やはり俺の野球部生活はまちがっている。 (TUVE)
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野球への未練
今でも思い出せる。
太陽が照りつける中で行われた全国大会の準決勝。
9回裏2アウト3塁。
3対2でこちらが一点差で負けている。
俺はこの時自信に満ち溢れていた。今日だってツーベースとツーランホームランを打ってるんだと。
打席に入っていつも通りホームベースの角をバットで触れるルーテ ィーンを行う。
そう。いつも通りにやるだけだ。相手のピッチャーだってそこまで のピッチャーじゃない。
俺は打てる。ここで一発打ってサヨナラだ。相手のピッチャーがセットポジションに入る。絶対に打たれまいと眼光をこちらに飛ばす。
そうして投げられたストレートを己の中の最高のスイングで迎えうつ。ボールはバットに当たり、その打球の行方は……
ーーーー
「ヒ…キ……」
ん…
「ヒ…キー…ば!」
なんだよ…うるさいな
「ヒッキーてば!」
「うお!? なんだよ由比ヶ浜…」
由比ヶ浜に耳元で大声をだされついびくっとしてしまった。
「なんだよってもう帰る時間だよ!起こしてくれって言ったのヒッキーじゃん…」
もう!と由比ヶ浜は頬を膨らませて抗議する。由比ヶ浜よ、あまりもうもう言ってると牛になるぞ。
まぁある部分は牛みたいだが……
「由比ヶ浜さん。その下卑た視線を向ける男から離れなさい。由比ヶ浜さんにまで比企ヶ谷菌が移ってしまうわ」
「え!? ヒッキーどこ見てんの!変態!」
「ま、待て!俺は悪くない!社会が悪い!」
雪ノ下になぜか見破られてしまい由比ヶ浜にばれてしまった。雪ノ下はニュータイプかなんかかよ…
しかし入部してからここまでいろいろあったがなんとか仲良くやれてきたと思う。最初はなんで俺が…って思ったものだが今では奉仕部に入ってよかったと思う。口が裂けても言えないが、雪ノ下と由比ヶ浜は本当に大切な人になった。あの二人なら本物を見つけられるのかもしれない…
「はぁ…まぁいいわ。そろそろ部室から出ましょう。あんまりにのんびりしてると平塚先生が乗り込んできてしまうわ」
「そうだな。じゃあ出るか」
「はーい!」
そうして部室を出て職員室に鍵を返しに行ったのだがそこである話を聞いてしまった。
「うちの野球部どうなっちゃうんですかね…」
「まぁこのままいけば人数が足りずに大会に出れなくなるでしょうね。大会には出れなくても一応活動はできるがまぁ野球部だったらそれでは満足できないだろうね…」
「ですよね…でも今必死に部員探してるみたいですから夏の大会までに間に合うといいですね!」
「そうだな。さて雑談はここまでだ。職員会議に行くぞ」
「はーい」
野球か…
もう未練はないつもりだったが野球って言葉を聞くだけでこんなに意識しちまうとはな…
はぁもう野球は辞めたんだ。自分の意思で辞めたんだろ、いい加減未練なんか断ち切ろうぜ…
「ヒッキー?どうしたの?難しい顔して…」
と思いに耽っていると由比ヶ浜に心配そうな顔で声をかけられた。
「…いや、なんでもない」
「…そっか」
由比ヶ浜は優しいやつだな。ちょっと眉間に皺を寄せてただけだろうに。
「おまたせ。じゃあ帰りましょうか」
雪ノ下が職員室から出てきたところで今日は解散となった。
今日もいい日だった。まぁ最後に心が乱されることがあったが結局は俺に関係のないことだ。
……そう。俺には関係のないことだ。なのに胸がざわついてしょうがない。野球部は人数が足りなくて新しく部員を探してるらしい。それがなんだ……と思いたいのに俺の心がそれを許してくれない。本当は野球がしたいんだろっと語りかけるようにざわつく。
俺はどうしたら…
そして次の日比企谷八幡は人生の分岐点に立つことになる。
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八幡の決断
ーー5月 教室
「大岡。野球部大変そうだな」
「まぁね…早く新しい部員集めないと夏の大会に間に合わないから急がなきゃいけないんだけどなかなか入ってくれるやついなくてね…」
「まぁ2年生だと部活入るやつはすでに入ってるからな…。もし助けが必要だったら言えよ。手伝うからな。なぁ戸部」
「そうそう!いつでも手伝うっしょ!」
「隼人君、戸部…ありがとう。なんかあったら頼るよ」
…大岡って野球部だったのか。知らんかったわ…
まぁ確かに髪型は野球部ぽいっちゃぽいからな。しかしなんで急に人が足りなくなったんだ?俺が1年生の時は30人近くいたと思うが…
引退した先輩が多かったのか?いやそれだったら去年の秋の大会に出てないはずか…まぁ俺には関係ないことだ。
「はぁ。でもせっかく強豪シニアから来てくれた1年生がいるのに本当ついてないわ…」
「前もそれ言ってたな。そんなすごいとこから来てくれたのか?」
「もうそりゃすごい強豪だよ!全国でも大体ベスト4に入るんだぜ!しかもその1年レギュラーだったらしいし!」
「へぇ〜そりゃすごいな。だけどそれだったらなんで総武高に来たんだ?そんな強豪のレギュラーだったら全国から引っ張りだこだったろうに」
「聞いた話だと全国大会が終わった後交通事故にあったらしくてスポーツ推薦取り消されたんだとさ。今は完治したらしいんだけどそれで推薦消されるのは悔しいだろうな。大阪正雀高校なんてだれもが行きたい高校だろうにな…」
「だろうな…でも総武高にしたらその子には悪いけど相当な戦力になるな」
「そうなんだよ!だからこそ大会に出たいんだ!」
強豪シニアの1年か…栄シニアか?いや総武にきてるなら関東のシニアか…日比谷シニアか?
……いかん。野球関係の話を聞くとすぐに野球の思考になっちまう。いい加減割り切れないものかね…
ーー放課後 奉仕部部室
「……でねー!その時優美子なんて言ったと思う?」
「三浦さんことは私にはわからないわよ…。まぁ私だったらそこで戸部君に辛辣な言葉をかけると思うわ」
「やっぱゆきのんと優美子って似てるとこは似てるよねー!優美子もその時ね……」
今日も今日とて依頼はなく、雪ノ下と由比ヶ浜は楽しくおしゃべりをしていた。え?俺は会話に参加しないのかって?馬鹿野郎!俺だぞ!女子のおしゃべりに混ざれるような気骨はありません。
と馬鹿なことを考えてると扉がノックされた。
「あれ?だれだろ?平塚先生かな?」
「平塚先生だったらノックせずに入ってくると思うわ。たぶん依頼者じゃないかしら。……どうぞ」
ガラガラ
「失礼するぜー。ここ奉仕部であってる?」
「あー!大岡君じゃん!どうしたの!」
「おー!結衣がいるってことは奉仕部であってるな!」
「ええ。ここは奉仕部よ、大岡君。依頼かしら?」
「もしかして今噂になってる野球部関係のこと?」
「そうそう!聞いてるなら話が早いや。俺からの依頼は野球部の部員を一人でもいいから増やす手伝いをしてほしい」
うそだろ。なんでその依頼をここに持ち込むんだよ。頼むから内々で済ましてくれよ。奉仕部に依頼されたら……俺にも関係があることになるだろう!
「私は受けてもいいと思うけど二人はどう?」
「私もいいよ!友達の悩み事だし!」
「そう。比企谷君はどうかしら?……比企谷君?」
ここで断るのはいくらなんでもおかしいよな……。
よくよく考えれば野球部関係するっていっても俺が野球部に入るわけじゃなし。部員を入れる手伝いをするだけだ。落ち着け俺。
「ああ。俺もいいと思うぞ」
「わかったわ。大岡君。私達奉仕部はあなたの依頼受けることにしました。なんとかして部員を増やしましょう」
「おお!ありがとう!助かるよ!」
「だけど行動するにあたって噂だけでは現状が把握しきれないわ。なので人数が足りなくなった理由とか経緯を教えてくれる?」
「そうだな。え〜と、ざっくり説明するとまずうちの野球部ってあんまり強くないんだ。練習試合も負けの方が圧倒的に多いし、大会も大体1回戦負け。たまに運が良く2回戦に行けるぐらいだ。それで総武って進学校だろ?だから3年の先輩は勉強に専念するために辞めたんだよ」
「部活もやりきれないのに受験を乗り越えれるとは思えないわ」
「そう!だから俺もなんとか説得したんだけどもう野球への熱意もないらしくて…残って欲しかったけどもう無理だなってそこで理解したよ…」
「うーん。なんかその先輩達カッコ悪いなぁ」
「まぁざっくりだけど理由としてはこんな感じだよ」
……まぁそういう考えの人間もいるだろうな。その先輩達も途中で投げ出すのは良くないとは思ってはいるだろうけど、受験への不安が野球の熱意に勝っちまったんだろう。
「現状は理解しました。じゃあいつまでに何人ぐらい部員が欲しいのか教えてもらえるかしら」
「おっけい。夏の大会が7月に行われるから最悪その一ヶ月前には欲しいな。…もしできるなら今週の日曜日に練習試合を先輩が辞める前に組んじまったから試合を取り消す前に新しい部員が入るのが一番ベストだな。人数は今8人だからできればもう2、3人。最悪でも一人は欲しいな」
「今週の日曜日までってのはなかなか厳しいわね…。今日が木曜日だし今日から活動しても今日明日しか他の生徒とコンタクトが取れないわ。」
「だよなぁ。まぁ最悪相手の学校には悪いけどお断りの連絡を入れるよ…」
まぁそれが妥当だろうな。1日、2日で見つかるとは思えん。練習試合は諦めるしかなかろうよ。
「………いえ。見つからなくてもお断りの連絡を入れなくていいわ。せっかくの練習試合でしょ?経験は積みたいわよね?」
「そりゃそうだけど…じゃあ見つからなかったらどうするん?」
「役に立たないとは思うけれどうちの比企谷君をお貸しするわ」
はぁ?はぁ⁉︎
「いやいやいや⁉︎何言ってんだ雪ノ下!なんで俺がやらなきゃならないんだよ!」
「別にあなたに活躍しろとは言ってないわ。新しい部員が来るまでの繋ぎとして試合だけ出てもらうだけよ」
「試合を断らなくてもいいんならそれに越したことはないけど…いいのかヒキタニ君」
ふざけるな。俺は野球から離れたんだ。今さらグラウンドに戻れるかよ。
「いやだ。俺は試合には出ない。大岡、悪いが相手の高校には断りの電話を入れてくれ」
「まぁヒキタニ君がそういうならしょうがないか………」
「待ちなさい大岡君。比企谷君なんでそんなに拒絶するのかしら?さっきも言ったけどあなたが活躍する必要はないし最悪外野で立ってるだけでもいいの」
「そんなの相手方に失礼だろ。そんなやる気のないやつをグラウンドに立たせるなんて」
「そうね。確かに失礼だわ。相手方には申し訳ないけどこっちにはメリットがあるから失礼でも試合をすべきよ。どんなスポーツでも実戦は良い経験になるわ」
「だからって俺が……」
「ヒッキー。私からもお願いしたいな。大岡君すごい困ってるぽいし、たった一試合だけでいいの。出てあげてくれないかな…」
なんでだよ…。俺は野球を辞めたのに。もう、あんな思いはしたくないから野球から離れたのに。まだ俺に野球をやれというのか。
「比企谷君」
「ヒッキー」
俺は………。
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後輩襲来
ーー奉仕部部室
「比企谷君」
「ヒッキー」
俺は………
「はぁ。わかったよ。試合に出てやるよ」
ここまで言われてはこちらが折れるしかなかろうよ…
まさか俺がまた戻ることになるとはな…
「比企谷君!」
「ヒッキー!」
「言っておくが俺は本当に立ってるだけだからな。大岡。俺をどこのポジションに置くかは知らんがお前らがカバーしろよ」
「まじか!ありがとうヒキタニ君!いや比企谷!まかせろ。ちゃんと俺らがカバーするからな」
「はいはい」
「じゃあ俺はこのこと他の部員に話してくる!本当ありがとう比企谷!日曜日10時にグラウンドに来てくれて。ユニフォームとか道具類は貸し出すから安心してくれよ!じゃあまた!」
と大岡は笑顔で奉仕部から出ていった。
めちゃくちゃうれしそうだったな…。まぁあんだけ喜ばれると悪い気はしないことはないが…。
「ねぇヒッキー」
由比ヶ浜が申し訳なさそうに声をかけてきた。
「私達からお願いしといてあれなんだけど本当に良かったの?ヒッキーなんか嫌そうだったし…」
…ホント気を使うやつだな。まぁそれが由比ヶ浜もいいところなんだが。
「良くはない。…だけどお前らに頼まれたからな。しょうがないがやってやるよ」
「そっか。ごめんねヒッキー」
「私も断らせない雰囲気を作ってしまったわ。ごめんなさい比企谷君」
「別にいいよ。俺も雰囲気悪くしちまって悪かったな。もうちょっと対応の仕方があったと思うわ」
「それじゃあお互い様ってことで!これでこの件は終わりにしよ!」
ホント気持ちの切り替えが早いやつだな。
さて一体日曜日はどうなるんだろうな…。
ーー日曜日朝 比企谷家
「お兄ちゃん」
玄関で靴を履いてるとかで小町に声をかけられた。
「なんだ小町。今日はお兄ちゃん忙しいからかまってやれんぞ」
「いやかまってほしいわけじゃなくて、いつもお兄ちゃん日曜日はお昼まで寝てるのに今日はどこか行くの?」
「ああ。ちょっと奉仕部で依頼が持ち込まれてな。学校に行かなきゃならん。休みなのに休めないとはやっぱ社会ってくそだわ」
「はぁ。またくだらないこと言って…。何時ぐらいに家に帰ってくるの?」
「あーそうだな。たぶん何時になるかわからんが夕方には帰ってこれると思うわ」
「りょーかい。じゃあご飯作って待ってるね〜」
「ああ。じゃあ行ってくるわ」
「うん。いってらっしゃい!外暑いから熱中症に気をつけてね!」
「おう」
ガチャ
…確かに今日は暑いな。確か今日は真夏日ばりに暑くなるんだっけか…。
ちっ。なんだかあの日を思い出しちまうぜ。
そんなことを考えながら愛用してる自転車に乗り、総武高にむかうのだった。
ーー総武高 グラウンド
総武高に着くと自転車を駐輪場に止めた。その時後ろから声をかけられる。
「比企谷先輩」
……なんでここにこいつがいるんだよ。中学の時良く聞いた声だ。忘れるわけがない。頭の中がぐるぐる回って思考が働かない。後ろを振り向くとそいつはいた。
「お久しぶりです比企谷先輩」
「なんでお前がここにいるんだ。瀬谷」
中学時代の後輩。瀬谷康二郎に再開してしまった。
はたして今日を無事乗り越えることができるのだろうか…。
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VS山武高校
ーー総武高 駐輪場
「お久しぶりです。比企谷先輩。お変わりありませんか?」
「…瀬谷、なんでお前がここにいる。どこぞの強豪高に行かなかったのか」
「…ええ。勿論最初はそのつもりでしたよ。ですが交通事故に遭ってしまい推薦が取り消されたんです。最初は悔しくてたまりませんでしたがその反動か逆に俺が倒してやろうと思いまして強豪高には行かず普通の高校に行きました。総武高に来たのはまぁ偏差値も高くて家が近いからっていう適当な理由ですけどね」
…そう言えば教室で大岡が強豪シニア出身の1年生が入ったって言ってたな…瀬谷のことだったのか。
そう。何を隠そうこの瀬谷という人物は俺のシニア時代の後輩にあたる。
瀬谷康二郎
右投げ左打ち
ポジションはキャッチャー
上背はそこまでないが決して小さいわけでもない。ちゃんと筋肉もあり力がある。
バッティングスタイルはいわゆる中距離ヒッター。ホームランは決して多くはないがバットコントロールに長けており、外野の間を抜くことが得意。
キャッチャーとしても優秀であり、強気なリードでピッチャーを引っ張っていく。肩はキャッチャーとしては普通だがボールを取ってから投げるまでが早く、コントロールも抜群に良い。
と野球選手としてとても優秀な人物だ。それだけに強豪高に行かなかったのは大きな損失だろう。まぁ瀬谷は逆境であるほど力を発揮するからもしかしたら本人は言うほどショックを受けてないかもしれない。
「比企谷先輩は野球部に入らなかったんですね…。やっぱりあの準決勝が理由ですか?あれは先輩のせいじゃありませんよ。それに野球選手であれば誰もが経験することです。誰も先輩を責めてなんかいませんよ」
違う。違うんだ瀬谷。
「違うだよ瀬谷。確かに最初は責任を感じてたさ。だけど今はそんなに気にしてないよ。もっと違うことなんだ。俺は今までどんなことでも負け続けてきた。だけど野球に出会ってからはこの野球だけは絶対誰にも負けないと思ってやってきたさ。そう思うだけの実力もつけたつもりだ。だけどあの試合でその自信が粉々に砕けたよ。野球だけは負けたくなくて必死に必死に努力したが結局は負けてしまった。だからもう俺は勝とうとしない。負け続けていい。もう期待して裏切られるのはごめんだ。…すまんな瀬谷。もうお前の知ってる俺はいないんだ」
…自分がいやになる。後輩に心配をかけて、なおかつたった今後輩が語った目標を遠回しに否定してしまった。本当にクズな人間だ。
「……そうですか。生意気言ってすみませんでした。先輩がそう思うのでしたら俺から言うことは何もないです」
「そうか…。悪いな」
「…いえ。大岡主将には比企谷先輩が野球をやっていたことは話してないですので安心してください」
「…助かるよ」
「はい。では僕は先にグラウンドに行ってますね。今日はよろしくお願いします」
「ああ」
…これは嫌われたかな。瀬谷はシニアの時俺に懐いてくれてたから、ちょっとくるものがあるな。まぁ自業自得だか…。
…俺も向かうか。
ーー総武高 グラウンド
俺がボール止めネットをくぐってグラウンドに入るとすでに雪ノ下と由比ヶ浜がいた。
「あっ!ヒッキー来た!こっちだよヒッキー!」
「あら。本当ね。暑さのせいか知らないけど顔が引きつってるわよ比企谷君」
「確かに暑さのせいもあるが由比ヶ浜が暑苦しすぎて顔が引きつるだけだ。てかなんで由比ヶ浜はそんなに元気なんだよ…」
…やっぱりアホの子だから暑さに鈍いんだろうか
「いやー実は私結構野球好きなんだよね!お父さんがよく家で野球見てるから私も一緒に見てるうちにはまっちゃった!」
「由比ヶ浜さんが野球が好きなのはちょっと意外ね。私は最低限のルールは知ってるつもりだけどあんまり専門用語とかわからないわね」
野球に興味なきゃそんなもんだろ。俺も野球以外のスポーツの細かいルールとか知らんし。
「じゃあ私が教えてあげるよゆきのん!」
「そう?ふふ。じゃあお願いしようかしら」
「うんうん!泥舟に乗ったつもりで私に任せて!」
「由比ヶ浜さん…それじゃあ任せられないわ…」
やっぱり由比ヶ浜は由比ヶ浜だな…。
まぁでもちょっとだけ心に余裕ができたわ。サンキュー由比ヶ浜。
「おっ!奉仕部のみなさん来てくれたか」
「ええ。今日は私達は給水係などに徹するわ。比企谷君を今日はよろしくお願いするわ」
「ああ!こちらこそよろしく!特に比企谷はよろしく!」
「俺は立ってるだけだからそんな大変じゃないけどな。まぁよろしく頼む」
「おけおけ!じゃあ他の部員達を紹介するよ!」
2.3分後に部員が集まり一列に並んで行く。
「整列!」
『おーし!』
「今日一日お世話になる奉仕部のみなさんだ!野球については素人だから俺らでフォローするぞ!よし。じゃあ。よろしくお願いします!」
『よろしくお願いします!』
あーこの感じ懐かしいな。まさに野球部って感じだな。
「よし!じゃあ俺らは準備運動してくるから結衣達は日陰のあるところでゆっくりしててくれ。頼みたいことができたら言うよ。比企谷は準備運動に参加するか?」
「いや俺はいいよ。適当に準備運動しとくわ」
「そうか。了解した。怪我しないようにしっかり準備運動しといてくれよ!」
「おう」
「おし!じゃあこっちも準備運動するぞ!ランニング!」
『おーし!!』
元気なこった…。
そういえば今日戦う山武高校ってのはどんな高校なんだ?
「雪ノ下。お前今日戦う山武高校ってどんな高校か知ってたりする?」
「ええ。私達はやることが少ないから昨日のうちに調べておいたわ。山武高校は大会結果を見る限り中堅高って感じかしらね一回戦や二回戦ではあまり負けないけど二回戦を超えると負けが目立つわね」
「じゃあうちよりは格上なんだな。人数も足りねぇのに大丈夫かよ…」
まぁ別に今日は勝つことが目的ではないからいいのか。勝つにこしたことはないが…。
準備運動中のやつらを見てみると線の細いやつは多いがちらほらガタイがいいやつもいるな。とそんなことを考えていると…
『失礼します!!』
来たか。
『よろしくお願いします!!』
山武高校のご登場だ。
ーー試合開始10分前
「主将!」
メンバー表の交換と先攻後攻を決めるために主将が審判に呼ばれる。
「総武さん。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします!」
ガッシリと握手をする。
「それにしても今日は人数が少ないですね。何かあったんですか?」
「いやーお恥ずかしい話いろいろあって3年生の先輩が辞めてしまいまして人数がギリギリなんですよ〜」
「それはそれは…。大変でしょうに。まぁ今日はお互いにいい試合しましょう!」
「はい!」
ーー
「後攻!」
『おーし!』
後攻か…じゃあこっちがジャンケンに勝ったんだろうな。
野球では基本後攻側が有利と言われている。もし最終回まで接戦できてしまった場合、後攻であれば最終回に点を取られてもその裏に点を取りかえせばいいと心に余裕が少し持てるからだ。しかし先攻の場合最終回までいってしまうと常にサヨナラ負けの危険性を感じてしまう。そうなるとどうしてもいつも通りの力を発揮できないことがあるのだ。
「おし!今日までいろいろあったけど試合をやるからには絶対勝つぞ!」
『おう!』
「整列!」
審判が整列の号令をかける。
「集合!」
『おーし!!』
両チームが審判の前で整列をする。
比企谷八幡にとって約3年振りの試合が今始まる。
「これから総武高校対山武高校の試合を始めます!礼!」
『お願いします!!』
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1回の攻防
ーー両チーム ラインナップ
総武高校 山武高校
1 中 大岡 捕 有藤
2 二 園田 一 河田
3 捕 瀬谷 遊 東阪
4 左 友永 右 遠藤
5 遊 鬼頭 投 榎田
6 投 衛藤 三 小山
7 一 諏訪 中 浜
8 三 尾関 左 柳瀬
9 右 比企谷 二 金山
ーー1回 表 山武高校の攻撃
「衛藤先輩。山武高校は追い込まれてもフルスイングしてくるチームです。その分チーム打率は低いですが当たれば長打になることが多いので高さだけは気をつけてください」
「わかってるよ。瀬谷こそ後ろそらすなよ」
「誰に言ってるんすか。そんなへまはしませんよ。じゃあしっかり頼みますよ」
「おう」
キャッチャーがポジションに着き試合が始まる。
「プレイ!」
1番キャッチャー有藤
(今日の衛藤先輩はストレートの走りがいい。先輩にはコースに気をつけろと言ったが今日の球威だったら多少甘く入っても打ち取れるだろう。よし。インコース多めで詰まらせよう)
衛藤が振りかぶり球を投げる。投げた球は要求通りインコースに行きバッターたまらず見逃す。
(衛藤先輩の球に驚いてるな。よし。もう一球インコースだ)
続けて同じ球を投げる。バッターはスイングをしファールになる。
(よしよし。コントロールが安定してるな。外角へボールになるスライダーでカウントを整えよう)
外角へのスライダーは少し外に逸れてしまったが相手のバッターが手を出し三振する。
「おし!」
ピッチャーの衛藤が三振をとり軽くガッツポーズをする。
(ちょっと外に逸れたがバッターが振ってくれて助かったな。今日はあまりストライクで勝負する必要はないかも)
この後の二番バッターは一球目に手を出しキャッチャーへのポップフライでアウトになる。
(予想通り多少ボールでも手を出してくれるな。しかし次の東阪はいいスイングをしている。慎重にいこう)
3番ショート東阪
瀬谷は外角にボール気味に構える。
(衛藤先輩。甘くならないように大きめに外してくれ)
そうして東阪に投げられた一球目は瀬谷の構えたところより内側に入りバッターにインパクトされる。
「しまった!」
しかし球はライト線ギリギリファール側に落ちる。
「ファール!」
(ほっ。助かった)
「衛藤先輩!もっと厳しく!」
衛藤は今ので少し気合いが入ったのか、真剣な顔で頷く。
(しかし今のライト線の打球で比企谷先輩一歩も動かなかったな。比企谷先輩は本当に立ってるだけのつもりなんだろうか…)
(本当に立ってるだけならできるだけならライトに打球がいかないようにリードしなければ)
比企谷side
(…やっぱ打球が来ると体が動こうとしちまうな。長年やってきたから体が覚えてんのか。今は運良くファールになったから体が止まったがもしフェアゾーンに来たら俺はどうするんだろうか…。もう野球なんてやらないって決めたのになぁ…体が勝手に動いちまうよ)
瀬谷side
続いての2球目と3球目はボール気味に投げたがバッターが振らずカウントがツーボールワンストライクになる。
(このバッターよく見て来るな。流石中軸と言ったところか。よし。ここで外角一辺倒はやめて次はインコースにストレートのクロスファイヤーだ)
瀬谷はインコースギリギリにミットを構える。
(よし!恐れずに投げ込んで来てください!)
バッティングカウントになって4球目、衛藤はしっかりとインコースにボールを投げ込む。しかし東阪はその球を捉えてレフト方向へ引っ張る。
(なっ⁉︎今のを捉えるのか!)
「レフトォ!!」
打球はレフトへと勢いよく飛んでいく。が途中で打球の勢いが弱まっていき、レフトの友永が追いつき危なげなくキャッチする。
「アウト!チェンジ!」
(危なかった。意外と詰まってたのか…。あの東阪というバッターは要注意だな)
「衛藤先輩!ナイピッチです!今みたいにしっかりと投げ込めれば大丈夫です!」
「ああ。最後のはちょっとビビったけどな」
衛藤はホッとしたように息を吐く。
1回の表、山武高校の得点は0
ーー1回 裏 総武高校の攻撃
「由比ヶ浜さん!お茶汲んだやつ選手の皆さんに持って行って!私も持っていくわ!」
「りょーかいゆきのん!皆さんお茶どうぞー!しっかり水分補給してね!」
「おおう。張り切ってんなお前ら」
「私達はあなたと違ってこれくらいしかやることがないからこうゆうとこで貢献するしかないのよ」
「いや。俺より貢献してんだろ。俺なんて外野で突っ立ってるだけだしな」
まぁちょっと動きそうになったけどな。いやあれはノーカンだなノーカン。
「突っ立てるだけといってもあの場に立ってるだけでも緊張するでしょ?それに比べたら私達なんて応援とお茶汲みぐらいで本番特有の緊張はないわ」
…久しぶりの雰囲気で少し緊張してたのはまぁ間違いじゃないな。
「いやー!あたしはヒッキーのとこ飛んでいくかハラハラしてたよー!やっぱ身内って言うか知ってる人が出場してると見てる側もちょっとドキドキしちゃうね!」
「あーその気持ちはわからんことないわ。俺も小町がもしスポーツやってて小町になんらかの出番があったら緊張してると思うわ」
「二人ともうちの攻撃が始まるから応援するわよ」
「おう」
「うん!」
1番センター大岡
大岡side
(…1番としてのセオリーは球数を稼いでいろんな球を引き出すことだけど…)
相手のピッチャー榎田が投球モーションに入る。
(甘い球が来たら思いっきり引っ叩く!)
榎田から放たれた球は甘く入ったカーブでその球を大岡は見逃さない。
(来た!好球必打!)
大岡はそのカーブをしっかりとインパクトしレフト前へとヒットを放つ。
「よーしぃ!」
「大岡ナイバッチ!」
「いいぞ大岡!」
総武高ベンチが大岡のヒットで盛り上がる。
比企谷side
(大岡のやついいスイングしてんな。大振りにならずバットがボールまで最短距離で出てて無駄なところがない。まぁただフォロースルーが小さいから長打は出ないだろうがな)
続いての2番バッター園田はバントを1回目は失敗したが2回目でしっかりと決める。
ワンアウト2塁
3番キャッチャー瀬谷
瀬谷side
(…今日の試合、別に勝つ必要はないかもしれない。3年の先輩が辞めて人数も足りてない。だから負けてもしょうがないかもしれない。…だけどこんなところで負けたらこれから当たるであろう並いる強豪高校を倒すことなんかできやしない!だから今日は絶対勝つ。比企谷先輩が力を出さずとも勝ってやる!)
ピッチャーが投球モーションに入る。
(比企谷先輩見ててください。今の俺の本気を俺の野球への情熱を!!)
ピッチャーの渾身のストレートを瀬谷はフルスイングで迎えうち、真芯で捉える。
捉えた打球はセンターの頭を越していき、フェンスまで飛んでいく。球はフェンスに当たり転々としてるうちに2塁にいた大岡がホームまで帰ってくる。瀬谷のタイムリーツーベースヒット。
総武 1ー0 山武
その後の4番友永はライトへの犠牲フライで2アウト。続いて5番の鬼頭は外角の厳しい球を捉えるも運悪くショート正面のライナーで3アウトチェンジ。
「よし!点とった後の回をしっかりと抑えるぞ!」
『おーし!!』
比企谷side
(瀬谷のやつ…。打った後俺の方見てたな…。あいつが俺に抗議してるのか。あいつはあんな不幸なことが起きたのに今でも立ち上がって戦ってる。俺は立ち上がることができずくすぶってる。……俺はこのままでもいいんだろうか。俺も立ち上がるべきなんだろうか…。だけどもうあんな思いはしたくない……。くそ。俺はどうしたらいいんだ)
苦悩する八幡。八幡は瀬谷の野球への情熱を感じとりどう行動するのか。
次からもう少し物語のテンポを上げられるようがんばります。
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野球を楽しむ心
瀬谷のバッティングフォームは西武ライオンズの秋山翔吾選手です。
これらの選手を知ってる方はそれで想像していただくとより楽しめるかもです。
ーー2回裏 総武高校の攻撃
6、7番は立ち直った榎田に翻弄されサードゴロ、センターフライに倒れた。
続いて8番の尾崎が外角に逃げるスライダーをうまく流し打ちしてライト前ヒットを打つ。そして比企谷八幡に打席が回る。
(…久しぶりに打席に入るな…。打席に入る時は何かしら思うことが出てくるかと思ったがなんてことないな)
瀬谷がじっとこちらを見つめてくる。
(そんな目をしたって俺は振らんぞ)
「なぁ瀬谷。比企谷のやつ初めて試合の打席立つのにいやに雰囲気がないか?」
「……そうっすね。もしかしたら野球やったことあるのかもしれませんね…」
「まっさかぁ。体育でソフトボールの授業あったけど比企谷が活躍してた記憶なんてないぞ?」
「じゃあそうゆうことなんじゃないですかね」
「まぁなんにしても比企谷には怪我なくやってもらおう。せっかく出てくれたのに怪我でもしちゃったら野球に嫌な感情を持っちゃうかもしれないからな」
「………」
「ストライク!バッターアウト!」
「あら。三振しちゃったか。突っ立ってていいっていたのはこっちだけどスイングとかして少しでも楽しんでもらいたいんだけどなぁ」
「まぁそこは本人次第ですからね」
「そうだな。よし。衛藤。瀬谷。この後もしっかり頼むぞ!」
「おう」
「はい」
この後お互いのピッチャーが好投を続ける。
両校ランナーを出すものの要所で抑え続け点を与えない。
しかし状況に変化が生じたのは6回。
ーー6回表 山武高校の攻撃
「ボール!フォアボール!」
「はぁ、はぁ、くそ!」
ここに来て衛藤のコントロールが乱れ始める。先頭バッターは打ち取ったものの次のバッターに甘く入ったカーブを運ばれる。その後のバッターをファーストフライにするが次のバッターに見きわめられフォアボールを出してしまう。
(6回はピッチャーにとっては鬼門だな。ずっと精神をすり減らして投げ続けてるから疲れがたまりやすい。そしてそれが色濃くでるのが6回だ。ここで抑えれば峠を越えてまたリズムを作れるはずだ…)
「衛藤先輩!ここが踏ん張りどころですよ!丁寧にいきましょう!」
「はぁ、はぁ、ああ!まかせろ!」
(しかしこの状況でよりによってこの人か…)
2アウト ランナー1、3塁
バッター 東阪
(でも最悪フォアボールで満塁にして守りやすくしてもいい。まともに勝負する必要はない)
(くさいとこに投げられるなら勝負していこう。ダメそうなら敬遠だ)
そうして投げた東阪への1球目。
インコースギリギリのストレートを見逃し、ストライクをとる。
(よしよし。いい球だ。ここにきて衛藤先輩のエンジンが入ったか)
続いて投げられた2球目。
ボールからストライクへ行くカーブでストライクをとる。
(ここまできたら勝負しよう。低めを引っ掛けさせてゴロで仕留める!)
3球目。
ストライクから低めのボールに落ちる縦のスライダーを投げるも見逃されボールになる。
(やはりよく見るな。でもここまで緩急で揺さぶれたのは大きい。次の外角低めの球で振り遅れるはずだ…)
外角低めに構えられたミットに向かって4球目が投げられる。
しかし、ここで衛藤がわずかにミットより内側に投げてしまう。それを見逃さなかった東阪は少し振り遅れながらもその球を捉え右中間への弾き返す。
(くそ!よりによって一番深いところに行くとは!!)
「センター!急いでバックホームだ!1塁ランナーが返ってくるぞ!」
「くそっ!」
センターの大岡がやっとボールに追いつき内野の中継までボールを放る。その時には1塁ランナーが3塁ベースを蹴った時だった。
「バックホーム!!」
ランナーとボールがほぼ同時にホームに返ってくる。
ランナーのスライディングと瀬谷のタッチとの競争の結果…
「セーフ!!」
わずかにランナーの足の方が先にベースに触れておりセーフと判定される。
総武高校 1ー2 山武高校
先程の東阪は3塁まで進んでおり、いまだ2アウトランナー3塁のピンチ。
(……勝負すべきじゃなかったな…。3番の東阪より4番の遠藤の方が打ち取れるチャンスがあったはずだ。キャッチャーだったらもっと冷静に判断すべきだった)
ここで瀬谷が自分を責め始めるが…
「瀬谷!すまん!」
(衛藤先輩…)
衛藤が笑顔で瀬谷に謝る。瀬谷にはその笑顔がお前は悪くない。投げきれなかった俺が悪かった。次を抑えよう、と言ってるように感じた。
(ふぅー。…反省なんて後でもできる。まだ負けたわけじゃない。次のバッターを抑えて最少失点で止める!)
この後立ち直った衛藤、瀬谷バッテリーは5番バッターへ強気なピッチングで攻め、最後を気合いの入ったインコースのストレートで空振り三振にする。
そしてこの後もお互いのバッターが相手ピッチャーに要所で締められ中盤以降点が入らなくなる。そして迎えた最終回。
試合の行方はどうなるか……
ーー9回表 山武高校の攻撃
(この回を3人で抑えて攻撃へのリズムを作る。あと少し踏ん張ってください。衛藤先輩)
しかし完全に肩で息をしてる衛藤。ストライクは取れるがもう細かいコントロールをする力がない。
1番バッターの有藤に甘いストレートを投げてしまい、センター前ヒットを打たれてしまう。
(まずい。球速も球威も完全に落ちてる…。うちに控えピッチャーがいない以上衛藤先輩に頑張ってもらうほかない)
「内野ゲッツー体制!サードとファーストはバントに備えて!」
そして2番河田はバントの構えをする。
(素直にバントしてくるか?裏をかいてバスターの可能性もある…)
瀬谷はバスターの可能性も考え相手チームにわからないようこっそりとサードの尾崎を少しだけ後ろに下がらせる。
(よし。さてセオリー通りバントでくるか、それともバスターでくるか…)
そして投げられ河田への1球目。
「走ったぁ!!」
1塁ランナーの有藤が衛藤が投球モーションに入った瞬間走る。
そしてバッターの河田はバントの構えをやめ打つ体制に入る。
(バスターエンドラン⁉︎2塁ベースへカバーに入ったショートに打つつもりか!)
河田は衛藤の球を捉えきれずサードへ大きく跳ねる球を打った。
ここでサードの頭を抜けるかと思われたが尾崎がジャンプ一番。
グラブの先でボールを取り。2塁到達した有藤を目で牽制してから1塁へ送球しアウトにする。
(ふぅ。結果的にバントと同じになったか。尾崎先輩に助けられたな)
「サードナイスプレー!」
サードの尾崎は親指を立てて答える。
しかしここで先程逆転タイムリーを打ってる東阪。
(敬遠だな。もうこれ以上点をやるわけにはいかない。安全策でいこう)
瀬谷が立ち完全ボールのところにミットを構える。
「ボール!フォアボール!」
(これでいい。ランナーが詰まったから守りやすくなった)
1アウトランナー1、2塁
「内野フォースプレー!サードは3塁の近くで取ったら3塁ベースを踏んで1塁送球!ここしっかり抑えるぞ!」
『おお!!』
4番遠藤。
(衛藤先輩。頼む。踏ん張ってくれ)
衛藤が投げた1球目は甘く入ってしまう。しかし遠藤はその球を捉えることができずボールの上っ面を打ってしまい球が大きくバウンドする。
しかしそれは進塁打になり、アウトになるもランナーを進ませることができた。
2アウトランナー2、3塁
バッターはピッチャーの榎田。
(ここで終わらせる!)
比企谷side
(ランナー2、3塁か…。ここで打たれたら負けはより濃厚になるな。ピッチャーも完全にコントロールができてないし、こりゃ打たれるかもな。……負けか。瀬谷、やっぱりどんなに頑張っても勝てないものは勝てないんだよ。こんな人数も足りないボロボロなチームで何ができるんだ)
カキン!
榎田が打った打球が八幡の前に来る。
(ほら打たれた。3塁ランナーが返ったぞ。もう負けが濃厚なんだからこの打球も取らなくていいよな…………)
そう。八幡は取らないつもりだった。
しかし……
(はっ?)
気づいていたらグラブの中にボールが入っていた。
(いや…なんで俺はボールを取ってるんだよ。俺はもう野球を辞めたのに…)
(なんで、なんでだよ。なんで体はこんなに喜んでるんだ⁉︎)
(俺は野球なんて……あれ?俺ってなんで野球で勝とうとしてたんだっけ?)
ーー
八幡
何父ちゃん?
野球は楽しいか?
うん!めっちゃ好きだし楽しい!俺ずっと野球する!
そうか…。八幡。きっと野球を続けていけば辛くて辞めたくなる時がくる。でもなその時ほど今の野球を愛する心を思い出してくれ。そうしたらきっと野球もお前に答えてくれるさ。
ーー
(そうだ。俺は野球が好きで楽しいから野球だけは負けたくなかったんだ。はは。馬鹿だな俺。こんな当たり前のこと忘れるなんて。例え負けても、俺は野球が好きだ。野球をやりたい。だから…)
「バックホーム!!!」
瀬谷が嬉しそうにこちらに声をかける。ちょうど2塁ランナーが3塁を回ったところだった。
(瀬谷…。ああ。やっとわかった。お前が交通事故に遭って推薦を消されても決して腐らず野球を続けたのは……好きだからだよな。楽しいからだよな。だから俺も今は楽しむよ。野球を)
八幡は取ったボールを右手に移し替える。しっかりと縫い目にかかるようにボールを握る。そして、渾身の力を込めて瀬谷のミットに今自分が投げれる最高のボールを放る。
八幡が投げたレーザービームは瀬谷のミットに真っ直ぐ届き瀬谷はタッチの体制に入る。相手のランナーもスライディングをし、先程と同じようなクロスプレーとなった。八幡の投げたレーザービームの結果は……
「アウトォ!!」
「よぉし!!」
八幡が吠える。それは八幡が3年ぶりに出した心の雄叫びだった。
ーー9回裏 総武高校の攻撃
総武 1ー3 山武
「比企谷!!ナイス送球!てか経験者だったのかよ!言ってくれればよかったのに!」
そう言って大岡は八幡の背中をバシバシ叩く。
「いた、痛いって…」
「ははは!悪い悪い!」
「たく…」
そして大岡が去った後…
「比企谷先輩」
「瀬谷」
お互い目線を交わす。
そして瀬谷が唐突に頬を緩ませ手を上に上げる。
「ナイスボール」
それに最初きょとんとした八幡も頬をを緩ませ手を上に上げる。
「ナイスキャッチ」
バシ!
ハイタッチを交わす八幡と瀬谷。
もうお互いにわだかまりなどない。ただこの試合に勝つだけ。
「比企谷先輩。悔しいですけど今の俺…いや、俺達では強豪高を倒すことなんてできないでしょう。…だから…比企谷先輩。俺達に力を貸してください。俺達のチームにはあなたが必要なんだ!」
「………瀬谷」
「はい」
「もう3年もバッティングなんてしてないからな。あんまり期待すんなよ」
「っ……はい!よろしくお願いします!」
「おう」
こうして野球をやる楽しさを思い出し野球に復帰した八幡。
最後の攻撃ではたしてサヨナラを決めることができるか。
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魂のフルスイング
それで160を超えるストレートを投げるんですから本当凄いです。
八幡のバッティングフォームはヤクルトスワローズの山田哲人選手です。
知ってる方はそれで想像していただけると助かります。
ーー9回裏 総武高校の攻撃
「比企谷君」
「ヒッキー」
八幡が端で素振りをしてたところ雪乃と結衣が話しかけてくる。
「ヒッキー、野球やってたんだね。あんな凄い球投げてたからビックリしちゃった」
「そうね。私も驚いたわ。でも…なんでそのことを話してくれなかったのかしら。私達があなたの信頼を得てなかったのかとちょっと不安になるわ…」
「…そういうやけじゃない。お前達のことはちゃんと信頼してるさ。でも…いろいろあって野球のことは思い出さないようにしてたんだ。俺も思い出したくなかったからわざわざお前達に話そうとは思わなかったんだ。それだけはわかってくれ」
「…そういうことだったんだ…。じゃあ私達がこの依頼を受けた時嫌がってたのはそういう理由だったんだね。ごめんねヒッキー」
「私も謝るわ。強引にあなたにやらせてしまったわ。本当にごめんなさい」
(確かに最初は嫌だった。でも今回この依頼のおかげ再び野球に向き合うことができた…)
「謝らないでくれ。今はこの依頼を受けてよかったと俺は思ってる。だって俺は野球の楽しさを思い出すことができたんだ。もしこの依頼を受けなかったら俺は未だに野球から逃げてたと思う。だから…本当にありがとう。お前らのおかげで野球に向き合うことができたよ」
「比企谷君…」
「ヒッキー…」
この時八幡の心は晴れやかだった。今までの遺恨が一気に消え去り、精神的にはまさに最高の状態だった。
八幡がベンチに戻ってくると瀬谷がニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「比企谷先輩、野球から離れてる間に女性の扱い方がお上手になりましたね。中学の頃のうぶだった比企谷先輩は一体どこに行ってしまわれたのか…」
「うるせぇ。イケメン野郎は黙ってろ。そんな口叩く暇あったら出塁の方法でも考えてろ」
「はいはい。安心してください。絶対出塁して比企谷先輩まで回しますよ」
「…まぁお前のことだ何も心配してねぇよ。ほら先頭バッターだろ。早く行ってこい」
「…はい。大きいのかっ飛ばしてきますよ!」
そう言って瀬谷はバッターボックスに向かって行った。
(チームが負けてる時のあいつは大体打つからな…。あながち心配してないってのも嘘じゃない)
3番キャッチャー瀬谷。
(さてと…先輩にあんだけ大口叩いたんだ)
今日ここまで好投してきた榎田も肩で息をしながら投球モーションに入る。
(ここで打たなきゃ男じゃない!!)
投げられた内角の厳しいスライダーを肘を畳んでライトへ引っ張る。
打った打球はライナーでライトへ飛んでいき、ヒットになる。
「おーし!瀬谷ナイバッチ!」
「いいぞ瀬谷!」
声援に瀬谷は腕を上げて答える。
ここで4番友永。
友永もここで集中力を高める。
チーム一背丈がある友永は力があり長打力がある。しかしその背の高さゆえの弱点で、高めは得意だが低めを打つことがとても苦手である。
初球の外角のボールを見逃し2球目の低めのストレートを空振りして迎える3球目。ここで友永は立つ位置をバッターボックスの一番前にする。投げられた球は低めの縦のスライダー。本来の友永なら低めに鋭く落ちる縦のスライダーを打つことはできなかっただろう。しかし一番前に立つことによりまだ落ち目が少ないとこでインパクトすることができるのだ。友永はスライダーを見事に捉え、ライトオーバーの2ベースヒットを打った。
その間に瀬谷は快足を飛ばしホームまで帰ってくる。
総武 2ー3 山武
山武高校はここでここまで好投してきた榎田を下ろし、ピッチャーを変える。
ピッチャー榎田に変わって亀井。
変わった亀井は右のサイドスロー。手足が長くその長い腕から投げられる球は右バッターの外角、左バッターの内角には相当な有利になる。逆に右バッターの内角、左バッターの外角は長い腕のデメリットでかなり投げにくくなってしまう。
そしてピッチャーが変わったところでバッター鬼頭。
ここで鬼頭は手が長いサイドスローのピッチャーの特徴を把握しており外角の球を狙い打つ。しかしその外角からスライダーで更に外へと曲がっていき片手だけでちょこんと当てた弱い打球になってしまう。
弱い打球がセカンドの正面に行く。しかしここでセカンドがまさかのファンブル。慌ててボールを掴み一塁へ送球するがセーフとなる。
「ラッキー!ラッキー!」
「ここからいけるぞ!」
そして6番の衛藤。
(今日取られた3点は全て俺の責任だ。ならバッティングで挽回するしかない!)
衛藤はここで粘り強くボールを見極めていく。
外角へボールとストライクの出し入れをしてくる亀井に対しくさいところにいったボールをカットし、大きくそれたボールをしっかりと見逃す。衛藤はなんと10球もピッチャーに投げさせフォアボールを勝ち取った。
ノーアウトランナー満塁。
一打サヨナラの場面。
ここでバッター諏訪。
しかしここで追い込まれた亀井が本領を発揮する。
ストレートとシンカーで簡単にストライクを取り、3球目。左バッターの泣き所と言われるインコース低めにスライダーを投げ込み三振に取る。
続いて8番の尾崎。
ここで自分が終わらせてやると気合が入った打席を見せる。衛藤と同じく外角の球をうまくカットしていき外角の球が甘くなるのを待つ。
しかし相手のキャッチャー有藤はその作戦を逆手にとり亀井が苦手とするインコースへの投球を指示する。亀井もここは腹をくくりインコースへとボールを投げる。インコースより少し甘くなった球を投げてしまった亀井だが外角に絞りきっていた尾崎は手がだせず見逃し三振。
最終局面。
2アウトランナー満塁。
総武高校の一点ビハインド。
ここでバッター比企谷。
「比企谷先輩」
「なんだ」
「…こういう場面で打ってきた先輩を俺は何回も見てきました。正直、あの準決勝の時もどうせ比企谷先輩なら簡単に打っちまうんだろうなと思ってました。でも先輩は打てなかった。少し驚きましたけど人間だったらそういうこともあると思ってました。思うようにしてました」
「………」
「俺はずっと強い比企谷先輩を見てきました。見てきたからこそうずくまって泣いてる比企谷先輩を見て俺は悔しくてたまりませんでした。俺の中で先輩はヒーローなんです。どんな時も負けないで絶対に勝つヒーロー。…だから俺はあえてこの残酷な言葉を送ります。先輩。もう負けないでください。もう一度強い比企谷先輩に戻ってください」
「……瀬谷」
「…はい」
「…………重い」
「え?」
「え?じゃねぇよ⁉︎お前そんなやつだったっけ⁉︎めちゃくちゃ重いよ!」
「……いや…」
「お前、男のヤンデレとか需要ねぇからな⁉︎あーなんか鳥肌たったわ…」
「………なるほど。そーゆうこと言うんすね。ならこっちにも考えがあります」
「ん?」
「さっき比企谷先輩が涙目になりながら奉仕部のみなさんと喋ってたところを写真撮ったんすよ。もし先輩が凡退したらシニアのみんなに〈ハーレム形成中なう〉って一斉送信しますね」
「えっ」
「はい。じゃあさっさとバッターボックスに行ってきてください」
(しまった。からかい過ぎたか………)
八幡はここで自分の頬を叩き気合を入れバッターボックスに立つ。
今日の暑さは八幡のトラウマとなった準決勝の暑さととても同じように感じる。
(ああ。今日何度も打席に入ったはずなのにまるで今、この瞬間が3年ぶりに打席に入ったかのように心臓が暴れやがる)
(…ここまで3年もかかっちまったな…。長かった。本当に長かった。俺の体が嬉しくてたまらないって叫んでるかのようだ)
2アウト満塁。
あの夏と同じくピッチャーが絶対に打たれまいと俺に対して眼光を飛ばしている。
俺もあの時と同じようにバットの先でホームベースの角をトントンと叩く。
だが今回はあの時と状況が違う。これは公式戦じゃない。チームメイトも違う。ランナーも満塁じゃなかった。でも負けるという状況だけは同じだ。きっと神様は俺にあの夏の打ち直しのチャンスをくれたのだろう。だったら俺は……
ピッチャーが投球モーションに入る。
俺はバットの先を頭の上でピタっと止める。
そして足を大きく上げタイミングを取る。
これらの動作はもう何千何万回もやってきたことだ。たった3年間で体が忘れるわけない。
そして投げられた球を
俺の今までの遺恨を消し去る、魂を込めたフルスイングで捉える。
ああ。もう何度体験したかわからない。
でも、やっぱりホームランを打った瞬間てのは
最高だ!
ボールはレフトの頭のはるか先を越えていき比企谷八幡の逆転サヨナラ満塁ホームランとなった。
「うおぉぉぉぉ!!!!比企谷ナイバッチ!!」
「ゆきのん!!ヒッキー打ったよ!!やった!やった!」
「ええ。何かしら、とても嬉しいのに涙が………」
「ゆきのん。それはたぶん嬉しい涙だよ!」
「嬉し涙……。そうね。きっとそうだわ。今の笑顔の比企谷君を見ると涙が止まらないの」
「ゆきのん………」
「あーあ。本当に打っちゃいましたよこの人」
「うるせぇ。どーだ。これで満足か?」
「ええ。あの写真をみんなに送れなかったのは残念ですけど……久々にいいものが見れました!」
「あっそ。ならよかったな。俺も写真流失ができて万々歳だわ」
「ははは。………比企谷先輩」
「なんだ?」
「……おかえりなさい」
「…おう。ただいま」
そう言って八幡はホームに整列しに走っていく。
「あーあ。俺もここまで努力してきたつもりだったけど、まだまだあの人の背中は遠いなぁ。でも……だからこそ抜きがいがある」
「ゲーム!」
『ありがとうございました!』
総武高校対山武高校
6対3で総武高校の勝利。
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小さき強打者
--試合後
「そっかぁ。瀬谷と同じシニアだったならあの送球やバッティングも納得だな!」
「黙ってて悪かったな。ちょっと色々あって野球から離れてたんだ」
「いいって!いいって!誰だって知られたくないことがあるもんだからな!」
「まぁそう言ってくれると助かる」チラ
「ん?どうした比企谷?」
「…いや、なんでもねぇよ」
「…?そうか?」
「あぁ」
「…なぁ比企谷。俺としては比企谷には助っ人じゃなくて正式に野球部に入ってほしいと思ってる。俺らは何もかも足りてない。今野球部に残ってるやつらは本気で勝ちたいと思ってる。…でも足りないんだ」
「………」
「これじゃあ勝てない。強豪校には…。だから…比企谷の力が必要だ!勝つために!」
「……少し、少しだけ待ってほしい」
「比企谷?」
「少しだけ整理する時間をくれ。来週中には答えを出すよ」
「…考えてくれるだけでも助かるよ。いい返事を期待してる」
「あぁ」
「さて!真剣な話はこれで終わり!この後みんなで飯行こうと思うけど比企谷もくるよな!」
「…いや。今日は遠慮しとくわ。久々に動いて疲れたから帰って休むわ」
「ん。そっか。じゃあまた誘うな!」
「あぁ。機会があったら頼む」
「おう!……なんか隼人君が比企谷を気にかける気持ちがわかった気がするな」
「ん?なんか言ったか?」
「いや!何も!グランドの整理とか俺らがやっとくから奉仕部の皆さんは帰ってくれてかまわないからな!」
「ん。助かるわ。じゃあまたな」
「おう!」
--校門
「ヒッキーもうお話はいいの?」
「あぁ。充分に話したからいい。ボッチが一日にあんなに喋ったら一週間は休むぞ。ソースは俺」
「またヒッキーはそういうこと言ってぇ。もうボッチじゃないでしょ?」
「バッカお前真のボッチいかなる時も目立たずひっそりとまるで存在なんてないかのように動くんだよ。まぁ今日は失敗したがな」
「あはは。やっぱヒッキーはヒッキーだね!ちょっと安心したかも」
「あん?いつだって俺は俺だぞ」
「なんか今日のヒッキー見てたらちょっと遠い人に感じて…。えへへ!でも今日の野球に真剣なヒッキーもヒッキーなんだよね!かっこよかったよ!」
「お、おう。そうか」
「うん!あっ!この後三人でご飯行かない?久々にヒッキーとゆきのんとご飯行きたい!」
「いや。今日はやめとくわ。大岡達の誘い断ってるし、疲れてるから俺は帰るわ。行くんなら雪ノ下と行ってこい」
「えー。まぁヒッキー疲れてるもんね。じゃあゆきのんご飯行こ!」
「………ええ」
「ゆきのん?なんかさっきから喋らないけどどうしたの?」
「……比企谷君。あなた今後どうするの?」
「いや。だから帰って寝るって……」
「違う。野球部に入るのかどうかってことよ」
「………っ」
「………もう決めてるんでしょ?」
「…ああ」
「…そう。あなたが決めたことなら私は止めないわ。今日のあなたを見てたらあなたの居場所は奉仕部じゃなくて野球部なのだと理解したから…」
「…ん?」
「あなたと過ごした日々は私にとって宝物よ。普段あなたとは喧嘩ばかりだったけどそれも楽しかった。こんなに異性と接して楽しかったのは初めてなの」ナミダメ
「…いや。雪ノ下?」
「でもあなたにとって野球部に行くことがいいことなら、私は喜んであなたを野球部へ送り出すわ。……でも、たまにでいいから奉仕部に来てくれたら私もうれ……」
「雪ノ下!」
「え!?な、何かしら比企谷君。ちゃんと話をきいてほしいのだけれど…」
「…いつ俺が奉仕部やめるって言ったか?」
「え?」
「…たしかに野球部には入るつもり、いや。まぁ少し整理してから決めるけど、気持ちは野球部に入る方向で決まってはいる。けれど奉仕部をやめるとは言ってねぇぞ」
「でも野球部にはいるなら奉仕部をやめることになるんじゃあ…」
「いや。俺としては雪ノ下や由比ヶ浜、平塚先生が許してくれるなら兼部するつもりだったんだが……」
「…………」カオマッカ
「いや。まぁお前がそう言ってくれるのはむず痒い感じがあるが嬉しいぞ!」
「………帰る」
「え?」
「帰るわ!!さよなら!鬼畜谷君!由比ヶ浜さん!」
「えっ?ちょっとゆきのん!ご飯行かないの!?」
「………」
「私ゆきのん追いかけるね!」
「お、おう」
「じゃあまたねヒッキー!……奉仕部に残ってくれるって言ってくれて嬉しかったよ!また月曜日!」
「ん。またな」
--駐輪場
「ふぅーー」
「さて、そこに隠れてる覗き谷出てこい」
「なんすかそれ。先輩と同じで名前に谷がつくからって俺にもあだ名つけないでください。二股谷先輩」
「いやお前それは無理やりすぎるだろ。あと俺は二股どころか誰とも付き合っとらんわ!」
「ええーほんとですかぁ?」
「てめぇ…。…勝手にグランド整備サボりやがって悪い後輩だな」
「いやいや!誤解ですって!ちゃんと大岡先輩に一言サボりまーすって言ってこっち来ましたから!」
「よりクソ野郎だな…」
「まぁそれは冗談として…」
「ホントかよ…」
「先輩に一つだけ聞きたいことがあって来ました」
「なんだよ…」
「野球、楽しかったですか?」
「………ああ。最高に楽しかったよ」
「…そうですか。それはよかったです…」
「瀬谷…」
「…それだけ聞ければ満足です!…また一緒に野球できる日をお待ちしてます!」
「おう。またな。………お前が総武に来てくれよかったよ」
「はい!」
--
「今日は疲れたな…」
「(でもやっぱ野球はいい。あの打った時の感覚がたまらないんだ。芯でとらえた時快感は何ものにも変えがたい)」
「……ちょっと寄り道するか」
「…久々に来たな」
「(小学校から中学校までの間通いつめたバッティングセンター。やはり生きた球よりは質は落ちるがいろんな速さがあって人気がある。何より硬球のマシンがあるのがいい。普通のバッティングセンターだと軟球だけだからな)」
「(春から秋までの間は一回200円で20球打てる。しかし冬になると少し早めにに営業を終えるが一回100円になる良心的なバッティングセンターでもある。まぁそのかわり芯に当てなきゃ地獄のような痛みが手に来るがな)」
「さて。4回ぐらいやるかな」
カキ-ン カキ-ン
「よしまずは130ぐらいからやるか」
「(ちなみにバッティングセンターの球は表示されてる球速より遅かったりする。諸説あるがマシーンでは人のように指で強くスピンがかけれないのが原因だと言われている。スピンをかけないと初速は実際の球速でもバッターにたどり着くころは5㎞や10㎞ほど落ちてたりする。まぁ最新のマシーンはだいぶ差を詰めてるらしいが…)」
「(金を入れてと…)」
「よし。やるか」
バシュ
カキ-ン
バシュ
カキ-ン
「んー。やっぱ生きた球を打った後だと少し上を叩いちまうな」
バシュ
カキ-ン
バシュ
カキ-ン
「遅い球ほど確実に捉える……」
こうして八幡は夢中に打ち続けた。
そして3回目の頃。
「(140㎞、まぁ実際は130㎞ぐらいだが少し打ち損じが多くなったな。はぁ。これが野球から離れてたつけかね)」
「ん?」
「(150㎞のゲージに誰か入ったな。噂で150㎞のゲージは最新のマシーンを使ってるからほとんど150㎞に近い球を放るらしい)」
「(いくらストレートオンリーだからといっても簡単には打てんだろうな)」
そう思いながら隣のゲージを見るが……
カキ-ン
カキ-ン
カキ-ン
「(おいおい嘘だろ!?ほとんど芯で捉えてるじゃねーか!…誰だあいつ…背は小さいな。170無いだろあれ…なのにあれだけ強い打球が打てるのか。何者だ?)」
八幡はベンチに座りじっくりと観察する。
「(よく見れば腕や脚の筋肉がすごいな。普通150㎞の球を打てば少し球に押し返されるはずだ。だけどこの人にはそれが見られない…しっかりと振り切って捉えてる)」
その人物がゲージから出て来る。その人の目は八幡を捉えてた。
「いやー!そんなにじっくり見られると少し恥ずかしいなぁ!」
「あっ。すみません。じろじろ見るつもりは無かったんですが…」
「いいよ!いいよ!俺もゲージ入る前君の打撃見てたし!」
「そうすか」
「(なんかテンション高い人だな…少し接し辛い…)」
「んー?どっかで君の顔見たことある気がするなぁ」
「(なんか急に考え始めたぞ…。自由すぎるだろ…)」
「んー。んー。どこだったかなぁ?」
「あのぉ俺まだ打つんでゲージ入りますね…」
「(時間かかりそうだしこの人には悪いけど無視させてもらおう)」
「あっ!思い出したぞ!お前山陰シニアの比企谷だろ!」
比企谷の足が止まる。
「いやー!思い出した!思い出した!最近忘れぽくてな!」
「なんで俺のこと…」
「んー?そりゃあ顔をちょっとじっくり見ればわかるさ!全国大会で最優秀選手賞を2年3年連続で取ってるやつはな!」
「…よく知っていますね」
「ははは!面白い顔してるぞ比企谷!…ん?そういえば比企谷どこの高校でやってるんだ?お前の噂を全然きかないんだよなぁ」
「…総武高校ってとこに行ってます」
「総武高校?そんな強豪高校あったかな?」
「総武高校は強豪高じゃないですよ。ただの進学校です」
「ほー。強豪行かずに地元に進学したのか!」
「ええ。ていうか俺のことばっかり聞いてますけどあなたは誰なんですか?」
「ん?俺か?結構有名のつもりだったんだがなぁ。俺もまだまだかな」
「(待てよ?俺もこの人の顔を見たことある気が…)」
「まぁ遠征で千葉に来てるとは思わんだろうししかたないだろう」
「よし!であれば教えよう!俺の名は仙石誠司!大阪正雀高校の3番打者だ!」
「……は?」
「(大阪正雀?あの?全国常連でここ10年で6回も甲子園で優勝してる大阪正雀!?)」
「おうおう!驚いてるな!」
仙石は大口を開けて笑っている。
「(思い出した。仙石誠司。身長が170満たないものの二塁手として大阪正雀を2回も優勝に導いている。広い守備範囲。類まれな捕球技術。そして何よりその鍛え上げられた腕や体幹を使ったバッティングは誰もが認めるところだ。単打。長打。状況に応じたバッティングもできる。万能プレイヤー)」
「…なんであなたが千葉に…」
「さっきも言ったろう?千葉には遠征で来たんだよ。今は帰る前に少しだけ観光の時間がもらえたからバッティングセンターに来ただけだ!」
「遠征で試合した後に観光の時間を使ってまでバッティングセンターに行くなんて練習熱心ですね…」
「ん?まぁ俺は体が小さいからな。みんなと同じ量の練習では足りんのだよ。俺のような体も小さく、センスのないやつは練習あるのみだ!」
「(正雀の3番を張ってながらこの意識の高さは流石だな。しかしセンスがないはないだろ…)」
「むっ!そろそろ集合場所に向かわねばならんな。比企谷!今日は会えてよかったぞ!次会う時は甲子園だな!」
「………ええ。甲子園で会いましょう」
「おう!必ずあがってこい!」
そう言って仙石はバッティングセンターから立ち去った。
「……後2回打ったら帰って素振りだな」
八幡は今日再会した瀬谷康二郎、大阪正雀の仙石誠司の二人の影響で野球への情熱を思い出す。八幡の高校野球が今始まる。
オリキャラの仙石誠司のイメージ選手はMLB、アストロズのホセ・アルトゥーベ選手です。
背が小さいデメリットを感じさせないあのバッティングは本当に心惹かれます。
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