東方湯煙録 (鯖人間)
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登場人物設定(ネタバレあり

今更ですが設定を。
今後も修正や書き加えをして行きますので
ちょっとした参考にでも。


霞 (かすみ)

 

・太古より生きる自称温泉妖怪。悠久の時を様々な種族の存在と共に過ごしてきた大妖怪の1人。

しかし本人は戦う事をなるたけ避けたがっており、よく妖怪に絡まれるものの穏便にやり過ごすことが多い。喧嘩や殺し合いをを極端に嫌っており、自分から争うことを是としないため実力を知る者は極小数である。

『秘湯を操る程度の能力』を持っており、自由な場所から源泉を湧かせる事が出来る。能力を使う際に自身の妖力を粒子化して浴槽を創っているが、その形は自在に創れる。

湯には治癒の効能があり、軽い怪我から重病の類。果ては呪いなどにも効果があり、共に湯に浸かることによって効能が上がる特徴を持っている事から混浴に対しての意識が極端に薄い。尚、最初は大した治癒ではなかったものの、とある出会いや数々の存在の力の質が溶け込んだ結果。源泉の治癒力は大幅に進化した。

碧眼で髪の毛は長めの白髪な為、普段は纏めて結い上げている。背丈は高く、そこそこ名の知れた大妖怪な手前。動かしやすさを求めたしなやかな筋肉をその身に身につけている。

自身の着ている水色の浴衣は紬と椿のの世界一間違った方向へと進んだ研究によって作り出された特注品であり、自身の能力で出来た湯の効能を溜め込む特性を持っている。水を弾くので湯に入る際にも身に付けている。尚、前に着ていた浴衣は紬が回収済み。

『カスミン』といった幻の栄養素を作り出しているらしく、結構な数の愛好家が存在する。効果として、辛い時にふと。心が暖かくなる…とかなんとか。

昔から続けていた旅の最中、よく人間や大妖怪、神等とも触れ合っている。その性格は誰でも受け入れる器量を持つ程に温厚であり、不思議と人から警戒心を持たれない。

恋愛や色欲に関してはほぼ枯れきっており、太古から混浴を繰り返しているので自身の羞恥心すら他の妖怪と比べてかなり薄い。まともなデリカシーを持つことが最近の目標だったりする。

過去に長期に渡って独りで過ごし、孤独の辛さを身をもって知っている。だからこそ孤独に苛まれる存在を見かけると、自分の身を顧みずに手を差し伸べてしまう癖がある。

自分は中々死なないさ…と自分で言う程に、無茶なことを多々やらかす悪癖を紬に指摘されている。

人脈チートの持ち主で、顔が広い。

紬に叱られてから、驕っていた自分を反省し、前を向くことによって昔よりも少し、顔つきが明るくなった。

浴槽は自分の妖力を固めて創る為、応用が効く。

 

 

 

紬 (つむぎ)

 

地上最強の鬼の少女であり、鬼子母神の異名を持つ。

マイペースで掴みどころのない性格をしており、黒い長髪にハイライトの無い黒目。背丈は小さいものの胸はドリームサイズで、よく椿から妬まれている。

地底の廃墟に住んでいるものの、寝る場所に特に拘りを持っていない。寝る時は裸、これ鉄則。

温泉妖怪好きな鬼の少女と自分から名乗る程に、霞のことを想っている。そしてその想いはとても深く、霞から離れる事など絶対に無いと心に強い誓っている。

『吸収する程度の能力』を持っており、ちょっとした小物から大地まで様々な物を自身の体内に吸収することが可能。胸の谷間から取り出しは自由であり、その容量は巨大すぎる為、能力者である自分ですら正確には分かっていない。

霊力、妖力、神力等の大気の中を漂う目に見えない微弱な力を認識して吸収することが出来るため、自身の力を何倍にも膨らませることが出来る。

中でも霞の湯を大量に吸収している為、攻撃を受けてもそれを癒すことが出来るリアルチートの持ち主。二人が揃えば誰も勝てないだろう。

しかしその強すぎる能力によって周りから避けられ、何年も孤独を感じ続けていた。そして全ての出来事に絶望していた所……ふとしたきっかけで出会った霞によって、孤独から解放された過去を持っている。

現在は地底で鬼を纏める立場を持ちつつも、霞の手伝いとして地上に足蹴なく通っている。幻想郷へと入ってきた霞と暮らせることに幸せしか感じていない。

霞の敵は自分の敵。容赦はしないし許さない。

霞のためになるのならば殴るし、叱った後で抱きしめる等、行動基準は基本的に霞だったりする。

椿とは仲良しで、他の存在よりも優先している。

カスミン愛好家。

気に入った存在のことは忘れないが、どうでもいい存在のことは覚えない。そんな風に考えている為、気に入った存在の数はかなり少ない。

しかし、気に入った存在の事は弄りながらも大切にしている為、誰かに傷つけられると激昴して相手を叩き潰す。

昔は角を額の中に隠していた為、本気を出すと額を裂いて角が現れる様になっていた。今は角を隠しておらず、本気を出した際には髪が白くなり、角はそのまま真紅に染まる。

本気で怒ったことは人生で数回だけ。

 

 

椿 (つばき)

 

天狗を統べる『天魔』であり、歴史上で最も実力が高く、全ての天狗達を従える天狗の少女。

黒い長髪を片方に結い上げた赤目をしており、背丈は小さい部類に入るが身の丈以上の大きな翼を持っている。

普段は冷静ぶっているものの、感情が揺れ動いた際には素が出てしまう事が多い。

『霧散させる程度の能力』を持っており、その実力は並の大妖怪を越えている。対象のもつ力を全て空気中に霧散させてしまう際、相手は全身が凍りついたような錯覚に襲われ、そのまま一歩も動けなくなってしまう。

まだ天魔になる手前の頃、偶然出会った霞と紬を見て『勝てない』と判断し、降伏した所を無理やり紬によって服を剥かれて湯に入らされた結果。割と意気投合して仲良くなった。

紬の胸によって窒息した事が何度もある為、身体は頑丈で復活は速い。しかし、心に大きなダメージを受けることもしばしば。

仕事は出来るものの、鬼のいない妖怪の森の大天狗達の性根の腐り切った姿を見て、紬の力を借りて改革を目指す。

射命丸とは混浴経験があり、目をかけている存在でもあったものの、頭の回転が速く、口も上手い射命丸に対して別種の恐怖を感じていたりする。

霞の事は紬以上に想っており、何度か共有財産にしないかと持ちかけた過去を持つ。

胸が小さいのが悩みであり、周りの存在は大きい妖怪が多い為、よく発狂することが多い。

カスミン愛好家。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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わんこと賢者と温泉妖怪

初投稿です。誤字脱字などは容赦下さいませ…
当作品は自分が読んできて感銘を受けた作品の
雰囲気が混ざって居ますのでその辺はご理解をば。
まだ、ら文章力が低いため…手直しや付け足しを行っており
お話は随時改稿しています。


この話、山あり谷間ありでお送りいたしますので…
では、よろしくお願いします。


 

 

 

 

それは遥か昔。数多の種族から、とても信仰されている不思議な秘湯があった。

 

その秘湯の効能は多岐に渡り、肩こりや腰痛など。軽い症状のものから…当時、既に手遅れだと言われている不治の病。そして、大怪我によって命が助からない程と言われた重体の人間の怪我など。医者や薬師にはもう、どうする手当ても無いと匙を投げられた人々さえも皆、その湯の力によって傷を癒したという。

 

 

人々はそれを喜び、そして深く感謝した。命を助けられた者は特に、その温泉を『神の湯』として崇めていた。

それはか弱き存在にも分け隔てなく、癒しを与えてくれる……神の秘湯だと。

 

 

 

…しかし、その秘湯も時が経つと共に廃れていった。時代は移ろい、次第に信仰は迷信へと流れて行き、そんな奇跡を信じる民も減っていった。

 

元々それは現代の人里から離れた山深くに湧いている為、人々はわざわざそんな所まで足を運ぼうとはしなくなってしまった事もあり、簡潔に言えば風化して行ったのだった。

…既に、誰も寄り付かなくなった秘湯の周りは苔に覆われ、荒れ果てていた。

 

 

 

「今日もまた、静かだなぁ……」

 

「…ここまで進んだ時代にとって、やはり私の存在は…必要では無いらしい。」

 

「…どうも頭をよぎるのは、過去の事ばかり。そろそろ潮時かもしれないな。

…残った妖力も僅か。さて…あいつの言っていた話に乗ってみないと…矜恃なんてモノも、とうに廃れてしまったんだ。そろそろ、考えを改めるべきだろう…」

 

 

その温泉に腰掛けていた独りの男はそう、力無く呟くと……

少し煤けており、古切れてしまった浴衣の懐から、1枚の札を取り出した。そしてその札へと自身の妖力を込め始める。

 

 

 

「時間ばかりずるずると引き伸ばしてしまった事だ。さぞかし怒られるだろうなぁ……」

 

 

 

そして、一筋の光が札から飛び出すと…秘湯の中へとその光は吸い込まれる。

…そしてその瞬間、男の居る温泉が空間ごと割れた。

 

 

 

 

 

「さて、私も行くとしようか……幻想郷とやらに」

 

 

そうして…悠久の時を過ごす太古から生きる秘湯の化身は、根付いていた現世を捨て、友が創った楽園の地……幻想郷へと流れてゆく。

 

 

 

 

 

鈍い光が辺りを包み込んだ後。

 

 

 

 

その男が居た秘湯にはもう、普段と何も変わらない、荒れ果てた森の社以外。何も残ってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────---・・・!!!

 

 

 

「…ッ!!今のは!?」

 

八雲紫は、感じた。懐かしい…とても懐かしい力の波動を。

妖力を込めた存在を引き寄せ、この世界へと連れてくる特別な札が今。使われた事に気がついた瞬間。

 

身体は、既に動いていた

 

 

「遂に…遂に来てくれたのね……!!」

自分が作ったこの世界『幻想郷』。妖怪や人間。そして神までもが共に住んでいる世界。現世で忘れ去られた者達が集う幻想の世界である私の元に。

 

 

 

その懐かしい妖力の持ち主は紫の古い友だった。友であり、それ以上の大切な存在でもあった。妖怪と人間の共存を実現しようと思い始めた時、その夢を後押ししてくれて、紫を支えてくれた存在だった。

……そして、とても頑固な一面を持った唐変木だった。

 

 

「今行くから!!待ってなさいよ霞ーーッ!!!」

 

 

 

 

たった1人の特異な温泉妖怪。それを、彼を知る者は皆。『霞』と呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻・妖怪の山

 

 

妖怪の山は幻想郷の中でも指折りの危険地域…広大な土地を広がる山々には、強い力を持つ妖怪が多数存在している。

…中でも強大な力を持つ天狗達がこの森を支配しているため、人間は原則立ち入り禁止になっており、力の弱い妖怪達が天狗の領域で不用意に暴れたりするような事があれば凄惨な現場が待っているだろう。

 

 

そして同族同士の意識が高く。個々の持つ力もそれなりに強い天狗達は、己の縄張りへ現れた侵入者の無礼や狼藉を、決して許すことは無い。

 

人々はそれを恐れて滅多に立ち入らず、故にこの山は畏れられてもいた。

 

 

 

「ふーん…ふふーん……」

 

そんな中、1人の白狼天狗がいつものように哨戒任務を行っていた。

名を、犬走椛。「千里先まで見通す程度の能力」をもつこの天狗社会で言うところの…下っ端天狗である。

 

今日もまた、仕事熱心な椛はいつものように妖怪の山を俯瞰していると…

 

 

「……あれ?」

 

 

危険地帯であり余り人が通らないはずの山の入り口近くに…何やら見かけない風貌の男が立っている姿が、椛の千里眼へ映りこんできた。

 

 

「…どうしてあんな所に人間が…?だけど人間にしては…うーん。何だか纏ってる雰囲気が違うし……あ、もしかして、最近ここに流れてきた妖怪かな?」

 

 

その男の風貌は、今まで椛の見てきた幻想郷に住んでいるどの存在よりも…異質だった。

1度見たらとても強く印象に残りそうなその出で立ちは…白い長髪を片方に結い上げながら、淡い水色の浴衣を纏っている背の高い男。

そして、木漏れ日を反射する程にキメ細やかに輝く純白の滑らかな羽衣が…その男の首周りを縦横無尽に動き回っていた。

その異質な風貌の男は現代の妖怪には無い…どこか神秘的な雰囲気を纏っており、椛が今までに見たことの無い類の妖怪だった。

 

「…と、とりあえず、注意しないと。急がなきゃ!!」

 

この白狼天狗……もといわんこは、他の下っ端の天狗よりも哨戒任務に対してかなりの熱意があった。天狗特有の持ち前であるスピードを活かし、問題の男の元へと風のような速さで向かうと…その男は山の入り口で辺りをキョロキョロと見渡しながら何かを考え込み、ふと。突然何を思ったのか、自分の足元へと微弱な妖力を流し始めていた。

 

なんだろう。とても怪しい。そう感じた椛は一息でその男の側まで近づくと…

 

「そ、そこの妖怪ッ!!ここは天狗の治める妖怪の山よ!!今すぐ立ち去りなs…

 

そう叫んだ時、椛は絶句してしまった。「開いた口が塞がらない」というやつだろう。

 

「……ん?」

 

…何故か、その妖怪の足元から湯気を纏った水……即ち温泉が、湧き出していたのだから。

 

 

…温泉?

 

 

 

「…あぁ、すまない。見慣れない景色に少し驚いてしまってね。これに関しては何もしなければ少し経ったら多分消えると思うから、余り気にしないでくれ。…それで、私に何か用かな?」

 

 

椛の警告を聞いていたのか分からないが…男はさも当然のように、そう答えた。武装した椛を見てもなお、警戒心の欠片も感じない侵入者の男に対しても椛は警戒心を1段階上げると、訝しんだ目を向けながらも様子を伺い始めた。

 

「…私は警告をしたのであって、そんな事を聞いてるんじゃありません!

…それに貴方、幻想郷では見かけませんが…一体何者ですか?そして一体何処から現れたんですか?素直に答えなければ、この剣の錆になる事になりますよ!!」

 

椛はそう問いかけた。いくら何でも突然この山へ現れるなんて…普通は考えられない。どう考えても怪しすぎる。

 

「あぁ、私はー…」

男が口を開いたその時

 

「ーーーーぁぁぁぁぁぁあすぅぅうみぃぃぃい!!!」

 

何かが飛んできたと思った瞬間、

 

「ガハッ」

 

とてつもない轟音とと共に、何かが、一直線に男へと直撃した。

 

 

椛が慌ててぶつかってきた何かを確認すると……椛の顔が引き攣った。ぶつかってきたのはどうやら女性のようだ。…そして、それは椛の記憶が間違っていなければ…幻想郷の生みの親ともいわれていて、妖怪の賢者として周りの妖怪からとても恐れられているはずの……大妖怪、八雲紫だった。

 

 

……え?

 

 

「もぉぉー!!一体今まで何してたのよ霞ぃぃぃ!!!バカバカ急に来るなんて知らなかったから紫ちゃん即行で会いに来ちゃったわよ!!ずっと会いたかったんだからもぉー!!!」

 

 

 

…は?

 

 

うーん……私は幻覚でも見ているんでしょうか…?なんて、椛が目を疑っている間。八雲紫は男の腰に抱きついたままぐりぐりと頭を擦りつけていた。なんだろう、この光景…?やっぱり幻覚?幻覚なんですかね?

 

 

そして問題の男の方はというと、綺麗だった白い髪は何処へやら。小枝や落ち葉によってデコレーションされてしまう程の大ダメージを負いながらも、そのまま賢者を抱きとめて起き上がった。

 

…身体から相当嫌な音が響いたけど、大丈夫かな…?

 

 

「痛たた……あぁ、久しぶりだね紫…。成長して、少しは大妖怪らしくなったじゃないか………あと、大妖怪になったお前の力だとな?私の身体が持たないから、突進はやめろと言ったはずなんだけどな…?」

 

男が少し顔を顰めた時。

 

「そ、それは……だってぇ…霞と会えたのが嬉しかったから…つい。…ご、ごめんなさい…」

 

そんな紫のあざと……心のこもった言葉に、どうやら怒る気も失せてしまったのか…もしくはちょっとした意趣返しのつもりだったのか。

顰めていた顔を先程までの微笑み顔へ戻すと

 

「相変わらずお前は何年経っても変わらないな…」

 

「霞ぃぃぃいいい!!!」

 

微笑みながら、紫の頭をゆっくりと撫でていった。

 

 

 

 

 

椛は訳が分からなかった。今、自分が今見ている光景は現実なのだろうか?

 

 

……妖怪の賢者がこんなに笑うなんて知らなかった…。普段は胡散臭い言葉遣いで妖怪達の警戒心をやたら煽って来て…大妖怪として、妖怪の頂点に君臨していたはずなのに。

 

それに、この男は一体誰なんだろうか?急に現れたと思ったらいきなり温泉を湧かせて簡単な風呂を作って…しかも、どうやら八雲紫と知り合いらしいし…

 

混乱してきちゃった…今のところ怪しい所しか無いんだけど、一体何者なんだろう…?

 

…謎すぎる。椛は正直な所、今自分が何を言ってるのかさえ自分でも理解することが出来ないでいた。

しかし、お仕事はしなくてはならない。

 

「あ、あの。すいません、妖怪の賢者様……今日はどうしてこんな所へ…?それと、そちらの男性は一体…???」

 

最低限の敬いを伴った混乱している椛を見た賢者の代わりに、男が口を開く。

 

「あぁ、すまなかったね…先にお前と会話をしていたのに邪魔してしまって。私の名前は霞。ただの長生きな温泉好きな妖怪だよ」

 

男はそう名乗った。成程、温泉好き…だからさっきも温泉を沸かしていたのか。そうか。どう考えても変な類いの妖怪らしい。

 

「つい先程、外の世界からこっちへとやってきたばかりでね…右も左も分からなかったんだよ。何だかすまないね?どうやら仕事熱心な君の仕事を増やしてしまったようだ。…そうさな。お詫びとしてはなんだけど…温泉。入っていかないかい?」

 

 

突然、椛は霞にそう誘われた。あまりに唐突な発言によって、椛が答えられずにキョトンとした瞬間。

その隣にいた紫が突然目を輝かせた。

 

「何ですって!?あ、私も入りたい!!そこのわんこ知らないと思うけど、霞の温泉ってば凄いのよ!?大抵の怪我や病は治って妖力もみなぎってくる、とっても不思議ですっごい温泉なんだから!!絶対入るべきよ!というか、入りなさい!!ね?ね?」

 

 

紫は手をピョンピョンと上げて霞に向かって入りたいとせがんでいる。確かに、視線の端に見える先程の小さな温泉は、透き通った水がとても綺麗で澄み渡っており、白い湯気はとても暖かそうだった。

昼間の陽気によって少しばかり汗を流したいと思っていたのも事実だったので、椛にその提案はとても魅力的に思えた。

 

…しかし、そんな椛も八雲紫と一緒に入るなんて…絶対心臓がもたない。大妖怪クラスでもない限り、恐怖心によって温泉を楽しめそうにも無いし…それに、初対面の男と一緒に風呂に入るのなんて…普通は嫌に決まっている。

 

 

ここは丁重にお断りしよう…そう思った椛が断りの返事を口に出そうとした時、

 

ガシッと賢者様に肩を掴まれた。

 

「あ、あの。え…賢者様…?」

「入るわよね?」 「え」

 

「せっかくこうやって霞が誘ってくれたんだもの。は い る わ よ ね ?」ギリギリギリ

 

怖い。そして凄く痛い。手を置かれた肩に指がめり込んでいる!?こんな細い腕の何処にこんな力がッ………このままだと私の肩が砕かれちゃうッ!?

 

焦った椛はほぼ絶叫に近い声で叫ぶ。

 

「は、入ります入ります!!謹んで入らせて頂きますうぅぅぅう!?!?」

 

パアッと紫の顔が輝く。

「そうよね!入るわよね!絶対入らなきゃ損するんだから、貴方ってばかなり得したわよ!良かったわね!

…それと、ねぇ霞?この子と入るなら私も入って良いよわねッ!?とっても久しぶりなんだから、せっかく会えたんだからいいでしょッ!?ね?ね!?」

 

紫は霞に詰め寄っていた。涙目の椛を無視してご機嫌の様である…解せない。

 

 

「はいはい分かった分かった、好きにするといい……あぁ、ここにある温泉は片手間で作ったから…3人で入るには少し小さいな。改めてきちんとした別の温泉を湧かすとして…ふむ。少しだけ2人には待っていて欲しいんだけど、それでも構わないな?」

 

そう言って霞が改めて温泉を湧かせようとした時、何かに気づいた紫がそれを止めた。

 

「ちょっと待って霞!!ここだともしかしたら通りかかった奴に私達の姿が見られるかもしれないじゃない?ということでぇ……そんな心配のない人気がない素敵な場所へ、私が案内してあげるわ!」

 

紫はそう言って、椛と霞の足元に不気味とも取れる背景のスキマを作りだした。

 

「ヒッ!?」

 

急に椛を襲った浮遊感によって、つい声が漏れてしまう。八雲紫が『境界を操る程度の能力』を使ったのだろう。スキマ妖怪の名は伊達ではないようだ。

 

スキマの中に入った霞は懐かしいものを見るような目で辺りを見渡した後、紫に一言

 

「相変わらず、ここは趣味の悪いところだねぇ…」

「もう!何でこの良さが分からないのよ!?」

 

霞の言葉に紫が半泣きで縋り付いているけれど…しかし椛も霞に同意見だ。赤黒い背景に多数の目玉がギョロギョロとこちらを見てくるのは正直気持ち悪いし…うわ…今目が合った。最悪。

 

 

 

「もう!いっつもそんなこと言うんだから…皆の美的センスは遅れてるわね……あ、着いたわよ!どう?ここなら大丈夫よね!」

 

2人が連れてこられたのは森の中。しかし、どうやら妖怪の森とは違う場所の様だった…

 

そこは空気が澄み渡っている高台で、心地よい風が吹き抜けている…とても景色の美しい場所だった。

 

 

「ふむ…確かにここならよさそうかな。景色も素晴らしい……2人とも、ここに温泉を創ろうと思うから…服を脱いだら少しだけ待っててくれると助かるのだけど」

 

「はーい!…ほら!貴方も服を脱がないと温泉入れないわよ?ほらほら早く脱いじゃいなさい!」

「えぇっ!?」

 

…え!?ちょちょ…ちょっと!?ここで脱ぐの!?しかもなんでこの賢者はもう脱いでるの!?ドレスが脱いだ瞬間が目で追えないってどういう事…!?それにスタイル、良すぎじゃありませんか…?

 

まさに黄金比、と言えばいいのだろうか。何だか胸とかもう、なんて言えば良いのか分からないけど………椛と比べて、ばいんばいんだった。流石は大妖怪……

 

「ちょ、ちょっと待って下さい!?自分で、自分で脱げますから!」

 

そんな椛は抵抗するものの、圧倒的な早業を持つ賢者によってグイグイと服を脱がされてしまう。大妖怪の力に、下っ端天狗の自分が抵抗できるはずなんて無かったのだ。そのまま椛は為す術もなく服を脱がされてゆく…

 

それにしても、近くに男がいるのに!!どうしてこんなにすぐ服を脱げるの!?

 

 

「は、恥ずかしいですって!?それに男の人が居るのに…っ……!!」

 

粗方服を脱がされてしまい、残りは下着だけになった状態で涙を潤ませた椛は霞の方を振り向く。

 

「……ふぅ。ここは……良いなぁ…」

 

…だがしかし、霞は既に温泉を作り終えていたのか…先に1人で湯に浸かっていた。そしてこちらで騒ぐ2人なんて一瞥もせず、呑気に高台から見える景色を眺めながら、温泉を楽しんでいた。

 

 

…なんだろう。このなんとも言えない胸のモヤモヤ感…

 

「あーズルい!!!霞だけ先に入るなんて!!!ほら!あなたも行くわよ!」

「ひ、ひぇぇぇぇぇぇえ!?!?!?」

 

紫は、霞が入っているのを見て油断していた椛の下着をすぐに剥ぎ取ると。

そのまま椛を掴んで温泉へと飛び込んだ。

 

 

 

ザバーン

 

 

当然の事ながら、先に入っていた霞は頭から飛沫を被ることになる。

 

 

「………おい、紫?」

 

頭からお湯を被り、前髪からポタポタとお湯を垂らす霞は…紫をジト目で見つめていた。

 

「…ご、ごめんなさい?」

 

じーっ…とチクチク刺さる視線に耐えかねたのか紫はしょんぼりと項垂れ、謝っていた。

 

 

そんな中、椛は身体を手で覆いながら…2人とは逆の方向を向いていた。

 

 

 

「こ、こんなのはじめてだよぅ…恥ずかしいぃぃぃ…」

 

 

顔を真っ赤にして温泉に浸かっている椛。

 

「もぉおおお……!!なんで、こんな事になったのぉっ……!!」

 

 

恥ずかしい。とても、恥ずかしい……

 

そんな感情に取り憑かれて居た時。椛は徐々に身体が熱くなって来たことに気がついた。

 

「……あれ、これ……」

 

…じんわりと身体に染み渡る熱は、疲れていた椛の身体にはとても心地よく感じて…

 

 

「……あ、ふ、ふぁぁあぁあぁあ〜」

 

 

そう、椛は声を上げてしまった。懲戒任務で立ちっぱなしだった足腰の疲れ、そしてまるで裸を見られることに対しての羞恥心が、お湯の中に溶けていくような……

 

控えめに言っても尚、気持ちが良い。

 

 

「ねぇ霞……??あの子相当気に入ってるわよ?ふふ。顔がとってもだらしないわ」

「…ほぅ。あれは面白いね…」

 

そんな弛緩しきった椛に伴い、ピクピクと動く耳を見て…霞が興味深く椛を眺めていた。

 

 

「あー…これ、気持ちいいですねぇ…なんだかこの温泉、凄く癒されますぅ…」

「でしょう?私もはじめてこの湯に浸かった時はそんな感じでふやけてたわね〜…数百年振りにお肌に染みるわぁ〜!!」

 

 

どうやらこの温泉に浸かると皆、頭の先からつま先までふやけてしまうらしい。椛はすっかり蕩けきってしまっていた。

 

「……あぁ、喜んでもらえたなら私も嬉しいよ。湯に浸かった人や妖怪を癒すのが、私の存在理由だからね……

しかしまぁ、もう外の世界では…私は用済みになってしまったらしいんだけどね…」

 

「え…?こんなに気持ちいいのに…?ハッ!と、というかどうして貴方も一緒に温泉に入って…」

 

「…ん?あぁ、それは私が湯船に入った方が、どうやら相手を癒す効能が上がるらしくてね…

それにこれが本音なんだけど…私も温泉には入りたいからかな?誰かと入るのはもう、数百年ぶりでね。

…あぁ、裸を見られるのが気になるのかい?それはすまないね。どうも私はその辺に疎くて…何だっけ、デリカシー?とやらが足りなかったかな?」

 

「あ、えっと…そ、そうなんですか…それなら、まぁ……い、いえ、だ、大丈夫です!…それで、あの。霞さんはどうして幻想郷に…?」

 

 

椛は先程から疑問だったことを問うた。椛にとってはこんなにも疲れが取れる気持ちいい温泉なのに。

…どうして外の世界では、必要とされなくなってしまったのだろう?

 

 

「そうだねぇ…私はもう、自分でも覚えてないくらい昔から存在していたんだけど…昔は色々な人や妖怪が私の温泉への入りに来てくれたんだよ。人族妖怪分け隔てなくね?」

 

 

「けれど、時が流れて時代が変わると、私のような山奥にある秘湯には誰も寄り付かなくなってしまってね。古くから共に生きた妖怪は徐々に居なくなってしまったし、人々は山の近くの温泉や、銭湯なんかに行くようになってしまってね。

…そうなってしまうと、何だか私も疲れてしまってね?…だからもう、潮時だと思ったんだよ。で、そんな時に紫に貰った札の事を思い出してね…」

 

 

椛の目に映った霞の姿は、なんだか酷く寂しげに見えてしまった。さっきまでとは違い、少しだけ…声のトーンが落ちている事に椛は気づいていた。

 

 

「そうだったの…でも、私は今霞に会えたから。全部もーまんたいなんだけどね?むしろ霞はもう幻想郷にいるべきなの!というかむしろ私のところにずっといて欲しいのよッ!!!もうはーなーしーまーせーんーっ!!!」

 

そう言って紫は霞の背中へとギューッと抱きついた。豊満な胸が霞の腕で押しつぶされる……何これすごい。

 

( あわわわ!?は、恥ずかしくないの!?そんな事をしたら霞さんが…!?)

 

椛は咄嗟に霞の顔を見る…が、しかし霞はそんなことは何処吹く風の様で、背伸びした子供を眺めるような顔で紫へ向き直ると

 

「こらこら…立派な淑女がそんなことしては駄目だろう?お前は大妖怪なんだから、もう他の妖怪の見本になるべきだよ…少し離れなさい?」

「霞のけちー…でもそんなとこ好きー……」

 

紫はぶーぶーと文句を言いながらも名残惜しそうに抱きつくのをやめる…が、霞の隣へピッチリと貼り付き離れようとしない。

 

紫はくるりと椛の方へ顔を向けると、ため息を零す。

 

「今、そこの顔を真っ赤にしたわんこが何を思ってたかなんてすぐ分かるけど…霞ってこういう妖怪なのよ。長い時を生きた上で色々な人や妖怪と風呂に入ってきたものだから……色欲とか、皆無なのよね。もうこれ、絶望しかないじゃない。残念すぎるわ…本ッ当に残念ッ!!!!」

 

 

そんな風に怒る賢者の話を聞いて、なんとも納得がいった。どうやら二人の話を聞く限り、霞は随分ご長寿な様子だし…今この状況さえも年の離れた孫と風呂に入る。

…そんな風に捉えているのかもしれない。

 

そして、椛はというと…外見は整っているし、スタイルも決して悪くなどない。上司や同僚の男天狗からも、下心丸出しのアタックを何度かされている程だった。けれど、それを踏まえてこの反応だから…色々と、精神的に枯れているのかもしれない。勿論下心が見え見えの告白など、斬って捨てたけれど。

 

そこで椛は気づく。その霞という存在に。

 

 

「あ…だからこう、裸を見られても…不快な感じがしないんですかね…?なんだか凄く穏やかな気持ちだし…それに私。男の人に裸なんて見せたことなかったんですよ…?」

 

「そうよ。そうなのよ。それに温泉だって気持ちいいからみーんな霞に気を許しちゃうのよねぇ…ライバルばっかり増えるんだから…もう。困っちゃうわ」

 

そんな風に言う紫は怒っているように見えて、何だか少し嬉しそうにも見えた。

その間、霞は純粋に誰かと入る温泉を楽しんでいるのか椛や紫の裸にはあまり目を向けていないようだった。

 

 

(……不思議な人だなぁ。今まで、こんな人と接した事無かったし…それに、悪い妖怪じゃなさそうだなぁ…)

 

椛の目に映った霞という妖怪は多分、自分のような妖怪とは違った生き方をしてきた変わり者の妖怪なんだろう…椛はそう思った後、温泉を堪能するかのように…心地良い感覚へと意識を溶かせていった。

 

 

 

「…二人とも、そろそろ上がった方がいいね。そうさな…私の羽衣を貸すから、それで身体を拭くといい」

 

「はっ、そ、そうですね…確かに随分と長湯してる気が…」

「…ふふ。来たわね。」

 

気づけばかなり長湯していたようだ。霞はそう言って温泉を段々と狭めていく。

 

そんな中、何かを待ち構えるような紫を不思議に思いながら…椛が体を拭くための羽衣を手に受け取ったその瞬間。

 

「きゃっ!?」

 

 

霞が湯を消している最中。椛と紫の体に何かが巻きついてくる…

 

「ひゃん!」「あっ…」

 

どうやら霞が身につけていたであろう羽衣が、椛たちの身体を這い回り、肌に取り付いた水分を吸収している様だった。

 

「んっ…こ、これは一体何ですかぁ!?」

 

「……そんな身構えなくって大丈夫よ?これは…ッあっ、この温泉のサービス、みたいなものっ、だから」

 

どうやら濡れた身体を自動で拭いてくれている、そんな便利なシロモノ…らしいが

 

(で、でもこれって…んっ!?なんて言えばいいのか分かんないけど…)

 

 

偶に、色々と擦れる。

 

 

これ、は、恥ずかしい…

 

椛の顔は湯上りとは別の理由で真っ赤に染まってしまった。

 

(そ、そうだ!賢者さんなら、こんな時どうやって…?)

 

そう思って目線を賢者へと向けてみるものの。椛の視線の先ではなんとも幸せな顔をしながら身体を拭かれている賢者姿があった。

 

「あぁ〜…霞ってば、もう…ふふふふふそんなにぃぃぃい〜!!」

 

…何だか恍惚そう表情をしていた様に見えたけれど、多分…見間違いだろう。ここで声をかけることを、椛は躊躇してしまった。

 

 

羽衣はまるで意思を持っているかの如く、的確に水分だけを吸い終わった。羽衣は温泉を消し終わった霞の首へと戻る…それと入れ替わりで、霞が自分たちの服を持ってきてくれた。どうやら分担作業が出来るらしい。

 

……羽衣って便利なんだなぁ……ってき、機能性だけだけど!本当にそれ以外ないから!!!

 

椛が熱にボーッっとしながら自問自答している間にも、どうやら話は進んでいた。どうやら賢者が元の場所に送ってくれるらしく、再びあの趣味の悪いスキマに入って移動をしていると…ふいに、賢者が霞に問いかけた。

 

 

「ねぇ霞…貴方はこれからどうするの?ここに来たばかりなら…ウチに住まない?」

 

どうやら霞の今後を聞いているらしい。

いきなり家に誘う辺り、お互いに相当の信頼関係があるように見えた。

 

「…ん、そうだね。けど、まずは1度。ぶらりと幻想郷を回ってみようかな。せっかく紫が作った世界なんだから…色々と見て回りたいしね。

…それに、ここには色々な妖怪が居るんだろう?」

 

霞はそう答えた。…どうやらその目は、新しい出会いを求めているようだった。刺激された探究心と、好奇心と…そして、人との出会いを求める寂しさが入り混じったような、顔に見合わない子供のような感情が紫には読み取れた。

 

「そう…分かったわ。それなら博麗神社はどう?私、1人あなたに会わせたい子がいるのよ。あ、それとこれも渡しておくわね。その札に力を込めるとあら不思議!紫ちゃんハウスへ一直線よ!」

 

ドレスの中からから突然取り出された札を霞へと渡した紫は、ニッコリと笑っている。

 

「あぁ、ありがとう紫。そうだ、椛?お前はこれからどうするんだ?」

「あ…私はそろそろ、仕事に戻らないと…」

 

そうだ、そういえばまだ仕事中だった…!!流石にこれ以上の休憩は、同僚の天狗達にに何を言われるか分からないし…

 

 

「そうか…元気でな。また会えることを楽しみにしてるよ」

 

「はい。それでは私はこれで…」

「あぁ。また今度ね」

 

 

霞はそう言って椛へ手を振ると、賢者と共に隙間の中へと消えていく…

 

 

「霞さん、かぁ……」

2人の気配が完全に消えるのを確認すると、椛も妖怪の山目掛けて飛び立った。

…何だか身体が軽く感じていつもより、とても速く飛べたのは…もしかしてさっきの温泉のお陰だろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スキマの中で、霞は久しく感じなかった感情に頬を緩ませる。

 

「幻想郷か…思っていた所より、とてもいい所じゃないか。」

「そうでしょう!?まだまだ面白いところがあるんだから楽しみにしてて頂戴!」

 

 

 

「そうか…それは楽しみだな。」

 

 

霞は口元を綻ばせる。…今度はまた、どんな相手に出会えるのだろう?

 

 

 

 

 

 




書き方変えました…
少しは見やすくなってると思いたいッ!!


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巫女と賽銭と弾幕ごっこ

初日なので2話目も投稿!



…ストックがががが


妖怪の山で椛と別れた後、紫はスキマでの移動中に霞を案内を始めていた。

…しかしその案内が普段、幻想郷へと迷い込んだ人間や異変を起こし、そして解決した後の案内以上に張り切っているのは、もはや誰から見ても分かるだろう。

 

「んふふふふ……今から霞を案内する所はね?『博麗神社』って名前なんだけれど…この幻想郷にある唯一の神社…って、あ、今は違うわね。確か少し前の異変で外の世界から新しい神社が妖怪の山へ幻想入りして来たのよ。だからそこの神社とは違って、元からある重要な───あ、いけないいけない。少し話を戻すけど…

その博麗神社って…この幻想郷において、とても重要な場所でもあるのよ。それなのに馬鹿な天人が地震起こした時があってね…私もついキレちゃって、その天人を存在ごと散らしてやろうかって思ったとこだったけど、どうにか丸く納めて…あ、また話がズレちゃったわね。ごめんなさい!」

 

とてもとても早口での案内の中で、過去に起こった出来事へと話が脱線してしまっている紫を見た霞の口角は、楽しげに先程よりもつり上がっていた。

 

「いや、構わないよ。むしろ、そう言った紫の話を聴くのは好きだからね…」

 

「え?もう!霞ったらそんな好きだなんてえへへへへへ……あ、それと霞…?実は言い難い事なんだけど…私、ついさっき藍…あ、私の式神なんだけれどね?その藍に急な用事で呼び出されちゃって…

くっ、私が他のところも直々に色々と案内したかったんだけど、あの時とっさに霞の妖力を感じたから、私ってば自分の仕事をほったらかして来ちゃったのよ…

…うう。それで今ね?藍ってばかなり怒ってるの…だから今夜はさっきの札で、私の家に来てくれない?ついでに、私の新しい式神の紹介もしたいのよ」

 

「…ほう。式神かぁ…」

 

そう言われた霞は…式神という言葉に、かなりの興味を惹かれたらしく、目には好奇心に満ちた光が灯っていた。

 

…やはりこの男、顔に出る。

 

 

「ふむ…分かったよ。私も式神とやらには心惹かれるものがあるし…ただ、今日はまだ時間もあるから色々と見て回りたいからね…

行くのはもしかすれば少し、遅くなるかもしれないが…それでも良いかな?」

 

「ふふ。もちろんよ!!存分にこの世界を楽しんできて頂戴!!」

 

 

紫は満面の笑顔で霞にそう告げる…そして、つらつらとそんな会話をしている内に、いつの間にかスキマが開いたのか……地上の様子が二人には飛び込んできた。

 

「あ、着いたわよ霞!ここが博麗神社よ!!」

「ふむ…」

 

 

そこは見渡す限り、辺り一帯を森に囲まれた古い神社の境内だった。高所にある所為か、日が少し隠れている。

そしてそんな霞の目に、年季の入った旧い鳥居が目に入った。かなり古い神社かと思ったものの、神社自体は質素な雰囲気を纏っているが…見立てより、かなりしっかりとした出来映えの、綺麗な姿をしていた。

 

 

「案内、ありがとうね。それじゃあ紫、また後でね?」

「ええ!もう首を長ーーーーーーくして待ってるから!!」

 

 

そう言って、手を振りながら紫がいた場所は一瞬でスキマに挟まれて何も無いただの空間へと戻っていった。

 

霞の目の前から紫が消えてしまった事を確認し、少しばかり周りの景色を見渡してみると…先程から見えていた鳥居の先に、石で出来た階段がある事が目に入った。

 

 

「へぇ…この神社に来るには、この長い階段を登ってこないといけないのか……結構大変だな。空を飛べると楽なんだが、人間には少し辛いだろうなぁ……」

 

「…ふむ。ここはもしかしてどこかの山の上なのかな。見晴らしはとてもいいし…風も心地よい良い所じゃないか。それに地形が見やすいのも良い……けど、人間が住むには、少し厳しいかな?

…ん。あの大きな山は…あれが妖怪の山かな?そう言えばあそこの山にも神社があるらしいし…今度行ってみようかな」

 

「…人間に会うのは、久しぶりだ」

 

 

そんな事を考えながら霞が神社の境内を歩いていると。本堂の目の前に『素敵なお賽銭箱はここよ!!!』と、でかでかと書かれた賽銭箱を見つけてしまった。思わず何事かと思い、賽銭箱の中身を覗き込んで見たものの…あまり中身は入っていないように見える。

…というか、すっからかんだった。

 

ここにはあまり人が訪れていないのか……いや、紫が確か、別の神社が出来たと言っていたっけな?

 

 

「ふむ…せっかく来たんだ。神を祀る事は大事だからねぇ…ここはひとつお参りでもしていくとしよう。どれ、賽銭は……む?そういえば私はいくら持っていたっけな…?」

 

 

霞はそう言って懐から財布を取り出す。

財布と言ったものの、ここ数百年は使った記憶も無いものであり、当然ながら中身の価値すら分かっていない。

 

 

………どうやら古いお札しか入っていないようだ。…これ、この世界でも使えるのだろうか?確かに外の世界で使えるであろう札とはいえ、これは確か…かなり昔に備えられたものだったハズ。

 

現在このお金にどれくらいの価値があるのかが分からないが…

 

「うーん………まぁ折角だし、これでいいか。」

 

そう言って霞はお札を賽銭箱に入れると…手を叩き、心の中で願いを零す。

 

「どうか、この先でまた新しい出会いがありますよう」「お賽銭!?!?」

 

 

突然の大声に霞の願いはぶった斬られてしまった。現れた少女は霞のこと等無視しては一目散に賽銭箱を掴んでガタガタと揺らしている…誰だろう、この少女は?

そしていくら賽銭箱を振っても賽銭の音が聞こえなかったのか、その少女は目に怒りを露わにして霞へと詰め寄ってくる。

 

「ちょっとアンタッ!!お賽銭の音が聞こえないじゃない!一体どういう事!?まさかとは思うけど、賽銭も無しにご利益だけ貰おうって考えてるの!?そんなのは許さないわよっ!!それに妖怪の癖して、そんなナメた真似が許されるとおもっ!?」

「すまない。少し落ち着いてくれないか?」

 

騒がしく叫ぶ少女の口に羽衣が巻き付き、その細い身体を縛りつけた。

 

「むぐぐぅぅぅー!?!?」

 

霞に近づいた瞬間、いきなり自分の全身を縛られた事に驚き、少女は戸惑っていた。しかしそれでも暴れることを止めない少女は、むーむーと叫びながら抵抗を続けていた。

 

「むっ、むぐぐぅ…っ!!むむむーっ!!」

 

なんというか、とても巫女っぽく無い風貌をしているけど、この子がこの神社の巫女なのだろうか?

 

なら、少しばかり誤解を解かなければまともに話すら出来ないかもしれない。

…かなり手を焼いた霞はとりあえず誤解を解くことから始める事にした。

 

「いきなりこんな事をしてすまないとは思っているけど……とりあえず落ち着いてくれるとありがたい。ほら、お賽銭ならきちんと入れたから…どうにか機嫌を直してはくれないか?」

 

傍から見ると少女の身体に羽衣を巻き付けて手足を縛っているという、紫による甘々判定でも

 

『それはダメよ!そんなのやっていいのは私なんだからーっ!!!』

 

…ああ、話が逸れた。とりあえずこれは自分でも分かる程、色々と大変危険であるだろうと思う光景なのだが…

 

一応、霞は表面上はそんな事を全く気にかけずに少女へと話しかける。そして少女がぷるぷると目に涙を浮かべ始めたのを見て、話をするために羽衣を少し緩める。

 

すると、すぐさまその少女は食い付いてきた

 

「…ぷはっ!ちょっとアンタ!私に一体何するつもりよ!!もし変なことしたら承知しないわよ!?

それにねぇ!?私を舐めてるなら承知しないわよっ!!賽銭の音もしないのにお金入れたなんて、バレバレの嘘をついてんじゃ…」

 

「あぁ、それに関しては持ち合わせに小銭がなくてね…札を入れたんだけど。この神社ではお札は駄目だったのかな?」

 

 

「……お札??」

 

 

瞬間、少女の様子が変わる。

 

 

「……え?札?札って………それホント?嘘じゃないわよね?ホントよね?」

 

「本当だから…疑うなら確認してみなさい」

 

霞に言われて恐る恐る…拘束を解いた身体はゆっくりと賽銭箱のへと向き直り、その蓋を開けた少女は次の瞬間。大声で絶叫を上げた。

 

 

 

 

「い、いやったあぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!

ホントに入ってたぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

今、霞は神社の今に連れてこられて霊夢とお茶を飲んでいる。と言うよりも強引に連れ込まれて飲まされている…と言った方が正しいだろう。先程、妖怪の山で轟くほどの大声を上げた少女は満面の笑みで霞をもてなしてくれていた。

 

「いやー悪かったわね!!もう箱からなんの音よしなかったから、すっかり勘違いしちゃったわ!ホントにごめんなさい!あ、お茶のお代わりいる?」

 

「…あぁ、ありがたく頂くよ。」

 

もう、顔中ニッコニコである。どうやらこの少女は…相当感情を表す際の喜怒哀楽が激しいらしい。

 

…初めて会ったタイプだなぁ。なんて考える霞の元へ、お茶のお代わりが手渡された。

 

 

「全く…最近ってここに来る奴らってば、もうびた一文とした賽銭を入れないくせに、やたら酒とか持ち込んでよく宴会を開くのよね…アイツらってばもう、ここをタダで使える広場かなんかと勘違いしてんじゃないのかしら?あっ、けどあなたは別よ?もういつでも来ていいわ!お賽銭入れてくれる存在はもう神様みたいなものだし、じゃんじゃんウチに来てどんどんお願いしてお賽銭入れていって頂戴!!」

 

訂正。やっぱ現金な子のようだった。

 

はー…この世界にも、あなたみたいないい妖怪もいるものなのね。それに羽振りも良いなんて、素晴らしいことだわ、ホント。

…けどねぇー…女を縛るなんてのはちょっと頂けないわ。本当、あなた…次やったら許さないわよ?この博麗の巫女相手にあんな破廉恥な真似したら、ボッコボコに退治されても仕方ないんだから」

 

 

……何も聞かず攻撃姿勢に入られたので、個人的には正当防衛だと思っているけれど…まぁ、それは黙っておいた方が良さそうだろう。

 

「そうさな。忠告どういたしまして…それと、それについては謝るよ。そういえば、君の名前はなんて言うのかい?」

 

「ん?あ、自己紹介が遅れたわね。私は博麗霊夢。この神社の巫女をやってるわ…あ、それと妖怪退治とかも請け負ってるわよ。なんか気に入らない妖怪がいれば私に言いなさい?格安で退治してあげるから」

 

黒い髪につけた赤いリボンが目立つ、全体的に赤をモチーフにしている脇の開いた巫女服が特徴的な少女は、そう名乗った。

 

「そうか…私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ」

 

「ふーん温泉?というか貴方妖怪だったのね…変に人間臭いから、人間かと思ってたわ。というか幻想郷に温泉なんてあったかしら?」

「ああ、それなら簡単な事だよ。私が温泉にまつわる能力を持っているだけのことだからね」

 

 

温泉という単語を聞いて、霊夢の顔に興味が宿る。

 

「へぇ…そうなの。そう言えば霞…ってどっかで聞いたことあるわね…どこだったかしら?紫がなんか言ってたような…」

 

「ん?紫を知っているのかい?」

 

「ええ、そもそもここに来たのも紫が…え?あなた紫を知ってるの?」

 

「ああ。古い友人というやつかな?」

 

紫の古い友人。普段は他人になど無関心であり、興味のない霊夢だったけれど…何故かこの時、霊夢には普段味わうことの無い筈の…数少ない興味が、湧き上がっていた。

 

「ふーん…なら紫とはいつ出会ったのよ?」

 

 

「えぇっとねぇ…確か、数千年前かなぁ…?」

「ブハッ」

 

そして、霊夢は飲んでいたお茶を盛大に噴き出した。

 

「ん…おい霊夢…大丈夫か?」

 

慌てて霞が霊夢に駆け寄って背中を摩ろうとするが、それを霊夢は手で抑えると

 

「ゲホッゲホッ…だ、大丈夫よ。それにしても、す、数千年前って…あなたそんな見た目でかなり生きてるのね…若そうな見た目だから全然予想してなかったわ…」

 

霊夢の目の前にいる男は髪こそ白いものの、艶はあり背も高く、体つきもしなやかな筋肉が着いていた。時に風に靡いた浴衣から偶に見えていた身体は、かなり引き締まっていた。

 

「で…そんな大妖怪サマは一体何処で紫と出会ったってのよ?」

 

「ふむ…確か、人里近くの森の中で私が風呂に浸かっていた時だったね」

 

 

…は?何を言っているんだろうこの妖怪は?

 

 

「あの時のことはよく覚えてるよ。のんびりと湯船に浸かっていたら

私の上に急に大怪我をした少女が落ちてきてね…」

 

 

どんな出会い方をしてんのよ!?しかも大怪我って…

 

「怪我ってどういうことよ!?」

 

博麗霊夢は他人に興味が無い事で有名だ。たとえそれが人間だろうが妖怪だろうが賽銭を入れない奴らは等しく興味が無い…が。そんな彼女だが一応育ての親のような存在がいる。それが八雲紫だった…その八雲紫が怪我をしていたと聞いて、霊夢に動揺が走っていた。

 

 

「ああ、何でも急に襲われた妖怪との戦いで深手を負って逃げていた時に、崖から落ちてしまったらしくてね…そのまま、下にいた私の温泉へと落ちてきたんだと」

 

 

なんだその偶然は…そんな事が本当に起こるのだろうか?

 

 

「それで…その時紫は?どうなったのよ!?」

 

霊夢は霞に詰め寄る。それも、霞の目と鼻の先まで

 

「待った待った…近いよ。霊夢。大丈夫さ、あの時の紫は私の温泉で怪我を癒したからすぐに回復したよ。何も心配することは無いさ…それにもう、過去の話だからね?」

 

「っ…し、心配なんかしてないわよ!何言ってるのよ訳わかんないわ!!」

 

男に不用意に自分から近づいた事と、紫を心配していた事を同時に見抜かれてしまい、霊夢の顔が赤く染まった。

 

「というかあなた今怪我を癒したって言った?貴方ってそんな事まで出来るの?」

 

聞き捨てならない言葉があった。入るだけで怪我を癒せるなんて普通の妖怪に出来るわけがない…

 

 

「あなた…一体何者?」

 

 

霊夢は目を細めて霞へ問う…霞は霊夢の訝しんだ視線を感じると

 

 

「さっきも言ったけど私は霞。太古の昔から人々や妖怪を癒し続けてきた…ただの温泉好きな妖怪だよ?」

 

霞は真っ直ぐな視線で霊夢を射抜くと、すぐにさっきまでの微笑み顔へと戻った。

 

 

「良かったら霊夢も一緒に入ってみないか?一応それなりに効能がある温泉なんだけど」

 

 

霞は霊夢にそう言ったが…

 

…は?

 

「…そ、それって私にあんたと風呂に入れってこと!?い、嫌に決まってるじゃない!いくらあんたが悪い妖怪じゃないからって、初対面でそんなこと出来るわけないじゃない!?」

 

 

普段霊夢が関わっているのは悪友の霧雨魔理沙と八雲紫…それに

たまに遊びに来る伊吹萃香…ぶっちゃけるとそれ位しかいない。そして、男なんて特に興味など無いが…こう、真っ直ぐに「風呂に入らないか?」なんて聞かれたことなんて今までに1度も無かったのだ。

…いや、普通は無いことの方が多いと思うけど

 

 

「そうか…それは残念だな。私自身、誰かと共に風呂に入ることが

ここ暫く無くってね…この神社に来る前に紫や椛の2人と入ったんだけれど、あれも確か数百年ぶりだったかな…?」

 

 

(っ…!?過去を懐かしむ様なことを言ったと思えば、こいつ紫と一緒に入ったとか言ってんだけど!?え、入ったの!?嘘!?それに椛…椛……そういやどっかで聞いたわね。確か天狗だったかしら…?あ、あの白いわんこか。

犬なら仕方な……いわけないわよね!?あれ立派な女よね!?嘘でしょ!?)

 

「あ、あんた複数の女と一緒に温泉に入るなんてとんだスケコマシじゃない!!この変態!信用して損したわ!!ええいもう退治してやる!弾幕ごっこで勝負よ!スペルカードは4枚ね!!!」

 

 

もう退治してしまおう。この妖怪は多分女の敵だ。

 

そう思ってスペルカードを出したのに、霞は一向に出そうとしない。

 

「ちょっと!!話聞いてるの!?早くスペルカードを…」

「ちょっといいか?」

 

霞はそう霊夢に問いかけると

 

 

 

 

「弾幕ごっことは何かな?」

 

 

…は?

え、と、何を言ってるのかしら…?幻想郷でそれを知らない奴って一体…?

 

「実は幻想郷には今日来たばかりでね…で、弾幕ごっことは一体何なのかな?」

 

なるほど、今日来たばかり…それにしてはなんか馴染んでる気がするけど…

 

「弾幕ごっこっていうのはこの幻想郷で主流になってる遊びのことよ。スペルカードと言うものを作って相手に弾幕を撃ってそしてそれを避けきったら勝ちっていうルールよ。」

 

 

どうやら本当に弾幕「ごっこ」らしく危険な弾幕は禁止らしい…本当に遊びのようなものなのだろう。この幻想郷では戦いの際に必ずこの弾幕ごっこで勝負をするらしい。人間も妖怪も神もできる遊び…か。

誰が考えついたのだろう?

 

 

「へぇ…楽しそうだね。」

「だからその弾幕ごっこで勝負って言ってるのよ!この女の敵!えっち!変態!」

 

散々な言われようである。だがスペルカードなど今日知ったばかりの

霞が持っているはずもなく

 

「うーん…そのお誘いは遠慮させて貰うよ…何分私は争いごとが苦手でね…そのスペルカード?とやらも持っていないんだよ」

 

「そ、そんな事言ったって複数の女と一緒に風呂に入るやつが信用できるわけないじゃない!?」

 

霊夢の警戒心は留まることを知らなかった。

 

「うーん…そこまで嫌がられるとこちらも気分が悪いしね…ならこの話はなかっことにし」

「おーい霊夢ー!!!」

 

 

神社の境内から大きな声が響いた。…ああ。嫌な予感しかしない霊夢はギギギと音が鳴るような動きで後ろを振り返る。…その先に居たのは

 

「霊夢ー?おーい居ないのかー?…せっかくこの魔理沙ちゃんが遊びに来てやったのにそりゃないんじゃないかー?」

 

どうやら霊夢と同じ年くらいの少女が金髪の髪を風に揺らしながらこちらへ近づいて来る…少女の見た目は特徴的であり、まるで魔法使いの様だった。

 

 

「あ、ちゃんといるじゃねーか。叫んでも出てこないから留守かと思ったぜ…ん?そこの男は誰だ?」

 

どうやら霞のことを聞いているらしい。

 

「ああ、私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ。宜しく。」

 

その言葉に魔理沙は興味深く感じたらしく

 

「へぇ…霞っていうのか。私は霧雨魔理沙っていうモンだぜ。普段は魔法の森に住んでるんだが…お前この辺じゃ見ない顔だな?どこに住んでるんだ?」

 

「あぁ…今日この幻想郷に来たばかりでね。そこら辺はまだ決めていないんだよ」

 

「へぇ。今日ここに来たばっかりなのか。とんだ奇縁もあったもんだな…そんで一体どうして霊夢はこいつに対して、敵意を剥き出しにしてるんだ?」

 

魔理沙がチラリと視線を移した先での部屋の隅で、霊夢は霞の方を向いてぐるるるる…と唸っている。

…犬かよ?

 

「ああ。私の能力で温泉を湧かすから一緒に入らないか?と誘ってみたんだが、生憎断られてしまってね…」

 

(おお?なんかこいつ普通のことを言ってる風だけど結構やばいことサラッと言ってるぜ。これは私の中の魔理沙ちゃんレーダーがこいつは女の敵だとビンビンに警告しているぜ…?)

 

「…なぁ、なら私と弾幕ごっこで勝負しないか?もしお前がに勝ったら、その温泉とやらにこの魔理沙ちゃんが一緒に入ってやってもいいぜ?」

 

ふと、魔理沙がそんな事を言い出した。

その目は興味深そうに霞を見ており、爛々とした擬音が出ている様にも感じとれる。

 

 

「ちょっ!魔理沙!あんた何言って…」

「それは有難いけど…残念だな。私は弾幕ごっこをやったことがなくってね…」

 

「ああ、そりゃ残念だな。ならこの話はナシ…ところで本当に温泉なんて湧かせるのか?」

 

魔理沙が疑問に思ったのか霞へそう聞いた。すると霞が

 

「ならここで作ろうか?」

 

至極真っ当な顔でそう答えた。

 

「おお、そりゃいいぜ!現物を見たらこっちもモチベーションが上がってくるしなぁ!!やっぱなんか賭けないか?」

「そうか、なら即席で作らせてもらうよ。…ここでいいか。よっ、と」

 

霞は少し離れたところに妖力を流し込むと…魔理沙の目の前に、丁度2人入れる程度の狭い温泉が出来上った。

 

「お、おおおっ!?す、凄ぇじゃんか!?ホントに一瞬で温泉が湧いたんだぜ!?」

「嘘…ほんとに湧いてる…!?これが温泉を湧かせる力…」

 

 

そもそも、幻想郷に綺麗な温泉はほぼ存在していないと言っていい。もしあったとしても、それは整備されていない汚い温泉がほとんどである。それも殆どが森の中などにあるため、一般的に多くの人や妖怪が温泉になど入る機会など1度もなかったのだ。

…そして、そんな2人が目の前にある温泉を見て息を飲んだ事を確認した霞は、1つ提案をした。

 

 

 

 

「それなら今から霊夢と魔理沙の2人で弾幕ごっこをしてくれないか?で、負けた方が罰ゲームとしてこの温泉に私と入る…こんなルールでどうかな?」

 

何を言い出すんだこいつは…そんな勝負に乗るわけが

 

「よし、その勝負乗ったぜ!」

「ちょ、本気!?」

おい魔理沙ァ!?

 

「前々から霊夢をギャフンと言わせてやりたかったからな!まぁいつもは負けてやってるだけで、本気なんて出してないから霊夢が勝ってただけだしな!ほら霊夢!勝負しようぜ?」

 

ピキッ

挑発だと分かっているものの、霊夢の頭に青筋が走る。

 

「…フフ。いいわ…なら丁度イイわね。取り敢えずアンタをボッコボコにした後、そこの温泉にぶち込んであげるわ。それはそれは怪我も癒せて一石二鳥でしょうねェ?」

 

ピキッ

「…あぁ?霊夢よぉ…気が短いのはいけないぜ。こんなに愛らしい魔理沙ちゃんが負ける訳無いだろう?一旦頭冷やして温泉にでも入って、リフレッシュした方がいいんじゃないのかァ?」

 

 

 

二人の間を一瞬の静寂が襲う…!!

 

 

 

「「……上等ッ!!!」」

 

 

2人は上空へ飛び上がるとお互いスペルカードを構えた。

「霊符「夢想封印」!」

「魔符「スターダストレヴァリエ」!」

 

 

こうして、少女達による弾幕ごっこの火蓋は切られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして2人の弾幕ごっこを真下で見ていた霞。

 

 

 

色鮮やかな弾幕を横目に見ながら湯船の中に腰を据えると

 

 

 

 

 

「ふむ。弾幕ごっことは美しいものなんだな…少々煩いけれど、それもまた楽しみの一つなんだろうね。こんな景色を見ながら温泉に入るのも、偶にはいいかもしれないな…」

 

 

 

 

2人の少女が弾幕ごっこで戦う中。呑気に湯船に浸かってそう零したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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鬼とお酒と思い出話

霊夢と魔理沙の弾幕ごっこが 佳境に入って来た頃。

神社の屋根の上から1人の少女が境内へと着地し、手に持った瓢箪に入った酒を呑みながら、霞のいる温泉の方へ歩いて来る。

 

 

「…っぷはぁ!お〜い霊夢?さっきからドンパチドンパチ、一体何をやって…ってあれ?霞じゃないか!久しぶりだねぇ!」

 

頭の上に天に向かって反り立つ二本の角を持った小さな少女は、霞を見つけた瞬間。酔いのせいで赤く染まった顔を一気に笑顔に変え、そしてかなり酒を呑んでいるのかフラフラとし千鳥足ながらも小走りで、霞目掛けて近寄って来た。

 

 

その少女こと、伊吹萃香。昔、人々から恐れられていたかの『酒呑童子』であり、この強者多き幻想郷の中でも最高峰の実力を持っている鬼の少女である。「密と疎を操る程度の能力」を持っており、かつて妖怪の山で恐れられていた「山の四天王」の内の1人でもあった。伊吹瓢と言う酒が無限に湧き出す瓢箪を肌身離さず持っている所が特徴と言われており、酔っていながらも堂々とした姿をしている。

 

「ここで会うとは奇遇だねぇ!会えて嬉しいよ?」

 

そんな風に、昔と全く変わらない萃香を見て、霞は懐かしげな表情を浮かべつつも萃香を温泉の方へと招き寄せる。

 

「あぁ…久しぶりだね萃香。私の方こそ、会えて嬉しいよ。けどお前、まだ昼間なのに呑んでるのかい?お前の酒好きは相変わらずだねぇ…?」

 

「当たり前じゃないか!私と言ったら酒。酒と言ったら私の事だよ!それに霞だって年がら年中温泉に入ってるじゃないか?

…というかずるいよ霞!1人でそんな風に温泉入ってるなんて…えぇい!その湯、私にも入らせろーッ!」

 

 

そう言うと萃香は着ていた服をパサリと一瞬にして脱ぎ去ると…温泉の中で座っている、霞の隣目掛けてそのまま飛び込んできた。

 

 

…当然隣にいる霞はその飛沫をもろに顔に被ってしまう事になってしまう。

 

…これはデジャヴ、というヤツなのだろうか?

 

 

「萃香…お前も紫と同じ事をするんだな…?この温泉は逃げたりしないんだから、もう少し静かに入れないのかい?」

 

ポタポタと頭から雫を滴らせる霞が責めるような目で萃香を見つめるが…萃香は全く詫びれた様子を見せずにからからと笑った。

 

「あっははは!やっぱり紫も飛び込んだのかい?そりゃそうなるだろうさ!だって久しぶりに会えたもんだから…早く触れ合いたくって嬉しくなっちゃって、ついつい飛び込んじゃうってのが友人ってもんだろう?」

 

萃香はそう言って、心底愉快そうに笑う。

嘘を嫌う萃香の偽りのない言葉は、決して揺るがない『私たちの仲だろう?』といった自信に満ち溢れていた。

 

「いやー…私も目の前に霞と霞の温泉があるんもんだから、つい舞い上がってしまったよ…霞ってばにくいねェ?

にしても霞、見た目があんまり変わってないじゃないか。あれから結構時間経ってるのに…私より年上の奴なんて、ここじゃ早々いないもんだよ?」

 

「そうかい?まぁ見た目のことならお前のその姿も、私は大概だと思うけどね…」

 

「なーにィ〜?それよか霞だって隣に女の裸があるってのに、相変わらずの無反応だもんねぇ…その調子じゃあまだまだ紫も苦労してるんだろう?

…まぁ、そこが霞の良いとこでもあるんだけどねぇ…なんというか、視線ってのは他の男にあっても鬱陶しいだけなんだけど、無いならないで残念なものがあるよねェ…」

 

萃香はぺたりと霞へともたれかかり、身体を寄せながらそう言った。霞の肌に触れる萃香の肌の感触は柔らかいが…若干、角が頬に刺さって痛い。

 

 

「…こら萃香、男にそう易々とひっつくもんじゃないよ。…私はもう、長く生きて来たから…そこら辺の事情に疎いだけだよ。

…それに萃香達と別れた後も色々な人と一緒に湯に入ったんだけどね、つい先程、人を怒らせてしまったばかりでなんだ。やっぱり女心は難しいね…?」

 

それを聞いた萃香は興味深そうな目をして霞の方へと向き直った。そのせいか、色々と見えてしまっているけれど…萃香はそんな事等全く気にすることはなく、霞の話に食い付いていた。

…何故に、隠そうとしないんだろうか?

 

「へぇ?あの誰とでも仲良くなれる霞がかい?珍しいねェ…一体誰を怒らせ……あ、分かった。大方やらかしたのは霊夢だね?さっき大声がここから聞こえたからさ…あの霊夢をあんだけ怒らせるなんて、一体何をしたってのさ?」

 

 

正確に言うとその大声は多分、賽銭を受け取った時の大声だと思うのだけれど…まぁ、そんなのはどうでもいいことだろう。

 

 

「私は今日、この幻想郷に来たばかりで知らないことが多くてね…霊夢には弾幕ごっこというものを教えてもらったんだよ。それで、良いことを教えてくれたお礼として、いつものように温泉に入らないか?といった風に誘ってみたんだが…

…初対面でかつ、年頃の人間は一緒に風呂に入る事が恥ずかしいってことをすっかり忘れてしまっていてね?まぁ、散々な言われようだったよ」

 

「ふーん…なるほどねェ…それで、あの二人はなんであんなに怒り狂った表情で弾幕ごっこなんてやってるんだい?」

 

萃香は上空に視線を向けて観察してみたところ2人とも普段よりも弾幕にキレがあった。

…というか多分、キレていた。

 

「まぁ、ちょっとした出来心でね…?負けた方が私と温泉に入る。そう持ちかけてみたんだけど、意外なことに魔理沙が乗ってくれたんだよ。それで魔理沙が霊夢を挑発して霊夢も魔理沙を煽って…で、今に至るわけだよ」

 

 

「はぁー…霞の温泉はこんなに気持ちいいのに。勿体無いことするねェあの二人は…

だって温泉に入れて霞とも話せるんだよ?これこそ一石二鳥じゃないか!たかが裸なんて安いもんだよ。

…まぁ私だって、そこら辺にいる男になんざ裸見せるなんてのは真っ平御免だけどね?けど霞だったら別にいいかって思えるのは…ま霞が今までに積んできた、人徳の賜物だと私は思ってるよ。

…それと色欲的な部分が枯れてるのもあると思うし…まぁそれは仕方ない事だと思ってるけどね?霞がこうなった原因に、私だって噛んでる事になるし…

…あ。そうだ霞!せっかくだから思い出話に花を咲かせつつ、呑まないかい?酒ならここにあるからさ!」

 

そういうと萃香はさっきまで自分が呑んでいた瓢箪を霞の前へと差し出すと、ニヤリと口元を歪ませる…

霞自身、酒なんて呑むのは数百年ぶりだった。

 

「ふむ、確かにそれも良さそうだね…有難く頂戴するとするよ。けど萃香?…これ、回し飲みになるけどいいのかい?お前、瓢箪は昔から離さなかったろう?」

 

「…ふふん。そんなの大丈夫に決まってるじゃないか!私たちの仲だろう?そんな年頃の女子みたいな事言ってないで気にせず飲め飲めーッ!

今日は私達が再会した記念日でもあり、霞が幻想郷に来た記念日でもあるんだからね!いわゆる無礼講ってやつだよ!」

 

萃香はそう言って、霞が呑んだ伊吹瓢を受け取ると…そのまま一気に酒を煽っては飲み干して行く。

無限に湧き続けるため、飲み干すことはないけれど…やはり、無限に酒が湧くとか最高すぎる。

そう、萃香は心から思っていた。

 

 

「あぁ〜やっぱり霞の温泉に入りながら呑む酒は格別に美味いねぇ!五臓六腑に染みわたるよ!」

「それは光栄なんだが…やはり鬼が呑む酒は、少々私には辛口すぎるなぁ…萃香はよくこれを一気飲み出来るね?鬼ってのは皆、酒に強くて驚いてしまうよ…」

 

ドがつく程の酒好きである鬼たちが飲む酒はほとんどが超辛口であるため、人間や並大抵の妖怪の口には合わないことが多い。だからこそ、鬼たちはいい酒を作ることに対しての情熱は非常に高かった。

それ故に。それに付き合うには、自身も相当のザルでなければならない。

 

 

「んー?けどそんな事言ったって…私、霞が酔ったところなんて見たことないんだけど?どんなに飲んでも気づけばケロッとしてる癖によく言うじゃないか……それじゃあ、もし霞が酔ったらどうなっちまうんだろうね?」

「うーん…私自身、深酔いした事が無いから分からないけれど…まぁ、そういう体質なんだろうさ。私自身が常に二日酔いなんかにも効く温泉に毎日浸かってるからね…自然とそうなったのかも知れないな。

まぁ、酒は程々に楽しむのが私は好きなんだよ」

 

 

「そうかいそうかい、まぁとにかく飲みなって!私も霞が一体どうして幻想郷に来たのか気になるしね…詳しく話しておくれよ?……お、ありがたいねぇ…んぐ」

 

昔から変わらない笑顔を見せる萃香や他人には触らせる事の無い宝物を預けてくれることを嬉しく思った霞は、伊吹瓢を受け取って萃香の口へと酒を注いでいった。

どうしてこんな事をしたのか分からないけれど…

何だか、荒んでいた心が少し救われた気がした。

 

 

「… あれ?霞から始めるなんて、珍しいね?」

 

「…どうやら私も少し、酔っているのかもしれないね…普段ならこんな事を自分からはしないんだけど…あぁ、そういえば私がここに来たのは…」

 

 

懐かしい友人に出会えた事からか、霞は普段よりも酒を呑んだおかげで饒舌に萃香にここにきた経緯を話し始める。二人の会話はそのまま過去の思い出話にまで発展していくのだが…その間、萃香の頭をゆっくりと撫でていた霞は。普段よりも表情が緩んでいた。

 

 

鬼の少女に出会ったのは、一体いつ振りだろうか…?

 

 

 

 

 

 

────────────────────

 

それからしばらく経った頃。

 

「ちくしょう…あと少しで勝てたと思うんだがなぁ…悔しいったらないぜ」

 

「ふん。私に勝とうなんざ100年早いわよ。さぁ魔理沙?罰ゲームの準備はいいかしら?」

 

 

結局勝負は霊夢が勝ったようだ。負けた魔理沙は渋い顔をしつつも覚悟を決めたのか、服に手をかけながらも霞の方へ振り返る。

 

「はぁ…ここで逃げたら女が廃るってもんだぜ!おい霞!せっかくこの魔理沙ちゃんが一緒に入ってやるんだから感謝するんだ…」

 

腹を括った魔理沙が、霞の方を向いた瞬間…そのまま固まってしまった。

 

それを見た霊夢が何事かと思い、霞の方を見ると

 

 

…萃香と霞が仲良く一緒に温泉に入っていた。

 

 

 

 

 

 

「何やってんのよアンタ達はぁぁぁぁあ!?!?!」

 

 

霊夢の絶叫が博麗神社に轟いた。

 

 

「それでね霞…そこで勇儀がうおっ!?な、なんだい!?って、あ、霊夢じゃないか。急に大声なんか出してどうしたんだい?」

 

 

いつの間にか。霞の膝の間に座っていた萃香はキョトンとした顔を霊夢に向けて話しかけてきた。

 

さも、今の状況は至って普通の事だと言わんばかりの笑顔で…

 

 

「す、萃香…あんた、どうして霞と一緒に風呂入ってんのよ!?しかもそんな所に座るなんて…は、恥ずかしくないわけ!?」

 

 

目の前にいる萃香はもちろん裸である。もともと身体が小さい上、どう見ても子供のようなつるぺた体型をしているが……女は女。萃香は霞の膝の上に座ったまま、満足気に酒を飲み干していた。

 

 

「ん?ねぇ霊夢…今なんか失礼なこと考えなかった?」

 

萃香が何かを察し、訝しんだ目を霊夢に向けるも霊夢はそれをスルーした。

 

…何があったらそんな状況になんのよ!?というかこんな事されてるのにどうして霞は気にもしていないわけ!?

 

自分の膝の間にいる萃香と和やかに談笑している霞は特に気にしたようなこともなく

 

 

「ん?あぁ、私と萃香は古い友人でね…昔からよく私の温泉に入りに来てたんだよ 」

 

微笑みながらそう言った。

 

「そうだよ?むしろ霊夢は何で入らないのさ?こんなに気持ちいいのにねぇ…もったいないよ?」

「……え?」

 

何がおかしいんだと言わんばかりに霞に同調する萃香を見ていると…霊夢が今まで深く関わってきた紫や萃香が平気な顔をして男と風呂に入るような奴だと思ってしまい、霊夢の中の何かが音を立てて崩れていった。

 

 

「…ッハ!?なんか凄い光景を見た気がするんだぜ…ってどうなってるんだこれ!?おい霊夢!ちょっと説明して…霊夢?」

 

復活した魔理沙など目もくれずに霊夢は呟いた。

 

 

「私、疲れたからもう帰るわ…」

 

フラフラと歩きながら神社の中へ戻る霊夢。なんだか普通の様子じゃ無かったので魔理沙は声をかけることを躊躇ってしまった。

 

 

 

…どうやら魔理沙の理解できない世界がまだこの世界には広がっているらしい。

 

 

 

「…うーん…じゃあ私も帰るとすっかな…」

 

何だか自分が浸かれる雰囲気じゃないと察した魔理沙がそう言って箒に跨った時。後から霞に声を掛けられた。

 

 

「もうこんな時間か…気をつけて帰るんだよ。またどこかで会えるといいな…さようなら?」

 

「お、おう。そんじゃあ邪魔したな…さいならだぜー!」

 

魔理沙は空へと飛び上がり魔法の森を目指して進み始めると、少し気になって霞たちの方を振り返って見ると

 

 

霞はまだ、手を振りながら微笑んでいた。…が、次の瞬間、構って欲しい萃香に無理やり瓢箪を口に突っ込まれながら酒を呑まされていた。

 

 

「なんか不思議なやつだったな…」

 

実際色々考えていたのが馬鹿らしくなるほどの変な男だった。しかしあんなに楽しそうに笑う萃香を魔理沙は今まで見たことがなかった。今でも正直驚いているし、それに最初は怪しい雰囲気を纏っていたけれど、最後に見た顔は純粋な微笑みだったのが妙に印象深い…。でも萃香もあんな顔をしていたんだから…悪いヤツじゃあ無さそうだった。

 

 

 

「今度は温泉、入ってもいいかもしれんなぁ……あ!香霖に話してみるか!」

 

そう、思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういや霞はこの後はどこに行く予定なんだい?」

 

萃香にそう聞かれると霞は

 

「そうだねぇ…今日はもう少し付近を散策しようかと思ってたんだけど…こう暗くなってくると何処にも行きようがないね。少し早いけど紫の家に行こうかと思ってるところだよ?」

 

そう答えた。それを聞いた萃香が何かを考え込むとぱっと顔を上げて

 

「ふむ。紫の家か…ねぇ霞?それって私もついて行ってもいいかい?」

 

紫の古くからの友人である萃香は霞にそう問いかけた。

 

「ん?多分大丈夫だとは思うけど…?紫に渡された札の効果は私の周りにいるものも転移できるだろうし…」

 

「そいつはいいね!ならそろそろ上がろうじゃないか!まぁ、紫たちともう一度会うんだったらまた入り直す事になるんだろうけどね…?」

 

そう言って萃香は温泉から上がると少し風にあたって身体を冷ます。

夜風は少し冷たく、萃香の火照った身体を心地よく撫でていった

 

温泉から上がった霞が温泉に妖力を流し始めると、温泉が粒子状になって消えていく…

 

 

霞の身体は既に乾いていた。理由として、温泉妖怪である霞は常に薄い浴衣を着て温泉に入っているもののその服が濡れない特性を持っているからだった。

 

萃香はそれ便利だよなぁ…といつも思っている…

 

 

そして萃香も身体を乾かすために霞に向けて堂々と身体を晒す

 

霞は苦笑しつつも

 

「全く…拭くのは構わないんだが…毎回身体を見せつけるのはやめてくれないか…?信頼してくれているのは分かるから嬉しいんだけど、非常に絵面が悪くてね?…全く、いつからこうなってしまったんだか…」

 

「ふふん。霞が拭いてくれるのが気持ちいいのが悪いのさ!さぁ!何処からでも拭いてくれて構わないよ!」

 

そんな事を言う萃香に霞は羽衣を巻きつけていく。そのまま霞は放り出した自分の着替えを拾いに行ったようだが…腕に巻き付いた羽衣はそのまま萃香の身体全体を拭くように滑って行った。

…実はこの羽衣、サラサラとした感触とキメ細かい素材なため、とても肌触りが良い。

 

「んっ…やっぱりこれは良いねぇ…」

 

だから今、肌や胸に触れる羽衣によって…萃香が快感を感じているのも、当然のことなのだろう。

 

 

すべての水分をものの数分で吸い取った羽衣は自動的に霞の元へと戻ってゆく。

 

 

萃香の脱いだ服を持ってきた霞はほのかに顔を赤くした萃香を見て

 

 

「…ほら萃香。いつまでも裸でいると風邪を引くかもしれないから…

とりあえず服を着なさい。」

 

 

若干気まずそうにそう言った霞から服を受け取った萃香は…いそいそと、服を着始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ今から紫の家に行くけど…しっかり私に掴まってろよ?」

「任せときな!!掴まるのは得意だよ!お、やっぱり霞の胸板は堅いねぇ…」

 

 

そんな呟きが聞こえたような気がしたが霞はそれを無視して札に妖力を込め始める。

 

 

 

札から出た眩い光が霞と萃香を呑み込んだその瞬間

 

 

 

景色が急に変わったかと思ったら目の前に見えたのはとても大きな屋敷だった。

 

そして霞たちを迎えたのは

 

 

「ようこそ霞ーーーッ!!!私の家へ……って萃香!?どうしてここにいるのよ!?」

 

 

待ってましたと言わんばかりに飛び込んできた紫は霞へ抱きつこうと走り出したものの…

胸元に抱きついていた萃香とぶつかりそうになり、慌てて立ち止まってしまった。

 

 

「あ、紫じゃん。生憎ここは満席なんだけど?」

「ちょ、ちょっとずるいわよ萃香!!!…あーん…せっかく出会い頭に抱きつくために走ってきたのにぃ…こんな事ってぇぇぇ…」

 

 

 

どうやら紫の考えていた未来は何をすることもなく挫けてしまったらしい…

 

 



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過去と出会いと癒しの湯

八雲紫の屋敷にて

 

「んもう!萃香が来るなんて知らなかったから霞に抱きつき損ねちゃったじゃない!」

 

「あっはははは!!さっきのは傑作だったね!馬鹿みたいな顔晒して…はははは!!!」

「ちょっと萃香!笑いすぎよ!?」

「ひーっひーっ…お腹痛い…というよりもさ?結局霞にひっついてるんだから、別にいいんじゃないかい?」

 

現在紫は霞の手を引っ張り家の中を案内している…はずだったが、今やもう、腕を抱きしめるようにして進んでいた。霞の腕を抱きしめる紫の顔は喜色に染まっていて、見ているこっちまでなんだか嬉しくなってきてしまう。

 

 

「全く失礼しちゃうわね…あ、改めていらっしゃい!霞!萃香!ここが私の部屋よ!」

 

紫に連れられた先にあったのは…隅々まで、きちんと整理整頓された部屋だった。

予想外の部屋を見て、二人は違和感を覚える。

 

「へぇ…意外だね。昔はから片付けが苦手だった紫にしては、随分と綺麗な部屋じゃないか」

「…んぅ?紫にしてはちと綺麗すぎやしないかい?」

 

あまりにも綺麗な部屋を見て、萃香はここが紫の部屋なのか疑っていた。

紫と長い付き合いのある萃香は、性格上。紫が自室と言い張るこの部屋に…かなりの違和感を感じていた。

 

 

「ウグッ……す、萃香ったら、な、何言ってのよ!!そ、そんな訳ないでしょう!?紫ちゃんは昔からいつも、綺麗な部屋に住んでー…ってか、霞!?ちょっそこ開けちゃダ」

「…?この扉がどうかし」

 

 

 

「ドサァー…」

 

 

 

 

「「「………」」」

 

 

 

 

霞が隣の部屋の襖を開けた瞬間。夥しい量の服や食べ物の袋。ぬいぐるみから恐らく仕事の書類までもが一気に、部屋を仕切る扉からこの部屋へとぶちまけられた。

 

 

…2人の白い目が紫へと突き刺さる。

 

 

「…期待した私が、馬鹿だったようだね」

「はぁ…やっぱりね?昔っから紫は片付けなんてしない、男っ気の無いだらしない女なんだから…これで納得がいったよ。

見栄なんて張るもんじゃないね…ドンマイ?」

 

「ち、違うのよ!これは…そう、藍!藍なの!ここは藍の部屋なのぉうッ!?」

 

紫が自分のカリスマを崩させまいと、紫は最後の手段…秘技である『実は全部式神のせい』を実行しようとした瞬間。霞と萃香の視界に突然現れた人物の手が、ガッシリと紫の頭を掴んでいた。

 

 

 

 

 

「紫様…?仕事を私に押し付けたあげく、さらに私に汚部屋の烙印を押そうというのですか…?お言葉ですが、自分をよく見せたいのなら…普段から掃除をすればいいだけの話じゃないですか…いい加減にしてくれませんかね?ちょっと、お互いに分かり合うために…隣の部屋で色々も、『オハナシ』しましょうか」

 

「みぎゃああああ!?!?!?!?ら、藍!?ちょ、ちょっと待って痛い痛い痛いぃぃぃぃぃいッ!?!?」

 

ギリギリと音が鳴るほど強く、頭を鷲掴み…と言うよりも、全力でアイアンクローされた紫は情けない声を上げながら、そのまま藍にズリズリと長い廊下を引き摺られていった。

 

 

 

「…」

 

それを呆然と見つめる霞達。

 

「…どうする?霞?」

 

 

萃香の問いに、正直それはこっちが聞きたいところだと心の中で呟く霞はここからどうするかを少し考えてみるものの…

 

 

「…とりあえず、藍について行こうか?」

「…だね」

 

 

 

 

…それしか言えなかった。

 

 

「いやあああああああああッ!?!?!?」

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

紫を精神的をフルボッコにして、崩れ落ちるまで説教をした藍は…霞の方とくるりと踵を返すと、自己紹介を始めた。

 

 

 

「私は紫様の式神をしている、八雲藍という者です。先程はつい、騒がしくしてしまって…誠に申し訳ありませんでした…」

 

 

八雲藍……肩まで伸びた金の髪に狐の耳を生やした、妖狐の少女のようだった。

…随分と、礼儀正しい妖怪らしく。姿勢を正してお辞儀する姿が…やたらと仕事の出来るやり手の女の雰囲気を醸し出していた。実際、相当仕事が出来るのだろう。

 

そしてそんな中。霞の目を否応なしに引くのが…この、藍の後ろでふりふりと動く、もふもふの九つに分かれた尻尾だろう。

 

 

「へぇ…九尾か。古くからある名を馳せた、由緒正しき妖怪じゃないか。私、今まで実物を見たことが無かったんだけど……感動したよ。確か、さぞかし強い大妖怪らしいんだってね?」

 

 

「そ、そうですね…紫様の式として、その辺に居るような有象無象の妖怪などに、負けることは一切ありませんね。けれど霞様も大妖怪だと紫様から伺っておりますよ?確か、太古の昔から存在する妖怪だとか…」

「いやいや、私はそこまで腕っ節が強いわけじゃあないからね…ただ長く生きてきただけの、温泉好きな妖怪に過ぎないよ?」

 

「いえ…そんな事はないと思いますよ…?紫様から聞いた話の中には

おそらく大妖怪にしか出来ないような逸話が多くありましたし…」

 

そう言った藍に対し

 

「何畏まってんのさ2人ともー…自己紹介もそれくらいにしてくれないかい?それに霞はどっちかというと腕っ節が強いんじゃなくて、戦っても倒れない所が強いんじゃないの?…ぶっちゃけあれは私みたいなゴリ押すタイプからすると、反則だよねぇ…」

 

萃香が口を挟むと、霞も昔を少し思い返す。

 

昔は妖怪に襲われたりした事もあったけれど…それらを全てをいなしていた。

霞は人も妖怪も癒す湯に浸かっているため、攻撃を受けてもすぐに回復してしまう。

だからこそ、相手からすると…霞という妖怪を倒し切る方法が無いに等しいのだろう。

相手からすれば無限に回復するゾンビのようなものだ。

 

 

 

「まぁ私のことは置いておいて…どうして藍は紫の式神になったんだい?」

 

 

霞は先程から疑問に思っていた事を聞いてみた。

一体何があって、紫の式なんかになったんだろうか?

 

 

「まぁ…私が紫様と出会ったのは、私が九尾になってすぐの時だったんですよ。

その時は私、自分の力を試したくって…紫様に出会って直ぐに戦いを挑んだんですけど、結局そのまま返り討ちに…そしてその後に

「『 ねぇ、私の式神になってくれない?実は私、優秀な式神を探していてね…手伝って欲しいことがあるのよ』…と言われたからですね…」

 

 

ふむ…こんなに礼儀正しい藍にそんな過去が…それに、紫もあれから強くなっていたんだな…

そんな事を思っていると部屋の隅っこから

 

「ん…んんっ…かっ霞!そこはダメッ!…藍が見て…ダメだってばッ!橙までこっちを見て…それ以上はいけないわッ…!!

…はっ!?……何だ、夢か……」

 

お説教(物理)によって、倒れていた紫が目を覚ましたようだ。…口に出していた夢の内容は、全て聴き流しておく。

 

 

 

「あっ霞達ったらそんな所にいたの?3人でお話してるなんてずるいわ!私も混ぜなさーい!!」

 

そう言って紫も会話に混ざってくる…どうやら、藍のお説教は…余り、紫に対して効果を発揮してはいないらしい。

 

 

 

霞に幻想郷についての説明を行っている中で、紫が霞に問いかけた。

 

 

 

「ねぇ霞?博麗神社に行ったならもう霊夢とは会ってるのよね?どう?あの子との関係は上手く行きそうかしら?」

 

 

紫と霊夢は家族ぐるみの付き合いをしていてるため、昔から何度も霞の話をしていた。

 

 

『それでね…そこで霞がね!』『しつこいわよ!』

 

多少霞のことを言い過ぎたかもしれないけど…紫はいつも、霊夢も霞とは仲良くして欲しいと思っていた。

 

 

「あぁ、面白い子だったよ。けれど私の不用意な発言で怒らせてしまってね…そこについては、失敗したと思ってるよ」

 

 

その言葉に、紫は目を丸くした。

霞は確か、基本的に誰とでも仲良くなる筈じゃ…?

 

 

「え?あの子を怒らせたって…あ、まさかお賽銭を入れなかったの?あー…あの子まずお賽銭を入れるかどうかで人を判断しちゃうからねぇ…」

 

紫は肩を竦めると、やれやれとでも言いたげな顔を霞へと向ける…それを受けた霞が弁明をしようと、その時の事を話し出した。

 

「いや…お賽銭はきちんと入れたんだけどね…?私の能力について話している時に、普段通りに霊夢も温泉に入っていかないかと誘ってみたんだけどね?…年頃の少女には男との混浴は酷だったらしくてね…まぁ、散々な言われようだったよ」

 

 

そうか、霊夢はまだ若い。

…って私もまだ若いと思ってるけど?けど、確かに断るとしたら…男に免疫の無い霊夢ならば、それが第1の理由だろう。

 

 

「うーん…確かにそうかもしれないけど…なんか引っかかるわね…んー…よし!考えてもしょうがないし、今から皆で霊夢の所へ行くわよ!」

 

「「「は?」」」

 

霞や萃香達の声が重なると同時に、全員の足元の空間にスキマが開いた。空中に放り投げ出された霞たちはそのまま、博麗神社へと移動する事になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

ふわっとした浮遊感を感じたのもつかの間。ドスンと大きな音を立てて倒れ込んだ霞は…いつの間にか腰に抱きついていた萃香を剥がして

辺りを見渡した。そんな霞の目に飛び込んできたのは

 

「……きゅう…」

「あわわ…ど、どうしよう…?」

 

白目を向いている気絶した霊夢と

 

…その上に跨る紫の姿だった。

 

 

 

 

「はぁ…」

流石にこの状況には、霞も深い溜息をつかざるをえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

それから10分程で、霊夢は目覚めたものの…

 

 

「ご、ごめんね?霊夢?こんなはずじゃなかったのよ…本当はもっと

綺麗に到着したかったのよ?嘘じゃないわよ?」

「………」

 

 

オロオロとしながらも謝罪と弁明を繰り返す紫は、ムスッとした顔で一言も話さない霊夢を相手に…半泣きになってしまっていた。

 

 

 

気まずい空気が流れていたそんな時。

 

「…ねぇ紫」

 

唐突に口を開いた霊夢は

 

 

 

「アンタ、霞と一緒に風呂入ったことあるの?」

 

 

 

「ブフゥ」

「「!?」」

 

唐突に霊夢の口から出された一言に、予想もしてなかった為。珍しく霞は噴き出してしまった。

 

 

「え?ええ、あるわよ。霞とは昔から何度も……あ!分かったわ!それなら先に言ってくれれば良かったのに!…霊夢も霞の温泉に入りたいのよね?分かってるわよ!折角なんだから霊夢も霞と裸のお付き合いでも」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!私が聞きたいのは、紫の…紫と霞の出会いについてよ!!詳しく教えなさい!!」

 

 

その言葉を聞いた紫はほんの少しだけ、驚いた顔をした後…

 

 

「え?ええ、分かったわ…」

ふと、優しく微笑んだ。懐かしく、けれど決して色褪せることの無い…大切な、その時の記憶をを思い返した。

 

 

 

 

 

 

「私が霞と出会ったのは、まだ私が大妖怪になる前にまで遡るんだけど…私もその時はまだまだ幼くって…妖怪の群れに不意をつかれてね?命からがら逃げていたら、崖まで追い詰められちゃったのよ。

その時、かなり傷ついていてボロボロだったからね?下の森へスキマで移動していた時…痛みに気を取られて、能力の制御を誤ってしまったの。そしてそのまま私はスキマの中から落ちてしまったの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

 

「キシャァァァァァァァア!!!!!!!」

 

『くっ!しつこいわね…ッ!何匹いるって言うのよ!!『』

 

 

 

紫の後を追いかけてくるのは…細い森の小道を全て、覆い尽くすほどの大百足だった。

 

 

 

紫は唯一無二の強力な力を持つものの…まだ生まれて齢数十歳の中級妖怪だった。

そのため、自分の能力を十全に使いこなすことが出来ず…大百足達から逃れることが出来ないでいた。

 

いきなり襲撃されたことにより、左腕に深い傷を負ってしまった紫は…何度も境界を操り瞬間移動を繰り返していた。しかし、大百足達はそれに追い付く程の素早いスピードで、何度も紫を執拗に追い続けてきた。

 

 

 

『はぁ…はぁ…仕方ないわね…ここから下へ飛べば…逃げ切れる筈…ッ!?!?』

 

 

境界を操り、崖からの移動を図ったものの…身体を襲った激痛により

空中で、能力が解除されてしまう。

 

 

『あっ…………』

 

 

落下しながらも紫は、今までの人生を思い返した。一人一種族である紫は、生まれた時から独りぼっちだった。しかもその力の強大さから…周りの妖怪達に、何度も襲われてきた。…自分でも、本当に酷い人生だったと思う。

 

 

『もう、なんだか疲れちゃったわ…』

 

 

落ちた崖の先を眺めながら、紫は目を閉じた。このまま落ち続けていれば、地面にはいつぶつかるのかしら…なんて、考えていたその時だった。

 

 

 

 

バッシャァーン

 

 

 

 

『!?』

紫が落ちた先は地面ではなかった。

 

 

( 水…いえ、これは…熱い!?まさかお湯の中…?一体どうして…!?)

 

 

 

慌ててお湯から顔を出した紫が目を開けると

 

目の前に、一人の男が座っていた。

 

 

その男は目が合った紫へと微笑むと…

 

 

『…うん?いらっしゃい?』

 

『 き、きゃあァァァァァァッ!?!?』

 

 

紫は叫んだ。崖から落ちた時なんかとは比べ物にならない程に大きな声で叫んだ。

…それによって、あれ程酷かった身体中の怪我が癒え始めていることに気付きはし無かった。

 

 

( な、何でこんなところに男の人が!?というかどうしてこんな所に温泉が湧いてるのよ!!)

 

 

慌てて温泉から出ようとするも、左腕の激痛によりその場に蹲る。それよりこの妖怪は一体…?紫が視線を向けると、男は何食わぬ顔で

 

 

『ああ、私の湯は妖怪からも人気でね…死んでいないなら、たぶんその怪我は回復すると思うよ?…出るのは構わないけれど…せめて、その怪我が癒えるまでは浸かっていってはどうかな?』

 

『何言ってるのよ!温泉に浸かるだけで怪我が癒えるわけ…え!?』

 

紫は怪我をしている左腕を見るとさっき見た時よりも傷が少ないことにようやく気づく。それに、身体のあちこちにあったはずの擦り傷は既に消えていた…

 

 

…なんなのこのお湯!?しかもなんだか身体が軽い…?

 

『ねぇ…一体この温泉は何なの?それに………あなたは、一体誰なの?』

 

男は紫を碧眼の両目で見据えると、名乗り始めた。

 

『ん、私のことかい?そう言えば自己紹介をしていなかったね…私の名は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ。…君の名前は?』

 

『八雲…紫よ…』

 

「ふむ。八雲紫というのか…こんなところで会ったのも何かの縁だ。宜しく、紫?」

 

 

霞と名乗ったその妖怪は、今まで出会った妖怪達とは違い…紫に、柔らかな微笑みを向けたのだった。

 

 

 

 

 

「で、その後は怪我がすっかり治るまでの間。温泉の中で霞とお話してたんだけど…そこにね?人間の女が現れたのよ。てっきり私や霞を恐がるのかと思ってたんだけど…普通に温泉に入ってきたかと思ったら、霞と顔見知りだったらしくて。呑気に天気の話なんかしちゃってね…?

私、その光景に物凄く衝撃を受けたの。人間と妖怪が仲良く話をしながら一緒に温泉に浸かるなんて見たことも…いえ、考えたことすら無かったから…」

 

「その女性が帰った後、霞に聞いたの。

『 どうして人間なんかと話したりするの?妖怪なんだから食べたり脅かさないの?』って。

…そしたら霞がね?私に向かってこう言ったのよ

 

「私は戦う事が嫌いでね…殺しなんてのは興味すら湧かないんだよ。そんな事をする位なら、私は誰かと共に温泉に浸かっていられれば

それで満足なのさ…」ってね。

 

それでその時私は知ったのよ。1人で過ごすよりも、大勢の人達で過ごす方が絶対に楽しいってことに。で、それが幻想郷を創るきっかけにもなったのよ」

 

 

霊夢は話を最後まで聞くとさっきまで自分が思っていた事がいかに小さい事だったのかを思い知った。

 

最初は急に踏まれた怒りと「不純異性交遊はダメよ!」なんてしつこく言っている紫が男と温泉に入ることに対して苛立っていたのに

 

実際の所紫は霞という男を心底信頼していた。それに霞という男がどんな妖怪なのか、少しだけ分かったからだ。この男は、自分の湯を求める存在と温泉の中で話すことを楽しみたがる。本当にただの温泉好きな妖怪だと理解したのだ。

 

 

「ふん…もういいわよ」

 

霊夢は満足したのかそっぽを向くここまで話してくれたんだからお茶でも出そうかしら…そう思い立ち上がろうとする。

 

その時紫が霊夢に問いかけた

 

「ねぇ霊夢……本当は霞の温泉に入ってみたいんでしょう?」

 

 

「なっ!?そ、そんなわけないでしょ!?」

 

 

霊夢は慌てて紫の言葉を否定するものの…誰が見ても、明らかな反応だった。

 

 

紫は前々から自分が話をしている時、霊夢は温泉の話になると露骨に目を逸らしていたことに気づいていた。何か思い当たることがあるのね…そう考えていた紫は、霊夢へ言葉を告げた。

 

 

「ねぇ霊夢?今日幻想入りしたばかりの妖怪には…言うべき一言があると思うの。…ね?」

 

 

それは至極単純な言葉であり

 

幻想郷に入ってきた存在を迎える博麗の巫女としての仕事だった。

 

 

 

「うぐっ…それは…しょうがないわね…」

 

 

渋々、霊夢は霞の前に立つと…紫と声を揃えて音を発した。

 

 

 

 

 

 

「霞!幻想郷へようこそ!!!」

「よ、ようこそ…!」

 

 

 

 

…否。2人は決してハモリはしなかった。

 



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巫女と式神と混浴風呂

博麗神社の境内に移動した紫たちの目の前で…霞は1人、大きめの温泉を創っていた。

それも全て、後ろで行われている女子達の会話が原因だろう。

 

 

「ちょっと紫!?どうして私まで、霞と一緒に温泉に入らないといけないのよッ!?」

 

顔を赤くして文句を言う霊夢に紫は、霊夢へと顔を寄せ…小さな声で囁き始めた。

 

「…いい?霊夢。貴方もこれから霞と関わっていくんだから…あの能力を1度は体験しておいた方がいいと思うのよ。あの温泉の効能は霞から聞いた限りだと…怪我の治癒だけじゃなくて、身体の活性化とか…呪いなんかにも効果があるらしいのよ?…それに、霞の温泉に入ったら…私みたいに、胸が大きくなるかもしれないわよ?」

 

「…ッ!そ、それは…」

霊夢は、反射的に服の上から自分の胸元を抑えた。そこには慎ましく、年相応といっていい程の…控えめな胸があった。

 

 

 

霊夢は少し考え込む。恥と欲を天秤に乗せながら……やがて、恥を忍んで顔を赤くしながら

 

 

「…そこまで言うなら、いいわ。入ってあげるわよ…あ、紫が進めたからよ!?胸のことなんて全然興味ないし、関係無いからね!」

 

 

 

「プフッ…」

あれ程混浴を恥ずかしがっていたのに…自分の欲をとった霊夢を見て萃香は1人、笑いを堪えていた。

 

 

 

「あの…紫様?私も一緒に入るのでしょうか…?流石に出会って直ぐの異性と入るのは、少し恥ずかしいのですが…」

 

そこへ、おずおずと手を挙げながら紫へと問いかけた藍に…紫は良い笑顔を向け、命令した。

 

「当たり前じゃない!本当はここに橙もいれば紹介する手間が省けて良かったんだけど…迷い家に居るなら仕方ないわ。紹介は次の機会にするとしましょう…

あ、見て!もうすぐ温泉が出来上がるわよ!」

 

少女たちが霞の方を見ると目の前には。全員が入れるくらいに広い温泉がそこにあった。

先程よりも大きく、広い浴槽がそこにはあった。

 

「ふぅ…3人以上で入るのは久しぶりだから、感覚を取り戻すのに少々手間取ってしまったけど、とりあえず完成かな。

もう入っても構わな…『うっひゃー!!!』」

 

霞が言葉言い終わる前に紫と萃香が飛び込んだ。2人は霞の両隣を陣取ると、満足げにふふん。と笑った。

 

この2人は全く…霞がもう入り方なんてどうでもいいかと悟り始めた時

 

身体を尻尾で隠しながら近づいて来た藍が、恥ずかしげに。伏し目をしながらも霞へと話しかけた。

 

 

 

「あの、霞様。私は狐なので…その、湯船に浸かると抜け毛が浮かんでしまうのですが…」

 

 

そう言われると確かにそうだと思う。ただでさえ九つもの尻尾があるんだから抜け毛の量も相当多いのだろう…

 

 

 

「ああ、その対策を考えていなかったな…すまない、私のミスだよ。

少しだけ待っててくれるかい?」

 

「は、はい?」

 

そう言うと霞は温泉に妖力を流すと構造を作り替え始める。霞達が入っている温泉に繋がるように、後ろへもうひとつの温泉を創り出した。

 

 

「ここを藍のスペースとして使ってくれ…折角大人数で入るんだから

皆と近い方が楽しめるだろう?」

「霞様…ありがたく使わせていただきます。」

 

 

 

 

そう言って藍は湯船に浸かると尻尾を伸ばして気持ちよさそうに伸びをした。全身がじんわりとした熱に包まれてとても気持ち良い…

 

それを見ていた萃香は…中々湯船へと入って来ない霊夢へ発破をかけ始めた。

 

 

「はっはっは!これで藍も温泉に入ったし…後は霊夢だけだぞー?霞の両隣と後ろは空いてないから…霊夢は前に座るのかな?」

「…!?ちょっとそれどういうことよ!?前なんて1番恥ずかしいじゃない!!」

 

「別にそんなことはないと思うけどねぇ?霞の足の間に座れば胸なんかは霞からは見えないし…丁度いいんじゃないかい?」

「そ、そんなこと言われても…」

 

 

萃香の誘いにまごつく霊夢。それを見かねた紫は

 

「あー!流石にもう焦れったいわ!!霞の膝へ1名様様ごあんなーい!」

 

 

「きゃっ!?」

突然霊夢はスキマの中に入れられると…次の瞬間には、温泉の中に移動させられていた。

 

…よりにもよって霞の膝の上へ。

 

 

 

顔を真っ赤にした霊夢が大声で悲鳴を上げようとした所。

「むぐぅっ!?」

隣にいた萃香によって口を塞がれた。

 

「ちょっと霊夢?耳元で叫ぶのは流石に勘弁して欲しいんだよねぇ…最初は恥ずかしいのかもしれないけど、ホラ!!とりあえず呑めば気にならなくなるって!!」

 

そう言った萃香は、いつの間にか手に持っている酒の入った瓶を霊夢へ突きつけた。

 

 

「むうぅ…ぷはっ!わ、分かったわよ!呑めばいいんでしょ!?貸しなさいよもう!」

 

霊夢は受け取った酒瓶をゴクゴクと音を立てながら一気に呑み干していく…

 

「ひゅう!いい飲みっぷりじゃないか!」

「っぷはぁ!!これでいいんでしょ!?あーもう恥ずかしいなんて言ってられないわ!というか霞だけ浴衣着て入るなんてずるいわよ!何なのよそれ!何で濡れてないのよ!?それに霞!この温泉に浸かったら胸が大きくなるってのは本当なんでしょうねぇ!?」

 

酒を飲み干した勢いで、霊夢は霞へと問い詰める。もうこうなったらヤケだ。裸で入るのも、裸で引っ付くのもそう変わらないだろう…

 

 

「…とりあえず、私にくっつくのをやめなさい。浴衣に関しては私の特性で、着ている服が濡れる事がないから脱ぐ必要が無いだけだし…それに、流石にこの温泉にそんな効能は無いんじゃないかな…?」

 

 

そう告げる霞を見て霊夢の顔が歪んだ。

 

 

霊夢の肌にはシミひとつなく、細身の身体は滑らかさを合わせ持っていた。

そんな同世代の女子達が羨む程のとても綺麗な身体をしているのだけれども…胸だけは、慎ましい。

 

霊夢は幼い頃から神社に来ていた紫や藍の巨大な果実を見続けたことにより、小さい自分の胸にかなりのコンプレックスを持っていた。

 

 

しかしらそれも萃香が来たことにより少しは改善されていたが……萃香?あれ?………確か、萃香もこの温泉に入り続けてたのよね?

 

 

まさか。霊夢の顔が固まった瞬間。

 

萃香が遂に噴き出した。

 

 

 

「あっはははは!!!今更気づいたのかい?この温泉に胸が大きくなる効能なんてあるわけないじゃないか!!はっはっは!!はー…おかしいねぇ……もし、本当にそんな効能があれば…今頃、私だって、紫くらいのバインバインに………なってるだろうさ… チッ」

 

大笑いした後萃香は自分の胸元に手を当てた後、露骨にテンションを下げながら紫の胸を見て舌打ちする。それを受けた紫は…無自覚なまま、2人へ火に油を注いでしまった。

 

 

「え、そうなの!?私は霞の温泉に入った頃に、丁度胸が膨らみ始めたから…

てっきり霞のおかげだと思ってたのに?」

 

「「紫ィィィィイッ!!!!!」」

 

 

ブチィと何かが切れた霊夢と萃香は紫目掛けて飛び込んでゆく…自分たちには無い、紫の巨大な胸を親の敵でも見るように揉み始めた。

 

「この胸が悪いのか!私たちを見下し続けるこの胸が全ての元凶なのかッ!?」

「いつもいつも揺れやがってッ!!私が普段どんな気持ちでこれを見てると思ってるんだ!!」

「ふ、2人ともごごめんなさいってば!!れ、霊夢!?ちょっと!?萃香まで何するのよ!ちょっと待ってもげちゃうッ!!!霞!藍!助けてぇぇぇぇえッ!!!!!」

 

 

 

揉みくちゃにされている紫を見た霞は、呆れた顔をしながらも1つため息を吐いた後。

 

…それをスルーした。

 

 

「…この3人は本当に仲がいいんだろうね?私もここに来るまで、数百年誰とも一緒に温泉に入っていなかったから…この騒がしさが何だか心地よく感じるねぇ…やっぱり温泉は、誰かと一緒に入るのが1番だな…」

「そうですね…」

 

意図せず言葉が零れた。そこへ、霞の背後で温泉に入っていた藍が現れれると…霞へと話しかけてきた。丁度背中に寄りかかるように話しかける藍の肌が霞へと触れた。

 

 

 

「霞様が幻想郷へ来てくれて私は嬉しいですよ…?今朝から紫様も元気になられましたし…それに、この温泉は…とても気持ちがいいです。日頃から紫様によって溜められたストレスが、湯に溶けていったようで、心が軽くなりましたよ?」

 

 

そう言いながら…藍は先程よりも更に、霞の背中へと身を寄せた。

 

 

今までの紫は笑顔を見せながらも…極偶に、その顔に影が見えていた。藍はそれを見る事しか出来ず、何も出来なかったので…いつも歯がゆさを感じていた。…しかし今日、突然紫は家から出ていったかと思ったら…帰ってきた時には、これ以上無いほどの満開の笑顔を藍へと見せてくれた。

 

それを踏まえて藍は霞にそう伝えた。

…すると霞は微笑んでいた顔を苦笑に変えて

 

「そう言って貰えると私も嬉しいね…

…けど藍?折角自分のスペースがあるのに…どうして私にもたれかかって来るのかな…?

…藍はかなりの美人さんなんだから…みだりに男に近づいちゃあいけないと思うよ?」

 

世辞ではない、素直な褒め言葉と…

自分のしている行動を再確認した藍は、真っ赤になりながらも直ぐに背筋を伸ばした。

 

 

「そ、そうですね。あまりにも温泉が気持ち良いので…少し、逆上せてしまったのかもしれませんね…あはは…」

 

 

藍のバランスの整った細くしなやかな身体や濡れた髪。豊満な胸と谷間などは、男なら誰もが生唾を飲み込むほどの色香を匂わせ。女性なら、誰もが憧れるほどに美しかった。

 

 

…霞を除いて。

 

 

 

揉みくちゃにされながらもそれを見たいた紫は

 

「あっ!藍ってば霞を独り占めして!ずるいわ私だって霞とお話したいのにぃ!ちょっと萃香ってばいつまで触って…って何で霞はこっちを見てくれてすらないのよ!?」

 

自分が嫉妬の鬼と化した2人に襲われている間に、仲睦まじく話して全く自分を助けてくれない藍と霞。そんな2人へ紫が文句を言うと

 

 

「…紫?一応、私も一緒に温泉に入ってくれる人がいないと、困ってしまうからね?

まずはこの温泉と…私を信用して貰わないといけないだろう?誰も自分の事を不埒な目で見てくる奴となんか一緒に温泉に入りたくはないだろうからね…

…だから今のお前の姿を見るのは…世間体とやらが許してくれないだろう?」

 

「それはそうだけど…って、女子4人と混浴してる癖して何を言ってるのよ貴方は!

えっと、そういう話じゃなくて…私は…!なんて言うか、その…あのね?」

 

言葉に詰まったのか、紫が口をモゴモゴとさせている…と、萃香がそれを勝手に代弁し始めた。

 

 

 

「あー、そりゃあれだよ霞……紫はあんたにだったら、むしろもっと見て欲」

「萃香ァァァァァァァッ!!!!」

「ぎゃあああああッ!?!?」

 

 

紫が、そんな萃香口と胸を強引に押さえた。

いきなりの行動に、萃香の口から悲鳴が上がる…

 

「おわっ!?ちょっ紫ッ!?何処触って…! あ、ごめんごめん謝るから!許してって!というか今謝ったじゃん!?なのに何でまだ触ってるんだよ!?そっちがその気ならこっちだって本気でやるよ!?」

 

紫に飛びかかられ謝ったのに手を止めない紫。色々と触られた萃香は

すぐさま反撃に出た。

 

 

「きゃあッ!?ちょっと!そもそもあなたがバラそうとするのが悪いんじゃない!何で反撃するのよ!?」

「謝ったのに紫が揉み続けるからだろう!?だいたい霞はどうせそんな事気にしないんだからそれくらいは言っといた方がいいんだよ多分!!」

「多分って何よ萃香のバカァ!」

「バカっていう方がバカなんだよ!」

 

 

ヒートアップした2人を見て霊夢は自分はさっきあんな感じだったのか…と逆に頭が冷えてきた。…しかし、とんでもなく騒がしいはずなのに…決して、不快な気分にはならなかった。

 

 

「霞の周りは本当騒がしいわね…」

 

そう呟くとそれが聞こえたのか

 

 

「そうかもしれないね…けど、私はこれが好きなんだよ。皆が好きに騒げるような時間がね…」

 

微笑む霞を見ているとふいに言葉が漏れ出した。

 

「…あんた達今日どこで寝るの?」

「紫の家…と言いたいけれどあの部屋の有様だとなあ…」

 

少し考え込む霞を見た霊夢は

 

 

「…ウチに泊まってけばいいじゃない。宴会事が多いから布団はあるわよ」

 

そう、誘ってみた。

 

「…ん?いいのかい?なら、お言葉に甘えようかな…よろしく頼むよ、霊夢。」

 

「ええ、温泉の見返りってことにしとくわ…結構、気持ちいいし…」

 

 

 

その言葉を聞いた霞は満足げに微笑んで静かに夜空を見上げたのだった。

 

 

 

 

 

それからしばらく温泉を楽しんでいたものの霊夢が逆上せたらしくとりあえず皆上がることとなった。

 

温泉から出た霊夢と藍は急に裸が恥ずかしくなってきたので体を拭くためのタオルは何処かと紫へ聞いてみた所。

 

「ねぇ紫?私達タオルを持っていないんだけど…どうやって身体を拭けばいいのよ?」

 

「あ、それなら大丈夫よ?私たちが温泉から出たら自動的に霞の羽衣が拭いてくれるシステムになってるんだから!」

「「え?」」

 

2人は呆けて霞の方を見ると、紫たち目掛けて4つに分かれた羽衣が

飛んで来ていた。全員の身体に羽衣が巻きついた瞬間。水分を拭き取ろうと身体中を動き回る。

 

 

「あっ…こ、こんな風に立ってるだけで身体中の水分を吸い取ってくれる…の…ッ!べ、便利でしょうッ!?」

 

「ちょっと!それ先に言ッ!?やっ!この羽衣胸に巻きついてきて…

そ、そこはダメだってば…ひゃん!」

 

「紫様っ!?私はこんなの聞いて…ッ?あっ!?尻尾の付け根は自分で出来…ひぅっ!」

 

 

3人の身体を丁寧に拭いていく羽衣によってゾクゾクとした快感を感じている中。

 

萃香だけが

 

「あー…やっぱりこれは便利だよねぇ…んっ…はぁ。やっぱり風呂に入って後にこの羽衣で体を拭かれるのは至高だよ…」

 

 

肌に触れる羽衣の感触を楽しみながら満ち足りた顔をしていた。

 

 

 

 

 

少し大型の風呂だったので消えるまでに時間がかかってしまった霞は少し早足で4人の所へ戻ってゆく。

 

 

「おい紫?もう夜中だからお前の能力で皆の寝巻きを…って、何で倒れてるんだ?」

 

霞の目の前にはすっかり息の上がった3人の少女が地面にへたりこんでいた。

 

 

「あ、霞ってば遅いじゃないか!皆を運ぶから手伝ってくれないかい?だらしないことにこの3人腰が抜けちゃったらしくてね…あ、霞の羽衣のせいだよ?」

 

 

羽衣は普段なら水分を拭き終わると同じ頃に温泉が消えることが多かったので、前もって温泉が消えるまでは動くように。そして温泉が消えると自動で霞の元へと戻るようにと術式が命令されていた。

 

しかし今回は温泉を消すことに時間がかかっていたため停止の命令がなかなか送られず、羽衣は4人の身体に巻きついたま水気を感じた部分を拭き取り続けていたようだ。

 

「あぁ…すまない。これは完全に私のミスだな…」

 

「紫と藍は私が神社に運ぶから…霞は霊夢を任せたよ」

 

そう言って自分よりも大きな2人を「よっ」の一言で軽々と持ち上げた萃香は呑気に神社の中へ帰ってゆく。

 

 

霊夢を持ち上げて神社の中へ戻ろうとした時。霞の耳元で小さな声で

 

 

「霞のバカ……」

 

 

ちょっと涙ぐむ霊夢の声が聞こえたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

神社の中へ霊夢を運んで着替えさせた後。 顔を羞恥で真っ赤に染めた

紫と藍に恨みがましい視線を向けられ居心地の悪さを感じていると、復活した霊夢に飛び蹴りを食らわされた。

 

紫達に怒られる霞を見ていた萃香は

 

「まぁとりあえず呑もうじゃないか?」と大量の酒を持って来たところ

 

それを見た少女達の目の色が一瞬で変わり急遽宴会が開催されることになった。

 

 

 

 

「全員お酒まわったわね?それじゃあ…乾杯の音頭は霞が取って頂戴!」

 

そう言われた霞は突然のアドリブに驚きつつ皆の方へ向き直ると

 

「そうだね…なら今ここでの出会いと、これからの新しい出会いを祝して…乾杯!」

 

「「「「「かんぱーい!!」」」」」

 

 

微笑みを浮かべて乾杯をしたのだった。

 

藍が作った料理を食べ、萃香の持ってきた酒を呑む…

 

 

 

数百年振りの人との騒がしい食事を、霞は心から楽しんだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…朝起きた時…霞と萃香以外の三人が二日酔いでダウンしてしまったためまた温泉に入ることになるのだが…それはもう、割愛。

 

 

 

 



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見学と妖精と紅魔館

朝、一悶着終えた後の博麗神社では…霞が紫達に、幻想郷の見所や珍しい種族などを聞いていた。

 

 

「うーん…それじゃあ紅魔館なんてどうかしら?あそこの主は吸血鬼なんだけど…あ、でも確か夜行性だったと思うから…昼間は寝ている可能性が高いわよ?」

 

「へぇ…!!吸血鬼か…それはまた、珍しい種族もいるものだね…?」

 

 

今まで色々な妖怪に出逢って来たものの、実際の吸血鬼を見たことが無い霞は…誰が見ても分かるほどに、両目をキラキラ輝かせていた。

 

 

 

「でも吸血鬼はプライドが高いから…迂闊なことをすると攻撃されるかもしれないわよ?それにあの館には吸血鬼以外にも手練れの存在が集まってるからね…万一戦いに発展したら、厄介よ?」

 

「それに以前、幻想郷中に紅い霧をまき散らす異変を起こした張本人なのよね……何でも吸血鬼である主が幻想郷で舐められないために決行したらしいんだけど…」

「でも、この博麗の巫女である私直々に異変解決に乗り出した結果。あの吸血鬼のプライドとか諸々、へし折ってやったけどね!」

 

ふふん、と。ドヤ顔する霊夢はスルーして置いて…霞はまず、紅魔館の事を頭の片隅へ置いたのだった。

 

 

 

「うーん…それじゃあ他の場所はあるかい?」

 

少し考え込む霞をよそに、今度は萃香が手を上げた。

 

 

 

「やっぱりせっかくだからさ!!勇儀にも霞と逢わせてやりたいんだけどさー…

ねぇ紫ー…?霞でも、地底に行くのは駄目なのかい?」

 

 

 

地底…?また霞の興味を引く単語が出てきた様だ…紫は頬杖をつきながら悩ましげな声で答える。

 

 

「本音を言うなら許可を出して上げたいんだけど…地上との不可侵条約があるからねぇ…取り敢えず許可を取ってくるから、行くのはもう少しだけ待って頂戴?」

 

 

「んよっし!だってさ霞!地底に行くことがあったら勇儀にも会ってやりなよ?何だかんだ言って絶対喜ぶと思うからさー」

 

「ああ…紫にも迷惑かけてしまったかな。昨日萃香と思い出話をしていたら、なんだかまた勇儀に会いたくなってしまってね…というよりも、鬼達に…かな?」

 

「大丈夫よ!何とか許可を取れるようにするから…トイウカキョカハスグデルトオモウケド…霞が幻想郷に来たことを天魔と鬼子母神に伝えればいいのよね?うげぇ…嫌な予感が止まらないわ…」

 

 

地底に行くための道は妖怪の山にあるのだが…その地底を治めているのは、数多の妖怪から最強の鬼と畏れられている…鬼子母神だった。

 

 

 

 

「…ん?2人ともここに居るのかい?それなら私が直接話した方がいいんじゃないか?」

 

 

全ての天狗を総べる天魔と全ての鬼を総べる鬼子母神。

 

 

しかしこの2人と霞は昔出会ったことがあるので、霞は紫にそう提案してみるが…

 

 

「ダメよ!あの2人に今の霞を会わせたら霞を独占されちゃうじゃない!今は私のターンなんだからね!というかずっと私のターンでいいのよもうッ!」

 

そんな事をのたまう紫を華麗にスルーして、霞はこれからの行き先を決め始める…

とは言うものの、候補は1つしか無いけれど。

 

 

「なら、先に紅魔館を見学してこようかな。実物の吸血鬼を是非見てみたいし…」

 

「そうね…ここから真っ直ぐ飛んだ所に、とっても霧が深い湖があるんだけど…そこまで行けばすぐに分かるわ。案内なんて無くてもね…

なんてったって、あんな悪趣味なお屋敷なんて他にないでしょうからね…」

 

どうやら紅魔館という建物はとにかくわかりやすいらしい。そんな説明で大丈夫か…?

 

 

「それなら今日はここでお開きにしようか。泊めてくれてありがとうね…霊夢?」

 

「…ふん。別にいいわよ…それじゃあ私はもう一度寝てくるわ…ふぁ…」

「あ、んじゃあ私も付き合うよ。またね、霞!」

 

そう言って、2人は神社の中へ戻っていった。

 

するとその2人と入れ違いで、宴会明けの散らかった部屋を片付け終えた藍が戻って来た。

 

 

ヒュッ

 

 

「…ッ!?」

 

そして紫と目が合った瞬間。真っ先に紫の頭を掴んだ。

 

 

 

「さて…紫様。それでは早く家に帰ってきて…山積みの仕事と自室の部屋の掃除…してくださいね?」

 

「ら、藍!?まだその事根に持っていたの!?でも私、もう少しだけ霞とお話したいなーなんて思ってたりしてなかったりして……?」

 

 

「何 か 言 い ま し た か ?」

 

 

「ゴメンなさい!?!?あぁあ霞ぃぃぃー!!!助けてぇぇぇ!?!?」

 

そのまま藍に引きずられて、紫はスキマの中へと連れていかれてしまった。

 

 

南無。

 

 

 

 

 

 

誰もいなくなった広い神社の境内を見渡した霞は、昨日あった出来事を頭の中で思い浮かべつつ…霧の湖へと向かう事にした。

…その際。自分が飛べることをすっかり忘れていて、足場の悪い長い階段を…わざわざ自分の足で降りていく羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けが山を反射して輝き出す頃

 

相当長い階段を歩いて降りた後、しばらく森の中を歩き続けていた霞は自分が飛べた事をここに来て思い出して空へと飛び上がった。

 

「おっと…こうして空を飛ぶのは一体何年ぶりなんだろうか…?」

 

 

 

 

感覚を取り戻しつつしばらく飛んでいると下に霧が広がる湖を見つけたので、休憩がてらそこへ寄ってみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間の間。ひたすらぼんやりと、夕日の光を反射して煌めく湖を眺めながら…霞が木陰でのんびりと涼んでいると、急に霞の周りの温度が下がり始めてきた。

 

 

「…うん?まだそんなに冷え込む時期じゃな『ちょっとアンタッ!!!』

 

 

不審に思い何事かと周りを見渡そうとした時。霞の目の前に、見覚えの無い2人の少女が立っていた。

 

 

…というより、浮いていた。

 

 

「そこのアンタ!!ここはあたい達のナワバリよ!しんにゅーしゃは凍らせてやるんだから!覚悟なさい!」

「ち、チルノちゃん…い、いきなり攻撃するのは良くないと思うよ…?」

 

 

ふよふよと浮いている2人は、どうやら妖精のようだった。きゃーきゃーと騒ぐ姿が見ていてとても面白い。

 

 

妖精は幻想郷に沢山いると聞いていたけど…まさか、こんな近くで出会えるとは。

 

 

さっきから霞の周りを凍らせている少女は…どうやらチルノと言うらしい。背はせいぜい霞の腰くらいまでしかなく、肩まで伸びた透き通るような青髪にリボンをつけていた。

そして背中には妖精らしい、6つの小さな氷の羽を持っていた。チルノはとてもお転婆というか、怖いもの知らずというか…色々と、面白そうな女の子だった。

 

 

「何言ってるのよ大ちゃん!だってさっきから、コイツ凍らせようとしてるのに全然凍らないのよ!?絶対何かおかしいもん!」

 

「…えぇ!?そんなことしてたの!?けど、この人さっきから何も喋ってないから…私、てっきり凍ってるのかと…ひゃっ!?」

 

「だ、大ちゃん!?わぷっ!?むー!!!!」

 

 

様子を見に霞の方へと近づいてきた…大ちゃん。と、呼ばれていた少女は…霞の羽衣に巻き付かれて拘束されてしまった。

それを見たチルノは急いで助けようと近づいてくる…ところをまた、霞は羽衣で捕まえた。

 

 

緑の髪をサイドテールにしている方…大妖精は、なんとかして抜け出そうと透明な羽をパタパタと動かしてみる…が、びくともしない。

そして妖精の中でも頭一つ抜けて強いはずのチルノがあっという間に捕まったのを見て、すぐに霞が大妖怪の類だという事に気がついた。

 

 

 

宙ぶらりんで動けない2人へと、霞はゆっくりとした口調で話しかける…

 

「んー…ちょっとそこの君達…少しでいいから、人の話を聞いてくれないかい?」

 

 

そう言って口元の羽衣を取り外すと

 

 

「このへんたいッ!?あたいに何する気なのよ!!はーなーせーこーのーやーろー!!!」

 

 

チルノは話を聞かずじたばたと暴れるだした。霞はチルノをまた拘束すると…今度は大ちゃんへと話を続けた。

 

 

「私はここで休憩していただけなんだが…急に凍らせるなんてどうかと思うぞ?…君たちは一体誰なんだ?」

 

 

 

そう言ってむーむー叫ぶチルノを無視して、大ちゃんと呼ばれていた少女は近づいてきた霞に対して、若干涙目になりながらも必死に答え始めた。

 

 

 

「は、はい!私は大妖精と言いまひゅッ!!!そ、それでこっちがチルノちゃんと言って…あの…チルノちゃんは少しお馬鹿な所があるので、それに関してはご、ごめんなさいッ!

…ほら!チルノちゃんも早く謝ってッ!!」

 

「え!?なんであたいがこんな奴に謝らないといけないのよ!?だってそもそもこいつがあたい達のナワバリに侵入したのが悪いんじゃ」

「チルノちゃんのお馬鹿!!」

「ひぃッ!?」

 

大ちゃんはチルノを一喝すると、チルノの頭を強引に下げながら霞へもう一度謝った。

 

 

「本当にごめんなさい…チルノちゃんもこの通りなので、どうか食べるのは勘弁してくださぃぃぃ…」

 

 

涙目な大ちゃんを見て霞は少し考える。元々実害が無いために怒ってなどいないのだが…

…それに、そんなに自分は妖怪を食べるように見えるのだろうか?…若干凹んでしまう。

 

 

「それについては許すし、食べたりもしない。…その代わりと言ってはなんだけど、1つ、お願いを聞いてはくれないかい?」

 

「…お、お願いですか?」

 

 

さっきまでプルプルと震えていた大妖精は許してくれたのを見て.少しだけ安心したのかコテンと首を傾けた。

 

 

 

「あぁ。私は紅魔館って場所が知りたくてね…何処にあるのか知らないかい?」

 

 

大妖精は森の先を指さし。道を教え始めた。

 

 

「こ、紅魔館ならこの先の森を抜けてすぐに見える…真っ赤なお屋敷のことですけど…

あ、あそこには吸血鬼が住んでいるらしいので、近寄るのは危険ですよ…?」

 

「その辺はまぁ、大丈夫だと思ってるよ。それじゃあ、今回はこれでさよならだね…今度出会った時にはまた。ゆっくりと話そうじゃないか?」

 

「は、はい!」

 

 

そう言って霞は2人に巻きついていた羽衣を優しく外すと…大妖精の頭を一撫でしてから、紅魔館を目指して歩いていった。

 

 

大妖精は頭を撫でられたことに驚きながら、霞の後ろ姿を見つめていると…

さっきから黙っていたチルノがいきなり顔を上げ、遠くの霞に届くような大声で叫んだ。

 

 

 

 

「絶対次に会った時は、アンタの事カチンコチンに凍らせてやるんだからあぁぁぁあッ!!」

 

「ひぃっ!?」

 

 

 

 

霧の湖の水面に、チルノの咆哮が反響した。

 

 

 

 

 

 

 

チルノの咆哮を聞いた霞は笑いながらまた、この湖を訪れようと決めた。

そしね森を道なりに進んでいると…遠くに、紅魔館と思われる館を見つけた。

 

 

 

その館の壁は全て真っ赤に塗られており、窓すら数える程しかついていない…見た目がとにかく不気味な雰囲気の館だった。

 

 

「…ふむ。ここが紅魔館で間違いなさそうだね…?悪趣味、という訳では無いけど、かなり個性的な感じのする館だねぇ…」

 

 

霞が紅魔館へ入るための門を探していると…突然、背後から声をかけられた。

 

 

 

「そこの見慣れない妖怪さん?ここは紅魔館ですが…一体ここへ何の御用でしょうか?」

 

 

どうやら門番をしていたらしい赤色の髪のストレートで淡い緑色をした、幻想郷では珍しいチャイナドレスと星のついた帽子を身に付けている…

 

 

そんな少女が、霞の振り向いた先に立っていた。

 

 

 

 

「ああ、突然来てしまってすまないね?実は吸血鬼に会ってみたくてここまで来たんだけど……今、面会は可能かな?」

 

「お嬢様は現在お休みになっておりますので、面会は出来ませんね……」

 

 

どうやら吸血鬼はまだ寝ているらしい…霞は肩をガックリと落とすと

 

 

「そうか…それなら今回は出直してまた来るよ…」

 

かなり残念そうな顔をしながらそう言って、その場から立ち去ろうと踵を返した霞。

 

 

それを見た門番は

 

「あ!ちょ、ちょっと待ってください!それでしたら図書館で時間を潰していかれては?」

 

気の毒に思い他の候補を出してみる。すると、それを聞いた霞の目が輝いた。

 

 

「…ここには図書館があるのかい?それは…とても興味深いね。是非、寄らせてもらえると嬉しいんだけど?」

 

 

さっきまでの残念そうな顔が180°変わって、一気に楽しげに変わった霞は…数百年ぶりに本が読めることに強い喜びを示していた。

 

 

…本を読めるのは、本当に久しぶりだ。

 

 

霞のあまりの変わりように、門番が心の中で不思議な人ですねぇ…なんて考えながらも大図書館へと案内しようとした時。

 

 

「はい、それではご案内しま…痛ァ!?」

 

 

少女が急に叫んだ。すると、少女の頭に1本のナイフが深々と刺さっていた。

 

「何するんですか咲夜さん!?今は私サボってなんかないですよ!?」

 

 

門番は目に涙を浮かべながら咲夜へ話しかける。確かに、普段は勤務中に居眠りをしてサボっている時もあるけれど…今日はわりと真面目に仕事をしていたのにッ!

 

 

「…美鈴?仕事中に自分の持ち場を離れるなんてどういう事?そしてそのまま客人と呑気にお喋りをしているなんて…職務放棄とそう変わらないでしょう?…さっさと仕事に戻りなさい」

 

 

言われてみれば確かに、そうかもしれない。

…いや、本当は分かっていた。自分は門番であって、案内をする役目は妖精メイド達で万事事足りるのだ。

それでも自分がこの妖怪を引き止めた理由は…ぶっちゃけて言うと暇だったからだ。紅魔館は来客自体がとても少なく門番は普段。武術の鍛錬や花の世話をして過ごしていたのだが…今日は、久しぶりの来客が来たので、少し会話をしてみたかった気分だったのだ。

 

「えぇ…わ、分かりました…あ、なら咲夜さんがこの人を図書館まで案内してくれませんか?」

 

「分かってるわよ。それが私の仕事だもの…そこの妖怪さん?図書館まで案内をするので…私に着いてきて下さい?」

 

 

 

銀のナイフを持ちながら美鈴に命令していた銀髪のメイドは霞へと向き直ると

 

「私はこの屋敷のお嬢様に仕えるメイド長を務めている、十六夜咲夜という者です。

…貴方が何を目的にここへ来たのか知りませんが、見学は等はご自由に。…しかしもしこの屋敷の中で問題を起こしたり、狼藉を働くようなことがあれば……即座に殺しますので、ご注意下さいませ?」

 

 

そう言った咲夜は冷たい微笑を浮かべながら、1人で図書館の方へと歩き出した。

 

 

銀色に輝く髪とメイド服が強く印象に残ったが…何よりも霞の興味を惹いたのは、主人に対しての深い…忠誠心だった。それに音もせず霞達の前に現れたことにも、霞は興味を惹かれずにはいられなかった。

 

 

「それにしても…突然現れたのは驚いたね。えっと……美鈴?でいいのかな…生きてるかい?」

 

 

美鈴は頭から血を流しながらも、また先程のように笑顔を見せると

 

 

「あ、はい大丈夫ですよ!もう何年もやってるコミュニケーションの

一環みたいな物ですので…それに、私は頑丈なのが取り柄なんですよ!」

 

…怪我も大したことなく、美鈴はケロッとしていた。

 

 

「それでは図書館を楽しんで…あ、そう言えば自己紹介がまだでしたね!私は紅美鈴という妖怪で、この紅魔館の門番をしている者ですが……貴方のお名前は何ですか?」

 

 

 

美鈴は先程からこの妖怪が気になっていた。今まで長いこと門番をしてきたのだが…吸血鬼に会いたい、なんて理由で紅魔館を訪ねてきた妖怪など、久しぶりだったからだ。

 

 

(それにこの人の気の流れ…さっきからずっと落ち着いていたのに、さっきの話で好奇心が刺激されたのか今はとっても楽しそう…)

 

 

 

美鈴は『気を使う程度の能力』を持っている。

だからこそ、相手の気を読むことによって敵意や害意などの感情をある程度読み取ることが出来た。

そんな美鈴から見たこの妖怪の気の流れは…話す相手をゆっくりと覆うように、周りへと広がっているように見える。

今、この空間にいる美鈴自身の気の流れも…おそらく、落ち着いているのだろう。

 

 

「私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ…それじゃあ、また後でね?」

 

「はい!」

 

元気に返事をした美鈴は晴天のような笑顔を見せ。元気に門番の仕事へと戻っていった。

 

 

 

 

 

紅魔館の中に入ると外装よりもかなり広い印象を感じたので霞は咲夜に聞いてみた。

 

「この廊下。外から見た時よりも随分長くないか?…これにもなにか仕掛けがあるのかい?」

 

 

「えぇ。お嬢様が『もっと広い館に住みたいわ!』と私に仰られたため、私の『時間を操る程度の能力』で空間を弄って広くしております」

 

 

どうやら時間を操る能力を応用して空間を広げているらしい…時間と空間は密接な関係にあると聞いた事があるが…そんな事が可能とは。凄い能力を持っているんだな…

 

 

時間を操るなんて高等な技術を持つ咲夜を見て、とても便利な能力だな…なんて、霞は考えていた。

 

 

 

「ここが紅魔館の誇る大図書館です。何か質問がある際は、司書の小悪魔へ聞いてください。私はこの事をお嬢様にお伝えして来ますので…それでは、ごゆるりとお過ごしくださいませ…」

 

 

咲夜は丁寧な動作でお辞儀をして、くるりと踵を返す…

 

 

すると目の前から一瞬で咲夜の姿が消えてしまった。それを見届けた霞は大図書館の扉を開ける…

 

 

すると、その部屋に入った瞬間。霞の眼前には数え切れないほどの本が目に入ってきた。

 

 

「ふむ。ここが大図書館か…確かに普通の図書館とは比べ物にならない程の本が並んでいるねぇ…というか、本の種類が多すぎて…どこに何の本があるのか全く分からないな…」

 

 

霞がそう思いながら図書館内を歩いていると遠くから弾幕の弾が飛んでいるのが見えた。

 

 

何事かと思い大きな本棚の後ろへ霞が回り込んだその時。

 

ふと、見覚えのある少女が霞の方へと飛び込んで来た

 

 

「おっと!?」

「おうっ!?」

 

 

ドスッと音が鳴るほどの衝撃が霞のお腹襲った。そして本棚を巻き込みながら倒れ込む…

 

 

倒れた本棚の上で霞が目を開けると、霞の胸の中には頭を押さえながら起き上がる…大図書館屈指の本泥棒こと、霧雨魔理沙がそこには乗っかっていた。

 

 

 

 

「おっと、霞じゃないか!昨日ぶりだな!お前、一体どうしてこんなカビ臭い図書館にわざわざ来てるんだよ?」

 

「それはこちらも聞きたい所なんだけどね…魔理沙。重いからとりあえず退いてくれないか?」

 

「 …おい霞。私は軽いからいいんだが…女の子に重いなんて言うのはデリカシーの欠けらも無い発言だぜ?ちょーっと男として、それは無いんじゃないか?」

 

「なら、まず突然ぶつかってきたんだから…一言謝ったりはしないのかい?それにいつまでも私の上に乗り続けるのは、女としてはどうなのかな…?」

 

 

霞と魔理沙がちょっとした言い争いをしていると

 

 

 

「ちょっと魔理沙さん!今日こそは勝手に本も持っていかせませんよ!いい加減に本をー…?」

 

 

赤みがかった髪に黒い翼をした少女が現れるやいなや、急に顔を真っ赤に染めると…

 

 

 

 

 

「と、図書館内で貴方達は何をやってるんですかあぁぁぁあッ!?!?」

 

 

倒れた霞の上に馬乗りになる魔理沙を見て、絶叫を上げたのだった。

 

 

 



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魔女と小悪魔と大図書館

………今のは?

 

大図書館にある自室で魔法の研究をしていたパチュリー・ノーレッジは

図書館から誰かの絶叫が聞こえたような気がして何度か辺りを見渡してみる…色鮮やかな弾幕が目に入った瞬間、十中八九あの魔導書泥棒が来たのだろうと大方の予想がついた。あの泥棒には今までに何度も大図書館の魔導書を盗まれているので、パチュリーは煮詰まっていた魔法の研究を一旦止め、今盗人と戦っているであろう小悪魔を思い出してはため息を零した。

 

 

「 …はぁ。今日こそ盗んだ本を返してもらわないとね…例え奮闘したとしても、こあはそろそろ負けるだろうし、急がなくっちゃ…もう…!!毎度毎度、アレは不必要な手間をかけさせるんだから…ッ!」

 

小悪魔が負けるのは時間の問題なので、パチュリーは急いで自室から図書館へと向かったのだった。

 

 

 

そんな中図書館では小悪魔が霞達に詰め寄っていた。

 

 

「そこの君…図書館で大声を出してはダメだろう?」

 

「あなた達こそ何やってるんですか!?この図書館での不埒な行為は

司書であるこの私が許しませんよ!!さぁ!しんみょーにお縄につきなさい!」

 

そう言って霞にスペルカードを向けて怒っている小悪魔に対して、待ってましたと言わんばかりの笑顔を向けながら魔理沙もスペルカードを出して相手を挑発し始める…

 

「ならお得意の弾幕ごっこで勝負といこうじゃないか!まぁ、小悪魔如きにこの私が負けるハズがないけどな?いつものように適度にボコって私が勝ちを頂くとするぜ!!」

 

「ムカッ!い、言いましたね魔理沙さん!今日の私を普段の私の様に舐めてかかると後悔しますよ!?なんといったって今日の私はーーー」

「上等!先手必勝マスタースパァァァァァァク!!!」

「って最後まで聞いて下さいよーーーッ!?」

 

 

そう言って2人は図書館の天井近くまで飛び上がると…色鮮やかな弾幕を周囲に繰り出し、弾幕ごっこを始めたのだった。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

「…うん。完全に蚊帳の外になってしまった様だね…とりあえず、倒れた本棚を元に戻した方が良さそうかな…?」

 

 

霞は倒れている大きな本棚を1人で起こすと、羽衣を使って本を片付けてゆく。やはりその大きさに見合う分、重量はそこそこあるようだが…許容範囲だった。

 

確か…ここの本棚は著者名から並べればいい筈だ。

 

 

 

 

そうやって暫くの間本を片付けていると…コツコツと足音を鳴らしながら、霞の後ろへと1人の少女が現れた。

 

その少女は掛けていた眼鏡を外し、霞へ訝しんだ視線を向けながらもそのまま話しかけてきた。

 

 

「ねぇ、そこの貴方…この辺じゃ見かけない妖怪ね?一体この大図書館に何の御用かしら…?きちんと返却して貰えるのなら本の貸出はしてるわよ?

…ええ。きちんと返却してくれるならね…?」

 

 

突然声を掛けてきた少女は、知性を感じる話し方をする紫色の長い髪の少女だった。頭には三日月の飾りをつけている、ふわふわとした独特な帽子を被っていて、寝巻きのような薄い紫色の緩い服を身に纏っているのに対し…片手に持っている魔導書からは、洗練された強い魔力を霞は感じていた。

 

 

…ああ、とても興味深い。

 

 

「ん…私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ?」

 

霞はニコリと微笑みながらそう名乗ると、取り敢えずどうしてここに来たかの経緯を話しておくことにした。

 

 

「 そんなに警戒しなくて大丈夫だよ?ここに来た理由のとして、ただ吸血鬼を一目見たいと思ってね…けれど生憎、時間の問題でそれが叶わなかったんだよ。

それで諦めて帰ろうかと思ったんだけど…そこで門番さんから代わりにここを薦められてね?私も知識欲はそれなりにあるから…何分、大図書館というものにも興味があったんだよ」

 

「へぇ…そう。レミィに会いたいなんて貴方は随分と変わり者のようね…?

…けれど、私には貴方がただの妖怪にはとても見えないのだけれど…?貴方から感じる妖力は、大妖怪レベルと言っても過言じゃないわよね。一体吸血鬼に出会って、何をする気なのかしら?」

 

 

遠くから霞の姿が見えた時、霞は並の妖怪では持ち上がりすらしない巨大な本棚を軽々と持ち上げていた。

それを見て、パチュリーは霞がかなりの力を持っている妖怪だと察することが出来た。

 

( 吸血鬼に会いたいなんて…この妖怪、相当腕に自信があるのかしら?レミィに報告するべきかしら…?でももう咲夜が向かってる筈よね…)

 

 

パチュリーは警戒を高める…が、しかしどうやらこの妖怪…これ以上ない程に温厚な部類に入るようで。考え込むパチュリーへと微笑むと

 

 

「…あぁ、それは私がこれまで長い時を生きてきたから勝手に妖力が増えていっただけなんだけどね…?私自身の腕っぷしなんてものは全然強くないさ。むしろ戦いなんてのは嫌いでね…昔は鬼によく勝負を挑まれては『反撃してこないからつまらない!』なんて言われてたよ。

それと1つ気になっていたんだけど…高位な魔導書を持っているということは。君は産まれながらの魔法使いなのかな?…何だか私の知っている魔法使いの魔力とは根本的に何かが違う雰囲気がしてるんだよな…それに、ここほど魔法の研究に適した場所も他には無いと思ってるんだけどね…?」

 

パチュリーはそれを聞いて、少しだけ霞の評価を改めた。この妖怪は自分の姿を見た時、自分が生粋の魔法使いだと朧気ながらも察していたのだろう。

…どうやらこの妖怪、頭の回転は悪くないようだ。

 

 

「そう…私の名前はパチュリー・ノーレッジ。お察しの通りの魔法使いで…この大図書館の管理人でもあるわ。

それでひとつ聞きたいんだけど…この辺りで金髪の盗人を見なかったかしら?」

 

 

『七曜の魔女』の異名を持つパチュリーは100年以上この大図書館に引きこもりながらずっと魔法の研究を続けている生粋の魔女だ。『火水木金土日月を操る程度の能力』を持っているため、様々な魔法を使いこなすことが出来る。だからこそ彼女の元には多種多様な魔導書があり、それを狙っていつも弾幕ごっこに興じる魔理沙には……ほとほと手を焼いていたのだ。

 

 

「 金髪………あぁ、うん。魔理沙ならさっきから向こうで小悪魔と弾幕ごっこをしているはずだけど……うん?魔理沙はここの本を勝手に盗んでいるのかい?」

 

「ええ、私が何度言っても止めること無く「私が死んだら返すぜ!」なんて毎回のたまってる始末なのよ…はぁ。思い出したらまたイライラしてきたわ…殴っていいかしら?」

 

あの魔法使いは自分が人間だからとそんな持論を勝手にほざいていた。一体なんなんだその偏屈ルールは、張り倒してやろうか…!!

 

憤るパチュリーを他所に、それを聞いた霞は少し考え込むと

 

 

「ふむ…なら私も止めるように言ってみるよ。彼女とは昨日、出会ったものでね……

…自分勝手な行動は、身を滅ぼすからね。」

 

 

「…?そう。それはありがたいわね…」

 

今、一瞬だけ目の前の男の言葉が重く感じたけれど…どうやらパチュリーの味方になってくれる様だった。

…と言っても昨日初めて出会ったような人物にはあまり期待なんて出来ないけど…何にせよ、あの盗人魔法使いに警告する人物が増えるならそれで好都合だから取り敢えずその協力を受けておこう。

 

 

そんな中、天井付近から大声が聞こえた。

 

 

「これでトドメだ!マスタースパアァァァァァァク!!!

「き、きゃああああああ!?!?」

 

煌びやかな光線が大図書館に迸ったかと思った瞬間。それが直撃してしまった小悪魔が堕ちて来る…

 

「やっぱりこあじゃ勝てないわね…って霞?」

 

霞は素早く小悪魔が堕ちて来る場所への移動する…服がボロボロになり、身体中すっかりと煤けている小悪魔を受け止めた。

 

 

「きゅぅ…」

「おっと…大丈夫かい?…おや。気絶してるようだね…」

 

小悪魔は目を回していたので取り敢えず近くにあったソファーに寝かしておく。

 

服がかなりボロボロになっているのが痛ましい。

 

 

そして上から魔理沙が降りてくると…

 

 

「お!見てたか霞?この勝負。華麗に魔理沙ちゃんの勝利なんだぜ!褒めてくれたっていいんだぞ?というか褒めろよ?ほらほら?」

 

平坦な胸を張りながらも、霞へと得意気な顔を向けてきたのだった。流れに乗って霞は仕方なくそんな魔理沙の頭を撫で始めると…

 

 

「ああ。おめでとう。魔理沙…マスタースパークだっけ?あれは凄かったね……にしてもお前も服が少し煤けてるじゃないか。それと…ここの魔導書を盗んでるのは一体どういうことなんだい?」

 

それを聞いた魔理沙は少し顔を顰めて

 

「げっ…どうしてそれを…あ!パチュリーに聞いたんだな!?おい!なんでよりによって霞にッ…」

 

「そうよ。そろそろいい加減に盗んだ魔導書を返してくれないかしら?」

 

さっきよりも不機嫌な顔になったパチュリーはジリジリと魔理沙へ詰め寄ってゆく。魔理沙が後ろへ下がろうとすると…トンと霞の背中に当たったので、魔理沙が振り返ると…微笑む霞の身体から、羽衣が魔理沙へと巻きついてきた。

 

「あ、霞!?ちょっ…何するんだよ!?…まさかお前はパチュリーの味方なのかッ!?畜生騙されたッ!は、離すんだぜーッ!!!」

 

霞はジタバタと暴れる魔理沙の前に立つと、ポンと肩に手を置いた。そしてそのまま優しい声音で、魔理沙へと話しかける。

 

 

「…魔理沙。まぁ、貸出が許可されてるからといって…勝手なルールを作って魔導書を持ち出すのは…私は良くないと思ってね。

他人に迷惑をかけるのは…辞めておいた方が良い。暫くしてから自分が後悔したって、もう遅いんだからね…」

 

 

そう諭された魔理沙は普段、自分に命令する人物達に返すようなぶっきらぼうな自分理論を語ろうと思ったのだが……何故か、じっと自分の事を見つめる霞の姿を見て。

今ここで、普段のように意地を張っても意味の無いような気がしてしまった。

 

というより、霞の言葉には…そんな事を経験したかのような。深い感情が宿っていた。

 

 

そして魔理沙観念したのか、そのまま魔導書を盗み続けていた理由を話し始めた。

 

 

 

「…だって…ここへ来たら魔導書もあるし、弾幕ごっこも出来るから…結構楽しかったんだよ。

…あーあ、せっかくの熱が冷めちゃったぜ…」

 

 

そんな風に顔をそっぽに向ける魔理沙を宥めつつ、霞は魔理沙を諭し続ける。

 

 

「そうだったのか…確かに、お前の弾幕ごっことやらは、綺麗だったよ。けど、自分が悪いことをしたら先に言うべき言葉があるだろう?

…それは後できちんと謝るとして…どうするんだ、パチュリー。なにか魔理沙に頼むべきことがあるんじゃないか?」

 

 

そう言われてパチュリーは…あの魔理沙が素直に理由を話したことに驚きながらも、今まで心の底に溜まっていた鬱憤を全てぶつけようとしたのだが…

…何だか親に叱られていじけたような姿の魔理沙を見て、今の今まで溜まっていた毒気が抜かれてしまった。

 

もう、そんな気分では無くなってしまった。

 

 

「…はぁ、もういいわよ。これからは魔導書は貸してあげてもいいから…とにかく黙って持っていったのを返して頂戴。弾幕ごっこはまぁ…その日の私の体調によるから一概には言えないけど…偶には相手してあげるから」

 

「はぁー…ちぇ。分かったよ。今まで悪かったよ…これでいいな?魔導書は明日ここに全部持って来るから、それでいいんだろ?」

 

「ああ。それでいいと思うよ…だからこれからはもう、好きな時に思う存分借りに来ればいいさ」

「分かったよ…なら本を纏めて来るから、今日はもう帰らせてもらうぜ…それじゃあ、また今度なー!」

 

 

そう言って霧雨魔理沙は箒に跨った。そして大図書館の窓から外に出て…魔法の森へと帰っていった。

 

その光景を見ていたパチュリーの頭の中は複雑な魔法演算を考えているかの様にぐるぐると回転していた。

 

( ありえない…霧雨魔理沙という少女は、決してこんなに聞き分けがいい人間なんかじゃない。私が何度警告しても、あの反骨心の塊のような少女は1度として反省するどころか素直に話を聞くことさえしなかったはず…。

それなのに一体どうして…?…この男、一体何者なのかしら…?)

 

 

パチュリーが霞を訝しんだ目で霞をじっと見つめていると、当の霞がいきなりパチュリーへ問いかけてきた。

 

 

「なぁパチュリー…さっき言っていた日によって体調が悪いというのは…どういう事かな?」

 

 

さっきまでの温厚そうな顔と違って、霞の顔つきが少し変わっていた。疑問を持ちながらも、パチュリーは霞に自分の持病について答えた。

 

 

「私は生まれつき喘息を患っていて急に発作が起こったりするのよ…

まぁ、今は月から来た医者の薬のお陰でかなりマシになっているのだけれどね?昔は大変だったわ…」

 

身体の弱いパチュリーはよく発作を起こしてしまうため、昔はかなり苦労していた。しかしある時から幻想郷に現れた医者が作った喘息用の薬を服用し始めてから、症状が格段に楽になっていたのだった。

 

 

「そうか…月から来た人間…か。」

「で?それを聞いてどうするのよ?」

 

ふと、霞が何かを懐かしむような顔をしたのが気になったが…まず質問に答えてもらおう。そんなパチュリーへ霞は向き直って心底真面目な顔をしてこう言った。

 

 

 

 

 

「パチュリー……私と温泉に入らないか?」

 

 

 

( …何を言っているのかしら、この妖怪。魔法撃ってもいいのかしら?)

 

パチュリーの顔は今、凄く歪んでいるのだろう。

するとしまった。と言わんばかりの顔をした霞が言葉を訂正した

 

 

「あ、すまないね。少し言葉が足りなかったかな?…私は温泉を湧かせて、一緒に湯に浸った人を癒す程度の能力を持っているのだけれど…もしかしたら、その持病に役立てるかと思ってね…どうかな?」

 

 

「…!?」

 

パチュリーは今までに聞いたことのない能力に少し考え込んだ。

 

( 何よそれ…?一緒に入浴した相手を癒すなんて…そんなお伽噺みたいな事が実際にありえるのかしら?というかどうして女性に対してこんなに気軽に一緒に入ろうなんて誘えるの…?

…怪しいし、不埒な目的があるって線もあるし…イマイチ信用が出来ないけど…

本当なら、凄いことよね………あら?)

 

 

そう考えたパチュリーは辺りをを見渡すと…マスタースパークで擦り傷を負っている小悪魔の存在を見つけた。

 

それを見て、パチュリーはこあへと駆け寄ると

 

 

「…こあ、起きなさい?」

 

パチュリーが小悪魔を揺すり、ペシペシと頬を叩いてみるが…中々起きない。

 

 

 

もういっそなにか2~3発、魔法を打ち込んでやろうかと真剣に悩み始めた頃。ようやく小悪魔が目を覚ました。

 

 

「うーん…はっ!こ、ここは!?私は確か魔理沙さんとの弾幕ごっこに負けて…ってあ!パチュリー様ッ!?どうしてここに…?って、それに図書館内の風紀を乱す侵入者まで!そ、その男は危険ですよパチュリー様!その人はこの大図書館で…あの魔理沙さんといかがわしいことをしていたんです!破廉恥野郎なんですッ!!!」

 

 

捲し立てる小悪魔の言葉を聞いて、思わずパチュリーは霞を見ていた目を細める。

 

 

ま、魔理沙といかがわしいことって…それならあの魔理沙が、この妖怪の言うことを聞いてる事にも説明がつく…?

 

そんなことをする関係ならば言う事を聞くのかもしれないと判断したパチュリーは霞へ冷たい視線を向けようとする…が

 

 

霞は苦笑すると

 

「うーん…簡単に説明すると…弾幕を打つ音が聴こえたから私がそこへ近づいたんだよ。そしたら丁度そこに魔理沙が箒に乗ったまま突撃してきてね?だから小悪魔の言っているような事実は全く無いんだけど…信じてくれないかな?」

 

「…あ、そ、そうよね?どうせそんな事だと思ってたわ………本当よ?」

 

さっきまで考えていたことを一瞬で水に流したパチュリーは小悪魔へと恨みがましい視線を向けつつ、話しかけた。

 

 

「こあ?貴方ってば…物事をもっと冷静に見てから私に説明してくれないかしら?」

「で、ですけど…その人、魔理沙さんが自分の腰の上に跨ってたのに気にせず普通に会話してたので……つい、テンパってしまいました…」

 

 

しょんぼりとした小悪魔を見てパチュリーは今聞いたことにより、考えが結論に至った。

 

 

「ねぇ、こあ?貴方怪我をしてるわよね?…今、治療をするから…私の部屋へ来てくれないかしら?それと、霞も来て欲しいのだけど?」

「あ、はい!分かりました…ってこの妖怪も連れていくんですか!?」

「ええ、そうよ。この妖怪の能力を試したいの。すぐに来て頂戴?」

「の、能力ですか…?はい、分かりました…」

 

 

そう言ってパチュリーは霞と小悪魔を自分の部屋へと連れていく…

 

普段は魔法の『実験』に使っている部屋へ。

 

 

 

 

 

 

 

その時、咲夜は紅魔館の主であるレミリア・スカーレットへ客人の報告を行おうとしていた。

 

 

「失礼します、お嬢様。客人の報告に参りました…」

 

「…んぅ?ふぁ…どうしたのよ咲夜?こんな時間から来客?そんな予定私、知らないけど…誰かしら?」

 

レミリア・スカーレットは考える。紅魔館にわざわざに来る妖怪など

全く覚えが無かったのだから

 

「この辺りで見かけない妖怪なのですがかなりの妖力を感じたので大妖怪の類かもしれません。どうやら吸血鬼を一目見たいと言っている様で、今は大図書館にいると思われますが…」

 

 

「 …吸血鬼を見たい、ねぇ。ふーん…咲夜?少しその妖怪に興味が湧いたわ。今すぐその妖怪を私の元へ連れて来て頂戴?」

「はい。畏まりました…お嬢様。」

 

 

そう言って咲夜が部屋から出ていった後

 

紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは大図書館の方を見つめながら…姿も名も知らない1人の妖怪のことを考える。

 

 

 

「 誰だか知らないけれど、来客も来たことだし…今夜は、愉しい夜になりそうね…?」

 

 

そう、呟きながら

 

 

 

 



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羞恥と実験と湯の効能

パチュリーの実験室にて

 

小悪魔はパチュリーに言われた事が信じられずつい聞き返してしまった。

 

「あ、あのパチュリー様…?わ、私つい聞き逃してしまって…もう一度言ってもらってよろしいですか…?」

 

小悪魔はパチュリーによって紅魔館に召喚された存在だったため、なし崩し的に呼び主のパチュリー仕事の手伝いとして主に図書館の司書として働いてきたのだが…今度の手伝いは毛色が違っていた。

 

 

「仕方ないわね…こあ。もう一度だけ言うわよ?今から湧かせる温泉の効能が知りたいからこの妖怪と一緒に湯船に使って頂戴?」

 

「聞き間違いじゃ無かった!?ど、どうして私が…はっ?!まさか治療って!?」

 

「あら、察しが良いわね。どうやらこの妖怪が湧かせた温泉は怪我や病なんかが癒されるらしいのよ…にわかには信じられないから証拠が欲しくって…こあ?逃げないで頂戴。もしそれが本当なら…私の喘息と、フランの心を蝕む狂気が、治るかもしれないのよ」

 

「っ…そっ…そう言われると……はぁ、わ、分かりました…入りますよぉ…」

 

パチュリーの喘息とフランお嬢様を出されてしまってはもう小悪魔は断れない。発作を起こして辛そうだったパチュリーと長い間地下の部 屋に幽閉されている幼い金髪の吸血鬼を思い出して、小悪魔は決意を固めたのだった。

 

 

「ん、話は終わったかい?取り敢えず3人用を作ったんだけれど…狭くは無いかな?個人的に効能を調べてくれるのは私にとっても助かるしね。あ、好きな時に入ってきてくれていいからね?」

 

そう言って温泉に腰をかけた霞はニコニコと微笑みながら、そのままパチュリーの部屋にある魔導書を眺め始めた。

 

 

「では入りますけど…というか、あの妖怪さんは服を着てるんだから、私も着てちゃあ駄目なんでしょうかね…?」

 

「…気持ちはわかるけど、ダメね。怪我の様子が知りたいから、とっとと全部脱いでほしいんだけど…あら?」

 

そこで、パチュリーは目の前の妖怪はお湯に使っているのに浴衣が濡れていないことに気づいた。何か気になるけど…まぁ、入るのが先だろう。

 

「分かりましたよぉ…ひーん、どうしてこんなことにぃー…パチュリー様ぁーあまり見ないで下さいぃー」

 

「ダメに決まってるでしょ?ホントに怪我を癒せるのかを見るんだから…」

 

涙目の小悪魔はそう言いながら服を脱いでゆく。パチュリーの目の前に小悪魔のスラリとした肢体が顕になった。

 

(目立った怪我は腕に擦り傷と顔を庇った時についた手の怪我位かしら……後はほぼ煤けてるだけね。それにしても私より胸が大きいのは

何かとムカつくわ…)

 

小悪魔はパチュリーよりも背が高く、胸も大きい。普段から図書館の司書以外にも掃除や本の片付けなどかなり動いているため健康的な身体をしていた。

 

逆にパチュリーは日がな一日引きこもって本を読むか魔法の研究をするかといった動かない日常を過ごしていたせいか、背丈はさっきの魔理沙ほどしかない。胸はそこそこあると自分では思っているものの

…小悪魔には勝てるとは思えなかった。

 

 

「そ、それでは入りますね!失礼します!」

「どうぞ、ゆっくりと傷を癒してくれ。」

 

そう、霞に言われた小悪魔は恥ずかしさに悶えながら霞の隣へ座って

怪我をした手のひらを眺め始めた。

 

「うぅ〜ッ…男の人と入浴するなんて初めてなんですけど…か、霞さんは、今までにどれくらいの異性と入ってるんですか?」

 

(…私が恥ずかしがってるのがおかしいのかな…?霞さんさっきから全然胸とか見てこないし…男の人って、皆直ぐに見てケダモノになると思ってたのに。私、それなりに身体には自信あったんだけど…)

 

そんな事を考えつつも、さっきから小悪魔の身体を全く見ようともしない霞へと話しかける小悪魔。

 

小悪魔は力はそこまで強くなくとも一応、悪魔である。そのため色恋の話なんかは特に好んでいて、男についても詳しかった。もしかしてこの人は同性愛的な感性を持ってるのかと小悪魔が疑い出すと

 

「…小悪魔。君は考えてることが顔に出るタイプなんだね…何か、失礼なことを考えてないかな?」

 

霞に言い当てられてしまった。

 

「そ、ソンナコトナイデスヨォー?」

 

「まぁ、小悪魔のような美人さんに対してこんな反応をしているとそう思われても仕方ないかもしれないけど…あぁ。小悪魔はとても魅力的だと思うよ?けれど私はこんな風に数え切れないほどの人や妖怪と

一緒に入ってきたものだからね…まぁ、慣れるものだよ」

 

「そ、そうなんですか………えへへ…魅力的……あ、そう言えばさっきからどの棚の魔導書を見てるんですか?」

 

お世辞抜きで素直に褒められた為、恥ずかしいけど嬉しく思った小悪魔は先程から、壁に並べられている魔導書を眺めていた霞へそう話しかけた。

 

 

既に、自分の手の怪我が治っていることにも気付かずに。そのまま小悪魔は霞との話に積極的になっていった。

 

 

 

 

それを見ていたパチュリーは目の前の事態について驚きつつ、考え始めた

 

(…あれだけ自分の裸を見せる事を恥ずかしがっていた小悪魔がもう笑顔を見せてるなんて…それに、寧ろ自分から話しかけている…一体どういう事なの?

…彼がなにか別の能力を使った気配もしなかったし…それに、怪我が治っている所も見れたから彼の言っていた事は信じるに値するわね……というか、彼の色欲とか性欲は一体どうなってるのよ…)

 

そう結論づけたパチュリーは魔導書を机に置いて、ゆっくりと自分の服を脱ぎ去ると…仲良く話し込む2人へと近づいた。

 

「私も入らせて貰っていいかしら?」

 

霞が振り向いた先には顔を赤く染めて裸で立っているパチュリーがいた。小悪魔がはっ!と声を上げると

 

「パ、パチュリー様!?少しはお身体を隠したら……ってあ…私、人の事言えないですよね…」

 

再び顔を真っ赤にした小悪魔を見て霞はパチュリーに返事をした。

 

 

「あぁ。いらっしゃい、パチュリー。喘息に効くのかはまだ分からないけど…多分、癒す事は出来ると思うんだよ」

 

「えぇ…どうやらこあの怪我はもう治ってるし…能力については信用しているわ。私的には裸を見せる事に抵抗があったのだけれど、こあの反応を見る限りだと…貴方は変な事をするどころか視線すら女体へ向けないしね………ねぇこあ?貴方、どうして既に霞へ心を許しているの?」

 

「え、あ、それはその…」

 

そう聞かれた小悪魔は霞の方をチラリと見る…

 

目が合った霞は先程のように微笑みを返してきた。

 

 

「えーっと…自分でも分からないんですけど…なんだか話しているうちに自分の心がじんわりと温められてきたような気がして…気がついたら、こんな感じに…?最初にあった不快感がもう無くなってて、何だか自分でも不思議なんですよねー…」

 

最初に霞を見た時はいかがわしい妖怪だと思って怒っていたのに…今は自分が裸になって一緒に温泉に入っていた。でも、不思議と嫌な気分ではなく、むしろなんだか心地よい気分になっていた。

 

 

「そう…なら私も隣へ失礼するわ。そこにいた方がなんだか効果がありそうなのよね…あ、でも私はこあ程魅力的な身体じゃないから見ても楽しくなんか無いわよ?」

 

自分で言って少し凹むがまぁ、男の霞から見ればパチュリーの胸は

多少の谷間がある程度の普通な胸だし…さらに普段は本ばかり読んでいるためオシャレなんかに興味が無く、お肌のケアや髪の手入れも怠っていたので女としての魅力は欠けているだろう…そんな事を思っていると霞はそんなパチュリーを諌めるような目をして口を開いた

 

「…そんなことは無いと思うよ。それに私には女性の身体を楽しむなんて事にはあまり興味が湧かなくてね…そんな風に自分を卑下するよりも折角温泉に入ってるんだから…心身共に癒されてみないかい?」

 

「…ん、それもそうね。こんな温泉に入るのも生まれてこのかた経験したことも無かったから…折角だし、堪能させて貰おうかしら?」

 

何か吹っ切れた様子のパチュリーは霞を見てふっと、笑うと霞へと寄りかかって温泉に意識を向け始めた。

 

じんわりと身体を温めてゆくお湯は魔法研究で疲れた身体や煮詰まった研究により荒んでいた心を癒してゆく。小悪魔の方を向いてみると

 

「パチュリーさまぁ〜…極楽ってここにあったんですねぇ〜」

 

「こあ…貴方悪魔なのに極楽なんて…ボケているのかしら?全く……ふふっ」

 

パチュリーの頬が緩み笑い声が零れだした。それを見た小悪魔は

 

「あっ!み、見ましたか霞さん!?今のパチュリー様すごく可愛くなかったですか!?普段はあまり笑ってくれないんですけど…あ〜レアショット逃しましたね…カメラ持ってくれば良かったですぅー…」

 

「ちょっと、なんで笑っただけでそんなこと言われないといけないのよ…これは温泉が気持ちよかったからよ。そう。」

 

「あーんまたそんな事言ってー…霞さんも何か言って下さいよー」

 

「仲良く話すのはいいんだけどね…どうして2人とも私の方にしなだれかかって来るんだ?それに小悪魔…腕を抱きしめられると身動きが取りづらいんだが…」

 

パチュリーが小悪魔を見ると霞の腕を抱きしめて顔と胸を擦り寄せていた。

 

むぎゅむぎゅと形を変える豊満な胸を見て、折角温もった心が冷めていくパチュリーを他所に小悪魔は満足気な顔を向けて

 

「えー?でも私霞さんならもうこんな事しても恥ずかしく無いですよ?最初は勿論出来ないと思ってましたしというか考えてすら無かったですけど…霞さんはには邪な視線も向けられてないし、そもそも女として見られてなさそうですし…それは何か女として複雑なので…私、こう見えて悪魔ですし!ちょっと誘惑をしてみました!」

 

 

「流石に故意に胸を当てるのはやめてくれ…ほら、パチュリーの顔から表情が無くなってるし…それに誘惑するのはサキュバスじゃないのか…?」

 

「私的には霞さんなら…ヒッ!?パ、パチュリー様!?どうして魔法の詠唱を…!?えっ嘘です嘘です冗談ですって多分パュリー様のそのお胸でも霞さんの腕は挟めきゃああああ!?」

 

小悪魔の顔面に弾幕が直撃する…気絶して浮いている小悪魔を端へ寄せるとパチュリーは霞の腕を抱きしめてみる…

 

柔らかい感触が霞の腕を包んだ

 

「…ど、どうかしら?」

「ノーコメントでお願いするよ…取り敢えずはこれで勘弁してくれないか?」

 

そう言って霞はパチュリーの艶やかになった髪を広い手で撫で始めた。

 

(…あぁ…この年で頭を撫でられるなんて恥ずかしい……こんなのいつ以来かしら?というかこあに触発されたからって私は一体何を…!?)

 

さっきしたことを思い出して思わず顔の熱が上がったパチュリーは

顔を湯船に沈める…そこで気づいた。自分の肌や髪が普段よりも瑞々しくなっている事に。

 

「ねぇ霞…どうやらこの温泉の効能には怪我や病だけじゃなくて、お肌や髪にまで効果があるらしいわよ…?」

 

今のパチュリーの肌や髪の毛は普段とは比べ物にならないほどに艶々していた。艶々とした自分の髪を見ていると、夜の女性達がお洒落に気を使うのも少しわかる気がしてしまう。

 

「へぇ…そんな効果もあったのか…それはお役に立てたかな?」

 

「ええ。むしろこちらがお礼を言いたいほど助けられちゃったわね……ありがとう、霞」

 

「どういたしまして。…そろそろ上がろうか?」

 

そう言われてパチュリーはかなり温泉に浸かっていたことに気がついた。急いでこあを起こすと

 

「うーん…はっ!?パチュリー様!さっきのはちょっとした言葉の綾で…ってあれ?何だかさっきまでと雰囲気が違うような…?」

 

「…なんでもないわ。それは後にして…とりあえず上がるわよ?そういえば弾幕ごっこで倒れた本棚がまだ残っていたでしょう?」

 

「そ、そうでした!すぐに上がりますね!」

 

2人がお湯から上がると霞が風呂に妖力を流し始める…

 

それを見ていた2人に霞の羽衣が巻きついてきた。

 

 

「ちょ、ちょっと霞…ッ!?これは一体…じ、自分で拭けるわよってそこは…ッ!」

 

「ひぃぃぃぃ!!!この羽衣何だかとってもスベスベしてて…んッ…

な、何だか気持ちいいですね…ってあッ!?そ、そこはダメですよぉ!!」」

 

 

「「ひゃぁぁぁあッ!?」」

 

 

 

ものの数分ですべての水分を拭き終わり羽衣が離れていった瞬間2人はペタンとゆかへ座り込んだ。そこへ服を持ってきた霞からすぐに服を受け取って着替えた2人は霞へと説明を求めた。

 

「ちょっと霞!?今の何よ!?あ、あんな所まで勝手に拭いて…!!」

 

「酷いですよぉ霞さん!せめて最初に説明してくれてたら、心の準備をしておけたはずなのにぃ!」

 

それを受けた霞は首をコテりと曲げて、不思議そうな目で二人へと答える。

 

「あぁ…私は昔から森の中で色々な人と湯に浸かって来たのだけれど…皆、身体を拭くものを持ってきていなくてね?最初は羽衣を貸していたんだが、ある時、知人の妖怪に拭いてくれと頼まれてね…いざ拭いてあげるとかなり好評の様でそれ以来ずっと私が拭くようになったんだよ…

まぁ、なんていうか、習慣?みたいな物だと思って欲しいんだけどね?羽衣が勝手に動いてしまってね…まぁ、何度か経験すれば慣れると思うよ」

 

(…確かに気持ちいいとは思ってしまったけど…流石に、恥ずかしいわよ…ッ)

 

パチュリー達は渋々引き下がると、それぞれの用事をする事にした。

 

 

「それでは私は図書館の掃除をして来るので…霞さんはこれから何時でもここに来てくださって構いませんからね!それでは!」

 

そう言って小悪魔は図書館の方へと飛んでいった。

 

 

残されたパチュリーも霞へと向き直る。

 

「まぁ、今の私って凄く体が軽いのよ…それに肌ツヤなんかが良くなってるのを見ると、世の女性達がこれを維持したくなるのにも頷けるわ…本当に、ありがとう」

 

その笑顔は、暗く光の入りづらい部屋でも輝くように見えたのだった。

 

 

「ああ。今後ともよろしく頼むよ……ん?」

 

霞は部屋の前に誰かの気配を感じ取った。すると、ドアがノックがされて十六夜咲夜が入ってきた。

 

 

「失礼しますパチュリー様…ここへ霞様が居ると小悪魔から聞いたのですが…あら、目の前にいましたか。お嬢様が及びになっていますのでご同行して頂けますね?」

 

「ほぅ…?それはいいね。吸血鬼に会えるのなら喜んで行かせてもらうよ…」

 

そう笑う霞に対してパチュリーは

 

「レミィが人と会うなんて…珍しいわね。

…ねぇ咲夜?この客人は私と友人になったから…丁重にもてなしてあげて頂戴?」

 

「友人…ですか?…分かりました。なるべく丁重におもてなしさせて頂きます…しかしパチュリー様?雰囲気が少し変わっているようですが…どうされたのでしょうか?」

 

昨夜の知っているパチュリーという少女はもっと暗く、清潔感や口数も少なくてお嬢様以外に「友人」など作るとは考えられなかったのだが…

 

「ん…まぁ、あなたも多分その内分かるわよ…この妖怪はこの紅魔館を良くしてくれる……そんな気がするのよ。」

 

今まで見たことない程に柔らかく微笑むパチュリーを見て咲夜は霞を見つめた。見られていると分かったのか霞は微笑みをこちらへと向けてきた。

 

「…それは今は置いておきましょう。今はレミリアお嬢様が呼んでいるので早く、こちらへ付いてきて下さいませ」

 

「ああ、分かってるよ。それじゃあまた会おうね、パチュリー?」

 

そう言って2人は部屋を出ていった。

 

それを見届けたパチュリーは

 

 

「霞…か。私の喘息に効いたのか確証は無いけれど…あの温泉に浸かればフランの狂気も本当に抑えられるかもしれないわね……」

 

 

 

そう呟いた後

さっきまで煮詰まっていた魔法の研究を再開した。

 

 

 

「あ、ここでこの詠唱を入れれば良かったのね…それならこの触媒を…」

 

 

 

その研究はさっきまでとは違い、スラスラと答えが思い浮かんだのだった。

 

 

 

 

 

 



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紅茶と運命と吸血鬼

「1つお聞きします…先程。パチュリー様と小悪魔に、一体何をされたのでしょうか?」

 

咲夜は部屋を案内しながらも…後ろを歩いている霞に、そう訪ねてきた。

…実際に見て言えることは…あの時の2人はどう考えても、普段とは雰囲気が違っていた。

 

 

 

「ん?別に大したことはしてないけれど…強いて言うなら怪我を治療した位かな?」

 

「治療…ですか?それは弾幕ごっこの傷ですか?それは珍しいですね…パチュリー様が弾幕ごっこで怪我をされるなんて」

 

( 図書館内で怪我をするなんて、弾幕ごっこ位しかないし…それなら魔理沙でも来たのかしら…?なら今頃、パチュリー様は本を盗まれて怒っている筈……今日は魔理沙に勝てたのかしら?)

 

 

普段は弾幕ごっこをあまりしないパチュリーも、魔理沙が来た時は極偶に相手をしていた。

パチュリーはその時に魔理沙を追い返す事に成功した…と、咲夜は予想していた。

 

 

 

 

…しかし、霞の答えはその予想の斜めを行くものだった。

 

 

 

「まぁ…そうだね。小悪魔が魔理沙と戦った傷を、パチュリーの持病の喘息を癒すついでに治したって感じになるのかな?」

 

「え?」

 

咲夜は驚きのあまりつい声を上げてしまった。

 

 

幾ら効き目の強い永遠亭の薬を飲み続けているとはいえ、パチュリーの喘息はかなり酷く、これといった治療法も存在して無かった。

 

 

それを、癒した…?

 

 

「…そんな事が…あなたに出来るんですか?」

「まぁ最初は確証なんか無かったんだけどね…?去り際のパチュリーの様子を見る限りだと、それなりに上手くいってるんじゃないかな?」

 

「……信用は致しませんが、そういう事にしておきます…が、この先に居るお嬢様の前での失言は…お気を付け下さいませ」

 

 

 

霞の話を聞いていた咲夜は、既にレミリアの待つ部屋へと辿り着いていた。

咲夜はドアを数回ノックし、ドアノブに手をかける…

 

 

 

「お嬢様。客人をお連れしました…」

「構わないわ。入りなさい?」

 

 

入室を許す返事が返ってきた為、咲夜がドアを開けると…霞の目に映ったのは、青い髪の幼い少女の姿だった。

貴族の使うような格式高い椅子に座って足を組んでいる少女は…しとやかな髪と、ピンクのフリルの付いた洋服が印象的だった。

…しかし、やはり霞の興味を惹いて止まないのは…背中から生える、コウモリのような羽だろう。

 

初めて見た吸血鬼の姿に、霞は喜びを感じていた。

 

 

 

 

 

レミリアは真紅の瞳で、霞を見据えると…くるり、と。優雅な動作を見せながら、名乗り始めた。

 

 

 

 

「初めまして…私がこの紅魔館の主である、レミリア・スカーレットよ。…貴方、自分から吸血鬼に会いたいなんてのたまう…相当な、もの好きらしいわね?…貴方、名前は何かしら…?」

 

 

ただ、微笑を浮かべながら質問をしているだけで…霞の肌は、ビリビリと強い妖力の波を感じていた。

…予想以上の妖力に、霞はより一層。吸血鬼という種族に興味を抱き始めていた。

 

 

 

 

「ああ…すまない、自己紹介が遅れていたね?…私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ。

…流石は、噂に違わぬ吸血鬼だね?ここまで強い妖力を感じたのは久々……あ、昨日藍に会っていたから昨日振りかな?とにかく見かけによらず強いんだね…驚いたよ」

 

 

 

そう言って、自分も自己紹介を始めた霞だが…

レミリアは自分の妖力を受けながらも、平然と自己紹介を続けている霞に強い、興味を抱いた。

 

 

( …この妖怪、私の妖力を真正面から感じてるのに…眉一つ動かさず微笑み続けるなんて、やっぱり咲夜の言ってた通り相当強い大妖怪のようね…?…というかこいつの運命、何だかぼやけてて読みづらい……ッ!?)

 

 

レミリアは目の前にいる霞に対して、挨拶程度に能力を使ってみたものの…何だか普段使っている時とは違い、情景が鮮明に見えなかった。

 

そんな時、突然…衝撃的な光景が目に映ってきた。

 

 

 

 

 

「…ねぇ咲夜?私、少しこの妖怪と話してみたいの。…二人きりにして貰えないかしら?」

 

「…?分かりました。それでは扉の前で待機して居ますので…失礼致します………それでは霞様?お嬢様と2人きりだからと言って…邪な考えなどは、御遠慮願いますね?」

 

 

レミリアの命令に、咲夜は少し驚いた顔をしていたが…直ぐに元の澄ました顔に戻ると、霞に一言…忠告をした。

 

 

咲夜の目は、全く笑っていなかった。

 

 

 

 

「分かってるさ…ただ話すだけだから、特に心配しなくても大丈夫だよ?私にレミリアをどうこうするような力なんてものは、生憎持っていないからね…」

 

 

 

それを聞いた咲夜は丁寧なお辞儀をした後…レミリアの部屋から出ていった。

 

 

 

 

「…そこで立っているのも疲れるでしょう?こっちに来て座りなさい?さっき、咲夜が入れてくれた紅茶もあるわよ?」

 

「それはありがたいね…ここはお言葉に甘えるとするよ。…それで、私に何を聞きたいのかな?」

 

 

レミリアの目の前にいる霞と名乗った妖怪は…椅子に座り、レミリアの様子を見つめながらもニコニコと微笑んでいた。

…紅茶を霞のカップに注ぎながら、レミリアはさっき見えた光景を伝えようと口を開いた。

 

 

「ねぇ霞?…貴方の能力は

『秘湯を操る程度の能力』よね?」

 

 

「…おや、そうだけれど…正式名を当てられたのは数百年ぶりだね…咲夜に聞いたのかな?」

 

 

能力名を言った瞬間、少し驚いた顔の霞を見て…レミリアの中で、ある確信が生まれた。

 

 

 

「いえ、咲夜から聞いたのは…貴方が相当な妖力を持つ大妖怪ってこと。そしてこの辺りで見かけない妖怪だってことの2つだけよ。

…実は私も能力を持っていてね…?『運命を操る程度の能力』っていうのよ。…それで今貴方の運命を見たんだけれど……

 

…貴方が一瞬で私の妹によって爆散する。…そんな運命が見えたのよ」

 

 

 

レミリアの言葉を聞きながら霞は何かを考えると

 

「爆散、ねぇ……それに妹か。吸血鬼にはそんな能力もあるのかい?やはり妖怪によって色々な能力の違いがあるんだねぇ…

あ、この紅茶美味しいからお代わり貰うよ?」

 

 

紅茶を飲みながら、案外ケロリとしていた。

 

 

 

( …意外と冷静ね。どういう事…?自分がここにいれば死ぬって宣告されたのに…どうして平然としていられるのかしら…?)

 

 

霞の目は『爆散…物騒だね?』と不思議がるだけで、特に動揺したようには見えなかった。

 

 

そんな霞に、レミリアは状況を伝えていった。

 

 

「…いいえ、普通の吸血鬼にそんな力は無いわ。けれど私の妹…フランドール・スカーレットは…この世に生まれながらにして『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』を持っていたの…

…フランはその力に、自我を飲まれてしまったの。昔、紅魔館で働いていたメイド達を何人も殺してしまって…今は力が制御出来るようになるまで、誰とも合わないように…この館の地下室に、幽閉しているわ…」

 

 

 

レミリアはフランを思い出しているのか…顔を俯けたまま、自分の胸に手を当てていた。

…その顔は悲痛に暮れ、妹に対して遠ざけることしか出来ない自分を呪うような…深い、哀しみに染まっていた。

 

 

…今思えば、こんなに苦しむ顔を見た霞が…言うことを聞いて素直に帰るわけが無かったのだ。

 

 

 

 

「…だから霞?折角来てくれたのは私にとっても、久々の来客で嬉しいのだけれど…貴方は、早くここから出ていかないと…確実に死んじゃうわ。だから今日の所は帰って頂戴?貴方には私、興味が湧いたの。だから今日だけは帰って。間違ってもフランに会ったりなんかしちゃダ」

「そうか、そのフランとやらはは今も地下室に居るんだね?…忠告ありがとうレミリア。紅茶、美味しかったよ?」

 

 

レミリアが言い終わる前に、紅茶を飲み終えて席を立ち上がった霞は

椅子を直して部屋を出ていこうとした。そんな霞を見て、レミリアは焦りながら霞へと駆け寄り……その腕を掴んで引き止めた。

 

 

 

「ちょ…ちょっと!?貴方何を言ってるのよッ!!今、フランに会ったら死ぬって言ったばかりじゃないッ!!あの子は、危険なのよ…ッ!それなのにどうしてッ…!?…貴方、まさか自分の命なんて大事じゃないって言うの…?」

 

 

訳が分からない、レミリアはそう思った。そこへ行けば自分は殺されると言われたのに、何故か進んでそこに行きたがるなんて…この妖怪にはもしかして、自殺願望でもあるのだろうか…?

 

 

 

そんなレミリアを見て、霞は微笑みを浮かべると…

 

 

 

「レミリア。妹の事は好きかい?」

 

 

…そんな事を聞いてきた。

 

 

 

 

…答えはなんか、決まっている

 

 

 

「…えぇ。好きよ。大好きだわ…私はフランを愛してる…そんなの決まってるじゃないッ!!!

私はレミリア・スカーレット!!!あの子の………フランドール・スカーレットの…この世界でたった一人の姉であり、家族なんだから…ッ!!!」

 

 

レミリアはそう叫んだ。…叫ばずにいられなかった。何故かこの時、霞の目の前で…そう宣言しないといけない気がした。

 

 

 

それを聞いた霞は何度か頷いて

満足気な顔をレミリアへ向けると

 

 

「そうか……やっぱりそうだよな。姉妹が一つの家の中でバラバラで過ごすなんてのは…やっぱりおかしい事なんだよな。

レミリア…どうやら今の叫びは、嘘偽り無い本音のようだったしね?…それを聞いたからには、私も一応男として…無視する事は躊躇われるしね……私にも、その仲直りとやらを手伝わせては貰えないかな?」

 

 

「…ッけれど!!さっき私が見えたのは…貴方がフランにの右手に胸を貫かれた後、交戦するよそのまま『目』を砕かれて爆散する……そんな運命だったのよ!?無茶に決まってるじゃない!!

…それに、運命を操ろうにも…何故か貴方には私の力が及ばないし…!!危険過ぎるわよ!?やめて頂戴!!」

 

 

「…おや、心配してくれてありがとう…レミリア。…紫たちが言ってたこととは随分違って、とても可愛く思いやりの出来るいい子じゃないか?後で情報の偽りについて話し合わないとな…

それに、私は命を捨てにに行くつもりなんて毛頭無いよ?ただ、私がそこに行く運命があるのなら…そこには、私を求める存在が居るのだろうさ。…まぁ、上手くやってみるよ?」

 

 

もう何を言っても聞かないような霞を見て、レミリアは肩を竦める。…根拠なんて全く無いけれど、何故だかそんな言葉を信じてみたくなった。

 

 

 

 

「なら…分かったわ。もう、この件に関して私は貴方を止めないし、口を出さない。

…けれど、あなたのおかげでフランがまた昔のように笑って…また2人で過ごせるようになる。…そんな運命が現れることを、私は願ってるわ…」

 

 

「ん。それなら3人で一緒に風呂に入るのも…楽しそうだね?…私は湯に浸かりながら、誰かの話を聞くのが何よりも好きなんだよ。…どうかな?紅魔館の主様?」

 

 

そう言われたレミリアは、唐突な混浴の誘いに少しだけ顔を赤くしながら…

 

「…そうね。もしもこの後…貴方が生きて帰ってきて。…そこにフランの姿があれば………私も、一緒に入ってあげるわよ。

…だから、絶対に生きて帰ってきて頂戴ね?」

 

 

( …あぁ恥ずかしい。私は何を言ってるのかしら?男と一緒に風呂に入るなんて、普段なら一言でバッサリと断るはずなのに…どうして私はそこにフランまで一緒に入るなんていう、不確定な未来を信じたのだろう?

…でも、この妖怪のことは何故か信じたくなってしまう…そんな雰囲気を放っているのよね…不思議だわ…)

 

 

 

 

 

「なら、そろそろ行ってくるよ…フランのいる地下室はどこにあるのかい?」

「地下室までの道のりなら、咲夜に案内させるわ…咲夜!!入って来なさい!」

 

 

 

その瞬間、ガチャリとドアが開かれ咲夜が入ってきた。

 

 

「どうかされましたか…お嬢様?」

「今から霞を地下室へ案内してあげて頂戴…」

 

「お、お嬢様…ッ!?地下室は、…そこには妹様が居ますよ!?…まさかこの男を…?」

 

「ああ違うよ、そこへ案内を頼みたいのは、私が地下室へ行く事を望んでいるからさ。…連れて行ってくれないか?」

「咲夜…頼んだわよ?」

 

「えぇ…畏まりました。それでは、こちらです…」

 

 

 

そう言って咲夜は、霞を地下室へと案内して行った。それを見届けるように、遠くから霞を見ていたレミリアは…自室に戻り、すっかり冷めてしまった紅茶を渇いていた喉へ流し込んだ。

 

 

 

 

「頼んだわよ…霞…」

 

 

手を固く握りしめながら、そう願ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( …どうして自分から妹様のお部屋へ…?まさか…狂気の力に飲み込まれた妹様を殺すために…?)

 

 

咲夜の隣で、廊下にある彫刻や絵画を何度も興味深く眺めている霞を見て。咲夜はそう考えた。

 

 

昔、この紅魔館が幻想郷に入ってくる前には…自称ヴァンパイアハンターを名乗る者が、何度もレミリアやフランの噂を聞きつけては討伐しようとして、返り討ちにされていた。

 

 

 

霞はどうやら大妖怪の様だし、いくらフランドールが吸血鬼とはいえ、まだ500歳程度…妖力の質からして普通の大妖怪と違っているこの妖怪は…一体いくつ何だろうか?それに、温泉を湧かせて人を癒す能力など持っているなら………癒す?

 

 

そこまで考えて咲夜は気づいた。霞は妖力こそ多く、唯一無二の能力を持っている。

…が、それは戦闘に置いて…余りにも攻撃力が無かった。見た所、武器すら携帯していないし…強いて言うなら首に巻いている羽衣くらいだろうか?

 

 

 

「 霞様…妹様はかなり気が触れていて、危険な能力を持っています…近づいた対象の『目』…身体の緊張した部分を自分の手のひらに移動させて、そのまま握りつぶす……すると相手は身体が爆散するかのように粉々になってしまう……確か、レミリアお嬢様はそう言っていました…」

 

 

霞はそれを聞くと

 

「ふむ…なら大丈夫かな…?どうやら私にとって、相性が良さそうだな相手だったようだね…」

 

 

呑気にそんな事を言っていた。…

そんな余裕のある霞の姿を見た咲夜が…振り返って

 

 

「霞様は、お嬢様を…フランドール・スカーレットを…

…殺すおつもりなのでしょうか…ッ…?」

 

咲夜は右手にナイフを構えながら、後ろを歩いていた霞にそう問いかけた。

 

 

 

殺気を溢れされる咲夜。それを見た霞は…咲夜の頭に、手をぽん、と載せると…ぐりぐりと撫で回し始めた。

 

 

「 私には、人も妖怪も殺すような力は持っていなくてね。…昔から友人には『お前ほどお人好しなサンドバッグは居ないよ?』…なんて言われてきた位なんだよ。

…だから、咲夜の考えていたようなことには…絶対に、ならないと思うけどね?」

 

 

突然撫でられたことに驚きつつ、平静を装いながら…咲夜は霞の言葉を聞いて…ナイフを懐へとしまい込んだ。

 

「…そうですか。それなら安心しました。…ですが、危険な事には変わりありません。…もうすぐ妹様のいる地下室に着きます。心の準備は…もう、出来ていますか?」

 

 

 

 

廊下の先に、地下へと続く階段があった。暗くて見づらいけれど…その先には、重厚な扉があった。

 

 

 

「…うん。それじゃあ行ってくるよ…レミリアへ、私の運命が見えなくなったらここへ来るように行っておいてくれないか?」

 

「…それはどういう…わ、分かりました。必ず、伝えさせて頂きます。…どうか、妹様をお助け下さい…」

 

「分かってるよ。それじゃあまた後でね?」

 

 

出会った時のように。微笑みを浮かべたまま手を振って、階段を降りていった霞を見届けた咲夜は…急いでレミリアの元へ向かった。

 

 

 

「霞様…どうかご無事で…!!!」

 

 

咲夜は走る。主人へ、一刻も早く霞の言伝を伝えるために…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 …随分降りてきたけど、どうやらこの扉の先にフランドールが居るようだね?

ふむ…やっぱり思った通り…寂しく、誰かに助けを求めるような悲しい妖力を感じるね。

…まぁ、こんな時のために私の能力があるんだろうし…死なない程度に、頑張りますか…」

 

 

そう言って霞は扉に手をかける。重い扉を開いた先に…陽の光が入らない薄暗い地下室の中で。

 

 

少女がポツン、と独りで座っていた。

 

 

暗くて顔はよく分からないが…さっき会ったレミリアと違い、こちらは肌がざわつくような…冷たい妖力を感じた。

 

 

 

…一体どれ程の孤独を感じていたのだろう?薄らと感じられる感情のは…つい最近まで、霞が感じていたものにそっくりだった。

 

 

それを感じた霞は…微笑みを浮かべて、訝しんだ目を向け、座り込んでいる少女の目線に合わせると…自己紹介を始めた。

 

 

 

 

 

「初めまして。私は吸血鬼と話がしたくてここに来たんだけど…構わないかな?」

 

 

「………?貴方はだぁれ…?お姉様のお友達…?」

 

 

 

霞の目の前にいる少女は、濃い黄色の髪をサイドポニーにしている…真紅の瞳をした、幼い吸血鬼のようだった。

服も真紅を基準としているようで、スカートや特徴的な帽子にも…紅が使われていた。

 

 

 

そして不思議な事にフランドールは

 

 

一対の羽に、色々な色の輝く宝石が付いている…レミリアとは全然違った羽を持っていた。

 

 

 

霞は穏やかに微笑んだまま、フランドールに話かける。

 

 

 

「私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ…良かったら一緒に入ってみないかい?」

 

 

不思議なものを見るようなフランの目の前に。

2人が入れる程度の温泉を作り上げたのだった。

 



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孤独と狂気と運命の先

ストック切れと少し忙しくなってきたので
少しペースが落ちます…
投稿自体は続けますので…


「…私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ。試しに一緒に入ってみないかい?」

 

 

「まぁ!いいの?私、誰かとお風呂に入るなんて初めて…!ねぇねぇこのオンセン?っていうのを湧かせる事が出来るのって、霞の持っている能力のおかげなの?」

 

「あぁ…そうだよ?まぁ、それだけじゃないんだけどね…それじゃあ、濡れると困るから。今着てる服を脱いだ後…ゆっくり入ってくれるかな?」

 

「はーい!分かった!!!」

 

 

 

そう笑顔で返事をしたフランドールを見て、霞が湯船に身体を沈ませると…フランはいつの間にか服を脱いでいた。

 

 

 

「ほら、出来たからゆっくり入って…」

 

 

バシャーン!!!!!!!!

 

 

「凄い!温かい!本当に温泉が湧いてるー!きゃはははははは!!!!!」

 

 

 

霞の言葉を聞かずに一直線に飛び込んできたフランを受け止め…誰も静かに湯船へ入らない事に溜息をつきつつ、霞はフランへと話しかけた。

その身体はまだ幼く、とても小さかった。

 

 

「もう、別にいいか…それでフラン?お前はどうしてこんな暗い地下室で…たった独りで過ごしてるんだ?」

 

 

 

霞がそれを聞くと…少し哀しげな顔をしたフランは、自分の身体を縮こめながら…理由を吐露し始めた。

 

 

「 ぇと…私は危険な能力を持ってるから…お姉様に、能力をきちんと制御出来るようになるまでお外に出ちゃダメって言われたの。制御が出来ないなんて、危ないから…」

 

 

ここは概ね聞いていたとおりだった。若干、レミリアが思っていたよりもフランはその事を重く、受け止めてしまっているようだが…

 

 

 

「私、495年間1度もお外に出たこと無くって…いつも独りで絵本を読んだりして毎日を過ごしてたんだけどね?

…ずっと前は、皆が地下室に遊びに来てくれてたこともあったの。だからまだ、皆と会うために能力の制御を頑張ろうって思ってたんだけど…」

 

 

ここで、フランの目に涙が潤み始めていた。辛いだろう。寂しいだろう。

この子は、まだこんな幼いのに…産まれてからの長い時間。延々と続く孤独に凍えてきたのだろう。

…霞には、今のフランの抱えている気持ちが、心の叫びが…痛いほどに、よく分かっていた。

 

 

 

「もう、随分昔からお姉様もパチュリーも、咲夜も美鈴も皆会いに来てくれなくなっちゃって…いつも夜になると独りで目が覚めるの。

私、やっぱりお姉様達に嫌われてるのかな……?だって私、今までお姉様達と一緒にお風呂に入ったことなんて…一回もないんだよ…?」

 

俯いたままそう語ったフランの目には…今にも決壊しそうな程に深い、悲しみの涙が湧き出していた。

そして、何度も堪え…決壊してきたのだろう。

 

 

「そうか……それじゃあ今度は私の事も話そうか?」

 

「…え?いいの?聞きたい聞きたい!!!」

 

 

フランはくるりと霞へと向き直り、そのまま霞を見上げた。それを見た霞はフランが聞き取りやすいように、ゆったりとした口調で自分の事を語り出していった。

 

 

「私がこの幻想郷に来たのは昨日でね?それまでは外の世界で、悠々気ままに過ごしてきたんだよ」

 

 

 

霞はフランに自分の過去を語っていった。過去の友人の話から、自分の存在が必要とされなくなってこの幻想郷へと流れてきたことまで…色々な事を。

 

 

 

しばらく話をしていると…フランがポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私も、お友達が欲しいなぁ……」

 

 

 

 

寂しげな顔をしながら、そっと触れるように。無意識に霞へともたれかかってきたフランを見て…霞は腹を決めた。

 

 

「…なら、私がフランの友人になろうか?」

 

 

「え!?」

 

 

 

フランが思わず霞の顔を見上げる…と、霞は先程のように。微笑みを浮かべてそう言った。

 

 

 

「私でよければフランの友人になりたいんだが…と、思ってね?私は今まで、沢山の種族と友人関係になってきたのだけれども…まだ、吸血鬼の友人は居なくてね…

私の吸血鬼の最初の友達…フラン、どうかな?」

 

フランの目の前に、そっと手を差し出す霞。

それを見て、フランの目に浮かぶ涙は決壊した。

 

 

「…ッ…うんッ!!なる!私…霞と友達…なるッ!!」

 

そう言って、フランは感極まったのか…そのまま霞へと抱きついてきた。霞の背中に手を当てながら、胸に顔をすり寄せるフランを見て…霞がフランの頭を撫でていた時。

 

 

 

 

ズドン、と嫌な音が響き…霞の胸をナニかが貫いた。

 

 

 

 

 

ゆっくりと霞が胸元を見た時。

…フランの右腕が、今まさに自分の身体を貫いている…そんな光景が広がっていた。フランは透き通っていた真紅の瞳に、黒く濁った狂気を浮かべると…その口元を、今にも裂けるかと思える程に大きく歪めていた。

 

 

 

「霞は、私の友達なんだヨネ?なら、ずっと一緒にいてくれるんだヨネ?独りぼっちにしないでくれるんダヨネ?私が能力を使っちゃっても壊レタリしないよネ?昔、ここに来ていた嘘つキミたいに、私を残して壊レテいったりなんかシナイヨネ?ねぇ、霞は…私と一緒に温泉に入ってくれた霞ハ、…アンナ嘘ツキ達トハ違ウヨネ?」

 

 

どうやらフランが心を狂気に蝕まれていたのは本当だったらしい。しかもかなり深刻な様子だった。長い間狂気に苛まれた反動は大きく、これは放置する事は出来ない。

それに孤独の感情はより一層強くなっている為、なんとかしなければならない。

 

口に溜まった血塊を吐き出し、霞は力強い目でフランの姿を見据えた。

 

 

「ゲホッ…ああ。私は壊れないから心配はしなくていい。けどフラン?温泉に入る時のマナーは最低限、守るべきだと私は思うんだけどね…?」

 

霞は引き抜かれた胸から温泉に流れ込む大量の血液になど目もくれず、フランへと話しかける。

 

 

それを見たフランは、勢い良く引き抜いた右手に付いた霞の血液をペロりと舐めながら…狂ったような笑顔で笑い始めた。

 

 

 

 

「アハハ!ゴメンね!!私オンセンノマナーなんて知ラナかったノ!でもそんなノは仕方なかったノ!気になってタノ!霞の血ってどんな味ナンだろう…ッテ!今まで来た妖精や妖怪はみーんなみーんなこれで壊レチャッタモノ!嘘つきばっかりガここへ来てたノヨ?ずっと仲良しだとかもう友達ダトカ……霞は嘘つきじゃないんダカラ私を楽シマせてくれるんダヨネ?ソウナンデショ?霞?」

 

 

 

そう言いながら霞へと話すフラン表示の中に。霞は一瞬だけ!酷く寂しそうな顔をしたフランを見つけた。…それを見た時、霞の腹は決まった。

 

 

「…フラン?聞こえてるかな?君は心の底からそんな事を思っていたのかい?レミリア達と一緒に過ごすために。狂気になんかに飲まれないように。能力を制御出来るようになるんじゃあ無かったのかい?

…私はフランとの約束を守るよ。何があっても私は壊れない。それに、私はレミリア達との約束があるから、フランの攻撃なんかじゃあ死んではやれないよ。

…だから、フランは心を強く持て!!!流されるな!飲み込まれるな!全力で私にぶつけてこいッ!!!…フランは、レミリア達に…会いたいんだろうッ!?」

 

 

 

そう言って霞は妖力を解放すると一気に温泉へと流し込んだ。温泉が急に輝き出したかと思うと…湯に使っていた霞の胸に空いた傷が、みるみる内に塞がっていった。

 

 

 

 

「…何を言ってルノ?私は私デシょ?こんな風に人を殺シテ、妖怪も壊シテ…みんなみんな私を遠ざけて誰も私の近くになって…偶に来てくれてたお姉様も最近は来てくれないし…ああもう訳がわカラない!!!!!!どうして私はこんな目に…!私だって皆とお話しタイ!一緒に過ごしたい!!触れ合いたい!!!なのに…ッ霞ハ、コンな私を受け止めてくれるっていうノッ!?」

 

 

 

狂気に染まった顔の中に一瞬だけ孤独に震えているような顔が混ざった。それを見逃さなかった霞はまた、フランへ笑顔を向けると…

 

 

 

 

 

「ああ。お前を全身全霊掛けて受け止めてあげるから……だから、そんなちっぽけな狂気の力に……負けるんじゃないぞ!!フランドール・スカーレット!!!」

 

 

 

それを聞いたフランの顔は、また狂気に歪んだ。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

そして、フランの右手が不自然に動いた。まるで目に見えない何かを、自分の右手へと手繰り寄せたように…

 

 

 

 

「霞イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィィィィィ!!!!!!!」

 

 

「………はッ!!」

 

 

 

 

霞は目を閉じ、纏っていた妖力をフランへとぶつける。その妖力で出来た弾の内、フランの小さな体へと何発かの弾幕が直撃する…が、

 

 

 

「ソンナ薄イ弾幕ナンテ効かナイ!!ソレニ、コレデ皆…ミンナ砕ケルノ…!!

きゅっとして………ドカーン!!!」

 

 

 

 

それを受けたフランが弾幕等気にせずに、その右手にある「何か」を握り潰した。確かなぐちゃりとした生々しい感触を…フランが感じたそよ瞬間。

 

 

 

 

霞の体が破裂して、鮮血と肉片を散らした姿がフランの目の中へと飛び込んでくる。

 

 

フランは自分が、自分の手によって破壊してしまった霞『だったモノ』を呆然と見つめていた。

 

 

その瞬間、フランの頭の中に。突然今まで心に蓋をしながら閉じこもっていた頃の自分の姿が…映りこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、レミリアは霞の運命を見ていた。やはり、何度運命を見ても…フランと出会うと霞の体が爆散する未来しか見えなかった。

 

 

 

「…どうしてよッ!!!何で、何でこうなるの…ッ…!」

 

霞は、いい妖怪だったと思う。今まで幻想郷で見たこともなかった雰囲気を纏うかなり変わった妖怪だった。多分色々な人物と関わりを持っているだろう…そんな彼が、この紅魔館で死んでしまうなんて、考えたくもなかった。

 

 

 

 

「…あ」

 

 

そんな時、霞の運命が見えなくなった。

 

 

…どうやら、霞が…死んだのだろう。

 

 

 

 

 

 

そう思った時、レミリアの頬を涙が伝った。高貴であり、その種族気位ゆえに、他人の為に泣いた事など無かったはずなのに。

 

絶対に助けるって、霞は言った筈なのに。

 

 

 

「…ッ…ぅ…ぐずっ…どうじで…ッ…約束ッ…したのに、バカァァァァァァァァ!!!!!」

 

 

 

レミリアがそう叫んだ時、ノックもしないで慌てた様子の咲夜が部屋に入って来た。

 

 

「お嬢様!!今、霞様の運命は見えますか!?どうしてお泣きに…まさか!?」

 

 

「………えぇ…霞の運命が…見えなくなったの。霞が…ッ…死んじゃったの…ッ!」

 

「…ッ!!…お嬢様、それは違います…!!」

 

そう、咲夜に告げた時。

昨夜は、勢い良くレミリアへと切り返した。

 

 

「…霞様は自分の運命が見えなくなった時にレミリアお嬢様を連れてくるようにと私に頼んできたのです!!ですから早く、一刻も早くお嬢様も地下室へ行きましょう!」

 

 

「…え?……ッ…ええッ!すぐに行くわよ!!」

 

 

 

 

そう言われたレミリアは、すぐに自分を切り替えると…飲んでいた紅茶が冷えること等気にせずに。そのまま地下室目掛けて走り出した。

 

 

その時、フランに爆殺され見えなくなった運命の先に…ぼやけて見えづらい何かの姿が見え始めていた。

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

フランドール・スカーレットの心の中はいつも孤独だった。

 

 

 

 

自分が生まれてから共に過ごした愛する姉には、能力の暴走によってフランが人を殺していた様に見えていたのだろう…

…それは間違っていない。確かにフランは自分で能力の制御が出来ないために探検をしに紅魔館にやってきた近くの人間や、この紅魔館で働いていた妖精メイドの

『目』をこの手で握りつぶしてしまった。

 

 

 

 

それ以来フランは狂気の力に侵されていて気が触れているから近づいてはいけない。話し掛けてもいけない。…能力を制御出来るまで、誰とも会ってはいけない。

 

 

 

 

そう、思い続けてきた。

 

 

 

 

そうしていると、お姉様も、パチュリーも、咲夜も、美鈴も、小悪魔や妖精メイド達にすら会えなくなった。

 

 

 

 

もう誰も会いに来てくれない。自分なんか他人を殺すだけの「バケモノ」なんだ…一生このまま地下室で一人で生きていかなければいけないんだ…

 

 

 

 

そんな事を考え続けていたフランの部屋へと、誰かが向かってくる足音が聞こえた。

 

 

 

 

( …誰だろう。こんな足音聴いたこと無い…また、紅魔館に探検に来た人間かな…?)

 

 

 

そんな事を考えていた時、ドアが開かれた。そこに居たのは今まで見たことの無い、男の妖怪…そんな妖怪がフランを見つけると。ニッコリと微笑みを浮かべながら、フランへと話しかけてきた。

 

 

 

 

「初めまして。私は吸血鬼と話がしたくて、ここに来たんだけど…構わないかな?」

 

 

「………?貴方はだぁれ…?お姉様のお友達かしら…?」」

 

 

 

 

見かけない妖怪だと思った。静かなのに深みを感じる妖力が今までに会った誰とも違っていてフランはそれがとても新鮮に思えた。

 

 

 

「私の名前は霞。ただの温泉好きな妖怪だよ。…良かったら一緒に温泉に入らないか?」

 

 

 

それから霞はフランに対して優しく微笑むと、一緒に温泉に入ってくれると言った。フランはそれがとても嬉しかった。

だから、すぐに着ていた服を脱いで霞の膝の上に飛び込んだ。フランを抱きとめてくれた霞の体は…温かかった。

 

 

 

 

それから霞はフランに色々な話をしてくれた。鬼と出会った話や土地を治める神に会った話などの、色々な種族の神や妖怪の話をフランに聞かせてくれた。どの話をしている時も霞は懐かしむようにずっと笑っていた。

 

 

 

 

そして1番フランの心を惹き付けたのは…霞が人から必要とされ無くなって、この幻想郷に来たという話だった。

『廃れた山奥で数百年過ごしてるとね…案外、心が疲れてしまったよ…』なんて話してる霞は…その口調とは裏腹に、とても寂しい目をしながら苦笑いをしていた。

 

 

 

そんな霞の話を聞いたフランは…多分、霞の事をずっと強い羨望の眼差しで見ていたことだろう。

沢山の友人。便利な能力。どれもフランには欠けているものばかり…けれどそれは、霞にしか出来ないことであり…そしてまた、自分にはそんなものは出来ないと絶望していた。

 

 

 

でも、そんなフランに対して霞は…自分から、友人になってくれると言った。

 

 

感情が揺さぶられた結果、急に訪れた狂気に心を飲み込まれてしまったフランが、霞の胸を。フランの右手が、その霞を貫いてしまったのに…霞は微笑みながら、そんな自分に負けるなと、叱咤激励をしてくれたのだ。

 

 

 

 

 

だからこそ、今、湯船にバラバラになって浮かんでいる霞を見てフランの心が強く軋んだ。さっきの身体に弾幕が撃ち込まれた部分がいきなり熱を持って、フランの心を焼き始める。

 

その瞬間、狂気に塗れた心の奥底で、固く閉じこもっていたフランの壁にヒビが入り、ずっと抑え込んでいたフランの本心が呼び起こされた。

 

 

「あああああッ!?霞ッ!?霞ってば!!ねぇ!しっかりしてよ!霞ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいッ!!」

 

 

フランは湯船に浮かぶ霞を頭を抱きしめて、喉が裂けんばかりの絶叫を上げた。

しかし、現実は残酷だった。大量の霞の血液が、湯船を紅く染めてくのを見て、フランの動揺は止まらない。出血量からしてもう、どう見たって助からない。

 

 

 

 

 

フランが霞を殺してしまった事を理解した時。

 

 

 

フランの心が、凍りついた。

 

 

 

 

 

「また、私が殺しちゃったの………?」

 

 

 

胸の中で抱きしめていた霞はボロボロになっていた。やっと、やっと狂気に塗れた心を押さえつける事が出来たのに…フランはもう濁っていない、透き通った真紅の瞳から…ポロポロと、大粒の涙を零し始めた…

 

 

 

 

 

( やっぱり…私に友人なんて出来ないんだ…独りで、生きていかないといけないんだ…)

 

 

フランが現実にもう耐えられないと、再び心を閉ざそうと腕の中の霞を手放した時…

 

 

 

 

 

カァッー……

 

 

「…ッ!?」

 

突然フランが入っている湯船が輝き始め、湯船に浮かんでいる霞の身体がみるみる内に再生していった。

 

 

爆散していた身体が引っ付き、霞の身体が元に戻ったのを見て…フランは驚いた。

 

 

 

「な、何……?これ…ッ!霞ッ!?どうして怪我が……ッ!?ねぇ、しっかりして!!かすみぃッ!!」

 

 

 

 

フランは怪我がすっかり治った霞の身体を何度も揺すった。それは、先程まで触れていた筈の元の身体だった。胸に耳を当ててみると微かに心臓の鼓動が聴こえてくる…そして

 

 

 

 

「…ん、フランじゃないか…『目は覚めた』かな?」

 

 

そう言って、ゆっくりと微笑み。その笑顔をフランへと向けてくれた。

 

 

 

 

 

 

「か、霞いいいいいいいいいッ!!!!!」

「ウグッ…」

 

 

フランは霞がゆっくりと目を開けたのを見て、そのまま霞を抱きしめた。何度も頭を擦り付け、肌を密着させた。1秒でも長く、生きている霞の体温を感じていたいと、心の底から強く思ったから。

 

 

 

「こら。痛いよ…フラン。いくら私が生きてるからって体を爆散させられたのなんて初めてなんだから…もう少し優しく抱きついてくれないかな…?

ってこら、今は私も裸なんだから、そんなところに抱きついちゃいけません……って、ああ、もう、しょうがない。羽衣で隠すか…」

 

 

 

なぜ生きているのかは、わからない。さっきまで赤く染まっていた温泉の湯は透き通った綺麗な湯に変わっていた

 

 

 

謎だらけだ。この妖怪は謎に包まれている…

 

 

 

けれどフランはこの日のことを決して忘れない。初めて狂気の心を抑えられたこの日を。

そして、霞と名乗った妖怪が…自分にとって、かけがえのない存在になったこの日のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

この後地下室へレミリアと咲夜が飛び込んできて

レミリアが霞を見て安堵したのか泣き出して咲夜が裸のフランと身体に羽衣を巻いた霞の姿に顔を真っ赤にするのだが……

今は、後回しで良いだろう。




今まで書いたやつの手直しなんかも進めていくので
これからも頑張りますー


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涙と理由と2人の誓い

数日に1回ペースに落ちますが
空いた時間に書いていきたいと思ってますー


レミリアと咲夜は長い廊下を走っていた。

 

(…もう!どうしてこの廊下こんなに長いのよ…!って、そう言えば私が駄々をこねたんだっけ…)

 

 

昔、咲夜に部屋を大きくするように命令したことを思い出したレミリアが、軽く後悔していると…ようやく地下室への階段が見えてきたのだった。

 

 

 

 

「…ッ!?何なの…?この部屋から感じる妖力…前にここを通った時は黒く濁ったような邪悪な雰囲気がしていた筈なのに…?まさか、霞が何かしたの………!?」

 

 

この地下室に足を運んだのは…久しぶりなのだけれど。明らかに昔と今で、雰囲気が違っていた。

今この部屋から感じるのは…喜色に染まった、ほのかに暖かく。そして澄み渡るように和やかな、そんな雰囲気の妖力だった。

 

 

隣に居た咲夜も首を傾げて驚いている…さっきまで霞と見ていた筈の重く、近寄り難かった筈の…

 

 

そんな地下室の扉が、今なら気軽に開けられる…そんな風に思えたから。

 

 

 

「咲夜!!」

 

「…はい!お嬢様!」

 

 

 

 

 

2人は覚悟を決めて地下室の扉を開けたー…

 

 

 

 

…その先に見えたのは

 

 

「きゃ〜♪ねぇねぇ霞?それでその時に、その小さい鬼はなんて言ってたの?」

 

「あぁ…『霞の膝は私のものだー!!!』なんて言ってね?しばらく私の膝の上で湯に浸かっていたよ……ん?あぁ、レミリアに咲夜じゃないか。さっきぶりだね?」

 

 

 

2人が入れそうな程の温泉の中で、霞とフランが仲良く話をしている姿だった。

 

 

 

「霞ッ!?どうしてフランと一緒に…?貴方は確からフランによって爆散してしまったんじゃ…?」

 

 

レミリアは勢い良くそう話しかけるが…霞は首を横に何度か振って、レミリアを諌めた。

 

 

「私の事はいいから…レミリアは私より先に一言、言うべき相手が居るんじゃないかな?」

 

 

霞が目線をフランへと向けると、さっきまで笑っていたフランの顔が急に歪んだ。しかし、何度か怯える身体を叩きながら、レミリアの方へとゆっくり歩み寄ってきた。

 

おずおずと、震えるような足で近寄ってくるフランは…これから叱られるかもしれない。もしかしたら嫌われているのかもしれない…

そんなことを知るのが怖くて仕方ないといった風に、弱気で、自信の無い歩調のままレミリアへと向かってきた。

 

 

フランは何度か息を飲みこんで、その口を開く。

 

 

「お姉様……わ、私…ようやく能力を制御出来るようになったんだよ…?…あの、こ、これで、また…皆で一緒に過ごせるよね…?もう、私は独りぼっちじゃないんだよね…?」

 

 

涙で潤んだ紅い、レミリアと同じ色をした目を。レミリアが認識した瞬間。

 

 

身体は、勝手に動いていた。レミリアはフランを抱きしめると、湧き出した涙など全て無視して叫んだ。

 

 

 

「…ッ…当たり前じゃないッ!!!貴方を…これから、もう、離さない…絶対にッ!!もう、貴方に誰かを傷つけたりさせないんだから…ッ!!!

貴方はこの世で1番大切で大好きな、私のたった一人の妹なんだからッ!!」

 

「お…姉様ぁッ!!!!!私…も、ずっと、会いたかった…!!寂しかった…哀しかった…!とっても、とても辛かった…!!

もう、離さない!!絶対に離さない…ッ!!私のお姉様…ッ!!!うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

 

 

 

2人は、泣いた。屋敷に響く程に大きな声で、数百年続いた孤独と、何も出来ない自分を呪い続ける心の闇はたった今、完全に晴れたのだろう。

やっと触れ合えたお互いの身体を強く、固く抱きしめ合う2人は…何度も何度も肩に頭を擦りつけあった。もう、絶対に独りになんてさせないように。ただ、ひたすら。

 

 

 

 

そんな姿を見ていた霞は昔、友人に教えられていた事を思い出していた。

 

 

 

『ねぇ…吸血鬼、って種族を知っているかい?誇りを大事にしながら尚、とても気高く。そして見るもの全てが自然と眼が惹き付けられる…そんな種族が、いるらしいよ?』

 

 

 

 

実に、この事だろうと霞は思う。今、霞の目に映っているこの美しい光景からは…目を離そうとする気がまるで浮かばない。

この光景をいつまでも見ていたいと思える程に、あまりにも鮮烈に記憶の中へ打ち込まれた。

 

 

 

 

 

「霞様……貴方が来てくれたおかげで、お嬢様達は救われて…もう、感謝…などという言葉だけでは到底言い表すことが出来ないのですが…

妹様の孤独を払ってくれて…ッ…本当に、ありがとうございました!!」

 

 

 

霞の隣で、咲夜は心の底からの感謝を、霞へと伝えた。咲夜は人間であり、レミリアに忠誠を誓っている為、フランとどうにかして接しようとしたものの…どうする事も出来なかった。

しかし、それを霞は救ってくれた………

 

 

 

潤んだ瞳なので、格好がつかないけれど…今、自分が出来る最高の笑顔を向けられただろう。

 

 

「そうだね…まぁ、感謝はそこまでしなくても大丈夫だよ。…こう見えて、私も嬉しいのさ…噂に違わぬ吸血鬼の姿を、この目で見られたし…それに。あんなに素敵な笑顔を見られたんだから、堅苦しい事はナシにしようじゃないか?」

 

 

「…えぇ。そうですね…本当に…ッ…素晴らしい笑顔だと思います…!!」

 

 

2人の目線の先にいたのは…今なお泣きながら抱き合う、2人の少女達。

 

 

 

けれど2人はの表情は先程とは違っていて…顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながらも、お互いをもう離すまいと…笑い合っていた。

 

 

 

 

そんな、花が咲いたかのような笑顔を、霞と咲夜は目に焼き付けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

2人が落ち着いた頃、レミリアはフランが裸だった事に今更ながら気がついた。咲夜は気づいた時にはもう、部屋には居ないし…大方ぐしゃぐしゃになったフランの服の替えを持ってこようとしているのだろう。

…それより思い返せば、この地下室に入った時。確か霞とフランは一緒に温泉に入っていた。

今は、霞の羽衣が身体に広く巻きついているだけの状態で…湯船に浸かっている。よく見ると温泉の片隅には、ビリビリになって破けている浴衣が浮いていた。

…つまり、この2人は裸で一緒に入浴を…?

 

 

レミリアがそれを霞へ指摘しようとした瞬間。

「ちょっと霞…」

「お姉様も一緒に入ろう!!どぼーんって!!」

 

 

フランに腕を掴まれた。…外れない

 

 

「ちょ、ふ、フランッ!?」

 

 

 

(…えぇっ!?何よこれ、ふ、フランってば…力、強過ぎない!?私の力でも全ッ然振りほどけないんだけどッ!?)

 

 

 

吸血鬼はその名の記す通り、細腕に見合わない鬼の如き強力な腕力を持っている。

 

 

…が、どうやらフランの方が強いらしい。

 

( お姉ちゃん結構ショックだわ…)

 

姉としてのメンツをひとつ失ってしまったわ…

なんて思ったのも束の間。

 

「ちょっとフラン!?まだ私入るなんて言ってな」

 

 

 

バシャーーーン!!!!!!

 

 

 

2人は霞目掛けて飛び込んだ。……レミリアは、強引に手を引っ張られながらの着水だった。

 

頭からお湯を被った霞の胸の中にフランが抱きつく。

 

 

「…もう、いっその事飛び込み制にするべきなのかな…?」

 

 

霞が若干目に悟りの色を混ぜながら、そう呟いているが…抱きついているフランはそんな事など気にすることは無かった。そしてそのまますりすりと、頬を霞へと擦りつけている。

 

 

 

「…プハァッ!?いきなり入れるなんて酷いじゃないの…ってフラァン!?どうして貴方、そんな所に居るのよ!?」

 

 

 

服を着たまま湯船に入れられたレミリアがフランを責めようとする…が、霞を見て矛先が変わった。

 

 

 

「んー?お姉様も抱きついてみる?霞ってね?とっても温かくって安心出来るんだよ?」

 

「な、そんな事出来るわけ…ッ!それに霞は何でさっき着てた浴衣姿じゃないのよ!?あの浴衣、さっき破れてたのに、もう直ってるんだけど!?」

 

 

 

そう聞いた時にレミリアは気がついた。ここにいる霞は生きているものの確かに、フランの能力によって身体を爆散されて死んでしまったはず……なのに、何故………?

 

 

 

「ねぇ霞……その…どうして貴方は、さっき運命が見えなくなったのに生きているの…?」

 

 

「それについてはこれから話すから…レミリア、湯に浸かる時は服を脱ぎなさい。それだとせっかくの洋服がダメになってしまうじゃないか…」

 

 

( えぇ!?この流れでそれを気にするの!?…そ、そう言われると脱ぐしかないじゃない…確かにさっき入るって言ったけど、ちょっとまだ心の準備が…ッ!?)

 

 

不公平だとレミリアは思っていた。霞は羽衣を巻いているのに…自分は身体を晒すのなんて、とても恥ずかしい。若干まごつきながら少しずつ服を脱いでいると…

 

 

「お姉様脱ぐの遅いよー。あ、私が手伝ってあげるね!」

 

「へ?」

 

 

 

フランがレミリアのドレスを掴み、そのまま勢い良く下にずり下げてしまった。レミリアの着ている服は先ほどからお湯を吸っていたためするんっと綺麗に脱げ、ドレスは濡れた肌を滑り落ちていった。

 

 

…下着まで巻き込んで。

 

 

 

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?」

 

あまりの恥ずかしさにレミリアは、自分の身体を抱き締めるようにしてしゃがみこんだ。

 

 

 

 

「あははははっ!お姉様も裸だねー?お姉様と一緒に温泉に入るなんて初めてだから、私…なんだかすっごく嬉しいな〜♪」

 

 

 

怒りたいのに、可愛すぎて怒れない。

 

レミリアは心底そう思ってしまった…

 

 

「…恥ずかしいと思うのも頷けるけれど、今日位は大目に見てやってくれないかな…?ほら、こんなに喜ぶフランを見たのはレミリアだって初めてだろう?」

 

湯船から少しだけ顔を出しながら…恨みがましい視線を霞へ向けていたレミリアだったが、フランの笑顔を見て………湯船から、顔を出した。そして、フランへゆっくりと近づくと

 

 

「そ…そうよね。今まで1度も一緒に温泉なんか入った事も無かったものね。…でも、これからは大丈夫よ。これからは紅魔館の外に遊びに行くことだって可能なんだから。

…だけど、やはり立派な淑女としてはみだりに自分の裸を見せたり男の身体に引っ付くのはどうかと思うのよ…ッ!!だから今すぐフランは霞から離れなさーいッ!!!」

 

 

「わきゃぁぁぁあ!?」

 

 

 

レミリアはさっきからずっと霞に抱きついているフランを思い切り引っペがす…

…流石に実の妹が目の前で男に抱きついているのを見ているのは…かなり、精神的にクるものがあった。だからこそレミリアは…何とか落ち着いてから話を聞こうとした。

 

 

 

 

「で、霞?詳しく教えて欲しいのだけど…」

 

 

「ああ、それ自体は案外大したことないよ…私が本当に1度死んだだけだからね。」

 

「……は?」

 

レミリアはキョトンと呆けた顔をしている…誰が見てもカリスマなど感じられない…そんな顔をして固まってしまった。

 

 

「え、死んだ…?だって霞は今生きていて……?ってきゃぁ!?フラン!?」

「私がその先教えてあげるー!!」

 

 

 

ぐるぐると考え込むレミリアへフランが後ろから突撃する。そのまま2人して霞の両隣へとなだれ込むと…フランがにっこりと笑ったまま話し始めた。

 

 

 

「えっとね……さっきまで話を戻すんだけど。私の能力で霞を爆散させてしまう前にね、霞に、妖力の弾を当てられたの。けど私、それ自体は全然気にしないまま霞の「目」を握りつぶしちゃったの…

そしたらその瞬間、急に私の意識が戻って…私の身体を狂気に塗れた心から取り返せたの!!

それで正気に戻った私が抱きしめてた霞の身体を湯船につけたら…バラバラになってた身体がどんどん元の身体に治っていってね…?うーん、再生したって感じなのかな…?

それで意識が戻った霞に、どうして生きてるのかを聞いてみたの。そしたら

 

『 私は怪我や疲労の他にも、不治の病なんかも癒せるんだけどね…

昔は、そんな事は出来なかったんだよ。

けど、色んな人や神や妖怪がこの温泉に浸かったおかげでね?様々な妖力や神力、霊力なんかが混ざりあった万能の湯に昇華したんだよ…

…そんな湯に浸かり続ける私は効能によって簡単には死なないし…というか、すぐに復活する…と言った方が正しいかな?』

 

 

…って言ってたの!霞が今までにね?色々な人の力を湯に混ぜてくれたから…私は今、お姉様と霞とお風呂に入れる…それが私、とっても嬉しいの!!!」

 

 

そう言ってフランはレミリアへと抱きついてきた。腕の中のフランの体温を感じつつ、霞を見上げてその時の事を問いかける

 

 

「…分かったわ……いや、何がわかったのかあまり分からないけど…

つまり…霞は死んだとしてもすぐに復活するから…フランを助けに行く事を即決したの?」

 

 

「うーん…まぁ、結果的にはそうなるのかなら…?最初はそんな軽い気分も持ち合わせていたと思うけど…この扉を見た時にはもう、無くなってたね。

…だってそうだろう?自分の力があれば、1人の少女がこの先の人生を笑顔で過ごせるかもしれないんだ。

 

…なら、やるしかないだろう?」

 

 

そう語った霞の目には何も憂いたことなどなく、当然のことをした迄だと語っていた。霞にとってそれは利を求めた行動ではなく、ただ独りで泣いていた少女を救いたいという気持ちだけだった。

笑顔のフランを微笑みながら見つめていた霞を見て、フランが霞の腕を抱きしめると…霞はもう片方の手で、ワシワシとフランの頭を撫で始めた。

 

 

「…甘え方が上手だねぇ」

「くふふっ…気持ちいいねぇー…」

 

 

そんなフランの顔は、幸福感に満ちていた。

 

 

「…ねぇ、霞。最後に1つ言わせて頂戴?」

 

「 構わないよ…何かな?」

 

 

そう言ったレミリアは…霞の脇腹へ近づくと、そっと霞を抱きしめた。

思ってもみなかった行動に霞がフランを撫でている手を止めてしまった瞬間…レミリアは小さく、震える声で…お礼を告げた。

 

 

「 …本当に、ありがとう…霞ッ…!!!私、貴方を信じて良かったわ…貴方のお陰で、私はフランの事を両手で抱きしめることが出来た…!!

私だけだと…これから先、何年経っても結局フランを隔離するだけで…何も、助けが出来なかったはずなの…ッ!!!

…いつもいつも、フランを苦しめる自分の弱さを嘆くばかりで…私は、フランのために、何もしてあげられなかった…ッ…ごめんなさい……私が弱かったせいで、霞に大変な役目を負わせてしまって…!!!

 

 

…だから、私は決めたわ」

 

 

 

 

そしてレミリアは息を大きく吸い込んで、

はっきりと、まるで幻想郷中に轟くような声で叫ぶ。

 

 

 

 

「私、レミリア・スカーレットはここに誓うッ!!

霞という恩人に対して最大級の感謝を持って

今後、霞のために…全力で支え、報いることをッ!!」

 

 

 

 

そう言ったレミリアの真紅の瞳には…少しの涙と、澄み切った決意の炎が揺らめいていた。

小さな身体から湧き出す妖力は…最後に出会った時よりも更に強さと輝きを増して、霞とフランを照らしていた。

 

 

 

「…わ、私も!!!」

 

威風堂々としたレミリアに触発されたのか、いきなり霞の膝の上から立ち上がったフランも…そう言って霞へ何かを決意した目を向けると

 

 

「私!フランドール・スカーレットは…私の事を救ってくれた霞に対して!最大級の感謝と尊敬と、あと……色んな事に対して誓います!それとこれからは絶対に、他人を傷つけないように…能力を完全に制御出来るようになりますッ!!!」

 

 

フランも澄み切った真紅の瞳に決意の炎を燃やして、輝く笑顔を霞へと向けたのだった。

 

 

 

もう、誰も絶対傷つけない。そう、心に誓って。

 

 

 

「…ああ。そうだね…その誓い、ありがたく受け取るよ。レミリア。フラン。ありがとうね…」

 

 

 

今、霞の心は満たされていた。2人の笑顔が見れたこともあるけれど…

1番の要因は…2人が浸かる温泉に混ざった妖力だった。

力強く、気高く、そして美しい…孤独に塗れた妖力や、無力に嘆いた妖力とは違っている……とても、満たされた。そんな充実した妖力を感じて……霞はまた、人との触れ合いの大切さを再確認することが出来た。

 

 

( …やはり私も少し参っていたようだね。数百年の孤独は私の心も蝕んでいたのかもしれない。やはりフランと私は、似ていたんだろうね…)

 

 

「私は……この紅魔館に来れて良かったよ。ありがとう。レミリア、フラン」

 

 

そう言った霞の隣に座っていた2人は、見惚れる程に綺麗に笑って、体重を霞へとかけていく…

 

 

「もう、悲しい話はよしましょう?せっかく霞が湧かしてくれた温泉なんだから…思う存分、疲れを取りましょう。それに、私だって霞の昔の話…聞きたいわ?」

 

「私も!もっと聞きたい!!私ももっと霞のことが知りたいの!!」

 

 

笑顔でそんな事を言ってくれる2人を見て、霞は普段よりも柔らかな笑顔を向けて

 

 

 

 

「分かったよ。色々と教えてあげよう…」

 

 

 

そう、答えるのだった。

 

 



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本心と姉妹と暖かい食事

レミリアとフランに話をしていると、ふいにフランが霞に向かって1つ問いかけた。

 

「ねぇ霞?もうすっかり夜だけど霞はどこで寝泊まりしてるの?昨日ここに来たばっかりなら家なんて無いよね?」

 

「ああ、確かにそれを考えて無かったね……うーん。今から人里に行けば、空き家かなにかを貸してもらえるかもしれないかな…?」

 

そう呟いた霞を見てフランが目を輝かせると

 

「じゃあさ!霞がこの紅魔館に泊まればいいんじゃないの!?私、霞と一緒に寝たいなぁー?」

 

フランは霞の腕に張り付いて、キラキラと期待した目で霞を見つめている。

そして、それを聞いて焦ったのが紅魔館の主。

 

 

「ちょっとフラン?主の私を差し置いてそんなこと勝手に決めるんじゃ…ウッ!?」

 

 

レミリアがフランを諌めようとフランの目を見た瞬間ー……息を詰まらせた。

 

 

「お姉様…ダメ?」

 

完璧な角度の上目遣いをレミリアに向けるフラン。目を合わせると、その表情の愛らしさはずば抜けていた。つぶらな瞳を輝かせてこちらに甘えるように擦り寄って来たその姿は長年愛する妹と触れ合うことが出来なかったレミリアの心を撃ち抜いたのだった。

 

 

「…ッ…ええ…フランの言う通りよ!霞!?貴方は今夜この紅魔館に泊まるの!!もう、これは決定事項だから…ッ!」

 

「そうかい?泊まらせて貰えるのはありがたいけど…ってレミリア…鼻血が出てるじゃないか…大丈夫か?」

 

「え、えぇ…それなら大丈夫よ。それに霞が紅魔館に泊まることには私も特に異論は無いし…他ならないフランのお願いだしね。あ…ごめんなさい、湯船が汚れちゃうわ…あら?」

 

レミリアの鼻血が垂れたことにより、湯船に血が混じってしまった。しかし、その血は直ぐに消え去りいつの間にか湯船は普段の透明な湯に戻っていた。それを見て、ピンと来たレミリア。

 

「…霞、この湯に混ざった妖力って…もしかして血液からも吸収されているの?」

 

「…まぁ、そんな所だね……怪我を治す時なんかに混ざることが多いんだけど…まぁ、汚れては無いから。特に気にしなくて大丈夫だよ?」

 

「そうなの…なら、そろそろ上がりましょう?私たち、起きてからまだ何も食べてなかったのよ…久しぶりに大泣きしたら、お腹すいちゃったわ…」

 

「あ、私もお腹すいたー」

 

「それもそうだね…よし。そろそろ出ようか…ああ、身体を拭くならこれを」

 

2人が湯船から出たのを確認して霞は温泉を消滅させ始めた。霞から渡された羽衣で身体を拭こうとしたレミリアは

 

「これで拭けばいいの…?ってきゃあ!?」

 

手に取った瞬間に身体に羽衣が巻きついてきた。

 

「ちょ、ちょっと!?これっ…んっ、か、霞!?こんなの聞いて…なあっ!?こ、こら!自分で拭けるってば…ッひゃ!?」

 

「わぁー!身体を自動で拭いてくれる羽衣ってこの事だったのね!すごーい!ねぇねぇお姉様、拭かれるってどんな感じがするの?鬼とか亡霊さんは気持ちいいって言ってたらしいけど、お姉様はどんな気持ちなのー?」

 

フランは霞と温泉の話を聞いていた時に自動で身体を吹いてくれる羽衣についてかなり心を惹かれていた。昔、森の中では何度も何度も霞が入った妖怪達の身体を拭いていたらしくどうにか効率化しようとして自動で動くような術式を何年もかけて作り出したらしい。やたら鬼の少女や亡霊の少女にすこぶる好評で鬼の少女曰く

 

『霞に拭いてもらうのもオツなんだけどねぇ…あの羽衣の肌触りは特に最高なんだよ!だからこれ、絶対続けてくれなきゃ私が困るよ?』

 

なんて言われてしまい今に至る…らしい。だからこそフランが現在拭かれているレミリアに感想を求めることは自然なことなのだろう。

 

「そ、そんなの恥ずかしいに決まってるわよ!だってさっきから身体を這い回ってるような…んっ…色々と擦れて…ひぅっ!?」

 

そう言っているもののレミリアの表情は何となく気持ちよさそうだった。

 

「お姉様ばっかり気持ちいいのずるい!私だって拭かれたいんだからーッ!」

 

「ちょっ!誰が気持ちいいなんて…ってきゃぁ!?」

 

レミリアがちょっと気持ちいいなんて考えた事に腹を立てたフランはレミリアへと飛び込んだ。

 

「わー凄い!勝手に巻きついてくるー!お姉様、これスベスベしてて気持ちいいねぇー…んっ…んー?今なんかムズムズする感じが…?

あれ?ねぇねぇお姉様?顔真っ赤だけど大丈夫?」

 

「だ、大丈夫よ…どうやらもう拭き終わったらしいし…というかフラン?貴方はどうしてさっきから自分の身体を触っているのよ?」

 

フランは少しだけ顔を赤くして自分の身体を何度も触っている…正確には、胸の辺りを。

 

「さっきかここを拭かれた時になんだか一瞬だけ気持ちよかったんだけど……うーん…自分で触ってもわかんないや…」

 

「フラン!?貴方何やってるのよ!?淑女がそんなはしたないことしちゃダメでしょう!!」

 

レミリアは慌ててフランの手を取り上げると羽衣から引き離す…丁度拭き終わったのかあっさりと羽衣は離れて霞の元へと飛んでいった。

 

「あーッ!!何するのお姉様!スベスベしててとっても気持ちよかったのに…お姉様のバカァーッ!!!!!」

 

「えぇ!?何で私が怒られるの!?ってちょ、ちょっとフラン!どこ触って……んッ!!ひゃぁっ!?そこは…ダメッて…もうっあっ、あ、や、止めなさぁあぁあああああい!!!」

 

 

フランは突如レミリアへと飛びつくとさっきまで自分が触っていたようにレミリアの慎ましい平原へ手を伸ばして何度も揉む……程も無いので両手で何度も上下にわしゃわしゃと動かし始めたのだった。

 

 

 

 

そんな中、少しだけ時間を巻き戻す。

 

 

「霞様。お二人のお召し物をお持ちしまし…ッ…!」

 

霞が温泉を消し終わり、破けていた浴衣に妖力を流して元の浴衣へと直すと、いきなり咲夜が目の前に現れた……そして急に頬を染めると

 

「霞様……失礼しましたッ!?その、お着替えの途中だとは思っておらず……ですが、お嬢様達とは、その…一緒に、ご入浴をされたのでしょうけれど…まさか、御二方に手を出されたりなどは…されてませんよね?」

 

「ああ、咲夜が想像しているようなことは多分していないと思うけれど……あまり従者としては見過ごせない事なのかな?」

 

「い、いえっ!そんな私が想像した事など全然ッ…それに霞様の性格はある程度こちらで判断できましたので…」

 

「そうか、それは良かったよ…昔から私は周りより少しズレているらしくてね。咲夜のようにしっかりしている子が居るなら私も助かるよ…ありがとうね?咲夜」

 

「…は、はいっ!霞様には私も感謝していますので……精一杯、お力になりたいと思ってます!」

 

どうやら咲夜は頭の回転が早いようだ。霞が元通りになった浴衣を身につけると、霞は1つ気になっていた事を咲夜へと問いかけた。

 

「…なぁ、咲夜?1つ聞いてもいいかな?」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「私は今日この紅魔館に来てすぐの時は咲夜はかなり素っ気ないような感じだったけれど…今の咲夜が、本当の咲夜なのかな?」

 

初対面で出会った時、咲夜は霞を見てかなり冷たい反応を返していたが、地下室へ向かう時にはもう少しづつ今のような感情の起伏が見えるようになってきていたし、もしかしてこれが普段、紅魔館の皆に見せている十六夜咲夜という少女の顔なのでは?と、霞は先程からずっとそう考えていた。

 

 

「そ、そうですね…お嬢様達の為に、メイド長として無様な姿は見せられないので職務の最中は常に気を張っていますけど…

一人でいる時はこんな感じで少し緩くなって…ッ!?」

 

そこで咲夜は気づいた。いつの間にか霞に対して普段の職務モードが

使えていなかった事に。まだ出会って数時間の霞に対して自分本来の性格が出てきてしまうほどに信用してしまっていた事に。

 

(ど、どうしてかしら……?普段はもっとしっかりして客人に対応するのに…いつからこんなに………あ、)

 

そしてその違和感に気づいた。咲夜は最初霞のことを大妖怪だと思い

かなり警戒していた……が。結局霞には武力なんてものは無かった…

というよりも、本人が武力を嫌ってさえいたのだ。

 

それに、霞の纏う空気にはなんだか強気な姿勢や警戒心などの心の壁が必要ないと思えるほどの和やかさがあった。まるで、どんな存在すらも包み込んで癒し、温めてくれる温泉の様に…

 

そう理解した時。咲夜は自分が出来る最大の笑顔を霞へと向け

 

「私は、霞様に対して感謝してますし…それに恩人に対して失礼な態度で接することは私のメイドとしての美学に反するので。それが、私が霞様に対して自分の本来の顔を見せられる理由……では、駄目でしょうか?」

霞の目の前に立って柔らかく、笑った。

 

そして年頃の少女らしい笑顔を見せてくれた咲夜に霞はまた、心に充実感を得たのだった。

 

「そうか…ありがとう、咲夜。こちらこそ、これからも宜しく頼むよ。

…そろそろあの二人に服を着せてやらないと、風邪をひいてしまうかもしれないからね…」

 

「はい!お嬢様ー!着替えをお持ち…」

 

そこで、咲夜が固まった。何事かと思い霞が急いでフランとレミリアもとへ向かおうとすると…何故か羽衣だけが戻ってきた。

 

 

「二人共…一体騒いでどうしたんだ?二人の洋服なら咲夜が持ってきて………

んん…仲がいいのはわかっていたけれど、これは予想してなかったな…」

 

珍しく目をパチクリさせながら微妙に視線を横に流した霞の見た先には

 

「はぁ…はぁ…って霞!?一体いつから…ち、違うわよ!!これはそんなんじゃなくてフランが急に…ってひゃん!?ちょっとフラン!?

そろそろやめて…ッん!」

 

「ほれほれーってお姉様?さっきからどうしたの?お顔が真っ赤だしなんかここも硬くなってる……あ、霞!もう遅いよー!って咲夜もいたの?もうちょっと早く来てたら温泉入れてたのになぁー?」

 

レミリアに馬乗りになった状態で胸を触っていたフランは霞を見つけると、すぐに霞へと抱きついてきた。

仰向けで荒い息を吐きながら、顔以外の全身までも赤く染めているレミリアの方へ、復活した咲夜が走っていくと…

 

「お嬢様!一体どうして…って、あ……す、すぐにお召し物をお着替えさせますね!」

 

レミリアの胸元で何かを察したのか、咲夜は顔を赤くしながらレミリアに下着を履かせると急いで洋服を着せ始めた。

 

「ねー霞?私もお姉様みたいにお洋服を着せてほしいんだけど……ダメ?」

 

上目遣いでそうお願いするフランはなんとも断り辛い雰囲気を出している…霞は苦笑しながら

 

「うーん、仕方ないねぇ…今回だけだよ」

 

「やったぁ!ありがとね!霞!」

 

にへーっと笑顔を見せるフランを見ているとなんだかこちらも悪くない気分になってきてしまう。

どうやら、フランはとても甘え上手のようだった。

 

(流石にこんなふうにお願いされると断りきれないな……天然の甘え上手ってのはやはり、強いねぇ…)

 

霞はフランの下着を手に取ると、そのままフランへと履かせていく。もしかすると父親とはこんな気分なのかね…なんてことを考えながら霞はフランへと服を着せていった。

 

 

 

 

 

「さぁ…お嬢様、それに霞様も…お泊まりになられると思ってお食事の用意を済ませてありますので大広間へどうぞ」

 

「うん?食事を頂けるのは有難いけど紅魔館の面子に混ざってもいいのかい?」

 

「ええ。霞様の分も用意してありますのでどうぞこちらへ…」

 

「私霞の隣で食べたーい!!ねぇねぇいいでしょ霞?」

 

「ちょっとフラン!?そこはこの紅魔館の当主である私が先に席を決めるんじゃ…」

 

「お姉様も私の隣だよね?私、霞とお姉様の間で食べたいなぁ…?」

 

少し目を潤ませてフランがそう言うと

 

「ええ決まってるじゃないフランは霞と私の間で食べるのよいいわねこれ決定よ!当主命令よ当主命令!!」

 

即、意見をフランへ合わせた。さっきまでの触れ合いといいこの姉妹

なんだか仲が拗れて以来の修復が早すぎて霞も若干驚いていた。

 

 

少し歩くとホールのような広い部屋へ着くとそこにはテーブルがあり、その上には大量のご馳走が並んでいた。

 

「今宵は嬉しい出来事が沢山あったので腕によりをかけて作らさせて頂きました!」

 

「凄いね…いつの間にこんなに大量の料理を作っていたのかな…?」

 

「それは時を止めながら調理をしているので…それに元々、仕込みは午前中に終わっていたので…」

 

「霞!咲夜の料理はとっても美味しいんだよ!それに、皆で食べるなんて久しぶり…で…う、ううっ…嬉しいよぉ……」

 

感極まったのか目に涙が溢れてきたフランはぐすっと鼻を鳴らすとポロポロと涙を零し始めた。咲夜とレミリアがフランへと寄り添うと

 

「フラン…これからはずっと一緒に過ごせるわ。このご飯だってこれから毎日並べられるんだから…また、一緒に味わいましょう?」

 

「フランお嬢様…これからは私ももっと美味しい物を作れるように頑張りますので…私の料理で、笑顔を見せてはくれませんか?」

 

二人の言葉を受け、フランは2人を抱きしめる。ぐしぐしと頭を擦り付けて何度も頷いたのだった。

 

 

そんな時、3人の少女達が部屋へと入ってきた。

 

「あー…今日も疲れましたねー…今日の咲夜さんの料理は……って、霞さんに…ッ…?フ、フランお嬢様…?」

 

驚きの表情で目を見開いていたのは美鈴。

 

「あ、あれ!?あれってもしかしてフランお嬢様…?どうしてここにいらっしゃって……ってま、まさか霞様が………?」

 

慌てた様子で霞とパチュリーに何度も視線を往復させている小悪魔。

 

そして

「やっぱり効果があったようね……全く…この紅魔館は一体どこまで霞に借りを作れば気が済むのかしらね…?」

 

こうなる事が分かっていたかのように微笑んでフランの元へと歩いてきたパチュリーはフランと目線まで合わせると

 

「おかえりなさい…フラン。色々と聞きたいことは山のようにあるけれど…まず、謝らせてほしいの。ごめんなさいフラン…レミィに言われてあなたの狂気を抑える魔法薬を作り出そうとしたけど中々上手くいかなくって…魔女失格だわ。長い間寂しい時間を過ごさせてしまって…私の力が及ばなくて、本当にごめんなさい…」

 

フランへ頭を下げたパチュリーを見てフランは慌ててしまった

 

「ち、違うよ!パチュリーは悪くないの!私が能力を制御出来ないから…それに、もう終わった事なの!!だから…かおを上げて?パチュリー…」

 

パチュリーが顔を上げるとそこには涙を浮かべながらも笑顔を見せてくれるそんなフランの顔があった。

 

暗い部屋で閉じこもった自分とは決別した…そんな、笑顔だった。

 

 

「そうね…改めてこれから宜しくね?フラン」

 

「うん!パチュリー!」

 

そんな2人の元へ美鈴と小悪魔が走り込んできた。抱きしめ合う2人の上からフランへ擦り寄ると

 

「私もお力になれず、申し訳ありませんでしたッ!!フランお嬢様ッ!!どうかッ…また、私も中に入れてくれませんか…?」

 

「わ、私も力になれず…すいません!これからは、フランお嬢様とも毎日を過ごすんですよね!改めて宜しくお願いします!」

 

そんな2人を見てフランは笑顔を向けると

 

「えへへ…美鈴と小悪魔もこれから宜しくね!」

 

「「はい!!」」

 

2人声が揃った…と、そこへ痺れを切らしたのか

 

「ちょっと!再会の挨拶はそこまでにして早くご飯食べないと冷めちゃうわよ!パチェも美鈴も小悪魔もフランも早く席に座りなさーい!!」

 

「皆…積もる話はご飯中にしないかい?ここはレミリアの顔を立ててくれると嬉しいな?」

 

「はーい!分かった霞!すぐ行きます!」

 

そう言ってフランが席に座ったのを見て皆も順々に席へと座って行く。そして皆か飲み物を持つとレミリアが

 

「はい!じゃあ今日はこの紅魔館の新しい日々の幕開けって事で乾杯するわよ!フラン!貴方が音頭を取ってちょうだい?」

 

「え、私!?う、うーん…えっと…」

 

いきなり振られて驚いたフランはモジモジしながらも

 

「え、えと。今日は私が能力を制御出来たのは霞が手伝ってくれて…そのおかげで私はみんなとご飯が食べられるわけなの…だから、その…霞に感謝を込めて!乾杯!!」

 

「え?」

「「「「「「乾杯!!!!!」」」」」」

 

 

フランの思ってもみなかった言葉によって…霞だけが乾杯に乗り遅れたまま、暖かな食事は始まった。

 



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姉と喧嘩と好きの感情

課題が終わらない…
改稿とかも同時進行で進めてるから
ちゃちゃっと終わらせたい(切実


「ええっ!?霞さんレミリアお嬢様達とこ、混浴したんですか!?」

 

食事がもうそろそろ終わる…かと思っていた時。笑顔のままで話を続けていたフランの言葉に美鈴から驚きの声が上がった…当の本人は全く気にしていないのだが

 

「うん!霞の湧かせた温泉ってとっても気持ちよくって癒されるんだよ?そのおかげで私も救ってくれたし…ねー霞!」

 

隣に座っている霞にぎゅっと抱きついて満面の笑顔のフランを見た美鈴はそれにも驚いて思わず霞の方を見てしまう…がそこにあったのは初対面の時に見た時と変わらず和やかに微笑んでいた。

 

「確かに入ったしフランの狂気を抑える為には何かと湯に浸かっていた方が都合が良くってね。それに、一応レミリアから許可も貰ってたんだよ?」

 

霞がそう言った瞬間、美鈴や先程から自分が入っていた時の醜態を思い出して顔を赤くする小悪魔は驚きのあまりギョッとした目でレミリアの方へと視線を向けてしまった。

 

(…あのシスコンのレミィが命より大事とも言える妹のフランに男との混浴を許可した上で更に自分も一緒に入ったっていうのかしら?)

 

昔のレミリアはいきなりパチュリーの自室へと押しかけてくるやいなや

 

『パチェ!男はやっぱりケダモノなのよ!見てこの本!二人きりになった瞬間に急に襲いかかってくるなんて…しかも見てよこのシーン!女の子が抵抗してるのにむ、無理やりキスなんてしてるのよ!?男なんてこれだから信用出来ないのよ…!フランも咲夜も変な男に引っかかったりしないわよね…?いや、むしろ絶対させないんだから!』

 

そう言ってレミリアは図書館にあったラブロマンスの本や少女漫画をパチュリーへと返して何か決意を固めた様子で部屋へと帰っていった。

 

後日、咲夜の貞操観念が数倍硬くなっていた事にパチュリーは頭を少し悩ませることになるのだが…

 

 

(そんなこと言ってたのに本人がこれなんだから…全く、女として警戒心の足りないおマセな幼女サマなんだかー…)

 

普段、警戒心とプライドの高いはずの親友が初対面の男の能力を信じて肌を晒したことにかなり呆れを覚えた瞬間。

 

……あ、私も肌晒してるじゃない。

 

自分のことを棚に上げていた事に気づいてしまった。…そして当のレミリアは若干、あたふたとしながら

 

「な、何よ皆して私を見て…そんなに意外かしら?別にいいじゃない、霞なんだし…だって初対面の時から他の妖怪と雰囲気が全然違ってて何かと新鮮だったし…下心とか、全然感じなかったもの…あー!口に出したら恥ずかしくなってきたじゃない!それにパチェ達も入ったんでしょ?霞から聞いたわよ!」

 

全員から視線を向けられたレミリアは少し顔を赤くしながらもそう言って仕返しとばかりに矛先をパチュリーへと向けた。

 

「ええ。私とこあは一緒に入ったわよ。それにあれから身体が普段と比べて格段に楽なのよね…ねぇ霞?あの温泉をもっと有効活用したりしないのかしら?温泉宿とか作ったら繁盛するかもしれないわよ?」

 

パチュリーは一緒に入った事などサラリと流して霞の今後について聞き始めた。

 

「え!?霞の温泉にいつでも入れるの!?それすっごく楽しそうだよ!霞?」

 

「そうだねぇ…ても宿を開くとなると資金も場所も何も足らないからね…私はどちらかと言うと色々な所へ行って色々な種族と出会ってみたいんだよ。だから、まだ1箇所に留まる予定は無いかな?」

 

そう言った霞の目はまだ見ぬ出会いを楽しみにする子供のような純粋な目をしていた。

 

「そう、それは残念ね…なら偶には紅魔館に来てくれると嬉しいんだけどね?」

 

「そうだよ!それにずっとここに住んでもいいんだよ?私霞のこと好きだから一緒に居たいもん!ねぇねぇここで暮らそうよー!!」

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

フランの突然な爆弾発言によって和やかな食事の席に稲妻が走った。

 

「ふ、ふふふふふふフラァン!?!?!?貴方、一体何を言ってるのよ!?!?!?いくら何でもそれはお姉ちゃん許さないわよ!?」

 

「そうですよお嬢様!幾ら霞様が低俗な男とは違った感性を持った大妖怪で紅魔館を救ってくれた恩人だからといってそれは…」

 

レミリアと咲夜が顔を驚愕に歪めてフランへと詰め寄る…

 

そんな2人を見てフランはコテンと首を傾げると

 

「え?じゃあ、お姉様と咲夜は霞のこと……………好きじゃないの??」

 

「「ッ…!?」」

 

顔に朱が混ざった2人を不思議そうに見つめたまま、フランはそう問いかけてきた。

 

「そ、それは…嫌いなはずないじゃない…私だって感謝してるし、その…流石に嫌いな人と一緒に温泉なんて入らないし…けど、その、まだそんな深い関係になったとかじゃ…」

 

「イエソウイウコトジャナクテスキカキライデイッタラモチロンスキデスケドワタシマダカスミサマニハダヲサラスコトナンテデキマセンシソレニワタシハメイドトシテソノヨウナコトニキョウミハナイシソレニエトアノ…」

 

レミリアはモゴモゴと口を窄めながらフランへと答えている間に咲夜も答えてはいるのだが…早口過ぎて何を言っているのかが全く聞き取れない。

 

フランが霞の方を見ると

 

「私もフランのことは好きだよ?…まぁレミリア達が考えているような好きとはちょっと違うと思うけどね…」

 

「えー?だって私は霞に抱きついた時の暖かさとか心が軽くなる感じがする匂いとかそーゆーの全部大好きだよ?」

 

「フラン?好きって感情はそれ以外にも色々なことを感じ取るらしいよ?私は今もしも自分に娘か孫がいたらこんな感じかな…なんて思ってはいるけれどね?…そう考えると、私たちはまだ出会ったばかりで

これから先にまた仲良くなれるんだと思うんだよ。それに、ちょっと世間体がマズいんじゃないかな?」

 

霞がそう言ってフランの頭をゆっくりと撫でるとフランも何か納得したのかにへらと笑って、頭の上に乗った大きな手のひらの感触を楽しみ始めた。

 

その光景を見ていた美鈴は

 

「うわぁ…あの二人って今日が初対面ですよね…?もう誰も間に入り込めないような仲睦まじい空気を作ってますよあれ…」

 

「…美鈴がそういうのなら本当なんでしょう。霞様なら間違いなど起こさないでしょうし…そろそろ、食事もお開きにしましょうか」

 

そう言って元に戻った咲夜が空になった食器をテーブルの上からどんどん撤去していくと皆、自分の部屋へと戻る準備を始めたのだった。

 

「それじゃあ霞様!失礼します!」

「また図書館にいらっしゃい?私は普段からは自分の部屋に居るから

また気が向いたら来てくれると嬉しいわ?」

 

「ありがとう…また行かせてもらうよ。…その時は、また入って行くかい?」

 

霞の提案にパチュリーは少し顔を赤く染めながら

 

「…ええ。喘息が完治しているかが分からないし…また、入らせてもらうわ……楽しみにしてるわよ?」

 

フフッと綺麗に笑うと大図書館へと戻っていった。それを見て、小悪魔も親指を立てながらサムズアップしていた。

 

「それじゃあ霞さん!私も仕事に戻りますけど私、まだ霞さんの温泉に入った事がないので次にお越しくださった時には是非入ってみたいんですけどいいですか!?」

 

心做しか目が輝いている美鈴はそう言ってグイグイと霞へと詰め寄る…どうやらフランが絶賛していた温泉に対して物凄く興味があるらしい…なんだか恥ずかしさとは無縁のようだった。

 

「それは私からも頼みたかった所だからそう言って貰えるのはありがたいね。門番の仕事や武術の修行の疲れなんかを癒せるのならこちらとしても嬉しいからね…」

 

「そうなんですよ!門番の仕事ってもう地味に大変なんですよー…いえ、仕事が嫌いなんじゃないですよ?寧ろこれは私にとっての誇りでもありますし。…けど、レミリアお嬢様の噂が広まると来客がかなり減ってしまいまして…ぶっちゃけ暇で…武術の鍛錬していると疲れて眠っちゃうので霞さんだったらいつ来てくれてもいい…ヒッ!?」

 

霞にちょっとした愚痴を零した美鈴の肩を咲夜の細い指先が食い込むほどに強く握られると美鈴から滝のように汗が流れだした…

 

「貴方…仕事サボって昼寝する癖に何が誇りよ…?その上お嬢様への不敬まで口に出すなんて…覚悟、出来てるわよね?」

 

「さ、咲夜さん!?いやちょ、ちょっと違う!?違うんですってば!その、なんと言いますか昼間は人があまり通らないしぽかぽかしていて疲労感がそのままつい眠気に…って危なッ!?ナイフは止めましょうってひぃん!?」

 

ゆっくりと後ろを振り向いた美鈴は案の定、怒りモードに入った咲夜を確認した後すぐ弁明…もとい言い訳を口に出してみたもののいつものようにナイフが帽子を掠めていった。

 

それを見ていた霞は喧嘩しているように見えるけどもなんだかんだ言って仲の良い2人を見て微笑むと

 

「こらこら、食事したばっかりなんだからそんなに動き回るものじゃないよ?」

 

「…っは、はい。了解しました霞様…美鈴。今回は霞様に免じてこれくらいにしておくけど今度そんなことを言った暁には…どうなるかわかっているわよね?」

 

「ふぁ!ふぁい!すみませんでした!えっと…それじゃあ失礼します!また、いつでもいらしてくださいね!」

 

美鈴は冷や汗を流しながらも、そそくさと身じろぎを直して霞へ手を振ると持ち場へと戻っていった。

 

それを見送った霞はさっきから地味にテーブルへと項垂れていたレミリアへと目を向ける…

 

「…で、レミリア。いつまでショックを受けてるんだ?流石に仕方ないと思うけどね…この館は見た目だけならこの森とは色彩が異質過ぎてあまり人が寄り付きたくはないだろうし…」

 

「ちょっと!そんなにハッキリと言わないでよ!?紅って素敵な色じゃない!うう…どうしてパチェも美鈴もこの良さを理解してくれないのかしら…?フランだって紅好きよね?そうよね?」

 

「うーん…お姉様の感性って絶対ズレてると思うよ?妹の私だってアクシュミだと思ってるもの」

 

「フラアァァァァァァンッ!?!?!?」

 

最愛の妹の純粋で強烈な言葉のストレートがレミリアの心を粉砕した。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁん咲夜ぁぁぁぁ!!!霞とフランが私を虐めるぅぅぅぅ!!!」

 

「お、お嬢様!?大丈夫ですよ!その、私はとても個性的かつ独創的でいい屋敷だと思ってますよ!ええ!」

 

「ほ、本当に…?」

 

「本当です!…まぁ廊下が広すぎて掃除するのが大変なのはちょっと不便だとは思いますけど…」

 

「………」ピシッ

 

「あ、す、すいませんお嬢様!?今のはその、ちょっとした本音が零れてしまっただけであってそんな」

 

「………」ビキビキッ

 

無自覚な本音の拳がまたまたレミリアのひび割れたガラスの心へ打ち込まれた。瀕死の心にトドメを刺されたレミリアは俯いたままゆっくりと立ち上がると

 

「……ぃ…ぃ………」

 

「お、お嬢様…?」「レミリア?」「お姉様…?」

 

 

「もういいって言ってるのよバカァァァァァッ!!!」

 

「お嬢様ーッ!?!?!?」

 

いきなり顔を上げてそう叫んで泣きながら自室へと走り去ってしまった。咲夜が慌ててそれを追いかけていくのを見たフランは

 

「わー…すごい涙の量…うーん…お姉様、泣いちゃったけど…ねぇ霞?私、お姉様にきちんと謝ったら許してくれるかな…?嫌われちゃったのかな…?」

 

離れ離れだったことを思い出したのか、フランの顔には暗い影が指しこんでいた。

 

…それを見た霞はゆっくりと席を立って、フランの手を取って握るとそのまま歩き出した。

 

「なら、試してみないかい?…フラン達は姉妹なんだ。つまり家族なんだよ?だから、こんな言い争いなんかは日常茶飯事な筈なんだ……現に、紫は多分、毎日藍に怒られていると思うけれど…絶対に離れたりはしないだろうしね……まずはきちんと謝って、その後に一緒にお昼寝しないかと誘ってみるといい。レミリアは絶対にフランの願いを叶えてくれるさ…なんてったって、たった1人のフランのお姉さんだからね?」

 

そう言って霞はフランへと微笑んでくれる…その笑顔を見たおかげでまた、心が軽くなったフランは握られた手に霞より力を込めて歩き出した。

 

「じゃあ私は霞ともお昼寝しないといけないみたい!それにお姉様とはこれから喧嘩だって何回もすると思うから…ちゃんと、謝れる子にならないといけないよね?」

 

そう言って霞を引っ張るフランは先程はまでとは違って、楽しげに。それはもう、誰もが見惚れるほどの太陽のような笑顔を浮かべ、2人はレミリアの部屋へと歩いていった…

 

 

 

 

 

 



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天狗と賢者とモフ度測定

空いた時間で書けたので更新。
自分の人生にはモフモフが足りない


その頃、 霞が紅魔館で過ごしている間…

 

八雲紫は陰鬱そうな顔を隠すようなこともなく。スキマ移動を使って妖怪の山へと辿り着いていた。

 

霞と別れた後、自分の式神の筈の藍に正座で仕事と掃除の事で散々怒られた挙句

 

『それでは紫様…?私はこれからこの部屋の掃除と溜まっている仕事を片付けなければならないのですが…そんな私に、これからさらに天魔様と鬼子母神様の許可を取ってこさせる…なんてそんな事は仰るはずがありませんよね?』

 

『え、でも私霞に会えたんだからこれから色々とやりたい事があるんだけ』

『ア リ マ セ ン ヨ ネ ?』

『…ハイ』

 

般若の様なオーラを背後に醸し出しながらかなり濁った笑顔で紫を威圧した藍に紫は有無を言わさず顔を縦に振ってしまったのだった。

 

………私って、主だよね?

 

 

 

そして今、妖怪の山へと辿り着くと、近くに誰もいない事を確認して盛大に叫んだ

 

 

 

「はぁ……もう!藍のバカぁー…!あんなに怒らなくってもいいじゃない!せっかく霞にいい所を見せるチャンスだったのに!というか式神なんだから主をもっと敬いなさいよーッ!!」

 

 

それを言うなら常日頃からきちんと自室を掃除をすればいいだけの話なのだけれど…ここにそれを突っ込める輩はいなかった。

 

そもそもこの幻想郷において妖怪の賢者である八雲紫に対して強気な態度で接したり、逆に気軽に話しかけられるような相手など。極小数しか存在していないのだが……

…そして、その中でもこれから会いに行く天魔は『そっちの意味』でもかなり厄介な相手な為、許可を取った後の行動が紫にとって危険視されていた。

 

 

 

「霞の為だって事は分かってるけどもう今の時点で嫌な予感しかしないのよねぇ…天魔も鬼子母神も霞の話をすると別人みたいになっちゃうし…あーもう!もっと霞のこと独占したかったのにぃ!」

 

 

全ての天狗を統べる天魔に全ての鬼を統べる鬼子母神。

 

持ち前の強大な妖力や能力によってこの幻想郷においても重要な人物なのだが…

 

とても、癖が強い。

 

 

 

この2人は大昔からの付き合いをしているため、そんじょそこらの大妖怪よりも仲が深かった。

 

 

そして、そんな2人が出会うきっかけとなったのは1人の温泉好きな妖怪だった…

 

 

 

 

 

…まぁ、霞である。

 

 

そのため、この2人は幻想郷で過ごしている妖怪の中でも霞という妖怪に対しての想いがとても深かった。

 

 

「はぁ…まぁでも大丈夫よね。相手はあの霞なんだから…それに私だって昔からの付き合いがあるんだからアプローチはこれからが本番!

それにもう温泉にだって入って……あっ!」

 

 

紫はこれから会う相手に負けじと気合を入れ直すために昨日入った温泉を思い出してふと、一人の天狗の事を思い出した。

 

 

「確かあの天狗って霞が千里眼持ってるって話してたわよね…?

なら、直接天魔を呼んできてもらおうかしら?天魔の家って無駄に山頂にあるからスキマ出すのも疲れるのよね…」

 

 

そう思い立った紫は昨日霞が立っていた場所へとスキマを繋げると、瞬間的に場所が切り替わった。

 

歩きにくそうな森が眼前に広がる不気味な妖怪の山の入り口へと移動してスキマの中から出ようとすると、そこに。一人の白狼天狗がいた。

 

……正確に言うと、自分の持つ能力をフルに活用しながら霞が昨日湧かせたと思われる1人サイズの温泉に浸かっている…能力を使って周りを警戒しているようだけれど、紫程の大妖怪にはそんなことは通じない。

紫はスキマから上半身を出して、話しかけてみる。

 

「ねぇ貴方、もしかしてだけど昨日の白狼天狗よね?どうしてこんなところで裸で温泉に入っているの?」

 

 

「わきゃあああああああああッ!?!?!?」

 

 

いきなり声をかけられた白狼天狗……もとい、犬走椛は絶叫を上げた。それはもう、妖怪の山に轟くほどに…

 

 

「な、なななななななんで急に人が…ってきゃあ!?ち、違うんですこれは…って、賢者様!?」

 

椛は咄嗟に身体を隠しながら涙目で振り返ると目の前にいる存在を見てまた驚きの声を上げてしまう。

…2日続けての八雲紫とのエンカウントなんて、呪われているのかもしれない。

 

 

「ちょっと貴方に頼みたいことがあるのよ。というか、まずは服を着なさい?それ位は待っててあげるから…」

 

「は、はい!今すぐに着替えますので…あの、そんなに凝視されるのはちょっと…」

 

「あ、それはごめんなさいね。貴方、やたらお肌がツルツルだから…やっぱりこの温泉の効能かと思っちゃって。配慮が足りなかったわね?」

 

 

どうやら事前に持ってきていた布で身体を拭いているようなのだが…昨日も見ているんだけれど、この白狼天狗の裸は紫にはとても綺麗に見えていた。

 

 

( うーん…胸は私の方が大きいし、括れやお尻だって自信あるんだけど……なんて言うのかしら?この子みたいな均等の取れた身体って…身体の線が細いから胸やお尻がそこまで大きくは見えないのに陶器みたいにスベスベで綺麗に見えるのよね…それにあの耳と尻尾を昨日霞が何度かチラチラと見てたの私は知ってるんだから!…意外と霞もこういうのもアリなのかし…

 

…ッ!?そ、そういえば昨日の温泉で…ッ!?)

 

 

紫がそんな考え事をしている中、椛は身体を拭き終わって着替えを始めていた。

 

 

 

( ど、どうして急に賢者様が…?うぅ…まだチラチラ私のこと見てるし…私の身体なんて賢者様のに比べたら全然なのにぃ……)

 

椛が心の中でしくしくと泣いていると…突然、紫から声をかけられた。

 

 

「ねぇ。そのまま服を着ながら聞いて欲しいのだけど…貴方って、普段から天魔に会える立場かしら?」

 

「あ、はい。哨戒任務を記録を纏めた報告書を持っていくのは私の仕事ですので…えっと…一体天魔様になんの御用でしょうか…?」

 

「んー…それならその時に貴方について行くから、その件はそれでいいわ。私が聞きたいのは…」

 

「え?ついてくるんですか…?って私に聞きたいのは…?」

 

椛は服を着終わると紫へと向き直る…その気迫に飲まれ、思わず椛息を飲み込んだその時!

 

 

 

 

 

 

「…ちょっと、耳と尻尾を触らせて頂戴?」

 

「…へ?」

 

 

 

予想外の言葉に、椛はフリーズしてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「え、耳と尻尾…?ですか?ど、どうしてですか?」

 

椛の頭は疑問符でいっぱいだった。いきなり賢者が現れると、風呂を覗かれ身体を見られ報告にまでついてくる…

そして真剣な顔で耳と尻尾を触らせて…なんて言われた今日は、厄日なんだろうか?

 

 

 

「け、賢者様がそういうのなら…構いませんけど…ど、どうして私なんかの耳を…?」

 

「それは…昨日、私の式神と霞が温泉に浸かってた時の事なんだけどね…」

 

( あ、あの人やっぱり他の人とも入ったんだ…それに式神って言えばあの九尾の妖怪…?)

 

 

 

「霞がッ!!藍の尻尾や耳を触ってたのよ!!それも尻尾なんて、目を輝かせながらもっふもふして……このままじゃまずいのよ!霞が、モフモフの沼に落ち切る前に…何か対策をしないといけないのよ!」

 

 

 

 

 

 

 

〜紫ちゃんの回想〜

 

 

『あの、霞様…さっきから尻尾を見てますけど、どこかおかしいところでもありますか…?』

 

『ん、いや?藍の尻尾はとても綺麗だと思ってね…なぁ、すまないけど藍?1本だけでいいから貸してはくれないかな?』

 

『え、ええ…よく紫様や私の式神にも触らせてますので、構いませんよ?…ど、どうぞ…』

 

『ありがとう…ちょっと濡れてるからそこは乾かして、と。……おお、これは凄くモフモフだね…なんだか昔を思い出して落ち着くよ…ありがとう。藍』

 

『い、いえいえ。こちらこそ…なんだかいつもよりも毛並みが整ってて、こちらこそありがたいので…』

 

 

 

 

 

…と言ったやり取りを、紫は見逃さなかった。…だからこそ、この天狗のモフモフ加減…

…いわゆる、モフ度を測っておかなければならない。

 

 

因みにモフ度は1から100までの数値で表すものであり、藍の尻尾なら92モフ。霞の羽衣なら65モフと言った数値が、紫の頭の中で勝手に測定される。

 

 

それを聞いた椛は若干ビクッとしながらも尻尾の水分を拭き取り、それを紫へと向ける…どうやらこちらも温泉の効能によって…普段よりも毛並みと艶、モフモフ感も上昇していた。

 

 

 

「そ、それではどうぞ…その、耳と尻尾の付け根は少し敏感なので、出来れば優しく…」

「ええ、傷つけたりなんかしないから…では、耳は………って、これはっ!?」

 

 

 

柔らかい…ふにふにとした手触りは何時間でも触っていたくなるほどの快感…いや、幸福感を紫へと与えてくれた。どうやら椛は耳の内側が弱いのか、途中で「ひぅっ…」とか「ゃあ…」とか聞こえるのも…正直、紫の中で高評価だった。

 

 

 

「ああっ、ダメっ!名残惜しいけど次は尻尾…ッ!?」

 

 

そして尻尾に触れた瞬間。

その時、紫は世界の真理を知った。

 

 

 

 

 

 

やばいちょーモフモフしてるーなにこれ凄い言葉が出てこないわあははははははは

 

 

 

触れば触るほどに病みつきになる程のモフモフに、紫は見事に沼にハマってしまった。

 

 

「ひゃ…ちょ、ちょっと賢者様…?もうそろそろ…離してくれてもいいんじゃ…?」

「……ッはっ!?私は一体何を!?」

 

 

 

どうやら少しの間、意識が飛んでいたらしい。…何この尻尾、逆に恐ろしいんですけど。

 

 

 

 

 

「あ、貴方の耳と尻尾…採点させて貰ったわ。」

「さ、採点ですか?」

 

 

小首を傾げる椛に紫はクワッと目を見開くと

 

 

 

「モフ度『99』!!!」

 

 

 

そう高らかに宣言した。

 

 

 

「貴方の耳と尻尾はなんかもう反則よね…今まで私、藍の尻尾とか橙の耳とか触ってきたけどぶっちゃけ私が一番好きな感触だったわ。何よその手触り…嫉妬で1点引いちゃったわ!

もう…貴方、もしもこの先霞が触らせてって言っても。なるたけ拒否して頂戴!…もし、あなたの尻尾によって霞が尻尾好きになったら…

 

尻尾の有無の境界を操って、私に尻尾を生やさないといけなくなっちゃうから…」

 

 

 

最後、そう呟いた紫の目は。本気だった。

 

 

「わ、わかりましたから…霞さんには、何を言われても絶対に拒否すれば良いんですね?」

 

 

そこまで言われると、流石に霞相手だからといっても触らせてはいけないのだろう…そう思った椛が、紫へとそう宣言してみると

 

 

 

「あ、どうしてもって言ったなら構わないわよ。霞が悲しむのが私にとって1番辛いからね。

…どうしても触りたいって言ったら、遠慮せずにそのモフモフを触らせてあげて?」

 

 

「あ、はい…分かりました…」

 

( なんですかそれ…じゃあ、今までの会話は一体なんだったですか!?)

 

「あ、一応言っておくけど、霞の性格上。必ずあなたの耳と尻尾を触らせてほしいと頼むわ。あの人は出会いを大切にするから…幻想郷で初めて出会った貴方には、かなり心を開いてると思うのよね…」

 

「は、はい…あの、賢者様?実は、天魔様へ報告しに行くまでまだ、時間がありますので…それまでお待ちしていただきたいのですが…」

 

「あ、そう。それなら少し…私の話相手になって欲しいんだけど?…あのね。山の見廻りなんてものはね…人が来なければ例えサボって話をしていても、それは仕事の内って事になるのよ!」

 

 

( それは違うんじゃ…)

 

椛は心の中で呟いた。何故だろう…この賢者、結構ダメな臭いを感じてしまう。

 

 

「…それに貴方、さっきまで1人で温泉浸かってたじゃない?しかも仕事中にねぇ…?誰かに見られるかもしれないのに。私、その辺詳しく聞きたいんだけど?」

 

その言葉で。椛の顔に熱が回った

 

 

「そ、それはあの……今朝、ここへ見回りに来た時に…温泉が消えていないことに気づいて…いつ消えるのかと眺めていたんですけど、全然消えないから…その、入りたく、なっちゃいまして…」

 

 

「わかるわ」

「え?」

 

 

「分かるわッ!私も絶対そうするわよ!霞の湧かせた湯をむざむざ見逃すなんて愚の骨頂ッ!損よソンソン!貴方はどうやら大した慧眼を持っているようね…かなり、見直したわ。」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

椛はそう返事するしかなかった。どうしよう…昨日から妖怪の賢者の像が崩壊してしまってるんだけど…というかどうして私、賢者様とお話してるんだろ?

 

 

「よぉーし!!これはもうせっかくだから、私と霞の出会いを教えて上げるわ!そこの岩に座りなさい!あれはねー…」

 

 

そうして、八雲紫による霞との思い出話に花が咲き誇ったところであっという間に時間は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

するとそんな椛の元へ、哨戒任務の報告書を纏めた書類を持った…偉そうな態度の天狗が、報告書を持ってやってきた。

 

 

「おい椛ー?今日の分の報告書、わざわざもってきてやったんだから

今日の夜は一緒にディナーでも……え?」

 

バッチリと八雲紫の姿を捉えた天狗は、驚きのあまり報告書を足元へと落とすと

 

 

「し、失礼しましたァぁぁぁぁァアッ!!!」

 

 

踵を返してそのまま飛び去っていってしまった。

…椛が下っ端なので仕方ないのかもしれないが、あの上からの物言いは…凄く不快だった。

 

 

( 賢者様を見て逃げ出すなんて情けない…というかもってきてやったって何?上からエラそうに命令した挙句ディナーなんて…誰が一緒に行くものですかッ!)

 

 

椛が不快感を全面的に顔に出してるのを見て、紫はある程度こ理由を察したのだった。

…まぁ、あの天狗はナシだろう。立場の弱い椛に狙いを定めた下心の混ざった視線。遠目から見た紫ですら軽く引いた程だった。

 

 

 

「…ねぇ?ああいった天狗って多いのかしら?」

 

「あ、はい。昔、鬼がいた頃はこんな事は起きなかったのですが…いなくなってからは、あんな風に自分より下階級の天狗に威張り散らすような大天狗が増えたんですよ…」

 

 

椛は少し俯いたものの、すぐに顔を上げた。

 

 

 

「あ、でも天狗の中では新聞作りが流行っていて、…その中でもあんな感じの人のスキャンダルを全面的に新聞に書く天狗もいるんですよ…」

 

「へぇ。組織ってやっぱり一枚岩じゃいかないものなのね…あ。そろそろ、行こうかしら?」

 

 

「あ、はい!そうですね!報告書拾ってきます!」

 

そう言ってばら撒かれた報告書を拾いに行った椛を見た紫は…椛の顔に滲んだ悔しさの色に気づいていた。

 

 

…上の輩の強引な誘いを強く断ると、それ以上に厄介な事が降りかかる。不愉快な天狗はそれなりに多いらしいし…

 

 

 

「なんとかしないとね…」

 

 

そう呟いて、報告書を纏めて持ってきた椛をスキマの中に入れるとそのまま、天魔の住む山頂へと瞬間移動したのだった。広く、そして厳かな玄関を目の前にあった。

 

 

 

「あれ!?どうして一瞬で天魔様の家に!?」

「知ってる場所なら一瞬で移動できるのよ…結構体力使うから嫌だけど、仕方ない…ねぇ天魔ー?いるんでしょ!!さっさと出てきなさーい!」

 

「あ、ほ、報告書をお持ちしました!!」

 

 

 

紫の様子を見て、椛も続いてそう叫んだ。

 

 

すると目の前の屋敷の扉が突然開くと、目の前に身体の2倍はあるだろう大きな翼を持ち。黒い髪を腰まで伸ばしている…霞の着ている浴衣に似ている、黒と水色の混ざった模様の浴衣を着た少女が…

気だるげな声を上げて出てきたのだった。

 

「んー…その声は椛?もうそんな時間なの…って、紫じゃないの。どうしたのよ?何で紫が椛と一緒に……

…ん?ねぇ、椛?貴方…その様子だと、さっきまで湯に浸かっていたわよね?」

 

 

「え、あ、はい。…あれ?どうしてそれを…?」

 

 

椛はなぜ温泉に入った事が知られてるのかと焦った。まさか、遠くから覗かれていた!?…なんて1人で考えていると、天魔の様子がガラッと代わり

 

 

「 貴方の毛並みと尻尾の艶…昨日書類持って来た時から、なんだかやたらと綺麗だなーとか思ってたんだけど……それ、絶対に霞でしょう!?霞なんでしょう!?それ絶対霞の湯に入ったからそんなツヤツヤしてるんでしょ!?

ちょっと紫!?どうして黙ってたのよ!霞がここへ来たら真っ先に言えって、私と紬で釘指してたはずじゃない!?アンタこれ、一体どうなってんのよ!?」

 

「 そんなの霞だって昨日は来たばっかりで疲れてたんだから…萃香達と一緒に温泉入ってただけよ!ちょっと位いいじゃない!?それに今、結局報告しに来たんだから問題なんて無いでしょう!?

…私、これから地底行って紬の所も行かないといけないんだからッ!私だって嫌に決まってるでしょ!?紬に…ッ…霞が幻想郷に来たって伝える係なんてッ!!」

 

 

それを聞いた天魔は、少し落ち着きを取り戻した。

 

 

 

「あ、ごめん。そう…まぁ分かったわよ…それよりとりあえず中に入ってくれない?色々と椛にも聞きたいこともあるし…何か、それ以外にも話があるんでしょう?」

 

「ええ、そうよ。ならお邪魔するわね?…何ボーッと突っ立ってるのよ?椛、貴方も入りなさい?」

 

「あ、はい!失礼します!」

 

 

突然の名前呼びに焦りながらも、椛は紫に続いて天魔の屋敷へと上がったのだった。

 

 

 

 

「ふぅん…何やら一悶着ありそうだけど、霞がようやくここに流れてきたんだし…今日からまた、楽しくなりそうね…?」

 

 

赤く染まった空を眺め、そう呟いた天魔。そのまま自室へと先に入った2人の元へ歩いていった。

 




ここから手直し始めてます。
キャラの性格と口調は変えますが…
名前は容姿はそのままです。
(というか容姿に関しては結構フワフワしてます


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ベッドと添い寝と感謝の気持ち

土日の休日の力を借りて
今週はなるたけ毎日投稿するので
が、頑張るぞー(小並感


「お姉様!さっきはひどい事言ってごめんなさい!私、さっきはあんなこと言ってちゃったけど…お姉様の考えたこの紅魔館、大好きだよ!」

 

レミリアの部屋の前でフランは謝った。誠心誠意、心を込めて…すると、いきなり扉が開くと

 

「ごめんなさいフラァン!!私も悪いのよ…私も、さっき咲夜に言われた事を反省していたの。私も今まで自分で我儘を言ったのに…廊下が長い、なんて思っちゃった事があったから…」

 

 

レミリアは、咲夜の言葉によって。自分の浅はかな部分が浮き彫りになった…そして、自分がそんな幼稚な我儘を言うような存在だった事が…誇り高い吸血鬼のレミリアには耐えられなかった。

 

 

 

「私もまだまだ子供だったのよ……だから、私とフラン。2人で一緒に成長できるようになりましょう?」

 

「…うん!そうだよねお姉様!一緒に…だよね!」

 

 

そう言った2人は、また抱擁を交わす…

 

それを見ていた霞と咲夜はお互いに顔を見合わせると、ふふっ…と。つい、こみ上げて来てしまった笑いを零しあった。

 

 

 

「じゃあ、今日はお姉様のベッドで寝てもいい?」

「勿論いいにに決まってるじゃない!」

「じゃあ咲夜も一緒に寝てもいい?」

「大丈夫よ!私のベッドは大きいんだから!」

「なら霞だって一緒に寝れちゃうんだよね?」

「当たり前じゃない!霞だって一緒に寝れ……え?」

 

レミリアの目に映った最愛のフランの顔は…口角をニンマリと挙げた、とても良い笑顔だった。

 

そしてポカンとしたレミリアをよそに、大声で

 

 

「だってさ咲夜!霞!お姉様の許可が降りたから…みんなで一緒に寝られるよ!私、霞の上で寝たーいっ!!!」

 

そう言って、霞と咲夜の手を握ったフラン。強引に2人をレミリアの部屋まで連れてきたのだった。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいフラン!?い、今のはちょっとした間違いで…」

 

「…え?レミリアお姉様は誇り高い吸血鬼だから、一度口にしたことは絶対守る…そんな、カッコイイ吸血鬼だと思ってたのに……?

…ウソ、ついちゃうんだ…?」

 

 

ウルウルと涙目でそう語ったフランを見てしまうと、もう、嘘というかさっきのナシなんて言えるような雰囲気では…無くなってしまっていた。

 

 

( い、今の…絶対にわざとよね…?ふ、フラン…ッ…貴方、恐ろしい子ッ!?)

 

 

「…し、仕方ないわね…こ、今回だけ特別よ!霞も、私のベッドで寝ることを許可してあげる…けど、に、匂いとか嗅いだら叩き落とすからね!?」

 

 

逃げ道を潰されたレミリアはそう強がることしかできなかった。そこへ顔を真っ赤に染めた咲夜が慌てて口を挟む…

 

 

「フランお嬢様!?わ、私も霞様と寝るのですか!?流石にその…は、恥ずかしいのですが…?」

 

「えー?咲夜も霞のこと知りたいでしょ?好きな食べ物とかー…飲み物とかー…好きな人とか色々と教えてもらおうよー?」

 

「…フラン!?今なんか不穏なもの混ぜなかった!?今のってお姉ちゃんの聞き間違いかしら!?」

 

「もー!とりあえずみんな部屋に入ってさ、話はそこでしようよー!」

 

その一言によって、とうとう全員がレミリアの部屋へと入ってしまった。

 

 

 

フラン…強くなったね…

霞はぼんやりと、そんな事を考えながら…フランに手を引かれながらもベッドへと腰掛けた。

 

 

「確かに広いけど…これだと3人が横になったら、4人目のスペースがないんじゃないか?」

 

 

「私に任せて!大丈夫だから…まず咲夜が奥に行って?」

「わ、わかりました…これでいいですか?」

 

咲夜は奥へ寝転がるとカチコチに固まってしまう…

 

「うん!それじゃあ真ん中に霞が寝て頂戴?」

 

 

「分かったよ…咲夜、隣だけどすまないね?」

「は、はい!大丈夫ですはい!」

 

緊張でガチガチじゃないの…他人事のように、そんな事を思っていたレミリアへ…フランは嬉嬉として爆弾を落とす。

 

「じゃあ私はやっぱり腕にひっつくからー…お姉様は、霞の上で寝てね?」

 

 

「ブフーッ」ゲッホゲッホ

 

 

 

思わず咳き込むレミリアを

微笑ましいものを見るような目で見つめるフラン。

 

 

 

「ど、どうしてこれ、私のベッドなのに…私が霞の上で寝なくっちゃいけないのよ!?」

「…?だってお姉様って、霞の味方なんでしょう?淑女として、お世話になった人を労うのは当然だって言ってたじゃない?」

 

 

「これは労うとはまた、意味が違うわよ!」

 

 

 

 

そんな風に、仲の良い言い争いを始める事10数分…

 

 

 

「なら霞に直接聞けばいいじゃない!ねぇ霞からも…って霞と咲夜はどうしてもう、目を瞑って寝る体勢に入ってるの!?」

「…ん?ようやく終わったのかい?意外と早いね…それと…ほら。少しだけ静かにして欲しいな?」

 

 

いつの間にかもう寝る体勢に入っていた霞。そう言われたレミリアとフランは、霞の奥にいるはずの咲夜の様子を覗いてみると…

 

 

 

「わぁ…咲夜寝ちゃってる…かーわいー!!」

「というか咲夜はいつの間に着替えたのよ…なんだか、怒るのも馬鹿らしくなっちゃったわ…」

 

 

 

咲夜は、既に眠っていた。

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

少し前から、霞の隣で緊張していた咲夜を見て…霞が自分に何か出来ることは無いかと考えた結果。

スカーレット姉妹が言い争ってる間に1人、ガチガチに緊張していた咲夜の頭をゆっくりと撫でながら…緊張を解していた。

 

 

「あ、あの…霞様…?これは一体…?」

 

 

「随分と、緊張しているようだからね…そんな風に固まっていると眠れないだろう?

…昔から、こうすると皆。自然と寝てしまってね…幾分マシになるんじゃないかと思ってね?」

 

 

 

確かに、男の人に頭を触られているのに全然嫌じゃない…というよりも凄く落ち着いた。

たまに、髪を梳くような感覚があって、こそばゆい感じがして…これ…病みつきになりそう。今日、1度廊下で撫でられてはいたけれど…その時とは比べ物にならない程に、心地よい気分を咲夜は感じていた。

 

 

そこで咲夜は気づく。今の自分の状態に…

 

 

 

「あの、霞様…少しお願いがありまして…」

「…ん?どうしたのかな?」

 

 

「私はまだメイド服を着ていますので…このまま寝ると、服が皺くちゃになってしまいます。…だ、だからその…申し訳無いのですが、今から寝巻きに着替えてまいりますので…お手を…」

 

「あぁ、確かにそうだね…すまないね。私が気が回らなかったから…すっかり咲夜の事情を加味していなかったよ」

 

「い、いえ!大丈夫です!それでは…」

 

 

霞が咲夜の頭から手を離した瞬間。

…そこには、淡い水色の寝間着を身につけた…咲夜が隣に寝転んでいた。

あまりの早業に、霞も感嘆の声を上げてしまった。

 

 

 

「…おぉ。時を止めるのは本当に便利だね……ん?もしかして身体を拭いてきたのかい?それに髪も解いているし…何だかもう、このまま眠っても良さそうだね…?」

 

 

 

咲夜はそれを聞いて顔を真っ赤にしてしまった。

…咲夜もまだ、年頃の乙女な為…風呂に入っていない状態で、男性の隣に寝ることは…かなり、抵抗があった。

日中メイドとしての業務で動き回っている為…汗臭い女なんて思われたら心が砕け散ってしまう。だからこそ、能力を使って時間を止めている間に…濡らしたタオルで、身体くまなく拭いてきたのだった。

 

 

時を止めているのでシャワーの湯は流れないため、湯船のお湯だけですべてを賄ったのは…まぁ、過去の経験の賜物だろう。

 

 

そして今、咲夜の着ている寝巻きのパジャマは…薄い水色がとても綺麗だったため、人里の服屋でこっそりと買っておいた新品のパジャマだった。気に入っていたため、いつ着ようか…なんて悩んでいた代物だったけれど…今着るべきだと、何か予感のようなものを感じていた。

 

 

同時に、髪も解いていたのは寝る時に楽なのと…そして、少しの希望をもっているからだった。

 

 

 

「あの二人はまだまだ仲のいい喧嘩をしているけど…咲夜は、これからどうして欲しいのかな?」

 

 

そう聞いてきた霞の言葉に、咲夜は顔を赤く染めたまま…おずおずと、頭を差し出した。咲夜の要求をすべてを察したのか、霞はクスリと微笑むと

 

 

「……ッ!!」

 

ゆったりとした手つきで咲夜の頭を撫で始めた。

 

 

「咲夜。今日の食事は美味しかったよ。私はここに突然来た来客なのに…快く食事へ混ぜてくれて、ありがとう」

 

 

霞のひと撫でひと撫でに篭った感謝の気持ちが、咲夜の心へと伝わってくる…何だか暖かく、そして心地よい感覚に…次第に、咲夜の意識はそちらへと流れていった。

 

 

レミリアとフランの喧嘩が終わる頃には無意識に、霞の腕を抱きしめながら…咲夜は夢の世界へと旅立ってしまっていた。

 

 

 

 

 

「という事なんだ…だから今日はもう、私も眠りたいんだけど…2人は日中寝ていたらしいけれど、眠れるのかい?」

 

「えっとね…うん!なんだか私、こうやって霞の腕を抱きしめてると…なんだか心が安心して、ぽかぽかしてくるの!なんでだろ?…添い寝って楽しいんだね!」

 

「それは多分、私の着ているこの浴衣にも…多少の温泉の癒す効能が染み付いているんだと思うよ?あれから直って良かったよ。

…あと、これじゃあ両腕が使えないんだけど…」

「へぇー…そんな理由があったんだねー!それとこの腕は私が貰いまーす!おやすみなさい!」

 

 

そう言ってフランは笑顔のまま目を閉じる…と、直ぐに規則正しい寝息が聞こえ始めてきた。

霞の腕はがっちりと抱きしめられていて…腕力には欠ける霞には抜け出すことはできなかった。

 

 

 

「フランは寝るのが早いんだね…寝付きの良さが凄いなぁ…なら、レミリアも早く来なさい?恥ずかしいのは今だけだから…それに、私だって少しはこの状況に思うところもあるんだからね?」

 

「わ、分かってるわよ……すぅ…はぁ……えい。」

 

 

それを聞いたレミリアは、意を決して霞の胸元へと…ぴょこりと、飛び乗った。

 

 

 

( …大きい胸板…私が乗ってもまだ余裕があるし…それに、暖かくてぽかぽかしてて…心臓の、ドクドクって音が聴こえる…)

 

 

レミリアは霞の心臓へと耳をくっつける…そこから聴こえる規則正しい音の響きに、なんだか気分がぽわぽわとしてくる…なんだろう?この安心感は…

 

 

「どうかなレミリア?不快だったりはしないかい?」

「い、いえ…そんな事ないわ。それに、なんだか落ち着くの……暖かくて、懐かしい。そんな風に思えて…」

 

 

遠い昔の日々。父親に抱かれた事や母に寄り添ったこと…今は無き、暖かかった過去を思い出してしまったレミリア。

 

 

 

「…貴方は、まるで私の両親のよう…父のような強くて硬い肉体と、母のような暖かくて柔らかい空気を纏っている…っもう…こんなの思い出させてくれちゃって…私がこのまま弱くなっちゃったら、どうしてくれるのよ…って!?」

 

 

 

すると霞は意外にとても柔軟な両足を器用に使って、レミリアを挟み込んでぐぐっと前に持ち出した。そして、そのままレミリアの顔を自分の目と鼻の先まで近づけると…ニッコリと微笑んだ。

 

 

 

「 そうかな?私は紅魔館は今日、生まれ変わったんだと思うよ?だから、もう大丈夫だろう。ここに住む皆の関係は、より強くなった筈だし…

それに、私はレミリアの数倍生きている妖怪だからね?過去に色んな人や妖怪に出会ったと言ったと思うけど…中には、辛い思いをしていた者も沢山いたよ。だけど皆、辛いことがあっても前を向いて生きていたんだ…

レミリア。君は決して独りなんかじゃない。君には今、守り、愛すべき家族がちゃんといる…そうだろ?レミリア?」

 

 

その言葉は、レミリアの心の中へとストンと落ちた。

 

 

( あぁ…何だか心が軽い…フランの言ってた通りね…)

 

 

「そう言われたら……もう。貴方って人は……ええ。もう泣き言なんて言わないわ…私はこれからもこの紅魔館の皆と、フランに、咲夜。パチェに美鈴に小悪魔…皆でずっと!幸せに過ごしてみせるんだから!」

 

 

それを聞いた霞は…今までの全てが報われたような、幸せな表情をレミリアへと向けた。

 

 

「…うん。私はずっと、その言葉が聞きたかったんだよ。やっぱり、いいものだね…それはいつの時代でも絶対に変わる事がない。

…誰かを本気で愛する者の言葉というものはね?私にとっては金銭なんかとは比べられない程に尊く、価値があるものなんだよ………

そう思い続けながら、今まで、私は過ごしてきたんだ」

 

レミリアの目に入った霞の顔は…万感の想いの篭った、まるで今までの出会いの全てを大切にし、そしてその全てに畏敬を払っているような…清々しく、晴れやかな笑みだった。

 

 

霞はレミリアを挟み込んでいた足を解くと、そのままゆっくりと目を閉じる…

 

 

「何だか今宵はとても素敵な夢が見られそうだよ…感謝するよ、レミリア。本当にありがとう…」

 

 

そう言うと、ゆっくりと霞の呼吸は整っていった。数分も経たないうちに…霞は本当に寝てしまった。

 

 

 

「本当に、常識外れの妖怪なんだから…というよりも、こんな可愛い女の子に囲まれてるんだから、普通にいい夢なんて見れるでしょうに…」

 

 

そんな事を思いながら何度か頬をつついてみるものの…反応は無い。眠った霞の顔を見つめるレミリアは、さっきの言い争いでフランの言っていた言葉を思い出した。

 

 

 

 

 

『だってお姉様…霞の味方なんでしょう?淑女として、お世話になった人を労うのは当然だって言ってたじゃない?』

 

 

そう言われて、今。自分に出来るであろう最大の感謝と労いについて考える…

 

 

 

そして、1つの結論へと辿り着いたレミリアは

 

 

 

「これは…感謝の気持ちなんだから…そう。別にそれだけの事なんだから…!!」

 

ゆっくりと、真っ赤に染まった顔を霞へと近づける…自分から、顔を近づける事がとても恥ずかしくって、心臓がバクバクと鳴っているけれど…

 

今だけは、気にしない。

 

 

 

そして。

 

眠った霞の頬へ、自分の唇を触れさせた。

 

 

 

レミリアはプルプルと震えながらも息の続く限り、霞へ口付けを続けたのだった。

 

(これは感謝これは感謝これは感謝これは感謝これは感謝これは感謝これは感謝これは感謝これは感謝これは感謝これは…)

 

 

口付けを終えたレミリアは…真っ赤な顔を隠すかのように霞の胸へとうつ伏せになり、そこに顔を埋めた。

 

 

 

「じ、自分からしたの…は、初めてなんだからね…もぅ…」

 

 

 

 

そう零して、目を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時、妖怪の山では…

 

 

 

「ん?今なんだか無性に嫌な予感がしたんだけど…」

「ええ、同感だわ。私もなんだかこう、誰かに何かを先に越された様な胸騒ぎが…」

 

「そ、そうですか?何だかちょっとだけ、私も変な感じがしたんですけど…何でしょうね?」

 

3人は揃って首を傾げるものの、結局思い当たる節が無いため…話を進める事にした。

 

 

 

 

 

 

「まぁ。それは置いといてもいいでしょ…取り敢えず話を纏めると、霞のために地底へ行く為の許可が必要で…それと天狗の恥とも言える存在の処分。うーん…なんかやる事多いわねぇ…面倒だわ…」

 

「そう言わないでよ…それに紬に会うのだって、貴方が手伝ってくれた方が話が早く纏まるから…それもお願いしたいんだけど?」

 

 

「えぇ…めんど…んー…でも私もここしばらく紬に会えてないしなぁ…地底って正直嫌いなんだけど、まぁ仕方ないか…」

 

 

地底は好きではないが、紬の事は嫌いじゃない。長年の友達に久しぶりに会うんだから…それは我慢するべきだろう。

 

 

「じゃあこれから地底に行くとしましょう?私たちはこれから地底へ行く訳だから…椛は何か、不満を同僚から情報を集めておいて頂戴?これからは天魔の館への入場を許可しておくから…」

 

 

「わ、分かりました!」

 

 

そう言って椛は急いで仲間の元へと飛び立った。霞の湯のおかげで普段よりも早く飛べるので、情報集めにそう時間はかからないだろう。文にでも頼めばすぐだろうし…

 

 

そして紫は天魔と共に、妖怪の森の最奥にある……地底まで通じている巨大な穴へと移動した。

 

 

 

「にしても意外よね?貴方が一端の白狼天狗に情なんてかけるなんてねぇ?」

 

「えぇ…私だって最初は全然興味なかったんだけど…けど、あの耳と尻尾はモフ度が最強だったの。私はもふもふに屈してしまったわ…

…それに、霞があの子を気に入ってるのよねぇ…」

 

「え?何それちょっと詳しく教えて!?」

 

 

…天魔がその話に食い付いた。

 

 

「ちょっと!!服が伸びちゃうから引っぱらないで頂戴!?えーっと…確か霞が幻想郷に来て最初に出会ったのがあの子だったから…霞も随分と人恋しかったらしくてね?一緒に温泉に入ってるあの子が霞の温泉に物凄く癒されてたのよ

…それで霞ったら、自分を必要としてくれる事が相当嬉しかったらしくて…それにあの時の目は、絶対あの子の耳と尻尾を狙ってたわ…」

 

 

「耳と尻尾…そう言えば昔、私のこの大きい翼も確か霞に撫でられたなぁ…うふふ…あれは最高の心地良さだったわ…

…というかね?私や紬なんかはもう、いつでも霞を必要としてる位なんだけど。むしろ霞と出会ってなかったらなんて考える事すら恐ろしいと思えるくらいなんだけど?」

 

 

無い胸を張りつつ、どやぁとでも言いたげな顔をしながら持ち前の巨大な翼を広げる天魔を華麗にスルーした紫は…そのまま地底へ続く穴へと足を進め始めた。

 

 

 

「それじゃあ覚悟決めて行きますか…紬に会いに…」

 

「あ、ちょっと私を無視して先に行くんじゃないわよ!ねぇってばぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

2人は地底へと向かう…

最強の鬼である鬼子母神こと、紬の元へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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天魔と夢と鬼子母神

地の文って難しい…
これはもっと本を読めという事なのだろうか?


天魔と紫は今、地底へ続く穴を降り続けている…真っ暗なため安全を考えてふよふよと降っていっているせいか随分と時間がかかっていた。…多分、外はもうそろそろ明るくなり始める頃合なため、皆が清々しい朝を迎えるのだろう…そんな事を最初の内は話していた紫と天魔だが時間が経つにつれて次第に口数が減っていった。

 

それもこれも地下から溢れてくるこの澱んだ空気のせいだろう…息が詰まりそうな嫌な空気を感じていた時、微妙に煤けた風が2人の肌を撫でた。

そこで遂に紫に我慢の限界が訪れ、口を開くと

 

「これ、紬の家の前までスキマで行けばこんな思いしなくても良かったんじゃ……」

 

「……なッ!?だってそれは不可侵条約で…旧都への勝手な侵入をは全て禁止してい、る…?

…あれ?紬の家は旧都の手前…つまり旧都にいる連中とは出会わないから実質問題ナッシングなんじゃ…?」

 

 

 

 

「「………」」

 

 

 

 

 

「スキマ、開くわね…」

 

「助かるわ…」

 

 

 

どうしてあの時カッコつけてしまったのだろうと、さめざめと後悔した2人。

2人はその後、終始無言のままスキマへと入って移動を始めたのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『…ん?こんな森の中を独りで歩いて一体どうしたんだ?…もし、暇なら入っていかないかい? 』

 

 

 

ふと、懐かしい夢を見た。それはまだ自分が独りでいた時の思い出…

延々と続いた退屈によって、虚しさと孤独で冷えきっていた自分の心を温めてくれた………1人の妖怪の夢だった。

 

 

 

 

 

 

今、天魔たちがいるのは地底に広がる旧都の町…に入る手前の小さな小屋の中。

 

そんな小屋の中で眠る一人の少女の元へと辿り着いた2人は、来る途中に服に付いた煤をを払っていた。

…地底は風が吹き抜ける事があまり無い為、払っても直ぐにまた新しい埃が着くだけなのだが。

 

 

「それより…相変わらずここってボロいわよね。紬ってどうして好き好んでこんな所で寝泊まりしてるのよ?普通、もっと綺麗で広い部屋の方が良いでしょう?」

 

「…ゴミだらけの部屋に住む貴方が言っても説得力が皆無なんじゃけど…まぁ、1つ言うなら。

もう既に自分の住み着く予定の場所を…決めているからじゃないかしら?」

 

 

「…それってどういう事?というかこれ、どうやって紬を呼び出すわけ?扉に呼び鈴なんて付いてないし…直接声で呼ぶ感じなの?」

 

「いえ…そんな事はしなくてもいいわよ。どーせ紬の事だし。鍵なんて掛けて無いでしょ…

それに、紬を襲うような命知らずな輩なんて。この地底の中には居ないでしょ…」

 

 

そう言って天魔は無造作に扉へと手をかけると…軋んだ音を立てながら、簡単に扉が開いた。部屋の中は暗く、かなり埃っぽい。

そんな中、ボロボロの部屋の中に1枚の布団が敷いてあった。枕元にはきちんと畳まれた浴衣が置いてあり…その布団の中で、大きな膨らみが規則正しく上下に動いていた。

 

 

( んー…やっぱり紬は寝てるようね…って、あれ?あの浴衣を畳んでるということは…まさか…?)

 

 

「…ほら紬。そろそろ起きなさーーー…って、やっぱり服を着てないじゃないッ…!!…あーッ!畜生!…いつ見ても紬の胸は大きいわね…私だって、もっとこう…もう少し大きくなってもいいんじゃないの…?」

 

「え!?ちょ、ちょっと!どうして紬は裸で寝てるのよ!?この辺りって本当に防犯とか大丈夫なの!?」

 

 

ふかふかな布団を天魔がひっぺがすと、中から衣類を一切身に付けていない紬の姿がそこにはあった。

 

小柄な身体とは不釣り合いなほどの大きな膨らみを持つ少女は…布団を剥がされて尚、すやすやと寝息を立てながら眠っていた。

 

 

 

「全く…世話のかかる女の子よねぇ…おーい、そろそろ起きなさい紬ー?ほらほら」

 

 

天魔がペチペチと頬や脇腹を叩いてみた所、少女が目を擦って軽い欠伸をしながらも…その目を開いた。

 

 

「…んぅ…ふぁ……あれ?椿ちゃんじゃない…かなり久しぶり?」

 

 

天魔の事を『椿』と、本名で呼ぶ少女は久しぶりの再開を喜ぶように天魔の肩に手を置いた。

 

 

 

 

 

鬼子母神こと紬。

天魔の本名を知っている数少ない妖怪であり、唯一無二の親友でもあった。

…だからこそ、お互いに遠慮する事がない関係な為

 

 

「私ねー…椿ちゃんに会えてとっても嬉しいよ?…けど私、さっきまで凄く素敵な夢を見てたんだよねー…

…ねぇねぇ、椿ちゃんはそれについて…一体どうやって責任とってくれるのかなー?」

 

「えっちょ、つ、紬さん!?いきなり何を…ってちょっと待ってヤメテ!?そこ掴まれると脱げちゃうッ!?っていやぁあぁぁぁあぁあああッ!?!?!?」

 

 

そう言って肩に置いていた手で天魔こと椿の浴衣を掴むと、そのまま一気にずり下げた。いきなり素肌を晒してしまった事により、天魔は身体を隠そうとしゃがみ込ーーー…んだ結果。紬はむんずと目の前に来た椿の頭を掴んで自分の胸元に引き寄せ、そして頭をがっちりと両腕で固定して締め付け始める…

 

 

「椿ちゃーん?実は今日の夢には霞ちゃんが出てきてたんだけど…これからがいいところだったんだよー?そこの所をちゃんと分かってるのかなー?」

 

ググググググググググ

「ちょっ、わぷっ!?…ぶはぁ!この乳はガチでダメだって息ができないってお願い!!謝るから本当にヤメテーッ!?」

 

 

「何言ってるか聞こえなーい。椿ちゃん?もっと大きな声を出してくれないと、私も困るんだけどー?」

 

 

「んむっ…畜生ッ!!!こンの馬鹿おっぱいめぇ!!大きいおっぱいなんて滅んでしまえぇぇぇぇえぇえぇッ!…あっ」

 

 

そう叫んだ椿はその一言を最後に、ばったりとダウンしてしまった。

それを遠目で見ていた紫は戦慄する…

 

 

( …恐ろしいわね、アレ。服を脱がされて動きを抵抗できなくなった所を自分の胸で窒息させるなんて…女にとってのハメ技みたいな物じゃない。しかもアレって、私より大きいんじゃないの…?)

 

 

紬はダウンした椿を布団に寝かせると、ここでようやく紫の存在を見つけたのか…向き直って話を始めた。

 

 

「あれ?紫ちゃんもいたの?椿ちゃんに気を取られてすっかり気づかなかったよー…ゴメンね?

それで一体何の用事?あ!お茶出すからちょっと待ってて欲しいなー?」

 

 

「え、ちょ、ちょっと待ちなさいって!まず話をするから…って起きたのならさっさと服を着なさいよ!?」

 

 

紬はそう言って台所へと行こうとしたので紫は慌てて引き止める…けれど、紬はそのまま振り返ると困った顔をして

 

「うーん…あの浴衣は大事な浴衣だから、あんまり汚したくないんだよねー…だから私、自分の部屋で服は着ない派なんだけど…あ、紫ちゃんも脱ぐ?」

 

「脱ぐわけ無いでしょ!?私が困るから着て頂戴ッ!?貴方、その辺本ッ当に昔っから変わらないわね!!」

 

完全にマイペースな紬はそう言って頑なに服を着ようとはしなかった。紬の持つ能力が規格外というか色々と関係しているせいでもある為、昔から何かを身に付ける事を嫌っていた。

 

 

そんな中、二人の会話に横槍を入れる存在が居た。

 

 

「ふっ…無駄よ紫……紬の脱ぎ癖は昔っからの筋金入りだからね…それに、紬に命令できるのはこの世でたった一人………霞だけなんだから…」

 

「復活早いわね貴方!?」

 

「当たり前でしょ!!こちとら今まで何回この屈辱を味わった事か…ッ…私は、巨乳なんかに負けるわけにはいかないのよッ!!

だから、私はこの慎ましい胸に誓って…巨乳なんかには負けな、い、と…と…ッ……畜生羨ましいちょっと分けろよコノヤロウ!!!」

 

 

「天魔!?本音が漏れてるわよ!?」

 

復活した天魔が首を傾げた拍子に揺れた紬の巨乳を見て…隠しきれない己の本音と羨望をぶちまけた時。

 

紬が先程より目を細めて声を上げる…その目は絵の具をすべて混ぜたような…ぐちゃぐちゃに混ざった複雑な色をしているように見えた。

 

 

「…あのー…もしかしてわざわざここまで私に会いに来たってことはー………

…霞ちゃん…幻想郷に、来てくれたの…?」

 

 

絞り出したようなか細い声でそう言った紬。

紫が事情を話そうとしたその時だった。

 

 

「…ええ。昨日、幻想郷へ流れてき」

「椿ちゃん急いで!今すぐ霞ちゃんのとこ行くからダッシュダッシュ!ってそう言えば紫さんから場所聞いてなかったねうっかりしてたよさぁさぁさぁ紫さん早く場所を言ってください私今すぐあの人に会わないと行けないんですだから早く教えてください早く早く早く早く早く締めていい?締めても良いのかなー!?このままだと紫ちゃんも締めちゃうよさぁさぁさぁ!!!」

 

 

ガクガクと両肩を掴まれた紫は詰め寄ってきた紬の表情を見てしまった。歓喜・愛情・幸福…そんな表情の中に、複雑に絡み合う深い悲しみの感情を見つけてしまった。

 

 

…というか私、絞め落とされる!?

 

 

「か、霞は今紅魔館にいるから!!スキマでそこまで送ってあげるから服を着て落ち着い…」

「もうとっくに着替えてますよさぁ行こうじゃないさぁさぁさぁ!」

 

 

そう叫ぶと紬は一瞬のうちに浴衣に着替えていた。…流石に行動早すぎない!?

 

 

「わ、分かったから!スキマ開いてどーん!」

 

紬のあまりの勢いに押されてしまった紫は3人を飲み込むほどのスキマを作ると…そのまま紅魔館へと直接移動したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

…椿の浴衣を除いて。

 

 

「ちょっとッ!?こんなのってあんまりでしょーッ!?」

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

 

『霞ちゃん?本当に行っちゃうの? 』

 

 

霞はその時ちょうど、紅魔館で朝を迎えた所だった。

 

 

「ん…夢か…。もう朝かな…?この部屋は朝日が入らないから分かりづらいね…ん?」

 

朝起きると左にいた咲夜はもう居なくなっており右手の先をフランが握りしめ、指を噛んでいる……偶に甘噛みしたり舐められている気もするけれど…何とも咎めにくいほどに幸せそうな顔をしていた。

 

 

「あむ…かしゅみ〜♪はも…」

 

 

少しくすぐったいけれど…まぁ、好きにさせておくか。そう思った霞は暫くボーッとしていると、胸の上で寝ていたレミリアの目が開いた。

 

 

 

「んぅ…?もうこんな時間…?って霞?」

「あぁ。おはようレミリア…とりあえずその今にも零れそうな涎を拭いてくれると私的にはありがたいかな…?」

 

 

それを聞いたレミリアは顔を真っ赤にして、ぐしぐしと袖で口を拭った。

 

 

 

「い、今のは見なかったことにしておいて頂戴…」

 

「分かってるよ…それとフランが私の指を咥えて離してくれないんだけど…どうすればいい?」

 

「はぁっ!?ゆ、指を咥え…ッ!?は、破廉恥よ!レディが口をつけるなん…て…ッ!?ン〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!?!?!?」

 

 

 

ダダダダダダッ

 

いつものように霞を咎めようとしたレミリアは夜、自分がした行為を思い出す…と顔を真っ赤に染めながら、羞恥に耐えられず自室を飛び出していってしまった。

 

 

「…ん?どうしたのかな?レミリア…」

突然走り出していったレミリアに対して、霞が不思議に思っていると

 

「ぅうん…ふぁ…?あ、おふぁようかしゅみ…うぅん…温かぁい……」

 

フランが目を覚ました。しかし霞から離れようとはせず…むしろ近づいてきていた。

 

「こらこらフラン。私はもう起きなきゃいけないから…そろそろ離してくれると嬉しいんだけど?」

「えー…私もっと霞と寝ていたいのにー…」

 

フランが駄々をこねていると部屋へとノックが響く…そして扉が開くと咲夜が入ってきた。

 

「フランお嬢様。霞様。お食事の用意がそろそろ出来あがるのでそろそろ起床してもらえると助かるのですが…」

「うー…咲夜がそう言うなら…はーい!霞ー?また後でねー!」

 

 

フランはそう言って着替えをするためにレミリアの部屋を出て行った。

 

「それでは霞様もこちらに…どうされました?」

 

「…ああ、すまないね…さっきまで少し、懐かしい夢を見ていたせいか物思いにふけってしまってたよ…」

 

「夢…ですか?差し支えなければ内容を教えて貰っても宜しいでしょうか…?」

 

すると霞は懐かしいものを見るような目をしながら、大広間へと向かう咲夜へ語り出した。

 

 

「昔、私は1人の鬼の少女と出会ったんだよ。その少女はフランのように強力な能力を持っていたんだけど…それを使った結果、孤独になってしまった子でね…?」

 

「へぇ…そんな鬼が居たんですね…」

 

「うん。まぁそこから2人で旅をして色々な人と出会う内にその子も段々と笑顔を取り戻していったんだよ。…フランを見たから思い出したのかな?」

 

「確かに、それはそうかもしれませんね…それで、その鬼の少女とは…?」

 

「ああ。暫く私と共に色々な所を回って旅をしていたんだけど…天狗の治める森の中で、1人の少女と出会ってね…親友になる位に2人は仲良くなったんだよ。けれど、暫くしてその山を治めていた天狗の長とその鬼の少女が闘うことになってね…」

 

「ど、どうしてですか!?いきなりどうしてそんな事に…?」

 

「その山を治めていたのは天狗だからね…部外者には厳しい閉鎖的な種族な事で有名だから、闘う力の無い私がまず狙われたんだけど…その時にその子…本気で怒っちゃってね?その場にいた私を襲った天狗達を全員、倒しちゃったんだよ」

 

「そ、そうなんですか…お強いんですね。」

 

 

「そうだね…あの子は多分。私の知る限りでは1番強いんじゃないかな?…それでその時の天魔相手にも完全勝利して、その山の新しい長になってしまったんだよ。」

 

「そ、それは凄いですね…って、まさかその天狗の治めていた山って…?」

 

 

「あぁ…妖怪の山だよ。昔は鬼が居たはずなんだけど…あそこはかなり、昔とは景観が少し変わっていたねぇ…山自体が纏う妖力は変わってなかったからすぐに妖怪の山だと気づいたから、妖力を流してみたんだけど…反応が無くってね。その子がそこにいれば食いつくと思って妖力を山に流してしまったんだけど…結局、出会えなかったんだよ」

 

「ということはその鬼の少女って、まさか…」

咲夜が息を飲み込むと

 

 

 

 

 

「鬼子母神……名を紬。私の古い友人の1人だよ」

 

 

咲夜は驚きを隠せなかった。鬼子母神と言えば逸話が幾つもあるけれども…どれも化物じみた逸話ばかりだった。妖怪の山の天狗や鬼との闘いを殆ど一撃で終わらせ、明確な敵と認識した相手は全て黄泉へ送られる…そんな噂を聞いていたからだった。

 

 

現在は地底へと鬼たちを連れて行ってそこで暮らしている…と、紅魔館へ取材に来ていた鴉天狗の書いた新聞に載っていたと、思う。

 

 

「その子は妖怪の山の長になったわけだから、そのまま妖怪の山の統治をしなければならなくなってしまってね……何度も引き止められたんだけど、私はそれを断ってそこからまた旅へと出たんだよ…」

 

 

「え…?」

 

咲夜は唖然としてしまった。さっき、鬼子母神の事を話している姿は

凄く楽しそうに話していたけれど…今の霞の目の色は、後悔と自責の念が混ざった深く、暗い色をしていた。

 

 

「まぁこの話はこれくらいにして…そろそろ大広間に着くけれど、向こうが何だか騒がしくないかい?」

 

「確かに…そうですね。私、様子を見て来ますのでお先に失礼します!」

 

咲夜はそう言って霞の目の前から消える…

 

 

そして、霞は誰もいない廊下を歩きながらも夢の続きを思い出していた。

 

 

( 確かあの時の紬は初対面だったのにいきなり殴りかかってきたっけ…懐かしいな…)

 

 

暫くして大広間の扉へ辿り着いた霞が、何やら騒がしい部屋の扉を開いた瞬間。

 

 

 

目の前にあったのは、拳を構えた少女の姿だった。

 

 

ドガシャーンッ!!!!!!!!

 

 

「霞ぃぃぃぃぃいッ!!!」

「霞様ッ!?」

「ちょっと紬!?いきなり何してるのよ!?」

「………あー…やっぱりこうなっちゃったか…」

 

 

 

遠くからレミリアや咲夜の悲鳴と紫や椿…?の声が聞こえた気がしたが…

 

 

今は、気にすることは出来ない。

 

 

半端じゃない威力の拳をマトモに受けて、ドアをぶち抜いて廊下へと転がり込んだ霞の目の前に。

黒く艶やかな長い髪を片方に結い上げ、額から1本の角を生やしている…見覚えのある、水色の浴衣を着た少女が霞の目の前に立っていた。

 

霞と目が合った瞬間。その少女の口が歪んだ。

 

 

「うふふふふふふふふふ……霞ちゃーん?やっと会えたねー…この瞬間をとぉっても、待ちわびてたよぉー…?何にも言わずに私達の元から去っていって、私や椿ちゃんを悲しませた罪はとーっても重いんだよぉ?」

 

 

…ああ、とても懐かしい声だ。間延びした声と疑問形の多い独特な喋り口調…それに姿もあの時から全く変わっていない…

 

 

 

「あぁ…久しぶりだね紬…挨拶にしては少し、過激じゃないか…?」

 

「ふふふ…何を言ってるのかな?もしかして霞ちゃんってば歳の取りすぎで忘れちゃったのかな?私たちの出会いは、いつだってこれだったよねぇー…?

…それじゃあ、そろそろお仕置き。始めるねぇ?」

 

 

 

そう言って紬は一息の間に霞の目の前へと移動する……そして自分の胸元を緩めると、霞の頭を掴んで自分の胸へと押し付けた。細く華奢に見える腕からは想像もできないほどの見強力な力を持っている紬はあっという間に霞の頭を固定して動かせないようにしてしまった。

 

 

「むぐ…つ、紬…私が悪かったよ…謝るから離してくれないかな…?呼吸がしづらい……甘ったるい……」

 

「うふふふ…絶対離さないよぉー…?この程度じゃあ私たちが受けた鉛のような悲しみも、目の前が真っ暗になる位の失意も、荒れ狂うような激情も……全然伝わってないようだし?

それに次は椿ちゃんだって、これするんだからねー?」

 

「椿、じゃあ無理なんじゃないかな…グフッ…」

 

 

 

そう呟くと同時に酸欠によって霞の意識は闇へと沈んでゆく…

その呟きを聞き取ったのか遠くで椿がなにか叫んだ気がするけれど

 

ダメだな…落ちてしまう…

 

 

 

本当、懐かしい匂いだなぁ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




手直し中


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鬼と挨拶と霞の心

書き直していたらストック切れた…
また数日投稿空くかもしれない…あばばはば


レミリアは驚いていた。

 

…何に驚いているかというと、先に大広間へと辿り着いていたレミリアの目の前にいる妖怪が原因だろう…

 

 

恥ずかしさのあまり、自室を飛び出して大広間まで走ったレミリアは胸の鼓動を抑えていた。

 

 

食器が並ぶテーブルへと辿り着くと自分の椅子に座って、一旦心を落ち着けるために深呼吸を始める…

 

 

「すぅ…はぁ……すぅ……はぁ……ふぅ…少し赤みも鼓動も落ち着いたわね…

確か、パチェから借りた本の吸血鬼は…お礼をする時にも口付けをしていたし…それに、外の世界では挨拶としてする人もいた筈…つまり、あれは深い意味なんてものは無い、純粋な感謝の印ということ…!!」

 

 

昔、パチュリーから借りたの中には1人ぼっちの吸血鬼の女の子が主人公の恋愛漫画が混ざっていた。その内容をレミリアは朧気ながらも覚えていて、…特に、ラストシーンの部分。

 

 

自分を救ってくれた男へ抱きついた主人公は幸せな涙を流しながら、口付けを交わし…2人の物語は終わっていく。

 

 

…そんな内容だった。

 

 

そんな事を思いながら何度も呼吸を整えていると

 

 

「…ッ!?何!?」

 

 

突然、肌に強大な妖力を感じた。尋常じゃない程の妖力に、レミリアの肌がざわつく…

膨大な妖力の震源地は自身のすぐ近くに感じた。その妖力の持ち主は、大広間の中央…

 

…つまり、レミリアの、目の前へと現れたのだった。

 

 

( 何よ、この妖力…!?一体何が…ッ!?)

 

レミリアは脳が即座に危険信号を出したことで、警戒心をいきなりはね上げた。

一瞬のうちに、手の平へ集めた妖力を固めて…

紅い槍を創り出した。真紅に濡れた切っ先鋭い槍…通称。『グングニル 』を構える。

 

 

すると突然。目の前の空間に赤黒い裂け目が現れ、中から3人の妖怪がテーブルへと着地した。

 

 

大きな音を立てて皿が何枚か割れる…そしてレミリアが、侵入者の姿を確認しようとして近づいた瞬間……その中の1人に、いきなり両肩をがっしりと掴まれてしまった。

 

一瞬でレミリアへと詰め寄ってきた人物。

 

 

「 あのぉー…いきなりで悪いんだけどねぇー…?私、霞ちゃんがここに居るって紫ちゃんから聞いたんだけど、霞ちゃんは、何処にいるのかなー?

隠したって無駄だから、早く会わせて欲しいなぁ?」

 

 

「ちょ、ちょっと離しなさいって…力強ッ!?い、いきなり現れた怪しい奴になんて言わないわよ!というかアンタ一体誰なのよッ!?」

 

 

( 嘘ッ!?私の力でも外せない…ッ!?一体何者なのよコイツはッ!?)

 

 

 

レミリアはいきなり現れた妖怪…額に一本の角があるので、恐らく鬼の類だろう…

掴まれた手を引き剥がそうとするものの…その圧倒的ともいえる腕力に、レミリアはまるで歯が立たなかった。

 

 

 

「あ、申し遅れてゴメンなさい?私の名前は紬っていうんだけど、ただの温泉妖怪好きな鬼の女の子だよ?

…それで、貴方は一体誰なのかなぁー…?」

 

 

そう言って肩に込めた力を緩めてレミリアへと聞いてきた。

 

「…さっきの自己紹介について、大いに突っ込みたい所があるのだけれど…まぁいいわ。私はレミリア・スカーレット!誇り高き吸血鬼であり、この紅魔館の主よ!」

 

「へー…レミリアさんって言うんですかー…素敵な名前のコウモリさんだねー?それで、霞ちゃんは何処に居るのかなぁ?」

 

 

レミリアがそう名乗ると、紬は吸血鬼のプライドを平気で踏み抜いていった。心にヒビが入った音が聞こえたレミリアは、自分をコウモリ呼ばわりされた事に激昂した。

 

 

 

「…ッアンタ!!この私に向かってコウモリだなんて…失礼にも程があるでしょうッ!!今すぐ私を愚弄した事を訂正しなさいッ!!」

 

「あ、それはゴメンなさい?けど、今は私…もう色々と耐えられなくってるんだぁー…

…なんだか貴方の全身から漂ってくる、霞ちゃんの香りを嗅いでいると……ね?」

 

 

急に紬の妖力が突然肥大化し始めた時、紬の元へ2人の少女が駆け寄って来た。

 

 

「ちょっと紬!?何やってるのよ!貴方、この紅魔館を消し飛ばすつもりなのッ!?」

「紬、そろそろストップよ!そんな事すると霞に嫌われるわよ!?あとお願いします私に服出して下さい!?」

 

 

紬の両肩を掴んでいたのは…八雲紫と、何故か全裸の少女だった。

 

 

「はっ!それはいけないよね!…うーん…ここに居るのは分かってるし、仕方ないねー…不本意だけどここは大人しく待つとしましょうかー…

…それで、なんで椿ちゃんは何で裸になってるの?あ、もしかして遂に私と同じ趣を覚えてくれたって事かな!?」

 

「だからそんなわけ無いでしょう!?!?」

 

 

2人の叫び…というか主に後者の意見を聞いて、紬は落ち着きを取り戻した。

そして裸の天魔を見て首を傾げつつ、何か致命的な誤解したまま話し始めた。

 

 

 

その光景を呆然と見ていたレミリアは

 

 

( な、なんなのよコイツら…本当訳わかんない…)

 

 

紬と名乗る鬼の少女を止めたのはこの幻想郷の中でもトップクラスの実力を持つ八雲紫と天狗の長である天魔の2人だった。それが二人がかりでようやく治まるだなんて…まさか、この鬼って…?

 

 

レミリアが呆然としている所へ紫が近づいて来る…

 

 

「私たちは別件で霞のために動いてたんだけど…紬…鬼子母神が思ってたより色々と拗らせてて、貴方にも迷惑かけちゃったわね…本当にゴメンなさい…」

 

「…え、えぇ…別に、構わないわ…いきなり現れたのは驚いたし、貶されたりしたのはまだ、腑に落ちないけど…本当に、あれが鬼子母神なの…?」

「ええ。霞と同じく、太古の昔から生きている最古の鬼よ。…あの子…規格外に強いでしょう?」

 

「そうよ!吸血鬼の腕力がびくともしないって、どう考えてもおかしいわよ…ッ!?

それに、その隣にいるのは確か天魔だったわよね?…どうして裸なのよ?まさかとは思うけど、なんかアレな性癖なの?」

 

「それについては……その、不幸な事故よ。ほら、もう着替えてるみたいだから、その事はあまり追求しないであげて頂戴…?」

 

レミリアの目の前で行われていたのは、身体を自分の翼で隠している半泣きの天魔に…紬が自分の胸の谷間から新しい浴衣を取り出して、天魔へと差し出している姿だった。

 

 

 

…ん?谷間から?

 

「ちょっ!?今谷間から浴衣出したわよ!?あれどういうことよ!?」

「あー…やっぱり初見でアレを見ると、皆驚くわよねー…私も確かそんな感じだったわ。…アレ、鬼子母神の持ってる能力なんだけど…

 

『ありとあらゆるものを取り込む程度の能力 』

 

っていうのらしいのよ。それでこれがまた、ぶっちゃけ強すぎるのよねぇ…」

 

「取り込む…?つまり色々なものを体内に取り込んでる…って事?

けど、それって言うほど強くないんじゃないの?体内ならキャパシティがあるでしょうし…」

 

物を取り込む位なら確かに凄いことだが、それではあの規格外の力には結びつかない…

 

「まぁそう思うわよね?けど、あの子は取り込む量が桁違いに多いのよ。貴重品のような小物サイズのものから家具の用な大きなものまで……一体どこに入れてるのかしら…?

…それに、本人曰く大気の力や大地の力。自然の力なんかの「目には見えない」力を認識して、自分の身体に取り込んでるのよ…」

 

 

 

「あぁ…確かにそれならあの力にも…

…ッ!?って、ちょっと待ちなさい!?」

 

その時、レミリアは気づいてしまった。目に見えない力を取り込む…なら目を凝らせば見え、感じ取る事が可能な霊力、妖力、神力の類はどうなる…?

それらの力を併せ持った何かの存在を…レミリアは、昨日。知っていた筈だ。

 

 

 

 

「…なら、あの鬼子母神は…霞の湯に含まれている、色々な存在の霊力や妖力を含んだ、霞の湧かせた温泉を…

霞の妖怪を癒す効能まで、自分の身体に取り込んでいるっていうの…?」

 

それを聞いた紫は驚いた顔をしたものの、すぐに、いつもの様な胡散臭い顔に戻った。

 

 

「…正解よ。あの子は多分、霞と出会ったことによってただでさえ強い能力の幅を、桁違いにはね上げた…この世界で最強の妖怪じゃないかしら?

私、あれ以上の存在を知らないし…」

 

「…道理で強いはずだわ。お手上げね…もう、勝てる気がしないわ…」

 

「性格が今は温厚になっているらしいからそれだけが救いなのよね…

…霞との仲もそこそこ深いから手強いし…ん?そう言えば貴方、どうして霞の事をそこまで知って………まさかッ!?」

 

 

 

それを聞いたレミリアは霞のことを思い出してしまい、また顔に熱が戻ってしまった。

 

「…!?べ、べべ別に私は何も…ッ…霞には、感謝してるだけなんだからッ!」

 

「え?何でそんなに慌てて…って、貴方…まさか本当に霞に気があるんじゃ無いでしょうね!?

嘘!?出会ったのは昨日が初めてでしょ!?そんなの早すぎるわよ!高貴なヴァンパイアのお嬢様じ即落ちってどういうことよ!

…それにどうして貴方から、霞の温泉の匂いがするの!?実はさっきからずっと匂ってきてたのよ!いやーっ!ダメよ!?霞は私のなんだからーッ!?」

 

「だ、誰も好きとか言ってないじゃない!!か、勘違いするのはやめてくれないかしら!?しかも落ちてるなんて…って、ちょっ!?は、離しなさいよーッ!?」

 

揉みくちゃの掴みあいに発展した、レミリアと紫を遠くから見ていた紬と椿…

 

「あら?霞ちゃんったらやっぱりモテモテさんになってる…椿ちゃん?私達も負けてられないねー…まぁ、負ける気なんてものはサラサラ無いんけどねー?」

 

「そ、そうよね。なんて言ったって私達は霞と過ごした時間も長いんだし、かなり有利な立ち位置のはずだしね!」

 

「あとは椿ちゃんのお胸がもう少し大きかったら…もう、言うことなしだったんだけどねー?」

 

 

 

そう言って紬は慎ましい椿の胸に手を添えると…椿の地雷をわざと踏み抜いてゆく。

 

 

椿の額に、青筋が走った。

 

 

「うるさぁぁぁぁぁあいッ!?今それ絶対に関係ないでしょぉうッ!?このおっぱいめッ!こんにゃろこんにゃろッ!!うぅっ!何でこんなに差があるのよぅ!」

 

 

そう言って椿は紬の胸をポカポカと叩くものの…逆に大きくぽよんぽよんと揺れて暴れ回る胸を目撃してしまい、心が折れてしまった。

 

 

へたりこむ椿を紬は優しく抱きしめると

 

「大丈夫だよー…椿ちゃんの胸も霞ちゃんはきっと好きだと思うから…だから、勇気を出してアタックしてみよう?」

 

「つ、紬ぃぃぃいぃぃい!!わ、私、頑張るぅぅぅぁぁぁあッ!!!」

 

「うん!それじゃあまた2人で霞ちゃんの布団に潜り込もう?そうすれば霞ちゃんもきっと喜ぶと思うよ?あ、勿論服なんて身につけないけどね!!」

 

「うん!わかったー………って危なぁいッ!?貴方、一体何を言わせる気よ!?」

 

「いやー…折角だし、これから会う霞ちゃんに対しての心構えを

1段階上げておこうかなー?なんて思っちゃってーーーー…勿論、上げるよねー?」

 

 

 

そう言った紬の鈍色の瞳には、有無を言わさぬ眼力が宿っている…

 

あ、これもうやるしか道が残ってない。

 

 

「あ、はい…やります…」

「それじゃあその時は頑張ろうねー?」

 

 

 

天魔の顔から、表情が消えた。

 

 

 

そんな2人が会話をしていると…大きな音を立てて、大広間の扉が開いた。

 

 

どうやら咲夜が慌てて入ってきたらしい…咲夜の登場によって、掴み合いしていた2人はお互いに手を離した。

紬と椿は咲夜へと向き直るとぺこりと会釈をする…

 

 

「失礼ですが…どちら様でしょう?私、この紅魔館のメイド長をしている十六夜咲夜と申しますが…貴方は?」

 

 

咲夜は目の前にいた自分よりも小柄な身体なのに、自分よりはちきれんばかりの膨らみを持っている…霞と同じ色をした浴衣を着ている、色々と規格外な少女に話しかけた。

 

 

鬼の少女は誰かにそっくりな微笑みを咲夜に向けると

 

 

「あ、私は紬っていいます。そして、ただの温泉妖怪好きな鬼の女の子ですよー?」

 

「…ッ!?紬様…ですか?」

 

 

咲夜の顔に驚きの色が混ざった。…紬?確かそれは先程、霞様に聞いたはずの名前じゃー…

 

 

と、そんな事を考えていた時。急に、紬と名乗った少女の目が見開かれた。

 

 

その目は目の前にいる咲夜など…見ていない。今、開かれかけている扉の奥…

 

そこから現れる1人の妖怪の姿を確認した瞬間。

 

 

大きく腕を振りかぶって、紬の身体が飛び出した。

 

 

 

そしてその妖怪……霞めがけて一直線。

 

 

固く拳を握りしめて、そのまま霞をぶん殴った。

 

 

吹き飛んでいく霞…

 

 

「霞ぃぃぃいぃぃい!?!?」

「霞様!?」

 

 

 

レミリアと咲夜は突然豹変した紬の暴挙に、一瞬唖然としてしまった後。冷静になって叫び声を上げながら扉 廊下へと走ってゆく…

 

 

「ちょっと!?何やってるのよ!?」

「………あー、やっぱこうなっちゃったか…」

 

 

 

同じように紫も扉へと走っていったが…その中で1人、紬と長い付き合いをしている椿は…

 

薄々こうなると思っていた為、冷静だった。

 

3人が走っていった扉の先へと歩きながらも、椿は考えていた。

 

( …これでまず、突発的な怒りの部分は解消される…まぁ、どうせこの後の行為はあの暴力おっぱいによる締め落としと、温泉の要求である程度許されるでしょ……まぁ、酸欠でぶっ倒れるのが確定ってのも難儀じゃとは思うけどね…)

 

 

そんな事を考えながら吹っ飛ばされた霞の様子を見にいくと、予想通りに霞が絞め落とされる寸前だった。

 

 

( うわぁ…アレはキツそうね。あれ、私が本気を出しても抜けられないんじゃ…?)

 

 

そんな事を考えていると

 

「このあと、椿ちゃんもこれをするから。きちんと受けてあげてねー?」

「椿だと…無理なんじゃない、か…グフッ」

 

 

………ん?

椿は言われたことを理解する…そして、

 

 

 

「霞おま何言ってるのよこらぁぁあッ!?!?」

 

椿は、怒りの絶叫を上げた。

 

 

 

 

 

霞が殴り飛ばされる所から、紬の豊満な胸で窒息させられるまでの一連の流れを見ていたレミリアと咲夜は…言葉を失ってしまっていた。

 

ありえないスピードで動いた身体能力と、あの霞すら夢の世界へと送ってしまった…

 

見た目以上の暴力性を秘めた巨大な胸に。

 

 

最初に動いたのはレミリアだった。床を悔しげに何度も叩く天魔を無視して紬の元へと近づいて行く。

 

 

紬は気絶した霞の頭を自分の膝へと置いて、頭を撫でながらニコニコ笑っていた。

 

 

「ねぇ、貴方は昔からこんな…その、殴ったり、胸を押し付けたりしていたの…?」

 

「 はい!そうだけどー?まぁ…今回は私が悲しかった分上乗せしてましたから、強めに殴った所はありますし?逃がさないように強めに胸を押し付けた気もするけどー…

こんなのは昔からやってる挨拶みたいなもの1つなのでー…それにコレって、合法的に霞ちゃんに膝枕ができるから、一石二鳥でお得なんだよ?」

 

 

( …私の知ってる挨拶じゃないッ!?)

 

口付けなんて目じゃない常識外れの挨拶に、心底驚き顔のレミリア。そして、それを聞いた紫は

 

 

「紬ばっかりずるいわ!私だって霞を膝枕したい!!」

 

…駄々をこねていた。

 

 

「いえいえー…これは譲れないよ?…けど、奪い取れるものならかかってきても構わないよー?」

 

「っ!もう!貴方に勝てるわけ無いじゃないの!それならそれでやりようはあるわよ!こうなったら眺めて楽しむしかないわね…」

 

 

紫が駄々をこねていると、長い廊下の先から……一人の少女が歩いてきた

 

 

「…あれ?どうしてこんなに沢山の人がいるの?お姉様ー?咲夜ー?お客様が来たのー?」

 

フランが歩いてきたことによって、すっかり食事の準備を忘れていた咲夜。

 

「お嬢様…今、誠に気になる状況ではありますが、先にお食事を済ませてしまいましょう。どうやら私ごときに理解出来る話では無さそうなので…私は用意をしてまいります。…霞様が目覚めましたら皆様をお連れしてきて貰ってもよろしいでしょうか?」

 

「えぇ…分かったわ。食事の準備、頼んだわよ」

「了解しました…では。」

 

そう言って咲夜が準備を始めたのを見て、レミリアはフランへ話しかける

 

 

「フラン?先に行って咲夜の準備を手伝って頂戴?」

 

「えー?…うん、分かった!よくわかんないけどここに居る人達の分も用意すればいいんだよね?あ、ゆっくり寛いでいってください!」

 

そう言ってフランは大広間へと走ってゆく…レミリアがしっかり者になったフランに感激していた時、紫と天魔は顔を見合わせて咲夜の後について行った。

 

 

「なら、私達も行きましょうか……今は、この2人の時間にしてあげましょう?」

「そうね…霞が起きた暁にはちょっとお話しないといけないんだけど、いまは仕方ないわ。

…紬!霞が起きたらちゃんとこっちに来るのよ!!」

 

 

2人が大広間へと歩いていくのを見て、何だか居心地の悪さを感じ取ったレミリアも空気を読んで大広間へと向かう事にした。

 

 

( …なんかこの空間って居づらいわね…ここは引いといた方が良さそうだわ…)

 

 

歩き出したレミリアへ、後ろから紬が声をかけた。

 

 

「あ、レミリアさん?気を使ってくれてありがとねー?それとさっき、レミリアさんのことをコウモリなんて言っちゃって…ゴメンなさい?

その羽、とっても可愛いよー?」

 

「い、いいわよ…これからは気をつけて頂戴?」

「分かったー!」

 

 

そう答えると、レミリアは少し早足で皆の所へと戻っていく…あそこまで素直に謝られると…何だか少し、くすぐったい。

それに、今の紬の口調は出会った時と同じ筈なのに…今は柔らかい雰囲気を纏っていた。

 

 

 

 

 

 

 

二人きりになった紬は霞の顔を覗き込むと…額に手を添えながら。今まで溜め込んでいた想いを零し始める…

 

 

 

「やっと会えたねー…私、とても嬉しいんだよ?霞ちゃんのいない時間はとーっても長く感じてたし…

私にも立場があるのは分かってはいたけど、やっぱり置いてかれちゃったのは悲しかったよ?それに、会えないのも辛かったしー…

…日を増す事に、心が徐々に冷えていく感覚がとぉっても嫌で、結局耐えられなかった。」

 

「…ねぇ、私。霞ちゃんと椿ちゃんが一緒にいてくれなきゃ…ダメになっちゃうんだよ…?

もう、勝手にどこかへ消えたり旅に行ったりなんかするの…絶対にダメなんだからね?」

 

 

紬はそう言って前に屈み込むと、さっきまでとは違って優しく。ふんわりと霞を抱きしめる…

 

 

長い間、紬の胸の中で溜まっていた想いを伝えるために…

 

 

悲しみ・寂しさ・怒り…そんな負の感情と共に、また出逢えた喜び。また触れ合える幸せなどの…キラキラと、輝くような感情を乗せて。

 

 

 

…そして、霞の目が開いた。

 

ゆっくりと。目の前にあった紬の胸の中へ…ポツリ、ポツリ、と。言葉を零した。

 

 

 

 

「…紬。本当にすまなかったね…私はあの時、正直浮かれていたんだと思うよ。森や街で色々な人と出会って話を聞いたり、怪我や病を癒したり……それが、あの時の私の…たった一つの存在理由なんだと本気で信じてたんだよ…」

 

霞のは過去の自分の考えの甘さに後悔…そして、悔しさを滲ませた言葉を漏らししていた。

 

「だからこそ。あの時、重要な立ち位置に居た紬や椿を残して、1人で旅に出てしまった…戦えない私が2人の近くでいると厄介事に巻き込んでしまうと、勝手に思ってね…それでそのまま黙って山を去ってしまったんだ…」

 

 

紬はそれを、黙って聞き続ける。

 

 

「…その後も、色々な人や妖怪との出会いがあってね…?沢山、癒してきたんだよ。けれど、ふとした瞬間に2人を思い出してしまってね…ずっと心にしこりを抱えていたんだ。…けれど、それを抑え込んで旅を続けていたんだけど…遂に限界が来てしまってね」

 

「色々な人を癒すために歩き続けた結果…心が、疲れてしまったよ。妖怪も減って、人々からも必要とされなくなって…次第に私は無気力になっていた…知り合いの居ない世界で独り、山奥で過ごすようになったんだけど、もう…そこには誰も来なくなってね。結局、最後の最後は…独りになってしまったよ………紬。あの時は…本当に、すまなかった…ッ…」

 

 

 

霞は長い間心の中に秘めていた深い後悔と謝罪の気持ちを一筋の涙にして、吐き出したのだった。

 

 

霞の謝罪……もとい、慟哭を聞いた紬は。膝から起き上がろうとした霞をむぎゅっと膝へと押さえ込むと…霞へ、微笑みを向けた。

 

その微笑みは、時が経っても変わらない。

 

 

 

 

「…全部、許すよ?霞ちゃんったら珍しく泣いちゃってるし…これから皆と食事をするんだから、おめめが腫れちゃったら皆が心配しちゃうよぉ?

…あ、そうだ私が拭いてあげるね!!」

 

 

 

そう言って、霞を抱き起こすと…自分の着ている浴衣の袖で、霞の涙をぐしぐしと拭っていった。

 

そして紬は立ち上がって、また霞を抱きしめる。紬の胸元から霞の鼻腔へ、果実のような甘い香りが広がっていった。

 

 

先程とは全く違う安心感と心地良さは先程とは違い。…剥き出しになり、本当はずっとひび割れていた霞の心をじんわりと癒してゆく…

 

 

紬は落ち着いた霞の様子を見ると、優しい声音で囁き始めた。

 

 

「…うん。詳しく話すのは、今じゃなくてもいいよ。霞ちゃんが私達以外の沢山の人や妖怪を癒していたの、風の噂で知ってたしぃー…」

 

「…その結果、自分が孤独を感じることになっちゃった事も…今、分かったし。

…もう、皆を癒せるのに…自分の心を癒せないのが弱点なんだからぁー…霞ちゃんは、やっぱりお馬鹿さんだよ。

…うふふ。これからはもう、独りぼっちになんてさせてあげないよぉー…?この世界では、みんなが霞ちゃんのことを待ってるんだからね?

 

…それじゃあ、大広間に行こう?」

 

 

 

その言葉は、霞の心に響くには充分だった。

 

 

 

「…ああ。そうだね…ありがとう、紬…」

 

 

 

 

2人はそのまま大広間へと歩いてゆく…

 

 

紬は、固く握った霞の手から感じる温かさに…

柔らかな、笑顔の花を咲かせていた。

 

 




リア友に「続き待ってるぜ!」なんて言われたら
書く気力って凄い湧いてくるもんですね…
どうやら自分は単純な人間らしいです。ハイ。


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食事と補給と霞の家

夜間現れる蚊によって睡眠不足が続いております。
疲労が抜けない眠りたい。
ペースが落ちちゃう…ガクッ


咲夜とフランが、紬たちの登場によって無惨にも割れてしまった食器を片付けていた時。

 

大広間の扉が開いて、2人が入ってきた。

 

 

紬は誰もが『あ、この人滅茶苦茶機嫌いいな…』なんて思ってしまう程の満面の笑みを浮かべていて、逆に隣の霞は…長年抱えていた憑き物が取れたかのような、落ち着いた顔つきをしていた。

 

 

それを見て紫は歯をギリィと噛み締める…紬は霞の手を握ったまま腕まで組んでいるため、なんというか…こう、とてもうらやまけしからん状態だった。

 

 

 

霞を連れてきた紬は部屋に入ってすぐ、テーブルの上で割れていた食器に目をつけた。ここへ来た時、自分が割ってしまっていたことを思い出した紬は…咲夜へと近寄っていった。

 

 

 

「あ、それって私が割っちゃったやつだよね?あー…ゴメンなさい。さっきまで、ずーっと霞ちゃん成分が枯渇しちゃってて?注意力が著しく衰えてたんだよねー…きちんと弁償するから、今はこれを使ってくれないかなー?」

 

 

そういった紬はいきなり浴衣を緩めて、その豊満な谷間へ手を突っ込むと…谷間の中から、代わりとなる食器が次々に取り出されていった。

全員がその異常な光景に開いた口が塞がらなかった。しかし、そんな事はお構い無しとでも言いたげに、テーブルへと並べられた色とりどりの食器達は、天井の照明の光に照らされてキラキラと輝いていた。

 

 

 

そして誰よりも早く状況を何とか飲み込んだ咲夜が食事を配膳することによってらようやくレミリア達は朝の食事を始めることが出来たのだった。

 

 

 

 

 

 

しかし、そんな中で事件…というよりも

 

問題はまた起こった。

 

 

 

「はーい口を開けてね霞ちゃーん?それだと食べさせられないじゃ無いかー?ほらあーんだよあーん。口を開けるんだよあくしろよ?」

 

「あ、ずるーい!次は私の食べてねー?美味しいよー?」

 

「分かったから…むぐ。紬とフラン…もう残りは自分で食べられるから、できれば離れて欲しいんだけど…?」

 

「そうよずるいわ!私だってやりたいのに…隣代わりなさいよーッ!!このままだと、幻想郷に霞の隣独占禁止法とか作っちゃうわよーッ!?いいの?それでもいいのッ!?」

 

「そうよ!私だって食べさせたいのに!あと紬はわざと霞の顔に胸を当てるんじゃないわよ!それは私への当てつけなのかそうなのかコノヤロウッ!!!」

 

やたらと霞へ張り付いている紬が霞の口へと料理を運んでいるのを見て、フランもそれを真似して料理を口へと運んでいる…それを手前の席で紫と天魔がそれに対して嫉妬しているといった混沌と化した食事風景。

 

 

それを傍から見ていたレミリアは、頭を悩ませていた

 

 

( あーもう…それもこれも鬼子母神があんな事をしたから…ッ…!どうしてあんなことをしたのよ…もうッ!)

 

 

 

意識を取り戻したレミリアは、問題の行動を起こした紬の事を恨んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

食事中、紬が霞へと話しかけた。

何か、意味あり気な視線を向けながら…

 

「皆と食べる食事は美味しいよねー?霞ちゃん?何だか昔を思い出すよねー…確かあの頃は、私が霞ちゃんにご飯を食べさせてあげてー…代わりに、私が霞ちゃんからカスミンを摂取してたよねー?

あ、そう言えば私。まださっきの触れ合いだけじゃカスミンが足らないんだけど…お代わり、くれるよねー?はい、あーんだよあーん!口を開けてねー?」

 

 

「「「カスミンッ!?」」」

 

 

「…分かったから、押し付けないでくれ……あむ」

 

紬はそう言って霞の食べていたパンをちぎると、口へと近づけていった。霞はもうそれに慣れているのか、特に気にした様子も無く口へと含んでいった。

 

…すると、紬は突然胸元をまた緩めて、そこから露出した大きな胸を霞へと引っつけながら目を閉じた。

一同が仰天する中、胸に包まれた霞の腕から白いオーラのようなものが現れた始め、紬はそれを谷間からを取り込み始める…

 

 

「あぁ…きてるきてる入ってきてる…あっ、ずっとご無沙汰だった分、いつもよりも多く吸収しちゃってるねー…なんだか満ちてる。今、私の心とカラダがカスミンを補給することによって満ち足りてるぅ…」

 

 

恍惚そうな顔を浮かべている紬の胸は何故か、先程より大きくなっているように見えた。それを見ていた少女達は、紬の余りに突飛な行動に赤面しながらも指摘する…

 

 

「ちょっと!?アンタ食事中に一体なにやってんのよ!?」

「鬼子母神様ッ!?一体何をされてッ!?」

 

 

「カスミン…不足…?…はっ!?ということは今、紬はカスミンを吸収して胸部へと取り込んでるってわけ…!?あーッずるいわよ紬ッ!それなら私だってカスミンAとかカスミンCとか全然足りてないのにぃ!!!」

 

「あーッ!紬がカスミンを補給したら幸福感によってまた胸が大きくなってしまうじゃない!!やめなさい紬!それ以上大きくなったら私の心が折れるッ!折れちゃうッ!?おーい霞ッ!私だってカスミン欲しい!紬!今すぐそこを変わりなさーいッ!」

 

 

「うわー!見てあれすごいよお姉様?あの鬼子母神って子のおっぱい

…さっきよりも大きくなってない?

ねぇねぇお姉様!!あれって私もできるのかな?ねぇ霞ー?私にもカスミン頂戴ー!!」

 

「ちょっとフラン!?貴方何をする気…って胸を出そうとするんじゃありませんッ!ちょッ!あんなの普通に出来るわけ無いでしょ!?というかカスミンって何!?どうして皆そこに突っ込まないのよッ!?」

 

「えーッ?私には出来ないのー?私もあれくらい大きくなりたいのにぃー…」

 

 

 

そんなドタバタが周りで起こる中、問題の霞は咀嚼し終わったパンを

ゆっくりと飲み込み。口を開く…

 

 

「…紬?そろそろいいんじゃないのか?これ以上はフランの教育に悪いから…早く胸を仕舞いなさい。流石にもう、充分だろう?」

 

 

「あ、ゴメンなさい?、思いのほかちょっと吸いすぎちゃったねー…でも、久しぶりだから吸いすぎてしまっても特に問題ないよね?

あ、それならフランさんも一緒に、霞ちゃんにパンを食べさせてあげてみない?」

 

「それ楽しそう!私もやりたーい!」

 

「フラァァァァァァァァンッ!?!?!?」

 

 

 

 

…と、まあ。先程までこのような感じだった。あまりの疲労にレミリアが崩れ落ちていた時。霞への食事を終えた紬が一枚の紙を渡してきた。

 

 

「ん?お姉様どうしたのー?」

「な、何よこれ…って地図?…何処よここ…って妖怪の山?」

 

緩んでいた浴衣の中に、巨大な果実を仕舞いこみながら。妖怪の山の地図を取り出してテーブルへと置いた。そしてそれを指さしながらレミリア達へ目を向けると

 

 

「実は私と天魔ちゃんで、今日から霞ちゃんの住むところを創ろうと思ってるんだー!だからそれで、何か希望があれば参考にするんだけど…で、その希望をこれに書き込んでくれるとありがたいんだよねー?」

 

 

「え?それって霞の家を作るってこと!?それいいねーっ!私も霞のおうち、行きたーい!」

「ちょっとフラン何言って…というかいきなりどういう事?どうしていきなり霞の家を作るなんて話になったのよ…?」

 

 

「それはねー?」

「紬、それについては私が説明するわ…」

 

紬が説明する所を遮って天魔が声を上げる…いつの間にか、2人からさっきまでのおちゃらけた雰囲気が消え去っていた事に驚きつつ、皆が天魔の方を向くと…天魔は理由を話し始めた。

 

 

「実は近々、妖怪の山の統治をもう一度紬に任せようと思ってるの。如何せん、今の天狗たちは以前よりも日々を無為に過ごし。更に非行に走る輩も出てくる始末でね…

ここらで1つ、この天狗社会をビシッと締めようと思ってるのよ。その辺、鬼子母神が居れば楽なのよねー」

 

「そして、それと同時に妖怪の山で温泉宿を開店させようと思ってるんだー…そうすれば良識のある妖怪たちは憩いの場を得ることができるし?そこで日々のストレスなんかも解放できるようになるんだよ!!とぉってもお得に感じるよねー…

そして、なんと言っても霞ちゃんが遂にそこに腰を据えることによって!!!私がいつでも霞ちゃんに会いにいけちゃうんだよ!!まさに夢の同棲生活の始まりだね!!」

 

 

それを聞いた紫とレミリアの顔が引き攣った。そして同時にほぼ叫び声に近い声を上げる

 

 

「はい紬ストップッ!それはずるいわよッ!?それだったら私だって霞の家に住みたいんだけどーッ!?」

「貴方、前半いいこと言ってるのに…後半でもう、色々と台無しじゃないのよッ!?その爛れきった煩悩をどうにかしなさいッ!!」

 

 

「まぁ紫たちが言ってることも分かってるわ。けれど、何と言ってもこの計画には霞の能力が必要なの。だから霞が必然的に住むことになる…

そして、逆に考えれば…貴方たちも温泉宿なんだから1つ屋根の下。お客様として、霞の部屋にお泊まりだって…可能になるってことよッ!?」

 

 

 

「「「な、何だってェッ!?!?!?」」」

 

 

紫とレミリアが思わず声を上げてしまう中。フランだけが何も言わずに話を聞いていた霞へ寄り添うと

 

 

「ねぇねぇ私、今度は霞の家にお泊まりしてみたいな!!それって絶対に楽しいと思うよ?ダメかなぁ…?」

 

 

健気に笑顔でそう言ってくれるフランを愛らしく思い、頭を撫でる霞は遂に腹を括ったのか

 

 

「まぁね…さっき大広間へ来る前に紬に、

 

『 私達はね?霞ちゃんが新しい人や妖怪に出会うのは全然構わないんだよ。というか、むしろどんどん出会って欲しいくらい?

…でも、それならきちんと自分の帰ってくる場所を作っておいて欲しいの。ちゃーんと自分の家を持っていれさえいれば、そこに霞ちゃんへ会いたい人が集まれるからねぇー…

あ、寧ろ温泉宿なんて作っちゃう?私、お金と材料なら持ち合わせがあるから…椿ちゃんに頼んで作っちゃおうか?』

 

…なんて言われてたんだけど、割と皆には好評みたいだね…ならここは、お言葉に甘えさせて貰おうかな…?」

 

 

「よぉしその言葉を待ってたよ!それと紫さんとレミリアさんとフランさん…それに咲夜さんにお願いなんだけど…皆さんには、霞ちゃんの宿作りを手伝って欲しいんだよね?」

 

 

そうお願いしてきた紬は、初対面の時のように威圧することもなく。ただ、純粋に力を借りたいと願う真摯な目をレミリア達へと向けている…それを見て、先程までの毒気を抜かれてしまったレミリアは口を開いた。

 

「…ふん。いいわよ、家づくり…手伝って上げる。フランと咲夜もいいでしょう?」

「はい、私はお嬢様のご命令ならば…」

「え?私お外に出てもいいの!?やったぁ!張り切って作るのお手伝いするよー!」

 

 

そのための助力を買って出たのだった。

 

 

「あ、本当に?ありがとねー!!吸血鬼の力とそこの『有能』って言葉を実体化させたようなメイドさんの力があれば百人力だね!これで霞ちゃんの家作りが捗るよー!」

 

 

「あの、鬼子母神様…それと、力仕事ならここの門番も連れていった方がいいですよ?」

「あ、それはありがたいねー…紫さんは?」

 

 

そういって咲夜はこの場にいない美鈴を職務命令で連れ出す事にした。そして、先程から色々と考えていた紫は

 

 

「…色々と考えたけど。家づくりには賛成するわ…手伝いもする。…けど、設計は私に任せて頂戴?私、外の世界の旅館とか知ってるから、そこだけは譲れないのよ」

 

「あ、それは私としてもありがたいねー!それじゃあ建設するのは私と椿ちゃんと天狗たちでー…設計するのは紫さんと河童さんにも手伝って貰うことにする?」

 

「そうね…自分たちが使える場所なんだから。一応頭数として入れていた方が良いでしょうし…あ、鬼はどうするの?」

 

「鬼は勇儀さんを連れてくれば事足りると思うよ?」

 

「まぁ…まだ地上が嫌いな鬼も多いはずだしね…それに条約の事もあるし。でも河童が居るなら話は早いわ!ちょっと今から行ってきて話を纏めてくるわ!」

 

「あ、私も動ける天狗達に号令を出さないと行けないわ…ついでに送ってくれないかしら?」

 

「あ、それなら作る場所の地図を渡しておくね?太陽がてっぺんに登った時から始めるから、遅れないようにしてねー?」

 

 

「分かったわ!それじゃあ霞!楽しみにしててね!」

「立派な宿を作って見せるから!!!」

 

 

 

自分の家を作るためにやる気満々な二人を見ていると、何だか、無性に嬉しく思ってしまった霞は普段より、優しく微笑むと

 

 

「2人ともありがとうね…出来れば過ごしやすい宿だと、私は嬉しいかな?」

 

 

そう伝えた。すると2人はさらにやる気の炎を燃やして、スキマの中へと消えていった。

 

 

 

「それじゃあ紅魔館の皆は、日が沈み始めた頃に助っ人に来て貰えるかな?…あ、咲夜さんは天狗に配るおにぎりを作ってきてもらえるとありがたいんだけど。材料はこちらで用意してるからさ!」

 

 

そう言われると、咲夜の中で何かが燃え上がった。…これはある意味咲夜への挑戦だった。この試練を越えた先に、真のメイドとしての心得が待っている気がしたのだった。

 

 

「…分かりました。メイドの誇りにかけて100人でも200人でも満足させるおにぎりを作り上げてみせましょう!」

 

「ありがとね?それじゃあ私も材料を台所へ置いてきた後、一旦地底に戻らないといけないから…これにて失礼します!」

 

 

紬はそういって台所へと向かっていった。

 

 

 

「それじゃあ霞は夕方まで何するの?私、まだ霞といたいんだけど…駄目?」

 

「うーん…皆が家づくりをしている中、歩き回るのはなんだか気が引けてしまうね。…大図書館で幻想郷の本でも読んで、地理を勉強しておこうかな?」

 

「うへぇー…私勉強キラーイ!わかんないことばっかり考えてたらいつの間にか寝ちゃうんだよねー…なんでだろ?」

 

 

そんな話をしていた時、レミリアがフランを呼ぶ…

 

 

「フラン?今日は私と咲夜でおにぎりを一緒に作りましょう?…流石に咲夜1人だと不安だわ…手伝ってくれるとありがたいのだけど…どうかしら?」

 

「えー?でも私霞と…」「フラン?」

 

 

フランが何かを言いかけた時、それを霞は遮った。そしてフランを諭すようにゆっくり話しかける…

 

「フラン?私もフランといるのは楽しいけど…今は、レミリアや咲夜と一緒に過ごしなさい。そして、色々な事を共にやってみなさい。私は今日大図書館で過ごすから、フランはしっかりと咲夜のお手伝いをするんだ…分かったかい?」

 

「…うん。分かった!私、お手伝い頑張るね!お姉様ー!私もおにぎり作るの手伝いたーい!!」

 

そういってフランはレミリアへと駆け寄って言った。レミリアが口をぱくぱくとさせながらもこちらへお礼を言っている姿は、何だかとても面白かった。

 

 

2人が台所へと行ってしまったので霞も移動を始める…確か大図書館への道はこの先だったはず…?そんな曖昧な記憶を辿って大広間を後にしたのだった。

 

しばらく歩いていると、大図書館の扉が見えてきた。どうやら道は合っていたらしい…霞は心の中でひと安心しながら扉へと手をかけた。

 

 

「さて…来てみたのはいいんだけど、本が多すぎて目的の本が何処にあるのか全く分からないな…小悪魔なら知ってるかな…?」

 

 

紙とインクの匂いが漂う大図書館の中で霞は、幻想郷についての本を探していた。しかし、数が多すぎる本の前でそれは無理だと悟ってしまった。司書の小悪魔を探そうと思い、壁際にある本棚へと向かおうとした時。

 

「…あら?霞じゃない…大図書館に何か用事かしら?…それとも、温泉の方?」

そこで、本を返していたパチュリーと出会った。出会い頭の一言を聞いて、霞はさっきまでの予定を変更することにした。

 

 

「ん、そうだね…喘息が治っているか確証がないからね…もう一度、入ってみようか?」

 

その言葉を聞いたパチュリーは昨日のように、少しだけ頬を朱に染めながら返事をした。

 

「ええ。ありがたく御一緒させてもらうわ…んんっ。きょ、今日も治療。お願いするわね……お医者サマ? 」

 

 

そう言って、少し顔を赤く染めながらもパチュリーは霞を自室へと連れていく…そしてそれを聞いて、霞は紬が言っていたことを思い出した。

 

 

『皆が霞ちゃんのことを必要としてるんだからぁー…霞ちゃんはこの先絶対に独りになんてしてもらえないからねぇ?

いつも誰かが側に居てくれる筈だから…もう絶対に、独りぼっちじゃないよ?』

 

 

そう言いながら手を握った紬は笑顔だった。なら私も、きちんと相手に笑顔を返していかないといけないな…と。そんな事を考えながら霞はパチュリーの後ろを歩いていた。

 

 

「…着いたわよ。ここが私の部屋…少し埃っぽいのは無視して貰えるとありがたいわね?」

 

そう言って連れられてきた部屋には、やはり大量の本があった。それに何やら色鮮やかな薬品も沢山置いてあるため、実に興味深い。

 

 

「そっちは魔法の研究部屋だから汚いし、余り見ないで頂戴?とりあえず、この辺りにそんなに広くない温泉でいいから…あ。」

 

そう言ったパチュリーは何かを閃いたらしい。

 

 

「ねぇ霞?貴方の湧かせる温泉って、地面から湧かせた温泉を妖力を固めた結晶で囲っているけれど…その結晶の形って、自由に変えたり出来ないかしら?」

 

 

「うん?…そう言えばいつもこの形にしていたけど…あ、どうやら変えられるみたいだね。…何か、理想の形でもあるのかい?」

 

「そうね…貴方が創り出す温泉って、ただ円形にに広がっているだけだし…例えば底を浅めに創れば、寝転がりながらお湯に浸かったりする温泉だって出来るんじゃない?」

 

 

今まで創ってきた温泉は大きさを変えているだけでいつも、同じ形をしていた。

それに色々な機能性を付ければまた、違った楽しみ方が出来る。パチュリーの言葉でそう気づいた霞は早速行動に出る。

 

 

ベッドの手前に妖力を流し始める…そして湧き出した温泉を素早く浅く囲って、寝転がれる程度の深さの温泉を創り出す…と、どうやら実験は成功したようだった。

 

 

「凄いじゃない…これなら寝転がった状態で湯船に入れるわね?」

 

「どうやらそうみたいだね…長く生きてきたけど、まだ、私の能力は応用が効きそうだ。ありがとうパチュリー…おかげで固定観念を振り払えたよ」

 

「力になれたのなら嬉しいわ…なら、入ってみましょう?」

 

 

そう言って、霞とパチュリーは新しい温泉へと歩みを進めた。

 

 




誤字報告、有難うございましたm(_ _)m


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準備と謝罪と椛の受難

睡眠不足で自律神経が乱れる…
夜間、襲撃に来る蚊を自分は一生許さない。



その頃、妖怪の山では目まぐるしく状況が動いていた。つい先程、紫と天魔を筆頭にした『霞定住プロジェクト』なるものが突如開始された為…天狗を治める組織の重役を担う、数名の大天狗達が天魔の家へと集められていた。

 

 

 

 

「えー…今言った通り。これからこの妖怪の山へ、温泉宿を作る事になったわ。

…何か質問はある?」

 

天魔の言葉によって、今まで何も聞かされていなかった大天狗達が勢い良く口を開いた。

 

 

「…お言葉ですが天魔様。一体何故、そんなものをこの妖怪の山へと作る必要があるのですか?」

「そうだ!我ら天狗の治めるこの神聖なる山に、温泉宿など必要無いッ!下賎な輩にこの山が汚されてしまったらどうするのですか!?」

 

 

「それについてはさっきも言った通り、この山に住む妖怪達の娯楽として最適だと思ってるからよ。

…それに、その温泉は霞が湧かせる…これだけでもう、我々にとって、作る価値はあると思うのだけど?」

 

 

「なっ…その霞とはまさか、あの温泉妖怪の事ですか!?」

「何だって…?天魔様!その話、真なのでしょうか!?」

 

「ど、どうしたんだお前達!いきなり立ち上がって…」

 

霞の湯と聞いた瞬間。先程から無言で天魔の会話を聞いていた2人の天狗が立ち上がり、天魔へと詰め寄ってきた。

 

 

「どうやらお前達は霞の湯に浸かったことがあるようね…それについては本当よ。これから作る温泉宿の管理人として霞を抜擢しているから…また、奴の湧かせた温泉に入れるわよ?」

 

 

「おぉ…それは実に良い考えだと思いますね。それに今の若い天狗の中には仕事や上司との付き合いでストレスを感じている者も多い…」

「その通りです!それに鬼が去ったものだから天狗の仕事は増える一方で…彼らの心身を癒すこと、それは可及的速やかに解決しなければならない問題の筈です!」

 

「おい!ちょっと待てッ!?貴殿らはこの山への温泉宿建設に賛成だというのか!?私はその温泉妖怪とやらの噂を聞いたことが無いのだが…?」

 

「ああ、これは古参の大天狗の1部しか知らない情報だ。その妖怪の湧かせる湯にはどんな怪我や病でも癒すと言われている…」

 

 

「けど、そんな噂は自分は聞いたことがありませんよ?それに烏天狗や白狼天狗なぞ下っ端に過ぎないんですから…上司の命令を聞くのが当然でしょう?」

 

疑問を浮かべた顔でそう言った大天狗を見る…と、どうやら椛が言っていた上司の天狗の様だった。妖力からしてまだ若く、大天狗と言う種族を誇っているのか強気な発言をしていた。

 

 

「あぁ…アンタが自分は大天狗だからといって。鴉天狗や白狼天狗を下に見ている輩ね…?確か椛が持ってくる資料の中に、職務態度が悪くて威勢だけの男だと書いてあったけど。

…その様子を見るに、どうやら本当のようね…?」

 

 

「なっ!?あの白狼天狗、余計な事を書きやがって…ッ!?」

「お主は多数の天狗達から敵視されてるようね…これ以上、目に余る行為を続けるのならば…天狗全体の品位を落としかねない存在として厳正なる処罰を降すわ。

…常々、肝に銘じておきなさい?」

 

 

「ッグ…!?は、はい…っ!?」

 

 

天魔に睨まれた瞬間。大天狗はまるで、人形のように身体の力が抜け落ちてしまった。身体の熱が全て消え去り、芯から凍える感覚を覚えた。

途端に大天狗は己の身に降り掛かった得体の知れない恐怖に怯え、額を床にに擦り付けた。

 

 

「そうだったわ、この計画を進める前にひとつ。言い忘れておった事があったんだけど…」

 

 

バターン!!!!

 

 

そういった時、天魔の部屋の扉が勢い良く開かれる…と。そこから3人の鬼の少女が入って来た。

 

 

「はーい…椿ちゃーん?予定よりも少し遅れちゃったのはゴメンねぇー?なんと、地底の帰りに萃香さんと出会ったんだよ!それに快く宿作りに協力してもらえることになってさー!これで更に作業が進むよ?良かったねー!」

 

「そうだよ!紬も勇儀も面白い事やってるのに、私だけを除け者にするなんてことは許さないよ!私だって霞の定住には賛成だしね!」

 

「そう怒らないでよ萃香ー……私、さっきまでイイ感じに酔ってたのにいきなり呼び出されたんだよ?返事する前に首根っこ掴まれたしねぇ…まぁ私も霞が温泉宿を経営するってのは気に入ったし。手伝いなら任せときな?」

 

 

そう言って現れた3人の鬼を見て、天狗達は身を強ばらせる。それは昔、この妖怪の山を治めていた天狗達を圧倒的な力で降した最強の鬼こと鬼子母神、紬だった。

 

 

人間を嫌い、地底に行ったはずの鬼が今…自分達の目の前に現れたことに驚いていた。

 

 

「それにしてもずるいじゃないか萃香?もう霞の湯に2回も浸かってるなんてさ!…何で私に教えてくれなかったんだい?」

 

「えぇ?流石に無茶言わないで欲しいんだけどね…地上のどっかにいるなら能力使って直ぐに教えられたんだよ?けど流石に地底までは無理だね…勇儀の妖力に気づいたのも、妖怪の山に着いてからだからね?」

 

 

萃香に話しかけたのは星熊勇儀。かつてこの山で四天王の1人として畏れられていた鬼の少女である。金色の髪を腰まで伸ばし、真紅の角を額から生やしている姿はとても勇ましい…

『怪力乱心を操る程度の能力』を持った武闘派でもあり、萃香と同じくドが着く酒豪でもあった。

 

また、子供体型の萃香とは違って背丈は高い。身体は強靭かつしなやかな筋肉で覆われているにも関わらず、胸の膨らみや腰の括れなど女性らしい起伏のある恵まれた身体をしていた。

 

 

 

「な、何で鬼子母神と四天王がこんな所にッ…!?」

 

「そんなの決まってるじゃないか?宿作りの手伝いと……最近ちょっと調子に乗ってる天狗達を〆ようと思ってね?」

 

「私らも霞にゃ恩があるからねぇ…ま、厄介事の種を間引きにきたって言えば分かるかい?」

 

「「な、何だって!?」」

 

「それでは聞くけどさー…天狗の皆は勿論、霞ちゃん宿作り…手伝って、くれるよね?」

 

 

 

「「「「「も、勿論です!!!」」」」」

 

 

その地獄から響くような凄みのある声音を聞いた大天狗達は皆、了承しなければ自分の身が危ない事にいち早く気が付いた。

そして大天狗達は声を揃えてそう宣言すると、1秒でも早くこの空間から逃げ出しそうとして…天魔の計画を自分の部下へ連絡する為に部屋を飛び去っていった。

 

 

「流石紬ね…お陰で思いの外早く決着がついたわ…ってあれ?どこ行くのよ?」

 

 

「それはねー…萃香さんからこの山に2人の神を祀った神社が流れてきたって話を聞いたんだよ。…だから、協力を仰ぎに行ってこようかと思ってねー?」

 

 

妖怪の山の神社…つまり守矢神社の事だろう。確か今より少し前、いきなり神社がこの妖怪の山へ現る異変が起きていた。外の世界で信仰が薄れたために神社ごとこの幻想郷へと流れてきた2人の神。…成程、全て合点がいった。

 

 

「そう…確かあの神々のどちらかは大地を司っていたはずだし、協力して貰えれば作業も楽になりそうね…?あんまり脅しすぎるんじゃないわよ?」

 

「はい!大丈夫だよー…あの二人も霞ちゃんのためなら喜んで協力してくれると信じてるし?

それじゃあ、行ってくるねー?あ、萃香さんと勇儀さんはさっき渡した地図の場所へ移動しててねー?」

 

 

「分かってるって…んじゃあ時間あるなら萃香、ちょいと呑まないかい?久しぶりにさ!」

「お、それいいねぇ!んじゃあ紬?先行ってるよ!」

 

「それじゃあ私も行ってくるから、また後で会おう?」

 

 

2人の鬼はそのまま上機嫌で天魔の部屋を出ていくと、紬もその後を追って部屋を出ていった。すると、1人になった天魔の目の前の空間が突然裂けた。

 

「ちょっと天魔ッ!あの河童たち宿作りに対して俄然やる気になってくれたんだけど…なんか設計図の中に自爆スイッチとか光学迷彩ルームとか全自動マッサージチェアとか変なの混ぜ込んでるのよ!ちょっと来て頂戴!?」

 

「前者は置いといて後者は凄い気になるんだけど!?分かったから直ぐに連れてって!!」

 

 

技術を高める事を一族の誇りとする河童達は…やはり、この計画に食いついたようだ。さて…この面子で工事して、普通の温泉宿が出来上がるのかしら…?

 

 

一抹の不安を抱えながら、天魔は紫と共にスキマの中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

「おい、椛ッ!!」

 

そしてそれらの話し合いが行われた直ぐ後の事。いつもの様に懲戒任務をしていた椛の前に、上司の大天狗が突然現れた。

 

 

「…何の御用ですか?まだ仕事中なので、貴方と話すことなんてな

 

「おい椛!い、今まで悪かった!もうお前の事を見下したりしないから…だから天魔様には俺の事は何も書かないでくれッ!!本当に悪かったから…頼む…ッ!!それじゃあなッ!!!」

 

「…へ?」

 

いきなり謝罪してきた大天狗の男に対して、椛は疑問を浮かべていた。一体この男に何が…?返答を考える暇もなく、男はそのまま立ち去ってしまった。

 

 

…おかしい。あの男は散々自分が下っ端だからと見下して、何度もしつこく絡んできていた筈なのに…最後、逃げるように立ち去った男の表情は…恐怖の色で歪んでいた。

 

 

「まさか、天魔様になにかされたのかな…?」

 

そして椛はそこへ考えついた。天魔様の能力は自分も分からないが…あの天狗、よっぽど恐ろしい体験をしたらしい。しかし同情する気など毛頭ないし、自業自得だと思っている。

 

 

「ちょっと椛!急いでこっち来て!」

 

そんな事を考えていると背後から慌てた様子の同僚に話しかけられた。返事をする前に手を引かれた椛はそのまま引きずられていく…

 

「ちょッ!?いきなり何をーー…」

 

「なんかさっき上司が来たと思ったらいきなり謝ったのよ!訳わかんなかったんだけど、えらく慌てながら『今すぐ天狗は山の中腹に集合しろ…!』なんて言われたのよ!で、さっきそこへ行ったんだけど…お、鬼が居たのよ!」

 

「え?鬼…?確か鬼って、結構昔に地底へ行ったんじゃなかったっけ?」

「私もそう聞いてたわよ!?でも本当に見たんだもん!疑うのなら椛の能力で見てみなさいよ!ホントに鬼が2人居たんだから…私、これから別の子達にも伝えてくるから椛は先に行ってて頂戴!」

 

そう言って同僚は慌てて別の天狗の元へと飛び去っていった。半ば呆然としながらも、椛は言われた通りに能力を使ってみる事にした。

 

 

「…お、鬼って、本当かなぁ…確か中腹って言ってたから…この辺りかな…?」

 

 

椛が千里眼を使うと、妖怪の山の様々な風景が椛の瞼へと映される…そしてそれが中腹を映した瞬間。椛の視界に飛び込んできたのは大小揃った鬼の少女達だった。

 

 

( 嘘…?ホントに鬼がいる!?ど、どうしよう…?もし侵入者だったとしても、私なんかじゃ絶対に勝てな……いッ!?)

 

鬼の姿を確認した椛は焦っていた。鬼は天狗よりも上の存在であるため、天狗は基本的に逆らうことが出来ない。

妖怪の山の序列は完全な縦社会となっているため、自分ごときが対応した所でお話にならない…椛がそんな事をぐるぐると考えていた時。なぜか酒を呑んでいた小柄な鬼が椛の方へ振り返り、椛の両目とばっちり目が合った。

 

「え…?」

 

 

そしてその直後。その鬼は霧のように辺りへ霧散した。椛が驚きの声を上げた束の間に、椛の背後へと二本角の鬼の少女が現れた。

 

 

 

「なんかさっきから視線感じると思ったら…アンタが見てたのかい?見たところ白狼天狗みたいだけど……まぁ、折角だからちょいと酒にでも付き合って貰おうか?」

 

「えっ!?あの、ええっ!?」

 

椛はそのまま手を引かれてもう1人の鬼の元へと連れられていく…鬼の力は強く、椛の力では全く引き剥がすことが出来なかった。椛は心の中で泣きながらふと思い返す…

 

 

( あれ…?賢者様の時もこんな感じだったけど…私、どこかで呪われたのかな…?)

 

 

そんな事を思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

自分よりも小さな少女に連れられて来たのは大きな広場だった。あれ?昨日までこんなところに広場なんてあったっけ…?

 

 

すると自分よりも大きな鬼が椛へと近づいてくる…

 

「どこ行ってたのさ萃香?それにその天狗はどうしたんだい?」

「いやー…なんか遠くから視線感じてたんだけどねぇ?ちょっくらとっちめて来たんだよ」

「へぇ、ねぇ…そこのアンタ。名前は何て言うんだい?」

 

「は、はははいわ、私は白狼天狗の犬走椛で、す。あ、あの。決して敵意があったとか、そういうのじゃなくってその…」

 

 

目の前にいる2人は立っているだけなのにこちらが威圧される程の妖力をその身に纏っていた。

 

 

( こんなの追い払う所か、私が逆に潰されちゃうッ!?)

 

 

椛がこの先の展開を想像し、滝のような汗を流しながら身体を震わせていた時。

 

 

名前を聞いて、萃香の目が変わった。

 

 

「ん?犬走椛…?椛ねぇ……どっかで聞いたことある気がするんだよなー?…あッ!!そう言えば紫が言ってた天狗の名前が椛って言ってた!アンタ、紫と一緒に霞の温泉入ったんだって?」

 

「え、は、はい。一昨日、霞さんにはお会いしましたけど……どうしてその、賢者様が私の事を…?」

 

「なんだか紫がやたらと藍の耳と尻尾を見ては

『あぁ、やっぱり藍の尻尾のモフ度は危険だわ…ッ!藍でこれだとあの白狼天狗の椛って子に霞が出会ってしまったら大変な事に…ッ!?ど、どうしましょう!?』なんてぼやいてたんだよ…」

 

「へぇ…アンタ、賢者と霞の知り合いだったのかい?こりゃすまなかったね!てっきり敵かと思ってちょいと威圧してしまったよ!とりあえず座って話でもしようじゃないか?私は星熊勇儀…気軽に勇儀でいいよ?」

「あ、私は伊吹萃香だってモンだけど…あ、折角だから」

そう言って2人は纏っていた妖力を一瞬で霧散させて、椛へと名乗ると…2人共。手に持っていた盃と瓢箪を椛へと差し出した。

 

 

「これから霞が住む宿を作るんだけど、全員揃うまでまだ時間があるんだよ…ちょっとアンタも1杯やってかないかい?」

「お!そりゃあいいね!天狗と呑むのは…確か、カメラを片手に持って四天王について取材してきた…やたらとすばしっこい烏天狗以来だね?

あの天狗はその辺の鬼並みに酒に強かったけど、アンタはどうなんだい?」

 

 

「え、お、お酒ですか?あまり、得意とは言えないですね…」

 

質問に答えながら、椛はその烏天狗に心当たりがあった。幻想郷最速を自負しながらも新聞作りのため、各地でネタを探しに奔走している…1人の烏天狗の姿が。

 

( それってもしかしなくても文さんの事じゃ…!?鬼と呑み交わせるって普通に凄いんだけど…これ、もしかして私のハードルが上がってるッ!?)

 

 

「ん、まぁそれは置いといていいか。とりあえず天魔と紬が来るまで酒盛りだぁ!」

「さぁさぁアンタも呑むんだよ!!ホラホラ!」

「は、はいぃぃぃい!?」

 

 

 

…その酒盛りは椛が酔い潰れてダウンするまで続いたのだった。

 

 

 

 

 

 




誤字脱字の報告、ホント助かってます。
ありがとうございますm(_ _)m


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紬と早苗と守矢の神

もう20話ですね…


あ、まだまだ続きますよ?


「ふぅ…見たところ殆ど落ち葉は掃き終えたし…これで掃除は終わりかな?」

 

その日、東風谷早苗は日課として守矢神社の境内を掃除をしていた。天気のいい日にする掃除は楽しく、落ち葉を履き終えて綺麗になった境内を見ると心に達成感や充実感を感じていた。

 

早苗が幻想郷にやってきてからもうかなりの時間が流れていた。守矢神社は元々外の世界で昔からその土地を治めていた神を奉っている由緒ある神社だった。しかし時が流れるにつれて人々の信仰は段々と薄れてしまい…そして遂に、守矢神社の神へ向かっていた信仰心は殆ど消えてしまった。時代の流れに淘汰されてまったため、新たな転居地としてこの幻想郷を選んだのだがーーーーー

 

この世界、色々と常識から外れていた。

 

「今日はポカポカしていて気もちがいいですねー…こんな日はなんだか良いことが起こりそう…!」

 

早苗はそんな呑気な事を言いながらも竹箒を片付けると。昼食の準備をするために神社の中へと戻ろうとした。

 

「あのー…もしもし?そこの巫女さーん?少しお話してもいいですかー?」

 

その時、突然自分の背後から声がする…早苗が慌てて振り返った先には自分の胸元までしか背丈のない、見たことの無い小柄な鬼の少女が立っていた。

 

「あ、はい!守矢神社へようこそ!御用は何でしょうか?参拝はあちらの社から出来ますよ?」

 

「いや、今日は参拝が目的じゃあなくてねー?私、神奈子さんと諏訪子さんに用事があるんだけどー…会わせてもらっても構わないかなー?」

 

 

その直後、その鬼から発せられた重く、圧縮したかのような濃密な妖力を感じて早苗はその鬼の特異性に気が付いた。

 

 

(…ッ!?この鬼の子、多分とんでもなく強い…!一体どうして神奈子様と諏訪子様に…ッ!?)

 

 

 

その妖力はまるで早苗の身体にのしかかってくるかのように感じた。地面へと押し潰されるような早苗の身体はもう、指一本すら動かせなくなってしまう……返答しようにも喉からはひゅうひゅうと掠れた声を漏れるだけで、その鬼の問いに答えられない。

 

 

と、そんな時。その妖力をを感じ取ったのか、神社の中から金髪の小柄な少女と藍色の髪をした背丈の高い少女が飛び出してきた。

 

 

「そこの鬼!それ以上早苗に近づいたらタダじゃー……え?」

「なんだいこの妖気は…ッ早苗!今すぐ離れ……え?」

 

しかし2人はその存在を見て固まる。早苗は鬼が妖力を緩めたことを感じて駆けつけた2人の元へと素早く引き下がった。

 

 

 

「神奈子様!諏訪子様!この鬼は2人を狙って…え?」

 

 

早苗が2人へと警告した時、早苗の顔も固まってしまう…何故か突然、2人ら滝のような汗を身体中から滲ませてガタガタと震えだしたのだった。

 

「あ、そっちから出てきてくれたんだー…助かったよ。もう少しで神社ごと吹っ飛ばして強引に呼び出しちゃう所だったからー…?2人とも、お久しぶりだねぇー…?」

 

「つ、紬…ッ!?ど、どうしてアンタがここに…?けどいくらアンタが相手だからって、早苗を傷つけるつもりならタダじゃ置かないよ!?」

「そ、そうだよ!それに突然来て何いきなりシャレにならない事呟いてんのさッ!?普通に呼べばいいのに何でこんな重っ苦しい妖力垂れ流してるんだよッ馬鹿かおまッ!?」

 

「あ、それについてはゴメンなさい?どうやら勝手に妖力が零れてしまってたみたいなんだよねぇ?

…なんだか今日は久しぶりにカスミンを摂取したおかげか体の調子がすこぶる良くってね?だから意図して妖力を出したつもりは無いんだけどー…ついつい妖力が溢れてきちゃってー…はっ!もしかしてこれが愛のなせる技というやつかな!?それならとっても嬉しいね!遂に私もそこまで至ったのかー…何だか胸の内側が熱くなってきちゃうねー…これはもう、一刻も早く霞ちゃんのためのお家を建ててあげないといけないねぇ!!うふふふふふふふふふふふふふふ」

 

 

 

警戒しながらも守矢神社の神として、早苗を守るために2人は紬に対して神力を纏いながら対応する………が、紬はそんなものは全く気にせず今朝の出来事を思い返してはイヤンイヤンと身体をくねらせていた。

 

 

…見ている此方が思わず毒気を抜かれてしまった。

 

 

「そ、その…お二人のお知り合い…ですか?」

 

早苗は恐る恐る2人へと聞いてみる…自分の常識が全く通用しなさそうな鬼の少女を見て、早苗の頭は先程までの極度の緊張と現在のなんとも言えない空気を受けてぐちゃぐちゃにこんがらがってしまっていた。

 

「ああ…こいつはこの幻想郷で最強の鬼である鬼子母神…名前は紬って言うんだよ」

「き、鬼子母神様ですかッ!?こ、この女の子が…?」

 

 

 

早苗の目の前にいる紬の姿はどう見ても子供だった。子供のような口調…しかしよく見てみると纏う雰囲気は大人びており、更に胸は大きいと自負していた早苗よりも遥かに大きかった。先程は圧倒的な妖力に負けてしまって気づかなかったのだが、紬の容姿は愛らしく、そしてその中から雄大な母性を感じる…そんな温厚そうな出で立ちをしていた。

 

 

「私、あんまり鬼子母神って呼ばれるのは好きじゃないんだよねー?立場上仕方ないとは思ってるけどー…あ、そこの巫女さんには名乗ってなかったね!うっかりしてたよ!

私の名前は紬っていって…ただの温泉妖怪好きな鬼だよ?」

 

「あ、紬さんですね!えっと私はこの守矢神社で風祝をやっている東風谷早苗という者です…こ、これから宜しくお願いします!」

 

 

早苗は後半に疑問符を浮かべながらも精一杯の気持ちを込めて挨拶をした。

 

 

「で?一体私達に何の用だい?わざわざここまで来たってことは…何か、デカい事をやるんだろう?」

 

「あ!そうなんだよ!実は2人にも協力して欲しい事があるんだよねー!これから妖怪の森に、霞ちゃんが住むための温泉宿を作るんだけどね?それで『任せて!』

 

 

諏訪子が紬の言葉を遮って即決した。諏訪子は目をキラキラと輝かせながら口を開いて

 

 

「という事は霞もついに幻想郷に来たって事なんだねッ!?それはめでたい事じゃないかッ!こうしちゃいられない…さぁ神奈子!さっさと紬についてくよッ!!」

「ちょっと待ちなって!?あぁもう霞の名前聞いたらいつもこうなっちまうんだから…紬!今から支度をしてくるから、ちょいと待ってて貰えるかい?」

 

「大丈夫だよ?温泉宿はこれから作り始める予定だし…それじゃあその辺で待たせて貰うねー?」

 

 

そう言って紬は境内に座り込んでのんびりと鼻歌を唄い始める…早苗が目まぐるしく動く状況に翻弄されていると、諏訪子がクイクイと早苗の袖を引っ張っていた。

 

 

「早苗、もう緊張しなくても大丈夫だよ?…確かに紬を目の前にしてまともに妖力ぶつけられたら今は抵抗あるかもしれないけど…ま、霞さえ害さなきゃ紬は良い奴だとは思うから!…まぁ、考え方がかなーり極端だから、慣れが必要だけどね…」

 

「は、はい…かなり怖かったです…流石は幻想郷ですね…久しぶりにここでは常識が通用しないと感じましたよ…」

 

「うん、分かるよその気持ち!アタシも神奈子も紬と最初出会った時は腰抜かしちゃってたと思うし…早苗は頑張ってたと思うよ、うん。」

 

 

2人がそんな会話をしていると、そこへ紬が混ざってきた。

 

 

「初めて会った時の話かー…懐かしいねー?確か諏訪子さんの治める国へ私と霞ちゃんが立ち寄った時、神社へ着くやいなや諏訪子さんがいきなり攻撃してきたんだったよねー?」

 

「あ、あの時のことは水に流してくれよぅ!!仕方なかったって!急に強い妖力を感じたからてっきり妖怪が攻めてきたのかと思って…」

 

「そ、そんな事があったんですか!?…って、あの、それなら一体、鬼子母神様はおいくつなんでしょうか…?」

 

 

諏訪子様が治めていた国…神社の歴史を綴った書物の中に書いてあったと思うけれど…確か、数千年前だった筈。その頃から生きている妖怪はそう居ないが…どれも大妖怪ばかりだった。

 

 

「うーん…歳なんて数えたことがないから分かんないなー…それに霞ちゃんに出会うまでのことなんてどうでもいいし、すっかり忘れちゃったね!」

 

 

 

この少女、偉くバッサリとした性格らしい。

 

「そういや霞はどうしたんだい?昔はあんなにべったり引っ付いてたのに…」

 

「昔はカスミンが無かったから、今以上に引っ付かないといけなかったんだよねー…あ、霞ちゃんなら今は紅魔館にいるよ?」

 

 

「げっ…紅魔館かい?あそこはやたらプライドの高い吸血鬼がいるって聞いてたんだけど…あ、でも霞なら吸血鬼に会いにいっちゃうかー…それならこの幻想郷にも、すぐさま吸血鬼の存在が馴染みそうだねぇ?」

 

「そうだねー…今朝レミリアさんやフランさんには会ったんだけどー…もう霞ちゃんに懐いてたね。こう、べったりと?」

 

「何だって!?あの吸血鬼をもう手懐けちゃったのかい!?全く、霞ったら手が早いんだから…それに、あの吸血鬼に妹なんていたんだねぇ…ある意味流石は霞だよ。

…けどこのままだと、倍率ばっかり高くなっちゃうんじゃないかい?」

 

そんな諏訪湖の問いかけに、紬は笑顔で答える。

 

「えーっとねー…誰とでも仲良くなれるのが霞ちゃんの良いところなんだよねー?

それに、私的には倍率が増えるのは良いことだと思ってるしー…そしたらみーんなが霞ちゃんの事を必要としているのが一目瞭然だからね!あの鈍感な霞ちゃんだって分かりやすいよ!」

 

「へぇー…紬はホント懐が深いよね?霞を自分で独り占めとかしたいとか、そんな風には思わないのかい?」

 

「んー…私はもう、霞ちゃんから離れる気なんて全然、サラサラ、全くないし?

だから霞ちゃんがこれから先、誰とどれだけ仲良くなっても問題ないよ?あ、諏訪子さんも勿論大丈夫だよ?どんどん引っ付いて甘えて大丈夫だからね?」

 

「そ、それについてはまぁ、考えとくよ…でも思い返せば確かにそうだね…霞ったら能力がアレだから、もし身を固めたとしても…みーんな気にせずにグイグイ来そうで…って、ということは!?」

 

 

早苗は話に入り込めない。何故ならこの二人の会話にはひっきりなしに「霞」という単語が入るからだ。話を要所要所聞きかじっていた早苗には何の話をしているのかが分からなかった。

 

( 霞ちゃん…?女性の方かな…?)

そんな事を考えていた時守矢神社に諏訪子の声が響いた。

 

 

「それならまた霞の温泉にも入れるってことじゃないかッ!!!」

 

 

「アレまた入りたいと思ってたんだよねー!やっぱ他の温泉より気持ちよさが段違いだったよ!あ、早苗も入ってみないかい?霞って温泉湧かせる能力を持ってるんだけど……ありゃとんでもないよ?」

 

「お、温泉ですか?うーん…確かに外の世界では何度か入りましたけど、ここにはあまり温泉がありませんし…可能なら、入りたいですね?」

 

「よーっしそれなら霞と出会ったら皆で入ろうか!約束だよ!」

 

「はい!喜んでご一緒させてもらいます!」

 

 

 

よく分から無いけれど…温泉に興味のある早苗は特に何も考えないままその提案を受け入れた。

 

 

「あーそれは良いですねー…あ、それでは温泉宿完成の暁には皆さんで宴会をしましょうか?」

「それ賛成だよ!よーっしなんだかやる気が湧いてきたーッ!!!神奈子はまだなのッ!?いつも遅いよ大して用意が必要な訳でもないのにぃ!!」

 

 

そんな話をしていると、神奈子が出てきた。

 

 

「お待たせ…全く、諏訪子の声が神社の中まで丸聞こえだったよ…で、場所は何処なんだい?」

 

「えっと…妖怪の山の中腹辺りになるんだけどー…ここに来る前にその場所の木々は取り除いておいたし、かなり目立つと思うから…すぐに分かると思いますよー?それじゃあ行きますかー!」

 

それを聞いて三人は山を見渡してみる…と、森の中に1箇所。完全に木々が消えて地面が見えている広場が目に飛び込んできた。

 

 

「お、おい紬!?あんなの勝手にやったら天魔のやつにどやされるよ!?」

 

「あ、それなら大丈夫だよ?椿ちゃんからあの周辺は自由にしていいって許可は貰ってるからねー…さぁ行こう?」

 

 

「えぇ!?私たち、この神社の許可とるの結構大変だったのに!?何でさ!?」

「そりゃ神奈子がいきなり信仰しろって天魔の家まで詰めかけたからでしょ…やっぱ馬鹿なの?流石は軍神(笑)サマですね?もしかして脳ミソまで筋肉で出来てるの?」

「酷いッ!?」

 

 

口喧嘩を始める諏訪子と神奈子。そしてその後ろにいるのがー…

 

 

 

「ちょ、というか皆さん歩くの早すぎないですか!?ま、待ってくださいよーーッ!!!」

 

 

天魔の許可や広大な土地の伐採を簡単にこなした事をサラリと言った紬は、そう言って広場めがけて一直線に歩き出した。その歩調は普通に歩いているように見えるのに何故かやたらと早く、3人それを追いかけるために走りだした。

 

 

 

早苗は、勿論バテた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紫ー?そろそろ紬が言ってた時間だけど?私、遅れたら紬にエライ目あわされちゃうから早く行きたいんだけど?」

 

「全く…分かったわよ、取り敢えず設計図はこれでいいわ。あ、勝手な機能つけるのは許さないからね!それじゃあ急いで広場へ移動するわよ!」

 

 

そう言って河童の集落から紫と天魔。そして腕利きの職人河童たちが妖怪の山の中腹…もとい、広場へとスキマを使って移動した。するとそこにはチラホラと集まっている大天狗や烏天狗…そしてその先で酒を呑む2人の鬼と、顔を真っ赤に染めてぶっ倒れている白狼天狗の姿が見えた。

 

 

「ちょっと勇儀!それに萃香はいつ来たのよ!?貴方達何勝手に酒なんか飲んで…ってその天狗って椛じゃないの!?何やってるのよおバカ!!!アンタ達これから作業するのに何で酒飲んで酔っ払ってんのよ!?」

 

 

椛は顔を真っ赤にして倒れている……かなり飲まされたのか完全に酔っているようだった。

 

 

「あ、紫に天魔じゃん!遅かったねぇ?いやー…ただ待つのもなんかつまんなくてね?久しぶりの旧友に会えたもんだからつい…?あははははは!!!」

「紫ィ!私を除け者にするのは許さないよッ!それにこの白狼天狗、ずるいんだよ!?もう霞の湯に2回も入ったなんて言うもんだからさー…つい一気飲みさせちゃったよ! 」

 

「鬼の酒一気飲みさせるとか、何をトチ狂ったことさせてるのよアンタ達は!!」

 

「椛のやつ…可哀想に。これだと使い物にならないじゃない…少し休ませとくべきよね…?」

 

「ホント勝手な事してるんだから…こんなの紬に見られたらどうなっ『呼びましたかー?』…て?」

 

 

 

その一言に紫の表情は凍りつく…ただ一言聞こえただけなのに、まるで時間が止まったかのように…誰もが固まってしまった。冷たく重い、そんな声を聞いた萃香と勇儀の酔いは…一気に冷めてしまった。

 

 

 

「何だか騒いでいたから急いで戻ってきたんだけどー…萃香さーん?勇儀さーん?…どうしてこんな事になってるのか、詳しく、説明してもらえるかなぁー?」

 

 

一瞬で2人の背後へ立った紬は2人の肩に手を置く…そして徐々に力を込め始めた。

 

 

「ちょ、痛い!?ご、ごめんって痛たたたたたた!!!肩がッ!肩が砕けるうううううううううッ!?!?!?」

「わ、悪かったって痛いッ!?ほ、本当にゴメンなさッ痛たたあぎゃああああああああああッ!?!?!?」

 

 

 

山の四天王として恐れられていた伊吹萃香に星熊勇儀。まともに戦えば命がいくつあっても足りない相手のはずなのに…そんな2人が痛みに悶絶している姿は、かなりの恐怖としてその場に居た天狗や河童たちの心に強く刻み込まれた。

 

 

 

「まぁ謝罪はそれくらいにしますか。…それじゃあ、お仕置きだね?」

 

 

 

「「ヒィッ!?!?」」

2人はお互いの肩を抱きしめ合い、震えている…

 

 

 

「それじゃあ『ぶっ飛び霞ちゃん』と『ぐりぐり霞ちゃん』のどちらか選んでね?お仕置きは各自、選んだ方にするからさー…」

 

 

 

 

「「何それッ!?」」

 

 

 

聞いたこともないお仕置きに2人は青ざめる…しかし受けなければ何も始まらないため、勇儀が覚悟を決めた。

 

 

 

「なら私は『ぶっ飛び霞ちゃん』で…!」

「ゆ、勇儀がそれなら…私は『ぐりぐり霞ちゃん』の方を…?」

 

 

「わかったよ!それじゃあ勇儀さんはそこに立ってねー…いくよー…そー、れッ!?」

 

 

「げふぅ!?」

 

 

ドガシャーン

 

 

紬は肩を後ろへと引き絞った後、少し跳ね上がりながら可愛らしい掛け声とは裏腹な威力の篭った拳を…勇儀の脳天へと振り下ろした。

勇儀はそのまま地面に頭をめり込ませて気絶してしまったらしく、ピクピクと四肢を痙攣させていた。隣で起こった惨劇に萃香が息を飲み込む……その瞬間、紬に頭を両腕で掴まれた。

 

 

「それじゃあ萃香さんのお仕置きも始めるねー?」

 

 

 

…そのまま萃香と比べると雲泥の差の豊満な胸へと萃香を誘うと、ガッチリと固定し…そのまま締め付け始めた。

 

 

 

「~~~~~~~!?!?!?」

 

甘い香りが顔中に広がり、柔らかい感触を感じたのは一瞬だけだった。そこからは呼吸の出来ない時間が始まって……脱出しようにも万力の如き力で固定されている手は、萃香の力でさえ外せない。そして次第に酸欠によって抵抗する力を失った萃香は…そのまま意識を失ってしまったのだった。

 

 

 

「ふぅ…お仕置き、完了だねー…?」

 

 

 

そう言った後、崩れ落ちた萃香を見た天狗や河童達は震え上がった。今目の前で起こった惨劇を、現実だと認めたくない…皆が、そう思っていた。

 

 

「紬、流石にやりすぎでしょ…皆、固まってしまってるじゃないの…」

「えー?そんなに力は込めてなかったんだけど…それなら仕方ないねー…?はい!それじゃあ皆?張り切って温泉宿……つ く ろ う ね ?」

 

 

 

「「「「「「了解しましたァァァァァァァァァァッ!!!!!」」」」」」

 

 

こうして、温泉宿作りは鬼の犠牲と天狗と河童の悲鳴の様な叫び声と共に。始まったのだった…

 



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魔女と治療と未知の物質

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(;つд⊂)ゴシゴシ
( ゚д゚) 夢じゃなかった

ヤッタ━ヽ(*´Д`*)ノ━ァ!!



「…あ、入る前に脱がないといけないわね。」

新しい温泉へはいろうとしたパチュリーはそう思い寝巻き代わりの緩めの服を脱いでいった。袖から腕を引き抜いて残りは脱ぐだけ…といったことろで一旦、霞の方を見る。…が、こちら等眼中に無くどうやら初めての寝風呂に興味津々の様だった。

 

( これ、言い出したのは私なんだけど…裸で男の隣に寝るなんて、レベルが高すぎないかしら…ッ!?)

 

パチュリーの視線の先では、ベッドサイズの大きさの湯に霞が寝転がっていた。パチュリーのベッドはそれなりに大きく、2人程度なら肩を合わせれば寝られる程度の大きさはあった。

 

…だからといって、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 

( 霞が浸かっている間は癒す効果が上がってるってフランや霞も言ってたんだし…私だって治療してもらう身なんだから、覚悟を決めるしかないわね…)

 

パチュリーは手にかけていた服を、一息の間に脱いだ。そして下着もその勢いで脱ぎ、洋服で身体を隠しながらも平静を装いながら霞の元へと向かった。

 

 

「霞…?隣、いいかしら?」

「あぁ、すまない…新しい温泉に少し浮かれていたみたいだ…パチュリーも、緩りと身体の疲れを癒してくれて構わないよ?」

 

そういって起き上がった霞の横へとうつ伏せになって寝転がる…と、羽衣を枕代わりとして霞が差し出してくれた。羽衣は水に浮いていて、更にキメ細やかでふんわりとしていた…とても心地良い。

 

「どうかな?寝転がってみると半身だけが暖まる感じになってるけど…」

 

「ええ、気持ちいいわよ…?なんだか体の芯からじんわりと温められる感じがして…これ、とても心地いいわ…」

 

「それなら良かったよ…近々私のために温泉宿が作られるんだけど、温泉の数は多い方が良いと思っていてね…?

ふむ、おいおいこの事にも、考えておかないと…」

 

「あら?昨日は温泉宿の経営なんてやらないって私の提案を断ったのに、一体どういう風の吹き回しかしら?」

 

「…今朝、いきなり紅魔館へ昔の友人が来てね?それでかなり、怒られたんだよ。ちゃんと帰ってくる場所を作って下さいってね…」

 

「へぇ…それは随分と愛されてるわね…その人、口調からして女性よね?一体どんな人なのかしら?」

 

すると霞は少し考え込み、何かを思い出しながら答えた。

 

「うーん…まぁ、傍から見ればけっこう変わってる妖怪だと思うよ。紫に存在自体が非常識なんて言われてたしね。けど、実際は思いやりもちゃんと持っているし、他人の孤独に気づいて癒せる…そんな鬼の女の子だよ。

…あ、鬼子母神って言えば分かるかい?」

 

(…鬼子母神…?確か、何かの本で読んだわね………って、確か、鬼子母神って鬼のトップじゃない…!?何で霞はそんな妖怪と、知り合い以上の関係なのよ!?)

 

「ちょっと、待ってくれないかしら…どういう経緯があったら、そんな妖怪がここにくるのよ…?」

 

「…こんな私に、わざわざ会いに来てくれたんだよ。それで殴って、締めて、許して…カスミンとやらを補給した後、こんな私の為に宿を作りに行ったよ。

本当に、頭が上がら無いね…」

 

何故か急に声のトーンが落ちた霞を見て、パチュリーは質問せずには居られなかった。

 

「あの…ちょっと待って?え、カスミンって、何?」

 

「ああ、やっぱり気になるかい?…私にも、詳しい事はわからないけれど…紬が言っていたのは

『え?カスミンとは何かって?カスミンはねー…霞ちゃんから流れてる、第6の栄養素なんだよ!!それを摂取すると辛い時や悲しい時なんかにふと、霞ちゃんの顔を思い出すんだよー?そしたら胸がぽかぽかして暖かくなって…幸せな気分になれるんだー…

そんな、霞ちゃんの事が大好きな人にとっては嬉しい、幻の栄養素の事なんだよー?』…だとさ?」

 

 

あまりにも突飛な発言で言葉が出てこない。しかし聞き逃さない単語があったため、パチュリーはそこを詳しく聞こうとする…

 

 

「ええ、何となく察したわ…けれど、本当にそんな物質があるの?にわかには信じられないんだけど…」

 

パチュリーはうつ伏せの、状態のまま、自分の胸に手を当てて触れる…そこにはむにゅんとしたサイズの果実があるのだが、重要なのはそこではない。今、パチュリーは温泉に入っている以外の要因によって……胸の奥がじんわりと温められていたのだった。

 

 

(…まさか、これがカスミン?の効果なのかしら…?昨日からずっと胸の辺りがポカポカとしてるし…発作も起きない。

…これは研究者として、確かめないとね…!!)

 

 

「…自分としてはオススメはしないよ?これは椿…あ、天魔と鬼子母神が協力して創り出した、架空の物質らしいからね…」

 

 

「…?それってどういう事?それに天魔と鬼子母神の協力って…」

 

「まぁ…簡単に言うと、天魔の『力を霧散させる程度の能力』を使って、私の能力を永続的に私の周りへと散りばめるんだよ。そこに鬼子母神の『取り込む程度の能力』を応用して、私の能力の残滓を身体へと流れ込むようにした…

まぁ、2人の能力の応用で合作した自然界には存在しない…私特有の物質ってことになるのかな?」

 

 

 

パチュリーは思考をフル回転させながら考え始めた。説明を聞く限り、パチュリーには何でそんな事が出来るのかが理解できなかったからだ。

対象から霧散させた能力を更に操り、それを別の対象が取り込めるようにするなんて…難易度が馬鹿げている。霧散した能力を全て意のままに操る程の繊細な技術が無ければ、到底出来ない神業だった。

 

 

「嘘でしょ…?そんな事、一体どれだけの労力が必要なのよ…?」

 

「…うん。私自身、満面の笑みを浮かべた紬から

 

『霞ちゃん!長年の研究が実って遂に、完成したんだよー?どう?これ、カスミンが自動で作れる万能浴衣!!

…まぁ本物のカスミンよりかは少し効能が落ちちゃうんだけどね?どうぞ着てみてよ!多分成功してるから…あ、代わりに今着ている浴衣は私が貰っとくねー?』

 

そんな事を言われたんだけど…あの時は苦笑いする事しか出来なかったなぁ…」

 

 

「…その浴衣、そんな効果があったのね…成程。こあが言っていた貴方から発せられる癒される空気の正体は、貴方の癒しの能力が霧散され、空気中で周りへと流れていたから…そういう事なのね?

…というより、その言葉で紬って人がどんな妖怪なのかが理解できたわ…」

 

 

紬という妖怪は酷く、霞にご執心らしい…それにそのカスミンとやらを発生させる浴衣なんて、世界一無駄な研究じゃないの…?

 

 

そんな事を思う反面、やはり魔法の研究をしている身としては今の発言には大いに興味があった。未知の物質を創り出し、さらにそれを使った道具まで作ってしまうなんて…パチュリーはその事に、とても心を惹かれていた。

 

 

「カスミン…それって私も摂取出来るのかしら?」

 

 

そうパチュリーが問いかけた時、霞は若干驚いた目をしていた。まさか、自分が直接カスミンとやらを摂取したいと言い出すとは思ってなかったのだろう…

 

「まぁ…流そうと思えば流せるけど……パチュリー?これ、本当に受けてみたいのかい?オススメはしないって言っただろう…?」

 

「ええ…けれど私も一端の魔女として、実に興味があるの。…お願い出来ないかしら…?」

 

「…そこまで言うなら…まぁ、仕方ないね。じゃあ今から流していくから…私の前へ座って、胸を私の腕へと密着させてくれないかい?」

 

「えぇ分かってー……胸?」

 

 

パチュリーの動きが固まった。じわじわと顔が赤く染まって行く中、霞は口を開くと

 

 

「『カスミンはねー?霞ちゃんの腕からこう、直接胸の中へと吸収される仕組みになっているんだよー?これなら私は霞ちゃんに触れられて幸せ。そして胸を触られることで更に幸せ倍増だね!

ということでさぁ!ドンと来ても大丈夫だよー?』

 

…流石に恥ずかしいだろう?私自身、これは進んでやる事じゃ無いと思ってるぐらいだしね……やっぱり止めておくかい?」

 

 

そんな霞を見て、パチュリーは深呼吸をする……そして色々と決意した目をしながら霞の前へと起き上がった。

 

そんな事をすれば全身を見られてしまうが……パチュリーは生まれた時から生粋の魔法使いだ。その為に今まで読書と研究に興味と熱を注ぎ込んで、お洒落や美容など。色々な物を棄ててきたのだ……だから、今更だ。恥くらい、潔く棄ててしまおう。

 

 

 

「私は大丈夫だから…どうぞ触って、カスミン…流して頂戴?別に、胸に触られるだけならレミィに

『どうしてパチェは私より大きいのよ!ずるいっ!咲夜も美鈴も私より大きいし…どうしてなのよーッ!!』

なんて言って揉まれたことだってあるし……それに、これは実験。

そう、実験だから何も問題なんて無いでしょう?」

 

 

顔を赤く染めながらもそう言ったパチュリーを見て、遂に霞の方が折れたのだった。

 

 

「…分かったよ。それじゃあ触るけど……紬や天魔曰く、取り込みすぎると身体が大変なことになるらしいから………気をつけるんだよ?」

 

「…?それって一体…ッひゃ!?」

 

霞の手がパチュリーの胸の間へと触れられる…レミリアとは全く違う大きい手の感触を感じたその瞬間、パチュリーの胸の中へと暖かい何かが流れ込んできた。それは胸から全身へと流れ込んで…身体に甘い快感と心地よさを与えていった。

 

 

「…!?ちょ…ッ…待っ!…こ、こんなの…知らない…ッ…ひゃ、あ、ああっ!も、もう…そ、それ以上は、だ、ダメッ……ひゃああッ!?」

 

 

口から、自分が今までに出したことも無いような声が漏れる…顔を真っ赤に染めながら身体をよじるパチュリーを見た霞は、何かを察して胸から手を離した。するとパチュリーはそのまま崩れ落ち、湯船へと仰向けに倒れ込んでしまう…

 

 

「…パチュリー、大丈夫かい?」

「え、えぇ…………大丈夫…よ……」

 

 

息も絶え絶えにそう言ったパチュリーから、霞は目を逸らした。そして温泉から上がってパチュリーを持ち上げるとベッドへと寝かせた。

 

(こ、これって本に書いてたお姫様抱っこってやつかしら…?)

 

若干鼓動を早くしながらもそんな事を考えていたパチュリーに対して、霞は…

 

「うーん…どうやら少し、休憩した方が良さそうだね?ああ、この温泉は残しておくから…後々、使い続けた感想を貰えるとありがたいよ」

 

 

「そ、そうして頂戴……ちょ、ちょっと。今の私は見ないで…」

 

 

「ああ、分かってるから…タオルは準備してるみたいだし、羽衣は必要無さそうだね。それじゃあ…また次の機会は、普通に入ってくれるとありがたいかな…?」

 

「ええ…そうさせてもらうわ…また会いましょう…?」

 

 

 

そう言って霞は手を振りながらパチュリーの部屋を出ていった。パチュリーは力の入らない身体に鞭を打って起き上がると素早く身体を拭く……そしてベッドへと倒れ込んだ。

 

暫く横になっていても身体の火照りは中々収まらなかった。そんな中ふと、最後の瞬間。霞が自分の身体から目を離したことを思い出した。

 

 

 

「そう言えばあの時…私、腰が抜けそうになってそのまま後ろへ倒れ込んじゃったけど……もう、色々と見られちゃったわね……」

 

最早弁明など出来ないほどに、ガッツリと自分の身体は隅から隅まで見られてしまったに違いないだろう……パチュリーは先程までの考えを改めると

 

 

 

「やっぱり…乙女として、恥は重要だったわね……けど、恥ずかしいハズなのに、そんなに不快感は無かったのよね……ダメね、これ。重症だわ…」

 

自分の浅はかな行動を後悔しつつも、胸の奥からパチュリーの心を温め続ける存在に気づいてしまった。それは喘息持ちで体力の無いパチュリーの身体を癒し続けているのか、永続的に胸を温め続ける…そしてその心地よさから段々と眠くなってきたパチュリー…

 

 

 

「取り敢えず…取り込みすぎると大変なことになるのは実感出来たし……これからは、気をつけ…ないと…………すぅ……」

 

 

そのまま眠ってしまったパチュリー。紅茶を部屋に持ってきた小悪魔がパチュリーの部屋に入った際、裸で寝ている所を見られてその後盛大にいじられてしまうのだが……そんな事は今、気にしていられなかった。

 

 

 

 

霞は大図書館へと戻って小悪魔に幻想郷の土地の本の場所を聞いていた。すると本と共に、幻想郷で起きたことを纏めている新聞をオススメされていた。

 

「これ、結構わかりやすく書いてあってですねー…幻想郷中のいろんな出来事を書いてますから、面白いですよ?」

「へぇ…それは良さそうだね。ちょっと見せて貰えるかい?」

「はい、これです!どうぞどうぞ!」」

 

 

霞がその新聞を受け取った瞬間。突然大きな音を立てて大図書館の窓を誰かがぶち破ってきた。慌ててそちらを振り向くと、それは箒に跨る1人の魔法使いの少女だった。

 

 

「おーいパチュリーいるかー?せっかく全部持ってきてやったんだからさっさと出てこーー…お、霞じゃないか!」

 

「ああ、昨日ぶりだね…魔理沙。けど窓を割って入って来るのはいけないことなんじゃないか?」

 

「そんな事言うなって!なにせ量が多いもんだから持ってくるの大変だったんだぜ?」

 

魔理沙の箒には大量の本が積まれていた。それはよくこんなにも盗んでいったものだと逆に霞は感心してしまう程だった。

 

 

「ほら小悪魔?折角本が返してもらえたんだ……ポカンとしてないで、さっさと元の場所に戻してこないとね?」

 

「ええっ!?それって私の仕事多すぎませんか!?ひーん…けど、今日の私は昨日の温泉のおかげで身体が軽いですからね!やってやろうじゃありませんかッ!」

 

 

やる気になった小悪魔を見ていた魔理沙が驚いた様子で小悪魔へと問いかけた。

 

 

 

「え?お前…霞と一緒に風呂はいったのかよ?」

「え?えぇ…パチュリー様と一緒に入りましたけど…?それがどうしたんですか?」

 

「お、お前昨日散々私のこといかがわしいとか言ってたくせに自分はもっといかがわしい事してんじゃねーかッ!?ハッ!こいつはとんだ助平が身近に居たもんだなぁ!?」

 

「ち、違いますよッ!他の男の人となんて一緒に風呂になんて入るわけないでしょうッ!?か、霞さんだから特別なんです!例外なんです!霞さんだから良いんですよッ!!!」

 

顔を真っ赤にしてそう言った小悪魔を見た魔理沙は心底驚いていた。

実は昨日、気晴らしに博麗神社へ行った際に霊夢に聞いてみたのだが……既に、霞と風呂に入っていた。

 

 

(ど、どうなってんだ!?これは流石におかしいだろ!?)

 

混乱していた魔理沙へ霞はゆったりとした声で

 

 

「小悪魔?その言葉はありがたいんだけど…図書館では静かにね?一旦、冷静になった方がいいんじゃないか?…それに、魔理沙も小悪魔の仕事を手伝っていくといい……何、反省の証って事にすればいいさ」

 

「そ、そうですね…冷静に…冷静に…そ、それじゃあ魔理沙さん?今から本を戻しますので…ついて来てくださいね?」

「わ、わかったんだぜ…おい霞!後で詳しく聞かせてもらうからな!?」

 

「分かってるから…頑張っておいで?」

 

そう言って2人は本の片付けへと向かった。

 

 

 

それを見届けた霞は手に取っていた新聞に目を通す…その新聞は小悪魔の言っていた通りで中々の完成度のようで、ネタは新しく、内容も面白い……まぁ、ちょっとゴシップ記事が多い気もするけれど

 

 

「天狗が新聞を作っていたのは聞いたことがあったけれど…中々レベルが高いんだねぇ…これは誰が書いたんだろうか…?」

 

 

霞が新聞の名前を確認してみると、そこには「文々。新聞」と書かれていた。著者名は…『清く正しい射命丸』

 

 

 

…懐かしい名前だ。

 

 

そんな事を思いながら、霞は小悪魔と魔理沙が全ての本を戻し終えてヘロヘロになって戻ってくるまでの間。ゆっくりと読書に勤しんだのだった。

 

 




これから頑張って書いていこうと思う反面
気温差と睡眠不足で体調崩してしまいました…
更新遅れるかもしれないッス


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料理と褒美と隠し味

誤字報告、感謝しておりますm(_ _)m

書き終わった直後の見直しなんて
全然アテになりませんね…反省反省。


「ねーねーお姉様!このおにぎり上手にできてるかな?」

 

「ん、どれかしら…あ、これね?うん、形も綺麗だし…凄いじゃない!文句の付け所がない最高のおにぎりよ!」

 

「えへへへ…そうかなぁ?私にもお料理って出来るんだね!これ、お姉様も食べたいと思う?」

 

「勿論食べたいに決まってるじゃない!フランが作ったなら絶対美味しいわよ!」

 

「じゃあ1つ食べてみて?はいこれ!中身はなーんだ?」

 

「いいの?…なら頂こうかしら。それじゃあこれを…あむ」

 

そう言ってレミリアはフランの作ったおにぎりを口に含む…その瞬間。

 

レミリアは、真理を知った。

 

「美味しぃぃぃぃぃぃいぃぃぃい!!!!!」

 

口に入れた瞬間、ほろりと崩れるお米と絶妙なバランスの塩加減。中に入っていたのは梅干しの様だが…酸味が食欲を刺激して、いくらでも食べられる気がする…ッ…!!

 

これ、私が作ったのより絶対美味しい。

 

「こ、これ物凄く美味しいわよ!?あまりにも美味しいからつい叫んじゃったじゃない!!こんなおにぎり、どうやって作ったのよ?」

 

「え?咲夜が作ってるのも見て真似したんだけど…あ、でも隠し味は入れたよ!お姉様分かる?」

 

「え、か、隠し味…?えっと…梅干しと塩と…え!?他に何か入れたの…!?クッ、これならもっと味わって食べれば良かったわ…ッ…!!!私のバカッ!!大バカァッ!!!」

 

「お、お姉様しっかりして!?そこまで考えなくてもいいよ!?…それにお姉様や咲夜だっておにぎり上手だし……私ももっとお料理出来るようになりたいなぁ…」

 

「わ、私はフランよりちょっと経験があるだけで、そんなに多くの料理は作れないわ…それにおにぎりはフランの方が美味しいでしょうし、咲夜の料理はもう。別次元だから…」

 

「だよねー…私、初めて咲夜が料理してる姿見たけど…あんな風に作ったんだ…とっても早いよねぇー…」

 

 

「…………」シュババババ

 

レミリアとフランはおにぎりを作りながらも目線を厨房の奥へと向ける……その先ではまるで、機械の様に高速でおにぎりを握り続ける咲夜の姿があった。

 

「そう言えばお姉様?私たちって日が沈んだ後に工事に参加するから晩御飯作ってるけど…一体どれくらいの妖怪が参加してるのかな?鬼ってとっても強いんでしょ?」

 

「そうね…けど、鬼子母神が連れてくるんだから相当強くて頼りになるやつなんじゃない?」

 

「そうだよね!それにもう1人の天魔?って人は天狗の中で1番偉いんでしょ?だったら沢山の天狗がそこに居るんだろうねーー……

 

お姉様、私って…また、怖がられたりするのかな…?」

 

「……ッ!!」

 

フランは外出を一切していない。そのため幻想郷にいる存在の中で、フランドール・スカーレットの姿を見たものは紅霧異変を起こした時にやってきた霊夢と魔理沙や八雲紫など極小数しか居なかった。

 

しかし紅魔館には気が触れた吸血鬼が居るといった噂は廻っていたため、その姿を知らない妖怪がほとんどだった。フランはそこがずっと気がかりに思っていた…

 

ただでさえ悪趣味な館に住んでいる厄介な連中…そう思われている紅魔館の妖怪達が、妖怪の中でも特に排他的な種族の天狗と仲良くなることなんてできるのだろうか…?

 

そんなフランを見たレミリアは握っていたおにぎりを一旦置いて、フランの手をそっと握りしめた。フランがいきなり包まれた手に驚いていると、レミリアは力強くそれに応えた。

 

「フラン、大丈夫だから。例え何があってたとしても…誰にも、貴方を傷つけさせたりなんてしない。私はそう誓ったの…だから、私が絶対にフランを妖怪達の輪の中に入れてみせるから!安心してお姉ちゃんに全部任せなさい!!」

 

レミリアは変わった。以前のように自分のプライドが傷つかないよう、誰彼構わず最初は高圧的に出る事を止めると決めていた。フランがこの幻想郷に溶け込めるように、馴染めるように。そしてフランが1番欲していた「違う種族の友達」が出来るように。

 

そのためなら他の種族の妖怪にだって頭を下げる事も厭わない。何故ならレミリアの中で1番己のプライドを傷付ける行為は…「フランを幸せを守り通す」

そう誓った決意を濁らせる、浅慮だから。

 

全身全霊で自分の事を守ると言ってくれたレミリアを見て、フランの心から不安は消え去っていった。

 

「お、お姉様……うん、そうだよね…いつまでもうじうじしてちゃダメだよね?…よし!私も精一杯仲良くなれるように頑張る!だからお姉様も…一緒に頑張ろうね!」

 

「その意気よフラン!やっぱり貴方は最高の妹だわ……そう言えばフラン?貴方、なんだか随分と前向きになったわね…?…やっぱり、霞のせいなのかしら?」

 

実に嬉しい変化だけれども、フランも昔とは違っていた。短期間でここまでフランが変わった理由…それがレミリアには霞としか考えられなかった。

 

「うーん…そうかな?確かにちょっと前までは誰かと話すのとか、友達になることなんてぜーんぶ諦めてたんだけど…今は辛いことなんかを考えると、なんだか胸がぽかぽかしてくるの。そしたらまた頑張ろうって気持ちが湧いてくるの!!えへへ……これって、霞のおかげなのかなぁ?」

 

手を顔に当てて幸せそうに笑うフランを見て、レミリアは納得した。心がぽかぽか…言い得て妙だ。何故ならレミリアの心もまた、何かによって暖かな気持ちを感じていたのだった。

 

「…ホントに霞って、変わってるわよね…人の心に取り入るのが上手いというか、やたらと世話を焼きたがるというか…」

 

「私も霞のおかげで救われたけど…けど霞、私と話していた時にね?自分も孤独の寂しさや虚しさなんかを知ってるって言ってたんだけど……どうして孤独なんて感じたんだろ…?ここに来てからはいっつも周りに人がいるのにね?」

 

そう話していた時、話に咲夜が割り込んできた。どうやらおにぎりは既に握り終えてしまったらしく、厨房のテーブルにはズラリとおにぎりが並んでいた。

 

……何このメイド有能すぎる!?

 

「その事なのですが…今朝、霞様から聞いた限りでは…鬼子母神様と出会った時に何か色々とあったらしいですよ?」

 

「…色々ってどういう事よ?」

 

「実は、その話になるまでは鬼子母神様のことを微笑みながら話してくれたのですが…そこで少し暗い顔を見せたかと思ったら、そのまま話を切り上げてしまったんです…」

 

「…?そうなの?私の前では結構色んなことを話してたんだけど…」

 

「うーん…霞がね?昨日話してくれた中で、色々な妖怪と友達になった事やとか幻想郷に来た理由なんかを教えてくれたんだけど…霞は幻想郷に来るまで独りで数百年も過ごしてたから、私みたいな子は見逃せないって言ってたの。…霞って他人の心を癒せるのに、自分の心は癒せないのかな?」

 

「そう言えばそうね…それに賢者の札を使って幻想郷に来たらしいけど…どうしてそこまで外の世界に執着してたのかしら?」

 

しかし当人のいない話など推測しかできないため、逆に新たな疑問が浮かぶばかりだった。そんな中、咲夜は素早く話を切り上げると意識をおにぎりへと移した。

 

「…ここで話してもキリがありませんね。もうすぐ日が沈み始めますから…料理を詰めて、山へ持っていく準備をしましょうか。失礼ですがお嬢様、おにぎりを詰める木箱を半分ほど持ってきていただけないでしょうか?」

 

「分かったわ……って、意外と軽いわね。これならさっさと詰めちゃいましょ?おにぎりの量もオカシイし…こんなに大量の木箱やお米を持ち歩けるなんて、規格外にも程があるでしょうに…」

 

レミリアと咲夜はそう話しながら大量の木の箱の中におにぎりを詰め始める…それを見ていたフランは1つ箱を取ると、そこへ自分の作ったおにぎりを詰め始めた。

 

「どうしたのフラン?」

 

「ねぇお姉様、咲夜、妖怪の山へ行く前に…私、先に大図書館に寄ってもいい?…霞に、私が作ったおにぎりを食べて欲しくって」

 

「…ええ、勿論構いませんよ。…なら早めに出向いた方が良いですね…少し詰める作業を早めますので、お嬢様。妹様のために私のスピードについてきてくださいね?」シュババババ

 

笑顔でそう言ってくれた咲夜は直ぐに表情を、切り替えるとまた、先程のように高速でおにぎりを詰め始める…山のように詰められていったおにぎりを見てレミリアは

 

「そんなスピードで出来るわけ無いでしょッ!?!?」

 

 

重ねて言うがこのメイド長、有能である。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、大図書館では小悪魔が魔理沙が盗んだ魔導書をすべて片付け終えていた。…小悪魔は張り切りすぎてしまったのか終盤、ヨロヨロになりながらも無事に仕事をやりきった。そしてソファーへ座っていた霞の隣へ座ると

 

「か、霞さん?少しお耳を貸してくれませんか?」

 

そうお願いしてきたので… 霞が耳を貸すと小悪魔は小さな声で囁き始めた。

 

「か、霞さん…私、お仕事とっても頑張りましたよね……?それでその、あの…ご、ご褒美とか、頂けないですかね…?」

 

「ん…褒美かい?うーん…生憎今は渡せるものを持っていなくてね…」

 

「そうですか……ひぃーん…私、昨日魔理沙さんが倒した本棚とか散らばっていた本とか徹夜で直してたんですよー…?私ももっと報われたいー…高価なものが欲しいとかじゃなくてただ……褒められたいんですぅ…」

 

涙目でそんな事を言ってきた小悪魔を見て、霞は流石に不憫だと思ってしまった。そんな時、霞はふと昔の出来事を思い出した。確かあの時は……

 

「…ん、小悪魔。手持ちがなくて申し訳ないけど…これでいいかな?」

 

霞は小悪魔の頭へ手を乗せると、そのまま梳くようにして撫で始めた。

 

「ふひゃん!?…び、びっくりしました…あの、霞さん?これは一体…?」

 

「昔、友人に言われてよく頭を撫でていてね…やたらと好評だったからどうかと思ったんだけど…不快だったかな?」

 

「い、いえ!!全然不快なんかじゃ無いですよ!?むしろ気持ちいいですし……それに、何だかとっても心地よくって……ふぁ…」

 

小悪魔の頭を撫でる手は大きく、そして暖かい。ゆっくりと手が後頭部を下がるとなんとも言えない快感が小悪魔へと流れていった。

 

(あ、これやばいやつだ。霞さんってもしかして天然なのかな…?ナチュラルに頭撫でる人なんて初めて……というか上手い…!?)

 

暫くそのまま撫でられていると、ぽー…っとした眠気が小悪魔を襲って来た。緩急のついた手の動きによって次第に瞼が重くなってくる……

 

(い、いけない!このままじゃ…こんな所で眠ったら、パチュリー様に…おこ、られちゃ……う……………すぅ……すぅ…)

 

そんな甘い誘いに徹夜明けの小悪魔が耐えられるはずも無く、そのまま霞へと寄りかかった状態で眠ってしまった。爆睡である。

 

するとそこへ、貸出カードに今まで盗んだ本を全て書かされていた魔理沙が戻ってきた。

 

「霞ー…!!取り敢えず本は片付けたぞー?さぁ、混浴の件について話してもらおーー……って、何やってんだよお前ら…?」

 

「ん…ああ、魔理沙かい?お疲れ様。もうこんな時間になってたのか……やはり本を読んでいると時が経つのが早く感じるね?」

 

そんな霞の話など気にせず、若干額に汗を滲ませながらも魔理沙は霞へと問い詰めていった。特に今、霞へとしなだれかかって寝息を立てている小悪魔についてだが…

 

「お前、この私がせっかく真面目にカード書いてたってのに…何で2人してイチャイチャしてんだよ!?」

 

「しーっ…魔理沙、大きな声は出さないでくれないか?小悪魔も疲れていたんだろうし…寝かせてやろうじゃないか。それに、元はと言えば昨日魔理沙がこんな所で弾幕ごっこなんてするから…小悪魔の仕事が増えたんだぞ?」

 

「ぐッ!?そこを突かれると痛いが……けどおかしいだろ!?お前昨日までそいつに毛嫌いされてたじゃないか!それに昨日霊夢に聞いたけど、アイツ結局一緒に風呂に入ったらしいな!?お前の周りの人間関係どうなってんだよッ!?たった1日で変わりすぎだろ!?」

 

「そうだね……まぁ、人の気持ちってものは移ろいやすいものだからね。関係なんてものは1日置きに変わったって不思議ではないよ……それより魔理沙はこれからどうするんだ?もう家に帰るのかい?」

 

「唐突に何だよ?何か釈然としないな……まぁいいか。今日はもう帰るところだぜ?香霖とこに寄ってからだけどな」

 

「香霖…?」

 

魔理沙は霞の目の色が変わった事に気がついた。馴染みのない名前に興味津々になっているとみた。

 

「ああ。私の住んでる家の近くに『香霖堂』なんて店を開いてる変人の事だよ…ちなみに男だぜ?」

 

「へぇ…少し、興味あるね。…何処にあるのか聞いても構わないかな?」

 

「ん?別に構わねーけどお前……男とも風呂入ってんのか?」

 

魔理沙の純粋な疑問は、霞の顔をなんとも言えない微妙な顔にしたのだった。

 

「…今の発言で魔理沙が普段、私の事をどう思っているのかが分かったよ。私だって昔から男女区別なく入って来たけれどね…昔の妖怪は今の妖怪よりもずっとプライドが高かったんだよ」

 

「そのせいかどうにも男と2人で入浴する事や情けを受けること…そういった事を理由に結構拒れてしまってね。中には怪我を癒した途端に攻撃してきたり襲いかかってくるような奴もいたよ…まぁ、昔の話だし、一緒に入ってくれた、気のいい奴も沢山いたんだけどね?」

 

なんだか魔理沙までブルーになるような話を聞かされてしまい、魔理沙はさっきまで考えていた事を改める事にした。

 

「す、すまんかった…何か、色々と複雑なんだな。私が悪かったよ……けどお前、霊夢から聞いたけど一昨日入ったのが白狼天狗に萃香に紫に藍に霊夢…そんでその様子じゃ小悪魔とパチュリー以外にも入ったんだろ?」

 

「まぁそうなるけど…女は男と違って温泉を本能的に好んでるからね、昔からよく私と入ってくれたんだよ。中には紫や萃香みたいな長い付き合いになってる存在もいるしね?…そう言えば私はまだこの幻想郷にきて男の姿を見ていないんだけど…幻想郷は男女比が偏っているのかい?」

 

「いや、天狗や河童みたいな妖怪にも男はいるぜ?それに人里なんて男がいなきゃ成り立たないだろ?」

 

確かにそうである。今、宿を作っている面子の殆どが男だろうし……人里か。

 

「魔理沙、1つ頼みがあるんだけど良いかな?」

 

「ん?何だ?」

 

「家に帰る前に私を人里に連れていってはくれないか?人里については調べてみたんだけど、ここの夜道はわかり辛くてね…」

 

この幻想郷は夜間、電気を付ける文化は存在していない。

 

妖怪の賢者の手によって人間と妖怪…餌と捕食者の相容れない関係を微妙なバランスで均衡を保っているからである。そのため外の世界のような科学技術を過度に進歩させてしまうと、今度は妖怪が消えてしまう。

 

だから今、日が沈みかけている状態で人里まで行くとなると…新参者としては中々に難しいのだ。

 

 

「ん、まぁ構わんけど…それじゃあ私もお暇しようかな。このままだと晩飯にありつけなくなっちまうぜ…」

 

「そうだね…それじゃ『かすみぃーーーッ!!!』グフッ

 

霞が小悪魔をソファーに寝転がらせ、自分の羽衣を破ってその上にかけていた時。大図書館の扉をぶち抜いて、1人の少女が霞の元へと突進してきた。そのまま羽衣をかけ終わって無防備な霞の腹へと直撃した。

 

 

「フ、フランじゃないか……こら。人にこんなスピードでぶつかると…危ないだろう?」

 

 

フランはぐりぐりと顔を擦りつけながら笑って

「えへへ、ごめんなさい?でも霞に早く会いたかったの…」

 

 

そう、上目遣いで霞へと甘えていた。怒るに怒れないとはこの事なのだろうか…魔理沙が目をパチクリさせているのが地味に面白い。

 

 

「あ、そうだ!霞…?私、初めておにぎり作ったの。だから霞に食べて欲しくて」

 

「ん、いいのかい?それはありがたいね…」

 

「う、うん!どうぞ!」

 

 

霞がそう言った瞬間、咲き誇らんばかりの笑顔になったフランが霞へと木箱を差し出した。霞はその中から1つを手に取るとそのまま口へと運んでいった。そしてフランへと微笑みを向けると

 

 

 

 

「…美味しいよ、フラン。ここまで美味しいおにぎり、私は初めて食べたよ…凄いじゃないか」

 

 

「やったぁ!!」

 

 

ゆっくりと味わうように食べている霞はフランへ笑顔でそう言ってくれた。フランの心にむくむくと、嬉しさがこみ上げて来た。そしてフランは霞に、レミリアは分からなかった問題を出してみた。

 

「実は隠し味を入れてるんだけど…分かる?」

 

「隠し味かい?そうだねぇ…」

 

霞はもう一度おにぎり咀嚼すると

 

 

 

 

「うーん…『真心』…かな?」

 

 

 

思わずフランは目を見開いてしまった。霞の言った答えは…フランがおにぎりに込めていたものの正体に他ならなかった。

 

 

「な、なんで分かったの?…お姉様も分からなかったのに…?」

 

 

それは昔、まだ地下へ幽閉される前にレミリアが語っていた事だった。

 

 

『フラン!私今日初めてお料理を作ったのよ!…味は多分、美味しいと思うけど…真心込めて作ったから美味しい筈よ!さぁ、召し上がれ!』

 

そんな昔の大切な思い出を、フランは思い出しながらおにぎりを作っていた。

 

 

「さぁ…少なくとも私にはここまで食べて幸せな気持ちになる料理に、真心が入ってないとは思えなくってね…ってフラン?どうした?どこか痛いのかい?」

 

「痛くないよ。けど、嬉しくって…」

 

 

突然また抱きついてきたフランを見ると、フランは泣いていた。しかしフランは泣きながらも…顔は笑顔に染まっていた。

 

 

 

「…美味しかったよ、フラン…感謝してるよ」

 

「…うん!」

 

 

霞はそのままフランを撫で始める…と、フランの顔がにへらと笑顔になった。

そのまま涙が止まるまでの間、フランはずっと霞へ抱きついていた…

 

 

 

 




UAが1万超えてることに驚きつつ
見てくれた方に感謝を。

最近、中々寝られないんですよね。
どうせ寝られないんだからこの際もう眠らないで
続き書いちゃえばいいじゃないかと思い実行。

それで結局体調崩すハメに…
…馬鹿なのかな?皆様も不眠には気をつけて。


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人と妖怪と信用の料理

遅くなって申し訳ないです…
端末1つしかないのにやりたい事が多すぎますね…
ソシャゲの掛け持ちって大変。


「い、一体何がどうなってんだよ…?こいつがあのフランだってのか…?」

 

霧雨魔理沙は今、眼前で行われている事に驚きが隠せなかった。フランドール・スカーレットとはこんなに笑い、明るい雰囲気を放つ少女だっただろうか?

 

…答えは否だ。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

魔理沙が初めてフランを知ったのは…パチュリーのいる大図書館へ襲撃に行った際、盗んだ魔導書の中に入っていたメモが原因だった。盗んだ魔導書を意気揚々と持ち帰ろうとした時、魔導書の中からヒラリと1枚のメモが落ちてきた事に魔理沙は気がついた。

 

「『これはフランドール・スカーレットの狂気を抑える薬の製造方法について、独自に纏めた物である。』…何だこれ?この本の中からでてきたのか…?」

 

魔理沙は興味を惹かれてそのメモの続きを読んでいった。…しかし、その中に書かれていたのは決して魔理沙にとって面白い事では無かった。

 

 

 

『フランドール・スカーレットは先天的な能力の暴走により、狂気に心を飲まれ自我を失っている。そして妖精メイド8名を殺害…対象の存在ごと爆散させるため、遠隔的に身体を破壊することが可能と思われる。よって現在地下室へと幽閉済み。フランドール・スカーレットの能力制御の完了まで、地下室への立ち入りを禁じる…』

 

 

「な、何だよこれ……ここにそんなに奴が居るってのかよ…?確か地下室ってここに来るまでにあったよな…前にここに来た時に、確か咲夜がそんな事を言ってた気がするな…」

 

 

魔理沙は好奇心を刺激されたのか、そのまま地下室へと向かうことにした。そして長い長い廊下の先に、地下へと続いている1つの階段が見えた。

 

 

「あそこか…?なんだかこの辺の廊下はやたら暗いし結構不気味だぜ…」

 

 

そんな事を言いながらも薄暗い階段を慎重に一段ずつ降りていくと、そこには扉があった。その扉は見た目からして重そうなのだが……何より、その奥からとんでもない重圧を感じてしまった。

 

 

「…ッ!?」

 

その瞬間。魔理沙の脳から今すぐにここから去れといった、危険信号が送られた。この扉の奥にいる存在は、魔理沙の手には負えない存在だと身体の隅まで理解させられてしまった。

 

魔理沙はもう近づけない。全身が粟立ち、呼吸が数歩先にある扉…その先へと1歩も進めなくなってしまった。

 

( な、何なんだよここは……こいつはシャレになんねぇ…ッ!!ここは駄目だ。絶対近づいちゃいけねぇところじゃねぇかッ…!!!)

 

 

そう結論づけた魔理沙はゆっくりと、しかし内心で焦りながらも降りてきた階段へと踵を返して元来た道を戻り始めた。

 

 

 

 

……この地下室へいた、フランドール・スカーレットという少女を『恐ろしいナニカ』とそう。心に決めつけて…

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

「えへへ!!!それじゃあ私、そろそろ妖怪の山に向かうから…張り切って霞の家を作ってくるからね!…あ!それと魔女っぽい見た目してる貴方って、確か魔理沙って言うんだよね?パチュリーが変な人間だって言ってたの!これから紅魔館に来るなら宜しくね?

…あ!泥棒はダメだからねー?」

 

「お、おう。霧雨魔理沙だぜ…宜しく。あと、本はさっき返してきたんだぜ…」

 

「…そうなの?…ま、いっか!」

 

 

ニコニコと笑うフランに、魔理沙は驚きつつ、平気な顔をした霞へと視線を向ける。

 

 

「あぁ…手伝ってくれてありがとうね、フラン?…けど、普通の宿でいいからね?紬だったら変に張り切るだろうから…これは万が一なんだけど、変な部屋とか足そうとしそうになったら止めてくれないか?」

 

「分かった!私に任せて!じゃあ行ってくるよ……あっ、最後にぎゅーっ!!」

 

「はい、ぎゅーっ……フランは甘えるのが上手いねぇ…」

 

「えー…そうかな?じゃあ2人共また今度ねー!!」

 

「ああ…いってらっしゃい」

「あ、あぁ…いってらっしゃい?」

 

 

…それが今ではこの有様だ。

今、魔理沙の目の前にいたのがフランドール・スカーレットだって…?

今の少女はあの禍々しく、重圧の籠った妖力など、微塵も発することは無かったではないか。

 

…それどころか、女性すら思わず可愛いと思ってしまうほどに輝く笑顔を周りへと振りまいていた。

 

 

 

フランが部屋から飛び出していって少し経った頃。

衝撃的な時間を過ごした結果、呆然としていた魔理沙がはっと意識を取り戻した時。先程まで和やかに微笑みながら手を振っていた霞が自分を見つめてきた。

 

 

そして口を開くと

 

 

「フランはいい子だよ…あの魔理沙が驚いてる位なんだから、何か昔、フランによって怖い思いをしたのかもしれないけれどね?

…その時のフランと今のフランは間違いなく変わっているよ。それもとてもいい方向にね…」

 

そう言った霞は魔理沙の目の前へと向き直る…そして腰を屈めて魔理沙の目線に合わせると、魔理沙へと真摯な眼差しを向けた。

 

 

「だから、もう一度フランドール・スカーレットという少女の事を…測り直してはくれないか?

…きっと、お前とも仲良くできるだろうからね…」

 

 

 

…魔理沙は考えていた。あの時と今の光景で…フランの印象は変わっている。先程の笑顔や涙。霞へ甘える姿を見れば危険な様には見えなかった。まるで親子のように触れ合っていた2人に、危険な兆候など全く見えなかった。

 

 

…しかしまだ、足りない。

 

きっちりと心の底からフランのことを信じきる事が出来るピース…

 

パズルの最後のピースの様に何か、決め手となるような後押しが欲しかった。

 

 

「…えっと、まぁ…悪いヤツじゃあ無さそうだな…」

 

悪いヤツじゃない。…けど信じきれない。魔理沙が心の中でそんな葛藤を抱えていると、霞がさっきフランに手渡されていた木箱の中から1つのおにぎりを取り出して…魔理沙へと手渡した。

 

「…まぁ、食べてみるといい…論より証拠、百聞は一見にしかず…って言うんだっけ?」

 

「お、おう…頂くぜ…」

 

 

不審に思いつつ、そのおにぎりを食べた瞬間。

 

 

 

 

 

 

「美味ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええ!?!?!」

 

 

魔理沙は叫んだ。

 

だってこれ……メチャクチャ美味い!?!?…え?何コレおにぎり?おにぎりってこんなに美味しいものだっけ?すげぇ美味いわー何だこれ?元々あまり無い語彙力が消滅してしまったぜコンチクショウ。だれか!シェフを呼ぶんだぜ!!!

 

 

 

「お、おい?これをあのフランが作ったのかよ!?」

 

「そうだよ…美味しいだろう?」

 

「ああ…何だこれ?ほんとにおにぎりか?おにぎりに見せかけたなんか別の料理なんじゃないのか?てかおにぎりってなんだっけ?」

 

「ん、そこまで言うのかい?…まぁ、このおにぎりはフランにしか作れないんじゃないかな?しっかりと食べる人の事を考えてるからこんなに美味しいんだと思うし…

…それで、心を決める決定打にはなったかな?」

 

 

「…!?な、なんで私の考えてる事が!?お、お前まさかエスパーか!?それともサトリ妖怪かよ!?」

 

「いや、そんなに分かりやすい反応しておいてそれはないんじゃないかな?…私以外の人でも分かると思うよ。…あと、サトリ妖怪…?

…あ、『覚』か。そう言えば久しく見てないねぇ…』

 

「ぐっ…まじかよ。こんなにあっさりと見透かされるなんて、演技派の魔理沙ちゃんとしてはうっかりしてたんだぜ……ふっ!」

 

 

 

パァン!

 

 

魔理沙はそう言いながら、顔を両手で引っぱたいた。突然の行動と赤く腫れた頬を見て霞が驚いているが…それは今は気にしない。そして先程とは違い、普段通りの豪胆な表情へと切り替えると

 

 

 

「よし、信じた!!!」

 

そう、言い切った。

それを見た霞は安心したように頬を緩めると

 

 

「…うん。流石は魔理沙だね…さっきまでとは目の色が雲泥の差だね?」

 

「ああ。そもそも魔理沙ちゃんは細かいことは気にしないもんでな…食えるキノコか毒キノコかは、取り敢えず食ってから考える派だぜ。…それに霞も居るんだし、悪いことにはならんだろう?」

 

 

そう言って魔理沙はニカッと笑った。…先程まで自分は何をうじうじと悩んでいたのだろう。そもそも自分はフランの事を何も知らないんだから…勝手に決めつけるなんてのがそもそも間違っていたのだ。

この先、何が起こるか分からないけれど…まぁ、霞がストッパーになるんだから大抵のことが楽しいことになるだろう。

 

 

フランについては、これから会う機会も増えることだし…時間をかけてゆっくり知っていけばいい。

 

 

 

「…そうだね。微力ながらも…フランがこの先、狂気にまた飲み込まれるなんて事がないように…癒す役目は任せてくれ。

だから魔理沙はフランや…この紅魔館にいる皆が困っていたら、助けてやってくれないかな?」

 

「おう、任されたぜ。…あー、なんかスッキリしたせいか腹減ったな?…なぁ、もう一個だけでいいからくれないか?こんな美少女がねだってるんだから、気前よく分けてあげるのが良い男って奴だと思うぜ?」

 

 

「分かったから…私の分も残しておいて欲しいんだけどね?…なら、そろそろ人里へ行こうか。きちんと案内してくれたら報酬として与える形にするとしよう」

 

「よーっしそれでいいぜ!それじゃあ案内するから…しっかりついてこいよ?」

 

「任せたよ。それじゃあ行こうか…」

 

 

 

そう言って2人は大図書館を後にした。普段から静かな大図書館で音をたてるのは…すぅすうと規則的な寝息を立てる小悪魔だけ。2人が外へ出た時、もう日が暮れてきたようで夕焼けの光が眩しいが…今から行けばまだ、完全な日暮れまでには人里へと着けるだろう。

 

霞は胸に期待を秘めながら、魔理沙と共に空へと飛び出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空を飛びながら霞はふと、地上を見て疑問に思ったことがあった。

 

 

「なぁ魔理沙?やはりここは夜になったら……やっか人間を襲う危険な妖怪が出たりするのかい?」

 

 

「あぁ、基本的に森の中にいるから昼間に出会うことはあんましねーんだけど…夜は別だな。厄介な強さを持った妖怪もでたりするから…人里なんかじゃ夜中の外出は許されてないはずだぜ?」

 

「そうか…ん?なら魔法の森は大丈夫なのか?」

 

 

「魔法の森はなー…木とか群生してるキノコから常に瘴気が出てるんだよ。「化物茸」って言うんだけどな?こいつがまた厄介でなー…幻覚見せる作用とかあるから普通の人は住めないんだよ。だから人も妖怪も住み着こうとはしねーし……けどそのキノコには魔力を高める力があってな?私みたいな魔法使いからしたら絶好の修行場所になるんだよ。…霞もまた今度、来てみるか?」

 

「そうだね…興味はあるし、また機会があったら案内してくれないか?香霖堂って店にも興味があるしね…」

 

「おーおー分かってるから…あ、もう見えてきたんじゃないか?あれが人間の里だぜ?」

 

 

魔理沙が指さした先に、霞は家屋の連なる場所を見つけた。どうやら木でできた家が殆どのようで文明レベルはやはりそこまで高くないようだ。しかし遠目から見る限りでも目を凝らせば人の姿が見えるため、それなりの数の人が住んでいるようだった。

 

「ここまでくれば大丈夫だね。ほら、約束のおにぎりだよ?…っと、そんなに気に入ったのかい?」

 

霞が取り出したおにぎりを手に持った時。急接近してきた魔理沙によってすぐさま盗られてしまった。…世に聞く盗人スキルというものだろうか?

 

 

「へへっ…そうだな。これ作ったフランにはどうも握りの才能があるとみたぜ。次なんか作ったら教えてくれよー?」

 

「分かったよ…今日は色々とありがとうね?」

 

「おう、こっちこそだぜ。…あ、混浴についてはまた聞くからなー?んじゃなー!」

 

魔理沙はそう言って手を振りながらも霞の元から離れていった。そのまま魔法の森へと向かって行く…と、

 

そこへどうやら魔法の森らしき場所が霞の目に入ってきた。木々が鬱蒼と生い茂っている見た目がかなりジメジメしている雰囲気の森のようだが…魔理沙の言っていた通り、森全体が薄い瘴気によって覆われていた。

 

 

 

「 幻覚を見せる瘴気か……私にも効くのだろうか?」

 

 

また、興味を惹かれることが増えてしまったが…今重要なのは人里についてだろう。そこから霞は人里めがけて飛ぶスピードを上げ始めた。比べて少しだけ涼しくなった風が肌を撫でる感覚が心地良い…

 

 

かなり昔…霞と出会った天狗の中で

 

 

『最速で空を飛ぶのは気持ちいいのよ…私自身がが風になったみたいでね。…何よ?そんな目で見るくらいなら貴方もやってみればいいじゃない?絶対に爽快な気分になるから…』

 

 

そう言っていた天狗の事を思い出した。

 

 

そんな事を考えながらも霞はスピードをさらに上げた。じょじょに近づいてくる人里は夕方なのにまだ活気に満ちていた。この世界の人間の営みを初めて見た霞は自然とそこから目が離せなくなっていた。

 

 

 

そうして霞は地面へと着地すると、まず辺りを見渡した。

 

 

…農民が田畑を耕している姿や走り回る子供の姿。遠くには甘味処や呉服屋、それに寺子屋のような物も見えるが…中には妖怪のような見た目の存在も混じっていた。

 

どうやらこれが紫の望んでいた人と妖怪の共存……本来決して混ざりあわない者同士が手を取り合って生きている、紫にとっての理想郷なのだろう。

 

…霞はこの光景に、感慨深い何かを感じていた

 

太古の昔から生きてきた霞にとって、今まで見てきたものや触れてきたものは膨大な量を誇っている。しかし、それでもここで見た光景は今までには無い、美しい光景だと…霞は心の底からそう思っていた。

 

 

「紫は頑張ったんだね…この幻想郷は私にとっても生きやすくなっているし…これなら普段の行動と言動をもう少しだけでもいいからしゃっきりとすれば大妖怪の中からも頭一つ飛び抜けられるんだと思うけどねぇ…?」

 

 

 

昔の紫はかなり頻繁に連絡をくれていた。

 

幻想郷を創りあげるまでの間は、かなりの回数を紫と共にした様な気がするなぁ…

 

 

『ねぇ霞!この札を使えばいつでもお話できると思うから…もうどんどん使っていいからね!あ、私から話す時も使うからそのつもりでね!』

 

『霞!聞いて聞いて今日ねあのねー…』

 

『ちょっと霞聞いてよ!!!私、人と妖怪が共存できる新しい世界を創ろうと思ってるって言ってたじゃない?その土台が出来上がってるのよ!あ、霞も完成したら来てね!絶対よ?』

 

『霞ー…疲れたから癒してー…?はっ、これって妖力辿れば霞の居場所が分かるんじゃ…?紫ちゃん天才!それじゃあこうしてーっと…』

 

『うふふふふ霞の隣で寝るって素敵…ここが私の求めていた幻想郷なのかしら…?至福の一時ってこのことよねー…』

 

『霞ーッ!!今日も癒し……ッ女の匂い!?霞ッ!!今日は一体誰と入ったのよ!?』

 

 

…後半につれて何だかズレて来てしまったが、仕方ない。これもまた、紫の愛嬌なんだろう。

 

 

 

「さて…この人間の里では、どんな出会いがあるんだろう?」

 

 

霞は妖怪よけの策を辿り、入口へと近づいてゆく…

 

 

「…おいそこの妖怪!一体何しにここまでー……」

 

 

そこには里を流れの妖怪から守るために、見張りをしていたと思われる1人の少女がいた。霞と同じ白い髪をした少女は霞の姿を目に入れた途端、驚愕に目を見開いていた。

 

 

 

「ーーー〜〜〜〜ッ!!!」

 

 

そしてこちらへ目掛けて一直線に突撃してくる…霞が衝撃に備えて腰を深く落とし、そのまま身体を固定した瞬間。

 

 

 

「霞お前今までどこほっつき歩いてたんだコノヤロォーッ!!!!!」

 

「グハッ」

 

 

 

全ての勢いを膝に込めた、全力の膝蹴りが霞を襲った。流石に強烈過ぎるお出迎えに霞の意識は途切れてしまう。

 

 

 

 

最近これ、多くないか…?

そんな事を考えながら、霞は遥か後方へと吹き飛ばされていった…

 

 



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絶望と孤独と不老不死

遅くなって申し訳ない…
次は早めに更新します(予定


 

『…?そこのお前…人間…じゃ、ないよな?こんな所に人間がいる訳ないし…一体どうしたんだ?もうすぐ夜が来るのに1人でいるなんて…』

『…………ッ!?』

 

『そう身構えないで欲しいんだけどね…ん?お前、服が破れてるじゃないか。…何があったんだ?』

『…ッ…お前も…妖怪か…?また、また私を喰らう気か……いいよ。もういい…こっちは慣れてんだよ、さっさとしろ…』

 

『…あぁ。どうやら訳ありの娘らしいね…ここで会ったのも何かの縁だ。…少し話さないか?』

『………あ?妖怪の言葉なんて信じないに決まってんだろ…どうせお前だって私を騙しー…ッ!?は、離せよッ!私に何する気だッ!?』

 

『今、住んでる廃屋が近くにあるからそこで話そうか。さっき厄介な妖怪に出会ってしまってね…?私も他の妖怪との面倒事はなるべく遠慮したいんだよ』

『お、おい!まだ私は何も言ってー…ちょ、は、離せぇぇぇぇぇぇぇえぇえッ!?!?』

 

 

 

 

 

 

それは古く、懐かしい記憶…

あの時の自分は余りにも短絡的だった。自分の家や家族をたった1人の少女によってぶち壊されてしまった…しかしそれでも父親はその少女に夢中になっていた。だから、父はもう自分を見てくれる事はなくなった。

だから自分はその少女を恨んだ。その少女に全ての恨みをぶつけなければ、心の底から溢れてきた憤怒や憎悪などの激情を制御する事が出来なかったからだ。

 

 

 

 

 

だが、その復讐のために自身が払った代償は……余りにも大きかった。それにより、自分が負ったものは…計り知れない程の絶望だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

「…妹紅?おい妹紅!!聞いているのか?」

「ん、あ、すまん…ボーッとしてたわ。何だっけ?」

 

そう言って自分の顔を覗き込んできた少女の顔を見て、私はようやく我を取り戻した。…いかん、なんか昔のことなんて思い出してしまった……我ながらガラじゃない事しちゃったなぁ…

 

 

目の前にいる背の低い少女は上白沢慧音…私の古い友人だ。こんな私にも平気で接してくれる数少ない人物。…友達というやつなんだろうか?あるいは理解者というべきだろうか?

 

まぁ…そんな事はどちらでも構わない。

 

 

「全く…これはこの人間の里を守るために重要な事なんだから…次はきちんと聞いておくんだぞ?」

「悪かったよ、慧音…で、急に呼び出して一体どうしたのさ?」

 

慧音と私は人里の番人をやっている。この幻想郷において人間と妖怪は共存する事が出来る……が、だからといって人間の被害がゼロになる訳では無い。中には手っ取り早く力を得るために、人間を襲う妖怪だって少なくはない。だから夜間、人里から人間が出ることなんて許されない……もし好き好んで出るような奴がいれば、それは人生の最期の夜になるだろう。夜の山の危険度は…昼間と違って桁が跳ね上がるからだ。

 

 

「どうやら妖怪の山が騒がしいらしいんだ。今日は驚くほど頻繁にこの里に天狗がやって来るんだが…皆何か必死な顔をして工具や食糧何かを買っていくんだよ。…いくらなんでもおかしいと思わないか?」

 

「天狗がこの里に何度も…?そんな事今まであったっけ?」

 

「いや、そんな事は私がこの里に来てから1度も無い。…もしかしたら今夜。何か良くないことが起こるかもしれない…だから妹紅、今日は里の見張りを手伝って欲しいんだ…」

 

そう言った慧音の目には不安の色が滲んでいた。無理も無いだろう…慧音にとってこの人里は、何よりも優先されるかけがえのないものなのだから…

 

なら、私も手伝ってあげるとしよう。

他ならぬ慧音の為なんだ…必死で身につけた力を使うのは、こういった時なんだろう。

 

「分かったよ…じゃあ、門番は私がやるから。慧音は町民の方を頼むよ?」

「すまないな…頻繁に妖怪が現れるものだから皆、不安に思ってるんだ。私は皆を落ち着ける役目をしよう…」

 

「うっし。それじゃあ行ってくるわ!」

「あぁ、頼んだ………妹紅!!!どうしても勝てないような奴が出たら私を呼べ!!危険な妖怪には気をつけるんだぞーッ!!」

 

 

「死なないから大丈夫だって…また後でなーッ!!」

 

どうやら慧音は本気で私の事を心配してくれているらしい……ぶっちゃけ慣れてないから嬉しくてニヤけてしまいそうだが、今だけはカッコよく決めたい。どーせ私は死なないんだ…むしろ死んでもこの里は守ってやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とは言ってもなぁ…妖怪が騒がしいんだったらあの脇の開いた巫女服きた奴らに頼めばいいと思うんだけど……まぁ、無理だよなー…」

 

門番を初めて少し経った頃、暇なのでそんな事を考え始めた。ここの巫女って基本的にぐーたらしてるし中々人里にも来ないから…妖怪退治の腕はイイのに残念な奴だと思ってたりする。

 

「私にもあれくらいセンスがあったら…もーちょいマシな人生過ごせたんだろうかな……って、もう人じゃねぇか…」

 

 

静寂に包まれた門の近くには、妹紅以外に誰もいなかった。近くにあるのは農民が働いているはずの畑ばかりだが…皆郷の中心へと避難しているようだ。

 

「今は独り……あ、1人か。意味違うんだったな…確か。そういや何で急に思い出したんだろ…?」

 

 

妹紅は、ボーッとしていた時の事を思い出した。普段、思い出すことなんて余り無い……が、絶対に忘れる事なんてありえない事。絶望の境地にいた妹紅をまた、人として生きていけるようにしてくれた存在……その妖怪の事を、思い出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

時は奈良時代、今から千年以上も昔の話だ。

 

妹紅…名を、『藤原妹紅』という。それなりに有数の貴族としてこの世に産まれた妹紅だったが……それは決して望まれた事では無かった。

 

妹紅は妾の子…貴族故に女遊びの激しい父親の手によって産まれてきた、そんな娘だった。だから妹紅は子供の頃から冷たく扱われていた。

 

『おい…あれ、妾の子らしいぞ?』

『やぁねぇ…汚らわしいわ。さっさと家へ戻ってくれないかしら?』

『ウチもあいつがいるから商売上がったりだ…おい!さっさと出ていけ!』

 

妹紅の父親は有名なため、妾の子がウロウロと街を歩くのは…誰からもいい顔をされなかった。その為、周りから野次や嘲笑を向けられる事は想像に難くなかった。

 

 

『へへっ…悪く思うなよ?俺は頼まれただけだからなァ…あ?誰かなんて言うワケ無いだろ?それより…俺にも見返りがあってもいいハズだよなァ!?』

 

この時代は人攫いだってそれなりの数がいた。実際、妹紅の顔はとても可愛かった。だからこそ…妹紅の身体を狙う街のゴロツキや別の貴族から妹紅の父親を強請るために雇われる輩だって沢山いた。

 

『…私はお前の父から雇われた者だから心配はするな、不届き者はもう切り捨てた。先程の男はどうやら別の貴族の回し者のようだから…お前はもう、外に出るべきじゃない。父を思うならもう、この様な事はするな…』

 

幸い全て未然に防がれたものの、それ以来妹紅は外に出る事を禁じらた。

 

 

『妾の分際で気安く私に話しかけないで頂戴?』

『アンタの不細工な顔を見てると気分が悪いわ!』

 

妹紅は人と触れ合うことを許されなかった。家の中では妾の子はいい顔をされることがなく、いつも独りで過ごさなければならなかった。産みの親である父は妹紅に構うことなど滅多に無く、家で働く女中達は他の子供に比べて妹紅を冷遇した。そして父親の子供達は、妹紅の恵まれた容姿を妬んで悪口を言うことも少なくは無かった。

 

 

 

しかし妹紅はそんな父親が好きだった。普段は構ってくれず、ひたすらに無視をされていたものの…今までに数度だけ、妹紅を抱きしめてくれた事があったからだ。妹紅が人の温もりを知ったのは、父親が初めてだった。

 

 

 

だから例えいつも1人で過ごしていても、どれだけ辛いことがあっても。

 

妹紅は生きていこうと強く思っていた。

 

 

 

 

 

だが、その時間は儚く散ってしまった。

 

 

 

 

『おお…かぐや姫…あれ程美しい女子は他にいない!!是が非でも私の嫁として迎え入れさせては貰えないだろうか…?』

 

父親は家に帰ってから、かぐや姫の事しか話さなくなってしまった。口に出すのはかぐや姫を褒め称える言葉と歯の浮くような甘い口説き文句ばかり……そして貢物にかける金だけが膨れ上がっていった。

 

父は何度も何度もかぐや姫がいる広大な館へと繰り出しては貢ぎ、口説き、何度もアプローチを仕掛けていた。

 

 

『私、他者に優しく接する事の出来る殿方が好きですわ…』

 

『私、背の高い殿方が好きですの…』

 

『私……噂で全てを決めつけ、女性を己を着飾る装飾品のように扱う殿方は………大嫌いですわ』

 

しかしかぐや姫には全く相手にされず、貴族としての権威と財力はどんどん摩耗していった。それは他の貴族にも言える事であって、無理難題を突きつけられた者も多数存在した。

 

 

 

 

『父上…もう、かぐや姫の事は諦めた方が…』

『妹紅ッ!!貴様はなんて無礼な事をッ………ッ!!儂に口出しをするなんていつからそんな下女に成り下がったッ!!!』

『きゃあッ!!』

 

ある時、そんな父親を見るに見かねた妹紅が父にかぐや姫を諦めた方がいい…そう宣言した。もはや貴族としての権威などとうに失墜しており、借金だけが幾重にも嵩んでいた。

 

 

しかし、それがいけなかった。父親はかぐや姫を諦めるなんて事はもう、自分のプライドが許せなくなっていた。何としてでもかぐや姫を手に入れる…それだけを思い、頭を回して行動していたのだ。

 

 

『妹紅…出ていけ。…今すぐッ!ここから…儂の家から出ていけッ!!!』

 

思い切り頬を張られた妹紅はその言葉を聞いて身体が硬直してしまった。信じていた父親に、絶縁の言葉を受けた妹紅は動悸が激しくなって、呼吸が出来なくなった。妹紅はそのままふらふらと部屋を出ようとするが…そのまま床へと倒れこんでしまった。冷たい床が、妹紅の身体と心から熱を奪ってゆく……

 

 

 

妹紅が目覚めたのは、2日後の事だった。

自室の布団へと転がされていたようで、目覚めた自分を見た女中の女はさっさと部屋から出ていってしまった。

 

 

 

そこから先は記憶が朧気なためあまり覚えていない…どうやら妹紅が倒れた次の日、かぐや姫が月に帰ったと、都で噂になっているらしく、町中大パニックだったらしい。

貴族や雇われた役人たちがかぐや姫の城を訪れ、月からの使者を迎え撃とうと迎撃の準備をしていたらしいが…全て無駄だったらしい。月からやってきた舟の光を見た瞬間、急に全員が倒れ込んでしまい…かぐや姫はそのまま月へと帰ってしまった…と、すっかり消沈した帝が町民へと話していた。

 

 

そして、それを受けて父親は無気力になった。ロクに食事も取らず、ブツブツと言葉を漏らすだけの廃人のように、生きているのか死んでいるのかすら分からないほどに座礁した様子で…

 

 

それを見ていられなかった妹紅はそのまま家を出る事にした。このまま家に居ても何も始まらないと悟ってしまった…それにどうやらかぐや姫が帝や育ての親である翁へと残した物の中に、『蓬莱の薬』という物があると知ったからだ。

 

 

『それさえあれば…私をこんな目に合わせたかぐや姫に復讐が出来るッ……!』

 

 

妹紅の目に、復習の炎が宿った。

 

 

 

 

 

 

「うーん…あの頃はホント、どうかしてたな…やっぱ私もあの頃から壊れてたんだなぁ…?不老不死になればかぐや姫に勝てるなんてどうして考えてたんだろ…ま、それしか考えられなかったのも事実だからなー…」

 

 

その後の事は思い出すのも嫌気がさすことばかりだった。富士山で蓬莱の薬を燃やすために山を登った集団の中に混ざりこんだ妹紅は、燃やす直前に薬を盗み出して偽物とすり替えると。…そのまま蓬莱の薬を飲み干したのだった。

 

 

 

 

『…ッがあぁぁぁぁぁあぁあッ!?!?!?』

 

 

嫌がらせのつもりで飲み干したつもりだったが…次の瞬間。妹紅の身体に激痛が襲った。

 

『あああああああああああッ!?!?!?』

 

何度も地面を転がり周り、無様に何度も咽び泣いた。

止まない激痛と心臓が燃やされるかと思うほどの熱を感じた妹紅は、それから数日間の間…悶え苦しんだ。

 

 

 

何度も襲いかかる痛みによって気絶を繰り返していた妹紅から、ようやく痛みが引いた時…全てが変わってしまっていた。黒く艶やかだった髪は真っ白になっていて、慌てて近くにあった水溜りで自分の顔を確認すると……目が、紅に染まっていた。

 

『…ヒッ!?』

 

 

その姿はまるで、世の人々が恐れている…妖怪…?…そう思った時にはもう、全てが遅かった。既に不老不死となってしまった妹紅には……もう、居場所なんてものは完全になくなってしまった。最期まで残っていた『人間』である事実さえ…自分で、かなぐり棄ててしまった事に、ようやく気がついたのだ。

 

 

 

 

 

それからは苦悩と絶望の連続だった。街を歩いていると不吉だ、化け物だ…そう言われながら石を投げられた。妹紅の姿を見て妖怪だと決めつけて襲いかかってきた人間さえいた。これでは街で過ごせないと判断して山へと逃げ込んだが……それが1番不味かった。

 

 

妹紅は妖怪を知らなかった。

元々外出を禁止されていたため街を騒がせる妖怪など見た事も無かった…だから、本物の妖怪がどれ程の恐ろしさなのかを…知らなかった。

 

 

迷い込んだ夜の山は危険だらけだった。暗闇のせいで何処にも進めなくなった妹紅へ襲いかかってきたのは、自分の何倍も大きな蟲の妖怪…

 

 

『きゃあああああああッ!!!!!!』

 

 

ギチギチと口を鳴らす妖怪を見て、妹紅は一目散に駆け出した。死を覚悟してしまうほどの恐怖が妹紅を襲う……妹紅は真っ暗な闇の中を走った。途中で何度も転び、体の節々に切り傷や打撲、怪我を負ってない場所など無いぐらい…それでも息の続く限り、息が切れて動けなくなるまで走り続けた。

 

 

『いぎぃッ!?』

 

だが、そんな事は無意味だった。妹紅の走った距離は妖怪にとってはさほど対した距離でもなく、直ぐに追いつかれてしまった。そのまま脚を潰され、倒れ込んだ妹紅に覆いかぶさった妖怪はゆっくりを口を開くと…

 

 

 

 

 

 

そのまま、妹紅の喉元へと喰らいついた。

 

 

 

『ーーーーー〜〜〜ッ!!!!!』

 

全身を襲う激痛と身体を喰われる恐怖に妹紅は何度も自害を図ろうとした。舌を噛み切ろうと何度も何度も試していた。そのまま舌が切り落とされるが…妖怪に喰われる自分の姿を見る事に、耐えられなかった。

 

 

しかし死ねなかった。結局妹紅は喰われてしまった。おぞましい蟲の妖怪に、全身をゆっくりと喰われていったのに。

 

 

それなのに、何事も無かったかのように朝…

目覚めてしまった。

 

 

 

『う、そ、だ……こんなの、うそでしょ……?』

 

その時。傷一つ負ってない自分の姿を見てしまった。喰われたはずなのに、自分の身体は何も異常がなかった。

 

 

異常が無いなんてことが1番おかしいのに……全て夢かと思ったが、辺りに切り裂かれていた衣服を見て、全てが現実だと理解してしまった。

 

 

 

 

 

山は広く、暗い夜道を走ったせいで自分が何処にいるのかが全く分からなくなってしまった事にまた妹紅は絶望した。だって、今すぐにでも山を降りないと…また、夜が来る。

 

 

 

つまり、また妖怪に襲われるということになる。

 

 

『ああああああッ!!!』

 

 

 

妹紅は叫ぶ…泣きながら、叫ぶしかなかった。そうでもしないと心が持たなかった。これから自分は山を出るまで延々と喰われ続けるなんて知った時、冷静になれる奴なんているわけが無いのだから…

 

 

 

 

『ああああああああああああッ!!!!!』

 

 

それから数年間の間。妹紅の地獄……絶望の坩堝に立つことになる。

 

喰らわれては再生し、自害を図っても何事も無いように目覚めてしまう…しかし全身に残る痛みと恐怖だけが、自分が生きている証になり…自分が化け物になってしまったことを裏付けてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やー…ホント、よく生きてるよ私。死ねないから当然だけど……けどまぁ、狂ってる事は否定しないけど…はぁ。あん時アイツに出会わなかったらどうなってたんだろ…?…そういや何で今日、こんな事思い出してんだ…?私…」

 

 

過去の地獄を思い出しながら、妹紅は1人そう呟いた。過去は過去であり、その地獄を妹紅は既に乗り越えた。

 

 

頭を冷やそう。もう、そいつはいないんだし…見回りくらいちゃんとやらなきゃーーー……

 

 

「え?」

 

 

 

その時、顔を上げた妹紅の目に一人の男が映った。その男は一直線にこちらへと飛んできたかと思いきや、辺りを見渡しながらそのまま着地する…

 

 

見知った水色一色の浴衣を着ている1人の男の姿を確認した瞬間。妹紅は既に走り出していた。何故ここに居るのか?どうしていなくなってしまったのか?諸々疑問は尽きないが…妹紅はまず、やるべき事があるだろう。妹紅は何やら身構えている男の姿を見て…急接近した瞬間、跳ね上がって膝に力を込めると

 

 

 

 

 

「霞こらお前一体どこほっつき歩いてんだコノヤロォーッ!!!」

 

 

 

その男……霞のこめかみを全力で蹴り抜いたのだった。

 

 




地震大丈夫ですか?
自分のとこもちょっと揺れたんで
皆様もお気をつけて…


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人里と邂逅と初心な守護者

地震にビクビクするノミの心臓の作者を
夜間の間苦しめたのは蚊でした。


…あれ、いつもどっから湧いてくるの…?

あと投稿始めていつの間にか1ヶ月経ってましたね…
これからも精進していきたいと思います!


「慧音さん…一体今日は何があったんですかい?流石にこんなのが普通だとは俺たちには到底思えないんだよ…」

「流石に1日にこれだけの天狗が買い物に来るなんておかしいに決まってる!食糧に関しては備蓄が沢山あるから問題は無いが…呉服屋の浴衣と古本屋の本なんかがあらかた買ってかれたんだ。そんなの天狗には必要無いだろう!?」

「ウチは儲けさせてもらったから良いがね…でも物騒なのには違いないよ。子供たちは大丈夫なのかい?」

「子供には見向きもして無かったよ…どの天狗も必死な顔して物資を山に届けていたぞ?」

 

今、慧音の前では村の男衆が集まって会議を開いていた。町民の中でも頼りにされている数人の男達が、皆の不安を払拭したいと慧音の家へやって来たのが始まりだった。

 

今までに類を見ない数の天狗の出現…それにしては不可解な事が多かった。天狗たちは何かに怯えるような顔をした者が殆どであり、どう見ても普通な様子では無かったからだ。

 

 

「皆、不安なのは分かった…だけど、一旦落ち着こうか。それに私もこの天狗の多さは流石に不可解だと思っていたんだ……今夜は私と妹紅が門番を務める。だから各自、自分の家族や隣人を安心させてやってくれ……いいな?」

 

 

これは、長きにわたって人間の里を護り続けてきた

人間を愛する、里の守護者としての言葉だった。

 

 

彼らは皆、最初は何か言いたげだったものの…真摯な目をした慧音と妹紅という単語を聞いたため、それに従うように立ち上がり始めた。もともとこの里に住む男衆は慧音の教えを受けて育って来たので、慧音の言いつけは破ろうとはしなかった。

 

 

 

 

…破るとどうなるかを知っているから。

 

 

「まぁ、慧音先生が言うなら仕方ねぇ…それに妹紅ちゃんもいれば安心だろう。…俺たちには護らなきゃならねぇものがまだ残ってるからなぁ…慧音先生、よろしく頼みますわ」

 

「そうだな…俺なんて最近2人目が生まれてな…?もうこれが可愛いのなんの!女房も安静にしなきゃいけないから…よし!俺、帰るわ!」

 

「あっコラてめぇ何どさくさに紛れて惚気てやがんだ…俺へのイヤミかッ!?畜生!俺は仕事と店が恋人なんだよォーーーッ!!!」

 

「お前はガツガツしてるから女が寄り付かねぇんだよ…ホントに凄く仕事は出来るのに…残念な男だよなぁ…お前」

 

里の中でも若い方の男達はそう言って足早に慧音部屋を出ていった。各自、命よりも大切な存在の不安を払拭するためにここへ来たのだが…その役目は慧音が引き受けた。なら、自分たちがする事はもうここに居座る事ではないから。

 

 

 

「ふぅ…若ぇのは愛が深くて宜しいねぇ…じゃあ慧音さん?俺たちじゃあ妖怪には絶対に勝てないので…代わりにこっちの事は俺たちに任せてくださいな」

 

「ああ、すまないな…」

 

そんな時、1人の男が首を傾げて怪訝な顔を慧音へと向けた。そして心に何か、決意を固めて…慧音へと話し出した。

 

「あの…俺、毎回思うんですがね?慧音先生が半獣とやらでとても強いってことはもう、俺たち男は身をもって知ってるんですが……流石に女として、簡単に男を家まで上げる癖は直した方がいいんじゃないですかね?」

 

「そうだ!俺も慧音先生は私は強いからと言っていたが…女としての隙が多いと思ってたんだよ!」

 

 

慧音は思いもよらない発言に面食らってしまう…

それ、今言うことか!?

 

「な、何だって…!?し、しかし皆が慌てて来るものだから…それなら中に入れた方が、話しやすいだろう?」

 

「かーっ!!!慧音先生は男心ってやつを全くと言っていいほど理解してないんだよなぁ…!…いいですか?こうなったら自分、言わせてもらいますけどね…」

 

男達はそう叫ぶと、なんと言うか…今まで溜まっていた悶々とした感情に対して、火をつけていった。幼少期から教えを受けていた身の上の仲間達と語っていた慧音についての意見を爆発させた。

 

「こうなったら思ったこと全部言わせてもらいますけどね?客観的に見て慧音先生はどえらい程に美人さんなんですよ!ええ…それも里の女とはまた、一線を画した美人さんでね?ぶっちゃけると里の男の初恋は殆どが慧音先生なんですよ!!何なんですか先生って背はちっこいから少年たちに親近感を湧かせるくせにおっぱいはめっちゃデカいし!もう里の男の代表として言わせてもらいますけど先生の家に呼び出された男は何かが起こるんじゃないかと胸に期待を膨らませてここに来てたんですよ!!!けど呼び出した理由が『最近点数が落ちてるぞ?ちゃんと授業を聞いておけ…これは宿題だ。きちんと次の授業までにやってくるんだぞ?』…ってアレ何なんですか!そもそも教科書の中身そのまま聞いてるような分かりにくい授業しておいてそりゃないでしょう!というか皆授業の時は慧音先生のおっぱいばっかり見てましたよ!同世代の女がツルツルまな板の時にあんなばいんばいんは卑怯ですってほんと…女達だって『慧音先生みたいなおっぱいにはどうやったらなれるんだろ?』みたいな会話してる奴が多々いましたし…これもうぶっちゃけますけど里の男達の初めての手慰みで真っ先に思い浮かべるのは皆、慧音先『天誅ッ!!』ッグバッ!?」

 

 

1人の男は胸に溜まっていた思いの丈を全て、慧音へとぶちまけた。しかしその結果、脳ミソがぶちまけられたんじゃないかと思うほどの頭へと激痛と共に……意識を失ったのだった。

 

 

 

「……他に、何か…言うことは?」

 

ゆらりと慧音の目の光が赤く染まり…残った男達を見据えると、皆は震え上がった。

 

「な、何でもないですッ!!!」

 

「お、お疲れ様でしたァーーーッ!!」

 

「畜生誰だよ『初心な慧音先生を真っ赤に染めて思いきり愛でよう』なんて最初に言い出した馬鹿野郎はッ!!!」

 

『『お前だよこの馬鹿野郎ッ!!!!!』』

 

崩れ落ちた男を抱えると、そそくさとその場に居た全員が慧音の家を後にしたのだった。

 

 

…最後の奴は今度会った時に天誅すると決めた。

 

 

 

 

 

「はぁ…全く、急に何を言いだすんだバカモノが…」

 

顔が茹でられたかと思うほどに赤く染まった慧音は外へ出る…もう日が落ちてきたようで、涼しい風が慧音の火照った肌を撫でていった。その心地よい感触に心做しか頬の熱が安らいだため、顔に手を添えながら荒い息を何とか鎮めようと試みたものの…中々上手くいかなかった。

 

教え子のあまりにも色々とぶっちゃけた発言によって今。慧音は完全に冷静さを失ってしまっていた。先程から羞恥の感情が暴走して顔の熱が全く引かない…可愛く思っていた教え子達の心の底からの暴露は、この里の中でも1番の初心な慧音には重すぎる話だった。

 

 

「ま、まさかあんな風に思われていたとは……し、思春期というものには驚かされてしまうな……しかし私の授業、分かりにくいのか……いかん。これはかなり心にくるな…」

 

そんな事を考えながら、慧音は妹紅の元に向かうことにした。里の心配が無くなった今、1人で門番をしている妹紅が心配になってきたからだった。

 

 

 

「妹紅の所に着く頃には、この顔の熱も引くだろう……はぁ。妹紅に少し話を聞いてもらおう…」

 

 

 

慧音は急ぎ足で門へと向かって行った。もう一刻も早く妹紅に会って心の平穏を得たかった…

しかし、すれ違う町民と何度か挨拶をしていると…その中で、何やら不穏な話を聞いてしまった。

 

 

「あ、慧音先生!1つお話があるんですよ!」

「ん、何だ?今、少し急いでるんだ。手短に頼む」

 

「さっき畑の様子を見に行ったんですが…門の先に1人の男が突然現れたんですよ。そしたら急に妹紅さんが走り出して、その男に強烈な膝蹴りを食らわせてて…」

「…え?」

 

妹紅が突然…男に膝蹴り?

 

 

「その男、そのまま手前の森まで吹っ飛ばされてったんですけど…妹紅さん、追いかけて山の中入っちゃいまして…」

「わ、分かった。お前も今日のところは家に帰った方が良い。…この門には今夜人を近づけないように言ってくれないか」

 

「分かりました…慧音先生も気をつけて下さいや」

 

「ああ。情報ありがとう…それじゃあ」

 

 

 

 

慧音はそのまま先程よりも急いで門へと向かった。あの妹紅がいきなり膝蹴りする相手なんて聞いたことがなかったから……もしかしたら、里を襲いに来た妖怪かもしれない。

 

 

「妹紅ッ!!!門に…いない!?まさか本当にこの森の中に入っていったのか!?」

 

辿り着いた門には誰も居なかった。おかしい…妹紅はいつも夜間の森の危険性を皆に説いていたはずなのにッ!?

 

 

…しかし、門から直線上に行った先の草陰から…膨大な妖力と白い、煙のような物が慧音は見つけてしまった。

 

慧音はそれを見た途端、走り出す…もう、一直線にその煙の方向へと……するとその煙に対して1つ、気づいた事があった。

 

 

( ん…これ、温かい?もしかしてこれは湯気の類か何かか…?)

 

こんな森の中では感じる事が無いはずの湯気に対して、慧音は驚いていたが…その煙の先に誰かの人影が見えた。

 

 

 

 

「妹紅ッ!?一体何がーーーーー…え?」

 

慧音の目に入ってきたのは………見慣れない姿の浴衣を着て温泉に浸かっている…慧音の知らない妖怪と

 

 

「ん?慧音じゃん…どうかした?」

 

その妖怪の膝の上で、ニコニコしながら温泉に浸かっている……裸の妹紅の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん。知らない森の中だな…」

 

霞が目を覚ますと、そこは森の中だった。…どうやら強烈すぎる膝蹴りを受けてそのままここまで吹き飛ばされてしまっまようだが……そこで霞は起き上がろうとした時、自分の胸の上で抱きついている人物を見て苦笑を浮かべながら声をかけた。

 

 

「…久しぶりだね…妹紅。挨拶にしては少し、激しすぎるんじゃないかな。…もう少し体に負担がかからない挨拶だと助かるんだけどね?」

 

「…無理。というか、何で突然居なくなったの?私、寂しかったし心配してたんだよ?」

 

目に涙を浮かべながら自分に擦り寄る妹紅を見た霞は…そんな妹紅を抱きながらも起き上がった。そして羽衣で妹紅の涙を拭き取ると…昔、妹紅と出会った時と全く変わらない微笑みを浮かべて

 

「色々と悪かったね…けど、その話は湯に浸かってから話さないか?」

 

挨拶するように、妹紅を温泉へと誘ってきた。妹紅はジト目で霞を見つめながらも…着ていた服を少しだけ緩めた。

 

 

「霞…それ、数百年ぶりに出会った女に対しての発言としては赤点だよ?……まぁ、それでも私に対してだったら満点なんだけどね?」

「それは良かったよ。じゃあ温泉を創るから服を脱ぎながら待ってて……どうして皆、脱ぐのがそんなに早いんだ…?」

 

霞の言葉が終わる前に妹紅は緩めた服を一気に脱いだ。傷ついても再生して決して老いることのない肌が霞へと晒される…

 

オシャレなんて全然興味が無いけれど…女として、それなりに肌や傷なんかは気になっていた。まぁ不老不死なため傷痕なんて全く残る事は無いのだけれども。

 

 

しかし、妹紅の裸を見ても霞は…何も感想が無かった。

 

( …昔から動じなかったけど、感想すらないとは…ッ!!…流石にこれだけやってこれだと私、やっぱり魅力無いのかな…?)

 

「ちょっとしたコツだよ…それじゃあ早く!温泉と理由!教えてくれるまで引っ付いてるからね?」

 

頭によぎった考えを振り払い、妹紅はそのまま温泉を創るために地面へと妖力を流している霞の胴体へと貼り付いた。自分のそこまで大きくない胸でも直接当てれば何か動揺するかなー…なんて考えていたけれど…霞は全く動じることはなかった。

 

(…やっぱこれ、枯れてるなぁ )

 

「分かった分かった…それより妹紅?何だかお前、昔よりも口調が柔らかくなってるけど…何かあったのか?」

「そ、それは…今は関係無いだろ!?いいからはーやーくーッ!もっと押し付けるぞこんにゃろう!」

 

「はいはい…」

 

霞は裸でくっつく妹紅に手を焼きながらも少し大きめの温泉を創り出した。…どうやら昔よりも妹紅の夜の森に対してのトラウマはかなり薄れているらしい。それなら星を見ながら入るのもまた、良いものだろう…

 

そう思い、霞が先に入ったのだが…妹紅はすぐさま飛び込んできた。

 

…霞の膝の上へと。

 

 

 

「ひゃー…久しぶりだねぇ…この温泉。あ、霞さー…ちょっと抱きしめてくれない?なんか今凄いいい感じなんだけど」

「…どうしてお前はこんなに広く作ったのに、わざわざ私の膝に座るんだ…?」

「だってその方が話を聞きやすいし…それとも私、霞に近づいちゃダメなの?」

「…いや、そんな事は無いけどね?お前も女なら、少しくらいの恥じらいは持った方がいいんじゃないか…?」

「色んな女と混浴する男に言われたって信憑性がゼロに等しいよね、それ。」

「……そうだね。どうやら私が悪かったよ」

 

…この言葉って実は最強なんじゃないだろうか?してやったりと言っているかのような顔を霞へと向ける妹紅はふふん、と笑って霞へともたれかかってきた。

 

 

 

「それじゃあ理由…教えてもらおうかな?」

「分かったよ……って、ん?この妖力…誰かがこちらに向かってきてるな。妹紅…どうする?逃げるかい?」

 

遠くからこちらへ向けて、誰かが一直線に向かってきていた。逃げるという判断が1番に出るのも自分の情けない所だなぁ…そんな事を思いながら、霞が妹紅にそう聞いてみたものの…妹紅は全く慌てた様子を見せなかった。そして何事も無いように口を開くと

 

「あ、大丈夫だよ。多分これ、私の友人だから…」

 

友人、という単語に霞がピクリと反応した。妹紅は内心でやっぱりかー…なんて考えながらも霞の質問を待ってみた。

 

 

「…友人かい?そうか。やっぱりお前の事をきちんと理解してくれる人はいたんじゃないか…良かったな、妹紅」

 

割と素直に褒められてしまった。妹紅自身が昔、友人が出来るなんて全く考えていなかった。自分は独りで生き続けなければいけないと本気で信じていた位だった。

 

…その考えも、一人の温泉好きな妖怪に変えられてしまったけど。

 

 

「…うん。けど、私が今ここにいられるのは…霞のおかげなんだよ?その辺ちゃんと分かっておいてね?」

「そうか…なら私にも紹介してくれないか?私もこの幻想郷に腰を据えることにしたからね。出会いは多い方が良いだろう?」

 

「え!ここに住むの!?イイじゃんそれ!で…一体何処に住むっていうの?やっぱり人里に住みたがってる感じ?」

 

昔から霞は人里に住んでみたいと零していたことが何度かあった。だから霞が人里に住むのならこちらとしても喜ばしいことなのだが…

 

 

 

「ああ、人里ではないよ?私が住むのはーーー」

 

霞がそこまで言いかけた時…草をかき分けて1人の少女が2人の前に現れた。その少女は必死な顔をしながらこちらを向くーーーが、その瞬間に固まってしまった。

 

 

 

『妹紅ッ!?一体何がーーーーー…え?』

 

霞と妹紅の状態を見て、ぐんぐんと少女の顔が茹だってゆく…真っ赤に染まった顔がなんとも新鮮だった。最近、顔を赤くしていた椛や霊夢、パチュリーやレミリアを遥かに越える程に真っ赤だった。

 

 

「ん?慧音じゃん…どうかした?」

 

何事もないように少女……慧音へと話しかけた妹紅を見て、慧音の口が開く……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何をやってるんだお前らはぁーーーッ!!!!!』

 

 

森の中に、慧音の絶叫が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ソシャゲのイベントが終わったのでこちらに力を…
作者は気分屋なのでペースもまちまちになると思います。詰まる事はあってもエタる事は無いでしょう…とか言っておくと後にやる気が出るのでここに書いておこう…


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寒空と不死者と温かい羽衣

早朝から目覚めてそれ以来寝られ無かった…
学校が休みだったから良かったものの
この昼夜逆転は洒落にならない…どうしよう?

睡眠に悩むお年頃です


…どうしてこうなったのだろうか?

 

 

 

 

 

今、上白沢慧音は………何故か温泉に入っている。

 

 

隣に、男がいる状況で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

( どうしてこんな事に…?私は1人で見張りをしていた妹紅の様子が気になってここまで急いで駆けつけた筈だよな…?それがどうして、こ、混浴なんかをする羽目になったんだ!?)

 

 

慧音は今、出会って10分程度しか経ってない男の前で…今まで男になんて1度として見せたことの無い肌を晒してしまっていた。

 

羞恥に悶える慧音。

 

…しかしその男は妹紅と和やかに談笑していた。

 

 

「おーい慧音?何で霞と逆方向を向いてるんだ?女の裸なんてとっくに見慣れてる霞には、羞恥を持って対応しちゃあダメなんだぞー?」

「な、何を言ってるんだお前は!そもそもこうなったのはあの時お前が私をーーーーー…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この現場へと辿り着いた時、自分の友人が裸で、見知らぬ男の膝の上に乗っている姿を目撃してしまった慧音は…あまりにも現実離れした光景に、思わず絶叫を上げてしまった。

 

 

 

『妹紅ッ!?こ、これは一体どういう事だッ!?お、男に裸を見せるなど破廉恥の極みではないかっ!人が心配して様子を見に来たというのに、お前というやつはどうしてこんな『霞ッ!!』…きゃっ!?』

 

 

しかし、ここは夜の森の中。大声を出せばその分危険な妖怪と出会ってしまう可能性が上がってしまう…だからこそ、妹紅の一声によって男の近くから突然布のような物が現れたかと思った瞬間。そのまま慧音へと巻き付いて、あっさりと慧音を拘束してしまった。

 

『ふむっ!?むむむーッ!!!むむむ!』

 

…慧音の背丈は妹紅よりも小さい。見た目からして、妖精達よりも頭一つ分大きい程度だろうか…?だからこそ、見た目の幼い少女の身体を羽衣で拘束して口まで押さえるというのは……非常に世間体が悪く、主に霞の精神面をガリガリと削って行く程に危ない現場となってしまっていた。

 

 

『…妹紅?流石にこれはちょっと…』

 

『いや、言いたい事は分かってるよ?けどここに別の妖怪が来たらシャレになんないし…仕方ないじゃん?』

 

『んむ!むむむっ!』

 

身体に巻き付いた羽衣を引き剥がそうと慧音は必死に藻掻くものの…動く分だけ、更に羽衣はキツく身体へと締まっていった。身体に害が及ぶほどの強さでは無いものの…今まで縛られたことなど無い慧音は、羞恥によってパニックを起こしてしまっていた。

 

『あー…慧音?ちょっと落ち着いてくれない?いや、裸の私が言うのも説得力無いかもしれないけど…私だって最初に温泉に入れられた時は割と恥ずかしかったしね?でも、この妖怪…霞って言うんだけどさ。私にとっては恩人みたいな存在なんだ…』

 

『…んーッ………んむ?』

 

それを聞いた慧音は少し落ち着きを取り戻したのか、こてりと首を傾げる…どうやら自分の話を聞いてくれる様だと判断した妹紅は口を開くと

 

…千年以上前。全てに絶望していた妹紅が、霞と初めて出会った時の話を始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

 

 

それは、緑だった葉が全て枯れ落ちた…特に気温の冷え込みが激しかった、ある冬の日の事だった。

 

 

 

 

『……ん……寒い…な。もうそろそろ、冬…か…?……後、何回これを…越えれば、良いんだろうな……?』

 

 

もう、数える事を止めてしまう程に妖怪に襲われ続けた妹紅。今、妹紅へと襲いかかっているのは…強烈な肌寒さだった。今朝から何もすること無く、ただ。ずっと冷たい地面へと倒れ込んでいた。

 

ふと、辺りを見渡してみるけれど…暗くて見づらい。

…まぁどうせ近くにあるのは、葉が落ちきって枯れた細々とした木々と、夥しいほどに流れて地面を黒く彩っている自分の血痕だけだろう。

 

 

そんな光景を達観して見ている自分はもう、とっくに狂ってしまっているだろう。

死んで再生する事を延々と繰り返した結果、妹紅の心はもう。既に壊れてしまっていた。

 

 

 

 

妹紅は独り、思考に走った。ロクな答えなど出やしないが…まだ、何か考えていた方が気が紛れる。…最初に自分が死んでからもう、何度自分は喰われたのだろうか?そして何度、自分で喉を掻っ切っただろう?

 

…何度、今自分は生きているのか死んでいるのかさえ曖昧な現実に……絶望したのだろう?

 

 

 

生きたくても、殺され。死にたくても死ねず。ひび割れ、冷え切り。廃れて壊れてしまった妹紅の心はもう、この現実から耐えきれなくなっていた。

 

 

『…誰か、私を殺してくれないかな…』

 

 

そんな事を呟いた時、近くに妖力の気配を感じた。

 

( 今日もまた、中途半端に喰われるのか……いっそ殺し切って欲しいのに。もう、私が死ぬ為にはこっちから襲われに行くしかないのかな…)

 

 

その妖力はここ数年で稀に見る程に強かった。これならば、私を完全に殺してくれるかもしれない…!

 

そう思った妹紅は行動に動いた。芯まで冷えきって動きづらい身体を引きずりながら、ボロボロの身体でその妖力の持ち主の方へと近づいていった。

 

 

そしてその妖怪の顔を直視する直前、妹紅は地面へと倒れ込んだ。傷ついた心によって、身体を動かす気力が尽きてしまった。

…いや、そんなものは元々無かったのかもしれない。1秒でも早く、この地獄から抜け出したかった。もう、どうにでもなれ…そんな、諦めの感情を胸に秘めながら。

 

 

 

 

『…?そこのお前…人間…じゃ、ないよな?こんな所に人間がいる訳ないし…一体どうしたんだ?もうすぐ夜が来るのに山奥で1人でいるなんて…』

『…………ッ!?』

 

 

その妖怪は、どうやら若い男だった。

ゆっくりと顔を上げた先で見えたのは、妹紅と同じ白髪を片方に髪を結い上げ。淡い水色の浴衣と真っ白な羽衣を身につけている……今まで妹紅が見たことも無い雰囲気の妖怪だった。

 

 

『そう身構えないで欲しいんだけどね…ん?お前、服が破れてるじゃないか。…何があったんだ?』

『…ッ…お前も…妖怪か…?また、また私を喰らう気か……いいよ。もういい…こっちは慣れてんだよ、さっさとしろ…』

 

( 妖怪が、一丁前に自分の心配をしている…?

…そんな事、あるはずが無いだろう…ッ…!!!)

 

しかし妹紅はそれを流して目を瞑って抵抗することを止めた。何故なら妖怪の中には恐怖の感情や悲鳴などといった物を主食にするものも中には居たからだ。

 

…話す妖怪は、妹紅を長い時間をかけて嬲っていたので1番嫌いな類だった。

妖怪の話なんて聞くだけ無駄だ。そんなもの、信じた所でロクな目に合わない…

そう思った妹紅は口を閉じたまま、男を睨みながら身体の力を抜いて行った。

 

 

『…あぁ。どうやら訳ありの娘らしいね…ここで会ったのも何かの縁だ。…少し話さないか?』

『………あ?妖怪の言葉なんて信じないに決まってんだろ…どうせお前だって私を騙しー…ッ!?は、離せよッ!私に何する気だッ!?』

 

 

しかし、男は話を突っぱねる妹紅を見て少しだけ何かを考え込むと…その首に巻かれていた羽衣が、突然妹紅の身体へと巻きついてきた。

 

一体何事かと思い、目を見開けると、自分の身体は男の羽衣に締め付けられていて全く動かせなくなってしまった。

今までと違う妖怪を見て妹紅が心に恐怖を湧かせた時。…男はそのまま地面で拘束されていた妹紅を両手で持ち上げた。…そして、裸だった妹紅の身体を温めるように羽衣を巻き直すと……薄暗くて分かりにくかったけど、ニコリと笑い。呆然としていた妹紅の顔を見つめ、微笑みを浮かべていた。

 

 

『今、住んでる廃屋が近くにあるからそこで話そうか。ここに来るまでに厄介な妖怪に出会ってしまってね?…私も他の妖怪との面倒事はなるべく遠慮したいんだよ。

まずは冷えた身体を暖めないとね…それに、酷い匂いだ。こんな子供が一体何をしてたんだ…?』

『お、おい!まだ私は何も言ってー…ちょ、は、離せぇぇぇぇぇぇぇえぇえッ!?!?』

 

 

妙に手慣れた手つきで抵抗出来ない妹紅を運び始めた妹紅の心は…自分でも収拾つかない程に混乱しきっていた。

 

 

( な、何なんだよこの妖怪…これから私を廃屋に連れていって、何を話す気だ…?…いや、そんな事より本当に妖怪がこんなに流暢に話すことなんてあるのか?今、特に私と話して得ることなんてこの妖怪には無いはずだ。……このまま廃屋に入った瞬間、自分は襲われてしまうかもしれない…)

 

 

衣服や身を守る武器を一切身につけていない妹紅に対して…この妖怪には羽衣があった。

 

この羽衣だって力を込めさえすれば、そのまま妹紅身体を締め上げる事すら可能だろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、この妖怪に対して否定的な意見を内心で浮かべ続けている妹紅だが…

 

 

…しかし、それとは別の事も考えてしまっていた。

 

( そういや…私、微笑まれたことなんてあったっけ…?)

 

妾の子だった妹紅は街では常に人に嗤われ、貶された。

…しかし家では厄介な存在として扱われ、周りにいたのはいつも怒鳴る姉妹や自分を無視する女中ばかり。化け物になって出会った妖怪達も皆、妹紅を餌としてしか見なかった。

 

 

 

( ホント、なんなんだろう。この妖怪…)

 

 

妹紅の事を悪意の籠らない…そんな瞳で見つめてくれる存在は、この妖怪が初めてだった。

 

化け物になってしまった妹紅の抱える絶望を見て、それでも話さないかと聞いていた存在も初めてだった。

 

 

( なんか、あったかいなぁ…)

 

…羽衣や男の両手から感じる熱を感じたのは…幼い頃の、たまにだけ自分を抱きしめてくれた父によく似ていて…とても温かかった。

だからこそ、妹紅は抵抗することを辞めた。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────────

 

 

『まぁ、出会いはそんな感じだったんだよ。…いやー今でも忘れらんないね、出会って即座に縛られるなんて中々ないし』

『私もまぁ、少し疲れてたからね…あの時はすまなかったね』

 

『霞だから許す。だからもう少し強く抱きしめて?』

『はいはい…何だか最近、やたらと甘えられてるような気がするな…?』

『え?もうそんなに落としたの?霞ったら手が早いねぇー?』

『いや、そんな事は無いと思うけどね…?』

 

 

 

『…むむ』

 

慧音は過去の妹紅の話を聞いて、胸が締め付けられる程に痛くなった。そして、今までは誰にも教えようとしなかった過去を話すきっかけになった男に対して…いつの間にか、興味を抱いていた。

 

 

『あ、話逸れちゃったけど…その後もまぁ、色々あったんだけど…出会い頭にすぐさま縛られて廃屋連れ込まれて…一体何されるのかと思ってたら…

『私と風呂に浸からないか?』

なんて言うんだから…唖然としちゃったよ』

 

 

『…む!?』

 

その言葉によって慧音の顔に熱が戻る。失礼な紹介だが…あながち間違ってもいないため霞は自己紹介を始めた。

 

 

『…慧音、でいいのかな?名乗り遅れたけど…私の名は霞といってね?ただの温泉好きな妖怪だよ。

それと…妹紅の理解者になってくれて、ありがとう』

 

男は心底嬉しそうに慧音へと微笑みを向けてきた。

そして…それを聞いた妹紅も口元を緩めて笑っていた。

 

『…ね?まぁ、そんな訳だから…慧音もこの温泉、入ってみない?霞は良い奴だし…大丈夫だから!…それに慧音って男と温泉に入るなんてした事無いでしょ?それなのに男に対して隙が多いしさー…何事も経験だって言うじゃん?』

 

『んむむッ!?』

 

そう言って妹紅は指をワキワキと動かしながらゆっくりと、慧音へと近づいてきた。…身の危険を感じた慧音が身体を動かすものの身体の拘束は外れない。

 

『それじゃあ脱ごうか!せーのっ!!』

 

目の前の妹紅が慧音の両肩に乗った時、妹紅は服を掴んでそのまま一気にずり下げたのだった。

 

 

『んむむむぅーッ!?!?!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな事があった中、慧音は全身を抱き込むようにして身体を隠しながらも隣に居る男…霞と名乗った怪しい男の方をチラリと見てみるが…

 

妹紅と話すばかりでこちらを見ようともしなかった。慧音はここに来る前、不本意だが教え子に自分の身体について語られてしまったので…必要以上に視線を気にしてしまっていた。

 

 

そんな霞へ妹紅が話しかける…

 

 

「なぁ…霞って今どこに住んでんの?ここ来たばっかりなんでしょ?」

「ん、そうだね…妖怪の山に今度、私の家を兼用した温泉宿が出来るらしいんだよ」

「へーっ………え?何それめっちゃ気になるんだけどどういう事?というかここに定住するの?それ本当ッ!?」

「ここに来る前に友人に叱られてね…」

 

霞は妹紅と何やら話し込んでいた。そして突然妹紅の頭に手を乗せると、緩やかに撫で始めた。

 

「…霞?」

 

不思議そうに霞を見上げた妹紅に対して…霞は昔、妹紅の元を去った理由を話し始めた。

 

 

「…妹紅。私があの時立ち去ったのは…他の友人に呼び出されてしまったからなんだよ。私は数日だけ空けるつもりだったんだけど…思ってた以上に長引いてしまってね?…これに関しては、全て私が悪かったよ…」

「霞…」

 

 

「私もね…妹紅は初対面の時のような全てに絶望した顔をする事も無くなったし、かぐや姫に対しての強烈な復讐心も随分薄れてきていたから、頃合だと思っててね……もう、人に紛れて生きていけると思ったんだよ」

 

「霞ぃ…」

 

あの頃の妹紅は復讐心と絶望しか無かった。しかし、霞と過ごすことによってそれも薄れて心の落ち着きを取り戻す事が出来た…

 

妹紅がまた、人として生きていける様にしてくれたのは…間違いなく霞のお陰だった。

 

 

しかし、その次の言葉によって妹紅は固まった。

 

 

「それに、あの時はかぐや姫…いや、『蓬莱山輝夜』って言った方がいいんだっけ?輝夜も大変だったんだよ…」

 

「…え?どうして霞がアイツの本名を…?って、ま、まさか…?」

 

 

 

妹紅の頭に蓬莱山輝夜……同じ不老不死の少女が思い浮かんだ。会えばいつもお互いに殺し合い、自分が生きている証を確かめ合う関係になった…憎き、そして他に代えがたい存在だった。

 

そういやアイツ、1度だけ理想の男のタイプ語ってたけど…あれ?何か嫌な予感してきた。

 

 

 

 

もう何度目か分からない程の殺し合いを続けた頃。

復讐心ではなく、少しの信頼関係を…認めたくは無いけれどもお互いに築いていた。

 

『なぁ…お前って昔あんなにモテてたのに…今は誰も来ないよな?やっぱ昔の人間は美的感覚がおかしかったのかねぇ?』

 

妹紅の目の前にいる、輝夜の額に青筋が走るー…

 

『はぁ!?アンタ負け犬の分際で何言ってんのよ!それに私、あの時代の男ってほぼ全員嫌いだったもの。アンタの父親みたいなロリコン野郎は1番嫌いだったわよ!!」

 

妹紅の額に青筋が走った。

 

『あぁ!?人の父親廃人にしといてその言い草かよ!だったら誰なら良かったんだよえぇ!?』

『そんなの優しくって背が高くて私のこと…『かぐや姫』じゃなくて、1人の『蓬莱山輝夜』として見てくれる…そんな人が良いに決まってるじゃない!」

 

 

 

 

 

 

なんか、そんな事を言っていた気がする…そして、霞を見た妹紅は気づいてしまった。その、好みに見合った男の存在に…

 

 

「か、霞…お前、まさか…?」

 

 

 

 

 

 

 

「そうだね…私は、かぐや姫とは知り合いなんだよ」

 

 

 

「やっぱりかぁぁぁぁぁぁあぁあッ!?!?!?」

 

 

 

今度は、妹紅の絶叫が森へと響いていった…

 

 

 

 

 

 



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生と刺激と渾身の頭突き

「ちょ、ちょっと待って!?霞、あの輝夜と面識あったの!?」

 

「あぁ…妹紅に会う数年前に知り合ってね?」

 

「えぇッ!?よりにもよって私の方が後なの!?どうしてそれをあの時に言ってくれなかったのさ!?…そしたらもっと早くにアイツを殺せたのに!!!」

 

「いや……私お前が憎んでた相手が輝夜だってことを知ったのは、お前が私の呑んでた酒を勝手に飲み干して盛大に酔っ払ってた時にお前がポロッと言った

『大体父上もおかしいんだ!!どうして私と同じ位の年の女に求婚なんてするのさ!??あんなにプライド高そうな自己中女の何処がいいんだよ!』

って発言を聞いたからだぞ?それにその後、幸せそうに眠ってしまってたし…わざわざ起こすのも忍びないと思ってね。朝起きたら伝えようかなー…なんて思ってたんだけど……

…まぁ、タイミングを逃しちゃってね。そのままズルズルと伝えられないまま時がたってしまったんだよ。…何だか、悪かったね?」

 

「酒…それって霞と出会った初日じゃん!え、それから数年間も一緒に過ごしてたのに教えてくれなかったの!?霞ってば忍びすぎだよ何やってんの!?」

 

 

霞と出会った時の妹紅は…思い出す限り、かなり舞い上がっていた。初めて自分の事を真摯に求めてくれた霞に、妹紅は甘えていたのだろう……霞はの持っていた食べ物は美味しかったし、温泉に入った事も初めてだった。妹紅に対して霞は優しく微笑みながらずっと、自分の話や過去のちょっとした愚痴なども話してくれていた。

 

そして霞は世界に絶望していた妹紅の心を癒してくれた上に、人間として過ごせるようになる為の生きる術まで教えてくれた。読み書きと簡単な計算は元々出来た為、人間に対する礼節や物の買い方を教えて貰った。更に陰陽師のように、妖怪を払って生活ができるように色々な術まで教えて貰った。

 

妹紅は必死で術を学んだ。もう、妖怪に対して喰われるだけじゃない事を知らしめてやる為に。何年もかかる修行に必死に喰らいついていた。

 

 

何もかも、全ての元凶であるかぐや姫を見つけだして、この手で殺す為に。

 

 

身を焦がす程のかぐや姫に対する復讐心はとても強く、もはやそれが、今の妹紅が生きる為の精神的な支柱となってしまっていたのだ。

 

 

 

だからこそ、霞は憎しみが過度に溢れない程度に妹紅の心の傷を癒し続けながら…かぐや姫と出会った事を伝える事を己の中で禁じていた。平穏な日々を過ごしながら、この先妹紅が心身ともに強くなれるように。

その手で自分の居場所を手にするまで、様子を見ながら共に過ごしていた。

 

 

 

今、絶対にかぐや姫と出会わないように……細心の注意を払いながら。

 

 

 

 

「…私も黙ってる事には罪悪感もあったよ。騙し続けて恨まれる覚悟もしていた。妹紅だって寝言で『輝夜…ぶっ殺す…』とか『絶対に見つけ出して燃やす…』なんて言ってる始末だしね?

…それでも朝になったら

『ねぇ霞ー?なんか変な夢見たから汗かいちゃってさ。温泉入らせてー?』

なんて笑顔で笑いかけて来るんだから…どうにかして、お前にさ健やかに過ごして欲しくてね。私も力になってやりたかったんだ」

 

「そ、そんな事もあったかな…?でも、どうしてその時に輝夜にあったらダメ………って、あ…そういう事か…」

 

 

妹紅は、己の過去を振り返って気がついた。

 

 

生い立ちが過酷だった為、復讐心や憎悪の感情を持つこと自体は仕方なかったのだが…あの時、力をつけないまま。幼い子供のような思考でかぐや姫と出会っていれば…妹紅は今、どうなっていたのだろう?

 

 

仮にその時にかぐや姫を殺したとして、自分を構成する中で最も太いであろう精神的な支柱を失った妹紅はそのまま今のように、沢山の辛いことを乗り越え、身を預けられる程に信頼出来る友達が出来るまでの時間を強く生き続ける事が出来ただろうか…?

 

 

答えは、否だろう。

そんな状態では、また死ねない亡霊へと逆戻りだ。

 

 

 

 

 

 

 

「…確かに、霞の言ってることも分かる……でも、何で妖怪が都に行こうなんて思ったのさ!あそこって陰陽師とかいっぱい居るから妖怪が入り込むなんて、滅茶苦茶危険な筈でしょ!?」

 

しかし妹紅はそれよりも気がかりだった事があった。あの時代は今のように人間と妖怪が共存出来るなんてことは…絶対に不可能だった。

都には名うての陰陽師達が集い、常に人間と妖怪は対立関係だったのだ。

 

そんな時代に霞のような妖怪を受け入れる人なんて居るのか…?いや、いない。皆が霞を退治しようと躍起になる筈だろう。だからこそ妹紅は怒り、責めるような目を霞へ向けた。

 

 

 

 

 

すると霞は突然。感傷に浸るような、落ち着いた雰囲気を出し始めた。妹紅は少し毒気を抜かれながらも何か、地雷を踏んでしまったのかと不安な眼差しを霞へ向けると………霞は思い出を懐かしむように柔らかく微笑みながら、妹紅の頭をゆっくりと撫で始めた。

 

 

 

「…あぁ、妹紅も私を心配してくれていたのか…すまない、気づかなくて。当時、私は長く住んでいた森から出てきたばかりでね…?…無性に誰かと会いたかったんだよ。

だから友人と旅をしていたんだ。すると丁度近くに都があったものだから…試しに赴いてみたんだよ。それに、私だって自衛の手段はしていたさ。けど、受け入れてくれた人は居たよ。そして輝夜とはその時に出会ってね……

…けど、長くなるからこの話は今度話すよ。いいね?」

 

 

そんな顔をされたら怒るにも怒れない…当然厄介事もあったのだろうけれど…何より、霞がこうして笑う時はいい出会いがあった時だ。霞はその事を今でも嬉しく思ってるのだろう…

 

 

「…もう、またそんな顔して…仕方ないなぁ。じゃあ今度絶対に教えてよね?…それと輝夜の奴、私より先に霞に会ってたとか腹立つな…よし。今度輝夜に会ったらぶっ殺そう。跡形もなく消し炭にして…頭が冷えた頃にあいつの話を聞いてやろう」

 

 

霞の目の前で小声で漏らし続ける妹紅の言葉は…なんというか、不死者にしか理解できない言葉だった。老いることも死ぬことも無く、長い時を生き続ける不死者にとっては…痛みを伴う勝負というものもまた、生を感じるために必要な事なのだろう。

 

 

…霞自身。何も起こらないまま独りで過ごした数百年を思い出すと…やはり、次はもう耐えられそうになかった。この世界を生きていく上で、退屈や孤独というものは敵でしかない。永い時を生きる妖怪にとって味気無い日々や変化の無い日々が続いてしまうと……いくら強靭な身体を持つ大妖怪だとしても意味などない。身体ではなく、その心が渇ききってしまうからだ。

 

 

退屈が続けば妖怪は無気力になる。孤独が続けば妖怪は壊れてしまう。そんな風になってしまった妖怪は……自分の身体を維持する妖力が枯渇してしまってそのまま消滅してしまうか、壊れた心に狂気が宿ってしまうかの2択だ。

 

 

それ故に、妖怪達は己の心を充実させることに対して貪欲である。…そして、だからこそ今。この幻想郷で生きる妖怪達は…各々、心の潤いを求めて色々な楽しみを見つけ出すことに成功していた。

 

 

天狗は哨戒任務や各自で新聞を作ったりして組織の維持と発展を図り、河童達は日夜技術の進歩に熱意を注いでいる。毎日酒を飲む鬼や我儘な主人に仕える従者達…悪戯や弾幕ごっこで遊ぶ妖精。他にも花や昼寝や説教など、多種多様な事を生き甲斐としている妖怪達もいた。

 

 

紫の様に大きな夢を持つ事も良い。

天魔の様に長として振る舞うのも良い。

 

紬がカスミン補給するのも…まぁ、良いのだろう。

 

 

 

そして霞にとっての温泉のように…妹紅や輝夜の生活にとっての殺し合いとは、2人が『生』を感じられる…大事な慣習にまで昇華された一種の恒例行事の様なものなのだろう。

双方が敗北の痛みや悔しさ…そして勝利の喜びや満足感を得ることの出来る、お互いの心を潤すための殺し合いだ。

 

 

そして次、輝夜と会った時は…燃やすと決めた。

昔のような復讐心はもう、持ち合わせてはいないのだけれど。生憎たった今…輝夜に対して妹紅の心を焦がす程の激情が生まれてしまった。

 

 

「…輝夜もここに居るのは紫から聞いてるから分かってるんだけどね?どうにも『永遠亭』という場所の在処が分からなくってね…妹紅は知ってるかい?」

 

 

妹紅は閃いた。輝夜を合法的に燃やす方法を…

 

 

「…うん。知ってる…じゃあ、私が案内してあげるよ。輝夜が住んでる所は、慣れてないと迷って出られない深い竹林だからね…大船に乗ったつもりで私にどーんと任せといて?」

 

「あぁ…ありがとうね?妹紅」

 

「いやいや…私も丁度アイツに会いたくなってね…そうだ!明日連れて行ってあげるよ!……あはは…楽しみだなぁー…?」

 

 

妹紅の浮かべる能面のような笑みが非常に気になるけれど…霞はスルーする事にした。…なんだか藪をつついてしまう気配がして仕方なかったから…

 

 

「それと…慧音?そんなに緊張されると何だかこちらも落ち着かないんだが…」

 

膝の上の妹紅と話している中。隣にいる慧音は顔を赤くしたまま身体をガッチガチに固めて目をつぶっていた。

 

 

…ここまで強靭な羞恥心を持った女性は久しぶりかもしれない。こちらが逆に新鮮さを感じてしまう程の緊張っぷりが、霞は気になって仕方なかった。

 

 

「わ、私の事は気にするなッ!!」

「いや、そうは言ってもね…?…あ、もし良ければ慧音のことを教えてはくれないかな?」

 

「へぇッ!?わ、私の事!?」

「え、なんで霞が慧音の事を…って、まさか!!」

 

 

妹紅は突然話を振られて驚きながら、細い腕で自分の身体を隠す慧音を見つめる……と、脅威に思ったことが幾つかあった。

 

( …!?そ、そう言えば慧音は人里の中でもトップクラスの美人だった!それに頬は真っ赤なのに透き通った蒼の瞳とか、濡れて身体に張り付いた銀の髪とか……何かめっちゃ色っぽく感じるッ!?しかも私より背が小さいのに胸が私より大きいとか反則じゃんッ!!!私なんて蓬莱の薬を飲んでから身体の成長止まっちゃったのにぃッ…!!)

 

湯に浸かった慧音から漂う溢れんばかりの色香を感じた妹紅は…愕然としていた。自分だってそれなりに長く生きてきた筈なのに……どうしてここまで色気に差が出てるんだろう…?やっぱ胸なの?

 

妹紅が心で涙を流す…そんな中。当の慧音は

 

 

( ど、どうして霞は私の話を聞きたがるんだ!?ま、まさかこれが里の皆がよく話していた『なんぱ』というやつなのか…!?ってダメだ!!里の守護者であり、多くの人間達の見本であるべき教師である私が…そんな破廉恥な事を受けてはいけないッ!!!……だがしかし、霞は私に対して興味を抱いてるのも事実。この温泉の事や妹紅のこともあるし…もしかしたらこの男は仲良くするべき相手かもしれない…?…というか私、混浴なんてしてるし…今、世界で1番破廉恥なんじゃないのかッ!?!?)

 

 

…大パニックだった。まぁ、無理もないだろう。慧音にとって教え子を家に招くことはあっても、風呂を共にした事など1度も無い。人一倍初心だった慧音は、成人した男と手を握った事すら皆無だった。

 

混浴なんて、まさか自分が体験するとは思ってもみなかった事だった。不健全であり、破廉恥極まりない行為のはずなのに………そのはずなのに、慧音はこの温泉に入ってから…密かに身体に心地良さを感じてしまっていた。

 

悪い事だと思っていた混浴が…実は心地良い事だと知ってしまった慧音は考えた。必死になって自分の納得できる答えを探していた。

 

 

 

そうしないと、男の妖怪と混浴している自分がとても不埒に見えて仕方なかった。口ではあれだけ不潔だ!破廉恥だ!と、口酸っぱく言ってきた自分を全否定する事になってしまう…

 

 

 

わたわたと顔を真っ赤にしながら慌てる慧音を見て、何か不味いことでも言ってしまったか?…といった顔をしている霞は言葉を言い換える。

 

 

 

 

 

 

…それが、特大の地雷だと気付かずに。

 

 

 

「ああ…私は昔から共に湯に浸った人の話を聞くのが好きでね…別に慧音に気があるとか、身体目当てとかそういった意味では無いよ?流石に子供相手に邪な考えを持つなんて無粋な真似はしないさ…」

 

 

「……は?」

 

 

 

 

慧音の身体から熱が一気冷めていった。さっきまでほのかに揺れ始めていた霞への信用は……大きな音を立てながら、一気に崩れ落ちてしまった。

 

慧音の禁句を言ってしまった霞を見て、妹紅は慌ててそれを訂正するように叫んだ。

 

 

 

 

「…あ、霞のバカッ!それ、慧音の禁句ッ!?慧音はもう100年以上生きてるワーハクタクなんだよ!?お、落ち着け慧音!霞はこう見えて長い事生きてるジジイみたいなもんだから仕方ないって!ほら慧音も背は確かにちっちゃいけど、それを補えるほど胸は大きいじゃな…ってちょ、力強いって何で私の方向いてるの!?ご、ゴメンって私が悪かったから少し落ち着…『天誅ッ!!!』

 

 

 

 

妹紅が慌てて慧音を止めようと肩を掴んだ瞬間。振り返った慧音が大きく後ろへ頭を振りかぶり……強烈な頭突きが妹紅を襲った。

 

 

ゴインッ

 

 

「ぎゃあああああああッ!!!頭がッ!!!頭蓋が砕けるぅぅぅぅうぅうッ!?!?」

 

 

 

 

直接脳へと響く様な激痛に悶える妹紅は……そのまま温泉へと沈んでいった。獲物を狩り終えた慧音はゆっくりと、もう1人の獲物へである霞へと近づいていく。慧音の長い髪の間から、怒りによって紅く染まった眼光がゆらりと動いたのが霞の目に入った。…そして慧音が一気に距離を詰めたかと思った瞬間。スラリとした細い指が霞の両肩を掴むと…そのまま信じられない程強い握力によって、その場に霞の身体を固定してしまった。

 

 

「……ハ……ナ…」

 

 

小声で何か言葉を零しながら、慧音は徐々に頭を振りかぶってゆく…もうそこに、裸を見せることを恥ずかしがっていた慧音の姿は無かった。丁度、霞の目の前に慧音に身体が晒されるが…隠す素振りなど一切見せず、ただ目の前にいる霞の顔を見据えていた。

 

 

「…慧音?もう聞こえてないかもしれないけれど…これだけは言わせてくれないか?」

 

 

 

その言葉に慧音の動きがピタリと止まった。一体何を言う気だろうか?…ここで自分を子供扱いした事を謝罪をすれば、少しだけ手加減してやろうかと思っていた慧音だが

 

 

 

 

「…この状況で言うのも忍びないんだけど…流石に私の目の前に立たれてしまうとね?もう、どうしようも無く目のやり場に困ってしまうんだが

『天誅ーーーーーッ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

先程の妹紅への頭突きよりも高速で真下へと振り下ろされた慧音の頭が霞の脳天を襲った。頭蓋が砕けるかと錯覚す………いや、これ多分ヒビが入っただろう。それ位痛い。紬の『ぶっ飛び霞ちゃん』と張れる程の激し過ぎる痛みが霞を襲ってきた。

ゴチン…なんて可愛い音はしない。何かドゴォンとか聞こえた。…これ、本当に頭突きのレベルなんだろうか…?

 

 

 

 

 

 

 

薄れゆく意識の中。霞は昨日と今日の事を思い返していた。

 

 

 

朝、顔面を紬に殴られた。

 

昼、魔理沙に腹部へ突撃された。

 

夕方にはフランの強烈なタックルが腰を襲った。

 

 

…そして夜。妹紅の助走付きの強烈な膝蹴りと慧音の必殺の頭突きをその身に受けた。

 

 

 

 

 

 

 

( …多分、この世界で生きる限り…こんな風に、何かしらの痛みを受け続ける事になると思うけれど………

退屈だけは、しないんだろうな…)

 

 

 

そんな事を確信しながら、本日3度目になる気絶へ霞は意識を溶かしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今、温泉に立っているのは…渾身の頭突きによって生じた多少の痛みで少しだけ冷静さを持ち直した慧音だけだった。

そして自分の胸元へと崩れ落ちてきた霞を慌てて受け止めながら、自分の胸の中で気絶している霞に大声で宣言した。

 

 

 

 

 

「人を身長で判断するなんて言語道断ッ!!!私は大人だッ!年長者だッ!!!子供扱いするな大馬鹿者ォーーッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

そんな慧音の心からの叫びは静寂の森へと響き、やがて闇の中へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな慧音達の姿を遠くから1人の鴉天狗が覗いていた。漆黒の髪と羽を宵闇へと溶かし、胸から取り出した手帳にその光景と倒れた霞の様子を慣れた手つきでメモし始める…

 

 

 

 

『…スクープ…頂きですねー…?』

 

 



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強さと荷物と森の妖怪

ちょっとずつ直しながら書いてるので
遅れましたが
まだまだ書いてきますよー!


「ひぃぃ…まだ、つかないんですかー…?」

 

美鈴は情けない声を上げてながら…自分の先を飛んでいる上司に話しかけた。足場の悪い山道をなんて事ないように進む上司…十六夜咲夜は呆れた顔を美鈴へと向けつつ、溜息を吐いた。

 

「私はもう何度、同じ事を聞かされ続ければいいのかしら?もうすぐだから…泣き言なんて言わないでくれない?」

「だって咲夜さん…これ、一体どれくらいの量のおにぎりが入ってるんですか!?何かナチュラルに渡された割にはこれ、めっちゃ重いんですけど!?」

「黙って飛び続けなさい。貴方が背負ってるのなんてほんの300人分じゃない…そんなの量、お嬢様達に持たせるわけにはいかないんだから…」

「あ、はい…って、それでも私の持ってる量多すぎません!?300人分ってケタがおかしいですって!…それとさっきから思ってたんですけどこれ、実際7対3で私が多く持ってますよね!!明らかに咲夜さんと私の荷物の量が違うじゃないですかー!?」

「…?何言ってるのよ?貴方は妖怪なんだからそれ位軽く持てるでしょう?…それとも何?貴方は荷物持ちより…仕事をサボった罰は

『こっち』の方がお好みなのかしら?」

「ヒイッ!?」

 

そう言って咲夜は懐から1本の銀のナイフ取り出すと…それを美鈴の目の前へと突きつけた。

刃こぼれなど一切無い、綺麗に研がれたその刃は…淡い月の光を反射して、その身を美しく輝かせていた。

 

 

 

…そのナイフの持ち主から、心の臓まで凍りつく程の凍てついた眼差しを向けられた美鈴は、滝のように冷や汗を流しながら飛ぶ速度を上げたのだった。

 

 

…咲夜さん怖ッ!?

 

「うぅ…分かりましたからナイフは勘弁して下さいよー…確かに居眠りしてた私も悪かったですけど…今日はちょっと疲れちゃってて…わーん咲夜さんの鬼ー…悪魔ー…」

「だから黙って歩きなさい。鍛錬して疲れて寝るなんて…貴方門番をやる気本当にあるの?…これから会うのは鬼子母神様だけじゃ無いの。他にも鬼に天狗に河童なんかも居るんだから。

それと特に、天狗にお嬢様達の不名誉な新聞なんて作られたりしたら、とても困るのよ。お嬢様達が天狗如きに舐められる訳にはいかないから…今夜、貴方にはお嬢様達の分まで働いてもらうわよ。…簡単に寝られると思わないでね?」

 

 

有無を言わせない眼力が美鈴を襲った。それなりの強さを持つ中級妖怪の美鈴ではあるけれど…

例え天地がひっくり返ったとしても、勝てると思えないのは何故なんだろうか?

このメイド長…偶に本当に人間なのか疑わしく思う。

 

 

「あーもうこうなったらヤケですよヤケ!!!荷物がどうしたってんですかこの際いくらでも持ってやりますよええッ!!!頑張れ私ッ!こんじょーッ!!!」

「…そう。なら私の分もよろしくね?」

「ふぎゃーーーッ!?!?!?」

 

 

日が暮れ始めた山を登っている美鈴を含む紅魔館組は…妖怪の山の麓へとやって来ていた。しかしその中で美鈴だけが、突然動き出した状況に訳も分からないまま巻き込まれてしまっていた。急遽妖怪の山へと駆り出される事になり、そのまま大量の荷物を背負わされた美鈴は…地獄に襲われていた。

 

 

これも全て先に進む2人の吸血鬼の姉妹と…昼間、門の仕事をほっぽり出して武術の鍛錬に勤しんでいた事が原因だろう。

フランは初めての外出に喜び、どんどん飛ぶスピードを上げてしまった。それを追いかけるレミリアのスピードも上がってしまい、更にそれを追いかける咲夜と美鈴までもがスピードを上げざるを得なくなってしまったのだ。…完全にバテていた。

 

 

 

 

 

事の始まりは数刻前の紅魔館にて、美鈴がいつもの様に職務をサボ………昼寝を兼ねた門番をしていた時の事だ。

 

今日は天気も良く、一日中穏やかな日だった。美鈴は朝のうちに日課の花壇の手入れを終わらせると…武術の鍛錬をいつもやっている通りに一通り終わらせたのだが…

そこから更に、普段よりも鍛錬を増やしていた。

普段より数倍ハードな鍛錬を行った結果、現在身体がとんでもない疲労に苦しんでいるのだが…これには理由があった。

 

 

 

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

今朝、門番の仕事へと向かっていた時の事だった。

突然、美鈴の肌が震えるほどの強大な妖力の持ち主の存在が…複数人、館の中から感じられた。

 

『…ッ!?な、何ですか!?この桁違いの妖力…って、お嬢様ッ!!』

 

誰かがこの紅魔館を襲撃していると考えた美鈴は、その妖力の持ち主がいる部屋まで急いで向かった。無論、レミリアや咲夜が簡単に負けるとは思っていない。

…しかし、それでも勝てるとは思えなかったからだ。

 

『一体誰がこんな事を…ッて、…えっ…?』

 

長い廊下を走っていた時。突然、その妖力の持ち主の気が流れが大きく変わったのが美鈴には感じられた。さっきまでは多種多様な感情が複雑に渦巻いている重い気を感じていたのに対し、今は…喜びや幸せといった明るい感情が溢れてきたかのような、軽く晴れやかな気の流れしか感じ取ることが出来無くなってしまった。

 

 

 

余りにも掌を返したような気の流れを不可解に思った美鈴が廊下を走り続けて少し経った頃。

 

 

遂に目的地へと辿り着いた美鈴。

そしてそこに居たのは…霞と見知らぬ少女の姿だった。

 

 

『…ん?美鈴じゃないか。どうしたんだ?そんなに息を切らして…』

『え、か、霞さん?私はその、強い妖力を館の中から感じたので…様子を見に来たんです。…あの、失礼ですがそちらの方は一体…?』

『ん、ああ…私の古い友人でね…私に会いに来てくれただけだから、妖力の件は心配しなくて大丈夫だよ?』

 

霞の隣には、一人の少女がいた。

より正確に言うなら…鬼の少女だった。

その鬼の少女は霞の手を握って鼻歌を唄いながら…心から幸せそうな程の満面の笑みを浮かべていた。

 

『 フンフーンフフフーンかっすみーちゃーん♪』

 

しかしこの鬼の少女。浮かれきっているように見えるのに対して………全く隙が無かった。腕に抱きつき、頭を擦り付けているのに…まるでこちらを試すかのように笑っていた。

 

( この鬼の少女…絶対に強い。一体何者なんですかね…?)

 

警戒心を高め、その様子を観察していた美鈴。しかし、その少女は突然美鈴の視界から外れてしまった。

…!?一体何処に『あ、おはようございます?』

『ひぃん!?』

 

 

突然、背後から話しかけられた美鈴は変な声を上げながら飛び上がってしまった。慌てて後ろへ振り返ると…そこには、笑顔を浮かべた鬼の少女が立っていた。

 

『あー…もしかして門番さんかなぁ?勝手にお邪魔しちゃったのはゴメンねぇー…?だって直接中に移動した方が、霞ちゃんに会うのが手っ取り早かったから、仕方ないよね?」

『えっ…ど、どうして後ろに!?今まで霞さんの隣にいたハズじゃ…!?』

 

( ま、まさか、この鬼の少女も咲夜さんの様に時間を止める能力を…?)

 

そんなことを考えた美鈴。しかし鬼の少女は別段何か特別な事をした様子もなく、サラリと首を傾げながら説明してくれた。

 

 

『はい?別に普通に背後まで走って、声をかけただけだよぉ?…あ!それと名乗り遅れちゃったんだけどー…私の名前、紬って言うんだぁ…ただの温泉妖怪好きな鬼の女の子だよー?あはははは!!』

 

 

…何だろう、もう色々と突っ込みたい。

けれど初対面の相手だし、何よりそれが1番しっくり来てしまった。この鬼の少女が辺りに幸せオーラ撒き散らしてるのって、主に霞さんにひっついてるのが原因なんじゃ…?

 

 

 

『あ、紬さんっていうんですね…私はこの紅魔館の門番をしている紅美鈴です。…それにしても紬さんって、お強いんですね?私程度の目じゃ全然移動したのが見えませんでしたよ…』

 

 

素直にそう思ってしまった。多分、紬と名乗ったこの少女は大妖怪レベルの力を持っているのだろう。大妖怪レベルでなければあの動きは不可能だと悟ってしまう程に鮮やかな移動だった。

大妖怪まで届かない中級妖怪の美鈴は、強くなる事に対して貪欲だった。足りない部分を技術で補う為に日々の鍛錬は欠かさず行い、毎日己の気を高め続けてきた。

 

 

そして身に付けた技術と経験を糧にして、何度も色々な妖怪達に勝負を挑んできた。

 

しかし、大妖怪の多くは…そんな美鈴をたった一撃で倒すか、一撃も貰わずに美鈴をスタミナ切れまで追い込んだりしていた。

 

 

 

例えるとするなら…八雲紫は防御力は薄い。敵の攻撃を食らったとしてもその怪我の再生は遅く、後を引きずる事になってしまう。

…だが、それなら相手に攻撃をさせる暇を与えなければ良いだけの話なのだ。だからその為に強力な能力を使いこなす為の実力と、多くの知識を取り込んでいた。

既に地力が明らかに違っている為、向上心のある大妖怪には…1度として美鈴は勝つことが出来なかった。

 

 

 

 

時が流れて弾幕ごっこが普及してからも、美鈴は武術の鍛錬を続けていた。しかし皆が弾幕を使って闘うため、体術主体の美鈴はこちらも勝てない事の方が多かった。

 

 

 

フランお嬢様が一歩前進した事に対して、もう長いこと停滞が続いている自分。昨日から、実は自分が1人取り残される様な錯覚を感じていた美鈴。

そんな美鈴が少し落ち込んだ顔を顔に浮かべた時だった。

 

 

美鈴の前に立っていた紬がきゅっ…と自分の手を握った。どうしたのかと首を傾げる美鈴の前で…にこにこと笑う、紬が優しく囁きかけた。

 

 

『ええ、勿論私は強い自信があるよ?…だって私、もう霞ちゃん以外に負けるつもりなんて毛頭無いしー…それに私が強くなったの、ぜーんぶ霞ちゃんの為なんだよねー?

美鈴さんが伸び悩んでるのは心の底からこう、『強くなるための何か』…確固たる芯のようなものが足りないんじゃないのかな?

…もーっと周りをよく見れば、一体何が強さなのか。強さを何のために求めるのか……そもそも強さとは何なのか。そんな事が分かると思うよ?』

 

『っえ!?ど、どうして私の考えてた事を…?それにえっと…芯…ですか?』

 

『その通りッ!!あ、私は特に心を読むチカラなんて持って無いよ?ただ昔、男の人の考えを何も言わずに汲み取れる女性は頼れると聞いたことがあるんだよねぇー…だから、頑張ってそれを身につけたら…周りの人が考えてる事が何となく分かるようになっちゃって?

あ、因みに私にとっての芯は勿論霞ちゃんだよー!』

 

 

 

唐突な会話のキラーパス。それを霞は緩く受け取った。

 

『…それは、光栄な事なんだろうね…有難う。紬』

 

『褒められちゃった!ねぇねぇ美鈴さん?もうこれ、結ばれたと言っても過言じゃないよねー?』

『え!?あ、そ、そうなんじゃないですかね…?』

 

 

…え、そうなるの!?

美鈴が慌ててそんな事を口にしてしまうが…

 

 

『…美鈴。余り紬に流されちゃあいけないよ…私は今の所、世帯を持つ予定は無いんだけどね…?』

 

 

ですよねー…

 

まぁ、そんなことがあるわけがないだろう。

…しかしそう言いながらも霞へ引っ付いた紬を仕方なし、と言った顔で撫でる霞の姿は…とても絵になっていると美鈴には思えた。

 

 

『私たちはそろそろレミリア達の所へ行くけれど、美鈴も一緒に行くかい?』

 

そう、霞に誘われたものの…美鈴にはもう、心に新たな目標が出来上がっていた。

 

『いえ、私はこれから鍛錬をしてきますので…ここで失礼します!…紬さんの助言、心に刻んでおきます!!』

 

 

何だか今の美鈴は普段以上に身体が軽く感じていた。そしてこれから更に強くなる為の目標が定まったので、今すぐにでも鍛錬を積みたくて仕方がなかった。

 

 

『その意気だよー…頑張ってね?』

『はい!』

 

 

 

 

そう言って美鈴は門番の仕事へと戻っていった。

取り敢えず、鍛錬を積もう。そして強くなったら…

 

 

 

 

 

いつか、紬さんに勝負を挑んでみよう。

 

 

 

なんて考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

そうしてハードな鍛錬を終えた美鈴は…

控えめに言って、物凄く強い睡魔に襲われていた。

 

 

( こ、これダメな感じのヤツだ…調子乗って気を使い過ぎて物凄い疲れが……眠い…それになんだかお天気もめっちゃ良いし……あー…微睡んできたぁー…)

 

 

門の前に立つものの…普段より激しい睡魔に襲われた美鈴はぐらぐらと身体を揺らしながら、そのまま門へもたれかかって眠ってしまった。

 

 

 

普段からこの門の前は静かなため、陽気な日差しと穏やかな風。小鳥の囀りなどの眠くなる要素が多々あるのだが…やはり紅魔館に人が来ない事が1番眠くなる原因なのだろう。

 

 

 

「…ぐぅ…ぐぅ…へへへ……」

 

 

 

幸せそうな声が美鈴の口から零れる…

そしてそのまま穏やかな時間は流れて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ぐぅ……痛ァッ!?!?』

 

夕方、頭に走った痛みで目を覚ました 美鈴。頭には1本のナイフが刺さっている…お決まりのパターンだった。

 

『な、何ですか咲夜さん!?まだいつも見回りに来る時間じゃ……って、あっ…』

 

 

美鈴目の前に、鬼が居た。能面のような表情の奥に、底冷えするほどの凍てつく視線を感じた。

 

 

『仕事をサボるな…って言っても無駄のようね?…けど、安心なさい。これから嫌でも働いてもらうことになるから……ね?』

『す、すいませんッ!!今日はちょっと疲れちゃって…って、こ、これからですか?もう日が暮れ始めてるのに…一体何を…?』

 

 

そんな2人の前に、お揃いのピンクの日傘をさした愛らしい2人の幼……少女が、館の中から現れた。

 

 

『わー…お外に出られるなんて…素敵!!!』

『ちょっとフラン!まだ完全に日が沈んだ訳じゃないから気をつけて!?』

『えへへー…ゴメンなさい?けど私、嬉しくってつい?…ってあれ?美鈴大丈夫?頭から血が出てるけど…?』

 

 

『あ、だ、大丈夫ですよ!!これも仕事の内ですから!!』

 

美鈴は家の外に出ているフランの姿を見て驚いてしまった為、何だかよく分からない返しをしてしまったが…

それよりも、フランから発せられる純粋な喜びの気持ちを美鈴は感じ取る事が出来た。

 

 

『妹様…本当に、良かったですね…』

 

思わず口から零れてしまった言葉に…フランは誰かと同じような微笑みを美鈴へと向けると…

 

 

 

『…うん!』

 

その瞬間、笑顔を咲き誇らせた。

 

 

 

( なんて純粋な笑顔!!それに本当に嬉しそうだし…霞さんの方には足を向けて寝られないですねー…)

 

美鈴がそんな事を考えていた中、

『フランったら…なんて尊いのかしら…ッ!!』

『お嬢様、ティッシュで御座います』

『ありがとう咲夜…』

 

 

フランの可愛さにやられて鼻血を流すレミリアと…手慣れた手つきでティッシュを取り出す従者がいた。

 

 

『あの、お嬢様?一体これからどちらへ…?』

 

『今、鬼子母神が霞の家を作ってるらしいの。それでそのサポートを私たちが頼まれた訳…これだけ言えば分かったかしら?』

『は、はい。それで、一体私は何を手伝えば?』

『それは咲夜が…』

 

 

 

『美鈴。今からこれを背負って妖怪の山の中腹まで行くから。しっかり付いてきなさい?』

 

 

美鈴の目の前にはとんでもない量の木箱が積まれた風呂敷があった。

…え?これ、1人で持つの?

 

そんな荷物の量に愕然とする美鈴をよそに、初めての外出を許されたフランの昂りは最高潮を迎えていた。

 

 

『きゃはははは!!…あれ?ねぇねぇお姉様!あっちの山から霞の温泉の匂いがするんだけどー…私、ちょっと行ってくるね!』

『っちょッ!?フランッ!?危ないから1人で行っちゃ…って待ちなさーーーいッ!!!!!』

 

そんな事を言い残し、突然飛び出していったフラン。レミリアが慌ててそれを追いかけてゆく…

 

 

 

『…お嬢様ッ!?美鈴!急いでそれ持って飛びなさい!!あの二人だけで行かせるなんて危険よ!』

『は、はいっ!フランお嬢様ーッ!!レミリアお嬢様ーッ!!待ってくださーいッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「早く追いつかないと…って、あ!居ましたよ!」

「ええ、2人とも無事なようね。…けど、流石に注意が必要かしら…」

 

そんなドタバタがあった中、ようやく先に飛んでいった2人の吸血鬼に追いついた2人。

 

 

揃って一方向を見ながら固まっている2人の姉妹。

咲夜がそんな2人を窘めるために近づいた。

 

「お嬢様方ッ!!急に先に行かれると心配……え?」

 

そんな咲夜もまた、めったにない驚いた顔をしながら目を見開いて固まっていた。

 

「皆さん…?一体何が…ッ!?」

 

荷物を下ろした美鈴が3人の様子を見る為に近づいた瞬間。美鈴へ、凄まじい程の負の感情の篭った気の濁流が、美鈴へと流れ混んできた。

 

 

 

 

 

 

そんな気の流れに驚きながらも、美鈴はその森の先を覗き込んでみる。…すると、そこでは何やら工事が行われているようだった。もしかしてここが霞さんの家を作っている所かな…?なんて思った矢先に美鈴の目に飛び込んできたのは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

死んだ目をした天狗達が、ぶっ倒れたり発狂したりしながらも…黙々と作業を進めている光景だった。

 

 

 




1〜2日のペースを維持したい。


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天狗と補給と宿造り

1日中蒸し暑い…
集中力が続かない…
スマホ持ってるとめっさ暑い。


「お、お姉様?私天狗って初めて見たんだけど…いつも皆、こんな感じなの…?」

「そんな訳ないじゃない!?」

 

「一体ここで何が…?」

咲夜は自分の目に映った光景に、息を飲んでしまった。そこには沢山の天狗や河童が工事を進めており…既に、二階建ての宿の形が出来上がっていた。

広場は綺麗に更地にされており、どうやらこの後…内装や庭造り。そして屋根の取り付けに入るのだろう…

 

 

 

 

 

…しかし、その広場にいた妖怪達は皆…頭のネジが外れてしまったのか、どうかしていた。

 

 

 

 

「だから天魔様よッ!この温泉宿はワシ達も使う憩いの場になるんじゃろう?それならばいつ、誰かに襲われても平気なようにッ!常日頃から自衛の手段を備えておくことは大切じゃと思うのじゃが!?」

「だーかーらーッ!!さっきからステルス性特殊迷彩仕様の壁とか対大型妖怪用連射型超電磁砲とか…不必要でしょうがこんなものッ!!お前ら河童はこの宿を一体何だと思ってるのよッ!!確かに河童の技術を見込んで依頼したのはこっちだけど、余りにも余計なことをするんなら…紬に言いつけて粛清してもらうわよこの馬鹿者がッ!!!」

「 お言葉ですが天魔様!既に1階の床下にはもしも核爆発が起きたとしても耐えられる設計の…地下シェルターを作ってしまっているのですが!?これは大丈夫でしょうかッ!?」

「アンタ達ははここをどんな危険区域だと思ってるのよッ!?…まぁ、それはまだ実用性があるし…良しとするけど…っておいコラそこのバカ爺ッ!!!その物騒な兵器を一体何処から出したのよッ!!お前、そろそろぶっ飛ばすわよ!?」

 

 

やたら物騒な設備を作りたがる河童と…それを受けて、酷く疲れた様子の天魔がそこには居た。

 

 

「わ、私はもうダメだ……お酒呑みたいよぉ…」

「しっかりしな萃香ッ!!あんたが抜けたらペースが大幅に落ちちまうじゃないかッ!それに、私たちもう既にやらかしちゃって紬にマークされちゃったんだから仕方ないじゃんか…私だって呑みたいに決まってるだろう!?」

 

「あー…霞の温泉が恋しい…」

 

 

「二人共ー?組み立ては終わったかなー?」

 

 

「「ヒイッ!?」」

 

 

「うーん…予定よりは出来てるね。頑張ったねー」

 

「そ、そうかい?」

「それなら良かったよ…」ホッ

 

 

「その意気で頑張ってねー?あ、宿ができたら宴会を開くから、そのつもりで居て下ねー?」

 

 

「え、酒飲めんの!?本当に!?」

「それを先に言っておくれよぉ!!そしたらもっと作業効率上がったのにぃ!!」

 

「それじゃあ頑張ってねー?」

 

 

「「おーッ!!!」」

 

 

物凄いスピードで宿を作り上げていく3人の鬼…

この3人だけでもう、天狗百人を越える仕事量をこなしていた。流石土木工事はお手の物な種族…

…先程までとは違い、ニコニコと浮かれた様子で持ち場の仕事に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

…そんな中、天狗達は混沌の極みに至っていた。

 

 

「おいお前らッ!!さっさとここの整地と植え込み終わらせないと…って、寝てんじゃねぇよ起きやがれ馬鹿野郎ッ!!!」

「そうだぞ!お前らが働かないと全員メシ食えないまま徹夜することになっちまうんだぞッ!?俺にはそんなの耐えられない!」

「鬼子母神様…一体、どうしてこの山へ戻って来てしまったんだッ………!!!」

 

 

今の労働環境を嘆く者。

 

 

「あはははははッ!!!お仕事お仕事ずっとお仕事!!!あははははは!あははははははッ!!!」

「…!?おい!しっかりしろ!お前まで倒れたら誰がここの作業をするんだよッ!!!おい!衛生兵ッ!衛生兵はまだかーッ!!!」

 

…心身ともにぶっ壊れたのか、笑い出す者。

 

 

「ぐふッ……」

「ちょ、ちょっと貴方大丈夫!?しっかりしなさいよ!ここ、ただでさえ仕事遅れてるんだから…」

「お、俺はもうダメだ…ヘヘッ…俺ってば、つまんねぇ人生だったなぁ…志半ばで倒れちまうなんて、情けねぇ………

俺、生まれ変わったら下着になりたい。そして可愛い幼女の女の子に履かれたもるすぁッ!?!?」

「一辺死んでこいド変態野郎がッ!!!」

 

どこにでも居るただの変態の姿。

 

 

 

「かゆ…うま…」

「皆ッ!コイツから離れろッ!もう…手遅れだッ…!!」

 

 

色々と限界な者。

 

 

 

「紬さんみたいなボインの方が正義に決まってんだろッ!!あのおっぱいにはなぁッ…男の夢が詰まってんだよッ!!!」

「あぁ!?天魔様の方が絶対最強に決まってんだろうが!見ろよあの小ぶりなおっぱいッ!!あの慎ましさの極地から漂う色気が、お前には分からないって言うのかよッ!?」

「やんのかコラ!?」

「上等だよやってやろうじゃねぇかゴルァ!?」

 

 

そんな事を大声で叫びながら喧嘩を始める者…

 

 

 

 

 

河童達は何だかツヤツヤしているが…逆に天狗達は皆、どこかしらおかしくなっていた。

 

 

 

…元々、おかしい奴も多かった様だが。

 

 

 

力尽きたのか地面に倒れ込んだ天狗も多く、残っているのは多少の理性を残した天狗と……パワフルな変態しか、この場には居なかった。

 

 

 

 

 

何だか残念すぎる状況に、咲夜は頭を抱えてしまう…

すると、疑問点が浮かび上がってきた。

 

 

( おかしい…この工事が始まったのは、今日の昼頃だった筈でしょう…?流石に出来上がるスピードが早すぎる……鬼と河童の建築技術って、ここまで高かったのかしら…?)

 

 

 

 

 

 

「あ、咲夜さん!それに紅魔館の皆も!良いタイミングだねー…そろそろ天狗の皆が頃合いだったから、待ってたよー?」

 

「ッ!?き、鬼子母神様ッ!?」

 

 

そう咲夜が考えていると、いきなり誰かに声をかけられた。驚きながらも後ろを振り返ると…そこにはいつの間にかこちらへと来ていた鬼子母神こと、紬が居た。

 

「んー…やっぱり紬って読んで欲しいんだけどねー?ま、仕方ないか。今晩は!咲夜さん?」

 

「 今晩は…お待たせして申し訳ございません。鬼子母神様…」

「いやいや、大丈夫だよー?これからが本番だし…それと、天狗さんはそろそろ限界だから、フランさんとレミリアさんのおにぎりを配って貰っても良いかな?」

 

 

そう言って紬はレミリアの方を向いた。…すると先程まで呆然としていたレミリアはハッと意識を取り戻し、顔を少し赤くしながらも紬へと向き直った。

 

 

「…あ、ま、任せておきなさい?…美鈴!今すぐ荷物を持って来て頂戴!」

「あ、はい!すぐに持ってきます!!」

 

 

紬の視線を向けられたレミリアは、少し慌てながらも美鈴からおにぎりの入った木箱を受け取った。

 

そしてフランにもそれを渡して、近くにいた天狗の元へと近づいていった。

 

 

 

 

 

それを眺めていた紬達。

 

「天狗さんの反応が楽しみだねー?咲夜さん?」

「…そう上手く行くでしょうか…?天狗といえば他の種族を軽視する傾向がありますので、やはりここは私が行くべきだったのでは…?」

 

ニコニコと笑う紬に対し、咲夜の心は不安で一杯だった。拒絶され、酷い言葉をぶつけられたりすれば…2人は、傷ついてしまうだろう。そう思った咲夜は2人の後をつけ始めるが…

 

「ダメだよ?」

 

紬に止められてしまった。

何事かと思い、紬の方へと振り返ると…

 

「その時はその時。私、今の若い天狗さんには凝り固まった堅苦しい風習じゃなくて…自分の目で見て価値観を決めて欲しいんだよねー?

 

考え方の凝り固まってる、古い考えをした天狗さんが居ると…この温泉宿が出来上がった時に霞ちゃんに対して、やっかみをかける人が出てくるかもしれないしね?

そして椿ちゃんにも許可は貰ってるし、これは悪い天狗さんを炙り出す良い機会なんだよ?

…実は紫さんから嫌な報告を受けてしまってねー…?犯人、探してるんだよ。」

 

 

「犯人…ですか?」

 

その言葉を受け、咲夜は顔を強ばらせてしまった。

 

 

「ええ。だから少し、2人を利用させてもらうね?あ!危険な事じゃないから、心配しなくても大丈夫だよー?」

 

「…はい、分かりましたが…どうしてそんな輩が…?」

 

「…うーん…大方、私への不満を霞ちゃんへぶつけたいんだろうね?犯人を見つけたら、きつーいお仕置きが必要だよねー…」

 

「…では、微力ながらお手伝いさせていただきます。私にも、何だか腹立たしく思ってしまいますので…」

「あ!それは助かりますねー! 咲夜さん、ありがとうございますー?」

「 いえ…お気になさらず…」

 

 

「…そうね。なんか暗そうな天狗だけど、話が早くて済みそうね。いきましょうか…」

 

 

「 …美鈴。今すぐ草陰に置いてある荷物を全て持って、こちらに来なさい?

…お嬢様が配った瞬間。周りの天狗に配り回るわよ」

「は、はい!分かりました咲夜さん!!」

 

 

咲夜は美鈴へ命令を伝えると、残った荷物を美鈴へと背負わせ…2人の吸血鬼へと目を向けた。そして何も問題無いことを確認して、自分も動き出す……例え何が起ころうと、サポートできるように構えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「フラン?こういうのは初めが大事だから…相手の目を見て、しっかりと渡すのよ?」

「はーい!分かった!…ねぇ、お姉様?あそこに居る天狗さん、1人だし…最初はあの人にしよう?」

「…そうね。なんかに暗そうな天狗だけど、話が早くて済みそうね。いきましょうか…」

 

 

 

フランが指さした先に、独りで黙々と作業を進めている…ウェーブのかかった栗色の髪を、紫のリボンでツインテールに纏めている少女がいた。

見た目から、あまり社交感が感じられないのが難点ではあるけれど…最初は男の天狗よりも、女の天狗の方がハードルが低いと感じた2人は覚悟を決め、その天狗の元へと歩み寄っていった。

 

 

 

「 ……ん?そこに居るのは誰ー…って、きゅ、吸血鬼ッ!?な、何で吸血鬼がこんな所にいるの!?」

 

「 私は紅魔館の主ことレミリア・スカーレット。…そんなに怖がらなくても良いじゃない?別に襲ったりなんてしないわよ?」

「だ、だって紅魔館ってあの趣味の悪い壁が全部真っ赤な館の事でしょう!?何でそんな所にいる吸血鬼が妖怪の山に居るのって聞いてるのよ!!」

 

 

 

突然現れた吸血鬼にパニックを起こす天狗の少女。

…それも仕方ないだろう。レミリアは知らないけれどこの少女…実はかなりの人見知りだったりする。そんな少女の元へ自分よりも強い吸血鬼が現れたりしたら…まぁ、そうなるだろう。

 

 

 

そんな少女の元へ、フランが駆け寄っていった。震える天狗の少女のスカートを指で摘み、少女と目が合った瞬間。天然物の上目遣いを…悪魔的な角度で決めながら笑った。

 

 

「…あのね?私の名前はフランドールっていうの!フランって呼んでね?今日はお姉様と一緒に紬さんに言われておにぎりを握ってきたの!」

 

「皆お腹すいてると思って…どうぞ! 」

 

 

 

その時、フランの愛らしさが爆発した。

 

 

(…ッ!?な、何なの?この可愛い生物…ッ!?)

 

 

その笑顔を真正面から受けた結果…警戒心は、あっさりと剥がれ落ちてしまった。

天狗の少女はフランから木箱を受け取ると…中に入っていた、小さなおにぎりを手に取った。恐らく、手が小さい事からこのサイズなのだろうけど…何だか、こんな事ですら可愛く感じてしまう…

 

 

「…わ、分かったわよ。有難く頂くわ…」

「うん!えっと…召し上がれ?」

 

 

 

そして、少女がおにぎりを口に入れた。

咀嚼し、味わって食べる天狗の少女。

 

 

その光景を…レミリアとフランはドキドキと、胸の鼓動を高鳴らせながら見つめていた。

 

 

 

そしてーーー…

 

 

 

 

「えッ…!?このおにぎり、お、 美味しいってレベルじゃないわよッ!?これ、どうやったらこんなに美味しく仕上がるのよ!貴方凄いじゃないッ!?」

 

 

 

あまりの美味しさに、驚いていた。

 

 

 

 

「ええ…良かったわね、フラン。やっぱり貴方の作る料理は皆が認める程の完成度なのよ!」

「えへへ…嬉しいね、お姉様…」

 

天狗の少女は、フランのおにぎりを絶賛してくれた。その事がフランにとって、何よりも嬉しく感じたのだった。

 

 

 

「貴方、凄い才能ね…ねぇ、今度貴方について取材しに行ってもいいかしら?」

「『シュザイ』…?それって、何の事?」

 

天狗の少女は先程とは違い、何だかとても明るい様子でフランへ話しかけると…フランに。取材を持ちかけてきた。

 

 

「あ、取材って言うのはね…その人の事が知りたいから、質問することなの。実は私、こう見えてもジャーナリストなの。けど能力の関係上、普段からあまり外に出なくってね?同僚のいけ好かない鴉天狗に

『貴方のネタは新鮮味に欠けますねぇ?』とか

『貴方の新聞に、私の文々。新聞が負けるはずが無いでしょう?さっさと引きこもってないでその羽使ってネタ探して来なさい?』なんて言われてるのよ…

けど、貴方のことを取材すれば…きっと勝てるわ!安心して頂戴!私だって新聞記者としてのプライドがあるから…どこかの鴉天狗と違って、誇張したゴシップ記事なんて書かないから!…どう?お願いできないかしら…?」

 

「うーん、どうしよう?お姉様?」

 

詳しくわからないため、レミリアに助け舟を求めるフラン。するとレミリアは先程とは違って敵意を剥き出しにすると、天狗の少女を威嚇し始めた。

 

「フラン!天狗の新聞なんて信用出来ないわよ!この天狗達はは異変を起こした時の私のことを、『赤い月夜に現れた吸血鬼の幼女』とか『悪趣味極まりない館、紅魔館』なんて見出しで新聞バラまいてたの、私知ってるんだからッ!!!」

「あんなのと一緒にしないでよ!?私の新聞はあんな新聞作りを遊びでやってる奴とは違うんだから!お願いしますフランさんッ!!」

「フラン、ダメよ!?絶対に恥ずかしい事を書かれちゃうわよ!」

 

何だか必死な様子の少女に押されて、フランは考え込んだ。『シュザイ』という物が何なのかがあまり分からないけれど…何だか、悔しがる少女の力になってあげたくなった。

 

 

「ねぇねぇ、その『シンブン』ってどんな物なの?」

「え、それも知らないの…?新聞っていうのはね…この幻想郷中の色々な情報を詰め込んでいて、更に沢山の人がそれを読んで色々なことを知れる…そんな、立派な物の事よ!」

 

 

 

自信満々な顔をした天狗の少女。

そして、それを聞いたフランの目がものすごい勢いで煌めき始めた。ずいっと前かがみになって天狗の少女へと詰めよると、ニコニコと笑顔を浮かべている。

 

 

「じゃあ、それに私が載ったら……私の事を沢山の人が知ってくれるって事!?」

「勿論そうよ!人だって妖怪だって…皆が、貴方のことを知ってくれるわ!」

「じゃあ、私にもお友達も出来るってこと!?」

「少なくとも、キッカケにはなるんじゃないかしら?」

 

 

その言葉を聞いて、フランの心は決まった。

 

「はい!そのシュザイ?ってやつ受けます!ねぇねぇいいでしょお姉様?私、お友達が欲しいの!」

 

そう言って笑顔を向けるフランに対して、もう止めることなどレミリアには出来なかった。私の妹、可愛い過ぎる。

 

 

レミリアは、仕方なくそこで折れた。

 

「…そこまで言われると、もう。しょうが無いわね…

ただし、その現場には私も居合わせること…これが必須条件よ。それで大丈夫かしら? 」

「勿論構わないわ!!それじゃあ取材に向かう日程をー…『おいはたて!貴様、何を1人でサボってるんじゃ馬鹿者が!』…って、五月蝿いのが来たわね…」

 

 

天狗の少女を呼び捨てにしたのは…大天狗の様だった。後ろにはその部下が何人か、ぞろぞろと付いてきている…

どうやらまだ、おかしくなっていないらしい様だが…後ろにいた天狗達は、かなりフラフラしていた。

 

 

「ちょっと休憩してただけよ!!私の分の作業は終わらせたんだから少しくらいいいでしょう!?」

「自分の分が終わったら他の所手伝いにいかんか!皆、まだ飯など食うておらんのだぞ!?」

「今から配られるんだから当たり前でしょう!?向こう見なさいよ!もう配られてるんだから…さっさと受け取ってきなさいよ!」

 

 

「ふん、飯なんて何処に………おい、まさかとは思うがあそこの人間が配り、そこの吸血鬼が持っているのが。我らの飯だとでもいう気じゃあなかろうな?」

 

大天狗は広場にいた咲夜達とレミリア達を指差して、尊大な態度のまま問いかけてきた。

 

 

「よく分かったわね。その通りよ?あのおにぎりは鬼子母神に言われて…私たちが握ってきたものよ。アンタの後ろの天狗達も、お腹が空いているのなら…こんな天狗の後ろじゃなくて、配給の列に並びなさい?」

 

 

そんなレミリアの意見を、大天狗は笑い飛ばした。

 

「はははははッ!!吸血鬼なぞの作った飯など怪しくて食えたもんじゃないわ!あの若い天狗共は全くなっとらん…どうして余所者が持ってきた物を、すぐに食おうとするのじゃッ!!我ら誇り高き天狗は、この神聖な森の秩序を守る偉大な存在なんだぞッ!?そもそもどうして我らがあんな鬼の言うことを、易々と聞かねばならんのだ!!」

 

 

 

それは誰が聞いても分かる程の、あからさまな吸血鬼を軽視する発言だった。

恐らくこの大天狗は、それなりの重役にいたものの…紬の存在により、己の肥大化したプライドを傷つけられたのだろう。

 

 

「…貴方、気に入らないわね…」

 

 

だからといって、吸血鬼にだってプライドがある。誇り高き吸血鬼の末梢であるレミリア。

そんなレミリアが怒りによって。手の平に妖力を集約し始めた瞬間。

 

 

 

 

 

 

グシャッ…ビリィッ…!!!

 

誰かが、大天狗の左の羽を…毟り取った。

 

「…え…?」

 

いきなり起こった事件に、部下の天狗達は呆然としながら乾いた声を漏らす。

 

「ぎゃあぁぁぁあぁあッ!!!!」

 

予想していない痛みに、大天狗が悶える。

 

 

 

そんな大天狗を、冷たい目で見下ろす鬼が…

 

 

そこには居た。

 

 

 

 

 

「 はーい…犯人、見つけちゃったねー…?」

 

 

 

 

 

 

 

 




現在改稿してますん。
ひと月前の自分からの成長を感じる…(願望)


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食事と怒りと紬の狙い

誤字修正、ありがとうございますm(_ _)m

もっとゆとりを持って投稿していこう…
そう思いました。はい。

気がつけばもう30話…
古い文を細々と直しながら、これからも書いてきます。


まだ、建設作業が始まって直ぐの事。

紬が紫と一緒に、宿作りの流れについて打ち合わせをしていた時の事だった。

 

 

 

 

『…ねぇ、紬?これ、見て欲しいんだけど…』

『はーい!何かなー?』

 

紬は紫から、1枚の書類を受け取った。さっき纏めていた河童の要望を纏めた設計図だろうか…?

 

 

 

『これが一体どうしたのー…って、あれ?』

 

 

 

その書類に目を通していると、その中で…宿作りに絶対に必要の無い。普通の温泉宿には不必要な要求の物を見つけてしまった。

 

 

 

 

…紬と紫の額に、青筋が走った。

 

 

 

『 …何?これ。…ナメてるのかなー…?』

『そうなんじゃない?…こんな事を考える大バカ、まだ幻想郷に居たのね…』

『…へぇー…取り敢えずこの案の代表者の河童、締めてくればいいんだよねー?というか締めて良いよね?良いよね?再起不能と半死半生。どっちが良いかな?』

『あ、もう私犯人の末路が見えたわ。心の底から反省して眠りなさい…南無。』

 

 

 

紫はキレた紬を見て、名も知れぬ妖怪の命の灯火が消えかかっていることを察した。

だが、同情はしない。自分のやった愚かな行動をこっぴどく閻魔に説教されて、次はその辺の小さな虫にでも輪廻転生して来るといい。

 

 

『 取り敢えず、それは置いておいてー…で?犯人、分かってるの?殴っていいの?』

 

『 別にイイわよ。あと、その要求考えたのって…河童じゃないみたいよ?あのやたらすばしっこい鴉天狗…そいつからのタレコミなんだけどね?…どうやら複数人の天狗が結託してるらしいわ。1人の大天狗をリーダーにして、数人のグループが出来てるらしいの。

 

『…何よ、コイツらは!こんな事を考える奴等なんて極刑よ極刑ッ!!!両羽毟ってやりなさいこの愚か者共がッ!!!』

 

なんて、天魔の奴も凄く怒ってたわねー…まぁ気持ちはわかるけど。もう、分かりまくってるけどね?

 

『…それじゃあ後は、私に任せてね?この事は取り敢えず、天狗さん達の意識改革の材料として利用させて貰うとしてー…

親切な鴉天狗さんには、後で私の方からきちんとお礼を言っておくよ。

…それで、犯人さんは、羽毟ってから事情聞いてくるからー…あはははははー…?』

 

 

 

紫の話を聞いていた紬は、能面のように感情の起伏を感じられない表情を浮かべていた。

しかし冷えきった瞳や乾いた笑い声など………怒っているのは明らかだ。

不機嫌なオーラを周りへと撒き散らしながら…紬は自分の持ち場へと戻って行った。

 

 

 

 

 

『…相変わらず、霞が絡むと人が変わるわよねー…これ、二日以内に完成するんじゃ…?』

 

 

 

 

 

 

 

…この紫の予想は、的中することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、レミリア達の前に現れた紬。

地べたに倒れる大天狗を見る目は…まるで、 地を這う芋虫を見るかのようだった。

 

 

そんなハイライトの消え去った両目に映った大天狗は、毟り取られた翼の痛みに喘ぎながら…紬へと咆哮を上げた。

 

 

 

 

「なッ…何をするッ!?貴様あああああッ!!!こんな事をして、タダで済むッグぼァッ!?」

 

 

 

「うーんー…意外と五月蝿いね?ちょーっと黙っててねー?私、貴方だけに構う暇なんてのは持ち合わせて無いんだよー…

それよりも私。あなたの後ろにいる天狗さん達に、用があってねー?」

 

 

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

 

脳天に重い一撃を食らった大天狗は…そのまま地面へと蹲った。自分達の上司があっさりやられたのを見て、脅えた天狗達。

そんな紬の視線が、自分達へと向いたことに焦った天狗達は…絶望的な顔をしながらカタカタと震えだした。

 

 

 

その天狗達は、皆。若い天狗ばかりだった。

 

 

 

 

「はーい?それでは単刀直入に聞くけれどー…

『建設途中の宿に、自爆用のスイッチを付けろ』『そしてその爆発に耐えられる強度の部屋を作れ…』『遠隔操作できるのが望ましい』『万が一敵が襲撃に来た際、情報漏洩を防ぐ為にする…古来より続く、逃げの鉄則じゃよ…』

 

そんな事を言って、腕利き河童さん達を何人か唆したー…性根のとぉーっても悪い天狗さんが………この大天狗さん以外にも居るんだよねー?』

 

 

 

「「…ッ!?」」

 

 

 

 

その天狗の中に数名……顔色を変えた天狗が居た。それを見逃さなかった紬は、一瞬でその2人の白狼天狗の背後へ回り込んだ。

 

 

 

「あ、やっぱり犯人は貴方達かー…えーと…鴉天狗の…射命丸さんでしたっけ?

あの天狗さんの情報の通りだったねー?そこの芋む……大天狗さんと一緒に『温泉宿爆破計画』なんて考えたの…貴方達だよねー?

…覚悟は良いかな?」

 

 

 

突然背後へ移動した紬に驚き、跳ね上がった2人。そんな中、恐怖に身を駆られた白狼天狗の1人が我先にと、口を開いた。

 

 

「ヒィっ!?ち、違…お、俺はただ、コイツに誘われただけなんですって!!」

「…ッはぁっ!?違うだろ!お前がそこの大天狗と一緒に計画してたんじゃねぇかッ!!!俺は関係ねぇよッ!!」

 

「テメェ裏切る気か!?それはこの爺が偉そうに

『天狗こそが至高の種族でありッ!!今の鬼の尻に敷かれる状況なぞ言語道断ッ!!鬼に媚びへつらう天魔こそが真の黒幕!まっこと忌むべき象徴であるッ…お前も、そう思うであろう…?』

とか言ってきたから断れなかったんだよ!俺のは冗談に決まってんだろ!?お前みたいな昨日仕事から戻ってきた椛に話しかけて、軽くあしらわれたからってそのまま尾行して…『霞さん、かぁ…あんな男の人、初めてだったなぁ…?』なんて顔を赤くしながら呟いたシーン目撃して、嫉妬に狂ったあげく

『霞爆殺宣言ッ!!』とかほざいてたじゃねぇか!このストーカー気質野郎ッ!!!」

 

「はぁっ!?気になってる奴の事は普通調べるだろうが!!!俺はただその霞って奴を知りたかっただけに決まってんだろッ!?そもそもお前だって椛の事狙ってただろうが!!その癖してこの前偉そうな大天狗が絡んできた時に

『椛は俺が狙ってんだよ…お前ら白狼天狗如きが、俺の邪魔をするんじゃねぇよ?』って脅された結果ビビって諦めたチキン野郎の分際でよぉッ!!!

俺が渡した情報聞いた瞬間、その霞って奴を爆破してやろうとか言い出したのお前じゃねぇかッ!!」

 

「俺はお前の意見に乗っかってやったんだよッ!そしたらお前がそこの爺に、

『天狗の存在を脅かす妖怪がいる…』なんて伝えたから直ぐにこの爺が行動に移して、河童を使い始めちまったんじゃねぇかッ!!!」

 

「そもそもこの爺が悪いだろッ!!だって今日の朝伝えた情報がどうして昼になったら

『天狗を誑かす妖怪の宿作りを鬼が推奨している』なんて意見にすり変わっちまったんだよッ!!!結局俺たちの意見をこの爺がプロパガンダに使っただけじゃねぇか!!俺たち悪くねぇよ!全部この爺の責任だよッ!!!」

 

 

 

 

 

2人の若い天狗は、お互いに責任を擦り付け合い始めた。本人達はヒートーアップしている為、気づいていないが…

 

 

紬の他に、レミリアとフラン。それに仲間の天狗達も……大天狗含めた3人を見る目が、 冷えきっていた。

 

 

 

 

「ねぇお姉様…この天狗、ドカーンしていい?」

「止めなさい、手が汚れちゃうわ」

 

 

 

 

霞を害される…そう感じたフランは怒りを露わにし、逆にレミリアは心底軽蔑した目を向けていた。

 

 

 

 

「うわー…この話って椛が原因なの…?いいネタになりそうだと思ったけど…流石に良心が痛むわね。…やめときましょ」

「私今、鳥肌たってるわ…」

「部署変更願、提出しよう…」

 

 

 

椛と親交のあったはたては、自分のそ知らぬ所で…男達の犯行のきっかけになってしまった椛に同情していた。

そして、その男達に生理的嫌悪感を感じた同僚の天狗は…今すぐここから離れたくて、転属する事まで考え始めていた。

 

 

 

「俺は被害者なんですッ!全てあの爺がグボッ」

「お、俺もその爺に唆されたんでッべホァ!?」

 

 

紬の無言で、容赦の無いボディーブローによって…膝から崩れ落ちた2人。

 

 

 

「はい!それじゃあー…この2人と、そこの芋虫さん以外の天狗さんは……もう、広場に戻って食事をしてきて構わないよ?料理をしてくれた方に感謝を込めて、しっかり味わって食べてねー?」

 

 

 

「「「は、はいッ!!」」」

 

 

紬の言葉によって、天狗たちは一目散に広場の方へと戻っていった。残っているのはフランとレミリア。そして、もう食事を終えているはたてのみ。

 

 

 

「 …あれ?レミリアさん達も戻っていいんだよ?後は私がやってくんでー…」

「いえ、私はその心だけ受け取っておくわ。

私、この男の運命を見たのだけれど…面白いから。見学として私は残らせて貰うわよ?」

「私だって怒ってるの!この人達、今から紬がお説教するんでしょ?私だってお説教したいもん!霞の敵は許さないんだからね!」

 

 

「 …じゃあ居ても構わないけどー…

お説教というより、お仕置きなんだよねー…?」

 

 

 

男の末路を見ようとするレミリアと、怒るフラン。梃子でも動きそうにない2人を見て、紬は同行を許可したのだった。

 

 

次に、紬ははたてに目を向けた。

 

 

「 そっちの天狗さん…貴方は誰かな?」

「は、はいッ!姫海棠はたてです!」

「どうしてここに残ってるんですかー?皆さんのところには、行かないんですかー?」

「あ、えと…私、あのおにぎりについてフランドールさんに取材をしたくって…

…それに、人混みとかぶっちゃけ嫌いだし…それに今日、私が頑張って作るのを手伝った宿を爆破しようとした奴らの末路……知りたいし」

 

 

「 …!分かったよ!」

 

 

最後の一言に、そこはかと知れぬ怨念を感じた紬は…ここに居座ることを許可したのだった。

この天狗は、フランの事も…大方きちんとした取材をするだろう。

 

 

 

 

そうして紬は地面に伏せる3人の芋虫へ向き直ると…

 

 

 

 

「…それじゃあ、お仕置きを始めるねー?」

 

 

 

 

白狼天狗の頭を、がっしりと掴んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな中、宿を建設中の広場では…

 

 

「 …美鈴?そっちはどうかしら?」

「あ、はい。もうほとんど配り終えましたね…さっき来た天狗たちが、最後じゃないですか?」

 

 

美鈴の報告を受けて、咲夜は肩の力を抜いた。

これで今夜の仕事は終わりだろう…

 

 

 

「にしても、凄いですね…フランお嬢様のおにぎりも美味しそうなんですけど、やっぱり咲夜さんの作ったおにぎりも捨て難いですよね…!!」

 

「…私だって、毎回食べる相手の事は考えているわ。

ただ、今日は量を作らなきゃいけなかったから…少し納得のいかない出来上がりになっちゃってるけど…」

 

 

「えー…充分美味しいですよ?」

「こら、つまみ食いは止めなさい…全くもう…一つだけよ?」

「えッ!いいんですか!?ありがとうございます!」

 

普段なら怒る咲夜だが、今日の美鈴は頑張って働いた為…見逃すことにした。

 

…ここで咲夜のおにぎりをきちんと持っていくあたりが、気を使える美鈴のいい所だろう。

 

 

 

「…でもこれで、仕事は終わったと思ってもいいわね。これで今後、天狗に紅魔館が侮られる事は…ないに等しいわね?」

「確かに、そうですねぇ…」

 

 

 

美鈴は、肌に明るい感情のこもった気の流れを感じていた。2人の目の前には…

 

 

先程までとは違う、別の光景が広がっていた。

 

 

 

 

最初に上がった言葉は

 

『美味ぇぇぇぇぇぇぇえぇえッ!!!』

 

 

 

 

 

「美味ぇ…美味ぇよッ…!!俺、今まで長いこと生きてきたけど…こんな美味いもん、初めて食ったよ…ッ!!!」

「俺もだ…ッ!!何か、疲れが一気に取れてく感じがするぜ…ッ!!はははッ!!今なら残りの仕事だって徹夜でこなせる気がしてきたぜ!!」

「よっしゃ!オラ!お前らいつまで休憩してやがんだ!!さっさと終わらせちまうぞ!!」

「「応ッ!!」」

 

 

労働意欲に燃える者。

 

 

 

「あはははははっ!!世の中には、私の知らない料理を美味しくさせる方法がまだあるのねッ!!!お仕事終わらせたら私、人間の里に行って…色々な料理を研究してみることにするわ!!」

「ああ、それもいいんじゃないか…?…というかお前、元からそんな笑い方だったんだな…」

「これも個性よッ!!!あはははははっ!!!」

 

 

感銘を受けたのか、先の事を考え出した者。

 

 

 

「…なぁ、聞いてくれないか?」

「…何よ?私今、味わうのに忙しいから…変態は近寄らないでくれる?」

「ははッ!!手厳しいッ!!しかしそう言いながらも耳を傾けてくれてありがとう!」

「え、何このポジティブ思考……キモッ…」

「実はこのおにぎり…中に、紅魔館の主が作った物が入っているらしいんだよ!!という事はつまりッ!!!わざわざ死んでから下着に生まれ変わらなくても、今から俺の羽で編んだ下着をプレゼントすれば全てがオールオッケボラァッ!?!?」

「…やっぱお前1回死んでこいッ!!」

 

 

 

理性を取り戻した変態の姿。

 

 

 

 

「 …ん?俺は、一体…?」

 

「ああっ!!意識が戻ったわ!!」

「やったな…!!おい、俺の事が分かるか!?」

「…確か、仲間の…」

「そうだ!!いつも一緒に飲みに行ったよな!」

「…えっと…酒に酔って店員にセクハラしまくった挙句、叩き出されて翌日天魔様の前で綺麗な土下座をキメ込んだ松風君じゃないか…」

「どうしていつもそこから思い出すんだよォ!?」

 

「良かった…もう治らないと思っていたけど、あのおにぎりの力で意識を取り戻してくれて…本当に良かったわ…!!」

 

 

 

手遅れだった意識を取り戻し、仲間と対面した者。

 

 

 

「………」

「………」

 

 

大喧嘩していた内容が天魔の耳に届いてしまい、キレた天魔によって物言わぬ屍と化した馬鹿の姿。

 

 

「おい…俺さっき、これ配られた時にな…あのチャイナ服の人に、微笑まれちまったぜ!!」

「はっ!!甘いな!これを見てみろ!!俺の分の木箱に入ってるおにぎりは…お前らと違って、3通りあるんだよ!つまり、さっき見た吸血鬼姉妹が握っているに違いないのさ!!」

「何ィ!?そ、それってまさか…あの金髪の子が握ったって噂になってる、特に美味いやつじゃねぇかッ!!寄越せよオラッ!!」

「誰がやるかよバーカ!!俺は3人分のおにぎりを楽しんでやるぜッ!!」

 

 

 

「ふっ…騒々しいな、雑魚天狗共」

 

「「な、何だお前はッ!?」」

 

 

「小さいことで張り合って情けないぞ?…お前らはもっと大きなことで張り合えないのか?」

「なんだとコラ!?」

「やる気かテメェ!?」

 

「なら、軽く相手をしてやろうじゃないか…この、木箱を受け取る際にて偶然手を触れ合わせた…この俺がなッ!!!」

 

 

「「な、何だってぇえぇえッ!?!?」」

 

 

木箱を渡してくれた事で小さな争いを勃発させる者。

 

 

 

その他にも。疲労と空腹で地面へと倒れていた天狗たちも復活しており…やる気を再燃させていた。

宿作りの広場は…これ以上無いほどに明るく、楽しげに作業をするようになっていた。

 

 

 

 

 

 

「…けど咲夜さん?どうして皆さんは、ここまで過剰に喜んでくれたんですかね?」

 

 

 

 

疑問を抱く美鈴…確かに、咲夜も同意見だ。こんなにも嬉しがって、作業効率が上がるのなら…もっと早くから食事を与えていても良かったんじゃないか?

 

 

そう考えた咲夜は、今朝から今まで、紬の言った事を振り返ってみる…

 

 

 

と、咲夜は、理解してしまった。

 

 

今日の流れを作った紬が、何を求めているのかを。

 

 

 

 

「…鬼子母神様の狙いが、分かったわ」

「…え?それ、本当ですか咲夜さん!?」

 

 

 

「『飴と鞭』よ。」

「…何ですか?それ?」

 

 

「…簡単なことよ。貴方、普段から私には厳しく当たられているわよね?」

「あ、はい。仕事中の咲夜さんってもう、仕事の鬼…!!みたいな感じで、怖くて怖くて…」

「それについては後で話すとして…そんな私が、さっき貴方のつまみ食いを許したわ…貴方、その時私のこと、どう感じた?」

「えっと…あ!咲夜さんの事が普段よりも優しく見えーー…これってまさか!?」

 

「…どうやら鬼子母神様の言っていた『意識改革』って、天狗の排他的な考え方を破壊する為に…

精神を限界まで追い詰めた所で、紅魔館から食事を贈らせて…他の種族への偏見を無くす事が目的だったんじゃないかしら?」

 

 

 

「……あ!確かに私、食事を配ったら皆に感謝されちゃって…とっても嬉しかったんですけど、普通だと断られちゃいますよね?」

 

 

「ええ。だから私たちが来た時、タイミングが良いって言ってたんだと思うわ…」

 

 

 

思い返せばこの料理を作る為の材料も…紬が用意している物だった。やけに質が良いと思っていたけれど…多分、これも関係していたのだろう。それもあって、天狗は咲夜たちを歓迎してくれていた。

 

 

 

「 …そして犯人探し…これって反対派の殲滅…?お嬢様、大丈夫でしょうか…?」

「うーん…けど、近くに紬さんも居るでしょうし…大丈夫だと思いますよ!!

 

 

「…そうね。今はもう、私達は自分たちに出来ることだけをやりましょう」

「はい!」

 

 

 

 

 

そうして2人はまた、配給の仕事へ戻っていった。

 

 

 

 

 

「 ………あれ?」

「…どうしたのよ?」

 

 

美鈴はキョロキョロと辺りを見渡すと…

 

 

 

 

 

 

 

「今…何処からか物凄く絶望に塗れた気の流れを、感じた気がするんですけど…」

「 …まさか、鬼子母神様…?」



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天狗と罠と簡単な取り引き

暑いッ!!!


森の中で、慧音は1人悩んでいた。

 

 

 

昔から気にしていた子供体型の事を霞にまで指摘されて…つい、怒髪天に至ってしまった慧音は…普段より力を込めた頭突きを霞にぶつけてしまったのだ。

 

 

…目の前に、完全に気絶してしてまっている霞と妹紅が湯船に浮かんでいた。

額を真っ赤に染めている為、とても痛々しい…が。今はそんな悠長な事は言っていられなかった。

 

 

 

 

「こ、この状況…一体私はどうすれば良いんだ…?ここに2人を放置する訳には行かないし…

…かと言って、この二人を同時に運ぶのは…流石に私も厳しいし…畜生!私の大馬鹿ッ…!!!どうして、妹紅にまで頭突きをしてしまったんだ…ッ!!」

 

 

 

このまま夜の森で時間を過ごすのは…得策では無い。今、もし危険な妖怪がここへ現れたりなんかして。そのまま襲ってきたら。慧音達はひとたまりも無いからだ。

 

 

 

慧音は、考えていた。

 

 

 

里から人を呼ぼうにも…慧音は霞のことを、町の男衆に伝えることを躊躇ってしまった。

『霞を人里へ連れてきた理由』…これが今、具体的に思い浮かばなかったのだ。

ただでさえ頻繁に里へと訪れる天狗達によって、里全体が緊張の波に飲まれているのに…

今、下手に人里を刺激する事は…慧音には出来なかった。

そして1番致命的なのは…少し拓けたこの場所以外、既に周りの光景が闇に溶けて。何も見えなくなってしまっている事だ。

いくら星の光が明るいといった所で、それには限度がある。普段なら妹紅が灯りを照らして見廻りが出来る筈なのに…肝心の妹紅が気絶してしてまっている為、慧音たちは下手に身動きを取ることが出来なくなってしまっていた。

既に日が沈んでしまった森の危険度は格段に高い。特に、道に迷ったりしたら命に関わる問題だ…

慧音が元来た道を思い出そうとするものの…周りは同じような木々が連なっていた。慧音が辺りを警戒するように、静寂に包まれた森を見渡すものの……当然ながら、慧音の目には闇しか見えなかった。

 

 

 

「どうすればいいんだ……!自業自得とはいえこの先の時間を森の中で過ごすのはいけない…

もう、これから人を襲う妖怪がウヨウヨと活動し始める時間帯だというのに…!!

2人が目を覚ますまでは…私一人でも守りきるしか無い。…しかし今夜は、人里の警護もしなくてはならないのに…!」

 

 

 

 

手詰まりした状況に頭を抱え込んでしまう。普段から里を守っている慧音だが…この森は、何が起こるか分からないのだ。中には群れを構成する妖怪も沢山いる為…相手が1匹だとは限らない。

不安に駆られ、増え続ける焦燥感と高鳴る動悸に…慧音の心は喘いでいた。

 

 

 

 

…しかし、そんな慧音がその場へしゃがみ込んだ時だった。浸かった湯船から…じんわりと。

 

心へ、温もりを感じた。

 

 

 

…焦る気持ちを抑えるように。後悔と自責の念に駆られた慧音の心を…やんわりと労わるように。

 

 

そう感じてしまった。今まで必死だった筈なのに、突然現れた心地の良いそんな温もりによって

 

慧音は徐々に、落ち着きを取り戻していった。

 

 

 

「…まずは、冷静になろう。話はそれからだな…」

 

慧音は辺りを警戒しながら…妹紅と霞を守り始めた。そして、この状況を打破する為の方法を考え始める。

 

 

( 慌ててしまうと周りが見えなくなるのは、私の悪い癖だな。気をつけなければ…

確か天狗が人間を襲うことは、こちらから相手の領域へと入った時だけだった筈だ。…つまり、人里に来ていた天狗達には里を襲うが無い。

それに翌々考えてみると…私は何回、大声を上げたんだ?自分でも反省するべき所だが…あれだけ叫んでなお、この辺りには妖怪の気配が一切しない。

…何故だ?まるで、人里周辺の森から…低級妖怪がいなくなってしまった様ではないか…!!! )

 

 

 

そんな時。いきなりガサリと…手前にある草木が集まっている所から、何かが動いたような音が聴こえてきた。それを聞き逃さなかった慧音は湯船から勢い良く立ち上がると、気絶した2人を庇うようにして…その草陰の前に立ち塞がった。

 

 

( もう妖怪が来たか…!しかし、この湯に浸かってから身体の調子がかなり良い。そこら辺の有象無象の妖怪になど、この私が負けるわけにはいかないんだ…ッ!!)

 

 

 

「誰か、そこに居るのかッ!?」

 

 

 

警戒心を限界まで高め、いつでも攻撃ができるように構えを取った慧音。

 

 

 

そして、音の鳴った方を見つめていると…

 

 

 

 

パシャリ、と。一瞬、慧音が光に照らされてしまい…同時に先程とは違った音が聴こえてきた。慧音が予想外な光と機会的な音に驚いていると…

 

 

「うーん…何だか物凄く価値の高い写真が撮れちゃいましたね…こんな夜更けに奇遇ですね?どうも、清く正しい射命丸です!」

 

 

「…って、しゃ、射命丸じゃないか…というか、何故お前がこんな所に…?」

 

 

 

 

 

その草陰から…幻想郷最速のジャーナリストこと。射命丸文がカメラを片手に、平然とした様子で現れたのだった。

 

 

 

 

…カメラ?

 

 

 

「ちょっと新聞のネタを探しに遠出をしたせいで家に帰るのが遅くなっちゃいましてー…それよりも慧音さんは一体どうしてこんな所に居るんですか?

…というより…どうして、裸なんですかね?」

「そ、それはさっきまで湯に……?」

 

 

慧音は慌てて身体を隠そうとする…と、気づいてしまった。月の光で照らされた時、一瞬だけ見えた射命丸の顔は…笑っていた。

 

 

 

「…お、おい…お前…ッ…まさか今、私の裸を写真に撮ったんじゃなかろうな…?」

 

「プフッ…ふふっ…」

すると、遂に噴き出してしまった射命丸。

 

 

青い顔のまま、全身から嫌な汗が湧き出し始めた慧音と違い。…その顔は、笑顔だった。

 

 

 

「いやーすみませんね!!私もこれは流石に風紀を乱してしまうと思ってたんですけど…なぜだかここで撮らないと、後々後悔するぞ…と新聞記者としての本能が疼いちゃいまして?

…あ!心配しなくとも良いですよ!!この写真は門外不出ですので、安心してください!」

「やっぱり撮ってたんじゃないか!?け、消せっ!頼むから今すぐ消してくれっ!?」

 

 

 

( 今の光は文のカメラのフラッシュだったのか!こ、こいつ勝手に人の裸を…ッ!?ゆ、許せんッ!あのカメラ、ぶっ壊してやるッ!!!)

 

 

 

「天誅ッ!!!」

「おっと!危ないじゃないですか?慧音さんの頭突きは人間の里以外でも、閻魔様の説教並みに恐れられてるんですよ?あ、今の揺れ方良いですねー?はいパシャリ」

「き、貴様ァ!!」

「はいスキありっ!!いやーっこのアングル凄いですね!ばいんばいんですよ!?それに慧音さん、もしかして私よりも大きいんじゃないですか?気になって来ちゃったので後で測ってみましょうね!」

「誰がそんな事するかッ!!いい加減にしろおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 

慧音の攻撃…高速の頭突きとカメラを破壊しようとする拳を…射命丸はスイスイと避ける。そして未だ服を着ていない慧音のダイナミックな身体を…雑談混じりに撮影し始めた。

 

 

 

 

そんな事が数分続いたころ。相当の枚数を撮られてしまった慧音は遂に諦めてしまい…

半泣きになりながら、手で自分の身体を隠すようにして、地面へとへたりこんでしまった。

 

 

 

 

 

「ぐすっ…もう、何しに来たんだ。お前…」

「…あやや?どうやら少し、からかいすぎてしまった様ですね…いやぁすみません!!!実は私、今日はとっても気分が良くってですね…だからちょっと、調子に乗ってしまいまして。…あの、すみません?」

 

 

「…今日はもう、散々だ……人里に天狗が沢山くるし、男衆には変なことを暴露されるし…妹紅が男と一緒に風呂に入ってるし、てか仲良さそうだし…私まで、一緒に入ることになっちゃうし………全部見られたのに、子供扱いされるし…天狗に裸も撮られたし…もう、疲れた…」

 

 

 

色々と思い返していく内に…憂鬱になってきた慧音。今日一日…ろくな目に合ってない。

 

…厄日だ。きっとそうに違いない。

 

 

 

座り方を体育座りに変えた慧音は…そのまま膝の間に顔を埋める。射命丸にすら目視できるほどの負のオーラを出す慧音は…もう、動く気力を根こそぎ削がれていた。

 

 

「あやややや…どうやらとても、気の毒に思えてしまう一日を過ごしてらっしゃったんですねぇ…

 

…慧音さん?どうやらお困りのようですね?」

 

「…え?」

 

 

 

 

そんな慧音に、思わず射命丸も同情してしまう…そして、射命丸はそんな慧音へと、1つの取り引きを持ち掛けてきた。

 

 

 

 

「もうすっかり夜ですし…急いで森から出なければいけないですよね?…こんな所にいては危険ですし、何より慧音さんは人里の事だって気にかかっている筈でしょう?」

 

「…だが、今ここにはーーー」

 

 

 

 

「そう!今なお慧音さんの渾身の頭突きによって気絶してしまっている霞さんと妹紅さん!2人が目を覚ますまで、ここを離れる訳にも行きませんよね…?」

 

 

( な、何が言いたいんだ…?)

 

射命丸の話に一瞬、違和感を感じたけれど…それがわからない為、慧音は射命丸の話を聞くことに意識を戻す事にした。

 

 

 

 

「だから今。この2人を里まで運ぶ事を…私、射命丸文が手伝って差し上げましょうか?」

 

「…ッ…ほ、本当かッ!?」

 

 

 

予想外の言葉に、慧音はその取り引きに食い付いた。射命丸は慧音へと笑顔を向けて、詳しく話を語り出した。

 

 

 

「はい!ジャーナリストの誇りにかけて、私、嘘はつきませんよ?…私が霞さんを背負い、そして妹紅さんを慧音さんが背負う…

…そして更に!実は私はここから人里まで帰る道のりを知っているので、いち早く人里へと帰ることが可能ですよ?」

 

 

「…ッ!ここからの帰り道を知っているのか!?」

 

「ええ。そしてその代わりと言ってはなんですけど…慧音さんの裸を写した写真を今後、1枚ずつ消していきますので…その際、1つだけ簡単なお願いを聞いてもらっても…宜しいですかね?」

 

 

「…お、お願い…?」

 

射命丸の言葉に、慧音が息を飲み込んだ。

 

 

「あ、そんな難しいことや、金品を要求する事じゃ無いんです。例えば○○さんについて教えて欲しい…とか、慧音さんの家に泊めて下さい!とか。…そんな事でいいですから!…どうですかね?」

 

 

「…なら、頼む。今は一刻も早く里へと戻りたい………しかし、他人の秘密を勝手に漏らすのは…私には、出来そうに無いんだが…」

 

 

 

「分かりました!それではお話を聞く程度で構いません!」

「それなら了承した。…頼む」

 

 

射命丸との取り引きを受け入れた慧音は、そのまま射命丸へと頭を下げた。

 

 

「はい!それでは2人を背負わないといけないので慧音さん?妹紅さんも温泉から出して、2人が近づいた状態で…霞さんの首に巻いている羽衣に触ってくれませんか?

 

 

「わ、分かった………これでいいーー…キャッ!?」

 

 

妹紅を抱え起こした慧音は、射命丸の言う通り…温泉に浮かぶ霞の羽衣へと手を伸ばした。

 

 

…その瞬間、突然羽衣が慧音と妹紅の身体に巻き付き始め…2人の肌についた水分を一気に拭き取り始めた。

 

 

「…っ…んっ………」

気絶している妹紅も、突然巻きついた羽衣を受け、くぐもった声を漏らしている…

 

 

…そして、射命丸のからかいによって全身から汗を流していた慧音。掌から始まり、腕や胸を重点的に羽衣は拭き取り続けていった。

 

「んー…慧音さん、胸が大きいから絵面が凄いですね!!流石に写真は撮りませんけど、目に焼き付けさせて貰いますね!」

 

 

「お、おい!?これは、ひゃっ!?んっ、ど、どういう事だ!?…あ、そ、そこはッ!?や、やめろぉぉぉおぉお!!!」

 

 

「あ!慧音さん?ちょっと言い忘れてたんですけどー…この羽衣、なんと霞さんの湯に浸かった人を自動で拭いてくれるんですよ!

…確かに初めての時はちょっとだけ刺激が強いかも知れませんが、慣れると結構気持ちいいんですよ?

はぁ…私も入りたかったんですけどねー…?これもスクープの為ですし、仕方ないですね!!」

 

 

そんな事をニッコリと笑いながら宣う射命丸。…そして、慧音は今更気づいてしまった…

 

 

 

「…お、おい射命丸…っあ、ん、まさか、私が最初にここに来た時…から、あっ…くっ…お前は、ここに居たというのか…?」

 

「あ、はい。そうですよ?実は今日の昼頃から…霞さんの密着取材をしてましてね?ちょっとだけ小細工は施させて頂きましたよ?…まぁ、詳しい事はまた慧音さんの家で話しますから…今は羽衣が、身体を拭き終わるまで耐えて下さい?」

 

 

 

「お、お前ッ!お、覚えてろよぉぉぉッ!!!」

 

 

 

 

それから数分間の間、羽衣に全身を拭かれた慧音。少し刺激が強すぎたのかすっかり脱力してしまい…目の前の射命丸に、服を着せてもらう羽目になってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、人里では…男衆が会議を開いていた。

 

 

「…なぁ、天狗の様子がおかしいらしいぞ?」

「…?そんなの皆知ってる事だろ?ここに来てた天狗、皆今にも死にそうなくらいの酷ぇ面した奴ばっかりだったじゃねぇか。あんなのがおかしくない訳がないだろ?」

 

「いやさ、さっきからぱったり天狗が来なくなっただろ?何か妖怪の森の方角からさ…奇妙な音が聞こえるんだよ。こう、なんか家を作ってるような…」

 

「…家ってか?あの妖怪の山にある神社……名前、何だっけ?…早苗神社…だったっけ?改築でも始めたのか?」

「お前が普段、何を目当てにあの神社へ行ってるかがよーく分かったよ。守矢神社だよ守矢神社!というか、改築するなんて話は聞いてないぞ?」

 

「ああ、それだそれ!…って、別にいいじゃねぇか!お前らと違って、俺には嫁が居ないんだからよッ!!若くて可愛い巨乳の女の子がいたら、そりゃあ見に行きたくなるだろ!?」

「…くっ、否定出来ない…ッ…!!」

 

「しょうがねぇよ…ありゃあ天然物らしいけど、凄いもんな?こう、ドンッ!て感じでよ!!スタイルのいい美人の巫女を信仰したくなる気持ちは、分かるぜ…」

「同士よ…ッ!!!」

 

「…そういや巫女ってもう1人いるだろ?博麗……何だっけ?あの脇がガラ空きの巫女服着てる、早苗ちゃんと比べて胸のちっちゃい子…

あの子、異変が起きた時は動いてくれるらしいんだけど、今みたいな異変か何かが曖昧な状態では動いてくれないんだよなぁ…妖怪退治の専門家らしいけど、あんな所までわざわざ頼みに行けねぇよ…」

 

「確かにな…それに、俺たちに力があれば…慧音先生の手伝いが出来るのにッ!!!あの人だけに、負担をかけなくて済むのに………俺はこう、慧音先生を支えてあげたいんだ!!」

「………そしてお近づきになって?」

「あわよくばおっぱいを………ハッ!?」

 

「お前は寺子屋にいた時から慧音先生の胸ばっかり見てたもんな?しょっちゅう頭突きされてんのに全然懲りないんだから……動機が不純過ぎるし、だから嫁の1人も出来ねぇんだよ…」

 

「しょうがねぇだろう!?俺はあの胸を一度でいいから生で見てみたい!!そして一緒にお風呂に入りたいんだよォ!!」

 

「まぁ、その、気持ちがわからんでも無いけど…俺は嫁一筋だからな。今は森の様子を見に行った慧音先生と妹紅ちゃんが心配だよ」

 

「そうだな。そろそろ戻ってもおかしくなーーー」

 

 

バターン!!!

 

 

口々に話していた男達。すると突然、男達がの集まる家の扉が…強引に開かれた。

 

 

「だ、誰だ!?」

「他人の家に一体何をしーーー…ッ!?て、天狗!?」

「ど、どうしてここに天狗が居るんだよ!?」

 

 

 

目の前には、1人の天狗の少女。

 

その少女はニコニコと男達に笑顔を向けながら、名乗り始める…

 

 

 

「あ、どうも!私、清く正しい射命丸と申します。突然ですけど…全員、今直ぐに慧音さんの家に集合してくれませんかね?…というか、来て貰わないと私が困るんです。

それじゃあ、手早く来てくださいね?」

 

 

 

 

 

鴉天狗の少女はそう言い残すと、直ぐに男の家を後にしてしまった。

男達は今の光景に唖然としていたが…すぐさま我を取り戻し、急いで射命丸の後を追い始めた。

 

 

 

「お、お前ら!とにかく慧音先生の家へ急ぐぞッ!!!」

 

 

『『『応ッ!!!!』』』

 

 

 

 




作者は気分屋ですが…
精神的にも不安定な季節がやって来ますね。
執筆意欲が続くかしら…


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天狗とサイズと人里の温泉

遅くなってしまい申し訳ございません…
夏バテと不眠症と
ポケモンのソウルシルバーを何となく始めたら
意外と面白くってなんかずっとやってました…

誠心誠意の土下座をば…┏○┓


『慧音先生ッ!!!一体何がーー』

『大丈夫ですかい!?さっきの天狗が何ーー』

 

射命丸に呼び出された男衆は

慌てた様子で慧音の家へとやって来るとーーーーー全員、唖然としてしてしまった。

 

 

「 …ッ!?も、もう来たのかお前達!?」

「…あやや?少し脅かしすぎちゃいましたねぇ?」

 

 

それもそうだろう。先程、皆で集まっていた時に自分達を呼びに来たこの天狗の強さは…他の天狗よりも頭一つ飛び抜けていた。

 

 

そして慌てて慧音の家へと駆けつけた結果。男達の目に飛び込んできたのは…

 

 

 

慧音の布団で横たわる妹紅と

 

 

 

その妹紅の隣で眠る、男の姿だった。

 

 

 

「あぁ、とりあえず皆、中に入って適当に掛けてくれ…用があるのは、こっちの天狗だからな」

「ども!改めまして…清く正しい射命丸文です!」

 

そう名乗った天狗に男衆は会釈を交わすと、疑問だった事を慧音へと問いかけた。

 

 

 

「け、慧音先生…こいつは一体誰なんですか…?どうして妹紅ちゃんがここに…?というか、この男ピクリとも動かないんすけど…まさか、死んでませんよね…?」

 

「ば、馬鹿な事を言うなッ!!私が殺す訳無いだろう!?そ、それにこいつは妖かんむぅ!?」

 

「…ストップですよ慧音さん?それ言っちゃうとこれからの話が進まなくなりそうなので…あと、誰も慧音さんが殺したなんて言ってませんよ?」

 

「ん、んむぅ…!む、むぅー!?」

 

男衆に疑惑の目を向けられた慧音は…頭突きをしたのは自分だが、死んでいる訳では無い!

 

 

…そう伝えたかった慧音だが、それは射命丸の早業によって阻止されてしまった。

いきなり霞の羽衣を手に取った文によって、慧音は拘束されてしまった。

 

 

自分の潔白を晴らそうとして、聞かれてもないことや…まだ言うべきでは無い事まで口に出そうとしてしまった慧音。

 

 

 

「それじゃあ、慧音さんは落ち着くまでの間。…放置しておきますか!」

「むむぅ!?」

 

 

顔を赤く染め上げる慧音。後手に手を縛られ、口にまで霞の羽衣を咥えさせられる…

慧音は、予想外の羞恥に悶えていた。

 

…そんな中男達は

 

 

( な、何だあの慧音先生の色気は…ッ!?)

( あれ…?よ、よく見たら…髪が少し濡れてる…ッ!?ふ、風呂上がりだとッ!?)

( ヨシ子すまねぇ…ッ!!この胸を二度見しない男は、きっとホモかぺド野郎しかいないと思うんだわ…ッ!!)

( 慧音先生のおっぱい慧音先生のおっぱい慧音先生のおっぱい慧音先生のおっぱい…)

 

 

 

( (ありがたや…ありがたや…))

 

 

 

慧音の気持ちを他所に、風呂上がりの慧音の姿を見て…畏敬と感謝の念を神へと送る男衆。

 

 

それを見ていた射命丸は…先程とは180度違った絶対零度の視線を男達に浴びせると…

 

 

 

「…今から話すのはこの里において大事な事ですが『慧音さんの胸を凝視して』聴き逃した男は…もう、社会復帰が不可能な位の新聞書いて、幻想郷にばら撒きますので…そのつもりで、きちんと話を聞いておいてくださいね?」

 

 

「「「 ヒイッ!?」」」

 

 

 

そう言って、濁りきった瞳で笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして一刻程経った頃。

 

「…はい!これにて話は以上になりますけど…何か、質問などはありますか?」

 

 

射命丸の語った話は端的に言って…この人間の里に、大きな益をもたらす話だった。

 

この人里に、大衆向けの安い入浴料で入れるような銭湯を創る…そんな話だった。

 

 

 

「その話が本当なら、俺たちゃ里のもんにとってはありがてぇ話だよなぁ…?」

「ああ、ウチの風呂は結構ボロくてなぁ…家族も増えたもんだから、結構困ってたんだよな」

「分かる!うちの娘も風呂好きだから工事が遅れて今日は風呂に入れないっていうと結構騒いでるしな……まぁ、そこが可愛いんだけどさ」

「うるせぇッ!!お前ら…独身の俺に、そんな話を延々と聞かせんじゃねぇッ!!」

 

里の男達が口々に話す中、1人の若い青年が霞を一瞥した後…射命丸に向けて、手を挙げた。

 

 

「あの…質問いいですか?」

「はい?構いませんよ?」

 

 

「…ほ、本当にこの男にはそんな力があるんですか?何分、実物を見てないから信じられないというか…そもそも、この男は妖怪何でしょう?そんなの、信用なんて出来るわけないですし…そもそも妖怪が人間の為に銭湯を創るなんて…っむぐッ!?」

 

男がそう、話していると…

 

 

 

射命丸が、男の口元を掴みあげた。

 

 

 

 

「 …へぇ。貴方、よく慧音先生の授業を受けておいてその発言が出来ましたね?

…まぁ、貴方の言いたいことは分かりますよ?こう見えても霞さんはれっきとした妖怪です。それも、太古から生きる大妖怪です…しかし、私のような打算があって人間と仲良くしている妖怪と違って…霞さんは、ただ。心から人間が好きなんですよ。

人間に喜んでもらいたい…ただその一心で、その強大な力を使うんです!!

…霞さんの過去の写真ならありますから、どうぞご自由に見ていってください。そして、自分の目で見て、この霞さんがどういった妖怪なのか…推し量って下さい」

 

 

射命丸は、掴んでいた男を別の男の方へひょいと投げると…懐から、数十枚に及ぶ量のの写真を取り出して、それを男達の前に差し出した。

 

 

「…!ほ、本当に温泉が出来てやがる!!」

「ま、まじかよ!?こんな事が…?」

「凄ぇ!って、おい、これって…?」

 

 

その写真は…霞が温泉を創り出す最中の写真だった。温泉は綺麗で大きく…そして、何よりも美しかった。透き通った湯は自分達の家にある風呂より、数倍は気持ちよさそうに見えていた。

 

 

 

…しかし、途中から写真の内容が切り替わった。そこに写っていたのは、霞と共に入浴する…多くの人間の姿だった。

 

 

 

「おい…まさか、この男と写ってるのって…全部人間だったりするのか…?」

「あぁ!?こ、こっちは女まで!?ふ、二人っきりで入ってるだと!?」

「こっちは家族連れと一緒に入ってる…どんだけ信用されてるんだよ?もう、2人の子供が懐きすぎて顔に張り付いてるじゃねぇか!?」

 

「…けど凄いな、この男…この写真に写ってる奴。全員、笑顔になってるぞ…」

 

「本当だ…」

 

 

その写真に写っていた人間は、男も、女も、老人も子供でさえ…皆が笑っていた。

そして、それを見ていた男衆の中にいた青年の父親が立ち上がると…いきなり射命丸と慧音に向けて、頭を下げたのだった。

 

 

「むぐ…?」

「…いきなり何ですか?」

 

 

「慧音先生、それに天狗の嬢ちゃん…ウチの息子の非礼、詫びさせて貰う。…済まなかった。

慧音先生のように、俺たちに生きる術を教えてくれる妖怪だっているのに…頑なに妖怪を信じるなと教え込んだのは俺だ。…俺が責任を取るから…どうか、息子だけは許して欲しい」

 

「…ッ!と、父さんッ!!違う!お、俺が無神経だったんだ!だから、責任は俺にもあるッ!!すみませんでしたッ!!」」

 

自分の為に頭を下げた父親を見て、すぐに息子も共に頭を下げた。

 

 

 

「…顔を上げてください」

 

それを受けた射命丸は、頬を掻いてため息を吐くと

 

「私は分かりましたから……ほら、慧音さんはどうですか?」

 

 

そう言って慧音を縛っていた羽衣を解いた。

 

 

「…ぷぁ…わ、私も少しショックだったが…それは昔、私が教えたことでもあるんだ…私はお前達を初めから許している。だから…もう、顔を上げてくれないか?」

 

「ありがとう、慧音先生…」

「ありがとうございます!!」

 

 

抱き合う2人を見て、笑う慧音。

和やかな光景が続く中、それを見ていた射命丸はふと。心の中で考えていた。

 

 

( これなら、人里で霞さんは受け入れられますね…後で天魔様と鬼子母神様には伝えておきましょう…)

 

 

 

射命丸達が話していると、男衆の1人が素朴な質問を射命丸へと向けてきた。

 

 

「 なぁ、そこの兄ちゃんが良い奴だって事は分かったんだけどさ。どうして突然人里に銭湯なんか作ることになったんだ?それに、そんなの1日2日でできるようなもんじゃ無いだろう?」

 

 

「あ、それについては全く問題はありませんよ?今も妖怪の森では、この霞さんを宿の主人とした温泉宿を作ってる最中なんですよ。

けど、そちらは妖怪向きなので…人間は来づらいでしょう?そこで鬼子母神…あ、妖怪の山のトップがですね。

『…んー…これじゃあ、妖怪ばかりで霞ちゃんが人間と触れ合う機会が減っちゃいますね!紫さんに言って人間用の銭湯を持ってきて貰いましょう!』…って言ったんです。

だからこの人里から色々と、物資を買に来ていたんですが…別に妖怪の森が大変な状況…ではありますけど、人間に危害が出るような事はしていないので。そこは安心してください?」

 

 

「 そうか、それなら良かった…よし!俺は今から里を廻って不安を解消してくるわ!」

「それなら俺も行こうじゃないか…」

「お、そうだな!俺もこの事をカミさんに伝えないといけねぇ!」

「世話んなったな天狗の嬢ちゃん!!その兄ちゃんにも宜しく言っといてくれ!」

「慧音先生ッ!!今度は俺だけを家に呼んでくれることを期待しぐぼらッ!?」

「コイツが一々すまねぇ慧音先生!また明日な!」

 

 

 

男衆はその話を聞いて自分の家へと走っていった。

 

 

…そして、最後の最後まで…慧音への顔から熱が引くことは無かった。

 

 

 

「 ふぅ。これで私の仕事は終わりですねー…」

 

 

そんな様子の射命丸に、慧音は今日。ずっと聞きたかった事を聞いてみることにした。

 

 

「なぁ、射命丸。1つ聞いてもいいか?」

 

「はい?何でしょうか?…あ!そう言えばまだおっぱいの大きさ測ってませんでしたね!それじゃあきちんと測りますか!」

「ち、違う!えぇいとぼけるのもいい加減にしろ!お前、そこの霞に対して、やけに肩入れしていたが…一体、お前と霞はどんな関係なんだ!?」

 

 

その言葉に、射命丸…もとい、文は。ニッコリと綺麗な笑みを慧音へ向けると…

 

 

「…あ、それ気になります?…えーとそうですね。私にとっての霞さんは…憧れなんですよ」

 

 

そう、言ったのだった。

 

 

「憧れ…?」

「ええ。私が霞さんに初めて会ったのは…もう、数百年くらい前だったと思います。

…その時の私って、もっと攻撃的だったんですよ」

 

「攻撃的…?」

「はい。天狗の種族である以上、上からの命令は絶対…なんですけどね?これがなんだか私の肌に合わなかったんですよねー…だから哨戒任務をサボる為に、色んな所を飛び回ってたんですよ。

…そんなことを続けてたらまぁ、上の天狗にも結構怒られたりしてですね?それで不貞腐れて1人で森の中で居たら…霞さんに出会ったんですよ」

 

 

そこで慧音が文の表情は…とても、無防備な笑顔だった。『幻想郷の新聞記者』として、世帯術を身につけた文からは想像もできないほどに、過去を懐かしむような…そんな、柔らかな笑顔を浮かべていた。

 

 

「 凄かったんですよ?その時、霞さんったら鬼子母神様と一緒に旅してたんですけど…私、一瞬で勝てないって悟っちゃいましたし。そして流れで温泉に入る事になって今日の慧音さんみたくいきなり服を剥かれちゃってですね?いやー…皆、誰かに剥かれるんですよね。再確認しましたよ、私…」

 

「そ、そこも見ていたのか!?お、お前は一体今日…霞の何を見ていたんだ!?」

 

 

それを聞いた文は少し真面目な顔をすると…慧音へと語りだした。

 

 

「それはですね…一昨日の事なんですけど。新聞のネタ探しの帰りに…何だか普段よりも早く飛んでる知り合いを見つけましてね?何だか面白そうな匂いを感じたので…跡を尾けてみたんですよ。

 

そしたらまぁ、私以外にもその天狗を尾けてる男が居ましてね?面白そうだったので追跡してたら…なんと!その知り合いが霞さんの温泉に入っていたんですよ!あれは驚きましたねー…

 

で、そしたらその男…というか、ストーカー野郎がですね?何やら小声でブツブツと『霞さんだと…ッ!?』とか『許さねぇ…椛は俺のモノだ!』とか言ってたんで…とりあえずその男を尾ける事にしたんですよ。

 

そしたらそのストーカー野郎が別の天狗に接触すると、何やら感情が爆発したかのように不満と嫉妬が溢れていましてね?これは少々厄介だなー…なんて思ってたら、大天狗がそこに来て…何やら今の天魔様に対して、謀反を起こそうとしてたんです。

 

だから次の日は私、その事件を追ってたんです。けど思いのほかその大天狗がアグレッシブなもので…さっき言ってた宿作りの邪魔をしようと、数名の河童を抱き込み始めたんですよ。

 

そしてそれを紫さんに伝えたら

『うーん…頭が痛いわね…何?コイツら命知らずなの?もうここには紬がいるのに?

…バカの相手はしてられないわね。情報はありがたく頂くけど…貴方の事だから、他に何か要求があるんでしょう?』

と、言われましたので…その報酬として、こうして霞さんの密着取材をしているんですよ!!」

 

 

「な、成程…」

 

 

 

良い笑顔でそう語る文に対して、慧音はその言葉しか言える事が無かった。

 

 

( …色々とツッコミたい。どうして天狗の諍いはそんな小さなことから始まるんだ…

それに、どうして妖怪の賢者がサラッと会話の中に出てくるんだ…

何故密着取材を、隠れて行おうとするのか…?それってストーカーと変わらないんじゃ…)

 

 

慧音が上の空で考え事に走っていた時…

 

 

むにゅん。

 

 

「っひぃあ!?!?!?」

 

「おー…凄いですね!やっぱり私より大きいんじゃないですか?ふっかふかですねぇ!見てください!これ、指が沈んでいきますよ!?」

 

むにむにと、文が慧音の胸を揉み始めていた。

 

 

「な、何をっ…ひっ!?あ、ま、まて…そ、そこはダメ…ぇ!あ、ん、ひゃん!?」

 

「あ、大丈夫ですよ!私、メジャーとか無くても揉んだら大体わかるので!えーっと、私よりも………大きい!?あー…やっぱ負けてましたか…これって意外と悔しいですねぇ。この胸、どうやったらこんなに膨らむんですかねぇ?あ、もしかして誰かに揉んだりしてもらってます?」

 

「そ、そんな訳、ない…にぃ、き…まってるだろぉっあッ!?」

 

「うーん…なんか私自身、結構自信あったんですけもサイズも負けちゃったんで…ちょっとイラッとしたんで、このまま続けますね?『上白沢慧音、夜の密着取材』…始まりです!」

 

 

そう言って、文が慧音の胸を揉むスピードを上げた。むにむにと揉んでいた文の手は、むにゅむにゅもみィッぐいんぐいんぼいんぼいんと

縦横無尽に動き回り始めた。

 

 

突然の文の行動に、顔どころか全身真っ赤になってしまった慧音は…

 

 

 

 

 

 

「い、いい加減にしろおおおおおおッ!!!」

 

 

 

 

大声で絶叫を上げ、今度は人間の里に…慧音の声が響いたのだった。

 

 

 

 

 

 



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天魔と仕事と完全なる生き物

文さんって絶対有能だと思う。


「あ゛ー…疲れたわぁー…」

 

天魔は今、1人で休憩時間を謳歌していた。先程まで生気の無かった天狗たちが一斉に復活して、天魔の負担がかなり減ったからだった。

河童たちが内装を整えるために出向いた為、ようやっと休憩できるようになった天魔は…すっかり疲れ果てていた。それもあの、忌まわしき雑な謀反計画のせいで。

 

 

 

 

「あンの馬鹿天狗め…不満があるんだったら私に正面から言えばいいものを、何故に一々河童を使って来るのよボケェ!!

アイツら本当に技術力を高める事しか考えて無いんだから止めんのクッソ疲れるんってのよッ!!!

それに大体『鬼に媚を売る…』これ、実行してたのアンタ達みたいなチキンハートな大天狗でしょうが!!山の四天王相手に物凄くヘコヘコしてた奴が、今更何を言ってるのよッ!!

後、河童のジジイはいい加減にしろぉッ!!!」

 

 

溜まった鬱憤を1度に吐き出した天魔は今。かなり荒れていた。

 

 

やたらと宿に兵器を付けたがる河童の相手をし、自身も宿作りを手伝う。これだけでもかなりしんどいというのに…そんな天魔の元へ、紬が何かを手に持って、歩いて来た。

 

 

『あ、椿ちゃーん?ちょっとお願いがあるんだけどー…この残骸、何処かに棄てておいて欲しいんだけど、いいかなー?』

 

 

そう言って、紬は大きな黒い翼を2枚。天魔の目の前にポイッと放り捨て…嗚呼。もう、この時点で色々と察する事が出来た。

大天狗特有の大きな翼の付け根には、少なからず血痕が付いており…

 

 

 

( うわぁ…あの大天狗の末路を考えるだけで、なんか身体がめっちゃ痛く感じるんだけど…)

 

 

大方霞…か、レミリア達のことを酷く侮辱したのだろう。『天狗はこの世界の頂点の種族』なんて豪語していたが、コイツのせいで天狗全体の品位が下がっているような気もする。

そう考えると、長い事生きてる癖してどうにも想像力が足りないというか…肩書きだけの大馬鹿というか…

 

 

何だか、やるせなくなった。

 

 

『お、お疲れ様…紬?ほ、本当に両翼毟り取ったの…?…で、もう粗方想像出来ちゃってるんだけど…結局、その翼の持ち主はどうなったのよ…?』

 

 

しかし、抜けたポストは埋めなければ行けないし…その為に色々と書き出す書類もある。さっさと誰かに役職を引き継いで貰うのじゃ。それにどうやら馬鹿は白狼天狗にも居たそうじゃし…そいつ等の処遇についても、ある程度知っておかなければならないのが天魔としてのーーーー

 

『えーっとね…?まず初めに女性をストーカーしてた方と、その片割れの方はー…取り敢えず、三途の川の方角へ投げといたよ?』

 

 

『 ………え?紬、今なんて言った?』

 

 

おかしい。うん、私はどうやら仕事のしすぎで幻聴が聞こえるほどになってしまったらしい。なんか三途の川とか聞こえたけど、ここから三途の川って結構離れてるし…

ダメね…やっぱり天狗のトップとして、体調管理はきちんと行わなければ下に示しがつかないわ。これはもう、この宿が完成した暁には…霞と一緒に温泉にでも入って心身共に癒してもらおーーー

 

『えーっとね?詳しく言うと、あの白い変態天狗さんは2人共気絶してたから…取り敢えずえい、って投げてみたんだよ。…まぁ、運が良ければ助かるかも知れないし?

…それにもし、当たりどころが悪かったとしても……目の前に三途の川があるんだから。色々と、小町さんの手間が省けるでしょ?』

 

 

 

その時の紬さんはーーーーー薄く、笑っていた。

 

 

え、怖いんだけど。何コレ?何でこんなに綺麗で儚い笑みを浮かべてるのに、こんなに背筋が凍りつく程に冷えるんだろう?

おかしいなぁ…今日の紬、結構ブチ切れちゃってるなぁ…こんなにブチ切れたのも久しぶりだから、宥める方法がさっぱり思いつかないのよね…

取り敢えずその変態白狼天狗共は自業自得よね。そのまま彼岸まで行って閻魔の奴にこってりと絞られて来るがいいわ。もし、転生するような事があれば…今度は勤勉な蟻にでもなるのがお似合いだろう。

 

『えー…一応、分かったわ。それじゃあ、その翼の持ち主の大天狗の方は』

『さぁ?何をしたんでしょうねー…?』

 

 

あ、これはもうかなりやっちゃってるパターンね。コイツの方が悪質だったから既に、薄々感じてたけど…まぁ。明るく考えてみればこれで見せしめが出来たから、今後紬に逆らう天狗は現れなーーー

 

『あと、いつの間にか霞ちゃんと私の住む家に13個の固定砲台を付けていた河童のお爺さんも、三途の川へ投げといたけどー……別に、いいよね?』

 

 

ジジイーーーッ!?えぇ!?もう既に紬さん、粛清行ってたの!?というかジジイ馬鹿じゃんやっぱり!!私、あれだけ説明したハズよね?『ここには鬼子母神も住むことがある』って、ちゃんと言ってたよね!?

なーんーでー付けちゃうのよあのバカ河童はぁッ!!口調がなんか河童の長っぽかったから現場監督に任命したけど…あのジジイ本当に長だったの!?タダの爆弾魔か何かじゃ無いでしょうねッ!?

 

 

『え、ええ。…た、確かに、あそこにはこれから色んな人間や妖怪が住むんだから…あまり物騒な物を置いておくのもダメだからね?霞の悪評が立つのは、絶対に阻止しなくちゃいけないし…』

 

 

『あ、その事なんだけどねー?紫さんの話だと…既に人間の里の懐柔は済んでるみたい。

いやー話がトントン拍子で進むっていいよねぇー…これで私たち、また霞ちゃんに褒められちゃうかもしれないよー?』

 

 

『…ん?人間の里の懐柔?』

 

 

え?いつの間にそんな事してたの?…え?それ、私知らないんだけど。どういうことなんだろう?…あれ?もしかして私だけハブられて…あれれー?おかしいぞ〜??

 

 

『はい!紫さんが謀反を起こそうとしてるってタレコミを受けてたじゃん?そしたらその鴉天狗さん、その報酬として霞ちゃんの密着取材を要求してきたんだよ!!しかもね?取材で撮った霞ちゃんの写真は欲しい方にプレゼントしてくれるらしくてね?紫さんから聞いた私も大喜びなんだよ!

私、人が欲しがるものを当てられる人って、やっぱり貴重だと思ってるんだよねー?だから、人間が霞ちゃんに求めるものはなにか…って、聞いてみたんだよ。そしたらその鴉天狗さんは…

 

『そうですねー…人間は妖怪に対して抵抗がありますので、里の人間全てが使える銭湯なんかどうですか?私がまず、霞さんの価値を説いてきますから。そうすれば…霞さんは確実に、人間の里から受け入れられますよ?』

 

って、言ってくれてね?もう私も紫さんも『その手があったか!?』って驚いちゃったよー!!

だから、この宿建設が終わったら…紫さんと協力して。この時代にあった銭湯を作る予定なんだけど…あ、椿ちゃんも手伝ってくれますか?』

 

『手伝うに決まってるわよ!!私だけ除け者とかつらいわあぁぁぁッ!!私だって仕事するよりそっち手伝いたいもん!というか妖怪の森のトップは紬なんだけど、仕事とかどうやってるのッ!?』

 

『え?だって書類のサインとハンコ押すだけでしょ?地底でも一応やってたし、この先1週間分はパパっと終わらせちゃったよ?』

 

 

 

『ゆ、有能ッ!?』

 

 

 

頑張ってるけど仕事の遅い天魔は、紬の発言でかなり心にダメージを負ってしまった。何だこの完璧な生き物…

 

 

 

 

 

『紬ってずるいわ…里で見たお人形の様に可愛いし、家事万能だし、仕事も出来るし、めっちゃ強いし、おっぱいだって大っきい…

…私、何にも勝てる事がないのね…」

 

 

 

すると、そんな天魔を紬は後ろからゆっくりと抱きしめると…まるで天魔をあやす様に。天魔の疲労を癒すように。座り込む天魔の頭を撫で始めた。

 

 

『紬…?』

 

 

『大丈夫だよー?椿ちゃんの頑張ってる所、私がちゃーんと知ってるしねー?私だって椿ちゃんのこと、いつも羨ましいと思ってるよ?

だって元々私はー…他人に全然興味を持つ事が出来なかったしー…霞ちゃんに会うまではー…何も変わらない日々を、ただただ心を冷めさせるだけの毎日を…延々と過ごしてたんだもん。

それに、私は1回失敗しちゃったんだー…さっき、霞ちゃんが1番求めてるものが何か分かる?って鴉天狗さんに聞いてみたんだけど…

 

…当てられちゃってね?』

 

 

昔の紬には分からなかった、霞の求めるもの。それにすぐに気づいたあの鴉天狗さんは…とても頭が良いんだろう。

 

 

『そうね……それ、間違い無く文でしょ?そんな洞察力と頭の回転を持ち合わせた天狗。そうそういないしね…』

 

『あ、正解ー!!、そうだ、射命丸さんだった。凄いよねー…私、霞ちゃんが居なくなってしまってから気づいたのに。

…どうやら、霞ちゃんが無意識に求めているのは…『自分の居場所』…たったこれだけなんだよねー…』

 

『ああ…何というか、霞らしいわね…』

 

 

生来の自分の能力によって、癒しを求める存在の元へと旅をしていた霞。

 

しかし、その度に霞は慣れ親しんだ土地を離れ…別の地へと歩んでいった。

 

仲の良い友達は沢山増えたものの…結局、最後まで霞のそばに居た妖怪は1人も居らず…最近までは山奥で独りで過ごしていたらしい。

 

 

性格上、お人好しな霞は…他の存在に尽くした結果、時代の流れに取り残されてしまった。

 

 

 

その結果、『自分とは何なのか…?』『何故私は生まれてきた?』と、延々と自問自答を繰り返すだけの存在に成り果ててしまったのだろう。

 

 

 

『ですから私、その時から練習を始めたんだよ?家事が上手くなれば霞ちゃんの負担が減るしー…仕事もできれば、なお良し!!

それに、私が霞ちゃんを守って、その代わりに私の事を癒してくれればー…また、昔とは違った結果が生まれるって私は思ってるんだよねー…?

…だからこそ、霞ちゃんの良い所を沢山知ってる椿ちゃんは…私にとって、とっても大切な存在なんだよ?』

 

 

紬にそう言われて、天魔の心に熱が戻ってきた。先程までとは全然違って、心の底からやる気が漲って来る感じがしたのだった。

 

 

そして、天魔はガバッと立ち上がると。大きな声で宣言した。

 

 

『…よーっし!!もう、メソメソするなんて私らしく無いわね!!私だって霞の力になりたいし。霞の求めるものを提供出来るようになりたいわ!!』

 

 

天魔のその言葉を聞いて、目を輝かせる紬。

 

 

『その意気だよ椿ちゃん!やっぱりいつも元気な椿ちゃんを見ると、私も頑張ろう!って思えちゃうよねー?そこが椿ちゃんの良い所だと私はずっと思ってるよー?』

 

『そ、そう?えへへ…』

 

 

あれ、なんかとっても嬉しい。

やっぱり紬の言葉って何かいいなぁ…

 

 

 

 

『はい!けど、おっぱいは小さいけどねー?』

 

「おいコラ紬ィッ!?今それ言う必要絶対無かったハズでしょおおおおおおおお!?」

 

 

 

「きゃー♪椿ちゃんが怒ってるー!!」

 

 

突然天魔の地雷を踏み抜き、にこやかに笑う紬とキレる天魔。

紬なりの励ましなんだろうか…?

 

 

「うわあああああッ!!返せよぅ!私の感謝を返しなさい紬ィッ!!というかどうして紬はおっぱいが大きいのよッ!?ま、まさかこれも霞のためにありとあらゆる手を使って大きくしたんじゃ…」

 

「あ、これは勝手に大きくなっただけだよ?」

 

 

「畜生めぇぇぇぇぇぇえッッッ!!!」

 

 

叫ぶ天魔と笑う紬。これもまた、仲のいい2人にとってのコミュニケーションの一環なのだろう…

 

 

天魔はそう信じたい……と、強く思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま2人で話をしていると…そこに、こちらも少しぐったりとした様子の紫が現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

「アンタ達、まだそんなに話す元気が残ってるの?それにまだ一日経ってないのに…アンタ達って本当に凄いわねぇ…これならもう、明日の夕方には温泉宿。出来上がるんじゃないの?」

 

 

紫は思っていたよりも遥かに早く、完成しつつある温泉宿を見て驚かずには居られなかった。

仕事自体は昼から夜にかけてのおおよそ12時間程度。しかしたったそれだけの時間で既に、おおよその外装が出来上がってしまっていた。

 

 

「え?何を言ってるの紫さん?この宿は明日の昼には完成するように作ってるよー?」

 

 

「「え?」」

 

 

 

天魔と紫の声が被った。2人は目をパチクリとさせて、お互いにキョトンとした顔を見合わせている…

 

 

「私の想像以上に序盤の天狗さんの仕事が早くてねー?というか、諏訪子さんのお蔭でこの辺りの地盤がいい感じに整地されたんだよ。

そしたらそこから河童さんの下地を作る作業が効率化されてね?あっという間に一面の土台が出来上がっちゃってね?

萃香さんと勇儀さんのおかげで壁を作る作業と屋根の組み立ても予想より早く終わっちゃったし…あの二人はお酒を用意すれば普段以上に働いてくれるからねー?

後は私が残っていた色んな部分の補強に回ったし、分担作業で宿の建設と、宿に必要な物資を運んで来る人とー…ここまで来る為の山道の整地を天狗の皆さんがしてくれたからねー?

 

…もう、宿自体は完成間際なんですよー」

 

 

開いた口が、塞がらない。

 

 

「…今思えば、紬の作業量がおかしかったわね」

「ええ…紬ってば、夜間の犯人退治の為に…日中の間に物凄く動いてたのね…」

 

 

 

「けどね?今回1番役に立ったのはー…やっぱり、紅魔館の皆だよねー…!!」

 

 

「あー…確かにあのおにぎり、美味かったのぅ…」

 

「そうね…あのおにぎり、私も食べたんだけどめちゃめちゃ美味しかったわよ?アレ、本当にあのフランドールって子が作ったの?」

 

 

「そうだよー?あのおにぎりのおかげで天狗さんの疲労は消えちゃったしー…『吸血鬼幼女を眺め隊』とか『メイド長を讃え隊』なんてものが天狗さんの中では出来上がったらしいよ?ようやく天狗の排他的な価値観が変わってくれて良かったねー?」

 

 

 

「…え?紬?私、そんなの聞いてないんだけど?」

 

 

おおぅ…なんということ…紬が妖怪の山に来てまだたった12時間。…しかしそのたった12時間で『天狗』そのものの概念が変わってしまったらしい。

 

 

地獄のような作業を続けられた先に見た、顔のレベルが相当高い紅魔館の面子は…どうやら簡単に天狗達の心の隙間に入り込み、そのヒビ割れた心を埋める役目を果たしたらしい。

 

 

 

…こんなこと、アリなのかしら?

 

 

「ちょ、ちょっと!?そんなの作ったりしたら、天狗の中に不埒な輩が出てくる可能性がーーー」

 

 

「あ、そこは心配ないよ?天狗さんって、規律とか秩序を重んじるじゃない?だから、それぞれ簡単なルールは作ってもらってるから、心配しなくとも大丈夫だと思うよ?

 

…それを破ったら、極刑だし?」

 

 

 

あ、なんかもう安心した。どうやら紬の目的はこの妖怪の森に住む天狗が、みだりに他の種族を害さないようにする為の措置であり…

 

他の種類に対して天狗が狼藉を働いた場合は、有無を言わさず三途の川送りという宣言でもあった。

 

 

「それじゃあ今日一日、守矢神社や紅魔館の協力のおかげで…もう少しで完成を迎えるしー…残りも頑張りますかー?」

 

「…それもそうね。もう、この際天狗については後回しでいいわ…温泉宿の経営についても霞と予定を合わせないといけないし…銭湯の件もあるから。私、これからが忙しいのよねー…」

 

「まぁ、仕方ないわね。というかさっさと完成させて、宴会の準備もぼちぼち始めないといけないし…」

 

 

 

 

 

「あ、宴会に必要な物資は持ってるから、その心配はしなくても大丈夫だよ?」

 

 

 

 

「「紬が有能過ぎるッ!?」」

 

 

 

 

天魔と紫は声を揃え、そう叫んだのだった。

 

 



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慧音と写真と思い出のカメラ

涼しいと執筆意欲が湧きますねぇ…
いつまで続くんでしょう。


『んッーーーーーーー!!』

『〜♪』

 

( うわぁ…何やってんだあれ…)

 

妹紅は慧音の大声によって、既に意識を戻していた。まだ額はズキズキと痛むものの…不死者にとってはそう大したことではない。むしろ今まで色々な激痛を味わって来た妹紅にとって、未だに慣れない痛みなんてものは…逆に珍しいと言えるだろう。

 

 

そんな妹紅は今、顔を真っ赤に染めていた。隣で寝ている霞に対してドキドキしているのも、理由の一つとなるが…

 

 

『 …ふぅ。もう大体分かりましたので、慧音さんの取材はここまでにしましょうか。

…しかし謎ですねぇ?身体は小さいのに胸が大きいなんて、鬼子母神様以外にも居たんですね…

あ、せっかくなんで鬼子母神様の写真要りますか?えーっと…あ、コレですね。見てくださいよ、やっぱ大きいですよねぇ…』

 

『はぁ…はッ…お、お前…あ、後で絶対ッ…て、天誅だからな………って…お、大きいな…』

 

 

先程まで慧音の胸をこれでもかと言わんばかりに揉みまくっていた射命丸と、やたらと色っぽい声を上げていた慧音のせいだろう。

どうやら今、鬼子母神とやらの写真を見ているらしいが…何でそんなものを持ってるんだ…?

 

 

( 落ち着け…落ち着くんだ藤原妹紅千三百……歳なんてもう忘れてしまったけど、これでも私は大人ッ!!大人な私はあれしきの光景では狼狽えない!)

 

 

自分にそう言い聞かせながら、妹紅はゆっくりと状況を整理することにした。

 

 

まず、『自分は何処にいるのか?』を考え始める…が、妹紅の目に入った天井や家の中の光景は…見慣れた光景だった。だからこれは簡単…これは慧音の家だ。普段、よく来るからそれは分かる。

 

次に、『何故ここに居るのか?』これもまぁ、ある程度理解していた。隣で霞が寝ていることから…私と同じで慧音の頭突きにやられたんだろうなぁ…大方夜の森で2人が気絶してしまったから、慧音は急いで私たちを家まで運んだんだろう。

そこで多分、射命丸と出会って…2人で私と霞を運んだんだと思うけど…慧音は裸を晒した相手を恥ずかしがるから、絶対私を運んだハズ。まさか射命丸が、霞を運んだのか…?

 

 

( …うーん。なんか引っかかる所もあるっちゃあるんだけど…問題は射命丸なんだよなー…アイツ。一体何が目的で、こんな所に居るんだ…?)

 

 

妹紅からすれば、そこが1番分からないところだった。射命丸は普段はネタ探しに奔走して、それを新聞にする為。普段は家へと直帰していると聞いていたのだが…

 

しかし、そんな事よりも妹紅にとって。気にしないようにしようとしていのだが…やっぱりどうしても気になることがあった。

 

 

 

( 慧音と射命丸はひとまず端へ置いとくとして…霞、良い寝顔してるよなぁ…)

 

 

妹紅の隣で気ぜ……寝ている霞の寝顔は…長い間、自分に重くのしかかっていた物から解放されたような。

 

 

…そんな、清々しい顔をしていた。

 

 

 

昔、まだ妹紅と旅をしていた時の霞は確か…普段はニコニコと笑っていたけれど、偶に。ふとした瞬間にボーッ…としたりすることが多くあった。

そして睡眠時も、険しい表情をしながら何度か魘されていたこともあった程だった。

 

 

そんな霞は…もう、居なかった。今の霞は纏う妖力からして昔と違っていた。顔つきも、背丈も、服すら未だに変わらないのに…偶に見えていた陰鬱な雰囲気はもう、消え去っていた。

 

 

それを確認した妹紅は…なんだか理由もなく嬉しくなってしまった。

 

 

( 霞もなんか、色々とあったんだろうな。…けど、あんなに絶望していた私でさえ元気でやってけるんだから。霞が過去を引き摺ったまま立ち直れないなんて事は…ないと思ってたんだよなぁ…)

 

 

そんな事を考えながら、妹紅は少し霞へと近づいて…そのまま眠り始める。

 

 

 

 

慧音と射命丸の乳繰りあいにも興味がないわけじゃ無いんだけれど…妹紅にとっての優先順位は、霞の方が上だっただけなのだ。

 

 

 

 

( おやすみ…霞…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな妹紅が眠ってしまった頃。

 

「ねぇ慧音さん?実はお願いがあってですね…お風呂を借りても宜しいでしょうか?」

 

 

慧音の裸の写真が『全て入ったカメラ』を手に持ちながら、慧音へと話しかける文。…それはもうお願いという名の脅迫に近いナニカへと、変わってしまっていた。

 

 

「そ、それが人に、物を頼む態度か…!?」

 

 

「あやや?貸してくれないんですか…?そうですかぁ…私、今日は霞さんの密着取材として…昼間の紅魔館で霞さんが私の新聞を読んでくれてるのを写真に撮ったり、紅魔館をあとにして魔理沙と別れた霞さんが…昔の私のように高速で空を飛ぶ姿を写真に撮ったりしてたんですよ?

こう見えても私、色々と飛び回ったので結構疲れてましてね?汗もかいちゃいましたし…流石に乙女として、殿方に『汗臭い女』なんて思われてしまうのは、乙女のプライドが傷ついてしまうんですよ…」

 

 

「ぐッ………!?」

 

 

慧音は前半に対しては突っ込みたく思ってしまったが…後半は同じ乙女として、理解出来る話だった。確かに、汗を流さない状態でこれから霞の隣で寝るのは抵抗があるだろう…

 

 

 

しかし、慧音にも譲れないものがあった。今、必ず文の持っている…自分の裸写真を消しておかなければならない。

 

 

 

「…なら、カメラを私に預けていけ。ふ、風呂場にはその…見られたくないものだってあるんだ。だから余計なことはせず、汗を流してくるだけなら構わん」

 

 

 

「お、交渉成立ですね!それでは最速で入って来ますので…慧音さん?写真は消しても構いませんけど、その中に入ってる霞さんの写真を消したら許しませんからねー?

…きちんとバックアップは取ってますけど」

 

 

 

そう言い残して、文は風呂場へと向かっていった。意外と素直に渡したことに対して疑問が残っているが…

それに、最後の一言が逐一腹立たしい。

 

…そう言えば着替えとか、持っているのだろうか?

 

 

 

 

 

「と、取り敢えず写真を消さなければ……ん?」

 

 

文から渡されたカメラのフォルダの中から映りこんだのは…1枚の写真だった。それはまだ妹紅と霞の話を聞いている時の慧音が…2人の様子を、ニコニコと微笑みながら眺めている姿が写っていた。

 

そして、その次の写真は霞に張り付く妹紅とそれを窘める霞の姿。尚、この時の慧音も微笑みを浮かべている…

 

 

その後、色々な写真が見つかるものの…目的の写真は1枚も出てこなかった。

 

 

 

「 …ど、どういう事だ…?確かにあの時、文の奴は写真を撮ったと話していた筈だ『そんなの撮るわけ無いじゃないですか?』ヒイッ!?」

 

 

突然後ろにから聞こえた声によって、驚きのあまり跳ね上がってしまった慧音。

慌てて背後を振り返ると…寝巻きのような薄い生地の服に着替えた文がそこにいた。

 

 

 

「お、お前ッ!?ふ、風呂に入りに行ったんじゃないのか!?」

「え?ちゃんと風呂場には入ってきましたよ?こう、パパっと洗い流しきましたし…」

 

 

…まだ数分しか経って無いのに!?いくらなんでもこれは早すぎる…これではまるで、

 

 

「本当に烏の行水じゃないか!」

 

「あ、上手いこと言いますねぇ慧音さん!!今のはイイですよ!見事に的を得てますね。私、あんまり長湯をしないタチなので…いやぁー…お見事ですね?」

 

 

「ッ!?…う、上手くなんかないッ!!」

 

 

つい言ってしまった事だが…何故か好意的に受け取られてしまうとなんだかやけに恥ずかしく感じてしまった。

 

 

 

「そもそも私、朝風呂が好きなんですよね。それで今日は既に、湯に浸かってますので…これでも最低限の汗は流してますし、このまま霞さんと眠る準備は万端なんですよねー…ふぁ…ん。そう思ったら急に眠気がー…」

 

 

「ほ、本当に泊まる気なのか…というか、このカメラの写真のことだが…

…これはどういう事なんだ?」

 

 

文のカメラの中には、慧音の裸の写真などは1枚も入ってはいなかった。

…その代わりとして、慧音たち以外の妖怪が霞と共に笑いながら湯に浸かっている写真が大量に入っていた。

 

 

「んー…確かに慧音さんの裸には価値がありますし、遊びで胸も揉みましたけど…それ、元々霞さん専用のカメラなんですよね」

 

「遊びで揉むなッ!!って、霞専用だと…?」

 

「はい。霞さんがこの幻想郷に来ていたことは既に昨日から知ってたんですよ。だから今日の撮影は…趣味の一環ですかね?

勿論慧音さんの裸の写真なんて、とっくに消してますよ?私だって女です。自分の裸の写真を撮られるなんてのは真っ平御免ですからね!」

 

 

 

そう言って、文はカメラに写った人物の説明を始める…

 

 

「このカメラで撮った写真を見るのも懐かしいですねー…もう千年以上前ですかね?私が霞さんの後を偶にですけどついて行って、色々な妖怪と温泉に入る霞さんの姿を撮ってたんですよ。

…あ、勿論天魔様に許可は取ってますよ?

 

そうですねぇ…例えばこれは鬼の萃香さんと勇儀さんですね。2人ともお酒を呑んでますから結構大胆な事してますけど…このあと勇儀さんは酔っ払う以外の理由で真っ赤になっちゃってましたね。その分萃香さんは裸を見られても平気そうでしたけど…胸のせいですかね?

 

…で、これは紫さんですね?紫さん、妖怪の賢者っていわれてますけどやっぱりだらしなく思っちゃいますよねー…いくら霞さん大好きって公言してるからってこんなに甘えちゃって…これ、隣に居る幽香さんの頬が引きつってますよ?

そしてその後のことなんですけど、2人共張り合うように胸を押し付けあったまま喧嘩を始めちゃいましてね?霞さんの前でポージング対決とかしてましたよ。それは流石に撮影出来なかったんですけどねー…

 

それにこれは小町さんと閻魔様ですね!確か…小町さんが仕事をサボってるから、閻魔様がそれに気づいて説教をしに来たんですけど…流れで閻魔様も入ることになっちゃいましてね?

この時は閻魔様が恥ずかしがって写真を撮る隙を中々見せてくれなくて困っちゃってましたけど…この時は顔を真っ赤にしてますから、懐かしいものですよねぇ…慣れてくると『労って下さい』なんて言って霞さんに甘える時もありましたし。

 

…で、これが最初に撮ったやつですね。鬼子母神様の写真ですけど…もう、霞さんの顔が半分以上おっぱいですよこれ。昔は鬼子母神様ってとっても甘えん坊だったんですよねー…いつも霞さんの肩から降りようとしませんでしたし。くっつくのが大好きだったらしいですよ?」

 

 

しかし、文の言葉は慧音に届かない。

今…慧音の頭の中はそれどころでは無かったのだ。

 

 

 

 

「…なぁ、もしかして霞って…有名なのか?」

 

 

 

慧音はここに来て、霞の交友関係を知ってしまった。…あれ?萃香って鬼の事じゃないか?妖怪の賢者?それに幽香…って、まさか太陽の畑に住むフラワーマスターの幽香の事…?

それに閻魔とか鬼子母神はその名の通り、この幻想郷に置いて…トップと言っても過言では無い存在だった。

 

 

そんな人物と仲睦まじく湯に浸かれる霞って、もしかして凄い奴なんじゃないのか?…そしてその霞に対して渾身の頭突きをぶつけた私って…これ、大変なことをやらかしちゃったんじゃ…?

 

 

 

滝のような汗を流しながら…恐る恐る、文に聞いてみる慧音。

 

 

 

「あ、心配しなくても大丈夫ですよ?結局のところ霞さんが許すと言ったらそれが結果になりますので。それに、この写真見れば分かると思いますけど…これ、霞さん…怒ってるように見えますか?」

 

 

 

そう言って文は1枚の写真を慧音に見せた。そこに写っていたのは…慧音の頭突きによって崩れ落ちる霞の写真だった。綺麗に慧音は写っておらず、その代わりにズームされた霞の表情は…笑っていた。

 

 

 

…え、笑ってる?

 

 

「…お、おい?まさか霞って…痛みを受けて喜ぶ趣味があるんじゃなかろうな…?」

「あ、取り敢えずそれは無いですね。もしも霞さんがマゾだったら…この幻想郷のトップの皆さんが全員サドになっちゃいますよ?そうなるともう誰も幽香さんとかには手を出せなくなっちゃいますねー?」

 

 

なんかこの天狗、凄いこと言ってる気がするけど…まぁ、どの道理解できそうにないので気にしなくてもいいだろう。

 

 

 

「そ、それならいいんだが…」

 

 

「はい!というかむしろ霞さんってたまーにですけど…意地悪になっちゃいますしね?ほら、慧音さんもなってましたけど…霞さんって、自分の話を聞かない人やパニック状態に陥った人を相手にする時…取り敢えず1回縛るんですよね。

…本人曰くやましい気持ちは無いって言ってますけど…何ていうか無自覚にサドっぽい事しますよね?…慧音さんは縛られてどうでしたか?」

 

「ぶっ……!?」

 

 

 

慧音は縛られたことを思い出す…確かにあの時、叫ぶ慧音を見た妹紅の一声によって…霞は慧音を拘束した。

 

本当はあまり進んで縛っているような雰囲気は無かったが…いくら何でも手際が良すぎていた。

 

 

 

「そ、それは…突然あの羽衣が巻き付いてきて…後ろ手に縛られて焦ったところを見計らって胴体や口を抑えて…」

 

「ですよねぇ…私も頑張って練習しましたけど、あそこまで手早くは出来ませんねー…」

 

「お前も充分早いわッ!!」

 

 

 

この天狗、しらばっくれているが相当早かった。縛られた慧音が言うのだから間違いはないだろう…1日に2度縛られた慧音の言葉なのだから。

 

 

 

 

「…ま、そんな理由で霞さんは信用できる妖怪です。だってこの写真の慧音さんも…霞さんの事を信用した雰囲気の目で見てますし?

さて!そろそろ寝ましょうか!慧音さんの布団には霞さんと妹紅さんが寝てますので…ここ、客用の布団が一つあるようですし。くっつけて寝ちゃいましょうか!」

 

 

「な、なんでそれを…」

 

「よっ…と。それじゃあ寝ましょうか?霞さんの隣は頂きますねー?」

 

「だから行動が早いんだお前はッ!一体なんなんだその霞に対しての行動力は!?説明を省くんじゃないッ!!」

 

 

 

慧音の質問に答え終わる前に、文は押入れの中から布団を取り出して霞の隣に敷き始めていた。

 

 

 

 

…おかしい。いくら幻想郷最速を謳っている天狗だとしてもここまで速かったとは考えにくい。今日、明らかに文の行動は普段よりも速かった。

 

 

「慧音さん、私がなんでこんなに素早いか……知りたいんですか?」

 

 

「そ、そうだな…いくら何でも今日のお前の行動は早すぎる…それに

自分よりも体格の大きな霞を軽々と持ち上げ、男衆を呼び出すスピードも早い。それに、私を縛るのも相当早かった…

…一体何をしたんだ?」

 

 

「別に大したことはしてませんよ?先程の話で『普段よりも早く飛ぶ』知り合いの天狗を追いかけたー…って言いましたけどね?その知り合いが早く飛べた原因を知ってるだけですよ?

…あ、そう言えば慧音さんも…今日は普段よりも頭突きの威力が強かったですよねぇ?」

 

 

意味ありげな言葉を残してニコニコ笑う文。慧音がその言葉を頭の中で噛み砕いていると…気づいてしまった事があった。

 

 

 

「頭突き…?…ッ!ま、まさか!?」

 

 

慧音は思わず霞の方へと振り返ってしまう。自分の頭突きの威力が上がる原因なんて…それ以外には考えられなかった。

 

 

 

「ま、まさか……霞の湯…なのか?」

 

 

それを聞いた文はニッコリと笑うと…

 

 

「それ…正解です♪」

 

 

そう言って、霞の眠る布団の中へと潜っていった。

 

 

 

 

 

それ以降の文は慧音の質問を返すこともなく。妹紅の反対側で霞へと擦り寄ったまま…眠ってしまった。

 

 

 

 

取り残されてしまった慧音。布団で眠る3人を見て溜息を吐きながら…

 

 

 

 

 

「 霞…お前は一体、何者なんだ…?」

 

 

 

 

そう零すと、文の隣の布団へ潜った慧音は今日あった出来事を思い返しながら…

 

 

 

 

すぐにやって来た睡魔に意識を託したのだった。

 

 

 

 

 

 

 



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天狗と作業と健全なグループ

手直し自体は早めに終わってましたけど
ヒロアカ観てたらそっちの小説読みたくなって…
別ジャンルも書いてみたいけど
戦闘描写とかオリキャラ設定とか難しスギィ!!


あ、書くとしても湯煙録優先ですね。


「凄かったねーお姉様!!天狗の足ってあんなとこにまで曲がるんだねー?」

「そうね…あれはもう、芸術品みたいなオブジェと言っても過言じゃ無かったし…

にしてもキレた鬼子母神はえげつないわね…」

 

「…これは記事に出来ないわね。発禁ものだわ」

 

数十分続いた『お仕置き』を終えて、紬は一足先に現場へと帰っていった。

しかし上機嫌なレミリアとフランは直ぐに皆の場所へ戻らずに…少し、余韻に浸ってから戻ってきたのだった。そして逆に少し顔を青くしいるはたて。

3人とも愚かな大天狗の最期を見届け、建設中の宿の周辺まで戻ってくると…

 

 

 

 

 

 

『お前らァッ!!作業遅れは許さんからなッ!!!ここに居る全員、粉微塵になるまで働き続けろッ!この作業が終わった時ッ…我々は求めていた地位を手に入れる事が出来るんだッ!!全員気合い入れてけェッ!!!』

 

 

『『『 イエッサー!隊長ッ!!!』』』

 

 

 

 

 

 

大広間で、精力的に天狗たちが働いているのが目に入ってきた。それも来た時とは比べ物にならない程にテキパキと働き、時に笑顔まで零していた。

 

 

 

…なんだろう、このブラック寄りなホワイト企業の雰囲気は?さっきフランさんの握ったおにぎりは食べたから、心身の疲れが癒された皆の気持ちは分かるけど…

 

 

 

 

これ、皆変わりすぎてない?

 

 

 

「ちょ…これ、一体どうなって…?さっきまで皆もっと死にかけてた筈じゃ…?」

「咲夜ー!美鈴ー!どこにいるのよーッ!?」

 

 

あまりの変貌振りに驚きに眼を剥いてしまったはたて。そして従者の2人を探すレミリア…

 

 

「あ、お姉様!天狗さん!あそこ見てよ!何だか凄いことになってるよー!?」

 

 

そんな中、突然フランが驚きながらも指さした。

 

 

 

「ど、どうしたの?って、は…?」

「フラン?その方向に何が………え?」

 

 

その方向にレミリアとはたてが振り向くと…

 

 

 

 

『よぉし!この作業はこれでお終いだッ!!よくやった!!これにより、我々は鬼子母神様の許可を取った完全なる組織である…

『吸血鬼姉妹を眺め隊』を結成するッ!!入隊希望の同士となる者は…今から屋根瓦の設置だッ!!直ぐに集まれッ!!!』

 

 

『『『 おおおおおおおッ!!!!! 』』』

 

 

着ていた服を、余っていたペンキで紅色に染めた大勢の天狗達が…一斉に残っていた屋根作りの作業場へと移動していった。

 

 

 

すると、反対側にいた大勢の天狗達も同じように動き始める…

 

 

 

 

『私たちの作業も終わったわね?ならば、ここに居る全員聞きなさいッ!!!

これより『メイド長を讃え隊』を結成するわッ!!同士となるものは…各自。山道の整備に取り掛かるわよッ!!全員、完璧にやり遂げなさいッ!!!』

 

 

『『『 了解しましたぁぁぁッ!!!! 』』』

 

 

若干、女子の天狗が多めなグループは…整った動きで各自の作業場へと飛んで行った。

 

 

 

…全員がメイド服を着て。

 

 

 

 

 

「「 …何コレ?」」

 

 

はたてとレミリアの心が重なった瞬間だった。受け止めきれない衝撃的過ぎる現実に…脳が処理することを拒んでいる。

 

 

その中で、はたての目には…知り合いの姿が飛び込んできた。はたては急いでその天狗へと話しかけるために追いかけた。

 

 

「ちょ、ちょっと!貴方ってば一体どうしたのよ!?一体何をー…」

 

 

はたての数少ない知り合いの天狗が『メイド長を讃え隊』の隊長をしていた為、状況把握をしようと呼び止めた。するとその天狗は振り返ると…はたてへニッコリと、良い笑顔を向けながら笑いかけてきた。

 

 

 

「…え?」

 

普段と違った反応に、はたての動きが固まる。

 

 

「あ、はたてじゃない!どうしたの?そんなに必死な顔して…あ!分かったわ!!貴方も『メイド長を讃え隊』に入隊したいのよね?うんうん勿論良いに決まってるわよ!私が許可するわ…やはり、貴方もジャーナリストの端くれだもの。あの咲夜様の素晴らしさに気づく慧眼を持っていたようね…

あ、でも守ってもらわないといけないルールがあるのよ。これを守らないとこの組織自体が鬼子母神様によって潰されちゃうからね?最低限のルールはあるの。それさえ守ってくれたらこの隊に居る以上、どう咲夜様を讃えても構わないからね?それじゃあまずは会員として必須のメイド服に着替えて貰うからサイズを測りに行きましょう?大丈夫よ?急ごしらえの更衣室だけど、覗きなんて起こらないように鬼子母神の近くに設置しているらしいから!!

それじゃあ行くわよ直ぐに着替えてはたても今から同士の一部になるのよあははははは!」

 

 

「え、ちょ、ち、違ッ!?は、離してえええええええええッ!?!?!?」

 

 

そのままはたては熱心な天狗によって、いつの間に作ったのか分からない更衣室とやらに連れていかれてしまった。

 

 

一連の流れを見ていたレミリアの頬に、嫌な汗が流れ始める。

 

 

( こ、これ…ここに居ても大丈夫なのかしら…?)

 

 

そんな中、フランは目の前で起こった不思議な光景を見て目を輝かせていた。

…この子の純粋な気持ちが痛い。

 

 

 

「 わー…あっちの天狗さんは服が真っ赤だねー…?それに今の天狗さんは皆メイド服だったけど、何処から持ってきたんだろう?

ねぇねぇお姉様?どうして男の天狗もメイド服を着てたの?執事服は着ないの?」

 

「フラン。そんな事は気にしなくていいわ…早く咲夜を探しましょう?ええ。そうするべきだわ。というか私、この空間にもう居たくないから帰ってもいいかしら?」

 

 

レミリアはフランの質問を一刀両断した。メイド服を着ている大量の男天狗というだけで既に頭が痛くなっているのに…その理由なんて、考えたくもない。

 

 

もう、早く帰って寝たいわね…なんて考えていると

 

 

「お嬢様。お耳に入れたい情報がありまして…」

「ッピィ!?」

 

突然背後に現れた咲夜によって、思わず変な声が出てしまったレミリア。

フランがそれを見てケラケラと笑っている…

 

 

「な、なんでいきなり背後に立つのよッ!?びっくりして腰が抜けちゃったじゃない!」

「それは失礼しました……どうも鬼子母神様の真似をしてみたくなってしまいまして…」

「それだけはやめなさいッ!?」

 

 

十六夜咲夜はこう見えても近しい存在には、少し抜けた一面を見せることがある。そこがまた可愛いのだが…レミリアにとって、自分の大事な従者が紬によって毒されていくと思うと…それに対しては絶対に認められなかった。

 

 

「まぁ、今その事はは置いておきますが…『置いちゃうの!?』はい。実は先程、鬼子母神様が天狗たちにある宣言をされたんです…」

 

「宣言…?」

 

 

何だろう。嫌な予感しかしない…

レミリアは、来るべき紬の言葉に備えて。静かに呼吸を整え始めた。

 

 

「はい。当時の状況を説明していきますと…」

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

『だからレミリア様が最強なんだよ認めろって!』

『いーやここはフラン様だね!!俺はあの時一瞬見えた金髪と紅い目の姿が…もう、頭と網膜に焼き付いてやまねぇんだよッ!!』

『それは俺のセリフだよッ!?お前も見ただろあの美少女!紅魔館の主としての厳かな気風がビシビシ感じられただろ!?』

 

 

『咲夜ちゃん…このおにぎりは、咲夜ちゃんがぼ、僕のために…フヒッ…フヒヒヒッ…』

『何言ってんだよそんな訳ねぇだろッ!これは俺の為に作ってくれたに決まってんだろ!?テメェみたいなやつに作るおにぎりなんかあるわけねぇだろ!』

『…なッ!?そ、それこそ有り得ないぞッ!!!…お、お前みたいな奴に…僕の咲夜ちゃんがおにぎりを作るもんか!!』

『ああ?…テメェ、やんのかコラッ!!』

『フヒィッ!?』

 

 

『…なぁ、本当にこれ…手で握ったのかな?』

『 …?何言ってんだよ…当然だろ?手の平以外なんて…それならどこで握るんだよ?』

『そうだぞ?お前、いったい何を言ってー…』

 

 

『…脇とか、谷間で握った可能性が微レ存…?』

 

 

『…ッな!?』

『お、お前…天才かよ!?』

 

 

 

 

 

おにぎりの配給を終えた咲夜と美鈴は…今現在。目の前で起こっている光景が信じられなかった。

 

…いや、信じたく無かったと言うべきなんだろう。

 

 

 

『咲夜さん……天狗って、こんなのでしたっけ?』

『…いいえ、これは私の知ってる天狗じゃないわ。…こんなの、ただの変態が屯してるだけじゃない…』

 

 

 

目の前にいる天狗は皆、変態ばかり。咲夜が教育に宜しくないと考え、割と真剣に今すぐここからレミリア達を連れて立ち去ろうかと考えていた時。

 

 

 

『 …これは、一体…何事かなー?』

 

 

 

その声を聞いた瞬間。広場で騒いでいた天狗たちが一斉に静まりかえってしまった。

その『天狗さんは一々面倒事を起こさないと死んじゃう病にでもかかってるのかなー?』

といった感情を乗せた声を出したのは…勿論、鬼子母神である紬だった。

 

 

 

『『『き、鬼子母神様ッ!?』』』

 

 

突然現れた紬は天狗たちの目の前に立つと…騒いでいた天狗全員に向けて、その重圧的な妖力を振り撒き始めた。

 

 

『うーん…勘違いしないように一つだけ言っておくけどー…紅魔館の人達を褒めたり愛でたり崇めたりするのは構わないよ?

…けど『咲夜ちゃんは自分のモノ』とか言ったり『レミリアちゃんは俺の嫁』とか言ってる天狗は…

 

…あんまり調子に乗らないでね?』

 

 

『『 ヒイッ!?』』

 

 

その言葉によって、大多数の天狗が怯えたことが咲夜と美鈴には分かった。

有無を言わさず周りの存在を屈服させる紬の姿は…第三者視点で見ていると何だか凄く、妖怪の長の様にも見えていた。

地底の荒くれ者達を束ねる実力は、凄まじいと言っても過言では無いのだろう…

 

 

そして殆どの天狗が怯える中。…紬は、今度は明るい声で笑いながら天狗に宣言する。

 

 

『 それじゃあそれぞれでリーダー決めるなら、内容が好意的なグループは作ってもいいよ?

そのグループを作ったら、思う存分好きな存在とか憧れの存在について語り合ってくれていいからさー…』

 

 

その言葉を聞いて、多くの天狗が顔を上げた。それと同時に仲間を募ろうと周りをキョロキョロと見渡し始める…が。

 

 

しかし、それを紬は窘めた。

 

 

『 …けど、今はダメだよ?だって働き者の天狗は今も働いて居るのに…仕事サボって喧嘩してる天狗がそんな物に参加出来るはずが無いんだからねー…

やることやった天狗だけ、作っていいよ?』

 

 

騒いでいた天狗はこの時に気がついた様だが、既にやる気を再燃させて宿作りに戻った天狗も多くいる。そんな天狗を無視して自分達だけでグループを作るのは…許されないだろう。

 

 

 

『鬼子母神様っ!質問宜しいでしょうか!』

『自分も!1つ質問が!』

 

 

『ん?いいよー?』

 

 

そんな中、2人の天狗が紬へ質問する為に手を挙げた。その目には多少の恐怖と…

燃え上がる様な欲望が迸っていた。

 

 

『 それでは今直ぐにこの庭を作る作業を終わらせれば…『吸血鬼姉妹を眺めた隊』を結成しても宜しいのですかッ!?』

 

『構わないよー?けど作るのなら持ち場の『野郎共ッ!!今すぐ持ち場に戻れェッ!!』作業…って、行っちゃったねー…』

 

 

了承を得た天狗はすぐ様持ち場へと戻っていった。そしてその後を大量の天狗が追いかけてゆく…

 

 

『気を取り直して次の方ー?』

 

『は、はい!そのグループに必要な物は…各自負担になるのでしょうか!?例えば、メイド服とかッ!?』

 

『あ、メイド服なら私…沢山持ってるよ?必要だったら支給するけ『皆ッ!!今すぐ鬼子母神様の為に宿を完成させなさいッ!!私達のするべき事を終わらせるわよッ!!』…うーん。こちらも早いねー…』

 

 

その女天狗も聞きたいことだけ聞いていくと持ち場めがけて飛び去っていった。また、それを追いかけて多数の女子天狗が飛び去ってゆく…

 

 

それを見ていた紬は残っていた天狗に1つ、言葉を言い残していった。

 

 

『もうなんかグループ出来そうだから先に言っておくけど…もしも自分の私利私欲の為に、紅魔館やその他の存在に迷惑をかける天狗が居たら…

 

 

この宿作りを邪魔しようとした3人の天狗のようになるから。ルールと節度を守った、健全なグループを作ってねー?』

 

 

 

そして紬は何事もなかったかのようにその場から去っていったが…3名の天狗を知っている天狗は、全てを察して震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「…とまぁ、このような事があったんです。あの後もう一度私に話しかけてくれたのですが…もう今日は帰っても大丈夫だそうですよ?明日の宴会の時間に紅魔館まで迎えに来てくれるらしいので…」

 

「それはまぁ、ありがたいわね……なんていうか、それで作業効率上がる天狗って一体なんなのよ…」

 

 

 

レミリアは自分を愛でるグループが出来上がっていることに複雑な感情を抱きながらも咲夜の話を聞いていた。どうやら自分たちの役割は果たせたようだし…そろそろ帰っても良さそうね。

 

 

 

しかしそんな中、フランだけは眼を輝かせていた。

 

「どうしたのよフラン?そんな嬉しそうな顔して…何かいい事でもあったの?」

 

「うん!何だか皆、とっても楽しそうなことしてるんだねー…ねぇねぇお姉様?私、『霞大好きー!』ってグループが作りたいなぁー!そしたら咲夜と美鈴も入らない?」

 

 

「「「 ブフッ!?」」」

 

 

無邪気なフランの何気ない言葉によって…3人全員が顔を赤くしてしまう。

レミリアと咲夜は夜中の事を思い出して真っ赤に…そして美鈴は突然言われた事に対して少し、照れてしまった。

 

 

「ふ、フランッ!?貴方ってばいきなり何を…ッ…どうして私がそんなグループに入らないといけないのよ!?」

 

「え?だってお姉様って霞の事好きでしょう?」

「なあッ!?」

 

「だってお姉様、昨日私が夜中に目を覚ました時。霞にべったりと抱きついたままとっても可愛い笑顔をしてたし…私、実は見ちゃってたんだよねー?お姉様ったらかーわいー!!」

 

「ふ、フラアアアアアアアンッ!?!?」

 

 

 

「そ、そうなんですか?お嬢様…?」

「わぁー…そんな事が!?素敵ですねぇ!」

 

フランによる暴露によって、咲夜や美鈴のレミリアに向ける視線が変わっていた。

 

 

「そ、そんなの違うわよ!?あれは、その…羽織る布団が無かったから!寒かったから引っ付いただけで…」

 

「布団はお姉様が蹴っ飛ばしたんだよ?意外とお姉様って寝相が悪いんだねー?」

 

 

 

「いやァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 

止まらないフランによるレミリアの恥ずかしい暴露によって、レミリアは遂に半泣きになりながら…紅魔館目掛けて飛んでいってしまった。

 

 

「あれ?お姉様、帰っちゃった…」

 

「ふ、フランお嬢様…その話はその辺でお止めに」

「咲夜も霞の手を誰にも渡さないッ!!っていわんばかりに抱きしめてたよね?それに朝の食事も霞だけなんだかパンの量とか多かったし」

 

「そ、それは…ッ!?霞さんは男性故に、多く食べるかと思っただけで…」

 

 

咲夜もまた、恥ずかしさによって顔を真っ赤にしたまま弁明をするものの…フランの暴露は止まらなかった。

 

 

「紬ちゃんがあーんしてた時、実は咲夜も霞にあーんってしたかったんだよね?」

 

 

「ち、違うんですぅぅぅぅぅッ!!!!!」

 

 

咲夜もレミリアと同じように叫びながら…紅魔館目掛けて走り去ってしまった。

 

…咲夜としては、恩人に対して。お世話になった感謝の気持ちとして従者たるもの食べさせるお手伝いをするべきか悩んでいただけなのだ。

 

…その筈だったと、思う。

 

 

 

「咲夜もいっちゃったー…何でだろ?」

 

2人の心に甚大なダメージを与えた事に全く気づかないフラン。最後まで残った美鈴は2人に代わってフランに声をかけた。

 

 

「2人とも先に帰っちゃいましたし…それじゃあ私達も帰りましょうか?紅魔館で皆さん待ってますし…」

 

 

 

微笑みを浮かべながら手を差しだした美鈴を見て、フランはその手をぎゅっと握って駆け出した。

 

 

「…うん!じゃあ美鈴も今日は一緒に寝ようよ?今日は霞の代わりに美鈴が真ん中だよー?」

 

「えっ?わ、私もですか…ってフランお嬢様、足速っ!?ちょ、ま、待ってくださいぃぃぃい!?」

 

 

 

 

 

 

 

妖怪の山から紅魔館へ帰宅する最後の瞬間まで、フランは笑顔を浮かべていたのだった。

 

 




台風の被害が凄いですね…
自分のとこも大雨降ってましたけど
皆さんも気をつけて…(。>人<)


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取材と風呂と霞の感性

ソシャゲのイベント走る事が確定したので
投稿期間が空くかも…?

現在夏バテしてます。


朝。窓の隙間からふわりと吹いてきた涼しい風が、流れるように頬を撫でたことによって。微睡みの中に浸っていた霞の意識は覚醒した。

 

 

 

「…ん?」

 

窓から差し込んだ光が少し眩しく、思わず目を背けてしまった霞だったものの、そこで自身の身体の異変に気がついた。

 

眩しい朝の日差しを受け、咄嗟に目を覆う為に手をかざそうとするがものの両手が重く、思ったように動かせない。

 

 

それを不可解に思い、隣に視線を向けた霞。すると自分の腕を抱きしめながら眠る、2人の少女の姿が霞の目に飛び込んでき……ん?2人…?

 

 

 

 

…一旦、整理してみようか。

 

確か昨日の夜、自分は慧音にとっての地雷を無意識に踏み抜いてしまったハズだ。今思えばあれは悪いことをしたと思うし、よく考えてみればあの瞬間、慧音にかけてあげる言葉はもっと別にあったのかもしれない。

 

…問題はそこからだ。確かにそのまま私と妹紅があの時、夜の森の中で気絶してしまったから、慧音は私達の安全の為に、わざわざここまで私達を連れて、この家へと運びこんだのだろう。

…それも理解出来る。

 

 

だからこそ、妹紅が霞の腕を抱きしめながら隣で寝ていることに対してはまだ、自分の中でも納得が出来たのだが…

 

 

 

 

 

「…どうしてお前がここに居るんだ…射命丸?」

 

 

霞は自分の右腕を抱きしめながら、先程から狸寝入りをかましていた鴉天狗の少女に声をかけた。この幻想郷に来てから何度か頭をよぎっていた…

射命丸文が、そこに居た。

 

 

 

射命丸は声をかけられた瞬間、まるで最初から隠す気など無いように笑いながらゆっくりと目を開ける。

 

「あやや…寝た振り、気づかれちゃってましたか。お久しぶりですね?霞さん。

…あと、おはようございます?」

 

「ああ、おはよう…久しぶりだね?…というかお前、昔はそんな話し方じゃなかった筈だと思うんだが…一体どうしたんだ?」

 

 

…霞の記憶違いだっただろうか?確か昔の射命丸は…『何してるのよ?』とか、『霞もやってみればいいじゃない…』とか。そう言った椿を彷彿とさせる口調を使っていたハズなんだが…

 

 

今の射命丸の口調は柔らかいというか…まるで誰の意識にも溶け込むことが出来る様な、何処ぞのジャーナリストのような雰囲気がしていた。

 

…確か紅魔館で読んだ新聞の著者名は…嗚呼、成程。

 

 

 

「よくぞ聞いてくれましたね!これは私の長年の努力によって身につけられた…一流の新聞記者としての、処世術の1つなんですよ!!」

 

「射命丸。まだ隣で慧音と妹紅が寝てるんだ…起こしちゃあ悪いだろう?もう少しだけでいいから、静かにしなさい」

 

「え、あ、はい…すみません…

それで、霞さん?今、ご自分の置かれた状況について…全て理解してますか?」

 

 

霞にそう言った文の目…透き通った赤い瞳には。『私、知ってますよ?教えられますよ?』という風な、言葉にするのが難しいけれど…

所謂『頼ってくれてもいいんですよ?』感が満載の、期待の混じった色が霞には読み取れた。

 

 

 

そう言えば、昔から情報に関しては強かったなぁ…

そんな事を考えながらも霞は答える。

 

 

 

「うーん…ここに慧音が居るってことは…ここは人間の里…ってことになるのかな?…私としては、どうしてここにお前が居るのかが知りたいんだけどね…?」

 

 

「あ、はい!それについてはですねー…順序を追って説明していきますと。

事の始まりは昨日まで遡りますけどー…私は昨日1日。テロ行為をリークした報酬として賢者様と鬼子母神様に許可を貰って、隠れながらも霞さんの密着取材をしてたんですよ。それで『待て待て待て』…え?」

 

 

 

何だろう…今、なんか聞き捨てならない事があった気がする。具体的には密着取材とか鬼子母神とか…テロ行為だって…?

 

 

というか全く話が頭の中に入って来なかった。

 

 

 

「…結局、謎が謎を呼んだんだが?」

 

「あ、詳しく説明しますと…実は天狗の中に、鬼に媚びへつらう天魔など必要無いと豪語して謀反を企てたり。同僚の可愛くて仕事熱心な白狼天狗に気になる男性が出来たからって…嫉妬に狂ってその相手を見つけだして爆破してやるー…なんて宣う輩が現れたんですよね。

で、その情報を賢者様に伝えると…良くやってくれたと褒められまして。報酬として休暇を貰ったんですよ。

それで昨日、霞さんが『私の書いた新聞』を読んでいる所や…疲労困憊だった小悪魔さんを『完全に堕とした』所…そして、笑顔で抱きついてきたフランドールさんの頭を『撫でくり回してた』所までバッチリ見てましたよ!!!」

 

 

サムズアップしながらのやたら良い笑顔が、ガードを緩めていた霞の心に突き刺さった。発言の節々にやたらとアクセントを感じてしまったのは、多分射命丸の取材が本当に行われていたという証拠なのだろう。

 

…というか、後半の発言のインパクトが強すぎる。

 

 

 

「…昨日の私、全部見られていたのか…それならどうして隠れていたんだ?別に、知らない仲でも無いだろう?」

 

「え?そんなの簡単じゃないですかー?…別に顔を出しても良かったんですけど…魔理沙さんが近くにいると私にまで弾幕勝負持ちかけてくるんですよねー…

別に嫌いじゃないですけど、今は霞さんを優先したかったんですよ。

それに、少し顔を合わせ辛かったですしね…」

 

 

その瞬間。射命丸の顔に少しだけ、後悔の色が混じった事に霞は気がついた。

…そういえば射命丸とは長い付き合いだった筈なのに、ここに来てからは「天狗」と聞いても何故か思い出す事ができなかった存在だった。

 

 

…もしかして昔、何かあったのだろうか?

 

 

 

「…なぁ、取り敢えず話を1つずつでいいから飲み込ませてくれないか?」

「いいですよ?私もさっきの言葉だけで全て伝わるとは思ってなかったですし?」

 

 

射命丸はそう言って、目を輝かせながら霞の質問を待ち始めた。…実は霞は射命丸からこの話を聞いて…何個か質問したかった事があった。

一連の天狗の行動に…何故か関係があるんじゃないかと思える部分が霞の中で数箇所、見つかったからだった。

 

 

 

「まず…テロ行為やらリークやら…偉く外の世界の言葉を知ってるんだね?」

「それはですねー…やっぱりジャーナリストとして、色々な言葉を知ってる方が得をすると思ったからなんです。取材の幅が広がりますからね!」

 

「それは偉いね…で、その妖怪の山で起きかけたテロの原因って……もしかして私だったりするのかい?」

 

 

「あ、そうですよ?流石は霞さんですねぇ…ただそこに居るだけでトラブルを引き起こすんですから………よく分かりましたね?」

 

「…うん。お前の笑顔から察するに、それは褒められてはいないんだろうね…」

 

 

…どうやら当たっていたらしい。文のニヤニヤとした、こちらをからかうような視線が妙にくすぐったい。

大方、温泉宿を作ることを反対した天狗が居たんだろう。しかし、天狗は鬼に頭が上がらないのも事実。絶対的な縦社会の中でそんな謀反を企てた天狗は…既に、紬が粛清していることだろう。

 

 

自分がトラブルメーカーなのは…否定し辛いなぁ。

 

 

「あと、その白狼天狗の事なんだが…」

 

 

…何故だろう。ここで椛の姿が出てくるのは…?あの子は確かに仕事熱心で気遣いのできる可愛い子…だったけれど、別段特に何かした訳でもなく…ただ普通に、温泉に浸かっただけな様な?

 

 

 

「 …霞さんってば椛の事を考えてますよね?それ、もしかしなくとも当たってますよ?」

 

「 …ん?やっぱりそれも椛の事だったのか……というか、私は椛と一緒に湯に浸かっただけなんだが…どうしてそんなことに発展してしまったんだ?」

 

 

すると、射命丸は溜息を吐きながら霞へと苦笑を向けて理由についてを話し出した。

 

 

 

「あー…霞さん、そこら辺の常識が本当に昔っから変わってないですねぇ…

…良いですか?この幻想郷において霞さん以外に『私と風呂に入らないか?』

なんて聞いて、その相手が入ってくれるなんて…まず有り得ないんですよ。それこそ貞操観念ユッルユルな人間や誰かさんに心底惚れてる人ならともかく…

異性に肌を見せることを嫌ってるような女性…椛とか…あと、レミリアさんなんかとも一緒に温泉へ入れる霞さん。世間から相当ズレてるんですよ?

 

…それに、私だって…」ゴニョゴニョ

 

「………ん?」

 

 

 

何やら最後の方が、聞き取れ無かったけど…まぁ、普通はそうなのかもしれない。出会ったばかりの霊夢なんかには、かなり罵倒されてしまったし…

 

「あの時の椛って、霞さんの温泉に浸かったお蔭で髪も艶々お肌も赤子のような瑞々しいハリを持ってましたからねぇ…

…簡潔に言うと、魅力と色気が段違いでした」

 

「確かに……そうかもしれないな。…けど、どうもこれは私の性分でね…私自身、定期的に誰かと湯に入らないと…能力の使用上、問題があってね…?

だからここに来てから直ぐに入ってくれた、紫と椛には色々と感謝してるよ…」

 

 

霞は、ここに来た時のことをぼんやりと思い返した。あの時の椛には紫が迷惑をかけてしまったかもしれないけど……正直、あの時の紫の行動は英断だったと言えるだろう。

霞は能力の性質上、誰かと共に温泉へ入り、温泉へ力を吸収しないと…行動力や精神力。体力さえもが著しく減退してしまうといったデメリットを持っていた。

 

 

…だからこそ実際に色々とギリギリだった為、始めて椛に出会った時はかなり強引に湯船へと誘ってしまったが…

もし、あの時に現れたのが融通の利く椛では無く…排他的な概念の強い大天狗だったとしたら…? いくら大妖怪の力を持つ霞とはいえ、弱体化した身体で戦うとなっていれば…かなり危なかったかもしれなかった。

 

 

そう霞が上の空な状態でそんなことを考えていると……それを見ていた射命丸は何か、意を決した様な表情をして霞の隣からムクリと起き上がると…

 

 

 

 

 

 

「 …霞さん。お風呂、入りませんか?」

「…ん?」

 

 

 

唐突に、霞を風呂に誘ったのだった。

 

 

 

 

─────────────────────

 

 

そのまま風呂場へと連れられてきた霞。浴槽の中に温泉をどうにか湧かせていると…既に射命丸は服を脱ぎ終わっていた。相変わらず早い…

 

 

 

「 霞さ〜ん…気持ちいいですねぇ〜…?」

 

 

2人で入るには少し狭く、全身を伸ばせる程は広く作られていない慧音の家の湯船の中に、霞と文は浸かっていた。

この大きさが、文の好みらしい。

 

 

「なぁ…射命丸…?これ、流石に狭くないか?私一人でも結構、身体を伸ばすと狭く感じるんだけど…?

それに慧音にもしこの現場を見られてしまうとなったら、流石の私も…もう一度あの頭突きを食らうのは、遠慮したいと思ってるんだけど…?」

 

 

多分、今のこの姿を慧音や妹紅に見られると…恐らく、厄介なことに巻き込まれるだろう。妹紅は『ズルい!!』なんて言いながらこの中に入ってくるんだろうけど…慧音が見れば、即。あの頭突きが飛んでくるだろう。

…慧音の全力の頭突きは痛みに強い霞にとっても、衝撃的な痛みだった。

 

 

更に、元々身体が大きい事もあり…身体を伸ばすと直ぐに浴槽へと足が付いてしまう状態だった霞。

もしここに妹紅が来たとしても…何処に入れるスペースがあるんだ、コレ…?

 

 

そんな霞の耳に、呑気な声が響いてきた。

 

 

 

「慧音さんなら大丈夫ですよぉー?もしもここに来たとすれば…私の秘伝の奥義で腰砕けにできますので!!というか私、今それどころじゃ………あー…全身に染みますねぇ〜…♪」

 

 

霞を背もたれ代わりにして湯に浸かる射命丸は…上機嫌で霞の方へと腕を伸ばしながら…温泉を満喫していた。濡れた黒髪が頬に張り付いているのが妙に扇情的に感じられた。

霞の上に乗っているような状態の為、必然的に身体が霞に見られてしまうものの…上を見ながら、辺りを警戒するようにチラチラと浴室の扉を見ている霞には、あまり関係は無かったのだが、

 

 

色々と枯れている悟り世代の妖怪の霞にとって…顔なじみの裸程関心の薄いものは大方、他に存在しないだろう。

 

 

「しかし…これ、慧音の家なのに勝手に浴槽を借りても良かったのかい?」

 

「あー…それなら慧音さんには昨日許可取ったんで大丈夫ですよー…?下見は昨日の内にして置きましたので…充分2人で入れるサイズだと判断してましたし。

というか…霞さんってば本当にマイペースですね?私も久しぶりにこの温泉に入りましたけど…ここまで自分の裸に意識が向かない男の方って、私。逆にデリカシーが無いと思うんですよねー…

それなりに自分の身体には自信ありましたのに…霞さんってば毎回私の話を聞くばっかりだったじゃないですか?それも結構楽しかったですけど、女としては何だか複雑なんですよねぇ。

それに昔よりも効能上がってません?疲れが取れるスピードが昔と全然違うんですけど…

…これは霞さんがあれから相当の数の女性と混浴したことがすぐに分かりますねぇー…?」

 

 

射命丸のジト目がチクチクと突き刺さる。

 

それを受けて霞は1度、自分へもたれかかる天狗の少女の身体を一瞥する。

 

 

ここまで健康的な肉質の身体に、女性らしい丸みを帯びた身体は…鴉天狗の中ではそうそう居ないと言えるだろう。

そう思える程にバランスの良い身体を持ちつつ、他の水準も粗方高いのが…射命丸だ。

キメ細やかな肌にスラリとした手足。快活そうな笑顔やハッキリとした声など、多くの男を熱狂させるポイントを兼ね備えていた。

 

 

 

だからこそ、霞は邪な目でその身体を見る事が出来なかった。それは他の女性にも言えることなのだが…

 

 

 

 

 

( 直ぐに興奮する妖怪もどうかと思ってるけど…長い事紬といたせいか、大きな胸や女性として完成した裸を見せられても…良さが分からないんだよな…)

 

 

自分の温泉へ入浴してくれる存在を…無意識の内に敬ってしまう傾向があった霞は

『自分と入浴してくれる』事がまず嬉しく思う為、相手の身体への興味など…持ち合わせていなかった。

更に、昔から所構わず胸を押し付け、抱きついてくる紬の存在によって…

 

 

…女体に、完全に慣れていた。

 

 

だからこそ、文や紫などのスタイルの女性の裸を見たとしても…美しい芸術品を見ているような感覚に陥ってしまうのが霞なのだ。

だからこそ、女性から感じる魅力や色気などが…どうにも『 そういった欲 』に結びつかない。

 

 

 

「 …いや、私だって射命丸は綺麗な身体をしていると思ってるよ?他の天狗とは比較にならないくらいに…」

 

「…え?ほ、本当ですか!?」

 

 

 

突然、微笑み顔の霞に褒められたことによって顔を赤く染めてしまった射命丸。

 

そんな文へ、霞は言葉を続けてゆく…

 

 

「 …けど昔のお前は…妖怪の森に居た変態天狗に

『あ!射命丸さん…いつも良いおっぱいですね!』『霞さんって色んな天狗と風呂に入ってるんでしょ?ちょっと自分にも教えて下さいよ!特に自分、射命丸さんのサイズが知りたいッス!!』

『はぁ…あんなに短いのに、どうして見えないんだ…?文さんの下着は…ッ!!』

…そう言った話が耳に入った時は、怒り狂って暴れてただろう?だからそういった話は嫌いだと思ってたんだけど…」

 

 

昔の射命丸は…確かどこにでも居る変態に対し、『死に晒せッ!!』なんて叫びながら竜巻を起こしていた姿を…何度か見ていたような気がする。

 

「そ、それはあの天狗達は存在が不快だったので…でも、霞さんも男の人と湯に入る事もあったんですね?そう言えば大天狗の中にも数人居ましたけど…

あんな感じのゴツい人も好きなんですか?」

 

 

「…まぁ自分ではそこまで実感は無かったけど…色んな時代の人や妖怪と入ったよ。後、人間の男や妖怪の男とも入ったからって人聞きの悪いことを言わないでくれ…

何だか発言に悪意を感じるんだけど…?」

 

 

「…え?霞さんって両刀なんですか…?」

「違う。…流石にこの流れは止めてくれないか?」

 

「あ、ごめんなさい…でもなんだか懐かしくって。昔はよくこうやって入ってたじゃないですか?あの時の私って、霞さんだけには本当の自分を見せられたんですよねー…」

 

 

射命丸と共に湯に浸かっていたのは…もう、千年位前の事だろうか?確かに妖怪と湯に浸かってきた中で、文はよく『入らせて?』と、自分から温泉へと霞を誘っていた。

 

その分。長い時が流れたからといって…射命丸のことすら忘れていた自分のことが、とても恥ずかしく感じてしまった。

 

 

そうやって、霞が少し悩ましげな顔を浮かべているのを射命丸は横目で眺めながら…霞の膝の上に座っていた状態から、くるりと霞の方へと振り返った。

 

 

 

…当然、湯船に浸かっているので…今の文の身体には何も身につけられてはいない。

規格外の胸を持つ紬や慧音にはやや劣る物の、天狗の中ではかなりの大きさを誇る大きな胸が霞に押し付けられる。

 

 

 

霞もどうやら突然の文の行動に驚いているようで…目を少しだけ見開いていた。

その大きさ故にさらけ出した胸は湯船に浮かんでおり、文は少しだけ顔を赤く染めているが…そんな些細なことは頭の中から放り投げ、そのまま霞へと話しかける。

 

 

 

意を決した文が口を開いた瞬間。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみません…逆上せちゃいました…」

 

 

 

真っ赤になって目をグルグルと回している文はそのまま霞へと倒れ込む。

霞の全身に柔らかな感触が感じられると同時に、急いで射命丸の身体を抱き起こす霞。

 

 

 

「 あぁ…射命丸は、長湯が苦手なんだったな…」

 

 

また1つ、昔の出来事を思い返した霞。

そう呟きながら、慧音たちが来ないことを願いつつ

 

 

 

蒸し暑い浴室を後にしたのだった。

 



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羽衣と地雷と逆上せた思い出

長らくお休み頂き申し訳ございません。
ある程度元の状態に戻りましたので
また、ぼちぼち書いていこうと思います。



あの後、倒れた射命丸を霞が抱き抱えて浴室から上がったのだが…1つ、問題が浮上した。

逆上せた射命丸を抱き上げた時、射命丸は霞の腕の中でぐったりとしながら目を回していた。昔は湯の中が心地良いからと言って逆上せた人間や妖怪も多数存在していたので、そこまでは霞にとっては特に気にする事も無かったのだが…

 

 

 

『しまった…この家の脱衣所には、文を寝かせられるスペースが無いのか。うーん…これは少し抜かったなぁ…これだと休ませようにも横にできないな…』

 

 

 

ここは慧音の家。その為、さっきまで湯に浸かっていた文の身体はまだ濡れている。だからそんな文を脱衣所の床に寝かせる訳にはいかなかった。

…そもそも慧音の風呂は一人用なので、2人で使うには少々手狭だったのは当たり前だった。

…2人が両手を広げてギリギリ入れる程度の大きさな為、寝かせるどころか横にする事も出来ないのが現状だった。

 

 

『…しかし、着替えを済まさずに部屋へ連れていくのも射命丸が困るだろうし…

それに妹紅や慧音が起きていると洒落にならない事になりそうだしなぁ…』

 

 

濡れた身体に、いつも着ていた洋服を着せられるというのは…流石に誰しも抵抗があるだろう。それに、もしも今。この姿を起きてきた慧音にでも見つかってしまったら…

 

 

 

『な、何ィ!?あ、朝から2人でこ、混浴……?こ、こんな狭い浴槽で!?

…は、破廉恥だッ!!不純だッ!!お前達…そこに直れッ!私が天誅を下してやるッ!!』

 

 

とか言いいながら…頭突きの構えを取ってしまうだろう。そうなってしまうと…流石に霞としても、心中穏やかではいられなかった。

 

…アレの痛みは、洒落にならない。

 

 

 

『うーん…やっぱりこういった場合、逆上せるまで付き合わせてしまった私が責任を取って拭くべきなのか…?』

 

霞は抱えた射命丸を見て、そう呟いた。

 

 

霞が射命丸ーーー文と知り合ったのは、まだ文が子供…というか、産まれてから妖怪基準でそこまで時間が経っていない頃だった。昔は他人に攻撃的だったので、初めて出会った時は結構暴言を吐かれていた気がする…が、即座に紬の手によって謝らされていたのを思い出す。

…今までそれなりに長い年月の親交があり、文が成長する様子を眺めていた霞。

気心…というか、親心が芽生えていたような仲である存在が発育しきった裸体を自分が拭くというのは…かなり、霞にとって悩みどころであった。というかそんな家庭の話は聞いたことがない。あるとするなら…異常だろう。

 

 

…昔の文は、他人に肌を見せることを極端に嫌がっていた。しかし素っ気ない態度を続ける文に対して、興味を持った相手からは中々離れようとしない霞が何度も何度も継続して話しかけたこと。そして初対面の紬によって霞の湯に入る以外の退路を断たれた事によって。ようやっと『私に近づいてくるな』といった壁を取り払い、素直に自分と混浴をしてくれた存在だった。

 

…だからこそ、今朝の突然の申し出に思わず驚いてしまったのだが。

 

 

 

まぁ、色々と踏まえるとそんな背景がある為…昔の幼い紫や文といった身体自体が幼かった者。それに紬や萃香の様な子供…の様な見た目をした存在以外は、霞はあまり体を拭く手助けはしていなかった。

…というか幼い子を拭くのも何だか腑に落ちない所もあるし、萃香や紬なんかは身体が小さいことを理由に何度も霞に身体を拭いてもらっていた。今思えばあれも大概おかしい。勇儀が顔を赤くしながらこちらをチラチラと見ていたのは多分、錯覚だろう。

 

 

…それは置いておいて、今の文は成人した女性の身体つきをしている。更に運動神経も高く、頭の回転も早い才女である為…よりにもよって霞が身体を拭くことを手伝う必要性など微塵も無かった。

だからこそ普段通りに羽衣任せにしようと思った霞。術式によって、自分の腕の中にいる文の身体をを拭くようにと羽衣に命令しようとしたのだが…

 

 

 

「…霞さぁん…それはダメですよ…?昔みたいに…拭いてくれませんか?」

 

 

顔…というか、身体中がすっかりと熱によって火照った姿の…普段纏っている軽快な雰囲気と全く違った様子の文の請願の言葉によって、

 

 

…何故か、却下されてしまった。

 

 

 

…逆上せている影響故に声が若干上ずっており、霞の湯の効能によって磨きがかかっている淑やかに肌に張り付いた漆黒の黒髪。艶やかな肌から少なからず女性的な魅力を感じてしまった霞…

 

そんな時、かなり昔に巷で『ぎゃっぷ』という単語を聞いたことがあった事を思い出した。

…確か普段とっている行動とは違う事をした時、何かとその行動や仕草に新鮮さを感じること。だった気がするけれど………まさか、この事がそうなのだろうか?

 

 

 

「…なぁ、射命丸…私。まだ小かった頃のお前を拭くことに対してはまだ許容出来るんだけど…今のお前を拭くのは、流石に世間体やら倫理感…とか、そういうのがズレてると思うんだけど。それはちょっとおかしくないかな…?」

 

「んー…けど霞さんってば、今だって私の身体…隅から隅までぜーんぶ見てるじゃないですかぁ…それに、この身体の持ち主の私が良いって言ってるんだから…良いんですよ。

…霞さんだから、拭いて欲しいんです。 」

 

 

羽衣をかけられてはいるけれど…先程から顔を真っ赤にしている文は、ずっと抱き抱えられているので霞が目を凝らせば全てが見えてしまっていると考えており…今尚暑さと羞恥によるふわふわした感覚に翻弄されていた。

文はそう言って霞から視線を隠すように…両手で目の辺りを覆うようにした。

…せめてもの、羞恥心への抵抗だった。

当の霞本人はあまり見ないようにしていたのだが…

 

 

「それなら頭と背中だけで勘弁してくれないか…?取り敢えず、床さえ濡らさなければ慧音も怒らないだろうし…」

「なら、それで良いですけど…」

 

 

…何故、不服そうなのかは考えないでおこう。

 

 

「…それじゃあ拭くけど…私の両手が塞がっていると何も出来ないな…ちょっと失礼。よっ、と…」

「わっ……」

 

霞はゆっくりと胡座を組むように床へと座り込むと、お姫様抱っこの形で抱えていた文を、自分の膝の間へポスンと座らせた。

 

 

「はい、頭を拭くから目を閉じておきなさい。髪が目に入ったら痛いからね?

…何だかこうして成長したお前を見ていると、時が経つのは早いなぁ…なんて考えてしまうねぇ。

もっと早くこの世界に来ても良かった気がするよ」

 

 

わしゃわしゃと手を動かしながら文の髪を羽衣で乾かしてゆく霞。普通の布ではない為、吸水性が桁違いだったりする。

 

文は少しくすぐったそうにしながらも、ご機嫌な様子で霞のなすがままにされていた。

 

 

「そ、そうですねぇ…だって霞さんってば幻想郷に全然来てくれませんし…結構頻繁に博麗神社で紫さんが『霞は絶対に来てくれるもん!!本当なんだから!!!』って何度も騒いで、その度に霊夢さんを困らせてましたよ?」

 

「…あぁ、それは紫にも悪いことをしてしまったかな。今度会った時には何かまた…感謝の気持ちを込めた贈り物でも渡しておこうかな?」

 

 

昔から紫には霞自身、結構世話になっている節が多くあった。数百年程一緒に旅をした中でも、スキマ移動は利便性の中では1番だったと思う。

…しかし今まで旅をした人間や妖怪は数多く居るものの、そのほとんどが女性だった為………一時期、紫が拗ねてしまった事があった。

特に酷かったのが向日葵畑で出会った緑髪の少女と生活していた時、普段の様にスキマの残滓の妖力を辿ってやってきた紫が混浴中の霞と鉢合わせてしまった事だろう。

…しかしそれだけの事なら日常茶飯事な為、大した問題ではなかったのだが………如何せん、その少女と紫は当時、反りが合わなかったのだ。

突然現れた棒立ちの紫を見て、裸を見られてしまった事に怒ったプライドの高い少女はパニックを起こして紫の事をかなり煽ってしまい…その結果掴み合いの喧嘩へと発展。

その後、双方の怒りが治まらない事を察した霞が丁度手元に持っていた日傘を2人にプレゼントすることよって、ようやく事件が解決したのだった。

 

…あれは、大変だった。

 

 

「…霞さん、今。紫さんと…あ、幽香さんのことを考えてますね?顔が引きつってますよ?

…私が思うに紫さんは…二人きりで湯船に入ったら、絶対満足しそうですけどね?」

「…おっと、察しがいいね…私もそれを考えてたよ」

 

 

まぁ、それに関してはまたおいおい考えるとして…ふと、自分の頬を触ってみると…確かにピクピクと引きつっていた。

…やはり、あの時の事を考えると少し心配に思えてきた。…あの二人、今はどうなってるのだろう…?人様に迷惑をかけてなければいいんだが…

 

 

「…まあ、思い出ってものは良いものだよ。私もこの世界に来てからその事を噛み締めてるからね…

…というかお前、そういえば昔は逆上せる前にきちんと湯船から上がってなかったかい?」

 

「 んー…気の所為でしょう。それにだって、霞さんの湯…久しぶりだったから……あー…暑いです………っん、…んぁ…!!っ…か、霞さんッ…!?そ、その辺はもうちょっと優しく…っ…!」

 

 

その時、霞の手が文の脇腹を撫でた。突然敏感な部分を拭かれた事により、文は驚いて変な声を上げてしまう。

 

 

「 あ、すまないね………ほら、もう脇腹と背中は拭き終わったから…前側は自分で拭きなさい」

 

 

そう言って羽衣を渡そうとする霞。

…それを見て、文がボソりと一言呟いた。

 

 

「……別に、拭いてくれてもいいんですよ?」

「却下で」

 

 

顔を赤くした文の言葉は…一言でバッサリと両断しておく。ここで断っておかないと…際限が無くなってしまいそうだし。そうなったら多分、霞自身の身が持たなくなってしまうだろう。

 

 

「ちぇー…惜しいですねぇ…霞さん。このチャンスを逃すなんて男としてどうなんですか?妖怪の森の天狗だったら絶対に乗ってきますよ?というか女天狗も多分乗りますよ?お得ですよ?サービスで『文ちゃんブロマイド』とか付いてきますよ?非売品ですけど霞さんにはあげちゃいますよ?」

 

 

何だかやたらと自身の身体に自信がある様子の文。…確かに、昔見た妖怪の山の天狗は変態率が妙に高かった事も事実。霞に引っ付く紬を見て目の色を変えた天狗も多く居た。もしも今の霞の状態を見れば…延々と嫉妬の炎を燃やし続け、発狂しながら空中を飛び回っていたかも知れない。

そして霞は先程から…ジャーナリストを生業とする上で鍛え上げられ、計算され尽くした上目遣いをこちらへと向ける文に対して…1つ、気になった事を質問をしてみる事にした。

 

 

『清く正しい射命丸』…今では新聞作りで有名になっていた事に対して疑問があったのだ。

 

 

 

「誰か、天狗に気になる相手居るのか?」

 

 

ピシッ…

その瞬間、文の顔から表情が消えた。

文は裸を晒すことなどおくびにも出さず、座っている向きを霞の方へとゆっくりと座り直すと…そっと、霞の浴衣へ両手をかけた。

 

 

突然の文の変化に霞はついていけない中、霞はここでようやく…文の地雷を踏んでしまった事に気づいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…は?そんな相手居る訳無いじゃないですか。霞さんってば何言ってるんです?」

 

 

 

あ、やっちゃったな。

…霞は己の失敗に気づいた。霞としては『誰か競争相手として気になる新聞記者はいるのか?』

という意味合いだったのだが…誤解されたようだ。

 

 

 

「天狗なんて………眼中に無いですよ」

 

 

腕の動きの加速を感じて、霞はまたもやデジャヴを感じていた。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

「ーー…ー、……」

 

 

 

「…ふぁ……ん…?」

 

慧音は自分の右半身から伝わる熱によって、重い瞼を開ける。朧気にしか覚えていないけれど…何か、夢を見たらしい。心做しか気分良く目を覚ます事が出来た。

 

 

「…今、何時だ…?というか暑い…あ、あや?そろそろ離れてーーー…」

 

 

隣へと視線をやると…そこには妹紅が引っ付いていた。スヤスヤと安らかな表情で眠っており、起こすのを躊躇うほどに心地よさそうに眠っていた。

時たま『…か、かすみぃ…へへ……』とか『輝夜ぶっ殺す』とか言っているのが気になるが…って、隣に………妹紅?

 

 

 

確か自分の隣は文がいたはずじゃー…

 

 

 

「 …ま、まさかーーー」

 

嫌な予感がして布団や部屋を見渡すものの…何処にも『霞と文』の姿が無かった。

 

視界がグラグラと揺れ、ガンガンと金槌で頭を叩かれる様な衝撃が慧音を襲う。

嫌な汗を全身で流しつつ、この状況をどうにか否定したくて呆然としていた慧音の耳の中にーーー声が、聞こえた。

 

 

 

『ーーに乗ーーがーてーー変ーー!!』

 

 

…それは女の声だった。

 

 

『口ーー相手ーーちーとーろッ!!!』

 

…それは風呂の方から聞こえてくる。

 

 

『老害爺は威張り腐る暇があるんだったら…自分達にしかできない仕事でも探せッ!!個人の趣味に一々突っかかって来るんじゃないわよッ!!』

 

 

…それは明らかに、文の声だった。それもその声には怒りや不満が籠っていて…溜め込んでいたストレスや愚痴をそのまま吐き出しているかのような、激流の如き勢いだった。

 

 

…これにより、この先の風呂場に霞がいる可能性が高くなっーーー

 

 

『霞もそう思うでしょッ!?あんな年取っただけの置物天狗が偉ぶってるなんて虫唾が走って仕方ないじゃない!?私達みたいな鴉天狗の趣味にまでのさばり込んできて何が『幼稚な遊び』よッ!!あいつらなんて下っ端をいびるかセクハラするかしか脳のないようなゲテモノ野郎の癖してッ!!!』

 

 

 

…はい、確定。

 

「あの二人…ふ、2人で風呂だと…?」

 

私の家の風呂場はそこまで広くなかった筈…だから2人で入るとなると、相当くっつかねばならない。

 

み、密着しての入浴なんて…破廉恥過ぎるッ!!

 

 

慧音は勢いよく布団から抜け出し、風呂場に目掛けて走り出した。普段は走ることの無い廊下を全力で走り抜け、脱衣所の扉を思い切り開けると…

 

 

バターン!!!!!

 

「お前達ッ!?ふ、2人で風呂に入るなんてっ!!そんな事は家主である私が絶対に許さー…」

 

顔を真っ赤にした慧音が脱衣所の光景を目に入れた瞬間。その目に飛び込んできたのは…

 

 

 

 

 

 

ハイライトの消えた目をした裸の文が霞の上に馬乗りになり、そのまま胸ぐらを掴んでガクガクと揺すり続けていた光景だった。

 

 

 

 

 

「い、一体何をやってるんだお前らはァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!?!?!?」

 

 

 

霞と出会って2日目の朝を…

慧音は絶叫で迎えたのだった。




自分の家にはクーラーがありませんので
極度に暑い日なんかは書く気力がゴリゴリ削がれてます。
熱中症にはお気をつけて…


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謝罪と朝食と怒れる不死人

遅くなって申し訳無い…
多忙過ぎる夏に翻弄されております。

嗚呼、無情。


慧音の部屋で、4人は食卓を囲んでいた。

妹紅が眠い目を擦りつつ、もそもそと起きた時には既に朝ご飯は完成していたらしい。

どうやら霞曰く、数刻程前から慧音と文の2人が作っていたらしいけれど…

 

 

( …何で慧音は喋らないんだ…?霞も何だか微妙に声に生気が無いし…あ。この焼き魚うま…いんだけど。何か空気が重くて味わいにくいなぁ…何があったんだ?)

 

 

机の上にあるそれぞれの料理の味は、とても美味しく。普段、自分が作った簡単な料理なんかとは格段に次元の違う朝食じゃないか!!…と、妹紅にとっては素直にそう思えたのだが…

 

 

やはり、この食卓の空気は不可解に感じていた。

 

 

( というか、どうしてさっきからやたらとベタベタしてるんだろ…この2人は…ッ…!!)

 

 

そんな妹紅も先程から気になっている事があった。それが気になって仕方なく、最早味を気にする事など出来ずにいた。妹紅は先程から見ないふりをしていた目の前の2人に視線を向ける。

 

 

 

「あの………本っ当にすみませんでした霞さん!!てっきりあの塵芥の事を…この私が、まさかまさか好きなんじゃないのか……なんて聞かれたのかと思わず勘違いしてしまってですね!?

最近は天狗達の中でも新聞の話なんてものは少なかったので、てっきりいつもからかわれてる方の事かと思っちゃって…いや本当に油断してただけで、本当に悪気は無かったんですよ!

あの時はちょーっとだけ逆上せてしまったせいで意識がふわふわしてただけでっ………許して下さいっ!私に出来ることなら何でもしますからぁーっ…」

 

 

( どうしてこの鴉天狗は涙目になってるのに、霞の腕に引っ付く事を辞めないんだろう…ッ…!!)

 

 

「 …あぁ、もうその事は気にして無いから。大丈夫だよ…ここに来て数日しか経ってないけど、もう身に染みてるからね。感情ってものは理性よりも強いんだし…射命丸もそろそろ顔を上げなさい。

…というか、気安くそんな事を言うもんじゃあないよ。『何でも』なんて……

…あぁ、本当に…『何でもする』、なんて。やはり気軽に言うような言葉じゃあ無かったんだろうな───」

 

「あ、そうですか……って霞さん?何だか目が死んでますし、それに何だかやたらと実感が籠ってますけど……その、大丈夫ですか…?」

 

「…昔のことだし、気にしなくても大丈夫だよ。うん。」

 

 

( 本当に、どうして人の目の前で、ここまで露骨で無自覚にイチャイチャイチャイチャとし続けられるんだろうかっ!!!)

 

 

今、この食卓を囲んでいるのは…先程まで、憎き宿敵(恋敵)を夢の中でひたすらフルボッコにしていた半寝ぼけ状態だった妹紅。

 

…しかし、脳が覚醒した状態で初めに見た光景は…個人的に、とても許せないものだった。

 

妹紅から見た所、どうやら霞がまた何かやらかしてしまったのか…普通な様子には見えなかった。だからこそあえてその辺をスルーした妹紅だったのだが、その結果がこの有様である。

どうにかこうにか千切れないように、堪忍袋の緒を締めながらも我慢を続ける。

 

が、しかし妹紅にとって。長時間に及び平静を装っていた事が…どうやら、はっきりと裏目に出てしまった。

 

妹紅は最早この2人の空間に入ろうにもすっかりタイミングを逃してしまい、ご飯をつつきながらこの状況を眺める事しか出来なくなってしまったのだ。

 

 

…そして、これも以外な事に何故か黙り込んでいる。妹紅の隣に居る慧音は朝から何を見たのか、顔を赤くしながらも白飯をもそもそと啄いてはずっと俯いていた。普段なら『破廉恥だッ!!』とか叫んだ後、顔を真っ赤にしてワタワタしながらも頭突きの一つや二つをお見舞いしてもおかしくないというのに。

 

 

 

…何故に注意、しないのだろうか?

 

 

 

そんなので教師が務まるのか!?教師なら不純異性交遊くらい取り締まらないと…なんて考えながら、自分の行動を思い出してしまい慌てて考えを消した妹紅。そしてそろそろ我慢の限界が近づき始めていた。

目の前で先程から行われていたのは…ひたすら霞へと縋り付きながら謝り続ける文の姿。むかつく。

妹紅だって立派な乙女であり、勿論譲れないものだってある。

 

しかし、そんな妹紅の気持ちを知っては知らずか当の霞本人と言えば…なんだか目の色がかなり濁っていた。いつも整っていた長い白髪の髪はまるで、とんでもないスピードで空中を飛び回った後のようにボサボサになっていて、襟首の近くがヨレヨレになった浴衣は射命丸の地雷によって起こった惨劇の壮絶さを際立たせていた。

 

 

…一体、何があったんだ?

 

 

 

「…なぁ慧音?なんであの二人って、さっきから謝って許してを繰り返してるんだ?文があんなに謝るのって私、初めて見たんだけど?というか近くない?あれ、私絶対近いと思うんだけど。さり気なく腕に抱きついてるのが凄い気になるんだけど。何あれ当てつけ?胸の成長しない私に対しての当てつけなの?」

 

とうとう口を閉じることに限界が来た妹紅は、ヒソヒソと小さな声で尚且つ力強く。妹紅の隣で見て見ぬ振りを続ける慧音へと話しかけた。

突然話しかけられた事に肩をビクリと震わせながらも、慧音は妹紅の方へと視線を見やり…全てを察したのか、そのまま今朝に何があったのかを話し始めた。

 

 

 

「…ん、や、やはり気になるか。まぁ、腕を組むことに関しては私も教師として、やはり一言物申したいとは思っているんだがな…実は今朝方、早起きした霞と文は2人で話をしていたらしいんだが…

うっかり文にとっての地雷を、霞が踏み抜いてしまったらしい。そしてそれによってかなり文が取り乱した結果………どうやら霞の意識を飛ばしたそうだ」

 

「…っ!?な、何やってんの?霞ったら昨日の慧音に続いて文の地雷まで踏み抜くって…

…なんかもう、呪われてんじゃないの?私もやっちゃったし…というかそれで、意識飛ぶまでその何かをやりすぎちゃって、今みたいに謝るのはまだ分かるんだけどさ…

 

…あれ、腕に押し付けてるのは絶対関係無いよね?」

 

 

目の奥に、嫉妬と羨望の炎を燃やし続ける妹紅の視線の先には……霞堅い腕によってむぎゅうと形を変える、妹紅には無い『何か』があった。

 

 

…無意識に自分を抱きしめるように、腕を組んでしまった事に…妹紅は気づかない。いや、気づいてはいけない。

 

 

「 …それに関してはもう、諦めた。もう、文には好きにさせておくしか無いだろう…無力な私に出来ることは、あんな風にならない様に。里の人間たちの風紀を取り締まることなんだ。

…どうやら私は、この2人に『一般的な常識』を求めて居たのけれどな…この2人の生まれ持った常識は、それとはかけ離れていたらしい…

特に霞はもう手を施せない程に重症だけれど、文は節度は守ると言ったからな。もう……私に出来ることなんて無いんだ。妹紅。」

 

「け、慧音!?一体2人に何をされて…って、あれ?」

 

しかし、そういった慧音の顔は昨日の夜に見た時よりも少しだけ、緩んでいるように妹紅には見えていた。…目は死んでいるものの、2人を見つめる視線は多少なりとも柔らかくなっていたようだ。

…やはり霞はなんだかんだで結局のところ、好かれやすい空気を纏っていらしい。

 

…慧音の死んだ目が気になるのだけれど。

 

 

「 …まぁ、なんか一悶着あったって事は分かったんだけどさ。それじゃあ何で霞はあんなに全身ヨレヨレになってるんだよ?…それに私、文がキレた事って見たことないんだけど?

いつもヘラヘラ笑ってあちこち飛び回ってるイメージしかないし…そもそも何でここに居るのかも分かんないし。一体昨日の夜から何があって霞はあんな事にーー『わ、私は何も見てないッ!!』

……え?」

 

 

妹紅が言葉を言い終わる前に、それは突然の慧音の叫びによって遮られてしまった。

慧音は先程よりも顔を茹でダコの様に真っ赤にすると、目の前にあった料理を急いで口に運ぶ。そして出されていたものを全て平らげるとそのままドタバタと慌てた様子で食器を流し台へと漬け込み、いつも寺子屋へ持っていく鞄を持って妹紅の元へと走って来た。

突然の慧音の奇行を見て、目の前にいた霞と文も目をパチクリとさせていたのだが、その中でただ1人。文だけは普段と変わらないニコニコした顔で、慧音を見つめていた。

 

 

「んむっ……むぐ…むん、んっ、ぷはっ!

…わ、私は、今から寺子屋に行ってくる。妹紅、その事について知りたいなら…ほ、本人から直接聞いてくれッ!!

あ、それから…文と霞はこの部屋を使うのは構わない。けれど戸締りだけはきちんとしておいてくれ!あ、箪笥の中を漁るんじゃないぞ!それじゃあ妹紅!後は任せたぞっ!!」

 

そう言い残して、慧音は玄関から走り出して行ってしまった。

 

 

『いってらっしゃーい!』

 

そんな慧音を見て元気に返事を返したのは、満面の笑みを浮かべた文だけだった。

 

 

( え、えぇーっ…!?ど、どうして慧音はそんなに急いで寺子屋に…?そんなにも、自分からは言いたくない事が、この二人にあったって事?でも私、霞の服がヨレヨレになってる理由を聞いただけだし…そんな慧音の恥ずかしいポイントに触れてなんかーーー)

 

そこまで考えて、妹紅は気づいた。

 

目の前に座る霞と文。朝、2人は会話をしていたと言っていたけれど…それは、この部屋の事だったのだろうか?

 

慧音の話では、文は地雷を踏み抜かれた結果…かなり取り乱して叫んだと言って居たけれど…近くでそんな事が起きれば、流石の妹紅でも物音や声によって目を覚ますだろう。

だからこそ、話をするなら…この部屋では無い。

 

 

…それに、妹紅が起きたタイミングでは、既に朝食が完成していた。喧嘩の形跡も見られず、すぐさま2人のベタベタ空間をまざまざと見せつけられていた。

 

 

…という事は、それが行われたのは…朝早くの事だろう。そして、それが可能なのは、この部屋から離れている声の届かない密閉空間…

 

長時間の会話が可能で、騒げる空間…

 

そして、不可解な慧音の嘘と態度…

 

 

…この部屋を抜けた先には……何があった?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確か、浴室…ッ…!!!

 

 

 

 

「…霞ッ!?まさか、私が寝ている間に、文と慧音も交えて3人で風呂になんて、入ってなんかいないよな!?」

 

妹紅は目の前の2人に問いかける。

…霞との混浴関連ならば、慧音も恥ずかしがって公言を避けるのも頷けるッ!!!

これでもし自分だけがハブられていたとしたら…何だかとても、悲しい。

 

 

「…あぁ、その事なんだけど…あれは『ちょっと待って下さい』…ん?どうしたんだ?」

 

そんな妹紅の質問に答えようとした霞。

…しかし、それを遮った文が口を開くと同時に…スポン、と。胡座をかいて座っていた霞の上に飛び込むと…

 

 

「あやや…妹紅さん?その推理は途中までは合ってたんですけど、最後を間違えちゃいましたねー…

えーっとですね。正確には、私と霞さんの………『二人っきり』…ですよ?」

 

「…んなっ!?」

 

「いやー…あの時はちょっと、私もつい取り乱してしまってですね?せっかく『二人っきり』で『狭い浴槽』に入って『密着』していたのに、私ってば霞さんと入る温泉が幸せだったもので、逆上せてしまったんですよ。…まぁ、その時は霞さんに『直接』身体を拭いて貰ったんですけどね?

で、その時に霞さんが突然おかしな事を言うものですから。逆上せて頭が回らなかったのが原因だったんですけど、つい頭に血が登っちゃって…『裸』のまま、霞さんの上に『馬乗り』になってしまい、錯乱していた所を慧音さんによって止められたんですよ。

いやぁー…慧音さんがいなかったら大変なことになってましたからねー…とても感謝してるんですよ?

私ってば今でもド腐れ天狗の事を考えると、怒りで我を忘れてしまうことが偶にあるんですよね…いやぁ、本当に霞さんには迷惑をかけちゃいましたね。改めて、すいませんでしたっ!!」

 

 

「……ッ…!?!?!?!?!?」

 

妹紅は脳天に、雷が直撃した様な衝撃を感じた。そしてその言葉を最後まで聞いた結果。妹紅の心からパリンと、何かが割れるような音が聴こえてきた。

 

 

「射命丸…なんだか要所要所の強調した部分がとても気になるんだけれれど?

それに今朝の妹紅は気持ちよさそうに寝ていたから、起こすのも忍びなくってね…

まぁ、多少そんな事があっただけで、射命丸のせいで私が怪我をした……なんて事は無いからね?

ただ、私が気を抜いていただけなんだよ。…思えばあの時は、私も軽く逆上せていたのかもしれないねぇ…」

 

「…………………」

何も答えられない妹紅の頭に、何かが勢いよく登ってゆく。

 

「はい!けど気絶させてしまったことに関しては後々、謝罪の意味を込めて…色々とお手伝いさせて頂きますので!!これは仕方ないですよね。だってもしも霞さんの立場が私だったら、いきなり気絶させられたりすると…やっぱり怒りますし。相手にはとことん誠意を要求しますからね!

…という事で、続きはまた今度にしましょうか!」

 

ニコニコと笑っている文。そんな文を見て、今度は妹紅の中で…何かブチリと切れる音がした。

 

何かが、込み上げてくる。

そして、その正体に気がついた。

 

妹紅はゆっくりと席を立ち、霞の方へ近づいて行く。

 

 

 

「…妹紅?」

 

不穏なオーラを纏いながら、ゆっくりと俯いて近づいてきた妹紅を見た霞。

そんな霞に対して、妹紅はそっと左手で霞の顔をガシッと掴んで固定すると…

 

 

 

 

「霞ィ……こンの大バカヤロオォォォォォッ!!!!!」

「ぐぼっ…!?」

 

 

多分この感情は、嫉妬だ。

そして妹紅は先程まで、自分が食べていた筈の焼き魚を

霞の口元目掛けてぶち込んだのだった。



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喧嘩と案内と大きな掌

勝手にお休みして申し訳ない…
取り敢えず受験が終わったので
また書いていこうと思います。

心機一転して頑張るぞー\(^o^)/


『迷いの竹林』

…その名の通り、先程から霞たちの目に入っている光景は…単調な風景が延々と続いた竹林だった。

昼間でさえ薄暗く、見渡す限り一面が竹である為か、とても地形が覚えづらい。生い茂った竹の葉によって日光が遮られている事によって昼間にも関わらず、それなりの強さを持つ危険な妖怪達が屯する姿が目撃されているのがこの竹林の特徴だ。

幻想郷にて危険地域となっているこの迷いの竹林には普段から人など寄り付かず、専門の案内役を連れずに竹林に入る事なんてものはある種の自殺行為だったりする。人里に住む人間達は不気味で怪しい竹林と行って『滅多な事では』近づかない。

 

そして、そんな竹林の中を2人の妖怪が歩いていた。

ひとたび迷うと余程の運がない限りは出られないと言われる迷いの竹林。

しかし、そんな事など気にせずに。慣れた様子で歩き回る2人を包む空気は、この竹林の空気のように重かった。

 

 

 

「…なぁ、妹紅?今朝の射命丸が言ったことなんだけれど……私が悪かったよ。心からすまないと思っている。私自身、射命丸の流れに乗せられて色々とやり過ぎてしまったと思っているし……年頃の妹紅に対しても気が回らなかったと反省してるよ。

…そろそろ許して欲しいんだけど…駄目かな?」

 

「………プイ」

 

妹紅はそっぽを向いたまま、霞の事を無視し続けていた。やはり先刻行われた射命丸のちょっとした挑発に対して、まだ完全には怒りが冷めてはいないらしい。

未だに妹紅の頭の中では、霞にベタベタと触れ続ける射命丸の言葉が反響し、それが癪に触って仕方ないのだろう。

そして更に、これから昨日の発言通り。自ら霞を連れてイライラする現場に行かないといけないのだから…朝から妹紅の調子は狂いっぱなしである。

 

(…霞の馬鹿。何であんな事があったのに直ぐに出かけようなんて言うのさ。)

 

あの騒ぎの後、妹紅がフリーズしている間に霞は手馴れた動作で身支度を整えると…妹紅へ輝夜のいる永遠亭への案内を頼んでいた

大方、霞は自分が羞恥に悶える程に恥ずかしい…どさくさ紛れにやった行為など、全く気づいていなかったのだろう。

 

 

もう既にかれこれ1時間程、この鬱屈とした微妙に居心地の悪い状態が続いていた。自分に非がある事を認めている霞は妹紅がへそを曲げる事をやめて、また昨日のように仲良く話をしてみたいと思っているのだが……妹紅はずっと、霞を無視し続けていた。

…年頃の娘の機嫌はすぐに変わると言うけれど、こうなると霞はもう、お手上げにならざるを得なくなってしまう。乙女心にとても疎い霞は頭を困らせ始めていた。

今なお続く陰鬱とした状況を作ってしまった原因の半分は自分にあり、今、霞のいる迷いの竹林を越える為には妹紅の案内が必要不可欠。

だからこそ、霞と共にこの空気を作り出した原因のもう半分であり、今この場には居ない……射命丸の事を少しだけ恨んでしまうのも、霞としては仕方のないことだろう。

 

 

 

 

─────────────────────

 

数刻前のこと。

 

 

『霞ィっ!!!!今のどういう事だよこンの野郎ッ!!!!何で私を置いてこのゴシップ天狗と二人っきりで裸のお付き合いなんてやってんだよこらァ!?!?』

『…………』

『おいこらなんとか言えよぉおおおおおお!!!!』

『…こ……くる…し…』

『そんなちっさい声じゃあ聞こえんわこらあああああああああっ!!!!』

 

射命丸の言葉によるあまりにも大きな衝撃によって、妹紅の感情を司るメーターの針は勢いよく振り切ってしまっていた。妹紅は霞の上へと馬乗りになったまま胸元を掴み、ガクガクと揺さぶりながら問い詰める。

 

 

「…ふふっ」

 

そんな中、しばらくその光景を眺めていた射命丸が突然2人の仲裁に入ってきた。

 

『あのー…そろそろストップした方がいいと思いますよ、妹紅さん?それ以上は霞さんが苦しそうなので…取り敢えず落ち着きましょうか。

そ、れ、に………霞さんにご飯を食べさせてあげたいのなら、そんな風に掴みかかる前にきちんと口で言っていれば済んだと思いますけどね?

そうすれば霞さんだって、大切に思っている妹紅さんのお願いをわざわざ無下にすることは絶対にしないでしょうから。妹紅さんが実はこっそり内心でやりたがってた「あーん」だって、喜んで受けてくれた筈だと思ってたんですけどねぇ…?』

『………へ?』

 

先程まで荒れ狂っていた空間が、突然静寂によって包み込まれる。妹紅が思ってもみなかった射命丸の問いかけにより、妹紅の顔を一瞬で熱が覆い始める。

射命丸はそんな茹でダコのように顔を真っ赤に染め上げた妹紅を見て、一瞬だけ不敵にニヤリと笑うと…そのまま妹紅へと話を続け始めた。

 

『全くですね…バレてないとでも思っていたんですか?甘いです。甘々です!!!

傍から見てるとそんな風に喧嘩をするのって、何だか羨ましいですねぇ……私も正直な所、少しジェラシー感じちゃいますよ?

それにしても妹紅さんってば食べかけの魚を口に咥えさせるなんて…そんなの、並大抵の人には出来ませんよね?………と、いうことはぁ……?

妹紅さんってやっぱり、とぉーっても霞さんの事を信頼してるんですねぇ?』

 

『…は、はぁ!?何言ってんだお前!?』

 

『私、もしかすると妹紅さんの事を誤解していたかも知れません。ジャーナリストとして、とんだ失態をお見せしてしまいたしたね!

妹紅さんってば私が霞さんと二人っきりでお風呂に入った事に嫉妬して怒ったのをいい事に…本当は今も尚、霞さんにくっついて甘えてるんじゃ無いですか?』

 

『んなっ!?』

 

慌てて霞の浴衣から手を離した妹紅。そしてそれを見てニヤニヤと笑う射命丸の言葉を受け、更に狼狽える妹紅。

ここに来てようやく自身が射命丸の洞察力を甘く見ていたことに気がついたけれど、もう時既に遅し。

 

射命丸の追求は止まらない。

 

『…っ!?な、何言って…ち、違うに決まってんだろ!?そ、そんなんじゃ…』

『でも妹紅さん、まだ霞さんの上に馬乗りになってますし?それって私が霞さんに馬乗りになったのがズルいと思ったからなんじゃないですか?

そしてわざと怒る振りをして、さりげなく霞さんへと間接キスを繰り出し、そのまま密着まで果たすなんて…正直、予想以上の結果でしたよ。あ、記念に1枚いいですか?』

『だからそんなんじゃないって言っ「パシャ」……

だから撮ってんじゃねぇよこの腹黒天狗がぁあああ!!!!!!!!』

 

慌てて取り繕ってもボロを出すだけに終わり、羞恥に悶えた妹紅は射命丸目掛けて飛びかかった。

…しかし、それを見た射命丸は自分の方へと飛びかかってくる妹紅をひらりと上空へ飛翔する事によって躱し、優雅な動作でそのまま玄関へと着地した。

 

『あやや?これ以上は妹紅さんを怒らせるだけになりそうなので、そろそろ辞めておきましょう。もうそろそろ潮時ですし、これはいいネタを拾えましたねぇ…

…それじゃあ霞さんに妹紅さん?私、これから昨日から見つけていた新鮮なネタ達を急いで新聞にしないといけなくなったので、そろそろお暇させて貰いますね!

…あ、そうです。霞さんの家なら明日の夜には出来上がると思いますから、妹紅さんも『永遠亭に居るお友達を誘って』是非来てみては?

大方、明日の夕方頃には霞さんの元に誰かしらの迎えが来ると思いますので…

それではまた明日ですね、さようなら!』

 

 

そう言って、射命丸は風のように飛び立って慧音の家を後にした。

 

…涙目でぷるぷると震える妹紅と、口に焼き魚を咥えたまま倒れ込んでいる霞を残したままで。

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

そして時は戻る。

 

 

「にしても一面竹ばかりだねぇ…けど、懐かしい雰囲気があるのは気の所為じゃ無いんだろうなぁ」

「そう言えば、輝夜は竹から生まれた事になってるんだったかな?あのお転婆なお姫様の事だから、さぞかし竹のように元気に成長しているんだろうなぁ」

「妹紅がいて、助かったよ。私一人じゃこの竹林を抜けて、『永遠亭』とやらに住んでいる輝夜達に会うことは難しいだろうからね…」

 

 

そんな風に、周りの景色を懐かしむように、隣を歩く妹紅へと語りかけるながら、一歩一歩楽しそうに歩く霞をチラリと覗き見た妹紅は、ふと、気になることを見つけた。

 

(…霞、さっきから私にずっと話しかけてる。…それに何だか歩くのがいつもより遅い…これって…?)

 

 

妹紅の気持ちは、初めは射命丸と同じ行為を行ったのに、自分が全く女として見てもらえなかった事による怒りが強かった。射命丸と話している時の霞は何だか普段と違って、普段以上に射命丸の行動を受け入れていた様に見えていた。

しかし、今の霞は絶え間なく話を続け、自分より歩幅の狭い妹紅の為に歩くペースを合わせ、何度も見当違いな謝罪を繰り返している。

 

そんな、男の姿を見ていると…

 

(…何で、たったあれしきのことで怒っちゃったんだろう。私だって霞の迷惑になるような事、沢山やってるってのに…)

 

 

自分が行っていた、独りよがりな行動を妹紅は思い返した。確かに嫉妬したのは事実だったけれど、わざわざあんな風に怒らくても良かった筈だった。寧ろ、他にやりようはいくらでもあった筈だったのに、真っ先に手が出る自分こそが間違っていたのでは無いだろうか。

…そこまで考えると、実際の所。今まで怒っていた自分こそ、1番悪いんじゃないかと思えてくる。

 

 

 

(…あー…これってやっぱり馬鹿なのは私の方だったんだ。霞はずっと、私に謝ってくれてるのに…私が意地張ってこんな風にしてるから霞まで傷つけてる。

…こんなのは、良くない)

 

そう思った妹紅は俯いていた顔を上げると、霞の浴衣をそっと摘んだ。

 

「…ねぇ、霞」

「…ん?妹紅。どうしたのかな?」

 

 

こうして2人で歩いている時間が経つ事に、隣を歩く霞の気遣いに気づいた妹紅は…自ら沈黙を破り、話し始める。

 

 

「…さっきの事、許すよ。そんで、私もごめんなさい。私だって霞の都合なんて考えずに行動して、勝手に怒って霞を困らせて…

私は霞の優しさに甘えてただけだった。本当に馬鹿なのは私の方だった。

…ねぇ霞、こんな私だけど…

また、いつもみたいに接して良いかな?」

 

誠意込めて、そう霞へと謝った妹紅。

そして、それを見た霞はいつもの様に…いや、いつも以上の微笑み顔を浮かべると、大きな手でゆっくりと妹紅の頭を撫でる。

 

「…こちらこそね。案内、助かってるよ」

「…うん!」

 

その言葉を聞いて、妹紅の顔には笑顔が咲いた。

仲直りを済ませた2人はいつもの様に、仲良く会話をしながら道を進み始める。

妹紅は先程までとはまるっと変わった様子で霞の腕を抱きしめながら、疑問に思っていた話を続けた。

 

「ねぇ霞ってさ。アイツ……輝夜と出会った時って、どんな感じだったの?」

「…輝夜の事かい?」

 

その言葉を聞いて、霞はどうやら妹紅からその質問が出ることが意外だったのか。珍しくきょとんと呆けた顔をしていた。

しかし直ぐにいつもの微笑み顔へと戻ると、ぐしぐしと妹紅の頭を撫でながら語り始める。

 

「ふむ。そう言えば妹紅には輝夜の事は話してなかったからね…永遠亭とやらに着くまでだし、少し大雑把に話すけど…それでも構わないかな?」

「う、うん。構わないよ。けどさ…」

「ん?どうしたんだ?」

 

霞は妹紅を撫でる手を止めず、頭に疑問符を浮かべている。それを見た妹紅は聞きたかった事を問いかけた。

 

「…あのね?私がさっき怒ったのって、霞のこーゆーだらしない所なんだからね?昨日も思ってたんだけど、スキンシップ激しくなってない?さっき謝ってたけど、ほんとに反省してるの?」

「ん、あぁ…すまないね。何だか最近良くせがまれていたから、つい、ね。掌が勝手に撫でてしまうようになってしまったんだよ。

…妹紅も昔はよく撫でろとねだっていたからやってみたんだけど、もしかして嫌だったりするのかい?それなら仕方ないし、やめておこうか……うん?」

 

そう言って霞の手は妹紅の頭から離れようとした…が。それを止めるかのように、その上から2つの手が霞の掌を押さえつけた。

 

「…嫌とは、言ってないだろ…」

「…ん。そうか。それなら良かったよ」

 

「…霞」

「どうした?」

 

「ありがと」

「…そうか。それなら良かったよ。

…それじゃあ、妹紅はどこから聞きたいのかな?」

 

「んー…それじゃあ、霞が輝夜に出会った時の事とかかな?アイツ、昔から霞のこと知ってたっぽいし…

…どうせ私が聞いてもしっちゃかめっちゃか騒いで、あいつの性格上頑なに教えてくれないと思うんだよ。

『は?なんでそんな事、あんたなんかに教えないといけないのよ?』とか言うだろうし。

…何がそんなに恥ずかしいのかね?それがわっかんないんだよなー…」

「あー…」

 

妹紅の言葉を聞いて、霞は思い出を懐かしむかのように少しだけ、目を細める。そして、少し悩みながらもその時の事を妹紅へと語り始めた。

 

「そうだね…あれは確か、連れ添った友人と一緒に私はいつもの様に人を求めて旅をして居たんだけどね?途中、当時栄えていた人間達の住む都へと立ち寄った時の事だったかな。

 

…私は、輝夜の為に月と戦争をする事になったんだよ」

 

「…は?」

 

 

 

思わずそんな声が出た妹紅に向かい、霞はその時のことを雄弁に語りだした。

 




永夜抄メンバーのターン…
キャラを掴むのが難しいorz


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旅と屋敷と羞恥の出会い

遅れを取り戻そうと更新。
訛った腕の感覚を早く取り戻したい今日この頃。


迷いの竹林の奥に聳え立つ、和風の造りをした大きな建物がある。

それこそが名を、永遠亭という。そして、その屋敷の中で……1人の少女が眠っていた。

自らが生きた永き世の中で1番楽しく、そして何よりも輝いていた時間。そんな、たった数ヶ月間だけの在りし日を求めるあまり…

今も、夢の中で微睡み続ける1人の少女が。

 

「…んー…師匠?今日の姫様は何だか良く眠ってますねえ…しかも何だか時々頬が緩んでますし、楽しい夢でも見てるんでしょうか?」

 

「そうね…もうお昼になるっていうのに、姫ったらこんな時間まで寝過ごして…って、あら?本当に笑ってるわね。

…けど今日は天気も良いし、起きたらまたいつもみたいに騒がしくなって、またあの不死人の女の子と姦しくじゃれ合って来るんじゃないかしら?」

 

「あー…確かにそうかもしれないですねえ。けど昨日から、何だか人里に落ち着きが無いんですよ。師匠の薬も妖怪の山の天狗が買って行っちゃったし…だから妹紅さんはそっちの混乱を解決するのを優先するんじゃないですか?

一応、里を護る役目を持ってますし…」

 

「…ま、今は寝かせておいてあげましょう。別にこれといった用事もない事だし、診察の予定も入ってないから新薬の開発の方を、今のうちに勧めておかないといけないしね…」

 

それを見て話し合う2人の少女の声。そして、それを知ってか知らずか眠っている少女は微睡みから覚めようとはしない。ただひたすらに、夢の中の人物を追い続けていた。

 

「あの、師匠…私、時々思っちゃうんですけどね?…こんな寝坊助さんがあのお話に残るくらいの存在だなんて…って、偶に信じられなくなる時があるんですよねえ…」

 

「…ふふっ…あら、奇遇じゃない。私も姫とは長い付き合いだけれど、あなたの気持ち…よく分かるわよ。

まさかこんな阿呆面を晒して眠りこける女が実は…

奈良の都を牛耳る程の美しさを持って産まれた、あの『かぐや姫』だなんてね」

 

 

「…ぐぅ。」

 

幸せそうに眠る少女の名は、蓬莱山輝夜。

その『かぐや姫』の眠りを覚ます『声』が届くまで、既に残り数刻を切っていた。

 

 

 

──────────────────────

 

「せ、戦争って…何でそんな事になってんだよ!?それに月相手にって…そんなの自殺行為じゃないのさ!」

 

妹紅は霞の口からとび出した、『戦争』と言う…およそ霞という男の対極にあるであろう言葉に、驚きを隠せなかった。

 

「何でそんな事ッ…そんなことすれば洒落になんてならないだろ!?どうして輝夜との出会いが、月との戦争にまで発展することになったんだよ!?」

 

「ん、そうだね…冷静に考えてみれば、少々分が悪い戦いだったと思うよ。何せ味方は輝夜を含む4人ぽっちだったからね…

…けど、あの時は…そうせざるを得なかったんだよ。何より時間が足りなかったんだ。

私自身、今でも誰かと命をかけて戦うことなんて、真っ平御免なんだけど…あの時ばかりは戦ったことを、後悔してはいないんだよ。

 

…どうしようもない程の抗えない理不尽に晒された存在が、深く傷付いて悲しむ…なんて光景を、もう二度と。私の目の前で起こしたくは無いからね…」

 

そっと右手を胸の前で握りしめ、確かな決意を再確認したような仕草をした霞。そして、その霞の言葉には…普段とは違う憂いを帯びた、暗い感情と、芯を通った覚悟のような強さを纏っている事に。妹紅は気づいていた。

 

多分、それは霞にとってもそう気分の良い話では無いのだろう。そんな霞の気持ちを察した妹紅は、先程までの自分を行動を思い出した。

妹紅はまた、自分本位に感情で、霞に対応してはいないだろうか…?と。

 

霞は今も、そして昔から自分の事を気遣ってくれていた。ならば自分だって、霞という男の気持ちをきちんと肯定し、支えてあげないといけないだろう。

 

そう思った妹紅は自分の両頬をパチンと叩き、頭を冷やして改めて気持ちを切り替える。

 

「…妹紅?」

 

そんな妹紅を見て、霞が驚いた顔をしていた。しかし、何かあったのかと心配そうにこちらを見ている霞に向けて、妹紅はぎこちない笑顔を向ける。

 

「…ねぇ霞。私、また1人で突っ走っちゃって、ごめん。けどもう大丈夫。霞の気持ちについてはもう、指摘したりしないからさ。

…そりゃそうだよね、霞がなんの理由も無く月と戦争をするなんて…有り得無いしね。

私はその話、どうなったのか詳しく知りたい。だから最後までその話…ちゃんと聞くからさ。続きに何があったかのか、教えて欲しいな」

 

「…そうだね。うん。なら、続けるよ。

私は旅の途中に都の話を聞いたんだよ。それからそこでの新しい出会いを期待してしまってね?もう居てもたってもいられなくなって、友人そこへ行こうと決意したんだよ─────」

 

 

 

そう言って、また霞は中断していた話を紡ぎ出す。

 

朧気な月光に照らされる、一人の少女とのお話を。

 

 

 

 

──────────────────────

 

 

「…なぁ、そろそろこの森を抜けて人里がある都へと出られると思うんだけど…今、紬の目には何か見えるかい?」

 

長らく歩き続けているのは宵闇に呑まれた深い森。枯れ草を踏みしめながら進み続ける霞達の眼前に、仄かな光が目に入って来る。

永きに渡って人の営みを見てきた中でも、飛び抜けてその光の数は多く、その淡い光は森の中まで届いていた。

妖怪である事など気にせず進むその旅路において、妖怪退治で生計を立てる陰陽師達が跋扈している危険極まりない都へとたった二人で入り混むなんて事は…もはや無謀と言っても差し支えは無かった。

他の妖怪からすると、そんな事は理解する事も共感する事も絶対にないと言えるだろう。

 

霞と紬。この2人は、『妖怪』という枠組みから逸脱した…特殊な存在といっても過言ではなかったのだ。

 

ここに居るのはそんな周りの目や妖怪事情など全く気にしない二人組である。

旅の途中…霞は村人の如き質素な浴衣を身にまとっており、紬は普段から角を隠すようにしていた。

 

そこそこの腕を持つ陰陽師しか妖怪の持つ妖波に気づかない為、2人はその姿で旅を続けていた。

わざわざ2人がそんな事をしてまで世界を旅する理由。それは至って単純な物だった。

 

 

 

「えーっとねー…あ、霞ちゃん!見えたよ!もしかしなくとも、あれが巷で噂の都ってやつなんじゃないかなー?何だか凄いよ?それにとっても大きいねぇー!!

あ、でもこんな街よりも…私の霞ちゃんに対する愛の方が大きいんだけどねー?

あはははははっ!!」

 

「…それは、嬉しい言葉だね。私もお前を大切に思ってるよ…だから紬。分かったから、そろそろ頭を抱き締める腕を離してくれないかな?私も自分の目で都を見てみたいんだけど…紬の腕が邪魔で、見ようにも見えないんだが…?」

 

「あははっ!!大切だなんてもぉー…照れちゃうねぇ!!それに見えなくってもそれはそれで良いと思うんだけどなぁ。私はこのままでもいいと思ってるけど、霞ちゃんがそこまで言うなら仕方ないねぇー…今回はばかりは言うことを素直に聞いちゃいます。本当はいっその事、霞ちゃんの目になってみたいんだけどねー?

それで、まず何しに行くの?私の提案なんだけど、霞ちゃんってあそこにある1番大きな屋敷の中とか行ってみたいと思わない?あんなに大きい屋敷って、誰が住んでるのか気にならない?私は気になるなぁー…あれって、一体中はどうなってるんだろうねー?

…それに、何だかね?彼処からは楽しそうな気配がピンピンしてるんだぁー…!!

どう?行ってみたくなぁい?」

 

そう言った紬は両手を髪の上に置いて、人差し指をぴこぴこと動かし始めた。

いつもの見慣れた光景を見た後、霞も都へと目を向けた。

 

「…うん。確かに、凄く大きな屋敷だねぇ…誰が住んでるのか知らないけど、誰にしたって紬の勘なら楽しい事に関して信用できそうだね。

…ここでも新しい出会いがあるといいんだけど、如何せんこの街はとても広いから…まずは何処に行けば良いのかが分からないな。

初めてここを訪れたけど、早速困ったことになってしまったねぇ…誰かに道を聞こうにも、こんな夜更けだと役人に取り押さえられてしまうかもしれないし…」

 

「…んふふ。それなら、良い方法がありますよぉ?」

「…ん?どんな方法かな?」

 

そう言葉を零した霞を見て、紬の目がキラリと光った。それは紬にとっては悪戯を思い付いた娘が自分の父親に対して行う様な、恐らく可愛い部類に入るであろう愛情表現の1つなのだろう。

 

…だがしかし、それは霞にとって大概ロクな事が起こらない、貧乏籤と等しい存在でもあった。

 

「…なぁ紬、どうして私の背中から降りてまで…私の腰を抱き締めているのかな?

…力を込めすぎ…それ以上込めると私の骨が折れてしまうんだけど…?」

 

「何ってここを持つ方が、手っ取り早いからに決まってるじゃないですかー?」

 

霞の額から、冷や汗がツゥーっと流れていく。

もう、嫌な予感しかしない。

 

「…まさかとは思うけれど、このまま私をあの屋敷まで投げる…なんてことは、流石にないだろうね?」

 

背後に感じる不穏な妖気をひしひしと感じつつ、そう恐る恐る問いかけた霞に対して、紬はキョトンとした顔を浮かべていた。

 

「あれれ?どうして霞ちゃん、私がしようとした事を知って……あ!もしかしてこれが『以心伝心』って言うやつなんじゃないかな!?

…ということはこれってもう、運命の赤い糸で結ばれてると言っても過言じゃないってことだよね!!何だか気分が高まってきたので、張り切って投げたいと思いまーす。

あ、着地には気をつけてねー?

 

それじゃあ……せーのっ!!」

 

 

 

轟ッ!!!!!!!!

 

 

大きな発射音を立てながら、霞は目の前にある大きな屋敷の天守目掛けて一直線に飛び立った。人間が越えるには難しい高さを誇る塀だって、普通に空を飛べば侵入自体は簡単だっただろうに…

霞としてはこれで死ぬことは無いだろうけど、多分着地は失敗し、滅茶苦茶痛い目に合うことになる未来が見えてしまった。

 

(…せめて、池に着地したいねぇ)

 

冷たい夜風を切り裂きながら目を閉じた霞は色々と諦めつつ、そのまま徐々に加速をし始める。

 

 

そして、

 

 

落下する瞬間。

池を眺めていた少女と目が合った。

 

(…南無三)

 

 

 

パシャンッ…!!

 

「……っひぃやぁ!?」

 

 

霞は庭にあった池の水面に綺麗に不時着。しかし、どうやらその池を眺めていた先客がいたらしい。

 

ゆっくりと状況を判断しつつ、池の中から起き上がる霞。

 

「…っぷは……紬のやつ、もう少しズレてたら大惨事だったんじゃないか…?」

 

そんな霞の独り言を、呆然とした様子で聞いていた少女が居た。

 

「……………」

「…………ん?」

「……………」

「……………」

「……………………………ねぇ」

「…あぁ、どうしたのかな?」

 

その少女は池の水を頭から被ったようで、白い寝巻きはずぶ濡れ状態。そして長い黒髪は顔に張り付き、まるで白装束を着た幽霊の様な出で立ちをしていた。恐らく顔も整っており、それはそれは大層美しいことだろう。

 

しかし、今この時においてその面影は無い。霞はその少女の姿を確認すると、あまり直視するべきではないと判断し、直ぐに目を逸らした。

霞が振り向いてから、既に庭に響く音は途絶えていた。夜を彩る虫の音と、月の光によってこの場所を。宵闇の静寂が屋敷の庭を包み込んで行く。

 

 

そんな中、長き沈黙を破って少女が霞へ問いかけた。

 

 

 

「…アンタ、一体誰?それに、何で私と目を合わせないのよ。こんなことしておいて、謝りもしないってどうなのよ?」

「ん、あぁ…それについては、色々と深い事情があってね…悪かったよ。本当に、わざとじゃないんだよ?」

 

「はぁ!?こんなのわざとだったら絶対許さないわよ!!私が聞いてるのは、こんな夜中に何やってんのって言ってるのよ!!」

 

そんな風にポタポタと頭から水を滴らせる少女の問いかけに、霞は若干苦悶の表情をしながらも答えようとする。

 

「それについてなんだけど…ん?」

 

が、その時の事だった。

 

 

 

スタタタタタタタタタタッ──────ッ

 

 

「───ぁぁぁぁぁすみちぁぁぁあん!!!」

「ふぐっ……!?」

「…っえ、ちょっ!?」

 

それは何かが走って来る音だ。そう、2人がその音を認識したその瞬間。屋敷を覆っていた塀を飛び越え、何かが霞へと突撃した。

霞の身体へ、もう何度も感じ慣れた感触が伸し掛り、自分の身体にぐりぐりと擦り寄っている。

 

「えへへへへへ霞ちゃーん……とっても綺麗に飛び込んでたねぇー?うわぁ…水も滴る良い男とは、まさにこの事だったんだね!!何だか普段よりも霞ちゃんがかっこよく見えるよ!不思議だねぇー?あははははっ!!

汚れちゃった身体は、後で私が綺麗にしましょうそうしよう!これ決定事項だよっ!」

 

「痛たたた…だから紬…?こういった力技は、そろそろ私の身体がもたなくなるから辞めて欲しいと前に言っておいた筈なんだけど…それと、起き上がれないから私の身体を押さえつけるのをやめてくれないか?

風呂なら後で入るから、取り敢えず退いてくれ…」

 

「えーっ…もぅ。霞ちゃんってばつれないんだからー…でも、そんな所も大好きなんだけどね!

…って、あらら?霞ちゃーん…?この子は、一体誰なんでしょうかねぇ?」

 

「………………はっ!?今のは一体…ってちょっと!!!!いきなりアンタ達何やってるのよ…このえっち!

こんな夜中に人の屋敷で、一体何をおっぱじめようとしてんのよ!?」

 

ようやく自分の世界から帰ってきた紬は、ここでようやく2人のやり取りを惚けた様子で眺めざるを得なかった少女に気がついた。

話を振られたことにより、少女は少々刺激的な光景を見てしまい、混乱しつつも霞に向かって先程の話を続けようとする…が、

 

「あのー、ひとついいですか?」

 

紬の質問によって、話を止められてしまう。少女はそれに対抗して、紬の方へと向き直ったのだけれど…それが不味かった。

 

「何よ!?今はそんな話をしてる時じ──」

 

「貴方の服、透けちゃってますよぉ?」

「………へ?」

 

紬の指摘を聞いて、ピシリと少女の機能は停止してしまった。そしてそんなまさか…絶対ありえない…といった、心の声がこちらまで聞こえる悲痛な顔で、ゆっっっっっっくりと目線を下へやった。

 

少女が着ていたのは白い寝間着だった為、池の水によって服は地肌に張り付いており……その透き通った地肌と双丘は月の光に照らされ、最早神秘的とすら言える程の美しさを二人へと晒していた。

 

そんな少女の顔が、徐々に赤く染まっていく中。このままだと叫び声を上げてしまい、大事になって役人達が来てしまう事に気づいた霞は、羽衣を掴んでいち早く行動に移る。

 

「い、いやむぐぅぅぅう!?」

 

霞の羽衣によって、口を押さえつけられた少女。

絶望的な顔をした少女の前で、2人は顔を合わせると…

 

 

「あのー、もし良ければなんですが、このまま私たちを貴方のお部屋まで案内してくれませんかー?そうすれば、私はあなたに危害を加えたりはしませんからぁ…

…それで、お 返 事 は…?」

 

紬による、お話(物理)が行われた。

 

「っ…っ…んむっむぅぅむぅむぅ!!!!」

 

紬による圧倒的な有無を言わさぬ圧力に、屈してしまった少女は半べそになりながらもコクコクと頷く。

こうして霞達は、一旦少女の部屋へと案内して貰うことになったのだった。




今更ですが、この物語は回想とか
思い出を振り返る事が多いです。

キャラによっては後にそういった
出会いを書く場合もありますので

頭の片隅にでも入れて置いて下さいませ。


…古代スタートとして始める事は
自分の中で何か違うなと感じていたので。


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願いと歪みと竹取物語

ちょっと書き出しに悩んで、投稿遅れました…
竹取物語編は霞と紬の過去にも
サラッと触って行く感じですね。




『竹取物語』

 

古くから人伝や文書によって伝えられてきたその物語の内容は、後の世に…竹から産まれた主人公である『かぐや姫』は、自分を必死に引き止める育ててくれた2人の両親や都を治める帝、そして多くの人々を地上へと残したまま、月からの使者に迎えられ…最終的には月へと帰ってしまうという筋書きになっている。

 

そしてそれが、この世界の誰もがそう思っている『常識』であり、そう思ったまま生きている筈だろう。

 

 

…しかし、実際の所…真実は違っている。

 

今から語られる話は、竹取物語の裏話。

 

月からの使者によって己の身へと降りかかる、凄惨な結末を知ってしまったかぐや姫は憂い嘆いた。そして世話をしてくれた養父母との別れを咽び泣いた。

…退屈に塗れた地上での生活の中で、突然現れた『想い人』と『恋敵』の存在との…永劫の別れを夢に見て、ふと。枕を濡らしてしまった時もあった。

 

…だが、そんなかぐや姫の哀しみを知っていた者が居た。それはかぐや姫本人の知らない所で、近くから見ていた『二人の妖怪』によって、実はその物語は根本から、結末までの一連の流れが力ずくで歪められていた。

 

これは、決して『竹取物語』では語られない…『二人の常識外れな妖怪』によって。やや強引に叶えられてしまった、何でも望めば手に入る世界を捨てたかぐや姫が、新たな居場所を掴むまでの…

 

そんな小話だ。

 

 

 

──────────────────────

 

かぐや姫は、毎日に退屈を感じていた。

 

かぐや姫は容姿に恵まれていた。他の女と比較することすら出来ない程のに圧倒的な美貌と、育ての親である竹取の翁と言われた男の持つ際限の無い財力から…未だ少女の身でありながらも数え切れないほどの求婚を受け、そしてその全てを断ってきた。

しかし、そんな噂を聞いているにも関わらず。貴族というものは己のプライドに余程自信があるのか、

『それは、他の男なぞとは書くの違う、自分の行う求婚を待っているのだな』

…と、勝手に自分の都合のいい解釈を行ったまま、かぐや姫の居る屋敷へと訪れる。そして案の定求婚を跳ね除けられ、意気消沈して帰るのだが…それがまた、別の貴族を呼び寄せる…といった無限ループが勝手に構築されていた。

それこそ、わざわざ他の国から遠出してまでかぐや姫の姿を是非一目だけでも見たいと思った貴族や町民が、屋敷まで押しかけて来る程に。

 

そして今さっきまで目の前で輝夜を口説いていた男の姿を思い出し、顔を顰める。

 

(……あー…どうして男って、学習しないのかしら。それに、自分の事をどうしてそんなに過大評価してるんだろう。どいつもこいつも肥太って脂ぎったオッサンばっかりだし。そんなのが人の身体をあけすけにジロジロ舐め回すかのように見てくるなんて…怖気がするわ、本当に…

…大方、持ち前の金に寄ってきた女しか知らないのか…それか逆に、女は金さえあれば誰でも堕ちるとでも思ってんのかしら。

薄汚い下心と、私を捕まえる魂胆が見え見えの男に釣られる程…私は甘く無い)

 

 

かぐや姫の元へ群がる男達は、皆かぐや姫の持つ美しさをに息を飲み、唾を呑み込んだ。中には涎を垂らしたバカも居たけれど、そんな男…いや、ケダモノは即刻。屋敷からつまみ出して二度と近づかないように厳命してやった。

 

他にも、かぐや姫と出会った時から品定めでもするかのような目で延々身体を「何が悪いのか?」といった風に平然とした様子で凝視し続けながらも巧言令色を並べて口説いてくる貴族がいた。

逆にかぐや姫のことを口説きながら、しきりに翁の方へと話を繋げようとする男もいた。

 

自分の身体を手に入れたい者。自分と繋がる翁との縁が欲しい者。そんな邪な想念を日々、ぶつけられていたかぐや姫…

 

…かぐや姫こと、『蓬莱山輝夜』は…この代わり映えのしない淡々とした毎日に、孤独と絶望を感じずには居られなかった。

 

 

(誰か、私を見つけてくれないかしら……)

 

 

 

…月を見ながらそう、心から願った晩のこと。

虫の音が心地よく響く庭の中で。恐らくここで、輝夜の人生は変わった…というより、変えられたのだろう。

 

 

想像を絶する程の、お人好しに。

 

 

 

─────────────────

 

「…もう、どうしてこうなったのかしら。私…夜風を浴びたくて屋敷の中を散歩していただけなんだけど!?それなのに、何で私は全身拘束されてるのよ!可笑しいでしょこんなのって…さっさとこれ外しなさいよぉ!!…って、あんたら私にこんなことをしておいて、無視するなんていい度胸じゃない!兎に角私の話を聞きなさ『静かに』

ッむぐっ!…………〜〜〜〜〜っ!!!!ぶはっ!?もう!分かったからっ!これ…離しなさいよぉぉおおお!!!」

 

ここは輝夜の部屋で。夜間は誰も入室を許可されていない筈の寝室で。

 

皆から『絶世の美女』とまで言われた存在が…高級感漂う畳の床へと、簀巻きにされたまま転がされていた。

 

それしきの音では誰も駆けつけない程の、大きさを誇る輝夜の寝室に。初対面なのに馴れ馴れしく話しかけてきて、池の水を頭から被せて。恥辱を与えられて叫ぶ輝夜を拘束して、問答無用で寝室へと乗り込んで。

そしてその結果、こんな夜更けに現れておいて、その輝夜の美しさに酔いしれた結果。狼藉を働くかと思いきや…寝室の奥へと転がしたまま、延々と放置されていた。

 

一体誰がこうなると想像できるだろうか?

 

しかし…こうなってしまったきっかけなんてものは、大した事ではなかった。

輝夜はただ、今夜は普段よりも少しだけ寝付きが悪かった為、少し外の風にでも当たって涼もうと思っただけだった。

 

そして眼前に登る月を見て、頭に思い浮かんだ行動は至って単純だった。こんなにも綺麗な月夜だし、寝室の前に広がる池には大方…朧に光る月の様子が、水面へと綺麗に映っていた事を思い出した。

 

だからこそ今宵はさぞかし綺麗な事だろうと思い、少し気分が落ち着くまでの間に眺めてみようかなぁ…なんて、そんなごく有り触れた方法を輝夜は思いついただけだったのに。

 

 

今、輝夜の前で広がる光景は…

 

 

 

「んん〜…やっぱり星と霞ちゃんをを見ながら入る温泉って、良い感じに格別…!!それにお酒まで着いてるなんて…もうこれ、至上の贅沢なんじゃないのかなぁ…?

こんなに至れり尽くせりだと、ここまで歩いてきた疲れなんてさぁ〜…直ぐに癒されちゃうに決まってるよねぇ〜…?」

 

「ん…確かに、ここは見晴らしも良いし…うん。普段の森の中より、贅沢をしてる感じはするなあ…

こんなにも綺麗な風景なんだし、2人で見るだけじゃあ…勿体ないかもしれないね?」

 

「そうだよねぇ〜…って、あー…何で手が止まってるのかなー…?ねぇねぇ霞ちゃんってばさぁ…呑まないの?折角勇儀さん達がくれたお酒だって言うのに、勿体ないことしちゃメッ!…だよぉ?」

 

「…ああ、すまない。少し、星空に魅入ってしまってたよ…きちんと呑むからさ。その腕の構えを解いてはくれないか…?」

 

「それなら良いよぉ…あ、もしかしてぇ…私に見蕩れてたりするのかなぁ?それなら私、とぉーっても嬉しいんだけどなー?ねぇねぇどうなの?うりうりうりぃ〜♪」

 

「いや、景色……うん。紬も綺麗だから、流石に少し離れてくれ。顔に引っ付かれると酒が呑めないだろう?」

 

 

…そんな風に仲睦まじく温泉に浸かった、二人の妖怪が呑気にイチャ……ついている光景だった。うん、コイツら絶対イチャついてるわ。この私を放置して、二人の世界を構築してるわ…

 

突然自分を案内させ、放置するなり自室の真ん中に急に温泉を創り出した馬鹿が二人。こいつら常識が無さすぎる。

無視されることに慣れていない輝夜の心が悲鳴を上げた時、輝夜を威圧した少女がくるりとこちらを振り返る。

 

 

「あれ?さっきの子…そこで何してるの?」

「…っ!?」

 

こいつ、私の事完全に頭の中からポイしていたらしい。殴りたい…この拘束さえなければ絶対に殴ってやるのにッ!!!!

 

だからこそ輝夜は頭を悩ませていた。一体どこのはた迷惑な神が自分の運命の歯車を弄くり回したのかは分からないけれど、もしも自分の目の前に出てきたら…その時は、神であったとしても問答無用で殴りかかってしまいそうだ。

 

今における自分の現状は何故、こんな妖怪相手に手も足も出せずに拘束されるだけになってしまったのだろうか。そう自問自答する輝夜の目の前へと…風呂から出たはずなのに、身体が一切濡れていない…輝夜と比べて、背丈は輝夜の方が大きい筈なのに……その紬と呼ばれた少女の身体の一部は、圧倒的なまでに輝夜を越えていた。

 

まるで月と鼈。天と地の差がそこにはあった。多分、この屋敷に使える女中の中にこれを越えるモノを持つ者は居ないだろう。

 

愕然とする輝夜へ向き直った紬は少しだけ、顔を顰めてから輝夜へ話しかける。

 

「貴方……くんくん。やっぱり、貴方から何だか臭うんだよねぇ…あ。もしかしてさっきの池の水を被ってから、ずっとこの状態だったの?お風呂、入りたいならそういえば良かったのに。もしかしてだけど…貴方、周りから変な子って、言われてないかなぁー?」

 

「…そうよ。アンタ達が来てから、ずっとここで放置されてたわよ。それに入れなんて言われて、すぐさま入るバカが何処にいるっていうの!!それに変なのはアンタでしょ!私なんて、さっきからあんたにもそこの男にも無視されて……

…なんかもう、ずっと呑気なアンタ達見てると…この世の全てのことが嫌になってきたわ。…ベタベタになった髪も汚れた身体も身体にこびりついた泥臭い臭いも、胸が透けてるのに着替えさせてくれない鬼みたいな女も、そんな服のまま身動き取れない状態で私を縛り続けるそこの男のこともね………

それに、私の事を見てくれない男も身体しか見ないケダモノも!!!!私を縛り付ける男もだけど、私よりおっぱいが大きいアンタが大っ嫌いだわ!!!!

…というかアンタは早く服を着なさいよ!?何で全裸で近づいて来んのよ!!…まさかとは思うけど見せつけてんのかしら!?喧嘩なら買ってや…むぐっ!?」

 

感情が爆発し、思わず大きくなった声を察知した紬によって、輝夜は口を塞がれる。

 

輝夜としては先程までの陰鬱とした気分だったものに加えてのこの現状。いつの間にか、輝夜の胸の中で黒く濁ったまま、溜まりに溜まっていた不満が…堰を切ったように溢れ出した。

 

今、この妖怪達に向けて吐き出してしまった事については少し迷惑を掛けてしまったかもしれない。しかし、元々この2人にも自分は迷惑をかけられているんだ。そう考えて、そのまま思いの丈を吐き出し続けていた。

 

この二人に向かって、関係の無い縁談の事までぶつけてしまったのかは、何となく自分でも分かっていた「寂しい」といった本音が出てしまったのかは分からないけれど。

 

輝夜にとって、この二人の関係は…羨ましく感じていたのだ。

 

常に笑顔を絶やさない男と、常に身体を預け続ける女。深く、強く重ね続けた圧倒的までの信頼関係は、輝夜が見てきた全ての存在を凌駕するには充分過ぎていた。

 

だからこそ、嫌いだった。

そのはずだった。しかし、それを聞いた紬の手が、輝夜の頭を包み込むと…

 

「…よく、頑張ったんだねぇ…」

 

その一言で。たったその一言によって…輝夜の胸の内はスっと軽くなった。何故だか、涙が出そうな気がするのは…一体どうしてだろう?

 

そして、そんな輝夜の心の中で起こった変化を察した紬は少し考え込んだ後。チラリと後ろを振り返った。そして何かを確認すると、そのまま輝夜の身体を抱き締める。

 

 

…その瞬間、輝夜の身体へとんでもない破壊力を持つ2つの柔らかな双丘が押し付けられる。何よコレ半端無い圧力…柔らか過ぎっ…

 

「…何だかとぉっても、心がお疲れだったんだねぇー…うん。ねぇねぇ貴方、お名前はなんて言うのかなー?」

 

「…え?えっと…輝夜。蓬莱山、輝夜よ」

 

「そっかー…よーし!それなら輝夜ちゃん?1回しか言わないから、よーく聞いておいてね?私、面倒だから質問は受け付けない主義だからね?

…じゃあ、いくよ?」

 

「え、え?」

 

「お風呂は、静かに入ってね?あと、あそこに居る霞ちゃんはとぉーっても良い人だから、輝夜ちゃんがしてるような心配は無いからね?だからそんなに警戒しちゃダメだよぉ?

あと、霞ちゃんのお風呂に衣服は要らないから…これは脱いじゃおうねぇ?」

 

「…へ?」

 

紬はそう言って、抱きしめていた輝夜の身につけていた寝巻きの紐をするりと抜き取った。

そして、輝夜を縛っていた羽衣がはらりと解けると同時に。輝夜が纏っていた寝巻きの布までも同時にふわりと肌を滑って行った。

紬の様子が突然変わったことにより、いきなり服を脱がされた事に気付かない程、大混乱している輝夜の事など紬は全く気にしないまま、全ての話を聴いていた…霞の居る浴槽へと、輝夜を連れて行く。

 

「このお話の続きは、三人でやろっか。夜も長いし、折角なんだから楽しもぉ?」

それを聞いて、輝夜は気づいた。自分は今、追い詰められている事に。

 

(…!?これ、もしかして私…あの湯に入れられる!?じょ、冗談じゃ無かったの!?だってあそこ、男が入ってるじゃない!!てか力強ッ!?な、何で私より小さいのにこんな力……力?

…これ、絶対におかしい!そもそもこの二人、屋敷の壁を乗り越えてきたじゃない!!それにあの温泉だって、あの男が勝手に創り出して…まさか、この二人の正体って───)

 

 

バシャーン…

 

 

そこまで思考が至った所で、輝夜の思考は途切れてしまった。なぜなら、普段の生活では全く感じたことの無い…身体全身を包む、暖かい感覚を知ったからだった。

 

そんな輝夜が慌てて顔にかかった湯を手で拭ってから、白き湯気に囲まれながらも目の前を見ると…

そこには、初めて出会った時とは雰囲気の変わった…先程とは違い、微笑みの中に少しだけ、真剣な眼差しを秘めているように見える…霞と呼ばれていた男の姿があった。

 

そして、その隣に紬も座り。こちらをニコニコとした目で見つめている。

 

そして…初めに、男が口を開いた。

 

「初めまして…私の名前は霞。ただの温泉妖怪さ」

 

温泉、妖怪……?

 

「それで私が紬って言ってね?ただの温泉妖怪好きな鬼の女の子だから…さっきまでと変わらず、普通に接してくれて良いよー?」

 

え、鬼……?

 

自分達が妖怪であることを、あっさりとバラしてきた。

輝夜は先程から薄々思っていたけど、あまりにも簡単に正体を答えるとは思わず…

 

「…ぅへ?」

 

輝夜は、今までの生の中で……一番。人には見せられない程に呆けた顔を、していただろう。

 




この時代の霞、結構人を縛ることに抵抗が無いです。
若いって素敵!(若いとは言ってない)


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『輝夜』と『かぐや』と特別な存在

受験受かったー…
さて、肩の荷が1つ降りたので
楽しく書いてこうと思います。


輝夜は煽りに弱い(確信)


輝夜が湯に浸かってから、数分が経っていた。今、どうやら輝夜が連れ込まれた浴槽に入っているお湯は霞曰く、常に湧き出し続けているらしい。それが理由で決して冷めることがない為、この時代を生きている筈の大半の貴族ですら、こんな風にお湯を使うことなど滅多に出来ることではないだろう。

 

 

輝夜だって最初は戸惑いがあった。妖怪と混浴なんてした事が無いし、そもそも異性と風呂に入ることも初めてだ。だからこそ裸を見せるなんてものは死んでも嫌だった。けれどそれを許さないのが、鬼を自称する鬼畜女こと紬。多分こいつは本当に鬼だろう…全てにおいて。

 

確かにこの温泉に関しては贅沢の極みであり、輝夜も全身を包み込む湯の快感や心地良さを感じていたのは事実。

 

(…何でこの二人、平然としてるのかしら)

 

しかし、今はその感覚に身を委ねられないでいた。

目の前の、存在によって。

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、輝夜ちゃんってばー…何だかさっきからずっと怒ってなぁい?もう私達、一緒の湯に浸かった仲なんだからさー…そんな肩肘張らずに、ゆっくりすればいいのにねー?」

「…おや、この感じ…私とは別の妖力…?やはりこの都にも妖怪は居るんだねぇ…明日にでも挨拶に行くべきかな?」

 

「………」

 

本当にこの二人…どういう思考回路をすれば、初対面の相手にここまで警戒心を緩められるのだろう。見たところ武器も携帯して居ない…というか後者に関しては、こちらを見てすらいなかった。そして実はこの男…大概、発言の内容がおかしいと思う。

 

(…この二人『輝夜』って名前…知らないのかしら?)

 

そう1人で考える輝夜。そんな中、紬は顔をへの字に曲げながら霞へ振り返る。

 

「あーん…輝夜ちゃんってばさっきから私の事無視してるっ!今ので私、とぉっても心が傷ついちゃった!…これはもう霞ちゃんに慰めてもらうしか無いね!霞ちゃん、いつものお願いしていいー?というか、良いよねぇ…?」

 

「ん?あぁ…はいはい、分かったから…湯が跳ねるから湯船の中で飛びつかないでくれないか…?

それとあれだね…紬はもう少しだけでいいから、相手のペースに合わせることを学んだ方がいいと思うんだが?輝夜だって、まだ混乱しているだろうし…自分も少し、輝夜に手荒な真似をしてしまった事を反省してる最中だからね…」

 

そうだ。その事についてはもっと反省して欲しい。輝夜自身、無理やり身体を縛られるなんて事は初めてだったのだ。それに布越しとはいえ異性に身体を見られた事も、一緒の湯に浸かるなんてのも輝夜の人生の中で初めてだったりする。

 

こいつは一体、私の初めてを幾つ奪っていけば気が済むのだろうか?

 

 

「とか言いながらも甘やかしてくれる霞ちゃん…やっぱり最高だねぇ〜…んふふ。だって仕方なかったんだよ?あの時の輝夜ちゃんってば…『あの目』をしてたから。

…うん。仕方ない!だってそんなことしてても、気分が暗くなるだし。折角の人生が楽しく無いもんねー?」

 

(…………?今、何か声が違ったような?)

 

そう言いながらすりすりと霞へと張り付く紬の言葉に、少し輝夜は違和感を感じていた。『あの目』…その言葉を発していた時だけは、常にふわふわとしている紬の感情が、少しだけ揺れている様に輝夜には思えてしまった。

 

輝夜は常に人に囲まれて生きてきた。両親は輝夜を可愛がっていた為、仕事を手伝ったり労ったりする事で二人が喜ぶことを見て学んでいた。

そして輝夜の持つ美しさを買われて都へと赴いてからは、常に自分を褒める男と女に毎日を過ごして来た。

下世話な考えを持ちながらも美辞麗句を述べる男共の魂胆を見抜くために培われた輝夜の観察眼は、紬の本心の一部を感じ取っていた。

 

 

「…まぁ、それもそうだね。折角知り合ったんだ。今夜一時の関係でも構わないから…ゆっくり、楽しんでくれると嬉しいかな」

「楽しまなきゃ、絶対にソンしちゃうからねー?」

 

屈託の無い笑顔を向ける二人の『妖怪』。いくら自分に対して好意的出会ったとして、目の前にいる存在が『妖怪』という存在であれば…普通の人間であれば即座に心を恐怖に飲み込まれてしまい、2人の前から逃げ出してしまう事だろう。

 

それが普通の『人間』と『妖怪』の関係。互いに絶対に相容れることのない存在…

 

だったはずなのに。

 

 

「…〜ッ!……だ・か・ら!!!私はアンタ達の常識の無さに呆れて、物が言えないってだけよ!!怒らせてるのはアンタ達のせいでしょうが!!!!!

…もう!何でアンタ達はそんなにサラッと『実は私達は妖怪なんです』なんてばらしてんのよ…ここは都なのよ!?アンタ達みたいな妖怪を、退治する専門の人間が一体どれくらい居ると思ってんのよ!!」

 

相容れることのない存在な筈なのに、輝夜の心はこの二人の存在が…他の存在とは違う、特別な存在のように思えて仕方が無かったのだ。

そうやって輝夜は、先程から堪えていた怒りを声量を気にしながら2人へぶつけてゆく。万一にも、屋敷の人間が起きて来ないように…

 

「それに…成り行きで有耶無耶になってるだけで、アンタ達って普通に不法侵入だからね!?しかも私、結構偉い身分にいるから…普通の人間がこの私の屋敷に入り込むなんてすれば、その首…飛んじゃうわよ?最悪私を襲ったと見なされれば、アンタ達はその場で退治されかねれないのよ!?

……そんなのは、私…嫌よ。アンタ達妖怪だろうがなんだろうが、私にあんな事をしたんだから…ちゃんと、きっちり私が満足するまで償って貰わないと困るのよ!!!!」

 

 

非常に不本意だが、輝夜はこの二人の存在が心の底から嫌うことが出来なかった。思い返せば出会いは最悪だった。水をかけられ、恥辱を与えられ…縛られたまま、放置すらされた。普通に考えればこんな存在、視界に入れることすら嫌悪感を感じるだろう。

 

…しかし、この二人は『輝夜』を見てくれた。その美貌も、身体も、権力にも目を向けずに…『蓬莱山輝夜』の抱えていた鬱憤すら受け止め、決して態度を変えなかった。

 

紬の言葉に、多分輝夜は救われたのだろう。

 

そんな事は『かぐや姫』の変わり映えしない毎日には無く、新しい刺激として…鮮烈に輝夜の網膜を彩っていた。

 

 

だから、心配していた。このままこの二人が陰陽師に退治されることがあれば、またもや自分の置かれた環境は色のない退屈な日々に戻ってしまう。

 

だから、伝えた。輝夜の心からの思いと………先程からまるで自分達の家のように自分の部屋を使っている事への苦言を。

 

 

「ん…それについてはすまなかったね。まだここには来たばかりで、この都の事には詳しく無いんだよ。確かに、明日はきちんと壁を越えて来るから…今回の事は許してくれないかな?」

 

「今日はちょっと照準を間違えちゃったんだー…次は場所は覚えたから、楽勝だね?」

 

「…ねぇ、本当に分かってる?それと、どうして明日も来るつもりなのよ。今言ったじゃない!ここは危険だって…もしかして、馬鹿なの?」

 

「いや、そうだね…ここから見える景色は、1度きりじゃあ勿体ないと思ったからかな?それに、暫くこの街には滞在する予定なんだよ」

 

「それに私って、寝る時は裸なんだよねぇ…つまり、夜は屋根のある部屋が欲しいんだよねぇ。大丈夫!ちゃんと夜に来るから…迷惑かけないよ?多分だけど!!」

 

 

この二人、どう足掻いても明日も来るらしい。なんとも『それっぽい』理由を語った霞と超個人的な理由を推す紬。

 

しかも、どうやら二人とも輝夜の本心を察しているらしく…こちらを微笑ましいものを見るような目をしていた。

 

 

 

『また来るから、寂しがらないで?』

 

…それを何だか嬉しく思ってしまった自分が少し、嫌になってしまう。

 

 

「…もう、なんか冷静でいるのが馬鹿みたいに思えてきたから貴方に話すけど…私は『かぐや姫』よ?滅茶苦茶男にモテてるのよ?そこの霞!貴方はそんな私の裸を見ておいて、さっきからなんの感想も無いってどういう事よ!?何か言うことあるんじゃないの!?」

 

「…ん?ああ…さっきから綺麗な肌をしてるなぁ…とは思ってたけど、湯に浸かってから更に美しさに磨きがかかってるんじゃないかな…?ふむ、やはりこの温泉、美容なんかにも効果がありそうだねぇ…」

 

「わーありがとー……って、え?それだけ?それだけなの?私、初めて裸を晒したってのに、肌しか褒められないの…?

ちょ、ちょっと!もっとちゃんと見なさいよ!私の身体、褒めるところもっといっぱいあるでしょ!?あっこら目を背けないでよ!!」

 

実は内心、自信があった自分の身体を見ておいて、まるで庶民の食べている汁物の味程度しか反応を貰えなかった事に慌てる輝夜。求婚に来た貴族達はまだ幼さの残る輝夜の体を見て、皆同じようにその身体を好きにしたいといった、下世話な妄想を輝夜の目の前で繰り広げていたハズなのに。

 

思わず霞の目の前で、立ち上がって感想を求める輝夜。普段なら絶対に不快な思いをする為考えられない行為だし、実際はしたないだろう。しかし、今は頭に血が上ってそれどころでは無かった。

 

そんな輝夜を見て、紬はニヤリと笑う。

 

「何だか、負け犬の遠吠えが聞こえるなー?」

「あぁん!?」

 

輝夜を挑発し始めた。

普段から抑圧されていた輝夜の負の感情へ、紬は笑顔で日を放っていく。

 

「ふっふっふ…輝夜ちゃん。考えが甘々だね!霞ちゃんに褒められたいのなら、せめてこれくらいのサイズが必要だと思うんだけどなぁー…?そんな椿ちゃんより少し大きい程度の胸と腰じゃあ霞ちゃんは釣れませーん!

後、お肌の艶なら私だって負けないよー?それにぃー…輝夜ちゃんってば絶世の美女?って言われてるらしいけど、今まで霞ちゃんが出会った女の子の中だと…多分、4番目位じゃないかな?あ!私の1位は不動だから、あしからず?」

「んなっ!?」

 

女の輝夜でさえも魅力的だと感じてしまい、そして嫉妬してしまう程のスタイルを持つ紬。小柄な身体と大きな胸といったアンバランスなのに完成されているようなそのスタイルは、輝夜も少し気後れしてしまっていた。

そして4番目。輝夜が自分をそんな風に言われた事は、生まれてこの方初めてだった。常に褒められていた少女は貶される事に慣れておらず、そのままペースを崩されてしまう。

 

「な、なんて事言うのよ!私、今まで『可愛い』『美しい』『麗しい』の三拍子揃った女の子だって皆言ってたのに…!!というかアンタがサラッと1位に居るとかふざけんじゃないわよ!

というか何で私が4番目なのよ!本当に私より魅力的だっていうの!?その残りの二人ここに連れてきなさい!?私より偉い存在なんて認めないんだからぁ!!」

 

騒ぐ輝夜を見て、紬は不敵に笑う。それを見た霞は何かを察しているのか、苦笑していた。

 

 

「そうだねぇー…輝夜ちゃんってやっぱり偉いんだ?ねぇねぇ、それってどれくらい偉いのかなぁ?実は私も鬼の中では結構偉いんだよ?んふふふふ…その名も鬼子母神!!!!!太古より生きる最強の鬼…なーんて言われてた時もあったんだよ?まぁ、今はただの温泉妖怪好きな女の子なんだけどねー?…どう、驚いたかなぁ?」

 

「…は?」

 

「そして霞ちゃんも太古から生きてるんだよー?つまり、霞ちゃんは私の運命共同体と言っても過言じゃない!つまり私が認めた最強の妖怪!!

ふふふふふ…そんな私達と輝夜ちゃん。どっちの方が偉いんだろうねー?」

 

何言ってんのよ、この鬼畜女は…そんな事があってたまるかって……え?

今、鬼子母神って言った?

 

「こら紬…私をそんな過大評価するのはやめてくれ。それに、妖怪と人間の偉さを競うなんて事をしても仕方ないだろう?」

 

霞の言葉は、完全に常識外れだった。

予想外の肩書きに、輝夜は驚きを隠せない。

 

「…ね、ねぇ、もう一回だけ確認させて欲しいんだけど」

 

「何かな?」

 

湯に浸かっているのに、何故だか身体が寒さを感じている。輝夜は全神経を集中させながら、揺れる精神をなんとか抑え込みつつ平静を保って問いかけた。

何故だろう。輝夜はもう、目の前にいる少女…その姿の背後から、長い年月を掛けて積み重なった、巨大な山があるかのような。そんなとてつもない圧力を感じずには居られなくなっている。もうヤダ怖い。助けてオジイサンオバアサンッ…!?

 

決して寒さから来るものでは無い震えを纏いながら、恐る恐る輝夜は言葉を紡ぎ始める。

 

「お、お二人は、何でこの屋敷へ来たの…?」

 

蛇に睨まれた蛙の様に、ぷるぷると震える輝夜。そんな輝夜を他所に、その言葉を聞いた二人はお互いチラリと横目で見つめ合い、笑身を零すと…

 

「…っはは!!」

「…あはっ!!」

頬が砕けたように笑った。

そして、同時に口を開く…

 

 

「「目立つし、大きいから…何となく?」」

 

 

蓬莱山輝夜…またの名をかぐや姫。大きな屋敷に住む、絶世の美を持つお嬢様。

そんな少女は、その言葉を聞いて…

 

 

(どうして私の屋敷はこんなバケモノ二人に目をつけられるくらい大きいのよぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!)

 

 

 

 

産まれて始めて、自分の屋敷の大きさを呪った。

 

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誤字報告、ありがとうございますm(_ _)m


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事故と会話と目覚めた心。

なんか普段より短いです。
今、東京に居るんですけど…凄いですね。
建物デカいし人は多いし…田舎帰りたいです。

都会って凄いけど、自分には合いそうに無いですね…


鈍い日差しと肌を撫でる冷たい風を身体に受け、輝夜の意識は覚め始める。

 

周りを見渡す限り…いつもと変わらない、ただ広いだけの寝室がそこにはあった。

 

(…もう、朝か……)

 

 

蓬莱山輝夜の朝は早い。今日も自分のことをを手に入れようとする、様々な貴族の男達が…己の手練手管を用いて、輝夜を口説き落とす為の縁談を持ちかけていたからだ。

 

しかしそんな事は毎日行われていることであり、いい歳したオッサン達の邪な視線をその身に浴びることには不快感しか感じないものの…最早それが日常である事に、輝夜は慣れきっていた。

 

だからいつもの様に、着替えを済ませようと思った輝夜は寝巻きに手をかけようとした…が、1枚の手紙が輝夜の薄い胸から滑って寝巻きの中から落ちてきた。

不思議に思った輝夜がそれを拾い上げ、中身を堪忍しようとしたその瞬間。

…昨晩、自分の身に降り注いだ光景が、輝夜の脳裏に蘇った。

 

─────────────────────

 

 

二人が大妖怪だと知ってから、輝夜は二人を怒らすことのないよう…主に、紬の言う通りに行動した。自分が敵う相手では無いどころか、この都に住む人間達ですら束になっても、勝てるかどうかすら怪しい相手として畏れられているのが…この、鬼子母神と呼ばれる存在だった。

 

それなのに、当の紬本人は…先程とは違う。態度の変わった輝夜を見ると、その小さな口をへの字に曲げ…あからさまに不満そうな顔をし始めた。

 

 

『もーっ…輝夜ちゃんってば緊張しすぎー…!そんなのってつまんないからさー、取り敢えず何も考えずに湯に浸かってみて?紬ちゃんの一生のお願いだからさー!!』

『え、ええ…?わ、分かったわよ…』

 

何年生きてるのかすら分からない程に、長生きしている妖怪が使う一生のお願い…?

思わず首を傾げてしまった輝夜は頭を切り替え、紬の言った通りに無心になって、意識を温泉に移すようにお願いを実行してみると…あれほど自分を苛んでいた寒気はいつの間にか消えてしまい、すこぶる気分が楽になっていた。

そして更に、まるで今まで感じていた疲れが全て消え去ったかのように、普段よりも身体が軽く感じていた。

 

 

(…何よこれ、さっきよりも気持ちいい…?)

 

思わぬ温泉の心地良さに、肩の力をすっかり抜いてしまった輝夜。

 

 

『じゃあそのまま霞ちゃんの膝、座って?』

 

(…は?)

 

そんな輝夜に向けて、何食わぬ顔で紬は『一生のお願い』を重ねてくる。

…こいつもう絶対信用しない。輝夜はそう誓った。

 

 

 

─────────────────

あれから数分経った頃。飽きることの無い温泉の温もりに絆され、すっかり緊張のほぐれた輝夜は…立場に縛られた自分の話を、霞へと吐露していた。

 

 

『…だから、私は毎日毎日飽きもせずに口説きに来る男の相手をしてるの。けど、ロクな男が居ないんだもの。こんなに退屈で、憂鬱で、無気力な日々が続くのって…死んでるのと、何が違うって言うのかしら?』

 

輝夜は霞の膝に座ったまま、霞に会話をしようと持ちかけられて今に至る。何で裸の女を膝に乗せておいて、話をしようとするのかが分からない。

しかし思いの外、霞が輝夜の話を真剣に聞いているものだから…零し始めた本音は止まりそうもなく、輝夜自身。こんなにも話を聞いてくれる事に少し驚いていた。

 

 

『…そうか。そんな毎日を送るのは…私には3日として、耐えられそうにないね…?…うん、何となく出会った時から感じてた空気は…それが原因だったって訳か。

輝夜はよく頑張ったよ。けど…それはもう今日でお終いにして、明日からはもっと生を楽しむ努力をした方が良い…と、私は思ってるんだが?』

 

『…何よ。アンタに私の何が分かるのよ?それに、お終いって…というか、何で勝手に頭を撫でてるのよ。えっち…』

 

『一応、私もその気持ちは分かってるつもりさ…それと…いや、すまない。これはちょっとした癖だから、気に触るなら辞めておこうか…『…続けて』…うん?』

 

『…続けても良いって、言ったのよ。…恥ずかしいから何度も言わせないで頂戴…』

 

『…ありがとう。それならついでに…こんなのはどうかな?』

 

『…!っ…!!』

 

 

霞と名乗った謎の妖怪は、温厚そうな見た目をしているのに、様々な行動が雑に感じてしまう程…おおらかな性格をしていた。

輝夜との出会いは最悪だったし、多分トラウマにすらなったと思う。けど、そこから輝夜を拾い上げてからは…愚痴や不満の溜まった輝夜の話を聞いては、優しく返答を返し、その愚痴すら受け入れてくれる。多分、ここ数年で1番自分に親身になって接してくれる良い妖怪だろう。妖怪と話すなんて、全く想像すらしていなかったけど…というか、こいつ実は無自覚に飴と鞭を使い分けている気がする。

そんな霞はとても変わっていて、裸の鬼子母神や輝夜を見ても決して邪な視線を向けてこず、微笑ましいものを見る目でこちらを眺めていた。

そして輝夜相手にすることと言えば、話を聞いて考え込んだ後……輝夜の頭を撫で始めるといった、輝夜自身。予想していなかった行動だった。

…その手は大きく、昔祖父に撫でられた感触に似ていて…とても安心できた。

だから、続けていいと言ってしまった。男に触れられることなんて真っ平御免だった筈なのに、好きにしてくれていいと身を差し出してしまった。

 

輝夜の長い髪を手で梳いた時の霞の手つきは…脳から全身へと電気が流れたような、えも言われぬ感覚を輝夜に与えていた。

 

…変な声が出そうになったのは、自分だけの秘密だ。

 

 

 

そして、もう1人。

 

『あーん…輝夜ちゃんってば、どうしてそんなに私の事を威嚇するのかなー?私、輝夜ちゃんの境遇を知った上で貴方のことを抱きしめてあげたい…そしてさっきからその白露みたいに透き通ってる輝夜ちゃんのお肌を、ちょっとだけ触ってみたいと思ってるだけなんだけどなぁー?

…というか、触らせろー?』

 

『ちょ、アンタは近づかないでよ!?私の家庭教師から、鬼子母神には気をつけろって昔から言われてたのよ!アンタ絶対危険!私の勘がそう言ってるのよ…本当に実在してるとか思ってなかったのにぃ!!

…って、ち、力強すぎでしょアンタ!?何でこんな細腕にこんな馬鹿みたいな力が…っ…は、離せええええええええええっ!!!!!』

 

『うふふふふふふ…素敵だねぇ?何だか何処と無く椿ちゃんに雰囲気が似てるから、ついつい弄りたくなっちゃうこの感じ………本当に、素敵だねぇ?』

 

『ひぃっ!?あ、アンタ絶対性格黒いっ!!というか何でこんなに叫んでるのに誰も起きてこないのよ!?この屋敷の警備どうなってんの!?…って、霞はなんでそんなに呑気にしてるのよ!ボサっと見てないでさっさとこいつを止め…ひゃん!?ちょっ…あ、アンタどこ触って…!!』

 

『ふふふ…あ、言い忘れてたけど、実はちょっと前から私の能力でこの付近の音は遮断してるから…この辺りで起きた音は、この部屋の外部に漏れないんだよねぇー…?

…あはっ!凄ーいスベスベだぁー!ねぇねぇ霞ちゃん?私、ずっと霞ちゃんの温泉に浸かってるから…自分のお肌って結構自信あったのに、輝夜ちゃんってば予想以上に気持ちいい肌してるー…これは嫉妬しちゃうなぁー?…ねぇ霞ちゃん!ちょっと霞ちゃんも触ってみて、どっちが真の良いお肌をしてるかどうか、霞ちゃんの手で確かめてくれないかなー?』

 

『はァ!?何言ってんのよアンタは!?』

 

 

鬼子母神こと、紬。常識が通用しないヤバいやつ。

私より小さいくせに、胸が大きい。とてもでかい。もげればいいのに。

細身な体つきをしていて、華奢な印象が強いのに…そこから漲る力はそんじょそこらの大人の男と比べてみても桁違い。多分鬼ってのは本当なんだろう…

紬は本当に、何を考えているかがわからない。常に目にハイライトが入っていない為、ぼーっとしている様な印象があるものの、多分相当頭が良い。

…だけど、それを台無しにしてしまうのが霞という存在だろう。紬は、多分霞を中心にして物事を考えていると思う。

だから、霞相手に羞恥心を持たないのか…ベタベタとくっ付いては、むにゅむにゅと形を変える双丘を見ていると…腹立つ。本気で。

けど多分、性根は良いんだと思う。でなきゃあの霞が一緒に旅をする筈がない。紬には紬なりの、コミュニケーションのとり方があるのかもしれない。非常に迷惑だが。

 

…それにしても、あの時の紬から感じた柔らかな包容力は…一体何だったんだろうか?

 

 

 

 

『…紬、取り敢えずストップ』

『はい!霞ちゃん!』

 

『え?ってきゃあああっ!?』

 

そんな時…霞の言葉によって、突然力を抜いた紬。それによって輝夜は体制を崩してしまった。

グラりと輝夜が倒れ込む時に見えたのは…霞の顔。正確には、顔を斜めに眺めているような…

 

 

温泉の飛沫が舞い散り、輝夜はそのまま霞の方へと倒れ込んだ。

 

 

 

『………輝夜?大丈夫かい?』

『…っ!?っえ…ええっ!?』

 

そして、倒れ込んだ輝夜は…霞を対面から抱きしめたまま。霞の頬へと自分の唇を触れさせている状態で…座り込んでいた。

 

『…あーっ!!輝夜ちゃん、ズルいッ!!』

 

何故か、騒ぐ紬の声が遠い。

 

『…輝夜。取り敢えず、ゆっくり風に当たりなさい。あぁ、頭から湯気が出て……今の事に関しての文句は、後で山程聞いてあげるから…』

 

そう言って輝夜の肩に手を触れ、裸の輝夜を羽衣で隠す霞。

 

そんな霞を、輝夜は…見れなかった。既に頭は混乱し始め、身体中の血液が沸騰しているように感じる。

 

熱い。熱い。

輝夜の頭は、ここで許容値を越えた。

 

『…輝夜!?』

 

霞の慌てた声。突然倒れた輝夜を見て、とても焦っているんだろう。

 

嗚呼、今日は本当に………

 

 

 

(…初めての、キスだったのに…)

 

 

 

自分の初めてを、奪われる日だなぁ…

 

 

 

─────────────────────

 

「〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!」

 

元いた布団へ潜り込み、悶える輝夜。顔を真っ赤に染めながら、昨日の出来事を全て思い出す。

そうだった。自分は昨日、事故によって霞へとキスしてしまい……そのまま、気絶したのだった。

 

輝夜は布団の中に籠ると、目を瞑ったまま動くことを止めた。このままだと誰かが部屋までやって来て、早く起きなさいと叱るだろう。

 

…しかし、今はそれもいいかもしれない。状況に流された結果、昨日の晩。自分のした行為は淑女としてありえない振る舞いだった筈…

 

(…誰か、こんな私を叱ってよぉ…)

 

涙目の輝夜が握りしめた手紙の最後の文章には…

 

 

『今夜は、羽目を外しすぎ無いように』

 

 

細く綺麗な文字で、そう書いてあった。



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変化と本音と満ち欠ける月

更新だぁぁぁ!!!

…文字数って、どれ位あれば読みやすいんですかね…


霞と紬。この二人との出会いは、輝夜を良い方向へと変化させていた。屋敷に務める女中は皆、明るくなった輝夜を見ては驚き。またそれ以上に喜びの声を上げていた。もとより美しさにおいては次元の違う顔をしていた輝夜だったけれど、最近は磨きがかかったように。女中達すらも見蕩れてしまう程の美しさを輝夜は振りまいていた。

 

そして、最近の輝夜はよく養父母以外の人間とも積極的に話すようになり、着付けや食事の際に笑顔を見せることが多くなった。その代わりによく寝坊をするようになったことに対しては、周りも苦笑しているものの…何かを待ち遠しく感じるように、日中を過ごしていた。淡々と日々を過ごすのではなく。生き生きと楽しそうに毎日を過ごす輝夜の存在は、屋敷で働く人々にさえ笑顔と活力を与えていた。

 

 

…屋敷へと足を運んで来る、貴族の男達を除いて。

 

 

─────────────────────

 

 

『…やぁ、今日も良い夜だね。1杯どうかな?』

『今ならお団子もついてるよー?』

 

霞と紬は、それから毎日夜になると突然現れては輝夜を温泉に誘い、その日は何があったのかを聞いてくるようになった。

ある時は塀を超え、またある時は寝室で輝夜を待ち伏せていたりと、兎に角自由で普通じゃない登場をしては、毎度輝夜を驚かせていた。

 

『もう…私も食べるから、ちょっと静かにしてくれない?さっきまでこの辺りにはお爺さん達が居たんだから。何かあってここに来ちゃったら、大変じゃない…

というか私の寝室を宿代わりに使うなんて、こんなのアンタ達じゃないと絶対に許さないんだからね?そこ、分かってる?』

 

輝夜の目の前にいる2人の妖怪はどこから持ち寄ったのか、都で売っている団子とお茶を食べつつ湯に入って輝夜を待っていた。創られた温泉は広く2人はかなり寛いでいるのか…咎められたことにさえ笑顔を向けながら、輝夜を見ては微笑みを浮かべていた。

 

『うふふふふ…それについてはごめんねー?けど最近は輝夜ちゃんもすーっかり私達と打ち解けてくれたみたいでさぁー…嬉しくって、つい?』

 

そんな風に笑う紬を見て、輝夜はため息を零す。

 

『ここに人が来たら洒落にならないんだから…あ、このお団子美味しいわね。もう食べ終わっちゃった……それで?今日は一体何の話が聞きたいのよ?…あ、紬はちょっと右にズレて頂戴。私だってそこに入りたいんだから…』

 

『ふふふ…分かってるってばー…ここは輝夜ちゃん『も』特等席なんだもんね?どうぞいらっしゃーい!あ、10分したら変わってね?』

 

『分かってるわよ…はぁ。今日も疲れたわぁ…』

 

『…おや。輝夜もお疲れらしいねぇ…それなら今、なんだか都で話題になってる5人の男の話に関係してるのかな?

…本当。一体何をすれば、都があんな風に湧くのか気になってたんだよ』

 

『…あぁ、それはね────』

 

 

慣れた様子で服を脱ぎ、当然のように霞の膝の上に座る輝夜。輝夜も最初のうちは恥ずかしがっていて、初日の失敗からなかなか立ち直る事が出来無かったけれど…そんな輝夜などお構い無しに紬は問答無用で服を剥ぎ取り、温泉へと連れ込んだ。

それは輝夜が混浴に慣れるまでの間、毎日続き…紬はそんな風に怒った輝夜を弄っては遊んでいた。今では慣れたもので、自分から入ることも出来るようになった。しかし、やはりまだ心臓に悪い。

そして思い返せば何度も紬のペースに飲まれることによって、輝夜は感情を吐き出すことを覚えた。そしてそんな負の感情を爆発させることによって、輝夜の心に重く沈殿していた黒く粘ついた不満ごと……輝夜のことを、紬は受け止めていたのかもしれないと思い始めていた。

 

そして、霞に対しては…事故によるキスをしてしまって以降。少しづつ霞のことを意識する様になってしまっていた。

霞という男は本当に変わっている。輝夜の周りにいる男とは全然違っていて、一緒の時を過ごすことに不快感を感じなかった。

あれから何度も湯を共にする度に、霞の自分を本心を見てくれる所や自分の言葉を受け止めてくれる所。普段輝夜がすることの出来ない、他人に甘えるといった行為を容認してくれて、好きなように甘やかしてくれる所など…

 

正に、特別な存在。輝夜の中で、霞の存在がどんどん大きくなって行く事を…輝夜自身、心で理解していた。

 

だからここ最近、輝夜の機嫌はとても良かった。最早輝夜にとって、この3人で過ごしたたった数時間程度の夜の一時こそ。色褪せ変わらない日々の中で光る、大切な宝物のように感じていたから。

 

だからだろう。先日求婚に来た5人の貴族の男達へ、輝夜は絶対に不可能と思われる無理難題を与えた。

そして、もしもそれを成し遂げた者は…『かぐや姫』と結婚する事を許す。と、自ら公言してやった。

 

 

「ふふん。けど私が取ってきてって言ったのは、全部実現不可能なものばかりなんだから…控えめに『アンタ達なんてお断りよ』って意味を伝えたつもりだったんだけど、全然汲み取ってもらえなかったのよね…

どいつもこいつも馬鹿ばっかりなんだから…もっと自分の身の丈にあった考え方をして欲しいのよ。諦めない男って、ねちっこくて寒気がするわ…」

 

 

そう輝夜が公言した時、周りに居た屋敷の者は驚きのあまり声を上げ、貴族の男達はそれは誠かといきなり輝夜へと詰め寄ってきた。中年男性の年相応による臭いは精神衛生上良くなかったし、あの時の男達の心の中は、手に取るように分かってしまった。

 

私利私欲に塗れた男など、全員お断りに決まってる。

 

 

 

「そうか…成程。これはまた、見事に無理難題を吹っかけたものだね…

…ん、蓬莱の珠の枝…か。懐かしい言葉だね…」

 

「ということは今頃、その貴族の人はあちこち走り回ってるってことかー…あははっ!輝夜ちゃん、なんだか見違えるくらいにとぉっても…悪いコになっちゃったねー?」

 

「この際、悪女と呼ばれても構わないわ。女はそれ位で丁度良いのよ…だってそれくらいじゃないと、困るもの。そうでないと結婚するって言っちゃった訳だから…万が一にでも、持ってくる人が居ない物じゃないと駄目なのよ。素直に求婚を受ける気がなんてこれっぽっちもないんだし…

…鬼子母神の首。なんて言えば良かったかしら?』

 

『ふふふ…良いねぇ輝夜ちゃん。やっぱり本音で語り合った方が愉しいよねー?私的にはそれでも良かったよ?そしたら輝夜ちゃんが塵一つ分だけでも生きやすくなるだろうしねー…?輝夜ちゃんの敵、潰しちゃう?』

 

『あーもうそんなの冗談に決まってるじゃない…だから、変にやる気を出さないで?気持ちだけ受け取っとくから…』

 

『くふふ…残念?』

 

 

確かに自分は変わったと思う。今までなら自分から周りを変えようとなんてしなかっただろう。いつもの様に求婚に来た貴族の話を聞いてはまた、退屈世界に絶望する…

…しかし、そんな事を繰り返してきた輝夜はもう居ない。輝夜の心は2人のお人好しによって変えられた。だから今回の求婚だって、自分の気持ちを正直にする為にやったのだ。自分に群がる塵芥の様な存在を振り払ってから、ずっと求めていた『特別』を手に入れる為に。

 

 

 

『…それに。本当に求婚して来て欲しい人は…私に振り向いてくれないのよ?』

 

「…ん?」

「およよ…?」

 

霞の膝からクルリと向き直り、もたれ掛かるように霞の肩へと手をかける輝夜。小さな声で、そう問いかける輝夜を見た二人は目を丸くして驚いていた。濡れた自分の黒く艶やかな髪が浴衣に張り付く事も気にせず、そのまま輝夜は密着する。

その身体から仄かな色香を醸し出す、輝夜の物憂げな視線の先にいる存在。

 

『…輝夜。どうかしたのかい?』

 

…霞は普段の様にキョトンとしながら、そんな輝夜の頭を撫で始める。そして紬はどこかで見た様な、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

『…ね?気づいてもらえないんだから……あーあ。なんでこんなの選んじゃったのかしら…全くもう…

ねぇ、よく聞きなさいよ…霞。貴方ってば、こんな絶世の美女を相手にしてるんだから…絶対に幸せ者なのよ。…分かった?分かったなら、その手は止めないでね。私が満足したって言うまでは…続けて頂戴…』

 

『…はは。確かに、輝夜と出会えた事は私にとって、今後もとても良い思い出になるだろうね…やはり都に来たのは正解だったよ。

…明日もこんな風に、また一緒に月を眺めてくれないかな?』

 

『…そうね。こんなにも、月が綺麗だものね…そんなの、受けるに決まってるじゃない。私、楽しみにしてるから…絶対に明日も来なさいよ?良いわね?』

 

『…了解だ。何が起きても、来ると誓おう』

 

そう言って2人は同時に月を眺め始める。満月に近付く度にその光と大きさを増す月を見て、輝夜は2人と出会ったこの幸福な日々を噛み締めていた。

 

…そして、霞は何故自分の方を向いたのか最初は不思議がっていたものの…輝夜の瞳を見て纏う雰囲気を見て、実際はある程度の事を察していた。そして、その事を面には出さず…心の中に留めて置くことにする。

 

 

今はまだ、その時ではないと。

 

 

『…ねぇ、というか紬はさっきからどうしたのよ?なんかブツブツ言ってるけど…あれ、なんかおかしくなってるんじゃないの?逆上せたならお湯から出した方がいいんじゃない…?』

 

『…あぁ、紬の機嫌がいいと偶にある事だから…そんなに気にしないでくれ。多分、そのうちこっちに帰ってくるさ』

 

そんな2人の目の前では、紬がトリップ状態に陥っていた。こちらから言葉をかけても帰ってこず、ひたすら自分の中で何かを導き出そうと思考の沼に飛び込んでいる…

 

霞はそんな紬を見て、いつもの事だと言うけれど…どうしてあんな状態の紬を見て、そこまでマイペースを貫けるのだろうか…?

…この二人の信頼関係は、強すぎて謎が深い。

 

『え、ええ…霞が言うなら良いけど…普通に怖いわよ、あれ。偶に私の方をチラチラ見てるから、尚更タチが悪いわ…』

 

 

輝夜の視線の先で、小さく早口な声で何かを呟き続ける紬。偶に視線を感じることから、何か自分のことを言っているのかもしれない。

…普通に怖いので、輝夜は放置しておくことにした。なんだか変なことに巻き込まれそうな予感がするし……それに、今は霞とできるだけ長く話していたい…そう思ったから。

 

 

『ねぇ、いつも私が話してるんだから…霞の話だって、聞かせて頂戴?』

 

『あぁ…構わないよ。昨日の事なんだけど…この街にある、あるお寺に言った時のことなんだが─────』

 

 

こうして2人は語り合う。

 

 

…月が満ちる、最期の夜まで。

 

 

 

 

───────────────────

以下、紬の言葉、抜粋。

 

 

 

『輝夜ちゃんも候補だとすると…もうそろそろいい傾向になってきたかなぁ…?

…けど、まだ足りないなぁ。やっぱりこの先は輝夜ちゃんみたいな『あの目』をした子には人は、変えていかなくっちゃね…まだまだ足りないんだから、もっと数を集めないと────』

 

 

 

 

 



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満月と涙と溢れた本音

構想練ってたのとバイト始めたので
書くのに時間かかってしまった…

感想や評価、お待ちしてます?


『嘘でしょ…』

 

朝焼けの光が少し眩しい輝夜の寝室で…ただ独り。輝夜は立ち尽くしていた。全く寝付く事が出来なかった輝夜は美しかった顔を焦燥感に溢れさせ、普段は麗しく、澄んだ色をした目の下に…薄い隈を作っていた。それは輝夜の透き通る程に白い肌を受け、際立って目立っていた。

 

 

『…もう、潮時…なの?』

 

輝夜の心は、昨晩。霞の温泉に入ったはずなのに…凍てついた様に凍え、穴が空いたような空虚さを感じていた。

 

 

 

 

この時、幾つか都で噂が経っていた。やれ満月の月が普段よりも大きく見える…かぐや姫に求婚を申し込んだ5人の貴族が皆、破滅の道を辿っている…人々は、そんな噂で持ちきりだった。

偽物作りに精を出した結果、呆気なく財産を全て無くした者。公での偽物を使用した事によって、貴族としての信用を翁から完全に無くしてしまった者。

…そして、宝物を探す途中で志半ば命を落とした者まで現れるとなれば…かぐや姫へ行われていたプロポーズは、満潮だった波が引いていくように。みるみる減って行った。

 

輝夜自身、その事に何も思わなかった訳では無い。流石に亡くなってしまった貴族の男にご愁傷さま…くらいの事を思う気持ちはあった。ある意味では人柱となったその人に対して、感謝なんて行為は絶対にしないけれど。寧ろここで悔い改めて、地獄で性根を叩き直されて来ればいいとさえ思っていた。

 

 

 

 

しかし今の輝夜にとって、そんな瑣末ごとに割くような時間など存在してい無い。こんな事をしている間にも、恐れていた時間は刻一刻と近づいて来る。既に輝夜に取っての一番大切な存在が、未来永劫会えなくなる…輝夜の前から消えてしまうような、そんな現状に追い込まれているのに。そんな俗世の話なんかに、興味を持てるはずが無い。

 

 

満月まで、もうあと少し。輝夜にとっての地獄はもう、目の前に迫っていた。

 

 

ヒトも妖怪も、己の幸福の為に生きている。だが『本当の幸せ』は、儚く脆い。

この時間がずっと続けばいいのに。もっとこの時間に甘えていたいのに…

それが『本当の幸せ』を掴んだ者の本心。

 

…だが、現実というものはそこまで甘くは無い。寧ろ、その幸せを奪い取るかのように、無慈悲にも試練を与え続けてくる。本人の気持ちなどはばかることも無く、『幸せ』を維持出来ない程の困難を、常に与えているのが現実というものだ。

 

そして、そんな風に。儚く砕け散る事になってしまった幸せを…『悲劇』とでも言うのだろう。

 

そんな『悲劇』が起きたとすれば。会話の楽しさや人との出会いの新鮮さ。そして、心を通わせることの嬉しさを知ってしまった輝夜の心は…それを喪うと同時に、擦り切れ、潰され、焼けるような心の痛みに苛まれる事になってしまうだろう。

もし、『輝夜を次の満月の日、月へと送還する』…そんな風に決まりきった残酷な運命が存在すると言うのなら。

 

 

蓬莱山輝夜という罪人は。許され無い程の罪を犯した咎人に…自由と安寧の居場所は存在するのだろうか?

 

 

 

─────────────────────

 

それから二日目の夜。ここ二日は輝夜は寝室に行かず、お婆さん達の部屋で眠っていた。だから二日間、霞と紬には会っていなかった。

 

だから今夜、いつもの様にやって来た霞と紬を迎えた輝夜は…全てを伝えようと、覚悟を決めてこの寝室へとやってきていた。

そして、そんな輝夜を見て…何故かいつもとは違う雰囲気を纏っている事に、二人は気がついた。主に、紬が驚かせてみないかと企んだ事が初めだったけれど…二人が来る前から寝室に居るのは初めての事であり、いつも輝夜はそんな二人がどうやって現れるのかを楽しみにしていると言っていたはずだったのに、輝夜の方から先に部屋で待っていた。

 

「…久しぶり。今夜は会えて良かったよ…」

「輝夜ちゃん?昨日と一昨日は何かあったのかな?」

 

「…後で話すから、まずは湯に入らない?」

 

「あららー?大胆だねぇー…輝夜ちゃんって以外と攻めるタイプなのかなぁー…?」

「そうだね…じゃあ、造らせて貰うから…輝夜、少しこれを羽織ってなさい」

 

「えぇ…ありがとう…」

 

…二人を迎えるように、静かに部屋で鎮座していた輝夜は塀を越えて来た二人の姿を見つけると…何を思ったのか、突然着ていた気崩しやすい寝巻きを脱ぎ出した。そんな輝夜が早く温泉に入りたいと催促した事は初めてだったので、二人とも驚いていた。

 

 

しかし、霞から羽衣を受け取った時の輝夜は…いつもより一回り小さく見える程に弱々しく…秋の寒さとは違う、別の理由で震えていた。

 

 

「輝夜…何かあったのかい?」

「………………」

 

「…輝夜ちゃーん?あれー…私の声、聞こえてるよね?ねぇってばー…?」

「……………」

 

そして今…三人で湯に浸かっている最中なのに、輝夜は暗い顔をして落ち込んでいた。それも先程から輝夜に向かって声をかけ続ける霞と紬の言葉すら、聞こえないほどに座礁した顔をして…

 

 

「…ぬぬぬ。こうなったら…」

 

紬は自分の気に入った存在以外は基本淡白に接し、無視されることにもすることにも慣れている紬だったものの………自分が気に入った存在からの無視を極端に嫌う性格をしている為、この状況が激しく面白く無かった。

 

「…紬。それはやめといた方が…」

「そんなのダメ。何回も私と、霞ちゃんを無視した報いを与えないとー…霞ちゃんは黙って見ててねぇー…?」

 

だからもう、やるしか無い。自分はこういう性格だから、仕方ない。そう決めた対して、紬に静止するように声をかけた霞の言葉を紬はばっさりと切り捨てた。不機嫌になった紬はもう、強硬姿勢を取ると決めたら梃子でも動かない。

そして俯いたままの輝夜へと向けていた視線を下へと逸らすと、そこにあるのは年相応と言っていい大きさをした2つの果実…程もない、紬からすれば無いに等しいと言える胸があった。激しく失礼な感想であるが、本人は黙って何も言わないので気にしない事にする。

 

 

「さーん……にー……」

 

目を光らせ、両腕を広げた紬。狙いは既に定まっており、発射準備も万全だ。

そっと目を閉じた霞は、この先の光景を察して溜息を零すものの…今の輝夜の様子がおかしい事を心配しているのは自分も同じであり、何とかしてやりたいと思っていたのも事実だった。

だからこそ、当の本人から何があったのかを話してもらいたい。全ては会話から始まるからこそ、殻へと閉じこもる輝夜を呼び返す為に。紬の行動を霞は黙認することにした。

 

「いーち………!!!」

 

…願わくば、自分の持つ秘湯の力が。たったこれだけの力だけれど…少しでも、訳ありの様子をした輝夜の心を癒してやれたら良いなぁ……なんて。そんなことを思いながら…

 

「おりゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 

掛け声と共に、紬は…それを両手で『掴んだ』。

 

「きゃ、きゃああああああああああああああああ!?!?!?!?!?」

 

 

あまりにも唐突な身体への刺激により、輝夜の喉からとんでもない声量の絶叫が飛び出してきた。紬の能力がなければ、直ぐに屋敷中の人々が押し寄せてくる程の勢いだろう。

ぷるぷるどころか滅茶苦茶に形を変える輝夜の双丘と、紬の両腕。それは初めて出会った時のように、輝夜の絶叫は寝室から見える、宵闇の空で輝く月にまで届きそう………そう錯覚する程に、輝夜は驚きにより声を張り上げていた。

 

輝夜の叫び声を聞いた時、実行犯の紬の顔は…とても、いい笑顔をしていたとか。

 

 

 

───────────────────────

 

「な、何を考えてるのよアンタって奴は!!私も話を聞いてなかったのは悪いと思ってるけど、アンタはいつも報復が大きすぎるのよ!!!霞も居るってのに、どうしてこんな、この……む、胸を揉みしだくなんて意味わかんない!アンタに気を許した私が馬鹿だったわ!もう…!!」

 

「えーっと、私的に言えば揉みしだくっていうか…撫でくり回すって言った方が適切だと思うよぉ?なんというか、お昼に食べたお饅頭もこんな感じだったかなー…?

あ、けどとっても柔らかいね?椿ちゃんよりも触った時に弾力があったからー…カスミン補給すれば、良いとこまで膨らむんじゃないかなぁ?」

 

「うっさい!!」

 

顔を真っ赤にした輝夜は、目の前にいる敵から胸を守るかのようにぴっちりと腕で自分の身体を固めていた。あの時の衝撃はかなり凄まじかったのか、輝夜は割と本気で怒っているらしい。というか胸を触られたのなんて、初めてだったのに!!

霞はわかり切っているけれど、思い返せば紬にも。かなり自分の初めてを奪われているような気がする…?

 

「私にだって、悩みの一つや二つあるんだから…落ち込んでる人に対して更に鞭を打つのは辞めて欲しいんだけど…?今は何だか、胸がモヤモヤしてて…辛いの…」

 

輝夜はそう言って、無意識に少しだけ二人から距離を取った。いざ二人を目の前にすると、覚悟なんて直ぐに揺らいでしまったから。このままだと、何も言えなくなる…そう思って。

 

「…だってさー…輝夜ちゃんってば、私たちに何か隠してるでしょ?それも多分、結構人に言えないようなヤツだよね?」

 

「…!?な、何でそれが…」

 

「あ、やっぱり。輝夜ちゃんってばツれないねぇー?私なんの為に私たちが、こんなにもあけすけに自分のことを教えたと思ってるの?最初に出会った時から、輝夜ちゃんが訳アリなのは知ってたよ?

…なのに輝夜ちゃんってば、じっと俯いたままで私たちに何も教えてくれないんだもの!私って秘密は交換するモノだと思ってるんだぁー…だから、輝夜ちゃんの行動って…やっぱり不公平だなーって、私は思ってるんだけどぉー…?」

 

 

しかし、そんな事は知らない。まずは私の質問に答えろとでも言うかのように、紬は自分の伝えたかったことをそのまま輝夜へとぶつけてくる。謝罪も反省を後回しにして、輝夜の身を案じたのか自分が知りたいだけなのかは知らないけれど…紬の言葉には、軽い口調とは裏腹に…こちらの真意を探るかのような、そんな思いが垣間見えていた。

 

自分が今まで悩んだ事だって、紬はいざとなれば輝夜を脅してでも聞くつもりなのだろう。だけど打ち明けるように、優しく輝夜の心へと語りかける姿は…

覚えてもいないけれど、自分母親のような…この地上で自分を見つけ、育ててくれたお婆さんのように。そんな輝夜の悩み事受け入れ、そのまま包み込む様な…そんな柔らかい笑顔を輝夜へと向けていた。

 

「…そ、そんな事を言われても…仕方ないじゃない!!私だって、こんな事になるなんて思ってなくって、混乱してるんだもの…!!

お爺さん達にも、周りの女中達にも、こんな事言えないから…どうすればいいのか、私…分かんなくて…

けど、それでも…霞と紬なら、こんな話でも聞いてくれると思ってて………

 

…けど、いざ会ったら…本当に信じてくれるのか、分かんなくなっちゃって。もし信じて貰えないかもしれないって思ったら、頭の中が真っ白で…それで…」

 

輝夜がここに来てから、ずっと思っていた事を吐露し始める。輝夜の心で、ずっと輝夜の考えを掻き乱していた小さな不安。それは自分の秘密を二人に教えたとして、本当に信じてくれるかどうかが気がかりだった。そして自分が今まで黙っていたことに対して、騙していたと思われることが何よりも辛かったから…

 

「私…実は、人間じゃないの。それなのに…二人の事を、化け物、とか…言っちゃった。私だって、人間じゃないし、それに…私の方が化け物に近いの…

 

…これ、見てくれたら…わかると思うんだけど…」

 

知らず知らずのうちに、涙が溢れてくる。今自分の流した涙は、一重に自分の情けなさから来るものだった。自分を棚に上げ、二人を罵ったこと。二人は信頼してくれているのに、自分は嘘を重ねていたこと。

そんな自分の独りよがりな浅慮を悔いるように、輝夜は言い訳をすることを辞めた。ここまで来たのだから、もう…どう思われても仕方がない。初めに小さな嘘をついたのは、自分なのだから。

 

だからこそ、自分への罰を込めて…輝夜は綺麗に切りそろえられた爪を、真珠のように輝く胸の上に手を当て……そのまま、一息に振り下ろそうとした。

 

その瞬間だった…輝夜を静か見つめていた霞が、そんな輝夜の華奢な手を強く握りしめ…『自分が人間では無い証明』になるはずだった自傷行為を、止めたのは。

 

 

「輝夜。もう大丈夫だから…そんな事をしなくても、信じるから…それ以上、そんなにも辛そうな顔をして泣かないで欲しい…」

 

 

大好きな存在から怒られる事を怖がるように、嫌われてしまう事に耐えきれなくて…自分では涙を止められない輝夜を見て。そのまま何も言わずに頭を大きな手で押さえると…宥めるように、優しく輝夜を撫で始める。

 

 

「…ほら、輝夜も少し落ち着いて。ゆっくり肩の力を抜いてみるんだ…考えをまとめるのに、慌ててたら…何も始まらないよ?

…例え輝夜が何を言って、どんな存在だったとしても。私達は輝夜を嫌わないから…安心して話すといい。なに、困った時はお互い様さ…そうだろう?紬?」

 

「うふふ…そのとーり!霞ちゃんが止めなかったら、私が止めてたからねぇー…さぁ泣き虫輝夜ちゃん?そのお悩みって…私達にもお手伝い…出来るんじゃない?一人で抱え込むなんてぇー…水臭いじゃない?」

 

 

そんな二人の笑顔と言葉によって、輝夜の心に重くのしかかっていた気持ちが溶かされていくような感覚を、輝夜は胸の辺りで覚えていた。

この二人は…多分、自分の正体など…とうの昔に気づいていたのだろう。

それでも尚、人間として輝夜を見てくれていた。

 

 

「ごめん、なさい…私、二人の気持ちを考えずに、ひたすら独りで悩んでて…

顔を合わせるのが、怖くて…二人が来てるって知ってたのに、会わずに自分の中で解決しようとして…

無視しちゃって、ごめんなさい…!!」

 

 

輝夜は謝った…心から。輝夜は生来の人を頼らない性格が災いした結果、悩みを抱え込み、それを誰にも伝えず独りで悩み続けていた。

しかし、そんな日は…今日で終わらせよう。

 

「私は、実は月人で…蓬莱の薬を飲んで地上追放された、罪人なの。だから、明日の満月の日に、月から私を迎えのための…使者が来るの。

…けど、罪人は、地上で生活させた後…月で永遠に、拘留されてしまう。そのまま、蓬莱の薬で得た『不老不死』の身体を、研究に使うために私は連れ戻されるッ…」

 

『月人』という名前聞いて、二人の瞳の色が変わった。霞は珍しく眉間に皺を寄せながら、険しい顔をしているが…紬に至っては、普段から無いハイライトが全く無くなっており、真っ暗な空洞の様な眼で輝夜の話を聞いていた。

 

 

「そんな私を道具のようにしかいない所に…月になんて、私…ッ…帰りたく無いの!!月になんて、絶対に帰りたく無い…この地上で、この都で…ただ、こんな風に私の事を見てくれる特別な存在と…日々を過ごしたいだけなのにッ…どうしてよ…私が望んだ毎日は、ここにあるのに……霞と、紬と、それにお爺さんやお婆さん達と…離れたく、無いよぉッ…!!」

 

輝夜は、霞と紬を抱きしめる。離れたくないから、ずっと一緒にいたいから。冷え切った自分を温めてくれた、この二人の熱を忘れたくないから…

 

泣きながら、たったそれだけの願いすら奪いさる運命を…輝夜は呪っていた。地上に堕ちてまで、やっとの思いで手に入れた…大切な時間。絶対に手離したくないからこそ、輝夜は二人を抱きしめる手に力を込め続ける。

 

 

そして、そんな輝夜に…二人は答えた。

 

 

 

 

『それじゃあ…』

 

二人は声を揃えて、輝夜へ向き直ると…

 

 

 

 

『私たちも、月と決着着けないとね?』

 

 

 

迸る怒りを目に込めて、そう言った。

 

 



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月と準備と太古の戦争

ソシャゲとバイトとスマブラと…
やること多いですね。

グリモアとコンパスやってたら
時間なんて直ぐ過ぎてしまうのが最近の悩み。


「はぁ…どうしてこうなったのかしら…」

 

あの後、二人は『準備がある』と言い残し、そのまま帰って行ってしまった。

明日の満月に備える事に異論は無いけれど…やはりどうしても気になった事も多かった。そのせいか、自分の布団でくるまっていても一向に眠気が来る様な気がしない。寧ろ考えれば考える程、思考の沼に沈んでしまい……頭が冴えていくように感じてしまう。

 

 

「あの時、どうしてあの二人…あんなにも、感情が振り切って、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜたようになった顔をしてたのかしら…」

 

輝夜はそう独り言を呟きながら、再び思考の海へと意識を持って行く。

 

考えは、一向に纏まる気配は無いけれど。

 

 

───────────────────

 

 

 

「月と決着って…一体どういうことよ!?」

 

 

輝夜の目の前で、そう言い放った二人の妖怪は、輝夜には酷く…怒りを堪えているように見えた。先程まで、つい感極まって目に涙を浮かべていた輝夜でさえも、あまりの二人の変わりように驚き、動揺してしまっていた。

 

 

「あぁ…すまないね、いきなり驚かせてしまって…少しだけ冷静さを失ってしまっただけだから、気にしないでくれ。

明日の夜、お前のことは私たちが必ず護ってやる。必ず…もう、喪ったりはしないから…だから、安心してくれ」

 

「霞…?それ、一体どういうこと…?」

 

「ふぅ…しかし長生きをすれば、少なからず色々と…厄介事には巻き込まれるという事は身に染みて理解していたけれど、まさかこんな形で再び月人と相見えることになるとは…流石に、予想していなかったね…」

 

輝夜が月人であることを暴露しても、いつもの様に…輝夜の心を安心させてくれる、優しい笑顔を向けている霞。

…しかし、一瞬だけ顔が曇った事を輝夜は見逃さ無かった。その一瞬…瞳に揺らぐ深い後悔の色は、どうやら霞が過去の情景に思いを馳せている中で際立って辛く、苦い想い出に触れたらしい。

 

そして…その横で、輝夜の身すら凍ってしまうかと思えてしまう程に純度の高い。正に絶対零度の如き、冷たい妖力を零し続ける紬が居た。どうやら感情の乱れによって妖力の制御が緩み、そのまま駄々漏れにしているようで…

 

 

「あはははは!月…月かぁ…まーたまた、数奇な縁だねぇー…?それに、明日にはもう、大勢でここに来ちゃうのかぁ…

…そっかそっか。なら良いよね。それなら手間が省けるねしね!!実は私もねー?ずーっと昔から、月人に会いたかった所なんだー…?

…本当に、あの、自分たちの、事しか、考える脳が、ないような…そんな月人に、私も是非とも『もう一度』会いたかったんだよねぇー…

私、自分が受けた借りと恩と……痛みは、百倍にして返すタチなんだー…本当に、明日が楽しみだなぁ?ね、霞ちゃーん?」

 

 

「…そうだね。それじゃあ私も準備をしないといけないな?輝夜。まだ夜もふけたばかりだけど…今日は、ここでお開きとしよう。

…明日は少し早めにここに来るから…絶対に駆けつけるから、待っててくれ」

 

「それじゃあ…また明日ねぇー…?」

 

 

そう言って、紬はいつの間にか浴衣を着用し、放心した輝夜を置いて…二人は去っていった。正確に言えば…紬を背負った霞が、空を飛びながら闇の中へと溶けていったというのが正しいのかもしれないが…

 

 

 

───────────────────────

 

「…あの時の紬…初めて会った時にもし、あんな妖力を経験してきたら、多分、私漏らしてたかも。というか、絶対泣いてたわね。

…最近は慣れてるから良かったけど、もしもそんなことになったとしたら…私の中で、末代までの恥になる所だったかも…」

 

今思えばあの時の紬は…完全に、タガが外れていたと思う。その小さな身体からは想像も出来ないような、全身に伸し掛るような重圧を周りへと振りまいていた姿は正に、鬼を統べる鬼子母神の姿を体現していた。

 

口調が緩いのが紬の特徴でもあるけれど…あの時の紬の言葉は一言一言が甘ったるい蜜のように粘っこく、そして体の芯へと張り付くような重みも持っていた。

 

 

…明日の紬には近寄らない方がいいかもしれない。どんな流れ弾が飛んでくるかすら分からないのだから、仕方ない。警戒しておこう。

 

 

 

 

…そしてふと、輝夜は疑問に思ったことがある。

そういえば…二人はいつから生きているのだろう?

 

そこまで考えて、輝夜は一つ…二人に関わる不可思議な事に気がついた。

 

遥か昔…まだ輝夜が月に住んで居た時のことだ。自分の家庭教師をしていた人物から、『鬼子母神』といった単語を輝夜は聞いたことがあった。

…という事は、太古から生きていると語ったこの二人と…出会った事がある?

 

 

「確か…あの時は…」

 

 

輝夜の記憶に、その時の情景が浮かび上がる。自分の面倒を見てくれた存在。『月の頭脳』とまで言われた月人の中でもトップクラスの才女であり、輝夜にとっての唯一の理解者であり、家庭教師であり………家族だった存在が居た。

 

 

 

「…そうだわ…永琳が居たじゃない!!」

 

 

その名を、八意永琳。

蓬莱の薬の製作者であり…永遠の輝夜の味方。

 

 

 

 

 

『…ねぇ永琳?地上ってどんな所なの?地上で何があったのかが知りたいわ!』

 

『…あら…急にどうしたの?そんなに目を輝かせて…そんなにも私の授業は面白くなかったのかしら。それなら姫様の今日の分の宿題は3倍にしてしまっても構わないわよね?』

 

『何言ってるのよ!そんなのい、嫌に決まってるでしょ!?そうじゃなくって……ちょっと気になっただけじゃない!だって昔は永琳だってずっと地上に住んでたんでしょ?それなのにどうしてわざわざこんな何も無いような月へ私たちは移り住んだのかなー…って、ふと気になったのよ。だから教えて頂戴!じゃないと今日、私眠れないわ!』

 

 

真顔でとんでもないことを言い出した永琳。そんな悪気のない本気でやろうとしている言葉を、輝夜のもてうる限りの全力の力で否定しながら、輝夜は質問を続けていた。気になった事は納得出来る理由を見つけるまで問いただすのが、生まれ持った輝夜の性分だったから…

 

 

『もう…姫様ったら、また授業外の事ばっかり考えて…それに、地上について…ねぇ……こうなったら仕方ないし、今日の分はまた明日するとして…それじゃあどこから教えれば良いのかしら?何が起きたかって事を聞きたいなら、主に移住する直前までの話になるけど…

…まぁ、まずはどうして私たちがこの月へと移住したかを、姫様にとっての復習のつもりで教えましょうか』

 

自分が月で過ごしていた時、家庭教師として世話をしてくれたり、遊び相手になってくれたのが永琳だった。そんな永琳は輝夜が地上とはどんな所なのかと言った質問をした時…ほんの一瞬だけ顔に影を指しながらも、そのままその当時を思い出すようにして…地上での出来事を輝夜に面と向かって、授業のついでとして教えてくれた。

 

 

 

『じゃあ姫様?今ここで住んでいる私たち月人の身体には、寿命が無いのは知ってるでしょう?何故なら私たちは月で過ごす限り、不老で居られるから。どうして不老でいられるか…その理由は分かってるわよね?』

 

『ええ。月には穢れが無いからでしょう?』

 

『正解。この月には穢れが存在し無いから、私たちは半永久的に生き続ける事が出来るのよ。

…けど、地上で過ごしていた時の月人は、地上にある穢れが徐々にだけれど…生活をする上で、少しずつ身体に穢れが溜まっていったのよ。…その結果、本来は存在しないはずの月人に、寿命が訪れてしまうようになってしまったの。だから、地上の穢れが大幅に増加してしまった時、私たちは地上で生きる事を棄てて…この月へと逃げ出したのよ』

 

『へぇー…それじゃあ永琳が地上で過ごしていた時って、その『穢れ』のせいで、皆が困ってたってこと?穢れが無ければずっとそこで住んでたの?』

 

『…まぁ、端的に言えばそうなるわ。穢れさえなければ月人は月に逃げることなんて無かったわ。けど穢れの有無は、月人にとってとても重要なの。それも強い権力を持った月人程、自分の地位を守るために穢れに対して過敏になるのよ。

結局の所、月人って存在は…恒久的で、普遍的なものを好むから…穢れを生み出しながら地上で過ごす妖怪…というより、地上というそのものを根本的に見下していたのよ。

…だから、いつも地上の妖怪とは対立していたの。地上の穢れが限界に達してしまったことで、私たちは月へと移住……いえ、逃亡するしかなかった。

…そして地上で過ごす最後の日…事件が起こったの。月人に対して怨みを持った大勢の妖怪達が、月人の住む国へと戦争を仕掛けてきたのよ』

 

『…せ、戦争!?そんなの私、知らない…で、でも月の技術は凄く進化してるし…そんなの、妖怪になんて負けないでしょう?だって永琳だってとっても強いじゃない!?』

 

『…いえ、単純な戦力だけなら妖怪の方が上だったわ。それに、私は戦闘するにしても、上層部の月人達がそれを許さなかった。もし私が死ぬ事があれば、月にとっての重大な損失に繋がるから。だから、私は戦うことが出来なかったわ。

…それに、住民を護りながらだと、どの道勝てなかったと思うし…何しろあの時の妖怪と言えば、量が多いこと多いこと…あと一刻ロケットが発射するまでの時間が遅ければ、月人にも相当な被害が出ていたでしょうね…』

 

『じゃあ、ぎりぎり間に合ったのかー…なんだか地上って、とっても怖いところなのね。私には縁がなさそうだわ…それならもう、この退屈な世界の方が…まだマシなのかしら…?』

 

『…私はこの世界、大嫌いだけど』

 

『…え?』

 

その時、永琳の顔に静かな怒りの火が灯った。先程とは違った雰囲気を纏う永琳は…輝夜には、胸の内に秘めた哀しみや悔しさを燃やしているように見えた。

 

 

『…本当は、最後のロケットの発射は時間通りだと…妖怪達の攻撃を受けていたの。その時は、私の命の恩人だった妖怪が…発射の為の時間稼ぎに回ってくれていたのよ。その妖怪が居なければ、きっと多数の死人が出ていたわ。

…私も、最後のロケットに乗って居たから』

 

『え、よ、妖怪が…?それじゃあ永琳はその妖怪のおかげで助かったっていこと…?私、そんな事知らなかったわよ!?』

 

『…ええ、そうよ』

 

『…じゃあ、その永琳を助けたっていう妖怪は…その後どうなったの?もしかしてまだ地上で生きて…『死んだわ』…え?』

 

輝夜の言葉を鋭く裂いた永琳の顔は…とても、淋しそうな顔をしていた。信頼していた、何よりも大切にしていた友を。自分の力が及ばなかったせいで喪ってしまったように…その悲痛な表情は、まるでじくじくと胸を刺すような、そんな痛みを堪えているかのようで…

 

 

思わず、輝夜も戸惑ってしまう。

 

 

『…私たちは助けられたの。それなのに月人の幹部達は…妖怪に護られたその事すら嫌悪感を振りまきながら、月の技術が万が一にでも流出する事を嫌って…その時地上に居た、私の命の恩人諸共………地上の妖怪達を、核爆弾を落として皆殺しにして行ったのよ…』

 

『え…?』

 

 

 

そこに、輝夜が知っていた永琳は居なかった。いつも冷静で、時々勉強から逃げる輝夜を咎めつつも笑顔を見せてくれるのが、輝夜の知っている永琳の怒った姿だった。

しかし、話を続ける永琳は…ちょっと輝夜でも泣きそうになってしまう程に鋭い眼をしながら…そんな目に涙を浮かべながら、悔しそうにそう吐き捨てた。

 

『…出来ることなら姫様にも、あの『二人』に会わせてあげたかったわ…あの性格上、姫様は多分気に入られていたでしょうね。弄れば反応が返って来ると喜ぶんだもの、あの鬼達は…』

 

『…鬼?』

 

『ええ。鬼子母神っていう本物の鬼と…なんて言えばいいのかしら…敢えて言うなら、鬼畜…かしら?輝夜なんか格好のカモなんだから…気をつけなきゃ駄目よ。鬼子母神みたいな常識の通用しない相手には、いちいち驚いてたらキリがないから…

 

…まぁ、もう会えないけれど…』

 

 

その時の永琳の顔は、とても印象深く輝夜の脳へと保存されていた。

 

───────────────────────

 

 

「…ッ!!まさか、あの時の『二人』って…!!」

 

 

輝夜はその時、二人が怒っていた真意をようやく理解した。もしもあの時の××の言葉が本当ならば…本当に月人が、妖怪相手にそんな仕打ちをしていたと言うのなら。

 

 

もしも太古の昔、永琳を助けた妖怪の正体が…あの、輝夜の常識を変え、価値観も変え、心すら塗り替えてしまった原因であるあの二人ならば?

 

『鬼子母神』は…月人として膨大な年月を生きた輝夜より、更に昔から生きている事になる。

寧ろ、あの鬼二人が核爆弾如きで死ぬ筈が無い。

 

 

「…そういうことなら、いける。これなら、ここに永琳が入れば…月になんて、帰らなくても済む…!!」

 

 

 

 

月人と因縁のある、霞と紬。

 

…そして、その二人と縁のある…輝夜と永琳。

 

 

 

輝夜の思考は先程まで、暗闇の中で彷徨って居たけれど…遂に、光明を得る事に成功した。これだけ数が揃えば、月の技術に勝てるかもしれない…!!

 

 

 

 

反逆の狼煙は上がった。

満月はもう、目の前に迫っている。

 

 




残り数話で回想を終わらせるつもり…

嗚呼、時間が足りない。


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別れと笑顔と月からの使者

昼夜逆転生活。


この広大な地上を照らすのは…大きく、眩く、見るものの心を惹き付ける程に…怪しく光る満月の光のみ。

 

その日…普段は暗く、街に住む人々が眠るはずの時間。その『いつも』の都の夜は、そこに存在してい無かった。

今、この街にあるのは…その満月の強すぎる光によって、眠ることが出来ずにいた町民や、何かの異変の前触れだという話を聞いて、目覚めていた兵士達。

それぞれが、警備を固めた輝夜の屋敷を見て、何事かと焦っている。

 

そんな中、その屋敷の中の居たのは…決意を固めた、反逆者の姿だった。

 

 

 

 

「…もう、後たった数時間で月人達は地上へとやって来るのか…なんだか長いようで短いこの時間って、どうやって潰すものかと悩んでしまうねぇ…

…ん、この辺はどうかな?」

 

「あぁ〜…至福…でも私は霞ちゃんと居ればー…一年だって、数秒位にしか感じ無いからそんなのあっという間だよぉ…?だから霞ちゃんは私から離れたら駄目ー…

…っあ、あふぅ…あん!そこぉ…気持ちいい〜!!うふふふふ…霞ちゃんってば私の身体の事、手に取るように分かってるよねぇー…?あー…どうやら極楽はここにあったみたいー…もう私、一生この時間に浸っていたいなぁー…」

 

「いや、流石にそれは私の手が限界を迎えてしまうから…遠慮しておくよ。それにほら、なんだか輝夜がさっきから凄い顔で怒ってるし…そろそろ施術も終わりだから、そんなに私にしなだれ掛からないで身体を起こして欲しいんだけどな…?」

 

「えー…?全くもう…分かってない。輝夜ちゃんは、この時間がどれだけ私にとって大切なのかが分かってないっ!!

…そりゃあ輝夜ちゃんには肩こりなんて縁が無さそうだしぃ?私の気持ちを理解してくれない事も仕方ないと思ってるけ『うっさい!!』…あれ?なんで怒ってるの?」

 

「…あんた達…今がどういう状況か分かってんの?」

 

そんなに輝夜の怒り声を聞いて、二人はこてりと首を傾げてしまった。

今、都の空には巨大な満月が登っており…そのまま我が物顔をして、この都中の空を牛耳っていた。そもそも今日の真昼間から、ずっと存在感を放ち続ける巨大な満月を見て…町民は『何かの災厄の前触れだ』『月が堕ちて来て人類が滅んでしまう』…そう言っては皆が騒ぎ、都は一日中大パニックに陥っていた程だ。

 

 

…しかし、街中がありえない現象によって、そんな風に恐れ戦いている中。先程まで輝夜の目の前で、呑気に肩もみをしていた霞と紬は…まるで昨日の様子は何処に行ったとでも言わんばかりの平静を保ちながら、いつもとは違いまだ日が沈む前の夕方から、輝夜の屋敷の塀を越えていつもの様に、寝室に入り浸っては湯に浸っていた。

 

…この2人、ちょっとマイペース過ぎない?

 

「もぉー…輝夜ちゃんってばまーたピリピリしてるー…それ、やっぱりお肌に良くないと思うよ?それにまだ時間があるし…それにこれだって、れっきとした月の使者達と会う為の準備の一つなんだよねぇー?」

 

「何言ってんのかわかんないし、そんなの関係無いわよ!…というか昨日あんなにピリピリしてたアンタにだけは、その台詞を言われたくないんだけど?あれ、ものッすごく怖かったんだから!それに肩こりだって……肩こり位、私だってなるんだから!自分がやたらとデカい蹴鞠を2つもぶら下げてるからって、調子乗ってんじゃ無いわよ!?

…確かに私は小さいかもしれないけど、形が美しいの!これが最高の均等なんだから…ただ大きいからって、私の胸を馬鹿にしてんじゃ無いわよこの鬼畜女!!」

 

「…………………………ぁは♪」

 

「…あ。」

 

ここで輝夜は、己の失敗を悟ってしまった。ここ数日間の輝夜の精神状態はとても不安定だった為、無意識にストレスを溜め込んでいた。

…だからこそ、思わず紬に向かって…怒りのままに、挑発の言葉を口にしてしまったのだ。

 

紬の顔から笑顔が消え…先程とは違う、嗜虐心に溢れる笑顔が咲き誇った。輝夜の不老不死だからこそ言えたような、命知らずの発言を喜ぶかのように…紬はゆっくりとした動きで、じりじりと輝夜へと距離を詰め始める。

 

「い、今のは言葉の綾で……」

 

「……ぁはははは♪」

 

ヤバい、私詰んでる。

 

「まぁ…輝夜も落ち着いて、温泉を楽しむといい。緊張していても仕方ないからね。多少落ち着いた位で丁度良いだろう…」

 

「いやそんな事行ってないで、紬を止めて!?霞が止めてくれないと、私──」

「それじゃあ輝夜ちゃんの自信たぁーーーっぷりなそのお胸とやらを確認してみようかぁ…?それにぃ…カスミン摂取したら、輝夜ちゃんも肩こりを経験出来るんじゃないかな?ふっふっふ…

夜になるまで、愉しませてね?」

 

 

「…い、嫌あああああああああああああッ!?」

 

 

一瞬で輝夜へと襲いかかった紬。バランスの整った輝夜の身体は揉みくちゃにされてしまい、抵抗しようにも力が強くて振り解けない。

しかし、なすがままにされるのはプライドが許さない為、諦めずに抵抗していたその時。不意に、輝夜の耳にへと言葉が届いた。

 

それは誰にも届かないほどに小さく、か細かった。まるで無意識に呟いたような、そんな言葉だったけれど…その一言を、輝夜は聞き逃さなかった。

 

 

 

 

 

『…もう、これが最後になるかもしれないなぁ…』

 

(…え?)

 

言葉を発した主は…遠くの月を眺めていた、霞だった。一瞬紬が込める力が緩んだようにも感じたが、すぐ様元に戻ってしまった。

既にその短い言葉は輝夜の耳から全身へと移り、脳へと流れて行く。しかし、その言葉に込められた意味を…ここで輝夜は理解することが出来なかった。

 

 

 

 

 

輝夜が解放されたのは、陽が沈んでからだった。抵抗虚しく後半は結局…紬のなすがままになってしまった輝夜が体力を回復させていると、夜になって辺りが少し暗くなったせいか…より一層、空に浮かぶ満月の光が明るく見える。

 

「…そう言えば輝夜。この事をお爺さん達にはこの事を言っているのかい?」

 

「…ええ…二人とも凄く悲しんでいたし、泣いてたわ。特にお爺さんったら…もう身体が強くないのに、慌てて駆け寄ってくるんだもの。私が吃驚しちゃったわ。

…それに、結局私だってそれに負けない位の涙は流したわ。三人でおいおい泣いて、抱きしめあって、精一杯の感謝を伝えてきたの。

もう、この場に涙は必要ないから…ね?」

 

輝夜の真実を知った時の二人の顔は、輝夜は生涯忘れることは無いだろう。二人は輝夜が居なくなってしまうことに大いに嘆き、悲しんでいた。

…しかし、それと同時に…二人してとめどなく溢れる程の、涙を大粒の流しながら…輝夜へ、お礼の言葉を伝えてくれた。

二人はもう、自分たちの寿命が近い事を悟っていた。輝夜を拾い、育て始めてから十数年。元々歳を取っていた為、いつか別れの日が来ることを二人は覚悟していたらしい。

だから、すっかり塞ぎ込んでしまった輝夜を見て…心を痛めていた。自分たちが良かれと思って受けた求婚の によって、輝夜を傷つけてしまったと後悔していた。

 

…しかし、輝夜は笑顔を取り戻してくれた。また、昔のように二人へ輝くような笑顔を振りかけてくれた。

…それが、二人にとって…どんなに高価な貢物よりも嬉しかった、それこそが、私達が求めていたたった一つの宝物だと…そう言ってくれた。

 

 

 

「…もうすぐあの月から、私を捕らえる為の舟が降りてくる。月の技術は地上なんかとは比べ物にならない程に進化してるから…私はどうなってしまうか分からないわ。

…だからって私は、怯えたりなんてしない。最後まで…絶対に、二人に褒めて貰った笑顔で居続けるって決めたのよ…!!」

 

 

輝夜の決意は…それは何よりも強く、固く。心に決めた1つの思いを守り抜くと誓ったのだ。

 

「…ふーん。そう言えばあの二人、蓬莱の薬は要らないっていって…断ったんだよねえ…やっぱり命よりも大切な人と離れ離れになっちゃうなんて、絶対耐えられないよねぇー…!!霞ちゃん無しの世界なんて、私だったら無価値だし…

け私って気に入った人の事は忘れないけど、あの二人の存在は…なんだか覚えて起きたくなったなぁー…」

 

「…ふふ。ならば私もあの二人の事を、生涯覚えていると誓おうか。輝夜は知らないと思うけれど…実は一度だけ会話をした事があってね?凄かったよ。あの二人の輝夜への想いの強さは本物だった。輝夜の両親は…思いやりに溢れた、尊敬に足る人物だったよ。

…その事は、私の全てを掛けて保証しよう」

 

そんな紬と霞の純粋な気持ちの篭った言葉によって、また引っ込めた筈の涙が溢れそうになってしまった輝夜。

そんな時、ふと輝夜の頭へ別れ際の会話が蘇る。

 

 

『私たちの人生に…何も無かった毎日に、素敵な贈り物をありがとう。これで例え何処に行っても私たちの人生を…自信を持って誇ることが出来るわ…本当にありがとう。永遠に、愛しているわ…私達の可愛い娘…かぐやちゃん…』

 

あの二人の晴れ晴れとした顔を見て、輝夜の心は強くなった。あの二人に恥じない為の、強い女になると決めたのだから。

輝夜は涙を拭って、前を向く。

 

 

 

 

(…私は、二人の事を生涯忘れない)

 

 

 

「それじゃあ作戦を話すけど、聞いてもらえるかしら?」

 

「…作戦、か。輝夜が考えたのかい?」

 

「ええ。まず最初に…私が、月の使者と対話するわ」

 

「……それについて、理由を聞いても?」

 

輝夜は湯船から上がり、寝巻きを身につけ始める。そんな輝夜を見て、霞が目を少し細めて輝夜に問いかけた。霞ならこの質問に食いつくと思っていた為、ここまではある意味想定済み。だからこそ、輝夜は理由を話し始めた。

 

「私を迎えに来る使者の中に、私にとっての唯一無二の味方が居るの。その人は月にいた時から私の面倒を見てくれた、家族みたいな存在なの。

…月では誰もが褒め讃える程の功績を残している程に頭が良い人物だから、私の『お願い』を聞いて…私の為に、蓬莱の薬を作ってくれたの。

…だからきっと、私を迎えに来る。その時に私は彼女を…『永琳』に、事情を話してみる。私の言葉で、この地上に残りたいって……『永琳』にちゃんと、伝えたいの」

 

 

真剣な顔をして理由を話した輝夜を見て、霞は息を吐きながら…やれやれといった動きをしながら、苦笑していた。

 

「…そうか…『永琳』か。なら、そこは輝夜の自由にするといい…けど1つ私と約束するんだ。私は輝夜と永琳が月へと反逆すると決意したその時、月が攻撃を仕掛けようが何があろうとも…二人を安全な場所へと連れていこう。

 

…だから輝夜は、私達の事を忘れないでいて欲しい」

 

「…え?霞…それ、一体どういう…」

 

「…ックク…ッあははははッ!!!流石は輝夜ちゃんが考えた作戦だねぇ?他力本願と自己犠牲。どっちが輝夜ちゃんの本心なのか、分かんないね!

けどその作戦って…実はもう、やる前から結果が決まってるんだよねぇ…!!」

 

霞へ問いかけようとした輝夜の言葉を遮って、紬の笑い声が寝室中に響き渡った。その笑い声はまるで、わざと響かせるかのように声を出しているようで…

 

「…ッ!?い、痛ッ!!」

 

そこまで輝夜が考えた時、輝夜の頭に激しい頭痛が走った。脳髄を叩くように激しく響くその痛みは、輝夜の周りだけではなく、それを遥かに超える程に規模で一斉に始まった。

 

一瞬だけ街全体から悲鳴が上がったものの…直ぐに街全体が静かになってしまった。まるで全ての人物が眠りこけてしまったように、全ての人物が…意識を失ったように。

 

 

(…こ、こんなことが出来るのは…1つしかないッ!!)

 

 

顔を上げた輝夜の先にあったのは…十を越える月の舟が、輝夜のいる屋敷へと降りてくる姿だった。

 

 

そしてその舟に乗った人物を見て、輝夜は緩んだ心を締め直す。風に揺られて靡く銀髪は、昔と全く変わっていない…

彼女の身に付けている赤と青の独特の服は、彼女のセンスが完全に他と違っている事を如実に示していた。

 

 

「…ッ!…姫様…!?」

 

「え、永琳…久しぶり…こんな状況だけど、少しだけ…話がしたいんだけど…いいかしら?」

 

 

月人にとって、十数年間の別れは一瞬に等しい。少し見なかった我が子を見るようか視線を輝夜へと送った永琳は…輝夜の後ろを見て、驚愕に染まった顔をしていた。

だからこそ、動揺した永琳へ…輝夜が会話をしようと近づいたその瞬間。

 

 

ドォン…ッ…

 

「…え?」

 

 

輝夜の屋敷へと、大量の月人が落下してきた。しかし乗っていた舟はそこには無く、落下したのは月人達だけだった。

 

脳内を疑問符で埋めつくしたのは、輝夜だけでは無かった。その光景を見ていた永琳も、この事態に混乱していて…

 

「霞!?紬!?これ、一体どういう───え?」

 

「…え…?か、霞ッ…?紬ッ…?ど、どうして貴方達、生きて居るの…!?貴方達は、あの時に、私達を護って、核のせいで死んでしまったんじゃ…!?」

 

「永琳!こ、これ何!?」

 

「…これは…!?」

 

 

気がついた時には輝夜達のの足元に、まるで次元の割れ目のような亀裂が入っていた。そしてそれは今にも裂けて、輝夜と永琳を飲み込む寸前のようで…

 

 

思わず、こうなることを知っていたであろう二人へと視線を向けた時。

いつもとは違う…獰猛な笑みを浮かべた霞と紬の顔を見て。あの時の霞の発言の真意を、ここでようやく理解した輝夜は……全て遅かったのだろう。

 

 

「…永琳、君はあの時から変わらないね?その発言は君も、月の技術を過信してる所がある…私達は、そんなに簡単にはくたばったりしないさ…それにその服は私も少し、どうかと思うよ?」

 

「あはは!永琳ちゃん!お久しぶりだねぇー…けど今は、昔話をする時間が無いんだよ。ごめんね?残念だと思ってるけど…

…けど。仕方ないよねぇー…?今はまず、後ろの月人に用があるから…ごめんね輝夜ちゃん。一旦ここでお別れ…永琳ちゃんを連れて、先に向こうで待っててね?」

 

 

二人がそう言った瞬間、大地が裂け…突然二人を浮遊感が襲ったかと思えば、周りをギョロギョロと動く多数の目で覆われた世界へと二人は入り込んでいた。

 

 

 

「え、永琳ってば!これって何!?私達死んじゃうの!?」

 

「…落ち着いて、姫様。というか貴方は死なないでしょう?多分、 …これは転移型の術式の1つじゃないかしら?…もしこれが霞と紬が実行したのなら、この先にあるのは……ッ……輝夜!?大丈夫…」

 

「ぐへっ…痛っ!?こ、腰が…な、何なのよここ…霞は!?月の使者は…何処に行っちゃったのよ!?

 

永琳がそう分析していると、突然風景が切り替わった。地面へと落下した永琳は素早く着地したものの、輝夜は着地に失敗して尻を強打してしまう。

そんな二人の目の前にあるのは、屋敷の景色でも、都の景色でもなかった。

 

 

 

「いらっしゃい…訳ありのお姫様方?」

 

「…!?」

 

二人へ声をかけたその女性は…妖力の質からして、強大であり…どう考えても大妖怪の類だった。

 

「初めまして…私は妖怪の賢者こと、八雲紫と申しますわ。今回は霞直々のお願いによって…貴方達を、幻想郷へと招待します」

 

「「…は?」」

 

 

 

こうして一面に囲まれた竹林の中。『かぐや姫』は、地上から姿を消した。

 

そして…『蓬莱山輝夜』は、幻想郷へと足を踏み入れた。

 

 



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月人と妖怪と紅に染まる鬼

書きもしない小説の設定ばっか考えてる…
これはダメなパターンだ。

昼夜逆転が治らないのは、深夜に書いてるから(確定)


輝夜と永琳を予め用意してあった『八雲紫特製の札』を使用した霞達の手によって、輝夜と永琳が深い竹林の中で佇む庭園へとスキマで連れていかれた時。

 

輝夜の屋敷では、月の技術を惜しみなく駆使した『対平民用周波』によって、力なく倒れ伏した兵士達の他…

 

乗り込んでいた五十人に及ぶ月人達と共に、十隻にも及ぶ天舟が墜落していた。

最初は予想外の展開に着いていけなかった月人達。しかし、次第に舟から降りてきた月人達が増え始めるのを見て…霞は『計画』を開始することにした。

 

「…そこの貴様ッ!!下賎で低俗な妖怪の分際で…ッ…図に乗るなッ!!我々の力に、月の技術に、穢れた妖怪如きの力が通用すると本気で思っているんじゃあ無いだろうな!

貴様等、ものの一秒で蜂の巣に出来るのだぞ?」

「我々の舟を落としたのは、貴様らだろう!?」

 

各々が銃を所持しているのか、武器を見せながら二人へと詰め寄る月人達。

それを霞と紬は何も言わずに眺め続ける。

 

「…チッ…おい、貴様らに出来ることは、さっさと我らに罪人を引き渡す事のみだ。

…さぁ、大人しく八意永琳と蓬莱山輝夜を何処へ連れていったのか吐いて貰おうか…

貴様だって、無闇に命を散らしたくは無いだろう?」

 

ここで、霞が動いた。目に思い切り反抗的な炎を宿しながら、目の前の月人へと答え始める。

 

「…あぁ…実にその台詞は私に言わせて貰いたいね。お前はここの月人達のリーダーをしているんだろうが…何もかも、想定内で納まってしまったよ。色々考えたこっちが馬鹿を見る結果なんて、笑えないね?

…周りが見えない『間抜けな馬鹿』によって、崩壊する軍隊の話なんて…多分湯浴み1回分すら繋げ無いような、結果の見えた話題になるだろうさ」

 

「…何だと!?」

「そんなに死がお望みならばくれてやろうッ!!」

 

霞の本音の混じった挑発の言葉によって、月人達は激怒したのか一斉にその手にかけた銃を撃つ為に銃を構える…

 

 

が、しかし。その瞬間、全員の身体が硬直してしまう。

 

「紬、今だよ」

 

「まっかせてぇー…!!そぉーれッ!!」

 

「「「ぐッ…ぐわああああああッ!!!」」」

 

紬による月人達の行った『対月人用妖力鎮圧』…要するに桁違いの妖力を使って相手の意識ごと刈り取る脳筋技を駆使した結果、月人達はそのまま意識を落として行った。

 

 

 

「…何コレ、弱いなぁー…」

 

「…そう言うもんじゃないさ。けどこれからどうするかな…紬はまだ本気を出してないのにこのザマとは。月の技術はどうなってるのやら…

それよりも紬?あの時まさか輝夜があんな風に月と戦うことに対して前向きになったのは予想外だったから…流石に説明無しでその札を使ったのって、実は輝夜達にはけっこう悪い事をしたんじゃないかな?」

 

「えぇー?今更そんなこと言われたって困っちゃうよぉ!それにあんなに覚悟を決めたのに、そのまま隠れ家へ転移された時の輝夜ちゃん……とっても面白かったじゃん?

あれは最高の顔してたねー…!!自分の身に何かあった際、あんな風に呆けた顔して周りをキョロキョロする所とか、益々椿ちゃんにそっくりだしさぁー…!!

…それにやっぱり私、自分の怒った姿って…あんまり人に見せたく無いから、こればっかりは仕方ないの。向こうでは紫ちゃんが居るんだから、それについては心配ないしね!」

 

そう言った紬は、照れくさそうに額を掻いていた。妖力を解放していくにつれ、そこにある象徴が疼くのだろう。

 

 

「そうか…なら私はあそこにいる、この月人達のリーダーらしき男と『お話』してくるから…ここに居る人は任せるよ。というよりも、これだけで足りるかい?」

 

「うーん…思ってたより弱いけど、大丈夫だよ?この人達、ちゃんと私も『オハナシ』しておくから霞ちゃんも頑張ってね!これが終わったらまた永琳ちゃんも交えてお風呂入るんだからねぇー!」

 

「…ああ。善処しよう…」

 

そう言って、霞は目の前に転がっている月人のリーダーと思われる男をむんずと掴んだまま、自身の妖力を固めて作った特別な空間へと入っていった。

 

 

霞はこれから、話し合いをするのだろう。輝夜を狙う理由は本当なのか、どうしても輝夜を連れて帰るつもりなのか…また、敵対した相手にはどのような態度で応じるのか…全てを把握した上で、行動すると決めたのだろう。

 

そして何より、紬のお願いを聞いてくれた事が一番の理由だと紬は信じている。

 

 

「…それじゃあ…私も本気出しちゃおうかな…ッ…」

 

しかし自分が行うのは、ただの肉体言語だ。

 

そう言った紬の額を裂きながら、紅く輝く一本の角が現れる。少し痛いがそんな事は気にしない。額を突き破って生えた真紅に染まるその角は…満月の光を反射して輝きながら、見る者にとてつもなく重厚な殺意と恐怖を振り撒いていた。

 

その姿はただひたすらに…紅く、重く、美しい。

 

鬼子母神としての力を完全に解放した紬によって、輝夜の屋敷周辺から月人達の生気が吸い取られていく。力を奪われ起き上がることも出来なくなった月人達は、それを呆然としたまま眺めることが出来なかった。

 

紬の黒髪は一瞬で白く染まり、目には紅い光が灯っていた。周りの建物はその膨大な妖力によって軋むような音を立て始め、その額から満月を割ろうとでも言うかのように、天まで届くかと錯覚する程のオーラを振り撒きながら突き出した角からは…赤い血が滴り落ちていた。その血は紬の頬を伝って…そのまま口元へと垂れていく。

 

 

「…ぁは……ははは………あははははははははははははははははははははははははははははははッ!!!!!!!!」

 

「…ヒィッ!?」

 

その血を紬が舌で舐めた瞬間、角から発してした光と共に周りへと爆発的に妖力が広がり始めた。屋敷の塀にはヒビが入り、堕ちていた舟は大きな音を立てて破損して行く。

どうやらそれを見て、月人達も思い出したらしい。遠い昔の日、地上を捨ててロケットへと乗り込んだ時…離れていく地上の中で、一点に光る紅い光があったことを。

そしてそれが、今自分の目の前にあるという事を。

 

「…はぁ…そぉんなにさぁー…怖がらなくっていーんだよ?私ってばさぁ…本当は恨みを抱えて何年も過ごすタイプじゃ無いんだぁー…?

けどぉ…ここに居る全員、死ぬ迄後悔させるのは…もう、決定してるからねぇ?

そんなに長い時間をかけてじわじわと嬲るわけでも無いんだけどぉー…やっぱり、霞ちゃんを哀しませた罪は極刑だから。絶対、許さないよぉ?」

 

そう言った紬の顔は、笑顔だった。それも、その少女のような見た目に映える最高の笑顔をしている筈だった。可憐に咲き誇るその笑顔は見るもの全ての動きを止めると共に…

その身体から発している、桁違いの妖力によって…立ち尽くす者、地べたに這いつくばる者…その場にいた月人達を皆平等に、圧力を与えていた。

 

「一秒でも早く、霞ちゃんに会いたいから…」

 

そして、動けなくなった月人達から…もう自分達には呼吸と後悔以外に出来る事は無いことを知らしめながら、月人達の全ての生殺与奪をその小さな手で。粉々に握りつぶした鬼は笑う。

 

 

 

「一撃で、楽にしてあげるねェ?」

 

 

 

 

月人達は、叫び声すらあげられないままに…目の前に佇む死を、最後の時まで眺め続けていた。

 

 

 

 

「…お目覚めかな?」

 

「…ッ…貴様等…!!我々にこんなことをしておいて、タダで済むと思っているのか!この妖怪風情が…早く蓬莱山輝夜をこちらに引き渡せ。さも無くば貴様の命は無いぞ?」

 

 

意識を取り戻した男に対して、いつもの様に振る舞う霞。そんな霞を見て露骨に嫌そうな顔をした男は、懐へと手を伸ばして小型の銃を取り出すと…それを霞に向けて構えた。

 

 

「ん…流石に、そんなモノで私が殺せると思わないで欲しいね。それと、私の質問に答えてもらうのが先に決まっているだろう?この空間がどうなっているかも知らないのに、良くそこまで上からものを言えるものだね…何だか逆に、その図太い神経は凄いと思うよ。

…まぁ、尊敬はしないがね?」

 

「貴様…ッ…月の技術を舐めるのも、いい加減にした方が身のためだぞ?貴様らのような地上の妖怪は、月と比べればまさに虫けらのようなモノに等しいだろう。なのに何故この私が貴様のような蛆虫如きの質問に答えないとならんのだ?」

 

 

男はそう言って、霞の質問を蹴り飛ばした。霞も予想を遥かに超える月人の態度を見て、失望に似た感情を胸に抱き始める。既にこの男との会話は、無意味に等しいと感じ始めてしまった。

 

 

「はぁ…ここまで筋金入りだと話にならないな。輝夜の言った通り、月に帰ったとしてもろくな事にならない。

…永琳のような存在が身近居ただけ、まだマシだったのかもしれないな…?」

 

『永琳』という単語を聞いて、男の様子が変化した。

…霞にとって、不愉快な方向へ。

 

 

「…貴様は何を言ってるんだ?蓬莱山輝夜の存在価値など、元から無いに等しいだろう『蓬莱の薬』なんてものを飲んだ罪人に、居場所など与えるはずが無いだろう?穢れを生み出し続ける害悪等、神聖な月の世界に必要ない。

月の民への見せしめの為に輝夜は連れて帰る。最悪1度殺すか四肢を切断してでも連れて帰るのは、このような罪人を増やさない為であり…永琳様の考えを正すために決まっている!!あの方にはもっと、月のためになる技術の開発をしてもらわないと困るんだよ…

我々はあの方が行う『家族ごっこ』に、いつまでも付き合う気は毛頭無い!」

 

 

「…あぁ、そうか」

 

それを聞いて、霞の目におぞましいモノを見るような、軽蔑の色が混ざる。

輝夜が月へと連れ帰られるのが嫌だと言ったのは…本当に、心から地上が好きだから離れたくないと言ったわけではなかったのだ。

しかしそれも霞には仕方ないと思えた。退屈から逃げた先にあったのは…希望ではなく絶望だったのだから。

目の前の地獄を知っていたから、輝夜はこの生活を捨てたくなかったのだろう。

 

霞は力なくそう呟くと、目の前の男を見据える。自分が今言った発言は間違っているとなど全く思っていないのか、先ほどと変わらずに傲慢な顔をして霞を脅していた。

 

 

本当に、この存在は好きになれない。

 

「これで満足か?それなら早く私ここから出すといい。命が惜しくないのか?あの罪人を護った所でお前に一体なんの得があると言うんだ?

煩く騒ぎ、禁忌に手を出し、我らから『月の頭脳』を奪った罪人等、何の価値も無いと言って……………ぁ?」

 

男の言葉は、最後まで伝わる事は無かった。男の背後から音もなく忍び寄った羽衣が男の体を縛り付ける。

身動きが取れずに慌てる男を蔑むような、冷酷な眼で見つめる霞は徐々に羽衣の締め付ける力を強くしてゆく。

 

 

「ああ。そうか…やっぱり、そうだろうな。非常に残念なことだが…どうやらお前達の言葉に、嘘偽りは無いらしい。

…だがお前は大いに選択を間違えたよ。見ていて清々しい程に、お前はその月人が1番だという自己中心的な考えに囚われた挙句、盲信的にそれを信じているからこそ…

今現在の自分の立場が見えていないらしい。

…お前は何を言っているんだ?何が命だけは助けてやるだって?…お前達は揃いも揃って、一体何を寝惚けた事を言ってるんだか…本当にお前達は救えないね。

この際だからはっきりと言っておこう。実は私達もかなり怒っているのさ…昔から、お前達のやり方なんて笑えないし、今回の輝夜の送還だって気に入らないし、お前達の頭は実に短絡的過ぎて…理解したく無いんだと思うよ。こんなにも頭にきてるというのに、もうお前達に関心を持ちたくないと思える自分もいる程だ」

 

「きッ…貴様…!!!我ら月の民に、穢れた妖怪の身で楯突こうと言う気かッ…!地を這う虫けらが、何を言うかと思ったら…何故、妖怪如きが我々に向かって対等に話す口ぶりなんだ?私には理解出来んな…」

 

「あぁ。私は今でも争いも闘いも、ましてや殺し合いなんて嫌で嫌で仕方無いけれどね……お前達は、どうやら違うらしい。どれだけ腹を割って話しても、共に湯を汲み交わしたとしても…お前達とは絶対に、私が相容れることは無いだろう。

なら、こちらも輝夜を護ると決めたんだから…それを脅かす存在には、相応のお返しをさせて貰わないといけなくなるからね…

………お前は、全力で潰すよ」

 

その瞬間、急激に締め付けた羽衣によって…男の体を砕く音が空間全土に響き始める。

 

「ぎ…ッ…あ、がッ…あああぁあぁああッ!!!!」

 

痛みによる絶叫と、泣き叫ぶような悲鳴が混じった音を聞ききながら…霞は呟いた。

 

「安心するといい…ここは私の空間だ。輝夜達の安全を確認すれば、その羽衣を取りに戻るから…気長に待つといい。

何、私が創った空間だ…私の能力にかけて、お前は絶対に死なないさ」

 

「た、助けッ…ぎッあ、があ、あ…ッ…アッ…!!」

 

自分でも信じられないほどに冷たい感情を持ったまま、霞はその空間から出る事にした。

 

やはり自分は、肉体を殺す事は出来ないらしい。

 

─────────────────────

 

 

「あっおかえり!霞ちゃーん!!!」

 

霞の目の前にあったのは…紅い花が咲き乱れた屋敷の姿と、いつも通りの紬の姿。

 

変わり果てた屋敷を見て、霞の心は揺れていた。

 

 

「…仕方ない。名残惜しいけど…私達もここを去るとしよう。こうなった以上、もうここには住めないし…たった数ヶ月程度しか過ごしていないけれど…この都での暮らしは充分、楽しめたよ。

…ああ、そうだ。こうなるなら最後に、折角だからあの茶屋で団子を買っておくべきだったかな…?」

 

そんな言葉を聞いて、紬の口角が上がる。

 

「…ふっふっふー…霞ちゃん。お団子ならここにあるよ?どーですかこの大きさと柔らかさ!まさに至高の団子だと思わない?ねぇねぇー…」

 

そう言って紬は霞の背中によじ登りながら、むにゅんと身体を密着させる。

大方こちらの返事を待っているのだろう。いつもなら小言を返すところだが…

 

今は何故か、安心感を感じていた。

霞の心を見据えた紬の行動に、心は支えられている。

 

「…あぁ…ありがとうね、紬」

「うふふ…どーいたしまして?」

 

そう言って二人は紫に貰った札を使い、スキマを開く。

 

行き先は輝夜達のいる…『永遠亭』

 

 

 

 



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過去とイマと永遠の宿敵

4年ぶりですね。お久しぶりです…いやほんとに。


鈍色の光が、輝夜へと降り注ぐ。そこから感じる熱によって、浮上していた輝夜の意識は覚醒へと導かれていた。

 

『霞…貴方は今、この世界の何処にいるの…?』

 

それでもまだ、白くぼやけた世界の中で、輝夜は微睡みに浸って居た。その胸に秘めた思いは時間の流れに逆らうように、輝夜の心の芯として、あの忌まわしき別れの日を乗り越えた輝夜をなんとか支えていた。

 

『霞ぃ…逢いたいなぁ……』

 

だけどやはり、少しばかりセンチメンタルな気分になってしまう時もある。

あの時、初めて恋する乙女になった輝夜にとって…霞という男は特別だった。成り行きで出会ったものの、煤けた心も気づけなかった養父母の優しさも。そして命すらも救われた身として、もしここに彼がいれば……本当なら、何もかも捧げても良いと思える程に。

だから今だって、ここでなら……願うだけならば、許して貰える。夢の中ならば、何度だって彼と出会う事だって出来る。もう以前よりも少しばかりぼやけてしまった輪郭が悲しいけれど、それでも………

 

だからまだ、私は…

 

 

…この微睡みから、目覚めたく無いの。

 

『ん?どうして私のことも一緒に思い出してくれないんですかー?』

 

そんな自分を見て、ニッコリと笑顔を浮かべる少女の姿…って…

 

もう!ちょっとアンタは黙っててよ!?いきなり乙女の夢にまで勝手に出てくんじゃ無いわよ危ないじゃないですかこんのバカァっ!!

 

 

『あはは!ごめんなさーい?うふふ…けど、もうそろそろ起きないとー…かぐやちゃんってば、この後は大変なことになっちゃうかもねぇー……?』

 

…………え?

それって、一体何のこ『それじゃあねーっ!!!』って

勝手に出て来て意味深な言葉残して帰るんじゃないわよこのおバカーっ!!

 

そんな白い夢の世界へ、明かりのような日差しが差し込み始める。

 

 

夢はもう、醒めるのだろう。

 

 

…かぐや姫の負った紬という存在へのトラウマは…霞への想いのように、何百年経とうと変わらないらしい。

 

 

 

 

 

 

「…ちょっと霞。それ、本当なの…?」

 

 

霞の口から、ありのままの話を聞いた妹紅の顔は、硬直していた。霞が語った内容を聞く限り…輝夜の生い立ちも中々に厄介であり、不憫な目にあっていたらしい。

 

そこで霞は話を切り上げ、視線を手前に向け始めた。

 

「うん。取り敢えず話せるのはここまでかな。まぁ、輝夜と過ごした日々はそんな所だと思うよ。その後だって、まぁあれだけ暴れたのだから、都は後にしないといけなかったからね。

紬と一緒に、一旦妖怪の山へと帰ったけど、その後また永遠亭に行ってから、輝夜と色々と一悶着あったんだけどね…いや、それはまた今度話すとしよう。どうやら妹紅のおかげで、無事に着いたらしい…」

 

 

その建物を見た霞は……

 

 

「…うん。懐かしいなぁ…ここに来るのは、いつ振りだろう…?』

 

 

「…………………………」

 

「……ん?どうしたんだ、妹紅?」

 

そんな霞の問いかけに、妹紅からの返答は無かった。

 

目の前にあるのは1つの屋敷。

その屋敷を妹紅が認識した瞬間、身体を覆っていた硬直は消え去った。

今の妹紅の心にあるのは、たった1つの思いだけ…

 

 

「………ゃ……す……!」

「…妹紅?」

「……ぐや……ろす…ッ!!!」

「…あー…おい、妹紅?」

 

メラメラと身体が燃える程、体温が上昇しているのが分かる。実際、白い髪の毛が逆立っており、自分の周りへと火柱が上がり始めている。

 

……つまり、妹紅はこれ以上ない程に『怒っていた』

 

胸を焦がすこの思いが、どうにも抑えきれない。

 

「…あンの野郎…ッ…輝夜、絶対に殺ーーーすッ!!!!!さっきから話を聞いてりゃアイツコラ何で私に事故だからって霞のほっぺにキスした事、今まで黙ってやがったんだあンの野郎おおおおおおおおおおおおッ!!!!!!!!」

 

そう言って、妹紅は目の前に聳える永遠亭目掛けて走り出した。今もあの屋敷の中でアホ面晒して眠りこける輝夜の姿を想像するだけで…腸が煮えくり返って仕方ない。

 

いつも弾幕勝負で決着を付けていたが、今回はホントに燃やしてもいいんじゃないかな?…なんてことを少しだけ冷静な自分さえも思っていた。

 

加速し始めた妹紅の足は、止まらない。

胸を突き動かす激情が、輝夜の行為を許さなかった。

 

 

取り敢えず…あの恋敵を、一発殴ってやるまでは。

 

 

永遠亭。

 

そこで働く鈴仙は今日もまた、師匠である永琳が作った薬を手に取り、人里へと売りに行く為に準備を進めていた所だった。

 

「今日もいい天気だし、元気に師匠からのお使いをがんばらなきゃ!さーて、そろそろ姫様を起こしてから、人里にでも───」

「ごめんくださ死ねぇぇぇぇッ!!!?!」

 

ドガシャァアアアアンッ!!!

 

「え、ええええええぇえぇええ!?!?!?」

 

凄まじい轟音と共に、目の前にあった玄関の扉が此方へと吹っ飛ばされてきた事に焦り、咄嗟に鈴仙はしゃがんでそれを避ける。

 

危ない、とても危なかった。もう少し判断が遅かったら……って、これは一体何事なの!?

 

 

「ちょっと!!!いきなり危ないじゃないですか!!!こんなの誰が……って妹紅さんってば何してんですか!!!扉壊すなんてそんなの私が師匠に怒られちゃうじゃないで」「今ちょっとお前に構ってらんないからそこどいて鈴仙ッ!!!」「ヒイッ!?」

 

 

目の前にいたのはちょくちょく此処へ遊び……とは軽々は言えない行為をこの永遠亭の姫である輝夜と何度も繰り返してきた、物語の宿敵のような存在である…藤原妹紅、その人だった。

 

いつもならこの永遠亭の周りを囲っている竹林に住む、てゐによって引き起こされた悪戯……というにはかなり凝った作りの罠にかかった時以外、比較的に理性的な妹紅は普通に玄関を開け、そして鈴仙や師匠である永琳と軽い雑談を零した後。だいたいいつも自室へ籠っている輝夜の元へと進むはず……だった。

 

 

…しかし、今日はそんな余裕すら一切感じない。そこに居るのは純粋に何かによって怒髪天を突いたかのような、ブチ切れた妹紅の姿。

そのあまりの勢いに思わず輝夜の部屋へと続く廊下への道を譲ってしまった結果、妹紅は一直線にそこへと走り出して行く。

 

「ちょ、妹紅さんってば!?ホントどうしたんですか!」

 

鈴仙の制止など聞かず、駆け出す妹紅。それを追いかけようとした鈴仙の後ろから、突然声をかける存在が居た。

 

「失礼。少しいいかな?…あぁ、妹紅がすまないね…とりあえず、ここが永遠亭であってるかい?」

 

「え、なななんですか急にというか誰ですか貴方!?ここは永遠亭ですけど……えと、貴方は…もしかしてお客さんですか?」

 

そこに居たのは、見慣れない姿をした男の…多分、妖怪だった。一見、その男は鈴仙には人に見えたものの、そこから感じるのは…大方は抑えているであろう微弱な妖力の存在と、首周りを自由に動く羽衣だった。

 

多分…この妖怪は強い。

ある程度の実力がわかる鈴仙の評価はそんな所だった。

 

 

 

「まぁ、そんなものだね。ちょっと状況が忙しいけれど、とりあえずお邪魔させてもらっても良いかな?」

 

「は、はぁ……??」

 

…なんだろう、このマイペースな人……??」

 

 

訝しんでいたものの、あっけらかんとした男の言動と纏った木漏れ日のような安心感のある雰囲気により、実際はよく分からなかった。

 

 

し、師匠ならこういう時、どうしたんだろう…?

 

 

 

 

────────────────────

 

そして同時刻。輝夜の部屋を見つけた妹紅がまず行ったのは…スペルカードを1枚取り出すと、勢い良く輝夜へ向かってお見舞いする事だった。

 

 

「オラァ見敵必殺ッ!!フジヤマ…ヴォルケイノォオッ!!!」

「みぎゃああああああああああッ!!!??」

 

轟音と熱気により、輝夜が寝ていたであろう布団へと弾幕の嵐が巻き起こる。

勢い良く弾幕を放った所為か、布団は跡形もなく消えさっており、その場に残ったのは……煤けてボロボロになった服を着た、チリチリと身体から煙を噴き出す少女の姿だった。

 

 

「……はーっ、はーっ…ふぅ。うん。結構スッキリしたなー…」

 

 

そんな風貌のなかなか見れない輝夜の光景を尻目にして。まるで先程まで燻っていた胸のつっかえが取れたような、晴れやかな気分が妹紅に訪れる。

さっきまでのイライラが嘘のように消え去っており、このまま霞の温泉に入ればもう今日はなんにもしなくてもいいや…なんて考える程に、今。妹紅は満ち足りていた。

 

 

「ふー…私がやっといてなんだけど、アンタ生きてる?」

 

…まぁ、私の宿敵がこんな簡単な遊びで死ぬ筈はだけれども。

 

「な、に、が、スッキリよこんのバカァ!!!どこの世界にこんな起こし方をするバカが居んのよおたんこなす!!いきなり何!?まさかだけど、ついに頭がおかしくなったのかしら!?」

 

いきなり寝込みを襲われて少し半泣きになった輝夜が、激昂して妹紅へと詰め寄ってきた。普段は澄ました顔をしてる癖に、ボロボロになって喚いているのを見るとさらに楽しくなってくる。

 

「いや別に……お互いどーせ死なないんだからさ。全力で殴ったって別にいいでしょ?て事でとりあえずさっさと着替えてくれると助かるし、その後でアンタに会って欲しい人が居るんだけど」

 

「はァ!??だからって突然来ておいてなんなのよ今日のアンタは!!喧嘩売ってるのなら上等よ!それならこっちだってスペルカードで勝負…って、何よ突然?アンタの口から私に会わせたい人って…誰の事よ?」

 

未だにキーキーと怒っているものの、どうやら話を聞いてくれると判断した妹紅はそんな輝夜を見て1つ、悪戯を思いついた。

 

どうせなら、突然霞に会わせてやろう。

そうすればコイツは…どんな反応をするのだろうか。

 

…いつもここの兎にしてやられてるから、ちょっとした意趣返しの意味もあるのだけれども。

 

「まぁ玄関に来れば全部わかるからさ。私は何も言わないけどね?その前に1つ……いや、結構あるなぁ。着替えながらでいいから質問いい?」

 

「今日のアンタ、いつもよりペース狂わされるわね……もう、髪が煤けてるじゃない。で?何が聞きたいのよ…今日の私、結構誰とも会いたくない気分だったんだけど…?」

 

「まぁ色々あってね。で、突然だけど霞って知ってる?」

 

 

 

「…え?」

 

その言葉を聞いて、着物の帯を締める輝夜の手が止まった。

信じられないものを見るような目を妹紅へと向ける輝夜の姿を見て、霞の言っていたことが事実だったことを妹紅は悟った。

 

「そう。それに付け加えると…どうやらアンタみたいな腹黒性悪女がさ、ほっぺにキスまでしてる…そんなとっても変な妖怪らしいんだけど?」

 

そして、それを聞いた輝夜顔が突然真っ赤な林檎のように赤く染まる。

 

「は、ちょ、え、っはァァあぁあぁあッ!?!?なんでアンタが霞を知っ、知って…ってなんでそれを!?誰にも言ってなんか無いのに!?え!?ま、まさか永琳…いや違う、言ってない!!てことは紬…アイツかぁああぁあぁっ!!!!!」

 

先程までとは違って混乱して騒ぐ宿敵を見て、妹紅はニヤリと口角が上がるのを我慢できなかった。

ケラケラとひとしきり笑ってから、さらに輝夜へと話を続けて行く。

 

「いや、それは本人から聞いたんだけど」

 

「…え?」

 

「姫様ーっ!!何だか変な妖怪が、姫様に会いたいって言ってるんですが、連れてきても構いませんかねー……??」

 

 

「え?え?ウソ、そ、それってまさか……」

 

そこにやってきた鈴仙が、ボロボロになった部屋を見てある程度の事情を察した後。部屋の主である輝夜へと近づいてくるのが分かった。

 

…そして、そんな鈴仙の後ろから。輝夜にとっては聞き覚えのある。ゆっくりとした静かな足音だった。

 

…ああ。どうして。

あんなにも夢の中で願い続けていたのに…

 

 

そこに居たのは、夢で出会った時のように。あの時と変わらない…白い浴衣に羽衣を纏う、静かな微笑みを浮かべている本人が、輝夜の目の前に佇んでいた。

 

 

────────────────────

 

「……やぁ、久しぶりだね。輝夜…」

 

「え……??」

「…ぅえ、え、えっ……ぅぅぅぅッ!!!」

 

「──がぁすぅぅんみぃいいいいいいっ!!!!」

「ゲフッ……!!」

 

 

「ひ、姫様ーっ!?」

 

その姿を確認した瞬間。目にも止まらぬ速さで輝夜が行ったのは……腹部への強烈な飛び付きだった。

 

…尚、そのまま2人は床へと吹き飛んで行くのだが。

 

「おー、飛んだ飛んだ…というかいくらなんてくっつき過ぎじゃない?けどまぁ……私もやったしなぁ。今回だけは許してやるかねぇ…」

「え?ちょ、妹紅さんもやったって……え?これをですか?」

「ん。私は感極まって本気で膝蹴り」

 

「えぇっ!?そ、そんなことしたら…あの人、死んじゃうんじゃないの…??」

 

「いやいや、それは勝手に私を置いてった霞が悪いから。個人的にだけど、ちょっとはこれで懲りれば良いと思うんだよねぇ」

 

「ぅうーん……情報が多過ぎて、もう私じゃあ状況があんまり呑み込めないんですけどぉ…?し、師匠にこれ、私…話してくるべきなんですか!?」

「ま、永琳だって話したいと思ってるんじゃないかな。ここはアタシが見とくから、鈴仙は永琳呼んできなよ?」

 

「えっと…そ、それじゃあお言葉に甘えますけど…うぅ、玄関の扉は弁償してくれないと困りますよぉ?」

 

「うげ…ははは。それはまぁ、霞によろしくっ!!」

 

「そんな殺生なぁ…っ……うぅ、もう。こんなにも天気がいいのに、胃が重いわ…」

 

 

 

 

 

─────────────────────

 

倒れ込んでから数分が経って尚、霞は起き上がることが出来ないでいた。

 

「…はは、痛いよ輝夜。これでも割と、歳を食ってるんだから、もうちょっと労わって貰えると助かるんだけどなぁ……?」

 

「かすみかすみかすみかすみかすみかすみかすみかすみ本当の、かすみ、、、う、うええええええええぇぇえんっ!!」

 

 

床に倒れ込んだ霞の上へとしがみつきながら、そこに居る霞の存在を輝夜は離さず、寧ろもう離さないと決め込んだように、腕に回る力は増すばかりだった。

 

輝夜の黒い真珠のような眼からは滂沱の如く、とめどなく涙が止まらない。

1000年を超える時間の果てに出会った想い人に対して…まるで堰を切ったように、涙は雄弁に輝夜の悲しみと最下位の嬉しさを表してくれていた。

 

 

「ほら、そんなに泣いたら綺麗な顔が台無しだろう?それに、積もる話もあるんだから…そうさな。また昔みたいに、湯にでも浸からないか…?」

 

「ふぐぅ…っ、う、うぅ……こんな時なのに、アンタはまた、そんなこと…っ…ぅぅ、は、入るに決まってるじゃないのぉっ…!!」

 

本当に、自分が出せる誘い文句の少なさに毎度の事ながら辟易してしまう霞なれど。

その言葉は輝夜にとって…何よりも大切な思い出の言葉であり、その言葉をこの長い無限の時間の中で待ち焦がれて居たのだから。

 

 

「ちゃんと、もぅ、あれから何があったのか…一切合切ちゃーーんと、聞かせてもらうん……だからね?」

 

涙を自分の来ていた服の袖で拭おうとした時、ふいに霞は自分の羽衣をに手をかけて輝夜の顔へと宛がった。

 

優しく、丁寧に涙を拭ってくれる安心感によって、少しばかり輝夜の心も落ち着き始めてきたのか…今は何も言うことなく、その羽衣越しの霞から感じる温もりに心を委ねていた。

 

……そんな様子の輝夜を見て、霞自身も昔はよく、紬によって泣かされた輝夜をこうやって、宥めていたっけなぁ……なんて。懐かしい感覚を取り戻したことに、気が付くのだった。

 

 

「うーん……もっと早く、ここに来るべきだったかもしれないねぇ。ああ、誰も彼もあの時と変わらないんだ。私も個人的な思いを優先するんじゃあなかった。ここに来て、更にそう思ったよ…」

 

「…霞のバカ。本当に、こっちの気持ちも知らないで…」

「…うん。私が悪かったよ。こっちに来てから紬にも怒られてしまったからね……今は少し、償いがてら挨拶回りをしている所だったんだけど…本当にすまなかったね。」

 

「…うん。辛かったんだから…けど、もう、許すわ。こうやって、また逢いに来てくれたんだから。もう……何だかなぁ…あんなに怒って、悲しんで、許さないって思ってたのに……これが紬が言ってた、惚れた弱みってやつなのかなぁ…?」

 

全く。今日、夢に出てきた紬を思い出すと…確かに自分はもう、怒る気力も無くなってしまっている。それだけ嬉しさが溢れているんだから……紬の言うことに賛成するのは多少癪なれど、理解してしまう。

 

 

 

 

 

「…なぁ、そろそろ私抜きでイチャイチャすんのもやめてくれない?」

 

 

そこで、今まで口を差さなかった妹紅が2人の空間へと切り込んだ事により、溶けそうな程に甘い(自称)空間は霧散してしまう。

 

「あぁ。すまないな妹紅…」

 

「はぁ!?べ、別にイチャイチャなんて…というかなんで霞とアンタが知り合いなの?私、アンタからそんなこと聞いた事ないんだけど」

 

「それ、こっちのセリフだから。それにさっきの質問、アンタ答えてないでしょ?」

 

 

突然さっきまでの話を掘り返されてテンパる輝夜を他所に、妹紅はこめかみに青筋を立てながら笑顔で輝夜へと話しかけてくる。

 

それはまるで、あまりにも仲良しな自分と霞を見て…

 

 

 

 

…あぁ。そうか…成程ね?

 

それを見た輝夜は、一気に落ち着いた表情を顔へと貼り付けると…今も尚離さない霞を両腕で抱きしめ、そんな妹紅へと向き直る。

 

 

「さっきの、って、あー…うん。そうよ?うん。私の……『初めて』の相手。それがここに居る霞。というワケで、私たち今から再開の証としてちょっと2人きりになりたいから…もうアンタ帰ったら?」

 

 

…コイツ、完全に私に嫉妬してるじゃない!!

 

 

勝ち誇った顔をを見せる輝夜を見て…

ブチっと、妹紅から音が鳴った。

 

 

 

 

「…よし。さっきので頭が冷えたかと思ってたけど結局こうなるんだって改めて再確認したわ。」

「…へぇ?」

 

 

 

燃えるような凄惨な妖力を纏い始めた妹紅を見て、輝夜もまた、朝からお見舞いされた一撃を思い返しては盛大に妖力を解放し始めた。

 

 

そうだ。やっぱりどうせお互い不老不死なんだ。ならばやることだって1つしかない。

 

 

 

 

「「表出ろォ!!」」

 

 

 

駆け抜ける轟音と爆発音により、2人は空へと飛び出した。

色鮮やかな弾幕の海が、永遠亭の空を彩り始める。

 

 

「…うん。どうやら二人とも、この世界でも元気に過ごしてる様で…良かったよ」

 

光り輝く閃光と燃え上がる火の鳥がぶつかり合う庭を眺めながら…霞は呑気にそう零すと、とりあえず3人がのんびりと入れるサイズの温泉を創る為、自分もそこへと足を進めていった。




色々とあった4年ですけど、またゆっくり更新していけるように頑張ります…あと、読み返して文章と構成を直さないとと思ったのですが、まずは続きを書けって感じですね。いやはや難しい…


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喧嘩と報告と背後の鬼

ゆっくり執筆中……


1枚、また1枚。パラパラとカルテを捲る指先に、ふと…仄かな日差しが差し込み始ていた。

 

今、永琳が居るのはこの永遠亭の中でも人里からやって来た病人達は入れない、永琳自身の能力をフルで活用する為に設けられた…端的に云えば製薬専用の、マイルームだった。

 

隣から、調合中の薬瓶から煮え立つグラグラとした音。数々の薬品とその材料による特殊な香り。そんな永琳にとって、ごく普通の時間を過ごしていた時の事だった。

 

 

 

 

「………ふぅ。少し、休憩しようかしら。」

 

 

…なんやかんやと思い返せば故あって、この永遠亭で薬師をする事を選択した過去の自分。

 

『あぁ、なんだか懐かしい事もあったわねー…』なんて1人で苦笑しながら、唐突に頭によぎる過去の風景を思い出していた。

 

永琳は両指を絡めた腕を天へと掲げ…ぐぐ…っ…と椅子に座りながら、凝り固まっていた身体を伸ばし始める。

 

予想外に身体からコキコキと、子気味のよい音が鳴ったことに対し、内心で少しばかり溜息を零しながら、今朝入れてからさっぱり放置していた所為でもう、とっくに冷めてしまっている珈琲を手に取り、口を付けた。

 

 

『あら永琳ってば何飲んでるのって…うわ何これニッガぁ!?毒ッ!?永琳これまさか毒なのかしらこれッ!?』

『はぁ…そんな訳ないでしょう、貴方バカなの?』

『酷いッ!?だ、だってこれ…めっちゃニガいんだもの…!!』

『ま、子供…いえ。普段から「わかりやすい」食材ばかり好んでいるもの。やっぱりまだ貴方にはこの良さは早かったんじゃない?』

『な、何て事言うのよもぉおおおおおおおお永琳のバカぁあああぁああッ!!!』

 

初めて珈琲を飲んだ時。そう叫び散らしていた輝夜を見て、まだまだお子様なんだから…なんて思ってしまった永琳。

 

 

涙目で恨みがましい視線を向ける輝夜を見て、いつまでも手がかかるんだから…そんな風には思った事も新しく。疲労感を感じていた目を覚ます様に刺激を与える苦味。そして鼻を抜けるスッキリとした香り高い風味によって、永琳は先程までの作業を一時中断し、作りかけだった新薬の論文から目を離す。

 

 

ココ最近。思いのほか新薬を構築する為の研究に没頭していた節もあったせいか…身体が少しばかり、動かしにくい事には気がつかない振りをしようとした時。

 

大方、庭で弾幕ごっこが始まったのだろう。何を言っているのかは聞こえてこないが…いつもより激しく、それに派手な音が永遠亭の外から聞こえてきた。

 

 

竹林から吹き込む風により、窓辺で一際大きくカーテンは揺れた。昼を告げるように太陽の位置は既に変動しており、日差しが差し込んでくる。

 

 

 

そんな時だった。

 

 

「す、すみませーん…あのー、師匠、今ってその、お時間は大丈夫ですか?師匠にちょっと相談というかその、伝えなきゃというか会わせなきゃいけない案件があるんですけどぉ…ひーん…」

 

声をかけてきたのは鈴仙だった。しかしこう、なんという弱々しい声を出しているのかしらこの娘ったら…

 

 

「ええ、大丈夫だから…入ってらっしゃいな」

 

さて…といっても鈴仙がこの時間に永琳の部屋へと足をかけてくることは珍しく、そもそも今日は人里まで赴いて薬を売りに行った筈だった。

 

自分のことを薬師としての師匠だと敬っている為、こんな風に多少へりくだった声音で話しかけてくることもあったものの…それにしても今日の様子はおかしい。

 

何があったのか。それとも、「誰が」居るのか…

 

 

そんな事を考えていた永琳だったが…答えが出る前に、どうやら目の前にある扉が開いていた。視界に飛び込んできたのは…ぐすぐすと半泣きになりながら、うさ耳をへにょりと垂れ下げている鈴仙と………

 

その隣に居た、1人の鬼だった。

 

 

 

「久しぶりだねぇー…永琳ちゃん?」

 

「…はぁ。それ、こっちの台詞よ。紬?」

 

 

幻想郷最強の鬼。名を紬。鬼子母神の2つ名を持つ、そんな大妖怪。

 

「実は用事があって、永琳ちゃんに会いに来たんだけどぉ…うふふ…お時間、大丈夫かなぁー?」

 

あぁ、だからこそ…そんな鈴仙の反応を見て。思わず永琳は納得してしまった。

 

 

「全く…最初から断らせる気なんて無いのによく言うわね…」

「あらら、やっぱり私の事ぉー…よぉーく分かってるね?」

「付き合い長いんだから当然でしょ…それで?貴方…私の助手がさっきからプルプル震えてるのだけど、何かしたのかしら?」

 

 

こちらを覗く鈴仙の目は潤んでおり、ここに来るまではさぞ、心をすり減らした事だろう。

そんな鈴仙をよそに、ニコニコと笑顔を浮かべる紬は永琳へと歩きながら、ここに来るまでの経緯を説明するのだった。

 

 

「いやー?ここに来た時に玄関が空いてたので、とりあえず入らせてもらったんだけどぉ…そこでこの娘にばったり出会ってねぇ?道案内というか、部屋案内に丁度いいかなって思ってねぇー…こう、お願いしたら快く引き受けてくれましてぇ」

 

「…コクコク」プルプル

 

鈴仙としてはいきなり鬼子母神と鉢合わせたのだから、生きた心地がしなかっただろう。そしてそんな存在からのお願いを断れる程、鈴仙という少女は肝が据わってる訳では無いのだから。

その姿はまるで、首根っこを掴まれた小動物…そんな様だった。

 

 

そんな鈴仙を見て、紬は更に笑顔を浮かべていた。

 

 

「この娘、とっても良い反応だねぇー?それに、何だかこう…仄かに霞ちゃんの匂いがするからねぇ…ついつい脅かし過ぎちゃったかも?」

 

…………霞の匂い?

 

「あら、それは災難ね…それと今日、あまり研究に集中出来なかったのって…もしかしたらアナタが来るせいだったかもしれないわね?」

「ふふふふふ、永琳ちゃんってばぁ面白い事言うんだからぁー…!!」

 

虫の知らせというべきなのだろうか?

今日半日の妙な感覚は、この時の為だったと決めつけても構わないのでは?

 

そんな風に思いながら、永琳も軽口を叩き始めていた。

昔から、紬との雑談はこんな感じだったわね…

 

 

「あら?珍しく、自覚があったのね。今日は雨でも降るのかしら?」

「いえいえ…今日という、私にとってとぉーっても大事な日にね?雨なんか降らせる訳無いじゃないってお話だからねぇー…それに万が一降ったら、その時はその時だよねぇ…??」

 

そんな中、突如紬の妖力が跳ね上がった。

衝撃で鈴仙が更に驚いているのを見て、これ以上に鈴仙に余計なトラウマを植え付けるのも大変だし…流石にそろそろ止めた方が良いと判断したのか、永琳は紬の頭に軽い手刀を落とした。

 

「はぁ…もう。言葉の比喩に対してそんな風に妖力を溢れさせないで頂戴?鈴仙がこれ以上使い物にならなくなったら、貴方が人里まで行って仕事してくれるのかしら?」

 

「はっ、いけないいけない…私としたことが、ついうっかりだねぇ…」

 

「まぁ、貴方だったら雨が降ろうが雪が降ろうが、何とかしてしまうんでしょうしね…」

 

落ち着いた紬を見て、永琳は中断していた話を進めて欲しいと話の道筋を整え始めた。

 

 

「…それで話って何かしら。もしかして…さっきから庭で騒いでる、輝夜とも何か関係あったりするのか…ね?」

 

「はっ、そうでしたそうでした。」

 

そういった紬は先程までの空気を変えるかのように咳払いを挟むと、くるりと永琳へと向き直って話を進め始めた。

 

「まぁそんなことは後で幾らでも話せるから、とりあえず説明は後でするんだけどね?というかここに霞ちゃん居るよねふふふ早く『霞の宿』が完成したって伝えたいけど今は輝夜ちゃん達の時間だから仕方なく永琳ちゃんにもお話しとこっか!!って感じなんだけど本当は霞ちゃん達に混ざりたいなぁ羨ましいなぁって事なんだけど、ああこれ以上霞ちゃんを待たせるのも嫌だから早く纏めておきたい事があるんだってというかここまで分かった?」

 

 

…本当にこれ、霞が絡むとどうしてこうなってしまうのか。普段の仕事が出来る分、如実にこの時の残念っぷりが出てしまっているのがなんとまぁ……

 

 

「…ええ。要約すると…今この幻想郷に霞が居て、それで貴方は彼用の家を作ったからその報告の為にここまで来た…って事で良いのかしら?」

 

「流石永琳ちゃん。ずばりそういう事だねぇっ!!」

 

そして、自分で出した言葉ながら……それもまた、永琳にとっては特別なものであって。

 

 

「…そう、ここに今…霞、ここに居るのね。成程…道理であんなにも輝夜が騒いでいるわけだわ…」

 

「そうそうそれでねぇー?そのついての事何だけどぉ…」

 

 

そこから更に、紬は言葉を続けて行く。

それを永琳はまた、興味深そうに耳を傾けており…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…………………………今日は厄日だなぁ)

 

 

部屋から出ることも出来ないまま、鈴仙は1人震えていた。

 

 

もう、今日は早く寝たいなぁ……

 

 

まだまだ1日は長いらしい。

 

 

─────────────────────

 

 

 

「はぁー…生き返るわぁー…」

「普段ならやんないけど、今は同感だわー…」

 

迷いの竹林にある永遠亭において、他者との遭遇はほぼ無いと言っても過言では無い。そんな場所に、まず見かけない筈である…白い湯気が立ち込める、そんな空間が広がっていた。

 

 

 

弾幕ごっこを終え、お互いに煤けた身体とボロボロの服に嫌気が差し始めた頃の事。

 

辺りの竹林を眺めながら温泉に浸かる霞によって、輝夜は先程までの殺し合いなんてやっている場合じゃない…

そう気づいた一瞬の隙。それを妹紅は見逃さなかった。

 

 

 

「隙ありィ!!!」

 

「ちょ…っ…バカぁああああああ!!!」

 

 

背後から飛んできた妹紅の弾幕により、そのまま霞の方へと落下して行った。

 

 

─────────────────────

 

 

 

「うへへ…幸せだなぁ……もう。ずっとこの時間が続けばいいのに…」

「…そうさな。久しぶりというには時間が経ってしまった気がするが…まぁ、気にしないでおこうかな」

 

 

この男、本当に変わらない。

あの頃を思い出して少し懐かしくなった。

 

 

 

「へぇ。けど私は昨日から続けて入ってるから、その分勝ってるって事で」「うっさい」「…はぁ?」

 

「…ふーん。何?弾幕ごっこで負けたの、もしかしてまだ気にしてたりすんの?」

 

「アレ別に負けたわけじゃないから。下で霞が温泉造ってたから、そっちを優先しただけだから。」

 

「ボロボロになって頭から着水した癖に…」

 

「そんなの些細な事じゃない…どーせアンタも後から飛び込んだんでしょうに」

「…なんで分かんの?」

 

 

 

そんな2人を、霞は微笑ましい物を見る目で見つめていた。

 

 

「…それで、今はこうして私達と一緒に居る訳だけど、これから先のの霞はどうするの?」

 

 

「ん?どうって…この後の事かい?」

 

「そう。まさかとは思うけど…永遠亭にまで来ておいて『やぁ輝夜久しぶりだねじゃあもう帰るよ』なんて言葉を残すつもりだったら私。そんなの…そんなのは絶ッ対にッ!!ゆーるーさーなーいーかーらーねーぇーッ!!!」

 

 

そう、霞の目の前で天女の如く特上の笑顔を浮かべる輝夜の目は…全く、笑っていなかった。

…寧ろブラックホールのように、視線を吸い込まれる様な圧力も合わさることによって最早これでは夜叉と言っても過言では無いだろう。

 

「おい、痛い痛いってば…こら、私はまだ何も言ってないだろう?」

 

そんな輝夜の問いを受け、霞は少し考え込み始めた。

 

「…そうさな。久しぶりに輝夜に会えたんだから、もっと語らいの他に何かするのも良いとは思うんだがね?」

 

「そ、そうでしょう?それなら」

 

「けれど私はまだここに来て日が浅くてね…この世界の風景を眺める事ぐらいしか、なぁ。

…そういえば1人の時はしていなかった気がするんだよなぁ…さて、どうしようものか…」

 

 

大人しく、今後の事についてを整理しようとしたものの…そういえば、ここに来てからといえば誰かと温泉に入る事以外に何か大きな出来事はあっただろうか?

…元いた世界の代わり映えのない住処から一転した、色彩豊かなこの世界をの鮮やかさを、目に焼き付けていた時間が多かった気がする。

 

 

 

…そういった行為が目立って居た為、実際のところは未だにこの世界に何があるのかを霞は分かっていないらしい。

 

 

そんな霞はを見て、輝夜はこの後の予定を考え込み始めた。

自分にとって時間なんてものは永遠に近い程に飽和している。しかも昔とは違い、この世界では妖怪と人が共存している為………人里まで行けば、2人で一緒にお団子を食べたり、着物を見繕ったり。

 

 

それに、最後は夕陽の見える場所で霞とうふふふふふえへへへへへぇえ…!!

 

一瞬だけとても人には見せられないほどに表情の崩れてしまった顔引き締めると、輝夜は何かを真剣に考え込み始める霞へと向き直る。

 

 

…あの時の私は御伽噺のような箱入りの娘。しかし今の私には自由があり、更には外の世界から流れてきたであろう秘密の禁書や目録がある。

 

だからこそ、今なら。今なら彼と………

 

 

 

 

 

 

 

…デートだって、出来るかもしれない。

 

 

ならば、輝夜のとる行動は決まっている。

ここから、私が霞の手を取って…思う存分、連れ回してやるのよ……っ…!!

 

 

 

「…んっ、ふふ…えっとね、霞?そもそも折角ここに来たんだから、もっと私と昔みたいに2人きりでお話…とか、ね?」

 

「ん、それについても霞から聞いたけど…アンタってばいつも鬼子母神に邪魔され続けて、結局2人きりとかなったことないらしいじゃん?何をサラッと見栄張ってんの?」

 

 

「もぉおおおおおおおおおおおおおおあっ!!!!!!!」

 

ビュンッ

 

「うぉっ…危ねぇだろ!いきなり何すんだお前!?」

 

 

声にならない悲鳴が出た。このお邪魔虫、なんでそんなことまで知ってるのよバカッ!!!

 

 

そして叫びあげると同時に、霞の腕に張り付いている妹紅の顔面へと右ストレートを打ち込む…が、握り締めた拳が顔面へとめり込むであろう寸前。妹紅は勢いよく状態を逸らし、器用にそれを避けらてしまった。不覚。

 

しかし突然の強襲により、流石に焦った表情を浮かべていた。

 

…隣に居た霞にもたれ掛かるよう、その身体を密着させるように。

 

「おいコラ妹紅貴方ちょっとばかり私より胸が大きいからって……見せつけてんじゃないわよシバくわよ」

「へぇー、そりゃ大変。きゃー霞ーアイツ怖いわー」

「コイツぶっ殺」「落ち着け」

 

「「ぎゃんッ!?」」

 

 

そんなふたりの頭へ、霞による拳骨が降りてきた。あ、結構痛い。

 

 

「…温泉では静かに…はまだいいとして、2人とも少し落ち着こうか。妹紅は少し離れて…あと輝夜はもっと慎みを持つべきだと思うんだが?」

 

「うぅ…だってぇ……」

 

涙目の視線に対し、霞は言葉を選びながら…そんな輝夜へと口を開いた。

 

 

「…それにね、だっても何も、お前は充分綺麗なんだ。私にも原因があるのだろうけど…そんな風に、慎みを無くすもんじゃ無いと思うぞ?」

 

「か、霞……!!」

 

そんな霞の頭に浮かんでいるのは、何もかも気にしないほどあけすけな鬼の少女達や幻想郷の管理人。その他大勢の、信用がある為に…行動の一つ一つがなんとまぁ…大変とても絵面が悪いことこの上無かった人物達だった。

 

 

しかし言葉の前半を聞いてそれどころでは無い輝夜。

 

やったわ霞が私の事綺麗だって!きゃーーーっ!!!

 

満面の笑みでクネクネと動く輝夜を見て、妹紅は霞へと文句を言いたげな視線を向ける。

 

「ちぇっ。霞ってばさー…私には何も無いの?」

「…勿論、綺麗だと思ってるよ?」

 

 

…ふふん。

 

「ふーん…まぁついでみたいな感じだけど…へへ。ありがと霞」

 

なんだか聞き用によって、お世辞のように聞こえてしまうけれど…多分これ、本心からそう言っているのだろう。霞という妖怪と触れ合った事がある存在なら、まずこの言葉は信用出来る類だと信じられる筈だ。

 

思いの外にへにへと頬が緩んでしまう2人を見ていた霞の目が突如、何かを察したかのような表情に変わった事に緩みきっていた顔を直していた輝夜が気付く。

 

なんだろう、いつになく真剣な顔をしているけれど…それはまるで、これから起こる『何か』を朧気ながら察したようで。

 

 

「霞…どうかしたの?」

「…ん、あぁ…何だか近いなぁ…と思ってね。」

 

 

ん?近い?それってもしかして……

 

 

「…もしかして照れてたりする?ふふん。あの時は紬が居たからあれだけど…遂に私の魅力に気」

『輝夜ちゃん、私を呼びましたぁ?』

 

「え?だからそうだって───え?」

 

 

 

 

ここは永遠亭。普段ならここに住んでいる存在以外は滅多に遭遇しない隠れ里。

 

そんな場所に、聞きたくなかったはずのあの声が。まるですぐ後ろから聞こえてきて…

 

 

え?えええ?ま、まさか…………ッ!?!?

 

恐る恐る後ろを振り返った輝夜。

そして、そこに居たのは……

 

 

 

 

 

 

 

「はいー、輝夜ちゃんってばお久しぶりですねぇー?それにー、あぁ、確か…妹紅さんでしたよねぇ?あ!それに霞ちゃんも会いたかったよぉ!!」

 

 

 

 

やっぱりコイツだった。

 

「ぎゃあああああああッ!?!?」「うわあビックリしたぁ!?」

 

 

「…本当、今日は騒がしいわね?」

 

 

 

その後ろに居た永琳の溜息も消えぬまま、またもや永遠亭の庭に、輝夜と妹紅の絶叫が轟いた。

 

 

そして追い討ちの如く今朝の夢がフラッシュバックした事もあり、驚愕によって混乱した輝夜の耳へと聞こえてくる言葉の中に、ある種、とても聞き捨てならない言葉があった。

 

 

「挨拶は一旦ここで、置いといてぇ……えっとぉ、遅くなってごめんねぇ?それで霞ちゃん!遂に『私達の』お家が完成したよぉ!!」

 

 

「「……………はい?」」

 

 

当然の困惑によって、輝夜と妹紅の心は重なった。




加筆修正…思ってた以上に多いです。
読みやすい文章を目指すと際限が無くてどうしましょうこれ…


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