ソードアート・オンライン (仮) (ナウ)
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SAO編
プロローグ


 西暦2022年、その年人類はゲーム業界にとって革命ともとれる新たな発明をした。

 

”フルダイブ型VRMMORPGソードアート・オンライン”

 

 このゲームはメーカー”アーガス”という所でで開発されたソフトで、”ナーブギア”というヘルメットで脳の信号とリンクさせ、データで出来た仮想世界にデータで出来たアバターに自分の意識だけを写し冒険が出来るという、ゲーム好きにとっては何が何でも欲しくなる代物である。(ゲーム雑誌による情報)

 

 そして現在、ついに正式サービス当日を迎え今、自室でナーヴギアを頭に被り高鳴る鼓動を感じながらベッドに横たわっていた。

 

(体調よし、昼食も食べた、シャワーも浴びた、トイレも行ったし、準備万端)

 

 長い黒髪の少年は自分の準備が万端なのを確認すると、元気よくダイブの合言葉を発言した。

 

「リンクスタート!」

 

 こうして、俺こと、桜小路月詠(さくらこうじつくよみ)は【サクラ】としてデータの世界に飛び込んで行った。

 

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

「凄いな」

 

 設定を終えてダイブした先では、白い塔のオブジェが真ん中にあるレンガ作りの円形の広場だった。周りには始めた人たちで賑わっており、次々にダイブしてくる人も多々いた。

 

「所持金は1000コルかな?」

 

 右手を振り下ろしたら、自身のメニューウインドウが表示された。周りには誰にも見えないようだったので、気にせずメニューウインドウを弄っていく。

 

「アイテムは無し、スキル覧の空きが2つ、装備も無し、ならば街を見て回らないとな!」

 

 そんなことを呟いた俺は、露店通りを見て回り、片手剣と盾、ポーション5つと解毒ポーション3つ程、買ったら金欠になった。そこから空きスキルに片手剣と盾の二つを入れて、始まりの街から外に出て、モンスターを倒すことにした。

 

「盾って、扱い辛い!」

 

 それが、初めて戦闘(フレイジー・ボア戦)を終了した時の言葉だった。盾でガードできるけど、痛みは無いけど、衝撃があるせいで、バランスを崩したりして、片手剣で攻撃するまでに敵に逃げられるわ、盾を使わなかったら使わなかったで、大きく避けてしまうため、戻らなければならないためワンテンポ遅れてしまい、ダメージが小さいし。うん、俺は今後、盾で仲間を守るだけに集中した方が良いと思った。

 

「まあ、護る仲間も居ないんだけどな。あとソードスキルって、どうやって使うの?」

 

 なんとまあ、前途多難なプレイヤーも居たものだと思ってしまった。自分自身の事だけど、他人事のように思ってしまった。

 

「よーし、今日中に頑張って、レベル2まで行くぞ!」

 

 それから、1時間程、フレイジー・ボアを倒し続けていたら、レベルは上がらなかった。次は盾を外して、片手剣のソードスキルを使ってで倒そうと頑張ってみた。

 

「う~ん、このスラントって、どうやったら出来るんだ?」

 

 ソードスキルを使って倒そうと思ってから、かれこれ20分が過ぎたが、一向にソードスキルを使う事が出来ないでいた。もはや諦めて、ソードスキル無しで戦っていこうかなんて考えていたところに、小さいけど声が聞えてきた。

 

「うぉーりゃー!」

『フギーーー!』

 

 その声の聞える方を向くと、優男面の男性プレイヤーの放ったソードスキルによって、モンスター【フレイジー・ボア】のHPをすべて削りフレイジー・ボアはポリゴンの体を粉砕した。

 それを見た瞬間、俺は男性プレイヤー2人がハイタッチしていたところに、突撃した。あぁ、勿論、MPKをしない様にモンスターは片付けてから向かった。

 

「すみません!」

 

 唐突に男性プレイヤー2人に声を掛けたら、驚かれた。いきなり、声を掛けたのは迷惑だっただろうか? そんな不安を感じた。

 

「なんだ?」

「いきなり、不躾で申し訳ありませんけど。ソードスキルの使い方を教えてください、お願いします!」

 

 どこぞの勇者顔した男性プレイヤーが聞き返してきた。ソードスキルの使い方を早口で男性プレイヤー2人に頭を下げてお願いした。

 

「俺は良いけど、キリトはどうするよ?」

「クラインに教えたし、もう一度教えるくらい問題ない」

「あ、ありがとうございます! 俺はサクラって言います」

「俺はクラインだ。こっちはキリト、よろしくな」

 

勇者顔はキリト、優男面がクラインが話し合って、俺にソードスキルの使い方を教えてくれることになった。物凄くありがたいです。

 

「クラインにも言ったけど、モーションを整えて、溜めを入れてズバーンて打ち込む感じ。そうすればソードスキルが発動してシステムが技を当ててくれるよ」

「成程、モーションと溜めか、………お?」

 

 キリトから、ソードスキルの使い方を教えて貰って、何回か空振りをしてみたら、自分が使っている片手剣に何か不思議な力を感じた。

 

「はぁ!」

 

 空振りだけど、ソードスキルが使えた。さっきまで、あんなに苦労していたのに、教えて貰って数分で出来るなんて、思ってもみなかった。

 

「おめでとうサクラ」

「ありがとうございます。キリトさん」

「キリトでいい、敬語も要らない」

「うん、キリト」

 

 俺はキリトにお礼を言ったら、敬語やさん付けは要らないって言われた。あ、何だかその方が友達っぽいなって場違いに思ってしまった。

 それから、3人は日が暮れるまで狩りを続けた。そのおかげで、クラインも自分も違えるほどうまくなった。それ以外にも、スイッチやポットローテのやり方も教わった。

3人は休みながら雑談するため安全エリアにいた。

 

「それにしてもスゲーなここは、これを作ったやつは天才だよ。まっまく、この時代に生まれてよかったぜ」

「ほんと、それは同感だな」

「βテストのときはどこまで行けたんだキリト?」

「二ヶ月で9層しか進めなかった。でも今回は1ヶ月あれば十分だけどな」

「相当気に入ってるんだなこの世界を」

「まぁな、正直βテストの時は寝ても覚めてもSAOのことしか考えてなかった。仮想空間なのに現実より生きてるって実感できる」

「確かに、この世界に来れて良かった。それに最初に出会ったのが、クラインやキリトみたいな優しいプレイヤーで良かったよ」

「そ、そうか? まあ、キリトにはこのお礼はいつか必ず精神的に」

 

 俺とクラインはお互いなりのお礼をしたら、キリトは少し照れ臭そうにしていた。ふとクラインが時間を気にし始めた。

 

「クライン、時間なんて気にして、どうしたんだ?」

「なぁキリト、俺一度落ちるわ。腹へっちまってよ」

「この世界の飯は食っても空腹感がまぎれるだけだからな」

「5時半に熱々のピザを予約済みよー!」

「準備いいな」

「なぁキリト、サクラ。俺次ログインしたときに他のゲームで仲間だったやつと会う約束してるんだけどよ、どうだあいつらともフレンド登録しねぇな?」

「いや、俺はいいよ。サンキューな」

「お礼を言うのはこっちだっていってるだろ。サクラは?」

「俺もいいわ」

「そうか、わかった。んじゃ落ちるわ。また何かあったら頼むぜ、二人とも」

「ああ」

「おう」

 

 3人は握手を交わし、キリトとサクラはもう少し狩を続けようと安全エリアから出ようとしたとき、後ろからクラインの驚く声が聞こえた。

 

「クライン、どうした?」

 

 俺とキリトは振り返り、クラインを見て、どうかしたのか?と問いかけた。

 

「ログアウトボタンがねぇ」

「よく見てみろよ」

 

 クラインはもう一度メニューウインドウをスクロールさせた。

 

「やっぱりねぇよ」

「そんなわけないだろ」

 

 俺もメニューウインドウをスクロールしていくが、探せど探せど、ログアウトの文字を見つける事が出来なかった。それはキリトも同じな様で何か、考え事をしていた。

 

「無いな…」

「そうだね、確かに見つからない」

「だろ。まぁ今日は正式サービス初日だからなこんなこともあるだろ。今頃運営は泣いてるだろうな」

「「お前もな」」

「えっ?」

「今5時25分だぞ」

 

一瞬の沈黙が流れた。

 

「俺様のテリマヨピザとジンジャーエールがーー!」

「さっさとGMコールしろよ」

「いやさっきから試してるんだけどよ、反応がねぇんだ」

「他のログアウト方法ってないのか?」

 

キリトは一瞬考えた。

 

「無いな、プレイヤーが自発的にログアウトするにはログアウトボタンを押すしかない」

「くぅ……マジかよぉ」

「それにしても妙だな」

「なにが?」

「どうせバグだろバグ。バグなら妙で当たり前だ」

「いや、こんなことがあったら今後のゲームにも影響が出てくる。こんなのプレイヤー全員を強制ログアウトさせればいいのに」

 

 俺、クライン、キリトが考えていたときだった。『ゴーンゴーン』と鐘の音が聞えてきて、俺たち3人の身体から、光に包まれて、その場から居なくなった。

 

「ここは最初の場所なのか?」

「ああ、強制転移させられたようだ」

「ちくしょーなんなんだよ!」

 

『おいなんだよあれ』

 

ひとりのプレイヤーが空を指差した。それにつられ全プレイヤーが空わ見上げた。

すると空はどんどん赤くなっていき、そこの中心から赤い巨大なローブを着たアバターが姿を現した。

 

『諸君私の世界へようこそ。私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』

「茅場…だと…」

『プレイヤー諸君は、すでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいているだろう』

『しかしこれはゲームの不具合ではない。ソードアートオンライン本来の仕様である。……諸君はこのゲームから自発的にログアウトすることは出来ない』

 

 ………は? え、何言ってんだ? ログアウト出来ない事が本来の使用? 多分、今の俺は混乱しているんだと思う。

 

『そして君たちのアバターはどんな蘇生アイテムや手段をもってしても二度と蘇ることはない。そしてHPが無くなるのと同時に、し諸君らの脳はナーヴギアの出す高出力マイクロウェーブが諸君らの脳を焼き付くし脳を破壊する』

「なっ!」

『そしてナーヴギアを頭からはずそうとした場合も同様、ナーヴギアは諸君らの脳を破壊する。そしてその忠告を無視し現実世界でナーヴギアをはずそうとした例がいくつか存在している。その結果や約250名のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界から永久退場している。諸君がこの世界を脱出する方法はただ一つこのゲームをクリアすればいい』

「クリア…だと」

『現在君たちがいるのはアインクラッド第1層だ。各フロアの迷宮区をクリアしフロアボスを倒しながら第100層のフロアボスを倒せばクリアとなる』

「なぁ、嘘だろキリト」

「………」

 

 俺は何も、言えなかった。混乱していて、言葉が出てこなかった。

 

「ナーヴギアには確かにマイクロウェーブが使われている。電子レンジと同じ要領でやれば脳を焼くことは可能だ」

「信じねぇ、信じねぇぞおれは。だいたいなんでこんなことを」

「どうせすぐに答えてくれる」

 

 キリトはクラインの質問に答えた。その答えは今の俺たち2人には聞きたくなかった。

 

『諸君はなぜと思ってあるだろう。なせナーヴギア開発者でありソードアートオンラインの開発者である私がこんなことをしたのかと。私の目的はすでに達せられている。この世界を作り観賞するために私はソードアートオンラインを作った』

「茅場!」

『最後に諸君に私からのプレゼントを送っておいた。確認したまえ』

 

 茅場がそういうとキリト達を含め広場にいる全員がメニューウインドウを動かしアイテムストレージをみた。そこには一つアイテムが増えていた。

 

「手鏡?」

 

 キリトの呟きを聞きながら、俺は手鏡をオブジェクト化した。その時、横に居たクラインとキリトや周りの人達が光に包まれた。俺も光に包まれた。

 

「うぅ、サクラ、クライン大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「俺も無事だ」

「「「!!!」」」

 

横を見れば、キリトとクラインが居た場所には、野武士面の男性と少年が居た。多分、2人がキリトとクラインなのだろう。

 

「お前がクラインか!?」

「おめえがキリトか!?」

「2人がクラインにキリトなのか?」

「確かに俺はクラインだがよ。でもどうなってるんだ?これは現実の姿だぞ?」

「スキャン、ナーヴギアは高密度の信号阻止で顔を覆っているから顔の形をは把握できるんだ。でも身長や体型は?」

「ナーヴギアを始めたときにキャリブレーションとかで体を触ったとき、たぶんその時のデータだと思う」

 

 3人が話していると再び茅場は喋り始めた。

 

『以上をもってソードアートオンライン正式サービスのチュートリアルを終了する。プレイヤー諸君の検討を祈る』

 

 するとアバターは姿を消した。一瞬の間がながれた後ひとりの女性プレイヤーが悲鳴をあげたのを合図に広場にいた全員が悲鳴や怒りといった感情をあらわにしたが、キリトは冷静だった。

 

「サクラ、クラインちょっと来い」

 

 そういうとキリトは二人を路地裏へ連れこんだ。

 

「いいか、俺はすぐに次の村へ向かう。2人もくるんだ」

「え?」

「アイツの言葉が全部本物なら、この世界で生き残るのにはひたすら自分自身を強化しなくちゃならない。VRMMOが共通する理想。つまり……オレ達が得られる金や経験値は限られている」

「始まりの街周辺のフィールドはすぐに狩りつくされるだろう。効率よく稼ぐには今の内に次の街を拠点にした方が良い」

「俺は道も危険なポイントも全部知っているから、レベル1でも安全に辿り着ける」

「で、でも、でもよ」

 

 キリトが言いたい事が何となく、分かってしまった。効率的に言ったらキリトに着いて行けばいいんだろうけど、多分、俺が付いて行ってもキリトの邪魔にしかならないと思うんだ。

 

「俺は、他のゲームでダチだった奴らと徹夜で並んでこのソフトを買ったんだ。アイツら、広場に居るはずなんだ。置いてはいけね」

 

 クラインの言葉にキリトは何か、考えているようだった。多分、人数が増えれば、それだけ、予期せぬ事が起こり、安全に次の村まで行けなくなる事を考えているのだろう、だけど、見捨てたくないって表情もしていた。

 

「わりい、おめえにこれ以上、世話になる訳いかねえよな。だから、気にしねえで次の村に行ってくれ」

「………」

「俺だって、前のゲームじゃ、ギルドの頭はってたからな。おめえに教わったテクで何とかしてみせらぁ」

「そっか、サクラはどうする?」

「俺も、ここに残るよ。今の俺じゃ、キリトの足手纏いにしかならないと思うから」

「そっか、ならここで別れよう、何かあったらメッセージ飛ばしてくれ」

 

 俺とクラインの言葉を聞いて、キリトの表情が曇った。

 

「おう」

「じゃあまたな、クライン、サクラ」

「キリト! あ、う、おい、キリト、おめえ案外かわいい顔してんな。結構好みだぜ」

 

 キリトが歩き出したところで、クラインから場を和ますような、ただふざけた事を言っただけの様な感じの言葉がキリトに向けられる。だから、俺も便乗した。キリトの負担を少しでも軽減できるなら、自分の事を言われても良いと思いもした。

 

「好みかどうか分からんけど、確かにかわいい顔してるね」

「クラインも野武士面の方が10倍似合ってるよ。と言うかサクラの方が俺よりもかわいい顔だろ」

「うっせ、好きでこの顔に生まれたんじゃねえ」

 

 俺らの悪ふざけにキリトも軽く返して、ゆっくり街の外に走って行った。

 

「あれで、良かったのかな?」

「さぁな、サクラ、おめえはどうするんだ? 俺たちと一緒に行くか?」

「いや、クラインにも迷惑になるから遠慮しとく」

「迷惑なんて思わねえよ」

「だとしても、お前らとは対等な友達と居たいんだ。これからも」

「…そっか、なら何かあったらメッセージ飛ばしてくれよな」

「あぁ、ありがとう、クライン」

 

 そう言って、俺は決意を静かに聞いてくれたクラインはキリトと同じことを言って、広場に居る友人の元に走って行った。



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無謀な賭け、過去の想い

 公式チュートリアルが終了して、2日が過ぎた。俺はクラインと別れて、モンスターを狩り続けていたが、とある2人のプレイヤーを助けて、それから5日間、一緒にパーティーを組んでキリトに教わった事を教えた。

 

「サクラ、疲れたか?」

「いや、大丈夫だ。カイトにルオンの方こそ疲れてないか?」

「サクラが守ってくれるお陰で、大丈夫だ」

「そっか、それなら良かった。目的の物もゲットしたし、村に戻ろうか」

 

 俺たち3人が居る場所は始まりの街から出て、ホルンカの近くの森に居た。そこには強化すれば3階層まで使える片手剣が入手できるクエストがあり、パーティーの強化のために2度(自分のも合わせれば3度)も同じクエストをこなしていった。

 

「それじゃ、始まりの街に戻ろうか」

「そうだな、何にしても1週間振りの始まりの街か」

「転移結晶で帰るか?」

「いや、危険な時以外は取っておこう、転移結晶も安くはないし」

 

 俺の後ろを歩いているプレイヤー2人はそんな話をしていた。俺は【索敵】スキルを使用して、不意打ちされない様に見張った。

 

「そうだ!」

 

 見張りを続けながら、歩くと。後ろからルオンが声を上げた。敵に見つかるかもしれないのにと思ったが、まあ、ここで出て来るモンスターなら大多数でなければ、盾で護りきれると思い、静かにルオンの言葉を聞いて行った。

 

「ルオン、いきなり声を上げて、どうしたんだ?」

「ごめんごめん。上の層に行ったら、3人でギルドを立ち上げようと考えたんだ。どうだ?」

「ギルドか、良いね。ルオンがギルドマスターで、俺がサブマスター、サクラがタンクリーダーでどうだ?」

「どうだって、それなら。もっと人数を増やさないと。それか、少数精鋭でやっていくか。考えないとな」

 

 俺は2人の話を聞きながら、ギルドか、良いなって思った。だが、索敵スキルに反応があり、モンスターが近付いているのを確認した俺は、2人に声を掛ける。

 

「2人とも、話をするのは良いけど、お客さんだ」

「分かった。サクラ、前衛頼む」

「了解」

 

 俺の前に現れたのは2体のネペントが現れ、俺たちをターゲットしていた。俺は盾を持って、ネペントの前に立つ、後ろの2人もそれぞれ、武器を取り出した。

 

「はあ!」

 

 俺はネペントの攻撃を的確に防いでいく、盾で受け流したり、受け止めたり、回避したりといった感じだ。勿論、声を掛ける事は忘れない。基本的に俺は攻撃をせず、防御に徹する。

 

「これで、終わりだ!」

 

 それを何度か繰り返し、ネペントのHPを全損させた。ネペントを砕けていなくなった後、2人は武器をしまう。俺も片手剣を鞘に戻して、盾を何時でも構えられるように準備をしておく。そして、ルオンがポッケからある本を取り出す。

 

「ふぅ、しかしほんとガイドブック様様だな」

「ホントだよな」

「そうだな、サクラもそう思うよな」

「ガイドブックがあるのと無いのじゃ安全や効率も変わってくるからな」

 

 そう、始まりの街の道具屋には数日前にSAOの序盤の情報が掲載されており、俺たちニュービーズにはありがたいものだった。

 

『そこのニイさん達、この本はいらないカイ?』

『なんの本なんだ?』

『コレはSAOの序盤の情報が載っている攻略ぼんサ、ある人達が書いた著作物の代物ダ』

『え!? もうそんなのが出回っているのか!?』

 

 俺は、その本を見ながら、多分、βテスターが作った物だろうと予想を付けた。だけど、黙っていた。言わなくても良い事だと思ったから。

 

『それで何コルなんだ?』

『コレにお代はいらないヨ、持って行きナ』

『タダでいいの?』

『作った奴は出来るだけ死人を出さない為にこの本を仲間に頼んで製作しタ、その本に値段をつけられないサ』

 

 俺達は顔を見て、この頬にペイントを付けた女性に進言する。

 

『ガイドブック3つ下さい』

『毎度、ちなみにオイラはアルゴって言うんだ、しがない情報屋さ、コルは払って貰うが欲しい情報を正確に伝えてやるヨ、ヨロシクな』

 

 この時、このプレイヤー、配布と同時に売り込みしてる・・・抜け目が無いなと思った。と、当時の事を思い出していた。

 

「しかし、俺たちも戦いに慣れてきたな」

「ネペントを相手に、蜂、狼、猪と色々戦ってきたからな、流石になれないと護る方の俺が苦労するよ」

「あはは、サクラにはホント感謝してるよ」

「あの時、サクラが助けてくれなかったら俺たち、2人ともHPを全損してたかもしれないからな」

 

 そんな風に笑い話ですんでいるが、本当に一歩遅ければ、2人のHPは無くなっていただろう。

 

「呑気だな」

「何だか、街が騒がしくない?」

「何かあったのか?」

「あ、丁度いい所に、おーい! アルゴ!」

 

 俺達は街の中に入ったら、周りには絶望した顔や泣き顔、顔を手で覆う者と少しばかり街の様子がおかしかった。俺は視界の端に難しい顔をしている『鼠のアルゴ』を見つけたので状況を詳しく知る為に近づいた。

 

「あ、コノ間の、片手剣は手に入れられたカ?」

「もちろん、仲間の分も手に入れたからな、ありがとう」

「オレラは情報を売っただけダ、手に入れれたのは本人の実力だロ」

「だけど、ありがとう。それより周りの状況なんだけど、何かあったのか?」

「デスゲームが始まってからこの1週間での亡くなったプレイヤーが・・・1000人を超えたらしイ」

 

 俺は何となくだけど、予想していたが、実際に聞くと精神的に堪えた。2人の方を見ると驚いていた。

 当然だ、たった1週間でログインしている1万のプレイヤーが1000人減った・・・1割の人間が短い期間にアインクラッドからも現実世界からも居なくなったのだ。

 

「おい・・・嘘だろ!? まだ始まって7日間しか経って無いんだぞ!!」

「嘘だと思うなら実際に見てみるといいさ、《生命の碑》なら確認出来るしナ」

 

 《生命の碑》俺たちプレイヤー1万人の名前が記されており、死んだプレイヤーはその名前を消され理由も明記する物だ。

 

「オイラはこの後、用事があるからコレで失礼するヨ・・・折れるなヨ」

 

 アルゴが真剣な眼差しで一言言い残し、立ち去った、その後、俺を含めた3人は顔を見合わせて《生命の碑》がある黒鉄宮と呼ばれる所に向かって行く。

 

「嘘…だ……ろ」

「サクラ、一週間でこんなに犠牲が出るものなのか?」

 

 生命の碑に載っていた名前の欄にはまだ1割とは言え、多くの名前に横線が入り、アルゴの言葉が嘘じゃない事を物語っていた。ルオンはカイトの声を聞いて、俺に訊ねてきた。

 

「ゲーマーや、早く帰りたい奴なんかは、楽観視して何も準備せずに奥に向かったか、初見殺しが多数設置されていた可能性がある」

「あ、おい、あれ!」

 

 俺が答えると、2人はショックが大きいのか、何も言わなかった。だけど、カイトが声を上げた。何か見つけたのだろうか? カイトが指さす方を見ると、プレイヤーの名前に横線が引かれていた。

 

「この名前、リョナ? この名前がどうしたんだ?」

「この人、βテスターで、一度助けてくれたんだ」

「そうだ、それに俺たち2人が始まりの街の周辺の森の奥地に行こうとしたら、危険だって教えてくれたんだ」

「………」

 

 俺は2人の言葉を聞いて、何も言えなくなった。そして、俺達は碑の前を後にした。

 翌日、睡眠を取り、広場に集まったがその空気は昨日とは豹変して、暗くなっていた。仕方ないのだろう、なんせ、助けてくれた恩人が死んで、それを知ったのだから。

 

「サクラ、カイト、聞いてくれ」

「なに?」

「昨日さ、寝ずに考えたんだ」

「なにをだよ」

「他のプレイヤーを集めて、アインクラッドから飛び降りてみよう!」

 

 ルオンのいきなりの道連れ発言に俺は唖然としていたが硬直から解かれた俺は怒号をあげた。

 

「ふ、ふざけるな! 諦めたんなら諦めたで、街にでも籠ってろ!!」

「違うよ、ラグだ、ラグを利用してシステムの中枢のカーディナルに負荷を与えて緊急停止させれば、俺らは脱出できるかも知れない」

「アホか! こんな広大なデータを管理しているシステムだぞ!? そんな事で止まる訳ないだろ!! …考え直せ」

 

 俺はルオンの言っている意味を理解したが、だけど、賛成は出来なかった。絶対にその程度で止まる訳がないと思ったからだ。そして、ルオンの両肩を掴んで声を上げた。

 

「これしか方法が無いんだ!! 生きてここを出るにはこれしか!!」

「馬鹿野郎!! 何がこれしか方法がないだ!! まだ、クリア出来ないと決めつけるには早過ぎるだろ!!」

「無理だ……βテスターでさえも、10日も経たないうちに死んだんだぞ。俺たちに一体何が出来るって言うんだ」

 

 ルオンは顔を俯かせ項垂れる、俺はルオンに考えを変えて欲しくて語りをやめなかった。

 

「考える事を辞めるな、ネガティブな発想に陥るな、まだ、俺達は生きてるんだ。それに情報の大切さは身を持って知ったはずだ。なら時間を掛けて、情報を集めるんだ」

「時間、なんて……無いんだ」

 

 何を言ってもルオンは首を縦には振ってくれなかった。

 

「俺はさ、母子家庭なんだよ。・・・今まで、母と俺で生き抜いて来たんだ・・・だけど、俺の入院費で母に負担が掛かる・・・そうなったら母さんが死んでしまうかも知れないんだ!」

「だからって、安易に命を捨てるなよ! 死んで帰っても母親は喜ばねえぞ! 可能性の低い賭けに出てんじゃねえ!」

「サクラ、お前に俺の何を知ってんだよ!? 俺と母さんがどれだけ苦労したか知らねえくせに、勝手な事を言うな!」

「あぁ、知らねえよ。お前の事やお前の母親の事なんて、知る訳ないだろ! 俺とお前はここで出会って1週間も一緒に居なかったんだぞ、それ以上の事なんて知る訳ないだろ!」

「だったら、もう俺に構わないでくれ。頼む、俺と一緒にこのゲームを終わらせよう」

 

 俺の手を振り払い、俺の言葉にルオンは一切、聞く耳を持たなかった。否、反感を買っていた。そして、カイトに向かって頭を下げて、協力をお願いした。

 

「俺も早く出たいし、……協力するよ」

「ふざけんなよ、お前ら! 俺が、俺が何のためにお前らを助けたと思ってるんだ!! こんな、こんな自殺をさせるために、お前らを助けた訳じゃないんだぞ!! おいこっちを向け!」

「サクラ、お前に何と言われようと、俺らはやる。………あの時、助けてくれてありがとう」

 

 そう言って、俺の横を通って行った。俺は2人の腕を掴もうとしたが、空を切った。掴めなかった手を見て、俺の心の中は暗く、真っ暗の闇に落ちていく感覚に陥った。俺がもっと2人と話していれば、俺が殴ってでも止めていれば、俺が、俺が俺が、そんな後悔の想いしか出てこなかった。

 

『月詠、月詠なら、人を助けることも出来るさ』

『月詠、貴方が元気で生きて欲しい。夢を諦めないでね』

「…あぁ。…ダメだ、見つけないと。自殺、なんて。していい、訳がない」

 

 それから、30分ぐらい、俺は後悔の想いに圧し潰されそうになったが、両親の最後の言葉を想い出した。だから、俺は勢いよく立ち上がり、走り出した。ルオンとカイトを探すために、まだ間に合うと信じて。

 だけど、その思いも空しく、その日の夕暮れ時、始まりの街で30人以上の人が同時自殺をする大事件が起こった。

 

………

……

 

「ルオン、カイト、俺は最前線に行くよ。………」

 

 俺は生命の碑の前に街で売っていた花束を二つ置いた。それはルオンとカイトの分だった。碑の前で俺は最前線に行く事を伝えた。本当はもっと、沢山言いたい事があったはずなのに、何も出てこなかった。

 

「本当はさ、お前ら2人と一緒に行きたかったんだよ。ギルドも立ち上げてみたかったんだよ。でも叶わぬ夢になったな」



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一層攻略会議

 集団自殺の事件から、10日が経った。俺は最前線に最も近い街、トールバーナに来ていた。トールバーナは何所か南ヨーロッパ風の街に似た感じの作りだった。

 街の中を見て行き、ポーションや装備のメンテを終えたら、キリトに教えて貰った〈逆襲の雌牛〉をこなしたり、迷宮区に行き、コボルドに2体や3体で囲まれる状況を作り、その状況から盾で護ったり倒したりを、この街に来てから繰り返し続けた。

 

「ヨッ、どうやらお前は大丈夫だったみたいだナ」

「………アルゴか」

 

 そこには待ちくたびれたかのようにアルゴが、家の壁に寄りかかっており背中を壁から離してこちらに近づく。

 

「アルゴは、………ああなる事を知っていたのか?」

「まさか、お得意様候補に亡くなられちゃ商売が繁盛しないしナ、オレッチに取ってもあんな愚策に走るだなんて思っても見なかったヨ」

 

  俺はアルゴの顔を見ると、そう言いたくなってしまった。頭ではそんな訳ないって理解しているはずなんだけど、口に出てしまった。

 

「そうだよな。アルゴ、金は払う、2つほど教えて欲しい事がある」

「なんダ?」

「一つ目はβテスターの死亡者数、二つ目は製品版に移行して、βテストとの変更点があるかどうか」

「………なんで、その二つが聞きたいんダ?」

 

 俺は違うと割り切り、アルゴに2つの情報を聞いた。それはβテストのと製品版による違いのとだ。それを聞いたアルゴは少しだけ低い声で聞き返してきた。

 

「二つ目は元々思ってたんだ。βテストと製品版の違いを、だってそうじゃないとβテスターが有利過ぎる。知っている事を少しでも変更されれば、その知識や経験は、落とし穴になるんじゃないかって思ったんだ」

「それで一つ目は?」

「ルオンとカイトが言ったんだ。βテスターに助けて貰ったって、それでさっきの推測を当て嵌めると、βテスターが死んだ数の方が割合的に多いんじゃないかって考えたんだ」

 

 俺が考えていた予想をアルゴに言った。それが間違っているか、当たっているかは分からない。だけど、知っておいた方が良いと思ったのだ。

 

「およそ、300人」

「え?」

「それが、公式サービス開始後の元ベータテスターの死亡者数ダ」

「クローズドベータテスト当選者1000人の内、正式サービスに移行した人数は、700から800人といったところだろウ」

「つまり、死亡率はビギナーに比べて、テスターの方が多いと」

「そうだ。サクラがさっき言っていた事も当たっているヨ」

「だけど、俺たちビギナーは製品版しか知らない、故にテスターの事情も知りようが無い」

「そうだナ」

「教えてくれて、ありがとう」

 

 アルゴからの情報を聞いて、俺の推測が当たっていたことを知った。俺はトレード画面を表示して、現在の所持金の半分をアルゴに渡した。

 

「これは、貰いすぎだヨ」

「いや、これでいい、教えてくれてありがとう」

 

 そう言って、俺はアルゴを置いて歩き出した。そして、それから3日が経った。

 

「はああ!」

 

 アルゴからの情報を聞いた後、ポーションや装備のメンテを終えたら、俺はまた迷宮区に潜った。盾を手足の様に使えるようにするために、自分はここで生きているんだと実感するために、ボス部屋を見つけるために、そんな思いながら迷宮区を歩き回る。

 

「流石に、これ以上潜り続けるのは危険か」

 

 俺は迷宮区の安全エリアでそう呟いて、メニューウインドウを表示すると、午後7時半を過ぎたくらいだった。迷宮区を出て、星が輝く夜に松明片手にトールバーナに帰り、10時になる前に意識が落ちるように眠った。

 そして、翌日、12月2日、第1層ボス攻略会議が行われる。時間に遅れない様に広場に集合したら、結構な人数が居た。俺は後ろに座り、攻略会議が行われるまで目を閉じて待った。

 

「はーいそれじゃあ! そろそろ始めさせてもらいまーす」

 

 手の叩く音で俺は目を開けた。広場の中央には水色の髪をした青年が出てきた。彼が司会役だろうか。

 

「今日は俺の呼びかけに応じてくれて、ありがとう。……俺はディアベル!職業は…気持ち的にナイトをやってます!」

 

 ディアベルのギャグに周りの空気が穏やかになり周りから「SAOにジョブシステムは無いだろー」と笑いに包まれる。

 

「今日、俺たちのパーティーがあの塔の最上階でボスの部屋を発見した」

 

 その言葉に周りのプレイヤーが騒めいた。確かに、一ヶ月もボスの部屋を見つけられなかったから、騒がれても無理も無いと思った。

 

「俺たちはボスを倒し、第2層に到達して。このデスゲームもいつかきっとクリア出来るって事を、始まりの街に待っている皆に伝えなくちゃならない。それが今ここにいる俺達の義務なんだ! そうだろ、みんな!」

 

 ディアベルの言葉を聞いたプレイヤーは他のプレイヤーと視線を合わせて、頷き合った。そして、一人が拍手すると、周りの人も拍手したりしていた。

 

「オッケー、それじゃ、早速だけど、攻略会議を始めたいと思う。まずは6人のパーティーを組んでくれ」

「………マジか」

 

 ディアベルの言っている事は最もで、フロアボスは単なるパーティーじゃ、対抗できず、パーティーを束ねたレイドを作らなければならない。

 俺の周りには誰も居ないし、他のプレイヤーは近くに居たプレイヤーと話し合いしてるから、間に割り込みずらい。

 

「ソロの欠点がここで出てきたよ」

 

 さて、一体どうしようかと周りを見渡すと、何処かで見た事ある顔の少年とフードを被ったプレイヤーが居て、少年はかなり焦って見渡してフードの人と組んでいた。

 

「すまん、俺もあぶれたから、パーティーに入れて貰っても良いか?」

「あ、あぁ、構わない」

「ありがとう」

 

 そう言って、キリトからのパーティー申請が届き、それのOKボタンをクリックする。パーティーが組まれたことを証明するかのように、視線だけを左上に向けると、やはりKiritoの名前とHPが、その下にAsunaの名前とHPが表示された。

 

「よーし、そろそろ、組み終わったかな。じゃ「ちょおまってんか」」

「ワイはキバオウってもんや、ボスと戦う前に言わせて貰いたいことがある」

 

 そのキバオウってプレイヤーが現れた。多分、テスターに詫びでも入れさせたいんだろう。その行為は、ボス戦をする前に戦力を削っている事をキバオウは理解してるんだろうか?

 

「この中に今まで死んでいった2000人に詫びを言わなあかん奴らがおるはずや!」

「キバオウさん、君の言う奴らとは、元βテスターの人達のこと、かな?」

「決まってるやないか。β上がりの者は、こんくそゲームが始まったその日に、ビギナーを見捨てて消えよった。奴らは美味い狩場やら、ボロいクエストを独り占めして、自分らだけポンポン強なって、その後もずーと知らんぷりや。こん中にもおるはずや、β上がりの奴らが。そいつらに土下座させて、ため込んだ金やアイテムを吐き出してもらわな、パーティーメンバーとして、命は預けれんし、預かれん」

 

 はぁ、嫌な予感程、よく当たるもんだな。流石にそれは言い過ぎだと思ったので、俺は言い負かしてやろうと思い、声を出そうとしたが、何だか、渋い声のプレイヤーに先を越されてしまった。

 

「発言いいか?」

 

 ペットスキンの黒人みたいなプレイヤーは立ち上がり、キバオウの前に立った。

 

「俺の名前はエギルだ。キバオウさん、あんたの言いたい事はつまり、元βテスターが面倒見なかったからビギナーが沢山死んだ。その責任を取って謝罪、賠償しろと。と言う事だな」

「そ、そうや」

 

 エギルがそう言うと、キバオウも少しビビりながらも頷いた。エギルはそれを見たらズボンの後ろポケットに手を入れて、ガイドブックを取り出していた。

 

「このガイドブック、あんたも貰っただろ? 道具屋で無料配布してるからな」

「もろたで、それがなんや」

「配布していたのは、元βテスターたちだ」

 

 エギルの言葉を聞いた知らなかったプレイヤーは先程と同じように、驚いていた。キバオウも知らなかったようで一歩後ろに下がった。

 

「良いか? 情報は誰にでも手に入れられたんだ。なのに沢山のプレイヤーが死んだ。その失敗を踏まえて俺達はどうボスに挑むべきなのか。それがこの場で論議されると俺は思っていたんだがな」

 

 エギルが言いたいことを言ったら、キバオウの方に向いた。キバオウは何も言い返せそうになく、小さくうなり声を上げて、渋々と言う雰囲気を存分に表に出しながら、近場の椅子に座り、エギルもその近くに座った。

 

「よし、じゃあ、再会していいかな?」

 

 ディアベルの言葉に声は出さずとも、頷いた。

 

「ボスの情報だが、先程、例のガイドブックの最新版が配布された。それによると、ボスの名前はイルファング・ザ・コボルドロード、それとルインコボルド・センチネルの取り巻きが居る。ボスの武器は斧とバックラー、四段あるHPバーの最後の一段が赤くなると曲刀カテゴリーのタルワールに武器を持ち換え、攻撃パターンも変わるという事だ」

 

 アルゴ、βテストの時と変更点が分かってないのに、ガイドブックを出したのか? いや、それとも分かったから、情報を出したのか? あぁ、分からねえ、βテスターじゃなかったのが、口惜しい。それから、ディアベルの話す言葉を聞いていた。

 

「攻略会議は以上だ。最後にアイテム分配についてだが、金は全員自動均等割り、経験値はモンスターを倒したパーティーのモノ、アイテムはゲットした者の物とする。異存はないかな?」

 

 ディアベルの言っていた事は確かに必要だ。アイテムの分配をゲットした人の物にしない限り、必ず争いが起こるだろうから。他のプレイヤーも異存はない様で、誰もが頷いていた。

 

「よし! 明日は朝10時に出発する。では解散!」

 

 ディアベルの号令と共に、今回の攻略会議は終了となった。他のプレイヤーはパーティー内で話し合いをしたり、アイテムの補充に向かうのか、各自の自由にしていた。

 

「キリト、俺はポーションの補充や装備のメンテしに行くわ、また明日、10時に」

「おお、明日はよろしく頼むな」

 

 俺はキリトに挨拶をして、その場を離れ、ポーションの補充や迷宮区で手に入れた素材で武器と盾を強化しに行く。盾はトールバーナで店売りしてた三角盾(カイトシールド)を買っていた。そして、強化も終わり、時間帯も良い頃合いになった所で空いている宿屋に入り、集合時刻に遅れない様に強制目覚ましをセットしてから睡眠に着いた。

 



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1層ボス戦

 翌日の12月3日、午前9時50分、広場には昨日集まっていた全員、時間に間に合うように集合していた。

 何だか畏縮しているキリトが居たのが見えたので、挨拶しに行こうと思ったら、凄く不機嫌そうなオーラを纏ったアスナも隣に居た。

 

「………おはよ」

「おはよう!」

 

 アスナに逃げる様に俺の傍に来たキリトに俺は耳打ちした。

 

(おい、なんで彼女、あんなに不機嫌そうなんだ?)

(サクラ、聞かないでくれ、お願いだ)

 

 俺の小声に、帰ってきた返答は声が震えていたので、聞かないでおいた。聞いたら、戻れなくなりそうだったから。そして、ディアベル達が出発した、俺たち3人はその後ろを付いて行く。第1層・森のフィールドに入ったところで、キリトが確認してきた。

 

「確認するぞ、俺たちの担当はルイン・コボルド・センチネルって言う、ボスの取り巻きだ」

「分かってる」

「問題ない」

「俺が奴らのポールアックスをソードスキルで跳ね上げさせるから、すかさずスイッチで飛び込んでくれ。サクラは周囲の警戒と他のコボルドが向かってきたら、足止めか、出来れば倒してくれ」

「了解」

「スイッチって?」

「もしかして、パーティー組むのこれが初めてなのか?」

 

 キリトの確認を聞きながら、自分のやるべき事を今一度、再確認した。俺は周囲の警戒と向ってきた取り巻きの討伐だった。アスナがスイッチの事を知らなくて、キリトが少し驚きながら、パーティー経験が無いのかと聞くと、アスナは小さく頷いた。

 

「な………」

「マジか」

 

 俺とキリトはアスナの頷きを見て、驚いて足を止めてしまった。アスナは少し歩いて、こちらを振り向いた。それを見たキリトは肩を落とした。

 

「仕方ないよ、キリト。道すがらキリトが教えて行けばいい」

「あぁって、面倒事を俺に押し付けるな」

 

 そして、現在、ボス部屋まで誰も死なずに辿り着いた。スイッチやポットローテの事も教えていた。キリトってなんだかんだ言っても面倒見が良いんだなって思った。

 

「サクラ、周囲の警戒、ありがとう」

「このくらいなら問題ないよ。そっちこそ、アスナに教えるのお疲れ様」

「聞いてくれみんな、俺から言う事はたった一つだ。勝とうぜ!」

 

 俺らが話している時に、ディアベルがボス部屋前に立って、俺たちに向けて、お言葉を発した。…ただその一言だけで全員の気持ちが1つになるのを感じた。

 

「行くぞ!」

 

 ディアベルは扉を開きボス部屋へ足を踏み入れる。すると、少し進んだ所で、部屋に明かりが灯り、奥のウサギのような亜人の姿がハッキリと見えた。

 

〈イルファング・ザ・コボルドロード〉

 

 コボルトロードは俺たちを認識すると猛々しい方向を放ち、周りに取り巻きのコボルドを3匹ポップさせた。

 

ディアベル「戦闘開始!!」

 

 それと同時にディアベルの掛け声で全員、敵に向かい突撃して行く。それから、数分が経った。

 

「A隊、C隊、スイッチ! …来るぞ! B隊、ブロック!」

 

 各部隊はディアベルの指示に従って、交代したり、防御したりしていた。俺は周囲を警戒しながら、キリト達に近付かないようにしながら、他のパーティーの迷惑にならない様に立ち回っている。

 

「すまん、回復終わった」

「なら、そっちのコボルドは任せても?」

「あぁ、サポート感謝する」

「D、E、F隊、センチネルを近付かせるな!」

 

 ディアベルの指示が入り、俺はコボルドを倒すとキリト達の方を見た。問題なくコボルドを倒していった。と言うか、アスナは初心者だと思っていたけど、結構な手練れだった。早すぎて剣先を見る事が出来なかった。キリトは嬉しそうにしていたけど、コボルドがリポップして、キリトに襲い掛かろうとした。

 

「GJ(グッジョブ)」

「そう簡単に攻撃を入れさせない、キリト、スイッチ!」

「おう!」

 

 俺が護り、キリトとアスナが攻撃と言う流れが出来上がりつつあった。コボルドの攻撃をガードしながら、ボスのHPバーを確認する。ボスのHPバーは4本の内の3本が削れていた。順調にボスにダメージを与えているんだと確認を終えて、周囲の警戒を怠らず、目前のコボルドに集中した。

 

「サクラ、GJ」

「キリトもね」

 

 キリトはアスナの方に行き、コボルドを一緒に倒していく。俺は周囲の確認をしつつ、リポップしたコボルドを引き付けておく。

 

「サクラ、後ろだ!」

 

 キリトの声に俺は後ろを振り向きたかったが、目の前のコボルドがソードスキルを使ってきたから、盾で防ぐしかなく、無防備な所を、ポールアックスの一撃が入りそうだったが、ギリギリ、片手剣で受け流しが間に合い、耐えきった。

 

(これでも、囲まれた時の対処法は、囲まれながら覚えたんだ、そう簡単にダメージを受けると思うな!)

 

 それから、2匹の攻撃を武器や盾で防御しながら、他のパーティーの方に行かない様に攻撃を入れて、憎悪値(ヘイト)を溜めながら、敵の攻撃を引き付ける。

 それでも、敵の攻撃に合わせる様に攻撃を入れていく。それで目前のコボルドを倒して、前にステップをしながら半回転し、後ろにいたコボルドには先程の恨みを込めて、スラントを叩き込む。

 

「大丈夫か?」

「大丈夫だ、ポーションも飲んだからHPも満タンまで持って行けた」

 

『グォォオオオ!!!』

 

 コボルトロードがいきなり咆哮を上げたので何事かとボスに振り向くと、ボスのHPバーが赤色になり、斧とバックラーを放り投げて、腰に装備していた。タルワールを取り出そうとした。

 

「情報通りみたいやな」

「下がれ、俺が出る!」

 

 キリトはディアベルの言葉を聞き、ディアベルの方を向いていた。俺もコボルドを攻撃しながら、ディアベルの方を見た。腰に装備した武器を見て、俺とキリトは声を上げた。

 

「ダメだ! 全力で後ろに飛べ!」

「βの時と、武器が違ってる!」

 

 その後、ディアベルはソードスキルを発動させ、突っ込んで行ったが、ボスもソードスキルを発動させたのか、ディアベルのソードスキルが当たる前にボスに斬られディアベルのソードスキルはキャンセルされた。まだ、ボスのソードスキルは終わっていないのか、ディアベルが吹き飛ばされているところに追いつき、背中を斬り上げ、俺たちの近くに落ちた。

 

「ディアベル!!」

「ポーションを!」

 

 俺とキリトはディアベルの傍に行った。キリトはディアベルを抱えた。俺はポーションを取り出して、キリトに渡した。キリトはディアベルの回復をしようとした。

 

「ディアベル、何故一人で」

 

 だけど、ディアベルはポーションを手で押さえて、受け取ろうとしなかった。ディアベルのHPが無くなっていくのを見ていた。

 

「お前たちもβテスターだったら、分かるだろ?」

「ラストアタックボーナスによる、レアアイテム狙い。お前もβ上がりだったのか」

「…頼む、ボスを、ボスを倒してくれ。………みんなのために」

「ディアベル!」

 

 ディアベルは死ぬ間際まで、みんなの事を思っていた。そして、HPが全損して、アバターに罅が入り、砕け散った。それを俺とキリトが見届けた。キリトは立ち上がった。俺も後に続いて、キリトの右側に立ち上がり、アスナはキリトの左側に立った。

 

「行くよ」

「私も」

「頼む」

 

 俺達は短くやり取りをして、ボスに向けて走り出した。

 

「手順はセンチネルと同じだ」

「分かった」

「ボスの攻撃は俺が弾く」

「スキルのタイミングは指示する!」

「分かった」

 

 キリトの声を聞きながら、俺が2人の前を走りながら盾を構える。ボスはソードスキルを使い、俺たちに襲い掛かった。

 

「今だ!」

「はあああああ!!」

 

 俺の盾がボスの攻撃を受け止める。重い、盾が持っていかれそうだった。だけど、もっと声を張って、ボスの武器を弾き飛ばす。

 

「うおおおお!! スイッチ!!」

「はあああ」

「うおおお」

 

 ボスの攻撃を弾いて、アスナとキリトがソードスキルで攻撃をしようとしたところ、ボスが弾かれた武器をそのまま、斜めに振り下ろしていく。それに気付いたキリトは、声を出して、彼女の名前を呼んだ。

 

「アスナ!」

 

 アスナはギリギリ、ボスの攻撃を回避したが、フードが壊れ、その姿を現した。キリトとアスナの攻撃を受けたボスが、後ろに弾き飛ばされた。

 

「次、左斜め上!」

「はああ!!」

「アスナ!」

 

 俺はキリトの言葉に従い、次の攻撃を弾いていく。アスナとキリトは攻撃をして、ダメージを稼いでいくが、2人の攻撃では少ししか、ダメージを与えられていない。

 

「つ」

「それは、一度見たぁぁ!!」

 

 キリトの言葉の前に俺は、二人の前に立ち、ソードスキルだろうが、通常攻撃だろうが、盾と片手剣で、受け止め弾き飛ばしていく。だけど、何度も攻撃を受け止め、弾き飛ばしているせいで、精神に疲労が蓄積されていく。

 

「はぁはぁ、ま!」

 

 俺はバーチカルでボスの攻撃を弾こうとしたが、フェイントに引っ掛かり、下から切り上げられた。後ろにいたキリトに衝突した。キリトを巻き込んで倒れこんだ。キリトが立ち上がろうとしたが、ボスがソードスキルを使用して、俺たちに向かってきた。俺は最後の意地でカイトシールドを掲げた。

 

「回復するまで、俺たちが支えるぜ!」

「あんた」

「すまん」

 

 だけど、攻撃は来なかった。それはエギルがソードスキルを使って、ボスの攻撃を弾いたからだ。俺はキリトから退いて、赤色のHPバーだったのでポーションを飲んだ。エギルのパーティーがボスに攻撃を仕掛けていくが、武器で防御されて、エギル達を薙ぎ払った。そのまま、ボスは頭上にジャンプして、武器に薄紫色の光が纏った。

 

「危ない!」

 

 キリトは言い放ち、多分、ソニックリープを使った。

 

「届け!」

 

 キリトのソニックリープを使い、ボスの腹付近に直撃させ、ボスのソードスキルをキャンセルさせた。

 

「アスナ、サクラ、最後の攻撃、一緒に頼む!」

「「了解!」」

 

 ボスが墜落し、キリトは着地して、ボスに向かって走り出すと同時に、俺たちに声を掛けた。俺とアスナはそれに応じて、キリトの元に全力疾走した。ボスは未だに、諦めていないのか、赤色の光が武器に纏い、攻撃してきた。

 

「2人に、攻撃は通さない!」

 

 俺の言葉と同時に、ボスのソードスキルと俺のソードスキルがぶつかり合い、相殺された。その直後、アスナの細剣のソードスキル、リニアーで攻撃し、その後のキリトの片手剣のソードスキル、バーチカル・アークの真上から斬り下ろし、からの垂直に斬り上げの攻撃によって、ボスを倒すことが出来た。

 

 Congratulationの文字が、ボス部屋の中央にデカいく表示されていた。

 

「や、やったああああ!!!!」

 

 一人の喜びの声が上がり、周りに伝染でもしていったかのように周囲も喜んでいった。肩を組む奴、両腕を天高く伸ばしている奴、仲間とハイタッチしている奴、様々な喜びがそこにはあった。

 

「はぁはぁ」

「キリト、はぁはぁ、大丈夫か?」

「お疲れ様」

 

 俺とアスナ、エギルは、片膝を着いて、息を荒くしているキリトの元に行き、苦労を労った。キリトは報酬が出ている画面を見ていた。

 

「見事な剣技だった、コングラチュレーション。この勝利はあんたの物だ」

「いや………」

「なんでや! なんで、なんでディアベルはんを見殺しにしたんや」

 

 息を整え、キリトは何か言おうとしたが、他のプレイヤーの拍手によって、遮られた。そして、キバオウの言葉で場が静まった。

 

「な、に?」

「見殺し?」

「そうやろが! あんたらはボスの使う技しっとたやろが!! 最初からあの情報を伝えとったら、ディアベルはんは死なずにすんだんや!!」

 

 キバオウの言葉で、さっきまでの雰囲気が一気に険悪なものに変わった。他のプレイヤーはキリトと俺に疑いの眼差しを向けてくる。

 

「きっと、あいつら2人とも元βテスターだ! だから、ボスの攻撃パターンも全部知ってたんだ。知ってて隠してたんだ! 他にも居るんだろβテスターども、出て来いよ!!」

 

 キバオウの近くに居た槍使いの言葉に、他のプレイヤーが疑心暗鬼に軽く陥り、プレイヤー同士睨み合い、疑い始めた。俺はこの時、何が出来るか、どうすればいいのか。分からず、立ち往生していた。

 

「くはははは、あはははははは」

 

 唐突の笑い声に、この場に居たプレイヤー全員が笑い声の方を向いた。

 

「元βテスターだって、俺を、あんな素人連中と一緒にしないでもらいたいな」

「な、なんやと!」

 

 キリトはβテスターを馬鹿にしたような口ぶりで言葉を紡いでいく。その言葉にキバオウが文句を言った。その文句を聞きながら、キリトはキバオウが見えるまでゆっくり、歩いて行く。そこで、俺はキリトが何をやりたいのかを理解した。

 

「SAOのβテストに当選した1000人の内の殆どはレベリングのやり方も知らない初心者だったよ。今のあんたらの方がまだマシさ。だけど、俺はあんな奴らとは違う。俺がボスの刀スキルを知っていたのは、もっと上の階層で、刀スキルを使う敵とイヤと言うほど戦ってきたからだ」

「な。何だって」

「それに、サクラがβテスター? あははは! 笑わせて貰ったよ。サクラは俺が戦い方をレクチャーしたんだ。このくらい出来なきゃ教えた甲斐が無いよ」

 

 キリトの言葉に周囲のプレイヤーが批判的な表情を作り出す。

 

「他にも色々知っているぜ。情報屋なんか必要ないほどにな」

「な、なんやそれ‥そんなんβテスターどころやないやんか。もうチートやチーターやないか」

 

 キバオウはチート、ズルと言う言葉を使ってきた。そして、周りのプレイヤーからも非難の声が上がってくる。その声の内、「ベータのチーター、だから、ビーターだ!」などと言う声も上がってきた。

 

「ビーター、いい呼び名だな。今後、元テスター如きと一緒にしないで欲しいな」

 

 キリトはそう言いながら、メニューウインドウを表示していた。そして、先程まで持っていなかった防具を装備した。多分、あれがディアベルとキリトの言っていたラストアタックボーナスによるレアアイテムなのだろう。

 

「2層の転移門はアクティベートしてやるよ。付いて来るなら、死ぬのを覚悟しろよ」

 

 そう言って、キリトは話を切り上げて、

 キリトは次の階層に上がるためドアの元に行く階段を登る途中、キリトは2つの足音が聞え振り返った。

 

「待って、貴方、戦闘中に私の名前、呼んだでしょ」

「ごめん、呼び捨てにして。それとも読み方違った?」

「どこで知ったのよ」

 

 キリトが少し振り向いて、レクチャーしていた。アスナは少しだけ目を細めて、自分のHPバーを見ているようだった。俺もアスナの後を追って、キリト達に追いついた。

 

「キ、リ、ト。キリトにサクラ。これが貴方達の名前?」

「あぁ」

「うん」

「フフッ、なんだ、こんな所にずーと書いてあったのね」

「君らは強くなれる。だからもしいつか、誰か信頼できる人にギルドを誘われたら、断るなよ。ソロプレイには絶対的な限界があるから…」

「なら、貴方は?」

 

 キリトはアスナの質問に何も答えず、一人で階段を登っていく。そして、キリトがメニューウインドウのパーティーの項目から解散の文字を押して、OKをし、ドアを開けて中に入っていく。そして、次の階層に足を踏み入れていく。

 

「じゃあ、俺はキリトの方に行くよ」

「そう」

「それじゃ、次も出来たらパーティーを組もうぜ、3人で」

 

 俺はそう言って、キリトの後を追って、階段を登っていく。キリトに追いついたのは、キリトが2層の扉を開いて、黄昏れていたところだった。

 

「βテスターに向かう不信や不満はキリトに向かった、ビーターと呼ばれるお前に」

「…サクラ、か。何で来たんだ。来るなって言っただろ」

「来るなとは言ってないよ。死ぬ覚悟があるなら、来いって言ったんだ」

「……そうだったかな?」

 

 俺のセリフを聞いたキリトは俺の方を見て言った。キリトの表情は悲しいや辛いとかの、負の感情が渦巻いているのを確認した。

 

「ボスの時、助けてくれてありがとう。一人だったら、絶対にボスの攻撃を止められなかったよ」

「こっちこそ、ボスの攻撃を止めてくれて、助かった」

「そっか、……ねぇ、キリト。今から言いたい事言うけど、いやだったり、不快な思いをしたら、言ってくれ」

「サクラ?」

「俺はまだ弱い、キリトをまた、守れなかった。だから、もっと強くなる。キリトを守れるくらいに、キリトと肩を並べて戦えるくらいに、強くなってやる。待っとけよ。独りにはさせないからな」

 

 と、俺は澄んだ声で高らかにキリトに向かって、宣言した。キリトは意味不明な様子で、多分だけど、頭に?マークが浮かんでいるんじゃないかと思う、そうであって欲しい。そして、言った言葉を思い出し、俺も恥ずかしくて、顔を赤めながら、後ろの1層のボス部屋に回れ右した。

 

「それじゃ、アスナにも言ったけど、次も出来たら3人でパーティーを組もうぜ」

「え、サクラ!?」

 

 俺はキリトの言葉を無視して、ボス部屋に向かって、走った。うん、羞恥心が無いって怖いわ。あのままだと、めっちゃ、気まずい雰囲気になった可能性があったからな。



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黒猫の危機

 第1層のボス戦後、キリトは、ビーターと言う名を貰った。それから、俺とキリトはそれぞれ、ソロプレイに戻った。だけど、たまにコンビを組んで攻略に勤しんでいる。

 そして、リアルで新しい年を迎え、新たな新学期も迎えた。4月初め、キリトに新たな転機が訪れたそうだ。俺がそれを知ったのは、クラインのギルド、風林火山と一緒にレベリングをしていたときだった。

 

「クライン、そっちに行ったぞ」

「おおよ!」

 

 クラインとそのギルドメンバーと一緒に狼ヶ原と言うエリアで、ウルフ系のモンスターをメンバーで一通り、弱らせていき、そのモンスターをクラインが刀スキルで倒したところだった。

 

「ふう、お?」

「クライン、どうした?」

 

 俺も自分の担当するモンスターをギルドメンバーと一緒に倒して、クラインの方に近寄って、声を掛けた。

 

「キリトじゃねぇか! おい、雑魚は任せたぞ」

「本当だ。手伝いは必要か?」

 

 俺とクラインは、キリトを見つけて、ギルドメンバーの方に振り向き、声を掛ける。

 

「おお」

「大丈夫だ」

 

 その声を聞くと、俺たちはキリトの元に駆け寄った。

 

「最近、見かけねえと思ったら、こんな夜中にレベル上げかよ」

「キリト、久しぶり。…あれ? キリト、そのマークは?」

「おめえ、そのマーク、ひょっとしてギルドの?」

「あぁ、ちょっとな」

「おーい、次狩って良いぞ!」

 

 俺とクラインがキリトのHPバーに月と猫があしらったマークを見かけ、ギルドマークだと理解した。キリトは少し俯き、答えた。そして、雑魚を倒したメンバーから、次に狩場を譲る言葉が言われた。

 

「じゃあな」

「おお、………たくよ、まーだ気にしてるのか」

「キリト…。気にするなって言ってんのに。それじゃ、俺は行くよ」

「おう、助かったぜ」

 

 俺たちはそう言って、キリトが狩場に行く姿を見ているしかなかった。それから、クラインに挨拶をして、パーティーから抜けて、一人で街まで歩いて行く。

 

「はぁ、馬鹿だな。ギルドに入ったくらいで、俺たちは咎めるつもりはないのに」

 

 そんな言葉を呟きながら、俺は大好きなゲームのオープニングを紡いでいく。それから、黒猫の危機が起こる、1ヵ月前の出来事だった。

 

 

 

 それは数時間前の事だった。アルゴからのメッセージを受信した俺は、珍しい事もあるもんだと思いながら、指定の場所に赴いた。

 

「サー坊、27層の迷宮区に存在するゴーレムと小人型のモンスターからドロップする、強化アイテムの入手を頼みたいんだヨ」

「いきなりだな、強化アイテムか、別に良いよ。隠し部屋のモンスタートラップを使えば、30分も掛からず集められると思うから」

「良いのカ?」

「問題ないよ。レベルや装備的にも死ぬ事はないから。アイテムはアルゴが必要な物以外は全部貰っても良いんだよな?」

「あぁ、それで構わないゾ。依頼だから、きちんと報酬もよいしておくヨ」

「それは楽しみだ。そんじゃ、さっさと終わらせてきますよ」

 

 俺はアルゴに指定された場所に赴くと、アルゴが一人でコーヒーを飲みながら待っていた。そして、俺が到着した早々に依頼の話を始めた。それはアイテム入手だった。俺は最前線のプレイヤーだから、27層のモンスターには倒されないだろうと思って、頼ったのかと考えた。

 

「そう言えば、キリトには頼らなかったのか?」

「キー坊には頼み辛かったんだヨ。だから、オレッチが知る中で生き延びそうなサー坊に連絡したって訳ダ」

「成程ね」

 

 俺はそう聞いて、27層の迷宮区に向かった。27層の一部に結晶無効化空間の部屋が在ったはずだから、ポーションの所持数を確認し、問題なかったから、転移門で27層に移動した。

 

「はぁ、あの部屋のモンスターって、ゴーレムやピッケル投げてくる奴がいるんだったな」

 

 そう言いながら、俺は隠し部屋の元まで移動していた。そしたら、俺のスキルの一つが反応した。

 

『転移、タフト!!』

「まさか! あの部屋に入ったのか!?」

 

 転移の声が聞えてきたのだ。俺は聞き耳スキルと言う、音を聞くスキルを所持しているから聞えたのだ。だけど、その聞えてきた方角が、俺が向かっていた隠し部屋の方向だったのだ。だから、あの部屋に誰か入り込んだんじゃないかと思い、鍛えた俊敏性を駆使して走った。

 隠し部屋に着いた俺は、速度のままに勢いを殺さずに扉を蹴り開けた。そこにはモンスターに襲われていた5人組を発見した。HPも赤色が見えたので、俺は盾スキルにある〈デュエル・シャウト〉を使用した。

 

「うおおおおお!! こっちだ!!」

 

 モンスターは他のプレイヤーを攻撃を止めて、入り口に盾を構え、立っていた俺に視線を向けてきた。

 

「今の内に回復を!!」

 

 俺は近くに居たモンスターに攻撃を入れていく。俺の盾スキルが高いお陰で、部屋の中に居るモンスターの8割は俺にターゲットにしている。俺はモンスターとのレベル差があるからか、モンスターを通常攻撃1~2回で倒していく。

 

「サチ、サチ!!」

「キリト!」

 

 俺は盾を投剣スキルで投げて、少女に群がるモンスターを倒していく。そして、大声でアイツの名前を叫ぶ。

 

「うおおおお!!」

 

 投剣で投げた盾が戻ると、他のプレイヤーに攻撃していたモンスターにまた、投剣スキルで盾を投げながら、近付き、片手剣と体術の2つのスキルを組み合わせて、モンスターから、男性プレイヤー3人を護っていく。

 

「3人とも回復を!!」

「手持ちの、ポーションは無いんだ」

 

 俺は片手剣でモンスターを倒しながら、ポーチに空いた左手を突っ込み、3つのハイポーションを取り出し、3人に投げ渡した。

 

「それで、回復を」

「あ、あぁ、ありがとう」

「キリト! そっちは大丈夫か!?」

 

 俺は3人がポーションを飲んだのを確認して、キリトの方に大声で確認した。

 

「ああ! こっちは大丈夫だ! サクラ、ありがとう」

「お礼はここを切り抜けてからだ!!」

「そうだな」

「キリト、宝箱を壊せ。それでポップはしなくなる!!」

「ああ! 分かった!!」

 

 俺の言葉に従う様に、宝箱の近くに居たキリトは宝箱を壊した。何故、壊したか分かるかと言うと、部屋の中が、《Warning》と言う……英文が躍り出る。あのはじまりの街。全てが始まったあの日の血の様に赤い空の様に。赤かった部屋の壁の色が迷宮区と同じ色に戻ったからだ。それから、数分も経たないうちに、部屋の中に存在したモンスターは全て、ポリゴンの泡と消えて行った。

 

「おい、お前たち、大丈夫か?」

「あ、あぁ、ありがとう、…サクラ」

「とりあえず、この部屋から出よう、部屋の外に出れば結晶アイテムが使える様になる。何所かの街に転移しよう」

「あぁ、みんなもそれでいいな?」

 

 俺の言葉にキリトやその仲間たちは息も絶え絶えな状態だったけど、生きていた。良かった。今度はきちんと守れたんだからと思った。キリトがお礼を言ってきたが、まずは安全な場所に移動しようと言うと、キリトやその仲間も頷いて、部屋の外に出て、俺も含めた全員で転移結晶で11層〈タフト〉に転移した。

 そこで月夜の黒猫団のリーダーのケイタと呼ばれたプレイヤーと出会い、助けてくれてありがとうとお礼を言われた。俺は、あの部屋に用事があっただけだから、運が良かっただけだ。そして、これ以上はそちらのギルドの問題だと言った。キリトは自分の事をギルドに打ち明けた。

 

「ビーターのお前が僕たちに関わる資格なんか、なかったんだ! って、言いたいんだけど………。ああ! キリト、俺たちを強くしてくれて、ありがとう。それとサチ達を守ってくれて、ありがとう」

「ごめん!」

 

 俺は彼らの方を見ると、ケイタがお礼を言い、他のメンバーが頭を下げ、謝っていた。キリトは暴言や罵られると思っていたのか、ポカーンと口をあけて見ているとダッカーは笑顔で顔をあげる。

 

「キリト、守ってくれて、ありがとう!」

「俺たちからもなありがとう」

「ありがとう」

「ありがとうね・・・キリト」

「え、いや、俺が隠してみんなを危険に晒したのは事実だし、お礼は・・・」

 

 急なお礼に戸惑ったのかキリトがしどろもどろに狼狽えていると、サチがキリトの片手を両手で包み、微笑む。

 

「キリトは私達を強くしてくれた、トラップ部屋で私達を守ろうと必死になってくれた・・・あなたがどんな人でもそれは変わらない」

「サチ…」

「今は一緒にいるのは無理だけど私達は必ず少しずつ強くなって、あなたの場所まで辿りついてみせる! だから…また会ったらよろしくね?」

「あぁ、上層で会おう!」

 

 俺は今まで、このゲームで生きてきて、嬉しいって感じた事はなかったんじゃないかなって思ったんだ。だって、今のキリトの顔はスッゲー、いい表情してるんだから。あぁ、守れてよかった、キリトの心を、俺と同じにならなくて本当に良かった。そして、ケイタが微妙そうな表情で、みんなに聞える様に声を出した。

 

「なあ、こんな雰囲気で言う事じゃないんだろうけど。キリト、ギルドを脱会するのか?」

「「「「あ」」」」

「うん、…俺はこれで抜けるよ、今回は俺のせいでもあるんだし、これ以上は迷惑かけられない」

「…そうか」

 

 キリトの言葉を聞いたケイタは了承したのか、ウインドを開いて、操作する。それが終わって、メニューを閉じたら、キリトのHPバーから、月と猫のマークが消えた。ギルドから除隊したのだろう。

 

「…また、会おう」

 

 キリトはそう言って、転移門の前に行って転移した。俺も後を追う様に転移門から転移した。そして、キリトは俺を待っていたかのように、16層の転移門前に立っていた。俺は何も言わずに、キリトと噴水広場のベンチに座った。

 

「キリト、ほれ、飲めよ」

「あぁ、…悪い」

「《アルティアの葉》で入れたハーブティーだ。カモミールに似てるから、リラックスできると思うぞ」

 

 俺がメニューから水筒とカップを取り出して、キリトに渡した。キリトは素直に受け取ったが、顔は少し暗い。まあ、当たり前だろう、15歳くらいの少年が命を背負ってるんだ、溜め込んだ感情もあるだろう。…どれだけ、ゲームが上手でも、それは関係なく、まだ、心は脆いのだ。

 

「サ、サク、ラ。あ、ありが、とう」

 

 キリトは声を震えながらも目から涙をだし、俺に言葉を伝える。

 

「俺、俺は…もう少しで、取り返し、がつかない事を、してた。だから、ありがどう」

 

 座りながら顔を俯かせ泣き始めたキリトに俺は、頭を撫でて夜空を見上げて、自分の思いを小さな声だけど、言った。

 

「キリトは学んだんだ。なら、二度も同じ過ちはしないだろ? 今のキリトなら、誰だろうと守れるさ。あぁ、キリトならもう大丈夫さ、俺みたいにはならないよ」

「…ヒック……サクラ?」

「何でもない、キリトは何でもかんでも、背負い過ぎなんだよ。もし、人手が必要なら、俺を呼べよ。し、親友のためなら、少しくらい無理してでも駆け付けるからさ」

「・・・あ~~~!!」

 

 キリトは俺の服に顔を埋めて泣き出した。俺は驚きながらもキリトが泣き止むまで頭を撫で続ける。こいつの心に刻んだ傷は深い・・・なんてったって、守るべき命が失われかけたんだ、無理もない。けど、それに対してキリトは後悔した、きっとこれからこいつは大きい成長が出来るはずだ。…俺には出来なかった事が、キリトなら今後は出来るだろう、親友のこれからの成長を期待する。



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蘇生アイテムと忘れないと誓った思い出

 黒猫団の一件を解決してから、半年近くが過ぎた、2023年12月22日。45層に存在するダンジョン、骨塚谷。骸骨系のモンスターがポップ場所に籠っている。

 

「はぁはぁ」

 

 通常であれば、骨塚谷の骸骨系モンスターは、そんなにポップ事は少ない。だけど、丑の刻の間だけ、骸骨モンスターが異常な程、大量にポップするのだ。そしてダンジョンの骸骨は 確かに攻撃力は高い。だが、それに反比例しているのか、防御力、そしてHPが思いの他、低く設定されているのだ。

 骸骨系やアンデッド系が苦手なプレイヤーは基本的に近づかないし、夜中にこんな場所に来るプレイヤーも少ないからか、知る人ぞ知る穴場スポットなのだ。勿論、アルゴにはこの情報の事を話している。

 

「はぁはぁ、はぁはぁ。後、1時間」

 

 そして、そんな丑の刻に骸骨を倒しているプレイヤーが1人だけ存在した。俺の事だけど、俺は12月24日のイベントボス、背教者ニコラスを一人で倒すために、それが可能なレベルまで上げているのだ。

 

「くぅ……!」

 

 骸骨の攻撃を受け流せず、受け止めてしまい、バランスを崩し、倒れた。当然、俺自身が戦っているのだから、ずっと集中なんて出来る訳ない。集中力が途切れれば、動きが鈍くなり、被弾する可能性が増す。そんな事、理解はしていた。

 そして、骸骨は倒れている俺に向かって、剣を突き立てようとしていた。だけど、その剣が俺に突き刺さる事は無かった。

 

「…キリト」

「そんな無茶してたら、死ぬぞ」

「死ぬつもりはないよ」

 

 キリトは骸骨を衝撃で吹き飛ばし、HPを全損させた。そして、残り数体の骸骨を倒したキリトはこちらを向いて、俺に手を差し伸べた。

 

「悪い、助かった」

 

 俺もキリトの手を取り、立ち上がり、この場から離れた。離れて、安全エリアに到着すると、俺の身体は操り人形の糸が切れたように、真冬の地面に倒れ込んだ。

 

「俺が入らなかったら、お前」

「大丈夫だよ。あれ位の攻撃、ボスの連撃よりは捌けるさ、まあ、キリトが入ったから時間は短縮できたけど」

 

 俺は強がりでも何でもなく、これまでの経験から判断して言った。そんな時だった。

 

「ったくよー! ほれっ」

 

 後ろから、クラインが回復ポーションを投げ付けた。俺はしっかり受け取り、ありがたく頷き、栓を親指で弾き、一気に飲み込んだ。

 

「うえ、やっぱり酸っぱいな………」

「文句があるなら、返せ」

「もう飲んじゃったし、返せないよ。ありがと、クライン」

「キリトの言うとおりだろ? いくらなんでも無茶しすぎじゃねェのか、サクラよ。おめぇ、今日は何時からここでやってんだ?」

「確か、19時くらいからだった様な気がする」

 

 俺の言葉に呆れた様子のクラインとキリトは、更に19時から骨塚谷に籠っていたことを知ると、2人ともため息をして、『やれやれ』と言っている様な感じで俺を見ていた。

 

「無茶な事すんなよ」

「無茶でも何でもするさ、時間が足りないんだから」

「って、無茶を通り越してんだろ! 19時だったら、7時間は此処に篭ってるじゃねえか! こんな危ねぇ狩場でんな無茶しやがって、気力が切れたらそく死ぬぞ!」

「一番危ない時間以外はそれほど、無理してないから、大丈夫だよ」

 

 言っていて、凄く嘘くさかった。だけど、無理ではなく、無茶はしていたからか、クラインから目を背けて言った。

 

「ってかよぉ、ここ最近、サクラはよくこの狩場で見かける。レベル上げの仕方が常軌を逸してるっだ感じだぞ? マジで。なんで そんな無茶をしなきゃならん! ゲームクリアの為。……なんてお題目は聞きたかねえぞ?」

「………分かってんだろ。イベントボスの為だよ」

「ソロ攻略か?」

 

 クラインの質問に、嘘偽りなく、簡潔に答えた。キリトの言葉に静かに頷いた。

 

「ソロ攻略なんて、やめろ! 俺らと合同でパーティを組めば良いじゃねえか!」

「蘇生アイテムはドロップしたプレイヤーの物で、だろ? それじゃ駄目だ。ルオンを、カイトを、生き返らせるためには、ここで確実に蘇生アイテムを手に入れないといけないんだ」

「サクラ……」

「大丈夫だよ。死ぬ気は無いから」

「だけどよ! 死ぬ気が無いなら、俺らと組めばいいじゃねえか!」

「だったら、無条件で蘇生アイテムを譲ってくれるのか? 無理だろ! だからだ、だから、一人でやるしか、ないんだよ」

 

 俺の心の奥底からの言葉に、キリトは何も言えずに、クラインはそれでも、一緒に戦おうと俺の事を心配してくれる。だからこそ、俺の本音を言って、立ちあがり、また、骸骨と戦闘するために、骨塚谷の奥の方に移動する。

 

 そして、12月24日、俺は最前線の49層、ミュージェンのベンチに腰を下ろした。

 

「サー坊、無茶なレベル上げをしているそうだな」

「………なんだ、アルゴか。新しい情報はないのか?」

「金を取れる情報はないナ」

「情報屋の名が泣くぞ」

「βテストの時にも無かった初めてのイベントだ、情報の取りようがねえヨ」

「そりゃそっか」

 

 俺はアルゴの言葉に納得した。

 

「クリスマスイブ、つまり明日の深夜、イベントボス〈背教者ニコラス〉が出現する。あるモミの木の下にナ。有力ギルドの連中も血眼で探してんゾ」

 

 俺は何も言わずに、ベンチを立ちあがった。そしたら、アルゴが聞いてくる。

 

「サー坊、目星ついてるんだロ?」

「まぁな、35層〈迷いの森〉に巨大な枯れたモミの木がある、多分そこだと思う。確たる証拠はない、俺の予想だ。好きに扱って構わない」

「分かった。サー坊、…まだあの時の事を気にしてるのカ?」

「当たり前だ。俺があの時、殴ってでも止めてればって、考えなかったことはないよ、昔も今も。これに今回は俺の我儘なんだよ」

「我が儘?」

 

 俺はアルゴの言葉に、暗い言葉で返していく。だけど、小さく言った言葉をアルゴに聞かれた。

 

「あぁ、1層の時、最前線に出る前に碑の前でさ、『2人と一緒に行きたかったんだ、とギルドを立ち上げたかったんだ』って言ったんだよ。だから、これは我が儘だ、俺のな。じゃあな」

 

 アルゴに言って移動した。宿に入り、メニューウインドウのフレンドの項目を触り、今フレンドになっているって、10人くらいしか居ないんだけどな。その内2人はフレンド情報が見れない。それは死亡しているからだ。

 

「ルオン、カイト。まだ、間に合うかな? それとも、もう手遅れだろうか?」

 

 俺は2人の名前を撫でて、目をつぶった。生き残る覚悟をするために、帰ってくるために。

 

「必ず、生きて帰るよ」

 

 俺は装備を最新版に入れ替えて、宿を出た。向かうはアルゴにも喋った、35層〈迷いの森〉にあるモミの木を目指して、持てる力を使って、走って行く。

 

「誰だ!!」

 

 俺は、目的の場所に到着したら、後ろから誰かに着けられていたようで、索敵スキルに反応があった。俺は立ち止まり、後ろを警戒する。すると、どうやら何者かこの場に転移してきたようだ。

 

「………キリトか」

 

 後ろから出てきたのはキリトだった。なぜこんな場所に居るのか? 何故、俺の後を追ってきたのか? そんな考えが頭の中を過った。

 

「追跡スキルで追って来たんだ」

「そっか、アルゴに聞いたんだと思ったよ」

「アルゴに、教えたのか?」

「…あぁ」

 

 スキルで追って来たキリトに、アルゴから聞いたのかと問いかけると、首を傾げた。知らずに追って来たんだと理解した。

 

「サクラ、俺は蘇生アイテムをドロップしたら、サクラに無条件であげる。それを承知でサクラを追って来たんだ」

「俺が言えた義理じゃないが馬鹿だろ! 蘇生アイテムだぞ! デスゲーム唯一と言って良いアイテムなんだぞ!? 例えボスを倒してもアイテムを無条件でくれるだって。確かに俺がそう言ったが、それは絶対に受けないと思ったからだ!」

「そんな、馬鹿が1人居たんだよ」

「キリト…」

 

 心底、驚いていた。無条件で蘇生アイテムをくれる事、俺の条件を飲んだ事に。

 

「死ぬかも知れないんだぞ」

「サクラには大きな恩があるし、親友だからな。死んで欲しくないし、助けたいんだ」

「キリト」

「それに、サクラが守ってくれるんだろ?」

「あぁ、守るさ、何度だって。だから、手伝ってください」

「勿論だ」

 

 俺はキリトに頭を下げて感謝した。

 

「じゃあ、このまま進むか。サクラ」

「あ、あぁ、ありがとう」

「お礼はボスを倒してからにしてくれ」

 

 そうして、俺たち2人は、枯れたモミの木の前に到着した。それから、5分と経たず、上空から鈴の音が聞えてきた。その音を頼りに、上を向くと、この漆黒の夜空、光が伸びていた。それはよくよく眺めて見ると奇怪な姿をしたモンスターに引かれた巨大なソリらしい。

 

「グロテスクなサンタクロースだな。こいつが」

「あぁ、背教者ニコラスだろうな」

「なら、倒させてもらう」

 

 その奇怪な姿をしたモンスターは、サンタを思わせる巨大なソリから飛び降りてきた。ズズンッ と言う衝撃音と共に、盛大に雪を蹴散らして着地したのは背丈がゆうに3倍はあろうか程の怪物だった。

 

「あぁ、まずは防御優先、ボスの攻撃パターンを調べるぞ。サクラ、防御頼む」

「分かってる。前に出過ぎるなよ」

 

 そう言って、俺たちはニコラスとの戦闘を始めた。

 背教者ニコラスの攻撃方法は、斧を使用した攻撃と、袋からの吸い込み、プレゼント投げが、主だった。だけど、HPバーが1本ずつ、削れていくと、攻撃パターンが変化し、弾き飛ばしや、袋から雪玉を投げ飛ばして、行動を制限するデバフを掛けたりした。

 それ以上にも、防御に移行する瞬間、ランダム仕様の中にも、必ず法則性はある筈なのだが、それでも変わり続けてた。

 

「キリト、バック!」

「あぁ!」

 

 俺がニコラスの攻撃する瞬間、キリトとの位置を変更して、俺の壁盾(タワーシールド)でキリトと自分の前に壁を作り、斧の攻撃や吹き飛ばしから、守っていく。

 

「サクラ、大丈夫か?」

「問題ない、回復アイテムやバトルヒーリングも使用してるから、HPは安全値(グリーン)を留めてるよ」

「なら大丈夫か」

「キリトもHPが警戒値(イエロー)に落ちたら、回復していいよ。その間の時間は稼ぐから」

「その間は頼む」

 

 俺も攻撃をしながら、ニコラスから視線を外さない。ニコラスの様子が一瞬でも変化したなら、キリトに言って、防御か回避主体に変えてもらっている。

 

「キリト、プレゼント!」

「デバフには掛かるなよ!」

「そっちもな!」

 

 それから、30分の時間が経った。ニコラスの攻撃を何度も何度も、弾き飛ばし、受け流す。デバフに掛かっても、壁盾の能力でデバフの効果時間が短縮されているので、問題ない。

 

「決めろ。サクラ!」

「これで、終われえぇぇ!!!!」

 

 俺は壁盾を放り捨てて、体術と片手剣の複合スキルである、7連撃のメテオブレイクを使った。最初は斜め斬り下ろして、そのまま斜め斬り上げて体当たり、回転斬り、左肩で体当たり、左から水平斬り、最後に剣を捨てて殴った。そして、ニコラスのHPを全損させ、終わらせたんだ。

 

「はぁはぁ、サクラ」

 

 俺はニコラスを倒した瞬間、ドロップウインドウを見た。そこには、〈還魂の聖晶石〉のアイテムを見つけ、取り出し、アイテムの効果を確認した。その内容は、プレイヤーが死亡した場合、『10秒以内』であれば蘇生することができる。

 

「あはは、はは」

「サクラ?」

「理解…していたさ。あぁ、分かっていたよ」

「サクラ!」

 

 俺は、アイテムの効果を確認すると、乾いた笑いが出て、膝を折った。キリトは俺に声を掛けて、近付いてきた。俺はキリトに持っていたアイテム、還魂の聖晶石を放り投げた。

 

「な! これって」

「あぁ、やっぱり、思っていた物とは違うか」

「やっぱりって、知ってて来たのか?」

「可能性の問題だ」

「可能性?」

「あぁ、過去に亡くなったプレイヤーを蘇生できるアイテムなのか、それとも、完全に脳を焼かれる前に助け出せるアイテムを、蘇生アイテムと呼ぶのか、分からなかった。だから、確かめたんだ。自分の目で。今回は後者だっただけだ」

 

 俺の言葉が聞えていたのか、キリトは聞き返してきた。そして、自分が考えていた可能性をキリトに言った。俺が欲していたアイテムではなかったものの、蘇生アイテムはレア中のレアアイテムであることは間違いない。

 

「キリト、ありがとう、こんな馬鹿に付き合ってくれて、そのアイテムはお礼として受け取ってくれ」

「サクラ!」

 

 俺はそう言って、立ち上がり、トボトボと遅い足取りで、歩こうとしたら、キリトに呼び止められた。

 

「お前、自殺するつもりか?」

「そんな事はしないよ。ただ、話に行くだけだ」

「…俺も付いて行っていいか?」

「好きにすればいい、キリトの行動にとやかく言わないよ」

「そっか」

 

キリトはそう言って、俺の横に着いて、歩き出した。俺もまた、ゆっくりだけど、歩き出した。そして向かった場所は1層、始まりの街の生命の碑の前に居た。

 

「ルオン、カイト、蘇生アイテムは残念ながら、2人を生き返らせる様な物じゃなかったよ、だから…」

「サクラ…」

「だから、俺、前を向くよ。2人を止められなかった事の後悔は、多分、一生消えないんだろうな。グス、後悔を受け入れて、前に進むよ。2人の事、絶対に忘れないよ。1週間も満たない時間だったけど、俺にとって、大切な時間だったから」

 

 俺は言いながら涙を流していた。その涙を拭いて、顔を上げた。

 

「だから、俺は最前線に行くね」

 

 それは奇しくも、最初に最前線に向かうときに言ったセリフと似ていた。そして、振り返り、キリトの方を向いた。多分、キリトには俺が涙を流している所を見られているだろうが、その顔は少しだけ、晴れていたと後から聞いた。



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竜使いとの出会い

背教者ニコラス討伐から、約2ヶ月が経った2月17日。俺は最前線でとある人物を街の門前で待っていた。

 

「よっ、サクラ」

「あぁ、キリト、遅かったじゃないか」

 

 待っていた人物とは、ニコラス討伐から何かとコンビを組んでいるキリトだった。良くも悪くもお互い、泣いた姿を見合った仲なので、前より一層、親しくなった。

 

「サクラ、ちょっと最前線から離れても良いか?」

「いきなりどうした? 説明を忘れてるぞ」

「あぁ、悪い。転移門の前に居たプレイヤーに頼まれて、オレンジギルドの捕縛依頼を受けたんだ。だから、ちょっとの間、最前線から離れるんだ。出来ればサクラに手伝ってほしいんだけど、無理強いはしないよ」

「成程、オレンジギルドの捕縛か、殺害なら手伝う気は無かったけど。捕縛なら手伝うよ」

 

 俺はキリトの様子が少し変だったからか、何かあったのかと問いかけると、オレンジギルドと呼ばれる犯罪をするギルドがあり、そのギルドの捕縛依頼を受けたそうだ。そして、俺に手伝ってほしいとお願いしてきた。俺はキリトに恩があるし、少しでも手助けができるならと思い、受けた。

 

「良いのか?」

「レベル的には問題ないよ。それに急いで攻略しないと言う訳でもないし、手伝うさ」

「ありがとう。助かるよ」

「お礼はいいよ。それより、そのオレンジギルドの名前は?」

「あぁ、オレンジギルド、タイタンズ・ハンドだ」

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 それから、3日が経ち、俺とキリトはアルゴにタイタンズ・ハンドの事を調べて貰って、現在35層にいるとあるパーティーにロザリアと呼ばれるタイタンズ・ハンド所属の女性プレイヤーが品定めのために活動しているらしい。

 

「35層か、まさか、2ヶ月位でまたここに来るとは思ってなかったよ」

「確かにそうだな」

「それで、タイタンズ・ハンドが獲物にしようとしているパーティーはこの迷いの森で活動しているんで良かったんだよな?」

「アルゴの情報通りならな」

「だったら、手分けして探そう。その方が効率が良いし、何かあったら連絡入れてくれ」

「了解」

 

 俺とキリトはそう話して、二手に分かれて、タイタンズ・ハンドが獲物にしようとしているパーティーを探し始めた。

 

「そう言って、二手に分かれたけど、俺、ロザリアの姿知らねぇわ」

 

 そう思い至ったのは、分かれてから20分が経った後の事だった。そう思いながらも、ドランクエイプを一撃で倒していく。まあ、レベル差があるし、アイテムも要らない物ばかり落とすから、正直、相手にするのが面倒になってきた。

 

「ん? キリトからのメッセージか」

 

 キリトから、メッセージを受け取り、メッセージを読むと、ヘルプの3文字だけだった。俺はキリトが居る方面に走って行った。

 

「キリト、何があった!?」

「あ、サクラ…」

 

 俺がそこで見たものはキリトが立って困っていながら、少女がピナと言いながら泣いている姿だった。それを見て、俺は何があったのか推察した。

 

「仲間が、やられたのか?」

「……ゴメン……ゴメンね……、ピナ……」

「………彼女は〈ビーストテイマー〉みたいなんだ。オレは……彼女の友達を助ける事ができなかった」

 

 キリトは悲しそうにそう話した。どうやら、モンスターに襲われていた少女を、キリトは助ける事が出来た様だが、そのピナと言う名のモンスターは助ける事が出来なかったと言う事だ。

 

「い、いえ…… 私が、馬鹿だったんです……。1人で、この森を 抜けれる……って思い上がってたから……私のせいで……私を庇って……ピナが………」

「落ち着いて、その羽根だけど アイテム名が何か設定されているか?」

 

 キリトが落ち着いてきたとは言え、まだ取り乱して、涙で顔を覆われている少女にそう聞いた。……彼女はキリトに言われるまま、羽根のアイテムを確認していく。

 

「あ、ッ……」

 

 少女は羽根のアイテムを確認して、〈ピナの心〉と言うアイテムだったのを見た。

 

「うっ……ううっ……ピナっ……ピナぁぁッ………」

「あっ 待った待った! 落ち着いて、ピナの心が残っているのならまだ蘇生の余地があるから」

「……え!?」

 

 泣き出す寸前の少女に慌ててキリトがそう答える。この話が発生したのは、最近なのだが 上層では有名な話だ。下層~中層間では、まだ出回っていない可能性が高い。だからこそ、少女は涙を流している。

 

「最近判ったことだから、まだあんまり知られてないんだ。47層の南に思い出の丘って言うフィールド・ダンジョンがある。まぁ、名前の割りに難易度が高いんだけどな……。そこのてっぺんで咲く花が、使い魔蘇生のアイテムらしいんだ」

「ほっ ほんとうですか!?」

 

 その言葉を訊いて、少女は思わず腰を浮かせて、叫んでいた。悲しみにふさがれた胸の奥から希望の光が差し込むのが自分自身にもよく判るし、生気が戻ってきた様にも感じた。だけど、最大の問題点がある事にも同時に気づいた。

 

「よ、47層……」

「ガアアアアアアッ!!!」

 

 少女がいる層は35層それから12層も上の47層に行くには、今の自分のレベルでは安全圏とは到底言えるものではない。多分、今のまま47層の思い出の丘に行けば、モンスターに倒されるだろう。その少女の後ろ側から、ドランクエイプ5体の一番前が咆哮して、少女に襲い掛かってきた。

 

「ドランクエイプか」

「え?」

 

 俺は少女の前に立って、盾を構え、ドランクエイプの攻撃を完全に防ぎきる。そして、防ぎきった先から、キリトが一撃で倒していく。

 

「ナイス」

「そっちこそ」

 

 俺たちはドランクエイプを全滅させてから、ハイタッチをした。そして、少女の方を向いて話の続きをした。

 

「それで、話を戻すけど。実費、経費を貰えば、俺達が行ってきても良いんだけどなぁ……。 残念だが使い魔の主人が行かないと肝心の花が咲かないんだ」

「いえ……情報だけでもありがたいです。ほんとにとても。がんばってレベルを上げればいつかは……」

「いつかじゃ、駄目なんだ」

「え? そ、それって、どういう意味なんですか?」

「…蘇生が可能なのは死亡から3日以内。それ以降は《心》が浄化して。……変化して、《形見》に変わる。変われば、現時点で復活の方法は無い」

 

 俺は少女がやる気を出したところで、そのやる気を叩き落すような言い方をした。だけど、これが蘇生できる条件なのではっきりと言わなければならなかった。

 

「っ……そ……そんなっ……」

「ピナ、ごめんね……」

「大丈夫、まだ3日も残ってる」

 

 キリトはそう言いながら、俺の方を向いてきた。どうせ、助けたいと思っているのだろう、だから、俺も頷いて、助けることを手伝うことにした。それを見たキリトは、少し嬉しそうにして、トレード覧に装備と武器を入れていった。

 

「あの…」

「この装備で、4,5レベル分は底上げできるし、俺達が同行すれば、そう難しいことじゃない」

「…どうして、そこまでしてくれるんですか?」

 

 キリトの行為に少女は戸惑いながらも、疑問を問いかけてきた。キリトは、少し恥ずかしそうに下を向いた。

 

「笑わないって…約束するなら」

「笑いません」

「君が、妹に似てたから」

 

 キリトの言葉に少女は笑ってしまった。うん、これは笑っても仕方ないと俺も思った。

 

「わ、笑わないって言ったのに…」

「ご、ごめんなさい。それで、あなたは?」

「俺か? 俺はキリトが助けたがってたから、それにちょっと思う所もあったしな………」

 

 俺は誤魔化さず言った。少女は少し驚いて、そして、ようやく笑顔を見せた少女に安心した。

 

「よろしくお願いします。助けてもらったのに、その上こんな事まで……」

「あの……こんなんじゃ、全然足らないと思うんですけど……」

「いや、お金は良いよ。余っていたものだし、オレ達がここに来た目的と被らなくも無いから」

「右に同じく」

 

 少女はキリトが出した、トレード覧に所持金を出してきた。正直、お金が欲しくて、やった訳ではないのでそのお金を受け取らず、キリトはトレード覧のOKボタンを押して、アイテムを少女に渡した。

 

「何から、何まですみません、私はシリカって言います」

「俺はキリト、こっちはサクラだ」

「よろしく」

「はい、キリトさん、サクラさん、よろしくお願いします」

 

 そして、ここでやっと少女の名前を聞くことが出来た。少女がロザリアではなかった事に多少の安堵を示しながら、流石に暗くなってきたので、迷いの森を抜け出そうという方針になり、俺が前衛、シリカが中衛、キリトが後衛の形で、前後から出て来るモンスターを一掃しながら、迷いの森を抜け出した。

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 迷いの森を抜け出した俺達は、35層にある主街区、ミューシェに戻ってきた。キリトは街に入ってから、物珍しそうに周囲を見て回っている。

 

「おっ! シリカちゃん発見!」

「随分遅かったね? 心配したんだよ!」

 

 街に入ってから、多少歩いたところで、男性プレイヤー2人はシリカに話しかけてきた。なんだか、馴れ馴れしくて、俺はちょっと遠慮したかった。

 

「今度さ? パーティを組もうよ! シリカちゃんの行きたい場所、どこにでも連れて行ってあげる!」

「あ、あの。あたし、暫くこの人たちとパーティを組むことにしたので。すみません」

 

 シリカは俺とキリトの両腕を両手でとって、謝った。謝ったが、男性プレイヤー2人は口々に不満の声を上げながら、胡散臭そうな視線を俺とキリトに投げかけた。まあ、キリトは装備も鎧を着ている訳ではないし、ロングコートであり、背負っているのはロングソード。持てる筈なのに盾を装備していない見た目だ。これで強いとは思えないんだろう。俺も黒と蒼のロングコートで鎧は着ていない、カイトシールドを背負っていても、あまり強そうには見えないんだろうな。

 

「おい、あんた達。見ない顔だけど、抜けがけはやめてもらいたいな。オレらはずっと前から、この子に声をかけてたんだぜ」

「そう言われても、成り行きだしな?」

「そうだね、成り行きだったんだ」

 

 キリトは男性プレイヤーの言葉に、困った様子で言っていく、俺もキリトに合わせて言っていく。

 

「あ、あの、 あたしから、頼んだんです。すみませんっ!」

「そうなんだ。だったら、仕方がないか…」

 

 男性プレイヤーはそう言った。分別があるプレイヤーで助かった。もしかしたら実力行使をしなければならなかったのだから。

 

「……すみません。迷惑かけちゃって……」

「実害はなかったし、問題ないよ。キリトは?」

「こっちも、大丈夫だよ」

 

 シリカは謝ってきたが、謝る必要はなかったので、俺達は何でもない様に言って、この会話を終わらせた。

 

「それにしても、シリカは人気者なんだな」

「いえ…、……マスコット代わり誘われているだけです。きっと。……それなのに、《竜使いシリカ》なんて呼ばれて……いい気になって……」

「心配ないよ、必ず間に合うから」

 

 キリトはシリカを安心させるように、頭を撫でた。俺はそれを眺めているだけだった。

 

「はい!」

 

 シリカはキリトに撫でられて、安心できたのか、笑顔で答えていた。そして、しばらく歩いていると2階建ての看板が見えてきた。その看板には、風見鶏亭と書かれており、そこが宿屋だと分かった。

 

「あ…、ごめんなさい、お2人のホームは?」

「ああ、いつもは50層なんだけど、今更戻るのも面倒だし、サクラ、今日はここで泊まらないか?」

「良いよ。確かに今更戻るのも面倒だしね」

「そうですか! ここのチーズケーキがけっこういけるんですよ!」

 

 シリカが申し訳なさそうに、俺達にホームを聞いてきた。俺もキリトも特定のホームを持っている訳ではないし、基本的に50層で寝泊まりをしているが、何処で泊っても問題ないので了承すると、シリカは嬉しそうだった。だが、風見鶏亭を目の前にしたときに、シリカの表情が曇った。

 

「あら? シリカじゃない」

「どーも……」

「へぇー、森から脱出できたんだ? よかったわね」

 

 シリカに話かけてきたのは真っ赤中身を派手にカールさせた髪が印象的な女性、こいつがロザリアだった。キリトに視線を向けると、キリトも小さく頷いた。

 

「でも、今更帰ってきたところでもう遅いわよ。アイテムの分配は終わっちゃったからね」

「私は要らない、って言ったはずです! ―――もう、急ぎますから」

「あら? あのトカゲ、どうしちゃったの?」

 

 シリカがロザリアとの話を切り上げようとしたが、ロザリアの方は簡単に逃がすつもりはない様子で、シリカの傍にピナがいない事を指摘した。

 

「ピナは死にました。……でも! 絶対に絶対に生き返らせます!」

「へぇ……ってことは、《思い出の丘》に行く気なんだ。……でも あんたのレベルで攻略できるの?」

 

 シリカはロザリアを睨みつけて、宣言する。ロザリアは如何にも『痛快です』と言わんばかりに笑っており、次に小さく口笛を吹いた。

 

「できるさ、あそこはそんなに難易度の高いダンジョンじゃない」

「3人も居れば、安全マージンに関しては問題なしな」

 

 そこから先の言葉はキリトが紡いだ。もう見てられなくなり、シリカを庇うようにコートの陰に隠す。俺もキリトの横に立ち、横やりを入れる。ロザリアはあからさまに値踏む視線でキリトを、そして俺を眺め回し、赤い唇を再びあざけるような笑いを浮かべてた。

 

「へぇ……、あんたらも 沢山の男共と同じく、その子にたらしこまれた口? ん~~、見たトコ、そんなに強そうじゃないけど」

「………言いたい事はそれだけか? だったらさっさと退いてくれ、興味のない話を聞かされる程暇じゃないんでね」

 

 俺はキリトより少し前に出て、少しだけ挑発するように言った。先に挑発してきたのは向うからなんだから、少し位やり返しても罰は当たらないだろう。

 

「何ですって…」

「だから、退いてくれって言ってるんだ」

「ちっ」

 

 ロザリアは俺が何も言い返さないのに舌打ちをして、その場からこそこそと逃げていった。そして、俺達3人は、宿屋一階のレストランに入った。

 この風見鶏亭は一階がレストランになっているのだ。チェックインを済ませ、カウンター上のメニューをクリックしてそしてテーブルに俺とキリトが同じ向きの席に座り、シリカが反対側の席に着いた。

 

「さっきは助かったよ、サクラ。俺じゃ、あそこまで簡単にはいかなかっただろうから」

「別に、勝手に向う側が逃げていったんだ。俺は何もしてないよ」

「そっか、だったらまずは食事にしようか」

 

 丁度その時だった。ウェイターが湯気の立つマグカップ3つをもってきた。目の前に置かれたそれには不思議な香りが絶つ赤い液体が満たされている。パーティを結成した記念を祝して、とキリトの一声を訊き、シリカと俺もカップを掲げ、こちん……と合わせた。

 

「わぁ…。美味しいです。これ」

「ルビー・イコールだな、キリト、まだ飲み終わってなかったのか?」

「ルビー・イコール?」

 

 シリカはカップの中身を、口の中に一含みし、喉に通して、違和感を覚えたようだ。俺も一度キリトと飲んで以来、飲んでいなかったワインにも似た味の飲み物を言い当てた。シリカはこの飲み物の事をキリトに聞くと、キリトは笑顔で答えた。

 

「NPCレストランは、ボトルの持ち込みも出来るんだよ。俺の持っていた《ルビー・イコール》って言う飲料アイテムさ。カップいっぱいで、敏捷力(AGI)の最大値が1上がるんだぜ」

「え、ええ! そっ……そんな貴重なものを……」

「ん、酒をアイテム欄に寝かせてても味が良くなるわけじゃないしな。オレ……知り合い少ないから、ワインを開ける機会があまりないんだ」

「スルーかよ。まぁ、確かに知り合い少ないもんな、お前」

「サクラは黙っててくれ」

 

 シリカがカップをテーブルに置いて、申し訳なさそうな表情をした。そしてキリトは少しだけ おどけたように肩を竦める。俺はキリトの言葉に肯定したら、キリトから少しだけ睨みつけられてしまった。………解せぬ。

 

「……でも、なんで、あんな意地悪を言うのかな……。キリトさんやサクラさんは凄く優しいのに……」

「そうか、シリカはMMOを。ネットワークゲームはSAOが初めてなのか?」

「はい……そうです」

 

 キリトが聞くように、シリカは、このSAOが初めてだった。話題作だからやってみたい。と思ってのプレイだったのだろう。プレイの動機はさておき、MMO初心者だからこそ、その本質を知らない様なのだ。

 

「どんなオンラインゲームでも、人格が変わるプレイヤーは多少なりとも存在する。中には悪人を演じるやつもいるから」

「……サクラの話も、尤もだよ。俺達のカーソルは緑色だろ、だが、犯罪を行うと、カーソルはオレンジに変化する。その中でも、殺人、PK(プレイヤーキル)を犯した者は、レッドプレイヤーと呼ばれる」

「人殺しなんて……!?」

「本来のゲームなら、悪を気取って楽しむ事も出来た。でも、このゲームは遊びじゃないんだ……」

「……すまない」

 

 俺らが話す事をシリカはしっかりと聞いていた。聞きたくない部分もあるだろうか、それでも聞いていた。

 シリカに謝った。そして、俺達は顔を伏せた。そして、シリカはテーブルから身を乗り出しかねない勢いで立ち上がる。勢いで、勢いに身を任せ、心に思うままに言葉を発したように見えた。

 

「いいえ! お2人は良い人です! だって……だって!」

 

 シリカは、しっかりと俺達の目を交互に見て。

 

「だって、お2人は、私を助けてくれました! 私を、元気付けてくれました! 私の恩人なのですからっ!」

 

 その言葉に俺とキリトは少しだけ、心が軽くなったのを感じた。多分、それは本心から言ってくれた言葉だったのだからだろう。

 

「…これじゃ、どっちが慰めてるか、分からないな」

「そうだね、だけど、ありがとう」

「なっ……なんでもないですっ! あっあたし、おなか減っちゃって……チーズケーキ遅いですねっ!」

 

 シリカは、俺達を見た後、何故か顔が赤くなっていた。そして露骨に話題を逸らしてくる。

 

「あっ あの~~! まだなんですけどぉ~~!!」

 

 それから、シチューと黒パンを食べた。その様子は先程の暗い感じではなく、笑いながら雑談したり、俺達の事を多少教えたりなどと言った。ゆったりとした時間が流れた。

 

「あ、本当にチーズケーキ美味しいな」

「そうでしょ! ここのチーズケーキが私は好きなんですよ」

「うん、美味しいな」

 

 そんな感じに、チーズケーキも美味しく食べ終えた。大体、食事が終わったのが8時過ぎたくらいだったので、2階の寝室の方に移動した。2階は広い廊下の両脇にずらりと客室のドアが並んでいる。客室を選べるというシステムは備わっていないから、基本的に部屋位置はランダム仕様だ。俺とキリトは面倒だったため、一部屋しか借りず、ベッドはじゃんけんで決めようという感じになった。

 

「キリト、シリカに47層の説明をしなくてよかったのか?」

「あ、忘れてた…。シリカ呼んでくる」

「寝てたら、明日の朝で良いかな」

「そうだな」

 

 俺はシリカに47層の説明を忘れていたことをキリトに伝えると、キリトも忘れていたのか、今からキリトはシリカを呼びに行った。それから、5分も経たない内に、キリトとシリカは部屋の中に入ってきた。

 

「ん? どうした?」

「何でもないです」

「そっか、それなら良いけど」

「そ、それより、47層の説明ってどうすんですか?」

 

 俺はシリカの顔が少し赤かったので、聞いてみると、何でもないと言われてしまった以上、これ以上は何も言えなかった。そして、シリカはどうやって47層の説明をするのか気になる様だ。俺は椅子に座って、結晶アイテムを取り出して、使用した。

 

「わぁ……綺麗です。なんですか? それは」

「これは、《ミラージュ・スフィア》って言うアイテムだよ」

 

 俺は水晶を指でクリックするとメニューウインドウを呼び出す。そして、手早くOKをクリックすると……球体が青く発光し、その上に大きな円形のホログラフィックが出現した。どうやら、アインクラッドの層ひとつを丸ごと表示しているらしい。街や森、木の一本に至るまで微細な立体映像で描写されている。システムメニューで確認できる簡素なマップとは雲泥の差だ。

 

「うわぁぁ……」

「綺麗だろ、だけど、見惚れるのは後だ。47層の説明をしていくぞ」

「あ、はい」

「俺の補足説明もあるし、大丈夫だろう」

「あぁ、任せてくれ」

「説明は頼んだ」

 

 それから、キリトは指さしながら、47層の事をシリカに教えていく、俺はキリトの言葉が分かりにくい所などに補足して、説明や、解説を入れていく。そして、話が半分を越えた所で、俺は右手を上げてた。それはキリトに対する合図でもあった。

 

「誰だ!」

 

 キリトは合図をきちんと理解して、行動に移した。

 

「聞かれてたようだね」

「そうだな」

「追おうか?」

「いや良い、俺はメッセージを送る」

「了解」

 

 キリトは依頼主にメッセージを書き始めた。俺はその間、ドアを閉めて、周囲の警戒をしていく。

 

「えっ……で、でもっドア越しになんて……ノックもありませんでしたし、声は聞こえないんじゃ……」

「聞き耳スキルだ。あのスキルは熟練度が高ければ、迷宮区の隠し扉の内側の声も聞き取れるんだ。まあ、真っ当な理由であんなスキルを入れてるプレイヤーは少ないだろうけどな」

「え、そうなんですか?」

 

 それから俺は立って、何時でも動ける状態を作っておく、キリトもメッセージを打ちながら、シリカに背中を見せてゆく。それから、数分も経たぬうちにベットから寝息が聞こえてきた。そして、床にごろ寝し、目を瞑って眠る体制を整えた。そして、ゆっくり意識が落ちて、眠っていく。



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黒の剣士とおまけの主人公

 それから、昨日食事した下のレストランで朝食を食べてから、35層の転移門がある場所まで移動する手前に回復アイテムの補充を行った。まあ、殆ど使用していないから、買わなくても良いかも知れないが、シリカは買っておいて損は無いだろう。

 

「それじゃ、47層に行こうか」

「はい、あ、でもどこに転移すればいいんでしょうか?」

「転移、フローリア」

 

 光に包まれた瞬間 一瞬の転送感覚に続き、エフェクト光が薄れた途端、俺達の視界に様々なな色彩の乱舞が飛び込んできた。

 

「うわぁぁ………! すごい、……とても綺麗、です」

「まあ、この層は通称、フラワーガーデンと呼ばれてるんだ。街の中だけじゃなく、フロア全体が花だらけなんだ。時間があったら、北の端にある《巨大花の森》にも行けるんだけどな」

「終わってから行くのは流石に時間が少ないし。まあ、花を愛でるなら、一瞬いっただけじゃ物足りないだろう?」

「あはは……そうですね? それはまたのお楽しみにします!」

 

 シリカはまだまだ素敵な場所があると言う事を聞いて、少しだけそれが気になっているような感じで、今は目の前に広がる花壇へと足を運び、そこにしゃがみ込んだ。

 

「それじゃ、早速、思い出の丘に向かおうか」

「はい!」

 

 シリカは花を見るのをやめて、立ち上がった。そして、俺達は街道から離れ、フィールドに出て一呼吸置いた。その先に広がっている広大なフィールドの先に 今回の目的地、そして目的のモノがあるのだから。

 

「シリカにこれを渡しておくよ」

「これって、転移結晶ですか?」

「……フィールドでは、何が起きるかわからない。だから、もし予想外の事態が起きて、オレかサクラが離脱しろって言ったら必ずその結晶で何処の町でも良いから跳ぶんだ。オレとサクラの事は気にしなくて良いから」

 

 俺がシリカに手渡した物は水色の鮮やかなクリスタルで、多分、何度もお世話になったアイテム、転移結晶で、シリカは不安そうに受け取った。キリトも俺と同じ考えだったようで、俺の代わりに説明してくれた。

 

「あ、でも……」

「俺達なら、大丈夫だ」

 

 キリトはシリカの頭を撫でた。震えているのが判ったから、安心できるように。

 

「だから、約束してくれ。……オレは」

 

 キリトは……少し辛そうな表情を作る。

 

「オレは、一度パーティを壊滅に……壊滅にしかけたんだ。二度と同じ間違いは繰り返したくないんだ」

「あっ」

「キリト、傍にいるから、だから安心しろ」

「…ありがとう、サクラ」

「サクラさん、…キリトさん」

 

 キリトの言葉に、俺は肩に手を置いて、静かに言う、シリカは俺達の方を向いて、心配していた。そして、俺、シリカ、キリトの順番で進んでいった。その途中、シリカがキリトに話しかけた。

 

「あ……あのっ。キリトさん」

「妹さんのこと、聞いて良いですか……? 現実の事、聞くのはマナー違反だってわかっているんですけど……その、私に似ているって言う妹さんの事……」

 

 キリトは一瞬顔をしかめたが、直ぐにふぅ……とため息を吐く。

 

「……仲はあまりよくなかったな……」

 

 ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「妹って言ったけど、本当は従妹なんだ。事情があって、彼女が生まれたときから一緒に育ったから向こうは知らない筈だけどね。でも そのせいかな……どうしても俺の方から距離を作っちゃってさ。顔を合わすの……避けていた」

 

 嘆息……微かにだが、キリトから伝わってきた。懊悩を抱えている、と思っていたから。

 

「……それに 祖父が厳しい人でね。オレと妹は、オレが8歳の時に強制的に近所の剣道長に通わされたんだけど、オレはどうにも馴染めなくて2年で止めちゃったんだ。じいさんにそりゃあ殴られて……。そしたら妹が大泣きしながら『自分が2人分頑張るから叩かないで』 って俺を庇ってさ。オレはそれからコンピューターにどっぷりに なっちゃったんだけど、本当に妹は剣道打ち込んで、祖父が亡くなるちょっと前には 全国で良いトコまでいくようになっていた。……きっと、じいさんも満足だっただろうな……。だから、オレはずっと彼女に引け目を感じていた。本当はあいつにも他にやりたい事があったんじゃないか、俺を恨んでいるんじゃないかって。そう思うとつい余計に避けちゃって……そのまま、SAOここへ来てしまったんだ」

 

 キリトは言葉を止めると、そっとシリカの顔を見下ろした。

 

「だから、君を助けたくなったのは、俺の勝手な自己満足なのかもしれない。妹への罪滅ぼしをしている気になっているのかもしれないな。……ごめんな」

 

 俺は一人っ子だったから、キリトの言う事は完全に理解できなかった。

 

「……妹さん、キリトさんを恨んでなんかいなかった、と想います。何でも好きじゃないのに、頑張れる事なんかありませんよ。きっと、剣道、ほんとに好きなんですよ。好きに、なったんだと思いますよ!」

「ははは……。なんだか、オレばかり慰められてばかりだな。……そうかな。そうだと良いな」

 

 シリカの励ましによって、キリトの表情が柔らかく、先ほどよりも良い顔になった事は理解できた。

 

「あの、サクラさんの方を聞いても良いですか?」

「まあ、キリトの事を聞いたし、俺も言わないとフェアじゃないかな?」

 

 そして、俺はゆっくり、話し始めた。

 

「現実では、両親は小学校高学年の頃に亡くなったんだ。交通事故だった」

「え…」

「あぁ、もう過去の事だし、受け入れてるから、悲観に思わなくていいよ」

「そ、そうなんですか?」

「まあ、もう数年は経ってるし、心の整理はついてる」

「サクラ、サクラはその髪って自分の意思で伸ばしてるのか?」

 

 俺の言葉に、シリカは聞いてはいけない事を聞いたのかと思ったのか、表情を暗くする。俺自身はもう受け入れた事なのに、そう悲観にされるたくはなかった。そして、キリトは俺の髪の毛を聞いてくる。

 

「しょうもない話だけどね。両親が亡くなってから、学校とか不登校になってね。引き籠りになったんだ。まあ、その引き籠りも小学卒業位まで続いてたんだけど、叔母さんに盛大な説教されて、中学からきちんと学校に行き始めたんだけど、髪切るの面倒になって、そのまま放置してたんだ…。そして、SAOに入る頃には髪を伸ばすのが当たり前になってたんだ。これが髪を伸ばしてた理由、だけど、もっと理由を付けるなら、この髪は両親と同じ髪色だったからね、それを大事にしたかったってのもあると思う。しょうもなかっただろ」

「しょうもないなんて思いません、私の言葉なんて軽いものだと思いますけど」

「サクラ、話してくれて、ありがとう」

「キリト、シリカも、お礼なんて言わないでくれ、俺が喋りたくて喋っただけなんだ」

 

 俺の話も終わり、そのまま、何事もなく道を進んでいたが、暫くしての事。

 

「きゃっ!! きゃあああああああああッ!!!! なにこれーーーーー!!!」

 

 それは、フィールドを南に歩いていた時の事だ。サクラが、まずモンスターを発見、確認した。まだ、遠くで強さもこの層で一番弱い。

 その情報を知ったシリカは気合十分だった。短剣を片手に『任せてください!』と一言いうと、草むらに自ら入って言ったのだ。そこで、俺はフラグが立ったかって思った。

 

「やあああああっ!! こないでっ!! こないでぇぇぇ!!!」

 

 草むらのせいで、相手の姿がよくわからなかった。否、草に上手く隠れていたから全体が見えなかったんだ。

 だが、その姿はそう、もう一言で言えば、《醜悪》。人食いの様な巨大な口に牙……茎もしくは胴のてっぺんにはひまわりに似た黄色い巨大花。その口の動きはまるで、ニタニタ笑いを浮かべているようで。更には無数の触手を振り回していたのだ。

 シリカは、その姿を確認したその瞬間。体が固まった。そして、その固まった間に、その触手にシリカは捕まってしまったのだ。その触手の感触から生理的嫌悪を催させた。

 

「シリカ、そいつ、すっごく弱いから、花の下の白っぽくなっているとこが弱点だから」

「やっ! やだぁぁぁっ!」

 

 そしてその間に、持ち上げられて頭を下にして宙吊りにされてしまった。逆さまに釣り上げられてしまったから、シリカのスカートが捲れてしまったのだ。

 

「み、見ないでください! 見ないで助けてください!」

「………それはちょっと難しいな、サクラ、頼めるか?」

「はいはい」

 

 俺はシリカの方から視線を逸らして、キリトに話しかけた。キリトの方は、顔を手で覆い、見ない様にしていた。そうして、キリトからの要望があり、目を閉じて、聴覚に意識を集中した。

 

「こっ! このっ!! いい加減にっっしろっっ!!!」

 

 俺が攻撃しようとしたところ、シリカから、大きな声が上がり、そして、ソードスキルが発動した音と、モンスターが消滅した音が聞え、最後に着地音が聞こえきた。

 

「…見ました?」

「見てない」

「攻撃するだけなら、見なくても出来るから、見てない」

「む~~………」

 

 キリトは目を手で隠しながら、見てないと言い、俺は目を閉じたまま、シリカの方を向いた。音で居場所が分かるから、何の問題もなかった。

 その後、シリカは、俺とキリトのアシストもあり。全く問題なくモンスターたちを倒していった。そして、レベルも着実に上がる。経験値は、モンスターに与えたダメージの量に比例する。だから、2人のアシストは主にサクラが盾で防御して、キリトが、シリカにモンスターの弱点や性質を教えて、効率よく狩れる様にアドバイスもしていた。

 そして、幾度となく、モンスターを撃退していくが、この層のモンスターで俺が一番、気持ち悪いと思ったイソギンチャク型のモンスターにシリカが巻き付かれ、キリトが助け出した。

 

「うぅ~………。ホントに、気持ち悪いです」

「この層はイソギンチャク以上に気持ち悪いのは居ないと思うぞ」

「まあ、あれは俺も触れたくないな」

「それは感性が普通な人間なら、当たり前だろうな…」

 

 俺もキリトも出会った事はあるが、巻き付かれたことはない。生理的嫌悪感が出るのは何もシリカだけじゃないと言う事だろう。

 

「ほら…」

「あっ…… ありがとうございます……」

 

 キリトが、手を伸ばした。ずっと座り込んでいたら、危ないから。ここはフィールドなんだから、いつ次の相手が襲ってくるか判らないからだろう。

 

「それに、目的地も見えたみたいだよ」

「じゃあ、あそこに……」

「真ん中辺りに岩があって、そのてっぺんに」

 

 キリトが指をさした。シリカはそれを聞いた途端に走り出した。もう、待ちに待ったから。そして、シリカがその中心に行くと。

どうやら、シリカが、ビーストテイマーだと認識したようだ。柔らかそうな草の間に一本の芽が伸び、シリカが視線を合わせるとフォーカスシステムが働き、更に細部に至るまでわかる。

 若芽はくっきりと鮮やかな姿へ変わり、先端に大きなつぼみが出来た。

 それは……ゆっくりと開き、真珠の様な雫が生まれた。

 シリカは、それに手を伸ばす。絹糸の様に細い茎に触れた途端、氷の様に中ほどから砕け、シリカの手の中には光る花だけが残った。

 そして、そのアイテム名は。

《プネウマの花》

 

「これで……ピナを生き返らせれるんですよね……」

 

 シリカは、今日一番の……幸せそうな笑顔を見せ、そう聞いた。

 

「ああ」

「……その雫を心アイテムにに振り掛ければ良い。だけど ここは強いモンスターが多いからもうちょっと我慢して急いで戻ろう」

「はいっ!」

 

 無事にプネウマの花を入手した後。転移結晶で一気に飛んでしまいたかったが、徒歩で帰る事にした。転移結晶は、高価なものだからギリギリの状況で使うべきものだからだと判断したからだ。

 

「シリカ、待って」

 

 俺の言葉と共に、俺とキリトは一瞬で表情が変わった。そして、橋の奥川を睨みつけていた。

 

「え……? ど、どうしたんですか?」

「そこで待ち伏せている奴……出てきたらどうだ?」

「えっ………?」

 

 シリカは何を言っているのか分からなかったのか、戸惑っていた。俺はすぐさま、周囲の警戒に移った。

 

「ろ……ロザリアさん……!? なんで……こんなところに……?」

 

 そして、橋の奥にある木の後ろから、赤髪の女性が出てきた。それは、シリカの知り合いで、俺達が追っていたギルドに所属しているプレイヤー、ロザリアだった。

 

「ふふ、アタシのハイディングを見破るなんて、なかなか高い索敵スキルね、お2人さん。少し侮っていたかしら? その様子だとどうやら、首尾よく《プネウマの花》をゲットできたみたいね? おめでと。シリカちゃん」

 

 シリカは、ロザリアの真意がわからないようで、思わず本能的に後退っていた。その表情に、言動に 嫌な気配を感じたからだ。

 

「それじゃ、その花、渡してちょうだい?」

「な、何言っているんですか?」

「このアイテムを渡すわけにはいかないな」

 

 ロザリアは太々しく、プネウマの花を渡せと言ってきた。俺はシリカの一歩前に出て、シリカを庇うようにした。

 

「サクラの言う通りだ。このアイテムは、今 この子に必要なものなんでね。ロザリアさん。いや――、犯罪者ギルド≪タイタンズハンド≫のリーダーさん、と言った方がいいかな?」

 

 キリトのその言葉で笑みが、完全に消え眉がピクリと上がった。相手からすれば、それほど驚く事だったのだろう。

 

「え、でも…… オレンジは街に入れないんじゃ」

「あぁ、それは間違ってないよ。だけど、ああ言う連中は、ずる賢さだけは人並み以上にあってね。全員が犯罪者カラーじゃない場合があるんだ。グリーンメンバーが街で獲物を品定めする場合がある」

「そして、パーティで紛れ込んで待ち伏せポイントに誘導するんだ。昨日のオレ達を盗聴してたのもアイツの仲間だろう」

 

 俺とキリトの推察を黙って聞いていたロザリアは、ゆっくり怪しい笑みを浮かべた。それは俺とキリトの推察が当たっているという事を示していたんだと思う。

 

「まさか……、この2週間同じギルドにいたのって……?」

 

 シリカも聞いて、何か思い当たったのか、言葉を出した。

 

「そうよォ。あのパーティの戦力を評価すんのと同時に、冒険でたっぷりお金が溜まって、美味しくなるのを待ってたの。本当なら今日にもヤっちゃう予定だったんだけどー」

 

 シリカの顔を見つめながら、ちろりと舌で唇を舐めた。俺はその行動の一つ一つが嫌悪感を呼ぶ。

 

「一番楽しみな獲物だったアンタが抜けちゃうから、どうしようかと思ってたら、なんかレアアイテムを摂りに行くって言うじゃない? それに、今が旬だからとってもいい相場なのよね。《プネウマの花》は。情報はやっぱり命よね~」

 

 そして、そこで話を切って、俺とキリトの方を向いた。

 

「でもさぁ……そこまで気がついててノコノコその子に付き合うなんて……馬鹿? それとも身体でたらしこまれちゃったの? アイドルちゃんだからね~?」

「どっちでもない、俺達もあんた達のギルドを探してたんだよ」

 

 キリトはそう言った。ロザリアは意味が解らなかったようだ。

 

「……どういう事かしら?」

「アンタ、10日前に≪シルバーフラグス≫って言うギルドを襲ったな? メンバー4人が殺されて、リーダーが、そして街で待機していたプレイヤーだけが生き残った」

「………ああ、あの貧乏な連中ね」

「リーダーだった人は、泣きながら毎日朝から晩まで、最前線のゲート広場で仇討ちをしてくれる奴を探していた。……それに、リーダーは共に言ったんだ。アンタ等を殺さず、黒鉄宮の牢獄へ入れてくれってな。―――あんたに奴の気持ちが解るか?」

 

 キリトの言葉の節々に、静かな怒りが宿っているのを理解した。そして、俺も怒りが宿っていく。

 

「わかんないわよ」

 

 めんどくさそうにロザリアは答えた。

 

「何? マジになっちゃって馬鹿みたい。ここで人を殺したって ホントにその人が死ぬ証拠なんてないし。そんなんで 現実に戻ったとき 罪になるわけないわよ。だいたい、戻れるかどうかもわかんないのにさ。正義? 法律? 笑っちゃうね、アタシそう言う奴が一番嫌い。この世界に妙な理屈を持ち込む奴がね」

 

 ロザリアの目は凶暴そうな光を帯びた。

 

「んで? あんた、その死に損ない共の言う事真に受けたの? それでアタシらを探してたわけだ。それもたった2人でギルド1つを? ははっ、随分と暇なんだねー。それに……。あんた達2人のまいた餌にまんまと釣られちゃったのは認めるけど、たった2人で何とかなると思ってんの? あたし達、《タイタンズハンド》をさぁ……?」

 

そして、卑しい笑みを浮かべ……右手の指先が素早く二度中を仰いだ。それが合図だったようだ。途端に向こうへ伸びる道の両脇の木立が激しく揺れた。その瞬間には次々と人影が現れた。

 

「に……人数が多すぎます……脱出しないと……」

「大丈夫だ。キリト…」

「俺が前に出る。サクラは周囲の警戒、もしシリカの方に来たら、シリカが逃げるまでの時間を稼いでほしい」

「分かってる。しくじるなよ」

「誰に言ってんだ」

 

 俺は一歩後ろに下がり、シリカの横に移動した。そして、キリトは橋の中央の手前まで歩いて行く。

 

「そ……そんなっ! たった1人でなんて……無茶ですっ!」

「何かあったら、オレも行くから安心してくれ。ただ、転移結晶だけは準備していてくれよ?」

「で……でもっ!」

「大丈夫だ、あの程度の連中にキリトはやられたりしないよ」

 

 俺はシリカを宥める様にゆっくりと言った。それを見ていた男達はキリトを見て暫く下衆な笑みを浮かべていのだった。

 

「キリトさん!!」

 

 シリカの大声を聞いた。男達が何か思い出したように言葉を出していく。

 

「キリト?」

「盾無しの片手剣士(ソードマン)。……黒の剣士!?」

「やばい、ロザリアさん。こいつ……βテスト上がりの……こっ攻略組だ……!」

 

 完全に思い出した1人の男が急激に顔を蒼白させ、数歩後退った。男の言葉を聞いたメンバーの顔が一様に強張った。驚愕したのは……シリカも同じだった。

 

「なんで、ここに攻略組が!?」

「落ち着きな! 攻略組がこんなところにいる訳ないじゃない! どうせ、名前を語って、驚かそうとしている奴に決まってるわよ! それに……万が一にでも本物だったとしても、こっちは15人もいんのよ! この人数なら、黒の剣士だろうが余裕だわ!」

「そ……そうだ! 攻略組ならすげえ金とかアイテムとか持ってる! それがたった2人だぜ!? オイシイ獲物じぇねえか!!」

 

 そうして、ロザリアを除いた、14人は汚い声と共にキリトに攻撃をしていく、キリトは立ち止まったまま、何もしようとしない。まあ、する必要が無いだけだが……。だけど、シリカ冷静に見れていないのか、短剣を取り出して、キリトを助けに行こうとした。

 

「だめえええええ!!!キリトさん!!!!!!!」

「シリカ、落ち着いて。キリトのHPバーを確認してごらん」

 

 俺はシリカの肩を掴んで、助けに行こうとしているシリカを止めた。そして、キリトのHPを見せることにした。

 

「え……。HPが減ってない?」

「減ってない訳じゃないよ。バトルスキル、バトルヒーリングによる自動回復で、攻撃を回復してるだけ。それに約10秒間で400って所かな?」

 

 やがて、攻撃を加えていた男達もこの異常な状況に気がついた。そして、ロザリアも戸惑いを隠せなかった。

 

「あんたら! なにやってんだ! さっさと殺しな!」

 

 苛立ちを含んだロザリアの命令に再び剣を構えたが。

 

「約10秒間に400、それがあんたら全員が俺に与えるダメージの総量だ。俺のレベルは78、HPは14500。バトルヒーリングの効果によって、10秒間に600ほど自動回復するから、何時間攻撃しても俺は倒せない」

「そんな、そんなのアリかよ」

「ありなんだよ、たかが数字が増えるだけで無茶な差がつく、レベル制MMOの理不尽さなんだ!」

 

 キリトに攻撃をしていた盗賊達の攻撃が止んだら、キリトがさっきの攻撃したダメージを言った。ダメージは俺の見立てと同じだった。そして、レベルとHPとスキルを教えた。そして、結晶アイテムを取り出して、目の前で使用した。

 

「これは俺の依頼人が全財産をはたいて買った回路結晶だ。全員これで牢屋に跳んでもらう」

「て、転」

「やらせるわけないだろ」

 

 ロザリアが転移アイテムで逃げようとした瞬間、俺は剣を落として、投剣アイテムでロザリアの転移結晶を砕いた。

 

「な!」

「サクラ、GJ」

 

 それを見た盗賊達は完全に戦意喪失して、武器を落として、キリトが使用した回路結晶の中に入っていく。ロザリアは何かキリトに言っていたが、1日~2日のオレンジなんて俺達ソロには関係ない故、牢屋に放り投げた。

 

「………俺が、怖いか?」

 

 キリトがシリカにそう聞くと、シリカは首を思いっきり横に振って、否定する。

 

「ちが……違いますっ……。その――あ……足が動かないんです……」

「……ごめんな。シリカ。君をおとりにするようになっちゃって。本当は、直ぐに言うつもりだったんだ。でも……君に怖がられてしまうと思ったら、言えなかった」

「すまない」

「いえ、そんな……大丈夫……です。だって……だって……」

 

 シリカは、ぎゅっとキリトの手を握りそして、サクラの方も見て。

 

「お2人のおかげで……私も、ピナも……助けてもらい、ました。……命の……恩人なんですから……」

 

シリカは笑顔で、必死に笑顔を作って……笑おうとしていたが、まだ、身体が震えており、恐怖心が残っている様子だった。俺とキリトは頭を下げて、謝罪した。怖がらせるような事をしたのは本当だったからだ。

 そして、俺達は35層の風見鶏亭に戻った。

 

「あ、あの、キリトさん、サクラさん。……やっぱり 行っちゃうんですか………?」」

「まあ、最前線から5日も離れちゃったしな。すぐに戻らないと」

「そう、ですよね………」

 

 キリトの言葉に俺も頷く、これ以上は最前線から離れたら、次のボス攻略や、レベル不足になるだろうから。

 

「あ、あたし」

「レベルなんて、所詮は数字だ。……この世界での強さは単なる幻想に過ぎない。そんなものよりもっと大事なものがある。だからさ、次は現実世界であろう。そうしたら、きっとまた同じように友達になれるよ。オレ達は頑張るから」

「俺も現実世界でもう一度、友達になろう」

「はいっ。きっと―――きっと」

 

 キリトはシリカが言いたい事を感じ取ったのか、先回りでシリカが欲しいと思った言葉を言っていった。俺もキリトと同じ考えだったので、頷いた。シリカの表情も泣きそうな顔から、笑顔になっていた。

 

「さ、ピナを呼び戻してあげよう」

「はい!」

 

 シリカは頷き、左手を振ってメインウインドウを呼び出した。アイテム欄をスクロールし、≪ピナの心≫を実体化させる。ウインドウ表面に浮かび上がった水色の羽根を備え付けのテーブル上に横たえ、次に≪プネウマの花≫も呼び出した。

 

「……その花の中に溜まっている雫。それが蘇生の要だ。それを≪心≫に振り掛けるんだ。それで、魂は……≪ピナ≫はシリカの元に戻ってくる。……大丈夫。もう、シリカから離れる事は無い」

「は、はいっ 判りました……」

 

 シリカは、そのまま右手の花をそっと……羽根に向かって傾けた。光で部屋が包まれる。まるで……天国の扉が開いたかの様な暖かい光が降り注ぐ。俺はその光景が、本当に暖かく、心まで癒してくれる様な光景が目の前に広がると同時に、この冒険の幕は下ろされたのだった。



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圏内事件・開始

 ピナの蘇生から約1週間後の2024年3月6日、56層フィールドボス攻略会、地図を見える範囲に突っ立ってる俺は、何だが雲行きが怪しくなってきたと思ってきた。

 

「フィールドボスを、村へと誘い込みます」

 

 栗色のロングへアー。その容姿は誰もが見惚れるもので、美しいという以外の言葉が見つからない程のモノ、現に彼女のファンだと言う者は、多い。……が、その凛とした佇まいから 高嶺の花として見られている部分が多い。

 血盟騎士団副団長・アスナ、通称、閃光。そして、攻略の鬼と密かに呼ばれてる、彼女だ。彼女が25層以降、血盟騎士団に所属しているのは知っているし、その事をお祝いした事もある。キリトはその時いなかったけど。

 

「ちょ、ちょっとまってくれ、そんな事をしたら村の人が……」

「それが狙いです。ボスがNPCを殺している間にボスを攻撃、殲滅します」

 

 攻略会議でアスナの作戦に異議を唱えたのはキリトだった。NPCの事を気にかけている様子だった。

 

「NPCは岩や樹みたいな、オブジェクトとは違う! 彼らは………」

「生きている。…とでも? あれは単なるオブジェクトです。例え殺されようと、またリポップするのだから」

「……俺はその考えには従えない」

「今回の作戦は私、血盟騎士団副団長のアスナが指揮を執ることになっています。私の言う事には従ってもらいます」

「アスナ、俺も流石にその作戦には従えない」

 

 キリトの発現にもアスナは冷静に、と言うか冷徹な感じの言葉を言っていた。流石に、心情的に今回の作戦には俺も従えるものではなかった。

 そして、フィールドボス攻略から、約1ヶ月が経った、2024年4月11日。最前線の59層、

 

「サクラ、一緒に昼寝しないか?」

「まあ、今日は良い日差しと風だし、外で寝るのは良いのかもな」

「だろ? あそこの木の下とか良さげじゃね?」

「でも、アイテムの補充してからな」

「分かった。それじゃ、先に寝とくわ」

「了解、また後で」

「あぁ、また後で」

 

 俺はキリトと話して、今日の攻略はお休みして、昼寝をすることにした。まあ、俺はその前にアイテムを補充しに、街の雑貨屋に向かって行った。

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

「結構時間かかったな。キリトの事だから、まだ寝てるだろうけど」

 

 そう呟いて、昼寝の場所に行くと、キリトの横で眠っているアスナを見つけた。………どういう状況なの? キリトは良い顔で寝てるし、アスナはアスナで無警戒に寝てるし。キリトは索敵スキルで警戒してるから、問題ないけど、アスナって、索敵スキル持ってたっけ? 持ってなかったら、俺寝れなくね? まあ、別に良いんだけど。

 

「昼寝は諦めるか………」

 

 2人が見える様に、木を背に座り込んだ。そして、暇潰しに投剣スキルを上げるために、投剣でお手玉を始めた。こんな行動で投剣スキルの熟練度が上がるのかと思われるだろうが、1時間で1~2程度は熟練度が上がるので、結構ありがたい。だけど、もう俺の投剣スキルって、熟練度Maxなんだよな…。

 

「やる意味ないよな。暇潰しだけど」

 

 ため息をつきながら、投剣をアイテムボックスに戻して、俺は空を見上げる。それから2時間くらい経ち、キリトは身体を起こして、伸びをした。

 

「キリト、おはよう。この状況の説明してくれない?」

「サクラ、おはよ。この状況って??」

「隣見てみ」

「…え? 何で?」

 

 俺は状況の説明を求めたが、キリトは何を言っているんだと思ったのか、首を傾げた。だから、俺は隣で寝ている人物に指を向けた。

 

「それは俺が聞きたいよ。補充が終わってここに来てみれば、良い表情で寝てるキリトと、無防備で寝てるアスナが居たから、俺が周囲の警戒しておいた」

「あ~、サンキュー」

「どういたしまして」

 

 それから、俺とキリトはアスナが目覚めるまで、アスナが見える位置で周囲の警戒と、話しをしていた。そして、何も話す事が無くなり、それ以降、多少の会話はあったが無言が続いた。

 

「起きないね」

「あぁ、ぐっすり寝てるな」

「そうだね。それにしても、日が暮れてきたな」

「あぁ、もう夕暮れだな」

「キリト、俺、帰るわ」

「逃がすか!」

 

 夕日が降りてきた頃、俺はキリトに帰ると伝え、腰までの高さの塀から立ち上がったところで、キリトが俺の腰に腕を回して、逃がさない様にロックした。

 

「やめろ、俺にそんな趣味はない!」

「俺だってないよ!」

「くしゅん」

 

 俺達はアホなやり取りをしていたが、アスナのくしゃみで聞えたので、キリトは腕を外して、俺はため息をついて、キリトの隣に座り直した。

 

「ん? あ?」

 

 アスナはまだ寝ぼけているのか、寝ぼけた様な目で周囲を見渡していき、キリトと俺を見つけると、一瞬で目が覚めたようだった。

 

「な、ど、ど」

「おはよ、よく眠れた?」

「おはよう」

 

 アスナは動揺して、言葉が出なかった。キリトと俺は呑気に挨拶をした。アスナは恥ずかしくなったのか、立ち上がり、レイピアに手を乗っけた。それを見た瞬間、俺とキリトは塀から下りて身体を隠し、キリトだけ顔だけを出した。アスナは恥ずかしそうな表情をしながらも、レイピアから手を離してくれた。だけど、レイピアを握りたそうにしていた。

 

「ご飯一回」

「は…?」

「ご飯、なんでも幾らでも一回、奢る。それでチャラ! どう?」

 

 キリトはポカーンとした表情だったが、その申し出を受けた。俺は塀から顔を出さなず、匍匐前進で逃げようとしたが、残念ながら、俺も奢りの対象に入っていたようだ。

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

そして、57層、マーテンの街にあるレストランに、アスナが座り、キリトと俺が横並びに座っていく。

 

「2人とも、まあ、今日はありがとう」

「ん?」

「周囲の警戒、眠っているプレイヤーのガード、多分この2つの事だろ、キリト」

「あぁ、そっか、その事か」

 

 キリトは何故、アスナが俺たちにお礼を言っているのか、分からなかったらしい、鈍感ですね…。俺はキリトにアスナがお礼を言った理由を教えると、納得した。

 

「街の中は安全な圏内だから、誰かに攻撃されたり、プレイヤーキルされることはないけど。眠っている間だけは別だし」

「あぁ、デュエルを悪用した睡眠PK。普通、デュエルは腕試しに行われるけど、その間は圏内だろうがHPは減るし、ダメージは受けるからな」

「眠っている間にデュエルを申し込んで、勝手にOKボタンをクリック。そのまま一方的に攻撃を…。なんて実際に事件に起きたし」

「鍵開けスキルとかで、部屋の中に入ってきて、PKするプレイヤーも居たしね」

 

 そして、プレイヤーキル、通称、PKと呼ばれる手法の一つが今回のお昼寝で起こる可能性が在った事を思い出していた。

 

「だから、その…、ありがと」

「ま、まあ、その、どういたしまして」

「別に良いよ。どうせ今日はオフだったんだし」

 

 アスナはもう一度、お礼を言うと、キリトは戸惑いながらも返事を返して、俺も何でもない様に言い返した。そして、その場が無音になった。

 

「きゃああぁぁぁ!!」

 

 外から悲鳴が聞こえてきた。それを聞いた俺達3人は椅子から飛び上がり、レストランの外に出て、悲鳴の方に向かった。

 

「「「!!」」」

 

 悲鳴は広場から聞えてきた。その場に到着し、俺達3人は周囲を見渡すと、教会の窓からロープで括られた鎧姿の男性プレイヤーが居た。そして、そのプレイヤーの胸ら辺に長い剣か、槍みたいな武器が突き刺さっていた。建物の下に居たプレイヤーたちは驚愕な表情をしていた。

 

「早く抜け!」

「その武器を、抜くんだ!」

 

 キリトと俺の声を聞いた男性プレイヤーはこちらを見て、武器を抜こうとするが、抜けないような作りで出来ているようだ。

 

「君達は下で受け止めて」

「分かった」

 

 アスナはそう言って、建物の中に入っていき、俺とキリトはプレイヤーの下に向かって走り出した。

 

「待ってろ!」

 

 キリトが声を掛ける、プレイヤーも武器を抜こうとするが、間に合わず、鎧と一緒にポリゴンになった。そして、プレイヤーに刺さっていた槍と、プレイヤーを吊り下げていた縄だけが残った。

 

「あ、あああぁぁぁ!!」

「デュエルのWinner表示を探して!!」

 

 悲鳴が聞えながらも、俺は大きな声を出して、周囲に居るプレイヤーたちに指示を飛ばした。圏内でプレイヤーを殺せるの方法は、さっき話していたデュエルを使用した方法以外に俺は知らないからだ。

 

「中には誰も居ないわ」

「そっちもその場所から、Winner表示を探してくれ!」

「分かったわ」

 

 だけど、その場に居た他のプレイヤーも一緒になって探しても、デュエルのWinner表示は何所にもなかった。俺は下に落ちた槍を拾い、キリトと話して、アスナが居る場所に向かった。

 

「どういう事だ、これは…」

「普通に考えれば、デュエルの相手が被害者の胸に槍を突き刺して、ロープを首に引っかけて、窓から突き落とした。って事になるのかしら?」

「でも、Winner表示が何処にも出なかった」

「うん、周囲を見渡したけど、何処にも、誰にもWinner表示は出ていなかった」

「あり得ないわ。圏内でダメージを与えるにはデュエル以外の方法は………」

 

 そう、先程の話の通り、デュエル以外にダメージを与える方法は無いはずだ。アスナも、それが分かっているのか、その先は口に出さなかった。

 

「どちらにしても、このまま放置は出来ないわ」

「あぁ」

「そうだ。もし、新しい圏内でのPK技を誰かが見つけたんだとしたら、圏外だけじゃなく、圏内も危険だと言うことになる」

「そうだな」

 

 アスナの言葉に俺達は頷く、それは新たなPK技を発見したんだとしたら、俺の言ったように圏内でも殺人をすることが出来るからだ。

 

「前線を離れることになっちゃうけど、仕方ないか」

 

 そして、俺達の所にアスナが寄ってきた。

 

「なら、解決までちゃんと協力してもらうわよ。言っとくけど、昼寝の時間はありませんから」

「してたのはそっちの方だろ」

「あ、馬鹿」

 

 アスナが昼寝の事を持ち出すと、キリトは素で言い返した。俺はそれを聞いて、キリト、やっちまったなと思いながら、キリトの小さな悲鳴を聞き流した。

 

「サクラ君は?」

「勿論、手伝うよ」

 

 俺達は建物から下りた。

 

「すまない、さっきの一件を最初から見ていた人、居たら話を聞かせて欲しい」

 

 キリトの声で、下に待っていたプレイヤーたちは仲間同士を見て、見ていたか? とか、お前こそなどと言う声が聞えてきた。この調子なら、誰も最初から見ていた人は居ないのかもしれない。そう思っていたら、一人の女性プレイヤーが俺達の前に出てきた。

 

「ごめんね、怖い思いをしたばっかりなのに。貴女、お名前は?」

「あ、あの、私、ヨルコって言います」

「あ」

「どうした、サクラ?」

「この人の声、悲鳴の人だと思う」

 

 出てきた女性プレイヤーはヨルコと名乗った。俺はその声に聞き覚えがあり、思い返してみたら、最初の悲鳴に似ていると思い、その事をキリトに教えた。

 

「確かに、最初の悲鳴も君が?」

「は、はい」

 

 俺が聞こうと思っていたことをキリトが代わりに聞いてくれた。そして、ヨルコさんはそれに頷いた。

 

「私、さっき、殺されていた人と一緒にご飯食べに来ていたんです。あの人、名前はカインズって言って、昔同じギルドに居た事があって、でも、広場ではぐれちゃって、周りを見回したら、いきなり、この教会の窓から彼が」

 

 と、涙を流しながら、教えてくれた。アスナは近付いて、ヨルコさんの背中を優しくさすってあげた。

 

「その時、誰かを見なかった?」

「一瞬なんですが、カインズの後ろに誰か立っていたような、気がしました」

「その人影に見覚えはあった?」

「ううん」

 

 アスナはゆっくり、優しい声でヨルコさんに聞くと、人影を見たと言い、その人影に見覚えは無いと首を小さく振って否定した。

 

「その、嫌な事を聞くようだけど…。心当たりはあるなかな? カインズさんが誰かに狙われる理由」

 

 キリトの問いに、ヨルコさんは小さく首を振った。

 

「辛い時に答えてくれ、ありがとう」

 

 俺はヨルコさんにカインズさんが亡くなったすぐ後に聞くのは酷な話を聞かせて貰った事にお礼を言って、この場は解散となった。俺達3人はヨルコさんを送っていく。

 

「すみません、こんな所まで送って貰っちゃって」

「気にしないで、それより明日、またお話を聞かせてくださいね」

「はい」

 

 ヨルコさんが部屋に戻ったことを確認した。

 

「さて、どうする?」

「手持ちの情報を検証しましょう」

「なら、この槍を調べるのが早いだろうな」

「そうね」

「となると、鑑定スキルが要るな」

 

 ヨルコさんを見送った俺達は次をどうするのかを、歩きながら話し合っていく。そして次に取り掛かることにしたのは槍を調べる事だった。装備品とかを調べるには鑑定スキルが必要なのだ。

 

「俺は上げてないぞ」

「サクラはそうだろうな。お前は、上げてる訳ないよな」

「当然、君もね。ていうか、そのお前って言うのやめてくれない?」

「え、あ、あぁ。じゃあ、えっと、貴女? 副団長様? 閃光様?」

 

 鑑定スキルを一切上げていない俺はすぐさま言った。キリトがアスナに聞くというか、半ば確定で言っている感じだった。アスナはキリトも同じだろうと言った。そして、キリトの呼び方が気に入らないのだろうか、キリトを少し睨みつけてる。

 

「普通にアスナでいいわよ。サクラ君は普通に呼んでるし」

「りょ、了解。それじゃ、鑑定スキル上げてるフレンドっていない?」

「友達が上げてるけど、この時間帯は忙しいって言ってたから」

「俺の知り合いの中には居ないかな?」

「いやいや、サクラには居るだろ」

 

 鑑定スキルの事を聞いたら、アスナの友達は上げているみたいだけど、時間帯が悪いみたいで、無理そうだ。俺は素で忘れており、居ないと言ったら、キリトからツッコミが入った。

 

「?? 誰かいたっけ?」

「おいおい、居るだろ」

「??」

「サクラ、すっかり忘れてるよ。まぁ、別に良いけど。じゃあ行くか」

「ええ」

「?? 分かった」

 

 そして、俺とアスナはキリトの後を追っていった。



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圏内事件・中間

 キリトに連れて来られた場所は50層・アルゲートにある雑貨屋だった。この雑貨屋って、アイツのだよな? そう言えば、アイツって鑑定スキル持ってたんだよな。すっかり忘れてた。

 

「毎度、また頼むよ。兄ちゃん」

 

 雑貨屋の前に行くと、扉が開いて、槍を持ったプレイヤーがため息をつきながら、出てきた。キリトは空いた扉に向かった。

 

「相変わらず、アコギな商売しているようだな」

「よぉ、キリト。安く仕入れて安く売るのがウチのもっとうなんでね」

「後半は疑わしいもんだな」

 

 エギルの商売に関して、少し茶々入れたがエギルも笑いながら受け流し、拳を合わせた。

 

「何を人聞きの悪い事を、って」

 

 アスナがエギルの店に入ったら、エギルは驚いた顔をしながら、キリトをカウンターに乗せて、顔を近付けた。

 

「ど、どうしたキリト、ソロのお前がしかもアスナと一緒なんて、どういう事だ? お前ら仲が悪かったんじゃないのか?」

「まあ、ボス攻略でいっつも言い争ってるから、仲が悪いと思われてても仕方ないんじゃないかな?」

「あはは」

 

 エギルの言葉に俺も一応、補足として伝えたら、アスナは笑って誤魔化していた。そして、一通りの誤解が解けて、奥の倉庫に迎え入れた。

 

「圏内でHPが0に? デュエルじゃないのか?」

「Winner表示を発見できなかった」

「直前までヨルコさんと歩いていたのなら、睡眠PKの線もないしね」

「突発的デュエルにしてはやり口が複雑すぎる。事前に計画されたPKだってことは確実だと思っていい」

「そこまでを踏まえた上で、この武器が、何らかのカギになると思う」

 

 そう言って、俺達は机の上に置いた、カインズさんがPKされた時に刺さっていた武器を見つめた。そして、エギルは真剣な表情で、武器を手に取り、鑑定スキルを使用した様子だった。

 

「プレイヤーメイドだ」

「本当か?」

「誰ですか、作成者は?」

「グリムロック、聞いた事ねえな。少なくとも一線級の刀匠じゃねえ。それに武器自体にも特に変わったところはねえ」

 

 エギルの鑑定結果に、アスナは制作者の名前を聞いた。俺はその制作者の名前を聞いて、何処かで聞いた事があるような名前だと思った。

 

「でも、手掛かりにはなるはずよ」

「うん」

「あ、そうだ。エギル、その武器の固有名を教えてくれ、何か手掛かりになるかも?」

 

 アスナの言葉にキリトと俺は頷いた。何も知らないより、知っていた方が何かわかるかもしれなかったからだ。だから、俺も武器の固有名を聞いてみた。

 

「えっと、ギルティーソーンとなってるな。罪の茨って所か」

「罪の、茨」

 

 固有名を聞いたエギルはギルティーソーンをキリトに渡した。キリトはギルティーソーンを受け取って、小さく呟き、剣を逆さ持ちにして、キリト自身の手に突き刺そうとした。

 

「待ちなさい!」

 

 だけど、アスナがキリトの手を取り、突き刺すのは失敗に終わった。

 

「なんだよ?」

「なんだよじゃないでしょ、馬鹿なの。その武器で実際に死んだ人が居るのよ!」

「いや、試してみない事には分からないだろ?」

「そう言う無茶はやめなさい」

 

 キリトはきょとんとした表情でアスナの方を見て言ったが、アスナは怒った様にキリトを窘めた。まあ、その武器で実際に死んだところを見たのだから、アスナの反応にも同意できるが、キリトの胆力凄いな。俺な多分、出来ないぞ、そんなこと。

 

「これは、エギルさんが預かっててください」

 

 そう言って、アスナはキリトが持っていたギルティーソーンを奪い、エギルに渡した。エギルも困惑しながらも受け取った。そして、今日は解散となった。

 

「あ、アスナ、キリト、明日のヨルコさんの事情聴取は2人で行ってくれないか?」

「ん? サクラ、どうしてだ?」

「生命の碑でカインズさんの事、調べてみるわ。じゃ、おやすみ」

「あ、サクラ君!」

 

 俺は2人にそう言って、50層にあるホームに向かった。アスナは何か言いたそうだったが、俺は聞かずに逃げた。

 そして翌日、雨の中。俺は、始まりの街の《生命の碑》の前に居た。

 

「カインズ、カインズ」

 

 生命の碑を前にして、プレイヤーネームを調べていた。生命の碑には、死亡すると名前に横線が引かれ死亡原因が表示されるため、全プレイヤーの名前を調べれば、何か分かるんじゃないかと思っていた。ルオン、カイト、そして、集団飛び降り自殺した30人のプレイヤーの名前を見ると、心が痛くなった。

 

「ダメダメだ、今はカインズさんの名前を探さないと」

 

 俺は心を持ち直して、調べる事を再開し、そして、カインズのプレイヤーネームを見つけた。そこにはKの頭文字のカインズとCの頭文字のカインズの名前があり、Cの頭文字の名前には横線とPKによる死亡と書かれて、Kの方には横線は無かった。

 

「見つけた。キリトにメッセージを入れないと」

 

 そうして、この事をキリトに伝えるために、メッセージを入れた。キリトから、これから青竜連合のタンク隊リーダーのシュミットに会いに行くから、56層の転移門前で待っていてくれと言う簡単な返信だった。

 

「キリト、アスナ」

「サクラ」

「サクラ君、そっちの調べは?」

「今のところ、キリトのメッセージに書いた通り、Kのカインズに横線は無かったけど、CのカインズはPKにより死亡とあった」

「そっか、教えてくれて、ありがとう」

 

 俺は転移門前でキリトとアスナと合流した。俺は2人に調べた事をメッセージでも言った事を、もう一度、説明した。そして、青竜連合でシュミットと会い、簡潔に説明をするとシュミットはヨルコさんと話がしたいようで、ヨルコさんの部屋まで一緒に同行した。

 ヨルコさんの部屋で、シュミットはヨルコさんと一対一で座っており、俺がシュミットさんの後ろ側、アスナが俺から見て右側に、キリトが左側に少し離れて立っていた。

 

「グリムロックの武器でカインズが殺されたと言うのは本当なのか?」

「…本当よ」

 

 シュミットの言葉に、ヨルコさんは小さく、だけど、はっきりと聞こえる様に肯定した。シュミットは驚愕の表情をしながら、椅子から立ち上がった。

 

「何で今更、カインズが殺されなければならないんだ!? あ、アイツが、アイツが指輪を盗んだのか? グリセリダを殺したのは彼奴だったのか?」

 

 そう言って、シュミットは椅子に座った。

 

「グリムロックは売却に反対した全員殺す気なのか? 俺やお前も狙われてるのか?」

「グリムロックさんに槍を作って貰った、他のメンバーの仕業かも知れないし、もしかしたら、グリセルダさん自身の復讐なのかもしれない」

「え?」

「だって、圏内で人を殺すなんてこと、幽霊でもない限りは、不可能だわ」

 

 シュミットの震えながらの言葉にヨルコさんは、冷静? 又は静かに可能性を上げて言った。その可能性を言葉にすると、シュミットの表情が困惑や恐怖が現れてきた。

 

「私、夕べ、寝ないで考えた。結局のところ、グリセルダさんを殺したのはメンバー全員でもあるのよ!?」

 

 ゆっくりと立ち上がったヨルコさんは、恐怖に怯えるかのように、思っていたことを、俺達の前で暴露していった。

 

「あの指輪をドロップした時、投票なんてしないで、グリセルダさんの指示に従えばよかったんだわ!!」

 

 そして、後ろ向きで、窓の縁に腰かけたヨルコさんの言葉は続いた。俺達3人はヨルコさんの言葉を聞いて、唖然となり、そのまま立ち止まっていた。

 

「唯一人、グリムロックさんだけは、グリセルダさんに任せると言った。だから、あの人には私たち全員に復讐してグリセルダさんの仇を打つ権利があるんだわ」

「………冗談じゃない、冗談じゃないぞ。今更、半年も経ってから。何を今更…。お前はそれで良いのかよ、ヨルコ! こんな訳の分からない方法で殺され良いのか?」

 

 ヨルコさんの言葉を聞いたシュミットは震えながら、否定的な言葉を発していく、そして、震えながらも立ち上がった。ヨルコさんの方に行こうとしたが、キリトがシュミットの腕を掴んで静かに首を振った。

 そして、不意にヨルコさんの表情が変わった。俺達は何かが起こったんだと思った。ヨルコさんは窓の縁に手を着いて、背中に短剣が刺さっていた。そして、そのまま、ヨルコさんは窓から落ちた。

 

「ヨルコさん!」

「ヨルコさん!」

 

 俺とキリトはすぐさま、窓の方に走り、窓から、ヨルコさんが落ちた所を見た。そしたら、丁度、ヨルコさんのアバターが砕け散るところを確認し、ヨルコさんに刺さっていた短剣が地面に落ちた。

 

「アスナ、サクラ、後は頼む!」

 

 そう言って、キリトは窓から飛び出して、向かいの屋根の上に飛び移った。俺は窓を閉めて、カーテンを掛け、装備を取り出して、シュミットを狙う相手がいるかも知れないと思い、索敵スキルも使用して、周囲の警戒に入った。

 

「ダメよ!」

「ダメだ。俺達はシュミットの安全を確認しないと、あのローブはキリトに任せよう」

「だけど!」

「落ち着け。そう簡単に、キリトがやられる筈はない、それに危なくなったら、転移結晶で他の階層に移動すると思うから」

「…分かったわ」

 

 アスナの声を無視して、キリトは屋根の上を走って、あのローブのプレイヤーを追った。俺はアスナを宥めて、シュミットの安全を確保することを優先した。

 そして、5分も掛からず、キリトは玄関から、ヨルコさんの背中に刺さっていた短剣を手に持って戻ってきた。

 

「馬鹿! 無茶しないでよ」

「1人であんまり、突っ走るなよ、キリト」

 

 俺とアスナは玄関が開いた瞬間、持っていた武器を玄関に向けた。そして、玄関から入ってきたのがキリトだったことが分かり、ちょっとだけ、叱ったが、すぐに武器を鞘に戻した。

 

「それで、どうだったの?」

「ダメだ、テレポートで逃げられた」

「転移結晶か? それなら、転移した階層は?」

「夕方の鐘の音で聞こえなかった。宿屋はシステム的に保護されている。ここなら危険はないと思い込んでいた。…クソ!」

 

 キリトは追っていたことを簡単にまとめて、教えてくれた。そして、システムで護られている宿屋の中で油断していた俺達をあざ笑うかのように、ヨルコさんが殺された。

 

「そうだな、油断していたんだろうな」

「あのローブはグリセルダの物だ。あれはグリセルダの幽霊だ。俺達全員に復讐に来たんだ。はは、幽霊なら圏内でPKするくらい楽勝だよな。あはは、あはははは」

 

 シュミットは頭を抱え、震えながら、壊れた様な声で先程のローブはグリセルダの幽霊だと言っていた。

 

「幽霊じゃない。二件の殺人には絶対にシステム的なロジックが存在するはずだ。絶対に」

 

 そして、シュミットを青竜連合のギルドホームまで送った。

 

「さっきの黒いローブ、本当にグリセルダさんの幽霊なのかな? 目の前で二度もあんなのを見せられたら、私にもそう思えてくるよ」

「いや、そんな事は絶対にない」

「あぁ、あれはグリセリダじゃい、絶対に違う」

「だって、そもそも幽霊なら、さっきだって、転移結晶なんて使わないで…。転移結晶?」

「どうしたの?」

「いや、何でもない。サクラはどうしてあのローブがグリセルダじゃないって言えるんだ?」

 

 アスナの物言いに俺とキリトは否定した。キリトは追いかけていた時事を話していたが、何か引っ掛かったのか、首を傾げていたが、アスナが聞くと何でもないと首を振った。そして、キリトが俺に理由を聞いてきた。

 

「キリトやアスナに言ってないけど、俺、グリセルダに戦い方をレクチャーしたんだ。大体2層攻略中くらいに」

「え? 本当なの?」

「あぁ、このゲームから脱出するんだって、言ってて、積極的に行動していたよ。確か、俺が会ったのは1層のホルンカの村にあるアーニルブレードの入手クエストだ」

 

 俺はキリトとアスナにグリセルダとの出会いを喋った。それは、第2層のエンド武器を使用した武器のすり替えが、あったの覚えてる? そう、その時、俺のフレンドのプレイヤーも同じくすり替えられてね、片手剣だったから、アーニルブレードを入手するために、一層に降りて、ホルンカの村でクエストを受けたんだ。

 その時、クエストの受付である民家の前で、女性プレイヤーが絡まれてるのを発見してさ、それを助けたら、同じクエストを受けるらしくて、彼女に先を譲ったんだよ。そして後からフレンドと一緒にクエストを受けたんだ。フレンドは2層の店売りの無強化の武器を使用してたし、回復アイテムは来る前に用意しておいたし、そのまま、行こうかと外に出て話し合ってたんだ。その時、さっきの女性から声を掛けられてね。自己紹介をして、同じクエストを受けるんなら、私も同行しても良いですかって聞いてきたんだ。俺は少し考えたけど、フレンドはすぐさまOKして、パーティー申請したんだ。俺が不用意に知らない相手をパーティーに入れるなとフレンドに怒ったんだけど、フレンドは笑いながら大丈夫だって、言ってたし、その女性も俺が怒った事が分からなかったのか、首を傾げてたから、一応、PKの事や寄生の事を教えてたら、謝ってきたから、まあ、そのまま、ネペントを倒していたんだ。フレンドって人が良いから、一番目の花を倒したら、グリセルダにあげるし、一旦そのまま村に戻って、グリセルダのクエストを先に終わらせてから、もう一度、倒しに行く二度手間をしたんだよ。その時、パーティーの戦い方やソロでの戦い方もレクチャーもしたよ。

 

「っとこんな感じでグリセルダと、知り合ったんだ。俺はフレンド登録はしなかったけど、俺のフレンドは登録してたな」

「そうだったの」

「じゃあ、なんで教えてくれなかったんだ?」

 

 俺の話を終えて、2人に言うと、キリトから、一番聞かれたくなかった一言を貰った。

 

「…ぶっちゃけ忘れてたわ、フレンドからグリセルダがギルド作ったのは聞いてたけど、ギルド名は聞いてなかったし、結婚してることも知らなかったよ。思い出したのは生命の碑でカインズの名前を探した時に横線が引かれてるグリセルダを見て思い出したくらいだし」

「そうだったのか、悪かったな」

「良いよ。さっきまで忘れてたのは本当だし。薄情だよな、俺って」

 

 俺はそう言って、俯いた。まあ、たった一回しかあった事のないプレイヤーを1年半も覚えておけってのは無理な話だったんだろうけど、それでも覚えていなかったのは、自分的にはショックだった。

 

「そんなこと無いわよ。それと2人とも、はい」

 

 俺は俯いていたが、アスナの声が聞こえてきて、目の前に包み紙があった。

 

「くれるのか?」

「この状況でそれ以外に何があるの、見せびらかしているとでも?」

「じゃ、じゃあ、ありがたく」

「そろそろ耐久値が消滅しちゃうから、急いで食べた方が良いわよ」

「…ありがとう、アスナ」

 

 キリトと俺はアスナから包み紙を受け取った。中身はバケットに肉や野菜を挟んだ物で、美味しそうだった。キリトはバケットサンドに齧り付いた。俺も包み紙を剥がして、食べた。

 

「美味いな」

「確かに、美味しい」

 

 一言いうと、俺とキリトはまたバケットサンドに齧り付いていく。

 

「いつの間に弁当なんか仕入れたんだ?」

「耐久値がもう切れるって言ったでしょ。こう言う事もあるかと思って、朝から用意しといたの」

「流石、血盟騎士団攻略担当責任者様だな。ちなみにどこの?」

「キリト、これ多分、店売りじゃない」

「サクラ君の言う通り」

「え?」

「お店のじゃない、あたしだって料理するわよ」

 

 この味付けは多分、手作りの物だろうと思って言ってみたら、当たった。アスナって調理スキル持ってたんだ。知らなかった。キリトは鈍いのか、まだ分かっていなかった。何時もの鋭い洞察力はどこ行ったんですか?

 

「えーと、それは、その、何と言いますか。いっその事、オークションにかければ大儲けだったのにな、あはは」

 

 流石にそれはダメだろ、キリトよ。そして、アスナが足踏みで音を出すと、キリトが驚いて、バケットサンドを落としてしまった。そして、バケットサンドは硝子の様に光って砕け散った。

 

「おかわりはありませんからね」

「ん?」

 

 アスナの言葉にキリトは膝を着いて、orzの様なポーズをとった。俺はバケットサンドが砕け散ったときに、何か引っ掛かった。

 

「ん? どうしたのよ」

「しっ」

 

 キリトがいつまでも、凹んでいると思ったのか、アスナが声を掛けると、キリトは左手でアスナを止めた。そして、何か考えている感じだった。そして、何かに至ったのか、声を上げた。

 

「あぁ! そうか、そうだったのか」

「何よ、一体何に気付いたのよ」

「俺は、俺達は何も見えていなかった」

「と言うと、この圏内事件の事か?」

「あぁ、見ているつもりで、違うモノを見ていたんだ」

「え?」

「圏内殺人、そんなものを実現させる武器も、ロジックも最初から存在しちゃいなかったんだ」

「最初から? まさか!」

 

 キリトは四つん這いになりながらも、気付いたことを教えていく。そして、もう一度椅子に座り直して、話を戻す。

 

「生きているですって!」

「あぁ、生きてる。ヨルコさんもカインズ氏もな」

「だ、だって」

「圏内はプレイヤーのHPは基本的に減らない、けどオブジェクトの耐久値は減る。さっきのバケットサンドみたいに」

「えぇ?」

「あの時、カインズのアーマーは槍に貫通していた。槍が削っていたのは、カインズのHPじゃなくて、アーマーの耐久値の方だったんだ」

「じゃあ、あの時、砕けて飛び散ったのは」

「そう、彼の鎧だけなんだよ」

「そして、鎧の中に居たカインズは、多分、転移結晶で他の階層にテレポートしたんだ。だからキリトが転移結晶の所で、何か違和感を感じたんだろ?」

「あぁ、そして、テレポートした結果、発生するのは死亡エフェクトに限りなく近い、でも全くの別の物」

「なら、ヨルコさんも」

 

 そこから先は俺がキリトの仮説を聞いて、考えた事を言い始めた。

 

「ヨルコさんは最初っからダガーを刺したまま、俺達と話していたんだと思う、だって、彼女、俺達に背中を見せたのって、彼女が窓から落ちる時だけだ。多分、服の耐久値を確認しながら会話をしていたんだと思う。そして、タイミングを見計らって、飛んで来たダガーに当たったかのような演技をする」

「それなら、黒いローブの男は?」

「十中八九、グリムロックじゃない、カインズ氏だろう。ヨルコさんとカインズ氏はこの方法を使えば死亡を偽装できるのではないかと思いついた。しかも圏内殺人と言う恐ろしい演出を付け加えて」

「多分、カインズと言うプレイヤーネームがもう一人居て、そのカインズがPKで殺されていたから、それを上手く使ったのだろう」

「そして、その目的は指輪事件の犯人を追い詰め、炙り出す事。2人は自らの殺人事件を演出し、幻の復讐者を作り出した」

「シュミットの事は初めから、ある程度疑っていたんだろうな。なあ、ヨルコさんとフレンド登録したままだろ?」

「あ」

 

 俺達が問答して、答えを導き出したところで、キリトがアスナにヨルコさんのフレンドを聞いてみたら、アスナもすぐに何をすればいいのか思い当たったのか、メニューウインドウからフレンドのヨルコさんの位置を確認してみた。

 

「今、19層のフィールドに居るわ、市街地からちょっと離れた丘の上」

「そっか、後は彼らに任せよう。俺達のこの事件での役回りはもう終わりだ」

「うん」

 



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圏内事件・終了

 シュミットをギルドホームに送った俺達はそのまま、近くにあった噴水公園のベンチに座った。

 

 そして、俺達は57層のマーテン街のレストラン内でお茶を飲んでいた。

 

「まんまと、ヨルコさんの目論見通り動いちゃったけど、でも、俺は嫌な気分じゃないよ」

「そうだね。ねぇ、もし君達だったら超級レアアイテムがドロップした時、なんて言ってた?」

「そうだな、元々俺はそう言うトラブルが嫌でソロやってる所もあるし」

「俺もキリトと同じかな」

「うちはドロップした人の物」

「あ」

「そういうルールにしているの、SAOには誰にどんなアイテムがドロップしたのかは、全部自己申告じゃない。ならもう隠蔽とかの工作を避けようと思ったら、そうするしかないわ。それにそう言うシステムだからこそ、この世界の結婚に重みが出るのよ。結婚すれば、2人のアイテムストレージは共通化されるでしょ、それまでなら隠そうとしていた物が結婚してから何も隠せなくなる。ストレージ共通化って凄くプラグマチックなシステムだけど、同時に凄くロマンチックだと私は思うわ」

 

 そして、ウエイトレスから料理が運ばれてきた。俺はアスナの物言いを聞いていて、確かに、と納得したが、同時に何か違和感を感じた。だから小さく言葉に出してみる事にした。言葉に出したら、何か変わるかもしれないと思ったからだ。

 

「アイテムストレージの共通化、結婚相手の死亡、隠そうと思っていた事が何も隠せなくなる。あれ?」

 

 あれ、結婚ってアイテムストレージの共通化って、結婚相手が死んだらどうなるの? 持ってたアイテムはどこ行くの? 順当に考えて生きてる方だよな。グリムロックとグリセルダだったら、グリセルダがPKで亡くなって、亡くなったプレイヤーのアイテムストレージの中にある例の指輪はグリムロックのアイテムストレージの中だよな、アイテムストレージの容量が足りなくなって、ストレージに入らなかったアイテムはプレイヤーの周りに散らばる。あれ、これってグリムロックがグリセリダを殺した犯人なんじゃないのか? 指輪が欲しくて、そして、今回の圏内事件の事を多分、ヨルコさんとカインズが話していると思うから、殺人犯を擦り付けるのにちょうど良くない? やばい、考え出したら、止まんないぞ。だから、2人に意見が貰いたくて、聞いてみた。

 

「………なぁ、2人とも」

「何だ、サクラ?」

「サクラ君、どうしたの?」

「もし、もしだよ。グリムロックがグリセルダを殺した犯人なら、そして、今回の圏内殺人の武器を作った本人で、この圏内事件の事を詳細に知っていて、今回の事を利用して、グリセルダの事を探ろうとしているプレイヤーを抹殺しようとしていたら、どうなる?」

「さ、サクラ君、何を言っているの?」

「お、俺だって。馬鹿げた、事だとは思ってるけど、考え出したら、何だか止まんなくて」

「いや、可能性はあるか、サクラ、サクラがどうしてそんな考えに達したか、教えてくれ」

「あ、あぁ、えぇと、あぁと」

「落ち着け、深呼吸しろ」

「はぁ~ふぅ~、どうしてこんな考えに至ったのかは、アスナが、結婚するとアイテムストレージの共通化だって言った事が始まりだ」

 

 そして、さっき考えていたことを、しどろもどろになりながらも、話していく。そして、話していくとなんだか、結論がまとまっていく。

 

「だから、グリセルダが死亡した後、指輪はどうなると思う?」

「順当に考えて、グリムロックのアイテムストレージに残ると思う」

「指輪は奪われていなかった?」

「いや、そうじゃない。奪われたと言うべきだ。グリムロックは自分のストレージにある指輪を奪ったんだ」

「だったら、3人が危なくないか? もし、グリムロックが今回の事を知られたくなかったら、さっきも言ったけど、今回の事を利用して、3人を抹殺しようとしていたら」

「まずい」

 

 俺達3人は、またもやレストランを走って出ていき、ヨルコさんがいる19層に転移した。俺とキリトは近くに馬を借りれる馬小屋が会ったので、高いお金を払って、馬に乗って、ヨルコさんたちがいる離れた丘の上を目指して、馬を急いで走らせる。

 丘の上は見えた時には、3人のローブを被った殺人ギルドのメンバーとポンチョを着たリーダー格のプレイヤーが居て、その他にヨルコさん、カインズ、シュミットの3人がおり、シュミットは地面に倒れていた。多分、麻痺毒の効果だろうと予想する。

 

「うわ!」

 

 そして、丘の上に到着すると、キリトは止まるのに失敗して、落ちてしまった。俺はきちんと馬を止めて、降りた。そして、俺達は馬の尻を叩いて、元来た道を戻らせた。

 

「さて、どうする? もうじき援軍も駆け付けるが、攻略組30人を相手にしてみるか?」

「ちぃっ」

 

 ポンチョのリーダー格のプレイヤーは舌打ちをして、俺達とにらみ合った。俺もキリトも武器を出して、4人に向けて構えたままだ。そして、数秒位した後に指を鳴らした。そうしたら、ヨルコさんに武器を向けていたプレイヤーは武器を鞘に戻した。

 

「行くぞ」

「サクラ、必ずお前を、殺してやる」

「………」

 

 リーダーはそう言うと、後ろの3人を連れて、俺達の横を通り過ぎていく。そして一番最後のローブ姿の男プレイヤーがボソッと呟いた。多分、俺以外聞えていなかったんだろう。そして、そいつは俺の事を知っているし、俺もそいつの事を知っていた。それから4人が姿が見えなくなったところで、武器を下した。

 

「また会えて嬉しいよ。ヨルコさん」

「全部終わったら、きちんとお詫びに伺うつもりだったんです。と言っても信じてもらえないでしょうけど」

「キリト、俺は周囲の確認をしてくる。もしかしたら、さっきの仲間がいるかも知れないから」

「分かった。気を付けろ」

「あぁ」

 

 俺はそう言って、周囲の安全確保のために武器と盾を構えながら歩き出した。そして、霧でも丘の上の木が見える様に狭く丘の周りを見て回り、戻ってきた。

 

「敵はいなかった。さっきの奴ら、3人だけだったようだ」

「そっか、ご苦労さん」

「アスナは?」

「まだだ」

「了解、一応周囲の警戒は続けておく」

 

 そう言って、俺は索敵スキルで周囲の警戒を続けていく、そして、キリトは話す事は話したのか、アスナを待っていた。

 

「居たわよ」

「詳しい事は本人から直接訊こう」

「そうだな」

「やあ、久しぶりだね。皆」

「グリムロックさん、貴方は、貴方は本当に?」

 

 アスナがグリムロックを連れてきた事により、これで指輪事件の本当の真相が明らかになるだろうと俺は思った。

 

「何でなの、グリムロック。何でグリセルダさんを、奥さんを殺してまで指輪をお金に換える必要が有ったの!?」

「ふっ、金? 金だって? んふふふ。金の為ではない、私は、私はどうしても彼女を殺さねばならなかった。彼女がまだ、私の妻である内に。彼女は現実世界でも私の妻だった」

「「「「ッ!」」」」

 

 グリムロックのその言葉に俺達は全員、驚いていた。俺は、何故、現実でもゲームでも妻であるぐりグリセルダを殺さなければならなかったのか、それが不思議でならなかった。まあ、今から教えてくれるか。

 

「一切の不満もない、理想の妻だった。可愛らしく、従順でただの一度も夫婦喧嘩もしたことが無かった。だが、共にこの世界に捕らわれたのち、彼女は変わってしまった。強要されたデスゲームに脅え、恐れ、竦んだのは私だけだった。彼女は現実世界に居た頃より、はるかに生き生きとして充実とした様子だった。私は認めざる終えなかった。私の愛した優子は消えてしまったのだと。ならば、ならばいっそ、合法的殺人が可能なこの世界に居る間に優子を永遠の思い出の中に封じ込めてしまいたいと願った私を、誰が責められるのだろう?」

「そんな理由であんたは奥さんを殺したのか?」

「十分すぎる理由だ。君にも何れ分かるよ、探偵君。愛情を手に入れ、失われようとした時にね」

 

 俺はグリムロックの話を聞いた時に、思い出したのは両親の姿だった。俺の知る限り、夫婦喧嘩が絶えなかったけど、結局、その都度仲直りして、その都度、俺に互いの良い所や悪い所、新しく発見した所を見惚れるくらいの笑顔で教えてきた顔だった。

 

「なあ、グリムロックさん、あんたはグリセルダを愛してたんだよな?」

「勿論だとも、私に可愛らしく、従順な優子を愛していたさ!」

「俺の両親は、小学校の頃に交通事故で亡くなったんだ。だけどさ、俺が覚えている両親は何時も喧嘩して、言い争ってたけど、絶対に仲直りして、嬉しそうに、互いの新しい所を見つけたんだって、子供の俺に交互に話しかけてきたんだよ。俺はグリムロックさんの言いたい事が分からないよ。だって、だってさ、もう話せないんだよ。もう、怒ってくれないんだよ。頑張ったねって褒めて貰えないんだよ。笑顔で笑ってくれないんだよ。料理、一緒に作ってくれないんだよ。キャッチボールだって、ハイキングだって、海に行ったり、山に登ったり、出来なくなるんだよ? 何で、なんで思い出の方が良いの? 傍に居てくれるだけで、嬉しいじゃん、居なくなると、悲しいじゃん。グス、だから、分かんないよ。グリムロックさんの言いたい事が、全然、分かんないよ。これが親か妻かの差なの? 妻だから、思い出にするために殺せるの?」

 

 これが俺の本心だった。泣きながら、俺は言っているのだろう。だって思い出は薄れるし、忘れる事もある。だから、俺はもっと話しておけばよかったと思っていても、話せない、笑顔を見たいけど、見れない。見れるのは写真や思い出の中だけだ。そんなの嫌だよ。

 

「グリムロックさん、間違っていたのは貴方よ。貴女がグリセルダさんに抱いていたのは愛情じゃない、貴方が抱いていたのは唯の所有欲だわ!」

「………」

 

 誰かが、崩れる音がしたが、俺は涙が止まらなかった。そして、泣いてる俺の横をさっきまでヨルコさんの肩を抱いていたカインズさんが通って行った。俺はしっかり結末を見届けるために、目元を擦って、グリムロックの方を見た。

 

「キリトさん、この男の処遇は私達に任せてくれませんか?」

「分かった」

 

 グリムロックの肩をカインズとシュミットの二人でしっかり持って、この丘をゆっくりと去っていき、よるこさヨルコさんが俺達3人にお辞儀した。俺達はお辞儀を返して、4人が見えなくなるまで見送った。

 

「ん、あ~」

「あはは、結局、徹夜になったな」

「ねぇ?」

「ん?」

「何?」

「もし君なら、仮に誰かと結婚した後になって、相手の隠れた一面に気付いた時、君ならどう思う?」

「ラッキーだったって思うかな。だ、だってさ、結婚するって事はさ、それまでの見えてた面は好きになってる訳だろ? その後、新しい面に気付いて、そこも好きになれたら、に、二倍じゃないですか」

「ま、いいわ。そんな事より、お腹が空いたわ、さっきも食べそびれちゃったし」

「そ、そうだな」

 

 結局、今日は徹夜をしてしまい、朝陽が丘の上にある木を照らす中、アスナはキリトに視線を固定して、結婚相手の新たな一面を見たらと尋ねた。キリトの返答が良かったのか、何事もなかった。

 

「二日も前線から離れちゃったわ。明日からもまた、頑張らなくちゃ」

「あぁ、今週中に今の層は突破したいよな」

「そうだね。頑張るよ、貴女が出来なかった分を、俺達が頑張るから」

「サクラ?」

 

 俺はグリセルダのお墓を見ながら、そう呟いた、キリトには届いたらしい。そして俺の方を向くと、歩いて行こうとするアスナの腕を取って、お墓の方を向かせた。

 

「ぁ」

 

 キリトとアスナにも見えているのだろう。彼女の姿が、ここはゲームの世界なのに、現実世界でもないのに、幽霊なんて出る訳ないのに、何て思ったけど、多分、こんな考えは無粋なのだろう。

 

「ねぇ、キリト君、フレンド登録しようか」

「え?」

「今までしてなかったでしょ? 何時もはサクラ君を経由して連絡取りあってたけど。それじゃあ、不便だわ」

「いや、でも俺はソロだし、サクラを経由した今まででも十分だと思うけど」

「別にパーティーを組めって言ってる訳じゃないし」

「俺的には2人が、フレンド登録してくれれば、手間が省けて嬉しいんだけどな」

「サクラ君もこう言ってるんだし。それに少しは友達作らないと」

「そ、そうか? サクラも居るし、不便はないけどぉ!」

 

 お二人さん、仲がいいな。なんだか俺の両親みたいだな。なんて思うのは失礼かな? そう思いながら、2人を見ていく。これから先、この二人の感情がどう変化するのか、見ものだと思った。

 

「ご飯食べるまでに考えておいて。じゃあ、まずは街に戻りましょうか」

「あ、あぁ」

 

 俺は少しだけ、立ち止まり、2人の後姿を見ていた。そして、すぐさま2人の後を追った。

 これで、長い長い、圏内殺人は終わりを迎えた。グリムロックやシュミットたちの今後は俺は分からないけど、少しだけ良いモノになってくれてると良いなって思い、願った。



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黒と白の再会 一部、白蒼の騎士

心の温度に関しては、主人公は一切関与していないので、書きませんでした。リズが好きな人にはごめんなさい


 目の前には、【リザードマン・ロード】が5体と戦っていた。と言うか、周りを囲まれていた。

 

「いやいや、囲まれることは慣れてるし、対応も問題ない」

 

 独り言でそう言うのは、何だか寂しい人だなって自分で思った。そう思いながらも、ロードの首を叩き斬り、倒したが、すぐに近くに居たロードから攻撃されたが、武器防御で自分を守り、投剣でロードの目を潰し、体術でロードを飛ばして、他ロードの攻撃をキャンセルさせるのを繰り返して、ロードも倒した。

 

「はぁ、そろそろ帰るか」

 

 ドロップアイテムを確認しながら帰ろうかなと迷宮区の出口に向かって歩いていたら、歩いている先から戦闘音が聞えてきた。誰か戦っているのかなと思い、音の近くに行くと、そこには見知ったプレイヤーがリザードマンを相手取っていた。と言うか、もう終わって、武器を鞘に納めていたところだった。

 

「お疲れ、キリト」

「お、サンキュー」

 

 俺はポーションをキリトに投げ渡した。キリトは受け取ると躊躇なくポーションを飲んで少し減ったHPを回復していく。

 

「サクラは攻略に?」

「まぁね、だけど今日はもう帰ることにするよ。そっちは?」

「こっちもそんな感じ、サクラも帰るなら、俺も帰るか」

 

 俺とキリトは隣同士を歩いて、迷宮区の出口に向かった。2024年10月17日、ソードアート・オンラインがデスゲームになってから、もうすぐ2年近くが経とうとしていた。

 

「んぅ」

「ん?」

「キリト、どうした?」

「あれは?」

 

 迷宮区から出て、街に向かう途中の森の中、キリトが立ち止まった。俺は何事かと思いキリトに聞くと、キリトは何かを見つけたのか、投擲用のピックを2本取り出して、一本をワザと木に突き立てた。その音に驚いた何かは、と言うか、ウサギは逃げようと飛び跳ねたが、キリトのもう一本のピックで仕留められた。

 

「ウサギか?」

「ラグーラビットだよ」

「ラグーラビットって、逃げ足が滅茶苦茶早いあの、ラグーラビットか?」

「あぁ、しかもラグーラビットの肉を手に入れた」

「えぇ! ラグーラビットの肉って、S級食材じゃねえか、スゲー!」

 

 俺はキリトのすることを見守って、倒し終わったから、キリトに聞いてみると、なんと、珍しいと言うか、ほぼほぼ、見つけたら逃げられるモンスターのラグーラビットを倒したらしく、しかも肉も手に入れたとか、羨ましいと思った。

 

「まぁ、ラッキーだったよ」

「そっか、肉は売るのか? それとも食べるのか?」

「それは、エギルの店で考えようぜ」

「了解、もし食べるんだったら、俺にも食べさせてくれ」

「オッケー」

 

 俺はキリトにラグーラビットの肉を食べるなら、俺にも食べさせてくれって図々しいお願いをすると、キリトもオッケーしてくれた。よっしゃー! S級食材を食べれる可能性が出てきたぞ!

 そして、俺のホームがある50層アルゲートのエギルの店の中で、キリトはエギルにアイテムの買取を頼んでいた。その中には先程のラグーラビットの肉も入っていた。

 

「おいおい、S級のレアアイテムじゃねえか、俺も現物を見るのは初めてだぜ」

 

 エギルはラグーラビットの肉の文字を振るえる指で示していた。その驚きようは結構、珍しいと思った。

 

「おい、キリト、お前金には困ってねえんだろ? 買い取れって、自分で食おうとは思わねえのか?」

「思ったさ、多分、二度と手に入らないと思うしな」

「だったら」

「だけどな、こんなアイテムを扱えるほど料理スキルを上げてる奴なんて…」

「俺達が焼いても焦がしちまうだけだしな」

「サクラも無理だし」

「キリト君」

 

 俺達が頭を悩ましているとき、キリトの左肩が叩かれたようで、キリトはそちらを見る、俺とエギルも続いて、同じ方を見ると、そこに居たのは絶賛、キリトに恋している、血盟騎士団副団長のアスナと、血盟騎士団の鎧を着ている男性プレイヤーだった。

 

「シェフ捕獲」

「何よ?」

 

 キリトはアスナの手を握って、シェフ捕獲とか言っていた。まあ、アスナの料理スキルは高いし、俺達はアスナの料理の腕を元から知っているし、フレンド登録もしてるから、安心して任せられる人物であるのは間違いない。そして、何故か、血盟騎士団の男性プレイヤーがキリトを睨むと、キリトは手を離した。

 

「珍しいな、アスナがこんなゴミ溜めに顔を出すなんて」

「もうすぐ、次のボス攻略だから、生きてるか確認しに来てあげたんじゃない」

 

 キリトが生きているのか確認しに来たとアスナが言ったが、俺はそれは照れ隠しのように見えた。

 

「フレンドリストに登録してんだから、それくらい分かんだろ?」

「鈍いな、キリトは。アスナは」

「サクラ君、それ以上言ったら、多々じゃすまないわよ」

「イ、イエッサー」

 

 俺がちょっかい掛けようとしたら、アスナからの忠告が入った。正直怖かったので了承して、すぐさま、口を閉じた。

 

「まぁ、生きてるなら良いのよ。そんな事より何よ、シェフがどうこうって?」

「あぁ、そうだった。今、料理スキルの熟練度って、どの辺?」

「ふん、先週、コンプリートしたわ」

「「なに!?」」

 

 キリトがアスナの料理スキルの熟練度を聞くと、アスナは胸を張って、コンプリートしたと告白した。その言葉にキリトとエギルは声を出して、驚いた。俺は多分、そろそろコンプリートするだろうなと思っていたが、まさか、先週にコンプリートしたとは、流石と言うか何と言うか。俺はリアクションを取らなかったのかだって、拍手しただけだよ?

 

「凄いでしょ」

「その腕を見込んで頼みがある」

「??」

 

 キリトはそう言って、メニューウインドウを開いて、アイテムストレージから交渉ストレージに例の肉を移して、アスナに見せた。アスナはその肉をよく見て、うわっと声を出した。その肉がどう言う物か理解したんだろう。

 

「こ、これ、ラグーラビット!?」

「取引だ。こいつを料理してくれたら、一口食わせてやる」

「は、ん、ぶ、ん」

 

 アスナがその肉の名前を出すと、キリトから料理したら一口食わせてやると言ったが、アスナがキリトの服の縁を握って、顔を近付けて、半分貰うと言った。俺はお邪魔かな?

 

「あ、あぁ、だけど、サクラも食べるから3分の1な」

「分かったわ」

「悪いな」

「やった!」

 

 俺は手を合わせて、アスナに謝罪の視線をすると、アスナも理解したのか、了承をして、キリトの服の縁から手を離して、ガッツポーズと滅茶苦茶良い笑顔で喜んだ。キリトはその笑顔を見て、と言うか見惚れていた。まあ、見惚れる程の笑顔だってのは理解できるし、同意する。

 

「悪いな、てなわけで、取引中止だ」

「お、俺達ダチだよな、な? 俺にも味見くらい」

「感想文、800文字以内で書いて来てやるよ」

「ごめん、エギル、また今度」

「そ、そりゃねぇだろ」

 

 俺達はエギルの店から出て行った。うん、ごめんとは思ってるけど、アスナがS級食材で作った料理の方が俺も興味があるし、食べてみたいと思ってる。だから、すまん。

 

「悪いな、アスナ、キリトと二人っきりが良かっただろうけど」

「さ、サクラ君! べ、別に、キリト君と二人っきりが良いなんて、お、思ってないわよ」

「おー、動揺しとる動揺しとる」

「サクラ君!!」

「だけど、本当に良いんだな?」

「良いわよ」

 

 うん、アスナからのお許しも出たし、今回はご相伴にあずからさせて貰います。やったー!! 今回、俺は引いた方が良いかなって思ったけど、S級食材が食べれる!!

 

「で、料理はどこでするの?」

「え~と、サクラのホームは?」

「無理、アスナが使うには俺の料理用のアイテムのレベルが低い、と言うか、俺は料理スキルの熟練度は半分しか上げてないし、料理スキルの派遣スキルに当たる。飲料スキルの方を上げてるから、使うアイテムが違うと思う」

「どうせ、キリト君の部屋には碌な道具も無いんでしょ」

 

 アスナはキリトに料理する場所を聞いたが、キリトは何故か俺の方を見て、俺のホームはどうだと聞いてきたが、残念がら、料理用のアイテムと飲料系のアイテムでは使用用途が違う為、使えない事を言ったら、アスナからキリトの部屋の事を簡単に言い当てた。

 

「アスナ、正解、キリトの部屋には碌なものが無いからな」

「おいおい、サクラ、碌なものは無いとは酷いんじゃないか?」

「だって、何度も行ってるし、夕食も何度か作りに行ったよな?」

「………はい。そうです」

 

 キリトは俺の言葉に対して、何も言えなくて、苦笑いして諦めたように認めた。

 

「今回だけ、食材に免じて、私の部屋を提供してあげない事もないけど」

「!!??」

「あ~、アスナの部屋か、良いんじゃない」

「今日はもう大丈夫です。お疲れ様」

 

 料理する場所は食材に免じて、アスナの部屋で料理を作ってくれることになった。キリトは物凄く驚いていた。俺はアスナの部屋か、前に行ったのは、料理用の素材を渡しに行った時だったなと思った。

 

「アスナ様、こんな素性も知れぬ者をご自宅に伴うなど」

「うわー、アスナの機嫌が一気に不機嫌寄りになったぞ」

「この2人は素性はともかく、腕だけは確かだわ。多分、貴女より10はレベルが上よ。クラディール」

「私がこんな奴に劣ると? そうか、あのビーターの」

 

 うわー、凄い、このクラディールってプレイヤー、アスナの地雷を悉く言ってるよ。アスナはキリトを好いているから、好いている人の悪口はされたくないだろうな。そのせいで、アスナの視線が物凄く不機嫌になってるよ。気付いて、クラディール!

 

「あぁ、そうだ」

「俺は違うけど、ソロで最前線に潜ってるから、レベルは上だろうな」

「アスナ様、こいつら、自分さえ良ければいい連中ですよ! こんな奴らとかかわると碌な事が無いんです!」

 

 うん、俺の思いはクラディールに一切気付かれなかった。まあ、当たり前か、言葉に出してないんだし、分かる訳ないわな。そして、クラディールはアスナに近付いて、大きな声で、ビーターと呼ばれる者の悪口を叫んだ。周りにプレイヤーやNPCがこちらを見て、何か小声で言っていたが、そんなのお構いなしだった。

 

「ともかく、今日はここで帰りなさい。副団長として命令します」

 

 そう言って、アスナはキリトを連れて行った。俺はクラディールを見たら、何だが物々しい雰囲気で2人を見ていた。もう、怒ってると言っても良いかも知れない感じだ。俺はクラディールを警戒しながらアスナ達を追う為に走った。

 そして、アスナのホームがある、第61層セルムブルグの転移門前に到着した。

 

「ん~、広いし、人は少ないし、開放感があるな」

「なら、キリト君も引っ越せば?」

「金が圧倒的に足りません」

「サクラ君は?」

「んー、俺は人が多くて手狭な感じの方が良いな。広くて人が少ない方も嫌いじゃないけど、何だか、自分一人になった気分がして、たまになら良いけど、毎日は遠慮したいな」

「ふ~ん、そっか」

「そりゃあ、そうと、本当に大丈夫なのか、さっきの?」

「要らないって言ったけど、幹部には護衛を付ける方針になったって。昔は団長が1人づつ声を掛けて集めた小規模ギルドなのよ。人数がどんどん増えて、最強ギルドと呼ばれ始めた頃から、なんだかおかしくなっちゃった」

 

 転移門前から、歩きながら話していた。この場所に引っ越せばと言う、会話から、さっきの護衛の系をキリトが聞いたら、アスナが、ギルドの成り立ちから、何だかギルドがおかしくなったと言う所で、アスナがこちらにと言うか、キリトに向かって振り返った。

 

「まあ、大したことじゃないから、気にしなくて良し! 早くいかないと、日が暮れちゃうわ」

「あ、あぁ」

 

 会話を打ち切って、アスナはまた歩き始めた。俺とキリトはその後ろを付いて行くだけだった。そしてついに、アスナの部屋に到着した。

 

「お、お邪魔します」

「お邪魔します」

「はぁ、なぁ、これ幾ら掛かってるの?」

 

 アスナの部屋の内装を見て、キリトはため息をついた。まぁ、始めてみたら凄いとしか言いようが無いだろうな。

 

「ん~、部屋と内装で、400万コルくらいかな。着替えてくるから座ってって」

「あ、あぁ」

「了解」

 

 俺はすぐさま、装備をアイテムストレージに戻して、何時もの普段着に戻った。普段着は黒いジーンズと黒シャツと言う感じだった。キリトは少し感心しながら、部屋を見て、一人用のソワァに座った。

 

「へ~、400万、4メガコルか。俺もそれくらい稼いでる筈なんだけどなー」

「無駄遣いするからだろ」

「うっさい、ん?」

 

 俺もキリトの反対側に座って、小さく呟いていたキリトに、無駄遣いしてるからと思えると、うるさいと言われてしまった。そして、廊下から音が聞えてきて、キリトは廊下側を向くと、そこには私服姿のアスナがドアから入ってきた。あ、キリト赤くなった。

 

「何時までそんな格好してるのよ?」

「え、サクラって、もう着替えてる!?」

「来て早々、着替えたわ、さっさと着替えろよ」

「あ、あぁ」

 

 キリトはいそいそと私服と言うか、部屋着に着替えて、ラグーラビットの肉をアスナに渡した。アスナはラグーラビットの肉を取り出して、嬉しそうにしてた。

 

「これが伝説のS級食材かー。で、どんな料理にする?」

「シェフのお任せコースで頼む」

「そうね。じゃあ、シチューにしましょう」

 

 アスナがラグーラビットの肉をシチューにすると言って、料理用の鍋を取り出した。

 

「ラグーだからか?」

「えぇ、ラグー、煮込む、って言う意味だからね」

「へ~、そうなんだ」

 

 そうして、アスナは食材を切り始めた。と言っても、料理用の包丁を食材に宛てれば、料理に合った斬り方になるから、簡単なんだけどね。

 

「本当はもっと色々手順があるんだけど、SAOの料理は簡略化され過ぎててつまらないわ」

「う~ん、俺は有難いけどね、時間が余りかからないから」

「まぁ、人それぞれよね。シチューはこれで良しっと」

 

 鍋に肉や野菜を入れて、竈に鍋を入れて、タイマーをセットしたら、シチューは後は時間が経てば完成する。

 

「じゃあ、付け合わせでも作るわね」

「だったら、俺はシチューや付け合せに合う飲み物でも作っておくよ」

「そう? よろしくね」

 

 キリトはアスナの料理姿を見て、見惚れていた。と言うか、今回キリトはアスナの姿に見惚れる事が多いな。それから、俺は飲み物を作り、アスナに呑んで貰って、オッケーが出たので、シチューが出来たら、飲み物を作る事にして、作業を終えた。

 

「ふふん」

 

 アスナが鍋を取り出して、勝ち誇ったように鍋の蓋を取ると、美味しそうなシチューがそこにはあった。俺とキリトは喉を鳴らした。まぁ、俺は飲み物を作るために、正気に戻り、アスナが盛り付けが終わったところに、丁度、こちらの飲み物も作り終え、テーブルに3人は座った。

 

「「「いただきます」」」

 

 俺達3人は一斉に手を合わせて、食べ始めた。一口食べると、マジで旨い。語彙力のない俺には勿体ない程、美味しい。そこから、俺達は無言で食べ続けた。

 

「「「ふぅ~」」」

「S級食材なんて、2年も経つのに初めて食べたわ。今まで頑張って生き残ってて良かった~」

「そうだな」

「マジで美味しかったしか、感想が出ないよ」

 

 俺達は食後のお茶を飲みながら、S級食材の美味しさを一言二言で語っていた。

 

「不思議ね。何だか、この世界で生まれて、今までずーと暮らしてきたみたいな。そんな気がする」

「そうだな、この世界で生まれ、友と出会って、友をなくし、この世界で成長する。なんだか、本当にこの世界で生きているって感じがするよ」

「俺も最近、あっちの世界の事を想い出さない事がある。俺だけじゃないな、この頃はクリアだ、脱出だって、血眼になる奴が少なくなった」

「今、最前線で戦っているプレイヤーなんて、500人居ないでしょ。みんな馴染んできてる。この世界に、でも私は帰りたい」

「俺もだ。俺も帰りたい、あっちの世界に」

「ぁ」

「だって、あっちでやり残したことが一杯あるから」

「そうだな、俺達が頑張らなきゃ、サポートしてくれる職人クラスの連中に申し訳が立たないもんな」

 

 俺達は一旦、飲み物を飲んで間を置いた。そしたら、アスナがキリトの表情を見て、

 

「あ、あぁ、止めて」

「ん? なんだよ」

「今までそう言う表情をした人から結婚を申し込まれたわ」

「んな」

「へー、そうなんだ」

 

 キリトはアスナに言われて、顔を赤くしながら、驚いていた。俺は結婚を申し込まれたんだなーって緩い感じで聞き流した。

 

「ふ、その様子じゃ、他に仲のいい子とか居ないでしょ」

「良いんだよ。ソロなんだから」

 

 キリトは照れ隠しにカップに入っていた飲み物を飲み干していった。アスナもカップに口を付けて飲んでいく。飲み終わったら、アスナが何か決めた様な表情でこちらを向いた。

 

「キリト君にサクラ君は、ギルドに入る気は無いの?」

「え?」

「ベータ出身者が集団に馴染まないのは分かってる。でもね、70層を超えたあたりから、モンスターのアルゴリズムにイレギュラー性が増して来てる気がするんだ」

「うん」

「そうだね」

 

 そう、確かに70層を越えたあたりから、モンスターのアルゴリズムに変化が生じてきているのは確かに思い当たる節は幾つもある。だけど、安全マージンを幾重にも重ねているから、多分、問題ないだろう。

 

「ソロだと想定外の事態に対処できない可能性があるわ。いつでも緊急脱出できる訳じゃないのよ?」

「俺の方は大丈夫だよ。安全マージンはきちんととってるし、無理はしてないから」

「サクラと同じで安全マージンは十分とってるよ。それにパーティーメンバーは俺の場合、助けるより邪魔になる方が多いし」

「あら?」

 

 そう言って、アスナはキリトに向けて、食事用のナイフを手に取り、素早くキリトに突き付けた。俺もフォークをキリトに突き付けた。キリトは片手を上げて、降参の意思表示をした。

 

「分かったよ。アスナとサクラは例外だ」

「そ」

「はぁ~」

「なら、久しぶりに私とパーティーを組みなさい」

「な!?」

「今週のラッキーカラーは黒だし」

「な、なんだそりゃ! そんな事言ったって、アスナ、ギルドはどうするんだよ!」

「うちはレベル上げノルマとか無いし」

「じゃ、じゃあ、あの護衛は!?」

「置いて来るし」

 

 キリトは言い負かされそうになって飲み物を飲もうとしたが、残念ながらカップの中は空だったようで、アスナがポットを持って、手を出すと、少し恥ずかしそうにキリトはカップを渡した。そして、アスナはキリトと俺にパーティー申請を送ってきた。

 

「最前線は危ないぞ」

「馬鹿キリト」

 

 キリトは飲んで、苦し紛れに最前線が危ない事を言ったが、それは攻略組に居る者は誰しもが知っている事であり、アスナももちろん知っていた。そして、アスナが使用したナイフに紫色の光が灯り、キリトの目前で止まった。そして、キリトは完全に負けて、片手を上げた。

 

「わ、分かった」

「あ、悪い、アスナ」

「ん? サクラ君はどうしたの?」

「明日はクラインのギルド風林火山と一緒に攻略する予定なんだよ。だから、パーティーを組むにしても明日以降になるが良いか?」

「ふ~ん、まぁ、良いわ」

「サンキュー」

 

 これで、キリトとアスナはパーティーを組んだ。これでキリトとアスナの気持ちが進展してくれればいいんだけど。などと、邪推した。そして、時間が少し過ぎて、俺達は自分のホームに戻ることとなった。

 

「まぁ、一応お礼を言っておくわね。ご馳走様」

「それはキリトだけでいいよ。入手したのキリトだし、それじゃお休み」

 

 俺はキリトを置いて、先に転移門前に歩いて行く。キリトは何か言おうとしたが、残念ながら、アスナの方にかかりっきりなるだろうから、スルーで良し。

 

「ふぅ~、ただいま」

 

 俺は50層のホームに帰り、そのままベットにダイブし、明日は確か、10時頃に転移門前に集合だったはず、と考えていたら、簡単に眠りについた。



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黒の剣舞、新たな装備

 翌朝の9時頃、俺は風呂に入って、その後、バケットサンドを作っていた。そして、バケットサンドを人数分作ったら、約束の時間まで、1時間の余裕があったから、先に行って、ポーションとかをポーション補充し、新しい装備が出来たらしく、74層で渡すと言われてしまい、74層のカームデットに行ったら、キリトが眠そうな表情をしながら、アスナを待っていた。

 

「ん、来ない。んはぁあ」

「おはよ、キリト」

「あぁ、サクラ、おはよ。クライン達は?」

「まだだよ。1時間くらい早めに来たからね。ここでポーションの補充と、多分、このカームデットでうろうろしてる、俺の鍛冶師が居ると思うから、そこで装備を受け取って、クライン達と合流する予定」

「へ~、新しい装備か、気になるな」

「まぁ、攻略を進めて行ったら、何処かでかち合うさ、その時見せるよ」

「おー、楽しみにしとく」

 

 そう言って、俺達は会話を続けていくと、転移門が光って、誰か転移してきたらしい。

 

「きゃー、避けて!!」

「ん?」

「なんだ?」

 

 転移門から転移してきたのはアスナだった。多分、走ってジャンプしたまま、転移門に入ったのだろう。そのままジャンプした状態で出てきたと推測をして、俺は左側にローリングして回避した。キリトは回避に間に合わなかったようで、アスナと衝突して、土煙を上げた。

 

 

「いててて、ん、なんだ、これ?」

「お~い、2人とも大丈夫か?」

「い、いやー!!」

「キリト!?」

 

 2人が衝突した後、安否を確認するために声を掛けたら、キリトがいきなりビンタされて、吹き飛び、近くにあった柱に叩きつけられた。まぁ、圏内だしHPは減らないし、痛みもないが、大丈夫か心配になり、キリトの元に駆け寄った。

 

「大丈夫か!? キリト!!」

「いって、あぁ、サクラ大丈夫だ。ん?」

 

 キリトは先程の人物がアスナであった事に気付いたのか。視線を合わせようとすると、何だか、気が付いた様子で、手を握ったり開けたりを繰り返していた。いったい何をやってるんだ?

 

「や、やあ、おはよう、アスナ」

「き!」

「ひ」

 

 何故か、アスナはキリトを睨んだ。そこで、キリトがアスナに何かしたんだと思った。多分、あの状況だったからと、予想は出来るが、言わぬが花でもあるし、アスナの名誉のために言わないでおこう。そうした後、もう一度転移門が光った。また誰かが来たのだろう。そう考えていると、アスナがキリトと俺の後ろに隠れ込んだ。

 

「あ、なんだ?」

「一体どうしたんだよ。アスナ?」

 

 転移門から出てきたのは、昨日の護衛で、名前はクラディールだったはず。が出てきた。多分、状況的にアスナを追いかけてきたんだろう。

 

「アスナ様、勝手な事をされては困ります。ギルド本部まで戻りましょう」

「嫌よ。大体あんた、なんで朝から家の前で張り込んでるのよ」

「な!?」

「マジで?」

「こんなこともあろうかと、一ヵ月前からずっと、セルムブルグでアスナ様の監視の任務に就いておりました」

「それ、団長の指示じゃないわよね」

「私の任務はアスナ様の護衛です。それには当然ご自宅の監視も」

「含まれないわよ馬鹿!」

 

 俺はクラディールの言葉を聞いて、一言、ストーカーじゃん!! それも任務と言いはれば何でも出来ると思っている質の悪いストーカーだと思った。物凄く、アスナに同情してしまった。

 

「はぁ、聞き分けの悪い事をおっしゃらないで下さい」

「いやいや、聞き分けの悪いって、それはあんたの方だろう」

 

 俺は流石に何も言わずには居られなかった。だって、これ思った事は全部本当だったのだ。

 

「な! 我が承った任務を愚弄する気か!!」

「別に任務に関しては愚弄してないよ。愚弄したのはお前な、馬鹿な事を言っているのに、言い返してなにが悪いんだ?」

「な」

「だって、女性プレイヤーの家を監視って、普通に迷惑行為だぞ、現実ならストーカーとかで警察のお世話になるぞ。任務だからとか関係なく、されて欲しくない事の一つじゃないのか? あんた馬鹿なのか? それ以外にも無理矢理、連れ戻そうとするのは駄目だろ。アスナ、今日はギルドの用事はあったのか?」

「ううん、今日は何も予定はない日だから」

「まぁ、仕事が残った状態で来たんだったらまだ、連れ戻そうとする行為は分かるけど。何も予定が無い日なら、アスナの自由意思を尊重しないと」

「黙れ! アスナ様、行きますよ」

 

 俺は思った事を言ったが、クラディールは取り合わない様子で、アスナの手首を握って、連れて行こうとした。だけど、クラディールの手首を握ったプレイヤーが1人いた。

 

「ん?」

「悪いな。お前さんとこの副団長は今日は俺の貸し切りなんだ。アスナの安全は俺が責任持つよ。別に今日、ボス戦をやろうって訳じゃない。本部にはあんた一人で行ってくれ」

 

 おー、かっこいいですね。キリト。クラディールの表情がもっと険しくなった。俺が言った事に言い返さず、咆えて、黙らしただけの弱い人。キリトと俺はそんなに目障りなんだろうか?

 

「貴様ら、ふざけるな! 貴様らの様な雑魚プレイヤーにアスナ様の護衛が務まるか!! 私は栄光ある血盟騎士団の…」

「あんたよりかは、務まると思うよ」

「そうだね。血盟騎士団に入れるのは栄誉あることだとは思うけど、それを笠にして威張るのは無理だと思うよ。だって実力が違うから」

「そこまでデカい口を叩くからには、それを証明する覚悟があるんだろうな」

 

 そう言って、クラディールはデュエルをキリトに申し込んできた。俺には申し込まないの? 残念。

 

「良いのか?」

「大丈夫、団長には私が報告する」

 

 アスナに確認を入れたら、アスナは自分から報告すると言った。キリトはデュエルの方式を初撃決着モードに設定して、デュエルを受けた。

 

「ご覧ください、アスナ様。私以外に護衛が務まる者など、居ないと証明しますぞ」

 

 デュエルが開始されるまで残り40秒の所で、俺はどこかから、誰かに見られていると思い、周囲を見渡すが、残念ながら、人が多過ぎて、その感覚は勘違いだったのかと思った。

 

「ソロのキリトと血盟騎士団がデュエルだって」

「見ものだな」

 

 なんとまあ、お祭り気分なんだろうな。まあ、キリトが負ける事は無いだろうから、問題ないしな。そして残り時間が10秒を切った。後、3、2、1、デュエルが開始された。キリトとクラディールがソードスキルを使用して、突進した。クラディールは大剣の上段のソードスキル、キリトが片手剣の下段のソードスキル、普通ならキリトが先に攻撃されて終わりだろうけど、キリトがやろうとしている事が俺には分かった。

 

「武器破壊か、まあ妥当だね。あんな武器、壊してくださいって言ってる様なものじゃん」

「え? サクラ君も武器破壊できるの?」

「無理無理、俺には無理、キリトだから出来る事であって、俺なら絶対盾で護り切ってから攻撃するね」

「武器を変えて仕切り直すなら付き合うけど。もういいんじゃないかな?」

 

 アスナが俺も出来るのかと説明を求めてきたが、俺は無理だと即答で言った。だって、俺なら普通に守るから、そんな話をしていたら、キリトから、クラディールにもう終わりにしようと言った。うん、クラディールに勝ち目がないから、仕方がないね。

 残念な事にクラディールは諦めの悪いと言うか、あれは負けを認められない駄目な大人って感じがして、ストレージを開き、今度は大剣と同系統の短剣を持って、キリトに向かって突き付けようとしたが、今度はアスナが出て行き、短剣を細剣で器用に弾き飛ばした。

 

「アスナ様、アイツが小細工を、武器破壊も何か仕掛けがあったはずです」

「武器破壊は、あんたの武器が柄の所が細く次第に太く作られている武器だから、そんなの細い所にソードスキルを当てれば、高確率で壊せるよ」

「クラディール、血盟騎士団副団長として、命じます。本日をもって、護衛役を解任、別名があるまでギルド本部で待機。以上」

「何だと」

「何だとって、当たり前じゃね?」

「この…!」

 

 俺とキリトに視線を向けたクラディールはその視線は悪意のある視線だった。だけど、周りにプレイヤーが居たため、肩を落として、ゆっくり転移門に歩いて行き、転移した。それを見届けた俺とアスナとキリトはアスナが疲れた様子で倒れてきた。それを受け止めたのはもちろん、キリトです。

 

「ごめんなさい、嫌な事に巻き込んじゃって」

「いや、俺は良いけど。そっちの方こそ大丈夫なのか?」

「えぇ」

「アスナ、アスティルの葉を使った紅茶だ。ハーブティー見たいで落ち着くよ」

「サクラ君、ありがとう」

「どういたしましてと言っておこうかな。キリトも言ってたけど、大丈夫か?」

 

 俺はアイテムストレージから、アスティルの葉で作った疑似ハーブティーを取り出して、コップに入れてアスナに手渡した。アスナはそれをゆっくり飲みながら、俺にもお礼を言った。だけど、そのお礼は不要だと思ったが、一応受け入れた。

 

「今のギルドの息苦しさはゲーム攻略だけを最優先して、メンバーに規律を押し付けた私の原因だし」

「それは仕方ないって言うか、逆にアスナみたいな人が居なかったら攻略ももっとずっと遅れてたよ」

「そうだね。アスナだけが、悪い訳じゃないと思う」

「ソロでダラダラやってる俺達に言えた義理じゃないけど。だから、アスナも俺みたいないい加減な奴とパーティー組んで、息抜き位したって。誰にも文句言われる筋合いない、と思う」

「まぁ、ありがとうと言っておくわ。じゃあ、お言葉に甘えて今日は楽させてもらうわね。フォアードよろしく」

 

 俺にアスナはコップを返して、キリトの肩を叩いて、迷宮区の方角に歩いて行った。あぁ、キリト、完全にフォアード確定したな。頑張れ、キリトならできると言う意思を込めて、キリトの肩に手を置いた。

 

「ちょ、ちょっと待て、フォアードは交代だろ!」

 

 そう言いながら、キリトはアスナの後ろを追いかけて行った。俺はその後ろ姿を見ながら、多分、嬉しそうに微笑んでいる事だろう。趣味が悪いとも思ったが、でも良い事なんだと思う。

 

「さ~て、まずは鍛冶師と合流しないとな」

「お~い、サクラ!」

「お、遅かったな」

「悪い悪い、ここの店売りの武器の種類を見てたんだ。何かあったのか?」

「まぁ、ちょっとな。それでベスタ、用意した物はきちんとあるんだろうな?」

「勿論だとも、これがサクラに頼まれていた防具と盾だ」

 

 俺はトレードに、装備の名前が出ていた。この鍛冶師ベスタに頼んだ、俺の新しい装備だった。俺はトレードから、性能を見て、十分だと判断した俺はトレードに必要なコルを移して、OKボタンを押した。

 

「これで、この装備はサクラの物だ。こき使ってやってくれ」

「オッケー、思いっきり酷使してやるからな」

「あぁ、………」

「ん? どうした?」

「あぁ、いや。ちょっとサクラと出会った時のことを想い出してな」

「あぁ、1年くらい前で、鉱石取りに行きたいけど、護衛料が殆ど払えないって言って、門前払いになってたよな~、まぁ、無銘の頃だったから仕方ない茶仕方ないけど。いやー懐かしい」

「あ、あれは仕方なかっただろ。新しい鉱石を買った後だったんだから」

「だから、俺が武器の強化と引き換えに護衛したんだったよな」

「サクラの護衛は安定してたし、絶対に後ろに攻撃は届かせないっていう意思がひしひしと伝わってきたよ。だから、俺はサクラの専属鍛冶師に志願したんだ。その時の条件も厳しかったよな」

「そうか?」

「そうだよ。俺が納得する盾を一回で作れだなんて、無茶も良い所だろ」

 

 俺とベスタは最初に出会った頃のことを思い出しながら、思い出話に花を咲かせる。

 

「だけど、あの時の盾は大体4層分まで使えたんだよな。そこから、今まで使っていた盾にも何度もお世話になってる。ベスタには感謝してるよ。本当にありがとう」

 

 俺はベスタに向けて、頭を下げた。ベスタの防具と盾は俺の命を何度も救ってくれた大切な存在だからだ。だから、俺はその感謝の気持ちを偽らずに言った。ベスタは照れた様子だったけど、満更でもなかった。

 

「うん、こちらこそ、ありがとう。俺を助けてくれて、俺の我儘に付き合ってくれて」

「何で俺ら、お礼言い合ってんだろうな」

「そ、それはサクラが先にお礼言ったかあだろうが! 良くあんな恥ずかしげもなく言えるな。俺はもう行く、依頼が溜まってるからな」

「おう、本当にありがとう」

「また、生きて帰って来いよ」

「勿論だ」

 

 ベスタは俺の横を通り過ぎる時、生きて帰って来いと、嬉しいセリフを言ってくれた。そして、俺はクライン達が来るまでにポーションの補充を行った。そして、クライン達が来るまで、防具と盾を装備する。

 

「へ~、見た目は今までと同じ、布装備で一部プレートを使用して防御力を上げた感じか。それに蒼い色を基準として、所々白色のラインが施されてるな。うん、良い見た目だ」

 

 装備を装着して、メニューウインドウを確認した。メニューウインドウには装備を着た状態のアバター姿が見れる。装備の見た目はフェイタルバレットの男性キャラの初期装備の色合いを変えた様な服装

 

「えーと、装備名はFirmament Series、大空シリーズか、良い名前だな」

 

 俺は装備を纏って、装備名を確認すると、大空と言う良い名前の防具だった。そして盾の握った感触、どっしりとくる重さ、俺が使い易いように考えられたバランス、うん、やっぱりベスタは良い仕事するよ。

 

「おーい、サクラ! 待たせたか?」

「あ、クライン、それに風林火山の皆、別にそんなに待ってないよ」

「お~、そりゃよかったぜ。それにしてもサクラ、防具変えたか?」

「うん、ベスタに作って貰ったよ」

「ベスタか、いい仕事する職人だよな」

「そうだね。それで準備はばっちり?」

「勿論だ。さっさと迷宮区に行こうぜ」

「はいはい、それじゃ、今日はよろしくお願いします」

 

 俺はクラインとその仲間に挨拶してから、パーティーに入れて貰った。もう、クラインとは最初の頃からの付き合いなので、畏まる必要はないが、それでも親しき中にも礼儀ありと言う言葉がある様に、最低限の礼儀は弁えている。

 

「サクラ、2体引き付けといてくれ!」

「オッケー! その代わり、さっさと倒せよ」

「おっし、任せろ!」

 

 迷宮区に入った俺達は昨日のリザードマンを相手取っていた。まぁ、ぶっちゃけ、7人で5体のリザードマンを倒すんだし、クライン達は実力もあるから、3体を相手にしても大丈夫だろ。

 

「へぇ~、クライン達の連携は大丈夫そうだな」

「サクラ、大丈夫か?」

「終わったんだったら、攻撃してくれ」

「おー」

 

 俺達7人はリザードマン、デモニッシュ・サーバントを何体か倒していった。俺は盾や防具の感触も同時に確認していく。両方とも前回と同様に俺のために作られたと分かるくらい、手に馴染んでいく。

 

「そろそろ、安全エリアだから、休憩しようか?」

「そうだな、おーい、休憩すっぞ!」

 

 俺が安全エリアがあり、休憩しようと提案すると、クラインも頷いて、ギルドメンバーに休憩することを伝えるために声を出した。




すみません、14話の青眼の悪魔は、一度削除させてもらいました。出した後、何か違うなと感じまして、書き直させてもらいます。誠にすみませんでした!


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青眼の悪魔

ボツから多少、書き直させていただきました。


安全エリアに入ると、キリトとアスナが立ち上がり、こちらに視線を向けていた。俺はその下を見ると、バスケットがあったので、ここで休憩がてら、食事でも取っていたのだろうと予想を付けた。

 

「あぁ、くたびれた」

「きつかったな」

「ようやくだな」

「おぉ、キリト! 暫くだな」

 

 え、キリト、クラインとあんまり会ってなかったんだ。まぁ、会う時ってボス攻略の時とか、くらいしかないのか? 俺は良くクラインのギルドと一緒に攻略してたから、今でも週に2~3回は呼ばれるときがあるぞ。

 クラインはキリトを発見して、近付いた。キリトはクラインを見ると、顔を下に向けた。多分、まだ最初の時の罪悪感が残ってるのかな?

 

「まだ生きてたか、クライン」

「相変わらず愛想のねえ、野郎だ。あれ? なんだよ。サクラ以外とは、ソロのお前が女連れって、どう言うこ、と、なんだ?」

「あぁっと、ボス戦で顔を合わせてるだろうけど、一応紹介するよ。こいつはギルド、風林火山のクライン。で、こっちは血盟騎士団のアスナ。ん? おい、何とか言え、ラグってんのか?」

 

 クラインがキリトに近付いて、話し始めると、キリトの隣に居たプレイヤー、まぁ、アスナを見た。そしたら、後ろからだけど、何となく表情が予想で来てしまった。キリトはどっちとも知っているだろうが一応自己紹介をしたが、クラインは固まってしまっており、何の変化もしなかったため、顔に手を振ってラグってるのかと聞いていた。

 

「こ、こんにちは、クライン、24歳、独身恋人募集、グホォ!」

 

 あ、キリトがクラインを殴った。まぁ、イエローにはならない程度の力加減だったが、キリトのSTRは高かったから、クラインはちょっと飛ばされて、背中から倒れた。まぁ、いきなり恋人募集中って言うクラインも悪いとは思うが、殴っちゃ駄目でしょ、キリトよ。

 

「「「「「リーダー!!」」」」」

「あ、あぁ」

 

 クラインが殴られて、倒れた時、ギルドメンバーが、キリトの前側を囲った。報復とかするのかとも考えたが、それは無いなと、思い、歩いてキリトの場所に向かった。

 

「「「「「あ、アスナさんじゃないですか!!!」」」」」

「きゃ」

 

 ギルドメンバーが、なんか嬉しそうにアスナに話しかけ始めた。アスナはちょっと戸惑っていた。キリトがギルドメンバーをアスナに近付けさせない様に壁の役割を果たしていた。

 

「ま、まあ、悪い連中じゃないから、リーダーの顔はともかく。ぐぎ、お前」

「ははは、お返しだ」

 

 あ、キリトの足をクラインが踏んだ。それが見えたあたりで、またクラインとキリトの言い合いが始まった。スゲー、しょうもない言い争いだけど、それを見たアスナが、笑った。面白かったのだろう。

 

「どう言う事だよ。キリト」

「あー、その」

「こんにちは、暫くこの人と、明日からサクラ君も合流してパーティーを組むので、よろしく」

「キリト! てめぇ」

「ちょ、待てって! って、なんで俺だけなんだよ。サクラは!?」

「サクラには飯とか色々お世話になってるから、何も言えないんだよ! 畜生!!」

 

 キリトとアスナがパーティーを組む事となったのが不満なのか、その不満と言うか、羨ましいと言うのを、キリトに当たった。俺に対しては、なんかご飯とか弁当とか作ってたからか、言えないらしい。まぁ、アスナは綺麗だから羨ましがられても文句は言えんが、アスナが誰とパーティーを組もうともそれは本人同士の問題だから、口出しすることはないんじゃないのを知っている風林火山のメンバーは羨ましがっても、それ以上の誹謗中傷はしない、良いギルドだと思ってる。

 

「クライン、そろそろ、昼食にしないか?」

「あぁ~、そうだな。サクラ、頼む」

「はいはい、そんなに料理スキルは上げてないから、美味しくはないぞ」

「いやいや、サクラの料理は美味いぞ」

「はぁ、ありがと」

 

 俺はそう言って、クラインにバスケットを渡した、中には6個の大きなバケットサンドが入っており、クラインは自分のを取って、残りの5個をギルドメンバーに渡し、胡坐をかいて食べ始めた。

 

「うーん、やっぱ、サクラの料理は美味いわ」

「だよなだよな」

「うめー」

「飲み物もあるから、欲しい奴は言ってくれ」

「あ、サクラ、ちょうだい」

 

 クライン達は俺が作ったバケットサンドを齧り付き、思い思い感想を口に出していた。まぁ、美味いって言われるのは嬉しいけど、アスナと比べたら、まだまだだろうな。そして、俺も食べながら飲み物を取り出して、メンバーに渡していく。

 

「ぷはー、ご馳走様」

「「「「「ご馳走様でした!!」」」」」

「はい、お粗末様」

 

 俺達は昼食を食べ終わると、立ち上がった。ん? 足音が聞こえるな、足音は大体14人から20人って所か。

 

「キリト君」

「あれは、軍の奴らか?」

「第1層を支配している巨大ギルドが、どうしてここに?」

「25層攻略の時に、大きな被害が出てから、クリアより、組織強化って、前線に来なくなってたけど」

「そう言えば、軍が攻略に乗り出したって噂を聞いたけど、本当だったとは」

「あ?」

「休め!!」

 

 軍のメンバーが1人の幹部かな? その大きな声に従って、休息をとった。幹部は問題ないようだけど、メンバーは凄く疲れていた。幹部はそのまま、こちら側に歩いてきた。

 

「私は、アインクラッド解放軍、コーバッツ中佐だ」

「キリト、ソロだ」

「同じくソロのサクラだ」

「君らはもうこの先も攻略しているのか?」

「あぁ、ボス部屋の前まではマッピングしてある」

「ふん、では、そのマッピングデータを提供してもらいたい」

 

 このコーバッツって人は威圧的な気がする。そしてマップデータって自分で歩いて調べたものを提供してくれとは、駄目だろ。しかもタダでとは普通は頭でも下げて、誠意を見せる所だろと思った。それを思ったのが俺以外に居た。しかも声に出して抗議までしたのはクラインだった。

 

「タダで提供しろだと!? てめぇ、マッピングする苦労が分かって言ってんのか!」

「我々は一般プレイヤーに情報と資源を平等に分配し、秩序を維持するとともに! 一刻も早く、この世界からプレイヤー全員を解放するために戦っているのだ!! 故に、諸君が我々に協力するのは当然の義務である!!」

「あなたね!」

「てめぇ」

 

 流石はクライン、こう言う事をキチンと言えるのがクラインの良い所だよな。それにしてもコーバッツの物言いに、流石にアスナとクラインは怒った。まぁ、分からない訳ではない、俺も実際に顔に出さないだけで、怒っているからな。

 

「よせ。どうせ、街に戻ったら公開しようと思ったデータだ。構わないさ」

「おいおい、それは人が良すぎるぜ、キリト」

「マップデータで商売する気は無いよ」

 

 そう言いながら、マップデータをコーバッツに渡した。コーバッツはマップデータの受け取りを確認したら、小さく頷いた。

 

「協力感謝する」

「ボスにちょっかい出すなら、止めといた方が良いぜ」

「それは私が判断する」

「さっき、ボスの部屋を覗いてきたけど、生半可な人数でどうにかなる相手じゃない! 仲間も消耗してるみたいじゃないか!」

「私の部下たちはこの程度で根を上げる軟弱ものどもではない!! 貴様ら! さっさと立て!!」

 

 あ、お礼は言える人だったが、自己中心的な考えの持ち主なのか、キリトが忠告しても聞く耳持たず、軍のメンバーを立たせて、ボス部屋に向かって行った。軍のメンバーはよっこらせと言うような、ゆっくりと立ち上がった。疲れてるでしょ、精神的に。

 

「大丈夫なのかよ、あの連中」

「あの様子じゃあ、コーバッツは仲間を見てないから、ボスと戦ったりしたら全滅するな」

「いくら何でもぶっつけ本番でボスと戦ったりしないと思うけど」

「一応、様子だけでも見に行くか」

 

 歩き出した軍を見て、クラインが安否を心配した。俺が見た限り、ボスと戦えば全滅すると予想を立てた。だって、精神的に疲れており、集中力が低下してるし、どうにもレベルがギリギリだとも思ったからだ。アスナは純粋に心配して、キリトが様子を見に行こうと言うと、俺達は笑顔で付いて行くと言葉では言わなかったが、目が物語っていた。

 

「どっちがお人好しなんだか…」

「俺からしたら、どっちも十分、お人好しだよ」

「サクラが言うな、お前も十分お人好しだろうが」

 

 俺とキリトは先に歩き始めた。その後ろに風林火山のメンバーが喋りながらだけど来ていた。俺は聞き耳スキルは熟練度がMaxなので、クラインが言い淀んだのが聞えた。

 

「あぁ、その…、アスナさん。えぇっとですな、口下手で不愛想で戦闘マニアの馬鹿タレですが、キリトの事、よろしく頼んます」

 

 あ、多分、頭下げたな。用心深いと言うか、心配性って言うか、まぁ、だから風林火山って言う、良いギルドを作れたんだろうけどな。

 

「何笑ってんだよ?」

「ん? あぁ、別に思い出し笑いだよ」

「ん、そっか」

 

 俺が微笑んでいると、キリトが笑ってるのか聞いてきた。俺は笑いながら、何でもないと言って誤魔化した。クラインの事は何も言わないでおこうとも思ったのだ。

 

「はい、任されました」

 

 そして、アスナとクラインも追いついて、一緒にボス部屋前まで、歩いて行く。まぁ、完全に一番最初が俺とキリトで、次にクラインとアスナ、一番後ろが風林火山のメンバーって感じの並びだ。そして、ボス部屋まで残りは一本道の所まで来た。

 

「この先はもうボスの部屋だけなんだろ? ひょっとして、もうアイテムで帰ったんじゃね?」

「だあああああああ!!」

「アスナ! サクラ!」

「うん」

「おう」

 

 クラインが帰ったと言った直後にボス部屋方面から大きな悲鳴が聞こえてきた。だから、俺とキリト、アスナは走り出した。クラインが追おうとしたが、モンスターがリポップして、道を阻まれた。

 

「馬鹿!」

「忠告聞いてなかったな! アイツら」

「おい! 大丈夫か!?」

 

 俺達はボス部屋に着いたら、そこはボスのグリームアイズに攻撃されて、瀕死とは言わないが、膝を着いたり、頑張って守ったりしている軍のメンバーが居た。

 

「なにしてる! 早く転移結晶を使え!!」

「ダメだ! け、結晶が使えない! うぁああ!!」

「あ」

「今までボスの部屋にそんなトラップ存在してなかったのに」

 

 ボス部屋に等々、結晶無効化のトラップが配置された。キリトの方に少し視線を向けると、キリトは何かを想い出しているような感じだった。多分、27層のトラップエリアを想い出したのだろう。

 

「我々、解放軍に撤退の二文字はあり得ない! 戦え、戦うんだ!!」

「馬鹿野郎」

「逃げろ! 死ぬぞ!!」

「おい、どうなってるんだ?」

「ここでは転移結晶が使えない、俺達が斬り込めば、退路は開けるかもしれないが」

「な、何とかできないのかよ」

「全員、突撃!!!」

「「「「おおお」」」」

「やめろ!!」

 

 俺らが声で幾ら呼び掛けても、コーバッツは戦えと言うばかり、そこにクライン達が追い付いて、状況を聞いてきたから、キリトが簡潔に説明したが、その間にコーバッツが軍のメンバーに攻撃命令を出した。軍のメンバーは律儀にその命令を守り、ボスに攻撃をしていくが、ボスのブレスと、大剣のソードスキルによって、何人かのプレイヤーが死亡し、他の大勢が瀕死の状態になっていく。

 

「おい、しっかりしろ!!」

「あ、ありえ、ない」

 

 ボスの攻撃で入り口近くに飛ばされたコーバッツの最後の言葉だった。そして、その言葉を最後に光の欠片になって、消滅した。

 

「そんな…」

「うあああああぁぁぁ!!」

「だめ、ダメよ。もう、だめええええ!!!」

「アスナ!」

「クライン達は、軍の連中を外に!」

「たく、もうどうとにもなりやがれ!」

 

  悲痛な声と共にアスナが細剣に手をかけながらグリームアイズに向かっていってしまった。俺とキリトはアスナの後を追って、バス部屋に入っていった。背後でクラインが叫んだが、仲間と共に俺が言った事をしてくるようだ。

 そして、アスナのソードスキルによって、軍のプレイヤーに攻撃されるところをターゲットがアスナに変わり、アスナはグリームアイズの大剣の振り払いを何とか回避したが、殴られ、地面に転がった。

 

「やらせるかぁぁああ!!!」

 

 俺はグリームアイズが大剣でアスナを攻撃しようとしたが、アスナの前に立ち、盾を構えた。

 

「はあああああ!!」

「グガアアアアアア!!」

 

 グリームアイズの攻撃は重く、弾き切れなかった。だが、俺のHPが多少減っただけで、アスナのHPは一切減っていない。そして、ターゲットは未だ、アスナのままで、アスナに攻撃しようと、大剣で攻撃してくる。

 

「通さない!!」

 

 何とか、盾で防御しているが、何回か攻撃を受け切れずダメージを受けてしまう。それ以外にはターゲットが俺に変わった事と、アスナとクラインがグリームアイズに攻撃していると言うことくらいだろう。2人に攻撃されないように、俺は盾スキルの〈デュアルシャウト〉や他の挑発系スキルを使用して、グリームアイズのターゲットを変更されないようにしていた。

 

「サクラ! 10秒」

「20秒稼ぐ!」

「頼む!」

 

 キリトが時間を10秒稼いで欲しいと言おうとしたけど、俺はキリトが何をしようとするのか分かったため、

キリトの言葉を遮った。20秒までなら、無理をしないギリギリで稼げると判断したからだ。キリトも了承した。

 

「クライン! そこを離れろ!!」

「え? お、応!」

 

 それから、10秒経ったかどうかと言ったところだ。俺は変わらず挑発系スキルを使用して、グリームアイズからターゲットを取りつつ、大剣の突きをパリーしたり、回避したりと対応している。アスナとクラインも各自でグリームアイズに攻撃をしたりしているが、正直、ダメージは微々たるものだろう。だが、諦める訳ないはいかない。

 

「あぁ、後10秒が長い!」

「サクラ君!」

「サクラ! スイッチ!!」

「了解!」

 

 アスナが何か言おうとしていたが、アスナの声に合わせるように、キリトの声が聞えてきた。十分な時間は稼げたと言う事だろう。そう思いながら、迫りくる大剣の矛先を盾でパリーする。キリトの行く道を作る。

 

「キリト!!」

 

 俺の声と共にキリトが真横を疾走する。そして、キリトから聞いた鍛冶師から作って貰った、緑青色とでも言うべき鮮やかな色の剣が左手で握っていた。右手にはいつもの漆黒の剣【エリュシデータ】。この二振りの剣による同時攻撃でグリームアイズはその場で大きく仰け反り、胸にはクロスするようなダメージエフェクトが刻まれている。

 

「スターバースト・ストリーム!」

 

 名は体を表す。キリトのソードスキルを見て、そう感じた。二振りの剣の斬撃とそれに灯ったソードスキルの光ポリゴンが弾け消えていく様はまさに大量の流れ星と思った。そして、ボスのHPバーの最後の一本がレッドゾーンに落ちた。だけど、その代りキリトもボスの攻撃を何度か受けてしまい、HPはレッドまで削られていた。

 ボスの最後の悪足掻きばかりに、左手で今まさに自身を斬り裂こうとした【エリュシデータ】の一撃を受け止め、あれだけ連撃を受けながらも手放さなかったその巨剣で、キリトを貫かんとばかりに突き出される。

 

「その攻撃は、通さない!」

 

 俺はキリトの邪魔にならない位置で、ボスの攻撃を受け止める。受け止めた盾と大剣で、金属同士が弾き合う音と火花を散らし、緑青色の剣による突きがグリームアイズの胴体に突き刺さった。

 一拍おいて砕け散るグリームアイズだったポリゴン。congratulationsの文字が宙を踊るがそんなものに割ける気力もなく俺とキリトは互いに背を預けて座り込んでしまった。

 

「はぁ、はぁ、キリト、生きてる?」

「サクラは?」

「喋ってるから、生きてるよ」

「こっちもだ」

 

 俺達は生き残った。それは色々な要素が含まれているが、もし、軍がボスに僅かでもダメージを与えていなければ、アスナのソードスキルが決まっていなかったら、俺がボスの攻撃に耐えきれなかったら、キリトのソードスキルのダメージが少なかったら。

 などと、考えたが、何か一つでも欠けていたら、勝てるはずもなかった薄氷の勝利を確かに掴んだのである。



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ボス戦後

 俺のHPはレッドゾーンに入っており、残り一撃でも食らったら、死ぬくらいのHPしか残っていなかった。多分、キリトも同じくらいだろう。って考えながら、俺はハイポーションで減ったHPを回復していく。

 

「キリト君!」

 

 俺が、ハイポーションを飲み終えた後、涙目のアスナがキリトに抱き付いた。俺達の周りには軍の生き残りと、風林火山のメンバーが周囲を囲んでいた。

 

「馬鹿、無茶して」

「あんまり、締め付けると俺のHPが無くなるぞ」

「だったら、これでも飲んどけ」

 

 俺は抱き付いているアスナの邪魔にならない様に、キリトにハイポーションを渡した。キリトはいきなり、渡されて少し驚いていたが、それがハイポーションだと分かったら、小さくお礼を言って、飲んだ。飲み終わったら、クラインがちょっと前に出てきた。

 

「コーバッツと、後2人死んだ」

「ボス攻略で犠牲者が出たのは、67層以来だな」

「また、助けられなかった、か…」

「こんなのが攻略って、言えるかよ。コーバッツの馬鹿野郎が…死んじまったら、何にもなんねぇだろうが」

 

 少し、顔を伏せて、言った。その姿は黙祷しているような感じだった。だけど、クラインは首を振って、キリトの方を見た。何となく、言いたい事の予想が付いた。

 

「それはそうと、おめぇ、さっきのは?」

「言わなきゃ、…ダメか?」

「たりめぇだ。見た事ねえぞ、あんなの」

 

 本当に言いたくなさそうな感じがしたが、クラインはそれを押し切って、聞いてきた。キリトも少し考えて、諦めたのか、話し始めた。

 

「…エクストラスキルだよ。二刀流」

「しゅ、出現条件は?」

「分かってたら、もう公開してる」

「情報屋のスキルリストにも載ってねぇ、ってことはお前専用のユニークスキルじゃねえか。たく、水臭えな、キリト。そんなスゲー裏技黙ってるなんてよ」

 

 クラインはキリトのスキルを聞いて、メニューから、情報屋から買っていたのか、現在の出現しているスキルを確認して、キリトの二刀流が無いと、少し明るそうに言った。

 

「半年くらい前、スキルウインドウを見たら、いつの間にか二刀流の名前がそこにあったんだ。でも、こんなスキル持ってるって知られたら…」

「ネットゲーマーは嫉妬深いからな。俺は人間が出来てるからともかく、妬み嫉みはそりゃあ、あるだろうな…。それに……。まぁ、苦労も修行のうちと思って頑張りたまえよ。若者よ」

 

 クラインが良い事言ったと思ったら、顔が少し下種くなった。多分、キリトの状況を見て、修行とかいろんな意味を持った事を言った。

 

「勝手な事を」

「転移門のアクティベート、お前達が行くか?」

「いや、任せるよ。俺はもうヘトヘトだ」

「俺も遠慮だ。今日は、もう帰って寝たい」

「そうか、気を付けて帰れよ」

 

 クラインはそう言って、俺達と別れて、次の75層に向かう為に、ボス部屋から出て行った。今回、俺は元々クライン達とパーティー組んでいなかったため、一緒に行かなくても問題なかった。

 

「おい、アスナ?」

「怖かった、キリト君が死んじゃったら、どうしようかと思って…」

「なに言ってんだ。先に突っ込んでいったのはそっちだろ?」

「そうだね。今回突っ走ったのはアスナだったよ」

 

 アスナが素直にキリトの無事に安堵し、少し涙声で言っていった。俺達は先に走り出したのはそっちが先だろと言うと、アスナは少しだけ、言葉を溜めた。

 

「私、暫くギルド休む」

「や、休んでどうするんだ?」

「キリト君とパーティー組むって言ったのもう忘れた?」

「………」

 

 俺はお邪魔みたいだな。こんな事になるならクライン達と一緒に75層の転移門のアクティベートしに行けばよかったな、なんて後の祭りか。…はぁ、出来るだけ声を出さずに、ひっそりとしておこう。

 

「ぁ…」

 

 キリトの小さな小さな「あ」と言う言葉が聞えてきた。俺はキリトと背中合わせで居るから、キリトの顔が見れなかった。残念だな。

 

「分かった」

「うん」

 

 2人のやり取りは、背中を合わせていた俺だけが、知っている。特等席ではなく、もはやお邪魔虫だろ、今ここに居る俺は。

 

「………

 ……

 …もう喋って良いか?」

「え? あ!」

「あ、うん、忘れてたのね。俺の存在を、まぁ別に構わないけどさ」

「そ、そうだな。サクラ、ありがとう」

「おう、俺は先に帰るわ、お2人さんは仲良く帰ってね」

 

 俺はそう言って、恥かしがる2人を背に、立ち上がり、急いでボス部屋の外に出て、転移結晶でアルゲートの自室に帰ることにした。自室に到着すると、緊張していた糸が解れたのか、何とか無理やり体を動かしてベットに倒れ込んで、泥沼のように眠った。

 そして、翌朝の2024年10月19日、第50層・アルゲートのエギルの店に俺は呼び出された。

 

「よーす、エギル、売れてる?」

「おぉ、サクラ、昨日はお疲れだったな」

「まぁね。出来れば次が無い事を祈るよ。それよりキリト居るよな?」

「おう、奥に居るぞ」

「そんじゃ、失礼ま~す」

 

 俺はエギルと一言二言話して、見せの奥にある倉庫に入って行った。そこにはしかめっ面の親友がエギルに入れたのか、飲み物を飲んでいた。

 

「くそ、どこか遠く離れた場所に、人が誰も来ないような辺鄙な田舎フロアに引っ越してやる!」

「引っ越しするのは良いけど、金あるのか? それに誰も人が来ないような辺鄙な場所ってあったっけ?」

「……探せばあるはず、きっと、多分」

「はいはい、まぁ1日2日でどうにかなるかは知らないけど、一応調べておくよ」

「冗談だけど、ありがとう」

 

 俺はキリトの愚痴を聞きながら、それに真剣とはいかないまでも、聞き流さずに一応調べると約束した。まぁ、そんな辺鄙な場所があるかどうかは知らないが、人が少なくて緑豊かな場所なら多少なりとも検討は付くから、そこらへん辺りから調べてみますか。

 

「軍の大舞台を全滅させた青い悪魔、それを単独撃破した二刀流使いの50連撃。そして、悪魔の攻撃を一身に受けてなお、立ち続け、仲間を守った守護者って。これは随分大きく出たな。ははは」

「へぇ~、俺のも載ってたんだ、それより守護者って何だ?」

「多分、二つ名みたいなモノだろ、気にせんでいいと思うぞ」

「ふ~ん、まぁ、どんな呼ばれ方をしようと、俺は仲間を守るだけだよ」

 

 エギルが店から奥に顔を出して、今日掲載された新聞を朗読していた。そこにはキリトの二刀流が書かれていたが、尾ひれが付いており、正確な情報ではなかった。そして、俺の情報も載っていた。

 

「尾ひれが付くにも程がある。そのせいで、朝から剣士やら情報屋に押しかけられて、ねぐらにも居られなくなったんだからな。サクラの部屋に行こうとしたら、先回りされてるから、仕方なくここに来たんだよ」

「そりゃー、あんたの自業自得なんじゃないの? あたし達だけの秘密だって言ったのをバラしちゃったんだから」

 

 キリトがそう愚痴ると、店の裏から誰かが入ってきたようで、キリトと仲が良い会話をしていた。知り合いかな? と言うか、秘密をバラしたって、この女性もキリトの二刀流を知っていたのか。

 

「あ、そう言えば、リズはサクラと会うのは初めてだったよな?」

「えぇ、そうよ。あたしはリズベット、48層でリズベット武具店の店主をしているわ。よろしく」

「あぁ、キリトのもう一本の片手剣を作った鍛冶師か、サクラです。よろしく」

「よろしく」

 

 俺とリズベットは、まぁ互いに軽い自己紹介をした。そして、何事もなかったかのように話を戻そうとすると、ドタバタとこの場所に走ってくる音が聞えてきた。

 

「はぁはぁ、どうしよ。キリト君。大変な事になっちゃった!」

「??? アスナ、大変な事だけじゃ、分からないから。主語を言って欲しい」

「え、サクラ君も来てたの!?」

「おう、20~30分前にメッセージで呼ばれてね。今日は完全にオフにしようと思ってたところにエギルの店に来てくれって言われたんだよ。それで、何が大変なんだ?」

「そうなんだ。あ、団長がね、キリト君に会って話がしたいって、言って来たの」

「へぇ、血盟騎士団団長のヒースクリフがね、キリトに会いたいと、何のようなんだ?」

 

 俺はアスナをもう少し話せるように落ち着かせて、何があったのか、聞いてみる事にした。そうすると、アスナから、珍しい人物の名前が出てきた。団長、それはアスナが所属しているギルド、血盟騎士団のトップに居る人物、俺が知る中で一番最初のユニークスキル、神聖剣の所持者にして、最強の盾や鉄壁、スキルの名通り神聖剣などの名高く、攻略組のトップと言っても過言ではないプレイヤー、ヒースクリフの事だった。

 

「昨日……あれから、グランザムのギルド本部に言って、合った事を全部団長に報告したの。それで……ギルドの活動をお休みしたい……って言って。その日は何も無くて戻ったんだ。……でも」

 

 アスナは息を呑んだ。てっきり承認されるとばかり思っていたんだけれど……それは違ったんだ。

 

「その……団長が一時退団を認めるのには条件があるって……、キリト君と立ち会いたいって……」

「な…」

「必死で説得したんだけど、どうしても聞いてもらえなくて」

「……でも、珍しいな。あの男がそんな条件を出してくるなんて」

「そうだね。そこに関しては同感だ」

「そうなのよ。……団長は普段ギルド活動所か、フロア攻略の作戦とかも私達に一任して全然命令しないの。でも……今回に限って何で……」

 

 アスナが必死で訴えたのに、その要望は聞かずに条件を出してくるなんて、ヒースクリフにしては珍しいなと思った。

 

「まあ兎も角、オレも一度グランザムまで行くよ。あの男に直談判してみる」

「いってらっしゃい」

 

 そう言って、アスナとキリトはグランザムの血盟騎士団ギルド本部に向かった。見ていて、キリトの足取りは重かったが、行くしかないと諦めたのか、アスナの後ろをトボトボと歩いた。俺はその後姿を眺めていた。

 

「サクラは行かなくてよかったの?」

「リズベットか、俺は呼ばれてないし、ただ話し合いに行くだけだろ? 何もデュエルをして奪い合う訳じゃないんだから」

「まあ、そうよね。後、あたしの事はリズで良いわよ」

「良いのか?」

「えぇ、キリトとアスナから何度も話は聞いてたからね」

「なら、リズ、よろしくな」

 

 キリトとアスナがリズに対して何の話をしているのか気になったが、まぁ、聞かない方が良いかも知れないし、聞かない事にしよ。そして、リズは用事が終わったのか、自分の店に戻っていった。

 

「それじゃ、エギル、買取頼むわ」

「お、ボスのドロップアイテムか?」

「まぁ、全部で1000コルで良いよ」

「おいおい、流石にそれは」

「その代わり、人が少なくて自然豊かな階層にある家を探してくれないか?」

「それでも、まだ、価値が足りんだろ」

「別に俺はそれだけで、良いんだよ。ご馳走様」

 

 俺はエギルにボスのドロップアイテムを売りつけたが、それだとつり合わないと言われてしまい。だったら、キリトが家を探していたから、その探すのを代わりにして貰おうと押し付けて、立ち上がった。話はこれで終わりと言うように。

 

「それじゃ、俺は帰って寝るわ、今日は家から出る予定は無かったんだけどな…」

「はぁ、分かった。家に関しては探しておくよ」

「ありがとう」

 

 俺はそれから、家に帰り、もう一回寝る事にした。と言うか、寝た。休日は1日中寝ているのが、俺の休日の過ごし方なのだが、今日は寝ても起こされる一日だった。

 

「聞いてるの? サクラ君」

「おぉ、聞いてる聞いてる。キリトとヒースクリフがアスナを奪い合う為にデュエルするんだろ、大丈夫聞いてるから」

「ち、違うわよ。団長もキリト君も、私の話聞いてくれないのよ…」

「そんな、嬉しそうな雰囲気醸し出されながら言われても、説得力ないぞ」

 

 俺はアスナにメッセージで話を聞いて欲しいと言われて、寝ていたのを、無理やり起きてアスナの家に向かった。まぁ、そろそろ醤油とかの料理アイテムが無くなりかけてたから、補充しに行かないとなって思っていたから丁度良かったんだけどね。

 アスナの家に着いたら、さっそく血盟騎士団のギルド本部に到着した後の事を聞かされた。だから、結果だけ簡潔に解りやすく言った。と言うか、リズに言った通りの事が起こって、正直笑いそうになったのを必死に堪えていた。だって、奪い合いなんて起きる訳ないと思っていたからだ。

 

「う、嬉しそうな雰囲気なんて醸し出してないわよ!」

「そうですか、まぁ、ヒースクリフが勝ってもキリトが勝っても、アスナはどっちでもいいだろ。正直なところ」

「え、どうして?」

「だって、キリトが勝ったら、そのまま、キリトとパーティーを組み続けるんだろ。そして、ヒースクリフが勝ったらキリトは血盟騎士団に所属するから、副団長命令でも何でもいいから。一緒に居れば良いだろ?」

「あ…」

 

 アスナは俺の言葉で、どっちが勝ってもキリトが自分の隣に居る事を想像できたのか、顔が少し赤くなっていた。

 

「それじゃ、アスナの愚痴を聞くのはこれで終了、あ、醤油、ありがとう」

「え、あ、うん。どういたしまして」

「まぁ、アスナがどっちを応援するのかは知らないけど、キリトもヒースクリフもどっちも簡単に勝てる相手じゃないよ」

「そうね。話を聞いてくれて、ありがとう」

「どういたしまして、出来れば次からはリズとか、女性の知り合いに愚痴を聞いてもらえ、俺はこれでも男なんだ。キリトやエギル、クラインとか、知り合いなら誤解だって言えば分かって貰えるから大丈夫だけど、知らない人からすると、ゴシップになるから気を付けろよ」

「えぇ、ありがとう。気を付けるわ」

「そんじゃ、おやすみ」

 

 俺はそう言って、アスナの家から出て行った。一応、醤油とかの料理アイテムを貰っているから、これで明日からの料理が楽しみだった。明日はヒースクリフとキリトのデュエルがあるため、今日は早めに寝て、心身ともに万全な状態で見ようと試みた。

 



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デュエルと嫉妬、殺人と誓い

 アスナの愚痴を聞いてから2日後の2024年10月21日がアスナから聞いたデュエルの日だった。デュエル会場は75層、カームデット。75層の主街区には大体2000人くらいなら、観客席に座れるくらいの大きな闘技場だった。

 

「お祭りみたいだな。キリト、頑張れよ」

「サクラ、変わってくれるか?」

「ヤダよ」

 

 俺は観客席ではなく、選手の控え室に居るキリトと話している。緊張していないか見に来たら、緊張はしてなかったが、ウンザリしていた。まぁ、あんなに人が居たら、そりゃウンザリもするか。

 

「サクラは、俺とヒースクリフ、どっちが勝つと思う?」

「ヒースクリフにはユニークスキル、神聖剣。攻撃はもちろんの事、防御は最早鉄壁と言っても過言じゃない。それ以外にヒースクリフがPVPをしている所を俺は知らない、だからどんな手を使うのか分からないからな、何とも言えないよ。だけどキリトには尋常外れの反応速度、二刀流の手数、まぁ、勝機があるとすれば、相手が反応できない速度と手数で押し切るしかないな」

「やっぱりそうだなよな。はぁ」

「月並みな事しか言えないけど、頑張れよ」

「おぉ、見とけよ。サクラ」

「はいはい、しっかり見させてもらうよ」

 

 そう言って、俺は控え室から出て、観客席に向かった。観客席は殆ど満員だった。まぁ、ユニークスキル所持者のデュエルだ。最前線から始まり前線や中層、下層のプレイヤーも見に来ているのだろう。そう考えていたところでコロシアム全体が湧いた。闘技場中央に目を向けるといつもの黒衣のキリトが現れた。背中には二本の剣が吊られている。そして彼から少し遅れて赤い鎧と白のマントを装備した【血盟騎士団】団長、ヒースクリフが現れた。

 

「いよいよ、始まるか」

 

 キリトとヒースクリフが真剣な表情になったのが見えたので、多分、残り時間が少ないのだろうと予想を付けた。そして、デュエルが始まった。

 

「凄いな、キリトの二刀流を受けてから、盾だけど反撃までしてるよ。俺が二刀流のキリトとデュエルしたときなんて、反撃なんて殆ど出来なかったのに…」

 

 2人がいったん離れた所で、サクラは静かにそう呟いた。前にキリトから、二刀流を使ってデュエルしたことがあったのだが、さっきも言った通り、俺は防御だけで、殆ど反撃できずに削り切られた。

 そんな事を思い返いしていたら、キリトとヒースクリフのデュエルが再会した。それからはソードスキルはほとんど使わずに通常攻撃のみで戦っていく。そして、その均衡が崩れたと俺が思った場面があった。

 

「…抜けた!」

 

 キリトの攻撃がヒースクリフの頬を掠った。キリトはソードスキルを使用して、ヒースクリフを仕留めに行こうとした。ヒースクリフは盾で護る事に専念した。このまま、行けばキリトが勝つだろうと思った。だって、俺では押し切られたから、そう思った。だけど、ヒースクリフは最後の一撃まで護り切って、イエローになるくらいの攻撃でキリトに攻撃した。ソードスキル使用後の硬直中だったキリトはその攻撃を食らってしまう。そして、デュエルはヒースクリフの勝利で終わった。

 

「マジかよ。スターバースト・ストリームを使ったキリトが、抜けきれなかった……」

 

 俺は唖然としながら、キリトとヒースクリフを見ていた。唖然としていたが、正直、この時ほど、俺はヒースクリフが羨ましかった。キリトに勝った事、絶対的な防御力、冷静な判断力、そのどれも、俺には持っていないモノだったからだ。だから嫉妬した、ヒースクリフに。

 

「攻略にでも、行こっと」

 

 この気持ちを落ち着かせるために、俺は最前線の75層を攻略しようと思い、闘技場から出て行った。

 

「はぁはぁ、ふぅ~はぁ~。…帰るか」

 

 そして、深夜を過ぎたあたりで、俺は落ち着いた。まぁ、夕方あたりから落ち着いていたが、だけど、嫉妬の気持ちはまだ残っていたから、それを考えないほど、戦い続けた。俺はヒースクリフみたいにどんな時でも冷静に対応できないから、だから、経験を積む、どんな時でも、どんな状況でも、体が無意識に動くように、体に、脳に叩き込んでいく。

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 そして、2024年10月23日、え、22日はだって? 中層に行って、知り合いのプレイヤーを助けたり、ベスタの所に行って、防具と盾の耐久値を戻してもらう為に1日預かってもらった。そして、防具と盾を取りに行って、エギルの店に居るキリトに会いに行こうとしたら、キリトが居る部屋から、何か聞えてきた。

 

「私は死なないよ」

「………」

 

 ここで中に入るのは、お邪魔だな。そう思って、俺はエギルに冷やかしをするために、戻った。

 

「お~す、エギル、売れてる?」

「あぁ、サクラか、ぼちぼちって感じかな、キリト達に会いにきたんじゃないのか?」

「そのつもりだったんだけど、部屋に入りずらい雰囲気だったから、お邪魔虫は退散しますよって感じで逃げてきた」

「そっか、それじゃ、これでも飲んでけよ」

 

 そう言ったら、エギルは飲み物を出してくれた。俺は何も言わずに、小さく頭を下げてお礼をしてから、飲み物を一気に飲み干した。

 

「……苦い」

「そりゃ、ミルクと砂糖を入れてないコーヒーだからな、苦いに決まってるだろ」

「せめて、砂糖は入れてくれ、一応ブラックコーヒーも飲めるけど、微糖とかの方が好きだから」

「はいよ。次からはそうするさ」

「それじゃ、俺は帰るわ」

 

 飲み物はブラックコーヒーだったから、苦かった。エギルにも言った通り、ブラックでも飲めない訳じゃないけど、出来れば、次からは砂糖を入れてくれと言って、俺はエギルの店から出て行った。だって、もう用事ないから帰りました。

 それから2日後、俺は、55層の迷宮区前に俺は、懐かしい人物と一緒に居る。

 

「よ、ケイタにテツオ、久しぶりだな」

「サクラ、久しぶりって言っても、そこまで久しぶりじゃないだろ」

「そうだったかな? まぁ、今日はどうするんだ?」

「あぁ、今日は、サチが子供たちのために、アクセサリーを作るから、この階層のゴールドスパイダーの糸が必要なんだってさ」

「ゴールドスパイダー? サチが作ろうとしてるアクセサリーって、ゴルドリングか?」

「サクラ、知ってるの?」

「テツオか、あぁ、俺も何度もゴールドスパイダーの糸を取りに行ってたから、一応知ってるぞ」

「それって、どういう効果なんだ?」

「確か、入手時、コルを多少増加だったと思う」

 

 俺は月夜の黒猫団のケイタ、テツオの2人と一緒にパーティーを組んで55層の岩だらけの干からびた赤茶の大地でゴールドスパーダ―と戦闘しながら、話している。まぁ、話す余裕があるのは良いが、油断はしないように見ておく。

 

「へ~、コルの増加か、だったら俺らも付けてみよっかな?」

「だけどな、テツオ、コルの増加って言っても、100コルが101コルになるって程度なんだぜ」

「うわ、効率悪いな」

「しかもな、ケイタ、上層に行けば行くほど入手するコルは増えるが、これならゴルドリング要らないんだぜ」

「完全に、一桁階層用のアクセサリーなのか、俺らは要らないな」

「そうだな、ケイタ」

 

 効率が悪い事を伝えたら、自分たちも使おうかと思っていたケイタとテツオが、諦めたようだ。まぁ、今の黒猫団なら、そんなアクセサリーを付けなくても、問題ないくらい、強くなってるんだけどね。

 

「そう言えば、補給部隊の方はどうだ?」

「流石に、1年も続けて行けば、慣れたよ」

「あぁ、そろそろ、補給部隊を結成して1年くらい経つのか、早いな」

「そうだね。サクラには感謝してもしきれないよ」

「俺だけじゃないだろ。エギルに、アルゴ、キリトだって手伝ったんだ。それにお礼はSAOが終わってから現実で言ってやれ」

「あぁ、現実に帰ったら、お礼を言いに行くよ」

 

 ケイタ達、月夜の黒猫団は現在、上層から中層の複数のギルドが集い、フィールドボスやフロアボスの時に、物資の提供できる組織、まぁ、簡単に言えば、攻略を支える調達する組織、俺たち攻略組以外がこういった物資を手に入れる事が出来れば、攻略がスムーズになるだろうと思ったらしい。

 

「おかげで、攻略に支障が少なくなったけどな」

「何か言ったか?」

「何でもない、そうだ。キリトとは話してるか?」

「まぁ月に1、2回くらい、メッセージは頻繁とは言わないけど、やり取りしてるよ」

「そっか、それなら良いか」

 

 キリトとは連絡を取り合っているようで、良かったと胸を下した。まぁ、あんなことが起きた後は、流石に連絡なんかはすぐには取れなかったようだけど、時間が解決してくれたらしい。

 

「必要数は取れたから、帰るか?」

「そうだな。転移結晶で帰るか、歩いて帰るか、ケイタ、どっちにする?」

「サクラ、俺達は転移結晶で帰るけど、そっちはどうする? 一緒に帰るか?」

「俺は、歩いて帰るわ、じゃあな」

「あぁ、手伝ってくれてありがと、またね」

「またな」

 

 俺はケイタとテツオと別れて帰っている途中、索敵スキルを使用したら、マーカーがオレンジのプレイヤーがグリーンのプレイヤーを襲っているのを見つけて、急いでその場に向かった。

 

「あめぇんだよ! 副団長様!!」

 

 俺が現場に到着したら、左手首から先を斬られたキリトの姿だった。その姿を見た瞬間、俺の中で何かがブチ切れて、剣を振り下ろしたオレンジプレイヤーの心臓に剣を突き刺した。オレンジプレイヤーはゆっくりこちらに顔を向けた。

 

「この、人殺し…」

 

 僕に向けた声はキリトも聞こえていたようだ。俺はポケットから回復結晶を取り出して、キリトに向けて使用する。

 

「サ、サクラ」

「キリト、アスナを、頼む」

 

 俺はそう言って、転移結晶でグランザムに戻り、そのまま、アルゲートの自室のベットに潜り込んで、意識が落ちた。次の日、俺は生命の碑の前に立っている。

 

「俺は、貴方を殺した。それについては謝りません、殺したことに悔いも後悔もありません。だけど、覚えておきます。クラディール、貴方の名前を、貴方を殺したこと、俺は一生忘れません」

 

 俺はそう、生命の碑の前で誓った。元々、俺が殺したプレイヤーや守れずに死なせてしまったプレイヤーが出た時は毎回、生命の碑の前で誓いをする。忘れないと言う誓い、そのプレイヤーが生きていた事を一生覚えておくと言う誓い。

 

「それで、キリトとアスナはどうしてここに居るんだ?」

 

 俺が後ろを振り向きながら、そこに居るキリトとアスナに聞いた。キリトは俺のスキル構成を知っているため、驚きはしなかったが、アスナは驚いた表情をしていた。

 

「サクラ君に謝ろうと思って」

「謝る必要はないよ。俺は俺の意思でクラディールを殺したんだ」

「だ、だけど」

「沈痛そうな顔をしないでくれ、生命の碑の前で言った通り、俺は悔いも後悔もしてないんだから」

 

 俺はそう言って、アスナに笑顔を向けた。多分、無理して笑った事はバレているだろうが、それでも、俺は表情を変えない、アスナが「あまり無理しないでください」と言って、諦めた。

 



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少女との出会い

 あの後、キリトから結婚報告を受けた。それから1週間の時間が経った。その間に起こった事はキリトとアスナが血盟騎士団をお休みして、22層のログハウスで休暇を取っていることぐらいかな? 後は普通に攻略を進めている感じだ。

 昨日、キリト達にお祝いの品も渡したし、久しぶりの友達と再会も出来たし、あれはあれで楽しかったから良いか。

 

「サー坊、今日はどうした?」

「いや、この前のお礼だ」

 

 俺はそう言って、アルゴに作った料理を渡した。この前のお礼とは、キリト達にお祝いの品を渡すときに何が良いか考えていて、アルゴにその品をドロップするモンスターの場所を教えて貰ったからだ。

 

「あ~、あれカ、結果はどうだっタ?」

「牛は1ヶ月位は見たくないな」

「何桁くらい狩ったんダ?」

「3桁後半くらい」

「………うわぁ」

 

 俺の言葉を聞いたらアルゴは、若干引いた。それを見たら、少しだけ悲しく感じた。まぁ、もう絶対にドロップマラソンはやらないと心の中で決めた。

 

「お礼は一応、料理だよ。ホーンバイソンの肉が大量に余ってたからね。耐久値が多い料理を幾つか作ったから、遠慮なく食べてくれ。流石に食材を腐らせるのは、ゲームでも勿体ない」

「にゃはは、分かったヨ。サンキューな、サー坊」

「おう、それじゃな」

 

 在庫処分が出来てラッキーとも思いながら、アルゴに料理をトレード画面に乗せて渡した。いやいや、在庫処分と言っても、きちんと料理してるし手間暇かけてるし、料理の耐久値とかも普通のより多いし、だから、問題ない………はず。

 

「夕食までどうしようか? ん、キリトからメッセ?」

 

 呟きながら、夕日を背に家に帰ろうとしたら、キリトからメッセージが届いており、そのメッセージには「意識不明の少女を保護した」とだけ書かれていた。俺はその情報だけでは現状が理解できなかったので、2人のホームがある22層に今から行くとだけ、キリトにメッセージを入れて向かった。

 

「サクラだ」

「サクラ、いらっしゃい、入ってくれ」

「分かった」

 

 俺はキリト達の家に着いてドアをノックするとキリトが出て来て、家に入れてくれた。そして、キリトの後ろを歩き、2人の寝室に入ると、アスナと二つのベットの内、窓側のベットに少女が眠っていた。

 

「キリト、この子が例の?」

「あぁ、少し前にこの階層で幽霊騒ぎがあったんだけど、その正体がこの子だったんだ」

「まぁ、この子が起きないと何も聞けないから、この子と出会った事を詳しく聞かせてほしいかな。メッセージには意識不明の少女を保護したくらいしか書かれてなかったから」

「…あ、悪い、焦って説明省いてたな」

 

 俺が少女に話を聞きたいが目が覚めていないから、その間にキリト達にどうしてこの少女と出会った事を聞くことにした。だって、俺はこの事に関しては、この階層の幽霊騒ぎの正体がこの少女であり、現在は意識不明って事だけしか知らないからだ。

 そして、どうして、幽霊騒ぎの場所に行ったのか、この少女が倒れた事とか、それ以外の事も聞いていった。と言うか、アスナって幽霊とか苦手じゃなかったか? キリトは良く幽霊騒ぎの場所にアスナを連れて行けたなと考えながら聞いて行った。だけど、残念ながら有益な情報は無かったと言って良いと思う。

 

「聞いてみたは良いが、有益な情報が殆どないな」

「サクラは何か知らないか? 少女を探してる人が居るとか」

「何で俺に訊ねるんだよ…」

「え、だってサクラ、下層や最下層のプレイヤーに戦い方教えたりしてただろ。だから何か知ってないかなって思って」

 

 そう、キリトが言ったように俺は下層のプレイヤーに対しては、モンスターの情報や罠を教えたりしているし、最下層、大体2桁以下の階層のプレイヤーに対しては、戦い方を教えていたりしていた。まぁ、もう最下層に居るプレイヤーは基本的に戦闘をしないプレイヤーなので教える事は無くなっていた。

 

「おいおい、もう半年前の事だぞ。そりゃあ今でも1層に行く事はあるけど、そこまで話を聞いたりすることはないぞ」

「そっか」

「だけど、始まりの街には子供たちを保護してる施設がある。なにかしら手掛かり位はあるかもしれないな」

 

 俺が補足として入れた言葉にキリトは少しだけ、安堵していたようだ。まぁ、それからは多少の予想をキリトと考えていたら、アスナが夕食を作ってくれたらしく、キリトが俺も食べていけと言っていたので、ご相伴にあずかることにした。

 

「う~ん、やっぱりアスナの料理は美味いな」

「そうだろうそうだろう」

「何でキリト君が得意げなのよ」

「あ~、コーヒー欲しいな…」

「自分で入れれば?」

 

 このバカップルは俺が居るのに、それを見せ付けるようにイチャコラし始めた。まぁ、慣れてるから大丈夫だけどね。諦めているとも言えるだけだろうか? それから椅子に座って、俺が入れたお茶を飲みながら、俺の事やキリト達の進境の事を笑いながら話していく、このような穏やかな時間を過ごしていた。この間はキリトもアスナも、もちろん俺も笑っていた。

 

「それじゃそろそろ良い時間だし、俺は帰るよ。ご飯、ご馳走様」

 

 そう言って立ち上がると、左肩にキリトの手が置かれた。

 

「泊っていけよ」

「泊っていってね」

「それは決定事項なのか?」

「あぁ」

「うん」

「寝る場所は?」

「俺のベット使えばいいよ」

「まぁ、キリトとは何度か、同じベットで寝た事あるけど…」

「え! キリト君とサクラ君ってやっぱりそういう関係なの?」

 

 なんだか、アスナが物凄く勘違いをしていたが、キリトが金がなくて、サクラの借りている部屋に転がり込んだことはあるが、同じベットで寝た事はないと言って、誤解を解いた。まぁ、わざとそう言ったんだけど、キリトの焦り様が面白かったとだけ、言っておく。

 

「サクラ、お願いだから、あんなこと言わないでくれ、心臓に悪いから」

「あははは、悪い悪い、ああ言ったらどうなるか、気になったんでな、好奇心には抗えなかったよ」

 

 その後、俺は椅子で寝るから大丈夫だと言って、居間の明かりを消しキリトとアスナは同じベッドに入っていった。目をつむってしばらくして人が動く気配がして目をあけるとアスナが少女を抱きしめ「おやすみ。明日は、目が覚めるといいね……」と言っていた。俺は微笑むと本格的に眠りに落ちた。

 

………

……

 

 そして、翌朝、俺は目が覚めて天井を見ると、そこは俺の部屋の天井ではなかった。どうしてと思いながら、昨日の事をゆっくりと、あぁ、キリト達の家に泊まったんだったなと思い出した。

 

「キリト君! キリト君ってば!」

 

 アスナのキリトを起こす声が聞こえてきて、何かあったのだろうかと思い、失礼を承知で2人の寝室に入って行く、少女が目を覚ましていた。それを見て、あぁだからキリトを起こしたのかと理解する。

 

「…おはよう、どうした?」

「早く、こっちに来て!」

「…!」

 

 俺が居る事を忘れているのか、アスナは少女を起こした。

 

「良かった、目が覚めたのね。自分がどうなったのか分かる?」

「? ううん」

 

 少女は首を小さく横に振って、アスナの質問に否定した。

 

「そう…、お名前は、言える?」

「な、なまえ? わたしの、なまえ…、ゆ、い。ユイ、それが…なまえ」

「ユイちゃんか、良い名前だね」

 

 少女の名前はユイと名乗った。アスナが微笑みながら、ユイの名前を褒めて、キリトの方を見ると、俺と視線が合って気付いた。

 

「私はアスナ、この人はキリト、あの人はサクラ」

「あ…うな。き……と。さう…」

 

 俺達の名前は呼べていないみたいだ。俺達3人ともそこまで名前は難しいくは無いのだが…。

 

「ねえ、ユイちゃん、どうして森の中に居たの? どこかにお父さんかお母さんはいない?」

「わ、かんない。なんにも、わかんない」

 

 ユイはアスナの質問に少し考えて、分かんないと言いながら首を左右に振った。

 

「そ、そんな…」

 

 そう言ってアスナは、ユイから視線を外した。それを見たキリトが、ユイに視線を向けた。

 

「やあ、ユイちゃん。ユイって呼んでいい?」

「うん」

「そうか、それじゃ、ユイも俺の事、キリトって呼んでくれ」

「キイト」

「キリトだよ。キ、リ、ト」

「キイト」

 

 ユイはキリトの名前を呼ぼうとしても、呼べなかった。う~ん、これはどう言う事なんだろうか? 分からん。

 

「キリト、この子は俺達の名前は言えないみたいだから、ユイが言い易い呼び名を呼ばせてみたら?」

「あ~、そうだな」

 

 俺の言葉を聞いて、キリトはユイの頭を撫でながら、言い易い呼び方で良いと言った。

 

「パパ」

 

 ユイはキリトを見て、パパと呼んだ。え、マジで。まぁアスナと結婚してるし、いずれはキリトも父親になるから、間違ってはないけど……。

 

「お、俺?」

「あうなはママ」

「…そうだよ。ママだよ、ユイちゃん」

 

 アスナは微笑みとともに頷く、ユイはアスナの頷いた後に満開の笑顔だった。

 

「さうはにぃ」

 

 え、俺もなの? にぃ、多分兄さんとか、兄貴とかのにぃだよな? 俺がキリトとアスナの子どもとか、マジか……。確かに、俺がキリトに言い易い呼び名で呼ばせてみればと言っけどさ~。

 

「ダ…メ?」

「あ、いや、あの」

 

 ……想像して欲しい。純粋な十歳児それも美少女の部類に入る少女の涙目プラス上目遣い。……あなたは断れますか? そして、キリトとアスナはニヤニヤした表情をやめて欲しい、物凄く殴りたくなるから。

 

「分かった、良いよ」

「うん」

 

 俺の了承を得ると、ユイは先程の満開の笑顔にも負けないくらいの笑顔を見せてくれた。これでは断ることは出来ないだろうなと、他人事のようにどこか考えていた。

 

「パパ、ママ、にぃ」

 

 ユイは俺達を呼びながら、アスナに抱き付いた。アスナも抱き返して立ち上がった。

 

「お腹が空いたでしょ、ご飯にしましょ」

「うん!」

 

 はぁ、これじゃ帰れないな。まぁ、乗り掛かった舟だ、最後まで一緒に居てあげるか。………ベスタには悪いけど、今日の護衛は急遽なしと言う事で、メッセージを入れておいた。そのすぐ後にベスタからメッセージが返ってきて、「こっちも急な注文が入ったから今日は行けないってメッセージ入れようとしてた」と書かれてあったから、どちらにせよ今日は無理だったみたいだ。

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 場所を移動して、リビングでキリトと俺の朝食をアスナが作ってくれた。俺はお礼を言って受け取り、最下層や下層で活動をしている信頼できるプレイヤーに8~9歳くらいプレイヤーを探している人はいないかとメッセージで聞いてみた。

 

「サクラはどうだ?」

「残念ながら、知り合いのプレイヤーにユイの名前をはぐらかしてメッセージを送ってみたが、ユイらしき少女を探している人はいないらしい」

「そっか、ん? ユイ、これはすごーく辛いぞ」

「ん? …パパと同じのが良い」

 

 俺とキリトが話していると、キリトが手に持っていた激辛のバケットサンドを見ていた。キリトがそれに気づくと、ユイにバケットサンドは物凄く辛いと言ったが、ユイはユイでキリトと同じものを食べてみたいらしく、手を出して欲しいと言ってきた。

 

「そうか、そこまでの覚悟があるなら、俺は止めん」

「いや、止めろよ!? それかせめて辛さ下げろよ! 初心者にキリトと同じ辛さはまずきついから!」

「サクラ、何事も経験だろ?」

「その言葉について、否定はしないけど…。あ」

 

 キリトはユイに自分の激辛バケットサンドを手渡した。ユイは両手で受け取って頬張った。噛んで行き、飲み込んだ。

 

「美味しい」

「中々、根性のある奴だ。晩飯は激辛フルコースに挑戦しような」

「うん」

「根性があるのは認めるよ。まぁと言っても、アスナがその激辛フルコースを作るかどうかだけどな」

「もう、調子に乗らないの。そんなの作らないからね」

「だってさ」

「だってさ」

 

 ユイが激辛バケットサンドを食べて、美味しいと言ったその根性は認めるとして、アスナは激辛フルコースなんて作らないと言ってのけた。それでキリトの言葉をまねしたユイ、それを見て、俺達はまた笑顔になった。

 そして、サンドを食べ終わってから少し経つと、ユイは椅子で眠ってしまった。

 

「ねぇ、キリト君、サクラ君、どう思う?」

「記憶はないようだな。でもそれより、あの様子だと」

「まるで赤ちゃんみたいで、私、私」

「何かを思い出したくないから、全部忘れる事にした。その何かが係わる全部を………」

「サクラ!」

「あ、…ごめん。この言い方は最低だったな」

「………ごめんね、わたし、どうしていいのか判んないよ」

 

 俺の予想を聞いて、アスナは泣き出した。不謹慎な言葉だったと思い、謝罪する。

 

「……この子が記憶を取り戻すまで、ずっとここで面倒みたいに思ってるんだろ? 気持ちは……解るよ。俺もそうしたい」

「うん、でも」

「ジレンマだよな……。そうしたら当分攻略には戻れないし、その分、ユイが解放されるのも遅れる」

「うん」

「とりあえず、出来る事をしよう」

「そうだな、装備だけを見るなら、日常的にフィールドに出ていたとは考えにくいよな、だから、始まりの街に行こう、キリトには言ってたと思うけど、始まりの街には戦えない子ども達を保護している施設がある。まずはそこに行って、ユイの親兄弟を探してみよう」

「そうだな」

「そうだね」

 

 俺達はずっとこの場に居る訳にはいかない、俺達3人は攻略組だから、ユイを浮遊城から解放するためにも、最前線に戻らなければならない、だけど、今戻るとユイの事が見れなくなる。ジレンマだなと思いながら、それでも今できる事を考えていく。

 

「ユイと別れたくないのは俺も一緒だ」

「………キリト君」

「何て言うのかな? ほんの短い間だったけど、ユイが居る事でここが本当の家になったみたいな…、そんな気がしてさ」

「うん」

「でも、二度と会えない訳じゃない、それに家族や保護者が居るなら、今頃心配しているはずだ」

 

 俺は目の前のイチャコラを見せられながら、今後の事を考えていた。と言っても、始まりの街に居る知り合いに連絡取ってとか、そう言った事だ。

 

「うん、ユイちゃんが起きたら、始まりの街に行ってみよう」

「一応、すぐに武装できるように準備しといてくれ、あそこは軍のテリトリーだからな」

「気を抜かない方が良いね」

「あぁ、サクラも保護施設の案内、頼むよ」

「分かってるよ」

 

 俺達はそう今後の方針を決めた。そしたら、寝言でユイが、俺達を呼んでいて、微笑ましくなった。そう思っていると、アスナが何か気付いた様子で、俺の方を見ていた。

 

「………なんだ、アスナ?」

「サクラ君って、ユイちゃんのお兄ちゃんなんだよね? ってことは?」

「言いたい事は分かるが、やめてくれ、同年代の両親とか勘弁してくれよ。まぁ、2人は俺の両親と同じ感じがして………」

 

 何だか物凄く、嫌な予感がしたが、回避できるものではなかった。そして、ゴニョゴニョ言う俺は不意にアスナに引き寄せられ抱きしめられた。

 

「何か。急にサクラ君が可愛く見えるようになってきた…」

 

 アインクラッドで五本の指に入るほどの美人に抱きつかれてるのは嬉しいが、だけど何か嫌だ! そう思いキリトに目で助けを求めると苦笑いして目を逸らされた。「パパ助けて」というとキリトは頭を抱えてしまった。後から聞いたが、曰く鳥肌が立ったらしい。まあ当たり前か……。

 その後、アスナの事をママと呼ぶまで放してくれなかった。あれ? 筋力パラメーターはこっちの方が上なのに、なんで振りほどけなかったんだ? ………いやまぁ、理由は分かってるんだけどね。

 

「たまにはママって呼んでね」

「勘弁してください」

「諦めろ、サクラ」

「助けてくれよ、キリト」

「あの状態のアスナからは無理だ」

 

 俺は相当やつれた感じを出しながら、ユイが目覚めるまで待っていた。その間に、保護施設の知り合いにメッセージを入れて、今日行くかもしれないと送った。



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第一層と軍

投稿遅れてしまいすみません、就活とか色々と忙しかったんです。
後、少し文字数は短いですが、ご了承ください。


 それから、ユイが目覚めたのは昼過ぎだった。そこから昼食を食べて、始まりの街に向かう為にユイの服装をどうにかしようとして多少の問題もあったが、まぁ、解決したから良いか。

 

「さ、じゃあお出かけしようね」

「うん。パパ、だっこ」

「分かったよ」

 

 ユイのお願いにキリトは頷きながら、ユイの体を横だきに抱えあげた。

 

「後でにぃもだっこ」

「分かった分かった。後でな」

「サクラ君って、子どもには甘いの?」

「このくらい普通じゃないのか? それに子供のささやかな我が儘くらいは叶える余裕はあるよ」

 

 まぁ子供は嫌いじゃないしな。そう考えながら、転移門前に行き、第一層・始まりの街へと向かって行った。

 

「1週間ぶりだな」

「そうだね」

 

 ここ始まりの街はアインクラッド最大の都市だ。冒険に必要な機能は他のどの街よりも充実しているが、ここにはハイレベルプレイヤーは知りうる限りいない。理由としては<<軍>>の専横や、あの日のことを思い出すからだろう。全てが終わり、そして始まったあの日を……。

 俺はルオンやカイトが居たから、だから、立ち止まろうとは思わなかった。ルオンとカイトが居なければ、この場所で何時までも燻っていたと思う。第一層で小銭を稼いで、その日をやり過ごす、そんな日々を送っていたのかもしれない。まぁ結局、俺は守りたい者が出来た、俺の命を使ってでも、あの平穏な日常を、送って欲しいって思った者が出来たんだけどな。

 

「どうした?」

「何でもない」

「そうだ、ユイ、見覚えのある建物とか、あるか?」

「んー……、分かんない」

 

 キリトの質問にユイはあたりを見渡して、首を左右に振った。見覚えのある場所はないのか。

 

「まぁ、始まりの街は恐ろしく広いからな、覚えてなくても仕方がないんじゃないか?」

「そうだな、だったらまず初めに、中央市場に行ってみないか?」

「そうだね。色々見て回りましょ」

 

 俺達はそう話し合って、次に向かう場所を決めながら歩き出した。

 

「ねぇ、キリト君、サクラ君」

 

 中央市場を歩いていると唐突にアスナが話しかけてきた。

 

「ここって今、プレイヤーって何人くらいいるんだっけ?」

「ん~、そうだな、SAOの中で生き残っているプレイヤーが約6000、軍を含んだ約3割くらいのプレイヤーがこの街に居るから、2000人弱って所じゃないか?」

「その割には人が少ないと思わない?」

「軍が専横してるから出てきたくないのか、それとも普通に引き籠りしてるだけかもしれんな」

 

 そう言いながら、俺とキリトはアスナの質問に答えていく。すると、何処からか、女性プレイヤーの声が聞こえてきた。その声を聞いたら、アスナとキリトは同時に走り出した。俺も知っている声だったから、アスナ達の後を追った。

 

「サクラ君はあの人を」

「分かった」

 

 アスナとキリトはアインクラッド解放軍の連中の頭上を飛び越えて、少年たちの前で立ち止まった。俺は知り合いのサーシャの前で庇うように立った。

 

「え、サクラ君?」

「よぉ、サーシャ、大丈夫か?」

「え、えぇ」

 

 俺はサーシャの無事を確認したら、なんだか前方から悲鳴が聞こえてきて、そちらの方に視線を向けると、アスナがランペントライトでアインクラッド解放軍のプレイヤーに攻撃していた。まぁ、圏内だからHPは減らないが、被弾時にダメージによってはノックバックが発生する。これは慣れていないプレイヤーからすれば、HPが減らないと理解していても、恐怖するだろう。

 

「お、お前らっ…み、見てないで……なんとかしろよ!」

 

 アスナの攻撃を受けた軍のプレイヤーは甲高い声が聞こえ、その声で他の軍のプレイヤーがようやく我に返り、武器を取り出してアスナを囲むが、残念ながら攻略組最強ギルドの血盟騎士団、副団長のアスナ相手では分が悪いだろう。

 それから凡そ3分で事態は終息した。何故かって? それはアスナの攻撃に軍のプレイヤーたちが耐えられず、リーダー(一番最初に攻撃されたプレイヤー)を残して逃げて行った。勿論、こちらに向かってきたプレイヤーは俺が体術スキルで相手をしたけど、弱かったとしか、感想が出ない。

 

「お疲れ様、アスナ」

「あ……」

 

 アスナが冷静さを取り戻したところで、俺はアスナに声を掛ける。アスナはしょんぼりした表情で俯いていた。

 

「まぁ、大丈夫だと思うぞ」

「すげえ……すっげえよ姉ちゃん!! 初めて見たよあんなの!」

「このお姉ちゃんは無茶苦茶強い、って言っただろう」

 

 と、キリトは嫁自慢を子供たち相手にしていた。

 

「二人とも強いんですね」

「もちろんだ。なんたって俺の親友達なんだから」

「良い笑顔しちゃって」

 

 サーシャはキリトとアスナの事が強いって言った。勿論だと俺は自慢げにサーシャに言う。そして、子供たちがアスナの周りを囲んで、歓喜していた。

 

「みんなの……みんなの、こころが」

 

 小さいが、良く通る声が響き、俺とアスナは顔を上げた。キリトの腕の中でいつのまにか目覚めたユイが宙に視線を向けて、右手を伸ばしていた。

 俺とアスナは手を伸ばしている方向に視線を向けるが、そこには何もなかった。

 

「みんなのこころ……が……」

「ユイ! どうしたんだ、ユイ!」

 

 キリトが叫ぶとユイは二、三度瞬きをして、きょとんとした表情を浮かべた。俺とアスナは慌てて走り寄り、ユイの手を握った。

 

「ユイちゃん。…何か、思い出したの?」

「あたし……あたし……」

 

 ユイは眉を寄せ、俯いた。

 

「あたし、ここには……いなかった……。ずっと、ひとりで、くらいとこにいた……」

 

 何かを想い出そうとするかのように顔をしかめ、唇を噛む。と、突然――。

 

「うあ……あ……あああ!!」

「ユイ、ユイ!!」

 

 その顔が仰け反り、細い喉から高い悲鳴が迸った。俺はユイの手を強く握って、声を掛ける。だけど、ザ、ザッという、SAO内で初めて聞くノイズじみた音が俺の耳に響いた。直後、ユイの硬直した体のあちこちが、崩壊するように激しく振動した。

 

「ゆ……ユイちゃん」

 

 アスナは悲鳴を上げるユイの身体を両手で必死に包み込む。

 

「ママ……こわい……ママ……!!」

 

 か細い悲鳴を上げるユイをキリトの腕から抱き上げ、アスナはぎゅっと胸に抱きしめた。数秒後、怪現象は収まり、硬直したユイの身体から力が抜けていった。

 

「なんだよ……今の…」

「分かんねぇよ。くそ!」

 

 キリトのうつろな呟きに、俺が小さな声で何も分からない自分を罵る。

 ユイは、幸い数分で目を覚ましたが、すぐに長距離を移動させたり転移ゲートを使わせたりする気にならなかった。

 

「でしたら、教会の空き室を使いませんか?」

「え、でも」

「迷惑なんて考えなくていいんですよ。子ども達を助けてくれたお礼みたいなものですので」

「…それじゃ、今日一日お世話になります」

 

 サーシャの熱烈な誘いにアスナが先に折れて、今日は教会の空き室で夜を過ごすことになり、東七区の教会へ移動した。

 

「本当に良いんですか?」

「はい、それにこの教会の持ち主はサクラ君ですから」

「え、サクラの?」

「んだよ、悪いか。………1年前にこいつらに戦い方を教えたのが、サーシャとの出会いだったんだよ。それで子供たちが全員で住める所があればいいなと思ったんだ。それでこの教会を見つけて、エギルとかアルゴとかに色々協力して貰ってやっと買ったんだ。そんでサーシャがこの教会を管理する事を条件に貸してるんだよ」

 

 キリトとアスナがサーシャの言葉を聞いて、こちらに顔を向けてきた。俺は顔を背けながら、当時の事を思い出しばがら、ぶっきらぼうに説明をした。

 

「そんな事してたんだ。サクラ」

「まぁ」

「サクラ君らしいね」

「はいはい、っと着いたよ」

 

 笑いながら教会の前に立ってドアを開けて中に入って行く。入ってすぐには誰もプレイヤーはいないが、索敵スキル持ちのプレイヤーなら、隠れていることは容易に知ることが出来る。そして、サーシャが中に入って子供たちを呼ぶと、子ども達が各自の部屋や隠れている場所から出てきた。

 

「あ! サクラだ!」

「え? ホントだ!!」

「サクラ!!」

「おっと、おいおい、急に跳びついて来るなよ。危ないだろ?」

 

 子供たちが俺を見つけると、走ってきたり、抱き付いてきたりしてきた。俺は抱き付いてきた子どもを諭しながら降ろした。

 

「あ、サクラ、来たんだ」

「よぉサチ、元気か?」

「うん、元気だよ。今日はどうしたの?」

 

 そして、一番最後に出てきたのは、月夜の黒猫団のサチだった。サチは黒猫団の所属は変わらないが、現在はこの教会で子どもたちの面倒を見たり、狩りに出る時に一緒に同行したりして、過ごしている。戦闘に関しては最下層クラスのモンスター相手なら、戦える程度には精神的に安定した。

 

「この子の親か兄妹が居ないか、探しにきたんだ」

 

 俺はアスナが抱えているユイを指さしながら、サチの質問に答えていく。

 

「さて、それじゃ、キリト達はこっちね」

 

 俺はキリトとアスナとユイを連れて、教会の中の一室に迎え入れた。

 

「ん? この部屋は?」

「あぁ、今日、キリト達3人が休むならこう言う風な大きな部屋が良いだろ?」

「にぃは?」

「ユイ、俺は外のソファで寝ればいいから、今日はパパとママに甘えときなさい」

「にぃも、にぃも一緒が良い…」

 

 部屋に4人が入れば流石に窮屈になる。だから、俺は一階のソファで寝ようと思っていたら、ユイから一緒が良いとお願いされた。

 

「いや、流石に…」

「別に良いじゃない、私達と一緒なのはイヤなの?」

「諦めろ」

「…キリト。はぁ、分かったよ。俺もここで寝させてもらうよ」

「やった~」

 

 アスナの言葉とキリトの諦めの言葉を聞いて、俺は折れて、今日はキリト達と一緒の部屋で眠ることになった。勘弁してくれよな。そして結局、俺はアスナとキリトとユイと一緒に同じ部屋で眠った。

 



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死神との瞬間攻防

色々、遅くなってごめんなさい、就活が終わった余韻とか、引っ越しの作業とか、新人研修とかしてたら、こんなに遅くなりました。
 お待たせして誠に申し訳ありません。


 昨日は、キリトとアスナが一緒のベットで寝て、その隣のベットで俺とユイが一緒に眠った。いや、ユイが眠ったのを確認してから俺は床ででも寝ようと思っていたのだが、ユイが服の裾を掴んでいたせいで布団から出られず、結局、一緒に寝ましたよ。

 

「はいそこ、ニヤニヤすんな」

「兄妹の仲が良いねって思ってただけよ」

「サクラならユイの手を離す事も出来るだろ?」

「出来るか出来ないかと言われれば出来るけど。それをしたらユイが可哀そうだろ」

 

 俺の言葉を聞いた2人がもっとニヤニヤの表情をしていて、俺はそれを見ないように背を向けた。まぁそんな夜の一幕があったが、そんな事はどうでもいい。

 

「サクラ、カケルが僕の焼き魚取った」

「代わりに目玉焼き上げただろ!?」

「ほら、よそ見をしてると、こぼしちゃうよ」

「サチ姉、ありがとう」

「サクラ!」

「俺の焼き魚上げるから、それを食べな。カケルも勝手に他人の物を取らないの」

「は~い」

「サクラ、どう私がこのサラダ作ったの」

「あぁ、美味しいよ。この前来た時より上手になってるね。それで、あいつには食べさせたの?」

「うん、美味しいって言ってくれたよ」

「そりゃあ良かったな」

「うん」

 

 子供たちと一緒に朝食を食べると、毎回こんな感じで色々と騒がしくなる。それを見てキリトとアスナは茫然としていた。俺はサチと一緒に子供たちの相手をする。

 

「これは、凄いな……」

「そうね……。でも、凄く楽しそう」

 

 サーシャとキリト、アスナ、ユイは少し離れた丸テーブルで一緒に座っていた。たまにユイから手を振られるから、俺も手を振り返して、子ども達に呼ばれるからそちらに視線を向けて、何があったのかを聞きに行く。

 

「毎日こうなんですよ。いくら、静かにしてって言っても聞かなくて」

「そうなんだ。なんかサクラ、手馴れてるな?」

「そうね。そう言えばサーシャさんは子供、好きなんですね」

「えぇ、向うでは、大学で教員職課程取っていたんです。学級崩壊とか長いこと問題になってたじゃないですか。子ども達を私が導いてあげないとって、考えてたんですよ。でも、ここに来てあの子たちと暮らし始めたら、何もかも見ると聞くとは大違いで…。子供たちやサクラ君、サチさんに頼って、支えられてる部分の方が大きいと思います。でも、それでいいって言うか、それが自然なことに思えるんです」

 

 それを聞いてアスナは頷いて、ユイの頭を撫でた。その表情は穏やかで、優しいと思った。それから子供たちが一段落したのを確認してから、俺はキリト達の丸テーブルに向かった。

 

「話は終わった?」

「あぁ、軍のことを聞いたよ。半年前からいざこざが起きてたらしい」

「それは俺も知ってるし、俺の知る範囲、出来る範囲で治めてたけど、まさか上層部の方にも問題があったのか。それに気付けなくてすまない、サーシャ」

「ううん、サクラ君には頼りっぱなしだし、このくらい問題ないって思った私も悪いんだから、こっちこそ、すぐに相談しておけば良かったよ」

 

 俺とサーシャは謝りあって、そして、本題に入ろうかと思ったところで、索敵スキルにプレイヤーの反応があり、玄関の方を見やった。キリトも同じなのか玄関の方を見ていた。

 

「誰か来るぞ、1人……」

「え……。またお客様かしら?」

「サーシャはここにいて、俺が見て来るよ」

 

 俺はそう言って立ち上がり、玄関の方に行き、ドアを開けた。ドアの外で待っていた人物にも、見覚えがあった俺は、警戒を解いて、中に迎え入れた。

 

「よぉ、ユリエール、久しぶりだな」

「サクラさん、お久しぶりです」

 

 待っていた人物は、長身の女性プレイヤーだった。銀色の長い髪をポニーテールに束ねた。クールと言う言葉がよく似合う、鋭く整った顔立ちのなかで空色の瞳が印象的な女性だ。彼女の名前はユリエール、確か、シンカーと言う男性プレイヤーと一緒に戦い方を教えたことがあり、シンカーとユリエールの相性や連携は悪くなかった事を覚えている。

 

「今日はどうしたんだ?」

「はい、昨日ALFの団員を軽くあしらった人たちにお願いがあって来ました」

「…あぁ、アインクラッド解放軍の略称か、俺らは軍って呼んでたから、一瞬解らなかったよ。昨日の軍をあしらった人物はこの中に居るよ」

「後、サクラさんにもお願いがあってきました」

「はいよ。なら、中で話そうか」

 

 俺はユリエールの要件を聞いて、まぁ、悪い事にはならないだろうと思い、教会の中に入れて、キリト達が居る食堂の方に歩いて中に入って行く。ドアが開いて、子供たちやキリト達がこちらと言うか、後ろのユリエールに気付き、彼女が軍の服装をしていたため、子どもたちが一斉に静まり返った。

 

「みんな、こいつは大丈夫だ。俺の知り合いだ」

 

 俺の言葉を聞いたら、みんなホッとしたようで肩の力が抜けて、またさっきの様に喧騒が戻ってきた。俺はユリエールを丸テーブルまで案内して、椅子をを勧めると、ユリエールは軽く一礼をして、椅子に座った。俺はユリエールの隣に立った。

 

「こいつはユリエール、どうやら、俺達3人に用事があるらしい」

「初めまして、私はユリエールです。ギルドALFに所属しています」

「ALF?」

 

 アスナにはユリエールの所属ギルドの通称は知らないのか、首を傾げて問い返した。ユリエールは小さく首をすくめた。

 

「あ、すみません、アインクラッド解放軍、の略称です。正式名称はどうにも苦手で……」

「はじめまして。私はギルド血盟騎士団の………あ、いえ、今は一時脱退中なんですが、アスナと言います。この子はユイ」

 

 ユイはスープを飲み終えていたのか、次はフルーツジュースらしき物に挑戦している。本当、この子はチャレンジャーだな。子供なら、このくらいチャレンジャーな方が可愛いか。とそんなことを考えていたら、ユイが顔を上げてユリエールを注視した。わずかに首を傾げるが、すぐにニッコリと笑い、視線をフルーツジュースに戻した。

 

「KoB……。なるほど、道理で連中が軽くあしらわれるわけだ」

「……つまり、昨日の件で抗議に来た、ってことですか?」

「いやいや、とんでもない。その逆です、良くやってくれたとお礼を言いたいくらいです」

「ユリエール、どうしてこうなったのか話してくれ、今の発言じゃ、余計に混乱するから」

「あ、はい、すみません」

 

 そして、ユリエールは事の本末を話していった。俺はユリエールから聞いて、簡単に説明すると、シンカーと相手の一対一で会話したいから、迷宮区の最下層にある安全地帯で武器を装備しないで会う。と言った感じだ。

 その説明を聞いて、ユリエールがキリト達と俺にお願いするはずだった以来内容ぎ簡単に理解できた。まぁ、知り合いが亡くなるのは嫌だから、助けにいくけどさ。

 

「俺への以来内容はシンカーの救出か?」

「承けてくれるんですか!?」

「まぁな」

「サクラさん、ありがとうございます!」

 

 俺はユリエールと知り合いだから、騙す可能性は少ないがそれでもと思ってしまうのは俺の弱さなんだろう。

 キリトは眉間に皺を寄せている、アスナも同様である。言っていることが本当なら、助けたいと思っていても、この話の裏付けが取れてない、故に迷っている。

 

「だいじょうぶだよ。パパ、ママ、その人うそ言ってないよ」

 

 ユイはユリエールを見て、言ったことに嘘は無いと告げた。まぁ、子どもは大人の感情に敏感だと聞いたことがあるからそれなのかな? って思った。

 ユイのこの言葉でキリトとアスナは一緒にダンジョンに同行することになった。

 

「ぬおおおおおお」

 

 気合の声を上げながら右手の剣を振るい。

 

「りゃあああああ」

 

 今度は左手の剣で続いて突撃してきたモンスターを切り裂いていく。物凄く楽しそうで羨ましいですね。

 アスナはアスナでキリトの活躍を見ながらはしゃいでいるユイを宥めていた。

 俺達3人はユイを教会に預ける予定だったが、結果的に3人が折れて、ユイを連れていく事になった。

 

 出てくるのは60層クラスのモンスターだ。これはユリエールが教えてくれた情報通りであった。そう言えば、今潜っている迷宮区は〈始まりの街〉の地下に存在している。この迷宮区は所謂、開放型の迷宮区なのだろう。

 

「ユリエール、シンカーの様子は?」

「はい、場所は探知できているので安全地帯に居ると思われます。そこまで行けば転移結晶が使えるでしょう」

 

 ユリエールは俺の質問に、ウィンドウを開いて見ている。アスナと一緒にユリエールのウィンドウを覗き込むと、紫色の発光するウインドウの中にシンカーの名前と、彼のカーソルが赤く表示されていた。

 

「でも良いんでしょうか。キリトさんに任せきりで・・・」

「ん? あぁ、別に大丈夫だ」

「あれは最早、病気よね、サクラ君」

「そうだね、タンク泣かせなんだよな・・・」

 

 俺らはキリトの後ろを歩きながら、ただ話をしていた。まぁ、きちんと索敵して、敵がこちらに来てないかとか調べてるからな! ・・・誰に言ってんだろ。と考えていたら、キリトが巨大カエルの大群を蹴散らしてスッキリした表情で戻ってきた。

 

「いや~、戦った戦った」

「ドロップアイテムは?」

 

 俺は戻ってきたキリトに問いかけると、キリトは何故か誇らしげにウィンドウから、赤々しい若干グロテスクなアイテムを取り出した。アスナはそれを見た瞬間、悲鳴を上げた。

 

「さっきのカエルからドロップしたの?」

「おう、《スカベンジトードの肉》ってアイテムだ。アスナこれ後で料理してく・・・」

 

 言うが早いかキリトの手の中の肉は姿を消した。見るとアスナが遥か後方に放り投げた後だった。さらに後ろでは煌めくポリゴンとなって消えたのが見える。

 

「あーあ、もったいねー」

「もったいねー」

 

 アスナがなにやらウィンドウを操作してる。共通化されたストレージから《スカベンジトードの肉》を破棄してると思う。

 

「ユイちゃん、女の子がそんな言葉遣いしちゃいけません。サクラ君も、そんな言葉遣いしちゃダメでしょ」

「分かったよ」

「よろしい」

 

 と言葉遣いを正された。まぁ、ユイが真似して、教育に悪いとか思ってるのかもしれないな・・・。

 

「いくらなんでも捨てることはないだろアスナ! ゲテモノほど旨いって言うじゃないか! 一回くらい料理してくれても」

「絶対嫌ッ!!」

「普通のカエルならまだしもスカベンジ、腐った肉を主食にしてるのは、俺もさすがに遠慮したい」

「だったら、62層にいる蛇をーーー」

「どんな理由があろうともカエルも蛇も絶対に料理しません!」

「え~!!」

 

 俺もスカベンジトードの肉は食べたくないと言うと、キリトはガックシしながらもまだ諦めずに、ゲテモノを料理してと言ってやがる。

 

「あ、お姉ちゃん、はじめて笑った!」

 

 キリトは心底残念そうにへこたれたが、このやり取りを見ていたユリエールは我慢できずに「ぷっ」と吹き出してしまった。それを見たユイが嬉しそうに声を上げた。その声は本当に嬉しそうだった。

 

 

 

 時間にして2時間ほど迷宮を進み、水生生物系からゴースト系や骸骨系のモンスターを相手にし、キリトが骸骨剣士を吹き飛ばしたところでその奥に光が漏れる通路が見えた。

 あの光が漏れる通路の奥が安全エリアだろう。先ほど確認したシンカーの位置情報と照らし合わせてもあそこでほぼ間違いないだろう。

 

「いるな、あそこに」

「ああ」

 

 俺とキリトは索敵スキルを使用して、シンカーの居場所を言うと、キリトも頷いて同意したところで、ユリエールが駆け出した。

 

「シンカー!!」

 

 安堵と嬉しさの色を孕んだ声でシンカーの名前を呼びながら駆け出した。俺達もユリエールの後を追った。安全エリアまでの距離は遠くなかったようで、すぐに安全エリア手前の十字路にやって来た。

 

「ユリエーーール!!」

「シンカーー!!」

「来ちゃダメだ!! その通路には!!」

 

 シンカーの言葉で走る速度を緩めたが索敵スキルに強力なモンスターの反応を感知した俺は、ユリエールに追いつき、彼女の手を握り、こちらに抱き寄せ、盾を構えた。

 

「ぐぅう!!」

「サクラ!?」

 

 モンスターの武器が俺の盾に当たり、盾の上から凄い衝撃と重圧を受けた。それだけで、たったそれだけで敵が自分より格上だと理解した。重圧が消えて、敵を見ると、敵は《The Fatal Scythe》、ザ・ファイタルサイズ ボスは大鎌を使うモンスターなのか? 見た目は完全に死神だな………。

 

「キリト、見えた?」

「いやデータが何にも見えない」

「90層クラスのモンスターって事か」

 

 ボスと相対すると、何だか無性に恐怖を感じる。アスナは俺達の会話を聞いて声が詰まった。キリトも頬に汗を浮かばせて、焦っていた。俺は2人が焦っているのを感じた。

 

「キリトとアスナはユイとユリエールを連れて安全エリアに行ってくれ」

「・・・」

「サクラ君は!」

「はっ、俺はタンクだぜ、4人が安全エリアまで着くまで抑えとくよ」

 

 俺はそう言って、盾を両手で持って、殿の準備をする。ここなら結晶アイテムが使えるから、即死以外なら何とか、4人が逃げ切るまでの時間は稼げるだろう。

 

「それに、シンカーは装備無しで切り抜けたんだ。フル装備の俺なら何とかなる。だから、行け!」

 

 俺は振り向かずに2人に言って、2人より前に出る。キリトは俺が前に出ると同時にアスナとアスナに抱っこされているユイとユリエールを連れて、安全エリアに向かって走り出す。鋭利な大鎌が振り下ろされ、俺は両手で盾を持ちながら受け止める。さっきは片手で受け止めきれなかったが、両手ならSTRの補正は1.5倍だからか、先程より受け止めている時間が長くなっていった。

 

「くっ、重い…」

 

 防御のタイミングと盾を両手で持っているため、HPはまだグリーンを保っているが、一撃で3割削られたのがHP残量で解った。そして、キリトやアスナの2人では防御が上手くいったとしても、半分は確実に削られると否が応でも理解させられる。

 

「サクラ! はあああ!!」

 

 盾で防御していたら、キリトが二刀流で、アスナが細剣で攻撃を仕掛けた。何故来たんだ。俺なら大丈夫だと言ったはずだ。

 

「ユリエールさんは、シンカーさんと合流できた」

「それならさっさと転移すれば良かったんだ。それに俺から大丈夫だと言ったはずだけど」

「心配だったんだ、俺達とサクラならなんの問題も無いだろ?」

「サクラ君なら、守ってくれるんでしょ」

「・・・分かった。だけど、俺より前に出過ぎるなよ。カバー出来なくなるから」

「分かった」

「分かったわ」

 

 ボスはターゲットを俺からキリトに変更した。多分、キリトの方が多くダメージを入れたからだと思う。2人の前に立って、盾を構え攻撃を防御していく。だけど、防御してもダメージが入るから、長時間は攻撃を防ぎきれない。

 

「左ステップ!」

 

 キリトの声を聞いて、俺は左にサイドステップで大鎌の斬り落としを回避する。そして、回避が成功した次はボスを視界に捉えながら、回復結晶を使用する。その間にもキリトかアスナの声を頼りに回避していく。

 

「つぎ防御!」

「分かった!」

 

 俺が回復が終わったらすぐ、盾で防御する。ソードスキルの硬直時間の間、数秒でも、立ち止まるのは拙いとキリトとアスナは理解しているようで、2人はソードスキルを使用しない攻撃でダメージを少しずつ与えていく。

 だけど、ボスは盾の下から鎌ですくい上げる様なモーションを見せてきて、俺は盾を手放してバックステップしたが、大鎌の柄部分で打撃を入れられた。

 

「サクラ!」

「サクラ君!」

 

 拙い拙い拙い拙い、俺のHPバーの下に雷のマークが入っていた。多分、頭部打撃による麻痺だと理解できた。そしてHPもレッドゾーンに至っていた。あぁ、これは死ぬな。俺は現状を冷静に理解していた。

 

「サクラ!!」

 

 駄目だ、こっちに来るな、俺の事は捨てて逃げろ、そう言いたかったが、残念ながら頭部による麻痺状態の場合は十数秒間、プレイヤーは声が出す事が出来ないから、伝えようにも伝えられなかった。



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ユイの心

前回の投稿から約3ヶ月、本当にすみません。
仕事で覚える事が多いし、終わったら終わったですぐに寝ていたので書く時間がなかったんです。本当にすみませんでした


 そして、俺の目の前に見知った少女がしっかりとした足取りでボスに向かっている。

 

「ダメよ、ユイちゃん!!」

「ユイ! 戻れ!!」

 

 おい、何してんだ。戻れ、ユイじゃただ死にに行くようなもんだ。だから、戻れ。そう思っていても伝えられない。そしてユイは死神を前にしても一切の恐怖心を感じていなかった。そして、ユイは凛とした声音で俺達に向かって告げた。

 

「だいじょうぶだよ。パパ、ママ、にぃ」

 

 言うが早いかボスは俺達の一番前にいるユイに向けて大鎌を振り下ろした。次の瞬間襲ってきたのは金属同士がぶつかり合った時のような大音響。そして、俺は視線をユイに向けると、ユイの頭上に【Immortal Object】の文字が表示されているのを、確認した。

 何で、ユイが、それを持ってるんだ? プレイヤーが決して持つ事のない文字、システムによって保護された絶対的な不死、それが【Immortal Object】の文字の意味だ。

 

「ど、う、な、ってる、ん、だ?」

 

 驚愕の言葉を漏らしたのも束の間、ユイが右手を上げたかと思うと、轟!!という音とともにその手から紅蓮の火焔が巻き起こり、辺りを炎色に染め上げた。

 そして、周囲に散らばった炎が再び、ユイの手に凝縮し、形を変える。そして現れたのは炎と同じ色をした剣だった。その剣はボスが持っている大鎌と同じくらいの大きがある。

 

 その剣が纏う火焔によって、ユイの服は焼け落ちるが、元々着ていた白いワンピースだけが残っている。ユイはふわりと宙に浮き上がり、長大すぎる剣の重さを感じないかのように、剣を振るう。

 軽く振るっただけなのに、それだけで炎熱が発生し、周囲を赤く染め上げる。

 

「う、うそ、だろ?」

 

 ボスが奇怪な声をあげながら、防御の体勢に移行したが、ユイは一切躊躇なく、剣を振り下ろした。ボスは大鎌で一度は防御するが、刃を斬り裂きながら、ボスを両断した。俺はその光景を見て困惑し、驚愕した。

 

「大丈夫ですか、サクラさん?」

「ユイ、君は一体・・・」

「全部、お話しします。わたしがどの様な存在なのかも、すべて」

 

 安全エリアには、俺とキリト、アスナ、そしてユイがいる。シンカーとユリエールには転移結晶で先に帰ってもらった。

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

 ユイの話を聞いたものの、想像を遥かに超えたものだった。だけど、ユイがプレイヤーではない事と、ユイの話がこのソードアートオンラインの根幹なんだと言う事は理解した。

 この世界は〈カーディナル〉とよばれるシステムで制御されている。カーディナルは人間の手を必要としないシステらしく、2つのコアプログラムが相互にエラー訂正を行い、無数のプログラムによって、この世界は調整されているらしく、NPCやモンスターのAI。その他アイテムの排出率や通貨など、全てが〈カーディナル〉によって調整されていると言う事らしい。

 これだけを聞くなら、完璧なシステムだと俺は思った。だけど、カーディナルでも綻びが存在した。それは、プレイヤーの心、人間の精神性に由来するトラブルだった。それだけはどんなに優秀なプログラムであっても対処ができず、ゲームマスターが必要とされるはずだったと言う。

 

 そして、ここからが、ユイがどんな存在であるのかの話だった。ユイ、彼女の正体は開発者達が試作した《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》、MHCP試作一号、コードネーム《Yui》。それが彼女の正体だった。彼女は人間ではなく、人工知能、AIだった。

 自らの事を告白したユイの瞳から、止め処なく涙が溢れ出し、同時にユイは俺達に謝ってきた。『感情模倣機能によっもたらされたこの涙も偽物』なのだと。それを聞いたアスナがユイを抱きしめようと一歩踏み出したものの、ユイはそれを拒否した。

 

 話はまだ続いた。それは、《ソードアート・オンライン》が正式サービスを開始した日。〈カーディナル〉はユイにプレイヤーとの一切の干渉禁止命令を下したらしい。それによってユイはプレイヤーたちをただモニタリングすることに徹したらしいが、あの時の事を思い出すと、状況は最悪だったろう。

 

 プレイヤー達は恐怖、絶望、怒りと言った負の感情に心を支配され、時には狂気に陥った者もいたらしい。本来ならばユイがその場に赴いてプレイヤーをケアするのだが、〈カーディナル〉によって身動きの取れなくなったゆいはただただ、モニターを見るほかなかった。そうしたことが続きエラーを蓄積させたユイは、やがて崩壊していったのだという。

 それらを全てをモニタリングしていたユイが壊れてしまうのは、至極真っ当なことだろう。普通の人ならば、耐えられない、耐え切れずに心が壊れるだろう、観たくないものを見せ続けられれば、目を背けるか、目を瞑るだろう、精神喪失してしまう方が簡単で楽だと思った。

 その状態であってもユイはモニターを見続けていたらしい。そして、負の感情ではない全く別の感情、喜びや安らぎ、けれどそれ以外にもある不思議な感情を持つプレイヤーが現れたという。それがキリトとアスナだったのだ。AIからも良きカップルと認められたんだ。

 っと話の続きは、ユイは2人に興味を抱き2人のモニタリングをつづけ、何時しか2人に会って話してみたいと言う感情を抱くようになったらしい。2人が結婚した後、一番近いコンソールから実体化してやってきたんだといった。

 

「サクラさん、あなたにもお礼を」

「俺はお礼を言われるようなことは何もしていないよ」

「そんなことはありません。あなたが2人の傍に居ることで笑顔が溢れていました。そのおかげで私はキリトさんとアスナさんに会ってみようと決意できたんです」

 

 それに、と話しを続ける。

 

「あなたの感情は確かに負の感情も沢山ありました。それに心が折れかけていた事も何度もありましたが、それでも貴方の根底にある物は変わらなかった。折れず曲がらず大切な人が居る限り、貴方は盾の様なものでした」

「ありがとう、大切な人を守れるようにと、そう意識していたから、そう言ってくれて嬉しいよ」

「貴方が居たから、貴方を見ていたから、私は躊躇いを捨てて、御二人に会いに行けたのですから」

 

 ユイは俺のあり方をよく理解していた。そして、俺を見て勇気が持てたと言ってくれた。それは俺の今までを肯定しているような感じだった。

 

「そっか、ねえ、ユイ、君は自分の意思で、キリトとアスナに会いに行った。これはユイ自身の感情じゃないのか?」

「それは…」

「確かに、ユイはプログラムで感情を模倣しているかも知れないけどさ、プログラムから生まれた感情が、偽物だとは、俺には思えないよ、そう言い切れないよ」

 

 その感情が偽物だとしても、それが生まれた意思や思考が偽物だと、誰が決めつけられるんだ? 俺には、ユイの意思が、思考が、偽物だとは思えないんだ。誰かの為に流した涙が偽物な訳がない。

 

「ユイ、君が本当に望むことはなんだ?」

「わたし、わたしは……」

 

 ユイは両手をいっぱいに広げ、涙ながらに告げる。

 

「ずっと一緒にいたいです! パパ、ママ、兄さん!」

 

 その声に我慢しきれなくなったアスナが涙を流しながら、ユイを抱きしめた。キリトも2人を抱きしめる。俺だって、ユイの頭を撫でる。ユイがシステムだとか、プログラムだとか関係ない。もうユイは俺の、いや俺達の家族なんだ。

 

「でも、もう遅いんです」

 

ユイの言葉に俺を含め全員が疑問を抱いた。ユイは自分の座っている立方体に触れる。それはゲームマスターが緊急アクセスするためのコンソールだという。彼女が操作すると光の柱が立ち、電子音の後に淡く発光するホロキーボードが展開された。

 

「先ほどのボスモンスターはプレイヤーがこれに触れないようにするために、配置されたものだと思われます。わたしはアレを倒すためにコンソールからアクセスし、《オブジェクトレイサー》を使用してボスモンスターを削除しました。それと同時に言語機能も復元できたのですが、《カーディナル》は今まで放置していたわたしに気が付き、注目してしまっています。今はコアシステムがわたしを走査していますから、すぐにでも異物として削除されるでしょう」

「そ、そんな!」

「どうにかならないのか、ここから離れたりすれば!」

「ふざけんなよ! 何か、何かないのかよ!」

「パパ、ママ、兄さんありがとう。これでお別れです」

 

 ユイの体が僅かに発光しはじめた。ついに削除が実行され始めたのだろう。本当に何も出来ないのか? また、大切な人を守れずに終わるのか?

 

「ダメだ! ユイ、行くな!!」

「パパとママがいればみんな笑顔になった。わたしはそれが嬉しかったです。だから、これからはわたしの代わりに……みんなを、助けてあげてください。二人の喜びを……みんなに分けてあげて……」

「嫌だ!嫌やだよ、ユイちゃん!ユイちゃんがいなかったら私笑えないよ!!」

 

 消えてしまいそうな手を握りながらアスナは大粒の涙を流す。ユイは彼女に答えるようににこりと笑みを浮かべて、アスナの頬を撫でるが…。一際眩い光が視界を支配した。再び目を開けるとそこにユイの姿はなく、ただただ泣き崩れるアスナと悔しげに膝をつくキリトの姿があった。その二人を見て、目頭が熱くなるのを感じた。そして俺の瞳からも涙が溢れ始める。

 

「……ざけんな、ふざけんな!!」

 

 俺は片手剣を抜いて、目の前の黒い立方体に迫り振り下ろした。無造作だけど、力強い一撃は立方体を捉えたはいたものの、発生したのは立方体の破壊ではなく、【Immortal Object】と表示される紫色の無機質で機械的な冷たい表示。

 

「ふざけんなよ! お前に、お前なんかに、ユイの生き方を奪う権利があるのかよ!! ユイは生きたいって、一緒にいたいって言った! AI、偽物の感情、そんなの知るか! ユイの感情は、思いは、意思は本物だ!! それをエラーコード一つで…、俺の、俺達の家族を奪ってんじゃえね!!」

 

 その行動に意味はないのかもしれない。それでも自分を抑えることが出来なかった。絶叫し、一際強く片手剣を振るったが、【Immortal Object】の文字に阻まれて剣が吹き飛ばされ、背後の石畳に突き刺さった。そして、不意にキリトがホロキーボードを展開した。

 

「キリト、お前何して…」

「今なら、まだ間に合う! サクラの言う通りだ。これ以上、好き勝手はさせない!! 俺とアスナの娘をサクラの妹を返してもらう!!」

 

 言いながら凄まじい速さでキーボードを叩き、いくつものコマンドを入力する。そして小さなプログレスバー窓が出現し、横線が右端に到達しようとした瞬間、突如として黒い立方体が発光し、キリトの体を弾き飛ばした。俺はキリトが弾き飛ばされた瞬間にキリトの後ろに回り、キリトを受け止めた。キリトは駆け寄ったアスナに笑みを見せ、掌にあったものをアスナに渡した。

 

「大きな涙滴型のクリスタル?」

「これは?」

「ユイの心だよ。さっきGMアカウントでアクセスしてシステムに割り込みをかけて、ユイのプログラムだけを取り出してオブジェクト化したんだ」

「それじゃあユイちゃんは……」

「ああ、そこにいる」

 

 その言葉に驚きを通り越して感動を覚えた。あの一瞬でシステムに割り込みをかけて自分の娘を救ったのだ。

 

「まったく、大したヤツだよ。お前は」

 

 キリトは苦笑いを浮かべ、安堵の涙を流すアスナの肩に手をかけた。その光景に幸せそうに微笑むユイの姿が見えたような気がした。



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75層攻略

 75層のボス部屋が発見されたと報告があった。

 

「よ、ベスタ」

「あぁ、サクラ、今日はどんな用事だ?」

「装備のメンテをお願いしたくてね」

「メンテって、先週したばっかりだろ?」

「あぁ、だけど、発見されたからね」

 

 俺はベスタの工房に来ていた。ベスタは装備のメンテは先週してもらったばかりなのに、もう一度お願いしたと聞いて不思議そうに感じていたが一言伝えるだけで、意図を読み取ってくれた。

 

「そっか、分かった、メンテしておくよ」

「よろしく頼む。いつ頃取りに来ればいい?」

「明日の夕方ごろで」

「了解」

「サクラは今からどうするの?」

 

 ベスタは俺の装備を受け取りながら、明日中に直してくれると言った。本当にベスタにはお世話になりっぱなしだな。

 

「明日、20人でボスの偵察に行くらしいし、俺は明日まではゆっくり休むさ」

「そうした方が良いよ。サクラは無理してるんだから、たまには何もない休日を謳歌したら」

「はいはい、それじゃ装備頼むね」

「メンテは任せとけ、それじゃ、また明日」

 

 そう話し合って、俺は自分の家に戻っていった。ベスタが無理してるって言ってたけど、そんな無理はしてないよ。

 

 そして翌日の昼頃に、血盟騎士団団長のヒースクリフからメッセージが届き、俺は急いで55層のグランザムに向かった。

 

「偵察隊が壊滅しただって!?」

 

 クォーターポイントであることと七十四層のボス部屋が結晶無効化空間であったことを踏まえて、今回は二十人の偵察隊を派遣し、先見として十人がボスに侵入。だがボス部屋の扉が突如として閉まり、次に開いたときには誰もいなかったという。七十四層では結晶無効化空間ではあったらしいが、ボス部屋の扉は開いたままだったはず。結晶が使えない上に退路も絶たれる。ファーストコンタクトがラストアタックになる。

 

「あぁ、もちろん、生命の碑での確認も終わっている」

「分かった。教えてくれてありがとう」

「サクラ君、彼らにもこの事を伝えてくれ」

「………」

 

 俺はヒースクリフから偵察隊の半壊を聞かされた。そして、彼らとは、あの二人を指しているのだろう。

 

「サクラ君だって理解しているだろう、2人が必要なことくらい」

「分かってるよ! だけど、まだ2週間だ。たった2週間なんだぞ」

 

 ヒースクリフの言いたい事は理解しているし、俺も同意できる。確かに2人が抜けた穴はデカい、一人は戦力として、もう一人は士気として。

 

………

……

 

 結局俺は、断り切れず、22層のログハウスの玄関前で立ちすくんでいた。正直気が重いし、まだ二人には新婚生活を楽しんでもらいたいと思っている。

 あの二人はユイの一件以来、何時にも増してイチャつくようになった。ご飯に誘ってくれるのはありがたいけど、目の前でイチャつくのは止めて欲しい。子の前で親がイチャイチャするのを見るのは慣れてるけど、キリト達と俺の親では感じ方が違うんですよ。ちょっぴり殴ろうかとも思ったけど、思い止まったよ。

 

 そうそう【軍】は一気にその勢力を縮小した。キバオウのヤツも除隊させられたとか。まぁ、自業自得だな。なんて現実逃避をしていたが、後ろから声が聞えてきて、俺を現実に戻した。

 

「サクラ君?」

「珍しいな、サクラがメッセも無しに来るなんて」

 

 俺が後ろを振り向くと、アスナとキリトの姿があった。アスナはバケットを持っていたから、出掛けてたのかな?

 

「2人はどこかに出掛けてたのか?」

「湖の主釣りに」

「凄い大きかったね。サクラ君にも見せたかったよ。キリト君が焦って逃げる姿とか」

「ちょ、アスナ、勘弁してくれ」

 

 ログハウスに通されて、飲み物を出して今日起こった事を幸せそうな顔で話していた。ここからあの話に入るのは物凄く辛い、だけど、俺は諦めてあの話をした。

 

「偵察隊が壊滅…」

「ヒースクリフからは説得を依頼されたけど、俺は2人には来てほしくない。個人的には80層まではのんびり新婚生活を送って欲しいと思ってる」

「用件は分かった。サクラの気持ちも嬉しいけど、行くよ、俺たち。サクラ以外が説得に来てたら追い返してたと思う」

「それだとサクラ君にばっかり負担を掛けちゃうしね」

「サクラも俺達の家族なんだ。家族一人だけに無理させる訳にはいかないよ」

 

俺の事なんて気にしなくても良いのに、お人好しすぎるよ、それに言い出したら聞かないんだから・・・。

 

「分かった。ヒースクリフには了承したと連絡を入れとくよ。日時は追って連絡する」

 

 俺はそう言って、話を終わらせ、ログハウスから出て行こうとしたら、キリトとアスナが出て行こうとするのを止めた。一緒にご飯が食べたいらしい、まぁ家族だし良いけどさ…、出来れば毎日メッセージで呼ぶのは止めてくれ。毎日は来れないから。

 

………

……

 

 リアルなら11月7日、この日75層のカームデットの転移門前には多くの攻略組プレイヤーが集まっていた。

キリトとアスナもカームデットの転移門前に到着すると周囲のプレイヤーは二人を見てざわついた。

 

「待たせたな、サクラ」

「お待たせ、サクラ君」

「別に待ってないよ。準備万端か?」

 

俺を見つけた二人は歩いて来た。準備は終わってるかと聞くと、二人とも頷いた。話していたら、クラインとエギルがこっちに来て話し始めた。

 

「キリの字、久しぶりだな」

「よう、クラインまだ生きてたか」

「当ったり前よ」

「まぁ、そう簡単に死ななそうだしね」

「サクラよ、それはどういう意味なんだ?」

 

だって、恋人が出来るまで死んでたまるかとか言ってたじゃん。

そんな感じに談笑していたが、【血盟騎士団】のメンバーが転移してきたのをきっかけにプレイヤーの談笑が消えていった。

 

「欠員はないようだな。皆よく集まってくれた。状況は既に察していると思うが、これより始まる戦いは今まで以上に厳しく、苛烈なものとなるだろう。だが私は、君達の力ならは突破できると信じている。解放の日のために!」

 

ヒースクリフがそう言うと、ボス線に挑むプレイヤー達は頷いた。そして、希少なアイテム回路結晶を使い、全部隊を直接ボス部屋の前に転移する手筈になっている。

確かにボス部屋に到着するまでの消耗を減らし、足並みも崩れることはない。

 

「では皆、ついてきてくれたまえ」

 

ボス部屋の前に全部隊が到着した。

 

「皆、分かっていることだと思うが今回の討伐に際してボスのパターンは分かっていない。基本的に前衛を我々KoBとサクラ君が務め君達にはそれぞれ柔軟に戦って貰いたい」

 

全員が頷くとヒースクリフは扉に向き直った。

 

「行こうか」

 

扉に手をかける様子を他のプレイヤー達は緊張した面持ちで見ていた。俺は盾を取り出して、直ぐに行動できるように周囲を警戒する。

 

「戦闘開始!」

 

力強い声と共にボス部屋に足を踏み入れ、それに部隊全員が続く。中に入ると部屋がドーム状であることが分かった、広さはかなりある。そして皆が室内の中央辺りまで来た直後、背後こら轟音と共に扉が閉められた。

 

「どこにも居ないぞ」

 

どこかしらでそんな声が聞こえてきた。確かに、周囲にはボスモンスターの影も形も見えなかった。だけど、俺には聞こえていた。

 

「上だ!」

「上よ!」

 

俺が声を上げるとほぼ同時にアスナの声が聞こえた。俺らの声を聴き、プレイヤー達は上を、天井を見上げた。天井を見上げると、2つの赤い目がギョロっとこちらに向いた。

 

「来るぞ!!」

 

その目がこちらに向いた瞬間、俺は声を上げた。ボスは自由落下に従うように降りてきた。

 

「固まるな、全員距離をとれ!」

 

ヒースクリフの鋭い声に呆然としていたプレイヤー達が一気に距離をとり始めるが、反応が遅れたのか三人が逃げ遅れている。

 

「何してるんだ! 早く逃げろ!!」

 

キリトが3人に逃げるように叫んだが、彼らが走り出すと同時にボスが降り立ちフロア全体が大きく揺れた。

そこで、ボスの全体像が顕になった。ボスは《The Skullreaper》、骸骨の百足の様な姿をしており、頭骨の両脇からは大鎌を思わせる鋭利な刃が覗いている。

 

「くそが!」

「サクラ!」

 

俺は壁盾をその場に捨てて、逃げる3人のもとまで走り出した。後ろからキリトの声が聞こえたが無視して走った。ボスは左大鎌を薙ぎ払った。

その薙ぎ払いに一歩遅れていた2人のプレイヤーがまともに食らい宙を舞った。一番前を走っていたプレイヤーの手を握って、後ろに突き飛ばす。

 

「受け取れ、キリト!」

 

払った鎌を戻すような攻撃に合わせる様に剣で受け止める。受けきれるとは思っていなかったから、逆らわないように後方へジャンプし、ダメージを最小限まで抑える。

 

「サクラ!」

「キリト、ナイスキャッチ」

「ナイスキャッチじゃないだろ!! 無茶しやがって!」

「悪い、最小限に抑えてもHPの6割持ってかれた」

「サクラは回復に専念しろ、その間は俺がボスの攻撃を受け止める!」

「くそ、回復結晶が使えれば」

 

そう悪態をキリトがボスの攻撃を受け止めたが一人では圧されてしまうが、アスナがボスの鎌をソードスキルで弾いた。なるほど、キリト一人では無理でもアスナと一緒なら耐えられるか。その間、俺はポーションを使用してHPが6割り以上になるのを待った。

 

「キリト、アスナ! スイッチ!」

「おう!」

「分かったわ」

 

HPの回復を確認したら、俺はキリト達と変わるようにボスの前に立ち、鎌に向けて盾を構えて、受け止める。



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決戦、落命、ゲームクリア

しみません、前の考えていた公正だと、続きが書けそうになかったのでALO編は新しく書き直します。


「終わったの・・・か?」

 

スカルリーパーの姿が光の粉になったのと、Congratulationの文字がボス部屋の中央に表示されたのを確認するかのように、誰かが声を出した。

 

「何人、やられた?」

「11人だ」

 

クラインの呟きにキリトがマップを出して、入った時の人数と生存者の人数を比較して、すぐに答えを出した。そんなにやられたのか・・・。

 

「う、嘘だろ」

「後25層もあるんだぜ」

「本当に俺達はてっぺんまで辿り着けるのか?」

 

確かに、このまま戦い続ければ、攻略組が壊滅するのが先だろう。壊滅すれば、後は攻略組より実力の劣る準攻略組や上層組とかだろう。

 

「キリト?」

「キリト君?」

 

俺はキリトが立ち上がるときに声を掛けたがキリトはそれを無視して、ヒースクリフに向かって突撃した。それに驚いた俺とアスナは直ちに立ち上がりキリトの傍に向かった。

 

「Immortal Object・・・だと」

「システム的不死って、どう言うことなんですか? 団長」

「この男のHPゲージはどうあろうとイエローまで落ちないようシステムに保護されているのさ」

 

俺達3人の言葉を聞いた周囲のプレイヤーの視線がヒースクリフに向かった。

 

「この世界に来てから、ずっと疑問に思っていた事があった。・・・あいつは今どこで俺達を観察し、世界を調整しているんだろうってな。でも俺は単純な心理を忘れていたよ。どんな子供でも知っていることさ、他人のやっているRPGを傍らから眺めるほどつまらない事はない。そうだろ、茅場明彦」

 

キリトがヒースクリフの事を茅場明彦と呼んだことで、周囲のプレイヤーは動揺を隠せなかった。

 

「なぜ気付いたのか、参考までに教えてくれるかな?」

「最初におかしいと思ったのはデュエルの時だ。最後の一瞬だけ、あんた余りにも速すぎたよ」

「やはりそうか、あれは私にとっても痛恨時だった、君の動きに圧倒されて、ついシステムのオーバーアシストを使ってしまった。・・・確かに私は茅場明彦だ。付け加えれば、最上階で君達を待つこのゲームの最終ボスでもある」

 

ヒースクリフが最終ボスだって、笑えないな。最強のプレイヤーが一転して最悪のラスボスとか。しかも通常のアシストを越えたオーバーアシストがあるとか、本当に笑えないよ。

 

「趣味が良いとは言えないぜ、最終のプレイヤーが一転して最悪のラスボスとは」

「中々良いシナリオだろ、最終的に私の前に立つのは君だと予想していた。二刀流スキルは全てのプレイヤーの中で最大の反応速度を持つ者に与えられ、その者が魔王に対する勇者の役割を担うはずだった。だが君は私の予想を越える力を見せた。まぁこの想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味と言うべきかな」

 

キリトの持つ二刀流スキルが力と勇者の称号兼ね備えていると言うことか、成程な、どうりで他のプレイヤーが二刀流を取得出来ない訳だ。そう考えていたら、血盟騎士団の団員がヒースクリフに向かって剣を掲げて飛び掛かった。

だが、ヒースクリフはすぐさまメニュー画面を操作して飛び掛かった団員を麻痺さ、そのままキリト以外のプレイヤーも麻痺させていく。

 

「どうするつもりだ? この場で全員殺して隠蔽する気か」

「まさか、そんなら理不尽な真似はしないさ。こうなっては致し方ない、私は最上層の紅玉宮にて君達の訪れを待つとするよ。ここまで育ててきた血盟騎士団、そして攻略組プレイヤーの諸君を途中で放り出すのは不本意だが、何、君達の力ならきっと辿り着けるさ」

 

そう言ってヒースクリフは盾を地面に突き刺し、そのまま言葉を続ける。

 

「だが、その前にキリト君、君には私の正体を看破した報酬を与えなくてはな、チャンスをあげよう」

「チャンス?」

「今この場で私と一対一で戦うチャンスだ。無論不死属性は解除する。私に勝てばゲームはクリアされ、全プレイヤーがこの世界からログアウト出来る。どうかな?」

「駄目よキリト君、今は今は引いて」

 

俺は倒れた状態でキリトの様子を伺うと、アスナの声も聞こえていないようで、小さくふざけるなと、声を出していた。

 

「良いだろう、決着を着けよう」

「キリト君」

「ごめんな、ここで逃げるわけには行かないんだ」

「し、死ぬつもりじゃ無いんだよね」

「あぁ、必ず勝つ、勝ってこの世界を終わらせる」

「分かった、信じてるよ、キリト君」

 

ヒースクリフの挑戦をキリトは受けた。アスナも最終的には頷いた。ここから先はキリト次第、ヒースクリフは全てのスキルモーションを知っている、これだけでもキリトの方が圧倒的に不利な状況だ。それを理解していても、戦う様でキリトは立ち上がり背中に背負った片手剣を鞘から抜いた。

 

「キリトーー!」

「エギル、今まで剣士クラスのサポート、サンキューな。知ってたぜ、お前の儲けの殆ど全部、中層ゾーンの育成に注ぎ込んでたこと」

「ぇ」

「クライン、あの時、お前をお前達を置いて行って悪かった」

「てめぇキリト! 謝ってんじゃねぇ! 今謝るんじゃねぇよ! 許さねぇぞ、ちゃんと向こうで飯の一つも奢ってからじゃねえと絶対許さねぇからな!」

「分かった、向こう側でな。・・・サクラ、ありがとう。俺は、サクラが居たから一人じゃなかった。孤独じゃなかったんだ、お前があの時、一人にはさせないって言ってくれたこと、凄く、嬉しかったよ」

「俺も同じだよ、キリトが居たから俺は、強くなれた。お前が居たから俺は、護れるようになれたんだ、行ってらっしゃい、生きて戻ってこいよ」

「あぁ、行ってくる」

 

そう言って、キリトは視線をこちら側から外してヒースクリフに向けた。

 

「悪いが、一つだけ頼みがある」

「何かな」

「簡単に負けるつもりは無いが、もし俺が死んだら暫くで良い、アスナを自殺出来ないように計らってくれ」

「ほぉ、良かろう」

「キリト君、駄目だよ。そんなの、そんなの無いよ!」

 

システム的不死が解除され、ヒースクリフは盾に収めていた剣を取り出し、構えた。それから刹那の空白の後、キリトがヒースクリフ目掛けて突撃した。

手数はキリトが多いがキリトはソードスキルを使えない、だから、ソードスキルを使用せずに戦っていく、キリトの剣が激しくそして、速くなっていくが、ヒースクリフの防御は抜けなず、カウンターでヒースクリフの攻撃が頬に擦った。

 

「はぁぁ!!」

「ふ」

 

勝負を焦ったのか、キリトはソードスキルを使用した。俺はもう麻痺とか身体が動かないとか、そんな事を考えている余裕は無かった。立ち上がれとあいつの元まで走れと、その事だけしか頭に無かった。

 

「うおぉぉ!」

「さらばだ、キリト君」

 

誰かの声が聞こえた。目の前にはキリトの黒いコートが見えた。キリトの前に栗色の髪の毛が見えた時にはキリトの肩を押し退けて前に手を伸ばす、肩、手、間に合わない。それを瞬時に判断したから、栗色の髪の毛に手を伸ばし握って引っ張った。

 

「俺の命で勘弁しろや」

 

ヒースクリフの攻撃はキリトとアスナをどかした結果、俺の右肩から斜めに振り下ろされた。武器を持つ余裕なんて無い、盾だって置いてきた。あぁ、これは死ぬな。

 

「サクラ!」

「サクラ君!」

「2人とも無事か?」

 

後ろに倒れそうになったところをキリトが受け止めてくれた。HPはイエロー半分の所で止まっていたが、ヒースクリフに斬られたから、徐々にHPが0へと近づいてゆく。

 

「ああ、俺達は無事だ」

「そっか、良かった。アスナ」

「何、サクラ君!」

「髪、引っ張って悪かったな」

「ううん、良いよ、助けてくれてありがとう」

「後、少しは俺達の心配を減らしてくれ、心臓に悪いなんてもんじゃ無かったよ、まぁそれがアスナの良いとこでもあるのかな」

 

俺はアスナの方に顔を向けて、アスナの言葉を聞かずに言いたいことだけを言い紡ぐ、2人と会話をしたかったが、そんな時間は俺には残されてはいない。だから次にキリトの方へと顔を向ける。

 

「キリトの馬鹿野郎、スキルは駄目だろ、何時もの冷静さはどうした?」

「そうだな、ごめん」

「キリトの剣、折れちゃったな、代わりがないなら、俺のを使え、そこまで良い武器じゃないし、あの剣の代わりにはならないかな。・・・後は頼んだぞ、し・・・」

「サクラ!!!」

 

・・・・・・・・・

・・・・・・

・・・

 

「いや何処だよ、ここ」

 

ヒースクリフに斬られた事は覚えてる。アスナに髪を引っ張ったのを謝ったことも、キリトに剣を渡せし、渡せたよな? 譲歩出来てるよな。

 

「サクラ君」

「え、ヒースクリフ? あ、いや、茅場明彦と呼んだ方が良いのか?」

「どちらでも構わない」

「そっか、なら前々から呼んでたしヒースクリフで、それよりヒースクリフ、何でお前がここに居るんだ?」

 

俺は周囲を見渡していたら、後ろから知っている声が聞こえてきた。好きなように呼べばいいと言われたため、プレイヤーネームの方で呼ぶことにし、何故ヒースクリフが居るのか聞いてみた。

 

「最後に君と話をしておこうと思ってな」

「そうか、キリト達は?」

「キリト君、アスナ君を含めた6348人の現実世界への帰還を終了した」

 

そっか、2人は現実世界(リアル)へ帰れたと言うことは・・・。

 

「ヒースクリフ、負けたのか」

「あぁ、2人は私の想像を越えた力を魅せてくれたよ」

「製作者様としては嬉しそうだけど、1プレイヤーとしては悔しそうだな」

「そうだな。オーバーアシストが無くても、焦りや視野が狭い状態のキリト君には負けるとは思ってなかった。まさか2人も邪魔が入るとは思ってなかったがな」

 

その邪魔は俺とアスナの事を言ってるんだろうな。まぁ、俺達もキリトを死なせるわけにはいかないからな。ここはこの言葉を言わせて貰うよ。

 

「想定外の展開もネットワークRPGの醍醐味なんだろ、ヒースクリフ」

「ふふ、確かに」

「それで、俺のお迎えは何時になるんだ?」

 

そう、俺は負けた、死んだのだ。だから何時、俺と言う存在が消えるのか。正直怖い、恐ろしい、死にたくないと言った、負の感情が溢れてくる。それを無理矢理理性で抑え、ヒースクリフと話している。

 

「サクラ君、君にはあちらに帰って貰う」

「死者はどの世界でも蘇らないんじゃないのか?」

「その通りだが、ならばこの言葉を送ろう"敗者は勝者の言葉に従え"と」

「・・・ち、何を言おうと、決定事項は変わらないってか?」

 

 。ヒースクリフは静かに頷いた。それにしても何故ヒースクリフは俺を、俺なんかを生かそうとするのか。・・・少し考えただけじゃ、全く全然、思い浮かばない。天才の頭の中は常人には理解できないってか。

 

「なら俺からも一言、2年間、辛い事や忘れたい事、色々あったけど総合的にSAOは神ゲーでした! 楽しい時間をありがとうございました!」

「罵倒の言葉を浴びせられると思っていたが、まさかの感謝とは。こちらこそ、楽しい時間をありがとう」



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