フォスがなんか拾った (紅羽都)
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なんか拾った

「ルチルゥ…治してぇ…」

 

草原の方から気の抜けた声が響く。声は遠く、蚊の鳴くような音が微かに聞こえる程度。

 

「……またですか」

 

「ルチルー」

 

距離が縮まっているらしい、だんだんと声は大きく聞こえる。

 

「まったく、今度はどこが割れたのやら」

 

名を呼ばれたルチルは、棚の整理を中断し顔を上げた。

 

「ルチルー!!!」

 

いつの間にかぶつかる程に迫っていたハッカ色の頭。そして、眼前で大声を上げる彼にルチルは少し顔を顰める。

 

「そんなに何度も呼ばずとも聞こえていますよ。それでフォス、どこを治すんですか?」

 

尋ねながら彼、フォスフォフィライトの身体を視診する。だが、これといって異常は無い。

 

「いやぁ〜ついにボクが教鞭をとる側になる時がきたんだよ!」

 

「……はぁ?」

 

ルチルの問いはフォスの耳には届かなかったらしい 。なんの説明も無しに、彼は喜色満面で意気揚々と意味不明な妄想を垂れ流す。

 

「史上初の偉大な発見をしたボクには学者先生の称号が与えられる。そしてみんなはボクを先生と呼び、讃え、教えを請うようになる。ん〜、一片の綻びもない完璧な未来予想図!ルチルには特別にボクの部下1号になる栄誉を与えてあげよう!」

 

「あぁ、なるほど。どこも割れていないと思ったら、治療が必要なのは頭のようですね。では、開いて奥までじっくり診察してあげましょう。期待は薄いですが少しはマシになるかも」

 

「おいおい、学者先生たるこのボクのパーフェクト頭脳に傷をつける気?大損害待った無しだよ、ヤーブヤーブ」

 

「あら、どうやら全身開いた方が良さそうですね」

 

「うっわー、危ない奴がいるよここに。先生呼んでこなきゃ……わかったわかった!ルチルさんは名医です!名医!」

 

無言でのみを振り上げるルチルに、全力の愛想笑いでゴマをする。その仕草が随分と様になっているのは、普段から時々やっているからである。

 

「それで、本当に外傷はなさそうですが、何の用なんですか?」

 

「ああ、そうだった。これ、治して」

 

フォスは足元に置いてあったそれを拾い上げて、ルチルに突き出した。ガラリと、乾いた音がなる。

 

「宝石……初めて見る石ですね」

 

木皿に載せられたそれは、ピンク色の砕けた宝石だった。ルチルは破片の一欠片を拾い上げ、そして未発見の石だということを即座に理解した。

 

「大発見かどうかはまだわかりませんが新種の石であるということは間違いないですね。炭素結晶、金剛光沢、条痕白、モース硬度10、屈折率2.42、全てダイヤモンドと同じ性質です。しかしこれにはへき開がない、かといってボルツと同じ構造という訳でもない。いや、そもそも結晶として……」

 

「あー!もうそういうのいいから!口より手を動かしなさい!」

 

研究者魂に火がついてしまったらしいルチルに対し、妙に説教じみた言葉遣いで催促するフォス。気分は完全に学者先生モードである。

瞳に冷静さを取り戻したルチルは「ああ、失礼」と言ってフォスから木皿を受け取る。

 

「その前にいくつか質問があります。これは緒の浜で拾ったものですか?」

 

「いいや、そのへん歩いてたら上から落ちてきた」

 

フォスの返答を聞いた途端、ルチルの表情が一気に訝しげなものに変わる。

 

「上からですか、となると月人が落とした物の可能性がありますね。ヘリオドールのこともありますし、それにこの加工されたかのような綺麗な卵型」

 

「そんな訳ないじゃん。月人も黒点も影も形もなかったし」

 

「もしかしたら、の話です。まあ、可能性として1番高いのは、緒の浜にあったものを誰かが放り投げた、でしょう」

 

ルチルは謎の石を弄りながら「それは明日の朝聞くとして」と続ける。そして再度フォスの方に顔を向けた。

 

「これを先生に見せましたか?」

 

「まだだけど」

 

「でしたら、まず先生に見てもらいましょう。この石について何かご存知かもしれません。それまでは下手にいじらずこのままということで」

 

ルチルは石を日の光に透かして見ながらそう言った。その意見に対しフォスは少々不満気だ。

 

「え〜、先生昼寝してんじゃん。いつ起きるかわからないじゃん。これは可及的速やかに解決しなきゃならない案件だよ、絶対」

 

「確かにその通り、月人のものであれば一大事です。なので、先生は議長に起こしてもらいましょう。という訳でよろしくお願いしますね、ジェード」

 

「ん?何をだ?」

 

そこに現れたのは、たまたま通りがかってしまったジェード。憐れ、彼の腕は犠牲になる運命なのだ。

 

「大丈夫ですよ、安心してください。私がちゃんと治してあげますから」

 

「安心できるかっ!一体何をさせる気だ!」

 

 

 

 

 

 

セイッ

 

ポキッ

 

ギャー!

 

 

 

 

 

 

「これがその石です」

 

尊い犠牲の末、パッチリと目を覚ました先生、金剛。ルチルはこれまでの経緯を説明し、木皿を差し出した。

寝起きの眼に眩しいピンクの宝石。それを見た金剛はポツリと呟く。

 

「……ピンクフロイトか」

 

果たして金剛はこの石について何か知っているようだ。その表情は、珍しいものを見た、と語っている。

 

「ピンクフロイトですか?」

 

ルチルがその名を反芻する。まるで聞いたことのない名である。金剛は思案顔でピンクフロイトについての説明を始めた。

 

「その名の通り鮮やかなピンク色をした世にも珍しい宝石だ。その希少さから世界に一つしかない宝石と呼ばれるほどに。そして、ピンクフロイトにはあらゆる傷を癒す力を宿しているという逸話があり、その力を求めて様々な争いが起こったという」

 

そう言うと、金剛は何かを思い出すように目を閉じる。その有様はとても落ち着いており、深く深く意識を沈めているようだ。

 

「……寝てるし」

 

これまで黙っていたフォスが呆れ顔でそう言った。ルチルでさえ、やれやれ、と言った感じだ。

 

「もうひと頑張りです、ジェード」

 

「またかっ!またなのかっ!」

 

 

 

幸い金剛はすぐに目を覚ました。

 

 

 

「瞑想だ」

 

「わかってますよ先生」

 

「いやどう見ても居眠りじゃん」

 

「先生が瞑想と言えば瞑想なんだ」

 

誰がなんと言おうと瞑想である。

 

「私が知っていることは先程話した通りだ。そして、これより先の事を調べるのはフォスの仕事だ」

 

「あ、話題逸らした」

 

「これは危険なものではないんですね?」

 

「安全だ、私が保障しよう」

 

保障されてもあんまり信用出来ないフォス、じっとりとした疑いの目を金剛に向ける。そんなフォスに金剛は木皿を手渡し、そっと頭に手を乗せた。

 

「ピンクフロイトには持ち主を護る力があるとの逸話もある。お守りとして持ち歩くといい。博物誌の編纂、しっかりと励みなさい」

 

「へ〜い」

 

そんなこんなで、フォスによる新種の石の調査が始まった。



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なんかないか

内容を追加しました。


「まあ、調べるのはルチルの仕事なんだけどね」

 

おどけた調子で嘯くフォス。石の解析など彼には無理な話で当然の結果ではあるのだが、任された仕事を丸投げして平然としている様がフォスがフォスたる所以であると言える。

 

「全く、学者先生様は気楽でいいですね」

 

「はっはっはっ、しっかりと励むんだぞ部下1号」

 

「誰が部下ですか誰が」

 

金剛のセリフを引用しつつ高笑い、厚顔無恥ここに極まれり。ルチルは嘆息しながら先程治した卵型の宝石の測定を続ける。

 

「やはり、インクルージョンは1つも見当たりませんね。ここまでまっさらな石があるとは……ちゃんと聞いていますかフォス?博物誌に、インクルージョン無し、と記録しておいてください」

 

「へーいへい、わかってますよー」

 

フォスの手には金剛に渡された画板、先日まで真っ白だったそれは少し黒く染まっている。ルチルに言われた通りに記録しているだけではあったが確実な進歩だ。

その後、大きさに重さ、比重や靭性などあらゆる測定を行った。そして、これ以上測るものがなくなると、ルチルは立ち上がって大きく伸びをする。

 

「さて、これで測定は終了です。これ以上私は手伝いませんので悪しからず」

 

「え?えー!なんでさ、もっと手伝ってよ!」

 

「私も暇ではないんです。あなたの仕事に付きっ切りになる訳にはいきません」

 

「部下の癖に生意気だぞ!せっせこ働いて学者先生を労るべきだ!」

 

「部下ではありませんし、あなたは私を労うべきです」

 

侃侃諤諤、フォスの怠けた主張とルチルの正当な主張、応酬の末折れたのはフォスだった。

 

 

「ちぇー、けちー、こりゃあ部下1号はクビだな」

 

仏頂面で荒々しく廊下を歩きながらぐちぐちと呟くフォス。その内容はルチルにとっては朗報である。

 

「仕方ない、部下2号を募るとしよう」

 

自分の力でなんとかしようとしないのはフォスがフォスたる云々。とはいえ、有り体に言ってしまうと彼1人では本当に何も出来ないので、助けを求めること自体は英断だったりする。問題なのは、彼が自分の立場を上に置いていることだろう。

 

 

 

ややあって、またもむっつりした表情で廊下を歩くフォス。どうやら御所望の部下2号は現れなかったようだ。

 

「あー、みんなまるで役に立たない。まったくがっかりだよ」

 

口をつく雑言、他の石が聞けば、自己紹介か、と思われること請け合いである。

 

「はあ、しょうがない、自分で調べるか。取り敢えずこれを拾った場所に行ってみよ」

 

ここに来てようやく重い腰を上げた学者先生フォスフォフィライト。

めんどー、と言いながらピンクフロイトを頭の上に掲げる。その仕草に意味はなく、なんとなく持ち上げただけであった。そのまま八つ当たり気味に放り投げたくなったのを既の所で自重する。フォスは再度溜息をついてから学校を出た。

 

 

 

「確か、この辺だったような」

 

目的の場所に着いた頃には日が大分傾いてしまっていた。金剛を起こしたり、部下2号を募ったりしている間に、思っていた以上に時間が経ってしまったらしい。とはいえ、せっかく来たので少し調べてから帰ることにしたフォス、周辺を軽く探索し始めた。

 

「なんかないかなー、天才的な大発見」

 

能天気なことを呟きながら当ても無く歩く。右へ左へ、何か気になるものが目に映る度、彼の足は行き先を変える。

歩いて、寄り道して、歩いて、しゃがみ込んで、歩いて、歩いて、歩いて。

そして、気が付けば空はすっかり赤く染まり、日は地平線に沈みかけていた。

 

ふと、フォスは足を止める。頭の中で、何かが引っかかっる様な感覚を覚える。

 

「……そろそろ、帰らなきゃ」

 

視線の先には北の崖がある。

 

「ここで、何かあったっけ?」

 

頭の中の靄が徐々に薄れてゆく。

ええと、あれは、何だったか、そう、確か、

 

「そうだ……ここは確か、ヘリオドールが連れて行かれた場所だ」

 

顔を上げたフォスの目に映ったのは、雨の如く降り注ぐ矢の群れだった。

 

 

 

 

 

 

「フォスがいないだと?」

 

「はい、校内を一通り見て回ったのですが、どこにもいませんでした」

 

そう告げたルチルは飄々とした態度は保っているものの、瞳には僅かに不安が見て取れた。

フォスとの一悶着から暫くして、少し言い過ぎたかと思い直したルチル。フォスの様子が少し気になり校内を探したがのだが、影も形もなかった。日が暮れているのに、部屋にも戻らず誰に聞いても知らないという。もしかしたら何かあったのかもしれない、と考えたルチルは、急ぎ金剛に報せに来た次第だ。

 

「最後に見たのは?」

 

「昼下がりにベニトアイトが、それ以降は誰も見ていないようです」

 

「では、何か心当たりは?」

 

「いなくなる前に、フォスはピンクフロイトについて尋ねて回っていたそうです。恐らくですが、あれを拾った場所に調査に向かったのではないかと」

 

「……そうか」

 

金剛は額に手を当てた。その仕草は深く考え込んでいるようにも、何かを悔いているようにも見える。

ルチルは何だか空気が重くなったかのように感じた。そして、息苦しさに耐えられなくなり、黙りこくった金剛におずおずと声を掛ける。

 

「……あの、先生?」

 

「……ぃ…」

 

「え?えっと、すいません。よく聞き取れなかったのですが……」

 

小さく何かを呟いた金剛、手を下ろすと、視線を下げルチルと目を合わせた。

 

「ルチル、今すぐ皆を起こして来なさい。フォスの捜索を始める」

 

「は、はい先生」

 

「薄明の内に事に当たりたい。成るべく早く準備するように」

 

「分かりました。即、叩き起こして来ます」

 

ルチルはハンマーを手に持つと1番近くにあるジェードの部屋に向かい、文字通り彼を叩き起こした。

 

 

 

捜索開始から約3時間、隈なく探したがフォスは見つからなかった。フォスを呼ぶ皆の悲壮な声が草原に木霊する。

 

「もう真夜中だというのに……まだ」

 

「……」

 

ルチルの零れ出た声に、沈黙を保ったままの金剛。その表情は暗く翳っている。

 

「皆大分疲れが溜まってきている。明日も月人が来るかもしれないのに……これ以上は……」

 

その時、一際大きな叫び声が暗い夜空を劈いた。

 

「みんなー!フォスが!フォスが!」

 

「っ!今のはダイヤの声」

 

慌てて駆けつけるルチル、金剛も後を追う。

声の元に辿り着くと、そこには俯き座り込むダイヤモンドの姿があった。手には何か小さなものが握られている。

 

「何があったんですかダイヤ、その、手に持っているものは?」

 

「ルチル……ルチル……フォスが……」

 

ダイヤはそっと手を差し出す。ゆっくりと開かれた掌の上には、ハッカ色の欠片が乗っていた。

 

「そんな……」

 

「なになに!何があったの⁉︎」

 

騒ぎを聞きつけた石たちがダイヤの元に駆け寄る。

 

「僅かだけど月人の足跡が残ってる。それにこれは矢の跡ね。ここに月人が現れたのは間違いないわ。それも、数時間前に」

 

周囲の検分を行なっていたアレキサンドライトがそう言った。

 

「それじゃあ、フォスは……」

 

誰とはなく呟かれたその問いに、答えるものはいなかった。

 

 

 

虚の岬、ヘリオドールが連れ去られた忌まわしきその場所で、最年少の宝石フォスフォフィライトは、この日、月人による犠牲者となった。



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なんかあった?

「虚の岬で発見出来たのはこれが全てだ。一応探索は続けているがこれ以上の進展は期待できない」

 

「そうですか」

 

フォスが失踪してから数日。その間に見つかったのは、浜辺に打ち上げられていた右腕の一部と、同じく浜辺に流れ着いていたピンクフロイトだけだった。

 

「多分だが、肘から先は全て揃っている筈だ。フォスが戻った時の為に治してやってくれ」

 

「分かっています。フォスを治すのは、いつだって私の仕事ですから」

 

手を差し出しフォスの欠片を受け取ろうとするルチル。だがジェードは、それから、と言葉を続けながら逆の手に抱えていたピンクフロイトをルチルの前に掲げた。

 

「ここ、ヒビが入っているだろう?これも治して欲しいんだ」

 

「……確かに割れていますね。しかし何故?発見された時は全くの無傷だった」

 

浅い割れ目が縦に一筋、ルチルはそれを指でなぞった。

 

「それが、先生が力加減を誤ってしまったんだ。片手で持っていたんだが、ふとした途端ビシリといった。流石は先生、一体どれ程の握力なのか想像もつかない」

 

「……」

 

ルチルはジェードの話を聞き捨て、ゴソゴソと治療器具の棚を漁っていた。そして、重たい音と共に何かが取り出される。振り返ったルチルの手に握られていたものは、

 

「ひぃっ!」

 

ゴツいハンマーだった。何時ぞやの目覚ましハンマーの悪夢が、ジェードの頭を過る。

 

「やめろルチル、何をするつもりか知らないがこっちに来るな」

 

「……」

 

無言のまま、ジェードに向かってハンマーを振り上げるルチル。あまりの恐怖に、ジェードは持っていたピンクフロイトを取り落とし後ずさった。

 

「ま、待って!落ち着くんだルチル!話せば分かる、考え直せ!誰かぁ!ルチルが、ルチルが壊れた!た、助けて先生、先生!せんせーい!」

 

ガキィィィン

 

「うぎゃぁぁぁ!……あ、あれ?」

 

ルチルはジェードには目もくれず、床に転がったピンクフロイトにハンマーを振り下ろしていた。

 

「……なにをしているんだ?」

 

目をパチクリさせながら尋ねるジェード。ルチルはその質問に淡々と返した。

 

「見てくださいこれ、ヒビどころか傷1つついていません。驚くべき堅牢さです。そしてこれを片手で割る先生はもっと驚きです」

 

「え?うん、そうか、それは凄いな……っておい、お前!殺気のは一体何だ!」

 

誤字に非ず。先程ルチルから放たれていたのは、紛れもなく殺気であった。

 

「いえ、あなたがあまりにも怯えるものだから、つい出来心で。ちょっとした冗談ですよ」

 

「ルチルの冗談はこれっぽっちも笑えない!先生が本気で怒った時並みに怖いんだぞ!」

 

「だいたい、私があなたを殴る訳ないじゃないですか。しかもハンマーでなんて」

 

「お前よくそんなことが言えるな!」

 

売り言葉に買い言葉。2人はそのまま暫しの間、罵り合いという醜い言葉遊びに没頭した。

 

 

 

「気遣ってくれてありがとうございます、ジェード」

 

弱みを4つ程挙げ列ねてジェードを強制的に黙らせたルチル。少しの沈黙の後、その口を衝いて出たのは感謝の言葉だった。

 

「それは何に対する、ありがとう、なんだ?」

 

「あなたも暇ではないでしょう。こんな八つ当たりに付き合わせてしまってすみません」

 

「……」

 

閉口するジェード。八つ当たりだったことに気づいていなかったようだ。

 

「今でも信じられないんですよ、フォスが連れて行かれたなんて」

 

何でもない風を装ってはいるが、フォスが連れ去られてからというもの、ルチルは内心穏やかではなかった。

ルチルとフォスの関係には様々な意味があるが、その中でも特に切っても切れない関わり合いといえば医者と患者という側面だろう。フォスがしょっちゅう、下手をすれば1日の内に何回か割れる為、最早その身体にルチルの知らない場所は無いと言って相違ない。それと同時に、ルチルはフォスの脆さと弱さについて誰よりも深く理解していた。自身がよく面倒を見ている病弱な末っ子という関係、ルチルはフォスに対しかなり過保護になっていた。元々の面倒見のいい気質も合わさってフォスへの情は一方ならぬものとなっている。それ故の深い喪失感、それ故の抑え難い怒り。

ルチルは自身の重要性から戦争には出られない。怒りをぶつけるべき相手と相見えることは禁じられている。だから、堪えられなかったのだ。

 

「……言っておくが、私はただ喧嘩を買っただけだ。感謝されるようなことをした覚えも、謝罪されるようなことをされた覚えもない……あ、いや謝罪されるようなことはされたな」

 

まあそれはいいとして、と仕切り直すように続けるジェード。

 

「私は進展は見込めないとは言ったが、フォスが連れて行かれたのを誰かが見た訳じゃない。それどころか月人だって目撃されていない。拐われていない可能性だって十分にあり得るんだ、だからフォスは、フォスはきっと帰ってくる。信じて待とう、ルチル」

 

希望的観測、それは不死の存在にとっては最後の拠り所だ。終わりを迎え、天に昇ることが無い故に、微かな希望に縋るしか無い。

ルチル自身、フォスが帰ってくる夢は何度も見た。先程ルチルは言った、フォスが連れて行かれたなんて信じられない、言葉の通りだ。連れて行かれたなんて信じていない。フォスが帰って来るという希望に縋っている。ジェードの言葉は慰めの意味を成していなかった。しかし、これ以上迷惑をかける訳にはいかない。ルチルは、自分は大丈夫だという旨をジェードに告げようとした。その時、

 

ゴーン……

 

鐘の音が響いた。それは回数によってその意味を変えるが、総じて良い意味は持っていない。ルチルとジェードの体に緊張が走る。

 

「総員警戒態勢!総員警戒態勢!新型の月人が現れました!大至急先生をお呼びしてください!新型の月人が現れました!現在イエロー、ボルツ、ダイヤが応戦しています!大至急先生をお呼びしてください!」

 

次いで耳に飛び込んだのは切羽詰まった様子のジルコンの声。警鐘の言葉を繰り返しながら校内へと走り抜けて行く。

 

「ジェード」

 

「ああ、私は校内に残っている石たちの指揮をする。ルチルは決して学校から出ないように」

 

「分かっています」

 

短い言葉を交わすと、ジェードは駆け出した。

 

 

 

その後、宝石たちは校内に入り込んだ謎の小さな白いモコモコを追い掛け回すこととなる。

 

 

 

 

 

 

「派手に割れましたね、ダイヤ」

 

医務室、手術台に横たわったダイヤに声を掛けるルチル。その会話は患者を安心させる為のものでは無く、単なる雑談である。

 

「ただやられただけじゃ無いもん、ボクがあの大きいのを真っ二つにしたんだよ?」

 

「戦果が出れば良いという訳ではありません、あなたは無茶をし過ぎる」

 

「もうっ、ルチルまでボルツと同じこと言うんだから」

 

怒ったような口調だが、ボルツと共闘出来たこと、そして戦果を出せたことでダイヤは内心ウキウキである。反省した様子が無いと分かるとルチルは溜め息を吐いた。

派手に割れたとはいえ、フォス程粉々になった訳では無い。ダイヤの治療には、大して時間は掛からなかった。

 

「次はイエローですね、さあ、横になってください」

 

「ねえルチルー、ボクも直してー」

 

「フォスは後です。あなた、治してもまたすぐ割れるでしょう?」

 

「いや、それがさー、学校の外に出てから記憶が無いんだよ。でも、体はどこも無傷だし……」

 

「記憶が無いと言うのはインクルージョンを喪失したという事です。どこか一部が欠けている筈ですよ。それと、先に治して欲しいのならイエローにお願いし……え?」

 

「フォスが……いる……?」

 

「なあんだ、連れて行かれてなかったのかフォス。お兄ちゃん心配したんだぞう、どこに行ってたんだ?」

 

唖然とするルチルにダイヤ、呑気なイエロー。果たしてその3人の視線の先にいたのはフォスフォフィライト、その石だった。

 

「ん?どしたのみんな、なんかあった?」

 

 

 

 

 

 

こぼれ話 シンシャが来なかった理由

 

「話って何ですか先生?あまり学校に呼び出して欲しくはないんですが」

 

「それについてはすまないと思っている。だが、告げねばならぬことがあってな」

 

シンシャの鋭い視線を真正面から受け止める金剛。正面切っての対話が久し振りなのと、これから話す内容も相まって気分はかなり高揚している。

 

「手短に済ませよう。ピンクフロイトという宝石を知っているか?」

 

「さあ、寡聞にして存じ上げません」

 

「世界が6度割れて尚、語り継がれる伝説だ」

 

何時もの鷹揚とした態度は何処へやら、ともすれば矢継ぎ早とも言える早さで言葉を繋ぐ金剛。無理に呼び出してしまったことに対する、彼なりの気遣いだ。

 

「伝説によると、ピンクフロイトには特殊な3つの力が宿っているという。傷ついたものを癒す力、持ち主を護る力、それから、持ち主の体を望む形に作り変える力」

 

体を好きに作り変えられる、それが意味する所は、シンシャの体から止めどなく溢れる毒液を克服出来るかもしれないということだ。しかし、その言葉を聞いたシンシャの表情は胡乱げだ。

 

「そんな与太話を信じたんですか」

 

「私が実際に触れて確認した。あの宝石には太陽の力が宿っている、何かしら力を持っているのは確実だ」

 

断言する金剛、その言葉は自信に満ちている。シンシャの口から溜め息が溢れた。

 

「俺に何をしろと?」

 

気怠げに尋ねるシンシャ、その瞳に希望は抱かれていない。

 

「ピンクフロイトはフォスに預けてある。だがあの子1人では荷が重い、2人で協力してピンクフロイトについて詳しく調べて欲しい」

 

「協力は出来ません。フォスの奴が一緒だと言うのなら、この話は断らさせて頂きます」

 

「フォスに付きっ切りになる必要は無い。時折助言を授けてくれれば良い。頼む、お前の知恵が必要だ」

 

私の話はこれで終わりだ、そう言うと金剛は黙り込む。シンシャも金剛に言葉を返さずに、その場で思考に没頭した。

暫し、沈黙が降りる。

 

「……分かりました。その仕事、引き受けさせて頂きます」

 

沈黙を破ったシンシャは了承の意を示した。金剛は顔を綻ばせる。

 

「そうか、良かった」




補足説明

・シンシャが来なかった理由
先生に呼ばれた為いなかった
・フォスに対するルチルの感情
捏造
・ルチルの八つ当たり
お守りとしてフォスの手に渡ったにも関わらず、自身だけ無傷で帰ってきたピンクフロイトに思うところがあった→先生が意図的か無意識にかはわからないがピンクフロイトを割る→先生がやったのなら私がやっても許されるはず→ピンクフロイトを殴る→無傷
・オリ主タグについて
オリ主はピンクフロイトのこと。現状オリキャラですら無い。念の為のタグなのでほぼ意味を成していない。
・ピンクフロイトの名前の由来
クレイジーダイヤモンドの元ネタ、Shine On You Crazy Diamondを歌うバンド、ピンク・フロイドから。ファンの方ごめんなさい。
・さらっと流されるシロ
後々出番が無くなるので早めに投入、以降触れることはありません。ファンの方ごめんなさい。


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なんかでた

翌朝、朝礼は騒然としていた。議長のジェードが騒ぎを鎮めようと四苦八苦しているが、皆一向に聞く耳を持たず、一様にフォスを質問攻めしている。

当然といえば当然だ、何せ連れ去られた筈の宝石が帰還するなど歴史上初の出来事である。そして、パートナーを連れ去られた宝石たちの一部は、一縷の希望としてフォスを見ていた。

 

「皆の者、フォスに質問をするのは報告の後だ。整列しなさい」

 

少し遅れてやって来た金剛の一声に、慌てて整列する石たち。ジェードの言葉と共に朝礼が開始される。

 

「ではルチル、報告を」

 

「はい。長い間行方不明だったフォスですが、昨晩医務室にて発見されました。ですがフォスには行方不明の間の記憶が無く、どこで何をしていたかは分かっていません。それから、回収した筈のフォスの欠片が何故か消失しました」

 

ルチルが齎らした分からない尽くしの報告に暫し考え込む金剛。ややあってから、一つ一つ疑問に対し質問を開始した。

 

「フォスが医務室で見つかったというのならば、校内の何処かに隠れていたのか?」

 

「校内は隈なく捜索しましたし、フォス覚えている最後の記憶は虚の岬に向かう途中だそうです。その可能性は低いと思われます」

 

「そうか。ではフォス、記憶が無いとのことだが、何処か欠けている所は?」

 

「それがさっぱり傷一つなし、なんだか産まれたてピチピチって感じで、とっても気分がいいんですよねー」

 

両手を広げ体を捻り、全身を見せつけるフォス。破損は見受けられない。

 

「ならよい。記憶の欠損についての詳細な調査はルチルに任せよう。それから、消失したフォスの欠片というのは?」

 

「こちらも原因不明です。ですがフォスの体が無傷ということは、何者かが欠片を持ち去りフォスを治したということになります」

 

ザワザワ、整列した石たちがまた騒ぎ出す。

 

「フォスに治療を施した者、或いはその存在に心当たりがある者は?」

 

「……」

 

問いに答える者はいない。

宝石でも月人でもない第三の存在。それは、宝石たちにとってはオカルティックでホラーチックだった。ワイワイ、ガヤガヤ、物騒がしくなる朝礼に、ジェードは注意を促し黙らせる。

 

「ふむ……状況は把握した」

 

少しの間黙考していた金剛は、フォスとルチルを見据えて告げた。

 

「 何はともあれ、フォスの欠けた記憶を取り戻すことが最優先だ。フォスはルチルに協力してもらい、出来る限り失踪中の記憶を思い出すこと。ルチルはフォスの体とインクルージョンに異常がないかを調べなさい」

 

これを以てフォス失踪事件に関する報告は終了とする、金剛はそう言うと、次の報告に移るよう指示を出した。

 

 

 

朝礼が終わり医務室へ向かうフォスを、金剛は呼び止めた。

 

「なんですか先生?」

 

「色々あって伝え損ねていたが、ピンクフロイトのことだ」

 

「ああ、ピンクフロイト……ん?ピンクフロイトってなんだっけ?」

 

色々あって忘れかけていたフォス。直後に、あっ、あの丸いやつか、と思い出す。

 

「シンシャに調査の協力を頼んだ、今後は2人で取り掛かるように。暇があれば顔を合わせに行きなさい、ただし外出する時は見回りの者に護衛を頼むこと」

 

「……シンシャ?」

 

フォスは、話したこともない兄の名に首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

「って、何にも分かんないんかーい!」

 

「はっはっはっ、そんなに怒るなよフォス。あいつにだって知らないことくらいあるさ」

 

学校への帰り道、愚痴を垂れ流すフォスとそれを宥めるモルガとゴーシェの声が辺りを賑やかす。

 

「散々質問しておいていざこっちが質問したら、俺は知らない、用は済んだから帰れ、だと⁉︎頭にヒビが入るかと思ったわ!」

 

拾った経緯、場所、先生から聞かされた情報、測定の内容全て、そしてピンクフロイトとは直接関係のないフォスの失踪事件についても、根掘り葉掘りこれでもかという程聞かれまくった。それはまるで、道理の分からぬ幼子が親に向かって、なんで?どうして?と永遠と追究し続けているかの様だったとか無かったとか。少なくともフォスの主観ではそのように見えていた。

そして長々と付き合わされた結果、フォスが得られた情報は何一つ無かったのだ。金剛を始め、ゴーシェやルチルその他色々な石が口を揃えて物知りだとシンシャを評したものだから、ピンクフロイトについては何も知らない、と彼に言われた時のフォスの落胆は大きかった。それに伴い怒りも一入である。

 

「絶対にあんな奴の手なんか借りないからなぁ!」

 

フォスは学校へ着くまで延々と愚痴を溢し続けた。

 

 

 

フォス達3人が学校に戻ると、なにやら見覚えのない巨大な物体が横たわっていた。

 

「なんだ、あれ」

 

「あ、フォス、丁度良い所に。ちょっとこっちに来てくれ」

 

謎の物体のすぐそばに立っていたジェードは、フォス達に気付くと呼び寄せてから状況説明を始める。

 

「月人がボルツとダイヤを無視して学校まで突っ切って来て、このデカブツをここに落としたんだ。幸い月人はボルツがすぐに倒したから特に被害はなかったんだが、何故かこれだけ霧散せずに残った」

 

「へぇー、それはいいとして、ボクに何の用?」

 

にべもない返答。興味ないです、という意思を表情、口調、態度で表現するフォス。そんなフォスに、ユークレースは謎の物体を手で指し示して要求を告げる。

 

「学者先生、これを調べてくださいな」

 

「あー、残念だよユーク。ボクはこのピンクフロイトの研究が忙しくて手が回らないんだ」

 

「ははっ、頭が回らないの間違いじゃないのか?フォスのオツムは体と一緒で動作が悪いから」

 

「おーけー、モルガの考えはよーくわかった。そんなにボクと喧嘩したいなら買ってやろうじゃないか」

 

手刀の構えのようなポーズをとるフォス。構えたその手を武器として叩きつけたが最後、粉々に砕け散るのはフォスの腕である。

 

「喧嘩はいいが砕けないよう気をつけるんだぞ。じゃあフォス、任せたからな」

 

「終わったら教えてねー」

 

「えっ?マジで言ってる?流石にちょっとボクには物理的にも荷が重いっていうか!」

 

去って行くジェードとユークを血相変えて呼び止めるフォス。

 

「おーい、ボクには可及的速やかな問題が……うわぁっ!」

 

ガシャン

 

唐突にフォスの体が弾き飛ばされた。翻筋斗打って倒れ、両腕が砕ける。

 

ズドン

 

続いて響いた重低音。かなり重たいものが倒れ込んだのか、大理石の床が激しく揺れる。

 

「な、なんだあれ……?」

 

突然の事態に慌てて振り返ったフォスは、それを視界に捉えた途端、石のように固まった。

 

「モルガ!大丈夫⁉︎」

 

「ああ、問題無い。少し表面が削れただけだ。みんな気をつけろ!こいつに触ると溶けるぞ!」

 

フォスを庇うように並び立つモルガとゴーシェ、果たしてその先にいたのは巨大なカタツムリであった。

カタツムリの体は半透明で、うっすらと卵型の物体が飲み込まれていくのが見て取れる。

 

「あー!ピンクフロイトが!」

 

「諦めろ!フォスは先生をお呼びして来い、こいつは私たちが食い止める」

 

そう言うとジェードはモルガとゴーシェに加勢した。少し遅れてユークが後に続く。

さらに、異変に気付いたボルツが駆けつけ、巨大な殻に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

「さっさと走れクズ!」

 

へたり込んでいたフォスにボルツが発破を掛ける。フォスは慌てて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

金剛を連れ戻って来たフォス。非常事態と聞き、慌てて駆けつけた金剛。

彼らの前には、月人によく似た生物が簀巻きにされ転がされていた。

 

「あらやだ良い男!」



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なんか分かりましたか?

「それでそのウェントリコススとかいう奴は、アドミラビリス族の王を自称していると」

 

「そゆこと、物知りシンシャ先生はなんか分かりましたか?」

 

フォスは新しい仕事として、朝礼に出られないシンシャへの定期連絡行っていた。シンシャとの協力を断固として拒否したフォスを、金剛が新しい仕事という梃子で無理矢理動かした形である。

 

「さっぱりだ、見たことも聞いたこともない種族だな」

 

「あーもう!ピンクフロイトといい何も分かんないじゃんか!シンシャ本当に物知りなの?」

 

「さてな、みんなの俺に対する評価も、俺がどれだけ物を知っているかも俺は知らん」

 

「はぁ、つまり何も知らんというわけね」

 

「もういいだろ。用が済んだならとっとと帰れ」

 

「へいへい」

 

フォスの憎まれ口をシンシャが適当に流すという、淡白かつ不器用なコミュニケーションで2人の会話は成り立っていた。 フォスとしては何処か寂しそうな瞳を見せるシンシャに近づきたいと思うのだが、彼の態度はそれを徹底して拒んでいた。

 

「帰ろ、アメシスト」

 

「「りょーかーい」」

 

ユークレース提案の定期連絡用見回りローテーションにより、今回のフォス送り迎え担当はアメシストエイティ・フォー、サーティー・スリーの2人であった。

 

 

 

「それで、態々連絡しに来たボクをとっとと追い払うの。酷い話だと思わない、王?」

 

「そうかの?ワシそういう子好み」

 

「駄目だこの色ボケカタツムリ。全身ピンクの上思考回路まで真っピンク」

 

「カタツムリ言うな」

 

一方でカタツムリの殻から現れた、石たちや月人によく似た謎の生物ウェントリコススと、フォスは親しげに接していた。

 

「ねぇ王、なんであのカタツムリが消えたのか王は分かる?」

 

「確か突然全身が発光しだして、次の瞬間には殻を残して消滅しおったらしいの。残念じゃがワシにもさっぱり。何分、そのカタツムリの胃袋の中におったのでな」

 

ウェントリコススが語るには、アドミラビリス族は完全に月人に支配されており、月人に逆らった結果、見せしめとして巨大カタツムリの餌にされてしまったらしい。

 

「いやほら、体の中からならではの発見とかあるんじゃないかと思ってさ。何か普段と変わったことはなかった?」

 

「ほう?お主にしては中々知的な指摘。ふむ、そういえば胃の中に転がり込んできた薄紅の宝玉が薄っすら光ってた様な気がするの」

 

「薄紅の宝玉ってもしかしてピンクフロイト?」

 

「そうそう、お主らはそう呼んでおるのだったな」

 

なにやら含みのある言い方をするウェントリコスス。

 

「王はピンクフロイトを知っているの?」

 

「当然、なんてったって世界が6度割れて尚語り続けられる伝説の1つじゃしな」

 

「いくつもあるの?」

 

「そうさな。ワシが知っているのは全部で4つだが、聞きたい?」

 

「聞いてやらんこともない」

 

「捻くれてんのー。まぁよい、話してしんぜようではないか」

 

ウェントリコススは鷹揚な態度で、存分に勿体を付けて語りだした。

 

「この世界には格別に有名な5つの宝玉と、それに纏わる5つの伝説がある」

 

「さっき4つって言ったじゃん」

 

「ワシが知っているのはな。5つ目の伝説は失われて、今や真実を語る者は誰もいない。海を司る力を持っていたとかいう話はあるにはあるが、どれも噂話の域を出んものばかりよ」

 

「ふーん」

 

「それと、実を言うとピンクフロイトのことも余り詳しくは知らん」

 

「じゃあ何なら知ってんのよ?」

 

その質問にウェントリコススは誇らしげな態度を見せつつ、僅かに表情を曇らせた。

 

「ワシが1番詳しいのは4つ目の伝説じゃ。王女の宝玉、アドミラビリスの姫に代々受け継がれてきた国宝。そしてそれは、ワシの代で途絶えてしまった」

 

フォスは分かりやすく顔をしかめる。

 

「月人」

 

「奴等は、アドミラビリスの何もかもを奪っていった。いや、この話はまた今度にするとして、やはり1つずつ順番通りに話そうかの」

 

ウェントリコススは昔を懐かしむ様に目を伏せる。

 

「1つ目は叡者の宝玉の伝説。2度目の流星の軌道を、星の力を借りて逸らしたらしい。衝突自体は免れなかったが、それでも多くの生命を救った。衝突の衝撃と共に吹き飛ばされ、深い深い海の底に沈んだと言われておる。

2つ目は星屑の宝玉の伝説。最も有名かつ最も強い力を持った宝玉で、3度目の流星を完全に打ち砕いてしまった。だがその時、自身もバラバラに砕け、破片は世界中に散ってしまったという。そしておそらくだが、星屑の宝玉の破片は月人によって回収されておる筈じゃ。

3つ目は薄紅の宝玉の伝説。ピンクフロイトのことじゃな。ピンクフロイトは、4度目の流星によって大きく崩れた世界を癒しの力で修復した。その後どうなったかは知らんが、上から降ってきたというなら月人が落としたのやもしれんな。あやつら存外間抜けだしの。

4つ目は王女の宝玉の伝説。5度目の流星によって傷ついた生命に生きる力を与えた。アドミラビリス族の産みの親であり、生命を育むものとしてアドミラビリス族の王女に代々受け継がれてきた。そして、今は月人の下にある。

5つ目の伝説は先程言った通り、6度目の流星によって失われてしまった。僅かに伝え聞いた話によると、小さきものに希望を託して消えてしまったらしい。小さき者とは一体何者なのか、希望が何を意味するのか、そういったことは一切分からぬ。

ざっと話すとこんなものかの」

 

「1度目の流星の時は何もなかったの?」

 

「宝玉に纏わる伝説は無いな。確か、最初の流星の時は原生生物がどうにか頑張ったらしいぞ?」

 

「へぇー。それで、ピンクフロイトのことだけど」

 

「こちらにお出ででしたか、王よ」

 

2人の会話に渋い声が割り込んだ。

 

「おや、金剛殿。ワシに何か用かの?」

 

「はい、王のお食事のことで少しお話ししたいことがございます」

 

「ああ、失念しておった。そなたらは食を必要としないんだったな。姿形が似ておる故、つい頭から抜け落ちてしまったのぉ。そういう訳で、すまんなフォス。話の続きはまた今度じゃ」

 

そう言うとウェントリコススはフォスに背を向け金剛と共に去っていった。

 

「癒しの力かぁ、俄かに信じがたい話だけど……そういえば、誰が僕を治したのか分からないってルチルが言ってたっけ?」

 

フォスはつい最近の、虚の岬にいたと思ったらいきなり医務室で目を覚ました時のことを思い出す。ルチルの話によれば、割れて見つかった筈のフォスの腕はいつの間にか元通りに治っていたらしい、そして、意識が戻った時最初に目にしたのは、傍に置いてあった罅の入ったピンクの卵型。

 

「……まさかね」

 

フォスは、頭に浮かんだ考えを妄想として切り捨てた。

 

 

 

 

 

 

夜、皆が寝静まった頃。月人によく似た影がフォスの部屋へと忍び込む。宝石の鳴らす硬質な足音はせず、完全な無音。その存在に気づく者は1人としていない。

 

「……」

 

影は息を潜めてフォスの寝台へと近づくと、枕元に置いてあったピンクフロイトを持ち去り、学校を後にした。

 

 

 

「おい」

 

浜辺も目前といった所で、影を呼び止める者がいた。月食の様な赤銅色の髪を棚引かせ、銀の液体を纏わせた彼は、

 

「何してるんだ?」

 

夜の見回り、シンシャだった。

 

「……故郷の様子を、見に行きたくなってな」

 

「お前の故郷は月なのか?だとしたら、やっぱりお前は月人ってことでいいんだな、ウェントリコスス。ピンクフロイトをどうするつもりだ」

 

「……」

 

声を掛けられた影、ウェントリコススの表情は暗がりで読み取ることは出来ない。

 

「フォスからは、お主は無知蒙昧な輩だと聞いておったのだがな」

 

「はぐらかすなよ、全身毒液塗れにはなりたくないだろ?」

 

「見逃してはくれんか?我が同胞にして我が弟、アクレアツスと引き換えなのだ」

 

「断る、ピンクフロイトの調査が俺の新しい仕事だ。そもそも、奴らに渡していいものなんて、奪われていいものなんてこの国には1つもない」

 

「……そうか、ならば仕方ないな」

 

ウェントリコススの背後の空で、黒い染みの様な影が広がっていた。




3部から6部の主人公のスタンドが、プラチナ、ダイヤモンド、ゴールド、ストーンで見事に鉱石関連なのは偶然なんですかね?


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