INFINITE・ROGUE (鉄の字)
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第一章
一話:氷室幻徳と言う男


思えば俺の夢は果てしない道だろう。

それも夜の様に暗くて何も見えない道だ。

 

でも。

それでも。

 

どこかで待っている君を。

何も思い出せないけど、きっと笑っている君に会うために。

 

俺は──氷室 幻徳は歩みを止めてはいけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは静寂に包まれた教室。

並べられた席に生徒は座っているにも関わらず口を開かなかった。

その視線の先は教卓に立っている一人の少年だった。

 

首を隠すほどに無作法に伸ばされた黒髪に十五歳とは思えない成熟した顔付き。

ただならぬ凄みを纏う少年に隣に立つ女性教師は唾をゴクリと飲み込む。

 

塵が落ちた音さえ響きそうな静けさの中、少年は口を開いた。

 

「氷室 幻徳。好きな食べ物は人間が食える物。嫌いな食べ物は人間が食えない物。一年間、よろしく頼む」

 

少年──氷室 幻徳は簡素で素っ気ない自己紹介をする。

その場にいる誰もが幻徳の強面の顔に半分恐怖、半分好奇心と言った視線を送る。

 

しかし、そんな視線を受けても幻徳は狼狽えない。

例え、幻徳から見た目の前の光景は余りにも異質だったとしても。

 

幻徳と一名を除いた全てが女性。

 

そう、ここは女性だけしか扱えない兵器IS──インフィニット・ストラトスを学ぶ学校、IS学園なのだからだ。

 

並の男なら緊張で心臓が張り裂けそうになっているだろう。

だが、幻徳は違った。

 

 

 

 

 

 

(お腹、痛い)

 

 

 

 

 

 

今、絶賛腹下り中。

腹を蠢く不快感に眉間の皺を更に深くする幻徳に巨乳な女性教師は『ヒッ!』と悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、男である幻徳がIS学園にいるのか?

単純明快、男である筈なのにISを動かしたからだ。

 

しかし、女しか扱えない兵器を男、それも二人が起動させた事は世界を大きく揺るがした。

 

一人は織斑一夏。

そして、もう一人は氷室幻徳。

 

だが、世界は幻徳よりも一夏に注目していた。

 

ブリュンヒルデと名高い織斑千冬の弟である織斑一夏と違い幻徳は戸籍も無ければ親もいない風来坊であるからだ。

 

とある事情より十歳から前の記憶が無い幻徳は育ての親と共に世界を転々と旅していた。

色々な国を旅していた幻徳だが、突如ISを使用した紛争に巻き込まれてしまう。

 

逃げている最中に撃墜されたISが目の前に墜落。

そのISの脇を通り逃げようと、触れた途端に何故かISが装着されていた。

 

直ぐに外して逃げれば良かったのだろうが不特定多数に見られてたが為に直ぐに政府へと召し上げられ、IS学園へと放り込まれたのだ。

 

てっきり根無し草の自分ならモルモットにされるかと思っていたが、何の陰謀が働いたのか五体満足で入学している。

それを幸いと見るべきか、これからの三年間女子だらけの学園で暮らすのを不幸と見るべきか。

 

何にせよ、これから三年間のことに目を向けなくては行けない。

 

思考の海から浮上した目の前の景色は、この一年一組の担任であり織斑一夏の姉である織斑千冬が弟に出席簿でブン殴っている割と面白い光景だった。

 

(織斑一夏………面白そうだな………)

 

とりあえず、目の前で頭をさすっている少年と一緒なら退屈はしないだろう。

幻徳は胸に湧く高鳴りを感じながらそう考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イケメンな一夏の挨拶による歓喜な叫びやブリュンヒルデの挨拶による百合百合した叫びなど、他のクラスの心配にならないかと思える程の騒がしさをした一年一組のHRが終わる。

各々隣人と他愛ない話をしているが、その話題の的は席の最前列に座る二人の男だった。

 

一年一組の女子に加え、他のクラスからも一目見ようと廊下から二人を見詰めていた。

 

居心地悪そうに感じている一夏は堪らず隣の席の幻徳に話しかける。

 

「氷室幻徳、だよな?俺は織斑一夏。よろしくな。一夏って呼んでくれ」

 

「先程紹介したが氷室幻徳だ。どうせ男子が二人しかいない学園生活だし、仲良くしよう。俺の事も幻徳で構わない」

 

挨拶をする一夏に挨拶で返し握手する為に手を差し出す幻徳。

同じ男、強面だが割と良い奴だと分かった事に感動し、強めに固く握手する一夏。

 

 

 

 

その瞬間、ポキリと言う軽い音と共に幻徳の手が腕から外れた。

 

 

 

 

「折れたーーー!?!?」

 

「安心しろ、手はある」

 

外れた手をブルブル震えさせながら叫ぶ一夏に幻徳は表情を変えず何も異変の無い手を見せた。

よく見ると一夏が握る手はプラスチックで出来た偽物だった。

 

「ちょっとしたジョークだ」

 

「無表情でやられるとただ単に怖いんだけど!?」

 

「そうか………それだとこっちも駄目になるな」

 

「何かすっごい禍々しい手を取り出してる!?」

 

「今なら鷹、虎、飛蝗を模したメダルの玩具も付いてくるぞ」

 

「いや、要らねぇよ!」

 

先程の緊張はどこへ行ったのやら。

漫才を始める二人だけの空気に周りの女子達は入れずにいたが、その中で一人だけがズンズンと二人に近づく。

 

「一夏」

 

「え………?箒?箒なのか?」

 

「あ、ああ………久しぶりだな」

 

その近づいて来た人物を見た一夏は目を丸くした。

その人物は長い髪をポニーテールにした少女で頬を少し赤らめている。

 

「その、少しいいか?」

 

「おう、俺も積もる話があるからな。幻徳、悪いけど席を外すな」

 

「あぁ、行ってこい」

 

見た感じだと久しく会ってなかった友人に偶然遭遇した、と言った感じだろう。

そして、箒と呼ばれた少女のあの表情はきっと………

 

一夏と箒の関係を推測した幻徳はどこか微笑ましく思っていた。

尚、幻徳の顔は無表情から崩れない。

 

 

 



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二話:持ち物と言う名の窃盗物

 

 

 

一夏が箒と共に教室を出て数分。

幻徳は己の席から動かなかった。

 

背中に那由多の視線を受けながらも幻徳は表情を変えない。

強いて言うなら、さっき一夏が立ち上がったタイミングでトイレに行けば良かったな、と後悔しているところである。

お腹、まだ痛い。

 

気晴らしに幻徳はポケットから三つの何かを取り出した。

 

手の平に収まるサイズの細長い容器である。

 

ダイヤモンドを模した水色の容器と鳥らしき生物を模した赤い容器。

振ると何か入っているのかシャカシャカと軽快な音が鳴る。

キャップ部分は回り、炭酸が抜けるような音がするがそれだけである。

 

そして、その二つとは明らかに異なる容器がもう一つある。

 

ダークパープルの色にワニの顎の様な形をした容器だ。

それは振っても何も鳴らないし、キャップを合わせても何も起こらない。

 

これがとある経緯で手に入れた………と言うよりは盗んだ物の一つだ。

 

もう一つは幻徳の着ている制服の内ポケットに入っている。

幻徳曰く『起動するとビリビリして痛い機械』らしい。

 

全くもって何に使うのか分からないが、手持ち無沙汰な時に容器をシャカシャカと振るのは中々解消になる。

 

今も幻徳はダイアモンドの容器を振っていた。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

「ん?」

 

声をかけられ俯いていた視線を少し上に向けると目の前に一人の少女がいた。

少女は腰まで伸びた金髪に青いカチューシャを付け白人特有の透き通ったブルーの瞳をしている。

 

「まあ!なんですのその返事?」

 

態とらしく声をあげる少女に幻徳は気にせず、容器を振り続ける。

 

シャカシャカ。

 

「私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるんではないかしら?」

 

シャカシャカシャカシャカシャカシャカ。

 

「それともそれすらも無いお馬鹿猿なのでしょうか?」

 

シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ。

 

「何とか言ったらどうですの………ってさっきからシャカシャカ煩いですわよ!?」

 

「あぁ、それはすまない。これはしまっておこう」

 

「全く………これだから男は──」

 

パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。

 

「シャカシャカの次はパチパチですか!?何ですの、その色んなボタンが付いた四面体は!?」

 

「フィジットキューブと言ってな。イライラ解消に役に立つ。イライラ解消に、な」

 

「何で『イライラ解消に』を二回言ったのかしら!?イライラしてますの!?この私との会話はイライラしますの!?」

 

「別にそうとは言ってないだろ。まぁ、腹の奥が曇るかの様に蠢き、今にもペンを机に叩きつけて『ちくしょーめ!!』って叫び出したくなるがな」

 

「それをイライラしていると言うんですの!!」

 

「…………ッ!?」

 

「『そうだったのか………!?』みたいな顔しても私、許しませんからね!?後、その間ずっとパチパチするのを止めなさい!!」

 

『喧嘩売ってますの!?』と付け加える少女。

 

対して幻徳は『どうやったらあんなクルクルになるんだ?針金でも入れてるのか?』とボーッと少女の荒ぶる金髪を見ていた。

何とも自由な男子である。

 

そこでチャイムが鳴り、少女は悔しそうに『覚えておきなさい!』と定番中の定番な逃げ文句を置いていき自分の席へと帰って行った。

 

(そう言えば名前聞いてなかったな………)

 

名前を知らないと覚える物も覚えられない。

これからはちゃんと名前を聞こう、と反省する幻徳だった。

 

因みにチャイムが鳴る寸前に顔を赤くした箒だけは帰って来ており、遅刻した一夏には姉による終焉の一撃が待っていた。

 

特撮に出てきそうな怪人さえ一撃で沈めそうな炸裂音に幻徳は手放しで拍手を送りそうになったのは内緒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(分からねぇ)

 

一夏は前髪を掻き毟りながら心の中で焦っていた。

初日からの授業が開始して早くも二十分。

頭の中はデッドヒート状態だった。

 

(げ、幻徳はどうなんだ?)

 

そこでもう一人の男である氷室幻徳の方へ視線を向ける。

 

(ひょ、表情が読めない………)

 

表情をピクリとも変えず幻徳は黙々とシャーペンを動かしノートに黒板と山田先生の言葉を写していた。

それを見るとどうやら幻徳は理解しているのだろう。

 

同じ男なのにすげぇ、と尊敬の眼差しを送る一夏。

 

 

 

 

 

そして、幻徳は──

 

 

 

 

 

(腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹腹痛い)

 

 

 

 

 

──腹痛を紛らわせる為に勉強に集中していた。

 

 

 

 

 

「織斑君、分からない事があれば言ってくださいね?私は先生ですから!」

 

視線をうろうろさせている一夏が気になったのか、山田先生は一夏に尋ねる。

 

そして、胸を張ると同時に胸が揺れた。

 

一体、あの胸にはどんな希望があるのだろうか。

一夏はそう言う考えを一旦、端に置き、真上に手を上げた。

 

「はいっ!山田先生!」

 

その言葉で教室中の視線が一夏に集まり、山田先生は期待に満ちた眼差しをする。

 

「全部分かりません!」

 

そして、その発言に教室の空気がポーズした。

 

「ぜ、全部ですか?ここまでで何か分からない所がある人は居ますか?」

 

目を白黒させている山田先生は教室の生徒に聞く。

一夏を除く生徒達は手を挙げない。

 

「えっと………氷室君はどうですか?」

 

「いえ、無いです。寧ろ分かりやすいかと」

 

少し頼りない印象を与える先生だが教え方は超一流だろう。

だから、そんな救世主を見るような目で見ないで欲しい。

 

その後、一夏は事前に読むべき参考書を電話帳と間違えて捨てたとかで千冬の出席簿による究極の一発をくらっていた。

 

 



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三話:クラス代表と言う人柱

たった二話にしてお気に入り登録45に飲んでいたドクペを吐き出した昨日の夜。
まだ仮面ライダーローグも何も出てないですが、読んでいただきありがとうございます!


 

授業が終わり、一夏と箒は何やら話し合っている。

邪魔するわけにはいかないと幻徳は使っていた教科書を机の中に入れようとした時だった。

 

「………ん?」

 

「じぃ〜〜〜」

 

何か柔らかい雰囲気を通り越してのほほんとした少女が横からじっと幻徳を見詰めていた。

周りさえも和やかにしてしまいそうな彼女に幻徳は無視するわけにもいかずに話しかける事にした。

 

「俺に何か用か?」

 

「私、布仏本音〜!よろしくね、ヒムヒム〜」

 

少女──布仏本音は

聞き慣れない渾名に片眉を上げる。

 

「ヒムヒム?ヒムヒムとは俺の事か?」

 

「そうだよ〜。もしかして嫌だったかな〜?」

 

「いや、寧ろ気に入った。俺の名前は固いイメージがあるからな。成程、二回単語並べるだけでこうも柔らかくなるんだな」

 

「ヒムヒムは真面目そーだね〜」

 

「あぁ、ヒムヒム、よく言われる」

 

「ヒムヒム〜?」

 

「ヒムヒム」

 

「ヒムヒムヒムヒム〜」

 

「ヒム、ヒムヒムヒム」

 

((((あの二人、ヒムヒムで意思疎通してる………!))))

 

展開されるのほほん少女と強面男による謎空間に若干引いていたクラスメイト達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、授業の前に一つ決める事がある」

 

授業開始して早々、壇上に立った千冬はそう言う。

 

「再来週に行われるクラス対抗戦の代表を決めようと思う。まあ簡単に言えば、通常の学校におけるクラス委員に相当する役割だ。生徒の会議への出席や、今後の行事の幹部の様な役割もやってもらうから、それを理解して欲しい。自薦他薦は問わん。誰か立候補は居ないのか?」

 

千冬の言葉を皮切りに教室のあちこちから手が挙がる。

 

「はいっ!織斑君を推薦します!」

 

「私も織斑君がいいと思います!」

 

「お、俺っ!?」

 

まさか指名されるとは思っていなかったのだろう。

一夏は驚き、慌てて最前列の自席から後のクラスメイトを見る。

殆どの生徒達は青空になりそうなサムズアップをしていた。

 

「ふむ、では第一候補は織斑だが、他に無いか?」

 

このままだと一夏がクラス代表となってしまう。

絶望に打ちひしがれ、顔が真っ青になる一夏。

そこに一筋の光が天より差し込む。

 

「はいは〜い!私、ヒムヒムがいいです〜!」

 

その言葉に振り返ると垂れ下がったブカブカの袖の手を上げる本音がいた。

のほほんとしているが、それは一夏にとっての救世主だった。

 

「俺か?」

 

まさか自分が推薦されるとは思っていなかった幻徳は本音の方へ顔を向ける。

本音はいつも通りのほほんとしながら手を振っていた。

 

「これで織斑と氷室になった。これ以上何も無ければこの二人で投票を行うぞ」

 

バンッ、と机を叩いて立ち上がったのはさっき幻徳に勝手に話しかけてきて勝手に帰って行った少女だった。

 

「そのような選出は認められません!大体男がクラス代表だなんていい恥さらしですわ!このイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットにそのような屈辱を一年間味わえとおっしゃるのですか!?」

 

金髪の少女──セシリア・オルコットは甲高い声を荒げながら一夏と幻徳に罵倒を浴びせる。

一夏は突然の言葉に顔を顰めたが、幻徳は歌舞伎の如く荒ぶる金髪を眺めていた。

 

(イギリス出身なのか………イギリス………英国面………パンジャンドラム………ジャック・チャーチル………アーチャー自走対戦車砲………トップ・ギア………)

 

尚、最後のトップ・ギアは今も幻徳はDVDを借りて見ている程、大好きな番組である。

 

「実力から行けば私がクラス代表になるのは必然。それを物珍しいという理由で極東の猿にされては困ります!大体、文化としても後進的な国で暮らさなくてはいけないこと自体、私にとっては耐え難い苦痛で──」

 

「イギリスだって大したお国自慢が無いだろ。世界一不味い料理で何年覇者だよ」

 

「なっ………貴方ッ!私の祖国を侮辱しますの!?」

 

「先に侮辱したのはそっちだろ!!」

 

売り言葉に買い言葉。

セシリアの発言にボソリと呟く一夏。

やがて焚き付けた火のようにヒートアップする口論へ。

 

これでは何時になっても終わらない。

 

幻徳は手を上に挙げ、勢いよく机へと振り下ろす。

 

先程、セシリアが机を叩いた音よりも轟く音に教室から声が消える。

 

「知っているか?机に手を叩きつけると稀にすり抜ける事があるらしい」

 

幻徳の低い声が静まり返った教室に不思議と染み渡る。

 

「つまり何が言いたいかと言うと──」

 

幻徳はそこで言葉を区切り、机を叩いた手を前に出した。

 

 

 

 

 

「──凄く手が痛い」

 

 

 

 

 

 

教室のクラスメイト全員が新喜劇のようにズッこけた。

 

「お前は何がしたいんだよ、幻徳!?」

 

「いや、静かになってもらう為に手を叩きつけたのはいいが、話のオチが思いつかなかった」

 

「素直か!?」

 

一夏のツッコミを無視し、幻徳は一夏とセシリア、両方の目を見る。

必然的に幻徳の落ち着いた瞳を見た二人は不思議と静かになっていった。

 

「では静かになった所で、二人とも、少しいいだろうか?」

 

『先ずはオルコットさん』と付け加える。

 

「自分のようなISに乗れるだけの男が言うのはおかしな話しだが、君はもう少し代表候補と言う立場を確認した方がいい。もし、いずれイギリスの代表となろうとしているのなら尚更だ。君の言葉が国の言葉になるのだからな」

 

「ッ………」

 

幻徳が言いたかったのは日本への侮辱とも取れる発言。

これが原因で日本とイギリスの関係が悪くなってしまっては責任を取るのはセシリアである。

 

それを理解したのかセシリアの顔が歪む。

 

「それに一夏。イギリスの料理が何故不味いのか知っているのか?イギリスの食事が不味いのは宗教による質素倹約、曇り空が多い、産業革命などが理由に挙げられる。歴史や土地という土台があるからこそ不味いと言う結果が残ったのだ。それを知らず因果関係の結果だけで、それも差別的発言を差別的発言で返すのは良くない」

 

「ヌグッ………!」

 

喧嘩両成敗。

二人を宥めた幻徳は千冬へと向き、頭を下げる。

 

「俺が言いたいのはそれだけだ。織斑先生、話を遮ってしまい、申し訳ございませんでした」

 

幻徳は千冬に謝罪した後、自分の席に座る。

 

元はと言えば自分達が起こした騒ぎなのに幻徳がそれをすべて請け負い、謝罪してしまった。

その事に負い目を感じたのか二人はバツ悪そうに幻徳と同じく『申し訳ございませんでした』と謝罪してから席についた。

 

それを見ていた千冬は一度大きく溜息を吐く。

 

「いや、いい。話を戻そう。現在、三人が候補に挙がっている。そこで織斑、オルコット、氷室でリーグ戦を行う。勝ち数が多い者がクラス代表となる。話の腰を折る程、血の気が多いんだ。これで決着をつけろ。織斑、オルコット、それに巻き込む形になったが氷室もいいな?」

 

その言葉に三人は様々なトーンで『はい』と返す。

それに頷いた千冬はパンッ、と柏手を打つ。

 

「それでは授業を始める」

 

 



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四話:プレハブ小屋と言うか家

増える感想とお気に入り登録が50突破にコンビーフ吹き出しました。
幻徳のキャラが面白いと言っていただきありがとうございます。
まだ変身は少し先ですが、必ず変身しますのでもう暫くお待ちください。
これからもINFINITE・ROGUEをよろしくお願いします!


「女子と同室かプレハブ小屋ですか!?」

 

初日の授業が終わり時刻は夕方。

夕日差し込む教室で一夏と幻徳は山田先生から二人の今後の暮らしについての話があった。

 

どうやら部屋数が空いてなく、一人でつかっている生徒の部屋と同室か元は倉庫だったプレハブ小屋かの二択だった。

一夏の場合、千冬と暮らす家があったのだが、世界で二人しかいない男性操縦者の一人。

最低限のセキュリティしかない家よりも国に属しないIS学園の方が百倍良い。

 

しかし、度重なる意味不明な単語が羅列する授業に千冬による出席簿により頭から黒煙を上げている一夏にとってはこれ以上面倒事はごめん、と言ったところである。

 

対して山田先生は本当に申し訳ないのかひたすらに生徒である二人に『ごめんなさい!ごめんなさい!』と頭を下げていた。

ついでに言えば胸も揺れていた。

二人の視線も胸につられ上下に揺れていた。

 

大人に涙目で謝られ、怒るほど二人は子供ではない。

一夏は腕を組み、隣にいるもう一人の男子と相談する事にした。

 

「どうする、幻徳?」

 

「俺はどちらでも構わないが、相部屋となった場合だとその女子が可哀想だ。慣れない環境での学園生活だから休まる場所くらい欲しいはずだ。それなのに男と二人っきりは困るだろう」

 

「だよなぁ………それに、そのプレハブ小屋がどんな物かにもよるしな」

 

「じゃんけんで決めるか?」

 

「あぁ、その方がいいな」

 

「因みに一夏の暮らす地域はどのようなジャンケンだ?」

 

「ウチは『ジャンケン、ポン!』だったぜ。幻徳は?」

 

「俺は世界中を旅していたからな………長い間いた国ではトラ、鉄砲、上官でジャンケンしてたな」

 

「一部だけ上下関係が存在するジャンケンかよ………」

 

慄いている一夏に突如、教室のドアが開き、千冬が入ってきた。

その手には二つの荷物があった。

 

「あぁ、山田先生。二人に決めてもらう必要は無くなった。織斑、お前は同室だ」

 

「ハァッ!?千冬姉、マジで言ってるのか!?」

 

そこで一夏は出席簿による神の一撃をくらう。

明らかに出席簿では鳴らないだろう音が響くと同時に一夏は頭を抱えて崩れ落ちた。

 

「頭がぁぁぁああああ!?!?」

 

「織斑先生、だ。そうした方がいいと私が判断したからだ」

 

「ちょっ、ちょっと待って──」

 

「反対の言葉は聞かん。分かったな?山田先生、織斑に鍵を渡してやってくれ」

 

「は、はいっ。織斑君、教室に鍵があるので取りに行きましょうか」

 

ナイフさえ切れそうな瞳に当てられ恐縮する一夏に千冬は無理矢理荷物を渡す。

不一夏は承不承と言った感じで山田先生の後を追って行った。

 

一夏達が出て行った後、千冬は幻徳へと向き直る。

 

「さて、お前に部屋を案内する………その前に、だ」

 

そこで千冬は一旦言葉を置く。

周りに人がいないか確かめているみたいだ。

 

そして、言葉を紡いだ。

 

「氷室。お前が十歳までの記憶が無いのは知っている。故に国籍が無いこともな。IS学園はどこの国にも属しないが、裏があるかもしれない人間を入れるわけにはいかない」

 

そこで千冬は出席簿から何枚かの紙を取り出し、近くにあった机の上に並べた。

それには幻徳の血液、指紋、声帯など、様々なデータが載っており、どれも『合致無し』と書かれている。

 

「悪いが勝手に調べさせてもらった。様々な検査の結果、今から二十年以上前でもお前の遺伝子と合致する人物は存在しなかった。本当に何も覚えてないのか?」

 

「………」

 

『十歳までの記憶があるかどうか?』

その問いに幻徳は『ある』と答える。

 

そう、幻徳には記憶があるのだ。

 

しかし、それは一部のそれも辛く苦い記憶だけだった。

 

 

 

 

 

酸素マスクを取り付けられ、液体漬けにされている自分。

 

物言わぬ死体となり運ばれる人間。

 

ガスマスクを付けた研究員。

 

苦しい、痛い、殺してくれ、と言う感覚。

 

 

 

 

 

そして──

 

 

 

 

 

『さて、怪物になるか兵器になるか………お前はどっちだろうな?』

 

 

 

 

 

──液体に浸かる自分を見ながら笑う赤い蛇だった。

 

 

 

 

 

脳裏に思い出される記憶。

コンマ一秒の後、幻徳は口を開いた。

 

「何も覚えてません。何も」

 

この記憶が何なのかは分からない。

だが、少なくとも巻き込むわけにはいかなかった。

 

たったの一日しか経ってないのに何故かここは楽しいと言う思いが湧いてくる。

 

「本当か?」

 

「はい」

 

この場所を涙で濡らすわけにはいかない。

幻徳は咄嗟に嘘をついた。

 

対して千冬はその切れ長な目付きを変えず、幻徳の瞳の中を覗く。

まるで何もかも貫き通すような鋭くも強い瞳だ。

 

時間にしてどれくらい過ぎただろうか?

千冬は幻徳から視線を逸らした。

 

「そうか。そういう事にしておこう。だが、何か思い出したら直ぐに言え。分かったな?」

 

いつもは怖がられる強面が今だけは幸をそうしたのか千冬を騙せたようだ。

内心、幻徳は胸を撫で下ろす。

 

『分かりました』と言おうとした時だった。

頭に、何かやさしく押さえられる感覚が。

 

気づけば、幻徳の頭の上に千冬の手が乗せられていた。

千冬よりも背の高い幻徳へ手を乗せるために少しつま先立ちになっている。

 

「織斑先生、これは──」

 

「お前はまだ十五歳だ。全てを背負う必要は無い。心が屈しそうな時は遠慮せず教師に吐き出せ」

 

「………」

 

「では、これからお前の住む所へ向かおうか」

 

手紙頭から離れ、千冬は幻徳の荷物を持って教室から出て行く。

 

バレているのか?

いや、そんな様子は無かった。

ただ、そうただ、自分を気遣った言葉なのだろう。

 

手が置かれた部分を自分の手で触る。

 

先を行く千冬の背中が少し大きく見えたのは錯覚なのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プレハブ小屋だが改装を重ねて水道電気ガス、電話線、テレビ線は通ってる。冷暖房完備、プレハブ小屋も断熱素材で出来ているからそこそこ暮らしやすいだろう。少なくとも学業に影響は出ない筈だ」

 

「それは最早、家なのでは?」

 

学生の寮の隣にポツンと立つプレハブ小屋。

しかし、その実態は超ハイクオリティなプレハブ小屋だった。

 

シンクのキッチンが付けられた内玄関がある六畳一間の部屋だった。

畳が敷き詰められた部屋には箪笥や押入れがあり、収納スペースもきちんと確保されている。

 

「流石に風呂については女子達からの拒否が強かった為に暫くはキッチン奥にあるシャワーを使ってもらうぞ」

 

「構いませんが、何故に畳なのでしょうか?」

 

「私の趣味だ。いいだろう?」

 

織斑千冬。

思いの外、お茶目な人なのだろう。

 

「しかし、世界中を旅しているとは聞いていたが、これだけか?下着と少しの小銭で生きていけるのか?」

 

幻徳の荷物を見ると中にはパンツとチャリチャリと心許ない音を鳴らす小銭しか入ってなかった。

男のパンツを見ても狼狽えないのを見ると、流石は弟を持つ姉なんだな、と幻徳は思った。

ブリュンヒルデに死角無し。

 

「生きていけますよ。明日のパンツとちょっとの小銭があれば」

 

「誰の言葉だ?」

 

「同じく旅している人です。今もパンツを枝に下げながらガラの悪い人と歩いていると思います」

 

「世界中を旅する奴らはそんな個性的なのか?」

 

「人によりけり、かと」

 

ハァ、と溜息を吐く千冬に幻徳は先程から聞きたかった事を言うことにした。

 

「織斑先生、質問があります」

 

「何だ?」

 

「一夏を同室にした理由は?」

 

強引に一夏を女子との同室にさせ、自分は良い部屋を一人で使わせていただく。

それでは一夏が不憫過ぎるのでは。

そして、その女子も男と同じ部屋だとストレスの原因になるのでは。

 

その質問に千冬は僅かに口角を上げ、意地悪を考える少年のような表情になる。

 

「織斑と同室になるのは篠ノ之箒と言えば分かるだろう」

 

「理解しました」

 

今日知り合った男よりも絶賛片想い中の幼馴染の方がいい。

一夏には気の毒だろうが箒にとってはある意味チャンスだろう。

 

存分にラブコメるがいい。

その方が食う飯が美味い。

 

光速で手の平を返した幻徳は握り拳に親指を立てて千冬に返事した。

 

 

 

 

 

その夜、隣の寮では竹刀で何かを打った音がしたが、一人部屋と言う利点を使いかめはめ波の練習で夢中になっていた幻徳には聞こえなかった。

 

 

 



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五話:秘策と言う勝利の法則

更新遅れてすみません!
書きだめが無くなったので暫く更新は遅くなると思います!
楽しみにしている方、申し訳ございません。


 

 

その時は夜だった。

 

自分はどこかの建物の屋上で満天の星空を見ていた。

 

視線を横に向けると一人の少女。

 

泣いていたのか目が腫れていた。

 

『──────!』

 

自分は何かを叫んでいる。

 

悲しみとか怒りとかではなく、何か大きい夢を語っているような感じだった。

 

自分の言葉に少女は一瞬、キョトンとした表情になるが、段々と崩れ笑顔になる。

 

あぁ、何だろう。

 

凄く、懐かしい。

 

何も知らないのに、何も分からないのに。

 

そして、手は上がり、自分の手が少女の頬に触れる。

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

そこで目が覚めた。

目を開けると超ハイクオリティプレハブ小屋の天井だった。

上半身を起こし、頭を掻く。

 

(何の夢だ?)

 

何か見ていた気がするが、思い出せない。

大切な記憶だったような気もする。

 

時計を見る。

丁度長針と短針が十二で重なっている所だった。

 

「………寝るか」

 

思い出せない物は仕方ない。

幻徳はもう一度、横になり掛け布団を被った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、カウンターの席で朝食を食べていた幻徳の後ろを一夏と箒がお盆を持って通る。

何故か箒はご機嫌斜めで一夏の言うことを全てガン無視していたが。

 

(ラブコメの予感がするな)

 

果たしてどこをどう見ればそう見えるのか。

一夏達のそんな様子を眺めながらご飯を掻き込んでいると幻徳の下に歩み寄る影が。

 

「む?布仏さんか?」

 

「ヒムヒム〜、朝ご飯〜?隣、いい〜?」

 

「隣は俺の席ではない。好きにしたらいい」

 

キツネかクズリか分からない着ぐるみパジャマを着た本音がお盆を持ってやって来た。

本音は『わ〜い』とのほほんな喜び方をしながら隣に座った。

 

「うわぁ、ヒムヒム、凄い朝ご飯たべるねー?和洋ごちゃ混ぜだ〜」

 

「朝ご飯は重要だからな。これくらいは食わないとやってられん」

 

幻徳がカウンターに置いてあるお盆は二つあり、一つには和食、一つには洋食が載せられていた。

 

「でも、パンをオカズにご飯は無理だとおもうよー?」

 

「焼きそばパンだって炭水化物に炭水化物がライドオンしているだけだ。なら、これでも文句は言われない筈だ」

 

「それについては文句言えないけどぉ〜………」

 

何か言いたそうな本音だったが、そんなのは知らず幻徳はパンを齧り、飯を掻き込んでいた。

すると幻徳は突然にその手を止めてしまう。

 

「今日はやけに視線を感じるな………」

 

初日の自己紹介と同じ好奇心半分、怖さ半分の視線を感じていた。

幻徳が顔を後ろへ向けると殆どの生徒は『ヒッ!』と顔を引き攣らせる。

 

「…………」

 

幻徳は顔を前へと戻す。

そして、振り向く。

 

「「「「ヒッ!」」」」

 

「…………」

 

幻徳は顔を前へと戻す。

そして、振り向く。

 

「「「「ヒッ!」」」」

 

「…………」

 

幻徳は顔を前へと戻す。

 

「ヒムヒム、もしかして面白がってる〜?」

 

「……………………そんな事ないぞ」

 

幻徳のこの無表情と強面は世界中を旅していても怖がられ、簡単に人を寄せ付けないので犯罪に巻き込まれにくい程である。

便利なようで悲しいような強面である。

 

「ヒムヒムは顔が怖いから笑顔になってみればー?」

 

「………前に無理矢理笑顔になったら軍隊を呼ばれた事があってな」

 

「ヒムヒムの笑顔は兵器並に怖いんだ〜………」

 

無表情ながらどこか遠い目をする幻徳に本音は苦笑いしながら、とある提案をする。

 

「じゃあ、もうちょっと口調を柔らかくするのはどうー?」

 

「ふむ、名案だな………早速やってみよう」

 

思い立ったが吉日。

考えたら即行動。

有言実行。

 

幻徳は勢いよく立ち上がり、後ろにいる生徒達へと向く。

もう、その時点で失敗する雰囲気を醸し出している気がする。

 

そして、幻徳は意味が分からないが流行っている言葉を並べてみた。

 

 

 

 

 

「好きピでマジ卍だ」

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

食堂にいる全員の目が段々と白くなっていった。

 

「布仏さん、凄いな。一瞬で皆の見る目が変わったぞ。暫くはこんな感じで──」

 

「ヒムヒムはもう今まで通りでいいよー」

 

「解せぬ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二日目の授業が開始され、千冬と山田先生は教鞭をとり、ISに関する話が始まり、一夏が出席簿で伸される。

 

そんな中、一夏に専用機が渡される事が千冬によって発表された。

ISの中心にあるコアは今だ解明されていない為、作る事も出来ず、現在世界中にあるコアは467個と少ない。

 

しかも、それを作ったISの母──篠ノ之束はこれ以上作る事を拒否しているのでそれぞれ割り振られたコアを使用して研究、開発、訓練を行っている。

 

一夏は状況が状況なのでデータ収集を目的として専用機が与えられるらしい。

そして、幻徳は練習機の打鉄が貸し出されることが決定した。

 

 

 

休憩時間に入り、一夏は先程習った所を見ながら隣でシャカシャカと容器を振る幻徳と話していた。

 

「俺は専用機貰えるけど、幻徳は練習機なんだよな。何か不平等じゃないか?」

 

「一夏、量産型を舐めるな。世の中、量産型で戦後の混乱を生き抜いた異能生存体がいてだな」

 

「いや、それ世の中と言うより宇宙の話なんだけど………」

 

何やら熱く語り始めた幻徳に一夏は小さくツッコミを入れる。

心無しか幻徳が容器を振る手も速くなった気がする。

 

そこへセシリアが一夏達の前に現れ、腰に手を当てながら胸を張っていた。

 

「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようとは思っていなかったでしょうけど。あぁ、貴方は訓練機でしたわね」

 

「ん?あぁ、レッドショルダーは良いよな」

 

「貴方、やっぱり私を馬鹿にしてますわよね?」

 

「すまん、正直な話を言うと聞いてなかった。すまなくてすまない」

 

「訂正します。馬鹿にしてますわね」

 

青筋をピクピクと小刻みに動かすセシリア。

話が逸れてしまったのに気づいたのか何度か咳をする。

 

「まぁ、一応勝負は見えていますけど、流石にフェアではありませんものね」

 

「何で?」

 

「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたたちに教えて差し上げましょう」

 

「この私、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、専用機を持っていますの」

 

「すごーい」

 

「ラビドリードックも良いな」

 

「〜〜〜!!貴方達は──!!」

 

そこで試合終了のチャイムが鳴った。

 

「クッ………おぼえてなさい!」

 

「前もそれを言ってたぞ」

 

「黙らっしゃいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は放たれた矢の如く過ぎ去り、放課後。

一夏は対セシリア戦のために箒に訓練を付けてもらうことにしたらしい。

 

先程、チラリと剣道場を見たが、見事に脳天に一本取られた一夏の姿があった。

あの男は出席簿だったり竹刀だったり、前世で頭に恨みを持たれるようなことをしたのだろうか?

 

寮や部活に向かう生徒とすれ違う中、幻徳が向かったのは図書館。

 

図書館にあるパソコンでインターネットに繋ぎ、とある物を見ていた。

それはセシリアが操るブルー・ティアーズの性能テストである。

 

映像には射出装置がセシリアの周りを浮遊し、セシリアの合図と共にレーザーを的へと照射した。

 

(ブルー・ティアーズ………脳波を感じ取り、使用者の思うままに操る機能。要するにファンネルか。これを何とかしないと全方位から射撃され、蜂の巣にされ、蜂蜜にされ、トースターに塗られるわけか)

 

尚、蜂蜜にされ、トースターに塗られない。

 

試合まで一週間。

練習機を借りれないこの状況で出来るのは体を鍛え、頭の中にデータを叩き込み、戦術を練り込まないといけない。

 

専用機でもあれば変わるのだろうか?

否、機体の性能が分からないのなら無用の長物だ。

 

ふと、幻徳はコートのように改造した制服の内ポケットからある物を取り出す。

それは幻徳曰く『起動するとビリビリする痛い機械』である。

水色を主体に黄色のレンチが取り付けられており真ん中には何かを挟むための万力があった。

 

「これはISなのか?」

 

確かISの待機状態は何か体に身につける装飾具になっている筈だ。

 

実はこれ、ベルトのバックル部分に当たる物らしく、丹田に押し付けるように付けると自動でベルトが伸びるのだ。

謎オーバーテクノロジーな機能が付いているが、

 

もし、これがISならば、自分の専用機としてセシリアや一夏に戦える──

 

「ビリビリは嫌だな」

 

──が、上手く使えないと意味が無い。

 

極僅かな希望に縋らず、的確に一つ一つ解決していくしかないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?訓練機についてですか?」

 

場所はまたも転々として職員室。

プリントと睨めっこしていた山田先生の机へ来ていた。

 

「はい。実はかくかくしかじかでして」

 

「ふぇ!?え、えっと………何言ってるか分からないのですが………」

 

「自分が使える機体のデータを見せていただきたいのです」

 

「あ、そういうことでしたか………えーと、これが打鉄のデータです」

 

慌てながら端末を操作しながら幻徳の前にホログラムを映し出した。

打鉄は性能が安定しており使いやすく、主に装甲強度重視型の機体だ。

 

「カスタマイズはどこまで可能ですか

?」

 

「大掛かりな改造でなければ当日に希望通りにできますよ」

 

「では、この装備をお願いします」

 

幻徳はポケットから一枚のメモを取り出す。

それは幻徳が図書館で調べたIS専用の武器である。

 

「え?これだとオルコットさんに決定打を与えられませんよ?」

 

「これは所謂牽制する為の物です。本命はコレです」

 

そう言うと鞄から教科書を取り出し、ある項目が書かれたページを開く。

それを見た山田先生は目を開く。

 

「コレについて、操作する際の感覚でもいいので教えてくれませんか?」

 

「で、でもこれは………」

 

「避けるだけだと素人の自分ではジリ貧になるのは確実。なので──」

 

視線は教科書から山田先生へ。

山田先生にとって恐怖しか感じない幻徳の瞳は不思議と何も感じれなかった。

 

そう、何も感じれなかったのだ。

 

「──死中に活。あえて突っ込んでみようかと思います………下ネタではないので顔を赤らめないでいただきたい」

 

 



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六話:音速と言うビジョン

お気に入り100突破!
感謝………圧倒的感謝………!!


 

「俺は、打鉄で行く」

 

「何言ってるんだ、幻徳?」

 

時は流れ一週間後。

 

遂に始まろうとしている幻徳対セシリアの勝負。

ピットには千冬や山田先生、一夏、箒が集まっていた。

 

打鉄を纏った幻徳は試合開始までの間、指を広げたり、脚を動かしたり、夜叉の構えなどをして少しでもISの操作に慣れようとしていた。

 

見ている視界は360度分かり、重鈍に見える装甲は動く者の動きを阻害しない。

手に付けられた装甲はIS専用の装備を使う為に肥大化されているが指を動かしてもラグが無い。

 

やはり、そういう所を見ると素晴らしいパワースーツだと思う。

 

「もうすぐだけど、大丈夫か?」

 

「あぁ、この日のために痛みに耐える特訓を重ねてきた。特にジープに轢かれかけた時は死ぬかと思ったな」

 

「いや、どんな特訓してるんだよ………」

 

心配そうに声をかける一夏だが、平常運転な幻徳にそんな気持ちも萎える。

 

「しかし、氷室。お前の体は中々に鍛えられているが、昔、何かやっていたのか?」

 

箒の指摘する様にタイトなISスーツを纏った幻徳の肉体は無駄な肉は無く、引き締まった筋肉をしている。

これはダンベルを上げ下げして作り上げる筋肉ではなく、何か戦闘や激しい打ち合いによって鍛えられた筋肉である。

 

「いや、俺は十歳より前の記憶が無いから、何をしていたのか覚えてない」

 

「え………?」

 

「そう、なのか………?」

 

流れる水のようにあっさりと言う幻徳。

不意をつかれた一夏と箒は息を飲み、どう声をかければいいか分からなかった。

 

それを察したのか幻徳は手をプラプラと振った。

 

「別に下手に慰めなくていい。寧ろ今まで通り接してくれれば助かる」

 

「あ、氷室君!もうそろそろ時間ですよ!」

 

「分かりました。今行きます」

 

打鉄を纏った脚で歩きながら、IS専用のカタパルトへ足を乗せる。

 

試合まで秒読み。

気持ちを切り替えていると難しい顔をしていた一夏から声をかけられる。

 

「幻徳!」

 

「何だ?」

 

一夏は握り拳をこちらへ向ける。

 

「負けるなよ」

 

勝たなくてもいい。

だけど負けて欲しくもない。

意地がある男の子の面倒な精神である。

 

こういう時、何と言うのか………

 

幻徳は握り拳に親指を立てる。

 

「I'll be back」

 

「いや、それ最終的に溶鉱炉に落ちるからな!?そして、無駄に発音良いな!?」

 

「鍛えてま──」

 

敬礼のようなポーズをとろうとした瞬間、カタパルトが起動し幻徳はアリーナの中へと放り出された。

 

「幻徳ぅぅぅううう!?!?」

 

「不安だ………はげしく不安だ………」

 

カタパルトの先に消えて行った幻徳へ手を伸ばす一夏と顔を青ざめながらぼそぼそ呟く箒だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──すから」

 

「いや、何を言いたいのですの?」

 

ピットが出たと言うより放り出された幻徳は打鉄のスラスターを吹かしながらセシリアの近くまで上がっていく。

 

「チャンスを上げますわ」

 

「Chance?」

 

「無駄に発音良いですわね。私が一方的な勝利を得るのは自明の理。ボロボロで惨めな姿を晒したくなければ、ここで謝ることで許してあげないこともなくってよ」

 

「オルコットさん、先に言っておく事がある」

 

「何ですの?謝るのであれば早くなさい」

 

フフン、と鼻で笑うセシリアを無視して幻徳は声を紡ぐ。

 

「君は確かにエリートだ。努力に努力を重ね、他者を下に見るほどの実力と権利を持っていると思う。対して俺はど素人だ。ISも今乗っているのが初めて。どれだけ足掻いても逆立ちしても君には勝てないだろう。だから──」

 

 

 

試合開始のブザーが鳴り響く。

 

 

 

「──君を殺すつもりで戦わせてもらう」

 

 

 

刹那、幻徳の姿が消えた。

 

 

 

「っ!?」

 

反射的に何かセシリアは言おうとした。

だが、それは叶わなかった。

 

打鉄を纏った幻徳の手がセシリアの顔面を掴んでいたからだ。

 

高速を超えた音となった幻徳は構わずそのままブースターを吹かせ、掴んだセシリアをアリーナのバリアへと突っ込んだ。

 

「キャァァァアアア!!?!?」

 

周りに衝撃と轟音を響かせる。

 

吶喊した付近にいた生徒達は驚きに腰を抜かせ悲鳴をあげ、逃げ出す生徒もいた。

アリーナのバリアは決して破れることはない。

しかし、あまりにも突然の事に我を忘れてしまった。

 

音速で叩き付けられたセシリアのブルー・ティアーズは決して無視出来ないダメージを負う。

 

体勢を整えるよりも前に幻徳は左手に武器を喚びだす。

 

それはIS専用のマグナム弾を使ったハンドガン。

稲妻よりも速く、戦車のキャタピラのように正確にセシリアのこめかみに当てると──

 

「…………」

 

──迷わず引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「…………」」」」

 

開始して僅か数秒。

幻徳の容赦ない戦法にピットにいた全員、開いた口が塞がらなかった。

 

「ち、千冬姉………あれは………」

 

「織斑先生だ。まさか瞬間加速(イグニッション・ブースト)を使うとはな」

 

「お、教えて欲しいとは言われましたけど、まさか普通に使うなんて………!」

 

瞬間加速(イグニッション・ブースト)とはISのスラスターから発生するエネルギーを取り込んでそれを爆発的に放出することによって行う超高速移動である。

勿論、感覚を伝えるだけで使えるようなものでは無い。

 

千冬は眉を顰め、山田先生はあわあわと震えていた。

 

だが、千冬はそこに注目を向けていなかった。

 

(何故簡単に人を撃てた?)

 

本来なら人を銃で撃つのは抵抗がある。

それがISに護られているとはいえ、普通の人であるなら変わらない。

 

(氷室………お前はどんな旅をしていたのだ?)

 

モニター越しに幻徳を見詰める千冬。

モニターではシールドに押し付けられたセシリアに動きがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ………ブルー・ティアーズ!」

 

セシリアのISのスカート部分が分離され幻徳の四方八方を包囲する。

 

「…………」

 

それをISのセンサーで感知した幻徳。

またも打鉄のスラスター部分に火が灯る。

 

幻徳は掴んだまま音速へ入り、シールドの傍を飛ぶ。

 

セシリアの顔はシールドにめり込んだまま引っ張られシールドを削り、その勢いに抵抗することが出来ずおろし器の如くシールドエネルギーが削られていく。

 

「…………ッッッ!?!?」

 

声を上げる暇すら無く、セシリアは隕石のように地面へと叩き付けられた。

 

土煙が上がり、観客からは何も見えない。

だが、ブザーがならない事は試合は続いている事である。

 

やがて土煙が晴れ、そこにあるのは圧倒的暴君と弱者だった。

 

普通に立つ幻徳と地面に付すセシリア。

 

「………」

 

自分の左脚辺りに倒れ伏すセシリアを一瞥すると、右手に持った装填済みのハンドガンを向ける。

 

「ぁ………ぁあ………!」

 

ISには絶対防御がある。

しかし、それすらも忘れさせるほどに幻徳の瞳には何も映っていなかった。

それがセシリアの恐怖を増幅させる。

 

「…………」

 

引き金に指をかけ、引く。

 

 

 

 

 

『試合終了!勝者──セシリア・オルコット!』

 

 

 

 

 

「…………流石にエネルギーが切れるか」

 

 

 



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七話:『変える』と言う誓い

 

ピットに戻って来た幻徳。

待っていたのは詰め寄ってくる一夏だった。

 

「幻徳、アレはやり過ぎだぞ!」

 

「アレ、とはどれの事を指すんだ?」

 

一夏の凄まじい剣幕などに怖気付かず、幻徳は純粋に聞き返す。

 

「惚けるんじゃねぇよ!あの試合全部だよ!」

 

「おい、一夏!やめろ!」

 

まだ打鉄を纏った幻徳の胸倉を掴む一夏。

後ろにいた箒が思わず一夏の手を握り、離させる。

 

「それしか方法が無かった。勝つにはそれしか無かったんだ」

 

「だけど………!アレは勝ちとか負けとかそんなのじゃない………!アレは暴力だ!単なる暴力だぞ!」

 

一夏の脳裏に蘇るのは銃口を向けた幻徳と顔を恐怖で染めたセシリアだった。

確かにエリートとか、代表候補とか人を下に見るいけ好かない女子だろう。

 

だが、それでも一夏の中の何かが幻徳の戦い方を拒んでいた。

力とはそう言う物じゃない。

決して人を怖がらせる物では無いのだ。

 

「ならば教えてくれ。暴力じゃない綺麗な勝ち方を」

 

「っ………あぁ、見せてやるよ!お前との勝負でな!」

 

一夏は声を荒らげながら自分のピットへと向かう。

幻徳と一夏がすれ違う時、幻徳は一夏に呼びかける。

 

「一夏、俺は人と感覚がズレているのは分かっている。どうもこうなると合理的に進めてしまうからな。今更、何言われようが罵られようが仕方の無い事だと思っている。だけど──」

 

幻徳は一度目を閉じる。

 

育ての親に拾われ、世界中を周り目にしたのは美しい景色、暖かい人々だけでは無かった。

 

地獄。

この世とは思えない苦しみに溢れた殺伐した場所。

 

自分に手を伸ばし、死していく人を、自分はただ呆然と立っていただけだった。

 

これを変えなくては。

その為には何があろうと容赦してはいけない。

 

「──これが俺だ」

 

その行為が『悪』と呼ばれようとも。

夢の為に幻徳()(幻徳)でいないといけないのだ。

 

「…………」

 

暫く見詰め合う二人。

そんな中、ピットの出入口が開き、千冬と山田先生が入って来た。

 

「話は終わったか?そんな話を折るようで悪いが幻徳、お前は試合に出られない」

 

「「「はい?」」」

 

「理由は………」

 

千冬は幻徳のISスーツを掴み、捲りあげる。

ISスーツの下にあった幻徳の体を見た瞬間、一夏達は小さく悲鳴をあげる。

 

「これだ。そんな痣だらけの体でもう一度試合が出来るわけないだろ」

 

幻徳の上半身には至る所に紫の痣が出来ており、見ているだけでも痛々しい。

二度に渡る瞬間加速(イグニッション・ブースト)の反動は幻徳の体によく現れていた。

 

「げ、幻徳、大丈夫か!?」

 

「ん………ぉおう?」

 

「気づいてなかったのかよ!?」

 

「あぁ、ここまで来るまで特に痛くは待て自覚すると急に痛くなってきたもう凄く骨に響く痛みで今にも意識が飛びそういたたたたたたたたたた」

 

「駄目じゃん!?」

 

「早く保健室に行け、馬鹿者が」

 

さっきの空気は何だったのやら。

フラフラと山田先生に肩を貸してもらいながら幻徳は保健室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湿布を貼ってもらいアリーナに戻ると一夏対セシリアの試合が始まっていた。

 

最初はセシリアが優勢で武器がブレードしかなかった一夏は徐々に追い詰められていく。

しかし、そこで一夏のISが変化──一次移行をした事で形勢が逆転する。

 

全ての射出装置を切り捨てる。

そして、隠し玉であるミサイルさえも凌いだ一夏が光纏う刀がセシリアを斬ろうとした時、エネルギーが切れセシリアの勝利。

呆気ない幕切れとなった。

 

「わぁー、イッチー凄かったねぇ〜。もう少しで勝てたけどなー」

 

「………護る、か………」

 

手放しで拍手をする本音に対して幻徳は一夏が言った言葉を思い出していた。

先程、自分は一夏に問うた。

 

『綺麗な勝ち方を教えてくれ』と。

 

綺麗とは程遠い、しかも負けである。

だが、目を惹かれる物があった。

 

「ヒムヒム?」

 

「………やっと、見つけた………」

 

「え?」

 

ボソリと呟く幻徳。

その表情はいつも通り全く変わらない無表情だった。

 

しかし、何かしなくてはいけない、何かやらなくてはいけない。

そう言う使命を帯びたモノが顔に現れているように見える。

 

そして、幻徳が何を考えているのか。

本音には全く分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(マジ辛たん)

 

ボロボロになった体を引き摺りながらプレハブ小屋へと帰ろうとする。

心無しかその足取りは軽い。

引きずっているけど。

 

「氷室さん!」

 

背中に声を受け振り返ると、そこには息を切らしているセシリアがいた。

 

「どうした、セシリアさん?」

 

「その……申し訳ございませんでした………男だからという理由で酷いことを言ってしまいました………」

 

どうやらセシリアは以前の事を反省しているようだった。

 

「……………」

 

無言を貫く幻徳。

その様子を見て内心、セシリアは沈んでいた。

 

許してもらえないのは当たり前だ。

自分は取り返しのつかない事をした。

当然と言えば当然だ。

 

しかし、返ってきた言葉は意外だった。

 

「ん?オルコットさんは俺に何か酷いこと言ったか?」

 

「………自覚してなかったのですね………」

 

「ああ」

 

よくよく思い出すと幻徳は容器を振りまくっていたり、フィジットキューブを弄ったり、量産型について熱く語ってたりしていた。

元より幻徳はセシリアの発言は気にしてなかったのだろう。

 

寧ろ幻徳はあの試合で酷いことをした方なのでは、と考えていた。

 

「だが、仲良くなろうと言うのなら、先ずはこれだな」

 

手の平をセシリアに差し出す。

幻徳の意図が分かったセシリアはその手を握った。

 

「改めて俺は氷室幻徳。尊敬する人はベア・グリルス。真似したい技はかめはめ波だ。よろしく頼む、オルコットさん………いや、セシリア」

 

「イギリスの代表候補生、セシリア・オルコットですわ!よろしくお願いします、幻徳さん!」

 

硬く握手を交わす二人を沈みかける夕日が優しく照らしていた。

 




一夏は短いながらも幻徳の良い所を知っているし、どこかで幻徳を助けたいと思っています。幻徳は幻徳で己の進む道へと歩いているだけです。
なので、二人の関係は変わったものの、表では全く変わりません。

『あれ?これギャグ無くなるんじゃない?』と思われた方、安心してください。
寧ろいつも通りです。


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八話:セカンドと言う幼馴染

いつの間にかランキングにも載ってるし、お気に入り二百件突破して一人テンションが上がっています!
多くの人に見て頂きありがとうございます!
まだ作品は始まったばかりですが、これからもよろしくお願いします!

幻徳「ふむ、次、三百件突破したらおジャ魔女〇イツを踊るか」

よ ろ し く お 願 い し ま す !!


 

 

 

「「「「織斑一夏君!クラス代表おめでとう!!!」」」」

 

「Happy Birthday」

 

「ヒムヒム、それ違う〜」

 

一年一組により貸し切りとなった食堂の中を、クラッカーが鳴り響き、幻徳はドでかいケーキ(自作)を掲げる。

三十数名による小さなパーティーだが皆は元気よく盛り上がっていた。

 

そして、その中心いる主役であろう男は空を仰ぎ一言呟いた。

 

「どうしてこうなった?」

 

「何を言ってる?全勝したセシリアがクラスのレベルアップの為に辞退してお前をクラス代表にしたんだろ」

 

「幻徳、そこは何も言わないのが約束だぞ………」

 

「そうなのか?それよりもケーキ食うか?」

 

「…………食べる」

 

先程、テンプレを破壊した幻徳が説明した通り、リーグ戦の結果、勝ち数が多いセシリアがクラス代表になる筈だったがセシリアがそれを辞退した。

理由はクラスのレベルアップの為、と言っていたが真相はどうなのやら。

 

元より多数が一夏を推薦していた為に反対する者は無く、トントン拍子で見事一夏がクラス代表となった。

そして、まるでFXで金を溶かした顔になっていく一夏は何とも面白い。

 

そして、それから数日。

食堂の貸出やら準備やらで少し遅い織斑一夏、クラス代表就任パーティーを行っていた。

 

「お、普通に美味いな、ケーキ」

 

「おばあちゃんが言っていた。どんな調味料にも食材にも勝るものがある。それは料理を作る人の愛情だ」

 

「あれ?お前、おばあちゃんいたか?」

 

「いや、何となく。と言うか俺、記憶が無い」

 

「本当にあっさり言うな、お前………」

 

「寧ろ、これぐらいの扱いが丁度いい」

 

幻徳は記憶喪失という事で変に気を遣われたくはない。

こういう時は自虐ネタとして扱い、『あ、これくらいは大丈夫なんだ』という程度の線引きを作った方がいいのだ。

 

「織斑君〜、こっち来て〜!」

 

「これ美味しいよ!これ食べて!」

 

「ちょちょちょ!?ケーキ食った後にカツってミスマッチ過ぎだろ!?」

 

いつの間にか女子に囲まれ、あれよあれよと連れていかれてしまった。

 

ポツン、と一人残された幻徳は心無しか寂しそうに無言で席を立ち上がる。

 

すると、端の方でチャームポイントであるポニーテールが怒気で宙に浮き上がり、最早角となっている一人の修羅──箒がいた。

何となく放っておいたら後に厄介になると判断した幻徳は箒の隣に座った。

 

「篠ノ之さんは混ざらないのか?後、ケーキ食うか?」

 

「フン、あんな軟弱者と一緒にいたらこっちの身も弱くなるだけだ。ケーキは折角だから頂こう」

 

そっぽ向きながらケーキを食べる箒だが、その視線はチラチラと一夏の方へと向いていた。

 

「素直に一夏に構って欲しいと言えばいいんじゃないのか?」

 

そんな箒を眺めていた幻徳は何気なくそう言うと、箒の顔は急に真っ赤になりあわあわと慌て出す。

それはもう分かりやすいほどに。

 

「な、なななななな何を言っているんだ、貴様!?」

 

「その反応で初めて会った人間でも分かるぞ。一夏に好意を抱いているんだろ?」

 

「………っ!そ、そうだ、私は一夏に好意を抱いている。何だ!?悪いのか!」

 

「いや、寧ろ六年と言う長い時間、たった一人の男の事を想い続けたのは素晴らしい事だと思うぞ」

 

「あ、ありがとう………」

 

ヤケになり暴露する箒だったがまさか褒められるとは思わず礼を言ってしまう。

 

「だが、何時も一夏の隣にいるのは自分だと思うのはやめといた方がいい。アイツだって男だ。ひょんなことから彼女を作ってしまうかもしれない」

 

「な、何だと!?それはどういう事だ!?」

 

「現にアレを見てみろ。セシリアが一夏にアタックしている。周りの女の子も一夏に夢中だ。いつ、彼女を作ってもおかしくない状況だろ?」

 

「そ、そうだが、しかし…………その、急には………」

 

意固地な箒に内心溜息を吐く幻徳。

どうもこの少女は武士のようでありながら恋愛になると腰抜けになるらしい。

さっきまでの剣幕はどうしたのやら。

 

なら幻徳がとる方法はただ一つ、焚き付けるだけである。

 

「君が一夏に素直にならないのは勝手だ。けど、そうなった場合、誰が代わりに一夏の隣にいると思う?」

 

「…………」

 

「セシリアだ。セシリアは今回の試合で一夏に惚れてしまっている。だからお前が素直にならないのなら、自分から一夏の隣に行くだろう。けど、セシリアだと一夏の唐変木には勝てない。そうなればIS学園の生徒達はよってたかって一夏を責める(性的な意味で)。君が素直になるしかないんだよ」

 

まるでどこかの構文かのように淡々と話す幻徳。

その効果があったのかどうか、箒はまるで騙されたかのように瞳に炎が燃え盛っていた。

 

「よ、よし!いいだろう!潔く吶喊してやろうじゃないか!!」

 

(計画通り)

 

尚、ニヤリともしない無表情である。

そして、今夜も美味い飯が食えそうだ。

 

ふと、用意されていた飲み物が無くなりかけていたので購買まで買いに行く事にした。

氷室幻徳はクールに去る。

 

「一夏!私と手合わせしろ!」

 

「ほ、箒!?何でこんな所で剣道しないといけないんだよ!?つーか、竹刀振り回す痛ぇぇえええ!?!?」

 

そんな悲鳴を背中に受けながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜に染まったIS学園。

どこの国にも属しない独立した土地と日本を唯一繋がる電車の駅に一人の少女が降り立つ。

 

「ふふん、遂にやって来たわ!IS学園!!」

 

明るい茶髪をツインテールにし、猫のような瞳に活発な表情をした少女は小柄な体に似合わないボストンバッグを持ち直し、一枚の紙を取り出す。

 

「えっと、事務所に行けばいいんでしょ?うわ、無駄に広いわね、この学園………」

 

一瞬だけISで飛ぼうかと考える少女だったが外交問題に成りかねないので断念する。

 

だが、この学園には確実にアイツがいるのだ。

 

少女が思い浮かべるは一人の男。

 

(アイツ、元気かな………)

 

そんな風に幼馴染であり初恋の相手でもある男を思い出していて注意力が散漫になっていたのだろう、目の前に立っていた人物にぶつかってしまった。

 

「ぶえっ!?」

 

「ん?」

 

「いったぁ〜〜………誰よ!こんなところで突っ立っているデクの木は………ピィ!?」

 

打った鼻頭を擦りながらぶつかった人物に文句を言う少女は視線を上げると、物凄く顔が厳つい男──氷室幻徳と目が合った。

思わず変な奇声を上げる少女に対してジッと(客観的にはギロリ)と幻徳は顎に手をやると何かを考え始める。

 

「ふむ………」

 

そして、膝を曲げて少女と目線を合わせるとポケットから飴玉を幾つか取り出して少女に渡す。

 

「すまない。お兄さんは昔から顔が怖くてね。今日は遅いから早くお母さんの所に行きなさい。もし、迷ったらあそこを曲がった所にある職員室に行くといい」

 

どうやらこの男は少女を『IS学園関係者の子供で親を迎えに来たが迷子になってしまった』と解釈してしまったのだろう。

 

職員室の方向を指差し、何故かやり遂げた様な雰囲気を出して颯爽と去って行った。

 

「………って、私は子供じゃないわよぉぉぉぉおおお!!!!」

 

そんな少女のシャウトが暗い夜に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよー!氷室君!織斑君!」

 

「あぁ、おはよう」

 

「おう、おはよう」

 

こうやってクラスメイトが幻徳に気軽に話しかけるのはセシリアと一夏、本音のおかげだろう。

クラスで何か話し合う時は積極的に幻徳を呼び、幻徳がどう言う人物かクラスの皆に知ってもらうようにしていた。

 

その後ろで幻徳は(ナン)華麗(カレー)なインドダンスを踊っていたが。

 

そのおかげか最初は顔のせいで怖がっていた生徒達だったが、『顔は怖いけどド天然な男子』と言う認識に変わっていった。

 

「騒がしそうだが、何かあったのか?」

 

「うん!それがね、二組で中国からの転校生が来るんだってさ!」

 

「この時期にか?」

 

「そう、中国の代表候補生なんだってさ」

 

「ほう、それは一夏にライバル出現、と言うやつか」

 

「何ともテンプレな展開だな。俺も何となく気になるけどさ」

 

代表候補生という事は専用機を持っているか、強い人かに限られる。

セシリアのようにプライド高い人だと、また相手するのに疲れるなぁ、と一夏は考えていた。

そして、箒とセシリアは一夏の気になる発言に眉を顰めていた。

 

「大丈夫だって!専用機持ってるクラス代表って一組と四組しかいないから、先のクラス対抗戦は余裕だよ!」

 

近々、クラス代表同士が戦う試合──クラス対抗戦があるらしく一夏はこの試合に出ないといけないのだ。

因みに優勝したクラスには学食のスイーツ食べ放題の権利が与えられる為に女子達は必死である。

 

「その情報、古いよ!」

 

きゃいきゃいと騒ぐ女子達の間を切り裂くように誰かの言葉が遮る。

全員が声がする方へ向けば教室の出入口に一人の女子がもたれ掛かるように立っていた。

 

全員が誰なのか首を傾げる中、一夏だけ反応が違った。

 

「鈴………鈴なのか!?」

 

「そうよ。中国代表候補生、凰鈴音。今日は宣戦布告に………っていつかの強面!?」

 

「幻徳、鈴と知り合いなのか?」

 

幻徳の方へと振り向き、確認すると、無言を保っていた幻徳は静かに少女──凰鈴音の近くへ歩み寄る。

そして、膝を折って目線を合わせた。

 

「ふむ、親が心配で学園まで来るのは分かるが、早く君の小学校に行きなさい。先生も心配しているぞ?」

 

「って、まだ私を子供、それも小学生かと思ってるの!?」

 

「幻徳、鈴は同い年だぞ。タメだ、タメ」

 

「………………………マジ?」

 

「アンタ、喧嘩売ってるのかしら………?」

 

ガチトーンで言う幻徳の言葉が気に障ったのか、青筋を浮かべる鈴音にセシリアは『き、既視感が………』と遠い目をしていた。

 

「おい」

 

「なによ!?」

 

その瞬間、鬼教官の出席簿が火を噴いた。

 

「もうすぐSHRの時間だ。戻れ」

 

「ち、千冬さん………」

 

「ここでは織斑先生だ。さっさと退け」

 

「す、すみません………い、一夏!後で来るから覚えときなさい!」

 

「聞こえなかったか、凰?」

 

「は、はいぃ!!」

 

捨て台詞と共に猛ダッシュして帰って行った鈴音。

セシリアは『自分を見てるようですわ………』と既視感に囚われていた。

 

 

 



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九話:『これから』と言う明日

何とか書けたので投稿します!


 

夜のプレハブ小屋。

その中では幻徳が座布団に座りながら、愛読書である『イクササイズ 〜753のキバになる方法〜』を読んでいたが、ふと、本を閉じてちゃぶ台に置いた。

 

「………そう言えば一夏に瞬間加速(イグニッション・ブースト)のやり方を教える約束をしてたな」

 

先の試合から一夏はセシリアと箒に訓練を付けてもらっている。

訓練と言うよりはリンチに近いが。

自分も参加しようとしたが、訓練機は借りれなかったので、感覚だけでも教えようと考えていた。

 

突然の一夏の幼馴染らしい少女──凰鈴音が現れてから箒とセシリアの空気がヤバかった。

 

一夏曰く箒が引っ越した後で知り合った幼馴染らしく、所謂セカンド幼馴染とか。

もうそれはべったりと一夏にくっつき、挙句の果てには一夏の特訓にも参加する始末。

当然、箒とセシリアとの衝突は避けられず、一夏はひたすらに巻き込まれていた。

 

プレハブ小屋から出て寮に入り、一夏と箒がいる部屋へ廊下を歩く。

よくよく考えると女子しかいない寮に一人男子がいると言う状況はライオンの群れに肉を巻いた人間が突っ込むのと同じだろう。

つくづく一夏は面白い。

 

そんな事を考えて周りの注意力が散漫になっていたのか、目の前に突っ込んでくる女子に気づかなかった。

 

「ぐふ」

 

「誰よ!こんなところで標識みたいに突っ立っているバカは………ピィ!?」

 

「またその反応か」

 

腹が痛むがそんな様子を少しも見せない幻徳。

目の前には例のセカンド幼馴染の鈴音が鼻頭を摩っていた。

 

「ま、またアンタね。悪いけど構ってる暇ないの」

 

そのまま幻徳の横を通り過ぎろうとする鈴音。

普段なら見送る幻徳だったが、その時は違った。

 

鈴音の瞳に涙が溜まっていたからだ。

 

鈴音の涙を見た瞬間、幻徳は鈴音の手を掴んでいた。

 

「ちょ!何するのよ、強面!?」

 

「突然にすまない。だが、何故泣いている?」

 

「別にアンタには関係ないでしょ!!」

 

「確かに俺は他人かもしれないが、それでも友達の友達だ。話だけでも聞かせてくれないか?もしかしたら気が紛れるかもしれん」

 

「…………」

 

余程参っていたのか無言で小さく頷く鈴音。

 

一夏に教えるのはまた今度になりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

寮に設けられたレストルーム。

自動販売機とベンチやテーブルが並べられたそこは時間が夜だった為か人は一人もいなかった。

そこで鈴音は静かにベンチに座り、幻徳は自動販売機で飲み物を買っていた。

 

「ほら、これで落ち着け」

 

「ありがと………って熱うぅ!?」

 

手に走る缶の熱さに思わず手を離す。

床に落ちた缶には大きく『おでん』と書かれていた。

 

「誰がこんな時期におでんなんか食べるのよ!と言うか何でこの自販機、おでん売ってるのよ!」

 

「原稿用紙二十枚を書いて出した甲斐があったな」

 

「あんたかい!!」

 

「じゃあ、こっちがいいか?」

 

その手には緑茶が握られていた。

鈴音が奪うようにそれを取ったのを確認した幻徳は落ちていたおでんを拾った。

 

「普通、そっちを渡しなさいよ」

 

「心を暖かくしようと思ってな。それで何があったんだ?」

 

果たしておでんを食べ始めたコイツに相談していいのか分からないが、状況が状況だったのか鈴音はポツリと話を始めた。

 

「私ね、中学二年生で中国に帰る時に一夏に約束したの」

 

「………は………はふ」

 

「ま、『毎日、酢豚をつくってあげる』って………」

 

「………はふ………はふ………」

 

「私にとっては一世一代の大告白だったの!」

 

「………ハチッ………」

 

「それなのにアイツ!タダ飯を食わせて貰える程度にしか覚えてなかったのよ!」

 

「………ハチィッ………」

 

「本当にムカつく………ってアンタもムカつくわ!さっきからハフハフ言いながら食べてんじゃないわよ!そんな厳つい顔して猫舌なんかい!猫舌なら冷めるまで待ちなさいよ!聞く気あるの!?」

 

「安心、しろ、ちゃんと、聞いて、いる、ぞ?」

 

「その顔で口を窄めながら食べているのはシュールに見えるんだけど!?」

 

『いいから口の中の物を飲み込みなさいよ!』と言う怒鳴り声を受け、時間をかけてゆっくりと口の中の大根を飲み込んだ。

そして、一息つき話をする。

 

「それで『毎日、酢豚を作る』だったか?中国にそんな言葉あったか?」

 

「私のオリジナルよ!ほら日本にはあるでしょ!………その………味噌汁、が………」

 

「『毎日、味噌汁を作る』か?要するに結婚願望だろ。中学二年生でそれは飛び過ぎではないか?」

 

「食いつくところはそこじゃないでしょ!?要するに好きって伝えたかったの!」

 

「ふむ、ならばもう少し分かりやすく言えば良かったんじゃないのか?あの一夏だぞ。捻って出した言葉だとアイツは必ず勘違いするだろう」

 

「うっ………確かに………」

 

「まぁ、考えに考え抜いた結果が仇になったな」

 

「そうかもしれない、けど…………でも、私の数年間、何だったんだろう………」

 

さっきまでの勢いはどこかへ。

どんどんと萎んでいく鈴音。

乾いていた涙もまた溢れてきていた。

 

「俺には十歳から前の記憶が無い」

 

「………え?」

 

突然のカミングアウトに猫のような目を丸く鈴音だったが気にせず幻徳は続ける。

 

「だけど育ての親はこう言ってくれた。『前までの記憶が消えたのなら、その記憶の分だけ前を向いて歩け』とな。過ぎた数年間を後悔するよりも、今、一夏といるこれからを大事にすればいいじゃないか」

 

「一夏といるこれから………か」

 

幻徳の言葉を反芻するように何度も呟く鈴音は『よし!』と大きく気合いの声を出すと立ち上がった。

 

「相談に乗ってくれてありがとう。お陰で気が晴れたわ」

 

「それは良かった。初日からモヤモヤしてたらこれからの学園生活、過しにくいからな。こんな俺で良かったらいつでも相談に乗るぞ?皆の愛と平和の為ならな」

 

真顔で言う幻徳に鈴音は思わず吹き出し笑ってしまう。

 

「アンタの顔で愛と平和を言われても笑うだけよ!でも、まるでヒーロー………仮面ライダーみたいね」

 

「仮面ライダー?」

 

「そ、仮面ライダー。世界中で活動していて人類の平和と自由の為に戦うヒーローだって。まぁ、都市伝説らしいけどね」

 

「ほぉ、仮面のバイク乗りなら交通規則のヘルメット着用してないが、大丈夫なのか?」

 

「気にするところはそこなのね………」

 

ガクッと肩を落とす鈴音を見てもう大丈夫だろうと判断した幻徳はベンチから立ち上がった。

 

「では、俺は家に戻ろう。また明日、凰さん」

 

「鈴、よ」

 

「ん?」

 

「鈴って呼んでちょうだい。私も幻徳って呼ぶから」

 

「そうか………ならこれからよろしく頼む、鈴」

 

「えぇ、幻徳!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………仮面ライダー」

 

広がる空に浮かぶ星を眺めながらゆっくりと手を伸ばす幻徳。

 

「ヒーロー………俺には遠い存在だ………」

 

伸ばした手で星を掴むように握り締める。

 

「俺が為そうとしているのは………ヒーローの敵となることだからな………」

 



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十話:奇襲と言う名の襲来

やべぇ、初めて四千文字超えたかも………


 

 

時はあっという間に過ぎ去り、クラス対抗戦。

初戦から一夏対鈴音である。

 

専用機持ちの二人を一目見ようとアリーナは全員満席で立って見る者もいた。

朝早くから席をとってなかったら幻徳達も立ってこの試合をみていただろう。

 

「うわぁ………流石中国の代表候補生だね………」

 

試合はやや『甲龍』を纏った鈴音が優勢である。

両肩にあるユニットから放つでんじろう先生真っ青な空気砲により一夏を牽制していた。

 

「うむ、だが、パワー型とパワー型。一撃を貰えばエネルギーは直ぐに尽きる。決着がつくのは意外と早い筈だ」

 

スクリーンにアップに映る白式を駆る一夏を見詰める幻徳。

 

あの鈴音との一件の次の日、一夏は『鈴が勝手に怒って出て行ったと思ったら、数分後に何事も無かったみたいに戻ってきて『今度のクラス対抗戦で勝った方が負けた方に何でも命令できる!』って約束してきた。何を言っているか分からねぇと思うが、俺も分からねぇ』とポルナレフ状態になっていた。

 

どうやら完全に立ち直れた様で幻徳は安心していた。

 

今回のこの戦いは鈴音にとっては特別な物なのだろう。

気合いの入れようが違う。

 

だが、一夏とて簡単にはやられない。

スクリーンにいる一夏の刀──雪片を握る手が強くなる。

 

「見ろ。一夏が動くぞ」

 

瞬間、一夏の影がぶれた。

 

この一週間でみっちり叩き込んだ瞬時加速によって一夏は瞬時に鈴音へ間合いを詰める。

振りかざした刃が呆気に取られた鈴音へと降ろされる。

 

 

 

 

 

その時、アリーナに張られたバリアを一筋のビームが突き破った。

 

 

 

 

 

その空いた穴をくぐるように謎の影がアリーナの中央へと降り立った。

遠くから見えるのは黒い何か。

 

「な、何、あれ?」

 

「行くぞ。アレは敵だ」

 

それがISと知った時、幻徳の眉間が険しく寄る。

 

「え?氷室君?」

 

「早くこのアリーナから出るぞ」

 

試合観戦していたクラスメイト達を無理矢理立たせ、アリーナから出ることを促す。

 

ISは最強の兵器だ。

この試合は兵器の影響が出ない安全が保証されているからこそ、一般人がいるのだ。

 

だが、その安全が破壊され、最強の兵器が自分達を殺そうとしていたら。

 

 

 

 

 

その先は地獄だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「〜〜♪」

 

突然、現れた未確認のISの乱入により観客が避難し、空っぽになったアリーナの席でその男は寝そべっていた。

 

全身が血のように赤く、宇宙服のような装飾がされていた。

胸には水色のコブラの装甲が付けられており、同色のバイザーもある。

 

ISとは明らかに違う謎のパワースーツを纏った男は横目で戦う一夏達を見る。

 

「ようやく『兎』が動き始めたか………」

 

上半身を起こし、手元にあるライフル銃らしき物を手に取る。

 

「さてと、じゃあ、俺も行くとするか!」

 

赤き蛇はその声に愉悦を混じえながらその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出口へ繋がる扉付近は混雑していた。

どうやら扉が閉まったままで通れないらしい。

 

(これはあのISの影響なのか?)

 

「ヒムヒム〜………大丈夫なのかなぁ………」

 

「織斑君もあのよく分からないISと戦ってるんだよね………心配だよ………」

 

「安心しろ、皆。きっと教師の人も何とかしようとしている。やがて開くだろう。一夏も鈴も助かる筈だ」

 

不安そうな目をするクラスメイト達に幻徳は変わらないトーンで話す。

いつまでも変わらないその声に皆の心は落ち着いていく。

 

だが、その安心は見事崩れ去る。

 

扉を何か強い物で叩く音が向こうから聞こえる。

それを聞いた幻徳は周りの生徒を押しのけ、扉付近にいた生徒達を扉から引きはがす。

 

やがて静かになり何も聞こえなくなるが、代わりに誰かの声が向こうから響いた。

 

『何だ。意外と硬いな』

 

そして、何かを振る音と装填する音。

 

『スチーム・ブレイク!コブラ!』

 

直後、扉が吹き飛び、腕で飛んでくる破片を防ぐ。

 

体が飛びそうになる暴風が止み、目を開けた先にいたのは赤い蛇だった。

 

 

 

 

 

「よぉ、久しぶりだな。今は氷室幻徳だったか?」

 

「お前は………蛇男」

 

 

 

 

 

 

そう、その男はかつて水槽の中にいる幻徳を面白そうに見つめていた者だ。

 

「そんなチンケな名前で呼ぶんじゃねぇよ。俺の名はブラッドスターク。よろしくな」

 

「あまり、よろしくしたくないな。貴様には聞きたい事が山程あるからな」

 

蛇男──ブラッドスタークは肩にかついだライフル銃を持ち直しながら『つれないねぇ』と口から笑いを零しながら答える。

 

「悪いがそれは出来ないな。まだまだお前には成長してもらいたいからだ。今日来たのはお前が本当にIS学園にいるかどうかの確認でな」

 

飄々とした態度でそう言うと、ビシッと幻徳を指さした。

 

「代わりと言っては何だが………久々の再会のプレゼントをくれてやるよ」

 

直後、幻徳の視界の端に何かが映る。

 

反射的に後ろへと倒れ込む。

幻徳の頭があった場所に黒い拳が風を切るように通った。

 

視線を上げると、そこにいたのはISよりもスマートなパワースーツを纏った人型が。

赤く光る双眼が幻徳を睨みつける。

 

「やれ、バイカイザー」

 

ブラッドスタークは黒いアーマーを纏った人型に短く命令を出すと、背中を向けて歩き始めた。

 

バイカイザーと呼ばれた人型はその左手に握られた紫色の拳銃の銃口幻徳へと向ける。

 

その瞬間、幻徳は頭の中で考える。

今、ここで自分が避ければ後ろにいる生徒に当たるかもしれない。

だが、避けなければ自分が死ぬ。

 

ならば──

 

幻徳は引き金を引く前に走り出し、バイカイザーの腹へとタックルした。

バランスを崩し、狙いが定まらないまま撃った拳銃の弾は天井へ当たった。

 

そのまま押し倒し、拳銃を持った手を押さえつける。

 

生徒達は拳銃の発砲により悲鳴をあげ、元来た道へ逃げ始めた。

 

「あー、そうだ。お前が持っている容器──フルボトルのキャップを合わせて振ってみろ。そうしたら面白い事が起こるぞ」

 

何かを思い出したかのように背中越しにそう言うブラッドスターク。

 

「じゃあまた会おうぜ。生きてたらな………Ciao!」

 

「待て。あの時、俺に何を──」

 

直後、バイカイザーの拳が幻徳の腹へ目掛け飛んでくる。

その衝撃に馬乗りになっていた状態から吹き飛ばされた。

 

咄嗟に腕を使ってガードしてなかったら内臓がミンチになっていただろう。

 

バイカイザーの奥にいた筈のブラッドスタークはいつの間にか消えていた。

この先はピットに出口の他にピットへと続いている。

逃げたか、それとも一夏の方へ行ったのか。

 

立ち上がるバイカイザーの右手にはいつの間にかバルブが付いた機械的な剣が握られている。

 

右手には剣、左手には拳銃。

遠近共に備え、幻徳は逃げようにも逃げられない。

 

その絶体絶命な状況の中、幻徳はポケットからあの容器を取り出した。

 

「フルボトル………か」

 

ダイヤモンドの容器──ダイヤモンドフルボトルのキャップを合わせると炭酸の抜ける音がする。

そして、勢いよく何度も振る。

キャップの先端から何かの成分が粒子となって散り、幻徳の腕にまとわりつく。

 

「これは………」

 

粒子が付いた右手を見つめる幻徳へバイカイザーは一気に間合いを詰め、剣を振り下ろして来た。

 

「………っ」

 

思わず斜めへ転がり何とか躱す。

しかし、バイカイザーの剣はそれでも止まらない。

 

横凪に切り払ったと思ったら、滑らかな動きで袈裟斬り。

そこから逆袈裟斬り、そこから突きへ。

 

絶え間ない剣の軌跡に幻徳は体を逸らし、掻い潜り、転がり、ギリギリながら躱していた。

 

しかし、それもすぐに終わる。

 

「………!」

 

背中に伝わる硬い感触。

それが壁であると分かった時、バイカイザーは剣を振り上げていた。

 

咄嗟にダイヤモンドフルボトルを持った右手を上げ、防御の構えをとる。

 

直後、ありえない音がした。

それは金属と金属がぶつかりあったような甲高い音だった。

 

何故か幻徳の右腕がバイカイザーの鋭利な剣を受け止めているのだ。

幻徳の右腕は鋼鉄の義手とかそう言う設定はない。

 

じゃあ何がこの状況を生んだのか?

 

「これが………フルボトルの能力か」

 

そう、ダイヤモンドフルボトルから出たダイヤモンドの成分により幻徳の右腕はダイヤモンドのように硬くなったのだ。

 

「これなら………」

 

バイカイザーを壁を使って押し返す。

 

よろめくバイカイザーへ三歩進み、抉り込むように拳を叩き付けた。

キュッと足を鳴らしながら軽快な足運びで左側面へと回り込み、何度も最速の拳を打つ。

 

バイカイザーは鋼鉄を超えた硬度を持つ拳を顔面に何度も受け、たたらを踏む。

そして、幻徳の猛反撃に遂に膝をつく。

 

これをチャンスと幻徳は大振りの一撃をまたも顔面へと打ち込もうとする。

 

 

 

しかし、相手はそれを待っていたのだ。

 

 

 

『エレキスチーム!』

 

 

 

突如、バイカイザーが剣に付いたバルブを回したかと思うと剣の刃に雷が宿り、幻徳へと放たれた。

 

「グ……ァ………!」

 

蒸気を纏った電気を幻徳の体を走り、意思してないのに体が震える様にビクビクと動く。

 

雷が止まる。

しかし、体が雷により硬直し動けない。

 

バイカイザーはお返しとばかりに握りしめた拳を幻徳の腹へと突き刺さった。

 

「………ッァ………!」

 

軽々と幻徳の体は吹き飛び、壁へと叩き付けられた。

壁は蜂の巣のように割れ、その威力が伺える。

 

壁から剥がれる様に崩れ落ちる幻徳。

 

地面に横になる幻徳の腹をバイカイザーは蹴りあげる。

 

「ガハッ」

 

短く息を吐き出す幻徳。

気絶したのか死んだのか、やがて動かなくなった。

 

それを確認したバイカイザーはアリーナで未だ戦っているだろう一夏の方へと歩き出した。

 

すると後頭部に何らかの衝撃が走る。

 

バイカイザーが振り返るとそこには瓦礫を持ち、左足を引きずるようにして立つ幻徳の姿が。

 

「どこに行く?お前の相手は俺じゃなかったのか?」

 

ゆっくりと歩き出す幻徳。

左脚を引きずっているため、上手く歩けていない。

体に電気をくらい、更に直接腹にパワースーツの拳がめり込んでいたのだ。

直ぐに病院に連れていかなければ命に関わる重症だ。

 

バイカイザーはもはや死にかけの幻徳へ拳を振り上げる。

そして、幻徳の顔面目掛けて放つ。

 

一撃一撃が必殺の拳が顔面を消し飛ばす──

 

「………」

 

──筈だった。

 

その拳が届く事は無かった。

幻徳は突き出した腕の肘を曲げることで、相手の拳の軌道を無理矢理変えたのだ。

 

そして、バイカイザーは気づく。

 

さっきまで脚を引きずっていた男が急に二本足でしっかりと立っている。

 

そう、左脚を引きずるのはフェイクだった。

 

理由は二つ。

相手に自分は死に体だと思わせる為。

そうすることにより相手はきっとスキの大きい一撃を放つ筈だ。

 

そして、もう一つは──

 

「フッ」

 

──半身になる事でフルボトルを持った左腕を隠す為。

 

短く息を吐き、相手の懐へ入り込む。

 

狙うは相手の右横腹。

 

手に持つのは赤いフルボトル──フェニックスフルボトル。

 

既にキャップは合わせ振っている。

握り締めた力に呼応するように幻徳の左腕に不死の炎が宿る。

 

「ッッッァア!」

 

最速にて最短に鋭い一撃を。

灼熱のボディブローがバイカイザーの横腹を入った。

 

バイカイザーの鉄でできた横腹を溶かさんとばかりに炎が燃え上がる。

黒いボディは赤化し、ズブズブと幻徳の拳がめり込んでいく。

 

苦しむ様にバイカイザーの瞳は点滅し、爛々と光っていた赤い眼は沈黙するように消えた。

幻徳が拳を抜くとバイカイザーは膝から落ちる事もなく、全身から地面に伏せた。

 

「何だ……ロボットだったのか………」

 

体の断面からは何かの機械や配線が覗いている。

今まで人間かと思っていた幻徳は拍子抜けしていた。

 

「………ハァ………ハァ………」

 

幻徳は急に怠惰感が体を襲い、膝を付いた。

体は既にボロボロだ。

息をするのも辛い。

 

「…………」

 

だが、幻徳はバイカイザーが持っていた拳銃と剣を拾うと一夏達が戦っているだろう場所へ歩き始めた。

 



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十一話:その後と言うネクストステージ

お気に入り300件突破!

さぁ、おジャ〇女ゲイツを踊るぞ幻徳!

幻徳「文でどう表す気だ?」

……………………というわけでありがとうございます!


 

「一夏っ!離れて!」

 

「おう!」

 

何度目かになる攻撃。

しかし、敵は全てありえない体勢で避け、その長い腕を振り回しながら反撃して来る。

オマケにレーザーを乱発するから腹立たしい。

 

「鈴!エネルギーは!?」

 

「180ってところ!流石に厳しいわね………」

 

因みに一夏は鈴音よりも下回っている。

お互いエネルギーが枯渇間近となっていた。

 

早く、何か決定打を与えなければ。

 

その思いが焦りを生み出す。

 

 

 

 

 

「おーおー、苦戦してるようだな?なら、手伝ってやるよ」

 

『スチーム・ショット!コブラ!』

 

 

 

 

突如、二人の間を紫のエネルギー弾が駆け抜けた。

 

弾丸は高速でアリーナを走り、未確認のISへと向かう。

未確認のISは咄嗟に腕で防御するが、着弾と同時に爆発。

 

鈴音の衝撃砲でも破壊できなかった腕がいとも容易く破壊された。

 

突然の事に目を見開く二人の間を赤い影が走る。

 

赤い影はまるで滑るかのような動きで怯む未確認のISの肩に乗ると、頭部にライフル銃の銃口を突き付けた。

 

「ほらもう一発くれてやるよ!」

 

『スチーム・ショット!コブラ!』

 

至近距離からの射撃により頭部は吹き飛ばされ、未確認のISは沈黙する。

 

土煙が落ち着き、二人が目にしたのは血に染まった様に赤く、コブラの意匠が随所に見られる宇宙服のようなスーツを着た男──ブラッドスタークだった。

 

「〜〜♪お、やっぱり『兎』のISだったか」

 

鼻歌を歌いながら貫手で軽々と装甲に突き刺す。

まるで何かを探すように手をほじくり回している。

 

その様子に一夏と鈴音は警戒していた。

 

「新たなIS………なのか?」

 

「いえ、コイツ、ISの反応が無いわ。ISとは別のパワースーツ………それもISを破壊する程の………!」

 

慄く二人にブラッドスタークは顔を向ける。

二人は反射的に武器を構えた。

 

「ん?あぁ、このコアか?欲しければくれてやるよ。特に興味は無い」

 

ブラッドスタークは未確認のISから取った結晶を地面に投げ捨てる。

頭を掻く動作をすると一夏を指差した。

 

「だが、織斑一夏、お前のその刀にはちょっと興味があってな。少しばかしその刀を貸してくれねぇかな?」

 

飄々と喋るブラッドスタークの言葉に一夏は頭に血が上る感覚がした。

 

「そんなの渡せるわけねぇだろ!これは………雪片は、千冬姉の名なんだよ!」

 

かつて姉である千冬が使っていた刀の後継でもある雪片弍型。

それは姉の魂を受け継いだことになる。

決して易々と渡していい物ではないのだ。

 

一夏はスラスターを吹かせ鈴音の静止を振り切って突撃する。

ISの速度を見切ったブラッドスタークは雪片の一撃を頭を傾けることで躱し、一夏の腹へライフル銃の銃床で叩く。

 

「ガッ!?」

 

「そらよっ!」

 

体をくの字に曲げた一夏の後頭部を鷲掴みにし地面へと押し付けた。

 

「一夏!!」

 

「ハハハ、気の強いガキは好きだぜ?そっちの方が甚振りがいがあるからな!」

 

「させるか」

 

小さな声と共に一夏へライフル銃を向けていたブラッドスタークの後頭部から火花が散った。

 

「幻徳!?」

 

そこに立っていたのは先程バイカイザーを倒した幻徳だった。

 

だが、その姿はあまりにも痛々しい。

随所からは血を流し呼吸も安定してない。

 

それでも怪我など関係なしにバイカイザーから奪った拳銃をブラッドスタークに向けていた。

 

「グッ………!ハハハ!躊躇ないねぇ!流石に童貞は捨ててるってか!?」

 

蛇のように地面を滑らかに動き放たれた足払いを小さく跳ぶようにして避け、ブラッドスタークの顔面へと逆手に持った剣で突き刺そうとする。

 

ブラッドスタークはライフル銃を眼目へと構え、ライフル銃の銃身で幻徳の手首を抑えるようにして止める。

 

その瞬間、幻徳は片手に持った拳銃の銃口ををブラッドスタークの横腹に付けると躊躇いなく弾丸を放った。

 

「うぉっ!?」

 

着弾した箇所から火花を散らし、ブラッドスタークはよろめいた。

 

「ったく、これトランスチームシステムでも痛てぇ物は痛てぇんだぞ!」

 

またも蛇のように地面を滑りながら幻徳へ奇襲をかける。

 

幻徳は再度突き刺そうとするが、それよりも速くブラッドスタークのライフル銃が火を噴き、幻徳の剣が弾き飛ばされた。

 

「………ッ」

 

幻徳はライフル銃からの射線を避けるために、横に転がる。

 

受け身を取りながら幻徳はダイアモンドフルボトルを手に取ると、キャップを合わせ振る。

ダイアモンドの成分を手に纏わせると、連発して来るブラッドスタークの弾丸を硬くなった腕で防御しながら走った。

 

そして、ライフル銃を払い、ブラッドスタークの顔面へと拳を叩き込んだ。

 

「シッ」

 

「グォッ!?」

 

体を仰け反らせたたらを踏むブラッドスターク。

 

「ふふふ………ハハハ………ハハハハハハ!!!!」

 

殴られた箇所を手で触ったかと思うと、狂ったかのように笑い始めた。

そして、大きく両手で広げ歓喜の声を上げる。

 

「ハザードレベル3.0!バイカイザーとの戦いで覚醒したか!!」

 

「……………」

 

「ハハハハハハ………!ハァー………何も無かったら雪片を貰おうかと思っていたが、どうやらわざわざ来た甲斐があったみてぇだな。じゃあ、今日はここら辺で引き上げさせてもらおうか………Ciao!」

 

ひとしきり笑い終えたブラッドスタークは手をプラプラさせる。

ブラッドスタークにある一本角のような筒から黒煙を吐き出す。

 

「待て。俺の質問に………消えた、か………」

 

黒煙がおさまるとそこには誰もいなかった。

一瞬の静寂が過ぎるが、幻徳は糸が切れた人魚のように倒れた。

 

「お?」

 

「「幻徳!?」」

 

自分を呼ぶ声にエコーがかかり、視界がブレる。

自然と瞼は閉じていき、完全に閉じた瞬間、幻徳の意識は無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紙と石膏ボードの天井だ」

 

「そんな『知らない天井だ』みたいな感じに言われても体は治らないわよ」

 

どうやら丸一日寝ていたらしい。

体は全身打撲などで済んでいた。

それでも驚異的な回復力だと保健室の先生は言っていた。

 

今は起きてから初めて包帯を変えている。

保健室の先生のなされるがままに体を動かされながらブラッドスタークの行動を思い出していた。

 

(ブラッドスタークは何故、俺にフルボトルの使い方を教えてきた?)

 

自分を殺したいならとっくに殺しているだろう。

奴にはそれ程の実力がある。

 

それで自分にアドバイスを送るのは決して余裕があるとかではない筈だ。

何か目的があるからである。

 

『まだまだお前には成長してもらいたいからな』

 

(俺に何をさせるつもりなんだ?)

 

思考が終わった所でベッドに仰向けに転がされる。

そして、また新たな思考の海へと潜っていく。

 

(トイレに行きたい)

 

実は幻徳は一夏と鈴音の試合の時、大量買いしたドクターペッパーを消費する為に飲んでいたのだ。

それも多量に。

 

そのツケが回ったのか扉が開かなかった時は尿意を感じており割とヤバかった。

それから戦闘に入ったので気が紛れていたが、今になって緊張の糸が切れて本格的にヤバくなっていた。

 

(マズい。このままでは漏らす。だが、体は動かないからトイレには行けない。しかし、先生に言うと尿瓶でする羽目になるかもしれん。十五の男子が女医にムスコを晒すのはキツいが、それはそれでいい経験に………いかん、思考がおかしくなってる)

 

段々と危ない方向へと向かう思考。

そこへ仕切られたカーテンが開かれた。

 

「氷室、邪魔するぞ」

 

「邪魔するなら帰ってもらえますか?」

 

「断る」

 

「いともたやすく行われるテンプレ破壊行為」

 

黒いスーツを身に包んだ千冬だった。

医務室にあったパイプ椅子を広げ、幻徳のベッドの近くに座った。

 

「先ずはクラス代表対抗戦はアリーナの破壊により中止になった。まぁ、これは当然だろうな。次に織斑と凰は特に怪我らしい怪我は無い」

 

「それは良かったです」

 

「ではこれからはお前に関してこちらから聞いていくぞ。お前と対峙した敵の拳銃と剣だがこちらで預かる。そして──」

 

スーツのポケットから何か取り出した。

 

「──これもだな」

 

机に出されたのはフルボトルとあのベルトのバックルだった。

 

「やはりですか」

 

「当たり前だ。学生が持つ物にしては未確定要素が多すぎる。これが安全かどうか確かめるまではな」

 

ISはISのルールがある。

犯せば罰することはできるだろう。

しかし、フルボトルは未知の力である。

何者かの手に渡り犯罪を起こされたら誰にも罰せない。

 

「まぁ、妥当かと」

 

「じゃあ次だ。あのブラッドスタークと名乗る男だが、どうやらお前と面識があるみたいだが、どういう事だ?記憶は無かったんじゃなかったのか?」

 

千冬の鋭い視線を受け、幻徳は心臓を掴まれる感覚がした。

 

「実は記憶はありました。でもそれは途切れ途切れで、俺は何かをされました」

 

「何か、だと?」

 

「何かは分かりません。水槽のようなケースに入れられ、何かを注入されました。そして、そこにいたのがあのブラッドスタークと名乗る男でした」

 

「つまり、お前は何かしらの人体実験をされていたと?」

 

「はい。俺は命懸けで逃げ出しました。そこからは育て親に旅しながら育てられました」

 

「そうか………何故それを言わなかった」

 

そう言う千冬はどこか悲しそうな瞳をしていた。

 

「………これは世界の裏の話です。もしもの場合、ここを巻き込まない為で──」

 

気づけば幻徳は千冬に頭を撫でられていた。

前にもこんな状態あったな、と幻徳は思った。

 

「十五歳のガキが一丁前に抜かすな。私の役目はお前達を一人前にする事だ。だが、半人前の間は背負えない責任を負おうとするな。前にも言っただろう?」

 

「………はい。申し訳ございません」

 

「まぁ、何にしてもお前が無事で良かった」

 

頭を下げる幻徳とそう笑う千冬だった。

 

この後、一夏や箒、鈴音、布仏、更にはクラスメイト全員が押しかけ千冬の出席簿で全員地面に叩きつけられたのはシュールな光景だった、

 



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十二話:『氷室幻徳』と言う『カイ』

時は光陰矢の如し。

皆が未確認ISがアリーナを襲撃した事は過去の事となり始めた頃。

その日、皆は自身のISスーツは何がいいかカタログを見ながら雑談していた。

 

そんな時、一人のクラスメイトがこんな言葉を出して、話題が一気に変わる。

 

「あ、そういえば今日から転校生が来るんだってさー」

 

「この学園は何かイベントがある度に転校生が来るのか?」

 

「もはやジンクスを超えて確信だな」

 

一夏の隣で手を組みながら頷く箒に周りの生徒も同じようにウンウン、と頷いていた。

 

「では転校生を迎える為に全員で輪になって回って踊るか」

 

「転校生が怖がるから却下ですわ」

 

「む………」

 

幻徳の申し出をセシリアが華麗に断った。

段々とクラスの皆が幻徳の扱いが分かってきた様である。

嬉しいのやら悲しいのやら。

 

「座れ!SHRの時間だぞ!」

 

そこへチャイムがなり鬼教官こと織斑千冬が教室に入って来た。

 

「ではSHRを始める。少し噂になっているがこのクラスに転校生が二人来ることになった。うち一名が手続きで遅れているので、先ずは一人、紹介する。入って来い」

 

教室のドアが開き入って来たのは銀髪の少女だった。

赤い瞳に左眼に眼帯を付け、小柄な体に腰まで伸ばした銀髪を揺らしながら教卓まで歩く。

 

「……………」

 

「………挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

「ここではそう呼ぶな。私はもうお前の教官ではないし、お前は学生だ。私の事は先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

この氷のような表情をする少女から教官と呼ばれる千冬。

一体、この先生は過去に何をやっていたのだろうか?

そんなクラスの心中を無視し、ラウラは口を開いた。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

あまりにも簡素過ぎる自己紹介にクラスが沈黙に包まれた。

 

どこかで聞いたことがある自己紹介に幻徳は『やはりインドダンスじゃないと駄目か』と頬杖をつきながら眺めていると、幻徳とラウラの視線が合う。

 

大体の一般人であれば強面である幻徳の顔を見れば誰でも死を悟り念仏を唱えてしまう。

だが、ラウラの様子は違った。

 

まるで幽霊でも見たかのような目でヨロヨロと幻徳の近くまで寄ってくる。

先程の態度から一転したラウラに千冬含め全員が戸惑いを隠せない。

 

「やはり………やはりそうだったんだな………」

 

そして、次の行動で全員の目が点になる。

 

「生きてたんだな!カイ!」

 

「む?」

 

何とラウラはその小さな体を幻徳の体へと埋めるように抱きしめていたのだ。

突然のハグに周りのクラスメイトは一気にヒソヒソ話をする。

 

「え?………ボーデヴィッヒさんと氷室君って知り合いなの?」

 

「………でも幻徳さんは記憶無いって言ってましたわ」

 

「………だが、これで『お前なんか知らない』って言ってしまったら、あの転校生は悲しむのでは………」

 

「………だ、大丈夫だって。幻徳だぜ?しっかりとその場の空気読む男だと俺は信じて──」

 

「すまん、俺は氷室幻徳で、カイではない。そして、君の事を全く知らないのだが?」

 

((((ダイレクトに行きやがったぁぁぁああああ!!!!))))

 

クラス全員が口をあんぐりと開けながら胸の中でそう叫んでいた。

当然の如く、ラウラはショックを受けた顔になる。

 

「な………!?そ、そんな事は無い!データを見ても私の幼馴染のカイだ!お前はいつも明るく、皆の為に楽しそうに笑っていた、私の知っているカイだ!」

 

その瞬間、クラス全員の心の中は『そんな笑顔の氷室幻徳は見たくない』である。

全員、無表情の強面な幻徳に慣れたために笑顔のこの男を想像できなかった。

 

尚も首を傾げる幻徳にラウラは『お前は……』と言葉を紡ぐ。

 

「時に手が折れるドッキリやったり、フィジットキューブなる物で上官をイラつかせたり、初めて見た私を年下扱いしたり、話のオチを思いつかなかったり、量産型で熱くなったり、施設の自動販売機におでんを入れる為に原稿用紙二十枚書いたり、友好の証とか言ってインドダンスを踊ったりしていたじゃないか!!」

 

その瞬間、クラス全員の心の中は『間違いない。それは氷室幻徳だ』である。

対して幻徳はこのIS学園ではやった事あるが、この少女が共にいた記憶が無いので変わらず頭の上にはてなマークを浮かべていた。

 

「む………む?」

 

「ラウラ、席につけ。今はまだSHRだ」

 

「っ………ハッ!………カイ、また後で来るぞ………!」

 

ラウラはその長い銀髪を翻し席につく。

それと同時に山田先生が一人の生徒を連れて教室に入って来た。

 

「織斑先生、すみません!もう一人の転校生を連れてきました!」

 

「あぁ、山田先生、迷惑をかけてすまない。ではデュノア、自己紹介しろ」

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。よろしくお願いします」

 

その金髪の人物は線が細い──

 

「「…………男?」」

 

──男子だった。

 

「はい。僕と同じ境遇の人が二人いるということで本国から転入を──」

 

瞬間、音響兵器と化したクラスメイトの喜びの叫びにより遮られた。

 

(ふむ、140dBか。飛行機レベルだな)

 

騒音機を片手に耳栓をした幻徳だったが、その思考の隅ではラウラの事を考えていた。

 

 

 

 

 

──何故、彼女は自分をカイと呼ぶ?

 

──自分の本当の名はカイなのか?

 

──俺は………何者なんだ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休憩時間。

ラウラに校舎裏へ呼び出された幻徳。

普段なら『オラ飛んでみろよ、と言われても大丈夫なように財布には諭吉しか入れてない』と考えるのだが、状況が状況なので真面目にしようと思っていた。

 

そして、ラウラが振り向いたと思うと、先程と同じように抱き締めてきたのだ。

 

「カイだ………この匂いは間違いなくカイだ………」

 

(言い逃れ………できない………)

 

男女が校舎裏で二人っきり。

何も起こらない筈もなく………

 

まぁ、何も起こってはないが、間違いなく誰かに見られたら社会的に抹消される可能性は大である。

 

幻徳はラウラの肩に優しく触れて軽く押しながら離れさせる。

幻徳に離れさせられ不安そうな顔をするラウラへ幻徳はゆっくりと自身の事を話すことにした。

 

「ボーデヴィッヒさん、聞いてくれ。俺は君の事を知らない。いや、覚えてないんだ。俺は十歳よりも前の記憶が無いんだ」

 

幻徳の言葉にラウラはその表情に影を落とした。

 

「じゃあ本当に忘れたのか………共に訓練したあの日も」

 

「………」

 

「………ずっと………支給されたレーションがマズいと愚痴を言い合ってた筈だ」

 

「………」

 

「………共にライフルのゼロインをした事も………」

 

「………」

 

「………料理番の時に一緒に作った事も………」

 

「………」

 

沈黙は肯定となる。

共にカイと呼ばれる自分と過ごした思い出を語るラウラは次第に眼帯に隠されていない瞳に涙を溜めていく。

 

「あの………星空の下で語り合った時も………」

 

「………星………空………?」

 

その瞬間、幻徳の視界が一瞬だけ別の光景に切り替わった。

 

 

 

 

 

 

星が散りばめられた満天の星空の下。

 

 

何かの建物の屋上で幻徳は笑っていた。

 

 

何かを喋っていた。

 

 

 

 

 

そして、目の前にはラウラが笑っていた。

 

 

 

 

 

 

「………っ!」

 

視界は現実に切り替わる。

今の光景は一体何だ?

 

記憶に無いのに知っている。

そんな矛盾が幻徳を襲う。

まるで他人の記憶を覗いているようで自分が自分でいなくなってしまう感覚に陥る。

 

「………そう、か………!」

 

トンッ、と体を押され、ラウラは脇を通り過ぎて行った。

 

「………!」

 

走り去っていく彼女に無意識に幻徳は手を伸ばしていた。

何故、自分は彼女に手を伸ばしたのかわからない。

 

ただ、彼女には泣いて欲しくなかった。

 

「……………」

 

だが幻徳が今できるのは伸ばした手を握り締める事だけだった。

 

 



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十三話:一夏と言う生贄

投稿遅れて申し訳ございません!


 

「何故こうなった!?」

 

そんな箒の悲鳴に近い声が屋上に響いた。

時刻は昼過ぎ。

学生は昼休憩の時間である。

 

話題の転校生であるシャルルを狙った追っかけは食堂に向かっただろうが、今日は屋上で昼食である。

 

あのラウラとの会話の後、もう一度ラウラと話しようと幻徳は昼休憩にラウラの席に行ったが、そこにラウラはいなかった。

 

どうしたものかと思った矢先、一夏が『屋上で飯を食おうぜー』と誘ってきた。

 

隣に絶望の表情を浮べている箒を連れて。

 

最初は断ろうかと思ったが一夏は次々とセシリア、シャルル、鈴音を呼ぶので、仕方無しに応じる事にした。

決して、面白そうだからとかそんなのではない。

 

「何故って、今日は天気がいいから外で食おうって言ったの箒だろ?」

 

相変わらずの唐変木な一夏に箒はガクッと項垂れた。

 

「あはは……ねぇ、氷室君。僕達、ここにいていいのかな?」

 

「面白ければ万事良し」

 

「氷室君ってやっぱりお茶目だよね」

 

焼きそばパンを頬張る幻徳にシャルルは苦笑いを浮かべるだけだった。

 

その後は箒がアーンしたり、鈴音がアーンしたり、イチャコラしている一夏だが、そんな空間を吹き飛ばす出来事が起こる。

 

「実はこのセシリア・オルコット!サンドイッチを手作りしてきましたの!」

 

突如立ち上がったセシリアが胸を張り、背中に隠したバスケットを取り出した。

かけられた布をとると綺麗に並んだサンドイッチが。

 

「お、美味そうだな」

 

「えぇ!えぇ!どうぞ、手に取ってください!」

 

一夏の言葉に嬉しそうに興奮気味になるセシリア。

一夏がサンドイッチを手に取るとセシリアは幻徳にもバスケットを向けてきた。

 

「幻徳さんもよろしければどうぞ」

 

「ふむ、では頂こうか」

 

一夏と幻徳は妙に具が赤いサンドイッチを一口齧る。

 

「ふむ、ソースの丁度良い辛味が………辛味が………辛味…………」

 

おかしい。

 

辛味が止まらない。

 

噛めば噛むほど、いや、噛まなくても溶岩のように溢れ出る。

 

吐き出すのはあまりにも無礼。

幻徳は口をダムのように固く閉ざし決して開かないようにしていた。

 

「ポワァァァッ!?」

 

隣の一夏が奇妙な声を上げながら背筋が一直線に張った。

 

その瞬間、サンドイッチに込められた謎の力により幻徳と一夏の目の前の光景が変わる。

 

 

 

 

辺り一面真っ赤の火山地帯。

己の足下からポコポコと溶岩が滲み出て、追い詰めていく。

 

もう、ダメだ。

生きるのを諦めた二人を更に絶望へ落としていく。

 

二人の目の前にあらゆるものを燃やし尽くす灼熱の火柱が地面より噴いたのだ。

 

その火柱は八つに分かれ、まるで生きているかのように動く。

先には龍のような頭があり、全てがこちらを向いている。

 

膝をつく二人へマグマで作られたヤマタノオロチは襲いかかり──

 

 

 

 

「「…………ッッッ」」

 

意識は現実へと戻された。

 

「戻ったのか?」

 

「ご、極熱筋肉………?」

 

あまり表情が変わらない幻徳に対して一夏は意味不明な言葉を呟いていた。

そして、一夏は幻徳の肩を組んでセシリアに背中を見せ、小さな声でこの現状の打破を相談していた。

 

「なぁ、幻徳………これ、失敗してるって言った方がいいんじゃないのか?」

 

「いや、アレは何の原因でこうなっているのか言わないと意味が無い。それにあのような期待の眼差しをしてるんだぞ?食うしかないだろ」

 

「そうだけどよ………」

 

「大丈夫だ。いざとなればプランBだ」

 

「確実に無いよな、プランB!?」

 

突っ込む一夏を他所にセシリアはモジモジとしながら一夏の顔をチラチラと覗くように見る。

 

「このサンドイッチは殿方が好まれるように濃い味付けにしましたの………い、一夏さん………あ!勿論、幻徳さんも遠慮せずに食べて下さい………」

 

乙女なセシリアが料理(火山)を勧めた瞬間、幻徳は即座にプランBを発動。

 

幻徳のプランB。

 

それは──

 

 

 

 

「しかし、セシリアは凄いな。“一夏の為に”こんなに美味い飯を作ってくるからな。これだと俺がこれ以上食べるのは無粋だな」

 

 

 

 

──生贄(一夏)を捧げる事である。

 

 

 

 

「げ、幻徳んんんんんん!?!?」

 

「おお、どうした、一夏。俺に掴みかかってきて。そんなに嬉しいのか?セシリアの料理は嬉しいのか?」

 

血走った目で幻徳へ掴みかかる一夏。

人間、理不尽に死にたくはない。

それは必死になるものだ。

 

「い、一夏さん………幻徳さんはあのように言ってますので…………どうか全部、食べて下さいまし!」

 

「なっ………!」

 

幻徳の思惑通り、セシリアは一夏の前へバスケットを置いた。

 

目の前には期待の眼差しを送るセシリア。

 

その後ろにはあちゃー、と感じで額に手を当てて空を仰ぐ箒、鈴音、シャルル。

 

更に後ろではサングラスをかけながら『I'm perfect human』と低い声でいいながら踊る幻徳が。

 

これは援軍も期待できない、引けない状況となった。

幻徳は後でぶっ飛ばす。

 

男、一夏、これより修羅とならん。

両手にパンに挟まれた溶岩を持ち、口の中へ全部詰め込んでいく。

 

口一杯に頬張り、咀嚼する。

だが咀嚼する度に肉が焼ける音がしており、一夏の唇の間から煙が出ている。

明らかにサンドイッチを食べて起こる現象ではない。

 

ゴクリ、と喉が動き、口の中のサンドイッチ(マグマ)を飲み込んだ。

 

全員が息を飲んで見守る中、一夏はまるで神に祈る様に手を合わせ──

 

「ぐふっ」

 

──ぶっ倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆ゛る゛さ゛ん゛!!!」

 

まるでどこかのブラックサンになりそうな一夏は胸倉を掴みながら前後へ振りまくっていた。

 

顔を真っ赤にして倒れた一夏を『セシリア、どうやら一夏はあまりの美味さに『今までのサンドイッチなど豚の餌ぁぁぁああああ!!!!』って感じに昇天したみたいだ。すまないが介抱してくる。また一夏に作ってやってくれ』と言って肩に担ぎ、屋上を後にした。

 

緑茶を流し込み数度ビンタすると一夏は起き上がったが状況を理解した瞬間に襲いかかってきて、ブラックサンに至る。

 

「落ち着け、謝罪と言っては何だが、一夏、そろそろアレをやろうと思う」

 

『アレ』と言う言葉を聞き、一夏は手の力を緩める。

 

「アレってまさか、アレか!?手に入ったのか!?」

 

「あぁ、用務員さんに融通してもらってな。お前も大分溜まってるだろ?」

 

「当たり前だろ!周りに女子しかいないこの環境じゃ気軽にできないからな!」

 

盛り上がる一夏。

そんな男子達を遠くで聞き耳を立てる者が数名。

 

「ねぇ、男子が女子の視線を気にする事って………そう言うことよね?」

 

「そう言う事だよな………?」

 

「そう言う事ですわよね………?」

 

「えーと、皆、聞き耳は良くないと思うけど………」

 

瞳のハイライトを無くした乙女の後ろで頬をポリポリと掻きながら呟くシャルルに乙女達は一斉に振り返る。

 

「こ、これは同門の腐った精神を鍛え直す為だ!」

 

「わ、私だって幼馴染としてよ!」

 

「私は同じクラスメイトとして!」

 

「い、一夏って愛されてるんだよね………?」

 

何やら妄想が至る所で空中乱舞している乙女達は拳を握るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が沈みかける夕方。

クラブ活動が終わり、寮へと帰る生徒がちらほら見かける中、幻徳が暮らしているプレハブ小屋の近くにブルーシートで四方に幕が張られていた。

 

お湯が入ったドラム缶があり、その中には一夏が蕩けそうな笑みで入っていた。

その側ではドラム缶の下にある焚き火の様子を見ている幻徳がいる。

 

「あ゛ぁぁぁ〜〜〜………いい湯だぁ〜〜………」

 

「湯加減はどうだ?」

 

「いい感じだぜぇ〜〜………」

 

ふにゃふにゃになっている一夏。

ここにセシリアのあのサンドイッチを入れたらどうなるんだろう、と遊び心が疼く幻徳だったが、流石にこれ以上は一夏がもたないので断念する。

 

先程の話はこのドラム缶風呂のことである。

前に一夏が風呂に入れないことが苦痛に感じている話をしていた。

そこで、幻徳は用務員のおじさんがドラム缶を運んでいた事を思い出し、何とか手に入れてみようという事になった。

 

そして、用務員さんの仕事を少し手伝うことでドラム缶が手に入り、今に至る。

 

「よし、そろそろ交代するか」

 

「いいから早く出ろ。後がつっかえている」

 

「後ってお前だけだろ………」

 

呆れながら一夏はドラム缶の中で腰にタオルを巻く。

 

「しかし、懐かしいな………旅に出てた時はドラム缶があれば仲良くなった人達と交代で入ってたな………」

 

「…………」

 

一夏は一瞬だけ黙る。

表情は変わらずとも穏やかに話すこの男に何故あのような冷静に人を撃つ事が出来るのか。

 

付き合いが浅いが、この男が合理的でありながら現実的な男であることは分かっている。

それでも人を躊躇いなく撃つことは異常である。

 

この男の瞳に映った物を知りたい。

そんな欲が湧いてきた。

 

「なぁ、幻徳………」

 

そこで、張っていた幕が真っ二つに引き裂かれた。

 

「一夏ぁぁぁああああ!!!!その腐った根性を叩き直してやる!!」

 

「大人しく成敗されなさい!!!」

 

「一夏さん!男同士でそんな事やあんな事してはダメですわ!!!」

 

幕を切ったであろう竹刀を持った箒と甲龍を部分展開した鈴音、同じくブルー・ティアーズを部分展開したセシリアが突撃してきた。

やや一名、勘違いしているようだが。

 

「…………へ?」

 

間抜けな声を上げる一夏はドラム缶にかけられた脚立に足を乗せる為に足を上げている。

女子達の視線は男の逞しい足から段々とタオルに隠された付け根へ。

 

一瞬、時が止まる。

そして、空にカラスが鳴く。

 

「「「キャァァァァアアアアア!!!?!?!」」」

 

「ギャァァアアアアア!!?!?!」

 

「ふむ、言うなれば『爆発オチなんてサイテー』か」

 

三人の女子と一人の男子の悲鳴がIS学園中に轟き、その周囲がビームや衝撃砲による爆発で満たされた。

 



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十四話:『進む』と言う『決別』

うわぁ、シリアスゥ………


一夏は六月の最終週にある学年別トーナメントの練習へと向かっていた。

何故か学年別トーナメントに優勝すれば一夏と付き合える、と言う噂話が飛び交っているが、ぶっちゃけ伝言ゲームの悪い結果みたいな感じに真実が湾曲しているのだろう。

 

今日は千冬に呼ばれ、放課後、ISの整備室へと向かっている。

いくつもある整備室に事前に言われた部屋に入ると様々なデータを管理していた千冬が振り返った。

 

「来たか。前にお前が持っていたベルトとロボットから奪った武器の解析が終わった」

 

幻徳が椅子に座ると同時に幾つかのホログラムを投影する。

それにはバイカイザーから奪った紫色の拳銃とバブルが付いた剣が映されていた。

 

「解析した結果、銃はエネルギー状の弾丸を撃つ。剣は蒸気、それも氷や雷を纏った蒸気を発生させる。そして、これらは連結可能でライフルにもなるらしい」

 

確かにブラッドスタークもそう言う使い方をしていたな、と幻徳は思い出していた。

次にベルトとフルボトルを置いた。

 

「そして、このベルトにはこのボトルの中の成分を増幅させる力を持っている。これらが共通して持っているのはボトルの力を抽出する事だ」

 

『まぁ、分かったのはそれだけだがな』と千冬は付け加える。

 

「明らかにISとは違う兵器だ。そして、それをあのブラッドスタークなる者とそれが連れてきたロボットが使っている。まさか裏でこんなのが蔓延っているとはな………ほれ」

 

千冬はベルトとフルボトル、拳銃、剣を掴むと幻徳へと投げ渡した。

 

「いいのですか?」

 

「使えん物はしょうがない。起動しようとベルトを付けた山田先生はそこで伸びている」

 

どうやら山田先生は実験台になったのだろう。

何という鬼だろうか。

まぁ、鬼教官だが。

 

「それでお前とボーデヴィッヒの関係の事だが………」

 

次に千冬は鞄から何枚もの資料を取り出し、机の上に広げる。

 

その資料に載っていたのは一人の幼い少年。

幼い上に髪型も違うが、間違いなく自分だ。

 

「カイ・モルゲンシュテルン。元はボーデヴィッヒと同じ部隊の所属だ。射撃、格闘、座学、全てにおいて素晴らしい成績を残しているが、自由なところがあり上官には気に入られてなかったらしい。十歳になった次の日に別の部隊へ配属。そして、交通事故により他界した事になっている」

 

千冬から語られたのはラウラが自分を『カイ』と呼ぶ少年の経歴だった。

資料には拳銃を構え発砲している姿や仲間と語っている姿の写真が挟まれている。

 

「ボーデヴィッヒと共にいた部隊では特にボーデヴィッヒと仲が良かったらしい。常に一緒に歩いていて、まるで兄妹のようだったみたいだ」

 

写真の中にはラウラと共に写るカイが。

笑顔のカイと恥ずかしそうにしているラウラ。

 

この笑顔の少年が自分。

全く、思い出せない上に気味が悪い。

 

「どうだ?思い出したか?」

 

「いえ、何も………だけど前にボーデヴィッヒさんと話した時、『カイ』の時の記憶を見ました。俺がカイと言うのは間違いないでしょう」

 

あの時、ラウラとの校舎裏で見た記憶。

アレはカイとラウラの思い出の一つなのだろう。

 

「問題は何故交通事故で死んだ筈のお前が生きているのか。そして、お前が死んだとされた後に何をされたのか、だな」

 

「おそらくブラッドスタークが知っているかと思いますが………奴がどこにいるか」

 

「だからそれを返した。ISは許可無しでは動かしてはいけないルールになっている。だが、それにはルールが無い。もし、ブラッドスタークが奇襲をかけてきても何とかできるだろう」

 

法の抜け道を抜けてるようで抜けてないグレーゾーンだが、専用機を持っていない幻徳としてはフルボトルと拳銃、剣があれば何とかなるだろう、と考えていた。

 

「成程。最近、フィジットキューブに飽きてきましたから」

 

「お前にとって、それはストレス発散の道具なのか………?」

 

呆れる千冬を他所に触らなかった分を取り戻すかのようにフルボトルを振りまくっていた。

 

その時、一人の生徒がドアを勢いよく開け、大慌てで入って来た。

 

「織斑先生!アリーナで前に転校してきたドイツ代表候補生が暴れています!」

 

その言葉に脳裏にラウラの顔を思い浮かべ、気づいたら幻徳は整備室を飛び出し、走っていた。

 

自分はカイ・モルゲンシュテルンだった。

おそらく、これからそう名乗るべきなのだろう。

 

だが、それでも──

 

『氷室幻徳って名前はどうだ!いい感じだろ?』

 

「──そう簡単には捨てられないな」

 

幻徳はボソリと呟き、走る脚を更に速く動かした。

 

 

 

 

 

「む、どのアリーナか聞きそびれたな………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場所は第三アリーナ。

 

「クソッ!!」

 

一夏は今、窮地に陥っていた。

目の前にはISを纏ったラウラ。

その手から伸びるワイヤーブレードには鈴音とセシリアが捕まり、ラウラにより負わされたダメージでぐったりとしている。

 

「やはり敵ではないな。この私とシュヴァルツェア・レーゲンの前では貴様も有象無象の一つでしかない」

 

ラウラが駆るシュヴァルツェア・レーゲンは鈴音とセシリアを蹂躙した後、激昴し突撃した一夏を捕らえていた。

 

一夏は必死に動こうとするがまるで岩の中に閉じ込められたかのように動けないのだ。

足掻くうちにエネルギー刃は小さくなり、無駄に白式のエネルギーを削っていく。

 

その様子を赤い瞳でラウラは睨む。

 

 

 

これが尊敬する教官の弟。

あの方の名誉を損なわせた面汚し。

情けないまでに愚直な男だ。

 

同じ男でもアイツは違った。

 

アイツは………カイは私の──

 

私だけの──

 

 

 

気づけば僅かに視線が下がっていた。

視線と肩の大型カノンを一夏へと向ける。

 

「消えろ」

 

冷酷に告げる。

 

 

 

 

『ライフルモード!ファンキー!』

 

「一夏、死にたくなければ下がれ」

 

 

 

 

淡々と聞こえる男の声。

それと共にラウラの背中に数発のエネルギー弾が当たる。

 

「げ、幻徳!?」

 

その場にいる全員が声のした方へ向くと銃と剣を合体させライフルにした幻徳が構えていた。

 

「ッッ!?カイ!?」

 

背中に感じる痛みと現れた人物に動揺するラウラ。

解除され、一夏は瞬時に鈴音とセシリアを担ぎ離脱する。

 

「俺はカイだった。だが、今は氷室幻徳だ」

 

「っ………」

 

はっきりと告げられた言葉。

その言葉はカイを捨て、幻徳として生きる事を表している。

 

カイ()と君は大事な関係だったのだろう。だが、君が誰かに暴力を振るうのなら幻徳()は構わず君を攻撃する」

 

そして、それは歩みを止めない事を表していた。

 

「そして、必要とあらば殺す」

 

瞬間、その場の空気が凍る。

 

 

 

『流石に童貞は捨ててるってか!?』

 

 

 

一夏の脳裏でいつかブラッドスタークが言った言葉が今になって蘇った。

 

『童貞』

 

その言葉はブラッドスタークのジョークか何かだと思っていたが、一夏はやっと全て理解した。

 

この(幻徳)、人を殺してる。

 

だからセシリアを何の躊躇いなく撃った。

躊躇いないからバイカイザーを破壊した。

人間だろうブラッドスタークを撃つのも躊躇いない。

 

人を殺してるからだ。

 

「幻徳………お前………」

 

これがあの男(氷室幻徳)なのだ。

 

「退け、カイ!お前を………傷つけなくない………!」

 

怯えていると言うよりもまるで何かに祈るようだった。

千冬が言ったようにまるで兄妹みたいだと言われてた二人。

その幼馴染をラウラは撃ちたくなかった。

 

 

 

そんな何も映ってない瞳で私を見ないでくれ。

銃口を向けないでくれ。

お前は私にとって大切な存在なんだ。

だから──

 

 

 

だが、幻徳は違った。

 

 

 

「…………」

 

『フルボトル!』

 

 

 

何も言わずフェニックスフルボトルをセット。

燃え盛る炎が銃口へと収束されていく。

 

「嫌だ………嫌だ………カイ………やめろ………!」

 

「…………」

 

頭を振り大型カノンを向けるだけのラウラと何も言わず無表情で引き金に指をかける幻徳。

あと数ミリ、引き金を引けば灼熱の弾丸が発射される時だった。

 

ラウラと幻徳の間に成人男性よりも長いIS用のブレードが突き刺さった。

 

「やめんか、若造共が」

 

「千冬姉っ!?」

 

そこに現れたのは後頭部を掻きながら鬱陶しそうにしている千冬だった。

恐らくISの補助も無くIS用のブレードを投げたのだろう。

本当に人間なのだろうか?

 

「模擬戦をやるのは構わんが、アリーナのバリアーの破壊、デッドラインを超えかねない操縦者の負傷、生身の人間にIS兵器を向ける、などがあると流石に教師として黙認はできないな。この戦いの決着は学年別トーナメントでつけてもらおうか」

 

「……………」

 

「いいな、ラウラ?」

 

「………分かり、ました………」

 

ラウラはISを解除し、ピットへと歩き出した。

幻徳の横を通る時、ラウラは歩みを止める。

 

「早く行け。それともまだ俺をカイと呼ぶか?」

 

その反応は違っていた。

歯を食いしばり、辛そうな表情で背の高い幻徳を見上げていたのだ。

 

「………お前は………私のヒーローだったのに………!」

 

その一言だけ言うとラウラは去っていく。

だが、その一言に幻徳の目は僅かに揺れた。

 

「俺が………ヒーロー………だと?」

 

 

 



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十五話:『悪』になると言う意味

お気に入り400件突破!
本当にありがとうございます!

折角ここまで沢山の方に読んで頂いたので、何か還元できないかと考えまして、『質問コーナー』なるものを設けたいと思います!
詳しくは活動報告をご覧下さい!


 

ラウラの襲撃があった日の夜。

自販機に飲み物を買いに行っている一夏はある事を考えていた。

 

シャルルのことだった。

 

彼──否、彼女が性別を偽り、自分と幻徳を狙ったスパイだと言うことを。

 

それはとある日のシャルル達との練習後の事。

ラウラが突っかかって来て心身共に疲れきった体に鞭を打ち、白式の正式な登録に関する書類を書き終わり白式の登録者となった時だった。

部屋に帰るとシャルルがシャワーを浴びており、そこで一夏はボディーソープが切れていたのを思い出した。

 

シャルルに届けようとボディーソープを手に脱衣場に入った時だった。

 

同じくシャワーが終わり浴室から出てきたシャルルは女子だったのだ。

 

事情を聞くとぽつりぽつりとシャルルは話してくれた。

 

彼女の実家の会社でもあるデュノア社が経営難に陥っていた。

そこで父である社長は妾の子であるシャルルを男装させ注目を浴びる為の広告塔と、世界で初めての男性操縦者である二人──一夏と幻徳、そして、一夏の白式のデータを取る為にIS学園へと送り込んだのだ。

 

一夏はそれを聞いた時、自身の姉を思い出していた。

 

そして、何もかも諦めたシャルルとその原因となる者、何も出来ない自分に腹を立てていた。

そこで、覚えたてのIS学園の特記事項である『どこの国にも属さない。そして、外的介入は許可されない』を思い出し、シャルルの三年間の安全は確保された。

 

その三年間、シャルルの事を考えていく事で一段落したのだが、また問題が起こっていた。

 

(幻徳はシャルルが自分の事を狙っていた、と分かったら………殺すのか?)

 

そう、氷室幻徳だ。

あの男は敵と見なせば容赦はしない。

今日のアリーナでそれは分かった。

 

だけどシャルルは無理矢理やらされていたのだ。

もしかしたら考えてくれるかもしれない。

そう思うと心が軽くなる。

 

やっとこさ着いた休憩場所には見慣れた顔が座っていた。

だが、一夏にとっては心臓が跳ね上がる程にグッドでありバッドでもあるタイミングだった。

 

「ドクペのこの何とも言えない薬品っぽい味は癖になるな………いかん、もう一つキメるか」

 

「何やってんだよ、幻徳………」

 

「一夏か。いや、何故かこの自販機にしかドクペが売ってなくてな。偶に飲み(キメ)に来るんだ」

 

「『飲む』に物騒なルビ振るんじゃねぇよ………」

 

件の男、氷室幻徳がドクターペッパーをキメていた。

完全なるドクターペッパーの中毒者である。

 

「隣、いいか?」

 

「隣は俺のものでは無い。好きにしろ」

 

「…………」

 

「…………」

 

この男は自分から話しかけることはあまりない。

故に何か喋らない限り流れるのは長く感じる時間と沈黙だけである。

 

「げ、幻徳。もし、学園にスパイがいたらどうする?」

 

我ながらド直球過ぎるじゃねぇか、と自分で突っ込む。

 

「ん?ブラッドスタークの事か?確かにアイツが現れたタイミングはドンピシャ過ぎるな」

 

どうやら都合の良い感じに解釈してくれたみたいだ。

 

「もしスパイがいるなら即座に尋問にかけるがな。ロープの結び目をひたすら睾丸にぶつけられる007よりも酷いヤツをやる」

 

(逃げルォォ!シャルルゥゥウウ!!!!)

 

思わず心の中で舌を巻きながら絶叫する一夏。

『男塾みたいな物でも十分拷問になるか』とか呟いている幻徳の声とか聞こえないし、聞こえたくない。

 

別の話題を振ることにした。

それはドラム缶風呂の時に聞こうとした事だった。

 

「幻徳ってさ、どんな旅してきたんだ?」

 

突然の話題の転換に首を傾げる幻徳だったが、少し視線を上へ向けると淡々と語り始めた。

 

「沢山の場所や人に出会った。永遠に続く平原があれば、深い森林、灼熱の砂漠、海みたいに広い湖。現地で明るく日々を生きている人もいれば、辛くても歯を食いばって生きている人もいた。中には俺と同じように世界を旅している人もいた」

 

簡潔に話す幻徳。

その懐かしむ声に一夏は不思議と幻徳が歩いて来た場所が見えてくるようだった。

 

「だが、それと同じくらい地獄を見た」

 

その瞬間、空気が変わる。

 

「未だに内戦を行う国にも行ったことがある。そこには平和を知らず武器を持ち戦う子供もいた。親を殺され復讐に燃える青年もいた。皆が来るはずの無い平和を求めて戦っていた。崩れ、炎により燃やし尽くされ、爆発により吹き飛ぶ。人も街も何もかも。誰もが、行く先々で俺に助けを求めて伸ばしていた。だが、俺は握れなかった。助けてやれなかった。俺には人を殺し、自分が生き残る事しか出来なかった」

 

救いを求める手を握れなかった。

その思いを表すかのように幻徳の手は音が出る程に握り締められていた。

 

「だから変えると誓った。争いの絶えないこの世界を変えると」

 

「まさかお前………!」

 

「分かるだろ、一夏。俺は解決の為なら武力を行使する事を。俺はこの世界を変える為に武力を使う」

 

つまりそれは世界を敵に回し捩じ伏せることを意味している。

堪らず一夏は立ち上がった。

 

「それは一緒だ、幻徳!力で全てを押さえつけるのは今までの奴らと同じだぞ!」

 

「あぁ、そうだろうな。それでもこれしか方法が無いんだ。このどうしようもない世界ではな。上の意地とプライドのぶつかり合いで関係ない人が巻き込まれるのは、もう見たくないんだ」

 

「………っ」

 

「一夏、『誰かを護りたい』『誰かの為に戦ってみたい』という理想を追い続けるお前には分からないかもしれないな。世界を変えたい思いが」

 

膝に手をつき、ゆっくりとベンチから立ち上がった。

 

「お前に、俺の信念は打ち砕けない」

 

幻徳は歩き出す。

 

「俺を悪と言うなら悪と呼べ」

 

そして、一夏とすれ違う。

 

「武力により国を纏める事を悪と呼ぶのなら………俺は悪で構わない」

 

「…………」

 

背中を向け合う二人の間を静けさが襲う。

 

自販機の明かりが一夏の周りを照らし、プレハブ小屋へ歩く幻徳の道の先は闇のように暗かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、六月最終週。

遂に学年別トーナメントが開催された。

観客席には国の政府関係者や研究所の職員、企業関係者など、様々な人が埋めつくしていた。

 

その中にはポップコーン(塩味)をモッサモッサと食いながら目の前の試合を観戦していた。

 

一年の部、Aブロック一回戦一組目。

果たしてこの男は『一』に何の因縁があるのだろうか。

 

織斑一夏&シャルル・デュノアVSラウラ・ボーデヴィッヒ&篠ノ之箒。

 

こうも早く因縁の試合が行われていた。

 

序盤は一夏対ラウラ、シャルル対箒だったがシャルルが箒を即座に退場させ、一対二の状態へ持ち込む。

危うげな場面もちらほら見えていたが徐々に一夏達が押している。

 

「流石に二人同時だとあのチビッ子も対処できないみたいね」

 

「いえ、それだけではありませんわ。一夏さんとシャルルさんの連携があるからこそボーデヴィッヒさんを圧倒できているのですわ」

 

「…………」

 

ネクターでポップコーンを流す幻徳の隣には同じくポップコーン(キャラメル)を食べる鈴音と冷静に試合を見ているセシリアだった。

 

「どうしたのよ。アンタにしては変に静かじゃない?」

 

この二人もあの時アリーナにいた。

自分の異常な場面を見たからてっきり近づかないものかと思っていたが、いつものように挨拶され隣に座ってきた。

 

「俺が怖くないのか?簡単に殺すと言う男だぞ?」

 

幻徳の言葉に鈴音は『はぁ?』と片眉を上げる。

 

「そんなの今更でしょ?別に私達はアンタがどんな奴でも構わないわよ」

 

「だって、幻徳さんの今までの行動に嘘は無いのでしょう?」

 

『今までの行動』と言うのが何を指しているのか。

それは幻徳が人を殺そうとした事も含まれるだろう。

だが、それだけではない。

幻徳がおちゃらけて誰かに突っ込まれたり、誰かの為に真摯に向き合った事である。

 

「そう言ってもらえると、助かる」

 

最後のポップコーンを口に放り込んだ時、シャルルが瞬時加速によりラウラに詰め寄り、超至近距離からパイルバンカーを打ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こんなところで負けるのか………?違う!)

 

朦朧とする意識の中、ただ一つの執念が彼女の意識をつなぎ止めていた。

 

(私は負けられない!!)

 

この左目により劣等種となった自分を部隊最強へと戻してくれたあの人。

 

強く凛々しく堂々としたあの人になりたいと思っていた。

 

だから、あの人に優しい笑み、気恥ずかしそうな表情をさせるあの男──織斑一夏。

 

認められない。

あの男を認めるわけにはいかない。

 

 

 

『願うか?汝、自らの変革を望むか?より強い力を欲するか?』

 

 

 

 

よこせ!

私の全てをくれてやる。

だから、あの男を叩き伏せる力を────

 

 

 

 

『世界が一つになって平和になればお前の綺麗な瞳を馬鹿にする奴なんていなくなるだろ?』

 

 

 

 

「……………カイ…………」

 

 

 

 

『Valkyrie Trace System────boot』

 

 

 

 

「あああああああああ!!!!」

 

 

 

 

突然、ラウラが叫んだかと思うとシュヴァルツェア・レーゲンから激しい雷撃が走る。

シャルルを吹き飛ばしたシュヴァルツェア・レーゲンはまるで粘土細工のようにぐにゃぐにゃと形を変えていく。

 

それは黒い全身装甲となったISとは違う何か。

刀を持った少女を模した鉄の像のような物が動きだし、一夏へと攻撃を始める。

 

「ちょっとあの銀髪、様子がおかしいわよ!」

 

「…………」

 

「あっ!幻徳さん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然、ドイツ候補生のISが別の物へと変貌し、観客が別ベクトルで騒々しくなる。

 

アラームが鳴く中で密かに口角を上げる者が一人いた。

ソフトハットを目深に被っており、人相は分からないが体付きから恐らく男だということは分かる。

 

「『Valkyrie Trace System』。まさか、あんな物を積んでいたとはな。人間って物はつくづく頭がおかしいな」

 

男は懐から何かを取り出す。

それは幻徳が持っている拳銃を黒くした様な物だった。

 

そして、ポケットから蛇のレリーフが彫られたフルボトルを振り、キャップを合わせる。

流れる動きで拳銃へと装填した。

 

『コブラ!』

 

そして、鳴り響くけたたましい待機音に周りにいた観客は一斉に男を見る。

拳銃を持った男に周りは悲鳴を上げるが男は構わず銃口を下に向け引き金を引いた。

 

「蒸血」

 

『ミストマッチ!』

 

銃口からは黒煙が舞い上がり男を包む。

 

『コ・コブラ………コブラ………ファイヤー!』

 

水色のコブラが光ったかと思うと火花が散り、辺りの黒煙が晴れる。

 

そこに立っていたのは数ヶ月前、幻徳達の前に現れたブラッドスタークだった。

楽しそうに笑いながら拳銃と剣を合体させ、ライフルにして安全装置を解除。

バルブを回転させる。

 

「さてと、ゲームメーカーとして面白い事を提供しようかね?」

 

『デビルスチーム!』

 

そして、ライフルを構え近くにいた観客へ銃口を向けた。

 

 




次回、変身。


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十六話:『ローグ』と言う『仮面ライダー』

お待たせしました!
遂に仮面ライダーローグへと変身です!


 

 

突如変異したIS。

その攻撃により、元々少なかった白式のエネルギーは尽き、一夏から白式が消えた。

 

だが、一夏はそれは関係ない。

今、この男は激しい怒りに駆られていた。

 

あの剣の技は千冬が一夏に教えた『真剣』の技。

 

いつか道場で持った『真剣』。

それは人を殺す為に作り出された存在。

竹刀とは違う重さが腕を襲い、構えを取ろうにも刃が持ち上がらない。

 

『重いか?これが人の命を絶つ武器の重さだ。この重さを振るうことがどういう意味か考えろ』

 

その人を試す煌めきに冷や汗が流れ、心臓がうるさい程に脈打つ。

 

千冬は厳しくも優しく、いつもと違う表情を浮かべていた。

 

『それが強さと言うものだ』

 

それ故に少しでも千冬の力になりたくて、強さを追い求めていた。

 

あのISが見せた技は千冬の技。

千冬だけの技である。

 

それを軽率に扱うISに、そしてその強さに振り回されるラウラに怒りを覚えた。

ISを纏ってない状態で殴りつけようと走りかけたが、箒にそれをビンタにより窘められる。

 

このまま待っていたら教師部隊が対処するだろう。

一夏が危険を犯す必要はない。

しかし、これは一夏が『やらなきゃいけない』のではない。

一夏が『やりたいからやる』ことなのだ。

ここで引いたら自分で無くなる。

そのような感じがしていた。

 

そこでシャルルのラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡからエネルギーを白式へ移し、白式を限定的に展開してワンオフアビリティーである零落白夜を使用できるようにしている最中だった。

 

「アレ、動かないよな?」

 

「多分、攻撃してくるのに対してカウンターを入れてくると思う。でも、凄く的確に鋭くブレードを振るうから容易には近づけないよね」

 

「一夏………」

 

心配そうな瞳で一夏を見る箒。

 

「大丈夫だ。俺は必ず勝って帰る。じゃないとシャルルに女装させられるしな!」

 

茶化すように言う一夏に周りの空気は和らぐがそれを裂くように電子音が鳴り響く。

 

『デビルスチーム!』

 

それは煙を纏ったエネルギー弾だった。

まるで蛇のような軌道を描きながら黒いISに着弾。

ISは黒煙に包まれ苦しむかのように手を振りながら抵抗するが、やがて全身を包まれる。

 

大量の煙が晴れるとそこに立っていたのは先程の姿とは違う存在だった。

 

重厚な鎧を纏った黒い騎士。

まるで阿修羅のように六本の腕があり、それぞれ細身の剣を持っている。

 

「なっ!?また姿が変わった!?」

 

「いや違うよ、一夏。正確には誰かが変えたんだ」

 

「これがISとスマッシュの融合か。実験大成功ってやつだな」

 

静まり返ったアリーナの中に突如響く人の声。

 

アリーナの壁にもたれ掛かりながらブラッドスタークは片手を上げ、さも知り合いに会ったかのようなトーンで話す。

 

「よぉ、久しぶりだな、織斑一夏。相変わらず雪片を大事にしているな」

 

「ブラッドスターク………!」

 

「それって話にあった謎のパワースーツを着た人………」

 

シャルルが事前に集めていたデータを思い出すとブラッドスタークは嬉しそうに一夏とシャルルに向け両手の人差し指を向けた。

 

「ビンゴ!一度会っただけなのに覚えてくれて嬉しいぜ。今日はウチの兵器を紹介しようと思ってな」

 

言い終わると同時にブラッドスタークのすぐ隣の壁が砕け吹き飛ばされた。

 

そこから現れたのは異形の怪物が二体。

一体はカブトムシの様な一本角を持った怪物。

もう一体は蜘蛛の巣の様な模様が彫られた怪物だった。

 

「こいつらは『スマッシュ』。人間にネビュラガスを注入する事で生まれる怪物だ」

 

「ネビュラガス………?いや、お前、それよりも………!」

 

『人間に』

ブラッドスタークが放ったそのワードに一夏は過剰に反応する。

 

「人体実験したのか………!?」

 

「まぁ、その場で作ったから人体実験とは言わねぇよ」

 

「だとしても人を巻き込んだのは一緒だろうが!!」

 

「役に立たない女尊男卑に染まった連中をこうして役立てているんだ。寧ろ感謝して欲しいけどねぇ………」

 

「テメェ………!」

 

一夏の怒声も飄々と躱し、更に人体実験を肯定する発言にその場にいた一夏達は怒りに満ちる。

 

だが、ブラッドスタークはそんな中でも楽しそうに笑う。

 

「俺はゲームメーカーだからな。常に楽しいゲームを用意するのが仕事さ」

 

「人を傷付けるゲームなどノーセンキューだがな」

 

そのブラッドスタークを一蹴するように声が遮る。

いつの間にか一夏達の横には幻徳が何食わぬ顔で立っていた。

 

「幻徳!?お前、どこから入ったんだ!?アリーナは閉鎖されてるだろ!」

 

「壁が降りてくる直前に偶然持っていた弾丸を跳ね返すフライパンを挟んで、その間を通ってここまで来た」

 

「何だ、そのバトルロイヤルでありそうなフライパンは………」

 

「まぁ、それはさておき。また厄介なことになっているな」

 

スマッシュと化したISへ体を向ける幻徳。

このまま突撃してスマッシュごとラウラやスマッシュになった人を殺すのではないか、と考えた一夏は幻徳の肩を掴んだ。

 

「幻徳、ラウラは………!」

 

「安心しろ、一夏」

 

幻徳は肩に置かれた手を優しく振り払った。

 

「ボーデヴィッヒさんは俺が助ける」

 

「……お前、それは………」

 

前に言った信念に反するのではないだろうか?

一夏はそう言おうとしたが、幻徳はすかさず声を被せる。

 

「アレはどう見てもISによる暴走だ。ここで行うのはISの破壊とボーデヴィッヒさんの救助だ」

 

それはラウラは被害者であり、原因はISにあると見ていた。

つまり、武力を行使すべきなのはIS。

幻徳はそう言いたいのである。

 

「だが、お前はエネルギーが無い。今、デュノアから移してもらっているがブレードくらいしか展開できない。相手は三体。いくら何でもきついんじゃないか?」

 

「ぐっ………確かに………!」

 

「まぁ、安心しろ」

 

そう言うと幻徳は歩き始める。

 

一夏は再度止めようとするが、肩越しにこちらを見る幻徳の表情を見た瞬間、動きを止めてしまう。

 

その表情は無表情だったのに、どこか笑っているようにも見えた。

 

「こういう汚れ役に向いているのは俺だ」

 

怪人三体にブラッドスターク。

前に戦った相手とは違う。

勝てる可能性は非常に低かった。

 

だが、低いだけでゼロなわけではない。

 

懐から取り出したのは黄色いレンチが付いた水色の機械。

それを丹田へ強く押し付ける。

 

『スクラッシュドライバー!』

 

野太い声と共に帯が伸び、腰へ巻かれる。

 

「お?それを使うか。はてさて、今のお前に使えるのかな?」

 

煽る様でどこか期待する様に促すブラッドスターク。

 

この機械がボトルの力を増幅させるのならば勝機はあるはず。

 

幻徳は紫のフルボトルを万力の間へ入れる。

 

『クロコダイル!』

 

そして、意を決して黄色いレンチを握り締め、下ろした。

 

万力が紫のフルボトルを挟み込み、表面に赤い罅が入る。

 

しかし──

 

「グッ………ガァッ………!?」

 

突然、ベルト──スクラッシュドライバーから紫電が幻徳の体を焼き尽くすように走り、幻徳の口から苦悶の声が上がる。

 

「ゥグ………やはりビリビリがきたか………」

 

堪らずアリーナの地面へ倒れ込むと、紫のフルボトルがスクラッシュドライバーから零れ落ちた。

 

「無理か………期待した分、がっかりだぜ。もういい、処分だな」

 

その様子を眺めていたブラッドスタークは心底落胆したようにそう言う。

 

すると待っていたと言わんばかりにカブトムシの様なスマッシュ──ビートルスマッシュと蜘蛛の巣の模様が彫られたスマッシュ──ネットスマッシュが倒れた幻徳に襲いかかる。

 

先ず、ビートルスマッシュは手に持った角のような槍で幻徳の横腹を突く。

 

「ガバッ」

 

すかさずネットスマッシュが手の平にある穴から網を射出し、幻徳へ絡み付かせる。

ネットスマッシュはそれを勢いよく振り回した。

 

地面へと叩きつけたかと思えば、次は壁へと叩きつける。

そして、それを何度も繰り返すとビートルスマッシュへと向け放り投げる。

 

ビートルスマッシュは野球のバットの様に槍で幻徳をぶん殴った。

 

「グァッ」

 

白いIS学園の制服は土と血で汚れ、幻徳はボロ雑巾になりながら黒い騎士のスマッシュ──ブレードスマッシュの足下へ転がされる。

 

ブレードスマッシュは何の躊躇いもなく、その大きな手で幻徳の首を掴むと締めながら持ち上げる。

 

「ボーデヴィッヒ………さん………」

 

首をギリギリと絞め、幻徳の体から酸素を奪っていく。

血が止まり頭に送る血液が無くなる事で意識がフワフワと消えてしまいそうになっていく。

一夏とシャルル、箒が何かを叫んでいるがよく分からない。

 

これが、人を殺した罪だろうか?

それとも、あの時、ラウラを悲しませた罪だろうか?

 

暗くなっていく意識の先に何かが映った。

 

 

 

 

 

満天の星空の下。

そこはドイツの軍の施設だった。

そこの屋上で彼女は泣いていた。

 

『お前は………醜く見えないのか!?私を!この金色の瞳に染まった私を!』

 

ISの登場により軍の体制も大きく変わっていた。

ラウラは女性と言うこともあり擬似的なハイパーセンサーを搭載した瞳の移植手術を受けた。

 

しかし、失敗する事の無い手術は失敗する。

右目の瞳は金色に染まり、オンオフの効かない状態へとなってしまった。

 

そして、己が劣等種になり下がってしまった事を強く俺に当たっていた。

 

俺は彼女の苦しみは分かる。

俺と彼女は人造的に作られた試験管によりベビー。

鉄の子宮から生まれた存在だ。

同じ時に生まれ、同じ時を共にしてきた。

 

だが、彼女の苦しみを解消する方法は知らない。

 

『なぁ、ラウラ。前に言ってたよな。『星は綺麗だな』って』

 

だけど、彼女を笑顔にする方法はあった。

 

『知ってるか!あの天の光はすべて星だ!でもその星を全て手に入れるのは俺だ!そうすればお前にこんな綺麗な光をあげれるからな!』

 

両手を大きく広げ己の野望を楽しそうに話す俺。

そして、高らかに笑いながらラウラの方へ顔を向ける。

 

『それに、世界が一つになって平和になれば、お前の綺麗な瞳を軽蔑する奴なんていなくなるだろ?』

 

彼女は一瞬キョトンとした表情をしたが、直ぐに吹き出し笑ってくれた。

 

『お前は………馬鹿だな………』

 

そして、俺はラウラの頬に触れる。

 

『ああ、馬鹿だよ。馬鹿じゃなければこんな事言わねぇよ』

 

『確かに馬鹿だが………やはりお前は私のヒーローだ………待っているぞ。お前が全てを手にする時を』

 

 

 

 

 

「あぁ………待っていたのは君だったのか………」

 

スマッシュと化したラウラの頬に手を当てる。

硬く無機質な肌触りがする怪物の頬だ。

 

「………ずっと待っていてくれたんだな………」

 

しかし、幻徳にはあの時、ラウラに触った暖かい頬に感じていた。

 

「………もう少し待っていてくれないか?………まだ、歩みを止めるわけにはいかないんだ」

 

果たすべき夢の為に歩みは止めてはいけない。

まだ、君を笑顔にする世界を作れてないから。

 

その思いが通じたのか、ブレードスマッシュは幻徳の首から手を離した。

 

「オイオイ、スマッシュになったら意思疎通は不可能に近いんだがなぁ………」

 

後頭部を掻きながら信じられないものを見た容子のブラッドスターク。

それを他所に幻徳は血混じりの咳をしながらヨロヨロと立ち上がる。

 

ふと、視線を下に向けるとあの紫のフルボトルが。

幻徳が元いた所に戻ってきたのか、それともフルボトル自身が来たのか分からないが、幻徳はそれを拾う。

 

「ほぉ、その怪我でまだ立てるのか。倒れて死ねば楽なものを。頑張ってもスマッシュに全員、殺られる。止めるなんか言わずにとっとと楽になれ」

 

もはや死体と変わりない状態だった。

 

粉々に粉砕された脚で立つのは辛かった。

折れた除骨が肺に突き刺さり、呼吸がしにくい。

臓器は破裂して痛みに意識を持っていかれそうになる。

もはや立っているのは奇跡だった。

 

「言いたいのはそれだけか?」

 

「ん?」

 

だが、その瞳だけは熱く眼目の敵へと向けられていた。

 

「例えどんなに傷つけられようと、どんなに挫折を突きつけられようと………それが俺の信念を変える理由にはならない」

 

血反吐を吐きながらも口を止めない。

 

「俺は俺なりに信念を貫く。これは俺が判断した事だ。誰が決めた事でもない、だれにも文句を言われない、俺だけの決定だ。だから殺す。だから力を振るう。だから───」

 

細長いフルボトル──クロコダイルクラックフルボトルのキャップを合わせる。

ボトルに赤いヒビが全体に広がり、危険な雰囲気を醸し出した。

 

『デンジャー!』

 

「───お前達をこの場で倒す」

 

敵に宣言と同時に目を閉じながらおどろおどろしい音を鳴らすフルボトルを持った左手を大きく掲げる。

深く大きく息を吐きながらフルボトルをスクラッシュドライバーの万力の間へ突き刺した。

 

『クロコダイル!!』

 

スクラッシュドライバーから映し出される鰐の顎のホログラム。

 

そして、目の前の敵を必ず倒す決心を表すかのように目を大きく開けた。

 

 

 

 

そして、唱える。

 

 

 

 

コンマ一秒前の自分から『変わる』言葉を。

 

 

 

 

 

「………変身」

 

 

 

 

 

紡がれた言葉と共に掴んだレンチを押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

『割れる!喰われる!砕け散る!』

 

 

 

 

 

 

スクラッシュドライバーから響く野太い声と共にビーカーが幻徳の周りに形成され、毒々しい紫の液体が注入される。

 

突如、鰐の顎が出現し、それを割った。

 

液体が辺りに飛び散るが、その中にいた幻徳の姿は変わっていた。

紫と黒を基調とした刺々しい装甲。

 

それに反し、顔部分だけは黒いのっぺらぼうだった。

しかし、顔の両側にある牙によりそれは砕くように喰われる。

 

黒い仮面は白いヒビが入ると共に一部が砕け散り、水色の複眼が現れた。

 

 

 

 

 

『クロコダイル・イン・ローグ!オォォラァァア!!』

 

 

 

 

 

そこに立つのは暴力を纏った紫の戦士。

 

 

 

 

 

「俺は………ローグ………」

 

 

 

 

己は悪だ。

だが、彼女にとって自分はヒーローだった。

 

ヒーローと悪。

矛盾を抱えた存在である自分。

ならば今はこう名乗ろう。

 

 

 

 

 

「仮面ライダーローグ」

 

 

 

 

 

仮面の戦士となった悪は己の夢の為にその力を振るう。

 



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十七話:始まりと言う突然

ひ、一段落ついた………


IS学園、アリーナに現れた紫の戦士──仮面ライダーローグ。

姿が変わる、正しく変身した幻徳に一夏達は空いた口が閉じない。

 

しかし、ブラッドスタークは違った。

 

「ハハハ………遂に………遂に、変身したかぁぁあああ!!!」

 

例え仮面に覆われ顔が分からなくてもその声で狂ったように喜んでいるのが分かる。

 

「やはりお前は最高だな!」

 

「………」

 

歓喜のブラッドスタークに幻徳──否、ローグは答えない。

 

己の手を握ったり開いたりして感覚を確かめている。

そのローグにビートルスマッシュが手に持った槍を突き出した。

 

「ハァッ!!」

 

ビートルスマッシュの攻撃を掻い潜り放たれたカウンターの一撃がビートルスマッシュの腹に深々と突き刺さる。

 

おもわず体をくの字に曲げ顎を前に突き出してしまうビートルスマッシュ。

そのビートルスマッシュのこめかみへ拳を振り下ろした。

 

脳が破裂するのではないかと思う一撃でビートルスマッシュは地面へと倒れる。

そのビートルスマッシュを一瞥すると拳銃──ネビュラスチームガンを取り出しクロコダイルクラックフルボトルを装填する。

 

『クロコダイル!』

 

そして、無慈悲に引き金を引いた。

 

『ファンキーブレイク!クロコダイル!』

 

銃口に集まった光のエネルギーが爆ぜ、ビートルスマッシュが吹き飛ばされた。

あまりの勢いに地面を削りながら壁に激突。

更に爆発を上げた。

 

剣──スチームブレードで網を切り裂き、ネットスマッシュへ突き進む。

その途中でネビュラスチームガンとスチームブレードを合体させる。

 

『ライフルモード!ファンキー!』

 

また新たに網を放つネットスマッシュ。

迫る網に対してローグは足を先にしてスライディングし、避ける。

そして、滑ったまま銃口をネットスマッシュへ。

 

『ファンキーショット!クロコダイル!』

 

先程とは比べ物にならない光量が下からネットスマッシュを襲い、膨大なエネルギーによって突き上げられた。

空中で大爆発を起こし、地面へと叩きつけられる。

 

巻き起こる炎の先には陽炎に揺らめくローグの姿。

その姿は正に暴力の化身だった。

 

「瞬く間にスマッシュ二体を地に伏せさせるとは!データー以上の力だな!」

 

ブレードスマッシュが動く。

ブレードスマッシュがまるで武芸者の如く間合いへと入り、その六振りの剣で見事な剣舞を魅せる。

六本の腕が互いに邪魔せず絶え間ない斬撃をローグを襲う。

 

しかし、ローグは何食わぬ様子で立っているだけだった。

そのアーマーに傷は付かず、ローグ自身に何の痛みも無い。

 

「…………」

 

迫ってくる二振りの剣を拳に装備されたクローで殴りつける。

突然の反撃によろめいたブレードスマッシュは剣舞を止めてしまう。

 

その一瞬を逃さず暴力は動き出す。

 

「ッラァ!!」

 

その黒くも絢爛な鎧に白い拳を叩き付ける。

更によろめいたブレードスマッシュにローグは突き進みながら左右の拳を叩き込む。

 

ブレードスマッシュは体中を轟く衝撃に何度もくの字に曲げながら後ろへ下がっていく。

 

「ォォォラアア!!!」

 

そして、最後の拳がブレードスマッシュに当る。

その瞬間に肩、肘、手首を連動させて内側に捻り込むことで、ダメージの増大、そして、拳のクローにより更にダメージを増幅させていた。

 

アリーナの壁まで追い込まれ、片膝をつくブレードスマッシュ。

 

止めとローグは黄色いレンチを押し込もうとする。

 

「幻徳!」

 

「一夏………お前………」

 

声をかけられ、振り返ると一夏がいた。

その手には部分展開した雪片が握られている。

 

「訳分からない力に振り回されているアイツには一発ぶん殴らないと気が済まない。だから、俺にもやらせてくれ!」

 

そう言い頭を勢いよく下げる一夏。

その様子を見て、暫く黙っていたローグは一夏に声をかけた。

 

「一夏、アレは恐らくISの上にスマッシュが覆っているのだと思う。俺がスマッシュの部分を破壊する。お前はその刀でISを斬ってくれ」

 

「ああ!分かった!」

 

そして、一夏はローグの横に並ぶ。

 

「幻徳、お前さっき汚れ役だって言ってたよな?お前がそれで傷付くのなら俺はお前を護る。俺にとって強さのあり所はそこだからな」

 

「それが、お前の求める強さか…………甘い。だが、それがいい」

 

「何の話だよ?」

 

「こっちの話だ」

 

「じゃあ──」

 

「ああ──」

 

片や姉の力を引き継いだ白の刀を持つ男。

片や暴力と悪をその身に宿した紫の仮面の戦士。

その二人が一直線に並んだ。

 

「「──征くぞ」」

 

先にローグが走る。

そして、黄色いレンチを勢いよく押し込んだ。

 

『クラックアップフィニッシュ!』

 

「ハァァァァ…………!」

 

クロコダイルクラックフルボトルに赤い罅が入り、エネルギーが拳に溜まる。

 

「オォラァァッッッ!!!」

 

紫のエネルギーを纏った拳が無抵抗のブレードスマッシュに深々と突き刺さる。

ブレードスマッシュの鎧に罅が入る。

 

「帰って来い………ボーデヴィッヒさん…………いや、ラウラ!!」

 

更に足を地面に踏み込む。

すると、ブレードスマッシュの鎧が砕け、中からあの黒いISの腹部が見えた。

 

「一夏!!」

 

「うぉぉぉおおお!!!」

 

そこへ一夏の零落白夜により光を纏った雪片を地面と垂直に切り落とす。

 

ISが裂け、そこから気を失ったラウラが零れ落ちた。

その拍子に眼帯が外れ、僅かに開かれた左の瞳は美しい金色だった。

 

ローグはラウラを優しく抱き留めた。

 

「一夏、この子を頼む」

 

「おう」

 

ラウラを一夏に託し、ローグは歩く。

 

「……………」

 

『クラックアップフィニッシュ!』

 

もう一度、レンチを捻る。

一瞬、複眼が光ったかと思うとローグは走り出した。

向かう先はブラッドスターク。

 

そして、地面を強く蹴り、空へ向けて高く飛び上がった。

 

「ヌゥウァァアア…………!」

 

脚部に装着された鋭利な刃──クランチャーエッジがエネルギーの牙『クランチャーファング』を展開させ、両足で鰐の様に挟む──否、噛み付く。

 

「グッ………!?」

 

そして、デスロールの如く右回転、左回転。

相手の抵抗を許さず、肉を喰い千切る。

 

「ドラァァッ!!」

 

「グォォォオオ!?!?」

 

もう一度捻ると同時にブラッドスタークは吹き飛ばされ、アリーナの壁へ叩きつけられた。

 

「………グッ………ッアアァ………」

 

壁を伝い、よろめきながら立ち上がる。

至る所から煙が上がり、そのダメージは決して少なくはない。

 

「………成程な。その女が本来ウチに来るはずだった欠陥品か。それにしても瞳が『金』か………厄介な………いや、寧ろ目覚めていない今がチャンスか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「いや、こっちの話さ………悪いが今日はここまでにしようか………あー、そうだ」

 

白い何も彫られてないフルボトルをビートルスマッシュ、ネットスマッシュ、ブレードスマッシュに向けるとそれぞれのスマッシュから成分らしき物が抜かれていき、白いフルボトルに吸い込まれていく。

 

すると、白いフルボトルは膨らみ蜘蛛の巣の様なレリーフが彫られたフルボトルに変わった。

そして、それを三つローグへと投げ渡すと、頭の一本角から黒煙を出した。

 

「これをやるよ。そのお嬢ちゃんの近くに置いてた方がいいぜ………じゃあ、またな!Ciao!」

 

「おい、待てと…………駄目か」

 

今度こそ仕留めようと走りかけたローグだが、黒煙が晴れた先には誰もいなかった。

 

ローグはスクラッシュドライバーからクロコダイルクラックフルボトルを抜き取る。

するとアーマーが霧散し、幻徳の姿へと戻った。

 

途端に片膝を付いた。

それもそのはず、ローグへと変身する前の彼は死に体と変わりなかったのだからだ。

 

「幻徳!」

 

「一夏か………あの子は………?」

 

「大丈夫だ。ただ気絶しているだけだ」

 

「そうか………殴らなくていいのか?」

 

「あんな弱々しい目をされたら殴りたいものもしたくなくなる」

 

「まぁ、そうだな………それよりも」

 

「あぁ………」

 

二人は地面に大きく大の字になった。

土に汚れようがそんなの構わない。

 

「「疲れた………」」

 

そんな呑気な気の抜けた声が二人の口から漏れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは突然に告げられた。

 

『別部隊に転属、だと?』

 

『おう、どうやらそうなったらしい。まぁ、中佐とかの上官には嫌われていたしな』

 

後頭部を掻きながらにしし、と笑うカイ。

私にはその笑顔は裏があるように見えた。

 

『大丈夫だって。別に今生の別れじゃないんだ。ドイツにいればきっとまた会えるさ』

 

心配な顔をしているのか、私の頭の上に頭を置いて安心させるように撫でた。

 

違う。

会える、会えないの違いじゃない。

私はまだこの胸の想いを伝えてない。

 

言うんだ。

言うんだ、私!

 

『そ、そうだな………それにお前は世界を一つにするんだからな』

 

『ああ、頑張るぜ。愛と平和の為にな!』

 

結局、私はこの想いを奴に伝える事ができなかった。

そして、それが私とカイの最期の会話だった。

 

 

 

その数週間後、私宛に手紙が届いた。

 

『カイが死んだ………!?』

 

手紙にはカイが交通事故で死亡した事が書かれていた。

 

信じられなかった。

つい前に私に笑顔を振りまいていたアイツが死んだなんて。

 

その手紙には告別式の詳細が載っていたが私は破り捨てた。

 

アイツが死んだ?

 

違う!

アイツは帰ってくる!

きっと、『ただいま』って言って帰ってくるのだ!

 

だから、私は待つのだ。

 

私は最弱のままでいられない。

最弱のままでアイツのいた場所を守れない。

 

私は力を手に入れるから、帰って来てくれ。

私はいつまでもお前を待っている。

 

だから、だから────!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラウラが目を開けると紙と石膏ボードの天井だった。

意識がまだふわふわしているのか暫くぽーっと見つめていた。

 

よくよく今までの事を思い出してみると死んだ筈の幼馴染に会った事から始まって、幼馴染に拒絶され、力を求めた結果、気づいたら現在に至っている。

 

「まるで夢みたいだな………」

 

「ところがどっこい。夢じゃありません」

 

「ヌォッ!?」

 

突然、カーテンのシャーって鳴るアレがシャーって鳴って現れたのは最早ミイラと言っては過言ではない程に包帯を巻いた幻徳だった。

 

「か、カイ!?………いや、今は氷室幻徳、か………」

 

「ああ、因みに今俺を倒してもメダルは出て来ないぞ」

 

「………意味が分からんぞ」

 

「む、そうか」

 

暫くお互い見つめ合っていると、幻徳は突然に包帯塗れの頭を下げた。

 

「すまなかった」

 

「ど、どうしたんだ、急に………」

 

「今までの俺には殆ど記憶は無かった。だけど、一つだけ虚ろなものが頭の中にあった」

 

それはブラッドスタークに人体実験している記憶ではなく、感覚のようなものだった。

 

「誰かが待っていてくれている、と言う不確かな物だ。それが記憶が蘇った事で君だと分かった。君はずっと待っていてくれたのに、俺は君を傷つけた。もう一度言う、すまなかった」

 

「いいんだ、お前は記憶を失っていたんだから………私は………お前が帰ってくる場所を守る為に力を求めていた。最弱のままではいられなかった」

 

ただ、一人の男の為に彼女は力を求めていたのだ。

それが意味無いと、カイは戻って来ないと知っていた筈なのに、ただ貪欲に、ただ猛烈に、彼女は力を欲していた。

 

「男性操縦者としてお前の顔があった時、私の努力が報われたと思っていた………だけど、お前は記憶がなく、氷室幻徳として生きていて………私は………私の………力の意味はなんだったのだろうか………」

 

涙を流す彼女に幻徳は彼女の前に立つと、その小さな体を抱き締めた。

こんなに小さな体なのに、彼女は何と重たい物を背負って今まで生きてきたのだろうか。

そう思うと、幻徳の胸の中は引き裂かれそうだった。

 

「俺はカイではない。だけど、今は俺をカイだと思って全てを吐き出していい。胸を貸すだけなら俺なんかでもできる。俺では君の悲しみを消すことなどできないから」

 

「………そんな………私は………私は………カイ………カイ………!」

 

幻徳の胸の中でラウラの嗚咽が聞こえる。

小さい声だったが、幻徳には大きく心に響いていた。

 

彼女が泣くのは辛かった。

だが、こうして彼女が次に笑えるのであれば。

彼女が明日に向かえるのであれば。

 

そんな彼女が泣き止むまで幻徳は頭を撫でながら空いた手で背中を優しく摩り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すまない、涙で汚してしまったな」

 

「これくらい何ともない。また辛くなったら貸してやる。クラスメイトの愛と平和の為にな」

 

「愛と………平和………」

 

それは最後にカイと話した中で出てきた言葉。

 

『愛と平和』

 

世界を一つにする野望とは無関係な言葉を掲げていたカイは何かある事にそれを出していた。

 

「なんだ………何も変わってなかったんだな………」

 

あの時、心の中で夢物語だ、と嘲笑した言葉。

しかし、今、この胸を叩いている。

 

例え、記憶を失っても。

例え、人が変わっても。

例え、過去と決別しても。

 

変わらない物がこの男に残っていたんだ。

 

「改めて俺は氷室幻徳だ。最近ハマってる食べ物は十分どん兵衛。好きなラーメンの麺の硬さはバリカタだ」

 

「ああ、私はラウラ・ボーデヴィッヒ。よろしく頼む、『カイ』」

 

彼は最後まで変わってなかった。

なら、わざわざ名前を変える必要は無い。

 

「ああ、よろしく………む?」

 

彼女は変わらずこの首を傾げる男に愛おしい名で呼ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、幻徳は松葉杖を突きながら教室へ入った。

全員、『回復早っ!?』とか『ヤミー!?』とか『オイエージ!』とか叫んでいたが何とか躱しつつ、席につく。

 

「皆さん………おはようございます………」

 

チャイムが鳴り教室に入ってきた山田先生はどこか覇気がない。

 

「えーと、今日は皆さんに転校生を紹介します………紹介と言うか紹介は終わっているんですが………じゃあ、入ってください………」

 

端切れが悪い山田先生は教室の出入口に手を向けると、一人の女子が入って来る。

それはつい最近、転校してきたシャルル。

だが、今は髪をリボンで結び、ズボンだったのがスカートへと変わっている。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

「えー、デュノア君はデュノアさんでした………うぅ………寮の部屋割りが………」

 

クラスが驚愕の声に包まれる中、こんな声があがる。

 

「あれー、じゃあ、イッチーは同室だから知ってたんだ〜」

 

「あれ?確か昨日って男子が大浴場使ってたわよね!?」

 

突如、教室の壁が吹き飛んだ。

何と鈴音がその顔に怒りを込めながら甲龍を纏い現れた。

 

「一夏ァァァァァァアア!!」

 

その背中に無双的なパワーを乗せながら、肩の衝撃砲が放たれる。

 

(あ、俺、死んだわぁ)

 

そして、一夏の後ろにいる巻き添えを喰らうだろう幻徳は──

 

(コップのフチ子さん、全種類集めたかったな)

 

──何か悔やんでいた。

 

しかし、それは一夏と幻徳にその衝撃が来ることは無かった。

目の前にはシュヴァルツェア・レーゲンを纏ったラウラが防いでいたのだ。

 

「すまん、ラウラ。助かった──むぐ」

 

『始まりはいつも突然』とどこかの歌の歌詞がある。

そう突然に幻徳はラウラに唇を奪われたのだ。

 

「カイ!お前を私の嫁にする!決定事項だ!異論は認めん!」

 

「「「「えぇぇぇえええええ!?!?!?」」」」

 

叫び声が轟く一年一組。

そして、幻徳は無表情の顔を全く変えず──

 

「ふむ、だが、日本は十五歳の結婚は駄目らしいからな。後、三年待ってくれ」

 

──やんわりと後へと回していた。

 

 



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幕間
質問コーナー!


 

それは某学園にある一軒のプレハブ小屋。

水色の屋根に薄そうな白い壁のシンプルな物であるが、それはとある教師の指示のもと魔改造が行われ、普通に家と変わらない出来となっている。

 

そのプレハブ小屋の中で家の主はいそいそと敷かれた畳を歩きながら何かを用意していた。

 

「こんなものか………おい」

 

ちゃぶ台の上にはマイクと箱に入った幾つもの手紙。

それを確認したプレハブ小屋の主──氷室幻徳は虚空へ声をかける。

 

「あ、終わった?」

 

すると音もなく一人の男が現れた。

まるで元からそこにいた、と思わせる程に。

全身黒ずくめ、所謂黒子の格好をしている男──作者は幻徳の横に腰掛けた。

 

「果てさて、物語も節目も迎えたし、日頃の感謝を表さないとな」

 

「誰に言ってんだ?」

 

「うるせぇ、ここからはメタ発言は常にするから、そこん所夜露死苦」

 

「意味分からんが………おっともう時間だぞ」

 

「お、じゃあカウント始めるぞー。三、二、一──」

 

 

 

 

 

幻徳「焼肉定食愛羅武勇」

 

作者「『質問コーナー』、始まるよー………って、のっけから違うじゃねぇか!?」

 

幻徳「すまん、テンパった」

 

作者「テンパって何でそんな言葉出んの!?」

 

幻徳「落ち着け、話が進まん。早くコーナーの説明をしろ」

 

作者「誰のせいだと………!ったく、えー、このコーナーでは『INFINITE・ROGUE』における質問等を私、作者こと鉄の字と主人公、氷室幻徳が答えさせていただきます!」

 

幻徳「よろしく頼む」

 

 

 

 

 

作者:「ではまず最初は『護国と魔王の力』さんからの質問です!」

 

 

──────

 

まずは、ヒムろんへの質問から。

 

・ヒムろんとラウラがデートするならどこに行きますか?(もしも今後の展開に関わるなら答えなくても大丈夫です)

 

・ヒムろんが映司とアンクに出会ったのは何歳のときで、場所はどこでしたか?

 

・ヒムろんはどういう経緯でISに触れましたか?

 

・ヒムろんの女性の好みはなんですか?

 

 

次はラウラへの質問から。

 

・ラウラから見たヒムろんの第一印象はなんでしたか?

 

・ヒムろんと過ごした日々で思い出はなんですか?

 

──────

 

 

幻徳「ふむ、ラウラとか」

 

作者「最新話でカップル誕生しちゃった、と言うかさせちゃったけど、ぶっちゃけどこに行くのよ」

 

幻徳「そうだな………城だな」

 

作者「城?日本の城とかか?」

 

幻徳「この日本に来た時に気になっていたんだ。城と言うには厳密には古今東西の建物だな。それが幾つもある」

 

作者「ふむふむ………ん?」

 

幻徳「確か『休憩所』とも書かれて──」

 

作者「アウトー!!アウトー!!初っ端から飛ばし過ぎだ、あほ!!次!次の質問!」

 

 

幻徳「火野映司、アンク………彼らはそう言う名前だったのか」

 

作者「あれ?知らなかったの?」

 

幻徳「十二歳の頃か。とある砂漠の真ん中で食料が尽き、死にかけていた所を育ての親共々助けてもらったんだ。いや、驚いた。砂漠の真ん中で枝にパンツをぶら下げた男がいたんだからな」

 

作者「まぁ、ベア・グリルスさんも驚きだわな………」

 

幻徳「そこから近くのオアシスまで案内してもらい別れたんだ。その時に『そんな荷物で生きていけるのか?』って質問して『生きていけるよ。少しの小銭と明日のパンツがあれば』と答えてくれて、今でもその言葉は胸に刻みつけている」

 

作者「因みに作者はオーズは大好きです!」

 

 

作者「じゃあ、次の質問だけど………そう言えば詳しくは書いてなかったな」

 

幻徳「ふむ、ならば一から説明するか。俺はIS学園に来る前は紛争地帯にいた。そこではISが使われていたんだ。その時、俺は一泊させてもらった家族に礼をするために店を手伝っていたが、巻き込まれてな」

 

作者「アラスカ条約ェ………」

 

幻徳「で、そこから逃げる時に目の前にエネルギーを失ったISが墜落してしまってな。何せ、狭い建物の中から逃げていたのに通路を塞ぐから押しのけようと手を触れた瞬間、情報やらなんやら流れてきて気持ち悪かった」

 

作者「えーと、因みにその時の操縦者は………」

 

幻徳「ザクロと言う果物が地面に落ちた光景を見たことあるか?」

 

作者「いや、もういいわ………よく分かりました………」

 

 

幻徳「好みの女性。決まってる。ラウラだ」

 

作者「以上!!」

 

 

作者「えー、次の質問ですが、事前にラウラに質問をしまして、その時、録音したデーターを再生します!えーと、ラジカセ、ラジカセ………あった!再生ボタンをポチッとな!」

 

幻徳「古いな、おい」

 

作者「あ、一応質問の内容が『ヒムろん』になっていて氷室幻徳かカイなのか判断できなかったので、両方、聞いてきました!」

 

ラウラ『カイの第一印象か………喧しい奴としか言いようがなかった。初対面から『ただの人間には興味ありません………何て言わねぇからよろしくネ!』って言われたな』

 

ラウラ『カイ………あぁ、氷室幻徳の第一印象………まぁ、カイとどうしても重ねてしまったからショックが強いな………だが、今のアイツも私は好きだ』

 

幻徳「俺の婿が尊い」

 

作者「書いてるこっちが恥ずかしいわ。じゃあ、次ね」

 

 

ラウラ『カイとの思い出か………十歳の頃の誕生日か。ドイツでは十歳、二十歳、三十歳と区切りがいい歳の誕生日は盛大に祝うんだ。だが、私達は試験管ベビーだから祝う親もいなければ友もいない。そこでカイは『Let's Party!』と叫んだかと思うと当時の部隊の皆や施設職員も呼んで盛大に誕生日パーティーを開いたんだ。まぁ、上官に見つかってカイはセグウェイに乗って逃げたな。短い誕生日だったが…………とても楽しかったのを覚えている』

 

ラウラ『氷室幻徳の思い出は今の所無いな………だが、これからゆっくりと作っていきたいな……』

 

作者「お前、やっぱり昔から変わらねぇな」

 

幻徳「俺としては昔の俺がこんな明るいとは思っていなかったがな。しかし、セグウェイとは………俺だったらキャスターボードで逃げるがな」

 

作者「やっぱ、雰囲気が変わるだけで根本、何も変わらねぇわ」

 

 

 

 

作者「続きまして!花蕾さんから!」

 

──────

 

私と書き始めた小説の主人公から質問します

 

私:幻徳が好きな食べ物と飲み物は?

 

惣一(INFINITE・STARKより):幻徳が使ってみたい武器とかってあるのか?

 

──────

 

 

幻徳「俺は基本的に何でも好きだし食うぞ」

 

作者「まぁ、一話で『人間の食える物』って言ってたしな。じゃあ、特に何が好きよ」

 

幻徳「強いて言うなら食べ物はいちごパフェだな。飲み物はドクターペッパーだ」

 

作者「ビルド本編の幻徳もいちごパフェが好きだったな………つーか、ドクターペッパーかよ」

 

幻徳「何を言う、作者。あれは一口目は薬品っぽい味がするが二口目から段々と美味く感じ、また飲みたくなる禁断の飲み物でな──」

 

作者「長くなりそうだから、次ー」

 

 

幻徳「ふむ、別世界の者からの質問か………オーバードウェポン………」

 

作者「コジマはあかん………他は?」

 

幻徳「ガーベラ・ストレート」

 

作者「何れにしてもロボットじゃねぇかよ!………えーと、ライダーの武器とかは?」

 

幻徳「仮面ライダーか。火縄大橙DJ銃だな。あの無数の敵を落とすマシンガンモードや、強力な大砲モード、無双セイバーとの合体での大剣。正に万能ではないか」

 

作者「まぁ、カチドキアームズは見た目が一番戦国武将っぽくて好きだしな」

 

 

 

 

作者「続きまして!sevenblazespowerさんからの」

 

 

──────

 

なぁ、ヒムヒム。一狩り行こうぜ!

 

──────

 

 

幻徳「…………」

 

作者「…………」

 

幻徳「…………よし」

 

作者「おい、待てや。どこ行こうとしてんねん」

 

幻徳「……………………アステラ」

 

作者「行くんじゃねぇよ!書く俺が面倒いわ!」

 

 

 

 

作者「えー………続きまして!柳星張さんから!」

 

──────

 

1.『IS』とクロスオーバーするにあたり、主人公として戦兎(ビルド)や万丈(クローズ)ではなく、幻徳(ローグ)をチョイスした理由を教えて下さい。

 

2.幻徳は隙あらば何か面白いことをしていますが、彼のギャグキャラとしての人物像の参考にした人もしくはキャラクターはいますか?

 

3.ネビュラスチームガン、スチームブレード以外の武器の登場予定はありますか?

 

X.『エボルドライバー』並びに、『エボル』、『マッドローグ』の登場予定はありますか?

 

──────

 

 

作者「えーと、じゃあ一番目の質問ですが、個人的に仮面ライダーローグが好きでハーメルンでないかなー、って探したら思いの外少なくて『じゃあ、俺が書いてみるかー』ってなったのが理由ですね」

 

幻徳「ふむ、ローグが好きと言う理由か」

 

作者「いやぁ、あの最初の登場シーンは震えたね。氷室幻徳のあのキャラも好きだし、ローグのデザインも好きだね。必殺技も好きだし、全部好き!!(挨拶)」

 

 

作者「二番目の質問ですが…………一応、『龍が如く』の主人公である桐生一馬を参考にしてます。まぁ、本編を参考にしているんじゃなくて、サブイベの雰囲気を参考にしてますね」

 

幻徳「意外だな」

 

作者「いやぁ、あの凄味のある顔で真面目にギャグをやるから家族と一緒に腹筋崩壊したのはいい思い出ですね。あの雰囲気を大事にして、ネタとかは自分の経験や身の回りにある物、ライダーネタを使ってます」

 

幻徳「ほぉ、例えば?」

 

作者「お前がセシリアにフルボトル振りまくる場面があっただろ?アレは俺の友達で旅行に行った時の夜に大富豪をして俺が一位になったんだよ。そこで待つのが暇だからカバンに入ってた玩具のフルボトルをまだあがってない友達の目の前で振りまくって煽ったのが元ネタ」

 

幻徳「最低だな、お前」

 

作者「長年の友情が生み出せる煽りだと言って欲しいな。後、フィジットキューブは何故か作者の机の上にあったので使いました」

 

 

作者「三番目の質問ですが、ネタバレになるのでここで話すのは難しいです!申し訳ございません!」

 

幻徳「まぁ、ライダー武器以外の兵器なら『INFINITE・ROGUE』を読み返せば分かるかもな」

 

 

作者「最後の質問ですが、これもネタバレになるから応えるのは難しいですが、他ライダーを出す予定はあります!」

 

幻徳「ふむ、ブラッドスタークがいるからもしかしたら………かもな」

 

 

 

 

 

作者「では質問は以上です!また機会があれば第二弾を行おうかと思います!その時はどしどし質問を下さい!」

 

幻徳「皆さんの感想や御指摘、応援が自分達の活力となっています。これからも『INFINITE・ROGUE』をよろしくお願いします」

 

作者&幻徳「それでは──」

 

幻徳「アデュー」

 

作者「さようなら………って、最後くらい台本通り言えや!!」



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第二章
一話:災難なホリデイ


すみません、投稿遅れました!


閉じたカーテンの隙間から漏れる光が丁度目に当たり、意識が中途半端に覚醒する。

重い瞼を開けると、見慣れた風景が広がっていた。

 

「…………」

 

横に置いてある時計を手に取ると時刻は五時半。

起きるにはまだまだ早すぎる。

 

プレハブ小屋の主──氷室幻徳は寝返りしようと体を傾けようとしたが、何故かできない。

自身の体の上に何か乗っかっているからだ。

 

思考が定まらない幻徳は掛け布団を捲る。

 

そこには銀色の頭が見えた。

更に視線を移すと何故か一糸纏わぬラウラの姿が。

 

「ん………カイ………おはよう、だな」

 

幼い体付きながらどこか煽情的な雰囲気を醸し出す彼女。

ぼんやりとした幻徳はそれでも意識が冴えない。

 

「何………してる………」

 

「嫁の布団に寝ることにおかしいことがあるか?」

 

「そう………か………」

 

完全におかしいことなのだが、眠気に襲われている彼にはそんな事は関係無かった。

 

「眠い………」

 

「ひゃっ!?」

 

何を寝ぼけたのかラウラを抱き枕にして横になる。

 

ラウラの華奢でありながらしなやかで柔らかい体が幻徳の無骨で硬い体が触れ合い、ラウラの顔は一気に熱くなる。

 

「カ、カイ!これはまずい!まずいから離れてくれ!」

 

「ん………ぅん………いい香りが、するな………」

 

そして、あろう事か幻徳は寝惚けてラウラの頭に顔を埋める。

 

(か、嗅いでいる!?カイが私の頭を嗅いでいるのか!?)

 

あわあわと慌てるラウラ。

そんな事などいざ知らず、幻徳はまたゆっくりと瞳を閉じていく。

 

「…………」

 

「か、カイ?」

 

「…………」

 

「寝てるのか………しかし、この体勢は恥ずかしいのだが………」

 

「…………」

 

「うぅ………ぁぅ………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く………カイにはもう少し恥じらいを持って欲しいぞ。わ、私でも恥じらいを持っているというのに………」

 

顔を真っ赤にしながらブツブツ呟くラウラは今、幻徳が持っていた『親しみやすさ』と書かれたピンクのシャツを着ていた。

 

ブカブカのダサいシャツに身を包み、垂れた袖口や裾から伸びる御御足は見る者を釘付けにするだろう。

 

しかし、この男、氷室幻徳は決して揺らぐことは無かった。

 

完全に目を覚ました幻徳が抱き締めたラウラに向けて言った開口一番の言葉が『何だ、いたのか』である。

 

眠り姫も『マジかよ』と驚き目覚めるレベルである。

 

「む、クラスメイト達がいる前でプロポーズする君に言われたくないが」

 

「それはそれ!これはこれだ!」

 

「む………」

 

理不尽を突きつけられ、幻徳は困ったように後頭部を掻いた。

 

「『む』と言いたいのはこっちだ………私にはそんな魅力が無いのか………?」

 

「何を言う」

 

潤んだ瞳で不安そうに幻徳を見るラウラだったが、幻徳はピシャリと否定する。

 

「小柄な体付きながらしなやかなその肢体。一本一本が高級な絹かと見間違う美しい銀の髪。そして、幼いが凛とした端正な顔付き。正に現世に舞い降りた白翼の天使だ」

 

超超ド直球な言葉を無表情で発する幻徳に収まりかけていたラウラの顔がまたもや赤くなる。

 

「………なっ!?なななな何を言ってるんだ!?」

 

「本当の事だ。何なら今日一日潰して語り尽くそうか?」

 

「いいっ!もういいっ!!そんなに言われると………心臓がもたない………」

 

両手を前に出してブンブン振るラウラに幻徳は『そうか』と簡潔に答えた。

 

「それにしてもこれから何度もここに来るのなら色々と不便な事が多いな………ラウラ、これを渡しておく」

 

幻徳はポケットからラウラに一枚のメモ用紙を渡した。

受け取り見ると、それには幾つかの数字が並んでいた。

 

「これは………!携帯番号なのでは!?」

 

自分の部隊の頼れる副隊長は『恋人との電話は定番』と言っていた。

まさか、こんなに早く教えてもらえるとは──

 

「いやWi-Fiの番号だ。現代的だろ?」

 

「…………」

 

書かれていた番号は確かに無くては不便な物であった。

 

「それよりも今日は学校休みだが、何しに来たんだ?」

 

「ああ、カイよ。私と付き合ってくれないか?」

 

「俺達は既に付き合っているぞ?」

 

「そっちではない。所謂デートと言われるやつだ」

 

「なるほど………分かった。では私服に着替えて後で集合するか」

 

幻徳がそう言うとラウラは少し、視線を泳がせる。

 

「実は………恥ずかしながら私はここの制服と軍の制服しか持ってなくてな………」

 

そんなラウラに顎に手をやり、暫く考える幻徳。

すると何か思いついたのか握り拳を手の平に打ち付け、箪笥に手をかける。

 

「実はオーダーメイドで作ってもらったんだが、サイズを間違えてな。そのまま箪笥の肥やしになっている服があるんだが」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜………」

 

雲一つ無い晴れた天気。

段々と暑くなってきた天候の中、シャルロットは夏によく似合う私服を着ていた。

だが、当の本人からは深い溜息が漏れていた。

 

それは数日前の放課後だった。

 

『付き合ってくれ』

 

真剣な表情の一夏にそう言われ、一瞬頭真っ白になったシャルロット。

 

しかし、よくよく話を聞いてみれば『買い物に付き合って欲しい』と言うテンプレもテンプレな使い古されたテンプレであった。

 

(幻徳だってラウラの気持ちを受け止めているのに、一夏は〜〜〜!!)

 

もう一人の男子を思い浮かべる。

最近、ラウラと結婚の約束をしたとIS学園で持ち切りになった氷室幻徳である。

 

あの幻徳が彼女を作るなんて。

当時、周囲は全く想像できなかったが、割とラブラブで周りは砂糖吐き出しそうになった。

 

だが、その中で一夏はとある心配をしていた。

シャルロットが女子であることで幻徳がシャルロットに手を出すのでは、と言うことである。

 

しかし、幻徳曰く──

 

『親に無理矢理やらされていたのだろ?それだったら加害者ではなく被害者だ』

 

──らしい。

 

とにかくシャルロットに手をかけるのでは、と危惧していた事態が無くなったので一夏は心底安心していた。

 

そんな事を知らないシャルロットは唐変木な一夏と彼女持ちの幻徳を比べていた。

 

その時、揺らめく陽炎の奥から誰かが歩いて来た。

 

「ん?アレって幻徳とラウラだよね」

 

見慣れた顔が視界に入りシャルロットは手を上げかけたが、やめた。

 

まるで病院の総回診並に神妙な顔付きで並んで歩く二人の格好はあまりにも奇抜だったからだ。

 

そう奇抜だった。

 

先ずは幻徳。

シャツは先程ラウラが着ていた胸元に大きく『親しみやすさ』と書かれたピンクのシャツ。

下には同じくピンクのパンツを履き、透明なビニールの上着を着ている。

もう、ピンクにピンクなので目が痛い。

 

そして、ラウラ。

『威風堂々』と書かれた白いシャツの上にデニム生地に装飾がジャラジャラ付いたノースリーブの上着を着ている。

そして、その下は膝丈のジーンズ、頭の上にはキャップである。

色々とベクトルがいろんな方向へとぶっ飛んでいる服装である。

 

あまりの情報量が多すぎるファッションにシャルロットは一瞬突っ込むのを忘れてしまっていた。

 

そして、表情を変えないまま二人は駅の前に立つと声を揃えた。

 

「「行くか」」

 

「行っちゃ駄目ぇぇぇええええ!!!!!」

 

最早どこから突っ込めばいいのか分からない。

だけど、この二人をこのまま行かせては駄目だ。

 

片やドイツ代表候補生。

片や二人目の男性操縦者。

 

これではスクープ記事のいい的になってしまい、下手をすればIS学園の評判にヒビが入り『砕け散るゥ!!』になりかねない。

 

瞬時にそこまで想像の幅を広げたシャルロットは改札を通ろうとする二人を必死の形相で止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「解せぬ」」

 

「黙らっしゃい!!」

 

「アハハ………」

 

ショッピングモール、レゾナンス。

そこの入口では無表情ながら不機嫌そうな声を出す制服姿の幻徳とラウラを一喝する私服のシャルロット。

その隣には私服の一夏もいる。

 

「とりあえず!二人はちゃんとした私服を買うこと!何か一つ服を取ったら近くの店員さんに聞いてみること!分かった!?」

 

「「Yes,sir」」

 

「僕は女!」

 

「「Yes,ma'am」」

 

「じゃあ、解散!」

 

まるでオカンが手のかかる子供を相手するように言うシャルロットの声で二組はそれぞれ分かれる。

幻徳とラウラは近くにあった店に入り、水着コーナーを見ていく。

 

「む、これはどうだろうか?」

 

「赤いフジマウンテンとライジングサンか。いかにも日本と言う感じがしていいな」

 

既にダサい水着を買おうとする二人。

シャルロットの確認は一体どこへ行ったのやら。

しかし、ファッションの確認をしようにも幻徳の強面により店員達は顔を引き攣らせ近づこうとしない。

もしかしたら幻徳の致命的な程にダサいファッションセンスは強面から生まれたのかもしれない。

 

「俺はこれでいいな。ラウラは何か欲しい物はあったか?」

 

「私には学校指定の水着がある。特に買う必要はないだろう」

 

その言葉にラウラの水着姿を見てみたかった幻徳は心に若干の淋しさを感じていた。

 

「そうか………すまん、少し鷹の爪を殺しに行ってくる」

 

「それを言うなら『キジを撃ちに行く』だぞ、カイ」

 

ツッコミを受けながらトイレへ行く幻徳を見届け、ラウラは作戦(デート)の経過報告を部隊に通達する。

 

後に何故か紙袋を持っていたラウラに幻徳は首を傾げるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何と言う罠を………」

 

狭き空間の中、幻徳は小さく呟く。

幻徳は今、危機的状況に陥っていた。

 

恐らく、助かる望みは少ないだろう。

 

下手をしたら一生この空間から出れないかもしれない。

その考えと共に思い浮かばれる愛しい恋人。

 

「ラウラ………」

 

すまない、君と次に会う時は自分は冷たい体になっているだろう。

 

だが、自分とてただで終わるわけにはいかない。

足掻きに足掻いて、笑って死んでやる。

 

 

 

 

 

このトイレットペーパーが無くなった個室トイレで。

 

 

 

 

 

果てさて、このトイレの中に紙らしき物は存在しない。

 

と言うか、しっかりと補充しろよ、レゾナンス。

そんな事を思いながら自分の持ち物の中に何かあったか、制服を漁りながら紙を探してみる。

 

そして、あった。

 

「一万円………」

 

がま口財布からひょっこりと顔を出した諭吉さんとこんにちは。

そして、悔しい事に幻徳の財布には諭吉さん一人しか存在していたかった。

 

この一万円は水着を買った後でラウラと美味しい物を食べる為のお金である。

 

幻徳がIS学園に行く時に付けた条件の一つに定期的に金を振り込む条件があるが、それでもお金は限られている。

そうやすやすとケツを拭く為に失っていい存在でもない。

 

脱出か、ラウラとのデートか。

 

頭の中でその二択が回りまくる。

 

「や、やべぇ!変な怪物が現れたってよ!!」

 

「か、怪物!?特撮かよ!!」

 

騒がしくなるトイレでそんな話を盗み聞きする。

それを聞いた瞬間、幻徳は直ぐに選択した。

 

「すまん、ラウラ。明日の地球を投げ出せないからな」

 

そして、一万円を握りしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

逃げる人並みに抗いながら幻徳は怪物とやらがいる所へ向かう。

すると、肩に小さな衝撃が走る。

どうやら人とぶつかったみたいだ。

振り向くと、中肉中背の糸目が特徴的な青年がそこにいた。

 

「すみません」

 

「いやいや、こちらも不注意だったからね。それでは、See you」

 

謝る幻徳に青年はそのまま落ち着いた様子で歩きながら去っていく。

 

その時、幻徳はポケットに違和感を覚える。

飴玉しか入ってないポケットが不自然に膨らんでおり、中に手を突っ込むとそこには前にブラッドスタークが持っていた何も彫られてない白いフルボトルがあった。

 

「これは………」

 

去って行った青年の方へ振り向こうとしたが、悲鳴が聞こえ、それをポケットに突っ込みながら再び走り出した。

 

辿り着いた場所は展示やヒーローショーで使う広場だった。

 

そこでは至る所に武器らしき物を付けたスマッシュ──アーマースマッシュが右腕にあるガトリング砲を乱射していた。

 

アーマースマッシュから放たれた弾丸により幻徳のすぐ側にあったショーウィンドウが割れる。

 

「………っ」

 

幻徳は転がりながら案内看板の裏に隠れた。

 

直ぐに懐からスクラッシュドライバーを取り出し、腰につける。

 

『スクラッシュドライバー!』

 

そして、クロコダイルクラックフルボトルを取り出し、キャップを合わせる。

 

『デンジャー!』

 

赤いヒビが入った瞬間にスクラッシュドライバーの万力の間に差し込む。

 

『クロコダイル!』

 

アーマースマッシュの銃撃が止んだと同時に案内看板から飛び出し、アーマースマッシュへと走りながらレンチを下ろす。

 

「変身」

 

『割れる!喰われる!砕け散る!クロコダイル・イン・ローグ!オォォラァァア!!』

 

幻徳の周りにビーカーが形成され、紫色の液体に満たされる。

それを両端から出た顎が割り、その中から装甲を纏った幻徳が現れる。

 

幻徳はローグへと変身し、アーマースマッシュへ地面を踏み込み小さく跳ぶ。

そして、握りしめた拳をアーマースマッシュの顔面へ振り下ろすように殴った。

 

頭が落ちる所を無理矢理立たすように脚のバネを使いアッパーを放つ。

アーマースマッシュの体が大きく仰け反り吹き飛ばされた。

 

無様に地面に叩き伏せられたアーマースマッシュ。

そこへ追撃を行うローグだったが、右腕のガトリング砲がローグへ向けて火を噴いた。

 

「おっと」

 

その弾丸がぶつかる衝撃に追撃の勢いを削がれてしまう。

全く痛くはないのだが、弾丸が雨のように来るのは鬱陶しい。

 

再び近くの案内看板の後ろに隠れながらどうするか悩む。

そこで、ふとスクラッシュドライバーに装填されたクロコダイルクラックフルボトルを見た。

 

「このフルボトルが入るなら、これらも使えるはず………」

 

その手にはカブトムシが彫られたフルボトル──ビートルフルボトルとクモが彫られたフルボトル──スパイダーフルボトル、刃が彫られたフルボトル──ブレードフルボトルが握られていた。

 

ブラッドスタークに言われた通りにラウラの側においていたら直ぐに形が変わり、このようなフルボトルへとなっていた。

 

ラウラや幻徳はどうしてこうなるのか首を傾げたが最終的にブラッドスタークをぶん殴って聞いた方が早い、と言う結論になった。

 

そんな経緯で手に入れたフルボトル。

それらを纏めて振りまくる。

 

「さて、実験を始めようか………」

 

まずローグはスパイダーフルボトルをスクラッシュドライバーへ装填する。

 

『チャージボトル!』

 

野太い声と共にレンチを振り下ろした。

 

『潰れな〜い!チャージクラッシュ!』

 

ローグは案内看板から手を出し、アーマースマッシュへ手の平を向ける。

すると手の平から紫のエネルギーで作られた網が放出され、アーマースマッシュへて絡み付いた。

 

突然のことにガトリング砲を止めてしまうアーマースマッシュ。

網を肩にかけて勢いよく引っ張ると、アーマースマッシュも引っ張られ、ローグの前へと落ちる。

 

即座に銃口をローグへと向けるがそれよりも速くローグはビートルフルボトルを装填し、レンチを押し込んでいた。

 

『潰れな〜い!チャージクラッシュ!』

 

拳の先からカブトムシの角の形をしたエネルギーが飛び出す。

突然にリーチが伸びた攻撃に対処できずアーマースマッシュは無防備にもらった。

 

背中から地面に叩きつけられたアーマースマッシュ。

更にローグはフルボトルを変える。

それはあのブレードスマッシュから取れたブレードフルボトル。

 

それを装填し、レンチを下ろす。

 

『潰れな〜い!ディスチャージクラッシュ!』

 

スクラッシュドライバーに『刃』の成分が流れ込み、何かが砕ける様な音と共に腕に装着された刃──クランチャーエッジがエネルギーを纏い肥大化した。

 

それを確認したローグは痛みに苦しむアーマースマッシュへ軽く跳ねる。

 

「ウォォォラァァア!!!」

 

雄叫びを刃に乗せ、すれ違いざまに切り裂いた。

エネルギーを纏う刃はアーマースマッシュのガトリング砲を容易く切り、銃身は床に落ちた。

 

一瞬倒れるかと思ったが、アーマースマッシュの執念か追い込まれた獣の様に背中を向けるローグへ襲いかかる。

 

しかし、ローグはもう一度、レンチを捻る。

 

『潰れな〜い!ディスチャージクラッシュ!』

 

次は脚に装着されたクランチャーエッジが肥大化する。

 

「………ハァッ!!」

 

そして、ローグは振り向きざまに上段回し蹴りを放つ。

まるで背中に目がついているのではないかと思う程に完璧なカウンターは相手へ叩き込まれる。

刃がアーマースマッシュの腹を横一閃に切り裂く。

 

またも地面に落とされたアーマースマッシュは爆発し、倒れ伏した。

 

ローグはアーマースマッシュへ白いフルボトルを向け、成分を抜き取る。

それを確認したローグはフルボトルを抜き取り、幻徳へと戻った。

 

何故、スマッシュが現れたのか?

何故、あの青年がフルボトルを持っていたのか?

 

「ラウラの所へ行かないとな………これらを考えるのはそれからか」

 

疑問は湧くが今は放ったままにしているラウラに会うために幻徳はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

そして、それを影から見ていた者は無邪気そうに笑うのだった。

 

「………Excellent!」



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二話:悪魔のサイエンティスト

すみません!
投稿が遅れました!


 

来週から校外実習──臨海学校。

 

皆がそれぞれ海に思いを馳せながら準備に浮かれている中、幻徳は千冬に連れられ、とある場所へと足を運んでいた。

 

幻徳はチラリと近くにある窓を見る。

見渡す限りの海に刻まれた水平線。

こんなキレイな海を見たら人は泳ぎたくなるだろう。

しかし、今いる場所はそんな生易しい所ではなかった。

 

ここは陸から隔離された刑務所。

 

そこは公にも明らかになっていない孤島から作られた監獄だった。

 

何故、幻徳と千冬がそんな場所にいるのか。

それは幻徳に会いたがっている人物がいる、と言う理由だった。

 

レゾナンスの一件から数日。

 

スマッシュの事は千冬には報告したが、公に出る事は無かった。

流石にあれ程の騒ぎなのでネットの掲示板くらいだと書き込みがあったが、誰も写真を撮ってなかったのか信憑性に欠けるとして忘れられようとしていた。

 

そんなある日、放課後にマジカル☆八極拳の練習をするべく早々に教室を後にしようと思ったが千冬に呼び止められ、次の休みを空けとくように伝えられた。

 

とりあえず幻徳は制服のシャツをはだけさせ、『了解です』と書かれたシャツで返事しておいた。

無論、出席簿で叩かれた。

 

そして、現在、幻徳は刑務所の長い廊下をひたすら歩いている。

 

「会いたがっている人が囚人とは………強面を褒められているのを喜ぶべきか悲しむべきか」

 

「お前の強面で呼ばれたわけじゃないから安心しろ。そんなことよりもある意味危険かもしれんがな」

 

『そんなこと………』と何気にショックになっている幻徳を無視して千冬は話を続ける。

 

「ある日、とある人物よりお前に会いたいと言うメールが直接私のパソコンに来た。だがお前の名前ではなく、『仮面ライダーローグ』だった。つまりローグがIS学園の生徒だと知っているという事だ」

 

「周りに人がいないのを確認したつもりでしたが………」

 

「今の時代、どこに人の目があるか分からん。もし、お前がローグだとバラされた場合、様々な国からローグのデーターとお前が狙われる可能性がある。そいつとは一度会って話をしないとな」

 

「なるほど………」

 

そう話しながら歩いている内に案内してくれた職員はエレベーターへと入る。

幻徳と千冬も一緒に入り、エレベーターは地下へと下がっていく。

 

下がり始めて約数分。

あまりにも長すぎる時間に沈黙が痛かった。

 

エレベーターが開き、またしばらく歩くととある牢獄に辿り着く。

しかし、そこは牢獄にしてはシミ一つない真っ白な部屋で備え付けられた椅子、テーブルでさえも真っ白である。

 

そして、その椅子にその人物はいた。

 

「貴方は………」

 

「やぁ、レゾナンスで会った時以来だね、氷室幻徳君」

 

短い髪に糸目。

知的な雰囲気の中に底知れぬ何かを感じさせる青年。

 

「まずは自己紹介だね。僕は葛城 巧。以後お見知り置きを」

 

青年は顔の横で手をピラピラと振る。

そう、その人物はレゾナンスで幻徳と肩がぶつかったあの青年だった。

 

「アンタは一体………」

 

「まぁまぁ!積もる話は座ってやろうじゃないか。立ってたら落ち着かないだろ?」

 

幻徳の言葉を遮り、真ん中に置かれたテーブルにつくように促す青年──葛城 巧。

幻徳は隣にいる千冬と目配せして座る事にした。

 

巧は嬉しそうに頷くと端に置かれた冷蔵庫へ向かう。

 

「何か飲みたい物はあるかい?ラッシーしかないけどね!ふなっしーじゃないよ!?名犬ラッシーでもないよ!?ラッシー!ラッシーだからね!インドの飲み物、ラッシーだからね!!」

 

「織斑先生、この人大丈夫ですか?」

 

「侮るな、氷室、多分。コイツはあの天災並の頭脳の持ち主だと言われているぞ、多分。本来なら死刑を執行されてもおかしくないが、その頭脳を見込まれ技術を提供する代わりに刑期を軽くする契約を政府と交わす程だ、多分」

 

「何故語尾に多分を付けるのですか、織斑先生?」

 

つまり、死刑さえも帳消しに出来るほど、この男が持つ頭脳には利用価値があると国は見ているのだ。

 

「いやいや、僕ではISのコアを作り出すことなんてできないからね。あのコアのプロテクト、本当に固い」

 

テーブルに人数分のラッシーを置いて手をプラプラとさせながら否定する巧。

次の瞬間、糸目が少しだけ開かれる。

 

「でも、ISよりも強力な兵器は作れるよ?事実、君が証明してくれているじゃないか」

 

そう言って幻徳を指差す。

 

「トランススチームガンを始めとし、コブラフルボトル、スチームブレード。トランススチームガンの改造版であるネビュラスチームガン、そして、僕の研究の最高傑作でもあるスクラッシュドライバーとクロコダイルクラックフルボトル!全て、僕が作った物──」

 

大きく腕を広げ、自分が作り上げた作品を連ねていく。

その目には狂気と無邪気が混じっており、見る者を恐怖させる。

 

「──となっているね」

 

そういう風に見えた。

まるでスイッチを切り替えたかのようにテンションが下がった巧。

 

「ある日、ある人物が僕に会いに来てくれた。その人はあるガスを使った兵器を作って欲しいと頼んで来たんだ。それがフルボトルに使われているネビュラガスだ」

 

そう言うと懐から資料を数枚取り出す。

それには人間をスマッシュに変貌させるネビュラガスについて書かれていた。

 

「解析した結果、一個人が持っていい物ではないと判断した僕は断ったが、その瞬間、体が乗っ取られていた」

 

「乗っ取られた………?」

 

「そのままの意味さ。意識はあるのに体が勝手に動く。奴は僕の頭脳を使い、人体実験まで行ってクロコダイルクラックフルボトルやスクラッシュドライバーを完成させた。僕が自由になった時には『悪魔の科学者』と呼ばれ犯罪者としてここに投獄させられていたんだ」

 

あまりにも現実とはかけ離れた出来事を話す巧。

 

「奴、とは一体………」

 

「さぁね?ISがあるんだし、アメコミの様な設定を持ったSFチックなヴィランかもしれないし、宇宙船に乗った地球外生命体かもしれない」

 

「では、レゾナンスの時、葛城さんがあの場所にいたのは?」

 

「あー、あれは普通に脱走したんだよ。暇だったから」

 

「なっ………!」

 

あっけらかんと言う巧に千冬は驚きの声を上げる。

しかし、よくよく考えてみると幼馴染の天災もこんなノリで脱走しそうだ、と思い、頭を冷静にした。

 

「おかぜで刑期が増えたけどね。今更、百年増えたところですぐに帳消しにするけど。いやぁ、てぇん才って怖いなぁ!!」

 

「まさか、あのスマッシュは………」

 

「アレかい?アレは僕がネビュラガスを注入したんだよ。あー、安心したまえ。あの被験体は別の刑務所を脱獄した凶悪犯だ」

 

「だとしても関係ない人を巻き込むのはどうかと思いますが?」

 

幻徳の非難の声も巧は『ハハハ、確かにそうだね』と軽く受け流した。

その様子に幻徳は片眉を上げ、巧はテーブルに肘をついて手を組む。

 

「さて、じゃあ、本題に入ろうじゃないか。僕が何故、氷室幻徳君を呼んだのか?」

 

そう言うと巧は人差し指と中指を立てる。

 

「理由は二つ。君がそのスクラッシュドライバーを使うに値する人格を持っているかどうかだね。その点に関しては合格かな。レゾナンスの一件では強面のくせに見事スマッシュを倒した。そして、スクラッシュドライバーの制作に関しては僕に対してその強面とは似合わぬ哀れみを持ち、僕がレゾナンスで行った事に強面な君は僕を諭そうとしていたね。それならばスクラッシュドライバーを悪用しないだろう」

 

どうやらレゾナンスの一件やさっきの会話は試されていたらしい。

だが、ひたすらに強面と言うのは何故だろうか。

 

「そして、もう一つの理由。それは君のISを僕に作らせて欲しいんだ」

 

軽く言う巧に千冬は直ぐに反対の声を出す。

 

「貴方のような犯罪者が作ったISを生徒に使わせるわけにはいきません」

 

「おや?しかし、政府には氷室幻徳に専用機を渡すように迫られているんだろ?そりゃあ、そうだね。IS学園は二度も敵の襲撃を許し、氷室君は重症を追っているんだもんね。貴重なサンプルである二人のうちの一人。幾ら、国に属しないIS学園でも政府からの注意は受ける筈だ」

 

その言葉に千冬は苦虫を噛み潰したような顔になる。

自分、更に生徒にその話は聞かされてなかったが、よくよく考えれば当然の話だろう。

 

「遅かれ早かれ、彼に専用機を渡すのであれば僕の作ったISでも問題あるまい。それに、君達には拒否権は無いはずだよ?」

 

「脅しですか?」

 

「いや、お互いの状況を言っただけさ。」

 

片や切れ長の瞳を更に尖らせ睨みつける世界最強と片や狂気と無邪気さを混ぜた笑みを浮かべる悪魔の科学者。

 

そして、幻徳はここで『どシリアス』と書かれたシャツを出すかどうか迷っていた。

 

時間にして約数分お互いの視線を交差させていた二人だったが、千冬が溜息を吐いて逸らした事で終わりを告げる。

 

「本当に大丈夫ですか?」

 

「ああ、信じたまえ。前に余興でISを組み立てて、それでホットケーキを作った」

 

その瞬間、幻徳と千冬は不安そうな視線を巧に向ける。

 

「余興だと言っただろう?人様に送る物をそんな雑にしないさ。これでもてぇん才物理学者だからね!作るなら魂を込めて作り上げるさ」

 

「しかし、どうして?」

 

「スクラッシュドライバーにはISを超える力がある。しかし、ISが女性しか乗れない様に兵器には必ず欠点がある。いずれスクラッシュドライバーでは解決が難しい場面が出てくるかもしれない。その欠点を補う為だと思ってくれたまえ」

 

確かにスクラッシュドライバーは火力で言えばISを凌ぐだろう。

しかし、スクラッシュドライバーにはISの様な機動力は無い。

いずれそれで苦戦する場合も出てくる筈だ。

 

その巧の答えに納得する幻徳。

更に巧は『そして………』と言葉を紡いだ。

 

「ただ単純に君が気に入っただけさ」

 

巧は星が出そうなお茶目なウインクをするのだった。

 

「コアは前にIS学園を襲った未確認ISのコアを使うとするかね。まぁ、数日あれば作れるから、出来たら直ぐに送るよ」

 

そこで巧は話を区切り、ラッシーを一口飲む。

 

「いやぁ!久々にラッシーを飲むとインスピレーションが刺激されるなぁ!幻徳君のISを作り終えたら、次は人間のタンパク質を好む細胞でも作るか!!」

 

「「おい、止めろ」」

 



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三話:臨海学校のスタート

長らく投稿が遅れて申し訳ございません。
これからはスローペースになりますが少しずつ投稿していこうとおもいます。


「どうやら切り札は常に俺の所に来るようだ」

 

「いや、ババ抜きだから来たら駄目だろ」

 

揺れるバスの車内。

その一番奥の席辺りでは幻徳達は暇潰しのババ抜きをしていた。

補助席には乱雑に放られたトランプのカードが積み重なり、勝負も終盤に差し掛かっていた。

 

最後に残ったのは一夏と幻徳……………プラス幻徳の膝の上に座っているラウラだった。

『二人一組って卑怯じゃね?』と抗議する一夏だったが『アレだ。『ふたりはプリキュア』的なやつだ。気にするな』と幻徳に意味不明な事を言われ渋々引き下がる。

 

真剣な顔で幻徳の二枚しかないカードを選ぶ。

 

「………」

 

「………」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………なぁ、ラウラの表情がころころ変わるから丸わかりなんだけど」

 

「ラウラ、俺の膝から降りなさい」

 

「ッッッ!?!?」

 

まるで終末が訪れたかのような顔をするラウラを他所に脇に手を入れ持ち上げて隣の席に置いた。

『ふたりはプリキュア』とは一体何だったのか。

 

ラウラよ。

そんな捨てられた兎のような顔しても知らない。

 

「さぁ、今の俺は亀仙人の修行が終わり亀の甲羅を取った悟空が如くだ。選ぶがいい」

 

「大分、最初の頃だよな………」

 

頬を膨らませながら幻徳の横腹を小突くラウラは無視。

二枚しかないカードを一夏に見えない位置でシャッフルし、一夏の前へ出す。

 

幻徳の顔は全く変わらない。

気のせいかはしゃいでいる周りの声が不思議と静かになり、代わりに自分の心音が喧しくなる。

 

この勝負は幻徳が買ってきたイルカさん(浮き輪)の順番を賭けた戦い。

一番はシャルロットに取られてしまったが、それでも一人でも早く乗りたい。

 

「これだぁぁぁああああ!!!!」

 

「喧しい」

 

「がぁぁあああ!?!?」

 

一夏の指がカードに触れる時、クロックアップして飛んで来た出席簿が一夏のこめかみに直撃した。

その際に掴んだカードはジョーカー。

そして、その隙を逃さず幻徳は一夏のカードを抜き取った。

 

「俺の勝ちだな」

 

「いや、卑怯………だろ………」

 

そこでガクリと崩れ落ち箒の太腿に頭を乗せてしまう。

顔を真っ赤にしながら手を振り慌てまくる箒を眺めて心の中でほくそ笑む。

 

臨海学校当日。

三日間で行われる行事に生徒達のワクワクは止まらなかった。

 

そんな車内を堪能しつつ、おもむろにトランプを手放した幻徳は首から下げたドッグタグを胸元から取り出す。

一見楕円形のドッグタグに見えるが、これは巧が作ったISである。

 

巧との邂逅から三日。

放課後に一夏と共に寮へと帰っていた時の事。

何が最強のスタンドか熱く談義していたら、丸く白い風船に繋がれたダンボールが一夏の頭に落ちて来た。

 

ぶつかって頭の上にお星様を回す一夏の無事を確認した後、そのダンボールを開けてみると巧からの手紙と共にドッグタグが入っていた。

 

手紙にはこう書かれていた。

 

『前略、氷室幻徳様。盛夏の候、氷室様には変わらず健やかにラッシーを飲んでお過ごしのことと存じます。さて、前日に話したISが完成したのでそちらへお送りさせていただきます。今はまだ半起動状態なので必要な事は後日にさせて頂こうと思います。そう言えば先程ラッシーを飲んでて平行世界に行き来できる機械を思いつきました。下手をすれば二つの世界がぶつかり合って消滅する危険性を孕んでいま────』

 

そこで手紙を読むのをやめた。

 

何であの男はカップラーメンを作るようにラスボス的な事をやるのだろうか。

しかも後日とか言ってるけど、また脱獄するのか?

 

そう考えているとバスはトンネルを抜け、窓に差し込む光と共に広がったのは壮大な母なる海。

 

「海だぁ。やったぁー………じゃかじゃん」

 

「1/6の夢旅人は流さないぞ」

 

「む………」

 

棒読みで腕を振り下ろす幻徳に千冬は鋭い目で睨み付けて制する。

そして、備え付けのマイクでバス内に放送を流す。

 

「もうすぐ目的地に着く。各々、降りる準備をしておけ」

 

「「「「はい!」」」」

 

今まではしゃいでいた一組のクラスメイト達は両手を膝の上に置き、背筋をピンッと伸ばした。

ブリュンヒルデのカリスマ&威圧力は世界一であった。

 

程なくして高速を降りたバスは目的地である旅館──花月荘に到着した。

 

「ここが今日からお世話になる花月荘だ。全員、挨拶しろ」

 

「「「「よろしくお願いします!」」」」

 

クラスメイトが腰を曲げて挨拶をする。

それに答えるように着物姿の女将が丁寧にお辞儀する。

 

「はい。こちらこそ………あら、こちらが噂の………」

 

「はい。今年は男子二人増えましたから浴場分けが難しくなって申し訳ありません」

 

「いえいえ。それにいい男の子達ではありませんか。しっかりしてそうで………」

 

女将の視線は一夏から幻徳に移るが、幻徳と目を合わせた瞬間、カチンと固まった。

 

「えぇっと………強そうに見えますよ?」

 

「幻徳、何で上を向いているんだ?」

 

「…………涙が零れ落ちないように、な」

 

当然の如く、幻徳の表情は変わらない。

 

「見えるだけですよ。ほら、挨拶をしろ」

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

「氷室幻徳です。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願いします」

 

「あらあら、本当にしっかりしてますよ?女将を務めさせていただいてます、清洲景子です」

 

お互い挨拶を済ませた所で千冬は荷物を持つ生徒達の方へ振り向く。

 

「では各自部屋に荷物を置いてから自由時間だ。決めている集合時間には必ず集まれ。それから織斑、氷室。お前達は私達に付いてこい。部屋に案内する」

 

女子全員が『はい!!』と返事をし、男子二人は『はい?』と首を傾げながら返事をする。

千冬と山田先生に付いていき廊下を歩いているとドアに『教員室』と謎に威圧感のある部屋が並んだ所に着いた。

 

「織斑は私と同じ部屋だ。氷室は──」

 

そこで千冬はチラリと隣を見る。

 

「──山田先生とだ」

 

幻徳の視線の先には、たぱー、と涙を流している山田先生の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山田先生としては正に計算外であった。

 

例年とは違い男子が二人いる一年一組。

幻徳はまだ良しとして、一夏の場合だと就寝時間を守らず部屋に文字通り突撃してくる女子が絶えないだろう。

 

それにより教員と一緒の部屋が良いだろうとなった。

 

そして、面白半分で織斑姉弟を一緒にしたのは良かった。

 

しかし、その後の氷室幻徳をどうするかの話で千冬は復讐するかのように『山田先生でどうでしょうか?』と提案してしまったのだ。

思わず待ったをかけようかと声を上げかけたが元世界最強の圧力には勝てなかった。

 

山田先生は入学式から幻徳の重力みたいに感じる凄みに、未だに苦手意識を持っていた。

一年一組では天然系男子として親しまれている幻徳だが、まだ他のクラス、教員にはその強面に怯える人間がいるみたいである。

山田先生もその中の一人だった。

 

だが、山田先生は一年一組副担任だ。

自分が受け持つ生徒が親しく接しているのに自分だけ怯えているのは如何なものだろうか?

 

この相部屋になったのはある意味交流を図るチャンスだろう。

 

『50番繁多寺、ファンタジーーーー』と何かよく分からんことを海に向かって言っている強面野郎に震える声で話しかけた。

 

「ひ、ひひひひ氷室君!」

 

「はい、何でしょうか。山田先生」

 

「あ、あくまで私は教員ですから、羽目を外し過ぎないようにお願いしましゅッッ!!」

 

「……………」

 

己の全力全開を込めて放った言葉(噛んだけど)。

幻徳は無表情のまま何も言わない。

 

波の音が嫌に静かに聞こえる部屋に山田先生のSAN値は砕氷船に砕かれる氷のようにガリガリと削れピンチになっていた。

 

マジ泣き五秒前の時、幻徳はおもむろに制服の前を開く。

 

中に着ていたTシャツには『YES!』と『NO!』と左右に別れて書かれていた。

ポケットに手を突っ込み、右左交互にパタパタさせる。

 

「ずっちゃずっちゃずっちゃずちゃずちゃずちゃ………ドォン」

 

最後に顕になったのは『NO!』と書かれた拒否の文字だった。

 

「だ、駄目なのですか!?」

 

山田先生の反応に頭の上に『?』を浮かべながらTシャツを見る。

 

「あ、こっちか」

 

納得いったのか直ぐに『NO!』を隠し、『YES!』に切り替えた。

直後、頭から全身にかけて衝撃と痛みが駆け巡る。

痛む頭を抑えながら振り向くと出席簿を持った千冬がいた。

 

「使いこなせないなら口で言え、馬鹿者」

 

「すみません。次からは使いこなせてみせます」

 

グッ、と力強く拳を握り誓いを胸にする幻徳の頭にまたも出席簿が落ちた。

 

「出来れば次からは使うな。私達は今から仕事だ。とっとと海に行ってはしゃいで来い」

 

「はい。早速海に行ってきます」

 

旅行カバンから取り出した水着用のリュックサックを背負い、幻徳は部屋から出ていく。

 

尚、廊下を歩いている途中、ひたすらに制服をパタパタさせながら練習していたのは誰にも知られてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

臨海学校の初日は自由日。

本格的な練習は翌日からなる。

荷物を置いた一年は各々の水着を持って更衣室へ着替えているだろう。

 

更衣室へ向かっていながら制服をパタパタしていた幻徳の目の前に見慣れた人物が二人いた。

一夏とセシリアだ。

 

声をかけようかと思ったが、その近くにいる奇抜な格好をした女性がいたのでやめておいた。

 

まるでアリスが絵本から飛び出した様なワンピースに明るい髪の上には機械的なうさ耳。

 

遠くから見ている限り一夏とは知り合いらしい。

話に邪魔になりそうなら軽く会釈しながら通るのが無難だろう。

一夏達の隣を通り過ぎようとする幻徳。

 

 

 

その女性と歩く幻徳の目が一瞬だけ合う。

 

 

 

そう一瞬。

時間で表せばコンマ一秒だろうか。

 

 

 

その女性が幻徳を見るその目はあまりにも冷たかった。

 

 

 

──怨念

 

──敵対

 

──殺意

 

 

 

様々な負の感情が混ざっており、周りの温度が下がったかのように錯覚してしまう。

 

 

 

思わず歩く脚を止めてしまった幻徳だったが女性は気にすらせず、ワンピースを翻して走って行ってしまった。

 

「えーと、一夏さん。あの方は………」

 

「束さん。箒のお姉さんだ」

 

あっけらかんと言う一夏にセシリアは数秒遅れて驚きの声を上げた。

 

「あれが篠ノ之博士………全ての始まりである天災か」

 

対して幻徳は何故自分にあのような視線を投げかけてきたのか。

考えても分からず首を傾げるしか出来なかった。

 



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