ようこそ強姦魔のいる教室へ (生太郎)
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1話

注意 三馬鹿の扱いが悪いかもしれないです


 神は言った。

 ここは死後の世界らしかった。

 

「レイプじゃ」

 

 高速道路の補修作業をしていたらプリウスがカラーコーンを蹴散らしながら突っ込んで来たところまでは覚えている。現場の二キロ手前から車線変更の標識を何個も置いていたのに、これだからプリウスは。

 

「女の子をレイプするのじゃ」

 

 神は言った。

 白髪の老人だった。髭がもじゃもじゃだ。

 

 ダンブルドアみたいな爺さんだった。

 似ているのは見た目だけで、頭の方は完全に耄碌しているようだ。

 

「この中からレイプしたい女の子を選ぶのじゃ」

 

 神の背後にエロゲのパッケージのような箱が現れた。無駄に大きいくせに中にはDVDが一枚しか入っていないアレだ。

 

 それが一つや二つではない。視界を埋め尽くすほどの量で溢れていた。

 

 ゲートオブエロゲだった。

 エロゲ庫の鍵を開けてやろう、みたいな。ダセぇな。

 

 とはいえエロゲばかりではない。その箱にはアニメやゲーム、ラノベなどの全年齢作品の表紙もプリントされている。バトル系から恋愛系、日常系、モンスターパニック、セカイ系、サメ映画やクソ映画まであらゆるジャンルが網羅されていた。サメVSキノコ男って何だよ、勝手に戦ってろよ。

 

「これなんかお勧めじゃぞ。レイプしたくなるほど女の子が可愛いじゃろ」

 

「いや、俺ガイルは原作知らないから」

 

 原作の小説もアニメも観ていない。ちょろっと二次創作を読んだだけだ。

 確かに女の子は可愛いけどな。エロ同人で何回か抜いたし。人気作品だからエロ系の二次創作も溢れていて、俺がやってもたぶん二番煎じになるだろう。

 

「と言うかレイプって何だよ? なんで俺が……」

 

「言うことを聞かないレイパーは必要ない」

 

 神が冷たい声で言い放った。

 

「……断ったらどうなる」

 

 神、アルカイックスマイル。

 同時に俺の身体が透け始めた。

 

「ちょ、待って! 消える消える! 成仏しちゃう!」

 

「レイプする?」

 

「します! レイプします!」

 

 神は優しく微笑んだ。

 グリフィンドールに百点くれそうな笑顔だった。

 

「わかった! けど素人の俺にはレイプは難しすぎる! だから神さまのサポートが欲しいんだよ! 具体的にはチートくれチート!」

 

 むしろレイプの玄人ってなんだろう。

 

 神はニッコリ笑って頷いた。

 

「もちろんじゃ。貴様をレイプ界のメアリー・スーにしてやろう」

 

 お、おう。

 パワーワードの連続で脳味噌がふやけてきた俺は生返事しかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気が付いたら学校の教室だった。

 

 教卓では真面目そうな女教師が立っている。

 髪をポニーテールにしていて、おっぱいは大きい。

 

 俺は教室の廊下側の真ん中ぐらいに座っていた。

 

「レイプするのじゃ」

 

 俺の後ろでダンブルドア(偽)がぶつぶつ言っていた。

 ……お前も来たのか。大人しく神の世界に引きこもっていろよ。

 

 奴の身体は薄っすらと透けていた。

 幽霊みたいなものなのか他の生徒にはこのジジイが見えていないようだ。

 

 俺はクラスの女子をこっそりと観察した。

 

 原作の美少女たちが揃っている。

 ……マジか。俺、ラノベの世界に来ちゃったよー。

 ハッピーバースデー! 田中礼司!

 

 と言うわけで、俺が選んだのは『ようこそ実力至上主義の教室へ』だった。

 

 理由?

 強いて言うなら最近アニメ見て面白かったからかな。

 主人公の雰囲気が原作と違っていたが、あれはあれで面白かった。

 

「あの娘はレベルが高いぞ。レイプしたくなるじゃろう」

 

 ジジイが一人の女子を指さしている。

 

 櫛田桔梗。

 茶髪。肩にかかるぐらいのショートヘアで、あと意外と胸が大きい。

 

 みんなと仲良くなりたいなんて夢見がちなことを言いながら実際にクラスのほぼ全員と仲良くなってしまうコミュ力高すぎな美少女である。……その裏には真っ黒な性格が隠されているのだが。

 

「この娘はどうじゃ。レイプしがいのある美少女じゃぞ」

 

 ジジイが次に示したのは堀北鈴音だ。

 

 黒髪ロングの美少女である。

 原作ではクラスの巨乳ランキングでは下位にされていたが、挿絵では十分なほどおっぱいがあった。俺から見ても普通に胸がある。スタイルのいい美乳だ。

 

 堀北は原作のキーパーソンである。生徒会長の妹でありながら落ちこぼれのDクラスに配属されてしまい、エリートのAクラスを目指すことになる。

 

 登場時はコミュ力最低だったがクラスの仲間と交流することで成長し、最近の原作では主人公の手を離れてやや空気になっていた。生徒会で内ゲバする時にはまた出番が増えるのかもしれないが、俺はそこまで原作を読んでいない。

 

「この娘なんかは……」

 

 ジジイが軽井沢恵や佐倉愛里、長谷部波瑠加なんかを指さしている。

 

 俺はその妄言を聞き流しながら、茶柱先生の説明を頭に入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。

 俺はレイプの準備に取り掛かっていた。

 

 レイプしないとジジイに消されるから従うしかない。

 

 三万ポイントで購入したノートパソコンを操作する。

 初日から大量のポイントを失ってしまったが、これは必要経費だ。

 

 安物すぎて処理能力が足りていないが、その分のスペックはクラックした学校のパソコンに押し付ければいい。

 下請けに構築させたシステムなんてガバガバもいいところだ。

 

 学校のシステムに侵入して、監視カメラの映像を差し替える。

 

「いよいよレイプじゃな……」

 

 ジジイが神妙な顔をしている。

 

 俺はエレベーターで十三階に上がった。

 目的の部屋はカメラの映像で確認している。

 

 目的の部屋は施錠されていた。

 俺はカードリーダーに自分のカードキーを通した。ピッと軽い音がしてドアのロックが解除される。

 

 俺は自分のカードキーをマスターキーに改造しておいた。

 流石はレイプ界のメアリー・スーだ。自分で言ってて悲しくなってくるが。

 

 仮面を被ってからドアを開ける。

 顔の上半分を隠す、ガンダムの敵役っぽい仮面だった。雑貨屋で売っていたジョークグッズである。

 

「誰!?」

 

 相手はドアが開く音で目を覚ましたようだ。

 

 学校指定の赤いジャージを着ている。

 彼女は不審者丸出しの俺に警戒心全開だった。

 

「――っ!」

 

 咄嗟にベッドの脇にあった携帯を取ろうとしたのは流石だろう。

 

 だが彼女が手に取ったばかりの携帯はパンッと窓まで吹っ飛んだ。

 

 俺が親指で弾いたコインが彼女の携帯に命中したのだ。

 この学校では硬貨は使われない。これはゲームセンターのコインゲームで調達してきた物である。

 別に小石でもいいのだが自然に持ち歩けないからな。

 

「入って来ないで! 悲鳴を上げるわよ!」

 

 少女――堀北鈴音は俺を睨んでから、視線を背後の携帯に向ける。

 少しでも隙を見せれば携帯を取りに走るつもりだろう。

 

 無論それをさせる俺ではない。

 

 一瞬で距離を詰めると堀北に無言の腹パンをぶち込んだ。

 

 堀北の身体が崩れ落ちる。

 

「うぐ……おえっ……」

 

 吐瀉物が床にまき散らされた。汚ねぇな。

 

 俺は彼女の身体をベッドに放り投げてからジャージを脱がせた。

 それから百均で買ってきた結束バンドで両手の親指を縛っておく。

 

 部屋を物色して新品のタオルを見付けると、ほどよい大きさに手で引き裂いて、それを彼女の口に押し込んだ。

 

 携帯で下着姿の堀北を撮影する。

 フラッシュに照らされた堀北は涙目で俺を睨んでいた。

 

「ひゃっほう! レイプじゃ!」

 

 ジジイは黙ってろ。

 

 俺は次に堀北の下着を脱がせた。

 彼女は足をバタバタさせて抵抗したが、腹パンした場所を軽く撫でてやると急に大人しくなった。

 

 堀北は普通の女子高生よりも優秀だが、所詮はそれだけだ。勉強や運動ができても、人並み外れた精神力を持っているわけではない。理不尽な暴力の前には簡単に心を折ってしまう。

 

 ズボンのファスナーを下ろす。

 現れたのは巨大な肉棒だ。前世では未使用のポークビッツだったが、今度の人生では黒々とした黒人サイズ、しかもカチカチである。レイプ界のメアリー・スーが粗チンだったら話にならないからな。

 

「……っ、い……ぁ」

 

 堀北は顔を青ざめさせていた。何をされるのか理解したのだろう。

 

 俺は持ってきたローションを堀北の女性器に塗り付ける。

 俺の肉棒もたっぷり濡らしておいた。

 流石に濡れていないのに突っ込んだら俺の肉棒も大激痛だからな。

 

「叫んでもいいぞ。この学生寮は防音性が高いからな」

 

「……ひっ」

 

 肉棒の先端をくちゅくちゅと押し付ける。

 

 堀北が懇願するように首を横に振る。

 

 俺はそれを無視して腰を沈めた。ズブリと彼女の膣内に入っていく。

 

「――っ!」

 

 堀北の目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。

 

 俺は膣内の感触をしばらく堪能してから腰を振り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シャッター音が連続していた。

 堀北鈴音はぐったりと横になっていた。

 

 身体中が汗で濡れていて、女陰からは注ぎ込まれた精液がこぼれている。

 処女を失った証として、数滴の血がシーツに染み込んでいた。

 

 堀北はレイプされたショックで心が折れていた。

 

 俺に写真を撮られても何の反応もしない。ぐったりと天井を見上げている。

 

「グッドレイプ!」

 

 ジジイが親指を立てていた。殴りたいこの笑顔。

 

 俺は堀北の携帯を操作して連絡先を登録する。

 調査されても俺まで辿り着けないフリーメールのアドレスだ。

 

 ドラッグストアで万引きしてきたアフターピルを枕元に置いておいた。それでも運が悪ければ子どもが出来るだろうが、そこまで面倒を見てやるつもりはない。

 

「次はどの娘をレイプするんじゃ?」

 

 黙れよ。

 俺はもう寝る。今日は疲れた。

 

 勝手な言い草ではあるがレイプする方だって精神的に疲れるのだ。



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2話

 翌日、堀北は学校に来ていた。

 休むのではと思っていたが、俺の予想を超えて堀北は気丈だったようだ。

 

 ただ顔色は悪かった。

 隣の綾小路が心配して声をかけているが、堀北はほとんど何も答えない。

 挙句の果てには「気分が悪いから話しかけないで」と拒絶していた。

 

「堀北さん、保健室に行った方がいいよ?」

 

 優しい子を演技している櫛田が心配そうに堀北に話しかけている。

 

「心配は無用よ。私のことは放っておいて」

 

「でも」

 

「余計なお世話と言っているのよ。本当に駄目そうなら休んでいるわ。私がここにいるのは自分で問題ないと判断したからよ」

 

 そこまで言われれば櫛田も引き下がるしかない。

 

 櫛田を拒絶した堀北に、クラスの女子からヘイトが集まっていた。

 

「櫛田さんがあんなに心配してくれているのに、何よあの態度」という感じだ。

 

 櫛田は表向きは悲しそうな顔をしているが、内心ではせせら笑っていると思う。あれは中学の頃にクラスを崩壊させた女だからな。

 

 ちなみに俺に友達はいない。ぼっちだ。

 

「レイプじゃ。レイプするのじゃ」

 

 お前は友達じゃねぇよ。

 うるさいから黙ってろ。授業が聞こえないんだよ。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで昼休み。

 堀北は自分の席で買ってきたサンドイッチを食べていた。

 

 その時、彼女の携帯が小さく震えた。

 サンドイッチを包み紙に置いてから携帯を確認する堀北。

 

 その顔が一瞬で真っ青に染まる。

 

「おい、どうした」

 

 異変に気付いた綾小路が声をかける。

 

「……何でもないわ」

 

「とてもそうは見えないが、本当にどうした? 今日のお前は何かおかしいぞ」

 

「私に何かあったとしても、あなたには関係ないでしょう」

 

「関係あるだろ。クラスメートだ」

 

「それは他人と言うのよ」

 

 堀北は冷たく言うと食べかけのサンドイッチを袋に入れた。

 教室を出る途中で袋をゴミ箱に捨てている。食欲がなくなったようだ。

 

 俺は堀北の携帯にメールを送信していた。

 

『東洋哲学研究会に来い。来なければクラス全員にお前の写真を一斉送信する』

 

 東洋哲学研究会とは何年も前に部員不足で廃部になった部活だ。

 

 本来なら別の部活の部室になるはずが、なぜか何年も放置されている。一説によるとこの学校の教師がその部活のOBで、何とか部室を残したいと働きかけているらしい。堀北会長がそれを許しているのは何らかの裏取引があったのか。

 

 都合のいい空き部屋。

 そこに呼び出された堀北は挙動不審に周囲を見回していた。

 

「待たせたな」

 

「――っ!」

 

 俺は部屋に入りながら声をかける。

 今日も仮面を被っている。堀北はそれに怯んだようだ。

 

 それでも果敢に俺を睨み付けている。

 

「あのような写真で私を脅すなんて、どう言うつもり」

 

「その意味がわからないお前ではないはずだ。違うか?」

 

「……最低ね」

 

 堀北は溜息を吐いた。

 そして俺に挑戦的な目をして言葉を紡ぐ。

 

「髪は黒髪。体格は中肉中背。身体は鍛えられている。制服の新しさからおそらくは新入生。入学初日に私を狙ったことから、同じクラスである可能性は極めて高い」

 

「素晴らしい。よく観察している。で、俺の名前は?」

 

 俺が小馬鹿にするように拍手すると、堀北は悔しそうに歯噛みした。

 

「私が告発すればあなたは退学。いえ、犯罪者として裁かれるわ」

 

「ならばやってみるか? 兄が優しく慰めてくれるかもな」

 

「――っ、兄さんは関係ないでしょう!」

 

「関係あるだろう。どこの馬の骨とも知れぬ男に手も足も出ずに汚されたと知ったら、お前の兄貴は大喜びでお前を退学させるだろうな」

 

「……それは、でも」

 

 反論できないようだ。

 それは実際に起こり得る話だった。

 

 兄へのコンプレックスは堀北の泣き所だからな。

 

 堀北学にとって堀北鈴音は不肖の妹だ。

 一族の恥なので学校から追い出したいとすら思っている。

 

 俺が堀北の方へ歩みを進めると、彼女は壁際まで追い詰められた。

 

 堀北のスカートのポケットに手を入れる。

 取り出した携帯には録音アプリが起動していた。アプリを終了させると共に音声データも削除しておく。

 

「無駄な抵抗だったな」

 

「……どうしてこんなことをするのよ?」

 

「いい女がいたら犯したくなる。そう言うものだろう」

 

 部屋にいた透明なジジイが同意するように頷いていた。

 ……萎えるから消えてくれないかな。「犯すではなくレイプと言うべきじゃ」とか言っている。うるせぇよ。

 

「女性と性交渉したいなら正式な手順を踏んで交際すればいいでしょう。あなたの行動には何一つ正当性がないわ。自分勝手な欲望を押し付けているだけよ」

 

「そうだな、欲望の押し付けだ。それがどうした?」

 

「……っ!」

 

 イスラム原理主義者のテロリストに平和を解くほど無意味な説得だ。

 

 堀北が俺を見上げて睨み付ける。

 素直に従うつもりはないとアピールしているが、そこが彼女の限界だった。

 

 俺は堀北の部屋にベタベタと指紋を残している。

 それを使って泥棒に入られたと告発されたら俺は終わりだ。

 あるいは髪の毛を拾って提出するか。

 

 この学校がそこまでの科学捜査をするのかという疑問は残るが、俺を告発するための材料はすでに堀北の前に提示されている。

 

 脅迫用の写真は合成だと言い張ればいい。

 泥棒の捜査が始まった時点で写真は効力を失う。写真をばら撒いたところで捜査は止まらないからだ。写真をばら撒いて罪の上塗りをしたら退学だけでは済まなくなってくる。つまり先手を取れば勝てる状況なのだ。

 

 しかし堀北はまったくそのことに考えが及んでいない。

 

 これなら櫛田の方がまだ怖い。彼女には何をするかわからないところがある。

 Cクラスの椎名ひよりは頭が切れる。上記の方法で俺を潰すだろう。

 Bクラスの一之瀬帆波も曲者だ。彼女はただの善人と見るべきではない。

 Aクラスにいる坂柳有栖に至っては下手に手を出したら破滅させられるだろう。

 

 その点で堀北はまったく怖くない。

 だから会長からも評価されていないのだろう。

 

「机に手をついて尻を出せ」

 

「嫌よ。なんで私が」

 

 俺は笑顔で堀北のお腹をトントンと小突いた。

 昨日腹パンした場所だ。

 上着をめくると青あざが出来ていた。可哀想に。痛かっただろう。

 青あざを優しく撫でてやる。

 

「……あ、いや」

 

 それだけで堀北の身体から力が抜ける。

 腰が砕けて床に座り込んでしまった。今日はバックから犯すつもりだったが、これでは無理そうだ。

 

「時間がないからさっさと済ませるぞ」

 

 堀北のスカートをめくり上げる。

 するとパンツが黄色く濡れていた。俺は思わず噴き出した。

 

「おいおい、漏らしたのかよ。お前、高校生だろ」

 

「……やめて。もう嫌よ」

 

 俺はローションで互いの性器を濡らしてから挿入した。

 

 黒人サイズのカチカチの肉棒が、処女を失ったばかりの少女に沈んでいく。

 

「あぁぁっ……いやぁ……」

 

 堀北の女性器が限界まで押し広げられていた。

 可哀想に。もう堀北は日本人サイズの肉棒では感じることができないだろう。

 

「あっ、ああっ、あっ」

 

 身体を揺すられて堀北が喘いでいた。

 感じているわけではない。女性器を擦られて反射的に声を上げているだけだ。

 

「やめて! やめなさい! これは犯罪よ! いやあぁっ!」

 

 何か言っていたが、奥を小突いてやると堀北は悲鳴を上げる。

 

 俺は次の授業に間に合わせるために激しく腰を振っていた。

 

 最初は俺を罵っていた堀北も、最後の方にはすすり泣いていた。

 

「ああぁぁ……いやっ、いやぁ……もう、いやよ……」

 

 十分ぐらい腰を振り続け、堀北の中に精液を注ぎ込む。

 

「よし、中に出すぞ」

 

「いやあぁぁぁ! 出さないで!」

 

 最後の一滴まで注ぎ込むために腰を密着させて俺は溜息を吐いた。

 

「……いや……何でよ……」

 

 俺は亀頭だけを堀北の中に入れながら手で肉棒をしごいて尿道に残っていた精液を最後の一滴まで絞り出した。

 

「……やめて、もう出さないで」

 

 堀北が両手で顔を覆って泣き出してしまった。

 

「アフターピル飲んでおけよ」

 

 俺は机に薬を置くと、堀北を放置して教室に戻った。

 

「ナイスレイプ! そろそろ次の娘を――」

 

 ジジイが何か言っていたが俺は相手にしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 入学してから一週間が過ぎた。

 俺は相変わらずぼっちだ。誰も俺に話しかけて来ない。なぜだ。

 

「あっ、あんっ、あっ」

 

 深夜。

 今日も俺は堀北をレイプしていた。

 

 堀北も最初の数日はドアに二重ロックをかけたり、バリケードを築いたりと抵抗していたが、顔にモザイクをかけた堀北の全裸写真を学校の掲示板に貼り付け、それを写真に撮ってメールで送信してみたらすぐに出て来た。

 

 その写真は俺が携帯で撮影してからすぐに剥がしたので誰も見ていない。俺がそのことを説明すると堀北は安心したのか泣き出してしまった。

 

「あっ、ああっ、あぁっ、やぁっ」

 

 勃起した逸物が愛液に濡れた膣を出入りしている。

 

 処女を奪ってから毎日欠かさず犯し続けていた。

 セックスにも慣れてきたのか具合もよくなってきた。

 

「あっ、あっ、あっ、あっ」

 

 堀北の身体は白かった。シミ一つ見当たらない。

 美しい少女だ。スレンダーな身体だが、胸が小さいわけではない。

 

 ほどよい大きさの胸をつかみ、乳首を舌で転がしてやる。

 

「あああっ! だめっ! いやぁ、吸わないで!」

 

 乳首を吸われた堀北が身をよじらせる。

 

「あ、イク。出すぞ」

 

 俺が呟くと、堀北が目を見開く。

 しかし何も言わなかった。何度も中に出されて諦めているのだ。

 

 堀北の太股を抱えてパンパンと腰を叩き付ける。

 

 亀頭を子宮口に密着させて白濁液を注ぎ込んだ。

 

「――っ!」

 

 瞬間、堀北の右手が俺の仮面に伸びた。

 

「こらこら」

 

 俺は苦笑しながら堀北の手首をつかむ。

 

 油断も隙もありはしない。どうやら射精のタイミングを狙っていたようだ。

 

 射精の瞬間ってのはどうしても隙が出来る。

 俺がレイプ界のメアリー・スーでなければ正体を暴かれていただろう。

 

「駄目じゃないか、堀北鈴音。調教が足りなかったのか?」

 

「ひっ」

 

 堀北の乳首に指を当てる。彼女は必死な顔をして俺に縋りついた。

 

「ごめんなさい! 出来心だったの!」

 

 以前、俺のポケットから携帯を抜こうとした時、お仕置きに両方の乳首を思いっきり引っ張ってやったことがある。

 あの時の堀北は乳首千切れちゃうと叫んでいて最高に笑えたな。

 

「ごめんなさい! 許して下さい! もうしませんから!」

 

 俺は恐怖に震えている堀北の頭を優しく撫でてやった。

 怖がらせてから優しくする。ヤクザみたいな手口だった。

 

「……あ」

 

「二度はないからな」

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

 俺はベッドに腰掛けると、己の肉棒を指で示した。

 

「なら、お詫びとして口で奉仕しろ。出来るよな?」

 

「……はい」

 

 堀北が俺の前に跪く。

 彼女はたどたどしい舌使いで俺の肉棒を舐め始めた。

 

「いいぞ、その調子だ」

 

 正直全然気持ちよくなかった。堀北のフェラは下手だったが、褒めて伸ばすために優しい言葉をかけてやる。

 

「お前の膣内に入っていたチンポだぞ。どうだ?」

 

「……すごく、大きいわ」

 

「そうか。後でもう一発やるから、乾かさないようによく濡らしておけよ」

 

「わかってるわよ。これでいいんでしょう?」

 

 堀北は上目遣いをしながら口を開けて肉棒を頬張った。

 濡らしておかないと後で痛い目を見ることになる。だから堀北も手を抜かない。

 

「そろそろ再開するか」

 

「……あ」

 

 堀北の身体を抱き上げてベッドに横たえる。

 

「あ、あの」

 

「なんだ?」

 

「せめて、優しくして頂戴」

 

 一瞬俺は迷ったが、無視して挿入することにした。

 

「あっ……大きい……」

 

 何十回も俺のものを受け入れている堀北の性器は、俺の肉棒のサイズに広がり切っていた。最初はただキツいだけだったが、今ではねっとりと肉棒を優しく包み込むような感触になっている。

 

「うっ、くぅ……ああっ……ああぁぁ!」

 

 ゆっくりと出し入れすると堀北は切なそうな息を吐いた。

 

 華奢な身体が朱色に染まっていく。

 段々とピストンの速度を上げる。腰を打ち付ける音が部屋に響いた。

 

 堀北もセックスに慣れてきている。

 自分の意志に反して感じてしまう身体に戸惑っているようだった。

 

「いやっ、あんっ、あああっ、やあぁぁ」

 

 堀北は顔を横に振った。

 俺は彼女の顎をつかむと唇を奪う。びちゃびちゃと唾液を交換する。

 

「……あっ、ああっ……これは、脅されてるから……あああぁぁ!」

 

 堀北が自分に言い訳するように呟いた。

 俺はそれを邪魔するように肉棒を押し込んだ。

 

「ああっ、やだっ、激しいっ! 優しくするって、言ったのに!」

 

「言ってないだろ」

 

「嘘吐きっ! 嘘吐きっ! いやあぁぁぁ!」

 

 ペースを上げると堀北は髪を振り乱していた。

 

 白い裸身が朱色に染まっている。

 ほどよい大きさの胸が激しいピストンによって波打つように揺れていた。

 

 絶景だった。俺の射精感も高まっていく。

 

「あああぁぁぁっ! い、イクっ……」

 

 堀北の身体が激しく脈打った。

 達したようだ。だが、俺はまだ出していない。構わず腰を振り続ける。

 

「ちょっと待って! イッたばかりだから……いやあぁぁぁ!」

 

 パンパンと乾いた音が響き渡る。

 

 秘所からは愛液が止まらず溢れ出していた。

 

「あああぁっ! あんっ、ああんっ! やだっ! またイクっ! イクぅぅ!」

 

「もうちょい我慢しろよ。俺ももうすぐだから」

 

「あんっ、いやっ! 我慢できない! もうだめぇぇぇ!」

 

 堀北が俺の身体に抱き着いて痙攣する。

 ちょっとタイミングがズレたか。まぁ仕方あるまい。

 

「よし、出すぞ」

 

 そのタイミングで俺も射精した。

 堀北は俺の身体に抱き着いて唇を噛んでいた。

 

 亀頭と子宮口が愛し合うようにキスをする。

 膣内は逸物をキュッと締め上げ、最後の一滴まで精液を搾り取った。随分とスケベなマンコになったものだ。

 

「……はぁ……はぁ……あっ」

 

 しらばく抱き合って快楽の余韻を味わってから肉棒を引き抜く。

 すべて子宮に注ぎ込んだつもりだったが、それでもパックリと開いた膣からは精液が溢れ出していた。

 

 堀北は目を閉じて荒い吐息を吐いていた。

 

 まだまだ出来そうだが、明日も学校がある。今日はここまでだろう。

 

「今日は終わりにしてやろう」

 

 堀北は返事もする余裕はないのか、ぐったりと俺を見上げただけだった。

 

 そのままだと風邪をひきそうだ。

 俺は溜息を吐いてから汗まみれの堀北の身体をタオルで拭いて、掛布団をかけてから部屋を後にした。堀北は途中で目を閉じて寝息を立てていた。男に世話をさせるなんて何て女だ。

 

 ジジイが不満そうな顔をして俺を見ていた。

 

「レイプ?」

 

「レイプだろ」

 

 どう見てもレイプだ。俺は堀北を脅して犯している。

 好き放題に中出ししまくっている。最近は堀北が自発的にピルを飲んでいた。

 

「なぜ他の女子をレイプしないのじゃ?」

 

「俺なりに理由があるんだよ」

 

 堀北は賢い女だ。

 冷静になれば俺を倒す方法に思い至るかもしれない。

 だから時間を与えず犯しまくる。俺に屈服するまでレイプする。

 

「ふむ、仕方あるまい。レイプも一日にして成らずと言うからのぅ」

 

 言わないと思う。

 それ、ローマ人も激おこぷんぷん丸だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 学校の授業でプールがあった。

 

 まだ四月なのに水泳の授業である。不思議に思っている者はいないようだ。

 原作では綾小路が違和感を抱いていたが、彼は表情が薄いのでよくわからない。

 

 男子たちは女子の水着に一喜一憂していた。

 

 水泳の競争が始まり、俺は手を抜いたのに三位になってしまった。

 

 流石はチートボディだ。

 俺って別に目立つ気はなかったんだけどなー。チラッ、チラッ。

 

 女子は特に歓声を上げてくれなかった。

 平田ばかり応援していた。奴は性格までイケメンだからな。仕方ない。

 

「お前、結構やるじゃん」

 

 須藤に背中をバンバン叩かれる。

 やめろ。お前と仲良くする気はない。

 

 そんなこんなで数日が過ぎて、ついに五月に入った。

 

 ポイントが振り込まれていない騒動である。

 

 原作では四月に十万ポイントという電子マネーみたいなものが振り込まれていた。生徒たちは毎月十万ポイント貰えると思い込んで豪遊しまくっていた。もちろん世の中そんなに甘くない。

 

 授業中に携帯を触ったりゲームしたり私語をしたり化粧したり早弁したり爆睡したりしてペナルティを積み重ね、ポイントを吐き出し続けていた。そしてついに今月貰えるポイントはゼロになっていた。

 

 茶柱先生はそんな生徒たちを馬鹿にしまくって、お前らは落ちこぼれだと罵りまくった。Aクラスから順番に優秀な生徒が割り振られ、Dクラスは余り物。ここまで駄目だったのはお前らが初めてだと皮肉られた。

 

 おかげでクラスはお通夜モードだ。

 

 それから平田の提案でクラスはポイントを増やす方向で進みかけたが、須藤が付き合ってらんねーと拒否した。遅刻や私語を改めてもゼロよりマイナスにはならないのだ。ならばこのままサボり続ければいいというのが彼の考えだった。

 

 しかしそれでは増やしたポイントも消し飛ぶことになる。

 須藤はクラスの全員から顰蹙を買っていた。

 ポイントの増やし方が見付かるまでは須藤の素行は改められそうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで夜の時間だ。

 

「今日もするつもりなの?」

 

 屋上からロープで降下、ベランダから部屋に侵入する。

 部屋に入ってきた俺に堀北が不愉快そうに眉をひそめた。

 

「いや、今日はやめておくよ」

 

 たまには休みも必要だろう。

 毎日レイプしているから俺も疲れていた。

 

「なら帰ってくれないかしら。あなたと同じ空気を吸ってると気分が悪くなるわ」

 

「Dクラスに配属されたのがそんなに不満か」

 

「同じクラスであることを隠さなくなってきたわね」

 

「須藤は困った奴だな」

 

 俺は肩をすくめてみせた。

 情報を与えてやると堀北はハッと目を見開いた。何の意味もない情報なのに俺への反撃の刃にできると思っているのだろう。

 

「やっぱりあなたもDクラスだったのね」

 

 それがわかったからどうなる。堀北の立場は何も変わらない。

 俺の名前がわかっても堀北は何もできないだろう。断言してやる。

 しかし希望を与えてやるのも時には必要だ。自暴自棄になられても困るからな。

 

 俺は冷蔵庫を開けて麦茶をコップに注いだ。

 盗人猛々しい俺の態度に堀北が無言の圧力をかけてくる。

 

 指紋がベタベタ付いてるぞ。気付かないのか。

 

 俺は流し台にコップを置いた。

 

「……何しに来たのよ」

 

「世間話でもしようかと思ってな」

 

「強姦魔と会話を楽しむ趣味はないわ。帰ってくれない?」

 

 素気ない態度だ。突っ込んでやれば甘えて来るのだが。

 

 俺はベッドに腰を下ろす。堀北の隣。

 

「Aクラスを目指すのか?」

 

「ええ。このまま最下位に甘んじているつもりはないわ」

 

「先の長い話だな」

 

 卒業までに最底辺のDクラスがAクラスに昇格できるのだろうか。

 原作を完結まで読んでいない俺にはその道筋がまったく思い浮かばない。

 

 まぁ、俺にとってはどうでもいい話だ。

 

 原作のストーリーが滅茶苦茶になろうが知ったことではない。

 どうせ女をレイプしなければならないのだ。いずれストーリーは破綻する。ならば気を使っても労力の無駄にしかならない。

 

「俺が赤点を取って退学になればお前は喜ぶか?」

 

「そうね。あなたが居なくなれば清々するわ」

 

「そうか。残念だよ」

 

「あっ」

 

 俺は堀北を抱き寄せた。風呂上りの堀北からはシャンプーの匂いがした。

 

「やめなさいよ。放して」

 

 堀北はしばらく抵抗していたが、やがて諦めて身体から力を抜いた。

 

「もう、何なのよ」

 

「たまにはこういうのもいいだろ」

 

「……知らないわ。私に聞かないで」

 

 堀北は頬を染めてそっぽを向いた。かわいい。

 

 ベランダでダンブルドアが怒り狂っている。

 このままだと粛清されそうだ。……そろそろ頃合いか。

 

「ねぇ」

 

 俺の腕の中にいる堀北が小さく呟いた。

 

「本当に今日は何もしないの?」

 

 わずかに期待が漏れ出ている。

 俺は苦笑しながら彼女の唇にキスをする。

 

 堀北が潤んだ瞳で俺を見詰めた。

 

 俺はそれを無視してベッドから腰を上げる。

 

「……あ」

 

 しばらく堀北はお預けだ。

 

 未練がましく俺を見詰めている堀北を置いて俺は部屋を後にした。



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3話

 櫛田桔梗。

 

 入学してから一週間でクラスのほぼ全員と連絡先を交換していて、その交友の輪は他のクラスにまで広がっている。常に周りに人が集まっていて、男女関係なく人気を勝ち取っていた。

 

「おはよう、田中君!」

 

「……おはよう」

 

 俺のようなぼっちにも挨拶してくれるほどだ。

 

 と言うか俺の名前を憶えているのか。初日に無難な自己紹介しただけで、あとはクラスの空気だったのだが。連絡先こそ交換したが一文字もやり取りしていない。俺の連絡先はガチャで出てきたノーマルレアみたいなものなのだろう。図鑑を埋めた後は売却される運命だ。

 

「今日も一日頑張ろうね!」

 

 天使かな。

 俺が原作を知らない童貞だったなら間違いなく惚れていた。

 

 しかし櫛田は中学の頃にクラスを崩壊させている。

 

 櫛田は堀北と同じ中学出身だった。そのため原作では堀北に中学時代の悪行を知られていると思い込み、堀北の足を引っ張るためにCクラスに内通して勝負に負けるように誘導したほどだ。

 

「桔梗ちゃん! 今日の放課後カフェ行かない?」

 

 池という少年が櫛田に熱烈アピールしていた。

 

 櫛田は少し困っていた。

 

「えっ、でも、勉強しないと……」

 

 赤点イコール退学という衝撃の事実が発覚してから、一部の勉強ができない生徒以外は勉強会を開いていたりする。池や山内、須藤といった馬鹿以外は学生らしく勉強に勤しんでいた。

 

「たまには息抜きも必要だって! 勉強ばっかの高校生活なんて詰まらないじゃん!」

 

 まったく勉強していない池の台詞に、櫛田の笑みが引き攣っていた。

 

 それから何か色々あって堀北が勉強会を主催して、綾小路が三馬鹿を参加させるのに苦心していた。彼は櫛田をエサにして三馬鹿を呼び出すことに成功。

 

「……レイプ……レイプ」

 

 ジジイが虚ろな目をして教室をふらふらしている。

 

 禁断症状が出て来たようだ。タイムリミットは近そうだった。

 

 

 

 

 

 

 と言うわけで次のターゲットは櫛田になった。

 おめでとう。ぱちぱちー。

 

 今回はちょっと趣向を凝らしてみる。

 

 堀北みたいに部屋に潜入してレイプするのは簡単だが、部屋に侵入するというのは先述したようにリスキーなのだ。

 

「素晴らしいレイプを期待しておるからな」

 

 ジジイの妄言を聞き流して俺は準備に奔走した。

 

 慣れた作業である監視カメラの偽装を済ませてから学生寮を走り回る。

 

 人の気配には細心の注意を払った。深夜とはいえ今日は土曜日。明日が休日なので夜遊びをしている生徒がいるかもしれないからだ。

 

 無事に誰にも気付かれずに仕込みを終えると、俺は安堵の溜息を吐いた。

 

 一番手間だったのは即効性の睡眠薬の調合だ。

 材料は学校の科学室にあった薬品をパクッてきた。

 

「これは、どういうレイプじゃ?」

 

 ジジイが首を捻っている。

 俺は自分の部屋にいた。パソコンの画面をジジイに見せる。

 

「……ふむ。自分でレイプしないのか?」

 

「櫛田は怖い女だからな」

 

 セックスしていれば落ちるようなどこかの黒髪美少女とは違う。

 

 櫛田は危害を加えられたら必ず報復する女だ。

 

 レイプされて写真で脅されて泣き寝入りするとは思えない。不審者が出歩いていると報告されただけで俺は身動きが取り辛くなるだろうし、監視カメラの偽装もバレるかもしれない。

 

 堀北がチョロすぎるのだ。

 だから油断しそうになるがレイプとはそう簡単にできることではない。

 

 俺が警戒し過ぎているだけかもしれないが。

 義経さんだって逆落としする前に鹿を叩き落としているからな。

 

 俺は石橋を叩いてレイプする男なのだ。

 

 おっと。

 どうやら動き出したようだ。

 

 俺はパソコンの画面を眺めながらスルメを齧った。飲み物はコーラだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 池寛治は肌寒さを感じて目を覚ましてしまった。

 

 なぜか床で寝ていたようだ。

 池はベッドから落ちるほど寝相が悪いわけではないのだが。

 

「……何だよ、これ」

 

 なぜか全裸になっていた。

 

 隣では友人の山内が倒れていた。彼も全裸だった。

 

 わけがわからない。池は軽いパニックに陥った。

 

「……う、これは」

 

 山内が身を起こす。

 彼も池のようにパニックになっていた。

 

「何だよこれ。夢じゃないのか?」

 

「夢かもしれないな」

 

 二人は両手で股間を隠しながら会話していた。

 間抜けな絵面だったがチンコを他人に見せるのは思春期の男子にとっては恥ずかしいことなのだ。

 

「と言うか夢だろこれ。ほっぺ痛ぇけど」

 

「だよな。こんなの有り得ねぇ」

 

 池は自分の頬を抓りながら部屋のベッドの方に目を向けた。

 

 そこには櫛田桔梗が横になっていた。

 

 彼女も全裸だった。

 胸がさらけ出されている。着痩せするのか妄想よりも大きかった。

 

 彼女の両手はロープで縛られていた。

 

「助けてやるべきだよな」

 

 池はそう呟いたが身体は言う通りにしてくれない。

 少女の裸体を穴が開くほど凝視していた。すでに肉棒はガチガチに勃起している。

 

「なぁ。櫛田って意外におっぱい大きかったんだな」

 

「そうだな。これって何カップなんだろ?」

 

「Dぐらいじゃね? 知らないけど」

 

「乳首も綺麗なピンク色だ。やっべ。すっげぇエロい」

 

 ごくりと生唾を呑み込む音がする。

 その音を出したのは池なのか山内なのか、もはや二人にもわからなかった。

 

「触ってみようぜ」

 

「ちょ、それはヤバいだろ」

 

「もうとっくにヤバいだろ。櫛田が目を覚ましたら十割で俺らが犯人だぜ」

 

「それは……そうだけど」

 

 おそらくここは櫛田の部屋だ。

 そして櫛田は全裸にされていて両手をロープで縛られている。

 

 池と山内も全裸だ。

 服はどこにも見当たらない。

 

 もし第三者にこの光景を見られれば池と山内が犯人扱いされるだろう。

 

「気にするなよ。これは夢だぜ」

 

「あっ、おい!」

 

 そう言いながら山内が櫛田のおっぱいに手を伸ばした。

 櫛田の胸がぐにゃぐにゃと形を変える。すげぇ。マジでやりやがった。

 

「うぉぉぉぉ! やわらけぇぇぇ!」

 

「ちょ、ズルいぞ! 俺の桔梗ちゃんに触るなよ!」

 

 池は思わず叫んでしまう。

 好意を抱いていた少女が友人に好き勝手されている。池はそれに嫉妬した。

 

「お、俺も触るからな!」

 

 池はビクビクしながらベッドに乗った。

 山内はこのおっぱいは俺のものだと言わんばかりに、両手で櫛田の乳房を鷲掴みにしている。

 

 他に触れる場所といえば……下半身。

 

 池は怖ろしげに櫛田の女性器に手を伸ばした。

 特に濡れていない。しかし童貞の池は感動した。

 

 その時だった。

 

「何してるの……?」

 

 櫛田が目を覚ましていた。

 彼女は青ざめた顔を二人に向けている。

 

 ヤバい。池の身体が恐怖に震えた。

 もう言い訳はできない。どこからどう見ても自分たちは強姦魔だ。

 

「あ、櫛田ちゃん。おはよう」

 

 しかし山内は笑っていた。

 

 それを見ていた池は思い出した。

 ああ、そうか。これは夢なのか。怖がる必要はなかったようだ。

 

「櫛田ちゃんっておっぱい大きかったんだね。あ、ごめんね。勝手に触らせて貰ってるけど、これは夢だから気にしないでね」

 

 山内が櫛田の胸を揉みしだく。

 

「やめて……やめてよ……池君、山内君、どうしてこんなことするの……」

 

 櫛田が涙目になっていた。

 両手を拘束されているので逃げられる心配もない。

 

「ほら、池も続けろって。処女は譲ってやるから、さっさと濡らして突っ込めよ」

 

「あ、ああ」

 

 池は言われた通りに舌を出して櫛田の女性器にこすり付けた。

 ……これが櫛田のマンコか。ピッタリ閉じていて綺麗なピンク色をしている。

 

 もしかしたら経験者かもと思っていた。櫛田は美少女だ。中学の頃に経験していても不思議ではなかった。しかしこの様子だと処女だろう。櫛田の初めての相手になれるなんて夢みたいだ。

 

「池君、山内君、お願いだからもうやめて」

 

「いやいや、無理だって。もう俺たち止まらねぇからよ。だよな、池!」

 

「あ、うん。桔梗ちゃん、ごめんね」

 

「謝るぐらいならやめてよ……」

 

 夢にまで見たものが目の前にあった。

 何度これを想像してオナニーしたものか。

 

 池は口に溜めた唾を舌に乗せて櫛田の割れ目に押し付ける。

 

 山内は櫛田の乳首を吸っていた。チューチューと音を立てている。

 

「いやっ、やだっ! 気持ち悪い!」

 

 櫛田が悲鳴を上げる。しかし二人は止まらない。

 

「やだ! いやぁ! 誰か助けて!」

 

 これは夢だから誰も助けに来ないだろう。

 

 そろそろいいかな。

 池は櫛田の股座から顔を上げた。

 

 最初は及び腰だった池も、興奮して強気になっていた。

 

「桔梗ちゃん! 俺の童貞を貰ってくれ!」

 

「よし、やれ! 池、男になれ!」

 

「いやああぁぁぁぁぁっ! やめてぇぇぇぇぇっ!」

 

 足をバタつかせて抵抗しようとする櫛田。

 

 山内はそんな櫛田の両足を手で抑え込んだ。

 

 櫛田はカエルのように両足を広げられていた。

 池にはそれが男を迎え入れるための姿勢にしか見えなかった。

 

 肉棒に手を添えて割れ目に押し付ける。

 挿入しようとして……ツルリと滑った。何度も試すが入ってくれない。

 

「あれ、入らねぇ。どうやるんだ?」

 

「おいおい、焦るなって」

 

「うるせぇ、焦ってねぇよ!」

 

 池は苦笑している山内を睨んでから、再び挿入に挑戦した。

 

 しばらく試していると亀頭が櫛田の膣に埋まる。

 おそらくここだろう。池はゆっくりと腰を進めた。

 

「いやいやいや! やめて! いやああぁぁぁぁぁ!」

 

 じわじわと櫛田の中に入り込み、半分ぐらい埋まったところで腰を押し出した。

 

 処女の肉壁をかき分ける。

 完全に櫛田の膣内に入ってしまった。処女膜はよくわからなかった。

 

 ともあれ池は童貞を失い、櫛田は処女ではなくなった。達成感に笑みが溢れてくる。

 

「……いやぁ……こんなのって、ないよ……」

 

 櫛田がボロボロと涙を零している。

 

 しかし池はそれどころではなかった。

 

 出したい。

 もう射精してしまいたい。我慢できそうにない。

 

「やっべぇ! 桔梗ちゃん、ごめんね! もう出ちゃうから!」

 

「……え?」

 

 不思議そうにする櫛田の顔が可愛かった。

 

 池はそれが止めになって我を失った。自分勝手に腰を振りまくる。

 

「ああっ! やめてっ! 痛いの! いやぁぁっ!」

 

「あー、出る! 出る!」

 

「やめて! 中に出さないで!」

 

 少女の願いは届かず、池は櫛田の膣内に射精した。

 

 櫛田はボロボロと涙をこぼした。

 その表情が最高に可愛くて、出したばかりの池の肉棒がすぐに硬くなる。

 

「……ひっぐ。どうして、どうしてこんな、ひどいことができるの」

 

「桔梗ちゃんが好きだからだよ」

 

 無茶苦茶な言い分だった。

 櫛田は唖然としていた。池のことを異星人のように見ていた。

 

「おいおい、次は俺に代わってくれよ」

 

「今のはノーカンだろ。もう一発ヤラせてくれよ」

 

「……貸し一つだからな」

 

 挿入してすぐに出してしまったのだ。これはノーカウントにして貰いたい。

 

 山内は舌打ちしてから櫛田から離れた。

 

 池は嬉々として腰を振り始めた。

 精液を注いだおかげで櫛田の膣は動きやすくなっている。

 

「……っ……うぐっ……ぁっ……ぃぁ……」

 

 櫛田の声は感じているようには見えない。

 しかし池は気にしなかった。自分が気持ちよければそれでいいとばかりにセックスを楽しんでいた。

 

 二度目の射精もすぐだった。もちろん中出しだ。

 

「……あぁぁ……もうやだ……誰か助けて……」

 

「じゃ、次は俺の番だな」

 

 山内が舌なめずりしながら櫛田に圧し掛かる。

 

 櫛田がそんな山内に懇願した。

 

「山内君、もうこんなのやめよ? 今なら誰にも言わないから」

 

「そうだね。櫛田ちゃん。やっぱりこういうのは駄目だよね」

 

「山内君!」

 

 櫛田の顔がパッと明るくなる。

 

 次の瞬間、山内の肉棒が櫛田の膣を貫いていた。

 

「え……どうして?」

 

「ごめん。手が滑った」

 

 山内が櫛田に笑顔を向けた。

 裏切られた悲しみに櫛田はまたもや泣いてしまう。

 

 そんな櫛田のことなど知ったことではないと山内はピストンを開始した。

 

 池が注ぎ込んだ精液がかき出される。

 ぐちゅぐちゅと淫靡な音色が部屋に響いていた。

 

「……あっ……や……いや……」

 

 山内の射精もすぐだった。

 櫛田の子宮にまたもや精液が流し込まれる。

 

「マジで最高。池、俺も二回戦するから」

 

「えっ、代わってくれよ」

 

「そっちも二回ヤッただろ」

 

 そう言われたら反論できない。池は憮然とした顔でそれを受け入れた。

 

 身体を揺さぶられながら、櫛田がボソッと呟いた。

 

「……絶対に許さない」

 

「ああっ、いいよ! 櫛田ちゃん……いや、桔梗! もう一回出すぞ!」

 

 櫛田は暗い顔をして二人を睨み付けた。

 

 その瞬間、灼熱が彼女の中にほとばしった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月曜日の昼休み。

 俺は男子トイレの洋式便器に座って携帯を眺めていた。

 

「レイプ♪ レイプ♪」

 

 ジジイが嬉々として画面を眺めている。

 こいつはレイプなら何でもいいようだ。

 

 画面の中では櫛田が池に犯されていた。

 

 場所は学校の体育倉庫だ。

 もちろんそこにも監視カメラはある。しかしこいつらは監視カメラの死角になっていると思い込んで櫛田を連れ込んでいた。

 

 全然隠れられていないのだが。

 バッチリ撮影されているのだが。

 

 そこは俺が監視カメラをクラックしていた。

 まったく世話をかけさせてくれる。映像を偽造するのも手間なのだ。

 

 で、俺はその監視カメラから映像を拾ってきているわけだ。

 

 池が櫛田に密着して身震いしている。問答無用の中出しだった。

 櫛田が嫌々と首を横に振っていた。

 山内がニヤニヤと笑いながら池と交代して櫛田に挿入している。

 

 櫛田も馬鹿ではないから、自分でアフターピルを入手して何とかするだろう。

 もうレイプされることを覚悟してピルを飲んできているかもしれない。堀北も途中から自発的にピルを飲むようになっていたからな。

 

「おおっ! ナイスレイプ!」

 

 ダンブルドアがうるさい。しかし機嫌は改善されたようだ。

 これでしばらくは消されることを心配する必要もなくなった。

 

「わし、レイプ見に行く」

 

 ジジイがそう言ってふわふわと飛んで行った。

 どっかの宗教の教祖みたいに浮いている。ひどい絵面だったが、ともあれこれで静かになった。

 

 池たちは日曜日はずっと櫛田を犯していた。

 何度も何度も飽きずにヤリまくっていた。

 

 彼らの着替えは浴室に放り込んでおいた。

 池たちは事後の汗を流そうとして着替えに気付いた。

 

 ズボンのポケットには彼らの携帯を入れておいた。

 

 用途はもちろん脅すためだ。

 

 池たちも射精して賢者タイムになるとこれが現実だと理解したのだろう。

 そこからの二人は恐怖から逃げるため現実逃避で櫛田をレイプしていた。

 

 しかし携帯があれば話は違う。

 二人は精液でドロドロになっている櫛田の写真を撮影した。

 

 もし告発すれば写真をバラまく。

 池たちは逮捕されるだろう。しかし櫛田も学校に居場所がなくなる。

 

 凌辱エロゲやエロライトノベルで使い古された脅しだった。

 

 櫛田は屈した……ように見える。

 

 実際のところ、どうなのだろう。

 まぁ、時間が経ってみなければわからないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日後のことだった。

 放課後、俺は自分の部屋でごろごろしていた。

 

 耳にはイアホンを付けている。

 音楽を聴いているわけではない。雑音ばかりで聞くに堪えない音色だ。

 

「あのね、池君のことなんだけど……」

 

 始まったか。

 

 俺は密かに櫛田の携帯に盗聴アプリを仕込んでおいた。

 会心の出来の自作アプリだ。バッテリーの減りが早くなるというデメリットがあるため授業中などは切っているが、今は放課後なので起動している。

 

「池君が篠原さんを襲うって言ってたの。たぶん冗談だとは思うんだけど、念のために気を付けておいた方がいいと思う」

 

 櫛田の周りにいる女子たちが「マジで!」と大騒ぎしていた。

 

「私の口からは言えないような、とても下品なことも言ってて。どうしよう。先生に報告した方がいいのかな?」

 

「いや、でもそれは難しくない?」

 

「今はまだヤバい発言をしてただけでしょ?」

 

「池を擁護するつもりはないけど、根も葉もない噂を流されたって逆に反撃されることも有り得るよね。名誉棄損ってやつ」

 

 クラスの女子たちは事を大きくするのは嫌だったようで、それっぽい言い訳をして櫛田をなだめていた。

 

「そうだよね。まだ何もしていないもんね。私の考えすぎかも……」

 

「とりあえず池には警戒するってことで」

 

 しかし、話を誘導するのが上手いな。

 こればかりは天性のものだろう。だからこそ怖ろしい。

 

 櫛田は勉強も運動も埋没してしまい、それが嫌だったからコミュ力で人気者になろうとした。中学の頃はミスってブログにクラスメートの悪口を書き込んでしまい失敗したが、逆に言えばブログさえ見付からなければ中学では人気者だった。

 

 他人を操るなんて櫛田にとっては朝飯前だろう。

 

 次もまた三日後だった。今度は山内だった。

 

「あのね、池君のことで相談したばかりなんだけど……」

 

 櫛田はそう前置きした。

 

「山内君が佐倉さんの方が狙いやすいんじゃないかって。佐倉さんって大人しくてあまり頼れる人もいないから、襲われても泣き寝入りするかもって言ってたの。あ、あの。私、怖くて……」

 

 櫛田が恐怖に震える演技をしているようだ。

 周りにいる女子が櫛田を慰めている声がした。

 

「……でも、それってマジなの?」

 

 しかし、またもや櫛田が二人の話を聞いてしまったというのは都合がよすぎる。

 もしかしたら櫛田が池たちを陥れようとするために嘘を吐いているかもしれないからだ。一度ならまだしも二度となると疑問が出てきてしまう。

 

 だが、櫛田もそのことは理解している。

 

 俺のイアホンからひどいノイズ混じりの音が聞こえてきた。

 どうやら録音アプリの音声を再生しているようだ。ノイズ混じりであまり聞こえないが、おそらくはこんな感じだろう。

 

「佐倉もいいよな。胸が大きいだろ。一発ヤリてぇなぁ」

「夜道を襲ったらイケそうじゃね?」

「はははっ、やってみる?」

 

 それだけだった。

 切り貼りして編集したような印象を受けた。

 

 これはおそらく櫛田をレイプしている最中に冗談で言ったのだろう。

 

 それを櫛田は録音しておいた。

 

 都合よく山内を陥れる会話を録音できたからこそ、やや不自然な告発になることを理解した上で女子たちに暴露したのだろう。

 

「え、マジ? これヤバくない?」

 

「冗談でも言っていいことと悪いことはあるでしょ」

 

「こいつらマジでサイテー。死ねばいいのに」

 

「流石にこれは悪質すぎるよ。先生に言った方がよくない?」

 

「で、でも……」

 

 櫛田が恐る恐るといったように口を挟む。

 

「……クラスの不利にならないかな?」

 

 教師に告発すれば池と山内はおそらく呼び出されるだろう。

 

 そこで厳重注意を受ける。しかし処罰はされない。なぜなら実際に行動していないからだ。

 ……実際には櫛田をレイプしているが。

 

 それで話は終わり。池たちは女子から嫌われるが、それだけ。

 

 櫛田がそんな甘い終わり方で二人を許すわけがない。

 

「今みんなは頑張って勉強してるよね。テストの結果次第ではポイントが増えるかもしれないって期待して。でも二人が問題行動を起こしたら、みんなの頑張りが無駄になっちゃうかもしれない」

 

 この前は先生に報告するべきかと相談したのに、今度は逆のことを言っている。

 しかし誰もそのおかしさに気付かない。

 櫛田の話術と演技力で完全に思考を誘導されていた。

 

「……ホント、あいつらクズよね」

 

「足手まといの上に変態とか救いようがないわ」

 

 こうして問題は棚上げされ、池と山内はますます女子から嫌われた。

 

 数日後には池と山内は完全に孤立していた。

 

 男子の一人が池たちに声をかけていた。

 

「なんかお前らヤバいことになってるみたいだぞ」

 

「ヤバいことって何だよ?」

 

「いや、俺はそこまでは知らないけど」

 

 本当に知らないのだろう。

 その男子は首を捻っていたが、他の男子に肩を叩かれて逃げるように席に戻った。女子のグループがその男子たちを静かに睨んでいる。

 

 グループチャットで池と山内をハブにするという話が出回っていた。

 

 もちろんぼっちの俺はどのグループチャットにも誘って貰っていないのだが。



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4話

 放課後、私は公園のトイレにいた。

 障害者用の広々としたトイレだ。公園の中にあり、土足で利用されているためタイル敷きの床は泥で汚れている。

 

 私はそんな床に背中を押し付けられ、正常位で池のペニスを挿入されていた。

 

 毎日の昼休み、放課後。夜遅くまで。

 もう二週間も彼らに犯され続けている。

 

 勉強会に誘われても参加できない。

 表向きは池と山内の会話を聞いてしまいショックを受けていることにしている。クラスの女子は私の演技に騙されていた。

 普段なら内心で馬鹿にしているけど、今回はなぜかいたたまれない気持ちになる。

 

「なぁ、なんか俺らヤバくないか?」

 

「……はぁ……はぁ……後にしてくれよ」

 

 腰を振っている池に山内が話しかけていた。

 

 私はあえぎ声一つ上げていない。

 実際、感じていない。身体の中に異物感があるだけだ。

 

 それが池たちには不満らしい。

 事あるごとに尻を叩いたり乳首を引っ張ったりして私に声を上げさせようとする。

 あえぎ声が聞きたいのだろう。馬鹿ではないだろうか。

 無理やりされても女性は感じない。愛液は出るが、それはただの防衛本能だ。

 

「なんで俺らクラスで孤立してるんだろうな。桔梗、なんか知らないか?」

 

 山内が馴れ馴れしく下の名前で呼んでくる。

 

 私は冷めた目をして首を横に振った。

 山内はチッと舌打ちすると、いきなり私の頬をひっぱたいた。

 

 ちょっとビックリしたけど、それだけ。

 こいつならやりかねないと思っていたし。

 

「ちょ、顔はやめろって! バレたらどうすんだよ!」

 

「あ、そっか。悪い悪い」

 

 山内は段々と壊れ始めていた。

 善良な精神が麻痺して、悪意が剥き出しになっている。元々は小心者だったのだろう。だからこそ強気な態度を見せ付けようとしているようだ。

 

「男子すら俺たちを無視してるだろ。前までは綾小路や堀北とは話ができたけど、あいつらも今日は俺たちを無視しやがった」

 

「あとは須藤ぐらいか」

 

「いっそ須藤もこっちに引き入れるか?」

 

「やめろよ。俺と桔梗ちゃんの時間が減るだろ」

 

 池が私の胸を揉みながら腰を使う。

 トイレの汚い床が気持ち悪い。本当に最悪だった。

 

「ねぇ桔梗ちゃん。最初の頃みたいにあえぎ声を出してよ。こんなに濡れてるし気持ちいいでしょ。ほら、ほら!」

 

 自分勝手な言い分だった。嫌悪感しか感じない。

 

「なんかつまんねーな」

 

 山内がボソッと呟いた。

 彼はマグロになってしまった私に飽き始めていた。

 

「マジで佐倉を襲ってみるか?」

 

「……流石にそれは不味くないか?」

 

「今さらビビるなよ。もう手遅れだろ」

 

 ……来た。

 私は内心でほくそ笑む。

 

 そうだ、襲ってしまえ。佐倉をレイプしてしまえ。

 そうすればこいつらは破滅だ。

 私は自分がレイプされたという事実を隠したまま二人を葬ることができる。

 

 そのために孤立させて正常な判断力を狂わせた。ストレスの捌け口として別の少女を襲うように誘導した。無抵抗でいるように見せかけて、女をレイプするのは簡単だと思い込ませた。

 

「俺は桔梗ちゃんがいれば満足なんだけどな」

 

「まぁ、しばらくは様子を見るか。何でかわからないけど警戒されてるみたいだし、時間を置けばクラスの女子も油断するだろ」

 

 ……このチキンが。

 今さらヘタレるなよ。クラスメートをレイプしているクズのくせに。

 

「あー、桔梗ちゃん! 出る! 出るよ! 俺の子どもを生んでくれ!」

 

 池が無茶苦茶なことを言いながら腰を振りまくる。

 

 私の両足を抱えて、杭を打ち込むように逸物を抜き差しした。

 

 

 

 ――その時だった。

 

 

 

 トイレのドアがガタンと音を立てる。

 鍵をかけているから開かない。山内がダルそうに「入ってまーす」と言う。

 

「すいませーん、お腹の調子が悪くて、時間がかかりまーす。別のトイレを探した方がいいと思いまーす」

 

 トイレのドアが再びガタンと鳴った。山内が苛立ち混じりの舌打ちをする。

 

「入ってるって言ってるだろうが!」

 

 瞬間、ドアが開いた。

 トイレのロックは回転する棒を引っかけるタイプだった。

 激しく揺すればロックが外れてしまう。

 

「おい、勝手に入って――」

 

 言葉の途中で山内が吹き飛んだ。

 池が何事かと振り返り、顔面を殴られて結合が解除された。

 

 暴発した精液が辺りに飛び散り、私の身体にも降りかかる。

 気持ち悪いと考えている暇はない。一体何が起こったのか確かめる必要がある。

 

「クソ、何なんだ――」

 

 言いかけた池が再び殴られた。

 池の腹に強烈な拳がめり込み、ゲロを吐きながら崩れ落ちる。

 

 山内は逃げようとしていた。

 しかし足を引っかけられて転んでしまう。

 

 山内が足でごろんと仰向けにされて、その顔面に拳が落とされた。

 何度も何度も殴られる。ステーキ肉を平たく潰すような丹念な打撃が彼を襲った。

 

「やめ、ゆるじで……ごめ、ごべんばざい……」

 

 私はそれを唖然と眺めていた。

 

 圧倒的な暴力だった。

 あれほど私を苦しめていた二人が何もできずに蹂躙されている。

 

 暴力に対抗する手段。

 それはより強力な暴力なのだと私は理解させられた。

 

「……田中君?」

 

 山内を潰してから立ち上がった少年には見覚えがあった。

 

 クラスでは誰とも関わろうとせず、休憩時間は一人で携帯を触っている。

 話しかけにくい雰囲気を出していてクラスでは孤立していた。

 

「ひぃぃっ! なんだよ! なんなんだよ、お前っ!」

 

 池が顔面を蹴り飛ばされる。後頭部を壁にぶつけて意識を失う。

 

 彼が私の方を向いた。

 その瞳には情欲の色が一切見えない。無色透明な視線に私は困惑した。

 

「悪い。遅くなった」

 

 彼が呟いた瞬間、なぜか瞳から涙が溢れてきた。

 最近は池たちに犯されても全然泣いていなかったのにどうしてだろう。

 

「あ、あれ……?」

 

 涙を手で拭う。

 それでも涙がこぼれ落ちてくる。

 

 涙腺を制御できなくなって、私は戸惑いながら何度も目をこすった。

 

「あれ、なんで……ごめんなさい……なんでだろ……涙が止まらないよ」

 

 泣いている私を見かねてか、彼は上着を脱いで私の肩にかけた。

 

 人肌の温もりに触れて、さらに涙が止まらなくなってしまう。

 凍えた心が解きほぐれていくのがわかった。池たちとは全然違う暖かさだった。

 

「俺のことは気にするな。好きなだけ泣いておけ」

 

「……うん」

 

 彼の言葉は淡々としていたが、その態度からは優しさを感じた。

 

 結局、私は泣き疲れて眠ってしまうまで彼に抱き着いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺は櫛田のことを過大評価し過ぎていたかと思い始めていた。

 

 クラスでは池と山内が孤立していたが、所詮はそれだけだ。

 

 俺は櫛田が二人を退学に追い込むと予想していた。しかし事態は一向に動かなかった。

 

 もしや俺は櫛田を見誤っていたのか。そう思っていると、不意に山内が呟いた。

 

「マジで佐倉を襲ってみるか?」

 

 盗聴器から拾ったこの台詞で俺は戦慄した。

 

 櫛田はこいつらの行動を誘導していたのだ。

 

 自分がレイプされている事実を隠して池と山内を潰す。そのためならクラスの女子が犠牲になろうが気にしない。

 

 レイプされながら反撃に出られる女は滅多にいない。

 普通は心が折れる。誰かに助けを求めることぐらいしかできないものだ。

 

 しかし櫛田桔梗はレイプされながら反撃できる女だった。

 

 流石に佐倉をレイプされるわけにはいかない。

 

 こいつらは俺が監視カメラの偽装などでサポートしないとロクにレイプできない無能どもだ。最近はそのリソースも勿体なく思えてきた。なんで無能どもの尻拭いのために俺が頑張らなければならないのだ。

 

 佐倉までこいつらの手に落ちるとその労力は少なくとも倍になる。

 

 もう面倒だから終わらせてしまおう。

 何時までも櫛田に関わっている暇はない。

 

 俺は櫛田がレイプされている公園のトイレに向かった。

 

 しまったな。何時もの仮面を持って来ていない。

 最近は堀北と会っていないから部屋に置いてきてしまった。

 

 取りに戻るか?

 まぁ、いいか。顔を見られたところで問題ないだろう。

 別にレイプするわけではないのだから。今回はその逆だ。

 

 差し詰め正義のヒーローか。

 笑えるな。俺は強姦魔だろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。俺は普段通りに授業を受けていた。

 教室に池と山内の姿はない。

 退学になった……わけではない。俺はそこまで手を下していなかった。

 

「……わしのレイプが」

 

 ジジイが嘆いていた。

 最近の櫛田はマグロだったからジジイも退屈そうだったが、いざレイプがなくなると名残惜しさでも感じるのだろうか。

 

 あれから俺は櫛田を学生寮に送り届けた。

 池と山内の携帯は破壊した。万が一にもデータを吸い出されないようハンマーで粉々にしておいた。

 クラウドに櫛田の写真が保管されていたが、会員制のサイトだったのでデータを削除してから退会しておいた。

 

 それから二人の部屋に潜入。

 部屋に隠してあったメモリースティックやSDカードも残らず破壊する。

 

 俺がやったのはそれだけだ。

 池と山内は欠席。俺に殴られた怪我が理由だろう。

 

「……櫛田。どうした。気になることでもあるのか」

 

「あ、いえ、何でもないです。すいません」

 

 茶柱先生が訝しげな目を櫛田に向ける。

 

 櫛田は授業中にも関わらず、俺の方に何度も視線を送ってきていた。

 茶柱先生に注意されて授業に集中するかに思えたが、すぐにまた俺の方を振り返る。

 

 俺は櫛田の策を邪魔してしまった。

 横から割り込んで偉そうに幕を引いたのだ。櫛田にしてみれば「何様だこいつ」と言ったところだろう。

 

 と思っていたら。

 

「あ、あの、田中君」

 

 昼休みになって櫛田が俺のところに来た。

 

 クラスメートたちは特に何とも思っていないようだ。

 櫛田はクラスのほぼ全員と仲良くなっている。孤立している俺とも仲良くしようとしているように見えていた。

 

「お昼、一緒に食べない?」

 

 クラスメートたちは不思議そうに首を傾げていた。

 流石に食事を一緒にするのは大袈裟ではないだろうか。

 

「ねぇ櫛田ちゃん。俺も一緒にいいかな」

 

 近くにいた男子生徒が割り込んで来た。

 

 下心が見え透いていたが、普段の櫛田なら笑顔でオッケーを出すところだ。

 

 しかし櫛田は困ったように笑う。

 

「ごめんね。また今度にしてくれないかな」

 

「あれ? まぁ、いいけど」

 

 男子はアテが外れたような顔をしていた。

 しつこく言い寄って嫌われるリスクを天秤にかけて諦めたようだ。

 

「田中君。それで、どうかな?」

 

 櫛田が両手を後ろに組んで、甘えるような上目遣いをした。

 

 俺に断る理由はない。

 どうせ釘を刺しに来たのだろう。

 

 池たちにレイプされていたことを口止めするつもりのようだ。

 

 教室では都合が悪いだろうから場所を移した。

 すれ違う生徒が櫛田に声をかけている。流石に人気者だった。

 

 食堂に隣接する中庭に到着した。

 グランドが見えるベンチに腰を下ろす。櫛田はその隣に座った。

 

 ……距離が近い。

 女の子のいい匂いがした。

 

「田中君はコンビニのおにぎり? 自炊しないんだね」

 

「手間がかかるだろ。料理する時間が勿体ない」

 

 俺は自分のために時間を使いたいタイプだ。

 具体的にはぐうたらしたい。

 

 櫛田は弁当を持参していた。

 食堂の山菜弁当は無料だったが、あれを頼むのは恥ずかしいと思う生徒は少なくない。そういう生徒はスーパーなどで無料の食材を貰ってきて自炊していた。

 

「それ、櫛田が作ったのか。美味そうだな」

 

「食べてみる?」

 

 櫛田が嬉しそうに笑みを浮かべた。

 

 俺が首を横に振ると、なぜか寂しそうになった。なぜだ。

 

 俺は無言でコンビニのおにぎりを食べていた。

 

 櫛田は何か話したそうにしていた。

 何度も口を開こうとして、止まってしまう。

 

 食べ終わってしまった。

 

 櫛田の弁当はまだ半分以上残っている。

 

「あっ、ごめんね。食べるの遅くて」

 

「別に急がなくてもいい。ゆっくり食えよ」

 

 ここで俺だけ教室に戻るのは流石に空気が読めていないだろう。

 

 櫛田は肩を落としていた。

 食欲がなくなってしまったのか箸を置いてしまっている。

 

「あのね、やっぱりお弁当食べてくれないかな? あんまりお腹が空いてなくて」

 

「……なら貰おうか」

 

 捨てるよりはマシだろう。

 

 俺が櫛田から弁当を受け取ると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

 お箸は櫛田が使っていたものしかない。間接キスになるが、どうでもいいか。

 

「……田中君、何も聞かないんだね」

 

 櫛田がポツリとこぼしていた。

 

 別に聞く必要もないからな。全部見ていたから。

 

「ご馳走様。美味かった」

 

「……うん」

 

 弁当箱を返す。

 櫛田は頬を染めながら弁当箱を抱き締めていた。こいつ何してんの?

 

 

 

 

 

 

 

 

 何かがおかしい。

 そう思っているのは俺だけではないようだ。

 

 クラスの注目が俺に集まっている。

 やめてくれ。俺はぼっちだ。目立ってしまうとレイプが出来なくなる。

 

「田中君、おはよう」

 

 櫛田は俺みたいなぼっちにも挨拶してくれるコミュ力の持ち主だ。

 ここまでは何時も通りなのだが。

 

「携帯で何を見てるの?」

 

「いや、小説を」

 

「なんて小説?」

 

 俺は携帯で電子小説を読んでいた。

 ミステリー小説の名前を上げる。最近映画化したやつだ。

 

「あ、それ聞いたことがある。映画になってたよね」

 

「そうだな。俺は見ていないが」

 

「なら今度一緒に見に行かない?」

 

 ……どう言うつもりだ。

 

 俺は櫛田の表情を観察する。

 駄目だな。櫛田の演技力のせいか裏があるようには思えない。

 

「ねぇ櫛田ちゃん! 映画ならみんなで見に行こうぜ!」

 

 隣の席の男子が声を上げた。

 賛同するように数人の男子が集まって来る。

 

 何時もなら櫛田はオッケーする場面だが――。

 

「ごめんね。私、田中君と話してるところなの。後にしてくれないかな」

 

「あれぇ? あれれれぇ?」

 

 その男子は何時もと違う手応えに首を傾げた。

 何かがおかしい。櫛田のイメージと今の返答が一致しない。

 

「なぁ櫛田ちゃん。田中に何かされてるの? 困ったことがあったら何でも相談してくれていいからさ」

 

「……何もしなかったくせに」

 

 櫛田が誰にも聞こえないほど小さい声で毒づいた。

 

 俺には聞こえた。チートスペックだからな。

 櫛田はすぐに取り繕った笑みを浮かべる。これは演技だ。俺にもわかる。

 

「ううん、田中君は何もしてないよ。それに、そう言うことを言うのはよくないよ。同じクラスの友達でしょ」

 

「……ごめん。何もないならそれでいいんだけど」

 

「ね、田中君。一緒に映画見に行こうよ」

 

 櫛田はその男子をあしらうと俺の方に振り返った。

 

「……考えておく」

 

 俺は男子たちに睨まれて、げんなりしながら返答した。

 

「そっか。返事を待ってるね!」

 

 櫛田は俺に満面の笑みを向けてから女子のグループに戻って行った。

 

 と思いきやすぐに戻って来る。

 上目遣いで俺を見上げていた。櫛田は何がしたいのだろう。

 

「あのね、田中君。私と連絡先を交換してるけど、覚えてくれてるかな?」

 

 櫛田は入学してすぐにほぼすべてのクラスメートと連絡先を交換していた。

 例外は堀北ぐらいだ。彼女は櫛田のことを警戒している。曰く、自分を嫌っているくせに仲良くなろうとする櫛田が理解できないとか。

 

 俺も櫛田と連絡先を交換していたが、今まで一文字もやり取りをしていなかった。

 

 俺の携帯がブルッと震えた。

 チャットでメッセージが送信されている。送ってきたのは目の前の少女だ。

 

『田中君と仲良くなりたいです』

 

 櫛田はペロッと舌を出していた。

 今度こそ女子のグループに戻っていく。

 

 なんだこれ。

 

「ねぇ、今のってどういう意味なの?」

 

「田中君と何があったの!?」

 

「ええっ! 何でもないよ! ホントだよ?」

 

 女子たちから今の一件を質問攻めにされている。

 櫛田は困ったように顔の前で両手を振っていた。

 

「おいいぃぃぃ! 田中ぁぁぁぁ!」

 

「貴様、どんな裏技を使いやがった!」

 

 俺の周りには嫉妬した男子が集まっていた。

 非常に鬱陶しい。なんでこんなことになったのだろう。

 

「ふんぬぅぅぅ! レイプぅぅぅぅ! レイプぅぅぅぅぅ!」

 

 ダンブルドアが怒り狂っている。

 奇声を上げながら教室を徘徊していて、この日は授業どころではなくなった。

 

 



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5話

 五月の中頃、私は勉強会を開くことにした。

 

 Aクラスに上がるためにはクラスの学力を向上させなければならない。

 テストの度に退学を心配しなければならない状況では、他のクラスに対抗するなど夢物語だ。

 

 なのでDクラスでも特に問題がある三人に勉強を教えることにした。

 

 一度目は私の態度が悪かったと言われて勉強会は失敗した。

 正直なところ、この時点で三人のことを切り捨てるべきではないかと迷ってしまった。

 愚者と付き合うのは、たまらなく苦痛だ。

 

 それでも私は二度目の勉強会を主催した。

 断じて綾小路君が思わせ振りな発言をしたからではない。

 私は私のために三人に勉強を教える。それだけだ。

 

 しかし池君と山内君は取り付く島もなかった。一夜漬けで大丈夫だと言い張り、綾小路君の説得にも耳を貸さなかった。須藤君もサボっている奴がいるなら俺もサボっていいだろという理屈で勉強会の参加を渋っていた。

 

 櫛田さんを使って三人を呼び出すことは考えたが、最近の彼女は元気がなかった。

 綾小路君に声をかけさせても生返事しか返ってこなかった。

 あの手この手で私と仲良くなろうとした時の櫛田さんは今や見る影もなかった。

 

 そうこうしている内に、池君たちの悪い噂が流れていた。

 

 二人が女子を襲おうとしているという噂だ。

 誹謗中傷の類だとは思うが、クラスの多くがそれを信じていた。

 

 それが本当かどうかなんて大した意味はないのだろう。

 共通の敵を作り上げて、連帯感を共有する。二人はそのための生け贄だ。

 

 二人は孤立を深め、授業も真面目に聞いていない。

 

 現状が続けば三人は間違いなく赤点を取るだろう。

 このままでは退学者を出してしまう。

 

「……どうすればいいのよ」

 

 私は自分の部屋で溜息を吐いていた。

 自分の勉強をするために教科書を開いていたがまったく集中できていない。

 

 池君と山内君は二日連続で欠席していた。

 茶柱先生が言うには体調不良らしい。仲のいい二人が揃って休んでいるので仮病を疑ってしまうが、体調不良と言われたら深く追求できなかった。

 

「……はぁ」

 

 ペンを置いた。

 こんな調子だと自分の成績も下がってしまう。

 

 最近は授業中に眠たくなることもない。

 

 彼が来なくなったから。

 

 もう二週間も彼の姿を見ていない。

 

「……んっ、こんな時に」

 

 彼のことを考えていると、身体が疼き始めてしまった。

 

 もじもじと太股をこすり合わせる。駄目だ。我慢できない。

 

 私はショーツの中に手を入れた。

 くちゅりと水音がした。まだ何もしていないのに濡れている。

 

「もう……こんなことをしている場合ではないのに……あっ……だめ……」

 

 膣にゆっくりと中指を沈めていく。

 椅子の背もたれに背中を押し付け、ピンと足を伸ばしながら天井を見上げた。

 

「だめ……だめ、なのに……ああっ」

 

 右手で女性器を愛撫しながら、左手で乳首をつねる。

 

「んっ……やだ……こんなの、変態じゃない……」

 

 別に自慰行為をしている女子は変態ではないが、これまで私は禁欲的に生きてきた。リソースはすべて勉学につぎ込んでいた。すべては兄さんに私を認めさせるため。そのためには自慰をしている時間なんてなかった。

 

 なのに今では毎日のように身体が疼いてしまう。

 日課のようにオナニーしている。

 それは確かに気持ちよかった。しかし心までは満たされなかった。

 

 理由はわかっている。

 けど、認めたくなかった。

 

 私は目を閉じた。

 

「あっ……んっ……んっ……」

 

 あの逞しい肉棒を思い浮かべてしまう。

 

 どうして急に来なくなってしまったのだろう。

 私の身体に飽きてしまったのだろうか。

 別の女子に目を付けて強姦しているのだろうか。

 

 胸が苦しい。

 私は右手の中指を奥に入れながら、左手でクリトリスを弄り回す。

 寂しさを埋めるような激しい動きだった。

 部屋の鏡には浅ましく快楽を貪る下品な女が映っていた。

 

 あまりにも情けなくて涙が出て来る。

 やめないといけないのに指が止まらない。

 

「あっ……だめ……来る……」

 

 背もたれに押し付けられた背中が痛みを訴えるが、快感がそれを吹き飛ばした。

 

「んっ、くぅぅぅぅぅ!」

 

 歯を食いしばって、脈打つようにビクリと震える。

 絶頂の余韻を味わいながら、ぐったりと椅子にもたれかかった。

 

 汗で髪が頬に貼り付いていた。

 せっかくお風呂に入ったのに、また入らないといけなくなった。もうお湯は流してしまったのでシャワーで済ませるべきだろう。光熱費や水道料金は無料だったが、それに甘えていると堕落してしまうから。

 

 私は気だるげに身体を持ち上げ――。

 

 部屋のベッドに腰を下ろしている少年に気が付いた。

 

「よっ」

 

 彼は気さくに片手を上げる。

 

 私は頭が真っ白になった。

 

「え、嘘……何時の間に!」

 

「激しいオナニーだったな」

 

「忘れなさい!」

 

 反射的に机の上からシャーペンを取ると、それを彼に振り下ろす。

 

 彼は苦笑しながら私の手首を受け止めた。

 すっぽ抜けたシャーペンが壁にぶつかり、ベッドの下に落ちてしまう。

 

「歓迎されていないようだな。また日を改めることにしようか」

 

「……あ」

 

 彼は私の手を放してあっさりと背を向ける。

 

 待って。行かないで。

 

 私は未練がましく手を伸ばしてしまった。

 

「冗談だ。そんな泣きそうな顔をするなよ」

 

「……それはあなたの目の錯覚よ。私は泣いてないわ」

 

 彼は私を引き寄せて、人差し指で顎を持ち上げる。

 

 時を忘れたように見つめ合う。私の心臓の高鳴は止まらなくなっていた。

 

「今日は抵抗しないんだな」

 

「逆らっても意味がないからよ。あなたは私に無理やり言うことを聞かせることができるじゃない」

 

「キスするぞ」

 

「……好きにすればいいでしょう」

 

 私は諦めたように脱力すると目を閉じた。

 

 湿ったものが私の唇に触れる。

 舌を入れられると覚悟していたのに、キスはすぐに終わってしまった。

 

 互いの唇が離れる。私は彼を睨みつけた。

 

「……あなたはズルいわ」

 

「そうかな?」

 

「そうよ。何時も急に現れて好き放題するじゃない。振り回される方の気持ちがわからないのね」

 

 彼は苦笑すると、いきなり私を抱き上げた。

 あれよあれよとベッドまで運ばれる。

 彼が慣れた手つきで私のパジャマを脱がせていく。

 

 あっという間に裸にされていた。彼も服を脱いでいた。

 

 そそり立つ肉棒に思わず目を奪われる。

 

「もう十分濡れてるからな。挿れてもいいだろ」

 

「んっ、好きに、すればいいでしょう」

 

 彼の肉棒が私の膣を貫いた。

 

 久しぶりの性交に身体が驚いていた。

 膣が押し広げられて圧迫感すら感じていた。しかしそれよりも心が満たされるような幸福感があふれていた。

 

「……んっ、くっ、相変わらず、大きいわね」

 

「こっちも相変わらずだな。狭くて気持ちいいぞ」

 

「そう。よかったわね。…………ああぁぁぁっ!」

 

 彼はゆっくりと大きなストロークで私の膣内を出入りした。

 

 思わず大きな声を上げてしまう。

 粘膜がこすり合わされる感触に腰が砕けて力が入らなくなる。

 

「ちょっと! 急に動かないで!」

 

「悪いな。久しぶりだから自制が効かなかった」

 

 久しぶり。

 つまり彼は他の女性と性行為をしていなかった?

 

 なぜか私は安堵していた。

 

 口だけの出まかせかもしれないのに。

 いや、彼が誰と行為に及んでいようが私には関係ないのに。

 

「あなたは、嘘吐きよ」

 

「急にどうした?」

 

 彼は一瞬だけ動きを止めたが、すぐに律動を再開した。

 私の言葉を分析するよりも目の前の快楽を優先したのだろう。

 

 ぐちゅぐちゅと彼の肉棒が愛液をかき出していた。

 

「ああっ、あぁんっ! やだっ!」

 

 じっくりとした攻めだったが、私の感じるところを的確に突いてきた。

 身体が火照って汗で濡れている。

 逸物が子宮口を優しくキスする度に頭が痺れそうになった。

 

「んんっ、んあっ、あんっ、ああっ!」

 

 彼は繋がりながら唇を落としてきた。

 私は目を見開き、すぐに目をとろんと蕩けさせる。

 

「ん、くちゅ、うっ」

 

 びちゃびちゃと唾液を交換する。

 その間にも彼は私の乳首を指で摘まんだ。私の身体がビクリと震える。

 

「うっ、あっ、乳首、気持ちいい」

 

「乳首だけでいいのか?」

 

「言わないといけないの?」

 

「ああ。俺に聞かせてくれよ」

 

「……下の方も、動いて欲しいわ」

 

 頬を染めながら彼に伝える。恥ずかしくて彼の顔を見れなかった。

 

 彼はいやらしく笑いながら問いかける。

 

「俺のチンポが欲しいのか?」

 

「……下品な言葉を使わないで」

 

「正直に言わないと続きをしてやらないぞ」

 

 ピタリと腰の動きが止まる。

 突然の宣言に私の意識が追い付かない。

 

 彼は一ミリも動けないように私の腰をしっかりと固定していた。

 

 身体が快楽を求めている。

 じわじわと疼きのようなものがせり上がっていた。

 

「ちょっと……やだ、意地悪しないでよ……」

 

 私は我慢できずに腰を動かそうとするが、彼の手は万力のように微動だにしない。

 

 私は涙目で彼を睨んだ。

 少しでも気を抜けば泣いてしまいそうだった。

 

「どうしてこう言うことをするの。ひどいわよ。私はただ……」

 

 その先も言葉にできない。素直になれない自分が恨めしくなる。

 

「悪いな。虐めすぎた」

 

 彼はパッと私の腰から手を放すと、ストロークを再開する。

 

 焦らすようなゆったりとした動きではない。

 ガツガツと貪るような激しい動きだった。

 

「ああっ、いやっ! 急に、激しい! ああぁぁぁ!」

 

 巨大な肉棒の蹂躙するような動きに私は完全に翻弄されていた。

 

 彼の筋肉質な胸板に乳首が擦れる。甘い痺れが背筋を通り抜ける。

 

 私たちは汗だくになりながら快楽を求めて絡み合っていた。

 

「あぁぁんっ! やっ、あんっ、あっ、ああんっ! それ、すごい! 激しいっ! ああっ、それ、だめっ! ああんっ! だめよ! だめっ!」

 

 十五歳の高校生とは思えない激しいセックスだった。

 

 部屋にはむせ返るような性臭が漂っている。

 

「そろそろイクぞ」

 

「あっ、あんっ……だ、出すの?」

 

「ああ。中に出すからな」

 

「好きにすればいいでしょ」

 

 彼は私と身体を密着させる。

 ぴったりと抱き合う体勢になったが、彼は器用に腰を動かして私の膣を抉った。

 

 小刻みな抽送だ。しかし動きは激しかった。

 

 ラストスパートだった。

 

 膣の奥が何度も小突かれる。

 気が狂いそうなほどの快感が私の脳髄に襲いかかった。

 

「あっ、あああっ、い、イクっ! ああっ、あっ、あっ、ああぁ!」

 

 密着していたら膣内に出されてしまうのに、私の方からも彼に抱き着いていた。

 両手を彼の首に、足は腰に巻き付けている。

 動きにくい体勢なのに彼は力強く腰を叩き付けていた。

 

「よし、出すぞ!」

 

「出して! ああぁぁぁっ! 出してぇっ!」

 

 そして、子宮の奥にどぴゅっと熱い精液がほとばしった。

 

 私は背筋を弓なりに反らして絶叫する。

 

「あああぁぁぁ! イクッ! イッくぅぅぅぅ!」

 

 彼のペニスが激しく脈打ち、精液が子宮の壁をノックするように流れ込む。

 私は彼に抱き着き、精液を受け入れる。

 

「……あっ……あぁっ……はぁ……はぁ」

 

 互いの身体が溶けて混ざり合いそうな気分だった。

 

 彼は最後の一滴まで精液を注ぎ込むと、私の身体の上に倒れ込んだ。

 

「……重いわよ。あなたは私を窒息させたいの?」

 

「悪い、すぐに離れる……」

 

 彼は身体を起こそうとして、私に呆れた目を向けた。

 

「何よ?」

 

 意味がわからなくて私は憮然とした返事をする。

 

「何時まで抱き着いてるんだ?」

 

 言われて気付いた。

 私はずっと彼に両手と両足でしがみ付いていた。

 

 羞恥心で顔が熱くなる。

 

「あっ、これは……違うわ。ただの不可抗力よ」

 

「……不可抗力って何だよ。使い方を間違ってないか?」

 

 自分でも意味不明な言い訳に、彼は苦笑を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 屋上からロープで降下する。

 

 夜風を浴びながら鼻歌混じりにベランダに着地。

 奥義サムターン回しで部屋に侵入すると。

 

 堀北がオナッていた。

 

 俺は気配遮断スキルを使って堀北のオナニーを鑑賞した。

 

 両手で乳首やクリトリスをいじり、中指を激しくピストンしている。

 どう見ても本気オナニーです、本当にありがとうございました。

 

 堀北の部屋に来たのは二週間ぶりだ。

 最初は近況を確かめるだけのつもりだったが。

 

 ヤリたい。堀北とヤリたい。

 こんなエロい光景を見せられたのだ。

 

 俺は我慢できなかった。なのでセックスした。

 意外とチョロい堀北は何だかんだで身体を許してくれる。

 

「……少しは加減してくれないかしら。死ぬかと思ったわ」

 

 堀北が腕枕されながら俺をジト目で睨んでいた。かわいい。

 

 彼女の膣内に三発注いだ後だった。

 堀北は腰が砕けて立てなくなっていたし、俺もちょっと休憩したかった。

 

 なので一緒の布団に入ってピロートークしている。

 

「レイプぅぅぅ! ■■■■■■――ッ!」

 

 ベランダでダンブルドアがバーサーカーになっていた。

 ☆5ピックアップ召喚の限定キャラだ。俺は回さないけどな。

 

 性欲に負けて普通にセックスしてしまったせいでジジイが激怒している。

 

 まぁ、いい。

 ジジイのことは棚上げして、とりあえず堀北に今日の用件を伝えることにした。

 

「池と山内、須藤の件で悩んでいるようだな」

 

「……ええ、そうね」

 

「一つ、策がある」

 

 堀北が眉をひそめる。

 俺は自分の考えを堀北に伝えることにした。

 

「池と山内に、秘密をバラされたくなければ従えと言ってみろ」

 

「秘密? どういうこと?」

 

 俺は思わせ振りに微笑んだ。

 

 彼らが櫛田をレイプしたという事実は伝えるわけにはいかない。

 堀北の性格は意外と常識的だ。犯罪行為を容認するほどぶっ飛んではいない。

 

「それでも勉強しないなら付ける薬はないだろう。退学になるのもやむを得ない」

 

 俺は池と山内をDクラスに残しておくべきだと考えていた。

 何を考えているのかわからない櫛田のヘイト管理に利用できるからだ。

 

 二人が退学になれば俺の武力は価値がなくなる。

 そうなれば櫛田は余裕を取り戻し、俺の正体に辿り着くかもしれない。

 

「あなたは何を知っているの? 私と兄さんの関係も知っているのよね?」

 

「さて、どうだろうな」

 

 俺はすっ呆けながら堀北にキスをした。

 

「……もう。そうやって誤魔化すつもりね」

 

 もちろん意図はバレていたが、堀北は満更ではなさそうな顔だった。

 

 それから俺は堀北と一緒にお風呂に入り、身体に力が入らない彼女を洗ってやり、布団に寝かしつけてから部屋に戻った。

 

「■■■■■■! ■■■■■■ッ!」

 

 その日の夜は狂化したダンブルドアのせいでまったく眠れなかった。

 霊体化しているので家具が破壊されないのが救いだったが、これは本格的にどうにかする必要があるな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 池と山内は俺にボコられた四日後に学校に出て来た。

 意外と長かった。

 もしかしたら茶柱先生に怒られたのかもしれない。

 

 二人は顔に四角い絆創膏を貼っていた。

 

 どうしたんだと男子から尋ねられると彼らは愛想笑いで答えていた。

 二人は櫛田の策謀によってハブにされているが、流石に怪我をすれば心配するというものだ。

 

「階段から落ちてさ。山内を巻き込んで地面にキスだよ」

 

「ははは。冗談みたいだろ。ったく、ついてないぜ」

 

 二人はクラスの男子にへらへらと笑いかけていたが、俺を見付けると肩を細めながら席に戻った。

 

 しかし未練がましくチラチラと櫛田に視線を送っている。

 

 櫛田は一瞬だけ能面のような無表情を二人に向けたが、すぐに女子グループに笑顔を振りまいた。

 

「ちょっといいかしら」

 

 堀北が二人に声をかけていた。

 横に綾小路を置いているのは護衛の意味だろう。

 

「あ、あの、田中君!」

 

 今日もか。

 

 櫛田が両手を胸の前でぎゅっとしている。かわいい。

 

「今日の放課後、一緒にカフェに行かない?」

 

 女子たちが期待の目を向けている。

 

 後ろから男子がプレッシャーを放っている。

 

 さながら前門の虎、後門の狼。

 

「……考えておく」

 

 女子から一斉にブーイングが飛んでくる。

 

「ちょっと田中! いい加減はっきりしなさいよ!」

 

 篠原という女子だ。

 黒髪ショートヘアの気が強そうな少女である。

 軽井沢グループの一人であり、原作では池といい感じになるが、この世界では無理だろう。

 

 どうしてこうなった。

 俺は泣く子も黙るレイパーだぞ。

 

「……わかった。行く。行くから耳元で怒鳴るな」

 

「よし、言質は取った!」

 

 篠原が櫛田にハイタッチした。

 

「う、うん。ありがとう?」

 

 櫛田は戸惑いながら片手を上げている。事前に打ち合わせをしていたわけではないようだ。ならばこれは篠原の独断か。

 

「えっと、本当に嫌だったら断ってくれてもいいよ?」

 

 櫛田の上目遣い。

 断ったら泣くのではないだろうか。

 

「気にするな。俺もカフェには一度行ってみたかったからな」

 

「うん、ありがと。田中君って優しいね」

 

「どこがだよ」

 

 一瞬からかわれているのかと思ってしまった。

 

 むしろ人でなしのクズなのだが。

 櫛田をレイプさせたのは俺なのだが。

 

「ちっくしょぉぉぉ! 田中ぁぁぁぁ!」

 

「このタナカスがぁぁぁぁ!」

 

「何でお前みたいなモブキャラが櫛田ちゃんと仲良くなるんだよ!」

 

 男子たちの嫉妬が鬱陶しいが、元々ぼっちだった俺のダメージはゼロだ。

 

 阿鼻叫喚の中、茶柱先生が教室に入って来る。

 

「お前ら、減らされるポイントがなくてよかったな」

 

 先生は溜息を吐きながらぼやいていた。



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6話

 池君と山内君は顔面を蒼白にしていた。

 

 私は二人を階段の踊り場、あまり目立たないところに呼び出していた。

 

 傍には綾小路君がいる。

 入試も実力テストも全教科五十点という得体の知れない人物だ。

 

「秘密って何なんだ?」

 

「綾小路君は知る必要はないわ」

 

「でも二人とも様子がおかしいぞ。お前ヤバいことしてないだろうな?」

 

「だとしたらどうするの?」

 

「友人を脅迫するのは見過ごせない」

 

「綾小路君も二人の噂を聞いているでしょう?」

 

 綾小路君から疑いの目を向けられる。

 私は表面上は普段通りの態度を貫いていたが、内心では困惑していた。

 

 秘密をバラす。そう言われた二人はあからさまに狼狽していた。

 

 私は秘密の内容をある程度までは推測していた。

 池君と山内君には悪い噂があった。

 クラスの女子を襲うと発言していたらしい。

 

 彼の言っていた秘密とは、そのことと関係しているはず。

 もちろん私の推測が的外れの可能性もある。

 

 しかし二人の反応は噂話が真実だと裏打ちしているように思えた。

 

「正直なところ私は池君と山内君が退学になっても別に構わないと思っているわ」

 

「……退学って」

 

「嘘だろ、おい」

 

 二人の顔が恐怖に引き攣っていた。

 

 違和感のある反応だった。

 池君たちは以前は一夜漬けで何とかなると笑っていた。退学という処分に現実感を抱いていない愚か者だった。

 しかし今や二人は退学に怯えていた。

 

 綾小路君も不審そうに目を細めていた。

 

「池、山内。お前ら一体何があったんだ?」

 

「な、何もねぇよ!」

 

「わかったよ! 勉強会に参加するから!」

 

 綾小路君の呟きに、二人は違うと首を横に振っていた。

 

 腑に落ちないが言質は取れた。

 秘密の内容も気になるが、二人の口を割るのは難しそうだ。

 

「……クソッ。絶対に誰にも言うなよ」

 

 池君が舌打ちしてから去って行った。

 

 山内君は怯える目を私に向ける。

 

「田中から聞いたのか?」

 

「……田中?」

 

 誰のことだと私は眉をひそめた。

 

 田中なんて有り触れている苗字だった。学年に一人や二人はいるだろうが、文脈から察するに同じクラスのように思える。

 クラスに田中という人物はいただろうか。まったく思い浮かばなかった。

 

「やっぱ言えないか。当たり前だよな」

 

 山内君は自嘲するように苦笑してから池君の後を追いかけた。

 

「なぁ堀北。あれでよかったのか?」

 

「私は自分の出来ることをしているだけ。結果までは責任を持てないわ」

 

 Aクラスに上がるために勉強を教えるだけ。

 ビジネス的な付き合いはする。それ以上のことは興味はない。

 

「……田中か。気になるな」

 

 綾小路君が二人が去った方向を眺めて呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、俺は櫛田とカフェに足を運んでいた。

 尾行する気配を感じていたが面倒なので放置。どうせクラスの連中だろう。

 

 カフェに入った瞬間、俺は後悔した。

 

 人が多い。

 さながら蟻の巣の内部のようだ。いや、それは言い過ぎか。

 

「わぁ、美味しそう! 田中君はどれにする?」

 

 櫛田がショーケースの前にしゃがみ込んで俺を見上げた。

 

 別に俺は何でもいい。

 安いからショートケーキかチーズケーキにしようかなと思っていた。

 

「ショートケーキ。コーヒーはアメリカンで」

 

「シンプルで田中君らしいチョイスだね。……あっ」

 

 その時。櫛田の視線が一点に集中した。

 

 視線の先は店員さんの後ろにあるポスターだった。

 

 巨大なコップにハート型に合体したストローが突き刺さっている。

 ジュースは着色料まみれの毒々しいピンク色だった。

 どう見てもカップル用だ。あれを一人で飲む奴がいたら勇者だろう。

 

「あのっ! 田中君!」

 

「アメリカンで」

 

「ねぇ、あれ……」

 

「アメリカンで」

 

「……う、うん」

 

 泣きそうな顔をされる。

 演技かどうか見抜けないので俺の心が大激痛だった。

 

 尾行者も無言のプレッシャーをかけてくる。……仕方ないか。

 

「すいません。あれ下さい」

 

 俺はぷるぷる震える指でポスターを指し示す。

 

 会話を聞いていた店員さんが苦笑しながら注文を取った。

 

「田中君っ!」

 

 感激したように目をキラキラさせている櫛田。

 

 櫛田ってこんなキャラだったっけ。

 精神がゴリゴリ削られて俺にはもうよくわからなかった。

 

 俺はショートケーキ、櫛田はフルーツのタルトを選び、空いている席を探す。

 

 櫛田がとあるグループに声をかけると彼女たちは席を立ち退いて別のグループに合流。空席が出来た。こいつすごいな。

 

 座っていいのか首を傾げながら席に座る。

 席を譲ってくれた女子たちが櫛田に親指をぐっと立てていた。

 どういう意味だ。グッドラックか。

 

「今日は付き合ってくれてありがとう」

 

「まぁ、これぐらいなら何時でも付き合ってやるよ」

 

 一応はデートだ。

 灰色の青春を送っていた前世を持つ俺にとっては初体験だった。

 

 櫛田の真意がわからないにしても、美少女とのデートは普通に嬉しい。

 

「ホントに!? 私のことウザいって思ってない?」

 

「櫛田みたいな可愛い子に誘われたら誰だって喜ぶよ」

 

「……可愛いって、そんなことないよ」

 

 櫛田が頬を染めている。かわいい。

 

 謙遜するなよ。

 自分が可愛いことぐらい自覚してるだろうが。

 

 話をしていると店員が例のブツを運んできた。

 ケーキもテーブルに並べられるが、それのインパクトに完全に負けている。

 

 量は八百ミリリットルほどだろう。二人なら飲める量だ。

 

 そして突き刺さったハート型に合体したストロー。

 

 俺はゴクリと生唾を呑み込んだ。

 なんだ、この罰ゲーム。恥ずかしすぎるぞ。

 

「田中君……」

 

 櫛田が潤んだ瞳を俺に向ける。

 

 俺が逃げたら泣き出しそうな顔だった。

 

 俺は震える手でストローを持ち上げる。

 なぜかカフェにいる全員が俺たちのことを凝視していた。なぜだ。

 

「……行くぞ」

 

「う、うん」

 

 俺たちは同時にストローに口を付ける。

 

 吸い込まれたジュースがストローをピンク色に染め上げた。

 

 席を譲ってくれた女子たちが黄色い悲鳴を上げながら拍手していた。

 それにつられて他の客も拍手している。スタンディングオベーションしてんじゃねぇぞ。

 

「おめでとう!」とか「お幸せに!」とか声が飛んできた。

 ちょっと待て。

 いや、俺たちは付き合ってるわけじゃないからな。

 

「意外と美味しいね」

 

「あ、ああ、そうだな。普通に飲めるのが驚きだ」

 

 味はミックスジュースに近い。

 薬品の味かもしれないが、それを言ったら自販機のジュースは全滅だろう。

 

「あ、このタルトも美味しいよ。田中君も食べてみて!」

 

 櫛田がそんなことを言いながら俺の方にフォークを差し出してきた。

 

 これは、伝説の「あーん」に違いない。

 なんだ、この攻撃力。

 櫛田は俺を悶絶死させようとしているのか。

 

「……田中君」

 

 櫛田は怯えていた。

 

 拒否されたら泣き出しそうだ。……天丼はやめてくれませんかねぇ。

 

 俺は腹を括った。

 気分はまな板の上の鯉だ。つまり逃げられないと言うことである。

 

 俺が口を開けると、櫛田は救われたような顔をした。

 

「どうかな? 美味しい?」

 

「ああ、美味いな」

 

「だよね!」

 

 パッと笑顔になる櫛田。かわいい。

 

 それから俺がジュースを飲もうとすると、なぜか櫛田も同じタイミングでストローを吸ってきたりした。

 

 偶然だよね。きっとそうだよね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日が通学路を染め上げている。

 

 五月半ばなので日中は暑いが、流石に夕方になると涼しかった。

 

「今日はありがとう。田中君と一気に仲良くなれた気がする」

 

「そうだな」

 

 俺は櫛田を学生寮まで送っていた。

 レイプされた少女を一人で帰宅させるほど俺は鬼ではない。

 

 俺を利用するために演技している……ようには見えないんだよなぁ。

 

「あのっ! 田中君!」

 

 また明日と別れようとしていると、櫛田が意を決したように話しかけてきた。

 

「相談したいことがあるの。部屋で話をしない?」

 

「……わかった」

 

 俺はついにこの日がやって来たかと思った。

 櫛田の相談事なんて一つしか思い浮かばない。

 

 櫛田が先に部屋に入る。

「ちょっと散らかってるから待ってね」と言われた。

 

 許可が出てから櫛田の部屋に足を踏み入れる。

 こうして彼女の部屋に入るのは二度目……いや、池と山内を運び込むのをカウントしたら四度目になるのか。

 

「何か飲み物取ってくるね。田中君は楽にしてて」

 

「気を使わなくてもいいぞ」

 

 俺がそう言っても櫛田は曖昧に微笑んでから冷蔵庫を開けに行った。

 

 座布団があったのでその上に腰を下ろす。

 櫛田は缶ジュースをテーブルに置いてから、座布団を手に俺の隣に腰を下ろした。

 

 距離が異様に近かった。

 互いの息遣いが聞こえるほどだ。

 

「えへへ。部屋に男の子を呼んだのはこれが初めて」

 

 恥ずかしそうに頬を染める櫛田が最高に可愛かった。

 

 おそらく櫛田はこの状況を演出している。

 潤んだ瞳も、熱っぽい吐息も、俺を篭絡するための演技だろう。

 

 ……だよな? なんか自信なくなってきた。

 

「あんなことがあったのに田中君は何も聞かないでくれたよね。私を傷付けないように気を使ってくれたのかな」

 

 池と山内にレイプされたことを言っているのだろう。

 

 俺は内心で身構えた。

 櫛田が自分から傷をさらけ出す意味。それ相応の覚悟をしていると言うことだろう。

 

「あれから池君と山内君が私を呼び出すことはなくなったんだ。たぶん田中君が手を回してくれたんだよね」

 

 呼び出しがなくなったことと、俺を関連付けるのは当然だろう。

 池たちが俺に怯えていたことも櫛田なら気付いているはずだ。

 

 だから俺は肯定した。そこに多少の嘘を混ぜ込みながら。

 

「そうだな。あんな卑劣なことは見過ごせなかった。櫛田に手を出したら容赦はしないと脅しておいたよ。でも……」

 

「うん、わかってる。私を脅迫する材料はまだ向こうの手に残ってるんだよね」

 

 携帯もSDカードもクラウドのデータも、脅迫材料は完膚なきまで破壊しておいたと言うことは黙っている。

 

 櫛田のヘイトを池たちに向けさせるためだった。

 それは成功していたのだが、俺はなぜか墓穴を掘ったような気がしてならない。

 

「俺には二人の行動を止めるのが精一杯だった。悪いな。あまり役に立てなくて」

 

「ううん、いいの! 田中君が謝ることじゃないよ!」

 

 櫛田が俺に寄り掛かった。

 大きな胸が俺の腕で潰れている。やばい。篭絡されちゃう。

 

「田中君。私、怖いよ」

 

「……櫛田」

 

「また池君と山内君に呼び出されるかと思うと夜も眠れないの。突然フッとあの地獄みたいな記憶が甦って、冷や汗が止まらなくなる。もうあんなのは嫌だよ」

 

 俺は櫛田を慰めるために手を伸ばし――次の言葉で固まってしまった。

 

「池君と山内君は私のことを諦めたのかもしれない。けど、“黒幕”はどうなのかな?」

 

 ヤバい。

 まさか櫛田は俺のしたことに気付いた?

 いや、そんな訳はない。証拠など一つも残さなかったはずだ。

 

 それよりもポーカーフェイスを維持するべきだ。

 

 俺は櫛田に心配そうな目を向けた。

 

「黒幕?」

 

 俺は初めて聞く言葉のようにすっ呆ける。

 

「たぶん黒幕がいると思う。最初にレイプされた時の状況がおかしすぎるから」

 

「どう言うことだ?」

 

「私、ここで処女を奪われちゃったんだ」

 

 櫛田が悲しそうな顔をした。彼女の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。

 

「部屋のロックを解除するなんて池君と山内君にできるとは思えない。それに二人とも状況に困惑してるみたいだった。私が目を覚ましたタイミングもおかしかった。裸にされて両手をロープで縛られても目を覚まさなくて、池君たちに身体を触られたら目を覚ますなんて誰かにとって都合がよすぎるよ」

 

「その誰かと言うのが黒幕か」

 

 櫛田は何も答えなかったが、その沈黙こそが肯定を意味していた。

 

 ミスったか。あまりに適当にやりすぎた。

 どうやら俺はチートスペックに胡坐を掻いて櫛田を見くびっていたようだ。

 

 こんなことになるなら夜道を襲って拉致するべきだった。やはり部屋を襲撃するのは危険だ。ちょっとやそっとではバレないだろうが、万が一と言うことも有り得る。一瞬の油断が命取りと言うことだ。

 

「田中君。こんなことを言ったら迷惑だと思うけど」

 

 とうとう櫛田が俺に抱き着いてくる。

 柔らかい身体が俺の意識を思索から引き戻した。

 

「厚かましいお願いだとはわかってるけど」

 

 櫛田が俺の手を取って、自分の胸に押し付けた。

 

 指紋採取ですね、わかります……。

 

「お願い。私を助けて」

 

 櫛田が涙をこぼしながら俺の唇にキスをした。

 

 俺は彼女の肩越しに不自然なティッシュの箱を見付けてしまった。

 

 箱の側面に小さな穴が開いている。

 カメラを仕込んでいるんですね、わかります……。

 

 あー、なるほど。

 部屋の掃除と言って俺を待たせた理由がこれか。

 

 俺は内心の動揺を隠して、櫛田を抱き締め返した。

 

「大丈夫だ。お前は俺が守る」

 

「……田中君」

 

「黒幕の指一本もお前に触れさせはしないから」

 

「うん。信じてる」

 

 俺は表情をキリッとさせる。

 櫛田は安心するように身体から力を抜いた。

 

 黒幕って俺なんだけどね。ベッタリ触ってるんだけどね。

 

 櫛田の本心が俺にはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 風呂上り。

 コンビニで買ってきたアイスを食いながらテレビを眺める。

 

「……れ…………れ……い…………ぷ……」

 

 部屋の隅でダンブルドアが消えかけていた。

 虚ろな目をしていて、ぶつぶつと何か言っている。

 

 ジジイ、消えるのか。

 いいぞ。さっさと成仏しろ。

 

 俺はネットで調べたお経を読み上げた。

 

 ジジイの身体がどんどん透けていく。これはいけるか?

 

「…………ぇ…………ぃ…………ぅ…………」

 

 ついにジジイが消え去った。

 俺はガッツポーズをしようとして、背後に気配を感じて振り返る。

 

「レェェェイプッ!」

 

「うわっ!」

 

 ジジイが至近距離で大声を上げた。

 

 ホラー映画さながらの光景に俺は後ろに転んでしまう。

 食べかけのアイスがぼとっと床に落ちた。

 ふざけんな。さっき消えたのは何だったんだ。ぬか喜びさせんな。

 

「貴様には失望したぞ、レイパータナカス」

 

「……タイムリミットか」

 

「然り。貴様は想像以上のヘタレじゃな。このレイパーの面汚しめ」

 

 ジジイが偉そうに溜息を吐いている。非常にムカついた。

 

「しかしわしも鬼ではない。神じゃからな。貴様がどうしてもレイプしたくないと言うならわしにも考えがある」

 

 俺の部屋のドアが勝手に開いた。

 

 池と山内が入って来る。

 二人とも虚ろな目をしていた。幽霊に取り憑かれたような雰囲気だ。

 

「こやつらに女をレイプさせる」

 

「……二人に何をした」

 

「貴様はレイパーの面汚しじゃが人を見る目はあったようじゃな。この二人は貴様よりもよほどレイプが上手い。こやつらに学校中の女をレイプさせてやる」

 

 この神、頭おかしい。

 ……今更だな。

 

 俺の指が透けている。

 ジジイがその気になれば俺は今すぐにでも消されてしまう。

 

 俺は溜息を吐いた。

 

「わかったよ」

 

「レイプ」

 

 それは相槌なのだろうか。

 

「やってやるさ。やればいいんだろ」

 

 ギリギリまで粘るつもりだったが、どうやらタイムリミットのようだ。

 

 俺に神性特攻スキルが付いていたらよかったのに。

 カンピオーネになりたい。いや、ダンブルドアの権能なんて欲しくないが。

 どうせグリフィンドールに百点入れる程度の権能だろう。

 

 ジジイが手のかかる子どもを慈しむような目をしていた。

 

「まったく。世話の焼けるレイパーじゃな」

 

 透けていた指先が元に戻っていた。

 俺は拳を何度か握り締めて握力を確かめる。

 

 池と山内がゾンビみたいな動きで俺の部屋を出ていく。

 なんか段々とこいつらが可哀想に思えてくる。犯罪者にも人権はあるんだよなぁ。

 

 はぁ。気が進まないけどやるしかないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日没後、一人の少女が買い物袋片手に学生寮に戻っていた。

 すると突然、茂みの中から手が伸びて、少女を木陰に引きずり込んだ。

 

「――きゃっ!」

 

 小さな悲鳴が上がるが、すぐに猿轡を噛まされる。

 両手両足をロープで縛られ、芋虫のように転がされた。

 

 俺は地面に落ちている買い物袋を拾い上げる。

 卵が入っていたが一個も割れていなかった。最近の卵パックは優秀だ。

 

 俺は買い物袋を片手に、少女を肩に担ぐと脇道を突っ切った。

 その先には小屋があった。

 コンクリートの建築物。入口は分厚い鉄の扉だった。遮音性もバッチリだ。

 

 カードキーでロックされていたが俺にとっては何の問題もなかった。

 櫛田の件でカードキーのリスクを思い知らされた俺だったが、今回狙った少女は櫛田ほど頭がキレるわけではない。多少手を抜いても問題ないだろう。

 

 小屋の中にはロッカーのような機械が並べられている。よくわからないモニタが付いた機械や、データセンターのような巨大な黒い箱もあった。これらは上下水道の監視制御装置である。

 

 俺はそこに――長谷部波瑠加を放り込んだ。

 

 乱暴に落とされた長谷部がうめき声を上げている。

 

「ほっほっほ、レイプじゃレイプじゃ」

 

 ジジイのテンションが高い。

 

 俺は長谷部の猿轡を外してやった。

 

 ここなら悲鳴を上げられても外には聞こえない。水道の制御装置を置くため、この建物は地震で壊れないよう頑丈に作られている。よしんば外に音が漏れても周りの木々が音を吸い取ってくれるだろう。

 

 長谷部が俺を睨み付けた。しかしその表情は青ざめている。

 

「……あなたは誰なの。私に何をするつもり?」

 

 俺は堀北と会う時の仮面ではなく、顔面を隠すタイプのガスマスクを被っていた。

 服は黒コートだ。どこからどう見ても不審者である。

 

 長谷部を選んだ理由は単純。

 

 長谷部は仲のいい友達がいないのでレイプするのに都合がよかったが、それだけで彼女を選んだわけではない。

 

 最終的には好みの問題だ。ヤリたいから長谷部にした。

 巨乳っていいよね。堀北の美乳も嫌いではないが、たまには違うものが食べたくなる。

 

 俺は長谷部のスカートをめくり上げると肉付きのいい尻を撫で上げた。

 

 長谷部はスタイルがいい。

 クラスの男子が勝手にやっていた巨乳ランキングで上位に昇っていた。

 

「――っ! やっぱりそういう目的なんだ」

 

 長谷部の肌に鳥肌が立っていた。

 

「誰か! 誰か助けて!」

 

 長谷部が大声を上げている。

 

 俺は構わず彼女の制服のボタンを外していく。水色のブラを押し上げると、柔らかそうな巨乳がこぼれ落ちた。

 

「やめて、触らないで! 気持ち悪いのよ!」

 

 両手で胸を揉み上げる。

 柔らかい。堀北では楽しめなかった感触だ。やっぱ巨乳もいいな。

 

 長谷部は身体をひねって俺から逃げようとする。

 

 俺はローションで自分のブツを濡らした。

 長谷部のショーツを脱がせて股の間にも塗りたくる。

 

「……ちょっと、嘘でしょ。冗談じゃないって」

 

 両足を拘束しているロープを外し、彼女の腰をつかんで引き寄せた。

 

「――くっ、このっ」

 

 長谷部が逃げようと暴れている。しかし俺の筋力の前には無意味だった。

 

 黒人サイズの肉棒を押し付ける。

 

「いやっ! 誰か助けて! ああぁっ! いやぁ!」

 

 ゆっくりと肉棒が入っていく。

 やはり処女なのだろう。長谷部の中は窮屈だった。

 

「……はぁ……はぁ……どうして、こんな」

 

 長谷部の膣から血が流れていた。

 破瓜の血だけではない。少し裂けたようだ。

 

 可哀想なので許してやりたくなるがジジイの目がある。

 

 早く終わらせてやるしかないようだ。

 

「――っ、う、やめ、痛いっ! 動かないで!」

 

 ピストンを始めた。

 ローションに血が混じる。長谷部が悲鳴を上げている。

 

 しかしジジイは満面の笑みだった。

 俺が言えることではないがこいつはゲロ以下のクズだな。

 

「あぎっ、がっ、やめ、痛い、痛いっ、あぁっ、やだっ」

 

 長谷部の巨乳を揉みながらパンパンと腰を叩き付けた。

 

 彼女の顔は涙と鼻水で台無しだ。

 

 しかし美少女を屈服させているという事実に俺の興奮も高まっていく。

 

 やがて射精が近付いてくる。

 俺は長谷部の身体を抱き締めてストロークの速度を上げた。

 

 長谷部はその意味に気付いたのだろう。

 青ざめた顔で俺を見上げて首を横に振っていた。

 

「もしかして……いやっ! いやあぁぁぁ!」

 

 両足で俺を蹴っているが俺の動きは止まらない。

 

 杭打機のように腰を叩き込む。

 最奥に肉棒の先端を押し付けると、勢いよく射精した。

 

「熱っ! ……そんな……嘘でしょ……」

 

 長谷部が顔面蒼白になって結合部を見下ろしている。

 放出される精液がどくどくと子宮に流れ込んでいた。

 

 肉棒を引き抜くと、ドロドロの精液があふれ出す。

 

「いや……やだ……」

 

 とうとう長谷部がしゃくり上げて泣き出す。

 

 俺は携帯のカメラで写真を撮っておく。

 

「グッドレイプ! グロチンドールに10点じゃ!」

 

 いらねぇよ。

 グロチン言うな。

 

 と言うか採点厳しくないですかねぇ。



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7話

 長谷部は三日間学校を休んだ。

 

 復帰した彼女は平素通りに見えたが、男子が大声で笑い声を上げたらビクッとしたり、近くを男子が通り過ぎると震えたりと、明らかに男性恐怖症の兆候が出ていた。

 

 長谷部の異常に気付く者は一人もいなかった。

 仲のいい友達を作らなかった所為だった。

 

 周りの人間が不審に思うこともないだろう。

 これからはジジイの機嫌が悪くなったら長谷部をレイプすればいい。

 長谷部には悪いが俺も消えたくないのだ。うむ、完璧すぎる策だな。

 

「あっ、あっちの席が空いてるよ」

 

 昼休み。

 俺は櫛田とカフェに足を運んでいた。

 

 カフェにいるのは女子ばかりで、一部カップルがいる。あとは女子に囲まれている軽薄そうな男子たちだ。

 

 高円寺も三年の女子とイチャイチャしていた。

 財閥の御曹司だからモテモテだ。奴は機嫌よさそうに大笑いしている。

 

 こうして彼女と昼飯を取るのも四回目になる。

 教室では相変わらず男子が俺を憎々しげに睨んでくるが、もう慣れてしまった。

 

 櫛田は池や山内、姿を見せない黒幕から己の身を守るために、俺の存在を周りにアピールしているようだった。

 

 しかし、同時にこうも思う。

 

 嫌いな相手に抱き着いて胸を触らせるだろうか。何度も昼食を共にしたり、放課後にデートに誘えるだろうか。

 

 ……櫛田だからこそやりかねないんだよなぁ。

 

 わからん。まったくわからん。

 

 当の櫛田は楽しそうにメニューを眺めていた。

 

「何にする? 私はパスタにしようかな」

 

「どうしようか。コスパ的にはドリアだが」

 

 カフェの昼食メニューはお洒落な洋食ばかりだ。

 周りのテーブルを見るに、量も少なそうだった。利用客が女子ばかりだから、それに合わせているのだろう。

 注文する前からポイントが勿体なく思えてしまう。学食の方が俺向きだった。

 

「田中君って勉強できるんだよね」

 

「まぁそれなりにな」

 

「私に勉強を教えてくれないかな?」

 

 俺は実力テストで九十点台を取っていた。

 チートスペックの頭脳と前世の知識のおかげだ。

 

 百点を取ると悪目立ちしそうだったので、まだ習っていない範囲から出題されていた問題はわざと落としておいた。

 

 櫛田は二週間ほど池たちにレイプされていた。

 その間はほとんど勉強が手に付かなかったはずだ。

 

「まぁ、別にいいぞ」

 

「ホント!? なら私の部屋で――」

 

「図書室でいいか?」

 

 ヘタレって言うな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで月日が過ぎていった。

 

 櫛田と放課後に買い物に行ったり、休日には映画に行ったり、勉強を教えていたら中間テストが始まっていた。

 

 堀北は勉強会などで忙しそうだったので、部屋に行くのは自重しておいた。

 代わりにジジイへのガス抜きを兼ねて長谷部を三回呼び出してレイプしておいた。

 

 テスト前日には堀北がクラスの皆に過去問を配っていた。

 

 綾小路が入手したのだろう。

 原作では櫛田が入手したことにして配布していたが、今の彼女は俺に付きまとっていて綾小路が声をかける隙もなかった。

 

 綾小路は妥協して堀北に過去問を渡したようだ。

 

 そしてテストの結果が発表された。

 

 須藤が三十二点を取っていた。

 原作以下の結果だ。これだけ悪条件を重ねれば点数は下がるか。

 

 むしろ池と山内の赤点を回避させた堀北の手腕を評価したいところだ。

 

 綾小路がトイレと言って教室を出て行く。

 

 おそらく茶柱先生を追いかけたのだろう。

 原作ではテストの点数をポイントで買おうとしていたが、今回須藤が赤点を免れるための点数は十点を超えている。俺が原作よりも平均点を底上げしてしまった所為でもあった。果たして茶柱先生は点数を売ってくれるのだろうか。

 

 堀北も席を立った。

 綾小路が何かしようとしていると察したのかもしれない。

 

 運動神経抜群の須藤が抜ければDクラスには大打撃だ。

 しかし須藤が抜けても俺がいる。

 俺はチートだ。俺が本気を出せば体育祭でも原作以上の結果を残せるはずだ。

 問題は俺が未だにぼっちな点だ。DQNとぼっちならどちらがマシだろうか。

 

 と思っていたら教室に戻ってきた堀北が、須藤の退学が取り消しになったと宣言した。

 

 マジか。茶柱先生は十点を売ってくれたらしい。

 

 表向きはDクラスの生徒を突き放しているように見える茶柱先生だが、その裏では下克上を狙っている。生徒たちには事務的に接し、教えるべき情報を教えなかったり、時には馬鹿にすることもあったが、それは野心を隠すためだ。

 

 茶柱先生は須藤が必要だと判断したのだろう。

 後で他の教師に嫌味を言われるのだろうが、それを覚悟で須藤を取った。

 

 須藤が信じられないという顔をしている。

 

 堀北に惚れたとか言い出していた。やめろ。あれは俺のものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、櫛田が俺のところにやってくる。

 

「田中君のおかげだよ。ありがとう」

 

「俺は大したことはしていない。櫛田の努力の成果だろう」

 

 と言うか、櫛田は全教科八十点以上だった。

 

 原作では落ちこぼれた天才という設定だったはずだが、普通に優秀だ。

 俺が勉強を教える必要はなかったと思ったほどだ。

 

 過去問のおかげもあるのだろう。

 むしろそれで赤点を取る須藤のような奴らが問題だ。

 

「田中君はすごいね。百点を五つも取ってるし」

 

「過去問があったからな」

 

 社会で一問ミスってしまい九十八点になってしまった。

 間違えたのは時事問題だ。新聞ぐらい読んでおくべきだったか。

 

 しかしクラスでは堂々の一位だ。

 二位の幸村に睨まれた。

 三位は平田、四位は高円寺。

 本来なら堀北も上位争いに参加しているはずだが、彼女は自分の点数を下げて平均点を落としていた。池や山内、須藤を赤点から救うためだ。

 

「テストも無事に乗り切ったし、これから一緒に打ち上げに行かない? 勉強を教えてくれたお礼に私が奢るから」

 

「打ち上げか。わかった。割り勘でいいぞ」

 

「そう? でも私、田中君にお礼がしたいな」

 

「気にするな。俺はポイントに――」

 

 困っているわけではない、と言おうとした時だった。

 

 櫛田が俺の背後を睨んでいた。

 ゾッとするような暗い瞳。俺に向けたことはない氷のような表情だった。

 

 しかしそれは一瞬のことだった。

 俺が原作を読んでいなければ見間違いだと錯覚しただろう。

 

「田中君、話があるの。少し付き合って貰えない?」

 

 声でわかった。

 話しかけてきたのは堀北だ。

 

「話というのは?」

 

「ここでは話せないわ。場所を変えましょう」

 

「……わかった」

 

 俺は腰を上げた。

 話の内容はもう予想が付いていた。

 

「堀北さん。それって本当にここでは話せない内容なのかな?」

 

「そうよ。悪いけど櫛田さんは席を外してくれないかしら」

 

「……田中君、また後でね」

 

「ああ。終わったらチャットで連絡するよ」

 

 櫛田は自然な笑顔を浮かべて他の女子のところに行った。

 

 俺は堀北の後を追いかける。

 

 屋上のドアを開ける。

 肩を寄せ合うカップルが驚いた目を俺たちに向けた。

 

 彼らは恥ずかしそうに頬を染めながら逃げるように屋上から走り去る。

 

 そんな小さなアクシデントを堀北は何事もなかったかのようにスルーしていた。

 

「田中君、櫛田さんと仲が良いみたいだけど、あなたたちは付き合っているの?」

 

「いや、付き合ってはいないが」

 

「そう」

 

 堀北はホッとしたように息を吐く。

 フェンスの向こうでは部活に勤しむ運動部の姿があった。

 

 平田がサッカー部で青春の汗を流している。

 二年のヤバそうな次期生徒会長もサッカー部に混ざっているようだ。

 

 堀北が不意に言った。

 

「櫛田さんも私みたいに強姦したの?」

 

 音が消えた。

 屋上を吹き抜ける風が止まっている。

 

 堀北が振り返る。俺に挑みかかるような目をしていた。

 

「……ははっ」

 

 俺は思わず笑ってしまった。

 予想はしていた。それでも笑いが止まらない。

 

 今頃かよ。遅ぇよ。

 しかも、一々回りくどいんだよ。

 

 情報源は池か山内だろう。

 こうなることは予想できていた。奴らを潰したのは俺だ。

 その時に顔も見られている。

 

 しかし堀北は俺を告発するつもりはないだろう。俺は確信していた。

 わざわざ俺を呼び出して真意を質しているのがその証拠だ。

 

 本当に俺を告発したいなら茶柱先生や生徒会に訴えている。

 

「俺が堀北を? 櫛田を強姦したって? どういう冗談だ?」

 

「――っ!」

 

 ここからどう出て来るのか。

 一つでも証拠を見せてくれなければ興醒めもいいところだ。

 

「あなたは池君や山内君から情報が洩れることを把握していたはずよ」

 

「だから何のことだ? 池と山内がどうした?」

 

「……そう。あくまで白を切るわけね」

 

 堀北は携帯電話を取り出した。

 

 携帯に画像が表示されている。

 グラフのような謎の画像だった。

 

「声紋という言葉は知っているわよね。私は強姦魔の声を録音しておいたの。今ここであなたの声を録音すれば、強姦魔とあなたが同一人物かどうかを証明することができるわ」

 

 最近は便利なものがある。

 専門知識がなくても声紋鑑定できる時代になっていたとは。

 

「もう俺の声は録音したんだろ? 調べてみろよ」

 

「……まだ認めないの?」

 

 いや、俺はアプリの結果が見たかっただけなんだけど。

 

 堀北がショックを受けた顔をする。

 俺を睨み付けようとして、目尻から涙がこぼれた。

 

「あなたは、最低よ」

 

「ああ、そうだな。話はそれだけか?」

 

 俺はニヤけてしまいそうだったので背中を向ける。

 

 堀北は俺の背中に飛び込んで来た。

 

「櫛田さんから手を引きなさい。私がいればそれでいいでしょう」

 

 ……手を引けって言われても引けない状況なんですけどねぇ。

 下手に距離を置いたら俺が黒幕ですって言ってるようなものだ。

 

「……彼女から手を引かないなら、あなたに強姦されたと訴えるわ」

 

 堀北が後ろから手を伸ばし、俺に再び携帯を見せ付けた。

 

 そこには抱き合いながらセックスしている男女が映っている。イチャイチャとキスをしながら絡み合っていた。

 

 映っているのは俺と堀北だ。

 どうやらこの前のセックスは盗撮されていたようだが、これをレイプというのは苦しくないか?

 

 しかし、俺を脅そうとしたのは面白かった。

 少し前の堀北では思い付きもしなかっただろう。彼女も俺にレイプされて成長したようだ。

 

「参ったよ。降参だ」

 

 俺は両手を上げた。と言っても堀北の脅しに屈したわけではない。

 

 あの動画では脅しにならない。

 むしろ生徒会長がキレて堀北を退学させるだろう。

 

 これは女のヒステリーだ。最近構ってやらなかったからな。

 

「俺は櫛田をレイプしていない」

 

「嘘よ。だって彼女は――」

 

「常識的に考えろよ。レイプされたのに惚れるお前の方がおかしいんだよ」

 

 堀北の腕を払ってから振り返る。

 

 堀北は目を潤ませていた。頬は朱色に染まり、吐息は色っぽい。

 

 強姦魔に見せるべき表情ではなかった。

 

「櫛田のことは俺にもよくわからん。気付いたら付きまとわれていた。男としては悪い気はしなかったがな」

 

「信じられないわ。櫛田さんはあなたに脅されて……」

 

「なら本人に聞いてみればいい」

 

 俺が断言すると、堀北は黙り込んでしまった。

 泣きそうな顔をして俯いている。捨てられた子犬のようだった。

 

 虐めるのはここまでにしておこう。

 俺は堀北を抱き寄せた。顔を近付ける。彼女の瞳が期待に揺れた。

 

「……あっ」

 

 唇を合わせた。堀北は目を閉じ、その瞳から涙が伝う。

 

「あなたは……やっぱり最低ね。何時もキスで誤魔化そうとするわ」

 

「ああ、そうだな。今晩お前の部屋に行く。いいよな?」

 

 堀北の身体が揺れる。

 

「……あなたは卑怯よ。最低よ」

 

「十時頃にそっちに行くよ。窓の鍵が締まってたら帰るからな」

 

 俺は涙目で睨んでくる堀北を置いて屋上を去った。

 

 しかしチョロすぎないか。

 俺の正体に気付くまでは想定通りだったが、まさか櫛田に嫉妬するとは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 堀北の部屋の窓は開いていた。

 彼女は風呂上がりのシャンプーの匂いをさせながら俺に抱き着いてきた。

 

 俺と堀北はキスをしながら絡み合った。

 もつれ合うようにしてベッドに倒れ込み、何もしていないのにトロトロになっていた膣にペニスを入れる。

 

「あ、ああっ、大きい……あなたの、感じるわ……」

 

 堀北は歓喜の声を上げて俺に抱き着いてきた。

 

 燃え上がるような情熱的なセックスだった。

 堀北は自分から腰を振って俺を迎え入れている。俺も夢中になって堀北を貪った。

 

 俺専用に拡張された堀北の膣内は、襞が肉棒に絡み付くように蠢いている。

 

 堀北の膣内は俺に使い込まれて名器になっていた。と言っても俺以外が突っ込んだところでガバガバに感じるだろうが。

 

「あっ、あっ!」

 

「よし、出すぞ」

 

「来てっ! 膣内に頂戴!」

 

 最初の一発を膣内に注ぎ込む。

 堀北は一滴も逃さないとばかりに俺を抱き締めた。

 

 すぐに二回戦が始まる。

 

 俺は堀北をうつ伏せにすると後ろから貫いた。

 

 堀北は長い黒髪を振り乱してあえぎ声を上げる。

 

「あっ、あっ、田中君……もっと!」

 

 そう言えば正体がバレていたのか。

 俺はもう仮面を付けていない。

 堀北が何時もより興奮しているのはその所為だろう。

 

「あんっ、あぁっ、あっ、はぁ、あ、あ、んんっ!」

 

 パンパンと音がする。

 堀北の膣から愛液がこぼれ落ち、シーツの上に水たまりを作っていた。

 

「あっ、い、イクッ!」

 

 膣がペニスをぎゅっと締め上げる。

 どうやら達してしまったようだ。

 俺が動きを止めると、堀北は荒い息をしていた。

 

「どうする。休むか?」

 

「……ごめんなさい。少しだけ」

 

 結合を解いて、俺は仰向けに寝転がる。

 俺の身体の上にぐったりした堀北を乗せた。

 

「あなたって、こんな顔だったのね」

 

「普通だろ」

 

「そうね。でも……」

 

 堀北が俺にキスをする。

 

 それから俺の肉棒に手を添えると、膣の入口に押し付けた。

 

「もう大丈夫なのか?」

 

「……もっとあなたを感じたいから」

 

「今日のお前は何時もより素直だな」

 

「んっ、くぅっ……」

 

 俺の肉棒が堀北の膣内に入っていく。

 

 彼女は完全に俺のものを受け入れてから、声を震えさせて呟いた。

 

「はぁ……はぁ……だって、櫛田さんに負けたくないから……」

 

 お、おう。

 俺は何も答えられない。

 

 絶句している俺に、堀北は泣きそうな顔をしてから腰を振り始めた。

 

「あっ、あぁっ、あんっ、ああぁ……!」

 

 涙と汗が混じった水滴が俺の胸板に落ちてくる。

 

「あんっ! あっ! 田中君も、動いて……」

 

「……ああ」

 

 唖然としている場合ではない。俺も下から堀北を突き上げる。

 リズムを合わせて腰を打ち付ける。それは共同作業のようだった。

 

「あっ、あっ、あーっ! あっ、だ、だめっ! い、イクッ!」

 

 堀北の身体が絶頂に震える。

 しかしこれでは生殺しだ。一度は我慢したが、そろそろ俺も射精したい。

 

 堀北の腰を掴んでパンパンと突き上げる。

 

「あっ、ま、待って! イッたばかりだから、今は――あああぁ! あああっ! やぁぁ! だめっ! だめぇぇ! 感じ過ぎて、壊れちゃう! いやあぁぁぁ!」

 

 普段はクールな堀北が乱れ狂っているというギャップに俺の興奮が高まった。

 射精感が近付くにつれて動きがさらに激しさを増す。

 

 堀北が俺の身体に倒れ込む。

 身体が密着して気持ちよさが倍増した。

 

「はぁ、はぁ、やぁぁぁ! やだ! だめ! ――っ、ああぁぁ!」

 

「もうちょっとだ。我慢しろ」

 

「イッて! ああんっ、もうイッて! 早く出して!」

 

 ガクガク震える堀北の頭を抱きかかえてながら肉棒を突き入れる。

 

 そして俺は射精した。

 

「いっ、くぅぅぅぅ!」

 

 二度目だが我慢したからか大量の精液が彼女の膣内に流し込まれる。

 

 堀北は全身を密着させて精液を受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。この日は湿気が多いのか暑苦しかった。

 

「いやっ、もうやだ……」

 

 長谷部波瑠加の顔が恐怖に歪んでいる。

 

 人気のない公園の林の中だった。

 長谷部波瑠加は俺に命令されて服を脱いでいた。

 

「何で私なの? 堀北さんとか櫛田さんみたいに、もっと可愛い子がいるでしょ。彼女たちを犯せばいいじゃない」

 

 俺はガスマスクを装着している。

 答えようとしてもくぐもった音しか出て来ない。

 

 安物のジョークグッズなので品質は最低だ。実際に毒ガスを防ぐ機能はありませんとパッケージにも書かれていた。

 

 ……暑い。息苦しい。

 もう六月だ。仮面のチョイスをミスったかもしれない。

 

「……何で私なのよ。私が何をしたっていうの」

 

 俺は携帯を触ってから画面を長谷部に向ける。

 テキストを見せられた長谷部は悔しそうに唇を噛み締めていた。

 

『股を広げてオナニーしろ』

 

「……っ、私が逆らえないからっていい気にならないで」

 

 ガスマスクからコフーと息が漏れる。

 

 長谷部は俺を睨み付けていたが、諦めたように右手を股に持って行った。

 

 長谷部は写真で脅されている。

 エロゲなどでは使い古された手法だが、それは逆に言えば使い古されるほど効果があるということだ。

 櫛田ですらこの手の脅しには屈したほどだからな。

 

「……んっ……ぅ……ぅ……ぅっ……っ……」

 

 長谷部のオナニーはお上品だった。

 普段からあまり弄っていないのだろう。やり方を知らないようだ。

 

 堀北の本気オナニーと比べたら児戯みたいなものだった。

 

 俺は携帯を長谷部に向けていた。

 長谷部がその意味に気付いたのはしばらく経ってからだ。

 

「えっ、ちょっと! やだ! 撮らないで!」

 

 長谷部は自慰をやめて俺から携帯を奪おうとする。

 まだ自分の立場を理解していないらしい。

 俺は長谷部の頬にビンタを放った。痕が残らないように優しく叩いたのだが。

 

「……え?」

 

 彼女は張られた頬に手を当てて唖然としていた。

 

 そう言えば長谷部に直接的な暴力を振るったのはこれが初めてか。

 最近は段々と慣れてきたのか俺に口答えすることもあった。付け上がる前に躾ておくべきだろう。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 俺は携帯のテキストエディタで『尻を出せ』と書き込んだ。

 

「……はい、わかりました」

 

 長谷部が震えながら俺に背中を向ける。

 

 俺はまだ堀北の愛液で微かに湿っている肉棒を長谷部の膣内に押し込んだ。

 

「……うっ、くっ、いやぁぁ……入ってくる」

 

 堀北の膣ほど開発されていない。

 長谷部の膣内は俺のものを拒むような硬さだった。

 

 堀北に四回出した後だ。射精するには時間がかかるだろう。

 元々今日は長谷部とヤルつもりなんてなかった。しかしジジイの顔面がグラップラーみたいになっていたので仕方なく彼女を呼び出したのだ。

 

「ああっ、いやっ、やだっ、いやあぁぁ!」

 

 長谷部の膣内を傷付けないよう様子を見るようにゆっくりと動く。

 最初は半分ほどしか入らなかったが、段々と愛液の量が増えてくる。すぐに奥まで入るようになった。

 

「あんっ、いやっ、やあぁぁっ! あんっ、やだぁっ、ああんっ!」

 

 長谷部の肉付きのいい尻をつかんでパンパンと腰を叩き付ける。

 

 甘ったるいあえぎ声が気になったが、たぶん四回目だから慣れてきたのだろう。

 

「ああっ、やだっ、どうしてこんな……無理やりされているのに……」

 

 公園の街灯に照らされた長谷部の身体は朱色に染まっている。

 白い背中にじっとりとした汗がにじみ出ていて、愛液の量もどんどん増えていた。

 

 ねちゃ、ねちゃ、という粘液の音が辺りに響いている。

 

 レイプされて感じる淫乱が!

 と言いたいが、ガスマスクのせいで何も言えない。

 

 なんかこのままいくとヤバイ気がする。……本当に大丈夫か?

 

「んぅっ! だめっ! あっ、あんっ! ああんっ!!」

 

 俺は長谷部の巨乳を後ろから握り締めると激しく腰を動かした。

 

 いくら深夜だからといって大声を出されるのは不味いのだが。

 

 ……ガスマスクェ。

 

 堀北の時のようにガンダムの敵キャラ系の仮面にしておくべきだったか。

 

「あんっ、くぅぅぅぅ!」

 

 長谷部の膣内がきゅっと締まる。

 マジかよ。こいつレイプされてるのにイキやがった……。

 

「……はぁ……はぁ……どうしてよ……どうして……」

 

 潜在的にマゾだったのか淫乱だったのか。

 

 ジジイが白けた目を俺たちに向けている。

 最初は「レイプレイプ」と楽しそうだったのが、今や不気味な沈黙を保っていた。

 俺は長谷部をジジイのガス抜きに使うつもりだったが、なぜか失敗してしまったらしい。

 こんなことなら池と山内に……でもあいつら隠蔽するのが下手だからな。

 

 とりあえず最後までヤッておくか。

 

「きゃぁっ!」

 

 俺は脱力した長谷部を抱いて駅弁スタイルで繋がった。

 全裸の長谷部を公園の地面に寝かせるわけにはいかないからだ。

 

 腰を叩き込む。

 長谷部の巨乳が激しく揺れていた。絶景だった。

 

「あっ、やぁぁ! これ、すごい! 激しい! いやぁっ!」

 

 長谷部が頭を振り乱して悲鳴を上げる。

 膣からこぼれた愛液は俺の太股を伝って踝まで流れ落ちた。

 

 そろそろか。

 俺は射精感に逆らわずピストンの速度を上げる。

 

「あっ! ああっ! ああぁぁ! もう、だめっ! ああぁぁぁ!」

 

 長谷部が俺に抱き着いて嬌声を上げた。

 

 豊かなおっぱいが黒コートに押し付けられる。

 感触が楽しめないのが残念だった。

 

「い、イクッ……だめ、いやぁぁっ……!」

 

 長谷部と腰を密着させる。

 彼女は長い髪を噛んで、ふるふると震えていた。

 

「……はぁ……はぁ……また、中に出したんだ」

 

 長谷部が恨めしそうに俺を睨んできた。

 

 ビンタされてビビッていたのに、もう恐怖心が揺らいでやがる。

 

 射精が終わるまで注ぎ込んでから、結合を解いた。

 長谷部は立っていられずに崩れ落ち、俺の足に抱き着いてくる。

 

 仕方ない。

 俺は長谷部を抱きかかえる。地面に座ると膝の上に彼女を乗せた。

 

「……あ」

 

 長谷部は驚いたように俺を見上げると、なぜか俺の胸元にしな垂れかかった。

 

「……ホント、わけわかんない」

 

 それは俺の台詞なんだけどな。

 

 ジジイがグラップラーみたいに顔面をムキムキにさせていた。

 顔面に血管が浮き出てひどい絵面になっている。

 

「……バッドレイプ」

 

 ですよねー。

 はぁ、どうしたものか。



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8話

 中間テストが終わったら、次は須藤の暴力事件だ。

 しかし俺はその事件に関わるつもりはない。放っておけば綾小路や堀北たちが解決してくれるだろう。

 

 ジジイがいなければ適当に過ごすだけなのだが。

 

 いや、別の問題があったか。

 

「田中君、お昼に付き合ってくれないかしら」

 

「田中君、一緒にご飯にしよっ!」

 

 櫛田と堀北が俺の席にやって来る。

 

 Dクラスの田中という男子が二股をかけているという噂が流れていた。

 田中って奴は最低だな。裏ではタナカスとか呼ばれているらしい。

 

 ……一人も友達がいないからな。誰も俺を弁護してくれないのだ。

 

「悪いけど遠慮して貰えないかしら。私は田中君に話があるの」

 

「前もそう言っていたよね。でも田中君は大した用事じゃなかったって言ってたよ」

 

「櫛田さんには話せないから誤魔化されたのよ。信頼されていないようね」

 

「――っ!」

 

 堀北は言い負かしたと確信したのだろう。

 腕組みをして勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。

 

「田中君っ! 今日はお弁当作ってきたの! 一緒に食べよっ!」

 

 しかし舌戦の勝利など何の意味はないとばかりに、櫛田が俺の腕に抱き着いて媚を売ってくる。ふかふかして気持ちいいおっぱいだった。

 

「櫛田さん、それは卑怯よ!」

 

「堀北さんには綾小路君がいるでしょ!」

 

「綾小路君は関係ないわ!」

 

 当の綾小路はダルそうな顔をしながらサンドイッチを食べている。

 

 須藤を筆頭とする男子たちが怨念を放ち、女子たちが楽しそうにひそひそと囁き合っていた。女子って恋バナ好きだよね。

 

 俺は言い争っている二人を置いて、こっそり教室を抜け出そうとする。

 

「あっ、待って! 田中君!」

 

「逃げるつもりね! そうはいかないわ!」

 

 ハーレムって大変だったんだな。

 

 現実なんてこんなものだろう。

 二次元のハーレム主人公なんて、所詮はまやかしだったのだ。

 

「……レイプ……レイプ……」

 

 ジジイが砂漠で遭難したかのごとくげっそりしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 六月の半ば。

 真夏日を観測したこの日は深夜になっても暑苦しかった。

 

「……はぁ……はぁ」

 

 長谷部が汗だくになって荒い息を吐いている。

 

 場所は長谷部の部屋だった。

 

 ベッドのシーツは乱れに乱れていた。

 

 俺は黒コートにガスマスクという罰ゲームみたいな恰好をしている。

 コートの下は汗だくだ。俺の身体がチートボディでなかったら脱水症状でぶっ倒れていただろう。

 

「ねぇ」

 

 長谷部の膣内から肉棒を引き抜いて呼吸を整えていると彼女が声をかけてきた。

 

「そろそろ顔を見せてくれてもいいんじゃない?」

 

「………………」

 

 俺は答えずコホーと息を吐き出す。

 すべての責任をガスマスクに押し付けた。

 

「いいでしょ。誰にも言わないから」

 

 駄目だ。

 今でさえ堀北と櫛田を持て余しているのだ。

 

 正体をバラしたら面倒なことになるのは目に見えている。

 

「……そっか。ごめんね。何でもないの。忘れて」

 

 長谷部が泣きそうな顔をした。

 やばい。俺の胸が罪悪感で大激痛を訴えている。

 

「あなたが来るの、待ってるから」

 

 長谷部が俺のガスマスクに口付けをした。

 

 俺は逃げるようにチンコを収納すると長谷部の部屋から飛び出した。

 

 部屋に飛び込む。ジジイが両腕を組んで仁王立ちしていた。

 

 やはり駄目だったか。

 どうやら長谷部は完全に使い物にならなくなったようだ。

 

「バッドレイプ。申し開きはあるか」

 

「……違うんだ。俺はレイプしようとしているのに長谷部が感じまくって」

 

「レイプ!」

 

 ジジイが俺を一喝する。

 言い訳しようとした俺は口を閉じた。

 

「あの娘は諦めろ。別の女をレイプするのじゃ」

 

「……それしかないのか」

 

「何を迷っておる。人類の半数はメスじゃろうが。より取り見レイプじゃぞ」

 

 またわけのわからない言葉を創造してやがる。

 

「人数を増やすのは危険だ。リスクが大きくなる」

 

「……レイプ」

 

 俺が迷っていると、ジジイが右手を俺の頭に乗せた。

 

 霊体化しているのに加齢臭で鼻が曲がりそうだ。

 やめろと手で払おうとした瞬間、電撃が俺の頭を走り抜けた。

 

「――ッ!」

 

 思考が焼け付く。

 自我が割れる。

 世界の色が変わった。

 

「レイプするのじゃ」

 

 俺はニヤリと笑った。

 

「言われなくてもレイプしてやるよ! 中出しで孕ませてやるぜ!」

 

 偉大なる主が満足そうに深々と頷いた。

 不甲斐ない俺を許してくれるなんて、何て寛大なお方なのだろう。

 あまりにも神々しくて思わずひれ伏しそうになる。

 

「さぁ行くのじゃ! 存分にレイプするがよい!」

 

「ああ! レイプしてやるぜ!」

 

 俺は不敵に笑うと部屋を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 思考が冴え渡る。

 今までの悩みが嘘みたいに消え去っていた。

 

 鈴音も桔梗もレイプすればよかったんだ。

 波瑠加だって気を使わずに道具みたいにレイプしてやればよかった。

 

 今までどうしてそんなことにも気付けなかったのだろう。

 俺は馬鹿だった。レイプという言葉の意味を理解できていなかった。

 

 しかし主のおかげで俺は正気に戻った!

 

 屋上からロープを使わずに飛び降りる。

 重力に引っ張られて急加速するが、パッとベランダの塀をつかむと身体を振り子のように揺らしてから着地する。

 

 窓?

 そんなものは割ればいい。鍵のところに裏拳を叩き付ける。

 

 パリンッと音がする。鍵をひねって侵入する。

 

「ひっ――」

 

 少女の悲鳴が聞こえた。その音色が心地よかった。

 いいぞ、もっと怯えろ。何せこれはレイプなのだから。

 

「誰ですか!?」

 

「ハハッ、大当たりだ!」

 

 俺は腹を抱えて大笑いした。

 

 適当に選んだ部屋だった。しかし、この部屋にいた女子は極上だった。

 

 ベッドの隅で縮こまっていたのは椎名ひよりだった。

 

 Cクラスの美少女だ。

 性格は温厚で、クラスの争いにはあまり興味を持っていない。

 しかし龍園が一目置くほどの知恵者だという。

 

「あなたは……田中礼司君ですか」

 

「俺の名前を知っているのか。流石はCクラスの才女だな」

 

「窓を割って侵入するなんて、どういうつもりです?」

 

「お前をレイプしに来た」

 

 笑いながら告げる。ひよりが息を呑み、顔が恐怖に歪んだ。

 

「レイプって……犯罪ですよ」

 

「それがどうした?」

 

 ひよりが枕元にあった本を放り投げた。

 

 偉大なる冒険小説の一大巨編である『白鯨』が飛んでくる。

 学校の図書室で借りたのだろう。背表紙にはバーコードが貼られていた。

 俺は右手で分厚い本をキャッチすると、手裏剣のように回転をかけて投げ返す。

 

「あっ!」

 

『白鯨』はひよりの手首に命中して、手にしていた携帯が飛んでいく。

 

 堀北と同じ行動――いや、本を投げてきた分、堀北より攻撃的だ。

 

 ひよりは玄関に向けて走り出す。

 

 俺は親指でコインを弾いた。ピンッと綺麗な音がして、ひよりが崩れ落ちる。

 

「うっ、つぅ――なにを……いやあぁぁぁ!」

 

 俺は床に倒れたひよりの髪をつかんで引きずった。

 

「痛いですっ! やめて下さい!」

 

 ひよりをベッドに投げ捨てる。

 ぶちぶちと綺麗な髪が引っこ抜けた。

 

「……ひどいです……どうしてこんなことを……」

 

「本が一杯あるんだな。『戦争と平和』トルストイの名作か。『モンテ=クリスト伯』これもいい本だ。クリスティも沢山あるな。俺は『ABC殺人事件』が好きだな。他には『そして誰もいなくなった』しか読んだことがないんだけどな。ひよりはどれが好きなんだ?」

 

「……ふざけないで。どうしてこんなことをしているのか説明して下さい」

 

 ひよりはポイントの多くを本につぎ込んでいるらしい。

 

 俺は書棚から『夜間飛行』という本を手に取るとベッドに腰かけた。

 

「……あなたには櫛田さんや堀北さんがいるのに」

 

「よく知ってるな。龍園に調べさせられたのか?」

 

 俺はページをめくりながら、片手でひよりのパジャマのボタンをブチッと引きちぎる。

 

「いやっ! やめて下さいっ!」

 

「胸は普通だな。堀北ぐらいか」

 

 言いながら、ぶちぶちとボタンを外していく。

 

 ひよりが両手で胸を隠した。

 俺に本をぶつけられた手首が真っ赤に腫れ上がっている。

 

「やめて下さい。今なら誰にも言いませんから……」

 

「知るかよ。神は偉大なり。故にお前はレイプされる運命なんだよ」

 

「……意味がわかりません」

 

 ひよりが涙目で俺を見上げる。

 狂人を見るような目で俺を見ていた。心外だな。

 

 俺はひよりの頬をビンタする。

 

「きゃっ! いや、やめて!」

 

 一度や二度ではない。真っ赤に腫れ上がるまで何度も繰り返した。

 

「……やめて……お願いします……やめて……」

 

 あーあー、美少女が台無しだ。

 頬は真っ赤、顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃ。

 

 俺はゲラゲラ笑いながら写真を撮った。

 

「……ひどい……あなたが、こんな人だったなんて」

 

「お前が俺の何を知ってるんだ。俺のことなんて何も知らないだろうが」

 

「あなたが櫛田さんに優しくしているところを何度も見ています。こんなことをする人とは思いませんでした」

 

「あー、あれな。結構ストレス溜まるんだよ。だからこうやってガス抜きしてるんだ」

 

「……あなたは最低です……いやっ!」

 

 俺が右手を振り上げると、ひよりは両手で顔を庇った。

 

 もちろんそのままビンタする。ひよりの身体が吹っ飛んで壁にぶつかった。

 

「一々防御するなっての。その手、邪魔なんだよな。主は言っただろ。右の頬を殴られたら左の頬を差し出せってよ。まぁ俺の主の言葉じゃないんだけどな」

 

「……私が大人しく殴られたら、あなたは改心するんですか?」

 

「いや、それ無理」

 

 言いながら俺はひよりの肩に手を置いた。

 

「え、なにを……」

 

 親指をぐっと押しながら関節の隙間を探す。

 ひよりは不穏な気配を感じたのだろう。小さく震えていた。

 

 俺は笑顔を浮かべながら左手でチョップした。

 

「いぎっ、ぎゃあああぁぁぁぁ!」

 

「おー、女の子らしくない悲鳴だなぁ」

 

 肩を脱臼させられ、ひよりが絶叫する。

 

「よーし、次は左肩だな」

 

「ひっ、いや……やめて下さい……お願いします……」

 

 ひよりが激痛に号泣しながら俺に懇願するが。

 

「だーめ」

 

 俺は左肩にもチョップを入れた。

 右よりも雑に関節を外され、再びひよりが絶叫する。

 

 それを見ていた偉大なる主が満足そうに頷いている。

 

「……はぁ……はぁ……あなたには人の痛みが、わからないのですか」

 

「なんかうるさいなぁ。股関節も外しておこうかなぁ?」

 

「あ……ご、ごめんなさい! すいません! 許して下さい!」

 

 ひよりの太股をトントンと叩くと、ジョロジョロと小便が漏れ出した。

 

 汚ねぇな。これから使うベッドを汚すなよ。

 

 俺はひよりのパジャマをビリビリと引き裂いた。

 ボタンは外していたが、脱がしてやるのが面倒だったからだ。

 

「……ひっ」

 

 俺が肉棒を取り出すと、ひよりが絶望に震え始めた。

 

「お願いします、それだけは許して下さい」

 

「また口答えかよ。そろそろ学習しろって。天才なんだろ?」

 

 パンパンパンッとビンタする。

 

 ひよりはぐったりとしていた。

 

 その間に肉棒をぶち込んだ。ロクに濡らしていないのでひよりの膣が血まみれになる。俺の肉棒も痛かったが、これこそがレイプだ。今まではローションなんてヌルいものを使っていたが、道具に頼るなんてレイパーらしくなかった。

 

「ひっ、いぎゃあああぁぁぁ!」

 

「ベリーグッドレイプ! マーベラス!」

 

 主も大喜びだ。

 

「あぎ、いぎっ、いだい、あぎっ、や、やめて……ひぎぃぃぃ」

 

 うるさいので両方の乳首を指でつねり上げた。

 ひよりは目を見開いて喉が張り裂けそうな声を上げる。

 

 肉棒を出し入れする度に鮮血が飛び散った。

 

「いやあぁぁぁぁぁ! 助けて! 誰か助けてぇぇぇ!」

 

「ハッ、神さまにでも祈ってみればどうだ!」

 

 その神さまはひよりがレイプされている光景に大喜びだ。

 敬虔なる信徒の俺も歓喜に包まれていた。主の喜びこそが我が喜びだ。

 

「ああぁぁぁ! いやっ! いやっ! いやあぁぁぁぁ!」

 

「よーし、早いけど一発目だ! 田中いっきまーす!」

 

「いやああぁぁぁ! やめて! やめてやめて! やめてぇぇっ!」

 

 問答無用で膣内に出した。

 そんなに濡れていないし血まみれだしあえぎ声も色っぽくなかったが、主に褒めて貰うために頑張って射精した。

 

 ひよりが顔面をぐちゃぐちゃにして泣いている。

 

「やだぁぁっ! 入ってくる! いやぁぁ!」

 

「ちゃんと孕めよ! 妊娠するまで注ぎ込んでやるからな!」

 

「……もう嫌。夢なら覚めて」

 

「残念! これが現実! 諦めて受け入れろよ! ハハハハハッ!」

 

「……あなたは、悪魔です」

 

 悪魔でいいよ。

 

 俺はひよりの両足をつかむと、ガンガンと腰を振り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 鳥がチュンチュン鳴いていた。

 窓からは朝日が差し込んでいる。

 

 目の前には気絶した少女がいた。

 身体中が汗や精液でドロドロ。股は血まみれになっている。

 

 ……どうしてこうなった。

 

 乳輪の周りには歯型が付いている。

 綺麗なピンク色の乳首も唾液でぬらぬらテカっていた。

 

 顔面はパンパンに腫れ上がり、鼻血も流れていた。

 

 元は美少女だったのだろうが、もはや見る影もない。

 

「フルコンボだレイプ!」

 

 ジジイは親指をぐっとすると去って行った。

 

 奴に頭を握られ、電流が走ってからの記憶がない。

 

 ……あいつ、俺を洗脳しやがった。

 

 池と山内がゾンビみたいになったところを見せられたことがある。

 俺もそんな感じに洗脳されたのだろう。

 そうでなければこの状況の説明がつかない。

 

「どうすんだよ、これ」

 

 ジジイに言いたいことは山ほどあるが、今はそれどころではない。

 

 俺はシーツを洗濯機に放り込んだ。

 それから椎名をバスルームに連れて行く。

 

 彼女は途中で一度だけ目を開けたが、諦めたように目を閉じてしまった。

 

 ぐったりと脱力した少女をシャワーで洗う。

 バスタオルで水滴を拭き取ると、パジャマを着せてやり、シーツを交換したベッドに寝かせてやった。

 

 ほどなくして椎名は寝息を立て始めた。

 

 ひとまず胸を撫でおろす。これで終わり……と言うわけではない。

 

 俺は急いで自分の部屋に下りて、食料や飲み物をボストンバッグに詰め込んでからすぐに戻って来た。

 

 今日は金曜日だ。学校は休むことにする。

 椎名にも学校を休ませる。金土日の三日で足りなければ月曜も休ませる。

 タイムリミットは火曜日に設定しておいた。

 それまでに椎名を落とせなければ、俺は破滅する。

 

 クソッ、それもこれもジジイのせいだ。

 何が神だ。疫病神の間違いだろうが。あの邪神が。

 

 九時半頃にチャットが飛んでくる。

 一限の休憩時間。櫛田からだった。風邪だと伝えると、お見舞いに行きたいと返事が返ってくる。うつすと悪いので来ないでいいと書き込んだ。遅れて堀北からもチャットが入るが、同じように返事をしておく。

 

 椎名は昼過ぎまで寝かせてやることにした。

 

 無断欠席なので学校から椎名の携帯に何度も電話が入っていた。

 

「……ひっ」

 

 目を覚ました彼女は俺に怯えていた。当然の反応だった。

 

 俺は意識して冷たい声を出した。

 

「学校に休むと連絡しろ。余計なことを言ったらレイプする」

 

「……あ、あの」

 

「なんだ?」

 

「……手が、動かせない、んです、けど」

 

 椎名が青ざめた顔を俺に向ける。

 嘘を語っているようには見えなかった。

 

 俺は眉をひそめた。

 

「あなたに、両肩を、脱臼させ、られたので」

 

 椎名の歯がガチガチ音を立てていた。声も所々で裏返っている。

 

 え、マジで。

 脱臼って、どうやるんだ。

 

 えぇ? 俺は何したんだ?

 

 俺は首を傾げながら椎名の肩を確認した。

 パジャマの肩をずり下げて様子を見ていると椎名の身体の震えが強くなる。

 

 椎名の顔が蒼白になっていた。唇も真っ青だ。

 

 よくわからないが、無理やり脱臼した肩をハメるとすごく痛いらしい。

 前世に何かの漫画で読んだことがある。しかし病院に連れて行くわけにもいかない。

 

「悪いが痛むぞ」

 

 俺はそう言ってから椎名の肩をぐっと押した。

 

「いぎっ」

 

 入った、のだろうか。たぶん入ったのだろう。

 

 反対の肩もハメ直しておく。

 

 椎名はボロボロと泣いていた。

 

 俺は可哀想だと思ったが、心を鬼にして椎名を睨み付ける。

 

「さぁ、学校に電話しろ」

 

「……はい…………あっ」

 

 椎名は電話を受け取ろうとして、それを取り落としてしまった。

 手は動くようになったようだが、握力が戻っていないようだ。

 

 俺は溜息を吐き、学校の番号を押してから彼女の頬に押し付けた。

 

「はい。すいません。体調が悪くて、連絡するのが遅れました」

 

 椎名がチラッと俺を見る。俺は不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「はい……すいませんでした……」

 

 携帯を切った。

 椎名は助けを求めなかった。よほど俺が怖ろしいのだろう。

 

「……あ、あの……私は、これから、どうなるんですか」

 

「とりあえず昼飯にしよう」

 

「……は、はい」

 

 俺は震える椎名に昼飯をすすめる。

 彼女が寝ている間に作っておいたものだ。

 

 椎名は食べる速度が非常に遅かった。

 時間稼ぎを疑ったが、単純に食欲がないのだろう。

 

「……あ、あの」

 

 半分ほどで椎名が箸を置いた。

 

 俺はそんな彼女に居丈高に言い放つ。

 

「服を脱げ」

 

「……え? あ、あの、それは」

 

「聞こえなかったのか。服を脱げと言ったんだ」

 

「……はい。わかりました」

 

 椎名が暗い顔をしてパジャマを脱ぎ捨てた。



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9話

 おそらく俺は混乱していたのだろう。

 だからこんな馬鹿らしい作戦を考えついてしまったのだ。

 

 成功するかも怪しい、作戦とも呼べない作戦に頼るなんて俺らしくなかった。

 

 おそらく俺は失敗したのだ。

 

「あぁっ! ああんっ!」

 

 俺の肉棒が椎名の膣内をゆっくりと出入りしている。

 

 互いの性器は泡立った愛液で真っ白になっていた。

 

「あっ、ああぁぁ! だ、だめっ! ああぁぁ!」

 

 椎名が俺に抱き着いてあえぎ声を上げる。

 まるで俺を逃がさないと言うように両手両足を絡ませていた。

 

 金曜日は泣き叫んで嫌がった。

 土曜日はすすり泣くばかりだった。

 日曜日になると反応がなくなり。

 月曜日になるとあえぎ声を上げ始めた。

 火曜日には俺の上に乗って腰を振るようになり。

 

 そして水曜日。

 食事も睡眠も抜いてぶっ続けで俺と繋がりたいと甘えてくるようになった。

 

「ああんっ、いいですっ! 礼司君! 礼司君!」

 

 昨日あたりから椎名は俺を下の名前で呼ぶようになっていた。そう言えば、俺を名前で呼ぶのは椎名が初めてだ。

 

「はぁっ、あぁっ! ……すいません、また、イッてしまいます」

 

「……ああ、好きにしろよ」

 

「あああぁっ! ごめんなさい! い、イクぅぅぅ!」

 

 ペニスがぎゅっと締め付けられたが、まだ射精には至らない。

 

 椎名が色っぽい息を吐きながら俺を見詰めていた。

 

 もう水曜日だった。

 タイムリミットはとっくに過ぎている。

 

 茶柱先生にもとっくに仮病がバレていて、俺は「人間関係に悩んでいます」と答えるしかなかった。先生は珍しく困惑しながらも「明日は学校に来い。相談に乗ってやる」と、これまた珍しく優しい言葉をかけてくれた。

 

 憐れまれてしまったぞ。ちくしょうめ。

 

「……はぁ……あっ……すいません、私だけ気持ちよくなってしまって」

 

「まぁ、気にするな」

 

 椎名の頭を撫でてやる。

 腫れていて見るに堪えなかった顔も、今では元通りの美少女だ。

 

 俺が椎名の頭から手を離すと、彼女は残念そうな顔をした。

 

「……あ、それ、もっと続けて欲しいです」

 

「もう満足しただろ。そろそろ帰っていいか?」

 

「駄目です」

 

 とろけるような笑顔を浮かべていた椎名が一瞬で表情を消した。

 深い闇色の瞳。俗に言うレイプ目だった。

 

「帰ったら礼司君にレイプされたと言いふらします」

 

「それをすればお前もレイプされた被害者だと知れ渡るだろ」

 

「別にいいですよ? 他人からどう見られようとも私は気にしませんから」

 

 椎名が微笑んでいる。

 

 強がりではなさそうだった。

 今の椎名はどこかぶっ壊れていた。彼女の行動は俺にも読めない。狂人の思考を理解しろと言うようなものだ。

 

「あ、でも礼司君が退学になったら困りますね。どうしましょう?」

 

 椎名が両手の指を合わせて、本当に困ったような顔をしている。

 

「……俺が知るかよ」

 

「わかりました。私、礼司君の赤ちゃんを生みます」

 

 ……待て。どうしてそういう結論になった。

 

 俺は思わず椎名から肉棒を引き抜いた。すでに手遅れだと言わんばかりに精液が溢れ出してくる。

 

「……今日もアフターピルは飲ませるからな」

 

「嫌です。飲みたくありません」

 

「飲まないともうセックスしない」

 

「……仕方ないですね」

 

 椎名が不承不承といったように頷いていた。

 

「子どもが出来たら俺はこの学校から逃げるからな。俺と関係を続けたいなら俺の言うことを聞いてくれ」

 

 ホント頼むから。子どもなんて勘弁してくれ。

 

 椎名はやれやれと溜息を吐いていた。

 

「でも言質は貰いました。またエッチしましょうね」

 

 椎名は俺にチュッとキスをすると、不完全燃焼だった俺の半立ちのチンポをジュポジュポとしゃぶり始めた。

 

 なにそれ。俺そんなの教えてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒指導室。

 茶柱先生は不機嫌そうに両腕と両足を組んでいた。

 

 時計の音に合わせるように指でトントンと肩を叩いている。

 

「要するに、堀北と櫛田から好意を寄せられ、男子からは嫌われている。それが原因で何日も休んでいたと言うつもりか」

 

「本当にすいませんでした」

 

「嘘を吐くな。お前はそんな柔な精神をしていないはずだ」

 

 茶柱先生が俺を見透かすような目をした。

 

「お前は四月から孤立していたが、友達など一人も必要ないと言わんばかりに超然としていただろうが。今さら人間関係に悩むとは思えんな」

 

「あれは虚勢だったんです。本当は寂しかったんです」

 

「ならば堀北と櫛田を突き放せばいい。男子からの嫉妬もなくなるだろう。それが唯一の解決策だ。お前ほどの頭脳があればそれぐらい理解できているだろう?」

 

「それは二人が可哀想というか……」

 

 茶柱先生は俺の言葉を無視した。

 つまらん言い訳などするなとばかりに睨み付けられる。

 

「堀北と櫛田がお前に惹かれている理由が気にかかる。一体どんな手品を使ったんだ?」

 

 レイプしました。

 レイプさせました。

 

 ……なんて言えるわけがない。

 

 チャイムが鳴った。

 壁の時計を見る。二時間目の休憩時間が始まったようだ。

 

「あの、先生。そろそろ授業に出たいのですが」

 

「何日も仮病で休んでいたんだ。二時間ぐらい誤差のようなものだろう。他の先生方にも言い訳は効く。今日はじっくりとお前の話を聞かせて貰うからな」

 

 やばい。

 ロックオンされている。

 

 原作の綾小路のポジションだ。俺もこの先生の野心に引き込まれかけている。クラスの下克上なんていう、物凄くどうでもいいことに巻き込まれそうになっていた。

 

「中間テストは見事だった。満点を取れなくて残念だったな」

 

「どうせAクラスは満点だらけでしょう。違いますか?」

 

「いいや、それほど多くはなかったはずだ」

 

「なるほど。坂柳の派閥で数人といったところですか」

 

「ふっ。大した奴だよ、お前は」

 

 茶柱先生が満足そうに笑みを浮かべていた。

 

 彼女は机に置いていたファイルをパンと手で叩く。

 

「田中礼司。中学の成績は最下位。二年生の途中から虐めが始まり、学校にも不登校気味になっていた。二日に一度は休んでいたようだな。義務教育でなければ卒業できなかっただろう。三年になってクラスが変わると教師の介入が始まり、虐めを行っていた生徒たちは内申点を失うという罰を受けた。目出度し目出度しと言ったところか」

 

 そのファイルには俺のプロフィールが書かれた紙が挟まれているようだ。

 

 そいつ誰だよとツッコミたくなるほど別人すぎる。

 学力、運動、社交性、すべてにおいて劣悪な生徒だ。なんでこの学校に入学できたのか怪しいレベルである。

 

「今まで実力を隠していたのか? ならばなぜ今頃になって本気を出した?」

 

「春休みの間に覚醒したんです。種が割れた感じに」

 

「種? ふん。まぁ過程などどうでもいいか。重要なのはお前が使えるという事実だけだ」

 

「買いかぶりっすよ」

 

「田中。お前はまだ本気を出していないだろう」

 

 茶柱先生がファイルから一枚のプリントを取り出した。

 

 俺の実力テストの答案だった。

 ……わざわざコピーを取ってやがる。

 

「実力テストや中間テストでは一部習っていない範囲から出題されていたのはお前も知っているだろう。中間テストでは過去問の助けを借りて解いている者も多かった。お前もその一人だ」

 

「それが何か?」

 

「しかし実力テストでは正解率は一割を切っていた。当然のことだな」

 

 何が言いたいのか。俺は茶柱先生に訝しげな目を向ける。

 

 彼女は組んでいた足を戻すと、俺の方に身を乗り出してくる。

 おっぱいを強調するのはやめてくれませんかねぇ。

 

「難しい問題であっても、普通なら少なくとも解こうとする努力をするはずだ。数学ならば習っている公式を使おうとするだろう。英語ならば知っている文法、単語などで翻訳しようとするはずだ。しかしお前は綺麗な白紙だな。消しゴムをかけた痕跡もない」

 

 茶柱先生が顔を近付けてくる。距離が近いです……。

 

「解いてしまうと不自然になるから、わざと手を付けなかったんだろう?」

 

「時間がなかったので難しい問題はスルーしたんですよ」

 

「他の問題は中学レベルのものばかりだ。むしろ時間が余ったほどだろう。今のは苦しい言い訳だな」

 

 くっそ、失言した。

 どれだけ頭がよくても人生経験が足りないとこうなってしまう。

 チート能力を使いこなせていない。

 

 茶柱先生は勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。

 

「……先生は俺に何をさせたいんです?」

 

「認めたか。諦めが早すぎるのがお前の欠点だ。頭がいいのも考え物だな」

 

「切り替えが早いというのは美点になるはずですがね。それに俺は早く教室に戻りたいので。先生を言い負かしても何の得もないですから」

 

「ならば端的に言おう。次からは手を抜くな」

 

 俺は眉をひそめた。

 確かに実力は隠していたが、中間テストの結果は学年トップだ。

 

 釘を刺されるまでもないはずだが。

 

「これは保険だよ。このままだと夏休みにお前は必ず手を抜くことになる」

 

「ああ、無人島のことですか」

 

 茶柱先生が目を見開いた。

 

 原作知識を披露してビックリさせる。

 俺は綾小路みたいに実力を隠すつもりはないからな。

 

 借り物の知識で俺TUEEEだが、最高に気持ちよかった。転生オリ主の気持ちがよくわかる。こりゃクセになるわ。

 

「上級生から聞いたのか。いや、毎年場所は変えている。無人島だということを知っているのは教職員ぐらいだが――」

 

「中間テストの前に『南の島にバカンスに連れていってやる』とヒントをくれたのは茶柱先生でしたよね。体育の先生も水泳が必ず必要になると念押ししていましたよ。判断材料は幾らでも転がっていました」

 

「カマをかけたというわけか。やってくれるな」

 

 俺にしてやられた茶柱先生だったが、むしろ楽しげに笑っていた。

 

「これは取り引きだ。お前が結果を残せば、今回のように仮病を使っても私が誤魔化してやる。他にも色々と便宜を図ってやろう。悪くない取り引きだと思うが?」

 

 確かに悪くない話だった。

 ジジイの所為で今回のようなトラブルがまた起こるかもしれない。保険をかけられるならそうするべきだ。

 

「まぁ、やれるだけやりますよ。これでいいっすか?」

 

「期待している」

 

 チャイムが鳴った。三限が始まったようだ。

 

 茶柱先生が行けというように顎をしゃくる。俺は言われずとも生徒指導室を後にした。

 

「なぜレイプしなかった?」

 

 ジジイがさも不思議そうに首を傾げていた。

 

 俺はジジイを睨み付けたくなるのを我慢した。

 こいつは消す。いずれ消してやる。

 今回のようなことをされて、何時までも黙っていると思うなよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に入る。

 教室中の視線が俺に突き刺さった。

 

「すいません。遅れました」

 

「話は聞いている。座りなさい」

 

 堀北や櫛田が俺に物言いたげな視線を向けてきた。

 

 ……どんな言い訳をすればいいんだ。

 

 椎名ひよりと六日間もセックスしていたなんて言えるわけがない。

 

 季節外れのインフルエンザという言い訳も難しい。

 復帰するのが早すぎる。最低でも一週間は休まないとその言い訳は使えない。

 

 休み時間になると櫛田が真っ先に走ってきた。

 

「田中君! 大丈夫だったの!」

 

「ああ、風邪をこじらせて……」

 

 チャットでそう言っていたが改めて説明する。

 

 堀北が俺の後ろから声をかけてきた。

 

「看病ぐらい必要だったでしょう。遠慮することはなかったのに」

 

「いや、うつすと悪いだろ」

 

「ご飯とか差し入れるぐらいならよかったんじゃないかな」

 

「珍しく意見が合うわね。そこまで私たちに頼るのが嫌だったのかしら?」

 

 二人とも怒っていた。

 特に櫛田はこの数日は気が休まらなかっただろう。いざと言う時のための暴力装置がほぼ一週間も倒れていたのだ。

 

「……ごめん。俺が間違ってた」

 

 俺は非を認めた。

 

「風邪で弱気になっていたんだと思う。情けない姿を見られなくなかったんだ」

 

 嘘に嘘を重ねていく。

 こう言うしかなかった。改めて俺はクズだと実感した。

 

 堀北が溜息を吐く。

 

「男ってどうしてこうも見栄っ張りなのかしら」

 

「……ごめんなさい」

 

「まぁまぁ、田中君も反省してるし許してあげようよ。次はちゃんと頼ってね」

 

「ちょっと! 抜け駆けしないでよ!」

 

「堀北さんだって人のこと言えないよ!」

 

 櫛田が俺の腕に抱き着いてきた。

 それに対抗してか堀北が反対側の腕に抱き着いてくる。

 

 男子たちが人を殺せそうな目を俺に向けていた。

 

 女子たちも「そろそろハッキリしろよ」と俺を見ている。

 

 そんな中で綾小路だけが俺を冷たく観察していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、問題の須藤の暴力事件だ。

 

 堀北と櫛田に板挟みにされたり、椎名に呼び出されたりしていると七月になっていた。

 

 中間テストの努力が評価されたのかクラスポイントが増えていた。

 ついにポイントが振り込まれると思いきや、学校側のトラブル(おそらくは意図的)でポイントが配布されなかった。

 

 その翌日、茶柱先生が朝のホームルームで口を開く。

 

 須藤が暴力事件を起こした。

 配布されるはずだったポイントは保留。

 

 クラスのヘイトが須藤に集まっていた。

 

 原作では櫛田が須藤の無実を訴えていたが、今の彼女は興味なさそうだ。

 

 堀北は呆れたように須藤を一瞥すると、何事もなかったかのように次の教科書を取り出して予習を始めた。

 

 ……おいおい、このままだと須藤が停学。またクラスポイントがゼロになるぞ。

 

「クソッ、どうすればいいんだ!」

 

 孤立無援の須藤が握り締めた拳を机に叩き付けた。

 

 周りの生徒がビクッと震えている。……そう言うところが駄目なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はまたしても生徒指導室に呼び出されていた。

 

 誓って言うが今回は何も悪いことはしていない。

 

 ジジイは不気味に沈黙を保っている。

 あれから俺を操ってレイプさせることはしていなかった。

 

「来たか」

 

「話というのは何ですか」

 

 俺はメールで呼び出されていた。

 

 どうせ須藤の件だろう。

 そう思っていると、俺が閉めたばかりのドアが開いた。

 

 綾小路清隆。

 原作主人公が感情の見えない瞳で室内を見回した。

 

「田中。お前も呼ばれたのか?」

 

「どうやら用件は同じようだな」

 

 綾小路が椅子を引く。俺から距離を取っていた。

 警戒されている?

 いや、それが綾小路のプライベートスペースなのかもしれない。

 

「私はお前たちを買っている。そこで今回は頼みごとを引き受けて貰いたい」

 

「須藤の件ですか」

 

 俺が言うと、茶柱先生が話が早いと頷いた。

 

「このままでは須藤は停学になるだろう。増えるはずのクラスポイントは取り消され、Dクラスはゼロポイントを続行することになる」

 

「暴力事件を起こした須藤を反省させるための処罰です。妥当なところでしょう」

 

 結局のところ須藤は相手を殴っている。

 先に喧嘩を売られて、先に殴られたとしても、殴り返した須藤も悪い。

 

「冷たい言い方だな。同じクラスの仲間だろうに」

 

「須藤が反省して精神的に成長してくれることをお祈りします。帰っていいですか?」

 

 茶柱先生は俺を無視して綾小路に話を振った。

 

「綾小路はどうだ?」

 

「田中の意見が正しく思えます」

 

「もし須藤の主張が正しく、向こうから暴力を振るってきたとしてもか?」

 

 綾小路は眉をひそめた。

 しばらく考えてから口を開く。

 

「その場合は須藤への罰は重過ぎるでしょう。三人に囲まれて反撃したとなれば正当防衛が成立します。相手の骨が折れていたり、全治何週間の怪我を負わせたなら過剰防衛になりますが、そうではないんですよね?」

 

「ああ。数日で消えるような打撲傷ぐらいだな」

 

「しかし須藤の主張には証拠がありません。彼の無実を証明するのは相当に困難です。最低でも目撃者が欲しいですね」

 

「無理だな。この状況で誰が須藤を助ける。目撃者がいても名乗り出ないだろうよ」

 

 俺が口を挟むと、綾小路がそうだろうなと頷いた。

 

 原作では櫛田が無実を訴えていたが、今回は櫛田の協力を得られていない。

 クラスポイントを危険にさらした須藤を助けるような善人ばかりなら世界平和が実現していただろう。

 

「ならば須藤を見捨てるか。綾小路はプライベートポイントを使ってまで退学から救ってやっただろうに」

 

 綾小路が迷惑そうな顔をしていた。

 中間テストで須藤の点数を買ったことを勝手にバラすなと言うことだろう。

 

「田中、お前もだ。私はお前に本気を出せと言ったはずだぞ」

 

 契約違反か。

 やれやれ、何で俺が須藤のために動かないといけないんだ。

 

 放っておけば堀北と綾小路が解決してくれると思っていたが、櫛田が抜けた穴が予想以上に大きかった。

 原作など気にするものかと思考放棄したツケがここに来ている。

 

「無論、報酬は用意しよう」

 

 茶柱先生が学生証みたいなカードを机に置いた。

 

「須藤の十点を購入するために使用した十五万ポイントだ」

 

 十五万ポイントか。ごっそり取られたものだな。

 

 原作では須藤の一点を十万ポイントで購入していたが、今回は十五万ポイントも請求されていたらしい。

 

 そのカードを見せ付けるということは、これが報酬ということか。

 

 二人で分ければ七万五千ポイント。

 Aクラスの連中からすればカスみたいなポイントだ。あいつらは四月から六月ですでに三十万ポイントを得ている。

 しかしDクラスの俺たちには喉から出るほど欲しいものだったりする。

 

 櫛田とのデートでも結構ポイントを使ってるからな。

 

「綾小路。お前は最近、山菜定食ばかり食べているらしいな」

 

「節約しているんですよ。理由は御存じでしょう?」

 

「ポイントが欲しくないか?」

 

「欲しくないと言えば嘘になりますね。でも、俺はそこまで困っていませんよ」

 

「ならば一人十万ポイントでどうか?」

 

 茶柱先生が腕を組んで不敵に笑っている。

 

 俺たちの足元を見るような目付きだが、実際のところどうだろう。ポイントの上乗せというのは教師としてギリギリの権限を使っているように思える。これは先生にとっても綱渡りなのではないか。

 

 綾小路はやれやれと溜息を吐いた。

 

「……わかりましたよ」

 

 事なかれ主義の綾小路にしては決断が早い。

 

「今回の一件、須藤が嘘を吐いているとは思えませんからね」

 

 まぁ、そうだな。

 須藤は単純な男だ。嘘を吐いていたら目が泳いでいただろう。

 しかし須藤はCクラスの連中を罵っていた。あいつは馬鹿だが、だからこそ思考が読みやすい。

 

「田中はどうする?」

 

 茶柱先生に挑戦的に見詰められる。

 

 俺は先生と契約した。それに報酬も提示されている。

 

「いいですよ。どうせ動いているのはCクラスの雑魚です。俺の敵ではない」

 

「ほう。言うじゃないか」

 

 俺は携帯を操作した。

 二人が不思議そうにそれを見ている。

 

 ほどなくして連絡が返ってきた。

 

「石崎、小宮、近藤。三人ともバスケ部。須藤の証言と一致しますね」

 

「被害者の名前は現時点では伏せているはずだが」

 

「Cクラスにはスパイがいるので」

 

 もっとも、料金は割高だがな。

 

「流石だな。期待以上だよ、お前は」

 

 茶柱先生が歪んだ笑みを浮かべていた。その笑い方怖いんですけど。



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10話

 たった一つのミスが後々に響いてくることがある。

 

 まぁ俺は一つどころか大量にミスしているのだが。

 

 チートに胡坐をかいた結果だ。中身が凡人なので詰めがマックスコーヒー並みに甘すぎるのである。ブラックコーヒーとまでは言わないので、せめてクラフトボスぐらいの甘さにしたい今日この頃。あれも甘いけどな。

 

 話は逸れたが、要するに俺はやらかしていた。

 

「田中、ちょっといいか」

 

 茶柱先生の呼び出しから教室に戻る途中。

 

 二階の渡り廊下。綾小路が背後から声をかけてきた。

 

 まだ昼休みなので周りは生徒で溢れかえっている。

 

「作戦会議か?」

 

「いや、違う」

 

 綾小路は階段を見上げた。

 屋上の入口、踊り場には人はいない。廊下からは丸見えで、屋上の利用者が出入りしているが、会話の内容までは聞かれないだろう。

 

 俺たちはそこに場所を移した。

 

 綾小路は間を開けずに端的に切り出した。

 相手に思考する暇を与えずに会話の主導権を握るちょっとしたテクニックだ。

 

「池と山内を櫛田にけしかけたのはお前か?」

 

 あまりにも明瞭すぎる問いだった。

 

 俺は眉をひそめた。

 

 堀北の追及と似ているが、これはまったくの別物だ。

 あの時はまだ俺にも状況を楽しむ心のゆとりがあった。決して堀北は俺を告発しないだろうという安心感があった。

 

 しかし、これは違う。

 一瞬の油断さえ許されない、紙一重の窮地だった。

 

「いや、よくわからないな。何の話だ?」

 

 綾小路は感情の読めない顔をしている。

 

「やはりとぼけるか。ならば言わせて貰うが、状況からして一番怪しいのがお前だ。なぜ公園のトイレに気が付いた。なぜすぐに踏み込まなかった」

 

「いや、だから――」

 

 綾小路が俺の言葉を遮って続ける。

 

「お前のことを櫛田がトイレに連れ込まれている場面を目撃した第三者だと仮定しよう。この場合、お前の行動はおよそ三パターンが考えられる。双方の同意があると判断して立ち去るか、櫛田が無理やり連れ込まれたと判断して教師を呼ぶか、聞き耳を立てて状況を観察するかの何れかだ」

 

 見なかったフリをして立ち去る――と言うパターンもあるが、言っても詮無いことだろう。

 

 池と山内がゲロったようだ。

 あいつらは罪の意識に苛まれて、自分が楽になりたいからと、綾小路に誰にも言わないでくれと都合のいいことを言いながらぶちまけたのだ。秘密を打ち明けられた相手が巻き込まれることもお構いなしに。

 

「しかし、櫛田はあえぎ声を上げていなかったらしいな。お前はどうやって櫛田が強姦されている事実に気付いたんだ?」

 

 あえぎ声、強姦。

 なんだこれ。原作主人公がR18なフレーズを口走ってやがる。

 

 俺はとりあえず微笑んでおいた。

 

「綾小路。それは深読みのし過ぎだな」

 

 綾小路は不気味に沈黙する。

 

「俺は前々から櫛田の様子がおかしいと疑っていたんだ。そしたら公園のトイレに櫛田が連れ込まれていた。男子二人に女子一人、明らかに不可解な状況だろう。しかし俺は踏み込むのを躊躇った。もし同意の行為だったら俺のしていることは野暮でしかない。だからお前の言う三つ目のパターン、聞き耳を立ててみた。すると池と山内の声が聞こえた」

 

 即興の言い訳だったが、たぶん大丈夫だ。

 綾小路は状況から推測を語っているに過ぎない。

 

 これはハッタリだ。

 綾小路は俺を揺さぶって本性を暴こうとしている。

 

 最悪のケースは櫛田に俺が怪しいと伝えることだが、それをしていない。

 

 理由は簡単だ。

 一つは推論でしかないこと。証拠もなく疑念を周りにぶちまけたところで、待っているのは手痛い反撃である。池と山内がハメられたことを思えば、綾小路に婦女暴行の濡れ衣を着せるのも容易であることは想像できる。

 

 綾小路は黒幕を敵に回すリスクを考慮しているのである。

 藪を突いて蛇を出さないように慎重に探りを入れている状態だ。

 

「池たちの話し声だけで櫛田が強姦されているのはわかったよ」

 

「耳がいいんだな」

 

「そうらしいな。ところで綾小路」

 

 俺は一度言葉を止めた。この後の発言を強調するためだ。

 

「お前の保護者が、お前を探し回っているらしいぞ?」

 

「……何のことだ?」

 

 綾小路は眉をひそめた。俺と似たような誤魔化し方だ。

 

「アメリカの大統領が住んでるところは何と言うのだったか。たしかホワイト……」

 

「今日はここまでのようだな。悪かった。時間を取らせて」

 

 綾小路は追及を諦めた。不自然なほど強引に会話をぶった切っていた。

 手持ちのカードだけでは俺を追い詰められないことは織り込み済み。しかし反撃があるとまでは予想していなかったのだろう。

 

 綾小路はホワイトルームという謎の施設の出身だ。

 自由が欲しくて施設から脱走。現在は施設の人間に追われる立場だ。

 

 撤退を選択した綾小路だが、その前に聞いておくべきことがあった。

 

「櫛田のことは誰から聞いたんだ?」

 

「堀北からだ」

 

 しれっと嘘を言いやがる。

 どうやら堀北を隠れ蓑にするつもりらしい。

 

 堀北は櫛田がレイプされたなんて夢にも思っていないだろうし、池と山内のこともまだ疑惑止まりのはずだ。

 

「そうか。堀北にも言っておいてくれないか。櫛田のことは絶対に言いふらさないでくれと」

 

 俺は櫛田のことを心の底から心配しているように装った。

 

 綾小路も誠実な仮面を被って模範的な回答をする。

 

「そうだな。約束する。と言うか、言っても誰も信じないだろ」

 

「それはわからないが、ともあれ助かるよ。俺は櫛田が安心して学校に通えるようにしてやりたいんだ」

 

「なら何日も休むなよ」

 

「耳が痛いな。次からは気を付けるよ」

 

 ……切り抜けた。

 くう~、疲れました。これにて完結です!

 

 座談会やって終わりでいいんじゃない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 もちろん原作二巻が始まったところで終わらせてくれるわけがない。

 

 放課後、俺たちは教室の片隅に集まっていた。

 

「……レギュラー候補に選ばれた帰りだったんだがよ」

 

 須藤が早口にまくし立てる。

 どうやら須藤も未だに混乱しているらしい。説明は子どもの言い訳のごとく要領を得ない。

 

 堀北は関わり合いになりたくないとばかりに不機嫌そうに腕組みをして窓の外を眺めている。

 

 櫛田は表面上は親身に話を聞いているように見えるが、チラチラと俺を気にしていた。

 

「Cクラスの小宮と近藤に呼び出されたら、そこにはCクラスの石崎という奴もいた。三人は須藤にバスケ部を辞めろと脅しをかけ、それを断ったら殴りかかってきた。そういうことか?」

 

 綾小路が須藤の話を翻訳する。

 

「それが事実なら須藤君の方が被害者になるね」

 

 平田が口元に手を当てて考え込んだ。

 一々仕草がキザっぽくて、とにかくイケメンなのだが……。

 

 なぜお前までここにいる。

 

 櫛田に須藤を呼びに行かせて教室の隅っこに集まっていたら、目聡くそれに気付いた平田が近付いてきたのだが。

 まぁ女子から人気がある平田の存在は色々と役に立つだろう。

 

 平田の隣では軽井沢がどうでもよさそうな顔をしている。

 おそらく須藤の話などまったく聞いていないのだろう。早く遊びに行きたいと言うようにウズウズしていた。

 

「来週の火曜までに須藤君の無実を証明しないといけないんだよね」

 

「難しいな。やはり目撃者がいないと話にならないが」

 

「周りには誰もいなかったんだよね。聞き込みでもしてみる?」

 

 櫛田、綾小路、平田が意見を交わしている。

 

 それを堀北は冷たい目をして眺めていた。

 

「……下らないわね」

 

 呆れたように溜息を吐いてから席を立つ。

 

「下らないって、須藤君が停学になっちゃうかもしれないんだよ?」

 

「事実を言っているだけよ。須藤君の潔白が証明されたとしても、また似たようなことが起こるわ。田中君の呼びかけだから協力してあげようかと思ったけど、こんなことならさっさと帰っておくべきだったわね」

 

「なんだよそれ! 助けてくれねーのかよ!」

 

「あなたが自分を無実だと思っているから、助けたくなくなるのよ」

 

 いきり立つ須藤を、堀北は半眼で睨み付けた。

 

「あなたはバスケットのプロになると豪語していたけれど、こんなことでプロになれると思っているの? ここが学校でよかったわね。喧嘩に殴り合い、スポーツ選手どころか普通の会社員でもクビになるわよ」

 

「おいっ! なんだテメェ! 俺が悪いって言ってるのかよ!」

 

 顔を真っ赤にして怒り狂う須藤。正論だから刺さってるのだろう。

 

 堀北は横目で冷ややかに須藤を眺めてから教室を立ち去った。

 

 俺は堀北のつれない態度に苦笑する。

 

「まぁ、須藤が悪いというより、須藤も悪いってところか」

 

「そうだね。堀北さんは言い方が――」

 

「あんっ!? 田中も俺に喧嘩売ってんのか!」

 

 いきなり須藤が俺の胸倉をつかんで来た。

 お前は闘牛か。見境なく喧嘩売ってるんじゃねぇよ。

 

 溜息を吐きながら須藤の手を取り、くるりと返した。

 

 須藤が尻から床に転がる。

 怪我をしないように優しく投げてやったつもりだが、須藤は受け身を取れなかったのか痛みに喘いでいた。

 

 合気道の小手返し。

 ネットで動画を見ただけで技が使えるようになるのも、チート能力の一端である。

 

「田中君! 喧嘩は駄目だよ!」

 

 そう言いながらも櫛田の目はキラキラしていた。

 ヒーローショーを眺めている子どもみたいだ。そんな子どもたちにアマゾンズを見せてやりたくなる俺であった。

 

「これは正当防衛だ。櫛田は俺の無実を証言してくれないのか?」

 

「え、その言い方は卑怯だよ。私、目撃してなくても嘘の証言しちゃうかも」

 

「裁判で虚偽の証言をしたら偽証罪になるから気を付けろよ」

 

「うん。気を付けるね」

 

「田中……てめぇ……」

 

 須藤がうめき声を上げながら起き上がる。

 

 血走った目で俺を睨んで来たが、相手にするのが面倒だった。

 堀北の気持ちがよくわかる。

 ムカつくことを言われただけで胸倉をつかむようでは堀北の言うように第二、第三の暴力事件が起こるだけだろう。

 

「田中君。今のは君も悪いよ」

 

 イケメンに怒られる。……うん、そうだね。

 胸倉つかまれたからって投げ返す俺も短気だったね。

 

 しかし俺は反省できる男なのだ。須藤とは違うのだよ。

 

「須藤。俺も悪かった。すまない」

 

「お、おう。わかればいいんだよ。次からは気を付けろよ!」

 

 なぜかドヤ顔で調子に乗る須藤。

 

 ……こいつ、やっぱぶん殴ってやろうか。

 

 イライラしている俺を見かねて、綾小路が溜息を吐きながら場をまとめた。

 

「まずは目撃者を捜すべきだと思うが、他に意見はあるか?」

 

「ううん、特に思い浮かばない。須藤君の無実を証明するために皆で頑張ろう!」

 

「私も友達に声をかけておくね」

 

 平田の爽やかスマイル。

 軽井沢は携帯で友達と連絡を取り合っていたが、一瞬物凄く嫌そうな顔をしていた。

 

 恐ろしくどうでもよさそうな態度。俺でなきゃ見逃しちゃうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目撃者を捜すと言うが、事はそう簡単ではない。

 Cクラスの石崎たちは目撃者が出ないように、人のいない場所まで須藤を呼び出しているのだ。

 

「ごめんね、時間取らせて」

 

「こっちこそ役に立てなくてごめんね」

 

 櫛田がバイバイと手を振っている。

 Bクラスの女子が手を振り返して去って行った。

 

「これで十人目。まったく手応えなしか」

 

「そうだね。気長にやるしかないのかなぁ」

 

 まぁ、元々期待なんてしていない。

 これは一之瀬にメッセージを送るための行動だ。

 

 そうでもなければ、わざわざこんな無駄なことはしていない。

 

 BクラスもCクラスからちょっかいを受けていた。

 だから対Cクラスにおいては手を取り合うことができるはずだ。

 

 ……というのが原作の流れだったか。

 あまり内容を覚えていないが、二巻の最後の方でドヤ顔の一之瀬が石崎たちを追い詰めていたシーンは覚えている。アニメだと改編されて堀北に出番を取られていたけどな。

 

 別に一之瀬の協力がなくても事件の解決はできるだろうが、グレーゾーンギリギリの手段でポイントを荒稼ぎしているらしい一之瀬だ。これは一之瀬の動向を窺うことができる好機だった。一之瀬はレイプ候補の一人だから情報はできるだけ集めておくべきだろう。

 

「あれ、長谷部さんだ」

 

 櫛田が背伸びして廊下の奥を見渡した。女の子の爪先立ちって萌えるよね。

 

 長谷部は窓枠に肘を置いて、ぼうっと外を眺めていた。

 

 放課後になるとさっさと帰宅するタイプのはずだが、長谷部の目は何か探し物をしているように帰宅中の生徒を眺めているように思えた。

 

「そう言えば長谷部さんには聞いてなかったかも。ちょっと行ってくるね!」

 

 灯台下暗しと言うが、長谷部は須藤の事件を目撃していないと思う。

 

 しかし櫛田は物怖じせずに長谷部に突撃。

 

「悪いけど、見てないかな」

 

 長谷部は申し訳なさそうに櫛田に答えた。

 それで話は終わりとばかりに気だるそうに窓枠にもたれかかる。巨乳が潰れて絶景だった。

 

 櫛田が俺をジト目で睨んでから、ごほんと咳払いする。

 

 長谷部がそんな俺たちに振り返り、気まぐれのように問いを放った。

 

「須藤の話とは関係ないけど、櫛田さんは変な人を見なかった?」

 

「変な人?」

 

 あ、これは不味い。

 

「ガスマスクをした人……かな」

 

「何それ! 超こわい!」

 

「かもね」

 

 櫛田のリアクションに長谷部が苦笑した。

 

「それって変質者だよね? 長谷部さん、その人を目撃したの?」

 

「あー、そんな感じ」

 

 長谷部が櫛田の追及を適当に誤魔化していた。

 やる気のない態度だったが、どこか熱っぽい視線を窓の外に向けている。

 

 櫛田はそんな長谷部の様子には気付かず、小さく「黒幕……いや、そんなはずは……」とか呟いている。

 黒幕なんだよね、そいつ。

 

「ガスマスクの変質者か。櫛田みたいな可愛い子を狙ってるのかもしれないし、警戒した方がいいかもしれないな」

 

「え、う、私そんなに可愛くないよ!」

 

 顔を真っ赤にして照れている櫛田。あざとい。しかし、かわいい。

 

 長谷部との会話を切り上げ、俺たちは再び聞き込みに戻った。

 

 俺の背中を長谷部がずっと眺めていた。

 

「……まさかね」

 

 と呟いていた。

 どこに引っかかった。特徴と言えるのは背格好ぐらいだが。

 

 櫛田がBクラスの女子に声をかけている。

 二言三言で会話を切り上げて俺のところに戻って来る。

 

 結果は言わず、首を横に振った。

 

「悪いな。今回俺はあまり役に立てそうにない」

 

「いいんだよ。こういうのって適材適所だから」

 

 聞き込みは櫛田のコミュ力に任せきりだった。

 

「でもどうして急に須藤君の弁護を始めようとしたの?」

 

「茶柱先生からの依頼だな。ちなみに綾小路も俺と一緒に呼び出されていた」

 

「ふーん。綾小路君も」

 

 隠すことではないので白状しておく。

 

 そう言えば、綾小路の指紋も原作通りゲットされてるのだろうか。

 

 この世界では櫛田はレイプされているので綾小路への優先順位は下がっているとは思うが、櫛田は本性を知られた綾小路を排除しようとするだろう。たぶん手も足も出ずに潰されると思うので、その場合は俺が櫛田をフォローしてやらないといけない。そもそも争わない方向に誘導するべきだが、俺にそれができるのだろうか。

 

 考えごとをしている俺の腕を櫛田が引っ張ってきた。

 

「もっと頼ってくれていいからね。私、堀北さんよりも役に立ってみせるから!」

 

「ほどほどでいいからな」

 

「うん、頑張る! あっ、ごめーん! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!」

 

 櫛田がBクラスの男子に声をかけている。

 

 やけに張り切っていた。

 どうせ目撃者なんて出て来ないのだが。

 

 堀北への対抗心。

 あとは俺に自分の価値を見せ付けるってところか。

 

 暴力事件の目撃者はDクラスの佐倉だ。

 しかし、どのタイミングで出て来るのかまったく覚えていなかった。

 一週間以内に出てきて欲しいものだがな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 須藤の件も問題だったが、他にも問題がある。

 

「うーむ。バッドレイプ」

 

 ジジイは俺の部屋のノートパソコンを眺めていた。

 

 再生されているのはアダルトビデオだ。

 新婚の嫁が義父にレイプされているが、ジジイはそれを退屈そうに眺めていた。

 

 たまに本物が混じっているらしく、その時はレイプレイプと大興奮するのだが、そんなことは滅多にない。エロビ業界も意外とクリーンなようだ。

 

 俺はスーパーで買ってきた桃をジジイに投げ付ける。

 

 桃はジジイの透明な身体をすり抜けて壁に激突。果肉と果汁が飛び散った。

 三百ポイントがゴミになってしまった。後でスタッフが美味しく食べてくれないだろうか。

 

「なんじゃ? レイプか?」

 

 ジジイは透けている手でマウスを操作して動画を止めた。

 画面の中の女優がアヘ顔のまま固まった。

 

 どういう原理になっているのか、霊体化しているのに物体に触れることができる。しかし投げ付けられた桃は透過している。

 

「話がしたい」

 

「ふむ。レイプの話か」

 

 俺に攻撃されたのに、そのことはまったく気にしていないようだった。

 気にする価値もないということか。癪に障るが、今はその慢心に付け込ませて貰う。

 

「そろそろハッキリさせておきたい」

 

「よかろう。レイプじゃろう。わしもそのつもりじゃった」

 

 ……意味がわから――いや、突っ込んでいたら話が終わらない。

 

「もう入学から三か月が過ぎた。その間にレイプしたのは堀北鈴音、櫛田桔梗、長谷部波瑠加、椎名ひよりの四人だ」

 

「そうじゃレイプ」

 

 ジジイが相槌を打つ。

 

「他の原作キャラをざっと上げていこう。佐倉愛里、軽井沢恵、これはモブに近いが佐藤麻耶、伊吹澪、一之瀬帆波、坂柳有栖。大雑把に上げて七人。見落としを含めても十人に満たないはずだ」

 

「レイプじゃな」

 

 教師陣はあえて外しておく。

 茶柱先生は魅力的な女性ではあるが、下手に手を出したら一瞬で監獄コースだ。

 Bクラスのエロ教師もたぶんやばい。

 

 俺はジジイに言い放った。

 

「このペースでレイプしていると一年持たない」

 

「……レイ……ププ?」

 

 ジジイが某漫画なら「なん……だと……?」と言わんばかりの顔になった。

 

 もちろん今後、原作に魅力的な追加キャラが登場する可能性は高い。

 二年になれば後輩にも期待できるだろうし、生徒会に関わるようになれば先輩も登場するだろう。

 しかし俺はもう原作を読めない。増えたキャラを知る術がない。

 

 結果がキャラの枯渇。そして打ち切りだ。

 

「あまり焦るなよ。一人ずつ、ゆっくりレイプすればいいだろ」

 

「……おのれ小僧……囲魏救趙のレイプか……小癪なことを言いおるわ……」

 

 まったく意味がわからんな!

 

 囲魏救趙の元ネタになった孫ビン先生なら理解できるのだろうか。

 

 ジジイは溜息を吐いた。加齢臭がすごかった。

 

「……はぁぁぁぁ。夏休みに一人レイプするのじゃ。それで手を打とう」

 

「取り引き成立だな」

 

 よし、ジジイのコントロールに成功した。

 

 こいつはラスボスだ。いずれ消してやる。

 その方法が見付かるまでは、こうして共存するしかないが。

 

 何時までも生殺与奪の権利を握られるのも面白くない。

 

 たぶん大丈夫だろ。神性ってただの弱点だし。

 俺のスカサハで一撃だし。俺のサーヴァントは最強なんだ!

 

 くそぉ……前世のスマホのデータも引き継がせて欲しかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計の短針が真上を向いた頃。

 俺は重たい気持ちを引きずりながら女子の部屋に向かっていた。

 

 その途中で俺の携帯がブルブル震える。

 

 椎名ひよりからのチャットだった。

 

 メッセージは今日だけで八十六件も溜まっている。

 俺はまったく返信していないのに、椎名はまったく気にせず送ってくるのである。

 

「この本面白いですよ」とか「早く会いたいです」とか「今何してますか」とか「晩御飯、二人分作りました」とか「愛してます」とか「早く来てくれないと手首切ります」とか。どうでもいい文面もあるのだが、見ていると眩暈がしてくる内容も混じっていた。

 

 気が重い。

 しかし椎名はスパイとして働いてくれている。ご褒美をやらないと何をされるかわからない。

 

 俺は意を決してドアをノックした。

 

 すぐにドアが開く。ノックから三秒も経っていない。

 

 ……玄関で待機していたのかよ。

 

 椎名が嬉しそうに頬を染めた。

 それだけ見ていれば可憐な乙女なのだが。

 

「礼司君っ!」

 

 いきなり俺の胸の中に飛び込んでくる椎名。

 部屋の外だろうとお構いなしだ。深夜でなければ目撃者が出ていただろう。

 

「椎名、外では自重してくれと前に言ったはずだが」

 

「ひより」

 

 椎名がぶすっと頬を膨らませて俺を見上げた。

 

「先に部屋に入ってから――」

 

「ひよりと呼んで下さいと言いましたよね?」

 

「……ひより。部屋に入ろう」

 

「はいっ!」

 

 満面の笑みを浮かべる椎名。

 

 ちなみに今の椎名、裸エプロンである。

 

 頭おかしいんじゃねーの?

 いや、こいつを壊したのは俺なのだが。

 

「もうご飯、食べちゃいました?」

 

「ああ。コンビニの弁当を食ってきたが」

 

 テーブルにはハンバーグとサラダ、白米、味噌汁が並んでいた。

 

「……なら片付けますね」

 

「いや、食えるよ。暖めてくれ」

 

 椎名が悲しそうに呟いたので思わず止めてしまう。

 

 コンビニ弁当を食ったのは八時頃だ。四時間ほど空いているので食べられないことはない。カロリーがヤバそうなのと身体にも悪そうだったが、椎名の涙と引き換えなら安いものだろう。

 

「はい! すぐに暖めますね!」

 

 椎名が両手の指を合わせて嬉しそうに微笑んだ。かわいい。

 

 裸エプロンというイカれた格好をしていても、可愛いものは可愛いのだ。

 

 椎名がシミ一つない綺麗なお尻を見せながらレンジで料理をチンしていた。

 

「出来ました。さぁ、召し上がって下さい」

 

「頂きます」

 

 手を合わせる。

 俺用に用意されていた箸でハンバーグを齧った。

 

 椎名が嬉しそうに俺の動作を眺めている。

 

 普通に美味かった。

 

「それ、私の髪の毛が入ってますよ」

 

 椎名が微笑みながら唐突に言い放った。

 

「……そうか」

 

 俺はハンバーグをもう一口放り込んだ。

 

 たぶん椎名流の冗談だろう。

 

 女がよくやる愛情を試すというやつだ。

 それにしては悪質すぎる気がするが、意図がわかれば可愛いものだろう。

 うん。可愛い。俺は自分に言い聞かせる。

 

 別に髪の毛が入っていたとしても問題ない。

 髪の毛だろうが血液だろうが唾液だろうが食ってやる。

 それが椎名を壊した俺の責任の取り方だ。

 

 でも、スカだけは勘弁な。ミートクソースとか無理だから。

 

「ああ、好き。礼司君がどんどん好きになっちゃいます」

 

 椎名の身体がゾクゾクッと震えていた。

 身体が白いから発情するとすぐにわかる。

 

 ……裸エプロンだからな。



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11話

 一之瀬が動き出したのは聞き込み二日目だった。

 原作をあまり覚えていないので何とも言えないが、即断即決と言うべき行動の速さだった。

 

 俺の携帯に堀北からメッセージが入っていた。

 

『Bクラスの一之瀬さんと協力関係を結びました』

 

 そっちに行ったか。

 

 堀北は聞き込み活動をしていない。須藤を助けるなんて馬鹿らしいと公言していた。

 目立つように活動していた俺たち(と言うか櫛田)ではなく堀北に接触したのは、一之瀬が堀北をDクラスの司令塔だと認識しているからだろう。

 

 ……と思っていたら。

 

「君が噂の二股君だね!」

 

 物凄く不名誉な呼ばれ方をされてしまった。

 

 振り返ると、そこにいたのは一之瀬帆波だった。

 

 長い髪、大きな瞳、豊かな胸。

 底抜けに明るい性格をしていて、パッと見たところの印象は櫛田の上位互換だ。

 

「一之瀬か」

 

「あ、知ってるんだ」

 

「有名人だろう」

 

「そうかな? 自分で言うのも何だけど、私はまだ目立つことはしていないと思うけど」

 

 堀北と接触してから一直線に俺たちのところに来たのだろう。やはり行動が早い。

 

 一之瀬は俺の持っている携帯をさり気なく一瞥していた。俺と堀北が繋がっているかどうかの確認。あとは情報の伝達速度、信頼関係を計るといったところか。そのために中国大返しっぽい奇襲をかけてきたのだろう。

 

「あと、先ほどの呼び方はやめてくれ。俺は二股をかけているわけではない」

 

 言葉は正しく使うべきだろう。

 二股と言われたが、長谷部をカウントしていいなら四股だ。……クソだな。

 

「あはは、ごめんね。まだ付き合ってないんだよね」

 

「まだ、と言うか、俺ごときがあの二人に釣り合うとでも思うのか?」

 

「あれ? 田中君も悪くないと思うけど?」

 

 一之瀬は明るく笑った。

 

 じゃじゃん、と言いながら携帯を俺に見せ付ける。

 

「田中君は何とっ! イケメンランキング十八位だよ! そんなに自分を卑下することはないと思うな」

 

 出た。女子が勝手にやってるランキング。

 たしか綾小路が五位ぐらいだった気がする。根暗ランキングでも上位だったらしいが。

 

「どうせ堀北と櫛田のおかげで上がっているだけだろう。五月までは俺の名前なんて上がっていなかったはずだ」

 

「いや、それはそうなんだけど……堀北さんたちのおかげで田中君の魅力に気付いてくれたって考え方もあるんじゃない?」

 

「ない」

 

「うっ、田中君って意外とネガティブなんだね」

 

 誓って言うが、俺の顔面偏差値は平凡だ。

 

 男の価値は隣にいる女で決まるというが、その逆も然り。

 堀北と櫛田に絡まれている俺にも魅力があると錯覚されているだけだろう。

 

「田中君、どうしたの!」

 

 一之瀬に気付いた櫛田が聞き込みを切り上げて慌てて走り寄って来る。

 

「初めましてだよね、櫛田さん。B組の学級委員をしている一之瀬帆波です」

 

「うん、よろしくね。ところで学級委員って?」

 

「あ、それは勝手に決めてるの。他にも書記とか色々ね」

 

 うちのクラスには学級委員は存在しない。

 

 Dクラスでは頻繁に茶柱先生による情報のシャットアウトが為されているので、櫛田はまたそれを疑ったのだろうが、一之瀬がすぐにそのことを説明した。

 

「学級委員……うちのクラスにも必要なのかな?」

 

「要らないと言うか、時期尚早だと思うが」

 

「ふーん、それはどうして?」

 

 一之瀬が面白そうにこちらを見てくる。

 

「Dクラスはまだまだ未熟で結束力も低い。そんな中で責任者を出したら、クラスの連中はそいつに何でもかんでも面倒事を押し付ける。リーダーというより雑用係になるだろう」

 

 で、雑用係はすぐに潰れる。

 残ったのはギクシャクした人間関係だけ。

 

「理屈は通ってるね。それぐらいなら連帯責任にした方が上手く回るってことか。でもいいの? 私にクラスの弱点を教えてしまってるけど?」

 

「少し探ればわかることだ。手を組む相手に隠すことではないだろう」

 

「え、手を組むって?」

 

 櫛田が目を驚かせている。

 そう言えばまだ櫛田には言っていなかったか。

 

「聞いて驚いて! 私も田中君の彼女候補に立候補することにしたの!」

 

 一之瀬が楽しげに笑いながら俺の背後に回り込むと、俺の肩にポンと手を置いた。そして俺の肩越しに櫛田を見やり、おそらくは挑戦的に笑ったのだろう。櫛田が俺の背後を冷たく睨み――慌てて笑顔を取り繕っていた。

 

 こんなところでボロを出すとは。

 堀北はレイプで成長したが、櫛田は逆に弱体化したようだ。

 

「ぷふっ、あははははっ!」

 

 一之瀬が大声で笑う。その明け透けな態度に櫛田が目を丸くする。

 

「ごめんね櫛田さん! 今のは冗談だから!」

 

「も、もう! 驚かさないでよ! 心臓が止まるかと思ったよ!」

 

 櫛田がホッと胸を撫でおろしていた。

 

 一之瀬がくるりとターンして再び俺と向き直ると、勝ち誇るようなドヤ顔を向けてきた。

 

 いかんな。探りを入れるつもりが探られまくっている。

 このまま情報をぶっこ抜かれるのも何なので、俺は降参というように軽く両手を上げてから話題を変えた。

 

「堀北から聞いたよ。Dクラスに協力してくれるらしいな」

 

「うん、とりあえず須藤君の件に関してだけね…………えっと」

 

 一之瀬の表情が困惑に変わる。

 

 櫛田がトテトテと俺の右腕に抱き着いてきた。

 ニコニコと笑みを浮かべているが、一之瀬を警戒しているのか表情が硬い気がする。

 

「大丈夫。取らないから」

 

 一之瀬が苦笑してから俺の問いに答えた。

 

「利害関係が一致しているからね。Cクラスが上に行くには必ずBクラスとぶつかるでしょ。でもDクラスとはまだ直接やり合う機会は少ないよね。違うかな?」

 

「いや、その通りだ。俺もBクラスとは争うつもりはない」

 

「決まりだね」

 

 戦略ゲームでいう国境を接していない状態というわけだ。

 遠交近攻で手を組むことはできる。

 いずれ潰し合いになるかもしれないが、それは今ではない。

 

「何かわかったら教えるから連絡先を交換しておかない?」

 

「ああ、そうだな」

 

 俺がポケットから携帯を取り出すと、櫛田がその手をやんわりと止めた。

 

 裏表のなさそうな笑顔で俺に言う。

 

「私が代わりに交換しておくねっ!」

 

「……あ、ああ。頼むよ」

 

 断ったらヤバい気がした。何となく。

 

 話はこれで終わり。

 櫛田は未だに一之瀬を警戒しているのか、俺の腕を引きずってBクラスの前から退避した。

 

 日没後。

 俺はスーパーで食材を買い込んでから学生寮に戻り、何となくポストを開いた。

 

 一之瀬の連絡先が入っていた。

 

「……マジか」

 

 なぜか一之瀬は櫛田ではなく俺とのホットラインを求めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺はそろそろ佐倉の扱いを考えなければと思っていた。

 

 佐倉愛里は須藤の暴力事件を目撃していた。

 自撮りをする場所を探していたら現場に遭遇してしまったのだったか。

 

 貴重な目撃者だが、須藤と同じDクラスだ。

 

 須藤の無罪を主張するには適していない立場である。

 Dクラスの不利益を回避するために目撃証言を捏造したと疑われてしまうからだ。

 

 あと佐倉はグラビアアイドルである。

 

 アニメだとネットアイドルみたいな扱いだったが、原作だとばっちり少年誌にも出ていた。この学校に入学してからは活動を休止しているらしいが、未だにブログには自撮り写真をアップロードしている。

 

 しかし佐倉はグラドルという目立つ仕事をしていながら、極度に内向的な性格をしていた。一学期の後半にも関わらず友人はゼロ人。以前の俺を思わせる悲惨さである。

 

 レイプしたら心が壊れて即退学なんてことも有り得る。

 それほどメンタルが弱そうに見えて、今まで中々手を出せなかった。

 

 どうしたものか。

 佐倉の証言はぶっちゃけ必要ない。Cクラスの石崎どもを潰せばいいだけの話だ。

 

 だから放っておいてもいいのだが――。

 

 俺の携帯が振動していた。

 九割は椎名からだ。残り九分が櫛田からで、残りが堀北。

 

 情報のノイズが大きすぎて一々確認するのが面倒になってくるが、たまに価値ある情報が紛れ込んでいるので見ないわけにもいかないのが困りものだった。

 

 俺は溜息を吐いてから携帯を手に取った。

 

『確認メールぐらい送ってよ! \(*`∧´)/ ムッキー!』

 

 件名に一之瀬ですと書かれていた。

 

 彼女の連絡先を強制的に入手させられた俺だったが、櫛田にバレたら危険なので連絡先が書かれた紙ごとポストに放置している。

 

 気付いていないフリをして時間稼ぎだ。こそこそ作戦である。……違うか?

 

 一之瀬はどこからか俺の連絡先を入手したらしい。

 俺は須藤の件で綾小路や平田とも連絡先を交換していた。そこから情報が漏れたようだ。

 

『返事をしないとBクラスとDクラスが戦争になるよ?』

 

 十分ほど無視して放置していたら、追加でメールが送られてきた。

 なおその間に椎名が『今から礼司君でオナニーします』なんて酷い文面を送り付けている。

 

 いや、待て。落ち着け。

 ちょっと混乱しそうになったが、椎名は今は関係ない。

 

 俺の所為でBクラスと戦争をするわけにもいかない。

 

 俺はこのメールを櫛田に転送してから、改めて一之瀬にメールを送り返した。

 浮気ではないと言い訳する亭主の気分だが、隠し事はバレた時のリスクが大きいからな。一之瀬に脅された田中君ポジの方が都合がいいのだ。

 

『何が目的だ?』

 

『明日の放課後、用事ある?』

 

『ある』

 

 特にない。

 

『四時に中庭で待ってて』

 

『あると言っただろうが』

 

 それきり返事はなかった。あいつはこっちが暇なのを見抜いてやがるようだ。

 暴力事件の聞き込みはキャンセルできるから、一之瀬の見込みは当たっているのだが。

 

 一之瀬の返信を待っていると、携帯が震えた。

 

『イキました』

 

 ……そうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言うわけで翌日の放課後である。

 

「田中君っ! 今日も聞き込みをするの?」

 

 櫛田が俺のところにやって来る。

 

 堀北がそれを忌々しそうに眺めていた。一緒にいる口実を取られたと思っているのだろう。

 

「いや、今日は別の用事があるから」

 

「私も一緒に行っていい?」

 

「昨日のメールに関係することでな。悪いが外して貰っていいか?」

 

「え? う、うん。わかった」

 

 櫛田は不満というより不安そうだった。

 心配そうにこちらを見てくる。

 

「大丈夫? 一之瀬さんに脅されてるとかじゃないよね?」

 

「それはないと思う。あれは一之瀬なりの冗談だろう」

 

 俺にメールを無視されたから戦争をするなんて言ったところで、Bクラスの仲間たちも納得しないだろう。

 

 仲良しクラスに見えて実際は一之瀬の独裁政権だったら話は別だが、流石にそこまで悪辣なことはしていないと思う。まだ高校生だからな。テロリストに育てられたスナイパーが高校生している世界もあるが、こっちはそんなに殺伐としていないと思いたい。

 

 櫛田と別れて中庭に向かう。指定されていた待ち合わせ場所だ。

 約束の時間まで三十分もあるはずなのに、一之瀬はもう中庭のベンチに座って待っていた。

 

 ふんふーんと最近の音楽を口ずさみながら携帯を触っている。

 

「よう。早かったな」

 

 声をかける。

 

「わっ、わっ!」

 

 一之瀬がパッと立ち上がった。鼻歌を聞かれたのが恥ずかしいのか照れているようだ。

 

「た、田中君こそ早いよねっ。メールだとつれなかったけど」

 

「俺は嫌いな食べ物から先に食べるタイプなんだ」

 

 嫌な用事も先に済ませるに限る。

 暗にそういう意味を込めて発言すると、一之瀬が不満そうにジト目を向けてきた。

 

「田中君って何時もそんな感じなの?」

 

「何が言いたい?」

 

「櫛田さんと堀北さんを侍らせているプレイボーイって聞いてたけど、ちょっとアテが外れたかもしれないなって」

 

 喧嘩を売られているのだろうか。

 まぁ買う気はないのだが。

 

 俺は肩をすくめてからベンチに腰を下ろす。

 部活動に勤しむ生徒の掛け声が聞こえてきた。青春しているようだ。少しだけ羨ましくなるが、俺も混じりたいとは思えない。

 

「須藤の件で協力してくれるらしいが、俺を窓口にするのは人選ミスだぞ。そういうのは櫛田や堀北の方が適任だろう」

 

「うーん。今日はそれとは別件なんだよね。綾小路君か田中君のどちらかに頼もうかなって迷ってたんだけどさ」

 

「別件って、プライベートな用事ってことか?」

 

 そんなイベントがあったのか。

 原作の内容をあまり覚えていないので返答に困る。

 

 しかしプライベートな用事なら同じクラスの友人にでも……いや、同じクラスだからこそ知られたくないと言うことか。

 

「田中君って口は堅い方?」

 

「代金次第では堅くなるぞ。どうやらこれは一之瀬の弱味をゲットできるチャンスみたいだな」

 

 一之瀬が満面の笑みを浮かべて、携帯でパシャっと自撮りした。

 

 あっという間に一之瀬と俺のツーショットの出来上がりだ。

 

「これ、櫛田さんに送信してもいい?」

 

 まぁ、別に問題はない。櫛田には脅されている田中君と言うことにしているからな。

 とは言えこのまま拒否し続けたところで、一之瀬は次々に攻勢を仕掛けてくるだけだ。

 

「貸し一つだからな」

 

 一之瀬が満足げに微笑んでから俺の隣に腰を下ろす。

 

 この判断が致命的なミスだと気付いたのは三分後のことだった。

 

「田中君って櫛田さんか堀北さんと付き合っているわけじゃないんだよね」

 

「見ればわかるだろうが、まぁその通りだ」

 

「どうして付き合わないの? 二人ともすごく可愛いのに」

 

 いや、俺レイプ魔だから……。

 すでに四人もレイプしている。被害者はこれからも増えるだろう。

 そんな俺が恋人を作るなんておこがましいにも程がある。

 

「もったいないなぁ。田中君、今がモテ期かもしれないよ?」

 

「かもしれないが、俺は別に……」

 

 言葉を止めた。

 

 誰かが俺たちを見詰めている。

 視線を追いかけると、校舎の角に気弱そうな少女がいた。

 

「……あっ」

 

 一之瀬が心細そうな声を出す。

 

「ど、どうして男の人がここにいるんですか?」

 

 ショートヘアの少女だった。

 Dクラスでは見たことがない。たぶん一之瀬と同じBクラスなのだろう。

 

「……あっ」

 

 思い……出した!

 これ告白イベントじゃねぇか。なんで俺はこんな重要イベントを忘れてたんだ。

 

 一之瀬は同じクラスの“女子”に惚れられていた。

 百合である。男からすると目の保養になるからぜひとも付き合って貰いたいのだが、残念なことに一之瀬にはその気がない。

 

 何にせよこれ以上一之瀬と一緒にいるのは不味い。俺は無言で逃げようとした。

 

 これが二つ目の判断ミスだ。

 冷静になって事態を収拾させる機会を俺は自ら投げ捨ててしまった。

 

「待って!」

 

 一之瀬が俺の背中に飛び掛かる。

 

「ちょ、放せよ!」

 

 俺は力任せに振りほどこうとして、躊躇ってしまった。

 一之瀬を振り落としたら怪我をさせてしまうかもしれないからだ。

 

 それを見ていたショートヘアの少女が絶望的な顔をした。

 

「そんな……一之瀬さんが男の人と抱き合ってるなんて……」

 

 いや、抱き合っていると言うより羽交い絞めにされているんだけど。

 

「あはは……そ、そうなんだよね。私たち、付き合ってるの!」

 

「ちょっと待て! いくらなんでも無理やりすぎるだろ!」

 

「彼って照れ屋だから! 付き合ってることは今まで内緒にしてたんだ!」

 

 今さらながら俺は気付いた。

 一之瀬が櫛田たちと付き合っていないのか確認したのはこのためだったのだ。

 

「聞いてくれ! 俺たちは別に付き合っているわけではない!」

 

「気休めはやめてください!」

 

 少女が怒鳴った。

 大人しそうな見た目をしているが、だからこそ怒らせるとやばいタイプだ。

 

「一之瀬さん、彼氏がいたんですね。私、馬鹿みたい」

 

「ご、ごめんね、千尋ちゃん」

 

「……ずるいです。一之瀬さん」

 

 少女がサッと身を翻した。

 涙をこぼしながら走り去っていく。

 

 一之瀬がそんな少女を寂しそうに眺めていた。

 

「……私、ずるかったかな」

 

「そりゃそうだろ。真剣に告白しようとしている相手に彼氏をぶつけたんだ。断るための口実にしたかったのだろうが、俺にはお前が相手の気持ちを受け止めずに逃げたかったようにしか思えないな」

 

「……ぐさぐさ刺さるんですけど。そうだよ、私は自分だけ楽したかったんだよー」

 

 一之瀬が不貞腐れたようにベンチの背もたれに身体を倒した。

 

 恋心を受け止めるのは、正直しんどい。

 俺も堀北の想いを重いと思うことがある。だからこれはブーメランだ。

 

「はぁ。失敗しちゃったか。どうすればよかったのかなぁ」

 

「俺を連れて来たのが間違いだったんじゃないか?」

 

「でも、他に断り方が思い付かなかったし」

 

「普通に断ればよかっただろ。同性とは付き合えないって」

 

 二人して溜息を吐く。

 

 綾小路みたいに上手く収められなかったが、何にせよ告白イベントは切り抜けたようだ。

 

「今日はごめんね。こんな変なことに付き合わせちゃって」

 

「こっちこそ、あまり役に立てなくて悪かったな。貸し一つと言ったが、無しにしてくれて構わないぞ」

 

「そんなことないよ。田中君がいなかったら、はっきり断れなかったかもしれないし」

 

 一之瀬はそう言うが俺が対応を誤った結果、百合少女の心は傷付いてしまった。

 

 もっといい方法があったのではと思う。

 と言うか、いきなり百合少女がやって来たのが問題だ。事前に一之瀬から説明を受けていたら他にやり様があったはずだ。

 

 結論。俺は悪くねぇっ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が一之瀬に気を取られている間に、佐倉の件が進行していた。

 

 堀北が佐倉に声をかけようとして、ビビった佐倉がデジカメを床に落とす。堀北はその場では「デジカメを落としたのは彼女の自己責任よ」なんてツン発言で周りの顰蹙を買っていたが、堀北にも人並みの罪悪感はある。

 

 佐倉のデジカメを修理するために電気屋に行こうと誘ったのだが、佐倉は堀北が怖かったのか二度目の逃走を計った。仕方なく綾小路が声をかけると佐倉は提案を受け入れ、次の休日には二人で電気屋に行くことになっていた。

 

 そんなこんなで俺は平穏な日々を享受していた。

 レイプジジイのノルマから解放されて、夏休みになるまでは自由を満喫できるはずだった。

 

 ある日。

 教室に入った俺は違和感に気付いた。

 

 クラスの女子がチラチラと俺を見ているのである。

 

 櫛田が不安そうな顔をしながら俺のところに来た。

 

 堀北も不機嫌そうな顔をしながらやって来る。

 

「あ、あの、田中君。本当に脅されてないんだよね?」

 

「不愉快な噂話を聞いたのだけれど、本当かしら?」

 

「いや、何のことだ?」

 

 わけがわからない。

 俺が困惑していると、堀北が溜息を吐いた。

 

「あなたが一之瀬さんと交際しているという噂が流れているのよ」

 

「…………は?」

 

 いや、意味がわから――。

 

 あ。

 

「その顔、心当たりがあるようね」

 

 百合少女の口から噂が広まったと言うことか。

 それしか考えられない。

 ならば一之瀬から俺たちは付き合っていないと言って貰えれば事態を収拾できるはずだ。

 

「……田中君」

 

 櫛田が泣きそうな顔をしている。

 

「Dクラスを守るために自分を犠牲にしなくてもいいんだよ?」

 

「いや、違うから」

 

 俺はそんな殊勝な人間ではない。Dクラスなんてどうでもいいから。

 

「……どう言うこと?」

 

 眉をひそめる堀北に、櫛田が携帯を見せ付けた。

 

『返事をしないとBクラスとDクラスが戦争になるよ?』

 

 それは一之瀬の冗談だった。

 返事をしなかった俺に対する当てつけみたいなものだ。

 

 堀北の視線が鋭さを増した。

 

「なるほど。一之瀬さんが須藤君の件で協力を持ち掛けてきたのも、最初から田中君が目当てだったと言うことね」

 

「私も最初から怪しいって思ってたんだ。一之瀬さん、いきなり彼女候補とか言い出したんだよ」

 

「どうやらそれで決まりのようね」

 

 違うから。俺が目当てって、マジで意味がわからんぞ。

 

 これは、どうすれば二人を納得させられるのだろうか。

 

 俺が勘違いを続ける二人にかける言葉を考えていると、教室に張本人たる一之瀬がやって来た。

 

 おそらく大慌てで走って来たのだろう。汗をかいていて、制服も乱れていた。十五歳とは思えない色っぽさである。もしかしたら誕生日が来ていて十六歳になっているかもしれないが、どちらにしろあまり変わらない。

 

 堀北と櫛田が目を細めた。「色気で篭絡するつもりね」と言っている。

 

「田中君! ちょっと顔貸して!」

 

「やめろ。お前の行動は事態を悪化させている」

 

「意味わかんないから! 来てよ! とにかくこっち来て!」

 

 俺の腕にぎゅっと抱き着いて引っ張っている一之瀬を見て、クラスの女子たちが全力で内緒話を開始した。……このまま教室にいるのも不味そうだ。

 

 教室を出て行く俺たちに櫛田が言う。

 

「田中君! 信じてるから!」

 

 俺は精一杯の虚勢を張って櫛田たちに笑いかけた。

 

「大丈夫だ。問題ない」

 

 問題ありまくりだ。

 櫛田たちは磔刑にかけられる救世主を見守るように俺を見送った。

 

 例のごとく階段の踊り場まで連行される。

 

「本当にごめんなさい!」

 

 がばっと頭を下げられた。一之瀬の初手は謝罪だった。

 

「俺たちが交際しているという噂話が流れているらしいが……」

 

「たぶん千尋ちゃんだと思う。クラスの子に相談したんだろうね」

 

 失恋したのを慰めて貰おうとしたのだろう。

 しかし相談した相手が悪かったようだ。数日かけてじわじわと噂話が広まり、おそらく昨日それが爆発した。

 

「今もグループチャットとかでどんどん広まってるみたい。たぶん一年生の半分ぐらいは知ってると思う」

 

「情報化社会ってすごいよな」

 

「笑い事じゃないよ!」

 

 一之瀬が俺のネクタイを引っ張った。首が締まる。

 俺はネクタイと首の隙間に指を入れて気道を確保してから答えた。

 

「俺たちは付き合っていない。以前からそういう素振りも見せていない。異常にモテている俺に嫉妬した誰かが噂を流した。あるいは人気者の一之瀬を妬んだ誰かが噂をでっち上げた。そう言うことにすればいい」

 

「……うーん」

 

 俺の対処法に、しかし一之瀬は悩ましそうに唸り声を上げた。

 

「普通ならそれでいいんだろうけどね。今回はちょっとそれは無理っぽいかも」

 

「なんだと?」

 

「千尋ちゃんが疑いの目を向けてくるの。昨日なんて本当に付き合ってるのって言われちゃった」

 

「それは自業自得だ。俺が知るか」

 

 身から出た錆というか、俺を口実にして千尋とやらを振ろうとしたツケだ。

 

「そんな薄情なことは言わないでよ。ね、私を助けると思って、付き合ってることにしといてよ」

 

「無理だ。やめろ。手を放せ」

 

 一之瀬が俺の手を取った。

 女子ってずるいよな。頼みごとをする時に相手の手に触れやがる。

 

「田中君、お願いっ!」

 

「嫌だ! なぜ俺がそんなことをしないといけない!」

 

「ならポイントあげるから!」

 

 階下からざわざわと音がしていた。大量の野次馬が俺たちを見物している。

 

 俺のチート聴力が野次馬たちの会話を拾っていた。

 

「痴話喧嘩かな」

「あの田中って奴、三股かけてるんだろ」

「ポイントを貢がせてるみたいだぞ」

「一之瀬さん可哀想」

 

 タナカスの伝説がまた一つ積み上げられている。

 

 俺は目を細めた。

 

 わざとだ。

 周りに見られるように階段の踊り場を選び、大声でポイントをあげると言ったのも、すべては俺を追い詰めるための布石だ。

 同性からの告白には対処できないくせに、俺を追い詰める手管にだけは長けてやがる。

 

「田中君! これからよろしくねっ!」

 

「……後で覚えてろよ」

 

 一之瀬が俺の唇に指を当てた。俺は黙り込んだ。

 

「私の彼氏はダサい捨て台詞は言わないんだよ!」

 

 不覚だが、可愛いと思ってしまった。

 

 一之瀬がポチポチと携帯を触る。

 俺の携帯が震えた。おそらくポイントを送信されたのだろう。

 

「金で男を買うのか」

 

「こうしないと私の言うことを聞いてくれないよね?」

 

 くっ、契約と納期に縛られた社畜思考のせいで逆らえない!

 

 断言しよう。一之瀬は悪女だ。



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12話

 針の筵とはこのことだろう。

 クラスの連中は授業中もずっと俺ばっか見てやがった。

 

 男子は嫉妬の視線。

 ポイントのペナルティが無ければ物を投げられていたかもしれない。

 

 女子は好奇の視線。一部は嫌悪。

 恋バナ好きの少女たちは大騒ぎだ。一方で汚らわしい三股男として見る者もいる。俺としては後者の方がポイントが高い。

 三股って最低だよね。実際は一之瀬を含めて五股になる。……なんだこれ。

 

 俺は一之瀬にメールを送った。

 放っておいたら確実に教室に来るからだ。

 

 堀北と櫛田、一之瀬の対決なんて俺は絶対に御免だからな。

 

 待ち合わせ場所の中庭に向かう。

 

 櫛田たちは何か言いたそうな顔をしていたが、須藤の件で平田に声をかけられて名残惜しそうに俺を見送っていた。

 

 一之瀬は百合少女に俺との関係を疑われていると言っていた。だから俺と恋人らしいことをして百合少女を納得させようとするだろう。

 考え付くのは一緒に帰宅するとか、放課後にデートするとかだ。

 

 と思っていたら。

 

 俺の携帯が震えていた。送金リクエストだった。

『五万ポイント送金します。よろしければ確認を押して下さい』と表示されている。

 

「やっほー。待たせた?」

 

 一之瀬がニヤニヤ笑いながら俺を見ていた。

 

「俺の心が金で買えると思うのか」

 

 俺は確認ボタンを押した。がっぽがっぽだぜ。

 

「田中君って最低だよね」

 

「お前に言われたくはないな」

 

 一之瀬と並んで歩き始める。

 

 するといきなり俺の腕に抱き着いてきた。

 ボディタッチは早すぎるだろうと半眼で見ていると、一之瀬が小声で「つけられてる」とささやきかける。

 

「……千尋ってやつか?」

 

「違うかな。神崎君と柴田君。たぶん千尋ちゃんに頼まれたんだと思う」

 

 神崎はBクラスの副リーダー的なポジションだったような気がする。

 柴田というのは記憶にないが、君付けで呼んでいるから男子なのだろう。

 

 そんなキャラが一之瀬を尾行するとは、どうやら相当疑われているようだ。

 

 俺はふと思った。

 

 ……これ、一之瀬のカリスマ性が大暴落してないか?

 

 Bクラスの結束力がガタガタになっている。蟻の一穴と言うが、一之瀬は自分のクラスの急所を自分で抉っているのではないだろうか。

 

「ところで私との会話を録音して、千尋ちゃんに密告しようなんて考えてないよね?」

 

 突然、一之瀬がボソッと呟いた。

 

 たしかにそれも一つの手段かもしれない。

 一之瀬を悪者にして強引に幕を下ろす。一之瀬からの恨みは買うだろうが、最速で終わらせるならそれが一番だろう。

 まぁ、俺は契約は守る男だ。社畜舐めんな。

 

「まさか。そんなわけないだろう」

 

 真面目な顔をしていたのに一之瀬は俺の太股を強い力でつねってきた。

 まったく信用されてねぇ。

 

「ま、別にいいけどね」

 

 一之瀬が携帯をポチポチと操作する。

 またしても五万ポイントが送られてきた。謎の方法でポイントを荒稼ぎしている一之瀬にとっては、この程度は端金なのだろう。

 

「……ふん」

 

 しかし、俺は気に入らなかった。

 ポイントを拒否。さらに先ほど送られてきたポイントも送り返す。

 

「ちょ! どういうつもり!?」

 

「ポイントはいらない。そんなことをしなくてもお前に逆らうつもりはないからな」

 

「待ってよ! ねぇ! 私、田中君を怒らせるようなことをした?」

 

 俺をたった五万ポイントで買えると思われたのは心外だった。

 そこまで安い男ではないつもりだ。

 俺が受け取ったのは最初の五万ポイントだけだ。五万ポイント分の仕事をするつもりでそのポイントを受け取ったのである。

 ノリで追加の五万ポイント受け取ってしまったのは失敗だったな。かっこ悪い。

 

「どこに行く? 適当に買い物でもするか?」

 

「ごめんなさい。私、なんか間違っちゃったんだよね」

 

 雰囲気が悪くなりそうだったので話題を変えようとした俺だったが、一之瀬は引き下がってくれなかった。

 

 一之瀬は叱られた子どもみたいに落ち込んでいる。

 

「怒ってないから、あまり気にするな」

 

「本当?」

 

「本当だ。だから、あまりらしくない顔をするな」

 

「う、うん。そうだよね。ごめんね」

 

 そう言っても一之瀬はしばらく落ち込んでいた。

 

 やらかした感があるのは俺の方だ。謝る気はないけどな。

 

 微妙な雰囲気のまま繁華街に入る。

 

「で、何時まで腕にくっついてるんだ?」

 

「え、こ、これは違うんだよ! 恋人のフリをするためだから!」

 

「……あまり大声で言うなよ。尾行者に聞こえるぞ」

 

 一之瀬が真っ赤な顔をしてパッと俺から離れた。

 が、何を思ったのか「えいっ!」と俺の腕に戻ってくる。

 

 俺は何も言っていないのに、一之瀬がごにょごにょと弁明を始めた。

 

「だって、せっかく尾行されてるんだよ。ラブラブなところをアピールするチャンスだよ」

 

「お前がいいなら俺は構わないが」

 

 俺にとっては役得である。

 すでにハーレムの主人なので有難みは薄かったが。

 

「田中君、あまり照れてないよね。やっぱり慣れてるんだ、こう言うこと」

 

「櫛田がよく抱き付いてくる」

 

 俺の太股がつねられる。

 一之瀬がジト目で俺を見上げていた。

 

「デート中に他の女の子の名前を出すとか、マジで有り得ないから」

 

 偽装彼女が嫉妬してるんじゃねぇよ。

 

 話は変わるがスタンフォード監獄実験という割と有名な話がある。

 被験者に監守と囚人という役割を与えて生活させると、看守はどんどん凶暴になり、囚人はどんどん従順になっていくらしい。

 人は立場や役割に合わせて性格を変えるということだ。

 

 偽装とはいえ恋人になった一之瀬にも、いずれはその影響が出てくるのだろうか。

 

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺と一之瀬はウインドウショッピングを楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日没後。

 俺は綾小路を呼び出していた。

 

 場所は最初に長谷部をレイプした水道設備のある建物だ。

 

 この建物は重要なインフラ設備の一つなのだが、施錠されており他者の侵入が想定されていない。よって防犯カメラは設置されていなかった。

 

 こういう場所は学校に幾つも存在していた。予算的な都合があるのだろう。

 

「こんなところに呼び出して、一体何の用だ?」

 

 こんなところ言うな。住めば都だぞ。住んでないけど。

 

「そろそろ須藤事件の決着を付けようかと思ってな」

 

 綾小路が不信感丸出しの視線を俺に向ける。

 

 原作通りにハッタリで石崎たちを追い詰める手を考えていたが、俺のせいで原作通りに進むとは思えない状況になっていた。バタフライエフェクトさんは普段はサボっているくせに、ここぞと言う時に仕事を始めやがるからな。

 

 櫛田は須藤を助ける気持ちは皆無。俺への点数稼ぎしか考えていない。

 おかげで須藤とはあまりコミュニケーションを取れていない。

 佐倉との繋がりも原作よりも薄くなっていた。佐倉がグラドルだとバレるイベントが発生していないのだ。

 

「佐倉のことはどうなっている?」

 

「一応、明日の審議会で証言してくれるという内諾は得ている。本人はあまり自信がなさそうだったがな」

 

 佐倉が出てくれるのか。

 綾小路が孤軍奮闘したおかげだろう。

 

 たしか佐倉の自撮り写真には須藤と石崎たちが映り込んでいた。

 それを使えば痛み分け(それでも須藤の方が分が悪いが)までは持っていけるはずだ。

 

 しかし、所詮はそれまで。

 須藤の無実が証明されるわけではない。

 

「明日には審議が始まる。その前に一つ手を打っておきたい」

 

「俺にそれを手伝えと言うことか」

 

 俺はポケットから携帯を取り出した。

 綾小路がそれがどうしたという目をする。

 

 しかしこれこそが秘密兵器。石崎を地獄に叩き落す死神の大鎌である。

 

「これには石崎の携帯からコピってきたSIMカードが入っている」

 

 綾小路が目を見開いた。

 

「お前……それは犯罪だぞ?」

 

「バレなければいい。違うか?」

 

 学校のサーバーをクラックして生徒名簿から部屋を割り出し、深夜にこっそりと石崎の部屋に侵入。櫛田の時のように寝ている石崎に眠たくなる薬を盛って携帯を拝借。SIMカードを抜き取って自作アプリで複製を作成しておいた。

 

「そもそも須藤に殴りかかった石崎たちにも傷害の罪がある。須藤は殴り返しているけどな」

 

 目には目を歯には歯をだ。

 ハンムラビさんはいいことを言った。

 

 綾小路は黙り込んだ。

 こいつも軽井沢を追い詰める際にレイプをチラつかせる男である。必要とあらば非情な手段に出られるからこそ、俺は綾小路に声をかけていた。

 

 ついでに共犯者になってしまえば俺の身も安全になるからな!

 

「絶対にバレない。俺のハッキング技術を信用しろ。もしバレたら俺が責任を取るから」

 

「……そこまで言うなら話だけなら聞いてやってもいいが」

 

 俺は綾小路に計画を打ち明けた。

 

 綾小路は「こいつ正気か?」という目を俺に向ける。

 

「……有効的な策であることは認める。しかし、他に手はないのか?」

 

「あるにはあるが、これが一番成功率が高いと思う」

 

 原作通りにハッタリを効かせる策もある。

 しかし石崎たちが訴えを取り下げなければ須藤はギルティである。原作通りの結果が出るとは限らないのだ。ならば少しでも成功率の高い手段を選ぶべきだろう。

 

 綾小路は溜息を吐いた。

 

「わかった。吐いた言葉は呑み込むなよ。何かあれば責任はお前が取れ」

 

「交渉成立だな。頼んだぞ、相棒」

 

 綾小路が胡散臭そうに俺を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後九時を回っていた。

 

 街灯の明かりが道を照らしている。

 外食でもしていたのだろうか。二人組の男子が弛緩した顔をしながら学生寮に戻ってきた。

 

 俺と綾小路は同時に茂みの中から飛び出した。

 

 男子二人を挟み撃ちにする。

 

「な、何だお前ら!?」

 

「ちょっとツラかせよ。すぐに済むからよぉ」

 

 俺は目の前の少年の胸倉をつかむと林の中に引きずり込んだ。

 

 綾小路は腹パンを入れて少年を制圧。肩にかついで林に入ってくる。

 

「クソッ、何なんだ!? こんなことをしてタダで済むと思っているのか?」

 

「うるせぇ! 黙れよ! うざいんだよ! 死ね!」

 

 俺は少年を投げ飛ばすと、ガシッ、ボカッと蹴り飛ばした。スイーツ。

 

 少年は潰れたカエルのような声を上げる。

 

 平和ボケした日本人は一発殴られただけで戦意を喪失するものだ。アメリカだと銃を向けられるけどな。アメリカこわい。

 

 少年もすぐに顔面を両手で庇い、泣きそうな声をして「すいません、許して下さい」と惨めに命乞いを始めた。

 

 俺は少年のポケットに手を突っ込み、携帯を取り出した。

 

「お前、どこのクラスだよ?」

 

「……二年のCクラスです」

 

「先輩かよ。ならポイントもたんまり貯めこんでるんだろうな」

 

 俺は少年の携帯を操作してポイントを管理するアプリを立ち上げた。

 

 入っていたのは六万ポイントだ。予想以上にシケてやがる。

 この先輩が浪費家なのか、それともクラス対抗戦でポイントをむしり取られたのか。夜遊びしているあたり前者っぽい。

 

「チッ。おい小宮、たったの六万ポイントしか入ってねぇぞ」

 

「石崎。頼むから俺の名前は呼ばないでくれよ」

 

「うるせぇ小宮! 俺に指図するんじゃねぇ!」

 

 俺は蹲っていた先輩をさらに蹴り飛ばした。

 

「や、やめろ。それ以上は本当に死ぬぞ」

 

 綾小路が棒読みで答えた。演技力ゼロだな。

 軽井沢を追い詰めた時みたいに迫力を出して欲しいものだ。

 

 俺は先輩の携帯を操作して五万ポイントを石崎の携帯に送信する。

 

 綾小路が拉致った先輩はガクガクと震えていた。

 俺がDQNっぽく拳に息を吐きかけただけで、ジョロジョロと小便を漏らし始める。

 

「ひぃぃっ、やめてください! 何でもしますから!」

 

 俺は先輩を蹴飛ばしてから携帯を強奪。ポイントを石崎の携帯に送信する。

 こちらも七万ポイントとシケていた。哀れなので一万ポイントだけは残しておいてやる。

 

 それから用済みになった携帯を地面にポイッと投げ捨てた。

 

「行くぞ、小宮」

 

「だから俺の名前を呼ぶなよ、石崎」

 

 俺たちはわざとらしく名前を呼び合いながら立ち去った。

 

 

 

 

 

 綾小路が半眼で俺を睨んでくる。

 

「本当にこれでよかったのか?」

 

「ああ、充分だ。大根役者でなければもっとよかったが」

 

「悪かったな、大根役者で。と言うか、お前のはとても演技とは思えなかったぞ。カツアゲのプロみたいな手慣れた感じがした」

 

「いや、これが初犯だ。才能があったのかもな」

 

 カツアゲの才能か。いらねぇ。

 

 俺たちは二つ目の襲撃ポイントで待機することにした。

 林の中に身をひそめる。

 長谷部を襲った時の計画を流用したものである。監視カメラの死角をついていた。

 

「ん? おい小宮。メイクが崩れてるぞ」

 

「……それまだ続けるのか」

 

 おそらく先輩を肩に担いだ時に落ちたのだろう。

 

 俺はポケットから化粧道具を取り出した。

 

 俺たちは特殊メイクによって顔を変えていた。Cクラスの石崎と小宮の顔に似せてある。

 

 俺のチート能力……と言いたいところだが、明るいところだとバレる程度の変装である。それを隠すための闇夜でもあった。

 須藤にボコられたという設定なので、顔面には包帯を巻いたり痛々しいガーゼを貼っている。おかげで多少の粗は誤魔化せるはずだ。

 

 俺たちが田中や綾小路だとバレなければそれでいい。

 

 相手は殴られたショックで頭が真っ白になっているだろう。

 俺たちの顔や声などを覚えておくような心の余裕はないはずだ。特徴的な包帯やガーゼで騙されてくれるだろう。

 

「次の犠牲者が来たようだぞ」

 

 綾小路が憂鬱そうに溜息を吐いた。

 

 あれはAクラスの――誰だ?

 名前が思い出せないが、そいつはハゲだった。

 

 坂柳と対立しているっぽいハゲである。

 

 えっと、か、カツラ、そう、葛城だ!

 

 ハゲなのにカツラってそれ如何に。

 

「行くぞ、小宮」

 

「了解した、石崎」

 

 俺たちはパッと茂みから飛び出した。

 

 葛城は眉をひそめる。

 先ほどの先輩とは異なり、すぐに拳を構えていた。空手だろうか。

 

「お前たち、これは何のつもりだ?」

 

「Aクラスの葛城だな。前から気に入らねぇと思ってたんだよ。ぶっ潰してやるぜ!」

 

「……闇討ちか」

 

 ノリノリの演技だったが葛城はあまり反応してくれなかった。

 会話はそれきり。

 葛城は歯をぐっと食いしばり、目に力を入れて俺を睨み付けた。

 仁王みたいな顔になっていた。つよそう。

 

 俺はすかさず踏み込んだ。

 葛城が上半身を守るように両腕でガードする。

 

 がら空きになった胴体に拳を抉り込んだ。

 拳が葛城の腹部にめり込んだ。衝撃が内臓を突き抜ける。

 

 葛城は目を見開いた。

 しかし「ふぅぅぅっ」と一息で呼吸を整えてからローキックを放ってくる。

 

 マジかよ。こいつ、耐えやがった。

 

 俺は感心しながらキックを回避。葛城の左側に身体を入れて、横から膝に蹴りを入れる。

 

「むっ!」

 

 葛城の身体がバランスを崩す。

 俺は掌底を作り、葛城の左耳をパンッと叩いた。

 

「ぐわっ! くっ、これは――!」

 

 耳から入った空気が振動して脳を揺らし、強制的に脳震盪を引き起こさせたのだ。これで立っていられる人間がいたら化け物だろう。

 

 俺は崩れ落ちた葛城の身体を林に引きずり込んでいく。

 

 その時に気付いた。

 綾小路が冷徹な目をして俺たちの戦闘を観察していた。

 

 俺はチッと舌打ちする。

 

「おい小宮。少しは手伝ってくれよ」

 

「別に必要なかっただろう。石崎」

 

 またしても棒読みだった。

 

 葛城は脳震盪を起こして身体が動かないだけだ。意識はまだ残っている。

 

 俺は葛城の携帯を操作してポイントを抜き取った。

 

「流石はAクラス、二十万ポイントも貯め込んでやがるぜ」

 

「やったな、石崎。なんか美味いもん食いに行こうぜ」

 

 綾小路が棒読みで言う。

 

 葛城が憎々しげに俺たちを睨んでいた。

 

「お前たち……このままでは……済まさんからな……」

 

 まだ喋れるのか。すごいすごい。

 

 俺は念のために携帯を服の袖で拭って指紋を落としてからポイ捨てした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 学校は普段通りだった。

 

 この日、須藤の起こした暴力事件の審議が行われる。

 そこで潔白を証明できなければ、須藤は夏休みが終わるまで停学になるはずだった。

 

 チャイムの後に教室に入ってきた茶柱先生が開口一番に告げてくる。

 

「須藤への訴えが取り下げられた」

 

 生徒たちは耳を疑った。

 聞き間違いではないかと茶柱先生に疑いの目を向ける。

 

 先生はわずかに口角を上げて笑っていた。

 

「何度も言わせるな。Cクラスが須藤への訴えを取り下げたと言ったんだ」

 

「え、マジで?」

 

 軽井沢が独り言のように呟く。

 

 一応は平田の掛け声で須藤の無実を証明しようとしていたDクラス一同だが、須藤の無実を信じていたのは少数だった。誰もが「実は殴ったんだろ?」と思いながら協力していた。

 

 日頃の行いは大事である。

 須藤には信用というものがまったくなかったのだ。

 

「よかったな、須藤。お前はこれで無罪放免だ」

 

「お、おう。ありがとうございます?」

 

 須藤は夢の中にいるような間の抜けた顔をしていた。

 

 それから茶柱先生が俺の方にチラッと意味深な視線を送ってくる。

 

 俺は関係ないとばかりに目を逸らした。

 

 視界の端っこで証言台に立つ必要がなくなった佐倉がホッと安堵の息を吐いていた。

 

「一体何があったんですか? 急に訴えが取り下げられるなんて、どう考えてもおかしいです」

 

「せっかく無罪になったんだ。わざわざ蒸し返すことはないだろう」

 

 納得いかない顔をした平田が茶柱先生を問い質していた。

 どこまでも真面目な奴だ。

 都合がいいからと思考を放棄しないのは美点と言えるが。

 

「訴えを取り下げられた理由を知っておくべきだと思いました。何もわからないままでは、次に似たような事件が起きた時に対処できませんから」

 

「ふん、真面目な奴だ。いいだろう」

 

 茶柱先生が苦笑する。

 

「あまり詳しくは語れんが、須藤に殴られたと主張していた生徒が犯罪行為をしていた疑惑が出て来た。そのため証言に信憑性がなくなり、慌てて訴えを取り下げて来たわけだ。納得したか。ならば今日の予定を説明するぞ」

 

 茶柱先生がホームルームを始めた。

 

 生徒たちは顔を見合わせて囁き合っている。

 

 これにて一件落着。

 これで本当に夏休みまでは平和になるはずだ。

 

 何か忘れているような気がしたがラブアンドピース。平和が一番である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、佐倉が学校を休んだ。

 

 

 ……あっ。

 

 



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13話

 私は走っていた。

 相手は息を荒げて私を追ってくる。

 

 変な勇気を出さなければよかった。

 もっと人を頼るべきだった。

 自分一人で解決できるなんて考えるべきではなかった。

 

 私は後悔に苛まれながら逃げ続けた。

 

「はぁ、はぁ、逃げないでよ! ねぇ雫っ!」

 

 追いかけてくる男の人が何か言っていた。

 

 私はグラビアアイドルとして活動していた時には雫と名乗っていた。

 男は私の裏の顔を知っていた。

 偶然この学校で出会ってしまい、その人はストーカーと化してしまった。

 

 ネットには「ずっと君を見ている」と言う気持ち悪い書き込みをされ、ポストには大量の手紙を入れられていた。

 もうやめてくれと言うつもりだった。しかし逆上した男が襲い掛かってきた。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 

 早々に体力が尽きてしまい、男との距離が狭まっていく。

 

 人のいる場所に逃げ込むはずだったのに、反対側に進んでしまったようだ。どんどん周りが薄暗くなっていた。

 

 辿り着いた先は、行き止まりだった。

 

「そんなっ!」

 

「はぁ、はぁ……雫、やっと追い付いたよ」

 

 男がニヤニヤと笑っている。

 身の毛もよだつほどの気持ち悪さだった。

 

「やめて……来ないで……」

 

 男が距離を詰めてくる。

 

「恥ずかしいからって逃げないでよ。僕たちが結ばれるのは運命なんだよ!」

 

「そんな運命……知りません」

 

「ああ、雫。僕の雫」

 

 私の腕がつかまれた。

 

 逃げないといけないのに動けない。

 あまりの恐怖に腰が抜けてしまい、地面に座り込んでしまった。

 

「ひっ、いやっ」

 

 男が身体を寄せて来た。

 情欲にたぎった目がおぞましい。鳥肌が立ってしまう。

 

「やめて……やめてください……」

 

 男が私のかけていた眼鏡を外した。

 

「ははっ、やっぱり雫だ! 本物の雫だ!」

 

 男が歓喜の声を上げた。

 それで勢い付いたのかプチプチと私の制服のボタンを外していく。

 

「いやぁぁぁ!」

 

「いいから僕の愛を受け入れてくれよ!」

 

 上着とシャツが地面に落ちた。

 男が鼻息を荒げながらブラを押し上げ、私の乳首をべろべろと舐め始める。

 

 気持ち悪い。おぞましい。誰か助けて。

 

「最高だよ雫! おっぱいは柔らかいし、いい匂いがするし、もう最高だよ!」

 

「やだ……誰か……」

 

 男がズボンのチャックを開けた。

 先端の皮がべろんと垂れている肉棒だった。

 

 男は恥垢が溜まっていて不潔なそれを、私の口に押し込んだ。

 

「んぅっ! やっ! んんっ!」

 

 嫌がる私の頭をつかまれ、男が腰を前後に動かす。

 

 じゅぽじゅぽと男のものをしゃぶらされる。

 息が苦しい。気持ち悪い。最悪だった。

 でも男はやめてくれない。嬉しそうに笑っている。

 私が嫌がっているのがわからないのだろうか。

 

「あああぁぁぁ! もう駄目だ! 出すよ、雫っ!」

 

 男が情けない声を上げながら、ブルブルと腰を震わせた。

 

 喉の奥に生暖かい液体が放出される。

 知識としては知っていた。口の中に射精されたのだ。

 

「おえっ」

 

 すぐに地面に精液を吐き捨てる。瞬間、男が私の頬に平手を打った。

 

 パンッと乾いた音がする。

 

 頭の中が真っ白になった。

 

「駄目じゃないか、雫! 僕の愛を吐き出すなよ!」

 

「ご、ごめ……ぅぅぅっ」

 

 私は咄嗟に謝りそうになってしまった。

 しかし、謝るようなことをしたわけではない。

 

 黙っていると、男が不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

「なら吐き出せないところに注ぎ込んでやるよ!」

 

「え? いやああぁぁぁぁ!」

 

 男が私の両足を持ち上げる。

 何をするつもりなのか、その姿勢で理解してしまった。

 

 下着がずらされて、精液が付いている肉棒が私の膣口に押し付けられる。

 

「やめてください……お願いします……それだけは……」

 

「はぁ、はぁ、いくよ、雫。僕たちはこれから一つになるんだ」

 

「やだ! 助けて! 助けて! 綾小路君! 綾小路君っ!」

 

 男が腰を突き出した。

 

「いやああああぁぁぁぁぁ!」

 

 私は痛みから目を見開いた。

 

 入っていた。

 男の勃起した肉棒が、私の膣内に侵入を果たしていた。

 

 処女が奪われた。

 

 とても現実とは思えない出来事だった。だから夢だと思いたかった。

 

 男が腰を振り始めた。その痛みは現実だった。

 

「ああっ、最高だ! 雫、すごく気持ちいいよぉ!」

 

「なんで……どうして……」

 

 両足を広げられて、男がパンパンと腰を叩き付けて来た。

 初めての相手に何の気遣いもしていない。自分勝手なセックスだった。

 

「いいよ! 雫の中、暖かくて僕のものを優しく包み込んでくれてるよ!」

 

「うっ、うぁ、いやっ、やめて」

 

「う、うわっ! 締まるぅっ!」

 

 突然、男が腰を密着させた。

 

 何をしているのかと思うと、男がブルッと震えた。口の中に出された時と同じだ。

 

「え、出してるの?」

 

「ごめんね! 気持ち良すぎて出ちゃったよ!」

 

「ひぃっ! いやっ、いやっ、いやあぁぁぁぁ!」

 

 私は胸から悲しさが沸き上がってきて、顔を覆って泣いてしまった。

 

 それを男が何を勘違いしたのか。

 

「嬉し泣きだね。そんなに僕との子どもが欲しかったんだ」

 

「違います! 勝手なことを言わないで下さい!」

 

 今さらキレても手遅れだ。

 それに男の機嫌も悪くなってしまった。

 

「まだ僕を受け入れてくれないのか。それならもっと愛を注ぎ込んでやる!」

 

「いやっ! やだっ! もういいでしょ!」

 

「うるさい! 早く僕のものになれ!」

 

 男がピストンを再開した。

 精液のおかげで滑りがよくなった膣内を男のペニスが激しく出入りする。

 

「うっ、あっ、あっ、あっ」

 

 気持ちいいとか、そういうことはよくわからなかった。

 ただ男のものが膣を出入りするたびに自然と声が出てしまう。

 

 それを男はまたしても勘違いして「感じているんだね。嬉しいよ」と言っている。

 

 私はもう反論する気力もなくなって、ぐったりと横になってされるがままになっていた。

 

「いやっ……あんっ、あんっ、あっ、あっ……」

 

 男は私の胸を揉みながら腰を動かした。

 二度射精したおかげか、動きには余裕が出てきている。

 

「はぁ……あっ、あっ……あんっ、あっ、あっ、はぁ、あっ」

 

「雫っ! 雫っ! また出すよ!」

 

「ひっ、いやっ! やめて! 中に出さないで!」

 

 男がパンパンと腰を叩き込む。

 

 私は抗議の声を上げるが、当然のように聞き入れられなかった。

 

「……ふぅ」

 

「いやっ、いやぁっ!」

 

 秘肉の奥深くに精液を注ぎ込まれた。

 

 二度目の膣内射精だった。こんなに出されたら赤ちゃんが出来てしまう。

 

「ふぅ、ふぅ……これで孕んだかな?」

 

 胸が痛い。苦しい。

 頭がおかしくなりそうだった。

 

 男は私の足をつかむと、また腰を振り始めた。

 

「あっ、あっ……あっ……あっ……」

 

 精液と愛液が混ざりあった液体が、じゅぽじゅぽと下品な音を立てていた。

 

 何時まで続くのだろう。もう終わって欲しいのに。

 

 どれだけ待っても綾小路君は助けに来てくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まさか。

 いや、そんなはずは。

 しかし、それしか考えられない。

 

 体調不良で休んでいる可能性もある。しかし、そうでなかったら。

 

 ジジイは見当たらない。

 そう言えば昨日の夕方から姿をくらませていた。

 

 佐倉は綾小路が助けるはずだった。

 しかし俺が強引に須藤事件を終わらせてしまったせいで、綾小路の警戒が佐倉から外れていたとしたら。

 

「せ、先生……」

 

「どうした、田中。顔が真っ青だぞ」

 

「佐倉は休むという連絡を入れているんですか?」

 

 茶柱先生は不審そうに俺を眺めた。

 朝のホームルームで「佐倉はいないのか。珍しいな」と呟いた直後である。

 

「いや、連絡は入っていないが」

 

「先生! 気分が悪いので早退します!」

 

「まだ朝だぞ。それに声は元気そうだ。保健室で休めば――おいっ!」

 

 俺は返事を待たずに教室を飛び出した。

 大丈夫だ。こういう時のための茶柱先生との契約である。

 

 チート能力を生かして全力ダッシュする。

 

 駆け込んだのは寮の自室だった。

 大急ぎでパソコンを立ち上げる。中古の貧弱スペックなので起動の時間に苛立ちを覚える。

 

「クソッ、さっさと動け!」

 

 その間に綾小路に連絡を入れる。

 佐倉の連絡先を教えてくれというメールを送信した。

 

「遅いんだよ、この化石が」

 

 茶柱先生からの報酬と一之瀬から貰ったポイントで買いかえるべきか。

 

 ブツブツと悪態を吐きながらソフトを立ち上げる。

 学校のサーバーをクラック。保存されていた監視カメラの映像を漁り始めた。

 

 範囲が膨大なので、当たりを付けて絞り込む。

 学校は除外。学生寮も除外。

 繁華街。それと住み込みで働いている従業員の寮が狙いだ。

 

 ヒット。

 

 繁華街のメインストリートに取り付けられたカメラが路地裏を走る佐倉を撮影していた。

 出てくるのは一瞬だった。佐倉は路地を走り抜けていた。その後すぐに男が通り過ぎる。

 

 路地裏に監視カメラはない。

 佐倉は逃走に失敗したのだろう。本当にどん臭い。横に曲がれば助かったのに。

 

 映った男の顔をアップにする。

 解像度が微妙だが、対象を絞り込めればそれでいい。

 電気屋に勤めている者の履歴書をリストアップして、顔写真から候補を絞り込む。

 

 綾小路から返事がきた。

 俺の様子から何かを察したのか、佐倉の連絡先が送られてくる。

 それと一緒に「位置情報には反応がなかった。電源が切られている可能性が高い」と書かれていた。綾小路も俺と同じ結論に達したようだ。

 

 原作ではGPS機能を使って佐倉の居場所を特定していたが、その手は使えないようだった。

 

 舌打ちしてから従業員の寮の監視カメラを調べにかかった。

 

 深夜だった。

 廊下に設置されていた監視カメラがすべてを捉えていた。池や山内のように、こいつもレイプを隠すのが下手くそだ。

 

 男が佐倉をお姫さま抱っこして寮の部屋に連れ込んでいた。

 男物の服で顔を含む上半身が隠されていたが、少女の細い生足が飛び出ていた。

 生々しい光景だった。

 男は挙動不審に周りを見回しながら部屋に入って行った。

 

 寮の二階。電気屋に勤務していて、そこに住んでいる人間。

 

 ヒット。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今は何時だろう。

 時間の感覚があやふやだった。

 

 気が付いたら部屋に連れ込まれていた。

 路地裏でレイプされて気を失ってしまったようだ。

 

 たぶん男の部屋なのだろう。

 

「あっ、あんっ、あっ、あっ」

 

「はぁ、はぁ……雫っ、雫っ!」

 

 男の人が私を組み敷いて腰を振っている。

 

 何度も休憩を挟んで、もう二十回以上も抱かれていた。

 

 ぐちゃぐちゃと音がする。

 私の性器を男のペニスがかき分けていた。

 

 愛液と注ぎ込まれた精液とが混ざり合ってドロドロになっている。

 

「うっ、うぅぅぅ、出るよぉ!」

 

「あぁっ……あっ、やぁぁ……」

 

 腰をがっちりとつかまれて、逃げることはできなかった。

 

 お腹の中にじわりと熱が広がっていく。

 何度も注がれているが一向に慣れることはない。

 

「ふぅ……すごいよ雫。僕、何度でも出せそうだよっ!」

 

 男は三分ほど休憩してから、また腰を振り始めた。

 

 私は綾小路君の顔を思い浮かべる。

 一度だけ一緒に買い物に行った男の子。デジカメを修理に出すのを手伝ってくれた。

 

 私のことを変な目で見ない人だった。

 綾小路君だけは他の男の子とは違う気がした。

 

「ああぁ、雫っ! すっごい締まるぅぅ!」

 

「あっ、ああっ、ああっ、あっ」

 

 大股開きにされて、男のペニスが差し込まれる。

 

 男は私の胸を揉みながら、ベロベロと乳首に舌を這わせた。

 

「うっ、いやっ、あっ、あっ、あんっ」

 

「うっふぅぅぅ! 出るよぉぉぉ!」

 

「……あっ、いやぁぁ」

 

 男が膣の一番奥を狙うように、腰をぐりぐりと押し付けた。

 

 意識していないのに涙が流れる。男がその涙を舌ですくい取った。

 

 その時だった。

 

 部屋の窓がパリンと割れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 従業員用の寮に到着する。

 

 俺は園芸用品を収納している倉庫からパクってきた梯子をかけた。アサクリみたいに壁を昇ることもできるが、流石にそれは不自然すぎる。これからの俺の行動はどうしても不自然になってしまう。できるだけ不審な点は潰しておかなければならない。

 

 梯子をかけてから、助走を付けて駆け上がるように二階のベランダに昇った。

 

 その勢いのまま窓を叩き割る。

 破片で手を切ったが気にせず鍵を外して部屋に踏み込んだ。

 

 肥満体の男が少女の上で腰を振っている。

 

 その隣ではジジイが菩薩のような笑みを浮かべていた。

 

 ジジイはすぐに俺に気付き「レイプっ!?」と素っ頓狂な声を上げている。

 

「ひっ、ななな、なんな、なんだ!?」

 

 お前こそ何を言っている。日本語を使えないのか。

 

「佐倉」

 

「綾小路、君?」

 

 悪いな、人違いだ。

 

 俺はいたたまれない気持ちになった。しかし、今は感傷に浸っている時ではない。

 

「ふふぉ、不法侵入だぞ!」

 

 そっちこそ婦女暴行の現行犯だ。

 

 しかし自分の行為を棚に上げてこいつを批難するのは身勝手だろう。

 俺だって何人もの女の子をレイプしている。

 不本意極まりないが、こいつと俺は同類だった。

 だからその道理は通らない。俺にはこいつを批難する資格がない。

 

 故にこいつには別の言葉を贈ってやることにする。

 

 俺は拳を振り上げた。

 

「俺の獲物を横取りしてんじゃねぇ!」

 

「ふぎぃっ!」

 

 男の顔面をぶん殴る。

 歯が数本飛び散り、男の醜い身体が床を転がった。

 

「レイプぅぅぅぅぅぅ! オーマイゴッド!」

 

 ジジイが絶叫した。うるせぇ。神はお前だろうが。

 

「ひぃっ! 殺される!」

 

 短小で包茎という救いようのないブツから、ジョロジョロと黄色い液体が漏れ出していた。

 

「誰が殺すかよ。豚箱で反省してろ」

 

 男をぶん殴って気絶させてから、部屋にあったガムテープで縛り上げた。

 

 それからぐったりと横たわっている佐倉のところに足を運ぶ。

 

「……綾小路君」

 

 佐倉が涙で濡れた目で俺を見上げた。

 視界がぼやけているのだろう。俺は指で涙をすくってやった。

 

「違う。よく見ろ」

 

「…………あ、田中、くん」

 

 期待していた王子様じゃなくて本当に申し訳ない。さぞ落胆させてしまったことだろう。

 

 俺の行動の結果がこれだ。何だかやり切れない気持ちになる。

 

 身勝手な言い分だが、櫛田の時はこんなに心は痛まなかった。

 俺は佐倉だけはメンタルが弱いからと土俵に上げていなかった。佐倉のことを見下していた。それは大人が子供を見守るような目線だったと言うことだ。だからこそ、こんなにも俺は動揺しているのだろう。

 

「悪いが警察を呼ぶぞ。いいな?」

 

 佐倉は俺をぼうっと眺めていた。

 

「おい佐倉」

 

「え、あ、何ですか」

 

 意識が朦朧としているようだ。

 休む暇なく犯されていたからだろう。

 

「警察だ。呼ぶぞ」

 

 流石にこれは警察を呼ぶしかない。

 池や山内みたいに泳がせておく理由もないからな。

 

「……は、はい」

 

 佐倉が熱っぽい顔をして俺を見詰めていた。

 本格的に体調が悪化してきたようだ。緊張から解放されて張り詰めた糸が切れたような状態になっているのだろう。

 

「わかった。もうお前は何もしなくてもいい。身体を休めておけ」

 

「……はい」

 

 俺は佐倉を休ませてやることにした。

 もちろん警察への事情聴取などはあるだろうが、せめてそれまでは休息を取らせてやった方がいいだろう。

 

 俺は警察に電話をかけた。

 

「事件ですか?」と明るい声が返ってくる。「強姦です」と言うと、相手の声が鋭くなった。

 

 事情を伝えると三十分ほどかかると言われた。

 特殊な学校だから警察が入ってくるまで時間がかかるのだろう。

 

 それから茶柱先生に電話をかける。

 授業中だから出ないだろうなと思っていたら予想通り。なので学校に電話をして、事務員にかなり怪しまれながらも放送で先生を呼び出して貰うことにした。

 

 先生は二十分ほどで到着した。

 他の教師や用務員を引き連れて部屋に突入してくる。

 

 佐倉は制服に着替えていた。

 証拠を現場に残さないためだろう、男は佐倉の私物をすべて部屋に持ち去っていた。

 

「ひっ」

 

 新たに現れた男性に驚いたのか、佐倉が俺の後ろに隠れてしまった。

 

 茶柱先生が全裸で転がされた男を見て目を細めている。

 

「……これは、まさか事実だったとは」

 

「嘘だったら悪趣味すぎるでしょう。そっちの方が佐倉にとってはよかったのでしょうが」

 

「違いない。……いや、冗談を言うのも不謹慎に思えるな。佐倉、大丈夫か。いや、大丈夫なわけがないか。私は教師なのだが、こういう時にかけるべき言葉が思い浮かばない。とにかくすまない。すべて私たち教師の力不足が原因だ」

 

「は、はい」

 

 佐倉が消え入りそうな声で返事をする。

 

 警察のサイレンの音が聞こえた。茶柱先生が苦虫を噛み潰したよう顔をした。

 

「すいませんが通報させて貰いました。流石にこれは内密に処理できないですよね?」

 

「ああ、そうだな。お前の言う通りだ」

 

 部屋に入ってきた警察たちが男を組み伏せていた。

 男は無抵抗なのに集団で押し倒してから手錠をかけている。マニュアルなのだろう。

 

「午前十時二十六分、婦女暴行の容疑で被疑者を逮捕する!」

 

 逮捕されるべき人物がここにもう一人いるんだよなぁ。

 

「ひっ、あ、あのっ、ご、ごめんなさい」

 

 俺の後ろで震えていた佐倉が、ついに背中に抱き着いてきた。

 ガチガチと歯が鳴っている。警察たちが怖ろしいようだ。

 

「佐倉。事情聴取とかは俺も一緒に受けられるように頼んでみるよ。お前一人で怯えることはない。俺を頼ってくれていいからな」

 

「はい……はいっ!」

 

 佐倉が俺にぎゅっと抱き着いてきた。



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14話

 生徒会室は緊迫した空気に包まれていた。

 

 廊下側の席に座っているのは一年Cクラスの者たちだ。

 

 青い顔をした担任、坂上。

 同じく顔面蒼白になった石崎、そして小宮。二人は顔に包帯やガーゼを付けていたが、それは見る者に寒々しさを与えていた。

 

「龍園。今日は頼むぞ」

 

 坂上が俺に念押しする。

 

 俺は不機嫌そうに顔をしかめた。

 Cクラスを掌握したのはいいが、手下の尻拭いまでしなければならないとはな。

 

 窓側にいるのは今回の被害者たちだ。

 

 二年生のCクラスの男子二人とその担任。

 

 そして一年Aクラスの葛城康平である。

 体格は大柄で、頭はスキンヘッドだ。文武両道、質実剛健といった少年である。

 

 葛城は松葉杖を突いていた。左足を怪我しているようだ。

 

 Aクラスの担任である真嶋が葛城を介助している。

 葛城は「不要です」と言っていたが、真嶋は「無理はするな。悪化したらどうする」と心配そうにしていた。

 

 部屋のホワイトボード側にいるのが議長であり生徒会長、堀北学である。

 その斜め後ろには生徒会書記の女生徒、橘茜が忠臣のごとく起立して控えていた。

 

「そろそろ始めましょうか」

 

 堀北会長が宣言する。

 

 Cクラス担任の坂上がハンカチで額の汗を拭っていた。

 

 俺はそれをくだらないというように眺めていた。

 

 坂上の魂胆は理解できる。石崎たちの退学だけは阻止しようと考えているのだろう。

 

 さしあたりは夏休みが終わるまでの停学といったところか。

 

「ではこれより、昨夜に起こった暴力事件および恐喝事件について審議を執り行います。進行は生徒会書記、橘が務めます」

 

 ショートカットの女子、橘が一同を見回した。

 

「本来なら数日の猶予を与えて生徒間による事態の究明を模索するべきところですが、今回の一件は事件性が高く緊急を要すると判断させて頂き、授業中にも関わらず審議会が開かれる次第となりました。関係者の皆さまにはまずはそのことを深くお詫び申し上げます」

 

 言葉とは裏腹に、その音色は非常に冷たい。

 何の感情も籠っていない機械的な台詞だった。

 言わなければならないから言った、というような響きすら感じられた。

 

「最初の事件は一昨日の月曜日。時間は午後九時前後と見られます。寮に帰宅中の二年生二人が石崎、小宮の両名によって襲撃を受けました。両名は被害者に対して複数回に渡って殴る蹴るの暴行を加え、携帯電話を強奪して不正に操作をしてプライベートポイントを強奪しました。ここまでで異論はございませんか?」

 

「待ってくれ」

 

 発言したのは坂上だった。

 

「これは何かの間違いだ。石崎たちにはアリバイがある」

 

「続けて下さい」

 

 会長が無表情のまま告げる。坂上はゴクリと生唾を呑んでから説明した。

 

「二人ともその日は午後六時には学生寮に帰宅したと証言している。そのことは監視カメラの映像とも一致している」

 

 坂上の援護を受けた石崎たちがコクコクと頷いている。

 

 会長が短く「映像を」と告げる。

 ここまで断言したのだ。当然用意しているのだろうという意味だった。

 

 坂上もこういった審議会は慣れているようだ。

 専用のケースからSDカードを取り出して橘に手渡した。

 

 橘がノートPCのスロットにカードを挿入する。

 接続されていたプロジェクターによって映像が再生された。

 

 それによると確かに石崎と小宮は学生寮に戻っていた。

 早送りで映像が流れる。犯行時刻まで二人が外出した映像は残っていない。

 

「それは証拠と呼ぶにはいささか弱いのではありませんか」

 

 口を挟んだのは葛城だった。

 それから気付いたように会長に声をかける。

 

「会長。発言よろしいでしょうか?」

 

「許可しよう。以後、好きに発言しても構わない。問題があればこちらで止める」

 

「ありがとうございます」

 

 葛城は痛みに顔をしかめながら立ち上がり、恭しく一礼した。

 

「坂上先生にお尋ねします。石崎、小宮の部屋は何階にあるのでしょうか」

 

 坂上が今にも舌打ちしそうなほど表情を歪めた。

 しかし生徒会長の手前、答えないわけにはいかなかった。

 

「……一階だ」

 

 男子の部屋は寮の下層にあるが、不幸なことに二人の部屋は一階にあった。

 これが二階ならまだ苦しいが言い訳はできただろう。しかし一階はそうではない。

 

「ベランダから脱出したのかもしれない。監視カメラの映像は不十分です」

 

「おっ、俺はっ、部屋でゲームをしていました! セーブデータも残っています! 時間が記録されているんですよ。アリバイになるはずです!」

 

「残念だがそれは使えない。ゲーム機本体の時間をいじればセーブデータが保存された時間など好きなように変えられる」

 

 小宮が挙手しながら発言するが、Aクラス担任の真嶋がそれをばっさりと両断した。

 

 一瞬だけ先生詳しいですねという視線が集まるが、すぐに霧散する。

 

「でも、俺たちは本当にやっていないんです!」

 

 我慢できないように石崎が主張した。

 しかし彼に突き刺さったのは疑いの眼差しだけだった。

 

「ならば証拠を提示したまえ。と言っても石崎君の携帯にポイントが送信されたことは記録として残っている。その事実を否定できないかぎり、君は限りなく黒に近い容疑者だ」

 

「でもやってないんです!」

 

「話にならないな」

 

 真嶋が肩をすくめた。

 会長からはそろそろ石崎を止めるような気配がしていた。

 

 無意味な発言はやめろと言いたそうだ。

 その雰囲気を読んだ橘がすかさず議事を進行させる。

 

「では次の事件について説明させて頂きます」

 

 橘が二つ目の事件について説明を始めた。

 

 俺はクッと喉を鳴らして笑う。

 ギリギリの綱渡りをしていた坂上が思わず目を剥いた。

 

「龍園! クラスの仲間の窮地だぞ! 笑っている場合か!」

 

「これが笑わずにはいられるかよ。どいつもこいつも下らねぇ」

 

「龍園っ!」

 

 坂上が怒鳴るが、それを止めたのは会長だった。

 

「何をもって下らないと発言したのか説明しろ。それができないならお前にはいたずらに議論を乱したことで退室して貰うことになる」

 

「わからねぇのかよ。この事件、どこからどう見てもおかしいだろうが」

 

 俺は不敵に笑った。

 

 退学者を出したクラスがどうなるのかは以前から気になっていたが、流石に俺も自分のクラスでそれを試す気にはなれなかった。

 

「そもそもこいつらはポイントを強奪したらどうなるかわからないような馬鹿なのか? コンピューターがあふれている社会に生まれてきた若者が、まさか電子的な金銭をやりとりした記録が残らないと考えるほどのお花畑なのかよ?」

 

「これは真実を究明するための場だ。憶測しか語れないのならもう口を開くな」

 

「まぁ待てよ、会長。いいから聞け」

 

 会長は不機嫌そうに口を閉ざした。もし本当に下らないことを口走ろうものなら追い出してやると目が語っている。

 

 おっかない会長だ。俺は肩をすくめた。

 

「須藤とかいう奴の事件があっただろう。石崎たちは三対一でDクラスの男子に負けるような奴らだぞ。いや、その真偽は今回はどうでもいい。俺から言わせて貰えば石崎はそれなりに強いが、所詮はそれなりだ」

 

「何が言いたい?」

 

「そこのAクラスの――確か葛城だったか。お前の顔、やけに綺麗だな」

 

 葛城に視線が集まる。

 スキンヘッドだ。確かに頭はツルツルして綺麗だったが。

 

 いきなり何を言い出すのかと葛城が狼狽えていたが、俺は構わず発言を続ける。

 

「石崎と葛城がやり合えば、そこそこ拮抗するはずだ。互いに無傷とはいかないはずだぜ。どっちが勝っても互いの顔はボコボコになっているだろうよ」

 

 そういう意味かと一同は納得した。

 

「葛城は足以外には特にダメージを受けていないようだな。相手は圧倒的な実力差で葛城をねじ伏せたんだろう。おそらく一瞬で勝負がついたはずだ。違うか?」

 

「……いや、違わない。俺は手も足も出なかった」

 

「なるほどな。おい石崎。お前は葛城のような体格のいい男子を一撃で潰せる自信はあるか?」

 

「あ、ありません」

 

 普段なら突っ張って強がるところだが、石崎は情けなそうに事実を言った。

 

 背が高いだけの男子なら潰せるかもしれない。

 しかし葛城はどうだろう。格闘技を嗜んでいるかは不明だが、葛城の身体はがっちりとしていた。喧嘩慣れしている石崎でも一撃で潰せるとは断言できない。

 

「状況が不可解すぎるんだよ。共犯者の小宮にポイントを譲渡した形跡もなかったんだろ。ツルんでカツアゲしてるのに一人だけ旨い汁を吸う奴がいるのは不自然だ。誰かが石崎たちに罪を着せようとしたと考えれば辻褄が合わないか?」

 

「なるほど。一考の余地はあるか」

 

 会長が口元に手を当てて思案していた。

 

 議論が止まっていた。会長が不機嫌そうに窓側を向いた。

 

「何をしている。今の意見に対する反論はないのか」

 

「少し時間を頂きたい」

 

 真嶋が時間稼ぎを提案した。会長が少しだけだと許可を出す。

 

 葛城は必死に思案しているようだが、二年の二人は案山子だった。

 たしかCクラスだったか。生徒会の副会長に牙を抜かれた雑魚どもだろう。

 

 その副会長が議長をしていたら、石崎たちは問答無用で退学だっただろうな。

 そう考えれば俺たちはツイている。

 

「龍園君の意見に対する反論は特に思い浮かばない。状況が不可解だという点については同意せざるを得ないだろう。しかし彼が語ったのはあくまで状況からの推測だ。証拠が残っているという事実を否定するものではない」

 

「確かにその通りだ。だが、この国では灰色は裁けないはずだぜ」

 

 俺がそう言うと、真嶋は頷くしかなかった。

 

 この国の法律は黒しか裁けない。痴漢だけは例外だが、とにかくそうなっている。

 

 疑わしきを罰せずなのだ。

 石崎たちを退学させたいなら、俺の意見を否定しなければならない。

 

「結論を出しましょう」

 

 会長が口を開く。

 

「龍園君の意見には一部聞くべき部分もありましたが、真嶋先生の言うように証拠を否定するものではありません。石崎君、小宮君には罰を与えなければならないでしょう」

 

 石崎たちが絶望的な顔をする。

 

「石崎君は夏休みが終わるまで停学。小宮君は二十日間の停学とします」

 

 坂上が机の下でガッツポーズしている。

 俺に見直したぞと熱い眼差しを送り、手の平をくるくると大回転させていた。

 呆れた男だ。Cクラスに肩入れしすぎていて使える男ではあるのだが。

 

 小宮の処分が軽いのはポイントを受け取っていないからだろう。

 

「異論がなければこれにて審議を終了します。よろしいですか」

 

「では一同、ご起立下さい」

 

 橘の音頭によって全員が起立。議長に向かって一礼することで審議会は幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 俺たちは生徒会室を後にする。

 

 会長がマナーモードにしていた携帯を取り出し、どこかへと電話をかけていた。

 

 廊下に出た俺たちは、生徒会室から「何だと!?」という会長の叫びを耳にする。

 

「何かあったのでしょうか?」

 

「だとしても、私たちには関係のない話だろう」

 

 葛城が首を傾げていたが、真嶋に支えられながら松葉杖を突きながら去って行く。

 

「ククッ、Aクラスのトップ二人はお揃いで杖を使ってるんだな。ペアルックのつもりか?」

 

 俺はせせら笑った。葛城にもそれは聞こえていただろうが振り返りもしない。

 

 チッと舌打ちする。

 Aクラスの奴らはお高く留まっていて気に喰わない。

 

「そろそろ聞かせて貰えないだろうか」

 

 坂上が言う。

 

「龍園。お前にはわかっているのだろう。今回の一件、誰が仕組んだ?」

 

「俺を買い被りすぎだ。流石に犯人まではわからねぇよ」

 

 石崎に罪を被せた黒幕に辿り着くにはまだ判断材料が足りていない。

 

 最初に思い浮かんだのはAクラスの坂柳だ。

 あの女なら同じクラスの邪魔者を潰そうとするだろう。

 

 Bクラスの一之瀬も容疑者の一人だ。

 あの女も怪しいからな。何から何まで完璧すぎる。内面はさぞ腐っているのだろう。

 俺たちがBクラスにちょっかいをかけた意趣返しという動機もある。

 

 しかし両方ともひ弱な女だ。

 葛城たちをボコるには手駒を使わなければならない。

 

 あの二人なら強力な手札を隠し持っている可能性も充分に有り得る。

 

 Dクラスも動機がある。

 須藤の事件に対するカウンターだ。

 

「今はまだ黒幕Xの正体はわからねぇ。だが、いずれ尻尾を出すはずだ」

 

 石崎たちは怯えたように「黒幕X」と呟いた。

 

 俺は笑った。この学校は予想以上に俺を楽しませてくれる。

 Xの次の行動にも期待させて貰うことにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事件から四日が過ぎていた。

 

 学校は平穏を保っていた。

 それが上辺だけだと知っているのはごく僅かだ。

 

 佐倉のレイプ事件には緘口令が敷かれていた。

 

 茶柱先生が言うには徹底的に情報統制されたらしく、事件を知らない教師すらいると言う。生徒会でも会長しかその事実を知らないらしい。

 

 すべて佐倉一人のためだった。

 佐倉が復帰した時、奇異の視線にさらされないように。

 

 ……と言っても、女生徒が暴行されたという噂話はもう流れ始めている。

 人の口には戸が立てられないと言うことか。

 今回の件で各施設の従業員にも犯罪歴や素行などの再調査がされていた。おそらくそこから漏れたのだろう。

 

 佐倉の席は空席だった。

 茶柱先生はその席をチラリと見た後、何も言わずに出席簿にペンを走らせた。

 

 佐倉は病気によって入院していることになっていた。

 

 影が薄い生徒だ。ほとんど誰も気にしていない。

 

「そろそろ期末試験だ。中間試験と同じように赤点を取れば退学になる。各授業では試験範囲が発表される頃だろうが、くれぐれも聞き逃すなよ。気を抜かずに勉強に取り組むように」

 

 俺は上の空だった。考えるのは佐倉のことだ。

 

 あの後、佐倉はまず病院に連れていかれた。

 膣内の洗浄とか避妊とか色々とやることがあるのだろう。

 

 車で病院に向かったのだが、その間、佐倉はずっと俺の手を握っていた。

 

 運転していたのは茶柱先生だ。助手席にいた星之宮先生がこちらを振り返ってニヤニヤ笑っていたのが非常に鬱陶しかった。茶柱先生が「不謹慎だぞ」とボコッてくれたのだが、星之宮先生はあまり反省していないようだった。

 

 佐倉の様子から、男性は極力排除された。

 誰の目から見ても佐倉が男性恐怖症になっているのは明らかだったからだ。

 

 ご両親が駆け付けたのだが、佐倉は父親にすら恐怖していた。

 

 例外は俺だけらしい。

 佐倉は依存していると言えるほど俺にくっ付いてくる。

 まるで引き離されたら死んでしまうとでも言うように。

 

 ご両親がいるのだから俺はお役御免かなと思っていたら、佐倉は事あるごとに「あ、あの」とか「い、一緒に」とか怯えながら懇願してきた。流石に病院の診察には同席しなかったが、警察署での事情聴取は一緒に受けることになった。

 

 犯人は逮捕されているし、佐倉の膣内にあった精液はDNA鑑定に回されている。ストーカー改めレイパーの有罪は確実。事情聴取は形式的なものだった。

 

 取調室では佐倉が椅子を寄せて、互いの肩が触れ合うほどの距離で座っていた。

「すいません」と謝られてから手を握られた。女性の警察官がそれを見て目を丸くしていた。

 

 あとは佐倉の口から事件を語り、俺が口先で誤魔化してそれで終わり。

 

 佐倉は実家で静養することになった。期間は未定だ。佐倉の調子次第だろう。

 

 俺は佐倉の家まで一緒についていったが、別れる際に佐倉に「あ、あの、もっと一緒にいたいですっ!」と言われて困ってしまった。ご両親も表情が引き攣っていた。佐倉は俺と離れるのがよほど怖ろしいのか、必死に俺を引き留めていた。

 

 だが、ずっと一緒にいるわけにもいかない。俺にも俺の生活がある。

 心苦しかったが、佐倉と別れて学校に戻った。

 

 チャイムが鳴った。

 何時の間にか授業が終わっていた。

 

 何も聞いていないはずなのに、俺の手はしっかりノートを取っている。

 なにこれ。こわい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 問題が山積みで処理が追い付いていない。

 もぅマヂ無理。エッチしよ。

 

 と言うわけで、俺は堀北のおっぱいに顔面を突っ込んでいた。

 

 おっぱいはいい。癒される。

 ややサイズ不足だが、巨乳の長谷部はガスマスク無しでは接触できない。

 椎名は堀北と同じぐらいの大きさだ。

 つまり俺は自由にできる巨乳を持っていないのだ。血涙。

 

「んっ、もう。今日のあなたは甘えん坊ね」

 

「ばぶぅ」

 

「やめなさい。気持ち悪いわ」

 

 頭を殴られた。だよね。俺もキモイって思ったし。

 

 ちなみに事後である。

 今日は二回戦でやめておいた。俺もね、疲れてるのよ。

 

「須藤君の事件。あれはあなたがやったの?」

 

 須藤の事件?

 あ、ああ、あれね。なんかどうでもよすぎて忘れてたわ。

 佐倉のレイプ事件のインパクトが強すぎて記憶の彼方だった。

 そう言えばそんな事件もあったなぁ。

 

「Cクラスの二人が停学になったと小耳に挟んだわ」

 

「ラッキーだったな」

 

「……そう。今回もそう言うのね」

 

 堀北は溜息を吐いた。

 

「一之瀬さんに助けて貰ったわけではないのよね?」

 

「今回Bクラスはほとんど何も役に立ってないぞ」

 

 Bクラスに接触したのは大失敗だったな。

 骨折り損っていうか、面倒事だけを押し付けられた感じがする。

 

「一之瀬さんのことはどうするの?」

 

「それな。どうしよっかなぁ」

 

 一之瀬に関しては時が解決してくれるのを待つしかない状態だ。

 人の噂も七十五日というし、俺と一之瀬が交際していることも、いずれ誰も気にしなくなるだろう。千尋ちゃんもその内に諦めるだろう。その頃に別れたことにすればいい。俺がフラれたという形にしても構わない。

 

「だから私一人にしておきなさいって言ったじゃない」

 

「……そうかもな」

 

 堀北が俺の頭をよしよしと撫でていた。

 

 ジジイがいなければそれでよかったのかもなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自室に戻った俺は携帯のメールを確認してから寝るつもりだった。

 

 椎名からのメールを処理していると、ふと気が付く。

 

 綾小路からメッセージが入っていた。

 

『話がある。ゼロ時に公園で待っている』

 

 ちなみに今は午前二時だった。

 

 冷や汗があふれ出す。

 ……やばい。すっぽかしている。

 

 綾小路は椎名とは異なり意味のないメールは送ってこない。

 用事というのはわからないが、深夜の密談だ。きっとただ事ではないはずだ。

 

 俺は慌てて寮を飛び出した。

 

 約束の時間を大幅に過ぎているのに、綾小路はまだ公園で待っていた。

 

「遅かったな。宮本武蔵でも気取っているのか」

 

 綾小路がこちらに振り返りもせずに言った。

 遅れに遅れて来たのだ。怒らせてしまったのだろう。

 

「綾小路。遅れて悪かった」

 

 俺はこの時もっと深く考えるべきだった。

 なぜ綾小路が宮本武蔵という例を出したのかと言うことを。

 

 綾小路は俺を振り返りもしなかった。

 明後日の方向を眺めながら独白するように話を始める。

 

「俺にはお前が何をしたいのかまったく理解できない」

 

 何の話だろうか。俺は眉をひそめた。

 

「俺は最初、お前は襲われている櫛田を助けて自分に惚れさせようとしたと考えた。しかしお前は女には不自由しないはずだ。俺が見るに堀北はお前に惚れている。その気になれば付き合うこともできるだろう」

 

 俺は……疑われているのか。

 

 そりゃそうか。

 俺は佐倉の件ではなりふり構わず動いてしまった。

 綾小路に疑念を抱かれるのは当然だった。

 

「綾小路。お前は何が言いたい」

 

 綾小路がようやく俺の方を振り返った。

 

 無色の瞳が俺を刺すように射抜いていた。

 

「櫛田だけではなく佐倉まで襲わせたお前の意図は俺にはわからない」

 

 綾小路は確信を込めて断言した。

 佐倉の件については俺が仕組んだわけではない。しかし綾小路の目は俺を犯人扱いしている。

 

「あるいは美少女がレイプされるところが見たかっただけなのかとも思ったが」

 

 それはジジイだ。俺ではない。

 しかし、ある意味ではそれが正解だった。流石は原作主人公。慧眼だな。

 

「不審な点は幾つもある。お前はなぜ佐倉が襲われることを知っていたのか」

 

「俺は以前に佐倉がストーカーされていたところを目撃していた。佐倉が休んだと聞いて虫の知らせのようなものを感じたんだ」

 

「従業員用の寮に何台ものパトカーが殺到していたと聞いた。佐倉はおそらくそこに拉致されていたと思われる。お前は無数にある部屋の中から、犯人の部屋を特定している」

 

 綾小路は俺の言い訳を遮るようにしてまくし立てた。

 

「佐倉のストーカーをつけてみただけだ。念のためだったが役に立ってよかったよ」

 

「お前は石崎の携帯のSIMカードをコピーするほどのクラッカーだ。俺は電子技術を駆使して犯人の部屋を特定したのだと思っていた。なぜ嘘を吐いた?」

 

 しまった。

 

「迂闊だったな、田中。お前は警察の事情聴取と同じ内容を俺に語ったんだろう。俺には隠す必要のない情報を隠してしまったわけだ」

 

「確かに失言だった。お前の言う通りだ。俺はパソコンで犯人の部屋を特定した」

 

 俺はすぐに発言を撤回する。

 

 綾小路は携帯を取り出した。

 

「田中。お前は危険な男だ」

 

「綾小路。話を聞いてくれ」

 

 携帯の画面がタップされる

 

 瞬間、俺は死の恐怖を感じた。

 背筋に電流が走る。本能が警鐘を鳴らしまくっている。

 

 やばい。

 やばい、やばい、やばい!

 

 無意識に身を投げる。

 

 直後、背中に衝撃を感じた。爆風だった。

 

 ゴロゴロと地面を転がる。

 

 綾小路が無表情に走り寄ってくる。振り上げた拳を叩き落してきた。

 

 俺は顔をひねる。頭の真横に拳が落ちた。

 

 綾小路は地面にぶつかる直前に拳を止め、指で俺の耳をつかもうとする。

 

 耳は人体の弱点だ。古武道では耳を引っ張るという技もある。

 

 俺はつかまれる寸前に綾小路の金的を蹴り飛ばそうとした。

 

 綾小路は股を合わせて蹴りを防ごうとする。

 

 俺は蹴りの方向を変えて地面に叩き付け、その勢いで立ち上がった。

 

 格闘戦が始まる。

 綾小路の身体に打撃を叩き込んだ。岩を殴ったような衝撃が返ってくる。

 

 綾小路はノーガードで俺に拳を叩き付けた。

 

 俺は腕で攻撃を受け止める。骨がミシリと鳴ったような気がした。

 

 互いにタフだ。

 仕切り直すために、示し合わせたように距離を取る。

 

「これは何のつもりだ?」

 

「最初の爆弾を回避されたのは予想外だった。獣じみた反射神経だな」

 

「爆弾か」

 

 俺の制服はボロボロに破けている。制服が一着駄目になってしまった。

 安くないんだけどな。弁償してくれるのだろうか。……無理そうだな。

 

「公園を指定したのは、地面に爆弾を埋めるためだったのか」

 

「準備が大変だった。逃げられたと思って冷や冷やしたぞ」

 

 アスファルトやコンクリートでは地面を掘れないが、公園の地面ならシャベルで掘り返すことができる。

 

 深夜なので地面を掘り返した形跡はよく見えなかった。

 これが昼間なら湿った土が見えたのだろうが、これも綾小路の作戦の内か。

 

「農薬爆弾ってところか」

 

「正解だ。園芸部から拝借して作成した」

 

 硝酸アンモニウムを原料にした爆弾である。

 ノルウェー連続テロで使用された爆弾のようなものだろう。

 

「監視カメラに映像が残っているんじゃないか?」

 

「たぶん大丈夫だ。園芸部の倉庫には監視カメラはなかった。それとこの公園の周りにある監視カメラは破壊しておいた」

 

 抜かりはないってことか。

 綾小路がそんな隙を見せるような間抜けなら楽だったのだが。

 

「爆発に気付いた人が通報するはずだ。すぐに人が来るぞ」

 

「一発だけなら来ないだろう。人間と言うのは存外間抜けだぞ」

 

「……そうだな」

 

 まるで二発目もあるというような言い方だった。

 もちろん他にも埋めているのだろう。俺ならそうするからだ。

 

「もし俺が逮捕されたなら、俺はお前をレイプ事件の元凶だと告発する。そうなるとお前も困るだろう?」

 

「確かにそれは困るな。事実無根の言いがかりだが」

 

「まだとぼけるつもりか。白々しい奴だ」

 

 綾小路はポケットに手を入れた。携帯を操作するつもりだ。

 やはり二発目の爆弾があるのだ。俺は足元を確認しようとした。

 

 瞬間、綾小路が踏み込んでいた。

 

 ブラフか!

 

 綾小路の拳が俺の頬に突き刺さる。俺は自分から顔を振って衝撃を受け流し、反撃の拳を打ち込んだ。しかしやはり岩のように硬かった。殴ったこっちがダメージを受けていると錯覚しそうなほどだ。

 

 綾小路が流れるように攻撃を叩き込んでくる。

 

 俺は一つずつ拳を捌きながら反撃の機会を探った。

 

「何してるの!」

 

 悲鳴のような叫びだった。

 

 綾小路が無言で身を翻す。軽業師のように公園の柵を飛び越えて夜の闇に消えていった。

 

「田中君!?」

 

 駆け寄って来たのは櫛田桔梗だった。

 

 俺は頬を緩ませようとして――目を見開いた。この状況は不味い。

 

「来るなッ!」

 

 俺は慌てて櫛田へと走った。櫛田は止まらない。

 

 俺は櫛田とぶつかるようにして彼女を抱きかかえ、公園から飛び出した。

 レンガ敷きの舗装路に身を投げる。

 直後、公園が爆発した。埋められていたすべての爆弾が起爆したのだ。

 

「きゃああぁぁぁぁぁ!」

 

 俺の腕の中で櫛田が悲鳴を上げていた。

 

 俺は綾小路が逃げ去った方向を睨み付けた。

 あいつ、櫛田ごと俺を爆殺するつもりだったのか。

 

 大量の土砂が降ってくる。

 

「こ、これ、何!? 何なの!?」

 

 櫛田は俺の腕の中で震えていた。

 こうして見ると、櫛田は普通の女の子だ。

 

「い、今のは誰? もしかして黒幕?」

 

 櫛田視点だとそうなるよな。

 

 櫛田は綾小路の顔までは見ていないようだ。

 

 あいつはガスマスクの不審者ということにしておこう。

 綾小路が捕まったら俺も告発されてしまう。だから俺は綾小路には何の手も打てない。

 

 たぶん綾小路は明日も何くわぬ顔をして授業に出てくるだろう。

 

 クソッ、ますます面倒なことになってきやがった。

 

「田中君、私こわいよ」

 

 櫛田は俺に抱き着いて震えていた。

 

 流石に先ほどの大爆発のおかげで人が集まり始めている。

 

「大丈夫だ。お前は俺が守るから」

 

「……うん」

 

 俺の白々しい言葉に、櫛田は俺の胸に顔を押し付けて何度も頷いていた。



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15話

 俺は櫛田を連れて爆発現場から逃げ出した。

 闇夜に紛れて身を隠したので野次馬にも目撃されていないと思う。

 

 それから俺は櫛田の部屋に転がり込んだ。

 事情を知りたいのだろう。櫛田はせがむように「部屋に来て」と頼み込んだ。

 

「田中君、大丈夫?」

 

「ああ、特に問題はない」

 

「でも服がボロボロだよ」

 

 俺は制服の上着を脱いで確かめる。

 地面の小石などが爆風で吹き飛び、俺の制服をズタズタに切り刻んでいた。

 ダメージジーンズみたいにこれもファッションで通るかな、なんて冗談を考える。頭おかしい人間と思われるだけだろう。

 

 肌にも無数の切り傷があった。

 

 爆弾の中に金属片が混じっていたら死んでいたかもしれない。

 綾小路にも破片が飛んできて自爆するかもしれないのでやらなかったのだろうが。

 

 俺には綾小路がどこか手を抜いていたように思えた。

 

 なぜ遠距離から俺を爆殺しなかったのだろう。

 殺す気はなかった?

 いや、違う。奴の殺意は本物だった。綾小路にも手加減をしているような余裕はなかったはずだ。そんなことをしていたら俺に返り討ちにあっている。

 

 俺と話をして殺すかどうか判断するつもりだった……と言うところだろうか。

 

「怪我の手当てをしないと! えと、その、服を脱いで!」

 

「放っておいても治る怪我だが」

 

「駄目だよ、ちゃんと手当しないと!」

 

「……まぁ、いいか」

 

「わっ、ちょ、ちょっと!」

 

 カッターシャツを脱ぐと、櫛田が両手で顔を隠していた。

 照れるなよ。俺まで恥ずかしくなってくるだろうが。

 櫛田は顔を真っ赤にしながら指の隙間からチラチラと俺の身体を見ていた。

 

「……やっぱやめとくわ」

 

「わわっ! ごめんなさい! すぐに手当するから!」

 

 諦めてシャツを着ようとすると、櫛田が慌てて動き出した。

 救急箱――ではなく百均のプラスチックケースを持ってくる。中には絆創膏や包帯などが入っていた。

 

「すごいな。こんなものを準備していたのか」

 

「えへへ、そうかな?」

 

 正直感心した。俺は絆創膏の一枚すら常備していない。

 風邪薬や胃薬、頭痛薬などは常備している。あとは火傷用の軟膏はあるが、怪我に対する心構えはまったくしていなかった。

 

「ちょっと染みるかもしれないよ」

 

 櫛田が水で濡らしたガーゼで傷を拭いてから消毒液を吹きかけていく。

 痛いというほどではなかった。浅い切り傷ばかりなので櫛田の処置は大げさに思える。

 

 ただ、こうして心配されるのも悪くはない。

 

「……えと、下の方も、いいかな?」

 

「いや、そっちは必要ない」

 

 足には擦過傷があった。櫛田を庇いながら地面に転がった時に負った傷だった。

 しかし櫛田は上半身を見ただけであんなに照れていたのだ。ズボンを脱いだらフリーズするかもしれない。

 

「駄目だよ! 私が診るから!」

 

「いや、しかし……」

 

「田中君って自分のことは適当だから信用できないよ!」

 

 言われてみればその通りかもしれない。よく見ている。俺は軽い怪我なら唾付けとけば治るって考えをしているからな。

 

 俺が黙っていると、櫛田が何を思ったのか俺のズボンを脱がしにかかった。

 

「おい! ちょ、やめろ!」

 

「田中君はジッとしてて! すぐに済むから!」

 

「わかったから引っ張るな! 自分で脱ぐ!」

 

 ズボンを引きずりおろしたらパンツまで脱げてしまう。

 黒人サイズのグロチンを見せたら櫛田に新しいトラウマを植え付けてしまいそうだ。

 

 カチャカチャとベルトを外す。

 

 櫛田がゴクリと生唾を呑んでいた。だからそういう反応はやめてくれませんかね。

 

「……やっぱり怪我してる。隠さないでよ」

 

 ズボンを下ろすと、櫛田が悲しそうな目をした。

 

 櫛田は落ち込みながら傷の処置をした。最後に四角い絆創膏を貼って終わりだ。

 

「ありがとう。助かったよ」

 

「……うん」

 

 服を着るために腰を上げようとすると、櫛田が俺に抱き着いてきた。

 

 以前にも似たようなことがあったな。

 あの時は制服に指紋を押し付けられ、隠したカメラで映像を取られていた。

 

 今回はカメラは見当たらない。

 

「……怖いの」

 

 櫛田が上ずった声で言った。身体を小刻みに震えさせていた。

 

「私たち、あの爆発で死んでいたかもしれないんだよね」

 

「そう、だな」

 

「田中君も殺されていたかもしれないんだよね」

 

「ああ、そうだ」

 

「もう駄目。私、頑張れない。何なのこの学校。絶対におかしいよ」

 

 溜まっていたものが溢れ出すように櫛田が言う。

 

 それから俺に唇を押し付けて来た。

 舌を入れるようなキスではなかった。しかし長いキスだった。

 

 櫛田が濡れた瞳で俺を見詰めていた。

 

「……櫛田。自暴自棄になるな。お前は俺が守ると言っただろう」

 

「うん。それは信じてる。田中君は何時も私を守ってくれたよね」

 

 リボンを外す音がした。

 シュルっと床にリボンが落ちる。

 

 さらに櫛田は制服のボタンを外していく。

 

 その意図は明らかだった。

 

「待て。それはお前の本心なのか?」

 

 櫛田は強い男の庇護を求めようとしている。

 死の恐怖から解放されるために安易な手段に手を伸ばしているだけだ。

 

 そう思っていた俺に、櫛田が暗い感情をぶつけてきた。

 

「ふざけないで」

 

 鋭い目をして俺を睨み付けている。

 普段の櫛田ではない。これはおそらく櫛田の裏の顔だ。

 

「私が好きでもない相手に身体を許すような安い女だと思ってるの? 打算だけであんたに付きまとっていると思ってるの? 私にも打算はあるよ。でもそれが普通じゃない。借金塗れの男と結婚したい女はほとんどいないでしょ」

 

 彼女は俺を睨み付けていた。

 

「レイプされていた私を助けてくれたんだよ。異性として気になる理由としては充分でしょ。なんでそんなに信じてくれないの。なんでずっと私のことを疑ってるの。そんなに私のことが信用できない? 何でここまでしているのか、わかってくれないの?」

 

 俺は何も答えられない。櫛田の気迫に完全に気圧されていた。

 

「好きだからに決まってるじゃん! わかってよ! お願いだから!」

 

 櫛田は泣いていた。

 

 最初からこうしてくれたらと俺は思った。

 隠しカメラを使ったり小細工したりせず、正面から本音をぶつけてくれていたら、もっと違った結果になっていたかもしれない。

 

 しかし最終的には俺が憶病だったから、櫛田をここまで追い詰めてしまった。

 

 責任を取るべきだ。

 

 でも、このまま櫛田を抱いていいのだろうか。

 

 頭に浮かんだのは、黒髪の少女だった。

 

「……俺は」

 

「聞きたくない!」

 

 言葉を遮られる。

 女の勘ってやつか。察しがよすぎて言わせてくれない。

 

「いいじゃない。私、処女じゃないし。都合のいい女扱いして抱いていいんだよ?」

 

「しかし櫛田、それではお前があまりにも――」

 

「そういう優しさはもういらない」

 

 櫛田が立ち上がる。

 ボタンが外されていた上着とシャツ、スカートが床に落ちる。

 

 ピンク色の下着だった。櫛田らしい色合いだ。

 

 櫛田はハンガーにかけられた制服を指し示す。

 

「田中君ならもうわかってるよね。指紋もあるし映像もあるよ」

 

「……そこまでするのか」

 

 俺は溜息を吐いた。脅して犯す。これでは立場が逆だな。

 

 櫛田は捨て身だ。

 使えるものをすべて使って俺を手に入れようとしている。

 

 俺が好きといった言葉は偽りとは思えない。

 もしこれも嘘だったなら、もう俺の手に負えないな。その時は潔く諦めよう。

 

「わかった。だが、一つだけやっておくことがある」

 

「……なに?」

 

 櫛田は俺から目を逸らした。怯えているような、後ろめたいような表情をしていた。

 

 その隙をついて携帯を奪った。

 櫛田があっと驚いてから、慌てて手を伸ばす。その手を俺が押さえ込む。

 

 別に奪った携帯で何かをするわけではない。

 俺がその気になれば携帯の中にあるデータを消すことができる。破壊することもできると見せ付けただけだ。

 まぁデータのバックアップをしているのだろうが、これはそういう演出だ。

 

「俺は脅されたからお前を抱くわけじゃない。そう言うことにさせてくれ」

 

「…………えと……う、うん!」

 

 櫛田が一瞬ポカンと口を開けて、やがて意味を理解したのだろう。

 

 泣き笑いを浮かべながら、俺の抱擁を受け入れた。

 

 

 

 

 

 俺は怯えていた。

 池と山内にレイプさせた櫛田から好意を寄せられて、その罪深さに頭を抱えていた。

 けど、迷うのは今日で終わりにしたい。

 俺の罪は消えない。それを背負って生きて行かなければならない。その覚悟を今決めた。

 

 櫛田が風呂場から戻って来た。

 

 一糸まとわぬ姿をしながら、バスタオルで髪を拭いている。

 

「あの……あまり見ないで」

 

 俺に見られた櫛田は恥ずかしそうに両胸を隠していた。

 

「俺もシャワー浴びてくる。風呂場を借りるぞ」

 

「待って!」

 

 櫛田が俺の手を引いた。

 

「も、もう待てないよ」

 

 顔を真っ赤にして、ごにょごにょと呟いていた。

 

「ドキドキして、もう頭がおかしくなりそうなの。シャワーを浴びてる時も、ふらふらって眩暈がしたし。田中君を待っている間に倒れちゃうかもしれないよ」

 

「だが俺は汗臭いぞ」

 

 綾小路とバトった後だ。

 地面をゴロゴロ転がったりもしたし、あまり清潔ではない。

 

「いいよ。田中君の臭い、嫌いじゃないから」

 

「……わかった」

 

 俺は櫛田をそっとベッドに押し倒した。

 

「あっ、やだ、恥ずかしいよ」

 

 櫛田は両手で顔を隠して恥じらっている。なんか新鮮だな、こういうの。

 

「櫛田。キスしよう」

 

「う、うん、私もキスしたい」

 

 初体験同士のカップルみたいな、ぎこちないキスをする。

 

 なぜか俺はドキドキしていた。

 櫛田の反応が初心すぎるからだろうか。

 

 いや、違う。こういうことは俺にも初めてだった。

 

 俺は今までレイプから始まるセックスしかしていなかったのだ。

 

「なんかすごいね。心がぽかぽかする」

 

「俺もだ」

 

 櫛田のことが愛おしく思えてくる。

 何人もの女子と関係を持っているというのに、男というのは身勝手なものだ。

 

 俺は櫛田の割れ目に手を這わせた。

 指先がくちゅりと濡れる。

 

 櫛田は泣きそうな顔をしていた。

 

「お風呂で洗ってたら、こうなってたの。私、変かな?」

 

「大丈夫だ。自然なことだと思う」

 

「やだ、恥ずかしいよ。絶対変だって思われてる」

 

「思ってないから」

 

 俺はパンツを下ろした。

 肉棒はもうガチガチになっている。

 

 櫛田は両目を見開いていた。

 

「え、こんなに大きいの?」

 

「いや、まぁ、そうだ。悪いな」

 

 巨根はビクビクと脈打っている。普通の女なら怖気付くサイズだ。

 

「えと、それ、入るのかな?」

 

「たぶん入ると思う。濡らさないと痛いかもしれないが」

 

 他の女にも入ったし。

 もちろんそんなことを説明できるわけがない。

 

 堀北ならもう慣れているからローションなんて使わなくてもいいのだが、櫛田とするなら使った方がいいだろう。

 しかし櫛田とこうなるなんて予想していなかったので用意していなかった。

 

「うん、わかった」

 

 俺の逸物を不安そうに眺めていた櫛田は、決心するようにぎゅっと拳を握り締めると、俺の股間の前に屈みこんだ。

 

 ペロッと舌を出して俺の肉棒を舐め始める。

 チロチロッと亀頭を舐めてから、口を開けて肉棒をしゃぶり始めた。

 

「おいっ」

 

 フェラチオは池や山内たちにやらされていたので初めてではないだろうが、ほとんど躊躇わずに俺のペニスを舐めに来るとは予想外だった。

 

「田中君、気持ちいい?」

 

「ああ、すごいな。気持ちいいぞ」

 

 ちょうど真下にあった櫛田の頭を撫でてやる。

 彼女はくすぐったそうに目を細めると、俺の肉棒にじゅぽじゅぽと奉仕した。

 

 堀北のフェラチオは一向に上達しなかったが、櫛田の舌使いはすごかった。

 

「櫛田。もういいぞ」

 

「うん」

 

「すごい気持ちよかったよ。ありがとうな」

 

「よかった。私、田中君に気持ちよくなって貰いたくて」

 

 櫛田のひたむきな想いが伝わってくる。

 

 俺は胸の中から溢れ出た感情に突き動かされて櫛田を抱き締めた。

 

「田中君、苦しいよ」

 

「……お前、それは反則だろ」

 

 櫛田は不思議そうな顔をしていた。

 

 櫛田が愛おしい。抱きたい。もう我慢できない。

 

 俺は逸物を膣口に押し付けた。

 

 亀頭が愛液で濡れた。櫛田の方も準備できていた。ペニスを唾液で濡らさなくても、愛液だけで挿入できたのではと思うほどだ。

 

「入れるぞ」

 

「うん、きて」

 

 櫛田が両手を広げて俺の背中に手を回す。

 

 俺はゆっくりと櫛田の中に入っていった。

 

「あっ、入って、きてる」

 

 櫛田の中は蕩けるように熱かった。

 とろとろになっていて、すっかり出来上がっている。

 

「嬉しい。やっと田中君と一つになれたんだ」

 

 櫛田の目から滴がこぼれた。

 

「ごめんね、初めてじゃなくて。私の処女、田中君にあげたかったな」

 

「言うなよ」

 

 俺は櫛田の唇を奪う。今度は舌を入れて、貪るようなキスをした。

 

 最初はされるがままだった櫛田も、やがて俺の舌に自分のものを絡めてくる。

 

 口を離す。唾液の糸が伝っていた。

 

「……田中君。ごめんね」

 

「気にするなって。俺は全然気にしてないから」

 

「……うん」

 

 ぶっちゃけ処女の方が好きだ。俺って処女厨だし。

 でも、櫛田レベルの美少女だと、そこまでこだわることでもない。

 

「動くぞ。苦しかったら言えよ」

 

「う、うん」

 

 俺は探るようにゆっくりと腰を前後させる。

 

「……はぁ、はぁ、あぁ」

 

 櫛田は腰をひくひくさせていた。どうやら大丈夫そうだ。

 

「た、田中君。なんか、変かも。セックスって、こんなんだったっけ」

 

「……いや、そう言われてもな」

 

 何が言いたいのかよくわからない。

 

 よくわからないが、まぁいいか。俺は考えるのをやめて腰を突き出した。

 

「あんっ!」

 

 櫛田が可愛らしい声を上げる。

 

 彼女は驚いた目をして自分の口を手で押さえていた。

 

「あ、あれ? なんで?」

 

「どうした?」

 

「わからないの。私、おかしいよ。私、こんなの知らないよ」

 

 そう言うことか。俺はようやく櫛田の困惑の理由を察した。

 

 別に何の問題もないだろう。俺はピストンを再開する。

 

「あっ、ちょ、田中君! だ、だめっ! やだっ! こんな声、恥ずかしいよ!」

 

 甘えるような上ずった声だった。

 

 俺は段々とスピードを上げて行く。

 

「あっ、んっ……あっ、あっ、あっ!」

 

 結合部からはジュポジュポといやらしい音がしていた。

 

 櫛田はすごく感じていた。

 池や山内との行為では櫛田は快楽を得ていなかった。これは彼女にとって初めての経験だった。

 

「ああっ、やあぁぁっ、田中君っ! なんかすごいよ! やだよっ、私、ぜったい恥ずかしい顔しちゃってる! あっ、やだっ、見ないでっ! 見ないでっ!」

 

「いや見せてくれよ。今の櫛田、すっごく可愛いぞ」

 

「いやだっ、あっ、はぁっ! あっ、あんっ、ああぁぁ!」

 

 やがて会話が無くなり、互いの息遣いだけになっていく。

 

 俺の悩みも櫛田の悲しみもすべてが溶けていく。

 

 俺は夢中になって腰を振り続けた。

 

 櫛田も俺を迎え入れるように腰をくねらせた。

 

「はぁ、あっ、あんっ! あっ、あっ、ああぁっ!」

 

 無意識にキスをしたり胸を揉んでいたりする。

 

 櫛田の膣口からはドロドロとした愛液が溢れていた。

 

 俺も最初にしていた気遣いなんてとっくに吹っ飛んでいる。

 狂ったようにピストン運動を繰り返す。パンパンと腰を叩き付ける。

 

「あああぁぁぁぁぁっ!」

 

 櫛田が絶叫しながら俺に抱き着いた。

 肉壁が俺のものを締め付ける。絶頂したようだった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息も絶え絶えといった様子の櫛田。

 

 しばらく待っていると、不意に櫛田が呟いた。

 

「……私、もう田中君から離れられないよ」

 

 熱い告白に、俺は胸を打たれた。

 櫛田の回復を待つつもりだったのに我慢できなくなってしまう。

 

「悪い、櫛田」

 

「うん、いいよ」

 

 櫛田が柔らかく微笑んだ。

 

 俺はそれで我を失った。己の欲望を櫛田にぶつけていく。

 

「あぁぁっ! あんっ! あっ! ぁんっ! あっ、あっ、あっ!」

 

「櫛田っ!」

 

「田中君っ!」

 

 名前を呼びかけると櫛田はそれに答える。

 何も言っていないのに、惹かれ合うように接吻する。

 

 その間も腰の動きは止まらない。

 

「あっ、ああっ! やぁっ! いいっ! すごいっ! ああんっ!」

 

「櫛田、そろそろイキそうだ」

 

「うん、いいよっ! 膣内に出して!」

 

 いいのかと視線で問う。櫛田はにこりと笑った。

 

「大丈夫だよ。アフターピルがあるから」

 

 池と山内の時のものだろう。微妙な気分になったが、許可が出た。

 

 俺はラストスパートをかけていく。

 

「あぁぁーっ! あっ! ああぁっ! 激しいっ! わ、わたしも、イキそうだよっ! ああぁぁっ! 田中君っ! きてっ! きてぇっ!」

 

「――っ、櫛田!」

 

 俺は櫛田の一番奥に腰を突き入れる。

 

 亀頭を子宮口に密着させて、思い切り射精した。

 

「いっ、くぅぅぅぅ!」

 

 櫛田が悲鳴を上げながら俺を抱き締める。背中に爪を立てられた。

 

 最後の一滴まで注ぎ込む。

 

 櫛田は両足を俺の腰に巻き付けて子種汁を受け入れた。

 

「はぁ……はぁ……セックスって、すごいね」

 

「櫛田って結構乱れるんだな」

 

「もう、言わないでよっ!」

 

 櫛田はぷんぷんと怒っていた。かわいい。

 

 そんなことを考えていると、ふと櫛田の身体から力が抜ける。

 

「ご、ごめんね。ちょっと、もう、限界かも」

 

「おい」

 

 櫛田は糸が切れたように眠ってしまった。

 

 今は午前五時。おまけに爆発事件の後だ。

 俺に本音をぶつけてきたり、トラウマだったセックスをしたりで、櫛田の精神は限界を迎えたのだろう。

 こればかりは仕方ない。俺は櫛田をゆっくりと休ませてやりたいところだったが。

 

 ……寝る前にアフターピル飲んでくれませんかね。



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16話

 櫛田と結ばれた翌日。流石に彼女は欠席した。

 俺も休みたいところだったが色々と気にかかることがあったので学校に向かった。

 

 公園の周りには大勢の警官がうろついていた。教師も見張りに立っている。

 

 公園は黄色いテープで封鎖されている。

 地面にはボコボコした大穴が空きまくっていた。

 

 綾小路の奴、どんだけ爆弾を埋めてやがったんだ。オーバーキルすぎるだろ。俺はかすり傷だけだからその表現は正しくないのかもしれないが。

 

 生徒たちは大騒ぎしながら警察などお構いなしに写真を撮りまくっていた。「危険ですので下がって下さい」と警察が定期的に追い払っているが、すぐに新しくやってきた生徒が足を止めて元の木阿弥になっていた。

 

「不発弾が埋まってたらしいぞ」

「ガス管が爆発したんだろ」

「俺はテロって聞いたけど」

 

 生徒たちは好き勝手に噂話をばら撒いていた。

 

「おっはよう、田中君!」

 

 公園を遠巻きに眺めていると、一之瀬が声をかけてきた。

 

 別に待ち合わせをしていたわけではない。

 出会ったのは偶然だったが、一之瀬は当然のように俺の腕に抱き着いてきた。

 

 野次馬たちが振り返り、俺を視線で呪殺しようとしている。俺はハマとムドの耐性付けてないから普通に死ねるぞ。

 

「田中君はどう思う?」

 

「隕石でも落ちて来たんだろ」

 

「もう! ちょっとは真面目に考えて欲しいな!」

 

 ほっぺをツンツンされた。

 朝からイチャつくなと野次馬たちの視線がさらに険呑さを帯びてくる。

 

 俺は小さく溜息を吐いた。

 

「……穴は無数にある。隕石なら大量に落ちて来たことになるが、それならもっと落下地点が散らばるはずだ。ピンポイントに公園だけに狙ったように落ちて来たとは考えにくい」

 

「同じように考えると、ガス管とか不発弾も現実的じゃなくなるよね」

 

「おそらくは無数の爆発物が一斉に起爆したのだろう」

 

「流石は私のカレシだね。わかってたなら最初からちゃんと答えて欲しかったな」

 

 褒めるなよ。こんなん簡単すぎるだろ。

 まぁ、俺は答えを知っていたんだけどな。と言うか被害者なのだ。

 

 一之瀬が俺の腕を引いてくる。

 爆発現場にはもう用事はないと言うことか。

 

 俺は一之瀬に引っ張られながら学校に向かった。

 

「おはよう、一之瀬さん」

 

「あの現場見たか? 映画みたいだったよな」

 

 Bクラスの生徒が一之瀬に声をかけてくる。

 

「うん。すごかったよねー」

 

「何があったら、あんな惨状になるんだろうな。意味わかんねぇ」

 

 一人は柴田という男子だった。俺と一之瀬をたまに尾行している奴だ。

 平田と同じサッカー部らしい。なんかすごいモテそうな雰囲気をしていた。ふらやましいよ。

 

 もう一人は……例の百合少女だった。

 白波千尋と言うらしい。

 大人しそうな雰囲気をしているのだが、一之瀬には暗い視線を向けていた。

 

「二人とも、仲よしですね」

 

 白波が腕を組んでいる俺と一之瀬を見ながら言う。

 

 一之瀬は頬を染めながら「これぐらい普通だよっ!」と強がっていた。

 

 白波は目を細めていた。

 すっごい疑っている。俺と一之瀬が交際しているなんて、まったく信じていない表情だ。

 

「もう二人はキスとかしているんですか?」

 

「え、キス!?」

 

 一之瀬が素っ頓狂な声を上げていた。

 

「そ、それはまだかな。私たちにはそう言うの、まだ早いって言うか……」

 

「そうですか? 付き合っているならキスぐらい普通だと思いますけど」

 

「ええ!? で、でも……キスって……」

 

 しどろもどろになっている一之瀬を見かね、俺は口を挟むことにした。

 

「白波だったか。一之瀬はこう見えて意外と照れ屋だから――」

 

「あなたには聞いてないです」

 

「……アッハイ」

 

 セメント対応で俺の反論を潰される。

 一之瀬がこの役立たずと睨んでくるが、ならどうすればいいんだよ。

 

「まだキスもしていないなんて、一之瀬さんたちって本当に付き合ってるんですか?」

 

「おい白波」

 

 置いてけぼりだった柴田がたまりかねて割って入る。

 流石に他人の恋路の邪魔をするのは無粋すぎると思ったのだろう。

 いい奴だなこいつ。

 

「柴田君は黙ってて」

 

「……アッハイ」

 

 でも役に立たねぇ。つか千尋ちゃん怖い。

 

 一之瀬も叱られた子どもみたいにショボンとしている。こいつも使えねぇな。

 ちなみ俺も使えない一人だ。ここには無能しかいないのか。

 

「キスしてください」

 

 白波が俺たちを睨みながら言う。

 

「付き合っているんでしょう? キスぐらいできますよね?」

 

 いや、ちょっと待て。落ち着け。

 ここは通学路だ。

 生徒が沢山いる。俺たちの騒ぎを見て足を止めている者もいる。

 

 公衆の面前でキスだと?

 そんなことをしたら堀北と櫛田はどうなる。ついでに椎名も。

 

「えっと、千尋ちゃん。みんなに見られてるんだけど」

 

「本当に好き合っているなら恥ずかしさぐらい我慢できるはずですよね? それができないってことは、やっぱり二人は付き合っていないんですね」

 

 大した恋愛経験もないだろうに断言しやがった。

 気迫だけで押し切っている。そこまでして一之瀬と俺の仲を引き裂きたいのか。暗黒面に落ちた恋する乙女というのも厄介だ。

 

「白波。お前がそう思うのは勝手だ。だが俺たちは本当に付き合っ――」

 

「田中君、ごめん!」

 

 突然だった。

 一之瀬が俺の首に手を伸ばし、爪先立ちになった。

 

「ぬおおぉっ!」

 

 柴田が叫んでいた。野次馬たちも息を呑んだ。

 

 唇を合わせていたのは十秒ほどだった。

 

「――んっ」

 

 唇を離した後、俺たちは見詰め合った。

 

 一之瀬がさっと目を逸らす。

 

 キスしてしまった。一之瀬と。

 俺は驚きですぐに言葉が出て来ない。

 

「――っ!」

 

 白波が走り去った。たぶん泣いていたのだと思う。

 

 柴田は俺たちに会釈してから白波を追いかけた。

 

「その、よかった、のか?」

 

「……何が?」

 

「ファーストキスだったんだろ?」

 

「いやー、びっくりしたぁ。まさか私が田中君とキスしちゃうなんてね」

 

 一之瀬は顔を上げると、あっけあらかんとした笑みを浮かべていた。

 

 おそらく強がりだろう。

 一之瀬は肩を震えさせていた。まさかキスだけでこんなになるとはな。

 

 結局ファーストキスはわからないままだが、この反応は初めてだったのだろう。

 

 無理をするような状況ではなかったはずだ。

 普段の一之瀬なら白波を反論できていただろうに。

 

「ごめんね、田中君。迷惑かけちゃって」

 

「今さらだな」

 

 迷惑なんてもう沢山かけられている。

 綾小路に爆殺されかけたのと比べればどうと言うことはない。

 

「もう、冷たいなぁ。私のカレシさんは」

 

 一之瀬が俺の腕に抱き着いてきた。

 そして悪戯っぽい目を俺に向けてくる。

 

「どうだった? 私とのキスは。ドキドキした?」

 

「心臓が破裂しそうだった」

 

「うーん、二十点かな。ちなみに棒読みじゃなかったら四十点ね」

 

「辛口すぎるだろ。赤点じゃねぇか」

 

「私は優しいから追試で許してあげようかな。と言うわけで田中君にやり直しの機会を与えます」

 

「誰がやるかよ。勝手に言ってろ」

 

 俺は苦笑してから学校に向けて歩き始める。

 

 俺の腕にしがみついていた一之瀬が「もう、逃げないでよ!」とぷんすか怒っていた。

 

 よかった。何時もの一之瀬だ。

 こいつは笑っていた方がいい。その方が俺も気が楽だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教室に入る。

 綾小路は頬杖をして窓の外を眺めていた。

 

 俺との確執など最初から存在しないというような態度だ。

 

 困ったな。どう扱えばいいのかわからない。

 

 綾小路の父親はホワイトルームを運営している。綾小路の居場所を密告すればこいつを学校から追い出せるかもしれない。

 

 そんなことよりおうどんたべたい。

 

 しかし失敗すれば、今度は俺が窮地になる。綾小路が父親を論破して学校に残ることができたら、冷徹に復讐を遂行するだろう。俺をレイプ事件の元凶として警察に密告したり、昨日爆殺しようとしたように俺を殺しにかかってくる。

 

 ちくわ大明神。

 

 つまり言うなれば互いに弱味を握り合っている状態だ。

 ふとした切っ掛けがあれば爆発しかねない、東西冷戦のようなものである。

 

 ファミチキください。

 

 チャイムが鳴るまであと十分ぐらいだった。

 俺は机に座る。

 携帯で椎名にお勧めされた小説を読もうとしたが、徹夜しているので目が滑った。

 

「今日は櫛田さん、遅いのね」

 

 堀北が俺のところにやって来る。

 よくある光景になっていたのでクラスの連中は特に気にしていない。

 

「休むって連絡があったぞ」

 

「そうなの? なら今日のお昼は二人きりね」

 

「今日は食堂にするつもりなんだが」

 

「私の弁当があるでしょう」

 

 当然のように言われてしまった。

 

 堀北は自分の発言をまったく疑っていない表情をしていた。

 

「……いや、まぁ、食うけどさ」

 

 そこまで言われたら断れない。

 櫛田がいたらストップをかけるのだろうが、彼女の不在を堀北は大いに生かしていた。

 

 やっぱこいつ強化されてるよな。

 なんというか精神的にタフになってるし、頭脳も強かになってる気がする。

 

「うわあぁぁぁっ!」

 

 男子の悲鳴が聞こえた。

 

 堀北が鬱陶しそうにその方向へと振り返る。

 

 池と山内、須藤、あとは博士とか男子八人ぐらいが集まっていた。

 

「マジかよ! 雫が引退するなんて!」

 

「ウッソだろ!? この世に神はいないのか!?」

 

 神はいるぞ。レイプジジイだけどな。

 

 と言うか、佐倉はグラドルを引退したのか。

 

 アイドル活動が原因でレイプされたのだ。そりゃ親がストップをかけるだろう。

 

 俺は携帯で雫のアカウントを検索した。

 佐倉の自撮り写真の上に、無機質な文章が表示されている。そこには引退することになった経緯と謝罪が書かれていた。もちろんレイプされたなんて書かれていない。一身上の都合とある。

 佐倉本人の文章ではないのだろう。事務所が用意したような定型文だった。

 

「少し意外ね。田中君もそういうことに興味があるの?」

 

「いや、男子が騒いでるから気になっただけだ」

 

「本当に?」

 

「嘘を吐く理由がないだろ。俺にはお前がいる」

 

 あと櫛田もいる。最低だよね。

 

 携帯の画面を消す。

 堀北は俺の言葉に耳まで真っ赤になっていた。

 

「あーもう! 男子うざっ!」

 

 軽井沢が大声で罵っている。

 

「グラビアアイドルが引退しただけで大騒ぎするなんて、マジでキモすぎだから。そう言うのはあたしらが見えないところで隠れてやれっての」

 

「なんだよそれ! 俺らが何をしようがそっちには関係ないだろ!」

 

「あたしらを不快にさせてるんだよねー、馬鹿にはわかんないみたいだけど」

 

 須藤が躍起になって噛み付いていたが、軽井沢はへらへらと挑発を続けていた。

 

 篠原や前園などの気の強い女子なども同調して男子を叩こうとしている。

 

 堀北が溜息を吐いていた。

 気持ちはよくわかる。やはりDクラス。結束力は未だに皆無だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、俺は櫛田の部屋を訪れていた。

 

 お土産にケーキを買って来てある。

 カフェで販売されているのを持ち帰りにしたのだ。以前は一人ではとても入る勇気が沸かなかった店だが、今ではもう慣れて一人でも入店できるレベルである。俺も着々とリア充になっていると言うことだな。男子の友達いないけど。

 

「わぁ、美味しそう! ありがとう! お皿出してくるね!」

 

 櫛田が台所を駆け回っている。

 

 学校を休んだおかげでぐっすりと眠れたようで元気が有り余っているようだ。

 

「田中君は学校に行ったんだよね。しんどくなかったの?」

 

「徹夜はそれほど苦でもないからな」

 

 チートボディのおかげです。ズルしてサーセン。

 

「それに黒幕の出方が気になったと言うのもある」

 

 櫛田が表情を硬くした。

 ケーキを皿に移していた手が止まっている。

 

「警察が聞き込み調査をしていてな。何もしらないフリをして話を聞いてみた」

 

 校内でも警察官がうろついていた。

 茶柱先生が言うには三日ぐらい、場合によっては一週間ぐらい警察が捜査をするという。先生はくれぐれも調査の邪魔をしないようにと念押ししていた。

 

 おそらく園芸部の農薬が減っていることは判明するだろう。

 

「警察の見解では生徒の悪質な悪戯ってことになってるらしい。捜査の結果によっては別の可能性が出てくるかもしれないが、とりあえずは死者が出ていないからな」

 

「なんで黒幕のことを言わなかったの?」

 

「言わない方がいいと思った……いや、言えなかったというのが正解か」

 

 櫛田が台所から心配そうに俺を見てくる。

 

 またしても俺は櫛田に嘘を吐くことになる。それが少し心苦しかった。

 

「黒幕は殺人を厭わない危険人物だ。迂闊に手を出したら火傷では済まない」

 

「……うん」

 

 櫛田は爆殺されかけたことを思い出したのだろう。

 青ざめた顔をして震えていた。

 

「黒幕は俺に一度計画を潰されている。さらに黒幕の存在にも気付いてしまった。だから黒幕は自分に辿り着く可能性のある俺を口封じに殺そうとした」

 

「そう、だね」

 

 櫛田が暗い顔をして頷いている。

 

 それから思い出したようにケーキを準備してテーブルまで運んできた。

 

「缶コーヒーでよかったかな? インスタントコーヒーなら作れるけど。あ、紅茶もあるよ」

 

「いや、缶コーヒーでいい。ありがとう」

 

「うん。今度紅茶も御馳走するね」

 

 一瞬だけ和やかな空気が流れる。

 

 俺は話を戻した。

 

「警察に黒幕の存在を伝えたら、黒幕は報復のために俺を殺そうとするだろう。いや、それだけならまだ何とかなる。けど、櫛田まで狙われたらどうする。俺の周りにいる人間まで標的にされるかもしれない。だから言えなかった」

 

「……田中君」

 

 苦悩する田中君を演技する。

 

 櫛田が俺を慰めるように、俺の手に自分の手を重ねた。

 

「だから警察には頼れない。でも信用してくれ。櫛田のことは俺が守るから」

 

「田中君がそう言うなら私は信じるよ」

 

「ありがとう。俺なんかを信用してくれて」

 

「信用じゃないよ」

 

 櫛田が優しく微笑んだ。

 

「信頼してるから」

 

 信用と信頼。意味は似ているが、信頼の方が上位互換だ。

 

 俺たちは無言で見詰め合った。

 やがて吸い寄せられるように唇を合わせる。

 

 櫛田を床に押し倒す。

 彼女は俺を抱き締めて耳元でささやきかけてきた。

 

「優しくしてね」

 

 いや、無理だ。

 俺は櫛田が気を失うまでヤリまくってしまった。

 

 ……ところでアフターピルは飲んでるよな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 期末テストが近付いていた。

 

 櫛田は勉強会を主催した。

 参加しているのは俺と櫛田の二人だけなのだが、これってデートだったりする?

 

 今回は中間テストみたいに過去問があるわけではない。

 平均点が下がるのは確実だった。須藤たちはまたしても退学の危機だろうし、櫛田も中間テストみたいな高得点は取れないかもしれない。

 

「えーと、これ下さい。あとこれも」

 

 俺は勉強会に持っていくお土産を見繕っていた。

 

 この前はケーキだったので今度はケヤキモールで和菓子を買うことにした。イチゴ大福と水饅頭。どちらも俺の好みで選んでいるが、ケーキよりもこっちの方が一つずつ摘まめるので勉強会に向いているかなと思った。小並感。

 

 勉強会は櫛田の部屋で行われる。

 流されてエッチしないように気を付けないといけないな。

 

 ……と思っていたら、部屋には堀北と一之瀬がいた。

 

 え、なんで。

 

 堀北は不機嫌そうに腕組みをして目を閉じている。

 

 一之瀬も何時になく表情が硬い。正座して「私、怒ってます」みたいな雰囲気を出している。

 

 なんだこれ。

 修羅場なのか。第三次世界大戦か。ナイスボートが始まるというのか。

 

「田中君。あなたには言いたいことが山ほどあるわ」

 

 堀北が目を閉じたまま呟いた。

 腕組みをして、自分の肩をトントンと指で叩いている。

 

「私も堀北さんと同じかな。こんな大変なことになっているなら相談して欲しかったよ」

 

 一之瀬も俺を咎めるように見ていた。

 

 俺が悪いのか。まさか堀北と櫛田を二人とも抱いたのがバレたとか?

 

 しかしそれにしては反応がおかしい。櫛田も堀北もギスギスしていない。

 

「躊躇いなく人を爆殺するような相手に自分一人で立ち向かおうとしたのは立派だけどね。それはちょっと無謀じゃないかな。それとも私たちが信用できない?」

 

 ……え?

 

「私たちが頼りなく見えるのはわかるわよ。けど自分一人で抱え込まないで。あなた、殺されるところだったんでしょう。ある日突然あなたが死んでいたなんて私は聞きたくないの。あまり心配させないでよ」

 

 堀北が閉じていた目を開いた。その目は涙で濡れていた。

 

 俺は櫛田の方を見た。まさか言ったのか。言ってしまったのか。

 

 せっかく口止めしておいたのに、堀北たちを巻き込んでしまったのか。

 

「ごめんね。私がうっかりしていたの。口が滑ってバレちゃった」

 

 嘘だ。

 櫛田は俺を心配しているフリをして堀北たちに黒幕の存在を打ち明けたのだ。

 

 俺に黙って部屋に堀北と一之瀬を呼んでいる。

 堀北たちを巻き込むために呼び出したことにしないとその説明が付かない。

 

 ――黒幕は自分の存在を知っている者を消そうとする。

 

 櫛田はあわよくば堀北と一之瀬を黒幕に消して貰おうと目論んでいるのだ。

 

 なんだこいつ。こわっ。超こわっ。

 

 しかし櫛田が思うような黒幕はこの世に存在してない。

 肥大化した犯人像によって誤解しているだけなのが唯一の救いだった。

 

 いや、堀北や一之瀬も犯人候補なのか?

 わからん。

 俺と結ばれてからも依然として陰謀を練る女だということはよくわかったが。

 

「不審者に襲われていた櫛田さんを助けたのが黒幕に狙われることになった原因と言っていたわね。つまり黒幕は第三者を使って女性を襲わせて、それが発覚しそうになると口封じで人を殺そうとするわけね」

 

「それが切っ掛けで櫛田さんは田中君を好きになったんだね。やっと疑問が解けたよ」

 

「うん。あの時の田中君、すごくカッコよかったから」

 

「いいなぁ。すごいロマンチック。それなら田中君を好きになってもおかしくないよね」

 

「もう、やめてよ。恥ずかしいよ」

 

 女子トークが始まっていた。

 

 意外と君ら仲いいのね。表向きだけかもしれないけどさ。

 

 ……女って怖いなぁ。



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17話

 夏だ。海だ。青春だ。

 ついにこの時がやってきた。無人島編の始まりである。

 

 無人島でのサバイバル。

 あふれる非日常感。心が沸き踊るシチュエーションだ。

 

 ……なのに俺は、何やってるんだろうな。

 

「あっ、あっ、あんっ、ああっ!」

 

 無人島への移動は豪華客船によって行われる。

 

 目的の無人島までは半日ぐらいだ。

 小笠原諸島の一つなのだろう。前世の日本には存在していない島かもしれない。

 

 で、俺は客船の女子トイレで椎名ひよりとヤッていた。

 

 椎名とは定期的にセックスしているのだが、無人島では長期間会えなくなる可能性もある。なので今のうちに田中エナジーを補給しておきたい……と言うことらしい。

 

「礼司君っ、あんっ、礼司君っ!」

 

 制服姿の椎名があえぎ声を上げていた。

 

「あんま声出すなって」

 

「……あ、ごめんなさい。つい」

 

 ついじゃねぇ。

 こっちは音を立てないように気を使って腰を振っているんだ。

 

 もしバレたら一巻の終わり……と言うほどでもないがタナカス伝説がさらに悪化する。

 

 俺は溜息を吐いてから腰振りを再開する。

 

「――ふっ、うぅ……っ、はっ、……はぁ……」

 

 椎名が制服の胸元にあるリボンを噛んでいた。

 シュルシュルとリボンが解けていく。

 

 あえぎ声を我慢している椎名の表情がすっごいエロかった。

 

「――っ、うっ、あっ、あっ……だ、だめ、がまん、できない」

 

「我慢しろよ。もうすぐだろ」

 

 何度も身体を重ねているので、椎名の絶頂のタイミングは把握している。

 もうそろそろ達するのは俺にはわかっていた。

 椎名は落としてしまったリボンを咥え直し、頬を染めてコクリと頷いた。

 

 俺は音に気を付けながら肉棒を出し入れする。

 ねちねちという音が大きくなってきたので、トイレのボタンを押して流水音を発生させた。

 

「……あぁっ、ごめん、なさいっ! やっぱり、無理です!」

 

「少しは我慢する努力をしろっての」

 

 俺は呆れながら椎名の唇をキスで塞いだ。

 

「んっ、んんっ! んっ、んっ、んっ!」

 

 まぁ多少はマシになったか。

 俺はラストスパートをかけて腰を振りまくる。

 

「出すぞ」

 

 椎名が恍惚とした表情をして頷いた。

 亀頭を子宮口に密着させる。容赦なく膣内に注ぎ込んだ。

 

「……はぁ……はぁ」

 

「満足したか?」

 

「あの、すいません。もう一回、して欲しいです」

 

 椎名は息をするのも苦しそうなくせに甘えてきた。

 

 まったく、欲張りなお嬢さまだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椎名との情事の後。

 

 俺は何とか女子トイレから脱出、何食わぬ顔をして客船の廊下を歩いていた。

 

 到着までまだ時間がある。無人島サバイバルの前に英気を養っておきたいところだ。

 大浴場にでも行くか、それとも展望デッキで景色を眺めるか、レストランで食事を楽しむか。よりどりみどりで迷ってしまう。

 

 途中で綾小路とすれ違う。池と山内、須藤の中に混ざっていた。

 奴は眼中にないとばかりに俺に見向きもしない。完全に他人のフリだ。他人なんだけどな。

 

 期末テストで赤点ギリギリだった連中だ。

 綾小路はまだ五十点チャレンジを続けているみたいだが。

 

 ちなみに俺は百点……のはずが九十九点である。

 数学で“4”と“9”を書き間違えたり、古文で誤字っていた。ちゃんと見直しをしたはずなのだが、俺ってうっかりしているのかな。しているんだろうな。せっかくのチートもうっかりミスの前には形無しだった。

 

「俺、やっぱり櫛田と仲良くなりたい」

 

 ん? 俺は足を止める。

 池が苦渋に滲む表情をして呟いていた。

 

 何も知らない須藤が「ならもっと声をかければいいだろ」と言っている。

 五月までは積極的に櫛田にアピールしていた池だが、ある時から櫛田とはまったく言葉を交わさなくなっていた。

 

「やめとけよ。お前、次は殺されるぞ」

 

 山内は俺に気付いていたらしい。振り返って俺を確認していた。

 

 池がその視線を追いかけて「ひっ」と短い悲鳴を上げる。

 

「チッ! おい田中ぁ! 盗み聞きしてんじゃねぇよ!」

 

 須藤が俺を睨み付けて怒鳴り声を上げた。

 以前に小手返しで投げてやってから、須藤は俺を嫌うようになっていた。その場では和解したはずだが、後からムカついてきたらしい。

 

 俺は肩をすくめてから彼らに背を向けた。まずは展望デッキにでも向かうとするか。

 

 にしても、池はまだ櫛田と仲良くしたいのか。

 笑えるな。どういう神経をしているんだ。

 あんなことをしておいて、よくもそう言えたものだ。仕組んだのは俺だがな。

 

 そう思っていると、ジジイが廊下の真ん中に立っていた。

 

「レイプ道とは死ぬことと見つけたり」

 

 なら死ねよ。

 

 ジジイは豊かな白髭を撫でつけながら、にっこりと微笑んでいる。

 

「すべての人間は生まれながらにしてレイプを欲す」

 

 ……おい。アリストテレスの名言を汚すんじゃねぇ。

 

 そういやアリストテレスもジジイみたいに白い髭がもじゃもじゃしているよな。

 

「夏休み中に一人レイプするのじゃ。覚えておるな?」

 

「当然だ」

 

 気分は乗らなくてもレイプしなければならない。

 

 にしても、夏休み中に一人か。

 

 ジジイにしては随分と甘いものだ……と思ったが、二学期に三人、三学期に三人レイプすると俺が提示した人数全員をレイプできるわけだ。ジジイは完全に耄碌しているわけではない。簡単な計算ならできるようだ。

 

 狂っているのが演技だったら俺は足元をすくわれる。油断は禁物だろう。

 

「生きるためにレイプせよ、レイプするために生きるな」

 

 ジジイがアルカイックスマイルを浮かべながら言う。

 

 やめろ。

 頭がおかしくなりそうだ。レイプ哲学とか考えたくもねぇんだよ。

 

 ソクラテス先生ごめんなさい。

 そう言えばあなたも白髭でしたよね。哲学者で流行っていたのだろうか。

 

「レイプもまたレイプなり」

 

 悪法もまた法なり……って、だからやめろって言ってるだろ!

 

 俺は頭痛を堪えながらジジイに言い放った。

 

「神は死んだ」

 

「ぬおおおぉぉぉぉぉ! レイプぅぅぅぅぅ!」

 

 ジジイが胸に手を当てて苦しみ始め、負けたサーヴァントみたいに消えていく。

 

 効いているように見えるが、念仏で消えた時みたいに実際は何ともないんだろうな。

 

 溜息を吐いてから展望デッキに上がる。

 

 潮風に吹かれ、黒髪が棚引いていた。

 

 堀北が髪を手で押さえながら俺の方を振り返る。

 

 結ばれていた唇が一瞬だけ緩んでいた。すぐに表情を取り繕っていたが。

 

「一人なのか」

 

「見ればわかるでしょう」

 

 一人分の距離を置いて堀北の隣に並ぶ。

 

 堀北は躊躇いがちに俺の方に身を寄せてきた。

 

「部屋に籠ってるのかと思ってたよ」

 

「私にも気分転換したくなる時くらいあるわ」

 

 腕組みをして溜息を吐いていた。何かあったのか。

 

「さっきまで須藤君たちに絡まれていたのよ」

 

「そうか」

 

「鈴音と呼んでいいかと聞かれたわ」

 

「それで、どうしたんだ?」

 

 堀北がすねたように俺を睨んでくる。

 

「許すわけがないでしょう。須藤君は友達ですらないただの他人よ。須藤君が私を名前で呼ぶことは永遠に有り得ないでしょうねと答えてあげたわ」

 

「あらら。須藤の奴も可哀想に」

 

「どこがよ」

 

 堀北が唇を尖らせる。

 

 それは絶対に報われない恋だった。

 

 堀北は原作よりも須藤に冷たかったし、審議会で須藤を弁護するイベントも消滅している。期末テストも勉強を見ていないらしい。おかげで須藤は退学寸前だった。

 

 一体どこに惚れる要素があったのだろう。

 

 見た目と、あとは性格が須藤の好みだったからだろうか。

 なら原作の山内みたいなものかな。佐倉に身勝手な想いを押し付けていたのと似ている。

 

 なんて考えていると堀北が俺の二の腕をぐっとつねった。

 

「誰かさんはまだ私の名前を呼んでくれないようだけど」

 

「そうだな」

 

 櫛田に疑われないように今までは堀北のことを苗字で呼んでいた。

 しかし、もう大丈夫だろう。

 一学期を共に過ごしたのだ。友人として親密になったと言えばいいか。

 

「わかったよ。これからは鈴音って呼ぶ。これでどうだ?」

 

 堀北は……いや、鈴音は何も答えなかった。

 

 目を見開いて、唖然と俺を眺めている。

 

 その顔がポッと朱色に染まった。

 

「わ、私は部屋に戻るわ」

 

 慌てて俺から逃げ出すが、足がもつれそうになっている。

 

 わかりやすいな。俺は苦笑した。

 

「……で、何時まで隠れてるんだ?」

 

「え!? バレてたの!?」

 

 展望デッキの柱の陰から櫛田が顔だけを出していた。

 それで隠れていたつもりか。潮風に吹かれてスカートが出ていたぞ。

 

 櫛田がトテトテと俺に走り寄ってくる。

 俺の前に到着すると、子犬のような目をして俺を見上げていた。

 

「あ、あのね、田中君っ!」

 

 言いたいことは何となくわかる。俺は先手を打ってみることにした。

 

「どうした、桔梗」

 

「あう」

 

 櫛田あらため桔梗の顔が真っ赤になる。

 

「ずるいよー、卑怯だよー」

 

 桔梗がポカポカと俺の胸を叩いてきた。まったく痛くない。むしろ微笑ましかった。

 

「今日の田中君。えと、礼司君、なんか積極的かも。何かあったの?」

 

「旅行という非日常が俺を開放的にさせているっぽい」

 

「なにそれ」

 

 桔梗が俺の胸を殴るのをやめて、俺の胸板に頬を押し付ける。

 

 デッキにいた生徒たちから睨まれていた。微笑ましそうに見守っている者もいるがごく僅かだ。鈴音とイチャついていた直後である。普通に俺は最低だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 島の面積は0.5平方キロメートルだ。大きさはかなり小さい。

 

 しかしそれは数字だけ見た話。

 

 自然は人の感覚を狂わせる。俺は前世で仕事現場の事前調査をした時、ちっぽけな林の中で迷ったことがあった。真っすぐ進めば道路に出ることはわかっていたのですぐに脱出できたが、あの時はかなり焦ったものだ。

 

 すべての生徒はジャージに着替えてデッキに集合していた。

 

 携帯電話は担任に提出させられている。持ち込みが許されるのは衣服やタオルなどが入った鞄一つだ。中身は教師によってチェックされていた。博士が鞄の中に密かに携帯ゲーム機を入れていて、茶柱先生に怒られながら没収されていた。

 

 予定では島にあるペンションで一週間に渡って集団生活することになっている。

 

 Aクラスから順番に下船していくが、その表情は明るかった。

 バカンスを満喫する気でいるようだ。これからサバイバルが始まるなんて微塵も想像していない。

 

 俺たちも船を降りる。砂浜で再び整列させられた。

 

 出席番号順と言うわけではなく、並び方は適当だった。

 俺の右側には桔梗、左側には鈴音。両手に花だった。

 

 Aクラス担任の真嶋が壇上に上がり全生徒に呼びかける。

 最初に数人の生徒が参加できなくなったのを残念に思うと切り出した。

 

 参加していないのはAクラスの坂柳有栖。彼女は船にすら乗っていない。

 たぶん手下を暗躍させて葛城をリーダーから引きずり下ろそうとするのだろうが。

 

 あとはCクラスの石崎と小宮だ。二人は停学中なので参加できない。

 

 そしてDクラスの佐倉愛里。

 彼女も残念ながら参加できなかった。佐倉には復帰の意志があるらしいが、男性恐怖症になってしまった佐倉にいきなり男子と共同生活させるのはあまりにも酷だろう。

 

「ではこれより本年度最初の特別試験を行う」

 

 始まった。

 生徒たちがざわめき始める。

 

 旅行だと思っていたらこれだ。天国から地獄とはこのことだろう。

 

 支給されるのはクラスごとにテント二つ、懐中電灯二つ、マッチ一箱。

 あとは簡易トイレ。あまりにも心もとない装備である。

 とは言え日焼け止めは制限なく支給されるし、女子には生理用品も配られる。

 

 完全に自給自足というサバイバルをするわけではない。

 

 試験専用のポイントで必要なものを購入することもできるしな。

 

 ただし試験専用のポイントを残せば、試験終了後にそれをクラスポイントに加算することができる。最下位のDクラスが一気にポイントを稼げるチャンスでもあった。

 

 試験専用のポイントは三百ポイント。

 すべて残せば毎月三万プライベートポイントを貰えるようになる。

 

「体調不良などでリタイアした者がいるクラスにはマイナス三十ポイントのペナルティを与える決まりになっている。そのためAクラスとDクラスは二百七十ポイント、Cクラスは二百四十ポイントからのスタートとする」

 

 欠席者を出していないBクラスが早速優位になっていた。

 

 すごいな。佐倉ですら容赦なく減点だ。

 表向きは入院していることになっているし、佐倉を許していたら坂柳もノーペナルティーになるから減点するしかないのだろうが。

 

「なんかとんでもないことになってきたね、礼司君」

 

 桔梗が俺に身を寄せて小声で耳打ちした。

 

 瞬間、鈴音が目を驚かせた。すごい形相をして俺を睨んでいる。

 

「これはどういうこと?」

 

「話の流れでこうなった」

 

「……後で覚えておきなさい」

 

 試験の説明中なので深く追及されなかったが、鈴音の機嫌は加速度的に悪化していた。

 

 真嶋の話が終わり、生徒たちがクラスごとにバラけていく。

 

 俺たちは茶柱先生のところに集合する。

 

 先生は俺と綾小路をチラリと一瞥した。

 無人島では本気を出せ、だったか。

 まぁ手を抜いていると思われない程度に、ほどほどに頑張るとするか。

 

「今からお前たち全員に腕時計を配布する」

 

 茶柱先生がクラス全員に腕時計を配っていく。

 体温や脈拍などを計測するセンサー、他にもGPSなどが付いており、試験終了までに勝手に外したらペナルティが課せられる。もちろん完全防水で、故障しても係員が代わりの物を持ってくるという徹底ぶりだ。

 

 それからマニュアルが配布される。とりあえず平田がそれを受け取った。

 

 そこには色々と禁止事項が書かれている。

 環境破壊はペナルティ。体調不良者が出た場合もペナルティ。

 午前八時と午後八時に点呼があり、それに不在だとペナルティ。

 

 他クラスの暴行、略奪、器物破損はクラスの即失格。

 実行者はプライベートポイントをすべて没収という厳しいペナルティが課せられる。

 

 まぁザルなんだけどな。

 

 原作では伊吹澪というCクラスの少女がスパイとしてDクラスに入り込み、マニュアルを焼いたりリーダーが持つキーカードを奪ったり鈴音をボコッたりしていた。しかし鈴音が告発しなかったおかげで伊吹はノーペナルティーである。

 

 綾小路はAクラスの男子にマッピングしていたメモを奪われている。

 これは綾小路がAクラスから目を付けられたくなかったため告発されなかった。

 

 要するに相手の口さえ塞いでしまえば無問題と言うことだ。

 

 

 

 

 

 ここで軽くルールをおさらいしておく。

 

 この特別試験では各クラスはリーダーを決めなければならない。

 リーダーにはキーカードが配布される。

 キーカードにはリーダーの名前が刻印される。

 正当な理由なくリーダーを変更することはできない。

 

 この島には幾つかのスポットがあり、リーダーは設置されている専用の機械にキーカードを通すことでスポットの周辺を占有することができる。他クラスがそのスポットを許可なく使用したらマイナス五十ポイント。

 

 占有権は八時間でリセットされる。

 一度の占有で一クラスポイントを得ることができる。

 

 一週間は百六十八時間なので、仮に一つのスポットを試験中ずっと占有していれば、およそ二十一ポイントのクラスポイントを得ることになる。と言ってもスポットを見付けるまでの時間や、リセット後に占有し直すまでのタイムラグがあるので二十一ポイントというのは理論値でしかない。

 

 キーカードの使用にはリスクがある。

 

 試験最終日に各クラスには他のクラスのリーダーを言い当てる権利があり、それに正解すれば五十ポイントがプラスされる。

 

 リーダーを見破られたクラスはマイナス五十ポイント。さらにそれまでに得ていたボーナスポイントをすべて失う。

 

 しかしリーダーを言い当てるのに失敗すればそのクラスは五十ポイントを失う。強力な権利だがノーリスクというわけではない。自信がないなら権利を行使しないのも有りだろう。

 

 こんなところか。

 

 ぼうっとしていると女子の悲鳴が聞こえた。

 

「無理に決まってます! 絶対無理!」

 

 茶柱先生が簡易トイレを組み立てていた。女子の篠原が大声で嫌がっている。

 

 段ボール製である。

 汚い話だが、箱の中に青いビニールを入れて、そこに給水ポリマーのシートを放り込む。段ボールに座って汚物を排出する。汚物の上にシートを放り込んで重ねていく。一枚のビニールで五回ほど使用できるらしい。

 

 一応簡易テントがあるので、用を足しているところは見られないが。

 

 なおこのビニールとシートは無制限に支給される。学校側からの恩情である。

 

「男女共有って、ちょっとそれは……」

 

 桔梗も頬が引き攣っていた。

 彼女は男女分け隔てなく接する方ではあるが、流石にこれは無いらしい。

 

 まぁ俺も嫌かな。

 桔梗のお尻が他の男子と間接的に接触するなんて許しがたい。

 

 池と山内にレイプさせた? な、なんのことかなぁ……。

 

「いいじゃん、それで我慢しようぜ」

 

 池が言う。

 男子の多くがそれに賛同した。

 

 女子たちはそんな男子を汚らわしそうに見ている。

 

「平田。マニュアル貸してくれ」

 

「あ、うん。一緒に読ませて貰ってもいいかな?」

 

「もちろん構わない」

 

 平田の隣に並んでマニュアルをめくる。

 

 目的のものはすぐに見つかった。

 ポイントで購入できる物品の中に仮設トイレも含まれている。

 

「これだな」

 

「……うん。でも二十ポイントだ」

 

 俺たちを眺めていた女子がざわざわと話し出す。

 

 それに気付いた篠原が飛び付いてきた。

 

「これ! これ絶対にいる! 簡易トイレより全然マシ!」

 

 篠原は平田にベッタリくっついてマニュアルを覗き込んでいる。

 

「ま、絶対に必要になるだろ。途中で買うぐらいなら今買っておいた方がいい」

 

「田中君もそう思うよね!? ほら男子ども! もっと田中君を見習いなさいよ!」

 

 簡易トイレで我慢してポイント節約したい派の男子たちが、俺のことを女子に媚を売る屑のように見ていた。

 

「あの裏切者が」

「やっぱタナカスだな」

「あいつ、何様のつもりだよ」

「女子の点数稼ぎに必死だな。見苦しいぜ」

 

 男子から罵声が飛んでくる。散々な言われようだった。

 池と山内は俺にビビりながらも、他の男子と同調して俺の悪口を言っていた。

 

「やめなさいよ! 田中君は正しいことを言ってるでしょ!」

 

「ね、平田君もそう思うよね?」

 

「僕はみんなで相談して決めるべきだと思うけど」

 

 肝心なところでヘタれる平田である。

 平田は公平性を重んじるので、こういう言い争いではあまり役に立たない。

 

「待ってくれ。ポイントは男女で共有している。仮設トイレが必要だという女子の意見もわからなくはないが、女子の意見だけで勝手に使用されるのは納得がいかない」

 

 それまで黙って様子を見ていた幸村が意見する。

 

 篠原がムッと顔を怒らせて幸村に罵声を浴びせかけた。

 

「勝手にって何よ! 女の子には大事なことなの! あんたデリカシーなさすぎでしょ!」

 

「デリカシーについては否定はしないが、男子は我慢できる、女子は我慢できない。それで二十ポイント使用されたら不公平だろう。女子だけが優遇されているのがわからないのか」

 

「別に不公平じゃないし! 女子の権利――」

 

「一週間だ」

 

 篠原の反論を遮って俺が答える。

 ヒステリックに叫んでいる篠原では幸村は論破できない。何時までも言い争いを続けられても面倒だからな。

 

「この試験の期間は一週間。二、三日なら我慢できても、それ以上は無理だ。この調子だと士気に関わってくるし、トイレを我慢して体調を崩す女子だって出てくる。一人倒れればマイナス三十ポイントだ。トイレを買うよりも高く付くぞ」

 

 そうだよそうだよー、と女子たちが俺の発言に便乗している。

 

 男子たちが俺を見る視線がヤバくなってきた。

 

「……確かに田中の言う通りだろう」

 

 幸村が溜息を吐いた。

 

「しかしこれはクラスポイントを稼ぐ絶好の機会だ。この機会に少しでも他クラスとのポイントの差を埋めておきたい。俺はずっとDクラスなんかに居座る気はないんだ」

 

「幸村の気持ちはよくわかるが、こう言うのは助け合いだと俺は思う。今回、男子は女子に譲歩する。だが、いずれ女子が男子を助けてくれる機会もあるはずだ。それこそが集団を上手に回していくコツじゃないか?」

 

 俺いいこと言ってる気がする。

 女子たちのキラキラした眼差しが最高に気持ちいい。

 

 男子? 俺には何も見えないな。

 

 幸村は黙り込んだ。

 真剣な目をして俺を見詰めている。それから無言で頷いた。決まりだな。

 



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18話

 俺たちはベースキャンプに適した地を探していた。

 

 浜辺は照りつける太陽のおかげで拠点には向いていない。

 島の気候は亜熱帯というところか。パラソルなどを使わずに真夏の砂浜に長時間いれば熱中症で倒れる者も出てくるだろう。

 

 ベースキャンプは一度決めると変更できない。だから慎重に選ぶ必要がある。

 

 須藤や池たちは率先して森の中に入って行った。

 あれで遭難したら笑えるな。

 実際、森の中は視界が悪かった。ある程度は管理されている気配を感じたが、素人目には判別が付かないだろう。

 

 と言うわけで俺たちも森の中に入って行った。

 

 平田たち男子が数人がかりでテントを背負って俺たちの前を歩いている。

 俺はマニュアルを持たされていた。俺が男子からヘイトを集めすぎているので、共同作業はやめておいた方がいいという平田からの心遣いだった。イケメンすぎる。惚れそう。

 

 綾小路は簡易トイレの箱を持っている。

 ちなみに須藤がうんこしたばかりだ。流石の綾小路も物凄く嫌そうな顔をしていた。

 

 鈴音は配布された簡易的な地図(ほとんど白紙)に島の地形をマッピングしていた。

 

「礼司君」

 

 鈴音が俺に声をかけた。

 まだ呼び慣れていないのか、その声には恥じらいがある。初々しくて可愛かった。

 

 原作では高熱を出すことになる鈴音だが、今のところその兆候は見られない。

 気付いたら手遅れになっていたと言うことがないように気を使っておくべきだろう。

 

「その……ベースキャンプに適した場所というのは、どういうところかしら?」

 

「そうだな。暑さが凌げる日陰で、飲み水が確保できる水源の近く。あとは傾斜がなくてテントやトイレが設置できる平地であること」

 

「そんな都合のいい場所があるの?」

 

 桔梗が小首を傾げながら俺に問いかける。

 

 俺が口を開く直前に鈴音がそれに答えていた。

 

「私はあると思うわ。これは学校が用意した試験よ。安全性は最大限に配慮されている。だから間違いなく都合のいい場所は存在しているはず」

 

「付け加えるなら、おそらくはスポットの周りに俺が言ったような好条件の場所があるはずだ」

 

 鈴音が呟きながら地図にボールペンを走らせようとする。

 

 俺はその手をそっと止めた。シャーペンの方がよかったかもな。

 

「ストップだ。歩幅から考えて三十メートル手前から右に十五度曲がっている」

 

「……あなたの頭の中には測量儀でも入っているの?」

 

 ジト目で睨まれる。

 チートですいません。

 

「簡易的な地図だから精度はそれほど必要ないはずよ」

 

「だな」

 

 森の中の拓けた場所に、先行していた平田たちが立ち止まっていた。

 最初から日陰で話をするつもりだったのだろう。俺たちを待っていたようだ。

 

「話し合いの続きをしたいんだけど大丈夫かな」

 

 男子たちは相変わらず俺を睨んでいる。

 一方、幸村はずっと何かを考えているように上の空になっていた。

 

 篠原たち女子が俺の周りに集まってくる。

 すっかり男女の対立構造が出来上がっていた。もちろん俺は女子派である。

 

「偵察に出ている須藤たちが不在だ。今は決定を出せないぞ」

 

「うん、わかってる。ただ僕の意見を聞いて欲しかったんだ」

 

 平田は重たいテントを運びながらも考えを練っていたらしい。イケメンすぎる。

 

「僕はトイレを含めて、ある程度のポイントの供出はやむを得ないと思っている。簡易トイレ一つで回すにはどう考えても無理があるからだ。これは効率よくポイントを消費するためのヒントなんじゃないかな」

 

 俺が言ったら非難轟々だろうに、平田が言えば角が立たないのが不思議だ。

 

 女子たちは当然として、男子も反論できずに黙り込んでいる。

 須藤や池がいないものあるし、幸村も黙り込んでいるのもあるが、平田の言葉が全員に浸透していった。

 

「俺は平田の意見に賛成する。その上で聞いてくれ」

 

 俺は地面にマニュアルを置いてそれを広げた。

 途端に周りに女子たちが群がってくる。篠原が俺の右側に身を寄せ、佐藤が俺の肩に手を置いてマニュアルを覗き込んできた。

 俺はニヤケてしまわないように鉄面皮を維持する。

 

 男子たちは顔を歪めていた。

 それでも俺の話を聞く価値があると思ったのか歩み寄ってくる。

 

 平田との差は何なんですかねぇ……。

 

「このタイミングでは言い辛いが、シャワー室も買っておいた方がいい。これも二十ポイントだ。あとは栄養食。これはクラス単位で一食六ポイント。ミネラルウォーターとセットなら十ポイントになる。水はどうなるかわからないが、今日ぐらいは食料を買っておくべきだと俺は思う」

 

「ちょっと待てよ。そんなにポイントを使ったら、残るもんが無くなるって!」

 

 男子の一人が抗議の声を上げる。

 やはり俺の意見は男子には通らないらしい。悲しいなぁ。自業自得なのだが。

 

「これはただの提案だ。別に今すぐ購入する必要もない。ただ覚えておいて欲しかったから言っておいた。皆にも考える時間が必要だからな」

 

 俺はマニュアルを閉じた。

 女子たちが顔を見合わせて相談に入っている。

 

 平田が話がまとめると、俺たちは島の探索に戻った。

 

 

 

 

 

 そうだよ、これだよこれ。

 チートってこういうもんだろ。最近おかしかったからな。

 

 椎名が病んだり、一之瀬が意味不明だったり、佐倉が想定外のレイプをされたり、綾小路に爆殺されかけたり、こんなの絶対おかしいよ。特に最後。

 

「ねぇ、田中君ってちょっとよくない?」

 

「今までノーマークだったけどカッコいいかも」

 

「地味で目立たなかったけど、堀北さんと櫛田さんの人の見る目は確かだったよね」

 

 ははは、もっと褒めろ。もっと俺を讃えるんだ。最高に気分がいいぞ。

 原作にちょっとだけ口を挟んで美味しいところだけを持っていく。これこそがチート主人公である。最低系と言われようが俺は止まらねぇぞ。ただ前に進み続けるだけでよかったんだ。

 

 一方、男子たちの反応は悪かった。

 

「ケッ、女子に媚びやがって」

 

「三股かけてるクソ野郎のくせに」

 

 平田が「まぁまぁ」と男子を取りなしている。

 

 それから業者が仮設トイレを運んできてベースキャンプに設置。

 男子たちが二つのテントを組み立てて設置していた。

 

 須藤のうんこが入った簡易トイレは離れた場所に設置された。

 男子はこれで我慢することになった。仮設トイレを女子と共用にするとまた揉め事が起こりそうだったし、さらに二十ポイント払うのは痛いからな。

 

 さて、俺もそろそろ動くとするか。

 

「鈴音。悪いが少し外すぞ。後は任せた」

 

「え、ちょっと!?」

 

 俺は鈴音の制止を振り切って茂みの中に入って行った。

 

 俺は嫌なことは先に済ませるタイプだ。

 今までも夏休みの宿題は最初の一週間で終わらせてきた。

 俺はピーマンを皿から消滅させる非情な男である。

 

「レイプじゃな」

 

 ジジイが何かを察したのか、俺の後ろで呟いていた。

 

 ふらっといなくなるくせに、こういう時には呼んでもいないのに現れやがる。

 レイプセンサーでも搭載しているのだろうか。

 

 ここでレイプしておけば夏休みが終わるまで自由を満喫できるからな。

 

 靴の中敷きの下に仕込んでいた避妊薬をポケットに移しておく。

 小さなジップロックにはガーゼに包まれた十錠ほどの錠剤が入っている。踏み潰してしまわないか冷や冷やしていたがガーゼのおかげで無事のようだ。

 

 まぁ、レイプするといっても相手を妊娠させる気はないからな。

 

 その袋には避妊薬と一緒にちょっとした小道具を入れていた。

 

 俺はそれを取り出して口に含んでおく。

 

「よう。こんなところでどうしたんだ?」

 

 声をかける。

 

 相手は大木にもたれかかって座っていた。

 

 たしかこの木の根元に無線機を埋めているのだったか。

 今はまだ放っておく。希望を根こそぎ奪ってしまうと心が折れる。リタイアされると困るからな。

 

 彼女は俺のことを興味なさげに一瞥すると、何も言わずにそっぽを向いた。

 

「Cクラスの伊吹澪だな」

 

 名前を呼ばれても伊吹は振り返りもしなかった。

 

 伊吹はショートヘアの男勝りな少女だ。

 龍園に本気で殴られており、頬が真っ赤に腫れ上がっている。龍園と仲違いしたフリをしてDクラスに潜入しようとしているのだ。

 Bクラスにも別のスパイが潜り込んでいる。これが龍園の策の一つだった。

 

 俺はクッと喉を鳴らした。

 不穏な気配を感じたのか、伊吹が俺を見上げながら睨み付ける。

 

「……なによ?」

 

「それ、何が入っているんだ?」

 

 俺はおもむろに伊吹が横に置いていた鞄に手を伸ばした。

 

「ちょ、触るな!」

 

 予想外の行動だったのだろう。

 伊吹は目を剥いて、慌てて俺の手を払った。

 

「何だよ、見せてくれてもいいだろ」

 

 わけのわからない変態染みた発言だった。自分でもキモいと思った。

 

 俺は一度手を払われても、諦めずに手を伸ばす。

 

 パンッと音がした。

 伊吹が俺の頬にビンタを放ったのだ。痛くはない。これではまだ足りないな。

 

「何すんだよ」

 

「そっちこそ頭おかしいんじゃないの?」

 

「いいから見せろって」

 

「――ッ! あんた、変態なの!?」

 

 伊吹が俺の身体に拳を打ち込む。違うんだ。身体じゃない。

 

 何発もの拳や蹴りが飛んでくる。

 格闘技を齧っているのだろう。女子にしては大した力だ。

 

 綾小路と比べたら蚊のようなものだが。

 

 数発のいい拳が俺の頬に突き刺さる。この程度でいいか。

 

「あーあ」

 

 俺は笑いながら口の中に含んでいた物をペッと手の平に吐き出した。

 

「奥歯が抜けたな。暴力行為は禁止だぞ。わかってるのか?」

 

 俺は試験の前に歯医者で親知らずを抜いて貰っていた。窓から捨てると言って抜かれた歯を貰っておいたのである。歯医者に「その歳でそんなことやってんの」とドン引きされたが、すべてはこのためだ。

 

 親知らずは虫歯の原因になるからね。抜いておいた方がいいよね。

 

 伊吹が目を見開いた。

 

「あんた、最初からこれを狙ってたの!?」

 

「Cクラスはこれで終わりだ。龍園にごめんなさいと謝るんだな」

 

 俺は意地悪く笑いながら踵を返す。

 

 伊吹が焦ったように俺の背中に声をかけてきた。

 

「待ってよ! そっちだって略奪しようとしたでしょ!」

 

「お前が勝手に誤解して殴りかかってきたんだろ」

 

 足を止めずに歩き続けると、慌てて伊吹が追いかけてくる。

 

 伊吹が俺の肩をつかんできた。

 

 俺は呆れた顔をして振り返った。

 

「何だよ。しつこいな」

 

 伊吹は俺に言い訳することもせず、いきなり拳をぶちこんできた。

 俺は顔面でそれを受け止める。

 軽い拳だ。綾小路の拳のように首を振って受け流す必要すらなかった。

 

 伊吹の魂胆はここで俺を潰して訴えを止めさせると言ったところか。

 無理がある作戦だとは思うが、伊吹もそれだけ追い詰められているようだ。

 

「ふっ、せあっ!」

 

 伊吹の蹴りを左腕で防ぐ。

 さらに伊吹は引き戻した足で、ガードの薄い脇腹に蹴りを入れようとする。

 

 俺は前に踏み込んだ。蹴り技は足の甲を当てないと威力が出ない。太股が俺の脇腹に命中するが、まったくダメージは入らなかった。

 

 右腕を彼女の首に引っかけて軽く投げた。

 合気道の入身投げだ。

 伊吹の頭を地面に落とさないように寸前で体操服の胸倉をつかんでおく。

 

「……っ、クソッ!」

 

 伊吹は俺を親の仇のように睨んでいた。

 

 威嚇する猫みたいに荒い息を吐いている。

 

 俺はニヤッと笑ってから、伊吹の水月に当身を叩き込んだ。

 

 伊吹が目を見開き、身体が脱力した。よし、落ちたな。

 

 俺は辺りの気配を探った。

 誰の気配もない。目撃者はゼロ人。これで気兼ねなくレイプできる。

 

「うほほっ、レイプじゃレイプじゃ!」

 

 俺は伊吹を肩に担いだ。

 

 祭りのように大騒ぎするジジイが鬱陶しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事前に目星を付けていた洞窟に伊吹を連れ込んだ。

 

 スポットの機械も何もないただの洞窟だ。

 その洞窟は自然によって巧妙にカモフラージュされている。初日に何者かが足を運んでくるようなことはないはずだ。

 

 伊吹の鞄の中を漁る。デジカメ、あとは着替えとタオルが入っていた。

 

 俺は伊吹の体操服とジャージを脱がせた。

 下着は水色だった。うん、似合っている。にしても――。

 

 ……貧乳だな。無乳でないのが救いだったが、これは鈴音よりも小さいか。

 

 何となく両手を合わせておいた。

 将来のご活躍をお祈りしています。たぶん成長期は終わってると思うけど。

 

 タオルで伊吹を後ろ手に縛り上げる。

 自分の道具で追い詰められるとは伊吹も可哀想な奴だった。

 

 ついでにデジカメで下着姿の伊吹を撮影しておく。

 

 そうこうしていると伊吹が目を覚ました。

 

「えっ!? どこ!?」

 

 伊吹は暗い洞窟に混乱しながら左右を見回し、やがて目が慣れてくると俺に気が付いた。

 

「……あんた、さっきの」

 

「よう。気分はどうだ?」

 

 伊吹は下着姿にされていることに気付いたのだろう。忌々しげに俺を睨み付ける。

 

「……最悪。これ、普通に犯罪だから」

 

「お前も俺を殴っただろ」

 

「――ッ! やっていいことの限度ぐらいわからないの! あんた馬鹿でしょ!?」

 

「あー、それ言っちゃう? 俺すっげぇ傷付いたんだけど」

 

 俺は伊吹の両胸に手を重ねた。わずかな膨らみを揉みしだく。

 

 伊吹はギリッと歯を鳴らすと、下から俺を蹴り上げた。

 

 崩れた姿勢から放たれた蹴りなどまったく怖くない。

 伊吹の蹴りが俺の身体を打っても、俺は微動だにしなかった。

 

「何でもかんでも暴力で解決しようとするなんて、とんだじゃじゃ馬だな。これはお仕置きをする必要があるか」

 

「――っ、やめろ! この変態! 触るなっ!」

 

 俺は伊吹の両足をつかんで引き寄せた。

 

 伊吹は必死に足をバタつかせ、身体をよじって俺から逃げようとする。

 

 このままでは突っ込めそうにないな。

 ペッティングも出来やしない。濡らすために伊吹の口に突っ込んだら噛み千切られそうだ。

 ローションがあれば別だが、そんなものまでは持ち込めなかった。

 

 俺は苦肉の策として手に唾を吐き出し、それを肉棒に塗り付けた。

 女にしゃぶらせている俺が言うべきではないかもしれないが、何となく嫌な気分だ。

 

「……あんた、まさか」

 

「悪いな。こっちにも事情があるんだ」

 

 俺はそう言いながら伊吹のショーツを横にずらした。

 

 肉棒の先端を膣口に押し付ける。

 

「ふざけるなっ! やめて! いやっ! あああああぁぁぁ!」

 

 伊吹が足をバタつかせて暴れているが、腰をぐっとつかんで身動きを取れなくする。

 

 ブチブチと未熟な膣を押し広げていく。

 小柄な身体をした十五歳の少女だ。伊吹の中はかなり窮屈だった。

 

 破瓜の血がこぼれ、お尻まで垂れ落ちていた。

 

「処女だったみたいだな。ごちそうさん」

 

「……嘘でしょ。こんな最低野郎が初めてなんて」

 

 伊吹は唖然としていた。

 顔面を蒼白にして、信じられないと言うように結合部を見下ろしている。

 

 俺は構わず腰を動かし始める。

 

 伊吹が苦痛の声を漏らしていた。

 

「あぎっ、やっ、やめっ! 動くな! 痛いっ! あぁぁっ!」

 

 久しぶりの本格的なレイプだ。

 

 ジジイは恍惚とした表情をしていた。

 ボケ老人のように口を半開きにして涎を垂らしている。

 

 ジジイを見ていたら萎えそうだったので、俺は伊吹に意識を戻した。

 

「ぐっ、つっ、痛いって、言ってるでしょ! 聞いてよ! あっ、あああっ!」

 

 流石にまだ苦痛しかないようだ。

 俺の大きな肉棒と、伊吹の狭い女性器では相性が悪い。

 

 初日はこんなものだろう。

 

 さっさと終わらせるために俺はピストンの速度を上げる。

 

「ああぁっ! 痛い! やめて! 痛いから! もうやめて! いやああぁぁぁ!」

 

 伊吹は涙目になって叫んでいた。

 いくら気が強いといってもレイプされればこうなるのも必定か。

 

 俺は伊吹の膣奥に肉棒を叩き付けると精を吐き出した。

 

「ふぅ」

 

 溜息が出てくる。気持ちいいと言うより疲れた感じだ。

 

「えっ?」

 

 俺の様子から察した伊吹が焦ったように俺を見上げる。

 

「ちょ、何やってんの? なんで出してるのよ!」

 

「いや、レイプは中出しが基本だろ」

 

 ジジイが「そうじゃレイプ」と頷いている。お前は黙ってろ。

 

 伊吹の目からぶわっと涙が溢れ出した。

 

「……絶対に潰してやる」

 

 俺はそれには答えず、伊吹の下着を剥ぎ取ってからデジカメで写真を撮っておいた。

 シャッター音がして暗い洞窟が照らされる。膣口から白濁液を垂れ流す伊吹の全裸写真の完成だ。

 

 伊吹がハッとして顔を上げた。

 

「やめろ! 撮るな!」

 

「初体験の記念写真だぞ。後で現像して分けてやろうか?」

 

「……このクソ野郎」

 

 伊吹の心はまだ折れていないようだ。俺のことを憎々しげに睨み付けていた。

 

 ここで仕上げだ。

 

 俺はデジカメを伊吹に見せ付けながら言い放つ。

 

「なら、勝負をしようか」

 

 伊吹が教師に報告すれば俺は破滅する。

 

 しかし伊吹は暴力の証拠を俺に握られている。

 教師に報告してもその証言には信憑性がない――と伊吹に思い込ませる。

 その上で思考を誘導してやる。

 

「この試験中に俺から一本でも取ることができたら、俺はお前に殴られたと教師にチクるのはやめてやるしデジカメも返してやる」

 

 勝負というのは伊吹が好きそうなフレーズだ。

 

 俺に勝てばすべてが解決するというように伊吹の思考を誘導する。

 

「ただしお前が負ける度に俺はお前をレイプするがな」

 

「……この変態。結局ヤリたいだけじゃない」

 

 レイプされた伊吹は思考力が低下している。

 洗脳と言うわけではないが、今の伊吹は操られやすくなっていた。

 

「さぁ、どうする?」

 

 俺は不敵に笑った。

 

 伊吹はしばらく黙り込んでいたが、ポツリと呟いた。

 

「手、ほどいて」

 

「わかった」

 

 伊吹を縛っていたタオルを解いてやる。

 

 瞬間、伊吹の蹴りが飛んできた。

 

 難なく片手で弾いてから、手刀を伊吹の喉元に突き付ける。

 手の平を上に向けた、中国拳法っぽい突き技である。

 

「今のは特別にノーカウントにしてやるよ。感謝するんだな」

 

「誰がするか!」

 

 伊吹は舌打ちしてから落ちていた服を拾い集めた。

 

 服を着ながら俺を横目で睨み付ける。

 

「覚悟しておきなさい。絶対に後悔させてあげるから」

 

 決まりだな。

 あとは一週間かけて伊吹を屈服させるだけだ。

 

 鈴音もすぐに落ちたし、たぶん大丈夫だろ。

 



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19話

 時刻は午後六時を過ぎていた。

 南の島なので日照時間は長いはずだが、空は薄暗くなっていた。あと一時間ほどで日没だろう。

 

 午後八時には点呼がある。不在だとマイナス五ポイントだ。

 

 流石にこれに遅れるとクラス全員から顰蹙を買う。まだ時間はあるが日没後は移動が困難になる。俺はチートのおかげで夜目が利くが、一緒にいる伊吹はそうではない。暗くなるまでにベースキャンプに戻っておくべきだろう。

 

 伊吹はムスッとした仏頂面で俺の後ろを付いてきている。

 

 時々思い出したように攻撃の気配を見せてくるのが鬱陶しい。

 挙句の果てには拳が飛んできたので俺は追加ルールを設定した。

 

「勝負を仕掛けてもいいのは一日一回だ。負け犬に何度も噛み付かれるのは疲れるからな」

 

「負け犬って言うな」

 

「事実だろう。否定したいなら俺に勝ってみせるんだな」

 

「――くっ」

 

 伊吹は反論できずに黙り込む。

 

 おっと、忘れていた。危ない危ない。

 俺はジップロックを取り出して伊吹に押し付けた。

 

「なにこれ? やばいクスリ?」

 

「アフターピルだ」

 

「……何でそんなの持ってるの」

 

 呆れたというように俺を見てくる。

 

 茂みをかき分けながら歩いていると、ふと蛇を見付けた。

 びっくりした蛇が俺に飛び掛かってくるが、難なくつかみ取って首をぐいっと捻り折った。蛇の身体がだらんと弛緩する。

 

 それを見ていた伊吹がドン引きしていた。

 

「ちょ! それって毒とかないの!?」

 

「たぶん大丈夫だろ。これはシマヘビっぽいな」

 

 試験会場に毒蛇がいるとも思えない。

 まぁ毒蛇であっても普通に食えると思う。別に噛まれたわけではないからな。

 

「味はどうかな」

 

「え、食べるの?」

 

「そのつもりだ。蛇を食うのは初めてだが」

 

「……何なのこいつ」

 

 頭おかしい人のように見られてしまう。

 お前をレイプした男だぞ。今さらすぎるんだよなぁ。

 

 蛇を伊吹の鞄に放り込んでから歩き出す。

 伊吹が「ぎゃぁっ!」と悲鳴を上げていて俺は笑ってしまった。

 

「自分の鞄を使えっての」

 

「俺のはもう満タンだ。悪いな」

 

「……絶対わざとだ」

 

 移動のついでに焚火用の枝を拾い集めていた。鞄の中には小枝と落ち葉を詰め込んでいる。代わりに俺の荷物は伊吹の鞄に移していた。

 

 やがてベースキャンプが見えて来る。

 空は紫色に変わり、森の中は暗くなりかけていた。日没まであとわずかだ。

 

 Dクラスはお通夜モードだった。あれ、なんで?

 

 原作はあまり覚えていないが、たしか焚火とかやってなかったか。

 

 女子はテントの周りに固まり、男子は簡易トイレの方に離れて座っていた。

 

 男子の中には高円寺の姿がない。もう逃げたか。

 平田は男子グループにいる。あいつ、この状況で何やってんだ?

 

「礼司君!」

 

 テントの前で三角座りしていた桔梗がパッと明るい顔をする。

 

 数人の女子が俺の方に駆け寄って来た。鈴音と桔梗もその中の一人だ。

 

「もう。どこに行っていたのよ」

 

 鈴音が俺をジト目で睨んでいたが、すぐに疲れたように溜息を吐いていた。

 

「これはどうした。一体何があったんだ?」

 

「女子が男子の許可なくポイントを使用したの」

 

 あー。

 それで男子がキレて大喧嘩か。

 

 おそらくは俺が男女の対立を煽りまくった所為だろう。

 原作では雨降って地固まるだったが、こちらでは逆になったようだ。

 

 平田が男子グループにいるのは、激発しそうな男子を宥めているからか。

 

 ……うむ。

 いや、これ、やばくね?

 

 ドヤ顔で調子に乗ってたらクラスが二分されてしまったでござる。

 一緒に試験を乗り越えて仲良くなるどころか、男女の亀裂がマリアナ海溝と化していた。

 

 ま、まぁ、まだ初日だから。

 世の中には友愛って言葉もある……だめだ、これ負けフラグだ。

 

 たぶん巻き返せるから。

 ラブアンドピースになるから。アヘ顔ダブルピースにはならないから。

 

「わ、私は悪くないからっ!」

 

 篠原が慌てている。こいつが元凶か。わかりやすい。

 

「何を買ったんだ?」

 

「水と食料よ」

 

「なるほどな。たしか十ポイントだったか」

 

 よかった。傷は浅いぞ。

 これでCクラスみたいにポイントを使い切っていたら、俺はもう諦めてバカンスを満喫しているところだ。それも楽しそうだけどな。

 

 この問題の本質は勝手にポイントを使用したところにある。

 

 茶柱先生は表向きはDクラスの不利になることを平然とする教師だ。篠原の注文を何も言わずに受け取ったのだろう。

 

「水は一度は購入しておくべきだった。ペットボトルは色々と活用できるから無駄な買い物でもない。食料も今日は買っておいた方がいいだろう。自給自足する体制はまだ整ってないからな」

 

「だよね! さっすが田中君、話がわかる!」

 

 篠原が調子付いて俺の肩をバンバン叩いてくる。

 

 鈴音と桔梗がやけに優しくないかと半眼で俺を見詰めていた。

 

「ただ独断で動いたのは失敗だったな。次からは皆と相談した方がいいぞ。以上」

 

 説教はあまり好きではないので、さっさと話を切り上げる。

 

 俺の言葉に一瞬身構えていた篠原はホッと息を吐いていた。

 こんな状況になってしまったのだ。こいつもちゃんと反省しているだろうし、俺が怒ったら萎縮させてしまうだけだろう。

 

 それに、あまり時間がない。

 

 もうすぐ日没だ。暗くなると出来ることは限られてくる。

 

「そう言えば後ろの子ってCクラスの伊吹さんだよね?」

 

「クラスから追放されたらしい。助けてやるべきだと思って連れてきたんだが、相談できる状況ではなさそうだな」

 

「え、追放されたの……って、頬っぺた怪我してるよ!」

 

 桔梗が慌てて伊吹に駆け寄ったが、伊吹はそっぽを向いて「ほっといて」と追い払っていた。

 

「彼女、スパイかもしれないわよ」

 

「だろうな」

 

「あなた、それがわかっているのに彼女を連れて来たの?」

 

 俺は鈴音の抗議を聞き流しながら、鞄をひっくり返した。燃料がやや心もとなかったが、周辺に落ちている木材を使えば今日一日ぐらいは何とかなるだろう。

 

 蛇を焼くために使うつもりだったが、やむを得ない。

 あれを食うのは明日だな。腐らなければいいが、後で川にでも漬けておくか。

 

「それって焚火?」

 

「ああ。八時の点呼の時に真っ暗だと困るだろ」

 

 俺の作業を覗き込んで、桔梗が首を傾げていた。

 

 懐中電灯が二つあるが、それだけでは大した光量は得られない。多用しているとすぐに電池がなくなるからな。

 

「誰かマッチを持って来てくれないか」

 

「あ、私が行ってくる!」

 

 佐藤が男子のところへと走り出す。たぶんマッチは平田が管理しているのだろう。

 

「スパイなら手元に置いて泳がせた方がコントロールしやすい。龍園の手の内を読むための判断材料にもなるからな」

 

「あのさ、本人の目の前でそう言うことを言わないでくれる?」

 

 伊吹が不機嫌そうに言う。

 

 鈴音が何か言おうとした時。

 

「持ってきたよ!」

 

 佐藤が元気よく走って戻ってきた。息を切らせながら俺にマッチを差し出してくる。

 

 俺は脳内からネットのキャンプ動画を引っ張り出して、それを参考に火を起こした。パチパチと弾ける音がしながら焚火が燃え上がる。

 

「わあっ!」

 

 女子たちが焚火の周りに集まり始める。

 

 火は人に安心感を与える。

 荒んでいた女子たちの心が癒され、険悪な雰囲気が薄れていた。

 

「手慣れているわね」

 

「これで寝る支度ぐらいはできるか?」

 

「充分だよ! 田中君、ありがとう!」

 

 桔梗が俺の腕に飛び付いて大喜びだ。

 

 俺はその場に腰を下ろす。右側に鈴音、左側に桔梗だ。活発な女子が焚火の周りに集まり、長谷部のような友達が少ない少女たちは遠巻きに俺たちを眺めていた。

 

「で、そろそろ話を聞かせてくれないか。」

 

「いいけど、何が聞きたいの?」

 

「聞きたいことは山ほどあるが、まず一つ。スポットの探索はどうなっている?」

 

「偵察班のおかげで三カ所までは発見できたわ」

 

「なら次。焚火をやろうと考えたのは俺だけか? なんで真っ暗になるまで座っていた?」

 

「……その前に騒動があったのよ」

 

 なるほど。

 スポットの探索の後で篠原の騒動が起こり、男女が分裂。それから何もできなくなったのか。

 

 池がイキってキャンプ経験を披露するイベントはスキップされたようだ。

 あるいは後で発生するかもしれないが、池は桔梗の陰口によって女子の信用を失っている。あれから時間が経って多少はマシになっているが、女子の多くは潜在的に池たちへの苦手意識を持っていた。

 

「食料集めは? 川の水は飲もうとしたのか?」

 

「残念ながら、それもまだよ」

 

「なら俺が川の水を飲んでおく。明日になって何ともなければ、飲めとは言わないが判断材料にしてくれ」

 

「いいの?」

 

「あまり言いたくはないが、俺たちは他のクラスに遅れを取ってる」

 

 なりふり構っていられる場合ではない。

 水を買っていたらポイントは目減りする一方である。

 

「でしょうね」

 

 鈴音が溜息を吐く。幸せがリアルタイムで逃げてそうだ。

 

 何と言うか、前途多難だな。

 

「これで最後だ。リーダーはどうなっている?」

 

 鈴音の顔に緊張が走った。

 背後の伊吹を振り返る。彼女は肩をすくめて距離を置いた。

 

 茶柱先生が言っていた。

 八時の点呼までにリーダーを決めなければ、勝手にリーダーが選ばれることになると。

 

 流石にそれは不味いだろう。

 もし須藤なんかがリーダーになれば一巻の終わりだ。

 

「礼司君も候補者の一人だったのよ」

 

「その場合、俺は断っていただろうな。リーダーは行動が制限される」

 

 リーダーは八時間に一度スポットを占有しなければならない。

 何か所もスポットを抑えていると、一日の行動がそれだけで終わってしまう。

 

 鈴音が俺の耳元に口を寄せる。伊吹に聞こえないように小声だった。

 

「平田君たちと相談して決めておいたわ。リーダーは私よ」

 

 なるほど、鈴音か。原作通りだな。

 

 今の鈴音なら何かひと捻りしているかと思ったが、奇をてらう必要もないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠原たち気の強い女子グループが「男子はテントに近付くな」と一方的に宣言しに行った。

 例外は平田と田中だけらしい。田んぼコンビである。斉の王族、田中なりよ。

 

 まぁ俺はテントから離れて野宿するつもりだ。

 俺もテントを使うと言ったら女子に総スカンを食らうだろう。

 

「あ、これ礼司君の分ね」

 

 桔梗が俺に栄養食とペットボトルの水を渡してくる。

 栄養食というのは固形のビスケットだ。コンビニとかで売っている、やたら高いやつである。

 

 俺はそれをバケツリレーのごとく伊吹に押し付けた。

 

「は? 何のつもり?」

 

「拾った犬にエサを与えている」

 

「あんた喧嘩売ってんの?」

 

「駄目だよ礼司君!」

 

 どうどうと桔梗が間に割って入る。

 こんなの、じゃれ合いみたいなものなんだけどな。

 

「食べなくてもいいの?」

 

「俺はアテがあるからな。気にするな」

 

「あれ、マジで食べるんだ」

 

 伊吹がありえないという顔をしていた。

 

 桔梗は俺たちのやり取りに不思議そうに小首を傾げている。伊吹が意地の悪い笑みを浮かべながら鞄の中に入っている蛇を見せ付けた。

 

「ひゃあっ!」

 

 桔梗が可愛らしい悲鳴を上げながらテントに逃げていった。

 

 俺は苦笑してから伊吹の鞄に手を突っ込んで蛇を取り出した。

 

 川の方へと足を運ぶ。

 転がっていた石から鋭利なものを選び、蛇の首を落としてから川に漬け込んだ。重石を置いて流されないようにしておく。それほど流れは強くないし朝になったら無くなっていた、なんてこともないだろう。

 

 それから鈴音に言っておいたように、川の水をすくって飲んでおいた。

 水質は問題なさそうだ。だからこそスポットが設置されているのだろうが。

 

 その時、男子の中から大声が上がった。

 

 女子は鬱陶しそうに男子たちを見ていた。しばらくすると平田が女子の方へと向かってくる。

 鈴音、桔梗、軽井沢などが平田から話を聞いて、それから桔梗が俺の方へと走って来た。なぜか佐藤までこちらに向かって来ている。

 

「その……高円寺君が……」

 

 それで大体わかった。

 

「リタイアして船に戻ったか」

 

「えぇっ!? 何でわかったの!?」

 

「高円寺の性格からこうなることは予想していた」

 

 佐藤が瞳をキラキラさせて俺を見ている。「すごい」と呟いていた。

 

 ただの原作知識なんだけどな。

 

「わかっていたなら止められなかったの?」

 

「俺にもあれは止められん。本人の意欲がなければどうにもならない」

 

 監禁できないこともないが、流石にクラス全員がドン引きするだろう。

 

 これでマイナス三十ポイントだ。

 必死に節約して頑張っているのが馬鹿らしくなってくる数字である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後十時を回っていた。

 女子たちはテントを使っている。伊吹もテントに間借りしていた。

 

 男子はその辺で野宿だ。

 対立構造がひどすぎる。たぶん俺のせいだ。やべぇな。

 

 俺は女子のテントから離れた場所で、地面にごろんと横になった。

 

 夜空を見上げる。

 木々の合間から欠けた月が現れる。それもすぐに雲に隠れた。

 

 段々と眠くなっていく。

 やがて俺の意識が闇に飲まれ――。

 

 ヒュンッと風を切る音がした。

 俺は枕にしていた鞄でそれを防ぐ。……投石か。

 

 鞄で受け止めていたのに、腕に痺れるほどの衝撃が残っていた。

 デジカメをポケットに入れておいて助かった。カメラが壊れたら計画はご破算だ。

 

「やはり獣じみた反射神経だな」

 

 綾小路がタオルを構えていた。簡易的なスリングだ。

 人間の頭蓋骨ぐらいなら簡単に陥没させられるだろう。投石とは戦国時代にも使われていたポピュラーな戦術である。

 

 一瞬だけ腕時計を見る。ちょうど零時だ。

 

 寝込みを襲ってきたか。今回も凶悪なご挨拶だな。

 

「殺す気か」

 

「お前なら避けるだろうと思っていた。現に死んでいない」

 

「結果論だ」

 

 瞬間、スリングが唸りを上げる。

 

 本能に任せて回避しながら前進した。保険として鞄を盾にしている。

 

 綾小路は次弾を装填。スリングを引き絞り、三発目を放ってきた。

 

 距離が近くて回避は難しい。

 俺は鞄で受け止め、そして鞄を放り捨てた。

 

 接近戦の距離だ。綾小路もスリングを捨て――――両手を上げた。

 

「降参だ」

 

 俺の拳がピタリと止まる。

 

 綾小路の顔の前で寸止めしていた。

 

「今日は防具を着こんでいない。お前には勝てない」

 

「防具か。予想はしていたが」

 

 あの日の夜。

 岩を殴ったような感触について、俺はボディースーツの一種だろうと結論付けていた。

 

 綾小路も須藤事件の報酬として茶柱先生からポイントを貰っている。それで仕入れたのだと推測していたが、制服の下に着こんで違和感のないものとなると、材料を買って自作したのかもしれない。

 

 俺は綾小路の背後に回り込んで組み伏せた。

 綾小路は無抵抗でそれを受け入れている。ホモではないので安心して欲しい。

 

 それにしても何か違和感がある。

 今回の襲撃は以前の爆破と比べると手緩すぎるように思えた。

 

「お前にしては性急すぎる。これはどういうつもりだ?」

 

「意趣返しのつもりだった」

 

 綾小路は組み伏せられているため話し辛そうだった。

 だからといって拘束を緩めるつもりはない。こちらは殺されかけたのだ。

 

「あの男が学校に接触した。田中が密告したのか?」

 

「いや、心当たりはない」

 

「だろうな」

 

 綾小路が予想していたと言うように呟く。

 

「お前が密告したとするならタイミングがおかしくなる。茶柱先生がその話を持ってきたのは終業式の日だ。俺が田中を襲ったのは期末テストの一週間ほど前だった。お前が俺を排除するなら、もっと手早くやっていただろう」

 

 何時の間にか茶柱先生が綾小路を脅迫するイベントが起こっていたらしい。

 先生は綾小路を利用するために「退学させろ」という親からの要求を止めているのである。

 

 中学生までならともかく、高校生にもなれば親が口を挟んで退学させるなんて普通は無理だ。この学校では学費などの諸経費は国が負担してくれるので金銭的な縛りもない。ただし綾小路の素行が悪いと茶柱先生が捏造すれば話は別だ。

 

「なるほど。茶柱先生に守って貰ったのか」

 

「お前は何なんだ?」

 

 綾小路が首を回して俺を訝しげに見詰めてくる。

 

 レイプ神の眷属だ。なんて言えるかよ。

 

「田中が俺を密告した可能性は限りなく低い。ミスリードかもしれないが、それを言い出したらキリがないからな。当面はお前を灰色だと仮定しておく。それに加えて、お前が握っていた俺の弱味はもはや意味を為さなくなった」

 

 綾小路の父親が学校に接触してきたのだ。

 つまり綾小路が学校にいることはとっくにバレている。

 

「容疑は晴れたんだろう。ならばなぜ投石で俺を殺しにかかってきた」

 

「何を言っている。確かに急いで殺す必要はなくなったが、お前が危険人物である事実は変わらない」

 

 ああ、そうね。

 ブーメランがお上手ですね。

 

 最後に『勝って』さえいれば、それでいい――だったか。

 たぶん俺を殺す気はなかったんだろうな。威力偵察か示威行為か、何を考えているのかわからんが、今回の敗北もその布石なのだろう。

 

 綾小路を解放する。

 奴はさも当然のように立ち上がった。押さえ付けられていた腕をぶらぶら振っている。

 

「そう言えばAクラスの葛城たちを目撃したぞ」

 

 何事もなく特別試験の話を振ってきた。

 ……なんだこいつ。

 

 俺は溜息を吐いた。とりあえず当面の危機は去ったか?



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20話

「……はぁ……はぁ」

 

 伊吹がうつ伏せに倒れていた。

 

 膣口からは精液が溢れ出して地面に垂れ落ちている。

 

 エロい光景だった。もう一回したくなってくるが、腕時計は午前七時と表示されている。そろそろ他の生徒が起き出してくる頃だ。ここはベースキャンプから離れた森の中なので誰も来ないだろうが用心しておくに越したことはない。

 

「……膣内に出すなって言ったのに」

 

 伊吹が涙目で俺を睨んでくる。

 

 俺が寝ている所に襲撃をかけて返り討ちにされたのである。

 綾小路といい伊吹といい、寝込みを襲うのがプチブームなのだろうか。

 

「悪いな。気持ちよかったから、つい膣内に出してしまった」

 

「……死ね」

 

 辛辣な言葉だった。

 あと五日で落とさないといけないのだが、この調子だと先が思いやられる。

 

 ジジイは「レイプ? うん、レイプ」と頷いている。

 まだレイプ認定しているようだ。しかしこの調子だともうすぐレイプではなくなる気がする。

 

 俺は崩れた衣服を整えてから無慈悲に宣告した。

 

「先に戻ってるぞ」

 

「え、ちょっと!?」

 

 伊吹は腰が抜けて立ち上がれないようだ。

 

 彼女を放置して俺は枝を拾いながら寝床に戻る。

 

 それから川辺に足を運んだ。平べったい石を二つ拾い、それを水の中でこすり合わせる。いわゆる磨製石器である。チート腕力のお蔭でごりごり石が削れて、あっという間に石器ナイフが出来上がった。

 

 川に浸していた蛇を引き上げて、皮を剥いてからナイフで腹を切り割いた。

 内臓を取り除いて開きにする。ウナギの蒲焼きみたいな見た目になる。

 

「礼司君、おはよう! 何してるの?」

 

「蛇を捌いている」

 

「へびーっ!」

 

 桔梗が奇声を上げて逃げていった。

 

 枝を使って蛇に串を打つ。

 マッチで焚火を起こし、蛇肉を炙ってみた。

 

 昨日は船内のレストランで食い貯めしておいたのだが、夜を抜いたおかげで空腹だ。

 こんなもんでいいか。俺は蛇肉を火から上げる。

 ……うん、意外とイケるな。骨のせいで食べにくいが、普通に美味い。

 

「あ、あのっ、田中君、おはようっ!」

 

 気配には気付いていた。俺は「おう」と返事をする。

 

 佐藤が後ろに手を組んで俺を見詰めていた。俺を見る目がどことなく熱っぽい。

 

 佐藤麻耶は惚れっぽい女子だ。

 

 原作では綾小路と堀北兄のリレー対決を見て、綾小路に惚れて猛アピールしてくるキャラである。何かの拍子で俺に惚れることも有り得るだろう。

 

 俺には嬉しいという気持ちと面倒だという気持ちが同居していた。とりあえずは保留だな。

 

「櫛田さんが怖がってたよ。何したの?」

 

「これを作ってた」

 

 蛇を見せてみる。佐藤が「何これ?」と首を傾げているので「蛇だ」と教えた。

 

 これで恋が冷めるならそれで構わないつもりだった。

 

 案の定、佐藤は「げっ」と嫌そうな顔をする。しかし何を思ったのか。

 

「あ、あの。私も食べていい?」

 

 耳を疑うようなことを言いながら俺の隣に座り込んできた。

 こいつ、正気か。

 このままだと蛇を食うヒロインが爆誕するぞ。誰か止めろよ……って、誰もいねぇ。

 

「別に構わないが……食うのか?」

 

「う、うん。ちょっとチャレンジしてみようかなって」

 

 佐藤はビクビクしながら串を受け取り、両目をぎゅっと閉じてぷるぷる震えていた。

 ほんのちょっとだけ口を付けたが、怖くて噛めないようだった。

 

 食いたくないなら食わなければいいものを。

 

「やっぱやめとけ。俺が悪かった」

 

 俺は佐藤の手から串を奪い取り、豪快にがぶりと齧りついた。

 

 ペッと骨を吐き出す。

 それを見ていた佐藤が「ワイルドでカッコいいかも」とか言っていた。

 眼科行った方がいいぞ。

 恋は盲目というが、このままだと失明しそうだからな。

 

 そう言えば間接キスだ。蛇肉だが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 茶柱先生の点呼の後、女子と男子は再び分離した。

 

 俺は女子の方に向かう……わけにもいかず、とりあえず男子の方に行ってみた。

 

 流石に女子のところに混ぜてくれと言うのは図々しいからな。

 俺に好意的な女子は何人かいるが、彼女たちに甘えるのは男として情けないだろう。

 

「おい! 何で田中までこっちに来てるんだよ!?」

 

 須藤が俺を見て眦を吊り上げる。

 他の男子も俺に罵声を浴びせかけた。

 

「何しれっと混ざろうとしてるんだ! 図々しい奴だな!」

 

「お前は向こうで女子に面倒を見て貰えよ、このヒモ野郎!」

 

「裏切者が! 謝ったら許してやるぞ! 土下座しろよ!」

 

 無茶苦茶である。同じクラスの仲間ではないか。

 

 平田が間に割って入って「まぁまぁ」と取りなしていた。こいつも大変だな。

 

「田中君! うちらに気を使わなくてもいいよ! こっち来なよ!」

 

 それを見ていた佐藤が女子の中から手を振っている。

 

 前言撤回。俺は情けない男でした。

 

 俺は男子に追い払われ、女子グループへと逃げ込んだ。

 

「男子ってひどいよね。あ、田中君は別だよっ!」

 

 佐藤かわいい。俺の傷心に付け込むとは、この女やりおる。

 

「けどいいのか。俺みたいなのを受け入れて」

 

「いいんじゃないかな。ね、みんな」

 

 佐藤が女子を見回した。

 反対意見は出て来ないが、たぶん何人かは嫌だと思っている。角が立つから言わないだけだ。

 

「ありがとう。だが、俺みたいな異物をいきなり放り込むのも問題だろう。しばらくはオブザーバーみたいな扱いにしてくれないか」

 

「オブザーバーって何?」

 

 佐藤が首を捻っている。こいつも須藤ほどではないが赤点候補の一人だった。

 

「会議などで議決の権利を持っていない参加者のことね。この場合は意見を言ってくれる外部協力者みたいなものかしら」

 

 鈴音が口を挟んだ。

 何となくニュアンスが伝わればそれでいい。

 

「と言うわけで早速一つ意見を出したい」

 

 俺は軽く挙手しながら言う。

 

「俺は昨日の午後七時頃に川の水を飲んでおいた。現在は午前八時だ。つまり十二時間経っているが、今のところ身体に異常は表れていない」

 

「それって川の水が飲めるってこと?」

 

 軽井沢が会話に参加してくる。

 

 彼女は顔をしかめながら空を見上げていた。すでに太陽がさんさんと照り付けており、空気が生暖かくなり始めている。

 

「ぶっちゃけ喉が渇いてやばい感じ。田中君が大丈夫って言うなら飲んでいいんじゃないかな。四の五の言ってられる状況じゃないと思うし」

 

 この島に上陸してからDクラスの生徒はペットボトル一本の水しか飲んでいない。

 一日に必要な水分を考えると危険水域である。

 

「私、飲んでみる!」

 

 佐藤を含む数人の女子が挙手した。

 

 それを皮切りに女子が川岸へと大移動を開始する。

 彼女たちはペットボトルで水を汲んで、毒見するように恐る恐る一口だけ口に含む。

 大丈夫だとわかると、勢いよく水を飲み始めた。

 

「普通に美味しいじゃん。ビビッて損した」

 

「あ、今、魚がいたよっ!」

 

 篠原が川の水面を指さしている。他の女子も目を凝らし、見付けたと叫んでいた。

 

「川魚って食べられるのかな?」

 

「淡水魚は寄生虫が怖いと聞くが、熱を通せば問題ないはずだ」

 

 見たところ川の魚は結構な数がいそうだ。

 

 その時、数人の男子がこちらへと近付いてきた。

 平田、須藤、池、山内、幸村の五人だ。

 

 女子たちが身構える。

 

 男子の先頭にいた平田が敵意はないと言うように両手を上げた。

 あのさぁ……仮にも同じクラスの仲間なんだから、敵国みたいな対応はやめようよ。

 

「楽しそうなところを邪魔してごめん。話し合いがしたいんだけどいいかな?」

 

 平田君がそう言うならと、女子たちが敵意を収めた。

 

 鈴音、桔梗、軽井沢、篠原たちが平田の傍に集まる。

 

「まず最初に謝りたい。昨日はごめん。僕たちも過剰に怒りすぎた」

 

「平田君が謝ることじゃないでしょ」

 

 軽井沢がやや不機嫌そうに言う。

 平田はキレた男子を宥める役回りだった。事態を収拾させるのに奔走していた。

 怒りすぎたと言うのは別の男子だろう。

 

 平田は苦笑してから続ける。

 

「今後は独断でポイントを使用しないよう注意して欲しい。次からは話し合いをして決めて行こう。これで昨日のことは終わりにしたい。僕たちは身内で争っている場合ではないはずだ」

 

 流石は平田だ。あえて謝罪することで女子の意見を封殺した。

 今回の場合、悪いのは女子の方だ。男子から頭を下げられたら何も言えない。

 

「俺は納得してないけどな」

 

 須藤が言う。

 こいつはホントに馬鹿だな。平田の努力をたった一言でぶち壊すのだから。

 

 女子たちが須藤を睨んでいる。

 男女が和解する可能性が物の見事に台無しにされていた。

 

 平田は疲れたような表情をしてから女子に向き直った。

 

「言いにくいんだけど、男子にもテントを一つ分けて欲しい」

 

「そうだそうだ! 女子が二つもテントを使うなんて不公平じゃねぇか!」

 

 須藤はもう黙っておいた方がいいと思う。

 と言うか何で連れて来た。

 たぶん自分からついてきたんだろうな。平田の性格が災いして断り切れなかったか。

 

「まぁ、テントは男女で一つずつにしないと公平じゃないかな」

 

 須藤の言葉はともかくとして、軽井沢は納得の色を見せていた。

 女子たちにも仕方ないという空気が流れている。

 

「ありがとう。流石に野宿は堪えたよ。一週間ずっとは無理そうだ」

 

 平田はホッと溜息を吐いていた。

 これで女子もローテーションで野宿しなければならなくなったわけだ。

 

「それと、これも言いにくいんだけど男子にもシャワーを使わせて欲しいんだ。もちろん女子とは時間が重ならないようにするし、指定された時間以外は近付かないよう徹底させる」

 

「絶対イヤっ!」

 

 女子の中から叫び声が上がった。予想は付いていた。篠原だ。

 

「ありえないから! それって男子が汗とか体液をまき散らした後にうちらが使うってことなんだよね? 絶対無理っ! キモすぎっ!」

 

 何人かの女子が同意するように頷いている。

 体液っていうのはアレなんだろうな。白くべたつくなにか。魔法エンチャできそう。

 

「男子は川で水浴びでもしたらいいじゃん! とにかくシャワーは女子のだから!」

 

「シャワー室は女子だけの物ではないはずだ」

 

 それまで黙っていた幸村が口を挟む。

 

 篠原が「またアンタ!?」と目を怒らせた。

 

「男子はすでに仮設トイレの件で女子に譲歩しているんだぞ。シャワーまで独占しようとするのは欲張りすぎないか」

 

「だから川で水浴びしたらって言ってるじゃん! 男子は裸を見られても平気でしょ!」

 

「何か勘違いしているようだが男子だって裸を他人に見せるのは抵抗がある。恥ずかしいと思うのが自分だけというのは、いかにも周りが見えていない子どもじみた発想だな」

 

「そうだぞ幸村! もっと言ってやれ!」

 

 篠原と幸村が言い争いを始め、須藤がそれを煽っている。

 

 昨日の幸村は何やら考え込んでいたようだが、人間すぐには変わらないものだ。

 

「どうしてこうなるんだ……僕はただ……」

 

 平田の顔から感情が抜け落ち、何やらブツブツと呟いている。

 

 ちょ、早いよ。まだ二日目だぞ。

 

 俺は慌てて平田に声をかけた。

 こいつが潰れたらDクラスは終わりだ。

 

「平田、ちょっと来てくれ」

 

 俺は平田を手招きした。平田はハッと正気に戻ると俺と連れ立って集団から離れる。

 

 それから咄嗟に思い付いた策を平田に伝えた。

 

 平田は少し思案し「なるほど、いいかもね」と呟いた。

 

「少しいいかな。僕から女子に提案したいことがあるんだけど」

 

 平田がチラッと俺を見てくる。

 やめろ。発案者が俺なのは察しのいい者にはバレバレだが、せめて隠す努力をして欲しい。

 

 他人の手柄を奪いたくないという平田らしいが、これは女子のオブザーバーである俺より、男子側の平田から言った方が効果的なのだ。

 

「女子はシャワー室の購入で二十ポイントを消費したよね。だから交換条件として男子にも二十ポイントを使わせて欲しい。こうすれば公平になると思うんだ」

 

「……まぁ、そうね。あたしたちがとやかく言う権利はないかな」

 

 軽井沢が消極的に肯定する。

 女子のリーダー的存在である彼女の言葉を否定する者はいなかった。

 

 平田の意見を肯定したものの、軽井沢は残った疑問を提示する。

 

「でも、男子もシャワー室を買うってこと? それはポイントが勿体なくない?」

 

「軽井沢さんの言う通りだと僕も思う。だから男子は調理器具とか調味料、釣り竿なんかを購入するつもりだ」

 

 要するに、こう言うことだ。

 男子は女子が欲しがりそうなものを先手を打って購入しておく。こうしておけば女子はポイントを消費するより、男子と道具を共用した方がポイントを節約できることに気付く。すると女子は道具を借りるために男子に譲歩せざるを得なくなる。

 

「まぁ、別にいいけど」

 

 軽井沢は平田に同情的な目を向けていた。

 

「僕からの話はそれだけだよ。他には何かないかな?」

 

 平田が男子たちに確認した。

 須藤は頭空っぽだし、池と山内は空気だった。幸村も平田の提案を受け入れたようだ。

 

 平田が俺に目配せをしてから男子側に戻っていく。

 友情を感じる。平田はマトモに付き合える唯一の男子だ。この縁は大事にしたい。ホモじゃないけどな。

 

「ケッ!」

 

 須藤が俺に中指を突き立てている。

 

 ……友情を感じない。ケツに爆竹を突っ込んでやりたくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Cクラスが安っぽい挑発をしに来た。

 

 須藤事件もとい恐喝事件で運よく被害を免れた近藤。それとモブ男子が一人、あとは山田アルベルト君が俺たちのベースキャンプにやってきて、健気にサバイバルしているDクラスを馬鹿にしまくり、ポテチでも食えよと袋を投げ付けて来たのである。

 

「……どう言うこと?」

 

 鈴音が不審そうに眉をひそめていた。

 

「ポイントを浪費しているとこを見せ付けたいんだろう」

 

 俺は木の枝を石で削りながら答える。

 歪にねじ曲がっているが、他に適した枝が見付からなかったので妥協の産物だ。

 

「偵察に行ってみたらどうだ?」

 

 呟きながら槍を川にぶち込んだ。

 

 ゲイボルグ。必中の槍である。自害するための槍じゃないからね。

 

 槍の穂先で川魚がピチピチしていた。

 

「……あなた、原始人だったのね」

 

 いや、ランサー適正があればこれぐらい余裕だ。

 

 女子たちが「わあっ」と歓声を上げながら集まってくる。

 

「田中君、こっちに頂戴っ!」

 

 篠原が声を上げる。俺は槍から引っこ抜いた魚を篠原に手渡した。

 

 彼女は俺から石器ナイフを借りると慣れた手つきでエラを引っこ抜いて内臓を取り除く。

 

「篠原って料理部だったっけ」

 

「そうだよ。これはイワナだね。結構大きいかな」

 

 感心している女子たちに篠原がくすぐったそうな顔をして説明する。

 

「串を打って焼いちゃおっか」

 

「それっぽい枝とか探してくるね!」

 

 佐藤が率先して森の中に入っていく。数人がその後を追いかけた。

 

 篠原は女子たちに捌き方や串の打ち方を説明していたが、ふと言葉を止めてしまった。

 

「……できれば塩焼きにしたいんだけどなぁ」

 

 女子たちが「あっ」と呟いた。

 

 調味料は男子が購入している。

 

 ポイントを節約するために、できればそれを分けて貰うべきなのだが、シャワー室を独占しようとした篠原がそれを言うのは図々しすぎるだろう。

 

「私、交渉してみるね!」

 

「あっ」

 

 桔梗が男子の方へと走って行った。

 

 篠原はそれを見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 俺の魔槍ゲイボルグは二十匹以上の川魚を仕留めていた。

 刺し穿つ、突き穿つと(心の中で)呟きながら次々に貫いていく。

 これは食べるためなのでむごい殺生ではない。

 

「釣るぜー! どんどん釣るぜー!」

 

 池が釣り竿を片手に川までやって来た。

 

 山内たちも来ている。釣り竿は二本購入したようだ。

 エサ用が一ポイント、ルアー用が二ポイントだから、両方買って試してみることにしたらしい。

 

 俺は綾小路を見付けて声をかけた。

 池たちは釣りに夢中でこちらに気付いていない。

 

「綾小路、ちょっと頼めるか」

 

「何だ?」

 

「鈴音と一緒に他クラスの偵察に行ってくれ」

 

「なぜ俺が」

 

「つれないことを言うなよ。茶柱先生にチクるぞ」

 

 綾小路は溜息を吐いてから「わかった、地獄に落ちろ」と快い返事をした。

 

 俺はまだ龍園に顔を見せるつもりはなかった。

 CクラスはAクラスと密約を結ぶのだが、これはAクラスの盛大な自爆という結果に終わる。できればこの結果を狙いたい。

 俺が下手に干渉したら原作から乖離するし、偵察は凡人の演技が得意な綾小路が適任だ。

 

「借りて来たよ!」

 

 男子のところから桔梗が戻ってくる。

 

 その手には白い袋があった。

 ただの食塩である。実はメキシコ産のあの塩だ。

 

 セットで百均で売ってるっぽいプラスチックの容器も持っていた。

 

「なんか男子には悪いことしちゃったね」

 

 平田の策のおかげで女子の良心にダメージが入っていた。

 

 それはともかく俺は女子に焚火のやり方をレクチャーする。

 そう言えばマッチを借りっぱなしだ。後で平田に返しておかないと。

 

 篠原の主導で川魚の塩焼きが完成した。

 

 俺は桔梗から串を受け取った。

 本日も左右に鈴音と桔梗を侍らせるクソ男ムーブである。

 

「……美味い」

 

 ほどよく焼けた身はふっくらとしていて塩気が効いている。

 

「うん、美味しいねっ!」

 

 桔梗が満面の笑みを浮かべて、俺の肩に身を寄せてきた。

 

「そう言えば、まだ教えて貰っていなかったわよね」

 

「ん、どうした?」

 

 鈴音が俺を睨んでいた。

 

「どうして櫛田さんまで名前で呼んでいるの?」

 

 あっ。

 

「……と、友達として」

 

 桔梗が俺の服をそっとつかむ。ぐっと我慢するような表情で俺を見詰めていた。

 

 俺と桔梗は別に付き合っているわけではない。

 有耶無耶な関係のまま、俺は桔梗を都合のいい女として抱いていた。最低である。

 

 俺が口ごもっていると、鈴音は疲れたような溜息を吐いた。

 

「そう。抱いたのね」

 

 ぎくっとする。なぜバレたし。

 これが女の勘なのか。それとも俺が間抜けなだけか。

 

 鈴音は俺に身を寄せて、俺の肩に頭を乗せる。

 

「礼司君」

 

「はい」

 

「好きよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「あなた、最低ね」

 

 俺は一度も好きと返事をしていない。

 卑怯である。最低である。

 

 桔梗も悲しそうな顔をして、俺の肩に涙を押し付けた。

 

「好きだよ、礼司君。堀北さんよりも、ずっと」

 

「ありが、とう」

 

「……うん。ごめんね」

 

 痛い。良心が痛い。

 伊達さんにハートブレイクショットを打ち込まれた気分だ。

 

 これがハーレムである。そう、ハーレムとは修羅の道なのだ。

 

 どっちも好きという答えは駄目なのだろうか。……駄目なのだろうな。

 

 俺の後ろにいた伊吹がぷっと笑って、ざまあみろと呟いていた。



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21話

 この島は管理されていると先に述べた。

 

 無人島というには不自然なところに道があったり、なぜか小屋みたいなものがあったり、Bクラスのベースキャンプに至っては井戸があったりする。しかし人が住んでいたというには、その形跡は少なすぎる。

 

 なんともチグハグな印象を受ける島である。

 

「あっ、礼司君。あれは何? 食べられるかな?」

 

 桔梗が木にぶら下がっている謎の果実を指さしていた。

 パックリと割れている果実である。

 事前にサバイバルの予習をしていた俺はよどみなく答えを言った。

 

「あれはアケビだな。中にある種子は甘くて、果皮は苦いが山菜として食えるらしい」

 

 サバイバル系の本は丸暗記していた。

 テストで百点取れるチート頭脳だからな。九十九点だったけど。

 

「なら採っておくね」

 

 かろうじて手の届く高さに実っていたので、桔梗は「んんんっ!」と背伸びしてアケビを採取する。他にも二つ実っていたが、それは桔梗の背では届きそうにない。代わりに俺が取ってやった。

 

「ありがと。でもこの量だとみんなには行き渡らないよね。もっと取らないと」

 

「いや、別にアケビにこだわる必要はないぞ。他にも色々食えるものがある」

 

 俺たちは食料を調達するために森に入っていた。

 

 桔梗の他にも六人の女子が付いてきていた。その中には佐藤と長谷部が含まれている。

 

 彼女たちに食べられるものをレクチャーするのも目的の一つである。放っておいたらポイントで食料を買い出すのは目に見えていたし、生活レベルもどんどん低下しそうだった。しばらくはこうして面倒を見るつもりだ。

 

 鈴音は他クラスの偵察である。

 

 用心棒として綾小路を付けておいた。平田は男子の統率で忙しく、他に適任者がいなかったからだ。須藤が「なぜ俺じゃねぇんだ!」と叫んでいたが、あれは論外。龍園に挑発されたら殴りかねない。

 

 軽井沢をリーダーとするチームは薪拾いだ。

 

「きゃぁっ! 虫っ! 虫がいた! キモイっ!」

 

 佐藤が悲鳴を上げながら俺の背中に抱き着いてくる。

 むむむ。大きさは並だと思っていたが、こいつ意外とあるぞ。

 

「ちょ、佐藤さん!」

 

 桔梗があたふたしている。かわいい。

 

 俺は色んな意味で鼻の下を伸ばさないように表情をキリッとさせる。

 

「虫なんてそこら中にいるだろうに」

 

 俺は佐藤の傍の茂みにパッと手を伸ばした。

 バッタだ。

 羽と足をむしって焼いたら食えそうだが、そこまですることもないだろう。

 

 頭を潰してポイしておく。やめなされやめなされ。むごい殺生である。

 

「あっ、ごめんね。うざかったよね」

 

「いや、別にうざくはないが」

 

 答えながら、俺は地面に屈み込む。

 持っていた石器ナイフで、足元にあった植物を一本だけ刈り取ってみた

 

「これはツワブキだな。たしか灰汁抜きしないと食えないんだよな」

 

「どうする? 採っておく?」

 

「やめとくか。薪がもったいない」

 

 俺はツワブキをポイした。

 

「もっと手ごろなものは……」

 

 俺は辺りを見回して食料を探す。

 石器ナイフを鉈のようにして邪魔な枝を払いながら道を切り開いた。

 

「そうそう、これだよこれ」

 

 言いながら近くに落ちていた石で地面を掘り始める。

 

「何か埋まってるの?」

 

 桔梗たちが近付いてくる。

 いい匂いがした。こいつら香水なんて持ち込んでいないはずなんだけどな。

 

 俺は掘り返したものを彼女たちに見せ付ける。

 

「芋だ」

 

「ええっ! 芋って、あの芋!」

 

 桔梗の驚き方が意味不明だった。他に何の芋がある。

 ちなみにこれはタロイモだ。全世界で食用にされているポピュラーな芋である。

 

「なんか田中君ってすごいね。頭でっかちなだけって思ってた」

 

 長谷部が感心したように俺を見ていた。

 

「だよねだよねっ! 見直したって言うか、ホントすごくて言葉にできない感じ!」

 

 佐藤も俺の傍でぴょんぴょんしている。

 

 桔梗が「むぅぅ」と不満そうに唸っていた。

 そんな顔をされると俺も困る。俺は桔梗の髪を撫でてやった。

 

「えへへ」

 

 現金なものである。

 一方、佐藤は悲しそうに俺を見ていた。

 

 あちらを立てればこちらが立たず。

 

 まぁ俺は桔梗を優先するから仕方ないんだけどな。

 

 それから俺は食べられる山菜などを採取しながら森を巡回した。

 

 女子たちが疲れる前に食料集めを切り上げる。全員の鞄がパンパンになるまでとは行かなかったが、今日の夕食は腹一杯になるほどには集められたと思う。

 

 ベースキャンプに戻ると、男子が魚を焼いていた。

 

 見張りとして残っていた篠原たちが出迎えてくれる。

 俺たちの戦利品に喜びの声が上がった。あれを作ろうこれを作ろうと盛り上がっている。

 

 軽井沢たち薪拾いグループも戻ってきているようだ。

 筋肉痛になったのか足を伸ばしたり、女子同士でマッサージしている。

 

 女同士か。アリだな。

 でもジロジロ見ていたら桔梗が悲しむので目を逸らしておいた。

 

 鈴音はまだ戻って来ていない。

 三クラス回っているから時間がかかるのだろう。そろそろ戻って来そうだが。

 

「田中君、これ何?」

 

「ああ、これは……」

 

 篠原が食材を指さして尋ねてくる。

 俺は食材の名前から調理法まで説明した。

 

 楽しそうにしていた篠原だったが、ふと暗い顔をした。

 

「調理器具を男子から借りないといけないんだよね」

 

 それだけではなく調味料も借りる必要があるだろう。

 すでに塩を借りている。

 そういえば敵に塩を送るという言葉も……って今は関係ないか。

 

「あのさ、私、みんなに言いたいことがあるんだけど」

 

 篠原が周りにいた女子たちに声をかけた。

 

 シリアスな雰囲気を感じたか、軽井沢もこちらに歩いてくる。

 

「どうしたの、篠原」

 

「私、男子に謝ってくる。それで調理器具とか借りられるようにする」

 

「いいの? あんたが引いたら、シャワーの話も押し切られるよ?」

 

 シャワー室の共有を断固として拒否したのは篠原のグループだけだ。

 他の女子は嫌だけど仕方ないという考えである。

 篠原が譲歩したらシャワーの共有は止められなくなるだろう。

 

「いいよ。流石に男子も可哀想でしょ」

 

「あんたがそう言うなら、あたしは何も言わないけどね」

 

 軽井沢は興味なさそうに言うと、テントの方に戻って行った。

 

 篠原が少し震えながら俺に声をかけてくる。

 

「田中君。一緒に来てくれる?」

 

「いや、悪いが……」

 

 俺は首を横に振った。

 

「俺が行ったら余計にこじれそうだ。俺は男子に嫌われてるからな。桔梗、頼めるか」

 

「うん、任せて!」

 

 そう言えば久しぶりに桔梗にお願いをしたかもしれない。

 自分が役に立てるのが嬉しいのか、桔梗は明るい笑顔を俺に向ける。

 

「ごめん、そうだよね。なら櫛田さん。悪いけど付き合ってくれる?」

 

「いいよ。一緒に男子に謝りに行こう」

 

 と言うわけで、桔梗と篠原は男子のところに向かい――。

 

 五分と経たずに篠原が顔を真っ赤にして戻ってきた。

 

 あれぇ?

 

「男子の奴ら、信じらんないっ!」

 

 篠原が川辺に落ちていた大きめの石を拾い上げて、頭上から水面に叩き落とす。

 ばしゃんと音がして大量の飛沫がまき散らされた。

 

 篠原は顔も服も水浸しだ。

 体操服が透けてブラが見えている。水色か。爽やかだな。

 

「ちょっと篠原っ!? 何やってんの!?」

 

 慌てて他の女子が声をかけていた。

 

 篠原は「はぁ、はぁ」と肩で息をしていた。よほど腹に据えかねたのか顔が真っ赤である。

 

「何が食料を寄越せよ! 頭おかしいんじゃないの!?」

 

 ボチャン、ボチャンと何個も石を投げつける。

 

 篠原の周りにいた女子が悲鳴を上げながら避難していた。

 

 よくわからんな。男子が何かやらかしたか?

 

 俺のところに戻ってきた桔梗が事情を教えてくれる。

 

「男子はもう水浴びで済ませる決意をしちゃってたみたい」

 

 なるほどな。

 男子はそこまでシャワーにこだわる理由もないのか。

 

 一週間なら我慢できる。

 女子に媚びてシャワーを借りるよりマシだ――と言うところか。

 

「それで調理器具を借りたいなら、代わりに何か寄越せって言ってきたの。それが嫌なら土下座しろって。あ、ほとんどの男子はそこまでしないでいいよって雰囲気だったんだよ。だけど一部の男子が大声で主張して……」

 

 大方、須藤あたりがマウントを取ろうとしたのだろう。

 

 俺の策、駄目だったわ。ごめんな平田。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 仕方がないので調理器具と調味料、あと紙皿などの食器も購入した。

 男子がまたしても勝手にポイントを使うなとキレていたが、もう俺にもお手上げだ。

 

 結束力は原作以下である。

 まぁ、原作では鈴音がリタイアしてマイナス三十ポイント、綾小路が点呼に遅刻してマイナス五ポイントされている。それを回避すれば調理器具のマイナスは帳消しにできるだろう。幸い今のところ鈴音の体調は問題なさそうだ。

 

「Cクラスはポイントをすべて使い切っていたわ。あのような愚かな策が存在するなんて、信じたくないわね。龍園君は人を導く立場としては失格と言わざるを得ないわ」

 

 各クラスを偵察してきた鈴音が頭痛を堪えるように話す。

 

 夕食後、俺は鈴音が偵察で得た情報を話し合う会議を開いていた。

 

 参加しているのは俺と鈴音、桔梗、あとは綾小路である。

 

 綾小路は男子から裏切者扱いされないように、こっそりと抜け出してきたようだ。

 

「綾小路の意見はどうだ?」

 

「概ね堀北と同意だ」

 

 どうやら俺に教えるつもりはないらしい。やはり食わせ者だ。

 まぁ、言わないなら言わせるだけだが。

 

「その場にあった物資のポイントは?」

 

「……百二十ポイント程度だった」

 

 Cクラスは石崎と小宮のリタイアで二百四十ポイントからのスタートだ。

 百二十とはその半分でしかない。

 ポイントを使い切ったと断言するのは早計である。

 

「でもCクラスは伊吹さんと、他にも一人追放しているわ。点呼で二人不在だと一日あたり十ポイント。初日と最終日の点呼は一度だけだから、試験終了までに六十ポイントを失うことになる。ポイントを温存していても失う一方よ」

 

「それは鈴音の言う通りだ。Cクラスがポイントを使い切っているのは間違いないだろう」

 

 俺が同意すると鈴音は嬉しそうに頬を染める。

 ごめんな、俺の話はまだ途中なんだ。

 お詫びに鈴音の黒髪を撫でてやった。サラサラして手触りがいい。

 

「問題はその物資をどこに貯め込んでいるかだ」

 

「それは食料としてテントに……」

 

「見たのか?」

 

「……いいえ、見ていないわ」

 

 鈴音が肩を落としていた。

 

「さて、ここで答え合わせをしよう。綾小路。Aクラスの状況を教えてくれ」

 

「葛城が頑として見せてくれなかったから詳しくは語れないぞ。ただ拠点にしている洞窟の入口には仮設トイレが二つ、シャワー室が一つ設置されていた」

 

「仮設トイレが二つか。贅沢なものだな」

 

「ちなみにBクラスの仮設トイレは一つだった」

 

 綾小路はもはや隠す気がなくなったのか先んじて説明してくれる。

 あとで聞かれて説明するのが面倒だったんだろう。省エネってやつだ。

 

「その気になれば簡易トイレでも我慢できるんだ。なのに仮設トイレをいきなり二つも購入するというのが不自然すぎる。俺なら他のクラスの様子を見ながらにするぞ」

 

「あっ」

 

「他クラスに二十ポイントも水を開けられるような選択をするほどAクラスは馬鹿なのか?」

 

 これは葛城のミスだ。

 トイレを男女別にするのは常識的に考えれば普通である。

 

 洞窟で籠城作戦をするにあたって女子の不満を抑えるためにも必要だったのだろう。

 

 しかし、こんなミスはポイントに余裕がある者しか犯さない。

 一ポイントでも多く節約する者なら“我慢”という選択肢が頭に浮かぶはずだ。

 

「ならCクラスの物資がAクラスに?」

 

「おそらくな。龍園はAクラスに物資を売ったようだ」

 

 鈴音は目を見開いて驚いていた。

 それから感極まったように俺に抱き着いてくる。綾小路は白けた顔をしていたが。

 

 ちなみに会話に入っていけない桔梗は愛想笑いを浮かべていた。

 

 とりあえず他クラスは原作通りに動いているようだ。

 Dクラスだけは原作とかけ離れているけどな。……どうしたものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 悩んでいても時は過ぎる。特別試験は四日目に入った。

 

 この日は午前から食料集めに動いた。他のチームも同様だ。

 

 昼からを自由時間にするためだった。

 

 サバイバル生活である。

 女子たちには相当なストレスになっているはずだ。たまには息抜きも必要だろう。

 

 女子たちがスポットを占有していた。

 十人ぐらいの女子がスポットの機械をぐるりと取り囲み、その輪の中には鈴音と桔梗、軽井沢がしゃがみ込んでいる。

 二重のセキュリティである。もし輪の中を見られても、次に待つのは三択だ。

 

「終わったよー! 自由時間にごめんね! みんなありがとう!」

 

 桔梗が声をかけ、女子たちがホッとした顔をして戻っていく。

 

 俺は自由時間を使って他クラスの偵察でもしようかなと考えていると、仏頂面をした伊吹が俺のところまで歩いてきた。

 

「ちょっといい?」

 

 伊吹には昨日、絶頂を覚え込ませた。

 足腰立たなくなるまでヤリまくってみた。

 

 ジジイは呆れた顔をして消えていったがな。

 つまり昨日の行為はレイプではなくなっていた。たぶんそろそろ墜ちるだろう。

 

「今日は奇襲じゃないんだな」

 

「あんたを奇襲しても意味がないでしょ」

 

「少なくとも嫌がらせにはなるぞ」

 

「馬鹿言ってないで、さっさとして」

 

 俺は肩をすくめた。

 伊吹に急かされてベースキャンプを後にする。

 

 男子は食料を探している。見付かると不味い。

 初日に使った洞窟まで離れておくべきだろうと思っていたら「どこまで行くの」とイライラした声をぶつけられる。

 

「ここでいいよ。別に誰も見てないでしょ」

 

 そう言いながら突っ込んできた。

 我慢できなくなったらしい。猪突猛進ガールだな。

 

 俺は嘆息しながら攻撃を捌いていく。

 回転蹴り、ワンツージャブ、アッパー、後ろ回し蹴り。

 

 俺は一歩も動かなかった。

 避けるものは避け、受けるものは受ける。

 

 名付けて田中ゾーンである。別に恐竜は絶滅しないけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 須藤たちは食料を探すために森を歩き回っていた。

 と言っても食べられるものなんて見分けは付かない。

 

 池にもわからない物は多かった。たぶん食えないんじゃね、と答えるしかない。

 

「クソッ! 田中の野郎、調子に乗りやがって!」

 

 須藤は足元の土を蹴り飛ばす。

 

「やめろよ、須藤。体力の無駄だぜ」

 

「ちげぇよ。芋でも埋まってねぇかと思っただけだ」

 

 須藤は明らかな嘘を吐く。

 池と山内はそれを見抜いたが指摘するのはやめておいた。疲れるだけだ。

 

「女子の奴ら、いいもん食ってたよな。芋だぞ芋。どこに埋まってるんだよ」

 

「そんなの俺にわかるわけねぇって」

 

「――チッ。役に立たねぇな」

 

 あんまりな言い草である。

 Dクラスの男子がまだ飢え死にしていないのは池のおかげと言ってもいいはずだ。

 

 池はただのキャンプ経験が豊富な少年である。

 ボーイスカウトをしていても芋の見つけ方なんて教えて貰えないだろう。

 

「ん? あいつら何やってんだ?」

 

 須藤は呟いた。

 

 あれは田中と……Cクラスの女子だ。たしか伊吹といったか。

 

 何をするのかと様子を窺っていると、二人はいきなり殴り合いを始めてしまった。

 

 喧嘩か?

 いや、痴情のもつれかもしれない。

 

 伊吹は地面に手をついて宙返りするように蹴りを放っている。

 女子とは思えないフィジカルだ。

 Dクラスの男子でも彼女に勝てるのは一握りだろう。須藤は負ける気がしなかったが。

 

 しかし田中はまったく動じず、的確に伊吹の攻撃を捌いている。

 

 やがて田中が反撃した。その一瞬で勝負が付いていた。

 

 地面に転んだ伊吹の顔面に、田中が拳を寸止めしている。

 

 何が起こったのか須藤にも理解できなかった。気付いたら終わっていた。

 

 伊吹は溜息を吐きながら立ち上がる。

 

 それからおもむろに服を脱ぎ始めた。

 

「ちょ――」

 

 池の口を山内が押さえる。グッジョブだ。

 

 田中もズボンを下ろしていた。

 ……で、でけぇ。須藤は思わず声を出しかけた。

 日本人離れしたサイズだった。AVに出てくる黒人みたいで、それはもはや凶器である。

 

 全裸になった伊吹は田中の肉棒を手で握ると、それを自分の股に押し付けた。

 

 まさか、ヤルのか。

 あれはセックスなのか?

 

 童貞の須藤にはよくわからない。現実感が剥離していた。

 

「んっ」

 

 伊吹のいやらしい声が聞こえた。

 

 ゆっくりと巨大なペニスが少女の中に沈んでいく。

 

「……はぁ……はぁ……おっき、すぎ……」

 

「苦しそうだな。悪い」

 

 二人は立ったまま正面から繋がっていた。

 

 田中が伊吹の頭を撫でていた。その瞬間だけ伊吹が頬を緩ませていた。

 

 田中がゆっくりと腰を振り始める。

 

 伊吹はゾクゾクッと身を震わせた。

 

「うっ、ふっ、うぁっ……あっ……ああっ!」

 

 巨大なペニスがぬちゃぬちゃと出入りする。

 伊吹はしがみ付くように田中の服を握り締めていた。

 

「最初から濡れていたが、期待していたのか?」

 

「そ、そんなわけ、ないでしょ!」

 

 伊吹が田中を睨み付ける。しかし田中が腰をぐいっと押し上げると、伊吹は「ああぁんっ!」と甲高い声を上げた。

 

「ちょ、待って! だ、だめっ! 奥、深いからっ!」

 

「奥が好きなんだろう? もっと突いてやる」

 

「ちょっと! あっ、いやあっ! 頭おかしくなる!」

 

 田中が激しく腰を突き入れる。

 

 伊吹の肢体がオモチャのように揺さぶられていた。

 快楽から逃げるように腰を浮かそうとするが、田中の手がそれを許さない。

 

 腰をつかんでグロテスクな肉棒を暴力的に出入りさせる。

 

「ああんっ! だめっ! だめっ! あぁっ! あんっ!」

 

 伊吹は発情したメスの顔をしていた。

 

 すげぇ。須藤は無意識に声を漏らしてしまう。

 田中が振り返った……ような気がした。やべぇ、気付かれた!?

 

 須藤は焦ったが、しかし田中はすぐに伊吹に視線を戻した。

 

 気のせいか?

 

「伊吹。気持ちいいか?」

 

「あんっ、んっ、そ、そんなわけ、ないでしょ……」

 

「強情だな」

 

 田中は苦笑してから伊吹の片足を持ち上げる。

 

 パンッ、パンッと腰をぶつける音をさせながらピストンした。

 須藤たちに見せ付けているようだった。現に二人の結合部は丸見えになっている。

 

 田中は余裕のある腰使いで、伊吹の膣内を味わうように動いていた。

 

「あああっ! やあぁっ! それ、やめっ! いやっ! あっ、ああぁぁ!」

 

 伊吹は背中を仰け反らせながらビクビクと痙攣した。

 

 軽く絶頂した……のだろうか?

 伊吹の膣口から透明な液体があふれ出している。

 

「嘘はよくないな。潮を吹くほど感じてるじゃないか」

 

「……はぁ……はぁ……これは、ちがうから」

 

「何が違うんだ?」

 

 伊吹が頬を背けてそっぽを向く。

 

 田中は伊吹の顎を引いて振り向かせると貪るようなキスをした。

 

 伊吹は目をとろんとさせてキスを受け入れている。

 びちゃびちゃと舌を絡める激しいキスだった。

 

 キスが終わると伊吹は名残惜しそうに田中を見詰めていた。

 

「膣内が締め付けてるぞ。身体は正直だな」

 

「だから違うって言って――――ああぁぁ!」

 

 伊吹の言葉の途中で、田中がピストンを再開した。

 

「あぁんっ! あっ! ちがうからっ! 感じて、ないから! あんたなんて、あっ、どうでも、いいから!」

 

 伊吹は自分から腰を振り、より深く繋がろうとしていた。

 

 田中の首の後ろに手を回して、愛おしそうに抱き着いている。

 

「ああっ! いやっ! いやっ! イッちゃう! やだっ! イクっ! イクぅっ!」

 

「やっと素直になったな」

 

「あっ、あっ、ああぁぁぁ! イクっ、イクっ、イっくぅぅぅ!」

 

 田中はニヤリと笑うと、止めを刺すように腰を突き上げた。

 

 伊吹は空を見上げるように仰け反り、爪先をピンと伸ばして嬌声を上げた。

 

 伊吹が荒い息をして、ぐったりと脱力する。

 田中は落ちないように優しく伊吹を抱き締めると地面に腰を下ろした。

 

 伊吹は田中にもたれかかって呼吸を整えている。

 

「俺はまだイってないんだけどな」

 

 田中が笑いながら言う。伊吹は恨めしそうに田中を睨み付けた。

 

「まだ無理だから。ちょっと休ませてよ」

 

「キスしてくれたら待ってあげてもいいけど?」

 

「……馬鹿」

 

 二人は唇を重ね合わせていた。

 

 恋人同士がするようなキスだった。

 

 どれだけの時間が経っただろう。

 田中は伊吹の腰を持ち上げ、大きなペニスを伊吹に挿入する。

 

「もういいよな?」

 

「…………うん」

 

 伊吹は恥ずかしそうにコクリと頷いた。

 

 座ったままで行為が始まる。

 その姿勢では田中は動けない。伊吹が動くしかなかった。

 

 伊吹が上下に腰を使う。くちゅくちゅと感じる場所に田中のものを押し付けていく。

 

「あっ……ああっ……あっ……あんっ……」

 

 先ほどとは違う、ゆったりとしたセックスだった。

 

 田中は自分からは動かず、伊吹に任せるようにしていた。

 

「……ねぇ」

 

「どうした?」

 

「あんたは……その……気持ちいい、の?」

 

 伊吹が恥じらいながら言うと、田中は優しく微笑んだ。

 

「ああ、気持ちいいぞ」

 

「そうなんだ……べ、別に、ちょっと気になっただけだから」

 

「そうか。伊吹は可愛いな」

 

 田中はすべて見通していると言いたげだった。

 

 伊吹の顔が真っ赤になる。

 

「なっ! いきなり何言ってんの!? ば、馬鹿っ!」

 

 田中はもう何も言わず、伊吹の尻をつかんで動かし始めた。

 

「ああっ! だ、だめっ! いやあぁっ!」

 

 伊吹はポロポロと涙をこぼしながら田中に抱き着いている。

 

「あんっ! あんっ! あんっ!」

 

「いいぞ、伊吹。そろそろ出すからな」

 

「……か、勝手に、すればっ」

 

 言葉とは裏腹に、声は甘くとろけていた。

 伊吹とはこのような声を出す少女だったろうか。

 

 田中は伊吹の奥深くにペニスを打ち込み、そして動きを止めた。

 

「あっ、あぁっ! また、イクっ! イクぅぅぅ!」

 

 同時に伊吹が絶頂する。田中の肩にぐっと噛み付いて、ぶるるっと震えていた。

 

 どれだけ射精したのだろう。

 二人の結合部からは入りきらなかった精液が漏れ出している。

 

「ふぅ。よかったぞ、伊吹」

 

「……馬鹿」

 

 伊吹は田中の胸板に頭を乗せて、すねたように呟いていた。

 

 

 

 

 

 すごいものを目撃してしまった。

 あれから田中たちは五回もセックスを続けていた。

 

 六回目に入り、そこで山内が撤退を進言した。

 二人が行為に夢中になっている間に立ち去った方がいいと言うことだ。

 

「もし俺たちが見ていることがバレたらどんな報復をされるかわからないだろ」

 

「ビビりすぎだろ。田中なんて俺の敵じゃねぇよ」

 

 以前に小手返しで投げられたことは記憶の彼方である。

 

「にしても、田中と伊吹がなぁ。付き合ってんのか?」

 

 池が首を傾げていた。

 そりゃセックスしていたんだ。付き合っているに決まっているだろう。

 

「いや、田中って一之瀬と付き合ってるんだろ?」

 

「あと櫛田と堀北とも」

 

「三股かけてるんだよな。ってことは、これで四股か?」

 

 とんだ最低野郎だった。

 

 田中のことを思い出すと、須藤の腸が煮えくり返ってくる。

 

 意味不明なことを言いながら女子に取り入り、気付いたら女子をまとめ上げている奴だ。

 おかげで男子は割りを食ってばかりだった。

 鈴音もなんであんな奴の傍にいるのだろう。田中に弱味でも握られているのだろうか。

 

「……シメるか」

 

 須藤はボソリと呟いた。

 

 前から気に入らない奴だったが、もう限界だ。

 あいつは調子に乗り過ぎている。痛い目にあわせて反省させるべきだ。

 

 田中が手も足も出ずにボコられているのを見たら、鈴音も目を覚ますだろうしな。

 

「ちょ、やめとけよ! 殺されるぞ!」

 

 山内が顔を真っ青にさせて叫んでいた。ビビりすぎだ。

 

「まぁ見てろよ。俺があいつに身の程ってもんを教えてやるからよ」

 

「須藤。悪いことは言わないからやめておけって」

 

「お、俺は関係ないからなっ!」

 

 山内が速足で去って行った。

 

 池は溜息を吐いて山内を追いかける。

 

「何だってんだ?」

 

 取り残された須藤は不思議そうに首を傾げた。



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22話

 俺は首を傾げた。

 

「何だってんだ?」

 

 足元には須藤が倒れている。俺の傍には桔梗と鈴音がいた。

 四日目の夕食後だ。

 川辺で駄弁るかと思っていると、須藤が「うおぉぉっ!」と叫びながら走ってきたのだ。

 

 女子グループは凍り付いていた。

 肝が冷えたと言うのだろうか。桔梗も鈴音も悲鳴すら上げられなかった。

 

「おーい、起きてますかー。寝てんのかよ」

 

「や、やめなよ……可哀想だよ」

 

「そうかしら? 自業自得だと思うけど」

 

 ガシガシと須藤を蹴り飛ばす。

 無反応だった。呼吸はしているから生きてはいるようだが。

 

 桔梗は頬を引き攣らせながらそれを眺めている。

 一方、鈴音は冷淡だった。須藤を冷たく見下ろしている。

 

 いきなり殴りかかってきたので、ついカウンターを合わせてしまった。

 

 ワンパンでKOである。弱すぎて話にならない。

 これなら伊吹の方が何倍もマシだ。準備運動にもならないな。

 

 須藤たちがセックスを見ていたのは気付いていた。

 池と山内は俺にビビッていたし、須藤は馬鹿だから問題ないだろうと放置してみた。むしろ見られて興奮した。やっちまったぜ。

 

 何と言うか、男として勝ち誇りたくなったのだ。

 

 須藤には嫌な思いしかさせられてないからな。ただの意趣返しである。

 

「でも、どうして須藤君はいきなり殴りかかってきたのかな?」

 

「さぁ? 嫉妬でもしたんじゃね?」

 

「きゃぁっ!」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 鈴音と桔梗を引き寄せる。

 左右に美少女を侍らせる最低男だ。その上で伊吹とのセックスまで見せられたら須藤でなくてもキレるだろう。

 

 俺はクソだったが、それ以上に女子たちは須藤を軽蔑するように眺めていた。

 どんな理由があろうとも暴力は駄目だ。俺が言っても説得力はないが。

 

「これ、どうする?」

 

「川に流したらいいんじゃない?」

 

 鈴音のセメント対応に笑いそうになるが、流石に川に捨てれば溺死しそうだ。

 

 放置でいいだろう。たぶん平田あたりが引き取りに来るんじゃないかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五日目の早朝。

 俺は小便でもするかとトイレに向かっていた。

 

 ちなみに俺は女子の仮設トイレを借りている。

 最初は平田に声をかけて男子の罵声を浴びながら簡易トイレを使っていたが、見かねた女子が使っていいよと許可をくれたのだ。

 

 トイレの中には気配があった。ぼうっと待っていると篠原が出てくる。

 

「きゃっ! って、田中君か。びっくりしたー」

 

 その反応は結構ショックだ。俺が気にしすぎなのかもしれないが。

 

「おはよう、篠原。朝早いんだな」

 

 まだ五時である。俺は二度寝する気満々だった。

 

 篠原は頬を緩める。

 

「朝ご飯の仕込みがあるからね。頑張って早起きしてるの」

 

「頑張ってるな。毎日の食事が楽しみに思えるのも篠原のおかげだ」

 

「そ、そんな……褒められるようなことじゃないし……」

 

 篠原は恥ずかしそうに顔を逸らした。

 

 俺は苦笑しながらトイレに入ろうとする。後ろから篠原が声をかけてきた。

 

「田中君っ!」

 

 振り返る。彼女は俺を真っ直ぐ見詰めていた。

 

「最初は色々あったけど、私ね、この試験が楽しく思えてる。みんなから頼りにされてるのがわかるし、毎日がすっごく充実してる。それもこれも田中君のおかげ。だから、ありがとね」

 

 何だか気恥ずかしくなってきた。

 篠原は顔を真っ赤にしてこっちを見ている。

 

 俺は「お、おう」と生返事をしてトイレに逃げ込んでしまった。童貞かな?

 

 なんか気まずいな。うんこでもするか。

 

 

 

 

 

 色んな意味で原作以下のDクラスだが、思わぬ副産物があった。

 

 ポイントをほとんど消費していないのである。

 

 仮設トイレ一つ、シャワー室一つ、食料と水一セット、調理器具二セット、調味料二セット、紙皿やプラスチックのスプーンやフォークなどの食器セット、釣り竿二本、女子用にマッチ一箱。それだけだった。

 

 合計で七十ポイントに満たない。

 原作では男女が協力してこれぐらいの数字だった。しかしこちらでは協力していないのに同程度の結果が得られている。

 

 まだ試験の途中なので皮算用でしかないが、これは悪くはないと思う。

 

 初日の絶望的な空気はすでにない。女子の表情は明るさに満ちている。最初はどうなるかと思ったが、彼女たちもサバイバルに慣れてきたようだ。

 一人一人が積極的にできることを探していて、集団が効率的に機能していた。

 

 女子だけな。

 

 男子の方は空気がピリピリとしていた。

 キャンプ経験が豊富な池のおかげで食料の確保はできている。……できているのだが、その量が明らかに女子よりも少なかった。

 

 キャンプの経験だけでは食べられる山菜なんて見分けられないし、地面に埋まっている芋を見付けるのも難しいだろう。サバイバルのマニュアルを精読して、植物図鑑も脳内に保管している俺と池との差であった。

 

 育ち盛りの男子は大食らいだ。

 女子と協力しているなら我慢できたかもしれない。

 

 しかし隣の芝生は青く見えるという。

 男子は空腹からイライラして喧嘩も増えていた。平田ハードだ。

 

 このままだと平田が潰れる。

 そうなると男子は統率を失う。その結果は俺でも予想できない。

 

 やべぇよな。……ほんと、どうすればいいんだ。

 

「田中君もシャワー使いなよ。別にいいよね?」

 

 篠原が周りに声をかけていた。

 

 佐藤が「いいよー」と答え、軽井沢も「いいんじゃない?」と言っている。

 

「いや、流石に不味いだろ」

 

「気にしなくてもいいって。田中君が頑張ってくれてるのは皆わかってるから」

 

「いや、でもな……」

 

 このままだと押し切られそうだ。

 

 俺は別に川で水浴びでも構わないのだが。

 何時もは薄暗い時間を狙って川の下流で適当に済ませているからな。

 

 その時だった。

 

「いい加減にしてくれ!」

 

 男子の叫び声がした。

 

 その声はそれほど大きくはなかった。

 須藤の大声と比べれば、全然大したことはない。

 

 しかしその声はベースキャンプのすべてに届いていた。

 

 男子が静まり返っていたからである。

 

 寒気がするほどの静寂が流れていた。

 

「今のって、平田君?」

 

 軽井沢が青ざめている。

 

 俺もそう思った。あれは平田の声だった。

 

 平田は虚ろな表情をしていた。

 口が小刻みに動いている。ブツブツと何やら呟いている。

 

 男子の誰もが、何が起きているのかわからない顔をしていた。

 ホントに馬鹿だな。平田に何もかも押し付けていたツケが回ってきただけだろうに。

 

 平田はふらふらと森の中へと歩いて行った。

 男子たちは唖然としていて、黙って平田を見送っていた。

 

 流石に不味いと思った数人の男子が平田の後を追う。

 

「ねぇ軽井沢。行った方がよくない?」

 

「う、うん? たぶん大丈夫じゃない?」

 

 篠原に声をかけられた軽井沢は、恋人に向けるには冷たい発言をしていた。

 今の平田に近付きたくないのはよくわかる。

 そのせいで軽井沢は恋人の演技ができなくなっていた。

 

 今の態度には問題がある。

 篠原は軽井沢のことを眉をひそめながら眺めていた。他人の恋路だから口は挟まないが、本当にそれでいいのかという表情だ。

 

 軽井沢が女子を集める。

 

 男子の方で何かあったみたいだけど、今日も一日頑張ろう――みたいな掛け声で五日目の活動が始まった。

 

 

 

 

 

 事情がわからないと対策も打てない。

 と言うわけで綾小路から事情を聞いてみた。

 

「切っ掛けはポテチだった」

 

 ……はぁ?

 

 俺は面食らった。

 

 一緒にいた鈴音も目を丸くしていた。

 桔梗は「ポテチ美味しいよね」と的外れな感想を述べている。

 

 綾小路も頭痛を堪えるように顔をしかめていた。

 

「Cクラスが挑発に使ったポテチだ。平田がそれを管理していた」

 

「なんで食べなかったの?」

 

 桔梗の質問に、綾小路が軽く溜息を入れてから答える。

 

「皆で分けることも考えたが、二十人で分けたら一口分にしかならない。それでは満足感なんて得られないだろうし、欲望に歯止めが効かなくなるかもしれない」

 

「もっと食べたいって思うようになるのかな?」

 

 綾小路が頷く。

 

「だから平田は『最終日に打ち上げに食べよう』と男子に言っていた」

 

 上手いな。俺は平田の言い回しに感心する。

 思わぬ爆弾と化してしまったポテチを的確に処理している。

 

「そのポテチが盗まれた」

 

「うわぁ」

 

 桔梗が頬を引き攣らせていた。

 我慢できずにポテチを盗んでしまった者が出て来たようだ。

 

 始まるのは犯人探しだ。

 言い争いや喧嘩が起こり、とうとう平田が爆発した。

 

「これも龍園君の策の一つね」

 

 なんか鈴音が見当外れなことを言っていた。

 

「……いや、それは」

 

「深謀遠慮と言わざるを得ないわ。たかがポテチの一袋でDクラスの結束をここまで乱してくるなんて、敵ながら見事なものね」

 

 マジかよ。

 これも龍園の策だったのか。龍園、恐ろしい奴っ!

 

 ……ねぇよ。

 

 森の方から男子たちが肩を落としながら戻ってくる。

 

 残っていた男子たちが「どうだった?」と目線で促すと、彼らは首を横に振った。

 

 期待はしていなかったが説得は失敗に終わったようだ。

 

「行くの?」

 

 鈴音が俺に声をかける。俺は頷いた。

 

 茶柱先生との契約もある。Dクラスの崩壊を見過ごすのは問題だろう。

 しかしそれよりも平田が哀れだった。あれでは平田が報われなさすぎる。

 

「あ、あの、礼司君!」

 

 桔梗が俺に駆け寄った。俺の手を取って、中に栄養食を握り込ませる。

 栄養食は一箱に四本入っていて、二本ずつで包装されていた。そのうちの一袋だった。

 

「これは?」

 

「万が一のために取っておいたの」

 

 保険をかけておくのは桔梗らしい強かさだな。俺は苦笑した。

 

「あのね、怒りっぽくなるのはお腹が減ってるからだと思うんだ」

 

「平田のは空腹が原因ではないと思うが」

 

「それは違うかな」

 

 桔梗が俺の意見を真っ向から否定してきた。珍しい。

 

「たぶんだけどね。平田君、自分の食べ物をこっそりみんなに分け与えてるよ」

 

「……平田らしい話だな」

 

 それとなく自分の取り分を削って他の男子に回す。

 平田ならやりかねない。

 それが原因でキレたとは思えないが、平田が飢えている可能性は充分に有り得る。

 

「ともかく心得た。平田に渡してくる」

 

 俺は桔梗から栄養食を託され、平田のところへ向かった。

 

 平田は木にもたれかかって座っていた。虚ろな顔をして地面を見詰めている。

 

 俺は何も言わず、傍に腰を下ろした。

 

 木々がざわめいている。野鳥の鳴き声がしていた。

 

「田中君はすごいよね」

 

 やがて平田がポツリと呟いた。

 

 俺はしばらく間を置いてから「そうか?」と言った。

 

「君は彼女たちを飢えさせなかった」

 

 それは条件がよかっただけだ。

 女子にはよくも悪くも統率力のある軽井沢がいて、人望のある桔梗もいる。

 それに女子は男子ほど食わない。

 

「君は異性なのに女子から信望を勝ち取った。それってすごいことだよ」

 

「そんなに褒めるなよ。くすぐったいな」

 

「本当にすごいことだよ。君は彼女たちの笑顔を守ったんだ」

 

 平田が溜息を吐いた。

 笑顔を……デュエルで笑顔を……。

 

「僕はまた失敗してしまった。あの時の僕とは違うはずだと思っていたけど、やっぱり成長していなかったみたいだ。ははっ、情けないな」

 

「……あの時?」

 

「僕は親友を見殺しにしてしまった」

 

 平田は中学の頃に親友を失った。

 ひどい苛めを受けているのを我が身可愛さから見過ごし、その親友はついに自殺してしまった。実際には死んでいなくて脳死判定らしいが、二度と起き上がることはないだろう。

 

 そう言うことを平田は訥々と説明した。

 

 平田がクラスの皆に無償で手を貸すのは、その償いのようなものだった。

 

「平田。お前の気持ちは俺にはわからない」

 

 ここで安易にわかったと言うのは平田への侮辱になるだろう。

 平田の思いは平田だけのものだ。俺のような他人が踏み込むべきではない。

 

「一人で抱え込むからそうなるんだ。弱音を吐ける相手ぐらい見付けておけよ」

 

「軽井沢さんとか?」

 

 平田が冗談っぽく頬を緩めていた。

 悩みを吐き出したおかげで多少は精神が落ち着いたようだ。

 

「早く本物の彼女を作れと言ってんだ」

 

 平田は目を丸くして驚いていた。ふっと憑き物が落ちたように苦笑する。

 

「君には本当に、敵わないな」

 

 俺は桔梗から預かっていた栄養食を投げ付けた。

 

 運動神経のいい平田は栄養食を顔の前でパッと受け止める。

 

「桔梗からだ」

 

 受け取れないと言い出しそうだったので、俺はその場から立ち去ることにした。

 

 去り際に言っておく。

 

「落ち着いたら戻って来い。お前に叱られたおかげで男子も反省しているぞ」

 

 ポテチごときで大喧嘩していた奴らは大人しくなっている。

 男子に必要だったのは優しい言葉ではなく、気を引き締めるための叱責だったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 平田が戻ってきた。

 男子たちが駆け寄ってペコペコと頭を下げている。

 

 平田は苦笑しながら謝罪を受け入れた。

 

 もう大丈夫だろう。

 男子たちにはいい意味での緊張感が漂っていた。

 

 俺はそれを確認してから海に足を運んだ。

 ゲイボルグ改めドゥリンダナを片手に素潜りに挑戦してみる。ちなみにゲイボルグは度重なる酷使によって折れてしまった。……悲しいなぁ。

 なので次は絶対に壊れない祈りを込めて不毀の極槍にあやかってみた。

 

 戦果は魚が八匹とタコが一匹だ。

 鞄の中が青臭くならないように簡易トイレ用のビニールで包んでおく。

 鞄がパンパンになってしまった。今日はお魚パーティーだな。

 一応ビニールには海水も入れているが、鮮度が落ちるので早く持ち帰りたい。

 

「……なんかすっごいエンジョイしてるよね」

 

 砂浜に上がってタオルで身体を拭いていると、恨めしそうな声が向けられた。

 

 一之瀬がジト目で俺を睨んでいた。

 傍にはBクラスの者が八人いる。神崎と柴田、他は知らない。

 

「おすそ分けだ。これ食うか?」

 

 俺は鞄から大きい魚を取り出した。

 石で頭を殴ってシメているので頭から血が垂れている。

 

「わぁ、すっごい! カンパチだね! ……って違うっ!」

 

 一之瀬が受け取った魚を砂浜に叩き付けた。

 やめろ。食べ物を粗末にするな。罰が当たるぞ。

 

 柴田が微妙そうな顔をしながら魚を拾って海水で洗っていた。

 

「そうじゃなくて! なんで一度も恋人に会いに来ないの! おかしいでしょ!」

 

「ああ、そのことか」

 

「なにその反応! 私のカレシが冷たすぎるんだけどっ!?」

 

 うるさいな。と言うか、うざい。

 ほぼ一週間ぶりに会ったからか一之瀬は無駄にハイテンションだ。

 

 Bクラスの生徒たちは、早くこいつを何とかしてくれと俺に期待の眼差しを注いでいる。

 

 俺は一之瀬の機嫌を取るために言葉を選んだ。

 

「悪い。Dクラスも色々と立て込んでいてな。会いに行く暇がなかった」

 

「ホントに?」

 

「ああ。船に戻ったらデートでもするか?」

 

「……する」

 

 一之瀬はいじけていたが、甘えるように返事をする。

 

 付き合っているフリ……だよな?

 

 白波の追及が厳しかったのかもしれない。

 どうして付き合っているのに会いに来てくれないんですか、と言われ続けたのだろう。それでストレスが溜まっていて、俺の顔を見て弾けてしまったか。

 

 柴田が俺から貰った魚を仲間に見せて、わいわい騒いでいた。

 

「やべぇ、すっげぇ美味そう。刺身にしようぜ。田中も食っていけよ?」

 

 誘ってくれるのは有り難いが、俺は柴田に鞄を叩いてみせた。

 

「いや、悪いがクラスの仲間を待たせている。鮮度が落ちる前に持って帰りたい」

 

「そっか。なら仕方ないな。船に戻ったら一緒に遊ぼうぜ」

 

「ああ、その時はよろしく頼むよ」

 

 Bクラスの男子が優しい。いや、これが普通なんだけどな。

 

「じゃぁな、一之瀬。また今度」

 

「待って。田中君」

 

 一之瀬が俺に駆け寄り、爪先立ちになって唇を当ててきた。

 

 一瞬だけのキスだったが、ちょっとこれは大胆すぎませんかねぇ。

 

 付き合ってるフリだよな?

 白波へのアリバイ作りだよな?

 

「デート、忘れないでよねっ!」

 

 俺は一之瀬に背中を叩かれて追い払われた。

 まだ着替えてないんだけど……森の中で服を着るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験は五日目。

 七日目は半日で終わるので、実質的には明日が最終日だ。

 

 恒例行事と化してきた夕食後の話し合いである。

 あ、海の魚は大好評だった。三匹はミネラルを補給するためにその場で刺身にして、残りは夕食用に熱を通して食べることにした。

 

「と言うわけで、他クラスのリーダーについて話をしたい」

 

 綾小路の推測によると、Aクラスのリーダーは弥彦という生徒だった。

 

「弥彦のフルネームは何て言うんだ?」

 

「たぶん戸塚君だね」

 

 桔梗が答える。鈴音からメモ用紙を借りると『Aクラス 戸塚弥彦』と書き込んだ。

 

「Bクラスのリーダーは不明か」

 

「あのクラスはガードが堅いわ。あの結束力だと突き崩すのは困難でしょうね」

 

「葛城派と坂柳派に分かれている分、付け入る隙はAクラスの方が大きそうだな」

 

「Bクラスはわからないんだよね」

 

 桔梗がメモ用紙に『Bクラス 不明』と記入する。

 

 実際、坂柳派は足を引っ張る行動をしている。

 たしか龍園にリーダーの情報を流していたのだったか。

 

 葛城の策が決まればAクラスはおよそ五百ポイントを手に入れる可能性があった。

 葛城をリーダーから引きずりおろすのに、そこまでする価値があるのかとは思うが、坂柳派はここで葛城をリーダーから引きずり下ろすのに拘っているようだ。

 

「Cクラスは伊吹さんともう一人以外リタイアしたんだよね。その中にリーダーがいたのかな?」

 

「でしょうね。けれど、もう確かめる術はないわ」

 

 桔梗は頷き、メモ用紙に不明と書こうとする。

 

「龍園だ」

 

 鈴音が眉をひそめた。

 

「当てずっぽうはリスクが高いわよ」

 

 外したらマイナス五十ポイントだ。

 鈴音の言う通り、確証もなくリーダーを当てようとするのは止めておくべきだが。

 

 俺は伊吹のデジカメを取り出した。

 中に入っている伊吹のエロい写真はすでに消去している。

 

「何でそんなものを持っているの?」

 

「伊吹が隠し持っていたデジカメだ」

 

 俺はデジカメを操作して写真を表示する。

 

 伊吹と初めて会った場所、大木の根元を掘り出した写真が映し出された。

 掘り返された土の中に、ビニール袋に包まれた懐中電灯と無線機が入っている。

 

「これは!?」

 

 伊吹がデジカメを隠し持っていた。

 さらに無線機を地面に埋めてまで隠していた。

 

 これで伊吹がスパイなのが確定した。

 

「綾小路。この無線機に見覚えはあるか?」

 

「ああ。Cクラスのベースキャンプにあったものと同じ型式だな。大事そうに手元に置いてたよ」

 

「自分以外は信用できない独裁者らしいな。常に謀反を警戒しているから信頼できる手下がいないのだろう」

 

「……礼司君も綾小路君も、本当に呆れさせられるわね」

 

「えっと。龍園君でいいんだよね?」

 

 桔梗が戸惑いながらメモ用紙に『Cクラス 龍園翔』と書き込んだ。

 

「これでプラス百ポイントは確実だな」

 

 俺は自信に溢れる笑みを浮かべた。

 

「この特別試験、我々の勝利だ」

 

 鈴音と桔梗がキラキラした目で俺を見ていた。

 

 綾小路は溜息を吐いていた。

 大丈夫だって。今回はうっかりミスしてないと思うし。たぶん。

 

 

 

 

 

 そう言えば今日は伊吹が襲って来なかったな。

 そんなことを考えながら寝床の準備をする。俺は植物の蔓と大きな葉っぱを組み合わせた素朴なテントを自作していた。

 中には葉っぱを敷き詰めている。寝心地は地面よりマシといったところだ。

 

 まぁ、まだ寝るには早いだろう。今夜はやることがある。

 

 俺はBクラスのベースキャンプに足を運んだ。

 森の中では夜道を歩くのは非常に危険だ。懐中電灯があってもお勧めはできない。

 

 だが俺の場合は別だ。夜目が利くので草に足を取られることもない。

 

 時計はまだ午後九時だったがBクラスはもう寝静まっていた。

 Bクラスは支給されていたテント二つと、さらに小型テントも購入している。

 クラス全員がテントで寝られる環境である。

 男女が険悪なせいで最低限の物資しか購入できなかったDクラスとは大違いだ。

 

 女子が野宿しているのはDクラスだけだろう。

 ……あれ、もしかしてDクラスって一番サバイバルしてる?

 

 そんなことを考えて暇を潰していると、テントから人影が現れた。

 普通に考えればトイレだろう。

 しかしその人影は仮設トイレを横切り、ベースキャンプを出て行った。

 

 当たりだな。

 

 念のために張り込んでいてよかった。

 明日に動くと決めつけていたらこの機会を逃していただろう。

 

 ……ん?

 

 もう一つのテントからも人影が外に出てくる。

 こちらはトイレだろうと思っていると、その人影もキャンプから離れた。

 

 どういうことだ。

 俺はてっきりCクラスのスパイが脱出したのだと思っていたのだが。

 

 足音を消して人影に近付いてみる。

 

「誰にも気付かれてませんよね?」

 

「大丈夫。みんな寝てるよ」

 

 片方は男子。もう片方は女子の声だった。

 

 男子の方は金田という男子である。

 Cクラスには珍しく、椎名と同じく知略に長けている生徒だった。

 

「では教えてくれますか。Bクラスのリーダーを」

 

 ……内通者か。

 

 女子が金田に何かを見せていた。

 俺は目を凝らしてそれを見詰める。リーダーが持つキーカードだな。

 

「なるほど。龍園氏が持っていたものと同じですね」

 

 カシャッと音がして辺りが輝いた。

 金田はデジカメでキーカードを撮影すると、ホッとしたように息を吐いた。

 

「確かに。報酬のプライベートポイントは試験後に振り込ませて頂きますよ」

 

「別に。ポイントとかどうでもいいです」

 

 ……って、千尋ちゃんかよ。

 まさか一之瀬の足を引っ張るために他クラスと内通するとは。

 

 闇墜ちしすぎだろ。原作の桔梗みたいになってるぞ。

 

「それにしても、よくあの仲良しクラスを裏切る決心ができましたね。後学のためにその理由をお教え頂けませんか?」

 

「先に裏切ったのは向こうの方だよ」

 

 白波は素っ気なく答えるとベースキャンプへと戻っていく。

 アリバイ作りのために仮設トイレに寄ってからテントに入った。

 

 金田はそれを見送ると、懐から無線機を取り出した。

 

 龍園と接触するのだろう。

 俺はこっそり後を追った。金田は懐中電灯で足元を照らし、時には転びそうになっていた。移動だけで必死になっていて俺に気付く気配もない。

 

 金田のライトが龍園を照らす。

 無精髭を生やした龍園が金田を出迎えていた。

 

「見せろ」

 

 龍園はひったくるようにデジカメを奪う。

 画像を表示させて、獣のように獰猛な笑みを浮かべた。

 

「よくやった。後は俺に任せろ。お前はリタイアして船で休め」

 

 Cクラスのリーダーは龍園で確定だ。

 

 Bクラスのリーダーも白波千尋だったことが判明した。これは予想外の収穫だな。

 

 俺は寝床に戻った。

 伊吹が俺の自作テントの中で座っていた。

 

「どこ行ってたの」

 

 むすっとした顔で睨まれる。

 

 俺はそれには答えずに拳を構えた。

 もう日付は変わっているが、五日目でカウントしてやるか。

 

 そう思っていると、伊吹が服を脱ぎ始めた。

 

「……どう言うつもりだ?」

 

「別に。どう足掻いてもあんたには勝てないし。なら戦っても意味ないでしょ」

 

 そう言いながら伊吹が俺にしな垂れかかってきた。

 

 左手で俺の股間をさすり、俺から目を逸らして呟いている。

 

「それに、あんたとするの、嫌いじゃないから」

 

 うん、まぁ、こっちのが楽でいいけどな。

 ……堕ちたか?

 マジカルありがとう。ジジイのおかげだ。たぶんミスだろうけどな。

 

 俺はテントの中に伊吹を横たえた。

 

「あんま声を出すなよ。女子のテントまで響くからな」

 

「……うん」

 

 俺は伊吹を抱き締めた。



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23話

 試験六日目、実質的な最終日。

 予想はしていたが、事態は急速に動き始めた。

 

 絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 俺が寝床にしている自作テントまで届く声量だった。

 

 七時か。二度寝するには中途半端な時間だ。

 

「……ふむ」

 

 足音が聞こえた。

 バタバタと慌ただしい感じだ。おそらく桔梗だろうと思っていると。

 

「田中君、大変だよ!」

 

 佐藤だった。

 まぁ、そうか。トラブったら桔梗は事態の収拾に尽力するはずだ。

 

 どうやらまだ寝惚けているようだ。

 俺は顔をぴしゃりと叩いてから起き上がる。

 

「あ、ごめんね。寝てるところを起こしちゃって」

 

「気にするな。で、どうした?」

 

「女子の下着が盗まれたの。あ、田中君を疑ってるわけじゃないから!」

 

「下着を?」

 

 原作の下着泥棒イベントだろうか。

 たしかあれは伊吹が犯人だったはずだ。

 

 俺は佐藤に気付かれないように鞄からデジカメを取り出し、テントの中に隠しておいた。敷き物にしていた葉っぱの下に突っ込んでおく。

 

 それから鞄を肩にかけて女子のところに向かった。

 

 軽井沢がヒステリックに叫んでいた。

 一緒に篠原も大騒ぎしている。

 どうやら下着を盗まれたのは一人ではないようだ。

 

 キンキンと甲高い声が朝テンションの俺には非常につらい。

 

「男子に決まってるじゃん! 他にいないでしょ!」

 

「もう最悪! 信じらんない! 絶対男子が犯人だよ!」

 

 桔梗が泣いている女子を慰めている。

 自己紹介の時に半泣きになっていた井の頭ちゃんだ。

 

「やっと起きてきたのね、寝坊助さん」

 

 鈴音が呆れた目を俺に向けてきた。

 まだ七時じゃないか。

 俺は学校がある日でも七時四十五分に起きる男だ。これでも早起きなのである。

 

「何人ぐらい盗られたんだ?」

 

「私を含めて五人よ」

 

「多いな」

 

「ええ、そうね。どうやら犯人は被害者の鞄を漁ったみたい」

 

 八人用のテントを無理をして十人で使っているぐらいだ。

 私物をテントの中に置くのは無理だった。鞄などはテントの傍に置いてあった。

 

「ちなみに下着を盗まれたのは私、軽井沢さん、篠原さん、佐藤さん、長谷部さんよ」

 

 見事に綺麗どころが揃ってる。

 幸い桔梗は盗まれなかったようだが。

 

 俺は後ろにいた佐藤へと振り返った。

 俺には何も言わなかったが、佐藤も下着を盗まれていたらしい。それにしてはあまり動じていないのが気になるが。

 

「佐藤まで盗られていたんだな。言ってくれればよかったのに」

 

「え、あ……ぜっ、全然平気だよっ!」

 

「大丈夫なのか?」

 

「うん。心配してくれてありがとね」

 

 まぁ、本人がそう言うなら別にいいのだが……と思っていると、後ろから耳を引っ張られた。

 

 鈴音が俺をジト目で睨んでいる。

 

「私より先に佐藤さんの心配をするの?」

 

「いや、お前の方がメンタル強そうだから……」

 

「……はぁ。私だってショックを受けているに決まっているでしょう」

 

 お前、俺にレイプされてるんだけどな。

 下着を盗まれる程度で今さら動じるような女ではないだろう。

 

 ともあれ女心が傷付いたのは理解できる。

 

「悪かった。今度、埋め合わせをするから」

 

「……その言葉、忘れないでね」

 

 埋め合わせか。デートで許してくれるかな。

 にしても、これはどういうことだ。

 ノルマから解放されて自由になったはずなのに、どんどんスケジュールが埋まっている。

 

「田中君」

 

 長谷部が俺のところに来た。

 彼女も下着を盗まれた被害者の一人だ。たぶん俺に物申しに来たのだろう。

 

「あまり言いたくはないんだけど、田中君じゃないよね?」

 

 ほらな。

 

 周りにいる女子全員が俺を注目していた。

 こういう展開になるのは予想していた。俺はこのために持参してきた鞄を地面に落とす。

 

「長谷部でいいか。俺の荷物をチェックしてくれ」

 

「いいの?」

 

「疑われるのも結構キツいからな。気にせず調べてくれ」

 

 そう言うならと長谷部が俺の鞄を調べ始めた。

 

 俺は鞄を枕にしている。

 知らない間に盗んだ下着を入れられていた、なんて心配はない。

 

「田中君はそんなことしないよ!」

 

「うん、私も信じてる! そんなことしないでいいんだよ!」

 

「……容疑を晴らすためだから仕方ないでしょ」

 

 佐藤と篠原の視線が熱い。軽井沢だけが冷めていた。

 

 鞄の中身は衣服とタオルぐらいだ。特に何事もなく調査が終わる。

 

「問題なかったよ」

 

 長谷部が言うと、女子たちに安堵が広がった。

 

 だが、これではまだまだ中途半端だ。

 

「長谷部。悪いが俺の身体とかポケットとかも調べてくれないか」

 

 そこまでする必要があるのかと長谷部が疑いの目をする。

 

「男に触るのが嫌なら別の女子でも構わない。この際だから疑いは完全に払拭しておきたいんだ」

 

「……そこまで言うなら、わかった。調べるね」

 

 長谷部がポンポンと俺の身体に触れていく。

 流石に股間はスルーだが、ポケットに手を入れたりしていた。

 

「……これは」

 

 途中で長谷部がハッとしていた。

 

 ん、どうした?

 

「長谷部さん、何かあったの?」

 

「う、ううん。何でもない。大丈夫、何もなかったよ」

 

 長谷部がそう言うと、今度こそ女子たちが表情を緩めた。

 

 篠原が「絶対、池か山内だよ!」と決め付け、軽井沢が「須藤かも!」と憤慨している。

 

 このままだと男子に突撃して荷物検査をさせろと言い出しかねないな。

 

 と思っていると。

 

「ねぇ、田中君」

 

 長谷部が小声で俺にささやいた。

 

「田中君って鎖骨の下に黒子があるんだね」

 

「ん?」

 

 ここで首元に手をやるほど俺は間抜けではない。

 

 だが、俺はまたしてもミスっていた。

 長谷部に身体チェックさせる意味を今になって気付いてしまっていた。

 

 ……やばい。やっちまった。

 もう丸一か月以上ヤってないからか警戒心を解いてしまった。

 

「そうなのか。知らなかったな」

 

 俺は鉄面皮で武装してすっとぼける。

 

 しかし長谷部は胸に手を当てて、花が咲くように微笑んでいた。

 まるで恋する乙女のような表情だ。俺の言い分をこれっぽっちも聞いてもいない。

 

「そっか。田中君だったんだ」

 

「何のことだ」

 

「別にいいの。答えてくれなくても。ただ、田中君でよかったなって思って」

 

「そうか。よくわからないが、よかったな」

 

「そうだね。本当によかった」

 

 長谷部が俺に熱っぽい視線を向けてくる。

 一体誰と俺を重ね合わせているんだろう。田中わからないでち。酸素魚雷をぶち込むでち。

 

 軽井沢たちが男子のところに突撃している。

 ほどなくして須藤の大声が聞こえてきた。激しくやり合っているようだ。もしかしたら男子の荷物から盗まれた下着が出てくるかもしれない。

 

 だが、男子と女子の対立は今さらだった。

 男子から下着泥棒の犯人が出て来たとしても、マイナス百がマイナス二百になるようなものだ。男女の関係はこれ以上は悪化することもないだろう。

 

 もうとっくに手遅れだ。チートオリ主の出る幕はない。

 

「俺じゃねぇって言ってるだろ! なんで荷物検査なんて受けなきゃならねぇんだ!」

 

「拒否するってことは、あんたが犯人なんでしょ!?」

 

「は? なんで俺がテメェみてぇなブスの下着なんかを盗むんだ? そういうの、自意識過剰って言うんだろ」

 

 ……おい、須藤。

 それは言ったら駄目だろう。

 

 言葉の刃は人を簡単に傷付ける。

 殴られた方がまだマシという言葉だって存在するのだ。

 

 篠原がよろめいて、友人に身体を支えられていた。

 気の強い篠原と言えど、ブスと言われればショックを受けるに決まっている。

 

 流石にこれは放っておけないか。

 男子と女子が睨み合っている。その間に俺は割って入った。

 

「おい、須藤、今の発言を撤回しろ」

 

「おい田中ぁ。テメェ、何様のつもりだよ」

 

 須藤が俺の胸倉をつかんできた。

 結局は暴力だ。何度も俺に負けているはずなのに成長しない奴である。

 

 溜息を吐きながら腹パンを叩き込んだ。

 須藤が目を見開き、身体を前に倒して悶絶している。

 

「篠原はブスじゃない。可愛い女の子だ」

 

 言うべきことは言ったし、須藤も喋れなくしてやった。

 

 これで女子の要求も通るだろう。

 荷物検査ぐらい受ければいいんだ。たぶん男子から濡れ衣を着せられた犯人が出てくるのだろうが、何時までも喧嘩をするのは時間の無駄である。

 

 それにしても、下着泥棒か。

 俺は周囲を見回して伊吹を探してみた。彼女の姿はどこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男子の荷物検査が行われた。

 

 女子の下着は無事に発見された。

 下着が出て来たのは須藤、池、山内、綾小路、平田の鞄の中からだった。

 

 ……平田、お前もか。

 信じて送り出した友人が下着泥棒だったなんて。という冗談はともかく。

 

「平田君が盗んだとは思えないよ! これは何かの間違いだよ!」

 

「たぶん犯人が濡れ衣を着せようとしたんだって! そうに決まってる!」

 

「池と山内じゃない? 平田君に嫉妬したんだよ!」

 

「だよね! 私もそう思った!」

 

「綾小路も何を考えているかわからないし犯人かもしれないよ!」

 

 平田も容疑者の一人なのだが、彼だけは犯人にハメられたことになっていた。

 イケメン無罪である。まぁ平田は身を切って頑張ってるから嫉妬できないんだけどな。

 

 今日は曇り空だった。遠くに黒い雨雲が見えている。

 いずれ雨が降ってくるだろう。食料は余っているが、もう少し集めておきたい。雨が降る前に食料を調達するべきだ。

 

 それとテントが足りない。

 テントは八人用だ。今は無理をして十人で使っている。

 

 テントを使えない者が十人も存在する。

 彼女たちには洞窟で雨を凌いで貰うことも考えていた。

 

 俺は桔梗たちを連れて食料を集めるために森に入り――。

 

「そこまでにして貰おうか」

 

 マッチをこすっていた伊吹が目を見開いた。

 彼女は女子のテントに火を付けようとしていた。

 

 俺は親指で小石を弾く。

 伊吹の手にあったマッチの先端がなくなっていた。

 

「化け物め」

 

 伊吹は舌打ちしてマッチの残骸を捨てる。

 

 男子のテントでも騒ぎが起こっていた。

 

 マニュアルが焼かれたと須藤が叫んでいる。

「女子がやったんだろ! この卑怯者が!」とわめき散らしていた。

 男女が言い争い、テントにいるべき女子まで男子のところに行っていた。

 

 陽動だろう。

 

「食料を調達しに行ったんじゃないの?」

 

「桔梗に任せてきた。別に俺がいなくても、彼女たちはもう自活できている」

 

 伊吹が動くという予感があったのでベースキャンプから戻って来た。

 

 マニュアルを燃やすのも陽動。

 テントを燃やすのも陽動。

 

 本命は――。

 

「鈴音を誘き出すつもりか」

 

 伊吹が唇を濡らす。

 

「へぇ、よくわかったね。やっぱあんたは油断できないな」

 

 伊吹はスポットを占有する光景を遠くから眺めていた。

 一週間あれば十人の輪の隙間を覗ける機会が一度ぐらいはあったはずだ。

 

 伊吹は鈴音、桔梗、軽井沢の三択まで辿り着いた。

 

 後は消去法だ。

 桔梗は食料調達班、軽井沢は薪拾いの班にいる。

 

 二人ともベースキャンプから離れる機会はそれなりに多い。

 何時も鞄を空っぽにするために荷物をテントに置いていく。ポケットに物を出し入れさせる機会も多い。何らかのミスやアクシデントでキーカードを出してしまう恐れがあった。

 

 鈴音は篠原の調理を手伝っていた。

 他クラスの偵察以外ではベースキャンプの外から一切出ずに生活している。

 

 以上から鈴音がリーダーである可能性は極めて高い。

 

 これは鈴音の判断ミス……と言うわけではない。

 一週間もスパイと一緒に生活するなんて想定できるわけがないのだから。

 

「お前のことは気に入っている。手荒なことはしたくない。投降してくれないか」

 

 伊吹は溜息を吐いた。

 

「私もあんたのことは嫌いじゃない。身体の相性も、その、悪くないし。でも、それとこれとは話が別でしょ」

 

 伊吹は堕ちた。

 だが、クラス同士の争いは別ということか。

 

 仕方ない。潰すか。

 俺は拳を構えた。一瞬でケリを付ける。

 

 伊吹も身構える。

 俺の拳を怯えるように見詰めていた。肩をすぼめて震えている。

 

 ……おかしい。

 

 この数日で格付けは済んでいる。

 伊吹は俺に勝てないと白状した。その言葉に偽りはないと思う。

 

 ならば、なぜ。こうして俺と対峙している。

 

 いや、待てよ。

 

 ……陽動? いや、足止めか!

 

「は? 今さらになって逃げるっての?」

 

 俺は伊吹の相手をやめて踵を返した。

 

 伊吹の相手をしている暇はない。

 

 今さらになって推理が繋がっていく。

 なぜ俺は島に潜伏しているのが龍園だけだと思い込んだ。

 

 龍園は石崎の冤罪事件で敵の存在を認識していたはずだ。

 強力な暴力に対するカウンターとしてボディーガードを置いていても不思議ではない。

 

 フリーハンドで行動できる暴力装置……おそらくは山田アルベルトだ。

 龍園の手下で喧嘩が強い者を消去法で選ぶとなると彼以外に思い浮かばない。

 

 昨夜の龍園は一人だった。それは間違いない。

 金田との密会に山田アルベルトがいなかった理由はわからない。しかし今は龍園の思惑を読むよりも大事なことがある。

 

 とっくに鈴音は誘い出されている。

 

 おそらく伊吹は下着泥棒の件で鈴音を呼び出した。鈴音にとって伊吹は容疑者の一人だ。

 

 俺は食料調達で不在だった。

 頼れそうな男子とは戦争中だ。綾小路のみならず平田までもが下着泥棒の容姿者である。

 

 それに鈴音は伊吹とは同性だから危険は少ないと判断したのかもしれない。

 

 鈴音は犯人を捕まえるチャンスだと考え、一人で誘い出されてしまった。

 待っていたのは高校生離れした体格を持つ黒人のハーフだ。

 

 伊吹は鈴音の相手をアルベルトに押し付け、自分はDクラスで混乱を起こすために放火して回った。食料調達に出ていた俺が万が一戻ってきた時、俺を足止めするためだ。

 

 鈴音が危なかった。俺は足を速める。

 アルベルトほどの巨漢が自由に動き回れる空間なら幾つか心当たりがあった。

 

 順番に虱潰しにしていく。

 

 五カ所目。俺は足を止めた。

 

 鈴音が地面に倒れていた。

 

「鈴音っ!」

 

 俺は叫び声を上げながら駆け寄った。

 

 口元に耳を寄せる。大丈夫だ。呼吸はしている。

 腕を取って脈も確認する。大丈夫だ。心臓も動いている。

 落ち着け。俺たちは学生だ。命の取り合いにはならないはずだ。

 

「……意識は、ないか」

 

 俺は鈴音を背負いあげた。

 

「なにそれ。血相を変えちゃって。笑える。そんなにその女が大事なんだ」

 

 追い付いてきた伊吹が俺をあざ笑う。

 

 俺は短く「どけ」と言い放った。

 

 伊吹がショックを受けた顔をする。

 

「わ、私は、あんたになら――!」

 

 最後まで聞かずに伊吹を置いてベースキャンプに戻った。

 伊吹は追いかけて来なかった。

 

 放火の混乱も落ち着いてきたのか、女子たちがテントの周りに戻ってきていた。

 

 俺に気付いて佐藤たちが駆け寄ってくる。

 だが、彼女たちは俺に話しかけることができなかった。

 

「……礼司君。怖いよ」

 

 桔梗が悲しそうな顔をしていた。

 俺は怒りが一段階下がったのを感じた。

 

「……悪い」

 

 鈴音をテントの中に寝かせる。

 

 俺は女子たちに事情を説明した。

 伊吹がCクラスのスパイだったこと。そして俺たちを裏切ったと言うことを。

 

「みんな、すまない。今回の一件は伊吹を引き入れてしまった俺の責任だ」

 

「違うよっ! 田中君は悪くないよ!」

 

「そうだよ! 田中君の善意に付け込んだ伊吹さんが卑劣だっただけ!」

 

「ほっといたら死にそうだったじゃん。助けるのが当然だと思う」

 

 そうだな。

 伊吹がスパイだとわかっていながら引き入れた俺が間抜けだっただけか。

 

 溜息を吐いた。

 

 しばらくすると鈴音の意識が戻った。

 

「……ごめんなさい」

 

 鈴音はずっと俯いていた。自分のせいでこうなったと言うように。

 

 それでも鈴音から経緯を聞いた。

 やはり俺の予想通りだった。伊吹に誘い出され、山田アルベルトに襲われたらしい。

 合気道を嗜む鈴音だが、腕力の差で押し切られたようだ。

 

「ごめんなさい。キーカードを奪われてしまったわ」

 

「そんな……堀北さんがリーダーだったって他のクラスにバレちゃったの!?」

 

 桔梗が大声で叫んでから、しまったと自分の口を押えていた。

 

 鈴音がリーダーだということを知っているのはDクラスでもごく僅かだ。

 

 鈴音、桔梗、軽井沢の三人の誰かだということしか知らされていなかった。

 

「あ、ご、ごめん。私、そう言うつもりじゃ……」

 

「もういいわ。どうせ手遅れよ」

 

 鈴音が溜息を吐く。

 

「礼司君がリーダーだと言うことは、もうバレてしまったのだから」

 

 そうだな。鈴音がリーダーだと言うことは龍園には――。

 

 ……あれ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鈴音は原作とは異なる大胆な作戦を実行していた。

 

 勝手にリーダーを田中礼司に設定してキーカードを受け取る。

 それからおよそ一週間に渡ってスポットを占有しているフリをしていた。

 

 ボーナスポイントを捨てたのだ。おまけに桔梗や軽井沢にすら黙っていたらしい。

 

 つまり三重のセキュリティである。

 十人の壁、三択、そして別人のキーカード。

 

 リーダーを当てられるとマイナス五十ポイントだ。

 しかし一つのスポットをずっと占有していても二十ポイントにもならない。

 

 スポットの占有は複数の拠点を抑えなければ旨味が少なかった。

 

 ならばいっそのことスポットを捨ててしまえばいいという逆転の発想だ。

 

 それ自体は優れた作戦である。

 やや守りに傾いているが、初日の男女の諍いを目にしていれば内通者が出るかもしれないと不安に思うのは当然だ。

 問題はそれが完全に裏目に出てしまったと言うことだった。

 

「本当にごめんなさい。ボーナスポイントを捨てた上にカードまで奪われるなんて、言い訳のできない失態だわ。あなたにも合わせる顔がないの。ごめんなさい、少し一人にして……」

 

 鈴音が自虐的に笑おうとして、その顔がくしゃりと歪んだ。

 いや、たしかにボーナスポイントは痛いが、大したダメージではないと思う。

 

 原作の鈴音のように俺がリタイアすればいいだけの話だ。

 

 俺はBクラスのリーダーを見抜いている。

 リタイアして失うポイントはそれで帳消しどころかプラスに転じている。いや、佐倉のリタイアを入れたら少しだけマイナスか。

 

 大丈夫だ。問題ない。かすり傷だ。

 

「鈴音。あまり自分を責めるな」

 

「……でも」

 

「お前はゆっくり休んでおけ。今までよく頑張ってくれた」

 

「……礼司君。ごめんなさい」

 

 謝るなよ。

 俺は鈴音を抱き寄せた。女子たちが驚いている。うるせぇっての。

 

「後は俺に任せろ」

 

 Cクラスのリーダーを確かめておく必要がある。

 

 俺は鈴音の背中をポンと叩いてからテントを後にした。

 

 

 

 

 

 茶柱先生はベースキャンプの外れにテントを構えていた。

 

 点呼の時しか仕事をしていないように見える。

 

 職務放棄しているように見えるが、たぶん生徒の自主性を重んじてくれているのである。

 ……溜息を吐いていいかな?

 

 先生はテントの前で俺の要求を聞いていた。

 

「Cクラスにテントが燃やされたんですけど」

 

「そうか、それは大変だったな。で、証拠はどこにある?」

 

「アカシックレコードに刻み込まれています」

 

「ふっ」

 

 おい待て。この教師、鼻で笑いやがったぞ。

 

 伊吹の放火を告発できないのはわかっていた。

 期待していないから失望もしない。ただ言ってみただけだ。

 

「そんなことより簡易トイレ用のビニールを大量に用意して欲しいんですよ。とりあえず三百枚で。もちろん使用しなかった分は返却しますから」

 

 これから雨が降ってくる。

 そうなれば備蓄していた薪は使えなくなる。その前にビニールで保護しようという作戦だ。

 

 この作戦はすでに桔梗に伝えている。

 できれば雨が降る前に戻ってきたいが、俺がいなくても桔梗なら女子をまとめて薪を雨から守ってくれるだろう。

 

「ルール上では何の問題もないな。よろしい。用意しよう」

 

 当然の返答だ。この試験のテーマは自由である。ルールの範囲内なら何をしてもいい。

 簡易トイレ用のビニールとシートは無制限に供給される。それはルールとして明記されていた。

 

 Bクラスもビニールにビニールを詰め込んでクッション代わりにしている。もし拒否されたらその辺から突いてみるつもりだったが、いらない心配だったようだ。

 

「試験はどうだ?」

 

「いやー、モテすぎて困っちゃうぜ」

 

「真面目に答えろ」

 

「心配されずとも、一位は取ってやりますよ。そういう契約ですから」

 

 俺は茶柱先生から踵を返した。

 やるべきことはやった。今度こそ本番だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍園は上機嫌だった。

 

「ご苦労だったな。お前ら」

 

 山田アルベルトは龍園にキーカードを渡していた。

 

 私はそれを横で眺めていた。

 

「Dクラスのリーダーは田中か。どんな奴だ?」

 

「三股で噂になってる奴。聞いたことないの?」

 

「ああ、そいつか」

 

 龍園も一応は知っていたらしい。とはいえあまり興味はなさそうだった。

 

「女を誑し込むしか能がねぇ雑魚だろう」

 

「成績はトップクラスだったはずだけど」

 

「なるほど。無能ではないのか。なら一応情報を集めておくか」

 

 龍園はキーカードをポケットに入れる。

 

 おそらくは学年で……いや、学校で一番強いのが田中という男子だ。私は為す術もなく彼に負けてレイプされてしまった。

 復讐の機会を狙っていたけど、それが馬鹿らしくなるほど彼は強かった。

 

 それに、まぁ……田中とするのは気持ちよかったし。

 あいつのことは、嫌いじゃなくなったし。ちょっとだけ、だけどね。

 

「ご苦労だった。伊吹、お前は先に船に戻っていろ」

 

「ちょっと待って。なんで私だけ?」

 

「警戒してるんだ。結局まだXは出て来ないがな」

 

「……Xって」

 

 龍園が言うには石崎たちを停学に追い込んだ犯人のことらしい。

 葛城を一瞬で戦闘不能に追い込んだ実力者だ。

 

 私の脳裏に一人の人物が浮かんできた。

 

 そのことを龍園に告げるべきか迷った。

 

 迷っている間に、龍園はアルベルトを連れてどこかに行ってしまう。

 

 ガサッと茂みが鳴った。

 

 田中が草むらから姿を現した。

 

「……あんた」

 

「俺のことを話さなかったんだな」

 

 田中は冷たい目をして私を見ていた。私を抱いていた時とは別人みたいな表情だ。

 

 心が痛い。そんな目をして見ないで欲しい。すべて自業自得なんだけど。

 

「私があんたのことをチクるって思ってたの?」

 

「ああ。半々ぐらいかな」

 

「……もっと信じてくれてもいいでしょ」

 

「訂正しよう。八割ぐらいは疑っていた」

 

 その言葉に、思わず私の両目から涙がこぼれた。

 

 あんなに身体を重ねたのに、彼の言葉が冷たすぎる。

 

「ごめっ、なさい」

 

 感情が堰を切られたように溢れ出す。

 

 気が付けば私は彼に抱き着いて許しを請うていた。

 この私がこんなことになるなんて。なんて無様なのだろう。

 

「泣くなよ。情が移るだろうが」

 

 彼の言葉が優しくなった。彼は暖かい目をして私を見詰めている。

 

「ごめん。意地悪しすぎた」

 

 凍えた心が解けていく。彼の言葉が嬉しくて堪らない。

 

 彼は私を抱き締めてキスをした後――いきなり突き放した。

 

「用事が立て込んでいるんだ。続きは学校に戻ってからな」

 

 田中はそう言うと龍園たちの方向に足を進めた。

 

 私はそれを時を忘れるほど眺めていた。ずっと見送り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おそろしく速い手刀。

 それは下手をすると相手を殺してしまう危険な技である。

 

 よい子は真似しちゃ駄目だからね。

 

 ちなみに俺は前世で小学生だった頃、クラスメイトに延髄チョップをやりまくった。

 みんなやりまくっていた。とある漫画のおかげで大流行していたのだ。あの頃の俺たちは頑張ればかめはめ波が使えるようになると思っていたし、裏技を使えば伝説のポケモンが仲間になると信じていた。データが壊れただけだった。

 

 話を戻すが、チョップしまくっていたが死人が出ていないからたぶん大丈夫だと思う。

 

「がっ!」

 

「――っ!」

 

 俺にかかればこんなものである。

 屋外だからインドアフィッシュは使えないけどな。おそろしく速い手刀で我慢して欲しい。

 

 Aクラスの葛城と密会が終わるまで泳がせてから襲撃。

 背後からおそろしく速い手刀で龍園とアルベルトを昏倒させた。

 

 身体をまさぐってキーカードを確認してから放置する。

 カードにはリュウエンカケルと書かれていた。やはり龍園がリーダーだったか。

 

 俺は船がある砂浜まで移動する。

 教員用のテントの裏側に身をひそめた。

 

 教師が気付いて声をかけてきたが「教員用のテントの裏に隠れてはならないというルールはありましたか?」と言ってやった。

 

 しばらくすると龍園が鞄を背負って歩いてくる。

 

 傍には山田アルベルトも一緒だった。

 

「体調不良だ。もう死にそうだぜ。リタイアさせてくれ」

 

「三十ポイントのペナルティになるが構わないか?」

 

「うるせぇよ。どうせゼロなんだ。何の問題がある」

 

「わかった。受理しよう」

 

 担当の教師が龍園の申し出を受け入れていた。

 

 まぁ、そうするだろうな。

 キーカードを見られたと判断した龍園はアルベルトに後を託してリタイアする。

 

「代わりのリーダーはこいつだ。アルベルト。お前は俺の言うことにだけに従っていればいい。余計なことは一切考えるなよ」

 

 龍園にはDクラスに危険人物がいることがバレてしまったが、蛇みたいに執念深い龍園ならどうせいずれは俺の存在に辿り着くはずだ。

 

 だがまぁ、そんなことはどうでもいい。

 

 あいつは俺を怒らせた。それがたった一つの単純な答えだ。



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24話

 ベースキャンプに戻る途中で顔に水滴が落ちてきた。

 黒い雨雲がすぐそこまで近付いてきている。そろそろ降りそうだ。

 

 ベースキャンプに戻ると、女子のテントの傍に青いビニールが並んでいた。

 想定していたより数が多い。どうやら薪だけでなく食料もビニールで包んだようだ。

 

「あ、礼司君」

 

「間に合ったみたいだな。手を貸してやれなくて悪かった」

 

「……よかった。いつもの礼司君だ」

 

 桔梗は目尻の涙をぬぐっていた。大袈裟な奴だな。

 

 俺は女子たちを見回した。

 彼女たちは俺と桔梗のやり取りを興味深そうに聞いていた。

 

 リーダーがバレて暗い雰囲気になっていると思っていたのだが、意外と平気そうだ。

 ほとんどの女子が俺のことを期待するような目をして見詰めていた。

 

「みんな。俺の話を聞いて欲しい」

 

 右手を挙手しながら言う。

 

「これから雨が降ってくるが、テントには十人しか入らない。テントに入れなかった女子の半分は雨に打たれることになる。このままだと不味い状況だ」

 

「ビニールでテントとか作れないのかな?」

 

 佐藤が俺に質問した。

 

「それかビニールを被るとか?」

 

 軽井沢が冗談めかしながら言う。

 

 現実的な策ではなかった。

 軽井沢自身もそれがわかっているのか軽い口調だった。軽井沢だけに。

 

「いや、こんな時のために洞窟を見付けてある。テントに入れなかった者は手荷物を持参して俺について来て欲しい。長時間になるかもしれないから水やちょっとした食料を持って行った方がいいと思う」

 

 女子たちが安堵していた。「流石田中君」と言っている。サスタナ。

 ちなみに洞窟は伊吹をレイプするために見付けたのであって、雨を凌ぐためではなかった。

 

 墓場まで持って行かないといけない秘密がまた増えちゃったぜ。

 

 

 

 

 

 夕方になるまで雨は降り続けた。

 暗くなる前に止んでくれて本当に助かった。真っ暗になったら女子はベースキャンプに戻れなくなるからな。

 

 食料の備蓄は充分だった。

 もうすぐ試験は終了するが、三食なら何とかなると篠原が胸を叩いていた。

 

 夕食後、俺は寝床に戻ってみた。

 自作テントに隠しておいたデジカメが気になったからだ。

 

 テントの中にキーカードが置かれていた。

 タナカレイジと書かれている。やはり俺がリーダーだったか。

 

 どうやら伊吹が返しに来たようだ。

 略奪は禁止事項である。キーカードのような試験の根幹に関わってくるものが奪われたとなれば学校側の調査が入る可能性が高い。そこらに捨ててもいいのだが、わざわざ返しに来たのは伊吹にも思うところがあったのだろう。

 

 デジカメはそのままだった。

 葉っぱの下に隠しておいたおかげで気付かれなかったようだ。

 

 バッテリーは七割も残っている。ほとんど使っていないからな。

 

 俺はデジカメを片手にキャンプに戻った。

 

 佐藤が俺に気付いて声をかけてくる。

 

「あ、田中君。それ、どうしたの?」

 

「伊吹の忘れ物だ。いい機会だから記念写真でも撮ろうかと思ってな」

 

 遊びでレンズを佐藤に向けてみる。

 彼女は「ひぁぁっ」と叫びながら他の女子の後ろに隠れてしまった。

 

「それいいね。田中君、一緒に撮ろうよ」

 

 篠原が俺の腕に抱き着きながら横ピースしていた。

 朝の一件があったからか、篠原は顔を真っ赤にしていた。

 

「か、可愛い女の子と一緒に写真が撮れるんだよ。嬉しいでしょ?」

 

「……そうだな」

 

 また桔梗に泣かれるかな。

 そう思いながら俺はデジカメを遠くに伸ばして自撮りした。

 

 篠原は俺からデジカメを受け取って写真を確認している。

 それから他の女子に自慢するように画面を見せ付けていた。

 

「ず、ずるいよ! 私も田中君とツーショットが撮りたい!」

 

「それなら佐藤さんも撮ったらいいじゃん」

 

 篠原が隠れていた佐藤を引っ張ってきて俺に押し付けてくる。

 

 佐藤は顔を真っ赤にして口をパクパクさせていた。

 

 篠原がデジカメを俺たちに向ける。

 

「一緒に映らないと意味ないでしょ。ほら、もっとくっついて」

 

「おい篠原」

 

 すでに佐藤とは肩が触れ合っているのだが、それでも篠原はシャッターを切る気配がない。

 

 俺は苦笑してから佐藤の肩に手を回してみた。

 

「あ、あああ、あの、田中君!?」

 

 佐藤が彫像のようにカチコチになる。その隙に篠原がシャッターを切っていた。

 

「はい、撮ったよー」

 

 瞬間、俺は佐藤を解放する。

 彼女は胸に手を当てて、はぁはぁと激しい呼吸をしていた。

 

「他にも田中君と写真撮りたい人!」

 

 篠原が女子に呼びかけている。

 数人が恥ずかしそうに挙手していた。長谷部もその中の一人だ。

 

 いや、俺はツーショットじゃなくて集合写真みたいなものを……まぁいいか。

 

 桔梗が頬を膨らませながらテントの中に声をかけていた。不機嫌そうな顔をした鈴音がテントから召喚される。

 

 俺たちはわいわいと大騒ぎしながら写真を撮りまくった。

 

 鈴音や桔梗とのツーショット。両手に花の写真。

 長谷部が俺の腕に抱き着いてきて皆を唖然とさせたり、なぜか軽井沢と二人で写真を撮ることになったりもした。

 

 最後はもちろん全員が入った集合写真だ。

 俺がカメラマンをすると申し出たら軽井沢に「あんた馬鹿なの?」と言われた。解せぬ。

 

 と言うわけで桔梗が茶柱先生を呼んできてカメラマンをやらせている。

 

「ほら! 何遠慮してるの! 主役は真ん中だよ!」

 

 隅っこでいいと思っていたら、篠原に背中を押されてしまった。

 

 桔梗や鈴音、篠原、佐藤、長谷部などが俺の周りに集まってきた。

 

 配置がどうのこうのと揉めていると、茶柱先生が苛立ったように「早くしろ」と声をかけてくる。

 

「佐枝ちゃん先生! 最低でも三枚は撮って下さいね!」

 

「可愛く撮って下さい!」

 

「やだ、私すっぴんじゃん!」

 

 面倒になったのだろう。

 茶柱先生は高圧的に「撮るぞ」と言い、一度目のシャッターを切ってしまった。

 

 心の準備ができていなかった女子たちが「ああぁぁ!」と頭を抱えている。

 

「先生! 撮り直し!」

 

「いやぁー! 私ぜったい変顔だった!」

 

「二枚目だ。いくぞ」

 

 無慈悲な宣告。女子たちがキリッと表情を作っていた。

 女性とは生まれながらにして女優である。そのことを実感させられる俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 礼司君は何時まで経っても起きて来なかった。

 

 昨日は夜更かししすぎたかもしれない。

 

 娯楽用品を持ち込めなくても遊ぶことはできる。

 誰かが人狼ゲームをやろうと言い出して、結局は五ゲームもしてしまった。

 

 私はルールを知らなったので最初は参加を見送った。占い師の佐藤さんが狼の礼司君を白と言って大混乱を巻き起こしたり、占い師を騙った軽井沢さんが礼司君を身内切りして無双したりと、とても楽しそうだった。

 

 きっと礼司君はまだ寝ているのだろうと誰もが思っていた。

 

 しかし礼司君は点呼の直前になっても現れなかった。

 櫛田さんが礼司君の自作テントまで走り、青ざめた顔をして戻ってきた。

 

 茶柱先生が意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「田中は体調を崩してリタイアしたぞ」

 

 空気が凍り付いた。

 

 リタイア。

 その言葉を理解するのに時間がかかった。

 

 何で。どうして。

 理由がわからない。礼司君は誰よりも真剣に試験に挑んでいた。

 

 私が失敗したから愛想を尽かしてしまったのだろうか。

 足手まといの面倒を見ることに嫌気が差してしまったのだろうか。

 

 ドロドロとした感情が胸の中を渦巻いていた。

 

「な、なんで。なんで田中君がリタイアするの!? 普通に元気だったじゃん!」

 

 篠原さんが叫び声を上げていた。

 裏切られた。見捨てられた。そんな気持ちが女子の中で蔓延していた。

 

 須藤君が鼻で笑う。

 

「ハッ! あいつ尻尾を巻いて逃げやがったのかよ! 情けない奴だな!」

 

「あんたに何がわかるのよ!」

 

 篠原さんが顔を真っ赤にしていた。

 以前と違うのは、その目に涙が浮かんでいることだ。

 

「田中君がどれだけ頑張ってたのか、あんた何も知らないくせに!」

 

「でもお前ら、見捨てられたんだろ?」

 

 須藤君が楽しそうに笑いながら言った。

 

 篠原さんが黙り込む。

 ぐっと歯を食いしばって須藤君から背を向けた。

 

 彼女の嗚咽の声が聞こえた。

 

「つか田中がリーダーだったのがバレたせいで俺らの努力まで無駄になったんだろ。せっかくポイントを節約していたのに、あいつのせいで俺たちのクラスは負けるんだぜ。マイナス五十ポイントで済めばいいけどな」

 

「須藤君。そこまでにしてくれないか」

 

 平田君が堪りかねて口を挟む。

 その目には静かな怒りが宿っていた。

 

「な、なんだよ。俺は本当のことを言って……」

 

 須藤君は今更ながらに女子の全員から敵意を向けられていることに気が付いたようだ。

 

 チッと舌打ちして不機嫌そうに口を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験が終了した。

 生徒たちは砂浜に集まって結果を待っていた。

 

「堀北さん、お疲れ様」

 

 一之瀬さんに声をかけられる。

 彼女はDクラスの生徒を見回して誰かを探していた。

 

「田中君ならリタイアしたわよ」

 

 溜息を吐きながら答える。

 一之瀬さんは眉をひそめていた。

 

「リタイアって、一昨日に会ったけど普通に元気だったよ。怪我でもしたの?」

 

「体調不良と言うことらしいわ」

 

「……それは、おかしいね」

 

 一之瀬さんは考え込みながら自分のクラスに戻って行った。

 

 その時、ざわめきの声が上がった。

 

 森の中から一人の生徒が出てくる。

 黒い肌をした巨漢だった。私は他のクラスの生徒をあまり知らない。

 

 しかし私はその男子のことを知っていた。

 伊吹さんに連れ出された先で待っていた男子だった。

 

「Cクラスの山田アルベルト君だよ」

 

 櫛田さんがDクラスのみんなに教えていた。

 

 龍園君はどこにもいなかった。

 彼の推測は外れていた。Cクラスのリーダーは山田君なのだろう。

 

 でも、リーダーの礼司君はもう船に戻っている。

 他クラスのリーダーを当てる権利は使えなくなっていた。もし龍園君と書いていたら五十ポイントを失っていたから、これでよかったのかもしれない。

 

 Dクラスは佐倉さん、高円寺君、礼司君の三人がリタイアした。

 これで二百十ポイント。

 さらに物資を七十ポイントで購入している。残り百四十ポイント。

 伊吹さんのCクラスにリーダーを当てられ、マイナス五十ポイント。

 

 礼司君が言うにはCクラスはAクラスと繋がっているらしい。

 Aクラスにリーダーを当てられて、さらにマイナス五十ポイント。

 

 これで残りは四十ポイントだ。ゼロでないだけマシだろう。

 おそらくDクラスは最下位になる。さらに他のクラスに差を広げられてしまった。

 

 これではAクラスに上がるなんて夢のまた夢だ。

 

 真嶋先生が壇上に上がる。

 どうやらポイントの集計が終わったらしい。

 

「ではこれより特別試験の順位を発表する」

 

 いよいよ結果が発表されるのだ。

 神に祈るように手を握る者。友達と抱き合う者。聞きたくないと耳を塞ぐ者。

 Dクラスの女子たちは悲観的だった。

 おそらく今まで私たちを導いてきてくれた彼がいないからだろう。

 

 私たちは彼が居なくなって、改めてその存在の大きさを理解させられていた。

 

「最下位はCクラスの0ポイントだ」

 

 山田アルベルト君は口を開いて驚いていた。

 それから外国人じみた仕草でやれやれと首を振っている。

 

 ……どう言うこと?

 

 Dクラスのリーダーが礼司君だったことは、Cクラスの伊吹さんによって伝わっているはずだ。

 何らかのアクシデントがあったのだろうか。

 

 それとも伊吹さんが裏切った?

 いや、彼女は下着を盗んで男子に濡れ衣を着せ、マニュアルまで焼いている。

 後に退けないほどDクラスを滅茶苦茶にしてしまった。

 

 わからない。私が考えている間にも、順位の発表が続けられている。

 

「続いて三位はBクラスの五十ポイント」

 

 Bクラスから残念そうな声が上がる。

 一之瀬さんはクラスの仲間にごめんなさいと両手を合わせて謝り、頭を下げていた。

 仲間たちはそこまでしないでいいと彼女を慰めている。

 

 Bクラスはあれだけ堅実にポイントを節約していたのに、これはどういうことだろう。

 一之瀬さんのクラスは一人もリタイアを出していない。三百ポイントからのスタートだ。

 

 生活で百ポイントほど消費していても二百ポイントは残っている。

 となると三クラスから攻撃を受けたとしか思えない。

 

 おそらくはCクラスのスパイにしてやられたのだろうが、他のクラスもBクラスのリーダーに気付いたと言うことになる。

 

「二位はAクラスの百七十ポイント」

 

 ざわめきが起こった。

 Aクラスの生徒は予想外の結果だったのか顔を見合わせている。

 私たちを拠点から追い払った時には自信に溢れていた葛城君も今は動揺を隠し切れていなかった。

 

 ちょっと待って。私は思わず呟いてしまう。

 

「……どういうこと。ポイントが低すぎる」

 

 礼司君はCクラスの物資がAクラスに流されていると言っていた。

 

 しかしこの結果は裏取引をせずに普通に試験に挑んだとしか思えない数字だった。

 これも礼司君の読みが外れていたのだろうか。

 しかし、そうだとすると葛城君が動揺している理由の説明が付かなくなる。

 

 いや、違う。

 そうではない。

 

 Dクラスの生徒たちは唖然としていた。

 四位から順番にC、B、Aと来たのだ。残っているのはDクラスだけである。

 

「ちょっと待って。もしかして、私たちが……」

 

 櫛田さんの声が震えていた。

 

「一位はDクラス。二百九十ポイント」

 

 あまりの結果に私たちは言葉も出て来なかった。

 他のクラスがざわざわと騒いでいるのに、Dクラスの生徒だけが静まり返っていた。

 

 しばらくすると、やっと現実感がやって来たのか叫び声が上がる。

 

「きゃあぁぁぁぁ!」

 

「何で!? 何があったの!?」

 

「すごい! 私たちが一位なんて信じらんない!」

 

 女子たちが抱き合って大喜びしている。

 

 男子も「うおぉぉぉっ!」と雄叫びを上げていた。

 

「これは……何が起こったの?」

 

 五十ポイント……いや、ゼロポイントすら覚悟していたのに。

 

 これは、礼司君が何かしたに違いない。

 私たちが想像も付かないことをやってのけたのだ。

 

「礼司君……あなたっていう人は、本当に……」

 

 私の胸の内側から熱いものが込み上げてきた。

 

「堀北さん! これってどういうこと!? 田中君のおかげなの!?」

 

 興奮した佐藤さんが私の手を握り締めてくる。

 

 本当は私だけの秘密にしておきたかった。

 彼が優れた人物だということは、私だけで独占したかった。

 

 けれど同時に彼のことを知って貰いたいという気持ちもあった。

 

「ええ、そうみたいね。でも何をしたのかは私にもわからないわ」

 

 女子たちが「流石田中君!」と喜んでいた。

 

 やってしまった。私は溜息を吐いた。

 

 けど、悪い気はしなかった。

 一緒に試験を乗り越えて、私は彼女たちを仲間だと思い始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえずは腹ごしらえだ。

 船室でシャワーを浴びた俺はレストランに直行した。

 

 篠原の手料理は好きだ。

 でもそれとこれは別というか、今の俺はガッツリ食べたいのだ。

 

「あ、あんた……」

 

 ばったり出くわした伊吹が口をパクパクさせていた。金魚かな。

 

 俺はそれを無視してチャイナレストランに突入する。

 

 気分は中華だった。油まみれのものがいい。ジャンクな料理を貪りたいのだ。

 

「何であんたがここにいるのよ!」

 

 伊吹が俺についてくる。

 ちゃっかり俺と同席していた。

 

 俺は回転するテーブルで遊びながら伊吹に答える。

 

「リタイアしたからに決まっているだろう」

 

 片手を上げて店員を呼ぶ。俺はメニューを指で示しながら大量に注文した。

 もちろん全部食うつもりだ。せっかく無料なのだから食わないと損だろう。

 

「田中はどこだ」

 

 男の声がした。

 俺が他人のフリをしていると、チッと舌打ちの声が聞こえる。

 

 伊吹がチラチラと俺とそいつを見比べていた。

 やめろっての。俺が田中だということがバレるだろ。

 

「お前が田中だな」

 

 勝手にテーブルに腰かけてくる。

 龍園だった。制服を着崩していてロンゲっぽい髪型をしている。

 

「餃子が来たぞ。お前も食うか?」

 

 龍園は俺の言葉を無視した。

 

「やってくれたな、田中。俺たちをハメた気分はどうだ?」

 

「男をハメるとか言うなんてお前ホモかよ」

 

「ククッ。頭がおかしいフリをして惚けるつもりだな」

 

 龍園は餃子を手づかみで口に入れた。

 結局食うのか。と言うかお箸ぐらい使えよ。タレも付けろよ。

 

「リタイアしてリーダーを変更したのか。俺の他に同じ策を使う奴がいるとはな」

 

「全部堀北に指示されてたんだ。俺はそれに従っただけだ」

 

「安っぽい嘘だな」

 

 餃子二つ目だ。気に入ったのかな。

 犬歯を剥き出しにして笑っているけど、ちょっと息がニンニク臭くなってるからね。

 

「石崎たちをハメたのもお前だな」

 

「だからハメるとか言うのをやめろよ」

 

「あくまで白を切るか。ならば、いずれ口を割らせてやるまでだ」

 

 唐揚げが到着する。龍園は無造作に付け合わせのレモンを絞ろうとした。

 

「おい馬鹿やめろ!」

 

 唐揚げにレモンをかけるな。

 俺は大声を上げる。客の生徒たちが一斉に俺たちに注目した。

 

 客と言ってもリタイアしたCクラスの生徒ばかりだ。

 

「そんなことをしたら戦争になるぞ?」

 

 龍園は目を見開いていたが、すぐに「クククッ」と笑い出した。

 

 結局レモン汁を振りかけて唐揚げにガブリとかぶり付き、席から立ち上がってしまう。

 野郎……やりやがった……。

 

「戦争か。楽しみにしているぜ」

 

 不敵に笑いながら立ち去っていく。

 

 残されたのはレモン汁で濡れた唐揚げだった。

 龍園は残虐非道な男だ。どうしてこんな酷いことができるのだろう。

 

「あ、始まった」

 

 伊吹が携帯電話を見ながら呟いた。

 試験の結果発表が学園のホームページで生放送されているのだ。

 

 伊吹が耳にイアホンをしようとする。

 

「俺にも聞かせろよ」

 

 伊吹は俺にジト目を向けていたが、やがて溜息を吐いて俺の隣に席を移した。

 

 イアホンの片方を渡される。同じ画面を二人で眺めた。

 伊吹の耳が真っ赤になっていた。可愛い奴だ。

 

「Dクラスが一位?」

 

「意外とチョロかったな。ちょっとポイントを稼ぎすぎたか」

 

 どうやら綾小路は仕事を全うしてくれたようだ。

 リーダーなんてクソめんどい役目を押し付けてしまった。これは後で埋め合わせをしてやらないといけないか。

 

 それにしても、どこかでミスして二百ポイント前後になると予想していたが、俺のリーダー予想はすべて的中していたようだ。

 

 この調子だと二学期中にはCクラスに上がれそうだな。どうでもいいけど。

 

「アンタがリタイアしてリーダーを降りたのは私にもわかる。けど、この結果はどう考えても異常すぎる。完全にDクラスの一人勝ちじゃない」

 

「そうだ、一人勝ち。わかってるじゃないか」

 

「ふざけないで。真面目に答えてよ」

 

 伊吹が俺を睨んでくる。

 ……仕方ないな。

 俺は席にあったアンケート用紙の裏側にボールペンを走らせた。

 

「まずは最下位のCクラス。二人のリタイアによりスタートは二百四十ポイントだったが。これは全てのポイントを吐き出してゼロポイントになっているから関係ない」

 

 俺は用紙に数字を書き込んでいく。

 

 Aクラスのリーダーを当ててプラス五十ポイント。

 Bクラスのリーダーを当ててプラス五十ポイント。

 

 Dクラスのリーダーを外してマイナス五十ポイント。

 Dクラスにリーダーを当てられてマイナス五十ポイント。

 

 差し引きしてゼロポイントだ。

 

「可哀想に。お前の一週間の努力は水の泡になったな」

 

「喧嘩売ってんの?」

 

「買うか?」

 

「……買わない」

 

 伊吹がすねたようにそっぽを向く。かわいい。

 

「次は三位のBクラス。これは三百ポイントからのスタートだ」

 

 生活費でマイナス百ポイント。

 AクラスとCクラスとDクラスからリーダーを当てられてマイナス百五十ポイント。

 

 残りは五十ポイント。

 一之瀬には悪いことをした気がする。反省はしていないが。

 

「で、Aクラス。葛城は龍園との裏取引で物資の提供を受けており、ポイントを消費せずに試験を乗り切っている。だが坂柳の不参加によりマイナス三十ポイントだ」

 

 Aクラスは二百七十ポイント持っていた。

 

 だが、CクラスとDクラスにリーダーを当てられてマイナス百ポイント。

 さらにDクラスのリーダーを当てるのに失敗してマイナス五十ポイント。

 

 残ったのが百二十ポイントだ。

 ここに龍園からの情報提供でBクラスのリーダーを当ててプラス五十ポイント

 合計、百七十ポイント。

 

 悪くはない結果だが、龍園との裏取引によって大量のプライベートポイントを失っている。葛城はこれから苦境に立たされるだろう。

 

「最後に一位になったDクラスだ」

 

 俺、高円寺、佐倉の三人がリタイアあるいは不参加。

 三百ポイントから九十ポイントを失い二百十ポイント。

 

 生活物資で七十ポイント消費。残り百四十ポイント。

 

 A、B、Cクラスのリーダーを的中させ、プラス百五十ポイント。

 

 最終的に二百九十ポイント。

 

「圧倒的だな、我がクラスは」

 

 俺はアンケート用紙を伊吹に見せ付けると、それを折り畳んで胸ポケットに仕舞った。

 

 すると伊吹がいきなり俺を殴ってきた。じゃれつくような軽い拳だから避けなかったが。

 

「いきなり何をする」

 

「うるさい! 大人しく殴られろ!」

 

 何と言う理不尽な言い草だ。

 店員がハラハラして俺たちを眺めている。迷惑な客でごめんなさい。

 

 俺は伊吹の手をつかんだ。

 

 イアホンが抜けて床にコードが垂れていた。

 

「なんか、ヤリたくなってきた」

 

「……最低」

 

 伊吹と密着する距離でベタベタ触り合っているのだ。

 これは興奮しても仕方ないと思う。

 

「ヤラせろよ」

 

「……最低っ!」

 

 伊吹が顔を真っ赤にして俺を睨む。

 

 俺は伊吹の耳元でささやいた。

 

「部屋に行くか。お前も来いよ」

 

 なんか食欲よりも性欲の方が勝ってきた。

 船室は相部屋だからな。クラスの連中が戻ってくる前に性欲を満たしておきたい。

 

 伊吹は俺から目を逸らしながら恥ずかしそうに小声で呟いた。

 

「行く」

 

 あんま時間なかったから一回戦だけだけどな。

 

 

 

 

 

 食欲を満たし、性欲も満たした。

 

 俺は船のデッキでDクラスの生徒が戻ってくるのを待っていた。

 

 途中で試験を抜けてしまったからな。

 恨み言の一つでも言われるだろうが、謝るなら今のうちだからな。

 

「礼司君っ!」

 

 俺を見付けた桔梗が声を上げる。

 クラスの女子たちが小走りに俺に駆け寄ってきた。

 

「すごいよ! ホントすごいよ!」

 

「一位になれたのは田中君のおかげなんだよね!」

 

 何も言わずに居なくなったにしては対応が優しい。

 

 それに彼女たちは俺のおかげで勝利したと思い込んでいるようだ。

 

「いや、それは違う」

 

 俺は自分だけが称賛されるのが、どうにも納得いかなかった。

 

「勝てたのは俺のおかげじゃない。みんなのおかげだよ」

 

 原作よりも少ないポイント消費でサバイバルを乗り切ったのだ。

 俺の手助けがあったとしても、彼女たちの努力は誰にも否定できない。

 

「田中君っ!」

 

「それ、卑怯だよ! カッコよすぎるよ!」

 

「何でそういうことを言うの……なんか泣いちゃいそう」

 

 女子たちが俺に抱き着いてきた。

 予想外だな。怒られると思っていたのに、なぜかモテモテだ。

 

 うむ。天国だ。

 男子に修復不可能なレベルで嫌われたが、これはこれで最高だった。

 

 鈴音が潤んだ瞳を俺に向けてくる。

 

「礼司君」

 

「鈴音。身体の調子はどうだ?」

 

 鈴音は山田アルベルトにボコられていた。

 心配そうに声をかけると、鈴音は感極まったように涙をこぼす。

 

「ええ、もう大丈夫。ごめんなさい。私が足を引っ張ってしまって」

 

「謝る必要はないと言っただろう。俺だって何個もミスをしている」

 

 バレてないだけ……と言うか、大事なのはミスった後のリカバリーだ。

 

「それにAクラスとCクラスが自爆したのは鈴音のおかげだ。両クラスはリーダーを当てるのに失敗して五十ポイントを失っている。見方を変えればファインプレーになるじゃないか。だからそんなに落ち込むなよ」

 

 俺は胸ポケットからアンケート用紙を取り出して鈴音に押し付けた。

 鈴音はそこに書かれていた数字を眺め、さらに涙が止まらなくなっていた。おかしいな。慰めるつもりだったのに悪化してるぞ。

 

「これは……そう……そうだったのね……」

 

 鈴音は両手で何度も涙をぬぐっていた。

 

「礼司君。ごめんなさい。ちょっと胸を貸してくれない?」

 

 俺の周りにいた女子たちが道を開ける。

 鈴音は俺の胸に飛び込み、胸元に涙を押し付けてきた。

 

 ジジイがぶつぶつと呟いていた。

 

「これはレイプのレイプではない。しかしあるいはレイプのレイプかもしれない」

 

 原型ないやん。

 解読する気はないから放置しておくが。

 

 なんかそのセリフ、不穏な気配を感じるんだよなぁ。

 伊吹をレイプしてノルマ達成したんだから、しばらくは消えてろよ。頼むから。



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25話

石崎、小宮、佐倉が不在だけど船の試験のチーム分けは基本的には原作通りってことでお願いします。これ変えちゃったらエタるから。


 豪華客船七日間の旅だった。

 途中でどこかに寄港するわけでもなく、岸田さんがSOSを発信しているわけでもない。

 

 平和な船旅だ。これこそ俺が求めていた――。

 

「ヘヘッ、ひどいことをしやがる奴もいるもんだぜ」

 

 須藤がニヤニヤ笑っている。

 

 俺の部屋のベッドがズタズタに切り刻まれていた。

 数時間前まで伊吹とヤッていたベッドだが、今やそこら中に羽毛が散乱している。

 

 船室は相部屋になっている。

 その中に須藤がいたのでこうなることは予想していた。

 

 まさか初日からやらかすとは思ってもみなかったが。

 

 俺は溜息を吐きながら携帯で現場を撮影しておいた。

 

「お、おいっ、何やってんだよ?」

 

「俺では手に負えない問題だからな。茶柱先生に訴え出るつもりだ」

 

「は、はぁ? いきなりセンコーに頼るのかよ?」

 

 期待していた反応ではなかったのだろう。

 須藤の表情には焦りが見えた。短絡的に行動するからこうなるのだ。

 

「学校はいじめ問題には敏感だから、すぐに犯人探しが始まるかもな?」

 

「い、いじめとは決まってねぇだろ! どっかの部外者が悪戯でやったのかもしれねぇぞ!」

 

「なおのこと問題だな」

 

 俺が船室を後にすると、扉の向こうから「早く片付けろ!」と声が聞こえた。

 

 同室の池や山内に命令しているようだ。

 

 とはいえ俺の手元には写真がある。切り刻まれた布団と一緒に写っているのは笑顔の須藤君だ。片付けたところで飛び散っている羽毛をどうにかする程度だろうし、証拠を隠滅しようとすると怪しさが増すだけである。

 

 それにしても須藤はいい仕事をしてくれた。

 

 教員用の部屋を訪ねてみたら、ちょうど茶柱先生がいたので泣きついてみる。

 

「先生っ! ぼく、いじめられてるんです!」

 

「そうか」

 

 冷ややかな視線が返ってきた。

 

「世の中には、いじめられる側も悪いという言葉がある」

 

「それ教師が言ったら駄目な奴です」

 

「もちろん冗談に決まっているだろう。ユーモアを解さない奴だな」

 

 先生も休暇を満喫しているらしい。

 ベッドに半身を横たえてリラックスしていた。エロい。

 

 それにしても生徒の相談を受ける体勢じゃないよね。

 

「……これは、また面倒事を起こしてくれたな」

 

 茶柱先生は頭痛を堪えるように顔をしかめ、ベッドの横に置かれていたトロピカルなドリンクに手を出した。

 

 ただ、分厚いファイルも手元に置かれていた。次の仕事の資料なのだろう。

 

「うわ、すごいね。見た感じ、一緒に写ってるこの子が犯人かな?」

 

 星之宮先生が俺の携帯を覗き込みながら目を丸くしていた。

 

「で、お前はどうしたい? 犯人探しでも要求するつもりか?」

 

「犯人とかどうでもいいので個室を下さい」

 

「……それが目的か」

 

 須藤、池、山内と同室なんて嫌すぎる。

 俺はこれを布石にしてマイルームをゲットするつもりだった。

 

 マイルーム。サーヴァントと語り合う部屋……ではなくヤリ部屋である。

 

「どうせあるんでしょう? 何かあった時のための部屋ってのが」

 

「まぁ、あるにはあるが」

 

 先生が俺をジト目で観察してきた。

 本当にお前を隔離する必要があるのかと疑うような眼差しだ。

 

「どうせ犯人の証拠は出て来ないですよ。警察が科学調査をするなら別ですがね。調査したのに何もなかったら、奴は調子に乗って同じ行動を繰り返すだけです」

 

 エスカレートしていくのは言うまでもない。

 そうなれば須藤やDクラスだけの問題ではなくなる。学校自体が問われることになる。

 

 茶柱先生が溜息を吐いて、星之宮先生に視線を投げた。

 

「お前はどう思う?」

 

「うーん。私には田中君が個室を欲しがっているだけにしか見えないけど、面白そうだから提案を受けてもいいんじゃないかな。ただし、私ならタダってわけにはいかないけどね」

 

「……三十万プライベートポイントだ」

 

 有償ってことになったか。

 たぶん星之宮先生が傍にいるから簡単に許可を出せなかった、と言うことかな。

 

「学校に戻ってから三十万プライベートポイントを徴収する。足りない分は借金扱いとして、翌月に支給されるはずだったポイントから払って貰う。この条件が呑めるなら個室を与えてやってもいいぞ」

 

「うわー、佐枝ちゃん鬼だねー」

 

「うるさい。一人の生徒を特別扱いするなら、それ相応の代償が必要というだけだ」

 

 ここまで条件を厳しくすれば星之宮先生も口を出せない。

 

 それともう一つ。

 この後に行われる特別試験でポイントを稼いで来いと発破をかけているのだろう。

 

 三十万ポイントか。

 まぁ、大丈夫だろう。次の試験は大量のポイントを稼げるようになっている。

 

 これでヤリ部屋ゲットだぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はサバイバルが終わったばかりでダウンしている者が多い。船内もどこか寒々しかった。

 例外は早々にリタイアしたCクラスの生徒である。

 元気に遊び回る彼らを見ながら、椎名あたりは暇をしているかなと思っていると。

 

 俺の携帯が振動した。

 確認すると、桔梗からのメールだった。今すぐ会いたいと書かれている。

 

 文面だけなら甘酸っぱさ全開だったが、このメールには絵文字や顔文字が使われていない。

 普段の桔梗らしくない、どこか切迫した緊張感が漂っていた。

 

 とりあえず会ってみるか。

 

 指定されていた船外のデッキに足を運ぶ。

 無数のベンチが並ぶその一つに桔梗が座っていた。

 

 桔梗は夕日に照らされた水面を眺めていた。

 

「何を見ているんだ?」

 

「あ、礼司君。ごめんね、急に呼び出して」

 

 特に意味のない質問はスルーされる。俺は気にせず彼女の隣に腰を下ろした。

 

 チラリと桔梗の横顔を確認する。

 髪がほのかに濡れていた。シャワーを浴びてきたようだ。

 

「どうしたんだ。疲れているなら無理をせずに部屋で休んだ方がいいぞ」

 

「心配してくれてありがとう。私もそうしたかったんだけどね」

 

 桔梗が苦笑する。どうやら事情があるようだ。

 

「これ、見て欲しいの」

 

 差し出された携帯を眺める。

 ……なるほど。だからこそ俺が呼び出されたと言うことか。

 

「どうして、そいつがそこにいるんだ」

 

 背後から声が聞こえた。

 池寛治が呆気にとられた顔をして立ちすくんでいた。

 

 池は桔梗にメールを送っていた。

 話があるので会いたいと書かれていた。

 

 桔梗は指定されていた時間の十分前に俺を呼び出しておいた。

 ボディーガードとしてか、あるいは――。

 

 桔梗が俺に抱き着き、唇を吸った。

 

「――っ! ちくしょう!」

 

 池が明後日の方へと走り出した。もう脈ないよ、お前。

 

 桔梗が妖艶な笑みを浮かべて池の背中を見送っている。

 

 ブラックモードはやめてくれませんかねぇ。

 

「ごめんね、礼司君。体のいい虫よけみたいに使っちゃって」

 

 俺を見上げた桔梗の表情は、もう普段通りに戻っていた。

 

 虫か。

 無意識に言ったのだろうが辛辣すぎる。

 

 もはや桔梗にとって池とは虫と同じなのだろう。あるいはそれ以下かもしれないが。

 

「あれ?」

 

「どうしたの?」

 

「……いや、何でもない」

 

 これってもしかして俺が悪くね?

 池を泣かせるために俺が仕組んだような構図になっているわけだが。

 

 ま、まぁいいか。

 池が落ち込んだところで俺の知ったことではない。

 

「気を取り直して、飯でも食いに行くか?」

 

「うん! やった! 礼司君とデートだ!」

 

 おう。腹ごしらえをした後はヤリ部屋に直行だけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に連れ込んだ直後に、俺は桔梗の身体を抱き締めていた。

 

「あ……礼司君……駄目だよ……」

 

「何が駄目なんだ?」

 

「だって、私たちだけ、部屋でこんなことをしているなんて……」

 

「こんなことって?」

 

 桔梗は恥ずかしそうに目を逸らす。

 

「え、エッチなこと。……もう、言わせないでよ!」

 

 礼司君の馬鹿と言いながら胸をポカポカ叩かれるが、唇を奪うと大人しくなった。

 

 優しくベッドに押し倒す。

 ボタンを外して制服を脱がせていくのを、桔梗は固唾を呑んで見守っていた。

 

 豊満な乳房が露わになる。俺は乳首に吸い付いた。

 ピンク色の乳首を舌でベロベロと嘗め回す。

 

「あっ……やぁっ……あっ……あぁっ……」

 

 桔梗は両手をぎゅっと握り締めて、身体を緊張で強張らせていた。

 俺は手すきの左手で股座を探る。ショーツの中に手を潜り込ませると、くちゅりと指先が濡れたのがわかった。

 

「なんだ、もう濡れてるじゃないか。実は期待していたのか?」

 

「……久しぶりだもん。礼司君に触られたら、我慢なんてできないよ」

 

「そうか。もう挿れても大丈夫そうだな」

 

 俺は桔梗の制服を半脱ぎ状態にしてから入口に肉棒を押し付けた。

 

「あっ! あっ! ああぁぁぁ! 礼司君の、入って、くる……」

 

 ぐっと腰を押し出すと、ねっとりとした膣内が俺を出迎えてくれる。

 

 グロテスクな肉棒を押し込まれて、桔梗の膣口は張り裂けそうなほど広げられている。

 しかし俺のものを何度も受け入れているおかげで、俺のペニスはぬるりと簡単に呑み込まれていった。

 

「はぁっ、あぁっ、礼司君の、おっきい……」

 

「動くぞ」

 

「う、うん。優しくね?」

 

 桔梗は少女漫画のようなロマンチックなセックスが好きなのだろう。彼女は行為の度にそう言うが、今まで優しくできた試しがなかった。

 

 どうしても興奮するとガンガン突きまくってしまうのだ。

 

 と言うわけで、悪いな、桔梗。

 

 俺は探るように何度かピストンすると、段階的に速度を上げていった。

 最初はスローセックスのようだったのが、何時しか貪るように腰を振りまくっていた。

 

「あっ、あっ、あっ、やぁっ! はげしいっ、よっ! ああっ!」

 

 桔梗は目を見開き、酸素を求めるように口をパクパクさせていた。

 

「はぁっ、ああんっ! れ、礼司君! 駄目だよ! 優しく! あぁっ! お願いだから! あっ! ああっ! あっ、あっ、あんっ! いやっ、ああぁぁっ!」

 

 何だかんだで膣内は俺のペニスを吸い込むように脈打っている。

 

「あっ、あんっ、そ、それ、だめぇっ! あんっ、ああっ、あぁぁっ!」

 

 子宮口をぐりぐりと攻めると、桔梗は思わずというように俺に抱き着いてきた。

 

「ああぁぁぁ! だめぇぇっ!」

 

 亀頭と子宮口が愛し合うようにキスをして、桔梗は一度目の絶頂を迎えた。

 俺の身体を抱き締め、ビクビクッと痙攣する。噴き出た愛液がシーツを濡らしていた。

 

「……あっ……あっ……」

 

 桔梗はぐったりと脱力していた。

 回復するのを待つ間、俺は桔梗のおっぱいを楽しませて貰う。

 

 そろそろかなと思ったので抽挿を再開すると、桔梗は首を横に振って悲鳴のようなあえぎ声を上げ始めた。

 

「ああっ! だ、だめ! まだ動かないで!」

 

 ちょっと早かったか。

 だが、もう俺の我慢も効きそうにない。悪いが桔梗には耐えて貰うとしよう。

 

「あぁーっ! あぁっ! いやあぁ! ああぁん! あっ! ああーっ!」

 

 部屋の外まで聞こえそうな声だった。

 俺は慌てて桔梗の口をキスで塞ぐ。

 

 桔梗は快楽と酸欠で大変なことになっていた。

 顔を真っ赤にして涙をポロポロと零している。

 

 でも、俺もそろそろイキそうなんだよな。

 あともう少しだ。俺は一心不乱に腰を叩き付けた。激しい動きに唇が離れてしまう。

 

「んあっ、あっ、あぁっ! ああぁぁーっ!」

 

「桔梗! イクぞ!」

 

「う、うん! きてっ! あんっ! あっ、いっちゃうよ! ああぁぁぁっ!」

 

 腰を桔梗と密着させる。

 

「ああぁぁぁ! いっ、くぅぅぅ!」

 

 桔梗が俺に抱き着いて痙攣する。

 俺は一滴も漏らさないとばかりに亀頭を子宮口に押し付け、精液を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 俺は船内レストランで朝食を取っていた。

 

 ビュッフェスタイルである。

 一人寂しくテーブルを使っていると「おっはー!」という古臭い挨拶が聞こえた。ゆとり世代に流行っていた古式ゆかしい伝統的な挨拶である。ほぼ死語だった。

 

 俺はコーヒーをすすった。ブルーマウンテンである。コーヒーの良し悪しは俺にはわからないが、何となく美味い気がする。

 

「無視しないでよ!」

 

 椅子をガシガシと蹴られてしまった。

 トレイを抱えた一之瀬が俺にガンをつけていた。何様だこいつ。

 

 一之瀬は俺の許可を得ずに、勝手に対面に腰を下ろしていた。

 

「おっはー!」

 

「だからそれは何なんだ?」

 

「知らないの? ゆとり世代に流行っていた挨拶だよ。おっはー!」

 

「……止めろ。頭が痛くなってくる」

 

 どうやら突発的なブームらしい。

 朝から謎のハイテンションだった。正直ついていけない。

 

 後ろに控えているBクラスの女子たちが楽しそうにこちらを見ている。

 

 今日は白波は一緒ではないようだ。

 流石にあんな裏切りをしておいて顔を出せるとは…………。

 

 五つ隣のテーブルにいた。

 一之瀬のことをねっとりとした目で見詰めている。

 

 色々とこじらせすぎてヤバそうな視線だ。……見なかったことにしよう。

 

「無人島ではよくもやってくれたよね。あれって田中君の差し金なんでしょ?」

 

「いや、鈴音の作戦だ」

 

「嘘だね。Dクラスの女の子が言ってたよ……って、鈴音ぇ?」

 

「Bクラスは残念だったな。あまりポイントを伸ばせてなかった」

 

「話を逸らさないで」

 

 真顔だった。

 ホラー映画みたいだ。こわい。

 

「タナカス君」

 

「それやめろ」

 

「堀北さんのこと、名前で呼んでるの?」

 

 真顔だった。

 日本人形みたいだ。こわい。

 

「ちなみに櫛田のことも桔梗と呼んでいる」

 

 あえて墓穴に飛び込んでみる俺である。

 どうせ後でバレるから、隠しておくよりも今バラした方が傷は浅いという打算だった。

 

「ききょぉぉぉっ!?」

 

 奇声を上げながら机の下で俺の足が踏み抜かれた。痛い。

 

「ねぇタナカス君! 恋人を差し置いて他の女の子を名前で呼ぶなんて、一体どういうつもりなのかな!? 私のことは遊びだったのかな!?」

 

 一之瀬がフォークで俺の手をブスブスと突いてきた。痛い痛い痛い。

 

 俺は真摯な顔をして一之瀬の手を両手で握り締めた。

 

「ごめんな、帆波。本当はお前のことを最初に名前で呼ぶつもりだったんだ」

 

「……だ、騙されないからねっ!」

 

 と言いながらも、一之瀬もとい帆波の口元はひくひくしている。チョロい。

 

 もう一押しだな。

 

「信じてくれ、帆波」

 

「うっ! そ、そんな目をしたって駄目なんだから!」

 

「帆波」

 

「……うぅぅ。私ってダメ男に引っかかるタイプだったのかなぁ」

 

 堕ちたな。

 心の中でゲス顔を浮かべる俺である。

 

 俺って女癖が悪いらしい南雲副会長のことを笑えないよね。

 

 パリンと音がした。

 白波が皿を床に落としていた。ウエイターが駆け寄って来て、白波は礼儀正しく「すいませんでした」と頭を下げている。……見なかったことにしよう。

 

「れ、れいじく、タナカス君はもう食べ終わったの?」

 

「なぜタナカスになる」

 

「れ、礼司君っ!」

 

 やけくそになったみたいに帆波が叫ぶ。

 

「……肉をお代わりしてくる。なんか取ってきて欲しいものはあるか?」

 

「別にいいよ。私、朝はあんまり食べないんだ」

 

 などと供述しながら、帆波のトレーにはちゃっかりとケーキが三つも乗っていた。

 

「こ、これは違うもん! 無人島で痩せた分を取り戻してるだけだもん!」

 

 俺がカロリーの塊を凝視していることに気付いて、帆波が赤面しながら弁解している。

 

 ……口調が幼児退行しているのだが。

 

「礼司君は恋人がガリガリでもいいって言うの!」

 

「デブったら捨てるから」

 

「ひどっ! 血も涙もないよ!」

 

 いや、デブ之瀬とか無理だから。

 

 たぶんサバイバルを頑張った自分へのご褒美とか考えているのだろう。

 ビュッフェスタイルだと、ついつい食べ過ぎてしまうからな。

 

 だがそれは罠だ。

 サバイバルではカロリーが制限されていた。そこに一気に高カロリーをぶち込むと、栄養を欲しがっている身体は余すことなく吸収してしまう。

 

 要するに、太る。

 

 俺は筋肉がエネルギーを持って行ってくれるが、帆波みたいな女子は……。

 二の腕とか下腹部とか太股とかに脂肪が溜まるのだろう。

 

 ぽっちゃり一之瀬の誕生である。

 

 ……ダイエットでもさせるか。

 せめて今日摂取したカロリーぐらいは消費させておかないと一之瀬ファンが泣きを見ることになりそうだ。

 

「九時半に展望デッキに集合な」

 

「え、デート!? 覚えててくれたんだ!?」

 

 それもある。

 帆波のカロリー消費とデートを兼ねた一石二鳥の策だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺たちは待ち合わせ場所で合流した後、船の屋上プールに足を運んだ。

 事前に聞いていたが、水着はレンタルできるらしい。

 水着を選ぶだけで三十分も時間が飛んだ。帆波が言うにはこれでも妥協したらしい。

 

「また後でね」

 

 一端別れてから、更衣室でパパっと水着に着替える。

 プールに出ると痛いぐらいの日差しが降り注いできた。貰ってきた日焼け止めを自分の身体に塗り付けていると。

 

「おや、田中ボーイではないか」

 

 プールからさぶんと音を立てて金髪が現れた。

 

 今日も自信にあふれる笑みを浮かべている。

 俺に声をかけておきながら、俺など眼中にないという態度だった。

 

「高円寺か。一週間以上も船にいて飽きないのか?」

 

「フッ、わかっているじゃないか。私ほどの男を縛り付けるには、この船は少々手狭と言う他にないね。豪華客船という看板には問題があるようだ」

 

 高円寺をチヤホヤともてはやしてくれる上級生の女子もここにはいないからな。

 

 それにしても、俺と高円寺。どちらが男子のヘイトを集めているのだろう。

 男子からは俺の方が嫌われている気がするが、女子が味方なので俺の方が……いや、底辺争いは悲しくなるからやめとくか。

 

「私も君みたいに個室を貰いたいところだが、ここには共に夜を過ごす相手がいないのでね。あと数日、適当に過ごして無聊を慰めるとするさ」

 

「……お、おう」

 

 俺が個室を手に入れたことを気付いていたのか。

 何と言うか底知れないものがある。

 殴り合えば勝てるとは思うのだが、その後がまったく予想が付かない。

 

 高円寺はプールの水に濡れた身体のまま船内に戻って行った。

 

 船内に戻っていく濡れ鼠を目撃してしまった帆波が面食らっている。

 

「え、何? 何なの!?」

 

「水着、似合ってるぞ」

 

「この状況でそれ言っちゃう!? …………あ、ありがと」

 

 ビキニである。

 青地に白い蝶々の模様が入ったトップス。

 水色一色のボトムス。腰にはパレオを巻いていた。

 

 スタイル抜群の帆波が着ると色気がやばい。

 高校一年にしてこのおっぱいだ。バトルシップ級である。

 

 俺が見詰めていると、帆波の肌が見る見るうちに朱色に染まっていった。

 

 帆波はそれを誤魔化すように手を団扇にしてパタパタしている。

 

「いやー、暑いねー」

 

「そうだな」

 

「日焼け止めを塗らないと肌が真っ赤になりそうだよ」

 

 なんか物欲しそうな目をされてしまう。

 俺の持っている日焼け止めが欲しいのだろうか。

 

「あ、私、日焼け止め貰ってくるの忘れた!」

 

「そうか。そこで貰えるみたいだぞ。もちろん無料だ」

 

「ふーん。そうなんだ」

 

 チラチラと俺の手にある日焼け止めを見てくる。

 

 俺が指さした売店を振り向きもしない。

 

 さて泳ぐかとプールに向かおうとすると、俺の肩がガシッとつかまれた。

 

 帆波が満面の笑みを向けてくる。

 

「塗って」

 

「おい」

 

 ……いや、いいのか?

 

 こういうのって女子は更衣室とかで済ませるものだと思っていたのだが。百歩譲って砂浜でサンオイルを塗るのはわかるが、これは日焼け止めだ。

 

 プールサイドの白い椅子に寝そべる帆波。

 

 日焼け止めを手に立ちすくむ俺。

 

 周りでは普通に生徒が遊んでいた。が、今や注目の的である。

 

 帆波は顔を真っ赤にしてプルプルしていた。

 

「いや、やっぱり止めておいた方が……」

 

「塗って」

 

「……いいのか」

 

「塗って!」

 

 帆波は唇をぎゅっと結んで、こくりと頷いた。

 

 公開羞恥プレイの始まりである。

 俺は頭痛を堪えながら両手に日焼け止めを塗り付ける。

 

 帆波はまな板の上の鯉のごとくガチガチになっていた。

 

 これ、なんか違うくね?

 

 そう思いながら右手を帆波のお腹に置いてみる。

 

「ひあっ、ひやあぁぁっ!」

 

 群衆がどっと沸いた。

 

 あと帆波の声がやばい。勃起しそう。

 実際、周りにいる男子が前かがみになっていた。

 

 どうしてお前は毎度のこと冒険したがる。

 チャレンジ精神に溢れているのはいいことだが、物事には限度があると思う。

 

「やっぱ駄目だ」

 

「きゃっ!」

 

 俺は帆波を抱き上げた。いわゆるお姫さま抱っこだ。

 

 流石に公開プレイは色々と問題が有りすぎる。

 俺は帆波を見世物にする趣味はない。男子にオカズを提供するのは御免だった。

 

 女子の更衣室まで帆波を連れて行くと、日焼け止めを押し付けた。

 

「頼むから後先考えて行動してくれ」

 

「……あ、あの。怒ってる?」

 

「当たり前だ」

 

 帆波に押し切られて公開プレイに踏み切ってしまった俺自身に怒っている。

 

 役得かなと思ったが、そんなことはなかった。

 帆波に恥をかかせただけだった。

 

「あ、あの。礼司君。その、ご、ごめ――」

 

 俺は帆波を引き寄せてキスをしてから、彼女を更衣室へと突き飛ばした。

 

 まったく。世話をかけさせてくれる。

 

「あ、あわわっ! わわわっ!」

 

 部屋の中から帆波が叫んでいた。

 どっかのロリ軍師みたいな口調だが、奴はスタイル抜群の美少女だ。タイプが違うぞ。

 

「ちょっと待って! 具体的には一時間ぐらいプリーズっ!」

 

「とっとと出て来い!」

 

 怒鳴り返す。

 更衣室に入ろうとしていた女子たちが目を丸くしていた。

 

 俺は愛想笑いを浮かべて女子更衣室から距離を置く。

 

 ……まぁ、恋人ごっこも悪くないかな。



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26話

 帆波とのデートはプール、昼食、シアタールームへと場所を移した。

 夕方になって解散。

 なんか普通に純愛している。いずれレイプしないといけないのに情が移りそうだ。

 

 先が思いやられる……と考えていると、鈴音からの呼び出しが入った。

 

「ごめんなさい、急に呼び出して。問題が発生したのよ」

 

 出会い頭に告げられる。

 どうしたんだと尋ねると、鈴音は溜息を吐きながら説明した。

 

「須藤君に呼び出されているのよ」

 

 池の次は須藤だった。

 おそらく須藤たちは一緒に女子にアタックしようぜと示し合わせているのだろう。だからこんなにタイミングが重なってくるわけだ。

 

 何にせよ迷惑な話である。

 

「それ、会う必要はあるのか?」

 

「私もそう思って、一度目は無視したのよ」

 

 二度目の溜息が返ってくる。

 

「他の女子に私を呼び出せと恫喝してきたの。放っておくわけにもいかないでしょう?」

 

「……たぶん本人は怖がらせるつもりはないんだろうな」

 

 普通に頼み込んでいるつもりなのだろう。だが須藤は自分が他人にどのように見られているのか客観的に見ることができない。

 と言うか、見る気がない。自分はクズだからと開き直っている。

 

「そうかもしれないけれど、事実として恐怖を感じている女子が大勢いるわ。彼をこのまま放置しておくと、次はどのような行動に出るのかまったく予想が付かないのよ」

 

「キチに刃物みたいな言い方だな」

 

「そうね」

 

 鈴音は俺の言葉を否定しなかった。

 どうして須藤はここまで落ちてしまったんだろう。原作ではそれなりに使える馬鹿だったはずなのだが。

 まぁ、池もそれなりに使える馬鹿だったか。山内は知らん。

 

「任せて下さい。そのための田中です」

 

「どうして敬語なのかしら?」

 

 鈴音は困惑していたが、ともかく俺は物陰に身を潜めた。

 

 待ち合わせ場所はまたもや展望デッキだ。池と同じである。芸がないというか、男子同士で同じ作戦を使い回しているのだろう。

 

 須藤がやって来る。

 

 奴の態度は見るからに挙動がおかしかった。これから惚れている女と向き合うのだ。キョロキョロと視線を彷徨わせるのも、歩き方がおかしいのも、すべて緊張しているせいだろう。

 

 鈴音の表情が強張っている。

 

 ある程度の親交があればまだしも、鈴音は須藤のことを他人と断言している。長身の鍛えている男子が挙動不審に近付いてきたら、普通の女子なら恐怖しか覚えない。合気道の心得がある鈴音でなければ逃げ出していただろう。

 

「お、おう。待たせたな、鈴音。来てくれて、ありがとな」

 

「ちょっと待って」

 

 いきなりダウト。鈴音は須藤を睨み付けた。

 

「私はあなたに名前で呼ぶ許可を出した覚えはないわ。馴れ馴れしい態度はやめてくれないかしら」

 

「別にいいじゃねぇか、それぐらい」

 

「それぐらい?」

 

 今度は失言か。段々と須藤が哀れに思えてくる。

 

「その程度の軽い気持ちで名前を呼ぶなんて、私を愚弄するにもほどがあるわね。あなたには、ただ名前で呼ぶだけのことがどれほど難しいのか想像もできないのでしょうね」

 

「な、なんだよ。意味わかんねぇこと言うなって」

 

「少しは考える努力をしてくれないかしら。私はあなたに通じるようにあえて言葉のレベルを下げるつもりはないの」

 

 鈴音はサル語を話すつもりはないと言っているわけだ。

 それにしても辛辣である。

 須藤は歯をギリッと鳴らしていた。あと少しでキレそうだ。

 

「鈴音っ! 俺の話を聞いてくれ!」

 

「話を聞いて欲しいと言うのに、どうして私の話は聞いてくれないのかしら」

 

 鈴音を殴らせるわけにはいかない。

 俺はポケットからコインを取り出して準備しておいた。

 

「まずは俺と、友達になってくれ!」

 

 まずは、と言うところに欲望が見えていた。

 いずれは恋人になりたいとカミングアウトしているようなものだ。

 

 鈴音は眉をひそめた。

 須藤を見下すような鉄面皮をしているが、その下には言葉が通じない異星人を相手にしているような困惑が隠れていた。

 

 須藤はまだ手を出していない。

 俺は介入するタイミングを考えあぐねていた。

 

「……悪いけど、今のあなたとは友達にはなれないわ」

 

 それは鈴音にしては優しい言葉だった。

 下手に刺激するのを怖れたのかもしれない。

 

 しかし須藤にとっては厳しい言葉だった。

 須藤の妄想では鈴音が笑顔で受け入れてくれていたのかもしれない。

 

「なんでだよ……なんで、こうなるんだよ……」

 

 須藤が追い詰められた表情をした。そろそろヤバそうだ。

 

 俺が物陰から身体を出そうとした瞬間――。

 

「そんなに田中の奴の方がいいのかよ? あんな、最低ヤローのことがよぉ!」

 

 須藤が唾を飛ばす勢いで叫んでいた。

 

 鈴音はチラリと俺と須藤を見比べる。

 

「あなたは自己分析を覚えた方がいいわ」

 

 冷淡に言い放った。

 

「クソッ!」

 

 須藤がベンチを蹴飛ばす。

 

 ベンチはしっかりとボルトで固定されていたが、最悪ひび割れていただろう。

 そうなれば器物破損。場合によってはクラスポイントの減点だ。

 

 須藤はこの行動で鈴音の好感度をさらに下げていることに気付けない。

 

「どうしてだよ! 田中の野郎、伊吹とヤッてたんだぞ!」

 

 ……あ。

 

 こう来るか。

 

 周りに言いふらさない理由がわからなかったが、鈴音に切るためのカードとして握っていたようだ。馬鹿なりに頭を使っていたらしい。

 

 鈴音は腕組みをして呆れたような溜息を吐いた。

 

「それがどうかしたの?」

 

「……え?」

 

 そう、無駄なんだ。

 調教済みだから……と言うか、鈴音が求めているものを俺が提示し続けている限り、須藤の言葉はこれっぽっちも響かない。

 

 有能な人間で、クラスに有益で、自分を認めてくれる存在。

 こんな都合のいい人間が他にいるだろうか。

 綾小路がその気になればワンチャンあっただろうが、とっくに鈴音は俺のものだ。

 

 須藤が鈴音に認められるには、まずはその性格から直さないといけない。

 まぁ無理だろう。

 改心イベントはことごとく俺が潰してしまった。意図したわけではないんだけどな。

 

「だ、だって、一之瀬と付き合ってるのに、他の女に浮気するような奴なんだぞ?」

 

「三股が四股に変わっただけでしょう。何をそんなに大袈裟に語るのかしら」

 

 四股では済まないんだよなぁ。

 最近カウントしてないけど……鈴音、桔梗、帆波、椎名、伊吹、長谷部。

 六股か。

 まだまだ行けそうな気がする。タカキも頑張ってたし、俺も頑張らないと。

 

「ちっ、くしょぉぉぉぉ!」

 

 須藤がベンチをボコボコに蹴り始める。

 

 鈴音が身震いしながら後退していた。流石の鈴音でも恐怖を覚えている。

 

 ……あんま鈴音を怖がらせるなよ。

 俺はこっそりと須藤の背後に忍び寄ると、後ろから首を絞めて落としてやった。おそろしく速い手刀よりもこっちの方が安全である。

 

 がっくりと脱力した須藤をベンチに投げ捨てる。

 

 瞬間、鈴音が俺の胸元に飛び込んできた。デジャブを感じる。

 

「礼司君っ!」

 

 鈴音の身体は震えていた。

 気丈に見えるが中身は年相応の女の子だ。筋肉に怯えても仕方あるまい。

 

「悪いな。もう少し早く助けるべきだった」

 

「……馬鹿」

 

 俺を見上げる目は情愛で歪んでいた。

 

「馬鹿。馬鹿。浮気者」

 

「……あ」

 

 伊吹のことか。須藤も余計なことを言ってくれたものだ。

 いや、須藤に見られているのに始めてしまった俺の自業自得なのだが。

 

「ごめん。でも、一番は鈴音だから」

 

「……馬鹿」

 

 俺の口先だけの発言に、鈴音は俺にぎゅっと抱き着いてきた。

 

 この後は部屋に連れ込んだ。当然ヤリまくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 須藤は日が落ちてからも展望テラスで悪態を吐きまくっていた。

 ベンチを蹴りまくっていたらAクラスの担任である真嶋がやってきて、これ以上はペナルティになると言われたので、仕方なく暴れるのは止めておいた。

 

「クソッ! クソッ、クソッ、クソォッ!」

 

 警告されたのにベンチを殴る須藤である。

 

 惚れた女に袖にされた。

 

 田中が女たらしの最低野郎だと教えてやったのに、鈴音は耳を貸そうともしなかった。

 

 意味がわからない。理解できない。

 なぜ俺の言うことを信じてくれない。なぜ田中なんかに心を許す。

 

「ククッ、荒れているな」

 

「あん? テメェ、誰だよ。見せもんじゃねぇぞ」

 

 小馬鹿にするようにこちらを見下してくる男子を、須藤は喧嘩腰で睨み付ける。

 

「噛み付くなよ。俺とお前は仲間じゃないか」

 

「はぁ、仲間だぁ? 寝惚けてんのか?」

 

 いきなりの言葉に面食らう。

 

 その男子は喉を鳴らして笑っていた。

 

「お互い田中にしてやられた被害者だろうが」

 

「田中に?」

 

「ああ。あいつのせいで俺のクラスは滅茶苦茶にされたんだ」

 

 その男子は龍園と名乗った。Cクラスの生徒らしい。

 不良のような見た目をしているが、意外に話せる印象だった。

 

「んで、そのCクラスの野郎が何の用だよ?」

 

「俺らは田中に復讐するつもりだ。そのために田中の情報を集めている。俺たちに協力してくれないか?」

 

「なんで他所のクラスなんかに」

 

「田中の悪事を告発できたら、お前が惚れている堀北も正気に戻るかもしれないぞ?」

 

「……え?」

 

 須藤は黙り込んだ。

 

 龍園は須藤の隣に腰を下ろし、馴れ馴れしく肩に手を置いてくる。

 初対面のはずなのに、親身になって愚痴を聞いてくれる友達のような雰囲気をしていた。

 

「そう身構えるなって。俺はただ田中の話が聞ければいいんだ。クラスの不利になるようなことは話さなくてもいい。とりあえず溜まってるもんを吐き出してみろよ。いい気分転換になるかもしれないぜ?」

 

「……ま、まぁ、そうだな」

 

 別に田中のことを話したからといってクラスの不利になることはないだろう。

 

 須藤は訥々と話し始めた。

 運動神経抜群で、成績も優秀。

 気が付いたら鈴音や櫛田、一之瀬なんかが周りにいて、三股をかけていると噂されていた。

 

 無人島では女子に寝返りやがった。

 男子の不利になることばかりして辟易させられた。

 

 そして、伊吹とセックスしていた。

 

「……なに?」

 

 龍園は眉をひそめた。それまでの人好きのする雰囲気が豹変して、野生の猛獣が鎌首をもたげるような威圧感がにじみ出していた。

 

「どうしたんだ、龍園」

 

「いや、何でもないんだ。話の腰を折ってしまって悪かった。続けてくれないか」

 

「お、おう」

 

 龍園はすぐに表情を戻す。

 須藤は見間違いだったかと首を傾げながら愚痴を続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 船旅三日目。

 そろそろ次の特別試験が始まるんだったか。

 

 手を抜いてサボるかどうか迷っていたが、個室の使用料である三十万ポイントを稼がないといけなくなった。

 まぁ、パパっとクラックして終わり。楽勝だな。

 

 そう言えば船の試験では軽井沢が鍵になってくるんだったか。

 

 と言っても、軽井沢は綾小路のグループに入るのだろう。俺の出る幕はない。

 

 軽井沢は小学校の頃から壮絶ないじめを受けていた。

 脇腹に大きな古傷が残るほどである。

 

 故に軽井沢は高校入学を期にイメージチェンジを図った。

 それが気の強いギャルだ。

 さらに平田という偽装彼氏をゲットすることで自分の価値を高め、女子の中での発言力を確固たるものにした。

 

 しかし、元がいじめられっ子だ。

 レイプしたら心がぽっきり折れてしまう。これは佐倉と同じだな。

 

 だから今まで手を出せなかった。

 まぁジジイのノルマもないので手を出すつもりもないのだが。

 

「……メールか」

 

 部屋のベッドに寝そべっていると、船内放送が入りすべての生徒に学校からメールが送信されたことが告げられた。

 

 俺の腕枕で寝ていた鈴音も身体を起こす。

 

 ただ今の時刻は午前十一時だった。

 昨日は鈴音と八回戦までヤリまくっていた。おかげで大寝坊である。昼夜逆転する一歩手前だ。

 

「特別試験? またなの?」

 

「みたいだな」

 

 互いに携帯を手にして内容を確認する。

 

 指定された時間に集合するよう指示が書かれていた。

 

「こっちは十七時二十分からだ。そっちは?」

 

「二十時四十分。……随分と時間が離れているわね」

 

 わかっていたが鈴音とは別グループである。

 桔梗からメールが来ていた。鈴音と同じ時間のようだ。

 

 つまりバタフライエフェクト先輩は今回は仕事をしていない。グッジョブである。先輩にはこれからもニートを続けて頂きたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指定された時間の十分前にフロアに向かう。

 

 主要キャラのほとんどが綾小路のグループと、エリートグループに揃っている。

 俺はモブグループになりそうだなと思っていると。

 

「あ、田中君」

 

 長谷部が頬を染めながら俺に近付いてくる。彼女も俺と同じグループのようだ。

 

「久しぶりだね」

 

「いや、久しぶりって、お前な。二日会ってないだけだろ」

 

「うん、そうだね。たった二日離れてただけなのに、なんか不思議な感じ」

 

 一匹狼な長谷部が人恋しさをアピールしてくるとは意外だった。

 

 長谷部は眩しそうに俺を見詰めてから、肩を俺に当ててくる。近いよ。

 

「ね、たなぴーって毎日色んな女の子とデートしてるんだってね」

 

「ちょっと待て。待って下さい。お願いします」

 

「ん、何?」

 

「たなぴーって?」

 

 それは柿ピーの亜種なのか。ピーって何だ、ピーって。放送禁止用語か。

 

「嫌だった? なら、礼司君をもじって、れいぷ君とか」

 

「たなぴーでお願いします」

 

 長谷部は楽しそうに微笑んでいた。

 こいつ、確信犯だ(誤用)。れいぷ君なんて微妙にゆるキャラっぽい呼ばれ方をされた日には周りに深読みされて死ねる自信があるぞ。

 

 長谷部が話を戻した。

 

「一昨日は櫛田さん、昨日は一之瀬さん、今日は堀北さんだったよね」

 

「誰だよそいつ。クズすぎね?」

 

「それでね、私ともデートしてくれないかなって」

 

「お前は俺をさらにクズにするつもりか」

 

 長谷部がおっぱいを俺の腕に押し付けてきた。……ぐぬぬ。色仕掛けか。

 

 俺は嘆息する。

 これから試験が始まるというのに、試験に関係のないところで追い詰められている。

 

「わかった。けど、特別試験の内容次第だからな」

 

「うん、それはわかってる」

 

 長谷部が儚げに微笑んでいた。

 周りにいた生徒たちが呆気にとられた顔をして俺たちを見ていた。

 

 Dクラスの他の生徒も到着している。

 男子の三宅と、もう一人は女子の井の頭ちゃんだった。

 

「田中……お前、すごいな……」

 

 唖然というか、絶句している三宅だった。

 こいつからは他の男子ほどの隔意を感じない。クラスから一歩引いたところにいる三宅は、そもそも俺のことを憎むほどの関心がなかったらしい。

 

「おう。羨ましいだろ」

 

 開き直って言う。白目むきそう。

 

「少しだけ羨ましいとは思うが真似したくはないな。背中を刺されるなよ」

 

「大丈夫だ。武芸には自信がある」

 

「そういう話では……いや、わかって言ってるのか」

 

 そうこうしていると扉が開く。

 部屋の中から数人の生徒がぞろぞろと出て来た。

 

 その中に龍園がいた。どうやらCクラスのグループだったようだ。

 

「田中か」

 

 龍園は危険な人物だ。唐揚げにレモンをかける原理主義者である。

 

「今回の試験も面白いことになってるぜ。そうだな。お前が言う戦争ってのを始めてみてもいいかもな」

 

「戦争というものは始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しいものだ」

 

「なんだ、日和ってんのか? 手を抜いていると大量のクラスポイントを失うぜ?」

 

 龍園は俺の隣にいた長谷部を一瞥すると愉悦の笑みを浮かべていた。

 

「ククッ。お前がただの女好きの阿保かどうか、この試験で見極めさせて貰おうか」

 

 龍園が両手をポケットに突っ込んで去って行く。

 

「なにあれ。感じ悪いね」

 

 長谷部が俺の腕を抱きながら呟いた。ちょっと待って。これ続けるの?

 

 無理に振り払うのは心苦しかったので、恋人みたいに腕を組みながら部屋に入る。言うまでもないことだが、このグループで一番目立っているのは俺と長谷部だった。

 

 部屋で準備をしていた星之宮先生が「ぷっ」と笑っていた。

 

「田中君は相変わらずのプレイボーイみたいね。あ、もしかして先生も狙っていたりするのかな。でも残念。教師と生徒の恋愛はご法度だからね。ちゃんと卒業してから口説かれたら考えてあげてもいいけど」

 

「なんで出会い頭にフラれないといけないんですか」

 

 しかも微妙に脈がありそうなのがムカつく。

 

 長谷部が警戒して俺と密着する面積を増やそうとしていた。

 

「た、たなぴーは、渡しませんから」

 

「ぷふぁっ!」

 

 星之宮先生が噴き出した。女性が出したら駄目な笑い方だ。

 

「ちょ、ちょっと待ってっ! た、たなぴーっって、せ、説明しないといけないのに、わ、笑いが、止まらなっ!」

 

 生徒のあだ名で爆笑する最低教師である。

 

 三宅は溜息を吐きながら着席。井の頭ちゃんもビクビクしながら椅子に座った。

 

 俺と長谷部も席に着いた。

 やっと解放されたと思っていたら、椅子を横付けしてまた密着されてしまう。

 

 部屋にいるのはDクラスの四人。

 一度に大人数を集めて一気に説明しないのは理由があるのかな。そこまで詳しく原作を読み込んでいないからよくわからない。

 

「時間ね。ではこれより特別試験の説明を始めます。ちゃんと聞いてね」

 

 星之宮先生は俺と長谷部をスルーすることにしたようだ。

 たまに思い出したように背中をピクピクさせて笑いを堪えているが。

 

 さて、めんどいが頭を使うことにしよう。

 

 この特別試験は一年全員を干支になぞらえた十二のグループに分けている。

 各グループには各クラスから三人から五人ほどが配置される。一グループは十五人前後になる。

 

「君たちが配属されるのは虎グループだよ。がおー」

 

「年齢考えろよ」

 

「……ちょ」

 

 俺の小声を聞いてしまった三宅が背中を揺らして笑いを我慢していた。

 

 星之宮先生がギロリと猛禽のごとく鋭い視線を俺たちに向ける。

 

「今の先生すごく可愛いかったです。思わず胸がキュンとしました。説明を続けて下さい」

 

「そ、そう? 先生もまだまだ捨てたものじゃないかなー!」

 

 物事を円滑に進めるためには嘘というのも必要になってくる。

 

 星之宮先生は機嫌よさそうに説明に戻った。あと長谷部に太股をつねられた。

 

「虎グループのメンバーはこんな感じね。あ、これは後で回収するから」

 

 俺たちの前にハガキサイズの紙が配られる。

 

 

 

Aクラス・神室真澄 九条智也 藤原忠 元橋英治

Bクラス・安藤耕平 鈴木美里 戸田夏帆 中島春香

Cクラス・木下琢磨 椎名ひより 秦野瑞希 山脇哲夫

Dクラス・井の頭心 田中礼司 長谷部波瑠加 三宅明人

 

 

 

 Dクラスはともかく、見覚えのある名前が幾つか混じっている。

 言わずもがな、椎名ひより。

 あとは神室真澄だ。たしか坂柳のパシリだったか。

 

「女の子を物色しているたなぴー君はさておき、今回の試験はAクラスからDクラスまでの関係性を一度無視した方がいいよ。それが試験をクリアするための近道ね」

 

「先生。真面目にやって下さい」

 

「君がそれを言っちゃうかー」

 

 星之宮先生が呆れた目を俺と長谷部に注いだ。

 

 未だに密着している俺たちである。どちらがふざけているかアンケートを取ってみれば、俺たちの方に軍配が上がるだろう。

 

「先生、これの写真は撮影してもいいのでしょうか?」

 

「写真はアウトだね。そういう決まりだからごめんね」

 

 先生が両手を合わせてウインクしてくる。

 

 三宅が「わかりました」と引き下がった。

 このリストは覚えてしまった方がいいだろう。

 

 説明に戻る。

 

 各グループの中には優待者と呼ばれる存在が一人いる。

 

 これは優待者を探す、あるいは防衛するゲームだ。

 その性質は人狼ゲームに近い。Dクラスの女子は無人島で遊んでいるのでまだ記憶に新しいゲームである。俺はなぜか速攻で吊られた記憶しかなかったが。

 

 一日に二度、一時間の話し合いの場が設けられている。

 話し合いの場で何を話すにしろ、何も話さないにしろ、話し合いには参加しなければならない。

 

 試験の回答は試験終了後の三十分間のみ。

 この回答でグループ全員が優待者の名前を正解できたなら、グループ全員にプライベートポイントが支給される。一人当たり五十万ポイント。優待者はさらに五十万ポイントも貰える。合計して百万ポイントだ。

 

「百万ポイント?」

 

 三宅が静かな驚きの声を上げていた。

 

 井の頭ちゃんも不安そうにキョロキョロしている。目が合ったので安心させるように微笑みかけると、顔を真っ赤にして俯いていた。かわいい。

 

 もう一つの結果は誰か一人でも優待者を外してしまったパターン。

 この場合は優待者だけが五十万ポイントを得ることができる。

 

 どちらにしろ優待者は得だった。最低でも五十万ポイントが保証されているのだ。

 

「えっと、つまり、みんなで一緒にゴールした方が得ってことだよね?」

 

 なら隠す必要はないのでは、と長谷部が言う。

 たしかにその通りだ。だが、まだ説明は終わっていない。

 

 このゲームには裏切りが存在する。

 

 試験終了前に優待者を学校側にメールして、それが正解だったなら正解者には五十万プライベートポイント。さらに所属しているクラスに五十クラスポイントが加えられる。そして優待者を見抜かれたクラスはマイナス五十クラスポイント。これが裏切りである。

 

 龍園が言っていた、大量のクラスポイントを失うことになるという警告がこれだ。

 

 裏切りの失敗は逆になる。

 優待者を当てるのに失敗していたらマイナス五十クラスポイント。優待者は五十万プライベートポイントを得ると同時に、所属クラスに五十クラスポイントが加算される。

 

「……これってどういうこと? なんか一気に複雑になってきたんだけど」

 

「選択肢が増えたから混乱するのもわかるけどな。長谷部が先ほど言ったように優待者をグループ全員で共有しようとすれば、裏切りによってクラスポイントを持っていかれると言うことだ」

 

「みんなで仲良くは難しいってことか」

 

 三宅が額に手を当てて考え込んでいる。

 

「説明は以上かな。詳しい指示はメールに書かれてると思うけど、明日から午後一時と午後八時に話し合いの場を設けるから、くれぐれも無断で欠席はしないように。その時はペナルティを与えるしかないからね。じゃ、お疲れさま!」

 

 俺たちは腰を上げた。

 長谷部が「デートだよね」と耳打ちしてくる。

 

 いや、ちょっとぐらい試験について考えさせてくれよ。

 

「あ、たなぴー君」

 

 星之宮先生に呼び止められる。

 振り返ると、先生は意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

「うちの一之瀬さんを泣かせたら承知しないからね!」

 

「もちろんです。あ、ベッドで泣かせるのはオッケーですよね?」

 

「こらっ! 不純異性交遊はNGだよっ!」

 

 消しゴムが飛んできた。

 俺はそれをキャッチしてからデコピンみたいに射出する。

 

 消しゴムは星之宮先生の額に直撃。

 

 先生は「あうっ!」と身を仰け反らせ、それから俺を恨めしそうに睨んできた。

 

 言ってる傍から先生を半泣きにさせてしまう俺であった。



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27話

 長谷部とエロいことをした後、折角なので大浴場に向かった。

 明日は特別試験があるので二回戦でやめておいた。俺の体力は有り余っているが、長谷部がダウンしたら元も子もないからな。

 

「一緒に入れたらいいのにね」

 

「おいおい。俺を犯罪者にしないでくれよ」

 

「私をレイプしたのに?」

 

 長谷部……いや、波瑠加が悪戯っぽく微笑んでいた。

 

 まぁ、そうだけどね。俺レイパーだけどね。

 

「ね、田中君もこっち来なよ」

 

「いやー、無理っす」

 

「レイプよりマシだって。たぶん大丈夫だから」

 

「大丈夫じゃないから」

 

 絶対にアウトである。

 俺が女湯に突入したら田中株がブラックマンデーだ。

 

 波瑠加と別れて男湯の暖簾をくぐる。

 

 時刻は午後十一時を回っていた。大浴場はほぼ貸し切りだ。

 一人の男子が脱衣所のマッサージチェアで寝息を立てている。風邪ひくぞ。

 

 美味い飯を食って、いい女を抱いて、大きな風呂を満喫する。

 最高だな。もうここに永住したいぐらいだ。

 

「……むむむ」

 

 風呂上り。俺は脱衣所で唸り声を上げた。

 

 ロッカーが大破していた。俺が衣服を入れていたロッカーである。

 

 マッサージチェアで爆睡していた男子の姿はない。

 露骨に怪しかった。おそらく犯人か、あるいは連絡係でもしていたのだろう。

 

 服は無事だった。携帯も無事だ。ただ、部屋の鍵がない。

 

 とりあえず着替えてから部屋に戻る。

 戻りながら波瑠加に「先に戻る」とメールを送る。

 

 これはやられたな。

 たぶん龍園の差し金だろう。

 

 脱衣所には監視カメラは存在しない。ロッカーにバールのようなものを突っ込んで、タオルでも噛ませて音を消しながら、強引にこじ開けたのだろう。

 

 廊下には監視カメラはあるが、犯罪を抑止するために置いているようなもので、死角なんて数え切れないほど存在する。それに夜遅い時間だ。他の生徒とすれ違うこともほとんどないだろうし、帽子を目深に被って顔を隠しておけば監視カメラはほぼ無力化できる。

 

 部屋に入った。

 鍵はベッドの上にポンと置かれている。

 

 つい一時間ほど前まで波瑠加とヤっていたベッドなんだけどな。

 

「空き巣っぽいが、ちょっと違うか」

 

 確かに部屋は荒らされていた。

 鞄の中身がぶちまけられて床に散乱している。しかしパッと見たところ私物が持ち去られたような感じはしなかった。

 

 しかし、一つだけ。消えている物があった。

 

 テーブルに置いていたノートPCが見当たらない。

 水を流す音が聞こえていた。俺は内風呂の扉を開けてみる。

 

「……なんてことを」

 

 ノートPCが浴槽に水没していた。

 

 おのれ龍園。買い替える予定だった中古のノートPCを破壊するとは、なんて残虐なことをするんだ。奴には人の心がないのか。

 

 ……骨董品ちゃん、君の仇は必ず取るから。

 

 それにしても、これは困った。

 特別試験の優待者をパパッとクラックして割り出す予定だったのに、骨董品ちゃんがご臨終してしまわれた。

 

 たなぴー知ってるよ。犯人は龍園だってこと。

 

 奴は石崎に恐喝の濡れ衣を着せられたことで、黒幕Xを優れたクラッカーだと想定している。

 

 俺が禁じ手を使って試験の解答を入手することを事前に潰しに来たわけだ。

 単純に揺さぶりをかけてきたというか、俺の反応を確かめるという意図もあるのだろうが。

 

 龍園にとっての最悪はDクラスの圧勝。

 試験開始直後に一斉に裏切りメールが送信されて、何もできずに試験が終わることだ。

 

 俺にはそんな気はないんだけどな。

 クラスの皆に「ハッキングで答えを入手したぜ」なんて言ったら、完全にやべー奴である。

 桔梗が俺のことを再び黒幕だと疑い始める切っ掛けにもなりかねない。

 

 自分のポイントだけ確保して、はい終わり――と言うつもりだったのだが。

 

 骨董品ちゃんの仇……は、どうでもいいとして、この試験、どうしたものか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験開始当日。

 午前八時に生徒全員に一斉にメールが送信された。

 

 優待者に事実を伝えるためのメールである。

 期待していなかったが、俺は優待者ではなかった。確率で言えば十六分の一だからな。そりゃ当たらないだろう。

 

 朝食を取ってから部屋に戻った直後、部屋のドアが勢いよくノックされた。

 

「れれれ礼司君! どどどどうしよう!」

 

 桔梗が大慌てで部屋に飛び込んでくる。

 タイミング的におそらく俺を追いかけて来たのだろう。

 

 桔梗は勢いよく携帯の画面を見せ付けてきた。

 

「私、優待者になっちゃった!」

 

 あー、そう言えば竜グループの優待者は桔梗だったか。

 

「よかったじゃないか。頑張れば百万ポイントだぞ」

 

「無理だよぉ! 私、ぜったいクラスの足を引っ張っちゃう!」

 

「そんなに気張らなくてもいいと思うんだがな」

 

 ボリボリと頭を掻きながら言う。

 バレたところでクラスポイントが多少目減りするだけだ。

 

「百万ポイントか。それだけあれば百回デートできそうだな」

 

「……百回デート」

 

 笑いながら言うと、桔梗の表情が真顔になった。

 おいおい、真に受けるなよ。ここは日本人的に貯金一択だろ。でも箪笥貯金はNGな。

 

「礼司君! 私、頑張るね!」

 

「……お、おう」

 

 頑張ったところで結果はあまり変わらないと思うぞ。

 竜グループは優秀な人間が揃い踏みだ。

 それに龍園はこの試験の法則性を見抜くらしい。たしか原作ではAクラスだけを狙い撃ちにしていたのだったか。

 

 今回はDクラスも狙われるかもしれないな。

 まぁ、別にいいか。クラスの争いとかどうでもいいから。

 

 

 

 

 

 午後十時頃。

 

 Dクラスの虎グループ四人は俺の部屋に集合していた。

 作戦会議である。

 

「個室を貰ったのか。なんかズルいな」

 

 三宅が羨ましそうに俺の部屋を見回していた。

 

 ちなみに三宅は桔梗に呼び出して貰った。

 男子の連絡先なんて綾小路と平田ぐらいしか俺は知らないからな。

 

「あ、あの、お、お邪魔、します」

 

 井の頭ちゃんは相変わらずオドオドしている。

 部屋に入っただけで頭がフットーしそうになっているのだが大丈夫なのだろうか。芋けんぴを取ってやったら心停止するかもしれない。

 

「好きな場所に座ってね。あ、飲み物もあるけど何にする?」

 

 そして、勝手知ったるとばかりに部屋の冷蔵庫を開ける波瑠加である。

 

 三宅が呆れた目をしていた。井の頭ちゃんは白目をむいている。

 昨日イチャついているところを見せ付けていたから察してしまったのだろう。

 

「ほどほどにな。ちゃんと避妊はしろよ」

 

「みやっち。それ、セクハラだから」

 

「これは怒っていいのか? お前らの存在の方がセクハラだからな」

 

 三宅の正論だった。

 思春期の男子には俺たちの存在こそが毒である。

 

 童貞にとってはクラスメートがヤリまくっているとか最悪な気分だろう。

 

 波瑠加が冷蔵庫から取り出した謎の缶飲料をテーブルに並べる。

 缶には英語が表示されている。海外で造られた謎の果物のジュースだった。

 

 部屋に二つある椅子には三宅と井の頭ちゃんが座った。

 

 俺と波瑠加はベッドに腰を下ろす。

 相変わらず距離が近かったが、もう突っ込むのも面倒だった。

 

「まずは集まって貰って感謝する。特別試験の作戦会議を行いたい」

 

「話し合いが必要だとは俺も思っていた。むしろ主催してくれて有り難いほどだ」

 

「えっと、みんなにもメールは届いているよね?」

 

 波瑠加が言う。

 

 三宅がポケットから携帯を取り出した。

 井の頭ちゃんもそれに倣って携帯をテーブルに置く。

 

「隠す必要がないから言っておく。俺は優待者ではなかった」

 

「俺もだ」

 

「同じく私も」

 

「わ、私も、です」

 

 全滅だった。

 まぁ、これは俺にとっては好都合かな。

 

 俺がプライベートポイントを手に入れる方法は結果1と結果3だけだ。

 皆で仲良くゴールするか、裏切って優待者を当てるかのどちらかである。

 

 結果1は現実的ではない。

 部屋代を払うためには消去法で結果3しか選択肢がなかった。

 

「ここで一つ提案したい。互いのメールを見せ合っておかないか?」

 

「確認ってわけだな。俺は構わないぞ」

 

 三宅はあっさりと携帯を俺に見せてくれた。

 

 俺を嫌っている男子なら「俺を疑うのか?」とキレてきただろう。

 それを思うと三宅は理性的だった。

 疑心暗鬼になるぐらいならメールを見せておいた方が得だと考えたのだ。

 

「確かに優待者ではないみたいだな。ありがとう」

 

 俺も三宅たちに携帯を見せた。

 波瑠加、井の頭ちゃんも同じようにメールを見せてくる。

 

「みんな外れか。残念だったね」

 

「そうだな。優待者は特にデメリットもないからな」

 

「いや、クラスポイントが五十マイナスされるリスクがある。これは防衛側の方が神経を使うゲームだろう」

 

「ああ、そうか。俺たちは優待者を外す以外にマイナスになる要素がないんだな」

 

 その時、俺の携帯が震えた。

 

 椎名からだった。また下らないメールを送ってきたのかと思っていると。

 

『Cクラスに優待者はいませんでした。会いたいです』

 

 なるほど。

 椎名はクラスを裏切ってくれたようだ。

 

 この情報はほぼ信用できるはずだ。

 

 と思っていると、再び携帯が震えた。

 

『あと龍園君に礼司君を探れと言われました。会いたいです』

 

 なるほど。

 やはり龍園はこの試験で俺に揺さぶりをかけてくるようだ。

 

 俺の骨董品ちゃんをレイプしたのも序の口ということか。

 

 優待者はAかBクラスにいるということになる。容疑者が半分になったわけだ。

 これは大きなアドバンテージになる。後で椎名にご褒美をやらないといけなくなったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁度いい時間になったので三宅たちと昼飯を食いに行くことにした。

 

 まだ十一時半だったが、どの店も混雑している。

 特別試験の話し合いは午後一時からだ。早めに昼を済ませようとする生徒が多いのだろう。

 

 俺たちは空席のある店を探し回ったが、どこも満員だったので待つことにした。

 

「あれ? 田中君?」

 

 椅子に座って待ち時間を潰していると平田に声をかけられた。

 

 平田はDクラスの男子を引き連れている。

 綾小路、幸村、外村だった。珍しい組み合わせかもしれない。

 

 平田は何時も軽井沢たちの女子グループと一緒にいるような気がする。

 それにこれは特別試験の組み合わせとも、あまり関係なさそうだ。

 

「なんか変わったメンバーだね」

 

「言われてみれば、そうかもしれないね」

 

 波瑠加が言う。

 歯に衣着せぬ物言いに、平田はくすぐったそうに笑っていた。なんか楽しそうだな。

 

「以前の僕らはそれほど仲がいいわけではなかったから。無人島の試験がなければ、こうやって一緒に食事を取ることもなかったと思う」

 

「そうか。いい傾向だと思うぞ」

 

 無人島では俺も平田も周りから頼りにされていた。

 女子にとっての田中、男子にとっての平田と言うわけだ。

 

 無人島で爆発した平田だが、そのことがかえって男子たちとの絆を深める切っ掛けになったらしい。雨降って地固まるだな。

 

「外村君はよく冗談を言って場を明るくしてくれる。幸村君は少し頑固だけど頭の回転が速い。綾小路君は……みんなのためになるよう隠れて行動してくれる。どれも試験の前にはわからなかったことばかりだ」

 

 なぜ綾小路のところで言いよどんだし。

 

 綾小路もちょっとだけ残念そうな顔をしているぞ。

 

「そう言えば軽井沢はどうしたんだ?」

 

「……ああ、そのことか」

 

 平田が暗い顔をした。なんだ。上手く行っていないのか。

 これも無人島で男女が分裂したせいかな。

 

「田中君に相談があるんだ。今度、時間を貰ってもいいかな?」

 

「予定が空いていれば何時でもいいぞ」

 

「ありがとう」

 

 平田たちが去って行った。別の店に並ぶことにしたようだ。

 

 相談か。恋愛相談ならやめて欲しいものだな。俺レイパーだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特別試験が始まった。

 部屋には十六人の男女が集まっている。

 

 部屋に入った俺たちに待っていたのは気まずい沈黙だった。

 

 同じクラスの者たちだけで、ぼそぼそと小声で話をしている状況である。

 陰キャの集まりっぽい雰囲気がする。元ぼっちの俺にはお似合いのグループと言うことか。

 

「ねぇ、たなぴー。こんなので優待者が見つけられるのかな」

 

「まぁ無理だろうな」

 

 波瑠加から期待の眼差しを向けられるが、俺はエスパーではない。

 

 俺は携帯で時間を数えていた。

 三宅が小声で「どうする?」と耳打ちしてきたが、俺は「様子を見よう」と答えた。

 他クラスの出方を窺う好機である。

 主導権を握ろうとする奴が出てきたら、そいつをマークするつもりだった。

 

 しかしながら五分待っても誰も発言しなかった。

 

 はっきり言おう。

 これは統率者が存在しないグループである。

 

 存在感のある人物はAクラスの神室と、あとは椎名ぐらいか。

 

 神室は髪を長く伸ばしているが、ひと房だけ頭の横で結っている、いわゆるサイドテールの髪型をした少女である。

 俺的に萌えポイントが高い。うん、悪くないな。

 

 神室は退屈そうに欠伸を噛み締めていた。

 話し合いの主導権を取りに行くつもりはないようだ。

 

 徹底的に沈黙して情報を吐き出さないと言うのが、たしかAクラスの葛城が提案した作戦だったか。この試験ではポイントを稼ぐのではなく、ポイントを失わないように情報を秘匿するという作戦だ。

 

 坂柳派の神室には葛城の指示に従う義務はない。むしろ葛城の足を引っ張ってもおかしくないのだが、あえて逆らうほどのことでもないと言うことか。まぁ沈黙作戦って楽だからな。俺もこうしているぐらいならスマホゲーのスタミナ消費したいし。

 

「なんであの子、たなぴーをガン見してるの?」

 

「さ、さぁ……なぜだろうな……」

 

 Cクラスの椎名ひよりは穏やかに微笑みながら他クラスの生徒を観察……ではなく、なぜか俺だけを凝視していた。

 あからさまに怪しかった。Cクラスの仲間たちが「やべぇよ、やべぇよ」とばかりに顔を見合わせている。

 

 Bクラスは完全に羊の集まりだ。

 消極的な者ばかり選ばれてしまったと言うような印象を受ける。

 

 十分経った。タイムオーバーだ。

 俺は携帯の画面を消した。

 

「誰も発言しないようなので、僭越ながら俺に発言させて貰いたい。学校からの指示もあったことだし、まずは自己紹介をするべきだと思う」

 

「名前がわからなければ試験になりませんからね。いいと思います」

 

 椎名が顔の前で両手の指を合わせながらノータイムで返答した。なんか俺が発言するのを待ってたみたいだな。

 

「それってやる必要あるの?」

 

 ここでAクラスの神室が口を挟んだ。

 

「自己紹介とかすごくダルいんだけど。小学生のお遊戯会みたいでダサいじゃん」

 

「俺も同感……と言いたいところだが、せめて名前だけでも教え合っておくべきだ。さもないと俺は君のことをサイドテールちゃんと呼ぶぞ」

 

「……だる」

 

 神室は溜息を吐いた。

 

「神室真澄よ。これでいいでしょ。四股」

 

「情報が早いな。やる気がないのはブラフか?」

 

「……ふん」

 

 新たに波瑠加を加えて四股になってしまった俺だが、それは表向きには昨日のことだ。

 

 俺が揶揄するように言うも、神室は面倒そうに鼻を鳴らしただけだった。

 

 Aクラスの他の生徒が自己紹介を済ませる。

 誰もが義務的で、これで役目は終わりだとばかりに口を閉ざした。

 

 続いてBクラス。

 それから椎名たちが自己紹介する。

 

「初めまして。椎名ひよりです。よろしくお願いしますね、礼司君」

 

 ……うわぁ。

 色々とツッコミどころがあり過ぎる自己紹介である。

 

 俺を名指し。さらに初対面で名前呼び。

 

 あからさまに怪しかったが、椎名は龍園から俺を探れと指示されている。

 それを口実にして俺に接近しようと言うのだろう。

 ガバガバすぎる演技なのに、他のCクラスの生徒たちは違和感に気付いていない。

 

「一通り自己紹介が終わったようだな。みんなは沈黙は金、雄弁は銀という言葉をご存じだろうか」

 

「もちろんです。当時は銀の方が価値が高かったんですよね」

 

「そうだ。金より銀、沈黙より雄弁ってことだな。と言うわけで古事にならって喋っておくことにしよう。俺は優待者の名前を全員で共有して結果1でクリアできる可能性はほぼゼロだと思っている。誤解を避けるためにほぼゼロと言ったが、普通に無理だろうな。これについて、みんなはどう思う?」

 

「当たり前のことを言わないでよ。無理に決まってるでしょ」

 

 神室がボソッと呟いた。

 

「そうですね。裏切者が出てくるのは必然だと思います」

 

「つまり結果2で終わる可能性が一番高いってことだな」

 

 Cクラスの山脇という男子が言った。

 どことなく乱暴者っぽい雰囲気をしている。龍園の子分っぽい少年である。

 

 山脇の言った結果2は裏切者が出ず、優待者が逃げ切るケースだ。

 

「優待者の逃げ切りなんて面白くも何ともない。ポイントも貰えないしな。と言うわけで、ここで一つ宣言しよう。俺が優待者だ」

 

「はぁ?」

 

「なん……だと?」

 

 騙り発動。

 全員が絶句していた。三宅が「おい!」と俺に肩パンを入れてくる。

 

「直前の発言と矛盾してるじゃん。あんたはポイントが貰えないって発言しているけど、もしあんたが優待者だったら逃げ切りでポイントが貰えるでしょ」

 

「ミスリードかもしれないぞ」

 

「適当なこと言わないで。あんたはみんなを混乱させようとしてるだけ。優待者を守るために囮になっているか、ブラフをかけて私たちの表情を観察しているか、そのどちらかしか有り得ない」

 

 神室は葛城の沈黙作戦を早くも破っていた。元々そんなに従う気はなかったようだが。

 葛城……まぁ頑張れ。たぶん二学期にはリーダー争いもできないほど弱体化しているだろうが。

 

 Bクラスの羊どもは動揺して顔を見合わせている。

 見た感じでは優待者ではなさそうだが、まだ断言はできない。

 

「では対抗してみます。みなさん聞いて下さい。私が本物の優待者です」

 

「ちょ」

 

 椎名が挙手しながら発言した。山脇が目をむいている。

 こいつも事前に相談せずに騙りを始めたらしい。その場のノリだな。

 

 これが人狼ゲームなら占い師や霊能者のスキルで矛盾点を炙り出すこともできるのだが、残念ながらこれは全員が村人だ。優待者を村人扱いしていいのか疑問だが、スキルがないので村人と言うことにしておく。

 

「あ、あんたたち、一体何がしたいの?」

 

 神室は俺たちに正気かと問うような目線を向ける。

 

 が、一瞬だけ口元が緩んでいた。

 

 チョロいぞこいつ。坂柳に弱味を握られるわけだ。

 

 ただ、やはりこれも確証がない。

 これだけで神室が優待者だと報告するわけにもいかない。ミスリードという可能性もある。

 ミスったらクラスポイントがマイナス五十だからな。無人島で稼いだポイントが吹き飛び、俺には借金生活が待っている。

 

「神室さんも優待者だと名乗ってみたらどうですか。優待者が乱立すれば、誰が本物の優待者なのかわかり難くなっていきます。これは優待者にとっては都合がいい状況だと思いますよ?」

 

「何が言いたいの? 私は優待者じゃないし、あんたたちが騙りをしようが関係ないから」

 

「それにしては俺たちに食い付いてきたよな。放っておけばいいのに、わざわざ俺の騙りを暴こうと揺さぶりをかけてきた」

 

「何のことを言っているのかわからない」

 

「ボイスレコーダーを再生してみようか?」

 

 俺は携帯をチラつかせてみる。

 

 神室は俺を細目で睨み付けた。

 

「もういい。付き合ってられない。勝手にやってれば」

 

 神室はそっぽを向いて携帯をいじり始める。

 

 今回はこれまでかな。

 話し合いの時間は一時間だ。もう残り三分である。潮時だろう。

 

「あの、礼司君。よかったらこの後、一緒にお話ししませんか?」

 

 椎名が頬を染めながら俺に声をかけてくる。

 

「駄目っ!」

 

 横から波瑠加が俺に抱き着いてくる。

 

「たなぴーは渡さないから。椎名さんだったっけ。残念だけど諦めて」

 

「諦めてと言われましても、それを決めるのはあなたではなく礼司君ですよ」

 

 椎名が妖艶に微笑んだ。

 

 正論っぽい言い分に、波瑠加が「うっ」とうめき声を上げている。それから俺に媚びるように上目を使ってきた。

 

「たなぴーはあんな女の誘惑に負けないよね?」

 

「負けそう」

 

「やだっ! 行かないで! また私を一人にしないで!」

 

 冗談で言ったら、波瑠加が泣きそうな顔をして俺にぎゅっとしがみ付いてきた。

 

 もう二度と離さないとばかりに依存されている。

 しばらく放置していたのがトラウマになっているのだろうか。だとしたら悪いことをしたような気がする。

 

「ふふっ。あなたは礼司君の弱点ですね」

 

 椎名が楽しそうに笑っていた。

 

 確かに今の波瑠加は足手まといだ。

 俺は別にそれが嫌だとは思わない。甘えてくる女は可愛いものだ。

 

 椎名は自分の利用価値を俺に示すことでアドバンテージを得た気になっている。

 こっちも可愛いものだ。俺の役に立とうといじらしく努力する姿には好意を覚える。

 

 つまり、まぁ、あれだな。

 可愛いよ。でも、お前ら重いんだよ。



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28話

 この日は波瑠加とデートすることにした。

 いや、させられたと言った方が正しいか。波瑠加に押し切られてしまった。

 

 椎名の誘いを断るのは怖かったが、初対面から椎名と仲良くなるのは明らかにおかしい。俺たちが以前から繋がっていたと疑われることにもなりかねない。

 

 無人島で伊吹にスパイされたばかりだ。それなのに平然と他クラスの女子を受け入れていたら、俺が色ボケしていると思われてしまう。……もう手遅れか?

 

 夕食を食ってから午後八時の話し合いに挑んだ。

 俺と椎名……いや、もうひよりでいいか。

 俺たちは特に示し合わせたわけではなかったが、互いに優待者を騙って虎グループを混乱に陥れていた。

 

 神室たちAクラスは完全に沈黙することを選んだようだ。

 何を言っても無反応だった。つまらん。

 

「サイドテールかわいいね」とからかってみたら神室に汚物を見るような目をされてしまった。それを聞いていた波瑠加がゴムで髪をサイドテールにしていたが、あまり似合ってなかったのでやめさせた。

 

 何の進展もなく話し合いは終わってしまった。

 このままではヤリ部屋の家賃が払えなくなる。いざという時には帆波から借金するだけだが、できれば自力で稼ぎたいものだ。

 

 俺は船内の廊下、自販機の横にあるベンチで待っていた。そこに平田がやって来る。

 

「ごめんね。急に呼び出して」

 

「いや、別に構わないが、何かあったのか?」

 

 俺は平田に呼び出されていた。たぶん昼間に言っていた相談だろう。

 

 会話の流れ的に軽井沢のことかもしれない。

 平田が男子との関係を深めたおかげで、女子との関わりは原作より希薄になっていた。軽井沢のことを蔑ろにしてしまったのだろうか。

 

「試験の調子はどんな感じ? たしか田中君は虎グループだったよね」

 

「難しいな。候補は数人まで絞ったが確証が得られない」

 

「初日なのにもうそこまで進んでいるんだ。これは虎グループの勝利は期待できるかな?」

 

「さぁ、どうだろうな。あまり買いかぶってくれるなよ」

 

 ベンチから立ち上がり、自販機のボタンを押す。

 ガコンと音がして缶コーヒーが落ちてくる。

 

「軽井沢さんのことで、相談があるんだ」

 

 ここまでは世間話だったのだろう。

 平田はベンチに前かがみに座ると、ようやく本題を切り出した。

 

「どうした。喧嘩でもしたか」

 

 平田は否定しなかった。困ったように苦笑するだけだ。

 

「田中君は僕と軽井沢さんが付き合っていないことには気付いているんだよね」

 

「そうだな」

 

「どうやって気付いたの?」

 

「そんなの見てればわかるだろ」

 

 嘘です、原作知識です。

 なのに平田は心底から感心した顔をしていた。

 

「すごいな。田中君ほどの恋愛強者にもなれば、僕たちの演技なんて見抜かれて当然だったのか」

 

 恋愛というか、レイプしてコマしただけなんだけどな。

 

 平田も自販機でジュースを購入する。

 冷たい缶をじっと握り締め、しばらく考え込むように口を閉ざした。

 

 結露した缶から水滴が垂れ落ちた頃、やっと平田が俺の方を向いた。

 

「軽井沢さんに言われてしまったんだ。あまり頼りにならないねって」

 

 ……あぁ。

 

 それはキツいな。

 

 軽井沢にとって、平田とは自分を守るための道具に過ぎない。

 

 それなのに無人島では男子に掛かり切りになり、おまけにあっさりと追い詰められてキレていた。須藤の暴走に対しても何もできていない。軽井沢は平田がいざと言う時に頼りになるのか疑問に思ってしまったのだろう。

 

「軽井沢さんは僕の代わりになる人を探してるみたいだ。田中君。君も候補の一人だよ」

 

「いや、そう言われてもな」

 

「だよね」

 

 平田は力なく微笑んだ。

 

「田中君は僕の代わりにはなれないと思う。いや、これは君を貶しているわけではないんだ」

 

「気を使わなくてもいいぞ」

 

「うん、まぁ、言いにくいんだけどね。田中君の周りには可愛い女の子が多い。軽井沢さんが君に取り入ったところで、君の彼女への優先順位はとても低くなると思う」

 

 そうだな。

 これはいわゆるハーレムの格差問題だ。正妻争いという言葉はあまり好きではないが、そういう系統の話である。

 

「僕が見たところ、田中君は堀北さんと櫛田さんに重点を置いている。一之瀬さんとはクラスが違うから、どこかで線を引いているよね。長谷部さんのことは、寄ってくるから受け入れているだけという感じだ。これはまだ日が浅いからかもしれないけど」

 

 恐ろしいぐらい俺のことを見てやがる。やっぱりホモかな。

 いや、まぁ、これが平田の観察眼なのだろう。平田は中学までは目立たない生徒だったらしい。その時に身に付けたスキルだろう。

 

「軽井沢さんが田中君に取り入ったところで、堀北さんや櫛田さんの立場を奪うのは難しいと思うんだ」

 

「そうだな。ぶっちゃけ打算だけで寄って来られても鬱陶しいだけだ」

 

「ぶっちゃけすぎだよ、田中君」

 

 俺のことが好きというなら話は別だが、利用されるだけの関係というのは気に入らない。俺は平田のような聖人ではないからな。

 故に俺が軽井沢を受け入れたところで、その関係は早々に破綻するだろう。

 

 空き缶を投げ捨てる。ゴミ箱にホールインワンした。

 

「僕では軽井沢さんを――」

 

「こんなところで作戦会議か?」

 

 平田が途中で口を閉じた。視線は俺の背後に向いている。

 

 振り返るまでもない。龍園の声だ。

 気配は三つある。その中の一つはひよりだ。

 もう一つは山田アルベルト。

 もっともアルベルトは何も発言する気はないようだが。

 

「礼司君。奇遇ですね」

 

 ひよりが俺に小走りで歩み寄ってくる。それを見た龍園が口を歪めた。

 

「どうやらひよりはお前のことが気に入ったようだな。どうだ、こいつもお前のハーレムに加えてみるか?」

 

 ピエロだな。

 なんか龍園に申し訳ない気持ちになってくる。

 

「そうだな。椎名、明日デートでもするか」

 

「いいですね。お断りする理由はありません。あ、私のことはひよりと呼んで下さい」

 

 ひよりは龍園に対してもまったく隙を見せていない。こういう時には頼りになる女だ。

 

「それで、お前らはまだ優待者が誰なのか、なんて悠長なことをしているのかよ?」

 

「それは気になる発言だね。何が言いたいのかな」

 

 平田が訝しげに龍園を見詰める。

 

「なに。まだこの試験が終わっていないのが俺には不思議に思えてな。なぜ誰もこの試験のカラクリに気付かない。雁首揃えて話し合いで優待者を探そうだなんて、お前ら全員無能だというのか? それなら期待外れにもほどがあるが」

 

「試験が終わる? カラクリ? 龍園君、君はまさか――」

 

「そこまで言うのなら、なぜお前はまだ試験を終わらせていない」

 

 平田の言葉に被せて俺が言う。

 

 龍園は楽しそうにクツクツと笑った。

 

「わかんねぇのかよ。遊んでやってるんだ。長い船旅の退屈凌ぎには丁度いいからな。無能どもが無様にのたうち回っている姿を観察するのは、ちょっとした娯楽だぜ?」

 

「それは違うな」

 

 口を挟むと、龍園は一瞬不快そうに眉をひそめた。

 

「もしお前の推測が外れていたら、Cクラスは逆に大量のクラスポイントを失うことになる。十二組の中から自分のクラスの優待者を除けば大体で八クラスになるか。これをすべて外したらマイナス四百ポイントだ。Cクラスは一気に最下位に転落する」

 

 龍園は試験のカラクリを見抜いたと言った。

 もしそれが本当なら一気に五百ポイント近くのクラスポイントを稼げることになる。

 

 しかし原作の龍園はそれをしなかった。

 理由は簡単だ。あまりにリスクが高すぎるからである。

 

 この試験の答え合わせは試験が終わった後だ。

 龍園ほどの男が確証がないのに掛け金をすべてテーブルに乗せるとは思えない。

 

 最後まで粘って目星を付けた人物が優待者なのか探る必要があったのだ。

 

「確かにお前の言うことは半分ほどは当たっている。だが、マイナス二百ポイントまでは充分に許容範囲内だ。その程度なら立て直しも計れるからな。つまり俺はDクラスだけを狙い撃ちにすることだってできるんだぜ?」

 

「ならやってみるか。Aクラスを引きずり下ろす好機が二度あるとは思えないが」

 

 葛城はいずれ失脚する。次のAクラスを率いるのは坂柳だ。

 

 坂柳は簡単に付け込める相手ではない。

 龍園も今のうちにAクラスのポイントを削っておきたいはずだ。いくら黒幕Xが居ると言っても、Dクラスと潰し合いをしていてはAクラスにのし上がれないのだから。

 

「ふん、まぁいい。せいぜい最後まで踊ってみせろ」

 

 龍園が捨て台詞を吐いて去って行った。

 山田アルベルトが何も言わずに龍園を追う。ひよりがペコリと頭を下げてそれに続いた。

 

「すごいね、田中君は。あの龍園君と堂々と渡り合うなんて」

 

「別にすごくなんてないけどな。あれでも同じ学生だ」

 

 綾小路が怖すぎて感覚が麻痺しているのかもしれないが、龍園からはあまり脅威を感じない。

 

 慢心しているのはわかっているのだが、どうにも止められないんだよなぁ。

 ひよりにスパイをさせようとするギャグ行動のおかげで、龍園がシュールになっているのもあるのだが。

 

「それで、軽井沢のことだったか」

 

「そうだけど、なんか相談する雰囲気じゃなくなっちゃったね」

 

 龍園の邪魔が入ったおかげで、平田が相談する気を欠いてしまったようだ。

 

 急ぎの用事でもないのだろう。

 今すぐ手を打たなければ軽井沢が大変なことになると言うなら平田はもっと焦りを見せている。

 

「なら今日は解散するか」

 

「うん、今日はありがとう。また明日」

 

 俺は平田と別れて部屋に戻った。

 

 久しぶりに一人の夜になりそうだ。

 そろそろ休みたいところだった。たまには下半身を休ませないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試験二日目。午後一時の話し合いが始まった。

 俺はこの日もひよりと一緒に虎グループを混乱させまくっていた。

 

「俺が優待者だ。明日この世界を粛清する」

 

「私が優待者です。礼司君。後で一緒に図書室に行ってみませんか?」

 

「図書室なんてあるのか。まだ行ったことがないな。あ、俺が優待者だからな」

 

「学校の図書室よりは小さいですけど、中々いい本が揃ってましたよ。私が優待者です」

 

 神室がテーブルをバンと叩いた。

 

「いい加減にして!」

 

 部屋にいる全員が神室に注目する。

 

「どうした、サイドテールちゃん。お前が優待者だったのか?」

 

「そんなわけないでしょ! 私が言いたいのは、これ以上ふざけたことを抜かしてみんなを混乱させないでってこと! あんたたちのせいで、まったく話し合いが進んでないでしょ!」

 

「お前は何を言っているんだ。俺が優待者であるのは明らかだが、もし俺が黙っていたとしても話し合いなんて進むわけがないだろう。サイドテールちゃんはAクラスなのに馬鹿なのか?」

 

「う、うるさい! さっきのは言葉の綾よ!」

 

「優待者は私ですけど、神室さんも怪しいですよね」

 

「言いがかりはやめて! 私はあんたたちほど怪しくないから!」

 

 正直、釣れたな――としか思えないのだが。

 

 優待者の第一容疑者は神室だ。理由は見ての通りである。

 

 神室自身は誤魔化せているつもりなのだろうが、こいつは俺たちが“騙り”であることを前提に話をしていた。俺たちが本物ではないと最初から決めつけているのだ。もちろんAクラスの仲間を庇っている囮役である可能性もあるのだが。

 

 俺たちにからかわれた神室は「はぁ、はぁ」と肩で息をしていたが、ぷいっと顔を背けると部屋の隅っこで三角座りしてしまった。

 

 俺たちとは会話をする気がないという意志表示だ。もう手遅れだが。

 

 一時間が終わる。

 

「ひより。優待者同士で遊びに行くか」

 

「そうですね、礼司君。優待者同士、仲良くしましょう」

 

 みんなが俺たちのことを「こいつら何言ってんだ?」みたいな目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ひよりと図書館デート、その後はレストランでディナーだ。

 

 それから午後八時の話し合いに挑むことになる。

 

 未だに決定的な手掛かりは得られていない。

 骨董品ちゃんさえ生きていればこんな試験なんて楽勝だったのに。

 

「世界が平和でありますように。俺が優待者です」

 

「素晴らしい言葉ですね、礼司君。優待者は私ですが」

 

「たなぴー。もう私ついていけないよ……」

 

「優待者の田中礼司をよろしくお願いします。みなさんの清き一票をよろしくお願いします。スクラップ&スクラップ。すべてを破壊します」

 

「政界に進出しようとする礼司君も素敵です。でも私が優待者ですからね」

 

「椎名。もうやめとけって」

 

「神室さんが両耳塞いでるぞ。見てて可哀想になってきた」

 

 この日一度目の話し合いは、まったく進展のないまま終わってしまった。

 

 ひよりを部屋に連れ込もうかなと思っていると携帯にメールが入った。

 

『軽井沢です。今から会えないかな?』

 

 連絡先を教えた覚えはないのだが、誰から聞いたのだろうか。

 

 もしかしたら平田が教えたのかもしれない。

 大穴で綾小路だ。同じ兎グループの繋がりで……いや、ないな。

 

 昨日、平田に忠告されたが、さっそく接触してきたか。

 無人島で頼りになるところを見せたおかげで、新しい寄生先に選ばれてしまったようだ。

 

 とりあえず一度会ってみるか。

 俺が頼りになる盾役にならないとわかると勝手に離れていくだろう。

 

 俺は龍園を警戒しているフリをしてひよりと別れ、指定されていた場所に向かった。

 

 そこは展望デッキだった。つい先日、池と須藤がやらかした場所だ。

 思わず何とも言えない気分になるが、この場所を指定した軽井沢に他意はないのだろう。

 

 俺は須藤がボコっていたベンチ……は避けて、違うベンチに腰を下ろした。

 

 展望デッキは夜景を見に来たカップルが三組いるだけだ。

 完全な密談にはならないが、それぞれ距離があるので内緒話にはなるだろう。

 

「待たせちゃった?」

 

「いや、今来たところだ」

 

 軽井沢が俺の隣に座り「はい、おみやげ」と冷たいものを俺の頬に押し付けた。

 

「ジュースか。サンキュ」

 

「どういたしまして。感謝しなさいよね」

 

 恩を着せるような言い方だな。まぁ軽井沢は笑っていたが。

 

 同時にプルタブを開ける音がする。

 二人して桃ジュースだった。濃縮還元と書いてある。

 

「田中君って誰と付き合ってるの?」

 

 唐突な質問だな。

 

「噂を聞いていないのか? 四股かけてるって言われてるだろ」

 

「三股じゃなかったの?」

 

「その情報は古いんだ」

 

「なにそれ」

 

 軽井沢が呆れたように俺を見てくる。

 ひよりと伊吹を含めれば六股になるんだけどな。

 

「田中君ってさ、可愛い女の子なら誰でもいいわけ?」

 

「誰でもってわけではないな。どうしてこうなったのやら」

 

 俺は遠い目をした。

 気付いたら後戻りできないところまで来ていた。最近はいっそのこと開き直っている。そうしないと心がぶっ壊れそうだからな。

 

 軽井沢が身体を寄せてくる。

 香水の匂いがした。計算尽くで俺を誘惑しているんだろうな。

 

「私もさ、田中君の彼女候補に立候補していい?」

 

「何を言っているんだ。お前は平田の彼女だろうが」

 

「うーん。平田君とはね、最近あんまり上手くいってない感じ」

 

「まだ付き合っているんだろう。ならやめておけ。俺は平田に不義理を働きたくはない」

 

「なら、平田君と別れたら私と付き合ってくれる?」

 

 話が一気に飛躍しやがったな。

 彼女候補に立候補するから付き合うに変わっている。

 

 自分に自信があるのか、それとも必死なのか。たぶん後者だろう。

 

 どっちでもいいが、こいつ、うざいな。

 

「なんて言うか、ホントに平田のことを何とも思ってないみたいだな」

 

「え、どういうこと?」

 

 軽井沢は愛想笑いを浮かべていた。

 俺の機嫌を損ねてしまったのは理解しているのだろう。頬に冷や汗がつたっている。

 

 アクセサリー感覚とでも言うのだろうか。

 軽井沢は平田よりも優れた男がいたから乗り換えるだけだ。俺への恋愛感情がまったく伝わってこない。こうすれば男は喜ぶだろうという打算が見え透いていて白けてるのだ。桔梗や帆波に振り回されてきた俺にとっては軽井沢は軽薄に思えてしまう。

 

「私、なんか不味いこと言っちゃったかな? 謝るから機嫌直してよ」

 

「怒ってると言うより、ただ呆れてるだけだ」

 

 俺は席を立った。

 軽井沢が慌てて俺の袖をつかんでくる。

 

「離してくれないか」

 

「待ってよ! まだ話は終わってないじゃん! いいから座って! ね?」

 

「なら言わせて貰う。俺を寄生先にするのはやめておけ。俺はロクな人間ではないからな」

 

「……何よそれ」

 

 軽井沢が涙目で俺を睨み付けた。

 

「四股かけてるって言ってたよね。どうせあんたも女をコレクション気分で集めてニヤニヤ笑ってるクズなんでしょ? 一人ぐらい増えたってそんなに変わらないじゃん」

 

「そうだな。なら月に一度ぐらいデートしてやるよ。これでいいか?」

 

 あえて突き放すために最低なことを言ってみた。

 しかしそれは火に油を注いだだけのようだった。

 

 軽井沢が缶ジュースを俺にぶちまけた。

 

 避けることもできたが、俺はあえて受けておいた。

 

 桃のいい香りがする。

 水も滴るいい男になってしまったぜ。実績解除だな。

 

「あんた、最低ね」

 

「今さらだな」

 

「もういい! あんたなんかを頼った私が馬鹿だった!」

 

 軽井沢は空き缶を投げ付けてから、肩を怒らせて去って行った。

 

 海に飛んで行きそうだったので空き缶をキャッチしておく。

 自然を汚すのはよくないからな。にしても、あいつコントロール悪いな。

 

「軽井沢か」

 

 面倒なことになってきた。

 たしか綾小路がパパっと解決してくれるんじゃなかったか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日目は試験のインターバルだ。

 この日は話し合いもなく、完全な自由時間である。

 

 高円寺の猿グループが試験を終えるというアクシデントが原作通りに発生。

 あと二日も試験を続けるのが面倒だと言って、勝手に優待者を当ててしまう高円寺であった。

 

「うーん」

 

 俺は唸り声を上げていた。

 鈴音の膝を枕にして、メモ用紙を凝視し続けている。

 

「もう二時間になるわよ。いい加減に諦めたら?」

 

 最初は俺の頭を撫でたりして嬉しそうにしていた鈴音も飽きてきたらしい。

 文庫本を広げて暇を潰している。題名はモンテクリスト伯。監獄塔の人だよね。

 

「龍園に解けたんだ。俺に解けない理由はないはずだ」

 

「龍園君はクラス全員の携帯を提出させたらしいわよ。あなたとは持っている情報の量が違いすぎるわ」

 

「いや、鈴音。それは錯覚だ」

 

 龍園が知り得たのは自分のクラスの優待者だけだ。

 

 俺は平田からDクラスの優待者の名前を聞き出している。

 竜グループの桔梗、兎グループの軽井沢、そして馬グループの南である。

 

 ところで南って誰だっけ?

 平田が「南君」と言っていたから男子だろう。そりゃ知らんわけだ。

 

「つまり、このリストだ」

 

 俺はメモ用紙を指で弾いた。

 

 

 

 Aクラス・葛城康平 西川亮子 的場信二 矢野小春

 Bクラス・安藤紗代 神崎隆二 津辺仁美

 Cクラス・小田拓海 鈴木英俊 園田正志 龍園翔

 Dクラス・櫛田桔梗 平田洋介 堀北鈴音

 

 

 

 竜グループ。言わずと知れたエリートグループだ。

 Aクラスには葛城。Bクラスには神崎。Cクラスには龍園。Dクラスには鈴音、桔梗、平田。

 帆波が入っていないのが疑問だが、各クラスの優秀な人間ばかりが集められている。

 

 このグループの優待者は桔梗だ。

 なぜ桔梗が選ばれたのか、俺はそろそろ知恵熱が出そうなほど思案していた。

 

「櫛田さん、張り切っていたわよ。逆に不自然になっていたわ。誰かさんの薬が効き過ぎたようね」

 

「竜グループは龍園がいるから捨ててもいいんだけどな」

 

 桔梗は百回デートという俺の冗談を真に受けているので正直勝って欲しくない。

 重すぎるんだよ。

 それ以前に、女に百回も奢らせたらタナカスの伝説がさらに加速するだろうが。

 

 俺はメモ用紙を再び眺める。次は綾小路や軽井沢の兎グループだ。

 

 

 

 Aクラス・竹本茂 町田浩二 森重卓郎

 Bクラス・一之瀬帆波 浜口哲也 別府良太

 Cクラス・伊吹澪 真鍋志保 藪菜々美 山下沙希

 Dクラス・綾小路清隆 軽井沢恵 外村秀雄 幸村輝彦

 

 

 

 帆波や伊吹が存在感を放っているが、何とも言い難い面子である。

 Aクラスの男子は葛城派だ。葛城の沈黙作戦でもやっているのだろう。

 Bクラスは帆波以外は微妙。と言うか、なぜ帆波が兎にいるのか理解できない。

 Cクラスの伊吹は成績は優秀らしい。他は軽井沢をいじめることになる女子だ。

 

 で、Dクラス。

 クラスでのヒエラルキーこそ高いが能力的には並以下の軽井沢。

 オタクかつ凡人の外村。

 成績はいいが人望はない幸村。

 そして原作主人公である綾小路。下着泥棒の容疑は晴れたはずなのに、下がった株は戻らなかった可哀想な奴である。

 

 そして兎グループの優待者は軽井沢だった。

 

「何か共通点はないのか」

 

「私も暇があれば考えているけど、まだわからないわ。龍園君のハッタリの可能性もあるし、今は話し合いの機会を有効活用することを考えるべきではないかしら?」

 

「それはなんか、龍園に負けた気がして癪にさわる」

 

 兎グループ……軽井沢……うさぎ……ぴょんぴょん。

 あぁ、心がぴょんぴょんするんじゃ。違う。脱線するな。

 

 干支が関係しているのだろうか。軽井沢と兎。ぴょん……ぴょん……。

 

 虎グループは神室が怪しかった。

 虎である。がおーとか言ってたな。不覚だが星之宮先生に萌えたのは事実だ。

 でも、あの先生ビッチっぽいんだよな。

 

「ん?」

 

 がおーの後で、なんか言ってたような気がする。

 何と言っていたか。思い出せ。記憶力はチートでブーストされているはずだ。

 

『女の子を物色しているたなぴー君はさておき、今回の試験はAクラスからDクラスまでの関係性を一度無視した方がいいよ。それが試験をクリアするための近道ね』

 

 女の子を物色していたわけではないが、なんか不自然な言い回しだった。

 関係性を無視するか。すべてのクラスで協力しろという意味だと思っていたが、それならこんな迂遠な言い方はしていないはずだ。

 

 もしかすると思い付いたかもしれない。

 

 鈴音の膝から起き上がる。「ちょっと」と不満そうな声が上がったが、つかみかけている手がかりが逃げて行きそうなので返事をするのはやめておいた。

 

 テーブルにメモ用紙を押し付け、叩き付けるようにペンを走らせる。

 

 まずは竜グループ。

 クラスごとに並べられているリストを分解して、五十音順に並べ替えてみる。

 

 さて、次だ。

 干支を順番に並べてみる。

 

①安藤紗代 ②小田拓海 ③葛城康 ④神崎隆二 ⑤櫛田桔梗 ⑥鈴木英俊 ⑦園田正志

⑧津辺仁美⑨西川亮子 ⑩平田洋介 ⑪堀北鈴音 ⑫的場信二 ⑬矢野小春 ⑭龍園翔

 

①鼠 ②牛 ③虎 ④兎 ⑤竜 ⑥蛇 ⑦馬 ⑧羊 ⑨猿 ⑩鳥 ⑪犬 ⑫猪

 

 ……ビンゴだな。

 

 優待者である桔梗は五番目。竜は干支の順番で五番目だ。

 

 続いて兎グループ。

 こちらも同様の手順でリストを分解、再構築してみた。

 

①綾小路清隆 ②一之瀬帆波 ③伊吹澪 ④軽井沢恵 ⑤外村秀雄 ⑥竹本茂 ⑦浜口哲也

⑧別府良太 ⑨町田浩二 ⑩真鍋志保 ⑪森重卓郎 ⑫藪菜々美 ⑬山下沙希 ⑭幸村輝彦

 

 軽井沢は四番目。兎は干支で四番目。

 

 これでほぼ確定だ。

 と言うことは、俺の虎グループはこうなる。

 

①安藤耕平 ②井の頭心 ③神室真澄 ④木下琢磨 ⑤九条智也 ⑥椎名ひより ⑦鈴木美里

⑧田中礼司 ⑨戸田夏帆 ⑩中島春香 ⑪長谷部波瑠加 ⑫秦野瑞希 ⑬藤原忠 ⑭三宅明人

⑮元橋英治 ⑯山脇哲夫

 

 虎は干支の三番目。

 虎グループを五十音順で並べ替えて、三番目に来るのは神室真澄。

 

 俺はメモ用紙をぐちゃりと塗り潰してから、丸めてゴミ箱に投げ捨てた。

 

「どうやら勘違いだったみたいだ。そう上手くはいかないようだな」

 

「そう。礼司君にも解けないとなると、龍園君のハッタリの可能性が増してきたわね」

 

 ハッタリじゃなかったみたいだけどな。

 

 ともあれ鈴音にこの事実を伝えるのはやめておいた。

 

 鈴音がカラクリに気付いたことが龍園に悟られると、龍園が鈴音を攻撃してくる恐れがあった。無人島でアルベルトをけしかけられたばかりだ。鈴音を危険から遠ざけるため、この事実は伏せておくべきだ。

 

 

 

 

 

 鈴音と飯に行ってから部屋に戻ってくる途中で綾小路から連絡が入った。

 

 珍しいこともあるものだ。そう思いながら俺の部屋に招き入れる。

 

「不味いことになったかもしれない」

 

 綾小路は淡々と話し始めた。

 

 俺は冷蔵庫から飲み物を取り出して綾小路に投げ渡す。綾小路はキャッチしてから眉をひそめて俺を見てきた。

 毒でも入れてるのかと問うような目線だ。心外だな。俺たちはもう仲間ではないか。

 

「これ、炭酸だぞ」

 

「……正直すまなかった」

 

 代わりのものを改めて綾小路に投げ渡す。

 

「軽井沢がCクラス……いや、龍園に目を付けられたかもしれない」

 

「龍園? どう言うことだ」

 

 なぜそこで龍園が出てくる。

 

「これは俺の推測が多分に混じっているが、龍園は各グループの優待者をあぶり出すために色々と仕掛けているみたいだ」

 

「ああ。兎グループは軽井沢が優待者だったか」

 

「その通りだ。平田から聞いたのか?」

 

 聞いてないんだけどな。いや、それはどうでもいい。

 

「軽井沢は兎グループでもめ事を起こしていた。Cクラスの女子から恨みを買っていたみたいだ。おそらく龍園はそこから軽井沢を揺さぶる策を思い付いたのだろう」

 

「確かに龍園ならやりそうだが、なぜ綾小路は龍園が仕掛けたと思うんだ?」

 

「軽井沢の悪い噂が流れてきた。大半は根も葉もない中傷だ。ポイントを恐喝したり、いじめをしたり、暴力を振ったというような、程度の低い話ばかりだな」

 

 それ半分ぐらい事実だと思うぞ。

 だからこそ効果的なんだろうけどな。嘘の中に真実を混ぜると信憑性がアップするという法則である。

 

 軽井沢はクラスの女子にポイントで奢らせるなどのことをしてきた。

 それは恐喝が目的と言うより、上下関係を示すための手段でしかなかった。

 

 とは言え、ポイントで奢らせたのは事実だ。根も葉もないと言うのは語弊があるだろう。

 

「噂話の出所を探ってみたらCクラスの連中に辿り着いた」

 

「組織的にやってるってことか」

 

 確かに綾小路が言ったように、多分に憶測が混じっている。

 仕掛けてきたのが龍園だという証拠は一つもない。しかし俺にはほぼ黒のように思えた。

 

 龍園の目的は軽井沢を追い詰めて「私が優待者です」と自白させることだろう。

 

 龍園は原作よりも過激な行動ばかりしているように思えた。

 こうなったのはおそらく無人島の試験で龍園を追い詰めすぎたからだ。

 

 このままだと軽井沢は龍園に優待者だとゲロってしまう。

 クラスポイントが五十減るぐらいならどうでもいいのだが、これは尾を引くかもしれない。事あるごとに軽井沢が利用されてDクラスの不利になるなら流石に見過ごせなくなる。

 

 どうしたものか。

 考え込んでいると、俺の携帯に電話が入った。

 

 知らない番号だ。出たくないな。

 

「出ないのか?」

 

「セールスだったら面倒だろ」

 

 しかし電話はしつこかった。一度切れたのに、またしてもかかってくる。

 

「出た方がいいんじゃないか」

 

 綾小路が言う。

 

「俺のところには入学以来セールスの電話がかかってきたことはなかったぞ」

 

「そう言えばそうだな」

 

 俺たちの携帯は学校から支給されている。

 セールスの電話がかかってこないように設定されているのかもしれない。

 

 俺は試しに電話に出てみることにした。

 

 しかし相手側は無音だった。……いや、話し声が聞こえる。

 俺は耳をすませた。こう言う時こそチート聴力の出番である。

 

『アンタ、ビビりすぎじゃない?』

『無様よね。でもあんたが悪いのよ。最初にリカに手を出したのはあんただから』

『ほら、リカ! もっと強くやって!』

『う、うん……こうかな?』

『きゃははっ! こいつ泣いてない?』

 

 いじめ……か?

 女子の甲高い声がする。一人ではないな。最低でも三人はいそうだ。

 

『……もう……やめて……私が優待者だって、言ったじゃん……』

 

 俺は目を閉じた。

 

 軽井沢か。

 つまりこれも龍園が仕掛けてきた策ってことか。

 

 綾小路の推測は外れだ。噂話を広めたのは軽井沢を追い詰めるためではなかった。

 

 Cクラスの女子たちから罪悪感を取り除くためだ。

 龍園は悪役を懲らしめるというストーリーを用意したわけだ。

 

 人は正義に酔いやすい。簡単に騙されて正義の名の元に悪行を為す。

 やっぱ人間ってクズだな。

 ジークフリード・キルヒアイスが生きていれば、このようなことにはならなかったものを。

 

 部屋を出る。

 綾小路もついてきた。

 

 龍園たちが廊下を塞いでいた。

 Cクラスの男女、会わせて十五人だ。

 ひよりやアルベルトはいるが、伊吹の姿が見えない。

 

「ククッ、田中じゃないか。怖い顔をしているぜ?」

 

「俺は普通だ。怖く見えるなら後ろめたいことがあるんだろうな」

 

「さぁ、知らねぇな。俺らはここで仲良くお喋りして親交を深めてるんだ。余所者のお前はお呼びじゃねぇ。俺たちの邪魔をしないで貰おうか」

 

「田中。迂回しよう。上の階から通り抜けられたはずだ」

 

 綾小路が提案するが、龍園がそれを先回りしたように言う。

 

「残念だが、そっちも通行止めだ。俺のクラスの残りがそこで楽しく遊んでいるからな」

 

「強行突破するか?」

 

「おいおい。お前ら物騒だな。暴力行為は退学を覚悟しろよ」

 

「そうだな。綾小路。悪いが踏み台になってくれ」

 

「わかった」

 

 俺と綾小路は同時に龍園たちへと走り出した。

 Cクラスの男子たちが思わず顔を庇ってしまい、女子たちが悲鳴を上げる。

 

 綾小路がCクラスの連中の前で急停止した。

 俺はその肩に飛び乗って、天井を這うように彼らの頭上を飛び越えた。

 

 前転しながら着地。そのまま走り出す。

 

「その身体能力! やはりお前だったか! 田中! お前が黒幕Xで確定だな!」

 

 知るか。勝手に悦に浸っていろ。

 

 俺はCクラスの連中を振り切り、軽井沢がいるだろう女子トイレに辿り着いた。

 

 携帯はまだ通話状態になっている。

 俺は念のため携帯を耳に当てて、女子トイレのドアを蹴り飛ばした。

 

 バンッという心がすくみ上がる音が受話器を通して俺の耳に入ってくる。

 

 女子トイレへの不法侵入だが、非常事態だからオッケーだろう。

 そう言えば、ひよりとヤッたトイレだな。……どうでもいいか。

 

「ひっ! な、なんで入ってくるの!? あんた男子でしょ!?」

 

「この状況でそれを言うのか」

 

 軽井沢は水浸しになっていた。

 両目をぎゅっと閉じて、肩を抱いてガタガタと震えている。

 

 普段の強気な軽井沢からは考えられない姿だった。

 

 両方の頬はビンタされて赤くなっていた。

 髪を引っ張られたのか、セットした髪型が乱れていた。

 化粧が崩れて、ひどい顔になっていた。

 

 その時。船内に放送が入った。

 

『兎グループの試験が終了いたしました』

 

 と言うことは軽井沢は白状してしまったわけだ。この状況だ。仕方ないだろう。

 

 今回、龍園は不正な手段を使ってしまった。

 軽井沢が告発すればCクラスにペナルティを与えることもできるだろう。

 

 しかしそれをすると軽井沢がCクラスに屈してしまったことが白日の下にさらされる。そこから軽井沢が過去にいじめを受けていた事実まで明るみになる恐れがあった。

 

 ……いや、考えるのは後でいいか。

 

 俺は軽井沢のところまでゆっくりと歩を進めた。

 

 Cクラスの女子たちが「いやぁっ!」と悲鳴を上げながら後退りしている。

 うるさいな。わざわざ叫ぶなよ。別にお前らをレイプする気はないんだから。

 

 軽井沢はまだ俺に気付いていない。

 

 俺は彼女の前にしゃがみ込んだ。ポンポンと肩を叩きながら声をかける。

 

「ほら、迎えに来てやったぞ。何時まで泣いてるんだ?」

 

「……え?」

 

 軽井沢が顔を上げる。

 あまりにも弱々しい表情を俺に見せていた。

 

「どうして……私、あんたにひどいことを言ったのに……」

 

「なら、どうして俺に助けを求めたんだ?」

 

 軽井沢は俺に助けを求めてきた。平田ではなく俺だった。

 

 軽井沢は黙り込んだ。答えられないようだ。たぶん無意識だったのだろう。

 

「ほら。さっさと出るぞ」

 

「……う、うん」

 

 軽井沢の手を引いて立ち上がらせる……が、身体に力が入らないようだ。

 足が震えていて、今にも倒れそうだった。

 

 俺は軽井沢を背負いあげる。

 女子トイレは居心地が悪い。さっさと外に出たかった。

 

 トイレを出ると、龍園が待ち受けていた。

 

 カメラのフラッシュが俺たちを照らした。

 

「女子トイレの不法侵入だな。これを学校に見せたらどうなると思う?」

 

「お前らは軽井沢に暴力を振るい、不正に優待者であることを暴いただろう」

 

「つまり、どちらも悪いってことだ」

 

「何を言っているのかわかっているのか。お前の言い分は無茶苦茶だぞ」

 

「納得できないなら争ってみるか? 俺たちは生徒会の前で審議会をやってもいいんだぜ?」

 

 黒幕Xは審議会を嫌がる。そう見透かされている。

 今まで色々と後ろ暗いことをしてきたからな。

 確かに俺は堀北会長と裁判ごっこをするのは御免だった。

 

「田中。今回は俺の勝ちだ。無人島での借りは返したぜ」

 

「知るかよ。勝手に勝ち誇ってろ」

 

 Cクラスの集団を押しのけて通り抜ける。

 

 俺に背負われていた軽井沢が俺の後頭部に頬を押し付けてきた。

 

「ごめんね、田中君」

 

「何のことだ?」

 

「私のせいで、負けちゃった」

 

「気にするなよ。相手が悪かっただけだ」

 

「でも」

 

「無人島で稼いだポイントが多少目減りしただけだ。まだまだ余裕はある。だから気にするな」

 

「……で、でも、みんな頑張ったのに。頑張ってポイントを稼いだのに、私のせいで、なくなっちゃった」

 

 らしくないな。

 原作の軽井沢ならクラスのみんなに罪悪感を覚えることもなかったはずだ。

 

 どっかで原作の軽井沢から変化していたみたいだな。

 無人島で真面目にサバイバルをやらせたおかげだろうか。

 

 軽井沢はずっと俺の背中で泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 今日からまた試験が再開する。

 

 虎グループの優待者は神室だが、俺はどのタイミングで告発するべきか迷っていた。

 

 下手に龍園を刺激したらCクラスの全勝になってしまう。

 しかし神室はAクラス。龍園のターゲットだ。俺が手をこまねいていたら先手を取られて獲物を横取りされてしまう。

 

 まぁ、とりあえず寝るか。

 

 と思っていたら朝の八時にドアがノックされる。

 無視していると、段々とノックが激しくなってきた。同時に俺の携帯も震え出す。

 

「うるせぇ!」

 

「おはよう、田中君! いい朝だね!」

 

 軽井沢が満面の笑みを浮かべていた。なにこいつ。胡散臭いんだけど。

 

「田中君にお願いがあるんだけど」

 

「後にしてくれないか」

 

「Cクラスの真鍋たちをシメて欲しいの!」

 

「帰れ」

 

 ドアを閉じた。

 前言撤回。やっぱ軽井沢ってクソだわ。



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29話

 俺たちは船内のレストランに集合していた。

 

「もうマジでムカつく! あいつ頭イカれてるんじゃないの!?」

 

 軽井沢がゴリラのごとくテーブルを叩いている。

 

 激おこぷんぷん丸である。

 

 周りにいる面々は「それ何回目だよ」と鬱陶しそうにしていた。

 

「たなぴー。パフェ食べる?」

 

「食べりゅぅぅぅ」

 

 波瑠加がパフェをスプーンですくって俺に差し出した。

 

 ぱくっと口に含む。当然ながら間接キスだ。

 

「美味しい?」

 

「うん、美味しい! やっぱり波瑠加のパフェは最高だな!」

 

「ちょっと! あたしの話を無視しないでよ!」

 

「……頭が痛いわ」

 

「長谷部さんばかり、ずるいよぉ」

 

 波瑠加が嬉しそうに俺をパフェで餌付けする中、軽井沢がヒステリックに叫び声を上げて、鈴音が額に手を当てて溜息を吐いている。桔梗は波瑠加を羨ましそうに眺めていた。なんだこのカオスな状況は。

 

 昨日の一件における対策会議だった。会議になっていないが。

 

 この四日目が試験最終日。

 生徒の多くがこの日に動きがあるのではないかと予感していた。

 

 話し合いはあと二回しか残されていない。

 

「これってヤバくない? Cクラスに一歩リードされちゃったんだよね」

 

 桔梗が怒り狂う軽井沢に辟易しながら言う。

 

 鈴音が軽井沢を軽く一瞥してから頷いた。

 

「同情の余地はあるにせよ軽井沢さんが優待者だと白状してしまったのはよくない展開ね」

 

「何よ! あたしが悪いって言うの!?」

 

「一々噛み付かないで。同情の余地はあると前置きしたでしょう」

 

 鈴音が軽井沢に呆れた目を向ける。

 

「軽井沢さんが黙秘を貫いて、その後でCクラスの暴挙を告発できればベストだった。けれど状況的にそれが難しいと言うことは、みんなもわかってくれているはず。そうよね?」

 

 ダルそうに頷く俺たち。

 ヒートアップする軽井沢に反して俺たちのテンションは下がっていた。

 

 軽井沢は鈴音のフォローにちょっと気をよくしたようだ。

 

「そ、そう? それならいいんだけどさ」

 

 何がいいんだ。

 こいつ多分なんもわかってないぞ。

 

 俺は片手を上げてウエイターを呼び、コーヒーのお代わりを頼んだ。

 ついでに波瑠加がオレンジサワーというソフトドリンクを注文している。

 

 波瑠加はウエイターからテーブルに目を戻すと軽井沢に声をかけた。

 

「ところで軽井沢さん、なんでたなぴーの隣に座ってるの? しかも距離近くない?」

 

「そ、そう? 長谷部さんの気のせいじゃない?」

 

 俺の右側が波瑠加で、左側が軽井沢だった。

 

 桔梗も「それ、私も気になってたかも」と小さく挙手していた。

「当然の疑問ね」と頷く鈴音。君らってこういう時だけは仲がいいよね。

 

 軽井沢が苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 急に俺の隣を占有されれば文句の一つぐらい出てくるだろう。

 つまりマウントの取り合いだが、軽井沢にも引けない事情がある。

 

「軽井沢さんって平田君と付き合ってるんだよね?」

 

「それは……そうだけど……」

 

 軽井沢は葛藤していた。

 平田にするか田中にするか、である。

 

 切っ掛けは無人島での平田大爆発だ。

 軽井沢はあの瞬間、平田に対して疑問を抱いてしまった。

 

 本当の窮地に陥った時。

 平田が自分のことで手一杯になった時、果たして平田は軽井沢を助けてくれるのだろうか。

 

 事実Cクラスからのアクションに対して平田は何の役にも立たなかった。

 

「でも龍園くんも愚かな選択をしたわね。暴力と恫喝によって優待者を聞き出すと言うことは明らかなルール違反よ。学校側に報告すれば一発でアウトになるでしょうね」

 

「そうだよね。先生に言えばCクラスの反則負けにしてくれるかも」

 

 鈴音と桔梗が意見を出して来た。

 希望的観測だと一蹴はできない。たしかに今回の龍園は無茶を重ねすぎている。

 

 俺はコーヒーをすする。横から波瑠加がパフェを食べさせてくれた。

 

「うん、美味しい!」

 

「礼司君。真面目にやってくれないかしら?」

 

 鈴音が声を低くしていた。

 怒っている鈴音もかわいいが、彼女をいじる前に桔梗から質問が飛んでくる。

 

「ミルクと砂糖はいらないの?」

 

「ブラックがいいんだ」

 

 ふざけている俺が言えることではないが、試験の内容とはまったく関係ない質問だった。

 

 桔梗ってよく天然のフリをするよね。そこが可愛いのだが。

 

「ブラック飲んでる人ってかっこつけてるだけでしょ」

 

「男はハードボイルドが大好きなんだ」

 

「何よそれ。逆にダサいんですけど?」

 

 軽井沢が噛み付いてくる。

 ムキになって否定する方がかっこ悪いので俺は適当に流しておいた。

 

 コーヒーのカフェインでやっと頭が冴えてきた。それを待ってから思考をまとめ始める。

 

 確かに昨日のCクラスの行動を告発すれば、俺たち有利の裁決が下されるだろう。

 俺にとって都合の悪い話が出てくるかもしれないが、Cクラスの方が遥かにマイナス点を稼いでいるからだ。

 

 あれは龍園が見つけた法則が自クラス以外の優待者にも適用されているかの確認作業と、Xのあぶり出しだった。いささか乱暴で性急ではあったが、これからも謎の暴力装置に怯え続けるぐらいなら、多少のリスクを負ってでも危険人物をあぶり出しておこうという目論みだろう。見えない敵とは戦えないからな。

 

 龍園は手強い相手だ。

 俺からしてみれば帆波よりも強敵である。

 

 Bクラスの結束力よりも龍園一人の方が厄介に思えてくるほどだ。

 

 ……んー。めんどい。

 

 もうさっさと終わらせてしまって、ぐうたらするか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 と言うわけで、俺は試験を終わらせることにした。

 

 そのための下準備として、人を探して船内を歩き回る。

 

「お、ここか」

 

 居場所はあらかじめ綾小路からメールで教えて貰っていた。

 

 男子の船室の一つ。

 綾小路や平田たちの部屋だった。

 

 俺はドアをノックする。

 

「誰かな?」

 

「田中だ」

 

「タナカス!?」

 

 瞬間、部屋の中からガタゴトと大きな物音がした。

 

 ドアが開く。

 

「田中ぁ! どの面下げて俺たちの前に顔を出しやがった!?」

 

 般若のように顔を怒らせている須藤だった。

 

 部屋の中には「あちゃぁ」と額に手を当てている平田の姿がある。

 

 他にも半数ほどの男子が一つの船室に集まっていた。臭そう。と言うか臭い。

 

「男子で試験の話し合いをしてんだ! お前は入って来んな!」

 

「男子の話し合いなんだろ? なら俺が混ざってもよくないか?」

 

 須藤の理論に綻びがあったので何となく突いてみる。

 

 俺も男子だからな。話し合いに参加する権利ぐらいあるはずだ。

 

「うっせぇ! 消えろ! お前なんか男子じゃねぇ!」

 

 マジかよ。俺って男子じゃなかったのか。女の子になっちゃう!

 

 須藤は俺の肩を突き飛ばして勢いよくドアを閉めた。

 くそ。童貞ちんぽこ先生のくせに偉そうにしやがって。

 

 タイミングが悪かったか。

 別に平田でなくても桔梗あたりに頼めばいいのだが、男子のまとめ役をしている平田に声をかけておいた方が後々スムーズに話が進む。

 

 どうしたものかと悩んでいるとドアが開いて平田が出て来た。

 

「ごめんね、田中君。須藤君にも悪気は……悪気は……ない、のかもしれない」

 

 聖人の平田ですらフォローできずに困っていた。

 

「この前から須藤君は荒れていてね。僕たちもちょっと手を焼いているんだ」

 

「たぶん鈴音にこっぴどくフラれたからだろうな」

 

「須藤君が堀北さんに告白したの?」

 

「いや、告白までは言ってないが……似たようなものか?」

 

 完全に脈がなくなったと思えば同じようなものだろう。

 

 困ったように微笑んでいた平田は辺りを見回してから提案した。

 

「廊下で話すことじゃないね。場所を変えようか」

 

「ああ。出て来てくれて助かったよ。ちょうど平田に話があったんだ」

 

「僕に?」

 

 疑問符を浮かべる平田を連れて俺の部屋に移動する。

 

「た、田中君……これは……」

 

 部屋に上がった平田は女性物の下着が落ちているのを目にして絶句していた。

 

 桔梗のやつ、ノーブラで部屋に帰りやがったな。

 

 絶対わざとだ。俺が他の女子を連れ込んだ時用のトラップである。

 もしトラップが不発だったとしても「下着忘れちゃった。てへぺろ」と言い訳できる。桔梗のやつが考えそうなことだ。

 

 まさか平田にトラップが直撃するとは、仕掛けた桔梗にとっても寝耳に水だろう。

 

「田中君。その……ほどほどに、ね?」

 

「……うん」

 

 俺は落ち込みながら謝罪する。どうすんだよ、この空気。

 

 微妙な雰囲気の中、俺は平田に作戦の内容を告げて協力を要請した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは客船の展望デッキだった。

 やや強めの海風が吹いている。日差しが照り返して肌がひりつく感じがした。

 

 昼食前ということもあってか、展望デッキには俺たち以外の姿はない。

 

「最後に確認しておきたい」

 

「何かな、田中君」

 

 返事をしたのは平田だった。

 

 鈴音、桔梗、波瑠加、軽井沢たちもこの場にいる。

 

 軽井沢は平田と付き合っているはずなのに、平田に一言も話しかけていなかった。

 平田は話しかける切っかけが見付からず、困った顔をして首を横に振っていた。

 

 鈴音たちもそんな二人に思うところがあるのか何やら複雑そうな顔をしていたが、他人が口を挟むことではないと思ったのか黙っている。

 

 まぁ、それは今は置いておこう。

 

「これから俺がやろうとしていることだ。止めるなら今のうちだぞ」

 

「僕は田中君の判断に疑問を差し込むつもりはないよ」

 

 平田が微笑みながら述べる。その口ぶりからは精神的な余裕が窺えた。

 

 無人島での一件からは完全に立ち直っているみたいだな。

 まだ爆弾は残っているっぽいので油断はできないが。

 

「田中君が最善だと思ったのなら、きっとそれが正しいんだと僕は思う」

 

「それって聞こえはいいけど思考停止してるよね?」

 

 平田と軽井沢がやっと喋ったと思ったらこれである。

 

 軽井沢は平田に対して喧嘩腰だった。

 

 龍園に未だに何の対処もできずにいる平田に怒っているようだった。

 

「耳が痛いな。でも僕は田中君を信頼することに決めたんだ」

 

「信頼ね。言っとくけど、あたしはまだ納得してないからね」

 

 軽井沢が俺と平田を睨み付けていた。

 

「なんで、よりにもよってCクラスなのよ!」

 

 軽井沢が大声で吠えた、その時――。

 

「おいおい。船の中まで聞こえているぜ」

 

 ぞろぞろと展望デッキに現れる集団。

 Cクラスの龍園翔、山田アルベルト君、伊吹澪の三人だった。

 

 龍園はクッと喉を鳴らして笑う。

 

「俺たちも嫌われたものだな」

 

「当たり前でしょ! あんた自分が何やったのかわかってるの!?」

 

 軽井沢は一瞬怯んだが、それよりも怒りが勝ったのだろう。龍園に噛み付いた。

 

「何をやったかだったな。心当たりが多すぎてどれのことかわからないが、無様に泣きわめいている誰かさんを録画したことか?」

 

「――っ!」

 

 軽井沢は弱味をさらしていた。

 もちろんそれを公開したらCクラスはただでは済まなくなるが、軽井沢にとっては絶対に無視できない発言だ。

 

「そこまでにして貰えないか。軽井沢も落ち着け。話が進まない」

 

「……田中君がそう言うなら仕方ないわね」

 

 軽井沢が身を引いて俺の後ろに隠れてしまう。

 

 龍園にビビッて逃げたのではなく、俺に止められて従ったという形にした方が、軽井沢のプライドが保たれると言うわけだ。

 

「まさかお前の方から声をかけてくるとはな。てっきり恨まれていると思っていたが」

 

「そうでもない。パソコンさえ弁償してくれるならな」

 

「何のことか俺にはよくわからないな」

 

 白々しい物言いだった。

 器物破損だから、白を切るしかないよな。

 

「詰まらない話なら俺は帰らせて貰うぜ。このくだらない試験もあと半日で終了する。こっちもあまり暇ではないんだ」

 

「半日と言わず、今ここで終わらせないか?」

 

「終わらせる、だと?」

 

 龍園が興味深そうに耳を傾けた。

 話を聞く気になったのかベンチに腰を下ろして足を組む。

 

「と言うことは、辿り着いたわけだ。この試験のカラクリに」

 

 初日にクラッキングして答えだけは知っていたんだけどな。

 

 そうだ。俺たちはもう、辿り着いていたんだ。

 

「龍園。今回の試験、俺たちでAクラスとBクラスを叩き落とさないか?」

 

「ククッ」

 

 龍園が獰猛な笑みを浮かべる。

 楽しそうだな、こいつ。俺はもう疲れたのでさっさと終わらせたいのに。

 

「昨日の俺たちが何をしたのか理解した上で、その提案をするのか?」

 

「昨日の一件をとやかく言うつもりはない」

 

 軽井沢が無言で俺の背中を小突いてきたが、俺は無視を決め込んだ。

 

「聞きたいことが幾つかある。なぜ俺たちCクラスを選んだ」

 

「消去法だ。Aクラスは論外。Bクラスと組むことも考えたがやめておいた」

 

 帆波がいるBクラスと手を組んだ方が精神的には楽だろう。

 Cクラスを攻撃しても心は痛まないからな。

 

 帆波と龍園のどちらが厄介かと言えば、当然龍園の方に軍配が上がる。

 Cクラスを叩けるだけ叩いて、浮上できないほど沈んで貰いたいとすら思っている。

 

 それでも今回Cクラスを選んだのは――。

 

「今回の取り引きではCクラスとDクラスの確執を一端リセットする。それがこちらの条件だ」

 

「なるほどな。そう来たか」

 

 龍園が目を閉じる。

 

 確執というのは具体的には須藤の暴力事件から、無人島での互いのルール無視の暴力行為、今回の軽井沢いじめ事件などだ。

 

 ぶっちゃけ俺たちは不法行為を繰り返しすぎていた。

 どっかでブレーキをかけないと崖の下まで突っ込んで行きそうだったからな。

 

 伊吹が「は?」とドスの効いた声を出していたが今は無視する。

 

「本日この時をもって以前のお互いの問題行為を追及および吹聴しないこと。違反すると三百クラスポイントを相手のクラスに譲渡する。これを書面にして学校に提出して貰うことになる」

 

「全部水に流してしまうと言うことか」

 

 龍園は俺の真意に気付いているのだろう。

 愉悦の笑みが漏れ出してすごくキモかった。

 

 これは俺が石崎たちに化けて無関係の生徒をボコッたり、無人島で龍園とアルベルトをボコッたりしたことを追及されないための取り引きだ。一応証拠は残していないが悪い噂を流されたりしたら面倒だからな。とき〇もでも爆弾処理は大変だっただろ?

 

 龍園にとってもメリットはある。今回龍園が軽井沢にやったことは事が大きすぎる。軽井沢が声を上げればまず勝ち目はない。龍園は保険をかけていたが、その保険は軽井沢が開き直ってしまえば無用の長物と化すからな。

 

「これが最後の質問だ。お前らにはポイントを総取りするという選択肢があったはずだ。なぜそれを選ばなかった」

 

「その質問には複数の答えがあるが、まず一つ目はメリットよりもデメリットが多すぎる。今の俺たちがBクラス、あるいはAクラスに上がったところで、その地位を維持できるだけの地力を持っていない」

 

「だろうな。お前らのクラスが粒揃いであるのは認めてやるが」

 

 一応龍園もDクラスのポテンシャルは気にしていたようだ。

 

「あまりにもまとまりに欠けているし、それなりの数の無能を抱えているのも事実だ。俺のように恐怖で躾けるか、一之瀬のようにヌルく縛るか、そのどちらもできないお前らが上がったところで、羊が狼に食い散らかされるだけだろうな」

 

 無能という部分で平田が口を開きかけたが、空気を読んで結局は黙り込んだ。

 

「二つ目はリスクの分散だ。俺の推測が外れていた場合、一気に大量のクラスポイントを失ってしまう。赤信号はみんなで渡るものだろ?」

 

「いや、渡っちゃだめでしょ」

 

 伊吹が小声で突っ込んだ。

 

「三つ目は軽井沢のためだ」

 

 俺はしれっと言い放った。

 Dクラスの仲間たちは誰一人として俺の発言を疑っていない。

 

 あくまでも軽井沢のために行動している――と見せかけている。

 

「軽井沢の動画を撮ったらしいが、それをバラまけばペナルティを支払って貰うことになる」

 

「元々そんなつもりはなかったんだがな」

 

 龍園もしれっと言い放つ。

 

「礼司君がCクラスに取り引きを持ち掛けたのって、軽井沢さんのためだったんだ」

 

「そうだったんだ……それも知らないで、あたしって勝手なことばかり言って……」

 

 桔梗が純粋に驚いていた。

 軽井沢も感動して目に涙を溜めている。

 

 もちろん、そんなことはない。軽井沢の存在はただのフェイクだ。

 

「田中君、ごめんね」

 

「気にするな。同じクラスの仲間だろ」

 

「田中君!」

 

 軽井沢が俺の腕に抱き着いて涙を押し付けていた。

 

 感動的な場面だな。お前はせいぜい俺の隠れ蓑になってくれ。

 

「茶番だな」

 

 龍園はそれを喜劇でも眺めるように見詰めていた。

 それからアルベルトに視線をやる。彼は懐から複数の携帯電話を取り出した。

 

 こちらは平田が携帯電話を取り出した。

 

「今回の取り引きでは可能な限り全てのグループを裏切りによって終了させる」

 

「当然だな。裏切者を一人も出さずにクリアすれば全員にプライベートポイントが配布されるがクラスポイントは支給されない。上位クラスにプライベートポイントをくれてやる義理もなければ、クラスポイントが増減しない結果なんて興味もない」

 

 龍園が偉そうに腕組みをしながら頷いた。

 

「だが、それでは自分のクラスの優待者も捨てることになるが?」

 

「それはCクラスとDクラスで相殺される。取り分は減るが許容範囲だ」

 

「得られるポイントは百から二百ポイントになるぞ。それでいいのかよ?」

 

「互いの優待者を残しておく方が問題だ。残り時間で上位クラスが答えに辿り着けば上位クラスの出血量が減ってしまう。それに最後にそっちが裏切ってこない保証もないからな」

 

「正解だ。手を組んだからと言って、油断して背中を見せないところは好感が持てるぜ?」

 

 当たり前だろうが。誰が信用するかよ、この蛇が。

 

 試験終了直前にDクラスを切る選択肢をくれてやる理由もないからな。

 

「交渉成立だな。鈴音。書面を出してくれ」

 

「ええ、わかったわ」

 

 鈴音が封筒から二枚の書類を取り出す。

 鈴音の手書きである。育ちの良さを感じさせる綺麗な文字が並んでいる。

 

 今回の取り引きの内容と条件である。学校側に提出する書類だ。

 

「準備がいいな」

 

 龍園はざっと内容を改めて、問題はないと頷いた。

 

 二枚の書類に俺の名前、龍園の名前を記入して、互いにそれを持つ。

 あとはそれを念のためコピーを取ってから互いの担任に提出するだけだ。

 

「混乱を招かないように、すでに終了したグループから順番に処理していこう」

 

「そうだな。まずは猿グループだ。そっちに心当たりは?」

 

「高円寺が解答したらしい。おそらく正解しているだろう」

 

「ならそっちの取り分に加点させて貰う。構わないな?」

 

 俺は頷く。

 取り引きとは公正でなければならない。少なくとも表向きには。

 

「牛グループ。これはこちらは関与していない」

 

「信じて貰えるとは思わないが、牛に関しては俺も知らねぇな」

 

「信用するしかないな。そうしないと話が進まない」

 

 結果、牛グループは無視することになった。

 

「次は兎グループだ。軽井沢のところだな」

 

 綾小路のグループでもある。

 原作では電話のすり替えによって相手のミスを誘発させて勝利をもぎ取っていたが、今回は軽井沢が龍園に泣かされて負けてしまっている。

 

「こっちの加点だ。これで半々だな」

 

 これですでに解答されているグループの処理は終了した。

 

 ここからは他のグループの解体作業だ。

 

「干支の順番で回すか」

 

「それでいいぜ」

 

 試験の答えも干支の順番が関係していた。おあつらえ向きと言うやつだ。

 

「まずは鼠グループからだ。先手は譲ろう。大して意味はないが」

 

「意味はないと言うが、先手有利だぞ」

 

「五十ポイントぐらいくれてやる」

 

「感謝はしないぜ?」

 

 十二支で俺たちが関与していないのは牛グループだけだ。

 残る十一グループを山分けすると先手を取った方が取り分が増える。

 

 だが、これには理由がある。

 

「伊吹。お前がやれ」

 

「……なんで私が」

 

 龍園に声をかけられ、伊吹が面倒そうにアルベルトから携帯を受け取る。

 

 伊吹は俺と龍園をチラチラ見ながら携帯を操作して優待者の名前を入力した。

 

『鼠グループの試験が終了いたしました』

 

 船内に放送が響く。

 

 始まった。傍で見ていた誰かが生唾を呑み込む音が聞こえた。

 

「次はそっちの番だ」

 

「牛グループの試験はもう終了している。その次の虎グループに移ることにする」

 

 俺は自分の携帯を取り出した。

 平田が用意した携帯ではないのかと、龍園が疑問を浮かべている。

 

「ちゃっかり自分の懐に入れるつもりか?」

 

「俺の取り分は四十万プライベートポイントだ。それはすでにクラスの了承を得ている」

 

 クラスのと言っても平田から許可を貰っただけだが。

 

「部屋代のことか」

 

 龍園もある程度は事情を知っているらしい。

 俺は須藤のせいで個室に移らざるを得なかったと言うことになっている。

 

 部屋代は三十万ポイントだから、十万ポイント水増し請求しているのは内緒だ。

 誰かさんが弁償してくれないせいで、壊された骨董品ちゃんを新調しないといけないからな。

 

 俺は専用ページのフォームから神室の名前を打ち込んで送信する。

 

『虎グループの試験が終了いたしました』

 

 次はCクラスのターンだ。

 

 伊吹が「あんたがやりなさいよ」と龍園に文句を言いながらも携帯を操作した。

 

『竜グループの試験が終了いたしました』

 

 竜グループの優待者は桔梗だ。

 これでDクラスはマイナス五十クラスポイントだが、こちらもCクラスから奪い返すから帳尻は合ってくる。

 

 次はDクラスのターンだ。

 

「平田。頼む」

 

 俺は平田に目配せする。

 

「う、うん」

 

 平田が操作している携帯は各グループの友人たちから預かってきた信頼の証だった。

 

 桔梗のコミュニケーション能力は群を抜いているが、流石に男子の携帯を集めるのは難しいだろう。男子の携帯ってエロ画像とか入ってたりするんだよな。エロサイトのブックマークとかも。そんなもん女子に渡せるかという話だ。

 

 平田だからこそすべてのグループから携帯を集めて来ることができたと言える。

 

「ごめん、みんな。少し待って欲しい」

 

 平田の手は震えていた。無理もないが。

 

「ふん。下っ端の仕事すらできないのかよ」

 

 龍園が小馬鹿にするように鼻で笑った。

 下っ端の仕事と言われて伊吹が半眼になっていたが、それはそれとして。

 

 優等生然とした平田は龍園の嫌いなタイプだろう。そんな奴に時間を無駄にされれば嫌味の一つぐらい出てくるか。

 

 とは言え平田にかかるプレッシャーは相当なものだ。

 流石に一回で五十クラスポイントが動くとなると手が震えるのも理解できる。

 

「鈴音。代わってやってくれ」

 

「わかったわ。平田君。貸して」

 

「……うん。ごめん」

 

 鈴音が短く頷いて、平田から半ば奪い取るように携帯を手にする。

 

 しばらくすると船内からアナウンスの放送が聞こえてきた。

 

 たまに自分のクラスの優待者がいるグループに当たったが、順番を入れ替えて処理をする。時には俺と龍園が指示を挟みながら鈴音と伊吹が携帯を操作した。

 

 次々に試験終了の放送が流れる異常事態に、船内の空気がざわつき始めていた。

 

 何かが起こっている。どんな馬鹿な生徒であれ、それぐらいはわかる。

 教師に見付かれば注意されるのを承知の上で、船内を走り回って状況を把握しようとしている生徒もいるようだ。

 

 おかげで俺たちのことはすぐに割れた。

 数人が展望デッキを覗き込み、携帯で連絡を取り始めたからだ。

 

「礼司君!? 何やってるの!?」

 

 隠しているわけではなかった。

 展望デッキは公共スペースだ。封鎖するわけにもいかないからな。

 

 駆け付けてきたのはBクラスの帆波だ。後ろから神崎たちが追い付いてくる。

 

「あれはCクラスの龍園と……誰だ?」

 

「Dクラスの田中だ。あのハーレムクズ野郎の」

 

「たしかタナカスと呼ばれているらしいぜ。どうする? 葛城を呼んでくるか?」

 

「いや、放っておこう。どうやらもう手遅れのようだ」

 

「これで葛城も終わりだな」

 

 Aクラスの奴らもやって来たが、外野が何を言っても聞くに値しない。

 

 葛城の失脚が確定したことを喜んでいるAクラスの男子がいたが今はどうでもいい。

 

「龍園。次はそっちの番だぞ」

 

「急かすなよ。もっとこの状況を楽しませろ」

 

 龍園は泡を食っている他クラスの様子を楽しんでいる。

 

 伊吹が呆れた目をして、付き合ってられるかと先に携帯に入力した。

 

『犬グループの試験が終了いたしました』

 

 聞きなれた音声の放送が鳴り響く。

 

「礼司君! これって、どういうこと!? Cクラスと手を結んだの?」

 

 帆波が叫んでいる。

 

 俺は振り返らなかった。

 

「鈴音。次で最後だ」

 

「そうね。指が疲れたわ」

 

 最後の入力。干支の終点、猪の試験が終了した。

 

「……礼司君」

 

 帆波は捨てられた子犬のような目を俺に向けていた。

 

 その顔には裏切られたと書いてある。

 

 心が痛んだ。

 一之瀬帆波なんて、いずれレイプするだけのキャラクターのはずなのに。

 

 Bクラスの男子が怖い顔をして距離を詰めてくる。

 

「DクラスはBクラスと協力関係を結んでいたはずだ」

 

「そうだな。それがどうした?」

 

 神崎が俺を睨み付けながら、語気を強めて言い放った。

 

「なぜ裏切った?」

 

「裏切ったつもりはない。俺はBクラスとはこれからも仲良くしたいと思っている」

 

 まぁ、無理だろうが。

 

「ふざけるな! 誰が背中を刺してくる奴と仲良くできるか!」

 

 神崎が大声で俺を罵った。

 流石にそこまで都合よくはいかないか。

 

 これでBクラスとの同盟はご破算だ。

 

 でもまぁ、俺は前から思っていたんだ。

 

 Bクラスって何の役に立つの?

 須藤事件での助力もぶっちゃけ不要だった。

 

「田中。俺はお前のことを見誤っていたようだ。悪い噂は多くても一之瀬に目をかけられているから、実際はいい奴なのだと思い込んでいた」

 

 節穴だな。実際はただの強姦魔なのだが。

 

「一之瀬。こんな男とはさっさと別れた方がいい」

 

「……神崎君」

 

 神崎は言うだけ言うと一人で船内に戻っていった。

 

 帆波はそれを悲しそうに見送っていた。

 

「一之瀬。俺を恨むか?」

 

 わざと苗字で呼ぶ。すると彼女の顔がますます泣きそうになった。

 

 柴田を含む残っていたBクラスの生徒が俺を睨み付ける。

 

「恨んでないよ、礼司君。だってこれは、クラス対決だから」

 

「甘いな。後悔するぞ」

 

 俺は腰を上げる。

 

 茶番は終わりかと龍園もベンチから身を起こした。

 

「いい取り引きだったぜ。また機会があれば頼むかもな」

 

「こちらこそ交渉に応じてくれて感謝する。握手でもするか?」

 

「やめろ。野郎と握手をする趣味はない。お前の握力で手を潰されても困るからな」

 

 俺は肩をすくめてから展望デッキを去るように歩き始める。

 

 Dクラスのクラスメイトも俺を追ってきた。

 

 展望デッキの入口にいた見物人が俺を恐れるように左右に割れる。

 

「礼司君っ!」

 

 背中に帆波の声が浴びせられる。

 

「私、大丈夫だから! 次に一之瀬なんて呼んだら怒るからねっ!」

 

 甘いな。だが、それでこそ一之瀬帆波だ。

 

 俺は振り返らずに片手を上げて、帆波の前から姿を消した。

 

 今の帆波に俺がかける言葉なんてないからな。

 嫌われることも覚悟していた。関係が終わることも想定していた。

 

 だから彼女の言葉が俺を救ったのは確かだった。

 

「礼司君、笑ってる?」

 

「笑ってない」

 

 すかさず気付いた桔梗に俺はすぐさま否定を返した。



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30話

 龍園との取り引きを終えた後、俺は一人で部屋に戻った。

 まだ結果が発表されていないので打ち上げもできないからな。

 

 昼寝でもするかと思いながらドアを開けると、ジジイが唸り声を上げていた。

 

「タナカス。レイプだ」

 

 触らぬレイプ神に祟りなし。

 俺は無視してベッドに寝転がる。

 

「レイプ」

 

「やめろ。何も言うな」

 

 聞きたくないから。マジで関わりたくないから。

 

「なぁ……レイプしようや……」

 

「ふぇぇ……キモいよぉ……」

 

 約束しただろ。こっちはノルマを達成しているんだ。

 

 仕事が終わったら次の仕事を押し付けられるのは社会人になってからにしてくれよ。こっちはまだ学生なんだよ。

 

「レイプするのだ。格式ある儀式は守らねばならぬ。レイプするのだ!」

 

「スリザリンはいやだぁぁ!」

 

 俺は布団を頭から被って全力で拒否する。

 最近大人しかったから油断していたが、やはりジジイはクソだ。

 

 だが、このまま足掻き続けていても最後にはジジイに洗脳されるのがオチだ。

 

「わかった! わかったから! また今度レイプするから!」

 

「レイプだな。褒美をくれてやろう」

 

 そう言いながら、くたびれた三角の帽子を取り出すジジイ。

 

 薄汚れていて悪臭を振りまいている継ぎはぎだらけの帽子だった。

 

「いらねぇよ。なんだ、その小汚い――」

 

 言いかけている途中で、ジジイが勝手に帽子を俺の頭に乗せてくる。

 

 以前ジジイに洗脳された時のことを思い出す。

 

 やばい――と思ったのも束の間。

 

『んん、難しい。こいつは難しい。君は知恵を使ったレイプが得意だからレイプンクローでもやっていけるだろう。しかし優しくレイプするのでレイプルパフも捨てがたい』

 

 なんだこれ。

 

 なんだこれ!?

 

 この帽子、直接脳内に語りかけてくるんだけど!

 

『狡猾なレイプをする君にはレイプリンもよく似合う。しかし勇気あるレイプができる君はレイプンドールが向いているかもしれない』

 

 全部嫌なんだけど。

 

 と言うか、お前の設定ガバガバじゃねぇか。

 前にグロチンドールって言ってたよな。改名したのかよ。

 

『レイプリンに入れば間違いなく偉大なレイパーになれるのだが嫌なのかね?』

 

 だから嫌だって。

 

『そうか。ならば、レイプンドール!』

 

「嫌だって言ってるだろうが!」

 

 ジジイに帽子を投げ付ける。

 

 クソ、何がレイプンドールだ。ふざけやがって。

 

 ジジイは「自信作だったのじゃが、レイプが足りなかったか……」としょんぼり肩を落としていた。だからやめろ。レイプマシマシにしたら余計にひどくなるだけだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あまりのストレスにふて寝した後。

 

 目を覚ますとジジイは消えていた。

 

 あのクソみたいな帽子も見当たらない。ナイフで滅多刺しにしたらどんな悲鳴を上げるのか興味があったのだが、ちょっと残念だな。

 

 携帯を見ると大量のメールが溜まっていた。

 返信めんどいな。大半がひよりからだから無視するのだが。

 

 鈴音や桔梗は試験の結果を受けて話し合いをしているらしい。

 できれば俺にも参加して欲しいと言っているので、ロビーで落ち合うことにした。

 

「礼司君、来てくれたんだっ!」

 

 駆け寄ってくる桔梗。見た目だけは天真爛漫である。

 

 ロビーには多くの生徒が集まっていた。

 試験の結果が発表されたからだろう。

 みんなが思い思いに頭をひねっている中、俺が現れると一瞬だけ空気がざわついた。

 

「すっかり有名人ね」

 

 桔梗に手を引かれてテーブル席に着くと、鈴音が俺を憐れむように見てきた。

 

「前から有名人だっただろ」

 

 ハーレムクソ野郎のタナカスとしてだが。

 

「あ、田中君。コーヒー飲まない? あたしの飲みかけだけど」

 

「いらない」

 

「田中君が好きなブラックだよ?」

 

 軽井沢が身体を寄せて紙コップを差し出してきたが即効で拒否った。

 

 鈴音と桔梗の前で間接キスなんてできるかよ。

 

 と言うか、なんでブラックなんだよ。前にブラックを馬鹿にしてただろうが。

 

「変わった組み合わせだな」

 

 鈴音と桔梗、軽井沢である。見ていて違和感しかない。

 

「誰かさんが消えてくれれば何時も通りになるわよ?」

 

「田中君! 堀北さんがいじめてくるの! お願い助けて!」

 

「白々しいわね」

 

 波瑠加の姿はなかった。

 あいつは集団行動が苦手そうだからな。

 

 二人の言い争いは面倒なのでスルーしておく。

 

 鈴音は軽井沢をひと睨みすると、話題を変えるために軽く咳払いをした。

 

「今回の特別試験で私たちのDクラスは新たに百のクラスポイントを得ることができたわ」

 

「すごいよね! もしかするとCクラスに上がれるかも!」

 

 桔梗がはしゃいでいる。頭の悪いフリである。

 

「櫛田さん。Cクラスも私たちと同様に百クラスポイントを得ているわ。差を詰めたわけではないから、クラスの順位はそのままでしょうね」

 

「え? そうなの?」

 

「スタートがゼロだったからな」

 

 無人島と船でポイントを稼いだところで順位は据え置きだ。

 

 とは言え百クラスポイントである。これは大きい。

 

 最初は部屋代さえ稼げれば他のグループはどうでもいいと思っていたが、当初の予定から外れて結果的にクラスに貢献してしまった。

 

 やはり俺は天才だったようだ。うん、間違ったかな?

 

「あれ? ちょっと待てよ」

 

「どうしたの、礼司君」

 

「Cクラスも百ポイントなのか?」

 

「ええ、そうよ。ちょうどそのことで私も不思議に思っていたの」

 

 俺は結果発表のメールを確認する。

 そこには今回の特別試験の結果が書かれていた。

 

 

 

 Aクラス  マイナス百五十クラスポイント

 

 Bクラス  マイナス五十クラスポイント

 

 Cクラス  プラス百クラスポイント

 

 Dクラス  プラス百クラスポイント

 

 

 

 たしかにCクラスの加点は百ポイントだった。

 

「大前提として牛グループ以外のグループが裏切者の正解によって処理されている。すべてのクラスが優待者が発見されたことによるマイナスペナルティを被り、百五十のクラスポイントがマイナスされている」

 

 俺が呟くと、それを拾った鈴音がノートにペンを走らせた。

 

「CクラスとDクラスが残った十一グループで裏切りを成功させることで、先手のCクラスが三百クラスポイント、後手のDクラスは二百五十クラスポイントを得る」

 

 俺の独白を鈴音が引き継いだ。

 

「差し引きするとCクラスはプラス百五十クラスポイント。Dクラスはプラス百ポイントを得るはずだった。ところが――」

 

「Cクラスが得るはずだった五十ポイントがどこかに消えたってこと?」

 

「……え、ええ。そう言うことになるわね」

 

 軽井沢が首を傾げながらも理解していることに鈴音が驚いていた。

 

 鈴音は馬鹿っぽく見える軽井沢を見下しているが、軽井沢は真面目に勉強する気がないだけで地の頭は悪くないんだよな。

 

「龍園君がミスをしたとか?」

 

「伊吹さんが入力ミスしたんじゃない?」

 

 桔梗と軽井沢がとぼけたようなことを言う。

 単純なケアレスミスという可能性もゼロではないが、この場合は他の理由が思い付く。

 

「おそらくは牛グループだろう」

 

「牛グループって、たしか二日目ぐらいで終わっちゃったよね」

 

 俺は頷いた。

 

「Cクラスがポイントを失った理由が、牛グループ以外に存在しない」

 

 Bクラスがマイナス五十クラスポイントになっている理由もそれで説明がつく。

 

 牛グループの優待者はBクラスだったのだろう。Cクラスが裏切りに失敗したことで五十クラスポイントを失い、逆にBクラスは五十クラスポイントを得たわけだ。

 

「Cクラスの一部の生徒が龍園君の指示を無視して暴走したと言うことかしら?」

 

「その可能性が高そうだ。龍園のブラフという可能性も捨てきれないが」

 

 試験が終わって結果に気付いた龍園が、今頃はクラス内で犯人探しでもやっているのかもしれないが――興味はない。

 

「そう言えばDクラスの反応はどうなってる?」

 

「おおむね好意的に受け入れられているかな」

 

 桔梗が答える。

 予想通りの結果だが、俺はホッと胸を撫でおろした。

 

 今回は俺のほぼ独断でクラスの大半を蚊帳の外に置いていた。

 さらに今までは仮想敵だったCクラスと手を組んでいる。それによりBクラスとの同盟が破綻してしまった。

 

「みんな、あの時のことが衝撃的すぎて批判なんて飛んじゃったみたい」

 

 桔梗が言う。

 

 俺は龍園と共同でほぼすべてのグループを一瞬で終了させた。

 

 さぞかし衝撃的な光景だっただろう。

 自分たちのクラスがAクラスやBクラスを手玉に取って勝利したのだ。

 

 勝利の味は甘美である。

 俺がやったのは衝撃を叩き込んで思考を飛ばし、勝利で脳を溶かしてやったと言うわけだ。

 

「それでも須藤君たちは納得していないみたいだけど」

 

「もうあの馬鹿は放っておけば?」

 

 軽井沢が呆れながら言う。

 奇遇だな、軽井沢。ちょうど俺もそう思っていたところだ。

 

「プライベートポイントを山分けすると言うのもあるだろうな」

 

「そうだね。これから夏休みだし、ポイントはいくらあっても足りないよ」

 

 今回の試験で得た数百万のプライベートポイントは一度平田が回収して、改めてクラス全員に配分することになっていた。

 

 四十人に分配すれば一人あたり五万ポイント程度にしかならないが、夏休みを満喫するためのボーナスである。Dクラスは万年金欠なのでこれは大きい。

 

 ここまで話して俺は喉の渇きを覚えた。

 飲み物を取りに行くのも面倒だ。何となくテーブルの上を見る。

 

 軽井沢はコーヒーに手を付けていない。ブラックだからだろう。

 

 これなら間接キスにならないか。

 

「軽井沢。コーヒー貰うぞ」

 

「……あ。うん」

 

 なぜか頬を赤らめる軽井沢。

 

 あれ? 間接キスじゃないんだよな?

 

「礼司君」

 

 鈴音が満面の笑みを浮かべていた。嫌な予感しかしない。

 

「どうして私たちの飲み物ではなく、軽井沢さんの飲み物にしたのかしら?」

 

「いや、ブラックが好きだから」

 

「それなら頼んでくれれば私たちが淹れてきたわ。そうよね、櫛田さん?」

 

「そうだよ、礼司君。流石に今回は私も怒るよ」

 

 桔梗も両手をぎゅっとして「私おこってます」ポーズをしている。あざとい。

 

 周りにいた無関係の連中も「タナカスが悪い」と便乗していた。

 

 ちょっと待て。関係ない奴らまで俺をディスってんじゃねぇよ。

 

「あ、あの、田中君。あたしは田中君の味方だからね!」

 

「お前のせいだからな」

 

 頬を染めている軽井沢に、俺は白い目を向けた。

 

 いや、俺が迂闊すぎるのも悪いのだが。半分はそっちの責任だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が逃げるように部屋に戻ってから、すぐに部屋のドアがノックされた。

 

「礼司君。私です。夜分にすいません」

 

 ひよりの声だった。

 俺は部屋のドアを開けて、一瞬だけ硬直する。

 

「何よ? 文句あるわけ?」

 

 伊吹が不機嫌そうに突っ立っていた。いきなり喧嘩腰だ。

 

 隣にいたひよりが申し訳なさそうな顔をする。

 

「ごめんなさい。伊吹さんにも関係のある話をするかもしれませんので」

 

「ああ、あの件か」

 

 と言うことは、ひよりにはバレてしまっているようだ。

 

 これは龍園にも隠し通せていないと考えた方がいいか。

 まぁ、スパイはひより一人で充分だ。伊吹は性格的にスパイに向いていないからな。

 

「さっさと部屋に入れてくれない?」

 

 伊吹は俺を押しのけて部屋に上がると、勝手にベッドに腰を下ろした。

 ふてぶてしい態度だった。まぁ別にいいけど。

 

 ひよりも苦笑しながら後に続く。

 

「それで、話って何なのよ?」

 

 伊吹がぶっきら棒に言い放つ。その質問はひよりの方を向いていた。

 

 どうやらひよりは何も説明せずに伊吹を連れて来たらしい。

 

「取り引きの条件のことです」

 

「龍園と結んだ契約のことか」

 

 ひよりの質問はおおむね俺の予想通りだった。

 

『CクラスとDクラスの確執をリセットする。

 以前のお互いの問題行為を追及および吹聴しない』

 

 表向きは軽井沢に対する救済措置に見せかけている。

 しかしその範囲には当事者にしかわからない問題行為も多分に含まれていた。

 

 龍園は俺の暴力行為のことだと解釈していたが、俺にとってはそれだけでは済まない。

 

 条件に照らし合わせると、ひよりや伊吹へのレイプすらも含まれてしまうのだ。

 

「礼司君」

 

 ひよりが俺に詰め寄った。

 息が吹きかかる距離で俺に密着してくる。

 

「礼司君はすべてをなかったことにしたいのですか?」

 

「いや、そ、そんなわけはないだろ。当たり前だよなぁ!」

 

 俺は即答した。

 ひよりがゾッとするような暗い目で俺を見詰めていたからだ。

 

「そうですよね。よかった」

 

 やべぇよ、やべぇよ。

 返答を誤るとナイスボートされそうだった。

 

「ひより。あんた、何の話をしているのよ?」

 

 伊吹が訝しげにこちらを見てくる。

 

 ひよりが伊吹の方を振り返って、花が咲くような笑みを浮かべた。

 

「よかったですね、伊吹さん。礼司君は私たちとの関係を清算するつもりはないそうですよ」

 

「は、はぁ!? あんたいきなり何言ってるの!?」

 

 伊吹は顔を真っ赤にしてまくし立てている。過剰反応する方が怪しいんだよなぁ。

 

「伊吹とのことも気付いたのか。流石だな」

 

「そうでしょうか。伊吹さんの可愛らしい反応を見れば一目瞭然だと思うのですが」

 

「かっ、かっ、可愛くない! 可愛くないから!」

 

 ひよりに俺を独占する気持ちが薄いのが救いだった。

 

 ひよりが嫉妬のあまり鈴音たちをナイスボートするような奴だったら、俺はもうこの世界線を捨ててIBN5100を探しに行っていただろう。ゲル化したらゲルタナと呼んでくれ。

 

「伊吹さんも礼司君のことが好きなんですよね?」

 

「は、はぁ? なに勘違いしてるのよ……って! なんでいきなり脱いでるの!?」

 

 素っ頓狂な声を上げる伊吹。

 それもそのはず。ひよりはいきなり服を脱ぎ始めていた。

 

「せっかくなので礼司君に可愛がって貰おうかと。伊吹さんはもう帰ってもいいですよ?」

 

 そしてひよりは挑発するように伊吹に流し目を送る。

 熱っぽい吐息を吐きながら俺の右手を股間に添えて身体をくねらせていた。

 

「礼司君。私、もう我慢できません」

 

「そうだな。やるか」

 

 最終日ぐらいゆっくり過ごしたかったが、ここまでされたら俺も勃起する。

 

 ひよりを抱き上げてベッドまで運ぶ。そこは伊吹の真横だった。

 

「ちょ、ちょ、ちょっとぉぉ!?」

 

 伊吹がびっくりして飛び上がる。

 

「……ああん……礼司君……好き……好き……」

 

「何やってるの、ひより!? あんたら頭おかしいんじゃないの!?」

 

 俺はひよりと情熱的なキスをかわしながら女性器に指を入れた。

 ひよりの身体はすでに出来上がっていて、くちゅりと指が膣内に飲み込まれていく。

 

「はやく、礼司君が欲しいです」

 

「わかった。入れるぞ」

 

 俺のズボンから飛び出した凶悪な肉棒が少女の中に沈んでいく。

 

 伊吹は騒ぐのをやめて、ごくりと生唾を呑み込んで見詰めていた。

 

「あっ、あっ……あぁぁ……大きいです……」

 

 ひよりの艶めかしい白い生足を抱き締め、側位になって腰を叩き付ける。

 

 膣奥をコンコンと突くと、ひよりが身をもだえさせて大声で喘いだ。

 

「あっ! あんっ! あぁんっ! そこっ、いいです!」

 

 ひよりの弱点を執拗に抉りながら伊吹の方に目をやると、伊吹は捨てられた子犬のような目をして切なそうに俺たちの情事を見詰めていた。

 

「……ひより」

 

「ふふっ、どうですか、伊吹さん。あっ、んっ……早く素直になった方がいいと思いますけど?」

 

「あんたも、こいつにレイプされたの?」

 

「ええ、そうですよ。伊吹さんと同じです」

 

「……同じって」

 

「伊吹さんも沢山レイプされて、礼司君のことが好きになったんですよね?」

 

「す、好き!? そ、そんなわけないし!」

 

 無駄話はこれぐらいでいいだろう。

 

 俺は止めていた腰の動きを再開させる。

 

「ああぁぁぁっ!」

 

 ひよりが目を見開いた。

 

 それから俺は手加減せずに肉棒を突き入れる。

 

「あぁっ! だめっ! だめですっ! ああぁぁぁん!」

 

 何度も俺のものを受け入れてきたひよりの膣内は、まるで精液をねだるように俺のものに吸い付いていた。

 

「あっ、あっ、ああっ、あっ、い、いくっ!」

 

 ひよりの身体がぶるっと震え、弛緩していった。

 

 こいつは何時も俺よりも先にイクよな。

 感じやすい女は嫌いではないが、俺は時折やり辛さを感じることがある。

 

 消化不良の肉棒をずるりと引き抜いた。

 

「さて」

 

 俺は伊吹の方を振り返る。

 

 伊吹は涙目で俺を見上げていた。

 

「こっちに来いよ、伊吹」

 

「……命令しないで」

 

 伊吹が目を逸らしながら言った。

 

「なら部屋から出て行くか?」

 

 答えは沈黙だった。

 伊吹は無言で俯いている。ポタリと一滴の涙が床に落ちた。

 

 自分だけではなかった。ひよりにまで手を出していた。

 

 その悲しみが伊吹を傷付けている。それはわかっている。

 

 それを承知の上で、俺は最低な台詞を吐くことにした。

 

「来いよ、伊吹。可愛がってやる」

 

「最低」

 

 伊吹は俺を罵った。

 

 しかし、部屋を出て行くことはなかった。

 

 俺は伊吹を抱き締めて唇を吸う。

 伊吹は目を閉じて受け入れた。涙が頬を伝っていた。

 

「ふふっ。3Pですね」

 

 ひよりが空気を読まずに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜三時。

 

 俺は部屋の内風呂で汗を流してから、船内のラウンジに足を運んでいた。

 

 深夜は立ち入り禁止になるエリアが多い中で、ラウンジは二十四時間利用可能だ。とは言え深夜にもなれば人の気配もない。

 

 ホットのカフェオレを自販機で購入して、高級そうなソファに腰を下ろす。

 

 天井を見上げてぼうっとしていると、やがて足音が聞こえ始めた。

 

「ごめん。待たせちゃった?」

 

「いや、今来たところだ」

 

 メールで俺を呼び出したのは帆波だった。指定された時間は深夜三時だ。

 

 壁の時計に目をやると、深夜四時になっていた。

 

「嘘吐き」

 

「バレたか」

 

 帆波が「あはは」と笑う。

 

 彼女は躊躇う気配を見せていたが、思い切ったように俺の隣に座った。

 

「ごめんね。どんな顔をして会えばいいのか、ちょっとわからなくなって」

 

「この場合、顔向けできないのは俺の方じゃないか?」

 

「タナカス君って厚顔無恥だよね」

 

「そうかな?」

 

「そうだよ」

 

 帆波が唇をとがらせる。

 

 表面上は普段の帆波に見えるが、俺には無理をしているように見えた。

 

 あんなことがあったばかりだ。

 俺に会うのが怖くなって、待ち時間に遅れてしまったのだろう。

 

「それで。こんな時間にどうしたんだ?」

 

「ごめん。特に大した用事はないんだ」

 

「おい」

 

「でも、このまま何もしなかったら礼司君との距離がどんどん開いていってしまう気がして。そう思ったらメールしちゃってた」

 

 要するに、ただ会いたかったわけだ。

 

「気まずくなって会わない間に疎遠になる。よくある話だな」

 

「うん。それが、嫌だったの」

 

 帆波が俺に寄りかかってくる。

 

 話題が途切れる。途端に息が詰まりそうなほどの静寂が押し寄せてきた。

 

「礼司君。私、リーダーに向いてないのかも」

 

「そうだな」

 

「即答? ひどくない? そこは普通なら慰めるとかするでしょ?」

 

「優しい言葉はクラスの仲間だけで腹一杯だろ?」

 

 耳当たりのいい言葉はBクラスの仲間から飽きるほど聞かされているはずだ。

 

 今回は運が悪かった。

 一之瀬は悪くない。

 俺たちの力が足りなかった。

 次はもっと頑張ろう。

 

 そんな言葉ばかり聞かされたら、俺なら気が狂いそうになるだろうな。

 

「俺から見た感じだと、お前は参謀型だよ」

 

 帆波には率先して集団を引っ張っていく資質が不足しているように見える。

 もちろん人並みの生徒よりは優れている。

 平田よりも優れたリーダーであるとも断言できる。

 

 だが、龍園や坂柳には一枚も二枚も劣っていた。

 

「……そんなこと、初めて言われたかも」

 

 帆波は目を驚かせていた。

 Bクラスの不幸はリーダーの不在だな。

 

 俺の肩に頭を乗せて「あーあ」と残念そうに呟く。

 

「礼司君がBクラスだったらよかったのに」

 

「それも面白そうだな」

 

「でしょ?」

 

 所詮は仮定の話だ。

 

「ねぇ、礼司君。二千万ポイント出したら私のクラスに来てくれる?」

 

 帆波が言っているのは二千万プライベートポイントでクラスを移動する権利が買えるということだろう。

 

 しかし、それも仮定の話。

 帆波のクラス全員でポイントをかき集めても二千万には届かない。

 

 それに――。

 

「今回の件で俺は神崎たちに嫌われた。無理だろう」

 

「そうかもしれないけど、それでも答えて」

 

 一瞬だけ考える。

 俺がリーダーで帆波が補佐をする。そんな光景が浮かんで消えた。

 

 鈴音と桔梗の泣き顔が見えてしまう。駄目だな。

 

「悪いが俺は今のクラスを気に入っている」

 

「……残念。堀北さんと櫛田さんか」

 

 帆波が立ち上がる。

 今のやり取りで俺と帆波の間に見えない壁が生まれたような気がした。

 

 残念だな。だが、それも仕方がない。

 俺が選んだのは鈴音と桔梗だ。帆波ではなかった。

 

 俺が帆波から視線を切った瞬間。

 

「んっ」

 

 帆波の唇が俺の唇に押し付けられる。

 

「なぜだ」

 

 ここまでされて、なぜ俺を嫌わない。

 

 帆波は瞳を濡らしながら、取り繕うように笑顔を浮かべた。

 

「どうしてかな。クラス対抗戦ではまったく手加減してくれないし、頑張って誘惑してもまったく靡いてくれないし、傷付いてるところを見せてもまったく優しくしてくれないのにね。不思議だよね。どうして礼司君のことが嫌いになれないのかな」

 

「帆波。俺は――」

 

 俺はわかっていた。

 嫌いな相手にキスなんてしない。

 

 だが、それを言ってしまえば今の曖昧な関係に決着を付けなければならなくなる。

 

「いいの。何も言わないで」

 

「それでいいのか?」

 

「うん。フラれて終わってしまう方が、もっと怖いから」

 

 答えを先送りにする。それが帆波の選択だった。

 

「礼司君。覚悟しておいて。私はもう決めたから。次からはDクラスであっても手加減せずにポイントを奪いに行くからね」

 

 お人よしすぎるだろう。

 わざわざ宣言せずに俺みたいに騙し討ちにすればいいものを。

 

 帆波が踵を返した。時刻は五時を回っている。俺もそろそろ部屋に戻るとしよう。

 

 

 

 ざっと現在のクラスポイントを大雑把に羅列するとこのようになる。

 

 

 

 Dクラス 五百ポイント

 

 Cクラス 六百九十ポイント

 

 Bクラス 七百二十ポイント

 

 Aクラス 千ポイント

 

 

 

 順位こそ変動していないが、Dクラスが一気に追い上げていた。

 

 CクラスとBクラスの差もほとんどなくなっている。

 

「なぜレイプしなかった?」

 

「また今度ね」

 

「ぐぬぬ……しょうがレイプないな。今回だレイプけだぞ」

 

 俺はジジイの追及を誤魔化した。

 

 どうでもいいけど言語野バグってますよ。



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31話

 夏休みって、最高だな。

 社会人をやったことがあるからこそ、その有難みが身に染みる。

 

 昼まで寝られることの素晴らしさ。それが毎日続くのだ。学生万歳。

 

 ……と思っていたのだが。

 

「あの。堀北さん」

 

「鈴音よ」

 

 トントンとまな板を叩く音がする。

 

 午前の十時過ぎに俺の部屋を尋ねてきた鈴音は、俺の頭についている寝ぐせを軽く睨んでから、ずいと部屋の中に押し入ってしまった。

 

「鈴音さんや。あんた何してんの?」

 

「お昼ごはんを作ってるわ」

 

 俺の部屋の台所で。

 

 夏休みの初日から。

 

「いや、あの、無理しなくても、いいよ?」

 

「無理なんてしていないわ。好きな人のために料理を作るのは苦にはならないから」

 

「アッハイ」

 

 それ以上、何も言えなくなる。

 愛が重い……と言うか、束縛されているような気がする。

 

「それと礼司君。夕食は食べたいものはあるかしら?」

 

「何でもいいよ」

 

「そう言うのが一番困るのよ」

 

 文句を言いながらも鈴音の頬は緩んでいた。

 

 いや、追い返すのも悪いからな。

 

 にしても、いきなり何なんだ。胃袋をつかむ作戦でもやっているのか。

 

「そう言えば礼司君の好きな食べ物って聞いたことがなかったわね」

 

「ハンバーグ!」

 

「子どもじゃない」

 

 そうだよ。男ってのは何歳になってもガキなんだよ。

 

「それなら夕食はハンバーグにしましょう。食材の買い出しに付き合ってくれるかしら?」

 

「別にいいけど今日はどうしたんだ? 何かあったのか?」

 

「礼司君に一つも心当たりがないなら、私は大声を上げて泣きわめくわよ?」

 

「……めんご」

 

 波瑠加のことか。あとは軽井沢。

 

 ひよりと伊吹のことは隠しているが、それでも俺の周りに急に女が増えたことで鈴音は焦りを感じたようだ。

 

「礼司君。常識的に考えて」

 

「強姦魔に常識を求めるのん?」

 

「複数の女性と交際しているなんて普通ではないのよ?」

 

「強姦魔って時点で普通じゃないのんね」

 

「どうやら背中を刺される覚悟はあるらしいわね」

 

 鈴音が包丁を俺に向ける。冗談でも人に刃物を向けるのはやめようね。

 

 と言うわけで昼食後。

 二人でだらだらとワイドショーを見てから三時前にスーパーに出かけた。タイムセールがあるらしい。

 

 鈴音は買い物用のマイバッグを腕に下げていた。

 有料であるビニール袋の代金を節約するためだろう。

 

「特別試験のおかげでポイントには余裕があるけど、夏休みはまだまだ長いから削れるところは削っておきたいのよ」

 

 こいつ……毎日来るつもりか?

 重すぎる愛情に胸焼けして逃げたくなった。逃げないけど。

 

「……あ」

 

 上機嫌に歩いていた鈴音の足が止まる。

 

 先から歩いてくるのは夏休みなのに制服を着た男子生徒。

 

 冷徹な目をしていて眼鏡をかけている。

 

 堀北鈴音の兄、生徒会長の堀北学だった。

 

「……兄さん」

 

「田中礼司か。一度、話をしたいと思っていた」

 

 会長の視線は妹を素通りしていた。

 相手をする価値もないと言うように鈴音のことを無視している。

 

「俺は話すことなんて――」

 

 言葉の途中で会長が拳を放ってくる。

 話をしたいと言っただろうが。肉体言語かよ。

 

 周りには誰もいない。ちょうど監視カメラの死角だ。

 その上で第三者に目撃されたとしても問題ないと判断したのか。

 

「手加減ゼロかよ!」

 

 ノーモーションの軽いジャブだ。

 だが、風を切る音はさながら刃物のようだった。

 

 会長の拳を避けた。すぐさま上段蹴りが飛んでくる。

 

 スウェーで躱して距離を取る。

 

 会長が体勢を整える。

 

「ふっ」

 

 短い呼気の後、中段突きが放たれた。

 鋭い踏み込みによって、会長の姿が一瞬見えなくなるほどだ。

 

 強い。だが、綾小路以下だ。この程度では脅威にはならない。

 

 中段突きを受け流し、その隙に脇腹に掌底を叩き込む。

 

 衝撃が内臓まで通り抜けて、会長が「こふっ」と咳込んだ。

 

「やるな」

 

 会長がよろめきながら後退する。

 息吹という呼吸法で乱れた息を整えていた。

 

「会長。もうやめませんか」

 

「まだお前の底は見えていない。続けるぞ」

 

 結果が見えてしまった俺は会長に進言するも、会長は取り合わずに距離を詰めてきた。

 

 拳を弾いた直後、俺の視界が逆さまになった。胸倉をつかまれて投げられていた。

 

 いや、違う。投げられてやったのだ。

 

 俺は空中で身体を回転させて会長の腕に抱き着いた。

 

 互いの身体が地面に落ちる。

 俺の飛び付き腕挫ぎ十字固めが会長に決まっていた。

 

「なるほど。これは抜けられないな」

 

「腕を壊されたくなければ降参して下さい」

 

「お前に俺の腕を壊す覚悟があるのか?」

 

 俺は答えず、抱き締めていた会長の腕を引いた。

 会長の肘からミシミシと明らかにヤバい音がし始める。

 

 鈴音が「ひっ」と息を呑んだ。

 目の前で兄がぶっ壊されるなんて想像したこともないだろう。

 

「参った。降参だ」

 

 俺は十字固めを外した。

 会長はぶらぶらと手を振って腕の状態を確かめている。

 

「兄さん、大丈夫!?」

 

 鈴音が兄に駆け寄った。

 しかし会長は冷たい目で妹を一瞥して、その動きを止めてしまう。

 

「噂以上の実力だな。田中礼司。生徒会に入るつもりはないか?」

 

「ないです」

 

 即答する。いや、だって面倒そうじゃん。

 

 と言うか、なんで今の流れで生徒会に勧誘してくるんだ。

 

 倒したら仲良くなるなんてゲームのイベントかよ。

 

「どうやら完全に入る気はないようだな。残念だ」

 

「お詫びと言っては何ですが、南雲がウザかったらその時は潰してあげますから」

 

「気付いていたか」

 

 会長が嘆息する。

 たしかこの人って二年の副会長と対立していたんだよな。

 

「お前は南雲の方針を否定するということだな?」

 

「いや、方針とかよくわかんないので。人間的に嫌いなだけですよ」

 

 イケメンで女好きとか、問答無用でギルティだろ。

 

「それで構わない。主義思想は変えられるが、生理的な好悪はどう足掻いても変えられない。お前はいずれ南雲とぶつかるだろう。今回それがわかったのは収穫だった」

 

「あんま期待しないで下さいね」

 

「元よりそのつもりだ」

 

 鈴音は俺たちの会話に入れず、不安そうにおろおろしている。

 

 会長との会話はやがて先ほどの勝負へと移っていった。

 

「飛び付き十字固めだな。柔道でも習っていたのか?」

 

「夜の寝技は得意なので。なぁ、鈴音」

 

「え、えっと、そうかしら?」

 

 鈴音は俺のキラーパスを処理できず、頬を染めて言葉を濁す。

 

 会長は意外なことに、そんな俺たちを淡く微笑みながら眺めていた。

 

 そんな表情もできるんだな。正直なところ予想外だったが――。

 

「鈴音。悪いことは言わない。この男と別れろ」

 

 バッサリと俺たちの関係を断ち切ろうとしてきた。

 

 あ、あれぇ?

 

 何でだよ。さっきは生徒会に誘ってきたじゃん。友好的に笑ってたじゃん。

 

 俺のことを評価しているのに、いきなり別れろというのは脈絡がなさすぎるだろ。

 

「えぇぇ……?」

 

 鈴音にしても会長の表情と言動が一致しない上に、今まで己を邪険にし続けていた兄の発言に困惑するしかない。

 

 会長は鈴音を冷たく見据えながら言う。

 

「お前は父と母に顔向けできるのか。恋人が複数の女性と交際している。自分はその中の一人だと説明できるのか」

 

 おもっくそ正論だった。ごめんよ。ごめんやで。

 

 会長が心配するのもよくわかる。

 俺が鈴音のご両親だったら、札束を積んで泣きながら土下座して別れさせようとするだろう。

 

「ごめんなさい、兄さん。私は彼と別れるつもりはないわ」

 

「両親を泣かせることになってもか?」

 

「……ごめんなさい」

 

 会長は信じがたいものを見る目をした後で「突き放しすぎたか」と呟いた。

 

「鈴音。覚悟はできているんだな?」

 

「……あの、兄さん。両親にはこのことは」

 

「お前は馬鹿か。俺の口から言えるわけがないだろう」

 

 会長は先ほどの戦闘のダメージが残っているのか、ふらつきながら立ち去ろうとする。

 

 その途中で思い出したように振り返った。

 

「田中。来週の半ばに佐倉愛里が戻って来る」

 

「佐倉が?」

 

 佐倉は俺のうっかりミスでストーカーにレイプされた。

 そのことで俺は胃に穴が空きそうになるほど責任を感じている。俺にできることがあるなら助けになってやりたいとも思っていた。

 

「詳細は担任に聞け。お前自身が能動的に動かなければ何も教えてくれないだろう」

 

「でしょうね。情報提供に感謝します」

 

「それと生徒会に入りたいなら何時でも歓迎させて貰う。気が変わったなら連絡しろ」

 

 会長が連絡先が書かれたメモ用紙を手渡してくる。

 

 俺はそれを受け取りながら、念のため再確認してみた。

 

「生徒会は考えておきますけど、妹さんとのお付き合いは?」

 

「別れろ」

 

 何でやねん。

 

 会長は今度こそ去っていった。

 

「礼司君。言いたいことはあるかしら?」

 

 鈴音が俺を睨んでいた。

 

 いきなり兄貴と喧嘩を始めた上、会話でも蚊帳の外に置かれていたのだ。

 

 鈴音は兄を追ってこの学校に来たらしい。意外とブラコンなのかもな。

 

 俺は誤魔化すように笑顔で言った。

 

「鈴音。ハンバーグ食べたいな」

 

「お惣菜でもいいかしら?」

 

 鈴音は満面の笑みを浮かべて答える。

 

「ははは、も、もちろんだよ。最近のスーパーの総菜は普通に美味しいからな」

 

「それならカップラーメンでも許してくれる?」

 

 それもう料理じゃねぇ。

 でも俺は何も言えない。目の前で兄貴をボコッてしまってめんご。

 

 と言いながらも鈴音はちゃんとスーパーで合い挽き肉を買ってハンバーグを焼いてくれた。いい女すぎて泣けるぜ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ところで俺は気付いたことがある。

 嫌いなことは早く終わらせるべきだ。これは世の真理である。

 

 例えば夏休みの宿題を最終日まで残したところでいいことなんて一つもない。

 洗濯が面倒だからと後回しにしていたら異臭が服に染み付いて取れなくなる。

 ソシャゲのイベントは初日から走っておかないと最終日までに間に合わない。

 

 まぁ、あれだ。

 世の中、要領よくやっていこうと言うことだ。

 

 とは言え例外もある。

 

「もうマジ無理。レイプしよ」

 

 俺の横でぶつぶつ言っているジジイである。

 

 こいつは事あるごとに俺に女をレイプさせようとするクソ野郎だ。

 うるさいので静かにして貰うために思わず女をレイプしたくなる。

 

 だが、それは罠だ。

 

 レイプすると次のレイプを要求される。

 さながらブラック企業のごとく。仕事は終わらない。残業手当も出ない。

 

 だからギリギリまで耐えなければならないのだ。

 

「レイプしよ?」

 

 しない。

 

 俺はジジイの言葉を聞き流す。

 

 コンビニ帰りの俺の視線の先。おっぱいを揺らしながら駆け寄ってくる女子がいた。

 

「礼司君っ! 奇遇だね!」

 

「汗だくになって待ち伏せしているのを奇遇と言うならそうなんだろうな」

 

「えっ、うそ!? 私、汗臭い!?」

 

 学生寮の前だった。

 

 真夏である。

 本日は三十五度オーバーの猛暑日だった。死人が出るぞ。

 

 帆波はくんくんと自分の胸元を嗅いでいる。

 なぜか気合が入った格好をしていたが、それも汗で濡れて肌に貼り付いていた。

 

「用事があるならメールしろよ。何のための文明の利器だよ」

 

「それは……えっと、ごめん、忘れてたかも。あははは……」

 

 帆波は力なく笑う。

 

 大方、不意打ちでもしようと思ったのだろう。

 相手の予想外のところから現れて主導権を奪うのは色んな場所で使えるテクニックだ。

 

 帆波は作戦が失敗したせいで落ち込んでいる。ここは一つ慰めておくか。

 

「可愛いじゃん、その服。どうしたんだ?」

 

「そ、そう? ケヤキモールで買ってきたんだけど似合ってる?」

 

「似合ってる似合ってる。帆波の素材のよさが引き立ってる」

 

「それは言い過ぎだよ。もう。礼司君の女たらし」

 

 帆波はホッと胸を撫でおろしている。

 

 コロコロ表情が変わるのが面白かった。

 

「ねぇ。レイプしよ?」

 

 しない。

 

「で、どうしたんだ? 場所を変えるか?」

 

「ううん。ここでいいよ。すぐに終わる話だから」

 

 なおさらメールでよかっただろうと思ったが話が進まないので黙っておく。

 

 帆波とこうして顔を合わせるのは船上特別試験の夜以来だった。

 

 こいつは試験の翌日からなぜか毎日のようにメッセージアプリで話しかけてきて、しかもその内容が物凄くどうでもいいことばかりなのだ。正直めんどいので既読無視したいところだが帆波の泣き顔が頭に浮かんでついスタンプ押してしまう俺だった。

 

 話を戻そう。

 

「礼司君って占いに興味ある?」

 

「ないです」

 

 完全にゼロってわけでないが、ジジイのせいであまりオカルトには関わりたくない。

 

「……そ、そっか。ごめんね、変な話しちゃって」

 

 帆波はがっくりと肩を落としていた。

 普通に選択肢ミスったわ。これがエロゲならロードしてやり直すところだ。

 

 まぁ、今からでもフォローしておけば問題ないだろう。

 

「そう言えば、よく当たる占い師が来てるんだろ?」

 

「うん。そうなんだけど、興味ないって言ったのに知ってるんだね」

 

 恨めしげに睨まれる。

 知ってるというか、原作にそんな話があったなと思い出しただけである。

 

 占いか。

 あわよくば神の殺し方とか教えてくれないかな。まぁ無理だろうが。

 

「一緒に行くか?」

 

「さっき興味ないって言ったよね!?」

 

「占いには興味はないが、帆波とのデートなら興味はあるかな」

 

「……あぅ」

 

 帆波は顔を真っ赤にしてふらついている。熱中症かな。

 

「レイプするなら今でしょ!」

 

 今じゃない。

 

「帆波。部屋に戻った方がいい。熱中症で倒れるぞ」

 

「う、うん。心配してくれるの?」

 

「当たり前だろ。言わせんなよ」

 

 帆波は照れたように俯いた。

 

 一瞬だけ会話が途切れる。微妙な空気になった。

 

「じゃ、じゃあ、明日とか空いてるかな?」

 

「暇だから何時でもいいぞ」

 

「それなら昼過ぎにロビー集合ね。一時頃でいい?」

 

「オッケーだ」

 

 俺たちは同じエレベーターに乗り込んだ。

 

 帆波は上機嫌に鼻歌を口ずさんでいる。リズム感ゼロの、たぶん即興の曲だ。

 

 密室で二人きりだった。

 

 折角だから、もうちょいフォローしておくか。

 今のこいつは俺との距離感を見失っているみたいだ。精神的なバランスを欠いている。

 

 特別試験での敗北でクラスでの立場も危うくなっているのかもな。

 

「帆波」

 

「え、どうしたの?」

 

 俺は帆波を抱き寄せてキスをした。

 

「……あっ」

 

 帆波の身体がカチコチに固まり、目を見開いて驚いている。

 

 唇を離した。

 帆波は熱に浮かされたように、ぼうっと俺を眺めている。

 

「じゃあな。また明日」

 

「はわっ、あわわっ! それは反則だよ、礼司君!」

 

 声をかけると帆波が再起動した。

 狼狽する彼女を置いてエレベーターを後にする。

 

「レイプすればよかったのに」

 

「よくない」

 

 エレベーターの中にも監視カメラがある。

 映像を差し替える準備もしていないのにレイプすれば一発で逮捕だ。

 

 ジジイの方もまだ大丈夫そうだな。ギリギリまで粘ってみるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケヤキモールの五階。

 占い師のいるフロアに到着する。

 

「うわぁ。すっごい並んでる」

 

 帆波が行列に目を驚かせていた。俺はうんざりする。

 占いなんて一分や二分で終わるものとは思えない。ざっと計算してみて三十分待ちだ。

 

「カップルばっかりだね。うわ、あの二人ってデキてたんだ。うわ、うわぁ」

 

 帆波が列に並んでいた一組の男女を見てびっくりしていた。

 

 俺はあんま興味なかったので携帯をポチる。

 知らない奴らの恋愛事情なんて聞かされても反応に困るんだよな。

 

「あ、あれ? 一之瀬さんと、タナカス……田中君?」

 

 そのカップルは俺たちを見て驚いていた。

 

 自然にタナカスって言いやがったぞ、こいつら。

 こっちはチート聴力だからばっちり聞こえているんだからな。

 

「あの。一之瀬さん。田中君とまだ付き合ってるの?」

 

「そうだよ。噂は間違いだから、あまり踊らされないでね?」

 

「そうなんだ。ごめんね」

 

 そのカップルとは距離が離れていたので会話はそれで終わった。

 

 俺は引っかかった点を帆波に尋ねる。

 

「噂というのは?」

 

「聞かない方がいいと思うよ?」

 

「勿体ぶった言い方をされると余計に気になるんだが」

 

「あはは、だよね。まぁ礼司君なら問題ないか」

 

 帆波が笑いながら言う。

 俺なら……って、他の奴なら傷付くような噂ってことかよ。

 

「えっとね。礼司君が私のことを散々弄んでから捨てたって噂なんだよね」

 

 なんだそりゃ。

 百パーセント俺が悪いみたいなことになっている。

 

「おかげで男子から告白されたりして、いい迷惑だよ」

 

 帆波が傷心していると決めつけて、そこに付け込もうとしているのだろう。

 そいつらはクズだな。俺が言えることではないが。

 

 俺がそんなことを考えていると、帆波が「えいっ」と俺の腕に抱き着いてきた。

 

「こうしてると私たちもカップルに見えるかな?」

 

「一応付き合ってるだろ」

 

「一応は余計だよ」

 

 頬を膨らませて睨まれる。

 と言っても俺たちはまだ偽装カップルだからな。

 

 千尋ちゃんの目をごまかすために付き合ってるフリをしているだけだ。

 

「ところで礼司君はここの占い師についてどれだけ知ってるの?」

 

「よく当たるってこと以外はまったく」

 

 原作知識もその辺りは記憶から吹っ飛んでる。

 綾小路と伊吹が占いの帰りにエレベーターに閉じ込められたエピソードの方が印象深かった。

 

「色々やってるみたいだけど、天中殺って言うのがよく当たるらしいよ」

 

「天中殺? ゲームの必殺技みたいだな」

 

 俺は行列の暇潰しに携帯で検索をかけてみた。

 

 天中殺とは天が味方をしてくれない時期のことらしい。

 

 誰にでも十二年に二年ずつ、十二か月に二か月ずつ天中殺がやって来る。

 この時期は運が悪く、よくないことが起こったり、失敗ばかりしてしまうという。

 

「占いなんてどうせコールドリーディングとかバーナム効果だろ」

 

「礼司君。それを言ったらおしまいだよ」

 

 帆波は少しムッとして俺に言い返す。

 

 まぁ、俺も占いを全否定しているわけではない。

 俺の存在自体がオカルトの塊だからな。あとジジイとか。

 

「帆波は占いとか信じるタイプ?」

 

「どちらとも言えないかな。いい結果が出たら素直に喜んで、悪い結果が出たら頑張って忘れるみたいな」

 

「なんだそりゃ。自分に都合のいいツールじゃねぇか」

 

「言いえて妙だね。でも女の子ってそんなものだと思うよ」

 

 すべての女子を代表するような言い方だった。

 女ってのは強かだ。それはここ数か月で骨身に染みている。

 

 雑談しているうちに列の前まで進んでいた。俺たちの順番がやってくる。

 

 それっぽい天幕の中に入ると、フードを被った怪しげな老婆がいた。

 雰囲気のある薄暗い一室に丸いテーブルがあり、水晶玉が置かれている。

 

 料金は色んなコースがあるが最低でも五千ポイントだった。

 

「まずは料金の支払いを」

 

 そう言ってカードリーダーを出されるので、俺は支払いのできる学生証を取り出した。

 臨時収入があるとはいえ、五千ポイントは結構痛いな。

 鈴音とか桔梗には黙っておこう。言ったらあいつらも連れて来ないといけなくなる。

 

「プランはどうする?」

 

「あ、相性占いとか……」

 

 ごにょごにょと語尾が小声になる。

 

 話題に上がった天中殺ではないようだ。

 

「相性占いか。まぁ、それでいいか」

 

 特に興味はなかったので帆波に任せることにした。

 

「あ、ここは私が出しておくね」

 

「頼む」

 

 こいつは金持ちだから別に構わないだろう。

 と思っていると、帆波が「なんか違う」みたいな顔をして俺を見詰めてきた。

 ヒモを養っている女みたいだな。

 

 カードリーダーがピッとした後。

 

「まずはお二人さんの名前を教えて貰おうか」

 

 占い師が俺たちに質問する。

 名前とか年齢、基本的なことを説明していく。

 

 老婆は「むむむ」と唸り声を上げた。

 

「相性は悪くはない」

 

「本当ですか!」

 

 パッと嬉しそうな顔をする帆波。

 

 でも、占い師は『相性は』って言ったよな。含みを持たせてるんだけど。

 

「だが、お主は喜びや楽しみの代わりに、痛みや悲しみを背負うことになるだろう。それを不幸と受け取るかはお主次第だが」

 

「え?」

 

「なんか嫌な感じだな」

 

「そ、そうだね。でも相性は悪くないんだよね。相性は……」

 

 帆波は自分に言い聞かせようとしていた。

 先ほどの話のように自分に都合のいい結果だけを抜き取ろうとしているのだろう。

 

 次に占い師は俺の方を向いた。

 

「お主は周りの女に不幸をばら撒く疫病神だな」

 

「……うわぁ」

 

 帆波がドン引きしている。

 

 いや、当たってるよ。当たってるけどさ。

 

 もしかしてこの婆さん、本物か?

 

「そして、よくないものにも憑かれていると見える」

 

「わかるのか!?」

 

「ああ。白いヒゲのようなものが見える。老人のようだ。強い力を持っている」

 

 マジかよ。見えるのか。

 

 老婆は水晶玉に手を置いて、難しい顔をして唸っていた。

 

 ところで、こんな言葉がある。

 

 ――深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ。

 

 なぜいきなり、こんな言葉を引っ張り出してきたかと言うと。

 

「……レイプ」

 

「え?」

 

 老婆がボソッと呟いた。帆波が耳を疑っている。

 

 すると突然、老婆が髪を振り乱して狂ったように叫び始めた。

 

「レイプじゃ! レイプ! レイプするのじゃ!」

 

「な、なにっ!? 何なの!?」

 

「レイプ! レイプ! レイプ! よろしい、ならばレイプだ!」

 

「きゃあぁぁっ! このお婆さん、頭おかしいよ!?」

 

 外まで響く大声だった。天幕の外もざわついている。

 

 帆波は怯えて俺の腕に抱き着いてきた。

 

「帆波、出よう」

 

「う、うん!」

 

 俺はそう言うしかない。

 

 せっかくの手がかりが廃人になってしまったのは残念すぎて泣きたくなる。

 

 速足に逃げ出す俺たちと入れ替わりに、係員が天幕に入っていく。

 

「先生! 何言ってるんですか! まずいですよ!」

 

「一心不乱のレイプを! 鉄風雷火のレイプを! 三千世界のレイプを!」

 

「救急車! 救急車を呼んで! 早く!」

 

 黄色い救急車の方だろうな。あれって都市伝説らしいけど。

 

「どうしたのかな。途中まではちゃんとしていたんだけど」

 

 帆波が天幕の入口を心配そうに眺めていた。

 占い師のことを心配しているようだ。俺とは違って優しい奴である。

 

「占い師もストレスとかで大変なんだろ」

 

「そうなのかなぁ」

 

 そう言うことにしておいた。

 帆波は釈然としない顔をしていたが、考えても答えが出てくる話ではない。

 

 俺の背後霊のせいで占い師が発狂したなんて誰が信じるかよ。

 

「うーん。なんか残念なことになっちゃったな」

 

「時間も中途半端だし、映画でも見てから帰るか」

 

「うん! 私、気になっていた恋愛映画が――」

 

「ロボシャークVSゾンビシャークにしようぜ」

 

「……う、うん」

 

 なお、普通にB級映画は面白かった。

 

 事前に調べていたからな。デートスポットの下調べぐらい俺でもする。

 恋愛映画がレビューサイトで低評価だったのはリサーチ済みだ。

 

「ナチスの科学者の人、途中で死ぬと思ってたのに、ちゃっかり生き残ってたよね」

 

「ヒロインっぽい女があっさり死んだのは意外だったな」

 

「だよね。しかも誰も悲しんでないし、みんなひどくない?」

 

 帰る頃にはすっかり笑顔になっていた帆波を、たぶんBクラスの生徒が睨んでいたのが気になったが、めんどいので放置しておくことにした。



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32話

 そんなこんなである日のこと。

 

「ラーメン食べたい」

 

 俺はテレビを見ながら呟いた。

 画面の中では行列のできるラーメン屋が特集されていた。

 

「幸福園に行く?」

 

 桔梗が言う。

 幸福園とは学校の敷地内に店舗展開しているラーメンのチェーン店だ。

 

「いや、もう食い飽きた」

 

 不味くはない。

 一か月に一度ぐらいは食いたくなるが、今の俺が求めているものではなかった。

 

 前世では出張先でラーメン屋を練り歩くのが趣味だった俺だ。

 ラーメンマニアというほどではないが、それなりに味にはうるさい方である。

 

「赤味噌系の美味いラーメンが食べたいよぉ」

 

「よしよし」

 

 俺は桔梗の膝に抱き着いた。

 そのまま膝枕をしてもらって、ごろんと横になる。

 

「私たちって基本的には学校の外に出られないから、他のラーメン屋に行くなら卒業まで我慢しないといけないよね」

 

「地獄じゃん」

 

「こんな恵まれた環境にいるのに、どこが地獄なのよ」

 

 隣で参考書を開いていた鈴音が呆れて嘆息していた。

 

 学校の外に出るには正当な理由が必要になる。親兄弟との面会すら禁止されていた。

 外出できるのは資格の試験を受ける者や、部活で他校と試合をする生徒ぐらいだろう。

 

「あー……ここにも美味いラーメン屋の屋台が来てくれないかなぁ」

 

「あはは。礼司君、重症だね」

 

「まるで麻薬中毒者ね」

 

 鈴音が冷淡に言い放つと、定規を引いてノートに三角形を書いていた。

 夏休みの宿題ではなく、書店で買ってきた参考書だった。二学期の予習である。

 

 悩んでいるのかテーブルをペンでトントンと叩いている。

 かれこれ同じ問題で十分ぐらい悩み続けていた。鈴音なら簡単に解けるはずの問題である。いわゆる勘違い。確証バイアスというやつだろう。

 

「それ余弦定理とか使わないからね。鈴音は何でも難しく考えすぎ」

 

「……知っていたわ」

 

 鈴音が俺を睨みながら言う。

 

「以前からの疑問だけど、あなたは何時勉強しているの?」

 

「前世」

 

「面白くない冗談ね」

 

 鈴音はまったく勉強していない俺が成績上位であることに思うことがあるようだ。

 

 俺のチート頭脳は教科書をパラパラするだけで勉強いらずだ。

 と言っても、高校一年レベルの数学は前世の貯金で充分だったりする。

 

「ラーメン……ラーメンね……」

 

 鈴音は参考書の問題を解きながら、よくわからないことを呟いていた。

 

 

 

 

 

 翌日からなぜか鈴音は俺の部屋に来なくなった。

 メッセージを送っても既読無視。電話をかけても忙しいから後にしてと言って切られる。

 

 もしかして捨てられた?

 

 不安になる俺である。

 もっと構ってやるべきだったか。もっと優しくするべきだったか。

 

 そんな不安を抱えながら俺は桔梗とエッチしたり、波瑠加とセックスしたり、ひよりの部屋で交尾していた。

 

 鈴音が姿を現したのは五日後だった。

 

「ようやく形になったわ。礼司君に味見して欲しいの」

 

「はぁ」

 

 よくわからないが、鈴音の目はやる気に満ちていた。

 

 エプロンを装着した鈴音は持ち込んだ材料を台所に並べていく。

 

「まずは“かんすい”と塩を水にしっかりと溶かすわ。“かんすい”がなければ重曹で代用することもできるけど、本格的なものを目指すなら“かんすい”にした方がいいわね」

 

 かんすいって何だ。三国志の武将だろうか。

 鈴音はボウルに水を入れ、塩と謎の粉を溶かしていく。

 

「次に小麦粉を入れて混ぜ合わせるわ。形になってきたら袋に入れて踏むの」

 

 あ、うん。

 俺はその時点で鈴音のやっていることを理解した。

 

「よく踏むことで麺のコシが生まれるわ」

 

 いや、言ったよ。たしかに食べたいと言ったのは俺だ。

 

 だが、あまりにも予想外だった。まさか、麺から作るのかよ。

 

「このぐらいね。生地は半日ほど寝かせたいけど、今回はあまり時間をかけられないから三十分で妥協するわ」

 

「……アッハイ」

 

 鈴音と並んでテレビを見る。

 昼のワイドショーだ。連日のように与党が叩かれていた。

 

 台所のタイマーがピピピッと鳴る。

 

「三十分経ったわね」

 

 鈴音が台所に戻った。

 麺を棒で叩いて伸ばし、包丁で切っていく。

 

「手慣れてるな」

 

「練習したのよ」

 

 だろうな。

 

 鈴音が麺を茹で始める。

 スープは用意していたらしく、魔法瓶から取り出して鍋で温めてから器に移していた。

 俺が食いたいと言っていた赤味噌系のスープだ。

 

 メンマやナルト、煮卵やチャーシュー、たっぷりのネギの千切りを盛り付けていく。

 

「チャーシューも自家製よ」

 

「……ああ。すごいな」

 

 鈴音が誇らしげに言う。

 誰がそこまでやれと言ったんだよ。

 

 完成したラーメンをリビングのテーブルに運んだ。

 

「どうかしら?」

 

「ああ、美味しいよ。鈴音。ありがとう。愛してる」

 

「そう。よかった」

 

 ラーメンは普通に美味かったが、店の味レベルには到達していなかった。

 しかし空気を読んで、そんなことはおくびにも出さない。

 その日はよくわからない暴走をした鈴音を思い切り可愛がることにした。

 

 なんかよくわからないが結果オーライなのかもしれない。

 

「……もはや我慢ならん。池や山内にレイプさせるか」

 

 ジジイの言動が怪しい。そろそろ限界のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 準備には三日かかった。

 と言っても道具などは前回の流用で事足りる。

 

 ターゲットの身辺調査で時間がかかったのである。

 

 彼女は学生らしく夏季休暇を満喫していた。

 

 連日のように友人たちと外出して遊び回っている。

 学生寮の部屋以外で一人になる瞬間は滅多になかった。

 

 と言うわけで部屋を襲撃した。

 

 今回のターゲットはそれほど警戒する必要はない。

 

 屋上からムッムッホァイしてサムターン回しで侵入する。

 やり方は身体が覚えていたが、懐かしさすら覚える手法だった。

 

「え?」

 

 彼女はパジャマを着ていた。

 

 湯上りのようだ。鏡の前で髪をドライヤーで乾かしている。

 

「え? なに?」

 

 佐藤麻耶は固まっていた。

 

 彼女の瞳に映っているのはガンダムの敵キャラっぽい仮面を被り、黒いコートを羽織っている不審者である。

 

「誰? え、なに、なに?」

 

 佐藤は現実に意識が追い付かず、悲鳴を上げるのも間に合っていない。

 

 馬鹿のように固まっているだけだ。

 

 佐藤は雑魚だからな。

 成績は学年最低レベル。運動神経も平均以下。何の取柄もない女子だ。

 

 いや、見た目だけはレベルが高いか。

 お洒落や自分磨きに全振りしているとも言える。

 

 俺は防音のために窓を閉めてから、ゆっくりと佐藤へと歩みを進める。

 

 佐藤は未だに俺をポカンと眺めていた。

 

 俺は玩具の手錠で佐藤の両手をガチャリと拘束する。

 プラスチック製の玩具なので暴れれば壊れるようなものでしかないが、佐藤ならこれで充分だ。

 

「あ、あの」

 

 佐藤は不思議そうに俺を見上げていた。

 

 まだ現実を受け入れていないのか、夢を見ているように呆けた顔をしていた。

 

 俺はそんな佐藤を抱き上げてベッドに寝かせる。

 

「い、嫌です。許してください」

 

 俺は無視してパジャマのボタンを一つずつ外していく。

 

 意外と豊満な身体をしていて、ぷるんと大きな胸がこぼれ落ちた。

 

「お、お願いします。許して。許して」

 

 佐藤の身体が恐怖で震えていた。

 

「やだ……やだよぉ……田中君……たすけて……」

 

 おう。田中が俺だぞ。助けてやれなくてごめんな。

 

 涙を流す佐藤の服を脱がし、両足を広げて股座に顔を入れる。

 

「やっ、やだ! 気持ち悪い!」

 

 舌に唾液を乗せて、佐藤の陰部に塗りたくった。

 濡らしておかないと裂けるからな。これはサービスだ。

 

 膣内まで舌を入れると、佐藤の身体がビクンと飛び跳ねた。

 

「あっ、いやっ! いやぁぁぁっ!」

 

 ようやく恐怖が許容量をオーバーしたのだろう。

 ついに叫び始めたが、もう遅い。

 

 俺はほどほどに濡らした膣口に肉の竿を押し当てた。

 

「あっ……ああぁぁ……田中君……ごめんなさい」

 

 なぜ俺に謝る。

 

「田中君に……はじめて、あげられなくて……ごめんね」

 

 ぽろりと涙がこぼれ落ちる。俺が田中なんだけどな。

 

 と言うか処女だったのか。原作では初心な雰囲気があったとはいえ、遊んでいる見た目をしているから非処女の可能性も考えていたのだが。

 

 ラッキーだな。いや、佐藤にとってはアンラッキーだ。

 

 俺は腰を突き出した。

 グロテスクな巨根が佐藤の膣穴をこじ開けていく。

 

「あっ、あぁぁぁっ!」

 

 佐藤の下半身を貫いた。

 

「いやぁぁぁっ! こんなのって、ないよぉ……」

 

 佐藤が泣いているが、俺は気にせず腰を振り始めた。

 破瓜の血が男根にまとわりつき、白いシーツに赤い斑点を落としている。

 

「うっ、うっ、いだい……いだいよぉ……」

 

「レイプ! レイプぅぅぅっ! ぬおぉぉっ! 力が漲るぞぉ!」

 

 あ、ジジイの音声はミュートしてくれませんかね。萎えるんで。

 

「あぎっ……ひうっ、いたい……いたいよぉ。もうやめてよぉ……やだよぉ……」

 

 乳房を揉みしだきながら膣穴をほじくっていく。

 すると佐藤の膣内が生理現象で濡れ始めた。結合部からいやらしい音色が鳴っていた。

 

 ぬちゃぬちゃと、いやらしい音がし始めている。

 

「あうっ、ひぐっ、うっ、いやっ、あぁっ」

 

 泣いている佐藤を無視して自分勝手に腰を振っているのだが。

 なんか、処女をレイプしているにしては滑りがよすぎる気がするんですけど。

 

 もう佐藤の膣内はぬるぬるになっていた。

 

「ふわぁぁっ!」

 

 突然、大きな声を上げる佐藤。

 

 佐藤は自分でも驚いたのか、目を見開いてキョロキョロとしていた。

 

「むむ? レイプ?」

 

 あ、やばい。

 ジジイが訝しげに首を傾げている。

 

 俺は慌てて乱暴に腰を振り始めた。

 

「ああっ、あああぁっ! あんっ、あんっ! あっ、あんっ!」

 

 あかん。逆効果だ。

 もう完全に声が甘くとろけている。

 

「あっ、あっ、あっ、ちょ、ちょっと! これ、気持ちいい! なんで!? あっ、やぁんっ、あんっ、お、おかしいよ! な、なんでなの!?」

 

 何でじゃねぇよ。お前マゾだろ。

 

「あんっ、ああっ、ああんっ! 気持ちいい! 気持ちいいよぉ!」

 

 パンパンと音を立てて、独りよがりのセックスをしているはずなのに、佐藤は快楽に染まり切ったあえぎ声を出していた。

 

 肌が朱色に染まり、自分から股を開いて男を迎え入れている。

 

「おかしいよ! あんっ、あぁっ、わ、私の身体、おかしくなってる!」

 

 失敗した。

 

 まさか佐藤が処女を散らされてレイプされているのに感じるマゾヒストだったとは。

 

「やめろぉ! こんなのレイプじゃない!」

 

 ジジイが怒声を上げていた。

 

 このままだとレイプが無に帰してしまう。

 ジジイの欲求不満は解消されず、また新たな被害者を探さなければならなくなる。

 

 俺は最後の切り札を使うことにした。

 

「中に出すぞ」

 

「え?」

 

 佐藤の耳元でささやいた。

 

 中出し。

 いくら感じていると言っても、それだけは受け入れられないだろう。

 

「やっ! だめ! 中に出したら赤ちゃんが!」

 

 案の定、佐藤が嫌がって首を横に振る。

 

 俺は無視して腰を振りまくった。

 

「いやっ! いやっ! いやあぁぁぁ!」

 

 ジジイが顔を上げた。

 よし、いいぞ。その調子で嫌がってくれ。

 

「お願い! それだけは許して! それ以外なら何でもするから!」

 

 駄目だ。

 中出しするからこそ意味があるのだ。

 

「ああっ! やぁっ! ひうぅぅっ! だめだよっ! 中は……ああんっ!」

 

 俺は佐藤の腰に密着して、ふぅと溜息を吐いた。

 

「いやあぁぁっ! 中に出てる!」

 

 佐藤が俺の身体に足をからめて、ぎゅっと抱き着いてくる。

 

「いやあっ! あっ、いっ、くぅぅぅぅ!」

 

 俺の膣内射精と同時に絶頂に達し、ビクビクと痙攣していた。

 

 だからなぜイクんだ。おかしいだろ。

 

 俺は心の中で突っ込んでから佐藤の膣内から肉棒を引き抜いた。

 

 佐藤の膣口からどろりと精液がこぼれ落ちる。赤い血が混じった精液だった。

 

「うっ……ひっく……ぐすっ……」

 

 やっぱ中出しは嫌だよな。これぞレイプだ。

 

 しかしジジイは難しい顔をして黙り込んでいた。

 

 背中を丸めて泣いている佐藤を置いて、俺は身だしなみを整えると窓から脱出した。

 

「タナカスよ。お主はレイプを甘く見ているのではないか?」

 

「……いや、誰があんなの予想できるんだよ」

 

 俺も溜息しか出て来ない。

 佐藤があんな奴だったとはこの田中の目をもってしても見抜けなかった。

 

「言い訳は不要だ。さっさと他の女をレイプしろ。さもないと池たちを使う」

 

 普段のアホみたいな言動が消えている。

 ジジイの真面目モードだった。どこが真面目だ。

 

 クソ。このジジイ、早く消し去りたい……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは波瑠加とファミレスで夕食を取った後のことだった。

 

 日没で暑さが多少マシになり、虫の鳴き声が一抹の寂寥感を呼び起こす。

 

「お前か。一之瀬にちょっかいをかけている身の程知らずの一年ってのは」

 

「はぁ」

 

 誰だこいつ。

 金髪のイケメンが俺に声をかけてきた。

 

 コンビニのアイスをガリガリする。お、当たりだ。

 

「私が交換してくるね」

 

 波瑠加がアイスの棒を俺の手から奪い取るとコンビニの中に入っていった。

 

 金髪のイケメンはそのやり取りを苛立ったように眺めていた。

 

「チッ。あまり調子に乗るなよ。お前と一之瀬では生きる世界が違うんだ。一之瀬の優しさに甘えているようだが、さっさと身を引いた方がお前のためだ。これは先輩からの善意の忠告だからな。無視しない方がいいと思うぜ?」

 

「はぁ」

 

 何だこいつ。

 コンビニから波瑠加が出てくる。新しいガリガリのアイスを渡してきた。

 

 持って帰るか。……いや、暑さで溶けるか。俺は袋をパリッと開封した。

 

「お前は一之瀬の秘密を知っているか?」

 

「さぁ?」

 

 何言ってんだこいつ。

 

 俺は二本目のアイスをガリガリする。頭がキーンとした。

 

 金髪のイケメンは勝手に勝ち誇っていた。

 

「あいつが秘密を打ち明けていないなら、その程度の関係ということだ。一之瀬のような女はお前のような凡人には相応しくない。俺のような選ばれた人間にこそ相応しい。わかるだろ?」

 

「なるほど」

 

 あ、また当たりだ。

 

「交換してくるね」

 

 波瑠加がコンビニに入っていく。店員が呆れた顔をしていた。

 

「俺は来年から生徒会長としてこの学校を支配する予定だ。お前のようなDクラスの落ちこぼれは真っ先に退学になるだろう。一之瀬と付き合っていてもどうせ強制的に別れさせられることになるんだ。それぐらいならダメージの少ない別れ方をした方が賢明だろ?」

 

「礼司君。新しいアイスだよ」

 

「サンキュ」

 

 新しい袋を開封する。

 

 金髪のイケメンの顔が真っ赤になっていた。熱中症だな。お大事に。

 

「チッ、先輩に舐めた態度を取りやがって」

 

「あれ、また当たりなんだけど?」

 

 アイスの当たりは一箱に一つしか入っていないはずなのだが。

 

「交換してくるね」

 

「待て待て待て。当たり棒を持って帰るから。お前は俺をいじめてるのか?」

 

「バレた?」

 

 波瑠加がチロッと舌を出す。わざとかよ。

 

 流石にアイス四本はキツすぎる。口の中が痺れて感覚がなくなっていた。

 

「今日はこれぐらいにしてやるよ。俺の言葉、ちゃんと考えろよ」

 

 金髪のイケメンは舌打ちしてから去っていった。

 

 何だ、あいつ。意味わかんねぇ。

 

「あれって副会長だよね?」

 

「ふーん」

 

「知らなかったの?」

 

 俺と同じアイスを食べていた波瑠加が言う。

 

 いや、俺も知ってたよ。

 なんか頭がおかしそうな生徒会の副会長だろ。

 

「私もあまり興味はないけど副会長は有名人だからね。勝手に耳に入って来るから」

 

「俺の耳には入って来ないけど」

 

「たなぴーはぼっちだからね」

 

 言ってくれるな。否定はできないが。

 

「今日の夜はどうするの? 私は空いてるけど」

 

「悪いけど、また今度で」

 

「誰のところ? 堀北さん? 櫛田さん? それとも一之瀬さん?」

 

 伊吹のところだ。

 夏休みが始まってから放置していたら「来い」と短文のメールが飛んできたのだ。

 おこである。

 

 俺と伊吹の関係はひより以外には知られていない。もちろん波瑠加にも言っていない。

 

「他の女の子をレイプするの?」

 

 波瑠加が俺に身を寄せて小声でささやいた。

 

 彼女は俺にレイプされている。

 被害者が自分一人だけと考えるほど波瑠加は馬鹿ではない。

 

「ははは。そ、そんなわけないじゃないか」

 

 昨日、佐藤をレイプしたと言えばどうなるだろう。

 

「そっか。あまりやり過ぎないようにね」

 

「だから違うって言ってるだろ」

 

 波瑠加が「そうだ」と思い付いたように言う。

 

「レイプするなら優しくしてあげたらいいんじゃない? たなぴーのテクニックがあれば処女でも感じるんじゃないかな」

 

「波瑠加さんや。あんた最低なことを言ってる自覚はある?」

 

「最低かなぁ。いい考えだと思ったんだけど」

 

 佐藤が感じまくっていただけに、俺は何とも言えない気分になった。

 

 それに相手が感じまくっていたらジジイが満足してくれないからな。

 

 やっぱレイプはレイプじゃないといけないよな(意味不明)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜。俺は伊吹の部屋にいた。

 

「はあっ、あっ、あぁっ、あんっ」

 

 リズムよく、タンタンと音がしている。

 

 伊吹が俺の上に乗って腰を振っていた。

 運動が得意なためか、これで三回戦になるのに伊吹はまだ余裕そうだった。

 

「ねぇ? どう? 気持ちいい?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「そう? まぁ、別にどうでもいいけど」

 

 そう言いながらも頬が緩んでいる。

 

 可愛い奴だ。そう思いながら腰を突き上げた。

 

「ああっ! ちょ、ちょっと! あんたは動かないでよ!」

 

「伊吹が乱れるところが見たくて」

 

「見るな! あっ、やめっ、あっ、あっ、あっ!」

 

 腰をがっちりとつかんで下から抉るように肉棒を突き入れる。

 透明な液体が結合部からぴゅっ、ぴゅっと飛び出て来た。

 

「だ、だめって言ってるのに! ああっ! ああんっ!」

 

 体力はあっても快楽には負けてしまい、伊吹の身体が倒れ込んできた。

 

 頭を撫でながらキスをすると、伊吹は目をとろんとさせて舌をからめてくる。

 

「はうっ、い、いいっ……あっ、ああっ、い、いくっ!」

 

「先にイってもいいぞ」

 

「勘違い、しないでっ! いっ、イかないからっ! うっ、くぅぅぅっ!」

 

 伊吹の身体がビクビクと痙攣し、膣内がぎゅっと締まった。

 

「イっただろ?」

 

「イってない」

 

 虚勢を張ろうとする伊吹に、俺は意地悪で腰を突き上げた。

 

「ひぐぅぅっ!」

 

 伊吹は目をぎゅっと閉じて、唇を結んで震えていた。

 

「イってないなら動いてもいいよな?」

 

「え? ちょ、だめっ!」

 

 俺は身体を起こして正常位の体勢になった。

 

 伊吹の顔は恐怖に染まっている。

 

 俺はそんな伊吹に顔を寄せてキスをすると、身体を優しく抱き締めてやった。

 

「悪い。冗談だ」

 

「だからイってないって言ってるでしょ」

 

「わかってるよ。俺もちょっと休憩したい気分だったからさ」

 

「……馬鹿」

 

 伊吹が目を逸らして拗ねていた。可愛い。

 

 呼吸が落ち着いてくるのを待って、俺は伊吹に声をかける。

 

「そろそろ動いていいか?」

 

「か、勝手にすれば?」

 

 俺は伊吹を抱き締めながら腰を振り始めた。

 

「あんっ、ああっ、くぅっ、あんっ、ああんっ!」

 

 伊吹が俺にぎゅっと抱き着き、甘い声を上げた。

 

 小さな胸を揉んだり乳首を吸っていると、伊吹が頭を叩いてくる。

 

「やめてよ。私なんかの胸を触っても、楽しくないでしょ?」

 

「俺は楽しいけどな?」

 

「もう、馬鹿。馬鹿なんだから。あっ、やだっ」

 

 乳首を吸った瞬間に色っぽい声が出た。

 

「んっ、くぅぅっ! だ、だめ! 入れながら、おっぱい触らないで!」

 

 伊吹は胸にコンプレックスがあるらしい。

 別に貧乳でも構わないんだけどな。巨乳キャラが多いので新鮮な感じがするから。

 

「そうか? まぁいいか。俺もそろそろ本気で動くから」

 

「あっ、ちょ、激しい! ああっ、あああぁっ! あっ、ああんっ!」

 

 俺は伊吹の腰を抱えて激しく突き入れた。

 伊吹の両足が天井を向いてぶらぶらしている。

 

「ああぁーっ! あぁぁぁっ! イクっ! イクぅぅっ!」

 

 今度は俺もイけそうだ。

 まだまだ我慢できそうだったが、伊吹が持たないので出すことにする。

 

「いいっ! すごい! あんっ! あんっ! もうイっちゃうっ!」

 

「一緒にイクぞ」

 

「うんっ! 一緒に! 一緒がいい! あぁっ、ああぁぁぁっ!」

 

 伊吹の足が俺の腰に絡みつき、両手でぎゅっと俺を抱き締める。

 そして小柄な身体をビクビクと痙攣させた。

 

 膣内がきつく締まり、俺のものを締め上げる。

 

 俺はたまらず伊吹の膣内に精液を注ぎ込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 肉棒を引き抜くと伊吹の隣で横になった。流石に抜かずの三発は俺でもキツい。

 

 伊吹は俺の腕を枕にして目を閉じてしまう。

 

「おい、寝るなよ。風邪ひくぞ」

 

「あんたが無茶するからでしょ。疲れたのよ」

 

 伊吹は目尻を吊り上げて俺を睨んだ。

 ついさっきまでは俺に甘えていたんだけどな。そう言うところが可愛いのだが。

 

「ねぇ。あんたってまだ一之瀬と付き合ってるの?」

 

「噂を聞いたのか?」

 

 伊吹の耳にも入ったようだ。

 

 ここまで広がってるとなると作為的なものを感じる。

 

「そう、それ。で、付き合ってるの?」

 

「ああ。別れる理由もないからな」

 

「別れる理由って、普通にあるでしょ。うちのクラスと組んでBクラスを陥れたんだから」

 

「クラス間の争いと個人の付き合いは別問題だろ」

 

「それはそうだけど、でもあんたのはやりすぎなのよ」

 

 やりすぎたかな。まぁ、そうかもしれない。

 

 おかげでBクラスから恨まれたからな――と思っていると、伊吹の口からも俺が考えていたことが出て来た。

 

「あんたBクラスの奴らに恨まれてるでしょ」

 

「まぁ、そうだな」

 

 外を歩いていると知らない奴にメンチビームを撃たれることがある。

 

 Bクラスの奴らだろうと思って相手にしていないが。

 

 無人島では友好的だった柴田も俺を見ると睨んできた。正直ヘコむ。

 

「何で龍園と組もうと考えたの? Bクラスと仲良くしておいた方がよかったんじゃない?」

 

 色んな奴に聞かれるが、龍園の一人勝ちを許さないという意味ではあれが正解だった。

 

 原作では手を抜いてAクラスだけを狙い撃ちにした龍園だが、俺に無人島でボコられたせいで今のうちにポイントを稼いでおこうと考えを改めているかもしれなかった。Cクラスにポイントを独占されかねない状況だったからな。

 

「なんだ。帆波のことを同情してるのか?」

 

「まぁ、そうね。あいつ可哀想じゃない」

 

「優しいな、伊吹は」

 

 からかってやると伊吹がそっぽを向く。

 

 しかし、伊吹から見ても今の帆波は痛々しく見えるらしい。

 

「これは俺の予想だが、二学期の内に帆波はリーダーから降ろされるだろう」

 

「あんた、まだあの子のクラスを叩くつもりなの?」

 

「結果的にそうなるかもな」

 

 俺は上のクラスに行くことにはさほど興味はない。

 

 だが、茶柱先生はあの手この手で俺や綾小路を使おうとするだろう。

 それに上を目指している鈴音を見ていると、たぶん手伝ってやりたくなると思う。

 

「あんたって、やっぱり最低ね」

 

「かもな。さて、風呂に入るか」

 

 俺は伊吹をお姫さま抱っこして脱衣所に足を運んだ。

 

「あっ、ちょ! 自分で歩けるから!」

 

 顔を真っ赤にして照れている伊吹をからかいながら風呂に入る。

 

 それから十分後。

 

「……あぁっ……あっ……あんっ……ああっ……」

 

 シャワーの水音がする中、伊吹のあえぎ声が響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 伊吹を寝かしつけてから部屋に戻る。

 同じ部屋で夜を明かすのもいいが、朝になると部屋から脱出するのが難しくなる。

 

 表向きは俺と伊吹は仲良くない。他人ということになっているからな。

 

 朝に伊吹の部屋から出てくるところを他の誰かに見られたら、俺は別に構わないが伊吹の方は嫌だろう。

 

 地上まで降りてから隠れ家にしている電源設備で変装を解いた。

 夏休み入ってからは俺の部屋に鈴音や桔梗が来るようになり、レイプ道具の隠し場所には適さなくなってきたからな。

 

 学生寮に戻り、廊下を歩く。生ぬるい夜風が身体に当たる。

 

「……おいおい。深夜だぞ」

 

 俺は溜息を吐いた。

 

 どうしてこうなった。意味がわからない。

 フラグを立てた覚えはない。極力関わらないようにしていたはずだ。

 

「こんばんは。遅いご帰宅ですね」

 

 白い少女が振り返った。

 

 八月の熱帯夜。頬に流れたのは冷や汗だった。

 

 まるで妖精だ。

 この世のものではないような、幻想的な美しさだった。

 

「田中礼司君。少しお時間を頂いてもよろしいですか?」

 

 坂柳有栖が俺の部屋の前で待ち構えていた。



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33話

 坂柳有栖が杖をついて歩いていた。

 どこに行こうとしているのか、俺はまだ教えて貰っていない。

 

「すいません。歩くのが遅くて」

 

「それは構わないが、助けは必要か?」

 

「いいえ。お気持ちだけ受け取っておきます」

 

 坂柳が柔らかく微笑む。

 見た目だけは天使だった。中身は……想像もしたくない。

 

「……む」

 

「どうしました?」

 

「あの変な髪型のオッサン、坂柳の知り合いか?」

 

 物陰に隠れている男子を発見。

 背後にも気配を感じた。単独で接触したわけではないようだ。

 

「何のことでしょう?」

 

 坂柳の笑みが凍り付いていた。白を切るつもりのようだ。

 

 追及するのも面倒だったので、俺は隠れている男子を放置することにした。

 

 やがて目的地に到着する。

 

 そこは月明りに照らされた温室だった。

 中に入ると一面に花畑が広がる。その一角にテーブルと椅子が並べられていた。

 

 テーブルにはチェスボードが置かれている。思わせ振りだな。

 

 この場にいるのは俺と坂柳だけだ。

 背後の気配も温室の出入り口で止まってしまった。

 

 坂柳は俺に襲われても問題ないと判断しているのだろう。

 おそらくはボイスレコーダーを隠し持っている。一つはわかりやすく胸ポケットに、もう一つはわかりにくい場所に隠すのがセオリーだ。

 

 さらにこの温室は園芸部が管理している。

 以前に綾小路が園芸部から爆薬の材料を調達したことにより、周囲には大量の監視カメラが設置されていた。

 

「いい場所だな」

 

「ありがとうございます。園芸部の友人にお伝えしておきましょう」

 

 坂柳が淡く微笑む。

 

 園芸部の友人か。

 坂柳にはちゃんとした友人がいるのだろうか。エア友達なら笑えるのだが。

 

「こんな夜更けにお呼び立てして申し訳ありませんでした」

 

「まさかあの坂柳有栖に呼び出されるとは思ってもみなかったよ」

 

「田中君とは以前からお話したいと思っていたんです。どうぞおかけになって下さい」

 

 坂柳が席を勧めてくる。

 

 前回の特別試験で派手に動き回ったせいで目を付けられたのだろう。

 

 坂柳が特別試験に参加しなかった間にCクラスとDクラスが追い上げてきた。

 葛城を失脚させるためとは言え、Aクラスは大きすぎるダメージを受けてしまっている。

 

 その元凶と見られているのが俺と龍園だ。

 

 呼び出しを無視すればどうなるものかわかったものではない。

 

「真夜中の逢瀬だ。浮いた話なら喜んで聞いてやるつもりだが?」

 

「ふふっ、面白いご冗談ですね」

 

 と言ったものの、これが愛の告白だったとしても素直に受け取れないだろう。

 どうしても裏を読んでしまう。

 俺を陥れるための罠だと言われた方が納得できそうだ。

 

「田中君はひどい人です」

 

「いきなりだな。俺は坂柳に嫌われるようなことをしたか?」

 

「ええ。田中君に身に覚えはないのでしょうが」

 

 坂柳は余裕たっぷりに笑っていたが、怖気を催すほど冷たい空気をまとっていた。

 

「一之瀬さんは私が潰す予定だったんです。私の楽しみを横から奪い取ってしまうなんて、田中君は本当にひどい人ですね」

 

「勝手な言い草だな。知るかよ、そんなこと」

 

「そう言わずに聞いて下さい。一之瀬さんの泣き顔を見るのが、この退屈な学校での数少ない目標だったんです。なのに田中君が先に一之瀬さんを泣かせてしまうなんて、私はすごくがっかりしています。愚痴の一つぐらい聞いてくれてもいいでしょう?」

 

「別に今からでも泣かせられるだろ」

 

 帆波のBクラスは特別試験でポイントを稼げなかっただけだ。

 泣かせたいなら勝手に泣かせればいい。

 たしかに俺が先に泣かせてしまったが、そんなことを言われてもどうしようもない。

 

「やっぱり田中君はひどい人です。一之瀬さんの恋人なのに」

 

「恋人だからといって過度に干渉していては成長を阻害する。時には突き放すことも必要だ」

 

 俺と坂柳は言葉をぶつけ合いながらも、どこか身が入っていなかった。

 

 坂柳にとってはただの雑談なのだろう。

 帆波を潰したかったというのは本心なのだろうが執着するほどのことではない。

 

 坂柳が目を細めた。雰囲気が変わる。来るぞ遊馬。

 

「私は田中君のことを障害物であると考えています」

 

 坂柳の言葉の刃がぶっ刺さる。

 

 障害物か。言ってくれる。

 

「言葉を変えましょうか。あなたが邪魔です」

 

 坂柳の瞳は凍土のように凍て付いていた。

 

 俺は言葉に詰まった。

 一瞬だが坂柳に気圧されかけた。

 

「それは……光栄に思ってもいいのか?」

 

「もちろんです」

 

 坂柳がニコリと笑う。

 

「少なくとも田中君には路傍の石以上の価値があると言うことですから」

 

 辛辣な言葉だが坂柳有栖にとって大半の生徒とは雑多な塵芥に過ぎない。

 

 真に価値があるのは一握りの優れた人間のみ。

 敵にもなれず味方にもなれない凡百は彼女にとって価値はないと言うことだ。

 

「ただの宣戦布告ってわけでもなさそうだな」

 

「そうですね」

 

 俺は当たり障りのない探りを入れる。

 

 こんな夜中に坂柳が俺を呼び出したのはなぜか。

 

 坂柳は不敵に微笑んだ。

 

「田中君。私と勝負しませんか?」

 

「勝負?」

 

「はい。勝者は敗者に一つだけ好きな命令ができる。その条件で、いかがでしょうか?」

 

 好きな命令か。無茶苦茶な条件だった。

 

 これなら相手を退学させることもできる。

 現実的ではないが『死ね』と命令することも可能だ。

 

「私の命令はもう決まっています。田中君が二年生になるまでクラスを主導する立場から身を引くこと。個人の成績に関しては問いませんが、クラスの戦略には関わらないで下さい」

 

 坂柳はホワイトルームで綾小路を目撃し、勝手にライバル視している。

 

 Dクラスを率いている俺のせいで綾小路の出る幕がない。

 坂柳にはそれが不満なのだろう。

 俺が消えれば綾小路と勝負できるようになる。それが坂柳の狙いだった。

 

 俺の条件が緩いのは、俺を勝負のテーブルに乗せるためだろう。

 

「まるで、もう勝ったみたいな言い方だな」

 

「そうでしょうか。まだ勝負の内容も決まっていませんよ?」

 

 表情を見れば一目瞭然だ。

 お前など敵ではないと、坂柳の可愛らしい顔が雄弁に語っている。

 

「正直言って勝負を受けるメリットを感じない」

 

 俺は肩をすくめた。

 

 今の俺がクラスの運営から離れれば、俺のクラスは一瞬で没落する。

 成長途中の鈴音では坂柳や龍園の相手にもならないだろう。男女の結束力が原作以下の状態では万に一つの勝機もない。綾小路がやる気を出してくれるのかも未知数だ。

 

 それでは茶柱先生の期待を裏切ることになり、俺は後ろ盾の一つを失うことになる。

 

 リスクが大きすぎて坂柳がぶら下げてきたニンジンに食い付く気にはなれなかった。

 

「私に恋人になって欲しいという命令でも構いません。私がお気に召さないならAクラスの女子を田中君の奴隷として差し出すこともできます。こんなチャンス、後にも先にもありませんよ?」

 

 俺が乗り気でないのを見て、坂柳がさらにエサを見せびらかした。

 

 Aクラスの女子というのは神室のことだろうか。

 坂柳に弱味を握られて従っている奴の中から一人と言うことだろう。

 

「俺が女に不足していると思っているのか?」

 

「いいえ」

 

 坂柳が首を横に振った。

 

「田中君の周りに魅力的な女の子が揃っているのは存じ上げています。それでもあえて言わせて貰います。私は自分の容姿に一定の自信を持っています。田中君が価値を見出す程度には」

 

「否定はしないが、それでもリスクが大きすぎる」

 

 坂柳は小さく嘆息した。

 

「ならばこれからは田中君の周りにいる彼女たちを狙い撃ちにさせて頂きましょうか」

 

「……そう来たか」

 

 それは俺に対する恫喝だった。

 

 坂柳の矛先が俺に向けられたところで屈するつもりはない。

 

 だが、他の女子はどうだろうか。

 

 鈴音や桔梗、それに波瑠加。彼女たちは俺ほど強くない。

 Aクラスが総力をあげて潰しにかかったら、おそらくは耐えられない。

 

 俺は腕を組む。

 坂柳がどうしても勝負したいというなら受けるしかない。

 そもそも拒否権など最初からなかったわけだ。

 

 それは理解していたが、俺は粘ってみることにした。

 坂柳は己の勝利に絶対の自信を持っている。

 俺に負ければ退学するという条件でも断らないだろう。

 

 ならば、これならどうか。

 

「俺が勝ったらお前の初めてを貰う。それなら勝負を受けてやってもいい」

 

 断れ。

 俺は祈りながら坂柳を睨み付ける。

 

 坂柳の瞳を過ぎったのは愉悦と失望。矛盾した感情だった。

 

 ……駄目だったか。

 

「もちろん。その条件で構いません」

 

「なら書面に残してくれ。お前との口約束を信用するつもりはない」

 

「田中君は私を信用してくれないのですか?」

 

 坂柳が可愛らしく上目遣いをしてくる。

 何も知らない奴ならコロっと騙されそうだった。

 

「誰がするかよ。さっさと書け」

 

「用心深いですね。仕方ありません」

 

 俺は乱暴に言い放つ。

 

 坂柳はサラサラと手帳に万年筆を走らせた。

 正式な書面ではないがサインもある。証拠としては充分だろう。

 

 もっとも『坂柳有栖が田中礼司に敗北した場合、坂柳有栖は田中礼司に初めてを捧げる』と書いてある書類なんてどこにも提出できないのだが。

 

「田中君も書いて下さいね」

 

 坂柳は抜かりなく俺にも条件文を書かせてきた。

 

 用心深いのはそっちも同じだろうと思ったが、言ったところで時間の無駄だ。

 

「勝負の方法はチェスでよろしいでしょうか?」

 

「いいぞ」

 

 答えた瞬間、坂柳の顔に喜色が浮かんだ。

 勝利を確信したのだろう。

 ポーカーフェイスを使う必要もないと言うことか。舐められたものだ。

 

 勝負の準備は最初から整っていた。

 テーブルには最初からチェスボードが置かれていた。

 

 おそらくチェスは坂柳の得意分野だ。

 下手なプロよりも強いと考えた方がいい。こんな勝負を受けるのは愚か者だけだ。

 

 坂柳? 強いよね(負けフラグ)

 

 だが、この場合はあえて相手の土俵で勝利することに意味がある。

 

 心を折るぐらいしておかないと、何時まで経っても諦めずに仕掛けてくるだろうからな。

 

「チェスのルールはご存じですか?」

 

「多少は」

 

 チェスはチート能力を確認する時に軽くネットで試している。

 一度も負けずにレートが上がり続けて止まらなかったのでそこで対戦をやめた。

 

「どちらが先手を持ちますか?」

 

「どっちでも構わない」

 

「なら私が先手でもよろしいのですね?」

 

「ああ」

 

 その瞬間、坂柳がこちらを見下す笑みを浮かべた。

 

「無知とは恐ろしいものです。そう思いませんか?」

 

「何が言いたい?」

 

「チェスとは先手有利のゲームです。プロ同士の対局でも後手は引き分けを目標に設定するほど。それなのに田中くんは後手を選んだ。あなたの勝利はこの時をもってなくなりました」

 

「そうか。残念だな」

 

 それは知っている。

 チェスは先手有利の結論が出ている。プロの対局は四割が引き分けだ。

 

 坂柳が白い駒を指した後、俺は黒い駒を手に取った。

 

「駒の持ち方だけでもわかることがあります。素人の持ち方ですね」

 

 持ち方なんてあるのか。知らねぇよ。

 

 まぁいい。さっさと終わらせるか。そう思っていると――。

 

 なぜかジジイが俺の背後に現れ、なぜか扇子で盤上を指し示した。

 

『タナカス! 5eポーンでレイプじゃ!』

 

 平安時代の亡霊のように俺の背後から指示を送るジジイがいた。

 

 俺は息を呑んだ。

 

 これは、神の一手!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の胸に失望が満ちていく。

 

「俺が勝ったらお前の初めてを貰う。それでいいなら勝負を受けてやってもいい」

 

 予想はしていたが、やはり俗物。

 

 彼のような存在がいるせいで綾小路君が本気を出せない。それでは何時まで経っても綾小路君と対決することができない。いっそ退学させたいほど邪魔だったが、そこまで条件を厳しくすると勝負に乗ってこない可能性が高くなる。

 

 勝負を受けさせるために身体を出汁にしたのは私の方だが、おそらく綾小路君なら私の身体を求めなかっただろう。今後のリスクを考えて私を退学させようとするはずだ。

 

 私を抱いて、その後どうするつもりなのか。

 何度殺されても足りないほどの憎悪を抱かれることが理解できないのか。

 どれほど有能であっても欲望を制御することもできないなら、それは三流だ。

 

 私は田中礼司の評価を一つ落とした。

 現時点では龍園翔の二つ上。つまり私の敵ではないと言うこと。

 

 それでも学生レベルなら破格の能力を持っている。油断はできないだろう。

 

「勝負の方法はチェスでよろしいでしょうか?」

 

「いいぞ」

 

 まさか本当に受けるとは思わなかった。

 

 私は意外に思うと同時に、田中君の評価をまた一つ下げる。

 

 ただの見せ札のつもりだった。

 チェスは私の得意分野だとこれみよがしに見せ付けたのだ。

 

 これは勝負に乗って来なかったことで、勝負から逃げたのだと責めて精神的な優位を得るための小道具でしかなかったのだが。

 

 田中君は私の思う以上に愚かなのかもしれない。

 

 先手の私が白を持ち、後手の田中君が黒を持った。

 持ち時間は互いに二時間。時間切れで負けとする。夜明け前には終わる計算だ。

 

 田中君はたどたどしい手付きで駒を動かした。

 最低限、駒の動きは知っているようだが、素人同然の手付きだった。

 

 先手の私が『e4』にポーンを指すと、後手の田中君は『e5』にポーンをぶつけてきた。

 

 もっとも基本的なオープンゲームである。

 

 白の二手目は『f4』ポーン。

 攻撃的なオープニングであるキングス・ギャンビットだ。

 

 田中君は『f4』にポーンを進めて、白のポーンを討ち取った。

 

「キングス・ギャンビット・アクセプテッドですね」

 

「なんだそれ。日本語か?」

 

「英語に決まっているでしょう」

 

 田中君は私の顔を一度も見ずに、盤面だけを凝視している。

 ポーカーフェイス。表情を隠すつもりか。意味のない抵抗だ。

 

 ポーンを失って私の駒損になっているが、陣形の差があるため形勢は互角。

 

 田中君はある程度は定跡を知っているようだった。

 しかし、それだけでしかない。

 教科書通りのやり方が通用するのは序盤だけだ。

 

 中盤に入ると布陣が終わり、互いの駒がぶつかり始めた。

 

「田中君はチェスの駒の価値をご存じですか?」

 

「さぁ。何かの本で読んだ気がするが、あまり意識してないな」

 

「そうですか。折角なので教えてあげましょう。駒の価値はポーンが一点。ナイトとビショップが三点。ルークが五点。クイーンが九点です。これは人によって意見が分かれることもあるので絶対ではありませんが」

 

 そう言いながら、私はナイトをルークにぶつけた。

 

 田中君はポーンでナイトを倒す。

 

 白はナイトを、黒はルークを失った。

 

「ふふっ。これで二点差ですね」

 

「そうみたいだな」

 

 田中君は俯いていたが、表情が崩れているようには見えなかった。

 

「田中君のそれはポーカーフェイスですか? それとも形勢を判断する実力すら持ち合わせていないのでしょうか?」

 

「さて、どうかな」

 

 田中君はチェスボードから顔を上げない。

 これがチェス以外の勝負なら、まだ有効な作戦だったかもしれない。

 

 だが私は盤上を見るだけで田中君の精神が追い込まれていくのが手に取るようにわかった。

 

「私を相手にゲームを成立させることができたことは評価に値します」

 

「まだ中盤なのに、もう勝ったつもりか」

 

「ええ。勝ちましたので」

 

 田中君が決定的な一手を指してしまった。

 

 ビショップを一マス動かしただけだが、そのビショップはクイーンの防御役。

 田中君は“ただ”でクイーンを落としてしまう。あまりにも迂闊なミスだ。

 

 ゲームは田中君のミスのせいで中盤から終盤に入っていた。

 もはや黒に逆転の筋は存在しない。

 プロなら相手のミスを祈って、引き分けを狙って粘りに行く局面だ。

 

「マイナス九点。終わりですね」

 

「勝手に終わらせるな」

 

「田中君。これ以上の悪足掻きは惨めになるだけです。投了して下さい」

 

「何度も言わせるな。チェックメイトまで勝負は終わらない」

 

 時間の無駄だった。

 

 私は若干の苛立ちを覚えながら駒を動かす。

 

「私のミスを待っているのですか? ならばそれは無駄な抵抗です。私は最後まで間違えません。この勝負はもう終わっていますから」

 

 頭の中では決着が付いていた。もう二十手もかからずに黒が詰む。

 

「坂柳有栖」

 

 ここで初めて田中君がチェスボードから顔を上げた。

 

 静かな湖面のような落ち着いた目をしていた。

 敗北を受け入れているようにも見えるが、そうではない。彼はまだ諦めていない。

 

「……え?」

 

 心臓が跳ねる。

 まさかと、私はチェスボードを凝視した。

 

 田中君がルークをつかむ。

 それはまたしても動かしてはいけない駒だった。

 

 ひどい悪手だ。素人でもそんな手は指さない。だから先の展開は考えなかった。

 

「お前は完璧を追い求めるあまり勝利を取りこぼす」

 

「……それは、まさか」

 

 ミスはない。なかったはずだ。

 私の構想は完璧だった。田中君はただ翻弄されているだけだった。

 

 悪手ばかりが目に付いて初心者が指しているようにしか見えなかった。

 

「まさか、そんなことが!?」

 

 違う。違う。違うっ!

 なぜ気付かなかった。なぜ見落とした。

 

 田中君がクイーンを捨てたことで、か細い糸のような勝利の道筋が完成している。

 

 わざと悪手を指すプロはいる。

 それは歴史に名前を残す一握りの天才だけに許された一手だ。

 

「こんな一手が……この世に存在するなんて……」

 

 大胆な駒捨てが形勢をひっくり返す一手と化している。

 

 それはまさしく、神の一手だった。

 

「お前もそんな顔をするんだな」

 

「……っ! まだ終わりではありません!」

 

 それは先ほどとは真逆のやり取りだった。

 

 田中君は冷静に駒を動かしている。

 彼は間違えない。私はそれを確信しながら、一縷の望みをかけて最後まで粘る。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 息が苦しい。胸が痛い。頭が焼けそうだ。

 

 考える。

 

 考えて、考えて、考え続ける。

 

 必ず活路はあるはずだ。形勢はまだこちらが有利。

 

 喉元まで迫った刃を払いのければ逆転の目はある。

 

「田中君。あなたはどこで、これほどの実力を手になさったのですか?」

 

「ネットかな」

 

 ふざけた答えだった。

 

 田中君の駒を扱う手付きは素人同然。

 しかし、彼の構想は私の上を行っていた。

 

 田中君がネットと言ったのは間違いではないだろう。

 

 今では当たり前のようにプロがネットで指している。ネット対戦でレートを上げていけばプロとも対局することができる。

 

 田中君は現実世界の駒に一度も触れることはなく、仮想空間の中だけでプロ並の実力を手にしたことになる。

 

 そんな馬鹿げた存在が実在するなんて。

 

 身体は汗でびっしょりと濡れていた。夏場なのに身体の震えが止まらない。

 

「うっ……くっ……これなら、どうですか!」

 

「それは通せないな。受けておくか」

 

 私の会心の一手を、田中君はノータイムで咎めた。

 命を削りながら三十分考えてひねり出した一手が一瞬で崩壊する。

 

「……そんな」

 

「坂柳。息が上がっているぞ。大丈夫か?」

 

「心配は、ご無用です」

 

 息が上がって今にも倒れそうだ。

 だが、まだ倒れられない。まだ終われない。

 

 こんな勝負になるとは思ってもみなかった。

 

 田中君はいい意味で私の期待を裏切ってくれた。

 おそらく田中君の実力は綾小路君と同レベルかそれ以上。

 

 こんな化け物が同じ学校、同じ学年にいたなんて、嬉しくて笑いが止まらない。

 

 けれど勝負はまだ終わっていない。私は最後まで諦めるつもりはなかった。

 

 持ち時間をフルに使って考える。

 頭の中のチェスボードを使って、高速で何百、何千通りもの可能性を検証する。

 

 田中君は私のように雑談もせず、投了を勧めて来ることもない。

 

 静かに時間だけが過ぎていく。

 

「坂柳。水分補給をした方がいい。時計を止めても構わない」

 

「黙って下さい。気が散ります」

 

「そうか」

 

 田中君は私を心配する目をする。

 もう勝ったつもりか。この坂柳有栖を侮らないで欲しい。

 

 ……見えた!

 

 対局時計が残り五分を刻んだ時、やっと私は顔を上げた。

 

「クイーンを捨てたか。だが、取れば死ぬか」

 

 田中君は間違えない。

 

 だから私はそれを信頼した上で策を講じた。

 

 田中君が冷静に黒のルークを動かし、白のクイーンに対する壁にする。

 

「このルークを取れば、私の負けですね」

 

 私はさらにクイーンを前進させた。

 

 そこには田中君の駒が効いている。傍から見れば自殺にしか見えない一手。

 

「これも取れば、俺が負けるか」

 

 互いに悪手を指す異常な状況だった。

 

 悪手であっても咎められないなら有効な一手だ。

 

 田中君の戦法を真似させて貰ったのである。

 

「六手詰みです」

 

「いや、九手詰みだ」

 

 田中君が駒を動かす。それは私には見えていなかった手だった。

 

 あと一歩、届かなかった。

 

「……私の負け、ですね」

 

 負けた。

 

 私は敗北感に打ちのめされる。こんな気持ちになったのは初めてかもしれない。

 

 胸が苦しい。

 そう思っていたら、急にふわりと楽になった。身体の感覚が消えていた。

 

「……あ」

 

 私の身体が前のめりに倒れていく。

 

 チェスボードの上から駒が転がり落ちていった。

 

 芸術的な盤面を崩してしまうのが残念に思えた。

 しかし今や指先一つすら自分の意志では動かせなくなっている。

 

 どうやら無理を重ねすぎたようだ。

 

「おい、坂柳!?」

 

 田中君が今まで見たことがない焦った顔をして、倒れ込む私を抱き止めている。

 

「申し訳ありません……約束は後日ということで……」

 

「そんなことはどうでもいい! クソッ! 心臓が止まってやがる!」

 

 田中君の言葉に、やっと理解する。

 

 どうやら心臓が止まっていたようだ。

 死んでしまうかもしれない。それは少し残念だった。

 

 せっかく全力を出して戦える相手が見つかったというのに、もう二度と戦えない。

 

 次はどんな勝負をしようか。

 そんな期待で胸を躍らせることもできないなら、まだ死にたくないと私は思った。

 

「クソッ! 死ぬな! 生きろ! 坂柳!」

 

 消えゆく意識の中、私の唇に温かい感触がしたような気がした。



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34話

 坂柳、入院しちゃったよ。

 もう一生入院してろよ。頼むから出て来ないでくれ。

 

 と言うか、知らない番号から何度も電話がかかってきてるんだけど。

 チャットのメッセージも大量に送られてきている。

 坂なんとかさんだった。はは……目が疲れてるのかな……。

 

『神室さんからお聞きしたのですが』

『心臓マッサージをする際に、私の上着を脱がせたそうですね』

 

 あー! あー! 聞こえなーい!

 

 スタンプをポン。これで既読無視ではないな(コミュ障)

 

『大事を見て三日ほど入院する予定です』

『ちゃんと電話に出て下さいね』

『念のため番号をお伝えしておきます』

『XXX-XXXX-XXXXです』

『これで次からは無視できませんね』

 

 うぜぇ。

 こっちの返事も待たずにポンポン送ってきやがって。

 野獣先輩のスタンプでも押してやろうか。

 

『礼司君は今何をしていますか?』

『私は先日の棋譜を並べています』

『入院生活は暇です』

『構って下さい。さもないと泣きます』

『本当ですよ?』

 

 俺はテーブルに携帯を置いた。ずっとブルブルし続けている。

 

 あと礼司君って何だよ。何時から名前呼びになってるんだよ。

 

「礼司君。ずっと携帯震えてるよ?」

 

 部屋でぐだぐだしている俺と鈴音と桔梗である。

 夏休みはこの三人で集まるのがテンプレになっていた。

 

「あ、また震えてる」

 

「怪しげな出会い系サイトに登録したせいだ。気にするな」

 

「出会い系!? 私がいるじゃない!」

 

 桔梗がテンパっていた。

 その間もひたすら続くバイブレーションに嫌気が差してくる。

 

 もういっそブロックしてしまおうか。

 そう思って携帯を手に取り、俺は眉根を寄せた。

 

 画面に表示されているのは坂なんとかさんとは別の名前。

 

「……佐藤か」

 

 俺の言葉に反応するのは桔梗である。

 

「え? 佐藤さんがどうかしたの?」

 

 俺は桔梗に見せていいのか一瞬迷ったが、携帯の画面を彼女に向けた。

 

「えっと……『みんなで一緒にプールに行こうよ!』って書いてあるね」

 

「なぜ礼司君を誘ったのか理解に苦しむわね」

 

 鈴音がよくわからない毒を吐く。

 俺がプールに誘われるのが、そんなにおかしいのだろうか。

 

「みんなって言うのは誰のことかな」

 

「佐藤さんと仲のいい女子グループではないかしら」

 

 俺がメッセージに返信をするより先に佐藤からチャットのルームに招待された。

 

 新規に作成した部屋のようだ。

 篠原、松下、森といった軽井沢の取り巻き女子たちが名を連ねている。

 

 佐藤か。

 俺にレイプされたのにクラスの集まりを主催するとは。

 言うほどへこたれていないのかもしれないな。

 

「あれ、軽井沢さんは入ってないんだ?」

 

「みたいだな」

 

「彼女は水泳の授業にも参加したことがないわ。金槌なのでしょうね」

 

 グループの中に軽井沢の文字が見当たらなかった。

 今回はプールだ。そりゃあいつは参加しないか。

 

 軽井沢は昔のいじめで、えっぐい古傷が脇腹に残っている。

 

「あ、平田君も入ってきたよ」

 

「お、平田大明神だ」

 

 女子だけでないことに安堵する俺だった。

 さすがに無人島みたいに男子一人にされても困るからな。

 

 困る……んだけど、えっと。

 

「男子が俺と平田だけなんだけど」

 

「今すぐグループから抜けなさい」

 

 鈴音が冷淡に言い放つ。

 

「どうして私たちは招待されてないのかな?」

 

 桔梗が不思議そうに首を傾げていた。

 

 女子の方も陰キャというほどではないが、波瑠加や井の頭ちゃんなどは招待されていない。

 

 しかし鈴音はともかく友達が多いはずの桔梗がハブられているのはおかしく思える。

 

 俺はとりあえず『女子ばかりだけど俺が参加してもいいのか?』と書き込んでおいた。

 話の流れで非参加になればラッキーと思いながら。

 

『僕も場違いじゃないかな?』

 

 平田の方も同じように思ったようだ。流石に居心地が悪すぎるよな。

 

『そんなことはないよ!』

 

『田中君と平田君はDクラスにとって特別な男子だからね!』

 

『むしろ招待しない方が失礼みたいな(笑)』

 

 女子の方は歓迎ムードだ。抜けられそうにない空気だった。

 

『平田君は何時なら大丈夫?』

 

『平日は部活だね。土曜か日曜なら空いているよ』

 

『田中君は?』

 

 桔梗がチラリと俺を見る。どうしろってんだ。

 

『毎日が日曜日だ』

 

『マジで! うちも同じだけど!』

 

『即答するなよwwwちょっとは恥ずかしがったらwww』

 

『眩しすぎて平田を直視できない』

 

『大丈夫だって。田中君のいいところは、みんなちゃんと知ってるから』

 

 シャーペンの芯がボキッと折れる音がした。

 鈴音がシャーペンの先端を参考書に突き刺している。

 

 おこである。やばたにえん。

 

「あ、ごめんご。わい、トイレ。ほな、また……」

 

「櫛田さん」

 

「ごめんね、礼司君。えいっ!」

 

 がしっと桔梗に抱き着かれる。反対側からは鈴音が抱き着いてきた。

 

「力任せに振り解いたら私たちは怪我をするかもしれないわ」

 

「ぐぬぬ。小癪な」

 

 弱者であることを武器にするとは、鈴音も手強くなったものだ。

 

「私たちも招待しなさい」

 

「そうだよ、礼司君。私もプール行きたいよ」

 

「プールなら別の日に行けばいいじゃん」

 

「仲間外れはよくないと思うな!」

 

 後日二人きりで行くプールよりも、俺に悪い虫がつくのを警戒しているようだ。

 

『堀北と櫛田も誘っていいか?』

 

 俺はみんなにわかりやすいように二人の苗字で書き込んだ。

 

 反応は様々だったが、どちらかと言えば反対意見の方が多そうだ。

 

『二人は何時も田中君を独占してるじゃん』

 

『だよね。たまには私たちにも田中君を分けて貰わないと』

 

 佐藤が中心になって、鈴音と桔梗の参加を妨害してきた。

 

 ぶっちゃけ俺はフツメンなのだが。

 顔なら幸村の方が整っている方だ。池と同レベル。山内よりはマシか。

 もちろん平田とは比べるべくもない。

 

 なぜ俺なのだろう。イケメンなら他にもいるのに。

 

 俺は文面を打ち込み、送信する直前で指を止めた。

 

『わかった。二人が参加しないなら悪いけど俺も参加できない』

 

 これを送っていいものか。

 クラスの女子から顰蹙を買えば、もう俺に居場所はなくなる。

 

 男子から嫌われている俺にとっては女子の支持が命綱だ。

 

「礼司君、私なら別に構わないから……」

 

「迷う必要はないでしょう。早く押しなさい」

 

 鈴音はセメントやね。

 わかってますよ。押しますよ。押せばいいんでしょう。でも駄目だったんですよ。

 

 ユニコォォォォンッ!

 

「もう。仕方ないわね」

 

 鈴音が俺の指を上から押した。あっ。押しちゃった。

 壊れちゃった。タナカスの気持ち。

 

『まぁ、田中君がそう言うなら』

 

『残念。ちょっと焼けちゃうな』

 

 佐藤が誤字っている。

 

 ともあれクラスの女子の大半が納得してくれたので助かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の午後。

 俺はある部屋の前にいた。

 

「先にも話したが、問題が発生すれば私の判断で面会を中断する」

 

「ファーストコンタクトは慎重にですね。わかってますよ」

 

 茶柱先生が緊張した様子で俺を見詰めていた。

 

 この接触が毒になるか薬になるか、それはどんな名医であっても判断はできない。

 

 先生がインターフォンのボタンを押す。

 

『……は、はい』

 

 スピーカーを通した声は緊張で震えていた。

 

「茶柱だ。事前にメールで連絡した通り、田中を連れて来た」

 

『……は、はい』

 

「お前に覚悟ができていないなら田中は帰らせる。どうだ?」

 

『大丈夫、だと、思います』

 

「そうか。ならば私たちはお前の心の準備ができるまで待たせて貰おう」

 

 ドアの前まで気配が来たが中々ドアは開かなかった。

 

 茶柱先生からの事前の説明では、病院でも男性の医者や看護師が近付けば悲鳴を上げて布団を被ったという。

 この部屋に来る時も、誰とも遭遇しないように深夜に隠れるように来たそうだ。

 

 夏休みの間に学校生活を送れないと判断されたら、強制的に退学にされるという。

 厳しい処置だが、それが本人のためだろう。

 加害者からも学校からも慰謝料が払われるらしいが、気休めにもならないな。

 

 十五分ほど経っただろうか。

 茶柱先生が「潮時か」と小さく呟いた直後。

 

 ドアが五センチだけ開き、佐倉が涙で濡れた顔を俺に見せた。

 

 悩んで悩んで悩み抜いて、やっとドアを開けたのだろう。

 

「佐倉。久しぶりだな」

 

「……は、はい。お、おひさしぶり、です」

 

「元気にしていたか?」

 

「……うっ、ひぐっ」

 

 その言葉が切っ掛けになった。

 佐倉が泣きながら崩れ落ちる。茶柱先生が咄嗟にドアを支えた。

 

「あっ、ご、ごめんなさい。ずっと会いたかったのに、怖くて。勇気が出なくて」

 

「勇気ならあるだろ。こうしてドアを開けてくれた。これで一歩前進だ。これってすごいことだと俺は思うぞ」

 

「う、うんっ。……うんっ!」

 

 佐倉は涙を拭いて俺と向き直る。

 重症ってほどでもなさそうだ。何よりも本人が前向きだからだろう。

 

 本来なら退学しても仕方ないほどの出来事だった。

 それなのに立ち上がって来れたのは佐倉本人の強さだ。それを俺は評価したい。

 

 ……まぁ、俺のうっかりミスでレイプされたんだけどな。

 

 茶柱先生と一緒に佐倉の部屋に通される。

 

「佐倉。お前は田中のことは平気なのか?」

 

「は、はい。そう、みたい、です」

 

 佐倉は茶柱先生が相手でも目を合わせられない。これは前からか。

 

「そうか。なら、そのうち手を繋げるようになればいいか」

 

 俺が手をひらひらさせて言う。

 今日は無理だろうが、いずれは慣れて貰わないとな。

 

 外で男を見かける度に悲鳴を上げて逃げていたら日常生活は送れない。

 俺で慣れて貰えればそれでいいかなと思っていると。

 

「あ、あの、たぶん、大丈夫です」

 

 佐倉がそう言って俺の手を取った。

 

 これには茶柱先生も目を丸くする。

 

「佐倉……その、本当に大丈夫なのか……?」

 

「は、はい。……むしろ、こうしていた方が、安心するといいますか」

 

 佐倉の方も困惑していた。不思議そうに首を傾げている。

 

 依存だな。俺はそう思ったが何も言わなかった。

 茶柱先生も気付いたのだろう。難しそうに眉を寄せている。

 

 俺は今はそれを無視して、佐倉に無人島でのことや船でのことを話した。

 

 佐倉はずっと聞き手に回っていたが、緊張が取れると楽しそうに笑っていた。

 

「田中、そろそろ時間だ」

 

「あ、そうですか。佐倉。悪いけど今日はここまでだ」

 

「……はい。あの、また、来てくれますか?」

 

「そうだな。先生。明日も大丈夫?」

 

「主治医と話し合ってからになるが、おそらく許可は下りるだろう。すまないがその時も私が立ち会うことになる」

 

 佐倉が嬉しそうにする。

 

 茶柱先生はそれを痛ましげに眺めてから、俺を促して佐倉の部屋を後にした。

 

「依存だな」

 

 外に出てからの第一声がそれだった。

 

 俺を頼ることで佐倉が社会復帰できるなら、それに越したことはない。

 

 だが……。

 

「田中。お前と佐倉は所詮は他人だ。お前は佐倉のことで全責任を負う義務はない」

 

「冷たいことを言いますね」

 

「冗談を言っているつもりはない」

 

 茶柱先生が俺を睨む。

 

「他人のために身を削って奉仕する人間は稀に存在する。だが、社会を構成している大半の人間はそれを変人や異常者とみなす。田中は佐倉のための助けになると言うが、それは何時までの話だ? 卒業までか、一年か、半年か、それとも一か月か?」

 

「佐倉のことが負担になって俺が逃げれば、おそらく佐倉は今度こそ壊れてしまう」

 

「最初から理解していたようだな。惚けたフリをするな」

 

 茶柱先生が呆れたように嘆息した。

 

 佐倉のことで責任を持てないなら、さっさと身を引いた方が佐倉のためだ。

 

「まぁ、やってみますよ。これでも複数の女を囲ってるんでね。甲斐性はあるつもりです」

 

「……こればかりは私にも理解が及ばない。お前は一体何なんだ?」

 

「さぁ。何なんでしょうね」

 

 肩をすくめてとぼける俺を茶柱先生が困惑の目で見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでプールの日である。

 

 普段は水泳部が使用している本格的な大きなプールだ。

 それが夏休みの一部の期間だけ、限定で一般の生徒にも解放されている。

 

「市民プールって感じだな」

 

 大勢の人で賑わっていて、ホットドッグや焼きそば、かき氷の売店まで出ているぐらいだ。

 

「あっ、田中君! こっちこっち!」

 

 プールの入口付近でDクラスの集団がたむろしていた。

 

 佐藤がぶんぶんと手を振っている。

 不審者(俺)にレイプされたというのに表向きは普段通りだ。

 

「もう。遅いよ。田中君たちが最後だからね」

 

 篠原が文句を言ってきたが、その口調は軽い。

 怒っているわけではなさそうだ。

 

 遅れたのは俺のせいではなく、主に桔梗のせいだった。

 出かける直前になって水着を三つ持って来て「どれがいいかな?」と聞かれてもな。

 

「田中君、久しぶり」

 

 平田が「助かった」と顔に書きながら俺のところに逃げてきた。

 

 気持ちはよくわかる。女子の中で男子一人は地獄だろう。

 

 平田は他の男子も誘おうと提案していたが、女子の数の暴力によって平田の意見は押し潰されていた。多数決って理不尽だよね。

 

「女子は十人ぐらいか。意外に増えたな」

 

 大人しい系の女子の顔もあった。これは予想外だった。

 

 中国人の……フルネームは覚えてないが「みーちゃん」と呼ばれている女子もいる。

 

 みーちゃんは平田の方を熱っぽい目をしてずっと見詰めていた。

 

「このまま駄弁っててもしょうがないし入っちゃおっか」

 

 人数が増えると動きが遅くなる。

 それをまとめるように佐藤がパンパンと手を叩いて集団を動かしていた。

 

 軽井沢が不在だと佐藤が仕切ることになるのか。

 ちょっと意外。

 まぁ、女子の大半が佐藤と仲のいいグループだからだろう。

 

「僕たちも行こうか」

 

「ああ。鈴音。桔梗。また後でな」

 

「うん。礼司君。私たち、ちょっと時間がかかるかもしれないけど……」

 

「わかってる。待ってるから」

 

「うんっ! お願いね!」

 

 鈴音と桔梗が女子の脱衣所に入っていった。女の着替えは時間がかかるからな。

 

 平田がそれを興味深そうに眺めていた。

 

「彼女たちの扱い方が手慣れているね」

 

「そうか? 慣れだろ。何だかんだで入学してから半年だからな」

 

 四月に入学してからもう八月だ。何度も身体を重ねれば気心も知れてくる。

 

 平田と二人で男子の脱衣所に入った。

 中には他のクラスの男子が数人いた。腰にタオルを巻いて水着をはいている。

 

「僕は……その、軽井沢さんと上手くいってなくてね」

 

「見ればわかるよ。あれは軽井沢にその気がなくなってるんだろうな」

 

 平田と軽井沢は偽装カップルだ。

 軽井沢が平田を選んだのは学校での身の安全のためだった。

 

「最近はもう彼女からの連絡も来なくなっているんだ。正直なところ僕たちは交際していると言えない状況になっている。僕が一方的に捨てられた形になるのかな」

 

 平田は真剣な目をしていた。

 

 捨てられたと言うが悲壮感はない。

 平田は軽井沢に善意で付き合ってあげていた立場だからだ。

 

「田中君。軽井沢さんがなぜそんなことをしているのか、君にはわかるかな?」

 

「……悪い。わからん」

 

 平田を捨てた。それはわかる。

 だが、新しい寄生先を確保できたわけではない。

 

 合理的ではない行動だ。

 俺が首を傾げていると平田が「田中君でもわからないことがあるんだね」と苦笑した。

 

「ピンチになったら助けてくれると君に期待しているんだよ」

 

「勝手に期待されてもな」

 

 正直、困る。

 しかし、以前に軽井沢がピンチになった時に助けたのは俺だ。

 

 龍園が握っていた軽井沢の弱味を潰したのも俺である。

 

 二度目があるなら三度目を期待するのが人間だろう。

 

「……もう綾小路に全部押し付けたい」

 

「なぜそこで綾小路君?」

 

 ミスった。

 軽井沢が龍園にいじめられている時、綾小路に助けに行かせるべきだった。

 

「……っと。早く着替えよう」

 

「そうだね。話はまた今度にしよう」

 

 久しぶりに平田と話せて実りのある話ができた。

 とはいえ長話が過ぎた。もう鈴音と桔梗を待たせてしまっているだろう。

 

「うわっ! 田中君! で、でっか!?」

 

 俺の股間を見て言葉を失っている平田を置き去りに、慌てて着替えてから外に出る。

 

「遅い」

 

 鈴音の不機嫌そうな視線が俺を貫いた。

 腕組みをしていて、普通サイズのおっぱいが強調されている。

 

「すまん」

 

「平田君と男同士で何を話していたの?」

 

「平田にチンコを大きくする方法を聞かれてな。困っていたんだ」

 

「田中君!? 君は何を言っているんだ! 違うからね、堀北さん!」

 

 平田が大慌てで取り繕っている。

 だからムキになると逆に怪しいって、それ一番言われてるから。

 

「礼司君。一緒に泳ぎに行こうよ!」

 

 そこで笑顔で俺の手を取って点数稼ぎしようとするのが桔梗である。あざとい。

 

 桔梗に手を引かれてリア充爆発しろという視線を浴びながらプールに入った。

 

「礼司君、ほらっ! ばっしゃーん!」

 

「ちょ、何すんだ! ぺっ、ぺっ!」

 

 いきなり顔面に水がかかる。

 

 桔梗はテヘペロと舌を出した。可愛いから許すけどさ。

 

「あははっ、礼司君、ほらほら!」

 

「くそっ、調子に乗るなよ!」

 

「きゃっ! つめたーい!」

 

 俺はプールの水をすくって桔梗に浴びせかけた。

 

「今度はこっちの番だよ! ざっぶーん!」

 

「うわっ! やったな!」

 

 俺と桔梗は水をかけたり、かけられたりしていた。

 

 それを鈴音が白けた目をして眺めていた。

 

「あなたたち。それ、楽しい?」

 

「いや。あんまり」

 

「……え?」

 

 傷付いた顔をする桔梗。いや、でも楽しくないもん。

 

「ちょっと泳いでくるわ」

 

 プールは区切られていて半分が適当に遊ぶ用。

 残りの半分がガチで泳ぐ人たち用になっている。

 

 平田は大量の女子に囲まれて困っていた。

 見なかったことにして俺は水泳用のエリアに向かう。

 

「あ、田中君もこっち来たんだ」

 

 同じクラスの女子である小野寺かや乃だ。

 

 たしか小野寺は水泳部に所属していたはずだ。

 

「ちょっと身体を動かしたくてな」

 

「わかるわかる。田中君って泳ぎも速かったよね」

 

 水泳の授業のことを言っているのだろう。

 

 と、そこで小野寺が思い付いたように俺に提案する。

 

「せっかくだから競争してみない?」

 

「男女の差があるだろ」

 

「私は水泳部だよ?」

 

 その程度はハンデにもならないと言うことか。

 

 小野寺はこれっぽっちも負ける気はなさそうだった。

 

「百メートルの自由型にしようか。このプールを一往復するの」

 

「片道で五十メートルなのか」

 

「オリンピック型だから五十メートルだね。往復だと百メートルになるよ」

 

 小野寺もずるいことを言う。

 水泳の授業で俺の泳ぎを見て勝てると思ったから勝負を持ちかけたのだろう。

 

「どう? やる?」

 

「面白そうだな。やろうか」

 

 ポイントを賭けるべきか迷ったがやめておいた。

 それをすれば本気を出すことになる。水泳部をいじめるのは流石に可哀想だ。

 

「おい、待てよ」

 

 俺と小野寺が配置についた時、邪魔が入った。空気読めよ。

 

 金髪の美青年。何時だったか俺に絡んできた先輩だった。一之瀬にご執心の変な奴だ。

 

 南雲雅。生徒会の副会長である。

 

 傍には大量の女子を引き連れている。その数は平田よりも多い。

 

「その勝負、俺も混ぜて貰おうか」

 

「ちょっと雅。なに一年に絡んでるの。みっともないからやめてよ」

 

 南雲の傍にいた女子が叱るように言った。

 

「いいじゃねぇか。ちょっとした余興だろ」

 

「はぁ。相変わらず、こうと決めたら聞かないんだから」

 

「それが俺のやり方だ。いい加減に慣れるんだな」

 

 小野寺は最初こそ南雲に見惚れていたが、今や怯えて距離を取っていた。

 南雲の言動がアレすぎて一瞬で幻滅したらしい。意外に見る目があるじゃないか。

 

「俺は前に言ったよな。一之瀬から身を引けと」

 

「言いましたか? 生憎と記憶力には自信がないので覚えてないですね」

 

「ふん、惚けるなよ。まぁこっちも素直に身を引くとは考えていなかったがな」

 

「どうでもいいですが先輩。空気読んで帰ってくれません?」

 

「俺に負けたら一之瀬から身を引け」

 

 聞けよ。どこまでも自分勝手な奴だな。

 

 南雲を注意した取り巻きの女子が「また始まった」と頭を抱えていた。

 その一人以外は全員イエスマンらしく、南雲の言動に一々黄色い悲鳴を上げている。

 

「一之瀬は俺の生徒会に入る予定だ。お前のような凡人が付きまとっていると一之瀬の評判が落ちる。生徒会としてそれは困るんだよ」

 

 意外に正論だった。

 俺の存在が帆波の評判を下げているのは事実である。

 

「おい、そこの一年。合図をしろ」

 

 藪から棒に声をかけられた小野寺がビクッと竦んでいた。

 

 小野寺には悪いことをしてしまった。俺のせいではないが罪悪感を覚える。

 

「悪いな。変なことに巻き込んでしまって」

 

「それは別にいいけど……勝てるの?」

 

「余裕だろ」

 

 典型的な悪役ムーブやってる奴に負けてやる理由もない。

 

「田中君。頑張ってね」

 

「ありがと。じゃ、合図をくれ」

 

「うん。では位置について……」

 

 南雲が苛立ったように俺たちの会話を聞いていたが、小野寺の合図が始まると配置についた。

 

「よーい、ドン」の合図で俺と南雲が同時にプールに飛び込んだ。

 

 スタートからもう南雲は出遅れていた。

 

 と言うより本気の俺に追い付けないだけだ。

 南雲も速いが所詮は高校生レベル。水泳部の男子より少し速い程度だ。

 

 毎日練習している水泳部よりも速いのは大したものだが所詮はそれだけ。

 

 南雲に大差を付けてゴールする。

 

 他の見物人たちは「あの南雲が負けた!?」と驚いていた。

 

「ちょ……嘘でしょ?」

 

 小野寺が目を疑っていた。

 タイムを計っていなかったので、本当の意味で驚いているのは小野寺だけだ。

 

「田中君。あなた、何者なの?」

 

「よくわからないが、たぶん小野寺の気のせいだろ」

 

「そんなわけないって! ああもう! なんで誰もタイム計ってないの!」

 

 だからこそ俺は本気を出したのだが。

 

 ようやく南雲がゴールする。激しい息を吐きながら俺を睨んだ。

 

「クソッ! まさか水泳がお前の得意種目だったとはな!」

 

 いや、スポーツ全般は得意ですが。あ、集団競技は勘弁な。

 

 南雲はプールから上がると、忌々しげに言い放つ。

 

「これで勝ったと思うな。次は別の方法でお前を倒してやる」

 

 捨て台詞もダサいんだけど。

 

 南雲は取り巻きの女子を引き連れて去っていった。

 これで女子が幻滅するどころか、傷心の南雲を慰めようとむしろ距離を詰めている。

 イケメンってずるいよな。

 

「あ、あのっ、田中君! 私と一緒に世界を目指しませんか!」

 

「え、やだよ」

 

「あうぅぅぅぅ」

 

 小野寺、轟沈。

 

 こっちは水泳で金メダルを取る以外にやることがあるんだよ。レイプ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 南雲との勝負の後。

 

「田中君! すごいよ! あの南雲先輩に勝っちゃうなんて!」

 

「そうか? あいつ、そんなに速くなかったぞ」

 

 佐藤が俺に駆け寄って、自分のことのように喜んでいる。

 プールサイドは走らないようにしろよ。怪我しても知らないからな。

 

 それはともかく、俺は目立っていた。

 注目の的だ。居心地が悪いので今すぐ帰りたい。

 

「田中君。私たちと一緒に遊ぼうよ。ね、こっち来て?」

 

「悪いけど疲れてるから」

 

「……あ」

 

 嘘だ。

 実際のところ身体はまだまだ動き足りないと言っている

 

 でも、女子の集団に囲まれるのは精神的にキツいんだよね。

 

 俺はプールサイドの休憩スペースに足を運んだ。

 パラソルとビーチチェアが並んでいて、水着姿の生徒が優雅に寛いでいる。

 

「あ、あの、田中君。私、何か飲み物でも買ってこようか?」

 

 佐藤が俺を追いかけてきた。

 卑屈な作り笑いだ。見ていて痛々しいんだよ。

 

 でもまぁ、当たり前だよな。

 気丈に振る舞っているがレイプされたのだ。傷付いていないわけがない。

 

「飲み物は別にいいから、佐藤も俺の隣に座れよ」

 

「え、あ、あの。いいの?」

 

「いいんじゃね?」

 

「堀北さんとか櫛田さんがこっちを見てるけど」

 

 鈴音はめっちゃ睨んでいる。桔梗はおろおろしている。

 

 文句があるなら直接言いに来るだろう。

 何せあいつらは俺に悪い虫がつかないように見張りに来ているんだからな。

 

 ただ、俺が女子と話しているだけで妨害するのはやり過ぎだ。

 

 鈴音たちもそれがわかっているから邪魔しに来ない。

 もちろん時間が経てばこっちに来るだろうが、それまでは佐藤の時間だ。

 

「それなら……えっと。お邪魔します」

 

「なんだそれ?」

 

「何なんだろうね?」

 

 佐藤が首を傾げ、それから笑った。

 馬鹿な女は嫌いじゃない。賢い女は疲れるんだ。

 

 レイプのことなんて忘れて立ち直ってくれと、そんな都合のいいことを考えてしまった。



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35話

 ボウリングの最高スコアをご存じだろうか。

 三百点である。

 一回のミスも許されないため、プロでも達成するのは稀だと言う。

 

「ヒャッハー!」

 

 俺の右腕が唸りを上げ、ボールが高速で転がっていく。

 十本のピンが吹き飛び、スコアボードに表示された数字に観衆がドッと沸いた。

 

 三百点だった。チートしゅごい。

 

「田中君すごい! 連続パーフェクトとか人間辞めてない!?」

 

 席に戻った俺の腕を引くのは佐藤麻耶だ。

 

 この前のプールから距離感が近くなっていた。

 鈴音や桔梗がこの場にいれば半眼になっていただろう。

 

「流石は田中君だね。もう無敵って感じ」

 

 そう言って佐藤の反対側から俺に寄りかかってくるのは軽井沢だ。

 

 わははは。もっと褒めろ。もっと俺を讃えるんだ。

 

 調子に乗る俺である。と言うか現実逃避だった。

 坂柳に目を付けられ、クソザコナメクジに絡まれ、最近の俺はやること為すこと上手くいかない気がする。おかげで俺の心はボドボドだ。

 

 ちなみに今回のメンバーは軽井沢のイケイケ女子グループである。

 他には篠原とか松下などがいる。彼女たちは隣のレーンでボウリングを楽しんでいた。

 

「次は軽井沢さんの番だよ。さっさと行ったら?」

 

「やだ。もう疲れた。あたしあんまり上手くないし、他の人が代わりに投げてよ」

 

「軽井沢さん、それはないよ!」

 

 佐藤が唇を尖らせて軽井沢に抗議している。

 

 しかし軽井沢のスコアは十フレーム目にして六十という超低空飛行をしている。

 低スコアを周りに見せびらかすのは面白くないだろう。

 

「なら俺が投げるぞ。ヒャッハー!」

 

 俺はボールを構えた。

 十フレーム目なので二回投げられる。もちろん連続ストライクだ。

 

 いよっし、とガッツポーズをしながら席に戻ると、軽井沢と佐藤が固まっていた。

 

 二人の横で銀髪の美少女が俺に手を振っていた。

 

 俺は佐藤たちに笑顔で告げた。

 

「俺もう帰るわ。サヨナラ!」

 

「待って下さい」

 

 声の主は許してくれなかった。

 そいつは銀色の髪を揺らして、杖を突きながら俺の前までやって来る。

 

 坂柳有栖だった。

 

「礼司君。あなたは私に言うべきことがあるのでは?」

 

「退院したんだな。おめでとう」

 

「ありがとうございます」

 

 坂柳は微笑んだ。目だけ笑っていなかった。

 

「礼司君はついぞ電話には出てくれませんでしたね」

 

「電話にでんわ」

 

「はい? 何か言いましたか?」

 

 激寒ギャグで隙を作ったつもりの俺は坂柳の横を颯爽と通り抜けようとした。

 

 その寸前で俺の身体が杖でブロックされる。

 力尽くで突破するのは容易だったが、それをすると坂柳が転んでしまう。

 周りから見られている状況で坂柳を突き飛ばすのは拙いだろう。

 

「礼司君」

 

 坂柳が邪悪な笑みを浮かべる。やばい。怒らせてしまった。

 

「私の胸を見たことへの謝罪は何時聞かせて貰えるのでしょうか」

 

「……うぐぅ」

 

 たい焼き。

 

 俺の精神に多大なダメージが入る。

 様子を見守っていた軽井沢と佐藤が目を見開いていた。

 

 見たよ。

 たしかに見た。

 

 けどそれは救命処置をするためだ。

 チェスで心停止した坂柳に心臓マッサージを施すために上着を脱がせたのだ。

 

「田中君。坂柳さんが言ったことって、本当なの?」

 

「軽井沢、それは違う! 坂柳が勝手に!」

 

「私のファーストキスを奪った責任は取って頂けるのでしょうか」

 

「そんな……田中君が……坂柳さんと……」

 

 もうやめて、坂柳。タナカスのライフはゼロよ。

 

 俺の精神に多大なダメージが入る。

 俺を不安そうに見詰めていた軽井沢と佐藤が泣きそうになっていた。

 

 キスしたよ。

 たしかにした。

 

 けどそれは救命処置をするためだ。

 チェスで呼吸停止した坂柳に人工呼吸をするために唇を合わせただけだ。

 

「た、田中君。本当に坂柳さんとキスをしたの?」

 

「そうですよ。私たちは情熱的に何度も唇を重ね合いました。心臓が破裂しそうでした」

 

 愕然としている佐藤に、坂柳は演技で照れながら説明する。

 タナカスへの質問を横から取らないでね。あとその時の君は心臓が止まってたからね。

 

「あ、あの。坂柳さん。そろそろ勘弁して貰えないっすか?」

 

「反省してますか?」

 

「はい」

 

「次からはちゃんと電話に出て下さいね?」

 

「はい」

 

「胸を見たことと、キスしたことの責任を取ってくれますね?」

 

「いいえ」

 

 坂柳が不満げに俺を睨んだ。

 と言うか責任取って欲しいの? 俺に惚れてるわけでもないんだろ?

 

「礼司君。往生際が――」

 

「おいおい、タナカスがまた女を引っかけてるのかよ」

 

 坂柳が言いかけたところで、野次馬の声がそれを遮った。

 

「あれってAクラスの坂柳だぞ。どう言う組み合わせだ?」

 

「今度は坂柳かよ。一之瀬を捨てたばかりだろ」

 

 俺を揶揄する声が聞こえてくる。

 

 坂柳が沈黙する。

 その表情は常の微笑みだったが、俺には苛立ちが見えた。

 

 周りに野次馬が集まっていた。

 坂柳は美少女だ。タナカスは悪い意味で有名だった。

 

 坂柳は辺りを見回して「うるさいですね」と小声で呟いた。

 

「今夜、あの場所で待っています」

 

 あの場所か。おそらくは園芸部の温室だろう。

 

「それではまた。皆さんもお騒がせしてすいませんでした」

 

 せめて時間指定してくれませんかねぇ。

 後でチャットで確認しないといけないのか。鬱だ(コミュ障)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は午後十時。

 そろそろ坂柳との約束の時間だった。

 

 俺が身支度していると、背後からジジイが話しかけてきた。

 

「タナカス。レイプはまだか」

 

「おじいさん。レイプなら先週やりましたよ」

 

 痴呆老人のように扱ってみると、ジジイは悲しそうな目をした。

 

「タナカス。もう限界なんじゃ。レイプを。レイプをくれ」

 

 佐藤のレイプ失敗が響いている。

 貴重な原作キャラを一人落としてしまった。こんなことになるぐらいなら池と山内にやらせた方がよかったかもしれない。

 

「そうだな。残っているのは軽井沢か。篠原も有りかな」

 

「タナカスよ。そのレイプではない。お主は何時まで目を背けるのじゃ」

 

「三年の橘茜とか……」

 

「もっと身近なところにレイプがいるではないか」

 

 俺は黙り込んだ。

 ジジイは聞きわけのない子どもを諭すように言う。

 

「一之瀬帆波はレイプしないのか?」

 

「……しないって」

 

 俺は聞きわけのない子どもだった。

 エゴである。佐藤麻耶はレイプできて、一之瀬帆波はレイプできないのだ。

 

 俺はパソコンを立ち上げてレイプ動画を再生した。

 

 ジジイは見向きもしなかった。

 

「タナカスよ。たしかにレイプ動画はいいものだ。だがそれはレイプ同人誌で抜くようなもの。現実のレイプとは次元が違う。所詮は代償行為でしかないのだ」

 

「……帆波は、レイプできない」

 

 帆波との関係が壊れるのは、どうしても耐えられない。

 

「ならば坂柳有栖をレイプするか?」

 

「……いや。坂柳は、無理だ」

 

 俺は言葉を詰まらせた。

 坂柳は生まれつき身体が弱く、レイプすれば死んでしまうかもしれない。

 

「あのレイプも駄目。このレイプも駄目。わがままじゃのう」

 

 ジジイが呆れた溜息を吐いて、おもむろに右手を持ち上げた。

 ゴッドハンド。金城が落車させられそうな、イカ臭そうな手だった。

 

 洗脳。以前の恐怖が蘇る。

 

「……わかった。レイプする」

 

「レイプ」

 

 ジジイは頷いた。

 

 クソッ。言わされてしまった。

 

「レイプの手助けは必要か?」

 

「必要ない」

 

「うむ。よろしい。では一之瀬帆波と坂柳有栖。どちらかをレイプするのじゃ」

 

「……ああ」

 

 無慈悲な宣告が下された。

 

 どちらをレイプするべきか。迷う時間はほとんどなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 坂柳有栖が行儀よく椅子に座って俺を待っていた。

 

「……よう」

 

「こんばんは、礼司君」

 

 テーブルにはチェスボードが置かれている。

 そこに並べられているのは、以前の俺との対局だった。

 

「少し相手をしてくれませんか?」

 

 坂柳がテーブルの上を指し示す。

 流れるようにチェスボードの駒を動かして初期位置に戻していく。

 

 なるほど。これが駒の持ち方か。

 動作の一つ一つが見惚れるほど洗練されていて美しかった。

 

「もうあんなことは御免だぞ」

 

「また私が倒れても礼司君が助けてくれますよね?」

 

「さぁ、どうだかな」

 

「ふふっ」

 

 坂柳が小悪魔っぽく笑う。

 

 チェスの対局が始まった。

 坂柳はゆったりと手を進めてくる。

 

 以前のようなことにはならず、坂柳は劣勢に追い込まれても汗一つかいていなかった。

 

 一時間ほど。静かに駒音だけが響いていた。

 

「私の負けですね」

 

 坂柳が投了する。負けたと言うのになぜか嬉しそうだった。

 

「礼司君」

 

「なんだ?」

 

「この間の勝負、勝者は礼司君です」

 

「そうだな」

 

 無茶苦茶な内容の勝負……いや、賭け事だった。

 

「礼司君。契約書はお持ちですか?」

 

「ああ」

 

 俺はポケットからメモ帳の切れ端を取り出した。

 

 そこにはこう書かれている。

 

『坂柳有栖が田中礼司に敗北した場合、坂柳有栖は田中礼司に初めてを捧げる』

 

『処女』ではない。『初めて』だ

 俺が口頭で内容を告げて、それを聞いて契約書を書いたのは坂柳である。

 

 俺は坂柳の憎悪を買うことを怖れて保険をかけて、坂柳はそれに便乗した。

 

 そして人工呼吸によって『初めて』のキスはすでに捧げられている。

 

「私は礼司君に『初めて』を捧げました。残念でしたね」

 

「そうだな」

 

 俺は席を立った。

 こんなことになるならレイプすると書かせておけばよかった。

 

 頭が痛い。

 よりにもよって今夜の坂柳は護衛を連れてきていない。

 護衛がいればレイプできない口実になったものを。

 

 いや、その場合は帆波を襲うことになるのか。

 ならば俺はそれを喜ばなければならないわけだ。

 

「坂柳。ちょっといいか」

 

「礼司君? どうしたんですか?」

 

「坂柳。悪いとは思うが、いや。謝ったところで……だな」

 

 俺は携帯を操作する。

 

「何をしているんですか?」

 

「監視カメラの映像を差し替えている」

 

「クラッキング? この一瞬で?」

 

 俺は携帯を録画モードにすると、百均の携帯スタンドに置いてアングルを固定した。

 

 これで監視カメラの記録は残らない。坂柳への脅迫材料も手に入る。

 と言っても、坂柳なら何とかしてしまいそうな怖さはぬぐい切れないのだが。

 

「――きゃっ! 礼司君!?」

 

 坂柳を押し倒した。

 

 予想以上に可愛らしい短い悲鳴が上がる。

 

 椅子が倒れて杖が転がった。

 

 坂柳は驚きもせず、ただ静かに俺を見上げていた。

 

「礼司君。一体これは何のつもりですか?」

 

「これからお前をレイプする」

 

 坂柳は一瞬、言葉を詰まらせた。

 俺がこんな愚かな行為をするとは思わなかったのだろう。

 

「……油断したようですね。礼司君がこのような人だったとは見損ないましたよ」

 

 坂柳が目を細めた。声が低くなっていた。

 

「そうか。お前の目は節穴だったな」

 

「警告します。やめて下さい。今なら罪に問いません」

 

 俺は無視して坂柳の上着を脱がせた。

 

「礼司君。これ以上は冗談では済みません。やめて下さい」

 

 ブラジャーをむしり取った。

 わずかに膨らんでいるだけの貧相な胸があらわになった。

 

「本気と言うことですか?」

 

「ああ。悪いな。大人しく犯されてくれ」

 

 坂柳は溜息を吐いた。

 

 諦めてレイプされるつもりになったのか。

 後日の復讐を考えているだろう。今はよくても後が怖すぎる。

 それでも俺は後には退けない。坂柳をレイプするしか生きる道はないのだ。

 

「そうですか。わかりました」

 

 坂柳は目を閉じて、もう一度溜息を吐いた。

 

 目を開けた坂柳は薄っすらと微笑んでいた。

 

 俺は強烈な違和感を覚えた。

 

「いいですよ。好きにして下さい」

 

 なんだ、これは。

 

 どうなっている。演技しているのか?

 

「坂柳。俺はお前をレイプするんだぞ?」

 

「そうですね。流石の私もレイプまでは想定していませんでした」

 

「嫌じゃないのか?」

 

 坂柳は口元に指を当てて思案する。いちいち仕草が可愛いなこいつ。

 

「私はここに来る前にシャワーを浴びてきました。その意味がわかりますか?」

 

「綺麗好きなんだな」

 

「実は少しだけ期待していたんです」

 

 俺の言葉はスルーされた。

 

「礼司君と勝負する前はあなたの保険を利用させて貰うつもりでした。でも、実際に負けてみると気持ちが変わったんです。不思議ですよね」

 

 演技だな。うん。演技だ。タナカスは騙されないぞ。

 

「好きか嫌いか、その結論はまだ出ていません。ですが私から勝利をもぎ取ったご褒美として、礼司君に処女を捧げても構わないと思っています」

 

 お前精神状態おかしいよ……。

 

「でもこれ、レイプだぞ?」

 

「礼司君が倒錯した趣向を持った変態だとしても、受け入れる度量は持っているつもりです」

 

「だから、レイプだぞ?」

 

「いいですよ。レイプでも」

 

 坂柳は覚悟の決まらない俺を嘲笑うように、俺の手を取って己の胸に導いた。

 

 ちっぱい。ちょっと柔らかい。

 でもシコりがある。これは強く触ったら痛いやつだな。

 

「んっ、ちょっとくすぐったいですね」

 

「じゃ、レイプするぞ?」

 

「はい。どうぞレイプして下さい」

 

 なんだこれ。

 

 俺は首を傾げてから坂柳の乳首に吸い付いた。

 

「あっ……んっ……礼司君……可愛いです」

 

 乳首を舌で転がし、空いた手で反対側の乳首を弄る。

 坂柳は身体をくねらせて悶え、俺の頭をよしよしと撫でた。子ども扱いかよ。

 

「無理やり乳首を嬲られて感じるとはな。この変態が」

 

「礼司君。そのキャラ付け、やめませんか。似合っていませんよ」

 

「……言うな」

 

 だってこれ、レイプじゃねぇよ。完全にクライアントお怒り案件だよ。

 

 あー。ジジイに何て言い訳をしたらいいんだ。

 原作キャラをまた一人落としてしまったぞ。頼むから俺にレイプをさせてくれ。

 

 俺は苦悩しながら坂柳のスカートを脱がし、ショーツをゆっくりと引きずり下ろした。

 

 ショーツのクロッチの部分から糸が引いていた。

 

 これはレイプ。これはレイプ。俺は自分に言い聞かせる。

 

「もう濡れているのか。淫乱だな」

 

「……言わないでください」

 

 坂柳が頬を染める。初めての反応だ。ちょっと萌える。

 

 坂柳の女性器はぴったりと閉じている。

 男を知らない無垢な身体だった。

 

 俺はじゅるっと下品な音を立てて、坂柳の蜜を吸い上げた。

 

「……はぁ……あっ……あっ……ぁんっ……」

 

 舌先で性器の入口を擦ると、坂柳の身体が熱を持った。

 

 びちゃびちゃという水音が次第に大きくなっているような気がする。

 

 坂柳の呼吸が荒れる度、俺は怖くなる。

 

「坂柳。背中は痛くないか? 身体は大丈夫なのか?」

 

 チェスで心停止するぐらいだ。

 性行為に耐えられる身体なのか心配で気が気ではない。

 

「礼司君になら殺されても構いませんよ」

 

「おい」

 

「冗談です」

 

 俺は溜息を吐いた。洒落にならない冗談だった。

 

 坂柳の陰部はもう充分に濡れていた。

 挿入できるのだろうか。行為の途中で死ぬんじゃないだろうか。

 過保護すぎるほど心配してしまうが、後はもうやってみるしかないだろう。

 

「坂柳。挿れるぞ」

 

「礼司君。今さらですがお願いがあります」

 

 やめてくれと懇願するのだろうか。……そんなわけはないか。

 

 坂柳は頬を染めて、目を逸らしながら呟いた。

 

「どうか私のことは有栖と呼んで下さい」

 

 名前呼びをご所望だった。

 坂柳の方が馴染みがあるので違和感が凄いが、いずれ慣れるだろう。

 

「わかった。有栖。挿れるからな」

 

「はい。来て下さい。……あっ、ああぁぁっ」

 

 メリメリと巨大な肉の槍が有栖を貫いていく。

 想像を絶する衝撃と激痛に、有栖は空気を求めて口をパクパクさせていた。

 

「あぁっ、痛い。痛い、です」

 

 有栖がポロポロと涙をこぼしている。

 

 あの坂柳有栖が泣いている。

 俺にはこれが夢に思えて、どうにも心が落ち着かない。

 

「一回抜くか?」

 

「大丈夫です。どうか、そのままで」

 

 有栖が大丈夫と言うので、痛みが引くまで待つことにした。

 

 見下ろしてみると俺たちの腰が密着している。

 巨大な逸物が小柄な少女の中に埋まっていた。冒涜的な光景だった。

 

 有栖の中は狭く、俺のものを痛いぐらいに締め付けている。

 やばい。興奮しすぎて気を抜くと出してしまいそうだ。

 

「礼司君。あの。キスして下さい」

 

「ああ。これはレイプだからな。ついでに唇も奪ってやるよ」

 

「んっ……ちゅっ……」

 

 ジジイに対する言い訳のように呟いてから有栖の唇を吸う。

 

 唇を合わせているだけなのに頭が痺れそうだ。

 有栖の方も目がとろんとしていた。二人とも夢中になって唇を貪り合う。

 

 びちゃびちゃと音を立てて、舌をからませて唾液を交換する。

 

 そうこうしているうちに有栖の痛みが引いてきたようだ。

 

「礼司君。もう大丈夫です。動いてもいいですよ」

 

「わかった。無理そうならすぐに言えよ」

 

 腰を引く。

 ずるりと肉棒が抜けていった。

 

「あっ……ちょっと、気持ちいいかもしれません……」

 

「そうか。有栖の中はきつくて気持ちいいぞ」

 

「そうなんですか? ちょっと嬉しいです。私で気持ちよくなって下さいね」

 

 有栖が淡い笑みを浮かべた。

 

 互いの唇が引き寄せられるように重なった。

 キスをしながら俺はゆっくりと腰を動かしていく。

 

「有栖。痛くないか?」

 

「はいっ。あっ、痛みは、もう、わからないですっ」

 

 有栖が俺の身体に抱き着いて、熱のこもった声を上げていた。

 

「はぁ……ああっ……礼司君……礼司君……」

 

 俺も段々と速度を上げて肉棒を送り込む。

 逸物で奥部を叩く。有栖の子宮を小突くと、有栖は身もだえして大声で喘いだ。

 

「あんっ! あっ! ああっ! あっ! やっ! ひぃうぅぅぅっ!」

 

 互いに生まれたままの姿になって、肌をこすり合わせていた。

 

 有栖は声を抑えきれず、みずから腰を開いて俺のものを受け入れている。

 

 身体は汗でびしょ濡れになっており、股間は愛液でぬるぬるになっていた。

 

「あっ、あんっ、あっ……そ、想像以上、でした……」

 

「ん?」

 

「セックスがこんなに気持ちいいものだったなんて」

 

 処女なのに感じまくっている。おかしいよね。ファンタジーかな。

 

 これはレイプのはずなのだが。

 

「あうぅっ、はぁんっ、あっ、やっ、やっ……い、いいですっ」

 

 有栖は俺にしがみ付いて、何度もキスをねだってきた。

 甘えん坊だ。可愛すぎて胸がきゅんきゅんする。俺もう駄目になりそう。

 

「好き、かもしれません。私、礼司君のことが、好きになりそうです」

 

「ストックホルム症候群だろ」

 

「あっ、あんっ……礼司君、本気で言ってるなら怒りますよ?」

 

 坂柳が俺を見上げて睨んでくる。

 そんなことを言われても、お前のことが信用できないんだもん。

 

「大体、綾小路はどうなったんだよ。最初はあいつが目的だったんだろ?」

 

「私が綾小路君のことが好きだと? 勝手に決め付けないで欲しいです」

 

「違うのかよ」

 

「たしかに彼のことは気になっていました。そのことを否定するつもりはありません。いずれ勝負の場に引きずり出して引導を渡してあげるつもりです。それが私の幼少期の決意だからです。そして、それとは別に私を倒したのがあなたです。礼司君」

 

 有栖が真剣な目をしていた。

 シリアスな雰囲気なのだが、合体しながらする話なのだろうか。

 

「入院先の病室で何度もあなたとの対局を並べ続けました。朝から晩まで駒を並べ続けて、やがて父や医師がストップをかけてきました。また倒れられては敵わないとばかりにチェスボードまで没収されて、それならと私は頭の中で礼司君との対局をひたすら並べ続けました」

 

 あ、あの。動きたいんだけど。これは焦らしプレイですか。

 

「もっと指したい。もっと勝負したい。私の本気をぶつけたい。私はずっとあなたのことばかり考えていました。それで一日が終わることもありました。これは恋なのでしょうか。私はずっと自分に問いかけています。答えはまだ出ていませんが、そろそろ得られるような気がしています」

 

「あの」

 

「はい。何でしょう?」

 

「動いていい?」

 

 有栖がムッとすると、俺の唇を奪った。

 チクッと痛みが走る。口の中で血の味がした。

 

 有栖が己の唇をペロッと舐めてから目を背ける。

 

「……礼司君なんて、嫌いです」

 

「そうか。残念だ」

 

 俺は腰を振り始めた。

 

「うぅ、くぅ! あっ、ああっ、はぁっ!」

 

 有栖の身体はすぐさま燃え上がる。感じやすい身体だった。

 

「あっ、あっ、ああっ! ああぁっ! んちゅっ、んっ、んっ……」

 

 有栖の頭を引き寄せてキスをする。

 

「んっ、んんっ! ああっ、あっ、ああぁっ!」

 

 俺の肉棒は限界まで膨張していた。有栖の狭い膣内を押し広げている。

 有栖の性器が俺専用の大きさに変わっていくような気がした。

 

「あっ! 礼司君! ああっ、ああっ! ああっ! も、もう、イキそうです!」

 

「そうか。俺も出すぞ」

 

「はいっ! 中に! 中に出して下さいっ!」

 

 中でいいのか。俺は戸惑った。

 俺の迷いを感じたのか、有栖は両手を俺の背中に回して抱き着いてきた。

 まぁ本人がそう言うなら大丈夫なんだろう。

 

 俺はラストスパートをかけて腰を振りたくる。

 

「あっ、あっ、あっ、あっ! はげしいっ! ああっ! ああぁっ! 礼司君っ! いくっ! あっ、いっ、くっ! ああぁぁぁぁぁぁ!」

 

 俺は有栖の膣内をこすり上げ、一番奥に亀頭を密着させた。

 

「ああぁぁっ! 出てる! ひうぅぅっ!」

 

 有栖は両足の爪先をピンと伸ばして絶頂する。

 

「うっ、くっ、あっ……あっ……」

 

 びゅっ、びゅっ、と有栖の子宮に精液を叩き付ける度に、痺れるような快感が走り抜けた。

 

 入りきらなかった精液が結合部から漏れ出ている。危険日だったら確実に妊娠している量だ。

 

「……はぁ……はぁ」

 

「有栖。大丈夫か?」

 

「平気です。いえ、少し苦しいかもしれません」

 

「おい!」

 

 俺は慌てて身を起こそうとするが、その前に有栖が俺に抱き着いて動きを止めさせた。

 

「だから、もう少しだけ、このままでいて下さい」

 

「……わかった。好きにしろ」

 

 俺は体重をかけないように有栖を抱き締めた。

 

 あー。やっちまった。

 これのどこがレイプという話だ。レイプ(純愛)は有りなのだろうか。

 

「月が綺麗ですね」

 

 漱石か。

 俺は夜空を見上げた。

 

「曇ってるぞ」

 

「もう。礼司君はいじわるです」

 

 有栖が頬を膨らませる。

 

 そう言えばジジイが静かだった……と言うか、姿が見えない。

 

 と、そこで――。

 

 エロ動画を撮影していた携帯の通知ランプが光っていることに気付いた。

 

 俺は有栖の膣内から肉棒を引き抜くと、携帯を手に取った。

 

「あんっ……もう少し余韻を楽しませてくれてもいいのに……」

 

 見ると鈴音や桔梗、帆波や軽井沢、佐藤までもが俺の携帯に着信を入れている。

 

 これは、何かあったか。

 俺は桔梗の携帯に電話をかけた。

 

『礼司君! やっと繋がった! えっと、その、た、大変だよ!』

 

 桔梗が取り乱している。それが事態の大きさを感じさせた。

 

 俺は有栖の方を見た。

 有栖は微笑みながら首を横に振った。

 

 違う。今回は有栖は無関係だ。有栖がDクラスに何かを仕掛ける理由がない。

 

 嫌な予感しかしない。

 電話先から「連絡が付いたの!?」という鈴音の声が聞こえてきた。

 

『礼司君。池君と山内君が……』

 

『一之瀬さんを襲ったのよ』

 

 鈴音が言葉を詰まらせる桔梗から電話を奪い、疲れた声で俺に告げた。

 

 ああ、なるほど。

 ジジイが居なかったのは、そう言うことか。

 

 俺と有栖の行為を見たジジイは見切りを付けたのだ。

 以前からの宣言通り、池と山内を使って一之瀬をレイプしようとしたのだろう。

 

「帆波は無事か?」

 

 声が震えてしまった。

 鈴音は俺の動揺を感じ取って一瞬だけ沈黙するが、すぐに答えを言う。

 

 大丈夫だ。俺は自分に言い聞かせる。

 帆波がレイプされていたら、鈴音は今より取り乱している。

 

『ええ。結論から言うと彼女は無事よ』

 

 鈴音は俺を落ち着かせるための言葉を選んでいた。有能すぎて泣けてくる。

 

『池君と山内君は須藤君とお泊り会をしていたの』

 

 男子三人でお泊り会って何だよ。女子会ならぬ男子会かよ。

 

『ところが急に二人の様子がおかしくなって、須藤君の声もまったく届かなくなって、飛び出すように部屋を出て行った。須藤君は二人を追いかけて、一之瀬さんの部屋のドアに体当たりしている二人を殴って気絶させたそうよ』

 

 やるじゃん、須藤。見直したわ。

 

 だから俺は前から言ってるだろ。

 池や山内のスペックではレイプは無理だ。俺がサポートしてもボロを出しかけるぐらいだ。

 

 洗脳によって知能がさらに低下しているのだろう。

 部屋のドアを体当たりでこじ開けようとするお粗末さである。

 

「帆波は今どうしているんだ?」

 

『先生たちから事情聴取を受けているわ。さっきまでずっとあなたに電話をかけていたのよ。どうして出てあげなかったの?』

 

「悪い。寝てた」

 

『その謝罪は一之瀬さんにすることね』

 

 だよな。

 有栖とレイプ(純愛)してたんだよな。

 

 俺はすぐにそちらに向かうと告げて電話を切った。

 

「面白いことになっているみたいですね」

 

 有栖が目を細めて笑っていた。電話の会話を聞いていたようだ。

 

 面白い、か。おそらく今のは本心からの言葉だろう。

 

「いきなり私のことをレイプすると言い出したあなたと、一之瀬さんの部屋を襲撃したあなたのクラスメイト。そこに因果関係を見出してしまうのは私だけでしょうか?」

 

「お前だけだよ」

 

「真面目に答えてくれませんか?」

 

 痛いところを突いてくる。

 

 有栖は呆れた溜息を吐いてから、気だるげに衣服を身に着け始めた。

 

「俺は帆波のところに行くから、送ってやれなくて悪いな」

 

「何を言っているんですか?」

 

「ひょ?」

 

「私も一緒に行きますから」

 

 何でさ。

 

 嫌そうにしているのが俺の顔に出ていたのだろう。

 

「連れて行ってくれないと礼司君にレイプされたと言いふらしますから」

 

「それだとレイプ被害者だと公言することになるぞ」

 

「構いませんよ」

 

 レイプ(純愛)の動画も一応こちらの手にある。

 

 しかし有栖はまったく物怖じせずに満面の笑みで俺に言い放った。

 

「私の処女を奪った責任、取って貰いますからね」

 

 ……ああ、今夜はこんなにも、月が綺麗だ(曇り空)

 

 俺は白目をむいた。

 やはり坂柳有栖は手を出してはいけない人物だったようだ。



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36話

 エレベーターを出た俺たちを出迎えたのは大量の野次馬だった。

 

「タナカスだ。坂柳もいるぞ」

 

「一之瀬を捨てたんだろ。何でここに来るんだよ」

 

 俺は有栖の手を引いて、野次馬たちの間を通り抜ける。

 と言うか、有栖が俺の手をつかんで放してくれないのだが。

 

「礼司君! 遅いよ!」

 

 俺を見付けた桔梗が声を上げた。

 

 有栖の足の速さに合わせていたからな。

「お姫さま抱っこしてもいいんですよ?」と言われたが、俺にそこまでの勇気はない。

 

 桔梗は俺に駆け寄って、何時ものように腕に抱き着こうとした。

 

 が、その直前にフリーズする。

 桔梗の定位置とも言うべき場所は、侵略者によってすでに占有されていた。

 

「え、なんで? なんで坂柳さんと手を繋いでいるの?」

 

「有栖。もういいだろ」

 

「駄目です。はぐれたらどうするんですか」

 

 こんなところで、はぐれるわけがないだろう。お前は幼児か。

 

 有栖は悪戯っぽく笑ってから、桔梗に見せ付けるように俺の右腕に抱き着いた。

 

「櫛田さん。すいませんが、そう言うことです」

 

「……そう言うことって言われても。ふざけないでよ」

 

 桔梗が目を細めて、ボソボソと暗い声で呟いている。

 本性が漏れかけていた。やべぇよやべぇよ……。

 

 桔梗の後からやって来た鈴音も俺と有栖を冷たく睨み付けていた。

 

「礼司君。話は後でゆっくり聞かせて貰うわ。でも今は――」

 

 鈴音が視線を帆波の部屋に向ける。

 

 部屋の前はBクラスの連中が陣取っていた。

 その手前で固まっているのがDクラスの集団だ。

 

「田中か。どの面を下げてここに来た。お前は一之瀬と別れたと聞いているが」

 

 部屋の前で腕組みをしていた神崎が、俺を見付けて険悪な視線を向けてくる。

 

 横にいた柴田もチッと舌打ちしていた。

 

 千尋ちゃんはなぜか俺を見下す笑みを浮かべている。

 

「帆波は中にいるのか?」

 

「お前に教える必要があるのか疑問だが……今は真嶋先生と茶柱先生が中にいる」

 

 神崎は俺を嫌っているようだが、律義に俺の質問に答えてくれた。

 

 たしか事情聴取と言っていたな。

 

 池と山内は別室で取り調べか。

 そっちは一年の残りの担任が向かっているのかもしれない。

 

「殴ったって言っても軽くだよ、軽く。撫でるようなもんだって」

 

 Dクラスの集団の中に須藤がいた。

 奴は頭をボリボリ掻きながら周りに自慢げに言いふらしている。

 

「あいつらがドアに体当たりするから、俺は止めるために殴るしかなかったんだよ。一応ダチだからな。間違ったことをしていたら止めないといけないだろ。あいつらにドアを蹴破れるとは思えないけどよ、ほっとくわけにもいかないよな」

 

 それを見ていた鈴音は小声で呟いた。

 

「すっかりヒーロー気取りね」

 

「一応ヒーローなんじゃないの?」

 

 桔梗が半信半疑ながら呟くが、鈴音は違うと首を横に振った。

 実際それで帆波が助かっている。今回の須藤はヒーローと言ってもいい活躍をしていた。

 

「で、軽く殴っただけなんだけどよ、あいつらすぐに吹っ飛んで動かなくなったんだ。あまりに手ごたえがなさすぎて思わず笑っちまったぜ」

 

 ダチといいながら、須藤は池たちのことで気に病んでいる様子もなかった。

 

「俺は喧嘩とか得意だから、こういう荒事は慣れてるんだ。最近はそうでもないけど昔はやんちゃしていたからな。地元で一番喧嘩が強い奴って言えば俺の名前が真っ先に出てくるぐらいだぜ」

 

 はえー。すっごいビッグマウス。

 

 犯罪行為を自慢する不良と同レベルである。精神的に成長していない須藤はこんなものだ。

 

 周りにいるDクラスの男子たちも好奇心を満たすために須藤の話を聞いていたが、須藤のことはどこか冷めた目で眺めていた。池と山内を殴ったせいで興奮している須藤はそれに気付いていないようだが。

 

 なお、須藤の横にいた綾小路が俺を淡々と眺めていた。

 

 ヤバいですね☆

 

「ベラベラと口ばかり達者な奴だ。Dクラスはどいつもこいつも救いようがないな」

 

「返す言葉もないぜよ」

 

 神崎が皮肉を言ってくるが、まったくもってその通りだった。

 

 帆波の部屋を襲撃した池と山内。

 友達を殴ったことを自慢する須藤。

 協力関係のBクラスを裏切った田中。

 

 見事なまでにクズばかりである。

 

 で、坂柳さん。あんた何時まで俺の腕に抱き着いてるの?

 

「あ、礼司君。ちょっとしゃがんでくれますか?」

 

「え、何で?」

 

「髪にホコリが付いてます」

 

 マジか。俺は自分の頭を手で払う。

 

「取れていませんよ。ほら、しゃがんで下さい」

 

「ああ」

 

 俺は何の疑問も抱かずに、有栖に言われるがままに片膝をついた。そうしないと有栖の手が俺の頭に届かないからだ。

 

「ちゅ」

 

 え、なに。なにやってんの、坂柳さん。

 

「は?」

 

 鈴音がカムチャッカファイアーしている。こわい。

 

「……潰す」

 

 桔梗がダークネス化している。こわい。

 

「みんな、お待た――せ」

 

 俺の横から帆波の声が聞こえた。

 

 振り返ると、帆波が驚いて目を見開いていた。

 

「れいじ、くん……」

 

 やがて二つの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ始める。

 

「ふふっ」

 

 有栖が悪魔のように笑っていやがった。

 

 Bクラスの連中が親の仇のように俺たちを睨んでいる。

 

「弄んで捨てた一之瀬に追い打ちをかけに来たのかよ。最低だな」

 

 柴田が俺を罵ってくる。

 いや、それ誤解だから。有栖が勝手にやったことだから。

 

 と言うか、坂柳ラスボスさん。

 今のは狙ったようなタイミングだった。と言うか狙ってやったのだろう。

 

「ち、違うよ、みんな。私は捨てられてないから」

 

「一之瀬。現実を見ろよ。田中はもうお前を相手にしてないぜ」

 

 帆波が袖口で涙を拭いながら言い訳していた。

 残念ながらその状態で言ったところで説得力は皆無である。

 

 千尋ちゃんが勝ち誇ったように笑っていた。

 俺はその表情を見て確信した。

 南雲か千尋ちゃんの二択だったが、あの噂は千尋ちゃんが流したのか。

 

「礼司君! なんで坂柳さんとくっついてるの! 早く離れてよ!」

 

 帆波がBクラスの人の輪を突破して俺たちに食ってかかる。

 

「礼司君は私の彼氏なんだからね! 浮気は駄目! 絶対!」

 

「あんっ。礼司君。まだ中に入っている感覚がして少し歩きにくいです……」

 

 有栖がわざとらしく内股になって、もじもじしながら言った。

 

 俺は白目を剥いて、夜空を眺めた。ああ、今夜は月が(天丼)

 

「うがあああぁぁぁぁ!」

 

 帆波がドアの横にある水道メーターの蓋に頭をゴンゴンぶつけ始めた。

 

「そうだ……これは夢なんだ……目が覚めたら私は十二歳で……あ、それなら万引きしないで済むのかな……」

 

 帆波が壊れた。

 

 ところで万引きって何だ?

 

 有栖はそんな帆波を楽しそうに眺めてから、俺に声をかけてきた。

 

「礼司君。私の部屋で続きをしませんか?」

 

「だめぇぇぇっ! 礼司君は私のなんだもん!」

 

 帆波がガバッと起き上がって、真正面から俺に抱き着いてくる。

 

 流石にこの行動には俺もドン引きなんだけど。

 Bクラスの奴らも表情が引き攣っているし、千尋ちゃんは忌々しげに舌打ちしていた。

 

 帆波がここまで捨て身になるとは考えていなかったのか、有栖の口元が引き攣っている。

 

「一之瀬さん。流石にその行動は見苦しすぎますよ?」

 

「うわあぁん。もうやだよぉ。どうして私ばかりこんな目にあうのよぉ」

 

「あ、あの。一之瀬さん。私の話を聞いていますか?」

 

「特別試験でボロ負けするし、変な噂は流されるし、占い師のお婆さんが発狂するし、知らない男子がドアに体当たりしてくるし、彼氏が寝取られちゃうし。うわぁぁん。もうやだぁ。お母さん、たすけてぇ……」

 

 そう言えば占い師の言う通り、帆波は俺に傷付けられまくっている。

 相性はいいと言っていたが、現状を見ればその言葉も怪しく思えてきた。

 

「……帆波。なんか、ごめんな」

 

「礼司君。一之瀬さんは頭の病院に連れて行くべきかもしれません」

 

 俺たちが壊れた帆波を扱いかねていると、帆波の部屋から先生たちが出て来た。

 

「お前たち。まだいたのか。もう夜も遅い。さっさと部屋に戻れ」

 

 真嶋先生がパンパンと手を打ち鳴らして野次馬たちを追い払っている。

 

 それでも今の帆波が面白すぎるのか、野次馬たちは中々去ろうとしない。

 

「田中だったな。この状況を何とかできるか?」

 

「無理っす」

 

 騒動の中心にいるのが俺と見た真嶋先生が無茶ぶりをしてくる。

 

「田中。こう言う時は、いかなる事情があろうとも男が悪者にされるんだ。無駄に抵抗しない方がいいぞ。女というのは怖いからな」

 

「あ、あの、真嶋先生」

 

「お前にはまだ理解できないかもしれないが、慰謝料で済む方が幸運なこともあるんだ。一緒に死んでと言われることもある。田中。今のうちに解決しておけ。絶対にその方がいい」

 

 ほぼ初対面なのに何言ってんだ、この先公。

 でも先生の言葉には怖ろしいほどの実感がこもっていた。

 

 仕方ないな。

 

「帆波。落ち着けよ。周りに見られてるぞ」

 

「……知らない」

 

「後で恥ずかしくなるぞ。後悔しないうちに離れろって」

 

「やだ。離れないもん」

 

 俺は真嶋先生の方を見た。

 先生は遠い目をして首を横に振った。

 

 使えねぇ。俺は真嶋先生の後ろにいた茶柱先生に視線で助けを求めてみる。

 

 茶柱先生は腕組みをしながら溜息を吐いた。

 

「これ以上ここにいるとポイントを減点せざるを得なくなるぞ」

 

「やべっ! 部屋に戻るぞ、みんな!」

 

 野次馬たちはあっさりと散ってしまった。

 

 やっぱり茶柱先生は……最高やな!

 それに比べて真嶋先生は……はぁ、つっかえ。やめたらこの仕事。

 

「礼司君! 坂柳さんのこと、後で聞かせて貰うからね!」

 

 鈴音や桔梗たちも人の流れに逆らえず、エレベーターに吸い込まれていく。

 

 それでも帆波は離れてくれない。

 なのに先生たちは何事もなかったように帰ろうとしていた。

 

「茶柱先生。俺たちも池と山内のところに行こう」

 

「そうですね。田中。ほどほどにしろよ」

 

「おい教師。え、マジで。マジで帰っちゃうの?」

 

 不純異性交遊とかで止めるとかできるだろ。

 

 俺の懇願をさらっと無視して教師二人がエレベーターで去ってしまった。

 

 残されたのは俺と帆波と有栖の三人だけだ。

 帆波と同じ階の生徒がドアの隙間からチラチラ見ているのが鬱陶しい。

 

「さて、静かになりましたね」

 

「……そだね」

 

 深夜である。俺はもう疲れ切っていた。

 病弱なはずの有栖はなぜかピンピンしているけどな。

 

「礼司君。先ほども言いましたが、私の部屋に来ませんか?」

 

「だめ。礼司君は私の部屋に来るの」

 

 帆波が俺をぎゅっと抱き締めて、ぷくっと頬を膨らませて有栖を睨む。

 

 幼児退行しすぎですよ、一之瀬さん。これはこれで可愛いけど。

 

「俺、部屋に帰るわ」

 

 帰って寝よう。そう思っての発言だった。

 

 しかしこいつらは曲解して受け取りやがる。

 

「礼司君の部屋ですか。それでも構いませんよ」

 

「だめ! 私も行く!」

 

「……ちゃうねん」

 

 俺は溜息を吐く。

 

 仕方ないので正面からへばり付いていた帆波を抱き上げると、後ろから有栖がしな垂れかかってきた。前後を美少女でサンドイッチされたハーレムクソ野郎タナカスは、やれやれ系主人公のように溜息を吐いた。

 

「お前ら熱いんだよ」

 

 真夏である。

 俺は文句を言うが、二人とも聞く耳を持っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時計は深夜の三時を刻んでいた。

 俺はテレビの電源を消した。小さい音量で流れていた深夜番組がブツッと消える。

 

「やっと寝てくれたか」

 

 帆波が俺のベッドで寝息を立てていた。

 精神的な疲れがあるはずなのに、興奮して目が冴えていたのだろう。池と山内の襲撃が怖かったとか、俺に何度も電話しても出てくれなかったとか、急に有栖と仲良くなっているのが理解できないとか、ずっと愚痴ばかり聞かされた。

 

 帆波は着替えを持って来ていなかったので、下着の上に俺のシャツ一枚だけである。

 めっちゃ無防備だった。襲ってくれと言っているような状況だ。

 

「礼司君。やっと二人きりになれましたね」

 

 いや、帆波が寝てるから。二人きりとは言えないだろう。

 

 ちなみに有栖も下着の上に俺のシャツを来ているだけだった。

 めっちゃ無防備だった。襲ってくれと言っているような状況だ。

 

 だが、俺はシリアスな顔をする。

 

「有栖。今日みたいなのはこれきりにしてくれないか」

 

「今日みたいなこと? レイプのことですか?」

 

「……違うから」

 

 それを言われると抵抗できなくなる俺である。

 駄目だ。俺が握っているはずの弱味の映像がまったく意味を為していない。

 

「礼司君」

 

 有栖がシャツを脱いでいた。

 水色の下着だけになっている。雪のような白い肌がまぶしく目に焼き付いた。

 

「おい。やめろって。帆波が横で寝てるんだぞ」

 

「大丈夫です。声は我慢しますから」

 

 そう言う問題ではない。

 しかし有栖は聞く耳を持たず、俺の手を取って己の股間に導いた。

 

「礼司君……んっ……」

 

 勝手に人の手を使ってオナってやがる。

 

 くちゅりと水音がして、俺は指に湿り気を感じた。

 

 処女を奪ったのはつい先ほどなのに、身体は大丈夫なのだろうか。

 

「わかりますか? 私の身体が、礼司君を欲しがっているのが」

 

「有栖。今日はもう休んだ方がいい」

 

「私は大丈夫ですよ。それよりもセックスのことをもっと知りたいんです」

 

「……そうか」

 

 俺は観念した。

 床にタオルケットを敷いて、そこに有栖を寝かせる。

 

 有栖は期待に目を輝かせて俺を見上げてくる。

 

 俺は有栖の膣内に指を入れたままピンク色の乳首に吸い付いた。

 

「くっ、ふっ、うぅぅぅっ――!」

 

 有栖が股をぎゅっと閉じて悶え、腕を口に当てて声を押さえている。

 

 やっぱ声を我慢するのは無理っぽくね?

 

「……はぁ……はぁ……礼司君……これも、気持ちいいですね?」

 

「そうか。よかったな」

 

「はい。もっとして下さい。……あっ、ああぁぁっ! ふあぁっ!」

 

 駄目やん。声めっちゃ出てますやん。

 

 俺はベッドで寝ている帆波に目を向けた。

 すぴーっと鼻で息をしていた。大丈夫だ。寝ているな。

 

「うっ……ふっ、くっ、くぅぅぅぅっ!」

 

 有栖の身体がビクビクと震える。もう絶頂しちゃったよ。

 

 これで終わりでいいかと思っていると、有栖が意味深に微笑んでくる。

 

 有栖が両足を広げて、性器を指で広げて俺に見せびらかしてきた。

 

「礼司君。入れないんですか?」

 

「……入れたいけど。うーん。入れるか」

 

「ふふっ。我慢しなくていいんですよ。私で気持ちよくなって下さいね」

 

 あかん。悩殺される。

 

 そこまでされて挿入しない男はいない。

 

 俺は有栖にのしかかり、勃起したペニスを膣口にあてがった。

 

 有栖が切なそうに俺を見上げていた。

 

「んっ、ああぁぁっ」

 

 ゆっくりと挿入する。二度目のセックスのため抵抗もなく侵入していく。

 

 有栖は目尻に浮かんだ涙を指ですくっていた。

 

「大丈夫か?」

 

「はい。気持ちが高まりすぎてしまったみたいです。これが幸せなのでしょうか?」

 

 知るかよ。

 俺もなぜか胸が切なくなって、思わず有栖をぎゅっと抱き締めてしまう。

 

「礼司君。その。ちょっと苦しいです」

 

「ごめん。でも、もう少しだけ」

 

「……いいですよ。私にいっぱい甘えて下さい」

 

 甘えてねぇよ。

 

 段々と気持ちが落ち着いてきた。

 今のは何だったんだろう。そろそろストレスがヤバいのかもしれない。

 

「有栖。あんま声を出すなよ」

 

「はい、そうですね。一之瀬さんが起きちゃいますからね」

 

 有栖が小さく笑う。

 

 俺はそれを見てから腰を動かし始めた。

 

「んっ、あんっ……はぁ……あっ……」

 

 やっぱり、声を我慢できていない。しかしもう止まることはできない。

 

「はぁ……あっ……あっ……あんっ……」

 

 ところで帆波は起きていないだろうか。

 

 俺は何げなく振り返り――心臓が止まりそうになった。

 

 帆波が目を見開いて、俺たちの行為を凝視していた。

 

「んっ、あっ……礼司君……やっぱり、セックスは気持ちいい、ですね……」

 

「あ……うん……そうだね……」

 

「あっ、あっ、はぁ……声が、出ちゃいます……ああっ、ひうぅっ!」

 

 有栖は俺とのセックスに夢中で気付いていないようだ。

 

 帆波はあわあわと口を動かし、なぜか目を閉じてしまった。なぜだ。

 

 俺は思考を放棄して、有栖とのセックスに意識を戻した。

 

「あんっ! あっ……やっぱり、だめですっ。声が……あっ、ああっ!」

 

 帆波がとっくに目を覚ましていることには気付いていても、有栖の大きなあえぎ声で不安になってしまう。

 

「あっ、あっ、あっ! あんっ! いやっ! ああんっ!」

 

「有栖。声が」

 

「気にしなくても大丈夫ですよ。一之瀬さんは寝ています。そうですよね?」

 

 有栖は帆波を横目で眺めて、寝ている帆波にわざとらしく問いかけた。

 

 いや、有栖も気付いている。

 気付いた上で帆波を煽っていた。なんて奴だ。

 

 俺はもう諦めて腰を振るしかなかった。

 

「あっ、あっ、んあっ、あんっ! いい! いいです! ああぁぁっ!」

 

 有栖は肌を上気させて、俺に抱き着いて淫らに身体をくねらせる。

 

 亀頭が子宮口を何度も小突き、その度に有栖が喜悦の声を上げる。

 

「あっ、ああっ! 礼司君っ! あっ、激しいっ! あっ! ああぁっ!」

 

 とっくに有栖は声を我慢していない。

 

「……っ……ん……」

 

 帆波の方を見ると顔を真っ赤にして、布団をもぞもぞと動かしていた。

 

 ……どう見てもオナっていた。

 

 なんだこいつ。

 俺はドン引きしたが、それはともかく有栖とセックスしている途中である。

 

 有栖は帆波に勝ち誇るように流し目を送ると、俺の身体に抱き着いてきた。

 

「あんっ! あぁっ! ひうっ! ぁんっ! あぁっ!」

 

 次第に有栖の膣内が締め付けを強めていった。

 間もなく達するだろうと見て、俺は腰の動きを速めていく。

 

 激しいピストンにさらされ、有栖が甘い悲鳴を上げていた。

 

 そろそろか。俺はラストスパートをかける。

 

 中に出していいのだろうか。

 ……まぁいいか。さっきも出したし、もう同じだろう。

 

「あっ! い、イクっ! あっ! あっ! イクっ! イクぅぅっ!」

 

 俺は有栖の膣内に精液を注ぎ込む。

 

 有栖は俺に抱き着いた。

 両手と両足で俺にしがみ付き、絶頂の痙攣をしている。

 

「んっ、くぅぅぅぅ――!」

 

 帆波も身体を丸めてビクビクしていた。……こいつもイッたのか。

 

「……はぁ……はぁ……んっ、ちゅ」

 

 有栖が俺の唇に吸い付いてくる。

 帆波は一度目を開けて悲しそうに涙をこぼし、また目を閉じて寝たフリをしていた。

 

「礼司君。少し休憩したら、もう一回しましょうね」

 

「マジかよ。お前の体力どうなってるの?」

 

「どうなっているんでしょう? もしかすると命を削っているのかもしれません」

 

「洒落にならない冗談はやめようね」

 

 有栖本人もよくわかっていないようだ。

 

 でも二回戦はやらない。流石にキツすぎる。精神的に。

 

 ところでジジイはどこに行ったんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝になって帆波と有栖を追い払った後。

 

 俺の部屋に来た桔梗が神妙な顔をして言う。

 

「ついに黒幕が動き出したんだと思う。池君と山内君は黒幕の指示に従って今回の騒動を引き起こしたの」

 

「そうだな。俺もそう思う。だが、黒幕の指示が不可解だ」

 

 俺も頑張って真面目な顔を作った。

 

 池と山内は帆波の部屋のドアに体当たりをした。

 完全に頭のおかしい人である。

 監視カメラの映像が流出したら地上波に流れるレベルの狂人だった。

 

「今回は一之瀬さんに対する脅しかな」

 

 桔梗は昨晩はほとんど寝られなかったようだ。

 眠たそうに目をこすったり、口に手を当てて欠伸をしている。

 

「これは私の予想だけど、黒幕は次のターゲットを一之瀬さんに定めたんだと思う」

 

「……帆波が俺に近しい存在だからか」

 

「うん。黒幕は礼司君のことを目障りに思ってる。だから礼司君の身近にいる存在に危害を加えて、礼司君を屈服させに来てるんだよ」

 

 池と山内が桔梗をレイプしていたのを止めたことで、俺と黒幕の対立は決定的になった。黒幕は俺を消すために桔梗もろとも公園を爆破しようとするぐらいだ。

 

 そこで、桔梗の身体がテーブルに倒れ込んだ。

 

 寝てしまったか。一睡もせずに黒幕について熟考していたんだ。無理もない。

 

「……レイプできんかった」

 

 眠ってしまった桔梗をベッドまで運んだ後、ジジイが泣きそうな顔をして助けを求めて来た。

 昨夜の失敗のせいで己を見失っているようだ。普段らしからぬ狼狽ぶりである。

 

 俺は念のためベランダに出て窓を閉めた。

 眠っているとは思うが、俺とジジイの会話を聞かれるわけにはいかないからな。

 

「すまん。タナカス。レイプのやり方を教えてくれんか」

 

「はぁぁぁ?」

 

 俺は困惑していた。

 こいつは今まで俺のレイプの何を見ていたんだ。

 

 このレイプ神の面汚しが。貴様は四天王の中でも最弱である。

 

「タナカスよ。やはりお主を洗脳してレイプさせるか」

 

「許してセンセンシャル!」

 

 と言ってもレイプのやり方なんて言葉で説明するものでもない。

 

 俺は思案した。駄目だ。やっぱりいい言葉が思い浮かばない。

 

「何で体当たりなんだ? そこから意味わかんねぇんだけど」

 

「二人に一之瀬をレイプしろとギアスをかけたら暴走した」

 

「あー。あれ、やっぱ知能が低下するのか」

 

 俺がひよりをレイプした時もすごく馬鹿になっていたからな。

 元々の知能が低い池と山内では擁護できないレベルまで頭わるわるになるのだろう。

 

 ……と言うか、何でこの二人なんだ?

 

 洗脳できる対象はそんなに増やせないのか。

 あるいは何らかの条件があるのか。

 

「通りすがりの女をレイプさせた方がいいんじゃない?」

 

「モブ女をレイプしたところで満足できぬ」

 

「わがままだなぁ」

 

 呆れながらも考える。

 

 なぜ、池と山内なのだろう。

 ジジイが洗脳したのは俺と池と山内だけだ。

 

 この三人の共通点。それは――。

 

「レイプしたことがある人物しか操れないとか?」

 

「レイプ!?」

 

 ジジイが動揺している。いや、ミスリードの可能性もある。完全に信用するわけにはいかない。

 

 あとは俺に洗脳をチラつかせるだけで実際にやって来ないのも気になった。

 

 もしかして、レイプが減って弱体化してるとか?

 それとも洗脳には回数制限があるのか。

 判断材料はまだ足りない。だが、この瞬間に着実に一歩進んだ気がする。

 

「まぁいいか。じゃ、愛里のところに行ってくるわ」

 

「あっ、おい、待てい。レイプのやり方を――」

 

 夏休みは二週間しか残っていない。のんびりしていたら二学期になってしまう。

 早く愛里を外出できるようにしないと、努力むなしく退学になってしまう。

 

 廊下に出る。

 

 綾小路とすれ違った。

 こうして顔を合わせるのは久しぶりだな。挨拶ぐらいしておくか。

 

「綾小路きゅん。やっはろー」

 

「池たちを操ったのはお前だな」

 

 綾小路は俺の気さくな挨拶を流した。

 池たちを洗脳したのは俺だと決め付けていた。

 

 冷や汗が背中を濡らす。

 いや、あの、また爆弾は勘弁して頂けませんか。

 

「田中。やはりお前の力は脅威だ。放置しておくにはあまりにも危険すぎる」

 

 あっ……あっ……(ポックル)

 

 綾小路はそれだけ言うと去っていった。

 

 以前の焼き直しだ。

 せっかく休戦状態になっていたのに。

 

 ちなみに池と山内は一か月の停学になっていた。Dクラスのクラスポイントも一人あたり三十ポイント吹っ飛んだ。もうあいつらの居場所なくなってると思うよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日も駄目だった。

 佐倉……いや、愛里は扉の前で固まってしまう。

 

「……ごめんなさい」

 

「いいよいいよ。気長にやろう。愛里ならきっと大丈夫だって」

 

 俺は無根拠に愛里を励ました。

 

 一応、夜の外出までは成功していた。

 誰かとすれ違う度に愛里は声を押し殺して俺に抱き着いてきたが。

 

 夏休みは二週間しか残っていない。

 この分だと間に合いそうにない。……これは荒療治が必要になるか。

 

「礼司君。あの。私、礼司君の負担になってるよね?」

 

「そんなことはないぞ。これは俺がやりたいからやっているだけだから」

 

 いや、まぁ、ぶっちゃけしんどいよ。

 でも愛里みたいな可愛い女の子が困っているなら助けるのが男だろう。

 

 なお、俺の呼び方は田中君から礼司君にクラスチェンジしている。やったぜ。

 

「愛里。中に戻ろうか」

 

「……うん」

 

 俺は愛里の手を引いて部屋に戻る。

 毎日のように愛里と面会を続けるうちに茶柱先生の監視は外れていた。

 

「礼司君。ごめんね」

 

 愛里と一緒にソファに座る。

 肩が触れ合う距離。あと一歩のところで止まっている。

 

「もう、やっちまうか」

 

 俺の呟きが聞こえたのだろう。愛里が俯いて顔を赤くしている。

 

 このまま進展がなければ愛里が退学になってしまう。

 いっそ恐怖のセックスの記憶を上書きしてしまえば改善に向かうかもしれない。

 

「なぁ、愛里。キスしてみるか?」

 

「え、あ、その……はい」

 

 愛里は首をコクンと振った。

 内向的な愛里は自分からは何も要求してこない。俺の言葉をいじらしく待つばかりだ。

 

 ちゅ、と唇を合わせる。

 

「愛里。可愛いよ」

 

「そ、そんなこと、ないです」

 

「本当だって。愛里はもっと自分に自信を持った方がいい。あ、もう一回キスするね」

 

「あ、はい。……んっ、ちゅっ」

 

 控えめな愛里の性格がすっげぇ新鮮なんだけど。

 周りにいるのはガツガツ来る肉食系が多いから、愛里みたいなタイプは新しい。

 

 俺は愛里の身体をぎゅっと抱き締めながら、思う存分キスをする。

 

「愛里。触ってもいいか?」

 

「う、うん」

 

 愛里の眼鏡の奥にある瞳が見開いた。

 

 しかし、それは拒絶ではない。ただ単に驚いただけだった。

 

「んっ、くっ……あっ、うっ、くぅ」

 

 服の上から胸を触る。

 ずっしりとした存在感。流石は元グラドル。トップクラスの巨乳である。

 

「礼司君。あの、変な声、出ちゃうから」

 

「出していいぞ。ここには俺と愛里しかいないからな」

 

「で、でも、恥ずかしいよ」

 

「愛里の恥ずかしい声を、もっと俺に聞かせて欲しい」

 

 愛里は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 

 可愛いなぁ。

 思わずぐっちゃぐちゃにレイプして泣かせたくなる。

 だが駄目だ。愛里は壊れものを扱うように大事にしないといけない。

 

 こいつは男をサドの深淵に引きずり込んでくる魔性の女だな。

 

 今度は愛里の下半身に手を伸ばす。

 ロングスカートのホックを外し、隙間からショーツに手を入れた。

 

 くちゅりと指先がぬめりに触れる。

 

「……あっ」

 

 愛里が甘く鳴いた。

 指を入れると、ずぶずぶと沈んでいく。

 

 本人には言えないが、処女ではないのもあるのだろう。

 

「……うっ、ふぅぅ、はぁっ、あっ」

 

 愛里は自分の口に手を当てて、声を押し殺して感じていた。

 

 俺は愛里の膣内に入れた指をくいっと動かしてみる。

 

「んっ、んんっ! あっ、はぁっ……はっ、あぁっ!」

 

 膣内は愛液でどろどろだ。それに感度がいい。これはもしや。

 

「愛里。もしかして自分で慰めてる?」

 

 愛里は恥ずかしそうに頬を染めて、コクリと頷いた。

 

 やっぱりそうか。

 ストーカーにレイプされただけでは、こんなに身体は開発されないからな。

 

「週に何回ぐらいしてるの?」

 

「……えっと、あの。しゅ、週に三回ぐらい、かな」

 

 嘘だな。俺は詳しいんだ。

 

 この分だと毎日ヤッているのだろう。

 高校一年生なのに熟れた身体を持て余しているとか罪深すぎる。

 

「もしかして、俺のことを考えながらとか?」

 

 愛里はコクリと頷いた。

 可愛い。抱きしめたい。と言うか抱き締めた。

 

「あ、あの。失望、したよね?」

 

「そんなことはないよ。俺の愛里への気持ちは、そんなことでは変わらないから」

 

「……礼司君。あうぅっ」

 

 感動して嬉し涙を流す愛里。ちょろい。

 

「愛里。もう我慢できない。その……挿れても、いいか?」

 

 愛里はストーカーにレイプされている。

 セックスに忌避感を抱いていても不思議ではない。

 

 愛里は目を伏せた。

 これは……駄目かもしれないな。

 

「あ、あの。本当に、私でも、いいの?」

 

 よっしゃ。釣れた。

 

「いいんだ。俺は愛里を抱きたい」

 

「……でも、私の身体は汚れてるのに」

 

「汚れてない!」

 

 俺は大声で否定した。演技派タナカスである。

 

「愛里の身体はどこも汚れてない! 愛里は綺麗だ! それに、ほら!」

 

 俺は愛里の手を誘導してフル勃起した股間を触らせる。

 

「あっ、固くなってる。それに、暖かい……」

 

「ああ。愛里のせいでこうなってるんだ」

 

 昨晩は有栖とヤッているのに、俺の身体はまだ元気である。

 流石はチートだ。なお精神は――。

 

「あ、あの。本当に、私でいいの?」

 

「何度も言わせるな」

 

「……あっ」

 

 俺は愛里をベッドに押し倒した。

 一枚ずつ服を脱がせていく。豊満な肢体が俺の目の前に現れた。

 

「愛里。抱くぞ」

 

「……う、うん。礼司君なら、いいよ」

 

 俺は愛里に一度キスをしてから、肉棒を膣口にあてがった。

 

 ぐっと押し込んでいく。膣内は抵抗もなく俺のものを受け入れた。

 

「あっ、ああっ! 礼司君の、大きい、よぉっ!」

 

 そりゃストーカーの粗チンと比べたらな。

 愛里は俺の身体に抱き着いて、唇をふるふると震わせた。

 

 俺は慣らし運転でゆっくりと動き始める。

 

「あぁっ、あっ、あんっ、あんっ」

 

 愛里の膣内は有栖のようにキツくは締まらなかったが、俺のものをじっとりと包み込んで絡みついてきた。

 

 あ、ちょっと待って。この身体、すごいぞ。

 今までやった中でもトップクラスだ。こりゃストーカーもハマるわ。

 

「やばい。愛里の中、すっげぇ気持ちいい」

 

「ほんと?」

 

「ああ。最高だ」

 

 俺は愛里と口付けをする。

 愛里はとろけた目をして、エッチすぎる身体を俺にこすり付けた。

 

 興奮が止まらず、俺は最初からハイペースで腰を振る。

 

「はあっ、あっ、あっ! 礼司君! あっ、好きっ! 好きなの!」

 

 それは本当に恋心なのか。ただの依存心ではないのか。

 俺はわずかに逡巡するが、そんな思考はすぐに快楽に流されていった。

 

 愛里も自ら腰を動かして快楽を貪っていた。

 

「ああぁぁっ! やぁぁっ! こんなの、はじめて!」

 

 俺は愛里の腰をつかんで、叩き付けるように肉棒を打ち込んだ。

 

「ああんっ! ああっ! 気持ちいい! 気持ちいよぉ!」

 

 粘膜と粘膜がこすれ合っている。

 俺は今更ながらにゴムをしていないことに気付いたが、もう止まれなかった。

 

「ああぁっ! んあぁっ! ああっ! ああんっ!」

 

 愛里があえぎ声を上げながら舌を出していた。

 キスを求めているのだろうか。そう思いながら唇を合わせる。

 

「んっ、ちゅ、んっ、んっ、ふっ」

 

 上からも下からも淫靡な音色が響いている。

 愛里とのセックスに浸っていると、やがて俺は射精の気配を感じた。

 

「愛里。もう」

 

「……あっ」

 

 愛里は涙目で俺を見上げると、無言で俺の身体に足を絡めてきた。

 

 いや、待って。このままだと中に出ちゃうから。

 

「いや、あの。愛里さん」

 

 愛里は俺の肩に手を回してぎゅっと抱き着いてくる。

 

 いいのか?

 

 混乱してよくわからないまま、俺の身体は勝手に腰を振っていた。

 

 抜き身のペニスが愛里の膣内を直接こすり上げてかき回す。愛里は自らも腰を振って、より深く繋がろうとしていた。

 

 駄目だ。このままだと膣内に射精してしまう。でも気持ちよすぎて離れられそうになかった。

 

「あっ、あっ、あっ、いっ、いっちゃう……ああぁ! イクっ! いやあぁぁぁ!」

 

 俺と愛里の身体が密着する。

 そして愛里の身体がビクンビクンと跳ねるように痙攣した。

 

「あっ、あっ、あっ! ああぁっ! ああぁんっ! いっ、くぅぅぅぅ!」

 

 亀頭と子宮口がキスをする。

 俺はそこに精液を注ぎ込んだ。

 

「ああっ! 熱いのが入ってくる! ああぁぁぁっ!」

 

 愛里は甘ったるいあえぎ声を上げて絶頂した。

 

 俺の肉棒がドクドクと脈打ち、愛里の子宮を汚していく。

 

「……はぁ……はぁ。すごかった」

 

 こっちもすごかったわ。

 熟れた身体という感じで、搾り取られそうになった。

 

 でも、中出しして大丈夫なのだろうか。俺って最近そればっか心配してるな。



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