊された…灯台が…!?

「利根川先生!今入ったのですが、本部周辺で警戒に当たっていたストームトルーパー達に落雷が直撃したようです!死者、怪我人多数!現在、確認にあたらせていますが、この雷の中では困難で――」

 利根川は動揺し、火を付けようとした煙草を床に落とした。

 駄目だ――ここでワシまで取り乱すわけにはいかん…!

 利根川は灯台に関しては無視、ストームトルーパーには引き続き警備、及び今後の戦闘に備えるように命じた。

 この島にいるストームトルーパーは、委員会が集めた多重債務者、及び人を銃で撃ちたいと自ら志願してきた者たちからなる。故にストームトルーパーがどれだけ失われようと、委員会にとって痛手とはならない。

「利根川先生、解析が終わりました。モニターに映像を映します!」

 黒服が機械を操作すると、部屋に設置されたモニターに映像が映り出す。利根川を始め、部屋中の黒服がモニターに見入った。

 モニターに映し出されたのは、デデンネがヒューマンガスから緑色の液体を受け取って飲み干した場面だった。この直後、デデンネの体に変化が起こり始め、デデンネが電撃を放った。この電撃で、ヒューマンガスは民家諸共に倒れた。

 間違いない…あれは、超人化の薬…!飲めば巨大化して死ぬという、毒薬としての扱いだった筈…。

 ケニー・マコーミックの支給武器としたが、そのケニーが開始前に死んだため、最後の出発となった日下部みさおに支給した。それがヒューマンガスの手に渡り、最終的にデデンネの物となったのか――。

 そうか…!この女子生徒、デデンネは体も小さく、体の作りも他の生徒とは大きく異なる…!だから、正常に超人化の薬が作用しなかった!巨大化はせず、ただ強力な力のみを得たという事か…!

 利根川は歯を食いしばる。

 次に、スクリーンに映し出されたのは、現在上空を飛び回っているデデンネの姿だった。

 何だこの珍妙な姿は…。まるで作画崩壊…!そうか、これが影響…超人化の薬の体への…!

 いやっ…!これは…まずいっ…!

 突如…利根川を襲った違和感…!そう、注意してみなければ気づかない。しかし利根川は気づいてしまった…!いや、必然気づいてしまう…!なぜなら…利根川は今まで数々の死闘を…気づきによって乗り越えて来た勝者だから…!

 利根川の視線はスクリーンに映し出されているデデンネの首元に釘付けになっていた。本来、参加した生徒の首には管理用の首輪が装着されている。男女、身長、体格、能力を問わず全員に。その首輪がデデンネの首からなくなっていた…!

 ぐ…が…!

 利根川は倒れそうになったが、意地でこの場をしのいだ。すぐさま内線で首輪管理室にいる黒服へ繋いだ。

 利根川は首輪管理室の黒服にデデンネの首輪を確認するように命じた。

 黒服からの返事は次のようなものであった。

「利根川先生…!デデンネの首輪は既に外されています…デデンネ本人による電撃で…!こうなってはもう不可能…デデンネの命の管理も…プログラムの進行も…!」

 利根川は内線を切った。デデンネが自分で首輪を解除したという事実に、室内の黒服たちは騒めき立つ。

 だが利根川だけはデデンネへの対抗策と、このプログラムを最後まで行う事を考えていた。利根川は勢いよくマイクを取ると、ビル周辺、ビル内部、及び、海上で警備にあたっていたストームトルーパー全員に向けて放送した。

「これより、我々は女子12番デデンネを全力で始末する!ビル周辺のストームトルーパーと海上警備のストームトルーパーは上空のデデンネへ攻撃!ビル内部の者で半分はそのまま警備、残りの半分は外での戦闘に参加!以上だ!」

 利根川はマイクを切った。そして椅子に座った利根川はため息の後、口を開いた。

「使うぞ…ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を…!」

「ええっ!?使うんですか、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を…!」

 利根川のこの命令に、黒服たちの間で衝撃が走った。

 蓮見聖司はこの様子を黙って見ていた。そして蓮実は誰にも気づかれる事無く、静かにこの部屋から立ち去った。

 

 

 

90

 やる夫たちの前に突如現れたドナルド・マクドナルドとフランドール・スカーレット。緊張が走る中、やる夫が口を開いた。

「アンタ――ペニーワイズかお!?今度はやる夫に何をオススメしに来たお?そう何度も騙されないお!」

「へいジョージ、今日オススメのハンバーガーは――って違うよ。ドナルドです。ドナルド・マクドナルドです、やる夫君」

「やる夫の名前を知っている――まさかやる夫のファン…!」

「違う違う。今朝君はドナルド達の前で自己紹介したじゃないか」

「ああ、そうだったお。覚えていてくれて嬉しいお、ドナルドさん。――で、そこにいる、金髪ロリは一体――!?」

「うるさい、キモいな白饅頭」

 やる夫が悲鳴を上げ、エビぞりをしながら倒れた。

「白饅頭――俺は違う。俺はキモくない。今のは俺の事じゃない――」とやらない夫はぼやいていた。

「彼女はフランドール・スカーレット。フランちゃんとでも呼んでね」

「何で私の呼ばれ方を道化師さんに決められなきゃならないのよ」

「じゃあフランたんでいいかお?」

「黙れ白豚」

「ぶひぃぃぃぃぃいいいいい!」

 顔を赤らめてやる夫は悶えている。一方でやらない夫は顔を抱えている。ドナルドはやれやれだとでも言うように肩をすくめた。

 再び、彼ら5人を目がけて雷が落ちてくる。悶えていたやる夫とやらない夫も瞬時に反応し、全員が雷をかわした。

「楽しいねデデンネ!貴方がこんなに凄い雷を放てるなんて知らなかったわ!でも、いくら速くても動きが単調ね。もっと弾幕を張るぐらいやってみなさいよ」

「挑発は止めて、フランちゃん!ドナルド達は弾幕ごっこをしたくない!」

「なあ、ドナルド、聞かせてくれないか。デデンネさんに何があったのか。この異常事態は何なのか」

 阿部がドナルドに尋ねた。ドナルドは頷き、右手の人差し指を立てながら説明した。

 デデンネの飛行能力は支給武器のジェットパックによるもの。この怪現象は恐らく、ケニー・マコーミックの支給武器である超人化の薬によるもの。本来、ケニーは開始前に首輪を爆発させられたため、この薬が出回る筈はない。だが、残った薬を委員会が誰かに与え、それが巡り巡ってデデンネの手に渡り、デデンネが飲んだと考えられる。

「ってとこかな」

「なあマクドナルド、何でお前はそんな事を知ってんだ?」

「ドナルドです、やらない夫君。ドナルドは何でも知ってるんだ。勿論、君たちの武器も知ってるよ」

 やる夫、やらない夫、阿部は驚いて身構えた。

「ハイハイ、そんな大したことじゃないって。道化師さんの武器は私達全員の支給武器とその効果について書かれたシートなだけだから」

 呆れたようにフランが言った。

「そうかい。で、ドナルドにスカーレットさん、あんたらは俺達にご親切にそれを教えに来てくれたのかい?それとも何か目的があるのか?」

 阿部が尋ねる。

「んー、私は阿部さん達とも遊びたいけどね、今はもっと面白そうな子がいるから」

「なら、フランちゃん。やる夫と禁じざるを得ない遊戯を――」

「やる夫、少し自重すべきだろ、常識的に考えて」

 騒ぐフラン、やる夫、やらない夫を横目で見たドナルドは阿部に向き合う。

「デデンネちゃんを止める。それに君たち3人の力も貸して欲しいんだ」

 阿部とやらない夫が驚きを露わにする。やる夫だけは目を輝かせた。

「阿部――こいつらを信じるか?」

 やらない夫が阿部に耳打ちする。阿部はやらない夫の顔を真っすぐ見た。

「やらない夫、疑いたくなるお前の気持ちも分かる。でもな、この二人が俺達を倒そうとしてるなら、こんな話をする必要は無いはずだ。俺達にデデンネさんの説明なんかせず、雷に俺達が追われていた時に不意打ちで仕留めてただろうよ。俺は二人――ドナルドとスカーレットさんを信じたい」

「やる夫は力を貸すお!よく分からないけど、やる夫の手助けが必要なのは分かったお!そんな事言われちゃ、断るなんて出来ないお」

 やる夫は意気揚々と言った。

 やらない夫はそれを聞いて脱力した。

「分かっただろ。お前ら二人がそう言うのなら、俺も信じてみるよ」

 やらない夫の発言を聞いて、ドナルドはランランルーをした。

「話を遮って悪かった、ドナルド。さあ――話を続けてくれ」

「超人と化したデデンネちゃんを止めるのに、今のドナルドとフランちゃんでは不可能だ。でも、このままデデンネちゃんを放っておけば、ドナルド達全員が死ぬ。だから、デデンネちゃんを止めるのを協力してほしいんだ」

「デデンネさんを殺すのか?」

「出来れば殺さずに済ませたいけど――難しいと思う」

「そうか――何か考えはあるのか?」

 ドナルドは抱えていた丸太を地面に置いた。そして懐から半分になったひらりマントを取り出した。そして簡単にこれらの武器の説明をした。

「ドナルドはこれらの武器を持っている。入手経緯については聞かないでくれると嬉しいなぁ。それにフランちゃんがスマートボムという凄い威力の爆弾を持ってるんだ」

「その爆弾をデデンネにぶつけるのか?」

「今のところはね。ただ、一つ大きな障害がある。阿部さん、君たちの武器も教えてくれないかい?」

「おいおいマクド――いや、ドナルド、お前なら武器シートとやらで知ってるんだろう?」

 やらない夫が言った。ドナルドは首を横に振る。

「支給武器しか分からないさ。君たちがどういう経緯で誰の武器を手に入れたのかは分からないんだ。ドナルドだって支給武器以外の物を持っているしね。」

「――確かに俺達はある奴との戦いを経て、そいつの武器を手に入れた。言い訳がましいが、俺達は故意に襲ったわけじゃない」

「ドナルドも似たようなものさ。残念だけど、ここでは仕方がない事さ。やらない夫君、そこまで後ろめたく思わなくてもいいんじゃないかい?」

「そうか…」と言うと、やらない夫は両目を閉じてため息をついた。そして口を開く。

「俺の武器は支給された拡声器。それと――カイザギア」

「リュウセイ君の武器か――」

 ドナルドは静かに言った。

「やる夫の武器は剣のキーホルダーだお!」

 そばで聞いていたやる夫が答えた。

「あーあれかー」と、フランが詰まらなそうに言った。

「俺はバクラが投げつけて来たレコードを持っている。支給武器は使っちまったよ」

 阿部は漫画のページで作った紙製のスカートを指さした。

「レコード!?」

 ドナルドが驚いた。ドナルドは阿部にレコードを見せてくれるように頼んだ。阿部も受諾し、レコードを手渡した。ドナルドはそれを両手でそっと受け取ると、じっくりと観察した。

「間違いない――。これはキチガイレコードだ。これならデデンネちゃんを殺さずに済むかもしれない――」

「本当か!?」

「うん。でもやっぱり一つ大きな障害があるなぁ――」

「ドナルド、さっきから言ってる、その障害ってのは何だ?」

「――委員会のビルに侵入する必要があるんだ」

「なーんだ、それならやる夫達と目的は一緒だお!」

 やる夫が大声でドナルドに話しかけた。

「何々、貴方達、委員会のビルに突撃するつもりなの?」

 フランが楽しそうにやる夫に話しかける。

「そうだお!この雷騒動が無ければ、今頃やる夫たちは委員会のビルの中だお!」

「ほら、聞いた道化師さん?私と同じ考えの奴が他にもいるって言ったでしょ。ビビってるのは道化師さんだけじゃん」

 ドナルドが気まずそうに頬を描いた。やらない夫はフランと目を合わせないようにしていた。

「で、やる夫、どうやってビルに入ろうとしてたの?」

「それは――正面突破だお!」

 やる夫が嬉々として叫んだ。ドナルドは「あら~っ」と言って後ろに倒れた。やらない夫は放心したように膝をついた。

「やる夫君の頭はハッピーセットかよ…」

 ドナルドがぼやいた。その肩をやらない夫が静かに叩いた。ドナルドは振り返る。

「やらない夫君――そんな顔して、大丈夫かい?」

「大丈夫だ。放心したような顔を瞬時に作れるのは俺の――特技?特技なのか?なんか嫌だろ――」

「ええ…」

 この二人と異なり、阿部は先ほどと同様に笑みを浮かべている。フランは目を大きく見開くと、瞬時にやる夫に近寄り、やる夫の両手を握った。

「やるじゃん、やる夫!アンタも私と同じ考えを持ってたなんて、見直したわ!」

「やる夫はやる時はやるお。やりまくるお!」

「ハハッ、俺もやる夫の考えに賛成だ。男は度胸!何でも試してみるのさ」

「私は女だけど。でもさあ、そこに度胸の無い男が二人ほどいるんじゃない?」

 やらない夫がムキになって立ち上がった。

「待て、俺は何もビルに正面突破で侵入するのは反対じゃないんだ。ただ正面突破よりも安全な策を提示しただけだろ」

「ドナルドも反対じゃない。ただ、もっと簡単で安全な方法がないか考えていたのさ」

「そうやってすぐに言い訳ばっかり。どうせ二人共怖いんでしょ?」

 フランが煽った。やらない夫とドナルドはムキになった。

「しょ、正面突破なんてなあ!――そ、そんなの全然怖くねえだろ、常識的に考えて!あんな委員会の奴らよりも、このクラスの奴らの方がはるかに怖いね!」

「怖いのは――仮に突撃した場合、この力を止められなくなってしまうだろうドナルド自身さ――」

「なら全会一致で決まりだお!」

 やる夫が握りこぶしを突き上げて言った。フランは笑顔で万歳をした。

 やらない夫とドナルドは互いに無言で顔を見合わせた。お互いを恨みがましい目でじっと見ている。

「で、どうやって正面突破するんだい?ドナルド達は飛び道具を持ってないよ」

「俺にカイザギアで変身しろとかいうのは無しだからな」

「スカーレットさんの爆弾でも投げるか?」

「あっ!」とフランが大声を上げて手を叩いた。

「私、思い出したの。こういう時に、うってつけの物がこの島にはあるのよ。ただし、この雷じゃあ、無事かどうかも分からないけどね」

 

                *

 

「はぁ~。で、ムスカ君。一体私に何の用ですかぁ~」

 素に戻ってため息をついたベータはムスカに話しかけた。

「あのデデンネを倒すため、ここは一時休戦としないか?」

「へぇ~。あのムスカ君が私と手を組むなんて、どういう風の吹き回しですかぁ?」

 ムスカは「見ろ!」と言って辺りを指さした。

「これは素晴らしい最高のショーだ。だが、このショーでは私が主催者ではない。それどころか、演者になっている。このラピュタ王である私を差し置いて、ショーの主催者になるとは――デデンネ、許しておけない」

「頭大丈夫ですかぁ?でも――あのデデンネが鬱陶しいのは私も同感です」

「そこで、我々も手を組もうではないか。デデンネを倒すまで、君の命は見逃してやる」

 ムスカの発言を聞き、ベータは笑い出した。

「見逃してやるって――それは私のセリフですよぉ?その手に隠し持ったトランプで私の銃と勝負しますか?結果は見えちゃってますけどね」

「私の勝ちという結果がな。しかし、今ここで君を殺してその銃を奪い取るのは容易いが、その後のデデンネとの戦いを考えると、余計な体力は使いたくない。それに、デデンネを相手にするなら、味方が一人でもいた方がありがたい」

「それって~、私にデデンネを倒す手伝いをして欲しいってことですよね~☆それなら、最初から私に協力してくださいって頼めばよかったのに。素直じゃないんですね」

「だから、さっきからラピュタ王であるこの私が、わざわざ君に協力を求めているではないか」

 ベータの目の色が青紫色になった。

「何様だよ」

「王様だよ」

 ベータは舌打ちをした。

「君にとっても答えにくい事だろう――。3分間待ってやる!」

 45秒くらいしか待ってくれねえじゃねえか。

「時間だ!答えを聞こう!」

 はえーよ、速過ぎる。

「チッ、テメェとこれ以上話していても、埒が明かねえ。優しいこの俺が協力してやるよ、感謝しな」

 苛立ちながらも、ベータはムスカと協力する事を選んだ。

「私に助けてもらえる君が感謝すべきだが」

 ムスカの言動を無視してベータは話を続ける。

「で、どうやってデデンネを倒すんだ?ここからじゃ、俺の銃もテメェのトランプも届かねえだろ?」

「奴を地上に引きずりおろすか、奴と同等の高みへ上る必要がある」

「高みねぇ――要するに、デデンネを攻撃できる高い場所に登れば良いって事だろ?さっきからの雷で灯台は壊れちまったしな。他に高い場所――」

 ベータとムスカはある一点を見た。

「どうやら――俺もテメェも考える事は一緒らしいな」

「ラピュタ王であるこの私と同じ考えが出来た事を少しは誇りに思いたまえ」

 

                *

 

「俺達、鉄華団の作戦は、東棟で騒ぎを起こし、その隙に西棟から侵入する。そうだったよな?」

 オルガの問い掛けに、さくらとマルフォイは頷いた。

「今はこの雷騒ぎで委員会の奴らも大騒ぎだ。警備の奴らも、ビル内の奴らも、大方正常じゃいられねぇ」

「あっ!二人共、見て!」

 さくらがそう言って西棟の入り口を指さした。オルガとマルフォイは西棟を見る。

 入り口周辺で警備を行っていたストームトルーパー達は無線で放送を聞いた後、見るからに動揺した。それだけでなく、入り口からぞろぞろと武装したストームトルーパーが出て来た。

「うわああああっ!まだ中にもあんなに多くの兵士がいたのか!?」

「まるで――入り口からの侵入に備えて待機してましたってくらいの早さだな」

 オルガは居住まいを正す。

「さて――俺はこの機を逃す手は無いと思う。爆弾は見つかっていないが、最初の目的である騒ぎを起こして委員会の奴らを混乱させる事は出来た。今なら十分ビルへの侵入は容易いだろう。ずっと委員会にバカにされて、足蹴にされていいように扱われてばかりだった俺達がこのプログラムの支配権を手に入れる。こいつはこれ以上ない俺達の上りじゃねぇのか?」

「あっ――」とさくらとマルフォイは息を呑む。

 さくらはオルガの顔を真っすぐ見つめると、笑って頷いた。

「やろうよオルガ君、マルフォイ君。オルガ君の言う通り、今なら絶対大丈夫だよ」

「すまねえ、恩に着る!」

 オルガはさくらに頭を下げた。

 だが、まだマルフォイは踏み切れずにいた。

「大丈夫なのか、オルガ。まだ入り口周辺には多くの兵士がいる。さっきよりも減ってるし、足並みもそろってないようだが、あれを突破できるのかい?」

「鉄華団団長として、お前ら団員は俺が必ず無事にビルへと送り届ける。例え俺が犠牲になったとしてもな。一度手を組むって約束したんだ。筋は通す」

 マルフォイの質問にオルガは答える。

 オルガの顔は真剣で、言葉に嘘は感じ取れなかった。

「分かった。僕も君の作戦に乗ろう。どのみち、いつかは侵入しなきゃならないんだ。それがちょっと早まっただけさ」

 マルフォイは笑みを浮かべてオルガを見た。オルガはマルフォイにも頭を下げた。

 そして、オルガはビルの方を向く。歩き出そうとするが、さくらがオルガの服を掴んだ。

 オルガは振り向いた。

「でも――オルガ君が犠牲になるなんて、絶対だめだよ。みんなで生きて帰ろう?」

 さくらが言った。

「――放してくれ」と言い、オルガは自分の服を掴んでいるさくらの手をそっと外した。

「俺も無事に――。全員で生きて帰る――か。ああ分かったよ!連れてってやるよ!どうせ後戻りは出来ねぇんだ、連れてきゃいいんだろ!途中にどんな地獄が待っていようとお前を――お前らを俺が無事に連れてってやるよ!」

「なるほど――なら僕ら団員も団長を無事にビルへと連れていく必要があるという事かな?」

 マルフォイが言った。マルフォイも覚悟を決めた。

 

                *

 

「その服――西川兄貴を意識しておるのか?」

 じーさんがポプ子に尋ねた。

「あーそうだよ、文句あんのかジジイ」とポプ子が悪態をついた。

「どうせやるのなら、Albireo-アルビレオ-のジャケットぐらいやって欲しいものじゃ」とじーさんが鼻をほじりながら言った。

「アァン!?スワロフスキーも無いのに、出来るわけねーだろ、ボケェェェェェ!!ちゃんとスワロフスキーを持ってきてから言えよ。そうやって脈絡なく適当な事言っても全く面白くないんですわ」

 ポプ子は顔面中に静脈が浮き出るほどに怒った。その姿、まさに狂経脈の如し。別にポプ子の感覚は変化していない。

 そのポプ子に、貞子が話しかける。

「ポプ子ちゃん、戦いなんて無意味よ。私とじーさんと一緒に皆を止めましょう!」

「は?お前は、戦いは止めてーとか言っちゃう空気の読めない子か?誰だってなあ――生涯の中で避けられない戦いってのがあるんだよ!部活動、受験、就活、出世争い――そして、私の避けられない戦いってのが、今なんだよ!戦いを止める?寝言言ってんじゃねーよ、チェストオオオオオオ!」

 ポプ子が釘バットを振り上げ、貞子に駆け寄る。

 貞子は両手で顔を覆った。

 その時、ポプ子と貞子のバッグが緑色の光を放った。ポプ子は動きを止めた。

「その光――貞子ちゃんもレアアイテム持ってるじゃん、やったぁーっ!」

 ポプ子が釘バットを掲げてジャンプした。

「さあ貞子ちゃん、それを渡してから死ぬか、死んでから私に奪われるかを選――ゲブファァアアッッッ!!」

 ポプ子は喋っている途中で顔に衝撃を受けて倒れた。

 じーさんが素早い動きで貞子のバッグからハイドラパーツXを取り出し、ポプ子の顔面を狙って投げつけたのだ。

「欲しけりゃくれてやるわ、そんな物」

「あ~、ありがとうじーさん。アレが入ってるとバッグが重たくて大変だったのよ」

 じーさんと貞子は談笑を始めた。

 一方でポプ子は投げつけられたハイドラパーツXと釘バットを手にして立ち上がった。そして、文字では表現できない怒声を上げた。そのポプ子の怒声に応じるように、手に持ったハイドラパーツXとバッグの中にある二つのパーツが緑色の光を放った。

 ポプ子はバッグを開けた。それと同時に二つのパーツが勢いよく飛び出した。ポプ子が持っていたハイドラパーツXもポプ子の手から離れた。

 光を放ちながら、三つのハイドラパーツX、Y、Zが空中で合体し、一つとなる。

 今ここに、伝説のエアライドマシン、ハイドラは復活した。




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り16人】


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15話

シドニー・マンソン「俺がこのバトル・ロワイアルで生き残れたのも…委員会に一矢報いる事が出来たのも…全部月島さんが居たからじゃないか…!」

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
○ 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り16人】


91

 ハーメルン学園3年β組45名によるプログラムが行われている島の近海には数多の戦艦が待機している。これらの戦艦が配備されている理由として大きく三つある。

 一つ目は、島から逃げ出した生徒を始末するためだ。だが、生徒たちには管理用の首輪が付けられており、これが付いている状態で島から出ると首輪は自動的に爆発する仕組みとなっている。生徒が島から逃げる為にはまず首輪の解除が不可欠だが、これは生徒にとっては非常に困難である。そして、これまでのプログラムにおいて、首輪を解除した後に島からボートの類を使って逃げ出そうとした生徒は一人もいない。故に、これらの戦艦が、島から逃げた生徒を始末した事は一切ない。

 二つ目は、生徒の保護者や関係者にプログラムに反対する者がいて、そういった者が島へ乗り込んでくるのを防ぐためだ。だが、委員会は唯一神エンテイの直属の組織であり、この国の様々な機関への根回しは既に行われている。したがって、このプログラムに反対する者はほとんどおらず、仮にいたとしてもプログラムに関する事は極秘事項であり、開催地であるこの島を突き止める事すら不可能と言ってよい。

 三つめは、プログラムに参加した生徒たちの暴動を鎮圧するためである。だが、前述の様に生徒たちは首輪によって管理されている。委員会はプログラムに反抗する生徒を面白がって見ているが、それは首輪及び、ストームトルーパーによる警護があるからだ。これによって、委員会はいつでも目障りな生徒を殺すことが出来る。

 それゆえ、戦艦はこれまでのプログラムにおいて無用の長物となっていた。

 これまでは。

 今回は違っていた。

「撃て―!」

 島の周囲に待機していた多くの戦艦の意識は島に向けられている。今も、戦艦から数多の砲弾が放たれた。

 それらの砲弾は標的を捉える前に雷によって破壊された。

 戦艦らの標的、それは超人化の薬を飲んだ結果、凄まじい力を手にして空を舞うデデンネであった。

 デデンネは笑みを浮かべ、海上に漂う戦艦を見た。

「面白いでちゅね。さっきまでは精々20%の力しか出してなかったんでちゅが、面白いものを見せてくれた委員会の皆に私も応えないと――40%!」とデデンネが言い、戦艦へ向けて手を振った。

 その手から電撃が放たれた。電撃が数隻の戦艦を襲った。凄まじい光と轟音と共に、数隻の戦艦が海に沈んでいった。

「ひ――怯むなー!撃てー!」

 残った戦艦から聞こえてくる声をデデンネは耳を澄まして聞いていた。勇んではいるものの、その声は恐怖に震えている。デデンネは口元を両手で押さえながらも激しく嗤った。

「いいでちゅね、さあ委員会の皆はどこまで私の力を引き出せまちゅか?――60%!」

 デデンネが体に力を入れた。その体から電撃がほとばしる。デデンネが叫ぶと、それに応じるように、上空の雷雲から戦艦へと雷が降り注いだ。戦艦は一隻、また一隻と海の藻屑となって消えていく。

 だが全ての戦艦が轟沈した訳ではない。残った戦艦はデデンネへの攻撃を止めない。

「ぷっ、まるで馬鹿の一つ覚え。これが委員会の限界でちゅか。だったら――そろそろ終わりにしまちゅ!80%!」

 デデンネが全身に力を込めた。次の瞬間、デデンネの体から七色の電撃が放たれた。七色の電撃は容赦無く戦艦を破壊していく。

「うっぷっぷ。今のはピカチュウの1000まんボルト。見様見真似でちゅが――かなり上手に再現出来たでちゅ」

 デデンネは高笑いをし、その笑い声が島中に響き渡る。

 ん――?

 デデンネは洋上を見た。そこにはまだ一隻の戦艦が残っていた。その上に、男性のアレに似た奇妙な形の兵器が乗っており、それがデデンネに狙いを定めている。

「あれは――ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃないでちゅか。完成度たけーなオイ」

 デデンネの顔に冷や汗が浮かんだ。だが、デデンネは瞬時に頭を振った。

 これでいいんでちゅ。これぐらいでないと、私の真の力をぶつけるには値しないでちゅ!

 ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲から高密度のエネルギーがデデンネを目がけて放たれた。

 

                *

 

 ざわ…ざわざわ…ざわ…。

 利根川を始め、BR法委員会の黒服たちは衛星で撮影した映像を見ていた。戦艦の大半はデデンネによって沈められたが、委員会の最終兵器、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲がデデンネを捉えた。

 この映像に委員会は沸き立った。

「やったか!?」

 利根川と黒服たちは固唾を呑んで映像に見入っていた。

「デデンネはどうなった!?」

「今映像を確認中です!」

「急げ!すぐにネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲のエネルギーをチャージしろ!デデンネの死を完全に確認するまで、何度でもネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲を撃つ!」

「と、利根川先生!」

「何だ!?」

「デデンネは先ほどの砲撃をジェットパックで回避したようです!」

 あ…?

「どこだ…デデンネは!?衛星で奴を探せ!」

「み、見つけました!こ…これは…」

「どうした…!?」

「デ、デデンネがいるのは…上…!ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲の…!」

 

                *

 

「さっきのは危なかったでちゅね。あれを喰らえば流石の私も無事では無かったでちゅ。さて――見せてやろう、100%中の100%!これが私の全力だぁぁ!スパーキングギガボルトォォ!」

 デデンネが雷の槍を真下に向けて突き落とした。雷の槍はネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲に当たると同時に炸裂した。

 委員会の切り札はデデンネの渾身の一撃を受け、暗い海の底へと沈んでいった。

 

                *

 

 ざわ…ざわ…。

 利根川と黒服たちは全員顔に冷や汗を浮かべ、口を半開きにした状態で、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲が粉砕された映像に見入っていた。

 黒服たちはこの状況でどうすればよいのか分からなかった。数人の黒服が指示を求めるように利根川を見た。

 だが利根川もあまりにも予想外の出来事に、固まっていた。

「う…」と黒服の内の誰かが呻いた。

 その時、デデンネを映し出している映像に変化が起こった。

 映し出されているデデンネは、自分が撮影されている事を知っているかのように、ほくそ笑んだ。作画崩壊したデデンネの顔がモニターに映し出された。デデンネは最初、笑みを浮かべていたが、すぐに真面目な顔つきになった。

 顔の作画は崩壊しているが。

 まるで自分の事を遠くから見ている者たちに向けて話すかのように、デデンネは語り始めた。

「やあ、BR法委員会の皆、人気ナンバーワンポケモンのデデンネでちゅ。元微妙な種族値ポケモンであった私の経験から見て、今のお前達に足りないものがある。――危機感だ。お前ら、もしかしてまだ――自分が死なないとでも思ってるんじゃないかね?」

 デデンネはそう言うと、背中のジェットパックを使って加速した。猛烈な速度で海上を飛行するデデンネは委員会本部のツインタワービルを目指す。

 このデデンネの映像で黒服たちは呻き…慌て…動揺…混乱…思考を停止…!中には恐怖でその場に崩れ落ちて泣き出す者も…!

「甘えるな…!」

 利根川が黒服たちを一喝した。この利根川の一声で、先ほどまで喚いていた黒服たちが一転、静まり返った。

「BR法委員会に身を置いた時点で…自分の命も常に危険が付きまとう事など、覚悟の上…!」

 黒服たちは黙って利根川の話に聞き入る。

「ワシは今まで、プログラムに参加させてきた多くの学生共に言ってきた…勝たなければ…ゴミだと…!それは何もプログラムに限った話ではない…!生きとし生けるもの全てに当てはまる…一言で言えば…自然の摂理…!そう、これは我々と生徒共の戦い…故に我々は勝たねばならぬ…!お前たちも世間のクズ同様…求めれば周りが右往左往して世話を焼いてくれる、そんなふうにまだ考えてやがるんだ、臆面もなく・・・!甘えを捨てろ…!」

 黒服たちに電流が走る。

「利根川先生…」と言いながら、一人、また一人と立ち上がる。

 この光景を満足げに見た利根川は笑みを浮かべた。

「それでは…説明するぞ…今後の動きを…!ワシは唯一神様にこの場を治めて頂くよう、要請に向かう!お前たちは前もって決めた班に分かれ、vipの皆様を連れて各自向かえ…格納庫へ…!」

「格納庫…利根川先生…それはつまり…」

「フッ…我々がやるべきことは…脱出…!この島からの…!!もはや我々には不可能…デデンネを倒す事は…!我々だけではなくvipの皆様もここで死なせるわけにはいかん…!そう、これは…戦略的撤退…!それが我々の勝利…!」

「分かりました!すぐに我々もvipの皆様を連れてここから脱出します!しかし…利根川先生は…」

「心配するな…唯一神様に話を通した後、ワシもすぐに向かう。そして蓮実――」

 ぞわ…と。

 突如、利根川を襲った……悪寒……!

 利根川は室内を見渡す。そこに蓮実聖司の姿は無かった。

 くっ…蛇めっ……!

「おいっ…どこだ、蓮見は…!?」

「は、蓮実先生が先ほどこの部屋を出ていくのを見ましたが…」

 ぐがっ……!

 利根川は青ざめた顔で走りながら部屋から出た。

「利根川先生!?」

「ワシの事は気にするな!お前らもすぐに動け…先ほど命じたように…!」

 

                *

 

 デデンネはジェットパックの力を最大限利用して、委員会のツインタワービルを目指していた。いくら超人となったとはいえ、デデンネが体内に蓄えられる電気も無尽蔵とはいかない。大量に使えば、その分を補給しなければならない。

 デデンネはしっぽを民家や発電所のコンセントに刺す事で、電気を吸収することが出来る。

 デデンネは、現在この島で残っているコンセントは委員会のツインタワービルのもの以外に思いつかなかった。

 島中の民家は、私の雷雲による雷の雨で破壊してしまったでちゅからね…。

 雷が降り注ぐ中、本部を目指してデデンネは飛ぶ。

 ――む?

 デデンネは一旦、空中で動きを止めた。異常なまでに発達したデデンネの五感がある感情を捉えた。

 これは――殺気!

 デデンネは振り返り、目と耳に神経を集中した。

 ――来た!

 殺気の塊がデデンネに迫り来る。デデンネは笑顔でそれを迎える準備に入った。

 

 

 

92

「ほら、あったよ。無事に残ってて良かったわ」

「うおおおっ!格好いいお!」

「何で――こんなものがこの島にあるんだ?」

「ウホッ!いい車…」

「そうか――BMW735i E38、沙耶ちゃんの支給武器か――!」

 フランドール・スカーレットが指さした先に黒塗りの高級車があった。

 やる夫と阿部高和は目を輝かせてこの車に見入っている。やらない夫だけは不思議そうに、顎に手をやって車をじっと見ている。

 そんなやらない夫の疑問に答えるようにドナルドがやらない夫に話しかけた。

 この車、BMW735i E38は女子07番、沙耶の支給武器であった事、ドナルドとフランは沙耶の運転するこの車に狙われたが、この場で森に逃げ込んだ事で難を逃れた事、その直後に沙耶は殺されたが車は無事だと推測した事を説明した。

「それにしても、良く思いついたねフランちゃん」

「道化師さんとは頭の出来が違うから。それに私、この車も以前からちょっとだけ欲しかったし」

 やる夫は車に見とれていたが、顔を上げ、フランに近寄る。

「フランちゃん、この車でビルへ突撃するのかお?」

「その通りよ。やる夫、アンタ気持ち悪いけど道化師さんより物分かりが良いじゃん」

「そ――そんなに褒められると照れるお」

「褒めて無いから」

 それでもやる夫の白い顔はわずかに赤くなった。照れくさそうな笑みを浮かべ、やる夫は自分の頭を掻く。

 ドナルドがやる夫に耳打ちした。それを聞いたやる夫は目を大きく見開くと、鼻息を荒げてフランに話しかけた。

「フランちゃん――き、君は妹キャラなのかお!?」

「だったら何だよ、ホントに気持ち悪いなぁ白豚」

「ぶひいいいぃぃぃぃ!」

 やる夫は身悶えた。それをフランはゴミ虫を見るような眼で見つめる。

「男として生まれたからには、一度は妹に言われたい事、『兄貴、キモッ!』、『お兄ちゃん、気持ち悪―い!』『お兄さん、気持ち悪い…』。やる夫」

「ねえ、道化師さん。さっさとこの畜生を轢き殺しちゃってよ」

「いやいや、ドナルドは車の運転をやった事がないんだ」

「――は?私だって運転なんかやった事無いし、出来ないわよ!道化師さん、その長い手足は何の為にあるの!?運転するためじゃないの!?」

「ダンスをした時に見栄えを良くするためさ」

 フランとドナルドはやらない夫を見た。

「お、俺!?俺だって運転なんてやった事ねえよ!」

 やらない夫は手を振って必死に否定する。

「そもそも俺達って学園の3年だけど、高校生なのか?中学生なのか?」

「知らないよ」

「小学生かもしれないよ…」

 やらない夫の問い掛けに、フランとドナルドは居心地悪そうに返事した。

「やる夫はレーシングゲームの経験があるから、アクセルとブレーキぐらいなら分かるお。阿部さんはどうだお?」

 そう言って起き上がったやる夫は阿部の姿を探した。

 阿部は一人、黙々とBMW735i E38を点検していた。

「いいぞ。この車がいい車だってのが分かるよ。状態にもなんら問題は無いし、走った距離も1キロに満たない――ほとんど新車だな」

「阿部さん!?車の状態が分かるのかお!?」

 やる夫が驚いて阿部を見た。やらない夫、フラン、ドナルドも同様に興味ありげな目で阿部を見る。

「ああ。俺の実家は自動車修理工場でね、物心つく前から車に囲まれて生活してきた。成長してからは、仕事の手伝いとして数多くの車に触れて来た。今では自動車修理に関してはプロ並みの腕前だと自負しているし、学校が休みの日は時々俺が自動車修理を担当する事もあるのさ」

「知らなかったお…」

「やる夫が知らないのも当然さ。話す機会も無かったからな」

「阿部、そういう事って前もって言っておかなければならないじゃねえか?」

「いや、突然ドナルドが自動車修理工だったとしたら多少問題はあるだろうが、俺が自動車修理工でも何ら問題は無いはずだ」

 阿部は軽く微笑んでやらない夫にそう言った。

「それじゃあ阿部さん、運転できる?」

 フランが期待に胸を膨らませて阿部に話しかけた。

「もちろんだ。車の運転なら何年もやってるぜ。こんな高級車を運転するのは俺も初めてだけどな。興奮するじゃないか…」

「ん?仮に私たちが高校3年だとしたら、阿部さんが普通免許を持っていて運転できるのも、何ら問題ないけどさ、何年ってどういう事よ。まるで何年も前から運転してたかのような言い方ね。それに私たちが高校生じゃなかったら――この話はもういいわ。とにかく、阿部さん、貴方、無免許運転したでしょ」

 沈黙が訪れた。

 阿部は両目を閉じ、口を半開きにしていた。その眉は普段と異なって垂れさがっている。その後、阿部の口から小さい声が漏れた。

「――ここだけの話という事にしといてくれないか…」

「やっぱりか!悪っ! ちょっとワルっぽいイイ男どころか、極悪じゃん!」

「すまなかった!ただ、運転したのは人っ子一人通らない深夜の山奥だ。それに法定速度も道路交通法も完璧に順守したぜ。その点、許してはもらえないだろうか」

「いや、ちょっとからかっただけだし。そうやって真面目に謝られても、私が困る。それに今重要なのは阿部さんの無免許運転疑惑よりも、阿部さんが車の運転ができるって事よ」

「そうだお!本部へ車でGOするには、阿部さんの運転技術が欠かせないんだお!

「嬉しい事言ってくれるじゃないの。それじゃ、俺の運転でとことん喜ばせてやるからな」と阿部は言うと、無言でBMW735i E38の運転席に座り込み、エンジンをかけた。エンジンが正常にかかった事を確認した阿部はパワーウィンドウを下げて顔を出した。

 阿部は凛々しい顔つきでやる夫、やらない夫、フラン、ドナルドの四人を見た。

「乗らないか」

 

 

 

93

「ふはははー!スゴイぞー!カッコいいぞー!」

 ポプ子は完成したハイドラを見て叫んでいた。その様子をじーさんと山村貞子は眺めていた。

 嬉々とした表情でポプ子はハイドラに飛び乗った。

「ぽちっとな」

 そう言ってボタンを押すことで、ポプ子はハイドラを動かそうとした。だがハイドラは動かなかった。ポプ子は首をかしげながらも、再びハイドラを動かそうとボタンを押した。だがハイドラは動かない。ポプ子は繰り返しボタンを押す。次第にポプ子がボタンを押す力が強まっていく。

「動け!このポンコツが!動けってんだよ!!」

 終にポプ子はハイドラを両手で殴り始めた。

「ボタンを押しっぱなしにしてエネルギーを溜める必要があるんじゃないか?」

 ポプ子の背後でじーさんがそう言った。

 じーさんに言われた通りに、ポプ子は渋々ボタンを押しっぱなしにした。するとハイドラにエネルギーがチャージされていく。

 ポプ子は振り返ってじーさんの顔を見た。

「おお~。じーさん、お前も少しは役立つじゃん」

「ワシも色々な経験をしてきたからのう」

 そう言ってじーさんは照れくさそうに鼻をほじった。そして、鼻くそをハイドラに擦り付けた。

 あ?

 ポプ子は違和感を覚えた。

 何でジジイもこのマシンに勝手に乗ってるわけ?

 ポプ子は勢いよくじーさんの胸倉をつかんだ。

「乗ってるんじゃねぇぇぇっー!!」

「駄目よポプ子ちゃん、チャージ中にボタンを離したら、また最初からチャージしないといけなくなるわ」

 キレたポプ子を貞子が諫める。ポプ子も我に返ると、じーさんの胸倉から手を離し、再びハイドラのチャージを始めた。

 は?

 ポプ子は再び後ろを見た。

 ハイドラには先ほどと同様にじーさん、そして貞子が乗っていた。

「お前お前お前お前お前お前お前ー!」

 いつの間にか我が物顔でハイドラに乗っているじーさんと貞子を見てポプ子は叫んだ。釘バットで殴り殺そうとも思ったが、今ここで自分がチャージを止めたら再びチャージを行わなければならなくなる。

 それならば――今はグッと耐え、チャージが終わると同時にこの二人を振り落として轢き殺す。

 ポプ子はそう考えると、怒りをこらえて、チャージを続けた。

 そもそも、このマシンのチャージに時間がかかりすぎだろー。

 ポプ子は苛立ちながらもチャージを続けた。

 その時である。

「見つけたぞ!ジュラル星人、覚悟しろ!」

 突如、誰かが声を上げた。ポプ子、じーさん、貞子の三人は声のした方を見た。

 そこにいたのは泉研だった。研は右手にイングラムM10マシンガン、左手にパラソルを持っている。イングラムの銃口は、ハイドラ上の三人に向けられている。

「うわーキチガイだ」

 ポプ子がぼやく。だが、ポプ子は内心焦っていた。

 何てタイミングの悪さだ!もう少しでチャージが終わるのに!あと数秒遅く来たならば、このマシンで殺せたのに!

「ジュラル星人、これでもくらえ!」

 研のイングラムから銃弾が放たれた。ポプ子は瞬時に身を屈めて目を閉じた。だが銃弾の雨がポプ子に当たる事は無かった。

 銃弾がポプ子らに届く直前、ポプ子らの体はすさまじい速度で前方へ移動した。

「何だと!?」

 研は驚いて目を見開く。

 一方、ポプ子も体に当たる風を感じて目を開いた。

 これは――!

 ポプ子は今、高速で動くハイドラの上にいた。遂にエネルギーのチャージを終えたハイドラが動き出した。

「シャッ、オラァ!やっと動いたかー!」

 ポプ子は握りこぶしを作る。

「よーし、おいキチガイ。お前もこいつのシミにしてやるよ」

 ポプ子は研に向けてそう言うと、中指を立てた。

「うーむ。素晴らしい速度じゃな。でも酔いそうじゃ」

「素晴らしいマシンね、ポプ子ちゃん!みんなでこれに乗れば、この島から帰れるわよ!」

 ポプ子の後ろに無理やり乗っているじーさんと貞子が言った。

「乗ってるんじゃ――ねええええええええええ!!」

 後ろを見てポプ子は怒鳴った。そのポプ子の事よりも気になる事があるのか、貞子は「ポプ子ちゃん、前!前見て!」と叫んでいる。

「あぁーん?」と言いながら、ポプ子は血走らせた目で前を見た。高速で直進するハイドラの前方に一本の巨木がそびえている。

「よけるんじゃああああああ!」

「駄目よ、もう間に合わないわ、ぶつかる!」

「くお~!!ぶつかる~!!ここでアクセル全開、インド人を右に!」

 ポプ子はハイドラを右に曲げようとしたが、それよりも先にハイドラと巨木が衝突した。だが、ポプ子らの想定していた事は起きなかった。

 ハイドラは巨木をなぎ倒した。そしてハイドラが動きを止める事はない。

 この直後、ポプ子らにとって想定外の出来事が起こった。急に右に曲げようとしたからか、ハイドラが高速回転を始めた。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 ハイドラ上の三人の口から悲鳴が漏れる。

 ハイドラは回転しながら研へと向かっていく。研もハイドラへ向けて銃弾を放った。それでも迫り来るハイドラの回転は止まらない。

「くっ!」

 当たる直前で、研は横に跳んでハイドラの攻撃を避けた。勢いあまって研は地面を転がる。

 一方でハイドラの高速回転も収まっていた。だがハイドラは未だ進み続けている。

 研は立ち上がると、遠ざかっていくハイドラに向けて銃弾を放った。

「やられっぱなしでいられねえ!今度はこっちの番だ!」

 ポプ子はそう言うと、ハイドラで研を轢き殺すため、ハイドラの方向転換をしようとした。だが、ポプ子はまたも過ちを犯した。先ほどの高速回転で目が回っていて操作を間違えたのだ。

 ハイドラは方向転換して研を轢き殺すどころか、ますます研から離れていく。

「あれれ~おかしいぞ」

 そう言ったポプ子は自分の体が次第に地面から離れていく事に気づいた。

 もしかして――私――I can fly―――!

 ハイドラは勢いそのままに上昇を続けていく。今やハイドラは空中を高速で飛んでいた。

 私――飛んでる――!

 喜びに包まれていたポプ子だが、背後から聞こえた呻き声に現実に戻される。煩わしそうな顔でポプ子は後ろを見た。

 ポプ子の後ろには未だじーさんと貞子がしがみついていた。じーさんは無傷だが、貞子の体はわずかに血で汚れている。

「貞子ちゃん――それって」

「さっきの銃撃でやられたみたい。でも大丈夫よ。このマシンがあれば戦いを止めて、みんなで帰ることが出来るわ」

「おお、そうじゃな」

「うん――って、させるかよ、そんな事!二人共、落ちろぉ!」

 ポプ子は貞子とじーさんを振り落とそうと、空中でハイドラを左右に傾ける。だがじーさん、貞子も必死でしがみついている。

 その時、ポプ子らの乗ったハイドラの側を雷が駆け抜けた。この瞬間、ポプ子は島を覆った雷雲にデデンネが関わっていたことを思いだした。

 デデンネェ――!

 ポプ子は周囲を見渡した。そして、この雷の中、高速で空を飛んでいる者を見つけた。

「見つけた――。お前らを振り落とすのは後だ。つっこむぞつかまれッ!」

 殺意を漲らせ、ポプ子らを乗せたハイドラがデデンネへと向かっていく。

 

                *

 

「くっそ~、逃がしたかジュラル星人め――」

 研はポプ子らを逃したことで、舌打ちした。だが、空を飛んで逃げていった三人の方角は分かっている。

「奴らが逃げた方向にジュラル星人の基地があるに違いない!」

 研はハイドラの跳んでいった方向へ走り出した。

 

 

 

94

 空中で動きを止めたデデンネは視力の上がった眼を使って、殺気を感じた方向を見た。そして、ポプ子、じーさん、貞子が妙なマシンに乗って自分の元へと飛んでくることを見つけた。貞子は手負い、そしてポプ子の顔はデデンネへの殺意で満ちていた。

 やっぱりこの殺気はポプ子ちゃんでちゅか。流石、ポプ子ちゃんといったところでちゅね。でも――今の私の敵ではない!

「会いたかったでちゅよ――ポプ子ォ!」

 デデンネはハイドラへ向けて電撃を放った。だがその電撃を、ポプ子はハイドラを操作してかわした。

「フフフフフ――そうでちゅよ。あっさり死なれちゃ詰まらないでちゅ――招雷弾!」

 デデンネは再び電撃を放つ。だがそれらをポプ子はハイドラでかわし続ける。

 次第にハイドラがデデンネへと近づいてくる。

「ならば――超電導波・サンダーフォース!!」

 デデンネが口を大きく開いた。

「遅え!」

 だが、デデンネが口から電撃を放つよりも先に、ポプ子らを乗せたハイドラがデデンネの眼前に迫って来た。

 デデンネがサンダーフォースを口から放つと同時に、ポプ子らを乗せたハイドラもさらに速度を上げた。ハイドラはサンダーフォースをかわしつつ、デデンネへ狙いを定める。

 だが、デデンネもハイドラと直撃する寸前で、ハイドラとの衝突を避けるべく、ジェットパックを利用して横に動いた。

「チィッ――外したか!」

 ハイドラに乗ったポプ子は叫んだ。さらにポプ子にとって不幸な事に、勢いの付いたハイドラはデデンネから遠ざかるように飛んで行ってしまった。

 その光景を見てデデンネは嗤った。

 追いかけて仕留めればいい、と思った直後、デデンネは右の頬に痛みを感じた。

 デデンネの内心で不安感が募った。デデンネは恐る恐る右の頬に触れた。デデンネの手に液体が付いた。

 デデンネは瞬時に手を見た。そこには血が付着していた。

 血――!

 さらにデデンネは今頬を触った時に違和感を覚えた為、再び頬に触れてみた。そこには本来あるべきはずの物、デデンネのチャームポイントである髭が無くなっていた。

 先ほどのポプ子らのハイドラがデデンネの頬をかすめたのだ。

 デデンネは怒りに震えた。

「私の可愛い顔に傷を――そして――チャームポイントである髭を――!絶対に許さんぞ虫ケラ共!じわじわと嬲り殺しにしてくれる!」

 デデンネは怒りに身を任せ、ジェットパックを使いポプ子らのハイドラを追った。

 一方で、デデンネをしとめ損ねたポプ子らのハイドラは今も空を高速で飛んでいた。

「これ、どうやれば遅くなるんだ?もう一回デデンネを襲撃したいんだけど」

「お前ばっかりズルいぞ。ワシにも運転させろ!」

「嫌だね!って、ジジイまだ落ちてねーのかよ!落ちろおおお!」

「嫌じゃああああああああ!!」

 ポプ子とじーさんはハイドラ上でもめ始めた。その二人と違って前を見ていた貞子が口を開いた。先ほどの研の銃撃によるダメージのせいか、その声は小さく、かすれている。

「二人共――ま、前を――見て――」

 ポプ子とじーさんは貞子に言われた通りに前を見た。そして二人共目と口を大きく開いて、言葉を失った。

 眼前にBR法委員会本部ツインタワービル東棟が迫っていた。

 

                *

 

 BR法委員会の黒服である慈英と計は東棟最上階で島の様子を監視していた。だが、彼らの元にも先ほど、利根川からの命令が入った。

 超人と化したデデンネに委員会は歯が立たず、この島から逃げるという内容であった。

 オレ達は出しゃばるより、すぐに利根川先生に従った方が賢明だ。

 それが慈英と計、そして最上階で島の監視をしていた黒服たちの総意であった。

 そんな時、慈英はふと窓の外を見た。何かが高速でこのビルへと近づいてくる。

「あれは!」

「何です?」と計が応じる。

「前方に何か光ってるぞ!」

「灯台でしょう」

「ばか!灯台は女子12番、デデンネに破壊され――」

 そして慈英は言葉を失った。それは計を含めた黒服たちも同様であった。

 ざわ…ざわざわ…。

 黒服たちは顔に冷や汗を浮かべながらも向かって来るものから目を離せなかった。

「ハイドラ…あれは支給武器である伝説のエアライドマシン…!こっちへ向かって来るぞ…ハイドラに乗った生徒が…!」

 黒服の内の誰かが叫んだ。その直後、黒服たちは悲鳴を上げ、我先にと窓から離れようと走り出した。

 だが既に遅かった。

 ポプ子、じーさん、貞子を乗せたハイドラが窓ガラスを突き破ってビルへと侵入した。

 窓ガラスが勢いよく割られた音と共に、室内にガラスの破片が散乱する。

 ポプ子、じーさん、貞子の三人も衝突の衝撃で、ハイドラから振り落とされた。乗り手を失ったハイドラは床に転がっている。

 黒服たちは突然の侵入者に腰を抜かしていた。

「いてててて…」と、ポプ子が体を擦りながら立ち上がる。黒服たちの視線を感じて、ポプ子が言った。

「お?何見てんだコラ。見せもんじゃねーぞ、散れ散れ!!」

「ポプ子ちゃん…」

 床に倒れたままの貞子がポプ子に話しかけた。ポプ子は黙って貞子に近づく。

「ポプ子ちゃん――私はもうダメ。痛みで体が動かないの。こんな私がいても貴方達の足手まといよね――」

 そう言うと、貞子は持っていた武器であるスーパースコープと伸縮サスペンダーをポプ子に手渡した。

「これが私の武器、ポプ子ちゃんにあげるわ。この武器がみんなを止めるのに役立つのなら、ポプ子ちゃんが使って――」

「ありがとう貞子ちゃん――しかとムネに響いたぜ…かしこ」

「ポプ子ォ!!!」

 ポプ子の「かしこま!」はデデンネの声で妨げられた。

 ポプ子は目を血走らせてデデンネを見た。だが、今ではデデンネも怒りで目が血走っていた。

「プァミリカミ ムリフォミニムリニ ファリン マッマーッ!!」

「や――やべえええええええっ!!」

 デデンネの言った事を聞いた途端、ポプ子は顔色を変えた。貞子の武器を両手に抱えたポプ子は貞子から離れるべく走り出した。ポプ子は下へと降りる階段を見つけるや否や、すぐにその階段を下った。

 一方、慈英と計を含めた黒服たちと貞子は、今デデンネが言った事が理解できなかった。

「何…今の?」

「なにか言ってたぞ」

「ピングー語だ…」

「ピングー語?」

「ピングー語でなんて言ったの?」

 ざわ…。

 黒服たちは騒めきだす。その黒服たちを見て、デデンネは笑みを浮かべて口を開いた。

「天光満つる処に我は在り 黄泉の門開く処に汝在り…出でよ神の雷」

「何!?それは…ッ!?」

「これで最後だッ!!?インディグネイション」

「そんなバカなッ!ア゛ア゛―――ッ!!!」

 室内が光に包まれる。黒服たちの悲鳴が室内でこだまする。貞子が最後に見たのは光だった。

 神の雷がツインタワービル東棟最上階を吹き飛ばした。

 

【女子21番 山村貞子 死亡】

【生存者 残り15人】

 

 

 

95

「危ない所だった…」

 階段の下でポプ子はうずくまっていた。デデンネのピングー語からインディグネイションをデデンネが放とうとしていたことを察したポプ子は階下へ逃げた事で難を逃れた。

 ポプ子が顔を上げた。最上階はデデンネによって吹き飛ばされていた。

 ここにいつまでもいると、見つかるかもしれないなー。さっさと逃げよう。

 ポプ子はさらにビルを下って行った。

 あの有様なら、最上階にいた委員会の黒服共に貞子ちゃん、そしてジジイも死んだだろ…。ヤッター!

 廊下の先で黒服たちの話声が聞こえた。ポプ子は足を止めて耳を傾けた。

「見つけたぞ!」

「なんだ…こいつ…」

「生徒だぞ…なんか老けているが…」

 ポプ子は忍び足で声のした方へと歩いた。

 そこではじーさんが数人の黒服たちに囲まれていた。

 チッ、あのジジイ、まだ死んでねーのかよ。ほんと悪運だけは大したもんだ。

 ポプ子がのぞいている事を黒服及びじーさんは気づかなかったようだ。

 じーさんはその場に膝をつくと、黒服たちに土下座をした。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

 涙を流しながら土下座をするじーさんに黒服たちが怯んだ。じーさんはその隙を逃さなかった。

 じーさんはリボルケインを手に取ると、黒服の一人に突き刺した。じーさんはすぐさまリボルケインを黒服から引き抜いて距離を取った。

 その黒服は体から火花を噴き出しながらゆっくりとその場に崩れ落ちる。その瞬間、この黒服は爆発した。

 じーさんはその光景を見るや、笑いながら近くの階段を下りて行った。

「こっちにもいるぞ…生徒が…!あいつの仲間だ!」

 黒服たちはポプ子に気づいた。

「仲間じゃ――ねえええっ!!」

 怒り狂ったポプ子はスーパースコープを黒服たちに向けて連射した。光弾が黒服たちに当たって爆発する。光弾で撃たれた黒服はその場に倒れ、痛みに呻いている。

「ありがとう貞子ちゃん――この武器のエネルギーを満タンのままにしといてくれて!」

 ポプ子もじーさんが下りたのは別の階段を使って、笑いながら下へと降りて行った。

 

 

 

96

 ハイドラで生徒がビルに侵入した。その生徒たちはビル内で黒服を相手に暴れている。さらに別の生徒がビルの最上階を吹き飛ばした。

 こんな事はBR法委員会に長年属していた利根川幸雄にとっても初めての事であった。

 中止だ…このプログラムは…。こうなった以上、唯一神様の力を借りるしかない…。

「失礼します!利根川です」

 利根川は唯一神エンテイの部屋へ入った。こんな時でも、入る際に扉をノックする事を忘れなかった。

「唯一神様…」

 だが、この部屋は既にもぬけの殻となっていた。

「何…!?」

 ざわ…。

 ふと、利根川は唯一神の机の上に紙が一枚置かれている事に気づいた。それを利根川は取り上げ、文面を見た。

『帰る』。

 それが紙に書かれていた唯一神エンテイのメッセージの全てであった。

 ぐ…が…。

 ぐにゃり…。

 利根川は自分の体が突然柔らかくなり、音を上げて歪んでいく錯覚を覚えた。

 確かに…唯一神様なら可能…!この島から一人でこっそり逃げ出す事も…!それは十分に考えられる…唯一神様を超える力を生徒が手にして暴れ出した時点で…あの唯一神様なら…!くそっ…!一人で逃げた…あの方は…!我々を見捨てて…!恐らく…唯一神様に用があるといった蓮実も同様…逃げる準備か…いや、既に逃げたか…!

 利根川は持っていた無線でビル内の黒服たちに呼びかけた。

「逃げるぞ…!vipの皆様と、お前達と、ワシの全員で…!」

 

                *

 

 ツインタワービル東棟入り口のストームトルーパー達は大騒ぎであった。未だ雷は止む様子が無く、着々とストームトルーパーの数を減らしていく。さらに先ほど、ビルの最上階が雷によって吹き飛ばされた。それによる瓦礫に巻き込まれた形で、さらに多くのストームトルーパーの命が失われた。

 ジュラル星人G4号はストームトルーパーに変装して東棟の警備にあたっていた。

 地球侵略を目論む悪の宇宙人ジュラル星人はこのプログラムに目を付けた。未来ある若者たちを殺して少子化を進行させる。さらに若者たちに大人への不信感を抱かせる。これによって、この国は内側から崩壊していく。

 ジュラル星人たちがプログラムに目をつけない筈が無かった。ジュラル星人はいずれBR法委員会全てを乗っ取り、ジュラル星人の意のままにプログラムを行うという完璧な計画を立てた。そのために、ジュラル星人G4号はストームトルーパーとして委員会に潜入した。

 最初は自分が大事な作戦の根幹を担っている事に喜びを覚えた。さらに、今回の参加者に憎きチャージマン研がいる事も分かった。ここでチャージマン研が死ねば、ジュラル星人を邪魔する者はいなくなり、地球侵略を成し遂げたと言っても過言ではない。ゆえにG4号は浮かれていた。

 だが今ではG4号は恐怖で震えていた。幸い、雷と瓦礫を避け続けてはいるものの、いつまでも無事とは言い切れない。

 その時、G4号の前にいたストームトルーパーがよろめいた。

「大丈夫か!?」とG4号は近づいた。

「ああ。ちょっと誰かにぶつかってよろけただけだ。心配をかけた」

「ん?ぶつかったって、お前の近くには誰もいなかったぞ」

「そうか――。それなら、石にでもつまずいたのか。いや、でも今のはまるで――」

 

「やっと見つけたぞ!ここがジュラル星人の基地だな!」

 

 こ、この声は――!

 G4号は振り向いた。視線の先に、仇敵チャージマン研こと泉研が立っていた。

「ヤバい、チャージマン研だ!チャージマン研が来るぞ!」

「ジュラル星人、今度という今度は許さないぞ!」

 研がストームトルーパーらに銃弾を放った。一人また一人と研の凶弾に倒れていく。G4号も研の銃弾を受けた。体を熱いもので貫かれたような激痛が走る。G4号の眼前でさきほどよろめいたストームトルーパーが倒れた。

「よくも俺達の計画の邪魔をする気だな!」

 痛みをこらえG4号は持っていたブラスターで研を撃った。だが放たれた光弾は研が持っていたパラソルによって防がれた。

「くそ、なかなかやるな!」

 その直後に研はイングラムでG4号を撃った。

「びゃぁぁぁぁぁぁ!」

 ジュラル星人G4号はそう言って倒れた。

 研は勢いそのまま、警備の兵士たちをなぎ倒しながら、東棟の入り口から堂々とビルへ入っていった。

 

 

 

97

 ポプ子達が乗ったハイドラが東棟最上階に突っ込んだ直後、西棟入り口でも大騒ぎとなっていた。この様子をオルガ・イツカ、ドラコ・マルフォイ、木之本桜の三人は遠くから見ていた。

 ある者は雷に打たれ、またある者は東棟の様子を見に行った。今やストームトルーパーらの統率は乱れていた。

 その様子を見てオルガは笑った。

「勝ち取りたいものもない無欲なバカにはなれないんでね…」

「どういう事?」とさくらがオルガに尋ねた。

「いや、ちょっと脳内で曲を再生していたのさ。これからが俺達は勝負に出る。だからテンションを上げようと思ってな」

 それはマルフォイも同様だった。マルフォイは脳内でヘドウィグのテーマを再生していた。マルフォイは一通り脳内再生を終えると、オルガの顔を見た。

 さくら、オルガも互いの顔を見合った。オルガは二人を鼓舞するように話しかけた。

「二人共、これから俺達はビルへ突入する。まずは俺が一人で先に動き、奴らを引き付ける。その間に二人はビルへ入ってくれ。俺だってここで止まる気はねえ。必ず生きてビルへ入り、首輪を解除して、この島からおさらばだ。決して簡単じゃねえが、俺達鉄華団にやれねえわけがねえ」

 三人は西棟入り口を見た。この瞬間にも一人のストームトルーパーが落雷に倒れた。

 それを見るや、オルガはビルへと全力で走り出した。

「さあ、反撃開始と行こうか!」




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り15人】


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16話

まだくたばるわけにはいかん。お前(この小説)を抹殺する(書き上げる)まではな。

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
○ 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り15人】


98

「うおおおおおおおお!!」

 BR法委員会ツインタワービル西棟入り口でオルガ・イツカの叫び声が響く。

 オルガは両腕を大きく振りながら走る事で、普段以上に体を大きく見せていた。オルガなりの相手を威圧する方法である。

 突然現れたオルガを見て、ストームトルーパーは驚きを隠せない。

「うわああああああ!」

 ストームトルーパーの一人が悲鳴を上げた。それを黙らせるかのように、オルガは懐からトカレフTT-33を取り出して撃った。

 この一撃でストームトルーパーは倒れた。

「こ、こいつは生徒だ!」

「くそっ、この雷騒ぎの共犯って事か!」

 別のストームトルーパー達がオルガに銃を向けた。

 それでもオルガ・イツカは止まらない。

 ストームトルーパーらよりも早くオルガは二発の銃弾を放った。またも一撃で二人のストームトルーパーが倒れた。

「おい、誰かこいつの首輪を爆破しろ!」

「駄目だ!それは俺達じゃなく、黒服らにしか出来ねえ!」

「じゃあ黒服はさっさとコイツの首輪を破壊しろ!こんな時に一体何をやってるんだ!」

 今やストームトルーパーらの注意は止まらないオルガに向けられていた。マルフォイとさくらはそれを確認すると、なるべく足音が出ないように努めながら速足でビルの入口へと近づいた。さらに身を低くすることで、極力見つからないようにした。そのかいあってか、二人はストームトルーパーに見つかることなく、順調に入口へと近づいていった。

「畜生!このクラスの生徒共はどうなってやがるんだ!空を飛ぶ!首輪を自力で解除する!島中に雷を落とす!かと思ったら戦艦とネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲も沈める!挙句は他の生徒が空飛ぶマシンでビルに突撃する!お前らそれでも人間か!?お次は単身、ビルの入り口で銃撃戦と来た!アンタ一体何者だ!」

 オルガはストームトルーパーの言葉に耳を傾けようとはしなかった。だが、今まさにマルフォイとさくらの二人が気づかれる事無くビルに侵入しようとしていた。

 オルガは二人を見ると、内心で叫んだ。

 足を止めるなぁ!!あと少し、あと少しで!

 オルガは二人を無事に行かせるために、より一層自分に注目を向けさせる事にした。オルガは足を止め、ストームトルーパーらに向き合う。

「俺は…鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ…!」

 そう言ったオルガの気迫にストームトルーパーらが怯んだ。

 オルガは眼だけを動かしてマルフォイとさくらの様子を見た。

 よしっ!

 この瞬間、マルフォイとさくらは無傷でビルへと侵入した。

 それを見て安心したオルガは再び全力疾走を始めた。そんなオルガをストームトルーパーらは追いかける。走るオルガを狙ってストームトルーパーがブラスターから光弾を放つ。放たれた弾丸がわずかにオルガを掠める。それでもオルガは止まらずに走り続ける。

 死なねぇ!死んでたまるか!このままじゃ…こんなところじゃ…終われねぇ!!

「こっちこっち!」

 この声は――さくらかっ!?

 オルガは声の聞こえた方、ビルの入り口付近に目を向けた。そこではさくらが大きく手を振りながら、その場でジャンプしていた。

 突然の出来事にオルガを狙っていたストームトルーパーらの動きが止まる。その中で一人のストームトルーパーがさくらにブラスターを向けた。

 その瞬間、物陰からマルフォイが姿を現した。マルフォイは持っていたエクスカリバールを、そのストームトルーパーの頭に振り下ろした。

 マルフォイの存在に気づかなかったストームトルーパーはマルフォイの一撃を頭に受け、さくらに光線を放つことなくその場に崩れ落ちた。

「くそっ、仲間がいたのか!」

 残ったストームトルーパーらはマルフォイにもブラスターを向けようとした。だが、それよりも早く、オルガが数発の銃弾を放った。ストームトルーパーらに銃弾が直撃したのを見るや、オルガとマルフォイは走り出した。

 ついにオルガは委員会の本部であるビルに侵入した。一人、入り口付近で待機していたさくらとも合流した。

「いい仕事だぜ二人共!」

 オルガは笑みを浮かべてマルフォイとさくらの行動をほめたたえた。マルフォイとさくらは共に照れくさそうな顔をした。

「突然作戦には無い行動を取ったから驚いたぜ。ハラハラさせやがって」と走りながらオルガが言った。それに対してマルフォイが答えた。

「おや?そんな事言って、僕と木之本のサポートが無ければ、今頃君はブラスターの餌食となっていたかもしれないじゃないか」

「――その通りだな。二人共、恩に着る!次もこの調子で頼むぜ?」

「ええっ!?出来ればこういう事はもうやりたくないかな…」と、さくらが困った顔で言った。

 三人は走っていたが、正面の壁にビルの案内図が示されている事に気づいた。じっと案内図を見ていた三人だが、さくらが案内図の一ヶ所を指さした。

「二人共、ここを見て!首輪管理室って書いてあるけど、もしかして――」

「ああ。恐らくこの部屋で僕らの首輪を管理しているんだな」

「そのまんまじゃねぇか…。この案内図、えらく親切だな」

 マルフォイとオルガは呆れたように言った。だが、三人の表情には希望が現れていた。

「この部屋に行けば、みんなの首輪を外す事も出来るよね?そしたら――もうみんなで殺し合いなんてしなくていい。一緒にこの島から帰れるんだよね!」

「あと一踏ん張りってところかな。頑張るフォイ!」

 さくらとマルフォイは喜び露わに言った。だが、オルガだけは違っていた。オルガは未だ案内図を見ている。やがて、オルガは二人に向き合った。

「どうやら首輪管理室への行き方には複数通りあるみたいだ。二人は最短経路で向かってくれ」

 それを聞いて、さくらが驚いた。

「二人って――オルガ君はどうするの!?」

「俺は別ルートで寄り道してから向かう。前にも言ったが、俺は委員会に落とし前をつけなきゃならねぇ。その為に俺はここまで生きて来たんだ」

「でもっ――」と言ったさくらをマルフォイが止めた。

「それで構わないさ。君は落とし前でも復讐でも、好きにやればいい。だが――絶対に死なないでくれよ。折角、君とは親しくなったんだ。それなのに憎き委員会の奴らに殺されでもしたら、僕としても気分が悪いからね」

「ああ――俺は死なねえ、約束だ。鉄華団団長として、団員を裏切りはしねえさ」

「だから僕は団員になった覚えはないんだけどな」

「参ったな――」とオルガが言った。

 それを聞いて、さくらが笑った。つられるようにマルフォイ、オルガも笑った。だが、それもすぐに止まる。三人は無言で頷いた。

 マルフォイとさくらはオルガと別れた。そして、それぞれの目的を果たすために走り出した。

 

 

 

99

 オルガらの侵入を許したストームトルーパー達はうろたえていた。

「どうする?」

「奴らを追いかけるべきじゃないのか?」

「放っておこうぜ。ビル内の奴らが始末してくれるだろ」

「そうだな」

 その直後、デデンネのインディグネイションによって東棟最上階が吹き飛ばされた。

 ストームトルーパー達はこの事態に言葉を失った。

「なんだよ――これっ!?」

「うわあああああっ!もう嫌だああああああ!」

「こんな島にいられるか!俺は泳いででも帰らせてもらう!」

「そ、そんな事――委員会上層部に聞かれたら、お前の命は無いぞ!」

「うるせえ!どうせ、この島にいても雷にやられて死ぬだけだ!」

 ついにはストームトルーパー同士でいがみ合いが始まった。そんな光景を見かねてか、どこからか二人のストームトルーパーが現れた。この二人は、いがみ合っているストームトルーパーらに近づいた。

「お静かに」

 二人の内の一人が落ち着いた声で言った。ただ、その言葉には聞いた者を黙らせるほどの迫力があった。ストームトルーパー達は突如現れた二人の仲間に驚いた。

「なんだ、お前らは。どこの警備担当だ?」

「私は利根川直属の舞台だ。生徒の電撃により通信回路が破壊された。緊急事態につき私が臨時に指揮をとる。私の言葉は利根川の言葉と思って戴きたい」

「と、利根川先生直属だって!?」

 現れたストームトルーパーの突然の発言にストームトルーパー達がざわついた。利根川直属の者だと名乗ったストームトルーパーは話を続ける。

「例の女子生徒は東側のビルの最上階付近にいる。姿を現した瞬間を仕留めろ」

「それって――俺達に東棟へ行けって言う事ですか!?」

「それが委員会からの命令だ」

「そんな――」と、ストームトルーパー達が反論しようとした。だが、利根川直属のストームトルーパーの内のもう一人が手に持っていた大きな銃を突きつけると、瞬時に黙り込んだ。

「あれ~、そんな態度取っちゃっていいんですかぁ~?私たちに逆らうって言う事は、利根川先生ましてや委員会に逆らうって事ですよ?でしたら――今ここで全員死ぬか?」

 この一言で、ストームトルーパー達の行動は決まった。

「ぜ、全員、ひ、ひ、東棟へ行くぞ!」

 そう言ってストームトルーパー達は東棟へと走っていった。

 それを見ていた利根川直属と名乗ったストームトルーパーの二人は静かに本部のビルへと入った。この二人は周囲に人がいない事を確認すると、身につけていた防具を脱ぎ捨てた。

 中から姿を見せたのはロムスカ・パロ・ウル・ラピュタとベータだった。

 二人はオルガらがビルへ侵入しようとしている姿を見つけると、そこから離れた場所でその様子を窺っていた。ストームトルーパーらの注目がオルガに集まるのを確認すると、オルガの銃弾に倒れたストームトルーパーを二人見つけ、その装備を奪い取って身につけたのであった。

「やっぱり侵入するとしたらこの格好を利用しない手は無いですよね~」

「私もそれには同感だ」

 ムスカとベータはそろって走り出した。

「さっき、東側ビルの屋上を吹き飛ばしたのはデデンネで間違いないだろう」

「私もそう思いますよ」

 二人は案内図を見つけると、東棟への経路を確認し、走り出した。

 

 

 

100

「ああもう!キツイ!狭いんだけど!」

「やる夫はこの圧迫感が堪らないお…」

「ちょっと!やる夫、あんたどこ触ってるのよ!」

「やる夫じゃないお。触ってるのはドナルドだお」

「アラーッ!?」

「道化師さん?」

「ドナルドじゃないです。フランちゃん、狭い車内で暴れないでね。君はスマートボムを持ってるんだから」

「いやいや、道化師さんの丸太が邪魔くさいのよ!」

「おおおっ!?やる夫の体に柔らかいものが当たって――」

「やる夫、キモおっ!」

 やる夫、フランドール・スカーレット、ドナルド・マクドナルドの三人は車の後部座席に乗って騒いでいた。

 運転している阿部高和はそんな三人の騒ぎ声を聞いて笑みを浮かべた。

 助手席に乗っていたやらない夫は頭を後ろに向けた。後部座席の三人もやらない夫の顔を見る。

 ニヤリとやらない夫は笑った。そんなやらない夫にドナルドが不満をぶつける。

「ズルいじゃないか、やらない夫君。真っ先に助手席に座るなんて。これでドナルドは狭い後部座席にすし詰めにされてしまったよ」

「そうよ!こういうのは女の子に譲るべきでしょ」

「やる夫としてはやらない夫に感謝」とやる夫が呟いた。

 それに対し、やらない夫は誇らしげに言った。

「何とでも言え!速いもの勝ちだ!」

 フランとドナルドはやらない夫の変化について話し始めた。

「やらない夫ってこんな奴だっけ、もっと暗い奴だと思ってたけど」

「んー、ドナルド達の知らない所で彼らも色々あったんだろうね。まあ、今の性格の方が良いんじゃないかい?」

 やらない夫は聞いているだけで恥ずかしくなり、前を向いた。この話を終わらせるべく、やらない夫は別の話題を切り出した。

「おい、そんな事より、今後の計画についてもう一度確認した方が良いんじゃないか?」

 それにドナルドが応じる。

「勿論さあ☆ドナルド達はただビルに突っ込んで、はいお終いとはいかないからね。主な目的は二つ。絶賛大暴れ中のデデンネちゃんを止める事と、首輪を解除する事だね。デデンネちゃんを止める方法は、阿部さんが手に入れたキチガイレコードを島中のスピーカーから大音量で流すという事だったね」

「利根川が放送してたのと同じ要領だな」とやらない夫が言う。

「ああ。ドナルドの武器シートによれば、キチガイレコードには聞いた人々を発狂させる恐怖のメロディが入っている。そして、デデンネちゃんが超人化の薬で超人と化しているとすると、その五感も発達している筈だ。だからこそ、キチガイレコードのメロディによる影響がドナルド達よりも大きくなるはずだ。ただし、ビル内にレコード再生機があるとは限らない。その時は仕方がないけど――」

「私のスマートボムの出番ってわけね」とフランが言った。

 ドナルドは無言で頷いた後、再び話し始める。

「もう一つの首輪解除の方法は単純さ。委員会がドナルド達の首輪を爆破する前に、この混乱に乗じて首輪の管理権を奪う事さ。その為には素早くビル内で首輪の管理室を見つけないといけない。とにかく急ぐ、そして邪魔する委員会の連中は全員倒す。それが重要かな」

「だったら、首輪の解除の方は私がやるわ。だって凄く面白そうだもの」

「やる夫もフランちゃんに同行するお!」

 フランとやる夫が首輪解除組になる事を希望した。ドナルドは笑って頷いた。

「じゃあ、そっちはフランちゃんとやる夫君に任せるよ。やらない夫君と阿部さんはドナルドと一緒に――」

「すまない。俺はその前にやる事がある」と阿部が運転しながら言った。

 車内の全員が阿部を見る。阿部は運転したまま話し始める。

「俺はお前らを入り口で降ろした後、警備の奴らがビルに入れないように、この車で暴れるつもりさ。この作戦はビル内の敵が少ないほど成功率が上がる。入り口の警備をかいくぐってビルに入ったとしても、後ろから警備の兵士が追って来たら厄介だろう。俺達は警備の奴らと違って銃といった飛び道具をもっていないからな」

「阿部さん…」とやる夫が言う。

「心配するな、やる夫。警備の奴らを片付けたら俺もすぐに向かうぜ。それにまだ、やる夫とやらない夫とドナルドを掘ってないしな! 俺だってお前ら掘らずに死ぬ気はないからな」

 阿部は笑った。だが、その直後に、阿部はやらない夫に話しかけた。

「やらない夫――俺にカイザギアを貸してくれないか?」

 やらない夫の顔つきが変わる。

「――変身する気か?」

 阿部は黙ったまま運転を続ける。やらない夫はため息をついた後に阿部に話しかける。

「阿部。お前が変身しないというのなら、こんなものはくれてやるよ。俺だって危なっかしくて、いつまでも持ってはいたくないだろ。だがな――お前が変身するつもりなら、これを渡すわけにはいかないだろ、常識的に考えて」

「その通りだお、やらない夫!」とやる夫が後部座席から言った。さらにやる夫は続ける。

「自分の命を犠牲にしてまでカッコつけるなんて、やる夫らの立場がますますなくなるお!いい男にも程があるお!」

「いや、俺はそういうのとは違って――まあいいや、とりあえず阿部。自己犠牲とかで変身するのは止めろ。そんな考えの奴にこのベルトはやれねえだろ」

 そう言ったやらない夫の顔には今までにない真剣みがあった。それを阿部は横目で見た。

「そうかい――分かったぜ、二人とも。俺はこのベルトで変身しない。約束だ。ただし、万が一に備えて、武器になるものが欲しい。そのベルトは振り回せば鈍器にはなると思う。そういう目的なら、ベルトを使ってもいいだろう?」

 阿部の話を黙って聞いていたやらない夫はしばし考えた後、カバンの中からカイザギアを取り出すと、阿部に手渡した。阿部は運転しながら、片手でそれを受け取った。

「いい男なら、約束の一つぐらい守れよ」

「分かってるさ」

 阿部はそう言うと、持っていたキチガイレコードをやらない夫に受け取るように言った。やらない夫はゆっくりと、阿部の持っていたキチガイレコードを引き取った。

「それに強い衝撃を与えないように気を付けてね」と、ドナルドが言った。

 彼らを乗せた車は次第にBR法委員会のツインタワービルに近づいていく。ついに視界にツインタワービルが入った時である。

 デデンネのインディグネイションによって東棟最上階が吹き飛んだ。この光景に車内は大騒ぎとなった。最初に声を上げたのはやる夫だった。

「な、なんだお!?」

「雷が落ちたのか!?」と、やらない夫も驚く。

「いや、さっきからの落雷とは比べ物にならない威力だね――。きっとデデンネちゃんの仕業だろうけど」

「お、俺達、あんな化け物と戦うのかよ――」

 冷静に分析したドナルドの発言を聞いて、やらない夫は青ざめた。

 だがフランは怯むどころか、より一層テンションを上げた。

「凄いね今の!皆見たでしょ?ああもう、祭りは始まってるのね、私達は出遅れちゃったじゃん。ねえ阿部さん、もっと飛ばしてよ」

「いや、これでも法定速度の限界で運転してるんだが…」

 阿部は運転しながら苦笑いを浮かべた。フランはそれを聞いて、阿部の座席を蹴った。

「ここは道路じゃないから、もっと飛ばしていいのよ」

「しかし――」

「私が許可する。飛ばせ」

「その言葉を待ってたぜ!」

 阿部は力いっぱいアクセルを踏み込んだ。その瞬間、車はよりスピードを上げて進みだした。やる夫とやらない夫は青ざめた顔で、座席を掴んでいる。

 ドナルドは特に表情に変化が見られない。フランは笑いながら、楽しそうに腕を振っている。

 阿部は笑みを浮かべると、さらに速度を上げた。ハンドルさばきも先ほどとは一変して激しいものとなった。

 フランは笑顔で阿部の座席を叩く。

「いいじゃん、阿部さん!もっと飛ばせ飛ばせー!」

「了解!」

 阿部の運転する車の速度がさらに上がり、ツインタワービルとの距離がみるみる縮まっていく。車とツインタワービルの距離が数百メートルほどになった時点で、阿部が言った。

「皆、よく聞いてくれ。今から10秒後にこの車をビルの入り口に止める。そしたらお前たちはすぐに車から降りて、ビルに入ってくれ。さっき言ったように、俺が警備の奴らを引き付ける。また、警備の奴らが銃を撃ってくることも考えられる。だからお前らは身を低くしておいてくれ」

 阿部はそう言った後、10秒のカウントダウンを始めた。

「阿部さんがカウントダウンすると、なんだか良からぬ想像をしてしまうお」

 やる夫のボケにツッコむ者は誰もいなかった。

「10…9…8…」

 車はついに、ビルの前に現れた。ストームトルーパー達の素顔が仮面で見えなくとも、車が向かって来ることに慌てる様子は見て取れた。

「7…6…5…」

慌てて車から離れるストームトルーパーが大勢いたが、その中には果敢にもブラスターを構える者もいた。

「4…3…」

 車がストームトルーパーの集団へと突っ込んだ。逃げ遅れた者や、ブラスターを構えた者は車に跳ね飛ばされた。

「2…1…」

 走る車の後方から生き残ったストームトルーパーがブラスターを放つ。阿部は見事なハンドルさばきで光線をかわしつつ、入口へと近づいていく。

「ゼロ!」

 阿部が急にハンドルを切り、車がドリフトをした。そのまま車はビルの入り口で止まった。それと同時に、車のドアが開き、やる夫、やらない夫、フラン、ドナルドの四人が勢いよく飛び出した。四人は振り返ることなく、ビルへと入っていく。

 阿部は運転席で四人が無事にビルへ入ったのを見ると、再び車を発進させた。四人の侵入者及び、運転する阿部を狙って、ストームトルーパーらがブラスターを構えた。その一団に、扉の開いた状態の車を運転して阿部が突っ込む。ストームトルーパーらは慌てて車から距離を取った。

 阿部は車を見事に運転してストームトルーパーらをビルに入らせないようにした。だが、車も少しずつブラスターの光弾を受け、ダメージが溜まっていく。

 その時、一発の光弾が車のタイヤを撃ち抜いた。阿部の運転が途端に乱れる。車が傾き、横滑りを始める。

「今だ、撃てー!」

 ストームトルーパーらは総員で阿部の車にブラスターを放った。遂に阿部の車が止まる。その直後、車は大きな音と共に炎を上げて爆発した。

「やったか!?」

 ストームトルーパーらは叫んだ。

 そんなストームトルーパーらの期待を裏切るかのように、炎の中から足音が聞こえてくる。

「おいおい、折角の名車が台無しだぜ。それに、俺のお気に入りのスカートまで灰にしやがって」

 そう言って、阿部高和が姿を見せた。阿部の言う通り、紙で作ったスカートは無残にも焼け落ち、阿部の男性器が露わになっている。また、やる夫の剣でつけられた傷が痛ましい。今の阿部は一切の衣類を纏っていない。ただ、右手にはカイザギアが握られている。

 そんな阿部の姿を見て、ストームトルーパー達は目を背けるように顔を後ろや下に向けた。だが、ストームトルーパーの中に一人だけ、阿部の生まれたままの姿から目を背けるどころか、阿部に見入っている者がいた。

 阿部も、自分をじっとそのストームトルーパーを見つめた。阿部はそのストームトルーパーに近づく。ストームトルーパーは阿部から目を離す事も出来ず、じっとその場に佇んでいる。

 その瞬間、阿部が素早くストームトルーパーの背後に回り込んだ。阿部は後ろからストームトルーパーに声をかけた。

「やらないか」

 それを聞いたストームトルーパーのマスクの下から、ハッと息を呑む声がした。

 だが阿部はストームトルーパーを掘らず、手に持っていたカイザギアをストームトルーパーの腰に巻き付けた。

 阿部はカイザフォンのボタンを9、1、3、エンターの順に押した。カイザフォンからスタンディングバイと音声が流れる。

「俺が変身して戦えば手っ取り早いんだが、あいつらとの約束を破るわけにはいかないからな」

 阿部はそう言うと、ストームトルーパーの腰に巻き付けられたカイザドライバーにカイザフォンを装填した。

 コンプリートという音声と共に、ストームトルーパーの体が黄色い光に包まれる。次の瞬間には、ストームトルーパーは仮面ライダーカイザに変身していた。

 変身させられたストームトルーパーは、突然の出来事に慌てた。その直後、自分の尻に異変を感じ、大声で「アッー!」と叫んだ。

 変身した男の尻を、変身させた姿の上から阿部が掘ったのだ。

「こうすればリュウセイも死なずに済んだのにな――」と阿部が呟く。

 一方で、掘られた男は全身の力が抜け、その場に膝をつきそうになった。だが、阿部が後ろから掘っているため、阿部に支えられる形となって、未だ立ち続けている。

「俺は阿部高和。委員会の奴らは敵だが、お前は俺と同じ穴の貉だろう。だから死ぬ前に天国を見せてやるぜ」

「はひ…」と、阿部に掘られた男が声を漏らす。

 この光景に嫌気がさしたストームトルーパー達は阿部と阿部に掘られたカイザへブラスターを放つ。それらの光弾を阿部はカイザを掘った状態でかわす。かわし切れない光弾は、阿部がカイザを盾にする形で防いだ。ストームトルーパーらはこのままでは埒があかないと考え、阿部の背後を取ろうとした。だが、阿部の素早いフットワークの前では不可能な事であった。阿部の背後を取れないストームトルーパーらを見て阿部がつぶやく。

「甘いな。その程度じゃ俺の背後(ケツ)はとれないぜ」

 エクシードチャージと音声が流れる。それと同時に阿部及びカイザが高くジャンプする。そして、ストームトルーパーの集団目がけ、必殺のゴルドスマッシュを放った。

 

 

 

101

「馬鹿な――この程度の威力だと!?」

 デデンネは自分のインディグネイションの威力の低さに驚きを隠せなかった。本来であれば、ビルの最上階だけでなく、さらに数フロア下まで破壊できると見積もっていた。だが実際には最上階のみを吹き飛ばす程度に終わった。

 デデンネは原因を考えた。一つは、先ほどから電撃を使い過ぎた事による体内の電気の不足。これはデデンネ自身にも心当たりがあった。故に、コンセントから不足した電力を補おうとビルに近づいたのだ。

 もう一つは、ポプ子に片方の髭を切り落とされたこと。デデンネの髭は電気を撃ち出す役割がある。その内の一つを失ったがため、この様な威力の低下が起こったのだろう。

 またポプ子――。本当に、憎らしい奴でちゅね!

 デデンネは雄叫びを上げた。

 一刻も早く、コンセントから電気を吸収する必要がある。デデンネは、吹き飛ばした最上階からビルの中へと入った。

 

 

 

102

 BR法委員会ツインタワービル内のvipルームも大騒ぎとなっていた。参加生徒の大半が本部のビルへと突入してきたうえ、委員会は生徒らを殺すどころか、この島から逃げるという決断をくだしたからだ。

 これがvipらを怒らせる事となった。彼らは生徒が無残に殺されるのが見たいのであって、生徒に殺されたくはないからだ。

 このままでは、自分らの身も安全とはいかない。vipらは怒りを抑えつつ、利根川の放送に従って島からの脱出を選んだ。

 また、どの生徒が優勝するかに関するギャンブルに参加したvipたちも大騒ぎとなっていた。vipらも現段階で優勝者はデデンネだと確信した。なお、デデンネに賭けた者は最初の時点で二、三人しかいなかった。故に賭け金を巡った諍いも生じていた。

 この時、vipルームの扉が勢いよく開いた。vipらは皆、扉の方を見た。

「なんて事だ――こんなに多くのジュラル星人が!全滅してやるぞ」

 侵入者が叫んだ。

 扉を開けて、vipルームに入って来たのは泉研だった。右手にはイングラムM10、左手にはパラソルが握られている。

 この闖入者にvip達は驚き、騒ぎ始めた。

「だ、誰だお前は!?」

「見れば分かるでしょ、生徒の一人よ!」

「俺は知ってるぞ!い、泉だ!泉研だ!」

「は?」

「ちょっと、誰か何とかしなさいよ!」

「委員会はなにをやってるんだ!早くこいつを殺せ!」

「まあまあ、皆さん。お静かに」

 あるvipが拳銃を片手に、研の前に歩み出る。

「どうだい、クソガキ。この拳銃はプレミアムの品でね、一度コイツで人を撃ってみたかったんだよ」

 それでも研は動こうとしない。この研の様子を怖気づいたと見たのか、次第にvipらも勢いづく。

「オイオイオイ」

「死ぬわアイツ」

「ほう、イングラムM10ですか…たいしたものですね。イングラムM10の発射速度は非常に高いらしく近接戦闘で使う者もいるくらいです」

「なんでもいいけどよォ」

「相手はあのプレミアム拳銃だぜ」

「それにもう一方の手にある傘。これは相手の視界を遮るもののようです。しかも、急に広げれば相手を驚かせることもできる。それにしてもこれだけの数を相手だというのに、あれだけ落ち着いていられるのは、超人的な度胸というほかはない」

 プレミアム拳銃を持ったvipが研に銃口を向けた。それと同時に、研はパラソルを前方に広げる。プレミアム拳銃から放たれた弾丸は研のパラソルによってはじかれる。研はその直後にパラソルから身を出し、イングラムM10で銃弾を放った。

 vipルームで悲鳴が上がった。室内はvipの悲鳴と銃声で包まれたが、ほんの1,2分後には静まり返った。

 再び扉が開き、中から研一人だけが出て来た。研は次なるジュラル星人を探し求めて走り出した。

 その後、vipの人間を誘導するために黒服がvipルームへ訪れた。この黒服が扉を開けると同時に悲鳴を上げ、腰を抜かしたのは言うまでもない。

 

 

 

103

 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタとベータは東棟を登っていた。その過程で、二人を殺そうとする黒服らに出会ったが、二人は殴る、蹴る、トランプで斬る、撃ち殺すといった手段でここまで切り抜けて来た。

 先を走るムスカが振り向いてベータに話しかける。

「来たまえ、こっちだ」

「言われなくても分かってるぜ。デデンネに会うまで登り続けりゃいいんだろ?」

 ベータの瞳の色は青紫色、攻撃的な性格になっており、口調も荒々しくなっている。

 その時、ベータの背後に突然誰かが飛び出してきた。

 ベータは振り返ると同時にEM銃を背後の誰かに向けて撃った。撃たれた人物が叫んだ。

「みそしるーーーーーっっ!!!!!」

 じーさんが絶叫した。

 ベータの背後に飛び出してきたのはじーさんだった。

 じーさんの断末魔の叫びにムスカとベータは一瞬きょとんとした。

 光速の弾丸を受けたじーさんの体は後方へ勢いよく吹き飛ばされた。そして、勢いそのまま壁のガラスを突き破り、西へと跳んでいった。

 じーさんの姿が消えた後、ベータの瞳が赤紫色になる。

「あらやだ、ごめんなさぁい☆撃っちゃったぁ」

 ベータはてへぺろをした。ムスカは呆れた顔をしている。

「なぜ――最後の言葉が味噌汁なんだ?」

「お椀に入った暖かい味噌汁を死ぬ前に飲みたかったんじゃないですかぁ?ここじゃあ食べられるのは支給されたパンぐらいですし」

「そうか――いいな、味噌汁。私も帰ったら一杯、頂くとしようか」

「生きて帰れたらいいですね~」

「当然生きて帰るに決まってるだろう」

 無駄口を叩きながらも、二人は東棟を登っていく。

 

【男子09番 じーさん 死亡】

【生存者 残り14人】

 

 

 

104

 利根川幸雄は部下の黒服らを連れて格納庫へと走っていた。

 先ほど、vipらを迎えに行かせた黒服からvipルーム内でvip全員が何者かによって撃ち殺されたと報告が入った。

 利根川は歯を噛み締めた。

 爆破しておくべきだった…生徒共の首輪を…!

 利根川はビル内の全ての黒服に避難指示を出した。首輪管理室の黒服らも同様である。今や首輪管理室はもぬけの殻となっており、生徒の首輪を爆破するには誰かが首輪管理室まで行かなくてはならない。

 だが、長年委員会に尽くしてきた利根川にとって、委員会の都合で首輪を爆破するという事は躊躇われた。

 首輪はあくまで生徒らに逃げ場がない事を実感させて殺し合いを進行させるためのものであり、委員会が勝手な理由で首輪を爆破する事はあってはならないと利根川は考えている。

 でも…もう分からん…!一体、何人の生徒がビルに侵入しているのか…!

 デデンネによる騒ぎから始まり、唯一神様と蓮実の逃走、屋外でのストームトルーパーらの死、ビル内での黒服らの死、そして次はvipらの死と来た。混乱のさなかで、情報が錯綜しており、誰の首輪を爆破すればよいのかが分からなかった。

 仮にも島の中を未だ逃げ回っている生徒がいたとして、その生徒の首輪を爆破するようなことがあっては、プログラムの実行委員会として許されない。

 当然…!生徒らに殺し合いを強いる時点で、生徒らの委員会への反抗も…!推奨している…!果敢にも本部へ戦いを挑むことを…!

 だが、今となっては全員の首輪を爆破しておけば良かったと利根川は思った。

 しかし、この悪夢ももう終わる。

 利根川と黒服は格納庫の前に到達した。利根川は黒服らを見やる。

「誠に残念だが…我々も多くの同僚、そしてvipの皆様を失った。しかし、ワシらがするべきは彼らの復讐ではない。生きてこの島から逃げる事だ!そして、逃げ切った後、ワシから唯一神様に交渉する…奴ら生徒の皆殺しを…このプログラムで命を落とした黒服たちを甦らす事を…!だからこそ!ワシらは生きねばならん!」

 利根川の言葉に応じるように黒服たちは掛け声を上げた。

 利根川は頷くと、格納庫の扉に手をかけ、勢いよく開いた。

 その瞬間、扉が吹き飛び、中から凄まじい勢いで爆炎が噴き出した。突然の爆炎に利根川、及び数多の黒服が巻き込まれた。幸い爆炎に巻き込まれなかった黒服たちも、爆風のあおりを受けて転げた。利根川はまるで土下座をしているかのような体制で動かなくなった。

 その時、扉から離れた場所にいた黒服、萩野荻尾(はぎの おぎお)が口を開いた。

「――バックドラフト…!」

 ざわざわ…。

 無事だった黒服らは萩野の方を向く。萩野は話を続ける。

「火を放ったんだ…格納庫内に…誰かが…!そして扉をしめ切って…さっき扉を開けた時点で…酸素が入って…爆発…!おそらく引火した…中の飛行機やヘリコプター…!もう使えない…逃げられない…俺達は…!」

 ざわ…ざわざわ…ざわ…。

 黒服たちはそれを聞いて青ざめた。その時、どこからともなく声が聞こえてきた。

「オジサンたちごめんね。もし誰かにヘリコプターでも使われて逃げられちゃったら、私が帰れなくなっちゃうの」

 歌うような少女の声が聞こえてきたが、その姿は見えない。黒服らは一層戸惑うが、それらを意に介さず声は今も聞こえてくる。

「これでこの島からは誰も逃げられないから一安心。でも、こんな状況じゃあもう誰が生き残ってるか分からないし――全員殺す事にするね」

 黒服らは誰がこんな物騒な事を言ってるのか、声の主を探そうと試みるが、一向に見つけることが出来ない。

「ところで――オジサンたちは全員に含まれてるのかな」

 透明マントが脱ぎ捨てられる。

 古明地こいしがそこにいた。

 火炎放射器は黒服らに向けられていた。

 

 

 

105

「ついに見つけたでちゅよ、コンセント!」

 デデンネはビル内のコンセントを見つけると、狂喜乱舞した。早速、電気を補給するために、コンセントにしっぽを突き刺した。

 その時、飛んできた一枚のトランプがデデンネのしっぽを切り落とした。

 デデンネは悲鳴を上げ、後ろに飛び退いた。そんなデデンネの体の側を光速の弾丸が駆け抜けた。

 デデンネは恨みがましい目で、光弾の飛んできた方を見る。

 デデンネの視線の先にはムスカとベータがいた。ムスカの手にはゾリンゲン・カードがあり、ベータはEM銃をデデンネに向けて構えていた。

 データは隣にいたムスカを睨みつけた。

「テメエ、しっぽを切断すると同時に弾丸を当てる手筈だっただろうが!トランプを投げるタイミングが速いんだよ!」

「そうか――私のカード捌きはついに光速をも凌駕した――という事かね?」

「はいはい、王様は凄いな」

 呆れたようなベータの発言に、ムスカは高笑いをする。

 だが、デデンネは笑っていられるような状態ではなかった。切り落とされたしっぽを掴んだデデンネはムスカとベータを睨みつける。

 そのデデンネの顔を見るや、ベータは再び光速の弾丸をデデンネへ放った。

 だが、デデンネは弾丸をかわした。デデンネの目はベータの指にわずかな力が入るのを見逃さなかった。それを見ると、極限まで鍛え上げられた全身に力を込め、横へ跳んだのだ。

 デデンネが弾丸を避けたという事態に、ベータも驚きを隠せない。

「何だよ、あの反射神経。化け物か?」

「化け物――こ、こ、この可愛らしい私に向かってなんて無礼なぁぁッ!」

「え?可愛らしい?面白いの間違いですよねぇ~?鏡で今の貴方の姿を見たら、きっとびっくりしちゃいますよぉ」

 ベータは元の性格に戻り、デデンネの怒りの火に油を注ぐよう煽る。

 デデンネが手をベータへと突き出し、その手から電撃が放たれた。ベータも持ち前の反射神経でデデンネの手が動くと同時に、身を屈めて横へ跳び、電撃をかわした。

「ああもう、何なんですか!なんでデデンネ一人だけ電撃使えるんですか?ズルーい!」

「怖気ついたか?だったら君は床に伏せていたまえ」

 ムスカはそう言ってベータの前に立つ。そして、手の中でゾリンゲン・カードを広げる。

「天より大地を支配するのはラピュタ王、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタをおいて他にない。デデンネ、君には即刻、仮初の王座からお引き取り願おうか」

 

 

 

106

 蓮実聖司は自分の警備としてストームトルーパーを二人傍らにつけ、ビルを歩いていた。

 このような非常事態に備え、蓮見は自分専用の小型ヘリコプターをこの島に隠しておいた。

 いつまでもこの島にいては自分の命が危ない。それに、自分の命を賭してまで委員会に尽くす必要は無い。

 蓮実はビル内のあちこちから聞こえる喧噪に耳を傾けながら、ゆっくりと歩く。今ではこの騒ぎを楽しむ余裕すら生まれていた。

 その時だった。蓮実が急に足を止めた。二人のストームトルーパーは蓮実の顔を見る。蓮実は無言のまま、二人にも口を閉じて止まるよう、ジェスチャーで示した。

 ストームトルーパーらも静かに蓮実の隣で動きを止めた。

 この沈黙を破るように、遠くから足音が聞こえて来た。音から判断して二人。テンポの速さから走っているのだと推測できた。足音は次第に大きくなっている。

 蓮実は物陰からそっと顔をのぞかせ、走っているのが誰であるかを見た。

 それは木之本桜とドラコ・マルフォイの二人であった。次第に蓮実らのいる場所へと近づいてくる。

 蓮実は笑みを浮かべると、二人の前に突然飛び出した。

「Great! マルフォイ君に木之本さん、君たちがこの殺し合いでここまで生き残ったとは、先生にも予想外だ。君たちの健闘をたたえようじゃないか!」

 常日頃の授業と同じような高いテンションで蓮実はマルフォイとさくらに声をかけた。驚いた二人は走るのを止め、後ずさった。さくらの顔からは怯えているのが見て取れる。マルフォイは蓮実への嫌悪感を露わにしている。

 そんな二人の顔を見て蓮実は笑った。

「その顔――先生がここにいる事を知って驚いたのとは違うね。俺が委員会の会員だと君たち二人は知ってたんだね。オルガ・イツカ君から聞いたんだろう?」

 マルフォイとさくらは無言のまま、ゆっくりと後退する。マルフォイがさくらの前に立ち、蓮見を睨みつける。マルフォイは両手でエクスカリバールを持って蓮実に向ける。

 蓮実は肩をすくめた。

「おっと。俺もこの後の予定が詰まっていてね。可愛い教え子でもある君たちの努力を称して、苦しまずに殺してあげよう」

 蓮実がそう言うと、二人のストームトルーパーが蓮実の左右に並ぶ。ストームトルーパーがブラスターをマルフォイとさくらの顔面に向けた。マルフォイとさくらは目を閉じる。

 蓮実が手を振った。

 二発の銃声が鳴り響いた。

 しばしの沈黙が訪れた。

 マルフォイとさくらは撃たれたと思ったものの、体に痛みが無い事に気づく。恐る恐る目を開け、自分の体を確認した。二人共、ブラスターによる光弾を受けてはいなかった。

 マルフォイとさくらは正面を見る。二人のストームトルーパーが床に倒れていた。蓮実は今、二人を見ていない。首を回して後ろを見ていた。

「よう蓮実。落とし前をつけに来たぜ」

 その声を聞いて、マルフォイとさくらは蓮実の後ろにいる人物を見た。蓮実も笑みを崩すことなく、その人物に話しかける。

「オルガ・イツカ――」

 蓮実、マルフォイ、さくらはオルガの姿を見た。

 オルガがS&W M29を両手で構え、銃口をしっかりと自分の頭に向けられている事に蓮実は気づいた。

 その瞬間、蓮実はその場に膝をついた。そして両手を頭の後ろで組んだ。

「Excellent!よくぞ、この地獄の殺し合いを生き延びた、オルガ・イツカ!それも一度ならず二度までも!もう間違いない、君が優勝だ!」

 オルガは蓮実の言葉に耳を貸さずに睨みつける。それでも蓮実は話を止めない。

「この時点で続行は不可能、もうプログラムは終了だ! これ以上の殺し合いは無意味だ、すぐにでも止めさせよう。しかし、委員会では君を二度目の優勝者として、特別に唯一神様との面会を認めよう!」

「あんた正気か?」

 オルガが吐き捨てる。それでも蓮実は動じない。

「Exactly!私の権限を使えば、君を唯一神様に会わせる事は可能さ。そして、私も君と一緒に唯一神様に頼むとするよ、君の望みを!何が望みだ?かつての君のクラスメイト、全員を生き返らせる事かい?」

 蓮実は自分の頭を床に付け、オルガに頭を下げる形となった。

 この蓮実の行動に、オルガの視線が一瞬蓮実からずれた。

 その隙を蓮実は逃さなかった。

 蓮実は瞬時に手を伸ばし、倒れたストームトルーパーが持っていたブラスターをつかむ。

 オルガは、この蓮実の行動に驚きつつも、引き金にかけた指に力を込めようとする。

 だが蓮実の方が速かった。蓮実はブラスターを拾い上げると同時に、オルガへ数発の光弾を放った。放たれた光弾がオルガの体を貫いた。

 オルガは左手の人差し指を前に伸ばすようにして倒れた。

 蓮実の笑い声だけがこだました。




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
● 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り14人】


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17話

フレンダ、プラシド、宇水さんを登場させる案もあったのですが、オチが容易にバレるので止めました。


ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
○ 男子04番 泉研
○ 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
● 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
○ 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
○ 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り14人】


107

「俺は落とし前をつけに来た。最初にそう言ったよな」

 蓮実聖司の背後で声がした。

 蓮実が何度も聞いたことのあるオルガ・イツカの声だった。

 だが、オルガは蓮実の眼前で死んでいる。蓮実自身がブラスターで撃ち殺したからだ。それを蓮実は自覚していたからこそ、オルガの声が後ろから聞こえてきた事が信じられなかった。

 そして蓮実は振り返った。

 蓮実の後ろでは先ほどと変わることなく、木之本桜がいた。その前にはエクスカリバールを構えたドラコ・マルフォイが立っている。

 その二人の隣に拳銃を持ったオルガ・イツカが立っていた。

 蓮実は言葉を失った。そして、再び地面に倒れて死んでいるオルガを見た。

 そのオルガの姿に突然変化が訪れる。まずオルガの輪郭が歪み始めた。次にオルガの体から色が失われてクリーム色に変わっていく。そしてクリーム色になったオルガの体がみるみる縮んでいく。

 蓮実は全てを悟った。

「コピーロボット――」

 オルガの拳銃から放たれた銃弾が蓮実の右手を貫いた。蓮実はブラスターを床に落とす。オルガは銃口を蓮実の眉間に向けた。

「そうだ。お前らからの支給品、ありがたく使わせてもらったぜ」

「Magnificent!これは一本取られた!見事だよ、オルガ・イツカ!君をここまで突き動かしたのは、死んだ級友たちの亡霊かい?」

 オルガは答えない。一方、蓮実はさらに話し続ける。

「そして君はついに俺を殺せる機会を得た。だが君にできるのかい?隣にいる二人の目の前で、俺を撃ち殺せるのかい?そもそも奇妙なものだね、復讐というものは!いや、それだけじゃない。復讐だの、倒すべき敵だの、何かと理由をつければ殺しも正当化されるというのは、不思議で堪らない!クラスメイトと殺し合うのはあんなに抵抗したのに、委員会の人間なら何人殺してもいいのかい?命は平等なんだ――」

 一発の銃声が、蓮実の口を閉じた。力を失った蓮実の体が床に倒れる。

 その光景を、オルガは冷ややかな目で見ていた。

「あいつらに詫びてこい」

 オルガは銃を懐にしまった。そしてマルフォイとさくらの顔を見た。

 二人は何も言わなかった。

 オルガは「悪いモン見せちまったな」とだけ言った。

 三人の意志は決まっていた。あとは首輪を解除してこの島から逃げるだけだ。三人は首輪管理室を目指して走り出した。

 

 

 

108

 萩野荻尾(はぎの おぎお)を始めとする黒服たちは、眼前の古明地こいしの手でひたすら蹂躙されていた。こいしは火炎放射器を逃げ惑う黒服たちに向けて火を放った。黒服たちは次々と火の中に消えていった。

 今や黒服たちは抵抗さえも出来なかった。絶対的な上司である利根川を失っただけでなく、古明地こいしという理解の及ばぬ少女の行動が黒服らの指揮系統を乱した。今や黒服たちは恐怖に震え、死を待つだけに過ぎなかった。

 それは萩野も同様であった。今、萩野は腰を抜かし、同僚たちが焼死していく様を見る事しか出来なかった。

 気が付けば、辺りは火の海と化し、この場で生きているのはこいしと萩野だけとなっていた。そして萩野にも火炎放射器が向けられた。

 その瞬間、萩野の脳内にこれまでの人生が展開した。

 悩みなど無く日が暮れるまで毎日遊んだ小学生時代。サッカー部に所属し、県大会優勝を目指した中学生時代。皆で徹夜して準備した学園祭、友人らと盛り上がった修学旅行、そして淡い初恋と失恋を経験した輝かしい青春の高校生時代。長く辛い受験勉強を乗り越えた先に勝ち取った大学合格、そしてバイトやサークルに明け暮れた大学生時代。それから就活に励み、最終的にBR法委員会へ就職した。利根川先生の下につき、プログラムの計画、準備、運営を幾度となく行ってきた。初めは学生を殺し合わせる事に強い抵抗があったが、それも働いているうちに薄れてきた。自分より仕事のできる後輩が入って来たり、同僚と何度も争ったり、上から理不尽な扱いを受けたりと決して最高といえる職場では無かった。だが、それでもプログラムを成功させるために、皆で協力し合ったり、自分の努力が認められたりと悪い事ばかりでもなかった。そして、一つのプログラムを終えた後、利根川先生を交えてのボウリング大会はこの仕事に就いて良かったと思える瞬間でもある。

 萩野はこれらの思い出をわずかの間に思い浮かべた。萩野の体が激しく震えだす。さらに萩野は自分の体が歪んで溶けていく錯覚を覚えた。

 萩野のサングラスの奥の目とこいしの無機質な目があった。萩野は目を閉じた。

 だが、いくら待っても萩野に火が放たれる事は無かった。萩野はうっすらと目を開ける。

 こいしは火炎放射器を手に取って振り回しつつ、それを観察していた。火を噴き出そうとするが、火炎放射器からはわずかに小さな火が出るだけで、すぐにそれも消える。火炎放射器の燃料が無くなったのだ。こいしは火炎放射器を床に放り投げた。

 助かった…、と萩野は安堵する。そして萩野は決心した。

 みんなの仇は…俺がとる…!

 萩野はこいしを真正面から睨んで立ち上がった。萩野はこいしへ飛びかかるべく、両足に力を込めた。

 だが萩野の気迫は一瞬で消えた。

 こいしの手には鱧切り包丁が握られていた。

 ざわ…。

 こいしは鱧切り包丁を高く振り上げながら萩野へと駆け寄る。

 鱧切り包丁が勢いよく振り下ろされる。萩野は声にならない悲鳴を上げると同時に目の前が真っ暗になった。

 

 

 

109

 やる夫とフランドール・スカーレットは首輪管理室を目指して西棟内を走っていた。

 ビル内の黒服たちは島からの脱出に向けて動いていた為、やる夫らに対する委員会の妨害の類は一切なかった。やる夫はこの事に安心していたが、フランにとっては不満だった。

「なによ、こんな大きなビルなのに誰もいないじゃない!つまんないなー」

「いやいや、やる夫達の目的は首輪の解除だお。委員会の奴らがいないのに越したことは無いお」

「えー。でもさあ、目的の場所へと走る私達、その前に立ちはだかる委員会。そいつらをバッタバッタとなぎ倒す――面白くない?」

「まーゲームだったら面白いかもしれないけど、これは現実だから――それに、やる夫は腕に自信が無いからこういう状況の方がいいお」

「ふーん、想像してみてよ。あーやって前方から敵がやって来て――」

 フランは前方に指をさして話したが、その言葉は途中で止まった。

 今まさに、前方から一人の生徒がやって来たのだ。

 やる夫もそれに気づき、走るのを止めて前を見る。

 やる夫はその生徒の名前を知らない。やって来たのはポプ子だった。ポプ子は最上階へハイドラで突撃した後、階段を下ってここまでやって来たのだ。

 ポプ子も前方にやる夫とフランがいる事に気づいた。

「おっ、フランちゃんに、お前は――転校生か?ここまで生き残っているなんてやるじゃねーか」

 フランはポプ子の姿を見とめると笑みを浮かべ、やる夫に話しかける。

「やったよ、やる夫!遊び相手の登場だよ!ねえ、ポプ子となら遊んでもいいでしょ?」

「いやいや、遊ぶって――戦うつもりじゃないかお!そんな暇はないお!」

 やる夫はポプ子の顔を見る。

「えーと、ポ、ポプ子――さん?やる夫は転校生のやる夫というお。今、やる夫達は首輪を解除するために動いているんだお。そしたら、こんなプログラムはもう終わりだお。ポプ子さん、やる夫達に協力してほしいお!」

 ポプ子はやる夫の話を聞いていた。やる夫が話し終わると、ポプ子はやる夫を指さした。

「アー、You are mothrefucker?」

「ええっ!?な、何語だお?もしかして外国からの留学生の方かお?」

「違うに決まってんだろ。それよりも――首輪管理室?そこで私たちの首輪を管理していると見ていいんだよな」

「そうだお」

「だったらさあ!私の首輪だけを解除して、お前ら全員の首輪を爆破する事も出来るじゃん!あー、何でこんな事に気づかなかったんだろう?」

 ブーッ!という音を上げてやる夫は噴き出した。

「な、なんて人だお。そう言えば、このクラスは危険な臭いのする人がいっぱいいるのを忘れてたお…」

「ね、だからポプ子となら遊んでいいでしょ。遊ばせてよ―。そもそも、遊ぶのにやる夫の許可なんていらないんだけどね」

 フランがやる夫の側で言った。

 話を聞いたポプ子は、瞬時にやる夫らに背を向けて走り出そうとする。

「こうしちゃいられねえ、すぐにでも首輪管理室とやらに行って、お前ら全員の首輪を吹き飛ばしてやる!楽して私が優勝だ!その前に――お前ら二人はここで終わりだがなぁ!」

 ポプ子は振り返ってスーパースコープをやる夫らに向ける。

 それを見たやる夫は、慌てて懐から剣のキーホルダーを取り出し、巨大化させようとする。

 その時、ポプ子の背後の窓ガラスが勢いよく割れた。ポプ子は両腕でガラスから体を守る。

 ガラスが割れたのは、外から勢いよくあるものが飛んできたからだ。それはガラスを突き破った後も、勢い余って床を滑り、やる夫とフランの眼前でようやく止まった。

 飛んできたものを見てやる夫は驚いた。

「これは――老人だお!なんでこんな老人が外から飛んでくるんだお!?」

 やる夫の眼前で倒れているのはじーさんだった。じーさんは東棟でベータに撃たれて窓の外、西棟の方角へと飛んでいった。勢いのついたまま、じーさんの遺体は東棟まで跳び、窓ガラスを突き破って今この場に現れたのだ。

 フランは面白がってじーさんの体をつついている。

 だが、ポプ子の喜ぶさまは凄まじかった。じーさんの死を確認すると、ポプ子は床に倒れこんで大声で笑いだした。笑い過ぎて苦しいのか、一方の手で自分の腹を押さえている。そしてもう一方の手で床を何度も叩いている。

 笑い疲れたのか、体を小刻みにひくひくと揺らしながらポプ子は立ち上がる。

「やっと死んだのかジジイ。それにしてもアンタは愉快なジジイだったぜ。こうやって、死んだ後も私を笑わせてくれるんだからな。でも何も寂しがることはないぜ、すぐにお友達をアンタの元へ送ってやるからよぉ!」

 ポプ子はスーパースコープからエネルギーをチャージした事による巨大な光弾をやる夫へと放った。

 やる夫は剣のキーホルダーを巨大化させようとするが、それよりも先に光弾がやる夫に迫り来る。やる夫がもうダメだと思った時である。

 横から飛び出したフランがやる夫の前に立った。

 その直後、光弾はポプ子へと返された。

 光弾がポプ子の体を掠めた。この事態に、ポプ子の顔にも冷や汗が浮かんでいた。

 驚いているのはポプ子だけではない。やる夫も今のフランの行動に愕然としている。

 フランの右手にはリボルケインが握られていた。これはじーさんが生前、体に括り付けていた光の杖である。フランはこれをじーさんの体から抜き取り、ポプ子の光弾に対してリボルケインを振る事で光弾を跳ね返したのだった。

「うふふふふ―――あはははははははははははっ!!!」

 突然フランは笑い出した。倒れて動かなくなったじーさんの体を見る。

「ありがとうじーさん、私に武器を届けにやって来てくれたんだね!優しいおじいさんって私大好き!」

 フランはじーさんの遺体に天使の様な笑みを向ける。

 そんなフランをポプ子は睨みつける。

「あ゛あ゛!?突然天から武器が降って来るなんて、ご都合主義なんてもんじゃねーぞ!そんなの、私は絶対認めねえ、死ねーっ!」

 ポプ子はスーパースコープから光弾を連射した。小粒だが大量の光弾がフランを襲う。

 フランは慌てる様子を一切見せない。その目が輝き、リボルケインを持った手が素早く動いた。フランは甲高い声で笑いながらリボルケインを華麗に操って全ての光弾を跳ね返した。跳ね返された光弾は床や壁を傷つける。その内の1、2発は倒れて動かないじーさんの体に当たった。やる夫はフランの後ろで身を屈めていたために無傷で済んだ。その内、数発の光弾がポプ子を襲う。ポプ子は釘バットを片手で振り回し、光弾から必死に身を守る。

 フランは感動に打ち震えた様子で笑い続けている。

「そうよ!これよ!こういうことがずっとやりたかったのよ!武器を手にクラスの皆と死ぬまで遊び続ける――そんな遊びを私は望んでいたの!」

 リボルケインを持ったフランの顔は狂気に歪む。フランは横目でやる夫を見る。

「やる夫、アンタはさっさと首輪管理室に行ってきなよ。私はここでポプ子と遊んでるから」

「わ、分かったお!」

 やる夫はフランの背後から飛び出し、前に立つポプ子から離れた所を走る。

 やる夫を黙って通すわけもなく、ポプ子はやる夫に釘バットを振り下ろそうとする。

 そんなポプ子の体に、弾丸の如く飛び出したフランのリボルケインが迫る。ポプ子は釘バットで殴りかかるのを止め、フランの攻撃を避けた。

 やる夫はもうフラン、ポプ子に目もくれる事無く、上へと続く階段を登り始めた。

 残されたポプ子とフランが対峙する。フランは肩をすくめた。

「ポプ子の遊び相手は私なんだから、萎えるようなことは止めて欲しいんだけど。やる夫なんて放っておいて、私と一緒に遊びましょう?」

「へえ――やろうっての?」

 ポプ子の顔に血管が浮かび上がり、ビキビキと音が鳴る。ポプ子はスーパースコープを引っ込め、釘バットを両手で握る。フラン相手にスーパースコープが通用しないと判断しての事だった。

 釘バットを持って構えたポプ子に、笑顔でフランが話しかける。

「さあポプ子、死ぬまでずっと遊ぼうよ!」

「いくら出す?」

「土管一個」

「一個じゃ神の命は救えても、吸血鬼の命は救えないぜ」

「あなたが、コンティニュー出来ないのさ!」

 

 

 

110

 ムスカはゾリンゲン・カードをデデンネへ向けて放った。

 デデンネは飛んでくるカードをかわすそぶりを見せず、両手を前に向ける。ムスカの放ったカードが軌道を変えられ、デデンネの両手に吸い付けられる。

「何ぃっ!?」と、ムスカが驚愕の声を上げる。

 デデンネは作画の崩壊した顔で勝ち誇った笑みを浮かべる。

「今の私は磁力も操る事が出来るんでちゅよ。さっきは油断したけど、もう同じ手は通用しないでちゅ」

 デデンネが手を振ると、ゾリンゲン・カードはパラパラと床に落ちた。

「くっ!」とムスカは悔し気に言うと、デデンネから遠ざかるべく走り出した。ベータはカードが床に落ちた時点で既に走り出していた。

 デデンネは笑みを浮かべると、逃げるベータとムスカの後をゆっくりと追いかけた。デデンネは逃げる二人を掠めるような場所を狙って電撃を放ち続ける。走るベータとムスカを足止めするかのように電撃が走る。二人は走るのを止めなかったが、次第に疲労がたまっていく。ゆっくりと歩いてくるデデンネとの距離は徐々に近づいてくる。

 デデンネは内心で勝利の雄叫びをあげた。

 ムスカ君のカードは磁力で封じた。ベータちゃんには銃を構える隙を与えない。――勝ったでちゅ!

 その時、ムスカは隠し持っていた数個の煙玉を勢いよく投げつけた。煙玉が炸裂し、煙がフロア中に充満した。

 デデンネの周囲も煙で覆われた。それでもデデンネは未だ余裕だった。

「うぷぷぷぷ。まるで目がぁ~目がぁ~!とでも言いたくなるような状況でちゅね」

 私の視界を奪い、隙をついてベータちゃんの銃で私を撃ち殺すつもりでちゅね。でも、この煙じゃあ二人も私の位置が分からないでちゅよ?間違いなく二人は私の声及び発する電気を目印に攻撃を仕掛けてくる。でも――勘違いされちゃ困るんでちゅよ、煙の中で目が効かないのはお前ら二人だけなんでちゅ!

 デデンネは片方残った髭から電波を発した。デデンネは電波の反射を利用して、煙の中のムスカとベータを探し出そうと試みた。

 ――見つけたでちゅ!

 電波の反射から二人の人間が隣り合うようにして床に伏せているのをデデンネは察知した。

 恐らく身を屈めて少しでも見つからないように考えたみたいでちゅが、所詮は雑魚の浅知恵でちゅ!

「MAX二億V(ボルト)!放電(ヴァーリー)!」

 デデンネの渾身の一撃が二人を仕留めた。この電撃の衝撃で、フロアを包んだ煙も次第に晴れていく。

「ムスカ君とベータちゃん、君たちは雑魚でありながら良く戦った。せめて君たちは手厚く葬ってあげまちゅね。果たして、最後の顔はどうなっているのか――って、あの電撃を受けたら黒焦げになっちゃいまちゅね。つい出力を間違えたでちゅ」

 デデンネはちょこんと舌を出し、斃れた二人に近づいた。

 その直後、デデンネが驚愕の声を上げた。

「な――何ィ!?」

 そこに斃れていた二人は電撃で黒焦げになってはいた。だが、その体にスーツを着ていたことが分かった。そして、体格から判断しても、この二人はムスカとベータではない。

 委員会の黒服たちだった。

「驚くことは無い。こいつらは始めから死んでいる」

 ムスカがそう言いながら煙の中から飛び出した。

 ムスカとベータはデデンネの髭が片方無くなっていることを見逃さなかった。そのため、デデンネの放つ電撃の威力が下がるだけでなく、レーダーとしての機能も劣るだろうと考えた。そこで、二人は煙玉でデデンネの視界を塞ぐと、デデンネの髭のある方向に黒服二名の死体を置いておいた。二人の思惑通り、デデンネは黒服二名をムスカ、ベータと勘違いした。デデンネの慢心が生んだ隙だった。

 ムスカは両手で持っていたゾリンゲン・カードをデデンネへと向けて放った。それぞれのカードには回転がかかっており、様々な方角からカードがデデンネを襲う。

「それはもう通用しないって――まだ分からないんでちゅか!?」

 デデンネが叫び、腕に磁力を纏った。ゾリンゲン・カードは勢いを失い、デデンネの手元へ吸い寄せられていく。

 それを見たムスカは残りのカードを懐から取り出す。

 デデンネはさらに磁力を強めた。ムスカの持っていた全てのゾリンゲン・カードがデデンネの元へ飛んでいく。

 ムスカは膝をついた。

 やっと諦めたでちゅか。往生際の悪い奴だったでちゅね。

 デデンネは自分の元に吸い寄せられてくるゾリンゲン・カードを見て悦に入っていた。

 だがデデンネはふと視界に入ったものの存在で現実へと戻された。

 EM銃を持ったベータが宙を舞い、デデンネの元へと飛んでくる。EM銃がデデンネの磁力によって引っ張られたためだ。ベータは膝をついたムスカの頭上を越え、デデンネへと迫り来る。

 EM銃の銃口は真っすぐデデンネに向けられている。

 デデンネは焦りつつも、自分の元に吸い寄せられているベータに電撃を放った。それと同じにベータのEM銃から光速の銃弾が放たれた。

 銃弾がデデンネに届く方が電撃よりも速かった。光速の弾丸はデデンネの腹部を貫く。デデンネの口から呻き声が漏れた。デデンネの体は後方へ吹き飛び、勢いよく窓ガラスを突き破った。

 だが、それとほぼ同時にベータのEM銃に電撃が直撃した。先ほどのデデンネの強力な磁力を受け、さらに電撃が追い打ちとなり、ついにEM銃は鉄屑となって銃としての役目を終えた。

 ベータはかつてEM銃だった鉄屑を投げ捨てる。ベータの側にムスカが駆け寄って来る。そして二人は窓の外を見た。

 デデンネは腹と口から血を流しながらも、まだ生きていた。ジェットパックで宙に浮きながら、鬼の如き形相でベータとムスカを睨んでいる。デデンネの体が電気を纏う。

 ベータとムスカは冷や汗を浮かべた。今や二人に武器となるものは残されていない。その時である。

 デデンネのジェットパックが突如爆発した。宙に浮いていたデデンネの体が急降下を始める。落下しながらも、デデンネの体は前へと動く。そして、デデンネの体がビルの外壁と衝突した。

 ムスカとベータはデデンネが突き破ったガラスから、そっと下を見た。

 デデンネは自慢の前歯をビルの外壁に突き刺し、体を安定させていた。

 それを見たベータがムスカの顔を見た。

「おい、ラピュタ王。テメエの為に少しは働いてやるよ」

 そう言うと、ベータは窓から飛び降りた。

 一方、デデンネは固いビルの外壁をも貫き、自分の全体重を支えられる自慢の前歯に感動していた。

 その時、デデンネはふと上を見た。

 窓から飛び降りたベータがデデンネの頭上に迫っていた。ベータは両足が上になるよう空中で回転した。

 あまりの出来事に、デデンネは電撃を放つのが遅れた。

 その瞬間に、ベータは自分の両足でオーバーヘッドキックをするかの如く、デデンネの頭に勢いよく両足を叩きこんだ。

 鈍い音を上げ、デデンネ自慢の前歯が折れる。そのままデデンネの体は地面へと落ちていった。

 

 

 

111

 マルフォイ、さくらは首輪管理室を目指して走っていた。その二人の後ろをオルガが走る。三人は次第に首輪管理室へ近づいていく。

 その時、オルガは自分たち三人とは違う足音が前方から近づいてくることに気が付いた。

 オルガは走る速度を上げ、マルフォイ、さくらとの距離が狭まる。

 その時、前方から一人の男子生徒が現れた。

「あ!こんなところにもジュラル星人が!何人いるんだよ、もううんざりだ!」

 現れたのは泉研だった。研がそう言うと、イングラムM10を三人に向けた。

 オルガの体は動いていた。後ろからマルフォイとさくらの体を横に突き飛ばした。

 マルフォイ、さくらは突然横に突き飛ばされる形となり、二人そろって床に転んだ。それと銃声が鳴り響いたのは同時だった。

 研のイングラムM10から放たれた銃弾がオルガを襲った。

 マルフォイ、さくらはこの事態に動揺した。

「何やってんだよ、オルガ!」

 マルフォイが叫ぶ。

 それを聞いた研は銃撃を止め、オルガ、マルフォイ、さくらを見た。

「マルフォイ君にさくらちゃん!それに――見慣れない顔だな。そうか、お前がクラスに入り込んだジュラル星人だな!よくも銀ちゃんを――みんなを!」

 研が再びイングラムM10をオルガに向ける。オルガは両膝を床に付けた状態で動かなかった。

 さくらは「やめてー!」と研にオルガを撃ち殺すのを止めるように言った。マルフォイは震える体を奮い立たせて立ち上がろうとする。

 その時、オルガが渾身の力を込めて懐からトカレフTT-33を取り出し、研へと向けた。

「うおぉぉぉー!」

 オルガは数発の銃弾を研へと放った。その内の一発が研の額を貫いた。

 研の額から血が噴き出し、研は地面に倒れた。

 オルガは一人、肩で息をしていた。マルフォイとさくらはただ黙ってオルガを見ていた。二人の目には涙が浮かんでいた。

 

【男子04番 泉研 死亡】

【生存者 残り13人】

 

 

 

112

 デデンネを蹴り落としたベータは両腕でビルの外壁にぶら下がっていた。ベータにとって気がかりなのが、うさみちゃんとの戦いで負った左腕の傷が痛みだしたという事だ。今までほとんど痛みは無かったが、こうして自分の体を支えるとなると腕の痛みは増してくる。今やベータは痛みに苦しんでいる。

 ベータはしばらく耐えていたが、ついに限界が来た。ベータの左腕がビルの外壁から離れる。

 あーあ、もうダメみたいですね。こんなことなら、デデンネにとどめをさそうと飛び降りるんじゃなかったなぁ~。

 ベータは右腕だけでぶら下がっているが、次第に右腕も限界へ近づく。ベータが死を覚悟した時である。

 ムスカが窓ガラスを開き、体を乗り出してベータの右腕を掴んだ。これにはベータも驚いた。

「あれぇ~ムスカ君じゃないですか。私の事なんて見捨てるかと思ってたのにどういう風の吹き回しですか?」

「なに、まだ君には死なれては困るのでね」

「へ~、ムスカ君、思ってたよりも優しいんですね~」

「まだデデンネの死亡を確認していない。それまでは君を失うのは惜しいと思ったまでだ」

「えー素直になればいいのに」

「そんな事はどうでもいい。それより、デデンネの姿がそこから見えないか?地面で動かなくなってくれればありがたいのだが」

 ムスカに腕を掴まれたまま、ベータが下を見た。

 そしてベータは絶句した。

 デデンネがビルの外壁を走って、ベータの元へと昇って来ていた。デデンネは体から磁力を発し、壁に吸い付くようにして走っている。

「ムスカ君、残念なお知らせです☆デデンネが壁を走ってこっちへ向かってますよぉ」

「何ィ!?くっ、君も早く上りたまえ!いつまでも君を支えているのも大変なのだよ!」

「登ったとしても、私達にはもう武器が無いんですよ。だったらもう一度、登って来るデデンネの頭に私が蹴りを入れればいいじゃないですか~」

「だが君はその後どうする?今から私がもう一度階下へ降りるまで、君がビルにぶら下がっていられるとは思えないがね」

「あれ~、私を助けてくれるつもりだったんですかぁ?もしかしてムスカ君、私に惚れちゃいましたかぁ~?」

「そんな筈が無いだろう。ただ君は思っていた以上に優秀であるから、王である私の家臣にでもしてやろうと思ってね」

「ああもう、本当にラピュタ王って素直じゃなくて可愛くなーい」

 壁を勢いよく走って来たデデンネはベータの直前で天高く跳び上がった。眼下にベータとムスカを捉える。

 ベータがため息をついた。

「ムスカ君、最後にお聞きしちゃいますけど、私の腕を離せば逃げられるんですよ。本当に逃げなくていいんですかぁ~?」

「王が家臣を見捨てて逃げるとでも?」

「今更家臣を思いやる名君ぶっても手遅れですよ~?」

 デデンネは上空で全身に電気を溜めた。

「くらえよ(スーパー)ライジングサンダー!」

 デデンネが体内に溜め込んだ電撃をムスカとベータへ向けて放った。猛烈な電撃が二人を襲った。

 

【男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ 死亡】

【女子13番 ベータ 死亡】

【生存者 残り11人】

 

 

 

113

 デデンネはムスカとベータが力尽きて窓から落ちていったのを見て満足げな笑みを浮かべた。

 その時、ふとデデンネは窓ガラスを見た。そこにはベータに蹴られたことによって血で汚れ、前歯は折れ、作画の崩壊した自分の顔が映っていた。

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!」

 鏡に映っていた自分の変わり果てた姿に衝撃を受けたデデンネは悲鳴を上げた。

 ショックを受けたデデンネの体から、発生していた磁力が弱まる。そのままゆっくりとデデンネの体が落下していった。

 だがデデンネは地面付近で再び強力な磁力を発してビルと体を引き寄せた。地面に体を打ちつける事を避けることは出来た。デデンネはそっと地面に降り立つ。

 もうダメでちゅ!チャームポイントの髭としっぽは切り落とされ、前歯はへし折られた!さらに顔は血まみれ、おまけにあんな滑稽な顔!この顔を見た奴らは一人として生かしておけないでちゅ!でも、体内の電気も限界が近いでちゅ。外部から電気を供給したくてもしっぽが切り落とされた以上、不可能でちゅ。自然に回復するのを待つしかないでちゅが、撃たれた腹がとっても痛いんでちゅ!

 デデンネは上空を見上げた。空には未だ、自分が発生させた雷雲が広がっている。

 ――最後の手段でちゅ。

 デデンネは両手を挙げた。島の上空を覆いつくしている雷雲がデデンネのはるか頭上へと集まっていく。

 デデンネは雷雲を束ねて一つの巨大な球状の雷雲を作ろうとしている。それが完成した暁には、この島へと雷の球を落とし、自分の変わり果てた姿を見た者全てをこの島ごと破壊する。

 それがデデンネの最後の切り札である。

 

 

 

114

「はぁはぁはぁ…。なんだよ、結構当たんじゃねぇか、ふっ…」

 オルガは消え入りそうな声で言った。

「オ…オルガ君…あっ…あぁ…」

「なんて声出してやがる…さくら」

「だって…だって…」

「俺は…鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ…。こんくれぇなんてこたぁねぇ」

 マルフォイも沈痛な面持ちでオルガを見る。

「そんな…僕らなんかのために…」

「団員を守んのは俺の仕事だ…」

 オルガは膝に両手をかけて立ち上がる。オルガの体から流れ出た血が床に広がっていく。マルフォイとさくらはそんなオルガを止めようとする。

「でも!」

「そうだよオルガ君!せめて怪我の治療はしないと――」

 オルガはマルフォイとさくらの静止を振り切って、ゆっくりと歩き出す。

「いいから行くぞ…!それに――お前らが首輪を解除するのを…皆が待ってんだろ?俺の怪我にについてとやかく言ってる暇はねぇぞ…」

 オルガの顔には冷や汗が浮かんでいる。オルガは苦しみながらも笑みを浮かべた。

 マルフォイとさくらは頷いた。マルフォイはオルガに話しかける。

「分かった。オルガの言う通りだ。僕らはこんなところで止まってはいられない。首輪を解除して皆でここから生きて帰らないとな」

「そっか…そうだよね。でも――オルガ君は――」

「心配は無用だ…。まだ俺は動ける…走るのはちぃとキツイがな。だから二人は俺に構わず先に行け…」

 マルフォイとさくらはオルガの言った通りに走り出した。

 オルガは遠ざかっていく二人の背中を見ていた。そしてオルガも歩み出す。オルガが一歩踏み出すたび、オルガの体から流れ出た血がオルガの後ろに道を作る。

 そうだ…ただ進み続けるだけでいい。止まんねぇかぎり、道は続く…。

「俺は止まんねぇからよ、お前らが止まんねぇかぎり、その先に俺はいるぞ!」

 ゆっくりと歩いていたオルガの体から力が抜け、前のめりにオルガは倒れた。

「だからよ、止まるんじゃねぇぞ…」

 オルガは左腕を前に伸ばすように倒れた。その人差し指だけがまっすぐ伸びており、そこから血が前に伝った。まるで先へ進んだ二人へ道を作るように――。

 

【男子05番 オルガ・イツカ 死亡】

【生存者 残り10人】

 

 

 

115

 マルフォイとさくらは後ろを振り返ることなく、首輪管理室へと走っていた。そして二人は眼前に首輪管理室の扉を見つけた。二人は互いの顔を見て笑った。

 二人は走る両足に力を込めた。

 その時、空中に包丁が現れ、二人へと襲い掛かった。

「危ない、マルフォイ君!」

 さくらが叫び、マルフォイの前にとび出した。

 さくらはマルフォイの眼前で身を屈めた。

 さくらの腹に包丁が刺さっていた。包丁がさくらの腹から引き抜かれる。さくらの腹から血が流れ出る。

 さくらは片手で刺された腹を押さえつつ、もう一方の手で壁に触れて自分の体を支える。

「木之本!」

 マルフォイが叫んだ。

 さくらは弱々し気な笑顔を浮かべてマルフォイの顔を見る。

 そのさくらを刺した包丁には血が付着したまま空中に浮かんでいる。その包丁が一旦振られると同時に、透明マントを脱ぎ捨てた古明地こいしが姿を見せた。

 こいしはさくらを見るとゆっくりと近寄る。

 その時、マルフォイがエクスカリバールを上段に構え、こいしへと駆け寄った。こいしはマルフォイをじっと見つめる。マルフォイがエクスカリバールを勢いよく振り下ろすが、それをあっさりとこいしはかわす。こいしは鱧切り包丁でマルフォイに切りかかる。マルフォイは慌ててこいしから離れる。

 マルフォイはさくらの側に駆け寄る。さくらがマルフォイに小声で話しかける。

「ねえ、マルフォイ君――そのバール貸してくれる?」

「な――一体何を言い出すんだ!?」

「わたしがそれでこいしちゃんを足止めするから…その間に皆の首輪を解除して…」

「おいおい――怪我した子に時間稼ぎをしてもらうなんて恥ずかしい真似、流石の僕でもお断りだね」

 こいしはマルフォイへ鱧切り包丁を振り下ろす。マルフォイはエクスカリバールで包丁を防ぐ。マルフォイはさくらに話し続ける。

「木之本。まだ動けるか?」

「うん…ちょっとなら」

「なら君が首輪を解除するんだ。解除した後はしばらく休んでいるといい。すぐにオルガもやってくるさ。その間、古明地の足止めは僕がする」

 マルフォイがこいしへと突撃した。それと同時にさくらが力を振り絞って走り出す。

 マルフォイがエクスカリバールを横に振るう。こいしは後ろへ跳んでそれをかわす。

「ねえねえ、さっきから一体何をぼそぼそ話してたの?」

「それを君が知る必要は無いね!」

「えー、だったらさくらを追いかければいいか」

「僕がそれをさせるわけないだろう?」

 マルフォイがエクスカリバールをこいしへと振り下ろすが、こいしは易々とかわす。

「貴方が普段から使ってる杖はもっと軽くて短い物よね。バールではちょっとばっかし使い勝手が悪いんじゃない?そんな武器じゃ、いくら気張っても私は殺せないわ。フィクションの主人公でもあるまいし、逆境でも奮い立てば勝てると思ったの?」

 こいしはそう言うとマルフォイの胸元に飛び込む。マルフォイは怯み、バールでの防御が遅れた。

 こいしが鱧切り包丁を横に薙ぐ。マルフォイの制服の上から腹が切り裂かれる。その痛みに呻きながらマルフォイが床に倒れた。傷口から血が流れ出ている。

 こいしはしゃがむと、マルフォイから流れ出た血に人差し指で触れた。

「常日頃から純血、純血と言ってただけあって、やっぱり綺麗な血をしてるんだね。ところで穢れた血って何?血中に泥でも含まれてるの?それとも泥みたいな色の血?」

 こいしは楽しそうに言うと、鱧切り包丁を振り回しながら、倒れたマルフォイに近づく。

 その時、遠くから光弾がこいしへと飛んできた。

 こいしはその光弾を見るとその場でしゃがんだ。光弾は誰かに当たることなくこいしの背後の壁に衝突し、小爆発を起こした。

 床に倒れたマルフォイは頭を動かして光弾が飛んできた方向を見る。

 一人の男子生徒が立っていた。白い肌、背は低く、小太り。真ん丸とした体をしている。朗らかで愛嬌のある顔も白く丸々としており、饅頭を彷彿とさせる形だった。今や決してむかつくような顔ではない。

 彼の手には黄金に輝く剣が握られている。その刀身には鱗を有する龍が巻き付いており、まるでファンタジー世界から飛び出して来たかのような形状だった。

「お――お前は――」と消え入りそうな声でマルフォイが言う。

 こいしも現れた男子生徒を見る。

「貴方、誰?」と首をかしげてこいしが尋ねた。

 男子生徒は驚いたように目を見開く。

「おやおや、ご存じない?まあ転校初日だからまだ覚えられていないのも仕方ないお。それじゃあもう一度、自己紹介させてもらうお。一度しか言わないから耳の穴かっぽじって、よーく聞けお」

 その男子生徒は額の汗を腕でぬぐうと、黄金の剣をこいしへ向けて構えた。

「転校生のやる夫だお!このプログラムを終わらせに来たお!」




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
● 男子04番 泉研
● 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
● 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
● 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
● 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り10人】


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18話

「何勘違いしているんだ…!!」
「ひょ?」
「まだ俺の小説は終了していないぜ!!」

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
○ 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
● 男子04番 泉研
● 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
● 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
○ 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
● 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
○ 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
○ 女子12番 デデンネ
● 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り10人】


116

 決まったお…!

 やる夫は先ほどの自分に酔いしれていた。

 やっぱりこの世に生まれたからには、一度くらいこういうセリフを言ってみたかったんだお!

 そんなやる夫の内心の喜びを知らない古明地こいしは、やる夫に向かって話しかける。

「ねえねえ、転校生のやる夫君。貴方もこのプログラムを終わらせて帰りたいのね?」

「その通りだお!」

「じゃあ、私を殺しに来たという事で間違いないよね?貴方もよりにもよって今日転校してくるなんて。さらに一人追加で殺さなくちゃいけないのね」

「いやいや、やる夫は誰かを殺す気はないお。これ以上の死人を出さずにこの島から帰る方法があるんだお!」

「ふーん。教えてくれる?」

「もちろんだお!この先の首輪管理室で、皆の首輪を解除するんだお!」

「へー、もしそうなったらこの島から逃げる子が出てきちゃうね」

「その通りだお!――ん?逃げる子が出ちゃうって、別に構わないんじゃないかお?まるで、それをされたら不都合みたいな言い方だお」

 こいしはやる夫に返事することなく、先ほど木之本桜が通った方向へと走り出した。

 それを見たドラコ・マルフォイは声を振り絞ってやる夫に怒鳴った。

「お前は何て馬鹿なことを言ってくれたんだ!」

「ええっ!?」

「あいつは――古明地はプログラムに乗ってるんだぞ、そんな説得が通じる訳ないだろう!」

「いやっ、首輪を無効化できればこれ以上殺し合いをする必要もなくなるから、戦いを止めてくれるんじゃないかと――」

「残念だね、古明地はそういう理屈が通じる奴じゃないんだよ!」

「でもあの子は首輪管理室の方へ走って行ったお。きっと首輪を解除しに行ったんだお」

「違うね!既に僕の仲間が一人、首輪管理室に首輪を解除しに向かっている。古明地はそれを邪魔しに行ったんだ!」

 ブーッ、と大きい音を出してやる夫は噴き出した。マルフォイは床に倒れたまま、やる夫に話し続ける。

「僕も動きたいが、残念な事にこんな怪我をしてしまってね。だから君がすぐにでも古明地を止めてくれ!」

「わ、分かったお!まったく、本当にこのクラスには危ない人が多すぎるんだお!さっきのポプ子といい、いまの古明地という人といい、プログラムに乗ってる人ばっかりだお!」

 やる夫は黄金の剣をこいしの背に向け、光弾を放った。やる夫の体力が光弾の発射に消費され、疲労感がやる夫を襲う。

 放たれた光弾がこいしを目がけて飛んでいく。こいしは走りながら後方に目をやると、光弾が飛んでくるのを確認し、横へ素早く跳んだ。光弾はまたもこいしの側を飛んでいった。

 こいしはやる夫の方を振り向く。それでも、こいしの表情には怒り、焦りといった変化は見られない。いつも通りの表情だった。

「まあいいや。仮に首輪が外れても、皆が逃げるよりも先に殺せばいいだけだよね」

 こいしは鱧切り包丁を片手にやる夫へ向かって走り出した。

 

 

 

117

 木之本桜はたどたどしい足取りで首輪管理室へと入った。

 かつては黒服たちが全生徒の首輪を管理するために在中していたが、今は全員避難しており、この部屋はもぬけの殻となっていた。

 さくらは眼前に大きな機械が設置されているのを見つけた。ゆっくりと歩いてその機械に近寄る。

 機械には一つのタッチパネルがついていた。そこにはさくらを含めた全生徒の名前が表示されており、名前の横には生存、死亡を示すマークが表示されている。

 今は、首輪を自らの手で解除したデデンネを除く9人が生存となっていた。既にオルガ・イツカの名の横にも死亡を示すマークが表示されている。

 だが幸いな事に、さくらがオルガの死に気づくことは無かった。さくらの目はこの名簿ではなく、タッチパネル右下に表示されていた文字に引き寄せられていた。

 そこには全参加者の首輪解除と書かれたボタンが表示されていた。

 これで――みんな助かるんだよね――。

 さくらは震える右手でそのボタンを押した。

 タッチパネルに全参加者の首輪を解除しますか、と表示された。さくらはYESと書かれたボタンを押した。

 その直後、眼前の機械の電源が落ちた。それと同時に、さくらの首輪から電子音が鳴った。電子音が鳴り止むと、さくらの首輪が首から外れ、カランと音を立てて床に落ちた。

さくらは震える両手でゆっくりと自分の首を触った。プログラムが始まってから数時間、さくらを始め、生徒らを苦しめていた首輪は無くなっていた。

 やったよ――マルフォイ君、オルガ君、みんな――。

 さくらは弱々し気に笑みを浮かべた。

 これでもう殺し合わなくていいんだよね。あとはみんなで一緒にこの島から――帰ろう――。

 さくらの体から急速に力が失われていく。さくらはその場に倒れた。

 あれ――?駄目だよ、まだやらなくちゃいけない事はあるのに――。なんだかとっても眠いや――。

 さくらは静かに目を閉じた。

 

【女子02番 木之本桜 死亡】

【生存者 残り9人】

 

 

 

118

 やらない夫とドナルド・マクドナルドはビル内を走り、ついに利根川ら委員会が放送を行い、プログラムの進行を監視していた部屋へと辿り着いた。

 この部屋にも黒服は一人もいなかった。

 その時、やらない夫とドナルドの首輪が電子音を上げ、床に落ちた。

 やらない夫とドナルドは自分の首を触って首輪が解除されたことを確認した。やらない夫とドナルドは互いの顔を見て、笑みを浮かべた。

「しゃっ、オラァ!あいつら、やったんだな!」

 やらない夫が自分のこぶしを強く握りしめた。

 ドナルドは丸太を立てかけ、笑顔でランランルーをした。

「ランランルー!」

「なあ、それって嬉しくなるとついやっちゃうんだろ?」

「その通り!」

「まあ、今なら俺もランランルーをやりたい気持ちも分かるぜ。でもな、俺達だってやるべき事があるだろ?」

「勿論さぁ☆ドナルド達も早くレコードプレーヤーを探さないと。残念な事にデデンネちゃんはいまだ暴れているみたいだしね」

「おうよ!俺がランランルーをするのは全てを終わらせてからだな」

 やらない夫とドナルドは部屋を見回してレコードプレーヤーを探した。

 しばらくして、「あったぞ!」とやらない夫が叫んだ。

 ドナルドは部屋にあった機械を操作し、レコードプレーヤーと機械をつないだ。ドナルドは機械を操作する。

「よし、これで島中のスピーカーとレコードプレーヤーの接続は完了さ!さあ、やらない夫君、キチガイレコードをセットするんだ!」

「了解!」

 やらない夫はキチガイレコードをセットし終えると、両手で耳を塞いだ。

「いつでもいけるぜ!やれ、ドナルド!」

 ドナルドは無言で頷き、機械を操作した後、両耳を塞いだ。

 これで、デデンネは止まる。首輪も解除された今なら、この島から脱出できる!

 二人はいつキチガイレコードからメロディが流れても大丈夫なよう、耳を塞ぐ準備した。

 だが二人の予想を裏切り、静寂が訪れた。いつまでたってもメロディは流れなかった。

 やらない夫とドナルドの顔に冷や汗が浮かぶ。

 やらない夫はレコードプレーヤーを見たが、キチガイレコードは今も回転し続けている。

 ドナルドは無言で機械を操作した。しばらくして、ドナルドはこの作戦の重大な欠陥に気づいた。

「アラーッ!?」

「ど、どうした!?」

「島中の――スピーカーが全て壊れている――!」

 

 

 

119

 ポプ子とフランドール・スカーレットは今も戦いを続けていた。とはいえ、フランの一方的な攻撃からポプ子が逃げる形となっていた。

 ポプ子がスーパースコープで放った光弾は全てリボルケインに防がれる。だから釘バットで接近戦に挑んだが、フランの身体能力の高さにポプ子は終始押されていた。

 仮にフランのリボルケインがポプ子の体を貫けば、ポプ子の体は爆発四散する。一方で、ポプ子が渾身の力を込めてフランを釘バットで殴れば、フランにもダメージを与えられるだろう。だが確実に殺せるかどうかは分からない。

 実際、今のフランはそのような攻撃を受けても倒れるとは思えないほどに高揚していた。フランは笑いながらリボルケインを振り回す。ポプ子は小さい体を利用してフランの攻撃を必死にかわす。フランがリボルケインをポプ子の体に貫こうと勢いよく突き出す。それをポプ子は身を屈めてかわす。

 獲物を捕らえ損ねたリボルケインが壁に突き刺さった。

 チャーンスッ!

 ポプ子は釘バットを上段に掲げ、ここぞとばかりにフランへと迫る。

 だがフランの顔には今も満面の笑みが現れていた。

 フランがリボルケインを壁から引き抜く。リボルケインが壁に突き刺さった事で生じた小さな穴から勢いよく火花が噴き出している。

 ポプ子はそれに気づかなかった。絶好の機会を得たとばかりにポプ子がフランに近づく。

 その瞬間、リボルケインからエネルギーを注ぎ込まれた壁がエネルギーに耐え切れずに爆発した。壁から炎が噴き出し、勢いよく瓦礫が吹き飛ぶ。

 ポプ子は爆発の衝撃に吹き飛ばされた。悲鳴を上げながら床を転がる。ようやく勢いが治まり、ポプ子の回転が止まって床に倒れた。

 ポプ子の眼前で炎がくすぶっている。ポプ子は炎の中からフランの笑い声を聞いた。

 床に手をついて、ポプ子は瞬時に立ち上がる。

 それと同時に炎の中から悪魔の如き形相でフランが飛び出した。フランの体は煤で汚れ、至る所にやけどの痕が見られる。それでもフランは楽し気な笑い声を上げている。

 フランはリボルケインをポプ子の体目がけて突き出した。ポプ子は釘バットでその攻撃を防ぐ。リボルケインがポプ子の釘バットに突き刺さった。

 ポプ子は冷や汗を浮かべ、釘バットを手放した。

 釘バットがエネルギーを注ぎ込まれて爆散する。釘バットを手放すという咄嗟の判断でポプ子は釘バットの爆発に直撃するという事態を避けることが出来た。だが、釘バットの爆発により、バットに刺さっていた釘が辺り一面に凄まじい勢いで放たれた。

 勢いよく飛んできた釘がポプ子、フラン二人の体を掠めて傷を創る。

 痛みでポプ子は床に尻を付けた。そんなポプ子の元に、リボルケインを持ったフランがゆっくりと歩み寄る。先ほどの釘で、フランの体にも傷が付いており、その傷からゆっくりと血が滴り落ちる。フランの顔にもわずかの血が付着していた。

 そんな顔でフランは微笑んだ。

 その時、二人の首輪から電子音が流れる。その直後、二人の首輪が外れて床に落ちた。

「あーっ!」とポプ子は叫んだ。自分以外全員の首輪を爆破するという目論みが失敗に終わった悔しさから出た声だった。

 一方のフランは床に落ちた首輪をつまらなそうにチラと見た。すぐにその視線がポプ子を向く。

 ポプ子はフランへ命乞いを試みる。

「フランちゃん!首輪もなくなったんだから、これ以上の戦いは無意味だ!もうやめよう!」

「何言ってるの?まだポプ子ちゃんは生きてるじゃない。首輪なんて関係ない、死ぬまで私と遊んでくれるんでしょ?」

 フランは聞く耳を持たなかった。そのままゆっくりとポプ子に歩み寄る。

「ン゛ン゛ン゛ーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!」

 ポプ子は怒りの呻き声をあげた。

 

 

 

120

 古明地こいしはやる夫へ向かって走り出す。

 やる夫は三度剣から光弾を放ってこいしを迎え撃とうとするが、剣から光弾は放たれなかった。

 やる夫の剣は光弾を放つ際にやる夫自身の体力をエネルギーとして要する。だが、やる夫は直前に二発の光弾を放っており、三度目の光弾を放つための体力が残っていなかった。

 疲労感で倒れそうになったやる夫だが、ぐっと足に力を込めて踏ん張った。

 こいしは懐から取り出した透明マントを被り、姿を消した。

「消えたっ!?」とやる夫が驚きの声を上げる。

 床に倒れたドラコ・マルフォイもこいしがマントを被って姿を消したのを見た。

「あれは――透明マントか!?よりにもよって、こんな時に――!本当に忌々しい道具だ――!」

 マルフォイは恨みがましく言う。

 やる夫はこいしの姿が消えた事に戸惑っていた。それを見たマルフォイがやる夫に話しかける。

「おい、やる夫!古明地は姿を消しているが、焦る事は無い。アイツの武器は包丁だ。近づけさせなければ問題ない!さっきの光弾等で、アイツを近づけないようにしてくれないか!」

「いや、光弾はもう限界――よし、名案が思い付いたお!」

 やる夫は黄金の剣を両手で持ち、ハンマー投げよろしく、その場で回転を始めた。黄金の剣はやる夫の回転による遠心力を受ける。

「どうだ見たか!これなら近づけないお!」

 ぐるぐると回り続けるやる夫の姿を見てマルフォイは顔を歪めた。

 あのバカ――!

 マルフォイは頭を動かして床に耳を近づけた。

 仮に古明地が持っているのが透明マントなら、決して勝ち目がないわけじゃない。透明マントで姿は消せても、足跡や足音、においまでは消せない。室内だから足音は外よりも響く!それに古明地も外履きでこのビルへ入って来たのは間違いない。だったら靴底が汚れていて、床に足跡が付く事も考えられる!

 マルフォイは神経を床に集中させ、こいしを見つけようと努めた。だが、剣を持って回っているやる夫の存在がマルフォイの気を散らした。

「やる夫!回るのは止めてくれ!」

 マルフォイが叫んだ。やる夫はそれに応じるように回転を止めた。やる夫は目を回してよろめいている。

 マルフォイは再びこいしの気配を探るのに集中した。

 その時、マルフォイの首輪から電子音が鳴り、首輪が外れた。

 く、首輪が外れたっ!そうか――やり遂げたんだな、木之本!ありがとう!あとは僕とオルガが――いや、オルガはきっと大丈夫だ。オルガがあんな事で死ぬはずがない。だから僕も立ち上がって――。痛たたたたたっ!

 体に力を込めて立ち上がろうとしたマルフォイだったが、こいしに切り付けられた傷が痛んだ。

 マルフォイはさくらが首輪を解除した事に喜んでいる間にやる夫の首輪も同時に外れた。やる夫の首から外れた首輪が床に落ちて音を立てた。

「や、やったおーっ!こ、こ、これでやる夫たちは自由だお!プログラムなんて、くそくらえだお!もう殺し合いはしなくていいんだお!」

 やる夫は歓喜に満ちた表情で叫んだ。

 それと時を同じくして、やる夫の左方でカランと甲高い音がした。それをマルフォイは聞き逃さなかった。

 今の音は――まるで何か固いものが床に落ちたような――!そうか!今この場にいるのは、僕とやる夫と――古明地!恐らく木之本は全員の首輪を解除しただろう。だったら今の音は古明地の首から首輪が落ちた音――!

「左だ、やる夫―!」

 マルフォイは咄嗟に叫んだ。

 それと同時に、こいしが透明マントをかなぐり捨て、鱧切り包丁を片手にやる夫の左側から襲い掛かった。

 突き出された鱧切り包丁にやる夫も対応しようと身構える。その時、先ほど回転していたからか、やる夫の足がもつれた。そしてやる夫は後ろ向きに倒れた。

 だがそれがやる夫にとって幸運だった。

 倒れるやる夫の頭上をこいしの鱧切り包丁が通過した。

 やる夫は思いっきり背中を床に打ち付けたが、包丁に刺される事は免れた。やる夫は背中を打ち付けた痛みを、歯を食いしばって耐える。やる夫は両手で体を起こそうとする。

 それよりも早く、こいしがやる夫の右腕を踏みつけた。

「はぁん…」と、やる夫の口から悲鳴が漏れる。黄金の剣がやる夫の手から離れ、元のキーホルダー状へと戻る。

「マズイっ!」と呟き、マルフォイがエクスカリバールを手に取って立ち上がろうとする。だが先ほどの傷が痛み、そこから血が床に滴る。マルフォイは痛みに顔を歪める。

 一方でこいしはやる夫の右腕を踏みつけながらやる夫に話しかける。

「貴方も可哀そう。転校初日でこんな殺し合いに巻き込まれるなんて。せめて他のクラスにでも転校してくれば良かったのにね」

「確かに殺し合いは嫌で堪らないお。でも悪い事だけじゃなかったお。このプログラムで――やる夫には大切な友達が沢山出来たんだお!」

「へー凄いね。殺し合いが無ければ私と貴方も友達になってたのかな?」

「甘いお。やる夫は君と友達以上のムフフな関係を築いていた筈だお」

「そうなんだー。だとしたら素敵だったかもね?」

 こいしの無機質な瞳がやる夫の顔を捉えた。そしてこいしは鱧切り包丁を高く振り上げた。

 

 

 

121

 阿部高和はBR法委員会本部であるツインタワービルの入り口前でストームトルーパーらと戦っていた。

 阿部は一人のストームトルーパーを仮面ライダーカイザに変身させた後に尻の穴を掘り、その男を時に盾に、時に攻撃手段として使っていた。

 カイザに変身させられたストームトルーパーは名を道下正樹という。道下は、最初は抵抗していたものの、すぐに阿部のイチモツを受け入れた。阿部に掘られるという快感を知った道下は委員会を裏切って阿部に協力する道を選んだ。そして今では阿部と共にストームトルーパー相手に戦いを繰り広げていた。

 既に阿部は道下の尻からイチモツを抜いている。二人は中々のコンビネーションでストームトルーパーを次々に倒していった。

 ストームトルーパーらの攻撃は、道下が阿部の盾となる事で防いでいたが、流石に防ぎきるのにも限度がある。次第に阿部も体にダメージを負っていく。

 さらに阿部はこれまでのクラスメイト達との戦いで多くの傷を負った。だが阿部はその痛みに耐えて戦い続けた。阿部が戦いを続けられた理由として一つはクラスメイト達のため。そして、阿部に心を奪われた道下が積極的にストームトルーパーと戦った事が挙げられる。

 そして阿部と道下はついに全てのストームトルーパーを倒したのであった。それと同時に、阿部の首輪が外れた。

 おっ!ヤったんだな、あいつら!

 阿部は首輪が外れた喜びを噛み締めた。だがそれもつかの間の出来事だった。

 島の上空に広がっていた雷雲がツインタワービルを中心として球状に凝縮していた。

 おいおい、冗談だろ!?まさかデデンネはアレをこの島に落とす気か!?そんな事されたら、このビルどころじゃない、この島自体が大変な事になるぜ…。レコードの再生はまだか?いや――ここは俺がヤるしかねえな。

 阿部は両目を閉じてため息をついた。そして、周囲を見回し、両手を天高く上げているデデンネを見つけた。

 悪いなやる夫にやらない夫。結局俺はお前らの為に犠牲になるという選択をしちまうんだ。お前らとの約束一つ守れねえなんて、とんだ悪い男だよ――。

 阿部は仮面ライダーカイザに変身している道下に話しかけた。

「なあ道下。お前、最後まで俺に付き合ってくれるかい?」

「もちろんだよ!阿部さんとならどこまでもついて行くさ!それが委員会に属した僕の償いなんだ!」

「嬉しい事言ってくれるじゃないの。お前、俺なんかよりよっぽどいい男じゃないか。なんでこんなくそみそな委員会に入っちまったんだ?」

「阿部さんは最高のいい男だよ!僕も色々あったんだ――。もし阿部さんともう少し早く出会えてたなら、こんな事は――」

「俺だって友達との約束一つ守れない最低の男さ。それなら、悪い男同士、俺と一緒に地獄へ――行かないか?」

 阿部が離れた場所にいるデデンネを親指で指さした。

 道下は無言で頷いた。

 阿部と道下は二人でデデンネへと駆け寄る。阿部の後ろを道下がホイホイついて行く。

 デデンネは研ぎ澄まされた感覚で、阿部と道下の接近に気づいた。デデンネは首を回して、阿部と道下の姿を見るや、作画崩壊した顔で二人を睨みつけた。

 阿部と道下が共に上空高く跳び上がる。阿部の飛び蹴りと道下のゴルドスマッシュによるダブルキックがデデンネへ向けられる。

 デデンネも二人の方を向いた。そして両手を向ける。

「ハァァァァァーッ!」

 デデンネの両手から青白い電撃が放たれ、向かって来る阿部と道下の体を貫いた。電撃が阿部、道下の体内を破壊する。

 電撃に貫かれ、空中で阿部と道下の体が一旦止まり、その後地面に落ちる。

 阿部は地面に仰向けに倒れ、二度と動く事は無かった。

 同様に道下も地面に倒れていた。道下の変身が解除され、仮面ライダーカイザの姿から元のストームトルーパーの姿に戻る。だがそれも一瞬の出来事だった。ストームトルーパーの装甲の下にある道下の体が灰化する。内部の肉体が失われ、ストームトルーパーの装甲が地面に落ちた。

 風が吹いた。

 道下であった灰が風に乗って流される。その灰が阿部の体へと飛んで行く。そして阿部の傷ついたイチモツを隠すかのように、阿部のイチモツの上に灰が降り積もった。

 それを見ていたデデンネは顔中に汗を浮かべ、肩で荒く息をしていた。

「今度は阿部――お前ら雑魚の悪あがきはもううんざりなんでちゅ!お前が今更何をやっても、この島が消えてなくなるのは変わらないでちゅ。阿部!お前命懸けの行動は、精々この島が滅ぶのを数秒遅らせたに過ぎないんでちゅよ!」

 デデンネは再び上空を見上げて両手を挙げた。今や雷雲は巨大な雷球と化した。そしてゆっくりと降下を始めた。

 

【男子02番 阿部高和 死亡】

【生存者 残り8人】

 

 

 

122

 デデンネの電撃は島中に甚大な被害をもたらした。その内の一つが、島中に設置されたスピーカーが雷に撃たれて壊れたという事である。

 そのため、島中のスピーカーを使ってキチガイレコードのメロディを流すという作戦は水泡に帰した。

 だがやらない夫とドナルド・マクドナルドに落ち込んでいる暇は無かった。

やらない夫が焦燥を隠すことなくドナルドに話しかける。

「な、なあ、ど――どうするんだよ?これじゃあ島中にレコードのメロディを流せないぞ!」

「くっ――。仕方がない、窓を突き破り、外へメロディが聞こえるようにしてレコードを再生するしかない。音量が小さくなるからデデンネちゃんの耳に届くかは分からないけど――やらない夫君、レコードプレーヤーを出来るだけ窓に近づけてくれ」

 ドナルドの指示通り、やらない夫がレコードプレーヤーを持ち上げて窓の側に運ぶ。

 ドナルドは丸太を手に持ち、部屋中を見る。

「せめてこの部屋にスピーカーでもあれば、音量を上げられるのに――」

 ――あれ?

 ドナルドの一言がやらない夫の脳を刺激した。

「なあドナルド。お前の支給武器は参加者全員の支給武器とその効果が書かれたシートだったよな?」

「そうだよ。それがどうしたというんだい?」

 やらない夫は自分のバッグを漁る。

「だったら――俺の支給武器が何なのかも知ってるだろ?」

 弾かれたようにドナルドはやらない夫を見た。ドナルドは息を呑む。

「高性能拡声器―――!」

 やらない夫の手には、支給された高性能拡声器が握られていた。

 この拡声器はただ声を大きくするだけではない。スピーカーとして使う事も出来る。

 やらない夫とドナルドは瞬時に動いた。やらない夫は高性能拡声器とレコードプレーヤーを接続する。ドナルドは丸太で窓ガラスを破壊した。その窓の側にやらない夫が駆け寄る。

 やらない夫は右手に高性能拡声器を持ち、窓の外へと高性能拡声器を出す。そして左手と右の肩で自分の耳を塞ぐ。

 ドナルドも両手で自分の耳を押さえる。

 やらない夫がドナルドの顔を見た。二人は無言で頷いた。

 やらない夫が高性能拡声器のボリュームを最大にし、ドナルドがレコードプレーヤーのスイッチをオンにした。

 キチガイレコードが回転を始める。高性能拡声器から最大音量で殺人レコードによる恐怖のメロディが流れ出した。

 聞いた者を発狂、衰弱させる恐怖の旋律が島中に鳴り響いた。

 

                *

 

「うぎゃあああああああああっ!!!!!」

 突然聞こえて来たキチガイレコードのメロディを聞いたポプ子は両耳を塞いでその場に倒れた。

 このメロディに苦しんでいるのはフランドール・スカーレットも同様だった。ポプ子へと迫る足を止め、今は耳を塞いで音を聞かないように努めている。フランは音に耐えかねその場に膝をついた。

 これをポプ子は好機と見た。キチガイレコードのメロディが流れる中、ポプ子はスーパースコープをフランへ向けようとした。

 だがすぐに限界が来た。

 ポプ子は再び呻くとそのまま後ろに倒れる。そして勢いそのままにポプ子は後方へと転がって行った。床を転がる事による痛みとキチガイレコードの恐怖のメロディによって、ポプ子の顔は大きく歪んでいた。

 ポプ子は転がりながら憎悪の声を上げた。

 フランはそんなポプ子が遠ざかっていく様を憎々しげに見ていた。ポプ子を追いかけようとしたが、キチガイレコードの旋律の中では、流石のフランも動けなかった。

 

                *

 

 ドラコ・マルフォイは突然キチガイレコードのメロディを聞いて苦し気に唸った。そしてすぐさま両耳を手で塞いだ。

 やる夫は右腕を古明地こいしに踏みつけられていた。だが、レコードのメロディを聞くや、全身に力を込め、こいしの足を払いのけた。そして床にうずくまって耳を塞いだ。

「す――凄まじい音だお――!これは――まさかのキチガイレコード!?」

 キチガイレコードのメロディはこいしにとっても苦痛だった。こいしは手に持っていた鱧切り包丁を床に落とした。鱧切り包丁は甲高い音と共に床を跳ねた。

 やる夫やマルフォイが両目を閉じて苦悶の表情を浮かべているのに対し、こいしの表情にはさほど変化が見られない。だが、こいしの体は小刻みに震え、その目はどこか遠くの一点をじっと見つめている。

「なにこれ――?凄く耳障り――」

 耳をふさいだまま、こいしはささやいた。

 

                *

 

「あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ――こ、このデデンネにさからららららららら…!」

 島を襲ったキチガイレコードのメロディは、耳が発達したデデンネにこの上ない地獄の苦しみとなって襲い掛かった。

 デデンネは先ほどまで高く上げた両腕で耳を塞ぎ、地面をのたうち回っている。

 デデンネからの念を受けて降下を始めていた雷球は空中でその動きを止めた。デデンネによる制御を失った雷球は、内部に溜め込まれていた膨大なエネルギーによって不安定化した。そのエネルギーは行き場を求め、雷となって雷球から放出される。放たれた無数の雷がツインタワービルを始め、島中を襲った。ビルの窓ガラスは砕け散り、島に落ちた雷によって火の手が上がる。

 それらの雷の威力は凄まじかったが、この島を吹き飛ばすには程遠い。だが、最早デデンネには再び雷球を作る力どころか、降り注ぐ雷を制御する力すら残されてはいなかった。

 今やデデンネは地面に倒れ、口から泡を吹きながら目を血走らせ、キチレコのメロディに苦しむだけだった。

 

                *

 

 やらない夫とドナルド・マクドナルドは顔に汗を浮かべてキチガイレコードの再生に耐えていた。

 キチレコを再生してからしばらくして、デデンネの雷球による雷がビルを襲った。その直後、やらない夫とドナルドのいる部屋の電気が落ち、キチレコの再生も止まった。

 やらない夫は肩で息をしながら高性能拡声器とレコードプレーヤーを見た後、部屋の照明が消えている事を確認した。

「停電――?」

「どうやらそのようだね。さっきこのビルに無数の雷が当たったみたいだけど、それによって電気系統に何らかの問題が起こったのかもしれない」

「まさか、その雷もデデンネがやったっていうのか?」

「そうとしか思えないね。でも、キチガイレコードのメロディはデデンネちゃんにも確実にダメージを与えた筈だ。他の皆も心配だけどね。とにかく、今はデデンネちゃんがどうなったのかを調べよう」

 やらない夫とドナルドは割れた窓からそっと顔を出して下を見た。

 

 

 

123

 デデンネの雷によってキチガイレコードの再生は止まった。

 フランドール・スカーレットは足に力を込めて立ち上がると、転がって消えたポプ子の姿を探し始めた。

 キチレコのメロディによる後遺症か、フランはわずかによろめいた。しかしながらもポプ子を探して歩いていた。

 その時、フランはある事が気になった。

 そもそも、さっきのイかれた音楽って、作戦にあったレコードよね?あんなに酷い音だとは思わなかったわ。アレはデデンネを止める為に流す予定だったって事は――まだデデンネは生きているって事でしょ!

 フランは眼前にあった窓ガラスに駆け寄ってリボルケインを突き刺した。窓ガラスが爆散する。そこから顔を出して地面を見下ろした。

 地面にはキチレコのメロディを聞いたことによって苦しむデデンネの姿があった。デデンネは息も絶え絶えになりながら、苦しそうに地面を叩いている。

 やっぱり生きてるじゃん。だったら――これ、使っていいよね?

 フランはバッグから支給されたスマートボムを取り出した。そして勢いよく、地面のデデンネへ向けてスマートボムを投げ下ろした。

 フランの手から離れたスマートボムは次第に速度を上げながらデデンネの元へと落下していく。

 一方で、地面で苦しんでいたデデンネはふと上を見た。デデンネの強化された目は自分の頭上へ降ってくるスマートボム、そのはるか上、窓から体を乗り出したフランが笑顔で自分に手を振っているのを見た。

「バイバイ♪」とフランが言ってビルの中へ姿を隠した。

 だが、今のデデンネがフランの動きの意味、そして降って来る物が何なのかを見る事が出来ても理解できたかどうかは定かでない。

 フランは窓に背を向けてそこから離れる際、「ドカーン」と言った。

 それもかすかにデデンネの耳には届いていた。

 デデンネは首を傾げた。

 スマートボムが光を放つ。その直後、激しい爆発音と共に爆風が放たれた。爆炎は一瞬で広がり、デデンネの姿もその中へと消えた。

 ひょんな事から超人化の薬を飲み、その結果破壊の限りを尽くしたデデンネの最期であった。

 

【女子12番 デデンネ 死亡】

【生存者 残り7人】

 

 

 

124

 フランドール・スカーレットが投げたスマートボムはその激しい爆風でデデンネだけでなく、ビルの下層も包み込んだ。その衝撃がビルを揺さぶった。

 やる夫はキチレコのメロディが止まってから、ゆっくりと起き上がろうとしていたが、この衝撃で再び床にうずくまった。

 それに対して、古明地こいしは淡々としていた。先ほど落とした鱧切り包丁を拾い上げると、持っていた透明マントを取り出した。そしてやる夫とマルフォイを見る。

「じゃあね、マルフォイ君とやる夫君。こんな状況だと貴方達二人は放っておいても死にそうだけど、もし生きてまた会えたら、私が殺してあげるね」

「ははは、ヤンデレは勘弁してほしいお」

 やる夫が両手両足を床につけてそう言った。

 それに答える事無く、こいしは透明マントを被って姿を消した。

「逃がして――たまるかっ!」

 ドラコ・マルフォイが叫んだ。体の痛みに耐え、マルフォイは立ち上がる。右手にエクスカリバールを持ち、周囲の気配を探る事に集中した。

「そこだっ!」

 マルフォイは力を振り絞ってエクスカリバールを投げた。エクスカリバールは勢いよく回転しながら宙を舞う。そして鈍い音と共に、エクスカリバールの回転が空中で止まった。そのままエクスカリバールは床に落ちる。その先で透明マントからその姿を見せたこいしが床に倒れた。

 こいしは床に手をついてゆっくりと起き上がる。首を回してマルフォイの方を見る。こいしは口では何も言わなかったが、なぜ自分の居場所が分かったのかが不思議であるように首を傾げる。

 そんなこいしを見てマルフォイは勝ち誇った笑みを浮かべる。

「フン、普段から透明マントには色々と煩わされていてね。それでどこに隠れていても姿を見つけられるよう、周囲の様子を念入りに観察するようになったんだ。お陰で君に一矢報いることが出来た――」

 マルフォイは喋っている途中で体から力が抜け、床に倒れそうになる。マルフォイが倒れる直前、やる夫が駆け寄ってマルフォイの体を支えた。

 こいしはマルフォイの弱った姿を見ると、そっとその場から姿を消した。

 やる夫はそんなマルフォイに話しかける。

「おい、しっかりするお!えっと――」

「僕はマルフォイ。ドラコ・マルフォイだ。僕の名が可笑しいか?」

「そんな事ねえお、やらない夫の方が可笑しいお!」

「フン、君はやる夫だな。似たような名前の君がそんな事を言える立場じゃないだろう?」

「くっ…」

「まあいい。さっき君は古明地に友達が沢山出来たと言っていたが――本当かい?」

「本当だお!首輪も解除したし、レコードも流したお。今頃皆、脱出の準備をしている筈だお。マルフォイ、お前もついて来るお!」

「フッ――友達は選んだ方がいい。なんなら僕が教えてあげようかと思ったけど、君にその必要は無さそうだな…」

「なんだって?なんなら、やる夫とマルフォイはもう友達だお!」

 やる夫がマルフォイに手を差し出す。

「ハハハハハ…全く、君とはいい友達になれそうだよ。もっと早く出会っていれば、オルガも木之本も無事に――」

 マルフォイはうつむいたまま、やる夫と握手した。

 やる夫は握られた手の中に何か固いものの感触を得て疑問に思った。マルフォイが静かに手を離す。やる夫の手にはマルフォイの支給武器であるデオドラントスプレーが握られていた。

 マルフォイは不敵に笑う。

「やる夫、君の友達である僕からのプレゼントだ。有難く受け取るといい。君はちょっと汗臭いぞ。それで臭いを消せ」

「ギクッ!や、やっぱりやるおの体は臭うのかお?やらない夫にも聞かれたお。ちゃんと昨日は風呂に入ったのに――」

「昨日はって、その言い方からして、毎日は風呂に入っていないみたいだな。自分の体臭に気を遣うのは当然さ。それは僕よりも君にふさわしい」

 その時、ビルが再び大きく揺れた。度重なる雷に、ビル内の戦い、そしてスマートボムの爆風でビルが崩れ始めたのだ。

 やる夫がマルフォイの体を支えようとしたが、それをマルフォイは拒んだ。マルフォイの体から急速に力が抜け、マルフォイは倒れた。

「マルフォイ!しっかりするお!こ、こうなったらやる夫が背負って――」

「僕の事はいい!それよりも君はすぐにこのビルから出るんだ。このままじゃ君も巻き込まれるぞ!」

「で、でもマルフォイは――」

「おいおい、僕にも仲間はいるさ。先ほど首輪を解除した仲間がね。僕は彼女と、もう一人の仲間と共に逃げる計画があるのさ。僕はその二人と共にこのビルから脱出するさ」

「マルフォイ――」

「やる夫。島から出てからまた会おう」

 やる夫はデオドラントスプレーを握り締めて頷いた。やる夫はビルから出るべく、来た道を走って戻り出した。

 マルフォイはやる夫の後ろ姿を見ていた。だが、次第にマルフォイの意識は遠ざかっていき、視界に靄がかかり始める。遂にはマルフォイの視界は真っ暗になった。

 

【男子20番 ドラコ・マルフォイ 死亡】

【生存者 残り6人】

 

 

 

125

「危ない、下がれ!」

 ドナルド・マクドナルドが叫ぶと同時にやらない夫の体を後ろに引っ張った。

 それとほぼ同時に、ビルの下でスマートボムが爆発した。爆風はわずかながらもやらない夫達がいる部屋にまで上がって来た。その衝撃で部屋が揺れる。

 やらない夫は立ち上がり、手で顔を押さえながらゆっくりと窓に近寄る。

「今の爆発は一体――?」

 ドナルドがそれに答える。

「爆発の規模から見て、恐らくスマートボム…。フランちゃんが使ったみたいだね」

「って事は、デデンネは――」

 やらない夫の言葉に対し、ドナルドは何も答えなかった。

 その直後、再びビルが音を上げて揺れた。やらない夫の顔に緊張が走る。

「今の揺れは――」

 ドナルドが笑顔で言った。

「このビルが壊れ始めているんだね」

「やっぱりか!おい、大変じゃないか、すぐにでもここから下りねえと!」

「今からこのビルを下りたって間に合わないよ」

「だったら――!」

 ドナルドは窓の外を指さした。やらない夫はドナルドの指の先を見る。指の先にはツインタワービルの西棟があった。

 やらない夫は開いた口が塞がらなかった。ゆっくりと首を回してドナルドの顔を見る。

「お前はバカか?」

「ドナルドはなにも言ってないよ。バカな考えを持ったのなら、やらない夫君がバカなんじゃないのかい?」

「――そうかもな」

 やらない夫は苦笑いを浮かべる。

 かつてのやらない夫なら、そんな事を言われたら必死になって否定しただろう。だが、今のやらない夫は自分も馬鹿の一人であると自覚していた。

 やらない夫はため息をついた後に言った。

「向こうのビルまで飛ぶんだろ?」

「その通り!向こうのビルの方がまだ安全だ。あっちへ渡れば崩れる前にビルから出られるだろうね」

「ただ飛ぶたって、向こうまでは距離があるぞ。車もバイクも馬もないのに、どうやって渡るんだ?」

「さっきの爆発から考えると、このビルは向こうのビルに倒れるように崩れると思うんだ。だからここで限界まで待ち、向こうのビルとの距離が縮まった時に飛ぶ」

「着地の時の衝撃はどうする?」

「あれを使って和らげる」

 ドナルドは西棟の屋上を指さした。

 そこには、BR法委員会がvipの為に準備したプールがあった。

「へー」と呆れたようにやらない夫が言う。

 ドナルドは向こうのビルまで飛ぶ作戦をやらない夫に話した。やらない夫はそれを黙って聞いていた。

 ドナルドが丸太を手にガラスを突き破った。そしてやらない夫に尋ねる。

「さて、ここまでの話を聞いて、やらない夫君はどう思う?」

「凄く馬鹿でイかれた作戦だと思う。いや、作戦なんてもんじゃない、無茶苦茶だ」

「ドナルドもそう思うよ」

 またもビルが大きく音を上げて揺れた。次第に西棟へと傾いていく。ドナルドは丸太を持ち、窓から離れ始める。

「で、どうする?」

「やらないよ――という答えは無いんだろ?」

 やらない夫が答えた。




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
● 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
● 男子04番 泉研
● 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
● 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
● 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
● 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
● 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
● 女子12番 デデンネ
● 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り6人】


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19話

ほんとに、最後まで俺に付き合ってくれてありがとう!!また会おう!!

ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
● 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
● 男子04番 泉研
● 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
● 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
○ 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
● 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
○ 男子22番 やる夫
● 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
● 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
○ 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
○ 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
● 女子12番 デデンネ
● 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
○ 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り6人】


126

 ツインタワービルの東棟は西棟に向かって倒れ始めた。やらない夫とドナルド・マクドナルドは互いの顔を見る。

 ドナルドが口を開く。

「さあやらない夫君、準備はいいかい?」

「ああ。俺はいつでも行けるぜ」

「それじゃあ作戦開始だ!」

 やらない夫は窓へと駆け寄る。やらない夫の手にはやらない夫とドナルドの首に付けられていたた委員会の首輪が二つあった。やらない夫はその内の一つを西棟に備え付けられたプールより下のフロア目がけて投げつけた。

 やらない夫がドナルドの顔を見る。

「外すなよ!」

「勿論さぁ!」

 ドナルドはキチガイレコードを宙を飛ぶ首輪目がけて投げた。キチガイレコードが急速に首輪へと迫る。先に投げられた首輪が西棟の外壁に当たる直前だった。その首輪にドナルドが投げたキチガイレコードが衝突した。

 キチガイレコードは衝撃を加えると発火する性質がある。勢いよく首輪とキチガイレコードがぶつかり、キチガイレコードが火の手が上がった。その火が首輪に燃え移る。

 その瞬間、首輪が爆発した。その爆発が西棟ビルの外壁を破壊した。そして、その上部にあったプールに蓄えられていた水が下のフロアへと流れ落ちる。

 やらない夫とドナルドはその光景を見ると、丸太を掴んで持ち上げた。やらない夫が口を開く。

「よし!ここまではいい!いくぞ!」

「ああ!」

 やらない夫がもう一個の首輪を床に置く。そして二人は勢いよく走り出した。ビルは西棟へと大きく傾いている。躊躇うことなく二人は走り、窓のそばまで寄ると、丸太を床に力いっぱい叩きつけた。

 二人は丸太を棒高跳びの棒として代用したのだ。

 だが、柔軟性に乏しい丸太では飛距離は出ず、向こうのビルまでは届かないだろう。そこで二人は、先ほど床に置いた首輪の真上に丸太を叩きつけた。

 丸太によって衝撃を加えられた首輪が爆発した。

 丸太を使った跳躍、そして首輪の爆発による爆風に乗って、二人は西棟へと飛んで行く。二人の体の先には先ほどの首輪による爆発でこじ開けた穴、そして上から流れて来た水が溜まっている。

 やらない夫とドナルド、二人の体はそのまま水のたまった西棟のフロアに突っ込んだ。水がクッションとなり、二人は大怪我だけは避けられた。

 やらない夫とドナルドは水中を泳ぎ、顔を出した。

 ドナルドは笑顔を浮かべる。顔が水に浸かっても、ドナルドの顔には変化が一切ない。

「やったね、やらない夫君!どうだい、ドナルドの作戦は完璧だろう」

「ああそうだな、そう言っとくよ!それより、こっちのビルもいつまでも安全じゃないんだろ?早く外に出ようぜ」

「うん。フランちゃん、やる夫君、阿部さんの安否も心配だしね」

「ああ。なら一刻も早くここを出て皆を探さねえとな」

 やらない夫とドナルドは再び水中に潜る。そして、西棟ビルから出るべく、全力で泳いだ。水の無い階まで降りると、二人は休むことなく走ってビルを下り出した。

 

 

 

127

 キチガイレコードが鳴りやみ、スマートボムが爆発した後、東棟ビルは崩壊を始めた。

 だが、ポプ子は未だ東棟にいた。

 フランドール・スカーレットとの戦いの中でキチガイレコードのメロディが流れ出し、それに耐えかねたポプ子は床を転がり、それがフランから逃げる事につながった。

 ポプ子の転がりが止まる頃にはキチレコのメロディも止まっていた。

 ポプ子は目が回っていたが、立ち上がるとペッと床に唾を吐いた。

「あの野郎――命拾いしたな」

 それと時を同じくして、スマートボムが爆発した。その爆発がビルを揺さぶる。

「な、何だぁ!?」

 ポプ子は壁に手をついて揺れに耐えた。揺れは治まったが、ビルは音を立てて次第に西棟へと傾いていく。

「こいつはやべぇな、ビルが崩壊直前じゃねーか。これに巻き込まれちゃ、私も無事じゃいられねえし――」

 ポプ子は顎に手をやって考えた。

「向こうのビルへ飛べばいいんだ!」

 ここにも馬鹿がもう一人。

 ポプ子は持っていた伸縮サスペンダーの両端をそれぞれビルの柱に括り付けた。それからポプ子はスーパースコープから光弾を放ち、目の前のガラスを破壊した。割れたガラスの先には西棟が見えた。

「さーて、キミがいればでも流してくれれば最高にテンション上がるんだけどなー」

 ポプ子はキミがいればを口ずさみながら、窓から後ろに下がった。

 ポプ子の体が先ほど柱に括り付けた伸縮サスペンダーに触れる。

「まだだ…まだ反発力が足りない…」

 ポプ子はさらに後退を続ける。強化ゴムで出来た伸縮サスペンダーは後退するポプ子の体を前へ突飛ばそうとする。

「もっと…もっとだ…!」

 次第に強まる伸縮サスペンダーの反発力にポプ子は歯を食いしばって耐える。顔をこわばらせ、フランとの戦いで負った傷が痛みつつも、ポプ子はじりじりと後退を続ける。

 ビルが大きく揺れた。

「今だ!」

 ポプ子は伸縮サスペンダーにもたれかかるようにして両足を上げた。

 その瞬間、伸縮サスペンダーによる反発力が、パチンコの要領でポプ子の体を前方へ突飛ばした。

 猛烈な速度で放たれたポプ子の体は先ほど割ったガラスの間を潜り抜ける。そのまま弾丸の如く、ポプ子の体は高速で東棟から西棟へと飛んで行った。

 ポプ子の目の前には西棟の外壁が迫っている。ポプ子の体の勢いは弱まらず、このまま行けばポプ子の体は外壁に高速で衝突し、ポプ子の体も無事では済まないだろう。

 だがポプ子はこの事態を想定済みだった。

 空中でポプ子は手に持っていたスーパースコープの銃口を西棟の外壁に向ける。先ほどからポプ子はスーパースコープのエネルギーを充填していた。

「オーラキャノン!!!!!!」

 ポプ子のスーパースコープに残された全てのエネルギーが一つの巨大な光弾となって放たれる。光弾がポプ子の目の前の壁を突き破った。

 その光弾を追うようにポプ子の体も宙を飛ぶ。光弾が空けた穴にポプ子も入るようにして西棟に入った。そして勢いが落ちたポプ子は西棟の床に体を打ちつける。

 打ちつけた体を手でさすりながらポプ子は起き上がる。全てのエネルギーを使い果たし、無用となったスーパースコープを投げ捨てた。

 それからポプ子は西棟から出るべく走り出した。

 

 

 

128

 やる夫は崩壊を続ける東棟ビル内を走っていた。その時、ビルが音を立てて大きく揺れた。やる夫はよろめいた。

 それでもやる夫は走るのを止めなかった。

 そしてやる夫は来た時にも見た二人の男子生徒の遺体を見た。

 やる夫は名も知らない二人、オルガ・イツカと泉研だった。

 その時、やる夫は研の側にパラソルが落ちているのを見つけた。

「こ、これは――これがあれば、空中浮遊が出来るんじゃないかお!?」

 やる夫はパラソルに近づいて持ち上げる。その途端、再びビルが揺れ始めた。

「くっ、やる夫の足じゃ、ビルの倒壊に間に合わないお。こうなったら、一か八か――!」

 やる夫の周囲の床に亀裂が走り始める。やる夫はパラソルを広げた。

 それとほぼ同時に、やる夫の周りの床が崩れた。やる夫も床の崩壊に巻き込まれ、そのまま瓦礫と共には落下していった。

 だがその速度はやる夫の周囲の瓦礫と比べて緩やかだった。

 やる夫は広げたパラソルを頭上に構えたことで、落下の速度を軽減していた。やる夫の頭上からも、ビルの瓦礫が降って来るが、パラソルがやる夫の体を守っていた。瓦礫の雨の中、ゆっくりとやる夫は地面に降り立った。

 パラソルを広げたまま、やる夫は崩壊を続けるツインタワービルから離れた。

 ここで皆を待つお。そうだ、汗の臭いを取り除いて生まれ変わったニューやる夫となって、やらない夫達を驚かせてやるお!

 やる夫はドラコ・マルフォイから受け取ったデオドラントスプレーを取り出して自分の体に吹きかけた。

 先ほど、やる夫は泉研の側にあったパラソルを見つけた事で、無事にビルから脱出した。やる夫は研の事を知らない。だから研の支給武器であるイングラムM10が研の側に落ちていなかった事に違和感を覚えなかったのも当然である。

 

 

 

129

 フランドール・スカーレットは倒壊を続けるビルの中を笑いながら走っていた。

 クラスメイトであるポプ子との戦いで負った傷に加え、キチガイレコードによるダメージ、さらには崩壊するビルの瓦礫や割れたガラスによってフランの体は無数の傷を負っていた。

 だがそれら全てがフランにとってこの上ない快感だった。生死を賭けた遊びも、全身を襲う痛みも、そして崩れ去ろうとしているビル内部を駆け抜ける事もフランは楽しんでいた。走るフランの足から血が流れているが、そんなものはフランを止める要因とはならない。

 その時、フランの周囲の床が音を上げて崩れ出した。

「あはははははは!最高よ、遊びはやっぱりこうでなくっちゃ!」

 フランは崩れかけた壁に向かって飛びかかり、リボルケインを突き刺した。

 直前までフランが立っていた床が瓦礫となって崩れ落ちていく。

 フランはリボルケインを壁に突き立てた事で、自分の体を支えていた。だがそれもすぐに限界が来た。

 フランにではなく、壁の限界である。

 リボルケインが突き刺さっている部分から火花が噴き出した。リボルケインを突き刺されたことで、壁には膨大なエネルギーが注ぎ込まれていた。そのエネルギーに壁が耐え切れず、ついに爆発した。

 その爆発にフランは巻き込まれた。そのままフランの体は外へと吹き飛ばされる。

 宙を舞ったフランは体を地面に強打した。だがフランはこの事態にすら笑っていた。

 全身から血を流し、体は悲鳴を上げていたが、それを心地よく感じながらフランは立ち上がった。

 ふとフランは足音を聞いた。それは他人のもので、次第にフランへと近づいて来る。

 フランは歓喜と共に振り返った。

 古明地こいしが立っていた。

 狂喜に満ちた顔でフランはこいしに話しかける。

「こいしじゃない!そういえば貴方との遊びも中途半端で終わっていたわね。こうして貴方から遊びに来てくれたのなら、乗らない訳がないじゃない!」

 ボロボロの体のどこにそんな力が残されていたのか、フランはこいしへと強烈な速度で襲い掛かった。

 一方のこいしはフランとは対照的に静かだった。こいしはゆっくりと懐からイングラムM10を取り出し、フランへと銃弾を放った。

 こいしがビルから逃げる際に、泉研の遺体の側にあったイングラムM10はこいしが回収していた。

 放たれた銃弾がフランの体を貫いた。それでもフランの動きは止まらなかった。体中から血を流しながらもフランはこいしに近寄るとリボルケインを突き出した。

 こいしはそれを間一髪でかわすと、再びイングラムM10から銃弾をフランへと放った。

 この銃撃を受け、フランは地面に倒れた。しかしフランはまだ笑っていた。フランは持っていたリボルケインをこいしの顔目がけて投げつけた。こいしは顔を動かしてリボルケインをかわす。

 三度、こいしはイングラムM10をフランに向けた。だがフランは既に動かなくなっていた。

 こいしはフランの顔を見た。フランは満面の笑みを浮かべて斃れていた。

 こいしは無機質な瞳でフランを見ると、ゆっくりと歩き出した。こいしの歩みは乱れていた。

 こいしは首を傾げて自分の体を擦った。ドラコ・マルフォイが投げつけて来たエクスカリバールがぶつかった部位だった。

 こいしはふらふらと覚束ない足取りでこの場から立ち去った。

 そんなこいしとフランの戦いを物陰から見ていた人物がいた。

 ポプ子である。

 ポプ子は物陰から姿を見せるとほくそ笑んだ。周囲に誰もいない事を確認すると、ポプ子は最後にフランが投げたリボルケインを拾いに向かった。

 ポプ子はリボルケインを拾い上げると両手で掴んで天高く掲げた。

「ジジイは死んだ!デデンネも死んだ!そしてフランちゃんも死んだ! そして今、私の手にはフランちゃんが使っていた最強武器がある!今や敵は古明地こいし只一人!私の優勝はもう目前、莫大な優勝賞金と願いを叶えてもらえる権利は私の物!ヴェーハハハハハハハハッ!!!」

 ポプ子の笑い声が響いていた。

 

【女子10番 フランドール・スカーレット 死亡】

【生存者 残り5人】

 

 

 

130

 やらない夫とドナルド・マクドナルドは走ってツインタワービルから出た。無事だったビルもすぐに倒壊すると見て、二人は走ってビルから距離を取った。

 ドナルドがやらない夫に話しかける。

「やらない夫君、急いでやる夫君、フランちゃん、阿部さんを探そう」

「ああ。どうする、二手に別れるか?」

「んー、それは止めておこう。まだプログラムに乗ってる子がいる可能性もある。皆と会うまでは戦力を分散しない方がいいと思うよ」

 やらない夫はドナルドに同意して頷いた。

 それから二人はしばらく皆を探して走り出した。しばらくすると、やらない夫が前方に人影を見つけた。その人物は赤と白のパラソルを持っていた。

 やらない夫がそれを見ると、ドナルドに話しかける。

「ドナルド、向こうに誰かいるぜ。傘みたいなモノを持ってる奴だ」

「傘――パラソルは確か水銀燈ちゃん――いや、もうあの子は――。ドナルド達の中にパラソルを持っていた子はいなかったし、用心に越したことは無い。ゆっくり近づいていこう」

 やらない夫とドナルドはゆっくりと忍び足でパラソルを持つ人物に近づいていった。一方でパラソルを持つ人物はその場で微動だにしない。

 やらない夫は首を傾げ、ドナルドの方を向く。

「ドナルド、アイツは俺達に気づいてないみたいだぜ。ちょっと距離もあるし、ここから声をかけてみないか?」

「そうだね。良いと思うよ。あの様子じゃ、あの子はプログラムに乗っているようには見えないしね」

 それを聞くと、やらない夫はパラソルを持った人物に向かって声をかけた。

 それを聞いて、パラソルを持った人物がピクリと動いた。そしてその人物が声のした方へ振り向く。

 パラソルを持った人物はやる夫だった。

 やる夫とやらない夫の目が合う。

「や、やらない夫―!」

「やる夫ー!」

 やる夫とやらない夫はほぼ同時に叫んだ。そして二人は瞬時に駆け出した。

 やる夫とやらない夫の距離が狭まっていく。ドナルドは微笑んでこの光景を見ていた。

 銃撃が響いた。

 やる夫の体から血が噴きだした。そのままゆっくりとやる夫の体が前に倒れていく。

 やらない夫は周囲の世界がスローになった感覚に陥った。

 やらない夫はやる夫へと手を伸ばして走る。

 やる夫の体が地面につく。その瞬間にやらない夫の感覚が元に戻る。

「やる夫っ!」

 やらない夫がやる夫の名を叫んで走り出す。

 その直後、「危ないっ!」とやらない夫の後方でドナルドが叫んだ。

 ドナルドが凄まじい速度でやらない夫の背後に迫る。そのままドナルドがやらない夫を後ろから突き飛ばした。やらない夫とドナルドは前のめりに倒れる。

 再び銃撃音が鳴る。倒れた二人の側を数多の銃弾が掠めた。ドナルドがやらない夫を突き飛ばさなければ、やらない夫は今の銃撃で蜂の巣にされていただろう。

 やらない夫が顔を上げた。

 そこにいたのは古明地こいしだった。こいしの手にはイングラムM10が握られ、銃口はやる夫達の方へと向けられている。

 先ほどの銃撃の張本人がこいしである事は明白だった。

 こいしは倒れたやる夫を見て、淡々と話しかける。

「また会ったね、やる夫君。約束通り殺してあげたよ」

 それを聞いたやらない夫は弾かれたようにやる夫を見る。

 やる夫は体から血を流し、苦痛に顔を歪めている。呼吸も小さくはなっているが、まだやる夫は生きていた。

 やる夫が持っていたパラソルが、こいしの放った銃弾の一部を防ぐ役割を果たしたのだ。

 やらない夫は這ってでもやる夫のもとへ向かおうとする。

 こいしはそれを見ると、やらない夫にイングラムM10を向けた。

 その時、こいしの体がよろめいた。体が痛むのか、こいしの銃を持つ手は下がり、その手で自分の体を押さえている。

 その間にやらない夫はやる夫のもとへと至った。やらない夫は必至にやる夫に話しかける。

「おい!しっかりしろ!死ぬな、やる夫!」

「やらない夫…」

 意識も絶え絶えにやる夫が返事をした。

 一方で、こいしは再びやる夫とやらない夫に銃口を向けた。

 こいしもこれまでの戦いでダメージを負い、口からは血が流れている。それでもこいしの無機質な瞳に苦痛といった感情は現れていない。

 ただ冷静に、こいしは引き金を引こうとした。

 それよりも早く、ドナルドが砂を掴み、こいしへと向けて投げた。

 こいしは咄嗟に顔を手で覆って砂から身を守る。

 砂がこいしの目くらましの役割を果たしている間に、ドナルドがやる夫とやらない夫の元に駆け寄った。

 ドナルドは真剣な表情でやる夫とやらない夫の顔を見た。ドナルドはやる夫とやらない夫に小声で話しかける。

「二人共、今からドナルドの言う通りに従ってくれるかい。まず――」

 ドナルドが何かを話している間に、こいしは顔に付いた砂を払い落とした。そして銃口を三人へと向ける。

 それと同時にやらない夫がやる夫、ドナルドの元から離れるように走り出した。

 こいしは銃口をやらない夫に向けようとする。だが、すぐに前方へ再び銃口を向けた。

 ドナルドがこいしを目がけて全力で走り出したからだ。

 長い手足を利用し、ドナルドはみるみるこいしに近づいて来る。こいしの瞳がドナルドを捉える。こいしはイングラムM10をドナルドに向け、引き金を引いた。

 銃撃音と共に、無数の銃弾が放たれた。

 ドナルドの足が止まった。ドナルドの体は数多の銃弾に貫かれ、その体から血が噴きだした。

 だが、それはドナルドだけに限った話ではない。

 ドナルドが銃弾に貫かれたと同時に、こいしの持っていたイングラムM10もまた、銃弾に貫かれた。この銃撃で壊れたイングラムM10の破片がこいしの手を傷つける。

 銃弾が貫いたのはドナルド、イングラムM10だけではない。こいしの体にも二、三発の銃弾が放たれていた。

 ドナルドは口元に笑みを作ると膝をついて倒れた。

 一方のこいしは、傷ついた手で自分の腹部を触った。銃弾がこいしの腹を貫通しており、そこから血が流れ出ている。こいしの指に生暖かい血が触れる。こいしは腹から手を離し、その手を顔の前へ持ってきた。

 こいしの口から声が漏れた。

「あれ――?」

 こいしはキョトンとした表情で、倒れたドナルドを見る。

 ドナルドの手には半分になったひらりマントが握られていた。

 このひらりマントは、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタとの戦いで負けたうさみちゃんの支給武器だった。切断されて半分になったひらりマントをドナルドがうさみちゃんの手から抜き取って持ち歩いていたのである。

 先ほど、ドナルドは正面からこいしへと向かって行った。そうすれば、こいしが銃弾を撃つと見込んでの事だった。ドナルドの予想通り、こいしは銃弾を放った。その直前でドナルドは半分になったひらりマントを懐から取り出して振った。ひらりマントが半分のサイズとなっていたため、イングラムM10から放たれた全ての銃弾を跳ね返すことは出来なかったが、わずかな銃弾を跳ね返す事には成功した。跳ね返された銃弾はイングラムM10を破壊し、こいしにもダメージを与えた。

 ドナルドは自分の顔と胸がひらりマントで隠れるようにしてマントを振った。そのため、体の様々な部位が銃弾に貫かれてはいたものの、辛うじて顔や心臓への銃撃だけは防いでいた。

 こいしは倒れたドナルド、自分の手、腹を交互に見やった。

 その時、こいしの背後からやらない夫の叫び声が聞こえた。

 こいしは振り向く。やらない夫が叫びながら自分の元へ向かって来るのをこいしは捉えた。こいしは残された武器である鱧切り包丁を血に濡れた手で取り、やらない夫に向けて構えた。

 それと時を同じくして、やる夫が力の限り叫んだ。

「受け取れ、やらない夫ー!」

 やる夫が渾身の力を込めて、剣のキーホルダーを投げた。

 こいしは飛んできたキーホルダーに反応して振り向いた。

 キーホルダーはこいしの頭上を越え、やらない夫の元へと飛んで行く。やらない夫が手を伸ばしてキーホルダーを掴んだ。

 刹那、黄金の輝きを放ちながらキーホルダーは巨大化し、剣へと変化した。

 本来、この剣は持ち主であるやる夫にしか使えない。やる夫以外の人物が剣を使うには、やる夫を殺して奪い取るか、やる夫本人からキーホルダーを受け取る必要がある。今、やる夫がやらない夫にキーホルダーを投げ、それをやらない夫が受け取った時点で剣の所有者はやる夫からやらない夫へと移動した。

 こいしは鱧切り包丁でやらない夫に切りかかる。やらない夫は黄金の剣を両手で握り、鱧切り包丁へ剣を振るった。黄金の剣と鱧切り包丁がぶつかり、甲高い音が響く。

 この衝撃で、こいしの持つ鱧切り包丁の刃が折れた。折れた刃は回転しながら宙を飛び、地面に突き刺さる。

 やらない夫は黄金の剣を上段に構えて叫んだ。

「―――うおおおおおおおおおっ!」

 やらない夫がこいしへと剣を振り下ろした。

 振り下ろされた剣の一撃を受け、こいしの体から血が流れ出る。こいしはかすれた声でつぶやいた。

「あーあ残念。もう少しで帰れたのに…」

 糸が切れたようにこいしは倒れた。そして再び動く事は無かった。

 やらない夫は無言のまま、倒れたこいしを見ていた。こいしが動かないのを確認すると、やらない夫は手でこいしの瞼を閉じてやった。

 やらない夫は地面に倒れているやる夫とドナルドを見た。二人共、弱っているがまだ生きている。

 やらない夫は疲労の溜まった体に鞭打ち、やる夫の元へと歩いた。

やらない夫がやる夫の顔を見る。やる夫は弱々しい笑みを浮かべ、やらない夫に話しかける。

「やらない夫…。やる夫の体からいい匂いがしないかお?」

 そう言われ、やらない夫はやる夫の体臭を嗅いだ。だが、疲れで感覚が鈍くなっているのか、やらない夫はやる夫の体臭に関して特に感想を持たなかった。

 それを伝えると、やる夫が不満げにため息をついた。そして懐からデオドラントスプレーを取り出した。

「じゃーん!やる夫の体から漂う良い匂いの正体は――」

「お勤めゴックロォォォウ!三人共ォォォッ!」

 突如、甲高い声が響いた。

 生き残った最後の女子生徒、ポプ子が姿を見せた。

 

【女子05番 古明地こいし 死亡】

【生存者 残り4人】

 

 

 

131

 やらない夫はポプ子の声を聞いて振り返った。

 ポプ子はリボルケインを片手にゆっくりとやらない夫達の元へと近づいて来るが、突然足を止めた。

 やらない夫がそれを訝しんでいると、ポプ子は親指で後方を指さした。

 やらない夫はポプ子の親指の先、BR法委員会の倒壊したツインタワービルを見た。

 その瞬間、ツインタワービルが爆発した。

 爆発の衝撃がやらない夫達の場所にまで届く。

 やる夫は驚いてデオドラントスプレーを落とした。デオドラントスプレーが地面を転がり、ドナルド・マクドナルドの所まで行って止まった。

 ツインタワービルは跡形もなく爆散し、かつて委員会の威光を示したビルの跡地には無残な瓦礫の山が出来ている。

 ポプ子は瓦礫の山を見て勝ち誇った笑みを浮かべた。

「あのツインタワービルを爆破したのは――俺だ俺だ俺だ俺だー!」

 ポプ子は両手の親指で交互に自分の胸を指さした。

 やらない夫はこの事態に唖然とした。

 ポプ子はリボルケインを取り出し、やらない夫に見せつけるように構える。

「やらない夫、お前がこいしを殺してくれて助かったぜ。アイツだけは銃を持っていたから困ってたんだよ。でも、もう銃は無い。つまり――そこの虫の息となった二人とやらない夫、お前を殺せば私の優勝は確実なんだよっ!」

「なっ――ま、まだ誰か生き残っている筈だ!阿部さんにスカーレット――」

「フランドール・スカーレットなら私が殺した。この武器はフランちゃんが持っていたものだからねぇ…」

 ポプ子は堂々と嘘をついた。ポプ子はじりじりとやらない夫に近づいていく。

 その時、ドナルドがデオドラントスプレーを掴んで立ち上がった。ドナルドは掴んだデオドラントスプレーを華麗なアンダースローでポプ子へ向かって投げた。

 ポプ子は目を血走らせて、ドナルドが投げて来たデオドラントスプレーを捉えた。そして勢いよくリボルケインをデオドラントスプレーに突き刺した。

 ポプ子はリボルケインに突き刺さったデオドラントスプレーを見ると、それを見せびらかすように肩をすくめた。

「はー、しょーもな。完全に小学生レベルの悪あがきですわ。せめて石とかなら分かるけど、こんなスプレー缶を投げてくるなんて、マクドナルドも焼きが回ったか?ほら――返すぜ?」

 ポプ子はリボルケインをドナルドへ向けて振るった。突き刺さっていたデオドラントスプレーの缶が抜け、ドナルドへと飛んで行く。

 ドナルドは動かなかった。否、動く必要は無かったのだ。

 ドナルドは手に持っていた半分になったひらりマントを振るった。ひらりマントがスプレー缶をポプ子へと跳ね返す。スプレー缶はポプ子の懐へと飛んで行った。

 スプレー缶にはリボルケインによってエネルギーが注ぎ込まれており、既に火花が噴き出し始めている。

 ポプ子はドナルドの死を確信しており、スプレー缶が跳ね返される事など予期していなかった。故に、防御も回避も出来なかった。

 スプレー缶がポプ子の懐で爆発した。スプレー缶の破片が勢いよくポプ子の体を切り刻む。

「ぎゃああああああああああああああっ!」

 ポプ子は悲鳴を上げて倒れた。全身から血を流しながら、ポプ子は憎らし気につぶやいた。

「覚えてろ…地べたを這い、泥水すすってでも優勝してやる…」

 そう言い残し、ポプ子は動かなくなった。

 そんなポプ子の姿をドナルドは悲しそうな表情で見ていた。ドナルドはやらない夫とやる夫に背を向けたまま話し始める。

「なんだかんだ言って、ドナルドはこのクラスが好きだったんだ。だから、戦いは避けられないとしても、殺しまではやりたくなかったんだけどね――」

 ドナルドは支給された全参加者武器シートを手に取った。

「やらない夫君、ドナルドから君へのハッピーセットだ。受け取ってくれるかい?」

 やらない夫はゆっくりとドナルドに近づき、全参加者武器シートを受け取った。

 ドナルドが小さく笑った。

 ドナルドの体が倒れる。やらない夫が慌ててドナルドの体を支えた。だが、ドナルドの脈は既に止まっていた。

 やらない夫はうつむき、静かにドナルドを寝かせた。

 

【女子15番 ポプ子 死亡】

【男子18番 ドナルド・マクドナルド 死亡】

【生存者 残り2人】

 

 

 

132

 やらない夫は倒れたやる夫の側へ走って行った。やる夫がやらない夫の顔を見て尋ねた。

「ドナルドは…?」

 やらない夫は無言で首を振った。

 やる夫は目を閉じてため息をついた。

 やらない夫はやる夫の側でしゃがんだ。そして、やる夫の体の傷を確認した。

「気をしっかり保てよ、やる夫!ちょっとじっとしてろ!」

 やらない夫はやる夫の傷の止血を試みるが、経験の無いやらない夫には困難な事であった。やらない夫は制服の上着を脱いで、やる夫の体の上から傷口を押さえようとした。だが、無意味な事であった。

「く、くすぐったいお、やらない夫…。あー、どうせなら、美人ナースに看病されたかったお…」とやる夫が言った。

「ば、馬鹿野郎!こ、こんな時にお前――そうだ!」

 やらない夫はドナルドから渡された全参加者武器シートを見た。

「こ、この中に何か回復用の武器が載ってるんじゃ――」

 縋る思いでやらない夫は武器シートを開いたが、そこにやらない夫が望む情報は載っていなかった。あるのは誰かを殺すために支給された道具の説明のみだった。

「くそっ…。あっ、アレだ。ドナルドが持っていたマントなら止血に使えるんじゃ…」

 やらない夫は動かなくなったドナルドの手に握られていたひらりマントを抜き取った。それをやる夫の傷の上から巻き付けようとする。

 やる夫が息も絶え絶えにやらない夫に話しかける。

「やらない夫…やる夫の体、良い匂いがするだろ…?さっきデオドラントスプレーをかけたんだお…」

「ははっ…そうだな…。やる夫にしては良い匂いがすると思ったんだが、そういう事か」

「やる夫にしてはって、どういう意味――」

 やる夫の言葉が途中で途切れた。やる夫は口から血を吐いた。

 この事態にやらない夫は動揺した。

「もういい、喋るなやる夫!生きてこの島から帰るんだろ?だったら少し黙ってろ!帰ったらやらなきゃならない事、やりたい事がいっぱいあるんだろ?俺だって、お前と約束したように、コンビニで大量のエロ雑誌を買わなきゃならねえんだ!」

「ああ…そんな約束もしたお…その光景を見ずに死ぬのはちょっと残念だお…」

「だろ!だったら死ぬな、やる夫!」

 やらない夫は無我夢中でやる夫の体から流れる血を止めようとする。やる夫は再びやらない夫に話しかけた。

「転校初日で新しいクラスの皆と殺し合いをさせられるとは思ってなかったお…。でも…やる夫にとっては良かったお…。このプログラムを通して…最高の友達が出来て…」

「そ、それなら俺だって同じだろ。初めて友達と言える奴がこの島で出来たんだから…」

「ええっ!?それってやる夫の事かお?わーい、やらない夫の初めてはやる夫が貰ったお…」

「何だよ、まだそんな冗談を言える余裕があるのか。なら、回復も近いだろ。とりあえずもう喋るな。黙って体力を回復させるべきだろ、常識的に考えて」

そう言うとやらない夫はやる夫の顔を見た。

やる夫は両目を閉じ、まるで眠っているかのように穏やかな顔をしていた。

「やる夫…?」

 やらない夫がやる夫の名を呼んだ。

 やる夫の返事は無かった。やる夫の永久の眠りについていた。

 

【男子22番 やる夫 死亡】

【生存者 残り1人】




ハーメルン学園3年β組45名 名簿

○→生存、●→死亡

● 男子01番 浅倉威
● 男子02番 阿部高和
● 男子03番 天野河リュウセイ
● 男子04番 泉研
● 男子05番 オルガ・イツカ
● 男子06番 井之頭五郎
● 男子07番 剛田武
● 男子08番 相楽左之助
● 男子09番 じーさん
● 男子10番 先行者
● 男子11番 多治見要蔵
● 男子12番 でっていう
● 男子13番 永沢君男
● 男子14番 獏良了
● 男子15番 ヒューマンガス
● 男子16番 日吉若
● 男子17番 ベネット
● 男子18番 ドナルド・マクドナルド
● 男子19番 ケニー・マコーミック
● 男子20番 ドラコ・マルフォイ
○ 男子21番 やらない夫
● 男子22番 やる夫
● 男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ
● 女子01番 うさみちゃん
● 女子02番 木之本桜
● 女子03番 桐敷沙子
● 女子04番 日下部みさお
● 女子05番 古明地こいし
● 女子06番 佐天涙子
● 女子07番 沙耶
● 女子08番 水銀燈
● 女子09番 枢斬暗屯子
● 女子10番 フランドール・スカーレット
● 女子11番 ちゅるやさん
● 女子12番 デデンネ
● 女子13番 ベータ
● 女子14番 北条沙都子
● 女子15番 ポプ子
● 女子16番 まっちょしぃ
● 女子17番 美樹さやか
● 女子18番 見崎鳴
● 女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ
● 女子20番 山田葵
● 女子21番 山村貞子
● 女子22番 両儀式

【生存者 残り1人】


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最終話

ハーメルン学園3年β組45名におけるプログラムの結果

【男子01番 浅倉威】
【出展:仮面ライダー龍騎】
【支給武器:エクスカリバール】
【殺害数:0】
【ベネットに殺される】

【男子02番 阿部高和】
【出展:くそみそテクニック】
【支給武器:ウホッ!!いい男たち~ヤマジュン・パーフェクト】
【殺害数:1 天野河リュウセイ】
【デデンネに殺される】

【男子03番 天野河リュウセイ】
【出展:人造昆虫カブトボーグVxV】
【支給武器:カイザギア】
【殺害数:1 ルーシー・モード・モンゴメリ】
【阿部高和によって変身を解除され死亡】

【男子04番 泉研】
【出展:チャージマン研!】
【支給武器:イングラムM10】
【殺害数:3 美樹さやか,佐天涙子,オルガ・イツカ】
【殺害数第4位】
【オルガ・イツカに殺される】

【男子05番 オルガ・イツカ】
【出展:機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ】
【支給武器:トカレフTT-33】
【殺害数: 3 先行者,ベネット,泉研】
【殺害数第4位】
【泉研の銃撃によって死亡】

【男子06番 井之頭五郎】
【出展:孤独のグルメ】
【支給武器:煙玉】
【殺害数:0】
【まっちょしぃに殺される】

【男子07番 剛田武】
【出展:ドラえもん】
【支給武器:キック力増強シューズ】
【殺害数:0】
【古明地こいしに殺される】

【男子08番 相楽左之助】
【出展:るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-】
【支給武器:伸縮サスペンダー】
【殺害数:0】
【北条沙都子に首輪を爆破され死亡】

【男子09番 じーさん】
【出展: 絶体絶命でんぢゃらすじーさん】
【支給武器:RPG-7】
【殺害数:1 ちゅるやさん】
【ベータに殺される】

【男子10番 先行者】
【出展:中国のロボット】
【支給武器:S&W M29】
【殺害数:0】
【オルガ・イツカに殺される】

【男子11番 多治見要蔵】
【出展:八つ墓村】
【支給武器:侘助】
【殺害数:0】
【うさみちゃんに殺される】

【男子12番 でっていう】
【出展:スーパーマリオ】
【支給武器:ドーピングコンソメスープ】
【殺害数:0】
【枢斬暗屯子に殺される】

【男子13番 永沢君男】
【出展:ちびまる子ちゃん】
【支給武器:火炎放射器】
【殺害数:0】
【古明地こいしに殺される】

【男子14番 獏良了】
【出展:遊戯王】
【支給武器: 携帯する他人の運命(ブラックボイス)
【殺害数:0】
【うさみちゃんに殺される】

【男子15番 ヒューマンガス】
【出展:マッドマックス2】
【支給武器:タケコプター】
【殺害数:1 日下部みさお】
【デデンネに殺される】

【男子16番 日吉若】
【出展:テニスの王子様】
【支給武器:丸太】
【殺害数:0】
【ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタに殺される】

【男子17番 ベネット】
【出展:コマンドー】
【支給武器:コピーロボット】
【殺害数:2 浅倉威,両儀式】
【オルガ・イツカに殺される】

【男子18番 ドナルド・マクドナルド】
【出展:マクドナルド】
【支給武器:全参加者武器シート】
【殺害数:1 ポプ子】
【古明地こいしの銃撃によって死亡】

【男子19番 ケニー・マコーミック】
【出展:サウスパーク】
【支給武器:超人化の薬】
【殺害数:0】
【利根川幸雄によって開始前に殺される】

【男子20番 ドラコ・マルフォイ】
【出展:ハリー・ポッター】
【支給武器:デオドラントスプレー】
【殺害数:0】
【古明地こいしによって切りつけられ死亡】

【男子22番 やる夫】
【出展:2ch】
【支給武器:剣のキーホルダー】
【殺害数:0】
【古明地こいしの銃撃によって死亡】

【男子23番 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ】
【出展:天空の城ラピュタ】
【支給武器:ゾリンゲン・カード】
【殺害数:3 日吉若,まっちょしぃ,うさみちゃん】
【殺害数第4位】
【デデンネに殺される】

【女子01番 うさみちゃん】
【出展:ギャグマンガ日和】
【支給武器:ひらりマント】
【殺害数:2 多治見要蔵,獏良了】
【ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタに殺される】

【女子02番 木之本桜】
【出展:カードキャプターさくら】
【支給武器:レーダー】
【殺害数:0】
【古明地こいしによって切りつけられ死亡】

【女子03番 桐敷沙子】
【出展:屍鬼】
【支給武器:ハイドラ】
【殺害数:0】
【ベータに殺される】

【女子04番 日下部みさお】
【出展:らき☆すた】
【支給武器:鍋の蓋】
【殺害数:0】
【ヒューマンガスに殺される】

【女子05番 古明地こいし】
【出展:東方project】
【支給武器:透明マント】
【殺害数:8 枢斬暗屯子,剛田武,永沢君男,木之本桜,ドラコ・マルフォイ,フランドール・スカーレット,ドナルド・マクドナルド,やる夫】
【殺害数第1位】
【やらない夫に殺される】

【女子06番 佐天涙子】
【出展:とある科学の超電磁砲】
【支給武器:アメリカンバトルドーム】
【殺害数:1 水銀燈】
【泉研に殺される】

【女子07番 沙耶】
【出展:沙耶の唄】
【支給武器:BMW735i E38】
【殺害数:0】
【ベータに殺される】

【女子08番 水銀燈】
【出展:ローゼンメイデン】
【支給武器:パラソル】
【殺害数:0】
【佐天涙子&美樹さやかに殺される】

【女子09番 枢斬暗屯子】
【出展:激!!極虎一家】
【支給武器:鱧切り包丁】
【殺害数:1 でっていう】
【古明地こいしに殺される】

【女子10番 フランドール・スカーレット】
【出展:東方project】
【支給武器:スマートボム】
【殺害数:1 デデンネ】
【古明地こいしに殺される】

【女子11番 ちゅるやさん】
【出展:にょろーん ちゅるやさん】
【支給武器:リボルケイン】
【殺害数:0】
【じーさんに殺される】

【女子12番 デデンネ】
【出展:ポケットモンスター】
【支給武器:ジェットパック】
【殺害数:5 ヒューマンガス,山村貞子,ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ,ベータ,阿部高和】
【殺害数第2位】
【フランドール・スカーレットに殺される】

【女子13番 ベータ】
【出展:イナズマイレブン】
【支給武器:EM銃】
【殺害数:4 桐敷沙子,沙耶,山田葵,じーさん】
【殺害数第3位】
【デデンネに殺される】

【女子14番 北条沙都子】
【出展:ひぐらしのなく頃に】
【支給武器:ズルい落とし穴のタネ】
【殺害数:1 相楽左之助】
【山村貞子との戦いで死亡】

【女子15番 ポプ子】
【出展:ポプテピピック】
【支給武器:釘バット】
【殺害数:0】
【ドナルド・マクドナルドに殺される】

【女子16番 まっちょしぃ】
【出展:Steins;Gate】
【支給武器:ワルサーP38】
【殺害数:2 見崎鳴,井之頭五郎】
【ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタに殺される】

【女子17番 美樹さやか】
【出展:魔法少女まどか☆マギカ】
【支給武器:新感覚ソース・大草原】
【殺害数:1 水銀燈】
【泉研に殺される】

【女子18番 見崎鳴】
【出展:Another】
【支給武器:ジャスタウェイ】
【殺害数:0】
【まっちょしぃに殺される】

【女子19番 ルーシー・モード・モンゴメリ】
【出展:文豪ストレイドッグス】
【支給武器:ネイルハンマー】
【殺害数:0】
【天野河リュウセイに殺される】

【女子20番 山田葵】
【出展:WORKING!!】
【支給武器:キチガイレコード】
【殺害数:0】
【ベータに殺される】

【女子21番 山村貞子】
【出展:リング】
【支給武器:スーパースコープ】
【殺害数:1 北条沙都子】
【デデンネに殺される】

【女子22番 両儀式】
【出展:空の境界】
【支給武器:にゅーくれらっぷ】
【殺害数:0】
【ベネットに殺される】



【男子21番 やらない夫】
【出展:2ch】
【支給武器:高性能拡声器】
【殺害数:1 古明地こいし】
【生存者】



133

 本土にあるBR法委員会第二ビルでは一人の黒服がパソコンと向き合って作業をしていた。

 その黒服は名を蟹谷という。蟹谷はたった今、ハーメルン学園3年β組によるプログラムの結果を入力し終えたところだった。

 蟹谷はこのプログラムが行われる数日前に仕事で大きなミスをした。それにより、蟹谷はプログラム当日、一人で委員会の支部である第二ビルの留守番を命じられていた。

 その事が結果的に蟹谷の命を救う事となった。

 プログラム当日、蟹谷が一人で雑務に取り掛かっていると、急きょ唯一神エンテイがこの支部へとやって来た。

 エンテイは蟹谷にプログラムの行われている島に向かうよう命じた。それに従い、蟹谷はヘリコプターを操縦してプログラムの行われている離島へと向かった。

 蟹谷が離島に着いた時には全てが終わっていた。ツインタワービルは跡形もなく崩れ、島中に大きな被害が生じていた。蟹谷は島中を歩いて生存者を探した。だが、見つかったのは死体ばかりであった。その死体にはプログラムに参加させられた生徒達、蟹谷の同僚でもあった黒服達、委員会が雇ったストームトルーパー達、そしてプログラムを見に来たvip達も含まれていた。

 蟹谷は連絡のつかない利根川幸雄、蓮実聖司といった上司らも死んだと考えた。

 そんな中、蟹谷はこの島で唯一の生存者を見つけた。プログラムに参加させられたハーメルン学園3年β組の男子21番、やらない夫であった。

 やらない夫はやる夫の遺体の側で放心したように座り込んでいた。

 蟹谷はやらない夫を見つけると、プログラムが終了した事、やらない夫が優勝した事を伝えた。やらない夫の返事は無かった。ただ蟹谷の言う事に無言で頷くだけだった。

 蟹谷はこの事をエンテイに連絡した。驚いたことに、エンテイはやらない夫を連れて帰るように命じた。このプログラムの優勝者にエンテイは会ってみたいのだという。

 蟹谷はやらない夫をヘリコプターに乗せ、支部へと帰還した。

 それから蟹谷はプログラムの結果をまとめる作業に入った。その間、やらない夫を一人別室で待たせていた。

 一仕事を終えた蟹谷は立ち上がって伸びをした後、やらない夫を待機させた部屋へと向かった。

 蟹谷は部屋に入った。やらない夫はこの部屋で待つように言われた時からほぼ変わらない様子で座っていた。

 うつろな目をしたやらない夫に蟹谷は話しかける。

「まずは優勝おめでとうございます、やらない夫君。Congratulation!」

 蟹谷一人の拍手が部屋に虚しく響く。拍手の間、やらない夫は何ら反応を示さなかった。蟹谷は拍手を終えると、プログラム優勝者への応対について説明する。

「本来でしたら、優勝したやらない夫君の健闘を祝うパーティーを毎回執り行っているのですが、今回は中止…!委員会の者ども、及びvipの皆さまが全員亡くなってしまったので…。申し訳ありません。次に…振り込ませていただきました…優勝賞金である末代まで遊んで暮らせる程の大金を…!」

 蟹谷がそう言うが、やらない夫は特に反応を示さなかった。蟹谷は咳ばらいをし、話を続ける。

「それともう一つ…この後に控えております…唯一神様との面会が…!」

 それを聞いて、やらない夫が瞬時に蟹谷の顔を見た。やらない夫は蟹谷に詰め寄り、口から「あ…ああ…」と声が漏れる。

 蟹谷はやらない夫の様子に怯んだ。

「や、止めてください!」

 蟹谷がやらない夫を払いのけた。やらない夫のうつろな表情を見て蟹谷はしどろもどろになりながら説明を続ける。

「い、一旦落ち着いてください!唯一神様は逃げたりしませんから!と、とりあえず、今から私が唯一神様の部屋へと案内しますから、決して今の様な真似は起こさないようにお願いします。いいですね!」

 蟹谷が念を押した。やらない夫はただ「あー…」とだけ言った。いつの間にか蟹谷の額には汗が浮かんでいた。それをぬぐうと、蟹谷は部屋を出る。その後にやらない夫が続く。やらない夫は言われた通り、黙って蟹谷の後を歩いていた。

 蟹谷は安堵のため息をついた。

 数分歩いた後、二人の眼前に大きな観音開きの扉が現れた。

 蟹谷が振り向いた。

「こちらが、唯一神エンテイ様の御部屋でございます。中で唯一神様がやらない夫君をお待ちです」

 そう言うと、蟹谷は扉を叩き、「蟹谷です。やらない夫君をお連れしました」と言った。

 部屋の中から「入れ」と声がした。

 蟹谷がやらない夫を見る。

「それではやらない夫君、中へどうぞ。私は外で待機しているので、面会が終わり次第、声をかけてください」

 やらない夫は蟹谷に目もくれず、ふらふらと扉へと歩く。わずかに扉を開き、その中へやらない夫の姿は消えていった。

 

        *

 

 部屋の中には唯一神エンテイがいた。茶色の毛に覆われた大きな体、見る者を威圧する巨大で鋭い牙を持ち、立派な四つの足で立っていた。その鋭い眼光がやらない夫を捉えた。

 やらない夫は覚束ない足取りでエンテイへと近づいていく。

 エンテイはそんなやらない夫の姿を見て笑みを浮かべた。

「優勝おめでとう、やらない夫君。君とクラスメイト達の戦いは見させてもらったよ。実に素晴らしかった」

 エンテイのねぎらいの言葉を聞いて、やらない夫は「はぁ…」と言うと同時に頷いた。

 そんなやらない夫の姿を見て、エンテイは内心訝しんだ。

 こんな腑抜けた奴があのイかれたクラスのプログラム優勝者だというのか?確かにプログラムは体力、知力、戦闘力に秀でていれば優勝できるというものでもない。支給武器や運も大きく作用するが…。

 考え事を巡らすエンテイとは対照的に、やらない夫はか細い声でエンテイに話しかけた。

「あ、あの――」

「ふむ、なんだね?」

「た、確か――プログラムの優勝者は願いを一つ叶えてもらえると――」

「その通りだ。プログラムを制した健闘を称え、君の願いを一つ叶えてあげよう。だが、その前に色々と話を聞かせて欲しいんだがね。君があの地獄で見聞きした――」

 エンテイが話し終える前に、やらない夫がエンテイに向かって土下座をした。そして、やらない夫の口から声が漏れる。

「お――お願いです。ど、どうか、クラスの皆を――い、生き返らせてください!」

 それを聞いてエンテイは面食らった。

「いや――確かに私にとって彼らを生き返らせる事は容易いが、それではプログラムをやった意味がないだろう。他の願いにしたまえ、金は与えたのだから、地位や権力、名誉等色々あるだろう?仮に生き返らせるとしても、君の友人達を数人とか――」

 それでもやらない夫は土下座をしたまま、再びクラス全員を生き返らせる事をエンテイに頼んだ。

 エンテイはやらない夫のこの必死な姿を見て、ふとある考えを持った。

 エンテイはやらない夫に顔を上げるように言った。やらない夫はそれに従って顔を上げた。エンテイはその時のやらない夫の表情を細かく観察した。

 この男――まるで覇気の感じられない放心した顔だな。まさか、この男――狂っている?プログラムで友人らと殺し合わされた事で精神が壊れたか――?それで、全員を生き返らせる事に執着しているという事か。そう言えば、あの黒服が、生存者の様子が妙だとか言っていた気もするな。――なるほどな。

 エンテイはやらない夫に見られないようにほくそ笑んだ。

 再びエンテイはやらない夫に向き合うと口を開いた。

「いいだろう。優勝者である君の願いだ。皆を生き返らせるというその願い、叶えてあげようじゃないか」

「ほ――本当ですかっ!?あ、ありがとうございます!」

 やらない夫がエンテイに再び頭を下げた。やらない夫の口からはとめどなく「ありがとうございます…ありがとうございます…」と声が漏れる。

「だが一つ条件がある」

 エンテイが静かにそう言うと、やらない夫の口から流れ出る感謝の言葉が止まった。

 放心した顔のやらない夫はエンテイの顔を見る。

 エンテイは鋭い眼光でやらない夫を見据える。

「流石の私でも40人以上も生き返らせるのは大変でね。だから――生贄が必要なんだ」

 エンテイがそう言うと、部屋の隅に火柱があがった。

 やらない夫はその火柱をじっと見つめている。

 エンテイは言葉を続ける。

「その火の中に生贄として誰か一人を放り込む。そうすれば、放り込まれた者の生命力を火柱が取り込み、君のクラスメイトを生き返らせることが出来る」

「生贄――それって――」

「勿論君だよ。やらない夫君」

 これはエンテイのついた真っ赤な嘘である。エンテイは唯一神であり、彼にとっては一人生き返らすのも、44人生き返らすのも、100人生き返らすのも何ら変わりはない。

 ただ、やらない夫の姿を見てエンテイに一つの考えが浮かんだ。

 コイツには何を言っても聞かないだろう。全員を生き返らすことを私が認めない限り、絶対にこの場を動かない。だが一人や二人ならまだしも、全員を生き返らせるなんて馬鹿げた願いを叶えてやる気はない。ならば適当な事言ってコイツに希望を持たせてから絶望に叩き落とす方が愉快じゃないか。

 エンテイはやらない夫の顔を見た。やらない夫は震えながら口を開いた。

「お、俺があそこへ入れば、皆生き返らせていただけるんですか?」

 エンテイは無言で頷いた。

「ありがとうございます…こ、こんな俺一人なんかの命で皆が――」

 やらない夫がすんなりと生贄になる事を選んで、エンテイは少し興ざめた。

 もう少し葛藤する姿が見たかったんだが、狂人だからそれも仕方ないか。よし、コイツが火の中に入ってから真実を教えてやるか。

 その時、やらない夫の手から黄金の剣が一瞬で伸びた。その刃がエンテイの首元深くに突き刺さる。

 エンテイの首を激痛が襲った。あまりに突然の事でエンテイは何が起こったのか分からなかった。

 やらない夫が剣をエンテイの首から引っこ抜いた。エンテイの首から血が噴きだし床を血で染めていく。流れ出る血と共に、エンテイの体から急速に力が抜けていき、エンテイは床に倒れた。エンテイの視界が次第に霞んでゆく。

 そのエンテイが最期に見たのは、黄金の剣を振り上げたやらない夫の姿だった。黄金の剣が振り下ろされると同時にエンテイの視界は闇に包まれた。

 やらない夫が黄金の剣でエンテイの首を切り落としたのだ。その直後、エンテイの力で生じていた火柱が消えた。

 やらない夫は既に事切れたエンテイに向かって叫んだ。

「残念だったな、この野郎――。放心した顔は俺の特技なんだよ!お前らにそう簡単に見破られるようなものじゃねえんだよ!」

 BR法委員会支部に連れて来られる前からこの時まで、やらない夫はずっと放心した顔をしていた。それは委員会、そして唯一神エンテイを欺く為の演技だった。やらない夫をそこまで動かしたのは、ある目的の為である。

 やらない夫は懐から全参加者武器シートを取り出した。プログラム中、死の直前のドナルド・マクドナルドから受け取ったものである。

 やらない夫は全参加者武器シートを広げ、やる夫の支給武器、剣のキーホルダーの項目を見た。

 剣のキーホルダーに関しては次のように書かれていた。

 持ち主の意志でキーホルダーから剣へと自在に変わる。持ち主の体力を消費して光弾を放つことが出来る。このキーホルダーは持ち主に忠実でそれ以外の者には使えない。他の者が使うには元の持ち主から直接キーホルダーを受け取るか、持ち主を殺して奪い取る必要がある。なお、この剣はプログラムの主催であるBR法委員会の頂点、唯一神エンテイ自らが創り出した、唯一神の半身でもある。

 そこでやらない夫は一つ賭けに出る事にした。

 唯一神が素直にやらない夫の願いを叶えてくれるならいい。叶えてくれないのなら、唯一神の半身でもあるこの剣で唯一神を殺す。一人や二人生き返らせるだけじゃ意味がない。生き返らせるなら、このプログラムで命を落とした全員でなければならない。

 やらない夫はやる夫や阿部といった、プログラムを通して親しくなった者の顔を思い浮かべた。

 仮にあいつらだけを生き返らせても、あいつらが満足しないだろ、常識的に考えて。

 やらない夫は持っていた黄金の剣をキーホルダー状に戻すと、顔の前に持ってきた。

「エンテイの半身なら、エンテイ亡き今、お前だけが神だよな?そしてお前の持ち主は俺だ。で、お前は持ち主に忠実なんだろ?だったら持ち主である俺が命じる――このプログラムで死んだ奴、全員生き返らせろ!」

 やらない夫がキーホルダーに向かって叫んだ。

 直後、キーホルダーが強力な黄金の光を放った。やらない夫はその輝きのまぶしさに両目を閉じる。キーホルダーがやらない夫の手から強烈な勢いで離れた。

 キーホルダーはそのまま唯一神の亡骸へと飛んで行き、唯一神の遺体に突き刺さった。その瞬間、エンテイの体から激しい炎が上がり、エンテイの体とキーホルダーが見る見るうちに炎の中に消えた。その炎の勢いも次第に弱まっていき、ついにやらない夫の眼前で消え去った。

 炎が消え去った後には灰すらも残っていなかった。剣のキーホルダーも、エンテイの体も綺麗に消えていた。

やらない夫は炎の消え去った場所に駆け寄った。しゃがんで、先ほどまで激しく燃え上がっていた場所を見たが、何も見つからなかった。

「どうなったんだよ…」

 やらない夫の口から悲痛な声が漏れる。

 やらない夫は勢いよく立ち上がり、部屋の扉を開けた。静まり返った廊下をやらない夫が走る。

 その時、遠く離れた場所で電話の着信音と思しき音が聞こえてきた。それも一つや二つではない。鳴り止む事も無く、その音は次第に大きくなっていく。

 やらない夫は着信音のする方へと走った。そして、ある部屋の前に至った。その部屋の扉は開いており、中から数多の着信音が聞こえてくる。

 やらない夫は静かにその部屋へ入った。

 部屋には数多くの電話が置かれており、その大半が今は音を上げて着信を伝えている。それらの電話に一人で対応しているのが蟹谷であった。

 蟹谷は一つ一つの受話器を持ち上げ、着信音にかき消されないよう大声で電話に応対していた。

 やらない夫は蟹谷に静かに近づき、聞き耳を立てた。

 蟹谷は背後にやらない夫が近づいている事に気づかず、今も鳴りやまない電話に追われていた。蟹谷は大声で通話相手と話していた。

「いいですか、利根川先生も、黒服の皆も亡くなったんです!それなのに、利根川先生の名を騙るなんて、質の悪い悪戯は止めてください!――え?プログラムで死んだ生徒らが生き返って皆を襲っている?すぐに助けに来い?つまらない冗談ですね。私はあなたと違って暇じゃないんです、こんなくだらない事はもう止めてもらえませんか!」

 蟹谷はそう言うと、受話器を力強く叩きつけた。だが、まだ多くの電話が鳴り響いている。蟹谷はそれらの電話に出る事無く、電話線を引き抜いた。全ての電話が静まり、部屋には沈黙が訪れた。

 蟹谷は肩で息をしていたが、ふと後ろから視線を感じて振り返った。後ろにいたやらない夫と目が合う。

 蟹谷はやらない夫に微笑んだ

「おや、終わったんですか、唯一神様との面会は。どうでしたか、唯一神様は願いを叶えてくれましたか?」

「――はい。今でもにわかには信じられませんがね」

「そうでしょう!唯一神様は素晴らしいお方ですからね。なんと言ってもあのお方は――」

 蟹谷の言葉は蟹谷の持つ携帯の着信音によって遮られた。

 蟹谷は「ちょっと失礼します」とやらない夫に断りを入れて携帯電話を確認した。着信相手を見て蟹谷は驚いた。

「ええっ!?利根川先生に…萩野さん…!?それに黒服の皆…亡くなった筈では…!?」

 ざわ…ざわ…。

 蟹谷は送られてきたメールを読むと顔色を変えた。蒼白になった顔で蟹谷はやらない夫に振り返った。

「す…すいません、やらない夫君。ちょっと急用で私も今から動かないといけないんです。ですから…」

「分かりました。こちらもこの後予定があるので、この辺で失礼させていただきます」

 やらない夫は蟹谷に頭を下げて部屋を出た。

 やらない夫が去った後、蟹谷は船でプログラムの行われた島へと向かった。

 やらない夫は一人、BR法委員会の支部から出た。やらねばならない事は全てやった。だからひとまず、家に帰る事にした。

 家への帰り道、やらない夫の携帯が短く鳴り、メールが届いた事を伝えた。やらない夫は携帯を取り出してメールを見た。

 それだけで、やらない夫は心の底から笑うことが出来た。

 

 

 

134

 それからやらない夫は家に帰った。家族と色々話した後、やらない夫は布団に入った。

 布団の中でやらない夫は先ほどのメールを思い出した。メールには生き返ったクラスメイト達と、彼らに追われている委員会とvipの姿が映っていた写真が添付されていた。彼らはとりあえず委員会やvipをぶちのめした後、委員会の蟹谷が乗って来た船を奪い、それで本土へ帰ったようだ。帰る途中で海を漂う永沢君男を拾ったらしい。

 このクラスに割り振られた時にとりあえず交換したメールアドレスが功を奏したのだ。

 どうやらやらない夫はクラスメイトだけを生き返らせるつもりが、何らかの手違いで委員会の者たちも生き返らせてしまったらしい。

 布団の中でその理由を考えていたやらない夫だが、しばらくして結論にたどり着いた。

 やらない夫はあの時、キーホルダーにプログラムで死んだ者全員を生き返らせるように願った。プログラムで命を落としたのはクラスメイトだけでなく委員会の黒服やvipも含まれる。

 やらない夫はため息をついた。安心してこれまで溜まっていた疲れが急に出たのか、やらない夫の瞼はすぐさま重くなり、間もなくやらない夫は眠りについた。

 翌朝、やらない夫は布団の中で目を覚ました。部屋の時計を見ると、普段の起床時刻よりもはるかに速い時間を示していた。

 あれほど疲れが出たのにも関わらず、やらない夫の目は冴えていた。そして、一度目が覚めた以上、やらない夫はもう寝てはいられなかった。布団を上げ、ただちに制服に着替える。簡単に朝食を済ませると、やらない夫は家を出て学校へと向かった。

 やらない夫にとってかつては億劫でしかなかった登校が、今はこの上なく待ち遠しかった。

 自然とやらない夫の歩くペースも普段より速くなる。次第にハーメルン学園が見えてくると、やらない夫は走り出していた。そして全力疾走でやらない夫は校門を駆け抜けた。

 やらない夫は息を切らせながら歩き出す。ゆっくりと辺りを見回した。

 まだ朝の早い時間であり、登校する生徒の数は非常に少ない。また、多くの運動部が朝練に励んでおり、校庭の至る所から練習中の掛け声や物音が聞こえてくる。

 待ちきれなくて登校したが、速過ぎただろ、常識的に考えて…。まあいいか。

 やらない夫は3年β組の教室へ向かった。

「おはよー!」

 やらない夫は柄にもなく大声で挨拶をしながら教室に入った。

 こんな早い時間だから誰も来てないだろ。

 そんなやらない夫の予想を裏切り、教室には既に先客が一人いた。その生徒がやらない夫の顔を見た。

 浅倉威だった。浅倉は無言でカップ焼きそばを食べていた。

 浅倉と目が合ったやらない夫の顔が引きつった。やらない夫は無理やり笑みを作り、浅倉から離れた自分の席へと向かった。

「お前も食うか?」

 は?

 突如浅倉に声をかけられ、やらない夫は振り返った。

 浅倉の片手には未開封のカップ焼きそばがあった。

 やらない夫はしばし悩んだ後、「あ、ああ」と言った。

 その途端、浅倉がカップ焼きそばをやらない夫に放り投げてきた。やらない夫は慌ててそれを受け取った。

「あ、ありがとう…」とやらない夫が言ったが、浅倉はそれに応じず、再び焼きそばをすすり始めた。

 お、お湯はどこにあるんだ?

 やらない夫は疑問に思ったが、浅倉にそれを聞くのは躊躇われた。無言で浅倉の周辺を観察すると、浅倉の座っている椅子の側に電気ポットが置かれている事に気づいた。

 家庭科室の備品じゃねーか。勝手に使っていいのかよ、学校に住んでいる訳じゃ――いや、まさか浅倉、住んでいるのか?

 さらにやらない夫はポットの側にアルコールランプを発見した。アルコールランプには火がつけられ、その火で串刺しになったトカゲが焙られていた。

 やらない夫はトカゲを出来るだけ見ようとせず、電気ポットに近づき、カップ焼きそばにお湯を注いだ。その時、やらない夫の側に浅倉の手が伸び、トカゲを刺した串を掴んだ。浅倉はそれを口元に持ってくると、豪勢に噛み千切った。再びやらない夫を見る。

「食うか?まあ食わんだろうな」

 やらない夫は無言で首を左右に振って否定の意思を示した。

 その時、やらない夫の背後で別の男子生徒が声を上げた。

「ほーいいじゃないか。腹もペコちゃんだし、一つ貰おうか」

 やらない夫は振り返った。

 そこにいたのは井之頭五郎だった。五郎の目は焙られたトカゲに向けられている。五郎がトカゲに手を伸ばすが、それより速く浅倉が残りのトカゲ全てを掴んで口に放り込んだ。浅倉がトカゲを噛み砕くのを五郎は無言で見つめていた。

 静まりかえった教室に、トカゲが噛み砕かれる音だけが響く。

 き、気まずい!

 やらない夫はこの空気に耐え切れず、お湯を入れたカップ焼きそばを抱えて教室から出た。湯切りの為、やらない夫は水道に向かった。水道で湯を切ると教室に戻り、自分の机で焼きそばを食べ始めた。

 やらない夫は先ほどの浅倉と五郎の一触即発な雰囲気を恐れ、ちらと彼らの方を見た。だが、それは杞憂であった。既に五郎は浅倉の席を離れ、自分の席で早弁をしていた。一方の浅倉も食事に集中していた。

 やらない夫が焼きそばをほとんど平らげた頃には、教室にもちらほらと生徒が登校していた。

「やらない夫ー!」

 やらない夫は自分の名前を呼ばれ、勢いよく振り返った。

 現れたのはやる夫だった。やる夫はやらない夫の元へ駆け寄った。やる夫とやらない夫は互いのこぶしを勢いよく合わせた。

 やらない夫は嬉々としてやる夫に話しかける。

「よお、やる夫!お前もちゃんと生き返ってたな!」

「勿論だお!やる夫の学生生活はこれから始まるんだお。いつまでも死んではいられないお!ところでやらない夫、やる夫との約束を覚えているかお?」

「当たり前だ。金もちゃんと用意してある。いつでもいけるぜ」

「よーし、それじゃあ今日の放課後、早速コンビニへ向かうお!」

 やる夫とやらない夫が盛り上がっていると、登校してきた阿部高和が二人に声をかけてきた。阿部は多少サイズの小さい制服を着ていた。

「よお、やらない夫にやる夫。なにやら面白そうな話してるじゃないの。俺も仲間に入れてくれないかい?」

「おお阿部さん!あれ、阿部さんその制服はどうしたんだお?」

「これかい?制服が無くなった事を学校側に言ったら、代わりのモノを貸してくれたのさ。ちょっと小さいがな。そうだ、やらない夫にやる夫!」

 阿部が制服を脱ぎ捨てた。

「やらないか」

「やらねえよ」

「やらないお」

 阿部の誘いをやらない夫とやる夫は瞬時に断った。

 阿部は「そうか…」と残念そうに言い、制服を着た。阿部はやる夫とやらない夫の顔を見た。

「なら二人共、連れションにでも行かないか」

「行かねえよ!」

 やらない夫が叫んだ。その時、フランドール・スカーレットとドナルド・マクドナルドがやらない夫らの元へと歩いて来た。ドナルドは右手を上げ、やらない夫達に笑顔で挨拶した。

「やあ、おはよう!ドナルドは今日、早起きしたよ。君たちはいつも何時に起きるの?」

「普段のやる夫はもっと遅い時間に起きるお。でも今日はやる夫も早起きしたお。なんだか目が覚めてしまったんだお」

 やる夫の言葉にやらない夫と阿部も頷いた。

 フランが肩をすくめた。

「貴方達は遠足前の小学生?」

「そう言うフランちゃんも、ドナルドと一緒の時間に登校だなんて今日は登校時間が早いんじゃないかい?」

 ドナルドがそう言ったが、フランは「うるさい」と一蹴した。

「そうだ、ドナルド」とやらない夫はドナルドに声をかけると、ランランルーをした。ドナルドは満面の笑みを浮かべた。

「ありがとう、やらない夫君!あの時、ドナルドの武器シートを受け取ってくれて助かったよ!こうして皆無事だったからね!」

 やる夫が首を傾げていった。

「でも委員会の奴らも全員生き返ったんじゃ、振り出しに戻っただけなんじゃないかお?」

「いや、それは違うさ」と阿部が言った。阿部は言葉を続ける。

「確かにプログラムを開始する前に戻ったようなものだが、俺達の関係には色々と変化があったじゃないか。その点に関して、俺は良かったと思ってるぜ」

 阿部はそう言うと、やらない夫、そしてやる夫の顔を見た。

 フランは背伸びをしてから口を開いた。

「そうよ、あんな愉快な遊び、そうそう出来るもんじゃないわ。それだけで私は満足。本音を言うと、まだまだ遊び足りないけどね。どう、今からここでプログラム第二ラウンドといかない?」

 やる夫、やらない夫、ドナルドは激しく首を振ってフランの誘いを断った。

「だったら――ボーグバトルで決着をつけようぜ!」

 新たな男子生徒がやる夫達へ声をかけてきた。やる夫達は声のした方を向いた。

 そこにいたのは天野河リュウセイだった。リュウセイの手には彼の愛機、トムキャット・レッド・ビートルが握られていた。

 やる夫はこの突然の闖入者に面食らった。

「えっと――誰だお?」

「俺は天野河リュウセイ!座右の銘は2.0と1.5!」

 首を傾げたやる夫の耳元で、やらない夫が「ベルトで変身して俺達に襲い掛かってきた奴」と言った。

 リュウセイはやる夫の顔を指さして言った。

「話は聞かせてもらったぜ。プログラム第二ラウンドはボーグバトルに決まりだ!」

「ボ、ボーグバトル?何だお、それ」

「なんだよ転校生、ボーグバトルを知らないのか?遅れてんなー。まあいいや、俺が教えてやるぜ!」

「フッ、ボーグバトルなんてやめときな!それよりもはるかに刺激的で面白いゲームをオレ様が教えてやるぜ」

 突如教室の扉の方から声がした。

 リュウセイは「誰だ!?」と言って振り返った。やる夫達の目も扉の方を向く。

 そこには獏良了が腕を組み、扉にもたれるようにして立っていた。バクラはニヤリと笑うと、やる夫達の元へと歩いて来た。

「よお、やらない夫にやる夫。お前らは中々筋がいい。ボードゲームでもカードゲームでもお前らとなら楽しいゲームが出来そうだ。どうだ、今からデュエルでもやらねえか?さらなる刺激が欲しいなら闇のゲームという手もあるぜ」

「闇のゲーム!?」

 やる夫、フラン、リュウセイがその言葉に興味をひかれたように言った。やらない夫は必死に腕を振って断った。

 やる夫達がこのように盛り上がっている中、生徒たちが続々と登校してきた。皆、それぞれ雑談を始めた。

 

                *

 

 まっちょしぃは筋トレに励んでいた。それを見た見崎鳴がまっちょしぃに声をかけた。

「朝から筋トレ?」

「そうなのです☆あのプログラムでまっちょしぃは自分の未熟さを思い知ったのです。まだまだまっちょしぃは鍛錬を積む必要があるのです。まっちょしぃはまだまだ強くなれるのです」

「ふーん、頑張ってね」

 鳴はスケッチブックを取り出し、まっちょしぃが筋トレをしている姿をスケッチし始めた。

 

                *

 

 ルーシー・モード・モンゴメリと沙耶は左右からデデンネの頬を指でつまんでいた。柔らかいデデンネの頬が左右に伸ばされる。デデンネの顔は髭も前歯も元通りになり、顔の作画も全く崩壊しておらず、いつも通りの可愛らしい顔になっていた。

 モンゴメリはデデンネの頬を弄びながら言った。

「実際、異能も使えず武器も大した物じゃなかったんだから、このクラスを相手に優勝するっていうのも考えたら酷よね」

「それは甘えでちゅよ、モンゴメリちゃん。こんな小さくて可愛い体で私は5人も殺ったんでちゅよ」

 デデンネが誇らしげに言った。それを聞いたモンゴメリは驚き、「嘘でしょ!?い、一体どうやったのよ!?」と言ってデデンネの髭を引っ張った。

 一方、沙耶は笑顔を浮かべながらデデンネの頬を指でつついている。

「可愛いだけじゃなく強いなんて、デデンネは凄いね!ああもう、食べちゃいたいな…」

「そ、それは性的にという意味でちゅか!?」

「えー、文字通りの意味だよ」

 

                *

 

 じーさん、ケニー・マコーミック、桐敷沙子の三人は輪になって談笑していた。じーさんが口を開く。

「いやー、よく考えたらワシなんて常日頃から殺したり殺されたりの生活じゃから、今更殺し合いとか言われても、正直ピンとこなかったわー。ワシが死んだ回数なんて、ケツ毛の数よりも多いんじゃないか?」

 ケニーもじーさんに同意するように頷く。何か言っているようだが、フードが口元を覆っていて聞き取れない。

 桐敷沙子はクスリと微笑んで言った。

「あら、私なんてもう死んでるのよ。それなのに、また殺されるなんてね」

 じーさん、ケニー、沙子の三人は互いの顔を見て笑った。

 

                *

 

 先行者とうさみちゃんは教室内の騒ぎを見ていた。先行者が静かに話し出した。

「まさか、この様な結末になるとは――天才の私でも予想出来ませんでした。あなたはどうですか、名探偵のうさみちゃん?」

「私もここまで推理出来なかったわ。あなたと同じよ。それに今の私は一度命を落とした身だから、もう名探偵じゃないわ。でも折角生き返ったのだし、もう一度名探偵を目指す事にするわ」

「その意気ですよ、うさみちゃん。我々は生きている限り、考え続けなければならない。思考の停止した時が我々の死となるのです」

「そういう訳で先行者君。ちょっと校庭でスクラップにでもなりなさいよ」

「嫌ですようさみちゃん!私の偉大な頭脳がそんな簡単に失われて堪るものですか!」

 

                *

 

「水銀燈さん、本当にごめんなさい!」

 佐天涙子はそう言って水銀燈に頭を下げた。それを聞いて水銀燈は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。

「貴方どうしたのよ、突然謝るなんて」

「だって――あたし、プログラムで水銀燈さんを…」

「あらぁ…そんな事気にしてたのぉ…?もう過ぎた事じゃない。それに周りを見てみなさいよ、今回の件で怒ったり謝ったりしている子なんてほとんどいないじゃない。まあいいわぁ…貴方の様な素直な子が一人くらいはいた方がいいですもの。だから顔を上げなさい、別に貴方に怒ってはいないわ…」

「水銀燈さん、ありがとう…」

 佐天はそう言って顔を上げ、笑みを浮かべた。

「ね、だから言ったじゃん、水銀燈は怒ってないって!」

 美樹さやかが笑顔でそう言うと、佐天の肩を叩いた。

 それを見て水銀燈はやや顔を引きつらせた。

「ああ言ったものの、少しは私を殺した事について罪悪感を持って欲しいわねぇ…。そういえば、謝罪どころじゃ済ませないジャンクが約一名、いたわねぇ…」

 水銀燈がそう言った途端、泉研が笑顔で現れた。

「やあ、銀ちゃん!生き返ったんだね、良かった良かった!ジュラル星人の計画も阻止できたし、めでたしめでたしだね!」

 研の明るい声を聞いた水銀燈は舌打ちして研から顔をそむけた。

 さやかは研を指さして叫んだ。

「あっ!ちょっとアンタ、よくもプログラムであたしを殺してくれたわね!」

「え?何を言ってるんだい。殺しただなんて、今君は生きてるじゃないか」

「それは生き返ったからであって――」

「アッ!思い出したぞ、僕はあの島で君たち二人に化けたジュラル星人を殺したんだ!」

「へ?」

 研の言葉にさやか、佐天の二人は目をぱちくりさせた。研は一方的に話を続ける。

「あの時僕は君たちの姿をしたジュラル星人を殺したのであって、君たち二人を殺したわけじゃないんだよ。その証拠に、君たちは今も生きてるじゃないか!」

 しばしの沈黙の後、さやかが笑顔で言った。

「あー!そっか、そうだよね。あたし、生きてるじゃん!殺されたなんて何言ってんだろう、あたしって、ほんとバカ」

 研とさやかは笑い出した。横で話を聞いていた佐天はしばし悩んだ後、とりあえず笑っておくことにした。

 三人の笑い声を聞きながら水銀燈はため息をついた。呆れ顔で水銀燈はバッグからヤクルトを取り出して飲み干した。

 

                *

 

 多治見要蔵、でっていう、永沢君男の三人は無言で互いの顔を見ていた。でっていうが机を拳で叩いて喋り出した。

「それじゃあ俺達三人、パッとしない奴らはパッとしない結果しか残せなかったという事についての話し合いを始めるっていう。何か言いたいことがあるなら聞いてやるっていうwww」

 そんなでっていうを永沢が蔑む様な眼で見た。

「でっていう君、君は俺達三人って言ったけど、僕は僕なりに活躍したつもりさ。火への恐怖と向き合って成長するという経験もしたからね。そうやって主語を大きくして、僕らまで巻き込み、あたかも僕も全く活躍していないという印象を抱かせるとはなんて卑怯なんだ…。瞬殺された自分を慰めるのは君一人でやってくれないかい?」

 そう言われたでっていうは死んだ目で黙り込んだ。

 永沢に賛同するかのように要蔵も無言で頷いている。

「――って要蔵、お前は頷ける立場じゃねえだろっていうwwwwww」

 

                *

 

 ちゅるやさんは席に座ってスモークチーズを次から次へと口の中に放り込んでいた。ちゅるやさんの机の上には平らげたスモークチーズの包装紙が積み上げられている。

 両儀式はその光景を無言で見ていた。だがそれも見飽きたのか、式はちゅるやさんから目を離した。

「おーっす、両儀―、ちゅるやさーん。元気かー?」

 明るく能天気な声がした。式は声のした方に目を向けた。

 日下部みさおが笑顔で二人の側にやって来た。

 ちゅるやさんは頬張っていたスモークチーズを飲み込むと、みさおに向き合った。

「やあやあ、みさお。わたしは元気にょろ。みさおは元気かい?」

「おーよ!バリバリ元気DAZE!両儀は元気かー?」

「見れば分かるだろ」と式はぶっきらぼうに答えた。

「おー、それなら結構結構」

 みさおはそう言った後ちゅるやさんが抱え持つ数多のスモークチーズに目を向けた。みさおはちゅるやさんに尋ねた。

「なあちゅるやさん、そのスモークチーズ、一個くれないか?」

「いいにょろ!今日は特別にプレゼントにょろ!」

 ちゅるやさんがみさおにスモークチーズを一個手渡した。みさおはそれを受け取り、包装を剥がし始めた。その時、不幸にもみさおは手を滑らし、スモークチーズを床に落としてしまった。

 みさおは慌てて落としたスモークチーズを拾い上げると、口へ入れた。それをちゅるやさんと式がじっと見ていた。

「にょろーん」とちゅるやさんが言った。

 みさおは冷や汗を浮かべながらも笑顔で応じた。

「三秒ルール、三秒ルール!」

 ちゅるやさんは式に尋ねた。

「今のスモークチーズ、どうだったにょろ?」

「残念だが死んでたよ」

「ご、五秒以内なら菌が付かないんだってヴぁ!」

 

                *

 

「うぃーっす」

 相楽左之助がそう言って教室に入って来た。彼と親しい生徒が左之助に返事をした。左之助は自分の席に向かい、勢いよく腰を下ろした。

 その瞬間、左之助の頭に金タライが落ちてきた。

 金タライが左之助の頭に直撃し、鈍い音が響き渡る。

 左之助は両手で頭を押さえる。そんな左之助の耳に北条沙都子の高笑いが聞こえてきた。

「をーほっほっほっほ!今日も私のトラップは冴えまくりですわー!」

「やはりテメエか沙都子!そういやテメエにはプログラムでの借りがあったな。あの時の借り、今ここで返すぜ!フタエノキワミ、アッー!」

 左之助が一歩踏み出すと同時に、沙都子の二つ目のトラップが発動した。左之助の足元に突如ロープが現れ、左之助の足に引っかかった。

「あぁぁぁぁぁぁ…!(´゚д゚`)」

左之助は悲鳴を上げながら前のめりに倒れ、勢いよく顔を床にぶつけた。だが左之助は瞬時に立ち上がった。それを見た沙都子は身をひるがえし、高笑いしながら走り出した。左之助も沙都子の後を追う。二人は教室内で鬼ごっこを始めた。その光景を生徒らは笑いながら見ていた。

 

                *

 

「おはよー!」

 木之本桜が笑顔で教室に入って来た。さくらと親しい女子生徒も挨拶をした。そして女子生徒同士で会話を始めた。

 しばらく話していると、ドラコ・マルフォイが教室に入って来た。マルフォイは女子生徒らと談笑しているさくらを見ると、ゆっくりとさくらの元に歩いて来た。

「おはよう」

 マルフォイが挨拶をすると、さくらも「おはよう、マルフォイ君!」と返事した。

 マルフォイは笑みを浮かべ、さくらに話しかけた。

「なにはともあれ、全員無事だったから良しとしようか」

「そうだよね。色々あったけど、こうしてみんなにまた会えて、本当に良かった…」

「ああ。ところで――オルガはどうなったんだろうね?」

 マルフォイとさくらはプログラムで共に過ごしたオルガ・イツカを思い浮かべた。しばしの沈黙の後、さくらが言った。

「絶対、だいじょうぶだよ!オルガ君もわたしたちと同じ様に元気だよ!」

「僕もそれには同意見だ。そうだ、是非皆に聞いてもらいたいことがある」

 マルフォイが教室中を見渡した。生徒らがマルフォイを見る。

 マルフォイは視線が自分に向けられたのを確認すると、誇らしげに言った。

「今回のプログラムであの島に訪れていたvipの奴らに関しては、僕の父上に全員報告済みだ。父上はその情報を使い、プログラムの廃止に動き出した。父上が本気で動かれた以上、もう二度とあんなプログラムが行われる事はないだろう」

 それを聞いた生徒たちは歓声を上げた。教室内に拍手が巻き起こった。マルフォイはドヤ顔でその拍手を一身に受けていた。

 

                *

 

 マルフォイの父親がプログラム廃止に動いたことを褒めたたえる拍手の中、ポプ子は席に座って頭を抱えていた。ポプ子の目は血走り、顔には冷や汗が浮かび、体は小刻みに震えている。

 ポプ子の口からかすれた声が漏れた。

「私、プログラムで一人も殺せてなかったのか――クソザコじゃん…。私、弱かったんだ――」

「そんな事無いと思うよ!最後まで生き残れた事は誇っていいと思うよ!」

 ポプ子は突然自分に向けられた声を聞き、顔を上げた。

 いつの間にかポプ子の机には古明地こいしが座っていた。こいしは足をブラブラと揺らしながらポプ子の顔を見ている。

「こいしちゃん…」

 こいしからの励ましの声にポプ子は目に涙を浮かべた。だが、その涙もすぐに引っ込んだ。ポプ子の額に青筋が浮かぶ。

「お゛お゛お゛お゛お゛お゛お前お前お前――!お前がそんな事言える身分かぁぁぁああああー!自分が何言ったか分かってんのか――分かってんのかああああああああー!?」

 ポプ子は1秒間に16回の速度で指を突き出したが、その時には既にこいしの姿は机の上から消えていた。

「どこに行きやがったあの野郎――」

 ポプ子は教室内を見回した。ポプ子の顔の動きがマルフォイを見て止まった。

 マルフォイの背後でこいしが「おめでとう!」と言ってどこから取り出したのか、クラッカーを鳴らした。

 その音にマルフォイは驚き、両目を見開き、口を大きく開けて悲鳴を上げた。

 

                *

 

 ベネットは机に脚を乗せ、ふんぞり返りながら剛田武、日吉若に自慢話をしていた。

「俺は二人も殺したぜ。お前らはどうだ?結果から見て、お前らは俺の強さには遠く及ばないというわけだ」

 そう言われたジャイアンは怒鳴った。

「うるせえ!お前だって偉そうな事言ってるけど、殺害数は大した結果じゃねえじゃねえか!お前の上には何人いると思ってやがる。ベネット、お前を今ここでギッタギタのメッタメタにするぞ!」

 日吉は冷ややかにベネットを見る。

「ああ。今からプログラムでの下剋上だ」

 ベネットは残虐な笑みを浮かべる。

「いいぜ、かかってきな」

 三人に一触即発の空気が流れる。その時であった。

「もう戦いは駄目よ!」

 山村貞子が教室内に置かれた古いテレビの画面から出て来た。

 貞子特有の登校にベネット、ジャイアン、日吉は驚いた。また、貞子を知らないやる夫も同様に腰を抜かした。

 テレビから出て来た貞子は静かに床を這い、ベネット、ジャイアン、日吉の側に寄る。ベネット、ジャイアン、日吉の三人は貞子に射すくめられたように、動けなかった。

 貞子は三人の前で立ち上がった。貞子は無言だった。だが、長い髪の下から覗いた血走った目は真っすぐに三人を捉えている。

 三人の顔が青ざめた。真っ先に動いたのはジャイアンだった。ジャイアンは両手を伸ばし、ベネットと日吉の片を掴んで引き寄せた。

「け、喧嘩なんてしてないぜ!な、心の友よ!」

 ジャイアンにそう言われ、日吉は無言で頷いた。

「勿論です。友ですから」

 ベネットも済ましたように言ったが、その顔には恐怖心が現れていた。

 そんな三人の姿を見た貞子の顔が明るくなった。いや、長い髪に隠れているため、そう見えただけかもしれないが。

「そうだったの!私の勘違いね、ごめんなさい。やっぱり仲良い事は素晴らしいわね!」

 

                *

 

 モンゴメリや沙耶といった女子生徒たちは今もデデンネの体をつまんだり揉んだりして遊んでいた。デデンネもまんざらではない顔だった。

 その時、ベータがデデンネの頬を思いっきり引っ張ってつねった。

 デデンネは涙目になってベータに訴える。

「い、痛いでちゅ。や、止めてくだちゃい、ベータちゃん!」

「はーあ、こんな子にプログラムでは散々手こずらされた挙句に殺されるなんて思いもしませんでしたよぉ~」

「それはベータちゃんの力不足が原因ではないでちゅか?」

「むー、そういう悪い事を言うデデンネにはお仕置きが必要みたいですねぇ」

 ベータが両手でデデンネの頬を左右から引っ張った。デデンネは両手を激しく振って抵抗するが、ベータの手を振り解くことは出来なかった。頬を左右に引っ張られ、デデンネの顔は愛らしさと滑稽さが入り混じったような顔になっていた。それを見た周囲の生徒らも笑みを浮かべた。

 時を同じくして、教室の扉が勢いよく開かれた。そして鉄仮面の男子生徒、ヒューマンガスが入って来た。

 ヒューマンガスは堂々とした姿勢で教卓に立つと、マイクを取り出して口元に近づけた。

 教室内が静まり返る。

 生徒の注目が自分に向けられた事を実感したヒューマンガスは演説を始めた。

「お前達には感心したぞ。おかげでまた学生生活を送る事となった。見ろ!お前たちのクラスメイトの姿を。こうなったのも、俺の作戦によるものだ。お前達と一致団結して委員会を叩き潰した」

「一ついいかね?」

 ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタが挙手をして言った。ヒューマンガスはムスカに話すよう促した。

「君は先ほど、自分の作戦で委員会を潰したといったが――君が一体何をしたのかね?」

「知らないのか?デデンネを超人にしたのはこの俺だ」

 ヒューマンガスの告白に教室が静まりかえった。

 その次には喧騒が巻き起こった。

「ふざけやがって、あれはお前の仕業かよ!」

 攻撃的な性格になったベータが叫んだ。デデンネの頬をつねる腕に力が込められる。

「そういやヒューマンガス、お前、良い奴の振りしてわたしの事をタケコプターで騙し討ちしやっがて!なんて姑息なんだ!」

 みさおがヒューマンガスを指さして言った。

 ポプ子は呻きながらヒューマンガスに向けて中指を突き立てた。

「落ち着け!落ち着くんだ!」

 ヒューマンガスが訴える。

「実際、超人と化したデデンネが暴れた事で委員会は混乱し、我々は勝てたのだろう?それにデデンネ。お前はあの時、強大な力を手に入れた。その力を意のままに操るのは楽しかっただろう――?」

 今度は生徒たちの注目がデデンネに向く。デデンネは未だベータに両の頬を引っ張られている。

 ニィィ――とデデンネが笑みを浮かべた。

 ベータは元の性格に戻るとデデンネとヒューマンガスを見た。

「どうやら――二人にはもっとお仕置きが必要みたいですねぇ」

「ええっ!?お仕置き!?」とやる夫が血相を変えて反応した。そんなやる夫の頭にやらない夫がチョップをした。

 教卓に立つヒューマンガスには生徒たちの怒号に交じって色々な物が投げつけられた。とはいえ、投げつけてくるのは大半がでっていうによるものだったが。

 そんなヒューマンガスの後ろにはいつの間にか阿部がいた。

「やらないか」

 そう言った阿部にヒューマンガスはチョークスリーパーを試みた。だが阿部はそれをかわし、ヒューマンガスの制服を脱がした。

 ヒューマンガスの逞しい肉体、そしてそれを締め付けるボンデージファッションが露わになる。

 阿部も同時に制服を脱いだ。教室内に黄色い悲鳴がこだまする。

「ハッハッハッハッハ。素晴らしい!最高のショーだと思わんかね?見ろ、クラスメイトがゴミのようだ!」

騒ぎの治まらない教室内の様子を見てムスカが高笑いをした。

「最低だよ!」とやらない夫が突っ込んだ。

「おうおう、朝から皆元気じゃのう。全員登校、感心感心。先生にも見習って欲しいものじゃ」

 教室内に大股で枢斬暗屯子が入って来た。枢斬の右手には3年β組の担任である絶望先生こと糸色望が抱えられている。プログラム開始前に委員会で殺された彼も生き返っていた。

 枢斬は真っすぐ教卓に向かい、絶望先生を放した。

 枢斬は呆れるように言った。

「皆がこうして学校に来てるのに、先生はあのままプログラムで死んだ事にして失踪しようと考えてたようでな。全く呆れたものじゃ。さあ皆、騒ぐのもいいが、ホームルームの時間じゃ。席に着かんかい」

 枢斬がそう言うと、皆自分の席へと戻る。あれほど騒がしかったのかが嘘であるかのように、教室は今、静まり返っている。

 絶望先生は教室一帯に聞こえる程の大きなため息をついた。

「結局私もこうして生き返ってしまいました。皆さんが生き返った事はいいのですが、私まで生き返らせるとは全く、余計な事をしてくれたものです。あーあ、折角死ねたのに」

 それを聞いてやる夫が驚いた。

「ええっ、せ、先生は何を言ってるんだお!?」

 絶望先生がやる夫を見る。

「やる夫君。結局私が君の担任であったのは一日だけの様です。一度死んだ身として潔く、私はもう一度死のうと思います!」

 絶望先生は教室の天井から吊り下げられたロープを手に取った。

「だ、駄目だお先生!命は大切にするお!」

 やる夫が立ち上がって絶望先生の自殺を止めようとする。だが、他の生徒は誰一人として動こうとしない。

 やる夫は疑問に思い、やらない夫の顔を見た。

「やる夫、先生の死ぬ死ぬ詐欺はいつもの事なんだ。それに先生はあんな事言って生き汚いから、生き返った事を惜しむどころか、むしろ内心で喜んでるだろ」

「なーんだ、構ってちゃんかお。心配して損したお」

 やる夫は自分の席に戻る。

「絶望した!転校生に構ってちゃん扱われる世の中に絶望した!あ、転校生で思い出しました。今日から二人、転校生がこのクラスにやって来ます。やる夫君が来た直後にまた二人、しかもこのクラスに来るなんて、一体この学園はどうなってるんですかね。さあ、どうぞ」

 絶望先生が言うと、教室の扉が開かれる。入って来た二人の生徒を見て、生徒たちは騒めきだす。

 中でも一際大きな反応を示したのはさくら、マルフォイ、バクラだった。

 さくらとマルフォイは転校生を見て驚きと喜びの入り混じった表情になった。一方でバクラは居心地の悪そうな顔になった。

 二人の転校生は男女一名ずつであった。女は前髪を一直線に切りそろえ、紫がかった黒髪を伸ばしている。男は長身で浅黒い肌、前髪を一部垂らした独特の銀髪だった。

 最初に女子生徒が前に立ち、元気よく挨拶をした。

「皆さん、おはようございます!山田の名前は山田葵っていいいます!山田だと反応できないので、葵って呼んでください!」

 交代するように男子生徒が前に立つ。男子生徒は死にそうな声で自己紹介をした。

「俺は…鉄華団団長、オルガ・イツカだぞ…」

 二人が自己紹介を終えると、絶望先生が教卓の前に立った。

「この二人も今日からこのクラスの一員となります。皆さん、仲よくするように。いや、皆さんとは既に色々と縁があるんでしたね。それより、なぜこの二人が転校してきたのか――」

「その疑問にはわしが答えよう!」

 廊下から大声が聞こえたと同時に、禿頭、濃い眉に髭といった外観の大男が教室に入って来た。その男は大股で教卓の前まで歩いて来た。

 それを見たやる夫が「誰だお?」と言った。現れた男はやる夫のつぶやきを聞き逃さなかった。

「わしがハーメルン学園学園長、江田島平八であるーっ!!!」

 現れた大男、ハーメルン学園学園長である江田島平八が大声で叫んだ。その声が教室中を揺らし、窓ガラスを砕く。

 やる夫、山田、オルガといった転校生たちは江田島の大声によってよろめいていた。

 江田島は腕を組んで話し出す。

「このクラスによるプログラムの結果は既に発表されてしまった。故にこうして全員生き返った事を世間が知ったら大騒ぎとなる。そうなるのは面倒だ。だから、ほとぼりが冷めるまで、わしの目が行き届くよう、二人にもこのクラスの一員として過ごしてもらう!それと蓮実聖司はクビにした!」

 再び教室中が沸き上がる。

 江田島はその光景を満足げに見ると、「フッフッフ、わしが江田島平八である」と言って教室を後にした。

 絶望先生が山田とオルガの席を指定した。幸か不幸か、オルガの席はさくらとマルフォイのすぐ側で山田の席はバクラの隣となった。

 絶望先生がホームルームを終わる旨を告げ、誰か報告のある生徒はいないかと尋ねた。

「はい」と言って一人の生徒が手を上げた。

 やらない夫であった。

 やらない夫は立ち上がり教室の前へと歩く。全員の視線が向けられる中、やらない夫が口を開いた。

 

 

 

135

「俺からの提案なんだが、皆で修学旅行に行かないか?」

 教室は静まり返っている。やらない夫が続ける。

「実はプログラムの優勝賞金を貰ったんだが、あまりにも莫大過ぎて、俺一人じゃ一生かかっても使いきれそうにないんだ。だから、以前のようなプログラムを偽るための修学旅行じゃなく、皆で本当の修学旅行にでも行って使い切ろうと考えたんだが――どうだ?」

 しばしの沈黙。そして歓喜の声があがった。

「賛成だお!」とやる夫が右手を上げて言った。

「それは名案だな、やらない夫!」と阿部が言う。

「ふーん、やらない夫も少しは良いとこあんじゃん。見なおしたわ」とフランが言った。

 だが絶望先生の反応だけは違っていた。

「修学旅行!?そんな、皆さんには学校がありますし――」

「一向に構わん!!」

 再び教室内に江田島平八が入って来て叫んだ。

「修学旅行、大いに結構。世間のプログラムへの関心が薄れるまで、諸君らにはこの学園を離れて修学旅行に行ってもらいたい。糸色先生にも引率を頼みたい」

 江田島からの許可が下りた為、絶望先生も修学旅行に賛同した。

「分かりました。学園長のお許しも出たので修学旅行を認めましょう」

 生徒らの中から「先生権力に弱―い」と声があがった。

 絶望先生はやらない夫に尋ねえる。

「それではやらない夫君、お金は君が出してくれるという事でよろしいのですね。一体、どこへ行く予定なんですか?」

「まだ決まっていません。だからこの場で皆の意見を聞いてまとめようかと」

「どこでもいい。ただし俺をイライラさせるなよ…」と浅倉が言った。

「皆で海に行こうぜっていう。泳いだり、海の幸を楽しんだりと愉快な経験が出来るっていう。そしてなにより、女子の水着が見れるっていうwwww」とでっていうが言った。

 でっていうの提案に対し、ケニーもフードの下で喜びの声を上げた。

 ポプ子がでっていうとケニーに中指を突き立てた後、「日本のマチュピチュ行こう」と両手の人差し指をやらない夫に向けた。

 やらない夫は黒板にヨッシーアイランド、海、日本のマチュピチュと書いた。

 それを見たポプ子は「えっ、日本のマチュピチュ行っていいいのかっ!?」と驚いた。

「いいと思うぞ」とやらない夫が返した。

 まっちょしぃが鍛え上げられた右腕を上げた。

「トゥットゥルー♪まっちょしぃは秋葉原を始めとしたアニメの聖地巡礼がしたいのです☆それと――星が綺麗な場所にも行きたいな♪あっ、修学旅行で出会った強敵(とも)との戦いも楽しみなのです」

 阿部も頷く。

「旅先での新たな出会いは魅力的だよな。様々な場所でのいい男との出会い――ご当地いい男――ふう、滾ってきたな」

 次にみさおが手を上げた。

「遊園地行って皆で遊ぼうぜ!」

 それを聞いてさくらが驚いた。

「ほえええっ!修学旅行で遊園地っていいのかな?」

 そんなさくらにさやかが言った。

「硬い事言わない言わない。要は思い出作りのイベントでしょ。だったら楽しんだ方がお得じゃん。実際に修学旅行で行く学校もあるって聞くし。で、どこに行くの?」

 さやかの質問にモンゴメリが立ち上がって答えた。

「それは勿論、夢の国よ!あそこなら広いし、安全だし、皆で楽しむにはもってこいよ!それに可愛らしいマスコットが至る所にいるんですもの。あんな素敵な場所、他にはないわ!」

 だがそのモンゴメリの意見にマルフォイが異を唱えた。

「それは聞き捨てならないな。遊園地ならUSJが一番だ。ウィザーディング・ワールド・オブ―――ポッターもあるんだぞ」

 モンゴメリとマルフォイの間で火花が散る。さくらが慌てて止めに入った。

「や、止めてよ二人共。皆で行けばどこに行っても楽しいよ」

 この光景を見たやらない夫は黒板に夢の国とUSJの両方を書いた。モンゴメリとマルフォイは互いの顔を無言で見た後、席に着いた。

 次に貞子が手を挙げた。

「クラスの皆で楽しむことも大事だけど、修学旅行である以上、学ぶ事も大切よ。遊んでばかりじゃいけないわ。寺社仏閣の見学や、南箱根パシフィックランドから始まる呪いのビデオの歴史探訪ツアーなんてどうかしら?」

 左之助が自分の掌を拳で叩いて立ち上がった。

「だったら、ありきたりかもしれねえが、京都だな!あそこなら俺が色々知ってっから、簡単な案内や名所の紹介ならしてやれるぜ!」

 沙都子が高笑いした後言った。

「でしたら、雛見沢なんてどうですの?豊かな自然に囲まれた集落は見て回るだけでも楽しいですし、村には古くから伝わる言い伝え等もあって、歴史とか好きな方も満足出来ると思いますわよ」

 要蔵が小声で「八つ墓村…」と言った。当作品における要蔵、最初の発言である。

 鳴が静かだがはっきりと通る声で「美術館…」と言った。

 沙子も両手の平を合わせて明るい声で言った。

「名案ね、美術館。博物館とかもどうかしら?私としては、なるべく日の当たらない場所が良いわ」

「それならご心配なく」と言って先行者が立ち上がり、沙子に日焼け止めを渡した。

「私の偉大な頭脳を駆使して開発した日焼け止めです。これを使えば桐敷さんも自由に外を歩けますよ」

「あら――ありがとう」

「例には及びませんよ。私の頭脳を誰かの為に使わないなんて世界にとっての損失ですから。そうだ、様々な研究機関の見学ツアーというのはどうでしょうか?私の頭脳を求める研究所は多く、故に彼らと私にはコネがあります。私が頼めば、皆でそういった研究所を見学し、最新技術や珍しい機械に触れるというのも出来るでしょう」

 それを聞いて佐天が言った。

「だったらさー、学園都市なんてどう?最新技術や研究所のオンパレードだから、見るだけでも楽しいと思うし、勉強にもなるんじゃないかなー?」

「学園都市ですか――良いですね、佐天さん。あそこにも私の研究仲間は大勢いますから」

「むしろお前が研究対象だろっていうwwwwwwwww」とでっていうが笑いながら先行者を煽った。

 次に研が手を挙げた。

「そういう事なら、僕は農業コンビナートや伊豆囚人島、海上工業都市を提案するよ」

 リュウセイは腕を組んで話を聞いていたが、突如立ち上がるとやらない夫を指さした。

「勉強と聞いて嫌な予感がしたが、そういった見学でいいなら俺にも案がある。野菜ボーグや養殖ボーグが作られている現場を見学するんだ!」

 野菜ボーグという単語を聞いた五郎の目つきが変わった。

「野菜ボーグか…美味しそうだな。おっ、そうだ。俺は旅先での食事が楽しみだから行先はどこでもいい。美味しそうな料理屋を見抜くのには自信があるから期待してくれ。でも…モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず 自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ 独りで静かで豊かで…」

 それを聞いたドナルドが五郎に話しかけた。

「ドナルドは世界中のマクドナルドの店舗情報を全て知っているよ。驚いた?だから皆もお腹が減った時には、近所のマクドナルドへすぐに案内するよ」

 その時、山田が両手で机を叩いた。皆が山田の方を見る。

「さっきから話を聞いていれば――出てくるのは国内ばかりじゃないですか!何で海外へ行こうと誰も言わないんですか!?やらない夫さん、お金は沢山あるんですよね!?だったら海外行きましょうよ!そしてじゃんじゃんお金も使いましょう。なんなら借金させるまで、山田がお金使いますよ!」

 山田の提案を聞いた日吉が静かに言った。

「だったら――香港で本物のカンフーを見たい。世界中を回れるのなら、トップレベルのテニスプレイヤー達と試合をして世界を経験するのも悪くない」

 次にジャイアンが大声で言った。

「おれ様はウィーン少年合唱団の歌を聞き、歌で勝負がしてえ!おれ様の美声で奴らを感動の渦に叩き込んでやるぜ!あれっ、ウィーンってどこだ?」

「オーストリアだ」とバクラが言った。ジャイアンは「オーストリア?オーストラリアの間違いじゃねえのか?」と言った。そんなジャイアンを無視し、バクラが旅先の提案をした。

「だったらよお、エジプトはどうだ?非常に古くから文明が栄えた場所だ。古代の遺跡や王族の墓、金銀財宝といった見るだけで愉快なうえ、勉強になるものが目白押しで最高だと思うぜ。なんならオレ様がガイドもやってやるよ」

 次いでケニーが何かを言った。

 やる夫には彼が何て言ったのか全く聞き取れなかった。だが、やらない夫を始めとするクラスメイトらにはケニーの言った事が分かったようだ。やらない夫は黒板にサウスパークと書いた。

 やる夫が首を傾げていると、やらない夫と目があった。やらない夫は「すぐに聞き取れるようになるさ」とやる夫に言った。

 ちゅるやさんが元気な声でやらない夫に呼びかけた。

「やらない夫君、やらない夫君。わたしは世界各地のスモークチーズが食べたいにょろ。だからスモークチーズの生産地巡りがしたいにょろ!」

「だーめ」とポプ子が言った。ちゅるやさんは「にょろーん」と言った。

 だが、やらない夫の反応は違っていた。黒板には世界中のスモークチーズ巡りと書かれていた。

 ちゅるやさんの顔が明るくなる。それを見たポプ子がやらない夫に言った。

「マチュピチュ行こう」

「良いぞ」

「えっ、日本のマチュピチュだけじゃなく、本物のマチュピチュまで行っていいいのかっ!?」

「構わねえよ」

「ヤッター!」

 ポプ子が万歳をしながらジャンプした。

 沙耶が笑顔で手を振りながらやらない夫に呼びかけた。

「ねーねー、それならハワイ行こうよ。でっていうが言った海もあるんだし。それにさー、ハワイなら拳銃を撃てたり、ボートを運転したり、車の運転も出来るんでしょ?私、もう一回車の運転がしたいなー」

 阿部が「それは良いな。ハワイなら俺も自慢のドライビングテクニックを何の問題なく披露できるんだな。そしてハワイ、南国のいい男――」と、沙耶に同意する意見を言った。

 うさみちゃんも沙耶の意見に聞き入っていた。

「私のライバルでもある名探偵はそういった数多の技術をハワイで親父に教わった、とか言ってたわね…。私も名探偵を目指す以上、それらの技術を身につける必要があるわ」

 ハワイという意見に関心を持ったのは永沢も同じであった。

「ハワイと言えば、確かキラウエア火山があったよね。火に慣れる絶好の機会じゃないか」

 この永沢の発言に教室中がどよめいた。永沢はそれを不満そうな顔で聞くと口を開いた。

「何だいこの反応は。確かに僕は火が怖いさ。でもプログラムを通して学んだんだ。火は恐ろしいものでもあるけど、世の中には欠かせないものでもあるんだ。だからいつまでも火が怖いなんて泣き言は言っていられないんだ。少しずつ、自分のペースで火に慣れていこうって決めたのさ」

「素晴らしいぞ永沢!お前を見直したぞ!」

 そう言って、ヒューマンガスが永沢の肩を叩いた。ヒューマンガスは話を続けた。

「それなら永沢、修学旅行ではオーストラリアの大地を同士達と共に駆け抜けようではないか!飛び交うガソリン、舞い上がる炎、噴き出す血に体を震わす大爆発!これらの刺激で火への恐怖などすぐに消える」

 ヒューマンガスの言葉にジャイアンが反応した。

「オーストラリアって事は、ウィーンがあるじゃねえか!」

「ねえよ」とバクラが言ったが、ジャイアンの耳には届かなかった。

 ヒューマンガスの意見に感化されたベネットが自分の意見を言った。

「オーストラリアもいいが、ラテンアメリカもいいぜ。爆発や飛び交う銃弾は勿論、本物のラテン農民のラップも聞ける。それにその辺にはバル・ベルデやエルドビア共和国もあって最高だぜ」

 ムスカが高笑いしながら立ち上がった。

「さっきから聞いていれば、絶対に欠かせないあの場所が挙がってないではないか。君たちはそんな事も忘れてしまったのかね?ラピュタだよ。我々でラピュタを目指そうではないか!デデンネ、君もそう思うだろう?」

「全く思わないでちゅ。私はアルトマーレにフウラシティ、アーシア島にラルースシティ、アラモスタウンやファウンス――ああ、絞り切れないでちゅ!いっそ、全部行けばいいんでちゅね!」

「フッ、君に話したのが間違いだったようだ。君ではラピュタの素晴らしさが分かるまい」

 ムスカがそう言うと、デデンネはムスカの顔目がけてフラッシュを放った。

「あ~目が、目がぁ~!」

 ムスカの悲鳴が教室内に響き渡る。

 フランがため息をついて言った。

「もう何ならいっそ、幻想入りすれば?幻想郷は何者も拒まないし、貴方達なら行ったとしても何とかなるでしょ。こいしもそう思わない?」

 フランはこいしに尋ねたが、こいしの席にこいしの姿は無かった。

「またアイツは勝手にどっか行ったのね…」

 枢斬がドスを机に突き立てた。その音が教室内を静めた。枢斬は迫力のある声で言った。

「やらない夫、貴様の願いで委員会の奴らも全員甦ったんだな?」

 やらない夫は無言で激しくうなずいた。枢斬は手を挙げて、やらない夫に頷くのを止めるように促した。

「別にその事は責めておらん。だが、奴らが生き返った以上、委員会に命を奪われた他校の生徒達を思うとワシは黙って見ておれん―――BR法委員会、犯したるーっ!!!」

「それはイライラしないで済みそうだな…」と浅倉が言った。

「賛成だ。奴らが生きている以上、俺は落とし前を付けなきゃならねえ」とオルガも言った。

 その後やらない夫がクラスメイトらに尋ねた。

「えっと――古明地はどっか行ったみたいだが、他にもまだ意見を言ってない奴いるだろ?行先の要望は無いのか?」

 そう言われ、両儀が淡々と返事した。

「オレはどこでも構わねえよ。こいつらといれば、退屈はしなさそうだしな」

 うさみちゃんが顎に手を当てて言った。

「さっき私はハワイが良いって言ったけど、結局のところ、名探偵のいる処に事件有りなんだから、行先はどこでも構わないのよね。ただ、温泉旅館に泊まりたいわ。そこでないと湯煙殺人事件に遭遇できないもの」

 その時、水銀燈が馬鹿にしたように言った。

「さっきから黙って聞いていればほんっとうにくぅだらない…。旅行と言ったって、結局は学校行事でしょ?それなのに一々大騒ぎして、バッカみたい…」

「やらない夫君!銀ちゃんは行かないみたいだよ!一人分欠席になるから、予算に余裕が出来たね!」と研が笑いながら言った。

「ちょっと待ちなさいよ!くだらないけど、行かないとは言ってないわよ、このキチガイ!そうねぇ…教会なんて綺麗でいいんじゃない?」

 やらない夫が黒板に教会と書いた後、やる夫に尋ねた。

「やる夫。お前はどこに行きたい?」

「んー、やる夫もこのクラスの皆と一緒ならどこに行っても楽しいと思うお。あっ、でも旅行先の土産屋で剣のキーホルダーを買ってチャンバラしたいお」

「おー、いいじゃねえか。相手してやるよ。言っておくが、俺は強いぜ?」

「いやいや、やる夫だってプログラムではあの剣のキーホルダーを片手に戦った経験があるお。勝つのはやる夫だお!」

「あの~一ついいですかぁ?」とベータがやらない夫に声をかけた。

「私も行先はどこでも構わないんですけどぉ、一体どこにするんですかぁ?」

ベータは黒板に書かれた大量の候補地を指さした。黒板にはそれぞれの生徒の希望した行先がびっしりと書かれている。教室が静まり返る。

 やらない夫が口を開いた。

「全部行けばいいだろ、常識的に考えて」

 教室内が沸き立った。その時、窓の外から大きなクラクションが聞こえて来た。生徒らは窓の側により、外を見た。

 そこには一台の大型バスが止まっていた。バスの窓が開き、中からこいしが顔を出した。

「バス借りて来たよー。さあ、修学旅行に出発だね、早く来ないと置いてっちゃうよー」

 こいしがそう呼びかけると生徒らは皆、教室を出ようと駆け出した。

「修学旅行には危険がいっぱいじゃー!だからワシが旅行中に、危険から身を守る方法を教えてやるぜー!」

 じーさんが走りながら叫んだ。

「ああ分かったよ!連れてってやるよ!連れてきゃいいんだろ!」とオルガが言った。

それに対し、「違いますね。連れて行くのは引率である私です!」と絶望先生が言った。

「やらない夫が連れて行くという事じゃねえのかお…?」とやる夫が言った。

「どうでもいいさ」とやらない夫が言った。

「それもそうだお」とやる夫が言う。二人は顔を見合わせて笑った。

 ハーメルン学園3年β組45名とクラスの担任一人を乗せ、バスは修学旅行へ出発した。

 

 

 

エピローグ

 BR法委員会第二ビルでは利根川幸雄、蓮実聖司、そして唯一神エンテイが顔を見合わせていた。

 利根川が恐る恐るエンテイに尋ねた。

「私と蓮実が生き返ったのは唯一神様の御力によるものですが、それと引き換えに唯一神様は――」

「その事か。私は新しい火山が出来るたびに生まれてくるから。不覚にもあの時は一度殺されたが、しばらくして新しい火山の噴火が起こったからこうして甦る事が出来た。そんな事はどうでもいい。蓮実、新たなプログラムの参加者は目星がついているのか?」

「勿論です」と蓮実が答えた。

「教師を首にはなりましたが、前もって多くの学校をリストアップ済みです。スポーツ名門校、進学校、お嬢様学校といったものから、普通の学校も幅広く情報を集めておきました」

「流石だな。だが――分かっているな?」

「はい。イかれた生徒のオンパレードといった学校は既に除外済みです」

「分かっているならいい。利根川、お前はどうだ?」とエンテイの視線が利根川に向けられる。

「はい、前回の様なことが無いよう、強力過ぎる支給武器の取り止めや首輪の管理、そして生徒一人一人の行動を逐一監視して、反乱を防ぐように努めております」

 その時、部屋の扉が開き、震える足取りで一人の黒服が入って来た。

 利根川はその黒服を見ると立ち上がった。

「今は大事な会議中だ!それなのに、ノックの一つもせんで――」

 利根川はその黒服を叱ろうとしたが、黒服の姿を見て途中で止めた。黒服のスーツは至る所が破れ、そこから覗く体にも傷が見られる。サングラスにはひびが入っている。

 利根川がその黒服に声をかけようとした時、物凄い音と共に扉が蹴破られた。

 そこに立っていた者たちを見て、エンテイ、利根川、蓮実の顔から血の気が引いた。

 

 20XX年、ある国では全国の学校から無作為に選ばれたクラスの生徒らを対象にした『プログラム』と呼ばれるデスゲームを行っていたッ!この『プログラム』とは、一つのクラスに属する生徒全員を一ヶ所に閉じ込め、最後の一人になるまで殺し合わせるというものであった。騙し、騙され、裏切り、裏切られ、利用し、利用され、殺し、殺される。そんな悪魔のゲーム『プログラム』を執り行うことを決めた法案を、人々はBR法と呼ぶッ!これからはBR法によって不幸にも変人だらけのクラスをプログラムに参加させてしまった、ある委員会の物語であるッ!

 



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