艦これすとーりーず ―僕が異世界版艦これの提督になった件について― (謎のks)
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プロローグ
いきなりだけど、僕しにました。


※この物語は前作「艦これすとーりー」のリメイク版となります。


 ── ねえ、君は「異世界」に興味ある?

 

 その世界には、私たちの知らないような文化や生活、見たこともない人種や魔物なんかもいるかも?

 

 …あ、怖くなった? うふふ、大丈夫よ?

 

 確かに最初は怖いかもしれないけど…でも、大好きな人や大切な人と一緒に、そんな世界を駆け回れたら良いなって…え? 例えば誰と?

 

 うーん…君……とか?

 

 …あ、赤くなった。うぅやめてよぉ私も恥ずかしいんだから……。

 

 

 …うふ! うふふ!

 

 

 ねえ、約束して…? いつか、いつか必ず、二人で……──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「──…くと? 拓人?」

 

 …ふと、過去を反芻していた僕は友人の声で現実に引き戻される。

 

「…ん?」

 

 僕らは大学生、ここは食堂で今は昼時、つまりは昼食の真っ最中。

 しかしながら、僕はあることで頭がいっぱいになり、楽しみにしながら頭の中でその時のシミュレーション…というか妄想? とにかく、想像していると「つい」自分の世界に入ってしまって…お恥ずかしい。

 

「…全く、しっかりしろよ?」

「あはは、ごめん…」

 

 …あ、自己紹介がまだでしたね? 僕は「色崎 拓人(しきざき たくと)」です。

 普通の世界で、普通に生活する、普通の人間ですハイ。…ただ、違うとすれば。

 

「それで? 今度の休みはどこ行くんだ? 「提督」さんよ?」

 

 ──提督。

 

 そう、僕…いや「私」こそが!

 

 人類の敵「深海棲艦」より人の世と海の平和を守る、鋼の心に愛と正義を宿す可憐な少女たち…即ち「艦娘」! その艦娘を指揮し、様々な作戦を立案、数多の海域をかの魔物たちより防衛する…それこそが「提督」!

 

 これぞ、艦隊これくしょん!!

 

 …まぁ、ゲームなのですが。

 

 詳しく説明すると…2013年よりブラウザゲーム版が配信され、瞬く間に人気に火が付き大ヒット! 今やブラウザゲームの垣根を越え愛される「美少女擬人化」の先駆け的存在…それが「艦隊これくしょん」略して艦これ、です。え? 萌え萌え? あーあー聞こえなーい。 /(´・Д・)\

 多くの人を魅了する魅力的なキャラクター「艦娘」たち、彼女たちは昔起こったある大戦で実在した軍艦がモチーフになっており、その史実ありきの個性への反映の仕方させ方は、軍オタの柳田君もニッコリ。

 

「柳田) b」

 

 とにかく、超が付くほど可愛い子ばかり、しかも殆どが甲斐性あり、提督Love、ウブで一途と来たものです。いぇーい!

 

 …現実に居ないから、余計のめり込んじゃうよね?

 

 そんな僕は、提督(プレイヤー)歴二年のまだまだルーキーの方、でもイベントにも参加してるし兵站もやってる、レベリング(キス島ツアー)は毎日のようにやっている。そんな感じです…え? 外に出ないのかって? いやいや、私は用事が無い限り出歩かない主義ですし(言い訳)。

 僕も軍オタ…では無いですが、一般的に言えば「オタク」みたいなものです…あ、でも顔には自信あります。不細工では無いと自負しています。この前女子から「モヤシオタ君」って呼ばれたけども…キモ、は言ってないからセーフ! セーフ!!

 …そう、そんなオタクの見本みたいな僕は、目の前の友人「白波 海斗(しらなみ かいと)」君から長い休みの予定を聞かれる…そんなことは決まってる。

 

「…勿論「艦たび」だ。憲兵君(ゲンドウポーズ)」

「誰が憲兵だ(デコピン)」

「(コツッ)あたっ、うぅ…海斗君はノリが悪いよ…」

「お前が良過ぎるんだ」

「褒め言葉であります!」

「はいはい…艦たびって、あのゲームのヤツか?」

「そう! 艦これ御愛顧記念の一大イベント! 航空会社、老舗百貨店、レジャーランドと! 様々なリアルイベントに手を出して来た艦これ運営鎮守府、その彼らが遂に! 聖地巡礼にも手を出した訳です!」

 

 艦たびは、かつての鎮守府跡地や艦娘たちにまつわる土地等に、足を運んでは当時の雰囲気を堪能する…所謂「聖地巡礼」というアレですが、それらを船旅として計画した…という趣旨の企画なのです。

 艦娘たち(というか元になった軍艦)の沈んだポイントにも行く予定があり、上手くいけばお気に入りのあの娘の沈んだ時の風景を拝める…ちょっと怖い発言かもだけど、艦これって大体そんな感じ(主観)。

 

「なるほどな…で、お前の好きな子って…?」

「もちろん「金剛」デース!」

「ああはいはい、そのデースはやめろ耳にタコができる」

 

 海斗君は苦い顔をしながら耳を塞いだ、関係ないけど彼は自分とは正反対の超のつくイケメン。僕なんかと一緒にいると、時々憎らしげな視線を感じる時があるくらい(勿論僕に向けてだろうけど、不釣り合いって言いたいのか分かってるよバカヤロー)。

 そんな彼は歴史系…特にあの大戦について詳しい、流石に軍オタって程ではないけど、身近にいる共通の(?)趣味を持つ人は貴重だ、だから声を掛けてみたんだけど…自分でもここまでの仲になるとは思わなかった。

 

「しかし金剛か…確かに分からなくもないけど…艦これってヤツはやってないから分からないが、そんなに良いのか? 大和とか長門とかもいるんだろ?」

「何を言いますか! 彼女は艦これのサービス開始当初から大人気の娘ですよ! 惚れない訳がない! 寧ろ惚れない方が無理!」

「分かったよ。…お前は金剛に会いに行くんだな?」

「はい! まさか抽選で当たるとは思わなかったし、思い切り楽しんで来ますよ!」

「そうかい…」

 

 嬉々とした表情の僕とは対照的に、海斗君はどこか憂鬱な感じだ。

 

「海斗君…?」

「…なぁ拓人、お前みたいな普通の奴が軍艦やあの時の戦いに興味を持ってもらうことは、俺としても嬉しいんだよ」

「うん…?」

「しかしな、聞けば聞くほど「違うんじゃないか」って思ってな…俺が考え過ぎなだけかもしれないが、あの時の戦いはアイドルとか英雄活劇みたいな見世物じゃないんだ…皆必死で生きようとした。そんな「戦争」があった時代なんだよ…」

 

 机に肘をつき、頰を手で支えながら悲しそうに呟く海斗君…でも、僕は彼の言っていることは理解出来なかった。

 

「…海斗君はお父さんが海自だから、そういうこと言えるって分かりますけど」

「! おい、俺はそういう意味で」

「僕はそれもどうかと思う、だって何十年も前の話だよ? 彼女たちは「ゲームのヒロイン」で現実に疲れきった僕たちに癒しを与えてくれるんだよ? それで良いではないですか。他にどう解釈しろって?」

 

 怒り気味に、自然と突き放す口調で話していた僕。海斗君は少し怒ったか睨んでいたけど…?

 

「…そうだな? 悪い、俺が言い過ぎた」

「…っえ、あ、そ、そうだね?」

 

 …お気づきのとおり、僕はあんまり喋るのが得意ではないです。頭に血が昇るとついさっきみたいにムキになって…悪い癖だとは自覚していますが。

 

「あぁ、俺が悪い。さてと、そろそろ行くか。拓人、浮かれるのはいいけど授業遅れるなよ?」

「あ、うん…」

 

 すれ違いで出てしまった言葉を訂正する間もなく、海斗君はそそくさとその場を後にした…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「はぁ…」

 

 夕暮れ、大学の帰り道に僕は昼間の出来事を思い返していた、海斗君には悪いことしたけど…正直これが僕、いや今の若者の気持ちだと思う。

 当たり前だけど、戦争はいけないと思う。命は大切にするものだと思う。過去を振り返って惨劇を繰り返さない! って気持ちになるのは良いことだと思う…でも「それだけ」。

 人間にとって一生は短いもの、だけど時の流れなんて本当に長い、それこそ七十年前だなんてお年を召した方しか分からないのが現状。

 しかも、日本は平和だ。戦争なんて知る訳がない、学生は学業に、サラリーマンは残業に、お年寄りの方も老後を考えるので精一杯だろう…殆どが「覚えていないんだ」その時の事を。

 生きることに一杯いっぱいの僕ら、平和を享受する僕らにとって戦争とは「遠い過去の過ち」でしかない。皆もいじめられてたり、嫌な思い出とかトラウマとか…そんな目を向けて「疲れる」事を一々気にしていたら身が持たないと思うでしょ? 今の僕が正にそれ。

 確かに艦これは史実を忠実に再現した作戦とかキャラが売りだけど…平和な時代にまさか「世界大戦」がいきなり勃発する訳ではなし。

 

「…はぁ、何言ってるんだ僕は」

 

 あぁ、こんな過去のしがらみだらけの世界なんて、もういい加減頭がおかしくなりそうで…もういっそ「別の世界」に…

 

 

 

 ──異世界に興味ある?

 

 

 

 …ああ、止めだやめ! どんなに無いものねだりしたって、急に異世界転生出来る訳ではなし! …というか、異世界なんて本当にあるのかなぁ? もしあるとしたら…

 

 ──それはとっても、嬉しいなって。(裏声)

 

 …ってネタを棒線で強調することも無かったな? 反省。

 

 さあて、今度の旅の準備をしないと! …ええと必要な物は…ん?

 

「ほら、早く来て? ママはここよ?」

「きゃっきゃっ!」

 

 えと? 仲睦まじい親子が僕の目の前の横断歩道を渡ろうとしている。あれ、何か嫌な予感…。

 

「…!? おい! 何やってんだ! あぁくそ間に合わねえ!! (ビーーー)」

 

 あぁそうそう、あんな感じでブレーキが間に合わない大型トラックがピンポイントで赤ん坊を狙い打ち的な、ベタだなぁ………。

 

「おいいいいいいいいいいいい!? (ダッシュ)」

 

 そりゃ目の前でやられりゃね?! こう助けたくなりますよね赤ん坊! え、ならない!?

 確かに僕はオタクだ、にわかオタクだ、でもなあ、そんな僕にも人間の矜持的なアレが心にある感じ的な、ってネタに走ってる場合じゃねええええええええええええ!!!

 

「おおおおお(必死)」

「きゃあ!? 坊や! 止まってぼ(ビュン!)…!?」

「おらあああああああああああああい(マッハ的走り)」

「だぁ?」

「おらぁい! (キャッチ&パス)」

「(とすっ) あぁ坊や!」

「あぁ〜い!」

 

 …はい、無事に赤ん坊をアウトルートから向かい側の母親の元へキャッチボール成功。簡潔に言うと「俺の屍を越えていけ」的な…え? どういう意味か分からない、それはね?

 

「ビーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 

 ──ドォンッ!!

 

 

 …あぁ、やっぱりな。

 

 僕は赤ん坊の代わりにトラックに轢かれ、その一生を終える。回転横捻り飛びしながら…あぁ、奥さん、そんな顔しないで? 僕はただのオタクです。オタクが死んだところで「キモっw」って嘲笑されるだけですから…。

 あぁ、身体が重い…いや、段々と軽くなっていく……コレが「死」か。

 

 目の前が真っ暗になる…意識が………とお…く……………。

 

 

 

 

 

 あぁ……艦たび………行きたかっ…たな…………──

 

 

 

 

 



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やったぜ! 異世界転生!!(でも何か違う)

・・・・・

 

──夢を、見ていた。

海の、水底に沈む夢。

永遠に這い上がれない。

永久に戻れない。

永い時間、一瞬のような時を過ごす。

 

…そんな折、僕は人魚を見た。

慈愛に満ちた目で僕を見つめ

もう大丈夫、と言いたげに僕を抱きかかえ

僕を水上へ引き戻してくれる、光。

でも、あぁ、そんな、バカな。

こんな時も僕は、なんて暢気なんだろう。

彼女は、僕の…──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──ん?

 

 あれ…何だ…?

 

 僕は一体……ここは…天国?

 

「…きて」

 

 ん? これは…

 

「…てく……い」

 

 …っは! この展開は…まさか「転生」!?

 

 事故とか病気とかで死んだ主人公が、目を覚ますとそこに広がるのは「異世界」、死んだことで異世界転生した主人公は、そこで第二の人生を歩む的な!?

 

 ま、まさか…(モア)

 

 …おお勇者よしんでしまうとは情けない、なんて言うとでも思ったか!? ぅおっしゃああい! 僕の「ゼ○から始める異世界生活」の、はじまr

 

「──あ、起きました?」

 

「………」

 

 寝ていた僕の顔を覗き込んでいるのは「二頭身」の少女…少女、というか僕の手程の大きさなので「妖精」と言う方が正しいか? ただこの妖精はどこかで……あっ!?

 

「通信エラーが発生しました!? (がばっ)」

「ブラウザの再読み込みをお願いします〜」

 

 ぁあ最悪だよね?! 特にイベントの日にやられた時にゃね!? え、f5? ゆ"る"ざん"!

 

「…ってあなたエラー妖精さんでは?」

 

 エラー妖精、艦これはブラウザゲームなので通信が不安定になると即「落ちる」。その時に通信エラーの表示と共に画面に出てくるのが「エラー妖精」。容姿は女子制服に帽子、そして猫、何故か目の前に吊るしている(抱くんじゃなくて両足を持ってる、動物愛護団体〜?)ついたあだ名は「妖怪猫吊るし」。

 実際はこの娘は「初代」なので、2代目に代替わりした今は見る機会は少ない、筈だが…?

 

「何故か僕の目の前にいるという」

「覚えてませんか? 貴方は死んで「転生」してこの世界に来たんですよ?」

「…What’s ?」

 

 この猫吊るし(流石に猫は居ないが)何をほざきやがった? 僕はトラックに轢かれて……それで…!

 そうか、思い出した! 何か白い空間にいつの間にか立っていると思ったら、妖精が出てきて「ワタシ神様貴方の願い叶えマース」とか言ってきて…それで。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「艦これの提督になりたいです!」

「了解しました〜、世界観は如何しますかぁ?」

「ホワッツ??」

「艦これ…に限らず異世界転生は「人が妄想する程」あります。それこそ艦これはモノがものだけに星の数ほど、無限に存在します〜!」

 

 え、何それ怖い。

 

 つまり自分の妄想を実現した世界で第二の人生を過ごすのか。うーむ…?

 

 

 

 ──異世界に興味ある?

 

 

 

 …よし、それじゃあ折角だから。

 

「過去のしがらみがない、超ファンタジーチックな「ザ・異世界」で! あ、ちゃんと艦これ要素を取り入れて下さいね? 秘書艦は金剛で!」

「ややや? 少し複雑ですねぇ?」

「あぁ…まぁそうですよね? ごめんなさい今のな」

「でもわっかりましたぁ! 少々お待ちを〜」

「え」

 

 妖精は指先でちょんと空間をつつくと、そこからワームホール的な穴が出現…すげぇ、次元の穴なんて初めて見た。

 そして妖精はなんか…カタログ? のようなものを見ているようだ。

 

「ん〜? あ、これは良いかもですねえ? …では、チチンプイプイヒラケゴマー!」

 

 …ありきたりな呪文を唱えると、次元の穴の色が変わる。

 

「さて、これで完了です! 後は向こうの世界で逞しく生きて下さい〜!」

「えちょ」

 

 次元の穴からバキューム的な吸引力抜群の風が…あ、これは。

 

「吸い込まれる…っておいいいい!? まだ心の準備が?!」

「…? ややや? これは…」

「え何? 何?? 何なんです?! 説明、説明ぷりいいぃぃぃいいず!!!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…で海に投げ出されたって思ったら溺れて、そのまま気を失って、気がついたらここに」

「おやおや、泳ぎが苦手でしたか?」

「いや苦手というか…下手というか(平泳ぎが犬かきになるレベル)」

「それを広義の意味で「苦手」というのでは〜?」

「ああもう、いいよそれで! …で、ここは?」

 

 周りを見回すと、そこは誰かの部屋のようだ。

 左右の壁いっぱいに大きな本棚が置かれて、その中にみっちりと本が敷き詰められている。

 洋風の絨毯の上に「布団」が敷かれ、僕はそこで寝ていた…洋テイストの部屋に和の象徴の布団。とは何ともミスマッチだが?

 …そして僕の身体を見やる、上半身裸、その上に包帯が巻かれていた。つまり…「誰か」が僕をここに運んだ?

 

「ここは貴方の執務室、そして鎮守府…予定地ですよぉ?」

「はぃ?」

「言ったではないですかぁ、艦これ世界の提督になりたいと? ここはお望みどおりの世界…「のはず」でしたが」

「え?」

「すみません〜。「過去のしがらみ」という部分だけがどうしても取り除けなくて…そもそもそんな世界は例え異世界だろうと存在しないというか…」

「えぇまじか、歴史は繰り返すみたいな? というかそれ知ってたら止めてくれたらいいのに」

「イケると思って…私一応神さまですし?」

「…出来てないじゃん」

「すみません…反省してまぁす」

 

 それ反省してないヤツの台詞だから(真顔)。

 

「…という事は、ここも過去に大きな戦いがあったワケですか」

「ですです」

「…ん? ここって異世界なんだよね? ちゃんとファンタジーチックな?」

「はい~」

「それでいて艦これ世界、か…まさか何でもありな世界じゃ? 何て…」

「仰る通りです〜」

 

 …え

 

「何でも、は言い過ぎかも知れませんが…貴方が知ってる艦これとは「絶対違う」と断言出来ますぅ」

「えっ!? 何それ聞いて無いんだけど!!?」

「その方がファンタジーっぽいと思って…?」

「いやいやいや! もうクーリングオフだよ! てかなんなのその世界って!?」

「ご存知ないですか? ここは…」

 

「! テートク!」

 

 その愛らしい声に目を見開き、思わず力強く振り向く、そこにいたのは…。

 

 黄金色に輝くカチューシャ。

 巫女風制服。

 そして意地らしく立つアホ毛。

 

「…金剛?」

「! テートクぅ!!」

 

 僕を見た途端いきなり抱きつく少女…彼女は「金剛」、僕の……。

 

「よかったデース! もう死んじゃったかと思いましタ!」

「あららぁ? とても積極的ですねぇ? まぁ金剛さんですし? ね、拓人さん?」

「………」

「あらぁ?」

 

 その時、僕の時は止まった。頭は真っ白で何も考えられないけど…仕方ないよね?

 

「テートク…? (きょとん)」

 

 

 彼女に逢う事が、僕にとって最大の喜びだから…!

 

 

「…これならクーリングオフは心配なさそうです〜、でもいいのですか? ここは…」

 

 

 ──…「艦これPRG」の世界なんですよぉ? …ってあれ? 聞いてます〜? もしもぉし??

 

 

・・・・・

 

 これは、始まりの航海。

 

 青年は漕ぎ出したのだ。新たな異世界で、大いなる海原への航路を…。

 

 だが…これは青年にとって、長いながい旅を示唆していたのだった。

 



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ハジマリ海域編
ほら、伝説的なアレだよ?


 昔むかし、遥か昔…この世界には”魔法”がありました。

 

 生命の根源たる「マナ」の温かな光と、確かな未来を築く術(すべ)がありました…。

 

 万物に宿るマナの加護の下で、自然も、時間も、運命ですら自分にとって良いものとなった時代。

 

 そこでは幸せな人生は当たり前。そこに苦行や、絶望、嫌なことなんてこれっぽっちもありません。正に「希望」に満ち溢れていました。

 

 

 

 ──でも、人は”欲望”を抱いて生まれてしまったのです。

 

 

 

 欲望はどんどん膨れあがり…やがて世界の在り方を変えていきました。

 

 もっと欲しい、もっと幸せになりたい…その穢れた想いは神秘の力である「マナ」には毒でした。

 

 マナの恩恵が徐々に薄れ、魔法が消滅しかけたその時でした…。

 

 

 

 ──「闇」が世界を覆いつくしたのは──

 

 

 

 マナの対となるように、闇は母なる海に現れた。どろどろの、真っ黒な泥のような怪物は、人の欲望が生み出した邪悪そのものでした。

 

 

 ──その名は"海魔"──

 

 

 海魔は世界を蹂躙し、闇は世界に”破滅”を齎そうとしていました。

 

 人々は恐怖し、困惑し──そして”絶望”しました。

 

 世界は終わりだと…我々には何も残されていないと…。

 

 

 

 ──そんな暗闇を照らす為、救世の勇者が天から遣わされました。

 

 

 

 ──その名は、大提督「イソロク」──

 

 

 

 イソロクは海魔を打倒すべく戦士を募りました。そこには、愛らしい姿をした「艦娘」と呼ばれる少女達が集まっていました。

 

 彼の号令と共に、海魔を駆逐する少女達。

 

 それは、後に「海魔大戦」と呼ばれる大きな戦争となりました。

 

 …結果は「勝利」、艦娘達が世界に安寧を呼び寄せたのです。

 

 ────しかし犠牲は確かにありました。

 

 イソロクは、大戦の最中に「病気」によりこの世を去りました。

 

 人々は、イソロクを讃え、彼の築き上げた文化を更に発展させていった…

 

 

 

 ──────やがて

 

 

 

   世界は──様変わり──していきました。

 

 

 

 マナに満ち溢れた世界から──機械仕掛けの「艦娘」たちの世界に。──

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…というのがこの世界の過去の出来事です。まぁ実際はマナは「多少」残されているようですが?」

「テートクぅ~~~♥」

「こ、金剛さん痛い…;」

「…もう一度説明が要りますか? 昼間から抱きついていちゃつく「バカップル」には」

「ちょ!? 誰も好きでバカップルになんて」

「…テートクはワタシの事嫌いデース…? (シュン)」

「!? …だ、大好き…です(素直)」

「テエエエエエエトクウゥゥゥ♥♥♥♥♥」

「いたた、いや、本当に痛い…」

 

 …ああ、もう死んでもいい(臨終)

 

 もうね? まず良い匂いする。香水かな? シャンプーの香り? あと胸が当たってる、あと可愛い。何にしてももう思い残すことは無い、拳を突き立てて天に還れるよ、今の僕。

 …ん? 反応がいまいち? これじゃ朴念仁だと?? はっはっは…僕に女性に対してオープンになれと? この万年オタク、女性経験ゼロ、チェリーボーイのこの僕に? 某オリ〇ジのチャラ男じゃないんだから(いやキャラ作ってるのかあの人)。

 

 …と、本懐を遂げたとこで、ここでおさらいを。

 

 まず僕の隣で大胆に抱きついてだいしゅきアピールをしているのが「金剛」そう、あの金剛だ。

 

 金剛型戦艦一番艦、金剛型姉妹の長女、頼れる姉貴分、提督LOVE勢筆頭、etc…艦これにおいて「超」のつく人気を誇るのが彼女です。

 僕はそんな彼女に会うために異世界転生してきたようなものですから…喜びもひとしお、もう死んでもいい(大事なことなので二回言いました)…いや死んだから異世界転生したんだけど。

 で、彼女がいるこの世界で「提督」になりたい…と彼女に言ったら「All right ! ワタシに任せて下サーイ!」と超乗り気で僕の初期艦兼秘書艦になってくれた、やったぜ。

 彼女はこの世界で「フリー(無所属)」の艦娘として各地の海を転々としていたようだ。傭兵…とはまた違うらしい、傭兵はその日暮らしの雇われの身だが彼女の場合は「絶賛着任希望募集中(?)」らしい、言い方がアレになるけど「根無し草」だったと。

 無人島の良さげな建物(今いる場所)で休んでいたら、浜辺に打ち上げられた僕を見かけたので、慌ててここへ運んでくれた…と。

 因みに上半身に巻かれた包帯は彼女が巻いてくれたらしい、可愛くて強い上に応急処置もできる、僕の嫁が最高過ぎる件について。

 正に「都合のいい展開」となったワケですが、僕はここの世界について何も知らない、金剛に聞いても「I don't know ! (!?)」と返答、お馬鹿わいい。じゃなくて、じゃあ妖精さん(神様)に聞いてみよう、という事で冒頭のアレを聞いていたという次第です。

 あれはこの世界の「創世神話」的な伝説で、深海棲艦の元になったモノと艦娘たちの戦いを描いている…と。しかし、外野だから言えるのですがイマドキ「海魔」とは…何て言うか”陳腐”と申しますか。

 更に驚いたのは「イソロク」って! あの「山本五十六様」ですか!? 僕たちの世界で「連合艦隊司令長官」だったあの!? …おかしいなぁ、五十六様って向こうで戦死したはずじゃ…? こっちのイソロク様なのか、あっちから五十六様がやってきたのか…何にしても現状では分からないことだらけ。

 考えても仕方ない、と僕は気を取り直し「この世界」について考える。

 

「艦これ”RPG”…か」

 

 艦これRPGとは、運営鎮守府考案の「テーブルトークロールプレイングゲーム(TRPG)」である、クトゥルフが有名だね? 内容はプレイヤーが艦娘になりきり、様々な任務や日常をこなしていき、深海棲艦を打倒していく…というモノ。

 でも色々カオスっているらしい、僕はやったことは無いけど「艦娘が提督」とか「レズ全面展開有り」とか聞いた覚えが…でもこういうのって、ノリで楽しけりゃいいんだよね! (適当)

 そして今僕が立っている、見ているこの世界がそのRPG世界なんだけど…実際言うと「ピンとこない」というのが素直な感想になります、というのも。

 

「…金剛、この辺は何て言う場所だっけ?」

「? ”ハジマリ海域”デース!」

 

 ハジマリ海域…するとこれは「出撃ノ書(ルールブックのようなもの)」に収録されているキャンペーンシナリオ…「徹底海峡、再び」!

 内容は…ネタバレになるから置いといて、だとしたらこの状況は「不可解」だ。このシナリオの冒頭は「嵐に襲われ、孤島に流れ着いた艦娘たちが、謎の黒い霧によって脱出不可能となった」という筋書き、しかし…。

 

「…そいや!」

 

 バンッ! と開け放たれた窓から外を見やると…天気は「快晴」、黒い霧など何処にも影も形も無かった。

 

「シナリオとの相違…何かある!」

 

 と、僕のゲームで培われた推理脳が直感で何かを告げていたが…?

 

「あぁ〜、そこは私が"魔改造"しただけなので〜! 拓人さんの身に何かあってもいけないので、世界観だけお借りしたと思って頂ければ〜?」

「…妖精さん、それは世に言うネタバレというヤツですよ? 言っちゃダメなのだから!?」

「てへぇ〜☆」

「マカイゾー?」

「金剛は知らなくていいから!」

「ハーイ! ヽ(・∀・)」

「カワイイ! 許せる!!」

「拓人さんは、気色悪いですね〜?」

「うるさいよ!?」

 

 …長々と失礼しました、ここで漸く本題。

 

 今僕たちがいるのは、かつて鎮守府があった場所。少し古びているが、掃除すれば何とかなる程度で全然キレイだった。僕の提督人生幕開けに相応しい場所、ということですな。

 秘書艦は金剛で良し、後は他の艦娘を建造して、大淀明石間宮さんを呼んで、色々な海域に行って…くぅ、オラわくわくすっぞー!

 

「ところがどすこい!」

「!? なに妖精さん? ってかさっきから人の心読まないでね??」

「拓人さん…今のままでは貴方は」

 

 

──提督には「なれません」!

 

 

「…え」

 

何それイミワカンナイ。

 



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マジかよ、鎮守府連合!?(病にかかり過ぎだろ。)

「僕が提督になれないって…?」

 

 僕が困惑していると、妖精さんが言い直す。

 

「ああ、すみません。そういうことでなくて…「正式な手順が無ければ」なれない。ということです~」

「え? どういう事? 僕提督になれたんだよね??」

「えっと、順を追って説明しますね? この世界には「鎮守府連合」なる提督たちの連盟があるのですよ~」

「は!? 何それ!!?」

「先程話した通りこの世界でも争いがありました。その名残として提督たちは団結して世界を守っていこうと…連合を結成し、イソロクさんに代わって艦娘たちを率いることとなりました」

「それは何となく分かるけど…?」

「しかし、海魔が強大だったのか艦娘を造る技術が尋常でなかったのか…とにかく数多の艦娘は世に溢れ、人々の生活に様々な影響を与える存在となりました」

「うんうん」

「それによってどこの誰とも知れない輩が「提督」を名乗るようになり、一時期は「提督詐欺」なる国規模の詐欺まで起こりそれはもう大惨事でした」

 

 マジか、ってか提督詐欺って何? 守ってやるから金寄越せみたいな!?

 

「そこで「必要な手続きが無い限り提督を名乗ることを禁ずる」…と鎮守府連合よりお達しがあったようで~?」

「はぁ、なるほど?」

「それを破ったら連合により拘束され、様々な罰則が科せられます、最悪…」

「…最悪?」

「いえ、これ以上は私の口からは…とにかく連合に逆らわずに提督になる必要があります」

「おっそろしいことは分かったけど…その鎮守府連合って何なんですか? 提督はイソロク様…? なのでしょう?」

「元々は海魔に滅ぼされた王国の王族や騎士団などが、イソロクさんの下に就き共同で海魔を打倒した…それらがイソロクさんが死んだ後「提督」を名乗ったのが始まりらしいです、もう七十年も前の話らしいですが?」

「え? そんな最近なんだ? …話の内容からてっきり数百年前~とか想像しましたが?」

「そうなりますよねー? まぁ艦娘たちはどんなに歳をとっても、容姿はそのままなのでご心配なく〜?」

「はぁ…(それっておb…おっとこれ以上はいけない)」

「それで何はさておき、艦娘が居ないと話になりません。先ずは艦娘を…と言いたいのですが、もう一つ驚くことが」

「え、まだあるの?」

「はい、艦娘の建造ですが…禁止、というより出来ないそうで?」

「ふぁ!!? なぜにWHY!?」

「艦娘の建造を提案したのがイソロクさんらしいのですが…彼が海魔大戦以降に艦娘建造を禁止されたみたいで、連合の絶対のルールとなっているのですよ~」

「え? え?? じゃあどうやって艦娘を…仲間、にすればいいの?!」

「それは…」

「ハイハイha-i! それならワタシにもわかりマース!!」

 

 ブンブンと手を振って主張する金剛さん、可愛い。

 

「何かいい方法が?」

「ハイ! 善はハリアーップデース! 早速行きまショー!」

 

 金剛は僕の手を掴み何処かへ連れて行こうとする、何なの? もしかしてデート!?

 

「…なわけないか」

「テートク! 早くはやくぅ!!」

 

 仕方なく僕は金剛に連れられ…って何か嫌な予感が…?

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「ひいぃぃぃ〜〜〜!?」

 

 金剛にしがみつく僕、そこは「海の上」、艤装を付けた金剛にへばり付き移動しているのだ。

 

「確かにあそこ無人島だけど!? 何も無かったはずだからこうなるって分かってたけど!! ってか僕泳げないんですけどぉ!!?」

「Hahaha! テートクは今日も元気デース!」

「そんな暢気な!?」

「心配ナッシング! ワタシに任せて下サーイ! さぁレッツゴー!」

 

 いやあああああ!? 死ぬ!しぬぅ!! あ今サメが…いぃやあああああああああ!!?

 

「…あのぉ、拓人さん?」

「何妖精さん!? 今それどころじゃ」

「異世界転生には「特典」がありまして…転生する世界によってそれもまちまちですが…」

「はいはい後でね?! 後で聞くk」

「この世界で提督になりたい、ということだったので…勝手ながら"艦娘と同じ能力"を付けさせて頂きましたぁ」

 

 …え? それって海を歩けるって (´・Д・)」??

 

「おそるおそる…(ぴちゃ)」

 

 …あ、ホントだ。水が床みたいだ、いやおかしな日本語だけど? 思い切って金剛から海に飛び移る僕。

 

「よっ…ほ、良かったぁ…このまま島が見えるまで怒りのデスロードかと」

「言いたいことは分かりますが、話が分かりづらくなるので控えて下さい?」

「アッハイ」

「ワーォ! テートクも海を滑れるのデスね! お揃いデース!」

「いやこれは違うんじゃ…というか、一体どこへ行くというのですか? 金剛さん??」

「んー? 「ホーショーズバー」デースよ?」

 

 …は? ホーショー? …あぁ「鳳翔」さんか! 彼女の酒場? ということは「ル○ーダ」みたいな?

 

「テートク! オーシャンデートもいいけど? 時間と場所を弁えないと! 今は急ぎまショー!!」

「(ガシッ)うわわ!? ち、ちょっと待っ…ひぃ! サメがぁ!? いぃやあああ!!?」

 

 不慣れな海上移動(歩き)をしながら、僕たちは鳳翔さんのお店へ…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「コッチデース!」

 

 島に上陸した僕らは、そのまま「いかにも人が多い」都会に…西洋の街並み、イギリスとかあの辺り? とにかく石造りに広々とした人の活気に賑わう広場へ。

 妖精さん曰くここは「鎮守府連合総本部」の城下町みたいなところで、この広場は様々な国から渡って来た行商人たちが、異国の海域から持って来た食べ物やアイテム等を卸して各海域に流しているらしい。経済のことは分からないけど、役割的には「アメリカ」みたいなことしているのかな?

 確かに向こうに山みたいな建物が見える、アレが鎮守府連合? だとしたら尋常じゃないデカさだぞ…!

 行き交う人々、露天商が叩き売りしてる、見たことない動物も。とにかくここは「異世界なんだ」と実感出来た…いや、訂正しよう。

 

「久々のしっかりした大地の感触…生きててよ"がっ"だ!」

 

 僕にとってはコッチが大事、慣れないと生きた心地しないよ、アレ?

 

「テートク、早くぅ!」

「…あ! う、うん!」

 

 金剛に誘われるままに、僕はあるお店の中へ…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 広々とした店内、そこには大勢の客で溢れていた、イメージはまんま「ル○ーダ」。店の真ん中にカウンター、カウンターの後ろには様々なお酒。手前の空間にお客用の丸テーブル数台、奥に階段がありそこから二階に行けるようだ。

 

「! アソコデース!」

 

 金剛が手を振ると、カウンターでお客を見守る、西洋風の店内に場違いな和風美人が。

 

「…いらっしゃいませ、初めての方ですね?」

 

 うおお! 凄い、本物の鳳翔さんだ!

 艦隊のお母さん、日本で初めて造られた国産空母、その見た目から「艦これ三大カーチャン」に数えられる癒し枠、しかし…見れば見るほど綺麗な人だ、それでいて柔らかな雰囲気。流石しばふ氏の描く日本の古き良き母親キャラ、存在感が違う! …って皆ついて来てる? 僕のフィーリング伝わってるかなぁ!?

 

「ハーイ! ホーショー! 今日も良い天気ネー!」

「…! 貴女……」

「…? あの……?」

「…いえ。(見間違い? …"あの人"はもうここには……)」

「? 金剛、知り合いじゃなかったの?」

「初対面デース!」

 

 おいおい;

 

「…すみません、改めて…鳳翔の艦娘ギルドへようこそ。新しい提督の方ですか?」

 

 やっぱり艦娘の斡旋所で合ってるみたいだ、言葉を返そうとする僕だったが?

 

「あ、えっと…いや」

 

 くうぅ! こんな時に僕のコミュ障部分が!? 頑張れ僕! 何とか要点だけでも!!

 

「…艦娘を探していて、あ、僕はまだ…」

「そうですか。大丈夫ですよ? 私にお任せ下さい?」

 

 …これ伝わったかな? 鳳翔さんはカウンターから取り出した用紙の束をめくり始めた、あの束は面接用紙みたいなヤツかな? 個人の情報が書かれてる感じの?

 

「(ペラッ)…ふむ、良い娘たちが居ました。では先ずはあちらの階段から二階へ登り「待合室」と書かれた部屋でお待ち下さい」

 

 と、鳳翔さんは丁寧に説明してくれた。僕たちは言われたとおり二階に上がって直ぐの待合室で待つことにした…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 金剛や妖精さんと適当に喋っていると、ガチャリとドアは開いた、隙間から鳳翔さんが顔を出す。

 

「お待たせしました。初めてということで、私の方で「5人」集めておきました。これでそちらの彼女を含め6隻編成…鎮守府基準を満たしています、きっと合格出来ますよ?」

 

 あ、伝わってた。よかった…ん? でも「鎮守府基準」って何?

 

「艦これの最大編成人数を思い浮かべてもらえたら〜。最低でも一隊6隻を揃えないといけない決まりなんですぅ」

 

 あぁ、鎮守府を運営するにあたって最低人数揃えてね? ってことかな?

 

「では、早速面接を開始して下さい」

「はい…え? 面接?」

「こちらに呼んで参りましたので、ご自分の目で判断して頂ければと、もしお気に召さなければもう一度私が選び直しますので、ご心配なく」

 

 あ、僕らが面接官役なのか…さて、どんな娘が来るのか? うぅ…誰でも良いけど、霞ちゃんみたいな口の悪い子だったら胃がキツイなあ…;

 

「このクズがぁ! アンタって本当に最低の屑ね!!」

 

 ひいぃ! 生きててごめんなさいぃ!? …ん? 最後? いや罵りといえばこれかと?

 

「ではこちらにお入れ致しますので、後はよろしくお願いします」

「は、はい…あ、ありがとうございます…!」

「うふふ、いいえ? …さぁ、入って下さい?」

 

 鳳翔さんの声をきっかけに、続々と入って来る…ん?

 

「ワーォ!」

「あらら〜?」

「………………は?」

 

 これは……

 




○鎮守府連合

鎮守府連合は、この世界に現れた深海棲艦の前身「海魔」を打倒すべく結成された、イソロクさんを中心とした提督たちの集まりです〜。
元々は、海魔に滅ぼされた王国に所属する王族や騎士団の団員がイソロクさんに師事したことで、向こうの世界における「海軍」のような規律の整った軍団になり、彼らがイソロクさんの死後に役目を受け継ぎ、艦娘たちと共に世界の均衡を保つために戦い続けている…というのが始まりだと言われています〜。
彼らの使命は世界の治安維持、海魔と入れ替わるように現れた脅威「深海棲艦」を駆逐することです〜、その為次世代を担う提督たちの育成にも余念がなく、艦娘ギルドの設立、提督育成学校の創設、各海域の鎮守府との綿密な連携などなど…色々頑張ってますねぇ〜♪


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パッケージ詐欺って許されないよね?

 何か色々こじらせてしまいました、本当に申し訳ない。


 あの日から三日…。

 

 僕たちはあの無人島鎮守府へと帰っていた(名前はまだない)、鳳翔さんの所に集まった艦娘たちを引き連れて…あ、因みに最初に面接した娘を全員雇いました(もう一回やっても嫌な予感しかしないので…)。

 あそこは結構有名な所らしく、様々な経歴の艦娘たちが訪れて、新しい雇い先を探している…それは理解出来た。

 確かにここは僕の知ってる艦これと違うと、肌で感じることが出来る、Rpgさながらの世界観、鎮守府連合、どこかSFチックだった原作とはかけ離れた世界だと…まぁ願ったのは僕ですが。でも──

 

 

 ──これは…どうなんだろうね?

 

 

 

 

 

・・・・

 

・・

 

 

「…ふぅ」

 

 僕は執務室の掃除、整理整頓をしていた。何故ならこの鎮守府に連合から「監査官」なるお方が来訪するからだ、もちろん提督に相応しいか僕たちを査定するために。

 鳳翔さんが頼んでくれたらしいが、誰が来るかは秘密♪ と言われた…とりあえずいつ来てもいいように鎮守府は掃除しておきなさい? との助言のもと、僕らは大掃除作戦を発動した! …艦これっぽくしたかったんだ、ごめん。

 ここは昔起こった「海魔大戦」の拠点の一つであったようで、海魔が居なくなってからは比較的に安全海域だったこの場所は放棄されて、以降誰にも使われていないらしい…金剛といい、なんて都合の良い。

 

「都合は合うものでなく、合わせるものですよ〜(むふん)」

「あ、そっか。妖精さんが用意してくれたんだ」

「はい〜。良さげな土地があったので、それとなく見繕わせてもらいましたぁ」

 

 …つまりここは妖精さんが作ったってこと? ん? いやでもここは戦争の跡地でそれ…ああ、もういいや、ややこしい。神様だし都合を「作れる」んだろう多分。

 

「よし、執務室はこれで良いかな? 後は…」

 

 その時、掃除のために開けておいた扉から顔を出す人影。

 

「…おい」

「!? は、はひっ?!!」

 

 冷たく鋭く低い音程に思わず竦みあがる僕。その磨かれた血を求める狼のような金眼、身体中に刻まれた傷跡、ボロボロのマント。

 だが共通点として黒のセーターに女子制服、片目には眼帯(何か眼帯からも傷が飛び出してるぅ)、腰には刀…二本あるのは気のせいか? とにかく容姿以外の雰囲気が段違い、フフフ、怖いです。

 

 ── 彼女は天龍型一番艦「天龍」。

 

「(びぎゅ)…コイツは?」

 

 短い言葉で質問する天龍、手には古くズタボロな人形が。

 

「あ、あぁ…そこに」

「………」

 

 僕が指し示したのは「捨てるもの☆」と書かれたダンボール箱、そこには人形と同じような古くなったものが。天龍はそこに押し込むように人形を詰め込む。

 

「あ、ぁりがと…」

「………」

 

 こ、怖い…めっちゃ睨んでる;

 

 彼女は金剛とは違い戦場を渡り歩く「傭兵」。身体につけた傷はその証なんだろう…でも原作とここまで様変わりするものかなぁ? 原作はもっと明るくて可愛げのあるふふ怖さんだったのに…どうしてこうなった?

 

「……おい」

「はぃ!? な、何でしょう?」

「…他の奴らは見に行かないのか?」

「…はい?」

「お前は提督なのだろう? ならば…艦娘たちの様子を見ていってやれ。特にここは新しく出来上がる拠点、他の奴らと少しでも親交を深めておけ」

 

 彼女はまさかとは思うが、僕を心配して助言してくれているのか?? だとしたら…

 

「…ちょっと、嬉しい……」

「…何?」

 

 ひぃ!? 食べないでください!!? (か○んちゃん感)

 

「わ、分かりました…見に行きます」

「よし…では清掃任務を続行する。次は…食堂か?」

 

 そういうと天龍(ガチ怖)は外へ出ていった…。

 

「心臓バックバクしてる…し、死ぬかと思った…;」

 

 とりあえず彼女の言う通り、一通り艦娘たちの様子を見に行くか。ついでに片付けは進んでるか……!

 

「…これ、提督っぽい」

 

 …く、くふふふふ! そうか…僕は提督なんだ…やっと実感が湧いて来た!

 

「…よぉし!」

 

 僕は意気揚々と出て行こうとするが…あ。

 

「どうやって話しかけよう…;」

「拓人さん…ちなみに私は手伝いませんので、あしからず〜♪」

「えー…」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 仕方ないので、比較的話しかけやすい駆逐艦の艦娘から見に行くことに、ちなみに駆逐艦は五人のうち三人、性格は五人全員「違う」…天龍を見て何のことか察してください。

 廊下を歩いていると、床を掃除する第1村人…じゃなくて駆逐艦娘発見。

 いや更に訂正します、床を拭いてるのは彼女じゃなく…。

 

『………(ズズズ、ズズズ)』

 

 石の擦れる重い音を響かせながら、大きなそれは小ちゃい雑巾を前後左右に動かし床を濡らしていた。

 

「…ん? お〜大将! どしたぁ? アタシの実験台になりに来た?」

 

 ニヤリと嗤う彼女、幼い顔はまるで邪悪に歪んだ…これ、某○ーカードのキャラみたいなニヒルな笑いだよ、何考えてるか分からない恐いヤツ。

 ロリポップキャンディをタバコみたいに咥え、白衣を着る姿は「科学者」という言葉が似合う、しかしその眼鏡をかけた少女は原作の面影が。

 

 ── 彼女は睦月型駆逐艦「望月」。

 

「い、いや…大丈夫かなって?」

「アン? 心配するなよ? アタシは天才だからさー? 自分で言うのもアレだけど?」

 

 そだよね? こんなデカイの造るぐらいだからね、分かるわ。

 てかゴーレムなんて初めて見た、いや前世でも見れるものじゃないけど、とりあえず君はどこのア○ィケブロンだと。

 

「ホントはさー、ここを爆破してアタシが作り変えた方がまだ楽かもだけど?」

「いや駄目だから!?」

「はっはっは! んじゃしょうがない、古典的なやり方でいくわーめんどいけど」

 

 耳をほじりながらぼやく望月、原作ではもっとゆるーい感じのニートキャラなのに…どうしてこうなった??

 

「…じゃあ僕はこれで」

「えぇいいーじゃんもっと話そうぜ?」

 

 いやいやなんか不安になって来たもんこんなの見せられたら。他が何かやらかす前に釘を刺しに行かないと…いや目の前の君もどうかとは思うけど!

 

「忙しいから…あ、君もやらないと……」

「えーー? ………っち、分かったよ? 提督命令だ」

 

 ゆーっくりと立ち上がった望月は、ゆーっくりと雑巾を絞り、ゆーーっっくりと床を拭き始めた。こういうとこはもっちーなんだけどな?

 不安だけどしょうがない、僕は他の三人を見るために走る…あ、ここからは巻きでオナシャス!!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「司令官、清掃任務、遂行率50%…残る行程は窓拭き…です」

 

 なんかロボットみたいな喋り方の子は、小さめだがゴツい鎧を着てる。騎士なんだろうか? 虚ろな眼は原作のつぶらな目を見た後だと罪悪感のような心の重さを感じる。

 

 ―― 彼女は綾波型駆逐艦「綾波」。

 

「そ、そう…頑張って?」

「了承、任務続行します」

 

 静かに呟くと綾波は窓に布巾をあてがう。外側から内へ直角に拭き始めた。キュッキュッと気持ちの良い音がする。

 …よし、彼女は比較的真面目そうだ、大丈夫! でもこれじゃまるでエ〇ァの方の綾波だよ! ほんとどうしてこうなった???

 

 

 

 

・・・・・

 

「…あぁ、美しい……」

 

 開口一番ナルシシストなセリフ、そう彼女……彼女? はナルシシストだ。

 玄関で掃き掃除してる彼女、確かに砂埃が大分払われているけど、彼女が言うと違う意味に聞こえる。

 どれぐらいナルシシストか、まずなんかキラキラしてる、あとただでさえエメラルドな髪色にツヤがあって眩しい、それを長く伸ばし結って、後ろから前へ掛けて見せびらかす、あと男装、基本女子制服の艦娘のコスチュームを改造してる、陽炎型のだから余計に見栄えがいい。あとキラキラしてる。

 

 ―― 彼女は陽炎型駆逐艦「野分」。

 

 正直あの雰囲気は無理、ナルシシストが嫌いとか野分がイヤとかそんなんじゃなくて「明らかなネタキャラ臭」がして近づきがたい、だって幻○水滸伝のフランス被れキャラみたいだもん。自分の世界に他人を引きずりこむタイプと見た。何度でも言おう、どうしてこうなった????

 

「…ふ、この澄んだ空気、小鳥のさえずり、そして優しい波の音…正にボクの鎮守府に相応しい……bravo」

 

 恍惚とした表情で語る野分、どうやらここが気に入ってくれたようだ、うんよし、じゃあな! (逃走)

 

「Commandant、貴方もそう思うでしょう…? ん? 逃げたか? ふふっ、照れ屋さんだな? (歯茎きらーん)」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 そして僕は一番心配な彼女を見に行く…そこには。

 

「……(埃をはたいている)」

 

 白銀に輝く長髪、胸当て、どう見ても"彼女"だが一つ相違点が、それは…何故か横に伸びた「耳」いわゆるエルフ耳だ。

 

 ―― 彼女は翔鶴型空母「翔鶴」。

 

 無言で廊下の隅に溜まったホコリをはたいている、それだけなら可愛らしいが彼女にはまだ原作と違う点が、それが問題点。正直「一番苦手」なんじゃないかとさえ思う。理由は──

 

「あの…翔鶴さん?」

「………(ギロッ)」

 

 ひぃ!? これだよ? 少し声を掛けただけなのにこの「養豚場のブタを見る眼」! 明らかな敵意と侮蔑の感情が感じ取れた、耳からして正に「エルフ」って感じ、どうしたらこうなるの?????

 

「そ、掃除どうかな〜って? あの…」

「…見て分かりませんか? 貴方の仰る通りに掃除の真っ最中、気に入らないなら私はやめさせてもらいますが?」

「い、いえ! あの、どうぞ続きを……」

「…フン」

 

 彼女はそのまま壁際に向き直り掃除を再開した…原作のあのほんわかした翔鶴姉はどこにも居ない、こんなの翔鶴の皮を被った曙だよ! 詐欺だ! 横暴だ!!

 

「…まだ何か?」

「はいぃ!? し、失礼しましたー…」

 

 僕は言われるまま彼女に背を向けてその場を離れた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 見事に金剛以外原作とかけ離れた彼女たち、これから彼女たちを率いなければならないと思うと…。

 

「不安だ…;」

 

 しかし現実は甘くない、そうこうしている内に監査官がやって来る…。

 

 艦これでも有名な「彼女」が…!

 



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ゲームで言うと、チュートリアルの前ぐらい。

 それぞれが掃除を頑張ったおかげで、僕たちの鎮守府(予定)は隅々まで綺麗になった。

 床、窓、部屋の中、玄関…埃も払われて澄み切った空気が窓から通り抜ける。…あぁ、ようやく。

 

「ようやく始まるんだ…僕たちの"伝説"が…!」

 

 なんて言ってる場合じゃないけど。とりあえず後は監査官の人を待つだけだったが…その人は意外な人物だった。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「………」

 

 今、僕の目の前にいるのは、無愛想な表情の黒髪美人「加賀」さん。艦これでも上位の人気のお方です。

 表情の無さに裏打ちされた、感情の表現が人気の秘訣、頭にきましたとかデデンッ! とか。でもあぁ、良かった…彼女は原作と相違ないみたいだ、また"魔改造"だったらどうしようかと…;

 僕と艦娘たちは、彼女の前に整列していた。僕は少し緊張してしまったけど、艦娘たちは平常通りというか緊張の二文字が無い。金剛はニコニコ笑い、天龍は腕組んで仁王立ち、翔鶴はちゃんと背筋は伸ばしているが表情は「まるで復讐相手を前にした」ような睨みを利かせた顔つき…望月はそれを愉しむように嗤い、野分はどこ吹く風と髪型を整えていた(お前はカ○ミ貝か!)、唯一綾波は普通に整列している。あぁもう…無茶苦茶だよ、鳳翔さん何でこんな娘たちを?

 

「…貴方が新しく提督になりたいと言う子ね?」

 

 加賀さんは気にせず話をする、あっはいそうです、僕がそういうと加賀さんはジッと僕を見つめ始める…ひっ!? 怖すぎる!!

 

「(でもここで怯んだら駄目だ!)…ジイィーーー!!」

「そんなに睨まなくても、取って食べたりしないわ」

「え?! あぁすみません…」

「いえ…ではこれより鎮守府査定を執り行います。私は加賀、鎮守府連合より派遣されたモノです」

 

 一礼する加賀さん、そのキビキビとした姿勢の良さはその場の雰囲気を更に引き締めさせた、学校の先生みたい…ちょっと分かりづらい? この例え?

 

「先ずはこの鎮守府…立地条件、清掃の有無、深海棲艦の出現率の低さ…それらから判断しても「有り」ですね?」

「えっと…合格、ですか?」

「まだ気が早いわ。…そう、次は艦娘。貴方が集めた子たちの第一印象は」

「…ごくり」

「とりあえず整列出来ているわね、合格よ」

「え!? (とりあえずって、不合格じゃないの?!!)」

「不服そうだけど、仮合格のようなものよ? これからが本番」

「というと?」

「次は”演習”よ? 貴方たちと私で演習を行い、貴方たちが勝てば合格、私が勝ったら……まぁ、それなりに頑張らないと、ね?」

 

 その凍てついた眼差しに、思わず震えが止まらない僕。

 まずい…演習って戦うんだよな? 僕は指揮なんてしたことないし、艦娘たちもある意味頼り甲斐があるけど、果たしてまとまりが出来るか怪しい…。

 

「とにかく戦ってみましょう! 拓人さんなら大丈夫ですよぉ!」

「気楽で良いね? …ん? 妖精さん、もし僕の特典? チートってことだよね?」

「一般的にはそう言われていますねぇ?」

「じゃあさ? もし僕が一番欲しているスキルに変えてほしいって言ったら?」

 

 ダメ元で頼んでみる僕、これで催眠能力だったりカリスマだったり手に入れたら、この状況を打破出来る! …と思ったら。

 

「それはダメに決まってますねぇ〜?」

「まぁ、そうなるな?」

「特典はこちらで用意させてもらってますので、それで我慢して下さい〜? それにあんまりチートだと面白くないですからね?」

「ええー分かってないなぁ、無双するから面白いんじゃん? あ、じゃあ今の僕の特典(スキル)って…」

「…貴方、さっきから何を話しているの? その小人は?」

 

 加賀さんに妖精さんを指摘される、上手く誤魔化さないと…。

 

「あ、この子は妖精さんで…えと、ペットです!」

「うぇあ?!!」

 

 妖精さんが奇声をあげる中、その場の全員が僕を不思議そうに見つめる、いや翔鶴さんその「マジクソだなコイツ」みたいな冷ややかな視線やめて!?

 

「魔法生物なの? 珍しいわね、ほとんど絶滅していたと思っていたけれど?」

「あはは…この子と他愛ない会話をするのがタノシミナンデスヨー(棒)」

「…まぁ、ほどほどにね? では30分後に海岸へ、その間に作戦を立てること、いいわね?」

 

 そういうと加賀さんは颯爽と歩いて外へ出ていった…。

 

「…どうしよう?」

「テートクには何かアイデアあるデース?」

「ううん、何もかもが初めてだから…僕が指揮すればいいの?」

「そうだな? だが俺たちの指示は飽くまで旗艦の仕事だ。お前は艦隊に全体の流れを考え、それを伝えればいい」

 

 天龍が仁王立ちしながら僕に助言してくれた。うーん、やっぱり提督は難しいようだ、案外元の世界観じゃなくて助かったかも…?

 

「えっと…ガンガンいこうぜ?」

「ぷっ!? はははは! 何だよ大将、アンタ脳筋だったのか?」

 

 望月は吹き出すと大笑いする、そんなに笑わなくてもいいじゃん…。

 

「何て体たらく…何故貴方のような提督の下に…」

 

 ため息をつきながら、翔鶴はここに来たことを後悔したようだ、嫌な感じだなぁ? エルフ耳は好感持てるけどね!

 

「落ち着きたまえ諸君! 我らがコマンダンには秘策がある、とボクは睨んでいる。我らの手を取って下さったコマンダンがこんなところで終わるはずは無し! さぁいざ行かん! 決戦の地へ! そして我らの勇姿を! マドモアゼル加賀の目に刻みつけようではないか!!」

 

 野分は仰々しく動きながら勇ましく艦隊を鼓舞する、さながら某宝塚のよう…てか長い、君セリフ長いよ。

 

「うーん…綾波は何かアイデアある?」

 

 綾波は微動だにせずに直立不動の姿勢のまま、一言。

 

「司令官の御命のままに」

 

 かった!? 固いよキミ? 別に僕はモノホンのヤツになるつもりないから、よくある二次創作でふしだらな生活送ってる艦これの提督になりたいだけだから、もっと艦娘と和気あいあいしたいだけだから!

 

「うわぁ気色悪いですねぇ〜?」

「だから妖精さん心読まないでって!?」

「何を言ってるか分からんが、ここでアイデアを出さなければ、お前の信用は失墜する。肝に銘じろ」

「一人既に信用ないみたいだけどねー?」

 

 眉をひそめる翔鶴を見やる望月、翔鶴がジロッと睨むと望月は目を逸らしながら嗤った。なんか雰囲気悪いなぁ? ここで僕が何か言うべきなんだけど…ない知恵絞ってもなぁ?

 

「むむぅ…?」

「そうですねぇ? では、こういうのはどうです?」

 

 と、妖精さんは策ありと耳元で囁く。僕は合わせて小声で彼女の話を聞く。

 

「何かアイデアが?」

「はいぃ〜! 彼女たちの各々のスキルを把握して、それを相手にぶつけてみると?」

「ふぅむ? 具体的には?」

「彼女たちの好きにさせてみる、ということで〜?」

「…彼女たちの"好き"に? それってカオスが極まる予感しかしないんだけど? ビース○ウォーズばりのヤツしか思い浮かばないよ!?」

「しかし、彼女たちが素直に拓人さんの言う事を聞くとは思えませんよ?」

「確かに(正論)」

「? テートク? どうしましタ?」

「あ、いや…とりあえず君たちのスキルを考慮して、好きに動けばいいかと…」

 

 一か八か妖精さんのアイデアを通してみた、僕が指揮とか出来るとは思えないのでな! (自虐) 流石にどうかしてるって思ってるだろなぁ…と考えていたら、艦娘たちから意外な反応が。

 

「…ふむ、面白い」

「え」

「いいねぇ? 下手に命令されるよりマシだわ〜」

「まぁ、いいでしょう。私が彼女を倒せばいいだけですから」

「ブラーボ! 流石はコマンダン! 個々の能力を尊重するその寛大さ! 美しいです…! (キラーン)」

「了承」

「テートクが言うなら、ワタシも全力でいきマース!! バー二ング!! ラアアァァァアアブ!!!」

 

 燃える金剛を中心に、何故か士気が高まる彼女たち。あぁ艦娘って提督命令が絶対だからこう、ストレス溜まってるのかな? いや違う??

 

「こういう個性の塊みたいな人たちは、下手に指揮するとどうなるか分かりませんからねー?」

「なるほど、好きにさせた方が効率がいいと?」

「はい〜、まぁ拓人さんのグダグダな指揮も見てみたいですが〜? (にやにや)」

「性格悪いな君…」

「テートクぅ! みんなと作戦会議デース! テートクも一緒にやりまショー!!」

「あぁはいはい、分かったよ!」

 

 僕は金剛に言われるまま、艦娘たちの輪に入り改めて作戦を立てる…各々が「出来ること」を聞きながら…でも、聞いている内に不安が大きくなる。

 

「…ええぇー……;」

 

 幾らファンタジーだからって…この娘たちそんなこと出来るの…?

 

「…どうしよう」

 

 仕方ない…こうなったら!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もうどーにでもなーれ☆

 



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これが超次元艦これだ!(なんだそりゃ)

 さぁ、祭りの時間だ。

 まともな艦これは一ミリも期待しちゃいけない、いいね?


「ではこれより演習を始めます」

 

 無人島鎮守府(仮)の海岸沿い、そこから少し移動した海の上で、僕たちの鎮守府生活を賭けた演習が始まろうとしていた。

 加賀さんははっきりとした口調で、金剛率いる艦隊に呼びかけた。みんなやる気なのかとってもイキイキしてるぅハハハ(苦笑)

 

「…というか、加賀さん一人なんですけど?」

 

 僕は艦隊と対峙する加賀さんを見やる、そこには海の上に佇む、加賀さんの麗しい立ち姿しか見当たらない…つまり一人で挑む、「6対1」の構図になる。

 

「ハンデと思ってちょうだい? 貴方たちは私から一本取ればいい、それだけに集中して」

 

 加賀さんの機械的な言葉に威圧感がひしひしと伝わる…よく赤城Love勢とか焼き鳥()とかネタにされるけど、彼女の言葉少なめだからこそのオーラは、対峙しないと実感しにくいと思う…僕もここまでとは思わなかった、正直怖い。足震えてない? ガクガクと超高速で?

 

「ふふーん! 舐められてるみたいデスねー? 皆さん! ワタシたちの実力、見せてあげまショー!!」

「いや金剛、油断するな。アイツは"連合親衛隊"の一人、海魔大戦の大元と戦い生き残った化け物だ」

「ホワッツ??」

 

 天龍の言葉に金剛のアホ毛ははてなマークを形作る、可愛い。じゃあと妖精さんに内緒で聞いてみた。

 

「海魔を生み出した大元…マナが穢れて誕生した怪物を打倒したのが"選ばれし艦娘"、大提督イソロクさん直属の五人の艦娘です〜!」

「なるほど、戦いで生き残った娘が鎮守府連合で働いてるってこと?」

「はい〜! 海魔大戦は、その詳細の一切が秘匿されていますが…彼女はそんな大戦の秘密を知っている、と言われています〜」

 

 へぇ、向こうの世界の雪風みたいな立ち位置かぁ。加賀さんは向こうだと沈んじゃったけど…世界が変われば、色々変わるんだなぁ?

 

「オォーウ! そんな人だったなんて!! シット!!!」

「何も知らんのだなお前は…」

「テンリューが教えてくれるから、ノープロブレムデース!」

「自分で調べろ。全く…」

 

 金剛と天龍、二人のやりとりを遠目から見ている加賀さん、彼女は何を思っているのか…?

 

「(…鳳翔さんの言っていたとおり、やはり彼女は……)」

 

 …と、いいところで切り上げて僕たちと加賀さんの演習が始まろうとしている…妖精さんの話からすると、油断ならない相手のようだ。

 

「金剛ー! 頑張れー!!」

「テートク! これが終わったらケッコンしましょー! マリッジリング作るんデース!!」

「それフラグだから出来れば言っちゃダメだからー!?」

「ケッコンは否定せんのか…」

 

 思わず天龍が突っ込む、あぁ付き合えば分かるけどこういう隙のあるところが天龍だなぁ(ほっこり)。

 

「…何を考えてるか知らんが、"気持ち悪い"の言葉が頭に浮かんだぞ」

「ひどっ!?」

「みっなさーん! そろそろいきまショー!! バアァァニングゥ! ラアァァァアブ!!!」

 

 金剛の号令と共に整列する艦娘たち…ん? 陣形、聞いて驚け、この娘たちにそんな姑息な手段は必要ないのです。どういうことか? 見てれば分かるよ?

 

「それでは〜演習を行いますぅ! よーい……はじめ!!」

 

 何故か妖精さんが戦いのゴングを鳴らし、艦娘たちは臨戦態勢に入った。妖精さんの存在って一体…?

 

「バーニングゥ! シュウウウウト!!」

 

 金剛が先制射撃で牽制、砲弾を相手にめがけてシュウーーーーゥ!!

 

「…っく!?」

 

 見事着弾、超! エキサイティン!!

 

 …はい、やりたかっただけです、ごめんなさい。

 

 加賀さんの目の前に放たれた弾丸は、海中にて爆発、彼女と金剛たちの間には水のヴェールが、よかったね加賀さん、これでやけどにはならないよ(ポ○モン)。

 

「…馬鹿ね」

 

 加賀さんはおかまい無しに弓を構えて攻撃を仕掛ける、放たれた矢はミニチュアの飛行機の群になり空に舞い上がる。うわぁ! アレが航空隊発艦の瞬間かぁ! すげー、一瞬で変わって、変わる時に炎がぶわぁーって!? …うん、分かんないよね、僕も分かんない。

 

「馬鹿はそっちネー! 皆さん! 今デース!!」

 

 やーっておしまーい! (ド○ンジョ)

 

「あらほらさっさー」

 

 望月が言いながら側に控えさせたゴーレムを加賀さんに特攻させる、もっちー…後でネタについて語り合おう(ネタが通じて嬉しい)

 ヴェールで視界が遮られたせいで対応が遅れた加賀さん、絶対絶命!

 

『ゴゴアァー!!』

 

 ゴーレムが巨大な腕を振り上げる、ただでさえ大きい身体が身体全体で振りかぶったからか圧迫感が感じられる…あいや、何でゴーレムが水の上を? って細かいことは無しね? もっちーが天才なんでしょ(適当)

 

「…っふ!」

 

 加賀さん、いきなり跳躍しゴーレムの攻撃を回避、そのまま空へ舞い上がり、自身の航空隊の第一波を見やる。

 

「オオーゥ!?」

「っち!」

 

 後ろに控えていた金剛と翔鶴が回避行動していた、加賀さんは表情一つ変えずに弓の弦に手を掛けた。

 

「…ウェポンシフト「k-bo」」

 

 望月が何かを呟くと、ゴーレムの目が光ると同時にカシャカシャと音を立てて変形していく…「弓」の形に。

 

「よっ。…しゃ、発艦開始!」

 

 望月の小さい身体に不釣り合いな大型の弓、白衣の裏側から一本の弓矢を出すとそのまま弦にかけて引き絞り、空へ解き放つ。

 ヒュン、と風切り音がすると、瞬間弓矢は空へと向かい上に上がりつつ航空隊に変化、加賀さんを捉えている…はい。

 言いたいことは分かる。望月に航空発艦なぞ"出来る訳がない!!"っとジョ○ィばりの弱音吐きたい気分は、だがよく考えてほしい、これは艦これ「RPG」…そう基本何でもあり。繰り返す「何 で も ア リ」。となればこれも頷ける。

 

「はっ!」

 

 加賀さんは弓矢を射る、そのまま航空隊発艦…そう「鳥形の炎」を纏って。

 

「させん! ぬぅあああ!!!」

 

 天龍は空中に向かい二振の刀をバツの字に描く、剣気を伴ったそれは、そのまま「気の斬撃」として空間を駆け、加賀航空隊を粉砕。望月航空隊による加賀さんへの「王手」を真近にした…しかし!

 

「はぁ!」

 

 望月航空隊の機銃掃射を、空間を跳躍(!?)しイナバウアーかという体勢で華麗に避け、その避けざまに弓を射る…いや加賀さん、流石にその体勢は無理でしょ? また弓道警察に尋問されるよ! (白目)

 

「綾波ー! 出番デース!!」

「…了承」

 

 加賀航空隊、第三波を迎え討つのは綾波、彼女が手にしているのは「斧」…もはや砲撃すらしないという、天龍はまだ分かるけど綾波はそれやったらガチの鬼神だぞ(戒め)、でもね? 斧の武器チョイスはナイスだと思うんだよね?

 

「……!」

 

 くわっ! と目を見開き、文字通り鬼気迫る表情の綾波は、機銃を今まさに撃たんとする加賀航空隊に向けて攻撃、大きく振りかぶった斧を全力の一振り。振ってから振り終わるまでのモーションが見えない、高速の断撃により暴風が巻き起こり、同時に太く大きい一閃が航空隊を薙ぎ払った。

 くうぅ〜! やっぱり斧の攻撃は見ていてスカッとするなぁ! …誰だ「大剣やハンマーの方がメジャー」とか言ったの!? 見てあの重々しい重量感(?)を! あの迫力は斧だから出せるんだよ! 他には真似できないよ! いいね!? (迫真)

 

「ブラーボ! ではボクも…輝かなければ!」

 

 なんか言ってる(シラけ)、野分は腰のレイピア、かな? 細身の剣に手をかけ、引き抜くとそのまま顔の前に。

 

「恨まれるな、これも我らの宿命。どちらの信念が輝くか…勝負!」

 

 野分の剣から迸る光、天龍のはどっちかというと何ちゃらボールに出てくるような猛々しい炎みたいだったけど、野分は………アレ、美形フィルターのキラキラ(?)をそのまま剣に纏わせた感じ? (分かりづらかったらスマソ)

 

「光よ集え! 我が美貌の輝きをもって眼前の敵を貫かん! …"epee de brillance"!!」

 

 やだ…厨二(呆然)。てか美貌の輝きてw 美貌は武器ちゃうよww

 

「世の中には、様々な武器を使う人がいるんですねぇ〜?」

「妖精さん、それっぽく言わなくていいから…」

「コマンダン! 我が美貌に見惚れるなかれ! どうかご照覧ください!」

「分かったからもうちょっと真面目に戦ってね…?」

「ウィ! もちろんです! (キラーン☆)」

 

 オメェそれぜってー分かってねぇかんな? 経験則だかんな!?

 …はい、野分の剣突は閃き、空を疾る。その光は加賀さんにダイレクトアタック! しかし…?

 

「…ふっ!」

 

 また空間跳躍、月歩だこれ!? 下へ回避して海面に無事着地。さっきからことごとく攻撃を躱している加賀さん…これが、選ばれし艦娘…ですよね? (潮)

 

「ちょこまかと…大人しくしなさい!」

 

 翔鶴の航空隊発艦、彼女の放った弓矢は加賀さんと同じく艦載機群となり、加賀さんの真上を通過する…そして落とされる爆弾。でも様子が違う。

 

「……!?」

 

 パキパキ、と何かが凍る音がする。加賀さんの足元を見ると、先程の「魔導爆弾」の爆発により生じた冷気により、海面に氷の床が出来ていた…加賀さんの足を巻き込んで。

 

「…貴方「適合体」だったのね? どこの鎮守府所属なの?」

「貴方たちが見捨てた鎮守府…とだけ言っておくわ」

「南木(なぎ)鎮守府…成る程」

 

 適合体、南木鎮守府、二人のミステリアスな会話…ち、厨二〜! 大好物です(興奮)。ってかその鎮守府の名前、どこかで…?

 

「拓人さん〜? どうですか? この世界の艦娘の戦いぶりは?」

「………っえ!? ごめん聞いてなかった…あ、感想か。うんうんいいんじゃない?」

「あら〜? 現実逃避って感じですねぇ?」

「当たり前でショ!? 何この原作改悪な派っ手な戦い! どこの超次元サッカーだよ!!?」

「まーまー、こういうのがあってもいいじゃないですかぁ? というか拓人さんが願ったんじゃ?」

「それは…そういう世界観と艦娘ワールドが上手〜く混ざった感じだと? 何この合体事故」

「いいじゃないですかぁ? 私は好きですよ〜? 貴方も「そう」だと思ってたのですが…?」

「……ん?」

「あ! いえ〜? 忘れてください〜」

 

 …なんだろ? なんか今の感じ、どこかで……?

 

「ほら〜金剛さんが決めますよぉ!」

 

 っは! 嫁の出番! 録画しなければ!! …あ、スマホねぇや。まいっか! 金剛頑張れー!!

 

「どうですカー? ワタシたちの実力は?」

「…そうね? 目眩し、各々の陽動で私の隙を作り、動きを止め、貴方の一撃でとどめ。…悪くないわ、でもまさか貴女が…」

「…?」

「…いいえ、さぁ、とどめは刺さないの?」

「む! そこまで言うならいきマース! バァーニングゥ! ラアァァァブ!!」

 

 金剛は気合いを入れた砲撃で、加賀さんに必殺の一撃をお見舞いする……でも。

 

「……え?!」

 

 僕たちはこの後、衝撃の光景を目にする…!

 

 待て! 次回!! …何て言ってみたり?

 

 




〇選ばれし艦娘

大提督であるイソロクさんが提唱した「艦娘建造第一計画」、彼女たちはイソロクさんの肝煎りで造られた艦娘たちです~。
加賀さんの他に四人、加賀さんが火の力を操ったように、他の娘たちも何らかの属性を操ると思われます~。ちなみに全員鎮守府連合本部で「連合親衛隊」として働いています〜。
彼女たちが、海魔の大元である「マナの穢れ」を浄化(退治)したと言われており、その大半が謎に包まれた「海魔大戦」の秘密を知っているとうわさされてます~。
…それにしても、加賀さんが金剛さんにいやに注目してましたね~? 何かある…? うふふ~どうでしょうかねぇ~☆


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今明かされる衝撃の……!

 あの演習は一応終わった、勝敗は…加賀さんの"勝ち"。

 

 何故あの包囲網から脱出出来たのか? それは…聞いたら「ご都合主義乙」とか言うんだろうけど。

 

 

 加賀さんが

 

 炎を纏った。

 

 そして矢を

 

 "神速かっ"ってぐらい速い弓さばきで

 

 連続射出し

 

 空を覆い尽くすほどの航空隊の爆撃で

 

 全員大破にした。

 

 

 …だって本当に起こったことだし? ご都合主義とかいうけど、目の前でやられたらそんなこと言えないからね!? ありえないこと起きたら、ホントに人は呆然ってするから!! ホントに! …まぁ流石焼き鳥、とは思ってたけど。

 …さて、加賀さんに負けた僕たち。とりあえずと海岸で彼女の前で正座させられる。

 

「うぅ〜負けちゃったデース…(;ω;)」

「僕たちの鎮守府伝説が…(絶望)」

「いや、あの加賀にここまでやれたのだ。俺は良いチームだと思うが?」

「そうさねぇ? 耳の長いヤツがここまで手を貸すとは思わなかったけどw」

「…私にも目的がありますので、しかし、こうなっては見当違いだったようですが?」

 

 うぐっ!? というか受け入れたの僕だよ? いちいち痛いとこ突いて…なんなの? 頭ベ○ータなの??

 

「…さて、良いかしら?」

 

 加賀さんが僕らに向かい言葉をかける、こうなっては「不合格」は免れないだろう。はぁ、仕方ない妖精さんに頼んで何か別の方法を…

 

「貴方たちの戦いぶり、そして連携の有無を加味した結果…"合格"よ、おめでとう」

 

 どうせならもっといい世界を願い直しt………へ?

 

「「「え"っ!!?」」」

 

 僕、金剛、天龍が大声で驚きを表す、望月は「ふーん?」みたいな訝しむ顔、翔鶴と野分は絶句と言った具合の表情、綾波は…無表情のまま話を聞く姿勢を崩さない。

 

「なぜ驚くのかしら? これはあくまでも適性試験、私に勝つ必要があるとは一言も言っていない。貴女たちの練度、提督への忠誠心、それを踏まえた帰結ですが?」

 

 加賀さんが淡々と言うものだから、ぼくは思わず核心をつく。

 

「…本音は?」

「人手が足りないの、猫の手でもないよりマシよ」

 

 だと思ったよちくしょう!!

 

「…まぁ、それだけ戦えれたら後は場数をこなすだけ、精進しなさい?」

「ワーオ! ありがとうございマース!!」

「や、やったんだ……っ! あ、ありがとうございます!!」

 

 僕は感慨にふけりながら加賀さんにお礼を言う、まさかの展開だったから拍子抜けだったけど…やった!

 

「…さて、早速だけど任務についてもらうわ」

「え!? もう!!?」

「当たり前よ。言ったでしょ? 人手が足りないの、貴方たちのことを考えて、ひとまずこの近くの海域の任務を請け負ってもらう、何か質問は?」

「…えっと……ない?」

「ワタシはノープロブレムデース!!」

「…いいだろう」

「ニシシ! いいねぇ?」

「了承」

「貴女の温情と慈愛に、必ず答えてみせましょう! マドモアゼル加賀!!」

「…了解しました」

 

 僕たちは加賀さんに改めてお礼を言う、彼女は表情こそ変わらないが、どこか温かい雰囲気だった。

 

「…さて、新しい提督さん? 名前はなんと呼べばいいの?」

「は、はい! 色崎 拓人です!!」

「タクト、ね? ではタクト提督、これからの方針を話し合いたいので、鎮守府の中へ?」

「は、はいぃ!!」

「貴女たちは、各自荷物の整理をすること。これからはここが貴女たちの家よ?」

「イエエエエス!!」

 

 …と、加賀さん主導のもと、僕たちはこれからの準備に取り掛かった。夢みたいだ…あのエリート空母の加賀さんが僕のこと「提督」って……! こ、興奮する!!!

 

「変態さんですねぇ〜?」

「なんとでも言え! …うふふ、よぉしここから僕の提督伝説が幕を開ける! 主要海域の制海権を確保し、人類を深海の奴らから守り抜き、ゆくゆくは伝説に…! ふ、ふふふ……」

「…彼、いつもこんな調子なの?」

「はい〜、お手数ですがよろしくお願いしますね〜?」

「こちらこそ。…じゃあ、行きましょうか?」

 

 加賀さんに連れられ、僕らは提督執務室(予定)へ、あ! あの初めて金剛と出会った部屋ね?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕らは向かい合う形で、座布団の上に座っている、加賀さんは正座、僕はあぐらの形で、僕も正座でと言ったら「提督はそうしているものよ」と意味深なこと言われた…確かに普通は偉そう? だけど、僕が提督っぽくないってことかなぁ? 色々考え込んでたら、加賀さんが話を切り出して来た。

 

「…貴方、この世界の人間じゃないわね?」

「!?」

 

 いきなり核心をついて来た加賀さん、あたふたしながら僕はとりあえず言い繕う。

 

「な、何故そう思うのでござんしょ?!」

「拓人さん…」

「そうね? この世界の人間は、深海棲艦と聞けば「危険な存在」と認知し、常に気を張り詰めているわ。それに比べ貴方はまるで「観光に来た観光客」のような、緊張感のなさ」

「うう…」

「確かに艦娘を従えてさえいれば、提督にはなれるわ。しかし連合は"軍学校"で提督候補を養成している以上、それ以外の者が提督になることを(あくまで)非推奨しているわ」

「えっ!? 何それ聞いてない!!」

「(テヘペロ☆してる妖精さん)」

「…貴方のような異世界からの人間は、過去にいなかったわけじゃないわ。この世界には、艦娘の要素を取り入れる際に失った魔法、技術などが山とあった…その中に「召喚術」も存在していた」

「つまり、昔は次元を超えて異世界の存在を故意に召喚していた、その影響で異次元の壁があやふやになり、今では異世界の人が勝手に流れ着くようになった…ということですねぇ〜?」

「その通りよ。私は違うけど、噂では異世界の艦娘も流れ着いていたとか…我々は貴方のような存在を「漂流者(ドリフター)」と呼んでいるわ」

 

 ドリフター…何にしても素性はバレてるみたい。下手に誤魔化したらいけないな? (僕口下手だし…)

 

「…あの、僕は」

「心配しないで? 私が合格といった以上、貴方には提督を続けてもらう、生活も我々連合が保証します。但し…"命がけで"働いてもらうけど…いい?」

「…はいっ!」

 

 覚悟を決めて、僕は精一杯の声を張って誠意を示した。ここまで来て今更逃げるはないよね! 艦娘とのドリームライフのために!!

 

「ふ、ふふふ…!」

「気色悪いですねー?」

「いえ? やる気のない者よりよっぽど好感を持てるわ。…さて? タクト提督?」

「あ、あの…拓人、君…でも?」

「…そう? ではタクト君?」

 

 おっほぅ! 加賀さんが僕を呼んでくれてる!! い、いい……ちょー良いネ!!!

 加賀さんは感極まった僕のことは気にせず話をする。

 

「貴方は…あの金剛の素性は知っているの?」

「…え?」

 

 どうしてここで金剛が? あんまり気にしてなかったから思わず素っ頓狂な声が出てしまった…。

 

「どういう意味ですか?」

「貴方は知らないでしょうけど、彼女は…」

 

 

 ──もうここには「居ない」はずなのよ?

 

 

「…へ?」

 

 僕は驚きを隠せないまま、加賀さんの話す事柄を耳に入れていく…しかし、恥ずかしながら僕にはそれをその場で理解する余裕がなかった…。

 

「そんな…!?」

 

 到底信じられないことだった…だって、あの金剛が…?

 

「…と、いい感じに盛り上がったところで、続いちゃいます〜☆」

「妖精さん!?」

 



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誰かを信じるって、言うほど簡単じゃないよ?

 ──この世界で何があったかは、分かってる?

 

 …そう、海魔大戦。海魔は近年出没するようになった「深海棲艦」の前身と言われているわ。

 海より現れたそれは、あらゆる術式を無効化し、当時の文明を破壊し、この世界の破滅をもたらそうとした…。

その中で現れたのは、大提督「イソロク」…そして、彼の直属の部下である「選ばれし艦娘」……全部で五人いた、そう言われているわ。

 

 でも「もう一人」…私たちと一緒に戦った、更に私たちよりも「上」の存在がいたと言ったら…?

 

 …強さ、なんて単純な比較では彼女の恐ろしさは言い表せない。彼女は……全てを"超えていた"。

 

 

 軽くなろうと言葉で表現するなら──鬼神、あるいは修羅──

 

 

 

 拳を一振り、空が震え。

 

 拳を二振り、敵を薙ぎ。

 

 拳を三振り、海が割れた。

 

 

 

 そんな規格外の強さを見せつけたのが、かつての私の仲間…いえ、仲間扱いされるのもおこがましい、彼女の存在は「唯一つ」のモノ、ただ人類の味方だったというだけ。

 それが、貴方たちが金剛と言っているモノ…しかし、彼女は先の大戦で命を落としている。

 身に余る力を一身に受けた、そんなあの人を我々は「頼り過ぎた」…海魔との戦いの負荷は、確実に彼女を蝕み、そして遂に沈めさせた。

 分かる? もう居ないのよ? 艦娘の建造方法が失われた以上、あの子が代替えとは考えにくい…。一体何が起こったのか、現状では分からない。

 それでも、あちらには何ら敵意はないことはもう分かったわ。あの子が何モノなのか、それはこちらで調べておくわ。…貴方はすぐ側であの子の正体を見極めてちょうだい。

 これは極秘事項よ、誰にも悟らせないように…いいわね?

 

 

 

 

・・・・・

 

「はぁ…」

 

 僕は加賀さんとの会話を反芻していた。

 金剛のこと…まさかそんなことになってたなんて…彼女、僕の目の前にいる金剛は一体…?

 

「ヘーイ皆さーん! ちゃんと付いてきてくださいネー?」

 

 金剛は旗艦として艦隊を率いながら、元気よく皆に呼びかけていた。あの演習の翌日から、僕らは加賀さんから初めての任務を受け取り、海上を進んでいる…。ちなみに僕も参加している、転生の特典で水上を滑れるし、妖精さん曰く「大丈夫でしょう〜」とのこと。

 彼女たちは陣形みたいな列にならず、それぞれが好きに動いていた。といっても、あの戦い方を見る辺り妖精さんの言う通り、あんまり型にはまったのはやらない方がいいと思う。ちゃんとついて来てるし、各々が警戒してるようにキョロキョロ見回してるし。

 

「彼女たちは、拓人さんにとっては、これ以上ない逸材では〜?」

「どうしてそう思うのさ?」

「だってぇ、拓人さんが陣頭指揮を執る姿なんて、想像出来ません〜!」

「悪かったな!」

 

 悪態を吐く妖精さんに、僕はいつものようにツッコミを入れる。…ん? よく考えたら、妖精さんに聞けば金剛のことも…?

 

「やはりそうなりますよねぇ〜?」

「どうなの妖精さん? やっぱり金剛は…」

「拓人さん」

 

 僕が不安を隠せないでいると、妖精さんは言い聞かせるように優しく問いかける。

 

「もしも彼女がニセモノだとしても…それは貴方にとって重要なことですか?」

「え…?」

「この世界は貴方の妄想を基に成り立っています、しかし、彼女たちにとってはこの世界は「現実」なんです。貴方が元いた世界で暮らしていたように…彼女たちもこの世界で、一生懸命に生きているんです」

「…!」

「人生長ければながいほど、色々なことがあります。それこそ艦娘は、ここでも傷つきながら、長い時を過ごして来ました…貴方は提督になりました、ここでの貴方の使命は、そんな彼女たちに寄り添い、彼女たちの傷を癒すこと…だと思うのですが?」

 

 …そうか──

 

「…うん、どうせ向こうで僕の人生は終わっちゃったし、だったら僕は! 彼女たちのために出来ることをしたい!」

「うふふ〜! そう言ってくれると思ってましたぁ!」

 

 そう、彼女が金剛じゃなくても関係ない。

 

 僕の手を取ってくれたのは、あの金剛だ…だったら、僕は彼女を信じる!

 

「(………)」

 

 

 

 ──拓人さん…貴方は本当は………。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 さて、僕たちが受け取った任務、その内容は。

 

 

 ──襲われた商船──

 

 

 依頼主は、商船の船長の娘「アキ」。彼女によると、商船は比較的安全な航路であるこのハジマリ海域で、とある海域に向けて舵を切っていたところ、運悪く深海棲艦の群勢に遭遇、そのまま包囲され立ち往生…船長は彼女だけボートで逃し、彼女は助けを求めて僕たちに依頼をした…と言っても、僕らは鎮守府連合を通した依頼を受けただけだが。

 

「貴方たちの練度なら、まず大丈夫でしょう。場所はこの鎮守府から少し行ったポイント、今日受諾されたばかりの任務ですが、商船の乗員にもしものことがあれば事です、早急な対処を望みます」

「分かりました!」

「よし…では、各員は準備出来次第に抜錨、任務を遂行してください…」

「あ、あの…お父さんを、よろしくお願いします!」

 

 僕らに頭を下げて、父の無事を願うのは依頼者のアキちゃん。幼い子供だが言葉はたどたどしくなく、しっかりした印象…しかしながら僕は思うのです。

 

「この声は…CVは門〇さんか、それとも生〇目さんか…それが問題だ!!」

「拓人さん…;」

 

 オタク心をくすぐる大天使ハイトーンロリヴォイスに癒されながら、僕らは一路、商船が襲われたポイントへ向かう…果たして彼らは無事なのか…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「それにしても、今回の任務って…」

 

 今回受諾された任務は、原作(RPGの方ね?)ではもっとお話しが進んだ後に発生するイベント、しかも海域が違う。どうなってるんだ? これも妖精さんが言っていた「魔改造」だと言うなら話も分かるが。

 

「うふふ〜! メタ知識はそうそう通じませんよう〜?」

「だから性格悪いって…?」

「おい」

 

 艦隊の最後尾にいた僕に、声をかけて来たのは天龍。

 

「な、何…?」

「…この後、どうなるんだ? お前は分かっているのだろう?」

 

 天龍は小声で僕に問いかけた。幸い他のメンバーには聞こえていないようだった。

 

「な、何のことカナ…?」

「先程からのそいつ(妖精さん)との会話…どうも下世話な話とは違うようだ、お前が何者かは聞かんが、この先の展開が分かっているなら教えろ」

「…耳、いいんだね?」

「フン、戦場では情報が命運を左右する、職業病だ」

 

 …うーん、別に隠すことでもないし…でも、あんまり公表しちゃいけないような…?

 

「いいのではないでしょうか〜? 天龍さんは元傭兵さんということで、お口は固いかと〜?」

「…そうだね? じゃあ天龍…さん?」

「天龍でいい、提督にさん付けで呼ばれるのは慣れん」

「そっか…じゃあ」

 

 耳を近づけるように促すと、僕は天龍の耳元で、僕の素性を明かした。

 

「…ふむ、舌の動きに違和感はない。声も淀みなく、目も泳いでいない…嘘ではないか」

「そ、そこまで見るの…?」

「言っただろ、職業病だ。…なるほど、ではお前にとってここは「架空」の世界か?」

「い、いやそんな短絡的には見てないよ?」

「そうか、何よりだ。…しかし、だとしても不可解だな?」

 

 天龍は僕の肩に乗ってる妖精さんを睨みつける。

 

「…お前はなぜコイツに全てを伝えない?」

「あら〜? 全部教えてしまったら、面白くありませ〜ん? 彼はこの世界で生きたいと言った以上は、私はそれを見守るだけです〜」

「どうだかな? この世に慈善などない。俺には…目的があるから「泳がせている」…ように見えるが?」

「! ま、待って天龍! 妖精さんは」

「いや、そうは言ったがここから先はお前の問題、お前がソレを信じるというなら、俺に異存はない。お前が自分を守ってほしい、というなら話は別だが?」

 

 肩を竦めながら、天龍は鼻で笑いそれ以上追及しようとしなかった。

 

「…そっか、ありがとう、信じてくれて?」

「フン…それで、ここからどうなるんだ?」

「そうだね…まず商船を襲っている深海棲艦と戦うことになると思う」

「それは理解している」

「うん、敵の種類は…僕の考えが正しいなら、敵旗艦は「ヲ級」だと思う」

「ヲ級…正規空母クラスか、厄介だな」

「この海域でのイベントの一つに「ハジマリ海域の支配者たち」ってあるんだけど…その敵艦隊の旗艦がヲ級なんだ。まぁ魔改造されちゃってるから、姫クラスが出る可能性もあるけど…」

「そこまで根性腐ってないので、大丈夫ですよ〜?」

「フン、神の言葉ほど信用出来んものはない」

「あはは…気持ちは分かるけど?」

「てへぇ〜?」

「…なるほど、了解した。では対空警戒を強化しよう」

「天龍たちには、そういうの必要ないんじゃ?」

「確かに、俺は非常時でも刀で薙ぎ払うのも造作ない、しかし警戒に越したことはない。敵は常に自分の予想を上回るものだ」

 

 …なんだろう、フラグにしか聞こえない;

 

「…考えても仕方ないか! よし、行こう!」

「うむ、だがお前はあまり前に出るなよ?」

「わ、分かった! …あはは、こうして話してると僕の知ってる天龍みたいだなぁ」

「…む、その向こうの俺とは、どのような輩なのだ?」

「え? えーっと………フフ怖?」

「…フフ怖」

 

 天龍はそれ以降何も問いかけず、ただ「フフ怖…」と繰り返し呟くだけであった…何はともあれ、次はいよいよ深海棲艦との艦隊戦、ここでの戦いも加味して、楽しみだなぁ!

 

「………(妖精さんは静かに艦隊を見つめている)」

 



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ここからちょっと急展開(ネタバレ)

「…あ、あれか!」

 

 僕は目の前に見え始めた大きな船に向かって叫んだ。そこには商船とそれを襲う深海棲艦の姿が…!

 甲板や、僕らから見えた船の上には少なくとも人らしき影はない、恐らく中に避難しているのだろうが、ところどころから小規模な爆発が…このままいけばどうなるか分からない。

 

「先ずはこちらに注意を向けさせる…金剛!」

「イエス! バーニングゥラァアアアブ!!」

 

 天龍の号令(提督は僕ナンダケドナー)により、金剛の艦砲から威嚇射撃が撃たれ、敵と僕らの間に水柱が建たれ轟音が鳴り響いた。

 

『……!』

 

 それに気づいて振り返ったのは空母ヲ級。よしよしちゃんとヲ級が旗艦……んん?

 

『……』

「なんか二体いるような…?」

「それよかアレのが一番厄介なんじゃね?」

 

 望月が指差す方向には、ヲ級たちの間の小さな影…いや”Wヲ級”より厄介なのそうそう居ない…け……ど…。

 

『レレレノレ〜☆ (レ級)』

 

 ………(殺意)

 

「テートクの顔が一瞬で殺意に溢れてマース!?」

「拓人さん、気を確かに〜」

「誰のせいだと思ってんの!? もうアレだ、怒りを解放してスーパー野菜人ツーになっちゃうよ僕!!」

「それだけ喋れたら、大丈夫ですね〜?」

「いや何が!?」

 

 …はい、状況整理。僕らの目の前に立ち塞がるのは、空母ヲ級エリート×2、そして旗艦であろう「戦艦レ級」。そう、あの歩く殺戮兵器(リーサルウェポン)の彼女である。

 駆逐艦ぐらいの背丈の少女、黒いパーカーにフードを被った異様な出で立ち。どこか憎めない雰囲気に騙されるなかれ、彼女は姫クラスと同等の、いや下手な姫よりチョーツヨである。

 装甲、火力、航空爆撃、先制雷撃…と「まるでボス要素てんこ盛り」のバカジャネーノな性能の彼女、どんな艦娘だろうと一撃必殺、一千万回(聖戦的な)。とにかく絶対に相手にしたくない相手だと言うことは、お分かりいただけたでしょうか?

 

「マジふざけてるの!? アレ出されたら無理ゲーだって言わなくても分かるでしょ!! レベル1のパーティで裏ボスに挑むようなものだよ!!?」

「いや〜、この世界観なら大丈夫でしょ〜? このメンバーならラスボス級にグレードダウンしますから〜☆」

「それでも無理難題だよね!?」

「もういい…。はなっから期待はしていない。離れていろ、少し激しくなるだろう」

 

 天龍は僕を後ろに下がらせると、眼前のニヤついた顔の幼女を見据える。

 冷たい緊張感が走り、艦隊と深海のモノたちの因縁の戦いが始まろうとしていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──敵艦補足、合戦準備 …

 

 

拓人

金剛

天龍

望月

綾波

野分

翔鶴

 

vs

 

戦艦レ級

空母ヲ級elite×2

駆逐イ級×3

 

 

勝利条件:敵艦隊の殲滅。

 

敗北条件:艦隊の全滅、又は商船の完全破壊。

 

 

 

 …戦闘開始 !

 

 

 

 敵は戦艦レ級率いる水上打撃部隊。内訳はレ級(旗艦)、空母ヲ級二隻、そして…イ級だっけ? ザコ駆逐艦三隻。ぶっちゃけ名前とか一文字違いだし、シルエットも大差ないからなんとなくだけど。あぁ確か口が開いていた出っ歯だったなぁ…的な?

 というか、レ級がいる時点で詰みゲーなのによく耐えれたなあの商船の人たち? レ級たちが遊んでたのかな? まぁどっちでもいいか?

 金剛たちはレ級たちを商船からなるべく離すべく、レ級たちとは反対方向に舵を切る。レ級は…何考えてるかわからないニヤニヤした嗤いで艦隊を追う…よしよし、食いついたか。

 

「じゃあ僕も…」

「ダメですよ〜? 貴方は商船の皆さんの無事を確認しないと〜」

「あ、そっか。うー、向こうが気になるんだけどなぁ…?」

 

 艦娘と深海棲艦との戦い、という絶好の機会に後ろ髪引かれながら、僕は商船へと駆け寄る。

 

「…えっと、鎮守府連合から派遣された者ですー! 無事を確認したいので、生存者は甲板に顔出して下さいー!!」

 

 大声で叫び、船の乗員に呼びかけてみる。辺りに反響音が響いたが反応がない、やられちゃった? それとも聞こえてないとか? 普段から大声出しているワケでもないし。

 

「…っ! お、おーい!! アンタだろ、今叫んだの!!」

 

 少しして、甲板から中年のガタイのいいおっさんが僕を呼んだ。

 

「えっと、貴方は?」

「ああ! 俺はこの商船の船長だ! 娘が助けを呼んでくれたんだな! あの化け物たちも居なくなってらぁ!」

 

 船長を名乗る男はホッとしたような顔で僕らの到着を喜んだ。

 

「えっと、深海棲艦は僕らが相手しますから、この隙に逃げて下さい!」

「分かった! …しかしアンタ提督だろ? 最近の提督は海の上立てるんだなぁ?」

「あはは、この身体は特異体質で…それより早く避難を!」

「よし! ありがとよ旦那! いつかアンタとも取り引きさせてくれ! とびっきりのアイテムを紹介するぜ!!」

 

 ニカッと厳つい顔とはギャップがある子供のような笑顔を浮かべながら、船長は船内へ戻っていく…ほどなく船が動いてその場を離れていき、僕はその後ろ姿を見送った…。

 

「…旦那、かぁ」

「拓人さんは「クソガキ」って言われてもおかしくないですのに〜」

「うるさいよ!? …はぁ、でもこれで………っ!?」

 

 遠くの水平線から水柱と轟音が鳴り響いた…アレ、金剛たちが?

 

「…行かなきゃ!」

 

 僕は滑りながら、彼女の元へ急ぐ…何故なら。

 

「金剛の勇姿を…この目に焼き付けなきゃ!」

「でぇすよねぇ〜〜〜ww」

 

 カメラ小僧の気持ちってこうなのかな? と暢気に考えながら、僕は金剛たちの様子を見に行く…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──金剛たちは、商船を襲うレ級たちを引き離すために、レ級たちの気を引きながら商船と離れたポイントへ移動した。

 レ級たちと対峙する艦隊、金剛の牽制射撃、天龍の人頭指揮、その他メンバーも各々の能力を遺憾なく発揮する…しかしながら。

 

「…どうにもきな臭い」

 

 天龍は、戦場を渡り歩く「傭兵」である。ある時は国同士の戦いに、またある時は国に反旗を翻したレジスタンスの一員として、はたまたある時には、艦娘として国の防衛戦にも参加した…ありとあらゆる戦いの状況を経験した、その「眼」が映した結論は…「罠」。

 

「…ふむ」

 

 敵旗艦であろうレ級を見やる天龍、ポーカーフェイスとはまた違う「意思を汲み取るのが難しい」…一貫した嗤いを浮かべながら、レ級はある一点を見つめた。

 

「もう少しデース! 皆さーん! 頑張っていきまショー!!」

 

 それは、こちらの旗艦である「金剛」だった…ただでさえ狂気じみたその顔を更に歪ませ、黒いフードの狩人は獲物を見据え嗤う。

 天龍は視線をレ級の口元に落とす、ここからだと何を言っているか聞こえないが、口の動き(読唇術)で何を呟かんとするか思考する。

 

『…イ………テ……』

 

 …成る程、と天龍はあの狂ジンが何を言わんとするか理解する。であれば…?

 

「狙いは…最初から"アイツ"だった……っ!」

 

 この状況そのものすら、敵が作り出した”虚事”…天龍が事態の深刻さを感じた瞬間、レ級に動きがあった。

 

『…キヒ! キヒヒヒヒ!!!』

 

 レ級は何もないはずの手の平を広げると、黒い靄が彼女の右手に集束されていき…「何か」を形作った。

 

「…!」

 

 それは黒い靄を纏った「大鎌」。波動を鎌の形にしたモノのようだが、レ級がそれを振り回すと、ヒュンと空気が切れる音が聞こえる…切れ味は抜群のようだ。

 

『キヒヒヒヒ!!』

「驚いた…ここまでとは」

 

 天龍は内心仰天していた。最近になって脅威として現れた深海棲艦、艦娘以外のありとあらゆる力を無効化する異能を有する。つまりは「海魔」と同列の存在と断定され、艦娘たちは人類の守護者として深海棲艦と戦い、今に至る。

 海魔ほどの脅威ではなくとも、この灰色のモノたちは未だに得体が知れない。死人が化け物に成り果てた…そう、まるで「艦娘」のような彼女たちは、この世界で独自の進化を遂げた艦娘たちと同じく、この特異な環境が、彼女らに変化をもたらしたのかもしれない。

 

「だとしても…」

 

 そう、姫クラスならまだしも一介の戦艦クラスがここまでの力を手に入れるとは…天龍は訝しんだ。何か「異変」が起きているのか?

 

『キッヒヒヒヒ!』

 

 死神は答えずただ嗤う。そう、死神。その鎌で獲物を狩りたくて刈りたくてカリタクテ仕方ない、黒衣のフードに身を包む幼気な少女。しかしその大きく瞠いた眼(まなこ)には、敵対に値する狂気が滲み出ていた。

 

『キヒャア!』

 

 レ級は飛び上がり、降下ざまに手にした得物を力一杯振り回す、勢いに任せた一撃を受け止めたのは、綾波。

 

「…相殺」

 

 同じく得物の斧をブン回す。巨大な二対の斬撃が弧を描きぶつかり合った、鉄と鉄を激しく打ち付けたような重い金属音が、辺り一面に不気味に木霊した。

 

『キヒヒヒヒ!』

 

 ケタケタと嗤う死神は、その鎌刃を再び綾波に向けて振り下ろす。

 

「…不味いな」

 

 このままではジリ貧、相討ちもあり得る。助けに入ろうとする天龍たちの前に、ヲ級たちから発艦した深海艦載機が。

 

「…っち!」

「不意打ちとは卑怯な! 美しくない、実に醜い!!」

 

 野分は自身の怒りを彼女なりの言葉で表現する。金剛たちは投下された爆弾をそれぞれ回避しながら立ち往生していた。

 

『……ッキ!!』

 

 その時、レ級の尻尾がおっ立つ、先端には凶々しい艦砲型の化け物(彼女の深海艤装と思われる)の口が開いていた。その刹那、圧縮されたエネルギー弾が発射される。狙いは…

 

「…っ!」

「ショーカク!?」

 

 翔鶴、艦隊の戦力中枢にいる空母を叩いて弱体化させる作戦。

 しかし天龍はあの程度なら避けられると確信していた、彼女の実力は演習時に周知済みだ、高機動性に長けた彼女なら柳に風と受け流すであろうと…しかし事実は違った。

 

「………」

 

 翔鶴は…構えを解き、棒立ち同然となった。

 

「っ!? ショーカク! 避けて!!」

「何をやってる! 動け! 沈んでしまうぞ!!」

 

 天龍は叫んだ、しかし届かない。金剛は駆け寄るがおそらく間に合わないだろう。

 

「………」

「ショーカク!!!」

 

 金剛の悲鳴に似た叫びも虚しく、レ級の凶弾は刻一刻と翔鶴の艦体を破壊せんと迫る。しかし翔鶴は──むしろ喜びに満ちた表情で──天を仰いだ。

 

「…あぁ、これでようやく終わるのね? やっと……貴女のところに逝けるわ」

 

 彼女がなぜそう呟いたのかは分からない、しかし"結末"はすぐそこまで来ていた…。

 

「…!?」

 

 

 ──「彼」の結末は。

 

 

「……っ!!」

「テートク!?」

 

 まさかの展開。提督は寸でのところで翔鶴の前に壁として立ち塞がり、そのままレ級の砲撃を受けた。

 

「テエエエトクウウウ!!!」

 

 金剛のやり切れない怒りと無念が混じり合った顔は、その場の悲壮感を表していた………。

 



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命は投げ捨てるものじゃないって、誰かに言われなかった?

「…っ! えっ、あれって…?」

 

 僕が金剛たちに追いつくと、異様な光景が広がっていた。

 彼女たちから少し離れた位置にいる僕、そこから彼女たちとレ級の激闘が文字通り火花を散らしていた。…レ級が黒い大鎌を振り回してる? 綾波がそれと打ち合っている、彼女たちに介入しようとする金剛たちが、ヲ級たちの艦載機の爆撃にさらされている…予想以上の苦戦に僕は言葉が出なかった。

 

「拓人さん、どうやら不味い状況ですね?」

「え? どういうこと妖精さん?」

「はい、あのレ級は私の予想を上回る力を有しているみたいです。まさかここまでやるとは」

「え!? 妖精さんが用意したんじゃないの?!」

「うーん、難しいですね…とにかく私はそうなると分かっていましたが、この苦しい展開自体は読めませんでした。これはおそらく…」

「…?」

「いえ、それよりも早くあのレ級は止めた方がいいです。でないと……っ! 拓人さん!」

 

 妖精さんが指差す先には、尻尾を立てて今まさに砲撃を喰らわせようとするレ級が……っ!?

 

「アレ、誰が狙われて…!?」

 

 その砲撃の標的は…翔鶴!? でも砲撃のモーションが遅い、これなら避けられる!

 

「…拓人さん、助けますか?」

「え?」

「このままじゃ彼女"沈み"ます、確実に」

「っ!?」

 

 僕は妖精さんに言われて翔鶴を見やると、みるみる内に彼女から戦う意志が消えていくのを感じ取れた。

 

「そんな…どうして!」

「おそらくこの状況そのものが、彼女の本懐なのでしょう」

「え…何でそんな」

「拓人さん…この世界の艦娘たちは傷ついていると言いましたよね? …アレがその傷が表に出た証拠なんですよ」

「え…っ!?」

「貴方に分かりやすく言うと…彼女たちの過去のトラウマの顕れ、いわゆる使命(カルマ)とでも言いますか? とにかく、彼女たちに正しく使命を果たさせることが、貴方の役目ではないでしょうか」

「…あの場合は?」

「"ただの犬死に"でしょうね? 彼女の目にはまだ絶望が色濃く映ってます、それでは彼女のためにならない」

 

 何にしても、彼女を助けなきゃならないってわけか…。

 

「…どうします? 私は手を貸せませんが、貴方は」

「妖精さん」

 

 …正直、このあとの行動を考えたら今すぐこの場から逃げ出したい気分だ。僕はトラックに轢かれて死んだけど、それとは訳が違う。でも…

 

 

 

 ──ごめんね…貴方との約束……守れ……なか…った………

 

 

 

「…どうすればいいのか、教えてくれる?」

「っ! …はい!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 …僕は、妖精さんから自分の「特典」の詳細を聞くことにした。要点を挙げると。

 

 

 ・水上を歩ける(滑れる)

 ・力は強い方(重いものを軽々ってところ)

 ・体は丈夫(砲撃を受けても平気)

 ・一応各種艤装を扱える(補正云々で威力は期待できない)

 

 

 …うん、艦娘の能力っていうより「イメージに沿った」スキルってことかな? でもってこれらから察せられる僕の一連の行動としては。

 

「よーい…ドン!」

 

 陸上選手ってわけじゃないけど、僕は陸上競技でよくみられるクラウチングスタートのポーズを取り、スタートと同時に一気に走りだした。妖精さんが言うには「力を各部位に一点集中出来る」とのことで、足に力を入れると思いのほか瞬発力が強く、一瞬体勢が崩れそうになったが何とか持ち直した。

 

「…っく! うぅおおおおおおおお!!!」

 

 全力で海の上を疾走する僕、腕が引きちぎれる位振りぬく、足は確か地面(というか水面?)を蹴る感じがいいって聞いたことがあるけど、思いっきり踏んづけるように走った、フォームはめちゃくちゃだろうけど特典のおかげかもの凄いスピードで走れていた、某フ〇ッシュの如く、マジで。

 速さの限界を超えたか顔に当たる風はそれほどでもなく、一瞬で彼女たちの間合いに入る、正に「光速疾走」していた僕の横に、レ級の姿が一瞬で通り過ぎた。

 

『…ギィ!?』

 

 さしものレ級も何が起こっているのか理解が追いつかず目を真ん丸にしていた。ふふふ、これからまだまだ驚くよ?

 

「…っ!」

 

 音速でレ級の砲弾をすり抜け、翔鶴の前に立つと僕は両手を広げる、背中で受け止めるワケだけど、悟飯を助けたピッコロさんってこういう感じだったのかな?

 ──瞬間、僕の背中に隕石でもぶつかったような熱く重い衝撃が、痛い。でも特典のおかげか不思議と”痛み”だけで済んでる、すごいけど後でアザにならないかな…?

 向こうで金剛が叫んでるのが聞こえる…ああ、心配しないで、こんなオタクが体張っても「まじキモイ、死んで?」って一蹴されるだけだから…あれ、なんかデジャヴ??

 

「…っ! 貴方、どうして…!?」

 

 翔鶴は驚きを隠せないといった具合に、目を見開いて瞳の中に湛えた絶望を見せつける。そこからさらに罵声を浴びせる。

 

「何故助けたの!? 何故生きているの!!? 貴方馬鹿なのっ?! 私は沈みたいの! 戦いの中で!! 何のつもりか知らないけど、同情程度でこんな」

「…っああ、もううるさいなぁ!!」

「…っ!?」

 

 僕は彼女と向かい合う形で怒声を浴びせ返す。服はボロボロで息も絶え絶えだったが、自分にこんな大声出せるんだと内心驚きつつ、いつもの悪い癖を露見する。

 

「君の意見なんて知らないよ! 僕だってなんでこんなことしたか分からないよっ! でも放っとけるわけないじゃん! 誰にも沈んでほしくないんだよ僕は!!」

「…っ、綺麗事言わないで! そうやってニンゲンは平気で嘘をつく! 本心じゃない癖に、自分本位の癖にっ!!」

「勝手に言ってろ! それでも僕はっ! もう二度と見たくないんだ!! 命が零れ落ちる瞬間を、僕の目の前でみたくないだけなんだよ…!!」

「…っ!!」

「綺麗事だからなんだよ! 命もらったら生きろよ普通に!! 君に何があったか知らないけど、僕についてくる気があるなら、二度とこんなマネするな!!」

 

 肩で息をしながら、僕は頭の片隅で今の言葉を復唱した。…”僕についてくるなら”か、我ながららしくないなぁ…。そんなことを考える僕の前で、翔鶴はまるで重みに耐えかねたように声を潰したように泣く。

 

『…ト』

「…? 何?」

 

 ふと、後ろのレ級が何かを呟いた気がしたので振り返る。

 

『ト、クイ…テ、ン…!』

「…!?」

 

 悍ましい笑みを浮かべながらレ級は僕を見据えた。…”特異点”って言ったのか?

 

『トクイテン、トクイテン! トクイテンッ!! キヒッ! キヒヒッ!!』

 

 狂喜乱舞と言わんばかりにレ級はくるくるグルグル激しく動きながら…。

 

『…キヒャァ!!!』

 

 再び尻尾をおっ立てて深海砲撃の構えを取る、あっヤベ。と思っていたら一瞬で火球が僕の目の前に迫ってくる。

 

「うわあぁ!?」

 

 普通に驚きながら思わず体をすくめてしまった僕。今度こそ終わった…と思ったら。

 

「フンッ!」

 

 金剛が僕の目の前に立ち塞がり、目前の凶弾を「素手」で殴り飛ばした。す、すげぇ…金剛パリィだ、アニメで見たやつ。

 

「金剛!」

「テートク! ケガはない?! …あぁ、服も体もボロボロ…」

「あぁうん、このぐらい平気だよ? えへへ」

 

 僕はこの後の金剛のセリフは「ハッハッハー! 流石ワタシのテートクネー!」とか竹が割れたような笑いで返ってくると思っていた…でも。

 

「…っ! 馬鹿!!」

 

 ぺしっ! っと僕の頬を叩く金剛、目には綺麗な一粒の涙が…。

 

「死んじゃったらどうするの! 貴方は私の大切な人なのよ!? 危ないことしないで!!」

「え…? あ、ごめんなさぃ…」

 

 僕が小声になりながらも謝ると、金剛は感極まったように僕を抱き寄せた。

 

「…っ! よかった…貴方が無事で……よかった…っ!!」

「金剛…」

 

 彼女は僕のために大粒の涙を流してくれている。僕は嬉しい反面加賀さんの言葉を思い出した。

 

「──彼女はもうここには…」

 

 …あぁ、この”違和感”がそうなんだろう。だとしても僕は…。

 

「…ありがとう、金剛」

「っ! …ふふ、少し痛かったデスか?」

「ううん、君に殴られるなら全然大丈夫だよ?」

「うふふ! テートクは優しいデース♪」

『…ッキヒ! トクイテン、ケス! トクイテン、ツブス!!』

 

 僕らのやり取りをよそに、レ級は殺意マシマシで僕らに牙を向けた。

 

「…許さない」

 

 金剛はレ級に向き直ると、こみ上げる怒りと共に宣戦布告する。

 

「潰せるものなら潰してみなさい! 私は金剛…テートクへの愛は、誰にも砕けません!!」

『キヒャァ!!!』

 

 レ級は大鎌を振り上げながら飛び上がり、凶刃で金剛を切り裂いた…ように見えた。

 

「っ! 金剛!! ……ん?」

 

 レ級は大鎌を力いっぱい振り下ろした状態で…空中に止まっていた。それもそのはず、金剛によって「鎌の切っ先を」片手の指で押さえられていて、身動きが取れていなかった。

 

『ギ!?』

「…っふ!!」

 

 そのまま金剛は、もう片方の手で見事なボディーブローをかます、レ級は口から体液をまき散らしながら衝撃に悶えた。

 

『ギ、ブグゥア!!?』

「はあぁ!!!」

 

 更に回し蹴りをくらわせる金剛、レ級耐え切れず吹っ飛ぶ。

 

『ギギャアアアアア!!?!?』

「…さぁ、反撃開始ネ!」

 

 …ここから、金剛は僕らの予想をはるかに上回る強さを見せつけるんだけど…言葉だけで片づけるのもアレだから、次回に続く。

 

 …僕の嫁、強すぎない?

 



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TRPGなんだから、クトゥルフっぽくてもいいよね!

 …いいわけないか。もうちょい続くよ? スマソm(_ _)m


 僕たちは「襲われた商船」の任務中に、レ級率いる敵艦隊と交戦する。その最中に敵に不意を突かれて轟沈の危機にさらされる翔鶴。

 僕は妖精さんから教えてもらった「異世界転生の特典(スキル)」を活かして、彼女を轟沈から救う。色々言っていたけど怒り心頭になっていた僕は乱暴に言葉を投げつけその場を無理やり収めた(傷ついてるだろうから、後で謝らないとなぁ…)、しかしレ級の猛攻は続く。今度こそ万事休す!と思ってたら金剛が金剛パリィして助けてくれた。

 対峙するレ級と金剛との、真剣勝負が始まった………と、いうのが前回までの展開。ここからどうなるかというと?

 

「はあぁぁあああ!!」

『…ッギ! ギャァアアアアアア!!!』

 

 金剛に吹き飛ばされたレ級、体制を立て直したと思いやいきなり吠え始めた。ゲームだとこの後仲間を呼んだりして戦況がややこしくなるんだけど…?

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!!』

 

 そのとおりだったよ(^p^)>テヘッ☆

 

 駆逐艦イ級辺りがうじゃうじゃと海中から沸いて出てきた。わぁいこの展開どこかで見たことある〜死亡フラグ乱立中?

 

「相手にとって不足なし! もう止まらないわよ! 覚悟しなさいっ!!」

 

 威勢良く啖呵を切る金剛、その勢いのまま深海の相手に向かって突進! …うわわわ、エネルギーフィールド? 的なの展開して突っ込んでるよ、イ級たちがピンボールみたいに跳ね飛ばされてくよー(・∀・)ザマァ!

 

「…あの娘、一体なんなの?」

 

 翔鶴が完全に理解不能って感じで僕に聞いてきた。そんなこと言われても。

 

「さぁ? 僕にも分からない」

 

 …って言うしかないよね?

 

「さぁ? って…一緒に居たんじゃないの??」

「いやぁ、なりゆきまかせというか…」

「何よそれ、使えないわね。これだからニンゲンは」

「はぁ!? そこまで言う!!? ###」

「…でも、ありがと」

「は?」

「っ!? な、なんでもないです!」

 

 翔鶴がなんか急に顔を赤らめてるんだけど、こっちはこっちで別のフラグ立った? でも残念、僕が好きなのは金剛だけだから。

 

「…ツンデレ?」

「そんな言葉知りません! もう忘れてったら!!」

「(可愛い〜)…あ」

 

 翔鶴の反応を楽しんでいると、金剛の無双っぷりが目に止まる。加賀さんの言葉を借りるなら。

 

「ッハ!! (ズゥン!)」

 

 拳を一振り、空が震え。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!?』

 

 拳を二振り、敵を薙ぎ。

 

「ハアァァアアア!!!」

 

 拳を三振り、海が割れた。

 

 …文字通りね? 海面に拳を叩きつけると、波飛沫を纏った水の衝撃波がまたもイ級たちを吹き飛ばした。三国無双とかこんな感じなんだろうなぁっ…て、流石に不謹慎かな? でも「砲撃しろよ。」とは思うよ。

 

「凄い…」

 

 翔鶴も金剛の暴れっぷりに唖然としていた、そりゃそうだ。

 加賀さんの言っていたことが本当か、正直まだ分からない…でも、金剛がメチャクチャ強いってことは変わらないようだ。

 

「いけー! 金剛ーー!!」

 

 声が枯れるまで、僕は精一杯に彼女を応援する…彼女がそれに応えてくれるって、信じているから…!

 

「ハアァァァアアア!!!」

 

 

 

 ──だが、このまま行けば勝利は確信的と思われたこの戦い、ここからまさかの展開に…。

 

 

 

『ギ………ッグ!』

 

 …ん? レ級が懐から、何か出してる…なんだアレ? 小さくて見えづらいけど、種みたいだ…?

 

「…っ!? おい! 何してんだ!! ソイツを止めろ!!!」

 

 望月が叫ぶ、一瞬彼女に気を取られると、満身創痍気味のレ級は手近にいたイ級に向けて一粒の種を飛ばした。

種はイ級の表面に貼り付き、それを見たレ級はニタと嗤いながら…。

 

『…ビースト、シフト「S-cylla」』

 

 レ級が何かを呟いた瞬間、イ級の身体に突き刺さる触手…さっき張り付いた種からにゅるりと数本の、メタリックカラーの触手が伸びている。

 

『■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!?!!?』

 

 イ級が苦しみ出した。なんかヤバイ予感が…!

 

「え!?」

 

 

 

 イ級の表面を、謎の種から発生した鋼の外殻が覆っていく。

 

 

 徐々に、じょじょにイ級からの叫びが聞こえなくなり、イ級「だったモノ」は形を変えていく……

 

 

 衝撃を隠せない僕たちに戦慄が走った。

 

 

「こ、これって…!?」

 

 

 鋼鉄の塊は、原型となったモノの大きさから、更に肥大化していく。

 

 

 機械化された身体から前足等と見られる部位が形成されていく。

 

 

 シルエットから連想できるのは…"狼"?

 

 

 

『Voooooooーーーッ!!!』

 

 

 

 海の上に悍ましい姿が浮かぶ。

 鼓膜を突き破る遠吠え、腹の底に響く重音…空間が震え、僕らも自然と恐ろしさが湧き出てくる。

 

「…ひっ」

 

 その時、僕の中でなにかがプツンと切れた…分かりやすく言うと「San値直葬」。

 

「な、何なのアレ…深海棲艦? いえ、もっと別の…?」

「……………す」

「? 貴方どうしたn」

 

 

「すっげー! カッケーーッ!!」

 

 

「…は?」

 

「何アレ!? ゾイ○? カッ○ブ? メタル◯ルルモン?! ホラーチックの中にほんのり匂うカッコよさがまたたまらないなぁ! 深海棲艦を基に? 変身したの?? なにそのSFちょーやばたにえん!? あはは! RPGだからってなんでもかんでもやりすぎ、視聴者置いてけぼりだよ〜? あ、ここは閲覧者か。どうでもいいけど僕らどうなるの? 食べられる?? 殺される??? いやーどこのクトゥルフだよってハナシだよー? とんだティンダロスだよね!」

 

 あは、( ゚∀゚)アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \/ \

 

 …と、僕はどうやら「不定の狂気」に陥った模様、とにかく目先の非日常から逃避するのに必死になってるみたい。お恥ずかしい限り…;

 

「! ……っ!!」

 

 ──バチィン!!

 

「うわらば!?」

「しっかりしなさい! 貴方は提督でしょう!? こんなところで現実逃避しないで! 意識を強く持って!!」

 

 狂気に取り憑かれたように笑う僕を、翔鶴は気つけの一発で正気に戻してくれた。

 

「…あれ、僕…!? うわぁ! 何アレ!?」

「正気を取り戻したようね? …分からないけど、アレはイ級だったナニカということは確かよ?」

 

 僕らが話し込んでると、望月がぽそりと言葉をこぼした。

 

「…スキュラ」

 

 スキュラ? それってあの神話の…? 僕らが訳が分からないでいると、望月はレ級を睨みつける。

 

「テメェ…まさかアイツの差し金か!?」

「アイツ……?」

『…ギキ』

 

 レ級は僕たちに向かい、目を細め、口角を歪め、嗤うと海中に姿を消していく。

 

「待て!」

 

 望月の制止を無視して、レ級は完全に居なくなった。

 

「…なんなんだ一体? レ級は何が目的で……」

「大将、詮索は後だ。先ずはアレをなんとかしねぇとな!」

 

 望月が指差す方向には、イ級を素体にした新たな脅威だった。

 

『Gruuuuuu…!』

 

 スキュラと呼ばれた怪物は、離れたところでイ級らと対峙していた天龍たちに目をつけると…?

 

『VOOOW!!!』

「…!?」

 

 前の足を屈めそのまま跳躍、巨体からは想像できないジャンプ力とスピードであっという間に…。

 

「天龍、危ない!」

「違うぜ大将、狙いは”艦娘”じゃない…!」

 

 望月の言う通り、怪物が捉えた背後は「イ級」のモノだった…!

 

『■■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!?』

『Gruuuuuuvoruuuuuuuu!!!』

 

 イ級に噛みつき、大きな口と牙と顎でイ級の胴体を引きちぎる。

 

「っ!!?」

 

 そのままむしゃむしゃと黒い肉と化したモノを貪る…おえ”ぇ…。

 

「イ級を、食べてる…?」

「スキュラは深海凄艦を食べることで、パワーアップするんだ。先ずは捕食して…充分力が溜まったら、アタシらを襲ってくるだろうね?」

 

 つまり、この場にいると僕らも危ないってこと!? うぅ…せっかく転生したのに、あんなのに食べられて死ぬなんて…絶対イヤだ!!

 

「商船はもう完全にこの場から離脱しただろうし、僕らもここから逃げなきゃ…」

「ああ、逃げられるモンならな? さっきの見たろ? 下手に逃げてもすぐに追いつかれる。アレがあの場に現れた時点でもう終わりさ」

 

 全く、楽な仕事だって聞いてたのによぉ。と望月はぼやきながら頭を掻く。確かに…例えゲームだったとしてもあんなのが序盤で現れるなんて、普通思わないよね?

 

「どうする大将? 一応倒せない事は無いが、この面子じゃ賭けもいいとこだ。戦艦や空母クラスで艦隊組んでやっと止められるだろうからな?」

「…うーん、ごめん。さっきから状況が変わり過ぎて、感覚が麻痺してるみたい? もう当たって砕けろする?」

「駄目! まだ諦めちゃ!!」

 

 金剛が僕らの方に駆け寄ってくる。

 

「テートク! 私がアレを足止めするから、貴方は皆でアレを止める方法を考えて!!」

「! そんな、待って金剛! 君もボロボロだろ!? 無理は」

「大丈夫! 貴方のためなら、何度だって立ち上がる! 見ててね!!」

「金剛ーーーー!!!」

 

 僕の叫びを背に、金剛は怪物の注意を引くために艦砲射撃を実行する。胴体を直撃したが平然と佇む怪物は、ギラリと眼光を金剛に向ける。

 

『Vooooo!!!』

「来なさい…!!」

 

 金剛はすぐさま僕らから遠ざかり、怪物もその後を追っていった…。

 

「…おい、どうなっている?」

 

 天龍が野分と綾波を連れて僕らに状況確認する。

 

「天龍! このままじゃ金剛が!!」

「何!? …っち!」

「待ちな天龍。…アンタが向かったところでアレには敵わないぜ?」

「…!」

 

 天龍は激昂した表情で望月の胸ぐらを掴む。

 

「! 天龍!?」

「黙ってろ! …お前は金剛を見捨てろと言うのか?」

「違ぇよ。姐さんが居なくなったらアタシも困るからな? 全員でかかった方が勝率が高いってことさ」

「…っち」

 

 天龍は半分納得、半分ブチ切れた様子。それでも望月を離してやる。

 

「…ねぇ、本当に勝算あるの? こういうのって一人ずつ戦って様子を見た方が…?」

「大将、そりゃアレの素性が分からねえ場合だ。確率的にも勝機は薄い、幸いアタシはアレが何なのか知ってる、その上で作戦を立てた方が話が早い」

 

 なるほど、ジョ○ョがとんでもないことしてたことは分かった。

 

「…金剛」

「大将、姐さんを助けてぇんならアンタにも協力してもらうぜ? アンタもアタシらと同じような異能を持ってるみてぇだからな?」

「…うん、分かった」

 

 僕は金剛を助けるため、そして全員無事で戻るため、あの怪物に戦いを挑む…でも。

 

「か、帰りたい……! (ガクガクブルブル)」

 

 果たしてこんな僕が、こんな状況を打開出来るのか?

 

 それはまだ、僕自身にも分からない、いやホントどうなっちゃうの!?

 

 



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まるで意味が分からんぞ!? (囮的な意味で)

 ここからスパートかける、よ?


「くっ…!」

 

 金剛は、突如現れた謎の怪物「スキュラ」と一対一の対決を挑んでいた。

 スキュラは、深海駆逐艦イ級を基にした鋼鉄の怪獣…巨大な狼の形(なり)をしたそれは、明らかな敵意と剥き出しの殺意を持って、艦娘並び深海棲艦に混沌を与えていた。

 

「ふっ!」

 

 金剛は自身の艤装に取り付けられた35.6cm連装砲による艦砲射撃を行う、空間を揺るがす轟音と爆炎は、狙い通りにスキュラの頭に直撃する…しかし。

 

『…gruuuuu』

 

 無傷。何度撃ち込んでもビクともしない、むしろ呻いて威嚇してみせる…平然と彼女に向け変わらぬ眼光を放つ化け物は、牙を見せつけてするりするりとこちらに間を詰めようとしているのが分かる、金剛も直感から艦砲からの威嚇射撃で寄せつけまいとする。

 

「…はぁ、っつ!」

 

 連戦に次ぐ連戦、流石の金剛も体力に余裕がなくなって来ている。果たして拓人たちの助けの前に彼女が無事であるかどうか…。

 

『Vooooo!!!』

 

 スキュラは遠吠えを上げると、たてがみの位置からしゅるりと長い鉄の鞭を五つ繰り出し、首を振る動作でそれらを巧みに操る。

 

「! …っぁあ!?」

 

 金剛の肌に無慈悲にも命中する、バチっと嫌な音を立てる鉄鞭。どうやら電気が流れているらしい。

 

『gruuuuuuu………』

 

 してやったりと、牙を剥き出し唸り嗤う怪物。幾ら距離を置こうともこれなら逃げ切れまい、と嘲り笑うように。蛇とカエルならぬ、狩人に狙われた子鹿の如く……金剛の眉間に、静かに照準が定められた。

 

「……っふ」

 

 

 ──舐めるんじゃネーよ、子犬(パピー)。

 

 

『…!?』

 

 ドスの効いた重低音が響く、それは獲物と思っていた「アレ」から発せられた。機械にあるまじき、本能的な"恐怖"…子鹿、ではなく獅子か虎の類であると、怪物はたじろぐ。

 金剛自身も、それがなんなのか理解はしていない。ただ自身の潜在意識が、絶体絶命の危機に呼応したのか…だが、今の彼女には正直どうでもよかった。

 

「(テートク…貴方を信じます。だから…!)」

 

 彼が来るまでこの怪物を止める…自分の全てを賭けても…!

 

 

 金剛の孤独の戦いは、彼女に眠る獅子を呼び覚ますか…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

──敵艦補足、合戦準備 …

 

 

拓人

金剛

天龍

望月

綾波

野分

翔鶴

 

vs

 

機獣スキュラ

 

 

勝利条件:スキュラの撃破

 

敗北条件:金剛の戦闘不能

 

 

 

 …戦闘開始 !

 

 

 

 僕らはあの狼…スキュラの対策を話し合う。まずはアレを知っていそうな望月の話に耳を傾ける。

 

「アレは海魔大戦で艦娘の補助として投入予定だった兵器だ。動力は海魔、ってよりマナの穢れだな? 一度起動すれば海魔を駆逐しつつ無類の強さを発揮する…だが」

「何か問題が?」

「あぁ、あれにゃ欠陥があってな? マナの穢れが既定値以上になると"暴走"する…つまり人だろうと艦娘だろうと見境なしに襲うようになる」

「…またありきたりな」

「拓人さんは、そういうの好きでしょう〜?」

「そうだよ! 邪道よりやっぱ王道だよね!?」

「何をムキになっている」

 

 僕と妖精さんと天龍のやり取りを、ひらひらと手を振って静止する望月。

 

「…だからアレの製造は中止されて、計画そのものがなくなってた…はずだったんだが? どこぞの馬鹿が呼び起こしちまったようだなぁ? ひひっ」

「レ級はその、スキュラを利用したヤツの仲間…ということですか?」

「まぁまだ推測、可能性としてだがな? …さて、アレの対処方法としては」

「…ごくり」

 

「アレのコアを抜き取る、それだけ」

 

「……いやいやはしょり過ぎでしょ!?」

「あ"? だって本当だもん」

「だもんて…;」

「コアとはどこにあるのだ?」

 

 天龍の言葉に、頭を掻き指を振りながら頭の中を整理する望月。

 

「あ〜っと? たてがみ…? いや違った、首の下辺りにデケェ球がはみ出してんだ、その中にある、それを抜き取ることが強制停止になってんだ」

「…え、じゃどのみちアレを倒さないといけなくない!? リモコンでピッてないの?!」

「知らねぇよ。大戦時にも権謀術数が渦巻いてたって聞くし、人側で強制停止させたくなかったんじゃね?」

「…今も昔も、人は同じ過ちを繰り返す……」

「(妖精さん)拓人さん…;」

「(翔鶴)全くね? 何年経とうがニンゲンは同じことばかり、腐ってるわ」

「(拓人)ナンドデモ…クリカエス……カワラナイ…カギリ……ッ!」

「(天龍)なんだこれは、噛み合ってるようで全く噛み合っていない…」

「(妖精さん)あぁ〜すみません〜いつもの悪い癖が…;」

 

 仕方ないじゃないか、ボケないと凡人は気が狂いそうなんだよ。

 

 そんなやりとりをしていると、不意に野分が名乗りを上げる。

 

「分かりました! ではこの野分、見事に咲いてみせましょう!」

「…君は話を聞いてたの? (疑惑)」

「ウィ、敵の弱点、対処法、全て聞き及んでおります、この野分に秘策あり、です!」

「具体的には?」

 

「ボクの美貌で彼奴の注意を引きつける、その間にコマンダンたちはアレの弱点を突く!」きらーん☆

 

 わぁ〜地味に建設的〜…美貌以外は。

 

「おい、流石にどうかしてないか?」

「初めて会ったときから、どうかしてるとは思ってましたよ」

「お前さん、空気読もうぜ…?」

 

 天龍、翔鶴、望月からの総ツッコミ。構わず野分は体全体で本気度を表しながら熱弁する。

 

「ノンノン! ボクは美貌なら誰にも負けません! コマンダン! ボクは貴方の役に立ちたい! ならば今こそがその天命を果たす刻(とき)! どうか、どうかご決断を! ボクは貴方の手となり足となりましょう!!」

 

 くるくる、くるくる、くるくる回り、両手を広げ決めポーズ&決め顔。どうやって本気だと思えば?

 

「…いーえー? これはこれでアリですよ〜?」

 

 妖精さんの言葉に、僕らは思わず面食らった顔になる。

 

「妖精さん? 大丈夫? 再接続する??」

「拓人さん、静かに? …あの対海魔兵器は、マナの穢れを探知して海魔を捕食すると思うんです」

「ほぉ? 鋭いねぇ、そのとおりさ?」

「であれば、マナの穢れとなったそもそもの原因…欲望をさらけ出せば、あの狼も黙ってないかと?」

「…それって?」

「はい…野分さんの「キレイでありたい」と思う心を、その語り口で存分に表現して頂ければと!」

 

 …マジ? なんか変な流れになってきてない??

 

「ほぉ…ふぅむ? 成る程そうきたか、そいつは面白そうだ! 一興してみるのもいい、カモ?」

 

 もっちー、アタシはそう思わないカモ! (秋津洲)

 

「…まぁ、要はコアを取り除けばいいのだろう? 囮役として機能するならさしたる問題はないはずだ」

「そうですね? 納得はしきれませんが?」

「…はぁ、分かったよ? 頑張ってよホント…」

「ありがとうございます! 必ずやご期待に応えてみせます!!」きらきらーん☆☆

 

 側で聞いていた綾波も頷く、どうやら了承してくれたようだ。

 

「…よし、皆! これよりスキュラ討伐を敢行する! いざ抜錨! 暁の水平線にしょうr…っぎ! か、噛んだ…;;」

「何を言いだすんだお前は…」

「しまらないですねぇ〜?」

「…本当に大丈夫かしら?」

 

 ぐだぐたになりつつありますが、ともかく僕らは金剛を助けるべく行動を開始する。…金剛、僕らが来るまでなんとか耐えてね!

 



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目覚めよ、その魂! (それっぽい言い方)

「………」

『gruuuuuu………』

 

 金剛対、謎の怪物「スキュラ」の戦いは平行線のままであった。何故か? 答えは単純。金剛が「ヒットアンドアウェイ」に徹していたから。

 

『Voooooo!!!』

 

 雷電迸る五つの鉄鞭をしならせ、スキュラは金剛を捉えられる絶妙な間合いから攻撃を仕掛けた。しかし…?

 

「……!」

 

 攻撃を当てた瞬間、まるで陽炎を見ていたように金剛の輪郭がぼやけ、かと思えばスキュラの死角から艦砲射撃をぶちかます。これまた絶妙な間合いからの射撃は、致命傷こそないもののスキュラには衝撃的だった。

 

『……gruuuu』

 

 自身の攻撃を避け、更に反撃に転じる様を、怪物は視認出来ずにいた。サーモグラフィー装置に支障なし、ロックオンシステムも正常…見逃すはずはない「しかして」見逃したのだ。

 

「…どうしまシタ? さっきの電気ムチを当ててから、ワタシに一発も喰らわせていないデハないデスか?」

『……!!』

「所詮はただの殺戮機械…この程度でしたり顔とは、笑わせるネ?」

 

 先ほどとはまるで別人のような嘲笑をする金剛、おそらく実力の十分の一も出していないことが窺えた。故に怪物は理解した…計算では測れないこの女は「危険」だと。

 そして金剛のこの変わりようは、果たして何を意味するのか…現時点では解明は不可能であった、しかし。

 

 

 ──待たれよ!

 

 

「…!?」

 

 しかして状況は、刻一刻と変化しつつあった。

 

「ノワッキー…?」

 

 まるで不敵な表情となっていた金剛は、仲間の野分を認識した瞬間に元の穏やかな顔となった。

 野分はスキュラの前に立つと、その滑舌と雄弁を活かし自身の欲望を語る。

 

「我が名は野分、又の名をノワツスキー。我が使命はこの美貌の輝きを高め、存分に堪能してもらうこと。そう、美しさは罪であると同時に、人々を魅了する癒しでもある。ボクは世界中の人々にこの光輝(しあわせ)を届けたい! それこそが! 天がボクに与えた試練であると信じている! ボクは万民を照らす太陽であり、夜空を瞬く星であり、澄み渡る蒼海であると! さぁ、醜き孤狼よ! キミはボクに何を感じる? その醜悪な瞳は、果たして血まみれの獲物を映す、そんな哀しいだけのモノではないはずだ! 君の中にある清き魂に、ボクのきらめきが届いてくれると嬉しい!!」

 

 野分は長々と思いを綴る、オーバージェスチャーと相まって彼女を中心とした、独特の世界観の表現に成功している…つまるところ。

 

『Voooooooo!!!』

 

 異形の狩人に標的変更(ターゲッティング)されるには申し分なかった。

 

「さぁ来たまえ! 共に美しさを高めようじゃないか!」

 

 野分は変わらず顔をキラキラさせながら、スキュラを呼び寄せる、スキュラはそれに掛かる形で野分を追いかける。

 

「…えぇ」

 

 金剛は「開いた口が塞がらない」と言わんばかりに顎が自然に全開になった…。

 

 

 

 

・・・・・

 

「…来た!」

 

 野分の誘導により、あの狼の化け物は僕らの前に姿を見せる。

 えっと、確か首の下だっけ? 走ってるだけでチラチラとそれらしい球体が見え隠れしてるけど、中々難しい位置だなぁ…遠吠えの瞬間を突けばなんとか行けそうな感じだけど、それでも一瞬、一回限りだろう。

 

「コマンダン! この野分、任務を完了いたしました!」

「あ、ありがとう…まさか本当に成功するなんて」

「…さて、ここからどう動く?」

「とにかく動きを封じるんだよ!」

 

 望月が叫ぶと、すぐさま全員戦闘態勢に入る、先ずは試しに翔鶴の例の足止めでいってみよう!

 

「あの大きさでは無理があると思いますが?」

「そんな嫌そうにしないでよ…」

「無駄なことをしたくないだけです」

「…提督命令」

「なんですかそれ? …はぁ、分かりましたよ」

 

 ため息をつきながら翔鶴は艦載機発艦準備する。天龍が耳打ち。

 

「お前、いつの間にアイツと仲良くなった?」

「いやぁ色々あって?」

「…大した奴だ」

 

 天龍がひどく冷たい流し目で僕を見ていた、それ褒めてないよね? このタラシが! とか言ってない? 養豚場のブタを見る目だよ?

 翔鶴が航空隊を発艦させ、航空隊から魔導爆弾が投下される。まずスキュラの足元に冷気魔導弾、巨大な狼を中心に氷の枷が海面に広がる。

 

「…っふ!」

 

 続いて、第二次航空隊による爆撃。今度は…。

 

『(バチバチッ!!)Voooooooo!?』

 

 電気だ! 電気魔導弾によって怪物の周りに稲妻が走る。ショートさせようとしてるってこと? なる(納得)。身動きが取れない状態であんなの食らわされたら流石に怯んだでしょ!! と息巻いていた矢先。

 

『Vooooooo!!!』

 

 ただの遠吠え一つで、氷が割れ稲光が掻き消えた。気合いで吹き飛ばすアレだね? 衝撃が空間を伝わり、突風となって吹きつける。

 

「うわぁ」

「だから言ったじゃないですか」

「いんや耳なが! いいとこ突くぜホント、首がガラ空きだ! やれ天龍!」

 

 天龍はすでに走り出しており、彼女の斬撃の範囲内に入った瞬間、二振りの刀をバツの字に切り裂いた…!

 

『…! Vooooooo!!!』

 

 すると、スキュラのたてがみの部分から五つの鉄鞭が!? いやそんなのアリ!!? 天龍の斬撃を無惨に相殺した。

 

「…綾波!」

 

 天龍が声を上げ合図を送ると、スキュラの死角からタイミングよく綾波が突撃する。了承、と呟くと同時に自慢の大斧が振り下ろされた…のだが。

 

『Gruaaaaaa!!!』

 

 えっっ!? 綾波に向けて口から「レーザー光線」!? 今更だけどもう何でもアリだな。

 

「…っく!」

 

 掠ったみたいだけど、なんとか避けた綾波は小さく呻くとスキュラとの距離を取る。まさかの事態に僕は慌ててしまう!?

 

「あ、綾波大丈夫!!?」

「…軽傷。戦闘行動に支障なし」

 

 ほっよかった、大丈夫らしい。くっそーよくも僕の艦娘を! こうなったら…特典の力、あの超速の勢いをつけたタックルをお見舞いしてやる!!

 

「拓人さん、いけません!」

「止めないで妖精さん! ここでやらなきゃ提督がすたる!!」

 

「そうではなくて、あのスピードは助走をつけないと出せませんよぉ?」

 

「…え、つまりこっからタックルしても駄目ってこと!? どのくらいならいいの?」

「ここからずーーーっと遠くに離れて、そこから走らなければ何ともなりません〜」

「…えぇ」

「え、マジか。大将アンタホント使えねーな?」

「ぐっさぁ!!?」

「本当のことは、あまり言わないであげて下さい〜?」

「…うぅ、悪かったな役立たずで!」

 

 僕らがあれこれやりとりしていると、スキュラの追撃。

 

『…Vooooooo!!』

 

 スキュラの鉄鞭…あ、これ電気流れてない? 電気ムチとかとんだSMプレイ! なんて思ってたら。

 

「(バチィ!)痛ぁ!!?」

「あぁ!?」

 

 僕をはじめ艦娘たちも電気ムチの餌食に…ムチの迸る電流により艦娘たちの柔肌が……晒され………。

 

「拓人さん? こんな時になに考えてるんですか?」

「!? シッーー!! 童貞にアレは毒だよ…」

「…っち。不味いな? このままいけば全員沈むぞ?」

 

 スキュラはまるで嗤うように歯を見せつけながら呻く。囮もダメだった、電気ムチにまさかのゲロビーム。対海魔殲滅兵器は伊達じゃないってことか。

 

「拓人さん、ピンチ!」

「妖精さん人ごとすぎィ!!」

「ここまでか…」

 

 僕らが一巻の終わりを悟った…その時。

 

「ウェーーーィト!!」

 

 どこからともなく降り注ぐ砲撃…これは!

 

「金剛!」

「テートク! 皆! ……っ!?」

 

 僕らの下に駆けつけた金剛。彼女は青ざめた表情で僕らを見ていた。

 

「これは…」

「金剛ー! 君だけでも逃げてー!!」

「姐さん! コイツは強敵だ! 加賀に連絡してくれー! 連合から応援が来るはずだー! それまではなんとかアタシらだけで!!」

「………」

「…金剛?」

 

 金剛は俯き、歯を噛み殺していた。噴火寸前の怒りを抑え込むので精いっぱいって感じだ。

 

「…さない」

「え?」

 

 

「──許 さ な い !

 

 

 金剛が怒りに猛ると、空間が震える…そして、姿こそ金剛のままだが、雰囲気が”変わった”…!

 

『…!?』

 

 スキュラが彼女の変容を察知したのか、子犬のように怯えたじろいだ。何が起きたんだ…?

 

「──ふぅん? そうデスか? そうなりますカ?」

 

 不敵に笑いながら、金剛はスキュラを見据える。威圧感が半端ない、息が苦しい、立っているだけで意識が飛びそうだ。でも金剛が心配だ、彼女の変化を見逃すわけには…!

 

「オォオウケェェェェエイ! いいでショウ。行儀の悪い野良犬は…躾が必要デエエエェエス!!」

 

 雰囲気の変わった金剛が構えると、その場の緊張が一気に高まる…僕と他の艦娘たちも見守る、いや、磔にされて動けないっていうとこかな?

 

 果たして彼女は…そして僕らは、どうなってしまうのか?

 



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鬼 神 降 臨

 突如現れた巨大な狼の怪物「スキュラ」、深海凄艦を食べて強くなるそれを止めるため、僕らはスキュラの首の下につけられた「コア」の除去に挑む。でも予想以上の俊敏さと多芸ぶりに悪戦苦闘! 下手したら全滅の危機にさらされた僕ら。

 そこに現れた金剛、金剛は僕らのボロボロの姿を見て、スキュラに対し怒りが頂点に達した。雰囲気まで変わって正に怒髪衝天ってやつだけど…変わり過ぎじゃない? なんか微妙に口調が変わったみたいだし?

 

『Gruuuuuuuaaaaaaaaa!!!』

 

 スキュラが跳躍し、金剛に牙を突き立てようとする。

 

「…ふん?」

 

 鼻で呆れると、金剛は「一瞬」で今しがた立っていた場所から消えた。

 

『…Vo!!?』

「ハァイ!!」

 

 スキュラの懐に潜り、その巨大な顎に向けて蹴り上げる。ズンッ! と重い衝撃音が響き、狼の巨体が空中に投げ出される、痛そう(小並感)。

 

 

『Gaaaa!?』

「まだデース…私は食らいついたら、離さないワ!!」

 

 スキュラの顔を踏み台にして上空に飛び退き、そこから勢いよく降下、音速の連打を叩き込む。

 

「ダララララララララララララララララララ!!!」

『Voooooooo!!?』

「誰が鳴いていいって…いいましタ?!!」

 

 フィニッシュの一撃に腰の艤装からの砲撃、至近距離の連続砲火にたまらず吹き飛ぶスキュラ。

 

『Vooooooo!!!?』

 

 海面に叩きつけられるも、受け身を取りつつそのまま飛び退き金剛から距離を取る。海上に降り立った金剛はスキュラににじり寄る。

 

「ヘエエェェェエエイ? どうしましタ? 先ほどまでの威勢はぁ?? ヘイ、ヘェイ、ヘエエエエエェエイ!!!」

 

 恐いくらいの満面の笑み、鬼か悪魔かが嗤っているようなその笑顔は、スキュラだけでなく僕らも戦慄させた。

 

「あれって…?」

「…鬼神」

 

 望月がそう呟いた。他の皆は聞き覚えが無いか、それとも目の前の光景が恐ろしすぎて顔が向けられないか、とにかく反応は無かった。僕もなんとか聴き取りながらも金剛の戦いに目が釘付けだった。

 

『…!! Voooooooo!!!』

 

 スキュラが攻撃を仕掛ける。先ずはたてがみから出た五つの電気ムチ。金剛に向けて振りぬくが?

 

「…ハッ!」

 

 金剛、電気ムチを素手でキャッチしそのまま一まとめにする。

 

「…むぅん!!」

 

 両腕に力を込め引く、ムチはたてがみから「ブチブチッ!!」…と引きちぎられた。

 

『Vooooooo!!?』

 

 スキュラから痛みと驚きが合わさった呻きが、つえぇ…。

 

『…Voooooooo!!!』

 

 次は先程のゲロビーム。口から発射口を出すとそのまま射出、エネルギーが凝縮された極太ビームが金剛を襲う。

 

「ダカラ?」

 

 金剛が拳を構え、力を最大限込めて…一気に解き放つ!

 

『…!?』

 

 拳の衝撃がビームを突き抜け、圧縮された光を掻き消しながらスキュラのビーム発射口にダイレクトアタックした(唖然)。

 

『……! !!? !?!??!!?』

 

 最早吼えることも許されない、文字通り「矯正」されたスキュラ、ビーム発射口は爆発四散し、稲妻を走らせながら黒煙を上げた。

 

「うえぇ…」

 

 僕は正直…正直ね? オレツエー状態ってあんな感じなんだろうなあ? とどこか映画の感想並みのことしか思い浮かばなかったんだけど…金剛の変わりようは、どこか希望をもたらせる戦いぶりだと感じた。この人なら勝てる! と思わせてくれる。

 

「…っ! 金剛ーーーー! 頑張れーーーーーッ!!」

 

 僕は彼女を信じて叫ぶ。彼女はこちらに視線を向けるとニカッと笑う。今までの金剛とは違う、快活で豪胆な笑いだ。言い方が悪くなるけど、僕らに敵意は無いようだ。

 

『V"o"o"oooooo!!!!!』

 

 追い詰められたスキュラが喉から振り絞るように雄たけびを上げると、身体の至る所からミサイルが露出する…ってそんなのもあるの!?

 ミサイルが一斉に金剛に向けて発射される、こ、これはどうだ…?

 

「…!」

 

 金剛は無数のミサイルに向けて跳躍、加賀さんがやってみせた空間跳躍…いやあっちより断然早い!? 一気に隙間と言うスキマを掻い潜って…スキュラの眼前に!

 

『…(ニヤリ)』

 

 口角を上げて「かかったな?」と言いたげに嗤う狼。…!? ミサイルが反転して金剛の背後に向かってる!!

 

「ホーミングミサイル!?」

 

 僕がそう叫んだと同時に、ミサイルが金剛に着弾した…!?

 

「金剛!!」

 

 極大の爆炎が宙に燃え広がり、硝煙が絶望を掻き立てた。金剛………………っ!?

 

「…ヘェイ?」

 

 視界が晴れると、金剛が不敵に笑って猟犬を捉えていた。

 

『!!?』

「食らいついたら離さないッテ…言ったデエエェェェエエエス!!!」

 

 金剛はスキュラの首の下に向けて、音速の拳を突きそのまま手を突っ込んだ。

 

『!? Gruu!? Gyuuuuuuuuuuu!!?』

「…いっけええええええ!!!」

「はああああぁぁぁああああ!!!」

 

 突っ込んだ手を一気に引き抜く…その手に握られたのは、拳ほどの大きさの球体。

 

「…ふっ」

 

 手に力を入れ、球体を握りつぶした。

 

『……『システム、オールダウン。システム…オー…ル……ン』…』

 

 目から光が消え、力無く崩れ落ちるスキュラ。…どうやら勝負はついたようだ。

 

「…やったのか?」

「ええ、まさかここまでとは…!」

「ブラーヴォ! 流石ですマドモアゼル金剛!」

「…(アレはやっぱ、そうだよな…?)」

「…っは!? 金剛!」

 

 僕は金剛に呼びかけるが、彼女は斃れたスキュラを見下ろして、こちらをチラリとも見ない。

 

「…ケダモノ風情が」

 

 金剛が主砲角度を屍と化したスキュラに向ける…って!? ちょちょちょ容赦ないな!!?

 

「金剛駄目だ! それ以上は」

「何故デス? この畜生は貴方を殺そうとしまシタ。ワタシにとってはそれだけで”ギルティ”…その上で他の仲間まで、許せと言う方がオカシイのでは?」

 

 た、確かに言いたいことも分かるけど…ここはヒロイン力を発揮して「いいんだよ?」的な慈愛を見せるところであって…?

 

「…これ以上やるなら、僕は…”君を嫌いになる”!!」

「…! …っふふ、仕方ないデス、()()()()()()()()()()()()()()

 

 呆れたような、安心したような、そんな笑いを浮かべながら金剛の威圧感は徐々に和らいでいく…。

 

「……? あれ、ワタシは??」

「金剛!」

 

 いつもの金剛に戻った?! 僕は金剛の下に駆け出す、他の仲間たちも恐る恐るといった具合で歩いていく。

 

「金剛! 大丈夫?」

「テートク…ワタシは……?」

「…いきなり切れたと思った矢先に、人が変わったように大暴れし始めたのだ、お前は」

 

 天龍が事実を伝えるも、金剛は首を傾げ悩まし気な顔だった。覚えてないのか? 頭のアホ毛も「?」になってるし。

 

「で、でも! ちゃんと僕らを認識してたし、敵もちゃんと倒してくれたし!」

「それはそれで不気味ですけどね…?」

 

 翔鶴の言葉に、その場に重い空気が流れる…翔鶴、後で屋上な?

 

「まぁよろしいではないですか~? 一応任務は完了しましたし、後は連合にこの事を報告すれば無事終了となりますー!」

「あ、そっか! はじめての任務を遂行したんだ! やった!!」

「ウィ! 我々はやり遂げました! マドモアゼル加賀もきっとお喜びでしょう!」

「だが気は抜けない。こんな惨事を治めたのだ、俺たちが次に受ける任務は、一気に難易度が上がるだろう」

「大丈夫だよ! 皆でやればなんとかなる! ね、金剛?」

「…っは!? は、ハーイ! 勿論デース!!」

 

 金剛は何かを思案していたようだが、切り替えたように朗らかな言葉を紡ぐ。

 …本当は分かっている、彼女は先程の自分自身を考えていたんだ。でも…本当に何だったんだ? レ級ならまだしもあのスキュラとかいう怪物、特異点、それにまるで別人だった金剛…うーん。

 

「…考えても仕方ないか!」

 

 今は素直に、この任務の成功を祝おう! そして…ゆくゆくはこの戦いを伝説の幕開けとして後世に語り継いで…ふふふ…!

 

「…拓人さん、このままじゃちょっと駄目ですねぇ~…これは」

 

 

 ──鍛えなおした方が、良いみたいですねぇ~?

 

 



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そして伝説へ…(ならない)

 僕たちが初めて受けた任務…襲われた商船は(アクシデントはあったが)めでたくクリアーとなった。

 

「おめでとう。貴方たちの活躍を、私たちも誇りに思います…この調子で、世界の安寧秩序の維持に努めてください」

 

 加賀さんも連合代表として嬉しい、と語りそれ以上追及しなかった…何があったのか隅々まで報告したにも関わらず、だ。

 ま、僕もそこまで野暮を言うほど馬鹿じゃない。関わらない方がいいことには徹底的に関わらない、オタク舐めるな?

 …といっても、流れでいきそうになるかもしれないけど? というのも、僕はあの後妖精さんに?

 

「拓人さん〜? もう少し彼女たちの身の回りを調べませんか〜? 提督として彼女たちのことを理解しておかないと〜? 及ばずながら、私もお手伝いしますので〜!」

 

 などと言われてしまった。これアレだよ? 色々調べていくうちに世界の謎とか矛盾とかなんかよくわかんない理由で、連合の秘密を垣間見て、いずれそれが世界の危機に繋がる〜的な? 分かるんだよ、ゲーム脳だから。

 

「…ふぁい」

 

 いいえ、を選びたいけど強制イベっぽいので是非もなし! って感じの返事。まぁ〜神さまだし、しゃーない。でも神さまってよくある転生モノだと「主人公に特典与えたらすぐ消えて以降関わらない」が通説。しかし妖精さん曰く。

 

「拓人さんに物語の進行が出来るとは思えないので、致し方なく〜?」

 

 なんてメッタメタな理由! まぁ実際その通りだけど。

 じゃあ、と僕らは執務室で金剛たちのプロフィールを見てみることにした。ついでに艦これRpgっぽく「使命」もつけてみました! …そこ、今更とか言わない。

 執務室の机に座る僕の前に、透けたブルースクリーンが…ちょっとややこしいけど、この世界の近未来的な技術じゃなくて、妖精さんが分かりやすくしてくれてるだけだよ? ここの科学力がどの程度か知らないけど。さて先ずは…?

 

 

◯天龍

 職業:傭兵

 原作との違い:寡黙、ギラついた瞳、二刀流、ボロボロのマント

 使命(カルマ):傭兵艦娘

 裏の使命(アンダーカルマ):???

 

 

 …気になるところはあるけど、色々言っても仕方ない、順序よく見ていこう。まずは…このカルマ? ってヤツから。

 

 

 

 ──其は、戦場を渡る流れ者。

 

 

 真理を求めず、己を求めず、ただ混沌を歩むモノ。

 様々な戦闘スキルを有し、戦いの経験を活かし陣頭指揮を執る。契約や約束事を破ることはない義侠。しかし、生命を疎かにする輩にはその限りではない。

 

 

 …うん、そんな感じだったね? で…?

 

「妖精さん、この裏の使命(アンダーカルマ)って何?」

「あぁ〜それはですねぇ〜? 彼女たちの本当の使命、というとこですかね〜?」

「本当の使命…?」

「使命は彼女たち自身が選んだ道、しかし裏の使命は、魂に刻まれた「いずれ向き合わなければならない」重大な事柄…ですねぇ?」

「要するに、彼女たちとより仲良くならないと詳細は分からない、か」

「その通りです〜! よく分かりましたね〜?」

「まぁ、ギャルゲーも嗜んでますので? キリッ!」

「…そういうのいいので?」

「アッハイ」

「では〜次いきましょ〜!」

 

 

○翔鶴

 職業:適正体

 原作との違い:人に対する不信感、エルフ耳

 使命(カルマ):軽蔑

 裏の使命(アンダーカルマ):???

 

 

 ──其は、人類に牙を向ける者。

 

 

 憎悪、殺意、不信…様々な負の感情を織り成し、それらは固く結ばれ綻びを知らない。

 過去に人類、或いは仲間に裏切られた。その瞳の絶望は晴れることはあるのか…? もし貴方に彼女と彼女の闇に向き合う覚悟があるなら、根気よく行くことだ…さもなくば、貴方ですら「憎しみ」の対象となるだろう。

 

 

 …最後なんか物騒だな!? でもやっぱり…彼女の過去に何かあって、そこからあんな性格になってしまった、と…くっそー誰だそんなことしたの!? それなかったら普通に優しい翔鶴姉だったんでしょ? 訴えてやる!!

 

「はいはい次行きますよ〜?」

 

 

◯野分

 職業:ビューティーデザイナー(という名のフリー艦娘)

 原作との違い:ナルシシスト、一人称(ボク)

 使命(カルマ):華

 裏の使命(アンダーカルマ):???

 

 

 ──其は、美しさを追求する者。

 

 

 世界に溢れる醜き存在を駆逐し、麗しい輝きに満ちた光景を夢見る美の探求者。

 流れるように輝く髪、仰々しいジェスチャー、それらは全て最高の美を求めるからこそ。決してネタキャラではない。()

 

 

 …はい次ー! ぜってー突っ込まねーぞ!!

 

 

◯綾波

 職業:騎士

 原作との違い:ゴツい鎧、淀んだ瞳

 使命(カルマ):戦闘機械

 裏の使命(アンダーカルマ):???

 

 

 ──其は、感情を殺す者。

 

 

 痛み、悲しみ、寂しさ…孤独や罪悪感を消すために選んだ道は「虚無」である。

 心を殺してただ戦闘に没する、忠実ではあるが故に彼女は人ではなくなった…。過去がその目に写る時、彼女が抱く感情とは…?

 

 

 …うわー一気に重くなるなぁ…えっ騎士だったんだ? まぁ今更か。でも、彼女のこともなんとかしないとな?

 

「このアンダーカルマに、答えがあるんだろうか…?」

「……(口にバツシール)」

「あ!? ちょっとくらいヒントいいじゃないですかー!」

「(ベリッ)いいんですか? 知ったら色々ヤバいですよ?」

「やだー! ヤバいってヤダー!!」

「…はい、次は金剛さんで」

「え? いや次は」

「はい、ドーン!」

「ちょっと!?」

 

 

○金剛

 職業:フリーの艦娘

 原作との違い:相違なし…?

 使命(カルマ):提督への思い

 裏の使命(アンダーカルマ):???

 

 

 ──其は、愛と運命を掴み取る者。

 

 

 長い年月が育む愛、一目惚れの恋…そこに差異など無いと、声高らかに宣言せし、無償の愛を捧ぐモノ。

 

 

 …ん? それだけ?? 金剛こそ色々知りたいことあるんだけど? あの雰囲気の変わりようとか?

 

「まぁ、彼女は大トリということで〜? いわゆる鉄壁のメインヒロインですねぇ?」

「マジか。大好きアピール凄いのに鉄壁っすか?」

「はいはい、細かいことは気にしない〜」

「…で?」

「承知してます〜…こちらに〜?」

「ん。…!? これって…?」

 

 

○望月

 職業:科学者(天才! な?)

 原作との違い:白コート、ロリポップキャンディ

 使命(カルマ):スパイ

 裏の使命(アンダーカルマ):???

 

 

 ──其は、秩序を守る暗躍者。

 

 

 諜報、潜入、裏切り…世に常闇が蔓延る限り、そのモノの道に安息は無い。

 ある密命を受けて、他の艦娘に紛れて対象を監視する。そこに善も悪もなく、もし上層部の意向にそぐわない者であると判断した瞬間…。

 

 …間違いなく、目前の敵と化すだろう。

 

 

 …ということで、執務室に呼んで本人に聞いてみるよ?

 

「君スパイ?」

「あちゃーバレたか」

 

 軽いよ。もっと反論しなよ?

 

「バレちゃあしゃーない。煮るなり焼くなり好きにしな? なんならアタシを抱くかい?」

「はっはっは! 残念ながらロリに興味はない!」

「ホントに? パンツ見せるよ?」

「貴女が神か!!! (ガタッ)」

「拓人さん? そうじゃないでしょ? (ジロリ)」

「すいませぇん…(´・ω・`)」

 

 気を取り直して、僕らは望月に事の詳細を伺った。

 

「…最近さ? ここいらで深海の奴らをよく見るようになってんだよ?」

「…? いや普通じゃない?」

「いいや有り得ない。ここは大戦終了後は平和そのものだった…難しい話だけど、深海の奴らはマナの穢れを好んで摂取する。ここは穢れの値も少なくて未だにマナの恩恵もある」

「マナが少しでも多くあったら、そもそも深海棲艦は近づかない…?」

「そ。だからお前さんらが見た、レ級とかスキュラとか…アレが出る時点で何かがトチ狂ってるとしか思えないね?」

 

 そのトチ狂った原因を調べてるって? んー? スキュラか…望月は他にも何か知ってそうだな? なんかブツブツ言ってたし! 僕はそれとなく追及してみた。

 

「アタシが何モノか? …んーそうさね? まずはアンタの敵じゃない。それだけ断っとく」

 

 いやいや僕がやばかったら消すんでしょ? プロフィールに書いてたもん。妖精さんが盛ってるとしても、おいそれと信じられないよ?

 

「信じらんないか…だってさ? 加賀?」

 

 ガチャ、とドアの開く音。その取っ手を握っていたのは…まさかの加賀さん。

 

「ファー!?」

「やはり、望月さんは連合から派遣されていたのですねぇ?」

「…その通り。彼女はこの海域の調査と共に、ある人物を見張るように言付けられたの」

「それってまさか…」

「貴方よ、タクト君? 貴方は我々にとって未知の存在。あの金剛を傘下に置き、そうじゃないにしても貴方は脅威か否かを考えなければならないの。漂流者(ドリフター)…いいえ? ()()()なのだから」

「…!? 特異点? 僕が…?」

 

 少しだけだけど、なにかが繋がった気がする。…ドリフターは特異点の別称だった…?

 

「…そもそも、その特異点? ってなんなんですか??」

「そうね? ここまで知られてしまっては、話さないわけにもいかない。…ふむ、では明朝に連合へと向かいましょう。そこに真実を伝えることに相応しい人物がいる」

「それって?」

 

「…連合親衛隊指揮官。鎮守府連合幹部の一人…我々の上司にあたる御方よ」

 

……………。

 

 

 すげい人キターー(´○Д○` )ーー!?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──ハジマリ海域、スキュラ邂逅ポイント。

 

「…ふむ」

 

 海の上に佇む人物、その男は片手に何かを握っていた。

 

「穢れがたったこれだけとは…足らん」

 

 忌々しげに空を睨むが、すぐに表情が歪んだ。

 

「まあいい。コアは破壊されたが、穢れの貯蓄タンクは無傷だった…これさえあれば…」

 

──…フ、フフフ…フハハ、フハハハハハ!!

 

「…フン!」

 

 男は漆黒のマントを翻し、その場を後にしようとする。

 

『…ギィ!』

「お前か…今度はしくじるなよ?」

『キヒヒ!』

 

 傍のレ級に釘を刺しながらも、男は靄のかかった球体を見やる。

 

「…特異点、お前の好きにはさせんぞ? この世から艦娘の居ない世界を築くため…我が計画は必ず成就させる!」

 

  …待っていろ、"器の乙女"よ…!!

 

 この男は何者か、そして計画とは…?

 

 

 

 ──トモシビ海域編に続く。

 

 

 




アンダーカルマも使命表から取っています。彼女たちにどんな過去があったのか予想してみてね?


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トモシビ海域編
いざ、鎮守府連合殴り込み(いやいやw)


 前回までのあらすじ。

 

 交通事故で死んでしまった僕は、何の因果か「異世界転生」してしまう…夢にまで見た「艦これ」の世界に!

 そりゃ…艦これ"rpg"だし、なんか魔改造されてるし、艦娘は原作と違うし、転生特典はショボいし、また死にかけたし、俺の嫁がこんなに最凶なわけない。的な展開続きで、もうしっちゃかめっちゃかだけど! それでも…こういう無茶苦茶なのは好きだし、何より嫁…金剛がいるから、そんなのはさしたる問題だ。

 さあ、今日も提督として艦娘たちと、深海の奴らから世界を守るぞぅ! …あれ? これあらすじになってる??

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「──…で」

 

 僕らはとある目的のため、金剛と訪れた「鎮守府連合、メインストリート(城下町)」を歩いていた。最終的な目的地は?

 

「…鎮守府連合、総本部」

 

 山のような建物、真っ白なお城みたいなヤツ、この総本部の中に今回のイベントで重要な人物が登場する予定…うぅ、緊張してきた。

 

「大丈夫ですよ〜? 拓人さんは正直に答えてもらえれば〜?」

「そうだよー? あんま肩に力を入れんなよ、大将?」

 

 妖精さんと望月が気楽に声をかけた。いやいや誰のせいでこうなったと思ってんの!? 僕は正直真実とかどーでも良くて、艦娘たちに囲まれた有意義な生活に興じるのだよ!!

 

「…また気色悪いこと考えてるな、お前は?」

 

 僕の隣で見透かしているのは天龍、僕が転生した…漂流者だと知っている唯一の艦娘(と言いたいけど、望月も加賀さんも周知済みらしい)、彼女もついて来てくれた。

 

「えへへ…だって自分の気持ちには正直でいたいから」

「それが邪な考えでなければ、素直に感心していたのだがな?」

「うぐっ!?」

「まぁまぁ、天龍さん〜? おさえておさえて〜?」

 

 僕と妖精さん、天龍が和やかに会話していると、望月がそこに加わる。

 

「なぁ大将、そっちの世界はどんなんだ? アタシはそっちの文明とか、科学力が気になんだよねぇ?」

「え? うーん、科学力は分からないけど、魔法はなかったなぁ?」

「へー? そっちじゃ魔法すら存在しないって?」

「いや、存在は知ってたというか、妄想の部類というか?」

「あー…そっか、こっちの世界は大将にゃ夢みたいに写ってる、と」

「あはは…まぁ否定しないよ? 夢にみた艦これ…ううん、金剛との生活なんだから!」

「うへぇ、大将はマジで姐さん(金剛)好きなんだなぁ?」

「あぁ、それに関しては変態だろうな?」

「…否定出来ないけど、天龍? あんまり変態ヘンタイって言わないでね!?」

 

 僕らが他愛ないことを話していると、加賀さんが聞いてきた。

 

「タクト君、貴方はどうやってこの世界へ?」

「え? えっと…転生、って分かります?」

「…成る程、その手の邪法には良い話が無い、聞かなかったことにするわ。ごめんなさいね?」

 

 バッサリ切るなぁもう! なんか不安がこみ上げて来たけど、いいもん金剛がいるから! あ、さっきから金剛が会話に出てないけど、彼女は僕らの「名無し鎮守府」に置いてきた。名無しってのが名前、いいね?

 なんか、金剛がいない方が都合が良いらしい?

 

「でも、後悔はなかったの? 貴方の元の世界にやり残したことは?」

「無いといえば嘘になるけど……友達と喧嘩してそのままだったから、そのくらいかな?」

「お前の友人か…それは気の毒だったな?」

「いいよ、僕がそう思ってただけかもしれないし? 彼イケメンだからさー」

「イケメン…?」

「カッコイイって意味だよ。ちょっと接点があった違う世界の人間同士、ってね? こんなだらしない僕は、最初から彼との縁はなかったのかも?」

「タクト君、あまり自分を卑下するものではないわ?」

「ありがとう加賀さん。はぁ〜でも…あのすぐ後だから、彼が傷ついてなきゃいいけど……」

「ま、終わったことだ。気にするだけ体力の無駄ってことじゃね?」

 

 望月が彼女らしい励ましの言葉をかけてくれた。

 

「そうだね? あ、加賀さんそろそろ?」

「ええ…ここよ?」

 

 加賀さんが見る方向を僕らも見やる、天高くそびえ立つ鎮守府連合総本部、その入り口。ガラス張りの扉だ、中にエントランスと、制服をピシッと着こなす提督らしき人たちと艦娘たちの姿が行き交う…広いな? ちょっとした大企業の訪問って感じ?

 

「…よし、行くぞ」

 

 ゴクリ、と生唾飲みながら覚悟を決めて、僕らはある人物の元へ…。

 

 

 

 

・・・・・

 

「鎮守府連合へようこそ、受付の「鹿島」です。ご用件をお伺いします」

 

 広いエントランスの中央奥にある受付のスペース。彼女は艦娘の鹿島といった…あぁ、あのいんm

 

「拓人さん! いい加減にしてください!? このお話をR-18にするつもりですか!!」

「何気に妖精さんもひどいよね?」

「…?」

「何でもないわ…久しぶりね、鹿島」

「あっ! 加賀様! お疲れさまです!!」

 

 鹿島が背筋を張りながら敬礼、今「様」って言ったよね!? 流石選ばれし艦娘、待遇もすごいのか。

 

「提督に繋いで頂戴? "彼を連れて来た"と言えば分かるわ」

「了解です! 少々お待ちください!!」

 

 鹿島は受付の電話で言われた通りに繋ぎ、どこかに通話しているようだ。…そして少しして。

 

「お待たせしました! 丁度執務室で書類整理していたようで、そのまま部屋に来てほしいそうです!」

「分かったわ。…ありがとう」

「はいっ! お気をつけて!」

 

 鹿島が敬礼すると、加賀さんがスタスタと先を急ぐ。

 

「にゃはは、やっぱすげぇや加賀は。あの忙しい御仁を捕まえちまうんだから」

「…今更だけど、加賀さんってそんなにすごい人なの?」

 

 僕は望月の言葉に疑問を口にすると、望月が回答する前に鹿島がすぐさま反応する。

 

「ええ! 加賀様は親衛隊随一の実力の持ち主! 親衛隊提督も彼女の言葉を無下には出来ません。彼女がこれまで深海棲艦から守ってきた重要拠点は数知れず! 本当にすごい人なんですよ♪」

 

 鹿島はまるで自分のことのように喜んだ。そんなことよりCV茅野さんのキュートヴォイスは「いいぞぉ! コレ、最高」でございます(パ〇ガス)。

 

「タクト君、こっちよ?」

 

 前を歩いていた加賀さんが振り返り催促する。僕らは鹿島にお礼を言うと、加賀さんと一緒に彼女の提督の所へ向かった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕らは、壁一面ガラス張りのエレベーターに乗って最上階へ。そこは各連合幹部の執務室があるらしい…でも皆忙しいみたいで滅多に戻らないんだって。ラッキーだったんだね?

 ちなみにこのエレベーター、誰が作ったんですか? って何となしに聞いたら…加賀さんは望月を指した。彼女の頭脳のおかげでこの世界に機械文明が浸透した、と言われるほど。マジか、全然そんな風に見えないけどなぁ…?

 

「さぁ、ここが彼のいる部屋よ」

 

 加賀さんがある部屋のドアの前で立ち止まる。ここが「親衛隊提督執務室」…ここにこの世界について色々知っている人が居る、まぁ事情説明は妖精さんがいるから何とでも? って言いたいんだけど妖精さん性格悪いからなっかなか教えてくれないんだよなぁ~? 素直に聞いておこっか!

 

「拓人さん、バッチリ聞こえてますので、後で地獄以上の恐怖をお見せしますよ(暗黒微笑)」

「救いは無いんですか!?」

「無いね! (望月)」

 

 さり気なくネタに反応する望月、元を知らずともネタを返してくれる君こそ真のオタクだ()

 

 …ってやってたら加賀さんがドアノブに手を掛けてる!? ちょ、まだ心の準備が?!

 

 

 ──ギイィィ………

 

 

 軋むドアの音、窓からの光が差し込む。そこに居たのは…?

 

「…お連れしました、提督」

 

 加賀さんが提督と呼ぶ人物の後ろ姿。スラっとした立ち姿の男性だ、この人が選ばれし五人の艦娘の現指揮官、親衛隊提督………ん?

 

「…お疲れさま、加賀さん?」

 

 彼が後ろを振りむ…いた……っ!?

 

「えっ! 君は…」

 

 その「顔」に、僕は見覚えがあった…それは僕の「友達」。

 

「海斗君!!?」

 

 この人は一体何者なんだ…?

 



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特異点なんて嘘だい(投げやり)

 説明回なので(このお話にしては)長めになっております、ご注意を。

 …〇良提督かな?


 僕が驚きながら叫ぶと、加賀さんたちは目を見張りながら僕を見やった。

 

「タクト君、彼と知り合いなの?」

「えっ? いや…」

 

 僕は言われてもう一度彼の顔を覗く。うーむ、ちょっと大人に成長した感じだけど、海斗君の面影がある。

 

「ははは、そちらの世界に僕が居たみたいだね? その様子だとただの知り合いではなさそうだ…友人かな?」

「っ!? 分かるんですか?!」

「観察眼はあるつもりだからね? しかし…はは、君の友人なんて光栄の至りだ「特異点」殿?」

 

 異世界の海斗君が僕を特異点と呼んだ。向こうは僕を知っているようだ? でもそんなことより、この人の声…。

 

「CV森川だ…!」

「タクトさん、さっきから声の妖精に敏感ですねぇ〜?」

「ふ、コエブタは褒め言葉だ!」ドヤァ

「よくわかんねーけど、いつも楽しそうだな大将」

「君にもこのすばらしきネタ世界を教えてあげるよ、もっちー」

「んー嫌な予感しかしないのに、何故か惹かれる自分がいる…」

 

 もっちーも、こっちの世界に興味津々、是非もないネ!

 僕らが会話していると、異世界海斗君も嬉しそうにしている。

 

「ははは、望月も特異点殿を気に入ってくれたみたいだね?」

「まぁね? 変に気ぃ使わないでいいから、楽だわ〜」

「そうか…何よりだ」

 

 彼は慈愛に満ちた微笑と温かな目で彼女を見つめた。なんだろう、僕らが思い浮かぶテンプレートな「顔も才能も完璧提督」のお手本、って感じ?

 

「あの、貴方は一体…?」

「ん? …あぁ、これは失礼。僕は鎮守府連合本部勤務、連合親衛隊指揮官兼連合幹部の「カイト」だ。君にはカイト君と呼んでほしいな?」

 

 やはり親衛隊直属の上司、肩書きも凄まじく長い。彼は気軽に呼んでほしいって言ってるけど…。

 

「はい…カイト……さん?」

 

 無理、ムリムリ!? そんな、そこまで僕と天と地の差がある人を気軽になんて呼べないよ!!?

 

「はは、まぁしょうがない。さて…彼女たちと一緒ということは、僕の指示がバレた…そういうことかな?」

「……はい」

「そうか。すまないね? 君があの特異点かどうかを見極める必要があったんだ、望月に非はない。よければこれからも仲良くしてほしい」

「それは勿論です」

「…お人好しだねぇ大将?」

「望月には色々助けられたし、スパイって言っても関係ないよ?」

「そうかい? ひひっ…あんがと?」

 

 望月は照れ隠しか、皮肉笑いを浮かべる。

 

「お詫びと言ってはなんだけど、僕の知ってることなら、なんでも教えよう。知らないことは答えられないけどね?」

 

 カイトさんは冗談交じりに温和な表情を見せてくれた。知りたいこと…妖精さんが暗にここに連れてきたのは、多分このため…。

 

「…特異点って、何ですか?」

「…矢張り気になるようだね?」

「はい。加賀さんは僕をドリフターって言ってましたけど、特異点とどう違うのですか?」

 

 カイトさんは頰を指で掻きながら思案する。

 

「うん、この二つの呼び方は似ているけど、明確に違う部分があるんだ」

「というと?」

「まず漂流者。これはこの世界に流れ着いた異界の者の総称だ、人や艦娘、獣や魑魅魍魎、人間以外の存在も漂流者だ」

「では、特異点とは?」

「…特異点とは、簡単に言うと「世界のルールから外れた存在」…この世界に秩序、又は混沌を呼び寄せる者。まぁこれだけ聞いても厄介なヤツだってことは分かるね?」

 

 そう言うカイトさんだけど、やっぱり釈然としない。だって…

 

「どうして僕が特異点だと?」

 

 僕の言葉に、カイトさんは真剣な表情になる。

 

「それを語るには、海魔大戦の全容を話すべきだろう。しかし…この事は今の世界の成り立ち、特にイソロク殿にまつわる重要事項だ。教えるのは構わないが、あまり口外はしないでほしい…いいね?」

 

 僕は重く頷いた、するとカイトさんはニコッと柔らかく爽やかな笑顔を見せる。

 

「うん、よろしい。さて…どう言ったものか?」

 

 今度は頭を掻いて二の言葉を考えるカイトさん。

 

「海魔大戦は、突如現れた海の上の脅威"海魔"と、異世界の勇士イソロク殿と艦娘たちが激突した海上戦争…ここまではいいね?」

「…はい」

「うん、端的に言ってしまえば、そのイソロク殿こそが「特異点」だったんだ」

「…!?」

 

 あまりの衝撃に僕は声も上げられずただ呆然と目を見開いた。まさか…イソロク様が特異点!?

 

「この世界にはマナの恩恵により、神秘の技法が数多くあった…その中には「神託」という習わしがあった。まぁ予言ってことかな? 海魔打倒を狙う我々は、当時の神託者の方からその方法を教えてもらった。神の言葉に耳を傾けて、預言として人々に伝えていた彼らから、当時の我々はこう聞いたんだ」

 

 ──災いの火の粉を振り払うべく、天より御使いが遣わされるだろう…とね?

 

「………」

「その言葉どおりに、我々の目の前にイソロク殿が現れたんだ。ボロボロの身体だったけどね? 今にも死にそうなほどだったようだ」

 

 もしかして、史実で死にかけた直後に異世界転生したってこと? 妖精さん?

 

「うーん…なんとも言えませんねぇ?」

「妖精さんでも分からないの?」

「はい…だからこそここに連れて来たワケですが! (開き直り)」

「いやいや、神様としてどうなの?」

 

 僕らが小声で話し合っていると、構わずカイトさんが特異点について語る。

 

「イソロク殿は傷が癒えると、我々と共に海魔を打倒することを誓ってくれた。それからイソロク殿の指揮で海魔の弱点を探るべく動いた我々は、ある法則を発見する」

「それって?」

「攻撃無効の有無の確認。魔法や自然の力ではアレらに傷一つつかなかったが、武器による物理攻撃はなんとか傷をつけることが可能だった。それでも致命傷にはならなかったけどね?」

 

 絶望的な話にも、カイトさんはニッと口角を上げて笑う、まるでなにかを誇るように。

 

「しかしここから彼は凄かった。物理が通るなら遠距離からの射撃も有効だと気づいた彼は、武装船を仕立て上げ海魔に対抗するように呼びかけた。しかし…弓は未だしも、銃や大砲は当時でも限られた国にしかなく、気軽に所持できるものではなかった。それどころか魔法が主流だったこの世界は、その戦いに慣れていなかった」

「魔法がそんな足枷になるなんて…」

「そう、何にでもデメリットはあるってことさ? …しかしそれでも、彼は我々に対しこう言った…」

 

 ──ならば、造ろう。海の上の戦士を…!

 

「っ!? じゃあ艦娘たちは」

「慌てないで? …そう、イソロク殿は後の「艦娘」たちの雛型を作る計画を立てた、だがそれを造るというのは僕らの世界にとっても簡単な話ではなかった。元々存在する人間を戦士にする、なんて魔法に頼りきりだった軟弱化した人類に出来るはずがなく「一から造る」にしても人体錬成は禁忌の一種として数えられているし、何より諸々の人権事情があった。だから…イソロク殿は視点を変えた」

 

 カイトさんはそう言うと、僕の肩の上に乗っている妖精さんを指した。

 

「え…妖精さんが何か?」

「君が妖精と呼ぶ魔法生物、そして艦娘…分類としては同じなんだよ」

 

 それって…艦娘が魔法生物だってこと!?

 

「艦娘は、体内に大気中のマナを蓄える「艦鉱石」と呼ばれる特殊な石が組み込まれている…これはイソロク殿が前世の世界で共に戦った盟友の魂を引き寄せるもの、召喚石と同じものだと考えてもらって良い」

「その…艦鉱石がこの世界の艦娘たちの命ということ?」

「そう。元から人じゃない存在には禁忌も何もないと、当時の人類は結論付けた。勿論僕はそうは思わないけど、それだけ切羽詰まっていたと考えるべきかな?」

 

 そこまでしないと勝てないなんて…当時がどれだけ魔法ありきだったのか、はたまた海魔がそれだけ脅威だったのか?

 

「艦鉱石、そして魔法…錬金術を基にした人体錬成。それを使って我々は人型水上兵器「艦娘」を作り上げた」

「そんな…艦娘たちはただの兵器じゃ」

「そうだね? でも僕はこういう役職に就いている以上、彼女たちを贔屓目に見るような発言は出来ないんだ…それは分かってほしい」

「………はい」

「よし。艦娘を造った我々連合は、イソロク殿の指揮の下に海魔討伐に乗り出した。そこからは、正に"快進撃"だったと聞いてるね?」

 

 艦娘の建造、海魔の討伐、世界の在り方まで変えてしまった…イソロク様は本当に「救世主」になっていたんだ…。

 

「海魔はその勢力を徐々に減らし、そうして形成が逆転した時には、もう奴らの親玉しか残っていなかった。イソロク殿はその隙を突き、彼の直属の部下である六人の艦娘…”選ばれし艦娘”に対し海魔の根源の抹消を命じた」

「加賀さんと…金剛も?」

「そうだね? …何故金剛が君の前に現れたのかは謎だが、彼女がどうなったのかは分かるね?」

 

 …海魔との戦いの果てに、金剛と呼ばれた人物は…海の底に姿を消した、つまり…。

 

「彼女を犠牲にして、海魔との戦いは人類側の勝利に終わった。そして…同時にイソロク殿も、この世界から消えてしまった」

「? 死んだんじゃないのですか? 病気で?」

「そう言われているけど、実際は顛末までは分かっていないんだよ? 七十年前の出来事だし、当時の資料も残念ながら僕らの手元には無いんだ」

「そうですか…ん? でもそれじゃなんで」

「君が特異点か分かったか? それはね? …当時彼と親しかった友人の手元に「預言書」が手渡されていたからだよ?」

「預言書!?」

「まぁ、そこまで大それたことは書かれていない。…それは書というより、紙かな? そこにはこう記されていた」

 

 ──次代の脅威が現れし時、小さき従者を携えた才気溢れる若者が艦娘を従え降り立つ。それこそが「特異点」……。

 

「…小さき従者?」

「才気溢れる若者?」

 

 天龍と望月が言いながらこっちを見やった。いやいや僕が言ったわけじゃないからね? 文句はイソロク様に言ってよ!?

 

「そう、次世代を担う我々は過去を振り返ることはせずに、またしても愚かな欲望に溺れて、そして争いを繰り返した…だからまた振り出しに戻った」

「…深海棲艦?」

「ああ、海魔の再来と言われた彼女たちは、見た目が化物から人型の女性まで様々…しかも人型のモノは「艦娘」が関係しているんじゃないかとさえ言われる」

「…そうですか」

 

 言われた僕はどこか納得する。原作でも艦娘と深海棲艦の関係はまことしやかに囁かれている。

 

「とにかく、そうして現れた深海棲艦は文字通り次世代の脅威となった…そして計ったかのように「君」が現れた」

「…なるほど、特異点はこの世界の文明そのものを変えてしまうほどの影響力を持っている、だとしたら僕や妖精さんが警戒されてしまうのも無理はない、か」

「理解が早くて助かるよ? …君がどういった理由でこちらに流れ着いたにせよ、我々に対して敵意が無いならそれでいい」

「えっと、僕はただ提督として、艦娘と一緒に暮らしていければそれでいい、と? ははは…」

 

 それを聞いたカイトさんは、一瞬目を丸くし面食らうと、大笑いした。

 

「はは、ははははは!! そうか! 中々良い心がけじゃないか? 君は艦娘が好きみたいだね?」

「はいっ! もちろん! 大好きです!!」

 

 僕は素直な気持ちを彼にぶつける、気のせいか彼がむしろ警戒してるような顔つきで考えを巡らせている。

 

「(裏があるとは思えないな? この反応は…それにしても、人々から恐れられている艦娘を「大好き」とは……っふ)」

 

 カイトさんは目を細め皮肉笑いを浮かべた。ムッ! なんか馬鹿にされてる気がする。そんなことはお構いなしに彼は海魔大戦のその後を話す。

 

「イソロク殿が居なくなった後、僕らはイソロク殿から学んだ統率のノウハウを活かして、世界をより平和に導けるように努力していこうと「鎮守府連合」を結成した。その過程で艦娘を生成する「建造技術」を封印した…これ以上火種にならないようにね? 残った艦娘は鎮守府連合のエージェントとして働いて現在に至る…と」

 

 カイトさんはひとしきり語り終えたのか、ふぅ…と一息つく。

 

 まとめると、イソロク様はやっぱり僕らの世界の五十六様のようだ、この世界に呼ばれた彼は、あちらの世界のやり方で海魔と戦う、その過程で生まれたのが艦娘。海魔を倒したイソロク様は何処かへ姿を消し、友人に「未来に海魔みたいなヤツが現れるよ? んでそいつと一緒に俺とおんなじヤツ来るから、煮るなり焼くなり好きにしてねー? (要約)」…という書き置きを残した、と?

 …これだけ聞いても、イソロク様はもう人間やめてんじゃないかと?

 

「あの、僕は貴方たちに何をするつもりもありません。さっき言ったとおり僕も提督として戦います、だから…」

「その言葉が聞きたかった。…ありがとう、これで我々の疑念は解消された」

 

 そう朗らかに笑うカイトさんは、次に僕を指差した。

 

「…じゃあ、今度は君の番だ」

「…ふぁ!?」

 

 僕はその言葉の意味が分からず、ただ戸惑うばかりだった…。

 

 




〇特異点

特異点は、この世界のルールを受けない存在であり、この世界に秩序或いは混沌を齎す存在と言われています~。
世界そのものの危機が迫りし時降り立つと言われており、海魔大戦時にはイソロクさんが、深海棲艦出現時は拓人さんが呼ばれました~。
文字通り「世界を変える」程の影響力を持っており、世界の均衡を保つ鎮守府連合は、拓人さんがどういった人柄かを今まで観察していまいた~。
漂流者(ドリフター)の中でも特別な存在、と言う訳ですねぇ~?


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次の作戦海域への移動が可能です。(大淀風)

「どういう意味ですか?」

 

 彼…カイトさんが「次は君の番だ」と僕を指差す。訳が分からずにいると、カイトさんが回答する。

 

「君が提督として戦う理由を教えてほしい。おっと? 先程の「艦娘と暮らしたいから」…なんてのはナシだよ?」

「…??」

 

 意味が分からない。

 だって、提督として生まれ変わったワケだし、加賀さんにも認められたし、深海棲艦も倒したいし、他に何が…?

 

「…我々が次代を担う提督を育てるために、養成学校を創ったことは知っているね?」

「…はい?」

「彼らに教えているのは、何も艦娘を従える方法だけではないんだよ? …かつての戦いで、先人たちがどういった思いで脅威に立ち向かい、そして散っていったか、それを教えるための場所でもあるんだよ?」

「………」

「言い換えれば"戦う覚悟"だね? はっきり言って君にはそれが見受けられない。軽い気持ちで武 器(かのじょ)たちを振り翳すのは…止めてもらいたい?」

 

 彼が鋭い目つきで僕を見据える、怒りとは次元が違う彼のピリピリとした威圧感に戦慄を覚える。

 

「…あ、ぁの………」

 

 思わず小声で返事する僕。何故怒っているんだ? 怒らせた覚えはないんだけど?! 軽い気持ちでってどういう意味?? 真剣に考えて言ってるんだけど!? 僕が頭の中でぐるぐる考えを回していると、加賀さんが訂正する。

 

「お言葉ですが提督、彼はこの世界に来てまだ浅い、そんな彼にいきなり戦う覚悟を問うても、何も言い返せないものでは?」

「…貴女がそこまで肩を持つとは、正直驚きだけど? 加賀さん、言い分は尤もだけど、彼が「提督として」戦いたいというのならば、その先に進むために覚悟は必要だ、でなければ…"死ぬ"よ? 遅かれ早かれね?」

「…!?」

「ですが…」

「………ふぅむ? よし、分かった」

 

 手のひらにもう片方の手をポンと置いて、彼は妙案ありと僕らに向き合う。

 

「じゃあ僕が請け負った任務がある、それを君に一任しよう。うん、丁度いい、僕も助かるし君のためにもなる、一石二鳥だね?」

「っえぇ!?」

「提督、それは…」

「大丈夫だ、あそこには「彼女たち」がいる。彼にとっても覚悟を形作る良い機会になる、サポートがあれば大事には至らないだろう」

「…タクト君、よく考えて発言して? 貴方は彼の代わりに、任務を遂行する覚悟はある?」

 

 加賀さんがまっすぐにこちらを見て僕の回答を求める、しかも慎重にと言っている…はぁ、よく分からないけど? やらないと妖精さんになんか言われそうだし?

 

「誰もヘタレとか、クソヤローとか、言いませんよぉ?」

「(無視無視)…分かりました。やらせて下さい」

 

 その言葉を聞いて、ジッと僕を見つめるカイトさん。…しばしの沈黙。

 

「…よし! じゃあ任せたよ? 内容は追って伝える、それまでは鎮守府で待機、明後日までには伝わってると思うから、それまでに準備を整えておいてね?」

「はいっ!」

「…タクト君」

 

 加賀さんが僕の目線まで顔を下して、心配そうに見つめながら激励の言葉をくれる。

 

「彼は貴方に試練を与えようとしている。これは貴方のため、それは分かってね?」

「はい!」

「…この任務で貴方はこの世界の現状を目の当たりにすると思う。そこから、貴方自身が為すべきだと思うことを…良く考えて頂戴?」

「はい! ありがとうございます!」

 

 返事だけは立派にと、僕は声を張って加賀さんに応えた。まるで母のような温かで、静かな笑みを浮かべる加賀さん。

 

「…天龍君?」

 

 僕らが部屋を出ようとすると、カイトさんが天龍を呼び止める。耳を近づけて何かを耳打ちしてる…?

 

「(…金剛を宜しく頼むよ? 何かあれば「君の好きにして」いいから)」

「…っ!」

 

 突然、天龍が怒りの沸点に達した顔でカイトさんを睨む、目が全開の殺意満タンの顔、フフ怖(ガチ)。

 

「怒らないで? もしものことだよ?」

「…………フン」

 

 何か納得していない様子だったが、天龍は僕らと一緒にその場を後にした…。

 

 

 

 

・・・・・

 

 天龍がドアを閉めると、執務室に残った加賀はカイトに彼の真意を訪ねる。

 

「…提督、何故あのような横暴な物言いを? 貴方らしくない」

「…あはは、やっぱりバレちゃった? 昔から加賀さんには敵わないなぁ?」

 

 カイトは朗らかに笑いながら頭を掻くと、拓人に対しての気持ちを語り出す。

 

「彼はどこかこの世界を「ガラス越しに見ているような」…そんな危うい視点を持ってる、それは彼自身の個性でもあるけど…それだけじゃ彼自身が窮地に陥る隙がある」

「だから…彼の命の危機に晒させると? 彼は貴方と「同じ」だというのに?」

「落ち着いて、加賀さん? 誰も彼に死んでくれとは言ってないよ? 彼が僕に似ているというのもよく分かってる」

 

 カイトは変わらない爽やかな笑みを浮かべる。加賀は皺を寄せた眉を少し緩める。

 

「僕も若い頃はさ? 彼みたいに純粋に君たちを綺麗だと思っていたさ? でも…現実はそうじゃない、何事も綺麗なまま、なんて有り得ないものさ?」

「…彼を打ちのめすため?」

「逆。彼に「強くなって欲しい」…彼なら、今のこの世界を変えられる。だから彼にはこの世界を見て、知って、理解して、そして何が出来るか判断してほしい…それだけさ?」

「…そう」

 

 加賀は得心を得た表情になると、カイトに歩み寄る。

 

「貴方は回りくどい言い回しが好きね? でもそれが…結果的に彼のためになるなら、私はいいわ」

「ふふ、加賀さんは彼に夢中みたいだねぇ? 妬けちゃうな?」

「ええ、昔の貴方にそっくりで、放って置けないの?」

「うわぁ、辛辣……」

「これでもマイルドな感じよ?」

「…その返しはどうな(ゴツッ!) あいたっ!? ご、ごめん加賀さん、怒らないで……」

 

 そんなやり取りをして…一息置くと加賀は自身の懸念を話し始める。

 

「それにしても…良いのですか? 彼女…金剛をあのままにして?」

「加賀さんは彼女が気になる?」

「いえ、今はまだ様子見でも…しかし、何かが引っかかります。私が神経質なのでしょうか?」

「いいや? 案外正解かもよ?」

 

 カイトは帽子をクイと上げる。

 

「彼女の身の周りを調べてみたら、ある人物の名前が出てきたんだ。そしてヤツは、僕が請け負った任務…彼らが向かう場所に必ず居る」

「…そう、お人好しだと思っていたら、本当に一石二鳥ということ?」

「ああ、彼女がヤツに出会うとき何が起こるのか…今はまだ見守ろうじゃないか?」

 

 果たして、彼の言う「ヤツ」は何者なのか? 計り知れない因縁渦巻く中、拓人一行を待ち受けるモノとは…?

 

 

 

 

・・・・・

 

 翌日、僕らの鎮守府に加賀さんがやって来た。

 彼女はカイトさんから、留守の間に僕らの鎮守府を守ってほしい、と言伝を頼まれたようだ。有難いけど…問題は「次の任務」だよな? 僕の考えが正しければ。

 

「貴方たちが次の任務のために向かう海域は…「トモシビ海域」、そしてそこに在る「百門要塞」内で起こっている事件を解決して下さい」

 

 執務室で艦娘たちと加賀さんが向かい合い任務内容に耳を澄ませていた。そして…加賀さんの隣で聞いていた僕は「やっぱりな」と心の声で呟いた。

 

「ヘイ? 百門要塞とは何デスか?」

 

 金剛が手を挙げて質問する、他の艦娘は「え?」とシラケてるけど、加賀さんはクールフェイスで答える。

 

「…百門要塞とは、かつて海魔大戦で使用された堅牢巨大な壁や重武装を誇る、トモシビ海域における最重要拠点です。そこへ各海域で起こっている国同士の戦争…その被害に遭い行き場を失ったニンゲンたちが、大戦終了時に破棄された百門要塞を自分たちの町として再利用している…ということよ?」

 

 成る程? ごく自然と難民受け入れ用のスペースになったと…でもそれ誰も怒らないのかな? それとなく加賀さんに聞いてみた。

 

「勿論、百門要塞は鎮守府連合の所有物ですので、勝手に住み着かれても困ります。しかし…そうでもしないと彼らに住む場所は無い。各海域の紛争は未だに続いている…まぁ「見て見ぬふりをしている」と言われても仕方ないわね?」

 

 …そっか、他の国行ったことないから分からないけど…戦争で家を失くした人が大勢いるんだろうなぁ…。

 

「…その百門要塞で起こっている事件とは?」

 

 今度は天龍が加賀さんに尋ねる。でも…加賀さんはどこか応答(こた)えずらそうだった。

 

「………暴走」

「何?」

「鎮守府連合より派遣された「海域調査隊」…彼女たちが()()()()()()()()()()()()

「…!?」

 

 艦娘たちが各々のリアクションで驚いてみせる。僕はというと…朧気だけど「そんな感じだった」とどこか冷静だった。

 確か…調査隊の艦娘たちは、他の存在を「深海棲艦」だと思い込んでいて、だから人だろうと艦娘だろうと見境なく襲う…だったっけ?

 うぅ…シナリオの概要最初の方からしか見てないから、だんだん霞がかってる…こんな事なら、ちゃんと読んどけばよかった…。

 

「どういうことデスか、カガ!?」

「私にも分からない…しかし、それを調査するのが今の貴女たちの役目、必ず原因を突き止め、彼女たちを正気に戻してください」

「! …わっかりまシター!!」

 

 金剛や他の艦娘たちもやる気十分のようだ。…って翔鶴、そんなジト目で嫌そうにしない。

 

「頑張ってね、皆!」

「いいえタクト君、貴方も行くのよ? そう言われたでしょう?」

「……マジデスカ;」

「マジデス。早く支度なさい? 出航は明日よ?」

 

 フフフ、加賀さんにもジョークが言えるとは思わなかったZE☆(ベ〇ータ)

 

 …はぁ、行くか……危なそうだから気乗りしないけど。

 

「…タクト」

 

 僕が気落ちしてると話しかけてくる娘が…「天龍」だった。

 

「今まで…「おい」とか「お前」とかしか言ってくれなかったのに…!」

「…少し顔を貸せ」

 

 なんで無視するんですかねー? まぁいいや、金剛たちが身支度に追われる中、僕は天龍と一緒に…ん? あれ、妖精さんがいない?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

金剛「オゥ! リトルフェアリー? どうしてワタシの肩にいるデース?」

 

妖精さん「いえいえ〜? 二人っきりにした方が「盛り上がる」と思いまして〜?」

 

金剛「???」

 

妖精さん「(拓人さん、頼みますよ〜? 上手くいけば…「ボーナス」ワンチャンですよぉ〜?)」

 



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天穿つ龍は何を視た?

 天龍に呼び出された僕は、彼女と一緒に鎮守府裏の人気のない海岸に来ていた、何故か妖精さんが居なくなってたけど? (どうせすぐ戻ってくるだろうと思うけど?)

 

「どうしたの、天龍?」

 

 天龍は海の向こうの水平線を眺めながら黙っている、どう伝えればいいか考えてるみたいだ。やがて彼女は…静かに語り出した。

 

「…金剛と俺たちがレ級と戦ったとき」

「うん…?」

「アイツは金剛を狙っていた」

「!? …それって、レ級が?」

「ああ、だがそれだけではない。レ級は…「特異点」と呟いた、俺は始めは金剛が特異点だと考えた。だが…あの提督の話を聞く限り、どうやら違うようだ」

「………」

「特異点たるお前と…どういうわけか金剛が狙われている。レ級やその後ろの思惑は見えないが、お前が異世界から来たことを知っている人物は…俺たちやあの提督の他にも「いる」…つまり、これからもお前は狙われ続ける、金剛もな」

「そんな…」

 

 僕が項垂れると、天龍はこっちに向き直り力強く宣言する。

 

「心配するな、お前は俺が守る。ただあまり遠くに行かれても困るからな? なるだけ俺の側にいろ」

「僕を助けてくれるから、わざわざ忠告してくれたってこと? …ありがとう!」

 

 僕が素直にお礼を言うと、天龍はまた海の方に視線を逸らした。

 

「…羨ましいな、俺も…お前のように」

「……?」

「いいや。…お前は金剛を見てやれ? アレにもまだ謎が残っているが、何にしても…お前が守ってやれ?」

 

 天龍は海を眺めながら、僕らを案じてか彼女は凪のように、穏やかで優しい声色で諭した。

 

「天龍、何から何まで本当にありがとう。最初から君は僕を気にかけてくれて…どうしてそんなに親身になってくれるの?」

 

 僕は当然の疑問を本人にぶつける……でも、少し長い沈黙が続いた。

 

「………さあ、な? 昔の俺に…似ているのかもしれん」

「…?」

「…もういいだろ、早く行け」

 

 ぶっきらぼうに告げると、それ以上声を掛けても反応がなくなった天龍。僕は彼女の方を振り返りながら、その場を後にしようとした。

 

「……龍田、俺は………」

 

 最後に振り返った時、彼女は携えた剣を握りしめている気がした…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「──何を影から見ている、加賀?」

「(…ガサッ)…天龍」

「…金剛の事か? 案ずるな……契約は守る」

「…貴女には、酷なことを頼んでいる、それでも…」

「何…汚れ仕事が俺の使命だ」

「………」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 そうして…出航の日が来た。

 加賀さんに見送られながら、僕らはまっすぐ百門要塞へ舵を取る。野分と綾波が先頭で見張りをしながら、艦娘たちと一緒に水上を滑る僕。

 …あ、そうそう大事なこと言い忘れてた。金剛含めた艦娘たちは「改」のようだ、改二じゃなくて。艦娘は練度(レベル)が上がると改装っていう強化を受けられる。その強化は二段階あるんだけど…とりあえず(ごく一部を除いて)その二段階目(改二)が最強になれるんだ…いや一概に言えないけど、ゲームシステム的に。

 とにかくまだ強さとしては第一段階目で、これから幾らでも強くなれる! …って言いたいんだけど?

 

「カイニ…? なんだか美味しそうな名前デース!」

 

 それカニだからね? …これは僕が「改二まであとなんレベ?」と金剛に聞いて返って来たセリフ。まさか…この世界には「改二」の概念がない!?

 

 

「正解です〜! でもそれはそれでいいと思いますが〜?」

「良くないよ! …はぁ、金剛改二が見れないじゃないか」

 

 僕はぶつくさと文句を垂れ流した。当の妖精さんは「うふふ〜☆」とか言ってすんごく楽しそうにしてた……ちくしょーまた殺意が沸いてくるぜ…!

 そんな感情を露わにしていると、ふと僕はある光景に釘付けになる。

 

「………うん?」

「ヘイ、提督? どうしまシタ?」

「…アレ」

 

 僕が指差す方向には、望月…オン・ザ・ゴーレム。

 ゴーレムが波を掻き分けながら滑る光景、さながら「一般車両に紛れて走る痛車」の如き圧倒的違和感。

 

「ワォ! モッチーのゴーレムは便利デース! 正に歩く艤装デスねー?」

「ニヒヒ、いいっしょー? 姐さんでもコイツは渡せないよ? アタシ特製のゴーレムだからねん♪」

 

 望月がゴーレムの突き出た平たい背中部分に腰掛けながら「楽チン♪」と言いたげな顔で涼んでいた。

 

「…ねえ、ふと思ったんだけど? そのゴーレム? に名前はあるの?」

「あ〜? ……んーそういや考えてなかったな? めんどいから大将付けてくれよ?」

 

 望月に言われ考える僕。と言っても候補はあるのだが…?

 

「じゃあ…「べべ」って名前は?」

「べべ…? 面白いセンスだねえ? ニヒ、いいよぉ今日からお前はべべだ」

 

 望月がゴーレム…べべの頭を撫でると少しだけ頭を揺らす、嬉しそう? こんなのでも喜んでくれて良かった。

 

「テートク? その名前はなにか意味があるのデスか?」

「ん? ググれば分かるよ「DQM」辺りで?」

「…テートクの言ってることはよく分からないデース?」

 

 まぁ、そうなるな? いや分かってたまるかという事だろうけど?

 そうこうしていると、僕らの目の前には…「仄暗い空」が広がっていく。

 

「…! これは」

 

 嵐の前兆にみられる、大きくうねる波と吹き荒ぶ風、ほんのりと雨の匂いがする、もう間もなく時化てくる…。

 

「このルートは嵐になりやすい、だがこの道が一番に要塞に近づける、このまま行くぞ」

 

 僕の側で警戒していた天龍が呼びかける、でも…?

 

「どうしてこのルートなの? 迂回した方が良いんじゃ?」

「…ふむ、知らない者はそう言うだろう。だが…この海域は海魔大戦の跡地でもある、他のルートには海魔も潜んでいたそうだ……つまり」

「海魔撃退用の「機雷」が今も野ざらしのまま…ということですねぇ〜?」

「…そうだ、艦娘だけならまだしも今はお前がいる、少し酷かも知れんが万が一は避けるに限る……そら」

 

 そう言いながら、天龍はレインコートを僕に手渡す。

 

「…なんか、ごめんね? 僕のせいで」

「気に病むな、お前は見ていればいい……無理はするな」

 

 自分に言い聞かせるように、天龍は声を落として呟いた…何故だろう、悔しさが見えるような…これは「後悔」?

 

「…行くぞ、気を締めてゆけ」

 

 天龍の言葉が合図のように、嵐は眼前に迫っていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 激しく鳴り響く雷鳴、暴風と強烈な雨、雨粒がレインコートの顔の隙間から叩きつけるように入って来る。

 

「…っう!?」

「テートク! 無理しちゃダメデース!」

「掴まれ!」

 

 風に飛ばされそうになる僕を、天龍が右手を伸ばして僕の腕を無理やり掴む、力強い彼女の握力は心細い思いでいた僕にとっては有難い。

 

「…ありがとう、天龍!」

「礼はいい、早くここを抜けるぞ!」

 

 僕は天龍に引っ張ってもらう形で荒れる海上を進んでいると、横から何やら音が聞こえる気がする。

 

「…! 皆さん回避を! 右舷より敵襲!!」

 

 野分の叫び声、怒声にも似たそれは風、雨、雷鳴の轟きにほとんど掻き消される。なんとか聞き取れたけど…敵襲!? 一体誰が……?

 

「っく!?」

 

 敵の砲撃が艦隊の周辺に着弾、そこかしこに建てられた水柱は僕らに焦燥をもたらす。

 

 そして搔きわけるように現れたのは…?

 

『キッヒヒヒ! 特異点コロス! 特異点消ス!!』

 

 …なんとなく分かってたけど、やっぱそうなるよねー()

 

 まさかのレ級が単体で僕らに攻撃を仕掛ける。この身動きが取りづらい状況を利用して、身軽な彼女は一人ずつ僕たちを始末する気だろうか?

 

「こんな時に!」

「狼狽えるな! …ヤツは一人か、なら嵐を過ぎればこちらが有利だ、それまでは決して近づけさせるな!!」

 

 天龍の言葉に、艦娘たちは威嚇射撃でレ級との境界線を敷く。嵐も相まってさしものレ級も近づけないか?

 

『キッヒヒヒ!』

「なんでこんな時に笑ってるんだ…?」

「…アタシゃどーも嫌な予感がするんだよね?」

 

 望月が呟く、それフラグって言うんだよもっちー?

 

「…! 雨の勢いが弱まった!!」

「よし、このまま……っ!?」

 

 天龍の目前には「軍勢」という言葉がしっくりくるほどの深海棲艦の大群。レ級との挟み討ちの形…罠に嵌められた?

 

『キッヒャハハハ!!』

「あちゃーやっぱそうなるかぁ」

「オゥマイガー!?」

「どうする天龍…?」

「………」

「…天龍?」

 

 雨風が勢いを落とす中、天龍は目の前の深海群を無言で見つめていた…その表情は「怒り」或いは「恐怖」か…?

 

「…またなのか、また…っ! ──」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──彼女の脳裏に焼き付いている事柄は「後悔」。

 

 鉄砲玉のような人生だったと自負する彼女は、無理難題と思われるような依頼も勢いでこなし、事実として達成して来た。…なので、今回もそうだと思っていた。

 

 …だが、彼女は自分の全力を尽くしても、その状況を変えることが出来なかった。

 

 四方八方から突きつけられる敵の砲塔、抗う術など…何処にもなかった。

 

『……馬鹿ねぇ? でも……私はそんな天龍ちゃんが………好き…だな……ぁ…?』

 

 

 

 ──それは必然であっただろうか………

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「──…っ! うぅおおおおおお!!!」

 

 いきなりだった。二本の得物を構え哮り声を上げて猛進する天龍、それまで冷静な判断をしていた彼女からは考えられない「愚行」。

 

「!? 天龍!!」

「テンリュー! 戻って下サーイ!?」

 

 僕らの声は届かず、天龍は二刀を振り抜き敵を次々と薙ぎ倒していく。敵が砲撃をするとその場から跳び退き、後ろの敵にダメージを擦りつける。かと思ったらそのまま回転して敵に全力斬撃をお見舞いする。…正に縦横無尽だ。

 

「俺はもう…あの時の俺ではない! 俺は強い、強く…なったんだああああああ!!!」

 

 狂ったように叫ぶ天龍、司令塔がいきなり発狂するなんて…聞いてないんだけど!?

 …って言ってる場合じゃない! 幾ら天龍でもこの数は絶対に捌ききれない!

 

『…キッヒヒヒ!』

「! 不味い! 大将あっちも相手しろよ!」

 

 望月が黒い大鎌を構えたレ級を指差しながら叫ぶ。仕方ない、僕が直接命令するしかない!

 

「レ級は金剛と僕が見てる! だから…皆は天龍を助けて!!」

「!? 大将ソイツは人員割きすぎじゃないかい? アレの強さは大将も分かってんだろ?!」

「でも、このままじゃ天龍が…!」

 

 僕らが言い合っていると、その間に割って入る影……翔鶴だ。

 

「…私が金剛と一緒にレ級を引きつける、それなら文句ないでしょう?」

「いやしかしだな…」

「今言い争いしてる場合? さっさと行きなさい!」

 

 翔鶴の喝に望月も渋々と天龍救出に向かう…「アタシゃ労働はタイプじゃないんだけど」とぼやきながら。

 

「ありがとう、翔鶴」

「…金剛の強さなら確かにレ級を倒せる、でもまた"暴走"をしてしまう危険もあるのよ?」

「その時は僕が止めるよ? 今は天龍が大事だ」

「…はぁ、バカね? まぁいいわ、提督命令でしょ? 今は付き合ってあげる」

 

 翔鶴はそう言うと、金剛の背後に回り弓を構えた。

 あんな言い草だけど、彼女の優しさは伝わっている…後でまたお礼言わないと?

 

「…天龍」

 

 なんでいきなり暴走したのか分からないけど、彼女を失うわけにはいかない…!

 

「絶対助ける…今度は僕らが…!!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「………んー?」

「どしたの?」

「アレ、提督の言ってた新人たちじゃね?」

「…あ、ホントだ」

「どする? 助ける?」

「……んー、まだ様子見てよ? あの娘たちの実力も確認したいし?」

「そだなー? この程度で音を上げたら、この任務できねーし?」

「そうそ、いざとなったら助けなきゃだけど?」

「えー一人で行ってよぉ、もう眠くてたまらん………zzz」

「いや寝てるじゃん。ダメだよまた怒られるよ〜?」

「…ふふふ、お前たちの実力をとくと見せて貰おう………zzz」

「寝言!?」

 

 



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風雲急を告げるとはこの事。

 また展開早めです、すみません…;


 …まさかとは思ったが、奴らこの海域にまで…あの男の仕業か?

 

 

 …まぁいい、折角の機会だ、試したいこともある。

 

 

 特異点…お前はあの平穏という名の檻の中で、何も知らぬままでいた方が良かったと後悔するだろう…私は。

 

 

 

 ──その絶望に染まる刻が楽しみだ、フフフ…

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 暴走する天龍を助けるため、僕らは深海共の群れとレ級の包囲網を崩すため全力で戦う。

 深海の群れに突っ込んだ天龍はもっちーたちがなんとかするとして、僕は金剛、翔鶴とレ級を足止めする…って言いたいんだけど?

 

「やぁあーーー!!」

 

 金剛の艦砲射撃、迸る爆火と轟音を連続射出する。

 

「…はっ!」

 

 翔鶴の航空隊発艦、放たれた矢は数多の艦載機に変わり、鉄の雨が敵に降り注いだ。

 

『イギャ!? イギギギィ?!!』

 

 金剛や翔鶴の連携に翻弄するレ級。

 

「…これ、すぐ終わるんじゃない…?」

 

 僕はそんなことを呟く、まぁ金剛は「あの」形態? があるし更にトドメにと翔鶴が加わり最強に見える(ブロ語)。

 

「僕らが戦っても足手まといだし、金剛は翔鶴に任せてみる? …………ん、妖精さん?」

 

 妖精さんは危機を見据えた眼差しで一点を見つめていた……つられて僕も見る。

 

「…っ!?」

 

 金剛たちが戦いを繰り広げる、その後ろ……レ級の後方に誰かいる!?

 

「……ふむ」

 

 どこから現れたんだ? 気配も何もなかった……でも確かに存在している、海の上に…立っている!?

 そして一言だけでも解る、アレは「男」だ。低く唸るような掠れ声…残念ながら顔はボロボロなマントのフードで見えないけど?

 

「…! ワッツ?!」

「っな! どこから?!」

 

 金剛たちも気づき男を驚愕の表情で見据えた。相変わらずニヤついた顔のレ級の後ろから、男は呟く。

 

「…ここまで来るとは予想外だったぞ。然しながら好都合ではある、これはこの場で特異点を抹殺せよという天啓…か?」

 

 顔は暗がりで分からないけど、声色からアイツが嗤っているのは解った…そしてアイツがレ級たちを差し向けた「敵」だということも!

 

「…お前は誰だ! どうして僕が特異点だって解る?!」

「ほぉ、自身の運命を勘付いたか? ただの木偶の棒というわけではなさそうだな?」

「ぅ、うるさい! 僕だって鎮守府連合の提督だ! お前は…ここで捕まえてやる!」

「フッ! 生意気な…」

 

 鼻で一蹴すると、謎の男は金剛と翔鶴を見つめた。

 

「……さて? 実験といこうか」

 

 そう言うと、男は懐から何かを取り出す…アレは、ネックレス? 先っぽに何かついてる……赤い…石?

 

「…! 皆さん、今すぐここから退避してください!」

 

 妖精さんが警告を発した。一体何が……僕らが思うより先に、男は呪詛を唱え始める。

 

 

「眠りし憎悪を呼び起せ……希望の魂は冥闇に…『堕落』せよ!」

 

 

 その言葉の後、響くような鉄を打ちつける音と共に赤い石は不気味に紅く輝く…その光を見た二人は。

 

 

 

「……ッグ?! …っう、っぁあああアアアアア!!」

 

 

 

 翔鶴が狂った咆哮を上げた、目を剥き出しギザギザの歯を見せつけ…怒りに滾る獣のような変貌を遂げた。

 

「!? ショーカク!! しっかりして下サイ!?」

 

 金剛は何ともないようだ、驚きながらも反転してしまった翔鶴を心配する。男は…その結果を「残念がった」ようだ。

 

「…むぅ、やはりまだ完全ではないか……まぁいい、思わぬ収穫はあった。ここまで憎しみを刻まれた艦娘がいたとは?」

「お、お前…翔鶴に何を!?」

「フハハハ! …案ずるな、私は何もしていない。彼女に眠る憎しみを解き放っただけ」

「っな!?」

 

 憎しみを解き放った? …まさかあの石が!?

 

「…経過は視認した、これ以上お前の前にいることは得策ではないか? …残念ながら私はまだ道半ば、心惜しいが今宵はここまでとしよう」

 

 レ級が男の背中に抱きつくと、男はその場を立ち去ろうとする。

 

「っ待て!」

 

 僕が追いかけて行こうとすると、豹変した翔鶴が目の前に立ち塞がる。

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

「!!?」

 

 なんか呪いの言葉呟いてる!? 目が…ひぃ!? 目がひん剥いてる! チョー怖!!?

 

「テートク!」

「金剛! …良かった、君は何ともないみたいだね?」

「ハイ! でも…」

 

 辺りを見回すが、ヤツらは何処にもいない…影も形もないって感じ。

 完全に逃げられた、くっそー…一体アイツは何がしたいんだ!?

 

「…翔鶴のあの状態は、もしかして連合の艦娘たちがどうにかなっちゃったのも?」

「定かではありませんが、無関係とは思えませんねえ? …とにかく彼女を元に戻すには、彼女と戦うより他ありません!」

 

 うぅ…まさかこんな事態になるなんて…あのスキュラの時といい、僕になんの恨みがあるの!?

 

「ショーカク! 待ってて下サイ! 必ず助けます!!」

「うあああぁああああ!!!」

 

 異例の展開になった艦娘同士の戦い…金剛対翔鶴、果たして翔鶴は助かるのか…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 金剛と翔鶴の対立は、離れた場所で天龍救出に向かった望月たちにも伝わっていた、それは彼女たちの砲撃、爆撃の撃ち合いによる轟音が耳に響いたのだ。

 

「…!? おいおいおいおい、こりゃ不味いんじゃないか?」

 

 望月の言葉に、野分と綾波も彼女の向く方向を見やる。

 

「…ふむ、どういった状況でしょうかこれは?」

「知らねえよ…とにかくアタシらもさっさとこれ片して向こうを見に行かなきゃ」

「…暴走」

 

 綾波が呟きながら天龍を見る、彼女はボロボロになりながらも未だに戦いを続いていた。

 とはいえ艤装も中破し、足もふくらはぎの部分まで水に浸かってしまっている……後何分保つか怪しい。

 

「あぁだけどよ…天龍の周りに深海共がうじゃうじゃと来た、これじゃ近づけん」

「ウィ、しかしながらここで鑑賞に洒落込む訳にはいきません」

「あぁ…っくっそー、これじゃ航空爆撃しても同じかぁ?」

 

 彼女たちは機を狙っていた、一瞬でも深海群に隙が出来ればいいが、数の暴力と言わんばかりの密集した黒い怪物たちには、隙など微塵もなかった。

 広範囲に及ぶ威力を誇る航空爆撃であっても、流石に本家本元に劣る望月のモノではこの状況は覆せない。レ級さえいなければ翔鶴を無理矢理にでも引っ張って来たのにと後悔する。

 

 …その彼女の思考が停止したのは、天龍の方向を何となしに向いた時だった。

 

「……ん? あれは……っ!? 天龍避けろ!!」

 

 望月が何かを発見し叫ぶ、言われて天龍が後ろを振り返ると、今にも深海艤装から砲撃を放とうとする重巡リ級の姿が。

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!!』

「!?」

「天龍!!」

 

 自分でも不甲斐ないほどの虚しい叫び、望月の願いは無惨に裏切られ、深海砲撃は天龍目掛けて撃ち込まれた。

 

「………ッ!」

 

 天龍は死を覚悟する、これだけのことをやらかして負けたのであれば世話ないな? と皮肉笑い。

 

「すまないタクト、金剛………龍田」

 

 天龍が力なく項垂れ目を伏せたその時……バチバチと何かが迸る力強い「異音」が、耳に響いたような気がした。

 

 

 

「…ふぁ……ねみぃ」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 翔鶴の研ぎ澄まされた練度は、憎悪に飲まれようとも健在だった……だって金剛の砲撃全然当たらないし、避け様に艦載機発艦して僕らに攻撃するし、おまけに空から降り注ぐ爆弾の雨のお陰で動きが制限されちゃうし……なんなの? 無窮の武練? バサスロさんなの??

 

「…っく!?」

「金剛! 大丈夫?」

「ダイジョブだから…提督、私から離れたら…駄目よ!」

 

 金剛は僕を守るように、艦載機からの航空爆撃を捌いていた…素手で殴り飛ばしたと思うと対空砲火で一気に爆弾を消し飛ばす。

 

「…きゃ?!」

 

 でも…それでも防ぎきれていない、爆弾が金剛の肌を直撃する。幸い小破だけど…これ以上長引いたらどうなるか分からない。

 

「金剛!?」

「だ、大丈夫…絶対、貴方を守るから…!」

「金剛…」

 

 僕のせいだ…彼女が全力で戦えないのも…僕がいなかったら、ここまで防戦一方になることもなかったのに…!

 

「…提督、私怖いの」

「…え?」

 

 突然の告白に、一瞬頭が追い付かなかった。

 

「私…考えていたの。あの時…スキュラと対峙した時にみたいに…怒りに負けて、自分を見失って、貴方たちに何かあったらと思うと…すごく怖い」

「………」

「だから…私はあんな自分になりたくない、貴方を守れる「私」がワタシだって言えるようになりたい。だから…貴方が私の隣に居てくれる限り、何があっても私は自分を見失わないって決めたの」

「金剛…」

 

 彼女の優しさは、むしろ僕の心を締め付けた。不甲斐ないよ…艦娘だからって、こんな純真な少女に戦いを任せるなんて…。

 

「…ぅぁあああああああああ!!!!!」

 

 翔鶴の鼓膜を劈く叫びと共に、渾身の一撃と言わんばかりの航空爆撃が投下された…狙い、スピード、そして恐らくは威力も段違いだ。…これを喰らえば「終わる」と容易に想像がついた。

 

「…っ! 提督!!」

 

 金剛が僕を抱き締め、そのまま庇うように爆弾に背を差し出す。

 

「金剛!?」

 

 僕の叫びに返ってくる言葉は無く、代わりに僕を抱き締める腕に一層の力がこもる。

 

 

 

 

  ──…終わった、何もかも。

 

 

  転生までして金剛に会いに来たというのに…その彼女に戦わせ、何も出来ないまま終わる。

 

 

  …………そんなの!

 

 

 

 

「嫌だあああああああああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──…なら、助けなくちゃね?

 

 

 

 

 

 

「…!?」

 

 …風?

 

 僕らの後方から一迅のつむじ風が走ると、そのまま爆弾もろとも艦載機を切り裂く「空気の刃」と化した。

 

「…っ!?」

 

 遠目からの一瞬の出来事だから、判別が難しいけど……いつの間にか現れた「誰か」が翔鶴の懐に飛び込み、そのまま腹部に勢いそのままの飛び蹴りを一発お見舞いする。

 

「っが!!?」

 

 その威力が凄まじい、まるで弾丸のような蹴りを入れた瞬間、空間が震え、翔鶴の背中から余剰威力の顕れであろう突風が舞い踊る。正に体全体に衝撃が走ったみたいだった。

 流石の翔鶴もひとたまりもなく、そのまま崩れるように倒れた…「彼女」は、そのまま翔鶴を抱きかかえる。

 

「…え?」

 

 一瞬にして決着が付いてしまった…僕は圧倒的な力を有した彼女を見やる。

 黒髪サイドテールに鉢巻き、身軽なその恰好は僕には見覚えがあった。…唯一の違いは「首に巻いたマフラー」だろうか?

 

「…ふぅ、よしよし」

 

 翔鶴を片手で抱え、もう片方の手で額を拭う動作。彼女は…?

 

「”長良”…?」

 



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風雷コンビ登場!

 後どのくらいで要塞辿り着けるだろうか…?

 とりあえず、道中長いよ?(今更)


「…ん? 私を呼んだ?」

 

 振り向き様にニカッと笑うその顔には「快活」という言葉がよく似合う。

 長良型軽巡一番艦「長良」、艦これでも初期から実装されている艦娘だ、でも何で彼女が?

 

「…あ! 君もしかして特異点君? 加賀から話は聞いてたけど…私の事も知ってるみたいだね? すごいねぇ!」

 

 朗らかに笑う長良、加賀さんの名前が出たということは…どうやら彼女は連合から派遣された艦娘のようだ、僕らの任務アシスト? に来てくれたのかな?

 

「…いえいえ拓人さん? アシストするのは寧ろ我々かと?」

「? どういう意味妖精さん?」

「はい、彼女こそ加賀さんのお仲間…連合親衛隊所属、選ばれし艦娘の一人「長良」さんです」

「へー……っうえぇ!?」

「カガの仲間…選ばれし艦娘?」

 

 僕と金剛が驚きを隠せないでいると、長良が金剛を見て眉をひそめる。

 

「…そっか、貴女が金剛か。確かに私が知ってる金剛とは全然違うな?」

「え? それって…?」

「テートク! それよりテンリューたちを!」

 

 金剛に言われてハッとする僕、不味い…今頃天龍がどうなっているか!?

 

「そうだった!? 急がないと」

「天龍ってあの眼帯の子でしょ? なら大丈夫、私の仲間が向かってたから」

「え…それって?」

「もち、私とおんなじ選ばれし艦娘…自分でこういうこと言うのは照れるけど、とにかく安心して!」

 

 長良が胸を張って宣言する。良かった…でもどんな娘なんだろう?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「……ふぁ〜、ねむ…」

 

 身体に稲妻を纏い、正に電光石火の速さで天龍の前に立ち、彼女を襲おうとした凶弾を焼き焦がした。

 

「…お前は?」

 

 天龍が問いかけるが、重い瞼をこすりながらうつらうつらしているその艦娘は、まだ寝ぼけているのか耳が遠いようだ。

 

「ん〜? ……ふあぁ〜」

 

 彼女が欠伸をしたその時、不意打ちと言わんばかりに深海共からの砲撃の嵐、またもや絶体絶命か?

 

「………あん?」

 

 ギラリと目が光る。右手を左から右に払う動作、刹那に砲撃は電光により爆散相殺される。

 

「あらよ」

 

 ヴンッ、と鈍い音がしたと思うと、彼女が消えた…そこから。

 

 

『■■■■■■■■■■ーーーッ!!?』

 

 千切っては投げ。

 

『■■■■■■■■■■ーーーッ!!?』

 

 千切っては投げ。

 

『■■■■■■■■■■ーーーッ!!?』

 

 千切っては投げ。

 

『■■■■■■■■■■ーーーッ!!?』

 

 もはや微塵も残らない。

 

『■■■■■■■■■■ーーーッ!!?』

 

 次々とドミノ倒しの如く斃れていく深海群。

 

 

 …まるで次元が違い過ぎて、むしろ笑いが込み上げて来た。

 おそらく彼女は光速で空間を移動して、深海共に一発お見舞いした…としか思えない、速すぎて理解は追いつかないが?

 

「いっちょ上がりー♪」

 

 天龍を包囲した深海共は、残らず全てノックダウン。海の上には無様に倒れた黒の怪物が揺蕩っていた。

 

「…その出鱈目な強さ…お前はまさか」

「…天龍ーーっ!!」

 

 呆然とする天龍の下に、望月と拓人たちが駆け寄る。

 

「お前たち?」

「よかったー! 無事だったんだね!」

 

 拓人が喜ぶが、天龍は彼の隣に居る見知らぬ艦娘を見やる。

 

「…ソイツも選ばれし艦娘か?」

「うん、私は長良だよ? よろしくね!」

 

 …自分が招いた災厄を払ったのは、この二人…天龍は選ばれし艦娘の「強さ」に、壁を感じていた…自分一人だけでは辿り着けない頂きの高さを。

 

「………くそっ」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 長良の言っていたもう一人の選ばれし艦娘は、なんと「加古」だった。

 加古は重巡艦娘の一人で、長良と同じく最初期から実装されている艦娘、ねぼすけでお姉さんの古鷹にいつも世話焼かれているイメージ…あくまで主観だけど?

 

「…んーーー?」

 

 僕は彼女の格好に着目する、片目は髪で隠れて頭上にアホ毛、身体には黒い包帯を巻いている…どうみても改二です本当にry

 

「分かりづらいですけど、改二という概念は無いんですが、彼女たち(選ばれし艦娘)はイソロク提督による大規模改装を行っているので、姿形は改二なんですねぇ〜?」

「えぇ…その設定絶対言葉だけじゃ分からないって;」

 

 要するに、イソロク様の直属の部下だった彼女たちは「特別」…改二実装されている艦はもれなく改二仕様になっているってわけ。

 

「ふぁ〜…加古でぇす、よろしゅ………zzz」

「あぁまた寝た…改めまして、私は長良だよ! この海域には任務で来ているの」

 

 そうか、だから僕をここに来させたんだ、彼女たちがいればひと安心…確かにアレを見せられちゃね?

 

「貴方たちのことは、カイト提督から聞いてるよ! 貴方たちが無事任務を遂行出来るように手伝ってほしいってね?」

「んまぁ〜アタシらが元々やってたヤツなんだけどな〜?」

「加古、余計なこと言わない」

「ふぇ〜い…ふぁ」

 

 うーん? 側から見たら凸凹コンビって感じ? でも頼もしい味方がいてくれて助かった…と?

 

「…すまない皆、迷惑をかけた」

 

 突然天龍が謝り始めた、いつも圧のすごい態度な彼女は、今は少しか細く儚げだ。申し訳ない気持ちでいっぱいといった具合だ。

 …彼女が全面的に悪いわけではない、僕が…もっとしっかり出来ていたら。

 

「タクト、もし今回の件で俺を見限ったなら、今すぐお前との契約を切らせてほしい」

「!? て、天龍…」

「いや、切らせてくれ。お前を守ると言いながら暴走した俺に、お前の下につく資格は無い。…お前のためだと思ってくれ、頼む」

「…僕は」

「あぁーちょっといいかい?」

 

 僕らが話していると横から割って入ったのは加古だった。

 

「アンタらの任務のサポートってことだけどさー? …こんなことになるんだったら、ぶっちゃけやめた方が良いよ?」

「加古!」

 

 長良が止めるも、加古は自分の意見として僕らにクギを刺す。

 

「あの程度のヤツらに手こずってるようじゃ、アンタらこの先やってけないよ? アタシらの任務ってのは下手な強さじゃぜってー達成出来んから。…しかもアンタらのチームワークもバラバラ、終いにゃ空中分解か?」

「……っ!!」

「提督からはアタシが言っとくから、悪いことは言わん、鎮守府に帰った方がいい…無理に背伸びせんでも、ちょっとした任務からコツコツやった方が身の為だ。どんなに簡単だろうと大事な任務だし、そっちやっとくれた方が助かる」

 

 …確かに今回のは僕の、提督としての力不足が浮き彫りになったせいだろう、でも……その言いぐさは。

 

「…待ってよ、それはあまりにも横暴じゃないか!」

 

 僕が頭ごなしに怒りを叫ぶと、妖精さんや金剛たちは虚を衝かれた様子で目を丸くしていた、加古は黙って僕を見据える。

 

「僕らは君らの提督に言われてここまで来たんだ! それはあの人なりの信用だと思う、信頼されたからここまで来れた。それを踏まえてもそんなこと言うなら、君にそんなこと言う資格はない!」

「た、拓人さん!?」

 

 流石の妖精さんも額に汗を浮かべるが、僕の「悪い癖」は、ここまで来ると自分でも止められない。加古は冷ややかな視線に似たような鋭い目つきで、僕を見つめながら言う。

 

「…じゃあアンタ、今の状態で任務を完遂出来るって? 誰か沈みでもしたら、アンタ責任取れるか」

「そんなの関係ないじゃん! アレは僕が居たから皆の力が十分発揮出来なかったんだ! 僕だけならまだしも、彼女たちの力量不足だと言うなら許さない、選ばれし艦娘だからってなんでもまかり通ると思うな!!」

「テートク…」

 

 金剛は嬉しさ半分と言った具合に僕の動向を心配していた。

 

「もし僕が気に入らないんだったら、僕がこの場を離れれば済む話だろう! …お願いだからそんなこと言わないで、金剛たちは…」

 

 

「──甘ったれんな!!

 

 

「…!?」

 

 加古は腕組み仁王立ちしながら喝を入れる、あまりの迫力に目に涙を浮かべながら、心底ビクつく僕。

 

「誰もアンタが役立たずだとか、要らねぇとか言ってないだろ! …逆だよ、アンタが艦隊の要だから艦娘(アタシら)は死ぬ気でアンタを守るんだろうが」

「…っ!?」

 

 加古の言葉にハッとする僕、加古は先程とは真逆に僕らを心から思う慈愛の眼差しで見つめる。

 

「アンタの艦娘たちは死ぬ気で誠意を見せた。そこの眼帯も、お前を守ろうとした金剛も、アンタに死んでほしくないからがむしゃらに戦ったんだろう。…ならアンタは? そんな艦娘たちに、死ぬ気で向き合う覚悟があるのかと聞いてんだよ、アタシは!!」

「…っ!!」

 

 

 …言葉が出なかった、まるで頭がハンマーで殴られたような衝撃。

 

 

「……っぅ」

 

 

 悔しい…嗚咽がこみ上げてくる、言葉が紡げない…感情が……制御出来ない………っ!

 

 

「ぅ…ぅううううああああああああああああああ!!!!!」

 

 泣き叫びながら、僕はやっとの思いで思いの丈を吐き出す。

 何も出来ない怒り、彼女たちに向き合わなかった事実…僕は違うと逃避するように、加古の問答に轟音で回答した。

 

「…なってやる」

「何…?」

 

 加古は眉を上げながら疑問を口にする、僕は怒りを抑えきれず乱暴に、それでいて全力で続けて回答する。

 

「皆が認めるような…君らの提督よりも立派な提督になってやる!! …僕はもう、彼女たちに無理をさせるような戦いはさせない! させるもんか!」

「テートク…!」

「拓人さん…」

「意気込みは大したものだが、それだけでいけるとは思わないことだ、特異点だからって何もかも上手くいくと思うなよ?」

「五月蠅い! 特異点だからとか、そんなの関係ない!! …僕はもう失わないって決めたんだ! 何も出来ない自分はもうたくさんだ! だったら…僕は僕なりの「何かが出来る」自分になってやる!! 絶対に!!!」

「…っ!!」

 

 天龍が目に潤いを貯め込みながら僕を見据える、彼女なりに何か思うところがあったのだろうか?

 

 …それを聞いた加古は?

 

「よく言った!!」

 

 僕に近づくと、僕の両肩をバンと叩く、痛みが伴ったが彼女の熱い気持ちが伝わってくるようだ。

 

「…え?」

 

 僕はあまりにもの展開に、頭は真っ白になった…ぶん殴られるくらいの覚悟だったから、彼女の正反対の対応には開いた口が塞がらない。

 

「アンタの覚悟、確かに聞かせてもらった。いいよ、こうなりゃとことん付き合おうじゃないの! …アンタがカイト以上になるとこ、アタシも見てみたい!」

 

 加古はニカッと嬉しそうに笑う…もしかしてさっきのは彼女なりに僕らを「試してた」のかな?

 

「加古さん…!」

「加古でいいよ、アタシらは今日から一心同体だ! これから頑張ろうぜ? な!」

 

 加古は笑いながら肩をバンバン叩いてくる、僕も分かってもらえて嬉しいけど…。

 

「流石に痛いよ……いつっ!?」

「こらこら加古、特異点君が痛がってるよ?」

「おっと、ごめんよ?」

 

 長良に言われて、加古はようやく手を放してくれた…うぅ、肩がジンジンする…;

 

「…あ、天龍」

 

 僕は天龍に向き合う、彼女は少し俯いていたが目はこっちを向けてくれていた。

 

「さっきの話…君にはまだ辞めないでほしい」

「! しかし…」

「僕はこの通り非力だから、せめて護身術ぐらいは身につけたいって思うんだ。だから…天龍に教えてほしい、ちょっとキツくても大丈夫だと思う、身体は丈夫だから」

 

 僕が朗らかに笑うと、天龍は少しためらい気味だったけど?

 

「…分かった」

 

 無事了承してくれた。良かった…後は任務完遂を目指すだけ!

 

「…あの~、盛り上がってるとこ悪いんだけどさ…?」

 

 長良が何か言いたそうにしている。すごく申し訳なさそうに? 何だろ?

 

「…この子がまだ失神()びてるから、込み入った話は休める場所でしない?」

 

 長良が抱えてる翔鶴を指さす………あ。

 

 

 

「「「「「完全に忘れてたーーーーーっ!!?」」」」」

 

 

 

 僕らが渾身の叫び(ボケ)を上げる側で「全くこの人たちは…」と言いたげに眉をひそめる翔鶴だった…。

 

「………###(怒っている様だが気絶している)」

 



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修羅の誓い

 長くなってしまった…すみません、ながながしてますがご容赦を。

 …漸く「一つ目」……ですかね?


 僕らの前に現れた、加賀さんと同じ選ばれし艦娘の加古と長良。

 彼女たちはとある任務を遂行中だったけど、カイトさんの命令で僕らのサポートに回ることになった。その間に紆余曲折あったけどね(主に僕のせいで…)

 さて、そんな僕らは今後のことを話し合うために、近くの無人島の小島で休憩しながら情報交換することになる…翔鶴も目覚めないし、仕方ないよね?

 

「…なぁるほどな?」

 

 加古は頷きながらひどく納得している様子だった。

 

「どうしたの? すごく頷いてるけど?」

「うむ、アンタの言ってた謎の男…実はアタシらも追ってんだわ」

「え!?」

 

 まさかそこで接点が出来るとは…加古たちはあのローブの男が何なのかを知っているのだろうか?

 

「いや? 提督がなんか意味深に言ってたけど、アタシらはさっぱりだわ」

「…選ばれし艦娘でも分からないの?」

「そんな風に言われてるけど、私たちも普通の艦娘と扱い変わんないよ? ねぇ?」

 

 長良の言葉にまたも強く頷く加古。

 

「うん、御大層な感じだけど、実際はアタシらも末端だからそんなもんじゃね?」

「軽く言うなぁ…;」

「私たちの中でも色々知ってるのって、提督が子どもの頃に世話役してた加賀だけじゃない?」

「だなぁ? 流石提督の懐刀だよなぁ?」

 

 加賀さん、同僚からそんな風に思われてたんだ…? 今更だけど僕、とんでもない人に魅入られたんじゃ?

 

「拓人さん、すごい人と仲良くなれたからってあまり調子に乗らないように〜?」

「い、いやホントにそういう意味じゃ?」

「とにかくよ、アンタらとその男にゃ何らかの関係があると見ていいだろ、でなきゃ正体バレるっつーのにわざわざ姿現さないべ?」

「加古、ちょっと"砕けてる"よ?」

「いーじゃん、もう知らない仲じゃないんだしさ?」

 

 なんか、さっきの彼女からは想像つかない変わりようだな? …まぁ、信用してくれたってことでいいのかな?

 …でも、あの男と関係かぁ? ………んー? 分からないなぁ? アイツが僕を特異点だと理解していた点も未だに分からないままだし?

 

「まぁ〜それはいずれ分かるでしょう? 今は任務に集中した方がいいと思います〜!」

「そうだね…じゃあ二人とも、今の状況を」

「……タクト」

 

 僕らが話し合っていると、後ろから消え入りそうな声が聞こえる。

 

「天龍? どうしたの?」

「……話がある」

 

 それだけ言うと、天龍は背を向けて歩き始める。

 

「行っといで、アタシらは後でも構わねえよ?」

 

 加古と長良は微笑み、僕らを待ってくれると言ってくれた。天龍が心配だし、僕はそのご厚意に甘えることにした…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「天龍? 話って何?」

 

 人気のない海岸沿い、僕が尋ねると彼女はまた言葉を選ぶように、考え込みながら海を見ていた。

 

「…天龍、どんなに不器用でもいい、君の思っていることを話して?」

 

 彼女が言いたいことが分からない訳ではない。…おそらくあの「暴走」について関係があるのだろう、だったら…下手に言い繕うより自分の思いの丈をぶつけてもらった方が、こっちも嬉しい。

 

「…………すまん」

 

 言われた天龍は、まず僕に振り返り謝る。そして…視線を泳がせながらも、ぽつぽつと話し始める。

 

「俺は…昔はお前のように、感情の赴くままに生きていた」

「…そっか」

 

 その言葉から、僕は「僕の元いた世界の天龍」を思い起こした。最初から寡黙ってわけでもなかったんだ?

 

「海魔大戦終結時、連合の中でも下っ端だった俺はそのまま世に紛れ、世界中に蔓延る戦さ場を転々とする傭兵となった…その頃は、自分でもどうしようもないと思う馬鹿だったよ、自分は誰にも負けない、何でも出来ると…そう信じきっていた、愚かなほどにな?」

「………」

「だが…そんな俺にも支えてくれる相棒が居たんだ。ソイツは日頃から粗暴な俺の手綱を確りと握っていてくれていた」

「…龍田?」

 

 僕が優しくその名前を口にすると、天龍はすぐさまこちらを見やるも、特に驚いた様子ではなかった。

 

「……そうか、そっちにも龍田が居るんだな?」

 

 本当に嬉しそうに呟き目を細めると、天龍は彼女との話を続けた。

 

「俺に足りないものをアイツが、アイツに足りないものを俺が、そうやって俺たちは支え合って生きて来た。…今も目を瞑ると、アイツが笑いながら俺を呼ぶ姿が浮かんでくる…」

「大切な相棒なんだよね?」

「ああ、今もアイツに支えてもらってる。…俺は」

 

 天龍の握り拳に力が入る。

 

「…俺は怖いんだ、もう「失う」のが…アイツのようにお前が、俺の前から消えていくのが…っ!!」

 

 その時、僕は全てを察した。

 

 天龍が身を呈してまで僕を守ろうとした理由。

 

 彼女があの時、まるで何かに取り憑かれたようになった理由。

 

 それは…僕と同じ………ん?

 

 

 

 

 

 ──『好感度上昇値、規定値以上検知』

 

 

 『…「天龍」の"アンダーカルマ"が解放されました』

 

 

 

 

「……!?」

「…どうした?」

 

 僕が急に現れたその光景に目を疑うも、天龍はまるで気づいていない様子…どうやらこの「インフォメーションポップ」は、僕にしか見えないようだ。もしかしなくても、これ妖精さんと一緒に見たプロフィール画面じゃ?

 

「どういうこと妖精さん………っていない!?」

 

 僕は小声で妖精さんに呼びかけるも、また居なくなっていた。肝心なところでいっつもいないんだから!!

 

「…ええと?」

 

『アンダーカルマ、閲覧可能です。閲覧しますか?』

 

 IPから催促の選択肢が、うーむ、何かは分からないけど絶対天龍の情報だよね? 目の前に本人が居るのに見ちゃうのは気が引けるのですが…?

 

「…ええい!」

 

 ちょっと迷うけど、天龍を元気付けるヒントが少しでもほしい!

 僕は「はい」のタップボタンを押す、すると画面が変わり……。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『【new】天龍のプロフィールに、新たな情報が追記されます』

 

 

 

 

 

 

 

 裏の使命(アンダーカルマ):??? → 『相棒』

 

 

 

 ──その運命が示す道…「喪失」

 

 

 

 かつて、相棒と共に戦場を駆けた。今よりも無茶をし、乱雑で、暴走し…自分に足りないモノ全て「相棒」が担った。そしてその日々は永遠に続くものと思えた。

 

 …だが、別れは唐突に訪れた。

 

 自身の不注意を、いつものように拭うように…彼女は嬉々として「命を奪われた」。

 

 

 絶望

 

 

 咆哮

 

 

 悲涙

 

 

 そして…虚無

 

 

 まるで彷徨うように、何かを贖罪するように、剣士はそれからもその刃を振るい続けた…。

 

 そして…二度と繰り返さないと、命を奪う剣はいつしか「護る剣」へと変貌を遂げる。

 

 喪失を恐れし修羅、彼のモノの誓いは……果たされるか、否か?

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 これは…彼女の過去?

 

 さっき天龍が言っていたことと照らし合わせても、これが彼女の過去の情報…いや「彼女が向き合うべき運命」ってことか?

 相棒って…もしかしなくても龍田だよね? だとしたら…龍田はもう……。

 

「…俺は、お前が羨ましい」

 

 天龍は僕を見てそう言う。何のことか分からず、首を傾げる僕。

 

「俺は諦めたんだ。もう二度と龍田のようなモノを、俺の手で出すまいと…自分に向き合う事から逃げていた。あの時の愚かだった俺の全てを、コイツに押し込んで」

 

 そう言って、天龍は手に握りしめた一振りの刀を僕の前で見せる。元の彼女の刀とは違う、この世界の天龍のもう一つの……ん?

 僕はその刀をジッと見つめる。鞘に収まっていない状態の剥き出しの刃、赤い刀……これ、どこかで………?

 

「天龍、これ…?」

「もう勘付いているか? …これはかつての龍田の武器…アイツの得物の穂先だ」

「…!?」

 

 龍田の武器は「薙刀」、そんな…ずっと龍田の形見を肌身離さず持っていたなんて……。

 過去を垣間見た分、彼女の悲壮感がひしひしと伝わってくる…言葉で言い表わしつくせないほどの「寂寥感」。

 

「天龍…」

「そんな顔をするな。…言っただろ? 俺はコイツに全てを押し込み、そして逃避した…死ぬまで戦うと思いながら、アイツの下に逝けることを、何度願ったか」

 

 天龍は虚しさを秘めた眼で天を仰いだ。

 

「…だが」

 

 彼女はその虚無の瞳に光を戻すと、僕を見つめる。

 

「お前はどんなに弱い自分からも投げ出さず、ひたむきに自らが出来ることを探している。…俺が恐れをなし逃げ出した過去(ことがら)に、お前は向き合っているんだ」

「そんな……僕は、君みたいに強くないよ」

「力だけが強さではない。…お前は「心」が強い、いや今はそうでなくとも、お前にはその素質がある」

 

 天龍は僕をこれでもかと褒めてくれた、嬉しいけど…本当にそうじゃないんだ。

 

「…僕はもう、誰にも居なくなってほしくない。…ただ、それだけなんだ」

「そうか…お前にも「ある」んだな?」

 

 天龍の言葉に頷く僕。

 

「僕は君と同じ…だから気持ちも分かる。…上手く言えないけど、僕は君に…悲しい顔をしてほしくないんだ」

「……すまない」

「ううん」

 

 僕らの間に流れる、静かで、少し寂しい…さざ波と風が、そんな感情を一層際立たせた。

 

「タクト…俺はもう逃げない。お前がお前のまま変わろうとしているなら、俺も過去から逃げない。今更あの頃の自分には戻れないが…龍田に顔向け出来るようなモノでありたい…だから、二度とあのような愚行は犯さないと、約束する」

「…そっか、良かった」

 

 僕が微笑むと、天龍は笑い返してくれた。

 

「改めて契約しよう……必ずお前を守り、そして強くしてみせよう」

「うん。よろしくね、天龍?」

 

 天龍は僕の顔を、目を細め温かな笑みで見つめる…それはきっと、彼女の「決意」の表れ。

 アンダーカルマを見たからか、天龍をより深く理解することが出来た。…彼女の身体の傷は、彼女の絶対の決心の形だったんだ。彼女の妹に起こった悲劇を、二度と繰り返しはしないという「誓い」…。

 

「天龍、君ならきっと出来る。君の妹がそうだったみたいに、僕も君を支えられるように頑張るよ」

「ああ、すまな………? 妹? 何のことだ?」

「え? いや龍田だよ? 君たち天龍型の二番艦だろ??」

「………???」

 

 天龍が何故か訝しんでいると、又してもIPが目の前に。

 

『この世界の艦娘は、前世の記憶がない状態で召喚されています』

 

「えっ!?」

 

『よって彼女たちに前世の関係、立場、型番などは理解出来ないものとなります』

 

「…全く分からない?」

 

『顔が似ている、や何処かで会ったことがあるような…などの感覚はありますが、確信たるモノは感じることは出来ないでしょう』

 

「…なるほど、天龍? 加古とはどこかで会ったことある? (加古とは前世で一緒に戦った仲のはず)」

「ん? いや、初対面だ。…何故か会ったことがある気がするが?」

 

 …どうやら間違いじゃないみたいだ。なんかどんどん分かりづらい設定が増えていってない? これ後で見返して「あっ! そういえばこういうのだった!? しまったーっ!!?」って作者が後悔するヤツじゃない?

 

「…タクト、俺に隠し事をしてないか?」

「ふぁ?! な、な、何にもナイデスヨーヤダナー」

「嘘つけ。…ここまでの仲になったんだ、今更隠し事はナシだ」

「い、いや…説明が難しいというか……?」

「…教えろ」

 

 天龍が僕に近づき、僕のほっぺたの端と端をつねるとそのまま引き伸ばす。顔の皮が横に広がる、いわゆる変顔になってしまった…いや痛いし皮が伸びるからヤメテ!?

 

「お前が教えてくれるまで止めん」

「ひょ、ひょんなー…(´Д` )」

「…ッフフ♪」

 

 …そのあと、観念して天龍の前世の活躍を教えることになった僕。談笑を交えながら前世の戦いを教えていると、金剛と翔鶴が駆け寄ってくる。

 

「テートク! ショーカクの目が覚めたノデ、早速作戦会議デース!」

「心配させてしまったわね? …何故かお礼は言いたくないけど」

「あはは…じゃあ行こっか? 天龍!」

「ああ…タクト」

 

 僕と天龍の醸し出す柔らかな雰囲気に、金剛が敏感に反応する。

 

「む! テートクとテンリューの距離が近くないデスかー? …っは!? これはもしやUWAKIデースか!!?」

「え、いやそんなことは…;」

「むふふ、なんちゃって! テートクがワタシを嫌いになるはずないデスもんねー♪(ギュッ)」

「…む」

 

 金剛が僕の腕に抱きつくと、何やら面白くなさそうな、不機嫌の表情になる天龍…すると?

 

「………(ぎゅ)」

「ひゅえ!!?!?」

 

 天龍がもう片方の腕に抱きついてきた…何だこの展開!? 両手に花、と言えば良いんだろうけど嫌な予感しかしない…。

 

「テンリュー? テートクのハートを掴むのはワタシデース、だからさっさと離すデース###」

「俺はタクトを守ると契約した、これも仕事の内だ。そっちこそ仕事の邪魔だから離れろ(むすっ)」

「ひ、ひええぇぇ…」

 

 僕を挟んで両者から火花が飛び散る…命がけのキャッツファイト開幕宣言? 僕の危険がアブナイ!!?

 

「しょ、翔鶴…タスケテ;;」

「……スケコマシ(チッ)」

「だよねー?! 君はそんな感じだよねえええええ!!?」

 

 …さて、そんなこんなで僕らは任務のため加古たちに状況確認をすることに…果たしてこの先にどんなことが待っているのか?

 

「…それより僕次回まで生きれるの? (恐怖)」




 アンダーカルマ閲覧時BGMは「全ての人の魂の詩」でオナシャス!


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皆丸太は持った? よし突入!

 …あ、皆さまご機嫌よう、拓人です。

 

 前回の嫁と仲間との修羅場をなんとか潜り抜けた僕です……はぁ、ホントに怖かった。なんかまだ鋭い雰囲気だし、そんなんじゃないって言っても金剛も天龍も無言だし…ってもっちーニヤニヤしない! 面白くなって来たねぇ〜じゃないから!?

 

 さて、ここで僕らの任務をおさらいしておこうと思います。(大分間が空いたから分からない人もいるかもだし…)っうぉっほん!

 

 まず僕らが現在居る場所は「トモシビ海域」かつて海魔大戦の戦場の一つになった場所、天候が不安定で時々嵐や大雨が降っている。

 そんなトモシビ海域に建てられた「百門要塞」文字通り百門の大砲と島を天高く覆う城壁が特徴らしい(加賀さん証言)。

 そんなトモシビ海域の百門要塞付近で、艦娘が人を襲う…という事件が発生している、しかもそれが鎮守府連合から派遣された艦娘だからさぁ大変。

 まぁ、何らかの原因があるのでしょうが、僕らはその原因を探りに来た…という次第で?

 もしかしたらあの「ローブの男」と何か関係があるかもしれないけど、まだなんとも言えない…原因調査の傍らにアイツの正体が分かれば良いけど?

 

 さて、加古たちの情報と合わせると…例の艦娘たちは、最近の異変調査…深海共がうじゃうじゃ湧き出る現象の調査をしていた艦娘たち、望月と同じだね? 彼女たちが忽然と姿を消して、気づいたら人を襲っていた、と?

 そして、近くで漁を営んでいた要塞の住人たちにも被害が及んだ、か。…うん、文章だけじゃ実感しづらいよね?

 

 というわけで、僕らはとりあえず要塞まで近づいてみる。金剛を中心に輪形陣…僕は金剛の後についていく。皆僕を守るためにしてくれてるけど…なんか、情け無くなっちゃうなぁ?

 

「拓人さんは、情け無いが服を着て歩いているような人なので〜何も恥ずかしがる必要はありません〜」

「もうそういうことでいいよ…人が本気で悩んでるのに」

 

 あ、加古たちは今別行動中だからこの艦隊には居ないよ? アタシらが行ったらややこしいからなー、とかなんとか? わけがわからないよ(QB)。

 …と言ってたら百門要塞の前まで来たよ。ぐるりと巨大な壁に囲まれた城みたいな建物がお出迎え。巨人…いやなんでもない。

 …えっと? 島がすっぽり中に入ってる感じかな? 地面らしきものが見当たらない、海の上に城壁がある感じ。そこから…あった、水門みたいな入り口を見つけた、おそらくアレが正門だ。

 そこ以外にそれらしいものはない。城壁に開けられたいやに目につく無数の穴は、大砲の発射口を置くのだろう…「百門」か、なんか数倍くらい多い気がするけど、オソロシッ!

 

「…ここからどうしようか?」

 

 僕らが立ち往生していると、スピーカーの音が聞こえる。ピーという耳障りな音と共に野太い声が流れる、男…要塞の人かな?

 

『──あーあー、こちら百門要塞よりヤマザキ、ヤマザキである! そこの艦娘たち、この百門要塞に近づくとは何事だ!』

 

 ヤマザキと名乗る男は僕らに尊大な態度で語りかけてきた。なんかもう…カイトさんならまだしも、ヤマザキなんて異世界感台無しだよ!? 因みに僕は"ヤマザキ"と言われて某学級王が浮かんだよ!

 

「…あ、あのー! 僕たちは鎮守府連合よりこの辺りの異変を調査しに来た者です! 最近この辺りで変わったことがありませんでしたか!!」

 

 僕が事情を叫ぶと、ヤマザキさんは「ぬっ!?」と言いながら声を荒げ始めた。

 

『鎮守府連合!? っくぁー! 彼奴らのお陰でこちらは夜も寝られん日々を送っているのだぞ! 貴様ら連合の使いか!? よくもあんな"悍ましい"奴らを寄越しよったな!!』

「っ! あ、あのその話を詳しく聞かせてもらえたら」

『喧しい! 我々は艦娘は全面的に信用しておらん! その上鎮守府連合だと!? 話すことなぞ何もないわ!!』

 

 聞く耳持たないとはこのことか? ヤマザキさんは捲し立てるように言葉を繋ぎ怒りをぶつけてくる。理不尽にさえ感じるその対応に僕は…。

 

「…っ!」

 

 少し「悪い癖」が出そうになる。僕だけならまだしもなんで金剛たちまで…!

 

「…タクト」

 

 僕が前のめりになると、天龍が手でそれを遮る。…十分だ、帰ろう。そう彼女が言うと他の娘も背を向けて滑り出す。

 諦めの表情といった、見ようによっては疲れたような呆れたような顔になって、彼女たちと僕は一旦その場を離れる。

 

『ッフン! 逃げ果せるがいい!! だが二度とこちらに近づくなよ! 呪われし乙女共めが、ハハハ!!!』

 

 …僕は悔しくて、無意識に歯を食いしばっていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「なんで何も言い返さないの!?」

 

 僕は金剛たちに改めて尋ねた…というか頭ごなしに怒鳴るに近いかな? ゴメンよ…でもこんなの納得出来ないよ。

 

「…言ってもねぇ?」

 

 望月の言葉に艦娘たちは押し黙る。俯くモノ、眉をひそめるモノ、虚空を見つめるモノなど、様々な反応をみせる。

 

「…タクト、お前には不思議に思うかもしれないが…あれがこの世界の人々の艦娘に対する考え方だ」

「え?」

 

 僕が疑問に思うと、妖精さんが説明を加える。

 

「拓人さん? この世界は誰のお陰で、海魔から救われました?」

「そんなの…艦娘たちに決まってる、だったら尚更!」

「そう…しかし、この世界が彼女たちを受け入れてしまったため、望まぬ戦いが続いてしまった…そういった考えがあるのも事実なのですよ」

「っ!? なんで…」

 

 次に天龍が説明する。

 

「俺たちは海魔大戦の後、平和な世に放たれた…そう話したな?」

「…うん」

「艦娘は、言わば兵器と同等の…いや、それ以上の力を有している。なら…その艦娘たちが国や国民のいざこざに介入すれば…どうなる?」

「…っ!?」

 

 最悪のシナリオが思い浮かぶ、天龍は肯定するように頷く。

 

「そう、様々な理由があれ艦娘たちは、ヒトに求められるままにその力を奮った。だが…そのせいで終わるはずだった戦いや紛争が、更に悪化していき…終いには「国に艦娘が一人でも居れば永久の平和が約束される」とまで言われるようになり、国や反乱分子はこぞって艦娘(俺たち)を求めるようになった」

「そんな…なんでそんなこと! 断ればいいのに!?」

「それが仕事であれ私情であれ、俺たちには「それしか無かった」のだろうな…兵器として生きてきた俺たちに、今更違った生き方など考えられない。足を止めれば何かが壊れていく、そんな錯覚さえ感じる」

 

 天龍の言葉に、艦娘たちは無言で頷く。

 

「テートク…幻滅しちゃうカモだけど、これがワタシたちの置かれている現状デース…」

「金剛…」

「っひ! 自分たちから力を求めといて、ヤバくなったらお前たちのせいだって! やぁ〜身勝手だねぇニンゲンってヤツぁ!!」

 

 ヒヒヒ! と望月は皮肉笑いを浮かべた。他の娘も少し寂しいような表情を浮かべる、翔鶴は「殺してやりたい」という殺意さえ垣間見えた。

 

 元は艦娘たちが悪いのかもしれない…でもだからって…!

 

 人間の邪悪な部分が、海魔を、深海共を呼び起こしたかもしれないというのに…邪悪の根源である確証がなければ、人は争い続けるのか? 分からない…でも。

 

「(間違っている…こんなの「違う」よ!)」

 

 僕は確かな…炎のように焼きつくような思いを胸に灯すのであった…。

 

「…さて、それは置いておくとして。これからどうする?」

 

 天龍が気持ちを切り替えるように促す。今は考えても仕方ない…僕らは現状を整理する。

 

「あの様子だと…この辺りで何かあったのは確かだよね?」

「ああ、確実に「居る」…だが確証がほしい」

「要塞をパトロールしますカ?」

「んー? やめといた方がいいぜ? あのオヤジはおそらく見張り員…当番制だろうから四六時中周りを監視してるだろうし? あのオヤジの反応を見るにアタシらがあんまりウロウロしない方が良い」

 

 余計な不安を抱かせないように、か…。それが一番だろうけどさ…。

 

「…ならば、中に潜入し様子を窺う…というのはいかがでしょう?」

 

 野分が珍しく…って言ったらアレだけど? とにかく建設的な意見を出した。

 

「え? でも身元が割れてるし…?」

「拓人さん、彼女たちは艤装さえ着けていなければ、普通の少女と変わりありません。あのヤマザキさんも遠目から見た艤装で判別していたようですし、おそらく大丈夫かと?」

「な、なるほど……? んー?」

 

 そう言われてもなぁ…コスプレした少女、まぁそんな感覚か? でも…それでも目立つんじゃないか?

 

「タクト、それはさしたる問題ではない。問題は…如何にして中に入るか、だ」

「あ…」

 

 確かに、正門は見張られているし、裏口もないし…参ったな、行き詰まったか?

 

「んー…? 待てよ?」

 

 僕はあることを思いつく。()()()()()()()()()()……! そうか!!

 

「どうしました、テートク?」

「…ねぇ? こういうのは?」

 

 僕は艦娘たちにひそひそと耳打ちをする。

 

「…おぉ」

 

 誰となく溢れた言葉、その手があったか! そう言いたげな表情だ。

 

「拓人さんにしては、凄く良いアイデアですねぇ〜」

「ほっといてよ!?」

 

 …さて、どのような内容かと言うと?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──百門要塞、正門。

 

「…すいませぇーん! 俺らしがない商人なんスけどー! 良いアイテム卸したんで如何っすかーっ?」

『…ム? 商船か? 何がある?』

「食べ物、服、後は…お役立ちアイテムってヤツでさぁ!」

『ほほぉ、良いな! 最近は忌々しい艦娘たちの所為で外からの客もめっきり減ってな。…良し、今開ける!』

 

 そう言うと、大きな鉄格子のような正門は、キリキリと音を立てながらゆっくりと上がっていく。

 

「ありがとうございまぁーす!」

 

 商船はそれを確認し、悠々と中に入っていく。

 

「…もう大丈夫だよ?」

 

 小さな女の子が、アイテムがあるであろう布が被さった一角に向かい話しかける。

 

「ばさっ)…ふぅ」

 

 その布の中から出てきた僕ら。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あっちー…」

「ひやひやしたケド、上手くいったネ?」

「まぁ、これからだがな…」

「アキちゃんありがとう、僕たちの無茶に付き合ってくれて」

「ううん、お父さんを助けてくれたお礼もしたかったし、お父さんも貴方たちにまた会えて嬉しかったみたいで…なんかこういうのカッコいいな! だって…うふ、子供みたいでしょ?」

「アキー! 聞こえてるぞー!!」

「っもぉー! お父さんの地獄耳ー!!」

 

 操舵室から怒鳴り声、今いる倉庫からアキちゃんの意地らしい声が木霊する。よく通った声からしっかりした印象が強くなる。流石船乗りの娘だ、僕なんかよりよっぽどしっかりしてる。いや当たり前かHAHAHA! (皮肉)

 

「さて、ここからどうするかな?」

「とりあえず、拓人さんは着替えないとです〜、その格好は流石に不味いですから〜!」

 

 確かに…僕の格好は白い海軍の制服だった。一瞬で正体がバレる。

 

「後でそれっぽい服をお渡ししますので〜」

「ありがとう妖精さん」

「…よし、先ずは中に潜入し情報収集だ。この数ヶ月で何が起こったか、出来れば内部の様子も見ておきたい」

「わっかりまシター!」

 

 天龍の的確な指示に頷く僕たち。さぁ…いよいよ本格的に任務開始だ!

 

「タクト」

「ん? どうしたの天龍?」

「…見事な判断だった、お前にはいざという時の機転が利くようだ」

「えっ? あはは…い、いやぁ頭は良い方かな〜とは」

「ははっ、この調子で頼むぞ「提督」?」

「! 天龍…っ!」

「…っほら行くぞ」

 

 ぶっきらぼうに言い捨てると、天龍は支度を始める。

 …よーし! この調子でどんどん行くぞー! 目指せ、元帥!! …なんてね!

 

「……(そう簡単に行きますかねぇ?)」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 この時、僕は知らなかった。

 

 この世界における人と艦娘の関係は…。

 

 

 ──言葉では言い表わせないほど"複雑化"していることを…。

 

 



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百門要塞の人々

 見事百門要塞内部に潜入成功した僕らだったが…?

 

「………」

「っぷ」

 

 アキちゃんたちと別れた後、僕らは露店が並ぶ場所で情報収集を行っていた。「旦那たちもあんまり無茶すんなよ!」とアキちゃん父に言われたけど…しばらくはあの商船が拠点になるかな?

 

「………」

 

 で、僕らは怪しまれないよう普通の格好に着替えた、艦娘の皆は艤装を隠した状態だから、妖精さんの話が本当なら普通の人にしか見えない筈、だけど…それに対して僕は。

 

 

 

 前の開いたチェックシャツ。

 

 だぼだぼズボン。

 

 ヘアバンダナ。

 

 インナーはよれよれの白T。

 

 ナニが入ってるであろうリュックサック。

 

 そして極めつけは…眼鏡。

 

 

 

「っ〜〜〜〜っっ!!? っあははははははは!!!」

 

 もっちー笑いすぎ、心は硝子だぞ?

 

「確かに普通だよ…僕らの世界ではだけど!」

「その格好がか…?」

「天龍さん、この格好は現実を逃避し続ける若者ファッションの代表的なもので、決して万人に受け入れられているわけではありません〜(あくまで個人的見解です。)」

「…そうか、触れてはいけないものだとは理解した」

 

 酷い、皆ヒドイよ! オタクが何をしたんだよ!?

 

「というか妖精さん、それらしい格好って言ったよね? 全然目立つんだけど! ほらあの親子連れ絶対流し目で見たから!!」

 

「ままー、アレ何〜?」

「!? 見ちゃダメよ、あっち行きましょう、っね!!?」

 

「………」

「自ら傷を抉ったか」

「拓人さん、曲がりなりにもオタクなのですから、それらしい格好をしなければ〜」

「僕にわかだし、逆にオタクに失礼だよ!?」

「ワタシはテートクがどんな格好でも愛してマース!(ぎゅっ)」

「あはは…ありがと金剛;」

「いや~あつい暑い、よそでやれよなー」

「…ダサい」

「翔鶴聞こえてるよ!? …ん? 野分、どうしたの?」

 

 さっきから野分が「んー」と唸りながらこっちを見つめている…徐に僕に近づく。

 

「…失礼」

 

 先ずヘアバンダナを細長く折って…首元に巻く、ループノットってやつかな?

 

「…お?」

 

 チェックのシャツを脱がし…よれよれインナーの上に、腰巻として着用。

 

「おぉ~」

 

 だぼだぼズボンの裾を足首がちょっと見える所まで捲り上げ、懐から出した裁縫セットのボタンで固定する。

 

「…よし」

 

 見事に3分コーデの出来上がり。見栄えは分からないけどさっきよりマシになったはず!

 

「うーん? やはり応急処置ですね。もう少しアイテムがあれば映えますが」

「いやいやこれで十分だから! ありがとう野分!」

「流石野分デース!」

「ああ、見直したぞ!」

 

 仲間たちからの賛辞に、野分もまんざらではない様子だった。

 

「Merci. ビューティーデザイナーとして当然のこと」

 

 あぁ、あのプロフィールの肩書きね? でもアレだけじゃいまいち何してたか分からないから、直接本人に経歴を尋ねてみる。

 

「…野分って、ここに来る前って何してたの?」

「ボクは各海域の鎮守府との連携と補佐を目的とした「泊地」を転々としていました。ボクと同じフリーの艦娘は大体泊地に所属しています」

「…金剛も?」

「…? そうですネー? そうかもしれまセン?」

「いやなにその曖昧な回答?」

「すみません…ワタシはテートクと会う前の記憶がフワフワしていて……何処の泊地に所属していたのかも覚えていません」

 

 え、どういうこと? 妖精さん??

 

「原因は分かりませんが、金剛さんは何らかのショックを受け、記憶の一部が欠けた状態で、あの島に流れ着いたのかもしれません〜」

「記憶喪失…ということか?」

 

 はい〜、といつものように答える妖精さん。流れでとんでもない情報が出て来たなぁ? でも…何かおかしいような気がする…。

 

「(…まいっか。妖精さんが嘘をつくとは思えないし?)」

「………」

 

 天龍は僕を見据えながら、険しい表情を崩さなかった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 露店に行き交う人々に話を聞いていくと、以下のことが分かった。

 

 

・艦娘が人を襲うようになったのは最近。

 

・それ以前から艦娘は「呪われた乙女」と言われ、この世界で忌み嫌われていた。

 

・更に輪をかけて、要塞内部で人が消失する「神隠し」が発生。

 

・何故か神隠しも艦娘のせいにされる(呪いだとかなんとか?)

 

 

 …んー? 神隠しが気になるなぁ? でも皆どことなくよそよそしくて、話聞ける状態じゃないんだよなぁ?

 

「誰か協力的な人はいないのかなぁ…?」

 

 僕が呟いていると、後ろから声を掛けてくる人物が。

 

「貴様、何故ここにいる!?」

 

 後ろを振り返ると、深い皺が頑固な印象を与える初老の男性。この声って…まさか門番の人!?

 しかし、お爺さんは他の艦娘には脇目も振らず、ある一点を睨みつける。

 

「何故貴様が…"独眼龍"!」

「……」

 

 独眼龍って…もしかして天龍? 本人も肯定するように佇んでいた。

 

「何故そう思う?」

「しらばっくれるか! 我が輩の祖国を窮地に陥れた張本人が!!」

「え…どういうこと?」

「小僧、他の娘たちも! その悪魔から離れろ!! …其奴は我が祖国に雇われた身でありながら、反乱分子に寝返りよった! お陰で祖国は崩壊した…貴様さえおらなんだら!!」

「!? どういう意味…?」

 

 僕は頭が真っ白になっていた、天龍がそんな酷いことする筈ない…!

 

「…そうだな?」

「!? 天龍!」

「アイツ…あの国の間者だったか。あの国は長く独裁政治が続いていた…貧富の差が激しく、反乱分子は貧民が大半を占めた国民たちだった」

「そんな…」

「それを知った俺は契約期限が切れたのを機に、反乱分子に加勢しあの国を崩壊させた。こう言っては非情だろうが、それでも自業自得だと思うがな?」

「貴様…言わせておけば!!」

 

 僕たちだけじゃなく、話を聞いていた他の人たちも衝撃的な内容だったようだ。

 

「え…アイツらって艦娘じゃ?」

 

 誰とも言えない一言が、お爺さんの目を開かせた。

 

「何!? ほかの娘たちもか! どおりで平然としておると思いよったら!!」

 

 一気にアウェーな感じになってしまった…睨む群衆とお爺さん、その中心に立たされた僕たち。…まさか気付かれるなんて…潜入は悪手だったか…っ!

 

 

「──あらん? どうしたのぉ?」

 

 

 …っ!? 背中に寒気が……!!?

 

 振り向くと、そこには…?

 

 

 2mはあろう巨体。

 

 ガッシリとした四肢を露出した短いスパンコールドレス。

 

 無駄に濃い化粧。

 

 極めつけは…CV三宅。

 

 

「こ、コバヤシ殿…!?」

 

 お爺さんの方を向く謎の大男「コバヤシ」。

 

「あらザキさん? こんにちは。ところで…私のお客様に何か?」

「!? き、客だと?!!」

「えぇ、ほら私ドレスコーデしてるでしょ? 最近流行りの「艦娘コーデ」試したいってお客様がね? だから要望に応えてそれなりに見栄えよくしたら「見せびらかしてくる」って聞かなくて…駄目じゃなぁい? あんまり遠くに行ったら危ないからってあれほど釘を刺したのに〜?」

 

 コバヤシさんは舌先三寸と言わんばかりに嘘を真実のように言ってのけた。

 

「…いやいやアンタ、そりゃないでしょ!?」

「っはぁ、まぁコバヤシさんが嘘つくわけないし?」

「っもぉザキさん、アンタもとんだ早とちりして! 全く…」

 

 民衆もコバヤシさんの人徳か、すんなりと信じていた。開いた口が塞がらないザキお爺さん。

 

「…コバヤシ殿、このような度が過ぎた悪戯はこれっきりにしてもらいたい! んむぅ、全くけしからん!」

 

 お爺さんは悪態をつきながらその場を後にした。民衆の波もそれに合わせて引いていく…。

 

「…あ、あの?」

「ここじゃ立ち話も出来ないわ、さぁこっち!」

 

 そう言って、コバヤシさんは僕の腕をムンズと掴むとどこかへ連れて行こうとする。

 

「わぁ!?」

「テートク!?」

 

 金剛たちも続いていく。…一体なんなんだ?!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕たちが無理やり引っ張られて、辿り着いた場所は…?

 

「マーミヤン……っは!?」

 

 お店に出入り口に掲げられた看板「レストランマーミヤン」の文字を見て、はっとする僕。ここって…確か店主(間宮さん)の居ないレストランだった筈…?

 

「さぁ、入りましょ?」

 

 優しく促され、マーミヤンへと入店する僕ら。出迎えてくれたのは?

 

「いらっしゃいませー! レストランマーミヤンへようこそ〜!」

 

 可愛らしいフリルの制服に身を包んだウェイトレスさんだ。名札を付けてある…「マユミ」? あぁ! マーミヤンで働く女の子NPCだっけ? そういえばコバヤシさんも…?

 

 なんだかわからないけど、彼らは悪い人たちではなさそうだ、良かった。

 

「…んー」

 

 それはそれとして、僕にはもう一つ気になることが。

 

「…っあ、CV早見さん!」

「はい?」

「拓人さん…」

 

 声もそうだけど、栗色の髪の毛に勝気そうな声…まんまレ○アだ! ぅわー好きだったんだよねぇ! 良いチョイス!

 

「…コバヤシさん、誰この人? 凄く気色悪い目で見てくるんだけど?」

「おっほぅ! (ご褒美)」

「あら? 人は見かけによらないわよ? 私はお客様選びには自信があるの! この子は良い子よ? 成長したらイイオトコになるわぁ〜(うっふん❤︎)」

「ひいぃ〜っ!?」

 

 ウィンクするコバヤシさん、お、おえぇ…悍ましい。CV三宅さんのオカマはキツイって;

 

「…おい、お前は誰だ? 何故俺たちをここへ?」

 

 天龍が問いかけると、コバヤシさんも軽やかに応じる。

 

「貴女たち艦娘ね?」

「っ! やっぱり駄目じゃん妖精さん!? さっきから普通にバレてるよ!」

「あれれぇ〜おかしい〜ぞぉ??」

「いや今回は笑いごとじゃ済まないからね!?」

「ううん違うの! …変装としてはまず見破られないんじゃないかしら? 艤装がなかったら普通の旅人にしか見えないし?」

「えっ? そうなんですか?」

「えぇ、でも…そこの眼帯ちゃんが思ってたより有名人だったみたいね? ザキさん悪い人じゃないけどどうにも頑固で…」

「あぁ…」

 

 どうやら天龍が艦娘の中でも有名な部類だったらしいが、コバヤシさんはそれに気付いて、それでも僕らを助けてくれた…何でだろう?

 

「貴方たち何か聞き込みしてたみたいだけど、もしかして例の"神隠し"について?」

「えっ、いえ僕らは別の要件…というか…似たようなもの、なのかなぁ?」

「あらそ〜ぉ! 実は私たちも色々不審なことが続いてたから、調べてたのよ?」

「…それを手伝え、と言いたいのか?」

 

 ギロリと睨みを利かす天龍だけど、コバヤシさんは怯まず僕たちへの好意を前面に出す。

 

「いやん❤︎ 怖い顔しないで? …そう言われても仕方ないけど、目的が同じなら私たちは協力できるわ! ねぇ?」

 

 コバヤシさんの言葉に、マユミちゃんも納得した様子だ。

 

「…うーん? コバヤシさんがそこまで言うなら? それにそこの人…言動が気持ち悪いだげで、顔はカワイイし?」

「ふぁ!??」

「テートクはワタシのデース! ドロボーキャットはシャッタぅデース!!(ぎゅっ!!)」

「こ、金剛…分かったから離して……苦しい」

 

 愛が重い…そんな僕らのやり取りを見たマユミちゃんが、一言呟いた。

 

「…貴女、何処かで?」

「え?」

「ううん、なんでもない! 気のせいだよねきっと…あはは」

 

 マユミちゃんは自信なさげに言葉を置く、少ししてコバヤシさんが口を開く。

 

「…じゃ、同盟成立かしら? 提督さん?」

「えっ!? 僕は提督なんて一言も…」

「そこの巫女ちゃんが言ってたじゃなぁい? 私って耳も良いの! うっふふ」

「シーット!?」

「それに艦娘の中に男の子、なんて提督しか思い浮かばないわぁ…あっ、悪いことじゃないのよぉ? 下心見え見えの輩が多いってだけで」

「ギクッ!?」

「…アンタ占い師か何か? スゲェ観察眼だなぁ」

 

 望月も舌を巻いたコバヤシさんの人を見る目、本人はいたって普通だった。

 

「あら? こんなの当たり前よ? 特に…ここに住むなら、自分で考えることをやらなくちゃ、やっていけないわぁ?」

「…そうなんだ」

「っあら! しんみりしちゃった? あは! ごめんなさい…改めて、私はコバヤシよ、ここでコーディネイト屋をやってるわ!」

「私はマユミだよ! レストランマーミヤンのウェイトレスです! …一人だけど? あはは…」

「ありがとうございます…僕は拓人です、とある事件を調査しに鎮守府連合から派遣されました」

「テートクの秘書艦の金剛デース! よろしくお願いしマース!!」

 

 こうして、僕らは互いに自己紹介を済ませて…この要塞内の異変を調べるために、共同で捜査することになった。

 

「…あらん? マユミちゃん? あの娘たちは?」

「あぁ、奥で料理して貰ってる。伊良湖ちゃん急の買い出しがあるって二人に任せたみたい?」

「…大丈夫なの? 嫌な予感がするわぁん?」

「大丈夫だと思うけ(ボガァン!)…!? っへ?! 調理場から爆発!!?」

「あらぁん…」

 

 奥からもくもくと煙が立ち上った、広がる煙に思わず咳き込む僕ら。

 

「…っけほ、いや〜失敗しちった〜☆」

「貴方に火を見ていて、と言った私が愚かでした…」

「いやーそれほどでも〜!」

「褒めていません」

 

 煙が晴れていくと…漫才を披露していた二人の姿が見えた。

 

 金髪の子と…黒髪ロングの子? もしかしなくても…!

 

「早霜、それにま」

 

「マイマドレーヌ!?」

 

 まさか僕ら以外の艦娘が要塞内に居たとは驚きだけど…それ以上に。

 

「っ! ノワツスキー!」

 

 野分にとって、切っても切り離せない娘が登場する…それにしても?

 

 

全員「…何て???」

 

 

 野分の世界観…難読すぎる……;

 




 野分コーデには正直自信ないです、作者はネットで調べただけでセンスあるか微妙です…。

 突っ込みたくなったら、遠慮なく言って下さい! (ツッコミ待ち)


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人と艦娘のどこに違いがあるの?

「あはははは!」

「うふふふふ!」

 

 …開幕お花畑の抱き合い、失礼します。

 

 野分と彼女の友達「舞風」が抱き合いながらくるくる回っている。つまりは絶対聖域構築…YU☆RI☆DA☆

 

 まぁ野分はこの世界じゃ下手な男優よりカッコいいし、元々まいのわは人気だし? いやいやそんなんじゃなくて、今取り込み中だってば!?

 

「あらぁ良いじゃなぁい! 運命的な再会ってことね? 胸が温まるわぁ〜!」

「コバヤシさんそうじゃなくて…もうマイちゃん早く片付けないと! 伊良湖ちゃんに怒られるよ!?」

 

 マユミちゃんが諭すが、二人は自分たちの世界で立て込んでいてまるで聞いていない。

 

「マイマドレーヌ、お久しぶりです! ボクは貴女のひまわりのような笑顔がなくて心細かった!」

「ノワツスキー! また会えてアタシも嬉しい! こんな時は踊るに限るよ〜!」

 

 あはははは〜うふふふふ〜あはははは〜

 

「キラキラしてやがるぜ…ふっ」

「テートクが力無く笑ってマース!?」

「昇天しかけてますね〜?」

「…おい、お前らは付き合っているのか?」

「天龍、時々君が天然に見えるよ…;」

「マドモアゼルテンリュー、ボクらはあの日に別れてから、長く険しい旅をして、再び相見えることが出来た唯一無二の親友(とも)の間柄です。それ以外の何者でもありません」

「だから長いよ…要するに長い間会えてなかった親友ってこと?」

「ウィ!」

「えぇ〜? アタシはそれ以上だけどな〜?」

「舞風待って、それ以上言ったらほんっとうにR-15圏内だからね?」

 

 僕に名前を呼ばれて、少し驚いた様子の舞風。

 

「ほぇ? アタシを知ってるの? いやぁアタシも有名になったか〜☆」

「うん…よく知ってる。君や早霜、金剛たちも…艦娘のことなら、僕はよく知ってる」

「…貴方、面白いオーラをしてますね?」

 

 囁くような声で、神秘的な雰囲気の彼女…早霜が話す。

 

「オーラって?」

「私は占術を嗜んでいます…だから少し「見える」のです、貴方の人柄が」

 

 占いか、何とも早霜らしい特技だが…僕ただでさえ妖精さんに考えが筒抜けなのに、これ以上丸裸にされちゃうの?

 

「貴方は…ある日突然大いなる使命を背負わされた、しかし貴方自身それを実感出来ない傾向にある…違いますか?」

「…え?」

 

 彼女の言っていること、僕は理解している…ただ一つ、理解できないとすれば。

 

「そうだね、僕はこの世界でやるべきことがある。でもそれが実感出来ていないわけでもないよ?」

「…なるほど。失礼しました、出過ぎた真似でしたね?」

「そ、そんなことはないけど?」

「ですが…やはり少しだけ、助言させてください」

 

 早霜はそう言うと、ゆっくりと…まるで僕の「奥」まで伝わるように、彼女に見えている真実を話す。

 

「あなたのそのオーラは、おそらく過酷な環境とは真逆の世界で培われたものでしょう…それは貴方の「優しさ(よさ)」しかしそのオーラは、この先の貴方の運命に立ち向かうにあたっては「枷」となるでしょう」

「…?」

「もし本当に、貴方にこの世界で自身の命運と向き合う覚悟がおありなら…”変わる”ことです、今までの貴方の全てを投げ捨ててでも」

「…あ、うん…ありがとう……?」

 

 早霜がニコリと笑う、すると舞風が早霜の後ろから抱きついてきた。

 

「はやしー、そんな暗いことばっかり言ってちゃダメだよぉ? 皆に改めて自己紹介しなくちゃ!」

「…そうですね? では…私は”早霜”と言います、どうぞよしなに」

「アタシは舞風―よろしっくぅ!」

「金剛デース! それからこっちはテンリューと」

 

 舞風たちと金剛たちが自己紹介をし合っていると、突然ドアが開く。

 

「いらっしゃ…っあ!?」

 

 マユミちゃんが対応しようとすると、驚きの声が上がる。それはドアから入ってきた人物も同じだったようで?

 

「……」

 

 呆然とした様子で僕らを…いや、”後ろ”を見つめると、持っていたビニール袋を床に手放した。…力なくなり落としたって具合かな? あぁ…彼女を見れば僕も解るよ「間宮さんと同じ立ち位置」の彼女だから…。

 

「……っう」

 

 見る見るうちに泣き顔に変わっていく、あ…(察し)。

 

「い、伊良湖ちゃん泣かないで!? すぐ、すぐに片付けるからあぁ~~~!?」

 

 マユミちゃん主導の元、もくもくと黒煙が立ち上るキッチンの片づけが行われる、もちろん僕らも。まぁ…しょうがないよね?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「すみません…気が動転してしまって…;」

「良いんだよ…僕らこそごめん、つい話し込んじゃって…」

「いえ…私は伊良湖と言います、このレストランマーミヤンで「店長代理」をさせてもらっています」

「うん、間宮さんは今居ないんだよね?」

「よくご存じで。…間宮さんから任されたこのレストランは私の…誇りのような……ぅう」

「ご、ごめんね本当。僕は色崎拓人、よろしくね伊良湖ちゃん?」

「…っはい、ごめんなさい。私のことは気にせず、ゆっくりしていってください」

 

 マユミちゃんが泣きそうになる伊良湖ちゃんを見ながら、元凶二人に呼びかけた。

 

「…二人とも、伊良湖ちゃんにごめんなさいして」

「マジメンゴー!」

「失礼しました…」

「あぁ私が頼んだからだけど、反省してよね! 特にマイちゃん!! ホントに反省してる!?」

「ダイジョビダイジョビ〜! ちょっと手が滑ったからだから、次はなんとかなるよん♪」

「なんとかなるわけあるかぁーっ!?」

 

 力強く叫ぶマユミちゃん、是非もなし。

 

「…ここのニンゲンは艦娘に対して、思うことはないのか?」

 

 天龍が当然の質問をぶつける、コバヤシさんは涼しげな態度を崩さず、優しく言葉を返した。

 

「あら、おかしいかしら? 私たちには普通の娘に見えたから…不快に思ったらごめんなさいね? そこの耳長ちゃんも、綺麗なお顔が台無しよ♥︎」

 

 コバヤシさんが眉間にしわを寄せる翔鶴に呼びかけてみるが、翔鶴は言葉を返さず代わりにコバヤシさんを睨みつけた。

 

「ご、ごめんなさい…翔鶴も悪気があるわけじゃないんだけど」

「良いのよ? 女の子は少しくらい気が強い位が丁度いいんだから、ね♪」

「……ふん」

 

 わざとらしく目線を逸らす翔鶴。頼むよ…ただでさえアウェーな状況なんだから、下手に問題起こさないでね?

 そんなこんなで僕が考え込んでいると、早霜たちがここにいる理由を教えてくれた。

 

「私たちは旅の途中で、天候不良に遭いまして。要塞に受け入れられたはいいものの、ご存知の通りあまり住民の反応は芳しくなく」

「だから、泊まるとこもないアタシたちを住み込みさせてくれたいらこっちやまゆみんにはちょー感謝しててさ! だからアタシたちも可能な限りでお手伝いしてるってワケ!」

「そっか…じゃあ伊良湖ちゃんは?」

「私は戦闘向きではないので、艦娘だとは思われてないんです。ここに住んでから、艤装も人前で見せたことありませんし」

 

 なるほど、言うほど迫害されているわけでもないんだ。仕方ない事情がある艦娘たちは受け入れている…か。

 

「良かった…」

「あらん? 貴方って艦娘が好きみたいね?」

「え? …あはは、すみません」

「謝らないで? いいことなんだから。…噂ではね、鎮守府連合の提督の中には、彼女たちをモノのようにしか見てない輩もいるって話だから」

「っ! …そんなの」

「…本当に艦娘を愛してるのね? 良かった、その怒り方は信頼できるわ」

 

 コバヤシさんは僕を試していたみたいだ。僕に謝るとコバヤシさんは僕らに「この要塞で起きている事柄」について話してくれた。

 

「実はね…この要塞の住人たちが、艦娘に襲われたみたいなのよ」

「っ! (情報で聞いた通りだ…!)」

「最近のことよね…鎮守府連合から来たって言う艦娘たちがこっちに挨拶しに来てね? 深海棲艦が急に増えた…というかどこかしこにも現れるようになった要因、かしらね? 彼女たちはそれを調査しに来たと言ってたわ」

「単刀直入に聞くがよ…その調査隊は今どこにいる?」

 

 望月が尋ねると、コバヤシさんは申し訳なさそうにしながら。

 

「…海の上」

「え?」

「海の上で…その調査隊らしい艦娘たちが、海を渡る人を襲うようになったらしいの」

「!?」

「まぁ、幸いまだこの要塞内に被害は出ていないわ。でも私たちも非力な人間、いつ艦娘たちがこの要塞に牙を向けるか気が気じゃないの」

「だから艦娘たちを目の敵にしてるってことですか?」

「それだけじゃないけどねぇ? …ここの住人は行く当てもない難民たちばかり、そして自分たちが難民になった原因である艦娘が目の前にいる、それどころか今度はこの要塞にまで危害が及ぼうとしている。…これだけ聞いたら、誰だっていい気分にはならないわよね」

「………」

 

 艦娘たちは揃って口を噤む。コバヤシさんは少し心配した表情になり訂正する。

 

「…でもね? 誰しもが艦娘を憎んでいる訳じゃないの。…本当は皆分かってるの、私たちと姿形が何も変わらない貴女たちを恨んでも、何も変わらないことは」

「…うん」

「言い訳にしか聞こえないでしょうけど、今はこれで我慢して頂戴ね? …でも、貴女たちのことを頭ごなしに軽蔑するどうしようもないヤツもいるけど」

「え? それって…?」

「…艦娘たちを「悪」と決めつける差別者…アレが事態をややこしくしてるのかもね?」

「…!?」

 

 僕らがコバヤシさんから聞いた言葉は、平和な世界に居た僕からは到底信じられないことだった…。

 



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信じる者は救われるって、そもそも信じさせてくれない。

「──世界は今、悪意に満ちています…」

 

 百門要塞内に建てられた、まるで場違いな神聖で厳かな雰囲気を感じる巨大な建物。

 白を基調とした、入り口の真上に高々と架けられた十字架、門を開けると、鮮やかなステンドガラスと女神像が出迎える。

 礼拝堂の奥に立つのは、十字をあしらった祭服に身を包んだ…「神父」という言葉の似合う、慈愛の笑みを浮かべた男性。

 

「人は幸福であるべくして生まれました。事実世界はそうなるべく構築されていました」

 

「海魔とは即ち神が与えたもうた試練。我々に必要だったのは、神の意志に反する精神でなく、全てを受け入れる心の器でした。それを蔑ろにしたのは、かつて神の使いに歯向かった連合と、その手足となり現在(いま)も殺戮を繰り返す艦娘」

 

「艦娘は我々の生活、人生に甚大な被害を与え続けています、何故か! それは彼女たちがこの世界を滅ぼすため造られた悪魔の軍勢であるからに他なりません!!」

 

「神は怒りを表しておられます、その証こそ灰色の化身「深海棲艦」の出現、彼女たちは今や世界中に出没し「混沌」を振り撒いている…全ては! 七十年前のあの過ちより始まった!!」

 

「…であれば我々は過ちを正し、清き心を持って神に許しを乞うべきでしょう。そうすれば、神は慈悲により全てを愛するでしょう」

 

「迷える罪人たちよ、耐えましょう。そして空を仰ぎ神に祈りを捧げましょう…世界に久遠の平穏が訪れるように!」

 

 

──うぉおおお!!!

 

 

 そこはまるで、地獄に現れた天界の扉。

 

 しかしてその支配者は、神か悪魔か…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「神父?」

 

 僕らはこの要塞内の事情を聞く過程で、ある人物について知らされていた。

 

「ええ、いつだったかふらりと現れてね? 使われなくなった施設で教会を開いているの。…私から言わせれば邪教信者みたいなものだけど?」

「教会…教えを説いているんですよね? 一体どんな…?」

「…艦娘と連合は悪魔の使いで、今現在の酷な状況も全部艦娘たちのせいだって?」

「…っ!? そんなの無茶苦茶だ!!」

 

 僕の反応を予測していたのか、コバヤシさんは俯いてどこか申し訳なさそうだった。

 

「そうよね? 本当にそう思う。…でもね? 人ってそんなに強くないのよ? どんなに妄言だろうと、心の拠り所が必要な人は数多く居る。特に…この百門要塞にはね?」

「あ…」

 

 そう、百門要塞。ここは戦争孤児や難民たちが集まって暮らしている、心が傷ついている人だって…それこそ数え切れないだろう。

 

「家族を失った、友達を目の前で殺された、将来を誓い合った人を亡くした人もいるわ。…それがどういう意味か、解る?」

「………」

「戦争はね、誰も望んでいないの。欲に目が眩んだダレカが始めただけの話。でも…ダレが発端だとか、そんなものは関係ないの…一度始まった戦いは、ダレカが犠牲にならないと終わらないのよ? それこそ、規模が大きくなればなるほど、より大勢のダレカが犠牲になるの」

「…どうして?」

「さぁ、誰にも解らないから「傷つけ合う」んじゃないかしら?」

 

 絶望、今の僕の胸中にはその言葉が合っていた。

 

 戦争はいけないこと、絶対に繰り返してはいけない。そう思っていた…でも、それだけじゃ駄目だった。()()()()()()()()()

 当事者たちの言葉は、何よりもの説得力があった。綺麗事は存在しない、ヤルカヤラレルカ、ただそれだけ。

 そんなの、獣と同じじゃないか…! 僕らは……僕は…っ!

 

「もちろん、誰も悪くないわ。それがどういった理由であれ、経緯がある以上仕方のないこと。…私が許せないのは、傷ついた人たちに擦り寄って来る「誰も()らない悪意」よ?」

 

 コバヤシさんはあからさまに「神父」に対して疑惑の目を向けていた、理由を聞いてみると?

 

「オンナの…"カン"よっ! (くわっ)」

「…証拠がないって?」

「明確な証拠はね? でも…あの神父が住民たちの心の傷を利用して、艦娘たちを煽っているのは事実だし、アイツが姿を現してから、艦娘がおかしくなったり神隠しの被害者が出たりしたの」

「…!」

「おかしいと思うでしょ? でも…証拠もないのもあるけど、この街のほとんどの人は、あの神父が自分たちを救ってくれたって、言って聞かないのよ」

「誰も神父を疑っていない、ってことか」

「…なるほど、その神父とやらの身の回り、調べる必要がありそうだ」

 

 天龍がそう提案すると、コバヤシさんたちは顔を輝かせ嬉しそうにした。

 

「ホントに!? ありがとう! 私たちも調べたかったんだけど、多勢に無勢っていうか、下手に動けなかったから!」

 

 マユミちゃんがそう言うと、コバヤシさんも続いた。

 

「そうね? 改めて貴方たちの力を貸して貰えないかしら?」

「もちろんです! 艦娘たちの誤解を解かなきゃ!」

 

 そう言って、コバヤシさんが伸ばした手を握る僕。同盟は正式に成立した。

 

「…その前に、一つ聞かせてほしい」

 

 天龍がコバヤシさんたちに向き合いながら、ある質問をする。

 

「タクトはこう言っているが、俺は神父の言い分にも一理あると思う、言い訳はしない。…だのに、何故俺たちに加担する? そちらもメリットばかりでは無いだろう?」

 

 天龍の言葉に、コバヤシさんは少し考える風に頭を傾げ、こう回答する。

 

「私たちは、貴女たちが兵器なんて思えないから」

 

「…それだけか?」

「えぇ、だって…貴女たちにもあるのでしょう? 心の傷」

「っ! …何故そう思う?」

「顔に書いてあるわよ? 辛い、苦しいってね? …私たちと同じよ? 心があり、悩みがあり、辛い過去を乗り越えようとしている。…そんな貴女たちを兵器なんて、とても思えない」

 

 コバヤシさんの次に、マユミちゃんも気持ちを表した。

 

「私もね? 辛かった過去があるの。誰だって…人間だったらそのくらいあるよ。それを人より強い力があるからって、線を引いて差別して…そんなことばっかりやってたら、戦いなんて一生終わらないよ。だから…どうか、貴女たちを信じさせてほしいの?」

 

 二人の言葉に、天龍は思案顔になりながらも…。

 

「…分かった、よろしく頼む」

 

 彼女は、それ以上何も言わなかった。

 

「…それにしても、どうして艦娘たちが暴れ出したのかしら?」

 

 コバヤシさんはさっそく例の議題に入る。僕らも考える…と、僕はある事柄を思い浮かべた。

 

「あらタクトちゃん、何か思い当たることが?」

「実は…」

 

 僕らはコバヤシさんたちに、ここに来るまでに「謎の男に襲われた」ことを伝えた。

 

「そんなことが…」

「はい、その男は深海棲艦を従えていました、どころか艦娘さえおかしくしてみせたんです」

「っ! コバヤシさん!」

「ええマユミちゃん、どうやら当たりみたいね?」

「…よぉ大将、その時の様子とか、もちっと詳しく教えらんねぇかい?」

 

 えらく前のめりな望月に、僕はもう少し詳しく説明する。

 

「つまりその「赤い石」の光を見た瞬間、耳長がおかしくなっちまったって?」

「うん、だよね?」

「…知りません」

 

 そっぽを向く翔鶴、まぁ立場が同じだったら僕も思い出したくないし?

 

「…ふーむ」

「眼鏡ちゃん、どうしたの?」

 

 コバヤシさんに問われると、望月はその知識を披露する。

 

「そりゃ「海魔石」かもな?」

「海魔石…?」

「あぁ、艦鉱石がマナを蓄える魔法の石だってのは知ってるだろ? 海魔石は…「欲望」を蓄えるのさ?」

「!?」

「つっても、原理は同じなんだがな? 艦鉱石と海魔石の元になる「元素を吸収する石」があるんだが…それらを加工して造られるんが、二つの魔法石ってわけ?」

「海魔石って、どういう石なの?」

「ん〜…昔は怒りとか、悲しみとか? そういう負の感情的なものを石に封印する術があったんだよ? それが後に「海魔石」って呼ばれるようになっていったんだよ」

「それはなんとなく分かるけど…」

「大将には難しいかもだけんどな…あれに魔力を注ぐと、拒絶反応っつうか蓄えた元素が暴走しちまうんだよ」

「っ! どういうこと!?」

「慌てなさんな。…例えば艦鉱石に直接魔力を注ぐと高密度の魔障光を放つ、蓄えたマナが過剰に反応しちまってんだな? その光は吐き気だとか眩暈だとか人体に悪影響を及ぶすんだ。元気の源でも取りすぎは毒、ってよくある話さ?」

「そっか…じゃあ海魔石に魔力を注ぐと?」

「そ、感情のエネルギーが暴走しちまうってワケ。元々ニンゲン様がこさえたものだからよっぽど高密度じゃねえとそこまで悪影響はねえ。…その対象が「ニンゲン」だったら、な?」

「艦娘は…違うってこと?」

「あぁ、アタシらの中身は100%マナだからな、マナと欲望は対極に位置するといっていい。欲望の思念波はアタシらをどうにかさせるにゃ十分すぎる」

「…じゃあ、あの時翔鶴が暴走したのって」

「海魔石の魔障光にやられたんだろう。まぁ…「暴走自体は稀なモン」のはずなんだがな…?」

 

 望月は小さく呟きながら翔鶴を見やったみたいだけど、彼女はぷいっとそっぽを向いて視線をそらした。…暴走? からの言葉がちょっと聞き取れなかったけど。

 

「どうしたの?」

「いや? …しかしおかしいねぇ? 海魔石は艦鉱石と一緒に、連合が取り扱いを禁じているはず」

「その話は俺も聞いたことがある。艦娘建造の撤廃と同時に、元になる魔鉱石の採掘場の廃止も決定したのだろう」

 

 天龍の言葉に頷く望月。

 

「あぁ、かつては見渡す限りっつうぐらいあった採掘場も、今じゃ全部廃鉱だろうな。だから…今入手するんは不可能のはず」

「いずれにしても、その海魔石が艦娘たちをおかしくしてる原因みたいねぇ?」

 

 コバヤシさんの見解に肯定の頷きを返す僕たち、確証はまだないけど、ここまで状況と情報が一致してるなら核心を突いているはず。

 

「…ふぅん? 面白いねえ」

 

 ニヤリと嗤う望月、見事なアー○ードスマイル。

 

「大将、アタシはしばらく海魔石について調べてみる。なんせ七十年以上前の代物だからな、アタシらの知らない何かがあるんかもしんねえ」

「うん、分かったよ。頼むね望月」

「ワタシたちも住民からの情報収集を続けまショー!」

「うむ、だがあまり出回るなよ? 住民たちの誤解も完全に解けたとは思えん。あくまで自然に聞き出すんだ」

「ウィ! 了解しました!」

「…了承」

 

 金剛、天龍、野分、綾波の順の発言だけど…綾波の声、久々に聞いた気がする;

 

「………」

「耳長ちゃんはどうするの?」

「私は別に…」

「あ! だったらさ、ウェイトレスの仕事手伝ってくれないかな? お昼になると結構きつめでさ~? お給料出すから、ね!」

「え、いえだから…」

「それは私としても助かります!」

「だよね伊良湖ちゃん! 耳長さんだったらスタイルいいし、美人だし、お客さんも喜ぶんだけどなぁ?」

「アタシもさぼれるからチョー歓迎!」

「さぼる前提ですか…」

「……ぅ…」

 

 狼狽した様子の翔鶴が、珍しく目配せして僕に意見を求めてくる。うん、可愛い。

 

「…いいんじゃないかな? ちょっとの間だけだと思うし?」

「…どうしてもやらなくては?」

「じゃあ、提督命令で」

「そんな笑顔で言わないでください…はぁ、分かりました」

「いやったぁ!」

「さぼれるー! 早速ねるー!」

「マイちゃんは待って! まだ厨房の掃除完璧じゃないでしょ!?」

「えー」

 

 わいわいと騒ぐ皆。あぁ…こういうの良いな、なんか…。

 

 

 

 ──約束して? いつかきっと、二人で…。

 

 

 

「彼女との時間を思い出すなぁ…」

 

 楽しそうな安らぎの空間を見つめながら、僕はあの時の…少し静かで、それでも楽しかったあの記憶を反芻していた…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「………」

「何か言いたそうだな、カミサマ?」

「…天龍さん」

「何を思っているか知らんが、いい加減ヤツに真実でも伝えたらどうだ?」

「さぁ? 何を言っているやら~?」

「…ふん。俺はアイツを強くすると誓った、もしも…お前がアイツの道を塞ぐというなら…」

「怖い顔しないでください~? …そうですねぇ、私も拓人さんには強くなってほしいので、今は何も言うことはありません~」

「…そうか、ならば俺も言うことはない…ただ」

「はい~?」

「…いずれアイツ自身が、殻を破り真実を求める日が来るだろう。それが…お前が頑なに隠している「ナニカ」だとしも…俺はアイツの剣として、アイツが求める道を邪魔するモノを切り開く。…それが神だろうと変わらない、それを肝に銘じておけ」

 

 踵を返して去っていく天龍を、妖精さんは見送る。

 

「…うふ、大分距離が縮まったみたいですねぇ~? …あと少し、ですかねぇ」

 

 ──拓人さんが、自身の運命と向き合うその”時”は……。




○海魔石

海魔石は、海魔大戦が始まるずっと前に、怒りや憎しみといった負のエネルギーを封じ込める「魔封石」の一種でした〜。
海魔大戦が終結した後に、欲望の集合体とされた海魔のような不浄なる石として「海魔石」と名を改められました〜。
魔力を注ぐと、溜め込んだエネルギーが暴走し、赤い光を放ちます〜。それを見た艦娘たちは、体内のマナエネルギーを相殺されて、運が悪ければ憎しみに囚われてしまいます〜。(元々のエネルギー源なのか、ヒトには効果が薄いようですが?)
拓人さんを襲った謎の男が持っていた、とされますが…?


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シゲさんのカジノ

「…心拍数、徐々に低下しています…この子はもう……」

「そうか…直ぐにご家族をお呼びして、最期の別れになるだろう…」

 

 ──ガラッ

 

「…っ!」

 

「む? なんだね君は、ここは関係者以外…っおい!?」

「先生! この子…いつも彼女とお話ししていた…!」

「っ! …そうか」

 

「…どうして」

 

「どうしてこうなるの!?」

 

「言ったよね? 一緒に知らない世界を見に行こうって…なのに……なのにっ!」

 

「何で君がこんな目に合わなきゃならないんだ! …こんなの…あんまりだよぉ!!」

 

「…っ! 嫌だよ…君の居ない世界なんて…生きていたって……そんなの……意味ないよ…っ!」

 

 

 

 

『────ぃ』

 

「…!」

 

「先生、彼女の意識が…!」

 

『ご、めん……な…さい。貴方との…約そ、く……守れ…な……かった』

「駄目だ…そんなこと言わないで……君が居なくなるなんて…僕は…!」

『…(ニコッ) 大丈夫…私はいつも……貴方と一緒………貴方の思い出の中で…いつも……貴方を…見守っ…て………』

「…っ!」

 

 

 

 

 

 ──pi-------………

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…い、おい、タクト?」

 

「…ん?」

 

 …目覚めるとそこは、木造の部屋。僕は…そこのベッドの上で眠っていた……夢を見ていた。

 

 非道い悪夢みたいなヤツだったけど、その悪夢から目を覚まさせてくれたのは、天龍だった。

 

「…あれ、僕は…?」

「覚えていないか? ここはマーミヤンの二階の休憩個室で、俺たちはそれぞれの割り当てで床に就いたのだ」

 

 …思い出した。一緒に事件を解決するんだったら一緒に居た方がいいでしょ? 私たちも楽だし! …と、マユミ氏の手伝わせる気満々の発言によってこのマーミヤンの個室を借りて生活することにしたのだ。

 一応アキちゃんたちには連絡しておいたけど…不満があるとすれば「男だから」という理由で、金剛と一緒の部屋にさせて貰えなかったこと。プライバシーがあるから! とまたもマユミ氏の鶴の一声により問答無用で部屋を割り当てられた。

 金剛も猛反対したが「時間と場所を弁えないと、男に嫌われるわよ?」とコバヤシ氏の一言で渋々受け入れた。でもまぁ…確かに四六時中くっついているのも……うん。

 

「…で、どうしたの天龍? 何か事件に進展が?」

「いや、大分暇を持て余すだろうと思ったのでな? お前を鍛える時間に回そうと考えたワケだ」

「…えっ」

「前にお前が言っただろう? 「やると言ったことをやる描写を入れないと、シチョーシャは納得しない」…とな?」

「えー…言った……かもしれないけどさ……;」

「よし、早速腹ごしらえ前の運動だ。…そうだな、この要塞内を何周かしてみるか?」

「え〜先にご飯食べようよぉ、それに何周するか決めとかないと」

「そんな理屈は戦場では通用せん。いつ如何なる状況にも対応出来るよう身体を作り変えなければ、な?」

 

 お、鬼教官…天龍幼稚園のくせに!

 

「何か言ったな? (むにゅー)」

「い、いっへないれす…ごへんなはい……」

 

 ひとしきり僕の頰を揉みしだくと、満足気に口角を上げながら教官はヒヨッコを連れて外へ出ていった…。

 

「(妖精さん)私は大人しくしてますね~? いってらっしゃ~い!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「ぜぇ………ぜぇ……っふ、ぅ………!」

 

 あれから小一時間は経つだろうか、朝の人気のない要塞の内部を、これでもかと走り回った。おかげで僕は体力が…いやあるけど。

 この身体は持続力自体はあるけど、天龍曰く、僕の走り方とかがなっていないみたいで、余計な体力消耗に繋がっているみたい。

 

「も、もう無理…目眩がしてきた……あれぇ? 僕転生したんだよね?」

「精神の問題だ。肉体の強化に脆弱な精神が付いていけていないのだ、もっと自分を信じてみろ」

「そ、そんなことで解決出来るかなぁ…;」

「やる前から挫けてどうする。もっと気合いを入れろ、お前なら出来る」

 

 そんな修◯みたいな熱血理論で…;

 

 …嘆いても仕方ない。僕は目を閉じて自分を信じるように念じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ごめんなさい……。

 

 

「…っ!」

 

 ふとした瞬間、足が止まる。

 

 失ったという虚穴、何もしてあげられなかった無能な自分……そんな自分に()()()()()()()()? …僕の中の何モノかが囁いた。

 立ち止まり、全身を駆け巡る悪寒を鎮めるように、自ら身体を摩る。恐怖に歪んだその顔は、何があったのか語らずとも彼女には伝わったようだ。

 

「…無理にやる必要はない。先ずは基礎から学び、それを自らのコントロールに活かせばいい」

「………うん」

 

 ボクらがそう話し合っていると、向こうから誰かがこっちにやって来るのが見えた。

 

「…ん? なんじゃお主、こんなところで吐こうというのか?」

 

 白髪のご老人が僕らに話しかけて来た。

 ヤマザキさんより見た感じは歳を重ねている印象、だけど向こうが頑固爺さんなら、目の前の人は好々爺(こうこうや)然とした感じ。

 アロハシャツっぽい薄着と腹巻が特徴的なおじいさんは「カカ」と笑いながら僕らを見ていた。

 

「あ、いえ…大丈夫です、お気遣いなく」

「なぁにを畏まっとるか! 若いモンはもう少し横柄でも許されるのじゃぞ? ワシらは死神サマの手が肩にかかっとるから、そんなことしよったら即あの世逝きじゃがな! カーッカッカ!!」

「(言ってることと態度がちぐはぐのような…;)」

「タクト、こういう輩にはあまり関わらない方が良い。行くぞ」

 

 天龍がそう言って僕の手を掴もうとすると…?

 

「…っ!?」

「んん〜〜お主良く引き締まった尻しとるのぉ〜? よい、よいぞぉ? ワシ好みじゃ〜」

 

 いつの間にか後ろに回り込んだおじいさんが、天龍の…お尻を触っている。

 

「っ! この!!」

「! ダメだ天龍!!」

 

 不用意に危害を加えたら、後で住民に何を言われるか分からない。僕は天龍に止めるように言うが。

 

「っほ!」

 

 天龍の拳骨をひらりと躱すと、僕らの真上を軽々と飛んでいくおじいさん……で、出来る! (一回言ってみたかった言葉)

 

「(スタッ)…ふぅ危ないあぶない。もう少し早ければワシの眉間にストライクじゃったな? いやいや老体は労らんと、バチ当たりめぇ? カーッカッカ!」

 

 絵に描いたような師匠キャラだなぁ…ちょっとうるさいけど?

 

「あの…貴方は?」

「ん? ワシか? ワシは只の隠居生活のクソジジイじゃよ?」

「自分で言うんだ…;」

「カッカッカ! …時にお主」

「…!」

 

 これはまさか…「中々見込みがあるの、ワシの下で修行せんか?」というパワーアップイベント!?

 

「…随分ひょろっちぃのぉ? ちゃんとメシ食っとるか?」

「何なのこのおじいさん!? さっきから失礼すぎだろ! …あ」

「カッカッカ! よいよい、若いモンはそうでなくてはな!」

「うぅ…調子狂うなぁ…;」

「…ふむ、もし良ければワシのとこでメシ食ってくか? 先程の非礼も詫びねばな」

「えっ…」

 

 僕は大丈夫だけど…天龍があからさまに嫌そうな顔してるな?

 

「何ならそこの少年だけでも良いぞ? ワシは男だろうが「食っちまう」から、あんまりおススメ出来んがなぁ?」

「いぃ!? (見境なし!? どれだけ寂しい人生だったの!!?)」

「…ッチ、いいだろう。何のつもりか知らんが、タクトに何かあれば貴様もタダでは済まさん」

「おぉw こわいこわいww …冗談はさておき、さてと! んじゃしっかりついて来いよぉ!」

 

 おじいさんは僕らに背を向けると、そのまま飛び上がり建物を飛び移りながら…って早い!? もうあんなところに!!?

 

「っく! タクト、掴まれ!」

「えっ? (ガシッ)…うわぁ!?」

 

 天龍は僕の手を掴みながら飛び上がり、おじいさんの後を追いかける。…いや普通に落ちそうなんだけど!? ひいいぃぃ〜〜!!?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「ようこそ! 我がカジノ「シゲハウス」へ!」

 

 無理やり気味に連れてこられた僕らは、目の前の「ほったて小屋」をカジノと言い張るおじいさんに目を丸くしていた。

 

「…ん? シゲハウス?? ……っあ!」

「どうした?」

「思い出した! ここって"シゲさんのカジノ"だよ! 確か…どこだったかは忘れちゃったけど、シゲさんっていう人の所に艦娘たちが赴く、ってそういうプチイベントがあったんだよ!」

「なに? では…目の前のこのエロジジイは」

 

 僕らの言葉に、ニヤリと笑うおじいさん。

 

「如何にも! ワシは「シゲオ」というモンじゃが、皆からはシゲさんと呼ばれておる。なんならシゲちゃんでもいいのよ☆」

「えぇ…;」

「お主らが何故ワシを知っておるのか、それは聞かんといてやる。遠目から見てもワケありじゃというのは分かるからのぉ?」

「! …最初からここに連れて来るのが目的だったのか?」

「まぁのぉ? まぁそう警戒するな? …先ずは腹が減っておるじゃろ? とりあえずメシにするぞ!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 そう言われて、居間に通された僕らは、シゲさんの作った料理に舌鼓をうつ。美味しいけど…味つけが濃いし、量も多いなぁ…。

 

「なんじゃ! まだ食っとらんのか! 食べねば大きくならんぞ! ほれ、ワシの分もやろう!」

「え!? いや、え…こんなに食べれないよぉ〜」

「カッカッカ! 我慢せずに食え、食え!」

「タクト…意外に美味いぞ……遠慮なく食っておけ(もぐもぐ)」

「えぇいやいや…天龍馴染みすぎ;」

「カッカッカ! …さぁて、腹が張った次はカジノらしいことするかのぉ?」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「(カランッ)さぁ、丁か半か!」

「ち、丁!」

「…半」

 

 シゲさんが手に持ったお碗を掲げると…畳の上にサイコロが二つ、出目は「1」と「4」。

 

「半じゃ! …カッカッカ! お嬢ちゃんが一枚上手じゃの?」

「くぅ…!」

「…やれやれ、何の茶番だ?」

「なぁに、ゲームでもしてリラックスと思ってな? 賭けるモンもないから楽しいじゃろ?」

「はい! 最近ゲーム出来なかったから、こういうのでもすごい楽しい!」

「カッカッカ! そうじゃろう! よーし次は……ババ抜きやる人ー?」

「はーいっ!」

「(やれやれ…タクトもすっかり絆されたな?)」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「はーっ! 楽しかったー!」

 

 畳の上に転がり、満足気にため息を吐く僕。

 

 最近は張り詰めた空気だったから、リラックス出来たと思う。シゲさんのおかげだな? この人の人柄はどんな些細な遊びも面白おかしくする…お陰で楽しかった、こんなに遊んだのは本当に久しぶりだ。

 

「…どうじゃ少年? リラックス出来たか?」

「はい、最高にリラックス出来ました。ありがとうございます!」

「うむ。…んじゃ次はジャンケンでもせんか?」

「良いですよ! 負けませんから!」

「…?」

 

 天龍が訝しむが、とりあえず様子を見てくれている。僕とシゲさんは立ち上がり、遠めに向かい合いジャンケンの構えをとる。

 

「最初は…グー……ジャン、ケン…!」

 

「──…ほいっ!!」

 

 シゲさんの眼光がギラリと光ると、そのままの姿勢で瞬時に僕との間合いを詰める(縮地法って言うのかな?)そして…僕の目に向かってチョキで「目つぶし」を狙う。

 

「! タクトっ!!」

「え…うわぁ!!?」

 

 僕は驚くしかなく、防御として手を前にかざす。そんなことしてもダメだって分かってるんだけど……。

 

 ──しかし、不可思議なことが起こる。

 

「…え?」

 

 結果的には…僕は彼の攻撃を「防御した」中指の間を起用に使って、二本の凶器の指を止めたのだ。

 

「何だと…!?」

 

 天龍も驚愕していたが、一番驚いたのは僕だ。僕が何が起こったか分からず呆けていると、シゲさんが口を開いた。

 

「…ふむ、やはり只者ではなかったようだのぉ、お主は?」

「え…?」

「じゃが惜しいのぉ? ちぃとばかし制御がなっとらんの?」

「どういうことだ…?」

 

 僕と天龍が状況を纏めきれないでいると、シゲさんは説明してくれた。

 

「少年よ、お主には類稀なる潜在能力が眠っておる。じゃが…そういうものは体がカチ強張っとると出せるものも出せんものじゃよ?」

「(先ほどからタクトを遊ばせていたのは、実力を引き出すため…っ!?)」

 

 短いが言わんとしていることを理解した僕だが、優しく接してくれているシゲさんに対し、何処か不貞腐れたような態度になる。

 

「…僕が、自分を信じないのが原因と?」

「そこまで言うとらんよ? じゃが、心と体は表裏一体と言う、お主がそう思うならそうなのじゃろうなぁ?」

「そうか…でも、仕方ないですよ。僕は…彼女を助けられなかった。そんな僕が…今更」

 

 僕がネガティブになっていると、シゲさんはすかさずデコピン。

 

「(バチィンッ!!)痛った!? 凄い音した?!!」

「若いモンが何をほざきよるか。…そんなことでへこたれてどうする? お主も男ならいつまでもクヨクヨするでない。今のお主を見て、その彼女とやらが喜ぶかの?」

「…っ! それは…」

「やり直したいだの、もう思い出したくないだの、そんなもんは誰にでもある、じゃから…」

「前を向いて歩け、ですか? そんな言葉…」

 

()()()()()()()()()()()

 

「えっ!?」

「後ろ向きでも、それが自分らしいと思うなら、それで良い! 大事なのは「今の自分を受け入れる」ことじゃ。否定ばかりしとるから力もお主に馴染まんのだ」

「…受け入れる?」

 

 僕がそう呟くと、天龍が僕に言い聞かせるように言った。

 

「タクト、俺はお前が提督として大成出来ると信じている。だから…自分が信じられないなら、俺たちを信じてほしい」

「…っ! 天龍…」

「カッカッカ! ほれ、逃げ場がなくなったぞ! お嬢ちゃんのためにも、しゃっきりせんかい!」

 

 シゲさんは僕に笑いかける。初めて出会った僕らにここまでしてくれた、誰に真似出来るものじゃないだろう。

 この人は…凄いな、こんな風に…僕も他人に対して優しくなれるだろうか?

 天龍、シゲさん、今まで出会った全ての人たちの「思いやり」…温かい気持ちが、僕の中に流れ込んでくる。

 

「──分かったよ、天龍。僕ももう少し…自分を信じてみるよ」

「…そうか」

 

 天龍は優しく微笑み、僕を祝福してくれた。

 

「カッカッカ! 漸くその気になったかの?」

「はい。ありがとうございますシゲさん、僕は…間違っていたんですね」

「うむ、間違いなぞ誰にでもある。それすら受け入れて進めばいいだけのこと」

「…はは、敵わないな? 貴方の言葉はどうしてか素直に受け入れられる」

「そうかそうか。…これからも何かあればいつでも来なさい? 何ならワシが少しばかり稽古をつけてやろう?」

「え、結局修行イベントだったの…?」

「カッカッカ! ほれほれ、早速外へ出るぞ? ワシも久しぶりにうずうずして来たのぉ?」

「か、勘弁して…;」

「…ふふ」

 

 …こうして、僕らの前に現れた不思議なおじいさん「シゲさん」の協力もあり、僕は転生特典の力を遺憾なく発揮できるようになった。

 でも…何故だかシゲさんは、最初から僕らをここに連れて来たがっていた感じがする……どういうことだろう?

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──やはりこの少年が特異点のようじゃのぅ?

 

 遂にこの時が来たのだな……あぁ、分かっとる。アンタとの約束は必ず守るとも。

 

「…なぁ、”イソロクさん”よ……」

 



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廃鉱に隠された謎 ①

 長くなったので分割、後編は近いうちに。


「…んー、この辺りだと思うんだが?」

 

 海を滑りながら周囲を見回す望月。

 僕と望月、そして野分と綾波は、望月が発見した「海魔石の元」を探すべく、トモシビ海域の百門要塞、その辺りから少し遠くの位置にあるポイントに来ていた。

 金剛たちの情報収集の成果で、なんでもこのポイントはかつての採掘場があった無人島があるらしい。もしそこに海魔石…元だから魔鉱石か? それが残っていたら大変なことになるらしい(海魔石への加工自体は簡単なものみたい)ので、とりあえず見つけたらぶっ潰しておいた方が良い。と望月の意見を聞いて、僕らはかつての採掘場へと向かっていた。

 

 …それで、どうして金剛たちが居ないのかというと…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「そんなのあとあと! 今ウチが満員御礼だからさ、金剛ちゃんと翔鶴ちゃん貸しといてよ!」

 

 …またもマユミ氏の発言であった。

 いや、確かにあれだけ閑散としていた店内は、ものすごい喧騒と賑わいに満ちていた。

 

「お昼だから?」

「そうに決まってるでしょ! これでも少なくなった方だけど、店員は私一人じゃない? だからヤバイの!?」

「わ、分かったよ…二人もそれでいい?」

「うぅ〜どうしても駄目デスかー?」

「金剛ちゃんお客さん人気高いんだよ、明るいし面白いし、ここって短気な人多いから、貴女がいなかったら暴れだすよ!?」

「オーバーだなぁ…」

「私は別に居なくても良いのでは?」

「翔鶴ちゃん、知らないだろうけど男の人人気ダントツだよ。そういう人から「あの蔑んだ目がイイ!」って、ご指名だよ。お客様は神さまオーケィ!?」

「マユミちゃん、テンションおかしいよ?」

「忙しいからに決まってるでしよぉがーーい!!!」

 

 このセリフをcv早見で聴けるんだぜ…プライスレス。

 

「いんじゃね? もし戦いになっても逃げりゃいいし、アタシはあくまで魔鉱石が破壊出来りゃいいとは思うからよ」

「んー…じゃあそうしようか」

「ごめんなサイ、テートク…」

「良いんだよ、その代わりお仕事頑張りなよ?」

「…ハイ!」

「全く…まぁあまり無茶はしないように」

「分かった、翔鶴は…マユミちゃんをよろしく」

 

「伊良湖ちゃーん! チャーハン一つね! あ、はやしーアレをあそこのお客様に……なあぁ!? マイちゃん急に踊るなあああああ!!?」

 

「…了解したわ、流石にアレは見るに耐えかねるわ」

「お願い…あ、天龍は?」

「俺はもう少し情報を集めておこう。後は任せたぞ」

「うん…あれ、妖精さん? ……いないか」

 

 ここ最近妖精さんを見ない気がする。なんでだろ?

 

「…まぁいっか? じゃあ行こうか」

「あぁ。…しかし大将、当たり前みたいに付いてくるけど、ここにいていいんだぜ?」

「あはは…でもちょっと鍛えてみたから、自分の力を少し試してみたいんだ」

「…フッ(自信に満ちた笑みを浮かべる天龍)」

「そうかい? …ッヒヒ、好きにしな!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 と、いう感じ…しかし関係ないけど、ここで僕にささやかな疑問が。

 

「…もっちー、君たちの艤装って「どこから出してるの」?」

 

 僕らはアキちゃんたちに頼んで、商船をカモフラージュにして要塞の外に出た。万が一艤装が見られたら艦娘だってバレちゃうし?

 その時、望月たちが「いつの間にか」艤装を出していることに気づいた。目を離したら一瞬で、艤装装着が完了していた。

 

「大将、アタシらはマナで出来てるワケじゃん?」

「うん?」

「要は艤装も「アタシらと同じ」っつう感じ? 念じればいつでも隠せるし、いつでも出せるよ」

「…あぁ! スタ○ドみたいな?」

「なんじゃそりゃ??」

「あはは…え、艤装にダメージが出来たら?」

「しばらく出さないようにしないと、ずっと大破したまんまだな? マナを高速で蓄えりゃ話は別だが?」

「…バケツ、はないよね?」

「あ? マナがバケツ一杯ってか? んなこと出来りゃそれこそ魔法さ」

 

 まーそうですよねー…出来てたんですけどねぇ…ねぇ?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 そんなこんなで、僕らは件の無人島周辺にたどり着いた。

 

「…っ! コマンダン、敵深海勢力発見!」

 

 野分の叫びと共に、悍ましい唸り声を発しながら駆けてくる駆逐イ級の大群。

 

『■■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!!』

 

「…全員、合戦準備」

「お? …はいよ!」

 

 僕の号令より、素早く戦闘態勢を整える艦隊。

 

()()()()()()

「おう……って、は?!」

 

 望月の驚きをよそに、僕はイ級の大群に向かって駆けだす。

 大地を踏みしめるように、それでいて海面を軽やかに滑るように…僕は大量のイ級の中心部へ躍り出た。

 

「やぁ!」

 

 イ級の一匹に蹴りを喰らわす。威力自体は大したことないけど、イ級たちの標的は僕に向けられる。

 

「はっ!」

 

 イ級の全方位射撃が着弾する瞬間…僕は飛び上がり、一匹のイ級が、無惨にも僕の身代わりになってくれた。

 

『■■■■■■■■■■■■ーーーッ!!?』

 

 その後、流れ弾により三分の一のイ級たちに損壊が出た。混乱が生じている…今がチャンス。

 

「今だ、撃てぇ!」

 

 望月たちも僕の考えを察したのか、すぐさま砲撃に移り、哀れイ級たちは全滅となった。

 

「…ふぅ」

 

 息を深く吸い、長く吐き出す。

 

 やっぱり、シゲさんとの特訓の成果が出ているみたいだ。以前の僕なら出来なかったアクロバティックな動きが可能になった。…本当は転生直後に使えなくちゃいけないんだけどね?

 

「すげーな大将、アンタいつの間にそこまで強くなった!?」

 

 駆け寄る望月に、僕は微笑みながら答えた。

 

「あはは…ちょっと能力をコントロール出来るようにしてね?」

「そうか! いやぁアンタといると退屈しないわー! 今度アンタ用の艤装造ってやるよ!」

 

 望月は嬉しそうに僕の成長を喜ぶ。でも…。

 

「…こんな感じだったんだね」

「…え?」

「あ、いや。人ってこうやって飛び跳ねるような活躍が出来るのが夢なんだろうな、って」

「大将は違うのかい?」

「ううん。でも…見てる分にはカッコいいって思えたけど、いざ自分がなったら…こんなに虚しい気持ちになるんだね」

「…虚しい、か」

「何でも簡単にできるって、化け物になるってことだったんだね。…こんな力を求めて、人は争っていたんだね」

「…なぁ大将、アタシは姐さんや天龍みたいな甲斐性はないからズバリ言わせてもらうが。…そいつは力のない人間の言い訳にしか聞こえねえよ?」

「望月…?」

 

 珍しく望月が思うところがあったようで、僕に対して「力」について彼女なりの助言をくれる。

 

「アンタは贅沢過ぎんだよ。アタシらの提督であり、アンタ自身にも戦う力がある。こんなに恵まれた環境にいて虚しいって、そりゃ夢見すぎだろ」

「…そうだね」

「あぁそうとも。だから…そいつに意味を持たせるのが、今のアンタがやるべきことじゃないのかい? バカでけぇ力を振り回すぐらいその辺の猿でも出来る。アンタは…そうじゃないだろ?」

 

 望月は小さく微笑む、僕に信頼の眼を向けてくれる。…少し前の僕なら、適当に茶化して終わりだった。それは僕に他人の真心を受け取る自信がなかったから。…でも、今は違う…と思いたい、約束したしね?

 

「…ありがとう、望月」

「…へっ、柄にもないこと言っちまったか?」

 

 照れくさそうに笑う彼女に、僕も微笑みを返す。

 

「そんなことないよ? 君がそう言ってくれることが、僕には嬉しいんだ」

「こんなので良けりゃ、幾らでも言ってやるよ? あ、姐さんたちみたいな甘い言葉は期待すんなよ?」

「ストイックだね…;」

「ヒヒッ、どんなものも叩いて強くしてやんねぇとな?」

 

 そんなことを言い合いながら、僕らは例の無人島へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 砂浜に足をつけながら、僕らは雑木林を抜けて奥の鉱山入り口を目指す。

 …あった、草が茫々と生えて見えづらくしているけど…断崖に作られた大きな穴が僕らを出迎えた。枠組みが木でできている「よくある人工の採掘場」だと理解できた。

 

「ここか…」

「ウィ。何か物々しい雰囲気がしますね」

「確かに…何か「出る」かも」

「っ! コ、コマンダン…お戯れは止してください、ははは…」

「…ん? 野分って幽霊とか怖いの?」

「い、いえ。醜い存在に吐き気と震えが止まらないだけですよ…;」

「…野分の霊的存在への恐怖値、80%オーバー…」

「マドモアゼルアヤナミ!?」

「毎日深海棲艦と戦っているんだから…このぐらいどうってことないでしょ?」

「コマンダン、理性と本能は別なのですよ…」

「本当に何か出るかもな? …見な」

 

 望月が指し示した方向には、粉々に砕かれた木片。…「立ち入り禁止」って書かれてたみたいだ。

 

「コイツぁいよいよきなくせぇ。鎮守府連合の立てた看板をここまでバラすとは…よっぽどの憎しみがあっての犯行、ってやつだな?」

「…この中に誰かいる事は明白だね」

「あぁ、慎重に進むぞ」

 

 僕らは頷き合うと、そのまま恐る恐ると中へと入っていった…。しかし望月は僕らを先に行かせ、後ろで何かしているようだ。

 

「…んじゃよろしくな?」

 

 何かを飛ばした…? 彼女の頭上では、確かに何かが飛んで行っている。早すぎて視認できなかったけど?

 

「望月ー?」

「…ワリィ、今行くわ」

 

 望月が追いついたところで、僕らは鉱山の中へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 不気味な静けさに満ちた、暗闇の洞窟内を進んでいく。RPGっぽいなあ、明かりが松明じゃなくて探照灯なのがちょっと残念だけど…?

 

「…ん?」

 

 望月が何かに気づき駆け寄る。何かを手に取った…石?

 

「…ふむ」

 

 地面に卵の殻を割るように叩きつけると、中から光が漏れ出す。

 

「白い光…?」

「コイツが魔鉱石さ、ここから魔術で印を刻むと、様々な魔石に変化する」

「Beau…美しいです」

「……」

 

 僕らがその命の輝きのような光に見惚れていると、望月が次の行動を確認する。

 

「何年も使われていなかったせいか土に埋もれてたみたいだが、魔鉱石が欠片でも残ってるんならここは爆破するに限る」

「…そうだね」

「…ん?」

 

 野分が何かに気づき奥に入っていくが、僕らは望月の話に集中していた。

 

「とりあえずインスタント爆弾作っといたから、適当に壁に取り付けて、全員外に出たら爆破しよう」

「スイッチ式なんだ、望月って本当に何でも作れるね」

「ふふん、天才だし当然」

 

 鼻を鳴らして得意げに望月が話していると、野分が戻ってきた。

 

「コマンダン! こちらに来て下さい!」

「…?」

 

 何事かと思い彼女が指差す曲がり角の先を見てみると…?

 

「!? …これは」

 

 洞窟の奥に光が見えている。小走りになりながら近づくとその光は徐々に大きくなっていき…。

 

「…っ!?」

 

 光が漏れ出す穴の先には、果てしない空間が広がっていた。…その中央には「岩のような魔鉱石」が…!

 

「なんだこれ…!」

「…人為的なものであることは確かだねえ? あのバカデケェ魔鉱石の下に固定用のプレートがある、あそこだけ床が鉄板、こりゃヤベェわ」

「うん…どんな目的か分からないけど、これも破壊しなきゃ」

「違えよ。それもあるんだが…後ろ」

 

 僕らは望月の言うことの意図が分からず、首を傾げながら後ろを振り返る。

 

 

 ──ミ タ ナ ?

 

 

「…!?」

 

 そこには…二足歩行でこちらに近づいて来る何モノかがあった。

 

「…ロボット?」

 

 僕の言葉を肯定するように、ロボットは機関部から蒸気を発する。

 黒塗りの装甲と青い瞳を爛々と光らせ、機械人形はこちらに敵意を向けていた。

 

『ココヲシラレタカラニハ…キサマラヲ……ハイジョスル…』

「…!」

 

 ロボットの音声に聞き覚えがあった。この声は…あの時の!

 

「お前は…翔鶴をおかしくしたローブの男」

「っ! 確かか?」

「声がそう感じるけど、中身が機械だったとは思えない。ローブから出ていた手は人間のものだった」

「…すると、コイツは"ダミー"の可能性が高いな? ケッ、リモートコントロールで自分は高みの見物ってか?」

『ナントデモイエ…キサマラハ……ドウセココデシヌ』

 

 ロボットは腕の腕輪の切れ目から光の刃を出して、手前に構える。

 

「一対多数ってのは、賢い選択じゃないんじゃねえかい?」

 

 僕らは望月の言葉に応えて、それぞれの得物を構えた。

 

『ハタシテ…ソウカナ?』

 

 ロボットがそう言うと、上から降って来た複数の影。

 

『キヒヒ!』

 

 やっぱりアイツがいるから、レ級はセットか…ん?

 

「……」

 

「あれって「鳥海」…!」

「鳥海、吹雪、五月雨、漣か…こりゃまぁ例の消息を絶った調査隊だなぁ?」

 

 望月の言葉に、言葉を失いただ目を見開く僕。そして…怒りを抑えきれず眉を吊り上げる。

 

「…お前が調査隊の皆を!」

『ダトシタラ、ドウダトイウノダ…?』

 

 僕がロボットを睨むと、望月が状況説明する。

 

「大将、おそらく例の海魔石のせいだぜ。アレはマナの力を一時的に中和出来るんだ。その間に言いなりにさせる魔術でもかけられたんだろう」

「…魔術って?」

「魔鉱石を海魔石に加工出来るっつうことは、アイツは「魔術」の使い手だ、まだ推測の域だがな」

「っ! 魔法使いってこの世界にまだいるの?」

「説明が難しいが…簡潔に言うと「ほぼ絶滅」してんだ。マナが魔術行使出来ねぇほど失われちまって、魔術師って役職もお役御免だったんだが…」

「アイツは魔術を使っている…って?」

「石を加工するぐらいなら少量のマナでも出来ないことはないが…まだ居たんだな、今じゃ飛ぶことも火を出すことも不可能だってによ」

 

 …どうやら、敵は魔術師の可能性が出てきた。でも…それだけじゃない気がする。

 早合点は危険だ。…僕がそう思っていると、ロボットは勝ち誇ったように事実を並べた。

 

『コレデタスウトタスウ、サラニカズハコチラガウエ。…ケイセイギャクテンダ』

「っは! アタシは…結果が出るまで諦めねーよ!」

 

 …こうして僕らは、謎のロボットと操られた艦娘たちと戦う。

 

 一体、この巨大な魔鉱石に何が隠されているんだ…?

 

 ──To be continued …

 



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廃鉱に隠された謎 ②

 僕たちの前に現れた謎のロボットは、廃坑に隠された巨大な魔鉱石を隠しており、それを見た僕らを証拠隠滅のために襲いかかって来た…!

 このロボットはおそらくあのローブの男の身代わり…その証拠に、男と一緒にいたレ級と、更に行方不明になっていた調査隊の艦娘たちも…!

 

「っく!」

 

 僕は考える、これは最悪じゃないか?

 僕らの任務は、調査隊の行方の捜査、並びにこの海域で起こった事件の真相を暴くこと。…彼女たちが出てきたということは、僕らはかなり「近づいた」と思っていいだろう。

 でも、アイツが艦娘を操っているということは…彼女たちを「盾に出来る」という事実。

もし彼女たちを傷つけてしまったら…それこそ本末転倒、これじゃまともに動けない…!

 

「…ふむ」

 

 望月はべべ(ゴーレム)に、彼女たちを指差し「攻撃」するように命じた。

 

『ゴアァ!』

 

 僕は一瞬焦ったけど、明らかに大振りな一撃は操られた艦娘たちに避ける余裕を与えた。

 彼女たちが飛び退いた瞬間に、ゴーレムの目から出た光が艦娘たちの体を走る……あれって、何かをスキャンしてる?

 望月が手を振り上げると、ゴーレムは「キューブ」になりながら望月の手元に戻ってくる。

 望月がキューブに映し出されたデジタル情報に目を通す…なるほど、と零しながら望月は不敵に笑う。

 

「やっぱりな? 大将アイツらの首回りをよく見てみ?」

「え…?」

 

 言われて僕は艦娘たちの首を見る、すると…シャツに隠れていたけど、襟ぐりに何やら異物が。

 

「アレはコアの元になる、加工した魔鉱石を張り付けたものだ。マナが中和された艦娘は意志が無くなった人形だ、そこにコアを張り付けりゃ操り人形の一丁上がりって寸法さ」

「!? あの石が…?」

「そうさ、だが無理やり引っぺがすなよ? 今のアイツらは機獣と同じ状態になっている。つまり…適切な処置を施さないと”最悪死ぬ”」

「そんな…どうすれば」

「そりゃアイツらにもう一度意識を取り戻させりゃあ良い」

 

 簡単に言うけど、そんなことどうやって……あ。

 

「…もしかして、同じこと考えてる?」

「おう、これか?」

 

 望月が取り出したのは、さっきの魔鉱石。…つまり。

 

「…”出来る”ってことだよね?」

「おうさ、種明かししたいとこだけど、時間が惜しい。ここでアイツに雲隠れされたらアイツらを助ける機会はそうそうないぞ?」

「…コマンダン、何をおっしゃっているか分かりかねます。出来の悪い頭で申し訳ありません…」

「とにかく、望月が準備できるまで僕らで時間稼ぎだ。良いかい?」

「了承」

 

 僕は望月を信じて、野分と綾波と共にロボットとレ級、操られた艦娘たちと対峙する。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

──敵艦補足、合戦準備 …

 

 

拓人

野分

綾波

望月

 

vs

 

謎のロボット

戦艦レ級

操られた鳥海

操られた吹雪

操られた漣

操られた五月雨

 

 

勝利条件:操られた艦娘の救出

 

敗北条件:拓人の戦闘不能

 

 

 

 …戦闘開始 !

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕らが構えていると、向こうの艦娘の一人が猛烈な勢いで迫ってきた…鳥海だ。

 

「…っ!」

 

 僕は野分たちの前に躍り出ると、彼女の先制パンチを受け止める。

 

「くっ…」

「……」

 

 鳥海は拳を防がれたまま、艤装を召喚し身に纏うと僕に向けて砲撃を放とうとする。

 

「ゼロ距離射撃か…って流石に勘弁して!?」

「ゴゴアァ!!」

 

 べべが鳥海に向けて、上空からのヒップスタンプをかます、避けられてしまうものの砲撃は免れた。

 

「ありがとう、べべ!」

「…!」

 

 べべ、サムズアップ。無機物だけどこういう愛される雰囲気出してるキャラって、尊いよね…?

 

「大将、べべはアンタの好きに使ってくれ」

「え? いや望月さんどうしろっていうのさ??」

「とりあえず命令してみ? 武装でも何でも化けてくれるからよ」

「え、じゃあ…キャノン砲とか?」

「ゴッ!」

 

 べべ、トランスフォーム。カシャンカシャン、と小刻みな音とともにべべの姿は「べべキャノン砲」に変わる。

 

「おお…(カシャン)…結構軽い?」

 

 なんか、戦隊モノのフィニッシュによく出てくる…バスターランチャー? みたいな。それにしても僕の背丈ぐらいの大きさなのに、なんでこんなに軽いんだろう? 戦隊モノも片手で持ってたし、素材が違うのかな?

 僕が不思議そうにしていると、今度は吹雪たちが砲撃を放つ。

 

「うわっ!? …この!」

 

 ベベキャノン、発射。エネルギー光弾が炸裂し艦娘たちの動きを止める。

 

「コマンダン、助太刀いたします!」

 

 野分は自身の艦砲を取り出すと、僕と一緒に艦娘たちの足止めを行う。

 

「…?」

 

 僕はちらりと奥を見やると、ロボットとレ級は巨大な魔鉱石を前に微動だにしない。

 アレを守っているのか? よほどあの魔鉱石が重要な意味を持つということ、ベベキャノンで破壊できないかな? それとも…。

 

「っ! コマンダン!!」

 

 野分が叫ぶ声に我に返り前を見ると、鳥海が迫って来ていた。

 

「…!」

 

 僕はバックステップで避けると、更に追随するように距離を縮めようとする鳥海、なんというインファイター。うん間違っていないな。メガネは大体パワーキャラだからな?

 

「…綾波!」

 

 僕はそう叫びながらバック宙返りで大きく弧を描きながら飛び避ける。その後ろには…?

 

「了承」

 

 綾波が得物を構えている、そのまま地面に叩きつける。砂塵が舞い、鳥海の視界を奪う。

 

「…おりゃ!」

 

 僕はべべに頼んで「ハンマー」になってもらうと、死角からブン回して、鳥海をそのまま吹っ飛ばした。

 

 …あ、吹っ飛ばしたらマズイかな? …ううん艦娘だし大丈夫…多分。

 

「よし…って!?」

 

 驚く僕の目の前には、爆風と閃光、急速に迫る凶弾。

 

 ほんの一瞬の隙を突かれた結果、吹雪たちから砲撃の雨を受けた僕。

 

「コマンダン!?」

「……だ、大丈夫。…ふぅ、べべ便利だな」

 

 今度はべべにシールドになってもらって、なんとか凌いだ。…ここに来て改めてべべの利便性を痛感した僕であった(小並感)

 

 

「…うし、出来た!」

 

 

 望月が嬉々と叫ぶ、僕らに視界を開けろと言うので、望月の視界を遮らないように横に退く。

 

「──我、母なる海の使者。邪悪より世を守るモノ、蒼海の戦士たちよ、この声に応えるならば…汝の命、転じ授からん!」

 

 望月の詠唱とともに、彼女の手の魔鉱石が見る見るうちに青く染まり…サファイアのような煌びやかな海の光を放つ。

 

「…っ!!?」

 

 その光は、操られた艦娘たちの目にしっかりと焼き付き…彼女たちの襟ぐりの魔鉱石にヒビをいれて、粉々に砕け散らせた。

 

「やった!」

 

 僕が歓喜に沸くと、艦娘たちの眼に光が戻る。正気に戻ったようだ…!

 どういうことかは分からないけど、望月にも「魔術が使える」みたいだ。アレは望月の造った艦鉱石で、あの青い光にはマナを活性化させる作用がある…と思う。

 前に話していた艦鉱石の概要を踏まえたらね? でも…まさか魔術まで使えるなんて、望月って一体ナニモノなんだ?

 そう考えていると、鳥海たちが目を覚ましたようだ。

 

「…あれ、私たちは…?」

「はれ、私たち確か調査に…??」

「んーどうやら我々には計り知れない事態のようですなぁ、キタコレ!」

「…私は…一体…?」

 

 良かった、なんともないみたいだ。僕らがほっとしていると、ロボットから舌打ちのような音が…?

 

『…チッ、マサカ「ムーンチルドレン」カ』

「…え?」

「おんやぁ、アタシを知ってるっつうことは、アンタ連合と関係あるね?」

『…ドウダロウナ?』

「ははっ、しらばっくれても無駄さ。アンタこの間の襲撃といい短絡的すぎんだよ、ボロが出まくって自分で自分の首を絞めちまってるねぇ、ヒッヒ!!」

『…イイキニナルナ、”ガラクタフゼイ”ガ…ッ!!』

 

 ロボットはそう怨嗟を呟くと、胸の装甲が開く。中から出たのは…!

 

「海魔石!?」

「っち! お前ら目をつむれ!!」

 

 僕らは目を瞑ったが、調査隊の艦娘たちはその禍々しい光を見てしまい…全員地面に伏した。

 

「えぇ!? またなの…!?」

『…サテ、コレデマタフリダシカ、マァイイ。ソノガラクタドモヲマモリナガラキサマラガ、ドコマデタタカエルカ…ククク』

 

 胸部のシャッターが下りると、海魔石の紅い光が消える。僕らが目を開けると、そこに居たのは倒れた艦娘たちと、臨戦態勢のロボットとレ級。

 

「…っ、金剛が居てくれたら…!」

 

 僕が呟くと同時に、地を蹴り宙を駆けながら得物を構えて迫るロボット。体感でも分かる”秒速”のスピード、速すぎる…!

 

「って、ぅおお!?」

 

 べべシールドでなんとか敵の斬撃を防ぎ、そのまま鍔迫り合いの形になる。

 

『…ナゼダ』

 

 ロボットから何か聞こえる…"何故だ"…って?

 

『キサマハモウワカッテイルノダロウ。アノ"コンゴウ"ハニセモノダトイウコトヲ…ナゼソバニオクノカ、リカイデキン』

「っ! お前…!」

『ダガ、ワタシニハソンナコトハカンケイナイ。アレハワタシニトッテハ「ユウヨウナソンザイ」キサマハメザワリデシカナイガ、アレヲサシダストイウナラ、ソノカギリデハナイ』

「っ! …やっぱり金剛が狙いなのか、お前は」

『イチドシカイワナイゾ。…エラベ、アノガラクタヲサシダスカ、ココデイミモナクツイエルカ』

 

 …コイツ、僕に金剛を売れって言っている。…だったら、僕の答えは一つ。

 

「嫌だ。金剛は僕の嫁だ、お前なんかに…渡すものか!」

 

 突き飛ばす動作で、力強く黒鎧を弾き返す。

 

 絶対に渡さない…艦娘たちを「ガラクタ」なんてのたまうヤツなんかに…!

 

『…ナラバ、キエルガイイ…!』

 

 距離を置いたロボットは、片腕をキャノン砲に変形、光弾を射出した。

 

「はぁ!」

 

 颯爽と現れた野分。自慢の剣技で、高速の弾丸を見事に真っ二つにせしめた。

 

「貴方が何モノであろうと、コマンダンを傷つけはさせません! ボクは美しい者たちの魂の守護者、この光を消せるものな」

『シネ!』

 

 素早くビームソードに武器変更したロボット、そのまま野分に迫るが、さっきと同じような鍔迫り合いになる。

 

「…っ! 美しくない!」

「いや、長ゼリフ言ってるからだよ…;」

『ヌゥン!』

 

 ロボットが腕を振り抜くと、野分はそのまま吹き飛ぶ。

 

「必殺」

 

 綾波が身の丈以上の巨大な斧を振り下ろす。しかし?

 

『キヒヒ!』

 

 レ級がその一撃を黒鎌で打ち払う。その隙を縫いロボットからキャノン砲光弾が綾波を襲う。

 

「っ!」

 

 腹部に直撃し炸裂する凶弾、幸い鎧を着用しているのでダメージは少ないが…吹き飛ばされ、壁に叩きつけられてしまう。

 

「綾波!」

「やっべ、コイツ隙がねぇわ…!」

 

 ただでさえレ級がいるのに、この黒鎧の強さも侮れない。…どうしよう、下手に動いたら後ろの艦娘たちがどうなるか…。

 流れは完全にロボットに向いている。向こうも余裕か、調査隊に目もくれず僕らににじり寄る…いや、僕らが本命なのか…?

 

『オワリダ…!』

 

 ロボットの腕から光剣が迸る、不味い…!

 

「…いいや、終わりはアンタだよ」

 

 望月がそう呟いた瞬間、耳元に響く電磁波と突風の音…。

 

「オラァ!」

「やぁ!」

 

 僕らの横をすり抜けて、敵二体に雷と風を纏った強力な飛び蹴りを食らわせる…それは。

 

「加古、長良!」

 

 選ばれし艦娘の二人、僕たちの窮地を助けるように、敵を奥の魔鉱石の方角まで吹き飛ばした。

 

『ギヒャア!?』

『…!』

 

 二体は巨大魔鉱石の前で態勢を整えていく、ロボットから通信越しに黒幕の悔しげな舌打ちが聞こえた。

 

「ありがとう二人とも、でもどうしてここが分かったの!?」

「ふふん? 望月が連絡用の機獣を寄越してきてね」

 

 加古の肩には、確かにメタリックカラーの鳥が止まっている。長良も気合たっぷりに頷く。

 

「さっきはそれを飛ばしてたの、望月?」

「ま、何か出ることは分かりきってたし、座標データを鳥に入れて二人に飛ばしたっつーわけ」

 

 彼女の聡明な頭脳には、頭脳派気取りの僕は敵わないや…味方で良かった、色々な意味で。

 

『…エラバレシカンムス。マッタク…ナゼコウモジャマガハイル』

「どうする? 今のうちに投降するってんなら、ここでお終いでいいぜ? 後ろのデケェ石のことも話してもらわないとな?」

 

 加古の降伏勧告に、通信から鼻で嗤う声が響く。

 

『ハッ! タンサイボウドモガ。…ワタシガココデオワルトデモ?』

「…っは!? まさか自爆するつもりじゃ…!」

「爆発による崩落狙いか…大将、そしたら敵もどうなるか分からんぜ?」

『ダカラ「タンサイボウ」ダトイッテイル…!』

 

 ロボットの眼から「ピピッ」という機械音と共に赤い光が走る…すると、地響きと共に。

 

「…なっ!?」

 

 巨大魔鉱石の足場が開き、そのままぽっかり空いた穴に落ちていく。

 

『サラバダ、ガラクタドモ。セカイノオワリヲ…ユビヲクワエテボウカンセヨ! …フフフ、フハハハハハ!!』

 

 その穴に一緒に落ちていくロボットとレ級。…逃げられた!

 

「…いや、色々得るものもあった。ここは痛み分けといこうぜ、大将」

 

 望月は目の前で気絶している艦娘たちに目を向ける。そっか…彼女たちが無事だっただけでも、良しとするべきか…。

 

「…さて、何があったか、聞かせてもらうぜ………ん?」

 

 加古の言葉が止まると同時に…僕らはある異変に気付いた。変だな? 地響きが鳴りやまない…?

 

「…あ、これ崩れるわ」

 

 …いやいやいやもっちー、今サラッととんでもないこと言わなかった!!?

 

「あの野郎、どっかに爆弾でも仕掛けてやがったな? 証拠隠滅、最後までアイツの掌の上…てワケか」

「感心してる場合じゃないよ!? 早く逃げなきゃ!!」

「そうさな。んじゃ面倒なんで、あの艦娘たちは大将に任せたわ~」

「おいぃ?」

「心配すんなって、アタシらが手伝ってやるからよ、なぁ長良?」

「もちろん! 肉体労働は私たちのオハコだよ!」

「何でこんなときなのに嬉しそうなんですか君たちは…;」

 

 …こうして、窮地を脱した僕らは、調査隊の艦娘たちを担いで、崩れていく坑道を後にした。

 

 これで事態が進展してくれたら嬉しいけど…それにしても、黒幕は一体ここで何を…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…っち、奴ら…木偶の集まりかと侮ったか、意外に勘のいい」

 

「…まぁ、あの鉱石の回収も無事果たした。あれほどの規模なら、然るべき場所に置いても問題あるまい」

 

「……フ、フフフ……いよいよだ……いよいよ「計画」実行の時……」

 

「審判の日が訪れる…艦娘、そして特異点。貴様らの好きにはさせん……フフフフ」

 

 

 ──では、そろそろ最後の"実験"を始めるとしようか…!

 

 



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答え合わせとしては何点だろう…配点?

 無い知恵振り絞り、過去の言動も見返し、漸くそれなりになったなんちゃって解答回…。
 配点、オナシャス!


 僕らは、かつて魔鉱石採掘に使われていた坑道にて、天然の魔鉱石を見つけた。

 魔鉱石の魔石への加工は単純なものらしく、放っておいたら危ない(それでも魔術を使えないとただの石と変わらないらしいが?)ので、僕らは坑道ごと魔鉱石の爆破、坑道の封鎖を決める。

 しかし…ここから急展開、なんと坑道の奥で山のような巨大魔鉱石を見つける、それは僕らを襲った黒幕の所有物らしく、黒幕はロボットを差し向け、これを見た僕たちの抹殺を図る。

 その中で、行方知れずだった調査隊の艦娘たちが姿を見せる…黒幕に操られた形で。

 大混戦の中、僕らはなんとか調査隊を助けたんだけど…黒幕には、巨大魔鉱石を持ち去られ、逃してしまう。…でも、事態は進展した…と言っていいだろう。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕たちは手近な小島で休憩を取りながら、鳥海たちに事情聴取を執り行う、ついでに加古たちとも情報交換する。

 …本当は望月に聞きたいことがあるんだけど、今はそれどころじゃない、か。

 

「…あのヤローのシッポ掴んだってワケ?」

 

 加古は単刀直入に結論を言う。間違っていない、僕らを幾度も襲って来た黒幕。その目的の一端を垣間見た。

 

「アイツは…金剛を狙っている、僕たちの金剛を」

「おおっと…」

「…正気なの?」

「まぁ選ばれしおふたりさんにも言いたいことがあるだろうが…先ずは大将の見解を聞こうぜ?」

 

 望月に促される形で、僕は黒幕の動向を推察する。

 

「まず、ハジマリ海域でアイツがレ級やスキュラを差し向けた理由…やっぱり金剛を狙っていたんだ、ただ僕らは邪魔でしかないって言っていたから、金剛以外のメンバーの排除も兼ねていたみたいだ」

 

 この辺りは天龍から聞いた情報と一致する、ヤツと戦って改めて認識した…あの巨大な魔鉱石が何を指しているのかは、まだ分からないけど。

 

「どういうことでしょうかコマンダン、マドモアゼルコンゴウは普通の艦娘…ではないのですか?」

「そっか、君たちには言ってなかったっけ? 簡単に言うと金剛には凄い力が眠っているんだ、ほら、スキュラを撃破したあの時の」

「つまり黒幕は、姐さんの力を狙ってる…つーことだぜ」

「! Oo…c'est incroyable……」

「………」

 

 野分や綾波にも、金剛のことを共有する、流石に「ニセモノです」とは言わないけど?

 

「…あ」

「どうした大将?」

「今思い出したんだけど…黒幕はただ金剛の力を狙っているとは思えない、そうじゃなきゃ…「あの時の行動」に整合性がない」

「…あの時ってのは?」

「僕らがトモシビ海域に来た直後に、ヤツが金剛と翔鶴に海魔石の光を浴びせた。でも…何故か「金剛だけ」なんともなかったんだ…横で憎しみに囚われた翔鶴のようになるでもなく、鳥海たちみたいに気絶するでもなく…平然としていたんだ。それを見てアイツは「まだか」って?」

「!? 何でそれを早く言わねぇんだよ大将!」

「ごめん…すっかり忘れていて」

「…どういうこった、それって結構重要じゃねえか?」

「僕もそれが何を意味しているのか、正直分からないんだ。でも…これがアイツが金剛をつけ狙う理由に繋がる…かも?」

「かもってなぁ…」

「モヤモヤするなぁ〜」

「…そういえばよ、去り際にアイツが何か言ってたよな? …「世界の終わり」だとか何とか?」

 

 望月の不意の一言に、僕らは戦慄する。…対峙したからこそ分かる「アイツならやりかねない」という確信に似た感情。

 

「…加古、この言葉の意味に心当たりは?」

「え? んー…すまん、だがカイトなら何か知ってるだろうぜ?」

「そっか…うーん、今のところの情報じゃこれが限界か…」

「しっかし、アンタも厄介ごとに縁があるねぇ?」

 

 加古に言われて頭を掻く僕、否定できないしね?

 

「…そんで、今度はアンタたちだ」

 

 加古が鳥海に向き直る。鳥海は…何かを覚悟した、ひどく緊張した面持ちだった。

 

「…この度の不祥事は、紛れもなく調査隊隊長の私の、不徳の致す所です」

「ほぉ…どんな罰も受ける…って?」

「はい…私だけならどんな処罰も受け入れます。ですが…あの娘たちには…!」

 

 鳥海が言葉一つ一つを、歯を食いしばりながら綴る。後ろの吹雪たちも彼女を心配そうに見つめている。

 

「…ねぇ加古?」

「あん? …わーってるよ、ちょっと脅かしただけさ?」

 

 僕が加古に問いかけると、はにかみながら笑顔になる。

 

「事情云々もあるし、今回のことはアタシたちがカイトによく言っとく。ただ…あんま期待すんなよ?」

「っ! …ありがとう……ございます…っ!」

 

 感謝の言葉を口にする鳥海は涙に濡れていた。吹雪たちも涙目になりながら安堵の表情になっていた。

 

「…良かったね?」

「ありがとうございます…貴方たちには、感謝してもしきれません…!」

「良いんだよ。それより…操られた時のこと、覚えてる?」

 

 僕は鳥海に、他に黒幕に繋がる情報がないか問うが…?

 

「…申し訳ありません。あの時の私たちには、意識と呼べる精神はなく、自分たちが何をさせられていたのかも…」

「そうか…」

「まぁ大方あのポイントに近づけさせねぇように、周辺の漁船を威嚇してたんだろ?」

「僕らはたまたま彼女たちに遭遇してなかったから、あの廃坑に近づけた…ってことか」

「あぁ…しかし、あのヤローがあのバカデケェ魔鉱石を何に使うか、それがアタシは気になるがね?」

 

 何にしても、調査隊は無事に帰って来たし、黒幕の思惑も…少しだけ見えた、でも見える見えないじゃ結構な違いだし?

 

「あとは、要塞の皆の誤解を解ければ…」

「ソイツは諦めた方がいいぜ大将、あの要塞のヤツらは元から艦娘を忌み嫌っていた、それが今回の件でどうしようもないぐれぇ根深いものになっちまっただけだぜ」

「…そうか、こればかりは仕方ない……ん?」

 

 まてよ…そういえばあの人……! まさか!?

 

「ん? どうした大将?」

「…戻ろう、要塞に」

「……ん、分かった。加古、長良、後頼むわ」

「あぁ、気をつけてな? …ところでタクト、少し見ない間に引き締まった顔になったな、ちょっと嬉しいぜ?」

「また何かあったら、いつでも呼んでね!」

「…タクトさん、本当に、ありがとうございました」

「うん、皆…またね?」

 

 僕はある確信に似た感覚を要塞の皆に伝えるべく、加古、長良、鳥海たちと別れる…。

 アキちゃんたちと合流し、僕らはマーミヤンへ急ぐ…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 マーミヤンで全員を集めた僕は、先ず廃坑で起こった出来事、その中で見つけた黒幕の目的…金剛のことを話す。

 

「…私が、狙われている?」

「…だろうな」

「貴女は知っていたのね、天龍?」

 

 翔鶴の問いかけに頷く天龍。

 

「あぁ…ヤツの狙いは特異点…タクトと金剛だ、まだ推測の域でしかなかったが…答えが出たのだな?」

「うん。…それと、もう一つ分かったことがあるんだ」

「あら、何かしら?」

 

 コバヤシさんたちが僕の回答を待つ、僕は…一息吐いて、重く口を開いた。

 

「黒幕は艦娘を忌み嫌っている、更に彼女たちを「ガラクタ」呼ばわりしていた」

「そんな…でも、それがどうしたの?」

「マユミちゃん、君たちの周りにいるでしょ? …もう一人、理由もなく艦娘たちを糾弾していた人物」

「っ! それって!!」

「神父…あの男がそうだということね、タクトちゃん?」

 

 コバヤシさんはニッと口角を上げると、僕は肯定の頷きを返した。

 その意図は…ローブの男、廃坑のロボット、そして神父。ヤツらが「同一人物」かもしれない…ということ。

 

「大将、ソイツは?」

「確証はない。でも…もしヤツに、まだ明らかになっていない何らかの目的があるとして、艦娘を隠れ蓑にして、住人たちの注意を逸らしているとしたら…?」

「ん、んん? んーー? アタシ馬鹿だからわっかんないよぉ???」

 

 舞風の頭にクエスチョンマークが羅列する、他の娘も理解出来てない感じなので、順番に説明していく。

 

「神父がこの要塞に姿を見せたと同時期に、艦娘たちがおかしくなった。艦娘たちはあの廃坑に近づく者たちを攻撃するよう命令されていた…だとしたら、神父の言い分にも説得力が出来るでしょ?」

「神父は艦娘や連合を頭ごなしに否定して、それをさも真実のように語っている。…普通は信じない人が多いでしょうけど、人を襲う艦娘という事実を土台にした上で語ると、なんて慈悲深いお方、と賛同する声が多くなるでしょ?」

 

 僕とコバヤシさんの推理に、舞風は得心のいった顔になる。

 

「なるほど! じゃあ黒幕は神父だったのか! アタシたちをナイガシロして自分の目的のために利用してたんだ! っつぁー! なんでヒドいヤツ!?」

「舞風さん、確かにそういうことなのですが、まだ不明な点があります」

 

 早霜が舞風を諌めながら、この推理の問題点を指摘する。

 

「まず、黒幕が神父と仮定して、何故神父として要塞の住人たちを()()()()()()()()()()()()。操った艦娘たちにその廃坑を守らせていたにせよ、そうする必要性があるとは思えません」

「確かに…あの廃坑で何かしていたにせよ、住民たちも危なかったら近づかないようになるだけだし。わざわざ危険な存在だー! って言う必要あるかなぁ…?」

 

 早霜の言葉に、マユミちゃんも賛同する。けど…僕はどうしてもそう思えない理由があった。

 

「じゃあ…そこに「神隠し」が加われば?」

「えっ!?」

「金剛たちの情報によれば…神隠しに遭った人たちは、皆神父の教会に通っていたんだ。だよね?」

「は、ハイ。皆さん神父を信じ切ってマシタけど、夜中に神隠しの被害者たちと神父が、一緒に出歩いている姿を見た、ッテ…」

「それは、私たちも聞いたけど…」

「これは完全に予想だけど…神父は被害者たちをどこかに連れ去って、艦娘たちを利用したみたいに、自分の思惑に加担させようとしているんじゃないかな?」

「つまり、艦娘を利用したプロバガンダは、神父に絶対的信頼を寄せた被害者たちを、何事かに利用するため…」

「…なるほど、筋書きとしちゃ上出来だ。しかし大将? やっぱ証拠ってヤツは必要だぜ? あのヤローが何をしているにせよ、そうだと言える確たる根拠がなきゃただの妄言だぜ?」

 

 確かに…望月の言う通りだ、推測だけじゃ何を言っても仕方ない。

 

「そう、だから…()()()()()()()()

 

「…!?」

 

 僕の衝撃の一言に、その場の全員が固まった。



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潜みし悪は。

「タクトちゃん、今なんて…?」

 

 僕が発した言葉…「証拠を作ればいい」に対しどこか驚きを感じている皆。…あ、これ訂正した方がいいな。

 

「い、いや。不正に証拠をでっち上げるわけじゃなくてさ…「尾行」したらどうかと思うんだ」

「尾行って…出来るの?」

「まず神父が夜中に被害者たちを連れ出しているのは、目撃証言から明白でしょ? 尾行してどこに向かったか分かれば、それだけでも有力な手がかりになると思うんだ」

「…ふむ、確かに。しかしタクト、ヤツに関する情報はあまり芳しいとは言えない。神父が俺たちをつけ狙っているという証拠はないにも等しい…それを踏まえて、本当に神父を黒幕と決めつけていいものか?」

 

 天龍は思わせぶりな言葉で、改めて確認を取る。

 

「ここまで来て疑う余地はないよ、それに…」

「それに?」

「…行動して初めて解ることって、あると思うんだ。僕は金剛や天龍みたいに強くないし、望月みたいに頭が回るわけじゃないし…自分なりに考えて、行動が一番答えに近づけるって思ったんだ」

 

 僕の考えを表明すると、言葉にこそしていないが周りの温かな眼差しを感じた。

 

「そうだな? あんにゃろは大胆なヤツだが、決定的な証拠を一つとして残さなかった。だから…こっちも大胆にいかにゃあ、尻尾掴めねぇまま終わるかもな?」

 

 望月の言葉に、全員が頷く。

 

「タクトって、賢そうに見えてそういうとこ直情的っていうか…馬鹿だよね?」

「ストレートだねマユミちゃん…否定しないけど」

「そこがテートクの良いところデース! マユミは分かってないネー?」

「ははは! …そうだな、それで行こう。タクト、酷い言い草だったか?」

「ううん、ありがとう天龍」

 

 こうして僕らは神父を尾行して、あわよくば真実を暴く。その段取りを話し合い、作戦を立てた。

 黒幕に張られた包囲網は、遂にこの要塞の事件の謎に迫る。…と、僕は一つ思いついたことがあるので、ある場所に向かう。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「駄目だダメだ、ここは要塞の住人しか入れない。すまないが神父様のご意向だからな? 旅人さんは帰ってくれ!」

 

 僕が目の前にいるのは教会。ロボットの声で黒幕を判別出来たんだから、神父の顔を見て何か分からないかと思ってたんだけど…アテが外れた。

 扉の前にはこの要塞の住人が数人で道を塞いでいて、よそ者は入れないと突っぱねられた。

 流石に尻尾は見せないか、でもやっぱり気になるなぁ…まぁここでゴタゴタ起こしても仕方ないし、そろそろ戻ろう…ん?

 

「何故ヤツの言葉を鵜呑みにするか!?」

 

 僕は驚きのあまり目を丸くして、その光景を凝視していた。言い合いになっているみたいだ…ただ、その言い合いしている人物の一人が。

 

「ザキさん、アンタも祖国を艦娘にぶっ潰されたんだ。アンタだって俺たちの気持ちは分かるだろ?」

「喧しい! 彼奴とて余所者ではないか、貴様の嫁もあの教会に行ったっきり、帰って来ておらぬのだぞ、目を覚ますのだ!」

 

 ヤマザキさんが神父の信者らしき人の肩を掴んで激しく揺さぶった。

 

「…アイツはヴァルハラに旅立ったのさ。大丈夫、すぐに戻って来るって神父様が言ってたし? …神父様は俺たちの救世主だ、彼の言うことは絶対だ」

 

 …衝撃的な言動だが、彼の眼は据わっていて視点も定まっていない、まともに話が通じるかも怪しかった。

 神父の狂言が、人の心を狂わせてしまった。…僕は宗教には入ってないけど、精神が侵された人間の脆さがここまでだなんて。

 

「俺たちに必要だったのは、心の平穏を保つこと。そして世界の平和を祈ることだったんだ、そうすれば…きっと世界は俺たちをヴァルハラに導いてくれる」

「そんなものはまやかしだ、何も考えずにいるのは死ねと言ってるものだ! 我輩たちは居場所を奪われたが、心まで取られてしまえば何もかも終わりだぞ!」

「ザキさん…俺らもう終わってんだよ、こんなとこに居る時点でな」

「…っ!?」

「…もう行くよ。今日も家で祈りを捧げなきゃ」

 

 信者はそう言うと、ヤマザキさんに背を向けてフラフラと歩き始めた。

 

「…くぉおお…っ!」

 

 寂しげに、悔しげに肩を震わせながら歯を食いしばるヤマザキさん。

 

「…あの、大丈夫ですか?」

「っ! お主はあの時の?」

 

 彼の背中に声をかけたのは、本当に無意識だった。僕が力になれるとは思わないけど…放っておけなかったんだと思う。

 

「…っ!」

 

 ヤマザキさんは僕の手を乱暴に掴む。

 

「っえ、あの?」

「こっちに来い!」

 

 そう言ってヤマザキさんは、僕の手を引っ張って何処へ連れて行く。そこは…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「いらっしゃ〜い。お? なんじゃ珍しい組み合わせじゃの?」

 

 まさかのシゲハウス、ヤマザキさんとシゲさんはどうやら知り合いだったようだ。

 

「シゲオ殿、少し居間を借りる。出来ればお主にも見ていてもらいたい」

「ん? …そうかい、分かった」

 

 ヤマザキさんは僕をシゲハウスに連れ込み、僕らは居間の畳の上で正座して向き合う形になった、シゲさんは少し奥でそれを見守る。

 

「…ここなら邪魔も入らん、我輩が暴走しそうになればシゲオ殿が止めてくれよう」

「あ、あの…僕になにか用事が?」

「単刀直入に問う。お主…鎮守府連合の遣いだな?」

「…!?」

 

 …やっぱり無理があるか、他の人ならまだしも、遠目でも僕らを見ていたヤマザキさんは、僕らの正体を見抜いていたみたいだ。

 

「…最初から気づかれていたのですか?」

 

 僕がそう言うと、ヤマザキさんは首を横に振る。

 

「独眼龍を見た時から怪しいとは思っておったが…コバヤシ殿の言い分もある、その場は信じていた」

「…」

「だが…尚も聞き込み調査をしておるお主らを見て…やはりそうなのだろう、と」

「…騙していてごめんなさい」

 

 謝って済む話じゃないとは思うけど…それでも誠意は見せたい。僕が頭を下げると、ヤマザキさんは訂正する。

 

「そうではない。お前たちが何モノか、それは最早過ぎたる話だ。コバヤシ殿、あやつの人物の鑑定眼は凄まじいからな。あやつが信じたのなら、我輩に異存はない。…だが」

「…?」

「だからこそ、教えてほしいのだ。あの教会で何が行われておるのか。…お主らは、もう掴んでおるのだろう?」

 

 ヤマザキさんは力強い目線で僕を見つめながら言った。その目の奥には、真に住民たちを案じる憐れみの心が感じ取れた。仲間思い、いや家族を気遣うような温かさだ。

 

「我輩にとって、この要塞の住人たちは身内も同然。もしあやつ等に何かあるのならば、我輩はそれを阻止したい…頼む」

「…分かりました」

 

 僕は彼の眼を見つめ返し、その真心に敬意を払いながら自分たちの周りで起きたことを、ヤマザキさんに話した。

 僕らがこの要塞に来た理由、その道中と坑道で起こった出来事、それらを照らし合わせて出てきた「ほぼ確信している」黒幕の正体を、包み隠さず話した。

 

「…まさか」

 

 ヤマザキさんは絶句していた、あまりの衝撃に目と口を開けていた。

 無理もない、艦娘の暴走、神父の邪教じみた信者の洗脳行為、これらが一本の線で繋がっていただなんて。

 

「…まだ、確定ではないのですがね?」

「…ぬぅっ!」

 

 ヤマザキさんは怒りを滾らせると、立ち上がり何処かへ向かおうとする。…しかし、シゲさんがそれを止める。

 

「これこれ、どこへ行くんじゃ?」

「我輩は恥ずかしい、彼奴の謀略に踊らされておった自分自身が! 我輩なら教会に入れよう、彼奴の首根っこ引っ掴んで、真相を暴いてやる!」

「ま、待って下さい! それは…」

 

「こんの戯けがぁ!!」

 

「…!?」

 

 シゲさんの一喝に戦慄を隠せない僕たち。シゲさんは険しい表情を変えずに、ヤマザキさんに言い聞かせた。

 

「ヤツが何をしているか定かではないが、この子の言うことが真実であるなら、それまでのらりくらり隠れ通して来たヤツだ、そう簡単に口を割るか」

「しかし…こうしておる間に住人たちが!」

「頭を冷やしてほしいと頼んだのは、お主じゃろうが! …連合もこの事態に勘付いておるはずじゃ、そうでなきゃこの子はこの場に居らん」

「…小僧に任せて、我輩たちは見て見ぬ振りをしろというのか!?」

「そうではない、ワシらが出来る範囲で協力するんじゃよ。コバヤシたちがそうしたようにな?」

 

 ニカッと笑いながら、シゲさんは僕を信頼の目で見つめる。

 

「…信じてくれとは言えません。でも…僕もここで色々なことを学ばせて頂きました、マユミちゃんやコバヤシさんみたいに艦娘たちを信じる心、シゲさんからは自分を信じることの意味を教えて貰った。僕は…その恩返しがしたい、血の繋がりがなくても、絆っていう信じ方があるって教えてくれた…温かな、この要塞の住人たちに」

 

 僕は心から湧き上がる言葉を紡いで、ヤマザキさんに聞かせる。ヤマザキさんは…僕を見ながら、その頑なな表情を徐々に柔らかくしていく。

 

「…あい分かった。貴様らを…信じよう」

 

 ヤマザキさんは僕に手を差し伸べる、僕はその手を取り…握手をする。簡単な動作だけど、彼が信頼を寄せてくれていることを感じた。

 

「だが忘れるな、我輩たちの居場所を奪ったそもそもの要因は艦娘にある。今は目を閉じるが…その怨嗟が簡単に断ち切れると思わぬことだ」

「肝に命じます。ありがとうございます、ヤマザキさん」

「かぁっ! ザキで良い、そっちの方が呼び慣れておる」

 

 照れ臭そうにそっぽを向いたヤマザキさん。良かった、最初はどうなるかと思ったけど、話をすれば良い人だった。

 

「カッカッカ! 頑固者め、お主はもう少し柔らかくならんとなぁ、ザキよ?」

「ふん! …ところで…むぅ」

「…あ、僕は拓人です」

「タクト、お主は独眼龍をどこまで知っておる?」

「え?」

 

 天龍のことだよね? 僕はとりあえず知っていることを話した。

 

「天龍は傭兵で…各地の戦場を転々としている、ですか?」

「そうだ、義理堅い傭兵、それが皆の印象だろう。だがそれは彼奴の一側面でしかない。我輩からしてみれば何故あやつは未だ大人しくしておるのか不思議でならん」

「それはどういう意味ですか? 貴方は天龍について、僕の知らない何かを知っているのですか?」

「ふむ…折角の機会だ、彼奴について我輩が知り得ていることを教えよう。二度と我輩たちのような犠牲者が出ぬようにな」

 

 ヤマザキさんは、自身から見た天龍を教えてくれた。

 

 

 それは、僕が今まで知らなかった彼女の”非情な一面”だった。

 

 



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迫りくる刻(とき)

 ──我輩は、かつてわが祖国の軍において幹部を名乗っていた。

 当時、わが祖国において「貧富の極差」が問題視されていた。原因は…貴族、特に王族による不正な税徴収。

 勿論我輩も気づいていた。だが…我輩はそれを正す立場では無かった。陛下にも何か訳があり、一見愚行にも見える税徴収を行ったのかも知れぬと、どこかで信じておった。

 …しかし、民は虐げられた怒りにより暴徒と化し、レジスタンスとなり国に反旗を翻した。

 国と暴徒の血で血を洗う戦い…今思えば、何をしなくとも祖国は崩壊しておっただろう、それほどまでに過激で人が憎悪に燃えていた。

 

 そんな折、レジスタンスに対抗するため国に雇われた艦娘…それが独眼龍だった。

 

 彼奴は多額の契約金により我が祖国を守る尖兵として戦線に参列した。…傭兵である故、周囲からの信頼は無きに等しかったが?

 しかし…契約を遵守する姿は、律義にも見え冷酷にも見えた。彼奴は我々の要求に見事応えた、そして信頼を勝ち取った。

 

「また依頼があれば呼ぶが良い、相応の額で良ければ応えよう」

 

 そう言って彼奴は我々の前から姿を消した、だがまさか…あのような形で再び合間見えるとは、この時の我輩には予想だにもせなんだ。

 …そして彼奴との契約期限が切れた頃、我が軍は優勢に立っており、レジスタンスとの抗争も終盤に差し掛かっていた、誰にもこの結果を覆すことは出来ない。そう誰もが確信していた…しかし。

 

 

「うおおおぉぉぉ!!!」

 

 

 数か月の時が過ぎたある日。レジスタンスが急激に勢いを付け出し、遂に城内に攻め入ったのだ。

 

「一人も逃すな! 俺たちを縛り付ける邪悪を根絶やしにしろ! 殺せ、殺せええええ!!」

 

 城内ではレジスタンスによる粛清が断行された、次々と斃れ逝く同胞たち、最早崩壊は避けられぬ、時間の問題だった。

 我輩は陛下の身を案じ、陛下の元へ赴くと…。

 

「…っ!?」

 

 暗がりの玉座の間には、独眼龍と…地に伏した陛下が……っ!

 

「………」

「独眼龍!? 貴様…何故陛下を…!」

「…コイツは自ら命を絶った、俺のような化け物にやられるぐらいなら自決を選ぶ…と」

「…! なぜ我らを裏切った、何故陛下をここまで追い込む必要があったのか!!」

 

 …我輩の言葉に、彼奴は我輩に目も向けず、ポツリと独り言を呟くように言ったのだ。

 

「…新しい雇い主の命令だ、恨むなら恨むといい」

 

 …奴はこの土壇場で、新たな雇い主に鞍替えしたと宣ったのだ。

 おそらくレジスタンスであろう、この前ヤツ自身も言っておったしな? …レジスタンス共の火が付いたような勢いも、全ては彼奴が原因…彼奴が寝返った、たったそれだけで我々は敗北したのだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 その時我輩は悟ったのだ。艦娘は…ただの兵器でなく戦いの種を振り撒く冷酷な怪物であるということを…平和を乱す"混沌"そのものであると。

 …いや、確かに祖国にも落ち度はあっただろう、寧ろ因果応報だろう。我輩にそれを言う資格がないことも重々承知している。だが…救えたやもしれない命を無闇矢鱈に断罪し、戦況を悪化させたのも事実。彼奴は…ただ命じられるままに戦況を引っ掻き回していったのだ。

 我輩にはそれが恐ろしい。彼奴にとって大事なのは金でもない、ましてや信頼でもない。…「戦場」より長く戦えるかどうかが重要だったのだ。

 小僧、彼奴は危険だ。傭兵の立場を利用し、戦場でちっぽけな我々を翻弄する…奴こそが「悪魔」そのものだ。

 

 

 ヤツに背中を見せるな。

 

 

 でなければ、お主も大切なモノを奪われ”取り返しのつかない事態”が訪れるぞ…──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──日が傾き、夜が来る。

 

 僕はマーミヤンへと戻ると、自室にてヤマザキさんの話を反芻していた。

 

「…天龍が、そんなことを」

 

 僕は彼女の過去を垣間見た。そのつもりだったんだけど…あれは龍田を喪ったことが、彼女の人生の分岐点のようなものだったから。…僕は彼女の、概要しか知ることしかできない。

 だから…ヤマザキさんの言っていた通り、それは「天龍の別側面」なんだろう。龍田を喪ったことで、天龍は心に空いた穴を塞ぐように戦い続けた。それは彼女の罪であり…罰。

 側から見ても冷酷残忍な所業、それは傭兵としては当然にも思えるけど…。

 

「…はぁ、トイレにでも行くか」

 

 遣る瀬無い思いだが、今は胸にしまっておこう。僕は気分を変えるためにトイレに急ぐ。…と、その道中で。

 

「…あれ、金剛と…天龍?」

 

 月明かりに照らされた廊下で、二人が向かい合っていた。僕は曲がり角の壁に隠れるように…その様子を窺う。

 

「…ふふ、こうして二人きりで話すのは初めてデスね?」

「そうだな? …それで、用件は何だ?」

「決まっていマース。…テンリューはテートクのことをどう思っていマスk」

「ああ、好きだぞ」

 

「(ぶふぁっ!?)」

 

 物陰から見ていた僕は、天龍のストレートな好意に思わず吹き出しそうになる。金剛も虚を突かれた様子で続けた。

 

「え、は、恥ずかしいとかないデスか?」

「事実だからな」

「…うー、じゃあどういうところが好きデース?」

 

 問われた天龍は、息を整えながら考えると、そのままの気持ちを口にする。

 

「先ずはいざという時に頼りになるところだな? アイツは平時こそあのような軟弱ぶりだが、ピンチになると爆発的に能力を発揮するというとこか」

「う…」

「更に少し意地らしく、からかい甲斐がある。特に柔らかなほっぺを抓る時の顔と喋りは、やったものにしか分からない癒しがある」

「うぅ…」

「また、初対面の時もまるで俺たちを最初から知っているような大らかな態度。それが他のニンゲンにはない魅力であり、心を許せる拠り所になっている…と、こんなところか?」

「むうぅ〜ワタシよりテンリューの方が、テートクに詳しいなんて…!」

「お前は大胆不敵に見えて、その実奥手な面があるからな。もっと積極的になってもいいぐらいだ」

「…! ワタシのことも見ていてくれたの?」

「まぁ、な。安心しろ、俺もそこまで野暮ではない。この好意は正直な気持ちだが、お前からタクトを取るような真似はしない」

 

 あぁ、これって主人公が偶々ヒロインたちの会話を耳にして、彼女たちの気持ちや自分の気持ちを再認識するイベント? 憧れはあるけど、まさか自分にこういう時が来るとは…前の僕だったら、飛び跳ねて喜んでたんだろうなぁ?

 

「…ふふん♪ それを聞いて安心しマシタ! これからも仲の良いワタシたちでいましょうネー?」

「逞しいなお前は…俺はお前の、そういったあっけらかんな態度も好ましいぞ」

「えへへ、じゃお休みなサーイ!」

「あぁ…」

 

 金剛が背を向けて歩こうとすると、天龍が呼び止めた。

 

「金剛」

「ん? どーしまシタ?」

「…いや、作戦を失敗(しくじ)るなよ?」

「アハッ、テンリューこそ!」

 

 笑顔で応えると鼻歌を歌いながら、嬉しそうに歩いていく金剛、彼女の背中を微笑ましく思いながら、僕もその場を後にした。

 

「………」

 

 ──金剛…俺は……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天龍….彼女の心内(こころうち)を、この時の僕らは理解出来ていなかった。

 

 彼女の虚穴は未だ塞がっていない。…しかし時は残酷に、その時を迎える…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──作戦決行当日。

 

 僕らは真夜中の月明かりの下、難なく神父と信者を見つけた。

 遠目からだけど、祭服に身を包んだ男…アレが神父だろう、いやでも暗がりだし、建物が影になった道を意図的に歩いてるから、まだ顔とかはぼやけてるけど(ここまで徹底してるとはね…)

 そして隣をフラフラと歩いている男性、あの人…この前の昼間にザキさんと言い合いになっていた人?

 

「…さぁ、行くぞ」

 

 望月は小声で囁きながら、行動を促した。

 僕らは建物の隙間に隠れながら、距離を保ちつつ神父たちの後を追う…尾行開始。

 

 メンバーは僕、金剛、天龍、望月、綾波…と早霜。

 野分と翔鶴、舞風は別働隊で動いている。もし黒幕がロボットを差し向け、本体がその隙に逃げ出さないとも限らないからね? …と、尾行びこうっと。

 そろり、そろりと音を立てないように注意深く足を運びながら神父たちを追跡する。影になっているから、一瞬見失いそうになるけど、今の所何とか付いて…ん?

 

「…あれ!?」

 

 僕がまた見失っただけかと思ったら…い、いない!?

 

「いや、あの壁の間だ」

 

 天龍が指差す方向には、人一人が入れるぐらいの薄暗い路地裏。

 

「影になっているから、曲がった瞬間も見えづらいのだろう」

「…あの奥に何が?」

「あの奥は確か、行き止まりだったわよね?」

「うんうん、マンホールがあるくらいだよね?」

「なるほど…って!?」

 

 僕は慌てて声のする方角を見やった。

 

「コバヤシさん、マユミちゃん! 何でここにいるの!?」

「アンタらは非常時のための連絡係で、マーミヤンに待機する手筈だろ?」

「安心して眼鏡ちゃん、私たちも引き際は心得ているわ」

「そうだよ! もうすぐ神隠しの謎が解けるかもって時に、ジッとしていられないよ!」

「…はぁ、仕方ないな? ねぇ、あの奥って本当に行き止まりなの? 隠し扉とかない?」

 

 僕が問いかけるも、二人は首を傾げる。…しかし程なくコバヤシさんが、何か思い至ったようで。

 

「そういえば…マンホールの下は、古くなったからって廃棄された下水道があったわね?」

「っ! 下水道?」

「えぇ、私も詳しくは知らないけど? この要塞はかつての戦いの重要拠点地だった。そこには戦いに赴く軍人たちや、戦争で帰る場所を無くした難民たちが住んでいた…それこそ、一つの国のような様相だったと聞くわ」

「ほら、マーミヤンや他の住居も。しっかりとした石造りの家だし、水路や橋も見えるでしょ? あれは連合が「戦争が終わった後も使われるように」って思って造ったんだって?」

 

 コバヤシさんとマユミちゃんが、この要塞について事細かに説明してくれた。なるほど…僕が思った以上に、この要塞は大きな施設であったようだ。

 

「でも、あれから何年も経って、次第に古くなって壊れたり、錆びついて使えなくなった建設設備が出始めたの。連合に無断で住居を貸して貰っている手前、今更厚かましく直して! なんて言えなくてね?」

「そうか、だからあそこの下水道も、そのまま放置することになったんだ」

「そういうことよ。でも…言われてみれば、確かにあそこなら隠れ家には打って付けね? あんまり思いつかないでしょうけど」

 

 コバヤシさんはああ言ってるけど、僕はそう思わない。何故なら…!

 

「使われなくなった施設を根城にする、RPGの悪役のテンプレ行動だ!」

「…えぇ?」

「タクト…どうしたの?」

「あぁ気にすんな、大将は時々頭のネジが外れるからよ?」

「ひどいやもっちー…」

「うふふ、締まらないデスね?」

「あぁ、だがこの方が俺たちらしい…だろ?」

「ヒヒッ、そうさな?」

 

 僕らは慣れたものか、いつものやんわりとした雰囲気に微笑む。綾波もうっすらと笑みを浮かべているみたいだ。

 でも…その横で、眉をひそめる娘が。

 

「…タクトさん、本当に宜しいのですか?」

「早霜…?」

「私には、貴方のオーラを介して貴方自身の「運命」が見える、それでも漠然としていますが」

「どういう意味?」

 

 早霜は言葉を選んでいるのか、それとも言っていいものか悩んでるのか、少しの沈黙の後に伏せていた眼をゆっくりと開け、静かに語り始めた。

 

「今日この先には、貴方がたの運命を揺るがす凶悪な「何か」が待っている…平たく言えば嫌な予感がする、そんな気がするのです」

「っ! それって、黒幕が待ち構えているってこと?」

「そこまでは存じません。ですが…もしも、このまま黒幕を暴くべく地下へ赴くと言うなら、日を変えるなりもう少し慎重に調べるなり、まだ出来ることがあるはず、今しかない、は早計かと」

 

 早霜なりに僕らを心配してくれているのか。…確かにこのまま行って「実は神父は何の関係もありませんでした」なんてことになってもいけない。下水道に黒幕がいる保証は無し、彼女の言う通り「急いては事を…」と言うし。

 

 …でも。

 

「僕も、この先に何かあるかも…とは思う、本当になんとなくだけど」

「私の言わんとしていることを、理解している…と?」

「うん…だからこそ、僕はこの先に行かなくちゃいけない、って考えてる」

「貴方の仲間を危険に晒すかも知れないのですよ?」

「それは見縊り(みくびり)過ぎデース、ハヤシー?」

 

 金剛が皆を代表して、早霜に異を唱えた。

 

「テートクはワタシたちを信頼してくれていマス、信じてくれる人が居てくれる限り、ワタシたちはどんな困難も乗り越えて行けマス。ワタシは…ううん、ワタシ「たち」はテートクの信頼に応えていきタイ。今までも…そしてこれからも!」

「あぁ、そうだな。タクトは最近になって実力をつけ始めた、それでも俺たちの力は必要だろう」

「そーいうこった、言っちゃあなんだがバカばっかりなんでな? ま、アタシを含めてだけど」

「…司令官の御命のままに」

「金剛…皆」

 

 僕の艦娘たちの固い意思表明を聞き届けると、早霜はまたも静かに笑う。

 

「…考えなし、ではないようですね。貴方がたにとって謀略を打ち砕く力は「絆」ただそれだけということ」

「早霜…」

「解りました。この早霜も力を尽くします。貴方がたの運命がどのような結末にたどり着くのか…貴方たちの傍で、確かめさせてくださいね?」

 

 早霜も僕らの覚悟を汲んでくれたようだ。これで…心置きなく突入できる!

 

「タクトちゃん、頑張ってね!」

「タクト、こんなこと言える義理はないかもだけど。…お願い、要塞の皆を助けてあげて!」

「うん、分かった。ありがとう二人とも!」

 

 こうして、僕らは地下下水道へ足を運ぶ。この先にどんな困難が待っているのか…そして。

 

「………」

 

 

 ──この先に、どんな"運命"が待っているのか…?

 

 

 



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運命ほど残酷なモノはない。

 今回、話の雰囲気が少し暗くなるかもです。

 …少し、は信用出来ない?

 ごもっとも。


 ──数週間前、カイト提督執務室にて。

 

「良いタクト君…彼は貴方に試練を与えようとしている。これは貴方のため、それは分かってね?」

「はい!」

「…この任務で貴方はこの世界の現状を目の当たりにすると思う。そこから、貴方自身が為すべきだと思うことを…良く考えて頂戴?」

「はい! ありがとうございます!」

「…天龍君?」

「…?」

「(…金剛を宜しく頼むよ? 何かあれば「君の好きにして」いいから)」

「…っ!」

「怒らないで? もしものことだよ?」

「…………フン」

 

 タクトたちが一通りの伝達を終えると、彼らは次の任務に備えるため次々と執務室を後にする。

 

 …その時、天龍がドアノブに触れた手を止めた。

 

「…それは任務か?」

 

 彼女の纏う雰囲気が一瞬で変わる。

 突然の言葉に目を見開きながらも、問われたカイトは平然と回答した。

 

「ああ、君が望むなら報酬も出そう。もし金剛が暴走した時は…君が止めてくれ」

「…生死は?」

「…っ!」

 

 側にいた加賀は思わず息を呑んだ。背を向けた彼女の顔を計り知ることは出来ないが…その言葉の意図は「至極冷徹」であった。

 

「出来れば生きたままにしてくれ、と言いたいが…生け捕りは難しいだろうね、君の実力を疑うワケではないが。金剛相手では逆に君自身がどうなるか…」

「…最悪相討ちか」

「天龍っ!」

 

 天龍の予測する展開に、加賀は声を荒げて反論した。

 当たり前だ、誰であろうともそうなる。彼女は…「最悪仲間を殺す」と言い切ったのだ。

 

「もちろん僕らはそんな未来は望まない。君がどう思っているのかは分からないけど、艦娘同士…仲間同士での殺し合いなんて。そんな危険を冒してまで、君はこの任務を受けてくれるのかい?」

 

 まるで試すように、カイトは天龍に問いかけた。

 

「…任務、承った」

 

 その声は迷いなく、しかしてどこか虚空に響いていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『キッヒヒヒ!』

 

 薄暗い地下下水道、濁り腐った浅い水面を進む中、僕らは"ヤツ"に出くわした。

 

「レ級か…こんな時に!」

「でもテートク! 彼女がここに居るということは、黒幕もやっぱりこの先にいマース!」

「だな…まぁコイツが素直に退いてくれたら楽なんだがなぁ?」

 

 望月の言う通り、このレ級はどういう理由か黒幕の手下のような立ち位置で、幾度となく僕らの前に立ちはだかって来た。

 

「今更簡単に通れるとは思えない…!」

『キッヒヒヒ!』

 

 もう何度も見た光景。彼女の手のひらにエネルギーが収束し、形作られた黒い大鎌を手に取る。

 

『キッヒャア!』

 

 彼女の歪な尻尾がおっ立つ、先端が怪物の顔のそれは、口を開くと火球を放って、僕らの間に水の壁が出来上がる。

 

「っ!? 皆気をつけて!」

「来るぞっ!!」

 

 瞬間、水の中を突っ切り死神か嗤いながら僕らの首を狙って鎌を振るった。

 

「綾波!」

「了承」

 

 綾波から放たれた剛腕の戦斧が、大鎌の軌道を遮る。鉄の打ち合う音が、地下下水道の虚空に響く。

 

『キヒヒヒ!』

 

 でもレ級を押し留めるのがやっと。このままじゃ黒幕に逃げられる…!

 

「…仕方ありません」

 

 早霜はそう呟くと、手で印を結びながら何かを唱え始めた。

 

「…招来」

 

 すると、早霜の後ろから黒い霧が立ち上る。レ級の大鎌のヤツに似ている? その霧は徐々に形を整えると…?

 

『…っ!』

 

 早霜の後ろから大きな黒い影が、その巨大な腕をレ級に振り下ろした。

 

『ッギ!?』

 

 素早く反応し攻撃を躱すレ級。

 早霜の後ろの影は、一般の大人より一回りは大きい筋骨隆々な男のような見た目だった。

 

「スタープラ○ナ…いやカゲ○ンか!?」

「違いますよ? これは悪霊の魂たちを一時的に繋ぎ合わせ、私の手足としたものです」

 

 おっそろしいことを淡々と言ってるけど…要はシャー○ンキングだと。

 

「オーゥ! ハヤシーにこんな特技があったなんて!?」

「皆さん、ここは微力ながら私が抑えます。隙を縫って貴女たちは急いで奥に進んで下さい」

「…加勢」

「そうだね綾波? 早霜だけじゃ心配だから、側でサポートしてあげて」

「了承」

「心配症なのね…しかし、ありがとうございます。助かります」

『ギシャアアア!』

 

 レ級が得物を構えながら突っ込むも、早霜の悪霊に払いのけられる。

 

『ギッア?!』

「…さぁ、急いで!」

「健闘…」

「うん。二人も無理しないでね!」

 

 僕らはレ級を二人に任せ、黒幕がいるであろう奥に進んだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 …どれだけ歩いただろう。僕らの目の前には暗闇が広がるばかり、ピチャ…ピチャ…と雫の落ちる音が不気味に木霊した。

 もしかして何もないのか? そう思い始めた時、奥から光が見え始めた。

 

「下水道の予備電源での明かりだろう、いよいよか…?」

 

 望月に言われるまま、僕らは臨戦態勢のまま奥に進む…光は徐々に大きく広がり、そして…。

 

「…っ!?」

 

 その異様な光景に、僕らは思わず息を飲んだ。

 

「これは…」

「彫刻…いえ、これは人が…!?」

 

 薄暗く広大な、天井の予備電源の明かりが陰鬱で虚ろな雰囲気を演出する。

 

 生温い風が頬を掠める…そんなあの世みたいな場所。

 

 そこに在るのは…まるで石化したような、おびただしい数の人間だった…!

 

「…!?」

 

 誰もが理解した。この彫刻のように白く固まったモノらは、元は生きとし生ける者だったということを…。

 その顔に刻まれた恐怖と絶望に歪んだ顔、何かから逃げるような、もがき苦しむような…おぞましい光景だ。

 

「…っ! ゔうぇ…っ!?」

 

 強烈な吐き気に襲われた僕は、その場に顔を伏せると…中の汚物を嘔吐した。

 恐怖、そして拒絶。今の僕らにはその感情しかない…この場所は……普通じゃない!

 

「テートク?」

「…だ、大丈夫」

 

 金剛が心配して、伏せっていた僕の手を取り立ち上がるのを手伝ってくれた。

 

「無理すんなよ大将」

「うん…ありがとう望月」

 

 望月に礼を言った僕だが、それ以上彼女の返答はなかった。…顔を見やると、彼女が冷静でないことが分かった。

 

「…あのヤロー」

 

 怒り心頭といった具合。望月が何に怒っているのか分からないけど、こんな彼女を見たのは初めてだった。

 

「望月…」

『…オソカッタナ』

 

 奥から声が響くと、僕らはその方向を注視する。

 暗闇から現れたのは…やっぱりあのロボットだった。何か引きずっている……?

 

「…っ!?」

 

 僕は目を疑った。ヤツが引きずっていたのは…!

 

『フン、コンカイモシッパイダッタ。マァデータハジュウブンダカラカマワンガ…ヤハリタダノニンゲンデハ"深海化"デキナイカ…』

 

 引きずっていたモノを乱暴に地面に放り投げる。石の顔に刻まれた死の恐怖に怯えた表情…これは……神父と一緒にいた……っ!

 

「…ぅうああああああああ!!!」

 

 怒り、猛り、僕はヤツに対して許せない気持ちが、グツグツと煮え滾っていた…っ!

 

「お前…やっぱり、お前が…!」

『オマエタチガビコウシテイタコトニハ、キヅイテイタ。ダガラアエテソシラヌフリヲシテ、オマエタチヲココマデオビキヨセタ』

「アタシらが目障りになったから抹殺する…ってか?」

『ソウダ、ジッケンデータモジュウブンアツマッタ。ココマデカギマワッテイタノハ、ソウテイガイダッタガ…ヤハリガラクタヨ、タダケサレルタメニ、ノコノコヤッテクルトハ』

 

 まるで嘲笑するような薄ら笑いが聞こえてきた…こいつ。

 

「何で…なんでこんなことを!」

『ナニ…?』

「実験だって? こんな…こんなの人殺しと同じじゃないか!! お前は…お前を慕ってくれた何十何百人もの人を…殺したんだ!」

「テートク…」

「どうして…僕が憎いんじゃないのか!? お前は…人をなんだと思ってるんだ!!!」

 

 僕の憤慨と叫びに、一呼吸置いたアイツは…こう回答した。

 

『シレタコト。コイツラハタダノ"モルモット"ニスギナイ』

 

「…っ!?」

 

まるで、最初から心がないような、冷たく鋭い返答に…僕らは言葉を失う。しかしヤツは続ける。

 

『センソウニヨリカエルベキイエ、クニ、カゾクヲナクシ、モハヤイキルカチモナイ。ソンナモウジャドウゼンノヤツラニ、ワタシガイキルイミヲアタエタ。…()()()()()()()()()()()()()()()()。ドウダ? イミモナクイキルヨリ、ズットカチガアルダロウ?』

「…お前……っ!」

『フン、ワタシガイミモナク、ジッケンヲクリカエシテイル、トオモウカ? ムチトハマコトナ"アクトク"ヨナァ?』

「なに…?」

 

 ロボットの指が正面を指差して止まる。その方向には…僕がいた。

 

『トクイテン。ワタシハオマエノスベテヲシッテイル。オマエガコノセカイニエラバレタコト。オマエガカンムストイウガイネンヲ、コノセカイニモチコンダコト。マエノセカイカラニゲルヨウニ、コノセカイニキタコト』

「…っ!!?」

 

 ヤツの語る言葉に、驚きを隠せない僕。まさか…僕が転生したことまで…!?

 

『オマエノセイデカンムスガウマレタ。オマエノセイデコノセカイカラアラソイガナクナラナイ。オマエノセイデ…ココニイルモノタチハ、カエルベキバショヲナクシタ!』

「っな…!」

『ソウダロウ? コノセカイニアラソイノタネヲマイタノハ、オマエダトクイテン。ワタシハ…カンムスヲコノセカイカラ、カンゼンニマッショウスルタメ、コウドウシテイル!』

「…するってぇと何か? てめぇは…全ての原因が大将にある…って言いたいのか?」

 

 怒りを露わにした望月が、声を震わせながら言葉を投げつける。ロボットは手を広げ、大仰に肯定する。

 

『シカリ! コノモウジャタチヲウンダ、ソモソモノゲンインハ、トクイテン! オマエガコノセカイニコナケレバ、コンナコトニハナラナカッタ! オマエガ…オマエジシンガ! ココニイルスベテノモノヲ…コロシタ!』

「……!」

 

 僕が…ここにいる全ての人を…殺した。

 

 突拍子もないことだ。でも…僕は心のどこかで、それを認めているのだった…。

 

 ──to be continued

 



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それでも、絶望は押し寄せる。

 あなたのハート、ブチ折るZO☆

 …はい。

 今回も例のごとく展開早いかもです、すみません…。


『コノモウジャタチヲウンダ、ソモソモノゲンインハ…トクイテン! オマエガコノセカイニコナケレバ、コンナコトニハナラナカッタ! オマエガ、オマエジシンガ! ココニイルスベテノモノヲ…コロシタ!』

「……っ!」

 

 その言葉から、僕の脳裏に過去の僕自身の言葉が再生される──

 

 

 

『──だって何十年も前の話だよ? 彼女たちは「ゲームのヒロイン」で現実に疲れきった僕たちに癒しを与えてくれるんだよ? それで良いではないですか。他にどう解釈しろって?』

 

『あぁ、こんな過去のしがらみだらけの世界なんて、もういい加減頭がおかしくなりそうで…もういっそ「別の世界」に…』

 

『過去のしがらみがない、超ファンタジーチックな「ザ・異世界」で! あ、ちゃんと艦これ要素を取り入れて下さいね? 秘書艦は金剛で!』

 

 

 

「………そ…そんな…」

 

 あまりの恐ろしい真実に、僕は膝をつき…絶望する。

 

 僕が…僕がこの世界に……来なければ…! 皆……ここにいる皆を…僕が………っ!?

 

「テートク!? しっかりしてくだサイ! …お願い、しっかり!」

 

 金剛が必死に呼びかけるも、僕は魂が抜けたようにその場から立ち上がれなかった。

 

「………」

「テートク…」

『フン、リカイシタカ。オノレガザイニンデアルコトヲ。オマエハ…オマエトカンムスハ、コノセカイニヒツヨウナイ、ガラクタドウゼンノソンザイヨ!』

「…っ! 黙りなさい!」

 

 金剛は立ち上がり、僕を庇うように黒幕に啖呵を切る。

 

「どんなことがあっても、世界にいらない存在なんてない! 私は…私たちは守るために生まれた。愛する人を…世界中の力のない人たちの代わりに、私たちは戦うの!」

 

 金剛の信念が込もった言葉。しかし黒幕はまるで意に介さないような言葉を返した。

 

『…ソウダ、イカレ。"イカリ"コソガ…オマエヲ、オマエタラシメル"シルベ"トナル』

「えっ…?」

『ソォラ…ソノイカリヲ……モットカイホウシロ』

 

 まるで誘うような口調で囁くと、ロボットの胸部が開き…紅く爛々と光る鉱石が露出する。

 

「! 海魔石…っ!?」

「姐さん、対抗策Aだ!」

 

 望月が叫ぶと、金剛たちは懐からサングラスのような黒塗りの眼鏡を取り出し、狂光を防いでみせた。

 

「アタシ特製の魔光遮断メガネさ! 目に入りさえしなきゃこっちのモンだ!」

『ホウ…タダ"コケツ"ニハイッタワケデハナイカ』

「へっ! 切り札を切ったテメェを呪いな! …ベベ!」

『ゴアァーーッ!!』

 

 ベベの虚をついた強力な一撃、巨腕が黒幕の腹部に向かい殴り抜け、吹き飛ばす。

 

『…ヌゥ!?』

「タダじゃ済まさねぇ。お前は…お前だけは……っ!」

 

 望月、金剛が臨戦態勢で黒幕と対峙する。…しかし。

 

『……フ、フフフ………フハハハハ!!』

「!?」

『"有智高才(ザ・ジーニアス)"! ミゴトダ…オマエハホカノガラクタヨリヨホド"ユウヨウ"ダ。サスガニミトメヨウ』

「テメェ…!」

『ダガ…タトエキサマダロウト、コレカラオコル”ジョウキョウ”ヲクツガエセルカナ…?』

「何…?」

『キリフダトイッタカ…フッ、キリフダトハ、サイゴマデミセナイモノダ…!』

 

 黒幕はそう言うと、真ん中が開けた手のひらから何かを取り出す…石?

 その時の僕は、意識も朧気だったからはっきり覚えていないはずなんだけど…そのちいさなちいさな石は不気味なほど明るい「緑色」だったことを覚えている…。

 

「…っ! なんだそれは…?」

『フッ…マダシサクダンカイ、ダガ』

 

 その石を握りしめると、石から妙な霧が…黒い霧……これは…まさか。

 

「…っ! 皆逃げて!!」

 

 まるで弾かれるように意識を無理やり呼び覚まし、僕は無意識に叫んだ。…しかし虚しいかな、霧はどんどん空間に広がっていく…。

 

「…っ!? こいつは……っ! っげほ、げほ…!」

「なにコレ…力が……抜ける…!?」

 

 霧に侵された艦娘たちは、力を奪われて…さっきまで力強く立ち上がっていたのに、膝をつくか、立つのもやっとといった虚脱状態に陥ってしまった。

 

『ゴ…ゴ、ガ……』

 

 ベベまでもが行動不能となり、目から光が消えその場に棒立ちとなる。…この霧は、簡単に言うと艦娘を無力化する効果があるんだ。まさかこんなところで…!?

 

『…ドウヤラ、セイコウノヨウダナ? デハ…サラニダメオシダ』

 

 ここぞとばかりに、黒幕は胸部を開けると…海魔石を露出させる。

 

『サァカイマセキヨ。ゴチソウダ…ゾウオヲクライ、ソノセンコウデ”シンジツ”ヲ…テラセ!』

 

 海魔石が周りに漂う黒い霧を吸収。その紅い光は、石炭をくべた炎のように煌々と強い光を放つ。

 

「…っぐ!?」

 

 ──なんだ…?

 

 視界が…ぐらつく…意識が…遠のく……何かが…僕の知らない……ナ…ニ…カガ…!?

 

「…ぐ、っぐぁあああ!!?」

「っ! テートク!!」

「大将! 予備のメガネ渡しただろ?! 早く着けろぉ!!」

 

 望月に渡されたメガネ…僕はかき混ぜられた頭で思考しながら、懐からメガネを取り出しかけようとする…!

 

『フンッ』

 

 しかし黒幕がそれを許さない。ロボットから発射されたレーザーが…手元のメガネを壊した…っく、だ、駄目だ…本当ニ…いシキが…!?

 

「テートク!?」

『ドウスル? ハヤクシナイト…オマエノテイトクハ、コノママクルイシヌゾ?』

「…っ!?」

「ッガ!? …ッァアアアアア!!?」

 

 ──強力な海魔石の光は、人間である拓人の心まで蝕もうとしていた。

 

 金剛は考える、拓人の下に駆け付けたいが、後ろでもがき苦しむ拓人に近づくだけの「力」が、今の彼女にはない。…震える手で、彼女が行った行動は…。

 

「…これを…っ!」

 

 自らがかけていたサングラスを拓人に向かい投げる。無我夢中でそれを手に取る拓人。…段々と、意識がはっきりとしていく。息を整える拓人を見て、一安心する金剛。

 

「良かった…」

…ハズシタナ?

「!?」

『マッテイタゾ…コノトキヲ!』

 

 黒幕は金剛の隙を突いて近づくと…ゼロ距離で海魔石の光を浴びせた。

 

「しまった、姐さん!?」

『サァアイカレ! オマエノシンノチカラヲ…トキハナテ!!』

「…っ!」

 

 心臓が一際強く跳ねる音が鼓膜に響く。

 

 しまった…金剛はそれだけ思うと、強制的に意識を手放した。

 

「ぐ……ぐぉおああああああああああああ」

 

 その天を衝く狂声は、その場にいた彼女の仲間たちに絶望を与えるものだった。

 

「あ…アが……ガァアアアアアアアアア!!」

『フ…フ、フフフ……フハハハハハ! ツイニテニイレタ…”器の乙女”ヨ、オマエハ…ワタシノモノダアアアアアアアア!!!』

「金剛…そんな……!」

 

 …拓人の心の中には、様々な感情が入り乱れていた。

 

 絶望、恐怖、罪の意識、怒り、悲しみ、神に祈るほどの意志の放棄。

 

 それらは確かに拓人たちから立ち向かう覚悟を奪っていた。目の前で吠え猛る獣に成り果てた金剛が、それを象徴するように存在する。

 黒幕は、海魔石の光により怒りに囚われた、もしくは意思を無くした艦娘を操れるようだった。それがどのような方法によるものかは分からないが…あの時狂った翔鶴のように、獣となった金剛に、自分たちを殺すように黒幕に命じられれば、それこそ打つ手がない。…もはや、成す術はなかった……。

 

「…どうしてこんなことに…誰か……助けてよ…っ!」

 

 拓人には、天を仰ぎひたすらに祈ることしか、出来なかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──任務、開始。

 

 

 

 

 

「…ガッ!?」

 

 天から獲物を刈り取る猛禽類の如く、暗闇の空中から急降下する…二刀の牙を携えた無法者。

 

「…シッ」

 

 バツの字に構えた得物を切り払うが、瞬時に気配を嗅ぎ取った金剛には即座に避けられた。

 

『ッ! キサマ…カクレテイタトイウノカ』

 

 黒幕が憎らし気にいうも、「天龍」は…獣と化した金剛に目を向け、視線を一切逸らさない。

 

「ぐうぅぅうううう…!」

「………」

 

 拓人は…九死に一生を得た気分だった。天龍なら…彼女ならこの状況をなんとかしてくれる。そう思っていたが。

 

「なるほど、これがお前の目的か。用心して物陰でやり過ごして正解だったようだ」

「…天龍?」

 

 天龍の様子がおかしいことを感じ取る拓人、発せられた声は低く冷たく、いつもの温かで人間味ある彼女ではなく、まるで鋭い爪を研ぎ澄ます"獣"のようだ。

 対峙する黒幕も別の意味で異変に気づき、天龍に対し抱く疑問をぶつける。

 

『キサマ…ナゼヘイゼントシテイル? コノカイマセキノヒカリハジュウライノ「ゴバイ」ノノウドノハズ、ニンゲンデモクルウトイウノニ…』

「それは誤算だったな。俺は…()()()()()()()

『ナニ…ッ!?』

「さて…これより任務を遂行する。ターゲットは金剛…目的は生け捕り、もしくは…」

 

 ──抹殺。

 

「…っ!? そんな…天龍」

 

 拓人は今しがた聞き取った言葉が天龍のものとは思えない、信じられないでいた。

 仲間を第一に考える彼女、その行動に一切の矛盾もなかった…義に篤い戦士だと信じていた彼女の衝撃の一言に、ただでさえ絶望に打ち拉がれている拓人には受け入れ難いものだった。

 だが…拓人の声に反応した天龍は振り返ると…今までの彼女からは見たことのない、冷たい視線と無情の顔で彼を睨みつけていた。

 

「…っ!?」

「邪魔をするな。…任務の遂行の障害は、誰であろうと容赦しない」

「…天龍」

「分かったら失せろ。…そこの役立たずと一緒にな」

「…っ! …分かった……」

 

 拓人は言われるまま、望月に近づく。…()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全身が虚脱していた彼女を抱えると、そのまま背を向ける。

 

「大将…駄目だ、戻れ…!」

「………」

 

 望月の制止を無視して、拓人は駆け出していく。…最愛の人と最高の相棒を残して……。

 

 

 

 ──それは、彼の"世界"が崩れ去る間際のことだった。

 

 

 

 ──To be continued …

 



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前へ、進むために。

 拓人たちの身に起きた出来事を知らずに、綾波と早霜はレ級を迎え討っていた…。

 

『シャーーーッ!!』

「…相殺」

 

 黒鎌と大斧の斬撃がぶつかり合う、何重にも軌跡が描かれるたび、重い衝撃音と空間を揺るがす振動が起こる。

 

「はぁっ!」

 

 早霜が繰り出す使役怨霊は、黒い炎に包まれた巨腕を振るい、レ級を払いのける。

 

『ギギィ…ッ!? …ッキヒ!』

 

 だが…2対1というハンデを背負いながらも、その凶凶(まがまが)しい嗤い顔は未だ絶えず綾波たちを捉えて離さない…体力の消耗如何では、こちらも危うい。

 

「…執拗」

「そうですね…姫級ほどではないにしろ、これほどとは…」

『キッヒヒヒヒィ!!』

 

 レ級が次の一撃を繰り出そうと身構えると…後ろから水の走る音、奥から…何かが来る。

 

「…! 司令官…?」

 

 綾波がそのシルエットから察せられる名前を呟くと…拓人は腕に望月を抱えた状態で、ゆっくりと歩くようにこちらに近づく…しかし、その間に居るレ級が、それを見逃すはずはなく。

 

『シャッ!』

 

 レ級がその自慢の得物で拓人を切り裂こうと振り返る…しかし。

 

「──”退けよ”」

 

『…ッ!?』

 

 その絶望を湛えた顔は、どんな闇より深く、どんな悪より「威圧的」だった。

 囁くように紡ぐ一言は、耳にまとわりつくような不気味な反響が聞こえる。

 レ級はそのまま固まり…驚愕の表情のまま、戦慄に身を凍らせた。

 

『…!? ッギ…?!』

 

 気づけばレ級は彼を「そのまま通して」いた。何故彼を通したのか、彼女自身分からなかった。動物の本能のように「手を出せば殺られる」という感覚を、ただの少年のような彼に感じ取っていたのか。

 絶望の象徴たる深海棲艦に畏怖されるまでに感情の威圧が増大していた…一体、どれほどの「絶望」が、彼をここまで駆り立てたのだろうか。

 

「…司令官!」

 

 綾波は司令官と呼ぶ彼の下へ駆け寄る…拓人は無事彼女らの側まで近づくと、そのまま望月を渡す。望月は気絶しているようで、渡す際も何もアクションはなかった。

 綾波は望月を受け取る際、拓人の顔を覗き込む。…どこか空虚というか、疲れ果てた顔をしており、今にも狂いだしそうに瞳孔は見開かれ、瞳は虚無を映していた。

 

「…司令官?」

「(やはり奥でなにか…止めるべきだったか…どんなに強引でも…っ!)」

 

 早霜は心の底から後悔した。彼女が力を尽くすと誓った彼らに、今の自分は何もしてあげられないという、自責の念が溢れた。

 拓人は…綾波たちを、虚ろな眼で見つめながら呟く。

 

「…めん」

「…?」

 

「ごめん……っ、ごめん…!」

 

 膝をつき、まるで吐き溜めた何かをこぼすように…もはや、どんな感情が入っていたのか分からない、大粒の涙を流しながら…。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい……ごめんなさいっ……!」

 

 掠れた声で、湧き上がる感情に喉を潰しながら、許しを請うように…拓人は綾波たちに対し、懇願するような謝罪をした。

 

「…司令官」

 

 いつも何処か飄々としていた彼が、まるで自身を世界中から弾劾される罪人のように、後悔の念を吐き出しては項垂れて涙を零す。…豹変した彼は、ただ子供のように泣くことしか出来ない非力な人間であった。

 綾波には奥で何が起こっているのか、知る由はないだろう。しかし…その何事かに襲われ、囚われた拓人を救う方法を「彼女」だからこそ知っていた。

 

「…」

「どうしました? …え、望月さんを? 構いませんが…一体何を?」

「……」

 

 綾波は後ろにいる早霜に、望月を抱え渡すと…何を思ったか、拓人の頭に手を添える…そして優しく”撫でる”。

 

「…っ!」

「貴方は悪くない…貴方は頑張った…貴方を誇りに思う…私が落ち込んだ時、ある人がこうやって私を慰めてくれました」

「…あや…なみ…?」

 

 何と、それまで何処か機械的な話し方であった彼女は、慈愛に満ちた表情と穏やかな声色で拓人を慰めていた。後ろの早霜も静観しながらも驚きを隠せないでいた。

 

「司令官、私は貴方がどんな人だったのか、この奥で何があったのか、まだ分かりません。ですが…きっと、きっと大丈夫です、貴方が折れない限り、私たちも全力を尽くします」

 

 静かな口調で、確かな決意を語る綾波。だが…拓人の暗闇は、未だ晴れない。

 

「…どうして、そんなに頑張れるの?」

「………」

「僕は…彼女を喪ったあの日から、時間が止まったままなんだ。本当は…君たちみたいにひたむきに、ただ未来を信じていけたら、どんなに素晴らしいだろうって思う」

「……」

「でも…嫌なんだ、向き合っても、もし君たちが居なくなってしまったらって考えると…また、そんな現実を見てしまうのが…怖いんだ」

「司令官…」

「だから、何も理解出来なかったって、自分でも情けない気持ちになるんだけどね? …うん、僕は…逃げ出したかったんだ。今だって、金剛と天龍を置いて…逃げてしまった」

「…っ!」

「どんなに自分を信じても、彼女のいない世界が…現実じゃないって思ってたんだ。どんなに世界が変わっても、それは変わらない」

「……」

「…綾波、僕は大きな罪を犯してたみたいだ。それはどんなに現実を直視していない僕でも理解できる。馬鹿だった…なんて軽い言葉じゃ済まされないほどに。それでも…こんな僕でも、君たちの隣にいていいのかな? 君たちがこの世界に来た原因を作った、諸悪の根源のような僕が…君たちの提督なんて…いいのかな?」

 

 震える唇で言葉を紡ぎながら、拓人は深い懺悔を告白する。

 今までも、ひょっとするとこれからも、自分は逃げてしまうかもしれない、いや、知らない間に「逃げている」のだろう。そんな自分は果たして生きる価値はあるか、最早「投げやり」の言葉が出てしまう拓人に対し、綾波は…一言。

 

「”貴方は、貴方の信じる道へ行きなさい”」

「…?」

 

 …その言葉自体は、何の変哲もないものだろう。しかし…それを頭の中で反芻する自分がいることに気づく拓人。綾波は続ける。

 

「司令官。貴方が今、心に思い描くこと…それを実現するために命令を下してください。そこまでの深い後悔の念があるのなら、貴方は…きっとやり直せる。私たちは…そのお手伝いがしたい」

「…っ! どうして…?」

「貴方が深い悲しみを背負ったように、私も…罪を背負って生きています。だから…分かるんです、貴方の気持ちが。…貴方の苦しみを、少しでも癒したい。それが…今の私の願いです」

「……でも」

 

 罪を背負う覚悟を見出せず、言い淀む拓人だったが…綾波はそれでも優しく微笑み、核心を突いた言葉を投げた。

 

「大丈夫、貴方は「一人じゃない」。貴方が今まで…それでも前に進めたのは、見守ってくれた人たちか居てくれたから…違いますか?」

「…っ!」

「貴方の下を離れた人も、そして私たちも、貴方を見守っています。…これからも、ずっと」

 

 その時拓人の脳裏には、優しげに微笑む「彼女」の姿が思い浮かんだ。

 

 

 ──大丈夫、私はいつも…貴方と一緒。

 

 

 彼女が遺した言葉に、偽りはなかった。

 

 ずっと見守ってくれていた…拓人が自分の殻を破る、その日まで。

 

「…あぁ………っ!」

 

 綾波の汚れのない聖女のような一言は、拓人の中にある「わだかまり」を、完全に打ち砕いた…!

 音を立てて崩れる心に築かれた壁から、最初に浮かび上がった感情は…「感謝」。

 

「…っ、ありがとう…あ、りが……と…!」

 

 声を殺すように咽び泣く。涙に濡れた目を拭いながら、拓人は震える身体でなんとか立ち上がる。

 

「……ははっ、君とこうやってまともに話したの、初めてじゃない?」

「…そうですね?」

 

 ぎこちなく笑顔を作る拓人、それを見守りながら静かに微笑む綾波は、少し嬉しそうにしていた。

 そんな綾波を見ながら、拓人は…出来たばかりの覚悟を語る。

 

「そっか…君たちにとって、過去がどんなに辛くても誰かのために頑張るのは「当たり前」なんだね。君たちは戦うことを義務付けられてるんじゃない…戦うことは「進む」こと、未来を…信じることなんだね」

「…(ニコッ)」

「僕も…君たちみたいになれるかな? 未来を見据えて、まっすぐ進む君たちみたいに」

「…なれますよ、きっと」

 

 綾波の言葉に、喜びの涙を目に浮かべ大きく頷く拓人。

 

「ありがとう…綾波。僕は…今度こそ向き合ってみるよ」

「司令官…これからどちらへ?」

「やり残したことがある…奥に行くよ」

 

 そう言いながら、拓人はレ級に振り返り対峙する。

 

『…ギッ!』

 

 今度こそ通さないと、レ級は牙を剥き出し威嚇しながら黒鎌を構える。…拓人はそれでも、その先を見据える。

 

「今度こそ…皆と向き合って見せる!」

『ギャァアアアア!!!』

「綾波!」

「了承…!」

 

 綾波は、拓人の行く先を遮る障害を断ち切らんと前に出る。

 

「退いてくれ…邪魔するなぁ!!」

 

 綾波と共に、レ級に突撃する拓人。

 

『ギャッ!!』

「相殺!」

 

 レ級の一撃を、同じく一撃によって防ぐ綾波。何度も打ち合う二人、烈風が肌を掠める。

 拓人はその隙を縫い、レ級の腹部に掌底を叩きこむ。

 

「おおおおおおおおお!!!」

『ギッ!? グゥア?!!』

 

 ズンと重低音が鳴り響く、空間を揺るがすほどの一撃。衝撃が背部に貫通し、余剰威力が風に乗って舞い上がる。

 まるで拓人の覚悟を表すような一撃に、膝をついたレ級…この好機を逃すまいと、拓人は一気に駆け抜け、奥へと進むことに成功した。

 

「司令官…ご武運を」

「ありがとう…綾波、皆…!」

 

 感謝の意を紡ぎながら、その先へ進む拓人…その瞳に、もう迷いはない。

 

「…貴方たちの武器は「絆」それを言ったのは私ですが…ふふ、これほどまでとは。貴方たちは…本当に素晴らしい」

 

 二人の背中を目に写し、早霜は胸を撫でおろすのだった…。

 



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会いたい人は、遠くて近い

「がぁああああ!!!」

 

 白く歪んだ墓標が並び立つ冥界の闇の中、狂えし獣の咆哮が轟き響く。

 それを迎え睨むは、同じく狂いし龍。しかしその瞳は闘争を湛えたまま、目前の標的を静かに見つめていた。

 

「任務…開始」

 

 二振りの刀を携え、天龍はジリジリと金剛との間合いを測り始める。

 

「ぐるぁ!」

 

 だが、金剛は御構いなしと言わんばかりに特攻する。天龍はそれを迎え討つ。

 

「…っ!」

 

 先ず二刀をクロスさせ防御。それを弾いて腹部に蹴りを一発。

 

「がぁ!?」

 

 思わず吹き飛ぶ金剛。それを天龍は追撃する。

 

「ふっ!」

 

 身体を捻らせ、回転の威力を加えた右刀の斬撃、一直線に断つ「殺意」の一撃、しかし金剛も天性の闘争センスでこれを回避する。

 

「がぐぁ!!」

「大人しくしていろ…!」

 

 今度は刀に気を纏わせ、それをバツ字型に斬り放つ天龍。

 金剛、飛び斬撃を上空へ跳ぶことで回避。しかし。

 

「はぁっ!」

 

 予期していたか、同じく飛び上がった天龍。飛翔から切り上げる斬撃をその身に受けた金剛。

 

「…っぐぁ!?」

 

 幸いかすり傷程度、肩に少しの傷が出来たぐらい。

 しかし天龍はすかさず回し蹴りを入れ、獣を地上へ落とす。

 

「…っぐ!」

「………」

 

 地上に降りた天龍は、ダメージを与えた金剛ににじり寄る。

 飽くまで天龍は「狩人」の感性によって動いていた、そこに「仲間だから」だとか「情が移った」とかの生易しい精神論は存在しない。

 

 ──殺るか殺られるか、ただそれだけだった。

 

「…がぁ!」

 

 獰猛に咆哮をあげると、金剛はまたも猪突猛進、艤装を召喚し砲撃で弾幕を張りながら天龍に攻撃を仕掛ける。

 

「…っ!」

 

 思わず防御の構えでその場で立ち尽くした天龍。業火の中から修羅金剛が顔を出し、獲物に向かい拳を振り下ろす。

 

「…っ!」

 

 逆手に刀を構え攻撃を防御、受け流しながら片方の得物で切りつける、これは外れるも距離を取ることに成功する。

 金剛、再び接近。次々と拳を叩き込むが、天龍も負けじと攻撃を防ぎつつも斬撃を繰り出す。

 拳の連撃と斬撃の凄まじい応酬。右ストレートを左刀でいなし、右刀の斬撃を体の軸をずらして避ける。また攻撃、また防ぐ、また反撃、また躱す。…どちらかが倒れるまで、延々と繰り返す。

 その闘争心に限りはなく…二匹の獣は決定打を決め込むまで、牙を相手に突き立てるのをやめない。

 激情のままに拳を振るう金剛、冷徹に勝機を見出さんと切り抉る天龍…どちらが正義か、悪かなど彼女たちの間には…もはや成立しなかった。

 

「ぐるぁ!」

「っぐ!?」

 

 天龍が遂に膝を突く。金剛はまるで暴れ馬のようにその拳を突き立てる、万事休すか…?

 

「…舐めるな」

「っ!?」

 

 天龍は「得物をしまったもう一方の手」から何かを投げつける。…二つの重りを紐で結んだ「手製のボーラ」。

 

「ぁぐ?!」

 

 片足に結びつき浮かせたそれは、体の重心を傾かせ、金剛を地に伏す状態にする。すかさず天龍は「テーザーガン」を取り出し、金剛に撃つ。

 

「がっ!? ががくぁ…っ!?」

 

 放たれた電極から電流が迸り金剛の動きを止める。天龍は表情一つ変えずに、銃を懐にしまうと、刀に持ち替えそのまま…金剛の頭に翳す。

 

「…チェック」

 

 狩りを制したのは天龍、見事に金剛の無力化に成功した。

 

『(…オカシイ)』

 

 その一部始終を静観していた黒幕は、その結果に納得できないでいた。

 何故なら、金剛に眠る圧倒的な潜在能力が「発現していない」からである。天龍に負けたのもそれが原因…どういうことだ、と内心焦りの色を見せる。

 

『ヤツノチカラハ…アルハズダ。ソウデナケレバ、アンナタワケタコト………ッ! マサカ…!?』

 

 言葉で整理していくうちに、ある結論に辿り着く。それは…「力そのものの”拒絶”」。

 

『…ック! マサカ…コレデモセイギョデキナイトハ、ナントイウコトダ。コレハ…ケイカクヲモウイチド、ネリナオサナケレバ…!』

 

 皮肉と焦燥の混ざった笑い声が聞こえる。だが飽くまでも己の目的、その道に変更はない。…「艦娘を消す」という自身の野望を遂げるまでは。

 

「……っ! ぐっ…がぁあああああ!!」

 

 金剛は倒れ伏した状態から、咆哮をあげる。すると…「身体が動いた」。

 

「…なにっ!?」

「がああああ!!!」

 

 筋肉が膨張し、動けないはずの金剛。だが…それを感じさせない、立ち上がりざまに振るわれる拳のスピードとパワー。虚を突かれた天龍はそのまま腹部に衝撃を受けて吹き飛ぶ。

 

「がはっ!?」

 

 死闘を制した後の渾身の一撃、まともに喰らったが…なんとか立ち上がる。

 

「なんてタフなんだ。…ふふっ、流石「幻の艦娘」…!」

 

 噂には聞いていた、選ばれし艦娘にもう一人、滅多に人前には出なかった最強の艦娘がいる、と…あの時耳にした時は半信半疑であったが、矢張りその名に恥じない豪傑ぶりだ。…だが。

 

「だからこそ…()()()()()…!」

 

 天龍はニヤリと口角を歪めると、一対の得物を構え、標的に向き直る。

 

「…待っていろ、今…そっちに行く」

 

 彼女は…彼女自身の本懐を迎えようとしていた。…戦いの中で”死”を迎えた時、答えがある…そう信じて。

 

「俺を殺してみろ! 金剛ぉおおおおおおおおお!!」

 

 跳躍、一気に距離を詰める。得物を振り上げ、斬撃を仕掛ける。

 

 …だが…「防がれる」。

 

『…ッ!』

 

 漆黒の鎧…黒幕は金剛の前に立つと、まるで守るように天龍の斬撃を弾き返す。

 

「…なっ!?」

『イイキニナルナ…ウスギタナイ「ガラクタ」メ…!』

 

 忌々し気に呟くと、黒幕の腕部から光剣が迸る。

 

『ワルイガ、イマコイツヲハカイサセルワケニハイカン、イマイマシイガナ。…コイツニハマダ、リヨウカチガアル』

「なら…今度はお前が相手か?」

 

 尚もニヤリと不敵な笑みを浮かべる天龍。黒幕は苛立ちを隠せないようだ。

 

『ハラタダシイ。キサマノソノヨユウ、イツマデツヅクカナ…?』

 

 黒幕は怨嗟を撒くと、光剣を構えたままそのまま天龍に斬りかかる。

 

「っ!」

 

 双刀を交差させて光剣の斬撃を防ぐ、しかし黒幕は出鱈目に光剣を振り回しその防御を崩そうとする。

 

『オオオオオオオオ!!』

「っ! こいつ…!」

 

 負けじと天龍も双剣を切り放ち、その凶撃を弾くと、そのまま敵に向かい斬撃を繰り出す。

 

「らぁっ!」

『フン!』

 

 光剣で片方の斬撃を止める、しかし天龍のもう片方の刀の斬撃が、黒幕の黒鎧を捉える。

 

「もらった…!」

『バカガ!』

 

 黒幕がそう乱暴に言い放つと、もう片方の腕部から同じく光剣を出現させ、斬撃を防いで見せる。

 

「…っ!?」

『ソォラッ!』

 

 光剣を放出した双腕を胸部ごと豪快に回転させる、ロボットならではの予測不可能な動きに、天龍の得物が弾かれ…一対の刀が地面に放りだされる。

 

「しまった…!?」

『フハハ! ブザマダナ! …オワリダッ!!』

 

 ここぞとばかりに、ロボットは先ほどの要領で胸部を高速回転させ…二刀の光剣の乱舞をお見舞いする…!

 

「…!」

 

 天龍には…もはや「防御」の手段がない…。

 高速の斬撃をもろに受けた天龍は…()()()()()()()()()()……。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「……………ッ…」

 

 地に倒れ伏した天龍、目は虚ろ、腹部は引き裂かれ見るに堪えない、息も絶え絶え、彼女の命運は風前の灯火であると、誰もが見ても理解出来よう。

 

「…ック」

 

 もはやこれまで、と天龍は己の死期を悟り、誰ともいわずに「笑う」…これが、この絶望こそ、彼女の望んだ「答え」なのか…?

 

『…ナゼワラッテイル?』

 

 そんな天龍を見下ろしながら、ロボットは不可解そうに尋ねた。だが…その回答は「彼女自身」も知らない。

 

「さぁ…何故だろうな?」

 

 それでも朗らかに、掠れているがまるで希望を湛えた声に…黒幕は憤りを覚える。

 

『ソンナニシニタイノカ。ナラバ…ノゾミドオリニシテヤル』

「殺れよ…!」

 

 黒幕は言われるまでもなく、天龍の頭上に殺意のこもる光剣を突き立てる。

 

「…ふ」

 

 やっと終わる…その幸福にも似た感情は…。

 

『オワリダ…!』

 

 

 

──やめろっ!!

 

 

 

「…!」

 

 声が空間に響いたと同時に、一つの影が飛び出し、黒鎧を後方へと突き飛ばした…!

 

『ヌゥ…ッ、キサマ!』

「…タ…クト…?」

 

 天龍はその後ろ姿を見やる、そこには…自身が認めた男の姿が。

 

「…っ! やめろタクト…もういい、もういいんだ…! 俺はもう助からない、だから…!」

「嫌だ…!」

「っ!?」

「助からないってなんだよ、僕は”特異点”だ。運命なんて…僕が変えてやる!」

 

 拓人はその瞳に希望を宿すと、眼前の敵を睨みながら天龍に回答をぶつけた。

 

「いい加減にしろ…!」

 

 天龍はもはや怒鳴り声もままならないが、それでも己に湧き上がる怒りを、拓人にぶつける。

 

「逃げ出したヤツに救われるなど、俺のプライドが許さない。生き恥を晒すくらいなら、潔く死なせてくれ…!」

 

 天龍の「死地に赴く兵士」のような言葉。それでも…拓人の言うことは変わらない。

 

「僕は…君に生きてほしい。生き恥だろうと、僕のわがままだろうと…もう誰も、失いたくない…!」

「タクト…!」

「天龍、君は狂ってなんかいない。君はただ…彼女のところに、行きたかっただけなんだよね?」

「…っ!」

「戦場で彼女を喪ったから、同じ戦場での死なら、彼女と同じところに行ける。…って、君の考えそうなことだよね?」

「…そこまで、分かっているなら、後生だ。俺を…龍田の…ところに…行かせて…くれっ! もう一人は…嫌だ…!」

「…そうしてあげたいのは山々だけど、でも…駄目だ。僕にはまだ、君が必要だ」

「なに…?」

 

 拓人は柔らかな笑みを浮かべながら、天龍を優しく諭すように自身の言葉を紡ぐ。

 

「僕もさっきまでは、彼女の居ない世界を否定してた。でも…だから「取り返しのつかないこと」を仕出かした。きっと龍田だって、こんな結末は望まない」

「…何故、そう言える…?」

「当たり前だよ。君たちは互いにたがいの背中を預け合う「相棒」なんだ。天龍が死んだら…きっと龍田は「何のために私が死んだのよ」って怒ると思う。それは君にとっても望んでいないことじゃないの?」

「…だが…俺は……龍田を…自分の未熟さで、死なせてしまった。俺は…罪を背負った、ならば…裁かれなければ、なら…ない…!」

「裁く? そんなに裁いてほしいんだったら、僕が君を裁いてあげるよ。他ならぬ「この世界の君たち」を作った僕が」

「…何を…?」

 

 ゆっくりと振り向きながら、拓人は慈しみの眼で天龍を見つめる。

 

「天龍…君は生きるんだ。龍田の分まで…僕が、この世界での戦いを終えるまで」

「…っ!」

 

 微笑みながら、天龍を見やるその眼差しに、迷いはない。…天龍はその瞳に「かつての相棒」を思い浮かべる。

 

「タクト…俺は……」

『コザカシイゾ…トクイテン…!』

 

 そんな二人のやり取りに割って入る黒幕、言うや否や秒速の跳躍で拓人との距離を詰め…不意の斬撃を繰り出す。

 

「っく!?」

「…! タクト…!」

 

 寸でのところで避けるものの、黒幕は憎悪を燃え上がらせながら、拓人に殺人の刃を向ける。

 

『キサマノスキニハサセン、ワガヒガンハカナラズナシトゲル。ジャマヲ…スルナ!』

「…邪魔はお前だ」

『ナニ…!?』

 

 胸に受けた傷を片手で押さえる拓人。切り裂かれた傷から血が滴り出ている。それでも…闘志を宿したその眼は、敵を捉えて離さない。

 

「艦娘のいない世界? 確かにそれは平和かもね。…()()()()()()()

『キサマ…!』

「彼女たちは人間を…本当の意味で平和に導くために必要なんだ。僕は…これからの戦いでそれを証明する、証明しなくちゃいけない責任がある…!」

『…!』

「お前が艦娘をどう思おうと関係ない。艦娘は…確かな平和への意志を持っている。それを理解しないお前が作る世界なんて…僕は認めない。認めるわけが…ないだろっ!!」

『キサマァ…!!』

 

 拓人の覚悟のこもった言葉に、黒幕は殺意を滾らせながらその意思を潰そうと近づく。

 

「やめ…ろ…」

「…! 天龍…?」

『トクイテン、キサマハドウアガイテモ…”オレ”ノユクミチヲハバムトイウノカ…! ナラバ…』

 

 光剣を迸らせ、必殺の一閃が拓人を捉える。

 

『…シネェエエエエエ!!』

「っ!?」

 

「やめろぉおおおおおおお!!」

 

 天を衝く龍の雄たけび。…瞬間、彼女の周りに「光」が…!?

 

『ナニィ…!?』

「…な、なんだ……これは…?」

 

 あまりの唐突な出来事に、黒幕の攻撃の手が止まる。天龍本人も困惑している様子だった。…すると、拓人の目の前に「インフォメーション・ポップ」が。

 

 

 

 

 

──『好感度上昇値、最大値到達確認』

 

 

 

 

 

『…()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

「…は?」

 

 思わず素っ頓狂な声が出る。拓人はその言葉の意味が理解できないでいた。

 

「え…改二って…天龍の? 好感度方式なの? っていうか実装されてたっけ…?」

 

 理解が追いつかない中、IPが更に選択を迫る。

 

『改二改装しますか? …YES/NO ?』

 

「…マジですか」

 

 拓人はその選択に、一瞬思考に間が空いてしまったが…彼の決断に、もはや迷いの二文字はない。

 

「…やってやる! うぉりゃあ! 改二実装!!」

『スキニサセントイッタダロウガァアア!!』

 

 凶刃が迫る中、拓人はIPの「YES」ボタンを力強く押した…すると。

 

「…っ!?」

 

 天龍の纏う光が更に輝きを増し、視界を白くしていく。…そして。

 

「…!?」

 

 数秒の静寂の中、光の中から姿を現したのは…?

 

 

 

 ──To be continued …

 



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最高の相棒

 拓人が天龍改二を知らないのは、実装される前に異世界に飛ばされたからです。
 というのも、このお話を書いている最中に天龍改二が実装されたので「あ、書こう」と衝動的にプロットを組んだのが詳細です。まぁ多少融通は利くかな? と思い。

 拓人の初々しいリアクションも楽しんでいただけたら、と思います。


 ──そう、漸く見つけたのね?

 

「…ああ」

 

 …ふふっ、ホントに長かったわね? 忘れないでくれるのは嬉しいけれども。…甘えんぼさんにもほどがあるわねぇ?

 

「…すまない」

 

 いいのよ。それより…本当にいいのね?

 

「ああ。…俺は、アイツに自分自身を重ねていた。だから…それを言い訳にして生き永らえていたに過ぎない」

 

 もう…大丈夫なのね?

 

「…どうだろうな? そう言われると自信がないが。…それでも、もうお前の影を追うことは、止めるよ。アイツが…悲しむからな」

 

 ……うん、その眼はもう心配ないわね。本当に…良かった。

 

「迷惑をかけた…すまない」

 

 もう、謝ってばっかり。それよりも…早く行ってあげなさい?

 

「…分かった。行ってくる」

 

 …さよなら、貴方の新しい相棒と一緒に、生きて。それが…私の最後の、お願い…。

 

「…違うな。お前も生きるんだ、俺の中で…アイツが俺を必要としてくれるように、俺も…お前が必要だから」

 

 …! …っふふ、馬鹿ねぇ? でも…私はそんな貴方が、好きだなぁ。

 

「…ありがとう……お前は最後まで…俺の大切な……」

 

 

 

 ──相棒……!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕は、皆と向き合う決心をした。

 今まで、自分の殻に閉じこもってたヤツが、今さら何言ってるんだーって言われそうだけど。…僕にとって大事なのは彼女じゃなくて「彼女の思いと一緒に進むこと」だって気づいた。だから…誰になんと言われようと、もう迷わない。

 …そんな僕だったが、目の前の光景に()()()()()()()。だって…!

 

「………」

『ッグ…!?』

 

 僕に迫っていた、ロボットの振り下ろした凶刃は、目の前に立ちはだかる刃に阻まれた。

 

「…!」

 

 刀を大きく振り弾き返す。ロボットは距離を取りながら、そのシルエットを見据えた。

 

『…"カワッタ"…ダト…ッ!?』

 

 そう、さっきまで命の危機に瀕していた。にも関わらず黒幕の攻撃を返した、僕の前に立つ彼女の横姿は…。

 

「……」

 

 ………き。

 

 キターーーー (゚∀゚) ーーーーーッ!!!

 

 うおお、こんな状況だって分かってるんだけど…あ、あれが…天龍の………「改二」!

 

 改二…それは練度を上げた艦娘が進化を遂げた姿。衣装も新調し、印象もガラリと変わる。

 天龍の場合は…身につけていたカーディガンとマントを取り払い、白シャツの上にファー付きジャケット、スリットつきスカート、ハイニーソ、ハイカットスニーカー…総じてオシャレかつワイルドな仕上がり。か、カッコいい…!

 

「…あ、お腹の傷が塞がってる?」

 

 僕は見事な変身を遂げた天龍の腹部を確認する。あれだけ深く傷つけられたのに、今はシャツも元どおり、血のシミすら見当たらない…完全に「治っている(流石に元からある、無数の身体の傷はそのままだけど)」。

 原作でも、大破した状態で改装すると、同時に損傷も修復してくれる。原作再現…ってことにしておくかな?

 

「……」

 

 天龍はなにも言わず、ただ変わった自分の姿を見渡す。…本人も何が起こったか、理解していないのかな?

 

「…天龍?」

 

 僕が声をかけると、いつもと同じ…うん、少し訂正。険しい表情が和らいだ、少し困った顔で僕を見つめる。

 

「タクト…これは一体…?」

「驚かないで。 その姿は「改二」って言って、君がパワーアップした証拠なんだ」

「…?」

「…まぁそういうリアクションだよね、普通」

 

 それにしても天龍に改二かぁ…遠征番長と言われて久しいけど、本家に実装されたらこんな感じなのかな?

 僕が感慨深い気持ちに浸っていると、黒幕は動揺を隠せないといった具合に言葉を投げた。

 

『…ニワカニハシンジラレンガ、ヤハリ…オマエハ「アノカタ」トオナジ…!』

「…お前の言いたいこと、僕にはまだ分からないけど、でも…ここでお前を捕まえれば、そんなの過ぎた話だね」

『ツカマエル? …フ、フハハ! マダソンナ「テイジゲン」ナハナシヲシテイルノカ?』

「え…?」

『ダガダカラトイッテ、マザマザト"チカラ"ヲミセラレタイジョウ、ナオサラオマエヲ、イカシテオクコトハデキナイ!』

 

 僕らがその言葉に意味を理解しようとする刹那、黒幕の後ろにいた金剛が飛び上がり、拳を叩きつけようとする。

 

「ガアァ!」

「金剛!? まだあのままだったんだ…っ、早く距離を」

 

 僕が言いながら距離を置こうとすると、天龍の姿がないことに気づく。…その思考を巡らせている最中、事態は収束した。

 

「…っふ!」

「ッガ!?」

 

 なんと、天龍がいつの間にか金剛の前に、俊速のボディーブローを彼女の腹部に打ち込む。たまらず失神し天龍に倒れこむ金剛。すごい…金剛もボロボロだったけど、それでも比類のない力を見せた彼女を一撃で…!?

 

『ッ?! バカナ、ハヤスギル…!?』

「あ、当身…!」

 

 早すぎて動揺したかな? 僕が訳の分からないことを言ってるのをよそに、天龍は金剛を肩に抱える形で僕の方に近づく。…って早い!? 分かりづらいだろうけど音もなく一瞬で近づいて来た、モーションが見えない…!?

 

「タクト、金剛を頼む」

「う、うん」

 

 金剛を受け取ると、天龍は漆黒の鎧に向き直る。

 

『…ッ! キサマ…』

「さぁ、決着をつけるぞ」

 

 天龍が得物を構える。両手持ちの大きな刀を、片手で軽々と持ちそれを黒幕に向ける。

 

『ケッチャクダト? オモイアガルナ、ソンナモノ…キサマヲ「コワシテ」ソレデシマイダ…!』

 

 黒幕はそう言うと、両腕からビームサーベルを放出し、天龍に向けて構える。

 

「……」

『……』

 

 …静寂が訪れ、二人の身体は時が止まったように動かない。

 

 どちらか一方が次に動いたその瞬間…勝敗が「決まる」…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ザッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

『ウオォ!』

 

 一直線に相手に向かう二人、予想通り一気に決めるみたいだ。

 しかし…幾ら改二改装したからといって、先ほどまでボロボロにされていた天龍が勝てるだろうか…。

 

 僕のそんな「一抹の不安」を、彼女は一瞬で掻き消す。

 

『ウルァ!』

 

 ロボットから繰り出される斬撃の応酬、出鱈目に振り回してるけどそのスピードは並みの戦士でも見切れないと判断できる。だが…天龍はその悉くを「捌いた」。

 

「ふっ!」

『…ッ!?』

 

 鋭い鋼鉄のぶつかる音、それは天龍が見事に斬撃を防ぎきっているという証…敵の攻撃を相殺する度、ヒュッという風切り音と共に衝撃が僕の頬を掠める。

 黒幕は相当焦っているのか、距離を取りつつ手を頭に添える。

 

『…ッ、フザケルナァ!!』

 

 ロボットが腕を前に突き出すと形状が変化、キャノン砲になると光弾を発射。しかし天龍は光弾の軌道ギリギリを紙一重で避ける。顔をすれすれで通過する光弾は、まるで天龍の身体が透明であるかのように貫通していく。

 ならばと、ロボットは機動力を活かした跳躍、からの突撃。またも斬撃を繰り出すも、大刀を軽々と操る天龍に全て防がれる。

 改装前とは比べ物にならないスピードと技、これが…この世界での「改二」…?

 

『…マサカホントウニ。…ック! ナメルナァ!!』

 

 ロボットが胸部を軸にして、腕の光剣ごと回転し始めた、そんなことも出来るの!?

 

『コワレロガラクタアアァ!!』

「……」

 

 天龍は平然と、そして焦ることなく光剣に己の刃を重ね…一気にはね上げる!

 

 逆刃に構えた刀は…そのままロボットの片腕を「斬り飛ばした」…!!

 

『ッナ!?』

「切り伏せる…!」

 

 天龍がそう呟くと、そのまま片手に大刀を構えつつ、腰に携えた「もう一つの刀」に手をかけた。

 

『…!』

 

 

 

 

 

 ──刹那、空間は切り裂かれた。

 

 

 

 

 

『…ナ……ニ…ィ…ッ!?』

「……」

 

 音もなく何重にも空間に切り刻まれた斬閃は、ロボットを文字通り「細切れ」にした。

 見事に大量のスクラップと化したロボットは、地面に叩きつけられ…同時に戦いは終わりを告げた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 まさに高速の戦い、一瞬目を瞑ってしまったから、なにが起こったか理解出来ずにいた。

 でも確かに決着はついた。勝ったのは天龍、地下空間に残されたのはロボットの残骸のみ…でもこれは、本当に終わったのだろうか?

 

「あくまでもロボットは身代わり。早く黒幕(神父かはまだ確認できてないけど)を捕まえないと」

「…タクト、無事か?」

 

 天龍が僕の側まで駆け寄り(瞬間移動って言った方がいい?)安否を確認する。

 

「ありがとう、なんともないよ。…それにしても本当に強くなったね?」

「ふ…お前が居てくれたおかげだ」

 

 そう言うと、天龍は僕の頭に手を置き撫でる。

 

「…子供じゃないんだから」

「童顔のくせに何言ってる。まぁそういう意地らしいところも可愛いがな」

「て、天龍…大分ストレートに言ってくるね?」

「今更だろ?」

 

 天龍はそう言いながら満面の笑みを浮かべる。憂いのない表情、彼女が吹っ切れた証だと思いたい。

 

『──………ッ、フ、フフ…フハハハハ!』

 

 …まさか、と僕らは後ろを振り返る。見るとロボットの頭部から未だに音声が流れている。

 

『ココマデヤルトハ…ショウジキオドロイテイルゾ、ガラクタ』

「貴様…!」

『トクイテン、キサマノソノチカラ。”改二”トカイッタカ? ソレハカツテ「アノオカタ」ガモッテイタ、シンピノチカラトオナジ。ダガ…ソレハケッシテ、キサマガショジシテイイノウリョクデハナイ!』

「うるさい。お前に持っていいかなんて決める権利ないだろ、自惚れているのはそっちだろ」

 

 僕は辛辣に回答すると、ロボットから鼻で嗤う音が聞こえる。

 

『ッハ、ショウシ。ソレハ「オレ」ニコソフサワシイ。オレハ…アノオカタノ…!』

「…? もういい加減にしろ、お前が何を言いたいのかはっきりさせてやる、お前の本体を捕まえてな」

『ソレハカナワヌソウダンダ。オマエタチハ…()()()()()()()()()()()

 

 ロボットはそう言うや否や、頭部の額部分のシャッターが開くと、瞬時に何かが飛び出す。

 

「…っ!」

 

 遅かった。ヤツの放った何かはそのままあるモノにひっついたようだ。それは…。

 

「はっ!?」

 

 …石像にされた人たち、その一人に引っ付いているのは…まさか!?

 

『…ビーストシフト「Se-iren」…!』

 

 ()()()()()()()()…!? 種はそのまま鉄のヴェールを石像にかぶせるように覆っていく…!

 

「ウソ!? な、なんで…あの種は深海棲艦を…」

『アノ「機獣チップ」ハ「深海細胞」ニハンノウシ、ソレヲショクスノダ、セイカクニハナ! ソシテトリコンダサイボウハゾウショクヲクリカエシ…アラタナ「機械生命体」トナルノダ!』

「っな!?」

『オレガナンノタメニ、コノシッパイサクドモヲココニソノママニシタトオモウ? サイショカラ…「コレ」ヲコウシスルタメダッタノダ! コノヨウサイノジュウニンゴト、オレノコンセキヲケスタメニナ! フ、フハハハ!!』

「…外道が!」

 

 天龍は怒りに任せ、ロボットの頭部を大刀で叩き斬った。盛大に真っ二つに割れるも、尚も怨嗟を振りまく黒幕。

 

『キサマラヲ…イカシテ…オクモ…ノカ……ッ。コノヨウサイトトモニ…クズレオチロ…! フ、フハハ…ハ……』

 

 …ロボットはそれだけ言うと、小さな爆発を起こし、二度と言葉を発することはなかった…。

 

「…っ!? 天龍!」

 

 しかし本当にそれどころではなくなる。種に寄生された人型のモノは徐々にその形を変えていく。

 

「…っ!」

 

 すると、まだ足りないと言わんばかりに「銀の触手」を伸ばし、周囲の石像と化した人々をも飲み込む、触手に掴まれると液体状になって身体を包み、対象を消化していく。

 

 …やがて、栄養を蓄えた「ソレ」は…次第に肥大化していき…。

 

 

 

 ──巨大な「怪鳥」となった。

 

 

 

『Kieeeeeeeーーー!!』

 

 

 

 空間に木霊する金切り声、巨大な鉄の翼を広げ…鈍色の怪鳥は「産声」をあげた。

 

「…助けられなかった、あの人たちを…っくそ」

 

 僕が唇をかみしめる思いに駆られていると、怪鳥の冷たく鋭い視線に気づく。まるで獲物を狙いすますように、僕らを見下ろしていた。

 

「っ!?」

 

 僕らが身構えるも、しかして怪鳥は一瞥する程度で、すぐに別の行動に移る。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 羽を広げると、巨大な怪鳥がふわりと宙を舞う。どうやら翼の上部分にブースターがあるようだ。

 そのまま加速的に上昇し…遂には「天井を突き破る」。

 空間が揺れ動く中、僕らは予想外の展開に驚きを隠せない。

 

「うぇ!? 僕らが狙いじゃないの!?」

「いや、なんにしても不味い。アレが街で暴れてしまえば…!」

「っ! い、急いで戻ろう!」

 

 こうして、またしても黒幕に乗せられる形で、僕らは地上へと戻る。果たして…この要塞はどうなってしまうのか?

 

 ──To be continued …

 



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決戦! 要塞都市の攻防 ①

 お待たせしました、ここから機獣セイレーンとの戦いをお送りします。
 結構長く「4分割ぐらい」になりましたが、楽しんで頂ければ幸いです。
 …色々詰め込みすぎちゃったかな? テンポの早さを売りにしようと思ってるのに(本音)。
 でもボスは巨大な怪獣悪魔って決まってるよね! (迫真)


「コイツはなにがどうなってんだ!?」

 

 突如現れた天空に舞う巨大な何かを見つめる少女たち、それは、かつて少女たちが対峙した「機械仕掛けの怪獣」であった…。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 鉄翼を羽ばたかせながら、空を飛ぶ機獣と呼ばれる獣。その羽根とはねの間から、なにかが落ちた。…キラキラと輝く光の玉、その正体は。

 

 

──ブゥンッ!!

 

 

 空間を破壊する「圧縮エネルギー式破壊弾」が雨あられと降り注ぐ。

 球体型のエネルギーがふわりと下りたかと思えば、建物や地上に付着した途端に巨大なエネルギーフィールドを発生させ、そこにあったナニモノをも飲み込み、後には何も残らない。穴だらけとなった百門要塞の街は正に「凄惨の極み」であった。

 そんな変わり果てた街並みを見つめる望月たちは、空中を我が物顔で飛び回る機獣を捉えていた。

 

「あの機獣…地下から出やがったか? っく、大将たちは無事だろうな?」

「望月さん…貴女はもう少し休まれた方が」

 

 よろよろと体を起こしながら空を睨む望月に、早霜が提言する。

 

「ばっかやろう、こんな時に休んでられないよ。…っ」

「…休息」

 

 言いながらふらつく望月の身体を支える綾波。

 早霜と綾波は地下でレ級と激闘を繰り広げていたが、レ級が後退したと思いきや、そのまま身を翻し逃走した。

 何事かと勘繰っていると、地下から地上に向けて大きな地響きがする。その衝撃で跳ね起きた望月に急かされ様子を見に地上へ赴くと、まさに地獄絵図が広がっていた…ということ。

 

「すまねぇ、だがもう寝てられねぇ。大将たちがアタシの分まで頑張ってんだ、こんなとこでカッコ悪いとこ、見せらんねぇと思ってさ」

「気概は理解しますが、あの奥で何事かに巻き込まれたのは事実。貴女は十分役目を果たしたと、私は考えますが?」

「…同意」

 

 望月のやる気を制し、早霜と綾波は彼女に無理はするなと言う。…と、その時である。

 

「(ヒュッ)そんな気概があるとは、お前らしくないな、望月?」

「いやアタシだって空気ぐらい読め…は?」

「なっ!?」

「…!」

 

 声のする方角に振り向く三人、そこには「いつの間にか」天龍と拓人がいた。

 

「て、天龍?! いつからそこに、っていうかどうしたその格好?」

 

 三人はそのシルエットから天龍と分かったが、いつもと違う服装、何より雰囲気もどこか柔らかで、少し戸惑いが隠せなかった。しかし天龍は。

 

「"いめちぇん"だ」

「…えぇ」

 

 真顔でいつもとはまた違った回答(ボケ)をする。思わず言葉が止まる望月だったが…不意に拓人の方を見る。

 

「……」

 

 天龍に"お姫様抱っこ"される拓人、両手で顔を隠して羞恥心を表す。

 

「…大将どした」

「何も聞かないで…」

「(天龍)この方が早かったからな」

「何も言わないで…」

「消え入りそうな声で何言ってんだ? …ってか姐さんどうした?」

「金剛なら、近くの木陰で休ませてある。大分ボロボロだったからな」

「そっか…」

 

 言いながら拓人を下ろしている天龍を見つめる望月。望月の顔は怪訝であったが、その実は納得していた。

 どこか張り詰めた空気を纏っていた天龍であるが、目の前の彼女はそれが薄れている。この短期間でこの変わりようは…彼女が耳にしていた「特異点の能力」と合致していた。

 

「…やっぱスゲェな、大将」

「…?」

「いんや。…それよかあれ、どうする?」

「放ってはおけん。ヤツをこのままにすれば住人に被害が出る」

「…そうだね、でも…」

 

 拓人は空を仰ぎ機獣…「セイレーン」と呼ばれた怪獣の様子を見る。

 

 セイレーンは辺りを旋回しながら所かまわずエネルギー爆弾を落としている。一見ファンタジーチックだが、見方を変えれば(言い方が悪いかもしれないが)「拓人の元居た世界」の空襲もあんな感じだったのだろうか…。恐ろしいことだ、拓人は胸中でそう呟いた。

 そして、破壊され尽くした地上はもはや悠長にしていられる時間は限られている、住民の安全を考えなければならない。

 

「ヤツが攻撃を加えているあの区画は、幸い人通りの少ない無人地帯のはず。だが…ヤツがそれに気づくのも時間の問題か」

「よし、先ずは翔鶴たちに連絡を取ろう、住人を安全な場所まで避難させないと…僕たちは、あのセイレーンってヤツを止めないと」

「分かった、早霜。頼めるか?」

「承知しました、通信機で舞風さんたちに呼びかけてみます」

 

 拓人の指示を天龍が滞りなく回す。二人の迅速な行動が、別行動をとっていた翔鶴たちにも伝わった(ついでに地下で起こったことも全て伝えた)。

 

『了解。なんとかしてみるわ』

『住民の避難を最優先ですね、流石ですコマンダン! ボクもやってやります!』

『住人の説得はまゆみーたちに手伝ってもらうから、こっちは任せて! ダイジョブだよー多分!』

「よろしくね皆、それから…マユミちゃんに「約束を果たせなくてごめん」って伝えてくれる?」

『うん? まぁいいよーりょーk…っわ!?』

『タクト? 私マユミだよ! 皆のために頑張ってくれてありがとう!』

「マユミちゃん…でも聞いてたでしょ、神隠しの被害者たちは、もう…」

『タクトは何も悪いことしてないもの、悪いのは全部黒幕だよ! いい?』

「…っはは、ありがとうマユミちゃん」

『ううん! 住民の避難だよね、任せといて! コバヤシさんも呼んでくる!』

 

 マユミの朗らかな声を最後に、通信は終了した。翔鶴たちの連絡は取れたとして、後は…頭上を飛び回る怪鳥をどうにかするだけ。

 

「さて…でどうしようか? 相手空飛んでるけど?」

「どーにかして地上に降ろさにゃならんだろ」

「しかし…方法が見当たりません」

「…難航」

 

 上空を飛ぶセイレーンを打破するには、自分たちも空を飛ぶか、はたまた対空攻撃が出来る人物を連れてくるしかない。…しかし今のメンバーでは該当者がいない。砲撃という手段もあるが、遥か彼方の敵に対しては射程が届かなかった。

 金剛だったら、跳躍一つでセイレーンに近づき、拳一つで大人しくさせるのだろうが…今はその彼女が居ない、拓人は頭を悩ませた。

 

「俺がなんとかしよう」

 

 …と、ここで声をあげる天龍。もちろんその自信のある回答は、その場のメンバーを驚かせた。

 

「…いやいや、どうすんだよ?」

「あのぐらいの高さなら、俺が跳躍して近づけるだろう。そしてヤツに迫れば…俺の剣でヤツの首にあるコアを切り取ることが出来る…筈だ」

「はずって…天龍アンタそんな当てずっぽうなこと今まで言ってたか?」

 

 セイレーンの首元に見える球体型のコアを指しながら言う天龍だが、あまりのざっくばらんとした話に、望月が思わず突っ込んだ…が。

 

「…うん、いいね。やろう」

 

 拓人は天龍の提案に賛成した。

 

「大将まで…」

「天龍は本当に強くなった。それこそあの逃げ回る黒幕に一矢報いたほどに」

「そ、それって、あのしぶといロボットを倒したっつーことか!?」

「なんと…」

「…流石、ですね? ふふ」

「(望月)えっ、綾波?」

「そうでしょ? だから…僕らは天龍が立ち回りやすいように、サポートしたら良いと思うんだけど、どう?」

「…それしかなさそうですね、分かりました」

「了承」

「え、おいおい。何なんだよこれ、アタシが眠ってた間に何が!?」

 

 拓人たちの語らずとも分かるといった具合の自然なやり取りに、その間に倒れていた望月は混乱していた。

 

「…信じてるよ、天龍」

「ああ…だが金剛みたいな強さは、流石に期待するなよ? 跳躍は可能だが問題はそこからだ」

「分かってるよ。へへ…」

「ふ…」

 

 談笑しながらお互いの信頼を確かめる二人…だがして、時はそこまで迫っていた。

 遠くの方で爆発音と怪鳥の鳴き声が聞こえる、そして…住人の悲鳴らしき声が聞こえた瞬間、拓人たちは誰ともいわず走り出す。

 

「…行くよ、皆! 海の上じゃないけど…抜錨だ!」

「応!」

「はい!」

「了承!」

「ま、待てよ! …っくそ、べべをとりあえず呼び戻して…ついでにアイツらにも連絡…っあ、おい! ぁあー! アタシの出番残しとけよなー!?」

 

 望月の誰とも言わない要求は、果たして聞き届けられるのか…現時点では、誰にも分らないことだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…っ!」

 

 街から離れた、要塞内に根付いた唯一の自然。森林が生い茂る小高い丘の上、巨大な樹木の下で眠っていた金剛。

 目を覚ますと、遠くの方に見慣れない怪物が暴れ回っているのが見えた。

 自分は眠っていたのか、確か拓人たちと一緒に黒幕と対峙して…そして?

 

「……行かなきゃ」

 

 頭が理解を完了するより先に、金剛は体を動かしその場へ向かおうとしていた。朦朧とする思考で考える、きっとあそこに拓人たちがいるはず、そう信じていた…だが。

 

「…っあ!?」

 

 力なく茂みに身を倒した金剛。

 体に力が入らない。そういえば格好が傷だらけのボロボロになっている、なにかがあったことは間違いないが…しかしこの体では、いかに金剛といえど戦うのは難しかった。

 

「っ! …くそ……っ!」

 

 倒れたまま拳で草を握りしめ、空を睨みながら歯を食いしばる金剛。自分が行かないといけない、彼女はそんな意識に駆られる。

 皆を助けたい、助けなければならない、私が行かなければ…皆「死ぬ」そんな根拠のない考えが、金剛を支配していく…。

 

「これこれ、そんなとこで寝そべってどうした?」

 

 後ろから声が聞こえる、チラリと見やると「一人の老人」が立っていた。

 だが金剛はその質問に回答しなかった。体力のない今、自分に残された力のありったけを、あの飛び回る怪獣にぶつけなければならない。そう考える彼女は、這ってでも街に向かう意思で、草を掻き分けながら体を滑らせ無理矢理進んでいく。

 

「…やめなさい」

 

 老人は傷だらけの、それでもなお戦おうとする金剛に、優しく諭すように言いながら彼女の頭にそっと手を置く。

 

「…っ!」

「そう睨むな。なんの因果か分からんが…ここはもうお主の戦うべき場所ではない。ワシらは「過去の亡霊」じゃ、この時代の未来は…あの子たちに任せるべきじゃ」

 

 金剛には、その言葉が何を意味しているのか理解できなかった。それどころか意識が遂に暗闇に沈みそうになる。

 

「…い…と……」

 

 静かに愛する人の名前を呟くと、彼女はそのまま意識を手放した──

 

 

 ──ように思えた。

 

 

「──……」

 

 再び意識を取り戻したかと思うと、あれだけ死に体だったのに何事もないようにすっくと立ちあがる。

 

「相変わらずデスね、シゲ」

 

 老人…シゲさんをまるで知己のように呼ぶ彼女、シゲさんは特に驚きもせず納得している様子だった。

 

「懐かしい呼び名じゃ…やはりお主か」

「Yeah…と言いたいのデスが、事は貴方が思っているほど Too easy というワケではありまセン」

「ほう…?」

「今彼女は「眠っている」のデス、こうして貴方と話せるのも、少しの間だけでショウ」

「…そうか、そういうことか」

 

 改めて合点のいったシゲさんだったが、金剛ではない謎の人物になおも追及する。

 

「ならばお主は、このまま皆を助けに行くのか?」

 

 …その問いから少し間が空き、思案顔だった女性の答えは。

 

「止めておきまショウ。貴方の言う通り、今の時代に我々が出る幕はないデス。頼もしい「後輩」もいることデスしね?」

「そうか…ちなみにその娘には、何も言うとらんのか?」

「…いずれ彼女たち自身が答えを導くはずデス。それまでは…ワタシは彼女たちの障害であり続けマス」

 

 女性の横顔を見つめるシゲさんは、どこか満足げだった。

 

「相変わらずの自己犠牲じゃな、安心したわい。カッカッカ!」

 

 豪快に笑うシゲさん、女性も変わらない老人に対し微笑みを向ける…いや。

 

「少し老けたせいか、いらない貫禄が出てマスねぇ? あの少年特有の初々しい感じが良かったデスのに」

「誰だって年とりゃこのぐらいは変わるわい、亀の甲より年の劫とな? カッカッカ!」

「ふふっ…!」

 

 まるで長年共に戦場を渡り歩いた「戦友」のような、温かな会話を交えながら、かつての英雄たちは次代の戦いを傍観する。

 

「さぁ共に見守ろうではないか、あの戦いでワシらが守ったものが、間違いではなかったことをな」

「ええ…」

 

 果してこの百門要塞の戦いの行方とは…?

 



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決戦! 要塞都市の攻防 ②

 拓人たちは、要塞の町を破壊し尽くさんとする機獣の一体、怪鳥「セイレーン」をなんとかするため立ち上がる。

 

「とはいえ…どうしようか?」

 

 密集する家々の屋根に上った拓人は、天高く滑空する怪鳥を捉える。

 

「…どう天龍? 届きそう?」

「うむ…ああは言ったが途中で避けられるやもしれん。確実に仕留めなくては」

「とすれば、アイツが油断している隙に一気にやる、か」

「砲撃で気を引きつけられたら良いのですが…?」

 

 早霜は独りごちながら空を見上げた、しかして砲撃を当てようにも射程外だった。かの怪鳥を撃ち落とすことは現時点では不可能。

 …と思いきや、ふと拓人は天龍の艤装を見やると。

 

「…? 天龍、そういえばその艤装のそれ…高角砲じゃない? それで当てられないかな?」

 

 高角砲並びに高射砲は、海面の軍艦が空中の敵機を迎撃するために造られた、対空攻撃を求めるこの状況にはうってつけの武装だ。

 …が、期待の眼で見る拓人に対し、天龍はとある事実を伝えた。

 

「む? そうか…しかし残念な事がある」

「え、なに?」

「俺は様々な武装を装備し、それらを駆使し戦った…だが…」

「だが?」

「…この艤装の砲撃は碌に使ったことがない、カイニ? になる前からそうだった」

「……つまり」

 

「ああ、()()()()()()()()。」

 

「…えぇ、傭兵としてどうなの?」

「す、すまん…銃の射撃は得意なのだが、如何せん砲撃は勝手が違うようでな、俺のモノは何故か威力もさほど高くもなかったから、斬った方が早いと思ってな」

「…なんか、納得してる自分がいる」

 

 天龍の意外な弱点を知った拓人、この事態を収束させるためにはどうするか…拓人は改めて怪鳥の機械で出来た体の隅々を見渡す。

 

「たしか望月は「基本的な能力は元になった動物と一緒」って言ってたな?」

 

 かつて戦った狼がモデルである「機獣スキュラ」は、その種特有のスピードと狩りの執念により、拓人たちを大いに戦慄させた。

 

 であれば…今度はそれを利用する番だ、そう考える。

 

「…よし、尻尾には攻撃が当たりそう」

 

 拓人が見つめる先には、怪鳥の長く垂れ下がった「尾羽」が。

 鳥は尻尾が「舵取り」の役目をしており、それによりバランスが保たれている。アレを一本でも抜くことが出来れば…バランスを保てなくなり降下するはず、だが翼がある以上体勢を立て直す可能性がある…それでも「近づいてくる」だけで十分なのだが。

 

「まず僕らが尻尾を切って、降下をするはずだからそこへ砲撃を撃ち込む、そこから天龍が跳躍して、コアを取り除く。…と、こんなとこかな?」

 

 セイレーンの首元には、球体型の核(コア)が見えた。もしスキュラと同じ理屈なら、コアを取り除くことが出来ればこちらに勝機を見出せる。しかし、と綾波は警戒を呼びかけた。

 

「司令官、セイレーンがスキュラと同等の能力を持っている可能性、90%以上。警戒を厳とするべきかと」

「そうだね…さて、どうするかな?」

「まずはあの尾羽をどうやって切り落とすか、ですね」

 

 早霜の提言に頷く一同、その一点を解消出来れば話は早く転ぶのだが…?

 

「俺が行ってもいいが、次の攻撃を警戒される恐れがある」

「そうだね天龍、特に君はトドメを担ってもらいたいから、可能な限り動かない方が良いと思う」

「むぅ…ではどうする、タクト?」

「んー…あ、じゃあ僕がセイレーンの近くまで跳んで、その位置から尾羽に砲撃、というのは?」

「…タクトさん、話を聞いていましたか? 用心する必要があるのです、指揮官である貴方にそんな無謀なことさせられません」

「で、でも早霜。一本尾っぽを抜くだけだよ? 大丈夫だよ、多分」

 

 拓人が頼りなさげに回答すると、早霜が中指と親指を構えて…拓人の額にデコピン。

 

「あたっ!?」

「憶測に基づく行動は禁止、いいですね?」

 

 早霜なりの配慮に、拓人は従わざるを得なかった。

 

「…はぁ」

「…分かりました、私がなんとかします」

 

 そう言いながら一行の前に立つ綾波、徐に斧を持ち上げると?

 

「はっ!」

 

 投げた。豪快なスイングのスピードとパワーにより、高速回転しながら軌跡を描く巨大なブーメランと化した綾波の戦斧。

 

 ──ザシュッ!

 

『Kieeeーーーッ!?』

 

 綾波の捨て身の攻撃は、目の前の空を通過するセイレーンの尾羽を、見事に切り落とす。羽根は鉄製であるためか、そのままズンと重い着地音を出して地面にめり込む。

 

「おお…」

「…ん? 斧戻ってこない?」

「はい、今頃はどこかに突き刺さっているかと」

 

 しらっとしているが、実はとんでもないことになっているのではないか? とんだ劣化ブーメランだ、拓人はそう考えるが敢えて突っ込まない。

 そうこうしていると、セイレーンの態勢が崩れ始めた。…徐々に降下している。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 だがやはり一筋縄ではいかない。

 降下すると同時に、こちらに向けてくちばしを開けたかと思いきや、そこから覗く無数の砲塔から「砲撃」をかまそうとするセイレーン。

 

「まぁそうなりますよねー」

「予想の範囲内です。こちらも砲撃で牽制しながら、敵の油断を誘いましょう」

 

 早霜の言下、拓人たちは砲戦の用意をする。

 

「天龍はいつでもいけるように準備してて?」

「了解だ」

「この距離なら、砲撃も届きますね」

「よかったね綾波」

「……」

 

 綾波の無言は、普段なら何を考えているか分からないが…今は「ちょっと怒ってるな」ということが分かる。皮肉もほどほどにしないと、と拓人は思った。

 

 気を取り直し、拓人たちは砲を空の敵に向けて構える。

 

「人生で一度でいいから叫びたかったセリフ、いくよ……ってぇーーーっ!!」

 

 拓人の号令の下、要塞都市の命運を掛けた一戦が幕を開けた。

 

 

『Kieeeーーーッ!!』

「うおおおっ!」

 

 

 拓人たちとセイレーンの砲撃戦、セイレーンは距離を保ちながら仕掛けてくるが、絶妙なタイミングで屋根を駆け、砲撃を避けながら撃ち返す。

 火花散り鉄火乱れるこの戦いは、少しは艦これっぽいかな? とひっそりと胸の内で考える拓人。

 因みに今拓人が持っているのは携帯型の砲塔、つまり艦娘と同じ(もちろん駆逐艦用)のもの。

 これは望月が急ごしらえで作り手渡したもの。忙しいからこれしか作れなかったが、次はもっとスゲェの作るからよ…と彼女はどこか楽しそうに言っていた。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 業を煮やしたか、遂に距離を縮めようとするセイレーン。

 空を滑空しながらゆっくりと間を詰める…同時に天龍の金眼がギラリと光る。

 

「──今だ!」

 

 拓人の一声と共に駆け出し、すぐさま跳躍する天龍。

 

「よし、そのまま…」

「っ! 司令官!!」

 

 叫ぶ綾波、瞬間…拓人は突き飛ばされ、元いた地点では「爆破される」綾波が。

 

「綾波!?」

 

 流れ弾が綾波を襲う。綾波自慢の鎧がボロボロに砕けてしまう、大破状態に陥り、力なく膝をつく綾波。

 

「そ、そんな…綾波っ!」

「だ、大丈夫…問題…あ、りませ…ん!」

「綾波…」

 

 拓人は大破された綾波を見て思い出していた。

 …忘れていた、ここは戦場。決してゲームの世界ではない、善も悪もない…やらなければ殺られる「獣の世界」に足を踏み入れていたのだ…!

 

「…っ! 天龍!!」

 

 拓人は天高く跳躍する天龍に向かい叫ぶ、何も言わない天龍だが、拓人の目に見えないその顔は闘志に燃えていた。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 耳を劈く怪鳥の鳴き声、空気の振動が肌に直に響く距離まで近づけた…天龍は手にした一対の得物で敵の急所を切り裂かんとする。

 

「終わりだ…!」

 

 

 

 

 

 ──ズバッ!

 

 

 

 

 

「…!」

 

 刹那、斬撃は確りと切り裂いた…”天龍の身体”を。

 

「な…に…っ!?」

 

 まさかの展開に誰もが息を呑む。その見えない斬撃は確かに存在する、その正体は…セイレーンの胴体に渦巻く「真空の刃」だった。

 見ると、胴体に生える羽の裏部分からうっすらと空気が流れており、それらが移動する巨大な怪鳥の胴体を駆け巡ることにより圧縮、摩擦され、本体を守る「空気の斬撃」と化していた。

 

「…っ! これしきで……!?」

 

 流れ出る血を抑えながら、近くの屋根に飛び移り体制を立て直す天龍だったが、その一手を見誤る。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 セイレーンはその巨大な羽を広げると…大きく動かす、その気流の波はもはや立っていられないほど。

 

「うおぉ!?」

 

 強風に煽られ空中に投げ出される天龍、だが…彼女が戦慄したのはそれではない。

 

「…なっ!?」

 

 拓人は驚愕する、天龍の目前に広がる「いくつもの光の玉」…それは要塞都市を穴だらけにした「圧縮エネルギー式破壊弾」…!

 セイレーンは、羽翼の間から放出したエネルギー弾を、そのまま翼で巻き起こした風に乗せることにより、前方広範囲に至る凶悪な爆撃の嵐へと変化させた。

 

「天龍ーーっ!!」

 

 閃光が弾ける瞬間、拓人は天龍の名を叫ぶも…爆音により掻き消されてしまった……。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──拓人たちがセイレーンと激闘を繰り広げている頃…。

 

「ひいぃ、そ、空に化け物がぁ!?」

「な、なんでこんなことに…私たちが何したっていうのよぉ!」

「うわあぁ、な、なにがどうなってんだぁ~~!?」

 

 翔鶴たちは途切れなく悲鳴をあげ続ける住民たちに避難を呼びかける。

 

「落ち着きなさい! 今すぐ外まで誘導するから、こっちに来なさい!」

「しょーちゃん、それじゃ誰も集まらないと思うよ?」

「皆さん、我々は貴方がたの味方です! 安全な場所まで移動しますので、どうか我々を信じていただけないでしょうか?」

 

 翔鶴、舞風、野分の三人は住人に呼びかけてみるも、皆揃いもそろって悪辣に口遊む。

 

「その装備は…お、お前たち艦娘なんだろ! だ、誰がお前らの手なんか!」

「誰のせいでこんなところにいると思ってるのよ! 戦争なんて勝手にやってりゃいいじゃないの、もう私たちを巻き込もうとしないで!」

「神父様の言うとおりだった、お前らは厄災しか呼ばねぇ! 今さら正義漢ぶってんじゃねぇよ!!」

「…っ! 何ですって…私たちだって好きでお前たちなんか…!」

「っ!? しょ、しょーちゃん落ち着いて!」

 

 臨戦態勢を取り艤装を装着したままだったので、艦娘だとバレてしまい罵倒雑言を浴びせられた三人。

 あまりの横暴な物言いに翔鶴の怒りが頂点を迎えていたが、舞風と「後ろの二人組」に冷静な判断をするよう促される。

 

「ストーップ! 翔鶴ちゃん落ち着いて、皆気が立ってるだけだからさ!」

「耳長ちゃん、気持ちはすごく分かるけど、ここは私たちに任せてくれる?」

「…っ! マユミさん、コバヤシさんも」

 

 振り返る翔鶴の背には、艦娘に批判的な意見が多いこの要塞の住人の中で、唯一の艦娘の味方と言える二人組…マユミとコバヤシが、住人たちの正気を戻そうとする。

 

「皆! 今私たちの仲間が要塞のために、あの化け物に立ち向かってくれてる! 艦娘だとか人間だとか、今はそんなこと言ってる場合じゃないよ!!」

「騙していたみたいで、ごめんなさいね? でもね、やっぱり神父は悪者だったみたいね? 詳しくは分からないけど、拓人ちゃんたちが、この要塞の地下に神隠しにあった人たちの亡骸を見つけたって。それをやったのは…おそらくアイツよ」

「マユミちゃん、コバヤシさんまで…」

 

 住人たちはマユミたちの言葉に耳を傾けて、その意味を理解する…しかし。

 

「だ、騙されるか! 大体、神父様がやったっていう明確な証拠はあるのかよ!」

「そ、それは…」

「…うぅ、そういえば聞いてなかった…」

「私たちもその情報は耳にしていないわ」

「ほら見ろ! やっぱり俺たちを騙そうとしていたんだ!」

「神父様の言うとおり、私たちは滅びを受け入れるべきだったのよ! どんなに抗っても私たちが終わっているのは変わらないもの!!」

「そ、そうだ! お前らに振り回されるぐらいなら…ここで滅ぶしかねぇ!」

 

 まるで焚きつけられたように、住人たちの恨み節は止まらない。もはや誰にも、この憎しみの暴走を止められるものはいなかった…。

 

「っ! コイツら…」

「マドモアゼルショーカク、落ち着いて下さい!?」

「あぁーもう! どうすりゃいいのさぁ!?」

「そんな…」

「……っ」

 

 誰もが諦めの境地であった、これほどまでに肥大した憎悪を、誰が止められようか…?

 

 

 ──その時、彼女らの後ろから一喝する怒声が響く。

 

 

「貴様らぁ! 何を寝ぼけておるか!!」

 

「…っ!?」

 

 そこに立っていたのは…艦娘たちを忌み嫌っていたはずの老人「ヤマザキ」だった。

 

「ザキさん…!?」

「何故今そのような確執を掘り下げる必要がある? 見ろ! あの化け物をっ! ここで止まってしまえば本当に死んでしまうぞ!」

「で、でもザキさん! アンタだって言ってたろ?! 艦娘が戦争を引き起こした張本人だって!!」

「そ、そうだ…もうこいつらに人生を狂わされるのは嫌なんだよ、俺たちは!!」

 

 そうだ、そうだと火に油を注いだ勢いは止まらない、しかし…ヤマザキも一歩も引く姿勢を見せない、仁王立ちの姿勢で住民たちに問いかける。

 

「貴様ら、何か勘違いをしておるな」

「えっ?」

「確かに、ここまで戦争が伸びた要因、戦火を拡げたのは艦娘たちであろう。だが…そもそも戦争を仕掛けたのは誰だ。我々人間ではなかったか?」

「そ、それは…国同士が勝手にやっただけで、俺たちがやったわけじゃ」

「誰がやったか、なぞどうでもよい。人間という種族は時にとんでもない過ちを起こす、それこそ国一つを滅ぼすほどの、な? 人間である以上、立場が同じなら誰がやってもおかしくなかったのだ」

 

 その言葉に、焚火に水をかけたように住人たちの勢いは沈静していく。

 

「じゃあどうすれば良かったんだ、ザキさん。俺たちは…俺たちの怒りはどこにぶつけりゃいいんだ」

「私は艦娘に親の居る家を破壊された、家族を殺されたの、そいつらのせいで!」

「俺は…妹を亡くした、戦争で、ヤツらの砲撃に巻き込まれて…!」

「ここにいるヤツらは、大切な人を亡くした。戦争で、艦娘のせいで。…もういいだろ、これ以上生きていても何も変わらない、俺たちが死んでも誰も悲しまない。ここで死んだら…家族や友人にまた会えるかもしれない」

 

 再び行き場のない負の炎が灯る、それは失った者にしか分からない「悲しみ」。

 

「──本当にそれでよいのか?」

 

 しわがれた声で老人は問いかける、神父のような優しく諭す説き方でなく、子供を叱る親のように…厳しく温かなもの。

 

「そこに貴様らの誇りはあるか、そこに貴様らの思い描く未来はあるか? 何もないなら…死んだところで無駄に悲しむ者が増えるだけだ」

「何だよそれ、誰が悲しむんだよ?」

「…「次代」だ」

「…!?」

「吾輩たちが生きて、戦争や艦娘たちの危険性を後世に伝えねば、同じ過ちが繰り返されるだけだ。お前たちが無責任に死ぬことで、次代の子供たちを悲しませる戦いが拡がっていくのだ」

「そんな…!」

 

 赤ん坊を抱く母親らしき女性は、我が子を抱きしめながら恐れ戦いた。

 

「…俺たちには関係ない、ここで無駄に息絶えていく。もうそれで…」

 

「馬鹿者っ! 生き抜く事、それが戦争を終わらせる「唯一の方法」だと何故気づかない!!」

 

「…っ!」

 

 住人の一人が発した言葉に、ヤマザキは喝を入れる。

 

「動かなければ、伝えなければ、吾輩たちと同じ悲しみを背負う若者が増えるだけだ。それでいいのか、貴様らは「次代が残酷になれば良い」とせせら嗤う外道だったか!!」

「ち、違う!? 俺たちは…もう一度会いたいだけで」

「会えるものか、吾輩たちが背負った使命を放棄したものなど、地獄の窯茹でが相応しいわ!」

「…っ!?」

「人間の最大の使命は「生きること」だ、誰にもそれを変えることは出来ない! 辛かろうが、苦しかろうが、吾輩たちは「前に進む」しか出来ないのだ。足を引きずってでも、這いつくばってでも、どんな手段を使ってでも、自らの生を全うせねばならん! 生きるのだ! 生きなければ何も変わらない!!

 

「…!!」

 

 老人は生きる意志を言葉に乗せ、その場にいる全ての人々に伝える…人間が元来持つ”誇り”…未来に託すべき平和への覚悟を。

 

「…ザキさん、アンタは…俺たちに生きろというのか。アイツらの分まで…艦娘(コイツ)らの力を借りてでも…!」

「そうだ。それこそが…吾輩たちの魂に刻まれた、誇り高き「使命」なのだ!」

「…っ、くっそー! やってやるよ! それでアイツらが報われるって言うんなら!!」

「私も…いつまでも艦娘のせいにして縮こまってたら、お父さんに怒られちゃう!」

「妹よ、もうちょっと待っててくれ。兄ちゃんやること出来たからさ…!」

 

 あれだけ絶望に染まっていた住人たちが、みるみるうちに光を宿していく、生きる希望をその身に再点火する。

 

「おい艦娘! 早くここから出ようぜ、守ってくれんだろ!」

 

 悪態をつきながらも、住人たちは翔鶴たちの誘導についてきてくれるようだ。

 

「…全く、ニンゲンはこれだから」

 

 同じく悪言を吐く翔鶴だが、その顔はどこか穏やかで笑っているようにも見えた。



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決戦! 要塞都市の攻防 ③

 セイレーンの放った「エネルギー爆弾の嵐」は、形だけ保っていた建物等を遂に崩壊させ、辺りには瓦礫の山が築かれた。

 

「…っ!」

 

 拓人は頭上の障害物を退けると、瓦礫の山の中から姿を見せる。

 

「…天龍、皆…無事…っ?」

 

 痛みに耐えながら、拓人はしんと静まり返る光景に向かって、仲間たちの安否の確認を取る。

 

「…はい」

「…問題…なし…っ」

 

 よろよろと歩きながら早霜と綾波が、ボロボロの状態で姿を現した。戦闘は可能だろうが…万全の態勢で動くことは難しいだろう。

 

「…っあぁ、なんとか…な…」

 

 そして天龍も。わき腹から血が見えるも、それ以外は擦り傷以外の目立った外傷は見当たらなかった。

 

「天龍…血が…!?」

「大事ない。この程度…かすり傷だ」

 

 傍から見ても逃げ場のなかったあの凶悪な攻撃をこの程度ですませられたのも、天龍が改二となった賜物であろう。尋常ではないスピードでその場から離脱した…それでも、外傷は避けられなかったが。

 

「…っ、まさか近づくだけで斬られるなんて」

「あぁ、アレはおそらくヤツが空中にいるからこそ出来る芸当だ。なんとしても地上に降ろさなくては…それこそ捨て身で行かなくてはならなくなる」

 

 拓人と天龍の会話をよそに、悠々と空を飛び回る敵の姿が…。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 …しかしここである異変に気付く拓人。「高度が低い」気がする(尾羽を抜いた影響かは知らないが)…真空の刃さえなんとかなれば、付け入る隙はある、そう考えたが?

 

「……」

 

 横側にいる天龍を一瞥する拓人、脇腹の傷は浅いやもしれないが、こうなったのは自分の責任のように感じてならない。

 もう逃げないと決めたはずなのに、自分は何もしないのか? 何も出来ないのか? そんな悪い考えがぐるぐると巡る…拓人の決意自体は本物だが、人間が誰しもすぐ有言実行出来た試しはない。

 

「…ごめん、天龍」

 

 そう懺悔の言葉を零すと、天龍は無言で頭に手を置く。…気にするな、と言っているようだ。

 

「…! …うん」

 

 二人には今「隔たり」はない、懐かしいようなその感覚が妙に心地良かった。

 …思えば、ただの人間だった自分が、なんの因果か異世界に迷い込み、戦いの日々に身を投じるとは…つい最近までは思いもよらなかったことだ。

 

「(…変われただろうか、僕は…)」

 

 様変わりした眼に映る世界、環境…果たしてそれらは、自身の心に確かな変化をもたらしたのか。

 そんなことを考えていると、拓人の目には天高く舞い上がり、視認できるほどの烈風を見に纏うセイレーンの姿…。

 

「…?」

 

 空気の刃が乱れ踊る、そのまま大きく旋回し…こちらに向きを変えた。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

「…っ! 天龍!!」

 

 拓人は叫びながらも天龍の腕をつかむと、そのまま引き寄せ…攻撃から庇うように迫りくる敵に背を向ける。

 

「っがぁ!?」

「っタクト!?」

 

 砂塵を舞い上がらせながら、地上へ降下した怪鳥は拓人たちの前まで風を運ぶと、そのまま至近距離を通過する。轟音と同時に突風と風の刃が拓人たちを襲う。

 

「きゃっ!?」

「…っ!?」

 

 風に飛ばされそうになる綾波たち、風の刃による多少のダメージはあるものの、前方でその刃をもろに喰らった拓人ほどではなかった。

 

「…ぐっ」

「タクト、おい、しっかりしろ! タクトっ!?」

「…だ、大丈夫。ケガはない天龍?」

「それは俺のセリフだ! …っ、お前…背中が…!?」

 

 天龍の身体に身を預ける形の拓人だったが、背中は風刃により斬傷と血だらけになり紅く腫れていた。

 

「このくらいかすり傷だよ…いつっ」

「…っ! 馬鹿野郎! 変な自己犠牲はやめろ!! あのくらいの攻撃俺なら避けられた、お前が傷つく必要なんてないんだ! 俺に生きろと宣ったヤツが…こんな……っ!!」

「…っはは」

 

 拓人の肩を揺らし激昂する天龍に対し、その拓人は何故か力なく笑っている。

 

「…? なんで、笑うんだ」

「だって、今の天龍…「あっち」の天龍に似ててさ、思わずね? 昔はそんな感じだったの?」

「…! そんなこと、今聞くな馬鹿!!」

「ご、ごめん…」

 

 なんだか緊迫した雰囲気が意図せず和らいだが、そんなことお構いなくと言わんばかりに、セイレーンは再び空中を旋回し、風刃を研ぎ澄ましながらこちらを狙い澄ます。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

「っくそ…余裕のつもりか?」

「あの鳥公、許さん」

 

 天空を我が物顔で飛ぶ標的を睨みながら、言葉少なに静かな怒りを露わにする天龍。

 

「とにかく、今は態勢を整えなくちゃ…!」

「…仕方ない。タクト、とにかく俺に掴まれ」

「えっ、もうお姫様抱っこは…」

「今言ってる場合じゃないだろ、ほら」

 

 言われるまま天龍の体に掴まる拓人。だがボロボロの綾波たちはどうするのか?

 

「お前たちは瓦礫の後ろにでも隠れていろ、そのままジッとしていればやり過ごせるはずだ」

「っ! 待ってください、それではお二人が」

「…了承しました、後はお任せします」

「綾波さん…!?」

「このまま我々が戦い続けても、足を引っ張るだけではないでしょうか? であれば、私は司令官たちを信じます」

「しかし…!」

「早霜、ここまで頑張ってくれてありがとう。でももう大丈夫、ここからは僕らでなんとかするから」

「綾波の言う通り、このまま行っても今のお前たちでは足手まといだ、そのボロボロの身体ではな? 怪我人は大人しくしていろ、ということだ」

「…分かりました、ですが…どうか、どうか無茶はなさらぬよう」

「ご武運を…」

「うん、行ってくるね!」

「…またな」

 

 一通りのやり取りを済ませると、そのままフルスピードでその場を離脱する天龍と拓人。セイレーンもまたその後を追随する…綾波たちはその「まるで最後の別れ」のように感じる後ろ姿を見送るのだった…。

 

『Kieeeーーーッ!!』

「…タクトを切り刻んだ礼は、貴様の破壊をもって必ず償ってもらう…!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 一方、翔鶴たちは崩壊寸前の街並みの中、住人たちの避難誘導を行っていた。

 

「落ち着いて列を崩さないで、焦らずついて来て頂戴!」

「はーい皆ー! ダンスを踊るようについて来てね〜? あっそぉれワンツーゥ!」

「んもっ! マイちゃんこんな時に余計なこと言わない!!」

「もう少しで門が見えるわ、皆頑張ってね!」

 

 走りながら翔鶴たちが路上で住人を喚呼する中、野分は隣を走るヤマザキに声をかけた。

 

「ムッシュヤマザキ、先程はありがとうございました。貴方の魂の叫び、この野分感動致しました」

「フン、貴様らのためにやったワケではない。吾輩たち人類の未来のためにやったまで。見ておれ、いずれ貴様らの手を借りず、吾輩たちは戦争を終わらせてみせる」

「えぇ、楽しみにしております。…今の貴方はとても美しい!」

「ぬぅ?! それは冗句で言っておるのか? …まぁいい、艦娘には貴様のような間の抜けたヤツもいたのだな」

「えぇ、ボクにとってはその悪態すら美しさを感じる、褒め言葉です!」

「…逞しいな、貴様は」

 

 妙に噛み合わないはずなのだが、何故だか気の合う二人の会話。

 そんな空間を遮るように現れたのは、落下した土砂や岩の塊。

 

「道が塞がれている…!」

「そんな、後少しなのに〜!?」

「お、おい。来た道を戻る時間もないんじゃないか?」

「っもう! 死なないって決めたのに、こんなところで…!」

 

 住人たちがざわつき始めた…その時、頭上から新たな落下物が。

 

「っ! 危ない!!」

 

 野分が艤装を召喚し、住人たちに襲い来る岩石の数々を爆砕する。

 

「ひいぃ!?」

「…このままでは、不味い…!」

 

 翔鶴は辺りを見回すも、周りの建物も崩れかかっており、かといって来た道を戻り新たな道を探すのも時間がかかる。

 思考を巡らせる翔鶴たち。このままでは全員土砂に埋もれてしまう…!

 

 誰もが諦めかけていた…が、転機は突然に訪れる。

 

 

「──おらぁ!!」

 

 

 瞬間、翔鶴たちの前を塞いでいたはずの土の壁が消し飛ぶ、その光景には何故か「稲光」と轟音が…?

 

「…っ! 貴女たちは…!?」

 

 土壁を破壊し現れたのは、翔鶴たちにとっては見慣れた二人組。

 

「よぉ! お前ら無事か?」

「また望月から連絡入ってね、助けに来たよ!」

 

 選ばれし艦娘、加古と長良だった。その変わらない強さと頼もしさに、その場の誰もが安堵の表情を浮かべた。

 

「あ、あれって噂の…選ばれし艦娘!?」

「や、やった! 助かった!!」

「…全く、タイミングがいいわね」

「怒るなおこるな、今まではどうやって人目を避けたものか分からんかったから、侵入できなんだだったが」

「うん、こんな時にそんなこと言ってられないよね!」

「ナイス判断、加古っち、長良っちぃ!」

「お、おぅ…誰だあの金髪、初対面だよな?」

 

 とにかく窮地は脱した。後はもう突き進むのみだが…その時、加古たちの後ろから近づく、見慣れない人影が。

 

「…? 貴女たちは?」

「っ! マドモアゼルチョウカイ!? その部下さんたちも!」

「お久しぶりです、野分さん。私たちにも手伝えることがあると思い、馳せ参じました」

 

 その正体は、鳥海と吹雪たち「調査隊チーム」だった。その姿を見た住人たちは、思わず疑心暗鬼に駆られる。

 

「…っ! あの眼鏡のヤツ、俺らの船を襲った…!?」

「えっ!? そ、そいつらが…?」

 

 またもざわつき始める住人たち。鳥海はまず何も言わずに、深く頭を下げて謝罪の意を表す。

 

「…謝って済む話ではないことは、重々承知しております。ですが…こんなことで罪滅ぼしにもならないとは思いますが、どうか…我々に貴方がたを助けさせていただけないでしょうか」

 

 鳥海の誠意を込めた思いと言葉に、住人たちのシワも徐々に和らぐ。

 

「…そうだな、今はそんなことよりここを脱出しなきゃな!」

「あぁ! まぁアンタらもなんかあったみたいだし、ここを出る手伝いしてくれたら、許してやるぜ!」

「わー、ウエカラメセンだぁ!」

「う、うるせぇぞ!?」

 

 住人の一人の言葉に、舞風が笑いを被せてその場を和やかな雰囲気にしていく。

 

「あはは、まぁよろしく頼むよ眼鏡ちゃんたち!」

「…っ! ありがとうございます…本当に…ありがとう…っ!」

 

 許されると思わなかったのか、鳥海は嬉しさのあまりに涙を零す。

 その様子を微笑みながら見守る群衆の中で、ただ一人空を睨む男がいた。

 

「…すまんが、吾輩はこれから別行動をさせてもらう」

 

 ヤマザキの突然の申し出に、その場の誰もが驚きを隠せなかった。

 

「えっ、急にどうしたのザキさん!?」

「マユミ、それからコバヤシ殿、誰でも構わんから吾輩に黙ってついてくる者はおらぬか?」

「ザ、ザキさん。説明がないと皆混乱しちゃうわ」

 

 マユミとコバヤシの問いに、ヤマザキは自信に満ちた表情で告げる。

 

「なに、あのアホウドリに人間の恐ろしさを思い知らせようと思ってな?」

 



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決戦! 要塞都市の攻防 ④

 これにてセイレーン戦、決着でございます。
 また展開早いかも…すみません。

 しかしてこのトモシビ編、もうちょっとだけ続くんじゃよ?


 拓人を抱えながら地を駆ける天龍、その後ろから猛スピードで追随するセイレーン。結構な距離を取っていたはずが、徐々にじょじょに差を縮められていく。

 

「…っ!」

「(このままじゃまずい…敵の”風”もどんどん大きくなってる…!?)」

 

 セイレーンが纏う風は、進むたびにその規模を拡大していく…現時点でも「まるで竜巻のような」破壊力が周囲を蹂躙していた。

 そして明らかに天龍のスピードも落ちていることは確か、このまま自分を背負い続ければどうなるか…拓人は焦燥に駆られながらも、一つの結論にたどり着く。

 

「…天龍、()()()()()()

「断る」

「早いよ…いや機獣は僕を狙ってくると思うんだ」

「何故そう言い切れる?」

「機獣の種には、事前に攻撃目標をプログラミングできるって、望月が言ってたんだ。黒幕は僕や艦娘を忌み嫌っていた、完全に消し去りたいって言っていた。でも…それには優先順位があると思う」

「つまり、黒幕は機獣にお前を真っ先に殺すよう命令されているはずだ…と?」

「うん…なんか怒ってる?」

「当たり前だ」

 

 さっきの俺の言葉を忘れたのか? と言わんばかりの威圧感が、彼女の顔を見て理解できる。だが…なにも拓人も「考えなしの自己犠牲」をしているわけではない。

 

「あの機獣の強さは相当なものなんだ、望月も言っていただろ? それを覆せるのは…金剛や君みたいに並外れた強さを持つ艦娘だけだ」

「タクト…」

「僕も死ぬつもりはない、ただ…自分なりの覚悟として、君たちを守れるぐらいにはなりたいんだ…たとえ囮になるとしても、男として…ね?」

 

 拓人の言葉に、天龍は口を閉じ無言になる、そして彼の気持ちを汲んで囮を承諾…?

 

「──だが断る」

 

「…いやいやいや、今完全に流れだったよね、そういうさ?」

「確かにヤツにトドメを刺せるモノなど数知れているだろう、それこそ選ばれし艦娘クラスの強さでないとな」

「そうでしょ、天龍だってそうなんだよ、だから…」

「そこなんだタクト、俺をここまで強くしてくれたのはお前だ、ならば…あの黒幕を止められるのは「お前しかいない」と、俺は思っている」

「天龍…」

 

 買い被りだ、と言いたいが…もし艦娘の改二改装の権限が自分にだけあるのなら…あながち間違いじゃない、とも拓人は考えている。

 

「俺は龍田を喪い生きる意味を見失った。それを思い出させてくれたのはお前だ、お前の恩義とこれからの世界のため…お前だけは喪うわけにはいかん」

「…そうか」

 

 天龍の気持ちを理解した拓人、だからといってこの状況がどうなるわけでもなく、現実は非情にも刻一刻と迫りつつある。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

「…っ! こうなったら、俺だけでヤツの懐まで突っ込んで…」

「ダメだ、そんなことしたら天龍が犠牲になる、僕は許さないよ」

「タクト…しかし…!」

 

 突きつけられる現状。二人の言い争いすら搔き消す、凄まじい風の吸引力と轟音が近づいている…選択肢はもうない、これまでか…と拓人たちは死を覚悟する。

 

「…っくそ!」

「もう…ダメ、か…!」

 

 

 

 ──その時、彼方から砲撃の音が響く。

 

 

 

『──ってえぇーーーっ!!』

 

 四方八方から降り注ぐのは…巨大な鎖?

 

 アンカーのついた大型の鎖が、セイレーンの纏う風に吸い込まれるように身体に巻き付き…その動きを止める。

 

『Kieeeーーーッ!?』

「…っ!? な、なんだ…?!」

 

 ぐるぐる巻きにされたセイレーンは風を掻き消され、その場にズドンと倒れ伏せた。セイレーンを止めた鎖は要塞の壁と一体となり、各所に設置されている高台(見張り台?)から伸びているようだ、これは一体…?

 

『小僧、無事か!』

『タクトちゃん、大丈夫?』

『タクトーーっ!!』

 

 混乱している拓人たちの耳元に、高台の拡声器から頼もしい声が響いた。

 

「っ! この声…ヤマザキさん、コバヤシさん、マユミちゃんも!?」

「なんだ…どうなっている!?」

『この鎖は、かつての海魔がこの要塞内に侵入した非常事態用に製作された『封魔の鎖』と呼ばれるもの、吾輩がシゲオ殿から伝え聞いた情報だ!』

「っ! そんなものが…」

『小僧、独眼龍! 今のうちに彼奴に止めを刺せ! 貴様らにはそれが出来るのだろう!』

「ヤマザキさん…」

「…ふん、礼は言わんぞ!」

『そんなもの期待しとらんわ、いいから早くやれ! 彼奴が鎖を引きちぎるのも時間の問題だ!!』

『頑張って、タクトちゃん! 眼帯ちゃん!!』

『いっけーーーっ!!』

 

 …拓人は改めてこの要塞の…いや、人の「強さ」を垣間見た。

 ありがとう…万感の思いを心で呟きながら、拓人と天龍は並び立つ。眼前には…怪鳥セイレーン。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 鎖が絡みついてがんじがらめとなったセイレーン、もがきながらも地に伏している。しかし翼が閉じていても、その狩人の鋭い眼差しが拓人たちから逸れることはない。

 

「こ、こわ…」

「怖いならお前もここで待っていろ、タクト?」

「…冗談だよ、僕だって君たちと一緒に戦う」

「特異点として?」

「それもあるけど…一番は提督として、かな?」

「っは! 前線で戦う提督なんてそうはいないがな」

「ですよねー、ははは…」

 

 お互いの顔を見つめ合い、談笑。もう迷いはなかった、後はただ…進むだけ。

 

「…行くぞ、タクト」

「うん…!」

 

 頷き、標的を見据え、一呼吸の静寂…そして──

 

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

「おおおおおおっ!!」

 

 

 一斉に走り出す拓人と天龍、しかし…セイレーンも黙っていない。

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

 嘴を広げると、そこから無数の砲口が顔を出す。

 

「撃ってくる!」

「承知の上だ!!」

 

 拓人らも負けじと艤装を装着し、爆炎を生じながら弾丸を撃ちまくり、とにかくひたすら走り続けた。

 

「うぉおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 拓人の中で何かがはち切れたのか、これでもかというぐらいの怒声と野生の咆哮を解き放つ、鬼気迫る拓人の隣には…様々な死線を共に潜り抜けてきた「相棒」…!

 天龍は敵の砲撃を「気の斬撃」や高角砲乱射などを駆使して全て弾き飛ばしてくれている、だがここからが正念場…!

 辺りは怪鳥と拓人が撃った砲撃の流れ弾により、火柱と硝煙が立ち込めている…もはや石造りの建物は見る影もなく、平らな地面が剥かれ瓦礫が無造作に散乱している。

 一歩、またいっぽと確実にセイレーンの首元に近づいていく…しかし。

 

「…っ! 砲撃が…!?」

 

 近づくたびに砲撃の密度は増していく、それこそ天龍でも捌き切れないほどに。

 そして…その捌き切れなかった流れ弾が、無慈悲にも拓人の方へ向かって来ていた。

 

「っタクト!」

「っく! おおおっ!!」

 

 必死で弾を撃ち込んで空中で相殺を狙う拓人…しかし、やはり狙いが定まらず、そのまま凶弾が拓人目掛けて撃ち貫こうとしていた。

 

「くっそおおぉーーーっ!!」

 

 正に今、拓人の命運は絶え果てようとしていた…生命にしがみつく叫びは、断末魔の宣告となるのか…?

 

 

 ──しかし、"運命"は彼を見捨てはしなかった!

 

 

『ゴアアァーーッ!!』

 

 

 その時、頼もしい声が聞こえると拓人の目の前を遮るように、空中で盾となる岩の人形…これは!

 

「べべっ!」

 

 望月の艤装であるゴーレム「べべ」が飛び込んで来て、拓人に当たるはずだった凶弾を身代わりで受けた。そして遠くから白衣を着た天才少女の声が響いた。

 

「わり、遅くなった!」

「望月! よかった、間に合ったんだね!」

「あぁ、ちょっち新しい機能の調整しててな、手間取ったわ!」

「どういう…っわ!?」

 

 拓人が言い終わる前に、べべがトランスフォームしながら拓人の手元へ来る。

 

「…なんだ?」

 

 拓人はその形に見覚えがあった…これは以前に坑道で使った「べべキャノン砲」か…?

 

「チャージは行きがけに完了してるぜ、大将! そのままぶっ放しな!」

「えっ!? えーと…こうっ!」

 

 テレビの見様見真似で、キャノン砲発射の構えを取る拓人。すると…確かにエネルギーがチャージされているのか、光が収束しているのが分かった。

 

「大将アレだ、この前言ってたヤツ! なんちゃら砲発射!」

「え…あ、そうか! "フルチャージ完了、べべキャノン「フルブラスト」ォ"!!」

 

 それっぽい技名を叫びながら、セイレーンに向けて極光となったべべキャノンを射出する…一瞬視界がまっ白に塗りつぶされると、轟音と共に尋常ではない熱量の光線がセイレーンへと向かっていく。

 

「え、なにこれすごい振動、しかもビームでかっ! めっちゃ光ってる!?」

「動くなよ大将、そのままそのまま…よし、着弾!」

 

『──Kieeeーーーッ!?』

 

 セイレーンの嘴の中にある無数の砲塔の悉くを飲み込み、全てを破壊し尽くしたべべキャノン、セイレーンのくちばしの中は文字通りの火の海だった。

 

「すげぇ…!」

「へへっ、簡単な機能だが時間かけて正解だったぜ」

「よし、砲撃が止んだ! 今ならトドメを刺せる!」

 

 セイレーンの砲撃は完全に沈黙していた、動きも封じ攻撃手段も無くなった、今なら確実に"決められる"。

 天龍はそのまま跳躍し、一対の得物に手をかける。必殺の一撃で「コア」の破壊を狙う。

 

 

 今、この要塞を襲った厄災に決着がつこうとしていた。果たして──

 

 

「…いやまだだ、最後まで油断出来ない…っ! 天龍っ! 気を抜いちゃダメだ、まだ何か仕掛けてくるかも…」

 

 

『──Kieeeーーーッ!!』

 

 

 拓人の言葉を遮るような甲高い鳴き声、セイレーンが目を見開くと…瞳孔から赤い閃光が…!?

 

「天龍っ!」

「っ!?」

 

 

 ──天龍ちゃんっ!

 

 

「…っ!」

 

 いち早く異変に気づいた天龍は、反射的に左手に構えた刀でビームを弾いた。…その時「ピシッ」という致命的な音が聞こえる。

 

「…龍田」

 

 天龍が赤い刀を見ると、刀身にひびが入っていた。天龍は悲しく、虚しく、愛おしそうにその赤い刀を見つめる。

 

「…ああ、そうだ。こんなものがなくても…俺たちは「一緒」だ!!」

 

 ひとまず着地し、すぐに脚に全力を入れて再び跳躍する。狙うはセイレーンの首元のコア、得物を胸の前でバツの字に構えて…標的まで一直線に飛ぶ。

 

「天龍うぅ!!」

 

『Kieeeーーーッ!!』

 

おおおおおおっ!!

 

 光速の跳躍から振り抜く、二刀の斬撃が…遂にセイレーンのコアを捉える…!

 

『Kieeeeeーーーーーッ!!?』

 

 双閃が交わり、その中心では見事に斬り捨てられたセイレーンのコア、真っ二つになるとそのまま爆散した。

 

 

 ──パキィン!!

 

 

 同時に、狂いし龍をずっと見守っていた紅き刀は、その役目を終えるように…華やかに散っていく。

 

『ありがとう、天龍ちゃん──』

 

 天龍はどこからか、そんな声が聞こえたような気がした…。

 

 

 

 

・・・・・

 

「や…やった」

 

 拓人は一人ごちに呟く。

 彼らの目の前には、完全に動作を停止したセイレーンが、物言わぬ巨鉄の塊となって転がっていた。スキュラの時はあれだけ力の差があったというのに…いや、下手をすればアレ以上の力を見せつけられた相手だった…しかし。

 

「勝った…僕たちが……「勝った」…!」

『やっ、やったのねぇ!』

『うん、拓人たちが…やったんだよ!』

『うむ、誰が欠けても勝利は掴めなんだ、よくやった!!』

 

 人は、その小さな力故に、強大な壁を乗り越えた時「一致団結の達成感」に駆られる、それは人だからこその尊さであり、見方を変えれば愚かさにもなる…その場限りであるが「戦争を許容している」ということにも成り得る。

 

「…終わりましたね」

「はい…」

「っひ…まぁこんなもんだね」

「……」

 

 対する艦娘の心には、一時の安堵感と終わりない戦いへの不安感が広がる。兵器として戦いというものを知り尽くした彼女たちに、もはや生への憂いはないのかもしれない。

 

「龍田…終わったよ」

 

 だが…どんなことがあろうとも、魂を持つものから生きる意志が消えることはない。

 天龍は虚空を見つめながら、天で見守る相棒に誓う…。

 

「天龍っ!」

「…っ! タクト…!」

 

 今度こそ、己の過ちから逃げない。と──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──キヒヒ…ッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!? タクトっ!!」

「え……っ!?」

 

 天龍の無事を悟り走り出す拓人だったが、声を荒げる天龍に促される形で上を見上げる、そこに黒鎌を振りかざすのは…死神。

 

「レ級!?」

『キヒャァッ!!』

 

 眼光から殺意が迸る、その鎌の切っ先で拓人の命を刈り取ろうとしていた…。

 

「っぬあぁ!」

 

 瞬間、高速移動し立ち塞がる天龍が、刀で凶撃を防ぐ形で拓人を窮地から救う。天龍によって弾き飛ばされたレ級だったが…。

 

『…キッヒ♪』

 

 何と、そのまま背後のセイレーンのコア内部へと侵入する、天龍によって切り開かれたコアだったが、もうコア本体は爆散しているはず…?

 

「なんだ、何がしたいんだ…?」

「…っ、アレは…!?」

 

『キッヒヒヒ!』

 

 出てきたレ級が手にしていたのは…コアではない別の黒い球体型の物体、何か黒い靄のような邪悪なオーラが視認できる。

 

「あ、明らかにヤバイのが…!?」

「望月、何だアレは?」

「あ、ありゃ「穢れ玉」じゃねぇか? コアとは別にため込んだ穢れを予備動力にするため貯蓄してるヤツで…っ! テメェらまさか!?」

「最初から…「それ」が狙いだったのか!?」

『キッヒャァ!!』

 

 まるで正解と言わんばかりに、レ級は尾っぽの深海艤装から砲撃を繰り出すと、地面を抉り爆破した。巻き上がる土埃が煙幕の役目を果たす、そして…。

 

「…! 消えた…っ!?」

 

 穢れ玉を持ち去ったレ級は何処へと姿を消す、そのあまりにも鮮やかな逃げ口に…拓人たちは言いようのない怒りに駆られた。

 

「やられたぜ…奴さん、何企んでやがるんだ!?」

「どっちにしろ、黒幕はアレだけのために、非人道的な行為を繰り返してきたというのか…!」

「そんな…っ! 一体…艦娘のいない世界のために、どれだけの人を犠牲にするつもりだ…っ!!」

 

 勝利の余韻に浸る暇もなく、拓人たちは次の戦いを想起する。

 

 次に黒幕と対峙するとき、それは「決戦」を意味する…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 一方、百門要塞入り口前では、拡声器より流れる勝利の報告に、住人たちは湧き上がる喜びを露わにした。

 

『──こちらヤマザキ! 全要塞住民に告ぐ、"鳥は翼を捥がれた"! 繰り返す、鳥は翼を捥がれたっ! 我らの勝利である!!』

 

「やった、やったんだっ!!」

「生きてる…生きてるぞぉ!!」

「よかった…やったんだな、バンザーイ!」

 

 誰がやったか万歳三唱、その心地よい歌のリズムに艦娘たちも思わず顔が綻ぶ。

 

「…やったのね」

「おぅ、タクトたちならやれると思ったぜ!」

「やったー! ばんざーい!!」

「…良かったです、本当に」

「うんうん、ホントーに良かったよね! ねぇノワツスキー! …? ノワツスキー?」

 

 だが…その裏では、ひっそりと逃げ延びようとする巨悪が、確かに存在する──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「っく、まさか…金剛なしでセイレーンを倒すとは…っ、あのガラクタめ…っ!」

 

「──もし、そこの貴方」

 

「…っ!?」

 

「失礼ながら、このようなところで…お一人で何をされていたのでしょう?」

 

「(あの緑髪は…まさか!?)」

 

「お答えください、さもなくば…貴方を「尋問」しなくてはならない!」

 

 そのような醜い所業を、どうかさせないでください。そう言いながら…美の探究者は、隠れ潜む「悪」と遂に対峙する──

 




○穢れ玉

人類の脅威である海魔打倒を目的に建造された艦娘、そして彼女たちを補助するために製造が計画された機獣、その機獣がマナの穢れを予備動力として貯蓄していたのが「アンチマナ蓄力装置」通称”穢れ玉”です~。
この穢れ玉には、ひじょ~に濃度の高いマナの穢れが溜まっています~。一応魔力として活用できますが、強すぎるエネルギーが一度漏れ出すと様々な厄災を呼び寄せる、と言われ問題視されています~。
なので、イソロクさんが艦娘建造計画を提唱して以降、機獣は(試作以外の)製作予定だった「四体」の設計図を残し建造そのものが中止となりました~。
しかし、裏では穢れ玉の利用による新たな時代のエネルギー供給計画、なんてのも話されていたのだとか~、怖いですね~!
もちろん連合はそれらを一切表に出さず、穢れ玉も存在自体を封印される形で人々から忘れ去られて行きました~。はてさて~黒幕は穢れ玉で何をしようとしているのでしょう~~?


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憎まれっ子世にはばかる…嫌な世の中。

 ──野分は、自他共に認める「ナルシシスト」だ。

 

 それでいて周囲の美徳も尊敬しており、彼女の助長しすぎる言葉の羅列は、その深い愛を示しているため…かもしれない。

 

 逆に醜いモノ、即ち「悪逆」には酷い嫌悪感を抱いているが、それを暴力的に吐き出すことはなく、"常に平等に客観的に"醜美を見極めている。そこに艦娘としての使命を絡めながら、彼女は今日まで美徳を助け醜きを正している。「美助醜正(びじょしゅうせい、彼女の造語)」こそが彼女のモットーである。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 路地裏、野分は逃げ遅れた住人がいないか一人で捜索をしていた。

 そして、路地裏を隈なく探して確認し、一区切りついて戻ろうとした所、ある人物を発見したので声をかける。

 

「こんなところで何をしていらっしゃるのです…神父殿?」

 

 野分が神父と呼ぶ男。細身の司祭服に面長な顔、細目と眉は吊り上がっている。ニヤリと笑えば如何にも怪しげな男…今まで拓人たちがマークしていた人物が、目の前にいる。

 

「…っ」

 

 結論から言うと、この要塞においてある種「殺人鬼まがい」のことを仕出かし、多くの罪なき命を「自らの目的のため」手にかけた…その黒幕こそ「神父」である。

 だが、野分は疑ってはいるものの神父を「犯人」と断定出来ずにいた、それは地下下水道奥で黒幕を追い詰めた拓人たちでさえ「ロボットが身代わりになり、黒幕の顔は見ていない」と通信で情報共有していたことにある。

 この状況こそ神父が画策したモノ、今まで彼が連合から逃れている要因の一つ。自身の身を徹底的に隠蔽し、いざという時にしらを切り通す。捕まえられるものか、と内心でほくそ笑む神父。

 

「…おぉ、貴女こそこのようなところで。ここは危険です、空に神の使いが現れました。私は一人の人間としてこの要塞と共に滅ぶことに決めました、ですが…貴女に生きる意志があるなら、ここから先に来てはいけません」

 

 いけしゃあしゃあと説き伏せるように言ってのける神父、野分は(内心訝しみながら)艦娘として避難勧告をする。

 

「落ち着いてください。ボクは野分、艦娘の一人です。あの怪物はもう我々の仲間が倒したと聞いています。貴方の言い分は理解できますが、信頼する住民のためと思い、こちらへついて来てもらえますか?」

「艦娘…そうですか、貴女が」

 

 神父はどこか納得したような顔を()()()()()。そして優しい声色を作りながら嘯く。

 

「私は教徒たちを導くにあたり、貴女がたの行いを誹謗しておりました。それは私の罪でもあり罰でもあることは承知しております。教えを説くものとして貴女がたを認めることは決してありませんが…それでも、貴女がたが戦う道しか知らなかったと考えると…時々胸が破裂する思いになります」

「…お心遣いありがとうございます。ですが、我々はそのために生まれたと、皆納得しておりますので」

「そうですか…願わくば、その道がヴァルハラへ続くことを、願い奉る(アーメン)

 

 右手で十字を切り、そのまま顔の前で両手を握り、頭を垂れながら祈るしぐさをする。敬虔な神の使徒であることを見せる神父。

 野分は(あくまで勘だが)やはり神父から「醜い」臭いがする…彼女なりの「悪意を感じ取る」の表現なのだが、ともあれまるで善良にふるまう彼に対し、本当に尋問するのは「美しくない」やり方である。

 

「神父殿、もし貴方が我々を憎いと仰るのなら、どうかその教えを後の世に伝えていってくれませんか? ヤマザキさんは艦娘の危険性を伝えていきたいと願っている、貴方なら…その願いを叶えられると思うのです」

 

 …だから。

 

「おお、あのヤマザキ殿が。…ふむ、崩落も収まったようです。これもまた”天命を果たせ”と我らが神が、私に仰っていらっしゃるようです」

 

 非常に醜いやり方ではあるが。

 

「えぇ、きっとそうなのだと思います。さぁ、行きましょう」

「はい…(フッ、ガラクタが…)」

 

 

 ──”足をかけてみる”ことにした。

 

 

「ところで、結局()()()()()は何がしたかったのでしょう?」

「さぁ…()()()()がどこから現れたのか、私も……っ!?」

 

 野分の差し出した手を取ろうとしたその一瞬の出来事、全身から汗を噴き出す神父…いや、黒幕。

 

「…お待ちください、何故あの怪物の名前が「セイレーン」と知っておられるのですか? 今…確かに「知っている」ように聞こえましたが」

「(こ、このガラクタ…俺を…”嵌めやがった”…っ?!)」

「あの怪獣…あぁ、機獣というのですが。あれらの存在と名前を知っているのは「連合」とごく一部の艦娘のみ、ボクはマドモアゼルモッチーとコマンダンから聞いていたので、知っていたワケですが…神父殿、貴方は「どこから」その情報を?」

「…っ」

 

 苦虫を嚙み潰したように憎らし気な表情に変貌する神父、野分はその豹変ぶりを見て確信する。

 

「やはり貴方が…黒幕なのですね」

 

 …その言葉を皮切りに、和やかな雰囲気を保っていたその場の空気が一変する。

 

「──……」

 

 先ほどの微笑みを湛えた温和な表情は消え失せ、神父は「この世の誰よりも、お前たちを憎んでいる」と言わんばかりに怒りを滾らせた。

 

「貴様…」

「大人しくお縄を頂戴させてください。それが…信頼を寄せる住人たちへの、せめてもの礼儀…そう思われますが?」

 

 野分の言葉を受けた黒幕だが、まるで意に介さないような「嗤い」を浮かべる。

 

「フ、フフフ…いい気になるなよガラクタ?」

「……」

「とはいえ…ここまで追い詰められたのは、初めてかもしれないなぁ。それが…その相手がまさか特異点の「三下」の貴様だとはなぁ…?」

「いいえ、これは我々の…コマンダンや皆で掴んだもの、貴方は人として犯してはならないことを仕出かした。多くの犠牲を出したその罪を…償っていただきます」

「罪ぃ? …フハッ、馬鹿が。それは貴様らの「基準」の話だろう? 俺は…この世界に真の「楽園」を築いてみせる。お前たちの存在しない…あの遥か昔の世界よりも、無限に幸福を得られる世界構造を造る。そのためには…多くの犠牲が必要だ」

「世迷言を。そんなもの存在してはならないのです、人は劣悪な環境だからこそ…真に美しきモノたちに出会えるのです!」

 

 囁くように甘言を紡ぐ神父、野分はそれを己の信念ではねのける。

 

「…忌々しい、鬱陶しい、にくいニクイ憎たらしい! その光がどれだけの「意味なき死」を与えたと思う? 世界を守るだと? 貴様らは…世界を破滅に導いているのだと知れっ!!」

 

 神父の怨嗟の言葉に、野分はなおも不敵に笑う。

 

「…コマンダンが聞いたら「オマイウ」と言われるでしょうね? あぁ、これは「お前が言うな」という意味だそうで?」

「貴様…っ、俺を馬鹿にするな!!」

「その高慢な性質が、今回の敗因を生んだのです。身の程を知るべきは…貴方だ!」

 

 凛とした佇まいから、己の得物であるレイピアの切っ先を神父に向け、臨戦態勢に入る野分。

 路地裏では逃げ場もない、ここでなら確実に黒幕を捕らえられる。野分はそう考えた、事実そうだった…だが。

 

「…フ、俺は生身の人間だ。お前には抗えない…「今は」な」

「どういうことですか?」

「俺には目的がある。一つは艦娘をこの世から消し去ること、もう一つは…楽園に至るための「昇華」だ」

「何を…?」

「ノワツスキー!」

 

 その時、建物の角から飛び出してくるのは…「舞風」。

 

「っ! マイマドレーヌ、来てはいけない!」

 

 野分の制止に、一瞬の思考の間が空きその場に立ち尽くす。その隙を狙い…黒幕は懐から何かを取り出して、投げる。

 

「ッフン!」

「マイマドレーヌッ!!」

 

 舞風を守るため、その身を挺して黒幕から庇う。しかし…悪意は確実に、野分に突き刺さった。

 

「っぐぅ!?」

「野分っ!?」

 

 野分の肩を見やる舞風、するとそこには…なにかの培養液が入った注射器が、ひとりでに動き中身を野分に注入していく。

 

「っやだ!? …っ!」

 

 舞風は無我夢中にその針を抜く。野分はぐったりした様子でその場に倒れ込む。

 

「野分、野分! やだ…しっかりして!」

「…っふ」

 

 神父はその様子を滑稽そうに眺めると、すぐに身を翻し逃亡…舞風はパニックになりその場で野分を呼び続けた。

 

 またしても逃げ果せた黒幕、勇ましく立ち向かった艦娘に「因子」を残して──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「ハァ…ハァ……ッ!」

 

 百門要塞の外、要塞を囲むように生える岩礁帯、その片隅で。

 

『…キヒ?』

 

 穢れ玉を手にしたレ級の視線の先…全速力で逃げ出し、遂に追っ手を振り切った黒幕の姿。

 膝と腕を地面につき、肩から息をする。…その顔には「憤り」が。

 

「…この俺が…あんなガラクタに…こんな恥をかかせられるとは……ッ、ぐぅおお…」

『キッヒ?』

 

 顔を覗きこみながら嗤うレ級、それは見方を変えれば「大丈夫?」と心配しているようだった。

 

「…ッ!」

 

 ゴズッ、と重い音が響いた。それはレ級を神父が立ち上がりざまに蹴り飛ばしたということ。

 

『ゲヒャ!?』

「なにを嗤っている? 貴様…俺を舐めてるのかっ!」

 

 更に追撃、倒れ伏すレ級に徐に近づくと、神父は彼女の小さな身体をひたすら蹴り続ける。

 

「ふざけるな、ふざけるなっ、クソガッ! 貴様の手際が悪いせいだ、貴様が全部悪い! オラっ、何とか言ってみろ、このクソガッ!!!」

『ギッ!? ギキャ…キッヒヒ』

 

 怒髪頂点、白目を剥きながら全開の怒りをぶつける神父、乱心に震えるその姿には、さきほどの優しげな雰囲気は完全に消えていた。

 レ級も痛みがないのか、それともまるで効いていないのか、ただただ嗤うだけだった。

 

「……っふぅ〜〜〜。まぁいい、穢れ玉はキチンと回収したようだなぁ? お前にしては上出来だ」

『キッヒヒ♪』

「よし立て。貴様には新たな任務をやる」

 

 やがて怒りを吐き尽くした神父は海魔石を取り出すと、紅く輝く石をレ級に向けて掲げながら命令する。

 

「貴様はこれから"ボウレイ海域"へと向かえ、そして「アイツ」に計画の進捗を確認してこい。このメッセージ入りのディスクを持ってな」

 

 神父はそう言いながら懐のディスクをレ級に手渡す。レ級はディスクを受け取ると自らの懐にしまう(その際にレ級が穢れ玉を神父に渡す)。

 

「いいな? 必ずやり遂げろ。逆らうモノはまとめて破壊しろ、いつものように…な?」

『キッヒ!』

 

 レ級は敬礼をして「了解」の意を示した。そして…そのまま背後の海に飛び込むと、水面を滑り何処へと姿を消した。

 

「…ふ」

 

 神父は手元の穢れ玉を一瞥し、虚空を見つめながら策を練る。

 

「金剛を利用した俺の計画も、少しばかりの変更をせざるを得ない、か。…まぁいい、どのみち計画が破綻したわけではない」

 

 ニヤリと嗤う神父には、必ずやり遂げるという意志がみられた。彼の「計画」とは…?

 

「さて…急がせるか。世界の幕を引くに相応しい「兵器」の完成を…!」

 

 黒幕は何故ここまで艦娘を、ひいては世界を憎むのか?

 

 

 ──全ては未だ「黒い霧」に包まれていた。

 

 




次回、トモシビ海域編完結。


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変わりゆく日々

 百門要塞の一大決戦は幕を閉じた…。

 

 先ず結論から言うと…黒幕は遂に僕らの前に現れることはなかった。

 いや、僕らはだけど。別行動をしていた野分が追跡して、神父が黒幕だということを突き止めた。彼はやはり…多くの信仰者を犠牲にしていたようだ。己の野望のために…!

 でも神父はその場で御用とならなかった。何があったかは分からないけど、野分は黒幕の魔の手に倒れ、舞風に介抱されていたのが翔鶴たちによって見つかった。

 翌日、横になっていた野分に大丈夫か訪ねると「少し目眩がしますが、大丈夫です!」と、歯茎をキラキラさせながら言った。うん、いつも通りで良かった…でも、心配だな?

 

 そして…要塞の今後についてなんだけど、セイレーンとの戦いから数日後に「カイトさん」が百門要塞を訪ねて来た。住人たちを前にカイトさんは柔らかな笑みを浮かべて演説する。

 

「皆さん、ご無事のようで何よりです。この度は我々の負の遺産である「機獣セイレーン」が多大なご迷惑をおかけした様子、連合を代表して、謝罪申し上げます」

 

 一瞬鎮痛な面持ちになると、カイトさんは深々と頭を下げた。そして顔を上げると同時に演説を再開する。

 

「今まで皆さんにはご不便ばかりおかけしておりました、貴方がたに施すべきであった生活援助もその一つ。我々が下手に貴方がたに関われば、貴方がたの心の傷を更に深く抉るのではないかと思い、それでも見て見ぬふりをしてきたのは事実です」

「……」

「ですが、私の部下である加古と長良、そしてタクト君よりこの要塞で起きた戦いの一部始終を聞き、貴方がたに償いを果たすのは今、と悟りました」

「ッフン、能書きは良い。具体的には何をするつもりなのだ?」

 

 民衆の中で腕を組み不機嫌そうに言葉を投げるヤマザキさん、カイトさんは「よくぞ聞いてくれた」と言わんばかりに微笑む。

 

「今よりこの要塞は連合の所有権を外れ、難民保護を目的とする公共都市に改装することを、宣言します!」

 

「…!?」

「えっ…それって?」

「はい、時間はかかりますが、要塞の全ての武装を排除し、海原に放置された機雷も撤去、内部の無償改装と設備の新調新設と、貴方がたの暮らしやすい新たな都市として生まれ変わらせます」

「おぉ…だ、だがそんなこと言って…連合が直したっつー名目で、俺らにアンタらの支配下で暮らせってことじゃ?」

「ご心配なく。我々はあくまで都市の無償改修及び生活援助に着手するだけ、あくまでここの暮らしを作っていくのは…貴方がたです」

 

 カイトさんの側に立っている加賀さんがつけ加える。要は都市として生まれ変わるだけで、生活自体は変わらない感じだね?

 

「い、いいのか? そんな至れり尽くせりで。俺たちは…まだお前らを許したわけじゃ」

「もちろんです。我々も簡単に許してもらおうとは思っておりません、ただ…これは私の持論ですが「困った時はお互いさま」…ということで?」

 

 にっこりと笑いながら言ってのけるカイトさんに、周囲には「底が知れない何か」を感じ取った人々の苦笑いが。

 

「…っはは、なんだそりゃ」

「でも、もらえるモノはもらわなくっちゃね!」

「そうだな! あぁ楽しみだなぁ〜この要塞にも愛着湧いてるからさぁ!」

 

 住人たちはそれぞれ喜びの声をあげる、ヤマザキさんはどうかというと…?

 

「……」

「お気に召しませんでしたか?」

「いや、感謝している。だが…吾輩も人間だ、お前たちに借りを作るようで、どうも釈然とせんのだ」

「そうでしたか。…ならこう考えて下さい、我々がひっくり返るような素晴らしい都市、生活を貴方がたがこれから作っていってください。それが形を変えた復讐だとしても、我々は喜んで受け入れます」

「ッカ、なんと器の広いことか。…いいだろう、後悔はするなよ?」

 

 不敵に笑うヤマザキさんに、カイトさんは温和な笑みを返すのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕らは今、要塞の周りを見まわしていた…「商船の上」で。

 黒幕がとっくに逃げているのは分かり切ったことなんだけど…少しでも手掛かりが落ちていないか、手分けして探している。

 金剛たちは甲板の上から、僕と天龍は操舵室から。

 

「すみません船長、無理を言ってしまって?」

「気にすんなよ旦那、俺らも乗りかかった舟ってヤツさ。しっかし…あの戦いを潜り抜けたっつーのに、もう黒幕の捜索って、大変だねぇ? 少しは休めたのかい?」

「ふ、休めていないから艤装も万全ではないのだ、しかしそれを理由に動かないわけにはいかんからな、俺たちは」

「そっか、アンタも気苦労が多いねぇ旦那。こんなタフな女に囲まれてるとよ? ウチの女房見てるみたいだ」

「あっはは…」

「ふっ…」

 

 船長と気兼ねない会話をする僕ら、ちなみに要塞の決戦の時、船長とアキちゃんは率先して住人を近くの島まで船で避難させてくれていた。一般の方に迷惑をかけるのは本来はご法度よ? って加賀さんに白い目で見られたけど…彼らには、感謝してもしきれない。

 

「…ありがとうございます船長、アキちゃんも…貴方たちの協力には、本当に助かりました。感謝しています」

「そうかい? 普通のことしたつもりだったんだが…ま、礼はありがたく受け取るぜ?」

 

 船長は商船を操縦しながら、なにか感慨深い表情で前を見つめながら呟くように言った。

 

「…なぁ旦那、知ってるかい? このトモシビ海域の「トモシビ」っつー名前の由来」

「え? (あ。これ知ってる)」

 

 僕はその話の内容を(ルールブックで)知っているが、それは言わぬが花というもの。その場の流れに身を任せた。

 

「この海域の潮の流れはよ、要塞をぐるっと回るように囲まれててな、その形は「ハート」になってんだ。コイツには諸説あるみてーだが…一番は「設計者であるイソロク様がそうなるように設計した」って言われてんだ」

「……」

「ハートの中央に要塞を立てた理由、それは…これからここに流れ着く人々が「心を一つにして」支え合っていけるように…だってよ」

「そうなんだ…イソロク様が」

「あぁ、最初はいがみ合ってばっかだったみてえだが、これからは艦娘も人も関係ねぇ。正に心に「トモシビ」を宿して進んでくだろうよ、それは多分…旦那、アンタが頑張ったおかげだ」

「そ、そんな…僕は何も出来なくって…」

「謙遜すんなよ、ここの住人も同じこと思ってるだろうぜ? …よくやったな、これからは…皆心を一つにして頑張っていけるだろうよ」

 

 船長の用意されたような言葉、だが確かな温かさを感じる。僕は…何故か涙がこぼれそうになる。

 

「…ありがとう、本当に…ありがとう」

 

 その言葉に返答はなかったが、その空間に確りと繋がりがあることを誰もが感じ取ったことだろう。

 

「…さて、タクト。改めて聞きたいことがあるのだが?」

「ん、どうしたの?」

 

 僕の隣の天龍が尋ねたいことがあるようだ、僕は天龍の顔を見ながら聞く姿勢を作る。

 

「お前はこれからどうする? 任務を遂行する毎日をただ送るか…それとも、あの黒幕を追うか」

「…それって、今更聞くこと?」

「一応な」

「うーん。まぁ決まってるよね?」

 

 息を大きく吸い、強く吐き出す。そして…決意を込めた一言。

 

「僕は戦う、特異点として…この世界の君たちを守るために」

 

「…そうか」

 

 天龍は満足そうに笑うが、横で聞いていた船長が突っ込む。

 

「いや旦那、そうじゃなくってさぁ。これから具体的にどう行動に移していくのかって聞きたいんじゃねぇのか? 天龍はよ」

「そう? でももう分かるよね?」

「まぁ…ここまでの仲になったからな」

 

 まるで深い愛を誓った関係のように、言葉がなくても伝わると僕らが言うと、呆れたようなため息を吐く船長。

 

「あぁそうかい? なら俺にも分かるように説明してくれ、気になるからさぁ」

「うん、まずは「アレ」だよね?」

「うむ、アレだな」

「だっから…;」

「まずは知ることから始めようと思う。この世界で起こっている異変、その元凶を」

「黒幕について調べる、ってことかい?」

 

 船長の言葉に、僕は強く頷いた。

 

「うん、だから…先ずはカイトさんに会いに行こうかな、ほとぼりが冷めたらさ」

「それがいいが、タクト。もっと手っ取り早い方法があるぞ」

「ん?」

「そもそもお前がこの世界に呼ばれた理由を知るモノ、あらゆる事柄を予期していたような言動や、思わせぶりな態度をとりながら俺たちをここまで導いた…ソイツに聞いた方が早い」

「…あぁ、最近見かけなくなったからすっかり忘れてた」

「ん? おいおい一体誰に聞くんだよ?」

 

 天龍の提案にクエスチョンマークを頭に浮かべる船長。僕は…とりあえず呼びかけてみた。

 

「いるんでしょ「妖精さん」? 出てきてよ」

 

 僕がそう声を響かせると、僕の後ろ…背中から肩に顔を出したのは。

 

「…ど、どうも〜;」

 

 手のひらサイズの妖精さん。色々あったせいか、もはや懐かしいようなそののんびりとした口調。それでもどこかバツが悪そうな様子だったが?

 

「出たな諸悪の根源」

「た、拓人さん。そんな睨まないでくださいよ〜アハハ…」

「いいや。そもそも君の口車に乗った僕が悪いけど、元は君が色々吹っかけてきたのが問題でしょ? やっぱり異世界転生の神さまにロクなのはいない、とんだQBだ」

「うむ」

 

 僕の意見に、天龍は大きく頷く、そして相変わらず状況が飲み込めない様子の船長。

 

「そのちっこいのがどうしたんだい?」

「要するに、詐欺師だよサギシ。提督詐欺なんてメじゃない」

「マジか、最低最悪ってヤツだなぁ!?」

「(そこまでは言わないけど…)とにかく、どうしてこんなことになったのか、いい加減話してもらうよ」

「…逃げるなよ?」

「は、はいぃ…」

 

 こうして、妖精さんから事の次第を聞く僕ら。

 

「…しかしそれはまた、新たな冒険の始まりでもあった…」

「反省が足りない、天龍」

「了解(むんず)」

「あぁ! やめてぇ!? 握りつぶそうとしないでぇ〜! ま、まじめにやります、やりますからぁ〜〜!!?」

 

 やれやれ…これからもお世話になるんだから、あんまり傷つけちゃダメだよ?

 

 ──そう、ここから戦いは更に加速する。

 

 僕らを待ってるもの…この先の運命とは、果たして…?

 

 

 ──ボウレイ海域編に続く。

 

 




 ボウレイ海域編では、もう少し設定に踏み込んでいく予定。


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ボウレイ海域編
まずは下ごしらえ(なんの?)


 はい皆様お待たせしました、ボウレイ海域編突入でございます。
 といってもすぐ突入というわけでなく、色々伏線とか? 説明とか? 回収出来たらと思いますので、お付き合いください。

 ちなみにですが、トモシビ海域編でのメインヒロインは一時的に金剛から「天龍」に代わっていました。このシステムはボウレイ海域編でも変わらず、今度は金剛と天龍以外の誰かに焦点を当てていきたいと思います。誰でしょうねぇ? まぁ次ぐらいに分かると思うよ。

 …なに? ハブられるヤツもいるんじゃないのかだと? ハハハ、全員メインヒロインなんて人生そんなに甘くないze☆
 なんてのは冗談として、メインの六人は自身の過去(アンダーカルマ)を掘り下げる形で活躍を与えたいと思っていますので、その点はご心配なく…ん? それでも金剛がメイン(空気)になるって? 大丈夫、ちゃんと彼女の晴れ舞台も用意しています。

 …大分長くなってるから、いつになるかわからんがね。

 巻いていこう! (大嵐○太郎)


「そっか…もうお別れなんだね? タクト、今までありがとう」

「えぇ…マユミちゃんがそれ言う? マユミちゃんがやりたいっていうから…」

「もうタクト、そういうことは言わないの! ムードが台無し!」

「ムードて…;」

「…でも、寂しいのはホントだよ。ねぇコバヤシさん?」

「……っ、ゔぅ…」

 

 名残惜しそうに呟くマユミちゃん、隣にはうるうると目に涙を溜めたコバヤシさんが…。

 

 僕らはこの百門要塞に起こった怪事件を解決に導いた…失ったモノも多かったけど。

 それでも任務を遂行したことは間違いない、なので僕らは鎮守府連合へ戻り、カイトさんにこの一連の事件のあらましを報告しなければならなかった(色々聞きたいこともあるし)。

 

 とりあえず先ずは僕らの鎮守府へ戻らねば、それを目の前の二人に報告したら「お別れぐらい言わせて!」と、いつものようにマユミちゃんのわがまま…失礼、鶴の一声で、百門要塞の正門にて僕らの送り迎えをしてくれることになった。

 

「うん、今までありがとうマユミちゃん、コバヤシさんも。二人が居てくれたから助かった」

「うぅ…そんなキラキラした目で言わないで、私って涙脆いの…っうぅ!」

「もうコバヤシさん! …私たちも楽しかったよ。もし要塞が立て直ったらまた来てね、マーミヤンで待ってるからさ!」

「うん…!」

 

 マユミちゃんが差し出した手を取り握手する僕。艦娘たちも口々に別れを惜しんだ。

 

「っひ、まぁ達者でな」

「惜別…」

「少しは楽しかったわ、また会えるといいわね?」

「ウィ! きっとまた会いましょう!」

 

 望月、綾波、翔鶴、野分…それぞれの言葉でお別れを告げる。でも…その中に。

 

「まったねー! いやぁ長いアルバイト生活だった…」

「ふふ、えぇ。感慨深いですね?」

 

 何故か舞風と早霜が。しかも口ぶりから僕らに付いてくるみたいだ。

 

「ダメ…?」

「う…舞風、そんな上目遣いで言われたら、断れないよ」

「あぁ、ちょうど鎮守府の留守番役を探していたところだ」

 

 どうやら彼女たちはフリーの艦娘みたいだ、天龍やほかの艦娘も了承してくれたし、問題はないだろう。

 これで我が鎮守府の艦娘も八人になった、この調子でどんどん増えて、ゆくゆくは大艦隊を…って、言っても仕方ないか。管理も大変そうだし。

 

「でもまぁ二人にはお世話になったし、皆とも仲良く出来そうだし…よろしくお願いするよ」

「わーい、やったー! …(ちらっ)」

 

 嬉しそうな舞風だったが、僕らに気づかれないように誰かを一瞥しているようだ。

 

「(野分…)」

「…舞風さん?」

「ん? あ、そっか! これからよろしくね〜♪」

「よろしくお願いします」

「うん、こちらこそ! …あれ、そういえば伊良湖ちゃんは?」

「伊良湖ちゃんはお店を閉めるわけにもいかないって張り切ってたわ…ごめんなさいね? この場にいないあの子の分まで、見送らせてちょうだい?」

「そっか…でも仕方ないよね?」

「あぁ、今の要塞には伊良湖が必要だ」

「その分アタシが盛り上げるよん♪ ワントゥ〜スリィー!」

「タクト、大変だろうけどマイちゃん任せたから(サムズアップ)」

「あはは…了解」

 

 こうして、賑やかになる僕の艦隊だったが…ふと横を見やると浮かない顔をしている金剛が。

 

「どうしたの?」

「い、いえ。ワタシ…この要塞でろくに活躍出来てないと思って…」

「あぁ、まあ仕方ないよ。ブ男理論だろうし多少は…むぐっ!?」

 

 喋っている僕の口を突然塞ぐ天龍、舌噛んだらどうするの…?

 

「馬鹿、空気を読め。女はそういうところを見るんだぞ」

「…っぷは!? ご、ごめんなさい…」

「うぅ…テンリューはテンリューでなんか変わってるし、テートクと距離近いし…」

「む…」

「どっちみち地雷だよね☆」

「(早霜)舞風さん、少し黙りましょう」

 

 落ち込む金剛を見かねたのか、マユミちゃんが一言。

 

「金剛、私はタクトとお似合いなの金剛だけだと思うから、応援してるね!」

「ま、マユミぃ〜!」

 

 感動の頂点に達した金剛はマユミを抱きしめる。百合かな?

 

「ありがとうマユミ…必ずまた会いにきますからネ!」

「うん、でも…なんだか貴女とはまた会える気がするんだ。だから…またね金剛、皆!」

「えぇ、また会いましょうねぇ!」

「うん、二人とも…本当にありがとう!」

「サヨウナラー!」

 

 海面を滑りながら、僕らは手を振りながら見送る二人の仲間に手を振り返す。

 この要塞にもずいぶん長い間居たような気分だった…辛いことも、もちろんたくさんあったけど…本当に、また来たいな。

 

「(望月)そういや大将、気になってたんだが…そのカッコまだしてんのな? もう制服に着替えてもいいんだぜ?」

 

 望月は僕のラフな姿を指摘する、これはこの要塞に潜入するとき、身元がばれないようにって着替えたものだけど…。

 

「ん? あぁ忘れてた。まぁ…提督とか”柄じゃない”から、このままでいいかな…?」

「…アンタ、つくづく大物になったねぇ?」

「いやいや…この格好に愛着が湧いてるのかもね?」

「そうかい? っひ! 好きにしな!」

 

 望月と談笑を交えながら、僕らは一路ハジマリ海域へと舵を切った。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 さて、こうして鎮守府に帰還した僕らは…まず加賀さんに今回の任務の報告書を提出する。

 

「ご苦労さま。本当によくやってくれました、ゆっくり休んでちょうだいね?」

「えへへ…でも、僕らにもやらなきゃいけないことが出来たので、せっかくですけど休むことは出来ません」

「黒幕のこと…でしょ?」

「やっぱり分かります?」

「えぇ。あの人もそれを承知で貴方たちをあの海域に送り出したのですからね」

「…鬼畜ってよく言われません、カイトさんって?」

「それどころの話じゃないわね。おっと、無駄話はこのあたりにしましょう。…カイト提督との話し合いの場を設けましょう、それでいいかしら?」

「はい、こちらでも色々調べようと思いますが…一番はやっぱりカイトさんに聞くこと、かな」

「分かりました。…ふふっ、少し見ない間に見間違えるほどの成長をしたようね?」

「おかげさまで…では、僕はこれで」

「えぇ、次の貴方たちの活躍に大いに期待します。…頑張ってね?」

「はいっ!」

 

 僕は加賀さんに敬礼をすると、その場を後にした。

 

「…本当に、大きな背中に成長してくれました。タクト君」

 

 加賀さんは人知れず、そんな言葉を零すのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…で」

 

 僕は執務室で、天龍と一緒に妖精さんと向き合っていた、ようやく事の次第を話してくれるようになった妖精さん。

 元の世界で死んだ僕をこの世界の創造主にして(実際にそうなるよう願ったのは僕だけど)自分の目的のために僕を利用しようとした、裏で暗躍して僕を立派な提督に仕立て上げようとした…アレ?

 

「…なんか、妖精さんが悪者っていうのも違うよね?」

「騙されるな、コイツは明らかに目的をもってお前をあの要塞に導いた、そこに善悪の概念があれお前に隠し事をしていたのは事実だ」

「そうだけど…」

 

 天龍の言う通り真実を隠していたのは明白だけど、そもそも黒幕と初めて会ったときも、海魔石の効果を察知して僕らに知らせてくれたし…訳があって隠している、としか思えないんだよなぁ…。

 

「さぁ、いい加減話してもらうぞカミサマ。お前は…俺たちに何をさせようとしている?」

 

 天龍の最後通告に、妖精さんは意を決した様子で閉じていた目を開いた。

 

「ようやく話せるところまで来ましたねぇ…拓人さん」

「えっ? どういう意味?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…!?」

 

 衝撃の告白に、僕らは思わず口を大きく開いていた。妖精さんは続ける。

 

「貴方にある使命を果たしていただきたいと思いまして。本来はあの場で貴方に打ち明けるのが筋でしたが…そう易々といくわけにはならないもので?」

「ちょっと待って!? …その言い方って、僕が巻き込まれたみたいな感じじゃない? だって…え? 僕が作ったんだよね? この世界を」

「あぁ〜それが言いづらいのですが…この世界は元々「私が創った」もので、貴方が作ったとは言えません。貴方はこの世界に「呼ばれた」…というのが正しいでしょう」

 

 え…。じゃ、じゃあ…黒幕の言っていた「僕のせいで艦娘が生まれた」って言うのは…?

 

「はい、騙した形になってしまいましたが…貴方には何の責任もありません。全ては私が招いた結果です」

 

 あ…あの白い空間のやり取りも?

 

「えぇ。お芝居です」

 

 な…なんで?

 

「あの場で貴方に話すワケにはいかず…本当に申し訳ないです」

 

 ペコリと頭を下げて謝意を示す妖精さん、天龍は要領を得ない顔で訝しむ。

 

「…タクト、何を言っている? コイツは何故いきなり頭を下げている?」

 

 僕の心の声に妖精さんがそのまま反応したようだ、置いてけぼりの天龍に分かりやすいように…ってワケじゃないけど、僕は全身の力が抜けて…膝から地に着いた。

 

「なっ!? タクト!」

「は、ははっ…怒っていいのか、喜んでいいのか…」

「すみません。貴方を騙して傷つけたのは事実です、ですので私はどのような罰でも受ける覚悟です、消えろと言われれば消えます。でも…どうか特異点の使命だけは」

「あぁうん、分かってるよ。でも妖精さんは消える必要はないよ、むしろこれからもサポートしてほしい」

「た、拓人さん…?」

 

 妖精さんは驚いた様子で僕を見つめていた、ずっと騙していた自分をこれからも傍に置くというのだ、確かに狼狽えるのも無理はない、でも…。

 

「ほら、僕って頼りないでしょ? 元の世界の話を気兼ねなく出来る人(?)もほしいしさ。…ダメかな?」

「しかし…」

「やれやれ、お人好しだな。…何を躊躇っている? タクトがこう言っているのだ、俺はもうお前を咎めん。お前が居た方が何かと役に立つだろうからな」

「うんうん、どうかな妖精さん?」

「…本当に、よろしいんですね?」

 

 目に涙を浮かべ、声を震わせながら尋ねる妖精さん。

 

「もちろん、これからもよろしくね、妖精さん?」

「…はいっ!」

 

 僕の微笑みながらの、心からの回答に妖精さんは嬉しそうに涙をこぼしながら笑った。




 いいとこでカットしていくよ〜。


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注意事項を確認せず知っかたぶりするヤツ、なんなんだろうね?

 はい、ここから難しくなるよ〜作者もなんか頭が痛くなってるよ。

 分からなかったら、無理に理解せず雰囲気で楽しんでね〜?


「…えっと、改めて聞いていいかな? 僕をこの世界に呼んだ理由。僕を特異点って言うけど、僕じゃないといけないの?」

 

 今度は僕が疑問を投げかけると、妖精さんは涙を拭いながら回答する。

 

「…実はそうでもなくて、あの世界の人間がこの異世界に来ると例外なく特異点となります。特に艦娘を理解している人間なら誰でも良かったのです…言葉は悪いですが」

「だ、誰でも…」

「では、何故お前はタクトを選んだ?」

「それは…拓人さんが艦娘が「大好きだから」…ですかね」

 

「「…え?」」

 

 僕と天龍は同時に驚きを表した。それだけの理由で選ばれちゃうの…?

 

「この世界の艦娘は、特異点と心を通わすことで「改二」へと進化します。だから理解があると同時に、彼女たちを好きでいられる人物が好ましいのです」

「な、なるほど…ん? でも特異点は他にも候補はいたはずでしょ? 自分で言うのもなんだけど…僕って「世間知らずのクズ」だよ?」

「タクト…自分で言って悲しくならないか?」

「うん…悲しい」

 

 心にぽっかり穴が開きそうだったので、それ以上の追求をやめて沈黙する僕ら。それでも妖精さんは一応の回答をくれる。

 

「私はそう思いませんよ? 貴方が死んだキッカケになったあの「交通事故」で、自らの身を挺して親子を守った、貴方なら大丈夫だ…ってね」

「あ、あれ見てたの? うわぁ…恥ずかしいよ、おらぁい! とか言ってたし三回横捻り飛びとかしてたし」

「うふふ〜、でも拓人さんらしい死に方だと思いません〜?」

「らしい死に方って…妖精さんも結構な毒を吐くよね」

「私がここまでの皮肉を言うのは、拓人さんだけですから〜」

「余計ひどいよ!?」

「先に進めるぞ。…要はタクトに特異点としての素質を見出したから、と?」

「はい…ですが仮にあの時のタクトさんに事実を伝えても「異世界の危機キター! ヒロイン金剛でハッピーエンドフォーゥ!!」とか訳の分からないことを言い出しそうで…」

「それは俺も擁護出来んぞ」

「っう…それは、素直にごめん」

「ですので、まずはこの世界を現実のものとして受け入れていただくと同時に、タクトさんなりの戦う覚悟を培ってもらう必要があったのです」

「なるほど…だから僕をあの要塞に行くように差し向けたんだね、あの要塞には「この世界が抱える現状」が全て詰まっていたから」

「はい…重ね重ね、騙した形になり申し訳ありません」

 

 頭を下げる妖精さん、僕は頭を抱えながら、脳内で情報を整理する。

 

「…うん、そっか…今までの経緯はその説明で納得出来たよ」

「ああ…問題は「これから」だな」

 

 そう、僕が特異点として為すべき使命、それはおそらく…。

 

「貴方がたのお考えの通り、貴方たちが「黒幕」と呼んでいる人物の計画を阻止してほしい…ということです」

 

「…ふぅ、やっぱりそうだよね。もう頭がパンクしそう」

「分かり切っていたことではあるがな…」

「あはは、流石に察せられてますよね…?」

「まぁ、あれだけ見せつけられたらね。…で、結局黒幕って一体なんなの?」

「うーん、私から言ってもよろしいんですが…やはりここはカイトさんに譲ります。当人たちの問題でもありますし…ただ、あの黒幕を放っておけば、想像も出来ない災厄が降りかかることは確実です」

 

 …やはりって感じだよね? そもそもこのお話の元になった「シナリオ」にも、良からぬことを企んでいる悪者の計画を暴く。って内容だったと思うから。

 

「…拓人さん、一つ訂正させて下さい」

「ん?」

「確かにこの世界は元になったシナリオが存在し、これからの展開も大筋では一緒でしょう。ですが…この世界は「特異点」という概念により様々な異変が生じています」

「つまり…これからは何が起きるか分からないってこと?」

「はい、要はタイムパラドックスのような現象ですね? 貴方の行動次第。と言えば身もふたもないでしょうが」

「では…これからの展開とは?」

 

 当然だけど、これから先の展開が分かるのならある程度共有した方が都合が良い。

 天龍のその申し出に対し…妖精さんは首を横に振る。

 

「天龍さん…残念ながらそれをお教えすることは出来ません。先ほど申しましたように、我々が下手にこの世界の運命を変えることがあれば、何が起きるか私でさえ分からないのです。それこそ…黒幕にとって「都合の良い展開」が手繰り寄せられる可能性もあるんです」

「っ! それは…すまなかった」

 

 天龍は事の重要性に気づき謝罪する。

 僕も人のこと言ってられない…これからは発言に気をつけないと。

 

「まぁ、ある程度の情報開示は仕方ないでしょう。しかしそれをやり過ぎるのが問題なのです、これからは私もサポートしますので大丈夫です」

「そっか、ありがとう妖精さん」

「いえいえ…私の方こそ感謝が足りません、貴方には…本当に迷惑をかけて」

「ふふっ、やだなぁ。そんなに気にしないでよ? 君は"昔から"変なとこで…ん?」

「…どうした?」

 

 天龍が僕を心配して声をかける、僕は「なんでもない」と言ってその場を誤魔化した。

 …なんだろう、前にもこんな風に……もしかして──

 

「……」

 

 …なんてね? 大丈夫。僕はもう妖精さんを信用してるよ、君がそれだけ言いたくないことなら、僕はもう何も言わないよ。

 

「…すみません」

「いいんだよ、ふふっ」

「…?」

 

 …さて、知恵熱に茹った頭を押さえながら、改めてまとめると。

 

 僕は特異点としてこの世界の危機に呼ばれた。世界を危機に晒す存在…あの黒幕をどうにかして止めるために。

 黒幕の目的は「艦娘をこの世から抹消すること」だが、それだけでは終わらない気がする。何せ地下下水道で畜生以下の下衆な行動を取っていた人物、どんな犠牲を払ってでも世界を変えようとするだろう。

 

「でも…具体的にどうやって止めるんだ?」

「かつての特異点であるイソロクさんは、海魔という脅威に対し様々な対抗策を講じて来ました。それに倣えば自ずと答えも見えるかと?」

「例えば?」

「そうですねぇ、私としては…天龍さんを改二にしたように、他の娘たちも改二にして戦力強化を図るべきかと?」

 

 そっか…僕が覚えている限りで、改二が実装されていたのは…金剛、翔鶴、綾波の三人。

 好感度を最大まで上げれば、艦娘を改二にすることが出来る。…んー。

 

「金剛ならともかく、他の娘たちは僕のことどう思ってるんだろ?」

「あぁ〜そう来ましたか。…ふぅむ、分かりました。少々お待ちを」

 

 そう言いながら妖精さんが手をかざすと…なんと「光る画面」が姿を見せた。

 

「…!?」

「よいしょ…ここを……よし、ではどうぞ〜!」

 

 妖精さんの言葉と同時に、僕らの目の前に大きな画面が現れた(天龍も驚いている、見えてるみたい)。

 

「っな、これは…!」

「おぉ〜…」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

○艦娘好感度表

 

※金剛から綾波まで六人の現在の好感度を表示、最低から──

 

・1(嫌い、異性として全く興味がない)

・2(まぁまぁ普通、興味がない)

・3(普通、友だち)

・4(好き、親友)※4の時点でアンダーカルマ表示

・5(大好き、愛してる)※5の時点で改二改装可能

 

○金剛・好感度???

 

○天龍・好感度5(最大値)

 

○翔鶴・好感度3

 

○望月・好感度3

 

○野分・好感度3

 

○綾波・好感度2

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…!!?」

「おぉ…改めて数値で見せられると、気恥ずかしいな」

「天龍さんって、元のゲームでもチョロイン臭がしてますし、仕方ないですよ〜」

「五月蝿い! その言葉が侮蔑の意味だとは流石に解るぞ! …ん? どうしたタクト?」

「…あ、綾波……"2"って…にて……」

 

 あまりの衝撃に僕は放心状態になる。だって…あの下水道の時とか、良い感じだったし…すごく真心込められてたっていうか…なのに…!?

 

「あぁ〜これは…おそらく彼女は過去の出来事から、他人に対して心が開けていないみたいですねぇ。これも仕方ないかと?」

「まぁ、あまり人と喋らないヤツだし、こればかりは仕方ないと思うぞ」

「そうは言うけどさ天龍…あ、でも翔鶴が3だったのは意外だった」

「いやタクト、俺はもっと見るべきことがあると思うのだが?」

 

 そういう天龍は、金剛の好感度が表示されていないことを指した。

 

「あぁ、でも心配ないと思うよ? 今は条件が整ってないから開示されてないだけで、こういうのって物語が進むと解放されていくんだ」

「そ、そういうものか?」

「(妖精さん)私からは前述の理由から、ノーコメントということで」

「まぁゲームみたいに思うのもどうかってとこだけど…相手が金剛なら僕は大丈夫だと思う」

「…むぅ、そこまで強く言われると…少し妬けるぞ」

「あはは…」

 

 うーむ、でも今までの間もそうだったけど…中々二人の距離が縮まらないというか、向こうから抱きついて来るけど、実際愛し合ってるかって言われると…ちょっと…だし?

 これはゲーマーのカンだけど、彼女のこの妙な「隙のなさ(?)」には何か理由があると思う。例えば…彼女の「過去」とか?

 黒幕と対峙するまでに、彼女のことについても調べておきたいな…と、その前に。

 

「ハーレム王に、僕はなるっ!」

 

「…いきなりどうした?」

「天龍、こういうの見せられるとね…ゲーマーとしては「コンプリート」したくなるんですよ!」

「おい、遊びじゃないんだぞ」

「分かってるよ。でも…やっぱり無理! 僕、ちょっと綾波と仲良くなってくる! うおぉ〜綾波ちゃん待っててね〜〜!!」

「っあ、おい! …はぁ、タクトのヤツ」

「よほどショックだったのでしょうねぇ? 綾波さんの気持ちを垣間見て」

「あぁ…今は見守るしかない、か」

 

 こうして、僕は綾波の攻略を開始した。

 

 ──それが、彼女の「壮絶な過去」と向き合う始まりだと知らずに…。




 もうお分かりでしょうが、今回は綾波ちゃんにスポットを当てていきたいと思います。
 彼女の過去の他、彼女関連のキャラ(史実関連はない方向で)も出していきます。
 あんまり期待はしない方向で、よろです~。


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淀んだ瞳を湛え、少女騎士は何を思う?

 僕は執務室を飛び出し、綾波を探し始める。

 

 綾波…まさか裏で僕のこと…!

 

拓人妄想の裏綾波「あのクソガキマジイラつく〜、なんであんなDTがウチらの提督なワケ? 冗談はヨシコちゃんだっつーの、クソワロw」

 

 なんて思ってるんじゃ!? い、いや! 確かに今はDTだけど、異世界ドリームでいつか、いつの日か卒業するから、この支配からのっ卒業〜してみせるから、って言ってる場合か!?

 …っふぅ〜オーケイ、一回落ち着こう…素数を数えよう…2…3…さ〜…ん? 次なんだっけ??

 

 か、かなり動揺してるよなぁ…でも仕方ないよ。

 

 あの時の綾波の言葉に、僕は本当に救われたんだから。だから…あの数値は納得出来ない…っていうか絶対壊れてる!

 

 最低でも「3」だと思うんだよなぁ〜? えっと、綾波は…んー鎮守府の中には居ないなぁ。だとしたらあそこしか…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──鎮守府前海岸、砂浜。

 

「……」

 

 綾波は砂浜の上で、海の向こうの水平線を静かに眺めていた。

 彼女の人となりは「平静一徹」に尽きる。仲間内であろうと、その胸中を吐露することはなく、常に「了承」の二文字で任務を遂行して来た。どんな状況においても、彼女が激情の起伏を見せることはない。

 それは心の壁がある…という意味とは少し違うようだ。彼女の過去は、今現在の彼女を形成する重要なファクターに相違ない。まるで本当の機械のように…感情を滅多に表に出さない、その在り方の意味とは?

 

「綾波ー!」

「っ! 司令官…?」

 

 綾波が振り返ると、そこには彼女の司令塔…忠実な騎士の主人、拓人の姿が。

 

「やっぱりここにいたんだ! 鎮守府に居ないから探したよ!」

「…?」

 

 綾波が首を傾げる、言葉をあまり介さない彼女には動作、仕草が意思表示の代用だ。その意図に気づいた拓人は、彼女の疑問の意思に答えようとこの場に来た理由を告げようとする…が。

 

「(はっ!? これ…「君を攻略しに来た!」なんて言ったら逆に引かれるのでは…っ!?)」

 

 そう、拓人はまるで恋愛ゲームのように綾波の心を射ち抜いてみせようとしていた。

 もちろんゲームでないことは理解しているし、そうしなければならない理由もあるが…女性の心を全く知らない拓人にとっては、どうすればいいか分からずにいた。

 

「…あ、えーと。いい天気だね?」

「……? はい。」

「……」

「……」

「…;」

 

 不味い、会話が続かない。

 金剛のような「常に喋っているような明るいキャラクター性」があれば、すらすらと会話が成立するのだろうが…タクトは基本「ネガティブ&インドア派」そこまで気の利いたセリフが思い浮かばない。トレンディードラマのようにはいかない、と拓人は思った(見たことないけど、そんなドラマ。by拓人)。

 

「…あ、海を見てたの?」

 

 なので、状況を整理しながら会話の糸口を掴もうとする。綾波はその問いに一回頷く。

 

「そっか。…ねぇ、君たちは海の上で毎日のように戦っているのに、どうして海を見ていられるの、飽きない?」

「…陸の上でも、戦いますので。毎日は少し言い過ぎかと」

「(あ、ちょっと長いセリフ。心開いてくれてるかな?)…そ、そうなんだ。綾波はいつも陸の上で戦ってる感覚なの?」

「…昔は、大陸を拠点にして活動していました。()()()()

「(私たち?)ねぇ、綾波ってさ? 昔はどこで何を…」

 

 彼女が「騎士」であることは調べがついているが、それ以上のことは好感度を上げないと表示されない。なにかヒントだけでも…そうでなくでも昔を思い出す過程で、良い印象を与えられないか? 拓人はそう考えたが…。

 

「テートクーぅ!」

「ん、金剛?」

 

 先ほどの拓人と同じ要領で後ろから砂浜を駆けるのは金剛、そのままの勢いで拓人に飛びつく。

 

「ぅわっ!? どうしたの?」

「カガから緊急連絡デース、カイトが今すぐワタシたちに会いたいと言ってマース! すぐ連合本部へ行きまショー!!」

「えっ、もう!? …あの人も忙しい人だろうから、もう少し先になると思ってたんだけど?」

「テートク! 善はハリアーップデース! 急ぎまショー!!」

「わ、分かったよ。…あの、いい加減離してくれない? 抱きつかれると急げないよ」

「ヤー! 最近"テートニウム"を補充出来てないので今のうちに充電しマース!!」

「…テートニウムて?」

 

 ニュアンス的に分かるのだが、やはりここは急ぎ支度をせねば先方を待たせてしまう。

 拓人は(内心断腸の思いで)金剛を諭すと、直ぐさま砂浜を走り出す。

 

「…司令官」

「っあ、綾波! また今度ゆっくり話そうね!」

 

 振り返りざまにそれだけ言うと、拓人は連合本部へ向かう準備を進める…。

 

「…忙しない人、まるで…"あの人"みたい…っふふ」

 

 何かを思い出すように穏やかな笑みを浮かべる綾波。そこにあるのは年相応の少女のあどけない表情だった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 さて、綾波と仲良くなることは失敗したけど、だからって投げ出すわけにもいかない。なんたってカイトさんからの緊急招集だ、なにか大事な話に違いない…。

 僕らは急ぎ連合本部へと向かい、カイトさんの居る執務室を訪ねる。

 

「…いいかしら?」

「は、はい…うぅ、ここに来るのは二回目だけど、緊張するなぁ」

 

 僕の発言を聞き流しながら、加賀さんはいつものようにドアをノック、ドアノブに手をかけると、ゆっくりと開ける。

 

「…失礼します、カイト提督。タクト提督をお連れしました」

「ご苦労様、さぁ皆入って」

 

 カイトさんは執務室から僕らに呼びかける、僕らは言われるまま入室する。

 

「お邪魔します…」

「おっじゃましマース!」

「…邪魔するぞ」

「ただいま戻りましたよっと…ひひっ」

「お邪魔致します! …おぉ、流石選ばれし艦娘のコマンダン、執務室も美しい!」

「入室」

 

 次々と入室して、順々に整列していく僕と艦娘たち、舞風と早霜に留守を任せて僕らは全員連合本部へと集結していた。

 

「…あら、翔鶴さんは?」

 

 加賀さんが翔鶴が入室していないことに気づく、事前に事情を聞いていた僕は、理由を話す。

 

「翔鶴は…カイトさんに会いたくないみたいで、一応執務室の外に居るんですが」

「そうか、来てくれただけでも僥倖だ。ありがとう」

 

 カイトさんは特に気にする様子はなく、僕らを見回す。…その眼はやがて僕に止まる。

 

「カイトさん、金剛以下六名、そして僕…色崎拓人は。トモシビ海域、百門要塞で起こった怪事件の調査及び解決の任務、完了いたしましたことをご報告します!」

 

 僕は形式的な言葉で任務完了を宣言すると、そのまま敬礼。金剛たちも僕に続いて敬礼をする。

 

「…うん、引き締まった良い顔つきになった。矢張り君に一任して正解だったようだ」

「ありがとうございます!」

 

 僕の顔を見てにこやかに笑い喜ぶカイトさん、僕はお礼を言いながら敬礼の手を下げた。

 

 カイトさんは満足そうに僕らを眺めると、ここに呼んだワケを話す。

 

「先ずは任務完遂おめでとう、そしてお疲れ様。君たちの尽力奮闘には感謝に堪えない。これは僕の言葉だけでなく、連合上層部並びに「連合総帥」の御言葉でもある」

「なっ、マジか!!?」

 

 望月が大分驚いているけど、僕や他の艦娘たちもピンと来ていない様子、理由を聞いてみる。

 

「そりゃそうだよ、連合総帥ってぇのは居るかどうかも分からねぇぐらい遥か高みの、人前に出てくるのも稀な御仁だぜ? アタシらの活躍バッチリ耳に入ってたんだなぁ!?」

「そ、そんなにすごいの…?」

「(天龍)うーむ、俺も聞いたことはないが…」

「まぁ、気まぐれなお方だから…とだけ。そういうことだから、その総帥の推薦で君たちを「連合幹部」に招こうと思うんだ。どうだい?」

「へぇ連合の幹部。……っ! か、幹部うぅ~~!!?」

 

 僕はおおげさに驚いて見せた、他の娘たちも似たような「信じられない」といった表情。…綾波以外。

 

「(綾波)……」

「僕の受け持った任務を見事にやり遂げたんだ、君たちは正真正銘の強さと誠実さを併せ持つ、正に幹部に相応しいと、総帥のお考えだ。僕もそれに異存はない。どうかな?」

「え、えぇ…幹部って具体的に何をすれば?」

「心配ないよ、重要な機密事項の共有と任務のランクアップ以外は、今までとさしたる違いはないはずだよ」

 

 あぁ、そんなものか。確かに色々聞きたいことはあるし、どうせこれから黒幕と本格的に戦わなければならないだろうから。

 

「…分かりました、不肖この色崎拓人、謹んでお受入れします!」

 

 ちょっとの緊張で強張った口で、その申し出を受け入れた僕。カイトさんは僕の前に寄ると、両手で僕の手を握り握手をする。

 

「ありがとう、これからも危険な任務に就いてもらうことになるだろうけど、よろしくね?」

「はいっ!!」

 

 あ、改めて言われると余計に緊張が…うわずった声で返答してしまう僕。

 

「ははっ、そんなに緊張しないで? …さて、次は君だよタクト君。君は今すぐ僕に聞きたいことがあるのではないかな?」

 

 話を振ってくれたので、とりあえず息を整えつつ…例のことを聞いてみる。

 

「トモシビ海域で出会った神父…黒幕のことについて、お聞かせ願えないでしょうか?」

 

 …カイトさんは相変わらずポーカーフェイスだけど、どこか真剣な眼差しを向けてくる。僕の覚悟を試している?

 僕も負けじと真剣な眼差しで見つめ返す。…少しの沈黙の後。

 

「…分かった、君は僕の与えた試練を見事に克服した。その眼に宿る覚悟も確かに見える…この世界のために、戦ってくれるんだね」

「はい、それと…この世界の艦娘たちのために」

「…っ。…そうか」

 

 一瞬驚く、そしてすぐに温和な笑みを浮かべる。カイトさんも…この世界の艦娘たちの扱いに疑問を抱いているようだ。

 

「よし、だがその前に…君の肩にいるご意見番にも話をさせてもらえるかい?」

 

 カイトさんはそう言いながら妖精さんを指す。

 

「…カイトさん、もしかしなくても妖精さんのこと?」

「あぁ、"知ってる"。嘘を言っても仕方ないからね? まぁ資料がなくとも僕らは君たちを幾らでも知ることは出来るってことさ…ねぇ?」

 

 カイトさんは望月を指して同意を聞く、望月はバツが悪そうに「さぁね?」と言わんばかりにそっぽを向く。

 

「情報の共有…ということですね?」

「そうゆうこと。あぁそれから…この際だから、他の娘にも情報を伝えておきなさい」

「っ! …それは…しかし」

「ここにいるメンバー全員に情報を共有しているわけでもないんだろう? ここから先は…曖昧な絆だけではいけない。全てを理解したうえで戦いに臨むべきだ」

「…おっしゃる通りですね、分かりました。…いい、妖精さん?」

「はい。こうなることは承知していました。ですが…話せないことは話せませんよ?」

「理解してるよ。…さて、では種明かしといこうか?」

 

 こうして僕らは、カイトさんと情報を共有することになった。

 

 果たして、黒幕は一体何者なのか…?

 



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でも説明回って無駄に長いから、ついつい飛ばしちゃうよね?

 うぉあ! UAが10,000超えてる…!

 個人的に前人未到なので嬉しい。

 見てくださった方々、ありがとうございます。

 さて、今回僕の艦これ作品に共通する「ある組織」の名前が登場します。

 拓人たちの物語にどのように関わっていくのか、その辺もご想像して楽しんで頂ければ(役割はほとんど変わらないけど)。

 …あ、今回も無駄に長いよ。すみません…。



 僕はカイトさんと他の娘たちに、今までの経緯を話していく。

 僕が他の世界から呼ばれたこと、僕が特異点という特別な存在であること、そして…艦娘を知っている理由も。

 

「コマンダンが、他の世界の住人…!?」

「特異点…?」

「ワタシたちが、ゲームっていう遊びの中の、空想の人物…?!」

 

 野分、綾波、金剛は自分たちの知らない情報を聞かされ混乱している様子。特に野分や綾波は、あまり詳細を話さなかったからな。

 

「今まで黙っててごめん。僕も今まで夢見心地だったし、話し出すと絶対混乱するから」

「い、イエそれは…いいんデスけど…その、トクイテン? というのは?」

「えっと、まぁ簡単に言うと「神さまに選ばれた」ってとこかな? 妖精さん?」

「えぇまあ。その認識で大丈夫かと」

「そ、それじゃ…神秘の奇跡! みたいなことも出来るデース?」

「うん。そんなに大したことじゃないけど…?」

「いいや。俺はコイツの力でこの姿になった、カイニ…だったか? このパワーアップは、選ばれし艦娘の力に匹敵する」

「うぇっ!? た、確かに姿も前と変わってマスし、力も上がってるみたいデスが…?」

「コマンダン、そのカイニは艦娘なら誰でも変われるものでしょうか?」

 

 …うーん、難しい質問だ。(メタいけど)こればっかりは運営の今後次第だし。

妖精さんによれば「僕が転生した後に実装されたとしても、ある程度近い未来なら大丈夫」だって…天龍の例があるから信じられるけど、僕はそれを観れるわけじゃないし…?

 

「まぁ、限られた艦娘しかなれない…としか。僕もどう言っていいか分からないけど」

「そうですか…残念です」

「ワタシは? テートク! ワタシもカイニになりたいデース、テンリューだけずるいデース!!」

「あはは…まぁ君なら大丈夫だよ、金剛」

「納得出来ないデーース!!」

 

 金剛は両腕を突き上げながら抗議する、うん可愛い。

 

「あ、翔鶴はどう? 聞こえてる?」

 

 僕の呼びかけに反応して、ドアの向こうから声が聞こえる。

 

『聞こえてるわ。貴方…変だとは思ってたけど、別世界のニンゲンだったのね?』

「あはは、幻滅したでしょ? この世界の何も知らない僕が、君たちの提督なんて」

『…そうね、流石に驚いたけど、それで貴方が私たちの提督ではない、というわけでもないでしょう?』

「翔鶴…」

『自信を持ちなさい。貴方はここまで私たちを導いて来た、それは紛れも無い事実よ。私はその結果は認めているのだから、一応ね』

「…ありがとう、翔鶴。でもやっぱり君って…ツンデレ?」

『だから、知りませんって言ってるでしょ? 全く、茶化さずにまともにやりとり出来ないの?』

「あはは…!」

 

「…さて、話を聞いてもらって大丈夫かな?」

 

 カイトさんが僕らの話に区切りをつけるように声をかける。僕らはカイトさんの方へ体を向けて話を聞く体勢を作る。

 

「良し。では…あの黒幕について、だね」

「はい…」

 

 固唾を呑んでカイトさんの話に耳を傾ける。いよいよか…。

 

「まず彼が何者か…まぁ端的に言うと「神父ではない」よ、アレは要塞の住人を騙すためのカモフラージュだ」

「じゃ、じゃあアイツは一体…?」

 

「彼の名は「ドラウニーア」。彼はかつて研究者だった…「TW機関」のね」

 

「…えっ!?」

 

 僕は思わず声を上げ目を見開いた、ドラウニーア…? なんだ、そんなNPC聞いたことないぞ。…いや、それも驚いたけど。

 

「TW…ジュピター機関じゃなくて?」

 

 カイトさんは首を横にふる。

 ドラウニーア、機関の名前…原作とこれだけの相違があるなんて、妖精さんの言っていたことは本当みたいだ。それにしても…TW機関だっけ? このアルファベットには何の意味が?

 

「Twice war (二度目の争い) …それを防ぐため創られた、対脅威防衛兵器開発機関…それがTW機関だよ…いや、だった。かな?」

「え…? どういう意味ですか?」

「潰れたのさ、機関は既にない。連合が威信をかけて創り上げた防衛機関だったが…裏では非合法な研究や非人道的な実験が繰り返されて来た。それを知った我々は、機関の凍結と構成員の一斉逮捕を行使した…逃してしまった奴らもいたが」

「その…ドラウニーアはそこの元研究員だった…と?」

「そう、逃げた研究員は全部で三人、彼はその内の一人だ。僕は総帥から逃げた研究員の追跡と確保を命じられているんだ」

「なるほど…僕らはそのお手伝いをする形になってたんですね?」

「あぁ、全く…戦争を防ぐために働いていたはずなのに、まさか自分から争いを仕掛けるとはね、TWが違う意味に聞こえる、とんだ皮肉だね」

 

 カイトさんは両手を上げてお手上げのポーズ、僕らもなにか疲れたのか、自然と長いため息が出る。

 

「ドラウニーアが何故金剛を狙うのか、何故機獣の穢れ玉を集めているのか…今はまだ分からないが、我々の包囲網を潜り抜け自身の目的を着実に進めていることは、君たちの報告からも見て取れるね?」

「アイツは…艦娘を完全に抹消したいと言っていました。でも具体的に何をしようとしているのか、まだ不透明な状態で…もし何処かで鉢合わせたら、今度こそ目的を聞き出さないと」

「そうだね、ただ…ヤツも馬鹿じゃない。どんな形であれ君たちにあそこまで追い詰められたのだから、これからはより慎重に動くようになるだろう。そうなると目的云々を聞き出す以前に、彼を探し出すのは実質不可能に近い」

「そ、そんな…」

 

 僕がアイツをあそこで捕まえられていたら、ここまで面倒にはならなかった、か。

 …いや、後悔しても仕方ない。今は出来ることを考えよう。

 

「では、残り二人の研究員を見つけて、ドラウニーアや機関について聞き出す…というのは?」

「それが賢明だろうね。まぁ、彼らの居場所が特定できれば…だけどね?」

「そうか…うーん、せめて目的がもうちょっと鮮明にならないかなぁ?」

「…皆さん、少しよろしいでしょうか?」

 

 野分が話を一旦中断するよう呼びかけた。僕らは野分の顔を見やると、彼女は静かに語り出す。

 

「ボクは住人の避難勧告の途中、あの神父に出会いました。そして彼が黒幕だということを暴きました…その時、黒幕は自身の目的を「楽園を作ること」だと言っていました」

「そ、それって…!」

「はい…艦娘を排斥し、何百年も前の世界の…楽園だった頃以上の「無限に幸福を得られる世界」を築き上げると」

 

 野分の情報はカイトさんにとって驚きを隠せないもののようだ、彼は「ほう?」 と感嘆の声を上げていた。

 

「なるほど…ではあの資料はそういうことか」

「えっ? カイトさん、何か知っているのですか?」

「…ドラウニーアは逃亡の際に、機関の資料の大半を持ち去ってしまったんだ。実験のレポートや研究成果をまとめたもの、そして機獣の設計図もね。それらが彼らの手元にある以上、我々が彼らの目的がなんなのか知る由もなかった」

「そんな…」

「しかし、彼らの立ち去った後の研究所にある資料が残っていた。…そこには「楽園に至る方法」と書かれていた。残念ながら表紙以外は破り捨てられていたけどね?」

「っ! 始めから…少なくとも機関を離れた時から、世界から艦娘を排除することを計画していた、と?」

「正確には分からないが…その話が本当なら、彼は本気で大それたことをしようとしている。ということだね?」

「ヤツめ…神に成り代わろうとでも言うのか?」

 

 天龍の言葉に、沈黙と少しの唸り声が響く。それでもその推測はあながち間違いじゃないだろう。

 

 そういえば…妖精さんは分からない? 黒幕のこと。

 

「すみません…カイトさんが話した内容は予見出来てましたが…それ以上は私にも分からないんです。ドラウニーアに関することだけはイレギュラーで、どこで何をしているのか、全く見えないんです…」

 

 そんな…妖精さんでも分からないなんて…。

 

「あぁ〜! なんなんだよアイツ! チートでも使ってるのか!?」

「落ち着いてください、拓人さん?」

「…ごめん」

「取り乱したい気持ちは分かるよ。だからこそまずは整理してみてはどうかな? 君たちが見聞きした黒幕の行動を」

 

 カイトさんの言う通り、ここは冷静に分析してみよう。僕らが見てきた、今までの黒幕の行動は…。

 

 

 

1.金剛を怒らせようとして力を引き出そうとし、その力を自分のものにしようとした。

 

2.百門要塞の地下での神隠し。住人たちを無理やり実験の被験者にしていた。住人たちは肌が白く硬質化して、意識はなく死んでるも同然だった。

 

3.廃坑の巨大魔鉱石、黒幕が持ち去ったようだが、何処へ持ち去ったのかは不明。

 

 

 

 ということだけど…なんだろう、なにか…忘れている気がする?

 

「拓人さん?」

 

 人差し指を立てた妖精さんは、そのまま指を口元に持っていく。ヒミツ…ってこと?

 妖精さんは分かっているんだ、僕が忘れていることの内容を…でも。

 

「(それを言ったらマズイんだね?)」

 

 妖精さんは僕の心の声に頷く。

 このことを安易に漏らしてしまうと、世界の運命が書き換わり…最悪「黒幕にとって都合の良い展開」が来てしまう可能性がある。

 

「(もどかしいな…)」

 

 僕たちは言葉に気をつけながら、トモシビ海域で黒幕が行った行動をカイトさんに伝える。

 

「…ふぅーむ」

「何か分かりませんか? カイトさん」

「いや…しかし、地下での出来事はそれで合っているのかい?」

「へ? は、はい…?」

「そうか…。実は捕らえた機関の研究員の中に「突然死」を遂げる者がいる、という報告が相次いでいてね?」

「どういう意味でしょうか?」

「彼らは機関がやろうとしたことについて情報を少なからず知っていた、だからなのか…取り調べを行おうとした矢先に「不自然な死」に至ったようでね」

「不自然とは?」

「噴血、発火、心臓停止、数多の切り傷…と、バリエーションが多すぎるが、とにかく突然、決まって取り調べを行う前、その前に口を開けて情報を漏らそうとしても同じ結果だった」

「っ! それって…黒幕の仕業でしょうか?」

「口封じの可能性はあるね。その中に「まるで石化したように」固まり死んでいた者がいたんだ、ちょうど君たちが言ったように、肌が白くなり固まった者たちが…」

 

 カイトさんの言葉で、僕らは理解した。

 確実に「ヤツ」だ、情報を喋ろうとする裏切り者を…粛清しているんだ…!

 

「アイツ…!」

「胸糞悪い話だぜ…」

「そうか、その反応から察するに君たちもそう思うんだね。もしそうなのだとしたら、僕には気になることがある」

「…それは?」

「言い方が悪くなるが、他にも多種多様な死に方をしている研究員たちがいてね。その中に「突然人が変わった」ように叫び、そのまま生き絶えた者が存在する」

「人が変わったって…薬物か何かですか?」

「いや大将、目撃したヤツによれば…まるで「呪い殺された」ようだったらしい」

「の、呪い…?」

「ひぃっ!?」

 

 望月の言葉に、思わずすくみ上がる野分。カイトさんは構わず続けた。

 

「とにかく、その殺され方が問題なんだ。誰がやったにしろドラウニーアが石化に関わっていたと仮定すると…あの海域が怪しい」

「能書きはいい。カイト、結論を言ってくれ」

 

 天龍の催促に、カイトさんは一つ咳払いをすると回答する。

 

「"ボウレイ海域"…最近その海域で妙な怪奇現象が起こっている。その中の一つには…「亡霊に呪い殺された」と」

「…!?」

「これはあくまで推測だけど。…もし呪い殺されたことが彼らの実験の産物なら、その海域にドラウニーア、もしくは残り二人の研究員がいて、トモシビ海域で行ったような実験を繰り返している…どうかな?」

 

 カイトさんのその推理は、僕らのいる空間に確かな戦慄をもたらした。

 

「もしそうなのだとしたら…尚更犠牲者が増える前に、早く止めないと!」

「ふむ…確かにそうしたいのは山々だが、我々としては確たる根拠がない以上は、ボウレイ海域へ行くことは出来ないんだよ、怪奇現象の調査だけでは無駄足になる可能性が高い」

「そ、そんな…!」

「タクト君、貴方はこの世界について色々理解しているのよね? 何でもいいの、なにか彼らの手がかりになるような情報はないかしら?」

 

 加賀さんに追及される僕…でもどうだったろうか? その怪奇現象も黒幕と何か関係が……? 待てよ?

 

 ボウレイ海域…そうだ、思い出した!

 

 もし仮にその海域の怪奇現象を調査していくと…そう、そうだ。確かルールブックにも、そういう風に書いてあった。やっぱり大筋では流れは変わってないんだ!

 

「どうしたタクト、激しく頷いて?」

「テートク?」

「金剛、皆! 黒幕かはまだ分からないけど…逃げた研究員の足取りが…分かったかもしれない!」

 

「っ!?」

 

 僕は皆と情報を共有する(妖精さんも頷いてるし大丈夫だと思う)。

 それは、この先の未来の展開…おそらくだけと、ボウレイ海域で「三人の研究者の一人」に会える…!

 ボウレイ海域のイベントの一つに「逃げ出した研究員」っていうのがあって、それはジュピター…じゃない、TW機関の元研究員に遭遇し、様々な情報を得られる、というのがあったはず。

 

「確かなのかい?」

「はいカイトさん! まだドラウニーアが居るか確定ではありませんが…必ず一人、その海域にいるはずです!」

「…加賀さん」

「分かっています、すぐに()()()を向かわせましょう」

 

 加賀さんは慌ただしく執務室を後にする。カイトさんもどこか興奮気味に話しをまとめる。

 

「タクト君、君たちに緊急の任務を依頼したい。至急ボウレイ海域へと向かい、現地で怪奇現象の調査及び、逃げ出したTW機関研究員の捜索を開始してくれ」

「はいっ!」

「わっかりまシター!」

「頼んだよ! それと…僕の部下である「選ばれし艦娘」の一人も同行させる、彼女も役立ててやってくれ!」

「えっ、加賀さんや加古たちではなく?」

「探索向きの能力だからね、彼女が適任だ。まぁ君たちは初めて会うだろうが、きっと仲良く出来るよ!」

 

 おぉ〜…これまで選ばれし艦娘は「加賀さん、加古、長良」の三人に会ってるわけだけど…後二人のうち一人か、んー楽しみ!

 

「拓人さん、言ってる場合ですか…;」

「でも妖精さん、その世界の英雄みたいな凄い人と共闘するのって、燃えない?」

「言いたいことは分かりますが、それどころじゃないでしょう?」

「分かってるよ、ふふっ」

「本当に大丈夫ですかねぇ…?」

 

 僕もこうは言ってるけど、やらなければならないことは理解している。

 絶対にあの黒幕の好きにさせない。必ず化けの皮を暴いて、計画を阻止してみせる…!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──ボウレイ海域、とある小島……。

 

「……」

 

 見渡す限りが霧に包まれた、不気味な雰囲気を湛えたこの海で、一人佇む男が…。

 

「…そうか」

 

 白衣に身を包む男は、何かを憂うような表情で虚空を見つめる。

 

「来てしまうのか…この海域に……」

 

 それだけ呟くと、くるりと身を反転させて後ろの小屋へ戻ろうとする。

 

「…やはり君は、ここへ戻ってくるのだね……”金剛”」

 

 果たして、その言葉の意味するものとは…?




○TW機関

ドラウニーア(黒幕)が所属していた「対脅威防衛装置開発機関」で、海魔大戦のような巨大な争いを未然に防ぐため、連合によって設立されました〜。
本来は、イソロクさんが遺した異世界の技術の研究、及び昇華が目的でしたが、裏では非合法で非人道的な実験を繰り返して来たようです。
それに気づいた連合は、機関の閉鎖と所属研究員の一斉逮捕に踏み切りました。
しかし、ドラウニーア含め三人の研究員を逃してしまい、連合幹部であるカイトさんは、逃げた研究員の行方を追っています〜。
今では連合の負の象徴となりましたが、かの機関の研究によって異世界の技術が、この世界に浸透したのも事実のようで、連合は機関に代わる「新たな組織」の構成を考えているようですね〜。


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幽霊などいない! (そして中に人などry)

 ──ここで雑なお知らせ。

 艦これ、"六周年"ですよ?

 おめでとうございます!

 …早いね?


 僕らは今、ボウレイ海域の境界付近に近づいていた。

 

 奥には、晴天の日光が降り注ぐ空とは対照的な「曇天の霧」が出迎えに見えた。

 遠目から見ても違和感しかない深い霧だ…濃い灰色の大気が視界を完全に遮断している。…これじゃ探索なんて出来ない。

 

「この辺りは本来なら「シズマリ海域」って言われてんだ。ボウレイのくだりは、あの奥の霧がかかってるエリアを指してんだが…」

 

 望月は説明が面倒だと思ったのか、頭を掻きながら続けた。

 

「あの霧の海域を抜けた更に奥は、かつての海魔大戦の主戦場跡地の海域に繋がっている。まぁそこは今もマナの穢れが凄くて、とても立ち入れる環境にはないが。その影響か分からないが、あの霧の海域には「怨霊」が潜んでるって話だ」

「怨霊…!?」

 

 怨霊のワードに動揺を隠せない僕、しかし…そんな僕より酷いのが。

 

「幽霊などいない幽霊などいない幽霊などいない幽霊などいないいるはずない幽霊などいない幽霊などいない幽霊などいない幽霊などいないそんなのまやかしだ幽霊などいない幽霊などいない…!」

 

 ガチガチと歯を震わせながら耳を塞いでいる野分。…ガチビビリすぎでしょ!?

 

「(望月)最近ソイツを見たってヤツらがいてな? 何でも海魔大戦で死んでいったヤツらが、"幽霊騎士"になって今も彷徨っている…ってな?」

「ひいぃ!?」

「落ち着いて野分。…よくある心霊現象のようだね」

「あぁ…まぁ先天的恐怖の心理ってヤツで、科学的な根拠はねぇ」

「…っほ」

「…"昔は"な?」

「ひぃっ!?」

 

 野分のリアクションを見ながら、望月はニヤついていた。

 

「おおかた奥のヤベー海域から流れてきた、深海棲艦を見間違えたんだろ。だからこの辺りの島のヤツらは、故意にこの霧の海域に近づかねーようにしてんだ」

「…ま、まことでしょうか?」

「野分、さっきから怖がりすぎだよ」

「コマンダンは恐ろしくはないのですか? あのいるかもと思った時の独特の緊張感、背筋に広がる冷たい肌触りが!」

 

 そう言われたら怖いかもだけど、なんか実感湧かないしなぁ…。

 

「さて、話を進めるぞ」

 

 望月の一言に、僕らは再び緊張の面持ちで耳を傾ける。

 

「とにかくよ、幽霊騎士だの深海棲艦だの、危険がごまんとあるのはバカでも分かるわけだ。それても霧の海域に近づかなけりゃ、今までは何も実害はなかった。」

「でも…今は違うんだね?」

「あぁ大将、最近では霧の外にいるニンゲンが突然死ぬっつぅ怪奇現象が多発してる、それも何の持病もねぇ「健康体そのもの」のヤツらがだ」

「それは…何か共通点とか、気になるところはない?」

「ない。老若男女平等に死んでる、奇声を発して、のたうち回って、そして…程なく死ぬ」

 

 望月の、被害者たちの仔細な死に様を聞いて…その場の誰もが「呪い」の二文字を頭に思い浮かべる。

 

「今のところこのシズマリ海域以外に被害は報告されていない、だが…いつ他の海域に害が出るか定かじゃない。っつーことで、アタシらはその怪奇現象の出所を調べるのが、今回の任務なわけだ」

「謎が解けたその時、TW機関の研究員がいるはず。ソイツから黒幕…ドラウニーアの情報を聞き出す」

 

 望月と僕の整理した情報に、金剛たちは頷く。

 

「早速行動開始、といきたいけど…ねぇ、あの霧の中に入るの?」

 

 僕の指差す方向に、青空を覆い隠す分厚い雲と、灰色の霧が。望月はその意図を察して頷く。

 

「あぁ、霧の中は研究員が隠れるにはうってつけだろ? まだソイツの仕業と決まったワケじゃねぇが、大将の言うこと信じるならほぼ確実だろ」

「信じてくれるのは嬉しいけど…霧が晴れてからでもいいんじゃ?」

「いや大将、あの霧は滅多に晴れねぇ。何故かあの周辺だけ霧がかかったままなんだ」

「うわぁ…なんでまた?」

「非科学的だが呪われてるだの言われてる、だからこその「ボウレイ海域」なんだろうぜ」

 

なるほど。しかし…うーむ、細かい設定が違うみたい。"シズマリ"なんて聞いたことないし。これからもこんな感じの違いが出てくるんだろうか?

いやいやそんなことより、僕が言いたいのは「このままだとなにも見えなくて身動き取れないんだけど!?」ってこと、望月にそんな感じで伝える。

 

「だから待ってんだろ? アイツを」

「…あ、そっか。だから海域前で待ってたんだ」

 

「──そういうことだね?」

 

「…っ!?」

「そうか。んーでも遅すぎじゃない? 結構待ったと思ったけど」

「そうなんだ?」

「そうなんだ、って…ん?」

 

 …なんか、言葉使いの聞き慣れない感じが…金剛はもっとテンション高いし、天龍は鋭い感じだし、望月はラフなヤツだし、野分は敬語、翔鶴はちょっとトゲがあるし、綾波は口数少ないし…?

 なんか皆僕の後ろを凝視してるし、この声も…静かで儚げな、それでいて芯の強さを感じる口調は…どこかで……?

 

「ねぇ○ーミン、こっち向いて?」

 

 なんて言いながら、僕がセルフ振り返りすると、そこに居たのは…可憐な美少女。

 

「やぁ」

 

 犬耳みたいな左右の髪、頭上のはねっ毛。

 

 黒基調の制服。

 

 唯一の違いは…無地の布の目隠し。

 

 気さくに手を上げて挨拶する彼女を、僕は知っている。そう…彼女は。

 

「”時雨”…!?」

 

 気配もなく、突然現れた彼女に驚嘆する僕。同時に彼女も僕の反応に驚いている様子だった。

 

「そうか、やっぱり君は僕を知ってるんだね? カイトも言っていたから理解していたけど、いざ初対面の人に名前を呼ばれると、不思議だね」

「そ、それはまぁ仕方ないよね?」

「あはっ、じゃあ君は本当に異世界から来たんだ。ねぇ、向こうの僕はどんな感じ?」

 

 彼女は白露型二番艦「時雨」という、僕の居た世界のゲームキャラクター、しかもその中でも「1,2を争う(主観)」ほどの大人気ぶり。

 ボクっ娘、史実に基づいた儚げな雰囲気、素直クールからのデレは破格の可愛さである(迫真)。

 

「えっと、とても可愛らしくて人気のある娘だよ? その…目隠しは流石になかったけどね」

「そっか…ごめんね。目が見えないわけじゃないけど、こっちの方が「見えやすい」から」

 

 時雨は目隠しに触れながら意味深に呟く、うわぁおこの見るからの強キャラ感、好きですねぇ〜?

 

「じゃあ改めて自己紹介。僕は「選ばれし艦娘」の一人の時雨、これからよろしくね?」

 

 時雨が手を差し伸べてくれたので、その手を取り握手。

 例によって改二姿の時雨だけど、カイトさんの話だとこの海域の捜索には、彼女の能力はうってつけのようだ。果たしてその力とは?

 

「よろしくね、時雨」

「ん〜…君は僕を「しぐしぐ」って呼びたいんじゃない?」

「っえ」

 

 いきなりまるで脈絡のない言葉を投げる時雨、あながちっていうか僕の中での時雨の愛称だけど……ん? なんだよ、気持ち悪いって言うな!

 

「な、なんでそんな…」

「あぁ大将、時雨に嘘つかねぇ方がいいぜ。コイツは「心の中」を見てるんだからよ」

「…はい?」

「正確には人体に流れる体液の状態を見て、今考えていることを推理することが出来るんだよ。例えば君の血中のアドレナリンが、僕の顔を見た途端に急速に濃くなった、これは僕に会えて嬉しいから、それから髄液を通して脳内や心を読んだら「しぐしぐ」というワードが飛び出した。合ってるかな?」

 

 …うっわぁ、また僕の心丸わかりパターン?

 その後の望月の説明によると…彼女は「水」に関する能力の持ち主らしく、対峙した相手の体液の動きを感じ取り、そこから間接的に心を読むことが出来る、更に海という広いフィールド上なら、遠くの相手がどこにいるか分かる、もちろん水そのものを操ることも可能。

 

「(拓人)…なんやこのチートぉ!?」

「いやぁ、僕なんか他の娘に比べたらどうとも言えないよ。もし戦っても勝てないだろうね、加賀さんなんて僕の操る水を「蒸発」すれば済む話だし」

 

 加賀さんの炎も大概だった、ポ○モンも真っ青。

 なるほど、相性の問題もあるのか。そもそも彼女の能力は「支援向き」のようだ。

 

「だからこういう特定の状況じゃねぇと出撃させづらいのさ、まぁ下手な深海棲艦よりは強えけど、能力を活かせねぇと意味ねえだろ?」

「そうか、時雨たちは特別な能力を持ってるし、出撃も限られてるんだ」

「そ、選ばれし艦娘って出来ることが多いからな。普通の出撃やら搜索やらはそこらのヤツらでも替えが効くからなぁ、言い方悪いけど」

「そういうものなんだねぇ…」

 

 望月の説明に感慨深くなっていると、時雨が話しかけてくる。

 

「ねぇ、しぐしぐって呼んでみて?」

「ぶふぉあ!? …な、何を言い出すのだね君は?!」

「あ、ごめん。君の心には僕らに対する「不信感」というか、嫌な感情が一切ないんだよね。そんな人…僕はカイト以外に会ったことないから」

 

 あ、そっか…彼女は選ばれし艦娘、そんな彼女なら連合の幹部とか、上位の人と交流する機会も多いはず。コバヤシさんも言ってたもの「艦娘をモノみたいに見ている人もいる」って、時雨の場合は心が読める分、辛かったんだろうなぁ…。

 

「僕を心配してくれてるの?」

「あっ、バレた? うぅ…妖精さんならまだしも時雨とはそういうやり取りはやりづらいよ…」

「遠慮しないで。君の心は本当に澄んでいて、僕も嬉しいんだから。そういうニンゲンには滅多に会わないし、だから…君が元いた世界の僕と同じように、親しくしてほしい」

「そ、そう? じゃあ。…し、しぐしぐ〜?」

「はーい♪ うふふ…!」

 

「ぐっはああああ! 可愛すぎかぁああああああああああああ」

 

 大天使的微笑みに、大量の鼻血を噴き出す僕。金剛たちは目を丸くしていた。

 

「テエエトクゥウウウウウ!?」

「うっへぇ、大将をここまでにしたのお前が初めてかもだぜ、時雨?」

「ふむ…血圧の上昇が限界に達したみたいだね。こんなに喜んでくれるなんて、本当に不思議な人だね」

「こっちはこっちで平静っつうか…;」

 

 望月と時雨の会話をよそに、金剛は僕を庇うように抱きしめながら抗議。

 

「テートクに色仕掛けしないでくだサーイ! 今度やったら選ばれし艦娘とか関係なしに怒りマースよ!!」

「ご、ごめんごめん。やり過ぎたね」

「まぁそう怒るな金剛、タクトにとって俺たちは「踊り子(アイドル的な意味で)」のようなものであるだろうから」

「テンリューは黙ってくだサーイ###」

 

 天龍が諌めるも全く効力なし、金剛の腕に力が入る。

 

「ぐ、ぐる"じい"……」

「…死ぬわね」

「現実的で不吉なこと仰らないでください、マドモアゼルショーカク!?」

「…っふふ」

「マドモアゼルアヤナミが笑った!?」

「やれやれ〜これは先がどうなることやら?」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 さて、いつものようにぐだぐだした感じになったとこで、先に進むとしようか。

 時雨に頼んで霧の先…「ボウレイ海域」の中の様子を見てもらう。

 

「…随分と広範囲の霧のようだね。正に海域を覆い隠しているけど、それでいて大きな島はないようだ。小島がぽつぽつと点在してる」

「霧の範囲も分かるんだ?」

「まぁ大体だけどね? …海の上に居れば一発で分かるんだけど、どうやらそれらしい者は居ないようだ、それ以外の何者かはいるみたいだけど」

「…どういう意味?」

「ふむ…」

 

 神経を集中している様子の時雨、手を前にかざし沈黙を保っていると…程なく口を開く。

 

「…水中に一人、水上に二人、随分水に重さを感じる。恐らく艤装だから十中八九「艦娘」だろう」

「おお…ん? この深い霧の中に艦娘? 見えなくないの?」

「そうだね、航路がジグザグしている。回避運動ということでもないのだろう、まるで何かを探しているようだ」

「…まさか」

 

 時雨の説明に、望月がある意味「お決まり」の台詞を。

 

「知ってるのか○電?」

「誰だよ。いや…さっき言った幽霊騎士の類かと思ってな?」

「でもそれは「あくまで噂」なんでしょ?」

「うーん、確か幽霊騎士は「霧の中をあてもなく彷徨い、近づいた迷い人を殺す」って聞いてな?」

「確かに同じ場所を行ったり来たりしているし、強ち間違いじゃないかも?」

「うえぇ…;」

 

 望月と時雨によってフラグがどんどん立てられていく…。

 

「…いや、でもこう言うと非科学的だよな。悪い、今のは忘れてくれ」

「もう遅いと思うよ…?」

「とにかく、用心に越したことはないね。研究員は小島に居を構えている可能性が高い、そこを調べれば僕の力でなんとでもなるけど」

「うーん、艦娘か深海棲艦か、はたまた幽霊騎士か。どちらにせよ近づかないに越したことないね」

「では、その一団には近づかないようにしながら、我々は研究員捜索に尽力しましょう〜!」

「イェーア!」

「おー!」

 

 妖精さんの声がけに、僕らは一致団結するよう各々高らかに叫ぶ。

 

 …一人を除いて。

 

「幽霊などいない幽霊などいない幽霊などいない幽霊などいない幽霊などいない」



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霧の中の騎士

 ボウレイ海域の霧が視界を遮る中、僕らは時雨の能力によって目的地を目指す。…と言っても、小島をしらみつぶしに調べてるだけなんだけどね?

 まず海域入り口からさほど遠くない無人島で、僕らは怪しい人物がいないか探し回る…しかし。

 

「居ない…」

 

 やっぱり最初からそう上手くはいかない。僕の横で望月が海域の地図を広げ、片手で持った油性ペンで「ばつ印」を書いた。

 

「この地図には乗ってない島だな。…時雨、あとどれぐらいだ?」

「うーん、海に浮かんだものは認識出来るけど、識別出来るのは大きさぐらいで、それ以上は分からない。岩礁の可能性もある」

「…数は?」

「百ぐらいかなぁ?」

「え〜…」

 

 流石にそんなに探してたら、一生終わらないだろうし、ターゲットが逃げる可能性がある。

 

「仕方ない。とにかく地図上の島から調べるしかねぇ」

「それが賢明だろうね?」

 

 まずは数をこなす、それが遠回りだけど近道。

 僕らは海域の地図を頼りに、次の島へ目指した。

 

「こんなに霧が出てるのに、どうして地図が書けるんだろうね?」

「んー? 確か…元々から霧が出やすい海域だったんだが、こんなに濃い霧が出始めて、中々霧が晴れなくなったらしい」

「なんで?」

「その辺は、アタシにも分からん」

「分からんのか、このタワケが」

「うっせ。さっきも言ったが呪いだとか言われてるが、こればっかりは現地のヤツらに聞かねえとな? 島の探索がひと段落したら、聞いて回ってみるかい?」

「…見つからない前提なの?」

「逃しはしねぇけど、そう簡単に捕まるとは思ってないぜ? なぁに、こういう「理解の範疇外」から運良く見つかる、ってのはよくあることだぜ?」

「ふーん、望月って頭いい割にそういうものの考え方? はちょっと大らかだね」

「あぁ〜まぁアタシの場合は……」

 

 …? 望月が急に黙った。どうしたんだろ?

 

「…望月?」

「っ! …ぁあ、なんでもねぇ。早く行こうぜ」

 

 望月がはぐらかすように僕らを急かし、海岸へ向かっていく。僕らも後を追っていく…。

 

「…拓人さん、彼女をあのままにしていいでしょうか?」

 

 妖精さんが藪から棒に言葉を投げた。それって聞かないとまずいってこと?

 

「……」

 

 あぁ…そうか言ったらダメなんだね。んーでもなぁ…。

 

「言いたいことは分かるけど、望月のプライバシーもあるし、好感度上げるためでも…やっぱり聞きづらいよね?」

「…そうですか、まぁなんとかなるでしょう」

 

 うわ、なんか聞き捨てならないなぁ。

 …うん、せめて望月はよく見張ってよう。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 研究員を捜しまわって、随分との間に霧の海を滑り、時雨の案内で地図上の小島は全て見て回った。でも…。

 

「見つからないね?」

「そうですねぇ」

「う〜…ジメジメして来まシタ。暑いし、髪のセットがふにゃってるし、なあぁーっ! 早く見つかりやがれ下サーイ!!」

「焦っても仕方ねえよ、姐さん」

「そうね、とりあえず今度は地図に載っていない島を捜しましょう」

 

 翔鶴の提案に全員が肯定の意を込め大きく返事した。霧のせいでほとんど顔が見えなくてね…。

 

「…暑いね、天龍?」

 

 僕は隣にいる天龍に呼びかける、流石に至近距離だから姿形ははっきり分かる。

 

「あぁ…」

「…あ、天龍その刀。新しいヤツにしたんだ?」

 

 天龍の腰に差した二つの刀の一つを指す、龍田の槍のような「赤色」じゃなく、普通の刀に見えた。

 

「まぁな、流石にアレだけ派手に壊れたら、新調した方が早いだろ。 もう未練もないしな…」

「…ん。そっか」

「…ふぅ、それにしても……」

 

 ──バッ

 

「…暑い」

「っ!!?」

 

 …今、見てしまった。

 

 天龍って、改二になってからジャケット着てるじゃん? 基本的にそのまま肩まで羽織ってる状態なんだけど…。

 

 は、初めて見た。彼女がジャケットを少し脱いで、肩部分を露わにしたのだが…下のシャツがまさかの「ノースリーブ」。うわぁ〜…エロすぎるよぉ、目に毒だよぉ、天龍の胸って爆乳クラスだから余計に…。

 

「…? どうした、目を隠して?」

「き、気にしないで。…(チラッ)」

 

 両手で目を隠していた僕、指を広げて思わず確認するが…すぐに指を閉じていく。

 

「……ふむ」

 

 暗い視界の中「バッ」とジャケットを着たような音がする。指を広げ確認。

 

「……(バッ)」

「っ!? ちょ…!」

 

 天龍が意地悪く、僕が目を開けた瞬間に、またジャケットを脱いで肩部分を晒す。思わず指を閉じ防御態勢。

 

「…(ッバ)」

「…(チラッ)」

「…(バッ)」

「…っ! (サッ)」

 

 上着の音、指を開く、脱ぐ、また閉じる。その繰り返し…「俺らなに見せられとんのじゃ」と思われた方、こんな静かな闘争でも僕は必死です。

 

「やめて! 童貞の心を弄ばないで!?」

「なんだ、たかが脇の肌が見えてるだけではないのか? (ニヤニヤ)」

「確信犯は犯罪ですよ!?」

「別にお前になら、俺の全てを晒け出してもいいがな」

「いやいやいや、っえマジで?」

「拓人さん、アウトです!」

 

 いやそうは言っても妖精さん。DT卒業したいし、天龍ならいいかなーって?

 

「…いいんですか? 金剛さんがいる手前にそんなこと言って」

 

 その金剛さんがこっち見てるけど、アホ毛が「?」できょとんとしてるから、気づいてないと思う。

 

「でも…はぁ、そうだよね。己の欲望に身を委ねそうになったよ」

「分かればいいんですよ、分かれば」

「俺はいつでもいいぞ」

「駄目です天龍さん、あんまり拓人さんを甘やかさないで下さい!?」

「何の話デース?」

「いや、金剛は気にしなくても…?」

 

 …話の途中で分かりづらいかもだけど、なんか今…急に背中がぞわぞわする。なんだろう…だんだん強く…?

 

「っ! タクト!!」

 

 天龍は途端に叫ぶと、僕たちを押し出した。…瞬間。

 

 ──シュッ!

 

 本当に音のない、空気の摩擦音だけが微かに聞こえた。僕の目前には、僕の居た場所を切り裂く、虚空に浮かぶ剣閃の跡…。

 

「な、なんだ!?」

「テートク!」

 

 金剛は異常事態に気づき、僕を自分の背中に隠す。

 

 誰だかは知らないが、明らかに僕を狙った攻撃…この霧を利用した不意打ち…!

 

 辺りを見回す…って、霧が邪魔してなにも見えない!?

 

「敵だ! 各自戦闘態勢!」

 

 天龍の号令、霧からどよめきが聞こえるも、すぐに武器を構える音が響いた。

 

「深海棲艦?」

「分からん! だが用心しろ。霧という視界のハンデがあるとは言え、ここまで至近距離に居て誰にも気づかれなかった、余程の手練れと見ていい…!」

 

 天龍が悔しげに話していると、綾波が近づいて来た。

 

「司令官!」

「綾波、敵みたいだ。金剛と一緒に周囲を見張って!」

「了承!」

「頼むよ。…それにしても不意打ちするなんて、もしかして時雨の言っていたあの一団かな?」

「そうでしょうね? ただ…だとしてもここまで誰にも気づかれず、かつ攻撃も鮮やかとは、この霧を利用した見事な戦術でしょう」

「妖精さんはもう誰か分かってる感じ?」

「…拓人さん、意地悪ですね」

「あは、その様子だと大丈夫みたいだね」

「だからと言って油断しないでください? 命を狙われてるのですよ」

「ごめんごめん…;」

 

 僕らが話していると、すぐそばで望月と時雨の会話が聞こえる。

 

「時雨、言っちゃ悪いがアンタが居ながらこの惨事はいけないんじゃないかい?」

「そうだね…ごめん、僕の責任だ」

「…って、冗談だよ。んで敵は?」

「…居たよ。距離を置いているみたいだ、Uターンしてる…完全に僕らを狙っているね?」

「ま、まさか…件の幽霊騎士では…!?」

「ええい、テメェは黙ってろ野分、余計にややこしくなる」

「徐々にスピードをつけて…こっちに向かってる!」

「…っち、こんな霧が出ていなかったら、艦載機で位置を把握出来たのに…!」

 

 翔鶴の舌打ち、でも気持ちは分かる。ここまで強くなった艦隊でも身動きが取れないなんて…!

 

「…この鮮やかな襲撃は…まさか」

「綾波?」

「来るっ! …!? 気配が消えた…っ?!」

 

 まさか…時雨の能力(レーダー)でも感知出来なくなった?! 一体…?

 

「──そこっ!」

 

 綾波は自慢の大斧であらぬ方向を切りつけた、しかし鉄の響き合う音が聞こえる。「手応えがあった」…!?

 

『…っ! その声、お前は…!』

「喋った…!」

「…やはり、貴女なんですね」

『…そうか、だとしても関係ない。あのお方の仇…今こそ晴らす!』

 

 そう言うと、謎の声の主が霧の中から、ゆっくりと姿を見せた。

 

「…っ! 鎧騎士?」

 

 姿を現したのは、綾波と似たようなデザインの鎧を身につけた騎士(?)だった。顔は兜をしていて見えない。

 

「まさか…亡霊騎士?」

「(野分)ひいぃ〜っ!?」

「司令官、彼女は私の…」

『それ以上口を開けるな、お前は…あのお方の「仇」。だがせめて騎士として、正々堂々の勝負で決着をつけよう』

 

 剣を構え威嚇する謎の鎧騎士。…状況が飲み込めないけど、どうやら綾波とこの鎧騎士は知己のようだ。でも…「仇」?

 

「…分かりました、貴女がそれを望むなら」

『私の望み? …違う、これは正当な「断罪」だ。あのお方の影を追い、自らの罪を認めようとしないお前。…許されない冒涜だ』

「…っ!」

『あのお方の安らぎのためにも、私は…お前を討つ!』

 

 いうや否や、そのまま突撃し海上を一直線に駆ける鎧騎士、綾波も得物を構えて臨戦態勢。

 でも駄目だ。どんなことがあっても艦娘同士で…仲間が戦うなんて。

 

「駄目だ、綾波!」

「っ! …了承」

『得物を下ろしたところでもう遅い、私の剣がお前を切り裂くということは…』

 

「いいえ、貴女も剣を下ろすのです」

 

「…っ!」

 

 鎧騎士が攻撃を止める、立ち尽くしながらも身体ごと視点を動かしている。…誰かを探している? 十中八九あの「声の主」だろうけど。

 

「…っ、まさか…あの方も?」

「綾波、一体全体なにがどうなって…?」

 

 僕がそう言い終える前に、事態は進展していく…。

 

「──Excuse me. 貴方がこの艦隊の指揮官かしら?」

「えっ、はい。……っ!!?」

 

 声の方に振り向いた僕は、そのまま驚きを隠せないでいた。

 

 そこに立っていたのは、霧の中でもよく分かる眩い金髪、イギリスの女王陛下を彷彿させるドレスローブをまとった麗人、実際に意識してか王冠等もしっかり身につけていた。

 少しばかりの衝撃じゃなかった、そうだった…今まで日本艦ばかりだったから、そういう感じだと思ってたけど…そりゃ居るよね「海外艦」も…!?

 

「ウォースパイト!?」

「あら? 私はもう貴方に自己紹介したかしら? それとも…私のようなモノでも、世の中の人は知ってくれてるのかしら?」

 

 くすり、と静かに笑うウォースパイト。まさかの展開だけどここで海外艦が出てくるなんて…!

 

「…お久しぶりです、姫様」

「ひ、姫さま!?」

「えぇ、壮健でなによりです綾波。まさか貴女がここに居るなんて…これも「彼女」が導いてくれたのかしら?」

「…それは、どういう?」

「姫様!」

 

 向かい合っていた鎧騎士が、僕らとウォースパイトの間に割り込んでくる。

 

「姫様、あれほど待っていてくださいと…!」

「そういうわけにも参りません、貴女は彼女のことになると暴走しやすくなる、不用意に剣を振るうことは騎士としてあるまじき行為です」

「しかし…!」

「もうよろしいでしょう「不知火」。この方たちは彼女ではなかった、深海棲艦でもない、ましてやかつての同胞もいる。…これだけ言っても、貴女はまだ剣を振るうつもりですか?」

「…っく」

 

 ウォースパイトに促され、鎧騎士は剣を鞘に収めて…兜を脱ぐ。

 

「…本当に、不知火だ」

 

 僕がそう零すと、銀髪の少女不知火はこっちを睨みつけるように…うん、違うね睨んでるね確実に。

 

「…貴方は?」

「えっと、僕は色崎 拓人です…?」

「…ニンゲンが何故海の上に? 連合は遂に己を兵器にしたのか?」

「あぁ、僕は特異体質というか…あはは」

「…まぁ良い。先程は失礼しました、確かに「礼を欠いたいた」ことは謝ります。知っているようですが私は「不知火」と申します」

 

 何か不服だけど的な、棘のある言い方が抜けない不知火。その視線は僕の後ろの綾波に刺さっていた。

 

「……」

「……」

「す、すごい険悪ムード…」

「リトルフェアリー、彼女たちは誰デース? テートクが頼りにしてる貴女なら分かるはずデース」

 

 金剛に質問を投げられた妖精さんは口を開く。

 

「彼女たちはさる「一大国家の騎士団」をルーツに持つ、艦娘だけで構成された騎士団、その名も…」

 

 ──"天下のバラクーダ旅団"です!!

 

「……」

「……」

「ギャグ?」

「いえ、原作(rpgの方)再現です」

 

 いやいやここで? この状況下で? いきなり言われても…バラクーダ? 未来少年かな?

 

「あの…私たちは正式名称よりも、艦娘騎士団と呼んでくだされば?」

「確かに私たちは遠出をすることが多かったですが。…何ですか旅団って、全く団長のセンスは…」

 

 あっ、でも少し空気が和らいだ気がする。

 向こうもそれを察してか、ウォースパイトが状況説明と謝罪をする。

 

「…さきほどは不知火が無礼を働き、申し訳ありません。この辺りは霧も深く、彼女も貴方がたを敵と誤認したようです」

「そうですか。僕らも時雨が居なかったらどうにもならない状況だったからね」

「そう言って頂けると嬉しいです。…ここで立ち話も何ですので、近くの小島で事情を説明させて下さい」

「分かりました。…皆、ウォースパイトさんの提案に従おう!」

 

 僕の言葉に各々返事を返す。しかし一方では…?

 

「姫様、私は賛同しかねます。あの女がいる艦隊を簡単に信用してよろしいのかと」

「止めなさい不知火、その話は終わったはずよ」

「いいえ。お言葉ですが…我らの拠点が何者かに襲撃されたあの日、団長をむざむざ見殺しにしたヤツを、私はまだ許していません」

「…っ!」

「え…っ!?」

 

 不知火の言葉に目を見開く僕ら。それって…もしかしなくても。

 

「……」

「お前があの時団長を制止しなかったから、団長はあの火の海に沈んだのだ! 許されない…この「団長殺し」が!!」

「不知火!」

 

 不知火の頰に、平手の強い衝撃が打ちつけられた。

 

 ──パァン!

 

「…っ、姫様」

「今度彼女を侮辱したら、この程度では済まされませんよ。それを肝に銘じなさい!」

「…承知、しました……」

 

 毅然とした態度で堂々と海上を滑るウォースパイト、そしてそれに続く不知火。彼女の憎しみの咆哮が、僕らの鼓膜に張り付いていた。

 

「…綾波」

「参りましょう、皆さん」

 

 それでも彼女は何も語らず、ただ静かに前へと進んでいった…。

 

 その眼は、深く黒く、淀んでいた…。

 



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罪深きは誰にある?

 TW機関の元研究員を探す途中、霧の中で出会ったのは綾波の元同僚たち「艦娘騎士団」のメンバーだった。

 近くの小島にて休息を取り、改めてウォースパイトたちの話を聞く。…その前に。

 

「…なんか、一人増えてる?」

 

 そこに居たのは、潜水艦娘の「伊26」通称ニムだ。

 

「やっほ〜! 私ニムって言うの、よろしくね☆」

 

 天真爛漫に手を振るニム、その度に彼女の胸部装甲がばるんばるん揺れる…んー、ロリ巨乳を地でいくタイプか。僕的には別に?

 ウォースパイトが彼女の説明を入れる。

 

「彼女は私たちが雇った傭兵艦娘です、この霧の中では万が一ということもあるので、護衛として私たちを守ってくれていたのです」

「そっか。時雨の言っていた水中の艦娘は君だったんだね」

「そーそー! まぁこの霧の中の護衛だから「それなりに」値は張りますがね〜ウェヘヘ〜♪」

 

 げ、下衆い笑いだ…同じ傭兵の天龍とはまた違うタイプだな。

 

「まぁ、傭兵なんてそんなものだぞ」

「僕は艦娘に夢を見たいのに…」

「こればかりは諦めろ、としか言えんな」

「…? 貴女ってもしかして「独眼龍」!? わぁ〜! 同業者に会えるなんて! しかもちょーつよのちょーレアだよぉ!」

 

 どう考えても天龍のことだろうけど、ニムの言うことが分からないので聞いてみる。

 

「え、どういう意味?」

「なになになに? 知らないの?? 独眼龍は各国のトップがこぞって欲しがる戦闘のプロ、彼女が個人に契約してるとこなんて滅多に見ないんだよぉ? 貴方雇い主のくせにモグリね!」

「うるさいよ!? さっきから態度がウザい…え、天龍はなんで僕と契約したの?」

 

 僕らが鳳翔さんのところで仲間を探していた時、何故天龍は僕について来てくれたのか…改めて聞いてみる。

 

「あの時は依頼を粗方片付けて、ちょうど暇だったからな。暇つぶし…と言えば聞こえは悪いが、気分転換のつもりだったんだがな? まさかここまで長い付き合いになるとは」

「あぁーなんかごめんね? あ、契約金払おうか?」

「お前にそんな金がないことぐらい理解出来る。まぁ心配しなくても、俺はもう誰に大金を積まれても、お前の下を離れたりしないさ」

「天龍…男前(キュン)」

「ふっ、お前の戦いが終わるまで、俺はお前だけの剣だ」

「んむあぁー! テンリュー! 抜け駆けはダメデース! テートクはワタシのデーース!! (ほーるど)」

「こ、金剛…分かったから離して…今度こそ死ぬ…」

 

 僕らがそんなコントじみたことをやってると、ふと綾波に目が行く。

 彼女の視線の先は分からないけど、彼女に対し敵意を露わにした鋭い眼光を向けるのは…不知火。

 

「…フン」

「……」

 

 あからさまに嫌悪の眼差しを受けているにも関わらず、綾波はまるで動じていない様子、凄いなぁ僕だったら絶対に萎縮しちゃうのに。

 

「…綾波、大丈夫?」

「…大丈夫です、ありがとうございます」

 

 綾波は気丈に振る舞い微笑む、でも僕には…無理しているように見える。

 

「無理はしないで? なにかあったらいけないし、君はもう後ろに…」

「いえ、彼女たちの話を聞くなら…私もそろそろ、素性を明かそうと思います」

「それって…」

「よろしいですか、皆さん?」

 

 その場に凛とした声が響く。ウォースパイトが皆に呼びかけている、僕らはウォースパイトの方を向く。

 

「先ずは我々のことを話させて下さい。私たちは「艦娘騎士団」かつて世にその名を馳せた、平和を尊ぶ一団です」

「艦娘騎士団か…知ってる皆?」

 

 僕の問いに頷く皆、天龍が説明を加えた。

 

「あぁ、かつての海魔大戦では様々な勢力が世界を守るため連合と共に戦った。その中には亡国の騎士団もあったと聞く」

「その騎士団の勢力も連合の一部に組み込まれたが…世の中が平和になって、新しい国を創りたいってんで、艦娘を含めた連合の勢力の四分の一を掻っ攫ってったんだ、ヒヒッ傲慢だねぇ」

「ボクも聞いたことがあります。騎士の伝統を絶やさないため発起された正義の集団、国に仕えるだけでなく、各国の戦いに積極的に介入して、戦争の早期終結とそれらを繰り返させない抑止力として存在し続けた…と、実に美しいですね!」

 

 天龍、望月、野分の順に説明を聞いていく。なるほど…この世界では知名度は高いみたいだね? 次に妖精さんが説明。

 

「はい、ですが…艦娘騎士団は「ある日」を境に、事実上の崩壊をしてしまったみたいですねぇ」

「不知火が言っていたこと?」

「…貴方に気安く名指しされる謂れはないはずですが?」

「に、睨まないでよ…;」

「そうですね、拠点となっていたお城も崩落して、艦娘騎士の生き残りも少ないでしょう」

「そうか…大変でしたね? こんなこと言われてもなんにもならないだろうけど」

「いえ、お気遣いありがとうございます、そう言って頂けると同胞たちも喜びます」

 

 ウォースパイトはどこか寂しそうに言うと、気持ちを切り替えるように笑う。

 

「改めまして、私は「Warspite」と申します。艦娘騎士団において副団長を任されています」

「あの、ウォースパイトさん? もしかして貴女ってどこかのお姫様…ということでしょうか?」

 

 僕の質問の意図に気づいてか、ウォースパイトは気恥ずかしそうにしていた。

 

「すみません、皆さんが勝手にそう呼び始めて。私自身はいたって変わりない艦娘ですよ?」

「姫様は艦娘騎士団の発起人であります、なので艦娘騎士の殆どは、姫様に忠誠を誓ったモノばかり…あまり彼女に粗相の無きよう」

「ひぃ…!」

「止めなさい不知火。…はぁ、この娘は「不知火」と言います、少し真面目すぎるところがありますが、根は優しい娘だと保証させて下さい」

「あ、もう一回言うけど、私ニムだよ! よろしくね〜♪」

 

 向こうの自己紹介も終わったみたいだし、僕らもそれぞれ自己紹介していく。一通り終わるとウォースパイトが口を開く。

 

「…なるほど、連合の幹部の方でしたか。その若さで幹部だなんて…とても優秀な方とお見受けします」

「あはは、僕なんてまだまだ青二才ですよ」

「ぷっ!」

「…誰だ今笑ったの? ていうか分かるけど、もっちー!」

「だって…大将が連合幹部って、未だに…っひひ、信じらんねぇっつうか、うひひ!」

「信用ないなぁ…」

「まぁ俺たちはお前を信頼してる、それで良いじゃないか?」

「まぁ天龍がそう言ってくれるなら…」

「…しかし、まさか選ばれし艦娘まで居るとは思いませんでしたが?」

 

 不知火が棘のある言い方をする。その意味は「あの程度の状況の対応も出来ないの?」という風にも聞こえる(僕のネガティブ思考が、そう歪めさせてるのかもだけど)。

 

「あはは、面目ないね?」

「(拓人)わぁ、まるで相手にしていないって感じ?」

「…っち」

「そう怒らないで? 僕も驚いているんだよ、あんな風に気配を一瞬で消してしまえるなんて…余程の訓練を積んだ証、なのかな?」

「…別に大したことではありません、気配を一瞬消し、霧に紛れて不意打ちを浴びせたまで」

「えっ、騎士なのに不意打ちってアリなの?」

 

 僕の(揚げ足取り的な)意見に、不知火は顔を顰めた。

 

「…意地が悪いですね? 私に落ち度はありませんよ。そもそも我々は兵器、騎士道の誉れはあれ任務によってはそれは枷でしかない。我々に敗北は許されない、あらゆる状況を利用して勝利しなければ抑止力足り得ないのです」

「むっ、そこまで言われる筋合いはないでしょ。大体君が一方的に僕らを襲って来たんでしょう?」

「…それが何か?」

 

 不知火の戦艦級の鋭い眼差し、いや冗談抜きで威圧が凄い…。

 僕が思わず言葉に詰まると、綾波が付け加える。

 

「司令官、それが彼女の戦闘スタイルなんです。どんな強敵にも臆さず戦い、磨き抜かれた技で鮮やかに勝利し、結果を出して来た…彼女の意思の強さに、どれだけ助けられたことか」

「…綾波がそこまで人を誉めるなんて」

「フン、裏切り者に何を言われても構いませんが、仲間扱いは止めてください。私は…まだ許していませんから」

「…はい」

 

 綾波の次に、ウォースパイトが説明する。

 

「あの時は不知火が動く影が見えたと言って、敵なのかどうか調べるにいくと聞かず、私たちを残して一人で行ってしまったのです。貴方たちにご迷惑をおかけしたのは、私の監督不足でした。すみませんでした…」

「そんな、ウォースパイトさんは彼女を止めてくれたんですから、何も悪くありませんよ」

「そうだな、敵の判別はこの霧もあるから仕方ないにしても、だからと言って単独行動、しかも不意打ちを仕掛けてくるとは…兵器云々を語るにしても、いささか行き過ぎではないか?」

 

 天龍の指摘するも、不知火は悪びれもしない。

 

「斬れば敵かどうか理解出来ると思っていました、手心は加えたつもりですが、貴方がたに不快な思いをさせたのなら失礼をしました」

 

 なんとも気持ちの入らない謝罪だが、またもウォースパイトが代弁する。

 

「すみません、まさか霧の中に連合の方々がいらっしゃるとは思いにも及ばず。それに…言い方は悪くなりますが、我々がここにいる目的は「交戦」にこそあるのです」

「それは…どういう意味でしょうか?」

 

 僕の問いかけに、ウォースパイトは表情を引き締め直すと、逆に僕らに質問を投げる。

 

「では、貴方たちがこの霧の海に来た理由は?」

「えっと…僕らはただ、ある人物を捜しているだけです」

「それは最近出没の噂が立った「幽霊騎士」ではありませんか?」

「いえ、それとは別に…望月?」

「アタシに振るな…まぁこっちの重要機密ってヤツだから答えられんが、幽霊騎士を捜しているわけじゃあないぜ」

 

 望月の回答に納得した表情を見せるウォースパイト。

 

「I see .分かりました。やはり彼らは違うようですね、不知火?」

「どうでしょうか…?」

 

 不知火が依然として怪訝な目を向けている、僕らも聞いてみよう。

 

「もしかして、貴女たちは幽霊騎士を捜している…と?」

「Yes. そのためにわざと霧の中を彷徨っていたのです。彼女の噂が本当なら、私たちに気づいて攻撃してくると思って」

「っな?! ちょいちょい待てよ! 居るかも分からねえんだぞ? 何のために…」

「いえ、必ず居ます。必ず…居るはずなんです」

 

 不知火が先ほどの威圧的な態度と打って変わって、焦燥感に駆られたような不安な表情を浮かべた。

 

「…どうして幽霊騎士を?」

「はい、幽霊騎士の特徴が、我々のかつての同胞と酷似している…そう感じました」

 

 それはつまり…彼女たちのかつての仲間…艦娘騎士が幽霊騎士になってしまった…ってこと?

 

「我々が得た情報では…幽霊騎士は肌、髪、服装などの何もかもが「白一色」で、隣には砲塔を模したような化け物を引き連れている…と?」

「…うーん、僕の勘違いじゃなきゃいいけど、その特徴って「深海の姫」みたいだよね?」

 

 深海棲艦を率いるボスキャラクター、黒い見た目が多い雑魚級のとは違い、一見美しささえ感じる白い肌…その儚げな美しい白の深海棲艦を一律に「姫」と呼ぶ。

 姫の中には、艦娘に似た容姿を持ったモノもいる、これが僕が前に言った「艦娘と深海棲艦の関連性」の話になるんだよね。

 

「はい、仰る通りです。幽霊騎士であれ深海の姫であれ、彼女が我々の知る人物で、人々に害を与えているというなら、せめて…我々の手で楽にしようと思ったのです」

「っ! そんな…それは」

「貴方が言わんとしていること、よく分かります。貴方は…優しいですね? ですがだからこそ、我々は彼女を放っておけないのです」

「…何故そこまで幽霊騎士に拘る? ソイツは一体…?」

 

 天龍の言葉に、ウォースパイトは重い口を開けた。

 

「…幽霊騎士が手にしている得物、それは身の丈ほどの「大剣」だと」

「っ! 姫様! その騎士というのは…まさか!?」

「あ、綾波…? (綾波がこんなに感情的になったの、初めてだ…)」

「えぇ、その騎士はおそらく…」

 

「お前が殺した「団長」だ…!」

 

「…っ!?」

 

 不知火が呪いの言葉のように呟いた一言は…綾波だけでなく僕らにも充分すぎるほどの重い衝撃…。

 

「そんな…そんなはず、何かの間違いです、そんなこと…」

「この期に及んでまだ世迷い言を吐くか。いい加減にしろ! 貴様はただ罪に向き合わない愚か者だ、誰のせいで団長がこんなことになったと思う!?」

「そんな…!」

「待ってよ」

 

 不知火が鬼の首を取ったように騒いでいる…言い方が悪くなったけど、とにかく僕は気に入らない。

 

「全部綾波が悪いみたいに言ってるけど、僕にはそう思えない」

「司令官…?」

「そもそもさ、まだ亡霊騎士が君たちの団長だとは限らないでしょ? 確かめるためにここにいるわけでしょ? 事実確認してもいないのに一方的に避難するなんて、そういう光景を嫌というほど見た僕でも、どうかしてると思う」

「部外者が口を挟むな! これは我々の問題だ!」

「じゃあ部外者だから? 客観的事実を言わせてもらうけど。今の君は冷静じゃない、君だって分かっているだろ? 本当に綾波だけに責任があるのか、もう一度よく考えてみなよ」

「黙れ! 何も知らないくせに、お前は団長を殺した女を庇うというのか!?」

 

「そうだよ。君らにとって裏切り者でも、綾波は僕らの仲間だもん」

 

「…っ!」

「彼女は心優しい性格をしていることを、僕らは知ってる。きっと…なにか事情があったんだ、それを僕らは知らないけど…綾波はそんな残酷なこと、絶対にしないよ」

「司令官…」

「テートクの言う通りデース!」

「だな…」

「っひ、アタシは皮肉屋だから上手いこと言えないけど、全くいい壁役だよコイツは?」

「ウィ! マドモアゼルアヤナミは、僕らの太陽ですとも!」

「そういうことよ、この娘を悪くいうなら、私は貴女を許さないから」

「皆さん…」

 

 僕らの反論に歯噛みしている不知火、ウォースパイトは不知火の前にそっと腕を伸ばし、制止する。

 

「…貴女の負けよ不知火。彼らの言う通り、我々は本当に幽霊騎士が彼女なのか確かめるためにここにいる、ここで綾波を糾弾しても何も変わらないわ」

「…っ」

「すみません、不知火も悪気があるわけではないんです。艦娘騎士団にとって団長は…かけがえのない存在でした。だから…彼女がどうしても不安になる気持ちを、どうか理解してあげてください」

「…いえ、僕の方こそ言い過ぎました。ごめんね?」

「……っ」

 

 不知火が流れる涙を抑えていたことを、僕は見逃していなかった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 こうして僕らは、艦娘騎士団の面々と一時的に別れを告げる。

 彼女たちは幽霊騎士を、僕らは研究員を捜す。もし互いに違う目標を見かけたら連絡を入れると約束する。

 

 ──そして。

 

「…司令官、先程はありがとうございました」

「綾波…良いんだよ。僕の悪い癖だから」

「それでも…嬉しかった。そして…やっぱり、黙ったままには出来ません」

「綾波…」

「まだ、心構えが出来ませんが…それでも、聞いてほしいんです。私たちの拠点が、騎士団が崩壊したあの日、なにがあったのか…」

「…うん、君の気持ちの整理がついてからで良い。ゆっくりと…ね?」

「はい…!」

 

 綾波との距離が、少し縮まった気がした…。

 

 

 

「…いえ本当に好感度が「3」になってますよ! 良かったですね拓人さん!」

「妖精さん、空気」

「アッ…ハイ…ガチでごめんなさい…;」




○艦娘騎士団

海魔大戦の時、海魔に滅ぼされた国々の生き残りが一致団結して、イソロクさんの下で軍隊を結束して海魔に立ち向かいました〜。そんな中には「亡国の騎士団」もいたそうですが、それが「艦娘騎士団」のルーツに繋がるんですねぇ?
連合発足後、海魔たちとの戦いが終わったすぐに「騎士の伝統を絶やしてはならない!」と当時の騎士団の生き残りとそれに感化された艦娘たち(当時の連合の勢力の四分の一)が、連合の派生組織として離れて行きました、それこそが艦娘騎士団だったんですねぇ?
連合本部と同じく、騎士団の本部も国を運営しながら、艦娘たちを戦争の終結のため参戦させたり、争いの抑止力となったりと「より積極的に戦争に介入していた」わけですね〜?
そのせいか恨みも買うことももちろんありましたが、規模が規模だけにそう簡単に落城することはなかったわけです。あの日…騎士団の拠点が何者かによって「火の海」にされるまでは。
一体誰が、何のために…その答えを知っているのは…?


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金剛と怪異の謎

 艦娘騎士団と別れた後、僕らは再び研究員の捜索に当たった…。

 近くの小島を徹底的に調べた…しかし研究員どころか、人のいる気配すらしなかった。

 

「うーん…」

 

 このままじゃなにも成果が上がらないぞ…どうするか、どちらにしろ時間もないし…。

 

「…ふぅむ、拓人さん? あまり根を詰めても仕方ありませんよ?」

「そうは言うけど妖精さん…」

「貴方は切羽詰まると考えが纏まらなくなりますから、一度休憩して頭を冷やしてはどうでしょう?」

「リトルフェアリーに賛成ネー! もう一時間くらい捜してるから、服がびちゃびちゃデース」

 

 確かに皆汗にまみれて衣服がベタついていた。あ、濡れスケとか考えた? 残念そこまでじゃないんだなぁ…。

 

「何考えてるんですか? そんなこと考える余裕があるなら、休まなくてもいいですねぇ?」

「休みますです、はい。」

 

 こうして体力の回復のため、僕らは再度近くの小島で休むことにした…こんなにダラダラしてていいんだろうか?

 

「急いては事を仕損じる、ですよ?」

「…そうだね? はぁ…疲れた……」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──拓人たちは小島で休憩を挟んでいた。

 

「…ふぁ……」

「むにゃ…」

 

 拓人と妖精さんは、木陰の下で木に背中を預けて就寝。

 

「…いたか?」

「居ないよ? …っふふ、君も休んでいいんだよ?」

「傭兵が休んだらいかんだろう?」

 

 時雨と天龍は小島の周りに気を配っていた。

 

「…やっぱり見えないわ」

「マドモアゼルショーカク、貴女もお休み下さい」

「平気よ、足手まといにはなりたくないもの。…今度望月になにか造ってもらおうかしら?」

「それがよろしいでしょう」

 

 霧の中で艦載機を飛ばさんとする翔鶴、その様子を見守る野分。

 

「……」

 

 そして…綾波は海岸にて、見えないはずの霧の向こう側を眺めていた…。

 

「…団長」

 

 彼女がまぶたの裏に焼き付けた光景とは、果たして…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「ふぁ〜…」

 

 金剛はというと、丁度日陰になっている洞穴を見つけ、入り口に腰を下ろしていた、湿気の蒸し暑さに参っていた金剛だったが、洞穴の冷たい空気によって涼んでいた。

 

「…はぁ、テートクはどうしたらワタシだけを見てくれるデース? いっそ色仕掛けしてみるデース? そうしたら…〜〜っ、やっぱり恥ずかシーヨ!!」

 

 手で顔を覆い隠す金剛、恥ずかしがるも妙に嬉しそうに身体を揺らす、彼女にとって提督である拓人のことを考えることが何よりの癒しだった…。

 

「…ん?」

 

 ──ふと、背後に視線を感じる。

 もし敵だとしても、金剛も腕には自信があるのでさしたる恐怖は感じなかった…が、自分を見つめる居場所の分からない視線は、誰でも気になるもの。

 

「誰?」

 

 なんとなしに後ろを振り返って、視線の主を呼んでみる。

 

 

 ざっ

 

 

 ざっ

 

 

 ざっ

 

 

 ゆっくりと、洞穴の奥からまるで不気味に木霊する足音。そして…暗がりから浮かぶ姿は。

 

「望月?」

 

 金剛のよく知る人物「望月」が立っていた。

 

「……」

 

 しかし、いつもの彼女なら軽く挨拶するところが、無言で金剛を見つめるだけ。…明らかに様子が違う。

 

「どうしまシタ?」

 

 金剛はさほど危機感もなく、いつものように声をかける。

 …しばらくの沈黙の後、望月が重い口を開く。

 

「…君は、自分が何者か覚えているかい?』

 

 …気のせいか彼女以外の声も聞こえる気がする。しかし彼女は仲間を疑わない「それが金剛だから」…疲れが溜まっているのだろう、気のせいと思うことにした。

 

「なに言ってるデース? ワタシは「金剛」デースよ? もう急に暗くなってどうしたんデースか?」

 

 そんな他愛ない会話に持っていこうとする金剛だが、望月は続けた。

 

「…やはり、まだ戻っていなかったか…』

「え…?」

「…君はまだここに来るべきではなかった。帰るんだ、今すぐこの海域を出ていくんだ。でなければ…いずれ君は「君」でなくなる』

「どういうい……み………?」

 

 金剛がその問いを追及しようとすると、頭に重く何かがのしかかるような感覚が襲う。

 

「…あ、れ? 急に目眩が……」

「君は今のままでいい。今が一番幸せなんだ、何も思い出す必要はないんだ。…さぁ、私の言葉に、耳を傾けて。何も心配はない、心配ないんだよ…』

 

 囁くように呟かれた言葉は、その通りの「安息感」があった。

 

「…ワタシ……は…?」

 

 金剛はそのまま、眠るように気絶した。

 

「………』

 

 望月(?)は金剛に近づくと、そのまま肩に担ぐ。彼女の小さな身体からは信じられない力で、自分の身の丈以上の金剛を持ち上げていた。

 

「…やはり我々は「神の奴隷」のまま…か』

 

 虚しいような、哀しいような。

 

 そんな儚げな表情を浮かべていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「ふわぁ〜…! よく寝た」

 

 欠伸をしながら起き上がり、辺りを見回す。

 

 やっぱりまだ霧の中か…分かってはいたけど、なんだか陰気な感じが寝起きには悪いなぁ…?

 

「…おはようございます、拓人さん」

「おはよう妖精さん。…って、どうしたのそんなしかめっ面して?」

 

 僕の肩で妖精さんが何かを考え込むように表情を険しくさせていた。

 

「懸念していたことではありますが、今しがた「起こるべくして起こった」ことがありました。と言っても私にもぼんやりとした事しか分かりませんが」

「っ! …それって?」

 

 ただならぬ気配に、異常事態を察した僕は妖精さんに問いかけるが、何かに気づいた様子の妖精さん。

 

「…っ! 拓人さん、右に向かって走ってください!」

「分かった!」

 

 言われたとおり、僕は右に向かって走り出す。霧のおかげで視界が不明瞭だが…程なくして、僕らの知る人物に出くわす。

 

「望月? それにアレは…金剛!?」

 

 そこには、海岸に向かって歩く望月、そして金剛…彼女が気絶したまま望月の肩に担がれ、引きずられている姿…!?

 

「望月! 何があったんだ? なんで金剛が…?!」

 

 僕が質問を投げると、望月は僕を虚ろな目で睨んでくる。

 

「…特異点か、予想より気づくのが早いな』

「…っ! お前…誰だ? 金剛と望月に何をした!」

「その肩に乗っているのが、この世界の「神」か?』

「っ!」

「妖精さんを知っているのか?」

 

 僕の質問を無視し、金剛を砂浜に下ろして僕らに向き直る望月。

 

「神よ…我々は貴女の創り出した世界の「運命」に、必ず抗ってみせる。思い通りにはさせない。…たとえその先に破滅があろうとも、創造が為されると信じて…』

「…楽園に至る、か?」

 

 その言葉を聞いて、一瞬驚いた顔を見せる謎の人物。…いや。

 

「お前…研究員だな? 黒幕とは別の。やり方は分からないけど、いつのまにか望月に化けていたんだ。金剛を攫って…なにをするつもりだ!」

「特異点、君もまた運命のレールに乗るトロッコの乗員に過ぎない。あまり詮索するな、この世界は「残酷すぎる」…君の理想は叶えてやれないだろうが、彼女になにをする気も私にはない』

「なに…?」

「君に彼女と添い遂げる意志が本当にあるなら、彼女のことは君に任せよう。但し…もう二度と「ヤツ」に関わるな。最愛のモノと、最期の日まで共に居たいのなら、尚更だ』

「…僕に、お前たちを見逃せと?」

「私は君たちを案じてそう言っているだけだ。どう思われようが構わないが、いずれ後悔するぞ…真実を知ることが、君たちの明日を破壊することになるんだぞ』

「…拓人さん」

 

 妖精さんが僕の顔を心配そうに見つめる。

 

 ──僕の取るべき行動は二つ。

 

・金剛と一緒に逃避行して、誰も知らない場所でひっそりと暮らす。

 

・研究員を捕まえて、残酷な現実を受け入れる。

 

 理想と真実、二つに一つ…。

 

「…って、僕が素直に従うと思う?」

「なに…?』

「答えは一つ、お前たちを捕まえて、真実かなにかを知ってでもお前たちの野望を打ち砕く。そして…金剛と一緒に退役した後、誰も知らないような場所でひっそりと暮らしていく! これが僕なりのハッピーエンドじゃい!!」

「拓人さん…!」

「…呆れたな、蛮勇では何も変えられないのだぞ。真実を知ることが恐ろしくないのか?』

「怖いよ。でもそれ以上に…なにも知らないまま誰かが傷ついていることを、黙って見過ごすことは、僕はもう嫌なんだ」

「…っ!』

「お前たちの知っていることがなんなのか知らないけど…そこにどんな大義があっても、人の命を弄んで言えることはないだろう?」

「…何も知らないから、そんなことが言えるんだ』

「そうさ。だからこれから理解していくんだ…お前たちを捕まえて!」

 

 僕は望月に近づいていく、一歩いっぽ力強く…しかし。

 

「…っ』

「タクト、なにがあった?」

「天龍! 今望月が…っ!?」

 

 僕の後ろから天龍が近づいてくると、目の前に衝撃の光景が。

 

「…憑離(ソウル・アウト)』

 

 望月がそう呟くと、彼女の体から光の玉が浮かび上がる。

 

「な、なんだ!? アレって幽霊…っ?!」

 

 光の玉が外に出ると、望月は力なくその場に倒れこむ。

 

『憑依(ソウル・イン)』

 

 光の玉から声がしたかと思うと、玉は瞬速で僕の後ろの天龍に向かっていく。

 

「っは! まさか望月は取り憑かれたってこと?! …天龍、避けて!」

 

「いえ拓人さん、心配は無用ですよ」

 

 妖精さんが意味深なことを言う、しかし天龍の中に玉は入り込み、そのまま彼女に取り憑く…と?

 

 ──ガキィン!

 

『…なっ!?』

「なんだ…?」

 

 なにが起こったのか、天龍の中に取り憑こうとした玉は、そのまま何かに弾かれるように外に飛び出した。

 

『馬鹿な…憑依が出来ないだと!? こんなこと今まで一度も…』

「残念でしたね! 天龍さんはタクトさんと固い絆で結ばれました、そんな彼女の魂を揺さぶったり取り憑くことは、もう誰にも出来ません!」

「それって…好感度最大値のメリットってこと?」

「なんのことか知らんが、目の前のこの妙な玉は俺たちの敵…だな?」

『…っ! くそっ!!』

 

 悔し紛れの言葉を残して、光る玉はそのまま何処かへと姿を消した。

 

「待てっ!」

「拓人さん、ここまででいいでしょう。天龍さんに乗り換えてこの場を凌ごうということだったみたいですね? アテが外れましたけど」

「…っ、まさか…幽霊みたいに誰かに取り憑けるなんて。この辺りの海域で起こった怪奇現象も、あの研究員の仕業か?」

「私も…そこまでは見えないです、残念ながら」

「…そっか」

「タクト、あの火の玉は? 望月たちは何故倒れている?」

 

 天龍の質問に回答していく僕。

 

「…僕も何が起こってるのか、よく分からないんだ。ただ…あの光る玉が「研究員」だってことは確かだよ」

「っ! …まさか、そこまで事態が動いていたとは」

「僕も驚いたよ」

 

 天龍の後ろから、時雨が近づいて来た。

 

「君たちの言う火の玉は、僕の力では読み取ることが出来なかった。つまりあれは、本当に生霊の可能性がある…」

「そっか、時雨の「水」を感知する力じゃ見つけられないわけだ。魂だけだったから」

「とにかく…まずは金剛たちの手当てを。望月も心配だ」

「うん…!」

 

 天龍の言う通り、まずは二人の容体をみないと…!

 

 それにしても…研究員は何で金剛を…?

 

『──真実を知ることが、君たちの明日を破壊することになるんだぞ』

 

 アイツの言っていたことを、自然と反芻していた僕。

 

 あの研究員は…一体何を知っているんだ?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──ボウレイ海域、とある小島。

 

「まさか特異点の力がここまでとは。見誤っていた…」

 

「…やはり、戦うしかないのか」

 

 迷いを見せる白衣と浅黒い肌の男…研究員は後ろを一瞥する、彼を見つめるのは黒いフードから狂った笑いを浮かべる小さな影。

 

「…いや、もう後には戻れない」

 

 …男が見つめる先に、カプセルに保管された「白き姫」。

 

「…許してくれ。これも…我々の世界を救うため…!」

 

 カプセルの扉が開く、その中の蒸気が外に漏れ出す。

 

『……!』

 

 白き姫は眠りから「覚醒」に至った──

 



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望む月は、いつかの未来

 さぁ皆さん、BGMのご用意を。

 …一人目から大っ分開いてしまった。ははは。


 僕らは望月の容体を見ていた、場所は洞窟の入り口、金剛が休んでいた場所だね?

 

「…ん? アタシは…?」

 

 彼女は目を覚ますと、気だるそうに身体を起こした。

 

「望月、具合はどう? 怪我とかない?」

「大将……あぁそうか、アタシ…乗っ取られてたのか」

「…分かるの?」

「なんとなくだがな。まぁアタシの意識は抑え込まれてたみたいだから、どうにもならんかったが」

「そっか…でも、大丈夫そうでよかったよ」

「なぁ大将、アタシはなにやらかしたんだ?」

「…実は」

 

 僕は望月にこれまでの経緯を説明する。…研究員に取り憑かれた望月が、金剛を連れ去ろうとしたことも。

 

「…アタシが姐さんを?」

「うん…」

「そっか…はぁ〜やっちまった。姐さん怒ってなきゃいいけど」

「大丈夫だよ。金剛なら君がおかしくなってたって言ったら、絶対許してくれるよ。ねぇ妖精さん?」

 

 僕が妖精さんに問いかけるも、彼女はなにも答えずに考え事に集中していた。

 

「妖精さん?」

「なぁ妖精よ、アンタ分かってたんだろ? こうなることを」

「…っ! 分かります…よね?」

 

 望月の的を得た発言に、妖精さんは少し驚いた様子だが、頭の回る望月の言葉なので、それも一瞬だった。

 

「顔に書いてあるぜ? まぁ気にすんなよ。テメェの事情も理解出来ねーわけじゃない、喋れないんだったらアタシはそれでもなんとも思わないぜ?」

「すみません…」

「いいんだよ。…さて、むこうさんの手口は分かったわけだが、アタシがもう一度乗っ取られてもおかしかないわけだわな、で…だ。アタシはどうすりゃいいんだい? こうなりゃ神頼みでもなんでも、対策しておかにゃあな」

「貴女がそこまで乗り気なら、心配なさそうですね。…拓人さん、彼女が亡霊に取り憑かれない方法が、一つだけあります」

「それは…?」

 

「彼女との更なる絆を深める…つまり「好感度」です!」

 

 …えぇ、妖精さんってばドヤ顔のキメ顔してるけど、なんなのこれ? 艦これはギャルゲーだった…?

 

「いやいや大真面目ですから!? 天龍さんのこと見てたでしょ?!」

「そうだけど…あ、望月に簡単な説明すると、好感度上げたら取り憑かれることもなくなるかもってこと」

「はい、好感度が4以上になれば、拓人さんとの信頼が出来て、外側からの精神干渉が出来なくなります」

「アタシが大将を? うぇー…」

「…そんな嫌がることないじゃん」

「まぁ仕方ないか。…って、好感度なんてそんな簡単に上がるわけないじゃん、アタシそんなに尻軽くないぞ?」

 

 望月の言い得て妙の言葉だけど、妖精さんはそう思ってないみたい。

 

「いいえ、私が考案した好感度システムの穴を突いて、すぐに好感度を上げる方法があります」

「システムの穴を考案者が利用するの…?」

「とんだデバッグだな」

「と言っても一定の値まで上がっているからこそ出来ることですが。その方法とは…望月さんの「過去」をこの場で語って頂くことで「アンダーカルマ」を強制的に表示させ、好感度を無理やり上げる…ということです!」

「アンダーカルマ…そういえばあったねそんなの。もう大半の人忘れてるんじゃない?」

「なんかよー分からんが、アタシが過去語りしなきゃいかんの?」

「私が言ったら身もふたもないでしょ! 貴女が語るから意味があるのです!」

 

 妖精さんの熱弁に、若干気圧されながらも「まぁ…でも…うーん」と渋りながらも過去語りをしようとする望月。

 

「望月? あんまり無理に語らなくていいからね。そもそも僕もそういうプライバシーに関することは、そっとしておいた方がいいというか…」

「…いや、アンタはスパイだったアタシを受け入れてくれた。だったらアタシも…その信頼ってヤツに答えやにゃ?」

「そんなこと気にしてたの?」

「まぁこんだけ仲良くしてくれりゃ、後ろめたくもなるわな?」

「…じゃあ、いいんだね? 確かに君の心労の配慮を除けば、君がどういう経緯を辿って連合のスパイになったか、僕も気になるし」

「ひっ、そんな綺麗な理由じゃないぜ?」

 

 望月はいつもの皮肉笑いに、少し影を落とした表情をしていた…。

 

「望月…不安だろうけど、僕はどんなことがあっても君の味方でいるよ」

「恥ずいこと言うねぇ、でも…あんがとよ? んじゃ言わせてもらうぜ。…さて、どっから話したものかねぇ?」

 

 頭を掻きながら、話の流れを考える望月、最初に発した彼女の言葉は、この世界においては驚くべき「事実」だった。

 

「アタシには…姉妹が居たんだ」

 

「…っ!?」

「ま…ホントの姉妹ってワケじゃないけどね?」

「それはどういう意味?」

「TW機関、知ってんだろ? ヤツらは連合の与り知らないところで悪さを繰り返した。艦娘に違法な実験、非人道的な改造を施した…この世界のあらゆる技術を用いて、ヤツらは艦娘の可能性を験(ため)していたのさ」

「艦娘を使った人体実験? …っ、まさか」

 

「そう、アタシはその被験体だった。「No.11」がアタシの元々の名前だった」

 

「…っ!?」

 

 衝撃の告白と共に、僕の前に「無情なように」IPが姿を現した…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──好感度上昇値、規定値以上検知…。

 

 

 望月の「アンダーカルマ」が解放されました。

 

 

 …望月のプロフィールに、新たな情報が追記されます。

 

 

裏の使命(アンダーカルマ):??? → 『実験艦』

 

 

 

 ──その運命が示す道…「証明」

 

 

 

 海魔大戦終結の折、艦娘の能力の研究により、この世界の調和を志すモノたちが居た…しかしてそれは「外法」であった。

 

 自らが何者か、その存在理由は「最初から」造られ、打ち棄てられるモノでしかない…幾重もの実験の果て、使い捨てのガラクタとしてその命運は尽きようとした…。

 

 周りには、前世界の縁により集った同型艦…彼女自身にその感覚はなかったが、何故か彼女たちを見ていると、暖かな気持ちになる。

 

 

 ──が、この変わりゆく世界は、彼女の能力を必要とした。

 

 

 闇より解き放たれた異彩は、ある時は文明の発展に、ある時は監視役として、その才能を遺憾なく発揮した。

 

 その原動力は、いつかの姉妹…彼女は駒として働く契約を結び、その条件に「彼女たち」を挙げる。

 

 眠りにつく呪われし姉妹、存在否定されしモノたちの希望、彼女は自分たちが何モノでもないと「証明」するため立ち上がった…。

 

 終わりの見えない宵闇の道。ただ…あの時の「感情」の高ぶりを知りたいと、それでも彼女はいつものように笑う。

 

 

 …その存在証明がなされた暁には、夜明けと共に静かな海を歩むことを夢見る。

 

 

 愛しい彼女たちと、共に在ることを──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…姉妹艦って、もしかしなくても」

「そうさ、アンタの世界じゃアタシらを「睦月型」って言うんだろ? まさか大将の世界でも姉妹やってたとはな」

 

 望月は意外そうにしながらも、あまり驚いている様子はなかった。…どこかで分かっていたのかな? 彼女たちのこと。

 

「アタシらの場合は艦娘というより、ただの被検体だったからな? 向こうでも良い性能してなかっただろ? こっちでも同じさ」

「一概にそうとは言えないけど…戦いは性能よりも「場数」だと思うよ? 君らだって…」

「そうかい? でも…ヤツらが欲しかったのは「程のいい実験体」だろうからなぁ」

「っ! …ごめん」

「いんだよ。…機関には連合が封印した「艦娘建造」の技術があった、ソイツを利用してアタシらをこさえた連中は、アタシらを使ってある計画を立てた」

「…それは?」

 

 望月は特に辛そうということもなく、淡々と事実を述べた。

 

「選ばれし艦娘の異能…特異点であるイソロクによって与えられた能力(改二)を、自分たちで創り出せないか。…とまぁ、力に溺れた野郎が考えそうな悪い思考さ」

「…っ! そうか…イソロクさんが居なくなったから、連合も戦力を欲しがっていたんだね」

「いいや大将、そういう話じゃないのさ? アンタやイソロクさんがやったことは誰にでも出来ることじゃない。努力とかじゃどうにもならない「未知の領域」ってヤツに研究者は嬉々として挑むものさ。…ナニモノを犠牲にしてでも、ね?」

「望月…」

「…嫌だねえ、やっぱり胸糞悪くなるわ。それを理解出来ちまう自分がいることにもな。…話を戻すぞ」

「…うん」

「とにかく、だ。ヤツらはアタシら睦月型を使って「艦娘に異能を植え付ける」実験を繰り返した。連中はその一連の計画を「ムーンチルドレン計画」だなんて、皮肉にも程があるネームを付けやがった。けっ」

「…廃坑で黒幕が呟いてたこと、やっぱり望月のことだったんだ」

 

 黒幕がロボットを操って僕らを襲ったとき、望月を見て「ムーンチルドレン」と言っていたことを思い出す。

 

「そうさ、ムーンチルドレンは全部で「12人」居たとされている、アタシを含めてな」

「…なんか、他人行儀だね?」

「まぁアタシが出会った姉妹は、本当に少数だったからね。特に最後の「12番目」なんて、会ったことすらない」

「そ、そうなんだ。(夕月が実装されてないことと関係あるのかな?)」

「…んで、やましいことっていうのはバレるのが早いワケよ。連合によって閉鎖に追い込まれた機関だが、当然アタシらも明るみに出て来るよな」

「機関が違法な実験をしていることを知った連合によって閉鎖され、同時に君たちの存在も分かった…ということか」

「そ。でも連合のヤツらはアタシら見るなり「忌子」としてその存在を封印しようとしたのさ、当然だよね。制御出来るかも怪しい能力もあったし、何より機関は連合が作ったんだから、建前上の問題もあるわな」

「自分たちが作った機関が非人道的な実験を繰り返してたって分かったら、確かに大騒ぎだよね…その象徴である君たちを、連合は簡単に受け入れられなかった」

「そういうことだな。…アタシは「頭が良くなる」能力だったから、まだ脅威とは見なされなかったワケで、そんでも他のヤツらは連合に拘束されていて、今はなにをしてるか分からねえんだ」

「…そうなんだ」

「ガッカリした? 本物じゃなくて限りなく本物に近いニセ物のエセ科学者だって?」

「そんなこと言うわけないだろ? 望月には…何度も助けられたんだから」

「…あんがとな大将。この力をそんな風に褒められたのは久しぶりだ」

 

 照れ臭そうに指で頬を掻きながら、望月は自身の過去を最後まで振り返る。

 

「アタシは連合に一艦娘として行動することを許された。まぁ自由の身だよな、ただ…アイツらのこと考えてると、なんかモヤっとしてな」

「…それは?」

「…上手く言えねえけどよ、釈然としねーっつうか、利用されるだけされてお終い、なんて冗談じゃねーってな、だから…その……」

「姉妹艦を助けるために、皆を解放する条件として連合の艦娘として働いている…ということだよね?」

 

 さっきのアンダーカルマの情報から察せられること、望月にはやはりIPが見えなかったのか、少し驚いた風だった。

 

「…っ! …そうか、そうだったな。全く、ホント意地が悪いぜ大将?」

「望月の本音が聞けるのは滅多にないからね?」

「いやそこは察せよ。恥ずいんだよこんな調子でもよぉ」

「あはは、ごめんごめん…」

「…と、こんなとこか。ま、これがアタシの過去。連合の駒として動くアタシの正体ってワケさ」

 

 彼女は少し疲れた様子だったが、どこか気持ちが晴れ晴れとしていた。

 

「…辛かったんだよね、望月。君のことは全部知っていると思ってたんだけど、やっぱり…この世界の艦娘には、語られない物語があるんだね」

「あぁ〜? あんま憐れんでくれるなよ? 別にお涙頂戴欲しいから話したんじゃねぇし」

「分かってるよ。…どう妖精さん?」

「はい、好感度は無事に上がりました。これで万が一のこともなくなったでしょう」

「そっか。…なんか胸のつかえが取れた気するわ、せっかくだから大将、昔のこととかどんどん聞いてくれな? せっかくだからよ♪」

 

 望月が(この世界でも前の世界でも)見たことがないような可愛らしい笑顔を見せた。…よかった、彼女は自分の過去を前向きに捉えているみたいだ。

 

「じゃあ…もし良かったら、姉妹艦は誰に会ったとか聞かせてくれない? 僕の世界での彼女たちを君に伝えておきたい」

「慰めてくれるのかい? ッヒヒ、サンキュな。…そうだなぁ、ムーンチルドレンには「前期型」と「後期型」があるんだが、アタシは後期型だから同じ型のヤツらとは顔合わせてたなぁ」

「ん〜、前期と後期の違いって?」

「前期型は機関の技術の総力を結集した「禁忌の力」をその身に宿したやべー奴らだ、No.1〜No.6までが当てはまるな。後期型はそのデチューン版ってかより使いやすくした感じだな、No.7〜No.12までな」

「…つまり前期型には、望月より頭が良い娘がいるんだ?」

「そうなるな? まぁ()()()()()()()()()()()は謎だろうがな」

「んー、要するにドラ○ンボール的に言ったら、フ○ーザ編と力の○会編ぐらいのパワーバランスがあるんだね?」

「意味は分からねえが、多分その解釈で合ってんじゃねぇかな?」

 

 それで良いんだ、言った僕が疑問に思うのはどうかということだけど。

 …前期型が神の領域に片足入れてるって? どんだけだよTW機関、睦月なんてモノホンの魔王だぞ。

 

「まぁ前期型は万が一でも大事になりかねないから、おいそれと解放は難しいだろうが…せめて後期型の仲間ぐらいはな?」

「後期型か…えっと、そうなると君が出会ってたのは「文月、長月、菊月、三日月」かな?」

「ぉお! 正解。「ふみ」と「ながなが」、「きく」と「みか」だな。アタシは「もっちー」って呼ばれてたぜ? なぁ大将?」

「うーん、もっちーが最初からもっちーと呼ばれてたとは」

「アハハ、ホントにアンタとは気が合うなぁ。…で? どんな感じなんだい、向こうのアイツらは?」

 

 僕は簡単にではあるが望月に、向こうでの文月たちを話す。

 

「…って感じかな。三日月なんてしょっちゅう望月の世話焼いてるイメージ」

「へぇ? みかがそんな感じなのか。想像つかねぇなぁ」

「ん? 望月のイメージは違うの?」

「そだな。まぁ後の三人はイメージに近いが、三日月は終始何かに怯えてるようなヤツでさ。まぁアイツの能力も特殊だから、色々弄られてたんだろうさ」

「…っ、なんだって…」

「おぉ、いきなり怒るなよ? …でもありがとよ、三日月のために怒ってくれて」

 

 優しく諭すようにお礼を言うと、望月は徐に立ち上がる。

 

「さ、アタシも気が済んだし。早く姐さん見に行こうぜ?」

「…そうだね? …あっ、望月!」

「ん…?」

 

 望月が振り返るところを見計らい、僕はお礼を返した。

 

「ありがとう、君の過去を話してくれて」

「っへ。大将だから話したんだぜ? …行こうぜ」

「うん……ん?」

 

 僕らが浜辺に向かおうとすると、その浜辺の方角から走り近寄ってくる影…。

 

「コマンダンッ! 一大事です!」

「野分? どうしたの?」

「マドモアゼルコンゴウが、たった今目を覚ましました! しかし…様子がおかしいのです」

「…!?」

 

 一体金剛に何があったのか…?

 




○ムーンチルドレン

連合によって設立された「TW機関」が計画した、特異点と艦娘の異能の研究の一端である「ムーンチルドレン計画」は、連合の目の届かない場所で幾重にも行われた、違法な人体実験の一つです〜。
望月さんを含む「睦月型駆逐艦」艦娘たちが犠牲となり、型番が一から六(睦月〜水無月)までが「前期型」、七から十二(文月〜夕月)までが「後期型」としていました。これは一から六を造る過程で「より人が御し易い形」を考えた機関が、七から十二を今までの能力の調整版としてリデザインしたモノとなっています〜。
望月さんの言うことが正しいなら、前期型は「選ばれし艦娘」と同等の、又はそれ以上の存在なのかも知れませんねぇ〜?
機関の表向きの目的は「海魔大戦のような巨大な争いを未然に防ぐ」ことと「イソロクさんが遺した異世界の技術の研究、及び昇華」なのですが、彼らの研究はいつしか「神の使いであるイソロクさんの力を超える」ことになり、それがムーンチルドレン計画として形を成し、彼らの罪の一つに数えられたのですねぇ?


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望郷の過去、忌避すべき未来

 ──それは、遠い昔のような。

 

 それとも、つい最近のような…そんな過去。

 

 

「見てみて! 私……で…たよ!」

 

 

 何かが書かれた紙を得意げに見せる。誰かがそれを見て嬉しそうに頭を撫でる。

 

 

「行ってきまーす!」

 

 

 誰かに手を振りながら笑顔を咲かせ、何処かへと駆け出す。誰かはそれをまた笑顔で送り出す、顔は黒く塗りつぶされて見えない。

 

 

「もう、そんなんじゃないって! あはは!!」

 

 

 仲間と語り合う私。仲間の顔は…思い出せない。

 

 

 ”私”の頭の中に知らない記憶が流れ込む。…少女として穏やかな日々を過ごす、私の姿。

 

 

 これは何? 何故こんな記憶が? 問いかけても返答は返るはずもなく…。

 

 

 ただ、一つ言えることは…こんなもの、ワタシじゃない。

 

 

 違和感。

 

 焦燥。

 

 ──"懐古"。

 

 

 違う、ちがう、チガウ…!

 

 

 

 

 …わたしは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

    シ

 

 

 

 

 

      ハ

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

 レ…?

 

 

 

 

 

「──金剛!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…!」

 

 僕に名前を呼ばれ、ハッと目を開けた金剛、浜辺で横たわっていた彼女は体を起こす。

 

「…? 私…は…?」

「良かった、大丈夫みたいで」

「ウィ、まるで何かにうなされているようで…ご無事で何よりです、マドモアゼルコンゴウ」

「…?」

 

 どこか他人事のように、ボーっとした様子で僕らの話を聞いている金剛。どうしたんだろう…いつもと様子が違う?

 

「望月、あの研究員が金剛に何かしたとか、知らない?」

「…いや、アタシはあの時意識を抑えられていた。何があったか…ホントに分からねぇんだ」

「…そっか、ごめんよ? 君も辛いのに、気づかなかった」

「いや、仕方ねーさ、うん…」

 

 沈痛な面持ちの望月、金剛は僕らの話を黙って聞いていた、おかしい…いつもの彼女ならこんなに静かじゃないのに。…天龍がすかさず金剛に尋ねた。

 

「金剛、何か身体に異変や違和感はないか?」

「…どういう…こと?」

 

 天龍の質問に回答する彼女は、普段とは正反対の、小さく消え入りそうな声だった。

 

「…お前は眠っている間、うわごとを言っていた。「私は誰?」と苦しそうにな」

「…っ!」

 

 金剛がボーっとしたまま、目を少し開いた。その様子を見た望月は、金剛に向かい謝罪する。

 

「済まねえ姐さん、アタシがポカっちまったせいで…体は何ともねえか?」

「…はい」

 

 一回頷き、肯定の意志を見せるも、またもどこか力の抜けた回答だった。目もどこか虚ろだし…僕は金剛に呼びかけてみる。

 

「…金剛、大丈夫?」

「……」

「金剛?」

「…金剛っ! 貴女に聞いているのよ?」

 

 翔鶴が一喝すると、驚いた拍子に彼女の異様な雰囲気は晴れていく。

 

「…ホワッツ!? な、何事デース!?」

 

 まるで電源を入れたように、今度こそ大袈裟に驚く金剛。

 

「…ほっ、本当に大丈夫そうだね?」

「テートク? どうしまシタ? はっ!? まさか敵デース?!」

「おいおい、本当に大丈夫かよ…」

「金剛、本当に体は大丈夫?」

「は、はいテートク。…っ、でも頭が痛いデース…」

「無理はなさらないで下さい。…そういえば確かに身体が重い気がしますね、この霧の影響なのでしょうか?」

「そう? 僕は何ともないけど…?」

「俺も何ともないな?」

「僕もだよ…ふむ、この違いは何を表しているんだろう、興味深いね?」

 

 野分を始めとした艦娘は「身体が重く」感じ始めているようだ、対して天龍と時雨、僕は何の体調不良も無かった。

 

「…"霧"か。大将、この霧の海域には長いこと居ない方がいいかもな?」

 

 望月が霧のワードを聞いて警戒している。…もしかして「要塞地下の黒いモヤ」のことを言ってる?

 

「あぁ、さっきから肌に纏わりつく嫌な感じがする。あの研究員の未知の技術もある、一回外に出て近くの島の住人たちに聞き込みした方がいいかもな?」

「うーん、金剛がまだ起きたばかりだし…もう少し様子を見て、そうしたらひとまずこの海域を出よう」

 

 僕の提案に頷く皆、シズマリ海域に戻って、近くの島で聞き込み調査だ。

 

「金剛、君は向こうで休んでなよ?」

「はい…うぅ、皆、面目ないデース…」

「気にすんなよ姐さん。今度はアタシと綾波が行ってやっから。…行こうぜ、綾波?」

「了承」

 

 金剛を望月たちに任せると、それぞれ持ち場に戻っていく…。

 

「…タクト、少し良いかな?」

 

 皆が離れた後、時雨が僕の元に近づいて来た。

 

「どうしたの?」

「うん、金剛のことなんだけど…僕の中にある違和感を、君に話しておこうと思って」

「違和感?」

「うん、彼女はやっぱり「僕の知ってる」金剛ではないようだね」

「っ、そうか…やっぱり時雨もそう言うかぁ」

 

 時雨と金剛は同じ「選ばれし艦娘」の一員だ。でも…加賀さんたちも言ってたけど、僕らの金剛は「海魔大戦時」の金剛ではないようだ。

 

 この世界の金剛は数々の艦娘の中でも最強だったけど、海魔大戦で沈んで今はもういないらしい(この世界では建造技術が封印されているし)。

 なら目の前の金剛は? という話になるけど…正直今まではっきりした答えは出ていなかった、金剛は居なくなったんだから、君は偽物「だよね」? という憶測の域を出なかったけど…。

 

「タクト、君は「今の」金剛がどういう存在か理解しているかい?」

「それがさっぱりなんだ。今までは何も問題はなかったから考えないようにしてたけど…研究員たちに狙われている以上、知っておいた方がいいよね?」

「そうだね。僕なら…君の求めている答えが何か分かるかもしれない」

「っ! そうか…時雨の「液体を介して心を読む」能力なら、分かるんだね」

 

 僕の問いに頷く時雨。

 

「うん。でもおかしいんだよね、さっき僕は金剛じゃないとは言ったけど…薄っすらとだけど「懐かしい感じ」もするんだよ」

「っえ、どういうこと?」

「分からない…僕の知ってる金剛の気配も、彼女の中に存在してる…ということかな?」

「…二重人格?」

「それにしては片方の人格の気配が薄すぎるね? 今にも消えてしまいそうな感覚だし…」

「そうなの? 僕らが目にした金剛はそんなことなかったけど?」

 

 スキュラとの戦いで覚醒した金剛は、まるで豹変したように圧倒的な実力であの怪物を瞬殺した。あの大きすぎる存在感を否定することは出来ないよね?

 

「…君の心を読ませてもらった。なるほど…そんなことが」

「どうかな? 時雨からみて金剛は…?」

「…何とも言えないかな。不確定な要素が多すぎるけど、あの金剛にはなにか「引っ掛かる」感じもする…そんな気がするんだ」

「ねぇ、妖精さんはどう思う? 金剛って本当は死んでなかったとか?」

「…そうですね」

 

 いつもの緩い返答でなく、どこかそっけない。妖精さんがこういう対応するときはいつも…。

 

「妖精さん、やっぱり金剛について何か知ってるんだね?」

 

 僕の問いを肯定するように話をする妖精さん。

 

「それを言うのは簡単ですが、拓人さんたちが自分自身で見つけるのが一番なんです。幸いと言いますかこの海域に「手がかり」があるでしょうから」

「それって…このボウレイ海域に「答え」があるってこと?」

「その通りです、この一連の事件を解決に導いた先に、必ず彼女が何であるかの「解答」があるはずです」

 

 …なるほど、確かに妙だとは思っていた。

 

 あの研究員は、望月の意識を乗っ取っている状態で金剛に接近していた。黒幕の仲間だったら後ろから不意打ちで金剛を捕まえるのが本当だろう。…だがアイツは、彼女をどこかへ「逃がそう」としているように見えた。それどころか金剛を僕に任せるとも。

 

 つまり…黒幕と研究員とは「どこがしかで意志の違い」がある…。

 

「もし…あの研究員が僕らの話を、素直に聞いてくれるようになれば」

「確かに研究員なら、少なからず情報を持っているはず。しかし…あの状況を見たら、そう簡単に捕まるとは思えないな? だからこそ僕がここにいるのだろうし」

「時雨さんの言うとおりですねぇ?」

「大丈夫だよ、少なくとも黒幕みたいな「問答無用」な感じはしないし、キッカケがあればなんとでもなるよ!」

「ははっ、そうだね。君はキミの心の赴くままに行動すればいい、サポートは僕らに任せて…ね?」

「時雨…ありがとう!」

 

 時雨の励ましを受けて、僕は改めて金剛を想う。

 

 彼女がニセモノだろうと、もう関係ない。…金剛は「金剛」だ、僕はそう信じる…信じたいんだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 一方、暗がりの部屋に一筋の明かり、その薄明かりを見つめる男。

 

「……」

 

 無言で見つめる男、その光はある人物を映し出す。

 

『──この世界は「ループ」する運命にある』

 

 低くゆっくりと、唸るように呟かれる言葉。

 

『繰り返される戦い、それと共に増長する憎悪…人類はそれが滅びの道と知らず、己が欲望を満たすため力を求める。…人がヒトである限りそれは変わらない、だからこそ我々が「救わねば」ならない』

 

 その何処を見つめているか判らない背中に向かい、男は静かに頷いた、

 

『どうやら奴らは我々の計画に勘付いたようだ。その証拠に…あの男が送り込んだ木偶とその配下のガラクタが、私の実験場に姿を見せた。まるで低次元の話しかしないがな? アレが特異点だなどと未だに信じられん』

「…特異点」

『返り討ちにし、そのついでに器の乙女を手に入れようと考えたが…結論を出すと「無理」だ。順調に馴染んでいる様子だったが、その実「ヤツ」の力は我々の予想を上回っていた。あれはコントロール下に置くのは難しいだろう』

「…そうか」

 

 その言葉を聞いて、男は安堵したように息を吐いた。

 

『おまけに、木偶の力によってガラクタが私の人形を破壊し、形成逆転とでも言うように私を「捕まえる」と言うのだ。あの神聖な奇跡の力を、さも自分だけの特別な能力と言わんばかりだ。…全く勘違いも甚だしい、奴らの好きにはさせん。先ほど「機獣セイレーン」を起動した、もうこの要塞も長くないだろう』

「…っ、相変わらず…容赦ないな…!」

『容赦ない、などとお前は言うだろうが、我々には時間がない。邪魔者は徹底的に排除するべきだ。だが…仮に奴らがセイレーンを下した時、私は奴らに縄で縛られるか、さもなくば逃走を果たしただろう…まぁ、この映像を見ている時点で結果は知れているだろうがな?』

「…逃げ果せた、か」

『…ッチ、奴ら存外しぶとい。距離を置いて態勢を整えるつもりか? まぁセイレーンからは逃れられんだろうがな』

 

 何を見つめているのか、男には判らないが…彼が「焦っている」ことは理解出来た。

 

『俺はこれから計画を急がせる。”ユリウス”、もし万が一奴らか、あの男の刺客がそちらに来ることがあれば…必ず「始末」しろ、いいな?』

 

 それだけ言うと、映像が消える。再生終了、男…「ユリウス」と呼ばれた研究員は大きく息を吐きながら眉間を押さえた。

 

 彼はTW機関という研究組織の元構成員である、今しがた視聴した映像に出てきた男は、彼と同じ研究員だ。

 

 彼らは互いに共通する計画を遂行するため、様々な非道な実験を繰り返してきた。当然許される行為ではないと理解しているが…彼はそれを「世界を救うため」と見てみぬふりをしてきた。

 それというのも、彼らは当時の機関の研究を通して知ってしまった事柄があり、それを止めるために研究の継続と更なる実験が必要だった。半ば言い訳かもしれないが、ここまで来てしまえばそんな悠長なことは言えなかった。

 自らに命令を下したリーダー格の男…「ドラウニーア」は出会った時から何かに取り憑かれたように研究に没頭し、そしてこの世界の危機を突き止めた。

 その元凶の最たるものは「艦娘」。他ならぬ自分たちの先祖が作り上げたものだが、それが間違いだったと狂気に満ちた眼で語りかけた。

 ドラウニーアが何故そこまで彼女たちを憎むのか、それは今現在も不明だが…世界が艦娘の存在により戦争の機運が高まっていることは確かだ。彼らの研究の成果が正しければ…世界は「滅びる」確実に。

 そこでドラウニーアとユリウス、そして「マサムネ」の三人は機関の下を離れ、滅びのループより世界を救うため動き出した。

 …実験資料を残さず持ち逃げたのだ、連合は血眼になって自分たちを探しているだろう、だが捕まるわけにはいかない、犠牲になった人々や仲間たちのためにも、我々は「艦娘」を滅ぼしてでも世界を救わねば…。

 

「…それが正しい行動なのか、立証は出来ないがな」

 

 彼は誰に言うでもなくポツリと呟いた。…立証が出来ないとは研究者失格だろうか? そう自嘲の笑みを浮かべる彼の真実には、何が映っているのか…?

 

「…さて」

 

 彼は暗がりの部屋から廊下に出る、そして少し歩いた先のドアに手をかける。

 

 …そこには、点滅を繰り返す色とりどりの光。それらを映す機械は何かの装置のようだ。その後ろには…カプセルに設置された「白き姫」。

 

「(さっきは試しに動かしてみたが…やはり肉体と波長が合わなかったようだ、糸が切れたように倒れてそのままだった。…長くは持たない、やはり”作り物”では不足か)」

 

 何事かを思考すると、徐に頭に装置を取り付けそのまま機械に指を触れる。

 

「データ入力完了、対象にデータ読み込み開始、ダウンロード…バックアップ構築…ボディシンクロ開始…上昇率にタイムラグなし」

 

 淡々と状況を読み上げる彼の見つめる画面には、機械に入力されたデータが反映されていた。それは白き姫にも影響が出ていた。

 

 

 ──ピクっ

 

 

 カプセルの中央の白き姫に、機械に接続されたコードが伸びており、コードから発せられた小さな光は機械から姫に向かい、吸い込まれるように彼女の中へダウンロードされていく。

 

「…成功だ」

 

 画面に「SUCSESS」の文字が浮かび、機械も役目を終えたように沈黙する。

 

 カプセルの開閉口が開くと、先ほどと同様に白き姫が…すると。

 

『…これでいいかな?』

 

「…これでいいかな?」

 

 同時に声を発した彼と姫、動きも寸分違わずシンクロしていた。

 

「ボディの反射神経と運動能力を確かめたいが…時間がない、この研究所もいつ気づかれてもおかしくない」

 

 そう言うと姫は身体のコードをぶち切りながら歩き、彼の横を通り過ぎると、そのまま部屋を出ていく。

 

「…全く、こんな荒業は本来なら御免被りたいが…状況がじょうきょうだからな、仕方ない」

 

 そう愚痴をこぼす彼の眼に映るのは、頭に取り付けた装置越しに見る深い海の底のような揺らめく画面、画面は徐々に上昇していき…霧深い海面へ浮上する。

 

「奴らは…」

 

 画面に表示される情報に目を通す、そこには森林の木々に取り付けたと思われる隠しカメラ、その映像から「拓人たち」の姿が。

 

「ふむ、どうやら外へ出るようだな。しばらく様子を見ながら…距離をとり見守るとしよう」

 

『シュルルル…』

 

 白き姫の下に近づく影、まるで蛇のような怪物だったが、ソレの口に何かが銜えられていた。

 

「…よし」

 

 姫はそれを受け取る、身の丈ほどの「剣」を軽々振り回し、背に納める。

 

「行こうか…」

 

 短く合図すると、白き姫と大蛇はそのまま霧の中へと姿を消した…。

 

 その様子を彼は「海中深く」から静かに見守っていた…。




 …ん? 研究員の名前違う? シナリオ確認…あっ(察し)。

 ま、まぁ一応意味はあるしこのままで…ね;


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呪いの正体

 さぁ、ややこしくなって参りました。

 作者も頭から煙を吹き上げながら書いております、ハイ。


・・・・・

 

 

・・・

 

 

・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖精さん『話の流れをぶった切り、私さんじょ〜!』

 

『うふふ〜、びっくりしました? 今までこういう介入はしなかったのですが…そろそろ明言しておかないといけないことが出来まして〜…金剛さんのことなのですが〜?』

 

『とりあえず物語もある程度進んだので、彼女がどういう存在なのか…まだまだなんとなーくですが、これから説明していきたいと思います〜』

 

『…あぁ、この空間は「めめたぁ」も許されるようにしました〜。ほら、拓人さんたちも居ませんし…え、分からない? うふふ〜この物語は「考えるよりも、感じること」推奨です〜♪』

 

『論より証拠ですよね〜? 先ずは…こちらをどうぞ〜! BGMもお忘れなく~☆』

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──物語の一定フラグ回収確認…。

 

 金剛のプロフィールに新たな記述が追加されます!

 

 

 

・使命(カルマ):提督の思い

 

 

 

 ──其は、愛と運命を掴み取る者。

 

 

 長い年月が育む愛、一目惚れの恋…そこに差異など無いと、声高らかに宣言せし、無償の愛を捧ぐモノ。

 

 ”…その記憶に一切の迷いはなく、例え自分が「自分」でなくなろうとも彼女の意志は変わらない。

 

 守るモノとして、金剛として最後まで提督のために戦い続ける。…それが「偽りの感情」だとは知らずに…。”

 

 

 金剛の好感度開示…。

 

 

 金剛の好感度:4

 

 

 ※一定のフラグ回収後、金剛の「アンダーカルマ」が開示されます。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『はい〜、この場合のフラグとは「ある一定以上物語が進んだ」ことを表します。金剛さんの場合は「彼女の隠された真実に近づいているか」を表します〜』

 

『要するに〜! 金剛さんだけ、今どれだけ好感度を上げても、物語が進まないと「アンダーカルマも、改二改装可能」も表示されません〜。私が過去に彼女を「鉄壁のメインヒロイン」と呼んだのは、この特別な仕様のためですねぇ?』

 

『…とはいえ、アンダーカルマ辺りは、近いうちに明らかになると思います。何せ彼が…いえ、なんでもないです』

 

『金剛さんは、お察しのとおり海魔大戦時の金剛とは「別人」です。では彼女は何なのか…それについても、これからの物語で解き明かされます〜』

 

『薄々彼女の正体に気づいている方もいらっしゃると思いますが、どうか私と一緒に、金剛さんや他の艦娘たちと、彼女たちの「物語」を見届けてほしいです。はい〜』

 

『最後に…この物語が、誰かの「幸せ」になりますように…今度こそ、この「()()」を果たせますように…!』

 

『…うふふ〜、ではそろそろ拓人さんたちの様子を見てみましょー! でわでわ〜』

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「ほい、大将。用意出来たぜ?」

 

 望月がそう言いながら「腕輪」のようなものを手渡してくる。受け取りながら僕は尋ねる。

 

「…ナニコレ?」

「前に言ったろ? アンタ専用の艤装作ってやるってさ。ソイツはベベと同じ「可変可動鉱石(メタモルフォーゼ)」っつう石で出来てんだ。アンタの声や思考に反応して何にでもなってくれるぜ!」

 

 得意げに話す望月、そう言われてもピンとこないなぁ? どう見ても普通の腕輪にしか見えないし。

 

「でも試しに。…剣!」

 

 この場合は「トランスフォーム!」とか言った方が良いのかもだけど、単語で反応するかも確認したい。すると…「カションカション」と気持ちいい音を立てながら腕輪は形を変える、うん。ちょっと小ぶりだけど確かに剣だ。

 

「流石望月だと褒めてやりたいところだぁ(ブ○リー)」

「フフ、最高の科学者であるアタシに隙はないっ、というワケさ!」

「…分かってて言ってるよね?」

「うんにゃ、アタシの能力的に相手の考えに沿った言葉も自然と思い浮かぶみたいだ」

「つまり理解力:EXですかぁ?」

「はい…(ブ○リー)」

「もっちー、君は天才であり僕の生涯の友だ」

「あぁ、アタシら「ズッ友」だよな…!」

 

 二人は熱い握手を交わす。勢いって怖いね?

 

 ネタが通じて感極まった僕はいつも以上の「わけわかめ」な言葉で望月と永遠の友情を誓い合った。好感度が上がったおかげか望月もノリが良くなったから、ツッコミ役が欲しいところ。

 

「(天龍)何をアホな事をやってる。タクト、意味の分からない言葉ばかり言うな、場が混乱しかねん。望月も少しは制止しろ、科学者の名が泣くぞ」

 

「…うーん」

「イマイチだなぁ?」

「もっとこう…「なんでやねん!」みたいな勢いというか…ねぇ?」

「ほう? 斬り殺すぐらいで行けと?」

いやぁ~クールなツッコミ最高ですね!(手のひら)

全くだな!(クルー)

 

 …茶番もほどほどにしとこ。僕らは宿屋の寝床から出るとそのままある場所へと向かう…。

 

 

 

 ここは「シズマリ海域」の近くの島、その村の中。

 

 

 

 僕らは金剛の体調が回復した後、一時ボウレイ海域を離れる。

 霧が晴れ、晴天の海に戻って来た…なんだか、晴れ間が見えるだけで清々しい気分になるよ。

 そして、近くの人気(ひとけ)のある島に行って、情報を集めるため村へ赴いた。

 

 …その中で、僕らはこの海域で起こる怪異を目にしていた。

 

 その村には「呪い」の被害に遭った人々が多くいるようで、犠牲者の変わり果てた姿が散見された…その有様は酷いものだった。

 そんな死屍累々の惨状を摺り抜け、僕は呪いの被害にあったという情報提供者の家を訪れ、呪いの犠牲者となった女性の夫の部屋を覗かせてもらった。

 

「…っ!? これは…!」

 

 

 そこには何かに苦しみ抜いたように、部屋の惨状が広がっていた。

 

 

 乱雑に散らかる家具、ベットのシーツはボロボロに破れ、壁には無数の引っかき傷。

 この殺伐とした異様な雰囲気は、果たしてこの部屋を荒らしたのが「人なのか、獣なのか」疑問に思うぐらいだ。

 死体は既に連合が引き取っているらしく、その場にはなかったが…ありありと当時の無残な情景が思い起こされた。

 

 呪いの犠牲者の家族は、その時の様子を以下のように話す。

 

「いきなり悲鳴が上がって、部屋に入ったら奇声を出しながらそこら中荒らし回って。どうしたのって聞いても何も答えてくれなくって、代わりに「俺の中に入ってくるな」って言うだけで…血走った目で、どこを見てるのかも分からなくて…怖くて…」

「……」

「どうしていいのか分からずに眺めていたら、急にけたたましく叫んで、そこから泡を吹いて倒れて…そこから意識がなくなってしまって…私…何も出来なくて…どうしたら良かったのか…っ!」

 

 ご主人の変わりように驚き何も出来ず、必死の抵抗と断末魔の叫びを上げる彼を、ただ茫然と立ち尽くし見ている他なかった…か。

 後悔を噛みしめる女性を視界に収めながら、僕は確かに実感した。これが「呪い」…人々の生活を脅かす亡霊、か。

 

「…そうでしたか。すみません、そんなお辛い話をさせてしまって」

「…いえ、連合の提督さんなら信用出来ますし、彼みたいな犠牲者をこれ以上出さないために、情報は惜しみません。でも…必ず原因を突き止めてくださいね?」

「はいっ、お任せください…!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 …こうして一旦聞き取り調査を終え、情報の整理をする僕らだったが…?

 

「噂のゴーストで間違いないデースね?」

「そうだね金剛。被害に遭われた人の特徴も一致しているし…問題は「誰が、何のために?」…だけどね?」

「…あの研究員の仕業だ」

 

 天龍の断言には理由がある、あの時研究員が行った「不可思議な現象」…艦娘の身体を”乗っ取る”ということは、呪いと通じるものがあった。

 

「そうだね天龍、まだ確かな証拠はないけどあの研究員がやったことは、ほぼ間違いないと思う」

「だねぇ、アタシに対してあんな術仕掛けやがるんだからな」

「…望月大丈夫? 恨み節にしか聞こえないけど?」

「そりゃ悔しいからね〜、今度会ったら倍返しさ? ヒッヒ!」

 

 皮肉笑いをしながら闘志を燃やす望月、頼もしい限りだ…やり過ぎないか心配だけど。

 

「うーん、でも…魂を他人の身体に憑依させるだけで、あんな風になるなんて」

「僕は心を見れるから言えることだけど…ニンゲンの心は「とても不安定」なんだ、器一杯に自我意識があるのに、そこから更なる容量を器に注ぎ込もうとすると…それだけでも精神に異常が出ることは想像に難くないよね?」

「時雨の言うとおりだ。精神ってのは虚ろなもんだから、何らかの形で別の意識が入ろうとすると、余程のことが無い限り元の意識の「主導権を奪われ」ちまうんだ」

「…呪いってさ「他人の精神を自分の精神に上書きする」ってこと?」

「んー、少し違うな。一つの身体に「二つの精神」が在る、ってことさ? 精神異常者とかいるよな? 二重人格とかあーいうの?」

「あー…分かるような、分からないような?」

「乗っ取りとか憑依とかも、一時的に二重人格になっちまう構図なんだが…普通のニンゲンには別の人格を受け入れる耐性はないからなぁ。乗っ取った人格が、乗っ取られた人格にどう影響するのか…それこそ「分からない」がな?」

 

 望月が発した言葉は、何よりも恐ろしい事態だった。

 

 要するに、他人の魂に自分の魂が消されちゃうかもってこと? だとしたら…どんな死よりもゾッとしてしまう。

 

「まぁ精神を乗っ取るだの憑依だの、非科学的にも程があるがな。そんでもコイツは目的ありきの”実験”は確実だ、例えば他人の精神に入り込んで「どれだけ発狂しないでいられるか」とか「ニンゲンの身体と精神の因果関係」とか。…何をしようとしてるかは知らないが、ヤツらがやろうとしているのは、そういった精神の限界を試す実験だろうさ?」

 

 研究員たちの目的、か。

 

 これは望月から内緒で聞いた話だけど…この世界は五十六様の出現により、それまでになかった文化が現れた。鋼鉄の武装や爆砲、それらを用いた軍事的活動。後年の世界にも大きな影響を与えた…そもそも紛争が今日まで続いている理由だって、彼が残した艦娘が原因だって話だし。

 TW機関は、五十六様の遺した技術の解明と昇華が目的…ならそれらの先にあるのは?

 

「科学」…望月が言うには「超化学」がそこにあるらしい。

 

 それらを機関メンバー並びにドラウニーア等三人の研究員も有していたという。でなきゃ「艦鉱石」やら「機獣」なんて作れないだろうし、この世界の魔法やら錬金術の存在があるから、化学研究の過程で「科学で証明できなかったことが出来た」んだろう。あの魂を移動させる術も、相手を乗っ取る術も、そういった超化学の賜物だろう。…こんなこと今更かもしれないけど?

 僕が言いたいのは、そんな超化学を用いてでも彼らが「証明したいこと」は何なのか? ってことだね。…まぁ、望月から「あんまり機関の情報(超化学について)は公にすべきじゃない」って言われてるし。

 なんでもこの科学という技術自体、この世界にとってまだ未知の技術であり、それらによる文明の急速発展に長期的な見通しが立っていないそうだ。確かに…僕らの世界でも何十年も時間をかけて連綿と研究され続けてきているけど、未だに奥が深く終わりが見えない。下手したら文明そのものが滅ぶかもしれない、ゆっくりと浸透させていくべきだ。

 それに事実として公表したとして、あの要塞で非道な事件を起こした外道が何を仕出かすか分かったものじゃなかった。更に妖精さんからも、その場でそれとなく諭されたので「ヤツにとって都合のいい展開を招く可能性」が出てきた。…この場はそれとなく流すしかないか。

 

「因みに艦娘は取り憑かれようが、艦鉱石とマナがある限り精神が消されることはない。それでも憑依されたら身体は乗っ取られちまうがな?」

「…なんでそんな実験を繰り返してるんだ?」

「さぁな? だが…アイツらの実験に巻き込まれた被害者は数知れない。早急に止めるべきだ、なんとしても」

 

 天龍に賛同の意思を込めて頷く僕ら。さて…これからどうしようか?

 

「まずは…ボウレイ海域でまた虱潰しに研究員の居場所を探すか」

「うん、でも…地図に載ってる島は粗方調べたから、探し方を変えないと」

「ウィ。しかしコマンダン、まずはあの霧を何とかせねばならないかと? 視界を確保すれば見逃していた場所も見つかるやもしれません」

「霧を何とかする方法かぁ。…うーん、どうしたものだろうか?」

 

 僕らが頭を悩ませていると、我らが望月氏が名乗りを上げた。

 

「なぁ大将、ちょいと時間くれりゃ、あの霧ぐれーならなんとか出来るぜ?」

「本当に望月? 出来るんだったらそうしてほしいけど…?」

「おぅ、ついでに色々対策しとこうや。翔鶴、アンタも確か霧をどうにかしたいって言ってたろ?」

「えぇ、お願い出来るかしら?」

「任せな。…ヒッ、関係ないけど翔鶴、アンタちょっと変わったか? 最近は物腰柔らかくなったっつか」

「そうする必要がないだけよ? 今は足手まといになりたくないから」

「そう? 僕的には優しくなった方が翔鶴のイメージだけど」

「貴方の元の世界のこと? ふーん…貴方は、その方がいいの?」

「えっ? …ーん、イメージ的にはそうなんだけど…今の僕はここにいる君がいい、かな?」

「っ! そ、そう…? 良かった…///」

 

 …ん? 何そっぽ向いたりして? またいけないこと言っちゃったかな?

 

「拓人さん…そんなだから中々好感度が上がらないのですよ?」

「え? 妖精さんそれどういう意味?」

「もぉ…」

「妖精、タクトは人に好かれることに慣れていないだけだ。その内嫌でも理解出来るだろう」

「…天龍さんがそこまで仰るなら大丈夫でしょうね?」

「あぁ、コバヤシ程ではないが、俺も見る目はあるつもりだ」

「…んん? ホントになんの話??」

 

 よく分からないけど、とりあえず話は決まったかな?

 望月が霧やらの対策の準備をする間、僕らは研究員の居場所の特定を急ぐため地道な聞き込みを続けようと思った。…しかし?

 

「おぉい! アンタら連合の人だろ?」

 

 村の住人らしき男性が僕らの方に走ってくる。何かあったのだろうか?

 

「どうしました?」

「いや…どうもウチの知り合いが沖に出てたらしいんだが、その知り合いが…」

 

 なんでも漁に出かけた方々が帰り路についていると、遠くに深海棲艦らしき影を見た、という…しかもそれは。

 

「ソイツは全身真っ白なヤツだったって言ってたんだ」

「っ! 深海棲艦の姫?」

「霧の海域から出てきたのかな?」

「分からないけど…ねぇ時雨、今更だけどこの世界じゃ「姫」はどういう立場なの?」

「ふむ…姫は深海たちの上位種と言われているよ? あまり人前には姿は見せないけど、そのどれもが艦娘と似て非なる容姿をしている。強さも一際大きなものだよ」

「こっちではそういう感じなんだね?」

「大将とこでは違うのか?」

「ん、あくまでフィクションだけど。人類は深海棲艦と終わりなき戦いを続けていて、ヤツらは世界各国の拠点を次々と襲っているんだ、まるで軍隊のように。姫たちは雑魚深海艦たちの司令塔をやってるんだ」

「なるほど、俺たちのも似たようなものだが、各々が好きに暴れている印象だな? 隊列こそ為しているが、人類転覆とか策めいたものは感じないな?」

「まぁだがそれこそ下手な軍団より厄介だろうな? あの黒幕がレ級のヤローを従えるみたいにな?」

 

 天龍と望月の説明に納得する僕、でも…それなら何の目的で人前に姿を現したのか?

 

「あの、その白い影は他に何か特徴は?」

「えっ? そうだなぁ…何かデカイものを背負ってるって聞いたが? …なんだったか?」

「…っ! タクト、どうやら近くに来たみたいだよ」

 

 話の途中に時雨が海の方角を指している、彼女の探知能力に引っかかったみたいだ。

 

「どんな感じ?」

「ここから2、3キロにいるみたいだ。海の上に一人、動いているわけでもない、まるで何かを待っているみたいだ」

「…どう思う望月?」

「ぜってー罠。」

「(天龍)俺も不用意に動くことは避けるべきだと思う」

「…んー、このまま聞き込みを続けても、収穫なさそうだしなぁ」

「……あ、あーっ! そうだ思い出した!」

 

 男性が今まで考え込んでいたらしく、大声で叫んで思い出した内容を話してくれた。

 

「ソイツの話じゃ、白いヤツはいきなり漁船内に乗り込んで来て、暴れ回ったそうなんだよ」

「っ! 怪我人はいませんでした?」

「幸いか全員無事なんだが、その白いヤツは「身の丈ほどの大剣」を担いでたそうで、狭い船内でぶん回してたそうなんだ。おかげで浸水しかけたって、ソイツもぼやいててさ?」

「…っ!」

 

 一瞬だった。今まで静かに話を聞いていた綾波は、途端に血相を変えて一人でに走り出していた。

 

「綾波っ!? どうしたの?」

「おい、なんでもいいが一人で行動するな! 敵の思う壺だぞ!?」

「…聞いていないみたいだ、どうするんだい?」

「追いかけよう!」

「いや大将、ここは二手に分かれようぜ? アタシも霧対策のために時間がほしい」

「なら、望月と野分と天龍はここに残って。何かあってもいけないから、村の人たちを守ってあげてね?」

「ウィ!」

「分かった。タクト、綾波を任せたぞ」

「うん!」

「なんか大変なことになったな…すまん、俺が不用意なことを」

「いえ、仕方のないことなので。それより何かあるといけないので、深海の姫が近くまで来ていることを皆に知らせてください!」

「よしっ、任せろ」

 

 こうして僕と金剛、翔鶴、時雨は綾波を追いかけて深海の姫の待つ海へ…果たして、誰が待っているのか?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『さて…この辺りでいいかな』

 

『あれだけ派手に暴れたんだ、奴らは必ず来る。…彼らとはどうしても問い質さなければならないことがある』

 

 白き姫は独り言ちに呟く、すると自然に彼女の「口角が上がる」。

 

『…? なんだ、何を笑っているんだ? …エモーショナル値は正常、ボディシンクロにも不備はないはず。…っふ、今更…あんな「惨状」を引き起こしておいて、私に笑う資格などないというのに』

 

 彼が思い起こしたのは、実験と称して行われた「人間の精神の限界を試す」実験である。

 外道の所業なのは百も承知、全ては彼らの目的を果たすため…。

 

『だからこそ、彼女には何処か遠くに行ってほしかったが…』

 

 どこか悲しそうに、虚しそうに、白き姫は憂いの表情で待ち人の到来を待つ。

 …その一方で、彼女の口角が不意に上がる理由を「彼は」知る由もなかった。



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鋼が屈する日

 シズマリ海域の海上にて…。

 

「はぁ…はぁ……っ!」

 

 綾波は一直線に波を掻き分け進んでいた、その先に待ち受けるものは。

 

「…っ!」

 

 綾波は目の前に人影を認めると、波をブレーキに歩みを止めた。

 

 そこに佇んでいたのは…?

 

『……』

 

 白い影のシルエット、背中まで伸びた髪も、スラリと細い脚も、肌までも儚く、美しさを感じる「真っ白」だった。

 その身に羽織るマントは白緑で、薄汚れところどころが破れてボロボロだった。そんな彼女の瞳は一転して「憎悪を象徴する真紅」に染まっていた。

 そして…綾波が真っ先に目に付いたのが、彼女が背負っている「得物」…それは剣身にも細やかな意匠が施された「大剣」だと分かる。

 

「そ…その剣は……っ、そんな…っ!」

「綾波!」

 

 拓人たちは綾波に追いつき側に寄った、拓人が顔を覗き込むと、綾波はこれまで見たことがないぐらい恐怖に引き攣り、瞳孔は定まらず狼狽していた。

 

「綾波落ち着いて、一体何が起こったの?」

「……団長…!」

「アーヤ、しっかりするデース!」

「…駄目だ、すっかり気が動転しているみたいだ」

「あの深海の姫がどうしたの?」

 

 拓人が呼びかけると、綾波は途切れ途切れだが言葉を繋げた。

 

「団長…あの人は……っ、私たちの…騎士団の…団長…」

「っ!」

「何ですって!?」

 

 翔鶴と共に驚愕の表情となる一同。

 つまり目の前の「姫」は、艦娘騎士団の元団長。騎士団が事実上の崩壊をした日、行方が知れなかった艦娘かもしれないと言うのだ。

 

「そんな…!」

「団長っ!」

 

 綾波が白き姫に駆け寄ろうとするが、直前で拓人に肩を掴まれる。

 

「落ち着いてっ! 不用意に近づいちゃダメだ!?」

「何かの間違いなんです! 彼女がこんなところで沈むわけない!! 私と約束したんです「必ず戻る」って! だから…だから……っ!」

「アーヤ…」

 

 今日まで鉄面皮を守ってきた綾波は、狂ったように叫び、涙に濡れた顔は砕け散る寸前だった。

 その瞬間拓人は理解した。綾波にとって目の前の深海の姫が、どれだけ大切な人物であるかを、彼もまたそういった経験があるので気持ちは痛いほど分かった。

 

「綾波…」

『来たか…特異点』

「…っ!?」

 

 聞き覚えのある声が響く、それはボウレイ海域にて出会った「研究員」の声。厳密には声を聞いただけだが、白一色の麗人から想像つかない「低い男の声」が木霊した。

 

「お前は…あの時の研究員!?」

「…成る程、あの時の望月みたいに取り憑いているみたいだね? まさか深海の姫にまで取り憑くことが出来るとはね」

「本当に、取り憑いていると言うの…綾波たちの団長に……っ! なんて酷い!」

 

 金剛は敵対する白き姫、彼女を操る研究員に対し惨たらしいと非難した。

 

『…そうか、惨いと思うか。ならばその恨みは受け入れよう、こうして君たちを誘き寄せたことは事実だ』

「っ、やっぱり罠だったか。どうして僕らを? お前は何をしたいんだ!」

 

 拓人の問いに、白き姫は静かに拓人一行を見つめ…問い返す。

 

『君たちは…本当にこの先に進むつもりか?』

「何?」

『この世界は、君の肩の上の「神」によって創られた。もちろん…この世界が辿るべき「運命」も』

「…っ!」

 

 神と呼ばれた妖精はひどく驚いた様子で、研究員が取り憑いた艦娘の成れの果てを見据える。

 

『特異点、君は騙されている。この世界は破壊と創造を繰り返している、しかしこのままいけば、いずれ何もかもが滅びる。艦娘が戦いを止めない限り、人が艦娘を求める限り、そのループは決して変わりはしない』

「っ! 妖精さんが世界を滅ぼそうとしているだって…ふざけるな! 妖精さんはそんなことしない!!」

『いいや、君も提督であるなら嫌でも見ている筈だ。艦娘たちが「要らぬ戦い」を引き起こし、戦争を長期化させている現状を』

「…っ!」

 

 そう言われた拓人の脳裏に浮かんだのは「トモシビ海域」の住人たちだった…彼らは戦争により居場所を失った、その戦争を長引かせたのは…。

 

『艦娘という概念を生み出したのは誰か、などどうでもいい。君だろうとイソロクだろうと関係ない。人は愚かだ、それでいて自らの罪に気づかず、そのまま脆く崩れ去る…君もそれは理解しているだろ?』

「それは…っ」

『分かるか? 神が艦娘という「誰にでも手に入る力」を受け入れた故に、力を求める人間、それに応える艦娘、それにより崩壊の道を辿る世界…この因果関係が成り立ってしまった。そしてその先に待つものは…何もかもが消え去る「滅亡の未来」だけだ! 私は…その未来を食い止めたいだけだ』

「…だから、多くの人間を犠牲にして…いいって?」

『……っ』

 

 犠牲、その言葉を聞いて苦い顔になる研究員。

 

『理解している。許されることではない、だが…我々が動かなければ世界は…!』

「…世界だって? そんなに「世界」が大事なのか! お前は…」

「…答えて」

 

 拓人が更に追求しようとすると、その前に綾波が白き姫の前に進み出た。

 

「団長は…死んでるの?」

 

 その瞳に光はなく、黒く淀み切った双眸は絶望を色濃く映していた。

 

『…君の問答の意図が理解出来ないのだが?』

「答えて…貴方が団長を「殺した」の?」

『何…?』

「あ、綾波…?」

 

 困惑する研究員、拓人は綾波の変貌の兆しに慄く。

 

 …程なく、思い出したように研究員は呟いた。

 

『そうか…君は艦娘騎士団の』

「…っ!」

 

 闇に染まった瞳から、憤怒の業火が噴き出す。

 

『…そうだ、これは君たちの「団長」と思ってもらっていい。()()()()()…』

「…?」

 

 拓人がその言葉の「違和感」に気づいたのも束の間、綾波は得物の大斧に手を掛ける…"殺気を放ちながら"。

 

「何故殺した…?」

 

 彼女の怒りと静かな殺意が空間に伝わり、張り詰めた空気と化す。

 

許さない…っ!

 

 斧を構えながら一気に距離を詰める綾波、拓人たちはその瞬間に対応できず彼女の愚行を許す形になる。

 

「綾波っ! 駄目だ!!」

「っく! 姫級に一人で立ち向かうのは無茶だよ、止めないと!」

 

 時雨の言葉に頷き、各々が戦闘態勢に入った。…果たした綾波の運命は…?

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 ──敵艦補足、合戦準備 …

 

 

拓人

金剛

綾波

翔鶴

時雨

 

vs

 

謎の白き姫(研究員)

 

 

勝利条件:謎の白き姫の撃退

 

敗北条件:綾波の戦闘不能

 

 

 

 …戦闘開始 !

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「……っ!」

 

 綾波の全霊を込めた一撃、その一撃を難なく防ぐ姫。

 

『…人の話を聞かない娘だ』

 

 冷徹に吐き捨てると、大きく剣を振り上げ綾波を弾き飛ばす。

 

「…っ!!」

 

 二撃、三撃と必殺の斬撃を繰り出す。そのどれもが今までの彼女の全力の一撃を超える迫力、破壊力だった。

 しかし…白き姫はそのどれもを捌ききる。大振りでありながら高速の斬撃の応酬は、次元を超えた戦いだった。

 

「うあぁ!!」

『っ!!』

 

 綾波の断撃を大剣で受け止め、またも振り払う。だが…彼女は決して攻撃の手を緩めなかった。

 

「何故殺した、答えろっ!」

『今の君に答える義理はない』

「団長がお前たちに負けるはずない…あの人は約束した、きっと帰ってくるって! だから…私はぁ!!」

 

 綾波の怒気のこもる言葉に、白き姫はどこか不機嫌そうに眉をひそめる。

 

『そうやって希望をもつ「フリ」は止め給え。君たちが争いを求めるからこそ、戦争はなくならず滅びの運命も消えない。君たちは…ただ戦いの中で己の存在を証明したいだけだろう? 兵器の道しか辿れない…虚ろな存在の君たちを証明するために、世界と人々の運命を狂わせた…!』

「違う…私たちはただ…世界に…平和と…秩序を…っ!」

『戦いに犠牲はつきものだ、それを知らない君ではないだろう? …君の団長も』

うるさいっ!! それ以上団長を侮辱するな!」

 

 声を荒げ、全てを否定する綾波。

 

 嘘だ、ウソだ、私は信じてる、信じていた、彼女は生きていると、ただ道に迷っているだけだと、だから…。そうやって己に言い聞かせ、現実を逃避する。

 

『君たちがそうやって戦いの果てにあるものから目を背けているから、犠牲はなくならないんだ、自業自得という言葉を知り給え、誰のせいで争いが無くならないと思っている!

 

「…っ!!?」

 

 

 ──誰のせいでこうなったと思っている!?

 

 

「そんな…」

 

 お前の殺した団長だ…っ!

 

「嫌…いや…イ…ヤ…っ!」

 

 返して…私たちの団長を…返してよぉ!!

 

「…あ……あぁ…!」

 

 

 

 

 

 ──またね、綾波。

 

 

 

 

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

 

 

 

 

 その時、鋼鉄に守られた彼女の心が脆く崩れ去った。

 

『…っ』

 

 苦悶の表情を浮かべながらも、白き姫は崩れ落ち泣き叫ぶ彼女に、容赦ない一撃を掲げる、それは「処刑台の罪人を罰する処刑人」のようだった。

 

「──させないっ!」

 

 金剛がサイドから砲撃を仕掛ける、その攻撃は白き姫の傍にいる「白蛇の砲撃」により相殺されるが…?

 

『…っ!?、君は』

 

 平静を装っているが、明らかに動揺の声色を隠せていない。

 彼女が「研究員」であるなら、金剛は()に対しどうしても問わなければならないことがあった。

 

「貴方は誰? 私の何を知っているの? 私は…()()()?」

 

 …真実を知るべくこの海へ赴いたわけではない。それでも…あの「記憶」に何か意味があるのなら…その問いは必然だった。

 

『…この状況でその問いとは、君は馬鹿なのか! 知らずにいた方が幸せなこともあるのだぞ!!』

「貴方にとってはそうかもしれない。それでも…私は真実を知ったうえで前に進みたい、だって私は…」

 

『…っ、ぁあ! 何故こうも分からず屋ばかりなのだ!? ()()()()()()()()()()()()()()()()()!!』

 

「……え?」

 

 苛立ちの言葉が、頭の中で巡る思考を一瞬で凍結させる。

 

 目の前が真白い絵の具で潰される、穴の開いた心に更に「都合の悪い」言葉が届く。

 

『そうさ、そんなに知りたければ教えてやる! 君は「ゼロ号計画:被検体No.55」我らの計画の最終段階、”粛清の夜”の尖兵となるはずだった! だが…適合率の完璧であった君でさえ金剛になるのは「不可能」なんだ。君はただの…』

 

 

 ──()()()()()…!

 

 

「…っ!?」

 

 瞬間、彼女の中のナニカがひび割れ…粉々に砕け散った。

 

「…っう!?」

 

 それは、ダムが決壊し水が押し寄せるような感覚…。

 

 次々と記憶が蘇る…それは彼女が決して知ってはいけない「禁句(タブー)」だった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「何故ここに連れてきた! この娘はまだ…」

 

「この少女はいずれ「使える」。あの鬼神とのボディシンクロ率が完璧だった、こんな逸材は他とない。我々の計画には必要だ…」

 

「しかし…!?」

 

「艦娘を滅ぼしたのち、人類は思い知ることになる。…今まで自分たちが使用した道具がどれだけの「恐ろしい」代物であったのかを、な? であるなら…それを刻むのは彼女でなければ、鬼神…いや? 「魔神」金剛こそ終末の使者に相応しい! フフフ…フハハハハ!!」

 

「そんな…俺たちは世界を」

 

「そう、世界に混沌を与えし元凶たち、艦娘を根絶やしとし「愚かしい人間」を抹消し、選ばれし人間により新たな世界を築き上げるのだ。それは少数…それも一桁で収まらなければならない、俺たちと…俺たちに賛同する者だけで充分なのさ?」

 

「…っ、そんなものは」

 

「今更否定してももう遅い。貴様は世界を救うのだろう? 結構だ、だからこそ世界に相応しくない人間は排除するに限る。…せっかくの同士を消したくない、あまり機嫌を損ねるものではないぞ?

 

「…っ! ……」

 

「それでいい。…喜べ少女、今日からお前は「器の乙女」として余生を過ごす。せいぜい我々の役に立ってくれよ? フハハ…フハハハハ!!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「な…に……っ?!」

 

 記憶の断片、語るべきでなかった忌まわしき過去。

 

 それは金剛の「アイデンティティ」を破壊するには十分過ぎる…顔に手を当て、海の上で立ち尽くす金剛。

 

「金剛っ!」

 

 何事があったかは分からないが、研究員によって金剛が窮地に陥ったことは、拓人にも容易に理解出来た。

 しかして拓人の叫びも虚しく、金剛は歯を食いしばりながら精神の汚染、記憶の濁流に耐えていた。

 

「ワタし…私ハ…どウシテ…っ!?」

『そのまま大人しくしていろ。君に危害は加えたくない…が』

 

 白き姫は金剛を一瞥すると、今にも崩れそうになっている綾波を見下ろす。

 

「団長…だん、ちょう……っ!」

『…大切な存在を喪って自棄になるのは、生命を受けたモノに与えられた権利だろう。だが君たちは…戦いという存在証明に縋り付き、挙句世界を脅かす害悪に成り果てた。そんな君たちが我々と同じように「喜怒哀楽」の感情を振る舞うことが、私は許せない…!』

「…だんちょう…ごめん、なさい……ごめんなさい…っ!」

『…ッ、何故だ…なぜ争いを激化させた! 君たちがあの戦いでこの世界から消えていたら! どれだけ多くの人が不幸にならずに済んだと思っている!?』

 

 …綾波は答えない、否「答えるだけの余力が残されていない」のだ。絶望をその身に受けるだけで精一杯だった…。

 苛立ちが頂点を迎える。彼の”葛藤”を…知るモノは居ない。

 

『…ふざけるなっ! お前たちさえ居なければ…世界はぁ!!』

 

 振り上げられた断頭台は、確実に綾波の首筋に狙いを定めていた…。

 

 

 

 

 

 ふざけるなぁ!!

 

 

 

 

 

『…何っ!?』

 

 完全にノーマークだった。死角からの拳を避けきれず、白き姫は顔面に怒りの鉄拳を喰らうと、そのまま後ずさる。

 

『がぁ…っ!? 貴様…特異点…っ!』

 

 白き姫は対峙する拓人の顔を睨みつけた。拓人もまた綾波を守る形で、怒り心頭の形相で白き姫を見つめる。

 

「…お前は彼女たちの”思い”を知らない」

『…っ』

「彼女たちの存在意義は「守ること」なんだ。イノチを懸けて…見ず知らずの人々、大好きな人たちを守るために戦う…それが過ちだとか、間違いだったなんて絶対に言わせない」

『それが世界を歪ませていると、君は理解しているのか、このままでは世界は…』

 

「大事なのは世界じゃない、その上で生きて物語を紡ぐ「人間」だ」

 

『…!』

「その人間さえ間違いだって言うんなら…お前たちの”世界”こそ間違っている。そんな理想なんていらない、僕が…それを正してやる」

『…貴様ァ!』

 

 大剣を構え、拓人に斬りかかる白き姫。

 拓人も腕輪を盾に変形させて応戦する、重い一撃の一つひとつが拓人の全身を駆け巡る。

 

「ぐっ…!」

 

 だが拓人も退けない。後ろで茫然自失とする綾波を守るため、彼もまた傷ついてでも戦うと覚悟していた。

 

『何故だ…何故だなぜだナゼだ! 理解出来ないっ! お前は…なぜ戦い傷つくことを恐れないのか、その娘たちを庇い続ければ世界が滅亡に向かうんだぞ!?』

「例え…彼女たちが人を傷つけてしまったとしても、艦娘は…人間と変わらない、必ずやり直せる! 綾波が…そう教えてくれたんだ!!」

「…っ、司令官」

 

 綾波は瞳に光を灯し、拓人を見つめる。そんな彼の後ろ姿に…かつての「憧れ」を想起する。

 

「大丈夫だよ、綾波。僕が…君たちのそばに居るよ」

「…!」

『特異点んんん!!』

 

 必殺の斬撃が今まさに振り下ろされようとした…その時。

 

「水よ…!」

 

 拓人たちの周りに展開する、薄くそれでいて絶対防御の「泡」それは拓人たちを包み、白き姫の斬撃を弾いだ。

 

『っ! 選ばれし艦娘か…邪魔するなぁ!!』

 

 時雨の能力により堅い守りを得た拓人たち、後は…動きを封じることが出来れば。

 

「悪いけど…サポートをするって約束したから!」

 

 時雨の言葉と同時に、白き姫の身体に海水が、蔦が巻き付くように絡み取り、動きを封殺していく。

 

『っ! くそっ…!?』

「今だ、翔鶴!」

 

 空から現れた鉄翼の編隊が、大量の雨粒を運んできた雨雲のように中から爆弾を降らしていく。それは…翔鶴の「魔導爆弾」であった。

 

『ぐっ、氷結か…!』

 

 白き姫にまとわりつく水は、魔導爆弾の「冷気」によりその場に固定される。

 

『どうということはない、力づくで…っ!?』

 

 氷の拘束を抜け出そうとした白き姫だったが…刹那、目前に迫る「第二の魔導爆弾」を捉えた。

 

「魔導航空隊第二波、既に投入済みよ。…燃えなさい!」

 

 その言葉通り、爆弾は盛大に氷塊を砕き燃え上がる…爆発が止んでもなお煌々と火柱を上げ燃え盛る炎は、魔導爆弾の属性が「火炎」であることを言わずとも理解させた。

 

『ぐっ、ぐがああああ!? あ、熱い…っ!?』

 

 思わず身をよじらせ痛みから逃げ出そうとする白き姫、こちらに気をかける余裕はなさそうだ。

 

「時雨、金剛を頼む!」

「分かった!!」

「よし…綾波、ここは一旦離脱しよう。あれだけの傷ならそう簡単に追ってこないだろう」

「………」

「…っ、綾波…」

「仕方ないわね…ほら、逃げるわよ? 気持ちはわかるけど…」

 

 見かねた翔鶴が綾波の腕を掴む、拓人もまた綾波の腕を掴む。

 

「ありがとう、翔鶴」

「いいのよ、それより…村に戻ったら綾波の話をよく聞いてあげるのよ? 金剛もね?」

「分かった。…厄介なことになったなぁ」

 

 炎に包まれる白き姫の影を一瞥しながら、拓人たちは戦線を離脱した…。



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死神の奇襲、そして…。

 そして、の部分?

 お察しのとおりです()。

 スマヌ…話の構築下手ですまぬ…。


 ──シズマリ海域、近島漁村。

 

 拓人たちが必死の戦いを繰り広げている頃、天龍たちの目の前に「まさかの存在」が立ち塞がっていた。それは…?

 

「っ! 姿が見えないと思ったら…やはり、この海域に来ていたのか…!」

 

 彼女たちの目の前に、突如として現れた「戦艦レ級」。その眼に爛々と輝く狂気を湛えながら、天龍、野分、望月の姿を捉えていた。

 

「我々が二手に分かれる頃合いを見計らって、一番狙いやすそうな組を狙ったところでしょうか?」

「大方その辺りだろうな?」

「全く、宿屋で霧対策してたっつうのに。まぁ来るだろうっつー可能性は見越してたがな?」

「言ってる場合か望月。…というか、お前は宿屋にいて良かったのだぞ? ブレーン役を潰されるのは忍びないからな」

「ケッ! あのギザ歯が中途半端な実力ならそうさせてもらったがなぁ?」

「マドモアゼルモッチーの言う通りです。彼女は我々三人がかりでもどうなるか分かりません。例えマドモアゼルテンリューが彼女と同等の実力を発揮出来たとしても、です」

 

 望月と野分の懸念も仕方ないもの。

 戦艦レ級は、元々から異常な腕力、脚力、攻撃性能を保持しており、その執拗な殺意は、拓人たちをしても幾度となく立ちはだかる壁となった。

 故に彼女は斃れることを知らず、最期の最後まで何を仕出かすか分からない。天龍や、選ばれし艦娘であろうと…警戒は必須だった。

 

『キッヒ! キヒヒヒヒ!!』

 

 レ級の手の平に、黒い靄が集約する。それはやがて形を成し…首を狩る大鎌となった。

 

「ッチ、こういう時の綾波だなんだがねぇ?」

「諦めろ、無い物ねだりしてもどうともならん」

「ご心配いりません、いざとなればこの野分が貴女がたの道を切り開いてみせましょう! そう…まるでフワリと舞う蝶のように飛び、一撃必殺の蜂のように華麗な剣技を叩き込み、そして華麗なダンスで見事に咲いてみせましょう!」

「待て。」

「長い、あとレ級相手だからもそっと真剣にやった方がいい、じゃなきゃ死ぬぜ?」

「ノンノン、ボクは死ぬつもりはありませんよ。ボクには世界の美しいモノたちを守る使命がありますから、それでもボクのようなモノが皆さまのお役に立てるなら吝かではありません、この野分喜んで麗しいモノたちの殿となりましょう!」

「あのさぁ…」

「言いたいことは分かるがな? 無駄にイノチを費やすことをアイツが納得するとは思えん。お前もタクトの下にいる以上「生き残る」ことを心掛けろ」

「おぉ! 流石コマンダン! やはり美しいですね、そんな彼を慕うマドモアゼルテンリューも、更に美しさに磨きがかかってます!」

「ダメだ、コイツの美しさ談議聞いてたら本題からどんどん遠のきやがる…」

「まぁ野分だからな……ッ! 来るぞ!!」

 

 天龍の警告を合図とし、死神はケタケタと大いに嗤いながらその大鎌を振りかぶる。

 

『キヒヒヒ! …シャァ!!』

 

 漆黒の断閃が空を切る。三人は散り散りになりつつも黒衣のキョウジンを囲う。

 

『キッヒヒヒ♪』

「っちぃ、不気味なぐらい楽しそうだなぁ? ついでに天龍よぉ、村人たちの避難は済んだか?」

「あぁ、予め拓人が村のヤツに声がけしたのが効いたな。村の奥に全員避難済みだ」

「ブラブァ! しかしながら…戦いの結果如何では、村人がレ級の餌食になりかねません」

「そうだな? だからこそ…踏ん張らねぇとなぁ!」

 

 三人の意思は一つとなる、それは幾多の戦場を戦い抜けた故の「無言の信頼」だった。

 まず仕掛けたのは天龍、改二により磨きのかかった速さで相手の懐へ。その得物である刀を叩きつける…しかし躱される。

 野分の追撃、レイピアから繰り出される鋭い突き、これも難なく躱す。

 

『キッヒヒ!』

「武器自体は大振りだが、本体が小柄で素早いから捉えづらいな…」

「マドモアゼルアヤナミがどれだけ的確な攻撃であったか、この野分感服致すばかりです」

「ったくちょこまかとウゼェな? …いよし、二人ともテキトーに攻撃してくれ」

「ふむ、何か考えがあるな。了解した!」

「喜んで!」

 

 三人はレ級に対し、望月"司令塔"の下に策を仕掛ける。

 

 天龍、野分の素早い剣撃の応酬、剣閃が乱れ飛び、砲撃も交えた猛攻がレ級に襲う。

 天龍が冴え渡る剣の絶技で圧倒すれば、野分はそれをより美しく際立たせるように砲撃を。野分が華麗に細剣を振れば、天龍は豪快に対空砲を放つ(あまり正確な射撃は期待するな by 天龍)。

 爆炎が舞い上がり、怒涛の連撃と一糸乱れぬ連携でレ級の動きを徐々に封じていく。彼女たちが長い旅路で培ったお互いへの「理解」が、以心伝心を生み出し、レ級を確実に追い込んでいった。

 

「っはぁ!」

「美しく! 舞い踊るように!!」

『…ッギ! シャア!!』

 

 苦い顔になったレ級は、空中に飛び上がり態勢を立て直そうとする。

 

「逃がさねー! おりゃ!!」

 

 望月が手に握りしめた"何か"を放り投げた、"何か"は大きな弧を描いていたが、目標に当たる直前に、振り下げた大鎌に無惨にも切り裂かれた。

 

『キッヒ♪』

「してやったりって風だなぁ? 悪いな…ソイツは「斬っても意味ねぇんだ」わ」

 

 その言葉が合図となったか、瞬間割れた物体が「無数の小さな四角形」となり、レ級の周りへ集まると…そのまま彼女を取り込んだ四角形に再構成した。

 

『グギァ!?』

 

 身動きを封じられたレ級は地面に叩きつけられる、直ぐさま身を捩り束縛から逃れようとするも、まるでビクともしない。

 

『ギィヤ! ギ、ギギギィ!!』

「ヒッヒ、作戦成功ってな?」

「おぉ、アレはもしやマドモアゼルモッチーの忠実なる僕の「ムッシュベベ」では!」

「あぁ。ベベは何にでも形状が変わる可変可動鉱石(メタモルフォーゼ)で出来てんだ。斬ったり殴ったりしてもその場で元どおりになる、んでついでにレ級のヤローを中に取り込んで捕まえたってワ・ケ♪」

 

 ベベの特徴を活かした捕縛作戦だが、天龍は望月に当たり前の疑問を尋ねた。

 

「…ベベの核部分が狙われる可能性は?」

「残念、ベベのチップはアタシの頭ん中に埋め込んである。アタシが死なねぇ限りは壊されることはない」

 

 用意周到の望月はこれでもかと勝ち誇った顔をしている。レ級は歯を食いしばりながら全身に力を込めて、尚もベベからの脱出を図る。

 

『グギギ…ッ!』

「ヘンッ、アタシをあんま舐めんじゃねぇよ? テメェを追い詰める策ぐらい用意してあんだよ、ヒヒッ!」

「…ふ、成る程な。だがそれは単にベベが凄い…ということでは?」

「…揚げ足取るねぇ天龍よぉ、ま! 何と言われようとアタシの発明品だからな〜別に…ん? どした野分?」

「あの…何かミシミシという音が聞こえる気が?」

 

 ──ミシッ、メキメキ、バギッ!

 

 野分の言う通り、耳を澄ませると何かが軋む音がする。

 

「…聞こえるな」

「まさか…レ級が拘束を破ろうとしているのでは…!?」

「だーいじょぶだって、可変可動鉱石(メタモルフォーゼ)は硬物質であるウルツァイトが組み込まれた複合物質だ、流石に出れねぇって」

「その自信は何処から…;」

「おい、あまり「ふらぐ」を立てるな。タクト曰く「ふらぐは回収されるもの」らしいからな」

「いやいや、流石にあれだけガッチリ押さえ込んどきゃ大丈b」

 

『──ギッシャアッ!!』

 

 長い談笑も束の間であった、レ級が身を震わせると「ガギィン」と鋼鉄が破壊される音が響く。

 

「…見事に回収されましたね」

「うえぇ…マジか!?」

「やはり「付け焼き刃の知性」ではダメか」

「うぉい?! 容赦ねぇな天龍、人が地味に気にしてることを!?」

「なんの話でしょう?」

「まぁ俺もタクトから聞いただけだからな、とりあえずコイツは「"頭が良い"能力」の持ち主…だそうだ」

「…???」

「おいおいやめてくれよ…アタシのイメージが…」

 

 望月が意見具申するも、レ級が目を見開き、凶悪な殺意を湛えた顔で一同を睨んでいるので、それどころではなかった。

 

『ギィグルルル……!』

「かなり怒りが滾っていますね…」

「やっば」

「どうする? 一応携帯麻酔銃は持ち合わせているが、アレに通じるとは思えん」

「くっそー、ベベも再生中だが二の舞になるだけだ…」

「…ふぅむ、マドモアゼルモッチーは「作戦を立てるのが上手く、予測外の事柄に対応しづらい」といったところでしょうか?」

「うむ、それだ。それがしっくりくる」

「こんな時に何言ってんダァ!? あぁそうだよ! どうせ金メッキのエセ科学者だよアタシは!!」

「怒るなおこるな、そこまで言っとらん。…さて、向こうの行動次第か……っ!?」

 

 天龍が言いながらレ級に向き直ると、レ級は既に三人との間合いを詰めていた、激怒の頂点のレ級は天龍たちの予想以上の身体能力を爆発させていた。

 そのイノチを刈り取るため、死神は漆黒の得物を振りかざした。

 

「いつの間に…!」

『ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ…ギャッ!!』

「うぉお!!」

 

 天龍は前に出るとレ級の大鎌を捌き、そのまま弾き返す…が。

 

『…ニィイ』

 

 天龍の弾くモーションの「一瞬の隙」を突く。瞬きも許されない一瞬「油断した」。

 弾いた衝撃により天高く宙に上がるレ級、その最中すでにレ級の尾っぽはおっ立ち、尾端の彼女の深海艤装が「口を開けて」いた…!

 

「しまった!? 避けろ望月!」

「っな?!」

 

 その双眸は獲物を見据え、今正にトリガーに手をかけ、目標を仕留めんと凶弾が解き放たれた。

 

「──マドモアゼル!」

 

 咄嗟の判断であった。望月を突き飛ばした野分は…。

 

「…っ!」

 

 そのまま…致命的な一撃をその身に受けようとしていた。

 

「野分ぃーーーっ!!」

 

 仲間たちの叫びが、虚しく空へと響いていった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ズゥン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギィヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア…!?

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

 刹那、目に映る光景は信じ難いものだった。

 

「──…ヒヒ、ヒヒヒ! ヒヒヒヒヒ……!」

 

 …レ級の砲撃が直撃した瞬間、野分の雰囲気は一転した。

 ボロボロの衣服のまま野分は、レ級に急接近し、そのまま顔面を「片手で」掴んだ。

 ダメージを受け、瀕死状態だとは想像も出来ない怪力、ミシミシと徐々に力を押し込める音がする。堪らずレ級は痛みを叫び、拘束を無理やり振りほどくと逃走した。

 

『…ギッ!』

「あハっ、逃げルのォ? 逃ゲられルワケ…ないカラ!!」

 

 追撃の火砲がレ級を襲う、轟音と共に砂煙が舞う…それを隠れ蓑とし、レ級は逃げ果せた。

 

「な、何だアレ。何が起こった?! どうなっちまったんだ、なぁ野分!?」

「っち、望月隠れるぞ」

「でも…!」

「いいから!」

 

 天龍に手を引かれる望月、二人は狂気に飲まれた野分を、物陰に隠れてやり過ごすことに。

 

「助けラれなかった…救エない……救ウ? 救えルワケ……ナいだロ!! アハッ、あはハハはははハは…!!」

 

 訳の分からない妄言をぶつぶつと呟く野分、望月は予想外の出来事に目を剥いていた。

 

「…んだよコレ、一体何が……野分は…」

「落ち着け望月、こんなときこそお前の能力の出番だ。餓鬼のように慌てふためくのは…後でも出来る」

「…っ、わーってるよ! ちょっち混乱しただけさ」

「その意気だ。…さて」

 

 天龍はすかさず野分の顔の表情を観察する。

 どうやら野分はこちらに気づいていないようだ、誰もいない空間でまたもぶつぶつと独り言を言っていた。

 瞳孔が見開かれ、視点は定まっておらず、口角は歪に釣り上がっていた。…完全に気が触れたか? そうも思ったが注意深く観察を続ける。…すると。

 

「…何」

 

 天龍は我が目を疑う。

 そこに映し出されたのは…野分の頰の一部が「白く」変色していた事実…。

 

「莫迦な…何故野分が…!?」

 

「…ッヒヒ」

 

「…っ、見つかったか!?」

 

 暴走する野分は、天龍たちにその牙を向けようとする。二人が隠れた木陰へと目を向けると…狂気に満ちた顔で、にじり寄る。

 

「何処にいるの…舞風…筑摩さん……み、ち……ッヒ!」

 

 非常に遅い速さで距離を詰めようとする野分は、さながら獲物を逃がさんと目を光らせる狩人のような恐ろしさがあった。

 これまでか…二人がそう覚悟した瞬間。

 

「……ぅ、あ」

 

 何かの糸が切れたか、野分は足を躓くとそのまま砂のクッションの上に倒れこんだ。

 

「…死んだか?」

「いや、ありゃエネルギー切れってことだろ。しばらくすりゃ眼を覚ます」

「…そうか、まだ近づくなよ。しばらく遠目から様子を見よう」

「…あぁ」

 

 そう言って二人は暫しの沈黙を保つ。…言い知れない焦燥感を胸に宿しながら。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──僕らは天龍たちの待つ漁村へと戻ってきた。

 

 そこで目にしたモノは…?

 

「…っ!? 煙…まさか!」

「深海棲艦が…天龍たちは無事なの?!」

「…っ、駄目だ。人々が不安になっている、雑念が煩すぎて状況が見えない…!」

「時雨のレーダーが…っく! なんてこと」

 

 どうやら時雨の探知能力も、今この時だけ使用が出来ないみたいだ。…だったら。

 

「…翔鶴、綾波をお願い。僕が先に様子を見に行ってくる」

「何を言っているの!? 貴方は指揮官なのよ、それを…」

「僕は特異点だから、彼女たちに何かあるのなら…変えられるのは僕しかいない。それに…天龍たちが心配だから、さ?」

 

 緊迫したこの状況、真剣な僕の表情に…翔鶴も押し黙った。

 

「…はぁ。言っても聞かないんでしょうね?」

「あはは、ゴメン…」

「そう言うんだった、無理はしないで様子を見るだけにしてね?」

「もちろん。…行ってくる!」

 

 僕は力なく項垂れる綾波を翔鶴に預け、そのまま駆け出した。

 

「はぁ…はぁ……っ!」

 

 こんなところで敵襲なんて…完全に予想していなかった「わけでもない」けど。

 つまるところ犯人は、まぁレ級しかいないよね? ドラウニーアが自分たちがこの海域に来ることを予期して寄越したか、はたまた偶然か。

 どっちにしろ三人が心配だ、おそらく敵襲に対応しているだろう。もし何かあったら…。

 

「…っ!」

 

 焦りから自然と走る速度を速める、天龍がいるからと自然と頼ってしまった、頭の中で嫌な考えが巡ってはそれを諌める。

 

 皆は無事か…天龍、望月、野分…っ!

 

「…! 野分!?」

 

 やがて…その場に辿り着き僕の目に映った光景は…激しい戦いがあったであろう地面の抉れた大地、焼け焦げた土。そしてその真ん中で…野分がボロボロの姿で倒れている姿。

 

「野分、しっかりして! 野分!!」

 

 野分に駆け寄り、揺り起こす。服がほとんど焼けてしまっている…大破か、レ級にやられたのか…そんな。

 

「野分…野分っ!!」

 

 僕の懸念は現実になってしまった。思わず喚いて野分の名前を呼ぶ、しかし僕は覚悟していた…彼女は…もう……。

 

「──ん…?」

 

 その時、野分からか細い呼吸が聞こえる。

 

 ……っ! 息をしてる…生きている……野分が…!

 

「野分! 良かったっ!!」

 

 彼女の生の証を感じ取り、思わず抱きしめる僕。

 

「…コマンダン? ボクは…レ級の砲撃に…?」

 

 やはりレ級にやられたようだった。だとしても…。

 

「ごめん野分。僕のミスだ…天龍が居てくれるから何も心配ないと思ってた、配慮が全然足りなかった。…こんなことになるなんて…っ!」

「良いのです…コマンダンは正しい選択をしました。マドモアゼルを助けるための…悪いのは、不甲斐ない自分です。まんまとレ級に翻弄されてしまいました…」

 

 野分は力なく笑ってみせ、僕を励まそうとしてくれていた。

 

「…ありがとう。君が無事で…本当に良かった」

「……」

 

 笑みを零しながら彼女を見つめる僕。野分は、何故か目を見開いていた。そのエメラルドグリーン色の瞳で、僕を見つめていた…なんだろう?

 

「…美しい」

「ん…? 何か言った?」

 

 野分が何か呟いたみたいだけど、聞こえなかったので雑に聞き返してしまった。

 

「…い、いえ。なんでもありません。(…コマンダン、その笑顔は反則です…)」

 

 …なんか恥ずかしそうにしてる感じだけど(野分でもそんな顔するんだ、なんて思ってしまった)、とにかく無事みたいで良かった。

 

「…ん? 野分、天龍と望月は?」

「ふぇ? …あれ、おかしいですね? 先ほどまでは一緒に」

「…俺たちはここだ、タクト」

 

 物陰からそのまま近づいてくる天龍と望月。…皆無事だったみたいだ、良かった。

 

「二人とも、無事だったんだね?」

「あぁ、レ級が野分を大破させ、そのまま逃げ出してな。村中を追い回し撃退はしたが、何処に潜んでいるか分からないからな、用心して物陰に隠れつつ、今まで辺りの様子を見ていた」

「……」

 

 そうか、レ級はどこかに逃げ去ったみたいだけど…どうやら二人はレ級の行方を追いかけてくれていたようだ。何を仕出かすか分からないからな、あのギザ歯幼女は。

 

「そっか、お疲れさま二人とも。野分はこのとおり無事だよ?」

「お二人とも…ご迷惑をおかけしました」

「いや良い。ゆっくり休め、ゆっくりとな…」

「そうだね…野分、肩貸すよ。一旦宿屋で休もう…翔鶴たちに声かけてさ?」

「コマンダン…マドモアゼルは?」

「…うん、無事だよ。なんとかなったって感じだけど? とにかくお互いによく休まないと」

「…そうですね? すみませんが…お願いします」

「分かったよ。天龍たちは?」

「すまんが、まだヤツが潜んでいるかもしれん。念入りに辺りを警戒しておきたい」

「うん、分かった。気をつけてね?」

「ああ…」

 

 僕は天龍たちと別れて、そのまま宿屋へと向かう…翔鶴たちには野分を休ませてから声をかけよう。…野分のこと、なんて説明しよう?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 拓人と野分はそのまま天龍たちから遠ざかっていった。

 

「…なぁ、天龍」

「解っている。…しかし、まさかの展開だったな」

「あぁ…あの野分が…ありゃ、姿形こそ野分だったが…あの豹変ぶりは…まるで…!」

「…あぁ、アレはまるで深海の姫、まさか…タクトの言っていた艦娘と姫の密接な関係、あながち間違いではないかもな?」

「言ってる場合か! …どーすんだよ、野分のヤローは自分の変化に気づいてねぇみたいだし」

「…ふむ、俺は野分の異変を観察していたが、野分の頰が一部白くなっていた。…尤も、さっきタクトに抱き起こされたときには、それらしいものがなくなっていたが?」

「はぁっ!? 野分が…しかし…艦娘と姫の関わりは、吹いたら散る噂程度だし、じゃねえにしたって姫になるにゃ…っ」

「落ち着け、先ずは様子見だ。野分やタクトにはこのことはまだ伝えるな、今は俺たち共有の秘密に止めろ」

「…ソイツは下手したらヤベー事態になるんじゃ?」

「危険であることに変わりはないが、野分に異常があるとはいえ、疑うなり、ましてやいきなり捕まえるなりすることは、タクトは望まない」

「…様子見、ね? あのボロ衣装から覗いてた傷、完全に「治ってやがった」。怪力に異常な治癒力なんざ…どう考えても…」

 

 深海の姫は、この世界の艦娘たちにとっても脅威である。野分の異常が深海化の前兆なら…世界中から危険因子と見做されてもおかしくはない。

 

「それだけならまだいい。仮に野分の異常が「連合」に漏れたら…ヤツらがどう動くか、想像は容易い」

「殲滅対象になるか、はたまた拘束して実験か。どちらにしろ連合にバレたら無事じゃあすまねぇだろうな」

「うむ、それこそタクトは望まない。野分に何があったのか、俺たちで調べると必要があるな…それも秘密裏に、だ」

「…あの様子だと、やっこさんにイノチの危険が迫ったら自動発動するようだな? 無理に前線に出さなけりゃ、なんとでもなりそうだ」

「そうか…そういえば、野分はあの百門要塞で「急に倒れた」とか?」

「本人はそう言ってるが、どーもそこんとこ怪しいよな? アタシらはあの時あの場には居なかったし…」

 

 二人は話し合いの末、要塞都市の攻防戦時に彼女に何かあった、と推察した。

 先ずは様子見、何かあれば自分たちで野分を止める。そして彼女の異常が何を表すのか…それを突き止めるために陰ながら行動する。

 

「…まぁ、その前にこの海域の任務を終わらせなければな」

「あぁ…はぁ、しっかしこの海域に来てから、良くねぇことばかりたぁな。本気で呪いを疑いたくなるぜ」

「何を馬鹿なことを。…行くぞ、先ずは体力回復を優先だ」

「おう!」

 

 こうして、拓人にとって最も信頼の大きい二人は、拓人のため、何より野分のために動き出した…。



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優しきココロ

 皆さま、BGMのご用意を。

 どんどん消化してくよ〜。


 …この海域に来てから、碌な目にあっていない気がする。

 金剛と綾波は精神をボロボロにされ、野分はレ級との戦いで大破…のはずだったんだけど、一日休んだら外傷は綺麗さっぱり無くなっていた。

 なんだかおかしな話だけど、僕が見た時も軽傷だったみたいだし。それでも疲労は取れていないみたいだ、あまり無理はさせられなくなった。

 敵の攻勢がここまで激しいなんて…とにかくまずは休まないと、こんな状況じゃ満足に戦えない。僕らはそう判断し宿屋で一日休息をとることに決めた。すると妖精さんは?

 

「拓人さん、艦娘たちの様子を見に行きましょう。特に綾波さんを」

「それはいいけど妖精さん、今はそっとしておいた方がいいんじゃない? 皆疲れているだろうし…」

「ダメです! 少しでも好感度を上げておきたいですし、女の子はこういうときこそ男性に一緒にいてほしいものです」

「えぇ、また好感度上げて皆を強くしたい、って下心見えみえなんだけど」

「いいから行く!」

「アッハイ」

 

 …まぁ妖精さんの言う通りでもある。綾波からって言われたけど…まずは金剛の様子を見ておこう、研究員に何か良からぬことを吹き込まれていたみたいだし、心配だ。

 

「…そうですね、良いのではないでしょうか?」

 

 何か不服そうな言い方だな。…でもごめんね妖精さん。今回ばかりは一目だけでも金剛を見ておきたい、遠目からみても何かあったことは理解出来たから。

 僕は宿屋の、金剛の部屋の前に辿り着く。すると…?

 

「あれ、時雨何してるの?」

 

 時雨が部屋の前で立ち尽くしていた。僕の気配を感じ取ると、彼女は儚げな笑顔を浮かべて応えた。

 

「やぁ。…金剛の様子を見に来たんだね?」

「うん、どう様子は?」

 

 僕が金剛について問いかけると、時雨はどこか悲しそうになる。

 

「…今はやめておいた方が良いかもしれない」

「っ! …金剛は大丈夫なの?」

 

 時雨は自身の能力で理解したことを語った。…もちろん金剛のことについて。

 

「彼女の中に、微かに感じた金剛の気配が「消えている」。代わりに彼女自身の記憶が蘇ったようだね。…前のような曖昧な気配じゃない、自分が何者かをしっかり思い出したみたいだね?」

「そ、それって…金剛は記憶喪失で、あの戦いで記憶が蘇ったってこと?」

「少し違うかな? とにかく、今の彼女には記憶の混濁が観られる。自分自身を整理している最中みたいだね、そっとしておいた方がいいと思う」

「…話せる状態じゃないの?」

「心配になる気持ちも分かるけど…うん、今の彼女の気持ちは、色々な感情が渦巻いていて、それこそ一日休んだだけでは…どうにもならないと思う」

 

 時雨は深刻な状況を淡々と告げたが、僕は内心金剛の顔を見るまで安心出来なかった、ただでさえ立て続けに悪いことばかり起きているのに、このまま彼女の顔を見なかったら……また何か起こるんじゃないかって。

 やっぱり心配だった。だからだろうか、妖精さんは僕の心情を見越して宥めた。

 

「…拓人さん、ここは引きましょう。時雨さんがいてくれるなら大丈夫ですよ?」

「…でも、話しかけるだけでも。金剛には少しでも元気でいてほしいんだ、だから」

「それが、黒幕の都合のいい展開を引き寄せるとしても?」

 

 …またそれか。

 僕らは定められた物語の上にいる、少しでも予定外(アドリブ)を起こせばそれこそ後で何が起こるか分からない…という妖精さんの忠告で、今までこっちから何かしたことはなかったけど…ちょっと気を張り過ぎじゃないか?

 金剛が今まさに悩んでいるのだとしたら、僕はただ彼女が立ち直るキッカケを与えたいだけ。たったそれだけで何か変わるなんて…正直どうなのか、とは思う。

 

「妖精さん、僕はその話を信じていないわけじゃないんだ。ただ…やっぱり人が人を思いやる心を否定してまでどうにかすることじゃないと思うんだ、僕は」

「…そういう話ではないのです、拓人さん。私は」

「大体さ、”それだけ”じゃないか。金剛に声をかける、たったそれだけで事態が急変するなんて…考えすぎじゃないかな? 僕らは…」

 

「拓人さんっ!!」

 

 急に大声を出して、僕の反論を遮った妖精さん。深刻な表情だが、それ以上の感情は読み取れない。…複雑な、それでいて強く固い意志は見えた。

 

「な、なんだよ…?」

「…”バタフライ・エフェクト”」

「は…?」

「私に言えることはこれだけです。それでもやりたいなら…お好きにどうぞ」

 

 私はもう知りませんけどね? と言いたげに妖精さんはその場で透けていき、やがて姿が見えなくなった。

 

「何怒ってるんだ…?」

 

 頭を掻きながら僕は妖精さんの言葉の意味を考えた。

 バタフライ・エフェクト…たしか「小さな出来事が、後々に大きな災厄を呼ぶ」ってカオス理論の一つだったっけ?

 要するに、僕が特異点だから…運命を容易く変える可能性のある僕が、今の金剛と接触することで、黒幕にとって…だけじゃなくて、もっと悪い展開を引き寄せるかもしれないってこと…?

 

「…そういうことじゃないかな? 僕もここで無理に金剛に会う必要はないと思うよ」

「でも時雨…」

「大丈夫、彼女は強いよ、僕が保証する。僕が見張っているから…ね?」

 

 …うーん、そこまで言われるとなぁ…腑に落ちない部分はあるけどね?

 

 僕は時雨にその場を任せ、次は綾波の様子を見に行った。

 

「…バタフライ・エフェクト。僕にはあの小っちゃな妖精の心情は計り知れないけど…彼女は一体、何を見ているんだろうね?」

 

 ぽつりと何かを呟く彼女の声を聞きながら…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…いた」

 

 黄昏が水平線に沈む…逢魔が時が空間を覆いつくそうとしていた。

 

 そんな夕刻と夜闇の間、海岸の波打ち際に佇む鎧騎士の少女。

 

 砂利の音を響かせながら綾波に近づく。

 

 ざっざっざっ…ゆっくりと歩み、踏み鳴らして音を伝えるように…僕の存在を知らせるように。

 

 そういった意図に気づいたのか、彼女はゆっくりと…僕の方に振り向いた。

 

「……」

「……」

 

 お互い顔を見つめる。

 言葉を介すよりも、綾波の場合は「眼」を見た方が早い。僕と…綾波も、双方の瞳を一点に見つめ合った。

 

「…大丈夫そうだね?」

「……はい」

 

 短めの言葉を交わすと、僕は彼女に問いかけた。

 

「綾波、教えてほしいんだ。あの団長のこと…君の抱えているものを、全部」

「…何故ですか?」

 

 何故ですか、って改めて問われると…そうだな?

 

「そうじゃないと…君が「戦えない」ような気がするから」

「…っ、そんな…こと……」

「違わないさ。だって…君の声も、手も、震えてる」

 

 僕に指摘されると、彼女は意地らしく拳を握りしめた。…それでも震えは強くなるばかりだが、やがて諦めたように、握った手を力なく開いた。

 

「…司令官、私…まだ状況が掴めていなくて…上手く話せるかどうかも…分かりません」

「それでもいいよ、どのみち…君にだけ重荷を背負わせることはしないから。僕が絶望した時…君が助けてくれたみたいにね?」

「…司令官」

 

 僕は努めて、柔らかな微笑みと優し気に細めた眼差しで綾波を見据える、こうすることで彼女の緊張を少しでもほぐせないものか、と思った。

 すると綾波もつられてか、儚げに小さな笑みを浮かべていた。

 

「…分かりました。約束しましたからね…いずれ話そうと思っていたこと、ですしね?」

「うん…あ、でも無理に喋らなくっていいからね? 少しでも君の負担を減らしたいからであって…」

「ふふっ、承知しました」

 

 彼女はそう言って、少しだけ影を落としながら自らの過去を語ろうとする。

 

 …それと同時に、いつものように僕の目の前に「IP」が現れた…。

 

 遂に明かされる綾波の過去の全貌、僕は…覚悟を決めて、その文面を読んでいった。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──好感度上昇値、規定値以上検知…。

 

 

 綾波の「アンダーカルマ」が解放されました。

 

 

 …綾波のプロフィールに、新たな情報が追記されます。

 

 

 裏の使命(アンダーカルマ):??? → 『親愛』

 

 

 

 ──その運命が示す道…「追求」

 

 

 

 彼女の故郷は、国境を越えて争いを止めるため結成された、艦娘の騎士団…そんな彼女たちが治める「人と艦娘たちの国」だった。

 

 信頼する団長と共に、騎士団の一員として様々な戦いに駆り出される中、ある日の遠征帰りに彼女は目撃する。

 

 …燃え盛る炎に包まれた「亡国」を。

 

 国のほとんどのモノが死に絶え、やがて焼き尽くされた廃墟だけが残された。

 

 生き残った彼女は、炎の海へと入っていった団長を探す、しかし…自身の信頼する「彼女」の姿は無かった。

 自身の罪、それは彼女を一人にした、かつ多くのイノチを見過ごしたこと…何も出来なかった非力な己を、怒りに震え、後悔に溺れ、吼え猛る獣と化した感情を封じるため…その一切の心を「殺した」。

 

 そして尚、彼女は求め続ける…亡国の真相、彼女の行方、己の在り方…全ての答えが出揃うまで、彼女が瞳に灯を宿すことは、未来永劫無いだろう。

 

 

 

 己は「罪人」。

 

 己は「殺人者」。

 

 己は「裁かれるべき兇徒」。

 

 

 

 そうやって十字架を背負わなければ、もはや精神は立てなくなっていた。

 

 鎖を身に着け、自らを雁字搦めにし、なお進み続けるのは…親愛なる団長を見つけ出し、今度こそ共に歩むため……。

 

 吊るし人は願う、彼女の生存を…その願いが果たされるかどうかも知らずに…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…これは」

 

 絶句。

 

 彼女のバックグラウンドにある苛烈な過去。それを垣間見た僕、彼女の悲しみや激しい怒り、団長を救えなかったことに対する自己否定の思いが広がっていく。

 妖精さんが言うには、アンダーカルマを開示した艦娘の抱える感情が、僕の心に直接流れて文字通りの「以心伝心」の状態になる、と。

 天龍や望月のアンダーカルマで経験したけど、天龍は寂寥感、望月は姉妹を助けたいって想いが伝わって来た。綾波は…。

 

 ──罪の意識。

 

 自らの力不足を呪う怒り。それだけが膨れ上がって、他の何も見えない状態。今までの綾波がどこか機械染みていたのは「余計なことを考えない」ためだったんだ。

 重く暗い気持ちが僕の胸に伸し掛かる。ここまで自分を責め立てていたなんて…不安じゃないと言えば嘘だった。僕は…彼女の力になれるだろうか?

 

 …そうやって人知れず綾波を思いやると、彼女はやはり重い口を開いて、自身の過去を話し始めた。

 

「…海魔大戦の終結後、私は同じ部隊だった団長や姫様、そして不知火ちゃんたちと共に艦娘騎士団を創設しました」

「……」

「艦娘騎士団、と名乗っておりますが、もちろんニンゲンの方も居ました。かつての亡国の騎士団、そしてその元騎士団長。彼らはただの兵器であった我々に「騎士道精神」を教え、授けてくれました」

「…もしかしてさ、その元騎士団長が…?」

「はい、我々艦娘騎士団はかのお方を「提督」と呼んでいました。亡国を鎮守府として再建し、彼や元騎士団員の方々はその鎮守府の人員として、居場所のない国民たちを統治する政治を担っておりました」

 

 軍事国家みたいなものだろうか? 国を興すことはそれだけで大変なんだろうけど…艦娘騎士団は、そういった負担を軽減する狙いもあったのかもな。

 

「私たちが彼らの遺志を継ぎ、次世代の騎士として戦火に身を投じました…未だ世に燻る悪の因子を断ち切るため、世界に…真の意味で「秩序」をもたらすために」

 

 綾波は僕から目を逸らさず真っすぐに見つめ、己の信念を語る。…いや、これは騎士団全体の矜持というのだろうか?

 それを話しているときの彼女は、暗い瞳の奥の微かな光が力強い輝きを放っている。…充実していたんだろう、この道が自分の生きる証だと、信じているのだろう。

 

「…騎士団って名前だけど、要は一鎮守府と変わらないってことだね?」

「はい。鎮守府は本来海域ごとに一つ建てられ、その海域で起こる問題を解決するもの。…尤も、深海棲艦の台頭によって、現在はほとんどの鎮守府が機能しておりませんが」

「えっ!?」

 

 綾波から飛び出した情報に、僕は目を丸くする。

 驚いた、それは知らなかったな。…でも、考えてみたら僕やカイトさん以外の提督や鎮守府もあんまり見かけないし、だからこそ僕らは様々な海域の事件を解決してきた…と。とりあえずそれは頭の隅に置いておこう、再び綾波の話に耳を傾ける。

 

「その昔、海域ごとの鎮守府が機能していた時代。我々は闘争の早期終結を願い、各鎮守府への戦力の援助を惜しみませんでした。内陸のどんなに遠い場所、国だろうと、馬を走らせ、山を登り、海を渡り、嵐さえ乗り越え…そうして辿り着いた戦地で、己の正義の下に戦いました」

「…辛かった?」

「いいえ。兵器であった私が、誰かを守るために奔走する。…世界に秩序を、未来に安息を。その思いを分かち合える仲間たちがいた…あの時の私には、確かに「希望」がありました」

 

 確りとした口調で彼女は断言した、あそこが自分の居場所であった、と。…なんだか妬けるなぁ、僕らのとこより居心地良かったのかな?

 

「…司令官、怒っております?」

「え、分かる? いやぁ…大したことじゃないんだよ? ただ君はその…騎士団時代の方が良かった…の?」

 

 うーむ、やっぱり聞き辛いなぁ?

 僕が歯切れ悪く話していると、綾波は静かに微笑む。

 

「…ふふっ、子供みたいですね?」

「ひ、ヒドい! その言い方!? …綾波ってサドっ気ある?」

「…? さ、ど?? すみません、どう返せばよろしいのか分かりかねます?」

「あ〜…ごめん。真面目な話だよね、うん。…僕、そういうの苦手だから、すぐお笑いというか茶化しちゃうんだよね、気を悪くしたらごめん」

「…っふ、うふふ…!」

 

 僕のなんだかわざとらしい身振り手振りと弁解に、綾波は思わず笑ったみたいだった。

 

「ど、どうしたの?」

「いえ…本当に似ているなぁと思いまして」

「…ん、誰が?」

「司令官です」

「誰に?」

「私たち(艦娘騎士団)の団長に」

 

 ・ ・ ・ ・ ・。

 

「えーーっ!?」

「ち、違います! その…雰囲気というか、団長もよく皆を笑わせようとする方だったので」

 

 あ、なーんだ。僕が女の子っぽいのか、向こうがそういう……いやいや、そんなこと考えちゃダメだ、相手は綾波の大切な人だぞ!?

 

「…その団長って艦娘なんだよね、どんな人だったの?」

 

 綾波に問いかけると、彼女は明らかに饒舌になりながら、彼女たちの団長について説明する。

 

「団長はとても思いやりがあり、仲間たちを常に気にかけていました、どんな過酷な状況でも諦めず、そうして掴んだ勝利を皆と分け合うことを良しとしました。細かい失敗を気にせず、周りが自然と笑顔になれる…そんな彼女だったからこそ、提督も彼女に次期団長の座を譲り、私たちもまた団長を慕っていました」

 

 …聞けば聞くほど僕とは正反対じゃないか? などと思ったり。

 

「そんな立派なヒトと僕が似ているだなんて…おこがましいというか、ちょっと買い被りすぎじゃない?」

「そんなことありません。貴方は我が身を挺して我々を守ろうとしてくれました、兵器…いいえ、化け物と罵られた我々を、一人のニンゲンとしても仲間としても大切に扱ってくれた。…私が知っている限り、そんな優しさを感じたのは団長以来でした」

「いやいや当たり前のことだよ、君たちはただ守るために戦っているんだし、誰がなんて言っても君たちは兵器依然に女の子なんだから」

 

 僕の熱論に、今度は綾波の目が丸くなる。

 

「…ふふふ! やはり貴方は団長に似ています」

 

 そう言いながら微笑む綾波、僕を一瞥した後彼女は遠くの地平線を見やった。

 夕日は沈み、空が暗く染まる。星々がその光を放ち始める。

 

「…司令官、貴方にお聞かせします。あの日…我々の鎮守府(くに)で何があったのかを」

 

 静かに紡ぐ言葉は、どこか決意を感じさせるものだった。

 

 僕は彼女の文言を聞き逃さぬよう、確りと耳を傾けた。

 

 

 …辺りはすっかり、夜になっていた。

 

 



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追憶─炎の海─ ①

 ──あの日のことは、未だに忘れない。

 

「皆、よく来てくれたわね」

 

「いえ、隊長と姫様の呼びかけなら、我々はいつでも応えます」

 

 海魔大戦終結直後、私は他の隊のメンバーと共に「隊長」の招集に応えていた。

 

「ありがと不知火。…んー、もう戦いも一区切りなんだから、貴方もっと笑った方がいいわよ?」

「我々は人型の兵器である故、不必要な感情表現は控えるべきかと」

「人型だからこそ、よ? せっかく可愛いのに、そんなんじゃお嫁さんにいけないわよ〜?」

「っな!?」

 

 隊長はいつものように冗談で場を和ませる、そんな彼女に誘導されるように、私たちは自然と頬が緩む。

 

「………うふ」

 

 私が笑うと、隣で不知火ちゃんが睨んでくる。…今に比べたらそこまで仲が悪いわけではなかった。

 

「…(ギロッ)」

「っ! ご、ごめんなさい」

「もう睨まないの不知火。ホントに石頭なんだから、ねー綾波?」

「…は、はい……?」

「…むぅ」

 

「…皆いいかしら? Listen to me. これから海魔大戦後の我々の「身の振る舞い方」を教えます」

 

 隊長の横で、ドレス姿の麗人がその場の雰囲気を引き締まらせる。…姫様だ。

 彼女は本当に姫とか貴族であるわけではないが、なんでも「イソロク」という人物の勧めで今の格好をするようになり、それ以来好んでドレスを着るようになった…とか、まぁ今の我々には関係ない…か。

 ともかく、姫様の一声に、我々は固唾を飲んで耳を傾けた。

 

「…っ!」

 

 そんな私たちを見越してか、隊長が補足を入れる。

 

「まぁそんな複雑なことじゃないわ。ねぇウォス?」

「Yes. 大戦が終了した今、艦娘たちはお役御免となりました。しかし提督連盟(後の鎮守府連合)は我々を「所有物」として処理し、安寧秩序の世のため。という名目により、これからも彼らの命令の下に動くことになるでしょう」

 

 彼女たち二人のやり取りは、どこか安心する…が、矢張り聞き捨てならない言葉が。

 

「…っ」

「…私たちの指揮官は、優しい人です。でも他所の隊の指揮官は…イジワルな人が多いようです」

 

 私の発言に、周りは誰と言わず肯定の意を返す。

 提督連盟は、海魔が滅ぼした大国の主…王族や貴族、元老院など。出自は様々だが一貫して「権力者」が多かった。

 彼らは艦娘を人型の兵器と断じ、長期にわたる戦いや過酷な任務を課し、ボロボロになるまで酷使する…人権など、型にはまっただけの我々には存在しなかった。

 

 しかして…如何に人型兵器であれ、擦り切れるまで使われてはたまったものではない。

 

「そうね、悔しいけどそれが現状ね。海魔に滅ぼされた国の王族や貴族も指揮官に抜擢されているし、見渡す限り権力でブクブクに太った野心家ばっかり、言い方は悪いけど?」

「…早い話、このままいけば我々は、そういった野心家なり業突く張りに使いまわされるだけでは?」

「おぉ言うわね不知火。…そう、前世だとかは正直分からないけど、例え道具から転生したとはいえ、人の身である以上私たちは人として、自分の正義のために弱い人たちを守っていきたい、或いは秩序を正していきたいと願っている娘も少なくないはず。…そこで」

「テイトクの立案により、我々の隊は特別な地位を授かることになりました。…如何なるニンゲンにも束縛されない、我々の意志によって隊を動かす…そんな艦娘たちの集団」

「っ!? そんなことが可能なのですか、姫様!」

 

 不知火ちゃんが驚くのも無理はない、そんなことをすれば周りの反発も少なくないはず…。

 しかし姫様は堂々とした態度で高らかに宣言するように言った。

 

「えぇ不知火。私たちとテイトクの隊は海魔大戦において、海魔討伐に最も貢献したとして、イソロク殿や提督連盟に変わる組織の次期元帥の一存により決められました」

「それだけじゃない、戦うか戦わないかも私たち次第。もう誰の命令も聞くことはないの」

「っな、それは…今後は提督の命令ではなく、我々の判断が優先される…ということですか?」

「そ、これからは作戦立案、指揮、もちろん実行も私たちが行う。あくまで艦娘という立場は変わらないけどね?」

「わぁ…!」

 

 もう道具として扱われることもない、一人間としての権利も保証される。…それだけで、私はどこか夢見心地だった。

 

「…今まで道具扱いされてきた仲間もいた、我々の隊がその立場から脱却するならば…ゆくゆくは艦娘たちが虐げられることもなくなるかもしれない…ぉお」

「っふふ、立場は変わるかもしれませんが、少しオーバーですね? それは今後次第…でしょうか?」

「まぁ私とウォスは提督についていくつもりだから、皆はどうするのって話」

「…どうする、とは?」

「ここからは自分の意志で決めて良いってことよ。戦いが嫌なら一ニンゲンとして生きていけばいい、大丈夫、提督たちの後ろ盾もあるし、艤装さえなければ普通の女性と変わらないし?」

「そ、それでは…隊の途中除隊も認められるのですか!?」

 

 不知火ちゃんの言葉に、隊長は両手を広げて肯定した。

 

「そう! これからは艦娘もヒトとして認められる時代が来る、道具として強制されることはない…命令じゃない、何もかも自分で決めて良い。自由なのよ!」

「で…では、私たちは一体何をすれば?」

「それすらも貴女次第です綾波。貴女は…貴女の「信じる道へ行きなさい」?」

「姫さま………ぐすっ」

「…泣くな綾波、騎士として生きるなら人前で涙を見せるな」

「し、不知火ちゃんは司令官みたいな騎士になるの?」

「当たり前だ。私たちは戦うために生きてきた、今更…他の生き方なんて分からない」

 

 周りの娘たちも軒並み同じ意見のようだ、それもそうだろう、そのために我々は生まれてきた。

 それでも…自分の意志で戦える、ということはそれだけで素晴らしいことだと感じた。

 

「因みにだけど私たちの隊、提督が他の娘も呼び込んでるみたいだから、ゆくゆくは提督連盟に並ぶ「大きな組織」になるらしいわよ!」

「ふぇっ!?」

 

 まさかそこまで話が進んでいたなんて…と、当時の私は目を見開いていた。

 

「…ふふふ、成る程。もう無能なニンゲンに大きな顔をさせない、か…良いですね、滾りますね」

「不知火ちゃん、お顔が怖いよ…」

「さぁて、不知火は私たちと一緒に来ることは半ば決定として」

「望むところです(暗黒微笑)」

「よしよし、じゃあ他の娘は? 特に綾波、貴女の才能は私たちもよく知ってるから、来てくれたらすごく嬉しいんだけど…?」

「え、えぇと……し、不知火ちゃん?」

「知らん、何故私に振る? 自分で決めろ。…決められるんだぞ?」

「……私は」

 

 

 

 ──皆と一緒に居られるなら…!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 こうして、私は彼女たちと共に「艦娘騎士団」を結成した。

 一鎮守府でありながら、連合に負けない人員と統率力、更には権利も…艦娘が一人のニンゲンとして認められるための礎を築くため、何より…提督が掲げた「騎士道」を貫くため、我々は揃って戦う道を選んでいました。

 …結局、不知火ちゃんの言う通り。私たちは戦うこと以外を知らない、それでも…そんな私たちが誰かの幸せを守れるのなら、と…例え道具と揶揄されようと、信念を共にする仲間がいれば怖くない…そう思ったんです。…それは「甘え」だったかもしれませんけどね。

 

 っえ? そんな事はない…?

 

 …うふ、司令官は矢張りお優しい。あの人のように…包み込むような慈愛がある。

 

 

 

「どうしたの綾波?」

「だ、団長。…ごめんなさい! 任務…綾波のせいで失敗して」

「え、どういう意味?」

 

 ある日のこと、任務を終えた私を出迎えてくれた「団長」は、私の沈んだ顔を見て声を掛けて下さった、私は…事のあらましを団長に話した。

 

「…私、遠征途中に盗賊に襲われた行商の一団を見つけて…私だけだったから…勝手に行動して…賊は数人だったから…助けられると思って」

「…うん」

「でも、その人たち…行商の人たちは、武器密輸をしていて…賊だと思っていたのは、私たちが向かおうとしていた国の軍人さんで…」

「あらあら、でも軍人さんなら恰好で分からなかった?」

「…秘密裏に動いてたらしくて、服はボロボロで…見分けがつかないで…でも…私…っ!」

「泣かないの、報告を続けて」

「は、はいっ。…遠征先の国に行ったら、国中が火の海で……交戦中の隣国に、強力な兵器が出回ったらしくて……その出所は、一般の行商の集団だったって…!」

「………」

「私、気づかなくて…不知火ちゃんたちは気づいていたらしくて、不知火ちゃん怒って…なんで連絡しなかったんだ、お前の早とちりで出るはずのない死人が出たんだぞ……って」

「…不知火、そういう結果とかには厳しいから」

「違うんです! 私が…私がいけないんです。わたしが…失敗したから、皆死んじゃって…みんな…みんな私が!」

「こら、綾波」

 

 団長は柔らかな声で私を諌めながら、ゆっくりと私に近づく。

 一瞬身体を硬直させたが、彼女の温かな瞳と微笑みが「そうじゃない」と雄弁に物語ってました、そして…。

 

 優しく…我が子を抱くように優しく抱きしめると、宥めるように仰いました。

 

「貴女は悪くない、貴女は頑張った、貴女を…誇りに思う」

 

「っ。だ、ん…ちょ……ぅ」

「見ず知らずのヒトを助けてこその騎士です。確かに仲間との連携も大切です、しかし…一番大事なことは「己の正義を貫く覚悟があるか」…よ。綾波、貴女の正義って何?」

「…っ、皆を…守りたい、助けたいっ! 目に映る全ての人を、この手の届く範囲まで、守りたい…ですっ」

「…そうね。それは貴女の強さとなり、逆に弱点にもなる。厳しいかもだけど、その目に映る全てが「善」とは限らない。今回のように…貴女を利用しようと、騙そうとする輩もいる」

「…っ」

「でも、だからこその「仲間」でしょ? 足りない部分は仲間に補ってもらえばいいの! 不知火にウォスに…私も。綾波を助けたいって思ってるから、頼ってくれていいのよ?」

「団長…」

「今度からいっぱい甘えなさい? そして…一緒に勝利を掴み取りましょう!」

「…っはい!!」

 

 団長は、失敗を繰り返した私を一切咎めることはしなかった。

 だから私は頑張った、団長の期待に応えるため、失敗は帳消し出来ないけど、それ以上の成功で埋め尽くせばいい。そう思い続けた。

 不知火ちゃんも、次第に私を許してくれるようになった、姫様も励ましてくれた、何より…団長が私の悩み、願い、思い…全てを聞き入れてくれた。それが何よりの幸せだった。

 

 此処が…私の「居場所」なんだって、心からそう思った。

 

 …そんなある日。

 

 海魔大戦からすでに「50年以上」が経過していた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 城内ではある噂が流れていた。

 なんでも、とある高名な技術者が「艦娘強化の装飾品」を造り出したらしく、それらを我が騎士団に献上したい…と申し出たのだ。

 

「このブレスレットには、艦娘の出力を最大限に引き上げる効果があります。原理としては鉱石に吸収したマナの増幅の後、その体内供給を効率よく促し、それらを一定時間保つこと。"ブースター"…と言いましょうか?」

 

「殿下、貴方の騎士団も最近は人手が足りないと聞きます。騎士団発足以来50年、戦役を退いたモノもおりましょう、華々しく殉じたモノもおりましょう。しかして…艦娘は代えの利かないモノ、何故なら代わりは「造れない」から」

 

「艦娘騎士団は世界の安寧秩序のため必要な楔です。私も世界が平穏であってほしい、この力で…微力ながらお手伝いさせて頂きたいのです」

 

 仰々しく頭(こうべ)を垂れるローブの男、言葉こそ怪しいものの、その身振り手振りには見るものを惹きつける何かがあった。

 フードは影に塗り尽くされて見えない、しかし…彼は本当に誠実に見えた。

 私たちの国(鎮守府)は、騎士団発起人の一人であった初代提督から代替わりし、彼の息子が統治していた。十年前ぐらいからだ、利発的な指導者だった初代に比べ、二代目は…何処か優柔不断だった。

 きっと不安だったのだろう、統治、政治、外交、騎士団の運用など、常に時勢を見極め適切な対応をして来た、そんな父君のように振る舞える自信がなかったのだ。

 事実、艦娘騎士団は発足以来50年間戦い続け、その度に人員は消耗していた。連合から救援の形で増員はされているが、彼らもかつてのようには気を許さず、契約という提携により代償が必要だった。

 それは時に食糧だったり、資材だったり、増援だったり…その度に傷つき、擦り減り、国の貧しさは増す一方だった。

 

 だから…それは仕方のないことだった。

 

 二代目はそれを了承し、艦娘騎士たちにブレスレットの着用を義務づけた。

 艦娘騎士は陛下に忠誠を誓った、今回に限っては…拒否権は無かった。

 …戦力は目に見えて上がった。ただでさえ一騎当千の強さの艦娘が更に強くなると…最早何も恐れるものはない。

 艦娘騎士の運用…数人一組の軍隊から単騎運用、短期決戦が主流になるのには、時間は掛からなかった…。我々は正に「最強」の座につき、秩序を保つための導となった。

 

 ──だが。

 

「素晴らしいっ、お前が開発したこの強化ブレスレット、もっと作れないか? ぁあ金の心配はない、幾らでも搾り取る。国のためだ民も理解ってくれるさ! そうだ、お前を国務大臣に任命しよう。宿無しだと言っていたろう? 我が国の平和のため、力を貸してほしい!」

 

「…有難き栄誉に御座います、陛下。…国務大臣の件、謹んでお受け致します」

 

 陛下は何を思ったか、客人であるはずの技術者を国務大臣という重職に就かせた。

 …そこから先は坂を転がり落ちるように、状況は目まぐるしく変わっていく。

 

 強化ブレスレットの費用のため、重税を課せられた国民の暮らしは、前よりも貧困や飢えが深刻になった。

 

 一騎だけでも敵国を相手取るまでになった艦娘騎士は、畏怖を込めて周囲から化け物呼ばわりされるようになる。

 

 陛下の暴政も止まらず、逆らうものは牢獄行き、最悪処刑にまでなった。

 

 何もかもが悪手に変わる…もう、取り返しのつかない所まで来ていた。

 

 ──To be continued …

 



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追憶─炎の海─ ②

「…ってことだから、私たちはブースターつけない方針で、よろ〜」

 

 …団長の最近の張り詰めた空気とは真逆の緩い言動、団長なりにこの現状をなんとかしたかった…と思う。

 

「…団長、我々だけブースターを使用しないのでは、根本的な解決にはならないのでは?」

 

 不知火ちゃんの言い分は真っ当だった。

 この場にいるのは私、団長、姫様、不知火ちゃんの四人。後のメンバーはブースターの使用を止めようとしなかった、国王の命令だからと意見するモノもいたし、単純に強化による全能感を手放したくないと…どんなに言葉で濁しても、あからさまに取り憑かれたように吠えるそれは、ニンゲンと大差などなかった。

 その通りだ、と団長は不知火ちゃんの意見を肯定し、そこから自身の胸中を明かす。

 

「陛下のお考えだから、私たちがそれを否定することは出来ない。確かに我々兵器には、力が無ければ何の意味もありません。しかし…それが「一人で」解決出来るとは、私には思えない」

「団長の言う通りです。我々には信頼というPowerがあります、言葉では甘い表現かもしれませんが、ヒトはそういった「繋がり」をPowerに変えて、爆発的に強くなるのです」

「ヒト型兵器である以上、それを見倣うべき…ですか?」

「不服そうな言い方ね、不知火?」

「いえ、ですが…力が全てであるという考え、そしてそれらを効率的に作用出来るのなら、そういった無駄な思考を省こうとするのは致し方ないのでは、と」

「そうね、それも一つの考え方。でも…それが争いの火種になるとしたら?」

「どういう意味ですか?」

 

 私は要領を得ず聞き返した。団長は私の顔に、虚しさを湛えた瞳を向ける。

 

「海魔はどうやって生まれたか…そういうことじゃない?」

「っ! まさか…また海魔のような怪物が!?」

 

 この時点では、深海棲艦はまだ影も形もなかった。

 彼女たちはこれから数年先に、突如として現れる。…歴史は繰り返される、とは誰の言葉でしょうか?

 

「海魔は選ばれし艦娘たちが、大元を絶ったことで存在しなくなったのでは?」

「そう、ね。でも何となく嫌な雰囲気よね、ほら…海魔たちと戦っていた時だって、ニンゲンたちはギラギラした眼してたじゃない? アレと似てるのよ、今の国王陛下の眼」

「…Hm,海魔は人の欲望を食べて強くなる、とどこかで聞いたことがあります。もし陛下の暴走が「次なる脅威」の引き金になる…としたら?」

 

 姫様の言うことは、あくまで根拠のないものだったが…海魔という驚異と対峙していた我々は、内心その説に確信を抱いていた。

 

「…色々弁解していきたいところですが、団長のそういう野生のカンは馬鹿に出来ませんからね」

「そうそう鼻が敏感なのよハナが…ってダレが犬みたいじゃあい!?」

「誰もそんなこと言ってません…っふふ」

 

 不知火ちゃんは思わず顔が綻んでいた。私や姫様も同じように笑う。

 

「考えすぎかもしれないけど、私たちが騎士団を結成した理由は「争いのない世界にする」ためよ。力で押さえつけるためじゃない、それにあんなどこのウマノホネかも分かんないヤツのブレスレットなんて、それこそ裏があるとしか思えないし?」

「…確かに話は出来過ぎてますね。そして城内外の不穏な空気…今はまだ静まってますが、この先は何が起こるか分からないか…」

「そう、だから我々がStopperになれば良いと思うのです。陛下には私たちから時間をかけて説得してみますから」

「…でも、大丈夫でしょうか。ブレスレット着用拒否は陛下の御命に逆らうのでは?」

「そこは大丈夫。陛下には私から無理言って聞かせたから」

「っな、無茶をしないで下さい団長。今の陛下は…その……」

「不知火、団長は陛下の信頼を勝ち得ています。彼女の意見具申は陛下も無下にはなさらないでしょう」

 

 姫様はそう言いながら、自分も誇らしげに笑う。

 

「うんうん、で。私たちはこれから四人一組で行動するから、そのつもりで」

「っな!? 良いのですか?」

「まぁコストの無駄だとか、散々言われたけど、激戦地にでも送ってくれていいからって言ったら、渋々了承してくれたわ」

「団長たちと一緒、か…っうふ」

「綾波は乗り気みたいね? どうする〜不知火? 仲間はずれは嫌でしょ♪」

「っ…はぁっ、分かりました」

 

 もう何も言いません。と不知火ちゃんも満更でもなさそうな顔で呆れるのだった。

 

 

 

 その後私たち四人は「遊撃隊」として各地の艦娘騎士の増援として、遠征の日々を送る。…このひと時は、今でも脳裏に浮かぶほど印象的です。

 

 団長は旅の途中で適当に決めた団名を披露し、旅を盛り上げようとよくおどけてました。

 

 不知火ちゃんは周囲を警戒しつつも、団長の言葉の応酬にしっかり対応していました。…え? ぼけとつっこみ? …そうかもしれません。

 

 姫様は、そんな二人を見守って、心から笑っていらっしゃって。

 

 …私? よく団長や不知火ちゃんにからかわれてました。綾波ってなんかいじめたくなるのよねぇ、と団長が。…いじられキャラ? 良く分かりません。

 

 とにかく騎士団発足以来、長い間背中を預けてきた間柄でしたので。気心の知れた仲と言いますか…本当に、幸せな時間でした。

 

 

 

 …その裏で、王国の崩壊が始まっていることを、私たちはまだ知り得ませんでした。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──遊撃隊に新たな依頼が入った。

 

 それは、作戦行動中の艦娘騎士の援護に向かう、と至極簡単な任務でした。

 いつものように、私たちは戦地へと旅立つため国を離れました。…思えば、あの時は不吉な雰囲気が立ち込めておりました。

 

「…雨?」

 

 団長が言いながら空を見上げると、ぽつ、ぽつ、と雨音が聞こえてきました。雨の前触れか湿気特有の匂いも鼻をかすめました。

 

「湿気があると砲撃の調子が悪いのよねぇ」

「問題ありません。ゲリラ戦法は心得ておりますので」

「ぶ、物騒だね…;」

「…風も強いですね。この様子だと目的地も雨によって一時休戦状態でしょう、一日経てば雨も上がるはずです。それまで距離を稼ぎましょう」

 

 姫様の提案により、私たちは雨を利用した強硬進行する。

 

 …雨の陰鬱な雰囲気が、私たちから話す気力を奪ったか、はたまた皆長年の勘によってこの先に何かあることを、どこかで勘づいていたのか。

 

 いつものように和気藹藹と話しながらではなく、張り詰めた空気の中黙々と目的地へと向かう…団長の顔を一瞥してみる、矢張りどこか表情は強張っていた。

 

 …私は、それが少し怖かった。

 

「…っ! 止まって!!」

 

 先行していた団長が制止を呼びかける。

 

「どうかしましたか、団長?」

「…アレ、うちの娘じゃない?」

 

 団長が指差す方向に、確かに居た。

 それは、打ちつける雨風の中、幻霊のような幽かな輪郭だが、ふらり、ふらりと…確実に近づいて来ていた。

 

「確かにそうみたいです」

 

 不知火ちゃんがそう事実を告げると、団長は「彼女」に呼びかけた。

 

「ちょっとー! 貴女ーっ! なんでこんなとこにいるのー? 作戦はどうなったのー!」

 

 ……返事はない。

 

 だが輪郭は次第にはっきりしていく。鎧を着た小さな少女、それは紛れもなく…艦娘騎士だった。

 

「何かおかしい…お二人とも、警戒を厳として下さい。綾波も」

「うん…」

 

 私は緊迫した空気の中、目の前に現れた彼女の顔を見やる。

 顔は雨に濡れた髪が枝垂れているため見えない。立ち止まっても重心が定まらず、ふらりふらりとしている。そして…そんな彼女がつけている強化ブレスレットは、赤く爛爛として、まるで炎が燃え上がっているよう…不気味だ。

 

「…ろ…す」

 

「っえ、何? 聞こえなかったからもう一回…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

「団長っ!?」

 

 まるで、その場から音もなく現れたように。

 

 団長の目前に、突然に姿を見せる艦娘騎士。その手に…大きな”得物”を。

 

 その眼に…紛うことなき「殺意」を迸らせ。

 

「…沈めっ!!」

 

 同じく、団長の背後を飛び越え、必殺の剣閃で艦娘騎士の得物を弾く。

 

 …得物を喪えどその滾る敵意は止まらない。団長を守るため立ち塞がる不知火。

 

「コロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスシズメシズメシズメシズメシズメシズメシズメシズメシズメシズメコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロコワレロ」

 

「…これは」

 

 壊れた機械のように意味不明の言葉の羅列を紡ぐ同胞。団長は、変わり果てたナカマの姿を垣間見て、ひどく狼狽えていた。…そして。

 

「っ、綾波。戻るわよ」

「えっ。何を…?」

「いいから! 皆のところに戻るのよ、嫌な予感がするの…こんな悪寒初めてなの、早く!!」

 

 団長の焦りように、姫様も不知火ちゃんも、もちろん私も驚きを隠せなかった。

 

「…綾波、行きなさい。私たちは彼女の相手をして、後で落ち合います」

「姫様!?」

「団長の命令だ。行け…団長を守ってやってくれ」

「不知火ちゃん…」

 

 二人の覚悟に染まった顔を見て、私も…。

 

「…了解、命に代えても守ります」

 

 騎士の誓いを立てる。それは何モノも破ることを許されない「約束」。

 

 それを聞き届けた二人は、静かに微笑むと目前の敵と相対し、二度とこちらを向くことはなかった。

 

「行きましょう!」

「ええ!」

 

 団長と私は短く言葉を交わすと、一心不乱に走り出す。…向かうべき祖国の危機へと、馳せ参じるため。

 

 …などと、今の私にはそんなことを言う資格などありませんが。

 

 

 

 ──だって、私は………っ!

 

 

 

「…っ!!」

 

 走り続ける、はしる、ハシル、走る…!

 

「はぁ……っ!」

 

 この先に…何が待っていようとも。

 

「もう少しよ!」

「了解!」

 

 私は…この人を…絶対に。

 

「…っ、見えた!」

「はい! ……っ!? あれは…」

 

 見慣れた故郷の原風景…森の中に広がる石造りの城…そこから上がるは「灰色の煙」…そして赤く燃立つ炎。

 

「…っ!」

「団長!?」

 

 城を侵す火の手を垣間見た瞬間、団長はまた走り出す。私も続く。

 

「…っ!」

 

 辿り着いた城下町、そこで見たモノとは。

 

「ぎゃあああああ!?」

「いやあああああ?!!」

「な、なんで…どうして…っがあああ!?」

 

 国民を蹂躙し、殺戮を繰り返す悪徒。…いや。

 

「どうして…何をやっているの! 貴女たち!?」

 

 それは、国に忠誠を誓ったはずの艦娘騎士たちだった。

 

 彼女たちの腕には、例のブレスレットが…紅い光を放っていた。

 

「コロス…コロス」

「シズメ…シズメ……ッ」

「ひぃ…どうして…俺たちは…何も…」

「やめなさいって言っているでしょうっ!!」

 

 団長の制止も虚しく、彼女たちの暴走は止まらない。

 国中の艦娘騎士たちが暴走している…住民の避難は、間に合わない。

 

「…っ、綾波止めるわよ。気絶でも拘束でも何でもして! 殺しちゃダメ!」

「心得ています!!」

 

 この惨状を目の当たりにした私たち、気持ちは同じだった。

 彼女たちは正気じゃない。どうすれば良いのか分からないけど…それでも、何かしなくては気が治まらなかった。

 

 ──それが、どれだけ足掻いても変えられない現実だとしても。

 

「はぁああああっ!!」

「…ふっ!」

 

 得物を構えるキョウジンたち、それを防ぎ人命を守る私たち。

 

 それは、傍からみたら仲間を助けようと見えただろうか。…それとも、仲間に手をかけようとするオロカモノだろうか。

 

 どちらにしても、ニンゲンたちは私たちを見る目ははっきりしていた。…「畏怖」。

 

 …分かっている、話し合えたら、他に方法を思いつけていたら、そんなことやらなくても…仲間と戦う必要なんてなかった。

 

 でも…私たちは所詮「兵器」。戦うことでしか…前に進めない、方法が分からない、解(し)らない。

 

 きっと、長く戦い続けてココロがおかしくなったんだ。終わらない戦いが…私たちをオカシクしたんだ。

 

 だから…元に戻さなきゃ、私も…団長も、そう思っていたんだ。

 

「コロス…コロス!」

「シ…ネ…シネ……!!」

「…っ、キリがない!?」

「団長!!」

 

 団長を突き飛ばす私。刹那…肩に鈍い痛み。

 

「…っ!」

「綾波!?」

 

 遂に外傷を負った、片腕が動かない…致命傷か…斧を持つ手も…力が上手く入らない…!

 

「しっかりしなさい! 貴女は下がって、ウォスたちを呼んできて!!」

「嫌です!! 約束したんです…貴女を守るって、私はまだ戦えます、貴女を守れます!!」

「っ、綾波…」

 

 守るんだ…私を認めてくれた…愛してくれたこの人を…イノチに代えても…!!

 

 …そんな私の思いを嘲笑うように、散り散りに逃げる住人たちは殺され、街は炎の海に沈んでいく…。

 

「…っ」

 

 気づけば、私たちの周りには既に炎の壁に取り囲まれていた…。

 

 仮にここから出れたとしても、外には暴走艦娘騎士がいる。…この国で何が起こったのか、問いただすことさえ出来ない。

 

 …絶望が、私の頭の中を支配していく。

 

「…団長、私を置いて行ってください」

「っ! 何を言っているの、そんなこと!!」

「このままじゃ二人ともやられてしまいます!!」

「…っ」

「行ってください…姫様たちと合流して、一緒に逃げて下さい。私は…もう十分です」

 

 ここが、私の死に場所なのだと悟った。

 

 戦いが私の心を蝕んでいた…もう嫌だ、仲間にさえ手をかけて、団長に何があれば…私には…存在する意味なんて。

 

「…そうね」

 

 団長は私に背を向けると…”城の方角”に向き直る。

 

「団長…!?」

「大丈夫よ。この暴走を止められなかったのは私の責任、騎士団長として…けじめをつけないとね?」

 

 私の方へ振り向くと、団長はいつものようにニッコリと微笑んだ。

 

「っ! 駄目です、そんなことは! 貴女が居なくなったら…騎士団はどうなるんですか!!」

「違うわよ」

 

 今度は顔を引き締めて、低いトーンの声色で話す。

 

「私は話をつけに行くの。…父君とは似ても似つかないバカ息子と、それをたぶらかしたクソヤローをとっちめに行くの。…貴女たちが心配することは何もないわ」

「なら、私もお供します。させて下さい! このまま貴女一人だけ行ったって!!」

「アハハ、ボロボロの綾波がついてたって結果変わんないわよ?」

「やっぱり戦うつもりで…っ、いけません、私も…ゔっ!?」

「ほら、無理しないの。…犠牲は少ない方が良い。貴女はここで…ウォスたちを待ってて」

「でも…貴女は騎士団にまだ必要なんです、貴女が居なかったら…私たちはどうすれば…っ!!」

「…そうね、もし。私がどっかに行っちゃったら、綾波…貴女が探しに来て。貴女なら…きっと私を迎えに来てくれるって、信じてる」

「やめて…そんなことしないで。お願い…団長……っ!!」

「そんな顔しないで、貴女たちには笑顔でいてほしい。…今生の別れじゃない、きっともう一度会いましょう。…だから、それまでは」

 

 ──またね、綾波。

 

「………っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 団長ぉぉぉおおおおおおおおおお!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎の海に飛び込んだ団長を、私は見守ることしか出来なかった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──そこから先は、よく覚えていない。

 

「…そんな」

 

 絶望の報せに顔が青白くなる姫様。

 

「何故誓いを破ったっ! 何故彼女を一人にしたんだ…この団長殺し!!」

 

 信頼に対する裏切りに、騎士の名誉の侮辱に、何より団長を守れなかったことに憤る不知火。

 

「…っ、お願い…返して…私たちの団長を…返してよぉ!!」

 

 彼女はそこから泣き崩れ、せがむように私に…いや、団長をコロした運命に対して抗議した。

 

 …もちろん、叶わない。

 

 団長は……もう。

 

 

 

 …………………………団長…………。

 

 

 

 ──ココロが、コワレル音がした。

 



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波の綾は緩やかに

「………」

 

 空が黒く染まり、星のカーテンが光で照らす。

 

 さざ波の音が聞こえる、潮風の匂いが鼻孔を刺激する…が、今の僕にはそれを知覚するだけで「精一杯」だった。

 

「これが…亡国となった我が祖国…その滅亡の一部始終です」

 

 抑揚のない声で淡々と事実を述べる綾波、僕は…彼女の心中を推し量りかねながら、ただ呆然とする他なかった。

 彼女は今「絶望」の淵に立たされている、それは確かだ。彼女の探しビトは既に沈んで、更に敵として目の前に現れたのだ…だとしても想像以上だ、彼女のココロは…重圧に耐えられなくなっている。

 

 どうする…どうしたら彼女を救い出せる? このままじゃ…っ!

 

 ……いや、僕は提督だ。彼女たちを導くのが仕事、僕がこれじゃ綾波のためにならない。

 

 僕は内側の衝撃を抑え込むと、努めて平静を装い綾波と向き合った。

 

「…つまり、艦娘騎士団の崩壊は」

「はい、他ならぬ艦娘騎士によるものです」

 

 事実を短い言葉に押し込んで投げる綾波、自棄…というわけではなさそうだ。

 

 それにしても…何故急に艦娘騎士が暴走を…?

 クーデター? いや、それにしては無差別過ぎないか? 一部の艦娘騎士の暴挙…も少し違うか?

 話の中で気になったのは「紅く光るブレスレット」だ、赤い鉱石…なんだか嫌な予感しかしないね?

 

 おっと、先ずは綾波の様子を……うん、何だろう。

 一瞥しただけで分かる。彼女は今「無理をしている」。今にも崩れ落ちそうな表情(かべ)を、それでも壊れまいとしている。…今までは彼女の心が分からなかったから、そこまで違和感は感じなかったけど?

 

 …なんとかしなくちゃ、このままじゃ綾波は「救われない」…!

 

「…辛いことだった、なんて軽く言うつもりはないよ。君が背負った罪は、確かに大きな誤ちかもしれない」

「………」

「でも、君はそれでもそこから逃げずに今までやって来たじゃないか。君は…」

「団長はもう、居ない」

「…っ!?」

 

 一見いつものような口調だが、彼女が大きな「闇」を抱えていることを、今の僕には理解出来た。

 

「私が今まで浅ましくもその先へ進んだのは、団長を見つけるため。…あの炎の中へ消えたあの人を、迎えに行くため」

「綾波…!」

「団長を迎えに行くまで、どんなに侮蔑されようとも、どんなにココロが壊れようと。私は…決して諦めないと誓いました」

 

 …駄目だ、このままじゃ自責の念に囚われて、それこそココロが壊れてしまう。

 

 …一か八か。

 

「でも、結局事実は変わりませんでした。団長は死に、艦娘騎士の暴走の原因も分からないまま、私は無駄に生き永らえました。…不知火ちゃんの言う通り、私はただあの人の影に縋り、自らの罪を認めようとしなかった愚か者…です」

 

「どうして…そこまで自分を責め立てるの?」

 

「…っ!?」

 

 あからさまに煽りを入れてみる、すると明らかな動揺が見られた。…そのまま言葉を選びながら、慎重に話す。

 

「君は最後まで戦った、最後まで守ろうとした。それで良いじゃないか? 艦娘騎士も君たちが居る限り、完全に滅びはしない。…何の問題がある?」

「それは…っ」

「その団長は残念だったけど、君は何処も悪くないし、団長もそう思っているはずだよ。…もう「忘れなよ」。君はもう…忘れることが」

 

「忘れられるわけないっ!!」

 

「っ!?」

 

 僕の放った言葉…見えない投石が、遂に綾波の「壁」を打ち崩した。

 

「あの人は私の全てだった、あそこは私の世界だった! 一つでも欠けてしまったら…そんなの……意味なんてない!!」

 

 声を荒げ、現実を否定する綾波。僕は…どこか”懐かしく”感じていた。

 

「…そうだね」

「私が弱かったから、私があの場であの人を守れたなら! それはどれだけ悲惨な結末だろうと、喜んで受け入れられた!! …悔やんでも悔やみきれない。私はっ、あの時…「私」を見失った」

「…それを今でも探している?」

「そうです、あの時失ったココロを! 団長を見つけさえすれば…取り戻せると思った、もう一度あの人に会いたいと願った!! …でも、もうそれも、叶わない…っ!」

「……」

「団長が居ない世界なんて…もう……生きてても…意味ない、よぉ…っ!」

 

 膝から崩れ落ち、壁の内側から涙が雪崩のように出てくる…彼女の冷えた感情が、溶けて流れ落ちた証。

 

 …同じだ、綾波は…あの時の「僕」と…。

 

「じゃあ何で、君は僕に「やり直せる」なんて言ったの?」

「…っ!」

 

 驚きを隠せない様子で、綾波はこちらに顔を向けた。

 ここまでは順調…下手な詭弁は要らない、自分の中にある心からの言葉をぶつけよう…。

 

 じゃないと…この娘は救われない。

 

「あの時…君が僕に対して綴った言葉は、君の本心からの言葉、そして…"きっとやり直せる"の真意は、君自身の過去と僕を重ねていたから。なんだよね?」

「っ!」

「つまり君は…無意識だとしても信じているんだ。君の団長は今も何処かで生きている、そうじゃなくても自分は彼女の死を乗り越えていけるって…ね?」

「…それは……しかし…っ!」

「綾波、過去は変えられないかもしれない。君自身の罪も…でも、君が僕を助けたいと思ったように、僕も君を「救いたい」と願っている」

「っ、司令官…!」

「こんな僕が、君の役に立てるとは思えないけどね? それでも…少しでも君が前に進めるように、側で支えられたらって思うんだ…駄目かな?」

 

 はにかんだ笑顔を浮かべながら、僕は綾波に自分の気持ちを言葉に乗せた。

 …あぁ、でもダメだなぁ? 少し取り繕っていたかも。こんな言葉で…彼女が救われるとは…とても。

 

「…イジワルです、司令官」

「っえ、綾波?」

「そんなこと言われたら…無理やりにでも立ち上がらなければ、いけないじゃないですか…!」

 

 そう呟いたかと思えば、ゆっくりと立ち上がって僕を真っ直ぐに見つめる綾波。

 目が赤く腫れぼったい、涙の跡が消えないその視線で、力強く僕を捉えている。

 …本当に強い娘だ。どんなに打ち拉がれても立ち上がることが出来るのか、彼女の気丈な一面を見て、驚きながらもそのココロの強さを実感する。

 

「…団長を探し出す、私のその使命は…ここで潰えました」

「綾波…」

「だから…命令して下さい。こんな私でも…ガラクタの私でも、それでも使って下さるなら」

「…そうか」

 

 あくまでも騎士の矜恃を貫く、か。

 そういうのって、どこか依存的なものを感じるけど…僕には、良い方法が思いつかない。これで彼女が少しでも前を向いてくれるなら。

 

「…綾波、君は生きろ。どんなに辱めを受けても、君自身の使命を果たせなくても…僕のために、生きてくれ」

 

 …少しの沈黙、その後姿勢を正し、右肘を前に持っていく。

 

「了承、これよりこのイノチ…貴方に捧げます」

「…騎士として、だね?」

「司令官、やっぱりイジワルです」

「あはは、君を見てるとついイジメたくなって…ね?」

「うふ。本当に…あの人みたい………あの、ひ、とに……っ!」

「…………綾波」

 

 また泣き崩れそうになる綾波、僕は…そっと彼女に近づくと、優しく抱き締める。

 鎧の固い感触と共に、殻に覆われて震える彼女の身体を感じる…。その健気なココロを感じ取り、僕も顔がくしゃくしゃになり、涙が溢れ出る。

 彼女の傷を…少しでも癒せたら。僕は…本気でそう思った。

 

「綾波…もういいんだ。もう一人で罪を背負うことはない、君には…僕がついているから」

「司令官……私は…わた、しは……っ」

 

 彼女の途切れとぎれの息遣いを聞く、次の時…彼女は大声を上げて泣いた。

 まるで悪戯をした子供が、心の底から反省した涙のように…泣きじゃくって、耳を劈くほどの悲鳴に似た鳴き声。

 全て、抱えていたものすべてを、僕に預けるように…小さな騎士は、大きな罪を浄化していく…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 …何故、私は貴方の下に来たのか…それを、貴方は考えているのでしょうか?

 あの時…団長を探す旅の途中。連合の城下町でいつものようにクエストをもらおうと、鳳翔さんの酒場へ向かっていた…その道中。

 

「ヘーイ! テートク遅いデース、早くはやくぅ!!」

「ちょ、ちょっと待ってよぉ。…ぅう、やっぱり頭がぐらぐらする〜」

「拓人さん、こんなところで粗相をしないで下さい?」

「そんなことするわけ…っゔ、やばっ」

「テートク!? しっかりしてクダサーイ!!?」

「あらら〜☆」

 

 遠目から貴方たちのやり取りを見た。

 

 どこか…懐かしい感じがした。

 

 鳳翔さんから、新しい鎮守府の提督がメンバーを募集している…そう聞いた。

 

 …少し迷いはあった、それでも……。

 

 私の中にある「後悔」を、今度こそ償いたい。

 

 …そう願ったんです。

 

 はぁ…やっぱり恥ずかしいです。だから…貴方が聞いてくるまで、これは私の中に留めておきましょう。

 

 …うふふ♪

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『…っ、くそ』

 

 拓人が綾波の過去に向き合っていた一方、夜の霧に蠢く亡霊が居た。

 

『駆動部の損傷が激しい…回復にも時間がかかる…ッ、まさかここまでやられるとは』

 

 足を引きずるようなスピードで、海の上を滑る白き姫、その肌は黒く焦がれ、痛々しく焼けただれていた。

 油断していたわけではない。「彼」としては彼らに対し問いを投げかけたかっただけ、もし戦闘になったとしても…早々に離脱する意思はあった。

 だがあまりにイレギュラーが多過ぎた。金剛、選ばれし艦娘、そして特異点。

 行動が後手後手に回り、更に反撃も受けた。彼らの意思に迷いはないようだ、悪手であった、と白き姫は後悔した。

 

『…もう少しだ、もう少しで……っ!!』

 

 しかしながら後の祭り、とにかく傷を治さねば目的も何もない。

 彼は先の見えない霧を見つめながらも、足を引きずることを止めない。

 

 その先には、海中深くに在る本拠。

 

 そこまで行けば、後は傷を癒すだけ…それだけの話「だった」。

 

 だが…。

 

「あぁ〜! ねぇねぇねぇ、あれじゃない? 私見つけちゃったー!」

 

 …なんと間の抜けた声だろうか、そうぼんやり思いながら白き姫は声のする方角を見やる。

 

『…な、に……っ!?』

 

 薄暗い霧に浮かぶシルエット。そこには…現状対峙するには「最も適さない」相手…。

 

「Great. よくやってくれました、ニム」

「えへ〜、潜水艦は隠れるのも見つけるのも上手いんだよ?」

「それを期待していたのですから、やってもらわねば困ります。…さて?」

 

 片方は、この怪しげな雰囲気に似つかわしくない美麗なドレスを纏い、玉座に座る貴婦人。もう片方は眼光鋭い少女騎士。

 

『艦娘騎士団…っ!?』

 

 壊滅した艦娘騎士団であったが、生き残りがいるとは聞いていた。

 既に一人出会ってはいるものの、まさかもう二人にも会敵するとは…艦娘騎士の武勇は知らぬ者は居ない、そうでなくてもこの弱りきった身体で戦うのは不味い。

 

「あれが亡霊騎士……確かに団長とどこか似ているような…?」

「姫様、ここは私に行かせて下さい」

 

 そう言うと、少女騎士…不知火は静かに波を立てながら前に滑り出る。

 

『…っ』

 

 先ほど出会った艦娘騎士は、自分を見た途端に「団長の仇」と襲いかかってきた。目の前の少女騎士も間違いなくそういう行動に出るだろう。

 どうにかしてこの場を切り抜けなければ…策を巡らせる白き姫。

 そんな彼女(彼)の顔を見据える不知火は…「驚きの」一言。

 

「貴方…"機関"の者ですね?」

『何…っ!?』

 

 言い当てられ思わずたじろぐ、その様子を見た貴婦人…ウォースパイトは疑問を抱いた顔から得心が行ったように頷く。

 

「やはり…では、騎士団の崩壊も貴方がたの仕業ですね?」

『…そこまで、調べがついていたのか』

 

 低い男の声で肯定の意を示した白き姫。不知火はそれに不快そうに眉をひそめた。

 

「あまり団長の顔で喋らないでください、気色が悪い」

『 ん? …フフッ。すまないな? いきなり襲ってこないものだから、つい』

「本当は今、この場で切り捨ててもいい…それだけの怒りはありますが、ボロボロの怪我人を一方的に攻撃するのは「騎士道」に反します。それに…聞きたいこともありますので」

『ほお? それは?』

「…何故、騎士団を崩壊させたのか、答えてもらいます。返答次第では…」

 

 不知火は鋭い眼光を更に細め、敵意を露わにする。それを見た白き姫は鼻で嗤う。

 

『ハッ、それを知ってどうする? 仲間の敵討ちでもするのか?』

「…そうです」

『何…?』

 

 白き姫の皮肉交じりの問答に、不知火は肯定の意を示した。

 

「綾波がこの場に居ないことは幸いでした。彼女がここに来ていたなら、貴女を見てどうにかなっていたでしょう。…私はそれに耐えられそうにない」

「え? なになになに? それってあの娘とわざと仲違いしてたってこと? スッゴくけんあく〜な感じなのに?」

 

 つまり、二人は綾波に汚れ仕事をさせまいと、わざと距離を置いた。…ニムの問いかけにも、不知火はやはり肯定した。

 

「えぇ。尤も…あれだけ否定したのですから、あの娘は私のことを目の敵にしていることでしょうね? 今更…友と呼ばれる資格は、私にはありませんし」

 

 どこが自嘲気味の不知火に、ウォースパイトは心配そうに呟いた。

 

「不知火…貴女」

「姫様、血を流し浴びるのは私の役目です。嫌われるのは慣れています。それに…彼女に譲れないものがあるように、私にも"それ"がある…そういうことです」

『兵器同士の麗しい友情…か?』

「まぁ長い付き合いですから、それでも…団長の件で許すつもりはありませんが?」

『…ナンセンスだ、そして君たちの行動も』

「えぇ。意味のないことでしょう、無駄な事とは承知の上、それでも…「復讐」というものは、理屈で済むものではないでしょう?」

『…フン、やられたらやり返すか? 害の応酬、それが世界の崩壊を加速させていると何故理解しない?』

「そんな詭弁は必要ありません。我々はただ…団長を殺した貴様らを許さない。それだけだ」

 

 鬼のような形相で睨む不知火、その眼には確かに「憎しみ」が宿っていた。

 そしてそれは、鋭く厳しい目つきで見据えるウォースパイトも同様だった。

 

『……』

 

 焦燥に駆られていた白き姫だったが、フッと緊張を緩めると、まるであきらめの境地にように話し始める。

 

『単純な話だ。我々の計画を遂行する上で、君たち騎士団の存在は邪魔だった。…それだけだ』

「っ、貴様…何が目的だ?」

『さぁね? この計画の首謀者は私じゃない。ヤツは今頃「例の海域」で、計画の最終段階の準備をしているだろうさ?』

「計画? それは…?」

 

『この世界の人間に「粛正」を与える。…言うなれば、欲にまみれた人間を「滅ぼす」のさ?』

 

 その言葉を聞いた瞬間、騎士二人の顔はマグマが噴き出したような怒りの表情に変わる。

 

「外道…っ!」

『そうだろうさ。…君たちには分からないだろうが、我々の世界は「滅び」に向かっている。或る存在によって…私はその滅びを食い止めるために行動している』

「その滅びとは何だ? 世界中のニンゲンや、団長たちを沈めなければいけなかったのか!」

 

『詳しくは私も知らない。だが…ヤツはそれを「世界を滅ぼす"愛"」だと言っていた』

 

「貴様、巫山戯るな!」

 

 憤る不知火、徐々に理性を保ててないことが解る。

 それを理解してか、不敵な笑みを浮かべる白き姫。

 

『巫山戯てはいないさ? 寧ろ君たちだろう、巫山戯ているのは。この世界に平和をと嘯き、戦争を激化させているのは…君たち艦娘、そして艦娘騎士だ!』

「Shut up ! それ以上の冒涜は、彼女たちへの侮辱になりますよ!」

 

 ウォースパイトもはち切れんばかりの怒りを白き姫にぶつけた。普段は静かな彼女が罵声を上げる姿に、隣で耳を傾けるニムも何処か冷や汗が出ているようだった。

 だが白き姫は口を閉ざさない、まるで煽るように侮蔑の言葉を紡ぐ。

 

『だが事実だ。今日までの各国の戦争、紛争、殺戮! 全てはあの大戦から始まった…連合が君たちを過ぎたる遺物として「抹消」しなかったのは大きな過ちだ!』

「黙れ! それ以上戯言を抜かすと…」

『ほぉ? そうやって気に入らないモノを切り捨てていくのか。何とも愚かなことだ、君たちもニンゲンと大差ないなぁ! …だから止められないんだ、戦いを!』

「…貴方っ!」

 

 扇動されたココロは、マグマの如き烈火を纏いて怒りを放つ。

 それは、最早彼女たちには制御出来ないところまで来ていた。…その血の昇った表情を見て、白き姫は一言。

 

『フフッ、どうでもいいが「後ろ」を振り向くことをお勧めするよ?』

「何? ……っ!?」

「What…!?」

 

 彼女たちが言われるまま振り向くと、瞬間眼前に「紅い光」が…。

 

「なっ、しま…」

 

 驚き、意図を理解し、目を瞑ろうとも出来なかった。文字通りの「釘付け」にされ、二人の目に紅い光が拡がる。

 不知火は己の不注意を呪った。普段の彼女たちなら、このような姑息な手に引っかからないが、怒り心頭に達した頭は「ほんの一瞬の隙」を生んだ。

 

「っ! ゆ、油断……し、た…っ」

「No…そんな……綾…な、み…!」

 

 意識が遠のく、視界が揺らぎ…やがて闇に覆われる。

 二人の騎士は、白き姫の術中に嵌り、海面に身体を打ち付けた。

 

『……』

 

 白き姫はその光の奥に人影を見た。…それは。

 

「全く…本当に厄介なことだ」

 

 研究員「ユリウス」が、海面に「足をつけて」いる。それどころかゆっくりと水の上を歩いてみせた。

 

 ぴちゃ、ぴちゃ…と、ユリウスは水の音を立てながら、二人の艦娘騎士に近づく。

 

「…っ、き…さま…っ!」

 

 不知火は意識が朦朧としながらも、最後まで足掻こうと半身を起こし、白衣の男を睨みつけた。

 

「この霧には「穢れ」が含まれている。私が予め細工しておいた、この海域は元々から濃い霧の発生する場所で有名だ、少々の靄が紛れ込んでいても、誰も気づかない。…おかげで霧の濃度も高くなったが、私としても目眩しのため必要だった」

 

 誰に言うでもなく、ユリウスは彼女たちの「異変」について種明かしした。

 

「とはいえ少量程度なら、短時間の間には効力はない。君たち艦娘であろうと…だが、矢張り長時間霧の中で「探し物」をしていたようだな? 穢れの影響を受けていることは直ぐに理解した」

「…っ!!」

「艦娘は海魔石の光を浴びると、艦鉱石に蓄積されたマナと海魔石の穢れが相殺し、昏睡状態に陥る。尤も、マナとそれを吸収する艦鉱石がある限り、何れ目は覚めるだろう」

 

 だが…と、ユリウスは海上に揺蕩う彼女たちを見やる。

 

「極稀に、怒りや哀しみといった大きな「穢れ」を秘めた艦娘も存在する、その個体が海魔石の光を浴びた場合、その負の感情を増幅して、海魔石の所持者の支配下におくことが出来る。…まぁ、君たちはそこまでではないようだが?」

「…何を…する……つもりだ?」

「何を? そうだな…あわよくばそのまま気絶してくれればいいのだが、もし目を覚められても困るからな。丁度いい、彼らに問答を与える良いキッカケになってくれ」

「…だれ、が……っ!」

 

 しかして不知火は抵抗虚しく、力なく海面に倒れ伏した。彼女が意識を失うのを見届けると、そのまま暗い闇と霧の中でユリウスは星を望むように空を見上げた。

 

「そうとも…彼らの目を覚まさねば。神は…いつだって身勝手で「残酷」なのだと」

 

 塗りつぶされた深い闇よりも、深く淀んだ目で、彼は何処を見ているのだろうか…?

 

 …そして。

 

「や、やっば〜…どうしよう」

 

 暗闇の中ヒトリ逃げ出した「水に潜むモノ」は、何をするべきか悩みあぐねていた…。

 



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動き出す運命

 例の如く展開早めです、ご容赦を。


 綾波との話し合いを終え、一夜が明けた。

 僕たちは改めてボウレイ海域の霧の対策を話し合った。

 とりあえず拠点としている宿屋の一室に集まって今後を考える。そこには僕と綾波と、天龍に望月、翔鶴と時雨。…野分はまだ参加させるべきではない、と天龍たちから進言があったので休ませることにした。金剛は…。

 

「時雨、金剛は…?」

「…うん、まだ十分じゃないかな。彼女には時間が必要だ」

 

 …一体彼女に何があったのか、支えてあげたいけど。……仕方ない、話を進めよう。

 

「先ずは「研究員の居処の特定」からだね?」

 

 僕の意見に全員が頷く、そして望月が補足する。

 

「霧のせいで島とかの位置は正確に把握出来ねぇが。…大体の察しはついてる」

「それは…?」

 

 僕が問うと、望月は眼鏡のフレームを持って位置を調節しつつ話す。

 

「時雨が言うには…不確かな反応が一つだけ確認された。っていうが、どうやらソイツは「海上」にはねぇようでな?」

 

 その言葉に「まさか」とハッとする僕たち、自然と時雨に視線がいくが、彼女は予期したように間を置かず告げた。

 

「島の一つに妙な違和感を感じてね。そこは確か断崖絶壁の岩壁になっていて、そこの海底に大きな「穴」が感じ取れたんだ」

「穴?」

「うん、建物が一つ隠せるぐらいの巨大な穴だよ。その奥から物音も聞こえた気がした」

 

 そんなことも分かるのか…それが本当なら、研究員の居処はそこしかない…!

 

「つーわけだからよ、海底まで潜るにゃあ潜水艦の力を借りた方が楽だ、先ずは不知火たちと合流して…」

「ま、待って!」

 

 望月が話を進めているけど、まだ解決しないといけない問題がある。

 

「まだ「霧」の問題をどうにか出来ていないよ? 島に行くにも何かあってもいけないし、あの霧自体にも何かある…かもしれないし」

 

 僕の当然と言える疑問に、望月も答える。

 

「だな。だが問題ないぜ? まぁ策は考えてるが後のお楽しみっつーことで、なぁ?」

「…ふふっ、えぇ。期待して頂戴?」

 

 望月は何故か翔鶴に声を掛け、彼女も自信ありげな表情で返した。

 …まあ今更彼女たちを疑いはしないので、霧は望月たちに任せよう。…でも。

 

「そう簡単に…不知火たちが協力するかなぁ?」

「…司令官」

 

 綾波が短く言葉を紡ぎ、こちらを見つめてくる。その温かな眼の中には「大丈夫」の思いが込められている…気がする。

 

「…分かったよ、綾波」

 

 僕の言葉に、綾波は静かに微笑んだ。僕もただ無言で嬉しさの笑みを綾波に返した。

 僕らのやり取りに、天龍たちは少し驚いた様子だった。

 

「ほぉ? 綾波まで誑(たぶら)かしたか?」

 

 少し悪戯っぽく笑いながら尋ねる天龍に、僕は全力で否定する。

 

「ち、違うよ!? 綾波とは…本当にそんな感じじゃ!」

「司令官、私とは遊びだった…というわけですね?」

「ちょ綾波ぃ! 誤解を招く言い方しないで!?」

「はっ、心配しなくていい。ここにいるヤツらはお前を「分かっている」からな、なぁ?」

 

 天龍の発言に肯定的に頷く一同。

 

「そうさな〜大将だからなぁ?」

「今更スケコマシなんて言葉で済ませませんよ」

「うふふ、良かったじゃないかタクト。理解のある皆で?」

「絶対勘違いしてるって!? あぁもうしっかりしてよ皆、もうすぐ研究員の手掛かりが…」

 

 僕らがいつものように茶化しあっていると、外側からドタバタと慌ただしい音が聞こえた。

 

「(バンッ!)たたたた大変たいへんタイヘン〜〜〜っ!!?」

 

 その音の主は僕らのいる部屋に転がり込んで来た。

 

「ニム…?」

 

 彼女は不知火とウォースパイトと一緒に居たはず。それに彼女の慌てようは…只事ではない、そう誰もが確信した。

 

「どうした、何があった?」

「不知火たちは一緒じゃないの?」

 

 天龍と僕が問いかけると、息を切らしながらニムは答える。

 

「あ、あのね。私がね? 研究員って人見つけて」

「っ、研究員を見つけたの!?」

「んー正確に言うとあの亡霊騎士の方ね、そしたら二人が…捕まえてその人に尋問し始めて…それでそれで、なんか雲行きアヤシーって見てたら、急に紅い光がパーって!」

 

 ニムの言う紅い光とは…もしかしなくても「海魔石」だろう、二人はその光を浴びたのか…?

 

「そう! 私はとっさに海中に逃げたからなんとかなったけど、二人が一緒に研究員に捕まったみたいで!」

「そんなっ!?」

 

 綾波が心底驚いたように叫んだ。

 僕も驚いた。…不知火たちの実力は、あの霧の中で見ていたから。…こんな簡単に捕まるなんて。

 

「…どう思う天龍よ?」

「ヤツがニムをそのまま逃したのは、俺たちに火急の時だと伝える為。ヤツめ…俺たちと決着をつけるつもりか」

 

 望月と天龍の分析は、間違っていないだろう。

 向こうもやる気みたいだな…でも、不知火たちを人質に取られたらどうしよう。

 

「…機関の研究員が、艦娘をただ人質にするとは考えにくいな? おそらく…もっと恐ろしい事態になるかも」

「っ!」

 

 時雨の見解を聞いた綾波は、咄嗟に部屋を出て行こうとする。

 

「綾波!」

 

 僕が呼び止めると彼女は時間が止まってように、文字通りに身を硬くした。

 

「…命令だ、勝手な行動はするな」

「……了、承…っ」

 

 不知火たちの下へ行きたい衝動を抑え、綾波は大人しく僕の言うことを聞いてくれた…勿論、彼女のココロと身体は未だ震えている。…心配なんだろう。

 

「…ごめん、でも僕らも彼女たちを助けたい。今は皆と一緒に行こう、僕を…僕たちを信じて!」

「っ!」

 

 僕の言葉に、綾波以外の皆は頷きながら何も言わず彼女に視線を向けた。…「自分たちは君の味方だ」と。

 綾波もその力強い眼差しに、安堵した笑みを浮かべて頷いた。

 

「絶対に助ける。このまま…君の仲間を見捨てたりなんてしない」

 

 僕は僕自身の本音をぶつける。綾波と…彼女の仲間を助けたい気持ちが全身に流れてくる。

 団長を失ったことにより、決裂したかつての仲間。

 ウォースパイトも、不知火も、綾波も。このままじゃ…誰も救えない、誰も望まない結末になってしまう…!

 

「…拓人さん」

 

 僕の肩に現れた妖精さんが、僕を見つめる。

 また、これが運命なんだと。彼女たちをこのまま放っておくことが、黒幕に都合のいい展開を引き寄せさせない、正しいことなのだと…そう言うつもりなのか?

 

「良いんですね…?」

 

 改めて問われる。僕の言うべきことは…一つしかない。

 

「良いよ。綾波を救う未来が、アイツに都合の良いものだとしても。…そんなものくれてやるよ、それが出来なきゃ…ここまで来た意味がないんだ!」

「司令官…!」

 

 僕の決意の表れに、妖精さんは俯いて言葉を出せないでいた。

 

「…それじゃダメなんですよ、貴方は…っ!」

「………ごめん」

「…もう、仕方がないですね? 貴方は…本当に昔から……」

 

 それだけ言うと、妖精さんはすぅと透けていき、やがて見えなくなる。…その間際に、彼女が心からの「微笑み」を浮かべているように見えた。

 

「…皆、行こう。不知火たちを助けに、研究員や黒幕を止めに!」

「大将、違うだろ? ここはアレだよ…ア・レ?」

 

 僕が気を引き締めていると、望月は「あの言葉」を求めた。

 僕は意図を理解して、どこかはにかむ笑顔になると、改めて彼女たちに告げた。

 

「行くよ皆…"抜錨、暁の水平線に勝利を刻め!"」

 

「応!」

「おうさ!」

「えぇ!」

「うん、やろう!」

「ニムもやるよー、やるやるやる〜!」

「…了承!」

 

 ココロが一体となる感覚を感じる。…僕らは進む、どんな困難が待ち受けていようとも…っ!

 進む覚悟を胸に秘め、僕らは海を駆けた。…目指すは、あの「霧の海域」…そこで待ち受けるのは、果たして…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 拓人たちは不知火たちを救うため、ボウレイ海域へと向かう。

 そんな拓人たちをよそに、宿屋の一室にて物思いに耽るモノが一人。

 

「………」

 

 金剛…いや、金剛と呼ばれた「ナニモノか」は、自らが戦う意義を見出せないでいた。

 いつものように髪を結わず、ボサボサの長髪は彼女の輝きの象徴の両眼を隠し、陰鬱な雰囲気を醸し出している。

 

 彼女はもう「金剛」ではない。

 

「…私は」

 

 思い出した、自分が何者かを。

 滅ぼされた故郷、湧き上がる憎しみ…幼いながらに犯した「過ち」。…自分は。

 

「……っはは」

 

 最早、乾いた笑いしか出てこない。

 彼女を構成している全てを否定され、露わになった本当の自分すら否定している自分がいる。…彼女は。

 

「私…もう自分が誰だったのか……忘れちゃった」

 

 彼女は金剛だった。

 それは、偽りの思い、記憶だったのだろう。…それでも、それを信じたいと願う自分がいる。

 

 だが…。

 

『思い出しマシタか? 自分がどういう存在なのかを』

 

 頭の中で、話しかけてくるナニモノかが居た。そのしっかりとした口調で耳元から聞こえてくる声に、自然と耳を傾けていた。

 

『貴女は金剛ではありまセン。貴女は…ただの少女デス、その事実は変わりまセン』

 

 …ならば何故私は「金剛」だったのだ? そう問いかける。

 

『それをワタシに聞くのはお門違いデース? ただ…ヤツらにとって貴女は利用価値があり、貴女もまた「そう感じた」…それだけの話デース』

「…そうだ、私は…艦娘や戦争をする人間が憎くて…っ」

『ソウ! それだけならまだしも、ワタシの力を使って世界を滅ぼそうだなんて! 気に入りまセーン、本来ならミナゴロしマスけど? 今のワタシにはそれは出来まセーン』

「…どうして?」

 

 なんとなしに聞いてみる。すると謎の声はゲラゲラと大笑い。

 

『何故なら! 今のワタシはただの「力」に過ぎないから。それを使うのも放棄するのも、使い手次第だから。…まぁワタシは我の強い"力"なので、使い手ぐらいは選びますがネェ?』

「…私がアナタを使うに相応しいのか。…って?」

『イエス、そのトーリ! 貴女は自分を忘れていたとはイエ、彼らを守るために戦いまシタ。それは素晴らしいデス! しかし…記憶の戻った貴女は、果たして今までドーリ戦えマスか?』

「…それは」

『今一度考えてみてくだサイ。貴女が「ナニモノ」か…貴女は最強の力で、何を為すのデス?』

 

 それだけ言うと、謎の声はそれ以上の言葉を投げず、辺りは静寂に包まれた。

 

「…何をしろっていうの? 私はもう……」

 

 絶望に打ち拉がれる少女、彼女が如何なる「答え」を導くのか。

 

 ──コン、コンッ。

 

『…マドモアゼル、少しよろしいですか?』

 

「っ、野分…?」

 

 それはきっと、塞がれた扉の向こう側に…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 深い霧が立ち込める、先の見えない仄暗い白さは、怪しげな雰囲気を作り出す。

 僕らは「ボウレイ海域」に戻って来た。目指すは…研究員の拠点。

 

「先ずはこの霧をどうにかするよ、望月!」

「おぅ。んじゃあー翔鶴、いっちょやってやんな」

 

「ええ、行くわよ…濃霧除去特務「灼熱部隊」発艦始め!」

 

「えっ」

 

 なかなかのネーミングですね、と思った矢先翔鶴の航空隊は弓に番えた矢から、宙に放たれ炎を纏いながら艦載機に変化、そのまま霧の中に消えていく。

 

「この辺りかしら?」

「ちょい待ち。…ほい大将、皆の分用意しとるから、付けときな?」

 

 そう言って望月に手渡されたのは、トモシビ海域でも活躍した「サングラス」。

 

「え、ちょっと何するつもり!?」

「まぁ黙って見てな? 火力の調整に不備はないが、それ(サングラス)してなかったら"目が潰れる"ぜ?」

「っ!!?」

 

 何となく察した僕は手早く全員分のサングラスを皆に手渡す。

 …全員装着完了。翔鶴と望月も既にサングラスを着用している。…この後、どうなるのかというと。

 

「…うし、やっちまいな!」

「良し。"灼光弾"投下!」

 

翔鶴の号令と共に、霧の中で「ヒュー」と何かが落ちる音が響く。…刹那。

 

 

──ピカッ

 

 

 閃光が走り、辺りを真っ白に塗りつぶす。その瞬く間に淡い光が身体を包み込んだ気がした。

 

「うぉ!?」

 

 サングラス越しから見る急激な風景の変化に、思わず目を塞ぐ。

 

 …それから穏やかな波の音が聞こえたので、とりあえず目を開けて辺りを見回すと。

 

「…あれっ!?」

 

 あら不思議、あれだけ周りの視界を遮断していた濃霧が、綺麗さっぱり消えているではありませんか。

 

「…ってちょっと!? 流石に急展開すぎない?!!」

「えっ、うそうそうそ! すごぉ〜い!」

 

 ニムも驚きを隠せない様子で感嘆の声を上げる、それは天龍たちも同様だった。

 

「ほう…急に熱くなったと思ったが?」

「どうやら、太陽のような光の熱さで霧そのものを「蒸発させた」ようだね。…大味だね?」

 

 天龍と時雨が比較的平静に状況分析してるけど。…いやいやそんなのアリ!? そもそもそんなすごい熱量で無事な僕たちって一体…?!

 

「だーから言ったろ、火力調整に不備はねぇってよ? 翔鶴の魔導爆弾にちょいと細工して、爆発の瞬間アタシらに"魔術防膜"って障壁出来るようにしたからよ」

 

 あっ、もしかしてさっきの淡い光のこと? そうか、もっちーが僕らに熱波が押し寄せる前に、魔術的防御策を講じてくれたんだ(ここの望月は魔術も使えるから)。

 

「よく分からないけど、流石だよもっちー。どこのダ○ィンチちゃんだよと。」

「ヒヒッ、ゆくゆくはあの黒い霧にも対抗出来るようにしようって考えてるぜ?」

「私は魔力を編んでそれを弾に込める、ぐらいしか出来ないけど。貴女みたいに応用の効く娘がいると助かるわ」

「アタシは詠唱ナシに魔力込めるアンタのがすごいと思うけどねぇ?」

 

 翔鶴の賞賛の言葉に、望月もまた彼女なりに褒め称えた。…すると、翔鶴は少し表情に陰を落とす。

 

「……まぁ、色々あったのよ。色々…」

「っ! …すまねぇ、薮蛇だったか?」

「良いのよ。何でもないからそんなに心配しないで…ね?」

 

 そうか…アレが翔鶴のアンダーカルマと関係があるのかも知れない。アイツとの戦いのため…って不謹慎か? とにかくいずれは彼女ともよく話し合わないと。

 

 でも…先ずは目の前のことに集中しよう。

 

「霧が晴れて見晴らしは良くなったけど…?」

「ま、一時的なものだ。それでも半日ぐらいなら大丈夫さね」

「よし、まずは例の島へ急ぐぞ。そこに研究員の隠れ家があるはずだ、拓人」

 

 天龍は目的を復唱し、僕に指示を仰ぐ。

 

「うん、それじゃ…ん?」

「ねぇねぇねぇ、アレってもしかしなくても…?」

 

 僕らがその場から移動しようとすると、水平線の向こう側から「ある人物たち」が近づいてきた…あれは。

 

「…っ、姫様、不知火ちゃん!」

 

 そう、綾波が叫んだ内容の通り。研究員に捕まったはずのウォースパイトと不知火が、僕らの目の前にいる。

 

 …いや。

 

「望月、アレ…」

 

 僕は不知火たちの首元を指す、そこには鉱石のようなものが赤く光っていた。

 

「…間違いねえ「コア」だ。時雨の考えは半分当たりだな?」

「そうだね、半分外れた。言い方が悪くなるけど「この程度で済んで良かった」…と言ったところか」

 

『果たしてそうかな?』

 

「…っ!?」

 

 コアに操られた二人が真ん中を空けると、そこから姿を現した「白き姫」…いや、研究員…っ!

 

「お前…っ」

『まさか霧を蒸発させるとは思わなかったが。…矢張り金剛は来ていないようだな、当然か? 彼女は己の真実を受け止めることで精一杯だろうからな』

 

 まるで敵意を露わにしたように、眉をひそめ鋭い目つきで僕らを見据える白き姫。どうやら傷は癒えたようで、火傷跡は見当たらなかった。

 …"彼"の態度は、僕には何処か「無理をしている」ように感じ取れた。

 

 僕が訝しんでいると、研究員は僕らを指して問いかける。

 

『特異点、君はこのまま進めば何が起こるのか…理解していないわけではないだろう?』

「…っ、それは」

 

 確かに、この先のシナリオは(うろ覚えだが)知らないと言えば嘘になる。

 

『我々との戦いが終わり、世界に…君たちなりの平和を齎したとしよう。だが君は…その「先」を考えたことはあるか?』

「…先?」

『そうだ。君が自身の目的を達成したとしても、この世界の争いは終わらない。…人間同士の起こす戦争に限りはない。それだけではない、こうして艦娘同士でコロし合う状況も少なくはないだろう』

「っ!?」

『だから必要なんだ。争いの元を絶つには、艦娘の無力化と欲にまみれた人間の排除が。ヤツの言っていることは極論かもしれないが、このままいけば我々人類の滅亡が、遅かれ早かれ訪れるんだ』

「…だから艦娘たちを消して、お前たちはこの世界を救う…それが目的だったね?」

『そう、そして改めて問わせてもらう。…君はこれからどうするつもりだ?』

「…どうする、とは?」

 

『君はこの世界を救うのか、壊すのか? 特異点…この世界の特別(イレギュラー)よ』

 

 研究員が突きつけたのは…残酷なニ択だった。



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運命に抗う…それはきっと単純じゃない

 研究員の示した二つの道。

 僕はそれの意図を考えあぐねていた。…その議論はもう決したはず? 少なくとも僕の中では、そう帰結していた。

 

「僕は…お前たちを捕まえる。その考えは変わらないんだけど?」

『それは君自身が為すべきこと、だろう? このレーンの終着点…そうだな? この物語の終わりが見えた時、君はこの世界をどう変えるのか。…私が言いたいのはそういうことだ』

「何…?」

『"特異点"とはそういうモノだ。君は自分が思うよりもこの世界の「影響力」は強い、君自身の行動が…様々な事象事柄を容易く変える』

 

 まるで妖精さんのようなことを言ってのけた研究員。

 つまり…どう足掻いても僕は、この先に進めば何をしなくても「世界」を変えてしまうようだ。…実感はないが、漠然とした「そうなんだろう」といった考えはある。

 

『だが、何も君の意図しない形に全てが様変わりする訳ではない。…君の考えはどうなんだ? 愚かな争いを繰り返す人類に、艦娘に、救う価値があると思うか?』

 

 …僕にそれを問うのか? つい最近まで普通の大学生で、自分のセカイに引きこもっていた、この僕に? …何とも重い話だな。

 

「…またそうやって禅問答を繰り返して。いい加減聞き飽きたわ」

「大将、今更コイツの言うことに耳貸す必要ないぜ?」

 

 翔鶴と望月がいたって正論をぶつける。…ただ、惑わせようとしているだけかもしれない、分かっている…でも。

 

「それこそ今更…か」

『何…?』

 

 思わず肩の力が抜け、自然な笑みがこぼれる。

 僕の答えはもう出てる。しかし…対等に話をするなら「相手」の考えも知らなくっちゃいけない、そう…だから。

 

「じゃあ逆に聞くけど…貴方はどう変えたいの? この世界を」

『ッ!? ……そんなこと…』

 

 研究員はあからさまに狼狽した様子を見せる。

 

「貴方が僕たちにわざと隙を作っているのは、貴方自身が…今の自分に「疑問を抱いているから」…違いますか?」

『ッ、黙れ…!』

「今の質問だって、まるで自らに問い質しているように見えた。…貴方は本当は「優しい人」だ、こんなことは…間違っているってきっと思っている」

『……!』

「本当にそう思っているなら…貴方と僕たちは手を取り合える。まだ…間に合いますよ」

 

『黙れえぇ!!』

 

 僕の歩み寄る姿勢を、研究員は一喝して払いのけた。

 …やっぱり思っているんだ、自分の行いが間違っているって。彼は止めてほしかったんだ…僕たちに、自分自身の過ちを。

 

「タクト…君は彼を"仲間"にするつもりなのかい? 分かっていると思うけど…彼は…」

 

 ぼそりと僕の耳元で呟く時雨。そんなつもりはないんだけど、時雨は僕の心を読んだ上で発言している。…そういう気持ちが奥底にはあるんだろう。

 

「うん、でも無理に戦う必要がないのに敵対するのも、僕は納得いかない…かな?」

「…そうか。ホントに君はお人好しだね」

 

 時雨は答えが解っていても、それでも聞き入れてくれた。…僕のワガママだけど、許してね?

 

『…もういい、そこまでして進みたいのなら…君はここで消えていろ!』

 

 そう言いながら背中の得物に手を取る白き姫。合わせてウォースパイトと不知火も戦闘態勢に入る。

 …頑固な人だ、盲目的になっている以上戦うことしか、彼の目を覚まさせる道はない。

 

「…って、どうしようか?」

 

 しかし僕らは思わず戦うことを躊躇ってしまう。研究員の取り憑いたのが綾波たちの団長なら…彼女たち三人を相手にするのは…綾波の仲間を…っ。

 

「……」

 

 そんな僕らを他所に、綾波は徐に前に出た。…そして。

 

「…っ」

 

 自らの斧に手をかけ、目前の「敵」に臨戦態勢を取った…。

 

「綾波…」

「皆さん、私が彼女たちを足止めします。その隙に研究員の所へ」

「何を言い出すんだ、お前は!」

 

 天龍が声を上げて綾波の愚行を非難した。

 

「ソイツはお前の仲間だろう、共に同じ道を歩んだ友なのだろう! それを…」

 

「だから、私は"私の手で"彼女たちを止めたいのです」

 

「…っ」

「…ごめんなさい。それでも私たちは…同じ志を持つ仲間が、自分の意思に反することを…過ちを犯す前に、止めたいのです」

 

 綾波の言葉の意図を、僕は理解していた。

 彼女たちはヒトとして生きたかったんだ…意味もなく力を振るわされる「怪物」になり果てる前に…その後悔を断ち切りたいんだ。それが彼女たちなりの「騎士道」なんだ。

 

「私が操られたとしても、姫様も不知火ちゃんも…きっと同じことをする。だから…心配しないでください」

「…っち、埒が開かない。解った、だが…ヤツの本体を確保したら必ず戻る、それまでは無理をするな」

「…了承」

 

 渋々彼女の考えを受け入れた天龍を、綾波は静かに肯定し、しかしその目はかつての同朋から逸らさない。

 

「…しょうがないなぁ」

 

 僕はそう言って綾波の隣まで進み出て、同じ目線で綾波の視線の先を見据えた。

 

「司令官…!?」

「僕もサポートするよ。君ヒトリじゃ何があるか分からないしね?」

 

 僕の言葉に周りは「そう来たか」といった安堵したような表情になる。勿論当人は…。

 

「っ、なりません! 貴方に何かあれば…私は今度こそ自分が許せなくなる」

「だったら…守ってよ? 後悔のないように全力で。僕は綾波を…信じているから、さ?」

 

 …少しの沈黙の後、綾波は根負けしたようにため息を吐く。

 

「…必ず私のお側に、決して一人で行動なさらないよう」

「それ、君が言うんだね?」

「…イジワルです、司令官」

 

 ごめんごめん、と謝りながら僕らは対峙する…綾波の「過去」に。

 

『…ふん、いいだろう。どうせ無駄なことだ』

 

 どうやら彼は天龍たちを見逃すようだ。余裕…なのかは分からないが?

 

「…大将、一応これ渡しとく」

 

 そう言って望月が僕に手渡したのは、蒼く光る小さな鉱石…これは「艦鉱石」…!

 

「隙を見てソイツを不知火らにかざしな? そうすりゃ勝手に事が運ぶだろうよ」

「あの時みたいに、ウォースパイトたちを助けるんだね? …ありがとう望月」

「ヒッ、そんくらいしか出来ねーけど、まぁ頑張んな?」

 

 天龍たちは僕と綾波を残して、先に研究員の下へ急ぐ…しかし天龍は気がかりと言わんばかりに後ろを振り返る。

 

「大丈夫だよ。…僕たちも後から行くよ」

「…っ、絶対に無茶はするなよ!」

 

 天龍はそう叫ぶと、それ以降彼女たちは振り返らず奥へ進んでいった。

 

「さてと…」

 

 今この場には、僕以外には「艦娘騎士団」の面々が揃っている。

 

 彼女たちの「呪い」を断ち切る。…もし僕に、本当に何もかもを変えられる程の「力」があるなら…!

 

「行くよ…綾波!」

「了承…!」

 

 綾波と共に、僕は立ち向かう。…そこにどんな結果が待っているか、まだ知らない…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 金剛と呼ばれていた「ナニモノか」は自身の内なる力に「戦う理由」を問われる。しかし絶望に沈む彼女にそのような気概はない。途方に暮れていた…その時。

 

『マドモアゼル、少しよろしいでしょうか?』

 

 部屋の向こうから声がする…彼女は。

 

「野分…!?」

 

 彼女のことは、記憶が戻ってからもよく覚えている。

 誰よりも美しいものを愛する、人の生きる意志こそ麗しいと豪語する。…野分とはそういう人物だ。

 

「…っ、は、ハーイ! どうしまシター野分〜? というか他の皆はどこデース!」

 

 思わず取り繕うように、自身をあたかも「金剛」のように振る舞う。

 別に隠すつもりはないが、それでも心の準備も出来ていないし、何よりこの現状を「逃避」したかった。…そんな情けない自分がいる。

 

 まるで強く美しいヒロインのように振る舞わなければ、彼女は自分を保てなくなっていた。

 

『…コマンダンたちはボウレイ海域へと赴きました。あの研究員と決着をつけにいくご様子でした』

「っ! 皆が…?」

『ええ、自分は…残念ながら待機を命じられましたが。マドモアゼルもそうなのですね?』

「えっ…いや、ワタシは寝過ごしてしまったみたいデース! アハハ…」

『そうですか…ならばお早くご用意を。貴女が居れば千人…いえ万人の力となります、コマンダンたちもそれを望んでいるはず』

「そ、それは………」

 

 野分の話では、拓人たちはあのボウレイ海域へと向かったようだ。

 ここでいつもの金剛なら「ワタシに任せてくだサーイ!」と嬉々として拓人たちの居る戦場へ馳せ参じることだろう。…しかし。

 

「…ッ」

 

 今この場に居るのは、艦娘を憎む一人の少女。

 

 彼女たちの戦いが、戦争を肥大化させ…更なる被害、悲劇を生んだ。それを考える度、感じるたび…薄暗い気持ちになる。

 

「……ねぇ、どうして貴女たちは戦うの?」

 

 …思わず少女としての本音が飛び出す。それを聞いて戸惑いの色を隠せない野分。

 

『…何故、とは? マドモアゼル、それは…もう戦いたくない、と?』

 

 野分としては、艦娘の端くれとして「戦わない」という考えは有り得なかった。

 勿論、艦娘としての役割を放棄してでも平和な日常を過ごしたいと願う娘も居た。そういったモノは遅かれ早かれ前線から離れていった、しかし大半は「兵器」としての道を良しとした。

 

 何故なら…それが彼女たちの「存在意義」だからだ。

 

 迫り来る脅威から人々を守る為に戦う、戦場に身を投じる。…他に役割が出来たなら未だしも、自棄になって戦いから降りる、その思考は彼女たちには(少なくとも"この世界"では)自らの命を絶つも同義だった。

 

『マドモアゼル…如何なされたのですか? 貴女らしくない、貴女は…』

 

「どうしてっ!?」

 

 思わず声を荒げる少女、そのあまりの変わりように、野分は面喰らったように慄いた。

 

『マドモアゼル…?』

「戦うことが怖くないの? 死んじゃうかもしれないんだよ!! 知らない他人(だれか)を傷つけているんだよ?!! 何で止まろうとしないの? 貴女たちの所為で多くの人が死んだ、帰るべき居場所を失った、その自覚はあるの!?」

 

 堰を切ったよう自らの感情が溢れ出した。

 それは、他の艦娘にはない…ただの少女であった彼女だからこその考え、人間的「生の価値観」…ニンゲン独自の存在意義。

 

 今、お互いの価値観の違い、存在意義の相違がぶつかり合っていた。

 

『……』

 

 野分もまた、その意図を理解し顔を引き締める。

 彼女の考えが分からないわけではない、だが…自身もそれなりの「覚悟」…彼女でいうところの「美学」がある。

 

『…ごもっともな意見です。しかし…我々にはそれが、それだけは出来ない理由があります』

「人を殺してるんだよ、それでも止まれない理由って何!? 戦場が自分たちの居場所だから? ふざけないで! そんなことで…っ」

 

『確かに存在証明のためかもしれない。しかし我々は止まれないだけでなく「進みたい」のです、その先へ…ニンゲンたちと一緒に、我々も美しく「平和な世界」を歩みたいのです』

 

「…っ!?」

 

「戦いは残酷です、無辜の民が犠牲になってしまうこともある。それでも…ボクは彼らの死を無駄にしないためにも、進むべきだと考えます」

 

 彼女の言葉に嘘はない…それは理解出来た。

 

 しかしながら矢張りそう簡単に納得は出来ない、ましてや平和な世界にするべく戦い続けるなど…矛盾をしていないか? 彼女たちが戦いを「止めれば」いいだけだろう? …そう思うことさえ出来てしまった少女。

 

「どうして…怖くないの? 戦いの中で…沈んでしまうかもしれないんだよ!?」

 

 声を震わせながら、尚も反論弁舌を絶やさない、そんな少女にも野分は誠実に対応する。

 

『我々も戦いを恐れていないわけではありません。しかし…世界中に戦いがある限り、人が誤ちを繰り返す限り、争いは…決して無くならない』

「…っ!」

 

 そう、例え艦娘が全ての戦いを放棄したとして…人類は、果たしてそれに倣って得物を棄てるだろうか?

 

 ──答えは「否」。

 

 少女が艦娘に見ていたものは、人の隠しきれない「欲望、負の感情」そのものだった。

 

 それは、領土を拡げるための争いだっただろう。

 

 それは、自国の防衛手段だっただろう。

 

 それは、内戦を鎮圧する道具だっただろう。

 

 誰が始めたのかは分からない、しかし人は生きる上で「欲すること」を止めない、抑えることの出来ない望みは…やがて身を滅ぼし、周りを巻き込み、国や世界すら蹂躙する。

 

「…人間たちが、悪いと言うの?」

 

『…どうなのでしょう? 少なくとも我々はニンゲンが望む限り、その力を振るうことを辞めないでしょうね』

 

「っ、人間が悪かったとしても、貴女たちは程よく利用されているんだよ。それが解らないわけじゃないでしょう!」

『…マドモアゼル、やはり貴女は』

「答えて。…その先に何が待っているか分からなくても、何故貴女たちは戦い続けるの? どうしてそんなこと出来るの、貴女たちは…戦いの先に一体何を見てるの?」

 

 …野分は目先の違和感に目を瞑り、一人の少女に…答えを出す。

 

『…ココロ、ですかね』

 

「心…?」

『はい。ヒトはそれが誤ちだと解っていたとしても、それをせずにはいられない「脆弱」な存在でしょう。それでも…ヒトには己と向き合い、正しくあろうとする美しい「ココロ」があります』

「…っ!」

『ボクはそんなヒトのココロを守りたい。そんな美しいヒトビトを支えていきたい、例えそれが罪に繋がるとしても…彼らの内の「ココロ」を、信じているのです』

 

 彼女たちの原点とは、近しい誰かに寄り添い、守り、その幸せを願うこと。

 それは、弱さに囚われ力に溺れたニンゲンであっても、彼女たちの守るべき対象…ニンゲンの「正義を尊ぶココロ」を、彼女たちは信じているのだ。

 

「…何て、馬鹿なの…そんなこと…」

 

 だが、人の価値観ほど強固なものはない。それこそ国が違えばその考えも千差万別。…この憎しみに囚われた少女もまた、堅牢な檻に閉じ込められた哀れな獣なのだ。

 

『…マドモアゼル、ボクには何が真実なのか図りかねます。それでも…今の貴女は「美しくない」。それだけは言えます』

 

「っ!?」

 

『しかし…度重なる戦いでお互い疲弊しているのも事実。ああは言いましたがボクも貴女に無理をしてほしくない…まずはゆっくりお休みを。それからどうするか…考えていきましょう』

 

 そう言うと、扉の向こうの野分はその場を立ち去る。足音が段々と遠ざかっていく…。

 

「………」

 

 野分の言葉を頭の中で反芻する…。

 

 "美しくない"…その意図は理解出来た、だが…この気持ちを、憎しみをどう受け止めれば良いのか、少女にはまだ整理がつかない。

 

「…タクト」

 

 その名前を口にする、すると今度は彼の言葉が。

 

『金剛ーっ、頑張れー!!』

『これ以上やるなら僕は…”君を嫌いになる”!!』

『君なら大丈夫だよ、金剛』

 

『金剛っ!』

 

 まるで最初から「金剛」を知っていた、優しく不可思議な人。

 

 彼の言葉が、私を奮い立たせた。

 

 彼の存在そのものが、私に勇気をくれた。

 

 彼が居たから、私は金剛でいられた。

 

 

 …同時に、罪悪感もある。

 

 

 自分は彼を騙してきたのではないのだろうか? …彼の純粋な好意を踏みにじってしまったのでは? …自分はただの人間であり、金剛ではなかったのだから…。

 

「私…もう彼に会わせる顔がない」

 

 涙を滲ませ唇を噛みしめる、悔しさが自然と溢れてくる。

 守ると約束したのに、その私は「ワタシ」ではない。…取り留めのない思いが彼女の頭を埋め尽くす。

 

「無理だよ…こんな私が金剛になんて……なれるわけないよ…っ!」

 

 悲しみに暮れる彼女を救うモノは、果たしているのか…?

 

 

 

『──やれやれ、仕方がないですねぇ?』

 

 

 

 部屋の中で響く声、この声は彼女の内のモノではなかった。

 ゆったりとした口調で彼女を導こうとする声…少女は困惑した。

 

「…この声…貴女は…?」

『貴女にはまだ彼を守ってもらわなければなりません。まだ悲しむには早すぎます〜、なので…特別ですよ?』

 

 その瞬間、少女の周りを白く淡い光が包み込む。

 

「…っ! これは…」

 

 

 

 ──彼女が金剛じゃなくても関係ない。

 

 僕の手を取ってくれたのは、"あの"金剛だ…だったら、僕は彼女を信じる!

 

 

「…あ」

 

 

 転生までして金剛に会いに来たというのに…その彼女に戦わせ、何も出来ないまま終わる。…そんなの!

 

 

「……あぁ」

 

 

 彼女がニセモノだろうと、もう関係ない。…金剛は「金剛」だ、僕はそう信じる…信じたいんだ。

 

 

「………っ!!」

 

 

 

 突如、彼女の頭の中に響く声…拓人の抱く思い、願い、信じる心。全てを知覚する。

 

「タクト……タク、ト…ッ! ぅう〜〜〜!!!」

 

 彼は自分を信じてくれていた…たとえニセモノだろうと、自身を「金剛」だと思っていてくれた。その純真な思いが、彼女を絶望の淵から救い出す。

 

「──分かったよ、タクト」

 

 溢れ出す涙を抑えながら、少女は決意する…己の罪と真実に向き合うと。…そのためには。

 

「……!」

 

 徐ろに立ち上がった少女は、部屋に置いてあった姿見鏡を頼りに、ボサボサの髪をしっかりと整えて、左右両端の髪をお団子状に結っていく。

 

『…決まりまシタ?』

 

 ふと、耳元で囁くように呟く「あの声」が。

 蛇足だろうと関係ない、自身の内に潜む「ナニカ」にとって、戦う覚悟を表した言葉を聞き届けることが重要なのだ。

 

「…貴女たちのこと、簡単に許せそうにない。それでも…タクトが私を信じてくれる限り、私も戦う!」

『それは戦うことで誰かが傷ついても構わない…のデスね?』

「違うよ。戦うことで誰かが傷つくのは見過ごせない、だから私は…大切な人が傷つかないように守リ抜くの」

『っ! …アッハッハッハ! いいでショウ! 中々に矛盾してマスが、その矛盾に立ち向かってこその貴女デス!』

 

 少女の言葉を聞き終えると、内なるナニカは満足したようにその存在感を薄らいでいった…。

 

「…いかなきゃ」

 

 静かな決意を秘めた少女は、人知れず扉を開けて何処かへ向かう。…その先に待ち受けるものとは…?

 

 ただ一つ言えることは──

 

 

 ──少女は再び「戦士」となった。

 

 

 



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特別な”孤独”は、ありきたりの”愛”に勝るだろうか?

 いやぁ、シュ◯ゲ面白いですね。()


 滑らかな海面が水飛沫を上げて荒巻く。

 怒号と砲弾が目紛しく飛び交う…広大な海原は硝煙漂う戦場と化した。

 

「うおおっ!!」

 

 拓人は白き姫に対し、望月特製の変形腕輪を剣に変え斬撃を繰り出す。飛び上がりざまの斬り下げ一閃を、研究員によって傀儡にされた不知火が割って入り剣身で受けきる。

 斬り払われそのまま飛び退く拓人、海面に着地し態勢を整える。

 その一瞬を見逃さず、ウォースパイトの艤装が素早く展開すると、拓人に向けて艦砲射撃。

 

「司令官!!」

 

 綾波は拓人の前に立つと、斧の一撃で眼前に迫った砲弾を真っ二つにした。

 

「綾波!」

 

 綾波の死角から白き姫の襲撃、拓人は綾波に背中を向けると変形腕輪を盾に変え、大剣の断撃を受け止める。

 

『うらあぁ!!』

「くっ!」

 

 重い一撃が全身を駆け巡る。…それでも歯を食いしばり何とか弾き返した。

 

「大丈夫、綾波?」

「問題ありません、司令官は?」

「僕も大丈夫。…しっかし、このままじゃジリ貧だなぁ。一気にいかないと不味いか?」

 

 背中越しの会話で、二人はこれからの対応を話し合っていた。

 白き姫の攻撃に合わせるように、不知火もウォースパイトも素早い連携で拓人たちを翻弄していた。まるで白き姫の「隙」を埋めるように。

 このままいけば体力の消耗は必須、いくら拓人が艦娘の力を行使しても「戦いで培われた直感力」は、様々な戦場を渡り歩いた艦娘騎士団が上。集中力が途切れれば容赦ない一撃を加えるだろう…そうなる前に、戦いの早期決着を望む拓人。

 

 ──先ずは戦況を整理する。

 

 前衛に不知火、その背後にウォースパイトが自慢の大砲を展開している。不知火が近接攻撃で陽動、ウォースパイトが相手の油断した隙に砲撃を撃つ…典型的な布陣だがお互いの長所を活かし短所を補う戦法…流石は艦娘騎士だ、と拓人は素直に賞賛した。

 その奥にかの白き姫が、万全の状態で戦闘態勢に入り、背中の大剣に手を掛けている。

 

 …不味い、まるで付け入る隙がない。

 

 拓人はあの廃坑で黒幕と対峙した時を思い出す。あの時は数も拮抗し実力も伯仲した戦いだったが、今回はそう上手くいくか怪しい。

 この猛攻が続けば確実に「体力切れ」になる、そう感じ取った拓人だったが?

 

「…綾波、何か考えはない?」

「不知火ちゃんなら何か思いつくのでしょうけど…すみません、私は攻撃を防ぐことで精一杯です」

 

 …綾波にもこの状況を覆すのは難しいようだ。であれば…考えはないわけではない。

 拓人は綾波の耳元で、自身の考えを呟いた。

 

「望月からもらったこの「艦鉱石」で、不知火たちを元に戻せると思うんだ」

「…あの廃坑で望月さんがやられた、青い光の鉱石ですね?」

「そう、だけどこうも隙がないと何も出来ないし、先ずは…」

「私が彼女たちの足止め、司令官が頃合いを見計らって艦鉱石の光を二人に浴びせる。…ですね?」

「うん、二人が元に戻れば形成はこっちに傾くと思うんだ」

「はい、承知しております」

 

 流石にもう言葉少なでも理解出来たものだ、拓人は満足そうに笑うと、早速綾波に不知火たちの足止めを改めてお願いした。

 

「了承、しかし長くは持たないかと。出来て一分ぐらいでしょうか?」

「構わないよ、僕は横槍がないように研究員を見張っておくから………っ?」

 

 不知火たちを元に戻す算段を話し合う拓人らだったが、その時「不可思議な現象」が起こる。

 

「……ぃつ!?」

 

 突如、拓人の頭の中に鈍い痛みと激しい耳鳴りが起こる。それと同時にある「映像」が流れて来た。

 

 

 

 

 

『──……綾波ぃーーーっ!!!』

 

 

 

 

 脳内に再生された電磁砂嵐(スノーノイズ)、その隙間から垣間見えたのは、ナニモノかの一撃に倒れ伏す綾波の姿、そして…後悔を叫ぶ愚者の声が。

 

 

 

 

 

「──な、んだ…?」

「司令官?」

 

 脳内キャパシティの限界で、拓人はふらふらと倒れそうになる。後ろの綾波は心配そうに振り返った。

 …今の光景は何だったのか、ともかく気にしている暇はない…拓人は内心思い悩みながらも直ぐに攻めに転じた。

 

「……っ、時間がない。綾波、先ずは二人の注意を逸らして、タイミングを見て僕が例の光を浴びせるから!」

「司令官…あまり私から離れぬように、良いですね?」

「分かってるよ! でも早く行動しないと」

「…了承」

 

 そう短く言葉を交わし、一抹の不安を残した綾波は波を掻き分け前に出る。

 不知火の剣戟やウォースパイトの砲撃を、綾波は類稀なる斧捌きで防いでいく。一進一退、ギリギリの攻防、肌を掠める剣閃とそこかしこに撃ち立てられる水柱がそれを示すようだった。

 騎士二人が綾波に目が向いている。…そろそろか? と拓人は頃合いを計って艦鉱石に手を掛けた…が、ここで不測の事態。

 

「…っ! 研究員が居ない…どこに……っ!?」

 

 少し目が離れていた隙にか、研究員…白き姫の姿が何処へと姿を消していた。

 急いで辺りに目を凝らす。脳内であの砂嵐混じりの映像が反芻される、焦りが拓人の目を曇らせた…。

 

『…ハアァ!!』

 

 叫び声、耳を劈く音が響いた瞬間…彼の身体は自然に「防御態勢」に入っていた。

 身を捻り背後の斬撃に対し盾を構える拓人。重い鉄がぶつかり合う音が身体に直に響いた。

 

『…矢張り君は楽観視し過ぎているな?』

 

 大剣と盾を鍔迫り合うように押し合いながら、白き姫は拓人に対し苦言を呈した。

 

「…っ、うる、っさい…!」

『フン、まぁ良い。これで…"チェックメイト"だ』

「なに…っ!?」

 

 まさか、と拓人が改めて辺りを見回すと…白き姫の艤装、蛇型の怪物は遠くから標的に狙いを定め、今まさに砲撃を加えようとしていた。目標は…"綾波"。

 

「しまったっ!?」

 

 綾波はまだ気づいていない、死角からの遠距離射撃…爆音が鳴り響く、無情にも賽は投げられた。

 

「避けて、綾波…綾波ーっ!」

 

 拓人が呼びかけるも、綾波は艦娘騎士二人の猛攻に手一杯でありその声が届くことはなかった…。

 

『無駄だ、この距離では避けられない。もう彼女は助からないだろう…さて、君にも変えられない運命は、果たしてあるのかな…? ククク』

 

 薄笑いを浮かべる白き姫、綾波の背後に迫る凶弾、その全てが…拓人を絶望に駆り立てた。

 

「綾波ぃーーーっ!!!」

 

 脳裏に浮かぶ光景は、無情な運命となり…今まさに"着弾"した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──カチッ

 

「…え?」

 

 だがその瞬間、世界は「凍結」した。

 

 拓人が辺りを見回すと、どういうわけか風景が「停止した」ように動かず、敵の砲撃は綾波の手前で止まり、拓人以外のモノたちもまるで微動だにしていない。

 

「どういうことだ…世界が…急に……?」

 

 まさかの展開に困惑する拓人であったが、そんな中で響く「音」がする。…頭の中に直接響くような…そんな「言葉(おと)」が。

 

 

─ ここは、運命の分かれ道。 その狭間…。 ─

 

 

「…っ、何だ…?」

 

 キィン、と響いた音を、拓人は言葉として知覚していた。

 …妖精さんか? と拓人はこの場に居ない、こんな芸当が出来る唯一の存在を思い浮かべたが、彼の直感がその可能性を「否定していた」。正確には「そうであってそうでない」(自分でも何を言っているのか分からないが)のだが、これは妖精さんと初めて出会ったあの白い空間に居る時に感じた”疑似的な浮遊感”を感じているから。

 …しかしてこの空間に呼び寄せたナニモノかは、妖精さんとは違う…とほぼ勘でしかない確信めいた第六感が拓人にはあった。

 不思議な感覚に包まれながら、拓人はその音に耳を傾ける。

 

 

─ この後、彼女は沈む。 ─

 

 

「…っ! そんな…っ」

 

 

― 君が気負う必要はない。これは…運命だから。―

 

 

「…運命?」

 

 

― 終わるはずだった戦争を長引かせたのも。―

 

 

― 秩序を守るためと、多くの命を犠牲にしたことも。―

 

 

― "艦娘"という兵器カテゴリー、それだけで彼女たちは、最初からこうなる運命だった。―

 

 

「…自業自得、って言いたいのか?」

 

 その言葉の意図を理解し、拓人は己の腹の底から怒りが徐々に湧いてくることに気がついた。音は尚も鳴り響く。

 

 

― 因果応報…どんなに変えようと頑張ったところで、"終わり"は変えられない。―

 

 

― 彼女の死も、彼女たちの末路も。全ては「戦争の大罪人」として収束する。―

 

 

 これは変えられない運命、如何に特異点の力であろうとも変えられないものがある。…この音の主はそう言っているように感じた。

 

 

「…そんなの……っ」

 

 

― 納得いかない? ―

 

 

 その問いかけに、拓人は力強く頷いて肯定した。

 

 …暫しの沈黙の後、音は再び語りかけた。

 

 

― もし、その彼女たちの運命を変えられる「たった一つの方法」があるとしたら? ―

 

 

「…っ!」

 

 

― もし…何を犠牲にすることになろうとも、彼女たちの運命を変えることが出来るなら…その代償が例え「自分」であろうとも。 ―

 

 

 音の主が提案した、悪魔の囁きにも似た誘惑。しかし…拓人にとっては、そんなことは最早些細なことである。

 

「…教えて。僕はもう…失うことは嫌なんだ…っ」

 

 拓人の言葉が終わると同時に、艦娘たちのアンダーカルマが表示されたIPが出現する。…ただ、書いてある内容はいつもと違う。

 

「…これは?」

 

 IPには「A・B・E(アンチ・バタフライ・エフェクト)」と書いてある。名前の下には「承認しますか?」の文字、その更に下に「Yes/No」のコマンド選択が表示されている。

 

 

― それは、時間の流れの影響で歪んでしまった運命を、君の思うとおりに修正出来る力 ―

 

 

「っ! 僕の…思うとおりに?」

 

 

― そう…特異点である君にしか扱えない力… ―

 

 

 その言葉に、拓人の口角は自然と上がっていく。

 今まで特異点の能力には、艦娘たちとの絆を紡ぐことや改二改装の権限などが示唆されていたが…なるほどこれは、正に「神にも等しい力」。

 この力があれば、綾波たちを救ってやれる。そう確信した拓人であったが…?

 

 

― 気をつけて。それは諸刃の剣…。 ―

 

 

 意味深なことを呟いた(鳴らした)空間の主人。ハッとする拓人を他所に、警告音は鳴り響く。

 

 

― 運命を変えるその効果には制限がある…三回、君が今の運命を修正したら「二回」になるかな? とにかく、それらを全て使い果たしてしまえば…。 ―

 

 

「…どうなるの?」

 

 

 拓人の不安の色が出た言葉だが、音は淡々と事実を告げる。

 

 

― 君の特異点としての"権能"が消失する。 ―

 

 

「…え?」

 

 

― 今までは、何でも君の思う通りに動いていただろう? …それがなくなる。君は艦娘たちを改装出来なくなるし、世界も変えられない。君の"命"も危うくなる。 ―

 

 

― 絶対の安静がない…君はただの「ニンゲン」として、戦場を生き残らなければならない。 ―

 

 

 この戦いで拓人は、何度も命の危機に晒されていた。

 

 

 

 スキュラに襲われたあの時も。

 

 

 廃鉱で黒幕と対峙したあの時も。

 

 

 セイレーンと戦ったあの時も。

 

 

 

 どれもが「都合よく」助けが入る、ないし直前で助かるなどの幸運に恵まれ大事には至っていない。…まるで誰かが拓人を「死なせまい」とするように。

 

 もし…それが特異点の能力ゆえ、だとしたら…?

 

「…でも、それで綾波は助かるんだね?」

 

 拓人は静かに目を瞑り、しばらくして意を決した様子で空間の主人に語りかけた。

 

 

― …良いんだね? ―

 

 

「…うん」

 

 多くの弁論はいらない。ただ…自分が為すべきことを成すまで…。

 

 拓人は短い言葉に、自分なりの決意を込めて…IPの「Yes」ボタンを押す。

 

 …承認完了。

 

 IPにそう表示され、その下に「残り2回」と記されている。

 

 

― 忘れないで…それが無くなれば……"奇跡は二度と起こらない"。 ―

 

 

 その言葉を最後に音は鳴ることはなく、辺りの風景も歪み始めた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…っ!?」

 

 気づいた時には、拓人は白き姫と剣と盾による鍔迫り合いをしていた。

 

『…矢張り君は楽観視し過ぎているな?』

「え…(まさか…!)」

 

 聞き覚えのある台詞、拓人が振り返ると…綾波はボロボロになりながらも健在であった。…その向こうに白蛇の怪物が、その砲塔を綾波に向けていた。

 

「時間が…巻き戻った……?」

『何…今何と言った? …まさか君は!?』

 

 言うや否や、鍔迫り合いを押し退け拓人は綾波に向かって走り出し、大声で彼女の名前を叫んだ。

 

「綾波ぃーーーっ!!!」

 

 鼓膜が張り裂けんばかりの大声、彼女を"シ"の運命から救うため必死で叫ぶ。その一分一秒の行動が…綾波の命運を分けた。

 

「っ、司令官…?」

 

 "先程"と違い拓人の声に気づいた綾波。拓人の形相を見て、何が起こったのか一瞬で理解する。

 

「…っ、はあぁ!!」

 

 振り向きざまに背後に向かって戦斧の横薙ぎ一閃、綾波のイノチを奪おうとした凶弾は…直前で爆発四散した。

 

「やった…!」

 

 綾波が健在であることを確認した拓人は、湧き上がる喜びを言葉にした。…しかし。

 

『くっ、特異点…"アレ"を使ったのか…そうまでして…世界を破滅に導くのかぁ!!』

 

 白き姫は憤慨した形相で、瞬時に拓人との間合いを詰めると…その大剣を振り下ろした。拓人も振り向き反応するが対応が間に合わない…!

 

『あ"あああぁっ!!』

「…っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ザシュ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…え?」

 

 綾波が救われた…そう思い込んでいた拓人の目の前に広がる…無慈悲な光景。

 

「……か、はっ…」

 

 拓人に大剣が、断頭台の刃の如く迫り来る瞬間…間を割って入っていた「綾波」…。

 大の字となり自ら拓人を守らんとする"肉盾"になる。鎧を貫通し左肩から腹部にかけ、赤々と染まった大きな傷跡。…致命傷は免れない。

 

 

― 因果応報…どんなに変えようと頑張ったところで、"終わり"は変えられない。 ―

 

 

 拓人の頭の中で、そんな言葉が反芻していた…。

 

「そ、そんな…っ!」

『……っ』

 

 拓人も、白き姫もまた「望んだことではない」と語る苦い表情。

 白き姫がそのまま剣を引き抜くと、一人の騎士はその場に崩れ落ちた。

 

「綾波っ!!」

 

 海面に倒れた綾波をすぐさま抱き起す。半身が沈みかけており、呼吸もか細くなっている。…風前の灯火である。

 

「………し、れい…かん。ご…無事、ですか…?」

 

 自らのイノチが尽きようとしていようとも、彼女は主君の安否を気にかけていた。…騎士の鑑であると同時に、優しきココロの持ち主の綾波。

 

「…っ、ごめん…僕は……君を助けたかったのに…こんなことに…っ!!」

 

 運命を変えてまで、彼女を救ったと思っていた自分の詰めの甘さを後悔する。…何が特異点だ、何も出来なければ意味がない。そう悔しさが込み上げる。

 

「良いのです。…私は…貴方が無事で何よりだと…心からそう思えます。私は…今度こそ守ることが出来た、それが何より嬉しいのです」

「綾波…」

 

 虚ろな眼を向け、今にも消えそうな小さく掠れた声で拓人の無事を喜んだ綾波。

 そんなむしろ"報われた"ような笑みを浮かべる彼女に…拓人は己の不甲斐なさを恥じた。

 

「ごめん…綾波、本当に……ごめん」

 

 溢れ出る涙を流しながら、彼女を力強く抱きしめる。イノチの鼓動が…徐々にじょじょに小さくなっていくのを感じる。

 

「司令官…こんな私のために、泣いて下さるのですね。…本当に、お優しい…そんな貴方を、守れて…よかった」

「…っ」

「司令官…"愛しております"。どうか…武運長久を……」

 

 それだけ言い終えると、綾波は静かに目を閉じて、その生涯に幕を下ろそうとした。

 

「…嫌だ、もう……こんな、こんな……っ」

 

 絶望が、拓人の心を支配しようとした…その時。

 

 

 

 

 

 

 

──『好感度上昇値、最大値到達確認』

 

 

 

 

 

『…()()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 

 

 

 

 

― おめでとう、君の力により彼女は愛を告げた(すくわれた)。 ―

 

 

「…っ!」

 

 

― さあ、進むんだ。限られた奇跡の力で…君の思い描く未来まで…! ―

 

 

「…うん!」

 

 天より垂らされた希望の糸は、果たして彼らを地獄より救うのか…?

 又も不思議な感覚に包まれながら、拓人は目の前のIPの「改二改装」を承諾した…。



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思い出はいつも心に

 ──浮いている。

 

 ただ、暗闇の中で感覚だけが感じ取れた。

 

 …手を動かす、指先の感覚がない。

 

 足を動かす、まるで下半分が失くなったよう。

 

 瞼を開こう…重い、矢張りこじ開けるだけの力も無い。

 

 …そうか、この感覚が──ココロすら消えてしまいそうな──これが「沈む」ということなのか。

 

 ──そうか。

 

 自然と、後悔などはなかった。

 私は「守り抜いた」。例えそれが道半ばでも…自身の全力を尽くし、今度こそ「最愛のヒト」を守れた。今の私は…それだけで充分満たされていた。

 

 ──あぁ、眠い。

 

 五感を失い、終に意識までも…闇に融けようとしていた。

 

 私…今度こそ……守れましたか? だ、ん……ぅ……。

 

 

 

 

──綾波。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…?」

 

 次に綾波が目覚めたのは、彼女にとって懐かしい城内の宿舎…その食堂だった。

 煉瓦造りの空間、木製の長テーブルと丸椅子、奥には厨房が見える。…ここで同胞たちとよく食事を共にした。彼女の中に温かい思いが灯る。

 しかしどこか背景全体に朧げな光があり、それが綾波に「ここが夢現の世界」であることを認識させた。

 

「…っ!」

 

 そして、彼女がここを現実ではないと知覚させた一番の原因。

 

 

 ──団長。

 

 

 綾波がそう呟くと、団長と呼ばれた人物は木製の椅子からゆっくりと立ち上がる。…体はやはり淡い光に包まれており、しかしてその柔らかな笑みは、確りと綾波を見つめていた。

 

「団長…!」

 

 綾波が駆け寄ろうとする。小走りで近づく彼女に…が、そんな彼女を手のひらを前に突き出し静止を促す団長。

 その意思を汲み取り動きを止めると、団長はその笑みを絶やすことなく無言で首を横に振る。

 

「…何故ですか?」

 

 その問いに答える声はなかった。ただ腕を降ろし自然な笑みを浮かべる”彼女”がいるだけ…。

 

 ──こっちに来てはいけない。

 

 まるでそう言われているように感じた。しかし…綾波はその真意を理解出来ずにいた。

 

「私にはもう…向こうでやり残したことはありません。貴女を見つけることこそ叶いませんでしたが…それでも、私自身の使命は果たしたつもりです」

 

 その答えに、団長は悲しそうになりながら綾波を見つめた…今度は「本当にそう?」と言わんばかりだった。

 

「…っ、本当に…でも…私は……」

 

 自分自身に疑念がある──本当に後悔がないのか──綾波の脳裏に浮かぶ、あどけない笑顔を浮かべる一人の男性…。

 

「………司令官」

 

 彼は果たして、あの場を切り抜けただろうか。

 

 確か金剛たちが拠点で控えていたはず…彼女か、もしくは鎮守府の舞風たちが、窮地に駆けつけて彼を守ってくれる…はず。

 

 はず…だがもしそうではなかったら?

 

「…っ!」

 

 その時、急速に湧き上がる感情に綾波は驚きを隠せない。

 

 ──焦燥──

 

 彼のことを思い…憂い…すぐにでも馳せ参じたい気持ち…"親愛"。

 

 …いや、もっと深いものだ。こんな気持ちは初めてかもしれない。もしも彼の身に何かあればと、胸が焼き切れそうになる。

 

「…そうか、私は…あの人を「守りたい」んだ。…他の誰でもない、あの御方を」

 

 そう自分の気持ちを呟いてみる。すると…いつの間に近づいたのか、彼女の団長が綾波の目の前で…手を広げ、そのまま包み込むように手を背中に回す。

 

「…っ、団長…?」

 

 在りし日のあの日を想起させる、団長は綾波を優しく抱き締めた。

 

 大丈夫、自分はいつでもこの場所に居る。…そう言ってくれているかのように。

 

「………っ、団長…ありがとうございます、それから──」

 

 

 ──行って来ます…!

 

 

 返る言葉は無かった…それでも彼女には確りと聞こえた。

 

 

 

 

 

 ──行ってらっしゃい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『…何が、起こった…?』

 

 白き姫は、目の前で起こる事象を理性的認識が出来ずにいた。

 それは、先ほど自身の不手際でそのイノチを終わらせたモノ…それが何事もなかったかのように、悠然と海面に立っていたのだ。

 一瞬、眩い閃光が辺りを白く塗り潰す…かと思えば、いつの間にか彼女…綾波は──自分がつけた斬り傷も無くなり──ダメージが完治している様子だった。

 まるで白昼夢だ、しかもどこか纏う雰囲気も引き締り、細かいデザイン等も変わった気がする。

 

「綾波…」

 

 拓人はこの事象が何であるか理解している。…「改二」彼女は自身の強さの限界を超えたのだ。

 鎧は重量感がなくなり、シャープで動きやすい格好となる、斧も新調し更に刃身が一回り大きくなっている。

 より特徴的なものは、彼女の頭に結われたサイドテール。改装前は胸元に届くぐらいの長さだったが、足元にかかるぐらいの長さに成長している。

 

「これが…この世界の…綾波"改二"…っ!」

『ッ、これが…カイニ。…成る程、確かに厄介だな…っ!』

 

 白き姫も改二を「協力者」から伝え聞いていた。あの選ばれし艦娘と同等のスペックに強化される…と、つまりは目の前の彼女は白き姫にとって「難敵」と化したのだ。

 

『ならば…やるしかないっ!』

 

 決断は早く、多少の迷いを掻き消すように雄叫びを上げ直進する。…狙うは今度こそ綾波の首。

 

『これも世界のため…ぅうおおおっ!』

 

 振り上げた大剣を、力任せに斬り下ろした…しかし。

 

『…っ、何だ…?』

 

 ──それは、まるで時が止まったよう。

 

 大剣が綾波に迫る手前、何故か「そこから動かない」…瞬間、急激に「押し潰される感覚」に襲われた。

 

『ぐぁっ!?』

 

 白き姫は綾波に斬りかかろうとしたが、その凶刃は彼女の身体を逸れて海面に下りた。

 まるで身体が鉛のように動かず、大剣も持ち上げようとするもビクともしない。…白き姫にとって不可思議な現象だった。

 

『ックソ、身体が…っ!』

 

 その時、白き姫は綾波の手の平に異常を見取った。

 

 ──ブゥン

 

 綾波の手のひらに収束する球状のエネルギー体…黒い膜に圧縮された空気は、そこから見える景色を歪んで見せた。

 

「…っふ!」

 

 そして綾波は…徐にそのエネルギー体を白き姫の腹部に「押し当てた」。

 

『ッガァ!?』

 

 押す力そのものは大したことはない、しかし…エネルギー体が腹部に触れた瞬間、体の内部が「押し潰される」感覚に陥る。

 

『(まさか…これは…「重力」…!?)』

 

 白き姫は瞬時に理解する。

 それは、綾波の生成したエネルギーは「重力により固められた空気」だと。

 空間ごと押し固められたそれは、白き姫の腹部に当たる刹那──弾ける──

 

 

 ──パァン!!

 

 

『っぐああぁぁぁ……っ!?』

 

 まるで強風に吹き飛ばされた…いや「鉄塊を全身に打たれた」ような衝撃、そのまま遙か後方へ跳ね飛んだ。

 海面に打ちつけられ、余剰威力による荒い回転が白き姫の身体を巻き込む…そのまま漸く着水。

 

『…プハァ!? なんだこれは…こんなもの…手がつけられない…っ!』

 

 海面に上がり、そのまま足をつける。

 …その顔は「絶望」に色濃く染まっていた。何故なら…既に"理解"したから。

 

「…!」

 

 操られた不知火が、綾波に向かって剣を向けた。バックアタックからの斬り下げ一閃、不知火の十八番だ。

 …しかし綾波はその場を素早く跳躍し、瞬く間に空中へ飛ぶ…その後も空中に浮遊し続けた。重力に逆らう…でなく「彼女が重力を作った」のだ。

 今度はウォースパイトが砲撃を仕掛けた。爆砲は真っ直ぐ綾波の下に…。

 

「…っ!」

 

 すると綾波、先程の圧縮空気玉よろしく自身の周りに「透明なバリアー」を張る…そのバリアーに砲弾が触れた時、弾道は綾波から真逆のあらぬ方向に向いて…そのまま何もいない水面に着弾した。

 

『馬鹿な…強すぎる…っ。彼女は…"引力と遠心力"を操っているのか…っ!?』

 

 重力とは、惑星の物体を引き寄せる「引力」と、惑星の自転により発生する「遠心力」からなる物理法則の総称である。

 

 不知火の攻撃を避けたのは、彼女が自身にかかる惑星の「引力」を弱めたから、ウォースパイトの砲弾を防いだのは、砲弾にかかる「遠心力」を引き上げたから。

 重力は惑星の有機、無機物関係なく物質ならどんなものにも掛かる。その重力の重軽、力の向きすら変えてしまう…綾波は文字通り「無敵の力」を手に入れた。

 

「…っ!」

 

 綾波は空中で回転しながら背中の戦斧に手をかける…そして思い切り叩きつけた。

 綾波の能力により、海面に過剰な引力が加わった。それにより「擬似的な激流」が形成、海原に巨大な"渦潮"が完成した。重力緩和により空中で渦潮を静かに見つめる綾波。

 

「こんなもの…どうすれば良いんだ…っぅあ!?」

 

 渦潮の引力に脚を取られる白き姫、完全に「心は敗北していた」。

 

「…っ、まだだ…まだ終われない!」

 

 白き姫はそのまま海中に呑まれる…同時に「彼」の意識は反転した。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 海底深くの拠点にて、頭に取り付けられた装置を投げ捨てた研究員。

 

「くそっ!」

 

 焦りが外に表れた彼は、頭を抱えて次の策を講じる。

 

「近づいている艦娘の一団は「ヤツ」に任せてある、先ず足止めは出来る。どうする…逃げる、か…?」

 

 とはいえ、彼がどんなに考えを巡らせても出てくる結論は同じ。…もう逃げるしかない。

 

「…いや、そんなことをしても…もう逃げられない」

 

 脳裏に浮かぶ綾波改二の縦横無尽の強さ、更に向こうには天龍改二、金剛、もしかするとまだ戦力を隠しもっているかも。…拓人に改二改装の権限がある限り、この状況は変わらない。

 

「………」

 

 研究員は何かを思案し…そして「決意」する。

 

「ならば…私はこの場に残らなければならない…」

 

 果たして、彼の胸中には何が思い浮かんでいるのか…?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 拓人が目にした光景は、もはや「別次元の強さ」が成した荒野だった。

 綾波の力によって発した渦潮は、白き姫を確かに呑み込み…彼女はそのまま姿を消した。…後には細波(さざなみ)立つ海原があるだけ。

 

「す、凄い…!」

 

 月並みな言い方だと自負する拓人だが、こうでも言わないと状況の整理がつかないでいた。綾波は…次元の違う強さを与えられた。

 ただでさえ戦闘力の高い綾波がそんな力を持ったのだ、何も恐れるものは無くなった。…そう思う拓人だったが?

 

「っ、司令官!」

 

 不知火たちが拓人に砲撃を放ったようだ、いつの間にか拓人に襲いくる砲弾が見える。

 叫びながら遠距離を軽々と跳躍する、拓人から離れた位置にいた綾波は、重力緩和により直ぐさま主君の危機に馳せ参じる。

 

「はっ!」

 

 海面に波飛沫を立てながら着水する綾波、そのまま「遠心力バリアー」を拓人の周囲に張る。…拓人に被弾するはずだった凶弾は、弾道を曲げそのまま辺りに着弾する。

 

「ご、ごめん綾波…ありがとう!」

「いえ、主人(あるじ)を護ることが、騎士の務めですので」

「あはは、すっかり元どおりだね?」

「はい、ありがとう存じます司令官。貴方のおかげで…私は」

 

 二人で短い談笑を交わすと、前方から不知火とウォースパイトが向かって来ていることが分かった。砲撃が駄目ならと近距離戦で仕掛ける様子。

 

「っ、綾波…二人が来てる、態勢を整えないと!」

 

 拓人が綾波に現状を伝えるも、二人を見据えて微動だにしない綾波。

 

「…綾波、どうしたの?」

「もう少し…ここか?」

 

 二人との距離が間近に迫ったその時、綾波は不意に手を翳す。

 

「…っ!?」

 

 ブゥン、と鈍い音を立てて重力で固められたエネルギー体が出来上がる。二人はそのエネルギー体に押し包まれ、身動きが取れないでいるようだった。

 

「司令官、お早く」

「…っえ、わ、分かった!」

 

 拓人がそう言うや否や、懐から「艦鉱石」を取り出す。

 蒼い海の光はその場を優しく包み込むと…不知火たちのコアから邪気が消えて、そのまま粉々に砕け散った。

 ここで拓人は思い至る。どうやら綾波は「近距離」でないとその力を他者に行使出来ないようだ。自分の下にわざわざ跳んで来たのも、不知火たちとの距離を詰めたのも、そういう理由だろう。…一応の「デメリット」だろうが、綾波は元々近接型なのでさしたる問題はないだろう。

 

「…やった?」

「恐らくは…」

 

 あっけない幕切れだが先ほどの激戦を考えれば、漸く峠を越えた。そう安堵する二人だが…呪縛から解放された不知火が力なく倒れ伏せようとしていた。

 

「…っ」

 

 綾波はそれを見るとさっと前に出て…不知火を抱き抱える。

 

「……ん?」

 

 どうやら不知火の目が覚めたようだ、綾波の肩にぐったりと寄りかかる顔を綾波に向ける。

 

「お前は……そうか…助けてくれたんだな?」

 

 不知火の問いに、綾波は何も言わずにただ頷いた。

 

「……本当は分かっていた。あの日の出来事は…お前のせいではないと。だが…団長の最期を看取ったお前が、私は羨ましかっただけなのかもしれない」

「……うん」

 

 綾波は柔らかな笑みを浮かべる。「そんなこと、もう気にしていない」そう雄弁に語るその温かな顔に、不知火は心底安心した表情を作る。

 

「許してくれるのか? …すまなかったな。私の…誤ちを…許して…くれ…て…あ、り……ぅ」

 

 安心しきった顔で不知火は綾波に身を任せ、そのまま意識を手放した。

 

「……良かった。…あやな……み…」

「おっと…!」

 

 ウォースパイトも海面に倒れ込む直前、拓人がその肩を貸す。そのままウォースパイトは拓人の肩にもたれ掛かる形になる。

 

「…良かったね、綾波」

「司令官…何もかも、司令官のおかげです。本当に…ありがとうございました」

「良いんだよ。仲間のためだもん、このくらい大したことじゃないよ?」

 

 そう(自分でも歯が浮くような)照れくさい台詞を言う拓人に対し…綾波は「今まで見せたことがないような」艶っぽい表情と悪戯っぽい笑みを浮かべて言葉を返す。

 

「私は…”それ以上”の関係でも…問題ありませんよ?」

 

 その「分かってて言っているであろう」問題発言に、拓人は仰天した。

 

「ちょ!? 綾波…天龍みたいなこと言わないでよ。君が言うと…冗談に聞こえないっていうか」

「勿論、「半分」冗談ですよ。…ふふっ、困った顔の司令官って可愛いですね♪」

「…君ってそんな性格だったっけ?」

「さぁ、どうでしょうか?」

 

 微笑みながら拓人の問いかけをはぐらかし答えた綾波。

 機械的で素はどこか切羽詰まっていた改装前と比べ、性格が大人びていて態度にも余裕が表れている。

 おそらく改二改装の影響だろうと拓人は予測する、実際原作でも性格や容姿が(成長という意味を込めてか)がらりと変わるという娘も少なくない。

 

「(原作でもここまで変わりはしなかったんだけど…でも、まぁ…)」

 

 見ていて胸が締め付けられるような、悲壮感漂う「前」と比べると…今の綾波の方が好ましく思う。見事過去を断ち切った彼女を…微笑ましく思う拓人であった。

 

「…さぁて、先ずは不知火たちを近くの島のほとりで休ませよう。それから…天龍たちに追いつければいいんだけど」

「了承、私もそれが良いと思います。…参りましょう、姫を倒したとはいえ…研究員を捕まえたワケではありません」

 

 不知火とウォースパイトを人気のない島に休ませた後、拓人たちは研究員を追う天龍たちに合流する算段を取る。果たして彼女たちは無事研究員を追い詰めたのか…そう思案しながらその場を去ろうとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ザパァ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

 突如、綾波の足首を掴む白い手が…!

 

「綾波!?」

 

 綾波を心配する拓人、その時…海中から謎の人影が姿を現す。

 

『──…ヤ、ァミ……ッ!』

 

 そこに居たのは…”白き姫”。

 あれだけの激流に呑まれてもまだ戦う余力があったのか…綾波の足首から手を離し、遂に海上に姿を現した白き姫。手には得物の大剣を確りと構えて、臨戦態勢だった。

 

『…ア、ヤナミ……シラヌイ……ウォス……!』

「…?」

 

 しかし綾波は訝しむ表情で白き姫を見つめる。先ほどと比べて「違和感がある」…そう思わせる雰囲気があった。

 

 ──そして…綾波はそれの「確証」に至る。

 

「団、長…?」

 




 綾波の能力描写、自分でも書いてて訳が分からなくなった(重力って何だっけ…?)感じですが、深く考えないようにお願いしましゅ!(精一杯の可愛いアピール)


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激動のプロセス…という名の超展開。

 タイトル通りです、誠にすみません(謝罪)。


「何だって…?」

 

 拓人は綾波の呟いた一言に困惑する。

 目の前の白き姫には、研究員の精神が入っているはず…しかし言われて見れば、ふらつきながらこちらを凝視する彼女は先程のような知的な雰囲気が感じられなかった。

 

『アヤナミ…ア"ァヤナミッ!!』

 

 不気味な笑みを浮かべ、大剣を構えながら海を滑り突進する白き姫。不知火を抱いていた綾波は、彼女を庇いながら剣撃を何とか避ける。

 

「…ッ!」

「綾波! クソッ!」

 

 ウォースパイトを担ぎながらも、拓人は自然と綾波の下に駆けつけようとする…刹那、彼らの間に巨大な水柱が建つ。

 

『シュロロロ…!』

 

 白き姫の蛇型深海艤装だ、彼女の周りを守るように回ると、白蛇は彼女の「腹部」にある黒い突起に自ら侵入する。一瞬白き姫の腹部が膨れ上がると…そのまま元の大きさになる、唯一の違いは…。

 

『シュロロロッ!!』

 

 腹部の黒い突起からニ頭の蛇が顔を出し威嚇する、まるで巣穴から獲物を狙うウツボのように、白き姫と同化した白蛇。

 

「(これってやっぱり…いや、今はそんなこと気にしてる場合じゃない!)」

 

 拓人は目前の壁として立ち塞がる白き姫を見やる、白蛇たちは塒を巻きながら白き姫の身体に絡みつく。白き姫本体は大剣を構え、綾波を焦点の定まらない眼で睨み付けていた。

 

「不味い…今は不知火たちが居るのに、向こうは万全の態勢だなんて…っ!」

「…っ」

 

 状況的には「二対一」でこちらが優勢だが、こちらは気絶した不知火とウォースパイトを抱えた状態、当然だが全力では戦えない。

 

「何とか…ここから逃げる事は…?」

 

 背を向ければ砲撃が待っている、立ち向かっても不知火たちを守りながらどこまで戦えるか…?

 

「…っくそ、僕は「特異点」だろ? 都合よく天龍たちが戻って来たりは…?」

 

 自身の絶対の幸運を信じ、拓人は白き姫の後ろを見る…しかしそこにはどこまでも広がる水平線があるだけで、そこから人影が見えることはなかった。

 

『…ア、ヤナ…ミ"ッ!』

 

 そうこうしていると、遂に均衡が破られ拓人たちに襲い掛かろうとする白き姫。

 万事休すか…そう拓人と綾波が苦心した…その時。

 

 

 ──ズドォオン!!

 

 

「な、何だ!?」

 

 突如鳴り響く轟音、どうやら拓人たちと白き姫の間に「砲撃」が撃ち込まれた様子、しかし誰がやったのか…拓人が思案していると、砲撃の主は後方より現れる。

 

 

 

「タクトぉーーーっ!!」

 

 

 

「っ!? こ、金剛?!」

 

 現れたのは「金剛」だった、時雨からはしばらくは安静にした方が良いと言われていたが…抜け出して来たのか? 拓人は少し不安そうに金剛を見つめる…。

 

「…あれ?」

 

 ここで、拓人の中に何故か「違和感」が。

 目の前の彼女は確かに金剛だろう、しかし…上手くは言えないが「雰囲気が変わった」そんな気がする拓人。

 

「──…っ、タクト、無事?!」

 

 両舷全速で海を駆けた金剛、波を切りながら急ブレーキを取ると拓人たちの近くで安否を確認する。

 

「うん、大丈夫…ありがとう金剛、本当に助かったよ」

「ううん、()()()()()()()!」

「え…?」

「あぁごめん、何でもない。…っと? タクト、彼女って研究員の?」

 

 金剛は様子のおかしい白き姫を指しながら体勢を整える。どうやら調子は良くなっているようだ、人知れず安心する拓人。

 

「うん、でもさっきからおかしな感じで…ん、どうしたの綾波?」

 

 綾波は白き姫をジッと観察する…そうして少しの間を置いて口を開く。

 

「…金剛さん、不知火ちゃんを頼めますか?」

「えっ、それはどういう…」

 

「あの白き姫と私で…一騎討ちをさせて頂けませんか?」

 

 綾波が驚きの発言をした、もちろん二人は反対する。

 

「駄目だよ! 相手は深海の姫なんだよ、アーヤの実力を疑う訳じゃないけど、アーヤに何かあってからじゃ遅いんだよ」

「金剛の言う通りだよ。君は改二になって強くなった、でも今の彼女が普通じゃないことは分かるだろ? 何があるか分からない以上、無闇に行動するのは危険だよ!」

 

 二人の尤もな意見だが、綾波は自身の考えを伝える。

 

「アレにはもう研究員の精神は入っていません、推測ですが…アレは「団長」だと思います。団長の身体に巣食った精神が消滅した今…眠っていた団長の魂が目覚めたのだと思います」

「っな!?」

 

 突拍子もないことだが、拓人はその推論が「正しい」とどこかで感じた。

 

「…確かにそれなら、あの豹変ぶりも納得出来るけど……望月たちの話にも出ていたし」

「モッチーの言っていた「二つの精神」のこと?」

 

 人と艦娘問わず、肉体に精神が二つ以上ある場合、元からある魂はもう一つの魂に「乗っ取られる」…というもの。

 つまり、今の彼女からは研究員の精神が抜け出し、本来の人格…艦娘騎士団団長の意識が戻ったと考えるのが自然だろう。

 

「はい。彼女が眠りから覚めた今、本当に亡霊騎士に成り下がる前に…この手で引導を渡したいのです。それが不知火ちゃんと姫様、何より団長の願いだと思うのです」

「…っ、だったら僕たちも」

 

 拓人が言葉を紡ぐも、綾波は優しく微笑みそれを遮った。

 

「司令官は姫様たちを安全な場所へ、金剛さんも…私は大丈夫です。今のこの力で団長を眠らせてあげたいんです…お願いします」

 

 真摯な姿勢で頭を下げる綾波、彼女のただ一つの望みに…二人は渋々それを受け入れた。

 

「……分かった、いい金剛?」

「う、うん。…アーヤ、無理はしないでね?」

「はい」

 

 綾波はその腕に抱えた不知火をそっと金剛に手渡した。

 そのまま二人はその場を離れる…白き姫は一度だけ一瞥するも、それ以上は拓人たちの邪魔をせずに綾波を見つめた。

 

「…金剛さん」

 

 不意に綾波は金剛を呼び止めた、振り返る金剛は不思議そうに綾波を見やる。

 

「…私には何があったかは存じませんが、今の貴女の方が…良い顔をしております、自信を持って下さい?」

「っ! …あはは、アーヤも…すっきりしたね?」

「はい…お互いに、ですね?」

 

 二人は通じ合ったのが嬉しそうに笑い合うと、金剛は拓人と共に行動、綾波はその場に残った。

 

『…アヤナミ……』

「…そうですよ、団長。綾波はここに居ます。今度こそ…決着がつくまで、決して離れません」

 

 そう言って戦斧を構える綾波、空間には嫌でも緊張が走る…!

 

『ア…アァヤナミィイイイッ!!!』

「…参ります」

 

 灼熱の海が袂を分かつ、二人の騎士は光陰と成り変わり…──

 

 

 ──今、因果は巡る。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その頃、天龍たちの様子は…?

 

「…っ、天龍来てるよ!」

「了解!」

 

 時雨から言われ、天龍が飛び上がると…?

 

『──Kyuooon…!』

 

 耳障りな音が響くと、天龍が居た何もない海面に大きく叩きつける音と巨大な波飛沫が。

 

「すまんな?」

「ううん、僕に出来るのはこのぐらいだから。…それにしても厄介だね、アレは」

 

 時雨が目を向ける方向には…"何も居ない"、が、不気味な鳴き声が木霊した。

 

『Kyuooon…!』

 

「あれはおそらく機獣…機獣「クラーケン」だよ」

 

 時雨の説明にただ黙って頷く天龍。

 

「だろうな、研究員の仕業か?」

「そうだろうね、足止めのつもりかな? 因みにモデルは「烏賊」…正に海の悪魔だけど、機「獣」という部類に入れていいものかな?」

「獣は本能のままに動く、であればアレもまた獣だろう。…しかし、まさかここまでとはな」

 

 天龍は後ろを振り返る、そこには…苦しげに膝をつく望月と翔鶴が。

 

「ねぇねぇねぇ、大丈夫?」

「まぁ…な、しっかし…擬態からの黒い霧を墨代わりに吐き出すとはな…不意打ち喰らっちまった…あぁくそ、頭痛え…っ」

「…はぁ、はぁ……っ」

 

 事のあらましとしては、研究員の居処を突き止めた天龍たち、後はニムに研究員のところまで潜って確保してもらう手筈…だった。

 しかし空間に擬態したクラーケンが、天龍たちに向かって隙を突いた攻撃を行う。

 どうやらクラーケンはモデルの烏賊の如く「墨」を吐いたようだが、その墨は艦娘たちを著しく弱体化させるあの「黒い霧」のようだ。

 おかげで望月と翔鶴は戦闘不能に陥った、しかしどういうわけか(潜水して霧を避けたニムはまだしも)時雨と天龍は「黒い霧を浴びても何ともない」様子だった。

 

「どうやら僕たち(改二改装を受けた艦娘)に「黒い霧は効かない」みたいだね?」

「そのようだな? しかし…どうする? 今ヤツは俺たちを狙っているようだが…下手に動けば望月たちに何があるか」

「凡その位置は分かるけど、目で見えないから触手で攻撃してくるタイミングが分からないね。僕は海面の微妙な揺れで攻撃を探知出来るけど…」

「今俺が斬りかかったらヤツへの囮が居なくなる、望月たちを守れる手段が欲しい。…時雨、お前の液体を操る能力で何とかならないか?」

 

 天龍に尋ねられ、時雨は難しそうな顔をする。

 

「うーん、望月たちに水の膜を張ることは出来るけど、そうなったらそれの操作に集中しないとだから、攻撃の探知が出来なくなるね?」

「そうか…ッチ、歯痒いな? 俺とお前だけ狙ってくれるなら話が早いのだが」

「その保証はないだろうね? …っはぁ、やられた。あと少しなんだけど」

 

 研究員の居る海底の秘密研究施設はこの海面の真下だろう、ニムだけ行ってもどうなるか分からないので、彼女を守る同行者が必要だった。しかし天龍たちは今、自分たちの身を守ることで精一杯だった。

 微妙な均衡を保つ状況は、得てして長くは持たないだろう…何かある前に、決着をつける必要がある。

 

「…っち」

 

 どうにもならない状況を見て、天龍は舌打ちするしかなかった。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 拓人たちは、誰も居ない小島のほとりの木陰に不知火とウォースパイトを休ませていた。

 

「よいしょ。…っふぅ、やっとひと段落だね」

「タクト…私がウォースパイトを担いでも良かったんだよ? 背丈がちっちゃいのに無理して…」

「っぐ! そ、そこは男の意地だから…っていうか身長は普通ぐらいだから、周りが高すぎるの!」

「あはは、怒らないでよ〜?」

 

 浜辺で不知火たちを見守りながら談笑する二人。

 …ふと、金剛は真剣な眼差しで拓人に語りかける。

 

「…拓人、私が「金剛じゃない」って気付いていたの?」

 

 物悲しそうな表情の金剛を見て驚く拓人だが、目を見開くと口を噤みながら思案する…少しの沈黙の間、拓人は言葉を選ぶように喋る。

 

「…そう、だね。君が金剛じゃないとは…理解していたよ」

「なら、どうして私を信じたの? 私は…貴方を騙したようなものだよ、そんな私を…どうして?」

 

 何故偽モノの自分を信じたのか、静かに問いかける彼女に、拓人は素直な自分の気持ちを話すことにした。

 

「まぁ…この世界の艦娘は皆「原作」とはどこかかけ離れていて…似てるけど違う、んだよね」

「…貴方にとっては、皆が偽モノってこと?」

「ち、違うよ!? 僕は…色々な任務に就く中で、この世界の君たちには、目に見えない辛い過去や出来事があるって気付いた…君たちはそれを背負いながら戦って…そんな君たちを「違う」っていうだけで片付けるのは、僕には出来ないって思ったんだ」

「……貴方はそれでも、私を金剛だと思ってくれるんだね。そう…優しいね、貴方は」

「そんなことないけどね。…そうか、妖精さんから言われただけだったけど、やっぱりそうなんだね」

 

 拓人が得心した様子を見せるが、金剛はそれ以上は何も言わずに首を振る。

 

「ごめんなさい…これ以上の話は長くなるし、私にも…心の整理をつける時間がほしい」

「…そっか」

「うん…この海域での戦いが終わったら、全部話すよ。私が何モノか…貴方には、本当の私を知ってほしいから」

 

 金剛は儚げな笑みを浮かべ、拓人に対して信頼の眼差しを向ける。そんな本心の一片を見せる彼女を、心から嬉しいと思う拓人であった。

 

「分かったよ、金剛。…さて、次は天龍たちの所に行ってみようか?」

「アーヤは…いいの?」

「綾波はもう大丈夫だよ、きっとね。彼女が団長と向き合う機会を望んでいるなら、それを邪魔する必要はないよ」

 

 拓人はそう言って綾波への信頼を表した。それに対し肯定的に頷く金剛。

 

「そう…貴方がそう言うなら、私は貴方についていくよ」

「ありがとう。…じゃあ行こうか?」

「うん…!」

 

 こうして二人は不知火たちをその場に休ませ、一路天龍たちの下へ…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 程なく、拓人たちは天龍たちを捕捉する。

 

「…っ! 何だ…?」

 

 しかし様子がおかしい、遠目から見ても理解出来るのは、天龍と時雨が(何も居ない筈なのに)戦闘態勢であることと、何故か望月と翔鶴が膝を突いていること。

 

「何かおかしい…急ごう!」

「はいっ!」

 

 異変に気付いた拓人たちは、天龍たちとの距離を詰める。

 間近で天龍たちの戦いを観察する…矢張り「何か」が居る、どうやら時雨が見えざる敵の攻撃をナビゲートしているようだ。

 

「…大将か?」

「っ、望月…翔鶴も…!」

 

 望月たち二人の苦しそうな様子を見て、拓人は二人に駆け寄り状況の説明を請うた。

 望月たちは、目前に機獣クラーケンが居り、二人がクラーケンの不意打ち(黒い霧)によって戦闘不能になったことを伝える。

 

「擬態を使う機獣なんて…!」

「全く油断したぜ。だが…種が分かりゃあこっちのもんだ、黒い霧の毒も少しだけ抜けてきた。サポートぐらいなら出来るからよ」

「モッチー…無理はしないでね?」

「あん? 姐さん何か雰囲気変わったか? いつもの竹割ったみてーな感じじゃねーし」

「…貴女が普段から私のことどう思っているのか、今のでよぉく分かった」

 

 少し頬を膨らませ子供みたいに拗ねて見せる金剛、拓人たちはそれを見て自然と笑顔になる。

 

「ヒッ、冗談だよ。…まっ、元気になったみてーで、何よりだぜ?」

「えぇ…貴女こそ無理はしないようにね、金剛?」

「うん、ショーカク…ありがとうね?」

 

 望月たちとの会話を区切り、これからどうするべきか話し合う。

 

「機獣は姐さんも居ることだし何とかなるだろう…問題は「研究員」だ、今ニムに向かってもらおうと思っていたんだが」

「えー、ニム一人で向かうなんてヤダよ~、誰か一緒に行って守ってくれないと「ヤラシー」ことされちゃうかも?」

「…と、まぁ本人が同行者が居ないと行かねぇと聞かなくってな?」

「…うん、じゃあ僕が行くよ。ここに居ても足手まといだし、あの研究員と…話がしたいし」

「そうだな、諸々の事情省いたらそれが正解なんだろうが…大丈夫かい?」

 

 研究員は間違いなく、この海底にある研究施設に居る…しかし、指揮官である拓人が行くことに諸手を挙げて賛成するモノは誰も居ない。

 

「問題ないよ。まぁ何かあっても逃げ時は見逃さないようにするよ」

「そうかい…ニム、くれぐれも大将のことは任せたぜ?」

「りょーかい! …あとで護衛料請求しとくからね?」

「がめついねぇこんな時に…連合に請求しといてくれ」

「にひひ~毎度~♪」

 

 あくどい笑みを浮かべるニム、ともあれ拓人はニムと共に海底の研究施設へと赴く。

 

「じゃあ今から潜水するけど、体力…というか肺活量は?」

「んー、多分大丈夫だとは…?」

「そう? まぁ急いで行くから「1分」ぐらい息を我慢してくれたら良いと思うよ?」

「(望月)おいおい、あんまり急に潜るんじゃねーよ? 大将の身体が壊れちまうかもだぞ」

「こ、怖いこと言わないでよ…;」

「じゃあニムの身体に捕まってね? …あ、おっぱいは駄目だよ?」

「ぶっ!!? 分かってるよっ!! ったく…」

 

 拓人は顔を赤らめながらも海中に身体を浸けると、ニムの背中と胴回りに腕を絡ませる。

 

「じゃあ息吸って…うん、いっくよーー!」

「はぁーーーー……っ!!」

 

 ニムに言われて思い切り肺に空気を溜めこむ拓人。それを確認したニムは…合図と同時に潜水する。

 

 

 ──ちゃぷん

 

 

「…行ったか?」

「えぇ…」

「これからどうするの、モッチー?」

 

 金剛に問われると、望月は早速これからの作戦を説明する。

 

「先ずはアタシらを近くの島まで連れてってくれ。足手まといになるだろうからな」

「退避するんだね? じゃあ不知火たちのところに…その次は?」

「…あの機獣クラーケンのコアは、外套膜って呼ばれる烏賊の頭みてーな場所にはめ込まれてる」

「あぁ、あの長い頭の? …随分分かりやすい場所にあるね?」

「口の下には黒い霧の噴出口があるし、触手にはめ込んでもねぇ、他に場所がなかったと考えるのが自然だろう。擬態も出来るからな、ほれ? 今見てもどこに奴さんが居るか分かりゃあしねえだろ?」

 

 言われて望月が示す場所を見やっても、何もない空間で天龍と時雨が動き回る姿が見えるだけだった。

 

「うーん確かに。どうやったらコアの場所が分かるんだろう?」

「ヒヒッ、まぁ見てな。安全な場所を確保出来たら、ちゃちゃっとアイテム作るからよ?」

「えっ、何か考えがあるのモッチー?」

 

 金剛が聞いても、望月はただニヒルに嗤うだけだった。

 

「ヒッヒッ。古典的ではあるが…不意をつけりゃ十分いけるだろ…騙し打ちが得意なのがそっちだけと思うなよ?」

 

 その鼻柱(?)へし折ってやるからよ…そう言って闘志を燃やす望月、そして翔鶴を連れて金剛は一旦その場を離れるのであった…。

 

「…天龍、金剛が望月たちを…」

「あぁ…元気になったようだな金剛、安心した」

「…うん、そうだね。…これからどうする?」

「望月が何か考えつかないわけはない、金剛に入れ知恵を施して戻るはずだ」

「…なら」

「あぁ…それまでこのデカブツは「俺たちで止める」…ということだな?」

 

 お互いのこれからの行動を確認しつつ、天龍たちは再び機獣クラーケンと向き合うのだった…。

 




 あ"あ"あぁぁーーーっ!? お気に入り登録が50になってるうぅーーっ!!?

 皆さん、いつもありがとうございます…圧倒的感謝です…っ!

拓人「うぇっ、すごい! …ねぇ本当に大丈夫だよね? 数日後にお気に入り−5ぐらいされたりとかは?」

妖精さん「心配性ですねぇ〜?」

金剛「大丈夫だよ〜、ねっ皆?」

天龍「そうだな…何にしてもめでたいことに変わりはない」

望月「ヒッ、まぁな…この調子で頑張りゃいんじゃね?」

綾波「ですね…」

野分「ブラーヴァ! ボクたちの活躍を楽しみにして下さる貴方がたには、深い感謝しかありません。どうかこれからも変わらないご愛読をお願い出来れば幸いとry」

翔鶴「長くなるわね、切り上げましょう」

野分「ウゥララァ!?」

 改めてありがとうございました、次回もお楽しみに〜!


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過去の決着、悪魔は踊る

 海原に響く鉄と鉄が激しくぶつかり合う音…。

 

「ふっ!」

『ア"ア"ア"アアアーーーッ!!』

 

 戦斧と大剣が刃を打ちつけ合い、激しく火花を散らす。

 得物である鉄塊を軽々と振り回す二つの影…かつて苦楽を共にした唯一無二の盟友。

 

『アァヤナミイィィ!!』

 

 在りし日の団長はもう居ない、目の前にいるのは彷徨う亡霊…頭では理解していた。

 だが綾波は白き姫の太刀筋を受ける度に、先程対峙した時よりも明らかに「速く、鋭く、重く」なっていることに気づいた。

 研究員では彼女の実力を出し切れていなかった…本来の彼女の強さは、綾波に迷いを生んでいた。

 

「…っ」

 

 かつては綾波も新米の兵士として、鎮守府連合の前身となる組織、そして艦娘騎士団に身を置き、そこで戦う術を学んだ。

 団長、ウォースパイト、不知火、そして他の艦娘騎士たちも、皆同じように学び、戦い、笑い合う。…そんな過去の情景が、綾波を惑わせた。

 

「…団長」

 

 こうして剣を合わせていると、脳裏にはあの日が思い浮かぶ。…研鑽の日常を過ごした、あの日々が…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…わぁ!?」

 

 かつての艦娘騎士たちの修練場…互いに剣と、砲撃の精度を上げるため、切磋琢磨を繰り返す。

 綾波はそれほど強力な武装(砲)を所持していなかったので、必然的に剣や槍等の得物を操る武術を学んでいた。

 しかし綾波が選んだのは「巨大な斧」だった。幾ら常人より力のある艦娘でも、比較的重量のある斧を、体格の小さな綾波が振り回すことは少々無理があった。

 団長に稽古をつけてもらってはいるものの、矢張り一朝一夕に身につくものではない。重心を見誤りよろけて、そのまま転げてしまう。

 

「大丈夫、綾波?」

 

 近づいて来たのは、稽古をつけてくれていた団長。

 稽古、と言ってはいるが団長も綾波たちと同様に、剣術の修行中である。彼女は艦娘騎士団の創設者である提督──亡国の元騎士団長──から、大剣術や処世術含めたあらゆる事柄を教え授かっていた。…今回も、そんな己の武力を高めるために、修練がてら綾波の稽古も見ていた。

 

「いたた…だ、大丈夫です」

「やっぱり無理しない方が…貴方だったら剣でも槍でも他の武器は幾らでもあるんだから」

 

 綾波の戦闘センスを見抜いていた団長、態々習得の難しい斧にする必要はない、そう綾波を説得する。

 

「いいえ、少しでも威力のある武器の方が、皆を守れるかも…って」

「…んー、確かに戦斧は自分の周りの敵を薙ぎ倒せるかもだけど…武器の重量がありすぎるから、駆逐艦の素早さを殺してるかもなんだよね…うん」

「はわぁっ!?」

 

 衝撃の稲光が走る、綾波は見事に論破されてしまった。

 駆逐艦の役割は素早い連携と撹乱で相手の意表を突くこと…綾波もそれが分からない訳ではない。

 

「うぅ…」

「あぁ、泣かないで? …まぁ一人ぐらいは、皆を守る盾が居ても良いよね、ねぇ?」

 

 団長は傍で一人黙々と稽古に勤しんでいた不知火に声を掛けた、不知火は団長たちを一瞥すると、淡々と告げる。

 

「そうですね。しかし…足の遅いモノに合わせなくてはなくなることも、事実ではありますが?」

「はわわぁっ!!?」

 

 またも稲光が轟く、団長は不知火に聞いたらいけなかったと悟った。

 

「ちょっと不知火…こういう時ぐらい空気読んでよ?」

「団長は綾波に甘すぎるのです。…まぁ、しかし。その動きを究めれば、斧を持ちながら迅速な行動は…充分「可能」…とは思いますが?」

「…っ! 不知火ちゃん…ぅう……私頑張るね?」

「ええい泣くな、鬱陶しい。…全く」

 

 恥ずかしそうにそっぽを向くと、不知火は再び稽古に打ち込んだ。

 

「…んー、そうね。じゃあこれから綾波は毎日、私の修行に付き合うこと。良い?」

「えっ、団長…それは…!」

 

 花が咲いたような満面の笑みの綾波。団長も釣られて笑いながら続けた。

 

「私も重量のある武器使ってるからさ、提督にも相談して一緒に稽古してもらおう?」

「っ! 団長…ありがとうございます!」

 

 こうして、綾波は団長と共に重量武器の扱い方を学び、艦娘騎士の中でも指折りの実力をつけていった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…ふっ」

 

 昔日の日々の記憶は、綾波の頬を緩ませた。

 そして、目前の敵に目を向けて表情を引き締めた。…彼女は今「過去という鎖」を断ち切ろうとしていた。

 

「はぁっ!」

『ア"ァ"ッ!!』

 

 綾波の戦斧の横薙ぎと、白き姫の剣撃が交わる。鋼のぶつかる音は、虚空に響いて耳に残る。

 それを何度もなんども交じり合わす。まるで演舞のように激しく鮮やかだが、確かに急所を狙った動きだ、一撃必殺の斬撃は…意地のぶつかり合いのように、戦いを終わらせることを許さない。

 

『シュロロロッ!!』

 

 突如、白き姫の腹部から現れた白蛇が、備え付けられ爆砲で零距離射撃を行う…が。

 

「…っ!」

 

 綾波も素早く「遠心力バリアー」を張り砲弾を寄せ付けない。遠くで着弾音が響く中、何事もなかったように再び斬撃の応酬を繰り返す二人。

 

『シュロロロッ!』

 

 白蛇は、今度は綾波に直接巻きついた。一瞬の間を突かれて胴に巻きつかれる綾波。

 

「ふっ…!」

 

 綾波は白蛇に重力の圧をかけた、襲いくる重圧に堪らず巻きつきを緩める白蛇。

 

「…御免」

 

 そのまますかさず白蛇の長い胴体を「断つ」綾波。切られた胴体は白き姫と離れて、そのまま海中に沈んだ。

 

『ギッ!? …ァアアアア"ッ!』

 

 残るは白蛇の片割れと、亡霊騎士のみ。

 

 怒号を上げながら、尚も向かって来る白き姫。白蛇もまた砲撃で応戦する。

 しかし、剣撃は綾波の斧捌きに防がれ、砲撃もバリアーにより無力化。綾波が優勢のように見えるが、それでも当人には力の差は感じない、この剣捌きに少しでも油断が生じれば…?

 

『ア"ア"ア"ァーーーッ!』

「…っ!?」

 

 剣の動きを見切れず、横薙ぎ一閃をかろうじて躱す綾波、頬には剣の切り傷が薄らと出来ていた。

 この後の行動としては、相手の動きを止めるため「重力」の力を使うことは当然の帰結…だが綾波は違った。

 

「…"騎士同士の一騎討ちに、第三者は不要"…ですよね、団長?」

 

 綾波は、かつての団長の言葉で一騎打ちの矜恃を表した。

 ここで言う第三者は、先程の白蛇のような騙し討ちや異能による状況の転覆である。全てが己の力と豪語する者も居るだろうが…綾波にはそう思えなかった。

 

 騎士は剣技に己の誇りを乗せて戦うのだ…それ以外の力で勝っても「何の意味も無い」のだ。

 

 綾波は生粋の武人…誇り高き「艦娘騎士」であった。

 

「はああぁっ!!」

 

 左足を後ろを蹴る要領で力強く伸ばし、勢いざまに懐に飛び込む。

 腹の底に力を込め、腰を軸にして、戦斧を握りしめた両腕を思い切り振りかぶる。

 白き姫も、同様に大剣を構えて迎え討つ。…今、誇りを賭けた「一 瞬(たたかい)」に決着が着こうとしていた。

 

 

 

『ア"ヤ"ナ"ミ"イイイィーーーーッ!!』

 

「団長ーーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──刹那

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…さようなら」

 

 綾波の戦斧は、亡霊騎士の胴を「切り裂いた」……。

 

『………ア──』

 

 

 

 ──ありがとう、綾波…!

 

 

 

 それは、果たされなかった騎士の誓いか…。

 

 ともあれ、懺悔の騎士の後悔…その全ては「断ち切られた」。

 

 

 

「…ありがとうございました、団長…」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 機獣クラーケンとの戦いは、一見すれば拮抗しているように思えた…が、矢張り徐々にではあるが天龍たち側に疲れが見え始めていた。

 

「…っち!」

 

 天龍のスピードに、クラーケンの触手攻撃が追いつき始めているのだ。

 烏賊には触手が「八本」あり、海底にて小魚に狙いを定め、八本の触手の奥に隠された二本の「触腕」と言われる部分を高速で射出し捕らえる。

 その要領か分からないが、天龍が瞬速で触手の攻撃を避けると、避けた直後を狙って触腕を狙い撃ち始めたのだ、最初は面食らった天龍であったが、時雨の水上探知に見破られ事なきを得ている。

 

「気を付けて…段々「慣れ始めている」。天龍がどの位置に避けるか理解し始めている…!」

 

 時雨の言葉に天龍は思案気味に相手の居るであろう方向を睨みつけている。

 

『Kyuooon…!』

 

 まるで嘲笑うように甲高い音が虚空に響いた。

 天龍は対人戦やゲリラ戦など、戦闘においては右に出るものは居ない猛者である。しかし…自身が改二になり身についたこの「速さ」も、巨大な烏賊の化け物相手には、一人でどうこう出来るものではなかった。

 

「ヤツの動きを封じるか…だが、そもそも姿が見えなければやりようがない…っく」

 

 せめて「コア」の場所さえ分かれば…そう苦心していた天龍であったが?

 

 

「テンリューッ、シグレーーッ!!」

 

「…っ! 金剛か!」

 

 

 天龍がそう言って振り返ると、巫女風の衣装に身を包んだ勇ましい少女が駆けてくる。

 

「…っ、ごめん、遅くなった!」

「あぁ全くだ。…それで、望月は何と?」

「先ずはあのスクィードの気を逸らして、私がその隙に砲弾を撃ち込む。それで全て上手くいくって!」

「成る程、了解した。…時雨、いけるか?」

「分かった。タイミングは僕が見ているよ、合図をしたら砲撃開始で…良いかい?」

「うん! …じゃあいっくよー!」

 

 金剛たちは短くこれからの作戦を話し合い、了承し合うとクラーケン討伐に乗り出した。

 

「シグレ、あのスクィードの頭はどの辺りか解る?」

「えっ? …ん、あの辺りかな?」

「…オッケー、じゃあ合図よろしく、ネ!」

 

 金剛がウィンクすると、時雨の下を離れクラーケンの周りを滑り始めた。

 

「…ふふ、それが本当の君なんだね。何だか…不思議な気分だね。「彼女」とは違うのに…凄く懐かしい気分になる」

 

 時雨は少しだけ微笑むと、クラーケンの攻撃に集中し始める。

 

『Kyuooon…!』

「…天龍、右舷に敵攻撃、来るよ!」

「良し…ふっ!」

 

 天龍は時雨に言われた通り、右側から迫る触手の攻撃を避ける。

 

『Kyuooon……ッ!』

「今度は左舷だ!」

「ふんっ!」

 

 一度着水する天龍に左側から又も触手攻撃、もう一度避ける…。

 

『Kyuooooon……ッ!!』

 

 今度は…触手奥に隠した「触腕」で天龍に狙い澄ました高速の一撃を与えようとする。

 

「来たっ!! 正面に敵の触腕が接近中!」

「く…おぉ!」

 

 前方に感じる空気の圧、何かが近づいてくる…天龍は空中で一度姿を現し、そのまま超速でその場を離脱する。天龍の居た空間に風切り音が響いた、間一髪である。

 

「──今だ、金剛!」

 

『…ッ!?』

 

 敵の狙いは完全に天龍に向いている。

 今こそ好機…時雨が号令を出すと、金剛はクラーケンの右側から一斉射撃を敢行する。

 

「よぉし! …いっけえぇーーーーっ!!!」

 

 手を広げ、腕を突き出す。

 その動きに反応し、金剛自慢の砲塔は敵の居るであろう空間に撃ちだす…!

 

 

 ──ズドオォォオオンン!!!

 

 

『Kyuooon…!?』

 

 雨あられと撃ち込まれた弾は爆散し、爆炎と共に何かが散布されている…これは「着色料」か?

 

「…ピンクか?」

「”マゼンタ”だよー! 赤だよあか! あれで敵の居場所がはっきりと解るはずだよ!」

 

 金剛に言われて見ると、確かにクラーケンの巨体が赤色に染まっており、外套膜の中央には「くぼみ」のような穴らしきものが認識出来る。

 

 擬態は最早意味を成さない、後はコアを砕いて機能停止に追い込めば…!

 

「…はっ、流石望月だ。これで「分かりやすく」なった!」

 

 そう笑う天龍の行動は早かった。すぐさま敵の懐に潜り込み、双剣を構えコアを切り裂く万全の体制を整える。

 

「これで…終わりだ!」

 

 チェックメイト…かに思われた。

 

『Kyuooon…!!』

 

 天龍が双剣を振り斬る直前に、クラーケンは突如として「空に舞い上がった」。

 驚く一同であるが、烏賊には「漏斗」という、体内に海水を貯めこむ器官が存在し、それを利用して勢いよく海水を噴射させることで「高速移動」することが可能なのだ。

 

「逃がさん!」

 

 空中に舞い上がる巨体を捉える天龍、又も敵の懐に入り込むが…?

 

『Kyuooon…!』

 

「っな、ぐぁ!?」

 

 なんと、空中で身を捻ると身体を回転させ、勢い様に触手で攻撃するクラーケン。これには天龍も堪らずその身に攻撃を受けてしまう。

 海面に叩きつけられるも、直前で身体を丸めて回転することで威力を軽減した天龍は、そのまま着水し体制を整えた。

 

「テンリュー、大丈夫!?」

「ああ。…っち、悪あがきとは笑わせる」

「でも、もう少しだね」

「うん、何とかあのスクィードの動きを止めないと!」

 

 そう話し合う三人であったが…空中からゆっくり降りるクラーケンだが、何か様子がおかしい。

 

『…Kyuooon…ッ!!』

 

「…っ、避けろ!!」

 

 天龍が叫ぶと、弾けるようにその場を離れる三人…瞬間。

 

 

 ──ピシュッ!!

 

 

 クラーケンの漏斗から発射された巨大な圧縮水鉄砲、それは海上を一直線に疾ると…余剰威力が海を割り、大量の海水が宙を舞った。

 

「うわぁ!?」

「っく…!」

「これは凄いね。…人体に当たれば真っ二つどころじゃない、粉々に砕け散ってしまう…!」

 

 擬態を封じられ、あと一手で王手を掛けられるが…機獣の意地とばかりに中々隙を見せないクラーケン。

 

 果たして、三人はクラーケンを捉えることは出来るのか…?

 

『Kyuooon…!』

 

「何にしても…長丁場になりそうだな?」

 

 天龍はそう言いながら、皮肉笑いを浮かべるのであった…。

 



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人のエゴは誰かの運命を変えるのか?

 急展開注意報でーす、さーせん。


 ──海底研究所、廊下。

 

 薄暗い道を、拓人が持参した探照灯の灯りを頼りに進んでいく。時々水の滴り落ちる音がぽた…ぽた…と不気味に木霊していた。

 

「こ、こわぁ〜い。お化けとか出そ〜」

「…そうかもね」

 

 マイペースなニムに何処か素っ気なく答える拓人。

 ニムの力を借りて、巨大な岩壁の中に確かにあった建物の中に潜入した拓人であったが…研究員との直接対決に、矢張り緊張が生まれていた。

 

「んー、何か寂しー。…ねぇねぇねぇ、お話しようよーこの辺り怖いからさぁ」

「……っ、しっ!」

「むぅ、"しっ"て何よ〜私……っ!」

 

 拓人が前方を見やる、その先には…暗闇でシルエットが薄暗いが、おそらく"研究員"が立っている。

 ニムは異変に気がつくと、そのまま隠れるように拓人の後ろに回る。

 

「…来たか」

 

 そう言うと、研究員はゆっくりと歩いて来る。

 探照灯の灯りに照らされて、徐々にその姿が明らかになる。…白衣を見に纏った男性だ。浅い黒肌にスキンヘッド、整った髭に眼鏡をかけている。知的な雰囲気を感じる、静かにこちらを見つめる男。

 

「…貴方が、研究員?」

「そうとも。名はユリウスと言う、こうして対面するのは初めてだな…特異点?」

 

 低く落ち着いた声色、まるで拓人を見定めるようにこちらに目を向けている研究員…ユリウス。

 

「…そう、改めて僕は色崎拓人、ユリウスさん…貴方と話がしたいので、この場まで来させてもらいました」

「話などない、君はこの場に来た時点でもう「アウト」なのだから」

 

 そう言ってのけたユリウスは、白衣の左ポケットから「スイッチ」のようなものを出した。片手で握り親指でスイッチを押せる小型タイプのようだ。

 

「っ、それは…」

「察しの通り「自爆スイッチ」さ。君がここに一人で来るかは賭けだったがね? …後ろの艦娘はどうやら戦いたくないようだから、さして変わりはない」

 

 ニムは拓人の後ろでびくびくしながら様子を見ていた。

 

「君を道連れにすれば、その後はドラウのヤツが好きにするだろう。アレの世界に対する思いは本物だからな?」

「道連れ…貴方は神父…アイツが間違っていると思わないんですか? 何故心中してまでアイツの有利になることを…?」

 

 そう尋ねられたユリウスだったが、陰を落とすと本心を話し始める。

 

「…確かにあの男の言い分は、一見支離滅裂の妄言に感じるだろう。だが…それが真実味を帯びているから、尚更たちが悪い」

「…僕が特異点で、艦娘たちが世界を終わらせてしまうことも、アイツから聞いたんですか?」

「あぁ、最初は信じられないと思ったよ。だが…彼はまるで未来を「予期」したような言動をとり、事実そのように時代は変異していった。…深海棲艦の出現、各鎮守府への襲撃、崩壊…これらが続けばいずれは世界は深海棲艦に滅ぼされる、その要因を作っているのが艦娘だ…とね?」

 

 拓人は綾波が「現在の鎮守府は機能していない」と言っていたことを思い出す。

 深海棲艦により鎮守府が襲われて、どのくらいかは分からないが「機能不全」にまで追い込まれているなら、相当数の鎮守府が犠牲になっているのだろう…。それは理解した、しかし。

 

「艦娘が世界を滅ぼす要因とは、僕には思えません」

 

「…そうかも知れないな、願わくば私もそう信じれたら…良かったのだがな。…しかし、これは事実だ」

「だとしても、それは「海魔石」のせいでそう見えるだけで、彼女たちはただ人々を守りたいと思っているだけです。ドラウニーアが間違っているだけなんです。…ユリウスさん、貴方はただ騙されているだけなんです…!」

 

 拓人の必死の説得に、ユリウスは思わず得心したように穏やかな笑みを零す。

 

「…フッ、君の言う通りだ。彼は間違っている「最初から」ね? 私も…彼の言うことを全て鵜呑みにしてはいないさ」

「だったら…!」

 

「駄目だ。私たちは犠牲を作り過ぎた、今更…間違いだったからとやり直したところで、過去は変えられない」

 

「…これは自分に対する「罰」…と言いたいのですか?」

「そうだ。私は艦娘の居ない世の中こそが、この世界を救う方法だと信じた…しかし…今考えれば私は「怖かった」んだ。アイツは裏切り者に容赦はしない、君も聞いただろう? 連合に捕らえられた研究員がどうなったかを。あれはアイツが全てやった、情報を売り渡し生き延びようとした者を、全て…っ!」

 

 ユリウスは、連合に捕縛された元機関の研究員たちの末路を挙げ、それらはドラウニーアの殺戮であったと吐露した。

 

「私は…殺されたくなかった、だから無辜の人々を…自分が生き延びるために…見捨てたんだ…っ!」

 

 身体の震えが止まらない、ユリウスの「後悔」を拓人は視認し肌で感じる。

 

「もう自分は許されるような人間じゃないんだ、だから…私は…っ!」

 

 ユリウスはもう自分自身が見えない状況に陥っていた、信念も疑念に塗れ、罪なき人々を犠牲にした(おそらく精神乗り移り実験のことだろう)罪悪感が彼を押し潰そうとしていた。

 

 そんな罪人の姿を垣間見て、拓人は…?

 

「…ふふっ」

 

 ただ、微笑んだ。

 

「…? 何故笑っているんだ?」

「あぁいえ、やっぱり…僕と貴方は似ているな、って思って?」

「似ている…だと…?」

 

 ユリウスが何処か不思議そうにしていると、拓人は自然な笑みを浮かべながら答えた。

 

「はい、それが償いきれない罪であれ、辛くて何も変わらない現実であれ…自分の心に蓋をして、見てみぬふりをして、理想だけを追い求めて…本当に、どうしようもないですよね?」

「君は…」

「でもユリウスさん、理想は皆が見る「夢」ですが、そこに自分の思いが無ければ…「何の意味もない」のではないでしょうか?」

「…っ!」

「僕はそれに気づいた、見ないフリばかりだと自分の道すら他人の理想に塗り変わってしまう。だから…僕たちは自分が「信じられる道」を歩みたいと思うんじゃないでしょうか?」

「……それは…」

「ユリウスさん、貴方は…自分の「信じる道」を行くべきです。貴方の心は…今何と言ってますか?」

「っ、わ……私は…っ!」

 

 その言葉に何かが揺れたユリウスは、膝から崩れ落ちて力無く項垂れ、目からは思いを表した涙が流れ出た。

 

「私は…世界を守りたい! だが…それは幼気な少女たちを犠牲にしてまでやることではない、間違っているっ! 理屈ではない…私は人を…艦娘たちを…生かしたかった…っ!」

 

 罪に溺れる囚人は、今日までの己を懺悔する。

 

「…やっと、歩けましたね?」

 

 拓人の心からの言葉に「すまない…すまない…」と涙に震えるばかりだった…。

 

「ユリウスさん、変わりましょう。今ここから…世界も艦娘も同時に救う方法を、一緒に見つけましょう…!」

 

 ユリウスに手を差し伸べる拓人、世界を救うため愚行を繰り返した罪人は今、変わる…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──カチッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

 しかし拓人の耳に届いたのは、残酷な現実だった…。

 ユリウスは、用意していた自爆スイッチに手を掛けていた…!

 

「ユリウスさん! どうして…?!」

 

 驚愕する拓人、しかしユリウスは依然と虚しげな笑みを浮かべていた。

 

「…特異点、いや…タクトだったか? ありがとう…最後の最後で私は自分が何をしたいのか思い出したよ」

 

 ユリウスが拓人に弁明していると、空間が大きく揺れ遠くで爆発音が響いた。

 

「だが…私は自分が何をしたのか分かっているつもりだ、今更自分だけ生き延びることはしない。あの世で…私は自らの罪を償おうと思う」

 

 哀しい顔でユリウスは自身に裁きを与えようとしていた…気づけば辺りは建物の瓦礫が落ち、崩れ始めていた…。

 

「駄目だ…死んだって何も変わらない、変わらないと…生きて罪を償うんだ、ユリウスさん!!」

 

 拓人の魂の叫びだが、それでもユリウスの意思は変わらない。

 

「ありがとう…しかし、私は君のように強くはなれない。この罪の重さに…耐えられそうにない」

「…っ!」

「君は何も悪くない、これは私の我儘だ、分かってくれ。……さぁ、急いでここを脱出するんだ、早くしないと君まで…」

 

 

 その時──

 

 

 ──ガラガラガラッ!!

 

 

「っ、ユリウスさん!!」

 

 罪人の頭上には、大きな瓦礫の岩が…罰を執行する断頭台のように、振り下ろされようとしていた…。

 

「…ありがとう、私の分まで…どうか……っ!」

 

 そう言うユリウスの表情は、死を前にしても微笑みを浮かべていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『Kyuooon…!』

 

 天龍の「長丁場になる」という言葉通り、機獣クラーケンとの戦いは混迷を極めた。

 天龍の高速をもってしても、クラーケンは漏斗のジェット噴射でその場を離脱、金剛や時雨も砲撃で応戦するも、巨大な的であるはずのクラーケンだが当たる直前にジェット噴射で華麗に避けられてしまい、中々当たらない。

 

「…っち」

「はぁ…はぁ…っ」

「しぶとい…このままじゃ僕たちの体力がもたない…!」

 

 時雨の冷静な状況分析、艦娘であろうと時間と共に体力を消耗すれば、確実に隙が出来る。そこを突かれでもしたら…あの漏斗の「圧縮水鉄砲」の高威力を嫌でも思い出す一同。

 

「…こうなったら」

 

 金剛は自分の限界を超える算段を画策する、それは…度々彼女の意識を乗っ取った「もう一人の自分」…心の中で助けを求めてみる。

 

「(お願い…力を貸して…っ!)」

 

 金剛がそう必死に願いを込めて念じると、"あの声"はそれに応え…ただ一言だけ発した。

 

 

『──No、今のアナタに力は貸せまセーン』

 

 

「…っ、そんな…どうして……っ!?」

 

 思わず狼狽して声を漏らす金剛、しかしてあの声が再び彼女に応じることは無かった。

 

「…どうした?」

 

 天龍は金剛の異変を察知し、彼女を身を案じる。

 

「…テンリュー、駄目…私…ワタシになれない…っ!」

「何…?」

「…っ! 天龍、金剛!!」

 

 時雨は大声で二人に呼びかける。見ると遠くでクラーケンが浮き上がり、圧縮水鉄砲の狙いを定めていた。

 

「…っ」

 

 天龍はすぐさま金剛を抱き抱えると、高速でその場を移動する。彼女たちの居た場所には、圧縮水鉄砲の一閃が轟いていた。

 

「っわ、テンリュー?!」

「すまん、この方が早い。…というか、お前は「お前」だろう金剛?」

「え…?」

 

 金剛には天龍の言わんとすることが解らない。天龍は呆れながらも続ける。

 

「いいか? どんなに都合の良い力があったとしても、決してそれだけに頼ってはいけない。そういった力は…大抵心を「腐らせる」からな。自分のことは…自分の力で何とかするべきだ」

「…っ!」

 

 そう、力に溺れた者の末路はいつだって悲惨なものだ。金剛は知らずのうちに…もう一人の自分を頼っていたのだ。

 

「まぁ…それも方便だろうがな。俺もこうして"カイニ"の力を使っているしな、だから…どうしても埒が開かないときの為に、お前の切り札…十中八九あの「金剛」のことだろうが、それはその時まで取っておけ。それまでは俺たちで何とかしよう」

「テンリュー…」

 

 全てを知らない筈の天龍は、何も追求せずただ自分たちを信じてほしいと金剛を諭した。

 天龍に背中を押された気分になり、金剛は意を決した様子で身を引き締めた。

 

「…分かったよ、私は…私にしかなれないもの!」

「その意気だ。さて……ん?」

 

 天龍が目を凝らすと、クラーケンに向かって猛進する一つの影が…。

 

「あれは…綾波か!?」

「っ! アーヤ…無事に帰って来たんだ…良かった…!」

 

 亡霊騎士との決着をつけた綾波が、天龍たちの救援に駆け付けた。

 現在クラーケンは空中をゆっくりと降下している途中だが、悠然と綾波に向けて圧縮水鉄砲を構えていた。

 綾波も動じずそのまま宙に浮かぶクラーケンに向かい、海面を蹴って空高く跳び上がる。彼女の「重力操作」の賜物で抵抗なく、勢いそのままにどんどんクラーケンとの距離を詰める。

 

「…なっ、待て綾波! 今ソイツに近づくのは危険だ!?」

「アーヤっ!」

 

 傍目から見たら自分から攻撃を喰らいに行っているように思える、天龍と金剛は驚きつつ綾波を制止する声を上げ、クラーケンは勝ち誇ったように金切声を鳴いた…。

 

 

 しかし…誰も知らないだけだったのだ、綾波が「強力な能力」を手に入れていることを。

 

 

「──落ちろ!」

 

 

 手を翳し、クラーケンに対し「過重力負荷」を掛ける綾波。クラーケンの周りの空間が徐々にじょじょに歪んでいき、巨体は黒い膜に覆われていく。

 

『Kyuooon…!!?』

 

 まるで巨大な隕石が落下するように、クラーケンは一気に海面に落とされそのまま叩きつけられる…豪快に水飛沫が上がると、そのまま広範囲にシャワーとなり降り注いだ。

 

「な…!?」

「…え?」

「…ウソ、だよね?」

 

 あまりの突然の出来事に絶句する金剛たち、三人は水に濡れながら状況を飲み込めず呆けていた。クラーケンは黒い膜に包まれて身動きが取れないようだった。漏斗は背中側にあるので圧縮水鉄砲も封じられ、ジェット噴射も不可能なようだった。

 

『Kyu………ooooon!!!』

 

 しかしただではやられない。クラーケンは過度に重力を強められているにも拘らず、八本の触手を力強く伸ばし、綾波を捉えようとする。綾波は空中でクラーケンを見つめており逃げ場はない…ように思えたが?

 

「はぁぁあああっ!!!」

 

 空中で身を捻り回転、そのまま背中の戦斧に手を掛けると、疾風怒濤の勢いで迫りくる触手を次々と「切断」していった…!

 七、六、五、四、三、二…巨大な魔手を豪快に薙ぎ倒していく綾波。

 気を焦ったのか、クラーケンは口に隠した触腕を射出するも、綾波には通じない。ひらりと空中でバク転を繰り出すと、クラーケンの外套膜付近まで跳んでいく…。

 

「うぉおおおおおおっ!!」

 

 そのまま戦斧を高々と掲げ雄叫び、コアと思しき窪み部分を…クラーケンの身体ごと「一刀両断」する。

 

『…ッ!!?』

 

 豪断は海獣の巨体を真っ二つにせしめ、海の悪魔は…呆気なく騎士により討伐された。

 

『Kyuoooooooooooooooooooooo……n──』

 

 クラーケンの断末魔が空間を震わせる、ここに…綾波の圧倒的強さを示す戦いが残された。

 

「…ほ、本当に一人で倒してしまうなんて…はは…凄いや」

 

 時雨は綾波の強さを認め、ただただ引き攣った苦笑いをするよりなかった。

 

「…テンリュー、この場合の綾波って…?」

「お…俺に聞くな!」

 

 金剛と天龍は、先程までの緊張が和らいでおり「青天の霹靂」とでも言わんばかりの状況に笑うしかなかった。

 

「…む?」

 

 全てが終わり、海面にゆっくり着水する綾波だったが…遠くで「黒いフード」の何モノかがその場を去っていく様子を見る。

 

「…鼠を逃したか。仕方ありませんね…おそらく穢れ玉とやらも………っう!?」

 

 …と、突然綾波の身体に「痛烈な身体の痙攣」が襲う。あまりの痛みにその場に蹲る綾波。天龍たちは綾波の異変に気付いて彼女の元に駆け寄る。

 

「大丈夫か、綾波?」

「…身体の、異常な筋肉痙攣を感知しました……っつ!」

「無理しないでアーヤ?」

「…ふむ、どうやらさっきの能力は短時間の連続使用は控えたようがよさそうだね? 重力操作のようだけど、君もカイニに?」

「はい…司令官に、このお力を賜りました…」

「…成る程、強力な力には何事もデメリットがある、か」

 

 何にしても使いどころが重要な能力であることに変わりはない。それでも綾波は光を灯した瞳で皆を見渡し、笑った。

 

「それでも…この力で皆を守れて…良かった」

 

 綾波の言葉に、一同は微笑んで彼女の敢闘を称えるのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

・・・

 

 

・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──私は…世界を守りたい! だが…それは幼気な少女たちを犠牲にしてまでやることではない、間違っているっ! 理屈ではない…私は人を…艦娘たちを…生かしたかった…っ!」

 

 罪に溺れる囚人は、今日までの己を懺悔する。

 

「…やっと、歩けましたね?」

 

 拓人の心からの言葉に「すまない…すまない…」と涙に震えるばかりだった…。

 

「ユリウスさん、変わりましょう。今ここから…世界も艦娘も同時に救う方法を、一緒に見つけましょう…!」

 

 ユリウスに手を差し伸べる拓人、世界を救うため愚行を繰り返した罪人は今、変わる…。

 

「…っ! ──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──パシッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…!?」

 

 ユリウスが手に握った自爆スイッチに手を掛けようとした矢先、寸でのところで「拓人に取り上げられた」。

 

「…ぅああ”っ!!」

 

 拓人がそのまま自爆スイッチを床に叩きつける。スイッチは盛大に破壊音を立て、使い物にならなくなってしまった。

 

「…っえ、なになになに?! 何が起こったの?」

 

 一瞬の出来事だったので、ニムは理解が追いつかなかった。それはユリウスも同様だった。

 

「な…何故私が自爆スイッチを押すと…?」

 

 ユリウスが憔悴しきった眼で拓人を見つめていると、拓人は悲しそうにユリウスを見つめ返しているだけだった。

 

 

「…っ! まさか君は…「A・B・E」を…私を止めるために…!?」

 

 

 ユリウスの導き出した答えに、拓人は黙って頷いた。

 

「…っ! 馬鹿か君は! それが何を意味するか分かっているのか、君は自ら世界を救う力を手放そうとしているんだぞ!!」

「……ユリウスさんを犠牲にしてまで手に入れた平和なんて、あの外道に操られていただけの人が報われない運命なんて…そんなの「間違っています」。僕には…それは受け入れられない」

「…っ」

 

 拓人は、自らの力を失う危険が伴うと分かり切っていても、ユリウスの強行を止めたかっただけなのだ。拓人にはそれが自然の摂理だと咎められようとも、自身が納得できないことを放っておくことが出来なかった。…それが「エゴ」だも解っていても、正しくなかったとしても彼は己の「本心」を制御することがままならないのだ。

 

「…どうすれば良かったのだ、君は…どうして私などを助けたというのだ…?」

「貴方は何も悪くないんです、死んで罪を償いたいのが貴方の我儘なら、生きて罰を受けるべきだと思ったのが…僕の我儘なんです」

「君は……どうしようもないな、本当に…どうしようもない阿呆だ…!」

 

 涙を流しながら拓人を罵倒するも、怒りなのか感謝なのか分からないぐちゃぐちゃの顔は、彼が路頭の迷い人と化している証拠だった。

 

「ユリウスさん…貴方はここで「死んだ」その事実は変わらないでしょう。僕は…それを先延ばししただけに過ぎない、いつかその日が訪れるまでで良いんです…どうか、僕たちに力を貸して貰えないでしょうか?」

 

 …拓人の自らを賭けた説得に、遂にユリウスの迷いは…”晴れた”。

 

「…私はもう「TW機関の元研究員」ではない。ここに居るのは…死ぬ機会を失った「ただのユリウス」だ、それで…納得するとしよう」

「…ありがとう、ユリウスさん。貴方が生きていてくれて…良かった」

 

 憑き物が取れたように、力なく微笑んだユリウスとそれに応えるように笑う拓人…その視線が映る先には…。

 

 

 

 …承認完了。

 

残り1回

 

 

 

 空間に浮かぶIP、その光に記された文字を、拓人は重く受け止めるのであった…。




 拓人がユリウスを助けたことは、果たして正解だったのか?

 作者も首を傾げるばかりですが、その場で選択を迫られないと自分の「譲れないもの」は分からないと思います。拓人にとってこれが「譲れない選択」だった、それだけなのかもしれません。

 …さて、次回はいよいよボウレイ海域編の最後…だと思われます。

 期待しないで待ってて下さい〜。


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星を見上げるモノ、囁きを聞くモノ。

 結構長くなりました、ご注意下さい。


 ──あれから、数日後。

 

 僕は任務完了の報告をするため、時雨と一緒に鎮守府連合幹部のカイトさんの下を訪れた。…ある人物を引き連れて。

 

「…貴方がユリウスさん?」

「あぁ…」

 

 ユリウス、TW機関の元研究員だ。

 僕は(色々犠牲にしちゃったけど)何とかユリウスさんの説得に成功したので、こうして連合にご同行願ったんだけど…皆は僕が本当にユリウスさんを仲間として連れ帰るなんて思ってなかったようで、僕に連れられたユリウスさんを見た時は「マジか」みたいな目をしてた。

 

「…まぁ、どうやって説き伏せたのかは敢えて言わないけど、タクトが命懸けで頑張ったことは、僕が保証するよ」

 

 時雨は僕の背中に手を押し当てながら、隣でカイトさんに状況の補足をしていた。時雨は僕が何をやったのか理解しているようだが、黙っていてくれるようだった。

 それを聞いて頷いたカイトさんは、ユリウスさんに向き直ると「にこにこポーカーフェイス」で彼の来訪を喜んだ。

 

「よくぞ来てくれました、連合代表として貴方の賢明な判断に感謝の意を表明します」

「…社交辞令は止せ。お前たちの狙いは機関の技術を私的利用した我々を"粛正"すること…だろ?」

「…はは、まぁ本来ならそうしたい所だけどね? 君にはまだ利用価値がある…と言ったら?」

 

 カイトさんが言わんとしていることは、おそらくドラウニーア周りの「情報」だろう。

 彼が何を企ているのか、計画の全貌を知りたいようだ。僕もそうしたいのは山々だけど…。

 

「あの、カイトさん。その辺りはまたの機会ではダメでしょうか? もしドラウニーアがユリウスさんに感づいたら、また…例の研究員たちのように、ユリウスさんに危険が及ぶ可能性があります」

 

 そう、機関やら計画等について話そうものなら、ドラウニーア…アイツが何を仕出かすか分からない、下手にユリウスさんに話をさせる訳にはいかないのでは?

 僕はそう意見するが、当のユリウスさん本人は違う考えみたいだ。

 

「いや、問題はないだろう。我々の計画の一部に狂いが生じたようで、ヤツはそれの急ぎの修正に躍起になっていることだろう。計画自体も終盤に差し掛かっている、とてもこちらに感けている余裕は無い」

「っ! そこまで進んでいるんですか…!?」

「あぁ、だが…それでも止めるのだろう?」

 

 ニッと笑うユリウスさんに、僕は力強く頷き返した。

 

「…分かった、君に拾われた命だ。私に出来ることなら何でもしよう、それが終わり次第煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「了解だよ、それにしても…大手柄だねタクト君、機関研究員の生存者の確保だけでなく、海底研究所まで…これで計画の仔細も明らかになりそうだ」

 

 ユリウスさんが隠れ家として利用していた「海底研究所」は、かつてドラウニーアも利用していた…当然彼らの研究資料も残っている。

 自爆を止めて良かったと言ったところだけど、カイトさんたち連合は研究所の資料を既に引き上げて解読しているとのこと、これで…事態が進んでくれたら良いけど。

 

「全ての資料を整理出来たら、改めて君たちに声を掛けるよ。ユリウスにその辺りの事実も一緒に話してもらうけど、その時は…ヤツとの「全面戦争」になるだろうから、覚悟だけしておいてね?」

「…分かりました」

 

 全面戦争。…当たり前か、散々多くの人の人生を狂わせたヤツが大人しく捕縛されるとは思えない、向こうにはレ級もいるし、おそらくは他の深海棲艦も付き従えているはず…双勢力のぶつかり合いになる、か。

 

「今日はここまでにしよう、ユリウスは君たちの鎮守府で預かっておいてくれ。構わないだろ?」

「もちろんです、じゃあユリウスさん行きましょうか?」

「あぁ…いや待てタクト君、君のところの艦娘騎士と…出来れば他の艦娘騎士にも連絡を取ってくれないか?」

「えっ、良いですけど…何か?」

 

「…彼女たちの団長について、話しておきたいことがあるんだ」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 後日。ユリウスさんに言われた通り、僕は綾波とウォースパイト、不知火に集まって欲しいと呼びかけた。

 彼女たちは僕たちの「名無し鎮守府」の客間にて一堂に会した、ウォースパイトは綾波の変わり様を見て感激の表情を浮かべていた。

 

「まぁ! それが噂のカイニなの? あんなに小さくて愛らしかった貴女が…こんなに立派に…貴女は私たちの誉れですよ、綾波」

 

 穏やかに微笑み綾波を褒め称えるウォースパイト、そういえばウォースパイトたちは綾波改二は初めて見るのか、あの時は操られていてそれどころじゃなかったし。

 

「ありがとうございます姫様、しかしこの姿に成れたのは、そこにいらっしゃる司令官のお陰です」

「そうですか…感謝致しますタクトさん、本当に何もかもお世話になって…貴方は、我々の恩人です」

「そんな…僕は自分の出来ることをやっただけで」

「いえ、貴方が居なければ我々は綾波と和解することは無かった。これでも…感謝しているのですが?」

 

 不知火はぶっきらぼうながらも、僕に対して感謝の意を込めた言葉を投げた。

 

「もう不知火?」

「何ですか姫様、不知火に落ち度はありませんよ?」

「…っぷ!」

 

 僕は思わず吹き出してしまった、今更だけど不知火…ここでその台詞は…狙ってる? …w

 

「な、何で笑うんですか!」

「うふふ、貴女がそこまで狼狽るのは団長以外では初めてではありませんか?」

「姫様まで!」

「姫様、不知火ちゃんはそれだけ司令官に心を許しているということですよ? ふふ…!」

「綾波…お前もか、全く。…まぁ確かにこうしていると、懐かしい感じがしますね?」

 

 不知火が昔日に想いを馳せながらしみじみと言うと、向かいのドアが開く。

 

「…待たせたかな?」

 

 ユリウスさんが、僕たちの前に姿を現した。

 

 テーブルを挟んで、僕と綾波は左側のソファに、ウォースパイトと不知火は右側に、ユリウスさんは予備の椅子を僕たちとウォースパイトたちの間に置いて座る、丁度テーブルを囲む形になる。

 

「最初に謝罪から入らせて欲しい、艦娘騎士団の諸君…知っているとは思うが、君たちの騎士団を壊滅させたのは…我々元機関のメンバーだ。私はその一人として、如何なる罵倒雑言も受け入れる覚悟だ…本当に、済まなかった」

 

 神妙な面持ちで頭を下げるユリウスさんに、綾波たちはそれを宥めながら言葉を投げた。

 

「ユリウスさん、私は姫様からその辺りを既に聞かされていますが…貴方にも事情があったご様子。こうしてしっかりと罪を償おうとする姿勢は…私個人としては「共感」出来ます」

「貴方の犯したCrimeは、決して許してはならないもの…ですが、貴方自身それに向き合い続けるなら、私はそれを応援しましょう」

「…絶対に許しはしない、それでも姫様たちが下がるなら…私もそれに倣うだけです」

 

 三人のそれぞれの考えに、ユリウスさんは安堵しながらも、深い感謝を表していた。

 

「ありがとう。…さて、本題に入ろう。今日集まって貰ったのは…君たち艦娘騎士団の団長についてだ」

 

 …辺りが静まり返り、その場の全員が気を引き締めた。

 

 ここで改めて状況を整理しよう──騎士団崩壊後、生き残った艦娘騎士団は散り散りになり、この場以外の艦娘騎士が果たして生きているのかも分からない状態だという。

 そんな中綾波は、離ればなれになった団長を探すため世界中を探し回った…という。

 ウォースパイトたちが綾波と離れていたのは、団長の足取りを地道に追い続けている内に、艦娘騎士団崩壊の原因が「TW機関」にあることを突き止めたから。…彼らに報復する際、綾波にこれ以上辛い思いをさせたくないから敢えて彼女を遠ざけようとしていた。

 …だから不知火は最初、綾波をあんな邪険に? 幾ら団長関連に綾波を関わらせたくないからって…ちょっと棘があったというか?

 

「…不知火、正直なところ綾波のこと…どう思ってる?」

「…共に激戦を戦い抜いた戦友、そして団長を一人にした愚か者」

「極端だねぇ…それだけ複雑な心境だったのかな?」

「お好きに考えて頂いて結構です、今は…私は何の憂いもありませんので」

 

 いつものように素っ気ない言葉だが、不知火は綾波を見やると静かに微笑みを浮かべる、綾波もそれを見て笑顔を返した。

 …さて、とユリウスさんは事の次第を改めて話し始める。

 

「まず綾波君、君は今日まで君たちの団長を探し出そうとしている道中、タクト君のところに身を置いていた、そして偶然ボウレイ海域に辿り着き、彼女が…沈んでいた、その事実を知ってこれを乗り越えようとした…そうだね?」

 

 ユリウスさんの問いに、綾波は静かに頷いた。不知火はその問いかけに難色を示した。

 

「その問いに何の意味があるのですか? 不用意な掘り下げは…」

「まぁ聞いてくれ。…ウォースパイト君、君は独自に騎士団崩壊の謎を調査する内に、我々に辿り着いた。そして私がボウレイ海域にいることを突き止めて報復を決めた…そうだね?」

「Yes.情報は不知火が調べていたのですが、私も逐次報告を受けて知ってました」

「そうか。…不知火君、では「団長の死」その事実確認は出来ているかい?」

 

 そう問われた不知火は、不服そうだったが黙って首を横に振った。

 

「そうか。では私があの白き姫に乗り移っていることで、私が「沈んだ」団長をそのまま操っていた…と推察したのだね?」

 

 ユリウスさんの言い含みは、その場の僕たちに大きな疑問を与えた。

 艦娘と深海棲艦の因果関係は何回も説明してるけど、明確な証拠のようなモノは実際の所「ない」んだ、この世界の艦娘たちも何となくは気付いているようだし、そう考えるのが「普通」だと思うけど…?

 

「いや、その仮説自体は正しいよ。詳しくはまたの機会に話すが、結論だけ言うと「艦娘は沈むと深海棲艦になる」。それに間違いはない、酷い言い方だがそういった実験を繰り返した私の言葉、と思ってほしい。だが…「彼女」の身体自体はその限りではないが」

「どういう意味ですか?」

 

 僕が疑問を口に出すと、ユリウスさんはゆっくりと言い聞かせるように話す。

 

「話が長くなるが、そのために時間を割いてもらったんだ、説明しよう。…先ずはあの艦娘騎士団崩壊の日、私は"あの場所に居た"」

「…っ!?」

 

 衝撃の事実を突きつけられる。綾波たちにとって全てが始まった日にユリウスさんが居た…!?

 僕たちの困惑を余所に、ユリウスさんは事の次第を説明し始める…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──全てはドラウニーア…ヤツの一言から始まった。

 

「あの艦娘騎士団とか言う堅物共は、何れ我らの障害となる。だから…私はあの目障りなガラクタ共を"殲滅する"ことにした」

 

 突拍子もないことだが、ヤツは自身の目的のためなら如何なる手段も問わない。そういうヤツだ…邪魔立てするモノ、そうなるかもしれないモノ、確実であれ予測であれ可能性のある限りヤツはそれらを壊していった。

 艦娘騎士の殲滅、その方法とは…"海魔石"の力で艦娘騎士たちを暴走させることであった。

 知っての通り海魔石は、マナの穢れと呼ばれる黒い魔力を凝縮し、石に封じたもの、それは太古の昔に人々の「負の感情」を溜め、世界を楽園に造り替えたという逸話が残る代物。現在は海魔の名を冠した呪いのアイテムとして忌み嫌われ、連合から使用が禁じられている。

 対して艦娘はマナの塊である「艦鉱石」を己の心臓部にしており、大気中のどんなに微量のマナであろうと彼女たちにとって「1日分のエネルギー」に変換出来る。

 マナと穢れは対極の位置関係にある、これらが混ざり合うとプラスとマイナスエネルギーとしてお互いが相殺しあう。…つまり、艦鉱石(艦娘)に海魔石の光を浴びせると一時的に機能停止(気絶)してしまう、運が悪ければ艦娘自身の負の感情を暴走させる危険がある。ドラウニーアはその「暴走」を利用しようとした。

 

 …しかしここで疑問があるはずだ、何故あの場の多くの艦娘騎士たちを「暴走」させることが出来たのか?

 

 こういう言い方では語弊があるかもだが、負の感情は人が抱く「生きている上で絶対に必要な」激情だ。だが艦娘たちは「そもそも兵器」としての役割もある為、そういった感情は持ちづらいんだ、負の感情による暴走も「低確率」でしかない。

 だがそれを可能にしたのがヤツの恐ろしい所、ヤツは…海魔石を「一時的に強化艦鉱石に作り替えた」のだ。

 トリックとしては…海魔石の術式に時限式の強化魔術と魅了(チャーム)の魔術を織り交ぜた術式を上書きして…ぁあ失礼。つまるところ最初から「力に溺れるように仕組まれていた」のさ、艦娘騎士自身が欲望…負の感情に陥るようにね?

 頃合いを見てヤツは上書きした術式を消し、海魔石に戻すことによって負の感情を暴走させるようにしていた…ということだ。

 …惨いことだ、艦娘騎士たちの生き方を全否定とは、私もこの作戦はリスクが多いと思い、問い質したいと思ったが…雲隠れしたヤツを見つけるのは時間が掛かった。

 

 ──漸く艦娘騎士たちの本拠地で居座っていたと耳にした、しかも国の国務大臣とやらに就いていたようだ、相変わらず人に取り入るのが上手いヤツだ。とにかく…私はドラウニーアを改めて追求するため、その城内に赴いた。

 

「…それだけのためにここに来るとは、お前も馬鹿な男よユリウス。見ろ、こうして艦娘騎士たちは悪鬼羅刹と成り果て、蜜を啜るだけの愚かしい民を惨殺処刑している。…何れ全ての人間を切り捨てた後、己や仲間を攻撃していくだろう。これで…邪魔モノは居なくなった!」

「…っ、流石といったところだが、この件を嗅ぎつけられて我々の居所が割れでもしたら、どうするつもりだ!?」

「そんなもの、我々の「超化学(ちから)」を以てすれば、嗅ぎ回るだけしか能のない野良犬風情、どうということもない!」

「君は…っ!」

 

 その時──

 

 私たちが言い争いをしていると、乱暴に玉座の間の扉が開かれた。

 

「──やっぱり、アンタが首謀者だったのね? 大臣…っ!」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「団長が…!?」

 

 ユリウスさんから語られたその日の出来事に、艦娘騎士たちは動揺を隠せない様子だった。

 

「あぁ、私もドラウニーアも驚いたよ。特にドラウニーアは自分が撒いた種だというのに、裏をかかれたことに憤慨していたよ」

「そ、それで…綾波たちの団長は…?」

 

 僕の問いかけに、ユリウスさんは…静かに首を振る。

 

「…っ」

 

 綾波が言葉に詰まったように声が押し黙ったいたが、ユリウスさんは訂正した。

 

「いや…なんと言えば良いのか、とにかく…君たちの団長は「無事かもしれない」んだ」

「えっ…!?」

 

 ユリウスさんの発言に僕らはただただ吃驚するしかなかった。

 綾波たちの団長が…無事? それってどういう…?

 

「済まない、混乱させてしまったな。また説明させてもらう」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 我々はこの地獄の有り様から、まさか正気の艦娘が出てくるとは思いもしなかったので、一瞬面食らってしまった。

 

「き、貴様…まさかブレスレットを付けなかったヤツらか!? 遠征に行っていたのでは…「アイツ」…失敗(しくじ)ったか!」

「…っ!」

 

「よくも陛下を…艦娘をっ…手前勝手に利用したなっ!!」

 

 彼女は頭から血を流しており、自慢の鎧も格好もボロボロだったが、渾身の力を振り絞るように背中の大剣に手を掛けつつ地を蹴った。

 

「報いを…受けろおぉーーーっ!!!」

「…っ!?」

 

 

 

 

 

 ──ザシュッ!!

 

 

 

 

 

「…ッギ!? ギャァアアアアアアアッ!?? お、お、俺の…"腕"があああああっ!!?」

 

 刹那の出来事だった、見ると隣ではドラウニーアの「左腕」が切断されている、夥しい血が左腕があった場所から出ていた。どうやら彼女は…一矢報いたようだ。

 

「ぐっ、くそ…よくも…こ、こんな……っ、きぃいいいさあぁああああまぁああああああっ!!!」

 

「…っ!?」

 

 ドラウニーアは激昂し、彼女に向けて「海魔石」の光を放った。ボロボロの彼女には…最早避ける事もままならなかった。

 紅い光を浴びると、彼女の姿勢がどんどん力なく崩れていき…そのまま倒れてしまった。

 

「…ハァ……ハァ…ッ、この…ガラクタ風情があああ…っ!!」

 

 悔しさを滲ませた表情を浮かべながら、ドラウニーアは彼女の身体を脚で踏みつける。

 

「どうしてやるか…深海化させるか? それとも用は無いならこのままバラすか? どちらにしても…貴様の敗北だ! 残念だったな〜〜ぁ? ハァーハハハハッ!!」

 

 怒りをぶち撒けるように悪言を浴びせるドラウニーアだったが…ここに来て異変が。

 

「…っ! ドラウ、その娘に構うな! 早く脱出しろ!!」

「ユリウスぅ! 貴様誰に向かって…!」

「違うっ! 窓の外を見ろ!!」

 

 私が外に見た光景は…城内に暴走した艦娘騎士たちが雪崩れ込んで来る姿だった…!

 

「…っ! 何故だ…ヤツらは我々の計画に気付いていない筈」

「大方…暴走しても戦略的行動は本能に刻まれているのだろう、敵陣を攻め落とすには「拠点にいる大将首」を取るのが定石だ。広場に邪魔者が居なくなったから、今度はこの城を攻略するつもりだ!」

「ナニぃ…(ズゥン!)っぐぉ!?」

 

 玉座の間に轟音が響く、城が崩れようとしている…艦娘騎士たちの仕業なのは明白だった。

 

「ここに居たらヤツらに殺されるぞ! いい加減状況を弁えてくれ!!」

「…っ、仕方ない頃合いか。いいだろうユリウス、お前の提案に乗ってやる…!」

 

 こうして私たちは、地響きの止まない城内から脱出する…その時、私は後ろを振り返る。

 …そこには確かに、倒れ伏した騎士が倒壊した瓦礫に飲まれる姿が…見えたんだ。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「それから数日して、私は崩壊した城へ戻って来た。…ドラウニーアに頼まれてね? ヤツは執念深い性格だから、君たちの団長を含めた艦娘騎士を深海棲艦に変えて自身の手駒にしようとしたんだ、海魔石には深海棲艦を操る能力もあるからね」

「……そうですか」

「外道め…そのドラウニーアとかいう輩、私たちを何だと思っている…!」

 

 不知火が怒りを露わにする、ユリウスさんもそれを宥めながら同調した。

 

「君たちにとっても不快な話だな、私も同じ気持ちさ。…それもそれとして、私には一つ気になったことがあってね?」

「それは…?」

 

「うむ、瓦礫に埋まっていた艦娘騎士たちの中に…君たちの団長の姿は「無かった」んだよ」

 

「え…っ!?」

 

 驚愕の連続に投げられた一番の衝撃、僕らは思わず言葉を失う…。

 

「…もしかしなくても、それって…!」

「あぁ、科学者として予測で語るべきではないのだが…とにかく、あの場に居た艦娘騎士団団長は、生き残っている「可能性」がある…ということだ」

「…っ!?」

 

 …その言葉を聞いたとき、綾波の目には…一筋の涙が。

 

「…団長……生きて…っ!」

「綾波君、気持ちは解るがまだ確定事項ではない。それでも私は彼女の捜索に全力を上げるつもりだ、これが…罪滅ぼしになるとは思わんが」

「いえ…お気持ち痛み入ります、ユリウスさん…ありがとうございます」

 

 ユリウスさんは綾波と眼を合わせ微笑み合う…がしかし、ここで一つ疑問が出てくる。

 

「ま、待って! なら…ボウレイ海域で出会ったあの「白き姫」は一体…?」

 

 僕は大きな疑問をぶつけるが、ユリウスさんは淀みなく答える。

 

「アレはドラウニーアの命令で私が造った「人造深海姫」だ」

「じ、人造…?!」

「そんなこと…可能なのですか?」

 

 不知火ももちろん懐疑的だが、筋が通らない訳ではない。

 機関の超化学からすれば造作もないだろうし、何よりあの時…綾波と初めて対峙したときに、ユリウスさんが言わんとしていたことは、このことだったんだ。

 

「済まないな、君たちとは相対していた訳だし、今更言ったところでと口に出す機会も無かった。…ふぅむ、君たちからすればややこしかったな、重ねて謝罪するよ」

「い、いえ…でも何故ドラウニーアは綾波たちの団長…のレプリカ? なんて造らせたんだろう?」

 

 僕の当然の疑問に、ユリウスさんは皮肉笑いを浮かべながら回答した。

 

「私からすれば、余程悔しかったのだろうな。彼女の顔をした深海の姫を造って、手元にでも置いて尖兵に仕立て上げて甚振る算段だったのだろう、丁度…レ級だったか? 彼女のようにな」

「く、クズ過ぎる…;」

「そうだろう? まぁ開発途中だった矢先、まるで示し合わせたように君たちがあの海域にやって来たから、急ぎ完成させて君たちを襲うようにと言われたのさ」

「成る程…」

「もっとも…器は何とかなったが、データ不足か「自律感情自制機構」…まぁ心だな? それが未完成のままだったから、急遽手動で動かすことになったが」

「そんな…心まで再現出来るんですか?!」

「あぁ…データさえあれば、だが? まぁ君たちに言わせれば、例え完成したとしても、造りモノの心では団長の強さを再現出来ないだろうな」

 

「いえ…そんなことはありません」

 

 綾波の呟いた言葉の意図が、僕やウォースパイトたちは何のことか分からなかった。

 

「What’s? どういうこと綾波?」

「あの場の白き姫は…間違いなく「団長」でした。例え…造られた心だとしても、です」

 

 短く言葉を区切ったが、それは僕やウォースパイトたちが理解するには充分だった。

 

「…そう、お別れは出来たのね?」

「はい、でも…もしまだ団長が…本物の団長が生きていらっしゃるなら…私は、彼女に会いに行きます。…今度こそ」

 

 綾波の新たな決意は、希望に満ち溢れたものだった。彼女が…前を向いて歩くための「輝き」。

 星の瞬きのような光を垣間見たウォースパイトは、僕に対して提案を持ち掛けた。

 

「…タクトさん、不躾で申し訳ありませんが…宜しければ私たちをこの鎮守府に置いて頂けませんか?」

「うぇ、良いですけど…よろしい、んですか?」

「フフッ、えぇ。私も団長に会いに行きたいと思いまして。綾波と再会出来たのは貴方のお陰、ならば…きっと貴方の下に居れば、団長に会える気がするんです」

「…不知火は?」

「姫様の護衛として置いて頂けるなら、どのような御命令にも従います」

「急に畏まったね…形から入るタイプ?」

「えぇ。私は長いモノに巻かれるタイプ…ですので」

 

 真顔でそんなことを言う不知火が、何だかおかしかったので…皆で思わず声を上げて笑った。

 

「…人が真面目に返したというのですが?」

「あはは、ゴメンごめん。じゃあ…これからよろしくね、二人とも?」

「はい、これからよろしくお願いします。Admiral?」

「しばらくお世話になります、よろしく。…綾波も?」

「…うん、よろしく。ね?」

 

 …こうして、綾波の過去を中心としたボウレイ海域の怪事件は幕を閉じた。

 

 彼女は未だ重い荷を背負ったままだ。でも…これからは、彼女が罪に圧し潰されるようなことは、二度と起こらないだろう。…彼女は。

 

「あはは…!」

 

 ──こんなにも眩しい笑顔が、出来るようになったんだから…!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その頃、苦悩する一人の影。

 

「そ、そんな…!」

 

 野分…ボウレイ海域より帰還してからの彼女はある異変に苛まれていた。それは…?

 

「何故…ボクの額に……”角”が…っ!?」

 

 彼女の額右側より小さな突起…明らかに白い角が生えていた。

 この状態は深海棲艦の「姫」によく見られる特徴と酷似していることを理解していた、つまり…野分の頭の中に「最悪の結末」が浮かび上がる。

 

「…っ、そんな…ボクは……人類の…敵に…っ!」

 

 酷く狼狽える、鼓動が早まる、寒気がする、嫌悪ではない…自分が自分でなくなるかもしれない、そんな恐怖に怯える一人の少女がそこに居た。

 

「どうすれば…どうしたら……っ」

 

 

 ──ガチャ

 

 

 突然開け放たれた部屋のドア、ビクッと震え驚きながら…野分は後ろを恐るおそる振り返る。

 

「…よぉ」

「マドモアゼルモッチー…マドモアゼルテンリューも」

 

 いつもの余裕ある態度が崩れ去り、少女は恐れを表した顔と消え入りそうな声で来訪者たちに縋り付いた。

 

「ぼ、ボクは…ボクはどうなってしまうのですか? 深海に堕ちて…ボクは…っ!」

「落ち着けや野分。…早いな、精神が侵されきれない限り肉体に大した影響は出ないと思っていたが…」

「…っ! 何か知っておられるのですか? 教えてください! どうすれば…ボクは…このまま醜くなっていく自分が…嫌だ…!」

「落ち着け、俺たちも全てを知っているわけではない。…それで、どうするんだ望月?」

 

 天龍に問われた望月は、唸りながら野分の角を凝視した。

 

「…先ずはソイツの原因を調べたい、野分…深海に堕ちたくなきゃ、アタシらと協力してコイツを何とかするんだ」

「勿論です、どうか…どうか、お願いします…っ!」

 

 野分は泣き崩れそうになりながらも最悪の未来を避けるため、望月と天龍と共に対抗していく。

 

 

 …されど、深海への囁きは「すぐ傍まで」迫っていた──

 

 

 ──クロギリ海域編に続く。

 

 




 うーむ…ボウレイで一年ぐらい掛かってる…クロギリは果たしていつ終わるのやら。


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クロギリ海域編
ある夢の中の対話


 お待たせ致しました、クロギリ海域編突入でございます。
 ここまで足掛け3年、長いですね。それでもここまで来れたのは閲覧者に皆様のおかげです、本当にありがとうございます。
 まだまだ先は長いですが、頑張って最後まで書き切れたらと思います、なので皆様もほどほどに付いて来て下されば幸いです。

 …さて、今回のクロギリ編では新しいワードが次々と出て来る予定です。混乱されると思われますが逐次解説を挟んでいきたいと考えています。よろしくお願いします。
 この章のヒロインは…消去法だからもう分かりますよね?
 では早速参りましょう。…どうぞ!


『──…君は……界……の…者……る』

 

 …頭の中に響く声に、ただ呆と耳を傾けていた。

 

『勇者………参りま…………!』

 

 知らない景色。

 

 知らない場所。

 

 知らない人たちの映像を…呆と見ていた。

 

『勇者………どう………を……に……っ!』

 

 しかし…そのどれもが途切れとぎれで…時折砂嵐が混じってよく見えない。

 

 理解しているのは…自分、いやかつてこの映像を見ていた何者かが「勇者」と呼ばれていたこと。そして周りの「他人(ひと)」が気持ち悪いぐらいの親密な笑顔を向けてくること。

 

『勇者……きさ………我に…………か!!』

 

 今度は…見るも悍ましい巨大な化け物が映る。

 

 まるで異世界の冒険譚だ…勇者が魔王を倒すために、仲間を集め、冒険し…その旅の果てに、遂に魔王を倒すのだ。

 

 

 ──彼女と夢見た、あの日の物語のようだ。

 

 

『──おめでとうございます勇者様、この世界は「救われました」。…さぁ、”願い”をどうぞ?』

 

 

 今度ははっきりと知覚した、しかしその言葉は…まるで頭の中ですぐ消えてしまうように、どこかぼんやりとしていた。

 

 

『…皆が…………に……──』

 

 

 その時…ザーーー…というノイズ音が紛れ、僕はその言葉を聞き逃した。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──やがて、僕は優しい波の音を聞き目を覚ました。

 

「…ん?」

 

 目を凝らし周りを見回すと…まだ夜の帳の中であり、辺りは静寂に包まれ、夜空に星々が輝いていた…しかし、それだけではなかった。

 何処かは分からないが…僕はどうやらまだ「夢の中」に居るようだ。というのも…目の前の海岸の砂浜には「花」が咲き乱れていたのだ。

 確か海岸に咲く花もあると聞いたことはあるけど…これはそういう類ではない、と「直感」で理解する。知識があるわけではない、これは「そういう意味で在るモノではない」と理解する。

 …花言葉か、僕はそう思い花を凝視する。ぼんやりした焦点を目を擦って合わせていく。…赤や白、紫色の三種の花が砂浜に咲き誇る。…「アネモネ」花言葉は──

 

「──希望」

 

 僕以外の誰かが呟いた言葉。僕は特に取り乱すことなくその言葉のする方を向く、その人は──薄明るい白靄に包まれて──シルエット以外見えなかった。それでも声ははっきりと聴き取れた、低く落ち着いた壮年の男性の声だ。

 貴方は? 僕がそう問いかけても白い影は答えない。代わりにこの空間が「何を意味しているのか」を回答する。

 

「ここは全ての世界の「夢」そこに囚われた者たちの檻…いや、鳥籠かな?」

「っ、夢の…鳥籠?」

「そう、私もかつては自らの為すべきことのために戦った。そしてそれは為された…故に輪廻転生の理の下、我が魂もまた転生(てんじょう)を与えられるものと思っていた」

 

 だが…と、何処か寂しそうな声色で白い影は言葉を綴っていく。

 

「悲しき哉、世界は己が存続のために「強き精神」を欲した。それは集合意識たる己を束ねるに相応しい存在…」

「…集合意識?」

 

 僕の問いに返す言葉は無く、白い影は傍に咲いたアネモネの花を一輪摘み、空に翳しながら更なる問いかけをする。

 

「君は、何故人が限りある生を受けたか理解しているか?」

 

 …答えのない問いを、あまりに尊大な態度で言われるものだから、僕は答えず眉を顰めながらただ首を横に振った。白い影は特に気にする様子もなく粛々と事実を語った。

 

「人は限りある生と理解するからこそ、そこに一筋の光を見出すのだ。生まれた意味、それまでの歩み、それは己という泡沫の夢を確固たる「思い」に昇華させる要因でしかない」

「…その言い方じゃ、まるで人は死ぬことにこそ「意味がある」…と聞こえるんだけど?」

 

 僕はそう疑問を口にする、すると白い影は大仰に両手を広げて肯定の意を示した。

 

「然様、君にはまだ理解出来ないだろうが「死は終わりでは無い」のだ、世界の理の熟知は死の先にあるのだ。無論「生あるからこその死」であることは、承知しているがね?」

「…貴方はつまり、死んだら「アカシックレコード」みたいなものを知覚出来て、そこに到達することが人間が生きる理由…って言いたいの? だとしたら僕は「どうかしてる」って言わないとだけど」

 

 僕の言葉に、白い影は「笑った気がした」。不気味さは感じない、ニヤリと不敵に笑う感じだ。

 

「はは、なるほど。アカシックレコード、神智学か? 君は物知りのようだね…「色崎拓人」君?」

「…っ!?」

 

 僕の名前を看破した白い影…まだ名乗ってすらいないのに? 一体何者なんだ…そう一瞬焦っていた僕だったが、頭の中では「まるで最初から知っていたように」言葉が浮かんで来た。今のところ冷静に受け止めているが、状況の異質さに衝撃を隠せない。

 

「…貴方は──"特異点"?」

「正確には「だった」を加えた表現になるな。…然様、私はかつて特異点だったモノ、だよ。ある理由からこの場所で全ての世界を観測する者と成った、君の言うアカシックレコードの智慧によってあらゆる事柄を知覚出来るようになった」

「つまり貴方は…神様?」

「そうなるかな。そしてこのまま行けば…()()()()()()()()()()()()

「っ!?」

 

 僕の疑問に即座に回答し、更に突拍子もない事実を突き付けた。…意味を噛み砕くとどうやら彼は今「全知全能」の状態であり、将来僕もそうなるかもしれない、と意味の分からない言葉を投げ返して来た…いよいよ理解が難しくなって来た。

 

「…頭が痛くなって来た」

「あぁすまない、混乱させるつもりは無かった。…順を追って説明しよう、まず君の言う「死後の人間の魂がアカシックレコードを垣間見る」という説は「ほぼ正解」なんだよ」

「正解? 冗談で言ったつもりだったんだけど?」

 

 頭を押さえながらも僕は皮肉めいた言動を止めない、それをままに受け入れてしまえば、僕は本当に「人でなし」になると思ったから。それでも白い影は優しく諭すように続けた。

 

「今は無理に理解する必要はない、だが…人は死後地球上で生じる全ての真実を知覚する。その後死した魂たちは二つの選択を迫られる。…そのままアカシックレコードの一部となるか、アカシックレコードの管理を司る「観測者」となるか…二つに一つだ」

「…観測者?」

「君たちに分かりやすい言葉で訳すと、アカシックレコードは神そのものであり、観測者は「神の領域を見守る者」、ということになるか?」

「…っ!? 嘘…死んだら神様になるかもしれないの…?」

 

 僕はその虚偽のような事実を受け入れようとしていた、さっきから頭の中に浮かんでいる「感覚」もその一因になっているのだろう…しかし、白い影は初めて「否定」の言葉を口にした。

 

「確かに神には違いないが、そこに明確な意識は無くなるんだよ。選択と表したが実際は「試練」のようなものでな、アカシックレコードに記録される知識の海は「広大」であり、それに呑まれたものはそのまま世界の一部となり、以降転生も果たさぬまま世界の行く末を見守る機構と成り果てるのだ」

「っ、それが…集合意識?」

 

 あまりの自身の理解力に吐き気がするが、要するに人間は死んだら世界の意識(アカシックレコード)に呑み込まれ、そのまま一部になってしまう…それが僕らが「神様」と呼ぶ()()()()()()…らしい。

 

「アカシックレコードの膨大な情報の波を前に、未だ自我を保っていた者のみ許される「特典」…それこそが「転生」なのだ」

「…あはは、凄い…死んだら神様が融通利かせてそのまま転生、って訳じゃないんだ?」

「君の言わんとしていることも知覚出来るよ、その歪な感情もアカシックレコードに記録されている。まぁ…死を経たとしても早々事が上手く運ぶ訳では無い、ということだよ?」

「ですよねぇ…はは」

 

 なんだかなぁ…よく夢と現実との違いを見せつけられて挫折する、なんて言うけど…こういう感じだよね? 身も蓋もないなぁ。

 …とりあえず僕は情報整理のため、この場にいる神様みたいな存在(白い影)に尋ねた。

 

「観測者…は要は警備員みたいな立場なんですね?」

「端的に言えばな。世界は多くの可能性に満ちており、何千何万という世界線が存在する。それらの過去、現在、未来の人々の魂が此処に集うのだ、当然その質は不安定なモノで、あらゆる個が犇めく集合意識を束ね統一する「鋼の心」ないし「純粋な精神」の持ち主を世界は欲している」

「それが…観測者ですか?」

「然様。私はその中の一人という訳だ」

 

 死んだら天国か地獄か、じゃなくて神様か警備員かだなんて…結局悪いことしたら死んで悔い改める、なんて人間の妄想だったんだなぁ…。

 

「…っと、アカシックレコードの試練をクリアして、観測者になるんですか?」

「少し違うな、試練を克服した者には観測者になる「資格がある」と認められる。第二の試練、その選定を受けて見事遂行した者が初めて観測者に至るのだ」

「…っあ! その選定法こそが「転生」なんですね?」

「然様、転生を果たした折り世界より課せられし「使命」を果たした者が、初めて意識を保ったまま観測者に到達出来る」

 

 成る程…神様になるためには二つの条件があるのか。試練と転生…二回目の人生の時に世界の設定した「使命」を果たせば「神様(この場合は観測者)」になれる…ということか? 観測者もアカシックレコードの恩恵(全知全能)を得られてるみたいなので、神様と言っても差し支えないだろう。

 …"使命"ってなんだろう? 艦娘たちの「カルマ」みたいなものだろうか? その辺は何故かボヤけてる、さっきの感覚も無い。何だか聞くのも怖いし(ぶっちゃけ神様になるつもりないし)その辺りは聞かないでおこう。

 

「ん…? さっき貴方は「僕も観測者になるかもしれない」って言ってましたよね?」

 

 ここである疑念を抱いた僕の問いに「そうだな」という思いが伝わるジェスチャー(肩を竦めて両手を広げる)をする神さま。それが本当なら──

 

「じゃあ僕は事前に「アカシックレコード」の試練を耐えて転生したってこと? 僕そんなこと覚えてないし、妖精さんも何も言ってなかったし?」

 

 僕は覚えているのは、死んだ後妖精さんにこの世界に連れてこられ、特異点としてこの世界を救う使命が出来た…ってこと。最初は色々あって事実を隠してたみたいだけど。

 アカシックレコード…というか、僕にそんな「感覚」…で良いのかな? とにかくそんなこと身に覚えがないわけなのだが?

 

「覚えていないことが普通なんだよ。本来なら転生すれば死後知覚した知識も、生前の記憶も全消去(リセット)される…が、君の場合は事情が違うのだが?」

「えっ、それは…」

 

 脳の理解が追いつかないので問いかけようとした僕は、またも不思議な感覚を覚えた。頭の中に…答えが浮かんで来た。

 

「──アカシック・リーディング…?」

 

「然様、主に異世界への転生者に見られる現象だ。あぁ分かっているとは思うが、この名前もアカシックレコードも、その事象を表す言葉が無いので便宜上の仮名である…先に断っておくよ?」

「その…名前は分かるけど、このアカシック・リーディングとは?」

「要するに君は異世界に転生した際に、アカシックレコードと「曖昧」に繋がったまま来てしまった、ということだ。どうやらアカシックレコードに触れた「感覚」は、その拍子に抜け落ちてしまったみたいだな?」

「僕が覚えていないだけで、僕の魂はアカシックレコードには繋がったまま…ってことか?」

「そう。君が前世の記憶を覚えていることも、直感的に物事を理解出来るのも、その恩恵だろう」

「それが「アカシック・リーディング」…そうなんだ」

 

 つまり…本来の転生は何もかも忘れて現世に生まれ変わるのが普通、でも何らかの理由で異世界転生したら、そもそも世界同士の境界が曖昧だから、死んだら視ることの出来るアカシックレコードに「繋がったまま」転生してしまう…か。

 世界の叡智を生きたまま知覚出来ることを「アカシック・リーディング」と呼ぶ、か。…何にしても転生にも種類があったなんて、僕は流石に驚きを隠せないでいた。

 

「それでもアカシックレコードの恩恵はほんの一部だろう、今の君では事実の全ては知覚出来ない…「そうなんだろう」というぼやけた事柄しか理解出来ないだろう」

「んー、アカシック・リーディングのお陰で「僕ら」は前世の知識等を保てているんだね?」

「然様。それは異世界において異能と捉えても差し支えないだろう、前世の記憶と知識の知覚に+αしたものだと思えば良い」

「そうなんだ。…覚えていること自体が特異な能力だったなんて、異世界転生ってまだよく分からないなぁ?」

「そもそも異世界転生という状況自体、そうそう起こるものではないがね? 「干渉」が起きない限りは」

「…干渉?」

「そうだね、それは──」

 

 その時…。

 

 

 ──ドドドドドッ!!

 

 

 大地の震えに世界が揺れているような錯覚を覚えた。

 どうやら地震…というよりこの空間が「崩壊」しようとしているようだ(この知覚も"アカシック・リーディング"の能力みたい)。

 

「どうやら見つかってしまったようだ。いやはや長話が過ぎたな?」

「ちょ、ちょっと。これどうなっちゃうの?!」

「案ずるな、この空間は夢であると言っただろう。崩壊と同時に目を覚ます筈だ、都合が良いことに夢であっても君と私の会話は覚えていることだろうが」

「それも「能力」ってこと? …ぁあ良いよ、今知覚したよ「そうなんだよ」って!」

「ははは、もう二度と会うことはないだろうが、この情報を是非役立ててくれ給え?」

「分かった。それから…"綾波とユリウスさんを助けてくれてありがとう"、あの声は…そうなんだよね?」

 

 僕は頭に「あの時響いた声」を思い浮かべ、その声の主を察して微笑む、白い影も笑ってるかは見えないが「笑っている」ということは知覚出来た。

 

「私は君に選択を迫ったまで、助けたのは君自身だ。酷な選択だったと反省しているがな?」

「どんな風になっても、僕は二人を助けることを諦めなかったと思う。あの時の貴方の選択肢が無かったら、二人ともどうにかなっていた。だから…ありがとうございます!」

「いや…さぁ、もう行きなさい。君はもう「無知な愚者」ではなくなった。これから君がどんな選択をするか…この場所で観測させてもらおう」

「えっ、それはどういう……──」

 

 僕の疑問は空間の「崩壊音」により掻き消される、ガラガラガラ…と夜空にヒビが入り所々から岩のような塊となった空が海中に没する。夢で無ければ不可思議な光景だろう。

 そんな非日常の景色に見入り過ぎて、僕はあの白い影が最後に放った言葉を聞き逃していた。

 

「彼……を………る……許し……れ…」

 

 僕はそんな白い影の言葉を考えると…やがて意識が離れていく感覚になった──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『──どうして、教えたんですか?』

 

 

「…彼を見ていると、君のやっていることに疑問を感じてしまってね?」

 

 

『正当であるか無いか、の問題じゃないんです。彼に…余計な情報を与えないで下さい』

 

 

「…確かに、今君たちが対面している問題とは全く関係はない。だが…彼の「選択」には必要ではないかな?」

 

 

『何が不満なんですか、私は──』

 

 

「本当に彼を思うならば、真実を話した方が良いだろう? 今の君は…どんな悪よりも「醜悪」だと、私は感じるが?」

 

 

『何故そんな極論を…彼のために必要なこととは思えません』

 

 

「ほう、目的のために泳がし、必要以上の真実を語らず、我らの「意志」に反する調和を乱す行為の数々が"必要"なのか?」

 

 

『…ッ』

 

 

「君の立場を考えろ、これ以上のイレギュラーを「世界」は見逃さない、権能を超える力の行使を続けるより…彼自身の判断に委ねるべきだ」

 

 

『…………』

 

 

「…やれやれ、仕方あるまい。だが最低限の知識は教えた、後は彼ら次第だ。…どのような結末になろうと、恨むなよ?」

 

 

『…私は──』

 

 

 

 ──彼のためなら、どんな醜悪も受け入れます。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──名も無き鎮守府、仮眠室。

 

「…ん」

 

 僕が意識を取り戻すと、そこは…僕たちの「鎮守府」。

 

 最近は長期間の任務もあり、度重なる疲労が祟りおかしな「夢」を見ていたようだ。少し頭が痛い、脳が休まらなかったようだ。

 

 ──いや、夢では無い。アレは「本当に起こったこと」だ。

 

 そう感じている自分がいる、アカシックレコード、転生、そして…謎の白い影。

 全て覚えている、仮眠室のベッドから身体を起こすと、少しずつあの時の出来事を反芻していく。

 

「人が死んだらアカシックレコードに…試練を耐えて転生して…使命を果たしたら神様に…干渉? で異世界転生する。…干渉…誰に?」

 

 僕は反芻する内に当たり前の疑問に打ち当たる。そして…考えるまでもない単純な答えを浮かべた。

 

「(あの白い影…僕に何かを伝えようとしていたのか? だとしたら……)」

 

 ──コン、コン。

 

 僕が思考整理に耽っていると、ドアのノック音が響いた。

 

「はい?」

『タクトー? 金剛だけど起きてる? 入って良い?』

「あっ、どうぞ!」

 

 一先ず目先の事に集中しよう。僕の返答の後、ガチャリとドアノブを回す音と共にドアが開いた。そこには巫女装束を纏った美少女…艦娘であり秘書艦の「金剛」が立っていた。

 

「グッモーニン! タクト。ユリウスが呼んでるんだけど、皆との「会議」についてらしいんだよ」

 

 金剛の言う会議とは、元TW機関研究員であるユリウスさんから、機関にまつわる真実と今後の動向等を話し合う場のこと、それを設けるための下準備を僕らは連日手伝っていた。

 いよいよか…この異世界に転生してから数か月が経つけど、未だに終わりが見えない。それと言うのもあの全ての元凶といっても過言ではない「アイツ」の足取りが、全くと言っていいほど掴めていないからだ。

 ユリウスさんの協力も取り付けているけど、連合も深海研究所の資料を読み解くので手一杯だったので、足取りを追うために時間を割けなかったことも要因だ、僕らだけで出撃は出来ないし、焦って行動してまた取り逃がすことがあれば…今度こそチャンスはない。万全を期すために全員の意志を共通のものにしたい、そのための会議なんだ。

 

「そっか、じゃあちょっと待ってて。今から支度するよ」

「っあ、うん。…え、ええと。その…わ、ワタシ…も、一緒に、着替え手伝おう…か、な?」

 

 頬を赤く染めながら、何だか辿々しい口上で金剛は「誘い文句」を言ってきた。

 前の金剛ならそういったセリフも勢い良く出てきたものだったが、今の彼女は(いつそうなったのかは分からないけど)どうやら「記憶を完全に取り戻している状態」のようだ。

 というのは、金剛は僕が初めてこの世界に来た時からの仲だけど、今までの彼女は「記憶が曖昧」で、自分がどこから来たのか、自身の「力」が何を意味しているのか、艦娘として知って当然のことも知らなかったのも、本人ですら何も知らず見当がつかないでいたから。

 そういう意味では謎が多かったんだけど、今後はそういう矛盾というかモヤモヤした部分を本人から語ってくれるようなので安心している。流石に今は色々忙しいのでダメだけど、金剛自身の話では会議の場で話せたら全て打ち明ける、と約束してくれた(ユリウスさんともそういう手筈で進めているようだ)。

 僕としては今の金剛も好感を持てる。前の僕は金剛という「キャラ」が好きだったけど…この世界での金剛の人となりを、これから知っていけたら嬉しいと思う。

 

「無理しなくていいよ? 君は金剛だとしても、僕はありのままのこの世界の君を見ていきたいから…ね?」

「…うぅ…タクト、自分が恥ずかしいこと言ってるって分かってる?」

「そ、それは…異世界パワーというか…僕だって恥ずかしいというか…」

 

 

「「・・・・・」」

 

 

 …あぁ、またこれだ。最近は金剛が「奥手」になったせいか会話が長く続かない場面が多い。正直僕も話が得意なタイプではないので、少し困っている。優しく諭したつもりだったんだけど?

 僕は無理やり話を進めることにした。

 

「…ねぇ、ユリウスさんが呼んでるんだよね? 早く行こう…?」

「そ、そうだね! ゴメン…;」

「いや謝らないでよ。…っはは、じゃあ行こうか?」

「…ふふっ、うん、行こう!」

 

 お互いが力なく笑い合うと、僕らはユリウスさんの下へ急いだ…。

 




観測者「やぁ、白いおじさんだよ。これからは私が君たちに用語の解説をしたいと思う、では早速…」

○アカシックレコード

 神智学においては「元始からの全ての事象、想念、感情が記録される世界記憶の概念」と言われている、要するに「世界の真実が解る場所」ということかな?
 実在は証明されていないが、我々人間が死んだ際辿り着く知識の海と同一視出来るため、知識の海の仮称として名義している。…まぁ、元々似たようなものだが?
 アカシックレコードに落とされた魂たちは、膨大な世界の記憶を流し込まれる、大抵はそのままアカシックレコードの一部となるが、稀に全ての記憶の知覚に成功した「個」は、全ての記憶をリセットした状態で現世に「転生」する。輪廻転生の理、という訳だな?

・・・

○アカシック・リーディング

 いわゆる「異世界転生者」に見られる現象だ。
 アカシックレコードの中に入る魂を強制的に(干渉という形で)異世界へ飛ばす(転生させる)と、本来なら転生の際に失う前世の記憶を引き継いだ状態になる。これは世界の境界が曖昧なため「魂がアカシックレコードに繋がったまま」になっているからだ。
 世界の全てを知覚出来るソレと繋がりがあるのは大きな力に見えるが、実際は「前世の記憶+α」のことしか分からない、少しだけ物分かりが良くなった程度かな?
 そもそも異世界転生は、異世界側の干渉が無ければ起こり得ない。では誰が彼を……っふふ、そうだな。この言葉がどういう意味か、よく考えてくれ給え?


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悪役の過去って大体ハードだけど、だいたい理解しづらい

 僕らはユリウスさんと合流した後、廊下で歩きながら会議について話し合っていた。

 

 褐色の肌にスキンヘッドで知的な雰囲気の男性の「ユリウス」さん、彼は元TW機関のメンバーであるが、紆余曲折を経て僕らの仲間になってくれた。

 機関…というより「アイツ」の企みが何なのか、ここに居る金剛は何なのか、それらを会議の場で全て説明し、それからこれからの行動について話し合う…そう語る彼の話を、僕と金剛は耳を傾けて聞いていた。

 

「…成る程、結構大きな会議になりそうですね」

「そうだな。機関や金剛について話すのだから「それなり」の長さになると思って構わない」

「…皆来てくれるかなぁ?」

 

 金剛はある「ゲスト」が会議に来てくれるか不安のようだ、来てくれた方が良いと彼女は言うけど、無理に話さなくてもいいのに…まぁ金剛が納得する形にしたいし、文句は言えないけど。

 

「まぁ、それは何とも。カイトさんからは一応許可貰ってるんでしょ? 後は向こう次第としか」

「そうだな、しかし良いのかい? 君の過去をわざわざ彼らに話さずとも…君がただ傷つくだけなら、私はあまり気乗りしないが?」

 

 ユリウスさんは敢えてこの場で言いづらいことを金剛に尋ねた。金剛ははにかみながら答える。

 

「そうなんだけど…もしアイツが彼女たちに何かする気なら、その前に手を打っておきたいし。騙したみたいな形になってるからちゃんと説明したいし、あの時もホントにお世話になってるからお礼言いたいし…んー、やっぱり巻き込んじゃうかな? ワタシとしては本当のことを話したいだけで」

「…そうか? なら君の好きにし給え、仮に巻き込まれた形になろうと連合が彼らを見捨てる筈は無し。最悪この戦いが終わるまでは、保護下に置かれることだろう」

 

 ユリウスさんの回答に一安心した様子の金剛。ユリウスさんは人に無関心のようだが、こういう目に見えない優しさのある人みたいだ。

 ──ふと、僕はユリウスさんにある疑問をぶつけてみた。

 

「…ユリウスさん、聞きたいことがあるんですけど?」

「ん、何だい?」

「貴方は…僕を特異点だと最初から知っていた、それだけでなく僕の…「奥の手」も理解していたみたいだった。それはきっとドラウニーアも同様でしょう。貴方たちは…僕も知らないような特異点の情報を、どこで知ったんですか?」

 

 思えば不自然ではあったんだけど、それを腰を据えて話し合う時間もなかったから、それでも引っかかってはいたんだ。

 百門要塞地下で黒幕が口にしたこと、ユリウスさんも「A・B・E」について知っている様子だった。つまり…彼ら「TW機関」の研究員は、特異点についても何らかの事実を知っている。僕や妖精さんしか知らないことの筈なのに、どうして知っているのか。

 加えて僕も特異点について全てを知っている訳ではないし、妖精さんに聞いても…教えてくれるか微妙なライン。その辺りも聞けたら良いと思った。

 

「…ふむ、会議で取り上げるにはややこしくなるし、かといってそれでは君も納得出来ないだろう? この場で教えても良いが…あまり公言しないようにな?」

 

 ユリウスさんも話すことに抵抗はないようだ、僕は無言で頷き金剛も首を縦に振った。

 

「良し。…何処から話すか、そうだな…」

 

 ユリウスさんは顎に手を当て考える素振りを見せると…口を開いた。

 

「タクト君、君は「奇跡の少女」の伝説を知っているかい?」

 

 …奇跡の少女、もちろん初耳だった。首を横に振ると彼はその「伝説」について話し始めた。

 

「かつてこの世界は「楽園」と呼ばれていた、マナの恩恵に溢れ人も幸せに満ちていた、世界は限りなく平和だった…その楽園の礎を築いた者が奇跡の少女だと言われている」

「楽園…イソロク様が活躍する前、ですか?」

「いや、もっと昔…遥か過去の時代だ。君は異世界の住人だったから分からないだろうが…この世界では絶滅してしまった「三大異種族」が在った神話の時代だ」

「三大異種族?」

「えっと、確か「エルフ」に「ドワーフ」と「ワービースト」だったよね?」

 

 金剛の回答に肯定の意を込めて頷くユリウスさん。

 

「そうだ、そして異世界より来たる侵略者…「魔族」がこの世界を支配しようと暗躍していた時代でもある」

「魔族かぁ…要は「魔王」を倒して世界を平和に導いたのが、奇跡の少女…女勇者様だったわけだ?」

 

 僕が得意げに話すと、金剛とユリウスさんは目を丸くして驚いた様子だった。

 

「正解だが…知らないのではないのか? そこまで当てて来るとは」

「えっ、いや冗談で言ったつもりだったんだけど…?」

「ちょっと怖いよタクト…冗談なら余計に」

「金剛まで!? …はぁ、すいません。複雑になりそうだから茶化さないようにします…」

 

 まぁ纏めると、奇跡の少女とは世界がもっとRPGっぽかった時代に魔王を倒して、世界を平和に導いた…楽園を創り上げた張本人だという。

 

「話だけ聞くと、よくある英雄叙事詩みたいだけど?」

「そう思った方が話が早いだろう。…さて、魔王を討伐した奇跡の少女は、天に祈りを捧げたと言われている。内容は──」

 

 ──皆が幸せでありますように。

 

「…っ! それが…楽園の始まり?」

「そう、以降の世界は「海魔大戦」が始まるまで、奇跡の少女の願いが反映されて平和な時代となった…と、これが伝説の顛末だ」

「成る程、でもこの伝説と貴方たちが特異点について知っているのと、どんな関係があるんですか?」

 

 僕の当然の問いに、ユリウスさんは淡々と事実を述べ始める。

 

「この奇跡の少女こそ、現在確認されている限りでの「世界最古の特異点」のようなんだ」

「…っえ!!?」

「そうなの?!」

 

 驚愕の表情を隠せない僕たち、僕やイソロク様の前の時代にも特異点が居た…?!

 

「それは、本当なんですか?」

「あぁ、この少女は異世界より召喚された救いの子とされていて、魔王を倒した後姿を消したと伝えられている。イソロクがこの世界に現れた際にも「奇跡の少女の再来」だと一部で言われていたそうだな?」

「そっか…確かイソロク様も最後は」

「あぁ、イソロクも彼女と同じように、海魔を討伐した後忽然と居なくなったようだ。資料が無いので詳しいことは分からないがな?」

「じゃあ…イソロク様と同じように召喚されて、かつ目的を果たした後に突然消えた奇跡の少女は、明確な証拠はなくても「特異点」のようなもの…ということか?」

「で、でもそれだけで彼女が特異点だと決めつけるのは…」

 

 金剛の言う通りだ、異世界召喚は(加賀さんから聞く限り)昔からよく行われていたようだし、それだけで特異点だとは早計だ。しかしその奇跡の少女とイソロク様、二人の話の起こりと終わりは「世界が窮地に陥った時、異世界より召喚され、使命を果たした後姿を消した」…と、確かに似ていた。

 これが「特異点」という共通の特徴であるなら、納得も出来る。

 

「まぁ混乱するだろうから、少しづつ紐解いていくことにしよう。長くなってしまうが構わないかな?」

「お願いします、僕が知っている以外の特異点の情報があればそれも」

 

 ユリウスさんは「仕方ないなぁ」といった具合に肩を竦めると、先ずはTW機関で行った研究を少しだけ語ってくれた。

 

「当時我々機関は、世界に隠されたありとあらゆる強大な力を、我々だけに許された「超科学」によって解明しようと躍起になっていた。その超科学も、最初は戦争の痛みを風化させないようにするのが目的であったが、いつしか人が踏み込んではならない禁忌の領域にまで手を伸ばした…あの時は誰しもが狂気に取り憑かれていたよ」

「っ、ユリウスさん…」

「否定はしないさ、これから先どんなに長くなろうとも贖罪していくつもりさ。…それで、そんな機関の研究員の中で最も成果を出していたのが「ドラウニーア」だった。彼は率先して禁じられた研究に没頭した、その内容は…」

「──特異点について?」

 

 ユリウスさんは肯定の意を込めて静かに頷いた。

 ドラウニーア…黒幕はあの時も「それはあのお方(おそらくイソロク様)だけの能力だ」と言って僕に対して憎悪を剥き出しにしていた。

 

「特異点を研究する上で、アイツが着目したのは「類似点」だ。イソロクと奇跡の少女の始まりと終わりには共通点があった、では始まりの「はじまり」は何なのか、彼らの終わりの先には何が待っていたのか、それらを研究し、年月を重ね…やがてドラウは「ある結論」に辿り着いた」

「それは…?」

「彼らは「召喚されたのでは無い」という考え、そもそも召喚術とは「外世界」と呼ばれる当時のこの世界にはない技術を借り受けるために造られた魔術の一種だ。召喚されたモノには身体の一部に「刻印」が施されるが、口承や文献などの情報から、彼らにはそれらしいモノは「なかった」とされている」

「外世界って…もしかして」

「おそらく「君が元いた世界」だろう、元々外世界と我々の世界には密接な関係があるとされている。ドラウニーアはそれらの事実から「別の方法で外世界よりこちらに来た」可能性を見出した」

「おぉ…」

「その方法の一つとして見ていたものが「転生」だった。神宗教でよく見られる考え方だが、アイツは型に嵌らない思考の持ち主だった。ヤツの立てた仮説として──外世界の住人が死んだ時、何らかの理由により転生先が「この世界」になってしまう、俗に言う「異世界転生」の可能性。イソロクや奇跡の少女も元居た世界では「死んでいた」ことを調べ上げていた上での根拠だった」

「えっ、イソロク様はともかく奇跡の少女も?」

「あぁ、彼女の当時の旅路を記した書物に、彼女自身がそう発言していたという記録がある。イソロクも近い者に転生の事実を漏らしていたそうだ」

 

 ユリウスさんの言葉に、驚きながらも小さく頷く僕。

 まさか…そこまで解明してしまうなんて、科学力があるから…じゃなくて、単純に「ドラウニーアがとんでもない」からだと思う。

 

「凄いな…そこまで頭が回るなんて、敵ながら執念深い何かを感じるよ」

「あぁ、ヤツも腐っても研究者ということさ? それにドラウは特異点と称されたイソロクに心酔しているようでな、彼の力の究明こそ人類の進化に必要だと、昔は子供のような眼で熱く語っていたな?」

「っえ?!」

 

 ユリウスさんの何となしの一言に思わず「信じられない」といった表情が出てしまう僕。

 聞いた限りの話だと「外道」のイメージしかないし。子供のような、なんて純粋な考えがアイツにあるのか?

 そんな僕の疑心を察してか、ユリウスさんは懐かしそうに当時を振り返った。

 

「昔はまともな方だったぞ、負けず嫌いなのは変わらんがな? 私と…もう一人研究員が居たんだが、よく三人で研究成果を競い合って笑っていたな。…今思えば、特異点の研究がアイツを変えてしまったのかもな」

 

 寂しそうにドラウニーアの「顛末」を呟くユリウスさん、対して僕は未だ疑念が晴れないでいた。

 成る程、禁忌の研究が人の心を変えた、か。…いや、だからってアイツの罪が消える訳じゃないし、何より俄かには信じ難い内容だし? …まぁ、それは置いておこうか。

 

「ドラウニーアが特異点について事前に調べてたってことは解ったけど…でも、それにしても「何もかも知り過ぎていた」感じたけど?」

 

 僕の疑問としては…特異点とはこの世界にとって数少ない「未知の存在」の筈、だが…百門要塞地下でヤツと対面した際言われた一言が、どうしても引っ掛かっていた。

 

 

『──特異点。私はお前の全てを知っている。お前がこの世界に選ばれたこと、お前が艦娘という概念をこの世界に持ち込んだこと、前の世界から逃げるようにこの世界に来たこと』

 

 

 研究云々を差し引いても、どうして「僕個人」のことをあそこまで知り得たのか…?

 ユリウスさんは思索に耽ると、少ししてゆっくりと口を開く。

 

「少し難しくなるが…この世界とは別の次元に「神の領域」なる人の身では決して到達出来ない場所がある、其処には全ての世界…この世界や外世界、その他世界の全ての記録があるとされている」

「…っ!?」

「それじゃあ…ドラウニーアはその「神の領域」まで至ったってこと?」

「いや、そこには死者の魂しか行けないのだが、特異点の能力解明の実験の一環として、擬似死(ニアデス)を経験することでそれを垣間見た…と、本人が言っていた」

 

 金剛とユリウスさんの話を余所に、僕は内心驚愕していた。

 …なんて事だ、つまりアイツは…生きたまま「アカシックレコード」に至ったってことか? 知識の海の試練も超えた…って考えたらとんでもない精神力だな…っ!

 

「…タクト、大丈夫?」

 

 金剛に問われ、ハッとして僕は彼女に笑顔を向けた。ちょっと無理して強張っちゃったかな? 不安を隠せないまま僕はドラウニーアの今までの言動に得心がいった。

 

「…アイツが全てを知っている素振りだったのは、そういうことだったのか」

「そう、私が特異点について理解していたのは、神の領域に一時的に至ったドラウからの口伝から知り得たからだ。特異点の能力…艦娘の強化権限、運命操作、A・B・E…更に「終幕特典」についても、ドラウの言葉から認知した」

 

 成る程…ん? "終幕特典"…? 特異点の新しい能力かな、聞いたことないなぁ。妖精さんに言っても何だし、ユリウスさんにそれとなく聞いてみよう。

 

「ん? 知らなかったのか。…終幕特典とは、特異点がこの世界で己の「使命」を全うした際、この世界の「大いなる意志」より齎される「祈りの機会」だ。ドラウの受け売りだが「ありとあらゆる事象を尽く捻じ曲げることが出来る」そうだ」

「…んん?」

「あぁ失礼。要するに「願いを叶えてくれる」ということだ」

「…っ!? 願いですか…何でも?」

「そう聞いている、曖昧ではあるが根拠がない訳でもない。奇跡の少女が魔王を挫いて姿を消したのは「使命を果たした」からだと言われている、その際「終幕特典」を手に入れ…」

「…っ! もしかして…奇跡の少女の願った通りに、後の時代が平和になったのは…「終幕特典」の恩恵…ってこと?!」

 

 僕の回答に吃驚した様子の金剛は、両手で口を塞いで目を見開く、対してユリウスさんは平静を保ったまま頷いた。

 

「あぁ、イソロクも世界の一層の繁栄を願ったとされている。それは昨今の「文明発達」を見れば分かる、この終幕特典は特異点のどのような願いであろうと「必ず叶う」ものなんだ」

「そうか…だからユリウスさんはあの時…」

 

 

『──君はこの世界を救うのか、壊すのか? 特異点…この世界の特別(イレギュラー)よ』

 

 

「…そう、特異点とは君が思っている以上に多大な差し響きがある、君の願いが後々の世界を変えてしまうんだ。何を願うかはもう聞かないが…よく考えておくんだよ?」

 

 ユリウスさんに優しく諭される僕であったが…何だかなぁ、何となく分かってたけど…まさか特異点の異能の一つだったなんて。でもRPG的解釈だと「クリアボーナス」という言葉がどうしても出てしまう。

 それでも…この世界が「ゲームじゃない」ことは、もう分かり切っている。この世界の未来のためにも、慎重に考えなければ。使命を果たした後の…願い……ねがい………ん?!

 

「(──妖精さん?)」

 

 僕が何故突然妖精さんの名前を思い浮かべたか…それは、この終幕特典の存在を言及せず、ただ「使命を果たせ」と言って僕をここまで導いた彼女。そんな彼女がこんな重大な内容を、ここまで説明無しに隠し通していたことに、何か「意味がある」と感じたからだ。

 言う機会自体は幾らでもあった筈だ、それこそそこまでのパワーバランス度外視の巨大な力を、彼女が言い忘れるとは到底思えない。

 彼女にとって世界の危機が一番だということは理解出来るが、それにしたって辻褄が合わない。例えば…「知られちゃ不味い事柄があった」…それの糸口が終幕特典、とか?

 

「(妖精さん…君は僕に何をさせようとしてるの…?)」

 

 ………いや、駄目だ。

 確かに彼女は説明不足かもしれない、でも…彼女の立場を考えたら、言いたくても言えなかったんだろう、ほら、言っちゃったら黒幕にとって「都合の良い展開」だとかが来ちゃうから。

 …………うん、きっと…そうなんだよ。…そうなんだよね、妖精さん?

 

「…タクト?」

「ん、何金ご……っ!?」

 

 僕が金剛の方に振り向くと、彼女は僕を優しく「抱きしめて」くれた。

 

「っちょ、な、いきなりどうしたの?」

「タクト、一人で抱え込まないで。私は…貴方の秘書艦なんだから、苦しい時は…私を頼って?」

「…っ、だ、大丈夫だよ。僕は…無理してなんか…」

「嘘、貴方は他人を傷つけたくないって、そうやって無理ばかりしてるけど…私だけには、ホントの貴方を見せて? ニセモノの私を貴方は…最後まで信じてくれた。だから…貴方の力になりたいの」

 

 …金剛。

 彼女の温かい言葉と抱擁は、不安に駆られた僕の心に染み渡り、慈愛に満ちた瞳はまるでロウソクの柔らかな火のように、優しく灯っていた。

 

「…ありがとう金剛、でも…もうちょっとだけ頑張ってみる。もしまた不安になったら、その時は頼らせてくれる?」

「うん、分かった。…絶対無理しちゃ駄目だよ?」

「分かったよ? あはは」

 

 金剛は僕を抱擁から解放しても、まだ心配してる様子だった。…大丈夫だよ、ただ…僕も心配しているだけだから。

 

「…タクト君、何か思い当たるところがあるようだが。君がアイツを止めなければならないことは、理解しているね?」

「…はい、それに迷いはありません。僕は…どんな真実を知ったところで、ドラウニーアを倒さなくてはならないことに、変わりはないと思います」

 

 ユリウスさんも僕を気遣ってくれているみたいだ、僕の回答を聞いて「そうか…」と安堵した表情になる。

 

「…何故ドラウニーアや私が君のことを理解していたか、これで分かってもらえたと思う。続きは会議で話そう…ここからも長くなるからな?」

「はい、ありがとうございますユリウスさん」

「いや…段取りとしては先程話した通りに、後はカイトに確認を取ってもらえば良い」

「分かりました、カイトさんに伝えておきます」

「良し。…では私はこれで、少し用事があるからな」

「はい、ありがとうございました。…よし、早速カイトさんに連絡しよう。金剛行くよ?」

「うん!」

 

 僕たちはユリウスさんと別れると、踵を返してカイトさんに連絡するため急いだ。

 

「…さて、"彼女"に頼まれたものを持って行かなくては…な?」

 

 ──その裏では、大変なことが起こっていたことを知らずに…。




○奇跡の少女

 世界が楽園と呼ばれた時代を築き上げた伝承の少女、その正体は「世界最古の特異点」とされている。
 世界がまだ神話の時代であった頃、世界を侵略せんとする魔王より世界を護り、彼女の願いによって長い平穏の時代が到来した。

・・・

○終幕特典

 この世界の危機に顕れる特異点、その特異点が使命を果たした際「大いなる存在」により賜れる、何でも一つだけ願いを叶えられる権利だ。因みに外世界で転生の使命を果たしても、このような特典は用意されない。
 特異点の如何なる願いであろうと「必ず叶う」とされている、上記の奇跡の少女による楽園の創始も、この終幕特典の恩恵とされている。
 …"世界規模から個人的なもの"まで、特異点の望むものを何であろうと成就させる、それこそ…っふふ。


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主人公の知らないところで大変な事になってる、嘘でしょ?

 そろそろ答え合わせしましょう。皆さんヒロインは誰か分かりましたか?
 単刀直入に言うと、今回のクロギリ編のヒロインは「翔鶴」です。大丈夫、ちゃんと金剛にも出番はあります。



 ──名も無き鎮守府、研究室。

 

 拓人たちの鎮守府奥にある一室、そこは望月が様々な研究を行うため間借りしている個室。

 5〜6人は入れるが比較的狭い部屋には、実験机に広げられた資料に目を通し、椅子に腰かけながら小さく唸る天才「望月」と、それを険しい目つきで見守る天龍。更に望月と向かい合う形で丸椅子に座る野分、額右側には異常の象徴として「白い角」が生えている。その横には…舞風。

 野分の異常にいち早く気づいていた舞風、それもそのはず、野分の異常の原因と考えられる場面に彼女も居合わせていたのだ。

 今までは様子を窺うため、この鎮守府で遠目から野分を見ていたが…彼女に異常が出たと聞き、居ても立っても居られず望月たちにそうなった原因を話していた。

 

「あのドラウニーアってヤツを野分が追い詰めて、心配で野分を探してた私が曲がり角から顔を出した途端に、アイツは「注射器」を投げて…それで…野分が…私を庇って…っ!」

 

 泣き崩れそうになる舞風だったが、あくまで平静を装うために大きく深呼吸をする。

 

「…すぅ……はぁ……っ! …野分はきっと何かされたんだって思って、でも…始めはピンピンしてたから、私の勘違いかもって、でも…私…心配だったから」

「…成る程な」

 

 彼女がこちらの鎮守府に居座る切っ掛けを聞いた天龍は大きく頷いた。望月はなんの返答もせずずっと野分の診断資料を見ていた…が、暫く間を置いて重い口を開いた。

 

「…”深海細胞”」

「…っ!?」

 

 望月の診断結果に、その場の一同は驚愕の表情を浮かべる。

 

「深海細胞…とは?」

「アタシらが深海化したら、構成される肉体元素に異変が生じる。ソイツが「深海細胞」。艦娘にとって異常らしいヤツは穢れの魔力に侵されて機能停止に陥るが殆どだが、コイツはそもそも要因が違う」

「どういうことですか…?」

 

 野分が質問しようとすると、静かにドアの開く音が響く。

 

「…望月、例の薬を持ってきた」

 

 浅黒い肌の男性、ユリウスである。部屋に入ると彼は望月に「小瓶に入った錠剤」を手渡した。

 

「サンキュー。悪りぃなユリウス、アンタが来てくれてホント助かるわ~」

「フッ、こんなことで良ければいつでも言い給え。…それで、今何を話していた?」

「あぁ、深海細胞と艦娘の関連性について、だ。アンタが説明してくれた方が良いだろ。アタシが補足してくから好きに喋ってくれや」

 

 どうやら件の深海細胞はユリウスから聞いた情報のようだ、望月が促すと、ユリウスは了承し語り始めた。

 

「…深海細胞は海中に漂う「憎悪」のエネルギーを艦娘の肉体が吸収した時、細胞レベルで肉体変化を生じ、艦娘を超常の力を備えた「魔物」に変えてしまうんだ」

「ま、魔物…?」

「要するに「深海棲艦」になっちまうんだよ。アタシもユリウスに聞いただけだから半信半疑だったが…そうか、沈まねぇと変化しねぇんなら、海魔石の光浴びたことあるアタシらにも、身体に異変があってもおかしくねぇもんな?」

「…憎悪とは? マナの穢れとはどう違うんだ?」

 

 天龍の疑問に、ユリウスは言葉を選ぶように続ける。

 

「定義として、マナの穢れは人々の生命の活力となるマナが、負の感情に侵されることにより変質し「生命を奪う」魔力となること。対して憎悪はそんな負の感情の中で最も凶悪な感情を指す、怒り、悲しみ、憎しみ、嫌悪し、他者を攻撃することを厭わない、人を凶暴化させるもの。目には見えないものでは当然あるが、人は亡くなると最期の死に場所に「残留思念」として感情を宿すと言われている。その大半は否定…つまり自身の死への憎悪の念なんだ」

「…成る程、その残留思念が艦娘の身体に触れることで細胞から変化し、深海棲艦となる…という構図か?」

「沈んだら深海棲艦に、それは理解出来ます。噂の域を出てませんがそう言われ続けてましたから? ですが…何故ボクは深海棲艦に? 沈んでもいませんし残留思念も…おそらく触れていないものかと?」

 

 野分の更なる捕捉に、舞風も強く頷く。しかし…ユリウスはこう付け加える。

 

「疑似的に「沈んだこと」にすることが出来る…と言ったら?」

「え…っ!?」

「深海細胞は、正常な細胞の遺伝子を「書き換える」ことによって起こる異常障害だ。艦娘の場合はマナの穢れに左右されやすい精神構造だがら、肉体の遺伝子を書き換えるのは「容易い」。具体的には、深海細胞を艦娘の体内に「直接注入する」こと、それにより細胞内に蓄積された憎悪が周りの正常細胞を侵食し、深海細胞へ変異させる。やがて肉体面でも精神面でも段階的に変化していき、最終的には…破壊衝動に駆られた悪鬼となる」

「っ! じゃあ、ドラウニーアが野分に注入したものは…!」

「おそらく、深海細胞入りの培養液だろう。ヤツのことだから野分君の変異によって君たちを内側から崩壊させようと目論んだのだろう」

「そんな…このまま行けば、ボクは皆さんを襲う怪物になってしまう…? そんな…そんなの、嫌です…っ!」

 

 ユリウスの説明を聞いて、野分は身震いしてその結末を否定した。不安と絶望を湛えた顔はその場の誰もが彼女と気持ちを同じくした。

 

「安心しな、そんなことアタシらがさせねぇ」

 

 望月はそう言うと、先程ユリウスから手渡された小瓶の錠剤を野分の手に握らせる。

 

「これは…?」

「コイツは艦鉱石の欠片を混ぜた特製の「拮抗薬」だ。コイツでとりあえずは深海化の症状を抑えられる筈だ」

「っ! 本当ですか!!」

 

 絶望の淵に照らされた一筋の光に、野分は手放しで喜んだ。…しかし、望月は尚も沈んだ表情のまま話を続けた。

 

「あぁ、だがコイツはあくまて「深海化の進行を抑える」薬だ。根元を絶たなけりゃ…また直ぐぶり返すだろうぜ?」

「…っ、そんな…っ!」

「ユリウス、野分の深海化を治すにはどうすれば良い? お前の知っている限りで構わない」

 

 天龍がユリウスに助け船を求めたが、彼はゆっくりと首を横に振った。

 

「残念だが…艦娘が沈めば深海棲艦に成るのは周知の事実だが、深海棲艦を艦娘に戻す方法は、機関でも確立されていないんだ。野分君の場合はまだ中途半端に深海化している状態だから…仮に戻せるにしても、どうなるか想像出来ない」

「…っち、ドラウニーアめ…最悪の置き土産をしやがった…!」

 

 天龍は頭の中に、ドラウニーアのニヤついた嗤いを浮かべながら、乱暴な口調で小悪党を詰った。

 …その時、ユリウスは望月に向き直ると提言した。

 

「…望月、これは提案だが。良ければ私の研究に付き合ってもらえないか?」

「あン? んだよ藪から棒に……っ! 研究ってまさか…!」

「勿論「深海棲艦を艦娘に戻す方法」だよ。野分君をこのまま放ってはおけないし、君が居れば早期に成果を出せると踏んでいる。君としても…仲間のために何かしたい筈だ」

「…ハハッ、良いのかい? アタシはムーンチルドレンで、アンタからしたらかつての実験体なんだが?」

「今更それを言うことはないだろう? 私は元機関研究員なのだから、それに君だからこそだよ。私一人で実験を繰り返すにも限度があるからな、君の「有智高才(ザ・ジーニアス)」の能力を貸して貰いたい。抵抗はあるとは思うが…」

「…いんや、望むところさね。仲間見捨てたとあっちゃあ大将にどやされそうだからねぇ? ヒヒッ。まぁ宜しく頼むよ?」

「あぁ、こちらこそ頼むよ」

 

 皮肉笑いを浮かべながらも、望月はユリウスと固い握手を交わし、共同で深海化した艦娘を元に戻す実験を執り行う。全ては野分を救うために…!

 

「お二人とも…ありがとうございますっ!」

「良かったね野分、まだ油断しちゃダメだけど、何とかなりそうだね!」

「マイマドレーヌ、それに皆さん。ありがとう、ボクは…コマンダンや皆さんに会えて、本当に…良かった…っ!」

 

 野分はそんな二人の「美しい」心意気を垣間見ると、感極まった顔となり二人に深い謝意を表した。

 

「待て、そういうことならそれで良いが問題が二つある」

 

 天龍の言葉に、ユリウスは深く頷くと彼女の心配事を言い当てた。

 

「タクト君たちにこのことを伝えるか、そして…野分君の「ソレ」をどうするか、だね?」

 

 ユリウスが指差した先には、野分の額に堂々と聳え立つ「白い角」が。天龍は少し面食らいながらも続ける。

 

「あぁ、タクトや金剛たちにこのことを伝えるか、仮に伝えないなら野分の角を何とかしないと…直ぐにバレるぞ?」

 

 彼女の言い分も尤もだが、早い話は拓人たちに全てを伝えること。だがこのまま拓人たちに伝えて良いものか、艦娘たちは思い悩んだが、ユリウスは眉間に手を当てると回答した。

 

「…いや、まだ伝えないでおこう。彼にとって今は大事な時期だ、こういってはなんだが下手に野分君の異常を伝えれば、彼の混乱を招くだろう」

「ユリウスさんの意見に賛同致します。ボクは…コマンダンの戦いの邪魔をしたくない、寧ろボクは彼の力になりたいと存じます」

「野分…」

 

 野分のどこまでも真っ直ぐな想いに、舞風は感嘆を漏らし、天龍や望月もその意見を肯定する。

 

「野分、何か異常があれば俺に頼れ。可能な限りサポートする」

「ありがとうございます、マドモアゼルテンリュー。…しかし、そうなるとこのツノは如何いたしましょうか?」

「ま、そのくらい何とかなるだろ。あぁ因みにその拮抗薬じゃあ角は元に戻せないからな、隠すなりしねぇとな?」

「よぉーし、ノワツスキー! ちゃんとツノ隠して皆と一緒に戦えるようにしないとね!」

「マイマドレーヌ、皆さん、重ねがさね感謝致します…っ!」

 

 こうして野分を絶望の淵から救出するため、各々尽力する。

 果たして、沈みかかりし美の探求者は、深海より浮かび出ることが出来るのか──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──名も無き鎮守府、海岸。

 

 鎮守府を出て正面に向かうと、砂浜から青い海の広がる絶景を拝むことが出来る。

 その砂浜を遊歩するのは、拓人艦隊きっての実力者であり唯一の空母である、銀色長髪の艦娘「翔鶴」。

 どこか安らいだ表情で砂浜を歩むその姿は、容姿端麗も相まって「水辺の女神」と称されてもおかしくない。しかし…惜しむらくは彼女の顔には「鋭く光る眼」と「釣り上がった眉」があり、それが彼女を険しい表情にさせていた。

 最初期はまるで人を寄せ付けない態度とキツイ言動で、拓人たちとも距離を取っていた彼女。しかし…良い意味で明るいキャラクター性のある拓人、金剛、その他メンバーと触れ合いを重ねていく内に、物腰も徐々に柔らかくなっていき、キツイ言動こそ変わらないものの協調性も見せるようになっていった。

 翔鶴は穏やかな足取りで、辺りを見回しながら優雅に散策していた。気分転換のつもりだろうか?

 

「…あら?」

 

 暫く歩いた後、翔鶴は彼女から見て正面遠方にて、複数人が集まって何かをしている場面を見つける。

 近づいてみると、そこには大きな日傘の下、ホワイトウォッシュテーブルに広げられたティーカップとお菓子、そして椅子に腰かけてテーブルを囲む「綾波」たちの姿が。

 

「綾波、何してるの?」

「っ! 翔鶴さん。はい、今姫様たちと歓談を嗜んでいたところです」

 

 翔鶴に問われ振り返る綾波は、嬉しそうに回答した。見るとテーブルを挟んで綾波の前にウォースパイト、二人の間に不知火が座っていた。

 

「Hi,Shokaku. ご機嫌いかがですか?」

「えぇウォースパイト。それから不知火も」

 

 翔鶴の来訪にウォースパイトは笑顔で答え、不知火は無言だが穏やかな表情でお辞儀をする。

 

「歓談か、良かったじゃない。一時は本当に仲が悪そうだったもの」

「えぇ、お恥ずかしい限りです。でももう大丈夫ですよ、私も不知火も綾波に隠し事はもうしたくないもの、ねぇ?」

「…そうですね。これからは一心同体で事に当たりたいと思います、それこそ…あの頃のように」

 

 ウォースパイトも不知火も嬉しそうに微笑む、穏やかな海風が吹くと、彼女たちの髪はふわりと持ち上がる。…綾波が勝ち取った、ひと時の平穏がそこに在った。

 

「(…少し、羨ましいわね)」

 

 翔鶴はそんな彼女たちを見て、寂しそうに表情を暗くした。綾波は翔鶴の小さな変化に気づくと、翔鶴に声を掛ける。

 

「翔鶴さん、宜しければこちらで休んでいかれてはどうですか?」

「え…?」

「まぁ! それはいいわね? 椅子もちょうど一席空いていますよ」

 

 ウォースパイトはそう言うと、彼女と綾波の間にある白い椅子を示した。彼女たちは特に気にしている様子もないので、このままお邪魔しても…そんな淡い期待のような思いもあった。だが──

 

 

 ──最低…っ!

 

 

「…っ!」

「…翔鶴さん?」

 

 翔鶴は在りし日の思いに駆られると、頬に冷や汗を垂らしながら綾波の声に反応する。

 

「っへ? ぁあ何でもないの。…ごめんなさい、少し気分が悪くなったから。部屋に戻って休むわ」

「そうですか? 大丈夫ですか、ご自愛くださいね?」

「本当に大丈夫よ、ありがとう。…じゃあね?」

 

 翔鶴は申し訳なさそうに謝意を表すと、踵を返して鎮守府へと戻っていった。綾波はそんな彼女を心配そうに見送っていた。

 

「…っ」

 

 綾波たちから離れた翔鶴は、一人身体を寒気立てていた。…震えが止まらない、あの日の映像を頭で再生する度、反芻するたび…恐怖が沸き上がる。

 

「…駄目ね、このままじゃ…折角…前を向く切っ掛けが出来たのに…!」

 

 震え慄く我が身を両腕を交差させ抑えつける。そしてその後…何かを願うように、晴天を見上げる。

 

「…天龍、綾波、そしておそらく金剛も、自分の「過去」と向き合ってる。私も…いい加減向き合わないと、かな?」

 

 翔鶴はそんなことを呟きながら、来るべき「自身の過去」との決着を覚悟した。

 




○深海細胞

 艦娘が憎悪の念に晒された時、細胞レベルで肉体に大きな変化がある、その時憎悪が宿ることで白く変色した細胞こそ「深海細胞」だ。
 艦娘の肉体は人体と違い感情に左右されやすい、よって最も凶悪な感情の一つである「憎悪」は、彼女たちの肉体を「別モノ」に変えてしまうほどに影響力がある。
 かつての海魔大戦により多くの命が水底に沈んだ、その残留思念には無念や怒り、行き場のない悲しみが含まれると予想出来る。つまりは艦娘が沈むと深海棲艦に成るというのは(少なくともこの世界では)必然であった。
 多くの場合、深海棲艦になる艦娘を元に戻す方法は確立されていない。君たちや拓人君なら「倒せば元に戻せる」と言うだろうが、それも「確率」の問題だろう。
 野分が深海化しているようだが、彼女たちは果たしてこの問題にどう向き合うのか…見ものだな?


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円卓会議、始まるよっ! ①

???「これより、円卓会議を行う!」

 高笑いが聞こえそう。

 円卓会議…ちょっと厨二臭い。

 だがそれが良い(カッコいい)。


 ──翌日、僕らは鎮守府連合本部に集結していた。

 

 カイトさんが用意してくれた会議室に集まった僕ら、広い空間の中央に堂々と在るのは、木目天板の横に伸びた巨大ラウンドテーブル、それを囲うように15人分のレザーチェアが配置、奥にはホワイトボードが見える。まるで巨大企業の無駄に長い会議の前の緊張感が漂う…いや皮肉とか冗談じゃなくて、本当にそうとしか言えない位息を呑む程のピリピリした空気を感じるよね。

 

「カイトさん、艦隊只今参りました」

「ご苦労様、よく来てくれたね? …さぁ、いよいよだよ。先ずは各々話し合いの位置についてくれ」

「分かりました。…じゃあ、行こう?」

 

 僕の後に続く皆に振り返りながら入室を促す。全員気を引き締めた様子で頷くのを確認する、そして…先頭の僕から緊張の面持ちで入室した。

 始めに僕が入り口付近の席…左上の端の席に座る、そこから天龍、望月、綾波、野分の順で座っていく。金剛、ユリウスさんはホワイトボードの位置で立ち止まって、そのまま正面を向いて会議が始まるのを待った。彼らは色々話さないといけないことがあるから…。

 

「…ん? 野分その帽子どうしたの?」

 

 野分は頭に、大きなツバと横にある羽の装飾が特徴的な帽子を被っていた。

 

「あぁ、これは…気分転換と申しましょうか?」

「…? ふーん、似合ってると思うけど?」

「あ、ありがとうございます…;」

 

 …なんだろ、ヤケにぎこちないというか隣の望月と天龍も何処か…固い感じがする気が…?

 

「…まぁいっか?」

「(ほっ…)」

 

 僕らがそんなやり取りをしていると、会議室に加賀さんの姿が現れた。

 

「カイト提督、選ばれし艦娘の招集完了しました。それから…お客様も?」

「あぁご苦労、皆に入ってもらって?」

「了解しました、では…皆さん、こちらへ?」

 

 加賀さんの言葉に、次々と入室する人物たち。先頭にいるのは…選ばれし艦娘の「加古、長良、時雨」の三人だった。加古と長良は僕を見つけると、気さくに話しかけて来た。

 

「よぉタクト! 久しぶりだなぁオイ!!」

「やぁ加古、元気そうで何よりだよ。長良もね?」

「アハッ、タクトってばこの前よりもしっかりした感じじゃない?」

「おぉ〜マジだなぁ、確か連合の幹部になったって聞いたからよ、この調子なら何れカイトを超える逸材になるのは夢じゃないぜ〜?」

 

 加古と長良と久々の会話を楽しんでいると、加古の言葉に反応してカイトさんが会話に割り込む。

 

「ほぅ、聞き捨てならないなぁタクト君? 僕も提督としてはまだまだ若輩者だけど、だからって君に早々抜かれるつもりはないよ?」

「っゔ、これはその…あの時は勢いで言ってしまったというか…;」

「ははっ、まぁそういうことにしておこう?」

 

 カイトさんは凄く楽しそうに笑っていた。…うーん、我が言葉ながら青二才の空論だったなぁ。

 

「…そうとも限らないかもだよ、タクト。君ならカイトを追い抜くぐらいは「その気になれば」可能だよ、まぁ…肝心の君はあまり気乗りしないだろうけど?」

 

 そう言って僕の考えを見抜いた発言をしたのは「時雨」。目隠しをした彼女の「心を読む能力」には、僕たちも何度も助けられた。

 

「そうだね時雨、僕こそまだまだ若輩者だからさ、今はドラウニーア関連の事件を一区切りさせたいし?」

「そう言うと思ったよ。…さて、雑談はこのくらいにしようか? 君たちも早く話を進めたいだろうし」

「えぇ〜いいじゃん時雨ぇ、アタシらタクトとは大分話してないし」

「もう、言いたいことは分かるけど、タクトたちの迷惑になるよ? ほら行くよ加古!」

「はは、長良もこう言ってるし…ね?」

「へぇーい。んじゃあなタクト!」

「うん、またゆっくり話そうね?」

 

 加古たちは僕らとは向かいの席に座りに行って、僕はそれを手を振って見送った。

 …ん? あれ、確か選ばれし艦娘って……んー、後でカイトさん辺りに聞いてみるかな?

 加古たちの後に続いて会議室に入って来たのは、例の「お客様」だ。誰かというと──

 

「…お、お邪魔します」

「マユミちゃん、そんなに緊張しないで? 私たちはお客様なんだから」

「コバヤシさんはそう言うけど…うぅ、私たちなんでお呼ばれしたの?」

 

 マユミちゃんにコバヤシさん。あの百門要塞の時にお世話になった人たち、僕もどうして彼らが此処に呼ばれたかは分からないけど、呼んだのは金剛で何でも話したいことがあるそうだから。

 

「マユミちゃんにコバヤシさん、お久しぶりです」

「っあ、タクト! ぅう〜、そのどっかボヤッとした顔見てると、なんか安心する!」

「相変わらず酷い言い草だな…;」

「あらタクトちゃん、久しぶりねぇ〜! …んー、暫く見ない間に男らしくなったじゃなぁい、やっぱり私の眼に狂いはなかったわっ!」

「あはは…自分じゃどうなってるか分からないけど、そう言ってくれて嬉しいよ…?」

 

 僕らは少しだけ言葉を交わすと、マユミちゃんたちは加古たちの隣の席にそれぞれ着席した。

 …これで全員なのかな? ホワイトボード前にはカイトさんと加賀さん、金剛とユリウスさんがそれぞれ立ち、僕らは椅子に座りながら会議をする準備を整えていた。…あぁ、翔鶴は一応来てるけど、例の理由で会議室の前で内容を聞いてる感じかな?

 

「こうしてメンバーを見ると、今までの旅の総括って感じがするなぁ。そう思うでしょ妖精………っ」

 

 僕は言葉を止めると、そこに居るつもりで話していた人物(?)が居ないことに気づいた。

 妖精さん…あのボウレイ海域でウォースパイトたちを助けると決心した場面以来、一度も僕の前に出てくることは無かった。何故かは分からない、アカシック・リーディングでの「何となくこうなんだろう」という理解も無い、本当にどうしてこうなっているのか不明だった。

 不安が無いと言えば嘘になる、それでも僕は…僕を信じてくれる人たちのために、自分の使命を果たしたいと思う。

 

「(…それで良いんだよね、妖精さん?)」

 

 僕が力なく微笑んでいると、カイトさんは会議の始まりを告げようとしていた。

 

「さて、これで全員かな? ではこれより鎮守府連合主催、特別会議を執り行ないたいと思います。僕はカイト、この鎮守府連合で幹部を務めています。本日は各々忙しい中お集まり頂き、感謝致します」

「私は加賀、秘書艦としてカイト提督に仕えさせてもらってます。長い会議になるでしょうけど、頑張って付いてきて下さいね?」

「さて、改めて自己紹介…と、どうやら初対面の方々も居るようだな。初めまして、私はユリウスという者。かつて連合に反旗を翻した元TW機関の研究者だ、今は故あってこちら側につかせてもらった。今回の会議では私から情報を出させて頂くが、理解が及ばなければ逐次説明を入れたいと考えている。宜しく頼む」

 

 カイトさん、加賀さん、ユリウスさんの順でそれぞれ挨拶を済ませると…「彼女」が前に出る。

 ゆっくりと深呼吸をしながら息を整え、辺りを見回すと…謎に包まれた彼女はそのヴェールを脱ぐように重い口を開けた。

 

「…初めまして、私は()()()()()()()()()()()だよ。本当の名前は──」

 

 

 ──エリ。

 

 

「…エリ?」

 

 僕の呟きに反応し頷く金剛。

 

「そう、私はただの人間から艦娘になった。何故私がこうなったのか、これからこの会議で話していきたいと思います。どうか最後まで…」

「……ぁあ〜っ!!?」

 

 …と、金剛改めエリの話をぶった切って声を上げて驚いていたのは…マユミちゃんだった。

 

「貴女、何処かで見たことあると思ったら…まさか、あの「エリちゃん」なの!?」

「…うん、久しぶりだねマユミ。私たちがまた出会うなんて、これも運命なんて言うのかな? アハハ…」

 

 彼女の本当の名前を聞いて驚くマユミちゃん、それを見て力無く笑うエリ。

 どうやら二人は知り合いだったようだ。そういえば初めて金剛を見たマユミちゃんが「貴女何処かで…?」って言ってた気がする。

 

「あの時は私も記憶が戻ってなかったから、何も言えなかったけど…貴女たちにも本当のことを知ってほしい。だからカイトさんに頼んで私が貴女たちをここに呼んだの、迷惑だった…?」

「ううん全然! そっか、やっぱり勘違いじゃなかったんだ…もう、一人だけそんな立派になっちゃって! なんでそうなったか、ちゃんと話してよね!」

「もちろん。でも…貴女たちを巻き込んだみたいになってしまって、本当にごめんなさい」

 

 金剛は深々と頭を下げて謝罪するも、横で聞いていたカイトさんが弁明した。

 

「まぁこの場合は致し方ないかな、本来なら一般の人間を巻き込むのはご法度だけど、マユミちゃんも「無関係とは言い難い」立ち位置だしねぇ? そうじゃないにしても、彼女たちの身柄は連合が保障するから、安心しなよ?」

「はい、ありがとうございますカイトさん」

 

 カイトさんの言葉に安堵の表情を表す金剛。…今更だけど、敬語の金剛って若干違和感が…いや、彼女は金剛じゃないんだろうけど?!

 そんな僕の考えを余所に会議は進んでいく、初めはカイトさんが話を振る。

 

「さて、先ずは何から語ろうかな? …ユリウス殿?」

「あぁ。矢張りここは…」

 

 ユリウスさんはホワイトボードに向かうと、マーカーで大きく文字を書き始めた。

 

 

 ──TW機関の「計画」

 

 

 ホワイトボードにはそんな文字が書かれていた。

 

「…我々が、いや…ドラウニーアが何を計画しているのか、それを話そうと考えている」

 

 ユリウスさんの重い一言に、会議室内に緊張が走った。

 いよいよか…僕らは固唾を呑んでユリウスさんたちの説明を静聴する。

 

「先ず我々機関の本来の目的は、二度と海魔大戦のような甚大な被害が及ぶ戦争を繰り替えさせないこと。そして脅威の再来に備え軍備を整える連合が、抑止力たらんための強大な兵器を造る… 「対脅威防衛兵器開発機関」これがTW機関だ」

「それは機関が連合直属の組織だから…ですよね、カイトさん」

「そうだね、機関は元々連合が授かった「予言」を元に、来たる次代の脅威に備えるために艦娘に代わる「次世代の兵器」を造ることを前提に取り合わせたのだからね」

 

 ここで言う予言は、海魔大戦の終結後に当時の特異点であった「イソロク様」により紙に書かれたもの、それは彼に近しい人に手渡されたと言う(連合の関係者かな?)。

 

「…で、表では抑止力になるための兵器造りに勤しんでたけど、裏ではドラウニーアが中心になって違法な実験の数々を行ってた…ということですか?」

「そうだな、新たな艦娘の製造も禁止されていた中、アイツは「ある出来事」を切っ掛けに艦娘製造を含めた様々な実験に手を出していった」

「…なんだ、そのある出来事とは?」

 

 天龍の疑問だけど、やっぱりユリウスさんはこの話題を話すのを渋った。

 

「いや、ここでは省かせてもらうよ。話が長すぎて脱線しかねないからな、詳細はタクト君や彼の秘書艦殿に伝えてあるので、気になるなら後で聞いてもらいたい」

 

 えっと、ドラウニーアは当時イソロク様みたいな「特異点」の研究をしていて、その過程で「アカシックレコード(通称:神の領域)」に至ったことで様々な情報…この世界の過去、現在、未来の情報を得ることに成功した。それでも一部だけみたいだけど?

 

「まぁ噛み砕いて言えば、ドラウニーアは多種多様の実験を繰り返す過程で、この世界の真実…何れ世界全体に「滅びの刻」が訪れることを知り得たんだ」

「滅びだぁ? 深海のヤツらが人類を滅ぼすってのかい?」

 

 望月が大袈裟に驚きながら適当に言葉を投げると、ユリウスさんは落ち着き払った様子で回答した。

 

「半分正解だな、正確には…艦娘と深海棲艦、両勢の戦いが世界崩壊の切っ掛けとなる…とね?」

「っな…っ!?」

 

 僕らは皆、背中に氷を貼り付けられたような悪寒が走るのを感じ取った。

 

「ユリウスさんの言っていた「艦娘の戦いで世界が滅ぶ」は、ドラウニーアから教えてもらったの?」

「あぁ、アイツは艦娘こそが世界バランスを崩壊させる悪魔であり、人類は大きな過ちを犯してしまったんだと、狂ったように語っていたよ」

「ちょい待ち、言いたいことは解るがよ? アタシら別に世界滅ぼす気なんざないぜ? 何だったら海魔だとか深海のヤツらだとかから、世界守ってるっつうのによ?」

 

 望月の反論に誰もが頷く、しかしユリウスさんは続ける。

 

「一部の者には既に話してあるが、艦娘と深海棲艦の因果関係を考えれば、自ずと答えは出る」

「えっと、艦娘が沈んだら深海棲艦になるんだよね?」

「うぇ、マジ?」

「うっそ〜!? 私聞いてないんだけどぉ!!?」

 

 加古たちやマユミちゃんたちは驚きを隠せない様子だった。まぁ僕は前世の知識があるから驚かないけど、普通はそうなるよね?

 

「そう、艦娘が沈めば深海棲艦に成る、しかしその逆は「イコール」とは限らない、深海棲艦から艦娘に戻ることは現状有り得ないんだ。その意味は…タクト君、君なら理解出来るだろう?」

 

 ユリウスさんに振られて僕は、頭の中をフル回転させその意図を探った。

 

「えっ、っと…艦娘は深海になったら"そのまま"……待って?…っ! ぁあそうか、そういうこと!?」

 

 僕の叫びに会議室の皆は、僕の方に振り向いて凝視した。堪らず綾波が回答を求めた。

 

「どういうことですか、司令官?」

「つまり、今は分からないけど…このまま深海なり人同士の戦争なり、戦いが長引けばながびくほど、結果的に多くの艦娘が「沈んでいく」んだ。それは同時に人類の脅威である深海棲艦を「量産」している…という事実がある」

「…っ!?」

 

 会議室に衝撃が走る、皆一様に驚天動地の様相だったが、ユリウスさんは静かに頷き肯定した。

 この世界では艦娘の建造法は封印されているから、このまま何もしないでいたら確実に拮抗が破られる。具体的には艦娘と深海たちの割合が今は半々、そう遠くない未来では…深海の割合が大きくなる可能性が高い。

 

「…ううん、やっぱりここは原作よろしく、新しい艦娘を造ったり、よしんば深海たちを倒して元の艦娘に戻す…というのは?」

 

 この世界で艦娘建造をやることは、封印されてるって言った後だけど「不可能ではない」のだ。ここには連合の幹部や機関の元研究員もいるし、緊急事態なのでそうも言ってられない。でも一番効率が良いのは「深海棲艦を倒して艦娘に戻す」…かな?

 そんな僕の考えに、ユリウスさんは苦い顔をしながら首を横に振る。

 

「タクト君、言いたいことは解るがそれでは何の解決にもならないんだよ。深海棲艦の侵食を止めるには、その切っ掛けとなる「戦争」を止めなければならない。しかし…それをするためには多くの人間の「エゴ」と向き合わなければならない」

「っ!」

 

 そうか…例え深海棲艦や艦娘たちが戦うことを止めたとしても、戦争を引き起こす人間の利己主義(エゴイズム)を止めなければ話は振り出しに戻ってしまうんだ。

 

「そうだな、艦 娘(おれたち)は自身を兵器だと割り切っているヤツが殆どだ、ニンゲンとは戦いの価値観が違う。どんなに利用されると理解していても、求められればそれに応えてしまうだろうな?」

「そうさねぇ、ソイツ(戦争)が世界を滅ぼす原因だとしてもよ、じゃあアタシら何のために居るんだ〜ってなるわな。…自分で言って歯痒いけどさぁ」

「…止められないのでしょうか、このループは」

 

 天龍、望月、綾波の言葉はこの世界が抱える大きな課題を表していた。

 人は深海棲艦を恐れ、深海棲艦を艦娘が討ち、そんな艦娘に人は依存する。艦娘自身にも止められない「無限ループ」がそこに在った。

 …皮肉だな、人が持つべきじゃない大きな力を、人の手で造ってしまったから、力に依存してしまうなんて。彼女たちは…艦娘は兵器なのかも知れないけど、それでも僕は…彼女たちを人間だと信じてあげたい。

 自分の意思で「戦いたくない」と言える、全ての艦娘たちがそんな在り方を見つけられたら…!

 

「そう、この世界は艦娘を受け入れた時点で、既に崩壊の運命にあった。人類が争いを止めない限り艦娘は戦い続け、その度に深海棲艦に成る可能性がある。そう遠くない未来に人間の手によって滅びが訪れる、それを理解したドラウニーアは"考え方を変えた"んだ」

「それは…例の「計画」に繋がることですか?」

 

 僕の言葉に小さく頷いたユリウスさんは、アイツの計画の全貌を語り出した。

 

「我々の手でこの世界の法則を覆す。具体的には…艦娘という種をこの世界から「亡きモノ」とし、滅びのループの元凶たる人類のほぼ全てを「絶滅」させる。そして…ゼロとなった世界で平穏を望む者たちと新たな世界…天国(エデン)を創造する。これが我々…いや、ドラウニーアが打ち立てた…」

 

 

 ──ゼロ号計画。

 

 

「…っ!?」

 

 ゼロ号計画…確か「元になった話」にもそんな名前で計画されていたっけ? ジュピター機関の悪者が…ん〜、そんな感じ…だったっけ?

 

「タクトどうだ? ゼロ号計画というのに心当たりはあるか?」

「あるにはある、よ。…でも…んー、そっから先が思い出せないんだよなぁ?」

「大将の例の「メタ知識」ってヤツかい? そもそもボウレイ海域はどうだった? 大将の思ってたヤツと違うかい?」

 

 望月に問われた僕は、ボウレイ海域の話も思い起こしたが…んーー? 確か…。

 

「大筋は一緒かも、でも原作にあった…"いざなみ"だか"いざなぎ"だかの艦娘部隊が居たんだけど、そういえば出てきてないなぁ?」

「あン? 綾波の艦娘騎士団が居たんだから、ソイツらが代わりだったんだろ、なぁ?」

「…私には分かりかねます」

 

 望月に話を振られた綾波は、首を傾げるばかりだった。そりゃそうだよね?

 …そう言われたら大分改変部分があるなぁ? ユリウスさんを発見出来たのは、言ってしまえばこのメタ知識のお陰なんだけど…記憶も朧気になってきたし、ここからはメタ知識にも期待出来そうにないなぁ。

 ユリウスさんは僕らの話が終わるのを見計らうと、計画の詳細を教えてくれた。

 

「先ず艦娘を滅ぼすには、全ての艦娘を機能停止に追い込む必要がある。が…艦娘とは己の心臓部である艦鉱石に、世界に満ちた「マナ」を少量でも吸収出来ればそれだけで存在出来る。彼女たちの明確な死というのは身体に致命傷を受けた場合と「水底に沈む」以外に無いのが現状。あの大戦より数十年経つが、それでも艦娘は星の数ほど居る。彼女たちをそのまま全滅に追い込むには、どうしても膨大な時間がかかる。ではどうすべきか…ドラウは「一斉に機能が復活出来ないようにすれば良い」と考えた」

「全ての艦娘を完全に機能停止にする、ですか? そんなことどうやって…?」

 

 野分が疑問を呈しているところを聞いていると、ふと僕の頭の中に思い浮かんだ言葉があった(アカシック・リーディングの力だね?)。

 

「…黒い霧?」

「っ!?」

 

 僕の呟きにユリウスさんは頷いて肯定する。その言下に周りの皆がざわつき始めた。

 

「ユリウスよぉ、黒い霧っつうのは…もしかしなくても?」

「君の浮かべている考えで合っているよ、望月? 黒い霧の原料は「マナの穢れ」そのものだ、艦娘を機能停止に追い込むのは彼女たちの天敵以外には無い」

「やっぱそうなるよなぁ?」

「うむ、人の欲望や負の感情に侵されたマナの穢れを、黒い霧として濃縮させ艦娘に向けて放つことで、彼女たちの機能を弱体化させる、長時間黒い霧の中に在れば、彼女たちを完全停止することが可能。これを利用してドラウは艦娘の殲滅を図った次第だ、それらの実現のためアイツは「黒い霧を生成する魔石」を作成した。…我々はその魔石を「零鉱石」と名付けた」

「成る程、その零鉱石が艦娘殲滅の鍵ということか……あれ?」

「ん、待てよ………っ! ……大将、今アタシ嫌な考え浮かんだんだけど?」

「僕もだよ望月、それってアレでしょ?」

 

「「──廃鉱の巨大魔鉱石」」

 

 僕と望月は二人揃って最悪の回答をした、それに釣られて綾波と野分は驚愕していた。

 

「な、なんと!? ではあの魔鉱石は…っ!」

「待て。タクト、一体何の話だ?」

 

 天龍に問われたので、僕らはかつて廃鉱でドラウニーアが「巨大魔鉱石」を所持していたことを話した。

 

「何だと…!?」

「…ユリウス?」

「あぁエリ君、おそらくそれはドラウニーアの計画において「切り札」となる重要アイテムだ。そんなことがあったとはな…逃げられたのは痛手だったな」

 

 あの巨大魔鉱石を零鉱石にして、艦娘たちをどうにかしようとしている。…具体的な方法はまだ分からないけど、いよいよアイツの言ってた「世界の終わり」が現実味を帯びて来たな…っ!

 

「ユリウスさん、早くアイツを止めないと!」

「待ち給えタクト君、それだけの魔鉱石を変換させるには膨大な時間がかかる。だからこそドラウは君たちから隠れて、ある場所で計画の再調整をしている筈だ」

「ある場所って…ドラウニーアが何処に居るか分かるんですか?!」

「落ち着けタクト。今功を焦ってもヤツが何をして来るか分からん、ヤツの全てを知ってから行動しても遅くはない。…そうだな、ユリウス?」

「あぁ、天龍君の言う通りだ。不本意ではあるだろうがドラウニーアという人物が何なのか、全てを理解した方が後々こちらが有利になる場面が多いだろう」

 

 そうは思わないけどなぁ……んー、いや確かに焦ってるかも。

 

「敵を知り己を知れば……急がば回れ……っよし! オチツイタ!!」

「…ホントに大丈夫かい?」

「司令官、いざとなれば私が何とかしますので」

「おぉ綾波が居てくれたら…ってちょっと、天龍から聞いてるけど改二の能力あんまり使っちゃ駄目なんでしょ、無理しないでね!」

「…司令官が私を頼ってくれません」

「いや、妥当な反応だと思うが?」

 

 綾波があんまりにもしょんぼりした顔をするから、天龍が思わずツッコんだ。…ぁあ駄目だ、グダって来たかも。話を戻そう。

 

「…すいません、取り乱しました;」

「いや、仕方がない話だろう。…さて、艦娘を滅ぼす算段としてはそんなとこだ。更に具体的な情報を…と言いたいところだが、先に「艦娘を滅ぼした後」を仮定して話していこうか」

「それは「人類のほぼ全てを絶滅させる」方法ですか?」

「そうだ、と言ってもこの方法は明確な形を保っていない。何せあまりにも「荒唐無稽な話」だからな?」

「どういう意味ですか?」

 

 僕がユリウスさんに問いかけると、それまで静かに話を聞いていた「彼女」が、スッと前に出ると衝撃の一言を発した。

 

「…ドラウニーアは、人類をある艦娘の手で終わらせようと画策してたの」

「えっ、それって…まさか…っ!?」

 

「そう、それこそが私がここに居る理由。彼はかつての最強の艦娘…「金剛」を人類の破壊神に仕立て上げようとしたの」

「…っ!?」

 

 そう事実を告げた金剛…エリの顔には、虚しさが溢れていた。

 




○ゼロ号計画

 この世界の法則…人が深海棲艦を恐れ、深海棲艦を艦娘が討ち、そんな艦娘に人は依存する。そのループの先には、深海棲艦に埋め尽くされ滅びゆく世界がある。
 その法則を覆すため、艦娘をこの世界から滅ぼし、人類のほぼ全てを絶滅させる、そしてゼロとなった世界で幸福な楽園を創造する。
 彼らはそんな理論も倫理もない滅茶苦茶な計画を立てた。首謀者であるドラウニーアは計画を二段階に分けた、先ず艦娘を「零鉱石(黒い霧の発生源)」を利用して全機能停止させ、その後人類を「ある方法」で破滅寸前に追い込む、ざっくりしているが「彼」は本気でこの計画を実行しようとした。
 それでも余程の障害がなければ、彼の計画は成功するだろう。何せ彼は──
 …いや、それでも拓人君という「余程の障害」が現れた以上、後の展開は「綱の引っ張り合い」だろう。

・・・

〇零鉱石

 数ある魔鉱石の中でも悪意の込められたもの、というのはマナが負の感情に侵された時に変化する「マナの穢れ」を生成し、それを濃縮した「黒い霧」を排出する恐ろしいものだ。
 海魔石との違いは、海魔石は人の欲望や負の感情を薪木として艦娘を狂わせる光を放つ。対して零鉱石は、艦娘もしくは人間の肉体に悪影響を及ぼす穢れそのものを生成する。
 彼(ドラウニーア)が要塞地下でやってのけた離れ業は、負の感情の具現である黒い霧は海魔石にとっては文字通り「ご馳走」であり、海魔石の光の濃度を高めるには充分すぎるという証明になった。


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円卓会議、始まるよっ! ②

 さぁ皆様、BGMのご用意を…。
 鉄壁のメインヒロイン、陥落…んー? それっぽいこと言いたかっただけなのに、なんかエロいぞ??


 エリの驚きの一言──金剛を破壊神に仕立て上げる──に、会議室の全員が息を呑んだ。

 金剛…この世界では伝説となっている艦娘、と言っても当時から秘匿兵器とされていたから、一部の人が知っているって感じだけど。それでもその実力は誰もが認める「最強」の座に位置づいている。

 海魔大戦にて海魔の大元と相討ちになりながらも戦いに終止符を打ち、その戦いにおいて一騎当千の実力を見せつけた。…そんな彼女を「破壊神」に?

 

「でも、金剛は海魔大戦で沈んでいるんじゃ?」

「そう、だからドラウニーアは金剛を──"再現"しようとしたの」

「再現?」

「TW機関の技術の中に「自律感情自制機構」があるのは知ってるでしょう? ドラウニーアは金剛の力の根源である精神を再現して、彼女を蘇らせようとしたの」

「成る程? …ん? 色々突っ込みどころあるぞ。先ずドラウニーアはレ級を従えている時点で、深海棲艦を操る技術を持っている筈。沈んだ金剛を深海棲艦として「どうして従えなかったのか?」。あとなんで「態々金剛を再現しようとするのか?」。新しい艦娘を造るっていう選択肢があったはずでしょ?」

 

 そう、態々金剛に拘ることもない。それこそ「大和型」なんていう、この世界に居たら確実に実力モンスタークラスの艦娘だって居るんだから。

 

「私が説明しよう。先ず何故金剛に固執するのか、これは単純に「見せしめ」のためだと考えてくれ。対象はもちろん「連合」だ、この世界の秩序は連合が保っていると言っても過言ではない。彼らはかつての大戦で活躍した金剛を善の象徴とし、その正義の名の下に戦い続けた。だが金剛を破壊の悪魔とすることにより彼女も一兵器であり「自分たちの正義はまやかしだった」と印象付ける、そうでなくても金剛により始まった今の世界を他ならぬ金剛の手で幕引きをすることで、人類の過ちを証明しようと考えた…()()()

 

 ユリウスさんの補足に、僕は「随分回りくどい」と感じる、理屈は分かるけど本当にそれだけだろうか? ユリウスさんにそれとなく聞いてみるが?

 

「さてな? 私も過去に同じような疑問を投げて、このような回答をぶつけられただけだからな。実際の所は立案者であるドラウニーアにしか分からないだろう」

 

 これがドラウニーアの考えなのだとしたら、それだけ連合に私怨があったのか? それとも別の感情があったのか…何とも言えないな?

 

「次に、何故海魔大戦時の金剛を深海棲艦として従えられないのか、これには「ある事情」があり、金剛をそのまま活用出来ない状態にあるからだ」

「それは?」

「…ユリウス殿?」

 

 僕の疑問を遮るように、カイトさんがユリウスさんの回答に待ったをかけた。

 

「…真実を秘匿するのか?」

「そうじゃないよ、必要であれば話すさ。ただ…この戦いに直接的な関係がない以上、彼女のことを不用意に明るみに出すことを「総帥」は望まないだろう。彼の意志を踏みにじる行為を看過することは出来ない…済まないが理解してもらえないだろうか?」

「ユリウスさん…カイトさんがこう言う時は「本当に不味い」ことなんだと思います。彼はこれまでも真実を隠すことなく語ってくれた、だから…」

「いや、もういい。…君がそれで納得してくれるなら構わないよ? 簡潔に言えば「金剛はこの世から居なくなったようなもの」なんだ、だから我々は機関に保存されている「金剛の戦闘データ」を基に、彼女の精神を再現しようとした。…これで良いかな、他の皆もこれで理解してほしい」

 

 ユリウスさんの言葉に、会議室の皆は各々頷いた。

 全員の肯定を確認すると、ユリウスさんは話を進めた。

 

「金剛を再現するにあたって、何故彼女…エリ君を依代としたのか。それは彼女が金剛の精神とのボディシンクロ率が一番高かったからだ」

「ボディシンクロ? 金剛とエリは波長が合っていたということですか?」

「あぁ、艦娘の力を最大限に引き出すには、人間の身体…それも若い少女の身体が一番だという実験結果がある。そもそも艦娘の肉体は艦鉱石を核としたもので、我々のものとは構造が何もかも違う。それでも十分な実力を発揮できるが、艦の魂と人の肉体が合わされば艦娘として限界以上の戦闘能力を行使することが可能だ。…簡単に言うと出力の違い。と言うことだな」

「確か…艦娘を造るに当たって諸々の人権事情があって、人を造り変えるんじゃなくて魔法生物としての艦娘を形造った。ってカイトさんも言っていたし、元々艦娘は「人(少女)の肉体の方が強い個体を造りやすかった」…ってことなのか? 今更だけどもの凄く悪趣味な設定だね;」

「そういうことだな、我々はその金剛による人類一掃を「粛清の夜」と呼んでいる。非道ではあったが…世界救済を目指した我々には、倫理観を視る余裕は無かった」

 

 纏めると、人類を滅ぼすために最強の艦娘であった金剛を再現し、それまで艦娘を使って世界に秩序を保っていた連合の「芯」をへし折り、人類の過ちを証明することが、ドラウニーアの計画の一部だった。

 金剛は伝承が示す通り「最強」の力を有していたことは確実、おそらくハジマリ海域で垣間見た「金剛とスキュラの戦い」で顕現したのが、その「再現された金剛」の力だろう。…確かにあれだけの暴力なら人類世界滅亡もハッタリじゃない。

 

 ──ここで、僕はこの話の核心を突いた。

 

「そもそもどうして、エリはドラウニーアたちと一緒に居たの?」

 

 僕の疑問に答えたのは、他でもないエリだった。彼女は僕に向き直ると「意外な真実」を告げた。

 

「…私は「戦災孤児」だったの」

 

「…っ!?」

 

 エリの言葉に衝撃を受ける僕は、吃驚しながらもその言葉に偽りがないことを悟った。…何故なら。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──物語の一定フラグ回収確認…。

 

 

 金剛の「アンダーカルマ」が解放されました。

 

 

 …金剛のプロフィールに、新たな情報が追記されます。

 

 

 裏の使命(アンダーカルマ):??? → 『数奇な運命

 

 

 ──その運命が示す道…「転生」

 

 

 ──全てを「戦争」に奪われた。

 

 

 団欒の温かみが、孤独の冷たさに変わっていく。人のエゴが、艦娘が、彼女の世界を一変させた。

 戦災孤児として居場所の無くなった彼女。…故に「奴隷商人」に捕まり、奴隷として売り出されようとしたことは、差して偶然ではない。

 

 しかし"数奇な運命"は、彼女に「二度目の人生」を与えようとしていた。

 

 襲撃、殺戮、そして「強奪」…ある実験のサンプルに選ばれた彼女は、ある艦娘のココロを埋め込まれる…かつての豪傑「金剛」のココロを。

 金剛による人類の粛清──それは悪魔の囁きであった。しかして少女は例え地獄に落とされようとも、奪うことに躊躇いのない人のエゴを、艦娘の存在を憎んだ。そしてそれらに罰を望んだ。

 こうして見事に転生を果たした彼女であったが、あるきっかけを経てそれまでの記憶を失い、新たな「金剛」として生きていくことになる。

 艦娘として戦い、守り、傷つき、それでも前に進む。それが当たり前であり、何も疑問は無かった…「彼」との運命の出会いをするまでは。

 憎しみに駆られた少女は、ただ終わらない戦いの終止符を願う。…しかして自身もまた「囚われの獣」であると知るだろう。

 憎悪の炎は、彼女を焼き尽くさんとその心を蝕み続ける。…やがて理性が焼き果てた先に待つのは、人か獣か。

 

 ──人よ、汝を顧みよ。さすれば新たな道が開かれん…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕の目の前に現れたIPは、遂にエリの過去を語った。

 しかし、少しだけ驚いたのは僕だけそれを見た、ということでなく。

 

「…っ! タクト、その光は…あの時の画面に似ているが?」

「司令官、その光る透明な板は…?」

 

 天龍と綾波が、皆がその存在が見えない中IPの出現に気付いたのだ。好感度が5になったらIPも見えるのか?

 

「これにはエリの過去が映っているんだ、君たちにしか見えないみたいだけどね?」

「っ!?」

 

 天龍と綾波はその言葉を受け、一時席を移動して僕の目の前のIPを覗き込む。…そして「絶句」した。

 

「これは…金剛…お前…っ」

「……っ!」

 

 一人の少女の人生が、艦娘たちの戦争によって狂わされた事実を垣間見て、二人は言葉にならないといった様子でエリ(金剛)を見つめた。

 望月は二人の様子を見て「まぁ、そうだろうねぇ?」と哀しそうに呟き、野分も何故か「やっぱり」といった具合に、何処か予期していたように落ち着き払っていた。

 

「…タクト、そこに私の過去があるんだね?」

「…うん」

「そっか。…ユリウスたちから聞いたけど、貴方は絆を紡いだ艦娘の心を感じることが出来るみたいだね? …私はどう? 貴方は私に何を感じる?」

 

 エリに問われ、僕は静かに思いを巡らせた。

 

 天龍は「寂寥感」。相棒を失った衝撃は計り知れず、その穴を埋めるため今日まで戦い続けて来た。

 

 望月は「姉妹との絆」。前世での関係とかじゃなく彼女は自分の安らぎのために、彼女たちとの繋がりを守りたいと考えてる。

 

 綾波は「罪の重さ」。彼女自身が課した罪…その罰を求めて今まで彷徨い流れた。

 

 彼女は──

 

「止まらない戦いに心を痛めてる。…慈愛、か。エリ…君は誰よりも優しいんだね?」

「…そう、かな? 貴方に言われるとなんだかくすぐったいよ」

 

 照れ臭そうに笑うと、エリはこれまでの自分の過去を振り返った。

 

「私にも父さんや母さんが居たの、子供の頃に…仲間たちと平穏な学校生活を送っていたの」

「…っ」

「私の故郷は、山に囲まれた自然豊かな町だった。でも…戦争中の二国の境界にあった私たちの町は、彼らの領土の奪い合いに巻き込まれて、そのまま…壊滅した。生き残った者たちはそのまま散り散りになっていった、私の両親は…私を……逃がすために…っ!」

「…エリ?」

 

 震える唇と両手の握り拳を見て、僕は努めて優しく声を掛けた。

 彼女は目に悔し涙を浮かべたが、僕の声に気づくと腕で目を擦り、涙を拭うと気丈に笑って見せた。

 

「一人になった私は、行く宛もなく彷徨いながら…いつしか少女たちを売り物にしていた奴隷商人たちに捕まり、彼らの馬車で「商品」として売られようとしていたの」

 

 エリの話の途中、マユミちゃんが席を立つとそのまま意外な真実を話す。

 

「…私、その馬車に乗ってた。私も戦災孤児で…エリちゃんとは同年代っぽくて、よく話をしていたの」

「っ! …そうだったんだ」

「そう、私たちを乗せた馬車は…ある時ピタリと止まったかと思うと、前にいた御者さんが突然苦しみ出して…そのまま息絶えてしまったの。その後は…乗り合わせた奴隷商人たちもバタバタ倒れ出して、笑っちゃうぐらい。…暫くして、馬車に乗り込んで来た男が私たちを連れ去っていったの」

「それが…ドラウニーア」

「そうだったみたい、私は気が動転してたからかな? その時のことはあんまり覚えてないけど…周りが混乱してる隙に必死で遠くまで逃げて行って、そしたらシゲさんたちに出会って、要塞の仲間たちを紹介してもらえたの」

 

 どうやらマユミちゃんはドラウニーアの魔の手から逃れてたみたい。

 

「エリは逃げなかったんだ?」

「うん。…私はもう帰る場所がなかったし、抵抗する気力がなかった。複数人の少女たちがなすがまま連れてかれた場所は…とある研究施設。タクト、貴方が向かったボウレイ海域の「海底研究所」だったの」

「…っ!?」

 

 海底研究所…ユリウスさんと対面したあの場所か? そうか…あそこでエリたちは…。

 

「私たちはそこで様々な実験のサンプルになったの。全ては金剛の依り代に相応しい身体を造り出すためだと「彼」は言っていた。口にしたくない程の残酷な実験を経て、私が…金剛に選ばれたの」

「そうか…」

「全く度し難いよ。あの男は目的のためなら全てを利用し、関わった者全員の人生を狂わせた。艦娘を造り出すために年端もいかない女の子たちを…っ」

 

 カイトさんは僕の前で、初めて怒りの感情を露わにした。僕もそれに同調する。

 

「…本当に、アイツを許せそうにないよ、僕は…自分の都合のためだけに、君を利用しようとしただなんて」

 

 僕が怒り心頭な言い方になっていると、エリはそれを否定した。

 

「違うのタクト。最初は連れてこられただけだったけど、計画を聞かされた時から()()()()()()()()()()()()()()()。私は…「艦娘の世の中」を無くすため、魔神金剛になるつもりでいたの」

「…っ!? な、なんで…」

 

 驚き狼狽する僕だが、彼女の気持ちを考えれば無理もないだろう。

 自分の穏やかな生活を奪った戦争…それを(彼女たちの意志でないにしろ)長引かせた張本人たちは、今でも私利私欲の人間たちのために動き、それらが世界を滅ぼす切っ掛けになるかもしれない。…なんて言われて、更に「それを変えられるのは君しか居ない」と唆されたら…誰だってそこに行き着いてしまうだろう。

 

「幻滅したよね、ごめん。でも…私は今でも貴女たち艦娘を許せない、こんなこと言いたくないけど、私の人生を狂わせたのは…間違いなく貴女たちだよ。価値観が違うからって、それしか生きる道がなかったって、そんなの…言い訳だよ。貴女たちはそこから「逃げていた」だけ、そんな貴女たちを諭すこともせず、ただ自分たちの良いように使い続けた人間たちも、どうかしている。…だから「壊したい」って考えた。私は慈愛なんて持ち合わせてない、ただの憎しみを抱いている一人の少 女(にんげん)なんだよ」

「エリ…」

「…っ」

 

 静かに恨み節を唱えるエリ。艦娘たちはエリの一言(いちげき)に、沈黙せざるを得なかった。

 

 ──でも。

 

「…?」

 

 エリは一区切りすると辺りを見回して、声高らかに回答した。

 

「貴女たちは守りたかっただけ、自分の大切な人たちを自分だけの力で。その想いを導いてくれる人たちが周りに居なかっただけ。…誰も悪くなかったの、そう気づいた。…タクトと皆のおかげでね?」

「っ! エリ…!」

「…タクト、天龍、綾波、望月、野分、それから…翔鶴。皆…私はこれからも金剛として、艦娘として戦いたいと思う。貴女たちが守りたいものが何なのか、この目で確かめたい。だから…これからも金剛として、仲良くしてくれたら嬉しいわ」

 

 僕や天龍たちに視線を向けて朗らかに話すエリ。僕らは…もちろん受け入れた。

 

「君の本当の気持ちを聞けて良かったよ、()()。君がどんな風になっても、僕は君を信じ続けるってもう決めてるよ?」

「…金剛、許してくれとは言えん。だが約束する、この戦いが終わったら必ず争いを止められるよう尽力する。お前のような犠牲者がなくなるように…!」

「私も…姫様たちとも相談して、対話で解決出来るよう各地を回ってみます。平和な時代を…必ず築き上げて見せます!」

「ヒッ、口だけじゃテメェも納得しねぇだろうから余計なこと言えねぇけど、アタシも戦争でどんちゃん騒ぎなんざ御免だからよ、何とかしてぇよなぁ?」

「ボクも…貴女の憎しみが美しい心になれるように、努力していきたいと存じます!」

 

 僕たちの気持ち(おそらく翔鶴も同じ気持ちだろう)を聞いて、エリは花が咲いたように笑顔を浮かべた。

 

「その言葉が聞けて嬉しい! …ありがとう。それから…ユリウスも」

 

 僕らに感謝を告げると、エリはユリウスに向き直り改めてお礼を述べた。

 

「ありがとう、貴方が居なかったら…私は憎しみに囚われたままだった」

「どういうこと?」

「…っはぁ、こういうことを自分で言うものではないが。…エリ君は当時から自身の正義感が災いし、世界を滅ぼさんとする憎しみが日に日に増すばかりだった。私は…そんな彼女を見ているのが辛かった」

「ユリウスさん…」

「なので彼女の「人間の頃の記憶」を消し、新たに「次世代の金剛」としての人格をインプットした。それから…ドラウニーアの目を盗み、エリ君を含めた実験体の少女たちを解放した。…もちろんアイツは青筋立てて憤ったが、金剛の力を馴染ませるには刺激が必要だ。そう諭すと渋々了承していたな」

 

 そうか…金剛が最初記憶が曖昧だったのって、本当の記憶じゃなかったからなんだ。ボウレイ海域でユリウスさんと対峙することで、記憶が蘇ったんだ。

 

「本当は…何も思い出さずに艦娘として生きてほしかった。人の頃の記憶は彼女にとってショッキングな出来事が多すぎた、エリ君にとっては憎き艦娘になるなど皮肉かもしれなかったが、これ以上彼女の人生が壊されていくなら…明るく笑顔を絶やさない、一人の少女として…生きていてほしかった」

「…心配だったんですね?」

「否定はしないさ、そのために様々な方法で君たちにアプローチしていたからね。…だが、もうその心配もなさそうだな?」

「うふふ、お陰様でね?」

 

 エリとユリウスさんは僕の方を一瞥すると、顔を向き合って微笑っていた。…ん? 何で僕を見てたの? っあ「僕のお陰」ってそういう? …いやないか。

 

「こうして君たちの知る金剛が誕生した訳だが、それからもアイツは計画のため定期的に金剛となったエリ君の動向を伺い、そして…百門要塞でその念願は叶った筈だった」

 

 ユリウスさんはあの時…金剛がドラウニーアに操られた場面のことを言ってるみたいだ、僕もあの時はどうなるかと思ったよ…。

 

「だが、アイツによれば実験は「失敗」したようだ。エリ君の内にある「金剛」は、我々の思うように動くことはないと判断したようだ」

「その時点で計画は失敗…ですか?」

「…いや、残念ながら。粛清の夜はゼロ号計画の一部でしかない、大元は「全ての艦娘を機能停止にする」こと。君たちに追い詰められたこともあり、アイツはある場所で計画を進めている」

「先程言われてたことですね? …その「ある場所」とは?」

 

 ユリウスさんは思案する表情を見せると、少しの間を置いて黒幕の居る場所を暴いた。

 

「──"クロギリ海域"、アイツはそこで艦娘を根絶やしにするため「ある兵器」の開発を急がせている」

「…っ!?」

 

 クロギリ海域──そのワードを聞いた瞬間、カイトさんや選ばれし艦娘たちが血相を変えた。

 

「クロギリだって!? そうか…道理で今まで足取りが掴めないはずだ!」

「ええ、盲点でしたね?」

「カイトさん、加賀さんも…そのクロギリ海域って一体…?」

 

 僕の疑問にカイトさんたちは回答しようとする。…が、それに待ったをかける人物が会議室に現れた。

 バンッと乱暴に開けられた扉の向こうから、銀髪の女性がずかずかと入って来た。

 

「…その話、私にも聞かせて頂戴?」

「翔鶴…!?」

 

 今までカイトさんたちの前に現れなかった翔鶴、彼女の登場は何を意味しているのか…?

 




○粛清の夜

 ゼロ号計画第二段階、最強の艦娘である金剛による人類史の破滅。
 彼が何故金剛に拘るのか、それは各々の想像に任せるが…金剛の精神を再現し、かつ自分たちの命令を忠実に聞き取る「人形」に仕立て上げるのは困難のように見えた…しかし「エリ」と呼ばれる格好の逸材を見つけた彼は、彼女を「第二の金剛」として造り上げる。
 …が、彼女の中に眠る「金剛」がそれを許さなかったようだ、計画が頓挫したようだが彼は諦めが悪い、決戦の地にて計画の第一段階を遂行しようとしているだろう。
 追い詰められた彼がどのような行動を起こすかは定かではない。…窮鼠猫を噛む、だ。何事も慎重にな?


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円卓会議、始まるよっ! ③

 前回の好感度5で〜云々で「あれ、どのぐらい上がったっけ?」と自問する作者が、何となしに作った現在の拓人艦隊艦娘の好感度一覧は、こちら。

○金剛・好感度4
○天龍・好感度5(最大値)
○翔鶴・好感度3
○望月・好感度4
○野分・好感度3
○綾波・好感度5 (最大値)

 綾波がすごい上がり幅(?)になった、まぁ終盤近くだしこんなものか。
 …ホントにいつ終わるんだろ(淀んだ瞳)


 会議室に乱入してきたのは翔鶴だった。

 頑なにカイトさんたちと会おうとしなかった彼女が、ここに来てどういう心境の変化だろうか? ユリウスさんは翔鶴の突然の登場に少し驚いている様子だった。

 

「君は…確か翔鶴君だったか?」

「…翔鶴さん、この話は貴女の過去に関わることよ。それでも…良いのね?」

 

 加賀さんの問いかけに、翔鶴は浅く頷く。

 

「このまま私だけ過去から逃げても、もうどうにもならない所まで来てしまった。…それに、()()()や金剛たちが藻掻いてる姿を見たら、気が変わってきた…それだけのことよ?」

「っ! 翔鶴…今初めて名前で呼んでくれたっ!」

 

 感極まった僕に、周りは思わずスッこけた(新○劇みたいに)。翔鶴だけは静かに微笑んでくれていた。…本当に、原作の面影が出てきたなぁ。最初は本当に…ねぇ?

 

「…ん”んっ! それで翔鶴君、君はクロギリ海域とどういう繋がりがあるのかな?」

 

 気を取り直して、咳を一つするとユリウスさんは翔鶴から詳しい事情を聞き出そうとする。

 

「…昔、あの海域が「アサヤケ海域」と呼ばれていた頃、その海域の事件を取り締まる「南木鎮守府」に所属していたの」

「…っ!?」

 

 南木鎮守府…! そういえばクロギリと南木ってこれからの戦いの場の名前だったっけ…やっぱりこの二つのワードは変わらないみたいだな。…ん、そういえば?

 

「カイトさん、この際だからお聞きしたいんですが…綾波から「深海棲艦の台頭のせいで殆どの鎮守府が機能してない」って聞いたんですが?」

「…あぁ、確かに君の言う通りだ。……ふぅ、仕方ないな。ややこしくなるからあまり言及したくはなかったが、この際だからね」

 

 カイトさんは「さてどこから話そうか?」と頭を掻いて話の手順を思案していた。

 

「先ず深海棲艦の出現は「数年前」に遡る。それまで海魔の脅威もなく、各国の小競り合いはあるものの比較的平和だったこの世界に、突如として現れた灰色の怪物たち。彼女たちは海の底から出でては様々な国や武装勢力を破壊し、我々が反撃に転じようとした矢先に蒸発したように「掻き消えた」んだ。奇襲の形になるね、彼女たちはこの広い「海」というフィールドを利用して、姿を見せては奇襲を仕掛け、音も無く消えるを繰り返していた。その度に何処かの国や重要拠点が犠牲になった。出現パターンにあまりに法則性もなかったから、対応は遅れ、被害は拡大するばかりだった、加賀さんたちにもその都度防衛に当たって貰ったが、結果は変わらなかった」

「……っ!」

 

 加賀さんは少しだけ下を向くと、顔色を変えずに身体を強張らせて震えて怒りを表した。

 

「彼女たち深海棲艦とのファーストコンタクト、それが「鎮守府崩壊事件」として語られる、主要鎮守府の同時多発テロによる機能停止だ。あの時は大変だったよ…僕以外の提督や指揮官の大部分は鎮守府務めで、崩壊により軒並み殉職でさ…周りが混乱しきってるから悲しんでもいられなくって? 状況を治めるのに必死だった」

「そんなことが…でもここの深海棲艦は「人類転覆めいたことはしてない」って天龍が?」

「そうだねぇ、そうなりかけてはいるけど「今の所は」まだ余裕はある方かな? 最初こそ悲惨だったが現在は深海棲艦も大人しくなっていて、こちらから仕掛けなければ襲って来ることはないだろう。仮にそういった意図があるなら、僕らは既に海の藻屑だからね」

「…触らぬ神に祟りなし、か。人類側が下手に深海棲艦を刺激してないから、現状が成り立っているのか」

「そうとも言えるし「それが出来る態勢ではない」とも言えるね。掃討作戦をする場合艦娘も兵器であるから、指揮する立場の人間が居なければどうにもならないんだ。もしドラウニーアがゼロ号計画を強行しようものなら、最早我々に深海棲艦を止める手立ては無いだろうね?」

 

 艦娘のおかげで深海棲艦を止められているけど、それだけの切羽詰まった状況なら、いつ均衡が破られてもおかしくない。もしゼロ号計画で艦娘たちが全て機能停止になってしまったら、それこそ大惨事になることは目に見えている。

 

「南木鎮守府は海魔大戦時にも主要拠点として存在していた、大戦終結後も秩序を守るための要石として活動していて、連合からの提督や指揮官が数多く配属されていた。だが鎮守府崩壊事件であっさり壊滅してしまった。…防衛も隙は無かったはずなんだけどね、今では無人の鎮守府跡地があるのだと考えてた。…だが、事実は違うようだね?」

 

 カイトさんはユリウスさんに視線を送ると、ユリウスさんは解説し始める。

 

「…連合は何故あの鎮守府を放置しているのか、発言は可能か?」

「…そうか、タクト君の報告から嫌な予感がしていたが…矢張り」

「あぁ…ドラウニーアは南木鎮守府跡地を「全艦娘停止装置」開発のため利用している」

「っえ!? じゃあ…南木鎮守府を襲撃したのって…!」

 

 僕は一連の話から連想される事を口にする、ユリウスさんも肯定の意を示した。

 

「私も、その場に居た訳ではないから分からないが、当時ドラウニーアが例の如く雲隠れをした後、鎮守府崩壊事件発生と深海棲艦(新たな脅威)が出現した。偶然ではないだろう」

「…っ!」

 

 翔鶴は顔に憤りを浮かべ眉を顰めた。無理もない…彼女が勤めていた鎮守府を崩壊させた張本人がアイツだったのだ。

 …思えば、カイトさんの言う通りになっている。アイツは…関わった人、艦娘、全てを不幸にした。

 金剛も、望月も、綾波も、翔鶴も…アイツさえ居なければ、辛い過去を背負わずに済んだかもしれないのに…っ!!

 

「ドラウニーアは南木鎮守府周辺に「黒い霧」を散布し、自身の研究所を守る隠れ蓑とした。黒い霧はマナの穢れによって艦娘、ひいては人間の肉体に悪影響を及ぼす、下手に近づくことは出来ない…そういった算段だろう」

「だろうね、実際僕らもあの海域周辺を「関係者以外立ち入り禁止」にしていた。してやられたな…」

 

 ユリウスさんとカイトさんの会話は、ドラウニーアの狡猾さを嫌というほど解らせた。どうやってそんな危険地帯に出入り出来るのかは、まだ分からないけど?

 

「黒い霧の対処法は様々あるが、アイツは魔術も扱えるので「魔術防膜」で対応している次第だ、それでも短時間の間だがな。施設内では黒い霧の影響はないが、どちらにしても我々も南木鎮守府へ赴くなら、黒い霧を対策しておかなければならない」

「…んー、黒い霧…魔術防膜が有用なら望月が使える…よね?」

「ヒッ、まぁなぁ? だがよ大将、ユリウスが言ったようにソイツは短時間しか保たねぇ。ヤツが道中に何を仕掛けてるかも分からねぇ、アタシらにもたもた時間を無駄にさせて、防膜が効かなくなるのを待つってことも出来ちまうだろうぜ?」

 

 あーそうか、障害を避けながらっていうのも手だけど、敵陣の真っ只中だしなぁ、難しいか?

 

「…っあ、でも天龍たちによると「改二艦は黒い霧が効かない」らしいですよ、機獣クラーケンでしたっけ? アレの墨が黒い霧だったらしいんですけど、天龍たちは平然としていて…だよね?」

 

 天龍と時雨は僕に向かって頷きを返した。

 

「そうか。じゃあタクト君、今この場にカイニはどのぐらい居るかな?」

「えっと…天龍に綾波に、選ばれし艦娘の加古と時雨でしょ? 今はそのぐらいですかね?」

 

 その話を聞いたカイトさんは…ハッと何かに気づいた様子を見せると「まさか」と零した。

 

「カイトさん…?」

「加賀さん…海魔の大元との戦いで「覚醒」した娘は?」

「…金剛、加古、時雨……っ! まさか…っ!!」

「嘘だろオイ…それがホントなら、アイツも生きてるかもしれねーってのか!?」

「でも…金剛ほどじゃないけど彼女も大概だったから、もしかしたら…!」

「うん、僕も…そう思いたいよ」

 

 ん…? カイトさんや選ばれし艦娘たちがざわつき始めたけど、一体…?

 

「…封鎖された南木鎮守府周辺には、選ばれし艦娘の一人が残っているとされているの。タクトの話が本当なら、彼女もカイニになっているはず。生き残っている可能性はあるわね?」

「…っ!」

 

 翔鶴の説明に、僕は何処か納得していた。選ばれし艦娘は金剛を除けば「5人」で一人足りなかったんだけど、居なかったのはそういう理由か。確かメタ的には「南木鎮守府周辺で戦っている艦娘がいる」とシナリオにも…書いてた…気がする?

 

「そう、彼女はよく南木鎮守府に出入りしていたからね。南木鎮守府襲撃時にも自身は黒い霧の影響で凶暴化した深海棲艦を止めるため、霧の中で力尽きるまで戦った。…そう結論づけていたが、そうか…生きているかもしれないのか…っ!」

 

 カイトさんは嬉しそうに、最後の選ばれし艦娘の生存の可能性を喜んだ。そんなカイトさんをユリウスさんが窘める。

 

「待て。南木鎮守府にはドラウニーアがいる、アイツが選ばれし艦娘を捨て置くはずはない。生き残っているなら何らかの手段で始末しようとするはずだ、君たちに水を差すわけではないが、本当に助けたいなら油断は禁物だ」

「…っ、そうだね。…っはは、僕もまだまだだな、済まないユリウス殿。彼女は加賀と共に幼い頃から僕の面倒を見てくれていた。…叶うなら助けたいんだ」

「…そうか、ならば救おうじゃないか? タクト君もそれで良いね?」

 

 ユリウスさんに問われると、僕は頷きながら席を立つと会議室を見渡し、改めて目的を定める。

 

「はい、最後の選ばれし艦娘を必ず救出し…ドラウニーアの野望を打ち砕きます!」

 

 僕の宣言に、仲間たちは力強く頷き肯定の意を返してくれた。

 

「よぉーっし! 私も頑張るよぉ、って…今更だけど私たちここまで大事な話聞いて大丈夫なの?」

 

 マユミちゃんはやる気になってくれてるけど、確かに(言い方悪いけど)部外者に重大な話聞かせすぎじゃない? などと思っていたら、ユリウスさんとカイトさんが付け加えた。

 

「マユミ君だったね? 君は奇しくもドラウニーアと二度も関わっている。粛清の夜は事実上の失敗だったが、アイツが代替案を立ててないとは考えにくい。もしこの最終決戦でアイツを逃せば、君も狙われる可能性が高い。私としては連合の保護下に居てもらえれば一先ずは安心だが?」

「連合としても君を放置するわけにはいかないな? そもそもアレが何の目星も無しに、君やエリ君たちの乗った馬車を襲ったとは考えにくい。何らかの適正があったことを調べていた可能性がある。ユリウス殿も否定出来ないと言っている以上、君には我々の下に来てもらえたら有難いのだが?」

「ふえぇ!? でも私マーミヤンで伊良湖ちゃんを手伝わないとだし…?!」

 

 マユミちゃんは突然の申し出に困惑していた。…しかし、隣に居たコバヤシさんは柔らかな微笑みを浮かべて諭すように言った。

 

「いいじゃない、この際だからタクトちゃんたちのお世話になっちゃいなさい?」

「こ、コバヤシさぁん!?」

「タクトちゃん聞いてぇ? マユミちゃんってば最近は口を開くと「タクトたちどうしてるかな、金剛元気かな? 皆大丈夫かな〜?」って私に愚痴ってくるのぉ。そんなに心配なら一緒に居れば良いのよ!」

「そうなんだ、僕らは全然大丈夫だけど?」

「ほら、タクトちゃんもこう言ってるし、行って来なさい? 伊良湖ちゃんには私から言っておくから…ねぇ?」

 

 コバヤシさんの説得は、マユミちゃんを大いに悩ませているようで「うぅ〜」と可愛らしい唸り声を上げていた。そんな彼女にトドメをサしたのはエリだった。

 

「マユミ、私も貴女が来てくれたら嬉しい! 記憶が戻ってからずっと気掛かりだったから、またお話しよ♪」

「エリちゃん……ん〜っ、分かったっ! 私も皆と一緒に戦う!!」

「待ってまって!? マユミちゃんは戦わなくて良いんだよ、ね?」

「ふふふ…タクト分かってない! 女の戦いは「料理」と「家事手伝い」だよ! 私の取り柄ってそのぐらいしかないけど、私に出来ることでタクトたちをサポートしたい!」

 

 ま、マユミちゃんが燃えている…;

 こうして、要塞食堂の看板娘「マユミ」は一時的に僕らの鎮守府の…家政婦? 間宮さんみたいな立ち位置か。とにかく仲間になってくれた、これは心強い。正に──

 

「"補給艦マユミ"、爆誕…(ボソッ)」

「っ!!? し、時雨さ〜ん…?」

「あはは、冗談だよ。……ねぇ?」

 

 う〜っわ、悪い笑顔! でも何だか賑やかになってきたことは確かだ、僕も素直に嬉しい。

 

「はは、良かったじゃないかタクト君?」

「あはは…おっとっと、それでユリウスさん、具体的にはどう動けば良いですか?」

 

 ユリウスさんは僕の疑問を受けると、これからの考えを伝えた。

 

「先ずは、南木鎮守府の現状を把握したい。現地に行って調査を行ってほしい、ぁあ、黒い霧自体は南木鎮守府周辺に漂っているだろうが、決して無闇に近づこうとするなよ? 天龍君たちに霧の耐性はあるかもしれないが、霧の中には凶暴化した深海棲艦が居るからな、大規模な艦隊行動が望ましい。望月の力を借りて私の方で「霧対策の装備」を造ろう。時間は掛かるがその間にクロギリ海域周辺で異変が起こっていないか、調べて報告してほしい」

「装備開発に、海域周辺の調査、そして大規模艦隊の編成、時間は無いから早急にお願いしたい。準備が出来次第…南木鎮守府突入を敢行する!!」

「はいっ!」

 

 僕はカイトさんの宣言に力強く頷きを返した。

 いよいよ決戦だ…クロギリ海域にどんな光景が広がっているのかまだ分からないけど…僕らは出来ることをやらなくちゃ…!

 

「…タクト」

 

 僕が人知れず意気込んでいると、翔鶴が近寄って来た。言い知れぬ不安の表情を浮かべて僕を見つめていた。

 

「どうしたの、翔鶴?」

「…先に話しておこうと思うの、私の過去に…南木鎮守府に何があったのかを」

「…っ!」

 

 翔鶴の不安の色に隠れた決意を感じ取り、僕は彼女を見つめ返し、無言で頷いた…。

 

「…(コマンダン、ボクは……)」

 

 ──その裏で、野分が恐怖に震え圧し潰されそうになっているとは、知らずに…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──クロギリ海域、デイジー島。

 

 色鮮やかな花が咲き乱れる木々の間から、こぢんまりとした木造の小屋の姿が見えた。

 人の気配がする、窓の外側から中を覗くと女性が本を片手に何かを言い聞かせるように語りかけていた。

 

「魔王は言いました、"勇者よ、貴様如き小さな存在が我に歯向かうか!" 魔王の言葉に勇者の仲間は怖気付いたように後退りします。しかし…可憐な勇者は前に進み出て高らかに宣言します。"えぇ、貴方を倒してこの世界に光を取り戻す。それが私の使命だから!" …勇者のどんな相手にも物怖じしない凛とした言葉は、仲間たちを励まし勇気付けました」

 

 床に座った女性は絵本を読み聞かせているようだ、彼女の前にはボロボロの布に包まった二人の少女。彼女たちの目蓋は重く今にも閉じそうであった。

 

「激しい戦いが続きました、それでも勇者は諦めなかった。長いながい戦いの果てに…遂に勇者は魔王を打倒し世界に平和を取り戻したのです」

 

 お終い──パタンと絵本を閉じて柔らかな笑みを浮かべる女性。

 二人の少女の内一人はすやすやと眠りについたようだ、もう一人も薄く目を閉じていたが、中々眠らなかった。

 

「…眠れない?」

 

 女性が静かに問いかけるが、少女は気になることがあるようで、うつらうつらしながらも尋ね返した。

 

「…シスター、私たち帰れるかな? あの霧全然晴れそうにないし…私…提督や皆に……会いたいよ…」

 

 少女の不安を垣間見て、シスターと呼ばれた女性は表情を一瞬曇らせる。しかし努めて笑顔を作るとこう言った。

 

「大丈夫、"彼女"があの霧の中で戦っている、彼女は強い…誰よりも。だから…彼女があの霧を何とかするまで、私たちは信じて待ちましょう?」

「……うん、分かった。…ふあぁ…おやすみシスター」

「はい、おやすみなさい」

 

 少女は欠伸を一つすると、目蓋を閉じて寝息を立て始めた。

 

「………」

 

 シスターは少女たちの就寝を確認すると、立ち上がって窓に移動する。そのまま窓越しに外の景色を見る。

 空一面を暗雲が覆い隠し、強風が吹き荒れる。正に闇が支配する世界…その渦中で戦う戦士を思い出すと、不安が襲って来た。

 

「…大丈夫、約束ですもの。私は…信じています」

 

 自分に言い聞かせるように、彼女は黒い空を見上げながらそう呟いた。

 

 荒んだ世界に取り残された少女たち、彼女たちを救う手は、伸ばされるのか──

 




○ 鎮守府崩壊事件

 各海域の治安維持に努める艦娘たち、彼女たちの拠点であった鎮守府が、数年前の深海棲艦のテロによって壊滅した。
 深海棲艦が現れるまで、脅威らしいモノも居なかったので警戒心が緩んでいたのだろう。その緩みが現在の状況…主要鎮守府群の崩壊を招いたのだろうな? …何処かで聞いた話だな、耳が痛い。
 その中には翔鶴の居た南木鎮守府も含まれていた、このまま深海棲艦が世界を…と思っていたら、彼女たちの攻勢はある日を境にパッタリと無くなった。
 連合は彼女たちを脅威とみなし、劣勢を覆そうとするが…矢張り人手不足が祟り、今まで反撃も出来ずただ傍観する他なかった。
 更にドラウニーアたちの反旗により、この問題は「有耶無耶にせざるを得ない」状態と相成った。
 おそらく彼(ドラウニーア)が計画の一部として実行したのだろう、彼には深海棲艦を操る術があるからな? 鎮守府という数多の障害は排除しておきたかったと見える。
 この深海棲艦を中心とした問題は、ゼロ号計画を阻止したとしても変わらないだろう。先ずは大元を断つことだが…この先の彼らには課題が山積みだろうな?


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追憶─ 風声鶴唳 ─ ①

 もしもし私作者。今アニメカ○ジ見てるの。
 クズな性格の主人公が、それ以上のクズや邪悪を超越した存在たちがひしめき合っているおかげでまともに見える、不思議!

 …あ、次の投稿は暫く間が空くと思われます、"宿毛"があるので…。



 ──名も無き鎮守府、艦娘自室。

 

 僕は翔鶴の部屋へ招かれ、今彼女の部屋のベッドに座っている。

 こういうシチュエーションに憧れがないって言ったら嘘になるけど…いや駄目だな、真面目にやろう。

 ここに呼ばれた理由は、彼女が自身の過去を僕に聞いてほしい…とお願いをして来たから。随分と鎮痛な顔持ちで僕を見つめる彼女は、まるで路上に捨てられて鳴いている仔猫のようだった。

 

「…ふぅ」

 

 僕の隣に翔鶴が腰掛けた。

 最初に出会った頃は、誰も近づけさせまいと刺々しい態度を取り続けていた彼女、でも…僕や他の艦娘たち、任務中に出会った様々な人と接する内に、大分丸くなったと思う。…そんな彼女の過去、それはあの態度に裏打ちされる「辛い過去」であると予想出来る。

 それを証明するように、彼女は今も辛そうな表情を浮かべ中々口を開かない。

 

「…翔鶴?」

 

 僕は翔鶴を落ち着かせるため、彼女の背中を摩ってみた。ちょっとカッコ悪いかな? こういう時気の利いた言葉を掛けられたら良いんだけど、僕には…これしか思い浮かばない。

 彼女は少し驚いた様子だったけど、僕に向けた表情は段々と「安堵」に変わっていき…そして──

 

 ──ぽふっ

 

「…っ!?」

 

 翔鶴は徐に距離を詰めると、自分と僕の身体を密着させた。

 

「しょ、翔鶴?」

「こうした方が落ち着くと思ったの、不快なら止めるわ」

「…いや、別に嫌とかじゃ……」

「…良かった」

 

 僕らはそのまま肩を寄せ合う形で、何も言わず静かにしていた。

 

「………」

 

「…………」

 

「…聞かないの?」

「いや、翔鶴から言うものだと思って? あんまり強引に聞くのもちょっと…」

 

 翔鶴は「はぁ…」と溜息を一つ吐くと、僕の甲斐性の無さを詰る。

 

「あのねぇ…私がこうして呼んで、それでも何も話さないなら…切っ掛けを与えようとか、そんな優しさはないの?」

「いやいや、話したくないことを無理に話させるわけにはいかないでしょ!?」

「だから、話さないとっ! …私が…どうにかなりそうだから」

 

 一瞬口ゲンカになりそうな雰囲気だったが、翔鶴は語尾から消沈していく。

 …確かに彼女の言う通りだ。これから赴く海域はほぼ間違いなく、彼女と「因縁浅からぬ」場所。彼女の過去…アンダーカルマと関係していることは確実だ、気持ちの整理も込めて彼女の不安を吐き出しておかなくては、何にも向き合えない。

 

「…ごめん、配慮が足りなかったよ」

「いいのよ、私の方こそ…面倒くさいオンナで、ごめんなさい」

「…ははっ、君がそこまで殊勝な態度になるなんてね?」

「揶揄わないでよ、もう…」

「ははは…じゃあさ、ちょっと昔話しようよ。君が話しやすくなるように…僕らの出会いを、少しだけさ?」

「…いいわ」

 

 僕の提案に、小さく頷く翔鶴。

 こうして僕らは、ハジマリ海域での出会いを振り返る。

 

「最初は…鳳翔さんの店で紹介されたんだよね?」

「ええ…私は南木鎮守府が無くなった後、深海棲艦を撃退する部隊に編成されていたの。でも最近はアレらが下手に襲撃しなくなったから、部隊が一時解体されて、手持ち無沙汰で…だから、少しでも「戦い」の中に入られるように、最近深海棲艦が出始めたという「ハジマリ海域」を訪れたの」

「えっ、じゃあ君があの場に居たのって…偶然?」

「そうかもしれないわね? 残念だけど貴方のところに赴いたのは、鳳翔さんがあんまりにもしつこくってね、私もあの時は戦うことが出来ればどこでも良かったの」

「うぅ、地味にショック…;」

「下手に慰めて嘘を言ってもいけないでしょ? それに…最初の頃は貴方があまりにもニヤけた顔ばかりするから、私「気持ち悪い」とさえ思ってたわよ」

 

 第一印象は最悪、か。…まぁ仕方ないよね、自他共に認める「気色悪いにわかオタク」だし僕。

 

「それから君は僕の所に来て、加賀さんとの演習を…あ、気になってたんだけどさ、あの時加賀さんが言ってた「適合体」って何のこと?」

 

 僕の言葉に翔鶴は、一瞬暗い表情になるが説明してくれた。

 

「…遥か昔に存在した「三大異種族」の因子を特定の艦娘に移植する、それにより特異な能力を宿した艦娘を適合体と呼ぶわ」

「…えっと、それって君の場合は「エルフ」の力を持ってるってこと?」

「あら、知ってるの?」

 

 何だか意外そうな反応をした翔鶴に、僕の世界にもそういった存在が伝わっていることを簡単に伝えた。翔鶴は不思議そうな顔をして頷いた。

 

「そうね…かつて森の民と呼ばれていた「エルフ」は、体内にマナを蓄積出来て魔法を自在に操っていたわ。土の民の「ドワーフ」は手先が器用で、装備開発に長けていた。獣がそのまま人になったような「ワービースト」は、高い知性と身体能力を有していると聞くわ」

「成る程、適合体はその能力を受け継いでいる…ってことか?」

「そうなるわね」

 

 翔鶴の肯定に、僕は──

 

「…カッコいい!」

 

「…えぇ?」

「あぁごめん、不謹慎かもしれないけどさ? やっぱりいいじゃない。かつて存在した太古の異能を宿した艦娘、特撮によくあるヒーロー像みたいで良いね〜って思って! 大きな力に振り回されながらも苦悩して、他者を守るために全力で身を捧げる、ちょっと妄想入ってるけど、そういう在り方は…僕は好きだな?」

 

 眼をキラキラさせながらの僕の熱弁に、翔鶴は困惑した様子を見せたが…程なくして彼女は──

 

「…っぷ、うふふ!」

 

 思わず笑いが溢れている、それまで不安な表情だった彼女は何処か吹っ切れたような面持ちになった。

 

「…翔鶴、もう大丈夫?」

「えぇ、心配かけてごめんなさい? …っふぅ、そうよね? 貴方が認めてくれるなら…」

 

 彼女は僕の方へ向き直ると、彼女自身の過去について話し始めた。

 

「あれは数年前、私たちの鎮守府がまだ健在だった頃…」

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──南木鎮守府、会議室。

 

「よぉし、皆いるな? 早速会議を…と言いたいんだが、実は新しく配属された艦娘が居てな? 先に紹介するぞー」

 

 数十人の艦娘を前にそう呼びかけているのは、私たちの…かつての「提督」。

 彼は連合の中でも作戦指揮能力、有事の際の行動力、責任感があり、私たち艦娘にも分け隔てなく接していた。とても…優しい人だった。

 そんな彼を信頼する艦娘は多い、より強い感情…愛情を持つモノも少なくなかった。かつての私も…そうだった。

 私は…昔は貴方が言っていたような「性格」だったと思う、不平不満が無かった訳じゃないけど…そんな「悪し」をココロの奥に押し込んで、誰にでも好かれるように振る舞っていたわ。優しい笑顔に穏やかな声色、怒りの感情なんて無いと自分で「思い込んでいた」。

 それというのも、提督に振り向いてほしかったから。彼のような出来過ぎたニンゲンに、ずっと必要にされたら…どれだけ嬉しいだろう、そう思ったから。

 

「提督、その新しい艦娘とは?」

「おぉ、聞くところによると最近方々の戦いで随分な功績を上げた武勲艦らしいぞ? 艦種は空母、因みにソイツも「適合体」のようだ。どうだ翔鶴? 同じ空母として気になるだろ、良かったら面倒見てやってくれ?」

「は、はい…」

 

 戸惑いを隠せなかった私だが、提督の頼みを無下にするつもりはない。寧ろこの新人教育を上手くやれば、彼の気を引くことが出来るかもしれない。そんな下心があった。

 

「さて…おーい、早く入って来い! 皆にご挨拶だー!」

 

 提督がそう言うと、部屋の扉が開いた。

 少し力んでたのか、開いた時の勢いが強い気がした。扉が開いたと同時に足早に部屋に入ると、提督の隣、私たちの前で止まる。

 ──その娘は私たちの方に向き直ると、溌剌とした声で自己紹介した。

 

「初めまして! 連合から派遣されました空母「瑞鶴」と言いますっ! 皆さんのご迷惑にならないよう…えっと……頑張りますっ!!」

 

 緊張の面持ちで手を額の前に持って行き敬礼をする、灰色染みた黒色のツインテールが目を引く、何処か勝気なイメージだが服装は目立たない配色の胴着と、胸当てには迷彩色が施されている。

 よく見ると彼女の耳は、確かに私と同じように長く、それに…顔も何処か私に似ている気がする。

 

「ははは、そう力むな瑞鶴。皆お前と同じ艦娘だし、お前も連合から派遣された以上艦娘の中でも一際強いということ、もっと威張ってもいいんだぞ? ん〜?」

「いやぁ、だからこそワタシも初心を忘れないようにしないと、それにワタシそんなに強くないし、運が良いだけですよ?」

「謙遜するな? あんまり自意識過失だと戦闘パフォーマンスにも関わる、君は充分強い。それはこの場の誰もが分かってるさ? なぁ皆!」

 

 提督の声かけに、私たちも頷く。

 聞いたことはある。確かどんな窮地でも生き抜いて見せる百戦錬磨の艦娘だとか、成る程…だったらこの鎮守府には「お誂え向き」ね?

 この南木鎮守府は鎮守府連合を中心とした主要鎮守府の一つ、それ故にその任務の種類は多岐に渡る。その中では特に、不要な争いの鎮圧や各海域の異変調査などがあった。

 それだけ重要な立ち位置であるから、自然と優秀な艦娘が集まってくる。彼女もそういった理由で召集されたのだろう。

 

「よし、じゃあ翔鶴。瑞鶴にこの鎮守府を案内してやってくれ、それからここでの過ごし方もな?」

「承知しました。…じゃあこれからよろしくお願いしますね、瑞鶴さん?」

「あっ、はい! よろしくお願いしますっ!」

 

 こうして私は、瑞鶴の教育係に任命され暫く彼女と行動を共にした。

 

「…ん〜? お前らやっぱり顔似てるな?」

「っえ? …あ、ホントだ」

 

 ふと、提督が私たちの顔を交互に見回しながらの台詞に、瑞鶴は私を見やると同意していた。

 

「名前も「ショウカク、ズイカク」だから似てるな。よし、今日からお前らは姉妹だ! 翔鶴が姉だろ、となると瑞鶴が妹だなぁ!」

「て、提督…あまり新人さんを困らせない方が?」

「いーじゃん! じゃあこれからよろしくね、翔鶴姐?」

「えぇ…;」

 

 瑞鶴は先ほどの緊張した様子は露と消えて、フランクな態度で私の肩に手を回して来る。私は…彼女のことが分からなくて反応に困った。

 

 

 ──これが、私と瑞鶴の初めての出会いだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 それから一か月後──

 新人である瑞鶴も、この場所に馴染み始めていた。私の教えが良いとかそういう話でなく、彼女の適応力が高いのだ。

 私は教育係として、瑞鶴にこの鎮守府の規則を教える。彼女も理解したと思う。…が、口伝だけでは矢張り限界はある。

 彼女は見た目通りの性格で、血気盛んでそれでいて明るく素直だった。だが…時折寂しそうに俯いては、"煙草"を持ち出して吹かしている。駄目だと言ってもそれだけは聞かなかった。

 

「こうやってタバコ吸わないとやってらんなくってさぁ。っあ、翔鶴姐もどう? おいしいよ?」

「やめなさいってば、もう…」

 

 彼女の型破りな行動はこれだけではない、この鎮守府は提督の他に多くの指揮官を有しているが、嫌味のある者を陰で平然と罵倒したり、香水をつけたり、同じ艦娘でも嫌いなモノをキライと言う。何処かニンゲンのように振る舞う彼女。

 

 私は──そんな彼女に、心底"腹立だしさ"を感じた。

 

 …いいえ、今思えば「羨ましかった」のかも。私と同じ空母で、適合体で、顔も何処か似ていて…そんな私たちの決定的な違いは「自分に正直であるか、ないか」だった。

 艦娘にも「ジン徳」というものがあるかは分からないけど、アウトローのような行動ばかり取る彼女だが、それでも周りは彼女に心を開いて親身に接していた。提督も…そうだった。

 規律を守っているのも、真面目に仕事に打ち込んでいるのも、私なのに…彼女にばかり視線が集まることを、納得出来ない自分が居た。

 でも向き合わないことは許されない、此処は軍隊である以上ルールがある。それを逸脱した行為を看過してると、それこそ教育係である私の責任になってしまう。

 だからと言って、怒りに任せて注意を促すのもあまり得策ではない。下手すれば関係の悪化もあるし、私もイメージの問題があるので、おいそれと言えなかった。

 …先ずは様子見、あまりにも目につくなら言ってしまおう。そんな風にドライな考えになっていた──ある日。

 

「…翔鶴君、これはどういうことかね?」

 

 廊下を歩いていた私に声を掛けて来たのは、提督の部下であり彼より年配の「指揮官」だった。才能はあるがニンゲン性に難がある、というよく居るようなヒトだ。

 彼は瑞鶴の陰口を知り、教育係の私に野次を飛ばしに来たのだ。遅かったみたいね…私は努めて笑顔でいる、反抗すればどうなるか分からないから。

 

「すみません、その事については私から瑞鶴にキッチリ言って聞かせますので?」

「フンッ、どうだかな? どうせ怒るときもそんなヘラヘラ笑っているのだろう、そんなことで更生すると思うか!」

「は、はい。仰る通りです、しかし…」

「しかし、なんだ? それ以上に何をすると言うのだ、全く煩わしい。道具であるなら黙って私の言うことだけ聞いていれば良いのだ、そんな簡単なことも解らんのか!!」

「…っ」

 

 彼もまた、私を含めた艦娘を「道具」として見ている偏見の持ち主だった。

 …どうしたの? っえ…ぁあ、怒ってくれるの? ありがとうタクト。でもね…ここからが面白いのよ?

 

「大体新人の教育も出来ぬとは、監督不行届きも甚だしい! これだから適合体(ばけもの)は!」

「…っ!!」

 

 思わず睨み返す私。

 適合体は、かつての異種族たちの力をその身に宿す艦娘たち。ただでさえ強力な艦娘がそんな異能を身につければ、誰であれ「畏怖」するものだ。

 

「なんだその眼はっ! 上官に対してその態度とは、これは提督に具申する必要があるなぁ? 君もどうなるか…最悪何処ぞの僻地に飛ばされるかもな?」

「っ!! お願いです、それだけは…それだけはっ!」

 

「──ちょっとオッサン」

 

 私たちが言い合いになっていたその時、廊下の曲がり角から姿を見せたのは「瑞鶴」だった。真剣な表情で年配指揮官を、静かに睨み付けていた。

 

「き、君はっ!?」

「瑞鶴…!」

「翔鶴姐はいつもアタシに気遣って、アタシの非行にも眼を瞑ってくれてんの。問題はアタシにあるんだからアタシに直接言ってよ、翔鶴姐を巻き込まないで」

「何だと!? き、貴様なんだその口の利き方は!! 仮にも上官の私に向かって、これだから艦娘は」

 

「あん…?」

 

 ギラリ、と眼を光らせる。瑞鶴の歴戦の強者の証たる眼光に、指揮官は口を思わず引っ込める。

 

「ひっ…!?」

「…じゃあ良いよ、アタシが提督に「指揮官が翔鶴姐を虐めてました」って言うから、こういうのは言ったもの勝ちだものね?」

「っな!? そんな話が通る筈がない! そんなことしてみろ、貴様らただでは」

 

()()()()()()?」

 

「っ!? ず、瑞鶴やめなさい!」

 

 私はすかさず暴言を吐き続ける瑞鶴を止めに入る、それでも彼女は言葉を絶やさない。

 

「翔鶴姐、コイツここで止めないとずっと虐め続けるよ。ちょっとしたミスで怒り続けるよ、コイツはアタシらを程の良いサンドバックとしか思ってない、翔鶴姐はそれでいいの? 嫌ならイヤって言わないと…終わりは来ないよ?」

「っ! 瑞鶴…」

 

 彼女は目の前のニンゲンが嫌いだとか、そんなことを言っているわけではない。

 タニンに左右される人生が嫌なら、それを意見として発信しなければならない、そうしなければ「彼ら」は理解しない。それは私でも分かりきっている、でも…それは果たして「道具」に適用されることなのか、そう思った私は今まで異を唱えることなど、許されないと考えていた。

 

 だから…彼女の考え方は正に「目から鱗」だった。

 

「き、貴様…道具の分際で…っ!」

「アタシら道具であることは認めるとこだけどさ、そのアタシたちがイノチ預ける指揮官が、小心者の陰湿ヤローなんて冗談じゃないってぇの。何なら一緒に提督に掛け合って見る? いびり易い翔鶴姐に言い寄った以上、どっちが悪いかなんて火を見るより明らかだけどさ!」

「ぐぐぐ……っ!」

「…まぁ、クビになりたくなかったら、これからはもう注意する相手を間違えないでね? アタシたちもそんなこと言うつもりないし。だからこれからは仲良くしよう? …オ・ジ・サ・ン?」

 

 瑞鶴の一見無茶苦茶な意見だが、これ以上反発したら本当にどうなるか、何を仕出かすか判らない。それを理解していたのか、指揮官は苦虫を噛み潰したように顔を歪める。

 

「…仕方ない、今日はこれまでにしておこう。ッフン、何だ貴様ら…顔が似とるからって姉妹の真似事かっ、全く馬鹿馬鹿しい…っ!」

 

 捨て台詞を吐きながら、指揮官は背を向けてその場を逃げるように後にした。

 

「…瑞鶴?」

「うっ、翔鶴姐ごめん…我慢出来なくってさ? 一応提督には今回のこと伝えとくからさ、もし何かあったらアタシに言ってね。罰として掃除! とかなら手伝えるし?」

 

 頭を抱えて困った顔をする彼女を見ていると…何だか怒ることも阿呆らしくなってしまった。

 

「…っふぅ、もう良いわよ。貴女がどうしようもない「馬鹿」だってことは、よく分かったわよ」

「あはは、言うねぇ。…んじゃ、一本やっとく?」

 

 瑞鶴は懐から煙草の箱を取り出すと、煙草を一本差し出してきた。

 全く…私はそう呆れたが、興味本位で煙草を受け取り、瑞鶴のポケットライターの灯で煙草に火を着ける。

 

「…けほっ、けほ!? …思ったより美味しくないわね」

「そのうち慣れるよ。ぁあ、これからは勤務中は吸わないようにするから…ごめんね?」

「それだけの話じゃないんだけど…まぁ、いいわ」

「そうそう、細かいことは気にしな~い♪」

「もうっ…ふふっ」

 

 この一件から、私は彼女の見方が変わり始めていた。

 お互いにない個性に惹かれ合い、どちらかが失敗すればそれを補い合う。…そう、それこそ「本当の姉妹」のような関係になりつつあった…。

 

 ──To be continued …

 




○三大異種族

 遥か昔に存在したと言われる、人間のような姿をした異能を持つ種族、その内訳として──

 ・エルフ:森の民と呼ばれた魔法を得意とする種族、森の動物を狩猟するための弓を得物とし、特徴的な長耳がある。

 ・ドワーフ:土の民と呼ばれた鍛治を得意とする種族、穴蔵の中で土埃の舞う中、鉄を叩く音を響かせていたのでその通称で呼ばれた。髭や髪の毛といった体毛が長い。

 ・ワービースト:獣が人に近づいた種族、高い戦闘能力と知性を誇り、一部では人間と一番友好的な関係を築いたとされる。

 奇跡の少女の時代に、その存在が確認されている。一説では彼女の仲間の中にも三大異種族の姿が在ったと言われている。
 奇跡の少女が消えた後、時代の流れによりそれぞれの理由で「絶滅」した。

・・・

○適合体

 上記の三大異種族の特異な能力を、艦娘に持たせるように建造された、より強力な力を有した艦娘たちを示す。
 主に主要鎮守府群にで姿が見られる、その能力故により過酷な任務を任せられることが多いので、彼女たちは主要鎮守府において「エリートの象徴」として見られている。
 …が、その力のため周囲から「化け物」として蔑んだ視線を送られている。ただでさえ扱いの酷い艦娘たちの中でもより確かな差別がある、それが適合体だ。
 適合体自体は海魔大戦時に建造され、海魔の大元を倒すのに一役買ったが、平和な時代には彼女たちの力は大きすぎた…という訳か。なんと残酷なことか…そうと解っていれは…。


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追憶─ 風声鶴唳 ─ ②

 戻りました。あれから3ヶ月近くですか? 長いですねぇ。

 それはそうと、このお話整合性つけるため溜め込んでたんですけど…脅威の「4話編成」になりそうです、長いですねぇ。

 あと2話、確認出来次第投稿します。お待たせします〜。


 ──瑞鶴配備から一年後。

 

 あれから私たちは、激戦区となった戦場や高難易度の任務に駆り出されるようになった。

 というのも、瑞鶴が啖呵を切ったおかげで「年配指揮官」に目をつけられてしまい、何処から持って来るのか生半可ではないミッションばかりを私たちに押し付けるようになった。それまで鎮守府周囲の警戒やら輸送船護衛等を担当していた私からしたら、目まぐるしく世界が変わるような感覚だった。

 

「ごめん翔鶴姐、ワタシだけなら良かったんだけど…翔鶴姐を巻き込んじゃった…」

「全くよ。でも…これはこれで悪くないわね、私刺激に飢えてたのかも?」

「…っぷ! 何ソレ? あはは…!」

「うふふ…!」

 

 私に対し罪悪感を感じしきりに謝ってくる瑞鶴を茶化しながら、私たちは任務を全うしていった。

 

 ──そんなある日、転機が訪れた。

 

 提督室に呼び出された私たちは、提督から用件を伺っていた。

 

「お呼びですか、提督?」

「よぉ! カクカクコンビ、待ってたぜ?」

「か、かくかく…?」

「あはは、それを言うならカクカク姉妹じゃない?」

「ちょっ、瑞鶴! 提督に失礼よ、もう貴女はただでさえ目をつけられているんだから…」

「っうぐ!? ごめんなさい…」

 

 私に怒られた瑞鶴が素直に謝ると、提督はその光景を大いに喜んでいた。

 

「うんうん、翔鶴も大分砕けてきたな。瑞鶴が良い影響を与えたようで、結構けっこう!」

「て、提督…そんな…お恥ずかしいです」

「良いよ、これぐらいが丁度いいんだからさ。…さて、そんな仲睦まじい君たちに、折いって頼みがある」

「頼み…?」

 

 私と瑞鶴はお互いに目を合わせて驚きを表した。

 私たちと年配指揮官のいざこざは、提督なら耳に入れていてもおかしくない。やり過ぎだ、ぐらいの説教ならまだしも「頼み」とは?

 

「実は新しく部隊を新設しようと考えていてな? 南木鎮守府絡みだけでなく「全海域」の平穏を守るための任務に従事する、そんな手練れ揃いのな? 君たちには…是非その部隊に行ってほしい」

「…っ!?」

 

 何と、提督は私たちを精鋭部隊に入隊するよう促してきたのだ。

 彼曰く、この部隊には各主要鎮守府から集められた選りすぐりの艦娘たちを配備するようになっていて、連合総帥直々のお達しなのだそう。

 南木鎮守府にはかつての海魔大戦で活躍した歴戦の指揮官、艦娘が数多く在籍している。世界がまずまず平和になったとはいえ、まだ一部の海域では紛争も絶えないと聞く。秩序を守るには小さな異変を見張ることも大事だが、私たちのような「実力者」を腐らせるわけにもいかない──

 

 …と、提督は私たちに事の次第を聞かせてくれた。彼の言いたいことも尤もだ。だが…まだ分からない。

 

「それだけ? ホントにそれだけなの? 秩序とか平和を守るとかって「艦娘騎士団」の仕事じゃない? ウチらは海域の異変を解決することが主な仕事…じゃないの?」

 

 瑞鶴は私が言いたかったことをズバリ言ってくれた、普段なら厳しく言うところだが、私自身も気になるところなので見逃す。

 提督は…言われると分かっていた、そういう反応をする。頭を掻いてバツが悪いようにしていると、程なく訳を話してくれた。

 

「実はな…その件の艦娘騎士団、どうも「崩壊」したようなんだ」

「…えっ!?」

 

 完全に予想外の一言だった。

 艦娘騎士団…この世界に住む者なら一度は聞いたことはある、世界平和のため武力による紛争の根絶と秩序の維持を目的とした集団。かつての海魔大戦でも連合と共に海魔の大元を打倒した。

 その後は50年にも渡り世界中の戦争を止めるため活動を続けて来た。最近は提督の代替わりで活動が消極的…というより艦娘騎士自体が数少ないモノになって来たので、行動が制限されていたとか。

 確かに落ち目は見えていたのかもしれない、それでも…あの艦娘騎士団が「崩壊」とは?

 

「ほら、あそこの鎮守府は国として民を統治していたのは知ってるだろう? 詳しくは分からないが大多数の艦娘騎士が「一斉蜂起」したらしく、その際多くの民を「虐殺」していったようでな?」

「っな!?」

「…その話、本当なの?」

「間違いはないだろう、俺も半分信じてないが…最近は妙に向こうの活動が大人しいし、こちらから連絡を入れても反応はないからな。おそらく…そうなのだろう」

「そんな…それが本当なら一大事じゃないですか!?」

 

 私は慌てふためきながら大声を上げる、提督はその行動を「口に人差し指を持ってくる」動作で停止した。

 

「…言い忘れてたが、この事は極秘事項だ。お前たちには話すが…艦娘騎士団崩壊の事実は、無闇矢鱈に口外するなよ? それこそ一大事になる」

「は、はい…」

 

 提督の低く真剣な声色に、私は押し黙った。彼がこの声や、今のような鋭い眼差しをするときは…本当に「不味い事態になった」ということ。

 それでも提督は柔らかい笑みを浮かべると、私たちへの説明を続けた。

 

「だからだよ、本当にそうなら今まで荒事を一任していた連合にとっても痛手だ。混乱を招く前に艦娘騎士団に代わる組織を構成したい、そうしなければ良からぬ輩によって「世界秩序そのものが崩れる」可能性がある」

「な、成る程…」

「…で、その部隊員選定の中でお前たちの噂を聞いてな? ナベさんの無茶振りを文句一つ言わずに遂行したお前たちなら、この新設部隊の激務にも耐えられるだろう」

「…やっぱ知ってたんだ、あのヤローが「嫌がらせ」してること」

 

 瑞鶴の問いに頷く提督だったが、すぐに訂正を加えた。

 

「あんまりナベさんを恨まないでくれよ? 優秀であることは確かなんだが、ちょっと気難しいとこがあってな。俺も再三注意はしてるが…はは、まぁ本人も良かれと思ってやってるみたいだから、目を瞑ってやってくれ?」

「…ぶっちゃけさ、あの人が居なくても大丈夫なんじゃないの? そういうのばかり目立つ人が居たら艦隊の士気にも関わるだろうし、何より…翔鶴姐を乏しめたアイツを、アタシは簡単に認められそうにないよ」

「瑞鶴…」

「お前の言いたいことも解るよ、瑞鶴。俺だってそんなことやられたら悔しい、だが…ナベさんの作戦指揮能力や先を観る眼は確かなものだ。組織としては彼の能力を卑下出来ないんだ、俺も注意深く見ておくから…すまんが、理解してもらえないか?」

 

 提督の言葉に──不服そうに苦い顔をしているが──無言で頷いた瑞鶴。

 

「よし! じゃあ早速だか君たちに会わせたい娘が居るんだ、その娘も新設部隊に入る予定だから、顔合わせだな?」

「へぇ〜、どんなヒトなの?」

「隣の部屋で待たせてある、じゃあ行こうか? これから色々大変だが…お前たちなら必ずやり遂げると、俺は信じているぜ!」

「分かりました提督、必ず…貴方の期待に応えてみせます!」

「おぅ、期待してるぜ…翔鶴!」

「はいっ!」

 

 ──こうして、私たちは新設特務部隊に入隊することになった。

 その後、私たちの下に集まった艦娘は皆「適合体」であったことから、いつしか周りから「異能部隊」と呼ばれるようになっていった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──更に一年後。

 

 私たち異能部隊は、結成から一年まで様々な高難易度の任務を遂行していき、今では南木鎮守府と連合の代表として、着実に新たな「楔」として機能するようになっていった。

 艦娘騎士のように各地の紛争を止める…などと言うわけにはいかないけど、海域中に点在する国は──私たち異能部隊の存在を懸念して──他国への侵略を踏み止まる程度には影響力が出て来た。まぁ…それでも内紛や反乱は流石にどうにもならないみたいね。

 少数精鋭で任務を速やかに行い、争いの火種を迅速に鎮静化する。あらゆる武器兵器を以ってしても彼女たちを止めることは不可能、彼女たちの「古の力」はそれだけで現代において、最も強大な力である──異能部隊とは私たちを「畏怖」することから呼ばれた皮肉でもあった。

 何故適合体ばかりの艦娘部隊を創ったのか、提督にそれとなく聞いてみたことがある。彼は──申し訳なさそうな苦笑いをして答えた。

 

「あの時は本当に緊急事態でさ、騎士団崩壊を公式に伝えるまでの短い期間に、彼女たちに成り代わるような精強な部隊結成を強いられてるようなものだからなぁ? だから…誰が見ても「あぁ、これは強い。強くない訳がない」って思わせる必要がある」

「…適合体は三大異種族の因子を宿した艦娘、それぞれ特殊な力を有する強力な兵器。確かにそれなら「誰が見ても強い」と思われますね?」

「そういうこと。秩序の均衡を保つためには、これが最適解だと思うよ? …まぁ、君たちを利用するみたいであんまり気が乗らないのも事実だけどな? はは…」

「提督…」

 

 提督の言葉に、私はそれだけで胸が熱くなった。

 彼は聡明な頭の持ち主で、今だって艦娘騎士団崩壊後の問題を解決せしめた。でも…それに加えて「人情味」に溢れたヒトでもあった。私たちはそんな提督を慕い、彼もまた私たちを頼りにしてくれる…彼と私たちはそんな間柄だ。

 

「ご心配ありません提督、私たちは貴方の部下であり兵器です。貴方のためなら…皆喜んで力を振るうでしょう」

「…ありがとな翔鶴、お前には本当に迷惑かける……俺にとってお前は──」

「…?」

 

 私の顔を見て何かを言いかけた提督だったが、直ぐに顔を背けて「何でもない」と言う。

 

「とにかく、これから忙しくなるだろうから。頑張ってくれよ!」

「お任せください!」

 

 提督の期待に応えたい一シンで、私は力強く回答した。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 アサヤケ海域は複数の小島と、中心に据えられたようにある大きな島があるのだが、南木鎮守府はその島(本島)から少し離れた島に建てられた。

 天然の要塞とでも言うべきか、木々の生い茂る巨大な土壁が周囲を覆い、その中の湖の中心に築かれた大理石製の立派な建物…それが南木鎮守府。

 鎮守府への入り口は壁面正面に開けられた洞(ほら)しかなく、万が一敵襲があったとしても、一つの入り口に数人の艦娘が交代制で見張っているので対応でき、仮に空襲があっても、鎮守府付近に建てられた監視塔に備え付けられた機銃が対象をハチの巣にする。

 南木鎮守府はかつての「海魔大戦」時の主要戦線拠点の一つでもあったことから、その防衛力などは他の拠点より頭一つ抜けて強固なものだった。

 

 ──誰も南木鎮守府が「崩壊」するなんて、微塵にも思わなかった…。

 

 まぁ、この時は深海棲艦も現れてなくって、現れると予想されたのは精々艦娘や連合を快く思わない反乱分子の奇襲程度だったんだけど?

 …とにかく、この日も私たちは異能部隊の拠点である「南木鎮守府」へと任務からの帰投を果たしていた。

 

「たっだいまー!」

「瑞鶴ったら…そんな大声出さないの、子供みたいに思われるわよ?」

「なはは、ゴメンごめん~♪」

 

「──良いじゃないですか翔鶴、私たちにとって此処は「我が家」同然です。瑞鶴が子供のようなことは皆知ってますよ?」

 

 隣でニコニコと私たちに笑いかける女性がいた──異能部隊のヒトリで私たちと同じ「エルフ」の因子、特性を持つ艦娘「サラトガ」…通称シスター。

 異能部隊の主力空母であり、いつも笑顔を絶やさない──兵器としては異端な──慈愛に満ち溢れた人物だ。

 シスターは提督から異能部隊の結成を持ちかけられたあの日、隣の部屋で初めて顔を合わせた。提督の話では「イソロク」の肝煎りで再現された「ベイ艦娘」の一隻だとか? ベイとは遠い異国の地の名前と言われたけど…?

 

 …ん、そう。タクトも知っているのね? ……へぇ、ベイってそんなに凄い国なんだ、ちょっと信じられないけど…何故かしっくり来る自分がいるわ。

 

 話を戻すわ。…シスターは話の通り実力は高く、それでいて裏がなく穏やかで優しい性格だった。私も羨ましいぐらい…でも、この時の私は何処か彼女を訝しんでいたわ。

 兵器として任務に忠実にあるだけでなく不服や無理な話だと感じたら、直ぐに提督なり私たちなりに相談していた。皆を思いやるその姿がどこかニンゲン染みていて……提督は何も言わず意見を取り入れてくれるし、周りのニンゲンたちもただヒソヒソと嫌味を言うだけで実害があるわけじゃない。だからこそ余計に…彼女には何か「思惑」があるのではないか、そう勘繰る自分が居たわ。

 

「そ、そうよね。私ちょっと厳しすぎたかしら? あはは…」

「そうですねぇ。でも…サラはそれが貴女なりの優しさだとも思うから、気を悪くしたらごめんなさいね?」

「…っ」

 

 こんな風に、私のことを知ったような口を聞いて、謝りながらもそれとなく諭してくる。それが…私には何処か「間違いを質されている」ような気がして、嫌な気分になることもあった。

 勿論、彼女は良いヒトだったわ。悪いのは…私、私は彼女や瑞鶴のように自由に振る舞えない。それをしたら…私は兵器(ワタシ)で無くなるような、そんな被害妄想があったの。──怖かったんでしょうね? 自分に素直になることが。

 

「そうそう、翔鶴姐は私が心配なの! 口ではなんだかんだ言ってるけどね? シスター解ってるじゃん!」

「ウフフ、そうですか?」

「…はぁっ、全く。茶化してる暇があるなら、早く提督に報告に行きなさい?」

「えぇ〜っ!」

 

 そんな私たちが一緒のチームとしてやっていけたのは、合間に瑞鶴が入って緩衝剤になってくれたから。私は…そう思っている。

 

「──皆! 報告なんて後にしてスイーツ食べに行こ、私もう待ちきれないよぉ〜」

「ぴゃあ、酒匂もスイーツ食べるぅ。食堂のおばちゃんの限定ケーキ食べたぁい!」

 

 私たちの背後から呑気なことを言ってるのは、適合体の一種「ワービースト」の因子を持つ艦娘たち、金のおさげ髪と黒基調軍服を着た「プリンツ・オイゲン」と幼い顔立ちと意地らしく立つ頭の髪の毛、特徴的な語尾の「酒匂」。

 ワービーストの特徴として、頭の左右に「モデルとなった種族の耳」がある、たとえプリンツなら「モデル:キャット」であり、頭の上には三角の耳が生えている。酒匂は「モデル:ドッグ」で丁度人の耳のある位置に犬耳が垂れ下がっている。

 

「──あ、酒匂ちゃん。服にゴミがついてるよ。…はい、大丈夫です。ね♪」

 

 何処か緩やかな雰囲気を纏っているのは「ドワーフ」の因子を持つ適合体の艦娘「由良」。ドワーフは外見的特徴として「一部分の毛が長くなる」と言うけど…彼女の場合は髪の毛が異様な長さになり、それらを一纏めにしてポニーテールとして結いリボンで巻いている。手入れは大変だと本人も多少の愚痴を零していた。

 手先が器用で彼女が異能部隊に配属されてから、施設設備の補修を担当して助かっていると提督の談。ドワーフは物づくりの才能がある種であるため当然ではあるが。

 

「ありがと由良ちゃん! ねぇねぇ由良ちゃんもスイーツ欲しいよね?」

「え? んー、私はどっちでも。っあ! 私が報告に行くから皆で先にスイーツ食べて来なよ?」

「そんな、悪いわよ由良。行くなら私も一緒に行くわ!」

 

 私は由良の優しさに遠慮して、彼女と共に報告をしようとした──本当は、提督と二人きりになる彼女を邪魔する…そんな思惑もなかったわけでもないわ。私…こういう我の強い性格だと分かっているから、あまり自分を出したくないの。

 そんな私に柔らかい笑みを浮かべた由良は、遠慮しないで? そう言いながら静かに言葉を紡いだ。

 

「今回の任務は、翔鶴ちゃんたちの航空支援がなければ達成出来なかった。ううん…貴女と瑞鶴ちゃんにはいつも助けられてばかりで──だから、このぐらい私にやらせて? こんなことぐらいでしか…私は役に立てないから」

「由良…」

 

 由良は何処か自分の力に自信がないのか、相手を立てた上で自身の実力を卑下することが多々あった。でも…私たちこそ彼女に助けられていた。彼女の航空機メンテナンスがなかったら、私たちも全力を出せないのだから…。

 でも、当時の私は──内心はそれを理解していても──彼女の謙虚過ぎる態度に苛立ち、それを隠して笑顔を取り繕い、彼女の優しさを敢えて否定してみせる。

 

「由良、そんなこと言わないの。私たちは皆で一つの艦隊なんだから、貴女が居なければ私たちが困るもの」

「翔鶴姐の言う通りだよ、皆で一つのチームなんだから! 誰かが役立たずなんて…そんなことないんだよ、絶対に」

「翔鶴ちゃん、瑞鶴ちゃん…。うん、ごめんね? こんなこと言って」

 

 瑞鶴と一緒に諭したことで、由良は先ほどの言葉を謝罪する。それでも薄暗くなった空気はどうしようもなかったが──それを見かねたシスターは話を纏めた。

 

「ほら、だったら皆で報告行きましょう? その方が提督も私たちの無事を確認出来ますし、誰も不満は無いはずです。…良いですかユージン、酒匂? 後で一番美味しいスイーツを奢りますから♪」

「ぅえ!? ホント〜! やったやった〜〜♪」

「ぴゅ〜〜〜♪ サラちゃんやるぅ!」

 

 子供のようにはしゃぐプリンツと酒匂。彼女たち二人の我儘は今に始まったことではないが、話が拗れたら大抵シスターが上手く二人を言い聞かせて場を落ち着かせる。本当に…今だから言えるけど、彼女には何度も助けられたわ。

 

「話がひと段落したね、よし! じゃあ執務室まで競争〜ビリの人はスイーツ奢り! はいっスタート!」

「えぇ〜っ!? 聞いてないよぉ! 待ってよ瑞鶴〜!」

「ぴゃあ〜〜、酒匂負けないもんね〜!!」

 

 瑞鶴はプリンツと酒匂たちとよく絡んでいた。彼女たちと競争したり一緒になって話を盛り上げたり…瑞鶴なりに場を和ませようとしていたのかもしれない、彼女にとって異能部隊は…かけがえのない存在になっていったのかも…分からないけど。

 

「早いモノ勝ちだものね〜〜……お?」

「……ぅわ!?」

「ぴゃ!」

 

 瑞鶴は突然立ち止まり、後ろから追いかけていたプリンツと酒匂が瑞鶴の背中にぶつかった。プリンツが少し怒った様子で瑞鶴を問い詰めた。

 

「もう、どうして急に止まるの!」

「ご、ごめん。…あれ提督だと思って?」

 

 瑞鶴の指差す廊下の曲がり角──確かに提督の後ろ姿が。白の軍服に背丈の高いスラッとした印象なのでほぼ間違いない、問題は…彼が話している"人物"。

 どうやら立ち話をしていたようだが、相手の顔は丁度提督の身体に隠れて見えない。しかし服装は…軍服ではないのは明らかな「白衣」を身に纏っていたのが理解出来た。

 

「誰だろ、あんなヒト鎮守府に居たっけ?」

「ふぅん? …提督! 特務艦隊帰投しました!」

 

 私は遠くの曲がり角に居る彼に聞こえる声を張り上げた、すると提督はハッとした様子で私たちの方を振り返った。

 

「ぉお帰ったか、ご苦労さま! …分かった、じゃあ手筈はその通りに」

 

 提督は話し相手に何事かを告げると、相手はそのまま私たちの前から隠れるように廊下の角から消えた。

 私は気になって提督の下まで小走りで近づいてみた…しかし、私が廊下の角を見る頃には、謎の人物の姿は煙のように霧散していた。

 

「…提督? 今誰かとお話しされてましたか?」

「うん? あー、ちょっとお偉いさんとな。今度の作戦の打ち合わせだよ」

「はぁ…?」

「そんなことより…本当にお疲れ様! 確かボウレイ海域まで遠征だったよな? 遠いところまで悪かったな?」

「そんなことありませんよ。…っあ、提督。これから皆で食堂に行こうと思うんですけど、ご一緒にどうですか?」

「っえ、良いのか?! ぅお〜嬉しいなぁ、ありがとう! よぉし、なら皆の分を俺が奢るよ!」

「そ、そんな!? ご無理なさらないでください、提督」

「なんの、いつも頑張ってくれてる君の…っあいや、君たちのため、だからさ? 遠慮するなよ〜!」

 

 提督は私の背中を叩きながら豪快に笑った。

 私は彼のあどけない笑顔を見て──ココロが暖かくなっていくことを感じた。

 

「…っふふ、なら私にも払わせてください。ワリカンです♪」

「えぇ!? 良いのか? …ははっ、ごめんなぁ?」

「良いんです、好きでやらせてもらってますから」

「翔鶴姐〜〜?」

「あっ、今行くわ! …では参りましょう提督?」

「あぁ!」

 

 瑞鶴に呼ばれて並んで歩き始める私と提督、私は──この瞬間の満ち足りた気持ちを忘れたことはない。

 

 ──To be continued …

 




○異能部隊

 艦娘騎士団崩壊による無秩序を危惧した連合により、南木鎮守府を含めた「各主要鎮守府において優秀な能力を持つ艦娘」たちで新たに構成された部隊だ。
 彼女たちは全員「適合体」であり、異能部隊なる名前も適合体の脅威的な能力に対する嫌味であると思われる。
 とはいえ、今まで世界秩序のための楔であった騎士団の崩壊──という火急の事態に対応するためには、最初から一線を画した能力を保持する「適合体」で揃えるのが一番だった。彼らなりに考えた結果であるんだ…それならあの戦いの折に造られた適合体にも「意味はあった」…そう思いたいものだな?
 彼女たちの主な拠点はどうやら「南木鎮守府」に絞られたようだ、物語中の彼女たちも、南木鎮守府を我が家のように感じていたようだな? …本当に、何故ああなったのだろうな。あの場所は…"彼"は──


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追憶─ 風声鶴唳 ─ ③

 ──異能部隊の一員として働いていたある日、提督から呼び出しがあった…。

 

 執務室に呼び出された私たちは、整然と並び提督の言葉を待った。提督は私たちの顔を見回して、程なく話を切り出した。

 

「皆、お疲れ様。急に呼び出して悪かったな? 実はな…君たちに「とある場所」に行ってもらいたいと思ってな」

「とある場所とは?」

 

 私の問いかけに答える前に、執務室の机に向かう提督。徐に海域の地図を広げるとあるポイントを指差した。

 

「ほらここ、アサヤケ本島から北東方向の。この場所に違法な機械設備を造っている輩が居ると聞いてな? 調べて来てほしいんだ」

「っえ、ここは…"シルシウム島"ですか? 樹海の広がる無人の小島ですね。何故こんな処に?」

「ぁあ、俺のところに怪しげな機械が見えたという報告が相次いでな、この南木鎮守府の管轄内に如何にもなモノを建てるなんて…度胸のある迷惑犯を見つけてとっちめてほしい」

「…変ですね? こんな場所にそんなモノを造るなんて。まるで挑発しているみたい」

「だねぇ。反乱分子の仕業だとしたら、こういうとこに目立つモノ建てるヤツなんて普通居なくない? ウチらにすぐバレて御用のリスクもあるだろうし…何かきな臭いなぁ?」

 

 シスターと瑞鶴はそう言って、この場所に居るであろう何モノかの不可解な行動を訝しんだ。

 

 確かに。何の目的か分からないが南木鎮守府の前に、そんな目立つような施設を建てるということは、どうぞ捕まえて下さいと言っているようなものだ。反乱分子と一口で言っても、私たち異能部隊の存在もあって馬鹿みたいな真似をする輩は少ない。それこそこんな風に「一発でバレる犯罪行為」を何も考えずにするとは思えない。

 …罠か? 口には出さないが私はそう解釈した。

 

「…罠の可能性は?」

 

 私と同じ考えに至った瑞鶴が鋭い切り口で質問する、提督も真剣な表情を崩さずに答える。

 

「まぁそう思うよな。でも…ナベさんが言うにはこの機械設備が何らかの「軍事施設」の可能性があるらしいんだ。俺たちの鎮守府を攻略するためのな? 反乱分子がこれを造ったんだったら、猶更放っておけない」

「…それこそ罠かも知れないじゃん、軍事施設つって私たちに興味を引かせて…とか?」

「そうだな瑞鶴。ナベさんもその可能性も大いにあると言っていた、だからこそ百戦錬磨の君たちなら不測の事態にも対応出来るだろ? ナベさんも君たちならと言ってくれた、もし危険だと感じたら、この機械が何なのか偵察するだけで良い。…どうかな?」

 

 提督は私たちにそう言って聞かせるが…シスターも瑞鶴も渋った顔を崩さない、他の娘たちもただ黙って賛成も反対もしない。

 

 …怪しい部分はあった、この任務の危険性を感づいている部分はあったことは否定出来ない。でも…私は──

 

「──やりましょう皆! 提督は私たちを信頼して下さっているからこの任務を与えてくれたのよ? 彼の期待に応えないと…異能部隊の艦娘の名折れよ?」

 

 そう言って沈黙する仲間たちに呼びかける。提督を慕っている──今思えば盲信だったが──気持ちが視野を狭めていたのは言うまでもない。

 すると──鶴の一声とでも言うのか、彼女たちも徐々に表情が明るくなっていく。

 

「まぁ…何かあってもワタシたちなら対応出来るか!」

「そうですね。翔鶴の言う通りでもありますし」

「うぅ…皆がやるなら私も!」

「ぴゃあ~! 酒匂もやる~~!」

「うふふ…皆で一緒に、ね?」

 

 皆のやる気を確認すると、私は満面の笑みを浮かべた。

 

 ──もし、私があの時あんなことを言ってなければ…あんなことには…っ!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 提督から新たな任務を伝えられた後、私たちはそれぞれ準備をするため一夜を鎮守府宿舎で過ごしていた。

 私は明日の準備を万全にし、廊下を歩きながら段取りを頭でイメージしながら確認していた。

 

「先ず目的のポイントに向かって…そこから機械が見えるはずだから周辺に…敵の動向にも注意しなくちゃ。……あら?」

 

 私がそう呟いていると、廊下の向こう側から早歩きでこちらに近づいてくる「瑞鶴」が見て取れた。

 

「瑞鶴、どうしたの?」

 

 私がそう尋ねても応えず、心底腹正しそうにズンズンと足音を響かせてその場を立ち去る瑞鶴。…すれ違い様に彼女が私を一瞥する。怒りに塗れた…というより「悲しそうな」表情で私を見ていた。

 

「瑞鶴…?」

「瑞鶴、待って下さい!」

 

 瑞鶴を追って来たのか、シスターが小走りで瑞鶴に近づこうとする、呼び止めても本人には止まる気はないようだ。

 

「シスター、瑞鶴に何かあったの?」

「あぁ翔鶴。…い、いえ。何でもないんです」

「…? まぁいいわ、どうせまた短気を起こしたんでしょう? 私がきっちり言い聞かせて来ますから、大丈夫よ」

「す、すみません…お願い出来ますか?」

「勿論。それじゃあ」

 

 どうやら瑞鶴がまたトラブルを起こしたようだ、全く…後で文句言われるのは私なのに。言い淀むシスターに追求しても仕方ないし、とにかく様子を見に行くためにその場を離れる私。

 

「………」

 

 シスターは…何故か「悲しそうな顔」で遠ざかる私を見ている気がした。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 宿舎のベランダで腕を重ね置いて、夜の風景を眺めている瑞鶴を見つける。

 

「やっぱりここに居たのね瑞鶴、また何かいらないこと言って提督やシスターを困らせたんでしょ?」

 

 私が慣れたことと親しげに毒突きながら近づくと、彼女は振り向きもせず話を振って来た。

 

「──聞いた?」

「…? 何を?」

「…んーん、何でもない」

 

 瑞鶴の短い問いかけの真意が掴めない私、そんな私を見て瑞鶴は穏やかな笑みを浮かべると、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「翔鶴姐は…怖くない? もし…明日皆が「沈んで」目の前から消えちゃったらさ…?」

「…何、突然? また悪い病気なの?」

「あは、心配してくれてる?」

「当たり前よ、貴女とは長い付き合いだし。何より…私も貴女のことはもう他人じゃないって思っているわ」

「…ん、ありがとう」

 

 瑞鶴がこんな風に黄昏るようになるのは、今に始まったことではない。

 彼女は任務帰りになると途端に気分が落ち込むことがある、それは決まって仲間の内のダレかが「損傷」した時だった。そんな時の彼女の行動は──宿舎のベランダでこうしてヒトリで居るのだ、まるで…”後悔”を反芻するように。

 心配した私に彼女は無理して作り笑いして「ちょっとした病気だよ、大丈夫!」…なんて強がり言って。

 それにしても今回は落ち込みの度合いが酷い気がする、何があったのかは「聞けない」けど…私に出来ることはないだろうか?

 そんな私の気持ちを知ってか、瑞鶴は言葉を区切りながらも彼女の思いを吐露した。

 

「私…怖いんだ。もし私や翔鶴姐、他の仲間たちが沈んで、シんで…私の目の前から全部居なくなっちゃうのが…怖いんだ」

「馬鹿言わないの。私たちは兵器なのよ、シんで沈んでなんて戦場では当たり前なの。貴女がそんなことでどうするの? 私より戦歴あるんでしょ、私なんてこの前まで護衛艦任務だったのよ」

「そうかもだけどさぁ。兵器だって…シぬのを怖がっちゃ駄目なの?」

「瑞鶴…」

「私…嫌なんだ。翔鶴姐や仲間たち、提督やあの憎たらしい年配指揮官さえ…居なくなってほしくない。私の日常が、フッて息をそっと吹きかけて終わるロウソクの灯みたいにさ…終わったら……っ」

 

 …彼女の顔を覗き込むと、眼からはじんわりと涙が浮かんで来て、身体は震えているのが分かった。

 彼女はただ怖いだけ、私たちが消えるのが…突然沈んで全てが終わってしまうのが。

 

「瑞鶴…貴女」

「ちょっと待って。…アレ、おっかしいな? 何で…涙……ぁあもう!」

 

 感傷に浸っている自分にムキになった瑞鶴は涙を拭うと、懐から煙草とポケットライターを取り出し煙草の先に灯をつける。

 

「…ん」

「ん。」

 

 瑞鶴は何も言わず私に煙草を差し出す。私も煙草を黙って受け取り瑞鶴に灯をつけてもらう。

 

「…ぷはぁー」

「あ、輪っかになった」

「へへ、上手いでしょ♪」

「器用ねぇ、私は吸えるだけで十分よ。…ふぅ~っ」

 

 私がそんな風に言いながら一息ついていると、横で瑞鶴がニヤニヤしながら見つめてくる。…言わなくても解る「一昔前はまともに吸う事すら出来なかったのに、成長したねぇ?」…このにやけ顔にはそう書いてある。

 

「…元気出た?」

「うん、サンキュ。…まぁ私にも色々あったから、翔鶴姐たち守るためにはどうしたらいいかな~…なんて?」

 

 そんならしくないこと言って、本当にどうしたの? …などと軽口を言える雰囲気ではないわね。

 私は少し考えると…瑞鶴に向かって今の自分が言える「答え」を提示した。

 

「守る、なんて言っても仕方ないんじゃないかしら。どんなに守ろうと頑張っても、戦いは…あっという間に奪えるモノを奪い去っていくわ。酷い言い方だけど、戦場ではどうしようもないことよ」

「…解ってるよ」

「そう、なら話は簡単よ。全て守るなんて土台無理な話、シぬのが怖いとか言うんだったら…お互いを守り合って、守り切れなかったら「お互いシぬ」…そのぐらいの覚悟がないと、いけないんじゃない?」

「っ! …物騒だね?」

 

 瑞鶴は心底驚いたように、目を丸くして私に向かって呆けた顔を晒していた。

 

「貴女が言いたいことってそういうことじゃないの? 私も貴女を守るように努力するから…瑞鶴、貴女も私を守って。もし…どちらか片方でも沈んでしまったら、その時は…一緒にシにましょう?」

「翔鶴姐…」

 

 私は真っ直ぐと瑞鶴の眼を見つめてそう言い切った。…私なりの覚悟を感じ取ったのか、瑞鶴は意を決したように呟く。

 

「…うん、ありがとう…翔鶴姐?」

「良いのよ? …さぁ、もう寝ましょう。明日は早いわよ」

「うん! …あ、ゴメン。もうちょっとここでゆっくりしてく。直ぐ寝るからさ?」

「解ったわ。…あ、シスターには明日謝っておいてね。すごく心配そうにしてたから」

「あはは、りょーかい!」

「うん、それじゃ…お休み」

「…お休み」

 

 私は煙草の灯を脚で踏みつけて消すと、そのままベランダを後にした。

 

「………」

 

 

 ──絶対に守るよ、貴女だけは…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──翌日。

 

 私たちはアサヤケ島より北東に位置する「シルシウム島」へ向かった。

 しかし──いつも通りという訳ではない。今回のメンバーは「5隻」…由良が居ないのだ。

 

「ユージン、由良は何処ですか? 呼んで下さいねとお願いしましたよね?」

「それが…何処にも見当たらなくって。由良の部屋も覗いたけど居なかったんだ…」

「ぴゅ〜…酒匂も匂いを嗅いだけど、全然分からなかった」

 

 酒匂は他の誰よりも鼻が利く、おそらく「モデル」のおかげだが彼女の鼻を以ってしても見つからない。…何か引っかかるが、居ないものはどうしようもない。

 

「仕方ないわ。彼女を待っているわけにもいかないし、シルシウム島の機械設備の偵察だけだから…まぁ、何があるかは分からないから、慎重にね?」

 

 私はプリンツたちにそう言い聞かせると、彼女たちも頷く。

 

「………」

「………」

 

 シスターと瑞鶴は…険しい表情を崩さなかったが、それでも任務は滞りなく進み、島に辿り着くと海から川へと入り込み、マングローブの樹海をひたすら抜けていく。…ふと、樹海を見上げると木々の間から、自然あふれるこの地に似つかわしくない「天高く聳え立つ機械の塔」が目に付いた。

 

「あれね?」

 

 頷く皆を一瞥し、私たちは見つからないよう静かに、そして素早く移動し機械の塔へ近づいて行く。

 

「…大きいわね。あんなモノを建てるなんて、一体何の目的が?」

 

 私は視線の先にある鉄塔を見据えて呟く。

 …辺りに人の気配は無い、流石に何かがおかしい。しかしこのまま帰るのもどうか……私がそう思考を巡らせていると、瑞鶴が口を開いた。

 

「…翔鶴姐、もう帰ろう」

「っ! 瑞鶴…?」

「此処に謎の鉄塔があるのは分かったし、犯人の姿は見えないけど情報としては充分だよ。…一旦鎮守府に戻ろう? こんな大胆な行動をしているヤツが何も仕掛けていないとは限らない。罠の可能性がある以上深追いは禁物だよ」

 

 瑞鶴もまた、この状況の異質さを察知していた。

 …そう、この時彼女の言うことを素直に聞いて、素早くこの場所を去っていることが出来ていれば…。

 

 ──でも、私はまた…。

 

「瑞鶴、貴女の言いたいことは解る。でもこの鉄塔に謎が多いのも事実でしょう? これが何なのか分かるまで…もう少しここで調べてみない?」

「…っ、それは…」

「翔鶴、言いたいことは解りますが瑞鶴にも一理あります。ここは一旦退くべきだと」

「シスター。この島はアサヤケ本島とも南木鎮守府とも近い距離にあります、もし仮に敵がこの装置を使って何らかの敵対行動を取った場合…これが何なのか知っておくのとそうじゃないのとでは、迅速な対応対策にも違いが出てくる。…そうじゃない?」

「そ、そうですが…」

 

 私はここで「見栄」を張っていたのかもしれない。

 瑞鶴やシスターが正しいことを言っていることを、私はどこかで理解していた。でも…提督の役に少しでも立ちたかった、その思いが焦りとなっていた。

 

「…ふぅ、由良が居てくれたらこれが何なのか、この位置でも解るでしょうに。仕方ないわね…とにかく奥に行って特徴だけでも」

「…っ! 駄目!!」

 

 私が鉄塔の側まで行こうと背を向けた時、瑞鶴は私の腕を乱暴に掴んだ。

 

「…っ? 何、どうしたの瑞鶴?」

「この先は…危ないんだよ絶対。お願い…もう私を置いて…行かないで…っ!」

「瑞鶴…?」

 

 彼女のこの異様な──差し迫った危機を前にしたような──表情を見て、思わず立ち止まり彼女を心配して見つめる。

 

「…ん?」

「ぴゃ? どうしたのプリンちゃん??」

 

 ここで、プリンツの「聴覚」が何かを捉えたようだ。モデルとなった猫の耳に手を当てて訝しげに辺りを見回す。

 

「──…っ、何か聞こえる…これ……っ! 皆伏せて!!」

 

 そして、遂に上を見上げると声を張り上げて危険を知らせる。プリンツの怒声にも似た声に、理解が追いつかない私だったが──瞬間。

 

 

 

 ──ズドオォォォオン!!

 

 

 

「…きゃあ!?」

 

 どこからともなく飛来した「爆撃」が轟音となり響き、私たちの辺りに巨大な水柱となって現れた。

 

「うわあ!?」

「…っ! やっぱりこうなったか!」

「ず、瑞鶴! これは一体……っ! 何…?」

「…くんくん、ヴゥ…嫌な感じ…!」

 

 酒匂が嗅覚で何かを感じ取ったようだ、私の方にもさっきから「泥水や腐ったタマゴ」のような匂いが嗅ぎ取れた。

 

 そして──私たちの前に初めて「脅威」が現れたの。

 

 

 

 

 

『──■■■■■---ッ!!』

 

 

 

 

 

「な、何…アレ……!?」

 

 巨大なナニカは海中より姿を見せ、黒光りする胴の長い身体と剥き出しの歯を嫌でも私たちに焼き付けた。

 轟く叫びは猛獣とも亡霊とも取れ、丸く虚ろな眼は…確かに私たちに「敵意」を向けていた。

 私たちが恐れ戦いていると、黒い化け物はそんなことお構いなしに次々と海上に現れ…気づけば百は優に超える化け物の群勢が私たちの周りを囲んでいたのだ。

 

 不味い、そう思いながら辺りを見回す。周りはすっかり黒一色に染められていたが…その後ろからは「灰色の肌をした謎の女性」も見て取れた。

 

『………』

 

 どうやら黒い化け物たちのリーダー格のようだ、黒い化け物の大群の中の仄白い肌は一際目立った。しかし謎の女性は虚ろな眼をこちらに向けてはいるが、ただ私たちを呆と見ているようだった。

 灰色の肌にノースリーブワンピース、その袖やらに装飾を施している。一見艦娘と見間違えるが額に生えた「一角」と左右の巨大な爪が、彼女が化け物であるという証となっていた。

 

『ケケケケケッ!』

 

 角の生えた女性の周りを白い球のようなナニかが、ケタケタ嗤いながら飛んでいた、どうやら先ほどの爆撃はアレの仕業のようだが、艦載機とでも言いたいのか…あんな「怪物」が…!?

 

 

 ──その時、私は漸く理解した。

 

 

 あの鉄塔は「見せかけ(ブラフ)」…私たちをこの場に誘き出し、この黒い怪物たちに私たちを──殺させるための…!

 

「翔鶴姐! これで分かったでしょう、早く逃げないとやられちゃう!」

「そんな…こんな……こんな怪物見たことない。どうして…?」

 

 私はあまりの突然の出来事に、茫然自失として動けなかった。恐怖、不可解、そして──諦め。私が抱いた負の感情だった。

 

「翔鶴姐っ!」

 

 瑞鶴は私の肩を掴むと、私の顔をジッと覗き込み言い聞かせるように話した。

 

「落ち着いて聞いてね? …コイツらは「深海棲艦」って言って、最近になって確認された怪物なの」

「…っ、何ですって…!?」

「この場所に、この鉄塔造った黒幕ってヤツが居るって言って、提督は私たちにソイツの捕縛を命じたよね? …この怪物も、その黒幕が操っているかも知れないんだ!」

「っ! そんな…提督はそのことを知っていたの? こんな…怪物たちがいることを、私たちがこんな状況になることも…全部!?」

「そう、それでもここに黒幕が居る可能性は十分高いからって言って、私たちを送り出した。…っクソ、全然見当たんないじゃん。やっぱり「罠」だったんだ! そのぐらい分かるでしょうに!!」

 

 瑞鶴がそう吐き捨てるように声を荒げるのを聞き、私は瑞鶴が任務前夜に「何故怒っていたのか」も理解した。次々と押し寄せる衝撃と情報に頭がどうにかなりそうだった。

 ただ一つ言えることは…この殺伐とした状況から察するに提督は私たちを──見捨てた、ということ。

 

「そんな…あの提督が? …信じられない…!」

「翔鶴姐、皆! ここはとにかく逃げよう、幸いあの黒い化け物たちには私たちの攻撃は有効らしいから、強行突破で逃げるしか…!」

「…っ! 瑞鶴!!」

 

 シスターの叫び声が木霊する、慌てて上を見上げる私たちの眼に映ったのは──

 

『ケケケケケーーーッ!!』

 

 ──"敵"から発艦したであろう謎の白い飛行物体が、取り付けられた「生々しい装いの魚雷」を、今まさに撃たんとしている場面…標的は明らかに"瑞鶴"であった…!

 

「瑞鶴!!」

「…っ!」

 

 私はこの時──前夜に彼女と交わした言葉を思い起こす。

 

『── どんなに守ろうと頑張っても、運命は…あっという間に奪えるモノを奪い去っていくわ』

 

 

「違う…私……そんなつもりじゃ……瑞鶴ぅーーー!!」

 

 瑞鶴に向けられた凶弾は──静かに彼女に向けられ放たれた。

 

 

 ──ズウゥウン!!

 

 

 酷く耳の鼓膜を揺らす爆音と、身体を震わす振動は…業火と共に彼女を沈めさせたと、確かに決定づけるものだった。

 

 ──そう絶望に暮れていた。

 

 しかし…火が小さく硝煙も晴れ、彼女の無惨な姿が見えるとダレもが考えた──そんな状況を「防いだ」モノが居た…!

 

「──大事ないか?」

 

 低く冷たい声色でそう彼女を見やるモノ──瑞鶴の前に立ち塞がる「巨大な壁」のような彼女…。

 

「あ、アレは…?」

「な…"長門"…!?」

「…っ! 何ですって…彼女が…選ばれし艦娘最強の存在…!?」

 

 シスターの言葉に、私も驚きを隠せず狼狽する。

 

 何故彼女が此処に? …そんな私たちのことは露知らず、灰と黒の脅威は依然私たちに殺意を向けていた…!

 

 ──To be continued …

 



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追憶─ 風声鶴唳 ─ ④

 敵の凶弾から瑞鶴を守ったのは、あの「選ばれし艦娘」の一隻であり「艦娘最強」の呼び声も高い大戦艦「長門」であった。

 身長が2メートルはあるだろうか、長い黒髪に同じく黒のロングコート、その中から白いスカートとロングソックス、頭には特徴的なヘッドギアを着けていた。

 女性でありながら端正で凛々しい男性のような顔立ちで、常に険しい表情を崩さない。勇ましく堂々たる雰囲気を称えた彼女は、正しく「歴戦の雄」であった。

 

 ──だが、私が驚いている事柄はまだあった。

 

「あれは…"金属"…?」

 

 そう、長門の身体周りを覆う物体…銀色に光る岩石が集結して彼女を守る鎧と化している。

 

「あれは「タングステン」と呼ばれる熱に強い金属ですね。長門は…あらゆる金属や鉱石をその身に纏うことが出来ます」

「…っ!? 金属を?」

「えぇ。彼女は五属性を司る選ばれし艦娘の中で「大地」の恩恵を受けていて、土に埋まっている岩石やヒトの手によって加工された合金まで、彼女は自身の肌に様々な物質を造り出すことが可能なのです…!」

 

 シスターの言葉に唖然とする…選ばれし艦娘、など末端の構成員に過ぎなかった私では今まで会うことすらなかったが…いざ目の前にすると「規格外」の能力に理解が追いつかない。

 

「…大事ないか?」

 

 長門に問われた瑞鶴も呆然としていたが、直ぐに我に返ると頷きを返した。

 

「良し。この場を離脱するぞ、私の砲撃で逃げ道を作る。その隙に君たちは逃げるんだ、私が殿となり敵の砲撃を防ぐ」

「あ、ありがとう…!」

「ま、待って! 長門…貴女は何故こんなところに──っ!?」

 

 私は当然の疑問を投げかけようとするも、状況がそれを許してくれない。私の言葉を遮るように放たれた爆炎を纏った砲弾が水面に柱を建てた。

 

『■■■■■---ッ!!』

「…くっ!?」

「詮索は後だ、訳は後で幾らでも話してやる。…はぁ!」

 

 長門は自身の艤装を展開する、巨大な砲塔から紅蓮の弾丸が射出される。

 

 

 ──ズドオォォオン!!

 

 

『■■■■■---ッ!!』

 

 圧巻だった、あれだけひしめき合っていた怪物たちが吹き飛び、逃げ道を形作っていた。

 

「…早く行け!」

 

 敵の次弾をタングステンを纏わせた両腕を交差させ防ぐ、長門に着弾した砲弾は火の嵐となり後ろにいる私たちに肌を焼く熱風となった。

 

「翔鶴姐!」

「…えぇ!」

 

 私たちは瑞鶴と合流すると、そのまま長門に背を向けてきた道を戻っていく…!

 

『■■■■■---ッ!!』

「来い。この長門…簡単に崩れると思うな?」

 

 彼女の頼もしく勇ましい台詞は…この絶望の状況の中でも確かな輝きを放っていた──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──只管に、水面を駆けた。

 

 襲い来る灰と黒の怪物たち。

 

 飛び交う砲撃音と、獣のような雄叫び。

 

 迫りくる──”シ”の恐怖。

 

「はぁ…はぁ…はぁっ…!」

 

 私たちは背後に迫る獣たちから、訳も分からず必死に逃げていた。

 

「…はぁっ、はぁ…どうしてこんなことに……?」

 

 私はヒトリ頭の中で整理していた、この状況では冷静に考えることなど出来ないだろうが…少しでも答えが欲しかったのだ。

 

「提督は…お優しい方……私たちを…っ、こんな風に、使い捨ての駒みたいな、危険なことを…っ、させるとは…思えないっ!」

 

 息を荒げて「可能性の一つ」を否定する。

 信じたくなかった、瑞鶴の話を聞いただけだが──私のココロには既に「裏切られた」感情が芽生えていた。

 危険な戦地に送り出されることはあったが、事前に伝えてくれたし私たちの意見も汲んで作戦を立てて下さった。今みたいに…谷底に突き落とすような行為は、彼は今まで決してやってこなかった。

 …そうだ、何か仕方がない事情が出来たんだ。そうに違いない、そうでなければ──

 

「…ぴゃあ!?」

 

 突如私の後ろから叫び声が上がる、振り返って見ると…そこには姿勢が崩れてしまい海面に倒れ伏している「酒匂」の姿が…!

 

「酒匂っ!」

 

 咄嗟に瑞鶴が前に出る、私は…見ているだけしか出来なかった、それどころではなかったから。

 

 

 ──だから、後悔してる。あの時…少しでも彼女の側に居れたら…っ!

 

 

「酒匂、手を!」

「…っ!」

 

 瑞鶴から差し出された手を掴む酒匂、瑞鶴がそのまま引っ張り上げると、酒匂の身体は再び水の上を立った。

 

「びゃ、ありがとう瑞鶴ちゃん!」

「お礼は後、早くここから……っ!」

 

『ケケケーーーッ!』

 

 瑞鶴たちの隙を突くため、白い飛行物体が空中から攻めて来る。ケラケラ嗤う忌わしい口から、機銃とでも言わんばかりの光弾の弾幕を射出した。

 

「危ない!」

 

 いち早く酒匂の危機を察した瑞鶴は、彼女を抱き寄せるとそのまま彼女を守るように自身の背中を向ける。

 

「(パァン!)…ぐっ!?」

「瑞鶴!?」

 

 私は彼女が撃たれたと同時に水面を駆けだす。心臓の鼓動が早まる、戦場でこんな光景はなかったとは言わない、イノチの窮地など幾らでもあった。

 

 ──けど、この時私は「悪寒」を感じていた…喪うかもしれない、そんな寒気が。

 

「…っ、このぉーーーっ!!」

 

 恐怖が、怒りが、私の闘志を掻き立てた。

 瑞鶴に辿り着く前、素早い動作で弓に矢を番え放つ、数機の艦載機は機銃掃射で得体の知れない飛行物体を爆散させた。

 

『ケヒャーーーッ!?』

 

「瑞鶴! 大丈夫──…っ!?」

 

 私が彼女の元に駆け寄った時、彼女の右腕、左脚に「銃創」が見えた。彼女の顔は痛みに歪み、まともに立てないようだった。

 

「ごめん…腱切られたみたい。立ってられない…っつぅ!」

「ぴゃ、瑞鶴ちゃん…」

「無理しないで、ほら! …こんなもの、鎮守府に戻れば幾らでも縫合してもらえるわ…!」

 

 私は瑞鶴の肩を持つと、そのまま彼女を担いで戦場を離脱しようとする。

 

 絶望的な状況は変わらず、角の生えた女と灰と黒の化け物たちはすぐそこまで迫っている。シスターの航空支援とプリンツの砲撃で何とか距離を保っているけど…明らかに進みが遅くなった私たちに、彼女たちがじりじりと間合いを詰めていることが解る。

 

「…っ!」

「ぴゃ…」

「この…このっ、来るなくるな〜!」

「っ、もう…駄目です…ね?」

「くそ…くそっ!」

 

 誰もが希望を捨てようと覚悟を決めていた…この大群を振り切ることは叶わない。

 

 ──あるとすれば。

 

「──翔鶴姐、私を置いていって。私が…囮になるから」

 

「…っ!?」

 

 瑞鶴の衝撃の一言──私は当然のように否定した。

 

「っ! 瑞鶴、貴女…馬鹿なこと言わないで! 貴女は…私の「妹」なのよっ、そんな…そんなこと、出来るわけない…っ!!」

「でもこのままじゃ…翔鶴姐や皆が」

「いいえ、選ばれし艦娘が駆けつけてくれたんですもの。必ず援軍が……必ず…っ!」

「翔鶴姐…」

 

 

 諦めない。

 

 諦めたくない。

 

 考えるな、考えるな…!

 

 

 ──どうして…っ!

 

「(何で…"彼女を手放した方が良い"って考えるの…っ!)」

 

 本当は分かっていた。長門が助けてくれるような「奇跡」はそうそう起きないこと、援軍も…そもそもこの見捨てられた状況に現れるかも怪しい。

 頼りになるのは「己」だけ、非情になるしか誰も助からない。この状況から抜け出すためには…私たちが助かる方法は、重荷となってしまった瑞鶴(なかま)を見捨てて、全速力で逃げること。

 

 

 ──今、私は自身の命運を天秤に掛けていた。

 

 

 このまま逃げても何れ追いつかれる…今、速力を上げるためには…私が抱えている「瑞鶴」を手放すしかない…しかし──それをするということは…っ!

 

 彼女に…「シんでほしい」と言っていることと同じ──

 

「嫌…イヤ、それだけは嫌。ここでシんでも、提督に裏切られても、何をされても良い。でも…貴女を置いていくのだけは……嫌…っ!」

「…っ!」

 

 ──ドンッ!

 

「…ぁ!?」

 

 瑞鶴は──私を無理やり押し出すと、そのまま眼前の敵の前に立つ…。

 彼女の手足は震えていた、立っているだけでやっとのはずの震える脚を動かし、激痛が走ったであろう右腕で矢を握った…!

 

「…翔鶴姐、私は貴女を守りたいの。そのためなら、例え…自分がどうなっても構わない!」

「瑞鶴! 本当にやめて! また私の言いつけを守ってくれないの?! どうしてっ!!!」

「翔鶴!」

 

 私が泣き叫び瑞鶴に駆け寄ろうとすると、シスターは私の身体を押さえて制止した。

 

「もう敵がそこまで迫ってます、このままだと貴女まで…!」

「やめて! 離してっ!! 瑞鶴…瑞鶴ううううぅぅ!!」

 

 大粒の涙は大時化の雨のように流れては海面を叩きつけた。絶望は私のココロを確かに蝕んだ。

 

「──有難う、翔鶴姐。ワタシ…貴女に会えて──幸せだった!」

 

 振り返り、それだけ言うと瑞鶴は敵群に向かい駆け出した。

 

 

 ──死地に赴く彼女の姿は、どんな英傑よりも雄々しかった。

 

 

「うおおおおおおおおっ!」

 

 両舷全速──今正に、一羽の鶴は飛び立った。

 

 

 その翼で仲間を──守るために…!

 

「瑞か──」

 

 

 ──ズウウゥゥウウン!!

 

 

「…っ!?」

 

 しかし悲しき哉、現実は私たちに乱暴に突きつける。

 

 ──彼女のイノチを奪う光と轟音…彼女の「シ」を──

 

 

「嫌あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ──」

 

 

 一度見出された希望は──哀れ奈落の水底に堕ちる。

 

 絶叫は彼女の墓標となる…此処に、名も無き歴戦の雄が──沈んだ。

 

 

 ──私はこの時から「絶望の淵」へ突き落とされたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その後、私たちはイノチからがらシルシウム島から逃げ延びた。

 

 …が、ダレもその喜びを分かち合うことはしない。私たちを逃がすため…かけがえのない「仲間」が…犠牲になってしまったのだから…っ。

 

「…ヒック、瑞鶴ちゃん…酒匂が…酒匂のせいで…!」

「違うよ、私が…もっと早く敵襲に気づいていれば…っ!」

 

 酒匂とプリンツが責任を引きあっていたが、そんなことをしても…彼女は「戻らない」のだ。

 

「…一度鎮守府へ戻りましょう、今回の出来事を報告して…提督と今後のことを話し合いましょう。泣いていたら…瑞鶴が報われないですもの」

 

 シスターが気丈に振る舞って艦隊を勇気づけた。しかし──

 

「────…」

 

 私は──暗闇に淀んだ眼で虚空を見上げているだけ、肯定も否定もせず…ただ絶望に打ち拉がれていた。当たり前よね、私は…約束を守れないでいたもの。

 

 ──何が「片方がシんだら」よ、私は今でも…沈むのが怖くて彼女の元に…いけない…!

 

 …ごめんなさい、取り乱したわね? まだ続きはあるわ。…ここからは簡潔に行きましょう、あの時は…自分でも正直どうしてそうなったのか、解らないから。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「こ…これは…!」

 

 シスターは自身の眼に映る光景が信じられず、驚愕し震える声で「否定する」。

 

「あ、あり得ません! だって…そんな…南木鎮守府が…!!」

 

 私たちが鎮守府近海へ差し掛かった時、眼にしたのは「燃え盛る炎に包まれる鎮守府」と「煙と共にそれを覆い尽くす黒い霧」だった…!

 

「ぴゃあ…どういう、こと?」

「そ、そんな…!」

「………」

 

 奇襲か、内部からの犯行か──何れにしろ南木鎮守府がこれほどまでに崩壊寸前まで追い込まれるのは、理解しがたいものではあった。

 

「とにかく中の様子を…!」

 

 

「──待てっ!」

 

 

「…っ! 長門…!?」

 

 シスターは燃え盛る南木鎮守府へと近づこうとした瞬間、後ろから近寄る影が──長門だ。

 

「長門!? 無事だったのですね!」

「あぁ、それより今の鎮守府に近づいてはならん! …見ろ、あの「黒い霧」を。アレは「マナの穢れ」…アレを一度でも吸い込めば、艦娘であろうとどうなるか分からん!」

「そ、そんな…!」

 

「──…くは」

 

 長門とシスターは、か細く呟くような私の声に気づくとこちらに振り返った。

 

「瑞鶴は…無事なの……さっき助けてくれたでしょ? だったら…」

 

 私の深い絶望に堕ちた眼を見て、シスターは背筋が凍りついたように体を小さく震わせた。

 

 長門はそんな私を見ても動じず、ただ哀しそうに事実を告げた。

 

「…済まない、爆発には気づいていたが…私が辿り着いたころには敵も撤退していた。彼女の姿も…もう」

「…そう、そんなんでよく「選ばれし艦娘」が名乗れるわね、体たらくもいいとこよ」

「翔鶴! そんな言い方…」

「良いんだサラ、彼女の言う通りだ。全ては私の責任だ…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などと、虫の良すぎる話だった」

「…何ですって?」

 

 長門の「衝撃発言」に、流石に動揺を隠せない私は黒に塗れた瞳で彼女を睨みつける──と、その時。

 

「──…ぉおーい、た、助けてくれぇ~~…!」

 

「…っ! あれは…ナベシマさん…!?」

 

 シスターは手漕ぎ舟で数人の部下らしきニンゲンと共に、南木鎮守府から出てくるナベシマを見つける。直ぐに駆け寄ると彼から諸々の事情を聴いた。

 

「わ、私も何が起こったか…急に爆発があったかと外を見れば、得体の知れないバケモンたちが水路から鎮守府に攻め込んできおったんだ!」

「…っ! 深海棲艦…!?」

「…中の様子は?」

 

 長門は空かさず迅速な情報収集を行う、すると…内部の阿鼻叫喚の地獄絵図が浮かび上がった。

 

「つ、角の生えた女どもが…バケモンを従えておった。私は艦娘を指揮しておったが…返り討ちに遭って全員沈んでしもうたのだ!」

「…っ!?」

「そ、それと…そうだ、蛇のバケモンも出おったんだ! ほ、本当だ! ここに居る私の部下もそれを見ているのだ、なぁ?!」

 

 完全に怖気づいた様子のナベシマは部下に同意を求める、彼らも黙って頷くが、それは何処か落ち着きがないものだった。

 

「…了解した」

 

 それだけ言うと、長門は地獄と化した鎮守府へと歩くように滑っていく。

 

「な、長門!? 何を…?!」

「このままだとこの鎮守府を起点に、世界中に深海棲艦の魔の手が伸びることになる。故に──私があの物の怪たちを「塞き止める」。…簡単な話だろう?」

「っ! 駄目です、そんなことしたら貴女が…!!」

「大事ない、”彼女”の大切なモノを救えなかった罪に比べれば…我が苦痛を以って脅威を封じ込めれるのなら、安いものだ」

「長門…」

「こんなことで、罪が晴れるとも思えんがな? …サラ、私が鎮守府に入り次第その門を閉じよ。それで幾ばくかの猶予が出来る筈だ」

「…そ、そんなこと」

 

 彼女は…自分を犠牲に世界を守ろうと躍起になっているようだ。──随分と都合が良い、そんなことで…本当に彼女が報われるなら…。

 

 ──思えば、彼女たちの話に理解が追いつかない自分が居た。

 

 何故長門が居るのか、深海棲艦とは何なのか、提督はどんな気持ちで私たちを…あんな地獄へ放り投げたのか。

 

 どうして…それが解っていれば彼女は──救われていたの?

 

 

 ──瞬間、私の理性の「錠前(たが)」が壊れた音が響く。

 

 

「…けんな」

 

 

 

 ふざけるなっ!!

 

 

 

「…っ!? しょ…翔鶴…?」

 

 私の吐き出された暴言に、シスターは恐怖に顔を引き攣りながらこちらを振り向く。

 

 ──こんな状況までイイコぶるな、苛立だしい…っ!

 

「そんなことで本気で彼女の弔いになると思っているのか? そうだと思うなら…意味もなくヤツらに特攻でも何でもしろ! それで少しは瑞鶴も浮かばれるだろう! お前たちが…連合が諸悪の根源ならっ、ニンゲンが全ての原因なら! それに媚を売るお前たちも同罪だっ!!」

「…っ! 翔鶴…貴女…!」

「な、何を言い出すんだ君は。落ち着き給え!」

 

 私の中の「獣」を垣間見て、ナベシマが私に声を掛ける。しかし──それは火に油を注ぐ愚行。

 

「ナベシマァ…貴様ぁあああああ!」

「…ひっ!?」

 

 ナベシマに向ける視線は「殺意」を滾らせる眼を血走らせたモノだった。そのあまりにもな変貌に誰もが血の気を引かせた。

 

「何故こんな作戦を許諾した…どうせ私たちが滅びることを予想して提督に進言したんだろう、貴様のような矮小なニンゲンの悪意が! 瑞鶴を…あの娘を沈めさせた!!」

「…っ! あ、あの娘が?! そ、そんな…周辺の索敵も万全であったと報告があったのに…矢張り待ち伏せ…?!」

「ごちゃごちゃ言い訳するなぁ!! 貴様は…今ここで!」

「翔鶴!」

 

 怒気を強め狂気に取り憑かれ暴走する私を見かねて、シスターは私の前に立つと肩を揺さぶり正気を戻そうと試みる。

 

「憎しみに呑まれちゃ駄目です! 瑞鶴もそんなこと望んで…」

「お前が…お前があの娘を語るなぁ!! 私とあの娘は…一心同体だったの! どうしてあの場でシなせてくれなかったの?! お前はそうやって偽善シャぶって私を助けたつもりだろうがなぁ、私は──こんな苦しみで生きるぐらいなら、シんだ方がマシだ!!」

「…っ!」

「何も知らないお前が、知った風な口で自分の正義を押し付けようとするな! 私は出会った時からそんなお前が…大嫌いだったんだよぉ!!」

 

 

 ──パシッ

 

 

「…っ!」

 

 瞬間──頬に熱い衝撃が走る。

 

 一瞬呆けていた私は徐々に理解する──あの暴力を嫌うシスターが、私を全力で「引っ叩いた」のだ。

 

「そんな風に考えていたなんて…最低…です…っ!」

 

 

 涙を湛えた眼で私を睨むシスターを…私は忘れない。そして──彼女が私のココロに刻んだ「言霊(のろい)」も…。

 

「──…そうよ、私は…「最低」よ…! あの娘を…瑞鶴を……っ、守ってあげられなかった…私は…!」

 

 そうして、言葉に詰まった私は膝から崩れ落ちる。そして──海の上で、人目を憚らずに…号泣した。

 

 天を衝くように叫ぶ声には、二度と這い上がれない絶望から呼ぶ私の気持ちが込められているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 ──助けて、と。

 

 

 

 

 



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彼女を淵から救う方法

 もう少しがっつり描写したかったけど、これ以上やるとダレそうなので展開早めにしてます。
 皆さんすみませんが、とりあえずお話進めさせて下さい。


「……はぁっ」

 

 翔鶴の話が終わると、僕は深くため息を吐いた。

 予想しなかった訳じゃないし、綾波の先例もあるし…心構えは出来ていたと思う。

 

「(でもこれは…想像以上だな?)」

 

 先ず要約すると、翔鶴は艦娘騎士団崩壊により誕生した「異能部隊」の一員だった。でも…何者かの罠に掛かって彼女は…大切な妹(この世界では仲間)である瑞鶴を喪ってしまった。

 現場にいたのは、同じ異能部隊であるサラトガ、プリンツ、酒匂、陰湿指揮官のナベシマとかいう人、それと…閉鎖された南木鎮守府の中で未だに健在であろう、選ばれし艦娘最後のヒトリの長門。

 …成る程、長門なら長良たちの言ってた「規格外」の強さも頷ける。それにしても鉱石を身体から生やすとは…今更驚かないけどね?

 

 ──これが翔鶴の過去、か。でも話の展開的に「アイツ(ドラウニーア)」が裏に居ることは間違いない。しかしそれ以上に不可解な点が多すぎる。

 

・南木鎮守府に居たとされる「白衣の男」の正体。

・任務前夜に瑞鶴たちの様子がおかしかった。

・任務当日に由良が居なかったのは?

・まるで見計らったように現れた長門も怪しい。

・そもそも鎮守府崩壊の直接の原因も分からない。

 

 その白衣の男がドラウニーアなのだろうか? 僕は直接会ったことはないから何とも言えないけど…。

 瑞鶴やサラトガの様子が変だった、というのも聞き捨てならない。この二人は任務前日に自分たちの身に迫る危険性を感づいていたけど…それと何か関係が?

 由良の不在、そして長門の存在からも察するに…矢張り裏で「何かがあった」と思う、翔鶴の与り知らないところで…彼女の運命を歪ませた何かが。

 

「(…翔鶴)」

 

 僕は翔鶴の方にそっと目配せをする、彼女は──恐いくらいに落ち着いていると思われるが、その眼に淀む「絶望」は誤魔化せない。

 これは()()だけど…彼女がその場で狂ったのは、瑞鶴が喪われたから…ではなく、キッカケがあれば「いつでもおかしくなれた」のだろう。

 

 あくまで僕の価値観から言えば、人はどんなに愛想よく振る舞っていても周囲の人間が「怖い」んだ、他者から傷つけられたくない、拒まれたくないと思うからこそ、多くの人々は否定を退けるために自分も人に優しくするのだろう──酷い言い方になるけど、善意的な行動を批判する輩は少ないからね。それが…愛する人に相応しい人物になりたいから、というなら尚更だ。

 

 ──それが心からの優しさなら良いんだ、でも…どんなに言い繕っても「自分本位」な人間は存在する。悪い意味とかじゃなくて「それが自分」なんだ、定められた自分は誰にも変えられない。…例え大衆にとっての「悪」であったとしても、ね。

 

 相手にとって理想の自分を演じても、そこに「自分」が居なければ長くは続かない、人に気に入られたいからとそれこそ「人形」のように、何も考えず従順に…そんな「他人ありき」の生き方だと、ココロの奥に居る自分が押し潰されてしまうんだ。

 

 そんな生活を送り続ければ、当然精神は摩耗し続けてやがて限界が訪れる。そうなれば後は爆弾を着火するだけだった、そのタイミングで瑞鶴が失われた、彼女を喪ったショックは爆弾の点火には十分だった。

 

 もちろん彼女の生き方は否定出来ない、それは当たり前の考えなのだから。

 

 ──こんなこと起こるなんて、誰も思わないのだから。

 

「…これが、私の過去よ」

 

 翔鶴の低いトーンから発する言葉は、深い影を感じさせた。

 彼女の日常は音もなく根こそぎ奪われた、その感覚は僕も覚えがあるので理解出来る、でも…ただ居場所を奪われただけではない。裏切られ、喪い、狂い、そして──否定された。

 決して僕と彼女は似ている、などと軽く言えない。似ている部分もあるかもしれないが…彼女の淀み、深さは「それ以上」だったのだろう。

 …それを理解している、だからこそ胸は締め付けられ同時に不安が過ぎる。僕は…彼女を救えるだろうか?

 

「南木鎮守府が崩壊して以降、私はアサヤケ海域を離れ深海棲艦の討伐隊に志願した。瑞鶴を討ったヤツらを根絶やしにするために…復讐するためだけに今まで生きてきた」

「…復讐か、じゃあ仮に…君は深海棲艦を滅ぼした後…どうするつもりだったの?」

 

 僕は刺激しないよう慎重に言葉を紡ぐ、しかし…彼女は深い闇を湛えた瞳を僕に向けると、怨嗟を呟く。

 

「──シぬつもりだった、というより…ヤツらとの戦いの中で討ちシねば、早く彼女に会いに行ける。瑞鶴だけが最期まで私の側に居てくれた。彼女の居ない世界に未練なんて無い、そんな思いも…あったわ」

「っ、翔鶴…!」

 

 取り返しはつかないか…僕はどうするべきか悩んだ、しかし──

 

「──でもね、今は少しだけ向き合っていけてる…かな?」

 

「…え?」

 

 意外にも翔鶴は、自身の絶望的な過去と向き合える余裕が出来た、と爽やかな雰囲気を纏っていた。あれだけのココロを抉る出来事を受け入れた…?

 何故? そう理由を問いかける僕に対し翔鶴は、人差し指を僕に向けて差した。

 

「…僕?」

「そう、ハジマリ海域で任務に当たった時。レ級の砲撃を貴方が身を挺して受けてくれたあの時…私は瑞鶴の元に行くため敢えてあの凶弾を受けようとした」

「…そんなこともあったね」

「あら、素っ気ないわね? まぁ…あの時は本当にどうして庇ってくれたのか分からなかった。私にとってニンゲンは…身勝手で信用ならないモノたちだったから。それでも貴方は力強くこう言ってくれた──」

 

 

『──綺麗事だからなんだよ! 命もらったら生きろよ普通に!! 君に何があったか知らないけど、僕についてくる気があるなら、二度とこんなマネするな!!』

 

 

 あぁ…あったねぇ。あれは…いつものその場の勢いというか…子供染みた言動だったって自分では思っているけど?

 

「あれから…私は貴方を「かつての提督」と重ねるようになった。もちろん性格は大分違うんだけど…もし、彼が今の私を見てくれていたなら…同じこと言ってくれたのかな? …なんて、勝手な妄想して」

「そんなことないよ、きっと提督さんも同じこと言ってくれたよ。だって…聞いてて彼が君たちを嫌うような要素があったとは思えない。同じ艦娘を慕う者として…それだけは理解出来る」

「…ん、ありがとタクト」

「良いんだよ、本当のことだし…ね?」

「…ふふっ」

 

 僕に対して柔らかな笑みを浮かべる彼女は…未だに影が見えるものの一筋の光を見出そうとしていた。

 そうか…知らない間に僕が彼女の「支え」になっていたようだ。良かった…これで──

 

「──…待てよ?」

 

 ここで僕はあることを思い出す。…そう、アンダーカルマ。()()()()I()P()()()()()()()()()()

 妖精さんよれば、過去を語ることで好感度が無理やり上がり「アンダーカルマ」が表示される。それにより僕は絆を紡いだ艦娘たちの心情を感覚的に知ることが出来る。

 翔鶴の様子を見るに、彼女の過去は全て語り尽くした。翔鶴が何かを隠しているとも嘘をついているとも思えない、何も違いはない筈。…明らかにおかしい。

 

「妖精さん…は居ないし、こんな時は…」

 

 僕は目を瞑り集中する…すると、頭の中にぼんやりとした「キーワード」が浮かんだ。流石「アカシック・リーディング」だ、頼りになる能力だなぁ。

 

「…タクト?」

「あぁごめん翔鶴。…あのね、今から突拍子もない話をするけど…いいかな?」

「…何かしら?」

 

 翔鶴は僕に向けて身体を寄せて聞く姿勢を作った。僕は…彼女の「改二」について話した。

 

「…っ! 私にもカイニが…?」

「そう、それも原作でも上位の強さを誇る空母になるんだ。だから…この世界でも君の改二改装が出来たら、きっとこれからの戦いを有利に進めることが出来る。でもそのためには…ある一定の条件が必要なんだ」

 

 そう前置きをすると僕は、この世界の改二になる条件…艦娘との好感度、そしてアンダーカルマについて話す。…気のせいだろうか聞けば聞くほど彼女の顔が呆けていっているような、まぁ無理もないが?

 

「…という感じで、君が僕に対して…こ、好意を持てばもつほど改二に繋がるんだ。それに加えて「アンダーカルマ」にも向き合わなくちゃいけない」

「…なんというか、出来過ぎているわね。ダレかの思惑というか…歪んだ思考を感じるわ」

「うん、言いたいことは解る。でもこれが多分見ている人たちのニーズに答えていると思うんだ」

「意味は解らないけど、その「見てるヒト」っていうのがどうしようもないヤツらだということは解るわ」

「辛辣だなぁ…まぁ否定しないけど」

「…そう、()()()()()()()()()()()()()。あんまり言いたくないけど」

「え!? そ、それって…?」

「もう、だから言いたくないのっ」

 

 そっぽを向く翔鶴は頬が赤みを帯びているのが確認できた。…そういう事だよね、最近は慣れたとはいえ…やっぱり気恥ずかしさは拭えない。

 …僕は一つ咳ばらいをすると、気を取り直して話を続けた。

 

「なら矢張り「アンダーカルマ」だ、本来なら君が今過去を語った時点で僕の前に「君の過去」が表示されるはずなんだ」

「その…会議で天龍たちが見たっていう光る板のこと?」

「そう、でも…今僕の前にそれらしい板は見当たらないんだ」

「えっ!? わ、私嘘は言ってないわよ?!」

「もちろん僕もそう思ってるよ、でこれは僕の予想なんだけど…これは君が改二で持つ「能力」に深く関わるからじゃないか…と思うんだ」

「それ…どういう意味?」

 

 翔鶴の疑問を聞き、一呼吸置くと僕は「頭の中の結論」を話す。

 

「君は知らなくちゃならないんだ、あの日…南木鎮守府が崩壊したあの時、君の周りで何が起こっていたのか、君の日常を奪った要因を…君自身の手で調べなくちゃいけない。そうでなければ…アンダーカルマも好感度も上がらないんだ」

「…っ、つまり…あの事件の埋まっていない「ピース」を集めて私自身の過去を完成させなくちゃいけない…ということ?」

 

 翔鶴の的を射た答えに僕は静かに頷いた。すると──彼女はみるみるうちに顔に陰を作っていく。

 

「…どうしたの?」

 

 僕は彼女に尋ねる、翔鶴は青ざめ不安の色を隠せない顔を僕に向けた。

 

「タクト、私怖いの。あの全てが変わった過去に全力で向き合うのが、私を嫌っていたヒトが居た。私を裏切ったヒトが居た。私に…呪いを植え付けた娘が居た、そんな過去に向き合うのが…怖いの」

「翔鶴…」

 

 完全に過去が自身のトラウマとなったようだ、翔鶴は身震いすると両腕を交差させて震えを止めようとしていた。

 過去に向き合える余裕が出来たとはいえ、彼女にとって受け入れ難い事実であることに変わりはない。誰しもが物語の主人公のように前に進むことは出来ないんだ。

 

「解るの、私はまだ「あの頃のまま」なんだって。誰にも受け入れられない自分を抑えて、それでも我慢出来なくなって傷つけて…そんな自分から今まで逃げていた。私…あの時のシスターたちみたいに…ダレかを傷つけるのが…怖い…っ!」

「…そう」

 

 僕はその言葉を聞いた直後──衝動的に彼女の横へ近づくと…震える身体を「抱き寄せた」。

 

「大丈夫、君は何も悪くない…悪くないんだ。例え…ダレかが君を傷つけても、君がダレかを傷つけても、僕は…君の味方だから」

「…っ、タ……クト…っ!」

 

 翔鶴は僕の胸の中に埋(うず)まると、まるで小さな子供のように…泣いた。

 彼女の背中を優しく擦りながら僕は思いを馳せた…やっぱり、彼女と僕は似ているみたいだ。

 

『──ごめんなさい…』

 

 頭の中で思い浮かぶ「彼女」を喪った恐怖が…僕に熱を帯びさせた。

 

「(必ず乗り越えるんだ…翔鶴や皆のためにも、必ず…!)」

 

 翔鶴の「恐怖」を僕の過去に重ねながら、僕は自分に言い聞かせるためにそう心で呟いた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──クロギリ海域の任務開始前日、僕は連合鎮守府のカイトさんの元を訪れた。

 

「君が一人で尋ねてくるなんて珍しいね? …それで、用件を聞こうか」

「実は──」

 

 僕はカイトさんに「翔鶴の過去」を話す、僕の言葉で間接的に翔鶴の辛い出来事の数々を聞いたカイトさんは…深いため息を吐く、僕と全く同じリアクションをする。

 

「…そうか、彼女が連合を目の敵にしていた理由はそれか」

「はい、それで…カイトさんは長門が請け負っていたという任務について何か知りませんか?」

 

 僕の質問に対し、ショックを隠し切れないカイトさんは頭を掻いて回答した。

 

「残念だが…当時から連合総帥から受ける任務は「機密事項」であり、任務を受けた者以外にその情報が回ってくることがないんだ。それこそ君の推測通りなら、彼女の任務は恐らく「ドラウニーア関連」と見て間違いない。ヤツはどこから情報を手に入れてくるか分からない以上、安易に知られるわけにもいかないだろう」

「…歯痒いなぁ、仕方ないことだとは分かるけど」

「そうだね。…それで用件はそれだけかな?」

「あ、いえ。もう一つだけ──」

 

 そう言うと僕は「あること」をカイトさんに頼んでみた。

 

「──面白いね?」

「翔鶴はあんまり喜ばないだろうけど…彼女の力を最大限解放するために必要なことなんです、お願い出来ますか?」

「分かった、掛け合ってみよう。…彼女のためか、中々成長したじゃないかタクト君?」

「はは、カイトさんには敵いませんよ…では、よろしくお願いします」

「あぁ、任されたよ」

 

 僕はカイトさんに挨拶を済ませると、そのまま部屋を後にした。

 

「…すっかり人が変わったようだ、まるで人見知りの少年だった彼が…感慨深い」

 

 さて、僕も負けないぞ。僕の耳にカイトさんがそんな風に大声で喋っているのが聞こえた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──クロギリ海域、道中。

 

 翌日、僕たちはクロギリ海域へ赴いていた。

 それまで晴天だった空は次第に黒く染まっていき「曇天」となり、風も強く吹き荒んでいく。僕らは周囲を警戒しつつ黒の海域を駆ける。

 当面の目的は南木鎮守府の現状の把握だ。南木鎮守府周辺には黒い霧が漂っているから近づけないけど…翔鶴の話から「異能部隊の生き残り」がこの海域の何処かに居るらしいから、彼女たちに話を聞こうと思う。…ボウレイ海域の例があるから、すんなり見つかればいいけど?

 調査隊メンバーは当然のように僕、そして金剛、翔鶴、天龍、綾波、野分、そして…"舞風"。

 望月はユリウスさんと共に「対黒い霧装備」開発の最終調整に入っている、調整自体時間がかかるものじゃないので2、3日で合流予定だそうだ。

 

「………」

 

 僕は隊列の後ろに配置されていたので、彼女たちの様子を確認する。

 金剛、天龍、綾波の三人はキビキビと先頭を走りながら周囲を警戒、目配せとジェスチャーで連携しつつ異常がないか見張っている。

 翔鶴は偵察機を出してくれているが…やっぱり肩に力が入ってるみたいだ、緊張してる…まぁするなと言う方が無理な話か?

 

 でも…一番目に入ったのは野分と舞風だった。

 

「…はぁ」

「野分〜どうした〜〜元気ないぞぉ〜う!」

「…マイマドレーヌ、貴女が元気ならボクはそれで充分です」

「私が野分が元気じゃないならヤなのー! もうしっかりしてよぉ、はいっニィーーー!」

 

 明らかに落ち込んでいる野分を、舞風が無理やり指で口角を引っ張って笑顔を作って励ます。しかし…それでも野分はため息を吐くばかりだった。

 

「…どうしたの野分?」

「っ!? あ、いえっ。コマンダンのお手を煩わせるわけには…!」

「そうそ、なーんにもないから! 心配しないで〜なはは〜〜」

 

 二人がそう言って苦笑いを作るが、見たら分かるけど「空元気」もいいとこだ。何か隠してる…というより「言えない事情」があるんだろう。

 

「(アカシック・リーディングは──…ん、駄目だ応答なし。肝心な時に使えないなぁ)」

 

 色々理解出来るから野分たちの隠してることを…って思ったけど何も分からなかった。理解出来る範囲が曖昧で分かりにくいんだよなぁ、まぁ本人たちが大丈夫と言っているし…?

 

「…んー?」

 

 ふと僕は野分を注視する、不意に見つめる僕に対して何処かビクビクしながら不安の眼を向ける野分。

 

「な、何か…?」

「ん、良い帽子だね?」

「ドキィ!?」

「ま、舞風! …あぁはは、決戦に向けてボクも決意を新たに変えたいと…?」

「ふむ、正に「サ○ァイア」ですな?」

「…え?」

「宝石ですか?」

「いや、僕の居た世界でね。架空の存在だけど「男装の麗人」的な美少女がいるの、その娘のトレードマークが「大きな帽子」と「大きなリボン」だったんだよ」

「は、はぁ…?」

「良いねぇ…うん、良し。今日から君のあだ名はサ○ァイアだよ」

「え」

 

「今日から君は──サ○ァイアだっ!!」くわっ

 

「「ええぇ〜〜〜っ!?」」

 

「…おいタクト、野分が元気ないからと意味不明な言動で笑いを取ろうとするのは止めろ」

 

 僕の渾身の一発ギャグを天龍に見透かされてしまった。

 

「ショック〜」

「司令官はお優しいですね。野分さん、どうか元気を出して下さい?」

「うんうん、元気が一番だヨー!」

 

 綾波と金剛も野分を励ます、彼女は気恥ずかしそうに「ありがとうございます」とだけ言って嬉しそうにした、僕もその様子を見て静かに微笑む。…しかし。

 

「(…言えるワケない、そんな…ボクが深海棲艦になるなんて、お優しいコマンダンや皆さんに…っ)」

 

 どこか苦しそうな表情をして、野分は下を向いてしまう。

 天龍と舞風はそれを見て…何かを察したような哀しい顔をする。

 

「…天龍、何があるかは聞かないけど…せめて野分を、守ってあげてね?」

「っ! …あぁ、分かっているよ」

 

 僕は天龍の微笑みと信頼を込めた言葉に満足そうに頷いた。…野分、彼女のことも翔鶴と一緒に注意しておかないと。

 

「…っ! 前方に影あり!」

 

 翔鶴の口から、翔鶴航空隊の伝令が伝わる。僕らは目の前の海を注視する──

 

「……」

「来た…っ!」

 

 海上の水平線に現れた人影は、初めは小さな豆粒のように映るも、近づくほどにその等身とシルエットを表す。

 黒のノースリーブワンピース、茶髪のポニーテール、ついでに長いエルフ耳。間違いない「サラトガ」だ、またボウレイ海域の時みたいに虱潰しを覚悟してたけど、向こうからやってくるとはね?

 翔鶴の情報では、彼女はプリンツと酒匂と共にクロギリ海域に残り、長門の帰りを待ちつつ危険海域と化したこの海に入る者たちに警告を入れる、謂わば「門番」のような役割をしているみたいだ。

 彼女からこの海域の現状と…願わくばあの時に起こったことを洗いざらいしてくれると助かるんだけどなぁ?

 

「…懐かしい艦載機が飛んでいると思い急いで駆け付けましたが…やっぱり貴女だったんですね、翔鶴?」

「…っ」

 

 サラトガは…ん? 嬉しいような哀しいような…よく分からないな、ポーカーフェイスになっていて考えが読み取れない。翔鶴に対する複雑な感情を表しているのかも?

 対して翔鶴は──力んでいた肩が更に持ち上がる、どこか恐怖の色が垣間見える。…サラトガを前にして、過去が蘇ったのだろう。

 

「(…このままじゃ駄目だ)」

 

 僕は危険がないと判断し、金剛たちを掻き分け前に出る。…お、大きい。いや勿論背丈がね? 本当に大きいんだ…普通の女性の一回りは大きいな、スラっとした立ち姿が僕に緊張を持たせた。

 

「…貴方は?」

「僕は翔鶴たちの指揮を取らせてもらっている「色崎 拓人」と言います。貴女が…サラトガさんですね」

「っ、そう…貴方が翔鶴の? …フフッ、彼女との交流はさぞ大変でしたでしょう?」

「えぇまぁ、それは否定出来ませんが」

「ちょ、ちょっと!?」

 

 サラトガとの会話が変な流れに入りそうになることを見かね、堪らず翔鶴は制止を入れる。…んー、でもこの際言っちゃおう、向こうの警戒も解きたいし?

 

「最初は本当にどうなるかと思いましたよ、マジで殺されるんじゃないかってぐらいに睨みつけてくるし」

「…っ!?」

「すぐ僕のこと「これだからニンゲンは~」って馬鹿にして、でも眼を離したら沈もうとするし…そりゃもう大変でした!」

「まぁ…」

「うぅ…もういっそコロして…!」

 

 翔鶴は、まるで黒歴史をほじくり返されたみたいに顔を真っ赤にしてた。金剛たちも苦笑いしてる、僕も言い過ぎかなとは思う。

 

 でも──

 

「──でも、それでも彼女の力添えがなければ、僕はここまで来れなかったと思っています。彼女には…感謝してもしきれません」

「…っ! タクト…」

 

 僕は今までの翔鶴の活躍を反芻しながら、心からの言葉で彼女へ謝意を表す。その様子を見てサラトガは──

 

「…そうですか、それは本当に良かった。本当に…翔鶴に親身にして頂き、ありがとうございます」

 

 サラトガはそれだけ言うと、深いお辞儀をして感謝を体現した。僕もそれを見てお辞儀を返した。

 

 ──うん、この人は「良いヒト」だ。良いヒト過ぎて…他人から疑われるぐらいの善人だ。

 

 向こうも何かを感じ取ったのか、頭を上げると朗らかに笑う。

 

「…フフッ。良い指揮官に巡り合えたようですね翔鶴? 提督も…お喜びになるでしょう」

「サラトガさん、僕たちは…」

「タクトさん、どうか私のことは「サラ」と呼んでください? …貴方がたがここに来た理由は分かっているつもりです。場所を変えましょう、ついて来て下さい!」

 

 僕たちを信用してくれたのか、柔らかい笑みを浮かべるとサラトガは僕たちを話し合いの場へ案内してくれるようだ。

 

「…タクト」

「大丈夫だよ翔鶴、サラさんは良いヒトだ。裏表なんてないよ? 僕が保証するから…ね?」

「…うん」

 

 いつものツンケンした態度とは打って変わり、今の翔鶴は震える子犬のように僕の後をついて来る。

 

 …この海域に眠る翔鶴の過去、彼女がそれと向き合えるまで──

 

「──僕は…彼女の味方で居る、絶対に…!」

 

 サラトガに導かれながらも、僕の熱は決意へと変わっていった…。

 



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サラトガの証言──任務前夜

 僕たちはサラさんの案内で、彼女たちの拠点となっている「デイジー島」と呼ばれる無人島に足を運んだ。

 サラさんによればデイジー島より東に「南木鎮守府」があるらしく、南木鎮守府の異変を見張るのには丁度良い位置にあるそうだ。

 後ろを振り返った僕が見たのは黒い霧の立ち上る島。…確かにこの距離なら黒い霧の影響もないだろうが。

 

 まだ分からないことだらけなので、島への移動の道中に海面を滑りながら、僕はサラさんから情報を集めた。

 

「…サラさんは、鎮守府崩壊事件からデイジー島に?」

「はい、私と異能部隊の仲間たちが居ます」

「プリンツと酒匂…だね?」

「えぇ、この海域はあの黒い霧が発生してから、とても人の住める環境では無くなりました。幸いあの霧に近づきさえしなければ影響はない様ですが。それでも何があるか分からないので本島に住んでいたヒトたちは全員避難させましたが──」

 

 かつてアサヤケ海域と呼ばれた海は、絶望を体現したような黒の海域と化した。連合は海域の危険性を踏まえ名前を「クロギリ海域」と改めた。

 サラさんたちは事件後この海域に残って異変を見張るよう連合から頼まれたそうだ、艦娘は肉体構造が違うので少量のマナさえあれば生きていけるから…それでもマナの穢れ(黒霧)に包まれた南木鎮守府から数メートル離れたデイジー島に居なければ、穢れの影響を受けやすくなってしまうそうだが。

 

「本当は南木鎮守府の中を確認したいのですが…あんな状態では」

「成る程、連合が対策を考えるまで貴女たちは動くに動けなかった…ということでしょうか?」

「はい、連合とは今でも連絡を取り合っています。つい先日もカイト提督より先遣隊を派遣すると仰せ付かっていました」

「えっ、そうだったんですか。サラさんたちの事も伝えてくれたら良かったのに…また虱潰しかと思ってたから」

「カイト提督が「忙しくて言及することを忘れていた」…と、先遣隊の隊長に伝えてくれと仰っていたので、そういう事なのでしょう」

「そうですか、まぁあんなこと言いに行った後だったし…っあ、あの島ですか?」

「はい、あれが私たちの仮の拠点…「デイジー島」です」

 

 サラさんが視線を送る先に、この薄暗い風景に似つかわしくない「色取りどりの花」が浜辺に咲く島が見えた。

 …ん? 浜辺に二人ほどの人影が、近づいていくと金髪の美少女とアホ毛の少女が僕たちを出迎えてくれていることが分かった。

 

「ユージン、酒匂!」

「シスタ〜! …って、うぇ〜すごい大人数」

「ぴゃあ…」

 

 あれがプリンツと酒匂か、翔鶴から聞いていたけど…ケモノ耳、ホントに生えてるんだね? 二人のそれはここだけの話じゃなくって、現実でも「艦娘ケモノ化」なるジャンルがあるぐらい…ぁあ駄目だ! これ以上は話が逸れちゃう。

 とにかく話を進めよう、海岸に辿り着くと僕はプリンツたちとコンタクトを取る。

 

「こんにちは〜、僕は色崎拓人って言うんだ。君たちの味方だよ?」

「そ、そうなんだ。グーテンモルゲン…」

 

 ん、プリンツはキョロキョロと目を泳がせている。視線の先には「翔鶴」が居た──成る程、翔鶴の話から察するに「喧嘩別れ」したようなものだし、そりゃ気になるよね? 翔鶴もそれに気づいたのか目をわざとらしく逸らした。

 

「…翔鶴?」

「し、仕方がないじゃない。別に嫌いとかそういう話じゃ…ないんだけど…」

 

 言い淀む翔鶴と顔を俯くプリンツ、そしてそれを見守る僕たち。…辺りは重い空気に包まれる、どうしようもないよね…?

 

「…くんくん」

「…ん? 何??」

 

 と、酒匂が鼻を動かしながら僕に近づいて来た。

 

「──ぴゃ! 酒匂このヒトの匂い好きっ!」

 

 一言叫んだと思うや、酒匂はいきなり僕に抱きついて来た。

 

「おぅふ。」

「まぁ。酒匂がヒトの匂いを気に入るのは、余程貴方が善人である証ですね、うふふ♪」

 

 サラさんがまるで自分のことのように喜び、金剛たちはその光景にそれぞれの反応を示す。

 

「(金剛)ぅ…うん、まぁ…警戒が解けて良かッタ…ね?」

「(天龍)…くっつき過ぎじゃないか?」

「(綾波)むぅ・・・」

 

 金剛は怒って良いのか喜んでいいのかって感じだけど、天龍に綾波、明らかに嫌そうな顔だね。止めなさいヒト様の前で。

 

「…はぁ、ほら酒匂。タクトが困ってるわよ?」

「ぴゃ、ごめんなさいっ。それから…お帰り、翔鶴ちゃん!」

 

 翔鶴が声を掛けると、酒匂は満面の笑みで彼女の帰還を喜んだ。一瞬驚いたように固まる翔鶴だったが…?

 

「…ほら?」

 

 僕の方を見てどうすれば良いのか? と眼で訴えていたので、小声で催促する──

 

「──ただいま…!」

 

 そう彼女が答えた後、今度は僕から翔鶴に向かって「ハグ」をする酒匂。

 

「びゃ〜、久しぶりの翔鶴ちゃんの匂い〜♪」

「こ、こら。もう…」

 

 過去はどうあれ、仲睦まじい彼女たちの関係性は、まだ完全には壊れてはいないみたいだ。

 プリンツもサラさんも、二人の姿を見て顔を綻ばせるのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 感動の再会をもっとさせてあげたいが、一先ずはこの状況を打破するため協力し合うことになった僕たち。

 早速彼女たちに連合の考えを伝えるべく、腰を据えて話せるよう彼女たちの寝床に案内された。正直…すごく…ボロい木小屋です…。

 

「すみません、私たちで一生懸命建てたのですが…何分急いでいたので、少し落ち着かないと思われますが」

「いや、それは…っえ、これサラさんたちが? す、すごい…!」

「うむ、これだけ基礎が出来ていれば多少ボロくとも雨風は凌げるだろう」

 

 僕も天龍も彼女たちの意外な器用さに驚いていた。見た目は森にある掘建て小屋なんだけど、暖を取るには十分だろう。

 

「異能部隊の時にも今と似たような長期滞在の任務があって、その時の経験が役立ちましたね♪」

「…そんなこともあったわね?」

 

 サラさんの言葉に、翔鶴は小声で誰に返すでもなく呟いた。

 雑談もそこそこに、僕たちは連合との作戦内容をサラさんたちと共有した。

 

「──というわけで、南木鎮守府に潜んでいる黒幕…ドラウニーアの包囲網を敷くため、先ずはこの海域の異変を調査しているんです」

「…そう、ですか」

 

 サラさんは平静を装っているが、何処か緊張の面持ちで内容を聞いていた。

 

「す、すごい…! やったねシスター! これで皆元どおりになる、提督や皆にも会えるよ!!」

「ぴゃ〜! 酒匂もそう思うー!!」

 

 プリンツと酒匂は「狂喜乱舞」といった具合に喜びを身体で表現する。バンザイ三唱したりシェイクしたり飛び跳ねたり、此方から見ても大袈裟とは思わないが、長い間…耐えて来たんだろうからね。

 

「まぁ暫くは僕たちだけで調査をする形になるけどね? 何日かしたら連合本隊と合流して、あの南木鎮守府へ突入するよ」

「リョーカイ! 私たちも手伝うよっ!」

「びゃ〜! 頑張るがんばるー!!」

 

 嬉しそうに身体を動かして答えるプリンツと酒匂、ここまで来た甲斐があったなぁ…ん、待てよ?

 

「ねぇ、そういえば君たちの提督さんって何処に──」

「──タクトさん、ちょっと」

「…? はい」

 

 僕が疑問を口にすると、見兼ねたサラさんが僕を小屋の外へ呼び出した。

 

「…ん? あのヒトなんだって??」

「ぴゃ? わっかんなぁい! そんなことより踊ろー!」

「おどろオドロー!」

「おいおい、あまり騒ぎすぎるなよ。全く…」

 

 元気が有り余っているプリンツと酒匂に、天龍は注意を呼びかけている。

 

「……──」

 

 そんな中翔鶴は外に出て行った僕らを、ジッと見つめていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「どうかされたんですか?」

「タクトさん…貴方にはお伝えした方が良いかと思って」

 

 そう言うとサラさんは、今から「鎮守府崩壊事件」前後に何があったのか、聞かせる準備は出来ている…と僕に告げた。

 

「っ! 急ですね?」

「いいえ、調査が始まる前にこの海域の事件について私が知っていることを話しておいた方が都合が良いと考えました。カイト提督からも「知っていることは全て話してくれ」と言われていますし、何より…貴方に伝えたら、彼女のためにもなるかと思いまして」

「…翔鶴のことですね?」

 

 僕の問いに静かに頷くサラさん。

 

「私は彼女に取り返しのつかないことをしてしまった。でも…謝って許されるとは思えないし、謝って何もかも元どおりなら私もそうしています。それでも…言葉だけでは何も変わらないと思いますので」

「…そうですか、翔鶴のことは嫌いではないのですね?」

「とんでもないっ、悪いのは私なんです。私も本当は仲直りしたいです!」

 

 僕の回答に少しだけ強い口調で反発するサラさん、彼女の「想い」が垣間見えた瞬間だった。

 

「あはは、すみません。でも…翔鶴を嫌いにならないでくれて、ありがとうございます」

「…いいえ。すみません、少し取り乱しました」

「大丈夫ですよ。…じゃあ、鎮守府崩壊事件が起こる「任務前日」に何があったか、話して貰えますか?」

「はい、了解です」

 

 サラさんは姿勢を正すと、改めて彼女が見聞きした「あの日」の出来事を話してくれた──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──鎮守府崩壊事件前、南木鎮守府作戦会議室にて

 

 私と瑞鶴は任務の前、提督に呼び出されて居ました。

 

「お呼びですか、提督?」

「提督さん、来たよ」

「すまんな二人とも、お前たち二人に真実ってヤツを話した方が良いと考えてな?」

 

 そう言った提督の隣には、翔鶴たちと縁のある「ナベシマ」さんが居たのが確認できた。

 

「…やっほ、オジサン」

「おぅ、聞いとるぞ異能部隊で大層な活躍をしとるそうじゃないか、ほほっ。これも私の教育の賜物だな!」

「(どの口で言ってんだ…)」

 

 ナベシマさんの物言いに明らかな不服の表情をする瑞鶴、流石に不味いので私はアイ・コンタクトでそれとなく諭した。

 

「(…分かってる)」

 

 瑞鶴は姿勢を正すと、提督の言葉に耳を傾けた。

 

「実は──」

 

 それは私たちが請け負った任務…シルシウム島偵察任務についてだった。

 

「…っ!? 艦娘騎士団崩壊の黒幕が…!」

「シルシウム島に潜伏してるかもって…!?」

「あぁ…この任務自体はとある筋から来た「連合総帥直々」の令なんだが、あの島にあるデカい機械設備は、何れ世界の脅威と成り得る兵器となる可能性がある。ヤツはそこで機械の調整を行っているはずだ、君たちには…ヤツの捕縛を改めてお願いしたい」

 

 何と、あの艦娘騎士団崩壊に関わったとされる人物が、シルシウム島にて良からぬことを画策しているとのことだった…!

 

「ヤツは神出鬼没なヤツでな、とある研究施設の研究員だったそうだが、連合の機密を持ち出して数人の同志と共に脱走して、世界の秩序を乱し回っているようなんだ、調べてみたら艦娘騎士団崩壊もその黒幕の仕業みたいなんだ」

「そ、そんな…っ!」

「…成る程、つまり世界の敵であるソイツを何としても捕まえよう…って腹積もりなんだ? でも…それならそうと、どうしてあの場で言ってくれなかったの?」

「それは…」

 

 瑞鶴の問いに言い淀んでいた提督を見て、ナベシマさんが口を開いた。

 

「彼奴の仲間を捉えて居場所を尋問しようとしたところ、仲間の研究員は尋問前日に次々と「不審な死」を遂げてのぉ、彼奴には超化学と呼ばれる力があるから、それを利用して裏切りを働いた仲間を容赦なく「殺して」いったのじゃろう」

「…っ!?」

「それがどうしたの?」

「つまりじゃ、彼奴はどこからか我々の情報を「嗅ぎつけておる」という事実があるんじゃ。おいそれと任務内容を全て話して見ろ、今度は君たちが彼奴の毒手にかかるだろう。あの場で大人数の前で言うのは得策ではないと考えた私は、提督殿に頼んで君たちの前では内容を語らなかった…ということじゃ」

 

 ナベシマさんは真剣な表情で私たちに事の重大さを話した。瑞鶴は…それを聞いて心底意外そうな顔をした。

 

「…アンタがアタシらを気遣うなんてね?」

「フンッ、確かに君たちには苦い思いをさせられた。だが…それ以上に君たちは我が鎮守府の大事な戦力だ、それを分からない私ではないわい」

 

 ナベシマさんは鼻を鳴らして、それでも立場を弁えた言葉を零した。

 

「…ふっ、何それ。まぁ良いわ…そういうことにしてあげる」

「おぉそうしろ、私個人としては君たちの所業を忘れた訳ではないがなっ、ガハハハッ!」

 

 瑞鶴とナベシマさんの関係は相変わらずだが…それでも少し場が和んだ気がした。私もその様子を見て何も言わずとも微笑んだ。

 

「この作戦会議室には防音設備が敷かれてある、万一のこともないだろうが…勘の鋭い君たちには、真実を話した方が都合が良いだろうと考えたんだ」

 

 提督の発言に、成る程と納得して頷く私と瑞鶴…しかし、まだ不明瞭な部分はある。

 

「ねぇ…本当にシルシウム島に黒幕が居るの? 話聞いてもやっぱり出来過ぎてるっていうか…」

 

 瑞鶴の言葉に同意を込めて頷く私。私たちの様子を提督も予期していたのか、事情を全て話した。

 

「それがな…その黒幕の仲間だって言ってる研究員を、ウチで保護してるんだよ」

「…っ! それって…いつだったか提督と話し込んでた白衣の…?」

「知ってたのか。まぁ何れバレるとは踏んでたが…ジッとしててくれと言っても中々聞いてくれないんだよ、あの人」

「提督殿は彼奴に先んじて、仲間の研究員から「主犯」の居所を聞きつけたそうな、私も半信半疑だったが…事前に偵察部隊を送ったところ「人影がある」と確かに報告を受けた」

 

 ナベシマさんもそう言ってその情報の信憑性の高さを伝えた。それでも…瑞鶴は全然納得した表情をしていない。

 

「いやおかしいでしょ、明らかに罠っぽいというか…絶対裏があるって」

「君ねぇ…私が直々に調べたというに、まだ疑うのかね?」

「いやオジサンだから疑ってんだけど、っていうかアンタが調べたんじゃなくてどうせ艦娘に丸投げしてたんでしょ!」

「な”っ!? 君は本当に口が減らない…!」

「まぁまぁ、二人とも落ち着けって! …確かに言いたいことも解る。だが…ヤツをここまで追い詰めた試しは今までない、例え罠だったとしても連合はアイツに関係する情報を欲している、我々としても世界秩序のため、渦中に飛び込んでみる必要はあると思った次第だ。さっきも言ったけど君たちの実力なら何が起きても対応出来ると、俺とナベさんは判断したワケだ」

 

 提督の言葉にナベシマさんは大きく頷いて同意を示す、私も同様に頷いて見せた。

 

 しかし──どういう訳か瑞鶴は未だに渋った表情を崩さないでいた。

 いつものように納得がいかないのか、と思い私はそっと瑞鶴の耳に囁く。

 

「瑞鶴…ここは提督の言う通りにしましょう。いざとなったら遠くから機械設備を観察して──」

 

 そう言った私の側を離れ、一歩前に出た瑞鶴ははっきりと疑問を口にした。

 

「提督さん…まだ私たちに隠してることはない?」

「…っ!」

「ず、瑞鶴…?」

 

 和やかなムードは一変し、剣呑な雰囲気が漂い始めた──

 

「…どういう意味だ?」

「瑞鶴、これ以上は…」

「分かってるよシスター、私が今どれだけ勝手を言ってるかなんて。でも…あの時の状況と同じなんだ、あの「灰色のヤツら」がいたあの時と。ヤツらは──」

 

 ()()()()──そう呼ばれてるんでしょ?

 

「…っ!?」

 

 深海棲艦…その言葉に本能的に恐怖した私は、ヒトリ鳥肌立つのを感じた。

 

「き、君…何処でそれを!?」

「連合のお偉いさんが話してるのを見たことあるんだ、私…偶然そういうの聞くことが多いんだよね。運が良かった…ってことかな?」

「な、何と…?!」

 

 ナベシマさんが驚きを隠せないのを余所に、瑞鶴は鋭い視線を絶やさず彼女なりの回答をぶつける。

 

「白状するとね、昔…ソイツらに私の元いた部隊が「全滅させられた」んだ。その時も偵察任務で…いきなり現れては私たちの部隊に攻撃を加えて…私一人を残して部隊は壊滅した」

「そ、そんな…っ!?」

 

 瑞鶴の過去を言葉だけで認知した、嘘のように聞こえるかもしれないけど、そこに在る彼女の「絶望」は確かだった。

 

「もし…それが貴方たちの追う黒幕の仕業だったとして、また同じことをして来ないとは限らないでしょ。貴方たちは…それを理解している筈、なのに…どうして何の対策もなしに行こうとするの?」

「…っ」

「あの怪物たちは生半可な実力は通じないんだ、それを踏まえて私たちを送り出すなんてどうかしてる、私たちはただの道具じゃないっ! …どうして、貴方なら……理解してくれると思ったのに…っ」

 

 彼女は目に涙を、顔に恐怖を浮かべて理性的な態度が崩れようとしていた。私は言葉で聞いただけですが、それだけ彼女にとってココロの傷になる出来事だったのか…彼女がここまで駆り立てられる姿を見ていると、そう思わざるを得ませんでした。

 だからといってこのままではいけない、そう思って私は瑞鶴に敢えて厳しい言葉を向けた。

 

「瑞鶴、いい加減にして下さい。提督も立場がおありなんです、貴女もそれは分かっている筈でしょう?」

「…分かってるから嫌なんだよ、これ以上…翔鶴姐たちが危険になることが…あの時みたいに私を置いて何処かへ行ってしまうことが…嫌…なんだよぉ」

「っ、瑞鶴…!」

 

 瑞鶴の暴走する感情は、翔鶴たちに対する「愛情」とそれを喪いかねない「恐怖」だった。それを知った私は…それ以上の言葉に詰まってしまう。

 

「──確かにお前の言う通り、その深海棲艦が出る可能性もあるし、黒幕がソイツらを裏で操っているかもしれないとも、連合上層部で噂されている」

 

「…っ」

 

 瑞鶴は淡々と事実を告げ始めた提督に、それ以上何も言わないでほしいという視線を送ったが、それでも…彼は止めようとしなかった。

 

「だからこそ君たちじゃないと頼めないんだ、黒幕は研究員として培った「超科学」の力で良からぬことを考えている。それが艦娘騎士団崩壊とシルシウムの機械設備、そして深海棲艦の予兆に表れている。…違うか?」

「っ、それは…」

「仮に今ここで黒幕を逃すようなら、世界の均衡がまた破られてしまう恐れがある。ここで捕まえなければ…今度こそどんな災厄があるか分からない。ここで出遅れては不味いんだ」

「だからって…罠かもしれないんだよ! 翔鶴姐はどうなってもいいの?!」

「罠であったとしてもっ。…聞こえは悪いが「君たちよりも世界秩序の維持が優先される」。犠牲になってくれとは言えないし、君たちがどうなるとは思えないが…もしそうなってしまっても、こちらから責任は…取れない…っ」

 

 提督の声を押し殺すような口の動きを見て、彼もまた本意ではない、仕方ないことだと私は理解した。

 普段なら私も提督も意見を言う場面ですが、私たちの立場は「兵器」であり、戦場で危険な事柄を一手に担うことは周知の事実であるのですが、人間のような人権…ましてやイノチの危険の可能性を考慮することは本来なら有り得ないのです。

 提督の様子から察するに、そういった立場の違いを上層部に突きつけられているのでしょう。聞けば世界の命運がかかっているのは明白でしたし、私も今更危険な任務だからと文句を言うつもりはありませんでした。しかし──

 

「…何それ? 私たちが危険に晒されても文句ないってこと…っ!? 信じらんない…っ!!」

 

 瑞鶴は悔しさと失望の感情を顔に湛えながら、床にズンズンと足音を響かせながら会議室から出て行ってしまったのです…。

 

「ず、瑞鶴!」

 

 私は瑞鶴を追いかけようとしました…その時、提督の顔を一瞥すると…彼は()()()()()()()()()()()()()()()()言葉を漏らしていた。

 

「ごめん……ごめん、な。…俺は……本当は君たちには……お前には──」

 

「……」

 

 机に向けて流れ落ちた涙、悔恨を口にする提督と…それを黙って見守るナベシマさん。

 彼の心情を読み取った私は、それでも瑞鶴の元へと走って行きました。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…思いもしなかったから。




 変なところで切ってゴメン、やたらと長いからさ〜。


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信じ抜く強さを、君たちから教わったんだ。

 皆さん、お伝えしたいことがあります。実は──















 明日仕事で大阪へ、日帰りで行くことになりましたっ!

 時間が無いので(誠に勝手ながら)明日投稿しようと思ってたこの話、今日投げ込みたいと思いまする!!

 こんな夜中にすみません、そして誤字脱字あればスンマソン!!!

 …あ、例の如く展開早めでぇす。


 僕はサラさんの話を聞いて、瑞鶴たちのやり取りを垣間見て察する部分があった。

 

「つまり…あの時の連合や提督さんは焦っていて、あの時の状況も本意ではなかった…ということか」

「はい、罠だということも重々承知の上で任務を承諾していたのでしょう。それだけ主犯を捕まえることを重要視して…出来なかったとしても何か足掛かりになるものが欲しかったのだと思います。決して…彼が好んで私たちを「あの地獄」へ放りだしたわけではないんです」

 

 サラさんの訂正に合点のいった僕は黙って頷いた。

 そっか…もう一人の研究員のことは、後でユリウスさんに聞くとして…どうやら深海棲艦が現れたのは、鎮守府崩壊事件が初めてじゃなかったみたいだ。

 瑞鶴の昔の部隊は深海棲艦に滅ぼされた…か。彼女は最初から任務の危険性に感づいて、それでも翔鶴たちを守るために…。

 翔鶴には酷な話だとは思うけど、提督さんの気持ちが知れたのは良かったと思う。涙を流すほど彼女たちを大事に思っていてくれたのか…。まぁ組織の上層部に居る者として、私情で行動出来なかったのだろうな…?

 

「あの…提督さんはその後どうなりました、何だか今生の別れみたいに言うから…はは?」

「………」

 

 …僕の問いにサラさんは答えず、深く俯いたまま何かに「謝る」ように佇んでいた。

 

「…サラさん?」

「あの鎮守府崩壊事件の後…私はナベシマさんと会話したことがあるんです」

 

 ゆっくりと、重い口をそれでも動かして…サラさんは事実を告げた。

 

「あの鎮守府崩壊事件当時、提督は…燃え盛る鎮守府で生存者を逃がしていたそうで。ナベシマさんがボートで逃げた際に一緒に来るよう催促したのですが──」

 

『──ごめん、責任取ってくるよ』

 

「…それだけ言って、鎮守府内に居残ったそうです」

「っ!? それって…!」

 

「はい、ユージンにも酒匂にも言えず仕舞いでしたが…おそらく提督は…もう…っ」

 

「…っ!」

 

 そんな…てっきりどこかに避難でもしていたと思い込んでいた僕は、ショックで堪らず呆けてしまった。

 提督さんはもう「この世には居ない」という残酷な現実。まさか…言い方が不味いかもだけど、プリンツたちならまだしも…もし翔鶴が今の話を聞いたら──

 

 

 ──ガサッ!

 

 

「…っ、誰!?」

 

 草むらから何者かの動いた音がした。僕とサラさんはその音のする方へ一斉に振り向いた、すると──森の奥に走り去っていく「銀白の髪」の人物が。

 

「まさか…翔鶴、今の話を…!?」

「っ、あぁもう!」

 

 驚くサラさんの横を咄嗟に駆け出す僕、森の奥に逃げた翔鶴を追いかけて行く。

 

 言わんことじゃない、とにかく今の彼女は不安定なんだから、誰かが傍に居てやらないと…!

 

 僕はそう頭で考えながら、震えているであろう彼女の元へ急いだ…──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕は翔鶴を追って、デイジー島の森の奥へ足を運んだ。

 

「翔鶴!」

 

 そこは水の湧き出る泉だろうか? 木々に囲まれた水辺に一人佇む彼女を見つけて声を掛けた。

 …しかし案の定で、彼女はこちらを振り向こうとしない。泣き顔を見られたくないんだろう…。

 

「翔鶴…?」

「──馬鹿よね、私」

 

 いつものハキハキとした声と違い、儚げで今にも消えかかりそうな声で…翔鶴は独白を始めた。

 

「信じていたのに…提督は私たちを裏切らないと、絶対何かの間違いだって…そう思っていたのに、たった一回すれ違いが起きただけで裏切られたと勘違いして」

「…っ」

「…もう、嫌。嫌だよタクト、何で…私はこんなに「自分勝手」なの? 瑞鶴に引き留められた時も、提督が危険な任務だと知っていたと聞かされた時も、二人の気持ちを…考えられなかった、考えようとしても…頭が回らなかった。私は…二人を信頼出来なかった」

「(翔鶴…)」

「どうしてあの時瑞鶴を…提督を…信じてあげられなかったの? だからなの…だから二人は…シんで…っ!」

 

 不味い…どんどん悪い考えに落ちていってる、こんな状況じゃ無理は言えないけど。でも…何とか立て直さないと…っ!

 

「翔鶴…提督さんのことは残念だけど、今は…サラさんたちと協力して、この海域を何とかしないと──」

 

「分かってるっ!」

 

 僕の言葉を遮って翔鶴は、怒りだか悲しみだかが混ざった顔でこちらを振り向き、睨みながら声を荒げた。

 

「分かってるのそんなこと! 今はそんなこと考えている場合じゃないって!! でも…シスターの顔を見る度…あの時のことを思い出して…っ」

「…っ!」

「あの時…あの燃え盛る鎮守府に提督が居たなら、私…助けてあげたかった。なのに私は…身勝手に怒りを撒き散らして、挙句「最低」と罵られ…っ、どうすれば良かったの? ねぇどうしたら良かったのよ!! …答えてよ…特異点なんでしょ、貴方なら…あの時の提督だって…っ!」

 

 大粒の涙を流し声を震わせながら、翔鶴は怒りを僕にぶつけた。

 彼女は頭ではやるべきことを理解していても、その中では「憤り、悔恨、行き場のない感情」が渦を巻いていて、考えが纏まらないんだろう。

 

「翔鶴…」

「…っ」

 

 翔鶴は…泣きながら僕に近づくと、背を屈めて僕を「抱き締めた」。

 

「しょ、翔鶴…?」

「…お願い、何も言わないで。もう何も考えたくない、シスターのことも…提督のことも…っ!」

 

 彼女の身体は…絶望に打ち震えていた。

 僕は…何も出来ない自分を、何も言ってやれない自分を悔やんで、それでも彼女の言う通り黙ってされるがまま抱き締められていた。

 声を押し殺して泣く彼女…矢張り彼女にしてやれることは、何もないのか…? 僕は悔しさを抑えて、翔鶴の気の治まるまで側に居た。

 

「……」

 

 ──そんな僕たちのやり取りを、草むらから見つめる影があることを、僕は気づくことが出来なかった。

 

「…ぴゃ、翔鶴ちゃん…っ」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 サラさんたちの拠点で寝泊りした翌日から、僕たちはデイジー島を中心に海域異変調査を本格的に開始した。

 翔鶴は…まだ元どおりとはいかず、彼女のことを考え僕たちだけで調査に向かい、少し休ませるにした──大切な人の死を目の前にして、早々に立ち直るのも無理な話だが。

 ここも…ボウレイ海域ほどではないけど幾つもの小島が点在していたので、取りあえず二つの部隊に分かれて海域の島々を調べた。

 

「…うーん、南木鎮守府周辺の島の自然は壊滅的だなぁ?」

「うむ、矢張りあの黒い霧は生命に影響を与えているようだな」

 

 僕は天龍と鎮守府周辺の環境が死んでいることについて議論した。鎮守府の丁度隣の小島は、草木や森が枯れ島の土肌が丸見えになっていた。

 あの黒い霧はマナの穢れと呼ばれる「生命を奪う」魔力で、艦娘や人間がそれを吸い込めば「弱体化」は免れない。あくまで一時的なものだが、長時間黒い霧に晒されるとどうなるか…僕らは死に絶え乾いた大地の島を見て、それを理解していた。

 それでも「ごく至近距離」でなければ──周囲を見た限りでは──影響はないようなので、それだけでも収穫ではあるが。

 

「この調子だと天龍と綾波だけで中の様子を…も止めといた方がいいみたいだね?」

「うむ、カイニは黒い霧の効力は効かないだろうが。二人だけだと中に何があるか分からん以上心許ない」

 

 調査隊の中で黒い霧の影響を受けないのは「改二」である天龍と綾波だけ。ドラウニーアが確実に何か仕掛けて来ることが分かりきっている以上、人数を揃えて慎重に行動するに限る。

 

「カイトさんに報告がてら、望月たちに対霧装備がどうなってるか聞いてみようか?」

「そうするか」

 

 僕は天龍に一言断ると、腕に着けた「腕時計」のような形状の機械を顔の前に持って来る。丁度腕時計を見るようにしてると「液晶画面」から光が出て、それは人の形になった。

 

『──こちらカイトだよ、タクト君進捗はどうだい?』

 

 ホログラム映像、望月が開発した「映写型通信機」による光景だった。僕はカイトさんの姿を確認すると、今日の成果を報告した。

 

「──という訳で、黒い霧の効果範囲は至近距離…直接触れたり霧を吸ったりしない限り問題ないと思われます。南木鎮守府の中も見ておきたいですが、望月たちの報告待ちになりますね」

『了解したよ、じゃあ霧装備が完成次第こちらに報告願うと望月に伝えてくれないかな。少し早いが増援をそちらに寄越そう、完成した霧装備を彼女たちに運ばせるよ』

「分かりました、通信終了します」

 

 カイトさんの報告を終えると、ホログラム映像の光は消えた。それを確認すると僕は液晶の周りに取り付けられた「つまみ」を回す。

 

「次は望月…っと」

 

 数字の番号が振られたそれを上の矢印に合わせてセットする。

 

『──はいよ。大将なんかあったかい?』

 

 今度は望月の姿がホログラム映像となり映る。寝不足なのか目に隈が出ていた彼女、頭を掻いて面倒臭そうに言葉を投げた望月に、僕は霧装備について尋ねた。

 

「望月ー? 黒い霧対策の装備開発どうなってる? こっちの調査もう終わったんだけどー?」

『うえぇ、早くないかい? 八割は出来てんだけど急過ぎて性能が正常に働くかまだ試せてねぇんだよ〜』

「成る程、ならば試作品でも構わないからこちらに寄越してくれ。お前が開発したのなら性能は間違いないだろう、現地でテストをしよう。南木鎮守府の中の様子を調べたいからな」

 

 天龍の提案に了承した望月。だけど少し心配なのか目を細め眉も顰めていた。

 

『りょ〜かぃ。まぁ大丈夫だろうとは思うけど、何かあったら早く連絡くれよなー。ナルハヤってヤツだ』

「あはは…それで、その装備はいくつぐらい届けられそう? とりあえず調査隊の人数分あれば…?」

『んー、いや「三人分」が限度だわ。調整が難しくってな…短時間で量産はムリだわ』

「おぉ、その分霧対策はバッチリ…だね?」

『まぁなぁ。…大将もどうせついてくんだろうから、姐さんと翔鶴を加えて三人分、天龍と綾波合わせて五人も居りゃ中の調査は十分だろ?』

「了解、それでいこう。…あ、カイトさんが霧装備を増援部隊に運ばせるって言ってたよ、後で連絡お願いね?」

『おう、分かった。通信終了な? …』

 

 僕との会話の終わり際、望月は視線を何処かに移していた。

 

『(野分を絶対南木鎮守府に近づけんなよ…何があるか分からんからな? 頼むぜ天龍)』

「(何を言わなくとも理解してるさ、分かっている…見張っているさ)」

 

「…望月?」

『ん? っぁあ悪い。んじゃな?』

 

 そう誤魔化すように言うと、通信を無理やり終了した望月であった…。

 

「ん? …まぁいいか。えっと次は…」

 

 通信機のつまみを回し、今度は別働隊として行動している金剛、野分、舞風たちに連絡を取る。通信に応じたのは金剛だった。

 

『──ヘーイタクト! 何かありまシタ?』

 

「ううん、黒い霧のデータは十分だから調査を一旦切り上げようと思って? 対黒い霧装備が届く手筈だから、それが届いたら南木鎮守府の現状を調べよう」

『分かったヨー! ノワッキーたちにもそう伝えるよ、通信終了〜♪』

 

 金剛はそう溌剌とした言葉で話を区切った。

 …金剛との会話、確かにこの「口調」が一番慣れたものだけど…ん〜〜…なんか、足りない感じが。

 

「うんうん、頼んだよ。…()()()()()()()(ボソッ)」

 

『…ッ!!?!?』

 

 起爆剤として僕は彼女に、本名と愛の言葉を囁いてみた。すると…面白いぐらいに顔が紅潮していき、あっという間に恥ずかしさMAXの真っ赤な火照り顔が出来上がった。ピーッて蒸気の音が聞こえそう、ウケる〜。

 

『タ、タクト! 愛してるっていうのはネ、お互いに好き合ってる人たちが言う言葉で、わ、わ、わ、私たちは…っ?!!』

「(キョドりすぎワロス。)えぇ〜僕は金剛のこと好きだけどなぁ? もちろん中身エリとしてね!」

『も、もうっ! だからってこんなとこで…っうぅ…天龍助けて…!』

「フッ、諦めろ金剛。コイツはお前の「素」が見たいだけだ、まぁ俺も今のお前の動揺ぶりは笑いが込み上げるが…ふw」

『は、鼻! 今鼻で笑った!? っむぅ〜もう知らない! 野分、一旦引き上げるよ!!』

 

 あらら、怒らせちゃったみたい。でも通信の向こうで野分に呼びかけてたみたいだし、これで大丈夫だろう。

 僕らが金剛の反応にニヤついていると、一人此方に近づくモノ…綾波だ、彼女は僕たちと一緒だったんだけど、深海棲艦が近くに居ないか見張ってくれてたんだ。

 

「司令官、ただ今戻りました」

「お帰り。どうだった?」

「はい、近くの島を周回したところ、深海駆逐隊と会敵しました。難なく撃破しましたが…矢張り黒い霧の影響でしょうか、他海域の駆逐級と比べ幾分か凶暴化しているようです」

 

 黒い霧は生命を奪う魔力であることは確かだけど…どうやら深海棲艦にとっては「増強剤」のようで、どんな雑魚敵であろうと実力がよりパワーアップしてしまうのだ、まぁ端的に言えば「エリート化」ですね。

 深海棲艦にとって黒い霧の影響力は凄まじいようで、例え黒い霧から離れていようとエリート化は免れない。このクロギリ海域全体に散らばる深海棲艦は強敵となっている、離れててもコレだから霧の中に居る深海棲艦がどんな風になるのか、最早話すまでもない。

 うん、そんな雰囲気じゃないんだけど敢えて言うと「まぁラスト間近だしね?」が本音。金剛は元々強いし天龍と綾波も改二化してるからそこまで苦じゃないだろう。でも…警戒は怠らないべきか。

 

「分かったよ、ありがとう綾波。…よし、襲撃があるかも分からないから、デイジー島周辺の見回りを強化しようか?」

「二艦(ふたり)で見張るのだな、了解した。今日の見回りは…野分か。俺も一緒に行こう」

「うん、お願いするよ天龍。…さて、じゃあ一旦帰ろうか」

「あぁ」

「了承」

 

 僕たちは綾波の報告を受けてこれからのことを話し合う、そしてデイジー島へと帰還する──

 

「(…翔鶴)」

 

 ふと僕は渦中に居る翔鶴について反芻した。

 

『どうすれば良かったの? ねぇどうしたら良かったのよ!! ──』

 

 …駄目だな、彼女のために頑張ろうと覚悟を決めたつもりだったのに、彼女の激しい感情を垣間見る度に自信が無くなる。考えないように明るく振る舞ってみたけど、どうしても考えてしまう。

 僕は…本当に彼女の力になれるだろうか、今も絶望の淵で泣いている彼女を…抱きしめてあげるぐらいしかない、それだけじゃ足りないんだ。彼女を助けるためには…──

 

「…司令官?」

「タクト、どうした?」

 

 そんな僕を見てか、天龍と綾波は心配そうに僕を見つめていた。

 

「…うん、何でもないよ。ありがとうね?」

 

 思えば、彼女たちもそうだった。

 天龍も綾波も大切なヒトを喪い孤独に押し潰され、狂いそうになりながらも前に進み…そして自ら崖から這い上がったのだ。

 そう、彼女たちが「証」なんだ。僕がここまで来れた──彼女たちを「救えた」証なんだ。翔鶴も…きっと大丈夫だ。

 

「本当に…ありがとう、二人とも?」

「ハハッ、急になんだ?」

「フフ…♪」

 

 感謝の言葉を口にする僕に、二人は微笑みを返してくれた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──深夜、デイジー島の砂浜にて。

 

「…はぁっ」

 

 ──砂浜に腰を下ろし、膝を三角に曲げて両腕で抱える。深くため息を吐いてこの世の終わりのような顔で暗闇に揺らめく焚火を見つめる「野分」。

 彼女は前回の海域での任務でとある秘密を抱える事態になり、共に秘密を共有する仲間たちのため、何より自身が敬愛する指揮官に余計な不安を抱かせないため、秘密を今まで隠して来た。その秘密こそ──自身が深海棲艦(かいぶつ)となる最悪の未来である。

 美しきを尊び醜きを断じて来た野分、そんな彼女が自分たちが敵対する魔物となる可能性があるというのだ…動揺、衝撃、それ以上に彼女のアイデンティティを覆しかねない。ただただ不安な毎日を過ごしていた。

 

「…そろそろか」

 

 そう呟くと、野分は懐から錠剤の詰まった小さなガラス瓶を取り出す。そこから一粒白く丸い飴玉のような固形の薬を摘まむと…口に含む。

 …虚しい表情で傍に置いてあった水の入った水筒を手に取ると、水筒の水を一気に口に流し込む──ゴクリ、喉を鳴らし水が体内に薬を運ぶ。野分の内側にある「深淵」を…抑えるために。

 

「っぷはぁ。…ふぅ」

 

 また大きなため息を吐く。押し寄せる恐怖に耐える毎日、まだ始まったばかりだが…挫けそうになり思わず顔を俯ける。

 今までは彼女の周りには光が差していた。この道を行けば…きっと彼女にとって「正しい」未来に辿り着けると信じていた。そんな彼女に訪れた暗雲は彼女の信念を汚そうとしていた。

 

「(今マドモアゼルモッチーたちがこの症状を改善する薬を作ってくださっている。拮抗薬は一日たりとも飲み忘れてはいけない、おそらくこの戦いが佳境に入った頃合いに何か進展があるはず。でも…何も無かったら)」

 

 野分は手元に持つガラス瓶の中身を見つめる。

 時々、無性に感情が昂る瞬間が出来た。最近だと「悪夢」を見るようになる──タクトや金剛たち、今まで出会った全ての人々を…自らの手で「殺していく」自身の後ろ姿。その手は血に塗れて──

 

「…っ!」

 

 最悪の映像が彼女の頭を過ぎる、それを振り払うように頭を振る。

 艦娘が深海棲艦になる真実を前に、彼女は自分の今までの行動を振り返る。…人類を守るために戦って来た艦娘は、金剛(エリ)が言ったとおりヒトの居場所を奪っていただけではないのか、これまでの戦いは「間違い」ではなかったのか。…最早正偽は誰にも分からないが、破壊の権化とも言える怪物を前に、野分は自身が目指すべき道から踏み外れてしまっていた。

 

 ──信じる道を見失い、迷いビトは彷徨い続ける…いつかまた日向の道を歩めると信じて。

 

「…野分、見張りはどう?」

「っ! コマンダン…」

 

 ふと声を掛けられ後ろを振り返る。そこに立っていたのは──彼女の指揮官である拓人であった。

 野分は咄嗟に手元にあるガラス瓶を懐に戻すと、努めて笑顔になり拓人に話しかけた。

 

「コマンダン、マドモアゼルテンリューは?」

「ん、もう少し周囲を警戒してくるってさ。お前は野分と大人しくしてろだってさ? まぁ何かあっても彼女なら大丈夫でしょ?」

「は、はぁ…」

 

 拓人と天龍はデイジー島の近海を警戒していたが、拓人は途中で抜け出してきたようだ。

 隣いい? そう言われ許諾した野分の右に彼女と同じように体育座りになる拓人。

 

「…その帽子取らないの?」

「えっ!? …い、いえ。ボクの新たなトレードマークですので、おいそれと取ってもどうかと思いまして…;」

「ふぅん。そう? 確かに似合ってるしね、はは」

 

 拓人はいつものように笑って彼女の言葉を肯定した。

 …口八丁で誤魔化すたびに、胸が痛む感覚がした。ズキズキと奔るように駆け巡るそれは、彼女が敬う拓人に対し嘘を吐くしか出来ない自分の歯痒さかもしれない。

 

「…コマンダン、貴方はボクを「信じて」くれているのですか?」

「…? 当たり前でしょ。まぁ最初こそ何だコイツ? だったけど…今は、ううん。今も君は大切な「仲間」だよ」

「っ! コマンダン…」

 

 拓人の笑顔を見て、野分は確信したことがある──彼は自身の抱える秘密に勘づいていて、それでも自分を信じて黙って見守ってくれているのではないか…という事実を。

 

「(コマンダンは信じ続けたんだ…コンゴウさんのことも、テンリューさんやアヤナミさんのことも、今はショーカクさんだって…ずっと信じ続けて、それが今彼の「力」となって事態を大きく動かしているんだ。ボクのことまで…信じて下さるなんて…!)」

 

 野分は彼女なりに拓人の中の真の力──大衆を惹きつける「魅力」を感じ取り、改めて敬服するのだった。

 

「コマンダン…何故貴方は他人を信じようとするのですか? 何故怪しいと思わず信じ続けられるのですか?」

 

 野分は彼女の中に渦巻く疑問を拓人にぶつける。思わぬ質問に面食らう拓人だったが──

 

「えっ?! …う、うーん。そこまで大それたことでもないと思うよ? 僕だって疑うことだってあるし喧嘩だってするさ。それこそ前世で海斗君と──」

 

 そう言って口を止めると拓人は…何処か寂しそうに夜空を見つめて、独り言ちに改めて話す。

 

「うん…そうだね、ここに来る前は…僕は自分に自信がなかったんだ。大切な人を喪ってからは特に…でも、それだけじゃいけないって思って、変わろうって考えたんだ。絶望に晒されながらも必死に藻掻いている君たちを見て、僕も──頑張りたいって、信じたいって思えたんだ」

「…っ!」

 

 彼が何故他人を信じられるのか…それは他ならぬ「艦 娘(じぶんたち)」の生き様からそう感じ取ってくれていたから。

 野分は──目に涙を湛えて感極まっていた。会議の時の金剛が漏らした「艦娘の負の側面」…兵器として大勢のニンゲンの人生を狂わせる一方で、彼のように別の側面から視て胸を打たれる何かを感じるヒトも居てくれた…その言葉に、彼女の眼からは一滴(ひとしずく)の涙が。

 

「コマンダン…ボクの…ボクたちのやって来たことは、間違いではなかったのですね…っ?」

「そうだね、例え君たちの戦いを「意味がない」って頭ごなしに否定されても…僕は違うと思うな。君たちは自分を兵器だって考えているんだろうけど…君たちは誰よりも「人間」なんだって、僕はこれからも信じているよ?」

「…っ、コマンダン……っ!」

 

 折り曲げた膝に顔を埋める、閉じられた殻のような彼女の顔からは涙が止まらず、声を詰まらせながら泣いた。

 

「野分…君が今何に悩んでいるのか、僕には分からないけど…絶対大丈夫さ。絶対なんてないのかもしれないけど…僕はそう「信じている」よ?」

「…はい……っ」

 

 帽子のツバを抑え顔を上げると、野分は感謝を込めて──拓人に向けて静かに微笑むのだった…。

 



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増援、確執、そして──足掻く

 うーん、これどうかな?
 本編の文で「苦し紛れの表現」をしています、分かりづらかったらすみません;


 ──翌日、デイジー島にて。

 

 僕と艦娘たちはカイトさんが送った増援部隊の到着を、海岸沿いで待っていた。

 

「…あっ、あれかな?」

 

 僕が指差す先には、海の向こうからやって来る小さな点のような影。あれがきっとカイトさんの言ってた「増援部隊」か、彼女たちが望月の霧対策装備を持っている手筈だけど…?

 こちらに徐々に近づくにつれ、その輪郭が明らかになっていく。一体どんな……あれ?

 

「み、皆…!?」

「姫様、不知火ちゃん、それに…早霜ちゃんも?」

 

 綾波は目の前に現れた艦娘の名を呟いた。

 増援部隊の艦娘たちは、何と我らが名無し鎮守府の残りの艦娘である「早霜・ウォースパイト・不知火」であった。

 

「お待たせしました…タクトさん」

「我らタクト艦隊、これで全員集合ですね。ふふっ♪」

「………」

 

 三人がデイジー島の岸に上がるとそれぞれに挨拶した。

 

「えっ、待って僕らの鎮守府は? 確か今望月とユリウスさんが居るはずだけど…大丈夫なの?」

「はい、ですが…この戦いでドラウニーアとの因縁に決着がつくかも知れないと、カイトさんが私たちを増援として呼んで下さいました。それに下手に初対面の娘を寄越すより、タクトさんと気心が知れている私たちの方が良いだろうと。因みに私たちの鎮守府は連合から派遣された艦娘が見てくれています」

 

 早霜が僕の疑問に答えてくれた。

 成る程、文字通り総力戦だということか。いやでも…この人数で? 幾らドラウニーアでもちょっと…ねぇ?

 そんな怪訝な顔をしている僕に対し、ウォースパイトと不知火が付け加えた。

 

「ご心配には及びません、私たちは謂わば第一次増援部隊。第二次増援部隊は数日すれば此方に辿り着く予定です」

「その間に霧対策装備も本格実装されるでしょう。というか…タクトさんは理解されているのでは? 第二次増援部隊には…」

「っ!? っしー! (不知火、確かに薄々は分かってたけど…とにかくその先は言っちゃ駄目!)」

「(な、何ですか急に…まぁ、分かりましたよ)」

 

 不知火にヒソヒソと話して、僕はそっと翔鶴の方を振り返った。…うん、ちょっと元気なさそうだけど聞こえてなさそうだから良し。

 

「(…あの、タクトさん。少し質問があるのですが)」

「(ん、何?)」

「(あの…早霜ですか? さっきから何故か私の方をチラチラ見ていて…私も彼女を見ていると、その…気になってしまって)」

 

 ん? 不知火の言葉に僕は早霜の方をチラ見した。確かに不知火の後ろ姿をジッと見つめてる気がする。…っあ、そうか。不知火と早霜って…!

 僕は「前世」での彼女たちの関係性を不知火に話した。

 

「綾波の言っていた「別世界の私」ですか?」

「そうそう、確か座礁した早霜を助けようとして敵軍の攻撃に晒されて…そのまま沈んでしまったんだ」

「…成る程、それなら合点がいきますね。お互いに悔いていた部分があって、それが別世界の私たちにも影響を与えている…か」

「うん。不知火あれだったら早霜に声かけてみなよ、きっと喜ぶよ?」

「えっ、いえ別世界で関係あれど私たちはあくまで…」

 

「そんなこと仰るんですね…悲しい…です…」

 

「っうわぁあああ!?」

 

 いつの間にか不知火の背後に回り込んでいた早霜のボソボソ声(ウィスパーボイス)に、不知火は思わず驚き声を上げた。

 

「い、いつから後ろにっ!?」

「うふふ…いつもニコニコ…貴女の側に…」

「這い寄る混沌ですね、分かります。」

「た、タクトさん…茶化さないで何とか言って下さい」

「うーん、そこまで言うんだったら「知り合い」から始めてみたら? ここから仲良くなってあわよくば百合ィな展開を…」

「貴方に頼んだ私がどうかしてました!!」

「うふふ……不知火さん…うふふ……」

「ひいぃ?! ひ、姫様…!」

「諦めなさい不知火。私たちはタクト艦隊の仲間です、艦隊の連携のためにも仲良くなっておきましょう♪」

「…もう………好きにして下さい」

 

 ウォースパイトのトドメの一言に、不知火は遂に観念して頭を項垂れた…。

 

「早霜…若干テンション上がってない?」

「何故かそれなりにアガッてます。それはそれとして…タクトさん」

「…? なに早霜?」

「暫く見ない間に…逞しい顔つきになりましたね? 貴方のオーラも安定している様子…安心しました」

 

 早霜は僕のことを彼女なりに心配してくれていたようだ。まぁあの時はねぇ? …でも。

 

「早霜…嬉しいんだけど褒めすぎじゃない? なんか最近皆から「変わった」とか「成長した」とか言われて…このままだと閲覧者(みてるひと)から「転生者持ち上げすぎの頭おかしい話」って思われちゃうよ、特にこの話書いてる人の被害が…」

「事実を言ったまでなのですが…あとタクトさん、何かは存じませんがそれは言わない方が宜しいのでは?」

 

 あっしまった。ついつい気になっちゃって、この話自体そう思われてもおかしくないし…。

 

「いつものことでしょう? 全く。…そうだ、タクトさんこれを」

 

 不知火は何かに気づくと、手に持っていた「ガスマスク」型の機械を手渡した。

 

「これは…もしかして霧対策の?」

「はい。望月さんから渡すように手渡されました、その機械を顔に着けると霧の中でも移動が可能のようです。我々にはそれ以上のことは分からないので、望月さんから仕様書も預かりました」

 

 そう言って今度は早霜から霧対策の機械と小さい紙束(説明書)をもらった。

 

「ありがとう皆、これで調査が捗るね。…へぇ、このガスマスク「ヘッドライト」付きなのか。これで暗闇でも安心…かな?」

 

 僕は手にした説明書を読んで一人納得していた。

 何でもこのガスマスクの口部分には「艦鉱石」が埋め込まれた装置が施されており、艦鉱石の魔力により酸素を「造り」それを口から吸引し体内に送るのだ。額部分のヘッドライトで多少の暗闇も何とか出来る…らしい。

 

「…素朴な疑問だけど、これ大丈夫だよね? 口から霧を吸うことはないだろうけど、素肌で直接触れるのは良いの?」

「説明書に書いてませんか? そのガスマスクは装着するだけで「魔術防膜」が展開する仕組みになっている模様ですよ? 私も同じことを疑問視して望月から回答を得てます」

 

 不知火の言葉に僕は説明書を凝視した。

 …あ、本当だ。ページの最後に「特性の魔術マスクだ、着けるだけで長時間魔術防膜が出来上がる」って書いてある。なるほど納得。

 短時間しか保てないはずの魔術防膜を長時間か…頑張って調整したんだろうな望月、そりゃ量産出来ない筈だ?

 

「ガスマスクか…前にボウレイ海域でやった「灼光弾」は無いのか?」

 

 今度は天龍が灼光弾について言及する、確かに望月なら黒い霧そのものを払う武器造るだろうから…前もそんな風に言ってたし?

 それを受けてウォースパイトが申し訳なさそうに答えた。

 

「それなのですが…望月によると灼光弾は魔術の組み上げの関係で、量産はおろか一つ開発するだけでも相当な時間がかかって、更に「黒い霧」は通常の水霧とは違うので穢れを相殺させる術式も組み込まないと意味がないらしくて」

「どうしても余計に日数がかかってしまう、か。前は翔鶴が居たからすんなり行けたが、今回はそういう訳にもいかんのだろう」

 

 天龍の補足を聞いて、僕は納得して頷いた。

 

「あぁ成る程。もう時間もないし翔鶴を置いていくわけにもいかないし、ガスマスク量産した方が早かったのか」

「はい、間に合うか分かりませんが…彼女によるとガスマスクの量産と並行して灼光弾の改良型も開発しているようで。もしそれが完成すれば黒い霧そのものを霧散出来るのでガスマスクも必要なくなるでしょう」

 

 ガスマスクに灼光弾か…望月も大変そうだなぁ。確か開発が完了次第こっちに向かうって言ってたから、タイトスケジュールになりそうだな。

 

「僕たちも出来ることを地道にやるしかないみたい。ねぇ翔鶴?」

「…ん、そうね?」

 

 僕の問いに、視線を合わせず何処かを呆と眺めながらも返答した翔鶴。…心此処にあらず、か。

 

「タクトさん、これからどうなさりますか?」

 

 早霜が僕に今後の行動を尋ねて来た、翔鶴も気になるけど答えないと…。

 

「うん、とりあえず霧の中の様子を確認したい。鎮守府には近づかない感じで周囲に何があるのか確かめたい」

「うむ、俺と綾波はその機械がなくても良いから、金剛と翔鶴そしてタクトに着ける。鎮守府周囲の調査はそれで十分だろう」

 

 僕と天龍の説明に納得して頷く早霜たち、しかしそれを聞いていたサラさんは一言申し出た。

 

「タクトさん…黒い霧の中に入られるなら、翔鶴を連れて行くのは…あ、心配なのはもちろんなんですけど。空母にとって艦載機周りの景色が見えないのはどうかと…?」

 

 あ、そうか。霧そのものを払い除けられないから、艦載機から見たら暗いままなのか?

 うん、確かにサラさんの言うことにも一理あるし、何とでもなりそうだけど翔鶴もこの調子じゃあなぁ? 置いていくか…ガスマスクは一つ余るから、一人ダレか連れてくか?

 

「私は…申し訳ないのですが、駆逐艦の娘たちから出してもらえたらと思います」

「…っ!?」

 

 

 ──サラの言葉に天龍の身体が僅かに反応する、傍から見れば少し身震いした気がする程度なので幸い拓人は気づいていない。しかし"野分"のことを考えると余計に冷や汗が止まらない──

 

 

「(不味いな…)」

「うーん、でも南木鎮守府までの道のりを教えてくれるサポートが欲しいし…酒匂とかプリンツはダメですか?」

「…すみません、彼女たちは。南木鎮守府はもう昔のように安全ではない以上、何が起こるか分からない場所に送り込みたくありません。…それこそ「あの時」のように彼女たちを喪うことになることは…私にはもう耐えられそうにないんです」

「シスター…」

「ぴゃ…」

「すみませんタクトさん、協力すると言った手前私の我儘で…」

「いや、こちらこそ配慮不足でした。ならこの映写型通信機の予備を渡しますから、それで外からナビゲートお願い出来ますか?」

「そのくらいでしたら、お安い御用です! ありがとうございますタクトさん」

「いえいえ。…ふむ、じゃあ必然的に野分か舞風になるけど…?」

「…っ!」

「っあ! だったら私が行くよ、野分ばっかりに良いカッコさせられないし!」

「うん、頼めるかな舞風? 一応確認だけど道中が深海棲艦とかでいっぱいだろうし、姫級も出てくることが予想出来るから、物凄い任務難易度になるだろうけど…それでも良い?」

「うにゅ!? う…が、頑張る!」

「無理はするなよ。(…すまんな?)」

 

 

 ──舞風が艦隊残りの一枠に立候補した、天龍がアイ・コンタクトを送ると舞風も同じように視線をそっと送った。これで一安心…だが野分の胸中は清々しくはなかった──

 

 

「(天龍さんや舞風たちにこれ以上迷惑は掛けられない、道中の難易度はこれまでの戦い以上の激しさかもしれない。何より…ボクはコマンダンの信頼に応えたい、幸い偵察だけなら…数時間だけなら…!)あ、あの…──」

 

 野分が何か言いかけたけど、それを遮るように翔鶴が進み出た。

 

「…構わないわ、私を調査隊に入れて頂戴。いつまでも休んでいられないし…霧で周りが見えないなら霧の外から島を見張れば良いだけだし」

「で、ですが翔鶴…貴女は」

「もう放っておいて。…今更気遣いなんて要らない、あの時の貴女の評価は正当だった。最低な私は最後までボロ雑巾のように働くのが良いに決まっているわ」

「っ!」

「翔鶴…それは」

 

「──翔鶴」

 

 翔鶴とシスターが言い合いになっていると、それまで黙って一連の話を聞いていた金剛が前に出た。

 

「サラさんの言う通り、今の貴女は…言葉が悪いけど「おかしい」わ。無理をされて途中でどうにかなっても私たちには責任が持てない、それよりも身体とココロを休めて、これからのサラさんたちとの関係とか自分の気持ちの整理とか…身の振り方を決めてもらわないと、ハッキリ言うと「迷惑」よ」

「…何ですって?」

「え…ちょっと二人とも?!」

 

 まるで煽るように言葉を紡いだ金剛に、翔鶴が怒りを孕んだ形相で詰め寄る。一触即発の雰囲気…ヤバイ。

 

「貴女に何が解るの? ニンゲンだった貴女には…兵器である私たちの悩みや絶望なんて分からないでしょ?」

「そう? 私には皆同じように見えるけど。貴女は過去にトラウマがあって、それをどうにかしようと必死に藻掻いて…天龍や綾波に他の艦娘たちだって、そうやって生きてきた。…人間も同じだよ、辛い過去とそれぞれのペースで向き合っているの。何が違うの?」

「…っ!」

「もうっ、止めなって二人とも!!」

 

 煽りにあおり返して言葉の応酬になって来たので、僕は声を張り上げて二人のやり取りを制止する。僕がここで決断しないと「深い溝」になりそうなので、仕方なく回答する。

 

「…解った。翔鶴、やっぱり今の君を調査隊に加えることは危険すぎるよ。今はゆっくり休んで…頭を冷やしたらまたお願い出来る?」

「…っ」

 

 やんわりと言ったつもりだったけど逆効果だったみたい、翔鶴は悔しそうに背を向けるとそのまま森の奥へと走り去ってしまった…。

 

「翔鶴ちゃん!」

「ま、待って酒匂! …一人にしてあげよ?」

「…ぴゅぅ」

 

 翔鶴を追いかけようとする酒匂を引き留めるプリンツ、酒匂は犬耳を垂らして哀しそうに俯いた。

 …何か、艦娘たちの関係がドロドロしてるなぁ。この状況の起点はおそらく翔鶴そして野分、二人の問題をどうにかしないと…一番の問題は翔鶴なんだよなぁ、どうしようホントに?

 僕が一人悩んでいると、金剛が近づいて来るなり謝って来た。

 

「タクト、ごめんなさい。余計なこと言っちゃった…」

「気にしないで、僕自身翔鶴に甘くなっちゃってるから、君がああやってハッキリ問題点を言ってくれて良かったよ。…君に嫌われ役を押し付けちゃったけど?」

「ううん、それこそ全然大丈夫! …タクト、翔鶴は平気かな? ちょっと言い過ぎちゃったし…」

「まぁ…確かに冷静な状態じゃないから、翔鶴も少し時間を置けば…うん、きっと大丈夫さ」

「そうだと良いけど…」

 

 僕と金剛は二人で翔鶴の入っていった森の方角を見つめる、大丈夫って言ったけど…どうなるかなぁ?

 

「…ふぅ、これでなんとかなったね野分?」

「あ、ありがとう舞風…(コマンダン…くっ……!)」

 

 

 ──状況の変わり様に思わず言葉を飲み込んだ野分、彼女は…自身の本懐を果たせないことに、胸の内で歯痒い思いを抱いた──

 

 

「はぁ、こんな時「由良」が居てくれたら…」

「……」

 

 悲しげな顔で翔鶴を案じているであろう酒匂の隣で、プリンツはこの場に居ない娘の名前を呟いた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 その夜、僕は島の海岸を散歩していた。

 サラさんたちの掘建て小屋だと人数が入りきらないので、サラさんと酒匂、プリンツはそのまま小屋に。僕らはそれぞれテントを張ってそこに寝泊まりしていた。

 自分のテントで寝ていた僕は、頭が冴えてしまって眠れず少し夜の散歩に洒落込んでいた、といっても空は曇天で少し強めの風が吹く調子の出ない天気だけど。

 

「とりあえず程々に歩いたらテントに戻ろうっと…ん?」

 

 その時、僕の視線の先── 朧月の光に照らされた二つの影、翔鶴と…不知火?

 

「…では、確かに渡しました」

「もう不要かもしれないわよ?」

「いえ、貴女に必ず渡すよう望月より言われてますので。それに…戦場では先の展開は読めませんので、万が一の時に」

「…分かった、ありがとう」

 

 そう言って翔鶴は砂浜を去る不知火を見送った。彼女は直ぐに海岸に目を向けると、雲の上から照らす月光を浴びていた。

 何だろう…まぁ聞くのも野暮かな? 暫く頃合いを見て僕は翔鶴の様子を確かめるため彼女に近づく。

 

「翔鶴? どうしたのこんな天気なのに、早く寝ないと風邪引いちゃうよ」

「…貴方もでしょ?」

「い、いやぁ僕はね? 寝付けなくってさ…?」

「そう? 私も眠れないの。良かったらしばらく話し相手になってくれない?」

「う、うん」

 

 成り行きでまた翔鶴と話すことになった。見た目は落ち着いたようで安心だけど…うーん、今日のこと聞くべきか…金剛も心配してたし?

 

「…タクト、昼間はごめんなさい」

「えっ!?」

 

 と思ってたら翔鶴から素直に謝ってきたので、思わず面食らう僕。

 

「驚かないでよ…私だって言い過ぎたってくらい解ってるわよ」

「あははゴメン、でもそれなら僕じゃなくて金剛やサラさんに…」

 

 そう言って僕は彼女たちにも謝るよう諭すが、翔鶴は俯いてただ黙っていた。

 …そうか、何となくだけど分かるな。要するに「意固地」みたいなものなんだろうね、本人たちの前ではどうしても素直に振る舞えないんだ。

 無理もないか、金剛は元は今まで自分を蔑んできた人間、サラさんは事件の時に深い溝が出来てしまってそのまま。今更笑顔で「助け合いましょう!」…なんて逆に「気持ち悪い」よね?

 どうしてそうなるのか僕も不思議だけど…やっぱり人間特有の「理性ある行動」の悪い部分なんだろうね、そこは。

 

「…ごめんなさい、金剛ならまだしもシスターは…またあんな風にイヤな態度取るかもしれない、自分を抑える自信がないの」

「そっか…。翔鶴はサラさんは嫌い?」

「…昔だったら迷わず「嫌い」と言ったわ、でも今は…このままじゃ駄目だって思える、まぁそれであんな態度取ってたら世話ないんでしょうけど?」

「まぁまぁ、誰にでもあることだよ。きっとね?」

「そう…タクト、もし良かったら金剛に「私が謝ってた」って伝えてくれる? 面と向かって謝れるか怪しいし…彼女の言う通り、私はおかしくなってるわね。この海域に来てからは…特に」

「翔鶴…」

「あはは、宜しくお願いね。じゃあ…」

 

 翔鶴は不安を零しながらも笑顔を作り、そのまま足早に立ち去ろうとした──しかし…ふと立ち止まったと思うと、そのまま疑問を投げた。

 

「ねぇタクト…私は何に見える? 兵器? それとも「ニンゲン」? 金剛の言ってたこと…違いはないかもしれないけど、明確な違いが分からなくって…」

 

 どうやら金剛の言葉が彼女に良い「価値観の変化」を与えているようだ。なら…僕はこう言うしかない。

 

「君は間違いなく「人間」だよ。だって…君はそうやって自分を変えようと悩んでいる、それで良いんだよ艦娘(キミたち)は。人型の兵器として生まれ変わったのにも…きっと意味がある」

「…()()()()()()()()?」

「うわっ、僕のカッコいい決め台詞取られた!」

「もう、ありきたりなのよ。うふふ…っ!」

 

 僕の軽口冗談に振り返った彼女のあどけない笑顔が、きっと彼女の「本質」なんだろう…それを感じ僕は嬉しくてつい頬が緩んでしまっていた。

 

「あはは…ねぇ、僕ももうテントに戻るから。一緒に帰ろ?」

「えぇ…!」

 

 こうして、僕は翔鶴の気持ちを再確認することが出来た。

 不器用な彼女が再び仲間たちと触れ合えるその日まで…僕は彼女の側にいる。それだけは何があっても変わらない…!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「じゃあ明日はゆっくり休んでね?」

「えぇ、タクトも無茶したら駄目よ?」

「分かったよ、それじゃお休み〜」

「お休みなさい」

 

 僕のテントの前でおやすみの挨拶を交わすと、翔鶴は僕に背を向けて歩き出した。僕もテントの中に入る──

 

 ──その時、僕はあることに気づいた。

 

「…ん、んん?……あれぇ〜〜〜っ!?」

 

 僕は大袈裟に驚いて見せる、それもそうだ…。

 枕元に置いた筈の「ガスマスク」が無くなっていたのだから…!!

 

「タクト、どうしたの?」

 

 僕の声に気づいて翔鶴が戻って来てくれた、翔鶴にガスマスクが無くなっていることを話す僕。

 

「何処かに落としたとか、その辺のモノの下敷きになってたりは?」

「いや、分かりやすい場所に置いとこうと思ってそのまま枕元の横に置いてたから…荷物も隅に置いてるし」

「ダレかが黙って貴方のガスマスクを取ったってこと? そうだとしても…そんな分かりやすい場所に不用意に置いておくのが悪いんじゃない? 全くもう…」

「お、仰る通りです。まぁでも僕的には調査隊の艦娘たちが居れば、僕の分がないからって──」

 

 と、和やかな雰囲気も束の間。テントの外から足早に近づいてくる音が響く…それは──

 

 ──僕が大きな「ミス」を犯した証になった。

 

「タクトさん! すみません酒匂を見ませんでしたか!?」

「えっ、サラさん? …うーん、見てないけど?」

「酒匂がどうしたの?」

 

 僕と翔鶴がサラさんの慌てぶりに驚いていると、サラさんは事の次第を伝える。

 

「あの娘夜中に出かけたみたいで、小屋に居ないので辺りを見て周ったのですが…島の何処を探しても見当たらないんです! どこに行ったのか見当もつかなくって…!?」

「何ですって…っ!?」

 

 どうやら酒匂が行方知れずになったみたいだ、一体何処へ…?

 

「落ち着いて下さい。サラさん…昼間酒匂に何か異常はありませんでしたか?」

「えっ? そういえば…昼間に「由良」がどこに居るか聞かれたのですが…?」

「由良? それって異能部隊のヒトリの?」

 

 由良は例の任務に赴く直前に行方知れずとなった、翔鶴たち異能部隊の仲間。探していたのか…何のために? 僕が顔に疑問の色を浮かべていると、翔鶴とサラさんが補足してくれた。

 

「多分だけど、私たちの今の関係を由良なら改善出来ると思ったんじゃないかしら? プリンツや酒匂が喧嘩してシスターの言うことも聞かなくなったとき…彼女の「諭し」でその場が治まることが多かったの」

「えぇ、彼女は表立って部隊を律することはありませんでしたが…その柔らかな雰囲気で皆のココロを癒し、相手の良いところを褒め悪いところを正し…そうして彼女のゆったりとした口調を聞いている内に、怒りが自然と収まって行くのです。彼女は本当の意味で部隊に無くてはならない存在でした」

 

 サラさんの話に翔鶴も黙って頷いた、仲違いしている二人がそれでも意見を一致させるなんて…本当に由良は慕われてたんだろうな?

 しかし…それでどうして居なくなってしまうんだ? 島に居ないのだとしたら何処に──そう考える僕の頭に「答え」が浮かぶ。

 

 ──鎮守府 由良 探す──

 

「…っ! ま、まさか…」

「どうしたのタクト?」

「タクトさん…?」

 

「彼女は…由良はどういう訳か()()()()()()()()()()()()()()…? そうだとしたら…僕のガスマスクが無いのは…酒匂が「鎮守府に居る由良を探す」ため……っ!?」

 

「なっ!?」

「そ、そんな…っ!」

 

 予想外の展開に僕たちは驚天動地の表情になる。一体何が起きているんだ…?!

 



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霧中の地獄で蠢くモノ

 ──???

 

「──はぁ……はぁ…っ」

 

 機械が立ち並ぶ重々しい空間で、光る画面に向き合う男が居た。

 カタカタと軽快に指を動かし手元の入力装置にプログラムを打ち込んでいく。白衣の後ろ姿は「科学者か技術者」を思い起こすも、彼の場合は勝手が違っていた。

 

 ──その足元には、転がり息絶えた「死体」があった…。

 

「…っ、最後の最後で…裏切るとは……いつかはこうなると踏んでいたが…お陰で修正が……一苦労…だっ」

 

 ──タァン!

 

 プログラミングがひと段落したようだ、画面に「Now loading…」の文字が表示されると、男は入力装置に背もたれ床にドサリと座り込んだ。

 

「ふぅ……ふん、まぁ良い。奴らが来る前に装置の修正は終わった、これで──」

 

 ニヤリと嗤う男、周りを見回すと先ほどまで男と会話していた死体に目が行く。

 

「…残念だよ、ユリウスだけでなくお前までとは。…ふっ、お前のことだから事態が劣勢と見て鞍替えを狙ったのだろう? 浅はかよなぁ…計画は最終段階に入ったのだから、今更人手は要らんがな」

 

 男は何処か懐かしそうに、楽しそうに独り言ちる。それはまるで旧友との会話か、はたまた「計画」の達成の予感に打ち震えたか──それでも男の「狂気」を湛えた嗤い貌は誤魔化せないが。

 

「くくく…ぐっ!?」

 

 しかしそれも束の間、男は脇腹を抑えると苦痛に悶える。脇腹には「血」が滴り出ていた──

 

「…はぁっ、ぐ…くそっ。もう間もなく奴らが来る…時間が無い、この傷は致命的ではないが…こんな時に貰いたくなかった…っ」

 

 そう言うと男は、懐から注射器を取り出すと「左手」で患部に向けて振り刺した。

 

「──ぐ、あ”ああ…っ!?」

 

 激痛が男を襲う、脇腹から激しい炎のような熱が広がる、玉汗が肌から滝のように出ては落ちる。

 

 ──やがて、男は脇腹から手を放しそのまま空になった注射器を捨てると、何事もなかったように軽やかに立ち上がりその場を後にした。

 

「…やっと、俺の「使命」が果たせるよ……()()()

 

 男の狂気に取り憑かれた表情から一瞬垣間見えた柔らかな笑み──そこに居たのは、己が信念に燃える「青年」だった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──南木鎮守府周辺、黒霧の中…。

 

「…ぴゅ……何か…空気が吸いづらい…でも……探さなきゃ…!」

 

 淡い光が一つの人影を包む、ガスマスクを着け艤装を展開して臨戦態勢で辺りを見回す、森林と暗闇の支配する水面の上を駆けるのは「酒匂」であった。

 彼女はこの鎮守府に居るであろう旧友「由良」を探すためにこの場所に来た、由良は鎮守府崩壊事件後全く姿が見えず何処へと行ってしまったかに思われた、しかし──

 

「くんくん…うぅ…このマスクじゃ匂いが判らないなぁ。黒い霧を吸っちゃうとダメだから外の空気を吸えないようにしてるんだろうけど」

 

 酒匂が自慢の鼻で由良の匂いを探知しようにも、ガスマスクがそれを邪魔する。由良の匂いが判らない…慌てて出てきたのでそこまで考えられなかった。

 

「でも…由良ちゃんは絶対ここに居る! だっておかしかったもん!!」

 

 そう言うと、酒匂は自身の推理を頭の中で整理した。

 

 確かに由良は鎮守府内に居なかった、しかし同時に外にも彼女らしき匂いが「なかった」のだ。一時期シスターたちと共にこの海域中の島を捜索したが…彼女のモノと思われる匂いはなかった、念のため他の海域も連合に頼んで探してもらったが、結果は同じであった。前日までは共に任務内容を聞いていたので遠くに行った訳でもないだろう、これらの結果から出る予測として──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「(何で匂いが分からなかったのか、そもそもどうして隠れてたのかは分からないけど…由良ちゃんは明らかに酒匂たちに見つからないように「逃げて」南木鎮守府に残ったんだ。由良ちゃんはドワーフだから、気配を消せる機械とか? 造れそうだし)」

 

 まだ確証がないので曖昧な推理だが、状況証拠として解ることを繋ぎ合わせたのだ、一人にならなければいけない理由が見つからないがそれを「真実」として、酒匂が彼女を探さなければならないことに変わらない。

 酒匂にとって由良はとても「頼りになる」存在だ、彼女の真心を酒匂の「犬としての感性」が見抜いていた、そんな彼女なら今も絶望の淵に居る翔鶴を何とかしてくれるかもしれない、そんな淡い期待があった…尤も、黒い霧の中で艦娘がこの場に居残れるのか、同じように南木鎮守府に居残った長門の生死も解らない以上由良もどうなっているのか分からないが?

 

「…ううん、由良ちゃんは絶対生きてる! 私が信じてあげないと…っ!」

 

 首を横に振り最悪の結末を否定した酒匂は、由良をどうやって探すか考える。

 ──本当はこんなことしなくても、拓人たちも直に鎮守府を調査する予定だった、わざわざ自分が探す必要はない、それでも酒匂が一人で由良を探すのには二つ理由があった。

 

 一つは、酒匂そしてプリンツが「ワービースト」の能力を持ち合わせているから。

 

 プリンツは「ワービースト(キャット)」であるので、聴力は人間の「4倍以上」と言われ、酒匂に至っては「ワービースト(ドッグ)」であり、犬の嗅覚は人のそれの「一億倍」と言われている。由良に限らず南木鎮守府探索という点では彼女たちほど適任は居ない。

 更に犬の感性は常人には見えないモノを捉える「直感力」に優れている、由良が南木鎮守府に居るという推理は「間違いではない」と酒匂は感じ取っていた。

 …が、サラトガは彼女たちの同行を許さず拓人たちの遠方からのナビゲートという形となった。そうなれば南木鎮守府に隠れている由良を見逃す可能性がある、かと言って由良を探したいからとシスターを困らせる程の我儘を言える胆力を酒匂もプリンツも持ち合わせていなかった。

 

「もう嫌だもん、翔鶴ちゃんのあんな辛い顔を見てるだけなんて、でも…私も調査隊に加わりたいなんて言ったらシスター心配するし…ごめんねタクトちゃん、酒匂…こうするしかないのっ!」

 

 もう一つの理由としては…酒匂の発言から解るように「翔鶴を何とかしたいあまり冷静な判断が出来ていない状態」であるからだ。

 

 南木鎮守府が焼失したことも、由良が鎮守府に居た場合生き残っている可能性は極めて低いことも、それを踏まえても"ヒトリで仲間を捜す"という行為が「愚行」であることも、酒匂は全て理解するところであった。

 だが…あの気丈であった翔鶴が、まるで子供のように泣きじゃくる姿を草むらから隠れ見ていた酒匂にとって、それだけで心を揺さぶられるには十分すぎた。

 これ以上仲間の苦しむ姿を見たくない。その焦りが「シスターの目を盗み、ヒトリで探索を行う」という行動に表れたのだ。

 

「(匂いが判らないんじゃ…しょうがないよね?)」

 

 そう思うと酒匂は今度は鼻から「耳」に神経を使う、猫ほどではないが犬もヒトより聴覚は優れていた。

 

「…んー、あちこちに波の揺れる音がする、結構激しい…誰かが移動してる……これって深海棲艦?」

 

 南木鎮守府は「あの日」以来深海棲艦があちこちに潜んでいる魔物の巣窟と化した、文字通り深海棲艦が点在していても不思議ではない。

 しかしそれは同時に酒匂一人で由良を捜す…などと悠長なことを言っている場合ではない「無謀」な行為であることを意味する。早く探さなければ…焦り逸るココロを抑える酒匂。

 

「波の揺れる音の大きさを聞き分けてみよう、結構大きめなのが深海棲艦………ん? 今鎮守府の方から物音が…まさか……ダレか居る?」

 

 鎮守府からの足音に気づいた酒匂だったが、明らかに目に見えた「地雷」であることを流石の酒匂でも理解した。

 

「提督かな? …ううん、嫌な予感がする。鎮守府には近づかないようにしないと」

 

 そう言って再び耳に神経を集中させる酒匂、すると…「違和感」に気づいた。

 

「…ん? こっちから右の方、波の音が小さい気がする。もしかして由良ちゃん!? …待っててね、酒匂が迎えに行くから!」

 

 酒匂は艤装の速度を上げて由良が居るであろう場所まで一気に駆け抜ける、幸いかあの深海棲艦(バケモノ)たちとはまだ出会っていない。このまま行けば──

 

 

 

 ──Shrrrrrrr…ッ!

 

 

 

「…っ!?」

 

 その時、身の毛立つような獣の声が響いた。思わず動きを止めた酒匂は辺りを目配りし警戒する。

 

「な、何…っ?」

 

 黒い霧により全体を完全に見渡すことは不可能だが…声の度合いから察するにナニカが「近くに居る」ことは明白だった。

 

「し、視線を感じる…いつの間にこんな近くに…!?」

 

 酒匂は自身に音もなく近づき潜む「ナニカ」に戦々恐々とした…。

 

『Shrrrrrrr…?』

 

「…っ!」

 

 ナニカが蠢く気配を感じながらも酒匂は咄嗟にガスマスクのヘッドライトを消す、そして…そのまま声を潜めその場を動かないようにした。霧により視界が遮られていることを踏まえた行動だが──

 

 

 ──この「地獄」でそんな安直な策が通用するはずは無し。

 

 

『──Shaaa---ッ!!』

 

「…っ?!」

 

 瞬間──酒匂の真上を「巨大な柱」のような物体が過ぎった。

 風圧で姿勢が崩れそうになるが何とか耐えた…突風が身体を吹き飛ばそうと吹き荒れたが、そんな暴風を巻き起こすほどの「力」が酒匂の目の前に居る…!

 

『Shrrrrrrr…』

 

 仕留め損ねた…そう思ったのか、影に隠れた「ソレ」は酒匂の至近距離まで近づき遂に姿を見せる…。確実に暗がりの酒匂を「捉えていた」。

 観念した酒匂がヘッドライトを点灯すると、そこには10メートルはあろう巨体が聳え立ち、胴体にびっしりと生えた鈍色の鱗、そして…酒匂を捉えて離さない大きな目には縦に長い瞳孔が見えた…。

 

「こ、これって…ナベシマのおじちゃんが言ってた…蛇の……化け物…?」

 

『Shaaa---ッ!!』

 

 酒匂の疑問に回答を叩きつけるように、大蛇は大きく音を上げて威嚇した──

 

 

 ──これ以上手間を取らせるな、お前は俺の「獲物」だ。まるでそう唸っているかのようだった。

 

 

「ひ……っ!?」

 

 あまりの恐ろしさに思わず縮こまる酒匂、深海棲艦より不味いモノに見つかってしまった。ここに来て酒匂は改めて己の行動の浅はかさを恥じた。

 

「(っ、シスター…プリンツちゃん…翔鶴ちゃん…ごめんなさい。だって…酒匂は…!)」

 

『Shaaa---ッ!!』

「…っ!!」

 

 大蛇は巨大な尻尾を振り回し今度こそ酒匂にぶつけた、強い衝撃が酒匂を吹き飛ばし、雑木林の木に身体を打ち付けられる。大木には衝撃跡が残されるほどのダメージだった。

 

「か、は…っ!?」

『Shrrrrrrr…!』

 

 大蛇は完全に動けなくなった酒匂に悠々と近づいて来る、酒匂も動こうと藻掻くが身体が言うことを聞かない、どころか艤装も今の拍子に調子がおかしくなったようだ…万事休す。

 

「ごめんなさい…ごめんなさい。酒匂…どうしてこんなに…力が…無いの……っ!」

 

『Shaaa---ッ!!』

 

 酒匂がまるで辞世の句のように言葉を呟くと、大蛇は大きく口を開けて…彼女を丸呑みにしようとした。

 

「──っ!!」

 

 目を固く閉じて己の最期を覚悟する酒匂。

 走馬灯のように脳裏に蘇る彼女の思い出は…彼女の「死」の証であろうか──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「どうして酒匂を見張っておかなかったの!!」

「…っ!」

 

 夜のデイジー島海岸の砂浜に集められた艦娘たち、居なくなってしまった酒匂を探すために話し合うことになったのだが…やっぱりと言うべきか、翔鶴が開口一番に酒匂から目を離してしまったサラさんに怒号を飛ばした。

 無理もないか、酒匂が由良を探しに危険地帯である南木鎮守府へ向かったのは、他でもない「翔鶴を立ち直らせるため」。僕のアカシック・リーディングで理解したことだから間違いはないだろう。それを踏まえて翔鶴はまたしても憤りをサラさんにぶつけたのだ…酒匂がそこまで自分を気にかけてくれていただなんて、思い至れなかった自分を責めているのだろう。

 しかし誰にも予想は出来ないことだ、何を言っても変わらない。そう思ってか堪らず綾波が仲裁に入るが──

 

「翔鶴さん、もうその辺りで。サラトガさんもまさかこうなるとは思わなかったご様子、サラトガさんだけ責めても事態は好転しません」

「分かってるわよ!そんなこと言われなくったって!! …悔しいのよ、酒匂は私を…ダレよりも心配してくれてたって気づくことが出来なかったのが。私は…また…喪ってしまうんじゃないかって…!」

「翔鶴さん…っ」

「…ごめんなさい、ごめ……なさ…っ、私…私が悪いの。私が酒匂の話を…ちゃんと聞いてあげてたら…っ!」

「違う…悪いのはシスターじゃない、私も…この場に由良が居てくれたらって……酒匂に言っちゃったから…だから…だからぁ…っ」

 

 サラさんとプリンツが涙を零して自分たちの不甲斐なさを恥じた。

 

「…悔やんでも仕方ない、今はとにかく酒匂が無事であることを願って、あの南木鎮守府に捜しに行くしかない」

「だな。俺と綾波はいつでも行けるが…お前はどうするタクト?」

 

 天龍に問われた僕は、少し考え込むと…舞風のところに近づく。

 

「舞風、君に渡したガスマスクを貸してもらえないかな?」

「えっ、いいけど…無理に行かなくても」

「いや、これは…酒匂が南木鎮守府に行くキッカケを作ってしまった僕に責任があると思うんだ。だから…ケジメをつけないといけないなと思って、もっと良い方法があるかもだけど…今の僕には酒匂を助けることしか思い浮かばない」

「タクト…分かった、無茶しないでね?」

 

 僕の決意を汲み取って、舞風もまた引き締まった顔で僕に向き合いガスマスクを渡してくれた。

 

「ありがとう。…よし、じゃあ金剛もガスマスクを着けて来てね。調査隊は僕と金剛に天龍、綾波の四人で行くよ。残りの娘はこの場で待機していてね?」

 

 僕の言葉に頷く艦娘たち、何故か野分と翔鶴に反応がなかったが…考え込んでいるのか?

 

「野分?」

「っ、だ…大丈夫ですコマンダン。僕は…大丈夫……!」

「…そう? 何かあれば言ってね。良し…じゃあ皆行こう」

 

「っ、待ってっ!!」

 

 翔鶴は僕らを呼び止めると、目に涙を滲ませながら懇願した。

 

「…お願い、私も連れて行って。酒匂がこんなことになったのは…私のせいだから、私が彼女を迎えに行かないと…一生後悔しそうなの、だから…っ」

「翔鶴…気持ちは解るけど、君の艦載機は霧の中じゃ…」

 

 僕が言い終える前に、翔鶴は砂浜に膝を付けるとそのまま頭を下げて両手を添えて、砂を額に押し付けた。

 

「…お願い、します。私が悪かったの…いつまでも変わろうとしなかった私自身が……っ。私は…私のせいで酒匂を喪いたくない、そのためなら…何でもします、だから…っ!」

「っ! 翔鶴…!」

 

 翔鶴の突然の土下座に、僕はどうしても強く言葉を紡ぐことが出来なかった…それは他の娘も同じであった。沈黙の空間が時を刻んだ。

 涙で濡れたであろう顔から落ちた涙が砂浜に染み込むのが見えた、身体も震えている…自分に出来ることで酒匂を助けたい、か…それは内心は自分のことばかり考えていた彼女が、変わろうとしてる証拠なのかもしれない…。

 

「…そう、それが貴女の覚悟だと言うなら」

 

 金剛は短く呟くと土下座している彼女に近づき、自分のガスマスクを差し出した。

 

「このガスマスクを貴女に預けるわ、その代わり…必ず酒匂ちゃんを連れて帰って来てね? それからちゃんとありがとうって伝えること、良い?」

「…うん、私……酒匂を捜しに行く! 会って…謝らないと…っ!」

 

 砂まみれの顔を上げて涙ぐむ翔鶴に「良し」と言いながら頷く金剛、そのまま手に持ったガスマスクを翔鶴に手渡した。

 翔鶴はゆっくりと立ち上がると、右手で顔の砂を拭い決意を秘めた表情で僕に話しかけた。

 

「タクト…ごめんなさい。霧の中で空母がどれだけ役立てるか分からないけど…私も酒匂を迎えに行きたいから…っ!」

「…分かったよ。サラさんはそれで大丈夫ですか?」

「異存ありません。翔鶴…私のミスなのに申し訳ありませんが、どうか…あの娘を…酒匂を無事に連れ帰って来て…!」

「翔鶴…お願い、酒匂を…助けて…っ!」

「…えぇ、任せて!」

 

「──行こう!」

 

 こうして、僕と翔鶴、天龍、綾波は黒い霧に包まれた南木鎮守府へと舵を切るのだった…!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『Shaaa-……ッ!?』

 

 大蛇が酒匂にその大きな口を開けて捕食しようと迫る──しかし、喰われたという感触はない。

 

「…えっ!?」

 

 様子がおかしいと恐るおそる目を開いた酒匂…彼女が見た光景は──

 

「──大事ないか?」

 

 2メートルはあるだろう身長、黒の長い髪とロングコート、特徴的なヘッドギア、凛々しくそれでいて険しい顔立ち、その威風堂々とした立ち姿は──大蛇の閉じようとする牙を両手で抑えて離さなかった。

 

「貴女は確か…長門ちゃん!? シスターの言ってたとおり…ホントに…生きてたんだ…っ!」

 

 英雄は沈まず…酒匂にとって今の長門は正に救世主だった…!

 

『Shaaa-……ッ!!』

 

「…ぬんっ」

 

 牙を両手で防ぎながらも右脚の膝蹴りを大蛇の下顎にかます長門、大地を揺り動かす程の力強い衝撃に、呻きながらも後退りする大蛇。

 

『Shaaa-……ッ!?』

「懲りぬヤツだ…この辺りの深海ドモを平らげたというのに、まだ足りぬと?」

『Shaaa-……ッ! Shrrrrrrr…!』

 

 大蛇は威嚇しながら長門の隙を伺うように辺りを這いずり回る、その眼は長門と酒匂を完全に捉えていることが理解出来た。

 

「暗がりなのに、どうして酒匂たちの居場所が解るの?」

「ヤツは機獣と呼ばれている大蛇、名は「ヒュドラ」という…蛇は丁度顔の真ん中に「ピット器官」と言われる熱探知機能がある、暗がりであろうと血の通った動物であるなら探知することは容易い。その辺りはニンゲンを模して造られた我ら艦娘も例外ではない」

「ぴゃあ…し、知らなかった」

「…それで、君は酒匂だな? 何故ここに来た…この場所は危険なのだとサラに習わなかったか?」

 

 酒匂は急な展開に頭を悩ませながらも、長門に自身がここに来た理由と外で何が起こっているのか話す。

 

「…つまり、現在大規模な黒幕捕縛作戦が展開しているということか?」

「うん、酒匂は探してるヒトが居てこの南木鎮守府に来たんだけど…」

「そうか、だがこの地獄の様相となった南木鎮守府にヒトリでとは…あまり関心せんな?」

「うっ、ごめんなさい…どうしても由良って娘を見つけたくて…!」

「由良か…」

「…?」

「いや。それにしても遂に連合が動いたか、カイトもこの数年は気がキではなかっただろうな、迷惑をかけた…」

「長門ちゃんはどうして無事だって伝えに行かなかったの? 皆心配してたよ」

「然もありなん、しかし…私がこの場を動けばこのヒュドラは隙を突いて外に出て来る可能性がある。コイツの相手で精一杯であった…許せ」

「そっかそっか、でも…良かったぁ。シスターも皆もきっと喜ぶよ!」

 

 酒匂は絶望の中で見つけた一欠片の希望の光に喜んだ、しかし状況が変わったわけではない。

 

『Shaaa-……ッ!!』

「酒匂、動けるか?」

「ぴゃ…ちょっと無理かも。身体さっきの衝撃で上手く動かないし、艤装の調子も悪いし…」

「是非無し、あのヒュドラの一撃を受けたのだ。酒匂、後ろの艤装を消してみろ。…良し。…ん」

 

 長門は徐に酒匂に近づくと、彼女の身体をひょいと持ち上げそのまま両腕で抱きかかえた。

 

「ぴゃ!? …ん、何か恥ずかしいね?」

「少しの辛抱だ、我慢せよ。…さて、先ずはコイツを撒かねばな?」

 

『Shaaa-……ッ!!』

 

 長門は自身の大砲を召喚すると、そのままヒュドラに向けて艦砲射撃をお見舞いする。

 

 ──ズドオォン!!

 

『Shaaa-……ッ!?』

 

 水柱がヒュドラと長門たちの視界を遮る、それを確認した長門はそのまま全速力でその場を離脱した。

 

「ぴゃ!早いはやーい!」

「暴れるな、舌を噛むぞ」

「ご、ごめんなさい…」

「…無事で何よりだ、君に何かあればサラに合わせる顔が無いからな」

「ぴゃ…シスターと長門ちゃんの関係って一体…?」

「ん、それは機会があればな? …それより酒匂よ。由良に会いたいと言ったな? ()()()()()()()()()()()…と言ったら?」

 

 長門の言葉に思わず目を丸くする酒匂、それでも答えは変わらない。

 

「──会わせて、酒匂どうしても由良ちゃんに会わせたい娘が居るの」

 

 酒匂の覚悟の色を見た長門は無言で頷く、しかし…直ぐに虚しい表情になる。

 

「会わせても良いが…今の由良は君たちの知っている彼女とは違う、それでも…構わんか?」

「え…っ!?」

 

 長門の言わんとする意図が読めず、酒匂は驚きを隠せず声を上げた。

 



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現れし影は、かつての──

 突然ですが、少しだけ設定追加があります。(""の部分です)

 ○ガスマスク→望月特製のマスク、装着すると"長い時間「魔術防膜」が張られる"、これにより黒い霧の影響を完全にシャットアウトする。

 これに合わせて既出の話に文面を追加しました、ちょっと気に入らなかったので。また何かあれば最悪サイレント修正するかもしれません、報告失礼しました。

 …あ、またしても展開早めです〜。

 ※追記:またしても気に入らなかったので、題名変えました。


 南木鎮守府へ辿り着いた僕たちに待っていたのは、黒い霧により視界が遮られた不気味な海だった。

 島を囲む土壁に開けられた大洞を抜けた先、正に死者の世界のような陰鬱な雰囲気が漂う世界が目に広がる、僕らは想像以上の光景に驚いていた。

 

「これは…!?」

「酷いな…これほどまでに霧が充満しているとは」

「先が見えませんね、明かりはありますがもう少し視界がほしいですね?」

 

 ヘッドライトの光だけだと、どうしても心許ないと思えてしまう──別に探知機能があるなら話は変わるけど?

 僕と天龍、綾波がそんな言葉を呟くと、不意に翔鶴は弓矢を構えた。

 

「ふっ!」

 

 弓弦を引いた矢を放すと、空中で矢が炎に包まれる。そして間もなくして火の中から艦載機が飛び出した。

 艦載機下から光の球が射出された、一瞬灼光弾を思い出して身が固まるが、光の球が艦載機と海面の間に固定されると、淡い灯火のように辺りの暗闇を照らしていく。

 

「おぉっ!」

「望月が開発した「灯籠弾」よ、灼光弾のように霧を晴らすことは出来ないけど、光で視野を広げるぐらいは出来るわ」

 

 そう言って翔鶴が放った艦載機は、辺りに数個の灯籠弾を投下した。

 どうやらさっき不知火から手渡されたモノのようだ、望月もこうなることを考えていたみたい。とにかくこれで視界の問題は解決かな?

 

「松明代わりか…しかしこれは、敵に居処を教えているのでは?」

 

 天龍はそう言って辺りを警戒し始める、確かに遠目からでも少し目立つかも? しかし僕としては意見は違う。

 

「いや、僕たちが目立てば酒匂に目が向かなくなる。先ずは出来るだけ敵を誘い出して、頃合いを見て追っ手を撒いて酒匂を見つけよう…と思うんだけど?」

「成る程な、しかしタクト。それなら最初から二手に別れた方が得策ではないか?」

「んー、天龍の言いたいことは分かるけど…この霧の中がどうなっているか分からない以上、不用意に別れるのはどうなのかなって?」

「いえ…司令官。どうやら選択は一つしか無さそうですよ」

 

 そう断言する綾波の視線の先には、僕たちの元に近づく影があった…。

 

『──キッヒヒ!』

 

「っ、レ級。それにあれは…港湾棲姫!?」

「っ! あの角の女…シルシウム島で出会った…!?」

 

 翔鶴は恐怖の色を露わにしながら、目前の敵を凝視した。

 黒霧の中から現れた黒フードの死神「戦艦レ級」と、レ級と連れ立って現れた一本角の姫級の一体「港湾棲姫」。左右の巨大な爪、灰色の肌に白のノースリーブワンピース…間違いないね。でも…少し様子がおかしい? なんだか目が虚ろでのような気がする。

 

「ドラウニーアには深海のヤツらを操る術がある、おそらくそれで従っているのだろう」

 

 天龍の言い分は成る程、的を射ているけど…レ級が割と普通なのが引っかかるな、港湾棲姫には別の術でも制御しているとでもいうのか?

 

『キヒャア!』

 

 レ級は問答無用といった具合に両手に鎌を構える、港湾棲姫もまた右手の爪を前に広げて警戒する。

 

「逃げ場はないか…二手に別れるしかないか」

「うむ、囮は俺と綾波で引き受けよう。酒匂はタクトと翔鶴に任せる」

「了承」

「分かった」

「待ってタクト、私はあの角の女には因縁がある。向こうにも艦載機がある以上私がここに残るべきだと思うわ、それに…アイツが居なければ瑞鶴もああはならなかったかもしれない。仇を取りたいの…!」

「翔鶴…」

 

 翔鶴の言わんとしていることも尤もだと思う、制空権争奪の意味でもこの場に残った方が良いかもだし、彼女が港湾棲姫を仇と言うならそれを踏まえて行かせてあげるのも慈悲なのだろう。しかし──

 

「駄目だよ、君には「酒匂を救い出す」という役目がある。それに…自分は冷静じゃないって言ったのは君自身でしょ? 何かあってからじゃ遅いんだ」

「っ、でも…!」

 

 僕の説得に食い下がる翔鶴だが、ここで天龍が前に出た。

 

「翔鶴、今お前がこの場に居るのは何のためだ? 酒匂を救い出すことではないのか」

「天龍…でも私は……悔しいのよ…っ」

「解るさ、この場に居る皆がお前の気持ちを理解出来るだろうとも。だからこそお前は、後悔を重ねてはいけない…そうは思わないか?」

「…っ!」

「頭まで下げてここまで来たんだ、本懐を遂げてもらわねば俺たちが困る。安心しろ、俺たちも無理な戦いはしない。適当なところで戦闘を離脱次第、お前たちと合流しよう」

 

 天龍は微笑みながらそう言うと、綾波も同じく微笑んで頷いた。

 僕は天龍の「冷静な状況判断能力」を信じている、彼女がそう言って送り出してくれるなら…僕も心置きなく翔鶴と一緒に行ける。

 

「…ありがとう、天龍、綾波」

 

 翔鶴も僕と同じ考えで察した様子、天龍と綾波の瞳をしっかりと見つめて感謝を伝える。

 

「何、酒匂も立派な艦娘だからきっと無事だ、何処かで身を潜めているだろう。お前が迎えに行ってやれ」

「翔鶴さん、どうかご無事で」

「うん…二人も本当に無理はしないでね? あの時の瑞鶴みたいに…置いていかないでね?」

「あぁ、約束する。…タクトも無理はするなよ、必要なら翔鶴を頼れ」

「うん。…天龍って頼りになるけど、僕に対してだけ何か過保護じゃない?」

「お前が心配なんだ、言わせるな…結構恥ずかしいのだぞ?」

 

 天龍が頰を赤く染めて羞恥心を表した。

 

「そ、そっかごめん。…気を取り直して、行こうか翔鶴?」

「えぇ。二人とも…ありがとう!」

 

 こうして僕と翔鶴の「酒匂捜索メンバー」と、天龍と綾波の「対深海勢囮メンバー」に分かれて行動する。

 遠ざかる天龍と綾波、そして相対するレ級と港湾棲姫を背に僕らは駆け出す、この黒い霧の中に居るはずの酒匂を見つけ出すために。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その頃、酒匂を抱えた長門は森林の奥深くへ。

 

「ぴゃあ…随分奥に来ちゃったね?」

「うむ、この先は海面から陸地となるが、そこに生えている大木の根の隙間に巨大な「空洞」がある。彼女はそこに居る…少し湿気ってはいるがそこなら深海のヤツらも迂闊に近づけぬはず、積もる話をすると良い」

 

 酒匂を抱えた長門が辿り着いたのは、かつては森であった枯れ木の中でも一際大きな巨樹であった。水沿いの陸地に生えているそれは、枯れていようともその存在感を絶やすことはなく、太い根と地面の間には、確かに数人が入れるスペースがあった。

 

「すごい、何か秘密基地みたいだね。昔の任務の時にシスターたちと一緒に隠れてたこと思い出すよぉ」

 

 酒匂がそんな風に懐かしんでいると、長門は樹洞に潜むモノに語りかけた。

 

「由良、居るか? 君に会いたいと言う娘を連れて来た。酒匂だ…会ってやってくれないか?」

「っ! …」

 

 長門の言葉に緊張が走る酒匂、経緯はどうあれ「かつての仲間を探す」という目的を果たしつつある、嫌でも固唾を呑んでしまう…そして──

 

『──…どうしてその娘を連れて来たの?』

「っ! 由良ちゃん!」

 

 空洞の中から話しているのか姿形は見えないが、聞き覚えのある声が酒匂の耳に確りと届いた。

 

「由良ちゃん! 酒匂だよ、お願い力を貸して! 皆が大変なの!!」

 

 酒匂は由良と思しきモノに、現在の異能部隊の関係性──翔鶴とサラトガの仲違いと、瑞鶴を失って翔鶴が絶望していることを話した。

 

『…っ! 翔鶴ちゃんが?』

「うん、由良ちゃんは皆が喧嘩しちゃったときよく宥めてくれたよね? 由良ちゃんなら今のおかしくなった翔鶴ちゃんも何とか出来ると思うんだ、酒匂由良ちゃんが怒ったとこ見たことないもん!」

 

 矢継ぎ早の状況説明、息を整えながら酒匂は由良に「戻ってきてほしい」と訴えた、だが…?

 

『──そう、でも買い被りだよ。私が翔鶴ちゃんたちをどうにか出来るとは…思えないし?』

「っ、由良ちゃん…?」

『それ以上に、私は酒匂ちゃんが心配。どうして此処に来たの? 貴女がこんなとこに来たら…シスターがどう思う?』

「それは…でも…っ」

『これ以上この場に居てはいけない、貴女は今すぐシスターたちの元に戻るの。…私のことはもう忘れて? 貴女の知っている由良は…もう居ないの』

 

 そう言って声の主は頑なに姿を現さず、酒匂に対し帰るように催促した。

 何故こんな場所に居るのか、どうしてあの時皆の目の前から消えたのか、そもそも彼女は由良なのか? 疑心ばかりが募り頭が痛くなる。

 

「どういう意味? そんなこと言われたって…酒匂…分からないよ……っ」

 

 酒匂には何も理解出来なかった、思考の限界に至った酒匂は、頭を押さえながら哀しい気持ちが溢れ出そうになる。

 

「…酒匂、済まないが由良の言う通りにしてやってくれないか? 彼女は…………っ?」

 

 長門が声をかけようと言葉を発するが、突如何かに気づいた様子で辺りを見回した。

 

『──■■■■■ーーーッ!!』

 

 黒い霧の中から複数の白く光る眼がこちらを捉えていた。深海駆逐艦イ級が六隻…深海駆逐隊がこちらに迫りつつあった。

 

「ぴゃ…!?」

「深海棲艦か…酒匂、お前は陸地へ避難しろ。私が相手する」

 

 深海駆逐艦が長門を囲もうと広がる、酒匂は重くなった身体を何とか動かしながらも、長門の言う通りに陸地に上がって遠目から見守る。

 

「…ふんっ!」

 

 ──ズゥンッ!!

 

『■■■■■ーーーッ!?』

 

 しかし戦闘はものの数秒で片付いた。流石の戦艦の主砲の一撃は、深海駆逐隊を一瞬で爆炎に呑んだ。硝煙が晴れるとその場に居た駆逐イ級たちは跡形も無く消え去っていた。

 

「ぴぃ…す、すごい!」

「選ばれし艦娘たるこの長門を、侮るな。…む、まだ気配がするな? 新手かもしれん、その場を動くなよ酒匂」

「分かった!」

 

 長門の言う通り、何処からともなく話し声が聞こえる。酒匂たちが息を潜めて様子を伺っていると──

 

「艦載機か…?」

 

 暗闇の中から一機の艦載機が出て来る、おそらく艦娘のものだろう。…そして程なくして艦載機から一つの光る球が射出される。水面の上に止まる光る球は辺りを照らし始めた。

 

「これは…?」

 

「──酒匂!」

 

「っ! 翔鶴ちゃん!!」

 

 酒匂たちの前に現れたのは、翔鶴と拓人だった。二人とも酒匂と同じくガスマスクを着用し身体は淡い光に包まれていた、どうやら酒匂を探しにここまでやって来たようだ。

 

「良かったぁ、無事だったんだね酒匂」

「タクトちゃんまで…どうして酒匂がここに居るって分かったの?」

「タクトのおかげよ、酒匂がこっちに居るかもしれないって」

「いやぁ、ドラウニーアが居るとしたら南木鎮守府に潜伏してるだろうし、酒匂でも近づかないだろうなって? なんとなく右の方から隈なく探してたんだけど…さっき砲撃の音がしたから、もしかしたらって」

 

 側から見れば「出来過ぎた展開」であるが、これこそ特異点としての拓人の幸運、渦中にあった酒匂と迅速に引き合わせることが出来た。

 

「酒匂…貴女、自分が何をしたか分かってる? 一人だけでこんな場所に来るなんて…どういうつもり?」

 

 翔鶴は怒りの様相で酒匂を睨む、酒匂は竦み上がりながらも辿々しく言葉を紡いだ。

 

「…っ、ごめんなさい。酒匂なら…由良ちゃんを見つけられるって思って…だから…っ」

「由良を見つけようとしたのは…私のため?」

「…うん」

 

 酒匂が頷くのを見た翔鶴は、呆れた様子でため息を吐いた。

 

「…あのね? 確かに由良は私たちにとって大事な仲間だった、彼女を見つけたら私が喜ぶとか、私とシスターの仲を取り持つとか、貴女なりの考えがあったんだろうけど…はっきり言ってそんなことされても、私全然嬉しくない! 酒匂が危険な目に遭うぐらいなら…こんなことしてほしくなかった!!」

「翔鶴…もうその辺で?」

 

 酒匂を気遣う気持ちが先走り乱暴な口調になる、そんな翔鶴を見兼ねた拓人は彼女を宥めた。…不意に、酒匂の方から涙を流す声が聞こえる。

 

「…っ、ひっぐ…ごめん、なさい。酒匂…翔鶴ちゃん心配で、あの時だって酒匂が転んでなかったら…瑞鶴ちゃん無事だったかもしれないのに…っ」

「…っ、酒匂…貴女…!」

「翔鶴ちゃんが思い悩んでるのも、シスターが暗い顔することが多くなったのも、全部酒匂のせいなんじゃないかって…そう思ったら…不安で…自分が嫌になって…!」

「そこまで…翔鶴たちのために悩んでくれてたんだね?」

 

 拓人の言葉に、ガスマスクの瞳部分から見えた「洪水の如く流れ落ちる涙の雫」を落として答えた酒匂。その様子を見た翔鶴も…思わず涙ぐむ。

 

「──酒匂、貴女は何も悪くないの。悪いのは…全部、私。私がもっと皆に素直になれたなら…皆と一緒に涙を流せたなら、こんなことにはならなかった。勝手に怒り散らして酷いことばかり言った…私が悪かったの、ごめんなさい…酒匂…っ」

「翔鶴…ちゃ…!!」

 

 二人とも罪悪感からの涙を流して己の過ちを悔やんだ、それは過去の「蟠(わだかま)り」…幾重にも縫い合わされた糸が一つ解けた証拠だった。

 

「翔鶴、君の素直な気持ちを伝えられて良かったね。酒匂も…もう翔鶴たちを困らせちゃ駄目だよ?」

「うん…ありがとうタクトちゃん。……えへへ、なんかタクトちゃん昔の提督みたい?」

「いや僕今でも提督……っあ、南木鎮守府の提督みたいって? ゴメンごめん…;」

「もう、締まらないわね? うふふ…!」

 

 拓人と翔鶴、そして酒匂の間に和やかな雰囲気が流れる。…それを離れた場所から見守る一つの影。

 

「…久しいな翔鶴、何はともあれ君に笑顔が戻ったようで何よりだ」

「っ! 貴女は…長門!? タクトの話を聞いて半信半疑だったけど…本当に黒い霧の中をガスマスク無しで平気なのね?」

 

 こちらに近づく長門の変わらぬ姿に驚く翔鶴、そして…そんな長門は彼女の隣に居る少年のような男を見つめる。

 

「えっと…貴女が長門さん?」

「うむ、君は翔鶴の新しい提督か? この場にただのニンゲンが来るとは思えん、君は…何者だ?」

 

 両腕を組んで拓人に問いかける長門、かといって疑うという素振りでなく「察したうえでの問いかけ」のように感じた拓人、そのまま自身の素性を明かす。

 

「僕は色崎拓人です、特異点…だと言えば分かりますか?」

「っ! ……そうか、理解したよ。カイトが君をここに送り込んだのだな?」

「はい、我々は南木鎮守府周辺の調査と共に、貴女の捜索のためにここに来ました。カイトさんは貴方を心配していました」

「そうか…足労であったな、有難う」

「いえ、ご無事で何よりです」

 

 そう言って笑う拓人に同じく微笑みを返す長門。

 

「先ずはこの場を離れましょう、酒匂と…長門さんも?」

「いや、私は…」

「…あっ、そうだ。翔鶴ちゃーん! 実はグッドニュースがあるの、きっと驚くよ!」

「え? どういう意味? そっちに行けばいいの? もう…何なの?」

 

 酒匂は木の根の下に隠れているであろう人物を指して、翔鶴に呼びかけた。意味が分からずとも翔鶴は酒匂に近づこうと動いた──

 

 

 

 

 

『──■■■■■ーーーッ!!』

 

 

 

 

 

 瞬間、水底から刺客が現れる。

 

 

 ──ズドォン!!

 

 

「なっ!? しまった!」

「っ!? 酒匂!!」

 

 一行に対して唐突に襲う残酷な現実、それは…ほんの一瞬の気の緩みを突いた。

 倒したと思ったイ級は一体「海中」に潜んでいた…拓人たちと長門は対応が遅れ、凶弾を許してしまう…。

 

 その弾の照準は──酒匂に向けられていた。

 

「ぴゃ!?」

「酒匂ぁ!!」

 

 翔鶴が駆け寄ろうとするも、弾は陸地を抜け酒匂の目前まで迫っていた。

 正に刹那の出来事…酒匂の命運は風前の灯火であった──

 

 

『──はぁっ!』

 

 

 ──ドゴォ!!

 

 しかし酒匂に着弾するはずであった砲弾は、突如現れた何モノかによって防がれる。槍のような長い得物を使い凶弾を弾き返した。

 

『ッ! (ズゥン!!)』

『(ドゴォォオン!!) ■■■■■ーーーッ!?』

 

 右腕に装着した砲兵装でイ級を仕留める謎の影、イ級はそのまま呆気なく爆散し沈むと、辺りには再び静寂が訪れた。

 

「あ、ありがとう…………っ!?」

 

 お礼を言う酒匂だが、謎の影の異様な姿に思わず面食らう。

 

 細身であることがよく分かる白いフード付きコート、両手で持つ得物は長い柄の先にハンマーが付いている鈍器、右腕に装着した砲塔、そして──極めつけはフードを被った顔の中から覗く「鬼の能面」。

 

「ぴゃ…貴女……もしかしなくても?」

「白いフード? 貴女は一体…?」

 

 酒匂は目前の人物の「正体」に困惑し、翔鶴は突然現れたように映った謎の人物を訝しんだ。

 

『…翔鶴チャン、聞いていたホド何事もなさソウで…良かった、本当ニ』

「っ! その声…貴女……まさか…!」

『でも…本当はもう会いたくなかッタ、私の「こんな姿」…見られたくなかッタ。それでも…もう、隠し切れないヨネ?』

 

 そう言うと白いコートの人物は、徐にフードを下げて仮面を外した──その時、仮面の裏に隠された顔を見た一同は…絶望の表情で驚愕した。

 

「ゆ…()()……?」

「ぴゃ、由良ちゃん…額にあるそれ…角が……っ!?」

「何だ…一体どうなってるんだ…?!」

 

 それは、酒匂がずっと探していた「友」であり、翔鶴にとっても因縁浅からぬ相手であった…!

 

『…皆、久しぶり。これが…今の「私」ダヨ?』

 

 それは「由良」であった…がしかし、彼女の肌は「白に近い灰色」となり、額の角と共に「異形」であることを表した──

 



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暗闇の激闘と、語られる真実

 ──拓人たちがその場を離れ、残されたのは改二改装改装済みの天龍と綾波、そして敵である深海棲艦のレ級と姫である港湾棲姫。

 

「さて…」

 

 天龍は警戒しながら辺りに視線を移し状況を見極める。

 

 正面に狂い嗤いを浮かべるレ級と虚ろな眼の港湾棲姫、黒い霧の支配する広大な湿地帯ではあるが、翔鶴の残した灯籠弾の灯りにより、双方の姿が鮮明に照らされている…視界は良好、戦いに支障はない。

 後は火蓋を切るのみか…そう思われた時徐に綾波が天龍に話しかける。

 

「…天龍さん、どちらをお相手しますか?」

「む? 俺は港湾棲姫だとか言う姫級にしようと思うが。レ級はお前の相手だろう…綾波?」

「…ですね。しかしながら今の自分の力が彼女に「釣り合うのか」…そう思いまして?」

『…ッ!!』

 

 綾波がらしくない見え透いた挑発を口にする、即座に反応を示したレ級を見てその「意図」を瞬時に理解した天龍。

 

「違いないが、あまり自身の実力を驕らない方が良い。戦いでは何が起こるか分からん、弱い故に「自爆特攻」も有り得る…だろ?」

「そうかもしれませんね? それでもカイニであろうとなかろうとも、私は負けるつもりはありませんが…ね?」

『…ギガ、ガギャア!!』

 

 レ級は嗤いながらも青筋立てて目をギョロリと見開き睨みつける、目が明らかに血走り鎌を持つ両手も力強く握り締められた──あまり舐めると沈めてやるぞ、そんな声が聞こえてきそうだ。

 

「(上手くいきましたね?)」

「(ああ、これで此方に目が離せないだろう。万が一にもタクトたちの元に行くことはなくなった)」

「(はい、ですが…油断ならない相手だというのは確かです)」

 

 レ級は幾多に渡り拓人たちの行く手を阻んだ強敵、例え改二になろうともそれは変わらないだろう。更には今回は姫級一隻も居るので尚更油断ならない。

 

「天龍さんならあの鬼姫も相手取れるでしょう、仮に何かあろうと私が何とかします」

「頼り甲斐があるな、だが俺も腐ろうとも独眼龍と呼ばれたモノ、心配には及ばん」

「ふふ、そうでしたね?」

『ギ、ギャァ!!』

 

 二人が談笑する束の間、レ級は跳躍し真っ直ぐに綾波の元へ突撃する。

 

「──っ!」

 

 綾波はそれを予期した隙のない動作で背中の大斧を抜く、戦斧でレ級の大鎌の第一撃を防ぐ、鉄のぶつかり合う音が響くと綾波は剛腕で戦斧を振り抜きレ級を振り払った。

 

 ──ガキィンッ!

 

『ギャ!?』

「貴女の相手は私です、いざ…参ります」

 

 今度は綾波が海面を飛び駆ける、両腕で確り握る戦斧を振りかぶると──そのまま一気に薙ぐ。

 

『…ッ!?』

 

 レ級はかろうじて大鎌の柄で綾波の一撃を防ぐ、しかしまたしても後方へ吹き飛ばされてしまう。

 恐るべき力の余剰である、今まで何度も綾波と対峙したレ級だが──ここまで実力差を感じた試しは無かった、綾波は改二となって「異能」を手に入れたが、それと共に「基礎身体能力」も向上していた。つまり…本当に今のレ級では綾波を相手取れるか怪しかった。

 

『…ッ、ギャァア!!』

 

 レ級は体勢を立て直すと、低い姿勢から鋭く跳び海上を駆ける。

 両手で構えた大鎌を振り抜く、ふりぬく、乱れ振る。乱雑のように見えて確りと綾波の「首」を狙った、尋常ではない速さの連撃。驚異的な斬撃が綾波を襲う。

 …が、その悉くを大斧で防ぐ綾波。彼女はレ級の黒鎌が自身の首を捉えた瞬間、戦斧の一撃で威力を相殺し軌道をずらしていた。しかもレ級の素早い斬撃連舞に合わせて、だ。

 今までもこうして互いの力が拮抗する場面はあった、しかし今回はそれに加えて綾波側が一瞬の隙を突いた斧の斬撃を繰り出して来た。

 

『ギャッ!?』

 

 慌ててレ級は鎌で防御する、先程と同様に後方に飛び退くと同時に「尻尾の深海艤装による砲撃」をお見舞いしようとする。

 

 ──ズゥン!

 

 レ級の深海艤装──大蛇のような太い尻尾型砲塔──は大きく口を開けて火球を放った、狙いは綾波の顔面…当たれば頭は文字通り「消し飛ぶ」。

 

「──砲撃による不意打ち、私は「正当でない」と判断します」

 

 綾波は機械染みた言葉を呟くと、右手をスッと静かに前に出す。

 

 ──ブゥウン…!

 

『…ギギャア!?』

 

 瞬間、レ級の周りが歪んだと思うや彼女の身体に言い知れない「重み」がのしかかった。

 レ級が撃った砲弾も勢いが無くなると同時に軌道が変わり海面に着弾する、爆発はせず静かに海の中へ入った。

 綾波の「重力操作」は改二になって手に入れた能力だが、彼女は表立ってこの能力を使うことはない、一対一の一騎打ちなら尚更である…が、複数人との戦いや彼女にとって「卑怯、不当と思われる」行動をしたモノには躊躇なくこの力を使うだろう。

 全力を出さない戦い方、そう思う者も少なくないだろうが…重力を操る力そのものも綾波にとっては「卑怯」なやり方と捉えている以上、相手方も同じような行動をしない限りは、易々と使うこともない。

 

『グ…ギギ……ッ』

 

 重圧に身体が海面に押しつけられそうになりながらも、意地なのか立ち上がろうと抵抗するレ級。片膝が付くも耐えている様子だが…このまま行けば動きを完全に封じ込める、そう思われたが──

 

「──ゔっ…!?」

 

 ここで綾波に異変が。急に苦しみ出したと思うと右手を降ろして能力を解除し、膝を付いてしまう。

 

「綾波、どうした!?」

「…能力行使の、限界値を…超えた模様です…っ、痛…っ」

「何? お前の能力には体への悪影響があるとは理解していたが、まだ数える程しか使っていないはずだろう…!?」

 

 どうやら綾波は能力行使のデメリットとして、全身を裂くような痛みに襲われているようだ。

 前回の海域で多く使い過ぎたか、それとも使えばつかうほど疲労が蓄積されていくのか…何れにしても明らかなのは、彼女が異能を使用すると全身に痛みが回るようになり、使う度そのインターバル間隔も短くなっている。つまり綾波の重力操作は「短時間」でしか行使できない──長時間又は連続使用は事実上不可能である──ということ。

 

『ギャア!!』

 

 隙が出来た綾波に狂い嗤いを浮かべて迫るレ級、鎌を振りかぶり綾波の首を狙う──

 

「──させん!」

 

 寸でのところで綾波の前に出る天龍、瞬間移動で綾波とレ級の間に入るとレ級に一太刀浴びせようと斬りかかる。

 

『ギィィ!』

 

 レ級は空中で身を翻して天龍の斬撃を華麗に避ける、それでも綾波を守ることが出来た。

 

『──…ッ!』

 

 だがまだ油断は禁物、港湾棲姫が右手を掲げると彼女の深海艤装──右側に取り付けられた艦載機用の滑走路から、まるで化け物のような不気味に嗤う白い浮遊球体が複数射出される。

 

『ケケケケケーーーッ!!』

 

「…っ」

 

 右手を上げ能力を発動しようとする綾波に、前に居た天龍が静止する。

 

「止せ綾波、お前の能力は危険過ぎる。これ以上やればお前がどうなるか分からん」

「しかし…」

「ここに居るのはお前だけじゃない、仲間を頼れ…この俺を」

「天龍さん…!」

 

 自分に任せろと断言する天龍だが、迫り来る敵艦載機を前に為す術はあるのか…?

 

「小手調べだ…ぬんっ!」

 

 天龍は自身の艤装を展開すると、高角砲より対空砲火が放たれた。…が矢張り命中精度に難があるようだ、散開した砲弾は広方範囲に向かうも、敵艦載機には擦りもしなかった。

 

『ケケーーーッ!』

「成る程、矢張り当たらんか…当然だな?」

 

 天龍は最初から自身の「砲撃命中精度の低さ」を理解しているので大して驚きもなかった。

 縦横無尽に飛び回る敵艦載機を、どうすれば撃ち落とすことが出来るのか…? 天龍に勝機はあるのか──

 

「──やってみよう、実戦で使うのは初めてだが」

 

 そう零す天龍は脚の装置以外の背中の艤装を一旦消し、徐に腰に据えた「刀」に手を掛けた。

 

「俺は…タクトの相棒になって新たな力を手に入れた、最初はただ「スピードが速くなる」だけだった。だが…」

 

 ──腰を深く落とし、右手に納刀した刀の鞘を持ち、刀の柄に左手を添える。

 

『ケケケーーーッ!!』

「”一瞬”に神経を集中し…俺の能力の全てを刀の「一振り」に費やせば…どうなるだろうな?」

 

 意味深に言葉を呟くと目を閉じる天龍。

 暗闇の中飛び回る敵を五感で捉える、次第に雑音がしなくなる──綾波の声も敵艦載機の空中を飛び回り何かを落としたような音も、何も聞こえなくなる…やがて頭の中を真白にして雑念が消え去った時──

 

 

「──…瞬速、抜刀」

 

 

 

 ────シュッ────

 

 

 

 ただ、空気の擦れる音がした。

 

 それと同時に空中に「一閃」が疾る。空中に幾重にも刻まれた線が、敵艦載機と敵の落とそうとした爆弾、それら全てを捉えて「()()()()()()()()()」…!

 

『ケゲーーーッ!!?』

 

 抜刀した瞬間はダレにも見えず、まるで敵艦載機が一人でに爆散した様。絶刀の一太刀から繰り出された乱閃が数多の艦載機を一瞬にしてバラバラにした、正に敵と共に次元そのものを切り捨てた。

 

『…ッ!?』

「す…凄い…!」

 

 天龍はどうやら居合の要領で全速の抜刀をお見舞いしたようだが、天龍の「速さの限界を超えた能力」との相乗効果により、どんなに遠くに離れていようと剣閃の直線上であれば斬り伏せることが可能となった、改二艦の抜きん出た実力を見せつけた天龍。

 

「…さて、次はダレだ?」

 

 すかさず刀を鞘に納め居合の構えで敵を迎え討とうとする天龍、迂闊に間合いに入れば光速抜刀の餌食になることは明白、レ級は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

 

『ギ…ッ!』

 

 近づけばどこからともなく抜刀の斬閃が来る、このまま近づかなくとも隙を見せれば「斬られる」。厄介な攻撃方法にレ級も手が出せないでいたが…?

 

『──Shrrrrrrr…ッ!』

 

「…っ、殺気!?」

「…どうした?」

 

 膝をついた綾波は、突然何処からともなく何モノかの「気配」を感じて辺りを見回す、レ級ではなくおそらく霧に隠れているモノがいると知覚する。

 それに気づいた天龍が一瞬気を緩め綾波を一瞥する、しかし──

 

 

『──Shaaa---ッ!!』

 

 

 ──狩人は闇の中、その「隙」を待っていたように牙を剥いた。

 

「…何っ!?」

 

 森の奥深くから突如現れた最後の機獣「スキュラ」は、木陰から巨大な胴体をバネのように飛ばし跳躍する、目の前に急速に近づいて来る「大蛇の大きく開いた口と牙」に、天龍は思わず固まり更なる隙を見せた。

 遠目の視界不良を利用した見事な奇襲攻撃(バックアタック)、優位な立場に居た天龍たちは一気に形勢不利に陥った。

 

『──…キヒッ』

 

 レ級はその瞬間を見て、狂気にほくそ笑むのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──まさか、こんなことになるなんて。

 

「…はい、これで良し。身体の怪我はこれで完治したと思うわ」

「ぴゃ! ありがと翔鶴ちゃん!!」

 

 水辺の陸地に生えた枯れた大木の下、周りが木の根に覆われた少し湿った空気の漂う空間。僕らはそこで一休みしている、深海棲艦が近くに居るかもなので、長門さんには外で見張ってもらっていた。

 

「…凄いね翔鶴、回復魔法も使えるの?」

「私は腐ってもエルフの適合体よ? 消費するマナは常に体内に溜めてあるから、黒い霧の中でもある程度なら大丈夫よ」

 

 やっぱりエルフは万能で頼りになるなぁ、まぁそれ以上に翔鶴だから信頼出来るんだけどね?

 酒匂はここに来る途中巨大な大蛇? に襲われて怪我をして身体が思うように動かなかったらしいが、翔鶴のおかげで回復したみたいだ。良かった…でもその大蛇ってもしかしなくても…機獣、だろうね?

 それについては後で長門さんに聞くとして…それ以上に分からないのは僕ら以外にこの場に居る「人物」の存在だろう。

 

『…フゥ、はい酒匂チャン、艤装もこれで直ったと思うヨ。簡易的な修復だケド多少の距離ナラ動けると思うカラ』

「ありがと由良ちゃん! この黒い霧の中だとマナが足りないし艤装引っ込めても回復しないから、助かっちゃった。さっすが南木鎮守府一の"めかにっく"だね!」

「本当に助かったわね、ありがとう…由良」

『…ウウン、私に出来ることハこのぐらいしかないカラ』

 

 そう言って微笑む彼女…由良は普通の艦娘、という訳でなくその姿は「深海の姫」そのものであった。

 白いフード付きコートを身に纏い、フードを深く被った顔に「鬼を模した能面」を着けている、今は能面を外してるけどその素顔には深海の姫の象徴である「白い角」と肌は「白に近い灰色」になり、よくある深海艤装があれば「新種の姫」と言われてもおかしくない様相だ。

 どうして由良が深海化しているのかとか、色々ツッコミたいところはあるけどそれは今は置いておこう。改めて僕は由良の顔を横から見つめてみる。

 …うん、少し疲れている感じだけど感情が不安定とかはなさそう。彼女は理性を保っているようだ、深海化したら大体が自身がナニモノか忘れちゃうんだけど、そういったことも心配ないみたい。

 良かった…これで由良に正気がなかったら翔鶴たちには更にトラウマものだったけど、大丈夫みたいで安心した。寧ろ彼女が自身の正体を明らかにしてからも、翔鶴も酒匂も彼女を拒みはしなかった、酒匂は「カッコいい!」なんて言い出して、翔鶴も否定的な態度を表さず今の由良を受け入れた。

 

「ぴゃは!」

「ふふっ」

『…ふフ』

 

 他愛ない会話で朗らかに笑い合う三人を見て、僕は彼女たちの確かな絆を感じ取った。彼女たちは長い間苦楽を共にした仲間だから当たり前なんだけど?

 …それでも話は進めなきゃ、出来るなら分からない部分ははっきりさせたいし? 僕は──不謹慎なこと言うかもだけど──由良に対して疑問を尋ねてみる。

 

「由良…君が答えたくないなら無理に言わなくて良い、疑問を晴らしたいから聞かせてほしい。君は…()()()()()()?」

 

 僕の問いに対し由良は…少し戸惑いの色が隠せなかったが静かに頷いた。

 

『そうだヨ、私は由良…だった。今の私は「復讐」のために生きてイル』

「復讐…?」

『…ウン、貴方は翔鶴チャンの新しい提督だよネ、なら…貴方にも聞いていてホシイ、ここに来たということハきっと貴方にも関係あるカラ』

「え…どういうこと?」

 

『私が復讐しタイと恨んでイル相手は、アノ南木鎮守府だった廃墟に居ル、彼ハ貴方の追っている人物デ間違いナイと思ウ』

 

「っ! それって…まさか」

 

 由良はそれ以上の回答はせず、ゆっくりと翔鶴の方を向くと今度は彼女が翔鶴に質問する。

 

『翔鶴チャン、あの任務の時に私が居なくなってカラ、私はどんな扱いになってタ?』

「っ! ………あの時、貴女がどこに行っていたか私たちは探す余裕がなかった、でも…皆貴女がまだ鎮守府内に居ると考えてたから…南木鎮守府の燃えるところを見て…」

『…沈んだことになってタ?』

 

 由良の回答に黙って頷く翔鶴。

 彼女が居なくなったのは皆が「あの任務」に臨んでいた最中、僕は翔鶴の話からしか聞いてないけど…色々なことがありすぎて、探す暇なんてあるわけなかったのだろう。

 翔鶴たちの中では、由良はあの南木鎮守府で「沈んだ」ことになっていた。それが暗黙の了解で今まで誰もそれを口にしなかった…無理もない話だけど?

 由良は翔鶴の話を聞いて、肯定の意を返した。

 

『そう思われてモ仕方ないよネ。でもその考えは間違ってないヨ、私はもう…死んだようなモノだシ?』

「由良…貴女に一体何が?」

 

 翔鶴の疑問に、由良は意を決した様子で翔鶴の眼を見つめて話す。

 

『今更何を言っても遅いと思うケド、翔鶴チャン…酒匂チャンの話だと貴女には本当に大きな迷惑をかけタ、だから貴女には…真実を伝えないといけないと思ッテ』

「真実?」

 

 由良は話を一旦区切り立ち上がると、僕と翔鶴、酒匂と順々に目を合わせていく。

 

『あの南木鎮守府が何故陥落したのカ、どうして深海棲艦の蔓延る地獄と化したのカ、それハ──』

 

 

 ──私ガ、彼らを鎮守府内に招き入れたカラ。

 

 

「…っ!?」

 

 衝撃の事実を口にする由良、しかし…それは到底信じられないモノ。

 

「由良が…そんなこと、貴女自身が言ったって信じられるわけないじゃない!」

「そ、そうだよ! 由良ちゃんが深海棲艦を鎮守府に…そんな酷いこと、由良ちゃんがするはずないもん!」

 

 翔鶴と酒匂が当然反論する、僕としてもそれが真実であれ理由があると感じ取る。

 

『…ありがトウ、でもこれは拭い難い真実、私が…翔鶴チャンにとって一番恨まれるべき相手だということモ』

「由良……どうしてそんなこと」

『それを今から話すヨ、自分も何故こんなことになったカ…改めて整理したいシ?』

 

 そうして由良は語り始めた…翔鶴たちが居ない間に彼女の身に何があったのかを。



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由良の証言──真実と嘘の境界線

 ── 鎮守府崩壊事件前、南木鎮守府廊下にて…。

 

 私は翔鶴ちゃんたちと一緒に任務説明を受けた後、提督に呼び止められていた。

 

「新薬の治験…ですか?」

「あぁ、この薬は連合が開発したのだが、艦娘用に造られた「強化薬」らしい。飲んだモノの身体能力を飛躍的に向上させることが確認された、まだ試作段階だが…今回の任務で何かあるかも分からないからな、もし良かったら試してみてほしい」

 

 提督の言葉を聞いて、私は思わず頷きそうになった頭を堪えて冷静に考えてみる。

 

 私は──提督のことが好き。

 

 もちろん私は艦娘という兵器の立場だから、その気持ちを伝えたりはしない。でもだからこそ私は、提督の命令ならどんなことでもしてあげたい。

 でも…新薬の治験、というワードがピンと来なかった。私は元は連合で働いていた艦娘だが、強化薬の話など聞いたことなかったし、仮にごく最近出来たモノであったとしても、提督が艦娘にまだ危険性も分からない薬を使わせるとは思えなかった。

 

「提督…この新薬には副作用はありますか?」

「ん? そうだな…少し体調が悪くなると聞いたが? 俺も実際に使用したモノを見てないからな、何かあるかもしれん」

「…そう、ですか?」

 

 私はあからさまに怪訝な顔をしてみせる、どうにも彼の言動に不明瞭な点が目立つからだ。

 本当は…提督の言うことならどんなに怪しくても聞いてあげたい。でもこれがもし彼の「意思でない」なら…そう思うと懐疑心が生まれて頷くことが出来ない、最近では連合本部からの圧力もあると聞くし…無理やり言わされているかもしれない。

 彼がココロから望んでいることでないなら、私はそのまま彼の命令を鵜呑みにするのは違うと思った。だから…もしそうでないなら、そう考えた私は本当のところを提督に聞いてみる。

 

「…提督、私に何か隠していることありませんか?」

「何を…? どうした突然、俺はただ」

「もし、連合から無理やり命令されているなら、もう一度考え直して貰えませんか? 危険かも分からない新薬を飲んで任務中に何かあれば…それこそ一大事ですよね?」

「っ、由良…」

「提督、貴方はとても優しい…兵器として生まれた私たちにもそれは変わらない、そんな貴方の命令なら喜んでやりたいです。だからこそ、貴方の本意でないことを承諾するわけにはいきません。どうか…貴方の気持ちをお聞かせください」

 

 私のココロからの言葉に、提督は…何処か困惑したような表情を浮かべると、頭を掻いて喋りづらそうに沈黙する、そして──暫くの間を置いて本当のことを話してくれた。

 

「…すまない、確かにこれは俺の意志ではない。先程言ったようにそれはまだ試作段階なのだが、上層部が実戦で試したいと言って聞かなくてな…それに」

「それに…?」

 

 提督は私に数歩近づいて顔を近づけると、声を潜めて私の耳元であることを告げた。

 

「明日君たちが受ける任務は「シルシウム島の機械設備の偵察」だが…どうも「罠」の可能性があるらしい」

「…っ!?」

 

 提督が耳で囁く衝撃の事実に私は耳を疑った。

 

「どういう意味ですか…?」

「シルシウム島に隠れ潜んでいるのは、連合が長年追い続けている凶悪犯らしいのだが、例の機械設備を造ったのもソイツのようだ。ソイツは神出鬼没で幾年にも渡り連合の包囲網を掻い潜り続けた、姿すらまともに見た者は居ないらしい。狡猾な輩だと聞くので…何がしかの「罠」を張っている可能性がある」

 

 話を聞けば聞くほど事の重大性が見えて来た、さっき瑞鶴ちゃんたちが任務の違和感を訴えてたけど、それが当たった形だ。

 

「つまり…謎の機械設備偵察は建前で、本当はその凶悪犯を捕まえたいのですね?」

「あぁ、だからこそ何かの罠があった時にその薬を用いれば、窮地を突破出来る可能性がある。俺としてはもちろん反対だが…すまんな、騙すような真似をして。出来るだけ内密にと釘を刺されていたんだ。試作段階の薬を渡したのも試す時間がなかったのだと察してほしい」

「…成る程、この薬は私たちが全滅しかねない程の大規模な罠の時、使用すれば宜しいのですね?」

「そうだな…確か肉体に多大な負荷がかかるらしいから、事前に一粒飲んで身体に馴染ませる必要があるらしい」

「分かりました、ちょっと怖いけど…そういうことなら、使わせて頂きます」

 

 危険な任務であるため、万が一の対策をする必要がある。…今更危険だからとかの理由で反論することはしない、私たちは兵器、仕方のない事情があるならそれを対処するまで。何より…提督が仰っているなら本当のことなのだろうと信じられた。"恋は盲目"…そう言われてもしょうがないけど、私が提督の役に立ちたい想いは真実だ。

 

「ありがとう、では頼んだよ。あぁ分かっていると思うが、他の娘たちにもこのことは言わないでくれ。何もなければそれに越したことはない」

「了解しました」

 

 改めて内密にすることを話し合うと、提督は錠剤入りの小瓶を私に手渡そうとする。右手で受け取ると…提督が左手でそっと私の手を握った。

 

「提督…?」

「本当にすまない、由良…君にこんなことを言う資格が俺にはないのかもしれない…責任を君に押し付けているだろう。でも、君だからこそ出来ることだと俺は判断した。どうか…無事任務を終えて帰って来てほしい、武運を祈る」

「…っ!」

 

 提督に目で見つめられ、私は胸の高鳴りが抑えられなかった。信頼されている…そう思うだけで、私はそれだけで幸せだった。

 

「…はいっ、お任せください!」

 

 朗らかな笑顔を向けて、私は彼の優しさに応えた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──しかしその夜、私は自分の「愚かさ」を呪った。

 

「…っ、ゔっ、っあ……っ!」

 

 深夜、あの薬を飲んだ後ベッドで就寝する私、けれど身体に異変を感じ意識を取り戻す。

 熱い、身体が芯から熱くなる。熱さが脳から足先まで感じ取れた、意識も頭が呆として考えが纏まらない。まるで「私の身体ではない」みたい。

 

「…はぁ……っ」

 

 ベッドから身を起こして、私は部屋の中にある洗面所へ向かった。

 任務前で身体が冴えてしまったのか、それとも薬の副作用か…どちらにせよここまで異変があるのでは任務に差し支える可能性がある。先ずは顔を洗って…それからどうするか考えよう。

 そう思い私が洗面台の水で顔を洗い…ふと顔を上げる──

 

「──…え?」

 

 本来映し出される私の顔…確かに私に違いないが……その「肌」は灰色に近い病的なまでの白色となっていた。

 

「……何、これ…?」

 

 よく見ると、口の中で牙が鋭く尖っていて、目も赤みを帯びて妖しい輝きを放っていた。まるで「魔物」のような風貌に言葉を失う…一番目を引いたのは。

 

「…っ! これ……角…っ!?」

 

 私の額右側から生えた「角」が、とうとう私に理解させた──私は「人外」になってしまった…と。

 

「あ……ああぁ…っ!?」

 

 膝から崩れ落ちる私、鏡から目を離していたけど…きっと絶望の染まった顔をしていただろう──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──任務当日。

 

「う〜ん、見つからないねぇ?」

「ぴゃあ、匂いもしないし何処に行っちゃったんだろ? 早くしないと間に合わないよ〜」

「だねぇ。…ん、何か変な匂いしない? 濁った水みたいな…ちょっとほんのり〜って感じだけど?」

「ぴゃ? …クンクン、確かにするぅ。でも誰かが任務で湿地帯とかに行ってたんじゃない?」

「あ〜、此処って任務で色々なとこ行くし有り得るかも。…むぅ、もう時間もないし、どうしよう…」

「きっと鎮守府のどっかに居るんだよ、でも変な匂いのせいで居場所が分からないし…」

「う〜ん…仕方ない! 今は任務に行かなくちゃ、皆待ち草臥れてるだし由良も任務優先って言うだろうし?」

「ぴゃ? 良いのかなぁ〜?」

「うん、偵察だけみたいだし大丈夫だよきっと。…あぁ、もうこんな時間、急がないと!」

「ぴゃ、待ってよぉ〜〜!?」

 

「………」

 

 プリンツちゃんと酒匂ちゃんの姿が見えなくなるのを見計らい、私は廊下の角から顔を出す──…居ない、ホッと一息を吐く私。

 二人はおそらく私を探していた、本当は声を掛けたかったけど…プリンツちゃんたちの話を聞いてたら、出にくくなっちゃった。

 私の匂いがせず、代わりに泥水のような香りがした…匂いまで変わるなんて、本当に別モノになってしまったみたい。

 

「…っ、どうしよう……」

 

 私は恐怖で体が震えていた、それもこれもこの…白い肌の化け物の姿のせいだ。

 皆のためだったとはいえ、こんな姿で任務などに出られるわけない。原因はあの薬であることは間違いない、副作用があると提督も言っていたし…。

 

「提督…っ!」

 

 私はこの時正常な判断が出来なかった、ぐるぐる回るような感覚と焼き焦げる頭を抑えて…私は提督の元へと駆け出した。

 

「はぁ…はぁ……っ! 提督なら…私を理解してくれる、どんなに変わっても……私を見つけてくれる、この状態もきっと何とかしてくれる…っ!!」

 

 我ながら安直な考え、でも…どんなに冷静な行動を心掛けても、ダレであろうと…この「予想外の最悪」には対応出来るモノは少ないだろう。

 理解していた、提督は「怪しい」と。彼からもらった薬からこうなったことは明白であり、今不用意に彼に近づくことは…それこそどうなるのか、と。

 でも──ココロが彼を疑うことを否定した、提督がこんな酷い仕打ちをするはずない、何か事情がある筈だ。私たちの提督は…そんなことしない。そう祈るように思考する。

 

 愛情…その感情が自らを滅ぼすことになるとは知らずに──

 

「…っ! 提督!!」

 

 そんな中、私は無人の廊下に一人静かに佇む提督の後ろ姿を見つける。私は提督を視認した瞬間、無我夢中になって駆け出す、そして彼を大声で呼ぶ──

 

「提督! ……っ!?」

 

 ──次に私が見たのは、視界を覆うほどの「赤い光」だった。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 そこからの記憶は途切れとぎれで、自分がどうなったのかも何をしていたのかも覚えていない。

 

 ただ、覚えているのは──

 

「誰だ…っ!? 由良ちゃん…その顔は──」

 

 監視塔の見張り員の人が、私の顔を見て酷く驚いていた場面。

 

「由良ちゃん…なの? 貴女は…本当に──」

 

 鎮守府入り口で警備をしていた艦娘たちの、信じられないような酷い絶望に染まった顔。

 

「由……良…っ」

 

 血に濡れた自分の手。

 

 そして──

 

 

「──御苦労」

 

 

 ニヤついた顔で私の肩を叩く、不敵に嗤う知らない男。

 

 この時点でも私が「何らかの罪」を犯したことは、どんなに記憶が曖昧でも理解出来た。

 

 でも、一番私のココロを揺さぶったのは──

 

「──由良、ごめんな…」

 

『…ッ! テ、イト、ク………?』

 

 私が

 

 

 

 提督の腹部に致命傷を負わせていた時──

 

 

 

『…ソ、そんナ………!?』

 

 私の右腕は、気づいた時には既に提督の腹部を貫通していた。

 

 燃え盛る鎮守府内にて、私は動かなくなった提督を抱いて…呆然とするしかなかった。

 

『う……うウ………うわあああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 絶望の咆哮が地獄に木霊した…同時に、私は復讐を誓った。

 

『…あの男ガやったンダ…提督を、私ニ殺さセタ……許せナイ…!

 

 私に全ての罪を着せて今ものうのうと生きているあの男、名も分からないあの男に…必ず報いを味合わせると……!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『これガ、鎮守府崩壊の真実だヨ。自分の意思だったわけではないケド、私が…南木鎮守府崩壊のキッカケを作ったンダ』

 

「………」

 

 沈黙がその場を支配する。

 本当に一部分だけって感じだから、分からないこともあるけど…要約すると由良は何者かに操られて南木鎮守府に敵勢力を招き入れてしまった…ということか? その過程で彼女は「深海化」してしまったようだ、推察だけど深海棲艦の姫と同じ特徴だし。

 この話で分かるのは「由良を騙して深海化させて、手駒として動かした人物が居た」という事実。由良が手渡されたその「新薬」とやらが、きっと彼女を深海化した原因なんだろう。

 深海化した艦娘を操る、そんなこと出来るのはアイツしか居ないけど…しかし、分からないのは提督さんだ。彼の一連の行動はサラさんとの証言と微妙に食い違っている部分がある。

 深海化する薬の譲渡、まるでアイツを手伝うような裏切り行為、それをアイツの行方を追っていた筈の彼が渡したのが謎だ──ここに重大な何かがあると僕は「直感」したが、それ以上は分からなかった。

 

「…っ、ぅ…はぁっ……!?」

「……っ」

 

 翔鶴は息を詰まらせながら、驚愕と悲哀が入り混じった表情で彼女を見つめる。酒匂も何も言わないが辛そうに俯いていた、二人とも明らかに動揺していた。

 

 彼女たちは理解したのだろう、由良が…彼女こそが鎮守府崩壊のトリガーを引いた張本人なのだと。

 

 それだけじゃない、翔鶴にとっても大切な人である「提督さん」がドラウニーアと繋がりがあるかもしれない、更には由良が提督さんの命を奪ったという衝撃的な証言。まだ怪しい部分はあるけど…嘘を言ってはないだろう、それでも翔鶴たちには到底受け入れられない事実に変わりない。

 当の由良本人はどうかというと、真剣な、それでいて神妙な顔をしていた。どんな風に罵倒されようとそれを受け入れる覚悟が表れていた、僕は…そんな彼女たちを見て居た堪れない気持ちになる。

 ここまで艦娘たちの運命を狂わせて…世界の破滅を願うなんて、本当に理解出来ない。アイツは…何を思って…?

 

『…翔鶴チャン、ごめんなサイ。謝ってモ貴女の受ケタ傷が癒エルわけじゃナイ、でも…言わないト私の気が済まナイノ。私のエゴでしかないケド…一つの区切りとシテ、謝罪するコトを許して欲シイ』

 

 由良は頭をゆっくりと深く下げると謝罪の言葉を述べる、一方の翔鶴は──

 

「──ふぅ………っ」

 

 深く息を吸い、気持ちを整える。翔鶴は…憎しみの衝動に揺られることなく、理性を保って事実を受け入れようとしていた。

 

「翔鶴…大丈夫?」

「…大丈夫よ、少し驚いたけどね?」

 

 僕は彼女が心配で声を掛けた、しかし翔鶴は身体は震えているも徐々に落ち着きを取り戻していく。

 

「…怒らないの?」

「えぇ。本当は怒り任せになった方がいいかもだけど、やっぱり…どんなに見た目が変わっても由良は由良だし、話を聞く限り本意ではないんでしょ? だったらそれを信じるわ。それに…仲間を疑うことを提督はしてほしくないと思うし」

「っ! 翔鶴…!」

 

 この海域で翔鶴は自身の過去と向き合い、そしてそれらを克服しようと足掻いて来た、その度に泣いて、叫んで、自分の気持ちを晒け出して…そんな彼女のココロは、七転八起を繰り返して強固となりつつあった、彼女は…着実に成長を果たしている。

 

「…やれやれ、少し心配してたけどこれなら大丈夫そうだね? ふふっ♪」

「えぇ、まだ受け入れられない部分も確かにある。でも…私はもう「否定」して後悔したくないから…!」

「翔鶴ちゃん…ぴゃ、そうだよね!」

 

 翔鶴から溢れ出るココロの輝き、そんな彼女を見て、僕も酒匂も誇らしい気持ちを湛え笑った。

 僕たちのやり取りを見て由良は──何処か羨ましそうに──翔鶴に懺悔の思いを込めて呟く。

 

『翔鶴チャン…私ハ』

「由良、貴女が謝ることじゃないわ。貴女が責任を感じることはないの」

『でモ…』

「大丈夫、貴女がそんなこと好きでする娘じゃないって解ってる。提督もそう思っていらっしゃるわ、きっと…貴女を騙したのにも、何かの事情があったのよ?」

『翔鶴チャン…』

「由良…さっきの話からの推測だけど、ドラウニーアのこと知ってるの?」

 

 僕は気になったので翔鶴たちの話に少し割り込む。そんな僕の問いに深く頷く由良、話によると南木鎮守府崩壊後に長門さんと知り合い、ドラウニーアのことを知ったそうだ。

 

『長門サンは極秘の任務デアノ男の行方を追ってイルらしいノ、私の話をシタラ「君がこうなったのは、ドラウニーアの仕業だろう」ッテ教えてくレテ?』

「なるほど、それでドラウニーアに復讐を…ってことか」

『ソウ、私はアノ男に復讐スル、提督や皆ノ仇を取るッテ決メタ。…どうシテ提督サンがアノ男に加担スルようナことをシタのか、それハ今デモ分からナイけど…アノ時の「ごめんなさい」ヲ、私は信じてるカラ』

「…そっか」

 

 僕は由良の悔しいような、悲しいような顔を見てそれ以上追求することを止めた。翔鶴はそのタイミングで再び由良と会話する。

 

「由良、貴女は騙されただけ。誰も悪くないの…全てはそのドラウニーアが」

『……そうだネ、でも…それとこれトハ話が別…じゃないカナ?』

「っ、由良…」

『あの時…私がもっト提督の言葉ヲ疑ッテいたラ、皆…死なナカッタ。あの時の私は確かニ…崩壊の槌を下ろしたンダ』

 

 翔鶴の言葉を遮り由良は自身の罪の意識を吐露した、翔鶴はすかさず彼女を擁護する。

 

「貴女がその薬を受け取ったのは、提督の期待に応えたかったからでしょう? 同じ立場だったら私もそうしてたし、提督が大事だと思う気持ちは私にもよく分かる。私たちは何も気にしていないわ、貴女が無事なだけで…」

『違う…違うンダヨ、翔鶴チャン』

 

 またも翔鶴の口を止めた由良、そこから自身の口を閉ざすと次の言葉を慎重に選んでいる様子で黙考する、そして──意を決した表情を浮かべ口を開く。

 

『…ウン、そうだね。()()()()()()()、誰よりモ…愛してイタと思ウ。でモ…皆も提督が好きッテことモ解ッテタ。翔鶴チャンも…そうなんでショ?』

「っ、それは…」

 

 胸中を当てられ思わず言い淀む翔鶴、由良は自身がこの話を振った意図を翔鶴に言い聞かせるように話す。

 

『提督を殺したノハ私、それダケじゃナイ。私は貴女の居場所を壊シタ、そのキッカケを造ッタ。言い逃れをスルつもりはナイ、私は貴女に恨まレテ当然の罪ヲ犯シタ。貴女ハ…私ニ復讐する権利がアル』

「ぴゃっ!?」

 

 由良の物騒な物言いに酒匂は思わず声を上げて驚いた。

 でも…そりゃそう言うよね? 翔鶴が全てを喪った原因を作ったのはドラウニーアだけど、そんなヤツの片棒を担いだのは事実らしいから。彼女がどんなに悪気がなかったとしても、利用された側にも問題はあるかもしれないから…自分で言ってて嫌になるけど。

 

『私はそのドラウニーアとイウ男に復讐を果たすマデ沈まナイと誓ッタ、でモ…貴女はキット私以上にアイツを沈メルことを望んでいる、翔鶴チャンにナラ皆の仇を任せらレル。なら…もしモ貴女が私を恨んでイルナラ、私がしたカッタことヲさせてアゲル。…どうスル? 貴女ハ私が…殺しタイぐらい憎イ?』

 

 由良は務めて穏やかに問いかける、それは翔鶴にとっては選べない二者択一であった。

 翔鶴にとって、あの日起こった出来事は自身の居場所を無くしたと同時に、その穴を埋めたであろう大切な人たちまで喪ってしまった、文字通り「最悪」の日だったはず。

 彼女にとって拭い難い苦痛の切っ掛けを作ったのが由良だというなら…確かに普通なら「殺してやる」って言うぐらい食ってかかるのが、感情を持ったモノの行動だと思う。

 

 ──でもね、それと同時に湧き上がる"感情"も確かにあるんだ。

 

「──どうして、そうやって何でもかんでも遠慮するのよ」

 

『……エ?』

 

 次に翔鶴の零した一言は、低く唸るような「怒り」の込められた声だった。由良は予想外だったのか、呆けた声で疑問を返した。

 

「そう、解っていたのね。私が提督を好きなこと、でも…流石に私が貴女を「疎ましく」思っていたことは、気づいてなかったみたいね?」

『…ッ!?』

「しょ、翔鶴ちゃん。駄目だよ今そんなこと言っちゃ…!」

「…酒匂」

 

 翔鶴の酷い言い方に流石に止めに入ろうとした酒匂に、僕は待ったをかけた。

 今は彼女たちの本音を語る時だと思う、彼女たちの好きに言わせてあげよう。僕がそう諭すと…酒匂も渋々受け入れて口を閉ざした。

 そして…翔鶴の一方的と思われる口撃が始まる。

 

「そうやって何でもかんでも遠慮して謙虚にしてれば、皆仲良くしてくれるって思ってるの? 貴女のそういう良い娘に見られたいって姿勢、正直気持ち悪いとさえ思ったわよ。でも私だってそうだったし、それが私の傲慢さの考えだったから、貴女を傷つけることが解ってたから言わなかっただけ。自分がこんなに思われてたなんて分からなかったでしょうね、後ろ向きな考えしか出来ない貴女には。どうなの!?」

『ふぇ、そ、そうダネ…?』

「大体ねぇ…私より凄いことしてるって解ってる? 艦娘の一部である艤装や艦載機の修理やメンテナンスが出来るのなんて、ドワーフの因子を持ってる貴女ぐらいよ。それなのに、何? 自分に出来るのはこのぐらいしかない? 貴女にしか出来ないことを当たり前みたいに言わないで、嫌味にしか聞こえないわ!」

『ご、ゴメン…;』

「提督のことだってそう、貴女だって提督のこと好きだったんでしょ、仇を取りたいって思ったんでしょう!? どうして一緒に敵討ちしようって言えないの?!」

『だ、だッテ…翔鶴チャンは私を恨ンデ』

「あぁそう! そんなに復讐されたいの!? だったら…!」

 

 翔鶴は徐に立ち上がり由良との距離を詰める、そして──

 

 

 ──パシッ!

 

 

 由良の頬を、手の平で思いっきり引っ叩いた。

 

「…これが貴女への復讐よ、どうよ、ざまあみろだわ! 一回貴女をこうしてやりたかったの!!」

『…っ、翔鶴チャン…?』

 

 翔鶴はどこか吹っ切れたように由良に罵倒雑言(?)を浴びせる、流石の由良もキョトンとして彼女の顔を見つめるしか出来なかった。僕と酒匂は翔鶴の怒りの捌け口のとなった由良に憐みの視線を送った。

 

「ぴゃあ…痛そう;」

「うっはぁ、やるねぇ?」

「ふん、これで目が覚めたかしら?」

 

 どうやら翔鶴なりに、おかしくなり始めた由良の目を覚まさせようとしたようだった。翔鶴の一言でその意図を察したのか、ハッとして正気に戻る由良。それでも…彼女は震えだす身体を両腕で抑えながらまたも懺悔を口にする。

 

『…そう、だよネ。私は…後ろ向キで本当の気持ちも言えナイ臆病モノ、翔鶴チャンに疎まレテ当然なんダヨ、ダカラ…ダカラ私はあの時だッテ、提督を……っ、もう…分からないヨ。提督は…どうして私を…? 何デ私は提督を……? 分からない、分からないんダヨ。私が…どうしたいのカモ』

「由良…」

『コンナ化け物みたいナ姿で、本当は居たくなかッタ。ダレかに…沈メテほしカッタ。でモ…嫌、イヤだよ、沈みたくナイヨ…ッ。私が復讐を誓ッタノハ…提督のためだけじゃナイ、私自身ガ「沈みたくなかった」カラ、その理由が…ほしカッタカラ…!!』

「…うん、そう…そうね」

 

 由良は泣きながら自身の複雑な気持ちを、少しずつ紐解くようにポツリぽつりと話していく。翔鶴は彼女の本心に触れ、今度は穏やかな優しい笑みを浮かべて彼女の全てを聞いていた。

 

『私…私、悔シイヨ…ッ。どうシテ……どうシテ私ガ……コンナ目に…ッ!?』

「…そう、それで良いのよ。みっともなくて良い、それが貴女の想いなら……思う存分吐き出しちゃいなさい、私たちが…受け止めるから」

 

 そう言って翔鶴は、今度は由良の身体を両腕でふわりと抱き締める。

 

「貴女は私と同じだった、言いたいことをココロに押し込めて、隠して…でも、ずっとそれじゃ疲れちゃうから、今度は本音で語り合いましょう。今の私たちなら…きっと出来るわ」

『翔鶴、チャン……ッ』

「…一緒に仇を取りましょう、提督や皆の仇を!」

『…ウンッ』

 

 こうして、翔鶴と由良はお互いの理解を深めていく…二人が流した涙は、きっと今までの「苦しみ」が落ちていっているんだ、涙が止まった後は…二人はもっと強くなっている。

 

「雨降って地固まる…かな?」

「ぴゃあ、タクトちゃん”いんてり”っぽい!」

「いやいや、ぽいじゃなくてそうなんだよ、ねぇ?」

「…どうかしらねぇ?」

「ちょーっと待って翔鶴さーん!?」

「うふふ♪」

「ぴゃはは!」

『ふフ………!』

 

 僕の冗談に皆して笑い合い、その場の雰囲気は陰鬱な黒い霧の中でも和やかに変わっていく。

 

 

 ──…ズドオオォォォオオン!!!

 

 

「…っ!?」

 

 その柔らかな時間は、一つの轟音によって一瞬で掻き消された。

 

「な、何だ…!?」

「爆発音。いえ、砲撃? まさか…外で何かがあったの!?」

「びゃ、長門ちゃん…ダイジョブかな?」

『…ッ!』

 

 僕たち四人は、その音が告げる「戦いの予感」に身構えるのだった…!



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謀略の黒幕、暴虐の獣

 お待たせしてしまい申し訳ありません、一ヶ月の間が空いたのは単純に忙しかったからです。
 忙しいと頭が回らなくって「あれ、これ設定どんなだったっけ?」と失態を恐れるあまりクロギリ編を一から見直していた次第で。設定から設定が生えて収集つかなくなり始めてる…小難しい設定を追加しすぎた過去の自分を殴りたい(怒)。
 三月もそんな感じになると思うので、またお待たせすると思われます、すみませんがご了承下さい。


 ──その頃、名も無き鎮守府研究室では。

 

 深夜の狭い室内、その中央に置かれた大きな研究机に、煙を焚いた怪しい薬品の入ったフラスコがズラリと並べられている。

 そのフラスコの中の薬品は、時折色を変えては煙を噴き出し、暫くしてまた色が変わり…灯りは天井から吊り下げられた電球のみのためか、どこか妖しい雰囲気がある。

 そんな研究室の中で、繰り返しの過程をマジマジと観察しながら唸る、白衣を纏う小さな科学者──望月。

 

 ──ガチャリ。

 

 ドアノブが回る音が静かに響く、扉が開いた先には浅黒い肌のスキンヘッドが特徴的な、それでいて理知的な雰囲気が漂う男が姿を見せた。

 

「望月、調子はどうだ?」

「…ん、よぉユリウス」

 

 二人はそんな風に短く会話する。

 長い言葉は必要ない、同じく研究を生業とするユリウスは、望月の険しい横顔を見て「研究が難航している」ことを察した。

 

「…君の用事を聞きたいんだが、時間は良いかな?」

「あぁ、まぁ…ホントはダメだって言いてぇんだが、アタシが呼んだんだしな? …ったく、一向に安定しねぇな、何が駄目なんだ?」

「深海細胞…だな?」

 

 ユリウスの言葉に浅く頷く望月、同時に口惜しそうに「何度やっても駄目だ」とぼやく。

 

「どんな薬を浸してもすぐ元に戻っちまう、試しに今フラスコ一杯の薬ん中ぶち込んでんだが、色が青にならねぇんだよ。赤だの緑だのを繰り返して…」

「深海細胞には驚異的な自己再生能力があると確認されている、その程度では元通りに修復してしまうのだろう、もっと根本的な解決法があればいいが…」

「原理が分からねぇんじゃどうしようもねぇな、こりゃ。…はぁっ、中止だちゅーし! 一旦話に移るぞ」

 

 観念した様子の望月はユリウスを丸椅子に座らせると、自身も椅子に腰かけ対面する。

 

「…それで話とは? 私も君に頼まれた改良型灼光弾の開発を急いでるのだが」

「そう言うなよ、ちょっとした疑問なんだよ。…早い話だが、あの「機獣」について、お前さん何か知ってるかい?」

 

 

 ──機獣。

 

 

 かつて海魔大戦の折に対深海棲艦決戦兵器として製造が計画された、大型の獣型兵器。

 動力は海魔(マナの穢れ)、穢れを捕食という手段(海魔ごと食べる)で取り込むことで動力を保ち、その強さはモデルとなった動物や当時の技術を凝縮した兵装に裏打ちされる。

 しかしマナの穢れが既定値以上になると"暴走"する欠陥があり、人だろうと艦娘だろうと見境なしに襲うようになる。このデメリットと艦娘の量産化に伴い、機獣は(試作以外の)製作予定だった「四体」の設計図を残し建造そのものが中止となった。

 ドラウニーアは持ち出した設計図を用いて機獣を使役し、幾度となく拓人たちの行手を阻ませた。

 

 機獣について…そう問われたユリウスは、意外そうな顔で驚きを表した。

 

「知ってるも何も、あの機獣はドラウニーアが機関から持ち出した設計図から造り出したモノだが?」

「アタシら…というか、邪魔者たちとのいざという時の戦闘を任せる役目のため…ってことか」

「そうだな、私はそう聞いているが。私の持たされたクラーケンもドラウの使者としてやって来たレ級から手渡されたものだ」

「……なるほど、ねぇ?」

 

 そう言って望月は、眉間に皺を寄せ小難しい顔をしながら、眉間中央の皺に親指を当てる。

 

「望月? どうした」

「…なぁユリウス、あの会議の時に詳しく聞いてなかったんだが、ドラウニーアのヤツの「ゼロ号計画」は、艦娘に黒い霧のエネルギーぶつけて「強制停止」させる…だよな?」

 

 艦娘は、黒い霧に含まれる「マナの穢れ」を体内に吸い込むと、身体機能を低下させ弱体化する。長時間黒い霧に晒されると、機能は完全に停止してしまう──これを利用してドラウニーアは艦娘たちを強制排除する、それがゼロ号計画の概要である。

 

「そうだ、マナの穢れはキミたちだけでなく、生き物にとって毒そのものだからな? …何か不明な点があるのか?」

「そうじゃねぇさ、ただ…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…そう思ってな?」

「っ、どういう意味だ?」

 

 核心を突いた一言に、困惑した表情のユリウス。望月は彼に自身の推理を聞かせる。

 

「アンタは零鉱石っつー黒い霧を生成する石を使って、艦娘たちを止めると言ってたな? だが…艦娘は各海域に点在する以上、全海域に黒い霧を散布しなきゃならねぇ。がそんなことするにゃあ莫大なエネルギーが必要だ。天変地異を起こすぐらいのバカデケェ”力”がな」

「…っ! そうか…君たちの言っていた「巨大魔鉱石」を零鉱石として造ったとしても、世界中に黒い霧をばら撒くには「足りない」…そう言いたいんだな」

「そうさ。それに仮に黒い霧を大量に散布出来たとしても、世界中に蔓延させるにゃあそれこそ膨大な時間が掛かる。まぁそれについてはアタシにゃあ気掛かりなことが一つあるんだが…先ずはアンタの話を聞きたくてな? アンタはアイツがどんなとんでもない兵器造ろうとしてるか…解るかい?」

 

 望月の疑問に対し、ユリウスは神妙な面持ちで首を横に振った。

 

「残念だが…ゼロ号計画の第一段階は、全てドラウ自らが遂行していた。私は概要しか知らされていない。君の言う「どうやって全艦娘を滅ぼすほどのエネルギーを用意するのか」は全てアイツの頭の中にあるだろう」

「成る程…だとしたらとんでもねぇ野郎だねぇ? これも計算の内だってのかい」

「望月…君はどう思っているんだ?」

 

 望月はメガネの淵を指で持ち上げると、ユリウスの質問に回答を示した。

 

「結論から言うと、アイツは…機獣の「穢れ玉」使ってより強力な穢れを生み出す「零鉱石」造り出そうとしてんじゃないか…そう考えてな?」

「…っ!?」

 

 ユリウスは望月の予想交じりの回答に、絶望に色濃く塗られた驚愕の表情を作る。

 

「零鉱石の黒い霧を作るエネルギーを生み出すため、穢れ玉を使おうとしている…というのか?!」

「あぁ、これはまだ予測の範囲だが、ヤツが造ろうとしてる兵器ってのは「増幅装置」だと考えるぜ? 巨大魔鉱石を零鉱石にして、そこから穢れ玉のエネルギーを利用して、零鉱石の魔力を増大させる。加速度的に高まった魔力を一気に解き放てば…世界を覆い尽くす程のマナの穢れが生成され、あっという間に全海域中に黒い霧を蔓延させるって寸法さ」

 

 穢れ玉とは機獣の予備エネルギーとして蓄えられたマナの穢れの塊、中には圧縮された濃度の高いマナの穢れが溜まっている。その穢れ玉が黒い霧を発生させる「零鉱石」と関係がないとは思えない──望月はそう考えた。

 

「科学的にゃ「共鳴理論」なのか「増幅作用」なのか…何にせよ同じマナの穢れ関連の代物だ、無関係たぁ思えなくてな?」

「……まさか、ドラウニーアはそのために機獣を」

「あぁ…スキュラの機体は連合が回収したが、その際に穢れ玉が抜き取られていることが確認された。セイレーンもレ級が穢れ玉持ち出したとこをアタシも見てたから「黒」。クラーケン時だって…アタシはその場に居なかったが、綾波がクラーケンから穢れ玉引っこ抜いて持ち逃げしたヤロー(レ級)を見たって言ってたぜ?」

 

 望月の推測からの結論、しかしそれが的外れな考えとは思えなかった。だからこそユリウスは…自然と頭を抱えて猛省する。

 

「……盲点だった。確かにただ零鉱石を生み出すだけでは、全海域中に散らばる艦娘たちを機能停止に追い込むなど、とてもじゃないが無理だ。穢れ玉三つ…いや四つか、そのぐらい極大のエネルギーが無ければ不可能、そのための巨大魔鉱石(うつわ)か」

「やっぱ…気づいてなかったのか、アンタともあろうヤツが」

 

 望月の──勿論悪気はないが──詰るような言葉に、ユリウスも深いため息を吐いて後悔した。

 

「本当にすまない。機獣の穢れ玉を使って零鉱石を強化するなど、考えにも及ばなかった…アイツの近くに居たのに、酷い為体(ていたらく)だ…」

「いや、アタシもそこまで言えた義理はないさ。まさかとは思って今まで頭の隅で考える程度だったが、どうも引っ掛かってな? アンタとの会話で確信した…コイツぁ間違いなく「きな臭い」ぜ」

 

 望月とユリウスはお互いの知識と推理判断で辿り着いた思惑に、確かめ合うように頷き合った。

 

「アタシもあのヤローの狡猾さは嫌でも見てきたからよぉ…アンタに重要なこと伝えずにいりゃあ自分がやろうとしてること、全部は見透かされねぇっつー寸法だろ?」

「おそらくな…君の推理が正しいだろう、しかしまさか穢れ玉の魔力で強力な零鉱石を造ろうとは。アイツらしい大胆な発想だ、今まで気づかなかったのが不思議なぐらいに」

「ったく…偶然だとしてもなんつー悪運の良いヤローだ、おかげで不味い状況になったぜ」

「あぁ…機獣は全部で「四機」あると聞いている、君たちが倒してきた機獣は「三機」だったな?」

「そうだ、スキュラにセイレーン、クラーケンで三機。多分だが大将たちの居るクロギリ海域に残り一機が居る、何も知らねぇ大将たちが機獣倒して、後一機分の穢れ玉が向こうに渡っちまったら…!」

「それこそ…世界の終わり…!」

 

 二人の識者はその先に待つ予測された未来に、背筋が震える思いが走った。

 

「やべぇな…大将たちに連絡は?」

「やってみよう、今は夜だがそうも言ってられない」

 

 素早く立ち上がるとユリウスは、右手にはめた腕時計型の装置のダイヤルを回す──しかし応答がない。

 

「タクト君は眠っているのか? ならエリ君に…」

 

 タクトへの連絡を諦め、今度は違うダイヤルを回す。程なくしてホログラムが映し出される。

 

「エリ君、夜分遅くに済まないがタクト君は居るかい?」

『ユ、ユリウス! こっちから連絡しようと思ったけど、丁度良かった。今こっちは大変なことになってるの!』

「ん? 何かあったのか?」

 

 そう疑問を投げるユリウスに、エリは「酒匂が単独で南木鎮守府へ赴き、現在彼女の捜索隊が南木鎮守府へ向かった」ことを伝えた。

 

「何!? 成る程…タクト君は鎮守府の中なんだね?」

『う、うん。でも…私たちもタクトたちに通信しようとしてるけど、全然「繋がらない」んだよ!』

「おそらく外からの電波を遮断する「ジャミング波」が発せられているのだろう、ドラウの仕業か…何にしても不味いな? 連絡が取れないとなると」

『そうなの、それに中から「蛇の鳴き声」やら砲撃の爆音が聞こえて…どうにかして連絡出来ないかな?』

 

 蛇の鳴き声…そのワードにユリウスは内心冷汗をかくも、努めて平静に金剛を諫めようとする。

 

「…分かった、此方からジャミング対策が出来ないかやってみる。それまで君たちは待機していてくれ!」

『えっ、ちょっとユリウス!?』

 

 やはり焦りからか会話を半ば無理矢理切ると、ユリウスは通信を切断した。

 

「…本当に不味いことになったな」

「どうすんだよぉユリウス?」

「詰まるところ、タクト君たちが機獣ヒュドラを倒す前に連絡を入れなければ…ドラウニーアの「思う壺」…ということか」

「マジかぁ…開発だの悠長なことしてる場合じゃねーってか」

 

 ユリウスの話に、望月は進退窮まったように苦い表情で頭を強く掻いた。

 

「んあ”ぁーっ! っくしょー…アタシらが揃いもそろってこんなポカミスするなんてよぉ!?」

「落ち着け望月、何を言っても始まらないだろう。それに…こうなることは目に見えていた気もするんだ、私は」

「あん?」

 

 望月はユリウスの突拍子もない一言に一瞬固まるが、彼は続ける。

 

「ドラウニーアは今まで不可能とも言える事柄を容易く成し遂げてきた、それこそ今まで連合から逃げ続けながらの計画遂行など、幾らアイツが狡猾だからといっても限度があるだろう? まるで…何か底知れぬ「力」がヤツを後押ししているような」

「…そういやいつも大将の肩に居た妖精が、いつだったか言ってたか?」

 

 

『──ドラウニーアに関することだけはイレギュラーで、どこで何をしているのか、全く見えないんです…』

 

 

 かつて妖精さんの呟いた一言を想起する望月、妖精さんが「全知全能の存在である」ことは知り得ていたので、彼女が分からないということは…それだけでドラウニーアが「脅威」であるということであった。

 

「私もアイツの出自も、未来の出来事を予知したとはいえ、何故世界の破滅を望んだのかも…何も分からないんだ。情報不足ですまない」

「謝んなよ、こればかりは仕方ねぇってよく分かったからよ? …しっかし、知れば知るほど闇が広がって見えねぇな。ホント…何者なんだいアイツぁ?」

 

 未だに全貌を見せないドラウニーアに、望月とユリウスは頭を悩ませた。まるで手の平で踊らされている気分だが、それでも今は出来ることをやるしかなかった。

 ユリウスは「通信手段の確保」を最優先として、望月と共に開発に取り掛かる──二人掛かりであるがそれでも数時間はどうしてもかかるだろう。

 

「大将…なんとか凌いでくれよ?」

 

 望月は自身の司令塔の手腕を、ただひたすら祈るしかなかった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「………」

 

 所戻り、南木鎮守府敷地内の湿地帯にて。

 巨樹の根元にある隠しスペースに潜む拓人たち、彼らを守るため水面にて仁王立ちしているのは、選ばれし艦娘たる長門。

 

「……む」

 

 長門は何もない暗い宙を見上げると、直ぐさま両手を前に突き出す。すると──両腕から淡く光る鉱物が現れ広がる。

 

 

 ──ズドオォォォオン!!!

 

 

 暗闇から突如放たれた砲撃を、鉱物を纏った両腕で受け切った。

 長門自身にダメージはなかったのか、平然とした様子で辺りを見回す。僅かの間を置いて暗がりから二つの影が視認出来た。やがて水辺に浮かぶ灯籠弾の灯りによって、人影は明確に照らされていく…。

 

「来たか」

 

『──キヒヒッ!』

 

 前方から現れたのは黒フードの小さな死神レ級と、それと対になるような白の一角魔人である「港湾棲姫」。

 長門は拓人たちから、レ級たちは天龍たちに預けて来たと聞いていた。だがこの様子だと何かあったことは間違いない、この南木鎮守府周囲には機獣ヒュドラが潜んでいるので、おそらく戦闘中に襲われたのだろう。レ級はその隙を突いて拓人たちを追いかけて来たのだ。

 

「(タクト君から天龍たちは我ら(選ばれし艦娘)に匹敵する能力を有していると聞いたが…果たして沈んでいなければ良いが?)」

 

 どうあれ、目前に敵が現れたなら迎撃する他ない。

 長門は両腕を腰辺りまで持っていきそのまま腰を深く落とした──戦闘態勢、背中には長門が喚んだ巨大艤装が装備され、砲塔は狙いをレ級に定めていた。

 

『──…ッ!』

 

 港湾棲姫も同じ要領で右腕を上げる、長門と同じく背に喚んだ深海艤装を装着する。艦載機用の滑走路に加えて生物的な牙と口を有する不気味なデザイン、それが口を開き唾液らしき液体が糸を引く、同時に港湾棲姫の「第二航空隊」と言わんばかりに深海艦載機が放出された。先ほどの第一陣とは造形が違い、色も黒光りしていた。

 

「航空爆撃か…厄介だな」

 

 黒い飛行群は編隊を組んで、長門の頭上目掛けて爆撃の雨を落とす。長門はすかさず身体に鉱物を生やすと敵の爆撃を防ぐ。

 

『キヒャア!』

 

 隙を窺っていたレ級は、素早く自身の得物を構えると突進、黒の大鎌を長門の首に向けて振り下ろした。

 

 ──ガキィン!!

 

『ッギ!?』

「その程度では…我が装甲は切り裂けない」

『ギャァ!!?』

 

 レ級の鎌は確りと長門の首を捉えた、しかし鉱物の鎧を刈り取ることは出来ず、長門に尻尾を掴まれ放り投げられる。

 

『…ギギャ!』

『…ッ!!』

 

 投げられざまに距離を取り、体勢を立て直し砲撃に転じるレ級。それに合わせて港湾棲姫の制空爆撃。それら敵の猛攻を自慢の鉱物の鎧で防ぐ長門、致命傷こそないが隙の見えない海と空からの挟撃に、流石の長門も防戦一方か?

 

「この程度なら大事ないが…どうしたものか?」

「──長門さん!」

 

 長門がレ級たちの対策を思案していると、陸地奥から拓人たちが姿を見せる。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕たちは砲音の響く戦場へ急ぐ、すると…沼地からほど近い水面に長門さんの後ろ姿が見える。その奥にはレ級と港湾棲姫の影も映る。

 おかしい…レ級は天龍たちが相手していたはずなのに、どうして? その思考の奥に浮かぶ「最悪の予想」を振り払い、僕は長門さんの名前を叫んだ。

 

「タクト君か?」

 

 彼女は返事してくれたけど、僕たちの方へ振り返らずレ級たちの様子を伺っている様子だった、僕は改めて彼女たちの緊迫した状況を把握すると、レ級たちに目を向けた。

 

「やっぱりレ級だ…彼女たちがこの場にってことは、天龍たちに一体何が?!」

「タクト君! 天龍たちはおそらく機獣に襲われている、機獣ヒュドラだ! レ級たちは混戦に乗じて此方に追って来たのだ!!」

 

 長門さんの言葉に、僕は即座に理解した。

 機獣ヒュドラ…此処に来て最後の機獣か、どちらにしても天龍たちは沈められたわけじゃないのか。

 

「それでもピンチに変わりないだろうけど…早く助けに行かないと!」

「でもまずは…レ級たちを退けないといけないわね?」

 

 翔鶴の言葉に、僕は長門さんに集中攻撃を仕掛けるレ級たちを見て苦虫を噛んだ。

 どうする…? 仮に長門さんにこの場を任せたとしても、レ級の狙いは明らかに僕だ──ドラウニーアが僕を優先的に殺せって言ってるだろうし──脇目も振らず僕に向かって来るだろう。港湾棲姫は…どうだろう、どの道長門さんが何とかしてくれるかもだけど、レ級は僕が囮になっても最低限の攻撃手段しか持ってない僕じゃあ足手まといでしかない。

 この場に残って全員でレ級たちを相手するか? でも天龍たちもどうなっているか、綾波も「力」の使い過ぎでどうにかなってるかもだし、とはいえこのまま行けばレ級が…。

 

「む、難しい…っ。ど、どうしよう…望月が居たら画期的なアイデア出してくれるんだけど……!?」

 

 僕が一人頭を悩ませていると、近くに居た由良が耳打ちする。

 

『…タクトさん、あのフードの娘少し周りが見えてないみタイ』

「え…?」

 

 驚きの言葉に思わず由良に目を向ける、由良は頭の角に触れながら話す。

 

『私がこの姿になってカラ、この角に深海棲艦の「意志」を感じ取れるようになッタノ。よく分からないケドこの角は彼女たちの意思を測る「電波塔」の役割があるみたいナノ』

「え!? それは…レ級たちの考えが分かるってこと?」

 

 レ級はいつも狂気染みた表情を浮かべていて、行動の指針はともかく彼女自身が何を考えているのかは分からずじまいだった。まぁ…それでも分かりやすいところはあるけど、彼女の考えがある程度解れば打開策が思い付くかも…?

 僕は由良に彼女たちの考えを聞いた。

 

「由良、レ級と港湾棲姫は何を考えてる?」

『そう…フードの娘は今長門サンに実力差を感じて、それを認めたくないとイウ「驕り」がアル。さっきカラ彼女が長門サンを攻撃してイルのも、それが原因』

「レ級が…?」

 

 由良の言葉を受けて改めてレ級を見る、言われてみれば直線的な攻撃が多く、顔も目が血走り余裕のない印象だ。

 

『あと…あの角の女のヒト、何も考えてナイと思う。頭の中に「戦え」って言葉が響いていて、それに従ってイル。おそらく何らかの手段で操られてイル…と思う』

「港湾棲姫か…彼女が操られているのは何となく分かってたけど、身もココロも制御されているのか?」

『そこまでは何トモ、でも感情の機微とイウかココロの動きそのものは感じられナイよ?』

 

 成る程…港湾棲姫は「言われたことしか出来ない状態」なのかな? だとしたら…実質レ級が港湾棲姫の「手綱」を握っているんだ。そのレ級もどうやら頭に血が上っている感じだから、彼女たちが僕たちを追いかけて来ることは…ないか?

 

「タクト君、そういうことならばここは私に任せて、君たちはこの場を離脱しろ!」

 

 僕たちの話を聞いていた長門さんがそう声を張って、僕らを逃がそうとしてくれる。でも…。

 

「っ!? そんな…だ、大丈夫なんですか? 幾ら長門さんでも1対2じゃ…」

「この長門を侮るな。確かに手数ではあちらが有利だがこの程度の攻撃、耐えてみせよう。それに…心配なんだろ、天龍たちのことが。我ら艦娘は守るモノが傍に居ればそれだけで力を出せる、行ってやれ!」

「長門さん…!」

 

 彼女の言葉は、何年もこの暗闇で戦い続けた彼女だからこその力強い説得力があった。

 僕は長門さんにお礼を告げると、そのまま翔鶴たちの方を振り向く。

 

「…良いかな?」

「えぇ。長門なら少しの間なら大丈夫でしょうし、天龍たちも心配だわ」

「ぴゃ、天龍ちゃんたちってどこで戦ってるの?」

「えっと…鎮守府の入り口付近だと思う、そこから動いてなきゃいいけど」

『なら急ぎまショウ、頃合いを見テ酒匂チャンも帰してあげないとネ? …あ、私もついて行って良いカナ?』

「うん、機獣はどれも強力な性能をしてたから、君が来てくれるとありがたい」

 

 僕たちは互いの意志を確認し合って頷き合うと、タイミングを見計らって水面を駆けだす。

 

「──今だ!」

 

『…ッ! ギギャア!!』

 

 僕たちがこの場を離れようとすることを理解したレ級が、当然のように妨害しようと身を捻るも長門さんの砲撃がレ級の行く手を阻んだ。

 

『ギ! ギャア…ッ!』

「貴様の相手は私だ、さぁ…来い!!」

『ギィ……ギギギギギッ!!』

 

 長門さんの堂々とした振る舞いに、青筋立てて怒りを露にするレ級は僕らから視線を逸らし、再び長門さんに向かって行く。

 

「よし! …待っててね、天龍、綾波…!」

 

 僕らはそのまま、機獣ヒュドラの待つ場所へ急いだ。そこで戦う仲間たちの身を案じながら──

 

 



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嗤う鉄蛇、暗霧(もや)に紛れ

 すっかり春になってしまった…。お待たせして申し訳ありません。
 とはいえまだ先延ばしになりそうな予感がします、仕事もGW直前だし何より宿毛があるので…。
 気長にお待ちください〜。


『Shaaa---ッ!!』

 

 大蛇の獲物を逃さんとする執拗な「狩り」。

 その巨大な口と牙に呑み込まれるか、はたまた胴体に締め付けられ骨を砕かれるか──天龍と綾波は正にその窮地に陥っていた。

 

「…っ! まさか機獣が潜んでいたとは。…いや、ここは敵陣の真ん中。機獣が居ても不思議ではないか…っ!」

 

 本来なら機獣の有無も調査によって解明するはずだった、だがアクシデントが重なった結果、奇襲を受ける形に至った。

 それでもこれだけの巨体の奇襲に気づかないとは、黒い霧で視界が遮られているとはいえ傭兵の名が泣いた…天龍は己の実力不足を嘆いた。

 

「俺もまだまだか…が、今はそんなことを言っている場合では…ないなっ!」

『Shaaa---ッ!! …Shrrrrrrr』

 

 大蛇の大きく開いた口と牙、迫り来る殺意に天龍は脇に綾波を抱えて得意の瞬足で逃げ切る。大蛇は黒霧に紛れては大きな舌をチロチロと出して、その眼は天龍たちに狙いを定めていた。

 

「はぁ…はぁ…っ」

 

 全身に酸素を送るため荒い息を吐く天龍は、何処か余裕のない状態であり、動きもぎこちなかった。

 というのも──先ほどの大蛇の奇襲から綾波を守る形で──大蛇の牙が天龍の肌を掠ったのだ。その証拠として彼女のジャケットの左腕部分が破られて、内側の肌に傷が出来ていた。

 蛇には体内に毒を持つ種類が居り、獲物に牙を突き立てては体内から毒を放ち、弱ったところを食す。通常であれば毒が全身に回れば「死ぬ」ので、天龍の身に危険が迫っていることは言うまでもないが、幸いか艦娘は──人間と根本的な構造が違うので──多少の毒に耐性はある。

 それでも死に至らないだけで弱体化は免れないようだが、天龍は己の身体の不調を鑑みて、そう一人得心して頷いた。

 

「…っ、天龍さん、すみません。私のせいです…私が全力を出せていれば…っ!」

「気に病むな、致し方ない事態だからな…っ」

 

 そう言った天龍だが、彼女の体内を駆け巡る「神経毒」は、確実に自身の戦闘能力を大幅に削いでいた。

 更に大蛇の猛攻から綾波を助けるためとはいえ、彼女を抱えた片手を自由にしない限り「空間断絶居合斬り」は出来ない。

 大蛇もそれを理解してか、巨体に似合わない俊敏な動きで攻撃を仕掛けては、間合いを空けて黒い霧で姿を隠すを繰り返していた。

 決定打を持たない天龍と大蛇は、互いに中々隙が突けずこう着状態が続いていた。

 

「あの大蛇…中々の実力のようだ」

「はい。私も強い殺気を感じるまで、アレの気配に気づきませんでした」

 

 綾波の言葉に頷く天龍は、改めて新手の機獣の強さを実感する。

 今までの機獣──スキュラ、セイレーン、クラーケン──と比べても威圧感が違う、更に距離を取り霧の暗闇に紛れ込めば、その強い気配は一瞬にして無くなる。

 黒い霧という視界のハンデを、蛇の能力──ピット器官による熱探知──により逆に地の利とする様は、正に「海千山千」の手練れであった。

 

「灯籠弾の灯りの届かない場所へ的確に移動している、姿が見えないのでは出鱈目に斬ることも出来ない。とはいえ近づくことも危険、か。…厄介だな」

 

 天龍は目前の脅威を言い表しながら、大蛇の次の一手を警戒するように睨んだ。

 

『Shaaa---ッ!!』

 

 瞬間──大蛇の口から吐き出された大量の「液体」、それを視認したフタリは、刹那危険性を察知した。

 

「くっ…!」

 

 天龍は綾波を抱えると、またも瞬足で駆け出し「毒液」を避けた。天龍たちの居た場所には、液体がシュー…という音と共に泡を出して海に揺蕩う光景であった。

 

「溶解液か…今更こんな小細工に怯むこともないが」

 

 確実に裏がある──そう直感する天龍だが、それが「当たり」であることは直ぐに解った。

 

『Shaaa…?』

 

 大蛇はニヤリとその重い口角を持ち上げると、長く大きな尻尾の先から「火」を吹いた。見ると鱗の裏から火の粉が出ているので、着火装置が隠れているのだろう。

 

『Shaaa---ッ!!』

 

 大蛇の巨木のような身体を撓(しな)らせて勢いよく尾先を振り回した、すると──

 

 

 ──ゴオオォッ!!

 

 

 巻き上げられた火の粉が先ほどの毒液に引火する、火は忽(たちま)ち天龍たちの行く手を遮る「柱」となった。

 

「成る程…障害というわけか、あの蛇…悪知恵も働くとは益々厄介な」

 

 天龍は海に燃え立つ炎の柱を見やる、このまま毒液からの発火を何もせず無視し続ければ、彼方此方(あちらこちら)に火の手が上がり何れ燃え盛る火炎に行手を阻まれる。行く先々に障害があれば如何に素早い天龍でも回避は難しい。

 行動の制限が目的であることは確か──だが()()()()()()()()

 

『Shaaa---ッ!!』

 

 鉄蛇は毒液吐きからの着火を繰り返し、辺り一面に火柱を立たせた。天龍もその度綾波を抱え非難するも、炎は辺り一面に燃え広がり暗闇が炎の煌めきで照らされていく。

 鈍色の大蛇は狡猾な嗤いを崩さずに此方の様子を窺っている様だった、次はどう出る? まるでそう言わんとして口を大きく開いて嗤って見せた。

 時間が無いことは確かだが、矢張り気掛かりは晴れず天龍は深く思考した。

 

「(俺がこの状況を打破するためには、ヤツの弱点(コア)に一撃必殺を叩き込む必要がある。しかし…俺の場合は瞬足を活かした「近接斬撃」になる、抜刀は隙が出来やすいから敵の反撃に綾波が巻き込まれる可能性がある、砲撃でも効かないことはないだろうが、敵が何処まで「視えているか」分からん以上不用意な攻撃は控えるべきだ。そして──)」

 

 仮に斬撃を繰り出すにしても、こんな分かりやすい「罠(トラップ)」を仕掛けてくるのだ、敵が何も考えずにいるとは思えなかった。

 

『Shaaa---ッ!!』

 

 見ると、大蛇は黒霧の中で威嚇すると同時に胴体を上げる、その首元には──これまた如何にもな球体が光るのが目に止まった。

 

「(ヤツのコアか…明らかに罠だな)」

 

 このまま行けば「喰われる」。

 天龍は長年の戦闘経験と、同じ狩人としての「勘」で大蛇の思惑を見切った。

 

「天龍さん…」

 

 綾波もまたその邪な悪意を感じ取った、不安げな表情を隠せずに天龍を見上げた。

 天龍は綾波を一瞥すると状況を整理し始める、ただでさえ毒による弱体化がある以上、近づいて攻撃するだけではやられることは明白、先ずは…蛇の「能力」を考える。

 蛇は体温を察知するピット器官、並びに「嗅覚」により獲物を識別している。即ち──どのような状況であろうと、体温や匂いで「そこに獲物がいる」と理解している。

 

「(ならば…その習性を突くことが出来れば)」

 

 天龍は意を決した様子で脇に抱えた綾波を降ろすと、前を睨んだまま一言。

 

「──…綾波、動けるか?」

 

「っ! 何を…?」

 

 嫌な予感を感じた綾波は、天龍に対し疑問を投げる。天龍は──久しく見せていなかった──死地に赴く顔つきで答えた。

 

「今からヤツに向かい特攻を仕掛ける、お前は出来る限り離れていてくれ」

「……っ!?」

 

 彼女のその言葉、そこに隠れた「異様性」に綾波はひどく驚いた。

 綾波はまだ身体が痛みはするも、動くことに支障はないと思われた。時間を置けば痛みも引く、それは()()()()使()()()()()()綾波も戦闘は可能であることを示唆していた。

 だからこそ綾波は、天龍の「次に起こすであろう行動」を見過ごすことは出来なかった。

 

「天龍さん、もし()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のなら…私も共に戦わせて下さい。毒に侵された貴女を置いて、私だけ背を向けて逃げ延びるなど、艦娘騎士として恥です!」

「っ! …綾波」

「能力は行使できませんが、武器を振るうことなら出来ます。だから私も──」

 

 綾波はまるで自身の過去をなぞるような光景に、必死に訴えた。力不足により大切なモノを喪うことを──綾波は耐えられなかったのだ。

 彼女の言葉に天龍は一瞬驚いて見せるが…次に彼女の顔に向かって微笑んで、自身の「犠牲」を否定した。

 

「要らぬ心配を掛けたのなら謝罪する、お前の危惧するようなことは決してしないさ。俺だけ死に目に遭えばタクトに何を言われるか分からんからな? それに…試したいことがあるだけなんだ」

「それは…?」

「見ていれば自ずと解る、とにかくお前は離れていろ。万一の時は…頼むぞ!」

 

 それだけ言うと、天龍は瞬足で海面を蹴り大蛇に向かって行く。

 

「天龍さん!」

『Shaaa---ッ!!』

 

 天龍の行動に満足気に嗤うと、大蛇は先ず溶解液を吐き散らかす。

 予測していた天龍は空中で華麗に身を捻り避ける、大蛇もそれを予測し巨大な口を開き()()()()()()()()するも、天龍の瞬速を捉えることは出来ない。

 

「…っ」

 

 それでも天龍の身体は鉛のように重く、剣を持つ腕も震えていた。長くは戦えない…早期の決着が求められていた。

 

『Shaaa---ッ!!』

 

 狩人は弱った獲物を仕留めるべく、執拗な攻撃を仕掛け続ける──毒液を吐き、噛みつき、時に撓る尻尾を叩きつけ…辺りの枯れた木々は大蛇の猛攻に次々と圧し折れていく。

 大蛇の執念の「狩り」を自慢のスピードで避け続ける天龍、まるで何かを待ち続けるように大蛇の周りを跳ね飛び回る。そして──

 

 ──キラッ

 

「──そこだっ!」

 

 大蛇が首を持ち上げ、急所のコアが光る瞬間──天穿つ龍は相手の弱点目掛けてその牙を振り下ろさんと迫った…!

 

「もらった…!」

 

 天龍が片手の剣を構え、大蛇の首元に差し掛かると…一気に振り抜く──

 

『──Shaaa…♪』

 

 

 ──大蛇はその一瞬を見逃さなかった。

 

 

 まるで石柱のような尾先を持ち上げると、それを海面に叩きつける。身体能力の鈍った天龍は打ち上がった水飛沫をまともに受ける。

 

「…っ!? 目眩しか…っ!」

 

 天龍が一瞬目を閉じた時、大蛇は持ち上げていた首を素早く降ろして身体を丸める。

 

「…っ!?」

 

 見ると、大蛇は長い身体で蜷局(とぐろ)を巻いていた。

 蛇にとって蜷局を巻くことは「最強の防衛戦術」であり、長い身体を螺旋状に巻くことで敵の動向や状況把握、即座に攻撃に転じることも可能。つまり── 彼女を見え透いた挑発で誘い出し、至近距離となった瞬間にカウンターを喰らわせる、天龍を確実に「刈り取る」ため、この状況を作り出した。

 低く構えた頭に遮られ、コアの位置も把握出来ない…何よりこの状況は正に「蛇に睨まれた蛙」だった。

 

「成る程…!」

 

 天龍はその狡賢さに、思わず唸った。

 

『Shaaa---ッ!!』

 

 勝利を確信したように、大蛇の巨大な穴のような口が迫る──万事休すか、そう思われた。

 

 

「──矢張り罠だったか、ならばこちらも策を講じよう」

 

 

 しかして天龍もまた、狩人の眼光を絶やさなかった。

 

『…ッ!?』

「そんなに食い足りないなら、とっておきを馳走してやる…()()()っ!!」

 

 天龍は懐からあるアイテムを取り出すと、それを大蛇の大きく開けた口に向けて投げつけた。

 それは布に包まれた何かであった、大蛇の「舌」の上で布が弾けると、明らかな「異臭」の漂う──黒霧の中でも良く見える──茶色の煙が立ち上がり、大蛇の顔全体を包み隠した。

 

『…ッ!? Shaaa---ッ!!?』

 

 大蛇は臭いを探知したと思いきや、苦しそうに暴れ始める。

 距離を取った天龍は水面に着くと、黒霧の中でも理解出来る大蛇の無様な姿を視認する。

 

「天龍さん、ご無事ですか!」

「…ああ、問題ない」

「良かった…! それにしても…急に苦しみ出しましたね、天龍さん一体何を投げたのですか?」

 

 近づいてきた綾波の疑問に、天龍は何ということもないといった顔で答えた。

 

「あれは俺特製の「臭い袋」だ、動物の忌避する強烈な臭いを内包してある。機獣が来ることを予測して用意したが…効果はあったようだな」

「成る程…確かに…少し…臭いますね?」

 

 綾波の鼻をつまみながらの台詞に、天龍は頷くと自身の行動の意図を語る。

 

「蛇は舌で匂いを探知して、ピット器官と合わせて獲物を認識すると聞いた。そこにあの臭い袋を投げ込めば…激臭に身を悶えると踏んだんだ」

「成る程、動物の能力を逆に利用しているのですね?」

「あぁ。動物には嗅覚の優れたものが多い、俺たちは人型だから少々の臭さに感じても、あの蛇にとってはそれだけで耐え難いものだ。そうなるよう調合もしてるしな?」

「流石ですね…私もよく森で野宿をしたことはありましたが、そこまでの知識は身に着けていませんでした」

「自然の法則を理解するのは、サバイバルの基本だ。動物の習性もまた然りだ」

 

『Shaaa、Shaaa---ッ!!?』

 

 見ると、大蛇は臭いを振り払おうと辺りをのたうち回っていた、勢いよく振り回される尻尾に、またも周囲の枯れ木が薙ぎ倒されていく。

 

「あの様子だと、周りが見えていないようですね?」

「ああ、蛇の能力を忠実に再現したのが仇となったな。弱点も分かりやすくて助かる」

 

 天龍は綾波を降ろすと、刀の鞘に手を掛ける。大蛇は海面に背を向けコアを丸出しながらも、苦しみ藻搔いていた。

 敵に隙が出来ている以上斬り捨て御免に限る、ある程度の距離があろうと()()()()()()()()()問題ない。

 

「カイニの俺たちに挑んだのが運の尽きだったな、行くぞ…瞬速抜刀──」

 

 言うや否や天龍は抜刀の構えで大蛇を捉え、そのまま瞬く間の斬撃をお見舞いしようと剣を振り抜こうとする──しかし。

 

 

「──E・G・P(エマージェンシー・プログラム)起動、モード「狂化(バーサーク)」…狂い踊れ!」

 

 

『…ッ!?』

「っ、この声は…っ!?」

 

 何処からともなく聞こえる声が響く、天龍がその声に一瞬気を取られていると、大蛇の様子が一変した。

 

『──E・G・P 起動、擬似本能AIを削除、モード狂化(バーサーク)──戦闘プログラム「狂獣本能(ビースト・ダンス)」に移行します』

 

 ──ボッ! ゴオオォッ!!

 

 機械音声が流れたと思った矢先、大蛇の身体から紅蓮の炎が吹き出す。ゆらりとその長い巨体を起こすと、野生に呑まれた狂い声が木霊する。

 

 

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 

 

 先ほどより重圧のある威圧感を放つ、大蛇は今や凶悪な「邪龍」となった…!

 

「な…っ!?」

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 獄炎に包まれた巨大な尻尾を力強く振り回すと、炎の壁のように天龍たちに差し迫ってくる…天龍は素早く綾波を拾い上げると、瞬足で邪龍から距離を取り難を逃れた。

 

「一体何が起きた…?」

 

 天龍が疑問を零していると、空間に聞いたことのある声が反響する。

 

『フン、馬鹿が…浅知恵でしてやったりと驕るな、感覚を消去すれば嗅覚も何もあるまい』

 

「…っ! 矢張りこの声は…!」

「天龍さん、この声の主はまさか…?」

 

 綾波の問いに答えず、天龍は姿を見せない声の主に対し叫ぶ──答えは明白なのだ。

 

「矢張り、この場所に潜伏していたのか…()()()()()()!!」

 

『…フハハハ! 流石に身元までは知り得たか? 何とも愚図なことだがなぁ!」

 

 黒霧に紛れ、悪意ある嗤いを上げて、影は高らかに宣言した──この一連の事件の戦犯ドラウニーア、声もくぐもっていないことから、ロボットを介して…ではなく「生身」でこの場に居ることが窺えた。

 暗闇に潜む黒幕は、遂に天龍たちの手の届く場所にその身を晒した。相変わらず姿は見せないものの、ここまで追い詰めればそれも些事なことか…?

 

「(いや、油断出来ない。…あの大蛇の変わり様もそうだが、アイツがこの場に現れたことも怪しい。自らの姿を見られることを徹底的に避けてきたアイツが、土壇場とはいえ今この瞬間に出てきた…何か目的が無くては絶対に有り得ない…っ!)」

 

 天龍はそうして疑念を整理して身構える、ドラウニーアを今すぐにでも捕縛したいところではあるが、目前の脅威の駆逐が最優先である。

 

『さぁ、機獣「ヒュドラ」よ! お前の真の力…ガラクタ共に存分に見せつけてやれっ!!』

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 ヒュドラと呼ばれた邪龍は、その口を開くと体内から「灼熱の炎」を噴き出した…!

 

 ──ゴオォッ!!

 

「ちっ…!」

 

 天龍は再び綾波を抱えると、瞬足で炎の射程範囲から抜け出す。

 見ると、天龍たちの後ろに在った枯れ木の群は、豪炎に呑まれると同時に消し炭となり、跡形もなく消え去っていた。

 

「不味いな…アレを少しでも喰らえばひとたまりもない、どうにか…」

「…っ! 天龍さん!!」

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 天龍が事態の収束の方法を考え込むと、獄炎を纏ったヒュドラが牙を研ぎ澄ませ天龍たちに猛進してきた…!

 

「くっ…!」

 

 天龍は綾波を手放すと、そのまま瞬足で駆けだす。ヒュドラモそれに倣い天龍を追いかけるように身を翻す。

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

「矢張り…動くモノを追いかけるか、獣の性だな。余計な知恵が無くなった分やりやすいな」

 

『フンッ、減らず口を…その獣に貴様は敗れるのだよ。如何に足が素早かろうと…獣の「執念」には敵うまい!』

 

 暗闇から嘲笑する声が響く、その言葉通りかヒュドラは、天龍がどんなに素早く逃げても距離を詰めて来る。

 口からはマグマのように熱された灼炎を、それを躱せば炎を纏った巨大な尻尾が目の前に押し迫る。どこへ逃げても邪龍の牙は天龍を捉えて離さない。

 

「はぁ……はぁ…っ!」

 

 毒に侵された身体ということもあってか、徐々に体力と集中力を削られていく。こうも距離を詰められては「空間断絶居合斬り」の構えも取れない、コアを狙おうにも敵にその隙は見当たらない。

 

「一か八か、空中で居合を──…っ!?」

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 天龍が博打に打って出ると思われた時、ヒュドラの獄炎放射が彼女の半身を捉えた…!?

 

「…ぅぉおっ!!」

 

 天龍は火事場の力で瞬足を発揮すると、何とか窮地を脱した──ように思われた。

 

「──ぐっ、あ”ぁ…っ!?」

 

 見ると天龍の左腕は──黒炭となって焼けただれていた。

 あまりの熱さと痛みに、思わず膝を突きそうになる天龍…炎によって燃えたジャケット腕部分からは、彼女の左腕の見るも痛々しい火傷が。

 

「天龍さん!?」

『無様だなぁ、これで終わりだ…ヒュドラ、止めを刺せ!!』

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 ヒュドラは口を大きく開くと、口の奥から紅炎の如く燃え盛る獄炎が見える。

 天龍は察する──どんなに素早く動こうと、アレを避けるのは「困難」であると。あの量の焔(ほむら)は一度放たれれば、辺り一帯を焼き尽くすであろうと。

 せめて綾波を担いで逃げたいところではあるが、レ級たちから続いてヒュドラと連戦続きで、満身創痍の身体の自分では逃げ切れるか怪しい。

 

「…はっ、カイニになったとはいえ…ここまで力の差が出来るとは…油断した、な…?」

 

 もうここまで来れば諦めの境地が見える…しかし天龍は、それでも諦めきれない自分が居ることを察していた。

 

「信じているぞ、相棒──」

 

 全てを焼き尽くす焔を前に、天を仰いだ龍はココロに「思いビト」の姿を思い浮かべる…。

 

「天龍さああああん!!」

 

『Shrrrrraaaaaーーーーーッ!!!』

 

 綾波の絶叫が虚しく木霊する中、邪龍は極大の炎を放たんとする──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──チャージ完了、フルバーストっ!!

 

 

 

 

 

 その時…何処からともなく「一筋の閃光」が煌めいた。

 



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抗う者たち、死中にて希望を探る

 投稿は5月と言ったな…アレは嘘だ。


「──チャージ完了、フルバーストっ!!」

 

 幼さの中にある覚悟を感じるような、鋭くそして勇ましい声。

 その一声が響いた瞬間──閃光が邪龍の左から右頬を貫通していく。

 

 ──それは正に、闇に灯る希望の光であった。

 

『Shrrraaaーーーッ!!?』

 

 ヒュドラの長い胴体を捉え貫いたそれは、暗闇の中敵味方を確りと照らすと、そのまま消えていった。

 その光は人間の等身大サイズの「大砲」から伸びていた、小気味良い音を発すると徐々に形を変えていき、腕輪となり「拓人」の右腕に収まった。

 

「天龍たちを…やらせないぞ!」

 

 拓人、翔鶴、酒匂、由良の4名は天龍たちの窮地に馳せ参じた。

 

『Shrrraaaーーー!!』

 

 胴体にダメージがあったが、ものともせずに牙を剥くヒュドラ。拓人の方に向けて攻撃を仕掛けようとする、すると──闇の中から飛び出す複数の飛翔体が現れ、灯籠弾の灯りで照らされる。

 

「──魔導弾、投下!」

 

 その言葉と同時に、編隊を組んだ小さな艦載機群がヒュドラ頭上を通過、そのまま爆弾の雨を降らす、ヒュドラに着弾したのは「冷気魔導弾」である、邪龍の燃え盛る身体を消火し凍らせていく。

 

『…ッ!? Shrr…raaa……ッ!』

 

 邪龍の身体に無数の「霜」が確認される、ヒュドラは氷漬けにされ動かなくなってしまった。

 

「ぴゃあ! 流石翔鶴ちゃん!」

「えぇ、でもあの程度ではまた動き出すでしょうね。それまでに天龍たちを助け出しましょう」

 

 酒匂の言葉に翔鶴は状況を冷静に分析し、それに向けての行動を促す──が、言うまでもないと言わんばかりに翔鶴たちの前を走り抜ける人物が。

 

「天龍、大丈夫!?」

「た、タクト…」

 

 拓人は天龍に近づくと心配の声を上げる、見ると天龍は身体も、服装も、艤装までボロボロになっていた。特に左腕は見るも痛々しい姿だった。

 

「天龍…そんな、嘘でしょ!?」

 

 驚天動地の表情で目の前の事実に狼狽する拓人。

 改二改装済みの天龍と綾波、その二人をしてもここまで追い詰められるとは…最後の機獣は侮れない強さだと、拓人は警戒を新たにした。

 

「済まない…みっともない姿を見せてしまった…っ、カイニであるというのに、お前の期待に応えることは、叶わなかった」

「っ、天龍…そんなことないよ、君は十分すぎるぐらいに力を示した。だから…お疲れさま、後はゆっくり休んで?」

「あぁ…っ──」

 

 拓人の顔を見て安心したのか、天龍はそのまま拓人の肩に倒れ込んで意識を手放した。

 

「天龍…」

「タクト、天龍を借りるわ」

 

 そう言って拓人から天龍の身を起こしたのは翔鶴だった。

 翔鶴は天龍の額に手を当てると、瞳を閉じて集中する──。

 

「…酷いわね、身体に神経毒が回っているわ。艦娘だから死ぬことはないでしょうけど」

「…治りそう?」

 

 拓人はそう言って翔鶴の「治癒能力」を頼るも…首を横に振る翔鶴。

 

「この左腕の傷は何とか…でも毒は自然に抜け落ちるのを待つしかないわね? あくまで私の回復魔法は外傷や内部の骨の治癒するの、毒系統は薬じゃないと治らないわ」

「そうか…とりあえず左腕の火傷だけでも治してあげて、こうなったらこの場を離れるしかなさそうだ」

「分かったわ」

 

 そう言うと、翔鶴は天龍に向けて再び手を当てると、その手に淡い光を放ち始める。

 

「司令官…」

「っ! 綾波も無事だったんだね?」

 

 拓人は綾波の五体満足の姿を確認して喜ぶも、綾波は暗い表情で頷く。

 

「申し訳ありません…レ級との戦いの途中、私が不覚を取ってしまい…天龍さんは今まで私を庇って戦って下さっていたのです。不徳をお詫びいたします…っ」

「そう…大変だったね。でも謝らないで? 君も天龍もどうしようもない状況だったんだろうし」

 

 拓人はそう言ってヒュドラを見やる…巨大な氷像と化した邪龍であったが、ここで拓人はある異変に気づく。

 

 ──パキッ、パキッ!

 

「…っ!?」

 

 そこには凍った場所が次々とひび割れていき、今にも動き出しそうな邪龍。予測よりも早い「再起動」に、拓人は差し迫る危険を感じた。

 

「ヤバっ、早く逃げないと!」

「…治療完了よ。簡易的なものだから多少の傷は残っているけど、時間がないでしょう?」

 

 翔鶴の肩に担がれた天龍の左腕は()()元通りの肌色を取り戻していた。それを確認した拓人は満足して頷いた。

 

「よし、すぐここを離れよう。綾波もそれでいい?」

「司令官お待ちを! あのヒュドラの近くに「ドラウニーア」が!」

「え…!?」

 

 その場を離れようとした一同だが、突然の綾波の言葉に戸惑いを隠せずにいた、その隙を突き──

 

『(パリィン!)Shrrraaaーーー!!』

 

 獄炎を身体から噴き上げ、狂える邪龍が動き始めた…!

 

「くっ…!」

「ぴゃ…どうしよう」

「参ったわね…アレをどうにかしないと逃げられないわ」

『…ッ』

 

 拓人たちは苦い顔で邪龍を見上げていると、綾波の言う通りに空間に声が響いた。

 

「…特異点、来たか」

『…ッ! この声ハ…!!』

 

 声に反応した由良は、怒りを抑えながらも周りを冷静に見回した。

 

「ドラウニーア…やっぱりこの中に隠れていたのか。まさかこんな近くから盗み見てるとは思わなかったけど!」

 

 仇敵の存在を感じ、拓人は皮肉混じりに言ってのける。闇の中の声はそれでも拓人の心を乱すように囁く。

 

「ここまで来るのは予想外だったが…()()()()()を考えれば、それも止む無しか? 運命(さだめ)を賭けた戦いは…既に始まっている、か?」

「またそうやって全部知った風な口して…いい加減にしろ、お前に構ってる暇はない。今は引かなきゃだけど、準備を整えたら必ず捕まえてやる。お前の野望は絶対に止めてみせる、もう逃げ道は…ないんだ!」

「フハハ…馬鹿が、私がお前たちを易々と見逃すものか。必ずここで始末する…邪龍ヒュドラよ! 邪魔モノドモを焼き尽くせ!!」

 

『Shrrraaaーーー!!』

 

 ドラウニーアが叫ぶと同時に、邪龍の眼が紅く光る。次の瞬間──邪龍は全てを灰塵と化す豪炎を吐く。

 

「…はっ!?」

 

 邪龍ヒュドラの口から吐き出される豪炎は、一同の視界を一瞬で紅色に埋め尽くす。肌が灼けるような熱さが熱風となり感じ取れた。

 ドラウニーアという討つべき脅威に意識が逸れたか、ヒュドラの不意打ちを許し、息吐く暇も無く拓人たちは焼き消されようとしていた。

 

「うわぁ…っ!?」

 

「…っ! 司令官は…私が守ります!!」

 

 拓人が思わず身を固めた瞬間──拓人たちの周りには「透明の膜」が張られていた。

 

「綾波っ!?」

「……くっ!」

 

 綾波のバリアーによって不意打ちは防がれるも、炎が途切れバリアーが消えたと同時に、綾波も膝を突いてしまう。

 

「無茶しちゃ駄目だよ! どんなデメリットがあるかも分からないのに…!」

「申し訳…つぅっ!!」

「タクト、今は話している時間はない。この場を離れないと不味いわ!」

 

 翔鶴の言葉も尤もだが、拓人は頭を悩ませていた。

 目前には仇敵とヒュドラ、自陣は天龍が負傷し綾波も満足に戦えない、二人を連れて行かなくてはならない上、酒匂も無事に帰さなくてはならない。

 まともに戦えるはずはなかった。しかしこの場を逃げ切れるかも怪しい──絶体絶命であった。

 

「くそっ、どうすれば…っ!?」

 

『──…』

 

 拓人たちが苦心していると、槌を構えて邪龍へと静かに歩み寄る影が。

 

「っ! 由良、何してるの早く逃げないと!!」

 

 翔鶴の言葉に由良は顔を向け振り返る──そこには「決死の覚悟」を湛えた、硬くそして揺るぎない決意の表情があった。

 

『翔鶴チャン、私ハここで皆が逃げる時間を稼グ。その間ニ皆ヲ』

「いきなり何言い出すの!? そんなこと」

『翔鶴チャン』

 

 翔鶴の名を呼ぶ由良は、少しの間を置いて頬を緩ませて笑っていた。

 

『ごめんネ…でも、あの男がこんな近くまで来てることハ、今まで一度もなかッタ。だから…今が復讐の機会ナンダ、翔鶴チャンたちは酒匂チャンたちを送ってあげて…ネ?』

「由良…またそうやって自分だけで解決しようとして! 皆で仇を討とうって約束したばかりでしょう!?」

『デモ…もし翔鶴チャンたちに何かあれバ、私は…提督や皆に顔向け出来ない』

「…っ!」

 

 由良の言葉に思わず二の言葉が出ない翔鶴、由良は宥めるように続けた。

 

『ソレに、酒匂チャンに何かあってからジャ取り返しがつかナイ、そう思うカラ翔鶴チャンも酒匂チャンを守らないといけない…そう思ッタ、デショ?』

「それは…」

 

 翔鶴が言葉に詰まっていると、今度は突き放すような言葉を投げる由良。

 

『大丈夫、私はモウ「死んでいる」も同じ。だから…悲しまなイデ? 仲間を逃がすためナラ、守るためナラ…私はどうなっても構わナイ』

「由良…っ、馬鹿なこと言わないで! 瑞鶴だけじゃなくて貴女まで…そんなことしたら、許さないから!!」

 

 由良は自身を犠牲にしてでも翔鶴たちを逃がそうとしているようだ、翔鶴は──過去のことも相まって──涙ながらに由良を止めようと叫ぶ、しかして彼女たちの間に建てられた壁──由良自身の罪という名の壁は、翔鶴の思いを遮った。

 勝ち目があるとは思えない。このままでは由良が犠牲となってしまう…それだけは避けなければならない。

 

「(…こうなったら)」

 

 拓人は右手を前に掲げると、透明の光る板が現れる。

 

 

 ──「A・B・E」、承認しますか?/残り一回

 

 

 この絶望的な状況を変えるため、拓人は過去の選択を「やり直す」ことを考えた…しかし。

 

「………」

 

 拓人の承認の意志を示す指が止まる、頭の中で黒幕の発した「ある言葉」が引っ掛かり押すに押せなかった。

 

 

「──ここまで来るのは予想外だったが…()()()()()を考えれば、それも止む無しか?」

 

 

「(まさか…アイツは僕の「A・B・E」と()()()()()()()()()()()()?)」

 

 あの「観測者」が言うには、"A・B・E"とは時間の流れの影響で歪んでしまった運命を、自身の思うように修正出来る力。つまり現在を「改竄」することが可能であるのだが、使用制限が三回までしかなく、その上でこれまで力を「二回」使って来た拓人。

 この力を全て使い果たしてしまえば、特異点としての能力が無くなってしまうというのだ。命の保証が出来ない戦場を、ただの「ニンゲン」として生き抜かなければならない。

 それだけならまだ良いが、拓人と同じく異質な存在であるドラウニーアは──先ほどの発言から察するに──拓人と「同じ、又は似たような」能力を持っていることは明白だ、でなければ妖精さんが散々言って来た「ドラウニーアに都合の良い展開」を避けて来たことにも納得がいく。

 

「(まだドラウニーアとの戦いは終わっていない、仮にこの場をやり直して切り抜けたとしても…その先でヤツの「因果律操作」めいた力がある以上、同じ結果じゃないか?)」

 

 それはまだ予測の範囲を出なかったが、この場にドラウニーアが隠れ潜んでいる以上、油断は出来なかった。しかしてそれもまた由良の窮地を…()()()()、とも言えなくもなかった。

 

「(僕は…由良を、助けたい。でも……で、も……っ!)」

 

 もしも自分が特異点で無くなったら…ドラウニーアの異能により、由良だけでなく、翔鶴や金剛たちにまで危険が及ぶかもしれない。そうなれば…どれだけ残酷な結果が待っていてもおかしくない。

 ゾっと背中を悪寒が走る感覚に襲われ、拓人は土壇場で「A・B・E」承認を取り止める。

 

「…ごめん、由良…っ」

 

 目を強く瞑り歯を食いしばり、震える手をそっと離すと──「A・B・E 承認画面」は、光と共に消えた。

 

「(…でも、由良のイノチには代えられない。状況を見極めて…本当に危なくなったら)」

 

 そう頭で考え、拓人は自身に整合性をつけた。不甲斐ないクズ野郎だと自身の行動を罵りながら。

 拓人が歯痒い思いでいると、彼の横から声を上げるモノが居た。

 

「──酒匂が、二人を送るよ!」

 

「…っ!?」

「酒匂っ!」

『酒匂チャン…?』

 

 酒匂の急な意思表示に、拓人たちは三者三様に驚いた。

 

「酒匂のせいで天龍ちゃんたちこうなったんだから、酒匂が二人を守りながら外に連れてくよ!!」

「何を言っているの!? そんな危ないこと」

「それにっ、酒匂…あの時瑞鶴ちゃんが居なくなっちゃった時みたいに、由良ちゃんに行ってほしくない、犠牲になってほしくない!!」

『酒匂チャン…』

 

 翔鶴の反対の言葉を押し切り、酒匂は自分の「やるべきこと」を語った。あの時の悲劇を繰り返したくないと、自分の意志で。

 

「だから、翔鶴ちゃんたちはここであの化け物蛇をやっつけて! 翔鶴ちゃんたちが力を合わせたら…勝てるよ!」

「酒匂…」

「…分かったよ酒匂、二人をお願い出来る?」

「っ! 拓人!?」

 

 拓人は酒匂の意見を受け入れ、天龍たちを酒匂に託そうとする。

 当然翔鶴の反発の声が上がる、勿論拓人も酒匂に一任するのは抵抗があった。しかし──もしこの場で全員が残って戦っても、どうなるか分からない…最悪「一人沈む可能性」がある、それだけ切羽詰まっていた。

 

「翔鶴、もし皆を全員無事で済ませたいなら…僕らでヒュドラを止めている間に、酒匂に外から助けを呼んでもらうのが一番じゃないかな? じゃないと…本当にどうなるか分からない」

「…っ」

 

 仮に酒匂たちを外に出すことに成功したら、金剛たちに救援を頼むことも出来る。酒匂からガスマスクを一つ受け取るしか出来ないが、金剛が戦力に加わるならば、ヒュドラを倒しつつ脱出出来るやもしれない。

 そもそも──先ほどからこの南木鎮守府の中で通信を行おうと試みるも、繋がることはなかった。原因は分からないがどのみち外に出て救助を頼む他なかった。

 拓人の言葉に翔鶴は…悔しそうに俯くと重く頷いた。

 

「大丈夫だよ翔鶴ちゃん、必ず二人を送り届けて来る。翔鶴ちゃんを…二度も悲しませることはしない!」

「酒匂…!」

『…酒匂チャン、大人になったネ?』

 

 由良の言葉に、ガスマスクの裏で屈託なく笑う酒匂。

 こうして酒匂は手負いの天龍と綾波を送り届けるため行動する、肩に天龍を担ぎ綾波は体の痛みが治まるまで手を繋いで先導する。

 

「綾波ちゃん、動ける?」

「はい。酒匂さん…申し訳ありません。少し時間を置けば私も動けると思うので、それまでは…」

「びゃ、無理しないで綾波ちゃん。酒匂が絶対に送ってみせるから!」

「…ふふっ、頼もしいですね?」

 

 酒匂の言葉に、綾波は笑顔を返した。言葉少なではあるが綾波は酒匂の気概を信頼していた。

 

「酒匂…気を付けてね?」

「うん! 翔鶴ちゃんも…今度こそ、皆で生き延びようね!」

「…ええ!」

 

 翔鶴と話し終えた酒匂は、そのままゆっくりとその場を後にしようとする──しかし。

 

『Shrrraaaーーーッ!!』

 

 邪龍ヒュドラはまたしても獄炎を吐こうと口を大きく開く、このまま見逃せば酒匂たちが消し炭になるが──

 

「──やらせないっ、攻撃隊発艦!!」

 

 それを予期していた翔鶴は素早く弓を構えて矢を番える、矢が放たれると小さな艦載機群が編隊を組む。機銃掃射で邪龍の注意を逸らした。

 

『Shrrraaaーーーッ!?』

 

「酒匂っ!」

「うん!」

 

 翔鶴が時間を稼いでいる間に、酒匂たちは戦場からの離脱に成功した。

 

「…よし、何とかなったね?」

「大丈夫かしら…?」

「きっと大丈夫だよ、出口もすぐだろうし」

「でも、さっきみたいに深海棲艦に襲われないか、心配で…」

 

 翔鶴は酒匂の身を案じるも、背を向けて後方へ下がりながら歩み寄る由良は、問題は無いと言う。

 

『今の酒匂チャン、普段よりしっかりしてるカラ心配ないヨ。翔鶴チャンに無理させないヨウ頑張っているんダヨ、キット』

「…そっか、駄目ね私。酒匂に要らない不安感じさせて、強くならないと…私も」

「大丈夫、君は十分強くなってるよ。酒匂もそれは理解してるさ?」

 

 拓人の言葉に、翔鶴はマスク越しに微笑んで「ありがとう」と感謝を告げた。

 

「さて…」

 

『Shrrraaaーーーッ!!』

 

 拓人たちは各々身構えると、目前の獄炎邪龍を睨んだ。

 

「酒匂のためにも…倒す気でいかないとね!」

「えぇ、必ず倒すわ…そしてドラウニーアを捉えてみせる」

『…ウン、絶対に負けナイ』

 

 拓人たちはそれぞれ武器を構えて臨戦態勢、対する邪龍も巨大な牙を見せつけながら拓人たちを威嚇する。

 これが最後の戦いのつもりで、全力を出し切ると胸に誓いながら──火蓋は切って落とされる。

 

「…不味いな」

 

 だが、影に潜む者は邪智を駆使して、その行手を阻もうとしていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その頃、長門はレ級たちと交戦していた。

 

『ギキャア!』

 

 黒鎌を何度も振り下ろしては長門の首を狙うレ級、しかし長門の「鉱石装甲」の前に全て弾かれていた。

 

「埒が明かないな…これは」

 

 そう言って長門は、レ級から距離を取ると両腕から鉱石を生やす、そして──

 

「…フンッ!」

 

 右腕を正拳突きの要領で突き出すと、腕の鉱石は勢いついて辺りに飛散する、宛ら「三式弾」のようだ。レ級は意表を突かれて鉱石散弾が身体を貫いていた。

 

『ギィ!?』

 

 身軽さに救われたか、致命傷は外れるように避けていた。長門もそれを予期してか今度は左腕で散弾を放つ。

 

『ギャ!』

 

 同じ手は食うまいと、レ級は大鎌を振り回して散弾を防御する。そこまでの威力もないのか散弾は弾かれるとあっさりと水面に落ちていった。

 

 ──ズンッ!!

 

『…ッ!?』

 

 その束の間──長門の発射した「徹甲弾」がレ級を捉えた、しかし…レ級は寸でのところでそれを躱す、頬を掠めていく徹甲弾は枯れ木に着弾すると轟音と共に爆発した。

 

『ギィ…!』

「隙を見せるな、お前が姫級のような厄介な存在であることは先刻承知している。どのような手段を用いても…貴様はここで沈める、覚悟してもらうぞ…悪く思え」

 

 冷たい顔で鋭い眼光を形作ると、レ級を捉え睨みつける長門。レ級も負けじと眼孔から目玉をギョロリと剥き出すと威嚇する。

 

『ギィルルル…!』

 

『──……』

 

 その動向を遠くから見守る一角の魔人である「港湾棲姫」は、長門に向けて攻撃しようと片手を突き出して構える、おそらくは深海航空隊を発艦させるのだろう…しかし。

 

 

 

 

 

 ── オ イ カ ケ ロ ──

 

 

 

 

 

『…ッ!』

 

「…む?」

 

 虚ろな眼に紅い光が宿ると、そのまま長門たちに背を向けて何処かへ向かおうとしていた。港湾棲姫の異変に気付いた長門だったが…?

 

『ギェアアア!!!』

 

 レ級に行く手を阻まれる、どこへも行かせないと威嚇するレ級と、彼女の後ろで怪しい動きをする港湾棲姫。何かがおかしい…このまま行かせるのは不味い。

 

「くっ…ならば!」

 

 長門は即座に右腕を構えると鉱石を生やす、そして闇に紛れて消えようとする港湾棲姫に向けて放つ──

 

 

『……ァ…ッ!?』

 

 

 何かの呻き声が響くが、最早黒霧が視界を遮り何も見えなくなってしまった…それでも、手応えを感じる長門。

 

「これで良い…さて」

『ギャアアアアッ!!!』

「喚かずとも何処へも逃げはせん。…行くぞ!」

 

 長門はそのままレ級との戦闘を続ける、その胸の内は「予測可能な最悪の事態」を退けるようにと祈りを捧げていた。

 

「(力不足で済まない、だが…何とか逃げ延びてくれ……っ)」

 

『ギィエイアアアアアアアッ!!』

 

 狂気の咆哮を上げて、レ級は全身全霊の力で目前の標的を刈り取ると宣誓した。

 

 

 黒衣の死神と不屈の戦艦…果たしてその勝敗は如何に?

 



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それは、邪龍討伐の英雄譚

 最近シャー○ンキングが、再アニメ化されたそうで?
 かくいう私、旧アニメ版をCS放送で何度も見返したほど。原作はまだ読んでないので、この機に読んでみようかな?

 生きる糧が出来た…良き…!


 遂に世界の崩壊を目論む黒幕「ドラウニーア」を追い詰めた拓人たち。

 拓人、翔鶴、由良は最後の機獣である「ヒュドラ」と対峙する。黒幕との間を阻む障害は──レ級を除けば──ヒュドラのみとなる、ここで倒してしまえば後々に優位となる。そう考えた拓人たちだったが…?

 

『皆、ちょっと良い?』

 

 そう言って拓人は翔鶴と由良の耳元で、手短に自身の考えを囁く。

 

「大丈夫なの、それ?」

「そう言われるとちょっと不安だけど、何かあればお互いがフォローする形で、どうかな?」

『…ウン、良いんじゃナイ? 私はいけるヨ』

「由良が良いなら…他に方法がなさそうだし」

「じゃあそれで行こう。…よし、突撃っ!」

 

 拓人は何事かを翔鶴たちと話し終えると、そのままヒュドラに向かって真っすぐ駆け出す。

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 ヒュドラから放たれる獄炎のブレス、拓人は先ほどのようにはならないと右腕を翳すと、ブレスレットが盾の形へ「可変」し火炎を防ぐ。

 拓人の身体も覆い隠せるほどの大きさの盾だが、火炎の勢いと熱風は拓人の肌へ直に伝わっていた。この炎を何もせず受け止めれば──骨も残らないだろうと、直感で理解する。

 

「くっ…!」

「タクト! …魔導部隊発艦! 冷気魔導弾で炎を鎮火して!!」

 

 翔鶴は魔導航空部隊で敵の攻勢後退を狙う、弓矢を構え解き放つと矢は炎を纏い魔導航空隊へと変貌する。

 邪龍の上空へ飛ぶ魔道航空隊、機体下が開くと魔導爆弾を雨あられと降り注ぐ。同時に邪龍の身体のあちこちで霜が降りて、炎は消え失せヒュドラの動きを止めた。

 

「由良!」

『ウンっ!』

 

 由良は翔鶴の呼び掛けと同時に飛び上がり、得物である槌を邪龍の身体に振り下ろす。狙うはヒュドラの首元に設置された「コア」。

 拓人が囮となり気を引き、翔鶴が冷気魔導弾で敵の動きを封じ込め、由良が弱点であるコアを狙う。単純だがそれ故に迅速な連携によって、拓人たちは邪龍に王手を掛けた。しかし──

 

『── Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 邪龍の咆哮が木霊すると、全身から噴き出す炎で氷結をあっという間に溶かしてしまう。一瞬で束縛を抜け出したヒュドラは、すんでのところでその長い肢体でコアに向かう攻撃を防いだ。

 硬い金属同士のぶつかる鈍い音が響き渡る──ダメージはないようだ。

 

『…っ!?』

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 一瞬の隙を見せる由良を、ヒュドラは己の肢体を波打つように動かすと、素早く彼女の身体に巻き付けた。

 

『しまッタ…!』

 

『Shrrraaaaaーーーーーッ!!!』

 

 

 ──ゴオォッ!!

 

 

 邪龍の身体から迸る獄炎、由良の身体にも灼熱の炎が襲いかかる、全身の肌を灼く業火が由良を追い詰める。

 

『あ"あ"あアアーーーっ!』

「由良っ!?」

「このおぉーーーっ!!」

 

 拓人は可変ブレスレットを「両手剣」の形に変えると跳躍する、次に剣を由良に巻き付くヒュドラの眼球に叩きつけた、眼を深く抉り斬る音と共に、邪龍の片目に剣の刃による傷が出来上がる。

 

『Shrrraaaーーーッ!!?』

 

 ヒュドラが巻きつけを緩めると身体から由良がずり落ちる、拓人はすかさず由良を抱えて跳躍すると距離を取った。

 

「…っあち! あちちぃ!?」

 

 拓人と由良の身体から焦げ臭い匂いと煙が上がる、灼熱に焼かれた二人に駆け寄った翔鶴が心配の声を上げた。

 

「大丈夫!?」

「な、何とか…由良は?」

『…だい、じょうブ…ッ』

 

 問題ないと言う二人であったが、炎から即座に離れた拓人はまだしも、由良は瀕死と言える程に全身に深い傷を負っていた。

 火傷を負った彼女の身体は見るに耐えない痛々しさ──皮膚が焼け爛れた痕が顔や腕などに散見される──であった、拓人は由良を迂闊に近づかせた自身の指揮系統能力を詰った。

 

「ごめん由良、安易に近づくのは危険だって分かりきっていたのに…!」

『大丈夫、問題ナイって言ッタのは私だカラ。それに…火傷のことナラ心配要らないヨ?』

 

 そう言ってさっきと変わらず温和な笑みを浮かべる由良、どうあれこの火傷はまともに戦えるとは思えない…いつもと変わらない様子に、そう疑問に思う拓人だったが?

 

「…っ、傷が…!?」

 

 瞬間、驚く拓人が見た光景は──重症であった由良の火傷が「見るみる内に塞がっていく」異様なものだった。

 

『…ウン、そういうことだカラ私の身体は気にしなくて良いヨ。この程度の傷ナラ…少しシタラ治るカラ』

「…そっか」

 

 そう言って由良をゆっくりと降ろす拓人、先ほどの火傷はすっかり治っており立ち上がりも軽々と言った具合だった。

 おそらく深海化に伴い「自己再生能力」が付与されたのだろう、深海棲艦が異能を有していることは何となく理解していたが、まさかここまで驚異のものとは思わず、戸惑いを隠せない拓人。

 深海棲艦は人類に仇なす異形の集団…それを理解していたつもりだったが、事実をまざまざと見せられている気分になった。深海化した由良もまたそうだと──瞳に映りし光景に、拓人は複雑な心境になった。

 

『タクトさん、私はこの能力で貴女タチの盾になるカラ。だから…何も心配しないで? 今はただ敵を倒すことを考エテ…ネ?』

「由良…っ」

 

 由良の儚げな微笑みを見て…拓人は悔しげに歯を食いしばると、霧の暗闇に隠れているであろう黒幕を睨んだ。

 艦娘と深海棲艦との関係性を理解しながら、ドラウニーアは由良を含めた様々なモノ──艦娘だけでなく、無力な民間人まで──を「深海化」という憂き目に合わせた張本人、今すぐ問い質したい気持ちではあるが、邪龍ヒュドラが壁となりそれどころではない。

 

「──何か言いたそうだな? 特異点?」

 

 すると暗闇から嫌味たらしい声が響く、世界を崩壊させようとする黒幕は、自身の犯した罪をまるで意に介さないような傲岸不遜な態度を思わせる声色で、拓人に言葉を投げた。

 

「…ドラウニーア、どうしてこんなことを! お前は世界を変えるため…艦娘の居ない世界にするために、多くの人々を不幸にしてきた。何でだ…なんでそこまでして艦娘たちを憎む!?」

 

 拓人の当然の疑問に、ドラウニーアははっきりとした声で答えた。

 

「この世界を根本から変えた張本人たちだからだ、この世界は…マナの恩恵に育まれた穏やかな世界だった、それを焦土と硝煙の蔓延する光景に変えたのは…艦娘たちではないのか!?」

「違う、元は人間たちが「海魔」の脅威を許したのが発端だろう! 艦娘たちはこの世界を海魔から守ろうと必死になって戦っただけだ。それを──」

 

「ならば問うが、その海魔との戦いが終わった時点でヤツらは「用済み」ではなかったのか?」

 

「…っ!」

 

 いとも簡単に残酷な言葉を吐いて見せるドラウニーア。

 言っていることは正しいかもしれない、だがその言葉の裏にはどうしても「排除」の二文字が浮かび上がった。

 

「お前にとっては愛らしい少女なのだろうが、私には兵器という名の「化け物」にしか思えん! あのお方がどういう心境であったのかはさておき、兵器としての宿命が定められたモノどもが、人間らしい生き方など()()()()()()()()だろう!!」

「…っ、そんなのやってみないと分からないだろう! 確かに天龍たちもそう言っていた。でも彼女たちは…それでもココロを殺して、知らない誰かのために戦ったんだ! そんな彼女たちが報われないまま、終わらない戦いの中に居るなんて…そんな運命、僕は認めたくない!!」

「タクト…!」

 

 拓人の信念の言葉に、翔鶴も感嘆したように彼の名を呼んだ。彼らの信頼を表すような場面に、黒幕は悪態を吐いた。

 

「馬鹿が!! その生温い精神が今の世界の現状を起こしているのだ、艦娘は人間とは何もかもが違う、深海に堕したヤツらが破壊衝動に呑まれ殺戮を繰り返すことを、貴様も知らん訳ではあるまい!」

「それは…っ」

「世界から戦争が無くならない限り、艦娘ドモは何れ深海棲艦となり牙を剥くだろう。解るか? 私が何をしなくとも世界は「遅からず滅びゆく」のだ、愚かな一部の人間ドモが、艦娘という悪魔の兵器を用い続けることによってな!!」

「…っ!?」

「私はこの世界が陥った「ループ」を終わらせる、そのためなら…世界であっても破壊する! 忌むべき深海ドモを利用してでも、必ず…神の意志を超えてみせる、貴様らの好きにはさせん!!」

 

 ドラウニーアは己の所業を「世界のため」と宣った。しかしそれは「欺瞞」ではなく、己の「正義(エゴイズム)に基づいたもの、悪意などどこにも持ち合わせていなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、そう理解していた拓人は、尚も真っ向から否定した。

 

「…っ、言わせておけば。好き勝手しているのはどっちだ! お前の暴走を止めるために…僕は妖精さんからこの世界を託されたんだ、お前の凶行を止めてほしいって言っていたんだ!」

「何…?」

 

 激しい言葉の押し合いの中、拓人の言葉を受けたドラウニーアの二の言が一瞬止まる。間を置いて高笑いで侮蔑する。

 

「…ふ、フハハハ! 成るほどなあぁ…? だとすればとんだ神もいたものだ? 目的は分からぬが「惨い」ことを」

「そうやって知ってる素振りで僕らを混乱させようとしたって、そうはいかない。もうお前は終わりだ…お前の計画も野望も、全て!」

「ほう? ならば終わらせてみろ? 出来るものならなぁ!!」

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 ドラウニーアは嘲笑うと、再び邪龍ヒュドラを嗾(けしか)けた。

 獄炎の巨邪龍は、見た者を一瞬で萎縮させるほどの圧倒的な威圧感を放っていた。それでも拓人たちはこの壁を越えなければならない、せめて応援が来るまで持ち堪えなければ──

 

「(…いや、ヒュドラは天龍たちを追い詰めたほどの脅威、綾波が動けなかったからって天龍に大怪我を負わせたことに変わりない。改二でも苦戦しているのに、この状況を長引かせるほどの余力が僕らにあるのか?)」

 

 ヒュドラの実力は並大抵ではないことは明白、今までのようにすんなりいくとは思えない。下手を打てばやられるのは自分たちだ…そう結論した上で、拓人は冷静に状況を分析し始める。

 翔鶴の冷気魔導弾による足止めももう通用しないだろう、凍らせた瞬間に氷が蒸発させられることは目に見えていた。とはいえそれ以外にヒュドラを止める手立てはない、「炎」を纏った敵に如何にして立ち向かうか…拓人は手詰まりを感じざるを得なかった。

 

「(この状況を打破する手段は──)」

 

 拓人は目を閉じて頭の中で念じる、大いなる意思に問いかけるように…すると、一つのワードが飛び出した。

 

「(──鍵は"翔鶴の魔導弾"か)」

 

「タクト、何か思いついた? ヒュドラが睨んで今にも動き出しそうだけど?」

「…翔鶴、魔導弾の属性って何がある?」

「え?」

 

 唐突に問われた翔鶴だったが、拓人の真剣な眼差しを見て、自身も真摯に答える。

 

「そうね。私の手持ちは「火炎、氷結、電気」の三種かしら」

「成るほど、今までに出たもので全部か」

 

 拓人の問いに頷く翔鶴、しかし…どうしたものかと頭を捻る。

 火炎をあの獄炎にぶつけても意味はない、氷は蒸発する、電気は…そもそも効くのだろうか? 知恵の足りない頭で何とか打開策を考えていると──

 

『…あァ、そういうコトか。拓人サン中々やるネ』

 

 横で話を聞いていた由良が何かを思い付いた様子だったが、拓人たちにはさっぱりだった。

 

「ど、どういうこと?」

『あれ、気づいてタわけじゃナイの? あのネ…』

 

 由良が考えを説明しようとすると、遂にヒュドラが動き出した…!

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

「うわっ!?」

 

 巨大な口からまたしても火焔を放つ、拓人たちは急いで回避するも彼らの居た場所には、全てを燃やし尽くす豪炎が広がっていた。

 辛くも避けた拓人たちだったが、やはり正面からヒュドラに攻撃を仕掛けるのは不可能に近かった、それほどに邪龍の纏う獄炎は強力であり、隙も見当たらない。

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

「っく…!」

 

 このままでは何れやられる。どうすれば…そう拓人が考えた束の間、由良が翔鶴に急かすように話しかけた。

 

『翔鶴チャン! 電気魔導弾ノ入った矢ヲ貸して!!』

「えっ、何なの? もう…仕方ないわね!!」

 

 翔鶴は電気魔導弾の矢を由良に渡した。その手に魔導矢を受け取ると、由良はぶつぶつと何かを唱え始めた──すると光の文字が浮かび上がり、それらに何か書き加えようとしている。

 

『二人トモ、私に考えがアルわ。でも少しだけ時間を稼いでいてほしいノ!』

 

 由良はそう言葉少なに言うと、拓人たちから少し遠ざかりそのまま空中の光文字に向き合った。

 

「アレは…由良のドワーフの力、魔導矢に何か細工している?」

「電気でヒュドラを何とか出来るの?」

「分からないけど、由良に任せるしかないわね?」

「そっか…なら、僕たちでヒュドラを引きつけないと!」

「えぇ!」

 

 拓人と翔鶴は由良の閃きを信じて、邪龍ヒュドラを相手取る。

 

「こっちだ!」

 

 拓人はヒュドラの注意を引くため由良の居る場所とは逆の方向へ走り出す。距離を取りながらもブレスレットを変形させたキャノン砲をヒュドラに向けて撃つ。

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 対するヒュドラも口から獄炎を放射する、光弾は獄炎に掻き消され遂には拓人をも飲み込もうとしていた。

 

「うおおおっ!」

 

 拓人は即座に盾を形作ると、ヒュドラの炎を防いだ。炎の勢いが拓人に伸し掛かる、一瞬でも気を緩めれば盾が吹き飛んでしまうほどの衝撃…盾が無くなれば拓人は文字通り「灰燼に帰す」だろう。

 

「タクトぉ!」

 

 翔鶴は拓人を助けるべく、冷気魔導弾の矢に手を掛ける。矢を番え勢いよく解き放つ──瞬間矢は炎を纏い「艦載機群」となる。

 そのままヒュドラに突撃し艦載機下部より冷気爆弾をお見舞いする、氷結が迸りヒュドラの身体を包み込む──しかし。

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 マグマのように噴き出す獄炎は、ヒュドラに纏わりつく氷を瞬時に溶かし尽くした。お返しと言わんばかりに翔鶴に火焔を放つヒュドラ。

 

「…っ!?」

「翔鶴ーーっ!!」

 

 全力で駆け出した拓人は、盾を構え翔鶴の前へ来ると獄炎を防ぐ。

 

「タクト!」

「翔鶴、出し惜しみは無しだ…ありったけの冷気をぶつけてやれ! その間の隙は…僕が必ず守り抜くから!!」

「っ! ……ぅあああああ!!!」

 

 翔鶴は声の限り叫ぶと、矢筒の冷気魔導矢を一心不乱に乱射する。

 次々と発艦される冷気魔導機隊は、ヒュドラ上空を旋回しつつ下部から豪雪の如く、冷気魔導弾を降り注いだ。

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

 ヒュドラの炎もまた激しさを増していく、灼熱の炎と極低温の氷がぶつかり、入り乱れる暗闇の空間。

 冷気がヒュドラを凍らせ、灼熱がヒュドラを煌々と燃え上がらせた。氷炎の繰り返しの中、翔鶴を狙い獄炎を放射するヒュドラ、そして翔鶴を守るため自ら盾となり彼女を守る拓人。両勢の戦いは今、熾烈を極めていた。

 

 ──ここで負ければ全てが終わる、誰もがそう感じながら。

 

 闇に灯る紅と蒼のコントラストが映える、その幻想的とも不可思議ともいえる場面で──突如翔鶴の矢を番える手が止まる。

 

「翔鶴?」

「…っ、ごめんなさいタクト。冷気魔導矢の替えが…()()()()()わ」

「っ!!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、拓人の脳裏に浮かんだのは──”絶望”の二文字だった。

 

『Shrrraaaーーーッ!!!』

「くっ…!」

 

 それを待っていたように口を大きく開き、獲物を逃さない眼光で見据えるヒュドラ。

 万事休す…そんな絶体絶命の中、一筋の光が差し込む。

 

『──出来タ! 翔鶴チャン、これヲ!』

 

 由良の声のする方を向くと、彼女は電気魔導矢を翔鶴に向けて振りかぶり投げようとしていた。

 

「…っ!」

 

 それを見た瞬間翔鶴は、無我夢中で走り出すと跳躍。電気魔導矢を空中で掴むと弓に番える、そして着水した──刹那。

 

「いけえええええ!!!」

『Shrrraaaーーーッ!!!』

 

「当たれえええええええっ!!!」

 

 弓矢を構え、逆転の一矢を解き放った──

 

 ──バチバチッ!!

 

 閃光の如く飛び出した矢は散開し「艦載機群」へと変化、ヒュドラは獄炎を放って塵にしようとするも、光速の回避運動はヒュドラの獄炎すらも避けて至近距離へ…そして。

 

 ──遂に、艦載機よりヒュドラへ必殺の「雷槍」が突き刺さる…!

 

『二人トモ、跳ンデ!!』

 

「っ!」

「えっ!? っうおおお!!!」

 

 由良は魚雷型の電気魔導弾が当たる直前、拓人たちに跳躍を促す。意図が分からずとも二人はその場で思い切り跳んだ。

 

 

 ──カッ! ズドオオオォォォン!!!

 

 

『Shhhrrrgraaaーーーッ!!?』

 

 

 槍は世界を白く染める…そしてまるで稲妻が落ちたような雷鳴と共に、邪龍の断末魔が響いた。



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果たして信頼は、牙を剥く影と向き合えるか?

 後述の電気化学の下り、調べた限りでは理屈は合っているはずですが、あんまり自信がありません。
 もし何か不適切な表現があれば、指摘して下さると幸いです。


 雷鳴が轟き、邪龍の断末魔が木霊する。

 そして、光が視界を遮ると──先ほどまでの騒々しい戦場の一幕から一転、辺りは静けさに満ちていた。

 静寂の支配する闇の中で、拓人たちは閉じていた目を開く…そこには。

 

「ヒュドラが…倒れている?」

 

 そこには邪龍ヒュドラが黒焦げとなり海面に倒れ伏した、物言わぬ巨大な鉄塊となった姿、完全に機能停止した状態であった。あれだけ猛々しかった身体の炎は、硝煙と共に消え失せていた。

 

『何とか…なったみたいだネ?』

 

 由良は拓人たちに近づき五体満足を喜んだ、しかし拓人は疑問が尽きないので彼女を問い質す。

 

「由良、電気魔導矢に何か細工してたみたいだけど…?」

「私にも説明して、どんなに手を加えても電気魔導弾には、あそこまでの火力は出せない筈よ?」

 

 翔鶴も由良に疑問を投げかける、そんな二人に対し由良の回答は。

 

『何もしてないヨ、ただ「電圧を上げた」ダケ』

 

「…えっ!?」

 

 驚く拓人たちを余所に、由良はこの絡繰りを説明する。

 

『導電性って解るカナ? 簡単に言うト「電気をどれだけ通しやすいか」って性質だけどネ、金属が電気を通すのは周知済みだろうケド、鋼鉄はあんまり電気は通すとは言い難いんだよネ』

 

 由良の言わんとしていることは、拓人も何となしに理解した。対スキュラ戦時に電気魔導弾を使用したものの、スキュラにはまるで効いている様子ではなかったからだ。

 

「そうよね、だからただ電気魔導弾を使用しても、あの鋼鉄を焼き尽くすのは無理よね?」

 

 翔鶴の回答に肯定し頷く由良。

 

『それハ例え電圧を上げたとしても同じ、あれだけ大きな鉄の塊に行き渡るほどの電流は流せナイ…でも、そこニ「炎」の要素が加わっタラ?』

「それって、どういう意味?」

 

 拓人の問いに、由良は教鞭を執る師のように語り始める。

 

『炎は「プラズマ」の一種と言われてイテ、プラズマは通電性が高いことで知られているノ。つまり…単純に電気の通りやスイ炎に電圧を最大まで上げた電気魔導弾を落としタラ…?』

「…巨大な鉄の塊も焼き尽くす「稲妻」になる?」

『ソウ! とは言っテモその考えに自信があったわけじゃナイし、ぶっつけ本番だったケド…上手く行って、良かッタ♪』

 

 由良はそう言い終えると、ホッとした様子で穏やかな笑みを浮かべる。

 成る程、ヒュドラは全身に炎を纏っていたので理屈は通っている。それでもここまで上手く行ったのは、由良の少々の知識と咄嗟に出た「多分な行動力」の賜物だろう。拓人は流石だと由良を胸の内で称えた。

 

 ──しかし、ここである疑問が拓人から出てくる。

 

「…由良、あの一瞬に「跳んで」って叫んだのは」

『あ、ウン。電気が水面に漏電する可能性があったカラ、黒焦げにならないヨウに…って?』

「それって…跳ばなかったら「感電死」してたってこと?」

「っ!?」

『…アハハ』

 

 苦笑いする由良を見て、拓人と翔鶴は二人して背筋が震えた。

 

「由良…貴女ねぇ?」

『ゴメン、デモこれしか状況打破の策が思い浮かばなくッテ…;』

「ま、まぁ何とかなったんだし。終わり良ければってことで?」

 

 拓人の言葉を聞いて、翔鶴も同意して困惑顔から安堵の表情に変わる。

 

「そうね、確かにヒュドラを倒せたんだし。由良も無事だったし…本当に良かったわ」

『翔鶴チャン…ウン、ありがとう。二人が居なかったラ…私だけじゃどうにもならなかッタ』

 

 由良の感謝の意に、拓人たちはそれぞれに微笑んだ。

 三人の長所、出来ることを最大限に活かした戦いだった。もし彼らで無ければ…暴れ狂う邪龍を止められはしなかっただろう。

 倒れ伏す邪龍を見て、その実感を噛み締めた三人は深く息を吐き胸を撫で下ろした──

 

 

「──っ! そうだ、ドラウニーアはどうなった?!」

 

 

 束の間の平穏だった、拓人の言葉にハッとして周囲を見渡し警戒する翔鶴と由良。

 この黒い霧の立ち込める中ドラウニーアが何か仕掛けてこないことはない、それこそまたヒュドラを復活させられたり、ましてや第二第三の勢力を嗾けられてもおかしくない。

 

 …しかし、辺りは静けさを保ったまま。暫く沈黙の時が過ぎた。

 

「あれ…?」

 

 妙だと感じた拓人は、恐るおそる前に出て様子を窺う。…が、動きどころかドラウニーアの先ほどまでの憎たらしい物言いも返って来なかった。黒い霧で視界が見えないのもあるが、不気味なぐらいに何もなかった。

 

「もしかして…逃げた?」

「もしくは、電気魔導弾の電流の余波に巻き込まれたか、ね?」

『うーん、それハ有り得ないんじゃナイかな?』

「じゃあ隠れているのか? …うーん、僕の「能力」でも理解出来ないみたいだ」

 

 拓人はこの状況が何を意味するのか考えるも、自らの「力」を持ってしても理解出来ないでいた。

 三人が話し合っても、返ってくるのは静かな波の音だけ、先ほどまでの激戦が嘘のように静かだった──あまりにも静かすぎて、疑いたくなるくらいに。

 隠れている可能性もある、しかし──先ほどの由良の言葉で「稲妻が水面に流れた」のは明白、仮に避けられたとしても、ここまで気配を隠すことに()()()()()()()と疑問だった。向こうの尊大な口ぶりから察するに、やられっぱなしで黙って逃げ出すとは思わないからだ。

 …何かがおかしい。しかしここでずっと立ち尽くしている訳にもいかない、邪龍ヒュドラは倒したが、他にも解決しなければいけない問題がある。三人は改めて話し合う。

 

「どちらにせよヒュドラを倒した以上ここに用はないし、ドラウニーアが居ないならこの場は退散しよう。さて…長門さんを助力しに行く? それとも一旦外に出る?」

「…そうね、長門には悪いけど酒匂の様子が気になるから、外に出ましょう。金剛たちの元に居ないなら、迷っているかもしれないから迎えに行きたいわ」

『ウン、それで良いんじゃナイかな?』

「分かった、じゃあ行こう。…ふぅ、増援がなくても何とかなるものだなぁ?」

 

 一旦外に出ることで合意となり、一行は辺りを警戒しながらその場を離れようとしていた。

 拓人はあまりにもあっさりとした幕引きに、少し拍子抜けな思いもあった。ドラウニーアの執拗な性格は嫌でも理解出来たので、矢張り引っ掛かる部分は否めなかった。

 だがこうしている間にも、酒匂たちが敵に見つかっていないか心配になる。切迫した状況だったので仕方がなかったが、これでもし酒匂たちが負傷──有り得ないかもだが、沈んだり──していたら、そう思うとどうしても焦ってしまう。

 ともあれ勝ち星は上げたのだ、油断は禁物だが酒匂たちを追いかけても良いだろう。そう思いその場を後にしようと海面を滑る──

 

 ──ピピピ、ピピピ。

 

 その時、拓人の手首に付けられた「映写型通信機」のアラームが鳴り響いた。三人ともアラームの音に足を止めた。

 

「何だ? …望月からか」

 

 何事かと思い、拓人はダイヤルを望月の番号に回すと、彼女からの通信に応答する。

 

『大将、無事か!?』

 

 ひどく焦った様子の望月を見て、怪訝な表情が隠せない拓人。

 

「どうしたの、望月? 何かあったの?」

『あぁ、無事みてぇだな。…先ず状況を確認させてくれ、大将…「機獣」には会ったか?』

「えっ、機獣…ヒュドラならもう倒したよ。ほらそこに」

 

 拓人は映像を黒焦げになったヒュドラに向ける、望月は注意深くヒュドラを観察する…少しの間を置いて、安堵した様子の望月。

 

『よし、穢れ玉は抜かれてねぇな。焦ったぜ…ギリギリセーフってとこか?』

「どういうこと、望月?」

『ああ大将、話せば長くなるが…』

 

 拓人に問われ、望月が事情を説明しようとした──

 

 

「──特異点ッ!!」

 

 

 刹那、拓人の耳に入って来たのは…忌わしい宿敵のあの声だ。

 

「っ! やっぱり隠れていたのか!?」

 

 すかさず気を引き締め直すと、辺りを見回す…そこには、暗闇にぼんやりと光る「紅い光」だった。

 

「っ! 翔鶴見るな!!」

「っ、くっ…!」

 

 拓人の声に翔鶴は直ぐさま目を閉じる。

 あの紅い光こそドラウニーアの持つ「海魔石」の光、人の持つ負の感情を溜め込む性質を持ち、一度光を放てば負のエネルギーが魔力となり、艦娘は体内のマナが相殺され一時的に意識を失い、酷いときは艦娘であろうと人間であろうと、理性を喪失し激情に呑まれ、海魔石の持ち主の支配下に置かれる。

 しかし、光を視認しなければ問題はない。拓人と翔鶴はそう思い目を閉じる──

 

『──…ッヴ!? グッ……ぐぁアアアア"ア"ア"!!?』

 

 そんな拓人たちを浅はかと嘲笑うように、状況は一変する。

 隣に居た由良が突然悲鳴を上げる。驚く拓人は目を開くと彼女を見やる…そこには、胸から紅い光を放つ由良の姿が。

 

「こ、この光は…海魔石…っ!?」

『ガアアアアアッ!!』

「うわっ!」

 

 由良は獣のように叫ぶと、得物の槌を拓人に向けて振り下ろす。一瞬のことだったが何とか避ける拓人。

 正に青天の霹靂であった、由良の胸は紅く妖しい光に照らされ、威嚇する獣に似た歪んだ醜い顔となり、拓人たちに明らかな敵意を向けていた。

 

「由良っ、どうしてしまったの?! しっかりして!!」

「っ、一体何が…?」

 

 拓人たちは状況が理解出来ず狼狽する、果たして由良の変わりようは何を意味するのか…?

 

 

 ──ぴちゃっ、ぴちゃっ。

 

 

「…全く、煩わしい」

 

 すると、暗闇の向こうから足音が聞こえる。音の方を見ると紅い光がこちらに近づいているのが分かる、由良に注意を向けながら一瞥していると…紅い光に照らされ、黒幕のシルエットが現れた。

 

「…っ! お前がドラウニーア。何だ…その「肌」は?」

 

 最後のさいごで漸く姿を見せたドラウニーア、その格好は医者のような白衣を身に纏い、その下には礼服のような小綺麗なベストとズボンを着ている。顔は面長で吊り上がった細目と眉が特徴的。首から下に海魔石のネックレスを身に着けていた。

 至って普通と言えばそこまでだが、違和感は確かにあった。拓人の疑問に思うところは、ドラウニーアの顔左半分が「青白く」変色していること、まるで「深海棲艦」の様相だ。ドラウニーアが黒い霧の中に居ても平然としているのも、艤装も無しに海面に足をつけているのもそれが原因か?

 憶測が脳を過ぎる拓人を余所に、ドラウニーアは低く落ち着き払った声色を辺りに響かせ言葉を投げる…まるで自身の揺るぎない勝利を確信するように。

 

「このまま息を潜めていれば、何も知らない貴様らは何処へと出ていくと踏んでいたのだが。まさか、ジャミング波を抜けて通信を試みるとは…有智高才(ザ・ジーニアス)、矢張り侮れんガラクタだ」

『っち、そこに居やがったのか! 大将、何としてもソイツに機獣の穢れ玉を渡すな! ソイツは穢れ玉使って世界を滅ぼそうとしてんだ!!』

「えっ!?」

 

 望月の端的に状況を表した言葉に、拓人はドラウニーアに向き直り警戒する。ドラウニーアは大手を広げて拓人たちに計画を語り出す。

 

「成る程それも周知済みか? そうだ、俺は穢れ玉を使い「ゼロ号砲」を完成させる。そうすれば忌々しい艦娘ドモを機能停止出来る、全てな!」

「っ、穢れ玉を抜いていたのはそのためだったのか。そんなこと…っ!」

 

 拓人がドラウニーアへ距離を詰めようと前へ出る、すると拓人より右方向で対峙していた由良が、まるでドラウニーアを守るように間を遮る。

 

『グウゥ…ッ!』

「っ、由良…」

「無駄だ、海魔石の魔力は全ての深海棲艦を支配する。そこのガラクタも半分深海側に成っているのであれば、操るのは容易い」

「っ! くそ…!」

「フン、チェックメイトは既に打った。貴様らには…かつて友だったこのガラクタを、踏み越えることが出来るかな?」

「っく、この外道…!」

「フハハ、何とでも言え。俺はおれの「使命」を果たすためなら、全てを利用してみせよう! 全ては俺の思うがままだからなぁ!!」

 

 ニヤついて嗤うドラウニーア、しかし…ふとした瞬間、彼の余裕ある顔が冷たい表情へと変わる。それは彼が──恐れでも、焦りでもなく──己の絶対的優位を揺るがす「脅威」を目の当たりにした証拠だった。

 

「いや、訂正する。今までの俺ならこんなまどろっこしい手段は取らずに済んだ、隠れ潜んでさえいれば全て()()が運んだからな。…矢張り特異点、お前は俺にとって「最大の障害」だ」

「お前…一体なんなんだ、特異点でもないのに全てが上手くいくなんて…そんなの──」

 

()()()()()…などと誰が決めた?」

 

 ドラウニーアが放った凍てついた一言は、どこか怨念めいたものを感じる。拓人はそう理解するとより一層に顔を引き締めた。

 

「特異点はお前だけの特権ではない、ということだ。仮にそうだとしても、人とはいつでも神の領域に土足で踏み上がるものだ…「巫山戯るな」とな?」

「っ…?」

 

 ドラウニーアの恨み節の最後にまたも「違和感」を感じ取る拓人。それはまるでこの世の「理不尽」を呪う「哀しさ」か、「寂しさ」のような──

 

「(…いや、忘れちゃいけない。コイツは全ての「元凶」、どんなに見えない理由があったとしても、今までにコイツが犠牲にして来た人たちは変わらない。絶対に…許しちゃいけないんだ…っ)」

 

 拓人は、危うく揺らぎそうになる己の「甘さ」に喝を入れる。

 今まで反省の余地を感じれば、敵であろうと幾度となく手を差し伸べた拓人。しかし今目の前に居るのは、身勝手な理由で世界を滅ぼさんとする「破壊者」である。間違っても許してはならない存在だった。

 

「さて…駄弁は終わりにするか、俺は悠々と最後のピースを受け取るとしよう。貴様らはそこで己が甘さを悔やみながら見ているがいい!」

 

 ドラウニーアはそう言うと一歩、また一歩と海面を歩いてヒュドラに近づいていく。横向きに倒れた邪龍の首下には、コアを覆い隠す球体が見えた。駆けつけて止めに行きたい拓人だが、由良が道を阻んでいる以上どうにもならなかった。

 

『グガアァ!』

「くそっ! 望月、今酒匂が外に向かっていると思うから、先に金剛たちに現状を伝えて! 少しでも早く金剛に来てもらわないといけなくなった…!」

『大将たちはどうするつもりだ?!』

「何とかドラウニーアを足止め出来ないかやってみる、それまで金剛たちにこのことを伝えて!」

『分かったぜ! それと、そっちに予備のガスマスク送れねぇか試してみるわ。人手は多い方が良いだろう?』

「うん、頼んだよ!」

 

 拓人と望月は手短にやり取りを済ませると、そのまま通信を切った。

 さて、どうするか──拓人が状況打破のため頭を働かせていると、翔鶴は徐に弓と矢を構えた。

 

「っ!? 翔鶴駄目だよ、相手は…」

「分かっているわ、でもタクト…今はこれが一番よ!」

 

 翔鶴は番えた矢を放すと、矢は真っ直ぐ由良へ向かっていく。

 

『グアアァッ!』

 

 由良は矢をへし折るためか、得物の槌を構えてはそれを振り下ろす。しかし──既に矢から火が上がっており、艦載機の形に変わると彼女の前で散開した。空振りする由良の後ろで、翔鶴の艦載機は素早く編隊を組んで上昇した。

 

「おぉっ、すごい!」

「中々でしょ? ウチの艦載機隊は結構練度高いのよ!」

「…っ、クソが!」

 

 翔鶴がそんな話をしている隙にか、ドラウニーアはヒュドラの距離を詰めようと海面を駆け出す。

 

「──させないわ!」

 

 上空へと舞い上がった翔鶴の艦載機群は、ヒュー…と空気の擦れる音と同時に「艦爆」を落とす。爆弾が海面に着水した瞬間──海面を走る「炎」となりドラウニーアの進行を防いだ。

 火炎魔導弾の炎である、簡単には消えないことを知ってかドラウニーアは唸りを上げて憤る。

 

「ぬぅ、小癪な真似を…!」

「お前だけには言われたくない、この屑男! よくも私の仲間を壊してくれたな、絶対に…許さない! 私がお前に殺された提督たちの、仇を取ってみせるっ!」

「ガラクタ風情が、言わせておけば。調子に乗るなよぉ…っ!」

 

 ドラウニーアは左手を海魔石のネックレスに当てる、ドラウニーアから放たれる魔力の波動により、紅い輝きが一層増す。それと呼応するように由良の胸からも紅い光が。

 

『グゥアア!!』

「不味いっ!」

 

 由良は翔鶴に向かい得物を構えて海面を走る、翔鶴への危害を防ぐため拓人は二人の間に割り入り、盾で由良の鈍撃から翔鶴を守る。

 

「タクト!」

「っ、やっぱり槌の一撃は重いなぁ。でも…やらせないぞ!!」

『ガアァ!』

 

 拓人の妨害に由良は、鍔迫り合いの要領で槌に体重を載せて拓人を押し潰そうとする。拓人も負けじと力を込めて押し返す。

 

「うおおぉっ!」

「くそっ、いい気になるなよ。かくなる上は…っ!」

 

 追い詰められるドラウニーア、今度は翔鶴に向けて「海魔石」を翳す。

 

「海魔の光よ、あのガラクタの本性を暴くのだ!」

 

「──…っ!?」

 

 魔力の光が紅く妖しく輝き辺りを照らす、その強烈な光に翔鶴の顔は歪み苦しみを表した。

 

「ぐうぅ…っ」

「翔鶴!!」

「馬鹿めっ、海魔石の光は負の欲望を暴走させる。マナが相殺されないのは面倒だが、貴様の「怒り」を支配下に置けばそれも些事なことよ! さぁ…あの時のように、我が傀儡にしてくれる!!」

 

 トモシビ海域で怒りに呑まれたように、翔鶴はまたしても頭が掻き乱されるような衝動に駆られる。彼女はまたも操られてしまうのか?

 誰しもがそう思うであろう最中、拓人が動いた。

 

「いいや、そうはならない! 翔鶴、怒りを撒き散らす自分なんかに負けるな! 僕は君を…信じてるからっ!!」

 

「…っ! ──っぐ、あ"あ"ああーーっ!!」

 

 拓人の声援を受けて、ガスマスク下で苦しんでいた翔鶴は、カッと眼を開きながらも衝動を抑え込み、重みのある身体をそれでも動かすと、矢筒から火炎魔導矢を取り出し、番え、弓を構える。

 

「な、何ぃ…っ!?」

 

 信じ難い出来事にドラウニーアは顔が引き攣り仰天していた、今まで海魔石の呪縛に抗うモノは居なかったからだ。

 

 

「私がっ、皆の……仇を"っ! 取る、ん、だぁーーーっ!!!」

 

 

 翔鶴は怒りに燃える自身を乗り越えて、矢を解き放った──

 

「…っ!?」

 

 それは如何なる壁をも優に越えて、高く舞い上がる鉄翼となる。そして…怒りの炎で、黒幕に鉄槌を下す。

 

 

 ──ズドォン! ゴオォ!!

 

 

「ギィヤァああああああああ!!?」

 

 様々な困難を乗り越え、拓人たちは…遂に全ての元凶を叩き伏せた。

 



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美醜一体の君は、それでも守護を望む

「ギィヤァああああああああ!!? が、あ"ぁあああああ…っ!?」

 

 翔鶴の放った「火炎魔導弾」の一撃を受け、火達磨となりながらも黒幕は悶絶し、絶叫が響き渡る。

 炎がドラウニーアを包み込み、その身体を焦がし尽くす。人が炎から逃れる術などない。海面下で逃げられようとも致命傷は免れない。

 

 ──これぞ「王手」。悪鬼は今正に「地獄の業火」で灼かれていた。

 

「よし良いぞ、金剛たちが居なくても何とかなりそうだ。すごいよ翔鶴!」

「これで…終わりだ。そのままくたばれ! ドラウニーアッ!!」

 

 翔鶴は高らかに勝利を叫ぶ、しかし…その確信すら打ち砕くのがこの男だった。

 

「があァ……ッ、お、俺が…こんな、ところでぇ……くたばる、ものかああああっ!!」

 

 己の身体が燃える中、悪鬼は吼え猛りながら懐から何かを取り出した。それは──液体の入った「注射器」であった。

 それを左腕にプスリと差す、すると──突然ドラウニーアの上半身が異様に膨れ上がる、白衣とベスト等は弾け飛び、勢いよく肉が膨張し自身を蝕む業火を消し飛ばした。

 

『グッ、オ"オ"オ"オオオオオッ!!!』

 

「っ!? あれは一体…?」

 

 まるで怪物のように変貌したドラウニーアの肌は、身体の左側から徐々に白色の肌の面積が広がっているのが見えた。

 

「アレって百門要塞地下で使ってた「深海細胞」?! そんな…人間は深海化出来ないってアイツが言ってたんだぞ!?」

 

 拓人はその光景を見て、かつてトモシビ海域にてドラウニーアが言い放った「深海細胞」と「深海化」を思い出す。おそらくだが深海細胞を自身に打ち込み、深海由良よろしく自己再生機能で──それを踏まえても異常な回復力だが──ダメージを無効化したのだ。

 拓人には深海細胞の詳細は解らないが、名前から察するに「深海棲艦となる細胞」であることは明らか。だとしてそれを験すために要塞の住人たちを利用した人体実験は全て「失敗」していた筈だった、人間の身体では深海細胞に適応することは「不可能」だったのだろう。

 だのに、どういうわけかドラウニーアは、深海細胞をその身に宿してなお、身体は硬直せず深海棲艦の異能も行使可能のようであった。

 

「ハアァ…! 俺はもう、誰にモ、止められ…ナイッ!!」

 

 ドラウニーアは炎の壁に向かい駆け出すと、そのまま火の中へ飛び込む。拓人たちは追いかけようにも由良は一向に引き下がる様子はない。

 

『──………』

「このままじゃ…っ」

「っ、炎が邪魔して見えない?! 狙いが定まらない…っ!」

 

 翔鶴も自身の攻撃で生じた炎が、逆にドラウニーアの視界を遮る。

 

 ──そして。

 

「おおおォッ!」

 

 次にドラウニーアが炎の中を突き破り現れた時、左手に持っていたのは──禍々しいオーラを放つ黒玉であった。

 

「っ、穢れ玉が!?」

「フ…フ、フ。フハハハハハッ! これで全て揃った…世界は終わりを告げる、全ての艦娘を壊して、新たな世界を創り上げるのだ!!」

「っ! くそぉ!!」

「させないわ!!」

 

 敵が姿を見せたところで、翔鶴は弓を構えて新たな艦載機を撃ち出す。稲妻が矢を疾ると電気魔導艦載機が発艦、ドラウニーアに向けて電気魔導弾を落とす。

 迸る電流音が鳴り響く、電気魔導弾はドラウニーアに確りと当たった…はずだった。

 

「ッ、この程度…最早どうということモないッ!!」

 

 ドラウニーアは片腕で周りの電気を振り払う、すると電流は完全に絶たれた様子、同時に電流が焦がした肌傷もみるみる内に塞がっていく…ダメージはない、擦り傷すら残さない恐ろしい回復速度だった。

 

「そんな…っ!」

「なん、だって…っ!?」

 

 拓人と翔鶴だけでは、もうどうすることも出来ない。ドラウニーアは──完全に人間の範疇を逸脱したのだ。

 肌の傷が全て癒えると、ドラウニーアの肉体の膨張が収まっていく。元のサイズに戻ったドラウニーアは、高笑いして今度こそ勝利を確信する。

 

「フハハハハッ、これで終わりダ! いよいよ艦娘たちの世が終わル。世界の再創造など後で幾らでも出来る、先ずは忌まわしいガラクタどもヲ…全て葬り去るのダ!!」

『………』

 

 ドラウニーアはそう言って、常人では考えられない高さまで跳躍しその場を飛び去った。それを見てか由良もまたドラウニーアの後に続いた。

 

「…っ! 逃がさないぞ!!」

 

 拓人と翔鶴はドラウニーアの後を追って海を駆ける、果たして…この戦いの結末とは?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「はぁ…っ、はぁ…ぴゃあ、シツコイよぉ〜っ!」

 

 一方、出口に向かい舵を取っていた酒匂たちであったが、その道中であるアクシデントに出くわす。

 

『…ッ!!』

 

 額の一角に両手の巨大な鉤爪、虚な眼で酒匂たちと距離を詰めようと追いかけるのは「港湾棲姫」であった。

 酒匂が天龍の肩を担ぎ、綾波の手を取りながら、ゆっくりと出口まで水面を滑っていると、突然航空爆撃を仕掛けてきた港湾棲姫。何とか爆撃を避けながらも、出口を目指して駆け出したところだった。

 

「っ、矢張り簡単には行きませんね?」

 

 そう言って綾波は、左手を港湾棲姫に翳すと「能力」を行使しようとする。酒匂は慌ててそれを止める。

 

「ぴゃ、ダメだよ綾波ちゃん。それ使ったらまた具合悪くなるでしょ! 大丈夫だよ、あのコもあれ以上「詰め寄れない」と思うから!」

「しかしっ。……いえ、確かに酒匂さんの仰る通りですが」

 

 二人は港湾棲姫のある一点を見つめる、そこには──太腿付近に深々と突き刺さる「石片らしき鋭利物」だった。

 

『…ッ』

 

 港湾棲姫は酒匂たちを追いかけているわけだが、太腿の痛みなのか時々フラついては体勢を崩しかけていた。何故引き抜かないのかは謎だが、その数秒のタイムロスが酒匂たちと港湾棲姫との距離を離していた。

 

「きっと長門ちゃんがやってくれたんだよ、私たちが追いかけられると思って」

「ですね、彼女はおそらく「命令以外の行動が出来ない状態」なのではないでしょうか? でなければあの石片を突き刺したまま追っては来ないでしょう」

「ぴゃあ、でもいつ追いつかれるか分かんないから、早く外に出よう!」

「はい、もしもの時はお任せ下さい。私の能力で…」

「それはダメなの!!」

「ぅ、申し訳ありません…;」

 

 酒匂は天龍を肩に背負い、綾波に檄を飛ばしながらも外へ急ぐ。拓人たちを助けるために、金剛たちに中の状況を伝えるために。

 

『──ッ!』

 

 しかし、無惨にもその想いを打ち砕くように、港湾棲姫は新たな深海艦爆機を撃ち出す。

 爆撃機は上空にて酒匂たちを確り捉えると、流星群のように爆弾を降り注いだ。

 

 ──…ゥゥウウウ、ズドオォオン!

 

「ぴゃあ!?」

「っ!?」

 

 あまりの激しさに、酒匂は綾波の手を離してしまった。

 酒匂が後ろを振り返ると、綾波の後ろから猛追する港湾棲姫の姿が見えた。酒匂は綾波に早く来るよう呼びかけた。

 

「綾波ちゃん、早くはやく!」

「………」

「ぴゃ、綾波ちゃん?」

 

 綾波は──酒匂に背を向けると、港湾棲姫と対峙するため背中の大斧に手を掛けた。慌てた酒匂は制止するよう叫んだ。

 

「綾波ちゃん、無茶だよ!」

「いえ、少しの間の時間稼ぎなら、能力を使わずとも行えます。もうすぐ出口ですよね? なら酒匂さんは急ぎ金剛さんたちの元へ!」

「で、でも…っ」

 

 言い淀む酒匂を見て、綾波は振り返ると微笑んだ。

 

「心配いりません、私も皆さんと同じ気持ちです。必ず…かならず命を投げるような真似はしないと、ここに誓います」

 

 綾波の覚悟を垣間見た酒匂は、少し哀しそうに顔を曇らせるも、すぐに笑顔を形作ると応えた。

 

「ぴゃ! ゼッタイだよ、すぐに応援を呼ぶからね!」

「はい、お待ちしてます!」

 

 そうお互いに意志を確認し合うと、酒匂は背を向けて走り出す。

 出口を指す「光」はすぐそこに見える、少しの辛抱だよと、酒匂は綾波を助けたい気持ちを抑えるため、胸の内で自分に言い聞かせた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──南木鎮守府前、海上にて。

 

 一方、望月から連絡を受けた金剛たちは、南木鎮守府前にて待機していた。

 

「もっちーが言うには、少ししたら酒匂ちゃんたちが出てくるはずだけど…?」

「あぁ…神さま…っ!」

 

 金剛の隣で、両手を組んで空に向かい祈りを捧げるサラトガ、その更に横にプリンツ、そして辺りを警戒している野分と舞風の姿も見られた。

 

「大丈夫かなぁ…?」

「平気へーき! 拓人たちなら上手くやってるって! ねぇ野分?」

「……はい」

 

 舞風の呼びかけに対し、野分は何処か上の空といった具合の、暗い返答を返してしまう。そんな野分の胸中を理解出来るからこそ、舞風は寂しそうな表情を作ることしか出来なかった。

 

「──…っ! 来た!!」

 

 金剛の指差す方向──南木鎮守府入り口である洞より、酒匂と彼女に担がれている天龍の姿が。

 

「酒匂!」

「酒匂ぁ! 無事で良かったよぉ!!」

 

 サラトガとプリンツは彼女の無事を喜び手を振る、酒匂も彼女たちに気付いて手を振り返す。

 ゆっくりと近づいていく酒匂は、遂に何事もなく金剛たちの元に辿り着く。

 

「あぁ、酒匂! 無事で安心しました!!」

「ぴゃ、シスター苦しいよぉ」

 

 サラトガは無我夢中で酒匂を抱きしめる、苦しそうだが何処か嬉しそうな酒匂は、程なくシスターの抱擁を解くとプリンツに気絶している天龍を託す。

 

「うわぁ、すごくボロボロになってる…;」

「ぴゃ、鎮守府の中にはおっかない化け物がいて、天龍ちゃんはずっとそれと戦ってくれてたんだ! っあ、そうだ金剛ちゃん! タクトちゃんたちと綾波ちゃんを助けてあげて、中でまだ戦ってるの!!」

「うん、もちろんだよ。望月から大体の事情は聞いてる、酒匂ちゃんガスマスク貸して! 私がタクトたちを助けに行って来る!!」

「ぴゃあ!」

 

 金剛は凛とした態度で酒匂のガスマスクを要求する、酒匂もまた力強く頷くと、ガスマスクを外し始める。

 

「…っ、マドモアゼル、テンリュー…っ!」

 

 野分は天龍の様子を見て、内心絶句していた。

 カイニという新たな力を身につけた天龍は、以降拓人たちを勝利に導いてきた。そんな天龍がこれほどまでの傷を負うとは…中で何が起こっているのか。

 ただ言えることは…金剛ヒトリが救援に行って、果たしてどうにかなるのか? という疑問があることだった。ここまで手酷い傷を負わされた天龍を見ていると、ついそう邪推してしまう。

 とはいえ、望月も先ほどの通信で「ガスマスクをそっちに送れるように準備する」と言っていたので、何とかなる…筈だ。そう考えたが…同時に「歯痒い」気持ちが大きくなっていく。

 この海域にて野分は、まるで何も出来ない庇護対象のような扱いであると、自身に対し憤りを感じていた。事実野分は深海化の兆候がバレるのを防ぐために、舞風たちから庇われていた。

 自分は人々の美しいココロを守るために戦い続けてきた、しかし…肝心なところで役に立たないなど、自分は艦娘失格ではないか? そう蔑むことさえ胸中で思い始めた。

 

 ──そんな時、野分は不意にあの時の言葉を思い出す。

 

『野分…君が今何に悩んでいるのか、僕には分からないけど…絶対大丈夫さ。絶対なんてないのかもしれないけど…僕はそう「信じている」よ?』

 

「っ、コマンダン…っ!」

 

 信頼の眼差しを向けられた、あの日を思い出す──その度に胸は熱く燃えていた。

 今の欺瞞に固められた自分を、拓人は信じてくれた。だが…今自分はそれを返すことが出来ないでいた。どうすればいいのか、考え、考え、かんがえ──

 

 ──そうして考えあぐねる野分の耳に、ある情報が入る。

 

「ぴゃ、そういえばねシスター。驚かないで聞いてほしいんだけど…」

 

 そう前置きをおいて、ガスマスクを外した酒匂は、南木鎮守府内に「深海化した由良」が居ることが告げられた。

 

「ワッツ!? 本当なのですか酒匂!」

「うん、ドラウニーアってヤツに深海棲艦みたいにされちゃってたけど、ちゃんと生きてたよ! 翔鶴ちゃんとも一緒にお話もしたし。まぁ…長門ちゃんもだけど、マスクなしに霧の中に居たから、ちょっと驚いちゃったけどね? アハハ」

「まぁ…由良も、長門も無事だったのですね。良かった…本当に」

 

 そう言ったサラトガは、遂に感極まった涙を流して喜びを露わにした。

 

 

 ──その時、野分はあることに気がつく。

 

 

「(…待てよ、由良さんは深海化して何事もなく黒霧の中に居た…? それは…!?)」

 

 それは、同じように深海棲艦になりつつある自分も()()()()()()()()()()()()()()()()? という愚直な解答だった。

 

「──っ!」

 

 そうしてそこに至って(しまった)野分は、弾かれるように飛び出すと、真っ直ぐに南木鎮守府へと向かっていく。

 

「っ!? ちょ、野分! 何処へ行くの! 野分ぃーーーっ!!」

 

 舞風の投げる言葉は、野分には届かず虚しく空間に木霊した。野分の頭は…拓人たちを助けることで頭が一杯になり、冷静ではなかった。

 

「コマンダン…コマンダン……っ!!」

 

 野分の突然の行動に、一同はただ見送ることしか出来なかった。

 

「野分…」

「っ! 酒匂ちゃんごめん!」

 

 金剛は酒匂からガスマスクを受け取ると、そのまま野分を追いかけ始める。

 

「金剛、野分は!」

「分かってる。野分は感情的になっても自分からシにに行くような真似はしない、大丈夫だと思ったから…タクトたちを助けに行った、違う?」

「そ、それは…そうかもだけど。…あの、ごめん。私…私たち野分に無理してほしくなくって、だから」

 

 舞風は不意の出来事に頭が回らす、言葉を紡げない様子だった、金剛は一旦止まって舞風の方へ振り向く。

 

「何か隠してたんだね?」

「っ、ごめんなさい…本当に、ごめん」

「大丈夫、野分のためにやったことなんでしょ? 私はタクトが良いと思いそうなことを否定しないよ!」

「金剛…」

 

 金剛が和(にこや)かに明言すると、舞風は安堵したのか少しだけ落ち着きを取り戻す。金剛は舞風の様子を見て話を続けた。

 

「でも…野分も貴女たちに守られてばかりな自分に、耐えられなかったみたいだね。解るよ…あの時の野分も、皆を守るために戦っているって言ってくれたから」

「っ! …そっか、野分って真面目なとこあるから。根を煮詰め過ぎちゃったのかも」

「きっとそうだよ。だから…私も野分と一緒に、タクトたちを助けに行ってくる。それまで…少しだけ待っててあげてね?」

「…っ、うん…野分を、お願いします!」

 

 舞風の想いを託された金剛は、彼女に向けてサムズアップをして了承を伝える。そのまま背を向けて南木鎮守府へと海を駆ける。

 

「──神さま、どうか戦うモノたちに祝福を」

 

 サラトガはそう言うと再び両手指を結んで、金剛やタクトたちの無事を祈った。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 綾波はヒトリ南木鎮守府内に残ると、港湾棲姫との戦いに臨んでいた。

 大斧を両手に握ると、港湾棲姫の懐に入り込もうと真っ直ぐ跳躍する。

 

『──ッ!!』

 

 しかし、港湾棲姫の航空爆撃にどうしても足を取られてしまい、距離を思うように詰められない。

 更に能力の使い過ぎにより、身体が思うように動かない。相手も姫級なので油断すれば「轟沈」も有り得る、綾波は張り詰めた空気に身を引き締めた。

 

「くっ、どうすれば…っ!」

 

 綾波が状況改善のため頭を回すと、その度出てくる回答が「能力」による足止め。しかし…短時間使っただけで身体が引き裂かれるほどの痛みに襲われる、その上で何度も使用している以上、今度こそどうなるか分からなかった。

 

「…っ」

 

 大斧を背に収めると、右手をスッ…と前に翳し、能力発動を準備する。…しかし。

 

「──…ふぅ、もう気負う必要もないか」

 

 引き絞った気を自ら緩めると、突き出した右手をそっと下ろした。それは綾波が「仲間を信じる」と決めた証だった。

 

「増援はおそらく金剛さんだけの筈、彼女だけでは多勢に無勢もありましょう。私も共に戦う…司令官と、彼らと生きるために。そのためには力の温存は必要…か」

 

 かつての綾波は、自身の罪に溺れ周りが視えないこともあった。だが今は…頼りがいのある仲間に囲まれている、そう思うだけでも自然と体の奥底から力が湧いてくるようだった。

 もう独りではない、罪を共に背負うと言ってくれた仲間がいる限り…彼女が身を削る戦いをすることは、もうないだろう。

 

「さて…どういたしましょうか?」

 

 とはいえ切迫した状況であることには変わりない、どうしたものかと再び考えていると、その隙を突いてのつもりか港湾棲姫は新たな航空爆撃を、深海艤装から射出する。

 

『ケケケケケーーーッ!!』

「何とかするしか、ありませんね…!」

 

 深海艦載機の不気味な笑い声が木霊する、綾波は対空警戒のため砲を構える──

 

 

「──うぉおおおっ!」

 

 

 すると、綾波の後ろから砲撃の音が響き渡る。対空砲撃…港湾棲姫の深海艦載機は、爆発霧散した。

 

『ケゲーーーッ!?』

『…ッ!?』

「この声は…まさか、野分さん!?」

 

 綾波が驚きざまに振り返ると、そこには──この死の黒霧の中ガスマスクも付けずに居る「野分」の姿が。

 

「野分さん…大丈夫ですか、マスクは…?」

 

 綾波は野分の様子がおかしいと思いつつも、心配の声を上げる。対する野分は自分の両手を見て、黒霧の中でも行動出来る己を実感する。

 

「…はは、本当に…ボクは艦娘ではなくなってしまったみたいだ」

「艦娘ではない? どういう意味ですか野分さん」

「…ぁあ、もう耐えられない。これ以上皆さんに隠しごとなんて、ボクには出来ません。だからお話しします、マドモアゼル。ボクは──」

 

 そう言葉を区切ると、野分は徐に帽子のツバに手をかけると…ゆっくりと脱いで額を見せる。

 

「…っ、その角は…っ!?」

 

 綾波が凝視するその先には──野分の額左右に生え揃う「二本の角」があった。角の長さは港湾棲姫の"一角"と比べると大分短い印象だが…野分が「深海棲艦」となった証としては十分だった。

 

「ボクは──深海棲艦に、なってしまったようです」

 

 重い口を上げて、一つ一つの言葉を噛み締めるように、真実を吐露する野分。綾波は呆然とした様子だったが、直ぐに切り替えると野分を真っ直ぐ見つめる。不安に駆られながらも野分も綾波を見つめ返す。

 

「……良かった、何ともないようですね?」

「は、はい。…あの、驚かれないので?」

「ええ、驚きました。ですが…野分さんの意思はまだ消えてはいません、今まで隠されていたようですが、私は野分さんに変わりなければ、それでよろしいと思います」

「…っ!」

 

 綾波の信頼の言葉に、野分は涙ぐむも右手で涙を拭うと、再び彼女の目を見つめて宣言した。

 

「綾波さん…ありがとうございます。そして、こんなボクですが…貴女を、何よりもコマンダンを…助けさせてもらえませんか?」

 

 野分の誠意を見た綾波は、力強い頷いた。

 

「もちろんです、ありがとうございます野分さん。助かりました!」

「…はいっ!」

 

 二人は微笑みを交わしながらも、互いの信頼に応えていた。

 

『──ッ!』

 

 その最中、港湾棲姫は深海艤装から艦載機を発艦させると、再び航空爆撃を始める。

 

「くっ!」

 

「──野分!」

 

 その時、背後から金剛の声が聞こえてくる。同時に金剛の放った三式弾が、深海艦載機群を壊滅させていく。

 

「マドモアゼル・コンゴー!」

「金剛さん!」

 

 後ろを振り返る綾波と野分。ガスマスクを被った金剛は急いだ様子で野分に駆け寄ると、野分の身体に異常がないかチェックしている。

 

「…何ともないみたいだね、ふぅ……って、その額の角って?!」

 

 野分の角を見て一瞬驚いた金剛であったが、直ぐに舞風の言葉を思い出すと、努めて笑顔になる。

 

「そっか、それは流石に言い出せないよね? でも…気づけなくて、ゴメン」

 

 今度は真面目な表情になると、金剛はそのまま頭を下げて謝罪する。野分は慌てた様子で金剛を宥めた。

 

「こ、金剛さん。悪いのは不覚を取って余計な心配をさせてしまったボクです、だから…」

「そう言ってくれると、嬉しいよ? ありがとう…それで、あの姫を倒したら、何があったか話してもらうからね!」

「はい、もちろんです!」

「では、話が纏まったところで…参りましょう」

 

 三人はそれぞれ頷いて意思を確認し合うと、金剛、野分、綾波は港湾棲姫へと向き直った。

 

『…ッ!』

「皆…行くよ!」

「はいっ!」

「了承」

 

 遂に黒霧の戦いも終わりに近づく──その先で、何が待っているのか?



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────感謝を込めて。

 ──南木鎮守府内、海上。

 

『■■■■■---ッ!!』

 

 機獣の穢れ玉を持ち出し逃げ出したドラウニーア、そのドラウニ―アを追う拓人と翔鶴。

 しかし彼らの行く手を阻むように、深海棲艦の群れが襲い掛かってくる。

 

「くそっ、邪魔しないでくれ!」

 

 拓人はブレスレットを携帯砲へ形変えると、そのまま砲を構えて砲撃を放つ。水面に着弾すると水柱と爆炎が広がる。衝撃は深海棲艦を悉く吹き飛ばす。

 

『■■■■■---ッ!!』

 

 しかし矢張り数が多いか、撃てどもうてども敵が減るどころか益々増えていく。まともに相手をしていたらキリがない…どう切り抜けるか、拓人がそう考えていると翔鶴が提案を口にする。

 

「タクト、ここは私が一掃するわ。貴方は先にドラウニーアを追って!」

「えっ、でも翔鶴は…!?」

「私も直ぐに追いつくわ。それに…さっきの魔導弾を平気で受け切ったアイツの姿を見てたら、私が行ってもどうにもならないと思うわ、運命とかよく分からないけど…それを操るアイツと似た力を持つタクトが行った方が、まだ勝機があるかもしれない」

 

 実力で言えばもちろん艦娘である翔鶴の方が上、だが敵は単純な強さでは測れない力を持つ以上、対抗出来る能力の拓人が向かった方が良い、それが翔鶴の判断だった。

 

「…分かった、僕に何が出来るか分からないけど…やってみる!」

 

 拓人の言葉を受けた翔鶴は頷くと、そのまま弓を構え矢を放った。

 

「攻撃隊発艦、目標前方の敵艦隊! 行きなさい!!」

 

 翔鶴の矢は炎を纏うと、次の瞬間に鉄翼の編隊へと変わりふわりと空へ上がる。敵の対空砲火を縫い一気に距離を詰める。そして…敵頭上より爆弾の雨を降らす。

 

『■■■■■---ッ!!』

「…行って!」

 

 翔鶴の号令に従い、前方に開けられた道に向かい駆け出す拓人。

 

「(…嫌な予感がする、急ごう!)」

 

 その胸中には、必ず黒幕を捕まえるという気概の他に「悪寒」に似た直感も走っていた…その真相とは?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──南木鎮守府内、拓人より先の水上にて。

 

「はぁ、ハァ…ッ」

 

 黒霧の中潜む影が一つ、周囲を警戒しながら右手に視線を移すと、右手に握られた「禍々しい黒玉」が見えた。

 

「──ふ、フハハ、フハハハハ!」

 

 穢れ玉の邪悪な気配、畏れをその身体全体に感じ取ると、ドラウニーアは穢れ玉を天に掲げ、狂気に満ちた顔で高笑いを上げた。

 

「遂に……ついニッ! 我が悲願が達成される、おぉ…何と強力な邪力か、これなら他の蓄力装置の不足分を、補って余りアル! いいゾ、ヒュドラを数年もこの場に放置した甲斐はあった、今こそ変革の時! 艦娘たちが滅びた暁には、俺が深海棲艦を率いて人類を滅ぼしてくれる!! フハハハッ!」

 

 頭の中で世界滅亡までの図を描く、上手く行きすぎではないか、そんな言葉はこの男には通用しない。男の野望を叶えんとするように、世界の運命(システム)は動くのだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何故ここまで神の如き権能を行使出来るか?

 

 それは定かではないが、ドラウニーアの頭の隅には「ある出来事」が想起される。

 

『君は────になるんだ、世界はきっと、そう望んでいる」

 

「…っ」

 

 自身を囲む大多数の人間、その中心に居座る人物。険しい表情に深い皺、嗄れた声が頭の中でループする。

 在りし日の記憶、それが彼をここまでの凶行に及ばせた理由だった。一時期はそれらを忘れ去って、研究者として実験に勤しむ毎日を送っていた。

 だが、ある日自身の「使命」を思い出し、以来それを成し遂げるために非道の限りを尽くした──それが「世界を滅亡の危機より救う」というものだった、それだけの話。

 

「そうだ…俺はそのために、だから──だからこそ俺は、屍を乗り越えてでも成し遂げてきた」

 

 震える声で、自身の行いを肯定する。定まらない視線は、自身の行動の真実を見ようとしない。

 理解してはいけない、これが──だと思うことは、己の全否定に繋がるのだから、だからこそ──

 

「だからこそ! 艦娘たちは滅びなくてはならない、世界を…再創造しなければならないのだっ!!」

 

 再び天高く穢れ玉を上げると、誓いの宣言──世界滅亡を声高に叫んだ。

 

「愚かなる神よ! 貴様の好きにはさせん、俺が世界を創り直し…真に幸福なる世界を築き上げるのだぁっ!!」

 

 

 

 

 

『──それガ、貴方の歪んだ"願い"なんだネ?』

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

 耳元に届く「声」を一瞬で理解して、ドラウニーアは青ざめた。

 

 穢れ玉を急いで下ろす、すぐに声の響く後方を振り向く、矢張りそうであったかと、眼前に見えるその姿に驚愕する。

 

 その一瞬の隙を突くように、得物を構えた人物はそれを振り下ろす──

 

「しま…ッ!?」

 

 思わず身構えたドラウニーア、左手を頭の前へ持って行きガードする。

 しかし狙いは彼ではない、謎の人物の矛先は──中途半端に掲げられた、()()()()()()()()()()

 

 

 ──パキンッ!!

 

 

 勢いよく振り抜かれたそれは、ドラウニーアの持つ穢れ玉を完全に「粉砕」する。瞬間黒玉は無数の小さな欠片を散らし、穢れの残滓が黒霧となり空に掻き消えた──刹那の出来事であった。

 

「──────ぁ…?」

 

 絶句。

 ドラウニーアは数秒の沈黙の後、思考が現状を完全に理解すると…喚き叫んだ。

 

 

「ぁ…ぁあ、あああ、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?

 

 

 膝から崩れ落ち、黒玉の無い両手を見つめる姿勢、直ぐに顔を上げるとまるで全てを喪ったような慟哭を天に向かって叫んだ。

 ドラウニ―アの目的は完全に潰えた、彼の行動はそれを如実に語っている。だが不可解なのは──それを阻止した人物の存在。

 

『………』

 

 それは「由良」であった、先ほどドラウニーアに海魔石で操られ、拓人たちと敵対さえした彼女。現に彼女の胸は未だに「紅い輝き」を放っていた。彼女が何故ドラウニーアを止められたのか?

 

「…何故だ、なぜ貴様ガ。貴様は俺ガ…確かに…っ!」

 

 ドラウニーアも同じ疑問を抱いていた。言葉に余る「怒り」を露にしながらそれをぶつける──しかし彼女から返ってくるのは、要領を得ないものだった。

 

『分からないヨ、私ニモ。でも…翔鶴チャンたちガ頑張ってイル声が聞こエテ…「私が皆の仇を取る」ッテ…その意味を理解したら、翔鶴チャンにダケ重い荷物は任せられナイって、復讐するのは私だけで十分だッテ、そう思ったラ…意識が醒めタノ』

 

 由良は翔鶴の想いに呼ばれ意識を覚ました、だが…ドラウニーアの目を欺くため、敢えて操らたフリをして拓人たちの元を離れドラウニーアを追いかけたのだ。

 

「何…何だそれはっ、そんなことが…あってたまるカ……っ!!」

 

 ドラウニーアは悔しさの涙に打ち震え、歯を食い縛って憤りの形相を見せた。

 そう、有り得ないのだ。普通はこのような展開は奇跡が無い限りは「起こり得ない」のだ、だからこそ失念していた。だが──散々その「有り得ない」を利用して動いてきた、更に言えば自身と同じ「能力」を持つ者が居る以上、予期も出来た筈…完全に「油断していた」、それ故の「展開」なのだ。

 

 ”運命”という綱を最後まで離さなかったのは、拓人…そして意志を共にする仲間たちだった。

 

 ドラウニーアは…最後のさいごで「鍔迫り合い」に押し敗けたのだった。

 

『お前ノ夢は多くの人々のイノチを弄んだ、ダカラ…その代償ヲ払ってモラウ。お前ノ「独り善がりの願い」を打ち砕く…それで無くなったモノたちは戻らナイ。それでも…これで、皆の「尊厳」は、取り戻シタ』

「…っ」

 

『これが私の「復讐」。報いヲ受けなサイ…ドラウニーア…ッ!!』

 

 由良は己の覚悟を湛えた凛々しい顔つきで、復讐を宣告する。何年もの間…南木鎮守府の面々の仇を取るために生き永らえてきた。彼女の敵討ちは終わりを遂げたのだ。

 

 

 ──だがそれは、いつだって新たな「恨み」を生む。

 

 

「報いィ…報いダトォッ!!!

 

 遂に憤慨し立ち上がると、ドラウニーアは「この世の全てを恨む」貌で由良を睨んだ。

 

「貴様ニ…貴様に何が解ルっ!? 俺は世界を救う…救わなければならなかったノダ。出なければ俺は…なんの為に生まレタっ!!?」

『…ッ!?』

「人の命を弄ブ? それを貴様が言うカッ?! 世界中に戦争の種を蒔き続けた貴様らガ!! 貴様らさエ…貴様らさエ居なければアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 怒り任せに駆け出し、由良に向かい左拳を振り上げるドラウニーア、その怒りの終着先は──紅く光り続ける彼女の「胸」だった。

 

 

 ──グチャァ

 

 

『カハ…ッ!』

「ぐうううううおおおおおオオオっ!!」

 

「──由良っ!!」

 

 由良のイノチが風前の灯となる中、黒霧の中から姿を新たに姿を見せたのは「拓人」だった。

 拓人が目にした衝撃の光景──それは、ドラウニーアが由良の胸を「貫き」、彼女の命と言える「紅く光る石」を、今にも握り砕こうとするものだった。

 

「やめろおおおおおおっ!!」

 

 何故由良が殺されそうになっているのか、彼女はドラウニーアに操られていたのでは?

 そんな小さな疑問より先に、拓人の「仲間を助ける」慈悲が行動を起こす──彼が右手を翳すと「光るIP」が現れる、それは勿論「A・B・E」の承認画面である。承認の有無を考えることなく、一心不乱に「YES」ボタンを押そうと指を伸ばす。

 

「────え?」

 

 だが──拓人がそれをすることを拒むように、急に体に「金縛り」が走る。伸ばした指は何もない空間で堰き止められていた。

 届かない…どうしても「A・B・E」を発動することが叶わなかった、果たしてこれは何モノの「意志」か?

 

「関係ない、動け、動け…動け動け動け動け動けっ!!」

 

 必死にボタンを押そうと試みるも、矢張り押せなかった。それは拓人がこの現状を()()()()()()()()を表していた。

 

「そんな…どうして…っ?」

「オオオオオオオオおおおおおおおおッ!!」

「…っ!」

 

 

 ──バキッ

 

 

『──────ッ!』

 

 拓人がボタンを押せないまま、無慈悲な現実は動き出す。

 ドラウニーアが腕に力を込めると、握っていた紅く光る石に「罅(ひび)」が入る。同時に由良の身体が仰け反ると…次第に脱力し始める。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああっ!!!」

 

 認めない…拓人は心でそう呟き、叫ぶと海面を蹴って駆け出す、その勢いのままドラウニーアへ体当たりして由良から引き剥がす。

 ドラウニーアは堪らず腕を引き抜き握っていた鉱石を手放す、拓人はそれを掴むと同時に崩れそうになる由良の身体を支えた。

 

「──タクト! …っ!? 由良…そんな……っ!!?」

 

 拓人の後に続いた翔鶴も姿を見せるも、力なく拓人に抱えられた由良を見て、悪い夢を見ているような絶望の表情を浮かべた。

 

「由良…ごめん、間に合わなかった…っ」

 

 拓人もまた由良に迫る「シ」を受け入れられず、由良を抱きかかえたまま、ただ己の無力感に打ち拉がれる他なかった。

 

「特異点んン、貴様ァ…最後まで俺の邪魔をするカアアアアアッ!!」

 

 怒り任せにドラウニーアは拓人に向かっていくが、頭が一杯いっぱいの拓人に咄嗟の反応が出来る筈もなく、そのままドラウニーアの凶手が伸びる──

 

『──アギャアアアアッ!?』

 

「何ッ!? ぐぅおぁ!!?」

 

 その時、黒霧の影から弾き出されたのは──何モノかに吹き飛ばされたであろう「レ級」。ドラウニーアは飛ばされた彼女にぶつかると、自身も後方へ飛ばされる。

 

「──タクト君、大事ないか!?」

 

「…長門さん?」

 

 拓人は小さく震える声で応えると、彼を呼ぶ人物の方へ振り返る──そこには艤装も格好もボロボロになりながらも、悠然と立つ巨大な身体の持ち主…選ばれし艦娘その一隻(ひとり)である長門が居た。

 

「…っ、由良……」

 

 長門は拓人に駆け寄ると、無惨な姿となった由良を目にする。

 拓人の絶望を湛えた瞳を見て、何が起こったか理解した長門は…悔しげな表情を一瞬浮かべるが、直ぐに凛とした表情を作り黒幕に向き合う。

 

「この様子では、由良をやったのはお前だな…ドラウニーア?」

「ッ、選ばれし艦娘…長門カ」

「そうだ、お前を捕らえるため長い間この海域で戦ったモノだ。漸く…その本懐を遂げられそうだな?」

「…ッ、クソが……クソガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 多勢に無勢と恐れたか、ドラウニーアはレ級を抱えると拓人たちに背を向けて走り出した。

 

「逃さんぞ、だが…何の道カイトのことだ、既に包囲網は敷いてあるだろうが? ヤツは…この海域から外には出られないだろうよ」

「…長門さん、追ってください。逃げられなくても…せめてアイツが何処に逃げたかだけでも」

 

 拓人の言葉に長門は少し驚いた顔で見やるも、やおら真剣な面持ちになると、彼の冷静な判断を賞賛するように言葉を投げる。

 

「…任せても、良いのだな?」

「……はい」

「解った、全てが片付いたら何があったか話してくれ。私も…私の全てを語ろう」

 

 長門の言葉に拓人は黙って頷いた。

 

 ──長門がドラウニーアを追ってその場を後にすると、暫くの間静寂の時が流れる。

 

 拓人は由良を抱きかかえたまま呆然とし、翔鶴も現状を理解出来ず立ち尽くす他なかった──やがて、その直ぐ後か大分間が空いたのか…彼らの耳元に響いて来る新たな水を滑るような足音。

 

「──タクト!」

「コマンダン、ご無事ですか!?」

「司令官!!」

 

 金剛、野分、綾波の三人がその場に駆けつけた。どうやら港湾棲姫をやり過ごしたように見えた。

 三人が見たものは、全てが終わり佇む拓人たちと、拓人の抱えるヒトリの「艦娘」だった。

 

「…っ、タクト……っ」

 

 金剛たちもまた、その凄惨な光景に口を噤むしかなかった。

 誰しもが鎮痛な面持ちで立ち尽くしていると──不意に、ダレかの言葉が空間に木霊した。

 

『──タ、クト…さ、ん。しょ、か……く、チャン…!』

 

「…っ! 由良…?」

「由良っ!」

 

 今にも消えそうなか細い声、それが由良であると知覚した後、誰とも言わず彼女の周りに集まり始める。

 拓人に抱えられながらも苦しそうに息をする由良は、彼女を囲む艦娘たちを一人ずつ確認していく──やがて翔鶴に目を向けると、儚げな笑みを浮かべて言葉を紡ぐ。

 

『しょう、かく、チャン。やっ、たヨ? 私…皆の、仇ヲ…!』

「うん、分かった、分かったから。由良…お願い、私を置いていかないで。瑞鶴だけじゃなくて、貴女までなんて…っ!」

 

 由良のシを間近にした姿に、翔鶴は悔恨の言葉と涙を流した。由良はそれを見て…そっと彼女の右手に自身の左手を添えた。

 

『ゴメン、でも、これで良いンダヨ? 復讐からは…復讐しか生まれナイ。解ってイタ…こうなるコトも。それでも…あの時、艦娘とシテの私は「シンでいた」ノ、復讐を誓ッテ、今まで…生き恥を、晒してマデ生きて、漸く、果タスコトが出来た。その中デ、もう一度貴女や酒匂チャンに出会えて…良かッタ。モウ…ココロ残りは、何もナイ』

「由良…っ」

『ダカラ…私のコトは、モウ気にしなイデ? 貴女タチには、ズット、笑ッテいてホシイ…から。私ヲ…笑ッテ、見送って、ホシイ……ナ?』

 

 掠れた声で紡がれる、由良の最期になるであろう言葉に、翔鶴は涙を止めることは出来なかった。由良は最後まで…彼女の周りに気を掛けたのだ。

 

「由良…無理よ、私は……貴女が居なくなったら、ダレが私とシスターを引き合わせるのよ。私ヒトリじゃ…っ」

『…大丈夫、今ノ貴女ナラ、過去ト向き合エル。操らレタ私を呼び覚まシタのは…翔鶴チャン、なんだカラ。貴女ノココロは、きっと前よりモ、強くなっテル。自信ヲ持って……ネ?』

 

 由良の激励に、翔鶴は止めどなく溢れる悲しみを拭き取らず、少しだけ笑って肯定の意を返す。それは翔鶴が由良の「喪失」が止められないものだと、本能的に理解した証だった。

 

「ありがとう…由良?」

『ウウン。ア……デモ、ココロ残り、あるとシタら……シスターと、プリンツちゃんニ、会えなかったナ? どうしヨウ…?』

 

 困ったような顔で微笑む由良、翔鶴はそんな由良にシスターたちの様子を、震える声で簡潔に伝える。

 

「大丈夫、シスターもプリンツも元気だった。いつもと同じで明るく笑っていた、貴女が心配することは──何もないわ」

 

 目に涙が潤みながらも──ガスマスク越しでも解る──いやに固い笑顔を由良に向ける翔鶴。由良を想ってこその、現状精一杯の笑顔だった。そんな翔鶴に対し由良は──何か察したように、また微笑を浮かべた。

 

『じゃア、伝エテ? 皆の仇…私が取ったコト。もう何も心配することはないッテ、貴女の口から…ネ?』

 

 由良の──まるで背中を押されたような──優しさの全てが詰まったような言葉の意図に気づき、翔鶴はクスリと笑うと、それに応えた。

 

「うん、約束する。シスターたちに貴女が頑張ったって、必ず伝える! だから……由良…っ」

 

 努めて笑顔を作ろうとするも、どうしても悲しみが顔に出てしまう。翔鶴の不器用な優しさを垣間見て、由良は満足そうに晴れやかな笑顔を向けた。

 

『……良かッタ、翔鶴チャン。最期ニ…貴女ガ、居てくれテ……よかッタ、ほんと、ニ──』

 

 

 

 ──ありがとう…!

 

 

 

 ──パキンッ!

 

 

 

『────……』

 

 感謝の言葉を述べた、微笑んで、全てに悔いはなくなった。

 その時、役割を終えた鉱石は砕け散り、復讐鬼となりしヒトリの英傑は──ゆっくりと瞼を閉じ、友に添えた手を…力無くし離した。

 

 ──そこにはただ、魂を無くした「遺体(ぬけがら)」が在った。

 

 

「由良…由良あああああっ! うわあああああああああああ……っ!!」

 

 

 翔鶴は旅立った彼女の身体に、顔を伏せて号泣した。

 その場に漂う悲しみの匂い、それを間近に見た周りのモノたちは…伝染するように喪失の涙を流した。

 

「…由良……っ」

 

 拓人もまた、同じように顔を伏せて滝のように哀しみを流す、一時の短い間だったが…彼もまた由良の気高い精神に敬意を表していた。

 

「こんなのって、ないよ…っ!」

「………っ」

「彼女は自身の役割を立派に果たされたのでしょう、その証拠に…あの安らぎに満ちた顔。きっと…本望だったのでしょう」

 

 金剛と野分が涙を流す傍ら、綾波は戦士として由良の生き様をココロから祝福した。その言葉を肯定するように、由良の顔は穏やかな寝顔のようで、今にも起き上がりそうに喜びに溢れ、静かに微笑んでいた。

 彼女の生き様は復讐という褒められたものではない、しかし…深海に堕しても己を見失わず、最後まで仲間の仇のために抗い続けた。その尊くも儚い一生を垣間見て、人知れず「救われた」モノが居た。

 

「(あぁ…ボクは馬鹿だった。深海棲艦に堕ちてしまえば理性の無い「怪物」になる、そう思い込んでいましたが…()()()()()()だったんだ。由良さんは…それでも自分を無くさず戦い続けた、ボクにも…出来るだろうか、彼女のように──美しく生き抜くことが)」

 

 涙の粒を一雫流しながら、野分は由良の生き方から「光」を見い出す術を学ぶのだった。

 死はあらゆるモノに影響を与えていく──拓人、翔鶴、野分。彼らの”心”に由良のシは確りと刻まれていった。

 

 

 故に──何人たりとも、その”旅路”を邪魔してはならない。

 

 

「由良、ごめん。僕が…もっと早くこの場に来ていたなら…っ」

 

 拓人は後悔の言葉を零すも、彼の握りこぶしに手を重ねると、翔鶴はそれを否定する。

 

「何言ってるの、貴方にここに行くよう指示したのは私よ。一人で抱え込まないで?」

「翔鶴…」

「貴方はよくやったわ。それに…辛い想いはさせたくない。由良もきっとそう願っているわ、だから…お別れしましょう、笑顔でね?」

「……うん、分かった」

 

 拓人が悲しみを背負っても立ち直る姿を見て、翔鶴は満足そうに頷きを返した。

 

 もう会えないと理解した…それでも、彼女の「想い」を確かに受け取った翔鶴、拓人たちは…口々に感謝を伝えた。

 

 

「由良…助けられなくて、ごめん。僕は君のこと…忘れない」

 

 拓人は、由良を救えなかった自身の後悔の念と、せめて彼女の勇姿を留めようとする思いを籠めて。

 

「貴女は立派だったよ…私には、それしか言えないや。ごめんね」

 

 金剛は、大往生を果たしたであろう彼女を賛美した。

 

「…希望を見させて頂きました。ありがとうございます」

 

 野分は、深海化しても尚色褪せない彼女の美しいココロに、深い謝意を表した。

 

「安らかにお眠りを…後のことはお任せ下さい」

 

 綾波は、最後まで戦い抜いた彼女に、労いと祈りを乗せて。

 

 

「由良…ごめんね? それから…ありがとう……っ!」

 

 

 最後の翔鶴の言葉には、今まで彼女を助けられなかった悔しさ、それでも精一杯生きてくれた。そんな思いが詰まっていた。

 

 ──こうして、黒霧の中の激闘は…ヒトリの艦娘のイノチを犠牲に幕を閉じた。

 

 戦いはまだ終わらない…それでも今だけは、旅立つモノに──

 

 

 

 

 

 ────感謝を込めて。

 

 

 

 

 



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涙に濡れた手は、明日を望み天高く

 ──南木鎮守府での戦いから数日。

 

 酒匂の救出から機獣討伐、果てはドラウニーアの大捕物…誰がこんな展開を予想出来ただろうか? でもそれ以上に、僕の与り知らないところで事態が2転3転していたようで、情報が錯綜している現状があった。

 先ず結果としては、酒匂の救出に成功、最後の機獣であるヒュドラも討伐した、ドラウニーアは…最後は逃してしまったけど、ヤツの目的である「穢れ玉」は破壊出来ているみたいだし──由良がやってくれたみたいだ──後は長門さんの報告待ちだ。

 

 そして──由良がシんだ。

 

 ドラウニーアとの戦いで、ヤツの逆鱗に触れたせいで心臓(艦鉱石)を貫かれて…それが砕け散ったせいで、彼女は二度と動かなくなってしまった。

 

 …僕のせいだ、あの時僕の「A・B・E」が上手く起動していれば…っ!

 

 思えば、あんな大規模な会議まで開いたというのに、敵の手の内みたいなことは、殆ど分からなかったと言って良い。ユリウスさんの責任とかでなく「ドラウニーアの不信感」による情報制限のせいだと思う、あの「A・B・E」のときの金縛りは、ドラウニーアの仕業なのか…分からない、今も、何も。

 本当に油断ならない男だ…でも、悲しんでばかりも居られない。前に進まなきゃ…由良のためにも、ね?

 

 それと…そう「野分」だ、彼女についても言及しないとね。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──デイジー島、サラトガたちの拠点。

 

 サラさんたちの掘っ建て小屋で、僕は金剛たちと一緒に野分、舞風と向き合っていた。あとは映写型通信機から「望月」とも繋がっていた。

 僕は主要メンバーを集めて、お互いに何があったのかを話し合っていた。僕の方は南木鎮守府で何が起こったかを話していた、最後の機獣ヒュドラ、ドラウニーアの野望を打ち砕いたこと、そして…由良のことも。

 

『…成る程な?』

 

 望月はそう言って辺りを見回すと、野分の姿に目を止めて何かを確認している様子だった。

 野分の額には深海棲艦の姫に見られる「角」が生えていた。最初は驚いたけど、これが野分の隠したがっていたことだと解ると、自然と納得出来ている自分が居た。

 どうやら百門要塞にてドラウニーアに何かされたようだ、はぁ…本当に余計なことしかしないな、アイツ。

 野分の様子は、角のある額を中心に白い肌が上瞼辺りまでに広がっていた、帽子で角を隠しても白い肌がギリギリ見えるレベル。もう隠し切れないでいた。

 

『おそらく黒い霧に含まれるマナの穢れで、野分の深海細胞が活発になって増殖スピードが早まったんだろうな、全く…勝手な行動してんじゃねーよ。それで完全に深海化しても、アタシは責任取れねぇぞ?』

「も、申し訳ありません…」

 

 望月に詰られて、野分も反省の様子を見せていた。

 野分は事前に天龍や望月に相談していたようで、彼女たちに舞風を加えて野分の深海化を何とかしようと動いていたようだ。その上で彼女たちと協力して、僕に自身の変化を悟られないようにしていた。僕が翔鶴のこととかドラウニーアのことで手一杯だとは理解していたので、余計な心配を掛けたくなかったそうだ。

 

「…野分が、深海棲艦か」

 

 僕がそう呟くが、野分は不安な顔をしながらもそれを黙って受け入れていた。

 

「た、タクト。それに皆…ごめんなさい、貴方たちに野分が大変なことになってる、なんて言って混乱させなくなくって…」

「舞風…ここはボクが」

 

 舞風は野分の代わりに謝罪しようとするが、野分が敢えてそれを遮り口を開いた。

 

「コマンダン、皆さん。ボクの至らなさのおかげで多大なご迷惑をお掛けしましたことを、ここに深くお詫び申し上げます。望月さん、天龍さん、それに舞風。ありがとう…こんなボクを庇ってくれて、それでも、これ以上皆さんに迷惑はかけられない。向き合ってみます…深海化したボクでも皆さんのお役に立てることがあると、導(しるべ)を頂きましたので」

 

 野分が言っている導とは、おそらく由良のことだろう。同じように深海化した彼女でも、狂気に染まることなく自らの意思を最期まで持ち続けた。

 …本当にすごい娘だった。彼女のシはあの場に居た皆に良い影響を与えたようだ、野分と…翔鶴もそのヒトリだ。彼女は僕の隣で、野分の言葉に静かに微笑んで頷きを返した。

 

「そう言ってくれると、由良もきっと喜んでいるわ。ありがとう野分…それと、これからもよろしくね」

「うふふ、これからは皆で野分を支えようね!」

「はい、もちろんです」

 

 翔鶴、金剛、綾波も深海化した彼女を受け入れたようだ。それを見た野分と舞風の暗い雰囲気が、徐々に明るくなっていく。僕も、何があっても皆を信じるって…もう決めてるんだからね?

 

「野分、これからは隠しごと無しだよ、一緒にどうするか考えていこうね?」

「はいっ! ありがとうございますコマンダン!」

「ありがとうっ、良かったね野分! 皆で考えたらきっとどうにかなるよ!」

「ありがとう舞風、皆さん…それから由良さんにも、お礼を言わせて下さい。あの人が居なければ…ボクは今でも未来を嘆いたでしょう」

 

 野分は晴れやかな笑顔で喜び、その道を間接的に示した由良に感謝していた。

 一致団結を決めた僕たちだが、ここで望月が話に割り込む。

 

『話を茶化すようで悪いが一応言及するぜ、その由良ってヤツの艦鉱石は、残念ながらもう造ることが出来ねぇ。技術的には可能だが、連合の敷いたルールに「如何なる場合でも、艦娘の建造、複製を禁ずる」とあるからだ、噂じゃイソロクの提案だそうだが?』

 

 望月の言葉に、僕はそのルールに隠された「感情」を読み解くことが出来た。アカシック・リーディングの力だね? それは──

 

「…きっと、艦娘たちを静かに眠らせてあげたかったんだ。そのルールを作った人は」

 

 僕の回答に、その場の皆は黙って頷いて肯定してくれていた。もう彼女は休ませてあげるべきだ、誰一人言葉を発さなくても、その意図は理解出来た。

 少しの沈黙の後、望月は僕に対し気まずそうに言葉を投げた。

 

『…大将、その、なんだ。アンタに黙って動いてたことは悪かった、アンタも大変だと思ってのことだってのは、解ってくれよ? アタシも天龍もボウレイ海域で色々あったからさ』

「そうなんだ?」

 

 僕の疑問の言葉に望月は説明を加えていく、何でもボウレイ海域にてレ級の襲撃にあったらしく、その時に野分の「深海化の兆し」を見せつけられたという。どうもレ級相手に大暴れしたらしい。

 

 僕は望月、野分を一瞥すると、今度は天龍の方を見やる。

 

「怪我はどう天龍?」

「あぁ、問題ない。タクト…すまなかったな? 野分のことは俺たちで解決しようと皆で話し合ったんだ、お前がドラウニーアに専念出来るようにな」

「うん、分かってるよ?」

 

 そうして他人を気遣うより、僕としては自分の体の具合を心配してほしいんだけどね、本当。

 今の天龍は病室のベッドで寝ていても不思議じゃないほど、全身に包帯を巻いていた。こんなもの軽い怪我だ、と言わんばかりに彼女は壁に背を凭れているけど。

 身体中包帯だらけの天龍は、ヒュドラとの戦いで重傷を負ったんだけど、艦娘の「打たれ強さ」の賜物かあと数日休めば戦線復帰出来るらしい…でもやっぱり無理してる感じはする。大人しく寝床で横になっててほしいんだけどなぁ?

 

「本当に大丈夫なの? ちょっとは休まないと」

「問題ない、任務遂行に支障はないだろう。ドラウニーアとの決着もすぐだろうからな、油断出来ない状況である以上俺は這ってでも戦場に行く」

「…むー!」

 

 あまりにもな頑固な物言いなので、僕はこれでもかと眉を寄せて目を吊り上げ「怒った」表情をしてみせた、天龍は矢張り慌てて言い訳を弁じた。

 

「す、すまん。お前に迷惑をかけるわけにも行かなくてだな? 俺も艦娘として戦いたいというか…;」

「…野分のことを黙ってたのも、僕を思って?」

「勿論だ!」

「じゃあ僕のこと思うなら、せめて今日一日は絶対安静ね? はいイス、これに座っててね、無理はしないの!」

「ぐ…むぅ」

 

 言われるまま天龍は、僕の持ってきた椅子にゆっくりと腰掛けると、僕に微笑みながら謝る。

 

「すまんな、タクト」

「良いよ、頑張ってくれたんだから」

 

 僕はそう言って天龍の謝罪を受け止めた。次に僕は映写型通信機に映る望月に向き直り、話を振った。

 

「望月、野分は治るんだよね?」

 

 僕の言葉に望月は、唸っているだけで否定も肯定もしない。

 

『んんん〜〜…これが難しいんだよなぁ。どうも深海細胞は一定の条件満たさねぇ限り、どんなに治療施しても元に戻っちまうんだ。その条件が分からねぇんじゃあね?』

「そうなんだ…僕の居た世界では、深海棲艦として倒して海に沈めたら、一定確率で艦娘に戻る? んだよね。ドロップって言うんだけど」

『ふむ、興味深いねぇ。どういう原理なんだい?』

「あの、その場合ってさ? 深海棲艦になった艦娘が、艦娘たちとの戦いを通して元に戻る! っていう感じじゃ?」

 

 金剛の仮説に望月は「なるほど」と大きく頷いていた、金剛…君にも解るんだね? この胸熱展開。

 

「アハハ、何となくだけどネ?」

『要するに、深海棲艦になったとしても「艦娘としての自分」を思い出せりゃ制御は可能ってか。ふむ…大将、もう少し詳しく教えてくれねぇか? 艦娘と深海棲艦の関係性を』

「ん? 良いよ」

 

 僕は皆に──あくまで僕の世界ではだけど──深海棲艦のルーツについて、知ってることを語った。箇条書きで簡潔に言うと…?

 

・深海棲艦は艦娘が沈んだ後の姿、というのが通説。

・艦娘を含めて、元はかつての大きな大戦で使われた「軍艦」。

・姫級は元艦の沈んだ状況や艦娘自身の心理が、身体の特徴に色濃く出る。

・姫含む深海棲艦を倒すと、艦娘の姿に戻る…かもしれない(戦ってもう一度沈める)。

・敵対こそしているが、深海棲艦全てが好戦的という訳ではない。

 

 …となるかな。最後のは個人的な意見に近いけど?

 

『成る程なぁ、戦う過程で自分を確立すると元に戻るか。深海棲艦は狂乱状態だとすると、精神を安定させることが重要なのかねぇ?』

「そうそう、あと「海に沈む」も大事だと思う。一旦海中に沈んで元の艦娘に変わって浮き上がるイメージ」

『ほぉほぉ、海か。確かに海中の残留思念に影響受けて深海棲艦になるなら、逆に良い感情の影響を受けるのは当然の帰結か。そうか大事なんは「精神」か…ヒヒッ、あんがとよ大将。これで研究が捗るわ!』

 

 望月は満面の「アー〇ードスマイル」で研究が進むことを喜んだ、このぐらいなら幾らでも協力するし、寧ろ久しぶりにオタク的談義が出来てこっちも嬉しいというか…ははは。

 僕がそんな風に邪な考えを持つと、不意に野分が話を持ち掛けてきた。

 

「コマンダン、深海棲艦についてもっと教えて下さい。今までは倒すべき敵として認識してきましたが…これからは理解を深めた方が良いと思いまして」

「構わないよ? どんなことが知りたい?」

 

 僕が話題を振ると、野分はさっきの話の補足を求めてきた。

 

「その…深海棲艦全てが好戦的ではない、とはどういう意味でしょうか? というのもボクは今まで深海棲艦とは「理性の無い魔物」のようなモノだと思っていた次第で。ぁあもちろん由良さんのこともありましたから、だからこそ考えを改めたいと思って」

 

 成る程…確かにそう思うのも無理はない。

 艦これという中で深海棲艦の描き方は「あの戦いにおける敵側(日本視点)」なんだよね、イベントとかでもその戦いの中で実際に起こった作戦がモチーフになっている以上、当初は敵側の艦の怨念だとか言われていたけど…近年では考えが変わってきている。

 

「僕たちの世界で起きた「あの戦い」で沈んだ艦、もしくは戦後解体された艦の「後悔」とか「絶望」とかが形になったのが「深海棲艦」という考え…つまり君たちを含めた「全ての艦が哀しみによって深海化した姿」こそ、深海棲艦だってことだよ」

「つまり…深海棲艦は艦娘の沈んだ姿であっても、必ずしも人類に対して憎悪を抱くものではない…と?」

「そう、寧ろ愛しているからこそ戦っているんじゃないかな? それはただ…「帰りたい」と願っているから、誰かに引っ張り上げてほしいから、あくまで個人の考察だけど…それが深海棲艦が戦う本当の理由だと思う」

「……そう、ですか。愛しているからこそ……ですか」

 

 野分は握りしめた右手を胸に当てると、何かを念じるように目を閉じていた。

 

「…迷いは晴れそう?」

「はい。ありがとうございますコマンダン、こちらの深海棲艦も…同じ気持ちだと良いのですが」

「本当にね?」

 

 僕たちが話していると、望月はこれからのことについて話題を上げた。

 

『とりあえずアタシも、次の増援本隊でそっちに行くことにするわ。深海ドモの研究も仕上げたいが、ドラウニーアが捕まってない以上そっちを優先した方が良いだろう?』

「おっ、漸くもっちー合流だね?」

『まっ、黒霧対策装備の開発も一通り終わったし、野分の精密な検査もしたいからな。明日にはそっちに着くと思うぜ』

「分かった、じゃあこれからの詳しい話し合いも望月が合流してからで、良いね?」

 

 僕の言葉にこの場に居合わせた皆が頷いた。

 

『んじゃ通信終了な? 野分ぃまた変なことすんなよ? お前こそ絶対安静だからな!』

「ウィ、ありがとうございます。マドモアゼルモッチー」

 

 望月との通信が終わると、玄関ドアが開いてサラさんたちがやって来た。

 

「皆さん、食事の用意が出来ましたよ。今日は魚のグリルと行きましょう!」

「おぉ! …サラさん、その魚は大丈夫なんですよね? 南木鎮守府周辺のじゃ?」

「ウフフ、いいえ。このデイジー島の湖で獲れたものです、少し食べましたけど毒もありませんでしたし、美味しいですよ♪」

「毒味したんですか、あはは…流石ですね?」

 

 僕は苦笑いしつつ、サラさんのいつもの穏やかな雰囲気にホッとしていた。

 サラさんは今は気丈に笑っているが、由良のシを聞かされた時は本当に辛そうで…大粒の涙を零してダレよりも彼女のシを悼んだ。

 だが後ろを向いていても何も始まらない、そう思い至ったのかサラさんは翌日から何事もなかったように笑顔を振りまき始め、努めて場を和ませようとしてくれていた。最初はぎこちなかったけど…それまでは場を整えようとしてくれていた由良の代わりを、自分がしないといけないと頑張ってくれているのだろう、本当に…強いヒトだな。

 

「…シスター」

 

 不意に翔鶴はサラさんに声を掛けた、サラさん(と僕)は少し心配そうな顔で翔鶴を見つめて彼女の次の言葉を待った。

 

「…食事の準備、色々あるでしょう? 私も手伝いたいんだけど」

「っ! …えぇ、ええ! 人手が足りなくて困ってました、お願いします!!」

 

 翔鶴の言葉に鮮やかに咲いた花のように、笑顔を見せるサラさん。翔鶴もどこか笑っているような…気がする。

 

「ウフフ…!」

「…ふふ」

 

 二人の仲が進展していく気配を感じる、本当に仲が良い人たちにある和やかな、柔らかな感覚。

 どんなに絆が引き裂かれたとしても、互いを思いやる心が残っていたなら…きっと、もう一度やり直せる。信じていれば…きっと。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──夜、デイジー島浜辺にて。

 

 僕は海岸から少し離れた場所で焚火を起こし、夜空を眺めていた。

 もちろん近海哨戒のためだ、ここに来てからは休憩がてらデイジー島から見る星空の景色が当たり前になりつつあった。とは言っても今哨戒しているのは僕と金剛だけど。

 必要最低限の人数だとは分かってるし、本当は三人一組の方が良いんだろうけど。天龍や野分があんな風になっていて、ココロも身体もボロボロなのに哨戒任務、だなんて僕には言えなかった。それに…色々なことがあったんだ、今は皆休むことが先決だ。じゃないと動くべきときに動けないからね?

 

「──タクト、戻ったよ」

 

 そう言って、海岸からこちらへ近づいてくる影…金剛だ。彼女は艤装を「しまう(消す)」と僕の隣に腰かけた。

 

「どうだった?」

「全然静か。つい最近まで見えてたイ級の群勢も見えなくって? 良いことなんだけど違和感があってね」

「そういうときは「静かすぎる…!」って言わないとね」

「もう、またよく分からないこと言って」

「はは、ごめん。まぁ向こうが何かしようとしているのは明らかだよね?」

「うん、とは言ってもこっちも手負いだし行くにいけない…よね?」

「だね。どの道ヤツの足取りは長門さんも探してくれているから、僕たちは動きがあるまで少し休んでおこう。休むのも戦いだよ?」

「…タクトってさ、こういう本当に大事なところでは真面目なんだよね? 普段はおちゃらけてるのに」

「酷いなぁ! 僕だってシリアスでいるタイミングは解ってるつもりさ」

「ホントぉ?」

「ホントだよ!」

 

 僕らはそう言って少し見つめ合う──と、今の「目と目を合わせている状況」に気づき、堪らず互いに顔を逸らして照れ笑い。えへへ…と二人して込み上げる恥じらいに顔を赤くした。

 

「…はぁ」

 

 僕はちょっとした息苦しさを感じて、重い溜息を吐いた。金剛は無言だが心配してこちらの様子を窺っていた。

 別に金剛に不満があるとかじゃない、先日の…由良のことを思い出すと、どうしても暗い気分になってしまうのだ。忘れようとしても…頭に浮かんでしまうから。

 

「大丈夫、ちょっと、ね?」

「…由良のこと?」

「っ、解る…よね?」

「流石にね」

 

 何を言わなくても彼女は僕の心情を理解していた。流石僕の嫁…なんて冗談言ってることもないか?

 

「…A・B・Eがね、起動しなかったんだ」

「A・B・E? タクトの特異点の能力の一つの?」

「うん、由良がドラウニーアに胸を貫かれていた時、たまたま僕が通りがかって…それで、無我夢中でA・B・Eを起動して、そしたら急に…指が動かなくなって」

 

 あの時のことを冷静に話そうと思うと、唇は自然と震えて上手く言葉に出来なくなっていく。僕の様子を金剛は静かに見守っていた。

 

「ドラウニーアの仕業なのか、それは分からないけど…でも、助けられた。きっと助けられたんだ! なのに…結局それが出来なかった」

「タクト、仕方がなかったんだよ。どの道その一瞬だけじゃA・B・Eの起動の時間もあるか怪しいし?」

「…そうかもしれない、でも…その前のヒュドラと由良が対峙した時だって、A・B・Eを発動することが出来た。その時はドラウニーアに出し抜かれないようにって、何もしなかった。あの時にA・B・Eを押せていたら、救えたかもしれない。そう思うと…胸が苦しくて」

「タクト…」

「僕は…やっぱり喪うのは怖いよ、そうならないように今まで頑張って来たのに…由良も、あの娘も、助けられなかった…僕は、肝心な時に役に立てない……最低だ…っ」

 

 僕は淀む心の全てを吐き出した。

 涙がボロボロ出始めた、悔しさで顔が歪んだ、頭もぐちゃぐちゃに掻き回されたような感覚だった。

 由良のシは僕に対して、どうしようもない過去のトラウマを呼び起こしていた。あの日「彼女」を喪った恐怖で体が震えていた、何故助けられなかったと怒りの炎が体内を焼き尽くしていた。

 奈落の底に落ちたような挫折感、本当に僕は皆を、世界を救えるのか…不安だった。

 

「…馬鹿」

 

 金剛はそんな情けない僕を見て、一筋の涙を流すと…そっと僕を抱き寄せた。

 

「金剛…?」

「言ったでしょ、苦しいときは頼ってって? こうやって抱きしめてあげるぐらいしか、私には出来ないけどね」

「ごめん、心配掛けて」

「何言ってるの。貴方はあの黒霧の中、あの目紛しく事態が変わっていく戦場を、最小限の犠牲で生き抜いた。本当にすごいことなんだから」

「でも…っ」

 

 僕の反論しようとする口を、人差し指でそっと押さえる金剛。静かになった空間で、彼女は持論を展開した。

 

「人間はね、いつかは死んでしまうの。それは悲しいことだけど…私は人がある日突然「その日」を迎えたとしても、その人がそれまでの人生に悔いがないように生きていることが出来ていたら…それで良いと思うんだ」

「っ、金剛…っ!」

「あの場にずっと居なかった私でも解る、由良は…精一杯生き抜くことが出来たんだって。後悔はなかったって…だから、これで良かったんだよ。きっとね?」

 

 金剛はそう言って、また僕を優しく抱き締めた。子供を慰める母のように…愛を語り合う恋人のように。

 

「…助けたかった、だけなんだ。僕は……僕のエゴでも良い、ただ消えてほしくなかっただけなんだって…だから……っ」

「そうだよね、きっとそれが普通の考えだよ。だから…今は、今だけは…泣いてもいいんだよ?」

 

 金剛は潤い滲む声で、身体を悲しみに打ち震わせながら、僕の悲しみに協調した慈愛を見せた。

 そんな金剛の雰囲気につられ、僕の中で悲しみを中心に負の感情が爆発した。

 

「…っ、ぅう………くっ……っ!!」

 

 まるでダムから溜まった水が流れ出すように、ぽろぽろと涙が溢れては零れ落ちた。

 自分の中にある淀みを全て吐き出そうとする僕に、金剛は黙って背中を摩りながら、抱き締める腕に力を込めた。

 

「大丈夫、次はきっと上手くいく。だから…泣いてスッキリして、また頑張ろう? 今度こそ…守れるように!」

「……うん」

 

 二人して抱き合いながら悲しみを出し尽くすその光景は、誰にも訪れるであろう「喪失」の時。明日からまた前を向いて歩けるようにと願う…心の整理の時間だった。

 僕らはそれを踏まえて、由良を喪った哀しみを癒していく…。

 

「──……タクト」

 

 その後方で、様子を伺う「銀色長髪」の人物がいることを、知らずに。




○A・B・E(アンチ・バタフライ・エフェクト)

 A・B・Eについて理解が追いつかない諸君も多いだろうと思い、今更ながらだが説明させてもらうよ?
 運命の分岐点…そこから流れが大きく変わる場面にA・B・Eを使用すると、分岐点より少し前の時間に巻き戻る。そこで先程とは違う行動を取ると、変える前とは大きく違う展開、未来になる。
 分岐点から大分過去にもましてや未来にも行けない、その代わり強力な「現在改変能力」を有している。自身の願うままの世界に出来る、特異点の権能を賭けるだけあって、正に神にも等しい能力だ。
 …が「死という絶対の運命には逆らうことは出来ない」んだ、拓人君はアカシック・リーディングでそれを知り得たから、何も出来なかったのだろうね? 可愛そうだがこれも絶対の制約だからな。
 それにしても…一体誰が拓人君を止められたのだろうか? 勘のいい諸君は気づけたかな、因みに「私ではない」よ。念のためね…フフ。


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過去を振り払い、鶴よ翔び立て

 テイ○ズシリーズ最新作、発売しますね?
 作者もシン○ォニアを始め、多くのシリーズ作品をプレイしました。懐かしいですね…やっぱり「ア○ス」が最高です、続編まだですか? 何十年経っても待ってまぁす。
 因みに艦これすとーりーずでは、小ネタとしてRPGゲーム(作者経験済み)のネタや要素を盛り込んでいます。野分のネタとかね? このお話の何処かにもありますので、楽しんで下さい。(絶対解ると思う)


 ──少し遡り、デイジー島浜辺。

 

 翔鶴は拓人たちとは反対方向の浜辺にて、プリンツと向き合って話をしていた。由良の遺言を果たすために、彼女たちが南木鎮守府で見たものを伝えていた。

 プリンツは翔鶴の話を黙って聞いていたが、やがて…深い溜息を吐くと、重い口を開けた。

 

「…やっぱり、かぁ。薄々は気づいてたんだよね…提督がもう居ないことも、由良がどうにかなってるんじゃないかってことも」

「ごめんなさいプリンツ、シスターから貴女や酒匂が詳しい話を聞かされていないことは聞いているわ。でも…もう隠しても仕方ないと思って、シスターから貴女たちに真実を伝えることは了承してもらってるわ」

「あはは、ごめんね迷惑かけて。私もさ…あの時のこと、怖いと思ってて。シスターの大丈夫って言葉に甘えてた、提督たちはまだ何処かで生きてるんだって…気づかないフリしてた」

「プリンツ…」

「翔鶴、私のことは良いけど酒匂は? 酒匂にも話したんでしょ?」

 

 プリンツは自分のことより酒匂の心配をしていた、そんな彼女に翔鶴は、微笑んで杞憂であることを示した。

 

「心配要らないわ。酒匂はさっき話してたんだけど──」

 

 

『──ぴゃ、提督と由良ちゃんが居ないのは悲しいけど…でも、泣いてばかり居たら、由良ちゃんが心配しちゃうよね!』

 

 

「…ちゃんと受け入れていたわ。由良のこともあって、あの娘なりに強くなってるみたいね」

「そっかぁ、良かった! 酒匂が受け入れたなら、私だけ文句を言うことは出来ないね!」

「ウフフ、そう言ってもらえてこっちも気が楽になったわ」

 

 二人して笑い合っていると、不意にプリンツは顔を暗くしてそのまま頭を下げた。

 

「翔鶴…ごめんなさい、貴女があの時私たち以上に傷ついていたことは解ってた。でも、私は貴女に…怒りを剥き出しにしてる貴女に、どう声をかけていいか分からなくて…本当に、ごめんなさい」

 

 頭を下げた体勢から、更に背を曲げ深く謝罪をするプリンツ。翔鶴は彼女の大きな罪の意識を感じ取り、それを受けて発言した。

 

「悪いのは私よ、貴女たちのことを何も考えずに暴言を吐いて、恥知らずだったわ。私こそ本当…本当にごめんなさい!」

 

 翔鶴もまた、プリンツと同じように深く頭を下げて謝罪した。

 全てを喪ったあの日、彼女たちの運命を狂わせたあの夜の出来事。翔鶴は周りに疑心暗鬼をぶつけ、サラトガはそれを強い言葉で詰った。

 あの時引き裂かれた絆は、最早修復は出来ないほどの深い溝となった。それでも…互いを理解し合えたとき、ヒトは再び手を取り合えるのだろうか? 彼女たちは…それを試そうと藻搔いていた。

 

「…ふぅ!」

「フフ…!」

 

 同時に頭を大きく上げる、お互いの顔を覗き込む翔鶴とプリンツ。その顔は…迷いの晴れた爽やかな笑顔だった。

 

「ありがとうプリンツ、これで私も前に進めそうよ」

「うん! …翔鶴、シスターのこと許してくれた?」

 

 プリンツはそう問うと再び影を見せる表情となる、対して翔鶴は…不安を隠せてはいないが、それでも薄らと笑みを浮かべる。

 

「まだ分からないかな? それでもこれから向き合っていこうとは思ってるから」

「っ! …そっか。それだけ聞けて良かった、これからもよろしくね!」

「えぇ。こちらこそ宜しくね?」

 

 そう言って、翔鶴はキリの良いところで話を終えると、プリンツに別れを告げて浜辺を歩き出した。別れ際にプリンツと互いに手を振り合うと、二人とも朗らかに笑っていた。

 

「さて、これからどうしましょう?」

 

 浜辺を少し散歩しながら、翔鶴は次の行動を考える。もう寝ようか…そんなことも思い浮かぶが、直ぐに別の気持ちが表れる。

 

「…フフッ、そうね。タクトのところに行ってみましょう」

 

 翔鶴は浜辺から繋がる森の中を歩き始め、拓人の居るであろう反対側を目指した。

 この海域に来てから、拓人は翔鶴に寄り添い彼女のココロの支えとなった。翔鶴はそんな拓人に惹かれて好意を抱き、それは苦楽を共にする内により強い感情となった。

 

 

 過去を振り返ったあの時も。

 

 南木鎮守府の真実を知ったあの時も。

 

 酒匂が居なくなり、周りが大慌てになったあの時も。

 

 そして──由良がシんだあの時も。

 

 

「…タクト!」

 

 拓人を想い、思わず駆け出す翔鶴。

 彼には感謝している、自分がここまで立ち直れたのは、間違いなく彼のおかげ。彼が居なければ自分は今も過去と向き合うことが出来なかった、そう思うだけで胸は高鳴りココロが踊る。

 怒りも、憎しみも、悲しみさえも拓人は受け止めてくれた。そんな彼の力になりたい──大切な仲間のシの悲しみを押し流すほどの「恋」に、翔鶴は溺れていた。

 

「タクト…一緒に世界を救いましょう、その暁の先に…私は、私は貴方に!」

 

 世界を賭けた戦いの最中、こんな気持ちを抱くのはそれこそ恥知らずかもしれない。過去に恋ゴコロを持ったかつての提督に、顔向けできないことかもしれない。それでも──自分の素直な気持ちを抑えることは出来なかった。

 

 

 ──その時、翔鶴の耳に届いた「涙を流す声」が、彼女を現実に引き戻した。

 

 

「…っ、ぅう………くっ……っ!!」

 

「…っ!」

 

 足を止め、木の陰に身を隠して浜辺の様子を窺う。そこには──人目も憚らず咽び泣く拓人、そしてそれを優しく抱き愛撫する金剛の姿が。

 

「大丈夫、次はきっと上手くいく。だから…泣いてスッキリして、また頑張ろう? 今度こそ…守れるように!」

「……うん」

 

 夜を柔らかく照らす焚火の炎、その光は二人の愛に溢れた姿をハッキリと映し出した。

 

「……タクト」

 

 そんな二人を、翔鶴は暗がりの木の後ろから顔を少し出しては見ているだけで、声も掛けられないでいた。

 拓人はただの人間でありながら最前線で戦い続けた、弱音を吐くとこもあったがそれでも立ち上がり続けた。最近では少しの出来事では折れることはない精神力も見せていただけに、自分も含めて周りはそれに甘え続けた。

 辛くない筈はないのだ…つい先日まで激戦の中で「死」に直面したばかりだったはずなのに、だ。

 拓人の深い悲しみを、金剛は受け止めていた。それは彼にとって金剛こそが「自分の全てを曝け出せる人物」である証左だった。それを理解した瞬間──翔鶴は己の浅はかな考えを重く受け止め、後悔した。

 

「(馬鹿だ、私。勝手に彼の全部を知った気になってた。今までだって自分自身の考えの浅さのせいで、いっぱい後悔を作ったというのに、また…繰り返しそうになった)」

 

 思えば、南木提督の想いに気づかずに”勝手に”裏切られたと勘違いした。信じられたはずなのに、自分の激情に流されて判断してしまった。

 今までの自分を思い返すほど、その思慮の浅さが浮き上がる。それを考え至る度自身に苛立ちを覚える。

 

「…っ」

 

 翔鶴は木の皮に爪を立てて歯を食い縛る、これまでの夢見がちだった自分を根本から変えたい。そう思うと怒りの炎が身体を焦がし尽くした。

 そうして翔鶴が悔しさを見せていると、体勢を少しだけ動かした拍子に、砂を掻く音を立ててしまう。

 

「っ! …誰?」

 

 金剛はこちらに向かって怪訝な顔を向けている、影になって姿が見えていないのだろう。

 

「…お邪魔だったかしら?」

 

 翔鶴は息を整えて怒りを一旦抑えると、拓人と金剛の前に姿を現した。翔鶴を見た二人は驚きの顔を見せるとすぐに抱き合った身体を離した。

 

「翔鶴、どうしたの?」

 

 拓人は和やかな笑顔を翔鶴に向ける。この笑みに何度も救われた…そう思うと、また甘えそうになる自分が居た。

 

「──拓人、お願いがあるの」

「えっ…?」

 

 そんな甘い自分を律すると、翔鶴は拓人にとある提案を持ち掛けた──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕は今、翔鶴の銀色の長髪を左手で握り右手に腕輪で変形した剣を掲げていた。

 艶やかな銀色の髪、焚火に照らされて綺麗な輝きさえ放つそれを「バッサリ切り落とそう」としていた。

 これは翔鶴自身の言い出したことだった、金剛も見守る中翔鶴は砂浜で正座をしてその時を待っていた。

 

「…本当に、良いの?」

 

 僕の問いかけに、翔鶴は深く頷いた。

 

「えぇ、私の気持ちを整理したくて。気休めでしかないけど、やらないよりマシでしょう?」

「そ、そう? じゃあ…行くよ!」

「ええ」

 

 翔鶴の比較的冷静な声色を聞いて、僕は──

 

 

 ──ジャキッ!

 

 

 翔鶴の長髪を、後ろから首が見えるくらいの位置から切り取った。

 

「……ふぅ、終わったよ」

 

 そう言って僕は翔鶴に切った銀の髪を見せた。翔鶴は…少し苦い顔をしてため息を吐く。

 

「ま、不味かったかな…?」

「ううん、これで良いのよ。…ちょっと貸して?」

 

 翔鶴は僕から自身の銀髪を受け取ると、海岸に近づき──海に向かってそれを手放す、銀髪はふわりと風に乗って海の彼方へと飛んで行った。

 

「──さよなら、今までの私」

 

 そう呟いたように聞こえた翔鶴がこちらに振り向く──その顔は、もう迷いはないと言わんばかりに晴れやかな笑顔だった。

 僕らの方に近づく彼女の姿は、自慢の銀色長髪が「短髪」になったものだが、今までの彼女のイメージにピッタリな髪型だった。

 

「…似合ってるよ、翔鶴」

「っ! …もう、そういうこと言わないでよ」

「え、酷いこと言ったかな?」

「…ううん、嬉しい。ありがとう…タクト。これからもよろしくね?」

「もちろん!」

「…うふふ」

 

 僕と翔鶴が笑いあっている姿に、金剛もまた満足そうに笑顔を向けているのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 翌日。皆でデイジー島浜辺にて、鎮守府連合から来る増援本隊を待っていた。

 

「む、翔鶴。髪を切ったのか?」

「ええ、どうかしら。少しは落ち着いて見える?」

「ふ、そうだな」

 

 天龍と翔鶴の短い会話が聞こえる、彼女の迷いが少しでも断ち切れていたらいいけど?

 そんな時、水平線から小さな影が幾つか見え始める。次第に影が大きくなり、輪郭を帯び色が見え、人の形となった。

 いや…あれは? 艦娘であろう少女たちの真ん中、彼女たちが輪形陣を組んで警護しているのは…船? 何十人は入れるような大きな船だった。

 

「…ああ、そうだった」

 

 他の娘が疑問を浮かべている中、僕は一人納得していた。おそらくあの中に──

 まぁ先ずは船周りの艦娘たちだ、望月はもちろん居るけど、あとは──

 

「タクトぉ〜!」

「やっほー!」

「タクトさん!」

 

 選ばれし艦娘の加古、長良。そしてトモシビ海域で出会った「鳥海」さん、あとは彼女の部下の吹雪、五月雨、漣が居た。

 

「皆! 来てくれたんだ!!」

 

 僕は両手を広げて、決戦に駆けつけた皆を歓迎した。

 船が接岸すると、艦娘たちも浜辺に足をつけた。加古はこのメンバーである理由を説明した。

 

「あぁ、だが加賀と時雨はもしもの時のために、連合本部警護だとよ。加賀が「駆けつけられなくて申し訳ない」っつってたぜ?」

「そっか、でも十分だよ。ありがとう…鳥海さんも」

「はいっ、この場に駆けつけられたことを光栄に思います!」

 

 鳥海さんは朗らかにこの場に来れたことを喜んだ。これでこの場に居る艦娘は僕の艦隊を含めて「20隻」ぐらいか、ドラウニーアの手勢がどれだけ多いか分からないけど、今はこれで十分すぎるぐらいだ。

 皆と色々話したいとこだけど、僕は用事があるからと短く挨拶を済ませて、彼女たちと別れた。

 そうこうしている内に、船から梯子がかけられて、中から数人の人が降りて来た。その中に僕たちとは顔見知りの二人が居た。

 

「──タクトー!」

 

 声を張り上げ右手を大きく振る、フリルエプロンを着た少女──マユミちゃんだ。隣にはユリウスさんも居る。

 二人が駆けつけてくれたことは素直に嬉しいけど、この場合はどうなんだろう? ドラウニーアがまだ捕まってない以上二人の身にも危険が及ぶ可能性が…考え過ぎかな? その辺どう思うかそれとなく聞いてみる。

 

「マユミちゃん! 来てくれて嬉しいけど、大丈夫なの? ドラウニーアは」

「大丈〜夫! 私逃げ足は早い方だから、それにタクトたちが頑張っているのに、私だけ何もしないわけにはいかないよ。カイトさんにも無理言って来させてもらったんだ、自分の身は自分で守るって条件付きでね!」

「あはは…そっか。君らしいね? ありがとうマユミちゃん、それにユリウスさんまで。ありがとうございます、でも…よろしかったんですか?」

 

 僕は今度はユリウスさんに向かい問いかける、最前線まで来たことに不満はないかと。するとユリウスさんは静かに微笑んで頷いた。

 

「あぁ、ドラウを更に追い詰めたと聞いたが、ヤツが何をしてくるか分からない以上私がこの場に居た方が役立つかと思ってな? それに対黒霧装備…「灼光弾改」のメンテナンスも万全にしておきたい」

「ユリウスさんは役割があっていいなぁ、私はただの炊飯係だし」

 

 ユリウスさんの話を聞いて、マユミちゃんは何処か自信無さげに不安を零していた。

 

「そう? 僕はマユミちゃんが居てくれるだけで心強いけどなぁ。こう…身が引き締まるというか」

「……それ、私が鬼教官みたいって聞こえるんだけど#」

「あっ、これはね? ちょっとしたジョークというか;」

 

 僕とマユミちゃんがそんなやり取りをしていると、ユリウスさんは豪快な笑いをする。

 

「ハッハッハ! マユミ君はそのまま出来ることを考えて行動すれば良い。戦争とは何も矢面に立つのが全てではないからな、それに…食事を作るというのは、戦場において最も重要な事柄だ。何といったか…?」

 

 ユリウスさんが言い終わる前に、僕とマユミちゃんは同時に「頭に思い浮かんだ言葉」を口にした。

 

 

「「──"腹が減っては戦は出来ぬ"!」」

 

 

「そうとも! 一人ひとりが出来ることをする、それだけで物事は手早く進展する。それは何も戦場に限った話ではない、君はきみのまま…君の役割を果たせば良いんじゃないかな?」

 

 ユリウスさんはマユミちゃんに向け静かに笑みを浮かべる、マユミちゃんも答えを得て安堵の言葉を述べた。

 

「そっかぁ、良かった。ありがとうユリウスさん、やっぱり大人の男性は頼りになるね!」

「おいおい、甘え過ぎも程々にしてくれ給えよ? 子供とはいえ戦場に居る以上、君だけ待遇を良くするわけにはいかないからな」

「ふふん、心配ご無用! マーミヤンで鍛えた指揮力は伊達じゃないよ、お昼のラッシュだって馬鹿にならないんだから!」

 

 マユミちゃんの言いたいことは、マーミヤンで見た「お昼の行列」を捌く場面だろう。早霜や舞風をテキパキと支持して動かしてたアレ、確かにあそこも戦場だよな…。

 

「頼もしい限りだ、料理も期待してて良いかな?」

「もっちろん! 伊良湖ちゃんほどじゃないけど私も…」

 

 僕らがそうして話を広げていると、横から望月が近づいて来た。

 

「よぉ大将、久しぶりだな?」

「あ、望月。どうしたの?」

「あぁ、どうしてもアンタに挨拶しときたいってオッサンが居るんでね、相手しといてくれ。大将が呼んだんだろ?」

「っあ、そうだった! 翔鶴呼びに行かないと」

「タクト君、忙しいようなら私たちは一先ず下がらせてもらうよ?」

「すみません、後でまた情報共有しましょう。…じゃあねマユミちゃん!」

「うん、頑張ってねタクト!」

 

 そう言ってマユミちゃんとユリウスさんは、その場を去って行った。

 僕も彼らに背を向けて歩き出すと、翔鶴に声を掛けた──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕たちは船の着岸地点から少し離れ、静かな浜辺である人物と向き合っていた。

 僕と、隣には翔鶴。そして向かい合って──かつて南木鎮守府で指揮官の一人を務めた「ナベシマさん」が居た。

 

「…貴殿がタクト殿ですな、お噂は予々(かねがね)聞いております。私が鎮守府本部勤務、元南木鎮守府指揮官のナベシマです。此度は指名をいただき、誠に有難う御座います」

 

 仰々しい物言いの後、ゆっくりと深いお辞儀をするナベシマさん。彼こそ翔鶴が全てを喪った「南木鎮守府崩壊事件」の生き残りの一人である。

 翔鶴は──彼の姿に緊張を隠せない様子だった、ナベシマさんもまた翔鶴を一瞥すると、顔を強張らせ俯いていた。僕は雰囲気を和らげるべく話を振った。

 

「そんなに固くならないで下さい、僕はただの若輩ですので」

「いえいえ、貴殿はハジマリ海域から始まりトモシビ、ボウレイ海域と、海域ごとに展開した様々な作戦を完遂させ、鎮守府連合幹部にまで昇り詰めた御方。連合に籍を置く者で、今や貴方を知らぬモノは居りませぬ」

 

 そんな風に思われてたんだ、確かに随分長い間戦い続けたものなぁ。あくまで感覚の話だけど?

 僕は話もそこそこに、早速本題を切り出す。

 

「ナベシマさん、ここまでご足労下さりありがとうございます。貴方にここに来てもらったのは、協力してほしいことがあるからです」

「ははっ、私なぞで良ければ何なりとお申し付けを」

 

 ナベシマさんは礼の姿勢をとって僕への助力を承諾してくれた。何にせよ向こうも乗り気みたいだから、僕はその内容を語る。とはいえ──すごく単純なことなんだ。

 

「ナベシマさん、貴方は南木鎮守府崩壊のあの時、翔鶴に怒りをぶつけられたはず。どうか…そのことを許してあげてほしいんです、それがドラウニーアを追い詰める切り札を作ることに繋がるはずなんです」

「っ! タクト…」

「どういう意味ですかな?」

 

 僕は怪訝な顔を向けるナベシマさんに対し、事の次第を説明する。

 翔鶴が今よりも強くなれること、それを行うためには南木鎮守府の過去を明らかにする必要があることを語る。僕が簡潔に事態を話し終えると──ナベシマさんは「驚き半分、嬉しさ半分」の表情を見せた。

 

「そうですか、翔鶴君が! なるほど…俄かには信じられませんが、彼女の潜在能力が高いことには、驚きはしませんよ」

「え…?」

 

 ナベシマさんの言葉に翔鶴は目を丸くしていたが、僕は構わず話を続けた。

 

「増援本隊が来る前、僕らは偶然にもドラウニーアの持つ主力級と対峙し、それを撃破しました。ですが…アイツは今もこの海域の何処かに逃げ果せているはず、僕はこの好機を逃したくない。何よりも翔鶴のために、彼女に過去を乗り越えていく強さを身につける必要があると思います」

「タクト…!」

「ナベシマさん、過去に彼女の知らない何かがあれば教えて下さい。そして願わくば…どうか、彼女のことを許してあげて下さい! お願いします!!」

 

 僕はその場で勢いよく一礼する、深々と背を曲げて頭を下げた…誠意が込もっていればいいと、少しだけ不安を感じながら。

 

 ──だが、彼から返ってきた言葉はこちらの予想を「良い意味で」裏切るものだった。

 

「お待ち下さいタクト殿、貴方が頭を下げる必要はありません。寧ろ…大罪は私にこそあります」

「っ、それはどういう…?」

 

 彼の不意を突く言葉に僕が頭を上げると、ナベシマさんは身体を震わせ、自分の四肢を砂浜につけ始める。それは──土下座の体勢だった。

 

「翔鶴君、すまなかった! 私は君に…強くなってほしかっただけなんだっ!!」

 

 そう謝罪するや否や、ナベシマさんは頭を砂に押しつけて謝罪の言葉を述べ、そうなってしまった経緯を説明し始める。

 

「あの時、私は君の能力に気づいていた。エルフの因子を組み込んだ君は、鍛えれば必ず艦隊の主力になれると。だが君は…それまで大した任務もやって来なかった、私はこれではいけないと君に難癖をつけ、より高い難易度の任務を請け負うよう流れを作ろうとした。結果的に…瑞鶴君のおかげで、私が思った以上に君は強くなってくれた。それが私には何よりも誇らしかった」

「ナベシマさん…」

「だが…同時に君たちが私をどれだけ憎んでいるのかも知っていた。それでも私は憎まれ役になったとしても、艦隊や南木鎮守府のためと思い、私の本心を悟られまいと振る舞った。……馬鹿だったよ、おかげで君の妹分を、むざむざ沈みに行かせたようなものだ!」

 

 砂に額を擦りつけていたナベシマさんが顔を上げると、その顔はくしゃくしゃに丸められた紙のように歪み、悲しみを湛えた涙が顔全体を濡らしていた。

 

「本当にすまなかった、あの時私が意固地を張らずに瑞鶴君の話を聞いていれば、こんなことにはならなかった! 瑞鶴君を沈めてしまったのは私の責任だ。許してくれとは言えない、だが頼む…君が望むのというなら、どうか私を殺してくれ!!

 

 悔恨の言葉を述べ終えると、ナベシマさんは土下座したまま下をむいて、砂の上に涙を零していた。

 彼もまた翔鶴と同じで後悔を抱えていた、真面目で厳しい面もあるが見えない愛情があった、ただ”価値観が違った”だけですれ違いが起きてしまっただけ。彼は体裁を守ることを第一としたあまり、艦娘たちと解り合おうとしなかった。…たったそれだけの話だった。

 彼が翔鶴たちを虐め抜いたのは事実だし、今更殺してくれとは勝手すぎると思う人もいるだろうか。でも…彼はだからこそ、翔鶴に復讐されるその日まで、自身の罪を償おうとしていたのではないだろうか?

 カイトさんと通信でやり取りしていた時に聞いたんだけど、ナベシマさんは南木鎮守府崩壊後は鎮守府連合本部で、鎮守府崩壊により骨組みがバラバラになった連合を立て直そうと、身を粉にして働いたと聞いている。彼の根回しのおかげで鎮守府が無くなった海域に艦娘を全配置出来た、と語っていた。

 カイトさんはナベシマさんを「自他ともに厳しいが、とても良識のある人物」と評していた、あのカイトさんが認めているのだ、本当に見栄えを気にしすぎているだけで、根は良い人なのだろう。僕としても思うところが無いわけではない、だが…目の前の後悔に泣く人を見ていると、そう思える自分が居た。

 

「…そう、だったんですね」

 

 翔鶴は激しく涙を噴き出している彼とは対照的に、柔らかな笑みを静かに浮かべる。ゆっくりとナベシマさんに近づき膝を曲げて屈むと、諭すように言葉を掛けた。

 

「ナベシマさん、瑞鶴は貴方と少しだけ本音を語り合ったあの日、私に貴方が「自分の日常に必要な人だ」…って言ってたんですよ?」

「っ! 瑞鶴君が…!?」

 

 ナベシマさんは顔を上げて驚きを見せると、翔鶴はにこやかに首を縦に振った。

 

「ええ、瑞鶴は貴方を認めていました。だからこそ彼女は…自分の全てを守るために、死地に出向いたんだと思います。例え貴方が止めたとしても、彼女は戦いに行った。だから貴方が責任を感じることは、何もないと思います」

「だが…私は君たちに酷い仕打ちを」

「そうかもしれませんね、なら…これからやり直しましょう。あの時瑞鶴に少しだけ本当の貴方を見せたように、私にも本音をぶつけて下さい。今の私なら…きっと受け止めて見せます」

 

 翔鶴の銀色の短髪が、海風に揺れてふわりと掻き上がる。薄っすらと口角を伸ばした眩しい笑顔に、ナベシマさんは再び涙を流して、翔鶴に詫びた。

 

「すまない…本当に、済まなかった…っ」

「ナベシマさん…()()()()()()()()?」

「…ぁあ……そう、だったな…?」

 

 翔鶴の赦しを含んだ言葉に、ナベシマさんは泣き顔に無理やり笑いの表情を作る。言ってしまえばすごく不細工だが、非常に清々しい顔をしていた。

 

「良かったね、翔鶴」

 

 僕がそう呟くと、翔鶴は徐に立ち上がり僕の方へ歩み寄る。

 

「タクト、本当にありがとう。あのナベシマさんと打ち解けることが出来るなんて、夢にも思わなかった」

「い、いや。僕は自分に出来ることを──」

 

 僕が翔鶴からのお礼の言葉に謙遜を見せると、彼女は──

 

 

 

 ──チュッ

 

 

 

「…っ!?」

 

 不意打ちと言わんばかりに、僕の顔に彼女の唇を近づけ──頬に接吻(キス)をしてきた。

 一瞬何が起こったか分からない僕は、目を丸くして固まってしまっていた。戸惑う僕を見て悪戯な笑みを浮かべる彼女を見て、僕は正気を取り戻して驚きを口にした。

 

「しょ、翔鶴! 何を…っ!?」

「ウフフ、タクト…今の貴方顔が真っ赤で可愛いわよ?」

「ちょっ!? 童貞の心を弄ばないでよ!!」

「フフッ、またワケ分からないこと言ってる…♪」

 

 僕らのまるでいちゃつく恋人同士の会話に、ナベシマさんも口を開けて呆然としていた。そりゃあそうなるよ、誰でも。

 

 ──そんな僕らに、後ろから声を掛けてくる人物が居た。

 

「──私からも礼を言わせてほしい、タクト君。君は翔鶴の深い傷を、数日間の間に癒して見せた。本当に…感謝するぞ」

 

「…っ! 長門さん!」

 

 それは、長い黒髪に黒のロングコート、頭のヘッドギアを着けた、威風堂々とした選ばれし艦娘「長門」さんだった…。



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長門の証言──裏切りのウラ側で

 長門さんが僕らの前に現れた…ということは、ドラウニーアの所在が分かったということ。そう思い僕が声を掛けようとした矢先、ナベシマさんが長門さんを見て驚いて声を上げた。

 

「あ、貴女は長門殿!? まさか…生きておられたのか!」

「お久しぶりです、ナベシマ指揮官。貴方の愛情が翔鶴に伝わったようで…本当に良かった」

 

 あぁそっか、改二のこと知らないと「幽霊が出た」みたいに思うよねそりゃ、黒い霧の中で生き抜いていたなんて思うわけないし。というか…?

 

「長門さんはナベシマさんのことを知っていたんですか?」

 

 僕の素朴な疑問に、長門さんは頷いて肯定した。

 

「うむ、実は南木提督を含めた私たち三人でドラウニーアの足取りを追いかけていたのだ」

「そうだったんですね…!」

「私も長門殿はてっきり南木鎮守府の深海棲艦を倒した後、黒い霧に呑まれてしまったと考えたが…生きておられたか。連合でも貴女が生きていると考える者は誰一人として居なかった、これは…奇跡ですぞ!」

 

 ナベシマさんが現実を噛み締めて喜びの表情を見せると、長門さんも静かに微笑みを返していた。

 

「長門さん、ドラウニーアは?」

 

 感動の再会、という状況じゃないよね? 僕は改めて長門さんに質問をする。

 

「案ずるな、ヤツは現在シルシウム島に避難しているようだ。深海棲艦が島の周りに配置されている故迂闊には近づけんが、我々の眼が黒い内はヤツに逃げ出す隙は与えん」

「そっか、良かった」

「シルシウム島…長門、確かあそこは」

 

 翔鶴の問いかけに長門さんも黙って頷いて肯定した。

 

「君たちが見たあの巨大機械設備は、我らの目を盗んでドラウニーアが設置したものだ。シルシウム島を含めて計四島に建てられたそれは、南木鎮守府の周りを囲うように配置されている」

「改めて考えるとあの機械…一体何のために造られたの?」

 

 長門さんと翔鶴が疑問を呈していると、僕の頭の中で「答え」が浮かび上がる。

 

「──多分、望月の言っていた「穢れ玉」を使って世界を滅ぼすのと関係があるんじゃ?」

 

「…っ! そうか…確かにさっきの話し合いの中で「穢れ玉のエネルギーを南木鎮守府のゼロ号砲に浴びせる」って言ってたわね、それで威力を底上げするとか…?」

「成る程…つまり四島の機械は威力増幅のためのエネルギー射出装置であったか」

「おそらくそうでしょう、でも望月が言うには「穢れ玉が四つ揃わないと世界を滅ぼす力にはならない」って言ってました。本当に…由良には感謝してもしきれませんよ、こうしてアイツの野望が阻止出来たのは…彼女のおかげです」

 

 僕たちが故人を懐かしむ憂いを帯びると、長門さんは気を引き締めるよう注意して来た。

 

「油断は出来んがな、ドラウニーアは最後のさいごで盤上を覆す。君も知っているだろう…ヤツの得体の知れない「運を引き寄せる能力」を、だからこそ最大限の警戒を以って望むべきだ」

「そうですね…すみません」

 

 僕は自分の軽率な言動を謝るも、長門さんは然程気にしていない様子で話を切り替える。

 

「タクト君、ドラウニーアを追う中でカイトに連絡を取ったのだが、君たちは南木鎮守府の過去を暴こうとしているのか?」

「あ、はいっ。翔鶴の改二改装に必要なことで」

「成る程…ならば私の経緯(いきさつ)も語るとしよう、もう隠すこともないだろうし、約束だからな」

「お願い出来ますか?」

「承知した、では場所を変えよう。連合の増援部隊が野営地を築いていると聞いた、話はそこでしよう。ついでにドラウニーアの潜伏場所を見張るよう指示する、それで良いか…翔鶴?」

 

 長門さんが話を振ると、翔鶴は長門さんを真っ直ぐ見つめて頷いた。

 

「えぇ、お願い長門。私はもう…過去から目を背けたくないの」

 

 翔鶴の覚悟を垣間見た長門さんは、片側の口角を上げて笑う。

 

「強靭な精神を手に入れたか、安心した…あの時の君には、本当に済まないことをしたからな」

「おかげさまでね、でも…もう心配要らないわ。行きましょう?」

「あぁ…」

 

 こうして僕らは、長門さんと一緒に野営地へと向かった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 浜辺からすぐに入った森の中、サラさんたちの掘立て小屋の隣に大きなテントを張っている人たちが見える。どうやら連合から派遣された人員みたいだ、僕らは今しがた出来たというテントの中へ案内される。

 テントの中は広々としていて明かりも「ライトスタンド」のおかげで暗くなかった。ライトは主に中央の大きな机の上を照らしていたけど、これってテレビでよく見る「簡易作戦会議室」かなぁ? ドラマとかの武将たちが囲んで話し合いするヤツ。

 

「この場はドラウニーアをどうするか話し合う会合場となる予定と聞く、何度も出入りすることになるだろう、慣れておいた方が良い」

「分かりました」

 

 僕は辺りを見回していると、自然と中にいる皆と目が合う。翔鶴、長門さん、ナベシマさん。それと…サラトガさん。

 

「いよいよ話されるのですね、長門。貴女が何故この場に居るのか」

「あぁ…」

「サラさんと長門さんは、どういうご関係で?」

 

 僕としてはどうしても「クロスロード」という言葉が出てしまうが、本人たちとしてはどうなのか、何となく聞いたが…大した理由ということでもないようだ。

 

「昔同じ部隊で働いていて、その時はよくバディを組んでいたんです」

「えっ、そうなんですか!?」

「うむ、昔は選ばれし艦娘それぞれが率いる部隊があってな。海魔大戦終結から結成して以降、英雄の象徴として持て囃されたが、部隊だと有事の際に素早く動けないとして解体され、現在の単独から少人数の部隊になったのだ」

 

 長門さんの説明だけど、選ばれし艦娘単体の方が良いって…なんだかんだ親しくさせてもらってるけど、やっぱり皆規格外なんだなって。

 

「その部隊が解体されて間もなく、私は異能部隊に転換が決まったのです。だから…あの時貴女が現れたときは、本当にビックリしたんですよ?」

「済まない、訳は今話す故許してほしい」

「もう、またそんな素っ気なく。いえ、それこそ貴女なんですが、ウフフ♪」

 

 サラトガさんは本当に嬉しそうに微笑んでいた、不謹慎だけどにわかオタクとして一応言うよ。…ながサラ、良き。

 彼女も事件のあらましが気になるようで、僕たちと一緒に長門さんの話を聞くみたいだ。

 

「じゃあ、話してください長門さん。貴女が何故翔鶴たちのピンチに駆けつけられたのかを」

 

 僕は話の音頭を取ると、長門さんは漸くといった具合に重い口を開いた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──始まりは連合総帥より伝えられた「任務」だった。

 

 内容は「TW機関研究員を全員捕縛せよ」…とのことだ、機関は我々の与り知らぬうちに非道な研究を繰り返したと聞く。それを知られると研究員は我先にと逃げ出し各方へ散らばったという。

 ムーンチルドレン計画を始めとしたこれらの研究は、機関への不信だけでなく連合の地位を揺るがすものだと、総帥は危機を表して対処するよう私に言伝した。

 最初は順調だった、言ってしまえば数合わせの下っ端研究員ばかり捕まったが、研究の主犯である「ドラウニーア」の情報が集まればそれで良いと甘く考えた…ヤツの超科学とやらで捕らえた研究員が殺されるまではな。

 数十人の犠牲が出てしまったが、それ以降はこちらのリスクも高すぎると情報を聞き出せなくなってしまった。故にヤツを直接捕まえることしか道はなかったが…それこそ出来れば他愛ない話だった。

 ヤツは世界中の海域を飛び回り、我々の捜索を事前に探知したように姿を消しては別の海域へ逃げ延び、その地に潜む。その繰り返しだ。神出鬼没…捕らえることは事実上不可能だった。

 だからだろうな…南木鎮守府に未だ捕まっていない研究員の一人が投降したと聞いた途端、私は焦りを隠せず急ぎ南木鎮守府へ向かった。

 

 そこで君たちの提督に出会った、彼のことは噂で聞いていた。あの異能部隊の創設者である切れ者だと、連合でも話に度々上がったからだ。

 

「研究員は現在南木鎮守府で預かっている、彼はこれまで有益な情報を提供してくれたが、彼の命が奪われることはなかった」

「どういうことだ、敵がこの事態を知らぬはずあるまい…罠か?」

「おそらくは。だが嘘もついていないようだ、彼の情報を基に捜索したところ、ハジマリ海域でドラウニーアの研究施設らしき建物を発見した。例の如く参考になる資料はなかったがな?」

「…出来過ぎているな、だがヤツの情報源となることは確かだ」

「こちらもそう考えた、だから捕まえた研究員は重要参考人として丁重に扱おうと思う。向こうも「罪を軽くしてもらえるのなら」と言って来たからな」

「ふん、足元を見おって。しかし背に腹には代えられん、減刑は私から総帥に言伝しておこう」

「よろしく頼む」

 

 こうして研究員の情報を基に、私と南木提督、そしてナベシマ指揮官を加えた三人は極秘の捜査を執り行った。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 南木鎮守府に出入りして数か月が経った。

 私は一部の職員しか知らない裏道から、提督執務室へ顔を出しては南木提督と情報の共有を欠かさず行った。しかし…矢張りあの男、自分以外に計画の仔細を話すことが滅多になかったようだ。研究員に問い詰めても、それらしい情報を得ることは出来なかった。

 

「収穫はないか…どうすべきか」

 

 私が頭を悩ませていると、大きな音を立てて執務室の扉が乱暴に開け放たれた。

 

「た、大変だ皆!」

「提督殿!? 落ち着いて下され、とにかく扉をお閉めに。長門殿が…」

「わ、悪い。つい勢いが…;」

「構わない、して如何したのだ?」

 

 南木提督は扉をそっと閉めると、事の次第を話し始める。

 今しがた研究員の尋問をしたところ、彼が「この海域にドラウニーアが潜んでいる可能性」を指摘したのだ。

 

「何ですと!? それは本当なのですか?!」

「あぁ。各海域に拠点を作っているなら、この海域に拠点を構えても何もおかしくはないと言い始めてな」

「待て。仮にもこのアサヤケ海域は異能部隊を抱える南木鎮守府がある、それではまるで捕まえてくれと誘っている様ではないか?」

 

 私は当然の疑問を口にしたが、南木提督は彼から聞いた全てを語る。

 

「ドラウニーアには魔術を応用した「ステルス迷彩」という超科学による術がある、それはある特定の物体を背景と一体化させ、あたかもそこに何もないように見せることが出来、レーダーにも映らないと言っている。研究員はアイツの性格を考えると、拠点と共にこの海域に潜んでも何もおかしくはないって…っ!」

 

 あまりに出来過ぎた話に聞こえたが、その話が本当ならそうも言っていられない。ヤツは数多の奸計により艦娘騎士団をも滅ぼしたと聞いた。遂にこの海域にも毒牙が…我々の後ろに氷柱に触れたような冷たい悪寒が走る中、南木提督はナベシマ指揮官に指示を出した。

 

「ナベさん、すぐに周辺の島に異変が無いか調べてくれ! 無人島やただの岩礁も含めて全部、今すぐだ!!」

「りょ、了解しました!!」

 

 ナベシマ指揮官は急いで執務室から駆け出すと、自身の指揮下の部隊に周辺の捜索を徹底させた。

 

 

 ──翌日、ナベシマ指揮官は海域地図を持ち出し執務室でそれを広げた。

 

 

「このシルシウム島を始め、計4ヶ所からステルスに隠された謎の機械の設置が認められました。他三か所は背景に微妙な歪みがあり発見されたのですが、何故かシルシウム島のみステルスが張られておらず肉眼でも視認可能でした。更には人影も見たという報告も」

「何の装置かは解るか?」

 

 南木提督の言葉に、ナベシマ指揮官は首を横に振る。

 

「断定は出来ませんが、先端に穴の開いた機械が取り付けられていたので、何らかの兵器ではないかと」

「大砲か、レーザー砲か。何れにしても…そんなものをこのアサヤケ海域で造るとは…ん?」

 

 南木提督は言葉を止めると、何かに気づいた様子で地図を凝視し始める。その表情は…驚天動地と青ざめていた。

 

「おい…これは」

 

 南木提督がマーカーペンを取り出し、シルシウム島含む4ヶ所を点としそれらを線で繋ぎ合わせていく…すると、線は見事な円形を描きその中心に「南木鎮守府」が置かれていることに気づいた。

 

「な…っ!?」

「嘘だろ…いつの間にっ!」

「これは…厄介だな」

 

 これが何を意味しているにせよ、敵は誰に気付かれることなく我々を「包囲」しているという事実があった。四方に設置された機械から何らかの攻撃をされようものなら…幾ら鉄壁の防衛力を誇る南木鎮守府であろうと、ひとたまりもないだろう。

 

「っ、野郎…!」

「落ち着け、これが罠であることは確かだ。ならば…それを逆手に取るしか方法はない」

「それは…?」

 

 ナベシマ指揮官が疑問を呈する、私は自身の意見として考えを表明する。

 

「このシルシウム島に君たちの「異能部隊」を寄越す、そして何らかのトリガーを誘発させ敵が鎮守府に攻撃を加えようとしたら、それを防いだ後カウンターを仕掛ける。南木鎮守府に予め防御策を張りすぐに四島へ迎えるよう部隊の配備、それと連合にもヤツが逃げられないよう事前に包囲網を敷くよう手配しよう」

「おぉっ! 成る程…異能部隊。罠の可能性が拭えない以上、彼女たちであれば何かあっても抜け出せます。これしかありませんぞ!」

 

 私の考えにナベシマ指揮官が同意してくれるも、南木提督は…どこか浮かない顔をしていた。

 

「どうした?」

「いや…もっと危険のない方法はないものかと」

「ふむ、ならば私が彼女たちのサポートに回ろう。何かあれば私が彼女たちを守る」

「提督殿、彼女たちが心配なのは分かりますが今は致し方のない状況です。待ち伏せの可能性もありますが…どうか」

 

 ナベシマ指揮官は提督を説得し始めるも、提督は私にある疑問を投げてきた。

 

「長門、確か最近「深海棲艦」だとかいう化け物が出ると聞いたが…ドラウニーアがそれらを「操っている」可能性は?」

 

 確かに彼の言う通り、そう言った声が上がっているのは事実だった。しかし当時は数も、目撃例自体少ないものだった。脅威とは思えない…それがかつての私の感想だった。

 

「仮に深海棲艦が出たとして、私なら対処も出来る。何が不満なのだ?」

「…研究員の話を聞いていると、ドラウニーアが深海棲艦に指示を出しているようなニュアンスの言葉を度々聞くようになってな、確か…海魔石だったか? あの紅い魔鉱石で操ることが出来るとか?」

「作り話ではないか? 海魔石とはかつての人類の「負の感情」を封じ込めた代物だ、深海棲艦とは何も関係が…」

 

「じゃあ…深海棲艦が「艦娘の成れの果て」だと言ったら?」

 

「…っ!?」

 

 私は一瞬怖気を感じてしまう、我々艦娘と深海棲艦との関係性は当時から囁かれていたが、都市伝説のような扱いで誰も信じていなかった。それが現実だとすれば…!

 

「研究員が言うには、艦娘は沈めば深海棲艦となり胸の艦鉱石も「海魔石」になっちまうらしい。あまり知られていないが、艦鉱石である程度艦娘に命令を刷り込むことが出来るようなんだが、逆も同じらしい。つまり…深海棲艦は海魔石で命令出来る、更に沈んだ艦娘が成ったというなら、かつての戦争で亡くなった艦娘はそれこそ「数百」はいるだろう。俺たちの思っている待ち伏せと…果たして「規模」は同じなのだろうか?」

 

 成る程、彼は「深海棲艦の大群」に彼女たちが襲われるのではないか、そう考えたらしい。奇襲で得体の知れない化け物が群れを成して襲ってくる、そんな状況経験が無ければ混乱は必至…か。

 彼の言いたいことは尤もだった、だが…だからとはいえそれを考慮して、とは言えない状況でもあった。

 

「言いたいことは解った、だが我々が話し合っている間にも、ドラウニーアが策謀を巡らせていることは確か、早いうちに対処しなければこちらも危うい」

「しかし…っ」

 

 彼から不安が除かれることはなく、表情は曇ったままだった。私は仕方なく語気を強めて彼を問い質した。

 

「君は彼女たちを自分の娘と勘違いしているようだが、彼女たちはあくまで「兵器」だ。私を含め彼女たちは戦うために設計された。つまりだ…今ここで存在意義を果たして貰わねば、連合としても迷惑なのだ」

「っ! 分かっているそんなこと!! だが…艦娘たちを「愛している」と言ったら…俺はおかしいのか? そんな彼女たちを、確実に死ぬ目に遭うかも判らない場所へ行ってくれと?!」

「提督殿…お気持ちはお察しします、私とて同じ気持ちです。ですが今は…」

 

 南木提督の迷いの咆哮に、ナベシマ指揮官が冷静に諭していくが…矢張りまだ苦い顔が見えた。

 

「…君の言い分も理解出来るし、私も連合も叶うことならそうしてやりたい。だが…今は耐えてくれ。ドラウニーアは世界秩序の要である要素を潰していっている。艦娘騎士団、そして今度はこの南木鎮守府。もしこのままヤツを好きにさせていれば…何れは「世界滅亡」に繋がることも明白だ。奴らがそういった研究を続けていたと、君も理解しているだろう」

「……っ」

「もし何かが起こっても、私が彼女たちを守り抜いて見せる。だが…それでも足りないと思うなら、どうか恨むのは私だけにしてくれ。全ての責任は…こんな無茶な作戦しか立てられない私に在るのだからな」

 

 緊急事態だ、仕方のない状況だ。

 私は南木提督をそう説き伏せると、彼も黙って頷いてくれた。

 

「…分かった、だが貴女だけの責任には出来ない。俺も…彼女たちを送り出す覚悟を決めるよ」

「済まないな」

「ありがとうございます提督殿。…であればこのことは彼女たちには内密にすべきかと」

 

 ナベシマ教官の提案に私は頷く、ドラウニーアがこの海域に居る以上何が起こるか分からんからな。シルシウム島への偵察だと誤魔化し、後は逐次君たちで判断してほしい──そう私が改めて伝えると、南木提督は了承してくれた。

 

「了解した。それと…皆を頼む」

「あぁ…任された」

 

 斯くして、シルシウム島への偵察任務を装った「ドラウニーア捕縛作戦」が開始された。

 

 

 

 

・・・・・

 

 だが…結果は君たちも知ってのとおりだ。

 ドラウニーアは我々の更に裏を掻いていた、南木提督が予想した以上の深海棲艦の大群、私がそれらの対処に時間を割いている間に…翔鶴の妹が、犠牲になってしまった。

 南木鎮守府にも被害が及んだ、どうやら「内側」から攻撃を仕掛けられたようだ。誰の仕業か分からなかったがおそらく「ドラウニーア、もしくは研究員」が何かしたのだろうとは分かった。

 

 …分かっていたのだ、何もかも。

 

 罠だということも、敵の術中に嵌っていることも。だが…私はそれを理解しておきながら、連合のため世界のためと…君たちを危険な目に遭わせ、全てを喪う切っ掛けを作ってしまった。

 

 もっと冷静に話し合えていれば、こんなことにはならなかった。私にも後悔があった…だからこそ、あの時の翔鶴の怒りも正しいものだと感じたし、私が何年も敵を押し止めようとも全て後の祭りであることに変わりはない。

 

 後悔も、贖罪も、許しを乞うことも…意味はない、理解している。それでも──

 

 

 

 ──済まなかった…!

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 長門さんは謝罪の言葉を述べた後、深々と頭を下げた。

 

「長門さん、貴女はあの鎮守府崩壊の夜に、南木鎮守府へ向かった後に由良と出会った…ということですね?」

 

 僕の補足を含めた疑問に、長門さんは頭を上げ肯定の意を込めて頷いた。

 

「あぁ、南木鎮守府にて深海化した由良と出会い、行動を共にしていた。彼女の有り様を見てドラウニーアの真の狙いを思い知った、してやられた…まさか由良を利用して鎮守府を中から崩壊させるとは」

 

 僕は彼女の顔が辛そうに歪むのを、黙って見ていることしか出来なかった。彼女は顔を引き締め直すと、話を続ける。

 

「ヤツは南木鎮守府を崩壊させた後、鎮守府屋上に何かを造り上げていた。君たちの話から察するにそれがゼロ号砲とやらなのだろう。私も何度かヤツの姿を見かけたが、捕えようとする度にヒュドラと深海棲艦に阻まれてしまった。私と由良だけでは多勢に無勢で、今までヤツに近づくことさえ敵わなかった。だが…そんなことで屈しはしない、私と由良はそう誓い合って、深海棲艦とヒュドラを外に出さないよう見張りながらヤツに一矢報いるチャンスを窺っていた」

「そうでしたか…今まで翔鶴たちとの約束を守るため、戦われていたんですね。下手な言葉ですみませんが…お疲れさまでした」

 

 僕は長門さんの何年にも渡る健闘を讃えると、長門さんは大したことはしていないと謙遜…いや、()()()()()()()()と言った。

 

「我々の行動によって君たちの間に亀裂が入ったのは事実、翔鶴に至っては妹までも沈められた…本当に、特攻で沈めたれば良かったのだがな…私には、敵に沈められることも黒霧で意識を失うことも、許されていなかったようだ」

「長門さん…」

 

 彼女は感情の起伏のない、常に冷静沈着な性格であることは見れば分かる。だが…それでも後悔だけは、彼女の内でもどうにも処理出来なかったみたいだ。

 本当はあの時「シぬつもり」だったんだ、でも…改二である長門さんは黒霧の中でも性能が落ちることはなく、更にヒュドラを前にしても彼女の装甲が破られることはなかった。だからせめて何年もの間戦い続けた。僕たちのような…ドラウニーアの計画を打ち破れるような存在が現れるまで。

 それが事の顛末か、成る程…長門さんの証言のおかげで、大体の流れが見えてきたぞ。

 

「長門さんと南木提督がドラウニーアを追っていて、その中でアイツがこの海域に潜んでいて、いつの間にか罠にかかっていたことを知らされた。長門さんたちはそれを焦って何とかしようとして…」

「まんまとアイツの思う壺に嵌った…と?」

 

 翔鶴は腕を組んで長門さんを睨んでいた、長門さんはそれを受け止め重く頷く。それを見かねたナベシマさんは仲裁に入る。

 

「長門殿を責めないで上げてくれ、あの時の我々はいつ攻め入られてもおかしくなかった。加えて連合もドラウニーアを何としても追い詰めようと必死だったのだ」

 

 ナベシマさんの尤もな意見に、待ったをかける長門さん。

 

「ナベシマ指揮官、あの時も言いましたが全ての責任は私に有ります。言い逃れはしません…君の全てを奪ったのは、私だ。本当に済まない、私は…」

 

 長門さんが懺悔の言葉を述べていると、翔鶴はずかずかと長門さんの前まで入り込むと──

 

 

 ──パシッ!

 

 

「…っ!?」

 

 長門さんの頬を、例の如く思い切り引っ叩いて見せた。

 いや、由良の時とは訳が違うからねこれ?! こればっかりは仕方ないとは思うし、仮にも選ばれし艦娘なのに…そう思い僕と、隣に居るサラさんは青ざめた表情でこれからどう展開するのかとひやひやしながら見ていた。

 

「…これで終わりにしましょう? 私の復讐も、貴女の迷いも…何もかも」

「っ! …良いのか?」

 

 おぉ、成長した彼女は一味違った。彼女の赦しに長門さんは驚きを隠せない表情だけど、翔鶴はスッキリしたといった笑顔で言ってのけた。

 

「もちろん。私も同じ立場ならどうしようかって迷っていただろうし、決断を迫られていた状況で即断即決出来たのは、誰に真似出来ることではないと思うわ」

「翔鶴…」

「私ね、自分のことしか考えてこなかった。皆の気持ちを一つずつ理解していく内に、自分が如何に短絡的だったのかって解ったの。だから…私の方こそごめんなさい、貴女の気持ちを考えずに…酷い罵倒を浴びせてしまった」

 

 翔鶴の謝罪を受けて、長門さんは…涙こそ流さないが「とても安堵した」表情を浮かべていた。

 

「…ありがとう、翔鶴。本当に…受け入れられるとは思ってもみなかった」

「そう? 私の馬鹿な言葉をきちんと受け入れて、言った通り私たちが来るまであの化け物たちを塞き止めてくれた。貴女は凄いわ…何も言い返せないくらいね?」

「そうか…何よりだ、本当に」

 

 二人の間に流れる清々しい雰囲気、全てが終わった眩しい日の光を浴びたような空気に、その場にいた僕たちは安心して溜息を吐いた。

 

「はぁ…良かったよ本当に」

「心配かけてごめんね皆、後は…」

 

 翔鶴はそう言うと、サラトガさんに目を向けた。

 そうか、目に見える翔鶴の関係者で気持ちをぶつけていないのは、サラトガさんだけだ。サラさんはまさか自分が指名されるとは思わなかった、そんな驚きの顔で翔鶴を見ていた。

 

「しょ、翔鶴。私は別に…」

「今更逃げないでよねシスター。私…貴女が嫌いだって言ったこと、今だって変わってないんだから」

「そんなぁ…;」

「翔鶴、これからどうするつもり?」

 

 僕の問いかけに翔鶴は、目を瞑って両腕を胸の前で組む。暫く考え込んだ後…ハッとした表情となり、同時に握った左拳を右手の平に打ち付けた。

 

「タクト、皆を集めてくれる? 金剛たちと…あと、酒匂たちも」

「わ、分かった!」

 

 そう言い残して僕はその場を後にして、金剛たちを呼びに行った。

 

 その間に翔鶴とサラさんは…無言で見つめ合っていたそうだ;



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涙の終わり──翔鶴とサラトガ

 ──デイジー島、海岸沿いの海面上にて。

 

 僕らは翔鶴の提案により、僕の指揮する「タクト艦隊(めっちゃ恥ずかしいネーミング)」とサラトガさん率いる「クロスロード艦隊(仮)」との"演習"を執り行うことになった。

 というのも、翔鶴は僕に艦娘たちを呼んできてほしいと頼んだ後、全員の居る前で「艦娘同士が仲良くなるには、どうすれば良いか?」と問いかけて来た。色々意見は出たけど結局最初に翔鶴の言い出した「演習」になった、戦いで自分たちの気持ちをぶつけた方が早いと考えたようだ。

 本当はそんな余裕はないかもだけど、カイトさんに相談すると「連合本部からもそっちの動向はある程度分かるから」と、演習の間のドラウニーアの見張りは任せて大丈夫らしい。

 どうやらデイジー島到着時に設置されたレーダーがクロギリ海域全体の動きを察知して、情報は本部で共有されているらしい。鳥海さんたちも見張ってくれているみたいだし、安心かな。

 

 さて、視点を演習に移そうか。僕は今浜辺から演習の行方を見守っていた、隣には他の艦娘たちやマユミちゃん、ユリウスさん、ナベシマさんも艦隊演習を眺めていた。

 

 浜辺からすぐの海上で両陣営が睨み合う、僕らは金剛、天龍、望月、綾波、野分、翔鶴の六隻。対してクロスロード艦隊はサラトガさん、酒匂、プリンツの三隻だ。

 

「ごめんなさいね天龍、綾波に野分も。まだ本調子じゃないのは分かってるけど、ここまで来たらシスターたちに今の私を見せたくって」

 

 翔鶴はそういって三人を心配そうに見つめるも、それぞれ力強く丈夫さを言い表した。

 

「問題ない、この程度の怪我で休んでばかりでは傭兵の名折れだ。それにお前のためでもあるのだろう、良いリハビリと思うさ」

「私も一晩寝かせて頂きましたので、体調は万全です。能力は使えませんが我が身で盾になることは出来ます」

「ボクもマドモアゼル・ショーカクのためなら、どのような壁だろうと華麗に乗り越えてみせます!」

「ウフフ、野分は相変わらずね? 安心したわ、ありがとう」

 

 翔鶴はそう言うと三人に感謝を伝えた。しかしそんな中望月は野分に対し苦言を呈した。

 

「天龍はほぼ傷が治りかけてるから何も言わんが、アタシとしちゃ野分は本当は絶対安静なんだがな?」

「申し訳ありませんマドモアゼル、しかし翔鶴さんはどうしてもこの六隻で演習をしたいと言っております。ここで応えなければ仲間として彼女の隣に居ることは、恥が重なり出来なくなるでしょう。ボクは大丈夫です! 絶対に無理はしません」

 

 野分は自身の額に生えた角を指して、そう自分なりのポリシーを説いた。望月は溜め息を吐きながらも、それを承諾する。

 

「ったく、まぁ良いけどな。アタシも翔鶴に頼まれたからねぇ、今更さ? ただ気をつけているか確認したくてな、悪ぃ」

「いえ、これも貴女なりの優しさだとボクも信じることにしました。コマンダンのように!」

「ウフッ、確かにタクトなら言いそうね? 私も改めて謝るわ望月、私の我儘に野分を付き合わせてしまって」

「まっ、お互いに気を掛けておきゃ心配ないんじゃね? ヒヒッ」

 

 皆の話が落ち着き始めたが、次に金剛から当たり前の配慮が上がる。

 

「あのさ、今更だけど6対3って…大丈夫なの?」

「っあ、そういえばそこまで考えてなかったわ」

 

 まぁ確かに数の暴力は良くないよね? 翔鶴たちはどうするべきか迷っているとき──海面に足を着ける影が。

 

「──そういうことなら、私がサラたちに加勢させてもらう」

 

「っ!? 長門さん…!」

 

 サラトガ隊に選ばれし艦娘の一隻たる長門さんが加わった、これは「真・クロスロード艦隊」と名付けよう。長門さんなら人数分のハンデを補って余りある、ナイスだね!

 

「ありがとうございます長門、久しぶりにバディ再結成ですね♪」

「ぴゃ、長門ちゃんが一緒に戦ってくれるなんて、心強い〜!」

「わわっ、すごい。シスターの知り合いが選ばれし艦娘だったなんて!」

「フッ、君たちのことは私が守る。安心してくれ」

 

 良いねぇ面白くなって来た、彼女の参加は浜辺で応援する皆も大興奮、声援も熱を帯びていた。

 

「おぉ、マジか! 久々に長門の戦いが見れるのか!!」

「あの人の耐久力は尋常じゃないから、それをどう崩すかが問題だね!」

 

 加古と長良が長門さんの戦いに胸を熱くしている。その横で舞風や不知火たちがタクト艦隊(恥)へエールを送る。

 

「皆さん、我らがタクト艦隊の健闘を願ってSupportしましょう! 声を大きく、せぇの! Hip hip hooray!!」

「フレー…フレー…」

「頑張れー! ノワツスキー!!」

「綾波、艦娘騎士の底力を見せつけてやれ!!」

 

 ウォースパイトさんの号令で外野から艦隊へ応援の声が届く、え? 二番目のセリフ早霜なの!? それ逆に呪い送ってない?!

 

「皆頑張れー!」

「エリちゃん負けるなー! 負けたらタクトが泣いちゃうよー!!」

「な、泣かないし! マユミちゃん適当なこと言わないでよ…;」

「フッ、さて…選ばれし艦娘同士の金剛と長門の対決…金剛はニセモノかもしれないが、興味深い戦いだな?」

 

 僕らも精一杯の声を張り上げて金剛たちを応援し、ユリウスさんは戦いの行方を楽しそうに見ていた。

 浜辺から外野の声が響く中、望月は周りの仲間たちを見回して呟いた。

 

「それにしても…こうして全員一緒に戦うのは久しぶりだねぇ?」

「あぁ、加賀との演習を思い出すな?」

「我々も…随分様変わりしましたね?」

 

 望月、天龍、綾波の思いを馳せる言葉に全員頷くと、野分、翔鶴、金剛の順で続いた。

 

「ウィ。しかしこれがボクたちの真の姿、より絆が深まった形…ではないでしょうか?」

「真の姿、ねぇ。金剛もすっかり人が変わっちゃったし、そうかもしれないわね?」

「ヘェーイ! そんなことはノープロブレム、ワタシはいつだって金剛デース!!」

 

 金剛から久々のデース口調が出たけど、周りの仲間たちは…うん、もう良いんじゃない無理しなくても? という白け顔だ。皆の総意に金剛は…「素」を出して困惑する。

 

「うぅ…だって今更私のままって言われても…デースの方が良いでしょ?」

「ヒヒッ、それこそ今更だろ?」

 

 望月の言葉に、金剛以外の皆は力強く頷いて肯定した。

 

「ほら、私たちのリーダーは貴女なんだから。しっかりしなさいよ!」

「わ、分かったよ!? …うん、ありがとう皆!」

 

 翔鶴の叱咤に驚きつつも、金剛は皆に感謝を伝える。

 

「…翔鶴、本当に良い仲間に出会えたみたいですね。良かった…本当に…」

 

 サラトガさんはそんな翔鶴たちを見て大いに喜んでいたが、どこか寂しそうに見つめているようにも見えた。金剛もそう思ったのか翔鶴に向かって指示を出した。

 

「翔鶴、リーダーとして命令します。演習の宣戦布告としてサラさんたちに何か言って来なさい!」

「えっ!? 急すぎるわよ!!」

「良いからいいから~ほら、行ってみヨー!」

「ヒッ、そいつぁ良いな。テメェのキレイ顔に風穴開けてやるぐらい言ってやんな!」

「フフッ、それはそれで向こうも驚くだろうがな?」

「翔鶴さん、お願いしますね?」

「美しい決意表明をお願いします、マドモアゼルショーカク!」

「えぇ…もうっ、分かったわよ!」

 

 皆に背中を押されて翔鶴は前に進み出ると、サラさんたちと金剛たちとの丁度間ぐらいの位置で止まる。

 目を瞑り、深呼吸して気持ちを整える。どう言い表そうか考えてるんだと思う、そして──ゆっくりと目を開くと、声を高らかにサラさんに向けて自分の意思を示した。

 

 

「──シスター! 私は貴女が嫌いよ!!」

 

 

「…っ」

「誰にも愛想を振り撒いて、皆に好かれようとする姿勢が嫌い。そんな貴女の意見に提督が耳を傾けていたのが、どうしても許せなかった。だって私も提督に愛されたかった、だから…貴女が羨ましかった。貴女のような皆に好かれるヒトになりたかった! でも、やっぱり私は無理。私はわたしらしくならないといけないって気づいたの! それで良いって言ってくれる仲間が出来たの!!」

「翔鶴…」

「だから、私は貴女と戦いたい。今の私を貴女に見せつけて、過去に踏ん切りをつけたい! 私からの挑戦状…受け取ってくれる?」

 

 翔鶴の自信に満ち溢れた凛とした表情に、サラトガさんも不安な顔から徐々に「決意を固めた表情」へ変わっていく。

 

「はい、お受けします。貴女が妬んだ私がアナタの壁になります、見事私を「越えて」、貴女が未来を掴む姿を見せて下さい!」

 

 サラトガさんの啖呵に、翔鶴は「上等よ」と顔に書いて不敵に笑って見せた。

 

「皆宜しいかな? ではこれより翔鶴隊とサラトガ隊の演習を執り行う。審判は翔鶴君に頼まれた私、ナベシマが務めさせて頂く。では…両陣営、合戦用意!!」

 

 ナベシマさんの号令に、二部隊は即座に行動し陣形を整えた。

 サラさんたちは先頭から酒匂、プリンツ、長門さん、サラトガさんと列を組んだ。単縦陣だね、数が少ないから最初から全力で行くみたいだね? 金剛たちは──

 

「…? 何だ、それは」

 

 長門さんは金剛たちの並びを見て疑問を呟いた。それもそのはず彼女たちの並びは決まった陣形を整えているものではないからだ。

 戦闘に野分と綾波、かなり距離が離れている。その後ろに天龍が三人で「トライアングル」のなるように間に位置取る。

 更に後ろに望月、一番奥に翔鶴と金剛が並び立つ。これはきっと…皆で最初に戦った、加賀さんとの演習の時の…!

 

「この位置が私たちにとっては「戦いやすい」のよ!」

「イエス! これが私たちの…ベストな陣形デース!!」

 

 奥の方で金剛と翔鶴たちが叫ぶ。翔鶴たちは別に勝つために演習をしているわけではない、サラトガさんに今の自分たちを見せつけるために戦うことを選んだのだ。なら必要なのは…「原点」を思い返すことなんだ!

 

「…一体どんな手を使ってくるのか、皆警戒を怠らないで下さい!」

「ぴゃー!」

「分かったよ!」

「面白い…こちらも遠慮はしない!」

 

 サラトガさんたちも士気十分の様子だ、なら…後は「合戦の合図」を出すだけ。

 

 

「ではこれより演習を始める、用意──始めぇっ!!」

 

 

 ナベシマさんは力強く戦いのゴングを叫んだ。サラトガさんたちは合図と同時に金剛たちとの距離を取り、周囲を回り始める。だが最初に仕掛けたのは──

 

「バーニングゥ! シュウウウウトッ!!」

 

 

 ──ズドオォオン!!

 

 

 金剛だった! 金剛たちも合図と同時に動き始めていた、しかしそこに艦隊行動の四文字はなく各々の好きに動いていた。

 金剛の砲撃によって発生した水の柱によってサラさんたちが見えなくなった瞬間、天龍と野分、そして望月のゴーレム「ベベ」が一斉に動き出した…!

 

「ゴゴアァーーーッ!!」

 

 べべは水の壁に映し出された一つの影に向かって、鉄拳を振り下ろした…しかし!

 

「──ぬんっ!」

 

 水壁から飛び出した大きな腕が、べべの一撃を受け止め、ベベの腕をがっちり掴んで離さなかった。

 

「ゴアァッ!!?」

「侮るなっ!!」

 

 長門さんだ、長門さんの艤装の砲塔から放たれる「ゼロ距離砲撃」が、べべにクリーンヒットし…べべは粉々に砕け散った!?

 

「──と思うじゃん? 戻ってこいベベ! ウェポンシフト「k-bo」だ!!」

 

 望月の声に反応し、べべだった砕け散った欠片たちは一人でに動き出すと空中で形を変えながら…望月の手に収まる。その手には「弓」が握られていた。

 

「行くぜ?」

「了解よ! …空母機動部隊、翔鶴、望月航空隊──」

 

 

「「──発艦、始め!!」」

 

 

 望月、そして翔鶴の掛け声と共に弓から矢が放たれた。それは炎を纏い──艦載機隊となり、一緒に空へと舞い上がった。

 

「ならばこちらも…サラの娘たち、お願いします!」

 

 サラさんも負けじと弓を構えて矢を解き放った、矢を光が覆うと──星のマークが入った艦載機隊へ変貌した。

 翔鶴と望月、対してサラトガの航空隊は牽制し合うように空中を回り始めた。ドッグファイトってものかな? 次に攻撃を仕掛けたのはサラさんの方だった。

 

「先手必勝!」

 

 機銃で先制攻撃しつつ、翔鶴望月航空隊の上空へ浮き上がる。そして──機体から何かを落とした!

 

 

 ──ゴオォッ!!

 

 

 おぉっ、火炎魔導弾か! そういえばサラトガさんもエルフだった! 翔鶴望月航空隊の何体かに炎がかかってしまう…不味い、エンジンに引火して爆発する!?

 

「──ぬぅん!!」

 

 天龍は上空へ跳び上がると、高速で身体を捻り空気の渦を作る。すると──炎が消えた! 艦載機隊も飛ばされることもなく編隊を組んで距離を取った、良かった…と言ってる暇もないか?

 

「流石ですね! でも甘いですよ…アタック!」

 

 サラさんは今度は天龍の頭の上に飛んで、火炎魔導弾を投下した! 容赦ないな…しかし天龍も読んでいたようだ。

 

「はぁっ!」

 

 天龍自慢の二刀流から繰り出される「気の斬撃」で火炎魔導弾を何もない空中で爆破させる、爆発の反動で天龍は無事着地するも…今度は酒匂たちから砲撃の雨が降る。

 

「撃てーーっ!」

「ぴゃー! ぴゃーーっ!!」

 

 このままじゃ天龍が大破判定になる…しかし、天龍の前に綾波が立ち塞がり大斧で砲撃を一掃する。高速の一閃に薙ぎ払われた砲弾は、巻き起こった暴風に爆発四散し爆炎を上げた。

 

「済まない、綾波」

「ご無事で何よりです、天龍さん」

「す、すごーい…!」

 

 綾波が天龍を庇っているのを見ている酒匂とプリンツ、彼女たちは…自分たちに近づく「影」に気づかなかった!

 

「…っ! ユージン、酒匂! 敵が来てますよ!!」

「はっ! しまったっ!?」

「ぴゃあ、酒匂だってやっちゃうよ! かかってこーい!!」

 

 酒匂は勇み足で前に躍り出ると、近づいてくる影に向かって駆ける。その影は──野分だ!

 

「ブラーヴァ、お見事ですマドモアゼルアヤナミ。ならばボクも輝いて見せる…! どちらの信念が輝くか…勝負!」

「ぴゃっ!」

 

 酒匂は懐から…えっ!? 手甲に着ける「鉤爪」を両手に装着した! イメージが湧かないなぁ…確かにワービースト? なのかもしれないけどさ。

 

「行っくよー!!」

 

 酒匂は艤装の砲塔から砲撃を繰り出す、野分の動きを制限すると…勢いをつけて跳び上がった! 爪で艤装にダメージを与えるつもりだ、だとしたらこの攻撃を躱さないと…!

 

「ぴゃーーっ!」

 

「──なんの!」

 

 野分は自分の「気」を得物の細剣に込めると、酒匂の鉤爪の攻撃を右回転…周り踊るように躱して懐に入ると、酒匂の艤装に「突き刺した」。艤装は煙を上げ、野分が剣を引き抜くと同時に爆発した。

 酒匂の艤装は爆発したけど、小規模といった具合で酒匂に影響はないようだ。でも…これで酒匂は中破判定の筈だ!

 

「ぴゃっ!?」

「酒匂!? …このぉ!」

 

 次はプリンツが野分に迫る、野分もまたプリンツに狙いを定めると、剣を顔の前に構えて、払い、一歩踏み出すと…”跳んだ!”

 

 

 ──しかし、ここで予想外の事態が…!

 

 

「──…っ!?」

「っえ!!?」

 

 プリンツの目の前には、かなり距離が離れていたはずの「野分」の姿が。一歩分の跳躍力じゃない…まるで「ワープ」したみたいだ!?

 どういうことだ…外野でもざわざわと動揺が隠せない感じだけど、僕たちの隣の白衣の人物は、状況を冷静に分析する。

 

「野分君に深海化した兆候が出ているようだな、野分君の場合今まで体の変化もごく一部だったので影響も最小限だったが…黒霧の影響で深海細胞も活性化し、身体能力にも影響が出るほどになったようだ」

「そんな…野分は大丈夫なんですか?」

「いや、影響とは言ったがあの程度なら問題ないだろう。爆弾を抱えていることに変わりないが、本人が細心の注意を払いさえすれば、戦いでは深海棲艦の能力は寧ろ「プラス」になる。言い方は悪いが考え方次第だな?」

 

 ユリウスさんの言葉にも一理ある、僕も深海棲艦の存在理由を語った以上無闇に否定出来ないし…でも、大丈夫かな?

 

「…なるほど、ならば──この呪いすら鮮やかに彩って見せよう!」

 

 野分は何が起こったのか瞬時に理解した様子で、空中でくるりと回るとその勢いのまま、すれ違いざまに払い斬撃を繰り出す。プリンツの艤装右の砲塔を「切り落とした」…小破だ!

 

「ぬぬぅ…まだまだ!」

 

 プリンツも負けじと振り返りながら砲撃で反撃する、流石の野分も反応出来ず、着水した瞬間にプリンツの砲撃をもろに受けてしまう…あぁ、大破だ…っ!

 

「っく、は…!?」

「野分君、大破判定とする! これ以上は無用だ、岸へ上がりなさい!」

 

 ナベシマさんの言葉に衣服がボロボロになった野分は、そのままゆっくりと岸へ戻ろうとする…彼女は金剛たちを一瞥すると、健闘を祈って叫んだ。

 

「すみません皆さん、後はお願いします!」

「オッケーイ! 任せてネー!」

「ええ、ありがとう野分!」

「早いこと退場で、寧ろ助かったぜ。…ゆっくり休んどきな!」

 

 金剛、翔鶴、望月の三人が彼女に応える、良かった…本人も吹っ切れたみたいだ。

 さて…ここからどうなるのか…と言いたいとこだけど、長くなっちゃいそうだから、終盤まで飛ばそうか?

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──数十分後。

 

 結論だけ言うと、最後に残ったのは金剛と翔鶴、サラトガさんに長門さんだった。

 天龍と綾波で酒匂とプリンツを撃破した…までは良かったんだけど、流石選ばれし艦娘の長門さん。天龍の斬撃も綾波の一撃も、全て──身体に鉱石を纏った絶対防御で──受け切って砲撃のカウンターで倒している。

 望月もサラトガさんの魔導航空隊に自身の航空隊がハチの巣にされ、氷結魔導弾で身動きを取れなくされて、長門さんの砲撃を受けて大破になっている。…うーん強い、流石ビッグセブンの一隻。

 

「はぁ…しんどかったぜぇ」

「お疲れ望月、最後までご苦労さま!」

「おぅ大将、あんがとよ。…ふぃー、これで戦いも終盤かねぇ?」

 

 僕の隣に望月、天龍、綾波、野分の四人がそれぞれ並んでいる、望月の言葉に皆して頷いた。

 

「長門さん強すぎるよぉ~、最強は金剛なんじゃないのぉタクトぉ!」

「マユミちゃん…無茶言わないでよ、最強なのは前の金剛であってウチの金剛は…;」

「そうだぜぇ、そう簡単に選ばれし艦娘名乗れると思ったら、大間違いだぜ!」

「私らが威張ることじゃないと思うよ、加古…まぁ嬉しいのは分かるけどね!」

 

 マユミちゃんは長門さんの強さに焦り、加古と長良は同じ選ばれし艦娘としてどこか誇らしげだ。

 そんな外野から飛び交う言葉は知らず、遂に護衛艦の壁が剥がれた両陣営は…空母を後方に、戦艦を前にして一触即発の雰囲気を形作った。

 睨み合う戦艦長門、そして戦艦金剛。その後ろに居る翔鶴とサラトガさんは、それぞれを見つめていた。

 

「…勝負よ、シスター!」

「えぇ、来てください翔鶴!」

 

 お互いに戦意を確かめると、同時に弓と矢を構えて臨戦態勢。それを合図に長門さんと金剛も前に駆け出し両腕を突き出す、互いの指を組むと力比べの体勢になる。ここまで来たら…艦隊運動とか細かいことは言いっこなし、だよね!

 

「く…っ!」

 

 金剛は長門さんの腕力に押されそうになり背中が仰け反り始める。それを見た長門さんは冷静に言葉を紡いだ。

 

「…ふむ、カイトの言ったとおり君はあの金剛とは違うようだ」

「当たり前、でしょ? 前の金剛に比べたら…私なんて、なんてことないでしょ?」

「そうだな、彼女ならこの程度の力合わせは「片腕を捻る」だけで勝負がつくからな」

「でしょうね、っていうか…ホント、力強いね? なら私は…「頭」を使うわ!」

 

 金剛は反った背中をわざと後ろに倒すと、その勢いのまま前に頭を突き出し「頭突き」を繰り出した。しかし──

 

 

 ──ゴンッ!

 

 

「…っ!?!! いったーーーーぁっ!!!?」

 

 あまりの痛さだったか、両手を離して距離を取ると額を抑え始めた金剛。頭突きをした金剛の額には「赤く腫れあがった痕」が出来ていた。痛そう(小並感)。

 

「済まんな、その程度では痛みは起こらん。どうやら私の能力に合わせて頭も硬いようだ」

「石頭なんだね、っていやそういう問題じゃないデショ絶対!? ぁあもう、負けないよ!」

「待て」

 

 長門さんは金剛に待ったを掛けているようだ、彼女が制止した直後に二人の頭上を「艦載機群」が横切った。

 

「これから先の決着は彼女たちのものだ、我らは行く末を見守ることに徹しようじゃないか」

「おぉ…良いの?」

「これは演習だ、君の実力は見せてもらった故私に君と戦う理由はもう無い。そして…彼女たちの邪魔立てはするべきではない。そうだろう?」

 

 長門さんが硬い表情を解くと、金剛も緩んだ笑顔で頷いて何かを承諾している。どうやら翔鶴だけで戦わせるようだ。

 それを察知したのか、翔鶴とサラトガさんは一対一の構図で互いを睨み合いながら、いつでも「大二次隊発艦」出来るように弓を引いて海面を滑っていた。

 先手を打ったのは翔鶴だった、彼女は発艦済みの魔導航空隊へ突撃を命じると、サラさんの頭上に「氷結魔導弾」を落とした。

 

「きゃ!? 動けない…やりましたね!」

 

 続いてサラさんは翔鶴に「火炎魔導弾」を落とした。爆発した途端水面に火柱が乱立する、翔鶴は火炎に身体が触れてしまい、衣服の一部分が焼け焦げてしまう。

 

「何するのよ!!」

 

 翔鶴は負けじと第二次魔導航空隊を発艦、今度は…「電気魔導弾」だ! 強烈な電撃がサラトガさんを襲う、電撃の威力にサラさんの衣服も少し焦げた様子だ。

 

「きゃあっ! 最低です!!」

 

 サラトガさんも第二次航空隊から「電気魔導弾」を落として、翔鶴に電気ショックをお見舞いしている。…うーん、途中から「キャッツファイト」になってない?

 

「ひゃあっ!? …また最低って言ったわね! 私がそれにどれだけ傷ついたと思っているのよ!!」

「そ、それは…貴女が暴走して酷いこと言ってたから、正当防衛です!!」

「正当防衛って言えば何もかも許されると思っているの?! この頭お花畑!!」

「何ですって!!? 貴女こそ暴言オンナじゃないですか!!」

「言ったわね? もう容赦しないわよ!」

「そっちこそ、覚悟してください!!」

 

 罵倒雑言を浴びせ合う双方から、飛び交う航空隊とそれが落とす魔導爆弾の雨、それらが巻き起こす火災旋風、霜焼け、落雷の地獄絵図が描かれた。お、女ってコエー……っ;

 

「ホントに、止めなくてイイの…?」

「うむ、あのぐらいやってもらった方が二人の「恨み紛いの気持ち」も晴れるであろう」

「そ、そうかなぁ…?」

 

 長門さんと金剛が見守る中、翔鶴とサラトガさんの一騎打ちは彼女たちの長い間掘り返されたままだった「溝」を、少しづつ、すこしづつ土を盛るように埋めていった。

 

 

 ──やがて、天変地異のような騒音が静まり返る。

 

 

 二人は衣服もボロボロ、息も上がって肩を動かして身体に空気を取り込んでいた。

 

「ハァ…ハァ…ッ!」

「…翔鶴」

 

 サラトガさんは翔鶴の前まで、ゆっくりとしたスピードで近づくと…彼女の前で微笑んで見せた。

 

「素晴らしいファイトでした。強くなりましね?」

 

 サラトガさんの翔鶴を褒め称える言葉に、翔鶴は驚いた様子を見せたが…フッと体の力を緩めると、サラさんに微笑みを返した。

 

「全く…負けたわよ貴女には。ここまでお人好しだったなんて?」

「あら、私は真面目だった貴女がこんなヒトだったとは、思いもしませんでしたよ?」

「でしょうね。…呆れたでしょう? 私は提督に好かれたい一シンで猫を被っていたの、本当の私は…提督どころか、貴女や皆にも顔向け出来ないくらい醜いオンナだったのよ」

「それは違います!」

 

 翔鶴の自虐を含んだ言葉を遮り、サラさんは遂に自分の本音を翔鶴に語った。

 

「私だって、貴女が思っているような「善ニン」ではないんです。皆に好かれたいとも考えてましたし、そのために普段から周りを気に掛けるようにして…でも、私もそこまで淑女ではありません。瑞鶴や由良の存在もあって、私は貴女と本当の意味で解り合うことをしてきませんでした。現状を良しとして周りに甘えていたんです。それが…あの夜起こった惨劇に繋がったと思うんです。だから…悪いのは──」

 

「──シスター」

 

 今度は翔鶴がサラさんの言葉を遮ると──両手を彼女の頬に当てて、彼女の顔を真っ直ぐ見つめる。

 

「それこそ違うわ、貴女は正しかったの。本当に悪いのは──私よ。貴女の行動をココロから信頼出来なかった私が…私の「ココロの弱さ」が全てにおいて間違いだった! 提督にも、瑞鶴にも、貴女にだって…否定されたくなかった。本当の私を見て…受け入れてくれる自信がなかったの、だから…っ!」

 

 言葉を紡ぐ途中で、翔鶴は目に涙を浮かべ始めていた。そんな翔鶴を見たサラさんは…翔鶴の目に浮き出た涙の粒を、自分の指で掬い上げる。

 

「馬鹿ですね…仲間がどんな性格だからって、受け入れないワケないじゃないですか。でも…私もあんな状況で、突然怒りに呑まれた貴女に、何と返せばいいのか分からなくなって…あの時、貴女のココロに酷い傷をつけてしまった…っ。あの悪夢は…今でも私のトラウマなんです…っ!」

 

 サラトガさんはそれだけ言うと、翔鶴の身体を「抱き締めて」贖罪の涙を流し始める。翔鶴もまた…サラさんを抱き締め返して同じく悲しみを込めた涙を零した。

 

「ごめんなさい…ごめんなさいシスター」

「私も…ごめん、なさい。ずっと貴女に…謝りたかった…っ!」

 

 あの夜に起きた翔鶴にとって最大の傷跡…彼女のココロの痛みは、涙と共に癒されていく。

 僕たちはそれを見て…彼女が「淵」から救い出されるこの瞬間を、心から祝福した。

 

「良かった。でも…何だかあっさり解決しちゃったなぁ」

 

 僕がそう零していると、隣のユリウスさんが付け加えてくれた。

 

「元々は簡単に終わりに出来る事柄だったのだろう、だが…あの惨劇の恐怖が、彼女たちを過去と向き合うことから遠ざけた。だから…ああして抱き合って許し合えるようになれたのは、君のおかげではないかな…タクト君?」

「うんうん、絶対そうだよ! だって…今の翔鶴ちゃん初めて会った時よりスッキリしてるもの、タクトが頑張らなかったら、こうはなってないよ!」

 

 マユミちゃんも僕が翔鶴を支えたからこそ、導き出せた結果だと喜んでくれた。でも…少し違うと思うな、僕としては。

 

「僕は切っ掛けを作っただけ、それを活かして成長したのは…翔鶴自身が頑張ったからだよ」

 

 僕はそう思う…その言葉に二人は深い頷きを返して同意すると、海上で涙に濡れる二人を見つめるのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──しかし、僕らはまだ知らなかった。

 

 翔鶴の過去の物語はまだ「()()()()()()()」こと──最後のピースを語る人物が、まだ残されていることを…!

 



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死者の呼び声、真実を語る

 今回説明回となっております、諸々長い解説が続きますが、許して?
 クロギリ編も漸く終わりが見えて来たかな?


 ──デイジー島、作戦会議詰所(テント)

 

 僕たちはテントの中央の机に拡げられた海域の海図を、机の周りを囲んでそれを見ていた。これから「ドラウニーア」をどうするのかを決める会議が開かれる。

 テントの中には僕と、長門さん、ユリウスさん、ナベシマさん、そして…僕の映写型通信機から映し出された「カイトさん」が居た。

 

『ではこれより、クロギリ海域の現状を整理した後、ドラウニーアの動向を踏まえた作戦会議を開きます。では…長門、早速概要を説明してくれ』

 

 カイトさんの指示に頷くと、長門さんは説明を始める。

 

「改めて情報を整理しよう。ドラウニーアは現在シルシウム島へ逃げ延びている、島の周りには深海棲艦が見張りをしているため、忍んでヤツに近づくのは不可能だ。だが現状ヤツが行動を起こす素振りは見せていない、シルシウム島に立て籠もっているようだ。鳥海たちが動向を見張っているがそれらしい情報は出ていない」

「…諦めたのかな?」

 

 僕の呟きに、ユリウスさんが反応して回答する。

 

「いや、ヤツは誰よりも諦めが悪い。ドラウニーアはゼロ号砲と穢れ玉を利用して艦娘を完全機能停止させようとしたが、計算では穢れ玉の一つが完全に砕かれた以上、世界中の艦娘を機能停止に陥れるほどの力はもう発揮出来ない…しかし、穢れは我々人間にとっても毒であることに変わりはない。ヤツが錯乱して出鱈目にそれらの害悪エネルギーを射出しようものなら…それだけで各海域に甚大な被害が及ぶだろう」

「恐ろしい話ですな…」

 

 ユリウスさんの話に、ナベシマさんは慄いていた。確かに南木鎮守府の惨状を見たら…世界中があんな風になるかもしれないと考えると、背筋の冷える話だ。

 長門さんはそれに頷いた後に話を続ける。

 

「シルシウム島とその他三島には、穢れ玉のエネルギーを抽出する機械設備が建てられている。それらは南木鎮守府を包囲するように配置され、中心である南木鎮守府の屋上に「ゼロ号砲」が建てられている。このゼロ号砲に設置された「巨大零鉱石」は、マナの穢れそのものを生み出す恐るべき特質がある、ドラウニーアはそれに穢れ玉に溜められたマナの穢れエネルギーを浴びせることにより、特性をより凶悪にしようと画策したようだな」

「黒い霧は人間の内の生命を根こそぎ奪い周辺の環境にも影響を与える、それは巨大零鉱石及びドラウが実験的に作成した複数の零鉱石から発生していると見て良いだろう。先ほども言ったが穢れ玉の一つが喪失した以上最悪のケースは免れたが、何にしてもこれらをそのままにするのは見過ごせないな」

 

 ユリウスさんの補足に、僕らはそれぞれのリアクションで反応する。

 溜め息、頭を掻く、顎を撫でる。そうしてこの事件の元凶をどうすべきか意見を考えていると──カイトさんが口を開いた。

 

『ドラウニーアが次に何を考えているにしろ、南木鎮守府にゼロ号砲と巨大零鉱石がある以上、僕はそれらの「破壊」を優先すべきだと思うね? 仮にそんな危険な代物を置いてヤツに王手を掛ければ…』

「アイツが何らかの方法で僕らから逃れたとして、また南木鎮守府に戻ってゼロ号砲を撃たれる可能性がある…ですかね?」

 

 僕の回答にカイトさんは「半分正解だ」と言って微笑んだ。

 

『完全な包囲が出来たとしても、遠距離からゼロ号砲を起動させられる可能性もある。要するに「不確定要素は早々に潰していく必要がある」…ということだね?』

「しかし、それだけに重点を置けば彼奴に逃げられてしまうかも知れませぬ。南木鎮守府攻略と同時にシルシウム島にも突入すべきでは?」

 

 ナベシマさんの案に対し、僕らは頷いて肯定する。

 

「シルシウムを含めた他四島の機械設備…仮に「穢れ注力装置」と名付けるが、それの存在も気になるところだ。アレはゼロ号砲の比ではないにせよ、穢れの魔力が溜められている以上エネルギーが射出されれば、着弾地点及び周辺の被害も少なくはないだろう。穢れ玉は一つ破壊済みだから、どれか一つは穢れ玉が無いモノとなる。先ずは設置済みを優先的に無力化したいが…長門、その辺りはどうなっている?」

「うむ、シルシウム島は先ほど申したとおり近づけなんだが、他三島のうち一島内の装置には、穢れ玉らしきものが見当たらなかったと報告を受けた。状況から差し引いてもシルシウム島に穢れ玉があるのは間違いないだろう」

 

 因みに三島の穢れ注力装置はステルスで見えなくなっていたとの話だけど、連合がデイジー島に設置したレーダーによって「穢れ玉の反応」も感知できるようになったとのこと。鳥海さんたちは改めて「ステルス無効ゴーグル」の目視で穢れ玉を確認出来た訳だね? …うん、TW機関もだけど、連合も大概オーバーテクノロジーだよね?

 ユリウスさんと長門さんの会話を起点に、僕らは状況を整理しながらどうするべきか案を出し合っていく。

 

「要はドラウニーアが余計なことをする前に、ゼロ号砲や三島の穢れ注力装置を壊しておきたい…ということか? となるとその四箇所に艦隊を事前に配置したら頃合いを見て一斉に突入して、一気に破壊する流れになりますか?」

「いや、五箇所だな。デイジー島に敵が攻めて来ないとは限らない、拠点に沿岸警備隊は付けておきたい」

『四部隊を攻略地点へ配備し、一部隊を警備隊として守りを固める。向こうの動向も気になるところだが、それしかないだろうね?』

「ふむ、ならば艦娘たちをそれぞれ割り振らねばですな。現在この場に居る艦娘たちの総数から、計五箇所に派遣するとして…単純に「四人一組編成」になりますかな?」

『そうなるね、偵察に出向てくれている鳥海の隊はそのままで、第一次増援部隊に舞風を加えた「ウォースパイト隊」に、クロギリ海域を見張ってくれていたサラトガ隊、サラトガ隊は三人だから誰か一人入ることになるが、僕は「長門」に入ってもらいたいと思う』

「…っ!」

『長門、言いたいことは分かるが先ずは一回概要を説明し切りたい。…それとタクト君たちの主力部隊を「シルシウム島突入部隊」と「南木鎮守府突入部隊」に分けたい。シルシウム島部隊に「三人」と加古と長良を加える形だね?』

「僕たちでシルシウム島と南木鎮守府の両方を攻略する形ですね? …ん? 三人? それってシルシウム部隊を「五人編成」にしたいということですか?」

『駄目かな? シルシウム島はドラウニーアが居る以上警戒が厳重になっていると予想できる、港湾棲姫以外の姫級との戦闘も想定される。出来れば…天龍君と綾波君を入れて「現状最高戦力」としたいのだけど?』

 

 カイトさんは涼しげな顔で無茶な要求をして来た。いや分かるけど…何かあるか分からないし南木鎮守府を三人で攻略は…ちょっと不安だなぁ。

 僕が悩んでいると、ユリウスさんがそれに対する回答をする。それは比較的「シンプル」なものだった。

 

「では、南木鎮守府部隊に「タクト君」を戦力として加えるのはどうかな。これで南木鎮守府攻略隊は「四人」となる、どうだろうか?」

『うん、それが最適だね』

「(ちょっとっっ!?)」

 

 何か話がすごいことに…つまりシルシウム島突入は天龍たち改二艦を含めた「現状最高戦力」に、南木鎮守府突入部隊は残りの仲間と…僕、になるの?

 

「宜しいのですか? タクト殿は人間なので戦力としては」

『そうはいかない。貴方も彼の南木鎮守府での活躍の報告は受けているはず、ならばナベシマさん…この非常時に彼だけ戦力外とするのは、タクト君にも失礼でしょう?』

「むぅ…;」

 

 ナベシマさんが疑問(助け舟)を出してくれるも、それっぽいこと言われて反論が出来ないようだ。

 はぁ…カイトさんがこう言い出すと聞かないからな、戦力も足りないのだろうし今までだって散々振り回されて来たし今更か。

 

「分かりました、それで構いません。それだと部隊分けは「天龍、綾波、金剛、加古、長良」と「僕、翔鶴、野分、望月」になりますか?」

『…いや、望月は天龍隊に加えよう。望月はドラウニーアの考えを寸前で見抜いたみたいだからね、彼女が居た方がアクシデントがあった時に良いだろう』

「それが賢明だな。…しかし、野分君を南木鎮守府に行かせていいものか? 彼女の容態は確かに安定しているが、他の娘に任せることは出来ないものか?」

 

 ユリウスさんが野分のことを心配してくれてる。僕も気になっていたので改めて聞いてみる。

 

「ユリウスさん、野分の様子はどうですか? 確か望月と一緒に身体検査したと聞いて」

「あぁ、問題はないよ。彼女の体調及び精神は非常に安定している。深海細胞の体内侵食も止まっている、君の深海棲艦の知識を拝借すれば、彼女は自身の「個」を意識するようにしていると言っている、それが功を奏しているようだ」

「良かったぁ、では任務自体に支障はないんですね?」

「あぁ、だが何かあってからでは遅いと思うのだが…どうだカイト?」

『…ふぅ、残念だけどその相談は受けられないね。この二箇所は他と比べても攻略難航は予想に難くない。だったら今まで様々な海域を攻略して来たタクト君たちこそ信頼できる』

「だがな…」

 

 ユリウスさんが言い淀んでいると、カイトさんはもう一つ理由を付け加えた。

 

『君たちの演習を僕も見せてもらったんだけど、ああゆう型に嵌らない出鱈目な動きで統率も取れている艦隊は君たちぐらいだ。危険も任務難易度もある以上他の娘には任せられないな…解ってもらえるかい?』

「はぁ…そこまで言うなら仕方あるまい。望月が何か言い出しそうだが、まぁ何とでも言ってみるさ』

 

 カイトさんの意見に、ユリウスさんは少し不安げだけど了承しているようだ。まぁ灼光弾改で黒い霧を打ち消すって聞いたし…とはいえ僕も不安は拭えないけど、敵も強くなっている以上はね?

 敵の構成としては変異したドラウニーア、レ級、それと港湾棲姫──金剛たちは「僕たちの救援中に交戦したけど、途中で逃げ出した」と言っていた──が居る。アイツのことだから他にも隠し玉が居てもおかしくはない。ここまで考えても届かないんだから…本当に、ある意味で恐ろしい敵だよ?

 でも決めない訳にはいかない、僕たちは出し合った意見をまとめていく。その結果…こういう配分となった。

 

 

〇デイジー島哨戒

 ・鳥海隊(鳥海、吹雪、五月雨、漣)

 

○ シルシウム以外の二島攻略

 ・ウォースパイト隊(ウォースパイト、不知火、舞風、早霜)

 ・サラトガ隊(サラトガ、酒匂、プリンツ、長門)

 

○シルシウム島攻略

 ・天龍隊(天龍、綾波、望月、加古、長良)

 

○南木鎮守府攻略

 ・タクト隊(拓人、金剛、翔鶴、野分)

 

 

「これでよろしいでしょうか?」

 

 僕の言葉に大方は異存なしと頷いてくれたけど、ここで漸く長門さんから待ったが掛かる。

 

「待て、私は前線に出なくとも良いのか? サラたちが心配なのは解るが私も天龍隊に加わるべきでは?」

 

 その疑問は誰にでもあるだろうけど、それについては提案者であるカイトさんが答えてくれた。

 

『本来ならそうしたいのだが、アイツはどう動くのか全く解らない。故に何かあった時のために戦力はある程度均等にすべきだと思うよ。それに君も数年間の潜入任務を終えたばかりだ、君にその自覚はなくとも戦いの途中で身体の限界が来ることも有り得る。無理はさせられないよ』

「しかし…っ!」

 

 カイトさんはこう言っているが、本心は長門さんを「喪いたくない」のだろう。前の会議の時に零した「叶うことなら助けたい」にはかなりの気持ちが入っていたからね、それに数年も戦い続けておいてまた最前線へ…だなんて流石の連合の立場からも言えないんだろう。

 僕としては「まぁ、クロスロードだし?」って身も蓋もない考えはあるけど、僕はあくまで理性的に長門さんを諭してみた。

 

「長門さん…お気持ちは察しますが、やっぱり貴女にはサラさんたちを守ってあげてほしいんです。彼女たちに何かあれば…翔鶴も、他ならぬ貴女も悔いが残ると思われます。だから…僕を、天龍たちを信じてあげてほしいんです」

 

 戦略だけじゃない、彼女たちのために護ってあげてほしい。僕がそう言い添えると長門さんも「やるべきこと」を理解した様子で頷いた。

 

「承知した、ならば…ドラウニーアのことは任せたぞ」

「はいっ!」

 

 僕は長門さんに勢いよく返事した、それを聞いてカイトさんが話を纏めた。

 

『話はひと段落したかな? では部隊配備はこれで決めよう。作戦決行は明日、指定配置につき次第その場で待機。合図と同時に攻略部隊は全突入し目標を破壊する、それで良いかな?』

「うむ」

「問題ない、それで決めよう」

「いよいよですな…!」

「はい、この戦いで…今度こそ決着をつけましょう!」

 

 僕らは何年にも及んだ世界を賭けた戦い、その最終決戦を感じ取り各々決意を固めた表情で頷く。

 漸くか…僕が感慨に浸っていると、テントの中に誰かが入って来た……鳥海さんだ、凛とした表情の彼女はこの場に来た理由を話す。

 

「──お話の途中失礼します、急ぎ御耳に入れておきたい事態が起こりました」

 

「っ! もしかしてドラウニーアが?」

 

 僕の疑問の言葉に、鳥海さんは首を横に振った。

 

「いえ、シルシウム島哨戒の途中で南木鎮守府より「通信」がありました」

『何だって!?』

 

 鳥海さんの言葉に、僕らの間に激震が走った。

 

『南木鎮守府にはジャミング波が…いやそれ以前に、ドラウニーアが居なくなった以上今の鎮守府は「無人」のはずでは…!?』

「通信自体は特におかしい部分は無かったので、ジャミング波の影響は無くなったものと思われます。ドラウニーアもシルシウム島から出ては居ない様子でした」

『…一体何が起こっているんだ?』

「鳥海さん、通信で相手は何と?」

 

 僕の質問に鳥海さんは、息を整えてはっきりした口調で語り出す。

 

「通信はモールス信号でした、幸い私は意味を理解出来たので訳(やく)は問題ないはずです。内容は──"ナギチンジュフニテマツ、カコノシンジツヲカタル"…です」

『…真実? まさか…?』

「それって…翔鶴の過去と何か関係が?」

 

 何故今翔鶴なのか、翔鶴と関係あるのか? そう言われたら違うかもしれないけど…でも、僕の目の前にはまだ「IP」はまだ現れておらず彼女の好感度も上がっていなかった。その事実と照らし合わせて、ここに来ての「過去の真実」という言葉は、無関係とは思えなかった。

 南木鎮守府崩壊事件には、ほぼ事実が解明しているとはいえまだ不明瞭な部分は確かにあった。それを知っている人物(?)が南木鎮守府に居るのだとしたら…!

 それらを明らかにしない限り、翔鶴の改二改装は出来ない。僕は皆に一応どうにか出来ないか持ち掛けてみる。

 

「カイトさん、ユリウスさん。僕らが先行して南木鎮守府に潜入して、内部で何が起こっているのか確認するのは、可能でしょうか?」

『うぅん。罠だから止めておきなさい、じゃ納得しないよね? 過去というワードが出たのは、君がやろうとしている「翔鶴のカイニ」を向こうも知っていると見て良いだろう。だが…一か八かにはなりそうだねぇ、連合としては選ばれし艦娘クラスの戦力が手に入るなら、願ったりなんだけど?』

 

 確かに、ここに来てドラウニーア以外の敵対勢力が居れば、ややこしい事態になりそうだ。行くべきかどうか…僕らが悩んでいると、意外な声を上げる人物が。

 

「──良いんじゃないか? 行ってあげなさい。それがきっと彼女のためになるだろう」

 

 ユリウスさんだった、いつもの彼ならこういう場面は訝しむはずなのに、今日はやけに肯定的だった。

 

『ユリウス殿、何か考えが?』

 

 カイトさんの問いかけに、ユリウスさんは静かに頷いた。

 

「こんな遠回りなやり方をする人物に、私の知己で一人心当たりがある。おそらく彼が…いや、半信半疑ではあるがな。ドラウの協力者だった彼は、もう始末されているモノと思っていたが」

『…そうか、貴方がそう言って下さるなら、やってみる価値はあるかもね?』

 

 何だか二人だけで納得しているみたいだけど、本当に大丈夫なのかな? 意見を言ったのは自分だけど。

 

『ではそれを踏まえて改めて作戦の概要を説明しよう、当日に指定位置に計五隊を配備、三島担当隊は敵の動向を見張りながら待機、先ず南木鎮守府隊が先行して突入する。灼光弾改で黒い霧を無効化した後、内部に潜入し謎の人物と邂逅し、その真意を確認してくれ。それが済み次第ゼロ号砲破壊に向かい、完全破壊が確認取れ次第、警戒を厳としつつ三島隊もそれぞれ突入し穢れ注力装置を破壊する…どうかな?』

「異存ありませぬ」

「同じく」

「うむ、それで行こう」

 

 カイトさんの説明に、三人とも納得してくれたみたいだ。

 

「ありがとうございます、謎の人物と接触してから必ずゼロ号砲を破壊してみせます!」

『よろしく頼むよ。言うまでもないと思うけど決して焦ってはいけないよ、ゼロ号破壊に見えない壁があるとしてそれを打ち破れるのは、翔鶴のカイニであることはこの場の全員の見解だからね?』

 

 カイトさんの言葉に肯定して頷くナベシマさん、長門さんにユリウスさん。僕は彼らに深い感謝を込めて頭を下げるのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──翌日、作戦決行当日。

 

 僕たちはドラウニーアの野望を完全に打ち砕くため、ゼロ号砲がある南木鎮守府へ、そして他の皆はシルシウム島を含む三島にて警戒しつつ待機して、僕たちがゼロ号砲を破壊した後にドラウニーア捕縛及び穢れ注力装置の破壊を敢行する。

 先ずは僕たちだ、僕と金剛、翔鶴、野分は黒霧に包まれた南木鎮守府を前に、いつでも突入出来るように準備を進めていた。

 最初は事前にガスマスクを着ける、望月にお願いしてガスマスクは人数分揃えてもらった。次に敵影の有無…翔鶴の航空隊が彼女の下に戻って来る。それを踏まえて翔鶴は僕たちにジェスチャーを送った──異常なし、突入は大丈夫みたいだ。

 

「──こちら「タコシノ」異常なし」

 

 通信で異常がないことを皆に伝える。タコシノとは通信が傍受された時のための、僕らの隊名を隠す暗号、でも意味は単純に「構成メンバーの名前一文字目」から取っている。意外にバレないんじゃないかな…と思いたい。

 

『テモアカナ、異常なし』

『ウォシハマ、異常ありません』

『ササナプ、異常なしです』

『チササフ、異常なし』

 

 三島攻略部隊とデイジー島哨戒隊も音声通信で状況を伝える、全員異常なしか…それぞれ確認すると、カイトさんが号令を掛ける。

 

『これより決行とする、タコシノは行動を開始せよ。どうぞ?』

『了解、タコシノは状況開始します。通信終了』

 

 僕は通信を終えると周りを再確認して、金剛たちに「突撃」の合図を出す。金剛たちは頷いて僕の後について来る…いよいよ南木鎮守府突入だ!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──暫くして、黒霧の立ち込める中僕は皆と海上を駆けながら金剛に指示を飛ばした。

 

「金剛、お願い!」

「オッケー! 灼光弾改装填済み、砲塔角度修正…良し! 行っくよーー! ファイヤーーっ!!」

 

 金剛は砲塔から白く輝く光の弾を射出した、それは打ち上げ花火のように高い音を出しながら空高く上がる──そして。

 

 

 ──カッ!

 

 

 南木鎮守府上空に達すると、月の光のような淡い輝きが広がる。鎮守府を覆っていた闇を掻き消した。強い光ではないのでわざわざサングラスをかける必要はない。

 僕らは光が空中に溶けるのを確認すると、恐るおそるガスマスクを外す。……っふぅ、空気が美味しい。大丈夫みたいだ。

 

『灼光弾改の効果は1日が限度だな、余裕はあるが油断しないことだ。それまでに零鉱石の破壊…っと、その前に謎の人物とのコンタクトだったね? この二つの任務を速やかに遂行してくれ!』

「分かりました、ありがとうございますユリウスさん!」

『健闘を祈るよ、タクト君』

 

 僕は通信でユリウスさんにお礼を言って、そのまま南木鎮守府へと突撃する。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──それから少し時間が経過した。

 

 大分進んでみたいだけど、深海棲艦の気配がまるでないなぁ。やっぱり零鉱石の影響もあったみたいだね? 静かで良いけどどこか不気味だなぁ。

 そうして前を駆けていると、開けた場所へ出て大きな建物が目に見えた。ここが…南木鎮守府みたいだ。

 僕らは入り口正面の海面から伸びている4~5段ぐらいの階段を見つけると、足をつけてそのまま駆け上がる。入り口前で立ち止まって南木鎮守府の建物を見上げる…大きい、やっぱり海魔大戦時の主要鎮守府だけあって、造りがしっかりしているみたいだ。所々焼け焦げていて外装も劣化してひびが酷いけど、それを差し引いてもある種の荘厳さ──という名の不気味さ──が感じ取れた。

 

「…懐かしいわね、任務帰りにこの入り口でこれからどうしようかって皆で話してたな。酒匂とプリンツが食堂のおばちゃんと仲良くって、帰ったらデザート食べるんだ~って燥いでて。それをシスターと由良に窘められて…最初は皆で報告に行こうって決まって、私も瑞鶴もお腹空いてたから早く報告しようって…子供みたいに廊下を走って」

「……翔鶴」

 

 翔鶴は思い出に浸っているみたいだが、ここでそんな時間は取れない。残念だけど…僕が一言窘めると、翔鶴は柔らかな笑みを浮かべて謝罪した。

 

「ごめんなさい、攻略優先よね? 回想は全部終わってからにするわ」

「僕の方こそごめん、本当はじっくり思い出話を聞かせてほしいぐらいなのに…」

「もう、何言ってるの。…さぁ、行きましょう。通信が入ってるとしたら作戦指令室が怪しいわね、先ずはそこへ」

 

 翔鶴が南木鎮守府の水先案内人となってくれるようだ、僕たちは翔鶴の案内に任せ彼女の後を付いていく…すると。

 

「…っ? 何…人影? 人が居る」

 

 僕が目前の入り口で見たのは、白い軍服を見事に着こなした背の高い謎の人物だった。肩幅が広いから男性なんだろうけど、顔が軍帽を深く被ってるせいかよく見えない。何者なんだ…?

 僕らが疑問を隠せないでいると、翔鶴は…口を両手で覆い身体を震わせ、ひどく驚いた様子で「衝撃の一言」を発した。

 

 

「──…っ!? 嘘……てい、とく……っ!」

 

 

「何だってっ!?」

 

 何と、翔鶴は目の前の人物を「南木鎮守府の提督」だと確かに言ったのだ。まさか…由良の話だと彼女に胸を貫かれて「絶命した」って…!?

 

「ワッツ!? でも南木提督って…もう」

「ま、まさか幽霊なのですか? ウゥララァ…;」

「これは…「本物」なのか?」

 

 僕と金剛、野分がそれぞれのリアクションを取っていると、立ったまま僕らをじっと見つめていた南木提督(?)は…背を向けて鎮守府内部へ入ってしまった。

 

「待って!!」

 

 翔鶴は急いで南木提督を追いかけ、僕らも慌てて翔鶴を追いかけ鎮守府内部へ潜入する。

 

「提督! 提督!! どこに居るの…?」

「…っ! 見てあそこ!! 廊下の向こう側!!」

 

 金剛が指差したのは正面玄関から入ってすぐの長い廊下、その曲がり角を白い影が曲がるのを僕たちは確りと目撃した。

 

「提督!」

「追いかけよう!!」

 

 僕らは一斉に走り出して、南木提督…? の後を必死に追跡する。歩いているような歩幅なのにスピードがすごく早い、うっかりしてると見失いそうだ。

 廊下の曲がり角から、少しして右の階段を上がり、三階に登ったところで廊下を右へ、見ると上に「執務室」と書かれた名札が見える部屋を…通り過ぎた?

 

「執務室の奥には作戦会議室が、そこじゃなかったら一番奥の「作戦指令室」よ!」

 

 翔鶴が叫んで僕たちに、南木提督の向かおうとしている凡その場所を伝える。

 彼女の言ったとおり、南木提督は作戦会議室を通り過ぎると、一番奥の部屋へ入っていった。暗がりだが中から電光が見える、誰か居るのか…?

 僕らは作戦指令室へ入り、入り口付近にある照明のスイッチを押す。すると──目にしたのは整然と並べられた数台の事務机に、正面の壁一面には数多のコンピューター機械が敷き詰められるように立て掛けられ、液晶画面で薄暗い部屋をほのかに照らしている光景だった。

 良く分からないけど画面内には独りでに「C言語?」が打ち続けられている。そのすぐ下にはパソコンのキーボードパネルのような文字の羅列した入力キーがズラッと並んだ「入力装置」を発見した。

 南木提督はその装置の前に立って僕らを迎えてくれた、何にも喋ってくれないけど。どうしたものかと辺りを見回すと……南木提督の足元、床に「赤黒いシミ」が見えたので、視線を移すと──

 

「──…っ!!? うわぁ!!!?」

「タクト!? どうしたの…っ!?」

 

 僕の驚く声に金剛が反応すると…彼女も「見てしまった」ようだ。

 

 

 ──床に倒れ伏す、既に息絶えた男の「亡骸」を…!

 

 

「し、死体…誰かの「死体」がある!?」

「何と!?」

「何ですって!? …? この白衣の男、何処かで?」

 

 僕らがいきなりの死体発見に戦慄している中、翔鶴は疑問を浮かべながら死体を見ていた。

 どうやらこの部屋で何かの「事件」が起こったようだ、そしてユリウスさんの予測を元に考えると…どうやらこの白衣の人はドラウニーアの「協力者」おそらくは南木提督たちが匿っていた研究員の一人だろう。何故死体になっているのかは謎だったが…?

 

 

 一体何があったのか──そんな風に混乱する思考を整理している時だった、今現在のこの状況、この場にそぐわない「底抜けに明るいような声」が響いたのは。

 

 

 

『──よく来てくれたネェ、ぼくの通信に気づいてくれたようだネヴェイビー!

 

 

 

「…っ!!!?!」

「この声は…貴方は誰なの!?」

 

 翔鶴の驚きの声に応じるように、壁の無数のコンピューターの一つが砂嵐を起こす。少しの間ざぁざぁと鳴り響くと…画面の中に青い背景を背にした「ボサボサ頭の男性」が現れた。

 

『やぁヴェイビーたち、ぼくこそが君たちを呼んだ張本人。元TW機関研究員の「マサムネ」サ! よろしく頼むヨヴェイビー!』

 

 僕たちの目の前に現れた、謎の人物「マサムネ」。

 このふざけた男が、翔鶴改二の鍵を握っているとは…呆けている僕らはまだ気づけなかった。

 




 だって「ベイビー」って書いてあったし…。


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最後のサイコ・サイエンティスト

 なんとこのお話で100話目だそうです。スゲェ。
 だからといって特に何かあるわけではないですが、しょうがないね?


 …ちょっと待って、お願いだから整理させて。

 

 南木鎮守府突入時、入り口から僕たちを見つめる影があった。それは──南木鎮守府提督、だという。

 死んだはずの彼が何故? 僕らの疑問を他所に南木提督は鎮守府内へと入っていってしまい、僕らはそれを追いかける。

 辿り着いた先は作戦司令室だった、福数のコンピュータの並ぶその部屋の床には謎の死体があった…!

 

 ──それと同時に謎の声が響くと、コンピュータに映し出されたのは…死体として倒れていた白衣の人物と「同一人物」の顔だった。

 

 一見すると眼鏡を掛けてインテリっぽい雰囲気を出してる、正に研究者って出立ちだけど…問題は「声」だ。

 

『やぁ〜君が特異点だネェ! 会えて光栄だヨヴェイビー、こんな状態になる前に会えてたらもっと良かったんだけどネ!』

 

 …台詞から察して下さい。いや、ね? こんな終盤もしゅうばんによくこんな「爆弾」を入れて来たね?! 下手したら雰囲気台無しだよ!! 敢えて言うと…花○君じゃねーか! 流石にあの個性的な髪型はしてないけどボサボサって感じだけど!?

 

「…タクト、さっきからニヤついてるけど…どうしたの?」

 

 金剛が僕を心配…いや訝しんで聞いてくる、お願いだから聞かないで…言っちゃいそうだから、ちび〇〇子ちゃんって口走りそうだから。

 

「な、何でもないよー、アハハ…ッ!」

『ン~! 無理もないよネェ、死体として倒れているぼくを見た矢先に、コンピューター内に同じ顔のぼくが在るんだからサ! 許してくれたマエこれもぼくが天才すぎるせいなのサヴェイビー!』

「(そっちじゃないんだよなぁ…;)」

「コマンダン…どうなされたのですか?」

「あぁうん、本当に大丈夫だから…それにしても、あそこの人の喋り方とか、野分とキャラが被っちゃうんじゃないの? ナルシシストというか」

「あっ、それ私も思った!」

「私も…ただでさえキャラが濃いのにそれが二人分なんて…正直止めてほしいわ」

「っ!!? ボクは皆さんから見たら”あんな感じ”なのですか?! …そうですか……少しショックです」

 

 僕らの総意に野分が項垂れていると、コンピューター内の人(?)がそれを否定した。

 

『チッチッチッ! ナルシシストとか聞こえたけど安心したマエ、自分で言うのもなんだけどぼくは自分に酔いしれてはないヨ、研究には熱が入ってるけどネヴェイビー!』

「やかましいよ!?」

 

 いかん、彼結構ノリが良い。というか胡散臭さの方が勝ってるんだけど!?

 僕らが突然のことで困惑していると、映写型通信機からユリウスさんの通信が入る。僕はダイヤルをユリウスさんに回すと、程なくユリウスさんの映像が映し出された。

 

『…こんなことだろうと思っていた』

 

 流石ユリウスさん、一瞬で状況を理解したようだ。同じ研究員同士みたいだし取り合えずユリウスさんに任せようと、僕はコンピューター内の人物へユリウスさんを見せる。

 

『おぉ! 我が友のユリウス君じゃないカ、久しぶりだネェ~元気だったカイ?』

『おかげ様でな? 矢張り始末はされていたようだが…まさか「AI」となってデータ内に潜んでいたとは』

『ぼくのオリジナルが殺されることを想定して作成したのサ、プロテクトを掛けてブラックボックスに隠れていたから、ドラウニーアでもぼくを見つけられなかったみたいだネェ。頃合いを見て通信を通して暗号を送っておいたんだケド、上手く行ったみたいだネヴェイビー!』

「ユリウスさん、あの人? は一体…?」

 

 僕が疑問を零すと、ユリウスさんは眼鏡の位置を直しながら答えた。

 

『彼はマサムネ、私とドラウと同じ元TW機関研究員の一人だ。このとおり超科学を使いこなせるほどの天才的頭脳の持ち主だ。もう理解していると思うが南木提督が匿っていた研究員とは彼のことだ、一見優男にしか見えないだろうが…コイツは「一部の道徳観が欠如している」と言っていいだろう』

「それは「目的の為なら悪事も働く」ということですか?」

『そうだ。マサムネは研究者としては優秀だが、規律を遵守する心が「破綻している」。つまり研究以外の物事はどう転ぼうが、コイツにはどうでも良いんだ。おそらく翔鶴君の過去の出来事にも一枚噛んでいるだろう』

「…何ですって?」

 

 翔鶴はユリウスさんの言葉に当然の怪訝な反応を見せるが、マサムネさんはそれに柔(にこや)かに反論した。

 

『酷いなぁ、ぼくは確かにドラウに研究場所の確保を条件に、南木鎮守府を陥れるため彼女の提督に接近したケド、悪気はないのサ。ドラウニーアから南木提督が死んだって言われた時は、流石の僕も怒ったサ! 人殺しは駄目だよネ? まぁドラウが「言うこと聞かないならお前も殺す」なんて言って凄むカラ、まぁ仕方ないよネって気持ちを切り替えてたのサ』

 

 …駄目だ、重要なことを喋っているはずなのに、微塵も反省の色が見られない。本当に人格破綻者みたいだ…サイコパスとかソシオパスとかあの辺かな? まぁだからとはいえ「悪者」と決めつけるのは早計だけど。ユリウスさんの様子を見ると「()()()()()()()()()()()()()()」みたいだから。

 

『ドラウは彼の能力を買っていたので、何らかの形で関わっていたのは予想出来ていた…だがその様子だと、アイツに「反逆」して殺されたようだな。予測だが死後AIとなっているのは我々に接触することがアイツに手痛いダメージを与えることになるから。裏切ろうとしたのは、それだけドラウを見限れるだけの「何か」をされたためだろう』

「マサムネさん、貴方の目的は何ですか? 何故僕たちをここへ?」

 

 僕が改めて問いかけると、マサムネさんは「待ってました!」と言わんばかりに満面の笑みを浮かべて回答した。

 

『ぼくは君たちに取り返しのつかないことをした…殺される少し前にそれに気づいたのサ。だから「罪滅ぼし」がしたいと思ってネ!』

「…罪滅ぼし?」

『そうさ特異点…いいやタクト君。君がデイジー島で鎮守府崩壊事件について調べていたのは、超科学を利用した「ステルス・モニタリングシステム」で聞いていたぼくには筒抜けなのサ!』

「すて…何ですか?」

『ステルス・モニタリングシステム。ある一定の範囲内かつ特定の場所での会話を「盗み聞く」ことが出来るシステムだな、どうやらデイジー島での君たちの会話を盗聴していたらしい』

「と、盗聴…!?」

 

 ユリウスさんが説明してくれたけど、サラさんとの会話のこと言ってるのかな? …えぇ、そんなことしてたんだ。変なこと喋らなくて良かった…;

 

『その時ぼくは気づいたのサ、過去の真実を暴くことに当事者の翔鶴君じゃなくて君が躍起になっているということは、それだけ重要な問題だということに。それならぼくはAIになってでも真実を告げようと決めたのサ! それがドラウへの「仕返し」にも繋がるだろうし、ぼく自身の罪滅ぼしにもなるのサ!』

 

 言いたいことは理解出来るけど…イマイチ信用出来ないというか、まだ分からないことがある。

 

「…一つ聞かせて頂戴、貴方…どうしてドラウニーアと結託して提督を嵌めようとしたの? 仕返しするぐらいなら、あいつと縁を切るべきじゃなかったの? そのぐらいの時間はあったでしょう」

 

 翔鶴も彼の言い分に納得出来ないらしく、何故と疑問を追究していく。マサムネさんもそれに回答する。

 

『君の言うとおりサヴェイビー、ぼくも前から怪しいとは思っていたけど…ぼくにはある目的があってネ? 彼と居ればそれが叶うと信じていたのサ』

「目的?」

『ふむ、それはお前がいつも言っていた「研究」だな?』

 

 ユリウスさんの言葉を肯定して、マサムネさんは事情を説明する。

 

『ぼくは自分の研究、マナに代わる「新たなエネルギー開発」に本当に生涯を賭けていたのサ。マナはこの世界から確実に無くなりつつある、昔はマナの穢れをマナの代替えに使えないかと言われていたぐらいだからネ、皆不安だったのサ! だから…最初はぼくの研究に興味を示したドラウと一緒に、マナの穢れを別のエネルギーに「変換」出来ないかと、共同で実験を繰り返していたのサ』

 

 エネルギー問題か…確かに連合の尽力で科学が浸透し始めているけど、やっぱり皆昔の「マナに溢れた何でも出来る世界」に戻りたかったんだろうね。そういう意味では彼もドラウニーアと目的は同じだった。

 でもあくまで自分の「研究」が第一であっただけで、ドラウニーアと手を組んで南木鎮守府を崩壊させたのは「不本意」だったと言いたいのか?

 僕はそう問いかけると、マサムネさんは頷いて肯定し話を続ける。

 

『だけどそのための機械を造るためには、整った整備環境や広い施設が必要だったンダ。しかしぼくらはその時既に連合から追われる「お尋ね者」の立場だったからネ? どうしても研究場所の確保が必要だった、そんな時に南木鎮守府には立派な工廠があると聞いてネ? 鎮守府なら研究スペースも十分だし、その工廠を研究所として使うことが出来れば、ぼくは研究を完遂出来ると踏んだのサ!』

「…そんなことのために南木鎮守府を、皆を陥れたの? 貴方たち…最低ね」

 

 翔鶴はマサムネさんに向けて静かな憎悪の眼を向けるが、彼はお詫びを入れながらも釈明する。

 

『すまないネヴェイビー! 君たちには悪いことをしたとは思うケド、ぼくは自分の研究成果が世の中の役に立つことが出来れば、ぼく自身が犯罪者と言われても仕方ないと考えていたのサ。偉大な功績は「誰も通らない道」にこそ存在してるからネ! どんなことをしてでも成し遂げる気持ちを持てば、いずれ世界を変える発見を生み出す。これこそが科学者もとい「探究者」の本質というものサ! ねぇユリウス君?』

『一緒にするな、と言いたいところだが理解出来てしまう自分が歯痒いな。まぁ…コイツに善悪の観念は存在しない、コイツはただ己の目的のために動いただけだ。悪気は…理解はあるだろうが「命の価値観が全く違う」から、怒っても意味はないと思うぞ?』

「そのようね、はぁ…怒る気も失せるわ。全くとんだマッドサイエンティスト!」

『誉め言葉として受け取っておくヨヴェイビー!』

「ええい、喋るな! 鬱陶しいわね…」

 

 なるほど、彼にはかれなりの信念があって動いていたのか。分かりやすく言うと「少数の犠牲を出してでも世界を救う」ということかな? でもそういうのって…大抵上手くいかないんだよなぁ?

 まぁ僕はその考えの一部は理解出来るし、翔鶴も一応納得してくれたみたいだから文句はない。問題は…どうして僕らに「協力」する気になったのか。彼とドラウニーアがまだ繋がっていることだって考えられる。

 僕はその疑問を問いかけると、マサムネさんは変わらずニコニコしながら話し始める。…関係ないけど、サイコな性格って分かったからこの「微笑み」が違う意味に見えて…不気味だ;

 

『君たちから南木鎮守府を奪った後、ぼくはここを研究所として使い始めたのサ! 幸い連合はこの海域を封鎖したみたいだから、邪魔が入ることもなかったしネ! そして…ぼくはドラウと協力して「マナの穢れを別のエネルギーに浄化(変換)する装置」を作った! ……と思ったんだけどネェ』

「もしかして…それがゼロ号砲だった?」

 

 ぼくの回答に、マサムネさんは「それ!」と指を差して肯定した。いちいちリアクションがウザイな…;

 

『そのとおりだヨヴェイビー! まさか僕の世紀の発明がゼロ号砲だなんて恐ろしい代物になってるなんて、完成するまで気づかなかったのサ!』

「アンタがゼロ号砲造ったのか、いやでも分かるでしょ普通!?」

『ン~確かにおかしいなとは思ったヨ、本来の浄化装置はマナを取り込める「艦鉱石」を利用して、穢れの毒性を相殺しつつエネルギーを抽出する流れだったんだケド、途中から「寧ろ穢れを増幅する」ことに気づいてたサ! でもドラウに聞いても「穢れの魔力を増大させねば、浄化してもエネルギーは殆ど残らない」と言ってて、ぼくもそれに「一応」納得してたのサ』

「いや…そう言われたら納得するかもだけど?」

「じゃあ…貴方がゼロ号砲を造ったのは、ドラウニーアに言い含められてアイツの真意に気づかなかったから?」

 

 金剛のズバリな回答に、マサムネさんは嬉しそうに喋っていた。

 

『そうさレディー、ドラウニーアはプライドの高い性格だケド他人の才能の良し悪しは認めてるのサ。機械の開発はぼくの得意分野だったから、彼はぼくを騙してでもゼロ号砲を完成させたかったみたいだネェ。でも随分前から怪しかったから、ぼくも殺される前提で対策を進めていたということサ!』

『それで「AIになること」を含めた準備が整ったお前は、ドラウニーアを問い詰めた矢先ヤツに始末された…と?』

 

 ユリウスさんが纏めると、マサムネさんは深く大きく頷いた。

 

『ドラウニーアがぼくを騙していたと理解した時は、流石のぼくも”参ったな”と後悔したヨ。君たちに分かりやすいよう言い換えれば、研究の成果というのはぼくにとっては「息子」のようなモノなのサ、それを歴史に残る大発明とかじゃなく、悪魔の兵器として利用されることがどうしても許せなかったのサ!』

「マサムネさんは、ドラウニーアがやろうとしていたことは知らされていなかったんですよね?」

『そうなのサ、ユリウスも言っていたケドぼくは研究以外どうでも良かったんだヨ。だからこそ南木鎮守府の諸君を「犠牲」にしてしまった以上研究を完遂させなきゃと意気込んでたのサ! その裏でアイツが世界滅亡だとかを考えているとは…全く、そんなことをして何の意味があるのか理解出来ないヨ。ぼくも大概だとは思うケド、彼はぼく以上に狂っていたみたいだネヴェイビー!』

 

 彼もまた被害者だった…ということか。騙されていることに直前に気づいた彼は死んでもドラウニーアに報復することを選んだのか。それにしても…?

 

「自分の発明が悪用されたから、それに対して死んでも報復するなんて…とんでもない執念だなぁ」

『我々研究者にとっては、それだけ研究成果が大切であるということだな。その成果が人類の進化を大きく前進させることだって有り得るのだから。…無論お前の場合は自業自得ではあるがな?』

『相変わらず辛辣だネェヴェイビー! 堅物過ぎて三人の中では一番研究成果が出せなかった君だからこそだろうけどネ!』

『………タクト君、データの削除方法を知りたいなら私が今すぐにでも教えてあげるよ(暗黒微笑)』

「お願い出来ますか(真顔)」

『あぁっ、やめたマエ君たち! 冗談で済む内が花なのサ!?』

「おめぇいい加減にしやがれ下さいよ、協力するならそれでもいいけど真面目にやって下さいね!」

『もちろんサヴェイビー! データを消されたらぼくも堪ったものじゃないしネ!!』

 

 なんかいまいち釈然としない部分もあるけど…そういう理由があって協力してくれるというなら、こっちも吝かじゃない。

 

「僕は彼に手伝ってもらおうと思うけど…どう翔鶴?」

「えぇ、本気? はぁ…まぁ言ってることはほぼ真実みたいだし、罪滅ぼしがしたいというなら、してもらおうじゃないの」

『感謝するヨヴェイビー! 君の信用に必ず応えると約束するヨ!』

「もう分かったから、とにかく静かにやってよ…ふぅ」

 

 翔鶴も訝しげだがマサムネさんの協力を受け入れたようだ。

 しかし…今更だけどどうするつもりだろうか? まさか彼が過去の真実を語ってくれるというのか? だとしたらちゃんと喋ってくれるのか不安。

 

『安心したマエ、ぼくは切っ掛けを与えるだけサ』

 

 そう言ってマサムネさんは、コンピュータの中で指を鳴らした。すると…!

 

「──っ! ここは…?」

 

 ん? 何だろう、南木提督が急に辺りをキョロキョロし始めた。

 

『…エーテル粒子安定、外殻形成完了、自律感情自制機構も問題ないみたいダ。さぁ皆注目して! この人は鎮守府崩壊事件の悲劇の主役、南木鎮守府の「提督」なのサ!』

「ど、どういうこと…?!」

 

 僕らはマサムネさんの言っていることが分からずにいると、ユリウスさんが驚きながら補足してくれた。

 

『何だと…エーテル粒子、高密度のマナの塊じゃないか! 固形化させるだけでも精一杯だったのに、まさか人型を形作れるまでになっていたとは。更に自律感情自制機構…なるほど、その手があったか』

「ユリウスさん…この状況は一体?」

 

『タクト君、今君たちの目の前にいる男性は「南木鎮守府提督」と言っても良いだろう。マサムネは超科学の力を結集して…南木鎮守府提督を一時的に「生き返らせた」と言っても過言ではない!』

 

「…はあぁっ!?」

『少し訂正させてもらうヨ、厳密には今の彼は「データで記憶を引き継いだ、限りなく本物に近い仮初の存在」なのサ! 本当に復活したわけじゃないけど、それでも生き返ったと言っても差し支えはないカナ!』

 

 生き返らせた?! そんなこと──…いや待てよ、確かに可能かもしれない。

 自律感情自制機構と言ってたけど、それはエリの内に居る「先代金剛の精神」やボウレイ海域の「艦娘騎士団団長」と同じものだろう。二つの事例とその精神の再現率が高いことは、もう分かりきっている。

 身体さえ用意出来れば、超科学で死者を疑似的に甦らせることも…可能ということ!

 

「…っ! 翔鶴…翔鶴、なのか?」

「…っ!!」

 

 南木提督は辺りを見回して翔鶴を見つけると、驚きを隠せないまま声を掛けた。翔鶴は提督さんに掛けられた言葉、その声に…疑念と喜悦の混じった表情を浮かべる。

 

「てい、とく……!」

 

 彼女自身これが現実のことなのか、まだ理解が追いついていない様子だ。それでも…彼女のココロは、目の前の「彼」を南木提督と認めたようだ。

 一歩いっぽ踏みしめるように歩き出す翔鶴、提督さんの元へ近寄ろうとすると──

 

「──来るな!」

 

 提督は何故か翔鶴を制止して自身も後ずさる、その光景に翔鶴は一瞬ショックを受けるが…直ぐに彼の行動の意味を理解する。

 提督さんは後ろのコンピュータに映るマサムネさんを見つけると、怒りの形相で言葉をぶつけた。

 

「マサムネ…お前の仕業か! どういうつもりだ…()()()()()()()()()()()()しているのか、一体何を企んでいる!?」

『落ち着きたマエヴェイビー、ぼくはもう君を騙す義理はないのサ。…っふぅ〜、ヴェイビーたち説明を頼むヨ。ぼくじゃ上手く言えないだろうからネ』

 

 マサムネさんの言葉に了承すると、僕たちは南木提督に事情を説明した──

 

 

 

 

 

 

 最初は疑心暗鬼というか「何言ってんだコイツ」みたいな顔だったけど…暫く話していたら向こうも落ち着きを取り戻したみたいだ。

 

「──成る程、本来の俺はもう死んでいて今この場の俺はデータで作られた仮初の存在だと」

「えぇっと…分かって頂けましたか?」

「あぁ、意味は解らんが状況は理解したよ。アイツらの超科学とやらが如何に凄まじいかは嫌でも見てきたからな、それに…仮初の命とはいえ、翔鶴にまた会えることが出来て良かった」

「提督…ごめんなさいっ!」

 

 南木提督の変わらない言葉に、翔鶴は深く頭を下げて謝った。

 

「私、貴方の気持ちを何も解ってなかった。貴方が苦しい思いで私たちを送り出したというのに、私は…貴方に裏切られたと勝手に思い込んでしまった。本当に…ごめんなさい」

「翔鶴…」

「こんなこと、データの貴方に言っても仕方ないかもしれないけど。でも…貴方に一言謝りたかった…っ!」

 

 頻りに謝罪する翔鶴に対し南木提督は、彼女に近づくと…肩を優しく叩いて穏やかに諭した。

 

「悪いのは君じゃない、俺があの時ドラウニーアの思惑に早く気づけていれば、こんなことにはならなかったんだ。だから…君に恨まれても構わないが、どうか笑顔を見せてほしい。君の笑顔が…俺にとって希望だったんだから」

「提督…っ!」

 

 翔鶴は南木提督の温かい言葉に、頭を上げた翔鶴は瞳を潤ませて喜び、提督さんもそれを見て柔らかい笑みを浮かべていた。

 感動的な場面だけど、僕はどうしても引っ掛かる部分があったのでマサムネさんに尋ねた。

 

「あの、普通に南木提督が翔鶴に触れてるんだけど、さっき言ってたエーテル粒子とかと関係が?」

『そうサヴェイビー、エーテル粒子とは本来流動的な素粒子のマナをくっつけて大きくした魔法元素の一つサ。マナは目には見えないけど確かに存在している、他の物質と同じく質量があるのサ! 更にマナは極微量の熱があるカラ密度を高めることによって、常人の体温と同じぐらいになるんダ。つまり──』

「つまり、エーテル粒子とかで人体を作ることは可能…ですか?」

『そのとおりサヴェイビー! この場合の身体は魔法生物と同じ構造になるけどネ?』

 

 マサムネさんの言葉に、僕は南木鎮守府崩壊時の不明瞭な部分に対しある「仮説」を立てた。まさかとは思うけど…如何にもアイツがやりそうなことだしね?

 僕は頭の中で整理しようとすると、マサムネさんが急かすように話す。

 

『ヴェイビー。何か思うところがあるようだケド、エーテル粒子はそれだけで大量のマナを消費する、長くは保てないヨ。その間に用事を済ませることだネ!』

「おっと、分かりました。あの…提督さん、少しお話が」

 

 僕は南木提督に話し掛けると翔鶴の改二について話し、それをするために鎮守府崩壊事件の真相を聞いて回っていることを説明する。

 

「そうか、なら俺は翔鶴にあの時何があったか話せば良いんだな? …分かった、それが翔鶴のためになるなら」

「良かった。ところで…提督さんはどこまで記憶を覚えてます?」

 

 この質問には提督ではなく、マサムネさんが答えてくれた。

 

『彼には「殺されるまでの記憶」をインプットしてある、ぼくの知っている限りの情報ではあるけどネ?』

「確かに由良に胸を貫かれたことは覚えているが…それは、お前が話した方が早いんじゃないかマサムネ?」

『ヴェイビー! ここまで来てそれは言わないお約束サ! 非業の死を遂げた事件の中核的存在、更にヒロインと親密な関係を築いた君だからこそ語ることに価値があるのサ!』

「(妖精さんみたいなこと言ってる…;)」

「全く…お前を許したつもりはないが、今は何も言わないよ」

『許してほしいとは思うケド、ぼくも自分が何をやったかは理解しているつもりサ。だから…手前勝手なのは承知の上で、どうか彼らに協力してあげてほしい。ぼくが君たちに何をしたのか…君の口からネ?』

「お前に言われなくてもそのつもりさ、だが…この場を設けてくれたことには、素直に感謝するさ?」

 

 何だか良く分からない展開になって来たけど…でもこれで事件の核心が分かるぞ。

 僕らはいよいよ語られる真相に、固唾を呑んで耳を傾ける。そして──

 

 

 ──遂に、()()()()()()()()()()

 

 



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死者の証言──隠された想い

 ──俺は、戦争で恋人を喪ったんだ。

 

 銀髪の女性だった…ガキの頃から付き合い始めて、何年かしてお互い大人になって、結婚の約束までしていた。

 そんな折──戦火に巻き込まれた街中で、彼女と一緒に避難したんだがはぐれてしまって…全てが終わった後には、彼女の焼死体を呆と眺めてる自分が居た。

 

 もう戦争はたくさんだ、いつ終わるのか分からないのなら…自分が終わらせてやる、そんな気持ちで俺は提督養成学校へ入学し晴れて連合の提督となった。

 

 何でこんな話をって? はは…早い話俺の「惚気話」みたいなものかな? でもそれを言わないと語れないと思ってな…なんせ、死んだと思った恋人と「瓜二つ」の女性が、俺の前に現れたんだから。

 

「──初めまして、正規空母クラスの翔鶴です。よろしくお願いします…♪」

 

 確かあれは俺が南木鎮守府に初めて着任した時だった、その時は社交辞令を交えて終わったが、俺は内心胸が高鳴っていた。

 これは神さまが俺に与えてくれた奇跡だと、彼女を今度こそ守ってやれよ…そう言われた気がしてな?

 翔鶴を見て思ったのは、そんな「訳アリの一目惚れ」だったんだが…彼女自身を知っていく内に死んだ彼女と違う点が浮かんでな。彼女はお淑やかでよく笑う人だが翔鶴は…少し不安げで周りの評価を気にするような「儚さ」を持っていることに気づいた。まぁそれを含めて俺は翔鶴を──好き、だったよ。

 最初は死んだ彼女と重ねていた…だが翔鶴にしかない魅力があることに気づいた。俺は…彼女の「虜」になっていたさ。

 

 ──だが、俺は彼女に最後まで気持ちを伝えられなかった。

 

 提督は指揮する「人」として、艦娘は命令を受ける「兵器」として。それぞれ違う立場もあった、だから中々言い出せなかった。翔鶴は異能体と呼ばれる艦娘の中でも特に蔑まされてるというカテゴリーだったから、余計にな?

 …それでも俺は、彼女を影ながら支えていこうって決めたんだ。彼女だけじゃない、鎮守府に所属する艦娘たちは、俺の娘も同然だ。戦果は挙げないといけないが極力危ない橋を渡らせない…そう決めた。

 

 ──そんな時、俺は「艦娘騎士団崩壊」の報を聞いた。

 

 そして連合上層部から「騎士団に代わる特殊部隊創設案の急募」が各鎮守府に伝えられた。

 南木鎮守府は長い間アサヤケ海域の平和を守ってきたが、同時に艦娘騎士団の援軍として艦娘を戦場に送り出すことも多かったと言う、俺が鎮守府に来る前の話だが…連合もこちらからの良案を期待していたと聞く。正直な話…「知らねぇよ」って突っぱねたい気分だったが、そうは行かなかった。

 艦娘騎士団は全世界から見ても秩序の「楔」だった。それが失われた以上このまま行けば…世界がどうなるか分からなかった。だから…俺はナベさんの推薦もあって、翔鶴たちを中心とした「異能部隊」を設立することにした。

 本当は拒否したかったんだがな…異能部隊に入れば彼女たちに何かあるかも分からない。だがそうも言っていられない状況なのは確かだった。俺は周りの意見を聞きながら慎重に任務内容を吟味し、翔鶴たちが最小限のリスクを背負うだけで済むように取り計らった。…翔鶴の無事を毎日のように神棚に手を合わせて拝んでいたよ。

 

 ──それから一年後、異能部隊が当たり前となった頃。

 

 俺の元にTW機関という連合の秘密組織から抜け出して来たという男が転がり込んで来た、それが「マサムネ」だった。

 マサムネはTW機関の研究員の一人だったが、その研究員のリーダーである「ドラウニーア」という男は、連合に隠れて非合法の実験を繰り返し続けていたと言う。

 とうとう連合の介入により機関の研究員を全員取り押さえようとする動きがあり、自分も含めた数名の研究員は今まで何とか逃げ延びた来たが、逃亡生活に嫌気が差して投降した。そう言っていたな?

 

「もしぼくを匿ってもらえるなら、君にぼくの知っている情報を全て教えてあげるヨ! ただ教える代わりに罪を軽くしてもらえないカイヴェイビー! そのくらいバチは当たらないだろう?」

 

 ──明らかに「怪しい」それが俺の素直な感想だった。

 

 連合本部に問い合わせたところ、ドラウニーアは連合上層部の追跡を何度も掻い潜り、情報を喋ろうとした同僚たちを「粛清した」とまで言われている。どうやっているのかは分からないが…それだけ厳しい目を躱して彼が情報を「話せている」時点で、疑いの目が向けられるのは必然だった。

 だが俺は…マサムネの話を「信じてみる」ことにした。聞けばドラウニーアはあの「艦娘騎士団崩壊」を主導していた危険人物だと言う、そんな男を放っておけないし、情報も圧倒的に足りていないと聞いたからだ。

 何かあったとしても、その都度対応する形を取りたい。敵はそれだけ得体が知れない相手だったから、仮に俺に何かあったとしても連合にとって有益な情報が出てくれば重畳だ。死にたくはないというのが本音だけどな? それに…マサムネの話にも「()()()()()()()()()()()()()」からな。

 俺はナベさんと、連合から派遣された選ばれし艦娘の長門と共にドラウニーアの足取りを追うことにした。

 

 ──安直過ぎだった、俺はあの時…ヤツの「思惑」にまんまと嵌っていたのだ…!

 

 …その後、マサムネからの情報を受けて次々とドラウニーアの拠点を見つけて行った。ヤツは海域ごとに拠点を設けているようだった、ハジマリ、トモシビ…ボウレイ海域は分からなかったな。……何、海底研究所? はは…道理で?

 だがその拠点及び研究所には大きな情報は少なく、研究資料も持ち出された後だった。断片的であるがヤツが「世界を壊して楽園を創造する」ことや、超科学というとんでもない技術を持ち出していることは理解した。

 世界破壊だなんて大それた考えだが、艦娘騎士団崩壊の件を考えればそれが嘘ではないことは明らかだ。何としても食い止めなくては…俺がそう焦りを感じ始めたある日──マサムネの言葉に、俺は衝撃を受けた。

 

「──このアサヤケ海域に、ドラウニーアが!?」

 

「そうだヨ、おかしいと思ったんダ。ドラウは研究所の資料を持ち出して雲隠れした、ということは何処かで新しい拠点を見つけないといけないだロウ? でも海域中の拠点にそれらしい情報がないということは、このアサヤケ海域に居る可能性は捨て切れないのサ!」

「だ、だが…ボウレイ海域の研究所がまだ見つかっていない。ヤツがそこに隠れている可能性もある」

「ん〜、それはどうカナ? ドラウは目上のデキモノは可能な限り潰していく。どんなに汚らしくても凡ゆる手段を使ってネ! 君たち異能部隊の噂を嗅ぎつけてそろそろ動き出してるんじゃないカナ?」

「なっ、貴様…何でそんな大事な情報を!」

「ぼくに怒るのはお門違いサ! こうなることは頭を捻れば誰でも分かったことダ、彼が超科学を使って君たちの目を欺いてこの海域に居る可能性もネ? 超科学の一種「ステルス迷彩」で拠点を隠すことも簡単だからネ!」

「……っ、くそっ!!」

 

 俺は取調室を駆け出し、執務室へ戻るとナベさんに海域中の島を洗いざらいするよう命じた。

 そうしたらマサムネの言ったとおり、南木鎮守府を囲うようにして建てられた謎の機械設備が建てられていたというじゃないか。マサムネの言っていたことに疑いもあったがそんなこと言ってる場合じゃない、俺は──

 

 ──いや、俺は選んでしまったんだ。

 

 あれだけ艦娘たちは俺の娘、そう言い聞かせて来たのに…俺は彼女たちを「兵器」として送り出してしまったんだ。罠だと分かり切っていながら…世界のためだ緊急事態だ諸々理由をつけて、翔鶴たちを…死地に送り出したんだ。

 だが、これが当時の精一杯の判断だった。俺はいつものように…いつもより力強く天に願った「翔鶴たちを無事に帰還させて下さい」と…だが、結果は。

 

 ──南木鎮守府、崩壊。

 

 それは一瞬の出来事だった。建物が酷い揺れに襲われたと思えば水路から深海棲艦の大群が侵攻している姿が見えた。さっきの揺れは敵が砲撃を加えていたんだ。

 外で待機していたはずの四島強襲部隊も見張りの艦娘たちも、監視塔の見張り員でさえナニモノかに「殺害」されていたようだ。だから懐に入られるまで気が付かなかったんだ、俺は愕然とした…やられた。

 

 俺は何とか鎮守府の皆を逃がそうと奮闘するが、奇襲に遭った艦娘たちやその他人員もほぼ全員「殺された」後だった。なんとかナベさんや彼の数名の部下を救命ボートに乗せることに成功したが──

 

「提督殿! 貴方もお早く!!」

 

「──ごめん、責任取ってくるよ」

 

「な!? 何を…提督殿ーーーーーっ!!!」

 

 俺はナベさんたちの制止を振り切ると、そのまま燃え盛る鎮守府内部へ足を踏み入れた。

 自分の馬鹿さ加減に嫌気が差していた…この事態を招いたのは俺が「マサムネを引き入れたから」だと理解し、その汚名を何としても雪ぐためせめてマサムネだけでも取り逃がす訳にはいかないと、俺は足元を炎が走る鎮守府を駆け抜けた。

 

「マサムネ! マサムネぇっ!! どこだぁっ!!」

 

 俺が怒気交じりに声を張り上げても、マサムネは遂に姿を現すことはなかった。

 そんな時──俺の後ろから声を掛ける男の姿があった。

 

「──無様だなぁ? 栄光ある南木鎮守府もこんな愚将が率いていたのでは世話もない」

「っ! 誰だっ!!」

 

 それは──連合の資料で何度も顔を見た男、世界滅亡の首謀者「ドラウニーア」だった。

 

「貴様…貴様がドラウニーア!」

「お初お目に掛かる、目障りな腫瘍を…取り除かせてもらうぞ?」

「何っ、何を(グシャッ)────…え?」

 

 俺はドラウニーアに気を取られている一瞬、背後から何者かに胸を「貫かれていた」。

 俺の胸から血が滴り落ちる腕が見える…だが、その一見華奢な腕には覚えがあった。

 

「…っ! 由良…っ!!?」

 

 後ろを振り返る俺が見たのは──虚ろな眼で俺の心臓を一突きした、異能部隊の一人の「由良」だった。

 

「な、んで……?」

「フ、フフ…フハハハハハッ!! 種明かしだ教えてやろう! この鎮守府を襲撃する前、予め見張りの人員を潰しておいたのだ。その役割を…お前の愛しの「兵器」に担わせたのだ」

「由良は…由良はそんなことしないっ!」

 

 体の力が抜けていく中、俺はドラウニーアの言い分を否定した。事実由良は終始穏やかな性格で、ヤツらに加担することなどあり得なかったからだ。だが…アイツはとんでもないことを言い出した。

 

「何を言うか、それをさせたのは「お前自身」だろう? 南木鎮守府提督よ!」

「どういう……っ!?」

 

 そこで俺が見た光景は──俺と全く一緒の人影が、ドラウニーアの隣に急に現れた不可思議な場面だった。

 

「これはエーテル粒子によりホログラムに肉付けをした、お前の「ダミー」さ。俺はコイツを利用してお前の手駒を懐柔させてもらったのだよ!」

「なん…だと! こ、このクソ野郎……っ!!」

「フハハハッ、負け犬の遠吠えほど見苦しいものはないなぁ? 何れにしろ貴様はもう終わりだ、精々良い断末魔を聞かせてくれ? フハハハハハッ!!」

 

 どうやらアイツは人が絶望する瞬間を見て、自分に浸りたいらしい。ハッ…今思い返しても胸糞悪いな、マサムネの方がまだ可愛く見える。

 だが…俺は絶望を叫ぶよりももっと大切なことがあった。そう思い由良の方へ顔を向けると…涙を零して許しを乞うた。

 

「──由良、ごめんな…」

 

 よく見ると由良の肌は元の白い肌よりも青白く変化していた、額には角のようなものも見える。まるで怪物のような彼女を見て息が更に苦しくなった。

 俺の失態のせいで、由良が利用されてしまった。しかも酷い変わりようで……俺は自分の鈍感愚考を恥じ、不甲斐なさを込めて謝罪した。すると──

 

『──…ッ! テ、イト、ク………?』

 

「ぬっ!? まさか海魔の呪縛が……完全に深海化していなかったかっ、クソ!!」

 

 ドラウニーアは俺たちに背を向けるとそのまま走り出し、視線から消え失せた。どうやら…操られた由良が目を覚ましたみたいだった。

 

『…ソ、そんナ………!?』

「由良…君は、き、み、だけで、も……ぃ………──」

 

 俺は由良を何とか宥めようと声を振り絞るが……もう、限界みたいだ。

 意識の薄れる中、俺は由良の──彼女から今まで聞いたことがないような絶叫が響くのを耳にしていた。

 

 そして──俺はいつものように願った。

 

 

 ──どうか、翔鶴たちが無事でありますように…と。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…っ」

 

 覚悟はしていたけど…想像以上に酷かった。苦しかった。

 僕がさっき立てた仮説は皮肉にも「正しい」と証明された、由良に深海棲艦になる薬を手渡したのは──南木提督の「複製体」だったんだ…!

 くそ…エーテル粒子でニセモノを作るって、そんなことよく思いつくな!? 怒っても仕方ないけど…やっぱりアイツが全ての黒幕だった!

 提督さんは最後まで…自分の命の尽きる一瞬まで、翔鶴や艦娘たちを心の底から心配していた。こんなに出来た人が居なくなってしまうなんて…っ。

 僕は心底アイツに対して腹正しさを感じていた。でも…それでも彼の言葉がなかったら、由良があそこまでココロを強く保つことはなかったかもしれない。由良が受け継いだ彼の「想い」が…ドラウニーアの野望を打ち砕いた要因だったのかもしれない。

 

「…提督、貴方は」

 

 翔鶴が心配そうに彼の顔を覗き込む、提督さんは…流石に取り乱すことはない、寧ろ今までのどの人物たちよりも「爽やかな」雰囲気だった。言いたいことを言ったしやるべきこともやった…悔いはなかったんだ。

 提督さんは翔鶴に向けて微笑むと、優しく語りかけてくる。

 

「心配ないよ、俺は意味なく死んだわけじゃない。君たちが生き残ってあの男を捕まえてくれれば、そこに「俺の意志」は在るからさ?」

「…フフ、貴方らしいお言葉です。安心して下さい提督、ドラウニーアは私たちが今正に「追い詰めて」います、必ずあの男を捕まえて…貴方に報いて見せます!」

 

 翔鶴の言葉に南木提督は笑って頷いた、そして…目を細めると翔鶴に対し和やかに声を掛けた。

 

「翔鶴…髪切ったんだな。すごく似合ってる、可愛いよ」

「そ、そうですか…」

 

 翔鶴は頬を赤らめて顔を俯く、照れ隠しだね?

 

「あぁ、それに前より清々しい感じになった。君は漸く「自分の殻を破って」多くの価値観を学んだようだ」

「それは、どういう意味ですか?」

 

 提督さんの言葉に疑問を隠せない翔鶴、そんな彼女に彼は答えを掲示した。

 

「君は真面目で優秀だけど、少しだけ内気で「自分」を外に出すことを躊躇っていた。…思い当たらないか?」

「っ! それは…」

「よく聞いてくれ翔鶴、自分を出すことに兵器も人間も関係ない。君が本来どういう性格なのかは分からなかったが、俺は君がココロ優しい艦娘であることはよく理解しているつもりだ。どんな顔があったとしても「君はキミ」だよ、自分の気持ちを理性と言葉に乗せて言えたら、きっと皆解ってくれる!」

「提督…!」

「だがそれは…本来は俺が説いても何の意味もない、君自身が見つけなくてはいけないことだったんだ。少し不安だったが…瑞鶴やサラトガ、そしてここに居る新しい仲間たちが、君に良い刺激を与えてくれたようだ」

 

 それだけ言うと提督さんは、僕たちの方へ向き直ると改めてお礼を述べた。

 

「本当にありがとう、君たちには感謝してもしきれない。これからも…彼女と仲良くしてやってほしい、頼むよ」

 

 提督さんは僕たちに向かって頭を下げてお願いした。本当に…こういう人を「カリスマ」と呼ぶんだろうな。

 

「もちろんです、これからも…彼女は僕たちの仲間です!」

「うん!」

「ウィ!」

 

 僕と金剛、野分の言葉に提督さんも満足そうに頷いてくれた。

 

 ──そして。

 

「…っ! 提督…光が!」

 

 翔鶴は提督さんの身体が「光り始めている」ことに驚いていた、マサムネさんも慌てて言葉を投げた。

 

『エーテル粒子が崩れ始めてるヨヴェイビー! もう会えないだろうから思い残すことがないようにネ!』

「翔鶴、君が提督さんにやり残したことはない!?」

「ええっ! 急に言われても……っ!」

 

 僕とマサムネさんが焦らせたせいなのか、翔鶴は提督さんの方へ小走りで近づくと──

 

 

 ──チュッ!

 

 

 …提督さんと「キス」をした、しかも僕の時の頬キスでなく「唇のプレッシャーキス」だった…ちょっと、羨ましいかも。

 

「…これで、思い残すことはありません」

「っ! …ああ、俺もだよ!」

 

 提督さんは翔鶴に笑いかけていた、本当にお似合いの二人だな…僕がそんなことを考えていると、不意に提督さんが僕に語り掛けて来た。

 

「君が翔鶴の新しい提督だな、翔鶴を…出来れば他の娘たちも、よろしく頼むよ!」

「…っ! はいっ!!」

 

 提督さんの頼みを断れるはずはない、僕は…絶対に約束を守る、その気持ちを込めて返事をした。

 彼はそれを聞き届けて確りと頷くと、今度は翔鶴に──最後の言葉を投げた。

 

「ありがとう翔鶴、俺は君を──()()()()()()

 

「っ! ……私も、()()()()()()()()()!」

 

 二人はそれだけ言って互いに笑い合うと──悲運の将は憂いを見せない「笑顔」のまま、光に消えていった。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「終わった…」

 

 僕は妙な満足感を感じていると、マサムネさんが訊ねて来た。

 

『ヴェイビー、これで良かったのカイ? 南木鎮守府崩壊事件の真相は明らかになったはずだけど?』

 

 そうだった、これで一連の流れは理解したぞ、分かりやすく言うと。

 

 

 

・マサムネさんが提督たちを唆して、南木鎮守府の四方に兵器(穢れ注力装置)が設置されていることを教える。

 

 ↓

 

・長門さんが敵の作戦に嵌った振りをしてカウンターを仕掛ける作戦を思いつく。トリガーを引く異能部隊にはあくまで「シルシウム島の偵察任務」と嘘をつく。

 

 ↓

 

・提督さんが異能部隊にシルシウム島偵察任務を伝えるが、勘の良い瑞鶴とサラトガには事前に本当のことを伝える。

 

 ↓

 

・ドラウニーアは提督さんのダミー(エーテル粒子で出来た傀儡)を使って由良に深海細胞を植え付ける、由良に触れた際もエーテル粒子で体温が真似れるとのことで、違和感はなかった模様。

 

 ↓

 

・異能部隊と長門さんがシルシウム島に出向いている間、操られた由良がカウンター作戦の艦娘たちや、監視塔の見張り員の人たちを「殺した」。

 

 ↓

 

・ドラウニーアが南木鎮守府を強襲、それと同時にシルシウム島で大量の深海棲艦が異能部隊に襲い掛かった。

 

 ↓

 

・異能部隊は長門さんが逃がしてくれたが、道中で瑞鶴が敵の餌食となり沈んでしまう…。

 

 ↓

 

・南木鎮守府では提督さんがマサムネさんを追いかけていたが、ドラウニーアに見つかり殺されてしまう。由良はその際提督さんの胸を貫くも、彼の呼びかけに意識を取り戻した。

 

 ↓

 

・異能部隊が帰還した時には、既に南木鎮守府は崩壊した後だった。翔鶴は何もかもを喪ったショックで「憎しみに呑まれ」、仲間たちと深い溝を作ってしまった……。

 

 

 

 …といったとこか、な、長い…漸くピースが埋まったね。

 

「これが事件の真相か……って、あれ?」

 

 僕は辺りを見ているが、出るはずのものが「無い」ことに気づいていた。

 

「嘘だろ…IPがまだ出てない!? もう殆どの人に聞いて回ったのに!」

『どうしたんだい? マダ何か足りないのカイ』

「えっと、実は…」

 

 僕はマサムネさんに改めて翔鶴の「改二」について話す。

 好感度を上げていけば、IPと呼ばれる光る板が現れるはず…それだけ伝えると、マサムネさんは独自の解釈を加えて纏める。

 

『つまり君たちは翔鶴君を「カイニ」とやらにするために、南木鎮守府崩壊の真相を追っていたんだネ? 本来なら彼女と親密になれば「アイピー」という光る"モノリス"が出現するけど、それがなかったと』

「はい、僕としてはこの南木鎮守府について調べれば何か分かると思って」

『それは、ぼくは少し「解釈が違う」と思うヨヴェイビー!』

「それってどういう意味ですか?」

 

 マサムネさんは何も答えず、コンピュータから床に倒れる「生前の自分」を指差す。

 

『そこのぼくの白衣の右ポケットを漁ってごらん? きっとそこに答えがあるヨ!』

「ぅえ!? し、死体のポケットを…? うぅ…やらなきゃいけないかぁ?」

 

 僕はマサムネさんの言葉を訝しみながら、恐るおそる死体の白衣右ポケットに手を突っ込む。祟られそうで何かやだなぁ……ん? これは。

 

「──手紙?」

 

 何と、誰かの書いた手紙が入っていた。後ろの差出人欄から手紙を書いた人を探す、すると…そこに書かれていたのは。

 

「…っ! これ、"瑞鶴"からの手紙だ!?」

「えっ!?」

「何と…!」

「何ですって!?」

 

 僕の言葉に艦娘たちも驚きを隠せず、僕の周りに集まり始める。

 翔鶴は僕に顔を近づけると、手紙の差出人の文字を確認する。

 

「──本当にあの娘の字だ…どうして?」

 

 どうやら本物のようだ、それにしても…何で瑞鶴の手紙をマサムネさんが?

 

『ぼくが崩壊した鎮守府を散策した時に見つけたのサ! ドラウを怪しく感じ始めていたぼくは何か証拠がないものかと、鎮守府内を色々探し回ってたんだけど。正に偶然彼女の部屋に入っていたのサ』

「焼かれずに残ってたんだ、流石幸運の空母だね。…でも何で持ち出したんです?」

『単純に艦娘の意思の書かれた手紙に興味があってネ? 後でサンプルに……ん”んっ、まぁ細かいことはこの際言わないことダ。中身も拝見させてもらったけど、どうやら遺書のようだヨ。君のことについて書かれていたヨ翔鶴君?』

「っ! 瑞鶴の遺書……」

「翔鶴、ほら?」

「…うん」

 

 翔鶴は僕から遺書を受け取ると、少し躊躇いつつも手紙の封を開けて、中に入っていた「彼女の想いを綴った紙」に目を通した──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──拝啓、翔鶴様。

 

 この手紙を見ているということは、アタシとの約束を破ってくれていると信じます。といっても真面目な翔鶴姐だから本当に死んじゃってるかもだけど、そうなっていないと思いたいし、生きているなら伝えたいことがあるので、筆を取らせてもらいます。

 

 ──翔鶴姐、貴女は私の"希望"でした。

 

 アタシ、異能部隊に入る前は貴女と同じように、海域の哨戒部隊に配属されていたの。ちょっとガラは悪かったかもだけど…皆と過ごした時間は、今も瞼の裏に焼き付いているんだ。

 

 でもね…その部隊はアタシを残して全滅してしまった、貴女が見た怪物…深海棲艦によって。

 

 アタシはあの化け物たちの危険性を感じ取っていた、だから早く駆逐するよう連合に訴えた、でもアイツらは目撃例が少ないって理由で、アタシの嘆願を無視し続けたの。現場の声を信じてないってその時は自棄(やけ)になりそうだった。

 それからアタシは戦場を転々として、武勲を上げていった。戦いの中であの時の恐怖をどうにか拭えないか試したけど…弓を持つ手が震えない日は無かった。

 最終的に南木鎮守府へ転属になって、提督や翔鶴姐と出会った。あの時の提督の言葉覚えてる? アタシたちが姉妹みたいって。あはは、確かに似てるなぁって思って、でも…接してみたら貴女は私とはまるで逆でさ。

 優しくて面倒見も良くって、美人だし真面目で仕事も出来るし。貴女は皆の憧れだったんだよ? まぁ…ちょっと毒がある時もあるけど、それも貴女の個性だからね、アハハ。

 貴女は態度の悪かったアタシを何度も庇ってくれた、本当に感謝してる。あのナベシマとかいうオッサンに絡まれてる時に、アタシは貴女に恩返ししなきゃって頭が一杯になってて…つい、貴女を怒らせちゃった。ホントごめん。あのオッサンも話してみたら悪いヤツじゃないからさ、アタシが居なくなっても…喧嘩しないで話だけでも聞いてあげてね?

 …貴女みたいに八方美人になれたら良かったんだけど、これがアタシだからさ? 今更イイコにはなれないというか、昔の皆を否定するみたいで…怖かったんだ。変わろうとする自分が。

 

 でも、今の私には「異能部隊」の皆が居る。シスターや由良は基本的に優しいし、プリンツと酒匂も面白くってつい一緒になって燥いじゃうしで、あれだけ怖かった昔のことが皆と笑顔で居るだけで吹き飛んじゃった。おかしいよね? でもそれは──翔鶴姐が居てくれたからだと、アタシは思うんだ。

 

 だから…貴女たちを護れたのなら、私はどんなことになっても平気。沈むことだって怖くない! …多分。

 

 白状するとね…マジで怖い。今だって自分の沈んだ姿想像してゾっとしてる、当たり前か。でもアタシには翔鶴姐たちが居なくなる方が嫌。貴女たちをあの怪物たちの餌食になんてさせない、先立つ私の我儘を…どうか許してください。

 

 我儘ついでに、あの夜に約束したこと…なかったことにしてほしいんだ。あの時は頭が回らなくって、つい肯定しちゃってた、翔鶴姐があそこまで言ってくれたんだって思うと…嬉しくってね?

 

 私は…貴女に生きてほしい、だって私は下手したら昔の恐怖を引きずったまま生き続けていたかもしれない。そんな私に生きる希望を与えてくれたのは──間違いなく貴女だよ?

 

 もし、貴女が私を喪って何もかもに絶望したのなら…大丈夫、貴女はきっと立ち直れる。暗闇の道の先にもきっと「希望」はあるよ、私が保証する。

 

 

 だから──立ち上がって、私のため…皆のために。

 

 

 貴女が生き続けてくれる限り、貴女は誰かの「希望」であり続ける。私は…貴女にそうやって生きてほしいと、遠い空の上で願っています。

 

 

 

 

 

 ──貴女の最愛の妹、瑞鶴より。

 

 

 

 

 



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人は分かり合えるのか、ならばどうして対峙する?

 皆さま、BGMのご用意を。
 また展開早めかも…すみません。


 翔鶴に手紙を音読してもらい、僕たちも瑞鶴の想いを共有していく。

 手紙の内容を読み終わった後──暫くの沈黙、そして。

 

「──……っ」

 

 想いを受け取った翔鶴の目に、何度目か分からない一筋の涙が。でもこれまでの「悲しみに咽び泣く涙」ではなく、もっと晴れやかな、爽やかな笑顔と共に流れる涙だった。

 

「馬鹿ね…希望なんてらしくない言葉使って。文章の所々に消した跡があるし、あの娘なりに頑張って書いたんだろうなぁ…フフ」

「瑞鶴は最期まで翔鶴のことを考えていた、君に自分が居なくなった後も笑顔で生きてほしいって願ったんだ。だから…君が全てを知った後でこの手紙を読むことを想定して、あの夜の会話の後にこの遺書を書いたんだと思う」

 

 僕は端的に彼女の想いを表すと、翔鶴も静かに微笑んで頷いた。

 

「そうね、もしあの惨劇の後にこの手紙を読んでいたら…少しは落ち着いて生きることが出来たかしら?」

「きっとそうなってたよ。でも…南木鎮守府が崩壊してしまって、その機会も失ってしまったわけか」

「なんだか…そう考えると翔鶴が可哀想だね」

「ウィ…なんとも言えませんがね、状況がじょうきょうでしたので」

 

 金剛と野分は翔鶴の辛い過去に思いを馳せると、翔鶴は二人にお礼を言うと補足した。

 

「ありがとう、でもこれはこれで良かったのかも。例え落ち着いていたとしても私自身は変わらなかったと思うわ、自分と「向き合う」ことは出来ずに誰にもココロを開けなかったと思う。頭がおかしくなるぐらいの憎しみを抱いたから…その旅路で貴方たちと出会えた。こうして皆の想いを理解して和解出来たのは、貴方たちが居てくれたおかげよ。…本当にありがとう」

 

 翔鶴が頭を下げてお礼を述べると、僕たちは思わず微笑んで翔鶴に向けて黙って頷いた。

 

 ──すると、僕の目の前が文字通り「光」で一杯になった。

 

「…っあ!」

「タクト、どうしたの?」

 

「──やった…IPが出たぁ!!」

 

「おぉっ!」

「ブラーヴァ!」

『やったじゃないか! …マサムネ、お前はこうなると読んでいたのか?』

 

 僕らがIPの出現(=翔鶴改二の条件クリア)に沸き立つ中、ユリウスさんの言葉にマサムネさんが反応する。

 

『そうだヨヴェイビー! 翔鶴君は真面目で自分を出すのが苦手だと聞くけど、そういうヒトは大抵「相手の感情を読むことも苦手」なのサ! だから彼女の場合は能力の強化に先立って、精神力を養う必要があると考えたのサ』

「それは何となく分かりましたけど…具体的には?」

 

 僕の疑問に、マサムネさんは嬉々として答えた。

 

『翔鶴君が今まで関わった艦娘、人の考え…その人がどうしてそういう行動に出たのか、そこにどんな想いがあったのか。それを理解しなければいけないのではないカナ? 南木鎮守府崩壊事件の真相はその上で明らかになる事柄ということサ!』

「そうか、瑞鶴の気持ちは南木鎮守府崩壊とは、直接的には関係なかったからなのね?」

「あぁなるほど。…でもマサムネさんが心を理解したみたいなこと言っているの、ちょっと意外」

 

 翔鶴が納得の言葉を零す中、僕は素直な感想をぶつけるとマサムネさんは困惑した顔でそれを投げ返した。

 

『君はぼくを何だと思っているんだい? まぁよく「仮面被ってるよね?」とは言われるけどサ! それでも科学者として感情の動きぐらいは理解出来るヨヴェイビー!』

『コイツはこういう良識は持ち合わせているからなぁ、私としても驚きを禁じ得ないが』

『あはは! さぁタクト君、思う存分モノリスの啓示を読み調べたマエ!』

 

 僕は言われなくてもというやる気の顔を見せると、頷いてIPの文字を調べる──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──好感度上昇値、規定値以上検知…。

 

 特殊条件ロック…解除完了。

 

 

 翔鶴の「アンダーカルマ」が解放されました。

 

 

 …翔鶴のプロフィールに、新たな情報が追記されます。

 

 

 裏の使命(アンダーカルマ):??? → 『託された想い』

 

 

 

 ──その運命が示す道…「希望」

 

 

 

 激戦に次ぐ激戦…敵(深海棲艦)は尽きることを知らず、彼女の居場所を蝕もうとした。

 愛する者、仲間、そして…親愛なる妹。かつての彼女は確かに満たされていた。

 だがして、結局彼女は喪ってしまう…全てを、全てに裏切られた。そう”思い込んだ”。

 

 

 

 愛する者は、目前の愛よりも使命を優先した。

 

 

 仲間は、彼女の本性を垣間見て失望した。

 

 

 そして妹は……自分を置いて逝ってしまった。

 

 

 

 絶たれた未来、黒く淀む眼、生の願望はとうに無く。

 

 憎み、にくみ、ニクミ、全てを恨み抜き──その先に「光」を見た。

 

 新たな絆の示した「光」、かつての仲間が導いた「光」。彼女はもう一度未来を掴むため、その一歩を恐るおそる踏み出す。

 

 …その果てに漸く、彼女は辿り着くだろう。

 

 

 

 ──託された想い、その真実の彼方へ。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 僕がIPを読み進めていると、同時に翔鶴の気持ちも流れて来る。

 

「(この気持ちは…"劣等感"か?)」

 

 誰よりも自分が劣っている、相手に勝る長所が無い。そんな自分が、周りが、悔しくて妬ましくて仕方ない。そう思い込んではそれを悟られないよう不遜に装い、仮初の「自信」を形作った。

 翔鶴は自分のいけない部分を理解していた、だから自分を更に良く装っていた。成る程…その気持ちの根底にあったのが劣等感か、人間誰でも持っている感情だろうけど、拗らせると人生がここまで変わってしまうものなのか……恐ろしいなぁ。

 

「(…って、僕も人のこと言えないな?)」

 

 僕も翔鶴のように「彼女」を守れなかった後悔が僕自身の「劣等感」に結びついていた。それから僕は塞ぎ込んでは胸に穴の空いた人生を送っていた…やっぱり似ているな、彼女と僕は。

 翔鶴もそうだけど、個人的には南木提督にも共感持てるなぁ、()()()()()()()()()()()──

 

「タクト?」

 

 翔鶴が心配して僕の顔を覗き込んでいる、感傷に浸ってる場合じゃないな。

 僕は翔鶴に向き直ると、僕が見た彼女の「本質」を伝える。

 

「私が「劣等感」をか…やっぱりね」

「自覚はあったの?」

「そうね、瑞鶴からもよく「相手のこと気にしすぎじゃない?」なんて言われていたから」

「ねぇ。僕もそういう経験あるから気持ち分かるよ」

「そうなの? まぁ…タクトもちょっと薄暗い感じがあるわよね、何て言うの? ドウテイ? インキャ?」

「ゔっ!? 陰キャで合ってるけど…それ一応馬鹿にしてる言葉だから、僕以外には言っちゃ駄目だよ?」

「えっ、そうだったの? ごめんなさい、そういう意味で言った訳じゃないから」

 

 翔鶴は困った顔で謝るが、僕は特に気にしない。寧ろあの誰も寄せ付けなかった翔鶴がネットスラング用語を使うなんて…それだけ彼女の中に余裕が出来たということか、ある意味で凄い変化に驚くほどだよ。

 さて…後は彼女の好感度を最大まで上げることが出来れば、改二改装が可能だけど──

 

「・・・」

 

 ──…どうしよう、どうすれば好感度(すき)が最大値になるの?

 

 今までは…天龍や綾波が瀕死の時に気持ちが昂った時になってたみたいだけど、だとしたらこれ以上どうしようもないってこと? うぅん…出来れば改二に改装した後にドラウニーアたちとの戦いに臨みたいんだけど。

 

『──タクト君、翔鶴君の改装は済んだのかな?』

 

 ユリウスさんの言葉を聞いて、僕はハッとして気持ちを切り替えた。

 そうだ、これ以上それに費やす時間はない。最低限の目的は果たした以上今は任務を遂行しなきゃ、そう思い僕は皆の方へ顔を向ける。

 

「いえ、条件はほぼ揃ったのですが…直ぐにとはいかないみたいです、すみません」

『いや、こればかりは仕方ないさ。その口ぶりだと時間を掛ければ問題ないようだしな、だが…』

「もうそんな時間はないわよね。次はゼロ号砲の破壊に行きましょう、で…一応聞くけどもう用事はないわよね?」

 

 翔鶴は厳しい顔つきでマサムネさんを見やる、これでも彼女的には心を開いているんだよ? 好感度システムのおかげで理解してるんだけど。

 

『問題ないヨヴェイビー! 君たちの役に立てたなら幸いサ、ゼロ号砲の破壊はぼくにとっても他人事じゃないからネ、死んだオリジナルの仇を取ってくれたマエ!』

「色々ありがとうございましたマサムネさん。…じゃあ行こうか?」

 

 僕は移動を促しその場を後にしようと動く、翔鶴たちもそれに頷いて後に続こうとした──その時。

 

 

 

 ──ズウゥゥウン…ッ!!

 

 

 

「…うわぁっ!?」

 

 急に地鳴りが響くと建物が大きく揺れ始め、僕らは思わず体勢を崩すも立ち止まる。一体何が…?

 

『ッ! タクト君! 今しがた事態が大きく動き始めたようだ、デイジー島のレーダーに、クロギリ全体に及ぶ大規模の敵性体が確認された。各部隊に向けて…深海棲艦が強襲している!!』

「っ!?」

 

 ユリウスさんは僕らに向けて緊急事態を告げる、やっぱりアイツが…動き始めた!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──同時刻、シルシウム島にて。

 

 拓人たちが南木鎮守府に潜入している間、天龍隊は遠目からシルシウム島の様子を窺っていた。

 最初のうちは島の周りを深海棲艦が、数十の群勢(グループ)を作って回っているのが確認出来た。警備は厳重であるものの異常はないと見た天龍だが──

 

「こちら"テモアカナ"、深海棲艦の増群を確認した。まだ増えるようだぞ…どうぞ?」

 

 天龍隊が目にしたのは、シルシウム島から外へ雪崩出て行く黒い群勢。深海駆逐艦イ級、ロ級、ハ級、ニ級の大群が天龍隊に向かってその牙を突き立てようと海面を掻き分ける醜景だった。

 幸い距離があるため今すぐにということではないが、異常事態であることに変わりはない。天龍はカイトに「映写型通信機」で呼びかけた。

 

『此方も確認している、どうやら各部隊に刺客が差し向けられたみたいだ』

「だろうな、今更驚くこともないが」

『それを踏まえて準備を進めて来たからね? さて…今しがたユリウス殿と情報共有したが、南木鎮守府部隊は無事第一関門を突破したみたいだよ。これから第二段階のようだ』

「っ! ……そうか、何よりだ。報告感謝する、これより俺たちは雑兵を対処する」

『あぁ、頼んだよ?』

 

 カイトとの通信を終えると、天龍は深海駆逐の群れに突撃し剣を構える。

 

「瞬速──抜刀!」

 

 ──シュバッ!

 

 天龍の高速の斬撃は空間を敵諸共「切り裂き」、先頭の大群を海に沈める。

 

『◾️ ◾️ ◾️ ◾️ ◾️ーーーッ!!』

 

 それも第一派に過ぎなかったか、直ぐに後方の第二波が押し寄せて来るのが確認出来る。数では此方が圧倒的不利であるが、実力の差がある以上力押しに見えた。

 

「コイツぁ想像以上だねぇ?」

 

 望月はそう言って皮肉笑いを浮かべている、しかしどこか余裕そうな表情をしていた。他の艦娘たちも皆同様に落ち着いた様子で深海棲艦の群を見据えていた。

 

「望月、これをどう見る?」

 

 天龍がそう尋ねると、望月は眼鏡の位置を調整しながら見解を述べた。

 

「あの野郎がアタシらの動きを読んでいるのは間違いない、今までの大胆な行動を鑑みて見りやぁ解ることだし、その上でアタシらを踊らせてテメェの目的果たそうとしてたんだからな。だからこそカイトはシルシウム島へ考えうる最大戦力ぶつけたんだ、ヤツの考えがそう簡単に上手く行かねえようにな。…だが」

「何か疑問がおありですか?」

 

 綾波は望月を一瞥しながら回答を促す、望月もそれに頷いて考えを示した。

 

「ヤツは大体「これで上手く行った」と思った矢先に必殺の一手を打って来やがる、嫌がらせのようにな。アタシらが対策を考えて最大戦力で来たことを考えないとは、どうしても思えねぇ」

「ん~、確かにアタシら相手に「この程度」の戦力はねぇ?」

 

 加古は敵を見回して望月の考えに同意した、敵は駆逐イ級を始め「ロ級、ハ級、ニ級」のイロハ駆逐艦群、後方からは軽巡ツ級、重巡リ級、戦艦ル級が新たに現れたことが伺えたが──改二艦からしてみれば──「雑兵の山」であることは明白。押し通ろうと思えば──時間は掛かるかもしれないが、敵陣の真ん中へと赴くことも可能である。

 

「望月はドラウニーアがまだ何か隠しているって思ってる?」

「まぁな、だがな長良。この場合は隠しているというより「機を窺っている」と見て良いだろう。ヤツはアタシらが下手に行動した隙を突いて、何かを画策しているんだろうぜ。このまま行くのは不味い気がするぜ…下手したらどんな姫級差し向けられるか、分からねぇからな?」

「うむ、しかしこのままあの雑魚共を放置するのもいかん。他の島の部隊や南木鎮守府、それこそデイジー島に向かわれては」

「皆さんの危機に繋がる、ですか…望月さんの仰っていることは「確実」なのでしょうが」

「とにかくさぁ、バァーーッてやっつけりゃ良いんじゃねぇか?」

「加古さぁ…流石にこの量は、どんなに雑魚でも時間掛かるって;」

 

 他の部隊のためにも目前の大群を逃すことは出来ない、しかし今までの流れから考えてこの状況もまた敵の作り出した「ざる罠」であることは間違いない。姫級が居ないにしても安易に飛び掛かるのもまた悩ましい。

 

「妖精のヤローじゃねぇが、このまま相手取れば「ヤツの思い通りの展開」になる可能性がある。どうしたものかねぇ…二手に分かれて行動するぐらいしか思い浮かばねぇし」

 

 天龍たちは疑心が晴れず敵の動向を窺っている、望月は次の一手を考えながら何となしに上を見上げると──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──…っ! おいお前ら上だっ!!」

 

「何……っ!?」

 

 一同が空を見上げた瞬間に映りし光景は──凡そ信じられない光景だった。

 

 

「──おおおおおおオォっ!!」

 

 

 何と、上空にドラウニーアと港湾棲姫の姿が。その足を支えていたのは大量の「深海艦載機」だった。

 望月たちが疑心暗鬼に陥っている間、運命は「その時」を迎えてしまったようだ。敵は迎え撃つでなく「その場を離脱する」ことを選んでいた…!

 

何方道(どっちみち)だったか! つーかそんなのアリかよ!?」

「ちっ!」

「くそぉ、逃がすか!!」

 

 天龍と加古が得物を構えて跳び上がろうと身構える…が、その思惑は阻止されてしまう。

 

 

『──ギィイガァアアアアアッ!!』

 

 

 黒く小さな影が天龍たちに猛進し、砲撃を加えて凶弾を撃つ──死神レ級が一行の前に姿を現した。

 天龍たちは難なく砲撃を避けるも、ドラウニーアたちは気付けば彼方へと逃げ果せようとしていた。望月はその方角を見逃さない、方角を定めて彼らの向かう場所を特定する。

 

「あの方角は…「南木鎮守府」か! ちっ…大将たちに連絡を!!」

 

 望月は舌打ちしながらも、映写型通信機のダイヤルを拓人に回して通信を試みる、しかし──

 

「…っ!? 何だ…?」

 

 思わず彼女の目が黒いフードを被った敵「レ級」に向けられた、目の前の彼女から…感じたことのない「殺気」を察したからだ。

 

『──………』

 

 望月は自身が表立った戦闘をしたことがないため理解が無かったが、望月以外の四人はそれに「覚え」があった。

 それは…戦場において必ず訪れる「強者との死闘」それにおいて必ず──例え”己のイノチ”を投げ出しても──勝利を掴もうとする「死に物狂い」の闘気だった。

 

「ヤツめ…俺たち相手に「捨て身」で戦おうとしているのか!」

「へぇ? 面白いがそれがどうしたんだ、ドラウニーアも気になるがどの道こいつらを倒さねぇといけねぇからな…まとめて相手してやるよ!」

「待って! …何か様子が変だよ!」

 

 加古がレ級の意気に応じようと構えると、長良が叫んでそれを制止する。同時にレ級が取り出したのは──黒い液体に満たされた「注射器」であった。

 

「あれは…?」

「っ! あれはまさか…"穢れ"の!?」

 

 望月の反応を見て、レ級をニヤリと嗤うと注射器を首元にプスリと刺し、中身を体内に流し込んだ。

 

 

 ──瞬間、レ級の身体から「黒雷」が発せられた。

 

 

 

 

『ギガア”ア”ア”アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

 

 

 

 

 

 レ級から放出される黒い稲妻はヴヴゥ…と鈍い電流音、バチバチと摩擦から生まれる電気同士がぶつかる音を起こす。それは空間で響き合い身体の底から湧き上がる「嫌悪感」を掻き立てた。

 電気の不協和音が耳に届く中、レ級の顔や身体に「黒色の紋様」が浮かび上がる。明らかに異常な光景だった──そうしてレ級に「威圧感」に似た悍ましい気配が感じられると、遂に──死神は「覚醒」した。

 

 

『──キッヒヒ、キヒャハハハハハハハッ!!』

 

 

 瞳孔を見開き、様々な感情の織り混ざった狂い嗤いをその貌に浮かべた。

 黒雷が彼女を宙へ浮かせるとその右手にいつもの「黒鎌」を呼び出し構える、次に黒鎌を前へ掲げると──空中に鎌の刃に似た「黒い刃」が二つ浮かび上がり、その場で回転し始めると天龍たちに襲いかかって来た。

 

「っ!」

「はぁっ!」

 

 綾波と天龍はかろうじてそれを弾き返す。それを見たレ級はニヤついた笑いを浮かべると──今度は数十に及ぶ黒刃を空中に発生させる。

 

『キヒャハハハハハハッ、ハハッ、ハハハッ、アハハハハ、アッハハハハハハハハハハハハッ!!!』

 

「コイツ…能力を強化したのか!?」

「そのようですね」

「だがアレは「自爆行為」ってヤツだ。さっきの黒い液体はおそらくマナの穢れを含んだ「魔力水」だ、大昔はマナを溶かした魔力水を直接飲んで怪我を治していたと聞いたことがある」

「ならばアレは、魔力水の穢れ版ということか」

 

 天龍の言葉に頷く望月は、そのまま言葉でレ級の行動の穴を突く。

 

「直接体内に流し込んで力を増強したんだろうが、魔力水は一滴だけでも効力があるだけに使う量にも限度がある。あんな大量の穢れを一気に取り込んじまえば、如何に深海棲艦だろうと長いこと身体を維持出来ねぇぜ!!」

「成る程…文字通り「囮」ってことか、イノチ懸けの。敵ながらやるじゃねぇかよ」

「どうする…望月がドラウニーアたちが「南木鎮守府」に向かったって言ってたみたいだけど?」

「…今はアイツをどうにかするしか道はねぇ、ドラウニーアは大将たちに任せるしかねぇが…ヒッ、大将たちなら何とかしてくれんじゃねぇかって期待しちまってるよ、アタシぁ!」

 

 望月の言葉に、一同は不敵な笑みを見せて肯定する。

 

「あぁ…タクトを信じよう、何せアイツは…俺の相棒だからな!」

「はい、私は司令官を…皆さんを信じます!」

「へへっ、そうだな! アタシもタクトを信じてるぜ!!」

「うんっ、そうと決まればコイツら倒して早く迎えに行ってあげないと!」

「おうさ、んじゃ戦いは任せるぜ。アタシはあたしに出来ることをやらぁな!」

 

『キッヒイイイイイャアアアアアアアッ!!!』

 

『■■■■■-----ッ!!!』

 

 斯くして、天龍隊の目を欺き黒幕は「血戦の地」へと向かう。精強の戦士たちは仲間の絆を信じ「死神」と対峙する…!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──南木鎮守府、作戦指令室。

 

 ユリウスさんは現在の状況を事細かに教えてくれた。

 

『三島及びデイジー島に深海棲艦の大群が押し寄せている、特にシルシウム島が酷いな…矢張り最大戦力を集めて正解だったが、その中で強大な反応が見つかった』

「姫級と天龍たちが、対峙しているということですか?」

『そこまでは分からない、だが──…っ!? 待ってくれ、これは…南木鎮守府の近辺に反応が二つ確認された。凄いスピードだ…君たちの居る南木鎮守府に向けて何モノかが向かっている!』

「えっ!?」

 

 つまり誰かは分からないけど、僕らの方に敵が向かっているのか?! 一体誰が…?

 

『──十中八九「ドラウ」だネヴェイビー!』

 

「っ! マサムネさん…?」

 

 僕らに敵の正体を教えてくれたマサムネさんは、緊急事態だというのに朗らかな態度を崩さずに回答する。

 

『どうやら混乱に乗じて抜け出して来たようだネェ、流石にどうやって移動しているのかまでは解らないけどネ!』

「こっちに向かっているって…まさか、ゼロ号砲を起動させようとしているんじゃ!?」

 

 僕の推察に、ユリウスさんは頷いて肯定した。

 

『有り得ない話ではない。何か仕掛けてくるとは思っていたが…しかしながら疑問は残るところだ、南木鎮守府に我々が居ることは向こうも承知しているはず。反応が二つなのは確かだから護衛を付けている…おそらくレ級か港湾棲姫を連れているだろうが、それでも実力差は目に見えて明らかだ。ヤツが何も考えずにこちらに来るとは思えない』

 

 ユリウスさんの意見は的を射ていた、確かに今まで姿すら見せなかった男だ。アイツは慎重かつ大胆な方法でこれまでの連合の捜索や追撃を振り切って来た、そんなアイツが…こんな下手したら「自ら捕まりに行く」ような行為をするとは思えなかった。

 僕らが悩んでいると、マサムネさんが自身の予測を示した。

 

『ぼくとしてはもっと有力な理由があると思うヨヴェイビー! アイツの性格を考えた上での行動がネ!』

『何…?』

「理由って…?」

 

 マサムネさんは僕の疑問符を見て、僕の方へ人差し指を向ける。…って、それって?!

 

「僕が…理由?」

『そうサ! 君たちはドラウの前に現れてはその野望を悉く打ち砕いてきたんだロウ? 今まで嘘のように計画が上手く行っていたアイツにとっては「腸(はらわた)が煮えくり返る」思いだったはずサ。だからこそここまで追い詰めた君たち──いや、タクト君と決着を向けようとこっちに向かっているんだヨ!』

『待て、何故タクト君がこの場に居ることが判る? まさか我々の作戦が聞かれていたのか?』

 

 ユリウスさんの疑問に、マサムネさんは「甘いネ」と笑いながら種を明かす。

 

『君も知ってるだロウ、ドラウが擬似死で神の領域へ至ったことをネ。憶測だけど彼はあの時点で「未来に起こる出来事」を視ていたのではないカナ? でなければ僕らに特異点のことやこの世界が破滅に向かっていることについて、僕たちに教えられる筈がないヨヴェイビー!』

「そうか…僕は何となくしか分からないけど、アイツはアカシックレコードの知識を十分に吸収したんだ。これからの出来事を…ある程度「予見」したからこそ、自分好みの未来に変えようと動いたのか」

「そう、それなら納得がいくわ。私たちがこの場所に居るのも…アイツは予見してたってことね」

 

 僕と翔鶴が同意見の見解を示すと、ユリウスさんはまだ不透明な部分を話した。

 

『お前が正しいだろうマサムネ。確かにドラウなら自身のプライドを逆撫でした者に容赦しないだろう。今までだってそうだったからな、だが…目前の世界滅亡を諦めてまでタクト君たちと決着を付けようなどと、幾らアイツでもそこまで固執するだろうか? ドラウにとって世界再創造こそが悲願である以上、爪痕を残そうと藻掻くならまだしも…』

 

 マサムネさんの言葉にユリウスさんが反論をぶつけると──マサムネさんはゆっくりと首を振ってそれを否定した。

 

『違うヨヴェイビー、これはおそらくドラウの「存在意義」に掛かることだと思うヨ。ドラウは「イソロク」の能力を絶対視していた、そんな誰よりもイソロクを理解しようとした彼よりも、タクト君が特異点として選ばれたことが許せないのサ! ぼくもアイツの傍で共同研究をしてきたから、アイツの考えはそこそこ理解はあるつもりだヨヴェイビー!』

 

 マサムネさんの一見感情論でしかない意見だが、恐らくそれは「的を射ている」だろう。僕の「能力」がその感情を肯定している。

 トモシビ海域での「あのお方」と呼ぶ人物がイソロク様だったとしたら、ユリウスさんから聞いたドラウニーアの過去と照らし合わせても、そう思っても「不思議じゃない」と言った「理解」があった。それは誰あろうユリウスさんも同じ考えに至っていた。

 

『…そうか、確かに私はドラウと距離を置いていた部分はあったな。だからこそアイツを決めつけて理解不足を無意識に隠していたのかもしれないな、我々は許されない所まで行ってしまったが…翔鶴君のようにアイツを理解しようとしていたなら、止められただろうか』

「ユリウス…」

 

 ユリウスさんの後悔の念の言葉に、翔鶴は憂わしげな表情で彼を見つめる。

 なるほど、文字どおりアイツは「追い詰められた鼠」と言った具合か。だからこそ最後に一矢報いようとしているのか……よく分かったよ。

 

「そうですか、アイツは僕と戦いたいと思っているのか…なら、望むところだよ。僕は今度こそアイツと決着を付ける…!」

「タクト、私たちを忘れないでね!」

「ウィ、コマンダンの背中は…この野分が守ります!!」

 

「タクト…貴方なら出来るわ! 必ずドラウニーアを倒して、世界を救いましょう!」

 

 金剛、野分、翔鶴の言葉に胸が満たされる感覚に包まれると…僕は彼女たちに力強く頷いた。

 

『タクト君、こんなことを言う義理はないけど…どうか最後まで彼の相手をしてあげてくれたマエ。今のドラウニーアを止められるのは…間違いなく君たちだヨ!』

『私からも頼む、アイツのことは何一つ理解出来なかったが…それがきっとアイツを凶行に走らせた切っ掛けになったのだと思う、理解しようとしなかった我々にも責任がある。君に任せるのは不甲斐ないが…私たちの代わりに、ドラウを止めてくれ!』

「もちろんです、では…行ってきます!」

 

 マサムネさんとユリウスさんの言葉に、僕は頷くと出立を宣言した。

 僕はアイツを止める…そう決意を固めると、翔鶴たちを連れて作戦指令室を後にした。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──南木鎮守府、屋上。

 

 そして、南木鎮守府の屋上へと足を踏み込む。

 僕たちの上に広がる曇天の空、眼前に待ち受けていたのは巨大な機械装置と、それに嵌めこまれた緑色に妖しく光る「巨大零鉱石」だった…おそらくこれが「ゼロ号砲」。

 

 ──そのゼロ号砲の前で、僕たちの行手を塞ぐ二つの「影」が見えた。

 

『………!』

 

 一人は港湾棲姫、相変わらず虚ろな眼をしてこちらを見つめている。

 

「──…来たカ、特異点」

 

 もう一人は──何回と聞いた忌々しい声、そして僕に対して殺意を向ける貌だった。

 

「…来てやったよ、ドラウニーア。今度こそ…お前と決着を付けるために!」

「…フン!」

 

 僕がそう言い放つと、ドラウニーアは禍々しい憤慨の貌を向けて鼻で嗤った。

 




 次は宿毛が終わってから。
 がっつり書きたいから、投稿遅れるかも知れませぬ。


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おそらく己の正義と価値観を過信すると、悪になる

 お待たせして申し訳ありません、現在クロギリ編最終話まで一気に書き進めている状況です。年内には完結したい! とはいえどうなるか分かりませんので年を越す可能性もあります。

 何れにせよクロギリ編の終わりは近いです、はい。

 …問題はその次がどうなるか、ですね?

 今回長めになっております、ご注意を。



 僕らはドラウニーアと決着を付けるため、南木鎮守府屋上──ゼロ号砲の前で対峙した。

 曇天が覆い尽くす空間の下、巨大機械装置に取り付けられた零鉱石の緑光が僕らを不気味に照らす。今まで姿すら拝むことが出来なかった、一連の事件の黒幕「ドラウニーア」。遂にここまで追い詰めたぞ…っ!

 ドラウニーアは上半身を(さら)け出し己の変わり果てた「肌」をまざまざと見せつけている、その首には赤い宝石のような「海魔石」を下げた首飾りをしている。肌の左側半分は死んだような蒼白色になって、よく見ると額には「角」のような突起が見えた。…コイツはもう怪物の世界に片足を突っ込んでいると言っても過言ではなかった。

 その横には…相変わらず虚ろな眼でこちらを呆と見つめる港湾棲姫の姿が。ということはシルシウム島には「レ級」を置いて囮にしたのか…最後になるかもしれない場面でレ級を連れてこなかったのは、少し意外だった。

 

『◼️ ◼️ ◼️ ◼️ ◼️ーーーッ!!』

 

 下からは深海棲艦の獣の叫び声みたいな慟哭が響く。シルシウム島や他の島にも敵が強襲しているというけど、この南木鎮守府にも敵が押し寄せて攻撃を加えているだろう。建物がいつ崩れるか分からない…それまで如何にかして目の前まで追い詰めたアイツを何とかしないと…!

 

「タクト…どうする?」

 

 金剛が言葉短かに尋ねてくる、それはドラウニーアを()()()()()()を聞いているのだろう。

 ヤツはこの世界を壊して新たな世界を創り上げる「ゼロ号計画」の首謀者、それまでに犠牲にした者はそれこそ数知れないだろう。許すことは出来ない…本当は今すぐにでも攻勢に転じたい──でも。

 

「ごめん皆、少しの間だけアイツと話をさせてくれないかな?」

「っ!?」

 

 僕の提案に案の定金剛以下三人は、口を閉ざしつつも驚愕の表情といった具合だった、今更ヤツと話すことなんてないのは理解しているけど…だからこそ「理解」しなくちゃいけないのではないか、そう思い至った。

 ゼロ号計画自体の目的──滅びのループをリセットし、楽園を再創造すること──は分かっていても、ドラウニーアが何故その結論に至ったのか…そう、動機だ。動機が解らなかった。アイツが人や艦娘を憎んでいるとしても、それだけで世界ごとどうにかしよう。となるだろうか?

 この海域での出来事を通じて、人の行動の裏には──どんなに非道な行いでも──それ相応の理由があると分かった。もしも…アイツにもどうしても避けられなかった「訳」があったのだとしたら、何故こんな馬鹿げたことをやらかしたのか、知っておく必要があると感じたから。

 甘いよね? 僕自身もそう思うけど──ドラウニーアと初めて対峙した時に感じた「哀しさ」が妙に引っ掛かっていて、それを理解しておきたいと願う自分が居た。ヤツが何か仕掛けてくることは確実だけど、ユリウスさんの言うことを借りると「戦力差はこっちが有利」なのだろう。少しの猶予はある筈だ…そう頭の中で自身の行動の整理をしていると、金剛は少し呆れた口調で答えた。

 

「やっぱりね、タクトなら言うとは思ってた。アイツがどうして世界再創造なんてするのか、それを知らないままにはしないだろうなって」

「…そうね、タクトはそういう理由を聞いておかないと納得しないことは知ってるし、私も気になるところだと思うけど…本当に良いのね?」

 

 翔鶴の問いかけに、僕は迷わず頷いた。

 

「少しでもアイツの気持ちを知っておかないと、僕はアイツと同じに…人を知ろうとしないまま断じたアイツと変わらないと思ってね? もしアイツが何かやらかそうと動いていたら、その時は迷わず攻撃してね?」

「ウィ。了解しました、コマンダン…お気をつけて」

 

 野分が僕に注意を促すと、僕も黙ってその言葉を受け入れ頷いた。

 そうして先ず息を整えると、僕は数歩前に出てドラウニーアの声が聞こえやすい場所まで移動する。ドラウニーアはその行動を訝しみつつも黙って見ていた。僕は先に声を掛けて僕の意思を伝える。

 

「ドラウニーア、少し話をしないか?」

「…何のつもりダ?」

「こうしてお前と真正面から向き合うのは二回目か。ヒュドラの時はそっちが不意打ちして時間が出来なかったけど、もしお前が語る気があるなら……お前がどうしてこんなことを仕出かしたのか、それを教えてほしい」

「何……血迷ったカ?」

「そうじゃないさ、僕は都合よく正義を語れる大人みたいにはなれないからさ。お前が悪だからっていきなり斬り掛かりたくないし、色々なヒトたちの人生を狂わせたからこそお前がどうしてそんな風になったのか、それを知っておきたい。それでもお前が今更話すことがないって言うなら、このまま決着を付けるだけだ…!」

 

 僕がそう言った瞬間、周りの空気が張り詰め頬の肌がピリつく感覚があった。ここが「大事な場面」だと僕の「能力」以前に直感で解った。

 向こうの返答次第では急に襲い掛かってくることも有り得る──そう思っていた僕は身構えつつも、敵の動向を窺っていた。

 

「──決着、カ」

 

 ドラウニーアはそう零すと、いやに落ち着いた様子で辺りを見回して疑問を投げた。

 

「この南木鎮守府には零鉱石から発せられる黒霧が充満していたハズ、だが今は…まるで掻き消えたヨウニ視界が明るい、零鉱石も問題なく機能しているだろうニ。…お前の仕業カ、特異点?」

 

 ドラウニーアの問いかけに、僕は──警戒心を解かずに──あくまで理性的に応じた。

 

「いいや…望月やユリウスさんの造った「灼光弾改」の成果さ。それだけじゃない、ここに来るまで数多くの人たちの力を貸して貰った、お前の企みを止めるため、皆それぞれに出来ること、全力の行動をした。お前には理解出来ないだろうけど…これがお前が否定した人間の力だよ」

 

 僕はそう言って突き放すようにドラウニーアに「敗北」を聞かせた。対してヤツは──力なく笑ってみせた。

 

「フッ、ユリウス…まさかアイツにしてやられるトハ。そうは言えヤツも俺に次ぐ頭脳を有していたカラ、驚きはしないガ?」

「ユリウスさんはお前を止められなかったコトを後悔していたよ。お前もユリウスさんを認めていたなら、どうして彼の言葉に耳を貸さなかったんだ? だから──お前は負けたんだよ。全てに納得出来ず否定して…そうして何もかもを切り捨てたから、お前は孤独になった。孤独は団結に勝てはしないよ、絶対にね」

「ハッ、まさか貴様にそれを説かれるトハ。マァいい…確かに貴様の言う通りダ、争いしか能のナイ愚図どもと思ったガ…存外侮れんナ」

「…え?」

 

 意外にもあっさりと負けを認めたドラウニーア、ヤツは次に金剛の方を一瞥すると僕の言葉に肯定を表した。

 

「器の乙女、ユリウス、そしてマサムネも…俺ガ引き入れタ者たちハ皆お前に寝返った。それは"ニンゲン"であったモノたちがお前のようナ「信頼こそが最大の武器」だと抜かす、甘い理想論に触れたことデ"人間"としての感性を取り戻シタ、これに尽きるのだろうナ? そうしてお前ハ他者の力を合わせ困難を乗り越えて来タ、カ? …ックク、まさかこれ程の力となるトハ?」

「お前がそれを口にするのか、今まで他人を自分の目的のために切り捨てたお前が。そこまで理解しておいて…何でお前は変わらなかったんだ」

 

 僕はドラウニーアの心の込もっていない言葉を訝しんでいると、ヤツは曇天を見上げて呟いた。

 

「それは道理であロウ、俺は…自分を「唯一無二の存在」だと自負してイル。勉学も、頭脳も、身体能力も、人並み以上に出来ると信じてイタ。事実俺の能力は凡ゆる秀才のソレヲ上回ってイタ──運命でスラ俺の思いのママだ、俺が望めば世界は俺にいつでも陽を照らしてくレル。そう信じてイル、俺が群れる必要が何処にアル? そんなことハ非力な弱者が身を寄せ合うための感情論ニ過ぎナイ」

 

 ドラウニーアはこの期に及んで根拠のない自信と理論を披露していた。矢張りこれだけのことを仕出かしただけあって、反省など微塵も無いようだ。

 僕は心底呆れながらも、ドラウニーアの言葉に口を挟んだ。

 

「そういうのは「自惚れ」って言うんだ。お前は自分には特別な何かがあると錯覚しているかも知れない、でも──それは昔から誰しもにある驕りだと思う。特別になりたいと夢見る気持ちは…現実によって打ちのめされる、それでも夢を打ち砕かれた後に見えるモノが自分が求めた本当の「特別」に繋がると思うんだ。お前のように…自分の非を認めようとしない下らない願いは、絶対に叶うことはない!」

 

 僕は自分なりの正論でヤツの鼻柱を折ろうとした、しかし…幾ら僕が言葉を紡いでも、アイツの答えは変わらなかった。

 

「下らないカ、それは凡俗の言い分だゾ特異点。人が特別とやらになれないノハ怠惰である他者が足を引っ張るからダ、欲を貪る”ニンゲン”が人間を堕落させる最大の害悪ダ」

「…っ!?」

 

 ドラウニーアは自身の考えを述べる、がそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは誰しもが思い浮かべる「悪意」を説いていた。それでも度し難くはあるけど?

 僕がそう解釈していると、ドラウニーアは続けて「ニンゲンの成り立ち」の自論を説いた。

 

「神は凡ゆるモノに試練を与える、それを越えし勇者に栄光を与えるために。だが…大半は環境や出自を理由にその先にある「未来」を手放すのサ。苦しいカラ、辛いカラ、成り上がれないカラ、自分には何もないカラ、そんな資格はないカラ、周りの有象無象に理由をつける輩もいヨウ。だが…そこから這い上がる気力があれば、人はいつでも特別になれる。そこに…欲に堕したニンゲンが居なけレバ、ナ?」

「…どういう、ことだ?」

「分からないカ。そう…例えば正義を志す若者が居たとしヨウ、若者は統率力に優れてオリ、自身の率いるグループからの信頼も厚い。彼が居ればグループは安泰…何れは世界すら統率出来ヨウ。ダガ、ある日突然彼は「殺された」。表向きは事故による不本意なこととして処理さレル、しかし実際ハ──若者の才能を妬んだ「ニンゲン」による犯行ダッタ、としタラ?」

「っ、まさかそれは…お前の?」

「さあナ、悪いが話の途中に言葉を挟まないで貰いタイ。お前トノ決着はつけてヤルガ俺の話グライ聞け、望みドオリ俺の動機とやらを聞かせているのダガ?」

 

 何か引っ掛かる言い方だが、しかし…確かに聞いてきたのは僕の方だし、コイツが何故こんな大事を起こしたのか、それを知ってからでも遅くはない筈…そう思い僕はヤツの言葉に耳を傾けた。

 

「サテ…ニンゲンの犯行理由は様々だロウ、ただ目障りだったカラだトカ、グループのリーダーに成り代わりたかったカラだトカ、自分たちにトッテ「都合が悪いカラ」消しただトカ…。ソウ、大抵の人間はここで牙を折られるノダ、そこに自分が望んだ世界があったとシテ、思い半ばに死に果てるノダ。それは誰アロウ同族でありながら、それからは変質してしまった「ニンゲン」の所為デ! 若者はただ純粋に夢を追いかけ同志を率いていただけであるノニ」

 

 聞けばきくほどな「身勝手な言い分」だが、僕は辺りを警戒しながら黙って聞いていた。ドラウニーアは更に続ける。

 

「だがナ、俺はニンゲンが欲に堕ちること自体は「仕方のないこと」であると理解してイル。何故ナラその欲に塗れたニンゲンもまた、かつては夢を追いかける「若者」であったカラ。殺された若者もともすれば畜生以下のニンゲンに成り下がった可能性もあるノダ。お前の言うことが正しいなら「現実に打ち拉がれた」カラ、さもなくとも権力やら財源などの魅力を前に獣と堕したカラ。何方にせよ…これが「ニンゲン」の生まれる構図なノダ」

「…自分を含めた「ニンゲン」が、どうあっても艦娘を欲望のままに使い続ける。それが世界を破壊する元凶だから──お前はそれを滅ぼそうと考えた。そういう理屈か?」

 

 僕は身勝手理論の結論としての答えを先出しする、それは会議でも明らかになったゼロ号計画の本懐──人、深海棲艦、艦娘の無限ループを止めること──が頭にあったから、それがヤツの「人類や艦娘を滅ぼす理由」として十分だと感じたからだ。

 だが──ヤツはそれに対してニヤリと嗤うと「違う」と断じた。

 

「人は生まれ落ちた時から「ニンゲン」になるヨウ定められてイル、呱々の声を上げる瞬間にその赤ん坊に「生きたい」という欲望がなければ、その時点で死んでいる筈だからナ。生きるという原初の欲望がある限り、人は無くならない。俺とてそれを否定するつもりは無イ、その欲望の先に争いがあったとしてもナ」

「何…っ、じゃあどうしてお前は人を、艦娘を憎んでいるんだ! この世界を破滅に導いて…何がしたいんだ!?」

 

 どうやらヤツはただ人を憎んでいる訳ではないようだ、では一体目的は何なのか? 僕は能書きばかり口にするヤツに苛立ちを隠せず、乱暴な物言いでヤツが本当に言いたいことが何なのか問い詰める。

 

 すると──ヤツは右手人差し指を上に向けて、自身の目的を告げた。

 

「──神だ。俺は神を許しはしナイ、人が獣になる構図を描いたのは神に他ならナイ。であるが故に…「ヤツ」の過ちがこの世界を変えたノダ、自身の欲望を満たすためかそれは解らないガ…ヤツは確実に図面に何かを「書き加えた」。その結果生まれたのがお前タチ、特異点と艦娘なノダ!」

「……何を、言ってるんだ?」

 

「つまり、この世界は神にヨッテ理を書き換えられた「虚妄に満ちた世界」なノダ。俺は確かに観タ…あの空間デ、ある邪神の手が差し伸べられた途端、世界は変わり果ててしマッタ。艦娘とイウ異質な存在の住マウ世界ニッ!」

 

「…っ!?」

「愚かなる神の賽が、俺たちの世界に破滅への使者を齎した。そこのガラクタたちが! 俺たちニンゲンの性質に付け込み、戦い合う中でニンゲンの欲望を、闇を、自らに纏わせて「深海棲艦」という化け物とナリ、何れかニンゲンに反旗を翻す。神の造りし欠陥品がやがて全てのニンゲンを滅ぼすだロウ」

 

 コイツの言いたいこととしては── ヤツとは誰かは分からないけど「神さま」であることに違いはないだろう。つまり神さまの内一柱がこの世界を魔法世界から艦娘世界に「意図的に変えた」…そう言いたいようだ。

 

「無論それに対抗策が無いこともないガ、仮に深海棲艦を手懐けたとシテ、深海ドモを兵器とした戦争に発展スル、それだけの話ダ。但しその先ニハ──今度こそ「人類の破滅」が待ってイル」

「そんな…そんなこと!」

「誰も、誰にも! その不確定要素を覆すことは出来ナイ、全ては神の、その掌で踊るニンゲンたちの誤ちだったノダ。ならば…俺は全てを元に戻ス、偽りの世界を無へ帰した後に…変えらレタ理を修復スル。これぞゼロ号計画の真意、過去の楽園以上の多幸世界を実現すべく、俺が世界を導くノダ!」

 

 ヤツはそう言って、例の如く──自身の才能をひけらかすように── 高笑いをする。正直僕には何を言っているのかさっぱりだ、いや部分的には理解出来るが…()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな心境だ。話の内容的に陰謀論めいているから特にそう感じた。

 法螺話…ではないよな。ヤツはアカシックレコードを介してある程度の事柄を予見している、つまり──神さまの中に本来の世界からかけ離れた「パラレルワールド」を造り出したモノが居て、ヤツはそれを元に戻そうとした…そういうことだよね?

 それは…正直事実かは判らない、僕の能力でも──こんな時に限って──頭が霞がかったような感覚で判別が付かないけど、この状況で嘘を吐くのもおかしな話だし…本当のことだと思う。

 だからこそ、例えこの世界が自分にとって嘘に満ちていたとしても、その挙句世界を破滅に導こうと多くの人々を犠牲にした──どんな理由があれ、それだけは許されなかった。

 

「お前は…アカシックレコードで何を観たのか知らないけど、そんなことの為に他人を利用したのか? 百門要塞の住人たちも、金剛やユリウスさん、由良だって…お前に人生を滅茶苦茶にされた人たちは、お前さえ居なければ…辛くても幸せな余生を過ごせたはずだ、それを分かって言っているのか!?」

「タクト…」

「艦娘が世界を破滅に導く不確定要素だって? お前にとってはそうだろうな、でも…僕たちにとっては「希望」でもあるんだ! 戦う力の無い人たちを守るために、彼女たちは在るんだ。それだけは…絶対に否定させないっ!!」

 

 後ろで金剛たちが心配そうに経過を見守る中僕は怒り任せに怒鳴り、世界を貶めようとした狂人を睨みつけた。

 確かにヤツにもそれなりに「辛い過去」があったのだろう、言葉の端々から感じる悲哀がそれを物語っている。だからこそ…せめて同情出来る余地はないかって考えていたんだ。

 だがコイツは…ただ自分の価値観(みたもの)だけを信じ、他人の考えを受け入れなかった「愚者」だった。僕の中で…コイツはそんな「冷酷非道の輩」として確定していた。

 そんなことを知らずに、ドラウニーアは嗤って僕の話に「理解」を示した。

 

「アカシックレコード…あの神の領域のことダナ? 確かに俺はあの空間で様々な情報を得タ、だからこそ言えることハ…特異点、貴様はこのまま行けば、計り知れない絶望を視ることになるだロウ。艦娘トイウガラクタを希望などと言っている限りナ!」

「何…っ?」

「まぁ俺には関係ないガ。さて…そろそろ時間ダナ?」

 

 ドラウニーアはそう言うと背後のゼロ号砲を見上げていた──

 

 

 ──Alert! Alert! Alert!

 

 

 すると、けたたましい警告音が空間に響き渡る。

 僕らは何事かと驚き緊張を引き戻すと辺りを警戒する…しかし、警告音が次に発した言葉は、僕らの予想を上回るものだった。

 

『──ゼロ号砲及びアンチマナ波動砲、自動射出準備完了。エネルギー充填開始──残り30分』

 

「…なっ!?」

「何ですって!?」

 

 何とそれは、ゼロ号砲とアンチマナ波動砲──おそらく「穢れ注力装置」のこと──が、もうすぐ発射されようとしていることを知らせるものだった。その直後弱い振動が僕らの足元を駆け抜けると、ゼロ号砲に設置された零鉱石から淡い緑光が放たれ、砲塔にも同じような緑の輝きが収束していた。

 

「ククク…そういうことだ。予め…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものだったガ、よもや上手く作動するとハナ、貴様も甘いなぁ特異点?」

「っ! ゼロ号砲が自動的に発射されることを知った上で、僕との会話を利用してセット時間を稼いだというのか!?」

 

 まさか僕の無け無しの情まで利用されるとは…こうなることを予測していなかった訳ではないが、さっき言った同情出来る余地を探すあまり無意識に「和解出来るかもしれない」と都合よく解釈してしまったのだろう。だからその隙を突かれた形になった訳だが。

 とんだ勘違いだった…僕は自分の甘さにとことん嫌気が刺して悔しさを滲ませながらも言葉を投げると、ドラウニーアはそれを──哀しそうな顔で──僕らを見据えながら否定した。

 

「…いや、セットはしたがこれは「最後の手段」というヤツダ。ゼロ号砲はアンチマナ波動砲から発射された穢れのエネルギーがなければ、世界中の艦娘を停止スルことハ出来ナイ。俺は貴様らに穢れ玉を砕かれる「可能性」は観ていたガそれを覆すつもりで居たノサ、俺の目的はあくまで「艦娘の機能停止」だったのだカラ、それを何としてもやり遂げようと文字通り「どんなことをしてでも」変えるつもりだったノダ。結果的にどう足掻いても無駄であったガナ? そういう意味デハ俺は最初カラ貴様らに「敗けてイル」ノダ」

「何…?」

 

 ドラウニーアは一頻り語り終えると、両手を広げて今度こそ敗北を宣言した。

 

「特異点、そしてその部下のガラクタドモ。見事ダ…貴様ラは俺との「見えない戦い」を制シ、お前タチにとって最悪な未来を回避シタ。認めヨウ…俺の完全敗北ダ、だからコソ…俺は最期マデ悪あがきをするつもりダ、愚かなる邪神にヨッテ変えらレタこの世界ニ、一太刀でも傷を付けてヤル。貴様らモ…特異点、貴様は殊更生かしてはオケン、俺は貴様ヲ…我が命に代えても葬ッテみセル!!」

「…っ」

 

 計画が頓挫したのは目に見えていたけど、まさか…ここまで執念があるなんて。コイツにとって…世界滅亡は是が非でもやり通さなければならなかったことなのか、例え──どんな障害を壊してでも…!

 

「さぁ…計四ヶ所から穢れの同時射出ダ、本命はこのゼロ号砲、そして各島に置かれたアンチマナ波動砲四機、貴様らは…30分の間に全て停止することが出来るカナ? 出来なければその分世界中の海域からランダムに割り当てた着弾地点に「災厄」が降りかかるだけダ」

「…っ」

 

 ドラウニーアは淡々と現状を告げる、今までの嫌味な言い方でなく、何処か「覚悟めいた意思」が感じられた。

 しかし──どんな事情があれ、コイツはまたしても他者を犠牲にしようとしている。マナの穢れはそれだけで人体の毒になる、そのエネルギーが世界中にばら撒かれることになれば…それこそ「世界の終わり」と大差ないじゃないか…!

 

「っ!」

 

 僕はすかさず通信機で皆に呼びかけようと準備するも、それは耳元に届いた「風切り音」に止められる。

 

「タクトッ!」

 

 金剛が割り入ってくれたおかげで、港湾棲姫から発艦した深海航空爆撃を避けることが出来た。僕が元居た場所には、耳を劈く爆撃によって煌々と燃える残り火が見えた。

 

「おっト、無粋なことはスルナ。戦いは既に始まっているノダ、勝敗は貴様らに優勢なのだカラこのぐらいのハンデは受けてもらうゾ? フハッ、奴らが事の重大さに気づくのハ果たして何分後かナァ!」

 

 ドラウニーアは凛とした表情から一転し、いつもの挑発するようなニヤついた嗤いを浮かべた。その「してやったり」の上々顔に、僕は身体の底から怒りが湧いて来る。

 

「ふざけるな、お前は何処まで僕たちを弄べば気が済むんだ! …っくそ、どうすれば…!?」

 

 僕は頭の中で状況整理する、ゼロ号砲はともかくアンチマナ波動砲には…危険度は下がるかもだけどどっちみち「穢れ玉」がエネルギー源だから、阻止しなければどんな大きい被害になるか分からない。元々それらの装置は破壊するつもりだったけど…今はそれぞれの隊に深海棲艦が襲いかかっていて、更に後30分の猶予しかない。しかも他の隊の皆に通信をしている余裕も無い。

 どうする…それ以前に時間内にドラウニーアたちを退けられるのか? そんな僕の心配を他所に──いつの間にか通信が入っていた映写型通信機から、落ち着いた低く柔らかい声が響いた。

 

『──そういうことなら、話は簡単だね?』

 

「ナニっ!?」

「っ! カイトさん!? 通信を開いていたんですか?」

 

 僕は通信機の映像は出さず、そのまま通信の向こうに居るであろうカイトさんに応じた。

 

『あぁ、君たちが第二段階に移行した時点でね? ドラウニーアの犯行理由という面白そうな話が聞こえたから声を掛けずそのまま話を盗み聞いた次第だ、しかし…君にとっては残念な結果になってしまうが、こうなれば「島内部に突入して、装置を壊す」しかないね?』

 

 本当に頼もしい人だ、この状況把握力と逆境を利用する強かさは、味方として「この人さえ居れば」と安心出来る。僕は感謝を込めつつカイトさんに皆への通信の仲介を頼み込む。

 

「…いえ、僕の甘さが招いた事態に配慮して頂きありがとうございます。その上で恥を忍んで頼みたいのですが、もしよろしければ…交戦中の皆にこのことを伝えてもらえたら?」

『ははっ、その心配はないよ。こういう事態になるだろうと思って、それぞれの部隊の通信も入れてある、皆にも内容が届いている筈だ。そうだろう?』

「えっ!?」

 

 カイトさんの更なるファインプレーに、僕は驚きを隠せずにいると通信から「声だけ」が聞こえる。この声は「舞風」かな?

 

『ウォシハマ隊りょーかい! これより敵艦隊と交戦を経て島内部へ突撃します! タクト…ノワツスキーも、心配しないでね!』

「マイマドレーヌ…!」

 

 野分が通信から聞こえる声に感無量となっていると、次はサラトガさんの声が響く。

 

『ササナプ隊了解です、これより島の攻略に入ります。翔鶴…貴女たちなら大丈夫です、必ず任務を遂行して下さいね? グッドラック!』

「っ! …えぇ、貴女にも期待しているわシスター!」

 

 翔鶴が凛とした顔で声を張ってサラさんに気持ちを伝える、次は…鳥海さんの声だ。

 

『チササフ隊は拠点防衛に徹します、敵の脅威が薄れ次第救援に向かいますので』

「鳥海さん、あまり無理はしないで下さい?」

『ありがとうございますタクトさん、しかし人手は多ければいい筈です。微力ながら我々も艦娘としての責務を果たします!』

 

 鳥海さん、気合い入ってるな。頼もしい限りだ…!

 最後に聴こえてくるのは──聞き慣れた低く鋭い声だ。

 

『こちらテモアカナ隊天龍、此方は状況が悪いので簡潔に報告する。現在戦艦レ級と交戦中、今のヤツの力はこれまでのそれとは比べものにならない。勝機は此方にあるが油断は出来ない、時間も惜しいのでヤツの様子を窺いつつ装置の破壊に努める。以上だ…タクト、金剛。其方は任せたぞ!』

『皆さん、ご武運を』

『コッチも適当に凌ぐからよぉ、大将と姐さんはバッチリゼロ号砲破壊しとくれよ!』

「天龍、アーヤ、モッチー。…うん、任せて!」

 

 天龍たちは大分苦戦しているようだ、無理もないけどね…それでも──

 

「ありがとう皆…気をつけてね!」

 

 僕は感謝を込めて言葉を投げ、そのまま通信を切る。

 

「…矢張り諦めないノカ、貴様らハ」

 

 ドラウニーアの何処か虚しそうな顔を見るも、僕は先程の外道の文言を思い出すと、自分の顔を引き締めた。

 

「ドラウニーア…僕が甘かった、お前にどんな悲しく辛い過去(バックグラウンド)があったとしても、世界をどうにかするだという「狂気」に取り憑かれた時点で、お前はもう「居てはいけない」んだ。多くの人を犠牲にして創り上げた世界なんて──そんなこと許されない、許してはいけないんだ…っ!」

「フンッ、許さないなら…どうするというのだ?」

 

 ヤツはそう言って僕に嗤いかける、僕の覚悟はもう決まった。どんなに言葉を重ねても…分かり合えないなら、分かり合うつもりがないなら──

 

「──お前を、止めてみせる」

 

 此処に、世界の命運を賭けた一戦が──幕を開けようとしていた。

 



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行く手を阻む敵は、倒すしか手立てはない

 僕はドラウニーアに対し、僕自身の甘さを捨てる覚悟を込めた口上を言い表した。

 とは言え命を奪うほどの覚悟でなくただ「止める」だから、まだ甘さが残っているかな? だとしても…もう迷うことはない、この男をここで逃せばまた同じことの繰り返しだ。絶対にここで──止めなくちゃいけない!

 

「…フ、フハハッ! 上出来ダ! それでコソ俺の宿敵ヨ!! それほどの覚悟あるナラバ、俺も容赦はしナイッ!」

 

 そう不敵に嗤いながら、ドラウニーアは懐から何かの液体の入った注射器を取り出し、素早く自身の首筋に射した。

 

「ぐうぅぅ……グオオオオォォォォッ!!!

 

「っ!?」

 

 液体の無くなった注射器を放り投げ、苦しげに唸ると次の瞬間に雄叫びを上げるドラウニーア。見るとヤツの左側の青白い肌が全身へ急速に広がっていっている。あの液体は「深海細胞入りの培養液」か…!

 

「おおおおおおおおおおオオオオオオオオオオッ!!!』

 

 肌が完全に真白く成り果てると、額の角が天高く伸び上がり、目の色が赤い瞳となっていき、身体が膨れ上がると同時に口の顎と歯牙も肥大化していく。

 筋肉がはち切れんばかりに巨大になり、その胸中央に身に着けていた海魔石が埋め込まれる。赤い光が胸から広がると同時に両肩から「三対の砲塔」らしきものが伸びて来た。言ってしまえば「戦艦棲姫の艤装」のような出で立ちだった。

 

『…ハアァ……ッ!』

「っ、その姿は…! 本当に深海棲艦みたいだ、人間じゃ深海棲艦にはなれないんじゃなかったのか!?」

『俺ハ誰ヨリモ優レテイル。通常ノニンゲンデハ耐エラレナイ深海細胞ノ増殖モ、俺ナラバ制御ハ可能…出来レバコノヨウナ姿ニハ成リタクナカッタガ、ドンナコトヲシテデモ貴様ダケハッ、コノ世界カラ消シテクレル!』

 

 本当に出鱈目なヤツだな、今更だけど。それにしても声までよく響くようになってしまって…もう完全に「化け物」になってしまったんだな、身も心も。

 

『サアァ特異点、決着ヲツケヨウジャナイカァ。残リ30分ノ間ニ…貴様ラハキサマラノ世界ヲ守ルコトガ出来ルカナァ?』

『…ッ!』

 

 変異したドラウニーアと、沈黙していた港湾棲姫が戦闘態勢を整えて構える。

 しかし不味い状況になった、今のドラウニーアは明らかに今までとは違う、完全な深海棲艦と化したヤツがどれほどの力があるのか判らない。制限時間内にアイツを倒しきれるかどうか…僕は一抹の不安が宿るも、ここから逃げ出すという選択はもう存在しない。やるしかないんだ…っ!

 

「望む所だ、皆…用意は良い?」

「もちろん!」

「ウィ、この手で勝利を刻みましょう!」

「行きましょう…そして皆で”朝焼け”を見ましょうっ!」

 

 僕らはそれぞれの意志を確認して頷くと、ドラウニーアたちと正面から向き合い──激突する!

 

「うおおおおっ!!」

『俺ガ…世界ヲ変エルノダアアアアアッ!!』

 

 最終決戦の火蓋が切られ、今──それぞれの掲げる正義がぶつかる。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──同時刻、シルシウム島周辺海域。

 

『キヒャハハハハハ!』

 

 シルシウム島に設置された「アンチマナ波動砲」を巡って、深海戦艦レ級と戦いを繰り広げる天龍たち。彼女たちはカイトを介した拓人たちからの通信で、ドラウニーアの謀略を知らされる。

 このまま──後30分もすればアンチマナ波動砲から穢れが凝縮されたエネルギーが射出される。そう聞かされた天龍たちは急ぎレ級の撃破に挑むが…矢張り上手くはいかない。

 黒い稲妻を帯びたレ級が得物の黒鎌を振り翳すと、周囲に大量のチャクラムのような黒色の丸刃が生成されそのまま回転する。回し刃は四方八方に飛び散り弧を描くと、天龍たちに向かって斬り掛かった。

 天龍たちはそれを踏まえてそれぞれ回避行動を取る、天龍と綾波はそれぞれ二刀と戦斧で打ち合い回し刃の軌道をずらす、加古は電気、長良は風を身体を纏って回し刃をそれぞれ防御する。望月もベベを盾に「変形」させ回し刃の猛攻を防いだ。

 

『キヒャッハァ!!』

「っ、ぉお!」

 

 レ級がまたも黒鎌を振り翳す、その一瞬の隙を見て刀を交差に構えた天龍は、自慢のスピードでレ級の懐に飛び込んで敵の首元に二刀の刃を勢いよくバツの字に振った。

 

『キッヒィ!』

 

 しかし──レ級の素早い身のこなしは天龍の斬撃をひらりと躱すと、尾っぽに付けられた深海艤装から火球砲撃を繰り出す。

 天龍はそれを一瞥するや、素早く身を引いて凶弾を躱す。しかしレ級がまたも回し刃を造り始めていたので、距離を取って守りに入る。

 先ほどからこの調子が続いていた、天龍の新技「瞬速抜刀」も刀を鞘に入れる合間がなければならないが、間髪入れず猛攻を仕掛けるレ級は一秒の隙も許してはくれない様子だ。それに加えてレ級は元から戦闘センスが抜きん出ていることは今までの戦いで分かり切っている、それを含めて穢れの魔力水で戦闘能力が強化されたことを考えると、下手な攻撃を彼女に当てることは不可能に近かった。

 正に進退窮まる…とはいえ戦力はこちらが優勢であるため隙を突けばどうにでもなる。それでも──今の所油断を見せる様子もなく、更に制限時間がある以上体力勝負に持ち込むことも出来ない。

 このままでは、アンチマナ波動砲から穢れが放たれてしまう。その緊張が艦娘たちから余裕を削いでいた。

 

「…っ」

 

 この状況に焦りを見せる長良は、右手薬指に着けられた「指輪」に目を移す。その指輪には何やら小さく文字が掘られていたが、それを険しい顔つきで徐に外そうとすると──加古から怒号が飛んでくる。

 

「っ! やめろ長良! それを外すな!!」

「…っ、でもこのままじゃ…!」

「忘れたのか、お前と加賀はその指輪を絶対に外すんじゃねぇって「あの人」に言われただろう!」

「だけど…皆が頑張っているのに、このまま拮抗が続けば全部無駄になっちゃう、それだけは!」

 

 長良は目の前を遮る絶望により焦燥感に駆られ、冷静に判断出来ずにいるようだった。それを見た加古は素早く長良の傍へ寄ると、長良の肩にそっと手を置いた。

 

「大丈夫だ、タクトたちを信じようぜ。今までだって何とかなったんだ、アイツらなら絶対何とかするさ。今のアタシらはアイツらが焦らねぇように見守りながらドンと構えてりゃあ良い」

「加古…」

「お前が焦る気持ちも分かるけどよ、お前が無理に介入したとしてそれでお前が「犠牲」になるのはタクトたちも望んでねぇ筈だ。それにな…今この瞬間の時代を切り開くのはおそらくタクトたちだ、アタシらは…その先の「未来」にアイツらの手が届くように力を貸せば良い。天龍たちに任せてみようぜ!」

 

 加古はそう言って肩に置いた手とは反対の手で「サムズアップ」する。いつもと変わらない笑顔に長良は安堵の表情を浮かべた。

 

「…そうだよね、ごめん加古。私ちょっと熱くなってたみたい」

「まぁアタシらも長い付き合いだから、長良が責任背負いすぎることは解ってるよ!」

「アハハ。その分加古は普段から怠け過ぎだけどね?」

「ひでぇ、否定出来ないけどな?」

 

 二人はそう憎まれ口を叩き合いながら微笑み合う。

 長良の指輪が何を意味しているのか、現時点では分からないが…それを外すと何か良くないことが起こるのは確かなようだ。そんなことになるぐらいならと加古は天龍たちに全て任せ自分たちは支援に回ると言い切った。

 イノチを差し出さないという戦場においては大分甘い考えであったが、何よりそれは選ばれし艦娘として、後続の未来を見据えての行動だった。いざという時に頼りになるのが選ばれし艦娘だけではいけない、加古は胸中でそう結論付けていた。この先に…自分たちに()()()()()()()()()()以上、尚更だった。

 二人の会話に耳を攲ていた天龍は、少しだけ口元が綻ぶ。しかし時を移さず口角を下げると状況打破の糸口を探ろうと考えを巡らせようとした──しかし、彼女より先に行動に移ったモノが居た。

 

「っ! 綾波…!?」

 

 綾波は物理法則に反した瞬発力とそれに伴う猛スピードでレ級に迫る、片手は既に背中の大斧の柄を握っていた。

 

「はぁっ!」

『キッヒヒィア!』

 

 綾波が戦斧を勢いそのままに振り下ろすと、レ級もまた黒鎌を構えてそれを迎え撃つ。一瞬の鍔迫り合いの後レ級は綾波を後方へ弾き返す、強化されたレ級は改二の綾波の力にも引けを取らない腕力であった。

 レ級は距離を取った綾波に、空中の回し刃を矢継早に差し向ける。前方から怒涛の刃の追撃が迫る中、綾波は──

 

「──はっ!」

 

 右手を翳して自身の「能力」を発動、綾波を狩らんとする無数の回し刃が空気に押し固められると、綾波の右手を握る動作と同時に、空間ごと小さく潰されそのまま掻き消えていった。

 

「はぁ…ぐっ!?」

「綾波! おい、大丈夫か! 全くお前は隙あらば無茶をするな…!」

 

 天龍は態勢を崩した綾波に駆け寄ると彼女の無事を確認する、綾波に対し皮肉めいたことを言うも彼女は──苦悶の表情を浮かべながらも──静かに微笑むだけであった。

 先ほど体力勝負に持ち込めれば、とは言ったもののこちらも何のデメリットが無いわけではない。綾波という「諸刃の剣」が居る以上単純に根競べとも言えなかった、能力を使うたびに彼女の身体に異変があるのでは、逆にいつ隙を突かれてもおかしくはなかった。

 それでも、レ級の尋常じゃない力に対抗するためには綾波の「重力を操る」能力にも頼らざるを得なかった。それを踏まえるとこの戦況は短期決戦、かつそれぞれのメンバーの異変も顧みなければならず、果たしていつまで耐えられるのか…その中で戦況を覆す切っ掛けを作ることが出来るのか、それが課題だった。

 

 ──だが、その課題は「彼女」によって手早く解決されようとしていた。

 

「──ふぅん?」

 

 天龍と綾波のやり取りを見ていた望月は、徐に綾波に近づくと能力のデメリットに苦しむ彼女を観察する。

 

「望月、どうした?」

 

 天龍が問いかけるも望月は──ただニヤリと笑うだけだった。望月がこの悪魔が微笑んでいるような顔をする時は、大抵現状を変えるアイデアを思い付いた時に見せるものだった。それを知っていた天龍は黙って二人を見守る。

 

「綾波、調子はどんな具合だい?」

「…身体が、思うように動きません。まるで背中に…重しを乗せているような」

「ほぉ、成る程。なら…何とかなりそうだな?」

 

 望月はそう言いながら加古たちに向き直ると、声を張って頼み込む。

 

「加古、長良! 悪いが少しレ級の相手しとくれ!」

「ぁん? …仕方ないなぁ、行くぜ長良」

「う、うん!」

「悪いな、直ぐに済むからよぉ」

 

 そう言って望月が懐から取り出したのは注射器、その中には無職透明の液体の中で青く光る粒が見られる。

 

「っ! それは…?」

「コイツは野分に手渡した錠剤と同じく、艦鉱石を混ぜた拮抗薬液…平たく言やぁ「魔力水」さ。もしもの時のために作っておいたんだが…」

 

 説明しながら望月は綾波の首元を確認すると、そのまま注射器を刺して薬液を綾波に注入した。

 注射器の内容物は、青い光を放つ粒を残して全て綾波の体内へ入っていった。すると──

 

「──っ! 体が…!!」

 

 綾波は自身の変化に驚きを隠せなかった、何とあれだけ苦しかった身体の痛みが綺麗さっぱり「消え失せて」重りが外れたような身体の軽さを感じていたのだ。

 

「どういうことだ、望月?」

 

 天龍は望月に尋ねるも、それは何ということもない理由であった。

 

「要は綾波の身体に「過重力負荷」が掛かっていたのさ、自分の身体を軽くしたりした後に能力を解除したら、元の重力が身体にズシリと来たんだろうねぇ。能力を使う度に身体が悲鳴を上げていたのもそのためってワケ。だから…応急処置で済まねぇがマナの力で肉体の負荷を取り除いたのさ?」

「過重力負荷…そうか、重力を操る度に綾波自身にも肉体の負担があったのか」

「そういうこった、まっ! スゲェ能力に身体が付いてこれなかったんだろう。どんなに鍛えてもこればかりは慣れだろうからな、もう少し使い続けてりゃあそれも解消するだろうぜ」

「ありがとうございます望月さん、本当に…こんなに簡単に治せるのであれば、もっと早くに貴女を頼るべきでした」

「演習の時は能力を使わなかったからデメリットも目に入らなかったし、状況がこんなじゃあね? アタシもアンタを診てやれる暇がなかったからなぁ…ヒヒッ、でもこれで問題はねぇだろ?」

 

 望月がニヤリと嗤うと、綾波も態勢を立て直して力強く頷く。

 

「はい、これなら行けます。私の力を…憂いなく皆さんを守るために使えます!」

「その意気だぜ? つーわけで天龍よ、直ぐにでも波動砲だか射出装置だかを何とかせにゃならん以上、ここはお前と加古長良であの死神の傍を強行突破するのが得策だ。お前さんらの速さならそれも造作もねぇだろ?」

「お前と綾波だけでこの場を凌ぐというのか?」

 

 望月の提案として、望月と綾波でレ級を相手取っている間に、天龍たちで波動砲を破壊してくるというもの。だが──それは二人に、5人掛かりでも斃れない死神を任せるというもの。

 刻一刻と波動砲の発射が迫る以上その選択は正しい、それは天龍でも理解できるが──果たしてどうなるのか、一抹の不安が天龍の頭を過ぎる。

 

 それでも望月はいつものように不敵に笑い、綾波もまた自身に満ちた顔で天龍を見つめる。言葉を交わさなくとも…彼女たちの気持ちは天龍に届いていた。

 

「…分かった、無理はするな。絶対にな?」

「はい、天龍さん…お気をつけて」

「あぁ。矢張りお前は頼りになるな…望月?」

「ヒッ! 褒めても何も出さねーよ、アタシはそこまで甘っタレじゃないんでね?」

 

 望月はいつもの皮肉を叩くも、天龍の彼女に対する信頼感は揺るがない。綾波の能力問題というあれだけ悩んでいた事柄を早くも解消してしまったのだから、尚更である。

 彼女の頭の回転の速さと柔軟な考え、何より状況を転ずるほどのアイテムの作成、それらを統合した彼女の「天才的なアイデア」が無ければ、ここで手詰まりだった可能性もある。天龍はそれを身に沁みて理解して、望月の照れ隠しを黙って受け取り微笑むのだった。

 天龍たちの短いやり取りの横で、加古と長良も天龍の横へ並び立った。

 

「良いんだな? 望月」

「ヒッ! アタシは脳筋じゃないからねぇ。何かありゃあ綾波の首根っこ引っ掴んで逃げるさね」

「頼みました望月さん、貴女になら背中を預けられます」

「そうかい? そんでもあんま期待してくれんなよって」

「話は纏まった? なら…行こうか?」

 

 長良の言葉に頷く天龍と加古は、それぞれ全力で走る体勢を作る。

 

「綾波がレ級の動きを止めた後、アタシが様子見て合図するから、それを聞いたら走れ!」

「了解した」

 

『キッヒァアアッ!!』

 

 天龍たちの話を知らずにか、レ級は黒鎌を構えると縦の方向へそれを降り始め、そのまま一気に高速回転すると片輪車の如く大きな円を描きながら天龍たちへ差し迫り、刃でその身を断たんとする。

 

「綾波!」

「了承」

 

 綾波が手を翳すと右手周りの空間が歪む、同時にレ級の周りも同じように歪み始める。レ級の動きが──止まった。

 

「今だ、走れ!」

 

 望月の号令が轟くと、天龍は純粋なスピードで、加古は稲妻を纏うことで空間を奔り、長良は風の風圧を利用したブースターでその場から一瞬でシルシウム島内を目指した。

 

『──ギ、ギイィ…!』

 

 レ級は重力に押さえつけられながらも、黒鎌を振るうことを止めなかった。そして──

 

『──ギ、ギィアッ!』

 

 気がつくとレ級は──いつの間にか──空間の歪みから脱しており、天龍たちには目もくれず再び黒鎌の縦回転斬りの高速回転で綾波たちを真っ二つにしようと猛進する。

 

「くっ!」

「おわっと!?」

 

 綾波は素早く望月を抱えると、そのまま重力を軽くした脚で横へ飛び避ける。レ級もそれを理解してか避けた瞬間に旋回し、綾波を捉えるとそれに追随して来る。

 

「ゴアァ!」

 

 綾波たちが駆け抜けたタイミングで、ベベは盾の形を保ったままレ級の進路を塞いだ。しかし──

 

『ギャアァッ!!』

 

 ──斬ッ

 

 分厚い壁と化したベベを物ともせず、レ級は一閃の元に障害物を斬り伏せた。瞬間力なく倒れるようにべべは海中に沈んだ。

 

「ちっ、やっぱ並大抵の強度じゃ足止めにもならねぇか? ベベも結構硬いんだがねぇ」

 

 望月はそう毒突く傍ら、綾波は天龍たちが向かったシルシウム島の方を見やった。

 もう姿も見えなくなっており、囮としては大成功と言って良い。しかし問題は…制限時間内に射出装置まで辿り着けるか、その一点だった。

 だがここからは天龍たちを信じるほかなかった、自分たちに出来ることはレ級を足止め、若しくは倒すしかない。

 

「望月さん、このまま逃げるだけでは埒が明きません、私が仕掛けてみます!」

「おいおい正気かよ。…って言いてぇとこだがそうも言ってらんねーな、レ級のヤローどんどんこっちに追いついて来やがってる。強化の賜物か執念深さが勝っているか、どちらにしろだな? …行ってきな、アタシがサポートしてやる」

 

 望月がそう言うと、綾波は「感謝します。」と短く礼を述べると一度立ち止まり望月を降ろす。そして──素早く向き直ると、レ級に向かって力強く跳んだ。

 

「うおおぉっ!」

『キヒッヒヒヒヒヒヒ!』

 

 綾波は背中の大斧を手に取り、それを思い切り振り被る、レ級は最早「黒い風のサイクロン」となってそれを迎え撃った。

 双方の全力を込めた一撃が、今ぶつかり合う──

 

 

 ──ガッ、パキッ!

 

 

「っ!? 斧が…!」

 

 しかしここでアクシデントが起こる。綾波の戦斧とレ級の黒鎌が刃を重ねた瞬間、綾波の斧が耐えられずに「欠けてしまった」。斧の分厚い刃が黒鎌に抉り刈られて、無残にも割れていた。

 

『ギイィアッ!』

 

 隙を見せる綾波に畳み掛けるレ級、綾波の横を過ぎてから足を止めると、振り向き様に黒鎌で綾波の首めがけて薙ぎ払った。

 間一髪で斧で防御出来た綾波だったが、脆くなった斧はレ級の攻撃の拍子にひび割れが悪化し、遂に刃部分が完全に破壊されて無くなってしまう。

 

「っ!」

 

 綾波の得物が無くなった──その瞬間をレ級は見逃さなかった。

 レ級は黒鎌の刃先を向けると、綾波を頭から両断しようと鎌を大きく振りかぶる。

 

『キッヒィヒヒヒッ!!』

 

 避けようにも鎌の長い刃は確りと綾波を捉えている、どんなに早く動いたとしても間違いなくレ級の鎌刃が自身を引き裂くだろう、かと言って斧が砕かれた故に防御手段もない。こうなれば能力の行使──重力操作で相手の動きを止める──しかない。

 

「(騎士としては恥ずべき行為ですが…私は司令官に「生きろ」と言われた。その命令は──どんなことをしても、絶対に覆さない!)」

 

 騎士の矜持──強大な能力を一騎討ちに使うべきで無い──という己の「枷」を引き千切り、綾波はある程度距離を取り片手を翳すと「重力操作」にて空間に重圧を加えレ級を止める。まるで凍りついたようにピタリと動きを停止した、レ級の動きは確かに止まっていた──だが。

 

『ッギ…ガアアアッ!!』

 

「…っ!?」

 

 綾波と距離を開けて石像の如くピタリと動きを止めたレ級が──またしても瞬きの間に──距離を詰めて綾波の目の前に現れた。綾波の視界はレ級の嗤い顔で埋め尽くされた。

 

「何だぁ!? 一瞬で綾波の重力場から出て来やがった! …さっきから悪寒がするぜ、コイツぁまさか…っ!」

『ギイィャァアアアアッ!!』

 

 望月の何かに勘づいたような言葉を他所に、レ級は狂気を湛えた貌で綾波を睨み吼えると──空中でくるりと横に回転すると回し蹴りをお見舞いする。

 

「くっ!」

 

 綾波は両腕を交差させてレ級の攻撃を受ける、全身が鉄塊に打ち付けられたような衝撃が駆け巡ると、後方へ大きく吹き飛ばされた。

 何とか態勢を立て直し海上に踏み止まる綾波だったが、先ほどの能力行使で体力を削られたか肩で息をしていた。望月に回復して貰った身体も束の間もなくボロボロになっていた。しかしもし次の攻撃が当たればこんなものでは済まないだろう…だとしても避けることも、防御手段も、重力操作も効かない。正に死に物狂いで綾波のイノチを刈ろうとするレ級。

 

『…ギイィ、ギヤアァッ!!』

 

 レ級がニヤリと嗤い、真っ直ぐ跳躍しそのまま黒鎌を振りかぶると、今度こそ首を刈ろうと綾波を狙う。

 綾波はどうしたものかと頭を悩ませた。武器が壊れた以上素手のまま戦わざるを得ないが、それではレ級が有利である。決死の攻撃を仕掛け続けるレ級に隙は無いということもあり、このまま行けばこちらの首を掻かれることは確かだ。

 まだやれることはある筈、そう必死に頭を巡らせるも…打開策が浮かぶことは無かった。

 

「くそ…っ!」

 

 綾波が諦めかけていた──その時。

 

「綾波よぉ! 助けが欲しいかい?」

 

 綾波がハッとした表情をした後振り向いた方には、不敵な笑みを浮かべる望月が居た。

 自分一人だけではどうしようもない相手になりつつあるレ級であったが、今の彼女には盤上を覆す才将が居た。綾波は力強く頷き望月に対し信頼の目を向けると助けを請うた。

 

「お願いします、望月さん!」

 

「よっしゃ! ──ベベ! ウェポンシフト「A-nami」だ!!」

 

 望月が叫ぶと、海中から破壊されたはずの「ベベ」の身体の欠片「可変可動鉱石(メタモルフォーゼ)」が飛び出し、宙に浮いて一箇所に集まっていく。徐々に形を覚えたそれは──綾波の大斧を一回り大きくしたような「巨大斧」へ変貌した。

 綾波が望月の意図を理解した瞬間──重力操作により身体を軽くしつつ後方へ飛び退くと、べべが変身したであろう巨大斧を手に取る。

 

『ギィギェアアアッ!』

 

 距離を取られる形となったレ級だったが、そんなことはお構い無しと言わんばかりにまたしても「いつの間にか」綾波との距離を瞬時に詰める。綾波の前に飛び込んだ死神は得物の黒鎌を一気に振り下ろした──が。

 

「──はあぁっ!」

『ギギィッ!!?』

 

 綾波が巨大斧を一振りすると、海面が風圧の影響で細波立ち同時にレ級に向かい強風が吹き荒れる。レ級は体勢が崩れ後ろに飛ばされるも、直ぐにくるりと身を捻ると海面に着水する。

 

『ギイィ…ッ!』

「へっ! ベベの新しい武器変化だぜ、本当は戦艦仕様なんだがどうせ姐さんは使わねぇだろうし、綾波専用に調整しておいたぜ!!」

「凄い…強度も威力も桁違いです、ありがとうございます望月さん!」

「まだまだこんなモンじゃねえよ? 綾波、斧の刃に「力」流し込んでみ?」

「え…っ?」

 

 一体どういうことか分からないが、望月に言われるまま重圧を斧の刃に掛ける。すると──

 

「っ! 斧が…!」

 

 巨大斧の刃部分が柄部分から切り離される、ゆっくりと宙に浮いたそれは──高速で回転し始めた…!

 

「どうよ、アタシの造ったギミックは。ソイツの刃には重圧に反発して動き出す浮遊動力が積んである、刃と柄の接合部分には電磁力が働いてるから、アンタが柄を握ってる限り効果は持続する。アンタにピッタリだろ?」

「…ふふっ、感謝します!」

 

 望月に微笑み感謝を述べた綾波は、回転する巨大斧を振り上げるとそのまま海面へ力一杯叩き付けた。

 斧は回転により生まれた余剰威力により、海上を割らんばかりに駆ける「衝撃波」となった。衝撃波は真っ直ぐレ級へ向かっている…レ級はそれに気づくと飛び上がって回避した。

 

『キィエアアッ!!』

「形勢は持ち直しましたが、矢張りまだ立ち向かって来るようですね。…迎撃します、望月さん援護をお願いします!」

「あいよ任せな、ここが踏ん張りどころさね!」

 

 レ級が水面へ着地すると、前方の綾波そして後方で彼女を支援する望月を交互に睨みつけた。

 

『グルル…ッ』

「貴女とはこれまで何度も刃を交わした仲、私としても不本意ですが…どうやらここで幕引きのようですね」

「終わらせりゃいいさ、レ級がどんなに足掻いても…アイツ自身はもうここで「沈む」だろうからなぁ」

 

 望月の言うところは、穢れの魔力水を用いたレ級の急激なパワーアップの代償として、身体が持たずに間もなく動かなくなるだろう、というもの。

 無論それだけの話ではない、天龍たちが波動砲を壊すその時まで、綾波と望月でレ級を足止めしなければならないのだ。油断すればこちらが刈られる状況で──どちらが倒れるのが先か、今後の明暗を決める一戦なのは間違いない。

 

 今までの因縁に決着を付けるため、綾波は巨大斧を振るうとレ級に向けて構える。

 

「──参ります」

 

『ギィイェガァアアアアアッ!!』

 

 綾波の静かに燃える闘志に応えるように──レ級もまた得物である黒鎌を構え吼えるのだった。

 

「…さて、一応対策を考えないとねぇ?」

 

 その裏で、艦隊きっての知将は次の策を練っていた…。

 



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そして希望になる

 ──南木鎮守府屋上。

 

 絶望を表したような厚い曇り空の下、緑に光る巨大零鉱石の照らす中、拓人たちは世界滅亡の首謀者ドラウニーアと対峙する。

 最優先となるゼロ号砲破壊の前に立ちはだかるドラウニーア、拓人たちは最初にドラウニーアを行動不能にすべく連携しながら戦闘を開始する。

 しかし…完全な深海棲艦と化したことにより、拓人たちより二回り大きな身体と成ったドラウニーアは、深海細胞を完全に受け入れることにより人間の範疇を越えて、まるで化け物な容姿と能力を手に入れた。その反則的な強さの片鱗は戦いの中で見られた。

 

「うおおっ!」

 

 拓人が右腕に装着した「変形腕輪」を片手剣に変えると、そのままドラウニーアに斬りかかった。

 拓人は今まで人を傷つけることは無かったが、この外道を倒すためならその程度の「覚悟」は乗り越えてみせる。そう胸内で意気込むとドラウニーアの肉体右肩から右胸にかけて袈裟斬りをお見舞いする。

 それでも矢張り傷は浅いモノだったが、ドラウニーアの胸部に大きな切り傷を付けることに成功、このまま少しでもダメージを…そう思っていた矢先に、拓人の考えが甘く浅はかであると思い知らされる。

 

『ヌゥッ!』

 

 ドラウニーアが少し力んだ様子を見せて、身体中の筋肉を揺らしていると──拓人の付けた胸の傷か、みるみる内に塞がっていった。

 

「っく、やっぱり小手先じゃ駄目か!」

『当タリ前ダアアァッ、コノボディハ深海棲艦ノ脅威的ナ回復能力ガ備ワッテイルッ、貴様ノ付ケタ掠リ傷程度直グニ塞ガルワァッ!』

「っ! 傷を付けるのが駄目なら──」

 

「──疲れが出るまで叩き続ける!」

 

 ドラウニーアの能力を前に尚も諦めない拓人に続き、金剛は勇ましく叫びながらドラウニーアに接近すると、両手拳から高速のラッシュを繰り出しその身体に叩き込んだ。

 

「おりゃああっ!」

『フハハァッ、小癪コシャクゥッ!』

 

 ドラウニーアは丸太のように巨大な腕を振り回すと、金剛を薙ぎ払い後方へ飛ばす。金剛は空中で体勢を整えつつ艤装を召喚、着地した後に砲撃の準備をする。

 

「合わせよう、金剛!」

「っ! うん、いっくよぉー、ファイヤァアアッ!!」

 

 拓人は金剛の横で、既に腕輪を剣から「ランチャー砲」に変えていた。金剛はそれを見ると拓人の砲撃に合わせ自身も砲火を放った。

 

 ──ズドォンッ!

 

 二人の砲撃は広範囲に及ぶ爆炎を生み出す、その衝撃は確実にドラウニーアの身体を貫き焼き尽くした。だが──

 

『ソノ程度デト…言ッタ筈ダゾオォ…ッ!』

 

 硝煙の晴れた先には、ドラウニーアの焼け爛れた肌が驚異的な速度で回復していく姿があった。威力の増した攻撃でも駄目だというのか…拓人は苦い顔でドラウニーアを睨む。このままではゼロ号砲発射まで耐えられてしまう…!

 

 ──そんな中、拓人はドラウニーアの背後へ駆け寄る一つの影を見た。

 

 物音がする後方を振り向くドラウニーアが見たのは、こちらに向かって真っ直ぐ駆け抜ける「野分」の姿だった。野分は艤装を召喚すると二連装砲でドラウニーアの身体へ向け砲撃を放った。

 

 ──ズドォンッ!

 

『ヌゥッ!? 何ヲシテイルゥ、迎撃シロオォッ!』

 

 砲撃を受けるドラウニーアの激昂に反応して、それまで翔鶴との航空戦を繰り広げていた港湾棲姫は、航空隊の一部を野分撃滅に配した。

 

『ケケケーッ!!』

「…っ! しまった!?」

 

 翔鶴は野分の方に向かう敵機が見えるも、敵艦載機本隊とのドッグファイトに足を取られ救援隊を出せないでいた。そうこうしている内に港湾棲姫の深海艦載機は、野分に向け機銃掃射と絨毯爆撃を敢行した。

 

 ──ズドォオンッ!

 

「…っ」

「野分! …っ!?」

 

 拓人は野分の肌を確りと撃ち抜いた凶弾を目の当たりにし、更に爆弾の雨が野分の衣装とその下の柔肌をも焼いた場面も目撃してしまう。

 痛々しい焼け焦げた肌と血が野分に浮かび上がる、凄惨な光景に思わず息を呑む拓人と金剛。それを見て醜く歪み嗤うドラウニーア…野分への大ダメージは必至、と思われたが──

 

「──うああっ!」

 

 野分は痛みを感じさせない瞬発力で再び走り出す、彼女の焼け落ちた服の隙間から見せる肌の傷は、徐々に治って来ているのが見て取れた。

 

「そうか、野分も深海化し始めているから傷の治りも普通の艦娘より早いんだ!」

『何ッ!? クソガッ!』

 

 ドラウニーアは悔し紛れに短い罵倒を吐くと、邪魔モノを撥ね退けるため自ら野分の前に躍り出る。その様相は正に「上先の見えない断崖絶壁」であった。

 

「っく!」

 

 足を止めた野分がドラウニーアを睨む、ドラウニーアもまた野分に憤慨の貌を見せるも…程なくして思い出したように言葉を投げた。

 

『貴様…アノ時ノがらくたダッタカ、百門要塞デ俺ヲ追イ詰メタト意気ガッテイタヤツ。深海細胞ヲ埋メ込ンデヤッタ筈ダガ…アレカラ随分時間ガ経過シテイルダロウニ、深海化ガ未ダソノ程度トハ…少シバカリ驚イタゾ?』

「お生憎様でした、貴方の寄越した深海細胞でボクも深海化一歩手前になってしまったようですが、それでもボクの精神を汚すことは叶わなかったようですね?」

 

 野分はニヤリと笑ってドラウニーアの「詰めの甘さ」を遠回しに指摘する、しかしドラウニーアは肥大化した大きな口を不気味に歪めた。

 

『ハッ、雑兵風情ガホザクナ。弱味ヲ突イテ瞬キモセズニ倒レタ貴様デハ、俺ハ止メラレン! 半端ナ深海化デハドウニモナランゾ!!』

「そうやって時間まで駄弁を続けますか? 残念ですが貴方のやろうとしていることはお見通しですよ」

『貴様ァ…ッ!』

「騙しだましその場を先延ばしにしたところで…我々の勝利は揺るがない!」

 

 野分は言い終えるや否やその場で跳躍すると、ドラウニーアへ自らの得物である細剣を構えた。

 

『──馬鹿メッ!』

 

 しかしドラウニーアは比較的落ち着いた様子で顔の前に腕を交差させる──すると、野分の細剣から繰り出された突きは、剣の切っ先からドラウニーアの右前腕に食い込み取り出せなくなっていた。どうやら筋肉で剣が挟み込まれたようだ。

 

「なっ!?」

『フハッ、俺ノヤロウトシテイルコトガオ見通シダトォ? コレヲ見テモソンナ大口ヲ…叩ケルカアァッ!!』

 

 ドラウニーアは右腕をそのまま思い切り振り抜くと、剣ごと野分を飛ばした。大きく吹き飛ばされた野分はそのまま地に叩き付けられた。

 

「かは…っ!?」

「野分っ!!」

 

 衝撃が野分を駆け巡る、拓人は野分の安否への不安を叫ぶも幸い軽傷ではあるようだ。

 だがこれでハッキリとしたことは、今のドラウニーアに中途半端な実力で挑んでも倒せない。そんな絶対的な事実だった、改二クラスの実力者が居れば話は別だが、金剛も翔鶴も野分も改止まりで実力も平均より上以上程度、怪物クラスのドラウニーアを倒すにはどうしても時間を掛けなければならなかったが、そんな時間を使うぐらいならゼロ号砲破壊に向かった方がまだ有意義だった。

 

『フハハッ、ソゥラドウシタァッ! 早クシナイト…世界ガ壊レテシマウゾオォ!!』

 

 両腕を広げて吠え猛るドラウニーア、ゼロ号砲を前に最大の障害として立ち塞がる宿敵。

 世界を賭けた戦い、負ければゼロ号砲が発射され世界の何処かに甚大な爪痕が遺される。拓人たちはそれを阻止するため不死身と化したドラウニーアに立ち向かう。

 

 ──しかし、戦況は刻一刻と差し迫っていく。

 

『──ゼロ号砲及びアンチマナ波動砲、発射まであと15分』

 

「っ! くそ、もう時間が無い!」

 

 警告音声が囃し立てるようにタイムアップを知らせる、もうドラウニーアを戦闘不能にさせるのは現実的ではない。目の前の怪物を相手取りながらゼロ号砲破壊に人員を割く必要がある、拓人はどうすれば良いかと思考して妙案を探すも、次第に焦りを見せ始める。どうすればゼロ号砲を止められるのか──

 先ず思いついたのは翔鶴をゼロ号砲破壊に向かわせる戦法、翔鶴の航空爆撃ならゼロ号砲を破壊するのは十分可能だが、現在彼女は港湾棲姫との制空権争いの真っ只中であり、仮に向かわせるとなれば港湾の邪魔が入るのは確実だった。せめて可能なら翔鶴にはドラウニーアの足止めをお願いしたいところだが、そんな余裕すらない状況なのは目に視えている。

 次に一か八か野分を先行させる戦法、拓人と金剛でドラウニーアを抑え込んでいる間に野分にゼロ号砲の破壊工作をさせるものだ。砲身そのものは流石に無理があるが、明らかにエネルギー源である零鉱石に砲撃を撃ち込んで罅(ひび)を入れるなり、一太刀でも入れることが出来れば…そう思い至った拓人であったが、矢張り──忌々しいことだが──ドラウニーアの言う通り野分は一駆逐艦娘であり腕力も砲火力も、他の艦娘と比べ強いということはない。深海化しかけているとはいえ巨大な岩石である零鉱石を破壊しようとするのは、どんなに見積もっても時間が掛かり過ぎた。

 ならば金剛ならばどうか? 先ほどの戦法で野分と金剛を入れ替える形で、彼女が零鉱石破壊に向かえば或いは勝機は見える、戦艦の火力と腕力なら零鉱石も砕け散るだろう。…だが──

 

「(金剛に何かあれば戦況が一気に覆る可能性がある、ドラウニーアがそこを突かない筈がない。彼女にはなるだけ後方で様子を見て貰いたい…でも、ぁあ、それでも歯痒いなぁ)」

 

 戦力の見方として金剛を前に出さない拓人だが、一番の理由は彼にとって金剛が「誰よりも大切な存在」だからだろう。過去に最愛の人物を喪った彼はそんな甘さの残る考えを是とした、しかしながらそうも言っていられないことも事実であり、いざとなれば金剛を前に出す覚悟もしなければならない。拓人もここまで来て融通が効かない訳ではない。

 それでも誰の犠牲も出さない方法を探したいと願う拓人、野分や金剛が先頭に立つという戦法も拓人の「合理的な一面」の出した結論であり、本当はあまりにも無茶な行動はさせたくなかった。

 

「(でも、今の僕にはこれで精一杯の考えだ。くそっ…僕こそ肝心な場面で何も出来なきゃ、ここに居る意味がない…どうすれば)」

 

 拓人はこの現状を踏まえてどうやって牙城を崩すか、如何に負傷シ者を出さず敵の()()を奪うかを必死になって考える。しかし…どんなに頭を巡らせても出てくるのは「制限時間内にゼロ号砲を破壊出来るか」という論点だった。例えどんな手段を使っても──

 

「──っ、ダメだ。そんなことしたら…僕はアイツと同じになってしまう。他人を切り捨ててまで勝利を掴もうとした目の前の卑しい男にっ。そんなことをしてまで僕は、皆を喪うようなことなんてしたくない…っ!」

「タクト…」

 

 絞り出すように苦悶の声を上げる拓人、拓人を見守る金剛も憂いを隠せず、不安の声色を漏らした。

 ドラウニーアを倒しゼロ号砲を破壊するには、全力で挑まねばならない。それは理解しているが拓人の「誰にも犠牲になって欲しくない」という気持ちがそれを否定していた。司令塔を務めるものが感情に左右されてはならないと言うが、拓人は今正に優柔不断に苛まれた「気持ちを捨てきれない愚将」になりかけていた。

 これまで拓人がここまで任務をやり遂げて来れたのは、偏に艦娘たちとの信頼を育んでいたから。しかしそれが今一番の戦いにおいて枷になっていることは確かだ、甘さを捨てきれない者に戦場は生き残れないのだと、現実が語気を強めて怒鳴りつけるように迫っていた。

 どんなに頭を悩ませても、どんなにそれだけはと否定しても、結局「それしかない」と思ってしまう。一体どうすれば…拓人は今この時選択を迫られているが、そこへ至るための理由が出来ずどうしても足踏みしてしまう。

 後15分──焦りは思考の妨げとなり、司令塔である拓人は判断を間違えないように慎重になっていた。このまま何も出来ないのか──そう心の隅で考えてしまうと、余計に冷静では居られなかった。

 

 ──正に望みが消え失せようとしているその時、大きく声を張り、かつ凛とした激励の言葉が木霊する。

 

「──諦めないで、タクト!」

 

 その声にハッとした拓人、振り向くとそこには輝くような勇ましい顔つきの翔鶴が居た。相対する港湾棲姫と向き合いながら、彼女は横顔からチラリと拓人を一瞥すると、宣言するように高らかに謳った。

 

「貴方なら大丈夫、この状況を打破出来るって信じてる! だって…貴方はそう言って私たちを元気付けてきたじゃない、逆境を乗り越えて来たじゃない。今回もきっとそう…貴方に抜け出せない壁は無いわ!」

「翔鶴…無理だよ、僕は君たちを犠牲にしてまで戦いに勝ちたくないよ…っ!」

「犠牲になんてならない、貴方が言ったんでしょう? 「僕は皆を信じてる」って! 私にも貴方を信じさせて、貴方のためなら…どんなことでもやり遂げてみせる!」

「っ!」

 

 翔鶴はハッキリとした口調で言ってみせた。

 今まで怒りと憎しみに駆られ不安定だった翔鶴、その道行きは険しく荒れた坂道であり、彼女は幾度も怒り、泣き、諦観し始めていた。

 それでも拓人は彼女の明るい未来を信じ、彼女を時に説き伏し時に支えて、特にここクロギリ海域に来てからは荒波の連続であったが、最終的にここ南木鎮守府にて過去の真相を暴き、遂に翔鶴は彼女自身の辛い過去を乗り越えた。

 だからこその発破であった、どんなに傷ついても構わない…ここまで寄り添ってくれた拓人なら信じられると、憎しみから解き放たれた翔鶴が信頼を口にした。これはどんな言葉よりも大きな意味を持つものだった。

 拓人はその言葉に驚きと喜びが同時に湧き上がる感覚があった、しかし今は戦いの最中であることを思い出すと首を振って表情を作り直す。唇をキュッと引き締めると翔鶴に覚悟を問いかける。

 

「じゃあ約束して、絶対に無茶しないこと。僕が焦って無茶を言い始めたら指摘してでも止めること。それと…これしかないと感じても、絶対に生きることを諦めないこと!」

「えぇ勿論、貴方のほうこそ私たちより先に死んだら許さないから!」

 

 拓人の提言に翔鶴は望むところと強気に返した。それを見た金剛と野分も表情を緩めつつ言葉を投げた。

 

「大丈夫だよ、タクトは私たちで守って見せるから!」

「ウィ! ボクはコマンダンを守る剣となります、何があろうと障害を除いて見せましょう!」

 

 拓人の元に艦娘たちの頼もしい言葉が届く、そして心に一つの「理解」が築かれる──片方だけが信じるでなく、双方が信じあうことが出来れば…胸に熱く燃える「信頼」の絆が生まれる、それは恐怖や不安を吹き飛ばす「原動力」となり得るのだと。

 知っていた筈だった、しかし教えられたのだ。翔鶴は成長を遂げ得たココロの強さで──仲間たちの周りの暗闇を照らす「希望」となったのだ。

 

「(ぁあ、そうか──迷っている暇は無い。僕はいつも通り…僕に出来ること、彼女たちを「信じる」ことを続けるしかないんだ。迷うな…迷ったら彼女たちの覚悟に泥を塗ることになる!)」

 

 拓人はそう思い直すと、遠慮無しにこの場を凌ぐ策を考える。翔鶴たちの信頼に応えるために…!

 

『フンッ、何ヲシヨウト…無駄ナノダアァッ!!』

 

 そんなモノは幼稚だと嘲笑うように、ドラウニーアは拓人に向かって両肩に生えた砲塔からエネルギー弾を放つ。しかし…それは金剛の艤装、三連装砲からの連続射出による砲撃に掻き消され相殺される。

 

「言った筈だよ、タクトは…私たちが守るって!」

『ッ、クソガァッ』

 

 対峙する二人を横目に、拓人は「先ずはドラウニーアを止めること」を優先し、即興の指示で状況を少しづつ整えていく。

 

「翔鶴、冷気魔導弾でアイツの足を止めて!」

「了解!」

 

 拓人の号令に翔鶴が矢筒の冷気魔導矢に手を伸ばそうとすると、それを予期してか港湾棲姫から深海艦載機が発艦、阻止しようとする。

 

「野分、対空防御だ! 港湾の艦載機を撃ち落とせ!」

「ウィ!」

 

 言われた野分は空中に展開する敵艦載機群へ対空砲火を撃ち上げる、それでも仕留め切れておらず尚も接近する深海艦載機を見るや、暗い水底から水上へ浮き上がるように空にふわりと舞い上がると、光を纏った細剣で迫る深海艦載機を斬り刻む。賽の目に成り果てた深海艦載機から断末魔が轟く。

 

『ケゲーーーッ!?』

『グッ! コノ役立タズガアァッ!!』

 

 苛立つドラウニーアは巨体を素早く動かし特攻を仕掛ける、巨大な掌が拓人の身体を捻り潰さんと開くと、それをさせまいと金剛が立ち塞がり渾身のストレートを、魔獣となったドラウニーアの腹部に一発殴り入れた。

 

『グゴォッ!?』

「うおおおおおおおっ!!」

 

 そのまま拳を前に突き出す要領でドラウニーアを押し戻す、白く染まった巨体が空中に放り出されるとそのまま背後のゼロ号砲の砲台に叩き付けられる。

 

『グオォッ!?』

「行け、翔鶴!」

「えぇ! 魔導航空隊…発艦!」

 

 翔鶴が必殺の一矢を番えて撃つ、矢は航空機隊と変わり上昇…ドラウニーアの上空から降下爆撃を行う。爆弾が破裂した瞬間辺りには霜が漂い、気づけばドラウニーアはゼロ号砲の砲台に縛り付けられるように氷漬けにされていた。

 

『ヌヴゥッ!?』

「今だ、零鉱石に向かって一斉攻撃だ!!」

 

 拓人の攻撃司令、それが風に乗って空間に響いた──その一瞬、誰しもが得物を構えてゼロ号砲の零鉱石に向けていた。

 拓人は腕輪から変形したキャノン砲、金剛は三連装砲、野分は細剣と艤装の二連装砲、翔鶴も第二次航空攻撃隊をいつでも発艦できるよう弓と矢を構えた。

 

「撃てええぇーーーーっ!!」

 

 拓人の喉が張り裂けんばかりの轟く号令、トリガーが引かれると──各々の遠距離攻撃手段で、緑に光る巨大岩石を破壊すべくそのエネルギー、砲弾、艦載機群が一点に集中し撃ち抜かれようとしていた。

 

 これぞ王手か──そう思われた矢先、ドラウニーアは禍々しい閃光を走らせながら言い放った。

 

()メロオオォッ、貴様ノ身体デナアアアァッ!!』

 

 何と、ドラウニーアの胸に()()()()()()「海魔石」が妖しい光を放っていた。

 次の瞬間──何モノかの影が零鉱石へ集まる拓人たちの攻撃を全身で受け止める。激しい爆発音と豪炎が空に発せられた…その硝煙の後から浮かび上がったのは──港湾棲姫だった。

 

『…ゥ…ッ!』

 

 上手く着地出来ず身体を打ちつける港湾棲姫、激しい攻撃の影響かノースリーブワンピースは今にも破れそうなボロボロに焼け傷み、全身の柔肌に大きな火傷が散見された。致命傷とまではいかないが如何に姫級と言えど傷の完治には時間が掛かりそうだった。

 

『…ッ……ァ………』

 

 虫の息の港湾棲姫は立ち上がるのも難しいようで、痛みに震える身体では顔を起こすだけで限界であった。港湾棲姫の痛ましい姿に、拓人は何処か歯痒い気持ちになる。

 

「(ごめん、本当は助けてあげたいけど…!)」

 

 拓人は自身の心を鬼にして、港湾棲姫へ駆け寄りたいとする甘さを制した。

 ともあれ、これで敵の勢力が落ちることは確か。港湾棲姫が復活する前にゼロ号砲を破壊しなければ──各々がそう思いつつ再び武器を構えた時…空気が震えた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオォ…ッ!!』

 

 ──パキッ!

 

 ドラウニーアが全身全霊の力を出し絞る、咆哮は空間を歪ませ身体の奥底まで響き渡る。巨体の筋肉が躍ると──敵を縛り付けた氷が割れ、悪魔は拘束を破った。

 

「(っ、氷を力業で割るのは目に見えていたけど…予想より早いっ!)」

 

『特異点ンンンッ!!』

 

 拓人が胸中で驚きを見せる中、ドラウニーアは拓人を絞め壊そうと猛追する。まるで大岩が加速しながら向かってくる様は凄まじい迫力があった。

 万事休すの拓人だったが、拓人とドラウニーアの間に金剛と野分が立ち塞がった。二人は同時に飛び上がると金剛は拳を握り野分は細剣を構え、ドラウニーアに一太刀浴びせようとする。

 

「させないっ!」

「コマンダンは…ボクたちが守ります!」

 

『邪魔立テスルナアアアアァッ!!』

 

 しかし奮戦虚しくドラウニーアは両巨腕を顔の前で交差させ、それを勢いよく振り抜く。巨腕の直撃を受けた金剛と野分はそれぞれ右端左端へ吹き飛ばされる。

 

「ぁああ”っ!?」

「ぐあぁっ!?」

「金剛! 野分!?」

『余所見ヲスルトハ、ソレガ命取リヨォッ!』

 

 ドラウニーアは拓人へと手を伸ばすとその小さな体を大きな掌で握りしめる、拓人を片手で捕まえるとそのままもう片方の手を重ね、逃げられないようにガッチリと指を固めた。

 

「っ、しまった…!」

『ハハ、ハハハハハァッ! 捕エタゾ…次ハ貴様ノ華奢ナ身体ヲ壊シテヤル…ッ!』

 

 高笑いを一つかますと拓人を握り締めた両手指に力を込めて、拓人の身体を粉々に砕こうとするドラウニーア。万力の如く徐々に体に奔る激痛に拓人は思わず喚き叫んだ。

 

「ぐ、あああああっ!?」

「タクト!」

「タ、タクト…!」

 

 拓人の苦痛を込めた悲鳴に、翔鶴は叫び金剛も地に倒れ伏しながらも身体を起こそうとする。

 だが刻一刻と迫るタイムリミット、拓人の身体の骨はミシミシと軋み心臓と共に潰されようとしている。そうでなくともゼロ号砲発射の刻限も間近であった。

 

『──ゼロ号砲及びアンチマナ波動砲、発射まであと10分』

 

『フハハッ、貴様サエ葬レバ艦娘ノ強化モ出来マイィ! コレデ終ワリダ…特異点ンンンッ!!』

「があああああああああああああああっ!!?」

 

「(タクト…またなの? また私は…何も守れないまま…っ!)」

 

 ドラウニーアが手に力を込める度拓人の痛みが込められた叫声が轟く、希望を抱いて行動を起こした拓人たちの命運は、絶対的な力の前に暗い闇の淵へ追いやられようとしていた。

 翔鶴は弓を構えるも、ドラウニーアの異常な回復力の前に自分の力では太刀打ちできないことは目に見えている。どうにもならないのか…険しい顔で壁を認知した翔鶴もまた絶望に屈しようとしていた──

 

 ──だが、そんな翔鶴の頭の中をある言葉が過ぎった。

 

『──立ち上がって、私のため…皆のために』

 

「…っ!」

 

 在りし日の彼女の声で再生されるその言葉、翔鶴はそれを聞くと同時に胸の中で消えかけた灯が再び燃えていることを知覚する。

 

「…そう、あの時の私は…諦めたから。守れなかったからって生きることも後悔を繰り返さないということも諦めたから、何もかもが嫌になって痛みから目を逸らして見ない振りしてた──だから、もう諦めたくないっ!」

 

 今度こそ仲間を…愛しいモノたちを守る。翔鶴はそう自身を奮い立たせると、弓を構え直し矢を番えた。

 

「私は…もう逃げない。喪って後悔するぐらいなら、皆を守るためにどんな敵にも喰らい付いてやるっ、私が──皆の希望になるんだっ!!」

 

 愛を知り、己の後悔を知り、それでもなお尽きない胸に宿る希望を知る。

 

「それ以上タクトに…私の愛したヒトに! 手を出すなあああぁっ!!」

 

 鶴が魅せた勇猛果敢な精神が木霊した瞬間──その時が訪れる。

 

 

 

 

 

 

 

──『好感度上昇値、最大値到達確認』

 

 

 

 

 

『…翔鶴の改二改装が可能になりました!』

 

 

 

 

 

 

 

「(…来た!)」

 

 絶対絶命の状況下で、煌めきが奔る一つの希望…拓人の目の前に表示されるIPの「翔鶴改二改装準備完了」の文字。

 

「うおおおおおっ!」

 

 淡い光に包まれる翔鶴が放つ必殺の一矢、矢は炎を纏いやがて「鉄翼の鳥」へ姿を変えた。

 魔導航空機隊が空へ舞い上がると、ドラウニーアの巨体に狙いを定め魔導爆弾を雨あられと降り注いだ。火炎魔導弾がドラウニーアの肌を焼き尽くす。

 

『グウオオオオオォッ!!』

 

 しかし…例え炎を浴びようともドラウニーアはそれに微動だにせず拓人を離すまいと彼を掴んだ両手を固く閉ざしていた。このままでは改二改装も出来ず拓人の方にも飛び火してしまう。

 

 ──それでも、彼女たちは諦めようとしなかった。

 

「タクトを…離せええええぇっ!!」

「このおおおおっ!!」

 

 金剛と野分は艤装砲塔から連続砲撃、左右からの挟撃のクロスファイアの続けざまの狙い撃ちをお見舞いする。

 

『グッ!? グオオアアアアアッ!!』

 

 それでも離さないドラウニーア。苛烈なまでに繰り返される攻撃を物ともせず眼前に捕えた宿敵を、今度こそその命を奪ってやると全霊全力を己の両腕へ込める。

 

 

 

 ──だが、異変は目に見えた形で現れた。

 

 

 

『…グッ』

 

 身体に蓄積された今迄のダメージがドラウニーアを確実に蝕み、それが疲労となり集中力を奪われたことで、両腕への力が緩もうとしていた。拓人たちの狙い通り()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どんなに手を離すまいと力もうとも、手に、指に、腕に込められる力が上手く伝わらず、砲撃の衝撃に捕えた獲物をどんどん滑り落としそうになる。そして遂に──指に僅かな隙間が出来る。

 

『…ッ!? シマ…』

 

「おおおぉっ!」

 

 拓人はその隙を見逃さなかった。痛みに動かなくなりかけていた身体を奮い起こし、全身に力を込めて締め上げられていた両腕を外へ出す、そのまま拓人を捕えているドラウニーアの手に叩き付けると、身体は拘束の緩んだ指から飛び上がり勢いそのままに宙に舞う、そして──

 

 

「──翔鶴、改二…改装っ!!」

 

 

 拓人の眼前に光るIPのYESボタンを押して承認する。その瞬間、翔鶴から溢れ出た光が辺りを包み視界は白く塗り潰される。

 

 

 ──斯くして、希望は覚醒した。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

 ──そっか、やっと歩き出せたんだ。

 

 ちょっと心配してたけれど…貴女がそんな風に言えるヒトが出来て、本当に良かった。

 

 もう、過去に縛られちゃ駄目だよ。これからは…貴女が守りたいヒトたちと一緒に、前だけ向いて行くんだよ?

 

 

 

 頑張って──貴女は皆の「希望」になるんだから。

 

 

 

「(──懐かしい声がする、これはきっとあの空で見守っている「彼女」の声…だったら)」

 

「…うん、もう大丈夫。だから貴女は…これからも見守っててね?」

 

 

 

 ありがとう…瑞鶴──

 

 

 

 

 

 



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三島攻略作戦 ①

 予想以上に話数が多くなるなこれ…。

 連投するか、前後編続く感じのヤツだし。

 というわけで後編、続きは明日です。お楽しみに~。


 ──その頃、ウォシハマ隊。

 

 ウォースパイトを旗艦とした拓人艦隊の第二部隊の面々は、アンチマナ波動砲から射出されようとする穢れのエネルギーが世界に傷を付けないように、深海棲艦が蠢く中波動砲が設置されている島の内部に流れる広く開けた河川を駆け抜けていた。

 

『■■■■■ーーーッ!!』

 

「招来。…過去を生きし御霊たちよ、その力結集し我が行く手遮る魔物払い給え…!」

 

 早霜が手に持った数珠を翳すと、彼女の後ろから黒い影が現れ巨体の男性の形を取ると、深海棲艦を巨腕で薙ぎ払い一掃する。

 

『■■■■■ーーーッ!?』

 

「──はぁっ!」

「Fire!」

「とりゃーーっ!!」

 

 それに続くように不知火、ウォースパイト、舞風も各々の攻撃で深海棲艦に確実なダメージを与えていき、道を作りながらも波動砲の設置ポイントへ急いだ。

 

「ユリウスさん、あとどのぐらい!?」

 

 舞風が深海棲艦を捌きながら腕に着けた映写型通信機に呼びかける。そこには浅黒い肌の男性とフリルを来た少女が映し出される。

 

『そこからもう少し真っ直ぐ進めば辿り着く、凡そ2~3分ぐらいだろうが皆焦らず落ち着いて行くんだよ? 波動砲は核となっている穢れ玉を壊せば安全に停止させることが出来る…筈だ』

「はず!? はずってどういうこと?!」

 

 舞風が声を張り上げ驚きをオーバーに表すと、ユリウスは申し訳なさそうに呟いた。

 

『すまない、波動砲を設計したのはおそらくマサムネ…仲間の研究員なのだろうが、それの設計図も見たことはないんだ。我々は基本的に相手に自身の研究成果を見せないからなぁ、言い訳でしか無いが…それでも動力源を断てば停止せざるを得ないと考えるよ』

『まぁまぁマイちゃん、要はコアを破壊すればそれでオッケーなんだから』

「だよね〜! ユリウスさんメンゴっ! ちゃちゃっと波動砲破壊してくるからさー?」

『そういう言い方もどうなのかなぁ…?』

 

 舞風を諌めるマユミだったが、舞風は先ほどとは180度変わった楽観的な姿勢を見せる。周りの艦娘は舞風の正直というか無思考というかな変わりように、少しの失笑を覚えた。

 

「こんな時だと言うのに暢気ですね、舞風さんは…」

『そうは言ってもさーはやしー、マイちゃんがアホの子なのはいつものことじゃない?』

「そうだそうだーまゆみんのいうとーり! アタシに非はなぁい!! えっへん!」

「舞風さん、小馬鹿にされてるんですよ…ドヤ顔で威張らないで下さい」

 

 舞風、早霜、マユミのいつものやり取りに、不知火たちは困惑気味だった。

 

「在りし日の綾波より問題があるな、この娘は…」

「不知火? 仲良くしなさいと言いましたよ…そんなこと言わずに受け入れてあげなさい、でないと私は悲しいですよ?」

「承知していますが…はぁ」

「あーーーっ! 今メンドそうなため息したでしょ!? シーラヌイちゃんてばいけずぅ!」

「はっ!? 何ですかその間の抜けたあだ名?! もう少しまともな──」

 

『■■■■■ーーーッ!!』

 

 不知火と舞風の二人が言い争いかける中、深海棲艦の大群の一隻が砲撃を加えて来た。

 砲撃は不知火目掛けて放たれ、彼女の頭を直撃し吹き飛ばさん勢いがあった。敵に意表を突かれた不知火であったが…?

 

「あんどぅ…とりゃあーーーっ!!」

 

 近くに居た舞風は駆け出すと、不知火に向かっていた凶弾に「軽やかなダンスからの回し蹴り」を繰り出しサッカーボールを蹴り上げるように敵砲弾をリリースした。

 

『■■■■■ーーーッ!?』

 

 反撃にまともな動きが出来なかった敵深海艦は、そのまま戻って来た砲撃の餌食となり沈んでいった。

 空中でひらりと回りながら着水する舞風、不知火に対し「どうよ!」と言わんばかりにドヤ顔ピースサインを送る──が。

 

「…ッ!」

 

 不知火は何も言わず険しい顔をして抜剣すると、そのまま舞風に向かって行く…一瞬ギョッとする舞風だったが、彼女の前で飛び上がった不知火を見て、直ぐにその意図を察知した。

 

「──沈めっ!!」

 

 不知火が空中で剣を一振りすると…舞風の背後に迫っていた敵の砲弾が真っ二つに割れる、割れた砲弾が小規模の爆発を起こすと、着水し続けざまに敵に対し砲撃を返す。必発必中か敵の懐に見事に命中した不知火の砲撃に、敵深海艦はまたしても海に没した。

 

「やるじゃなぁい! へーい!!」

 

 舞風は不知火に近づくと嬉しそうに手の平を上に翳す。不知火は意図を察していた様子で特に驚くこともなく応じ、同じく手の平を翳すと二人して「ハイタッチ」をする。

 

「ありがと、えへへ!」

「…全く、これで貸し借りナシですよ?」

 

 微笑みの花咲く舞風と不知火のやり取りを見ていた早霜とウォースパイトは、無意識に頬が緩むのだった。

 

「ふふ、これなら仲良くなれそうですね不知火?」

「ええ姫様、何故だか分かりませんが彼女とは妙な親近感を感じているのです。まるで姉妹のようなそれが…私はこれを嬉しく思っているのです」

「私もだよぉお姉ちゃん!」

「舞風さん、静かに。…私ともそのぐらいの距離感で良いんですよ? し・ら・ぬ・い・さん♪」

 

 早霜は舞風にばかり感ける不知火の背後にスッと近づき、背中から肩を置いた。それだけなのに何故か不知火には薄ら寒い気持ちがあった。

 

「ぅっ、いや…矢張り貴女とはまだ、すみません…自分でも本当に何故なのか分かりませんが」

「…ふぅっ、まぁこれからですから。仲良く…しましょう?」

 

 早霜の何処か不気味な笑み(本人は無自覚)を見て、不知火は助けを求めるようにウォースパイトを一瞥するも…彼女は笑顔の圧で「仲良くしなさい♪」と無言で答えるのだった。

 

「・・・はい」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──それからも一行は道を遮る敵を薙ぎ倒していく。早霜の御霊招来とウォースパイトの砲撃により粗方の敵を吹き飛ばし、端で隙を狙う敵を舞風と不知火が処理していく。四隻(よにん)は会って間もなかったが、拓人という共通の仲間が居ることでお互いに不信感が現れることは無かった。

 拓人たちは今頃南木鎮守府で黒幕と決着を付けている頃合い、無事でいるかは分からないが…それでも彼らが無事であると信じて、自分たちも不意を突かれないように警戒しつつ、必死に前へ突き進んだ。

 

 

 ──そして。

 

 

「…見えた!」

 

 舞風が指差す遠方に巨大な鉄の柱が現れた。鉄柱の上を見上げると丸い穴の開いた設置台に、穢れ玉が何も無い宙に浮いているのが見て取れた。

 

「アレが穢れ玉の射出装置…もといアンチマナ波動砲ですか」

「アレを破壊すれば私たちの任務は終了ですね?」

「まぁ…敵がそれをすんなり行わせるとは思いませんが?」

「どゆこと? …ぅわあ!?」

 

 不知火の指摘に舞風が目を丸くしていると、前方にいつの間にか一行と対峙するように「ヒト」が海上に立っていた。舞風は驚きの声を上げながらもそのヒト影を見やった。

 そこには──青白い肌色に銀髪、青く光る眼が鋭くこちらを睨みつける。セーラー服とブルマのようなパンツを着こなし、左肩に肩当てと両肩から白マントを着用、腰の後ろから八岐大蛇の首のように顔を出す六つの深海砲が、文字通り歯を剥き出しにしてこちらを威嚇していた。

 

『…フフ』

 

「戦艦タ級ですか…今までの敵に比べたらといった具合ですが、油断は出来ませんね?」

「うんうん、楽勝らくしょー!」

 

 不知火は剣を構えると敵と同じように鋭い視線で送り返す、その隣に舞風も立っていつでも飛び回れるように簡単なストレッチをしている。

 

「姫様、ここは我々で食い止めますので姫様は早霜を連れて波動砲を破壊して下さい」

「不知火、しかしそれでは貴方たちに負担が…!」

 

 ウォースパイトは如何に雑兵的戦力であれ、戦艦級であるタ級に駆逐艦二隻はどうなるか分からないのでは? と考えている様子だった。しかし彼女の意見に舞風は同意しつつ付け加えた。

 

「んーそう言われるとキツイかもだけど、あんな高い場所にある穢れ玉アタシたちの砲撃じゃ届かないだろうし、やっぱりウォー様とはやしーが行くべきじゃない? 二人なら戦艦の砲撃とかしょーらいとか撃ち込めばどうにでもなると思うんだ!」

「そういうことです、行ってください。少しの間の相手なら私たちだけでも出来ます」

「うんうん、蝶のように舞って蜂のように刺す~ってするから、大丈夫!」

 

 舞風と不知火の頼もしい言葉に、ウォースパイトも少し安堵したように溜息を吐いた。

 

「…All right. 行きましょう早霜さん?」

「ええ。任せましたよ不知火さん、それと舞風さん。私たちが戻ってくる間に無茶をしないこと。良いですね?」

「もうはやしーは心配性だなぁ! …頑張って!」

 

 舞風はいつものように返事する、そんな彼女に微笑むとウォースパイトと共に波動砲の破壊に向かう早霜。

 

『…ッ!』

『──◾️◾️◾️◾️◾️ーーーッ!!』

 

 戦艦タ級は向かって来る二人に対し「敵性護衛駆逐隊」を喚び出し、先に行かせないと意志を示しつつ臨戦態勢を取る。敵の数が増えた光景を見てウォースパイトは敵の殺意に心配の色を見せる。

 

「っ! 敵随伴艦が潜んでましたか、少しだけ加勢をした方が…」

「ウォースパイトさん、心配無用ですよ。あれを…」

 

 早霜はウォースパイトの横に追随する「不知火」を指差す。ウォースパイトの横から躍り出た不知火の殺気に気づくと、タ級はハッとしたようにそちらを向く。

 

「姫様に近づくなら、私は相討つ覚悟で貴様の首を取る。忘れるな…貴様の相手は私たちだ!」

『…ッ!』

『◾️◾️◾️◾️◾️ーーーッ!!』

 

 不知火の口上に一睨みすると、そんな脅しは通用しないと言うのかタ級は深海駆逐隊と共に早霜たちに対し砲撃を仕掛けようとする──

 

「させるかぁ!」

 

 舞風は風に乗るようにふわりと跳んで見せると、タ級まで距離を詰めて着水際に水に足を引っ掛けて掬い上げるように振り回すと、水飛沫が飛び散りタ級並びに深海駆逐隊の目に入ると視界を遮る。

 

『ッ…!?』

「今です、早く波動砲へ!」

 

 不知火はそう叫ぶと剣を構えてタ級に突撃する。不知火と舞風の──会って間もないというのに──絶妙な連携を目にして、ウォースパイトは安堵の息を零した。

 

「ふぅ…っ、あれなら心配ないようですね?」

「えぇ…行きましょう?」

「OK!」

 

 タ級を不知火たちに任せ、その隙にウォースパイトたちは波動砲へ向かって行く。その後ろ姿を一瞥して見届ける不知火は、次に舞風に目配せする。舞風もそれに頷くとタ級撃退に努める姿勢を整えた。

 

『…ッ!!』

 

 タ級は怒りを露にすると、自身の深海艤装である六つ首砲を舞風に向ける。爆砲が放たれるも舞風はその場からひらりと躱して距離を取る、不知火はタ級の死角へ回り込むと砲撃を加える。

 

『ギャッ!? …ッ!』

『◾️◾️◾️◾️◾️ーーーッ!!』

 

 タ級は六つ首砲を不知火へ、深海駆逐隊は舞風へ砲口を向けるとそれぞれへ砲撃を撃ち込んだ。

 二人の視界には深海群の凶弾が迫っている。不知火は素早い剣裁きでそれを往なすと弾道を逸らされた砲弾は不知火から後方の水面へ着弾すると爆発する。

 

「…うわっ!?」

 

 しかし…先ほどと同じように踊るように凶弾を回避しようとする舞風は、弾を避けきれずに艤装に被弾してしまう、小破であった…!

 

「舞風!」

 

 不知火が舞風に向かい叫ぶ、仲間を傷つけられた騎士は鬼のような形相で剣を構えてタ級へ迫った。

 

「うおおっ!」

『…ッ!』

 

 タ級が六つ首砲を構えるも、それより先に不知火が威嚇を込めた砲撃をタ級の周囲の水面へ撃ち込む。またしてもタ級の視界を水柱が遮る、タ級は腕でそれを払うもそこに不知火は居なかった。

 不知火の姿を見失ったタ級は視線を彷徨わせる、しかし…砲を構える音がする。タ級が「真上」を向くと──不知火が既に至近距離で砲を構えていた。

 

「沈めぇっ!」

 

 ──ズドォン!

 

 タ級と不知火の間い赤い炎の花が咲いた、轟音と共に花開いた赤と灰色の花びらが戦場を彩った。

 不知火は爆風を利用して舞風の隣へ飛んで、空中で身を捻って上手く着水する、舞風は内心──あまりの鮮やかな攻撃に──感動すら覚えるも、その気持ちは隅に置いて不知火に対し怒って見せた。

 

「も、もう! 無茶しすぎだよう」

「大丈夫ですよ、伊達に騎士はやっておりませんから。もし何かあっても貴女がカバーしてくれると思ってますので」

「あ、信頼してくれてるんだ?」

「まぁ…仲間、ですからね?」

 

 不知火が薄っすらと笑みを浮かべると、舞風も気持ちを返すようにニコリと笑った。

 二人の気持ちが通じ合う最中──中破したタ級は怒りに口元を歪めると、深海駆逐隊を突撃先行させる。駆逐隊との戦闘の隙を突いて強力な砲撃を喰らわせようという魂胆か?

 

「向こうもやる気みたいだね? じゃあ行ってみようか! 二人でアイツらを撹乱して時間を稼ごう!」

「えぇ、ですが貴女はあまり無茶はしないように?」

「ふふん、ダイジョーブ! アタシも頼りにしているから…”ぬいぬい”?」

「…ぬいぬい、フッ。さっきのよりは可愛いから良しとしますか」

「気に入ってもらえて嬉しいよ! …んじゃ、行こうか!」

「了解、やってみせましょう」

 

 不知火と舞風は、二人並んでタ級と敵駆逐隊を見据えると一気に駆け出す、その胸にはお互いに何故か湧き上がる──隣に姉妹が居るような──「信頼」を感じていた。

 

「野分…アタシも頑張るから、ちゃんと帰って来てね!」

 

 舞風はここに居ない「想い人」に対し、密かなエールを送るのだった。

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その頃、ササナプ隊。

 

 サラトガ率いるササナプ隊もまた、広い河川の水上を滑りながらアンチマナ波動砲の設置場所へと赴いていた。しかし──

 

「ぴゃあ! 敵さんズラリ〜!」

 

 酒匂が指差す前方に佇んでいたのは──右半分の顔を長い前髪と甲殻のようなヘッドギアで隠した少女と、その傍らに侍る深海駆逐隊であった。

 少女はノースリーブのミニワンピース、脚を物々しい装甲で覆っており、首周りに「歯」が並んでいるようなフェイスマスク、その下からスカーフが靡いていた。

 サラトガたちの存在に気づいたそれは、ゆっくりと目を開くと徐々に敵意を露にするように眉間に皺を寄せていく。彼女の背中から生えた深海艤装──双頭の蛇のような主砲がこちらを威嚇するように歯を見せてその砲塔を向けていた。

 

「重巡ネ級か…相手にとって不足無し」

 

 長門はネ級からサラトガたちを守るため自ら前に進み出て戦闘態勢を取る、サラトガもネ級との戦闘を予期して弓を構えるも、長門はそれを制止する。

 

「サラ、ここは構うな。君たちは波動砲の破壊に努めてくれ、ネ級は私が相手をする」

「そんな…それでは長門が!」

 

 サラトガは囮を買って出た長門に心配の声を上げた、しかし長門の意思は変わることは無かった。

 

「この程度の相手なら造作もない、私は君たちを守るためにここに居るんだ、君たちならあの波動砲を破壊出来る。私が道を開ける故…その隙に波動砲へ」

「…そうですね。分かりました」

 

 長門の使命感を帯びた言葉、長門がこういう時は大概自分が折れなければならない。それを知っているサラトガは仕方がないと思い至ると顔を伏せる。

 ネ級の後方に見えるはまるで巨大な塔のように聳え立つ波動砲、そしてその内部に設置された穢れ玉だが、サラトガの航空爆撃があれば──穢れ玉を狙い撃ちして──機能を停止させることは可能である、それが解っているからこそ一歩身を引こうとしている。

 本当は長門にはヒトリで無茶などして欲しくないサラトガだったが、時間もない以上是非も無い。彼女の異能力故か石のように硬く頑固な決意を前に、サラトガに躊躇いはあったが仕方ないことだと諦めている。

 

 ──しかし、ここで意外なところから待ったを掛ける声が。

 

「ちょぉおっと待ったー!」

 

「っ! ユージン? どうしたの?」

 

 オイゲンが突然声を張り上げて二人のやり取りに割って入る、オイゲンは長門に向き直ると「説得」を始めた。

 

「長門、ここは私たちに任せてくれないかな! 貴女はお願いだからシスターと一緒に居てあげて! ユリウスさんもさっき通信で教えてくれたじゃない、波動砲のコアの穢れ玉を破壊しなきゃって。あんな高いとこにあるのに私たちの砲撃じゃ絶対届かないよ!」

「しかしサラが深海棲艦に狙われる可能性もある、君たちにはそれの露払いをと考えていたのだが。それに…君たちはサラにとって大事な存在だ。君たちに何かあれば私も目が当てられない、サラの庇護下に居てくれる方が安全なんだぞ?」

 

 長門がそう言葉を返すもプリンツは引き下がらない、理路整然と考論を捻り出しながら、焦る頭を冷静に保つと自身の気持ちを込めて言葉を紡いだ。

 

「それはそうかもしれない、でも時間が迫っている以上私たちが行くよりもシスターと貴女で直ぐに波動砲のコアを破壊した方が良いんじゃないかなっ? 少しの間だけなら私たちだけで何とかするし、何より今は波動砲を少しでも早く止めるのが先決でしょ! 私の言ってること間違ってるかな?!」

「だ、だか…」

 

 プリンツのあまりの勢いよく発せられる言葉の数々に、長門の返す口が止まった。そこから堰を切ったように言葉が溢れだすプリンツは、困り顔の長門の返答を遮り、自身の思いを正直に伝えた。

 

「だって同じだもん! あの時…私たちを守るためにヒトリで立ち向かった瑞鶴が、沈んだ時と一緒だもんっ! 貴女とシスターは顔見知りなんでしょ? 貴女に何かあれば…またシスターを、翔鶴を悲しませることになる!」

「っ、言いたいことは解るが…落ち着くんだプリンツ。私なら心配は要らん、私は一人でも…」

 

 プリンツが泣きそうな顔で訴えるも矢張りそう簡単に頷かない長門、戦力的には数の差はあれど選ばれし艦娘である長門が後れを取るとは思えない。言うなればプリンツが「我儘」を言っている現状であった。

 

 だが、そんなプリンツの強い想いに同意するモノが居た。

 

「──ぴゃ、酒匂も大丈夫だと思うー! 酒匂とプリンちゃんでぴゃひゃ〜っとやっちゃうから、二人は早く波動砲へ行ってきなよ!」

「なっ!? さ、酒匂まで…」

「……ウフフッ、はぁ…本当ならそんな我儘を、と言いたいのですが確かにネ級を酒匂たちに任せて私たちで波動砲を破壊しに行く方が、効率的な気がします」

「お、おいサラ…っ!」

 

 酒匂もプリンツと共に戦うことに乗り気になり、サラトガも呆れたように同意を呟くと、長門は二人の方を交互に向いてまたも困惑顔を見せる。

 先ほどとは打って変わった状況と揺れ動く長門の決意、そんな長門にトドメを刺すように映写型通信機にある人物が浮かび上がった。

 

『──ほほっ、これは貴女の敗けですなぁ長門殿?』

 

「っ!? ナベシマ指揮官…貴方もか?!」

 

 長門が腕に着けた映写型通信機に目をやると、年配の指揮官であるナベシマが穏やかな笑みを浮かべていた。

 

『ここまで意見が一致しているなら何も問題ありますまい、それに彼女たちの言っていることに間違いはありませぬ。誰も犠牲になる可能性を放っておけないでしょう、悲しみを広げたくないでしょう、確実に任務を遂げる方法を取りたいのでしょう、効率も大事でしょう。しかし一番は──長門殿、誰も貴女をもうヒトリにさせたくないのですよ。彼女たちは大切な仲間をヒトリにしてしまったから故に喪ってしまったのです』

「っ、それは…」

『もう時間もありません、彼女たちの意見を汲んであげて下され。貴女の彼女たちを護りたい気持ちも痛いほど分かります、ですが私も…もうあんなことは沢山なのです』

 

 ナベシマの憂いを感じる言葉に、長門は俯いて少しの間を置いて考える…そして顔を上げ意を決した様子で答えを口にする。

 

「…解った、だが決して油断するなよ? 何かあれば直ぐに連絡してくれ、時間が無いのかもしれんが…私も君たちが心配なのだ、通信で異常を伝えて貰えば後は私が何とかする。だから…絶対に無茶はするな、良いな?」

「ぴゃ、分かった!」

「ありがとう長門、それと…良かったね、シスター!」

「えぇ、ありがとう二人とも。長門も言いましたがくれぐれも気を付けてね?」

「うん!」

「ぴゃあ!」

 

『──……ッ』

 

 全員の話が纏まり掛けたその時──長門は前方に殺気を感じそちらを向くと、ネ級が深海艤装の双頭の蛇砲を動かし狙いを定め今にも凶弾を放とうとする姿が見えた。

 

『…ッ!』

「っく!」

 

 ネ級から轟く砲撃音、砲火を突き破り砲弾がサラトガたち目掛けて向かっていたが、長門が前に出ると両腕を交差して防御の構えを取る、腕からは「鉱石」が生えているのが確認できた。着弾と同時に爆炎が広がるも長門と、彼女の後ろのサラトガたちもケガはしていなかった。

 

「長門! 大丈夫ですか?」

「あぁ。サラ…今から敵に砲撃を喰らわせる、その隙に波動砲へ向かうぞ」

「了解です、では私も航空隊で援護します!」

「頼んだ、プリンツと酒匂は敵を我らに近づけさせないように注意を引いてくれ。やると言ったからには…遠慮なくやってもらうぞ?」

 

 長門がそう脅し気味にプリンツたちに言葉を投げるも、酒匂もプリンツも意を決した様子で強く頷いた。

 それに対し口角を上げてニヤリと笑う長門は、次にネ級に向き直ると自身の艤装である三連装砲で砲撃する。身体の芯を揺さぶるような振動と爆炎と共に射出された砲弾がネ級に着弾しようとする…が、ネ級は被弾を感知するとその場から素早く動いて回避する、長門の砲撃によって建てられた巨大な水柱を横切り、長門たちに迫るネ級とそれに追随する深海駆逐隊。

 

「航空隊、発艦してください!」

 

 サラトガが弓を構え矢を放ち、彼女の航空隊がふわりと宙を舞う。ネ級と深海駆逐隊に向かって機銃掃射を乱れ撃つ、深海駆逐隊はそれぞれ回避行動を取ろうとし思わず隊列を乱す、ネ級は行き場を失い航空隊から逃げるようにヒトリ距離を取り始める。

 

「──今だ!」

 

 ──ズドオォオンッ!!

 

 敵が隙を見せた──長門は腹の底から号令を叫ぶと再び三連装砲を構え発射、ネ級と長門たちの間に巨大な水柱が建つと、長門とサラトガはそれに合わせて水上を駆け始める。

 

『…ッ!』

 

 ネ級は波動砲へ向かおうとする長門たちを捉えるも、自身に狙いを定めた砲弾の風切り音を聞き取ると、後方へ下がりそれを回避した。

 

「そうはさせないよ! …長門、シスターを守ってあげてね!!」

「ぴゃあ、シスターも長門ちゃんを助けてあげてね~!」

 

 プリンツと酒匂は支援砲撃で敵を妨害しながらそう言うと、ネ級たちと対峙する。

 長門とサラトガは心配そうに後方のプリンツたちを見やるも、直ぐに前に向き直り後は振り返らずにそのまま波動砲へ駆け抜けていく。ネ級はプリンツたちの砲撃を避けるので精一杯で長門たちを通らせていた。

 

『ッ!』

「行くよぉ酒匂!」

「ぴゃあ!」

 

 プリンツと酒匂は眼前のネ級に臨戦態勢を取ると、砲撃で牽制しつつ長門たちが波動砲へ向かう時間を稼ぐ。サラトガは巣立った鳥の雛を見る気持ちで二人の勇姿を胸に刻んだ。

 

「ふぅ…すみません長門、ユージンや私の我儘に付き合わせてしまって。私たちはもう…誰ヒトリとして欠けてほしくなかったのです」

 

 波動砲へ向かう道中サラトガが頭を下げて謝罪の言葉を述べると、長門はサラトガの方を向いては薄っすらと穏やかな笑みを浮かべると、自身の考えを告げた。

 

「いや、私に対してそんな風に言ってくれるとは思わなくてな。少し…嬉しかったよ、こちらこそ済まなかったな。君たちの意見を一蹴しようとしてしまった…駄目だな、あの時もそうだったと言うに…どうにも頭が固いな、私は」

「そんなことないですよ、本来は戦場で全員無事を考えることは甘いのでしょう。それでも…どんなに甘くても厳しくても、それは皆のイノチを想ってこそです。そこに変わりはないのですから」

「サラ…」

「…フフ、私も自分のイノチすら惜しくなってきました。彼が…タクトさんがこの海に来てからというもの、翔鶴は己の過去を克服して、酒匂やユージンも彼らに影響されて随分逞しくなって。本当に…不思議な人」

「そうだな、彼が我々の何かを変えたのは確かだ。だからこそ…彼の考えに、全員無事という甘い理想論に賭けてみたい。そう思えたのかもな?」

 

 長門がそう感慨深げに呟きながら視線を前に移すと、目前に海上を滑る敵艦隊が見える。深海戦艦ル級率いる敵性戦隊だ。

 

『◾️◾️◾️◾️◾️ーーーッ!!』

 

「そうですね…さぁ、早く波動砲を破壊して酒匂たちに合流しないと!」

「あぁ…行くぞ!」

 

 長門が気合を入れるように両手拳を脇に構え、サラトガも弓を引いて矢を番える。行く手を遮る敵あれど二人の希望を見据える眼は変わらなかった。

 

「翔鶴、そして…瑞鶴も、見ていて下さいね? この戦いを乗り越えて…私たちは今度こそ前へ進むんです!」

 

 サラトガの啖呵に、長門は同意を込めて大きく頷いた。

 



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三島攻略作戦 ②

 ──その頃、シルシウム島のテモアカナ隊。

 

 天龍、加古、長良は川の中に潜み襲い来る雑兵を一刀両断と切り捨てながら、シルシウム島に設置されたアンチマナ波動砲を破壊するため島の最奥を目指していた。

 ユリウスたちと通信を取りながらも、凡その設置ポイントに目を付けつつそこへ直走(ひたはし)った。拓人たちの話では発射まで30分──随分時間を掛けたので、おそらく後10分ほど──とのこと、残された猶予も少ない。三人は駄弁を繰り出すこともなく黙々と敵を切り伏せては波動砲を目指した。

 

「…っ! 見えたよ、アレじゃない?」

 

 長良が空を指差すと、そこには天を突き破らんとする巨大な砲塔が見えた。見ると砲身内部に穢れ玉が設置され、砲の先には黒いエネルギーが黒光となり収束していた。

 

「間違いねぇ、ちと遠そうだがアタシたちならこっから一気に飛べばそれで済む話だぜ! なぁっ!!」

 

 加古はそう言って天龍を見やると、当の天龍は今しがた掛かってきたと思われる「映写型通信機」の通信に応じていた。加古からは背を向けている状態なので誰と話しているのか分からなかった。

 

「ではそれで行こう。あぁ…ではな?」

「おいおい、どうしたんだぁ?」

「…何でもない、通信は今しがた終了した」

「どうしたの? ユリウスからまた連絡?」

「そうではないが、心配は要らない。訳は後で話す」

「…? まぁいいけど」

 

 天龍の通信相手が誰か分からないが、それを追求する時間が無いので疑問を呑んだ加古と長良。

 どうあれ波動砲のコアである穢れ玉さえ破壊すれば、天龍たちの任務は終わる。ユリウスとの通信で教えられたことを思い起こしながら、三隻(さんにん)は海上から一気に跳躍しようとして、その場で膝を曲げて脚に力を込める──しかし。

 

「…っ! 危ない!?」

 

 長良が叫ぶと同時に、四方八方から砲撃と弾幕が飛び交う。三隻(さんにん)は敵の意図を察知し後方へ飛び退いた。天龍たちが佇んでいた場所には幾つもの水柱が乱立していた。

 

「っぶねぇな!?」

「フン、矢張りそう簡単に通してくれんか」

 

 天龍が周囲を一瞥すると、そこにはイ級を始めとした雑兵深海棲艦が所狭しと海中から顔を出しては天龍たちの隙を伺っていた。迂闊に飛び上がるとハチの巣にされるのは目に見えていた。

 

「さあて、どうする?」

「長良、風で奴らの砲撃の軌道を逸らしてくれないか? その後機を見て俺と加古がアレを破壊する」

「うん、それしかなさそう。でも…こんなのはどう?」

 

 天龍は長良に敵の攻撃を防いでほしいと頼むが、もっと良い案があると彼女は二人に自身の考えを話した。それを聞いた二人は…確かにそれが出来るならとニヤリと笑った。

 

「成る程、それで行こう」

「分かった、じゃあやってみるからその隙に行ってみて!」

「あぁ、頼むぜ長良!」

 

 加古が期待の言葉を掛けると長良も笑って頷いた、そして──息を整えつつ身体の緊張をほぐすと…天龍たちの周りを駆けだした。

 

「はああああっ!」

 

 走るごとに加速していく長良の周りには、空気の流れが見え始めていた。そして…残像しか目に映らなくなった時、徐々に厚い雲のような気体を纏った空気の渦が出来上がる。サイクロンが天龍たちの周りを渦巻いていると、深海群もそのあまりにもな規模の大きさにたじろいでいる様子だった。

 

「…っ、意外と竜巻内部にも風が吹き荒れているようだな」

「我慢しろ、んじゃ…さっさと行くぜ!」

 

 加古はすぐにでも飛び立つ準備が出来ているようで、彼女の足には既に電気が迸っているのが見えた。天龍もそれに続く形で膝を曲げて脚に力を込めた。

 

「さーん、にーぃ、いー…ちっ!」

「ゼロだ!」

 

 二人はそれぞれカウントを済ませると、解き放たれたように竜巻の気流に乗りつつ空へ飛んだ。

 そこから一直線に波動砲に設置された穢れ玉の元へ近づくと、先頭に躍り出た天龍は二振りの剣を、続く加古は電気を流した右拳を構える。

 

「これで…!」

「おわりだああっ!」

 

 目の前の邪気の籠った玉を打ち壊さんと、二人はそれぞれ破壊の槌を降ろさんとしていた。

 

 ──しかし…!

 

「っ!」

「なっ!?」

 

 二人の目の前に「現れた」ものは、それ以上の悪意を秘めた嗤いを浮かべていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──時が巻き戻り、シルシウム島外にて。

 

 世界の命運を賭けた戦い、その最中に白銀の鎧騎士は死神と対峙する──

 

「はぁっ!」

『キッヒヒヒヒッ!!』

 

 綾波は望月特製の巨大斧で、レ級は黒鎌でそれぞれの首を狙って打ち合っていた。

 鈍い金属音と鉄のぶつかった後のキィン…と聞こえる反響音が次々と作られていく。斧と鎌が打ち合う度に火花が飛び散り、戦いの苛烈さを更に彩るように咲いては散ってを繰り返した。

 

「はっ!」

 

 綾波が距離を取り斧に「能力」を込めると、斧の刃部分が回転し宙に浮く。それを振りかぶり一気に振り抜くと斧はブーメランのように弧の軌道を描いて、レ級の方へ回り斬りこんだ。

 

『キッヒャア!』

 

 レ級に斧の回し刃が直撃しそうになった瞬間──レ級の姿が消えたと同時に斧の回し刃が誰も居ない場所を斬って海水を巻き上げていた。レ級はそれを遠くから嗤いながら見ていた。

 飛ばした斧の刃はくるくると回りながら綾波の方へ向かって行くと、何もない柄部分に収まる。綾波は元に戻った巨大斧を構え直すと疑問を零した。

 

「何でしょう…あの突然消えたり現れたりする能力は、嫌な予感がします。望月さんはどう思いですか? ……? 望月さん?」

 

 望月に返答を求めるも、綾波が声を掛けても反応がない。彼女が後ろを振り向くとどうやら望月は誰かと通信している最中のようだった。

 

「あぁ…だから………ってとこかな? んじゃそれで…あぁ、んじゃな」

 

 今しがた通信が終わった様子、望月は綾波に向き直ると改めて要件を窺った。

 

「はいよ、どうした?」

「望月さん、今誰とお話を?」

「んー? まぁその内分かるさね」

「…?」

「はは、そう怪訝な顔すんな? んなことよりレ級が迫って来てんぞ」

「っ!」

 

 望月の言葉に目を見開くと、綾波は即座に巨大斧を構えて振り向き様に斧で不意打ちを行おうとする死神を薙ぎ払った。

 

『──キッヒヒィ!』

 

 レ級の胴体を確りと捉えた綾波だったが、そこに手答えがなく空を切っているのが解った。目を凝らすとさっきまで直ぐ後ろに気配があったレ級は、大分離れた場所へ飛んでいた…明らかにおかしい。

 

「望月さん、アレはどういった原理か分かりますか?」

 

 綾波の言葉に望月は、眼鏡の位置を直しながら答えた。

 

「そうさなぁ、原理といやぁアンタらと同じだと思うぜ? 今はどんな感じかって試してんじゃねぇかね?」

「それはどういう意味ですか?」

 

 何か知っているのか、望月は嫌に勿体ぶった言い方でニヤつくだけだった。

 

「まっ、心配すんな! 話する時間もないしこっちも対策してるからよぉ、アンタは適当にヤツの相手してくれりゃ良い」

「……ふぅ、論じるつもりはありません。了承しました」

 

 望月のいつもの癖だと思って、綾波はそれ以上追及しなかった。そしてレ級へ鋭い視線を送ると、得物を構えて望み通り相手取る。

 先ずは綾波が跳躍しながら勢いづいたまま斧を振り上げ、レ級を一刀両断しようとする。

 レ級もまた黒鎌を構えて綾波の攻撃を迎え撃つ、振り下ろされた巨大斧の一撃と打ち上げるように弧を描く黒鎌がぶつかる。一際大きく激しい音が響いた。

 宙に飛んだ綾波だったが僅かに浮き上がる感覚を感じる、矢張りレ級は限界を越えたことで剛腕を手に入れた様子。それでも綾波は怯まず着水した後直ぐに攻勢に転じる、綾波の身体より一回りは大きい巨大斧を軽々と振り回して、レ級にこれでもかと斧の斬撃連舞をお見舞いする。

 レ級もその──下手すると自身が断裂して即死する──比類なき攻撃を一撃ずつ、どんなに瞬速だろうと確実に捌き切る。攻撃を防御する…一見単純なものだが、それは常人には決して捉えられない程の怒涛の応酬である。理解出来るのは肌に伝わる”衝撃”のみ、正に次元の違う戦いであった。

 

「(殺意は込めているつもりですが…この連撃を往なしますか、司令官が深海棲艦は私たちの沈んだ姿だと仰っていましたが…であればこの戦闘センスは、さぞ歴戦の猛者であったのでしょう)」

 

 綾波はレ級の強さが「一朝一夕のもの」ではないと見抜いていた、パワーアップはあくまで元から在る実力を限界以上に引き出したものであると。果たして何処の戦士だったのか…綾波が彼女の経歴に興味を抱いた瞬間──同時に違和感を覚えた。

 

「(──何でしょう、これは…彼女のことは、()()()()()。そういえば…?)」

 

 綾波に疑問が生まれ、懐疑心は太刀筋を鈍らせた。

 

 ──その油断を、死神が見逃すはずはなかった。

 

『ギィイガヤアァアアッ!!』

 

 レ級はコロし合いの途中、後方へ"突然"消えると右手を天空へ翳す、すると空中から無数の黒刃が現れその場で回転する回し刃と化した。綾波は考えに集中していたせいか、回し刃を生成する隙を与えてしまったのだ。

 

「しま…っ!?」

『ギィガッ!』

 

 意表を突かれ驚く綾波に対し、レ級は尾っぽの深海艤装である蛇頭型砲で彼女を狙い撃った。牙を剥いた口がガバリと開かれると、既に口奥から火球が見えていた。

 

 ──ズドォンッ!

 

「…っ!?」

 

 綾波は辛うじて能力で自身の周りの重力を軽くすると、後方へ飛び退いて火球の弾道から逸れた。綾波の後ろから爆発音と火が轟轟と燃える音が聞こえた。

 しかしまだ終わりではない、レ級が挙げた手を下げる動作をすると共に空中に浮かぶ無数の回し刃が動き出す。彼方此方に飛び回る回し刃はそのまま勢いを付けて、綾波目掛けてその身体を切り刻まんとする。

 

「っ!」

 

 迫り来る回し刃の数々に、綾波は巨大斧を構え振り回す。目で回し刃の軌道、耳で回し刃がどれだけ近づいているか、それらを測った上で素早く斧を振り回し刃を払った。

 

『ギキャハァッ!』

 

 全て払い退けたと思うと同時に、レ級は斧を振り終えた綾波に出来た一瞬の隙を突いて、またしても遠方から綾波との至近距離へ突如として姿を見せ、今度こそイノチを奪わんと黒鎌を掲げた。綾波もそれに気づいてはいるものの、斧を振り下ろしたばかりでレ級への迎撃が間に合わないでいた。変わるがわる押し寄せる多種多様な攻撃に対応が遅れる。

 

 絶体絶命か──しかしそれは綾波には知らない話であった。

 

「はぁっ!!」

 

 綾波は気合いを込め喝を入れると、自身の周囲に「透明なバリアー」を張る。綾波の首を狙っていたレ級の黒鎌は軌道があらぬ方向へ曲がり、レ級もそれに引っ張られる形で綾波と距離を取らざらなくなった。

 

『ギ…ッ!?』

 

「終わりです、はああぁっ!!」

 

 綾波が巨大斧を確りと握ると、その場で横向きに回転を始める。徐々に回転速度を増す綾波は己の得物に対し能力を使うと、斧の刃部分を回転させるギミックを使った。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 回転に回転を重ね…綾波は渾身の力で斧をレ級に向けて振り下ろす、斧の刃は柄から離れると凄まじい回転速度のままレ級に猛進していく。堪らずレ級は避けようと能力を使い後方へ逃げ延びる…が。

 

『………ッ!』

 

 レ級は目前の光景に驚愕する、何とかなり距離を取った筈の巨大斧の回転刃は早くも自身の近距離へ詰めていた。高速回転する斧刃は敵を猛追する鉄塊となったのだ。

 

「矢張り移動は直線上でしか無理なようですね、ならば早い話でしょう。貴女の移動した後に攻撃が届くよう()()()()()()()()()()()()()()()()()…です」

 

 綾波はしたり顔だが、そんな単純明快な戦法は常人には無理なだけに、それをやってのける綾波にしか出来ない磨かれた戦闘センスだった。

 

 

 

 ──ズドオォオンッ!!

 

 

 もはや暴走特急と化した斧刃は、海面に”着断”すると余剰威力が巨大な水柱を海に造り出し、身体に襲い来る衝撃に耐えられないレ級は態勢を崩し吹き飛んでしまう。

 

『ギィギャアアアアッ!!?』

 

 水柱は天高く聳え立ったかと思うと、そのまま瓦解して雨粒のように海上に降り注いだ。

 綾波が刃の無い斧の柄部分を上に掲げると…またも水飛沫を上げながら水面から飛び上がる鉄塊。斧刃はそのまま元の鞘に収まると、今度こそ油断はしないと言わんばかりに綾波は遠くに弾き飛ばされたレ級に得物を向けて警戒する。

 

「避けましたか、一筋縄でいかないことは解っていますが。もう油断はしません…貴女が何モノだろうと、私は貴女を倒します」

『グギィ…ッ!』

 

 綾波は静かな闘志を燃やしながらレ級に対し宣戦布告し、レ級は体勢を整えるとギロリと睨みを利かせる。

 勝利はどちらに齎されるのか、緊張が走る場面で──後方に異変が起きる。

 

「──あ? 何だぁ?」

 

 望月は風が吹き荒ぶ音の聞こえる方へ振り返ると、シルシウム島から天高く立ち登る竜巻が見える。

 

「…なんだい、天龍のヤツらもう王手を掛けたみたいだねぇ? ヒヒッ、時間も10分ぐらいあるしこりゃあ楽勝かね」

 

 望月の状況を端的に表した言葉、それは天龍たちがアンチマナ波動砲の破壊に今まさに乗り出しているという事実であった。

 綾波も背後に広がる空気の渦を見る、遠目からでも分かるあの竜巻は長良の仕業だろう。おそらく天龍たちは雑兵を蹴散らし一気に波動砲の破壊に向かう筈…綾波もまた天龍たちなら大丈夫だと信じていたが、矢張り不安は拭えなかった模様で人知れず安堵していた。

 対してレ級は憎しみと悔しさが混じった醜い貌で天を睨む。そして──次に何故か嗤って見せた。

 

『キッヒヒヒヒヒ!』

 

 レ級は跳び上がりながら上空で黒鎌を振りかぶると、降下ざまに綾波に向け振り下ろす。

 綾波は咄嗟に防御に移るも、またも違和感を覚える。レ級の鎌首が──間合いに入っていない、()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」

 

 次に綾波が見た光景は──レ級の描いた黒鎌の閃きが空間に浮かび、それが空がぱっくりと割れたように穴が開いている異様なもので、見ると穴の中に天龍たちを見下ろした姿があった。

 

「まさか…空間を行き来する能力を応用して、天龍さんたちに奇襲を?!」

 

 綾波が酷く驚いていると、レ級は肯定するようにニンマリと口角を上げ邪悪を表す笑みを浮かべた。そして──レ級は目の前の穴に躊躇なく入っていく。

 

「天龍さんっ!」

 

 綾波が駆け寄ろうとするも、空間に開いた穴はそのまま閉じられ開かれることはなかった。

 

「そ、そんな………っ!!」

 

 綾波は咄嗟にシルシウム島方面へ向くと、そのまま走り出した。間に合うかは判らないが天龍たちのイノチを奪おうとするレ級を止めるために。

 

「…フ」

 

 そんな一大事に望月は、何処か落ち着いた笑いを見せるのだった。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 波動砲破壊に手を掛けようと攻撃態勢に入った天龍と加古、しかし彼女たちの真上から突然声が聞こえた。

 

『──キッヒヒヒィヤァアアアッ!!』

 

「っ!」

「なっ!? どっから出て来やがった?!」

 

 天龍と加古が上を見上げると、そこには悪意の籠った嗤いを浮かべたレ級が、鎌を掲げて獲物の首を取ろうと狙っていた…!

 

『キィエエエィヤアアアアアッ!!』

 

 レ級が奇声を上げながら、先頭の天龍に向けて黒鎌を勢いよく振り下ろす。天龍たちの間近に移動したため、奇襲に気付かなかった天龍は避けることは叶わないようだ。

 加古もまた同じで彼女が動こうとした時には、既に鎌首が天龍の首に刃を掛けていた──そして。

 

 

 ──ザシュッ

 

 

「天龍っ!?」

 

 何と、加古の見たモノは天龍の首がレ級の黒鎌に「刈り取られる」という衝撃的なシーンだった。

 レ級は己に芽生えた能力を戦いの中で自覚していき、天龍たちを見逃したのは彼女たちが波動砲へ近づくのを頃合いに、()()()()()()()()()()()()を駆使して天龍たちの寝首を掻こうと画策したからだった…!

 謀略が身を結びしてやったりと嗤うレ級だった──が、次に違和感が湧く。

 

『……ギ?』

 

 手応えが無い、そして目の前の首級を刈り取った死体が徐々に背景と同化するように薄く消えかかっていた…一体何が起こったのか。

 

 

「──()()()()()()()

 

 

『……ッギ!!?』

 

 レ級が上を見上げると、そこには──首を刈られた筈の天龍が一対の刀を交差に構えている姿。そのままクロスさせた二本の刀でバツの字を描き、死神を斬り捨てる。

 

『ギャ…ッ!?』

 

 首を刈ろうと頃合いを探っていたレ級は、逆に意表を突かれる形で天龍の斬撃をまともに受けてしまう。小さく呻きながら下の林が広がる島に落とされる。

 

「逃さん!」

「っあ、待てよ!」

 

 レ級を追う天龍とそれに追随する加古は島へと下降していく、二人が着水した場所には驚いた様子の長良と…その先で傷を負いながらも立ち上がるレ級の姿が。

 

『ギグィ…ッ!』

「二人とも大丈夫?! 何でレ級が…!?」

「アタシも分からねぇよ、いきなりレ級が現れたと思ったら天龍の首を刈って、かと思ったら不意を突いて天龍が…ってか天龍! 生きていやがったのか!?」

 

 加古の酷く驚いた言葉に、天龍は不敵に笑いながらタネを明かす。

 

「あぁ、通信で密かに望月から聞いていたからな。"レ級の様子がおかしい、何か仕掛けて来るかもしれない"とな? ヤツが奇襲を仕掛けるとして真っ先に俺を狙うことは分かっていたから、望月が俺に「カウンターで仕返す」ことを提案してきたのだ」

「なっ!? あの通信望月のだったのか?! 何でアタシじゃなく天龍だって分かったんだ!!?」

 

 天龍から明かされた秘密裏の作戦に、加古は再び疑問を呈する。確かに天龍を先に狙うことが分かるのは一見不自然だが、答えは通信機から聞こえる「策士」より聞かされた。

 

『ヒッ、そりゃ天龍が先頭に居たからだよ。レ級は少しでも波動砲に近づくヤツを始末してぇだろうから、先ず天龍には加古の前に出てくれるよう「心理的誘導」を頼んだ。アンタらが奇襲に気づいて回避しようとするとして、客観的によりスピードが速いのは稲妻を纏う加古だ。だからってのでもないが瞬速的移動をする天龍のが「狙いやすい」と考えると思ってねぇ? 空間を自在に移動出来る自分と能力も似通ってるから、不測の事態があっても対応しやすいと至る、と踏んだのさ』

「な、成る程。…よく分からないけど罠を仕掛けたレ級を更に出し抜いたっていうのは分かったよ」

「作戦を聞かされた時は俺も驚いたが…安心しろ長良、あの通り狡賢い餓鬼には確りと灸を据えてやった」

「何にしてもスゲェなアンタら! 特に望月、綾波の時と言いさっきから良い仕事するじゃねぇか!」

『そうかい? 異能使うアンタらに比べたら、このぐれぇ馬鹿でも思いつくぜ?』

 

 事の顛末を聞いて納得した加古の賞賛に対し、望月は悪びれる様子もなく当然と言って除けた。それでもここまでスムーズな連携と展開を見せたのは、長い戦いの間に育まれた彼女たちの「絆」の賜物であると言っても過言ではないだろう。

 レ級はしてやられたことに気づくと、悔しさを込めて雄叫びを上げた。

 

『グギギィ……グギャアアアアアッ!!』

「さて──いよいよ大詰めだな?」

「あぁ、ともかく波動砲破壊にはレ級が邪魔だ。一気に片付けるに限るぜ!」

 

 加古の言葉に頷く二人は、レ級に向き直ると戦闘態勢に入った。まるで苦虫を噛み潰したような険しい表情で憎々し気に睨むレ級、その背後からは──

 

「──天龍さん、ご無事ですか!?」

 

 綾波が海上を滑り走りこの場へ駆けつけていた、天龍の五体満足な立ち姿に思わず心緩む綾波。

 

「良かった、何も無かったようですね?」

「心配を掛けたようだな、だが俺はこの通りだ。レ級を追い詰めるために俺と望月で一芝居打った次第だ」

「そうでしたか、何かしらあるとは思ってましたが…ふぅ、今後はもう少し分かりやすい形が望ましいですね」

 

 天龍の説明に呆れたように呟いた綾波、天龍も「済まない」と苦笑いしながら謝罪する。望月も通信越しに一言謝る。

 

『悪いねぇ? でもよく言うじゃねぇか、敵を欺くには先ず味方からってな。お前さんの良いリアクションにはレ級も欺かれるって勘付かねぇだろうしな!』

「…本当に味方で良かったですよ、貴女が敵になったら限界まで追い詰められそうで?」

『ヒッ! 言うねぇ。まぁアタシも負けず嫌いってだけさね、目にはメを、歯にはハを、謀略にはボウリャクをってな! ヒヒヒッ!!』

「性格が悪いですね…しかし、それでも貴女が居なければここまで状況が好転することは無かったでしょう」

 

 皮肉を交えながら釈明する望月に、綾波もまた皮肉を返しては望月の策に感謝を示すのだった。

 ともあれレ級包囲網に綾波が加わる形となった、レ級は天龍につけられた斬り傷の痛みに顔を歪めながら焦りを隠せないか冷や汗を流した。

 奇襲で首を取ろうと画策していたレ級だったが、逆に不意打ちされ手負いとなる。更に天龍、綾波、加古、長良…この世界に於いて現在の最高戦力に囲まれ、またパワーアップの代償として身体の崩壊の刻限も間近であろうことから、どちらにせよレ級は確実に「沈む、死ぬ覚悟」をしなければならなかった。

 

 ──レ級の現状は正に追い詰められた獣だった。

 

「もう逃げ場は無いぞ、お前の能力で逃げても構わないが…その場合俺たちは波動砲破壊を最優先するだけだ、尤もその方が俺たちにとっても都合の良い話だが?」

 

 天龍はレ級を見据えながら、この場を逃げるかそれでも戦うかの選択を迫った。冷酷さを表した冷たい視線は戦場において甘えを律しなければいけないことを熟知した天龍だからこその顔だった。

 

『──ギィア…!』

 

 それでも彼女の答えは決まっていた、黒鎌を天龍たちに向け構えるとそれまでの余裕がある嗤い顔でなく、静かな殺意に満ちた鋭い目つきと何モノも通さないという覚悟を湛えた顔つきになる。

 

「あくまで抗うか、ならば…俺たちも応えるぞ。お前のその覚悟に…!」

 

 天龍たちもまた強い意志の見える顔になると、それぞれ戦闘態勢を取りレ級にじりじりと詰め寄った。

 

『……ッ』

 

 レ級は己の身体の奥底から感じる"痛み"があったが、それでも殺気を弱めることはなかった──

 

「…?」

 

 最早死にかけの体のレ級を見て、綾波は胸に抱いた粒ほどの違和感が次第に大きくなっていることを感じ取っていた…。

 




 クロギリ編、残り数話です。
 先に言いますとここから展開早めで、変なところで話が区切られていたりします。ご注意下さい。
 …もう一つ先に。色々ごめん。


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迎え撃て、野を分ける風のように ①

 ──南木鎮守府屋上。

 

 拓人と艦娘たち、そしてドラウニーアとの戦いは佳境を迎える。先ほどまでドラウニーアに握り潰されかけていた拓人は、翔鶴や金剛、野分の決死の攻撃により何とか窮地を脱すると、翔鶴改二の改装に踏み切った…!

 翔鶴の身体から放たれていた光が極まると視界が真白となる、暫くの間を置いて白く塗り潰された世界が徐々に薄らと色づき、彩りを取り戻すと一時の静寂が訪れた。

 誰しもが眩い輝きに顔を背け目を伏せていたが、瞑った瞼の裏の暗闇に明るさを覚えると拓人たちは恐るおそる顔を上げ閉じた目を開いた。

 

「……っ!」

 

 先ほどまで潰されかけたせいか、強烈な痛みに全身の力が入らず地に倒れていた拓人だが──双眸から見えた光景に──息を呑んだ。

 

 ──翔鶴だ、翔鶴が青い翼を広げ宙に浮いていた。

 

 正確には蒼いオーラのような揺らいだ炎が背中から溢れ出し、左右に広げた長い両翼の形になっている。曇天に映える青の灯りが銀髪の乙女を眩く照らしていた。

 空中で身体の力をだらんと抜いている彼女は──ゆっくりと顔を上げ目を開けると、彼女の覚悟を湛えるように右眼からも蒼炎が煌々と燃え上がった。

 

『グッ、変ワッテシマッタカ…ッ!』

「凄い…!」

「美しい……これまで見たナニモノよりも、輝いています…っ!」

 

 ドラウニーアは悔しさを滲ませた言葉を、金剛と野分は驚きと感動を含んだ言葉を呟いた。

 翔鶴は改二改装以前までと凡そのシルエット──切った短髪もそのまま──は変わっていないが、胸当ての下の両脇に赤い襷が見え、手に持つ弓は更に長大化し太腿下のインナーに白いニーソックスを着用など、細かな点が変わっていた。

 

「これがこの世界の翔鶴改二…見た目は僕の世界の翔鶴改二と変わってはいない、でも…あの青い炎は何だ?」

 

 拓人が疑問を零していると、不意に隣に気配を感じる。振り向くとそこにはホログラムに映し出された「あの男」の姿があった。

 

『──ン〜、アレはどうやら"マナ"のようだヨヴェイビー!』

 

「っ! マサムネさん!? ホログラムにもなれたんですか?」

 

 拓人の言葉にマサムネは答えつつ、翔鶴改二の蒼炎に対する推論を展開する。

 

『勿論だヨヴェイビー! それより…翔鶴君のあの青い炎は、彼女の身体からマナが溢れ出し器に入りきらなくなったンダ、だからマナの過剰摂取で身体に害が無いようああして外に放出しているのだロウ。これ自体は人体によくある自然な現象だケド、それでもあんな風に翼の形になって漏れ出すのは見たことがないネ! おそらくマナの制御が完璧だからこその芸当だろうガ、それにしても…一体あんな大量のマナを何処から吸収しているのか? 空気中のマナを吸い取ってもあそこまで膨れ上がりはしないからネ…?』

 

 マサムネが早口気味に翔鶴の能力の謎を追及するも矢張り疑問が尽きないようだ。そんなマサムネの横で拓人は自身の能力により頭に思い浮かんだワードを、ポロリと零した。

 

「──あれは、翔鶴の能力で生み出しているのかも。マナそのものじゃなく「別の力をマナに換えている」んじゃないですか?」

 

 拓人の推察にマサムネさんは、少し驚いた表情を見せ次に嬉しそうに笑う。

 

『なるホド! 特異点は全ての事象を知覚すると聞いているケド、君にもアレがどういう原理か分かっているんだネ? では翔鶴君に何が起こっているのかご教授してくれないカイ?』

 

 マサムネがわざとらしく言葉を投げると、拓人は翔鶴改二の能力について暫定的な結論を述べた。

 

「翔鶴はこの海域で起きた悲劇を乗り越える過程で、それまで憎しみの対象だったモノたちとも向き合うことが出来た。それにより今まで彼女を蝕んでいた深い憎しみが「真っ直ぐな信念」となった…んだと思う」

『ホウ、つまりそれが翔鶴カイニ改装の「条件」だったわけダ。ぼくは彼女と直接対面するのは初めてだケド、翔鶴君の過去がどれだけ悲惨なものかは解っているつもりダ。憎しみにココロが燃やされている状態では信念なんてとても生まれないからネ!』

 

 その翔鶴の過去のトリガーとなった人物の一人が、まるで他人事のような口でそう言葉にするも、拓人はそういう人物だと分かりきった上で普通に返した。

 

「そうですね、彼女はあの夜に絶望に落ちたことで大切な何かを喪ったんだ。でも今彼女は喪ったモノを取り戻した、それが憎しみから信念へと生まれ変わって彼女の力の源になっていることは、まず間違いないでしょう。彼女の能力はおそらく──”変換”。自分の中に在る信念を彼女が最も扱いやすいマナに換えたんだ!」

『ホウホゥ! その言い草だと別のエネルギーにも変換出来ると見るヨヴェイビー! 熱や電気、光や音…あらゆるエネルギーをその身一つで「作り出す」ことが出来るんだネ!』

「そう、翔鶴改二の能力は──「想いを力に変える」こと!」

 

 拓人が翔鶴改二の能力をそう言い表すと、マサムネも柔かな笑顔を絶やさず喜んだ。

 

『ヴェイビー! 最高じゃないカ、ぼくとしても新たなエネルギーを生み出す方法を見つける良い指標になりそうだヨ! 君たちに協力して正解だったという訳ダ!』

「ま、まだ諦めてなかったんですか?」

『ぼくがこれしきで夢を手放す筈はないのサ! もう死んでしまったかもだケドこれからはAIとしてエネルギー問題と向き合っていくサヴェイビー!』

「あはは、もう凄いとしか言えない…;」

 

 マサムネや拓人の会話が木霊する中、宙に浮いた翔鶴が拓人の方を一瞥して薄っすらと笑ったような気がした。しかし──そんな和やかな雰囲気は一つの怒声によって瓦解した。

 

『──マァサァムゥネェェッ! 貴様ァ…矢張リ特異点ニ助力シテイタカッ、AIニナッテデモ俺ノ邪魔ヲスルノカァッ!? コノ裏切リ者ガアァッ!!』

 

 ドラウニーアの罵声に、マサムネは投げられたブーメランを取って返すように言葉を投げた。

 

『当たり前サヴェイビー! 君こそぼくを騙してぼくの生涯を滅茶苦茶にしてくれたンダ、このぐらいの妨害は勘定に入れないとネ! そう何もかも君の思う通りにはさせないサ!』

 

 マサムネがドラウニーアに反論すると、ドラウニーアは眉を顰めるも次に翔鶴の方へ向き直る。

 

『ダガ構ワン、貴様ガドノ程度カハ知ランガぜろ号砲ノカウントハ10分ヲ切ッタ! 短時間デ斃レルホド俺ハ脆弱デハナイゾ!!』

 

 ドラウニーアがそう威勢よく言い放つと、両肩の三連砲塔からエネルギー弾を放つ、爆炎と共にズドンと鈍く響き渡る音が鳴る。六発の光弾が翔鶴に向かって行く──

 

 ──しかし、翔鶴は比較的落ち着いた様子で、緩やかな動作で大弓を構える。

 

「──光よ」

 

 翔鶴がぽつりと呟くと、自然な構えで弓を取るだけで矢を持たない右手に青い光が収束すると、青い炎のように揺らぐ矢が形作られる。

 

「発艦…!」

 

 肩肘を張らず、ある程度まで引いた弦を持つ手をそっと離す翔鶴から、まるで力一杯弦を引いたように矢が”音速を超えて”射出される。

 空気の壁を突き破り続けながら、矢は青い炎がそのまま複数の艦載機の形に変わると、光弾の横をすり抜ける──と、何をした訳ではないのに光弾はその場で爆散する。

 

『何ィッ!?』

 

 驚くドラウニーアであったが、光速で動く艦載機隊は更にスピードを上げ急接近すると、そのまま機銃掃射で──まるで小さな光の槍のような──蒼い閃光エネルギーを連続射出すると、ドラウニーアの全身を貫いた…!

 

『グゥア"…ッ!?』

「やった! でも早く次の攻撃を撃ち込まないと、ドラウニーアには尋常じゃない回復力が」

『その心配はないみたいだヨヴェイビー! 傷口をよ〜く見てごラン?』

 

 マサムネの指摘に拓人は目を細めて見やる、すると──ある異変に気づいた。

 

『グオォ"ッ、何ダ…身体ガ…熱イ……灼ケル…ッ!?』

 

 膝を付いたドラウニーア自身もその変化に気づいていた、何と…あれだけダメージを与えても直ぐさま回復していた筈が、今しがた翔鶴が付けた傷痕は塞がらず、未だ傷口はドラウニーアの体内を焦がす程の熱エネルギーを帯びていた。

 

「傷が回復しない!? 何で…?」

『あの様子を見るにドラウが深海棲艦になっているみたいだネ? 確かに深海棲艦の上位種である「姫」たちには、驚異的な再生能力が有る。どうやらドラウにもそれが備わったようだカラ、君たちがドラウに与えたダメージはものの数秒で回復されたことだロウ』

 

 マサムネのその正にそうと言える推察に、拓人は頷きながら答えた。

 

「そうです…何をしても止まらなくって。疲れは出ていたようですがダメージが無いと動きが鈍くならないんです」

『そうだロウ? しかしこの場合──翔鶴君の放ったマナはあまりにも途方も無い量だからカ、マナ系統の最高物質である「エーテル光子」と変質したようダ。エーテル光子は神の領域を形作ると謳われるほど、再現は理論上不可能な超高密度のエネルギー体で、その光を放てば全ての事象を焼き尽くすと考えられているンダ。ドラウの身体が再生しないのは細胞そのものが体内で今もエーテル光子に燼滅(じんめつ)されているから、そう考えるのが妥当だヨ』

「成る程、でも…エーテル光子? 粒子ではなく?」

 

 拓人のちょっとした疑問に対し、マサムネはどこか誇らしげに回答した。

 

『エーテル粒子はマナを結合させた物質なんだケド、それを更に結合させると極高温の光であるエーテル光子が出来るんだヨ。ぼくはエーテル粒子を作ることは出来たケドそれ以上は流石に無理カナ、エーテル光子はただでさえ崩れやすい粒子を更に結合させる必要があるのサ、だから実現不可能と言われてるんだヨヴェイビー!』

 

 マナにはごく微量の熱があることは最早周知の事実だが、エーテル粒子として合わさればそれは人肌程の熱が出来るのだから、更に結合すれば相乗されて高温以上の灼熱を帯びることは想像に難くない話。

 しかしながらエーテル光子とは今までは「机上の空論」も良いところで、話を聞く限りどんなに科学や魔術が発達しても創造することは難しいのだ。

 

「それを翔鶴は生成することが出来る…すごい!」

『同意見だヨヴェイビー! 人類にとって不可能なことを可能にしてしまうなンテ…敢えて言わせてもらうヨ、"馬鹿な、規格外過ぎるヨヴェイビー!” 君は神の如き力を手に入れてしまったんダネェ翔鶴君!』

 

 マサムネが常套句を用いて翔鶴改二を称えると、翔鶴は空に浮遊しながらどこか冷たい目線でマサムネを見やる。

 

「さっきから黙って聞いてたら調子良いこと言ってるわね? 貴方にそんなこと言われても嬉しくないんだけど」

『酷いなぁ~ぼくは君に心底感謝と尊敬の念をネ…?』

「はいはい、そういうことにしておくわ。ふぅ…タクト、もう少しだけ待っててね? 今からあの屑男を動けなくしてゼロ号砲を破壊してやるんだから!」

「うん、気を付けてね? って…今の君にすることじゃないか?」

 

 拓人が身体を起こしつつ苦笑いして翔鶴に言葉を掛けると、翔鶴はそれに対し微笑んで答える。

 

「ううん、貴方の応援と気遣いが私の力になるから。だから…ちゃんと見ていてね?」

「勿論!」

 

 過去という霧が晴れ、翼を広げ飛び立った鶴は最愛の恩人の言葉を受けまた微笑む。そして──憎き宿敵を睨むと、覚悟を秘めた口上で高らかに宣言した。

 

「ドラウニーア。貴方にも目的があることは確かのようね、でも…どんなに正義を振りかざしても自分よがりの価値観で全てを否定するなら、その深い暗闇で…私の愛する人たちを傷つけるなら。私が──」

 

 

 ──皆を照らす”希望”になる!

 

 

 もう絶望と憎悪に塗れた彼女は存在しない、そこに在るのは──全てを護らんと輝く世界の守護者だった。

 彼女の眩い闘志を前に、醜い魔物と化した黒幕は暗い感情に歪む貌で睨み返す。

 自分が皆を照らす希望になる──そう高らかに宣言すると、翔鶴は弓を構え直し再び蒼炎の矢を番え射た。矢はまるで放たれた猟犬の如く空を駆けると、炎が艦載機隊に変わり再びドラウニーアを追跡し始めた。

 

『くそガ…ッ!』

 

 アレに当たれば今度こそ終わる…ドラウニーアはそう確信するとその場を駆けだし避ける、しかし──

 

「そんなのお見通しよ。私が作り出せるのが光だけだと思ったら間違いよ!」

 

 翔鶴はそう言い切ると、その意図を同じとするように艦載機隊は空中を旋回する。そしてドラウニーアの上空を捉えると──下から光の粒のような爆弾を雨あられと落とす。

 驚くのはここからで──光の粒はだんだんと赤く色づいていくと、同時に燃え盛る火炎を纏いそれが大きくおおきく膨れ上がっていく。数十の火炎球が流星群となりドラウニーアに降り注いだ…!

 

『グオオッ!!?』

 

 広範囲に渡る火炎の雨からは逃れられず、背中に火炎球をもろに喰らったドラウニーア。炎は煌々と燃え上がり魔獣の背中を焼き焦がしていく。

 少しして炎が消えるも背中に出来上がった黒炭と化した火傷跡は、直さま回復はせず痛々しく広がったままだった。

 これらの事実から先ほどの火炎球もエーテル光子の特徴があると解る。放たれた火炎球を構成していたエーテル光子がドラウニーアの深海細胞ごと焼き尽くし再生を無効化していることは、誰の目を見ても明らかだった。

 ドラウニーアは背中に走る激痛に耐えながらも己に起こった変化に…「絶望」した。

 

『嘘ダ…嘘ダアアアァッ!!』

 

 ドラウニーアの絶叫が木霊する中、翔鶴は次なる「強化魔導航空隊」を発艦させた。

 艦載機下に取り付けられた魚雷が切り離された瞬間──魚雷はまるで「落雷」が落とされたように空間を迸ると、真っ直ぐドラウニーアへ着雷しその身体を強力な電気で引き裂いた。

 

『グオオアアアアア”ア”ア”ッ!!?』

 

 着雷した瞬間に辺りは白く光り暗闇を呑んだ、視界が戻ると同時に見えたのは神雷に打たれたドラウニーアの全身黒炭状態であった、あまりの威力にドラウニーアはその場に崩れ落ちた。

 

「これで…終わりよ!」

 

 翔鶴が最後に撃った艦載機隊は──ドラウニーアの真上に着くとそこから再び光の粒を放つ。

 

『グ…オ”オ”オ”オ”オ”ッ!』

 

 ドラウニーアは敗北を認めず、大ダメージを負った身体を何とか動かしその場を離れようとする…が、上空から降り注がれた光の粒は、肌を刺す「冷気」を纏うと周囲に吹雪を巻き起こした。

 

 ──瞬間、ドラウニーアの足元周りには大きな氷針が乱立しており、その中で一際大きな氷柱がドラウニーアの右腕をその中に閉じ込め、遂に魔獣の動きを止めることに成功した。

 

『グッ…くっそ……ガアアアアッ!!!』

 

 腕を引き抜こうにも完全に氷の中に封じ込まれており、力尽くでやろうものなら腕は「引きちぎれる」ことは確かであった。

 ──いや、最早そんな次元の話ではない。腕ぐらいどうとも思わないドラウニーアであるので、片腕を喪うというそのぐらいのリスクは彼にとっては考えることもないことだった。

 そんなことよりも、あの上空を神のように佇み俯瞰する銀髪の弓使い。ドラウニーアにとって彼女の存在はこの土壇場において「最大の障害」と化した、彼女が居る限り…どんなことをしても無駄なのは火を見るより明らかだった。

 

『フザケルナァッ! 俺ガ…俺ガコンナがらくた如キニイィ、敗北ナドスルモノカアアアアアアァッ!!』

 

 ドラウニーアが最大の屈辱を込めた雄たけびを上げる、そんな中興味深げにマサムネは翔鶴の攻撃を分析する。

 

『凄いネェ! どうやら翔鶴君はエーテル光子を扱えるようになったことによって、古代の魔導士が扱った大魔術レベルの攻撃が出来るようになったようダ。マナが失われつつあるこの時代じゃ見ることは叶わない筈だケド…まさかこの眼で視認出来るトハ! 感激だヨヴェイビー!』

「いいぞ、ドラウニーアに致命傷とまではいかないけどダメージは確実に与えた。動きも制限されてるからもう邪魔をされることも無い! これなら…いける!!」

 

 マサムネの横で倒れ伏す拓人は、顔を上げて状況を見定めると勝利を確信する。それは強さへの驕りでなく「これ以上ないぐらいの優勢」故の確かな自信だった。

 それは拓人に限らず、金剛も野分も翔鶴も、マサムネさえ感じていることだった。この場面からドラウニーアに状況が傾くことは有り得ないことだと揺るがないもので、鉄錠で固定された扉のように固く閉ざされいると。

 

 ──それでもその扉を開錠してやろうと、運命は刻々と迫り試練を与えようとしていた。

 

『──ゼロ号砲及びアンチマナ波動砲、発射まであと5分』

 

「…っ! 不味い、翔鶴!!」

「えぇ、分かっているわ。今の私ならあのぐらい…跡形もなく破壊出来るわ!!」

 

 タイムリミットが近づく中、翔鶴は空中でゼロ号砲に向き直ると弓を構え直し青い炎の矢を番える。

 

『不味イ……ッ!?』

 

 ドラウニーアはここに来て初めて焦りの表情を見せると、この状況をどうにか変えられないか頭を巡らせた。

 しかし──仮に片腕を引きちぎってこの場を離脱し時間稼ぎの囮になろうものなら、今度こそ翔鶴に瞬く間に止めを差されることは容易に想像出来る、それこそ意味のない行為だ。

 何故自分がこんな目に、そう内心憤りを感じながらも焦燥に駆られそうになる自身を抑える。とにかくこの場を凌ぐ論理(ロジック)を頭の中で組み立てようと集中し思考し続けていると──不意に「聞きなれない声」が響いた。

 

『(──痛イ、苦シイ、助ケテ…!)』

 

『…ッ!?』

 

 ドラウニーアが何事かと辺りを見回すと…ふと視線に入ったのは、自分から随分と離れた位置で倒れている「港湾棲姫」だった。

 

『ナニ…マサカアノがらくたノ声カ…?』

 

 深海棲艦は、お互いのココロの声を「角」に送り合い意志疎通を図るとは聞いたことがあるが…確かに今の自分にも角が生えていた、それによって今まで聞くことの無かった港湾棲姫のココロの声が響いてくるようになったのも頷ける。

 

 ──しかし、それよりも気になったのは…そんな港湾棲姫を立ち竦みながら心配そうに見つめる「野分」の姿だった。

 

 おそらく深海化し掛けていることにより、野分にも港湾棲姫のココロの叫びが聞こえるようになったのだろう。傷が深いのか未だに完治せずに倒れている港湾棲姫の悲痛の声が脳内に染みわたる度、野分は苦しそうな表情で彼女を見つめているのが分かった。

 

『(痛イ、苦シイ、助ケテ…!)』

「…っ」

 

 このまま翔鶴の艦載機爆撃がゼロ号砲の破壊を遂行すれば、ゼロ号砲の近くで動けなくなっている彼女に破壊時の衝撃の余波が来るかもしれなかった。野分は…敵である彼女をこちらまで移動させるか、それとも放置するかで迷いがあった。

 野分としては、深海棲艦も元は艦娘であったという拓人の言葉を認知したことにより、港湾棲姫のことを「救いたい」という、同情にも似た愛情にも似た感情から来る救済を求めるココロが形作られていた。

 それこそ深海化し掛けている自分と深海化しても「悲しみの奥に眠る優しさ」を感じ取れる港湾に対して、どこか共通点というかシンパシーのような感覚を持っていた。由良という最期まで自分の意志を貫いた事例もある以上、野分は港湾も操られているだけで本当はココロ優しい性格なのではないか、そう考えている。

 出来れば助けたいが──深海棲艦の得体が解らない以上、助けた瞬間に自身に危害を加えるのではないか、そうでなくとも今まで敵だと言っていた彼女を都合よく助けるのは「偽善」ではないか? そう考えしまう自分も確かに居た。

 

『(ボクは…今まで敵だと認識して今更偽善を語るつもりもありません。しかし──助けを呼ぶ声が聞こえる以上、ボクは彼女を助けたいと願ってしまう…っ、一体どう行動すれば…?)』

 

 港湾が善良であるか邪悪であるか、その判断は難しいが…野分は自分の信念──美助醜正(びじょしゅうせい)、美しきを助け醜きを正す──を貫き彼女をそのまま捨て置くか、矢張り彼女を急いで助けるべきか逡巡していた。

 

 野分はそんな躊躇とココロの揺らぎを考え込むあまり──悪魔が息を潜めて彼女たちの意思を「傍受」していることに気が付かなかった…!

 

『コレダァ…ッ!!』

 

 ──ズバッ!

 

 不気味に、かつ邪悪に嗤うドラウニーアは氷漬けにされた右腕を肘の関節部分から下を、左手の手刀でバッサリと切り落とした。

 

「…っ! 何だ!?」

『おっと、何か仕掛けるようだネェ!』

 

 それまでゼロ号砲を見やっていた拓人たちは、何かを切り落としたような異音を察知するとその場から逃げ去ろうとするドラウニーアを見逃さなかった。

 腕を切り落としたものの痛みは感じないようで血も出ていない様子、だからこそ機を伺っていたドラウニーアは──瞬時に跳び上がると港湾棲姫の近くへ着地、そのまま片脚を大きく上げると…港湾棲姫の背中に強く押し踏んだ。

 

『ァ…ッ』

「な、何を……っ、あれは!?」

 

 いきなり港湾の背中を踏んづけるドラウニーア、野分は目の前の光景に不可解を言い表すも、直ぐにその真意が見て取れた。

 

 ──港湾棲姫の長髪に隠れた背中には、黒く淀んだ「魔鉱石」が貼り付けてあった。

 

 彼女はどうやら何時ぞやの廃鉱場で鳥海たちに施された「擬似核魔鉱石」によって、ドラウニーアに操られていたようだ。そんな魔鉱石を見ると既に小さな罅が幾つも出来ており、先ほどの一斉射撃を防いだ反動で壊れかけているのかもしれない。

 ここで拓人は「何故海魔石で港湾を操らないのか?」という素朴な疑問に辿り着き、それをポツリと呟いた。そんな拓人の疑問に対しマサムネは答える。

 

『ドラウは海魔石で深海棲艦を操っていたようだケド、結論を簡単に言うと彼女には「憎しみなどの強い負の感情」がなかったようだネ? 何を操るにせよ操れるだけの負感情が無ければ完全に隷属させるのは難しいンダ。それでも彼女の能力がどうしても必要だったようだネヴェイビー! じゃなきゃあんな面倒なやり方で彼女を御しようとは思わないだろうしネ、因みにあの魔鉱石は彼女の意志を封じ込めたものだロウ』

「なるほど…それにしてもあんなところに魔鉱石があるなんて。操られているとは感じていたけど、背中だし長い髪に隠れてただろうから、全く気が付かなかった…っ!」

 

 拓人とマサムネが港湾棲姫の謎を解明した最中、ドラウニーアはニヤけた嗤いを浮かべ港湾に声を掛ける。

 

『何ダ貴様ァ、痛イノカ? 苦シイノカァ? 助カリタイノカアァ? フン、ナラバ──望ミ通リニシテヤルッ!』

 

 ──パキンッ!!

 

 嫌みたらしく言葉を投げた直後、何を思ったかドラウニーアは港湾棲姫の意志が込められた魔鉱石を──強く押し込みそのまま踏み砕いた。

 

『おぉっと不味いヨ、適切な処置をせずあんな風に乱暴に砕いたら──彼女のココロに深刻なダメージが出来るヨヴェイビー!』

「っ!?」

 

 マサムネの巫山戯たような喋り方から発せられた衝撃の言葉、拓人は驚愕の表情でマサムネを一瞥すると、今度は港湾棲姫を見やった。

 

『──ァ………ァ、ァアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?』

 

 港湾棲姫の何処か虚ろだった眼にハイライトが戻った瞬間──恐怖が押し寄せて来たような、驚愕と絶望に歪んだ顔で嬌声を上げた。

 

『ハハハッ、ドウダ久々ニ感情ヲ取リ戻シタ気分ハ? オ前ハコレデ御役御免トイウコトダ…尤モ、理性ノ箍ガ壊レタダロウカラモウマトモナ意思表示ハ出来ンダロウガナアァ? ハァーッハッハァ!!』

『アアアアアアアッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「っく、何をして……止めて下さい!!」

 

 泣き叫ぶ港湾棲姫を見て、居た堪れなくなった野分は制止を求めるも…この男がその程度で止まるはずはなく、今度は港湾棲姫の額に生える一角に手を伸ばす。

 

『ハンッ、五月蝿イゾ。折角解放シテヤッタトイウニ…モット喜ンデ見セ…ロッ!!』

 

 ──バキッ

 

『ギャァア"ア"ア"アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──』

 

 悪態を吐くドラウニーアは左手で港湾棲姫の角を折って見せる、激痛に悶え更なる絶叫を上げる港湾棲姫を見て──野分のココロに深く淀んだ負の感情が生まれていた。

 

「…ッ、止めろ………止めろぉおおオオオッ!!!」

 

 人の持つ残虐性を垣間見た野分は、ココロの奥底で無意識に思ってしまった。目の前で不埒を働くコイツを──殺してやりたいと。

 その時、野分の目には映らず拓人たちがハッキリと目にしたのは──野分の角周りから広がる死んだような灰色の肌が、彼女の意志に呼応するように急速にその面積を拡大し始めた異様な光景だった。灰色肌は瞬き一つしただけで顔全体を覆い尽くし、野分の瞳が赤みを帯びつつあった。

 

『タクト君、野分君を諌めた方が良いヨ。ドラウの目的は──野分君を完全に深海化させることのようダ!』

「っ! 野分駄目だ! 冷静になって! 深海化が早まっているっ!!』

「……っは!?」

 

 マサムネの遅すぎる忠告、拓人は何とか野分を冷静にさせようと声を掛け野分も正気を取り戻すも──既に手遅れだった。

 

『今ダアアァッ!!』

 

 ドラウニーアは自身の胸に埋め込まれた海魔石の紅い光を放つ、野分はその禍々しい赤光を視てしまう…っ!

 

「──ぐっ!? ぐあああああアアアアアッ!!?』

 

 何と、野分は己の怒りを触発された直後に深海化が促進され、それを突いたドラウニーアにより海魔石の支配下に置かれてしまった!

 野分の胸から迸る赤く妖しい光が彼女の一大事を告げていた、衝撃の展開に拓人たちも驚きを隠せない。

 

「野分っ!?」

「そんな…野分!」

「野分…!?」

 

 拓人は痛みが広がる身体を無理やり起こす、金剛は野分を呼び叫び駆け出し、翔鶴も野分を助けようとゼロ号砲へ向けた弓をドラウニーアに狙い定める。しかし──

 

『動クナアアアァッ! 動ケバ俺ノ命令デコイツノ胸ヲ刺スッ!!』

 

 ドラウニーアがそう言って拓人たちの進行を止めると、野分は徐に自身の得物である細剣を抜くと切っ先を胸に当てた。

 野分の身体は完全にコントロールされていた、しかし──抵抗しようとしているのか、細剣を握る手は震え顔は必死故に歪み歯を食い縛っていた。

 

『ッ………!』

『チッ、矢張リ完全ナ深海化デハナイカラ全テ操リキレナイカ。マァイイ、コレデ貴様ラモ動ケマイ! 絆トヤラノ甘サガ足ヲ引ッ張ッタナアァ?』

「っ、何をしているんだこの卑怯者!」

 

 拓人はこの期に及んで最悪の足掻きを見せるドラウニーアに、侮蔑の感情を込めた言葉を投げつける。しかしドラウニーアは激昂し事実を突き付ける。

 

『黙レエェッ、貴様ハ既ニ負ケタノダ特異点。勝負ニ勝ッテ世界ヲ変エルノハ俺ダァッ! 貴様ラハ大人シク見テイレバイインダ、仲間トヤラガ壊レテモイイノカアァッ!!』

「っく!」

『コ、コマンダン……翔鶴さん、ボクのコトハ無視して下サイッ。早く………ゼロ号砲ヲ…ッ』

 

 野分はそう言って自身のイノチを犠牲にしてでも、ゼロ号砲を止めてほしいと懇願する。

 

「野分…ごめん、そんなこと出来ない…っ」

「野分…」

「…っ、何てことを……っ!」

 

 しかし──誰もそんなこと出来る筈もなく、ドラウニーアの言う通り動くことは無かった。勝負を賭けた天秤は今やドラウニーアに傾きつつあった。

 

『ハハハハハッ、ソレデイイ、貴様ラハ今マデ手放サナカッタ甘サニヨッテ負ケルノダッ! コレデ…本当ニ最後ダアアァッ!!』

『コ、マン、ダ………ッ!!』

 

 哀れ野分は悲劇に始まってヒゲキに終わろうとしていた。ただ助けたいと願っただけなのに、ただ己の甘さ優しさに付け込まれただけなのに、たったそれだけの善意が徹底的に踏み躙られ悪意に染められイノチさえ絶たれようとしている。

 

 果たして、このまま世界は傷付き何処かの知らない無辜の民、そして野分が犠牲になってしまうのか──

 

「(──そんなこと、させないっ!)」

 

 拓人が胸中で強く叫ぶと、右手を翳す。すると──淡い光を帯びたIPが出現する。

 




 続きは明日投稿予定、予定より前後する可能性がありますが明日中には何とか出します。


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迎え撃て、野を分ける風のように ②

 皆さま、恒例の「あのBGM」のご用意を。
 …やっと、全員分終わりましたね。最初の天龍の頃から三年ぐらい経ってる……ぐえぇ。


 ゼロ号砲発射まで後五分を切った局面、敵の策略に嵌った野分は深海化を促進され、卑劣漢ドラウニーアの隷属になってしまう。

 野分に剣を胸に押し当てさせて、その場を動かないよう脅すドラウニーア、拓人たちは為す術もなくその場に止まることを余儀なくされた。

 このままゼロ号砲が撃たれてしまえば世界の危機に繋がる──そう確信した拓人は、悲惨な未来を回避するために「最後の手段」を行使する。

 

『──A・B・E. 使用しますか? YES/NO』

 

 A・B・E(アンチ・バタフライ・エフェクト)の承認画面。拓人は意を決した様子で指を「YES」ボタンに持って行こうとする。しかし…それに待ったを掛ける人物が居た。

 

『待ちたマエタクト君、君は何をしようとしているんダイ?』

 

 マサムネだった。意外な人物からの制止に拓人は思わず指を止めて、マサムネの方を見やった。

 

「マサムネさん、今僕がやろうとしていることは…分かりますよね?」

 

 拓人の前に映るIPは彼以外の人間や艦娘には──好感度最大値の艦娘等の例外を除いて──見えない筈だった、しかし擬似死により叡智を垣間見たドラウニーアによって、TW機関の研究員たちは特異点の能力について聞き及んでいる様子、マサムネもそれを理解して止めていることは確かだ。

 

『勿論知ってるサ、A・B・E とやらで時間をやり直そうって魂胆でショ? その覚悟を決めたような引き締まった顔を見れば、誰だって察するサ!』

「…なら尚更止めないで下さい、僕はこれを使って…野分を助けます。彼女を喪う訳には行かない!」

 

 拓人がそう意気込むと、マサムネは拓人が頭に血が昇っていることを見透かした上で、冷静になるよう促す。

 

『だから落ち着きたマエ。君がそれを何回使ったか知らないケド、悪いことは言わない止したマエ。そのシステムは有体に言えば諸刃の剣なのサ、全て使ってしまえば…それこそ何が起こるか分からないヨ』

 

 マサムネの言っていることは適当でなく「本当に不味い」状況に陥る可能性があるのだ。

 これまで拓人はA・B・E を「2回」行使していた、もしあと一回… A・B・E を使用してしまえば、拓人は──特異点としての権能を失う。

 拓人は言ってしまえば激戦の続く戦場で生き残れるほど強くもなく、今まで戦い抜いてこれたのは全て、特異点として「必ず生き残る展開、又は都合の良い展開を引き寄せる」ことが出来た故。しかしそれも無くなってしまう…幾ら金剛たちが居るにしろ、例えドラウニーアを止めたと仮定しても、戦場に終わりは無いのでそれらの戦いでこの先生き残れるのかは──「分からないが、ほぼ命はない」と見るのが普通だ。

 拓人もそれを解らない訳ではない、A・B・E を発動させようとYESボタンに伸ばす指先は、死への恐怖に震えていた。

 

「…貴方の仰りたいことは、僕がA・B・E のリスクを知っているのか…ですよね? 確かに僕は今まで2回使って来ました、IPの下の方にも残り一回だと書いています。これを全て使い果たせば…僕は特異点の異能を失うでしょう」

『そこまで分かっておきながら、何故発動させようとするのか理解出来ないネ? 彼女を捨て置いて世界を救うことを優先する選択肢だってある筈サ、それでもやるというのカイ…君は特異点で無くなることが怖くないのカイ?』

 

 マサムネの厳しい指摘に対し、拓人は震えを隠せない口で言葉を紡いだ。

 

「分かっていますっ、でも…ここで彼女と引き換えに世界を救っても意味がないんです、野分を犠牲にする選択なんて嫌なんです。僕は──もう誰一人として喪いたくないだけなんだ…っ!」

 

 拓人の覚悟を秘めた言葉の裏には、かつて彼が愛した「彼女」の儚げな微笑みが映る。

 そんな拓人を見てか、マサムネは肩を竦めると呆れ気味に言った。

 

『そこまで言うならもう止めはしないサ、しかし忠告はしたからネ? 何が起こってもぼくは責任を持てないヨヴェイビー!』

「ありがとうございますマサムネさん、でも──僕はやります!」

 

 拓人はマサムネが見せた誠意に感謝しながら、IPのYESボタンを押してA・B・E 発動に今度こそと意欲を示す。そうして指を伸ばしてボタンを押そうとする──

 

 

 ──だが、矢張りここからが問題だった。

 

 

「(…っ、やっぱり指が動かない)」

 

 どういうことか拓人がIPのボタンを押そうとする度、見えない何かに手を掴まれたように動かずそのまま押し戻されてしまうのだ。

 この現象は先日の南木鎮守府での戦いで、由良を救うためA・B・E を発動させようとした矢先、同じように見えない壁に阻まれてボタンが押せなかった時と同じ。何モノかが拓人が特異点としての役目を降りることを承諾していないようにも見える…だが、ここでまた「後悔の涙に濡れる」のは願い下げだった。

 

「(これがどんな意味を持っていたとしても、僕は……今度こそ守り切るって誓ったんだ。僕の…やり方で………っ!!)」

 

 拓人は「押せ」と何度も頭の中で念じながら、ボタンを押そうと試みるも──どんなに力を入れても指は固定されたかのように動きはしなかった。

 

 ──そして、その光景を誰も見ない筈はなく。

 

『──ヌゥッ! 特異点貴様ァ…何ヲシヨウトシテイルゥッ、動クナト言ッタハズダアァッ!!』

 

 ドラウニーアが拓人の行動に異変を勘付くと、怒号を上げながらも猛進し拓人を締め殺そうと動く…しかしそれは、上空から飛来するモノに止められる。

 

「はぁっ!」

『グオォッ!?』

 

 翔鶴は空中で身体を捻るとドラウニーアの顔面に回し蹴りを喰らわせた、もろに攻撃を受けて足を止めているドラウニーアの前に、立ち向かう翔鶴。

 

「タクト! 野分を助けようとしてくれてるのよね? なら早くやってあげて、その間の時間は私たちが稼ぐから!!」

 

 翔鶴の啖呵が響く中、その隣に駆け出し滑り込む金剛。

 

「大丈夫、何があっても私が貴方を守るから! だから──野分をお願い!!」

「翔鶴、金剛っ。………!」

 

 拓人は二人に背中を押される形で、再びIPに向き合うと凄んだ顔を作り、息を整え、そして…空中に止められた人差し指を力一杯押す。

 

「ぐ……くぅぅ………っ!!」

 

 押す、おす、只管押す。

 しかし、現実はそう変わらず──拓人の行動はまるで馬鹿の一つ覚えで、客観的に見てしまえば滑稽な姿をしていた。

 それでも一つの可能性を信じて、拓人たちはただそれを繰り返した。拓人は押せるかも分からないボタンを押し、翔鶴と金剛は拓人を守るため魔獣を堰き止めた。

 

『貴様アアアァッ!!』

「タクト…!」

「タクト……早くっ」

 

 ドラウニーアは砲撃、左腕での近接攻撃、全てを使い金剛と翔鶴のバリケードを突破しようと試みる。対する金剛たちも砲撃と艦載機爆撃で敵が拓人に近づくことを阻止するも、勢い凄まじく下手をすれば無理やり破られることは予測できた。

 

「っ、ぅぅおおおおおあああああっ!!」

 

 必死の叫びは「諦め切れない」という感情が爆発し、力へと変えようとする人の声。

 仲間を犠牲にすることも、ましてや世界を守るための戦いも、諦めることは出来ない。

 拓人は動け、動けと必死に念じながら特異点としての「運を引き寄せる力」で何とか状況打破出来ないかと考えた。どんな展開でも構わない…この不可解な現象を突破出来る展開を願った──

 

「(野分は必ず助ける、世界も救う。どちらかしか選んじゃいけないなんて誰が決めたんだ! …僕は特異点だろう、本当に現実を変えられるなら…変えてみせろよっ!!)」

『コ、マ………ダ…ッ!』

 

 乱暴な口調で拓人は自分の能力で運命を捻じ曲げて見せろと、全身全霊の力を込めながら強く願う。どうか──野分を助けて下さいと、純真な思いを込めて。

 

「動けええええええええええええええええええええっ!!」

 

『──…ふぅ、君には負けたヨヴェイビー』

 

 拓人の全てを投げ出してでも仲間を助けようとする、その意志を感じたマサムネは右手を翳すと、拓人のIPと似たような淡く光る画面を喚び出した。

 

「っ、マサムネさん何を?」

『超科学というのはネ、ありとあらゆる事象の「否定」から来ているのサ。古代から伝わる魔法や神秘、理不尽な現象を否定してはそれを科学の計算式として取り込んで来たんだヨ。TW機関はそうやって超科学を育んで来たと聞くカラ、この超科学において基礎的なプログラムが使えると思ってネ』

 

 マサムネは空中に浮かぶ画面の中を操作しながら、超科学の定義について話していく。そして…画面から操作していた指を離すと、衝撃の言葉を放った。

 

『ヨォシ、完了っと。タクト君? 今から君の指に「凡ゆる事象を無効化」するプログラムを付与するヨ!』

「…っ!? そんなこと可能なんですか?!」

 

 拓人の驚愕の表情に対して、マサムネは特に変わらない笑顔で肯定する。

 

『そうトモ、しかし簡単そうに見えるケド事象の否定というのは後々の未来に少なからず影響を与えるノサ。気軽にやって良いものでもないけど…まぁ、どうせ時間が巻き戻るカラどうにでもなるかと思ってネ? それに君の必死になってる顔を見てたら無下には出来ないと考えたシ、何よりドラウニーアの思い通りにするのも癪だからネ。力を貸すヨヴェイビー!』

 

 マサムネの相変わらずな理論的で、何処か愉快な話に…拓人は思わず笑いが溢れていた。

 

「ははっ、勝手ですね? でも…ありがとうございます!」

『どういたしまシテ! さぁ準備はいいカイ? 事象の無効化は数秒間だけ、その間に早くしたマエ。心配しなくても無効化するのは君の邪魔をする透明なバリアーに一回だけだカラ、A・B・E は問題なく行使出来る筈サヴェイビー!』

「分かりました。──お願いします!」

 

『りょ〜カイっ! カウント開始、3・2・1……行くよヴェイビイィッ!!』

 

 マサムネは高らかに叫ぶと、勢いよく光る画面をタップ。すると──拓人の指に電気らしきエネルギーが迸ると、壁を感じていた指先が…ふわりと軽くなった。

 

 

 

 

 

 ──"駄目えええぇっ!!"

 

 

 

 

 

「……っ!」

 

 IPのYESボタンを押した瞬間──拓人の頭に"聞き覚えのある声"が響く。

 

 しかし──次の瞬間には拓人の視界は白く塗り潰され、頭の中の声も遠く木霊すると「ダレか」の声の記憶も彼方へ消えていく。

 

 拓人は己の運命を引き換えに…野分の悲惨な現在を変えるため、その分岐点まで逆行していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

・・・

 

 

・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──拓人たちがゼロ号砲破壊を目前とする中、拘束を無理やり破ったドラウニーアは、ニヤけた嗤いを浮かべながら背中を踏みつけた港湾に声を掛ける。

 

『何ダ貴様ァ、痛イノカ? 苦シイノカァ? 助カリタイノカアァ? フン、ナラバ──望ミ通リニシテヤルッ!』

 

 ──パキンッ!!

 

 嫌みたらしく言葉を投げた直後、何を思ったかドラウニーアは港湾棲姫の意志が込められた魔鉱石を──強く押し込みそのまま踏み砕いた。

 

『おぉっと不味いヨ、適切な処置をせずあんな風に乱暴に砕いたら──彼女のココロに深刻なダメージが出来るヨヴェイビー!』

 

 

「──っ!?」

 

 

 ──意識が遠のくような感覚に陥る拓人であったが…程なくハッキリとした自覚を持つ。

 

 ──時間が、戻った。

 

 そう思ったが早いか拓人は素早く立ち上がれるように、痛みに悲鳴が上がる身体を無理やり起こしながらクラウチングスタートのような姿勢を取ると、そのまま機を窺う。マサムネは何も言わないが急に雰囲気が変わったような拓人を不思議そうに見つめていた。

 

『──ァ………ァ、ァアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!?』

 

 そうこうしている間に場面は進んでいく、港湾棲姫の何処か虚ろだった眼にハイライトが戻った瞬間──恐怖が押し寄せて来たような、驚愕と絶望に歪んだ顔で嬌声を上げた。

 

『ハハハッ、ドウダ久々ニ感情ヲ取リ戻シタ気分ハ? オ前ハコレデ御役御免トイウコトダ…尤モ、理性ノ箍ガ壊レタダロウカラモウマトモナ意思表示ハ出来ンダロウガナアァ? ハァーッハッハァ!!』

『アアアアアアアッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「っく、何をして……止めて下さい!!」

「…っ」

 

 泣き叫ぶ港湾棲姫を見て居た堪れなくなり、制止を求める野分…拓人は沸騰するように湧いて出て来る怒りを抑え冷静に状況を見ていた。

 ドラウニーアは野分の声には耳を貸さず、今度は港湾棲姫の額に生える一角に手を伸ばす。

 

『ハンッ、五月蝿イゾ。折角解放シテヤッタトイウニ…モット喜ンデ見セ…ロッ!!』

 

 ──バキッ

 

『ギャァア"ア"ア"アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア──』

 

 悪態を吐くドラウニーアは左手で港湾棲姫の角を折って見せる、激痛に悶え更なる絶叫を上げる港湾棲姫を見て──野分のココロに深く淀んだ負の感情が生まれていた。

 

「…ッ、止めろ………止めろぉおおオオオッ!!!」

 

「(──今だ!)」

 

 野分の怒声が響き渡った瞬間──拓人は立てた足先に力を入れると一気に地を蹴り上げ、その反動を利用しつつ前のめりの走り方で一直線に駆ける。鈍い痛みが全身に押し寄せるも全力で腕や脚を振り切り走り抜ける。

 徐々に高速で移動する拓人に、マサムネは面白いことになったと喜んだ表情となり、少し離れた位置から拓人を見ていた金剛と上空から一部始終を観察していた翔鶴は、拓人の大胆な行動に驚いた顔をしていた。

 

「ぐっ、ぐおおあああっ!」

『ヨォシ、ソウダ怒ッテ見セロオォ。サァ…イマ──…ッナ!!?』

 

 野分の顔が深海の肌に浸食されたことを見計らい、ドラウニーアは野分に自身の胸に取り込んだ海魔石の赤い光を浴びせようとする。その計画が上手く行ったと恍惚に浸る眼は…死角から電光石火の如く近づく拓人に気づかなかった…!

 拓人はその勢いのまま間合いを詰めドラウニーアの真下に潜り込むと、右拳を限界まで握り締め一気に振り上げるとアッパーカットをお見舞いする。野分のことに目が言っていたドラウニーアはそれに気づかず、拓人が拳を振り上げた瞬間に勘づくとギョッとした表情を浮かべる。

 

「いい加減にしろ…このクソ野郎ッ!!」

 

 ──ガッ、バキッ!!

 

 拓人の怒りを込めた鉄拳がドラウニーアの胸の海魔石を捉えると、紅い魔石は脆いガラス細工のように細かい罅が入ると、拓人の拳の打撃により「砕け散った」。

 砕けた拍子に紅い瘴気のようなものがそこから霧散していく、全てが終わった頃ドラウニーアの胸には、罅が入り黒ずんだ石がそこに在るだけだった。

 

 紅い光が無くなった海魔石──その効力は完全に失われドラウニーアは深海棲艦を()()()()()()()()()()()()()

 

『ナニィ…マサカッ!?』

「ぐ、うう”ウ”ゥ”…ッ!?』

「っ! 野分!!」

 

 驚くドラウニーアを余所に、拓人は次に深海の狂気に呑まれようとしている野分に走り近づくと──そのまま抱きつき押し倒した。

 

「…っえ!?」

「な、何が起こっているの…?」

『ン~正に青天の霹靂だネェ!』

 

 周囲が拓人の行動に狼狽している最中、拓人は背中から倒れた野分を見下ろすと、彼女の顔を真っ直ぐ見つめていた。野分も拓人を見返そうとするも目の焦点が合わずに目線が四方八方に泳いでいた。

 

『コ、マ…ンダ、ン。駄目…今ノボクニ近ヅイタラ、貴方ヲ傷ツケテ……ッ』

「野分…大丈夫だよ、君ならそんな風になっても「ココロ」まで醜くなったりしない。前にも言ったけど…僕は君を「信じる」よ」

 

『──…ッ!』

 

 拓人はいつものように心安い笑顔で野分を見つめる、その瞳には確りと信頼の光が宿っていた。

 拓人の真心を込めた言葉が、憤怒のマグマに燃える野分のココロを優しく溶かしていく。

 野分はあの夜の日に語った拓人の思い遣りの心を反芻すると…次第に落ち着きを取り戻していく。

 

『コマンダン…ボクハ…?』

「っ! ……良かったぁ、本当に…!」

 

 完全に正気を取り戻した野分の困惑した表情を見て、拓人はホッと温かな溜息を吐いた。

 

 

『──特異点ンンッ!!』

 

 

 団欒も束の間──拓人たちの直ぐ後ろから、激昂した魔獣が両肩の三連砲塔を向けていた。

 

『貴様ァ、ソノ全テヲ見知ッタヨウナ動キ…最後ノA・B・E ヲ使ッタナァ? フハハハァ、ナラバモウ小細工ハ無シダ、特異点トシテノ能力ヲ喪ッタ貴様ナゾ赤子ノ手ヨリ軟弱ヨオォッ!!』

 

 全てを見聞きしたドラウニーアは、拓人が最後のA・B・E を使ったことも予期していたのか?

 何れにしろドラウニーアはそれを踏まえ、拓人を葬ろうと全てを破壊せんと殺意を込めた凶弾を射出した。

 

「タクト!?」

 

 翔鶴は拓人を守るために下降しようと身構える、しかし──彼女の眼に映ったのは、凡そ信じられない光景だった。

 

『コマンダン!』

 

 野分は覆い被さる拓人を払い退ける、そして──

 

『──うおおオオオッ!!』

 

「…野分!?」

 

 野分が拓人の前に悠然と立ち上がると、雄叫びを上げ怒りの形相で空を睨んだ。すると──野分を蝕む灰色の肌が急速に全身に広がろうとしていた。自ら深海化しようとする野分に拓人は慌てて制止する。

 

「っ! 野分駄目だ!! そんなことしたら君は」

『大丈夫、デす。コまんダンがイル限り…ボクは絶対ニ醜くなっタリしまセン。ダカら──ボクを信じて下さい!』

 

 拓人を振り返り苦しそうに顔を歪めながらも見つめる野分、彼女の眼には確りと「希望の光」が宿り、それはどんな暗闇でも一際輝き埋もれない。拓人は野分の覚悟の理解に及ぶと…口を閉ざし黙って頷いた。

 野分が全身から怒りを解放すると、肌が完全に白強めの灰色肌となり、眼は紅く閃き口は鋭く尖り、緑色の髪は白髪──毛先が少し赤みを帯びている──と化し、額の角も少し大きくなる。

 

『──はぁっ!』

 

 ──ズゴァッ!

 

 完全な深海化を果たした野分は、一喝して腕を前に伸ばすと自身の正面に「薄く白い光の膜」を張った。その見た目からは想像出来ないような強度のバリアーにドラウニーアの凶弾は悉く防がれた。

 

『何ッ、「深海障壁」ダト!? 馬鹿ナ…姫ニシカ扱エナイ深海ドモノ高等技術ヲ、雑兵ノオ前ニ扱エルハズハナイ!』

 

 度重なる衝撃の事実にまたも驚愕の心境を隠せないドラウニーア、しかし野分は──理性を保った凛々しい表情でドラウニーアに鋭く睨む。

 

『ボクは迷っていた、深海棲艦と成ったボクに美しいモノたちを守る資格があるのかと。ですが解ったのです、美は表面に現れるものが全てではないと。どんなに身体が醜くなろうとも…ココロは美しいままのモノも居る、ボクは…そんな埋もれた美を助けたい。例えこの身が深海に堕ちようとも、ボクは美しさが紡ぐ「愛」を守りたい。コマンダンがボクを信じてくれたように、ボクはボク自身の未来を信じます!』

 

 野分が自身の不屈の気概を言い表していると、それに呼応するように拓人の目の前に──IPが現れた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──好感度上昇値、規定値以上検知…。

 

 

 野分の「アンダーカルマ」が解放されました。

 

 

 …野分のプロフィールに、新たな情報が追記されます。

 

 

 裏の使命(アンダーカルマ):??? → 『深海の呼び声』

 

 

 ──その運命が示す道…「深淵」

 

 

 闇と光は表裏一体。どちらが善悪、どちらが正しいというものではない。

 

 背負うべき業は、彼女に己の真実の一片を見せるだろう…ならば「向き合え」。

 

 己に闇を見せる者、仲間を傷つける者、醜悪なモノ…全てを輝きで照らし、守り抜くための「力」と変えろ。

 

 闇なき世界のため、人類の「美しさ」を護るために。例え底知れぬ闇が足元にやって来たとしても…麗しの君よ、笑顔を咲かせ、不敵に宣言せよ。

 

 

 

 ──”全ては愛のために”…と。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 拓人が野分のアンダーカルマを認知した時、彼女を形作る「感情」が流れ込んで来る。

 

「(これは…何て"純粋"なんだ……!)」

 

 今までの艦娘たちの想いは、大抵の場合負の感情に分類する──不安や恐怖が元故に揺れやすい──陰のある気持ちが多かった。しかし野分の場合…盲目的な「正義感」とそれを内心醜いと断ずる「ナルシズム」が混在し、バランス良く感情を制御していた。

 だからこそその魂は極限まで磨かれ、琥珀色に光放つ揺らめく炎を拓人の脳裏に想起させた。しかし純粋であり過ぎるため一度挫折してしまうと暗闇で陰りを見せることが理解出来た。

 

「(それでも、君はもう大丈夫なんだね野分。今の君は…すごく綺麗だ!)」

 

 システム的に言えば野分の好感度は現在「4」であると解る、好感度4以上の艦娘には「如何なる精神攻撃も通用しなくなる」という性質が追加される、つまりは深海化に伴うデメリット──狂気による暴走──を解消し力の限界まで引き出すことに成功した野分。

 それを除いても野分は──怪物となる自分を受け入れて──完全に深海化をコントロールしている、不安定な要素を孕んでいた野分の魂は新たに芽生えた「誓い」によって盤石と成りもう崩れることはないだろう。

 かつての由良のように、自らの堅固な理性によって力と狂気の制御に成功したのだ…!

 

『言った筈です、我々の勝利は揺るぎないものだと。貴方がどんな汚い手口を使おうと、ボクたちはそれを乗り越えて見せます! もう貴方の味方をする運命なんて…何もないんだ!』

『ッ、黙レ…ホザクナがらくたアアアァッ!!!』

 

 追い詰められた魔獣は吼え猛ると野分に向かい突進して来た、巨大な片腕を振り上げ野分に打ち込まんとする。

 

 ──しかし次に拓人たちが目にしたのは、ドラウニーアの巨腕を片手で受け止める野分だった…!

 

「おぉ!」

『ナ"…ッ!?』

『……フンッ』

 

 ──ブォンッ

 

 野分は素早くドラウニーアの左手首に両手を掛けると、華奢な手からは想像も出来ない剛力で、ドラウニーアを「背負い投げ」の要領で背中から放り投げると、そのまま地に叩きつけた。

 

『グゥオアアアッ!?』

 

 一瞬にして天地を返され動きを止められたドラウニーアは──獲物を狙う鷹の如く隙を伺っていた、上空を飛ぶ翔鶴を失念していた。

 

「はっ!」

 

 翔鶴は弓を構え矢を番えると、ドラウニーアに向けエーテル強化航空隊を差し向ける。航空隊から放たれる機銃掃射は、野分に掴まれたドラウニーアの左腕に無数の小さな穴を開け、穴は体内でドラウニーアの細胞を焼こうと広がりを見せる。

 

『ガアァッ!?』

『良い調子だヨヴェイビー! ドラウにはもう回復に回すだけの細胞は残っていナイ、分裂した矢先にそれ以上の数を燃やされてるからネ。彼にはもうどうすることも出来ないサ!』

 

 マサムネの推論に、ドラウニーアはその正当性を否定するように苦い顔で睨む。しかし疲れも傷も回復しないためか、野分に腕を掴まれたまま地に倒れて起き上がれない。ドラウニーアが弱体化しているのは明らかだ。

 完全な深海化により異常な回復力と怪力を手に入れたドラウニーアだったが、覚醒した翔鶴と野分によりそのどちらも封じられてしまった。逃げ場もなく崖に背を向けたようなドラウニーアは正に「進退両難」で、これ以上の打開は不可能であった。

 

『──ゼロ号砲及びアンチマナ波動砲、発射まであと1分』

 

 ドラウニーアの脅威が無くなった直後、もう一つの脅威が声を上げ時を知らせた。

 

「っ! 翔鶴!」

「えぇっ!」

 

 拓人は翔鶴に短く合図を送る、翔鶴は弓を構え直すと矢の狙いをゼロ号砲へ向けた。そして矢を番えたままマサムネに向けて問いかける。

 

「マサムネ、あの零鉱石を狙えば良いのよね!」

『そうだヨ! チャージ中に砲本体を壊したら集めたエネルギーが暴発するカラ、エネルギーの源を断つべきサ! そうすればチャージが自動で中断されて被害も無くなるヨヴェイビー!』

「了解っ!」

『グッ!? くそガアアアアアッ!!』

 

 マサムネのアドバイスを聞き入れた翔鶴に対し、ドラウニーアは野分の腕を振り解くと無理やり身体を起こす。そのまま跳躍し距離を取ると残された攻撃手段である両肩の三連装砲塔からエネルギー砲を繰り出そうと構える。

 

『させませんっ!』

「私だって!」

 

 砲撃が放たれようとする直前、野分は右肩を、金剛は左肩の砲塔へ向かうと…野分は砲塔を細剣で斬り刻み、金剛は砲塔を蹴り上げて砲身を拉げさせた。

 

 ──ボンッ!!

 

『グオオォッ!?』

 

 砲塔が壊れたことで暴発したエネルギーが小規模の爆発を起こす。攻撃手段である両腕と両肩の三連装砲塔、更に防御手段である回復能力まで奪われる。ドラウニーアは最早抵抗も許されない「丸裸」な状態だった。

 

『発射カウント開始、10、9、8、7…』

「強化魔導航空隊…発艦!」

 

 翔鶴は必殺の一矢を、世界を破壊せんと轟轟と唸るゼロ号砲へ発射する。

 蒼炎に包まれた矢はやがて青白く発光する航空機隊へ姿を変えると上空へ飛翔し、凶砲の力の源である「巨大零鉱石」へ魔導爆弾を落とす…煌びやかな光の粒は次第に燃え盛る火炎球へ変わる、そして紅い火球群は雨あられと零鉱石へ降り注いだ──

 

「間に合え…!」

「お願い、止まって…!」

 

 拓人と金剛は数秒に迫ったタイムリミットが止まるよう、必死に願いを捧げた。そんな彼らの声を掻き消すようにドラウニーアは…獣の断末魔のような雄叫びを上げた。

 

『ヴオオオォッ、ヤメロオオオオオォッ!!?』

 

『6、5、4、3、2────』

 

 

 

 ──ズドオオオオォンッ!!

 

 

 

 終わりのカウントダウンを塞き止めるべく炸裂する火の流星群は、着弾すると盛大な爆発音と共に悪魔の石を──粉砕した。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 

・・・

 

 

・・

 

 ──未来が、変わったようだな?

 

 やぁ君たち、久々かな? 私は世界の観測者、道行きを見守るモノだ。…人は私のような立場を指し「神様」というが、なぁに只の管理職だよ。そこまでの権能はもう持ち合わせていないよ。

 

 さて…いよいよ拓人君がA.B.E を使用限界数の「三回」まで使ってしまったが、君たちの素朴な疑問としてはこれから拓人君はどうなるのか? 権能を失った彼は果たしてもう特異点でなくなってしまったのか? そう思っていることだろう。

 

 その答えは──「否」とさせてもらう。

 

 ぁあ勿論運命を手繰り寄せる力は没収させてもらう、約束だからね? だが特異点としてのその他の権能「改二改装」と「終幕特典」そして「アカシック・リーディング」等は現状はそのままだよ。尤も…彼はもう普通の人間程度の因果律誘導力しか持たないので、絶対的な展開を覆すことは出来ない。それこそ彼自身の「死」もな? どうなるかはまだ分からないが…フッ。

 

 さて…これで「彼女」がどう動くのか。果たしてそれでも生かそうとするのか…まぁ、そんなことで生者に介入すればそれこそ彼女も後が無い。

 彼女にとっては残念な結果だろうが、この展開自体は拓人君が望んだもの。誰に責められる所以も無し…仕方のない話なのだから。

 彼が特異点の異能を一つ無くしたことで、物語はどう動いていくのか? これからだよ諸君…この先を大いに楽しみ給え。

 

 ──それこそが、物語を見守る私と君たちの「使命」なのだから…!




 一旦ここまで区切ります、来週は最後まで行きます。


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悪は「悪意」有るまま果てるのか? ①

──シルシウム島、アンチマナ波動砲付近。

 

 レ級と激しい攻防を繰り広げる天龍たち、その戦いは今終幕を迎えようとしていた。

 

『ッギァ!!』

 

 レ級は空中に複数の回し刃を展開させ、天龍たちに向けて解き放つと同時に得物の黒鎌を構え突進する。

 

「っぬん!」

 

 天龍は二刀で鎌の斬撃を受け止めようとする。刀をバツの字にして防御の姿勢を取る天龍にレ級の黒鎌が振り下ろされる、鉄がぶつかる音が響くと二隻は鍔迫り合いの格好となる。

 

『ギャギィェアッ!』

「…っ!」

 

 天龍は気配を感じ上方向を一瞥する。するとレ級の仕掛けた回し刃が天龍を切り裂かんと、空中で旋回し天龍に次々と降り注ごうとしていた。一対一の勝負であれば隙を突かれただろう、しかし──

 

「──おらぁっ!」

 

 加古が鍔迫り合いで動けない天龍の前に飛び出すと、彼女の身体が放電し集まって来る回し刃を一網打尽にした。

 

『ギャッ!!』

 

 ならばとレ級は尾っぽの深海艤装の口を開け、天龍に零距離砲撃を喰らわせようと砲口を向けた。

 

「──天龍、避けて!」

「っ、了解!」

『ギィエッ!?』

 

 長良の声が届いた瞬間──天龍は瞬く間にその場から離脱していた、何もない空間に放り出されたレ級の真横遠方には、既に攻撃態勢を整えた長良が居た。

 

「これで──どう!?」

 

 長良は右脚を後ろに大きく振り上げると、足に集中させた気流を蹴り飛ばした。

 気流は長良の脚から放たれると圧縮され、そのまま全てを両断する「飛刃」となりレ級に迫っていた。レ級はこれに気づくと「空間転移」を用いて飛刃の直線上から離れ避けようと試みた。だが──

 

 ──ピシッ

 

『…グ、ギィッ!?』

 

 レ級の頬に深海棲艦の身体崩壊を知らせる「ひび割れ」が見えた。次にレ級は急激な力の「衰え」を感じる、全身に内包するものが根こそぎ無くなるような喪失感、身体の力が入らなくなり頭の中が朧気になると、水面に着水しつつ体勢をふらつかせた。そして──

 

 

 ──ザシュッ!

 

 

『グィッ!?』

 

 あまりに急な肉体の過労症状に苛まれ、転移が間に合わずレ級は尾っぽの深海艤装を「切断」される。これで攻撃手段の一つを潰されたレ級。

 

『ギ……ギキィ…ッ』

 

 レ級は次第に朦朧とする意識を保つようにフラフラと立ったまま額を手で押さえていたが……──

 

『──ギ、グガァッ!?』

 

 次の瞬間、レ級は口から血ヘドを吐くと痛みに歪んだ表情で海面に膝を付けた、同時にレ級の周りに発せられた黒い稲妻は徐々に弱まると、そのまま掻き消えてしまった。

 

「明らかに弱っているな…デメリットが見えたか」

「あぁ、穢れの魔力水だとかの効力が切れかかってんだ。もうアイツはまともに戦えないぜ! トドメ差しちまいな綾波!」

 

 加古がそう言って綾波にあと一撃叩き込むよう指示を投げるも──綾波は「疑問に曇ったような顔」でレ級を見ていた。

 

「綾波、どうした?」

 

 天龍が再度声を掛けるも、綾波はその場から動こうとはせずレ級に声を上げて尋ねた。

 

「深海戦艦レ級! 教えて下さい…貴女は一体「何モノ」ですか? 貴女は…()()()()?」

「何…?」

「何言い出すんだよ綾波!? 今はそれどころじゃねぇだろ!」

 

 加古の尤もな言い分に対し、綾波は頭を抱えるように額に手を置くとその悩ましい胸中を語る。

 

「理解しています、私も彼女を倒すと覚悟は定めたつもりでした。ですが…この「懐かしい」ような気持ちは何なのか、先ほどから大きくなるこの感情が何なのか分からない以上…()()()()()()()()()()()()()…っ!」

「綾波…」

「どういうことだよ、そりゃ…?」

 

 綾波の問いかけた内容に天龍と加古が要領を得ないでいると、一同が目にする前で──アンチマナ波動砲に動きがあった。

 

『── Start counting …10, 9, 8 …』

 

「っ! 皆急いで、波動砲が撃たれちゃう!?」

 

 長良が叫びなか視線を上に向けると、機械音声のカウントが進むたびに波動砲砲口に集まる黒色のエネルギー体が丸く圧縮され、砲口前に浮かぶ禍々しい黒光となっていく。カウントが終われば直ぐに発射されてしまうことは明白だった。

 

「くそっ!」

「ぁあもう言わんこっちゃない!」

 

 加古は言うが早いか波動砲へ電速で近づくと、両手で波動砲の鉄塔部分を掴みそのまま「放電」する。バチバチ唸る雷電は波動砲内部に確かな変化を齎した。

 

 ──バチチッ、ブウゥゥ…ッ。

 

『8、8、8、9、8、10……』

「よっしゃ、アタシの電気でコイツの回路をおかしくしてやったぜ。今のうちにやれ天龍! 穢れ玉を破壊すりゃあコイツも止まる筈だ!!」

 

 加古が時間を稼いでいる間に、天龍は波動砲の核である穢れ玉の破壊に努める。

 

「了解…っ!?」

 

『──ギィヤアァッ!!』

 

 天龍が瞬速で波動砲を対処しようと身を屈めた時──レ級はそれを見逃さなかった。

 

『ギィア!』

「ふ…っ!」

 

 得物の黒鎌を構えたレ級は、上空へ跳び上がり天龍へ攻撃を仕掛ける──下降ざまに繰り出す鎌の一閃、しかし天龍はそれを「片手」の刀で防いで弾き飛ばした。急激なパワーアップの代償か腕力も大幅に下がっていた。

 

「っ、もうやめろ! お前の身体はもう限界だ、それ以上身体を動かせば碌なシニ方をせんぞ!」

『…ッギ、グ、ガアァ…ッ』

 

 天龍の掛けた言葉を否定するように、レ級は顔を歪ませながらも身体中を蝕む痛みに耐え立ち、距離を取っては今にも形が崩れそうな黒鎌を握り締め臨戦態勢を解かなかった。

 あれだけ猛威を奮っていたレ級は今や満身創痍の状態、沈みかけの身体で黒鎌を構える。一体何が彼女を突き動かすのか…?

 

『ギイィガアァッ!!』

 

 死神は自らのシを前にしても、イノチを刈り取ることを止めはしない。レ級は震える両手で黒鎌を掲げて天龍に向かって行く、しかし──

 

 ──パキンッ!

 

『──…ッ!』

 

 何処かで…レ級の精神を支配していた狂気が「砕け散る」音が聞こえる、それは彼女もまた在り方を「洗脳」されていた証だろうか。

 

 

 精神を支配していた狂気が霧散した瞬間──レ級は何処からともなく聞こえる「声」に耳を傾けた。

 

 

『──大丈夫よ大臣さん、私が居るじゃない!』

 

 

 それは、彼女のココロが見せた在りし日の「走馬灯」であった。

 溌剌とした言葉で目前のフードの人物を元気づける、懐かしさが湧く光景に──レ級の狂気に満ちたココロは静まり代わりに哀しみが広がっていく。

 

『貴女は優しいですね、それでは──私の願いを……──』

 

 続いてフードの男が彼女に語りかける…それは或いは彼女の「始まり」を暗示していたのかもしれない。

 かつてその身を捧げようと決めた覚悟をいつもの朗らかな言葉で表した一場面。脳裏に浮かび上がった錆びついた記憶、彼女は己が深海に堕して以降記憶の全てが忘却されていたが、走馬灯によって奥底に眠った遠い記憶が蘇ったようだ。

 

『………ァ……ッ』

 

 自身を形作る失われたアイデンティティ、自らが口にした覚悟を思い出したレ級──その眼には記憶を思い出したことに喜んだか、はたまた悲しみを抱いたか…いつの間にか「涙」が流れ落ちて行った。

 

「…? 何だ?」

 

 レ級の異変に気付いた天龍は訝しんで、戦闘の手を止めてその場で彼女の様子を窺う。ボロボロと落ちる涙は岩壁から噴き出た水流のようで、それを拭き取ろうともせず呆然と立ち尽くすレ級。

 

『ギ…ァ……ダイ、ジ、ン……サ…ッ』

 

「…っ! 今「大臣」と、彼女は…まさか……っ!」

「綾波…一体何が起こった? お前はアイツの異常について何か…」

 

 綾波はレ級について何かを察した様子で驚きを露わにしていた、天龍はそれを問い質そうとするも──事態は急変する。

 

『──Error! Error! Cancel counting and Open fire launched.』

 

「…はっ!? 何だって?! よく分かんねぇがヤバい感じか…?!」

 

 加古が押さえつけていた波動砲の発射カウントダウンが、異常を察知したのか強制発射に踏み切った模様。砲口に集中した黒光が更に凝縮され小さくなる、このまま行けば数秒と言わずに発射されるだろう。

 

「不味い!」

 

 天龍は危険を予測するとせめて発射の軌道を下にずらせないかと思い至り、また身を屈めて勢いつけて跳び立とうとしていた。

 

 ──しかし、天龍よりも早く波動砲に向かって跳んだ影があった。

 

『──…っ!』

 

「何、レ級!? 何をするつもりだ…!」

 

 天龍が驚きを隠せぬままレ級を追随しようとすると──綾波は天龍の背中に手を置いて待ったを掛けた。

 

「綾波…?」

「………」

 

 綾波はそのまま黙って上を見上げレ級の様子を見守っていた。

 レ級は残りの力を出し尽くすように、波動砲の鉄塔に足を付けると全速力で駆けあがる。そして…砲口より発射されようとする黒光に近づくと、再び飛び上がる。

 

『Fire…!』

 

『──ヤアァッ!!』

 

 レ級は黒鎌を生成すると両手で確りと握り掲げ、そのまま何もない空間に向かって振り下ろした。

 黒光が正に発射されたその先には──レ級が作り出した「空間の裂け目」があった。裂けた空間の先には真っ黒であり何も映っていないが、黒光はその場所に吸い込まれるように直線を描いて、何もない黒い空間へ消えて行った。

 

「あ、あれって…まさかとは思うけど」

「嘘だろ…?!」

 

 長良と加古はレ級の行動に、隠しきれない衝撃を受けた顔を見せる。あの何もない黒い空間が何処にあるか解らないが、遠目でも生命の気配は感じ取れない。そんな空間へ黒光を流していると見えなくもない状況。

 つまりレ級は──この瀬戸際に天龍たちを「助けた」…という不可思議な内容が目前で起こったのだ。

 

「──おい、お前ら無事か!」

 

 何が起こっているのか分からないその最中、望月は天龍たちと合流し天龍たちの観ている上空の光景を共有した。

 

「んだこりゃあ、レ級のヤロー何してんだ?! アレは…あの空間は何処に繋がってんだ、まるで何もない場所に…」

 

「──きっと、何もない空間へ穢れのエネルギーを逃がしているのです」

 

 望月が理解が及ばない様子で居ると、綾波がポツリと零すように呟く。

 

「綾波…?」

 

 天龍が綾波の言葉に訝しんでいると、波動砲の発射が収まる…そして。

 

 ──パキッ

 

 波動砲内部の穢れ玉に亀裂が入ると、そのまま砕け散った。全ての負のエネルギーが…射出し終わったのだ。

 レ級はそれを見届けると能力を解除、空間の亀裂は閉じられ空は何事もなかったような静寂に包まれた。

 

『──…ッカハ…!』

 

 同時に、レ級は口から血を吐くと同時に力を失ったように下落していく。

 

「…っ!」

 

 綾波はヒトリ駆け出す、力尽きる死神の落下地点で両腕を差し出すように広げると、そのまま抱き抱えた。

 

「何だぁ?」

「どうしたの綾波ちゃん? レ級が私たちを助けたってだけでも分からないのに…?」

「…行くぞ」

「あぁ…」

 

 加古と長良は狐に化かされたように茫然自失としていたが、天龍と望月は何かを察した様子でゆっくりと綾波に近づいていく。

 

「…! ったく、ワケ分かんねえ!」

「あっ、待って…!」

 

 それを見た加古と長良も見倣うと、テモアカナ隊がレ級を囲んで静かに見守るという、先ほどの敵対ぶりからは考えられないほどの沈痛な雰囲気であった。

 

『──ア、アヤナミ、チャン…?』

 

 先ほどの狂気に満ちた貌からは想像できないほど、今のレ級は疲弊しつつも確かな満足感に満たされた穏やかな顔になっていた。

 

「…やっぱり、貴女だったんだね?」

『ゴ、メン、ネ…?』

 

 綾波に抱かれたレ級は、許しを乞うように手を伸ばす。綾波は──レ級の手をそっと取っては握った。

 

「ううん、貴女が犯した罪は確かに重いけど…最後はそれを償おうとしたんだよね? …立派だったよ」

『…エ、ヘヘ。エネル、ギー…キット、ダイジョ、ブ。アノクウカン、ナニモ、ナイ。ダカラ…』

 

 静かに微笑み合う両者、レ級は己の力を使って「穢れのエネルギーを何もない空間」に飛ばしたと伝える。あの瞬間では穢れ玉そのものを壊しても発射されたエネルギーが止まるかは怪しかったので、レ級の咄嗟の判断としては最良だった。

 

 ──但し、それは彼女にとって「最後の力」であったことは言うまでもない。

 

『ハァ……ハァ…ッ』

「こりゃあもう駄目だぜ? もうすぐコイツは…」

 

 息苦しそうにするレ級を見て、望月は残酷な告知を敢えて冷淡に言い投げた。それを承知の上かレ級は最期のメッセージを綾波に託す。

 

『アヤナミチャ…ダイジン、サン、ヲ…ユル、シテ、アゲテ? アノ、ヒトハ…ズット、ヒトリ、ダッタカラ…ッ』

 

 レ級は己が「利用されていた」と理解しても、”大臣”と呼ぶ人物の行為を許してほしいと言って来た。

 

「大臣…あの男ですか。貴女の遺言となる言葉なら本当はそうしてあげたい、でも…ごめんなさい。あの男は全てを利用し続けた、己のために…貴女を含めたタシャを悪用し尽して来た。私は…それを許すことが、出来ないんです」

 

『ソッカ…ザンネン、ダ…ナ──』

 

 綾波の誠実かつ正義の込もった言葉に、レ級はどこか分かっていたような諦めを含んだ微笑みを浮かべると──そのまま眼を閉じて、遂に動かなくなってしまった…そして。

 

 ──バキ、バキィッ。

 

 レ級の頬に浮かび上がっていた亀裂が全身に広がると…レ級の肉体は「消失」し、ごく小さな欠片となると空にふわりと舞い上がる…その場には彼女の衣服である、黒いパーカーとマフラーが綾波の両手に収まっていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──シルシウム島に訪れる、一時の静寂…。

 

 あれだけの喧騒に包まれていた戦場は息を潜め、波動砲も全てが終わったように沈黙していた。歴戦の戦士たちが見守る中…狂気に取り憑かれた死神はその艦生に幕を引いていた、最期はまるで己の今までの罪を贖罪するかのように…世界の危機を救っていたのだ。

 

「終わったんだよね…?」

「あぁ…アイツの最期としては呆気ないもんだが、にしても油断ならなかったなぁ」

 

 長良と加古が半信半疑といった具合に言葉を零していた。辺りを見回しても穢れのエネルギーが消失したことで、それに群がる深海棲艦は何処かへと消えたので、誰が襲われるという危険も無くなっていた。

 ともあれこれで波動砲の一つを沈黙させることに成功した、誰も犠牲が出なかったのは一安心といったところか。皆が内心安堵する中望月は次の行動を呟く。

 

「さって、他の島の連中に連絡とってみるかねぇ。南木鎮守府以外のヤツらの安否確認して、何も問題なさそうなら大将たちにも連絡するかい」

「あぁ、俺も手伝おう。俺は舞風たちに連絡してみよう」

「うし、んじゃアタシはサラトガたちに連絡っと。そっちは頼んだぜ?」

 

 望月の確認に頷くと、天龍は手首の映写型通信機に顔を落とし他の隊へ連絡を試みた。

 …ふと横を見やると、レ級の衣服を抱きかかえたまま何かを反芻しているような綾波が居た。その姿があまりにも寂しそうなので思わず声を掛けた。

 

「綾波、どうした?」

「…いえ、少し昔のことを思い出していまして」

「レ級のことか?」

 

 天龍の言葉に肯定を込めて頷く綾波、話を聞く限り彼女とレ級には何らかの「ミッシング・リンク」があったことはハッキリとした事実のようだ、天龍は思案しながらも自らの記憶に基づいたレ級との戦いを振り返った。

 

「本当に、ヤツとは短い付き合いだったが長い間戦ったような感覚だからな。この数ヶ月間ハジマリ海域からこのクロギリまで、散々場を引っ掻き回したと思えば…ドラウニーアに海魔石で操られていたのだろうが、それを踏まえても最後のサイゴで俺たちを手助けするとは思えなかった」

 

 天龍の言葉に返答はせず、顔を俯けたまま綾波もまた過去を回想し始める。但し──それは彼女の「とある友人」についてだった。

 

「昔…私が騎士団に所属していた頃、団の中でも一二を争う実力の娘が居たんです。その娘は身の丈以上の大槍を扱って、素早い身のこなしで敵を寄せ付けない戦闘スタイルでした…陛下も彼女のことを甚く気に入っていて、陛下直々の御命を彼女が請け負うことも多かったのです」

「…仲が良かったのか?」

「はい、私も身の丈以上の斧を得物とするため助言を貰っている内に。しかし…城内でブースターという危険な装備を付けるか否かで団内で揉めて、彼女は装備に肯定を示したためそれ以来会っていませんでした」

「そうか…」

 

 綾波の会話から察せられた「悲しみ」を感じ取ると、天龍は黙ってそれを受け取り気持ちを共有していく。その上で綾波は自らに生まれた「違和感」を静かな語り口で話していく。

 

「良く笑う娘でした。それでいて世話好きで誰からも好かれてました、ですが…笑顔の系統は全く違うのに、レ級の嗤い顔を見る内に彼女のことを思い起こして…それは、その違和感はどうしても拭えなかった」

 

 最後の言葉尻から嗚咽のような悔しさが滲む声を絞り出した綾波、それを見た天龍は不器用ながらも綾波に語りかける。

 

「後悔したとしてももう遅い、俺たちにはオレたちの目的があり、レ級はその道を塞ぐ敵だった。そう思わなければやっていけんだろうし、それが一番の解釈だろう」

「ですが…っ!」

 

 綾波の尽きぬ悔恨に対し、天龍はぶっきらぼうな前置きから自身の気持ちを言葉に込めて表した。

 

「綾波、お前が言ったことだろう。アイツの最期は自らの過ちを正そうとした、お前の言う通り…立派だったよ。それは紛うことなき事実で、何モノも覆せはしない。誰が…何を言おうともな?」

「天龍さん…」

「騎士としての矜持とやらは生憎俺に持ち合わせはないが、それでも…自らの信じた道を思い出したアイツは、漸くそれを果たすことが出来た。例え今までそれが実を結ばなかったとしても、きっと報われたさ。…どんなに罪を重ねたとしても、最後に自分の為すべきことを果たせたなら…それが一番良い結果なのだから」

「……はい」

 

 天龍の静かな語りに綾波も納得して、綾波の懐に在るかつての「好敵手」の衣服を見つめて微笑んだ。

 悲しみに彩られた戦場を乗り越え、少女たちは再び前へと進み始める。その眼に映る先の景色に何が在るのかなど露知らず。

 綾波は後悔を作らないよう、少しの間だけ彼女との思い出を反芻する。それが過去を引きずる結果を生むとしても、彼女の決意を固めるには必要な工程だった。

 

 ──斯くして、死神との血戦を制した天龍たちは他の仲間たちと連絡を取る、まるでいつものように自然と、冷静に…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──南木鎮守府、屋上。

 

 拓人の全てを賭けた行動によって、世界中の人々へ危難が向かおうとしていた運命は大きく変わっていた。

 ドラウニーアの海魔石が砕かれ、野分は深海化の呪縛を乗り越え、ゼロ号砲も無事「停止」にまで追い込んだ。一連の激闘が終わり、気がつけば辺りは静まり返っていた。

 拓人が目を凝らし前に視線を送ると…そこには細々と砕かれた緑に光る石の断片と、動力源を失い沈黙し只の鉄塔と化したゼロ号砲が鎮座していた。

 

「や、やった…!」

「っ! …良かったぁ、間に合って本当に良かった!」

 

 拓人と金剛は緊急事態を退けた喜びを表し、翔鶴も上空から物言わぬ鉄塔となったゼロ号砲を見下ろし、安堵の表情を浮かべていた。

 

「これで全てが終わったのね、長かった…漸く瑞鶴や提督に餞(はなむけ)が出来るわ」

『ウィ、おめでとうございます皆さん。実に美しい戦いぶりに感服しました、ボクも…皆さんのお役に立てれたなら幸いです』

 

 翔鶴の次に野分が感嘆の意を示した、深海化を果たしたことで肌は白寄りの灰色になり、髪は白く毛先が赤く染め上がっていた。が、その理性的かつ冗長的な話し方と穏やかな瞳によって、彼女が脅威ではないことが如実に現れていた。

 そんな野分が両腕に抱えているのは…傷だらけで自身のシンボルであった一角を無惨に折られた港湾棲姫だった、彼女は一回り小さい野分の細い腕の中で、疲れ切った様子で全身を預けていた。

 

「野分、その娘は大丈夫そう?」

『はい、先ほどのドラウニーアの攻撃が堪えたのか完全に気を失っています。ですが…この角から彼女の感情は確かに感じてます、途切れとぎれですが柔らかな感情が。ですから…コマンダン、恐れながら彼女の処遇は』

 

 どこか困惑気味に返答を求める野分は、港湾がこれからどうなるのか気掛かりな様子。拓人としても港湾自体に悪い印象を持っているわけでもないので、にこやかに微笑んで回答する。

 

「安心して、彼女は暫くウチの鎮守府に匿おうと思う。連合の人たちにも連絡しないとだからどうなるか分からないけど…でも、僕は野分が彼女を看護してくれるなら、君に全部任せられるよ?」

『っ! はい! ありがとうございますコマンダン、貴方のご英断に感謝を!』

 

 拓人の言葉に華やかな笑顔を見せる野分、心底嬉しそうに笑う彼女は喜悦の極みに至っていた。

 

 ──ピピピ、ピピピ。

 

 そんな中、拓人の映写型通信機に連絡が入る。見るとどうやら望月からの通伝のようだ、拓人はダイヤルを合わせ望月のホログラムを呼び出し連絡を取り合う。

 

『よぉ大将、その様子だと派手にやられたみてぇだな?』

「そういう望月はそんなでもないね? 天龍たちは大丈夫そう?」

『あぁ、綾波はちょいと傷があるがそれ以外はどうってことなさそうだ。他のヤツらも掠り傷程度ってカンジ、アタシも一応頑張ったんだぜ? まぁサポートだがな』

 

 望月が皮肉めいた言葉を零していると、その横から天龍の顔が映り込み付け加える。

 

『タクト、寧ろ望月こそが今回のMVPだ。彼女が居なければ俺たちもどうなって居たか解らない、褒めてやってくれ、何だったら褒め倒してやれ』

『お、おいっ』

『そうだぜぇ、今回の望月はマジで頼りになったわ。カイトの采配に感謝だな!』

『うんうん、それとタクトのヒトを見る眼もね!』

『はい、望月さんの活躍は我々を十二分に活かして下さいました。改めて御礼申し上げます』

 

 ホログラムの外から加古、長良、綾波の順で声が聞こえてくる。それを聞いて拓人も鼻高々といった具合に望月に微笑みかけた。

 

「ふぅ~ん、なるほど! 頑張ったみたいだねぇもっちー、偉いえらい、いよっ大統領! アンタこそ大将! 艦隊の真のエース! 勝利の女神!!」

『や、やめろよぉ。何だい皆してさ…ぁあ! ホントに止めてくれ、褒め慣れてないんだ蕁麻疹が出らぁ!』

 

 望月は照れくさそうに拓人たちからそっぽ向いてバツが悪そうに頭を掻いていた。程なく崩した表情を引き締めると伝達事項を拓人に伝える。

 

『簡潔にいくぜ? 三島に設置された波動砲は無事に破壊成功だ、シルシウム島のレ級も倒したし、こっちは全てしゅーりょーってことで! 舞風やサラたちとも連絡を取り合ったが何とかなったみたいだ』

「そっか、ありがとう望月。僕たちの方もゼロ号砲を止めることが出来たよ、翔鶴は戦いの中で改二に…っあ! それと野分がね、深海化を完全にコントロール出来るようになったんだ!」

『おぉそうかい? そりゃ何より・・・は?』

 

 互いの現状を報告し合うも、拓人のある意味衝撃の一言に望月は「鳩が豆鉄砲を食ったよう」な顔で静かに驚きを表した。

 

『…ちょっと待ちな、野分が深海棲艦になっちまったってか!?』

「あぁうん、驚くのも無理はないけど大丈夫そうだよ? 野分~!」

 

 拓人が野分に手で招き寄せる合図を送ると、野分は港湾を抱えながらゆっくりと近づき、すっかり肌の色合いが変わった顔を通信越しに見せる。望月はその様子をジッと見つめるも…暫くして深いため息を吐いた。

 

『はぁ~っ、いやいや…驚いたぜ。確かにその様子だとそこまで変わったことも無さげだな? 深海化は精神を蝕むデメリットが有ったはずだが』

「それには心当たりがあるよ、アイツとの戦いの中で野分の好感度が上がったんだけど、多分それの「精神耐性」が付くメリットが深海化のデメリットを打ち消した…と思うんだ」

『はぁ。妖精が言ってたヤツか、実際半信半疑だったが…それ見せられたら嫌でも信じるぜ? まぁともあれ良かったじゃねぇかよ野分!』

『ありがとうございます、マドモアゼルモッチー。これも皆さんと…コマンダンのおかげです、ボクはこれからも美しさを探求し、そしてそれを守っていくことを誓います!』

『そうかよ、んで…話は変わるが大将、ドラウニーアはどうなった? 死んだのか?』

「…っ!?」

 

 望月に問われ脅威を思い出した拓人は、血相を変えて直ぐさま辺りを見回す。しかし──

 

「──大丈夫だよタクト、ドラウニーアは私が抑えてるから!」

 

 見ると、前方で膝から崩れ落ち項垂れているドラウニーアの左腕を、金剛が背中に押さえつけている光景が見えた。この期に及んで何か起こるのではないかと冷や汗を掻いた拓人だが…とりあえず胸を撫でおろすことが出来た。

 

「あ、ありがとう金剛。…というわけみたい、ちょっと目を離しちゃってた…ごめん」

『おいおいしっかりしてくれよ? まぁ何事もなさそうでこっちも安心だぜ、一連の事件の黒幕を無事捕縛か。それじゃあ後はカイトたちへの報告かい? じゃ報告はアタシらがやっとくから、大将たちはヤツを見張ってろよ?』

「うん、ありがとう望月。それと皆も──お疲れ様!」

 

 拓人は心からの感謝の言葉を満面の笑みで伝えると、望月たちとの通信を切った。

 

「…ふぅっ、さて後は」

 

 拓人たちは南木鎮守府にて「ゼロ号砲の破壊」を見事完遂したことになるが、矢張り砲身自体が残っている限り油断は出来なかった。

 拓人はゼロ号砲に目を移し睨むと、次に翔鶴へ目線で合図を送る。翔鶴も空から拓人を見つめその意図を把握すると、一つ頷いてまたゼロ号砲に向けて弓を引いた。

 エネルギーの源の零鉱石を破壊したので、もう暴発の危険性もない。であれば憂いは完全に断つべき…そう思い至り拓人たちはゼロ号砲の完全破壊に挑んだ。

 

『──………ッ、ク……ククク…フハハハハハァッ!』

 

 しかし──拓人たちの行動を嘲笑うように、獣は再び牙を見せると高らかに嗤った。

 

「っ、ドラウニーア…!」

 

 拓人たちの視線は一気にドラウニーアへ集まった、この世界を破壊しようと最後まで足掻いた全ての事件の黒幕、果たして今度はどう動くのか?



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悪は「悪意」有るまま果てるのか? ②

 今日と明日でクロギリ編纏めます。


 全ての元凶ドラウニーアは、まるで最期の足掻きと言わんばかりに高らかに嗤って見せる。ヤツが不遜な態度を取ることは即ちまだ「一波乱」があるということ…誰もが固唾を呑む中、ドラウニーアが発した第一声は──

 

『ハアァ…ナル程、貴様ラノ完全勝利カ。理解シテイタ、コウナル未来ハ。ダガ…変エナケレバ、ナラナカッタ』

 

 敗北の認知と、自身の野望が潰えたことへの後悔だった。

 あれだけ打ちのめされたというのに、まだ譫言(うわごと)のような台詞を並べていた。そんなとことん周りを顧みない外道に、拓人は思わず声を掛ける。

 

「これで解っただろ、お前はもう終わったんだ。全部お前の思い通りだなんて…有り得ないんだよ、でもそれこそが人生において「意味ある要素」に成り得るんだ。自分の間違いを認めて正さないと…求めたものなんて一生手に入らないよ」

 

 拓人の価値観の詰まった一言、それは拓人自身も過ちを犯したことを理解し、再び立ち上がったからこその重みがあった。

 誰しもがその言葉を聞き、そして沈黙を以て肯定した。だが──矢張りこの男、認めるどころかただでは転ばない。

 

『フン、貴様ハ矢張リ”悪徳”ヨ。コレカラ貴様ラガドウナルノカ分カラズ、間違イヲ正スダト? ヨク言エタモノダナァ?』

「何…?」

 

 ドラウニーアの思わせぶりな態度に、不快に顔を歪める拓人だったが──ふと、ある疑念を抱く。

 ドラウニーアが何故世界滅亡を願ったのか、それは先ほどの問答で「この世界が欺瞞に満ちた世界で、自分はそれを元通りにしようとした」という動機が返って来た。だが──()()()()()()()()()()()

 ドラウニーアは問答の最後に「艦娘を希望などと言っていると、計り知れない絶望を視ることになる」と言っていたが、拓人は絶対理解…アカシック・リーディングの能力によって、物事の理解力を高めるだけでなく「言葉の真偽」も理解出来るようになっている。例外もあるがその最後の言葉は「真」であることが解っていた。

 

 ドラウニーアは、()()()()()()()()()()()()()()()()──それを理解した拓人は一歩前へ踏み出すと、全てを曝け出すように問い質していく。

 

「ドラウニーア…お前は何を観たというんだ、アカシックレコードで…僕の知らない何を知った?」

 

 拓人の低く鋭い声から発せられた疑問に対し、ドラウニーアは──

 

『──未来ダ。俺ハコノ先ノ展開ヲ観テイル、全テ断片的ナ”ビジョン”デハアルガナ…特異点、貴様ガ南木鎮守府デ俺ト雌雄ヲ決スルコトモ、俺ガ敗北スルコトモ既ニ観テイタ。勿論ソノ先ノ未来モ』

「っ、未来…だって?」

 

『ソウダ、俺ハコノ先ドウアレ「死ヌ」ダロウ。ソレガ自決カ連合ノ裁キナノカハ判ランガナ? ソシテ()()()ソウ遠クナイ将来──「破滅ノ使者」ガ現レ、今度コソ世界ヲ破壊スルダロウ!』

 

 ドラウニーアが放った口上は驚愕的だった、何とドラウニーアが死んだ後何者かが今度こそ世界を破壊しようと動き出すと言うのだ。

 

「…っな!?」

「ホワッツ!?」

「何ですってっ!!?」

『どういう意味ですか…それが真実だとしても、ドラウニーアが居なくなった後に一体誰が…!?』

 

 拓人、金剛、翔鶴、野分がドラウニーアの語る内容にそれぞれ驚きを露わにする。

 偽言のようにも聞こえるが、こと自身がアカシックレコードから垣間見た事柄に関しては偽りなく話して来たドラウニーア、今回も「真」であることは拓人の能力で明らかであった。

 であれば、平穏を掴もうとしている世界に宣戦布告するモノとは…と、拓人たちが混乱する最中ドラウニーアは更に思わせぶりに「真の黒幕」について示唆した。

 

『ナァ特異点、貴様ハ俺ヲ止メルタメニ今マデ奔走シタ。シカシソレハ()()()()()()()()()?』

 

 ──まさか。

 

 全身に人知れず悪寒が走る拓人、それでも恐怖に崩れそうになる顔を引き締めると、問答に応じる。

 

「…そんなのお前に関係ないだろ?」

『イイヤアル。オ前ハ初メコウ思ッテイタ筈ダ、艦娘トイウガラクタニ美少女ノ皮ヲ被ッタモノタチト、悠々自適ナ生活ガ出来レバソレデイイト。始メカラ俺ヲ止メヨウダナドト大層ナ正義ヲ掲ゲテイタワケデハアルマイ? ナラバ何故ココニ辿リ着イタ? 誰ニソウ誑カサレタァ?』

「…っ!」

 

 図星を言い当てつつ煽るように嗤いを浮かべるドラウニーア、拓人は考えまいと思考を止めるも──その答えは拓人の能力によって強制的に頭の中へ浮かび上がった。

 

「──妖精、さん?」

「っ! 妖精って…いつも拓人の肩の上に居たあの娘? 確かこの世界の神さまだって言っていた」

 

 金剛は拓人の零した言葉に対して意味合いを問うた。

 妖精──この場には居ないが拓人がこの世界に転生──もとい召喚──されるきっかけとなったジン物、その正体は神さまの一柱であり、拓人にこの世界での「使命」を与えたモノでもある。

 

『アァソウダ、貴様ヲ特異点トシテ動カシタ張本人ダ。デハ…何故ソノ妖精トヤラハ貴様ヲ特異点トシテ選ンダト思ウ?』

「っ、それは…僕が艦娘のことをよく理解出来るからだって」

『ホウ? ソレハソウダロウ、何セ…コノ世界ノ理ガ書キ換ワッタ切ッ掛ケヲ作ッタノハ「貴様」ナノダカラ、ソレハ前ニモ話シタハズダロウ?』

 

 確かにドラウニーアは百門要塞で対峙した際「拓人がこの世界に来たことによって艦娘の概念が生まれた」と話した、しかしそれはその後の妖精さんの釈明で「あくまで世界を作ったのは妖精さん自身」で、拓人は使命を果たしてもらいたいため彼女に呼ばれたのだと分かっていた。

 また虚言で自分を謀ろうとしているのか、ドラウニーアの悪意を感知した拓人は苛立ちの限界を迎え、声を荒げてそれを否定した。

 

「…っ! いい加減にしろ! そうやってまた見透かした風に僕らを惑わそうとしてっ!! お前があの時言ったことは嘘なんだろ、妖精さんは艦娘を創り出したのは自分だって話してくれた、僕にお前を止めて世界を救ってほしいって言っていたんだっ!!」

『フハハハハッ! 矢張リ何モ聞カサレテイナイヨウダナァ? 掌デ転ガサレテイルノハ目ニ見エテイタガ、ダトスレドモナント「惨イ」コトカ!』

 

 拓人の証言を嘲笑うドラウニーアは、高嗤いを上げながら研ぎ澄まされた爪を突き立てるように、拓人に対し真実を告げた。

 

 

 

『貴様ハ騙サレテイルゾ特異点、ヤツノ望ンデイルノハ俺ヲ排除シタ先ノ世界平和ナドデハナイ。ヤツハ自身ノ願イ──()()()()()()()()()()()()()()()、身勝手ナ神ナノダ!』

 

 

 

「…っ!!?」

 

 ドラウニーアの最大級の衝撃発言に、その場の者たちは酷く驚きを表し。拓人はそれに加えて頭が真っ白になる。

 つまり要点を纏めると、ドラウニーアが居なくなろうと世界は何の道破壊される。それを行おうとしているモノこそ…拓人が妖精と慕うドラウニーアにとっての邪神なのだ。

 妖精さんは拓人に世界を救わせることで彼女自身の「願い」を成就させようと画策している、今まで拓人は嵌められていたのだ。…という冒涜極まりない内容を言明した。

 

「何を言ってるんだ…出鱈目な嘘を吐くんじゃないっ! 妖精さんは僕をこの世界に使命があるから呼び寄せた、その上で駄目な男だった僕を陰から見守りながら成長させてくれた。妖精さんがこの世界を破滅に導こうとしているだなんて、そんなことあるものかっ。彼女を侮辱するなら…本気で許さないぞ!!」

 

 拓人は妖精さんとの信頼を揺るがそうとするドラウニーアに対し激昂する、ドラウニーアはそんな拓人に尚も嘲笑を向けながらも話を続ける。

 

『嘘デハナイ、俺ガアノ要塞地下デ語ッタコトモ、コノ場デ最初ニ話シタコトモ、今口ニシタコトモ全テ事実ダ! ヤツニ何ヲ吹キ込マレタノカハ知ランガ、残念ナガラソレハ虚偽ダ。証拠トシテ…貴様ニハ俺ノ言葉ノ真偽ガ解ルハズダ、特異点…俺ハ"真"ノミ話シテイル、ソウダロウゥ?』

 

「…っ!?」

 

 拓人はまるで嘘を吐いているようなドラウニーアの言葉の意味を理解する、分かりたくなくとも彼の能力で頭は解ってしまった。その言葉こそ…嘘偽りない「()()」であることを。

 

「──そ、そんな…っ!」

 

 嘘だと言ってほしかった。

 なまじ理解力ある能力を持ったため、自分が信じていようといまいとそこにある真実を燻り出す。そんな「予想外の出来事」の真偽まで見極めてしまうのだから…拓人はどうしようもない裏切りを受け、急にハンマーで頭を強く叩かれたような衝撃と、精神的な痛みを味わっていた。

 絶望感に苛まれようとしている拓人に、ドラウニーアは更なる真実を告げた。

 

『俺ニ言エルコトハ「二ツ」アル、一ツハ特異点…貴様ハドウアレ最後ニ妖精トイウ邪神ニ協力シ、世界破滅ノ切ッ掛ケヲ創リ出スダロウ。俺ハ確カニ観タ…貴様ト邪神ガ全テヲ終エタ後ニ特異点ノ権能ノ一ツ…「終幕特典」トヤラデ「破滅ノ使者」ヲ呼ビ出シ、世界ヲ消ソウトスル"ビジョン"ヲナァ!!』

 

 妖精さんだけでなく自分までもが何れ世界を破滅に導こうと動く…そんな今までやって来たことと真逆の行動を自分たちが取るなど、到底信じられなかったが…先ほどから衝撃の連続で、頭には入っても拓人にはどう返すことも出来なかった。

 

『ソシテモウ一ツ。ソノ「破滅ノ使者」トハ、天ヲ突クホドノ遥カニ巨大ナ灰色ノ化ケ物ダッタ。幾ツモノ生物ヲ張リ付ケタ、ソレデイテ機械ノヨウナ見タ目ダッタ。コレハ…何処カデ聞イタコトガナイカァ、エェッ!? 特異点ン!!』

 

 破滅の使者と呼ばれる、神か悪魔か分からない化け物…果たしてそれは、拓人には類似する存在に心当たりがあった。

 

「──()()()()

 

 ポツリ、と零した拓人の回答に…ドラウニーアは口角を三日月のように上げ悪どく嗤うと、それを肯定した。

 

『ソオオォダッ、貴様ラガコノ世界ノ理ヲ変エタコトデ生マレタ深海棲艦。ソレハ最終的ニ海魔ヲ大キク凌グ「大悪魔」トナル、断片的ナビジョンデハアルガ…俺ハソレラカラ貴様ラガ終幕特典デ破滅ノ使者…巨大深海棲艦ヲ生ミ出シ、ソレヲ従エテ世界ヲ蹂躙スルト踏ンデイル。ヤツガ貴様ヲコノ世界ヘ喚ンダノハ、深海棲艦トイウ「兵器、怪獣」ノ概念ノアル貴様ヲ焚キツケ、世界破壊ニ加担サセルタメ、ソウトシカ考エラレン!』

「…っ」

「タクト…」

 

 拓人はぐうの音も出ない様子で黙って俯いて項垂れる他無かった、金剛もそんな拓人を見て彼に対する慈悲を求める眼差しを向けるしか出来なかった。

 

 ドラウニーアの語る残酷な真実に、拓人は自身のアイデンティティである「信心」を激しく揺さぶられていた。

 

 折角救った世界を、深海棲艦を模した化け物によって破壊しようとする。果たしてそれは真実なのか? その答えに対して理解を得ようと強く念じても、拓人は「アカシック・リーディング」による理解を得ることが出来なかった。

 確かなことは、百門要塞の事件後の見解の場で妖精さんが言っていた「使命があるからこの世界へ召喚した」という筋道は、拓人を利用するために吐いた「作り話」なのだと、そんな「悪意」とも取れる冷酷なものだった。

 自分の目的のために敢えてこうなるよう嘯いて仕組み、その上で特異点だと()()()()()()()()()ことで、拓人に世界を救う勇者として行動させようとした。使命を果たしたその先に在る「全ての願いを叶える権利」を得て、世界を滅亡へ誘うために。

 世界滅亡を願うことが本当であるならそれを行う彼女の真意も、拓人をどう思ってるのかも、何も分からなかった。理解不可能は更なる疑問を呼び、頭の中で疑念は膨らみ続け、それは遂に腹の中で蠢く泥のような暗く淀んだ「暗鬼」となった。

 

「──嘘だ、そんなこと。それが本当のことだって言うなら…妖精さんや僕は目の前の外道と同じことをするかもしれない、ということ? 有り得ない…妖精さんは、僕は……何のために…っ!?」

 

 絶句、激震、猜疑心に支配された心は、百門要塞で見せたような「闇」を十全に貌に湛える。

 声を震わせ絶望感を漂わせる拓人の呟いた言葉に対し、ドラウニーアは徹底的に反論する。

 

『俺ト同ジダト? ハァッ、笑止!! 貴様ラノ望ミハ「虚無」ナノダロウ? 灰色ノ悪魔ニ蹂躙サレタ世界ハ誰モ居ナイ、何モカモガ滅セラレ後ニハ何モ残ラナイ、未来サエモナァ! 俺ト貴様ラヲ一緒ニスルナ…俺ハ邪神ノ理ヲ越エ新タナ真理ヲ創ル、新タナ未来ト楽園ガソコニアル! 全テヲ無ニ返ソウトスル貴様ラトハ何モカモ違ウノダ!!』

 

 ドラウニーアの歪んだ信念を前にしても、拓人の心は既に折られ最早口を閉じるしか出来なかった。

 

 最初はドラウニーアに「この世界は拓人が来たことによって変わってしまった」と現実を叩きつけられていたが、後に妖精さんにより是正され「この世界の理は自分が作った」と改められた。同時に諸悪の根源であるドラウニーアの計画を止めてほしいと懇願され、拓人もそれを受け入れた。

 

 だが、心の何処か隅で、拓人はその一連の流れに──()()()()()()()()()、妖精さんが全てを話してくれているとは思っていなかった。

 

 しかし考えないようにしていた。それ自体が彼女への信頼に対する裏切りに当たるからと思ったからだが、今考えれば"信じる"という体のいい言葉でその場をやり過ごしていただけに過ぎなかった。

 それでも、ここまで導いてくれた彼女を疑いたくなかった。彼女は自分を信じてこの世界の命運を託してくれたのだから、自分も彼女を信じよう…そう都合よく解釈して事の真相を追究しなかった。

 変われたと思っていた…だが根本的な部分が変われていなかった。信頼の裏で拓人を利用しようとしたことに拓人自身感づいていながらも、彼女は世界を滅ぼそうとしているという「想像以上の裏切り」で、拓人の傷つき立ち上がった「心」に()()深い暗黒(トラウマ)を植え付けようとしていた。

 

 ──やっぱり妖精さんも、僕を信じていた訳じゃなかった。

 

 ──いや、何か理由がある筈だ。でなければこんな…。

 

 まるで全てを奪われた拓人は、そんな風に妖精さんの背信行為を咎める傷心と、何かの間違いだと抗弁する信心が心の中で犇めき合い、おかげで脳はぐちゃぐちゃに掻き回されていた。何もかもが…()()()()()()()()

 

「僕が…いつか、近い将来世界を滅ぼすだって? 妖精さんと一緒に…しかも彼女が、世界破壊のため今まで暗躍していた…? そ、そんなこと……っ」

『否定シヨウトモ貴様ノ能力ハソウ言ッテオランダロウ? …諦メロ、貴様ガヤツニ言イクルメラレ更ナル罪ヲ重ネルノハ確実ダ。…フッ、ダカラ言ッタダロウ? コノママ行ケバ計リ知レナイ絶望ヲ視ルト、貴様ノ信念ナゾ所詮ハ邪神ニヨッテ形作ラレタ「紛イモノ」ヨ、ソンナがらくた同然ノものに…未来ナドアル筈ガナイダロウ!!』

 

 ドラウニーアは扇動話術で拓人の精神を完全に壊そうと煽り立てるも、拓人にはその悪意ある言葉の数々が遠く響いているように感じていた。

 果たしてこれだけショックを受けている自分が、如何にして彼女の思惑に力添えすることになるのか、現時点では分からなかったが…拓人にとっては絶大な信頼を寄せていた彼女が、真の黒幕として暗躍しているかもしれないという「答え」に、それだけで不安が押し寄せて来ていた。

 それが妖精さんの考えであるのか実際定かではない、だが──どんなに否定しても拓人の「理解する能力(アカシック・リーディング)」は絶対的である。確実な理解を元に理解不能な部分を埋めるよう、拓人の奥底から這い出した自身の負の側面は頭の中で無慈悲に主張する──全ては「嘘」であった、と。

 

 

 拓人は逃れられない真実を前に──失意の淵に突き落とされ、それを呆然と受け入れる他なかった。

 

 

「──しっかりしてタクト! ドラウニーアは貴方を惑わそうとしているだけだよ!!」

 

 

「っ、金剛…!」

 

 疑心暗鬼が脳を跋扈する中、金剛は必死に叫んで拓人に正常な判断を呼び戻そうする、金剛の心を通わせた言葉を受け、翔鶴と野分もそれに続いた。

 

「そうよ、アイツがこの場で正直に全てを白状するとは思えない。貴方を嘘で苦しませようとしているのよ、騙されちゃダメ!!」

『ウィ! コマンダンたちが世界を破壊するだなどと戯言に決まっています、ボクはコマンダンを信じています。だから…コマンダンも自分を、愛すべきヒトを信じてあげて下さい!!』

「タクト…もし貴方に何があっても、私たちが貴方を止めて見せる。だから…!」

 

 金剛たちの愛情と魂の込もった言葉、しかし…一度陥った宵闇は晴れることは無く。拓人は不信に駆られた顔で定まらない視線を金剛たちに送ると、不安に凍える心境を呟いた。

 

「……分からない、分からないんだよ。前から引っ掛かる部分があった、でも彼女にも理由があるって…そう思ったからこそ考えないようにしていたんだ。もう…僕には何が真実なのか、分からない、よ。妖精さんは、何のために…僕を…っ?!」

「タクト…っ」

 

 声を震わせ酷く狼狽した様子を見せる拓人。彼の信じていたものに大きなひび割れが入ったからこその動揺、拓人の心を覆った深い闇を視認した金剛もまた拓人に心配の眼を向けた。

 

『フンッ、脆弱ナ精神ヨナァ? ダカラ…貴様ハ「木偶ノ棒」ナノダ!』

 

 その隙を待っていたと言わんばかりに、ドラウニーアは一連の流れから拘束が緩んでいた金剛を背中で押し除けると、そのまま跳躍し零鉱石の欠片が散らばる場所へ降り立った。

 

「しまった!?」

 

 金剛が自身の痛恨のミスを叫ぶと、ドラウニーアは手近な緑色に光る石の欠片を見つける。そして──左手で掬い上げると口を大きく開け地面に落ちたそれを勢いよく含み、バリバリと鈍い咀嚼音を立てながら口内で細かく砕き飲み込んだ。

 

『──グウオオオオオアアアアアア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!』

 

 すると──ドラウニーアの周りに緑色の炎が煌々と燃え上がった。

 

「っ! ドラウニーア…何をしようとしているの、止まりなさい!」

 

 空中で監視していた翔鶴はドラウニーアの異変に、弓を構えて制止を掛けるも…それをマサムネに抑えられた。

 

『待ちたマエ! 今の彼を攻撃するべきではないヨヴェイビー!』

「マサムネ? 何を言っているの、早く止めないとアイツが何を仕出かすか…」

 

 止めるマサムネに対して翔鶴は何故と疑問を投げる、マサムネは──こんな非常時にそぐわない──嬉々とした顔でそれを解説する。

 

『そもそも零鉱石は通称黒い霧と呼ばれる「マナの穢れ」を生成するモノ、そして深海棲艦並びその細胞ハ、穢れのエネルギーを吸収して個体能力の増強と細胞増殖を加速させる。しかしその増強増殖が十分であった場合取り込まれたエネルギーは、深海細胞によって管理される。身体機能強化や予備エネルギーを貯蓄するため細胞内に溜め込まれるノサ、だから…穢れを生成する零鉱石を直接取り込んだことによッテ、身体の許容量を越えて溜め込んだエネルギーが一気に限界を迎えるんだヨ、体内で臨界を迎えた穢れのエネルギーは繊細だカラ、少しの刺激で大爆発を起こす可能性がアル。下手に攻撃すればこの南木鎮守府周辺が跡形もなく吹き飛んでしまうヨ!』

「──っ! そんな……っ!?」

 

 翔鶴は正に身を投げたドラウニーアの行為に、身を震わせ戦慄した。

 つまりドラウニーアは零鉱石を取り込み、自らの体内に「大量の負エネルギー」を瞬時に溜め込んだことで「己の身を爆弾に変えた」のだと言う。

 少々の衝撃でも爆発を起こす可能性がある。マサムネの結論に対し、ドラウニーアは「その通りだ」と嗤い顔の表情で肯定を示した。歯を見せる口の隙間から緑の妖しげな光が漏れ出しているのが解る、それに伴い肉体は喉元と胸にかけて更に膨れ上がり、周りに纏った炎も肥大化していく。

 

『不味いヨヴェイビー、ドラウニーアは「自爆」しようとしているかも知れないネ! もう逃げるナリ防御するナリするしか方法はナイヨ!?』

「っく、何とかしないと…今の私ならタクトたちを担いで飛ぶことは出来るけど、運び出す人数にも限りがあるしそれだといつ爆発するか…!」

『ボクの深海障壁では、広範囲に及ぶ爆発の威力に耐えれるかどうか…っ、しかしこの状況では一か八かやるしか…っ』

 

 自爆を敢行すると予測した翔鶴と野分は、その緊急対策に追われている。対してドラウニーアのまるで風船が中の空気で限界まで膨張したような姿に、マサムネは無駄だと分かりつつも語りかける。

 

『君は本当にそれでいいのカイドラウ? このまま行けば君の身体は爆発して無くなる、君の命も無くなるということだヨ?』

 

 マサムネにしては少し物悲しいような表情でドラウニーアに是非を問うた、それに対してドラウニーアは──動かせない口に代わり胸中でほくそ笑む。

 

『(馬鹿メ、俺ガ単ニ爆発シテ終ワルモノカ。コレダケノ戦力ガアルノダ、例エ俺ガ自爆シテモ何ノ道貴様ラハ爆破ヲ凌グ方法ヲ見ツケルダロウ。ソンナコトハ予見ヲセズトモ容易ニ解ル! 無駄死ニハ御免ダ、ダカラ俺ハ…()()()()()()()())』

 

 そう判断するとドラウニーアは、遠くで下に俯いて微動だにしない「拓人」を一瞥する。

 

『(ククク、相当堪エタヨウダナ? ソレデイイ…コノママコノ口内ニ溜マッタえねるぎーヲ解放シテヤル、放心シテイル貴様ハ避ケヨウトハスマイ。コレガ俺ノ…"全身全霊ノ一撃"ダ! コレデ俺ガ終ワロウトモ…セメテ貴様モ道連レニシテヤル!!)』

 

『(──サラバダ、特異点ッ!!)』

 

 

 ──ゴオォッ!!

 

 

 背を思い切り仰け反ったドラウニーアは、反動を付けながら前のめりの体勢を取ると、口を開いて体内の穢れエネルギーを存分に解き放った…!

 体内で高圧縮されたエネルギーは燃える緑の炎のように揺らめき、かつ極太の光線を描いて真っ直ぐ拓人へと向かって行った。

 

『わぁ~お、そう来たカ! 予想が大きく外れてしまったヨ!?』

「っ! そんな、タクトッ!!」

『駄目、間に合わない…コマンダンッ!!』

 

 ドラウニーアの行動の目的は自爆ではなく、エネルギーを限界まで高めた上でそれを拓人にぶつけることだった。

 逃げることを優先していた翔鶴たちは対応が遅れ、拓人も急接近する翡翠色の炎に身動き一つ取ろうとはしなかった。

 

「(あぁ…もう、疲れた。まさかまだ世界滅亡の危機が迫っているなんて、しかもそのトリガーを妖精さんと僕が…だなんて。もう誰も信じられない…それでも……僕が死ねば終幕特典も使えなくなるだろうし…丁度A.B.Eも使い切ったから、僕はこの一撃で死ぬだろう。もう……それで終わらせてくれ)」

 

 全てに絶望する拓人は、直ぐ其処まで迫った死の足音を前にしても動じることは無く、ただ理解不能による甚大な疲労感を終わらせようと、自ら死を願った。

 死が訪れようとしても拓人が思い起こす記憶はない、というより頭の中は既に「妖精さんに裏切られた」ことでショートして脳の回路も焦がし尽くされた後なので、何も思い浮かぶことがないのだが。

 目と鼻の先には拓人の命を奪うため緑の高圧エネルギーが襲い来る、このまま待っていれば後は確実に致命傷…若しくは「死」へと真っ直ぐ落ちていくだけ。拓人は目を瞑りその時を待とうとする。

 

 

 ──ドンッ!

 

 

 不意に、拓人の肩に大きな衝撃がぶつかり身体がエネルギーの射程外へ突き飛ばされた。

 驚きを隠せない拓人が、自分が元居た場所を見やると──そこには拓人の身代わりとなるように、穢れの圧縮エネルギーに呑まれようとしている…「金剛」の姿があった。

 ゴォゴォと燃え盛る翡翠の炎に周りの雑音が掻き消される中、金剛は拓人に向けて口を動かして確かに伝えた。

 

 

 

 ──あ・り・が・と・う。

 

 

 

「こ…っ──」

 

 

 

 

 

 ──金剛おおぉーーーーーーーーーーーーーっ!!

 

 

 

 

 

 拓人の悲痛な叫びさえ消されると…エネルギーの緑炎は無慈悲にも金剛を「焦がし尽くした」。

 



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希望の始まり、世界の終わり

 ──世界を賭けた戦いは、これで一旦の幕を閉じる。

 

 世界再創造を願う狂人から、異世界の勇者は今ある世界を守り抜いた。

 

 

 

 ────ただ、一つの「犠牲」を払って────

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──デイジー島、湖のほとり。

 

 翔鶴は十字架の建てられた三つの墓の前で、しゃがみ手を合わせ今は亡き人々の冥福を祈っていた。

 

「………」

 

「──ここに居たのですね、翔鶴?」

 

「っ! シスター」

 

 ふと声を掛けられた翔鶴が後ろを振り向くと、白と黄色の花を両手一杯に抱えたサラトガが佇んでいた。

 

「私もお供えして良いですか? 皆に花環を作ったんです」

「別に良いけど…何で私に聞くのよ?」

「いえ? この墓も貴女が建てられたものですし、所有者に聞くのが礼儀だと思いまして♪」

 

 言いながらサラトガは微笑んで肩を軽く上げた。嬉しそうに笑う彼女に、翔鶴もまた肩の力を抜いて笑った。

 

「…ふふっ、もう。だとしてもわざわざ私に許可を取らなくて良いわ、貴女やプリンツに酒匂なら瑞鶴たちも喜んでくれるだろうし。…どうぞ」

「ありがとうございます♪」

 

 翔鶴が墓前から退くと、サラトガは抱えていた花の輪っかを三つの墓の十字架に掛け添えていく。

 墓名は記されていないが、翔鶴やサラトガの脳裏にはこの海域の戦いで犠牲になった三人が思い浮かんでいた。それは彼女たちにとって大切な者たちの笑顔だった…。

 花を配り終えるとサラトガは、三つの墓の前でしゃがみ込み両手指を合わせて拝んだ。

 

「瑞鶴、由良、提督。全て終わりました…翔鶴たちが私たちの見た悪夢を、その元凶に幕を引いてくれました。安心して…眠っていて下さいね?」

 

 サラトガの言葉に、翔鶴は何処か誇らしい気持ちになり自然と微笑んだ。

 

 

 ──あの決戦より、数日が経とうとしていた。

 

 

 追い詰められたドラウニーアは拓人を道連れにしようと、穢れのエネルギーを放出した不意打ちを行った。しかし──それは未然に防がれた。

 拓人は無事である、そしてドラウニーアは未だ拓人に味方する運命を呪いながら…そのまま斃れ、二度と動くことはなかった。

 長き因縁に終止符は打たれた…皆がそれぞれに別れる傍ら翔鶴は、デイジー島にこの墓を建て一連の事件で犠牲になった瑞鶴たちを弔うことを決めた。

 

「黒い霧が無くなって、クロギリ海域も空が随分明るくなりましたね? もう…終わったのだとやっと実感出来ます」

「シスター…」

 

 サラトガの寂しさが込められた言葉に、翔鶴は寄り添うように彼女の隣で屈んだ。

 黒い霧の源であった「巨大零鉱石」は砕かれ、環境を変える程の異物が除去された結果、海域を覆っていた厚い雲は徐々に薄く広がりを見せ所々に晴れ間が覗いており、暖かな日差しが島々を照らし枯れた緑を蘇らせていた。

 あと半年もすれば人の住めるまでに回復すると見込まれた。全てを喪った”あの夜”からは考えられなかった平穏に、感慨深げに思いを馳せる翔鶴とサラトガ。少しの沈黙を経てサラトガは、今の心境を言葉で表していく。

 

「瑞鶴と提督が逝ってしまったあの日から、私は諦めていました。由良が私たちの前から姿を消したと思っていたら長門も南木鎮守府で戦い続けると言い出して、終いには私自身が翔鶴にも酷い傷を負わせてしまって…口では強がってましたが、矢張り不安が拭えなかったのです。輝いていたあの日が、バラバラに砕け散ってしまったようで。もう…戻れないのだろうと思っていました」

「…酷い悪夢のような夜だったもの、そう思っても仕方がないわ」

「えぇ、本当に酷かった。つい最近までその渦中に居たモノとしては未だに信じられない部分もある程です」

「私も。でも…終わったのよね、何もかも」

 

 翔鶴も自分に言い聞かせるように呟くと、サラトガも同意を込めて頷いた。

 

「はい、終わったんです。…本当に、ありがとう翔鶴」

「良してよ、私はお礼を言われることは何もしていない。当たり前のことをやっただけよ?」

「えぇ。そうなんでしょうけど…貴女はあんなに泣いていたから覚えてないかも知れませんが、私が貴女を…その、叩(はた)いてしまった後に、長門は取り返しのつかないことをしてしまった私に、ある約束をしてくれたのです」

「それって?」

 

 サラトガの語るあの夜の小話、翔鶴が疑問で詳細を振ると程なく静かに話し出す。

 

「その時私はとても興奮していました、狂ったように怒りを表す貴女を止めたいと思い私もおかしくなってしまったようですね? 荒い息をして震える肩に手を置いて…いつものように静かに話したんです」

 

 

『──ありがとう、彼女を止めてくれて。君に辛い想いをさせてしまったが…約束する、この鎮守府の騒動が収まった暁には、私は真実を語り君たちの仲を再び取り持って見せる。それまで私は決して沈みはしない。全ての責任は私にある、贖罪は必ず果たす。だから彼女…翔鶴のことは許してやってほしい』

 

 

「…長門がそんなことを」

「はい、私もその時何があったのか知り得なかったので、その言葉を聞いて直感で理解しました。長門が真実を知っていることと、彼女が…約束を守ることはないのだと」

 

 長門は翔鶴の理性を揺らした責任を大いに感じ、その代償は自らのイノチを差し出してでも払おうとしていたことは最早周知の事実。サラトガは表向きは生き抜くと言っていた長門の「嘘」を見抜いていたのだ。

 

「たしかシスターと長門は昔同じ部隊だったのよね?」

「はい。だからこそ彼女が大きな責任を抱えていることも感じ取ってました。…今だからこそ言えますが秘密裏の作戦の中心に居ながら、犠牲者が多数出てしまったことに後悔していたんだと思われます。それでも…例え贖罪のためとはいえ自分のイノチを投げ出すことは、私はしてほしくなかったのです」

「……そう」

「だから──タクトさんたちのおかげで戻って来た長門が全てを語ったあの時、貴女は彼女を許してくれた。貴女に一発もらった長門の顔は…本当に嬉しそうで、あの区切りが無ければ彼女はまだあの夜に苛まれていたでしょう。だから…それを含めてのお礼です、本当にありがとう…彼女を許してくれて」

 

 サラトガは穏やかな笑みを浮かべて、隣に屈み座る翔鶴に対して頭を下げて感謝を述べた。翔鶴は「まるでタニンでは無い」彼女の言動行動に、少し可笑しくなり笑顔が零れた。

 

「…っふふ! シスターは長門が大切みたいね? そんなに気にしていたなんて思わなかった」

「っえ、い、いえ! そんな深い意味はなくてですね?」

「はいはい、そういうことにしておくわ」

「もうっ、翔鶴! むぅ──…っふ、うふふ!」

「あはは!」

 

 顔を赤くして否定するサラトガと、その真意を見透かして笑う翔鶴。そんな──まるで昔のような──当たり前のやり取りが出来たことに嬉しさが隠せない二人は、遂に笑いが込み上げては止まらなくなった。

 

「…っふぅ! 可笑しかった。さぁて…全部終わったとなると、翔鶴ともこれでお別れですか。なら私も今一度身の振り方を考えるべきですね? おそらく各鎮守府を回ることになるでしょうが、酒匂やプリンツを受け入れてもらえるかしら?」

 

 サラトガがこれからのことをポツリと話すと、翔鶴は意を決した様子で声を掛ける。

 

「そのことなんだけど…シスター、良かったら私たちのところへ来ない? 拓人も貴女たちを心配していたみたいだし」

「えっ!? 宜しいんですか? でも…翔鶴は?」

「だから、私のことは良いから。貴女たちを路頭に迷わせたらそれこそ提督に顔向け出来ないわ、それに…あの時の提督もそう言ってたし」

 

 翔鶴は言葉尻を小さく呟きながら、擬似的に蘇った南木提督とのやり取りを思い出す。勿論あの「口づけ」のことも。

 あまりに小さな声なのでサラトガは「はい?」と聞き返すも、翔鶴は顔を赤くしながら何でもないと言って、それ以上伝えなかった。

 

「──では…お願い出来ますか? タクトさんたちなら酒匂たちもきっと喜んでくれるでしょう、ありがとうございます翔鶴!」

「良いのよ、それと…もしそっちの気が乗ればなんだけど、晴れた日があれば皆で外に出てお茶会とかしない? ほら、今まで積もった話もあるでしょうし…ね?」

 

 少し気恥ずかしそうに話す翔鶴だったが、その言葉にサラトガは明るい光のような満面の笑みを浮かべた。

 

「良いですね、是非お願いします! ティーパーティー…楽しみですね?」

「っ! ……えぇ…本当に、楽しみ」

 

 サラトガの了承の返事を聞いて、翔鶴は安堵を感じては微笑んだ。綾波たちがそうしたような砂浜のお茶会、翔鶴とサラトガはこれからの近い未来で必ずやろうと約束を交わすのだった。

 かつての彼女たちの心情を表すように、暗く淀み閉ざされた「クロギリ海域」と改名された海はまた”朝焼け”を取り戻したのだ。翔鶴やサラトガを悩ませたあの夜の惨劇から始まった絶望も、幕を引いた。大きな溝で隔たれたフタリの距離は、あの頃のように…否、それ以上の絆で結ばれて、二度と離れることはないだろう。

 行く先の見えない闇は、希望を見い出した鶴の羽ばたきで霧散した。闇が晴れた青空の下で…苦難を乗り越えた二人は笑い合うのだった。

 

 ──しかしここで、不意に表情を暗く落とすサラトガは「ある懸念」を翔鶴に尋ねた。

 

「あの…翔鶴、”金剛”はその後いかがでしょうか?」

 

 サラトガの発した言葉を耳にした時──翔鶴は一瞬目を見開き、直ぐに哀しい表情を作るとその疑問に答えた。

 

「金剛は──」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──鎮守府連合本部、幹部執務室。

 

 カイトはクロギリ海域での作戦の全容、及びその結果を秘書艦の加賀から聞いていた。

 

「クロギリ海域にて一連の事件の黒幕である「ドラウニーア」を発見、彼は南木鎮守府跡地にて協力者一名と共に世界滅亡を目的とした巨大エネルギー収束砲「ゼロ号砲」の製作に着手、完成させましたが…タクト君と彼の協力者の尽力により計画は破綻、ドラウニーアはそのまま逃走しシルシウム島に逃げ込みました」

「それが第一次クロギリ海戦、ってとこかな? 続けて」

「はい。連合はタクト君と共にドラウニーア捕縛に乗り出しますが…ドラウニーアはシルシウム島から南木鎮守府へと舞い戻り、ゼロ号砲破壊に務めていたタクト君たちと対峙、ゼロ号砲と他三島のアンチマナ波動砲の自動発射時間までタクト君たちを足止めしていました。タクト君たちはドラウニーアと、他三島では振り分けられたそれぞれの部隊がドラウニーアの刺客である深海棲艦と接敵、これを撃破しました」

「三島の部隊に死傷者は?」

 

 カイトが短く尋ねると、加賀は無言で首を横に振った。

 

「軽傷者は複数隻居ることが確認されました。シルシウム島のテモアカナ隊は激戦だったようですが何れも致命傷ではありませんので、そこまで警戒するものではないかと。シルシウム島のレ級はともかく他二島の敵部隊に姫級は見受けられなかったようですので」

「そうか…その気になれば姫級も操れただろうに、港湾棲姫以外姫を連れ立たないなんてアイツも用心深いことだよ」

 

 カイトの理解したような含みのある言葉に、加賀は平静な返しをする。

 

「確かに姫級も海魔石で操れる模様ですが、イロハ級と違い完全に操り切るには対象の「憎しみが強く、かつ脆弱な精神」でなければ難しいようです。土壇場での裏切りを恐れた彼は容易に姫級を使役出来なかった…そのような思考ですかね?」

「だろうね、港湾棲姫も海魔石でなく魔鉱石のコアで意識を奪っていただけみたいだし。でもまぁ大方予想通りだったわけか。…うん、ここまでは想定内だね。さて…問題の「第二次クロギリ海戦」の南木鎮守府での戦いは?」

 

 カイトのその言葉を聞いて一呼吸置くと、加賀は淡々と顛末を話した。

 

「南木鎮守府屋上での戦いで、タクト君は全身打撲の重傷を負いましたが、医者の見立てでは一週間で治るようです。本来なら数か月は掛かりますが、タクト君の身体は彼曰く「艦娘と同程度の能力」を保有しているとのこと。身体の打たれ強さも我々と同じと考えていいでしょう」

「つくづく規格外だよねぇ彼は、そうは見えないけど…他は?」

「はい、翔鶴は戦いの最中に「覚醒」した模様です。翔鶴カイニ…彼女の能力は、我々の時代では少々危険なものかと」

「ふぅむ。上層部の方々が何やら騒ぎそうだが…それは後で対策しておこう」

「お願いします。次に野分ですが…どうやら「深海化」を果たしたようです、それも理性を保ったまま」

「ほぉ、それは野分君は()()()()()()()()()深海化した…ということかい?」

 

 カイトの解釈に、同意を込めて加賀は頷いた。

 

「成る程、だとすれば彼女もカイニ相当の能力を得たと見て良いね? それでも世間体もあるからねぇ。深海化した艦娘なんて公に晒すことも出来ないし…ふぅっ、まぁそれも後で考えようか。でだ…僕が聞きたいのは残り二つの「伝達事項」だよ、加賀さん?」

「承知しています、ドラウニーアと…金剛のことですね?」

 

 その言葉に対しカイトは黙って頷いて肯定する、加賀は続けて結果を話していく。

 

「結論から申し上げますと、タクト君たちはゼロ号砲の破壊に成功しました。しかし…追い詰められたドラウニーアが体内で零鉱石から直接吸収した「穢れ」のエネルギーを溜めこみ、圧縮されたそれをタクト君に向けて発射したようです」

「計画が失敗したから、タクト君だけでも消そうとしたみたいだね。末恐ろしい執念だね本当に…その攻撃から金剛が庇ったんだね?」

「えぇ。金剛は穢れのエネルギーに呑まれ瀕死の重傷を負いました、ですが流石は金剛と言ったところですね。肉体こそ焦がし尽くされていましたが五体満足の状態で、現在も数日間の治療で驚異的な回復を見せているようです。それでも…」

「金剛は目を覚まさないんだね?」

 

 カイトの全てが分かり切った回答に、加賀は一つ頷くと懐から資料を取り出し、そのまま説明を続けた。

 

「ユリウスから受け取った診断書があります、それによると…今の金剛は「エリ」と呼ばれる少女の心と彼女にとっては先代に当たる「鬼神金剛の精神」が融合している状態で、それが穢れの「負の精神エネルギー」を全身に受けたことで、鬼神金剛の精神の一部が「抉り取られた」模様です」

「つまり、今の金剛にとって半身とも呼べる艦娘としての金剛の精神が消えたことで、金剛のココロに甚大なダメージが付いてそれが今の「植物状態」に繋がっていると。…ふぅぅっ」

「………はぁっ」

 

 執務室の中でフタリのため息が響く、金剛は果たして「無事なのか」それは現時点では判らないが、勝ちが視えていた戦いでこれだけの被害が出るとは思わなかった分、頭の痛い話にはなる。

 

「こんな時にする話ではないかもだけど、金剛は戦力としても十分だからね…連合としても彼女の回復は優先事項になるだろう。それで金剛は今何処に?」

「この本部内の病棟の一室に隔離しています、そこには眠ったままの金剛と…傍らにタクト君の姿もあったと。酷く思い詰めた表情だったようです」

 

 加賀さんの言い表した言葉は、カイトの心に曇りを齎した。

 

「…そうか、タクト君は転生とやらをした時から彼女と一緒に居たと聞く。辛かったんだろう…誰よりも長い時間を過ごしたパートナーが、自分の目の前で身代わりになったのだから」

「そう…でしょうね」

 

 金剛は死の迫る拓人に代わって穢れのエネルギーで冥府の淵を彷徨っている、これから彼女はどうなってしまうのか。下手を打てば一生目を覚まさない可能性もある。

 そんな南木鎮守府での一部始終の経緯が見えつつある中、カイトは最後の質問をぶつけた。

 

「加賀さん…()()()()()()()()()()()()? まさかまた逃げられたんじゃないよね、絶命したとは聞いたけどはっきりしたことはまだ僕の元に報告は上がっていないが?」

 

 カイトの疑問に対し、加賀さんは俯いて表情を暗くしつつ重い口調で伝える。

 

「ドラウニーアは…タクト君たちが言うに、確かに死んだようです。しかし…度重なる激戦に耐えられなくなったのか、その後建物が大きく揺れると…南木鎮守府はそのまま崩れ去りました。タクト君たちは脱出に成功したようですが、ドラウニーアの遺体はその崩壊に巻き込まれる形で……消息は不明、だそうです」

「………そう、か」

 

 ここに来て不穏な要素が出てきたが、それでもドラウニーアは息絶えたことに間違いないようだ。それだけでも十分な戦果ではあるだろう。

 

「分かった。先ずはドラウニーアの遺体捜索かな? 手早く見つかると良いけどね。ぁあ加賀さん、金剛のことは任せてもいいかい?」

「了解です。とはいえその件はユリウスが診てくれているので、私は彼らのサポートを」

「それでいいよ、それじゃあ──」

 

 カイトが報告の区切りをしようと言葉を締めるも、扉から聞こえるノック音に中断された。

 

『カイト提督! 急ぎお耳に入れてほしいことがっ』

 

 扉の外に居るであろう連合の職員は、何処か落ち着きのない様子でカイトへの面会を願った。

 

「開いているよ、入りなさい」

『はっ、失礼します…!』

 

 忙しない様子の職員がドアを開けて入室し直ぐに締めると、カイトの元へ小走りで近づき手にした資料を見せつつ小声で潜めて伝えるべき内容をつたえる。

 カイトはその言葉を聞いた瞬間──目を見開いて驚愕の表情を浮かべると、程なくして青ざめていた。

 

「…本当なんだね?」

「はい。では矢張り…っ!」

「あぁ、不味い事態になったようだ」

 

 カイトと職員は「この世の終わり」のような緊張の面持ちであった、加賀は遠目からそれらを静観しているが、彼女も──いつも冷静なカイトの慌てぶりに──瞬時に事の深刻さを理解した。

 

「報告ありがとう、直ぐに詳細を纏めてほしい。これからの緊急会合で資料が必要になるだろうから」

「了解しました!」

 

 指示を出したカイトに敬礼を送ると、職員はそのまま執務室を後にする。直ぐにカイトに近づいた加賀は何事かを問うた。

 

「何があったのですか?」

「…全く冗談じゃないよ、まさか…ここまでするとは思わなかった。ドラウニーアめ…死んでも僕らを追い込みたいようだね…っ」

 

 美麗の顔が焦燥に崩れている、カイトの本気の焦りを見た加賀は思わず息を呑んだ。そして──カイトの次の言葉に、更なる衝撃が走る。

 

「加賀さん、タクト君たちを呼んで来て。それから出来れば「あの御方」も…どうやら()()()()()()()()()()()()()()()()ようだ…っ!」

「…っな!!?」

 

 カイトの口から飛び出した情報は、沈着冷静であるはずの加賀の顔さえ崩して見せた。驚き狼狽を隠せないフタリは、急いでそれぞれの次の行動へ移るのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──???

 

 ここは地獄、百鬼蠢く「最果て」の海。

 瘴気漂うその海は、空は血のように赤く染まり、水は濁り腐って鼻につく。そこは深海に堕ちしモノたちの白い黒い影が、彼方此方に見受けられた。

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️ーーーッ!!』

 

 

 地獄に響く獣のコエ、コエ、コエ。叫びは廻り輪唱する、何かが昂るように、何かに怯えるように。

 獣たちは囲み見やる、大きなオオきな円を描くように、海に描かれた「紋様」を。

 何かを封ずるようなそれは淡い光に包まれると──程なく掻き消えた。

 

 

 ──すると何と、空気が震え出すではないか。

 

 

 ゴゴゴ、ゴゴゴ、大きな揺れは世界を終わらせんと勢いよく。

 

 見ると獣たちの円中心から、泡も噴き始めた。

 

 ブググ、ブググ、煮え立つ気泡は世界の終わりを告げ知らす。

 

 ──瞬間、紋様のあった場所の下から「何か」が飛び出でた。

 

 空中で静止するその影は、見ると()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 

 

 ──嗚呼、額に生え揃う二本角は、正に鬼のように雄々しく。

 

 

 ──嗚呼、漆黒に染め上げた巫女装束は、正に舞姫のように美しく。

 

 

 ──嗚呼、腰から伸びて空に踊る天衣(てんえ)は、正に天女のような荘厳だ。

 

 

 

 然りとて彼女が上げた顔、そこに映り込む表情に誰しもが悟るだろう。

 

 

 ──この荒々しく残忍性を秘めた笑みは、正しく「鬼神」であると…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──HEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEY!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『◾️◾️◾️◾️◾️ーーーッ!!』

 

 鬼神が高らかに吼え猛ると、周りの有象無象もまた吼える。

 

『………フッ!』

 

 眼下に広がる地獄を見た鬼神は──その様相に、ただ嗤うのだった。

 

 

 ──世界は終わる、粛正される。鬼神の荒ぶる御力(おんりき)にただ為す術無く──

 

 

 ──????編に続く。

 

 




 ※ここから先は補足事項やら作者の雑談となります、余韻を残したい人は一旦ここで切ることをオススメします。

 ・・・

 はい、もう分かり切っていると思いますが「もうちょっとだけ続くんじゃよ?」展開となりますー申し訳ございません!
 ルルブに記載されたこのお話の元になったサンプルシナリオでは、クロギリでの事件解決後にラスボス戦に突入する…と、そんな流れだったと思われますが。

 結論から言いますと…もう「二章分」あります、私の頭の中には。

 はい~創作物あるあるの「無駄に設定生やし過ぎた代償」でございますぅ、長いですよねぇ嫌ですよねぇ。本当に、いつも長たらしい話なのに観て下さっている皆様には、感謝申し上げます。それでも最後までお付き合い頂ければ嬉しいです。
 次の海域は「オリジナル海域」での話となります、消去法というかどう見てもヒロインは「金剛」なのですが。彼女がこれからどうなるのか…気になるところですが今暫くお待ちください、そして遂に拓人クンの・・・おっと?
 皆さんきっと「これ終わるのか?」と思われてるでしょうが、私もここまで来て投げ出すことはありません。失踪でもしない限りは最後まで書き切る意欲ですので、完結までどうかよろしくお願いします!

 …後1~2年ぐらいかなぁ?


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サイハテ海域編
過去の因縁、未だ断ち切れず


 皆さま大変お待たせしています、いよいよ新章突入です。
 今回から当小説オリジナル海域を中心に、物語が展開していきます。気になる海域名は──

 ──"サイハテ海域"です。

 これからどのようになっていくのか、閲覧者の皆さまも興味の引くことだと思われますが…ここでちょっとしたお知らせ。
 前回から遅れた更新ですが…今後2〜3ヶ月の間は、今回のようにお待たせしてしまうことが多くなると予想されます。本当に申し訳ありません。
 理由としましては、毎度のことですが仕事がこの時期特に忙しくなり、更に私事で周りがゴタつき始めていて、とてもゆっくり執筆している時間がないからです。
 リアルが憎い・・・終盤に差し掛かってこの為体(ていたらく)、本当にすみません。何とか合間を見て書いていきますので、これからも宜しくお願いします。
 では本編ヘ、いつもよりかは文量少なめですがその分小難しいことを書いてるので、先の展開を予想しながらお待ち頂ければ。

 では行きましょう…どうぞ!



・・・・・

 

 

 

 

 

・・・

 

 

 

 

 

・・

 

 

 

 

 

 ──かつて世界は、暗雲に包まれていた。

 

 海に現れし世を混沌に陥れるモノ、巨大な黒泥の魔物を迎え撃つため、人類は「艦娘」というヒト型兵器を用いて必死の抵抗を続けていた。

 だが…状況は未だに拮抗、寧ろ魔物の方が押し返す勢いがあった。このまま行けば…人類は「破滅」するやも知れない。

 

 ──そんな中、暗闇が厚い雲となり空を覆い隠す海上にて、一隻の「船」から遥か先を見据える男が一人。眼前は黒に染まってしまった水平線があるだけで、何も見えない筈なのに…その男は確りと目線を合わせ動かさない。

 

「──元帥閣下!」

 

 ふと元帥と呼ばれた男は、その耳に届いた声の主の方を見やる。ざっと見ても弱冠10〜20代の少年が男の目に映ると、彼はニコリと少年に対して笑みを向けた。

 

「やぁ。報告かい?」

「はいっ、現在の戦況を把握したのでお伝えします。しかし…あまり良い報せではなく、艦娘はあの怪物たちとの戦いに劣勢を強いられている模様です」

「そうか…」

 

 男はその報告に哀しみに溢れた顔を浮かべる。そして表情を厳しく引き締め直し再び真正面の暗闇に視線を移すと、独り言ちに言葉を投げた。

 

「哀しいものだな? 私の元居た世界でもこのような血の飛び交う戦争が頻発したものだが…世界が変わろうと人の在り方は変わらないか」

 

 男の悲哀の込もった文言に、隣立つ少年は男の方を確りと見据えて自身の考えを話す。

 

「そうかも知れませんが、失礼ながら戦争とは相応の利益を求めて、人の理念や価値観を含めて衝突する人間同士の争いと心得ます。ですがこの戦いの相手は…()()()()()()()()。見るも悍ましい黒い泥の怪物です、であればこれはその怪物から人類を守るための、本来なら有り得ない異質な戦いであります。人の在り方を言われるには本質的に間違っているかと」

 

 少年の年にそぐわぬ利発的な言葉に、男は心底嬉しそうな満面の笑みを向けた。

 

「その通りだ。しかしてその実は似通っている部分もあるだろう? 理由ありきの戦いが戦争であれば、世に存在するモノ全ては「ケダモノ」だと私は思う。我々も含めたそのモノたちは己のため他者を蹂躙しなければならないという「理由」がある、そうしなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()そうするしか手立てが無いんだ、強いて言えば「本能」だね。化け物だろうが人間だろうがそこに然したる違いはないだろう」

「閣下…それは「屁理屈」と仰るのでは?」

「ははっ、否定はしないよ? それにもう一つ…あの怪物は人の「負の感情」から生まれたと定義されていると聞くしね」

「っ、魔法学の「精神魔源論」…ですか?」

 

 この世界における普遍的な技術である「魔法」を理論化した「魔法学」、その中で人の体内においてマナを最も活性化させる要素は精神である、そう意義付けた論文こそ「精神魔源論」である。

 人とマナには密接な関係がある、故に体内に取り込まれたマナは人間の中に存在する「負の感情」によって汚染され、その過程で人に感化されたような感情や意識を芽生えさせる。

 そうした負のエネルギーが「穢れ」となり海の魔物──海魔──を生み出した、それは海魔を逐次観察、実験を繰り返した魔術師によって「海魔はマナの穢れから出来ている」ことを明らかにしたことで見えた事実だった。

 つまり生命の源が人の悪感情により汚染され、それが体外に()()されたことで黒い泥という「意志のある魔物」となった…精神魔源論を引用した「海魔発生は人の欲望が起源説」である。

 

「そう。であれば…あの化け物たちが元は人から生まれたというなら、ある意味ではこの戦いは、我々の負の感情が生み出した我々自身との戦争だ、人間同士の戦いに相違無いだろう。それにね…故意では無いにしろ人の身勝手によって生まれた半身を「怪物」と見做すのは、少々早計ではないかな?」

「…確かな弁解ですね、申し訳ありませんでした。貴方の思慮深さに気付かない失言でした…お許し下さい」

「何、君はまだ若いからな? 血気盛んなことは良いことだよ、行動に迷いが無くなるからね。とはいえただ動くだけでなく「慎重かつ大胆な行動力」の均衡を保つことが望ましいが、そこは経験を重ねればどうとでもなる…おっと、若き艦隊指揮官殿に言うべきことではなかったな?」

「いえ、ご助言感謝致します。連合司令長官たる貴方のこれまでの聡明なご判断により、戦況は覆ったと言っても過言ではありませんので。第一…貴方にとって異世界の学問である魔法学を説かれたことで、自分の力不足を今一度認識出来ます。閣下にはいつも頭が下がる思いです」

「ははっ、世辞が上手いなぁ君は。しかし…フフ、魔法か。本当に異世界に飛ばされてしまったようだな、私は」

 

 男は顔こそ笑っていたが、頭を俯いたその表情には確かな「哀しみ」が浮かんでいた。少年はそれをただ見ているだけしか出来なかった。

 

「閣下…」

 

 少年の眼差しに心配の色を見た男は、何でもないよと微笑みながら少年に向き合う。そんなやり取りを経て二人は次にどうすべきかを話し合う。

 

「さてどうするか…このまま戦ってもジリ貧であることは確実、今のうちに手を打たなければ。例えば艦娘をサポート出来るような兵器を新たに製作することは可能かな?」

「はっ、私もそう考え至ったので装備開発部隊に新兵装を造らせるよう手配しました。どうやら獣の狩猟本能を活かした動物型自立兵器と成る模様です」

「流石だ。しかし…獣か、ちゃんと首輪を着けて貰わねばな。冗談でなく暴走の危険性もある」

「分かりました、緊急停止措置を取れるように開発部隊に伝えます」

「頼むよ。しかし…それだけで足りるとはどうしても思えない、もっと確実な方法で殲滅出来ないものか? 艦娘の建造スピードも落ちて来ているようだしね」

「そうですね、敵も各海域拠点の「工廠」を狙っているモノも出始めていますので、復旧にも時間が掛かるかと」

「…やれやれ、後手に回らないよう上手く行動に移さなくてはならないが、前世のことがどうしても引っ掛かる。急いては事を仕損じるとも言うしな? こういう危機的状況こそ落ち着いて周りを見て行く必要がある…もっとヤツらを一網打尽に出来る方法はないものか?」

 

 男が考えあぐねていると、少年は少し戸惑いの色を見せつつ話を切り出す。

 

「元帥閣下、意見具申を申請したく」

「ほぉ…許可する、言ってみなさい?」

 

 少年の迷いを払拭するように柔らかな笑みを浮かべ、優しい声色でそれを肯定する。男の温かな配慮を受け取った少年は…それに気付くとフッと微笑みを返すと、顔を引き締め直して本題に入った。

 

「魔法学の中のとある「魔術」を行使すれば、或いは…海魔を退けることが可能やも知れません」

「成る程。先ほどはああ言ったが私はその辺りは疎いからな、詳しく聞かせてほしい」

 

 少年の提案に興味を示した男は、疑心を持つどころか間を入れずに詳細を少年に促した。少年は彼の「寛大さ」に心底感服しつつもある魔術について語った。

 

「それは──」

 

 少年は男に、海魔たちを退けるための「秘策」を伝える。全ての内容を把握した男は──「おぉ」と感嘆を漏らすのだった。

 

「それが本当なら、確かに妙案だろう。だが…出来るのか?」

「それは…失礼ながら絶対の保証は出来ません、しかし海魔の発生地点の大まかな位置は掴んでおります。そしてそれら反応が一時的に多くなる場所も同様に」

「何? ヤツらにも「拠点」があるということか?」

「はい、海魔はどんなに数多く倒しても直ぐに戦力が補充されキリがありませんが、これだけの大群が押し寄せて来るのは…そこに「大元」が居るからに違いありません、一時的に探知される多くの反応は大元から「分裂」した各個体だと推測出来ます」

「では…先ほどの方法でその大元を退けることが出来れば」

「そうです、海魔は新しい個体を生み出せなくなり…後は残存勢力を叩くことが出来れば、この戦いに終止符は打たれます…っ!」

 

 少年は確信を持って大戦の終結を宣言した、男もそれに異論は無かった…だが「懸念点」はあった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()? 君の話の通りに言えば、それには「代償」もあるのだろう。君は誰にそんな危険なことをさせようとしているのかな?」

 

 男は爽やかな声色を崩さずかつ何処か威圧めいた言葉の重圧を、少年に向けて言い放っていた。それは少年の考えの全てを「見抜いた上で」の言動だった。

 

「っ、それは……」

 

 少年はその先を言い淀んでいた、それは確かに残酷な判断であり危険な賭けでもあったが、それでも「彼女」ならば期待以上の成果を出してくれる筈…と絶対の自信に近い「信頼」がある。しかして現状彼女に「甘えている」ことも然りであった。

 男も甘えるな、と言いたいのではない。追い詰められた戦況を鑑みればそれに頼らざるを得ないのは明白、それを否定する所以も無し…だがそれは彼女を「犠牲にして」戦いへの勝利と平和を掴み取ろうというもの、戦場は許そうとも「人心の観点」からは許されなかった。

 

「本当にそれで良いのかい? 確か君は彼女に…」

「いえ。それこそ関係ありません、私も若輩ながら軍人の端くれ。彼女への好意は……否定はしません、それでも私は…彼女に「死んでくれ」と宣います。それが世界の平和……罪無き民を救うことに、なるなら…っ!」

 

 自身の非情な言葉に思わず打ち震え出す少年の肩、男はその肩にそっと手を添えると、諭すような口調で自身の考えを話す。

 

「怖いだろう、愛する者たちを犠牲にしなければならないということは。かつての私が生きた世界では、それが当たり前だったんだよ。だが…私は一度死んだ折に世界の叡智を垣間見て来た、だからこそ発展に犠牲は付き物だと悟ったし、だからこそ…それがどんなに「虚しい」ものか、理解したんだよ…やっとね?」

「閣下…ですが私は」

「かつての私なら、戦争に勝つためなら如何に犠牲を払おうとも、敵の中枢を叩くべきだと言ったことだろう。しかし今は、君のような若く次代を背負う者の負担を、少しでも無くすことが出来まいか、そう思っているのだ…遅すぎたぐらいだがね?」

「っ…有り難き御言葉…で、す。く……っ!」

 

 少年は男の言葉に涙が止まらなくなる、肩で息をする少年に対し男は黙って微笑んでは好きなだけ泣かせていた。

 

 犠牲は少なくかつ戦争にも勝利する、そんな都合の良い「夢絵空事」のような願いは現実に通ずる筈は無い。

 

 それでも人はそれに向かい近づくため──徒労と知りながらも──尽力しなければならない、叶わないと疑いながらもその先の「夢ある未来」のために。

 

 男は彼女を犠牲にしない方法を模索しようと少年に告げると、少年も俯きながら「はい…」と涙を滴り落としながら言ってそれに同意する。

 

 

 ──だがしかし、それは所詮彼らの意思…()()でしかなかった。

 

 

「……」

 

 男たちの後ろから足音が響く、二人がそちらへ振り向くと…そこには件の「彼女」が居た。

 

「…っ! 聞いていたのか?」

 

 少年の問いかけに彼女は軽く頷くと、続いて男の方を見遣った。その真っ直ぐな視線には「行かせてほしい」と、彼女自身の「意志」が見て取れた。

 

「…そうか、ならば……我々には口出しする権利は無いな、残念だが…本当に感謝しかないよ」

「…っ、すまない……君を頼りにしてばかりだったのに、こんな…(むご)い仕打ちを……っ!!」

 

 男は彼女の自己犠牲に心からの謝意を表し、少年は再び涙を流しては彼女に対して謝罪を繰り返した。彼女は少年に「泣かないで」という気持ちを込めた微笑みを向ける。

 

「改めて命令させて頂く、本日より艦隊は機を窺い次第敵中枢へ突撃、敵の大元を見つけることを優先されたし。海魔の大元を発見した後君はそれを──己に代えても排除してくれ。責任は私が取る、この戦いで…世界の命運が決まるだろう。…どうか君に幸運を、死なないでほしいと言えない愚かな私を許してくれ」

 

 

 

 ──()()

 

 

 

 男が哀しい眼で彼女の決死を宣言すると、その視線の先──巫女服に袖を通した美女は、一つ頷いて了承した。

 

「YES、マスター。このイノチは…貴方と世界のために」

 

 死の覚悟を湛えた瞳で男を見つめては忠誠を見せる彼女は、次に暗闇で境界の見えない水平線をしっかり見据えると、闇の中に潜む「敵」を静かに燃ゆる闘志の宿る眼で睨み付けた。

 

 今こそ決戦の時、彼女は今──愛するモノたちのため、世界を害する怨敵と対峙する。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──現代、鎮守府連合最上階の一室。

 

 かつての大戦から数十年の時が経ち、記憶を反芻していた人物は晴れ渡る空の遠く彼方を、大きく開けた窓から見つめていた。

 

「……」

 

 その顔の表情としては、思い返して懐かしいだとか、あの時「彼女」を止められなくて悲しいだとか、感傷に浸るものでなく──あくまでも顔を引き締めこれから起こる戦いに臨む「使命感」を湛える、険しくも勇ましいものだった。

 

 ──コン、コン。

 

「…入りなさい」

 

 来訪者がドアをノックすると、嗄れた声で入室を促した。しかし直ぐに扉が開くことはなく…暗がりの部屋が開け放たれるには少しの間を置いた。

 ドアの向こうから顔を出したのは──青い袴の美女「加賀」である。加賀は薄暗い部屋の中央に佇む背中を見て、驚きを隠さない。

 

「っ! …総帥、閣下…貴方が私たちの前に姿を見せるなんて」

「ワシがここに居ては不味いのか?」

「い、いえ! 申し訳ありません…失言でした」

「なあに、誰にでも口から先にモノを言う時はある。…ほれ、報告があるのじゃろう?」

 

 鋭く低い声色を崩さず来訪者に用事を促す人物──白髪の老人は背を向けたまま顔を少しだけ振り向いては、同じように刃物のようなギラついた視線で加賀の居る方を見遣った。

 催促された加賀もいつも通り…でなく、少し緊張した面持ちで伝言を伝える。

 

「カイト提督が呼ばれております、至急彼の執務室へいらして下さい。緊急事態の発生に伴い作戦会議を開きたいと」

「分かった、伺おう。元よりワシは()()()()()()()()()()()()()()

「…報告は以上です、失礼します」

 

 加賀はそれだけ言うと外側から扉を閉めて、そそくさとその場を後にする。老人の含みのある言葉が引っ掛かりはしたが、今はそれを是正する暇もないので要件だけ伝えるに留めた。

 再び部屋に薄暗い影が広がるも、残された老人は何かを思案する様子で微動だにしない。彼がその重い腰を上げた時こそ…事態が大きく動くのだ。

 

「さあて…役割を果たすとするかの」

 

 老人は何処か悲しく、そしてどこか嬉しく思いながら独り言ちに呟いた。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「……」

 

 廊下を小走りに駆ける加賀は、ふと立ち止まると総帥と呼ぶ老人の思惑を考えていた。

 あの戦いの「真実」を知るのは当時の戦争に身を置いていた者たちでも一握りしか居ない。それは総帥は勿論として海魔の大元と対峙した加賀や残りの「選ばれし艦娘」、後は当時の連合幹部とその子孫辺りぐらいだった。

 今直面している緊急事態は、その真実に触れる出来事であった。それを踏まえても今まで姿を見せなかった総帥の出現は、ひた隠していた大戦の見えざる事実を「口外する」…そんな覚悟が見て取れた。

 

 ──それでも「とても良いタイミング」過ぎると思うのも、仕方ないことだった。

 

 鎮守府連合結束以降、その姿を現すことは無かった総帥だったが…まるで見計らったように現れた先ほどの場面を思い返すと、加賀には何か嫌な予感が過ってしまっていた。

 

 総帥は何かを隠している、それも──大戦の秘密を知る自分たちにも解らない、根幹を揺さぶるような秘密を。そんな良からぬ考えがどうしても拭えない。

 

「…イソロク様、今が…その時だと言うの?」

 

 加賀は右手人差し指に嵌めた「指輪」を見つめては、問いかけるように言葉を溢した。

 

「いえ…今は考えても何も得ない、急ぎましょう」

 

 そう言って加賀は再び走り出すと、次にこの現在世界の抑止力たる「彼」の元へ向かう。

 

 ──果たして、今真面(まとも)に話せる状態であるのか、そんな不安と心配を抱えながら。

 




 今更だけど皆大好き「どシリアスタイム」は~じま~るよ~!


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呑まれる心、支える信頼

 皆さま随分とお待たせしてしまいました、不肖謎のKS、只今帰還いたしました…!

 …大げさ? いやぁ色々死線を越えた気分なので。

 本格的に再始動するのは、もう少し先になるかと思われますが…これから少しずつ投稿スピードを戻せたらと思います、どうぞよしなに。

 では早速…と言いたいのですが、ここで小ネタを一つ。少し長いので興味ない方はどうぞ本編ヘ。

 実は私には昔からやってる癖のようなものがありまして…それは気色悪いことに「自分の作品に妄想OPをつける」というもの。

 勿論それは小説を書くようになってからも変わらず、既存の作品のOPだろうがなんだろうが、私がこれだ! と思ったものは容赦なくそれを聞きながら構想(妄想)を膨らませながら書いている次第です。

 …で、このサイハテ海域編の妄想OPは、「Bi○H様の○○○reo ○○○ure」なのですが…もうお分かりでしょうが彼女たち、今年だか来年に解散するんですよねぇ…?
 そんなぁ~って感じで。車の運転中にラジオで偶々歌を聞かせてもらった時に「これだっっ!!」って電流が走ったのは今でも覚えています、なので誠に勝手ですが御礼を。ありがとうございました! にわか清掃員より。(で良いのかな?)

 他の海域編の妄想OPも、機会があれば話して行きましょうかねぇ? 全てのお話が終わった後にはなると思いますが?

 長くなってしまって申し訳ありません、それでは本編ヘ…どうぞ。


 ──鎮守府連合総本部、医療エリア病室。

 

 様々な設備施設が設置されている連合総本部、その中でも特に重要視されているのは、傷ついた連合職員や艦娘を休ませる「医療エリア」である。

 医学優秀な医療スタッフの充実、病床総数も有に千を越え、リハビリ施設等のアフターケアも完備。どんなに深い傷であれ「治す(直す)」ことが可能、それは戦による負傷者の多い昨今の状況を反映した結果、そしてあの忌まわしき鎮守府崩壊事件(さんげき)からの反省故の発展、進化であった。

 この「絶対救命」を是とした医療エリアであるが、それでも治せないものがある、それこそが──"心"に纏わる病、又は症状。

 精神医学と呼ばれるものもあるが、異世界と言えど心や精神の治療技術は──表向きは──目に見える異常への対処が可能な程度、魂と言った表に出ない症状は治しようが無いのだ。

 医療エリアの一室にて寝台に伏せている少女──金剛が未だに目を閉じて寝たきりなのも、彼女が魂に見えない傷を負ったから。

 その証拠に自然治癒により目を覚ますことを願っての延命措置として、彼女の手首に点滴、ベッド隣のサイドモニターに心電図を映し出しては、彼女の容体を安定させかつ逐一様子を観察している。

 

 果たして金剛の覚醒は叶うのか──それは誰にも判らない。心の全てを解き明かせる者など、幾万の世界あろうと存在しないのだから。

 

「……」

 

 復活は絶望的な金剛、彼女が眠るベッド隣には丸椅子に腰掛けてはただ黙って見つめる男性…彼女にとっての想い人である「拓人」の姿があった。

 その顔は自身の不甲斐なさに怒るでもなく、悲しみに歪むでもなく、ただ虚無感に満ちている。金剛の永遠に覚めないような眠り顔を見続ける後ろ姿は、今にも何処かへ行ってしまいそうな「危うさ」があった。

 然もあらん、金剛が永遠の眠りとも言える状態に陥ったのも、全ては己の不甲斐なさが原因。全ての真実を知ったあの時から…崖から突き落とされたような不安に支配された拓人は、隙を見せたことで金剛に庇われる惨事を引き起こしてしまう。

 今の拓人はそれまで道標として辿って来た「胸の中で灯っていた火」が消えて暗闇の道に放り出された感覚だった、何処を歩いているのかも判らない…恐怖やら絶望やらが渦巻いて「呆然自失」となってしまっていた。

 

 ──途方に暮れる彼の背中に響く扉を叩く音、そして彼を尋ねる声が。

 

『──タクト、マユミだよ? 調子はどうかな?』

 

「………」

『…開けるね?』

 

 静かに開かれた扉の向こうから、栗色の髪をした少女が入って来る。

 マユミはトモシビ海域に在る百門要塞のレストランで働いているので、普段はそこの制服を着用しているが…今は病人の前というのもあり、茶系の服装で色を抑えている。ブラウスとロングスカートにブーツと、いつもの明るい彼女とは違う少し大人びた雰囲気だ。

 そんな彼女は拓人の哀愁漂う背中を見ると、自身も哀しい気持ちとなったか眉間に皺を少し寄せた。そして拓人の隣に丸椅子を引いて座った。

 

「…エリちゃん、目が覚めないね?」

「………」

「大丈夫だよ…って気軽に言えたら良かったんだけど、ユリウスさんから話聞いてたらそう上手くいかないみたいでさ?」

「………」

 

 マユミの話にも拓人は黙(だんま)りを貫いた、というより「受け答えする余裕がない」というのが正しいか? それを踏まえてかマユミも何も言わずに話を続けた。

 

「今ユリウスさんがエリちゃんを治すために頑張ってくれてるけど、この植物状態から治すには「先代金剛」っていうエリちゃんじゃない元の金剛の…精神データ? っていうのが必要らしいの。それが有ればエリちゃんは目を覚ますってユリウスさんも言っていたけど」

 

 マユミの言葉から察するに、金剛を元に戻すには彼女の半身である「先代金剛」のココロを修復しなければならない。言うは易しだが疑問が残る課題だろう。

 

「…でもね、ユリウスさんが「どうやって金剛のデータを集めるかが課題だ」って言ってて。ドラウニーアがエリちゃんたちを先代金剛に仕立て上げようとしていた時に、エリちゃんが金剛に選ばれた…だよね? その時に先代金剛のデータを…「消去」しちゃったみたいで…海底研究所の研究データにも残ってないんだって」

 

 ドラウニーア、ユリウスの所属していたかつての裏組織「TW機関」は、陰で違法な研究、艦娘を使った非人道的な実験を繰り返した。それが連合に露見した後解体された機関だったが…研究員たちは事前に逃走しており、その後の足取りも分からなかった。

 しかしボウレイ海域の事件後に発覚した事実として、ボウレイ海域下の海底研究所にて「金剛を自分たちの最終兵器にするため」の器を探す実験をまたも繰り返していた。その際「エリを含めた数名の少女」が、人体実験という地獄の犠牲になり、ドラウニーアは器を見極めた後機関から持ち出した「金剛の精神データ」を用いて、現代に金剛を蘇らせようとしていた。

 しかし彼女たちの選別が終わり迷いなく実験に使ったデータを用済みとし、消去したのだという。あの男のことなので()()()()()()()()()()()()()節さえある。

 金剛のデータが無い以上、今すぐ金剛を復活させることが、事実上「不可能」であるという結果となってしまった。クロギリ海域に赴く前に開かれた会議でもユリウスは「金剛はこの世から居なくなった」と言及しており、新しく精神再現データを調達するのは難しいだろう。

 

「…っあ、そうは言っても出来ないってワケじゃないよ! 元のデータにすることは無理かもだけど…確かエリちゃんが戦っている時のデータがあるっていうから、それを代用出来ないか考えてくれてるんだってさ! その…データ化に時間が掛かっちゃうみたいだし、どうなるかも見当がつかないって…言ってるけど……」

 

 マユミは希望を掲示するも、その言葉には何処か自信がなかった。

 その後もマユミはポツポツとエリがどういう状況に陥るのかを話していく。データ代用が成功すればエリが生き延びれること、しかしリスクも膨大であること、失敗すれば今度こそ「息絶える」という危険があるということ。

 リスクとは、一度艦娘化したヒトの魂を無理に復元しようとすること自体「前代未聞」ということ。

 ただでさえ人の心、精神は繊細で不安定であるのに、艦娘として改造された金剛のココロには再現された先代金剛の人格とエリとしての人格の二つが共在している、そんな「触れただけで爆発するような」魂を完全修復でなく代用復元する…これだけ聞いてもエリが危険な状態であると理解するには十分である。

 仮にその施術が成功したとしても、エリの戦闘データだけでは元の「艦娘金剛」として成立するかは怪しかった。最低でも艦娘として戦えなくなる可能性…それだけならまだしも、精神に予想だにない拒絶反応が起こり得ることも考えると、最悪ココロが壊れ二度と目を覚まさないことも有り得た。

 

 ここで選択すべき行動は二つ、可能性を信じて代用復元を試すか、目覚めを信じて彼女を()()()()()()()()

 前者は失敗すればエリのイノチは無くなる、後者も事実上彼女の「死を受け入れる」ことになる…容易に選び取れない残酷なものだった。

 

「ユリウスさんは…全力は尽くすがもしもの事態も考えた方が良いって、リスクを冒すよりそのまま寝かせてあげるのも一つの「選択」だって言って。…酷いよね? でもそう言ってるユリウスさんも…苦しそうだった」

「………」

「私…もう、どうしたら良いのか分からなくって。ねぇタクト…こんな大変な時だけど聞いても良いかな? エリちゃんをこのままにするのか、助けたいのか。…貴方ならどうする?」

 

 友人に近づく死を目の当たりにしショックを隠せないマユミは、懇願するように隣で意気消沈する拓人の顔を見て尋ねた。

 

 金剛復活を諦めエリとして永遠の眠りに就かせてあげるべきか、それとも死ぬ可能性があろうとも金剛復活を願うか。どちらにしろ…金剛並びにエリの生還は「絶望的」であった。

 

 …無慈悲な話ではあるが、マユミも何処かで「高を括っていた」のかもしれない。拓人であれば…自分の知る拓人であれば、絶対に金剛を、愛する仲間を諦めたりはしない。「絶対に見捨てない」といういつもの強い意志のある一言が聞ければ、それだけでマユミにも希望が持てたのだ。

 

 

 ──だが、彼女が耳にしたのは…全てに行き詰った男の「嘆き」だった。

 

 

「──そんなの、僕が知る訳ないだろ」

 

「…えっ?」

 

 マユミはあまりにも期待した言葉とは程遠い暴言に、素っ頓狂な声を出してしまった。

 拓人の怒り、悲しみ、憎悪…全ての負の感情を乗せたような鋭く低い声色を目の当たりにし、マユミは思わず次の言葉を出さずに固まってしまう。そんなことはお構いなしに、拓人は自身の現状をぶちまけた。

 

「こっちだって聞きたいぐらいだよ、金剛は僕を庇ってこうなったけど「誰も助けてほしい」なんて言ってないんだから。僕はさ…()()()()()()()()()んだよ? 厳密には違うかもだけど…もう僕にこの状況をどうにかするだけの力は残っていない、そんな僕に何を期待するの?」

「…ぁっ、ごめん。そんなつもりじゃ」

「大体さ。ドラウニーアの言うことによれば…僕はいつかこの世界を「滅ぼす」かもしれないんだってさ? それもそう言われたらそうだよね、僕は何も知らずに妖精さんの言葉だけを信じてここまで来てたんだ。ドラウニーアを倒して世界を守ることが僕の使命なんだって、そうすれば全部上手く行くって! 信じていたんだ…。

 だけど何? ドラウニーアこそ世界をどうにか救おうと動いていて? 本当に悪いのは世界消滅を企んでいた妖精さんだって? 妖精さんにとって邪魔モノだったアイツを消すために、僕は良いように利用されていた「木偶人形」なんだってさ…今まで守るために戦っていたのに、いつの間にか「逆に壊す手伝い」をしてたって! 世界を壊す手伝いを?! ははは! 笑っちゃうよねぇ!!」

 

 堰を切ったように感情のまま喋り出す拓人、その表情は笑っているのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、まるで分からない深く暗いものだった。

 マユミは知らない内に「地雷」を踏んだことを自覚し、何とか拓人を落ち着かせようとする。

 

「…ごめん。私も詳しい話は聞いていなかったから、嫌な気分にさせちゃったよね? でも…私はそんなの気にしすぎだと思うよ、だって…ドラウニーアが言ったことなんでしょう? 世界を滅亡させようとしたヒトの言うことなんて…!」

 

「マユミちゃん…ドラウニーアの言っていたことは無茶苦茶だったけど、世界をどうにかして「救いたい」って気持ちは確かにあったんだよ。それにアイツは…僕よりも「先」を視ていた、僕と似た能力で…これから起こることを予見していた。それに対してアイツは()()()()()()()()、僕にはそれが理解出来た…一歩踏み間違えてたら、僕だってそうならない保証は無かったから。アイツが「道を間違えた僕」だってムカつくほどに解ってしまうから。

 現に僕は…ボウレイ海域の一件から妖精さんの姿を見ていない。彼女がどうして未だに隠れているのかは謎だけど…後ろめたいことが無ければ今頃、拓人さ〜んってどこからともなく暢気な声が聞こえて来ると思うんだ。でも…()()()()()()、まるで最初から居なかったように!

 …っ、僕だって、どうしたら良いのか、もう分からなくなっちゃったんだ。だからあの時…ドラウニーアが僕を狙って決死の攻撃を仕掛けた時、僕はその運命に身を委ねようとした。そうすれば…最悪の事態は避けられるって、その時は……本当、に…そう、思ったん、だ………っ!」

 

「っ! タクト…!」

 

 全てを曝け出した後、拓人は悲しいのか、悔しいのか、訳も分からず瞳から滝のような涙を零し、膝に置いた両手で握り拳を作っては全身を震わせていた。

 拓人の計り知れない後悔や不安を観て、マユミは先ほどの自身の甘えた考えを恥じた。今の拓人は友人の不幸に苛まれる自分とは、全く別次元の「暗闇」に包まれ嘆いているのだから。

 

「僕の方こそ教えてよ。一体僕は…これからどうなるんだよ、全部無駄だったとでも言うのか? 世界を、艦娘を、身近な人たちを守るために()()()()()()()()()()()()()()()!? 一体どうすればこの苦しみが終わるんだよっ!? …教えてよ……教えて、くれよぉ…っ!!」

 

 拓人の悲痛な叫び、全てをやり切った後に見た「果てしない暗闇」を前に、行き場のない全身を蝕む恐れに悲憤慷慨(ひふんこうがい)する様を見て、マユミも同じく奈落の底へ突き落された気分となった。

 

「タクト…私は」

 

 マユミがそれでも二の言を捻り出そうとした時、彼らの背後から声を掛ける人物の影が。

 

「──タクト君、ここに居たのね?」

 

「っ! 加賀さん…タクトが」

 

 扉付近から姿を見せた加賀、マユミは彼女を一瞥すると助けを乞うように言葉を投げた。だが…。

 

「…そう、大変だとは思いますがこちらも急用ですので。カイト提督が貴方と艦娘たちに招集を掛けています、天龍たちには既に事は伝えてます、貴方も急ぎ彼の執務室へ」

「そ、そんな! タクトは今…!」

「…分かり、ました」

「っ!? タクト…!」

 

 加賀の非情な一言に言い返す気概もなく、拓人は言われるままふらふら立ち上がると、そのままカイトたちの居る執務室へ向かおうとする。

 

「待って、タクト! 今の貴方は!!」

「……もう、いいんだよ。今のは僕の…我儘だって解ってるから」

 

 マユミの制止に対し「要らぬお節介」と吐き捨てるように言うと、彼女に振り向くことなく拓人はカイトたちの下へ歩きだした。

 

「…どうして、加賀さん。貴女にだってタクトが変だってことぐらい」

 

 マユミの怒りが込み上げ震える言葉尻に対し、加賀も冷静に切り返す。

 

「確かにそうね。でもね…こちらもここまで緊急事態が続くことは想定していなかった、ドラウニーアが斃れた今なら少しは余裕が出来るとは思っていたけど…そうも言っていられない事情が出来たの。

 ここで彼にずっと金剛を看ていてというのは簡単よ、それでも…こんな未曽有の危機を解決出来るのは、彼らしか居ないわ。勿論彼らだけに任せるわけにはいかないけど。

 私は…どんな状況であれ、ヒトは信頼に応え続けなければならないと思う。それがどんなに損な役回りでも、そのヒトにしか出来ないのなら、代わりが居ないなら猶更よ」

「っ、何それ…そんなのタクトを良いように使っているとしか思えないよ!! エリちゃんに対する気持ちだって…まだ整理出来て居ないでしょうに…っ!」

 

 あまりに横暴で、しかし現実を捉えた一言にマユミは怒りを吐き散らかした。

 どちらも理性面からも感情面からも「正しい」ことを言っているが、結局迫りくる現実を何とかするために、人はどんな窮地に立たされようとも足を動かし、得物を握り締めた拳を振り上げねばならないのだ。

 

 ──それがきっと、生きるということの「負側面」なのだから。苦しみのない人生など「生きている」とは言えないのだから。

 

「…そう、貴女はタクト君の力になりたいのね? なら…貴女が何かをしてあげたら良いと思うわ、私には彼をどうすることも出来ないけど、貴女にはきっと出来るわ。それもまた…「信頼に応える」ことに違いないのだから」

「っ!」

 

 加賀の的を射た一言に、マユミはハッとした表情を浮かべると、自分が今まで冷静でないことに気づいた。

 

「…ごめんなさい、加賀さん。私…」

「良いのよ? こんな状況ですもの、誰だって焦りもするわ。…これからタクト君は更なる佳境に立たされるかも知れない、その時は…貴女が支えてあげてね?」

「…はいっ!」

 

 マユミの自身に向けた熱の込めた視線と、発した一言に入った「決意」を感じ取った加賀は、口角を少し上げて微笑むとそのまま拓人の後を追いかけた。

 

「……私に、出来ること」

 

 マユミはそう呟いては、焦燥に駆られた拓人に対し「自分にしか出来ないこと」を模索していく。

 

 その横で金剛は、静かな息を吐いては目覚めるかも解らない深い眠りに陥っていた…。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──鎮守府連合本部、幹部執務室。

 

 カイトの招集に駆け付けた天龍、望月、綾波、野分、翔鶴、そして…拓人の名も無き鎮守府艦隊一同は、執務机前に立つカイトと加賀の前に対面する形で整列していた。

 

「…タクト、大丈夫か?」

 

 天龍の問いかけに、拓人は少し腫れぼったい目を向けると微笑んで「大丈夫」と答えた。

 

「少し疲れが取れなくてさ、でも…今は自分たちに出来ることをやらなくっちゃね?」

「……そうか」

 

 拓人の疲れを滲ませた声に、天龍は顔色こそ変えないが内心懸念が広がっていた。

 金剛のこともあるが最近は戦いの連続で、そんな戦場を拓人は一気に駆け抜けたのだ、肉体や精神が摩耗していても何らおかしくはない。

 それは周りの艦娘たちも同じく感じていた。彼女たちも拓人に対し何も出来ない自分たちを恥じてはいるが、この如何にも緊迫した状況で拓人だけを休ませろ、と言えるはずも無かった。

 カイトも拓人の様子がおかしいことは察知していたが、矢張り有り得ないことの連続に潜む「最悪の展開」を未然に防ぐためには、拓人たちの力を借りないわけにはいかなかった。

 胸中で拓人に「済まない…」と零すカイトは、努めて冷静な声色を作っては加賀さんに問いかけた。

 

「彼はまだ来ないのかい?」

「既に用事は伝えてありますので、もう間もなくかと」

「…なぁ、一体誰が来るってんだい? それだけじゃなく態々アタシらを呼び出すほどのことが起こっちまったのかい? ドラウニーアも死んだってのに?」

 

 二人の短いやり取りに、いつもの調子で疑問を詰める望月。あわよくば拓人だけでも休ませられるように口実を作ろう…そんな下心もあったが、そう上手くはいかなかった。

 

「実はとある海域に異常が見つかってね? 我々だけでは状況を説明し辛いので、訳を知っている御方にご足労願ったのさ」

「何だい、その御方ってのは?」

「それは──」

 

 カイトが説明していると、突然背後の扉が「バンッ!」と強く大きく開け放たれた。

 

 

「──悪いわるい、遅くなったかのぉ?」

 

 

 その飄々とした嗄れ声に、天龍は即座に振り向くと…そこにはまさかの「見知った顔」が。

 

「っな!? お、お前は……そんな馬鹿な?!」

「何だ天龍、この爺さんのこと知ってんのかい?」

 

 望月が示す方に居たのは、派手な色見のシャツを着た老人だった。

 

 

 ──そして何を隠そう、この人物こそがカイトたちの言う「御方」であったのだ…!

 

 

「紹介しよう。彼こそ鎮守府連合発起人の一人、現連合総帥であらせられる…「シゲオ」殿だ」

 

「よろしくなぁ! 百門要塞以来じゃのぉ、天龍の嬢ちゃんにタクトよ。相変わらずそうで何よりじゃ! カーッカッカッカ!!」

 

「…はぁっ!?」

 

 何と、トモシビ海域は百門要塞で、しがないカジノオーナー(自称)を務めていたシゲオこそ、連合を影から見守る謎の人物「総帥」その人だった。

 総帥…鎮守府連合の頂点に立つ、滅多に人前には現れない存在。そんな彼が一同の目の前にあっさりと姿を見せる、それだけでも天龍たちを仰天させるには十分だった。

 

「総帥…ホントに居たのか。ど、どうなってんだい…!?」

「シゲオが連合総帥…あのエロジジイがか?! う、嘘だろ…;」

「お久しぶりですシゲオさん、まさか貴方が総帥だったなんて驚きましたよ。アハハ…」

 

 望月と天龍の狼狽ぶりとは対照的に、拓人はあまり驚きを見せず何処か上(うわ)の空な反応だった。

 それを見てギラリと瞳を鋭く細めたシゲオは、拓人の顔をジッと観察する。拓人はそれに何をするでもなくただ微笑んで見ていた。

 

「…成る程、じゃが話を聞くだけ聞いておいてほしい。それだけ大事なことだと思ってもらって構わん」

「えぇ…分かっています」

 

 目を伏せるシゲオに拓人は肯定の意を見せた。すまんなと一言謝ると、そのままシゲオはカイトたちの隣に並び立つと本題に入った。

 

「役者は揃ったようじゃ、では話していこう。これから起こるであろうことと…それに纏わる「過去」をな?」

 

 先程の楽な表情から一転し、険しい顔つきになるとシゲオは「この先のこと」について話しを進めて行くのだった…。

 



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あの戦いの真相

 今回説明回となります。
 書いてて気付きましたが結構なフラグ回収しているので、頭が回らないよう注意しながら見て頂ければと。


 カイトたちに緊急招集された拓人たちは、鎮守府連合総帥の正体が、トモシビ海域の百門要塞の住人の一人「シゲオ」であることを明かされる。

 

「さて。初めての娘らも居るからの、改めて自己紹介じゃ。…ワシの名はシゲオ、現鎮守府連合総帥を務めておる。タクトや天龍の嬢ちゃんとは百門要塞で既に出会っとるな?」

「あぁ…だが分からないことがある。何故お前はあの場に居て、俺たちに正体を明かさなかった」

 

 細かい疑問が尽きない天龍はそれを尋ねるも、シゲオは単純な理由を話すに留まった。

 

「何故お主らに近づいたかはこれから話す、そして正体を明かせなんだ理由は…まぁ言わずともじゃろう?」

「ドラウニーア…か?」

 

 天龍の回答に、シゲオは満足げに頷くと、補足を付け加えた。

 

「ヤツは得体の知れん能力で自らの思うがままに「運命」とやらを弄(もてあそ)んだ、その力がワシの命にまで届けば、連合の指揮系統に関わる。…最悪ワシさえ葬ればヤツが何をせずとも、連合は自滅していく危険もあった。故においそれと姿を見せるワケにもいかなんだ」

「成る程な? 何か話が早すぎるとは思ったが…トモシビ海域から俺たちの素性を理解した上で、接触していたと?」

「そういうことじゃ。それに…昔からな、市井(しせい)に紛れて各海域の異常を見張るのが好きなんじゃよ?」

「ほぉ、そんなこと総帥が態々することでもないと思うが?」

「いやいや。総帥と言うてもなーんもやることが無いからのぉ、ワシは老いぼれたからと踏ん反り返って高みの見物など、つまらんことはしとうない。

 じゃがそれはそれ…理由がどうあれ今まで正体が明かせなかったこと、本当に申し訳ない。彼奴も死んだと聞いた今なら、表立って姿も見せれるわい!」

 

 どうやら身分を示さなかったのは、ドラウニーアに命を狙われる危険性を考慮してのことだったらしい。それでもシゲオは天龍に向けて誠意ある謝罪として頭を下げた。

 だが天龍は渋々納得した表情で、何か知らないが「まだ隠している事柄ががあるのではないか?」と己の勘を働かせていた。先程から感じるシゲオの「妙な違和感」も、それを強調させていた。

 とはいえカイトが言うに今は緊急の時、そんな考えを隅に追いやると、先ずは話を先に進ませようと天龍は黙ってシゲオの話に耳を傾けた。

 

「おっと、話が逸れたな? …皆は今ワシがこの場に出て来た要因を知りたいことじゃろう、それは…現在とある海域での異常事態に関連しておる、とはいえこれは()()()()()()()()()()()ことなのだがな?」

「総帥…良いのですね?」

 

 カイトが真剣な眼差しでシゲオを見つめるも、シゲオはニカッと笑うと断言する。

 

「良いよい! 時が来たというだけよ…この子たちには真相を知る権利がある」

「真相だと? シゲオ…いや総帥、お前は何を知っているんだ?」

 

 天龍の言葉に、シゲオはフッ…とそれまでの陽気な表情とは違う「悲しみを湛えた顔」になると、種明かしのように口を開いた。これまで必要以上に語られなかった…あの戦いの真実を。

 

「先ず語らなければならないのは、あの「海魔大戦」の真相じゃ。長くなってしまうがこの話をしなければ「何故、そうなったのか」が理解し辛いと思う…ここまで戦ってくれた君たちには、知っておいてほしい」

「…タクト?」

 

 天龍は拓人の方に顔を向け意思を催促する、拓人は静かな笑みを天龍に見せて「了承」の意を示した。それを見てシゲオも深く頷く。

 

「では話していこう。時にお主ら…あの戦いの顛末について、どこまで知っておる?」

 

 シゲオの疑問には拓人が答えた、スッと天龍たちの前に進み出ると、自分の知っている情報を伝えた。

 

「世界に海魔という脅威が現れて…突然蹂躙を始めた。それによる破滅を防ぐためにこの世界の人々は、イソロク様と艦娘たちの力を借りて、海魔に対抗しようとした」

「そうじゃ。それが始まりじゃ…最後の方はどうなったかは覚えておるか?」

「はい、海魔の数を徐々に減らしていった人類は…確か海魔の大元へ「選ばれし艦娘」たちを送って、その大元を倒したと」

「その際に姐さんの前の「金剛」が犠牲になったってヤツかい?」

 

 望月の言葉に、正にと頷くシゲオ。

 

「そう、それが「表向きの」海魔大戦の史実というもの。じゃが…本来はまるきり違うものだ、としたら?」

 

 シゲオの真実を仄めかす言明に、その場に居たモノたちは耳を疑った。

 

「どういう意味ですか?」

「つまり…海魔大戦は人類と艦娘の()()()()()()()()、ということじゃ。良い言い方をして「辛勝」といったとこか? あの時下手を打てば、海魔の勢いを止められず人類は「滅んでいた」かもしれんのぉ?」

「…っ!?」

 

 歴史の裏──人類が海魔に敗けていた可能性──を垣間見た一同は、絶句して場を鎮まり返させた。

 

「…たまげたねぇ。そりゃマジなのかい? アタシは大戦後に生まれた艦娘だからよ、そこのとこ分からねぇんだわ」

 

 沈黙を破った望月の言及に、その他の艦娘たちは一様に「困惑」した様子だったが…先ずは綾波が、次に野分、翔鶴、最後に天龍とそれぞれ順に当時の状況を話していく。

 

「私は海魔大戦当時から騎士団の一員として参加していましたが、確かに一時期は劣勢を強いられていました。それでも「勝利」という結果の出た後では、一時の連敗が続いたと説明も出来ますし、戦況の詳細などは下の我らには知る由はありません。本当に…艦隊の指揮を任された一部のニンゲンや艦娘にしか分からなかったでしょう」

『ボクは大戦の終結間際に建造された身で、加えて敵の掃討…露払いが主だった任務でしたので。本当のところは存じませんでした』

「私は大戦が終わる直前に建造されて、部隊に配備される前に戦いが終わってしまったから、よく知らないわ。私が造られた以前から居た適合体は海魔との決戦に駆り出されたという話だけど、適合体の居た部隊は敵側に優先的に狙われて壊滅したみたいだから、詳しい話も分からなかったの」

「俺は大戦初期から居たが、恥ずかしい話当時はどうにも性能も素行もなっていなくてな? 重要な任務の殆どに就かせては貰えず、そのまま終戦を迎えた」

 

 それぞれの立場を聞いた拓人は、話をカイトや加賀に振る。かつて彼らは拓人に対し海魔大戦の歴史を語っていたが、人類側が敗戦濃厚だった、だなどという話は初耳だった。

 

「カイトさん…シゲオさんの言ったことは?」

「…あぁ、事実だ。済まないね…騙すような形になったが、この話は今の世界の根幹に関わる。おいそれと話すことは、君に大戦の顛末を語ったあの時には出来なかったんだ」

「ですが、貴方に嘘を吐いたことは事実です。ごめんなさいね?」

「それは良いんです、そちらにも事情があるのは分かり切っていますし。…それで、どうして敗北寸前であったことを隠していたんですか?」

 

 拓人がシゲオに尋ねると、シゲオはやや苦い顔をして縛られたように口を閉ざす。しかし…少しの間が置くと、重い口を開き語り始めた。

 

「その前にワシの昔語りをさせてくれ。ワシは…海魔大戦当時、それぞれの海域の亡国を含めた主要国家群から成り立つ対海魔海上連合国軍…通称「提督連盟」の幹部だった。

 まだ10代半ばの青臭い子どもじゃったが、頭の回転の早さを買われてな? 当時連合司令長官であった異世界の雄「イソロク」の補佐を務めながら、ワシ自身も艦娘の艦隊を指揮する立場にあった」

 

 シゲオは懐かしそうに遠い地平を見つめるように目を細めるも、直ぐに顔を引き締め直すと話を続ける。

 

「嵐の中を突っ切るような強い向かい風、暗い雲に覆われた空、何より船を揺るがす荒波が支配していた時代じゃった。海魔たちがそれだけ世界の環境に影響を与えていた…ということじゃな?

 我々は海魔を倒すためイソロクさんの知恵を借りながら何とか対抗しておった、じゃが…日にひに敗戦が続き、その度に犠牲になる人や艦娘が増えていった。

 いつ人類が滅んでもおかしくはない、だから…ワシはイソロクさんにある提案をした」

「それは…?」

 

「この世界の魔術、その中でも特に豪然たる術式…「特殊封印術式」を行使した海魔の大元の封じ込めじゃよ」

 

「っ! …成る程な、読めたぜコイツぁ」

 

 望月がシゲオの話を聞いて思い当たることがあったようだ、何のことだと天龍が問うと、望月はシゲオの代わりに回答した。

 

「特殊封印術式ってぇのは、術者と対象の周りを完全にこの世界から「切り離す」ことの出来る最高等魔術だ。切り離した空間は別次元の「無空間」へ転送され、術者のイノチが尽きるまで二度と元に戻ることはない。

 その間の切り取った空間には「封紋」っつうバカデケェ紋様が浮かび上がるんだが…海魔の親玉をソイツでこの世界から「追い出した」っつーワケか?」

「封印…対象が海魔の大元なのは分かるけど、その術を仕掛けた術者って…もしかして」

 

「──金剛」

 

 加賀はポツリ…と犠牲となった仲間の名前を零した。そして続けて当時の決戦の様子を話す。

 

「私たちは金剛を海魔の大元へ送り届けるために、あの暗雲立ち込める海を駆け抜けた。そして…山ほどに巨大な黒い泥の塊を見つけると、金剛は…手筈通りに術式を発動して…大元と共にこの世界から「消えた」わ」

「…っ!?」

 

 加賀の衝撃の言葉に、拓人や天龍たちは思わず唖然とする。

 

 真相とは──海魔大戦は人類の敗北一歩手前まで来ていた、その段階でシゲオやイソロクは海魔の大元に向けて「特殊封印術式」を用いて、強制的に世界から追いやった。文字通りのヒトリの犠牲…当時の選ばれし艦娘最強の()()()()()を代価として。

 

「つまり海魔の大元はまだ何処かで存在していて、この世界が平和を保たれているのは、前の金剛が今まで封印して抑え込んでくれていたから…ということか」

「うむ、金剛が眠るその場所はかつて海魔の大元が巣食っていた海、海魔大戦の中で最も激しく、同時に多くの人、艦娘の沈みし古戦場…その名も「サイハテ海域」じゃ。

 その場所は海魔の影響が今も色濃く残っており、マナの穢れも酷く充満しとる。深海棲艦の大量発生も確認されておるため、万人が立ち入ることは不可能なのじゃ」

 

 拓人の一言に相槌を入れつつ、シゲオは長年口にすることがなかったであろう「サイハテ海域」の詳細を語った。

 

「おっと、連合の指定している「渡航禁止海域」の一つじゃねえか? ほれ前に言ったろ、ボウレイ海域を突っ切った先にある危険区域さ」

 

 望月の言わんとしているのは、ボウレイ海域突入時に語られた何気ない一言だった。まさかあの海域の先に今も先代金剛が眠っているとは、流石に誰にも分からなかったが。

 

「サイハテ海域を渡航禁止にしたのは、勿論先ほど語ったとおりの、諸々の危険な事情によるものじゃが…ワシ個人としては、あのまま金剛を「眠らせてほしかった」ということもある。

 彼女はそれまでも人類存続のため、自身の類稀なる能力を発揮させては海魔たちの脅威からワシらを守ってくれおった。最期の出撃前も自身が犠牲となる前提の封印行使を、頷き一つで承諾してくれよってな、例え他人の意思に振り回されようと他者を優先する「自己犠牲精神」の持ち主じゃった。

 本当に…彼女が居なければ、世界はとっくに海魔に喰い尽くされておった」

「…成る程、だから必要以上に海魔大戦の真実を口外しなかったんですね? 世界を守った彼女を…ゆっくり眠らせてあげたかったんですね?」

 

 拓人の回答に、シゲオもしんみりした表情を浮かべながら頷いた。

 

「…待て。海魔大戦の真相とやらは理解した、だが…()()()()()()()()()()とは…まさか?!」

 

 一つの疑問、そしておそらく正しいその回答を思い浮かべた天龍は、驚天動地といった具合に声を上げた。

 

「嬢ちゃんの頭の中の答えで、おそらく当っとるぞ。その特殊封印術式が…()()()()のだ、どこぞの大馬鹿者のおかげでな!」

 

 シゲオの話に天龍たちはココロ当たりがあった──あの男の仕業だ。

 

「ドラウニーアが…しかし、何故その封印を破ることが出来たんだ? ドラウニーアはサイハテ海域に赴いて、封印に細工でも施したとでも?」

 

 天龍の疑問に、カイトは怒りを抑えるように唇を震わせながら答えた。

 

「…第二次クロギリ海戦の前、シルシウム島に立て篭もったドラウニーアは、奇策を用いて島から脱出を図り、南木鎮守府にてゼロ号砲破壊工作を遂行するタクト君たちの壁となり立ち塞がった。

 だがその道中…ヤツはアンチマナ波動砲に置き土産を残した。それは──ヤツが実験の過程で作成したであろう「零鉱石の欠片」だったんだ。更に調べて分かったことだが、波動砲の着弾座標がサイハテ海域に向けられていた。

 これらから現在の異常と照らし合わせ予測出来ることは一つだ、ヤツは零鉱石の魔力をサイハテ海域の封紋へ着弾させることで、封印を無効化してしまったんだ…っ!」

「っ!?」

 

 カイトの口から語られたことは、誰もが予想出来ないであろう意表を突いたものだった。

 ドラウニーアは過去に百門要塞地下で、自身の操るロボットに内蔵した「試作零鉱石」の黒い霧を用いて、同じく内臓されていた海魔石の力を増幅させた。その後ロボットは破壊されたが、慎重深い男なので同じような試作の零鉱石を所持していても、おかしくはない。

 

「クロギリ海域四島の内三島のアンチマナ波動砲には、機獣たちから奪った穢れ玉がセットされていた。だからこそ波動砲発射を阻止するための人員を三島に割いていたのだけど…まさか、人知れず残り一門の方に穢れ玉の代わりをセッティングしていたとは…あぁ、本当に、どこまでも愚かな男だよ…っ!」

「カイト提督、落ち着いて下さい。…気持ちは解りますがね、アンチマナ波動砲は穢れのエネルギーを収束して放つことの出来る兵器、穢れ玉だろうと零鉱石だろうとマナの穢れが内包されて居れば良いのですから。ですがまさか…あの土壇場でやられるとは。

 欠片では環境に変化を与えるほどの威力は無い、逆を言えばエネルギー反応をレーダーで捉えにくいと言えるのでしょう。レーダー観測班も一連の戦いの行方を追うことに必死で、気づくことが出来なかったと聞いております」

「じゃがそれこそがアレの狡猾な所以よ。穢れのエネルギーの本質はマナの「生」と対をなす「死」じゃ、草木を腐食させ海を枯れさせ、魔力ですら無効化させる。戦いの流れを見て自身の敗北を悟った彼奴は、乱戦に紛れてサイハテ海域の封印を無効化させることで、そこに封じられた脅威を解き放ち、世界を再び地獄に堕とそうという魂胆じゃろうて」

 

 カイト、加賀、シゲオの順にドラウニーアの行動の意図が触れられていく。全てを予見したドラウニーアだからこその予測不可能な行動に、それを追う人々は容易く振り回されていた。

 死しても拓人たちの前を妨害するドラウニーア、生きていれば「貴様らの勝つ未来など俺は認めん」とでも言い出しそうな、全てを否定する彼の感情が見え隠れしている。

 

 世界は今再び──悪意有る一人の男によって、破滅の危機に瀕していた。

 

「…カイトさん、現在のサイハテ海域の状況は? 海魔の大元が…この世界に戻って来たんですか?」

 

 拓人はカイトに核心を突く質問をする、海魔の大元の封印が解かれたのであるなら、再び世界に死と混沌を振り撒くため動き出すのではないか?

 そんな拓人の不穏な予想を、カイトは首を横に振ることで「否定」した。

 

「……いや、海魔の大元がこの世界に現れたという反応はない。そう聞いているが…それよりも「厄介なこと」が起きていてね」

「厄介とは?」

 

 意外な回答にも冷静に聞き返す拓人、カイトは一息間を置くと、懐から紙束で纏められた資料を手に取り、そのままサイハテ海域で起こった出来事を話す。

 

「アンチマナ波動砲の着弾座標は、サイハテ海域の先代金剛が海魔を封印した場所…封紋が描かれた海上だった。そして…それは確かに着弾し封印は解かれた。だがそこから出てきたのは──」

 

 

 

 ──深海棲艦となった「金剛」だったんだ…っ!!

 

 

 

「…なっ!?」

 

 その場に居たモノたちはカイトの一言に、またも驚嘆し戦慄を覚える。

 天龍は焦りを隠せずにカイトに詰め寄る。

 

「確かなのか、カイト!?」

「あぁ、間違いない。サイハテ海域を見張っていた職員によると、封紋に異常が見られた直後にモニタリング・システムで確認していたら、偶然封印の場所から現れた人影を見たそうだ。

 それは深海棲艦の特徴である角や青白い肌、更にかつての彼女の衣装がそのまま擦り切れたようなボロボロの巫女服を纏っていたという。状況から見ても大元と一緒に封印されていた”彼女”としか思えない!」

「馬鹿な…何故そんなことが!? 艦娘が深海棲艦になるには人の憎悪を全身に浴びる必要があるはずだろう?!」

「いや、有り得ねぇ話じゃねぇ。マナの穢れは憎悪を含んだ人の負の感情に侵されたエネルギー、そして海魔はマナの穢れの塊と言っていいほどの負のエネルギーに満ちている、一緒に封印された金剛が海魔の大元に障って深海棲艦になっちまっても不思議じゃねぇ、そこんところ…どうなんだい加賀?」

 

 望月に話を振られると、加賀も顔を青ざめながら頷く。

 

「…カイト提督から話を聞いて、私も信じられなかった。ですが…確かに大元との戦いの時、封印術式を発動しようとした金剛に、遮ろうとするように海魔の触手が彼女の身体に纏わり付いていた。その時大元に直接触れたことで…細胞が憎悪に侵された、のかも知れない…っ。

 ですが、彼女は…諦めなかった、心配の眼を向ける、私たちに、大元が生み出した海魔の雑兵を、抑え込むようにと……最期まで………っ」

「加賀さん、もういい…もう良いんだっ」

 

 言葉に詰まる加賀を、カイトは彼女の肩を掴んで揺さぶる。加賀は口を手で覆い押し黙ると…程なく一筋の涙を流した。

 

「…悪い、意地悪なこと言っちまった」

「仕方ないさ、だが…望月の言う通りだ。海魔の大元がどうなったのかは分からないが、あの金剛が深海棲艦となったのは事実だ。これの意味するところは…海魔の大元の復活よりも「不味い事態」になったと言えることだろう。

 深海棲艦はそのほぼ全てに人類に対する敵意が確認されている。野分君の例もあるから一概には言えないだろうが、彼女に封印前のココロが残っているのかは…正直怪しい、封印の期間も長かったからね。良くて理性の欠片が辛うじて残っているかどうかだ。

 加えて彼女は海魔大戦時の艦娘の中で、最強と呼べる実力を持っていた。他の娘とは次元の違う大きな力があったんだ、万が一暴れ出せばそれこそ世界がどうなるか分からない…っ。

 それを踏まえて…君たちにお願いしたい。現在行われているサイハテ海域の詳細調査において、深海化金剛の「敵性」が確認された場合…君たちに深海化金剛の……()()()()()()()()()

 

 カイトから下された指令…それは深海に堕ちたであろう先代金剛の「駆逐」という、残酷なものであった。

 

「…っ! 矢張りそう来るか、だが良いのか? 先代金剛はお前たちにとって…」

「構わない、元々こうなることを予測出来なかった我々の責任でもあるんだ。君たちに頼らざるを得ない状況になり本当に申し訳ないが…様々な戦いを経て強くなった君たちは、今やどんな艦娘たちより「強い」。君たちと選ばれし艦娘の合同艦隊なら…深海化した金剛にも、勝てるかもしれない…!」

「…タクト君、皆……もしもの時は、どうか…彼女を「止めて」。お願い…っ!」

 

 希望に縋るようなカイトと目に涙を湛えた加賀からの懇願に、天龍はもう一度拓人の方を見遣る。

 いつもなら「任せて下さい!」と力強い一言を言い放つであろう拓人は──どこか虚しい顔でカイトたちを見つめていた。

 

「タクト…?」

 

 天龍が拓人の「違和感」に気づき始めたその時──事態は急変する。

 

「──いや、それには及ばんよ?」

 

 

 ──バンッ!

 

 

 シゲオの一言を合図に、後ろの扉から──今まで待機していたであろう──武装した数人の連合職員が拓人たちを取り囲み、銃を突きつけた。

 その人混みの後ろからは、何と選ばれし艦娘である加古、長良、時雨、長門の四人が顔を見せた。広い執務室があっという間に人の波によって狭くなってしまった。

 

「っな!? これは…何のおつもりですか、総帥!!」

 

 驚くカイトの叫びに対し、シゲオは懐に忍ばせた「とある紙束」を見せる。

 

「っ! まさかそれは…」

「預言書じゃよ、ワシもまたイソロクさんを通じて、()()()()()()()()()()()()?」

 

 預言書、と呼ばれるメモの束をこれ見よがしと見せるシゲオは、涼しい顔をしなからそれを読み解いていく。

 

「次代の脅威が現れし時、小さき従者を携えた才気溢れる若者が艦娘を従え降り立つ。それこそが「特異点」……。

 特異点とは、世に秩序又は混沌を齎すもの、中庸は為さずどちらかに極まるもの。本人の意思等に関係なくそれは実行される。その行き着く先…繁栄と、破滅も、また然り。

 特異点が何かを為そうとしたその時点で、世界は繁栄か破滅の選択を迫られる。どちらが選ばれるのかは…誰にも分からない」

 

 シゲオはひとしきり読み終えると、そのままタクトを睨みつける。

 

「ワシが海魔大戦の真相を語ったのは、何も金剛を止めてくれということではないのだ。君たちには…()()()()()()()()。金剛を始末するのは…このワシの「役目」なのだから」

 

 使命感に駆られたような言葉を吐くシゲオ、その瞳には老年故の「妄執」が宿っていた…。

 




○特殊封印術式

 魔術の中で大掛かりかつ一定の条件が揃い始めて発動出来る特殊術式、更にその中で封印魔術に類別されるものだ。
 発動条件は主に二つ、一つは封印対象と術者が対面する形でなければならない、二つ目は術者の魔力属性を「火・水・土・風・電気」の五つに同時に変換しなくてはならない。最高等魔術と呼ばれるに相応しい難易度だが、更に詠唱をする間は無防備となり、敵の反撃を受ける可能性がある弱点を抱えている。
 だが一たび発動すれば、術者と対象を点として円半径とし「周囲のもの全てを異空間に閉じ込める」という、規格外の能力を発揮する。
 作中で望月が「術者が死なない限り封印が解けることはない」と言ったが、術者は時間の流れや生死の概念の止まった次元へ対象と共に飛ばされるため、老衰や致命傷で死ぬことは無い。外部からの干渉が無い限り破られないということだ。
 だがここで予測外の事態が起きたようだ、どうやら海魔の穢れに障った金剛が「深海棲艦化」を果たしてしまったようだ。当時は艦娘が深海棲艦になるメカニズムが判明されていなかったから、この事態を招いてしまったようだね。
 それでも封印が解かれなければそのままだったのだが、そうもいかないようだ。正に彼の悪あがきの成果というもの。
 …私個人としては、そうなるのも納得しているよ。いつの時代も大仰(おおぎょう)な正義は反発を受ける、一人ひとりの胸に掲げる「些細な正義」がある限りね? 悪とは自らや大勢の正義を正当化するために作られたもの、だとしたら…この世には「悪など存在しない」のかもしれないね…?


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愛を識る者は、愛に狂う者を救うのか?

 拓人たちはかつての海魔大戦の真相…金剛が何故この世界から消えてしまったのか、その説明を受ける。

 サイハテ海域に海魔の大元と共に封印されていた、最強の艦娘金剛。彼女は永き封印が解かれた後に「深海棲艦」となった。

 もしも彼女がその力を持って世界に牙を剥けば、一体何が起こるか想像も尽かない。それを危惧した連合幹部カイトは、拓人率いる艦娘たちに深海化金剛の排除を命じた。

 

 ──だが、海魔大戦の一部始終を説明し終えた途端、連合総帥であるシゲオは拓人たちを武装した職員と加賀以外の選ばれし艦娘に包囲させた。その理由は…自分が金剛を始末する、そのために拓人たちに余計なことをしてほしくないというものだった。

 

 連合職員に拳銃を突き付けられ、窮地に陥った拓人たち…かに思われたが?

 

「…翔鶴、綾波。こいつらをどう見る?」

「多分貴女と同じ考えよ、天龍? 彼ら…()()()()()()()()()

「はい、寧ろ怯えているようにも見えます」

 

 天龍に問われた翔鶴と綾波が回答する。

 銃を握る職員の手元をよく見ると、震えて照準が定まっていない様子が見えた。更には職員の一人が「当り前だろ…」と零す小さな声も聞こえた。

 艦娘は兵器と呼ばれるだけあり恐ろしい力を持ち、それに加えて天龍たちは幾つもの死線を掻い潜り続けて、今や選ばれし艦娘と同等かそれ以上の圧倒的存在となっている。そんな相手に銃を向けて()()()()()と思う人間は居ない。職員たちは総帥の命令に従っているだけで、本心では逃げ出したい気持ちを抑えることが出来ないのだろう。

 

「シゲオ、理由を聞かせろ。話次第では職員たちに手出しはしない、お前もこの程度の小手先で俺たちを止められると考えてはいないだろう?」

「…お主たちの背後に、他の選ばれし艦娘が居ると言ってもか?」

「……本気で襲って来るつもりなら、後ろの殺気を気付くぐらい造作もない。だが…俺たちの背後には()()()()()()、これが答えだ。それでもやるというなら抵抗させてもらうが…その場合この連合本部がどうなるか、何も解らんわけではあるまい?」

 

 天龍の脅しとも取れる低く鋭い発声、それと共に射貫くような視線を向けられると…シゲオは苦笑いしてそれを受け入れた。

 

「カッ、ちぃとも動じないとは。流石ここまで来ただけはあるのぉ…分かった」

 

 シゲオは右手を上げ拳銃を降ろすように職員たちに命じた、職員たちは緊張の糸が切れたように銃口を下にした。

 冷や汗を流す彼らを見たシゲオは、そのまま彼らに扉の外へ出て待機するよう命じた。職員たちが出て行くと、執務室内は拓人たち、シゲオとカイト、そして選ばれし艦娘たちが残された状態になった。

 

「すまんな、お前たちにあの程度何ともないとは分かっておったが、ワシにも譲れんものがあるのでな」

「先ほど言っていた金剛の始末…か?」

「つーか関係ないけどよぉ、よく見てみたらその紙束…預言書ってやつか? カイトが前に言ってた「イソロクが預言書を渡した友人」て…」

 

 望月がシゲオの預言書を見て零した言葉は…海魔大戦終結時にイソロクが消息を絶つ前、親しい友人に渡したとされる預言書という名のメモ書き。その詳細は語られなかったが…その親しい友人こそ、目の前のシゲオであった。との解釈である。

 望月の指摘を受け、シゲオはそれを肯定しつつ、自身の内情を含めた詳しい話をしていく。

 

「左様、これはワシがイソロクさんから譲り受けたものじゃ。ここにはあの七十年前の大戦からその後の展開…未来が描かれているのじゃ。

 深海棲艦という脅威、それと同時に出現するドラウニーア一派、タクト率いる君たち艦娘の存在、そして…この世界の「滅びの未来」も余ますことなく書かれておる。だからこそワシはドラウニーアの野望を阻止するために、君たちを遠くから見守りドラウニーアを倒せるよう導いたのじゃよ?」

「成る程、それが俺たちに近づいた理由か。それは分かった…だが、何故先ほどあんな強行手段に及んだ? カイトは俺たちに深海金剛を倒せと命じたが、それはお前も同じはずだろう?」

 

 天龍の疑問に、シゲオは──深い哀愁を漂わせながら答えた。

 

「──単純な話だ、誰にも渡したくないのだ。ワシは…()()()()()()()()、愛するからこそワシの手で楽にしてやりたいのだ。

 彼女が過去の戦いの残渣(かす)となり暴走を始めようとする今、それを掃除するは同じ時代を生きたワシと…彼女たち、選ばれし艦娘たちの役目だと思うておる。誰にもこの役目を明け渡すつもりはない、先ほど非礼を働いて図々しいことは百も承知、だが頼む…ここは引いてくれんか?」

「…仮に俺たちがこの戦いに関与しないとして、お前たちは金剛をどう対処するつもりだ? まさか…お前自身が戦うなどと、冗談でも言うつもりではあるまい?」

 

 天龍の疑問に、シゲオは口を震わせながら答える。

 

「それが出来ればどれだけ良かったか…じゃがワシも脆弱な人間よ、そんなこと出来る訳がない。それでも…彼女たち「選ばれし艦娘」が居れば話は別だ」

「どういうことだ…?」

「っ! まさかじいさん、アンタ加賀たち使って…()()()()()()()()()()()()()つもりか!?」

「…っ!?」

 

 望月の解答に室内に衝撃が走る中、シゲオはそれを肯定してゆっくりと頷いた。

 

「特殊封印術式は、新たな世界…異空間を作りその中へ対象を封じ込める魔術。そのため世界を形作る属性…火、水、土、風、電気。この五つが必要不可欠、それらを同時に用いることで術式が完成し、次元に作られし「無空間」へ封ずることが出来る。

 ここに居る選ばれし艦娘たちは、それぞれの属性を操ることが可能。彼女たちを封印の要とし金剛を封ずることが出来れば…」

「おいおい、それじゃ根本的な解決にゃあならねぇぞ? 第一よぉ…それをしちまえば加賀たちは」

 

 望月が言いかける口を遮り、シゲオは残酷な真実を告げた。

 

「うむ、封印の要として金剛と共に、永久に無空間へ閉じ込められる。じゃが…ここに居る艦娘たちが束になったとしても()()()()()()()、それは断言できる。悪いことは言わん、無謀なことはやめておけ。これが現状の最良手段というものじゃ」

 

 シゲオの言っていることは確信を持ったもので、嘘偽りという揺らぎは一切見られなかった。それだけ金剛という存在が脅威であることの証明だった。その点に関しては誰も意を唱えるモノは居なかった。

 だが、ここで待ったを掛ける人物が居る。──カイトだった。

 

「総帥…貴方の仰りたいことは理解できます、ですが…他に方法は無いのですか? 加賀さんを…長門たちを…何とも出来ないものですかっ!?」

 

 カイトはいつもの彼からは思い浮かばない、藁にも縋るような焦りのある顔つきを見せる、そんなカイトに対してもシゲオは変わらず冷淡だった。

 

「カイト…矢張りお主はまだ甘いな? 前にも言ったと思うが彼女たちは「兵器」だ、彼女たちは我々人類を守るために存在する。彼女たちが助かる道、などと夢現なことを抜かすな? だからワシはお主には何も言わずこの計画を実行しようとしておるのだ」

「っ…加賀さん、君はそれで良いの? 君もそんな計画聞かされたのは初めてだろう、こんな…いきなり犠牲になってほしいだなんてっ!」

「…ごめんなさいカイト提督、私もこの計画自体は初耳だけど…それが金剛を止める唯一の手段、確実な方法だと言うなら…私は、艦娘としてそれを行動に移すまでです」

 

 加賀の覚悟を秘めた一言、それは彼女はそうなることを常日頃から意識しているということを示唆していた。

 それは他のモノも同じようで、後ろに控えていた加古たちもそれぞれ決意を込めて言葉を投げた。

 

「いんだよカイト、アタシたちは元からこういう緊急事態のために居んだ。それに今更文句はつけねぇさ? それに…アタシら居なくても天龍たちが居りゃ、世界はこの先も何とかなるだろ?」

「そうだよね、私たちが居なくても…望月たちになら任せていられる。それに…金剛が、昔の仲間が悪さをするって聞いたら、止めてあげたいじゃない? それが少しでも平和に繋がるなら…それで充分だよ?」

「うん、僕なんかが居なくても、綾波たちがいる限りもう世界は大丈夫だ。だから…悲しまないで? こうなることは…必然だったろうから」

「一度は捨てたイノチが世界秩序のために使われるのだ、私にとっては本望だ。翔鶴、そして野分。あのドラウニーアを倒した君たちなら、後を任せられる。

 それとカイト…帰ってきて早々にこんなことになってしまい、申し訳ない。私たちのために泣いてくれるな…君たちの未来を守るために散ることが出来るなら、それは私たちにとっての誉れだ」

 

 加古、長良、時雨、長門の四隻(よにん)の言葉には、悲壮な決意が込められていた。

 それを肌で感じた天龍たちは、黙って頷くことしか出来なかった。兵器としての目的…平和を守るために使われることの嬉しさを、彼女たちも理解していたからだ。

 だが、それは艦娘間だけの話であり、人間にとってはヒトの形をしている彼女たちは同族(にんげん)と同義なのだ。それを簡単に受け入れることは出来ない、それは例え「そういうものだ」と頭では理解出来ている者であったとしても、また然りである。

 

「理解しろとは言わん、じゃが受け入れてもらうぞ。この世界はそうやって…艦娘を犠牲にして平和を保って来たのだから。絶対絶命の窮地を治めるには…避けようのない犠牲を()()()しか方法が無いのだ。

 ワシは誰に何を言われようと「世界秩序」を優先する、あの時も、今までも…そしてこれからも、それを変えるつもりは毛頭ない。それが…彼女を犠牲にしてしまったワシに出来る償いでもあるのだから」

 

 シゲオの信念の入った言葉、それはあの大戦時に犯した自らの「後悔」が見え隠れしているものだ、多くの犠牲を出さないため…戦争を、血の飛び交う争いを止めるため、またも後悔を繰り返そうというのか…?

 矛盾しているかもしれないが、シゲオの意思は何十年にも渡り積み上げられたものと想像出来る、容易に止めることは出来ない。それを()()()()()()()()カイトは、涙ぐみながらも悔し言葉を漏らすしかなかった。

 

「総帥…貴方という人は……っ!」

「…さて、ワシの話はこれで以上だが。どうする? …お前は犠牲など下らないと、そんな温い思想をぶつけるか…タクトよ」

 

 そう言って再び拓人を睨みつけてはその意思を問うシゲオ、天龍たちは拓人と一心同体のココロづもりなので、拓人の考え次第でその場の行動が変わる。

 執務室内の一同が口を噤んで拓人を静かに見つめては、彼の答えを黙って聞く姿勢を取る。

 

 ──幾ばくかの静寂が流れた、そんな時…微動だにせずシゲオを見つめていた彼の、口が動いた。

 

 

「──っふ、そうですか…分かりました」

 

 

「っ! タクト…っ!?」

 

 天龍が驚きを表すと同時に、周りからざわついた気配が感じ取れる。拓人はいつもの爽やかな笑顔を浮かべるも…そこには明らかな「違和感」があった。

 

「貴方の考えは分かりましたシゲオさん、ならもう僕たちの出る幕はないということですね? 良かった…カイトさんの指令も()()()()()()と、思案していたところだったんです」

「タクト…貴方…?」

 

 そんな拓人の異変に、翔鶴は既視感を感じていた。それはまるで──かつての自分自身、最愛の妹を亡くして自暴自棄になっていた自分を見ているようだった。

 いつものような穏やかな口調の拓人だが、そこには「温かさ」はなく、口に浮かべる笑顔も空洞となった精神で無理やり笑っていることが解る。心の込もっていない言葉はあまりにも空虚で、代わりに諦めにも似た感情を感知出来た。

 周囲のどよめきを余所に、拓人はカイトに向き直るとハッキリと断りを入れる。…それまでの自分を否定するような言葉を。

 

「すみませんカイトさん、でも今の僕に頼られてもどうしようもないかと? 僕にはもう…奇跡を呼ぶ力は残っていない、仮に皆で出撃したとしても…何も対策が無ければ、全員容易く「沈められる」でしょう。そんなことをしても無駄でしょ? だったら…加賀さんたちに封印に行ってもらった方が話が早い、そうでしょ?」

「っ! タクト君…君は、何を言っているんだい?」

「……おいっ!!」

 

 あまりの勝手な物言いに、天龍は拓人の胸倉を掴むと、何故そんな言い方が出来るのか問い詰める。

 

「どういうつもりだタクト…お前は、あれだけ一緒になって戦ったアイツらが犠牲になっても良いと言うつもりか? お前にとって加賀たちはその程度のモノだったとでもいうのか!?」

「…そうじゃないよ、加賀さんたちには出来れば犠牲になってほしくないさ。でも…先代金剛の強さを君も知らない訳じゃないでしょ? 僕たちがあれだけ苦労して倒した機獣を、たった一人で倒しちゃったんだよ。皆もそれを知っているから封印しよう、なんて言っているわけじゃない?

 僕が今まで何とかしようって頑張ったのはさ、そういう「絶対的な補正(ちから)」があったからだよ? でも…今の僕にはそれはない、出来ないんだよ? 僕は…ううん、君だって無駄死にしたくないじゃない? それが確実なら…それしかないというなら、そうしてもらうしかないよ」

「っ、違う! …俺はそんな話をしているんじゃっ」

「待って、天龍」

 

 天龍の肩を掴んで制止を掛ける翔鶴、だが激情を抑えきれない天龍は、何故止めると翔鶴に食い下がる。

 

「翔鶴…お前は何とも思わないのか? タクトは…俺たちが惚れた男は、こんな冷血漢ではない筈だろう!?」

「…そうね、でもそれは()()()()()()()()()。辛い現実に打ち拉がれ、自分を見失っていた…皆同じなのよ、タクトもそうなっているだけ。だから…信じてあげて? どうしようもない私たちを救ってくれたのは…タクトなんだから」

「それは……くっ!」

 

 翔鶴の冷静な諭しに、天龍はまだ怒りが見えるも乱暴に掴んだ胸倉を離した。

 拓人が何ともないといった表情をしながら、乱れた胸元を正していると…シゲオは再度問いかける。

 

「…本当に良いのだな?」

「はい、どうも御見苦しいところを。…僕は構いませんので、どうぞお好きなようにしてもらえたら?」

「そうか。…すまんな、だが君たちを完全に信用することは叶わない。念を入れて君たちを、君たちの鎮守府に「軟禁」させてもらおうと思う。サイハテ海域の詳細調査の終わる明朝に加賀たちを投入する手筈じゃから、それまでの間の不自由を許してほしい」

「はい、どうぞご自由に。貴方たちにとって特異点が計り知れないものだとは理解しています、何だったら…僕を捕まえて「処刑」してくれても? どうせこの世に未練もないですし、いつかこの世界を壊すために動くかも…?」

 

 拓人の慣れない挑発めいた発言、シゲオは眉を顰めるも冷めた態度を崩さない。

 

「それはワシの一存で決めることではない、君が世界を壊そうと犯行を起こさない限り連合が動くことはないだろう。それにな…世界を守った英雄を懐疑心で裁くことは、連合であれ出来るものではない。君のこれまでの尽力を考えれば当然のことじゃが? ……まぁよい」

 

 シゲオは呆れたようにも見える様子でため息を吐くと、外に待機させた職員たちを呼びだし、拓人たちを名も無き鎮守府へと連行していく。

 拓人たちが外へ出ていくと、執務室にはカイト、加賀と選ばれし艦娘たち、そしてシゲオが取り残される。

 

 あまりにも非情な現実、流石のカイトも歯痒さを隠し切れず、俯いては苦虫を噛み潰したような表情を見せる。

 そんなカイトを、加賀を始めとした艦娘たちは黙って見つめることしか出来なかった。

 そして…シゲオは使命に燃える感情を讃えた顔で、執務室の窓ガラスから見える外を見つめていた。

 

 ──外は、皆の不安を表すような「曇天」が空に広がっていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──夢の狭間。

 

 そこは、夜闇を満点の星のカーテンが照らす幻想的な世界。

 

 全ての世界の、全ての魂の行き着く場所。生と死の狭間とも呼ばれる、生きとしいけるモノが見る「夢」そのもの。

 

 …そんな世界の海岸にて、海面に映る映像を観るモノたちが…()()

 

 一人は、全身を白い光で包み込んだ人物。全容は分からないが「世界の観測者」を名乗る者、それは低い声から察するに、どうやら男のようだった。

 

「それにしても驚いたよ。まさか君がこの世界に迷い込むとは、それだけ君が深い眠りの中に居る証拠なのだろうが。…さて、これが彼の現在だが、どうかな?」

 

 観測者が隣で映像を凝視する人物に、声を掛けた。それは…金色のカチューシャと、巫女服のような装いに身を包んだ女性──金剛、エリだった。

 

「………タクト」

 

 エリはクロギリ海域の戦いで拓人を庇い、瀕死の重傷を負うと共に意識を失う。そして気が付いた時には、見知らぬ砂浜の上で気絶していたという。

 この夢の狭間に至ってから、当ても無く彷徨ううちに光り輝く人影…観測者を見つける。

 観測者からこの狭間世界の概要と、自分の現状を聞いたエリだったが、自身が死の淵を歩いているという事実はあっさりと受け入れる。しかし自らが身を挺して庇った拓人は、果たして無事なのかと観測者に尋ねる。

 観測者は海岸から見える海の方を指差す。すると瞬く間に彼女が眠ってからの拓人たちのやり取り、行動、その一部始終が水面に映し出される。

 エリは拓人が少しでも無事でいるなら、その姿を見られたならそれで構わなかった。…が、今しがた垣間見た映像はエリにとって、思い描いていた中で「最悪」と言って良い状況だった。

 拓人は自分を見失い、加賀たちは自分にとって先代の金剛を再び封じるため、イノチを差し出すと言っている場面。誰もそれらを変えることはなく、ただ無力感と後悔の連鎖がそこにあった。

 

「そんな……タクト…加賀…皆…っ! タクトがあんな風になってしまったのは…私が眠ってしまったせい…なの?」

 

 エリが後悔に明け暮れていると、観測者がやんわりとそれを否定する。

 

「君が苦しむことはない、こうなることは必然だったのだ。タクト君は特異点としての権能を失い自棄となり、シゲオ君は長年の愛に応えるため非情になっている。誰が悪いということもない」

「…そうかもしれない、でも……せめてタクトが元通りになってくれれば、絶対に諦めたりはしなかった。そうなったのが私のせいだと言うなら…私は」

 

 エリがそう観測者に自分の気持ちを吐露していくと、観測者は…どこか哀しい声色で、それに対し疑問をぶつける。

 

「元通り…果たしてそうだろうか? あれが彼の「本性」だという可能性も、見失ってはいけない」

「えっ? どういうこと…?」

「ふむ。君は彼の「過去」を見てもそう言えるのか、と聞きたいのだがね? 君の過去は彼らに既に打ち明けているが、彼がそうだとは限らないだろう? 君は…彼の何を知って「元通り」と言っているのかね?」

「っ、それは…」

 

 エリの問いかけに、観測者は彼女にとっての盲点を突くような言葉を紡いだ。確かに彼の言う通り、拓人の過去は、これまで身近にいたエリでさえ聞き及んではいないものだった。

 人が自己を構築するのは、それまでに暮らした環境、そして様々な経験に起因する。拓人が自分を隠さなくてはならないような環境に身を置いていたのなら、あの変貌ぶりも頷ける。ぐちゃぐちゃになってしまった理性が要因となり、本来の性格の一片が見えてしまっただけ。それだけなのだから。

 だがいきなり拓人の過去と問われても、本人が居ないこの場でどう答えたものか…そうエリが戸惑いの表情を浮かべていると、観測者は選択を迫るように問い続ける。

 

「信頼とは各々の「本心」を認め合ってこそだ、彼は他人に応え続けようと奮闘して来たが、本当の意味での信じあう間柄にはまだ至れて居ないのだよ。それは君たちも同じだ…であれば、君は彼の「過去」を知って、その上で彼を救いたいか、はたまた愚者と罵るかを決めるべきだと、私は思うのだが…どうだろうか? 君は彼の…タクト君の「本当」を知りたくはないかな?」

「っ! …出来るの?」

「あぁ。彼の魂は未だ集合意識(アカシックレコード)に繋がっている、それを辿れば…君に彼の過去を「観せる」ことが出来る」

 

 観測者の提案に、エリは自分の考えを纏めるため内省する。

 かつてのエリは、全ての戦いに関与する者、憎しみを拡げるモノたちを憎悪した。その気持ちは今でも心のどこかで燻っているだろう…しかし、そんな自分と向き合うきっかけをくれたのが、拓人だった。

 拓人に対する自分の気持ち…感謝と、それ故の愛情は本物。そして拓人が迷い傷ついているであろう今…それを何とかしてあげたい。

 救うなどと大それたことは言わない、ただ…彼をより深く知ることで、あの変貌ぶりの正体が分かるのなら…!

 

「それで何が変わるとは思えない、私はもう死んでいるも同然だし、出来ることはないのかもしれない。でも…先ずはタクトのことを知ってからどうするか考える、それでも遅くない筈。

 だから…お願い、私にタクトの過去を見せて。向き合いたいの…今の私に何が出来るか分からないけど、彼に何があったのか…知りたい!」

 

 エリの決意を秘めた一言に、観測者は光の内側でニヤリと笑うのだった。

 

「ではお見せしよう! 異世界を守り抜いた彼が、何を思い何に苦しんだのか…その”過去”を!!」

 

 観測者がそう宣言すると、辺りの輪郭が白くぼやけ始める。

 

 

 

 ──今、”道を切り拓いた人”の過去が語られる。

 

 

 



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追憶─ Everyone’s has ballade ─ ①

 

 ──色崎 拓人。

 

 普通の青年として暮らしていた彼は、ある日運命の悪戯で交通事故により亡くなってしまう。

 

 が、これまた何かに導かれるように「転生」を果たす。その転移先は…彼が心から望んだ「異世界」であった。

 

 臆病、人見知り、どこかネガティブだが、天性の明るさと浅く広いボキャブラリーから来る不思議なトークに、誰しもが好感…はたまたある種の親近感を抱いたことだろう。

 

 …だが、これらはあくまで彼の「一面」に過ぎない。

 

 これから語ることは、今まで節々で見られた彼の「過去」に纏わる物語だ。

 

 先ずは色崎 拓人、彼を一言で表すとすれば…──

 

 

 

 ──英雄(ヒーロー)に憧れた男、だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──???

 

「……ここは?」

 

 光に包まれたエリが目を開けると、そこには見慣れない空間が広がっていた。

 フローリングの上にカーペットが敷かれ、ベッドやタンスなどの家具の置かれた部屋、その隅にはおもちゃ箱、漫画の収納された本棚、床に散見される怪獣やロボットのフィギュア、そして壁に貼られた謎の仮面戦士の描かれたポスターなど、部屋の持ち主の嗜好が窺えるアイテムがあった。

 中でも一際目立ったのは、部屋の入り口から右の壁に置かれた、大きなブラウン管テレビ。チカチカと光っては激しい爆音と勇ましい声が聞こえる。

 さっきまで居た幻想世界とは真逆と言って良い平凡な部屋の風景、不可思議な事態にキョロキョロと辺りを見回すエリに、隣の観測者が説明する。

 

「ここはアカシックレコードに記録された拓人君の記憶を元に構築された世界、早い話今の状況は、彼の過去の記憶を五感で追体験している状態だね?」

「そ、そうなんだ。凄い…神さまとは聞いていたけど、こんなことまで出来るなんて」

「はは、彼の魂がアカシックレコードに繋がれていなければ出来ない芸当だがね。ほら…お目当ての人物が目の前に居るよ?」

「えっ?」

 

 エリが前方に目を凝らすと、テレビの前に居座り中の映像を見つめる小さな影が見えた。

 

『いくぞ! 武器合体…キャノンウェポン、フルバースト!!』

『ぐあ"あ"あああ!? おのれ…レンジャー共おおおっ!!』

 

 テレビの中では五人のカラフルな衣装の戦士たちが、不気味な怪人を倒すため各々の武器を繋ぎ合わせ、巨大なキャノン砲を形作るとそれを撃ち尽くした。怪人はキャノン砲の威力に斃れると、瞬時に轟音と爆炎が画面を埋め尽くした。

 

『正義は勝つ!!』

 

 五人の戦士がそれぞれポーズを取る、その様子をテレビ前で目をキラキラ輝かせながら見ている"少年"が居た。

 

「──か、カッコいい!!」

 

「っ! もしかして…あれ「タクト」?! わぁ可愛い〜! 童顔だとは思ってたけど、昔から変わらない感じだったんだぁ!」

 

 エリの目に映ったのは、テレビの前で戦士たちの大活躍に心を躍らせる、小学生時代の拓人だった。その顔つきはエリが目にした青年拓人と変わらない、愛らしいものだった。

 

「よっしゃあ! 僕もいつかヒーローみたいに、悪いヤツらをやっつけるぞ! 皆を守れる正義のヒーローになるんだ!

 チェンジレンジャー! 怪人よ覚悟しろぉ! バキッボコォッ! 今だ、武器合体! キャノンウェポン、フルバースト!! ブシャーー!! 正義は勝つ! ハッハッハッ!!」

 

 幼い拓人は興奮冷めやらぬ様子で、自分もヒーローになりきって敵怪人を倒すシミュレーションをし始める。想像の中では誰もが最強のヒーロー…子どもの頃に一度はやったであろうごっこ遊びを、拓人は部屋中を飛び跳ねながら夢中になってやっていた。

 

「あはは、可愛い。タクトにもこんな頃があったんだ?」

「拓人君は昔から笑顔の絶えない子だった、生まれた頃は体が弱かったようだが、健やかに育ったようだね? 彼は今でこそ大人しい性格だが、幼少期はあんな風に正義のヒーローに憧れる、快活な少年だったのだよ」

「ひーろー? …タクトが良く口にしてた「トクサツひーろー」と関係あるのかな?」

「そうだね、子ども騙しと言われればそれまでだが…あの戦いが終わった後の幼き時代には、誰もが見ていたものだ。善きを助け悪しきを挫く、これらを作った者たちはそんな大善の行える大人になって欲しかったのだろう」

「そっか。…タクトってどこか子供っぽくて純粋なところがあるけど、子供の時の気持ちを忘れてなかったのかも」

「そうだろうとも。彼は盲目的とも言えるほどに、正義の味方に憧れた。それは彼の学校生活にも表れていた」

「えっ、どういう……っ!?」

 

 エリが観測者の言葉の意味に疑問を呈しようとした瞬間──辺りが一瞬明るくなると、場面は拓人の部屋から小学校の教室へと移った。

 白い壁と床の木目のタイル、目の前には巨大な黒板と、規則正しく並べられた数十の机がある。窓から朝の陽ざしが差す平和で静かな空間がそこにあった。

 最初は誰も居なかった教室だったが、ポツリぽつりと黒い人影が見え始め、次第にそれは小さく可愛らしい小学生たちに姿を変えた。和気藹々と喋る子供たちの声は喧噪となり、静まり返っていた教室を一気に賑やかにしていく。

 エリは面食らいつつも状況を把握すると、興味深げに辺りを見回した。

 

「ここってタクトの学校? この子たちタクトのクラスメイトかな? 可愛いなぁ、私の学校もこんな感じだったなぁ」

「フフ、いつ見ても子どもたちが飛び跳ねる姿は癒されるな。さて…そろそろかな?」

 

 観測者がそう予見すると、エリたちの目の前で子ども同士の喧嘩が始まろうとしていた。

 

「何だよお前!」

「お前こそ何なんだよ!?」

「なんだとおぉ~~っ!!?」

 

 二人の一触即発の雰囲気、教室の子どもたちが何が始まるのかと息を呑んでは視線を送った。そんな時…一人の別の子供が二人の間に割って入った。

 

「まぁまぁ。喧嘩は良くないよ?」

「んだよ拓人、お前には関係ないだろ?!」

「そうだよ、ガイヤは引っ込んでろよ!!」

「そんなこと言わずにさぁ、”ミミズに流そう”って言うじゃない。皆も怖がってるし」

「何だよ! ………ん? それ「水に流そう」じゃね?」

「ぷっ、だっっっせぇ!! 間違えてやんの!」

「あ、ちょ、今の無し、ナシだから!!」

「バーカ! もう忘れないもんねー! …っはは、俺ら何で怒ってたんだっけ?」

「知らね! あほくせーからもうやめようぜ?」

「そ、そうそう。それで良いんだよ…へへっ」

 

 拓人は見事二人の仲裁を果たすと、教室から「おぉ…!」という感嘆の声が聞こえてくる。

 

「凄いね! 過程はともかくとして…小っちゃい頃から皆を纏めようとしてたんだ」

「そう、彼は理想のヒーローになるために、揉め事が起こってはああして仲裁に入ることが多かった。ヒーローに憧れている分正義感も人並み以上だった」

「あはっ、まるで私たちを纏めようとしてるタクトを見てるみたい。この頃から指揮官の才能はあった…のかな?」

「フフッ、そうだね。彼は自分を受け入れてくれる友に笑顔になって欲しかった、だから率先して問題解決に取り組んでいたし、それで幾ら馬鹿にされても笑っていたのだと思うよ? そういう意味では、人を受け入れ纏め上げる「器」があったのだろう。

 私はね…だから彼を「才気溢れる若者」と呼んだのだよ?」

「…え?」

 

 エリは観測者の告げた言葉の意味が分からなかった。観測者は光の向こうでほくそ笑むと、解説を続ける。

 

「彼は事あるごとに矢面に立ち、その内何をしなくても目立つ存在になった。彼の個性的な感性が周りに受け入れ始めていたのだろう。このまま順当に行けば彼の才能は開花する筈だった…だが」

 

 観測者が一区切り入れると同時に、空間はまたも光に包まれる。そして視界が晴れ状況が確認出来るまで辺りが鮮明になると…エリは、目に映る異様な光景に驚愕した。

 

「っ!?」

 

 何と──拓人は廊下で一人の男児と相対し、その周りを──まるで逃げられないようにするために──20人余りの男児生徒が囲っていたのだ。

 

「おい、お前拓人って言ったか? 最近オレさまを差し置いて良い気になってるみたいじゃねぇか、ふざけんなよ! 何サマのつもりだ!?」

 

 どうやら拓人と同学年のガキ大将が、拓人の噂を聞きつけて喧嘩を仕掛けて来たようだ。

 謂れのない恫喝に、拓人は竦み上がりながらも答えた。

 

「ぼ、僕は…ただ皆に笑ってほしくて。正義のヒーローに…なりたい、だけ、で…っ」

「……ぷっ!! あっはははははははははっ!!! 何だそれ?! おかしいんじゃねぇのぉ!? なぁ!」

「きゃはははははは!!」

 

 ガキ大将が卑しい笑い声を上げながら話を振ると、周りの男児たちも下卑た笑いを張り上げた。

 

「じゃあオレさまを笑わせてみろよ! 簡単だぜ? お前を…ぶん殴れば済む話だからなぁ!!」

 

 ──バキッ

 

「…っ!?」

 

 ガキ大将が拳で拓人を殴りつける、顔面の頬に一発喰らった拓人はよろよろと後ずさると、後ろの男児たちに無理やり立ち上がらされた。

 

「おいおい、この程度でよろめいてんじゃねーよ!」

「ははっ! ははっ! やっちまえボスー!!」

「まだまだこんなモンじゃないだろ~、頑張れよ()()()()? ギャハハハハハハ!!!」

「…っ」

 

 拓人はそれに対して、慣れないファイティングポーズを取りながら応戦しようとする。が…矢張り温厚な性格の拓人には、ガキ大将の攻撃を受け流すことは出来ず、サンドバッグ状態だった。

 騒動を知った教師に見つかるまで、拓人の顔は腫れあがるまでボコボコにされていった。教師に怒鳴られて蜘蛛の巣を散らすように逃げ果せた悪餓鬼どもの居なくなった後、廊下に転がる拓人のボロボロの姿は、見るも悲惨だった。

 

「ひ……酷い…っ!」

 

 エリの零した一言に、観測者は付け加える。残酷なほどに冷静な分析を。

 

「酷いと言うかね? 確かにこの側面だけ見ればそう思うかもしれないが。拓人君は関わらなくとも良い事柄に必要以上にかかわり続けた、それは…そういった「恨み」を買ってもおかしくはない。

 押し出過ぎた正義は、一方には「善意」に見えようともう一方には「悪意」にしか見えないこともままある。それだけのことを彼は仕出かしたのだろう」

「そんな…タクトだけが悪いとでも言うの?! 暴力を振るった子が悪いんじゃないの!?」

「然様、だが相容れない考えというモノは存在するのだよ。言葉を交わそうとも交(まじ)わることを許さない者にとっては…暴力とは認められない相手を黙らせるには都合が良いんだ。

 見方によっては、彼らにとって拓人君は()()()()()だったのかもしれない、それだけの力を行使する相手だった、と言う意味ではね?」

「…っ」

 

 それが真理である、とは口が裂けても言えないが…エリは観測者の言わんとしている意味を理解してしまっている自分が居た。かつての自分も…金剛という「暴力」に縋り、世界を変えようとしたのだから。

 

「更に言わせてもらうと、私の生きた時代にはこんな風に互いに衝突し傷つけあうことは茶飯事だった。子供と言うのは純粋故に残酷だからね…だからこそそれを糧に七転八起して、成長しどんな境遇にも屈しない強い精神を手に入れることが出来るんだ。

 彼もそうなる筈だった、だが…拓人君は才気溢れるからこそ「繊細」だった。一度振るわれた暴力が枷となり、彼から他者と向き合う気力を奪った。そこからは──」

 

 また光が視界を覆う、場面は拓人の寝室に戻るも、そこに居たのは…ベッドで仰向けになり動かない、かつての天真爛漫ぶりが消え失せた拓人だった。何もない天井を見つめては大きく重いため息を吐くその姿に、エリは胸を締め付けられていた。

 

「彼はああして部屋から出ることは無かった、この先どんな態度で臨めば良いのか分からなかったのだから当然だろうが。また同じことをして「否定」されては堪らないのだろう、そもそも彼は()()()()()()()()()()()()()()()()十分な理解を得ていなかった。人知れず恨みを買っていた理由を分かっていなかっただろうから」

「こんなの…辛い、辛すぎるよ。やり過ぎたのかもしれない、けど…タクトはただ皆のために……っ!」

 

 エリがそう拓人のために、一筋の涙を流していると…傍らのベッドで横になっている拓人がポツリ…と心境を零した。

 

「……僕は、皆から嫌われてたんだ。だからあの時も誰も助けに来てくれなかったんだ、皆のためにって頑張ってたのが…いつの間にか嫌いになるようなことをしちゃってたんだ。

 でも…しょうがないじゃないか。それさえ出来ればって思ってたんだ、僕はただ…皆に笑顔になってほしかった、仲良くなりたかっただけなのに。

 そんな風に思われたって、もう…どうしたら良いのか、分からないよ…っ」

 

「っ! タクト…」

「心配ないよ、ここから彼は報われていく。彼の()()()()()が現れるからね?」

「えっ?!」

 

 驚きを隠せないエリを余所に、場面は更に進んでいく。

 光が輝きを抑えた次に観たものは…清潔なベッドの上で身体を起こす拓人であった、服装はよくあるガウン一着、腕には点滴を付けているのかチューブが繋げられていた。

 

「ここって…病院?」

「そうだよ。あの騒動から不登校になった拓人君は、誰の目から見ても身体がやせ細ってしまった。一日三食を満足に出来なかったからだろうね? 精神も不安定となり荒れていた彼を見かねた両親が、近所の総合病院で診てもらった結果、数週間の入院が決まったそうだ。

 …ここだけの話だが、医者は彼の両親に対し「何故こうなるまで放って置いた」と叱られたそうだ」

「当り前だよ!」

 

 観測者の話にエリが怒りの感情を発露する、彼らの存在を知らない拓人は一人自分の状況に虚しさを覚えた。

 

「……はぁ」

 

 またも深いため息を吐く拓人だったが…ここで相室となった隣のベッドに居た患者から、声が掛かった。

 

「──大丈夫?」

 

「…? 誰?」

 

 拓人が声のする方を向くと、そこには…少し茶色みのある黒髪、それを長く伸ばした拓人と同い年のような「少女」が居た。

 目元は隠されていてよく見えなかったが、覗き見ると見える透き通るような眼、小さな口元、そして筋の通った鼻といった端正な顔立ちの、まるで人形のような可愛らしい少女であった。

 

「あ、ごめん。凄く辛そうだったから声掛けちゃった」

「…別に、君には関係ないだろう?」

「そう? ねぇねぇ、ついでに聞きたいんだけど。君って…この病院に来たのって何日前?」

「ん、二日前…ぐらいだけど」

「そうなんだ! 私ね…好きなアニメ観てたんだけど、ずっと前から病院に居てあんまり見れてないんだ。君が知ってるならどんな展開になってるか、教えてもらおうと思って!」

「え? テレビならあるじゃんそこに、見ればいいでしょ」

 

 拓人がそう言って自分と彼女のベッド奥に見えるテレビを指差す、しかし…彼女からは意外な答えが。

 

「あぁ、見れることにはみれるけど…その日に限ってながーい診察とか手術があって、しっかりと見ることが出来ないんだ」

「っ! ……ぁ、ごめん」

「ううん。で…そのアニメがね「魔女ッコふぁそらちゃん」って言うんだけど」

「っ!」

 

 拓人はそのアニメの題名に心当たりがあった、それは拓人が好んで視聴していたレンジャードラマの前に放送されていたヒロインアニメだった。

 しかし健全な男児が見るにはあまりにも女児向けな内容なので、時々、誰も居ない時に、一人で、こっそりと見ている時間があった。

 

「…知ってるけど、笑わないでよ? この前仲の良い友達の前でうっかり喋ったら、男が女の観るようなアニメ観てる~って馬鹿にされたんだから」

「本当!? やった! ダメモトで聞いてみたんだけど…私が言ったらだけど、観てたんだね?」

「ゔっ、そんなこと言うなら教えないよ!」

「嘘うそ! ぁあ嬉しいなぁ~、ホントにありがとう! えっと…」

「あっ、僕は色崎 拓人」

「拓人、ね? よろしく! 私は…"朝日奈 光凛(あさひな かりん)"だよ!」

「…カリン? 変な名前」

「そっちこそタクトじゃん。…っふふ! も〜う!」

「あははは!」

 

 その娘があまりにも自然に笑うものだから、拓人も釣られて大笑いする。二人は初めて会いはしたが、お互いにシンパシーのようなものを感じたのかもしれない。だからこそ何の気兼ねも無い笑いを浮かべたのだ。

 辛いことがあった後の拓人の満面の笑顔に、エリは思わず涙をもう一粒落とすのだった。

 

「良かった…タクトにも良いお友達が居てくれたんだ」

「そう、月並みだがこの出会いは()()だったのだろう。彼女…朝日奈 光凛との邂逅は、拓人君の心に清らかな光を再び齎した。そして…それは彼女も同義だった」

「それは、彼女にも辛い出来事があったってこと?」

「その通りだ、ここからは彼女…光凛君の境遇についてと、二人の行く末について語っていく。それこそが今の拓人君を象徴する決定的な出来事なのだから」

 

 観測者がそう謳い文句を口にすると、光は空間を包み込み次の光景を映し出していく。

 

 ──幕が上がるのを待つ観客のように、エリは二人の主役たちを光に消える最後まで見つめるのだった…。

 



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追憶─ Everyone’s has ballade ─ ②

 アカシックレコードを介して、拓人の過去を追体験しているエリ。

 拓人は幼い頃から正義感の強さ故に否定され、不登校となった。その後入院することになった彼の前に、相室の少女「朝日奈 光凛」が現れ、親交を深めて行く。

 

 ──次にエリが目にしたのは、先ほどと変わらぬ病室の風景。一つ違うのは…ベッドに就きながら話に花を咲かせる、仲睦まじい少年少女の朗らかな声が響いていたことだ。

 

「そしたら怪人が羊羹食べ始めてさぁ、巨大化しちゃうんだけど直ぐ戻っちゃって」

「えっ、どうして?」

「それはね…羊羹の賞味期限が切れてたんだってさ! アハハ!」

「あはっ、何それおかしい〜!」

 

 光凛はヒロインアニメだけでなく、拓人の好きなレンジャードラマについても造詣(ぞうけい)が深く、アニメの展開だけに飽き足らず、ドラマについて語り合うこともあった。

 二人してアニメやドラマの突っ込みどころを話したり、日が空いている時は二人でテレビを見ては、アニメやドラマの最新の展開について存分に語る。そんな数週間を過ごしていた…ある日。

 

「──拓人君、調子はどうです?」

 

「っあ、医者の先生!」

 

 白衣を着た壮年の男性が拓人に近づく、どうやら担当の医師のようだ。

 医師は拓人の様子を近くで観察し、顔色を見て簡易的な診断を済ませる。

 

「…うん、ここに来たときより大分良くなってます。これなら近いうちに退院出来ますね」

「っ! …そう、ですか」

 

 本来なら嬉しい通達の筈だが、経緯があるだけに素直に喜べない拓人。

 何処か意気消沈する拓人を見て、医師もそれ以上何も言わず「決まったらまた伝えに来ますね?」と微笑んでその場を後にした。

 退院するとまた学校に行かないといけなくなる、だが…拓人の脳裏にはあの時の集団いじめの光景がどうしてもこびりついていた。

 暗い表情になる拓人を見て、光凛は優しく声を掛けた。

 

「…良かったね?」

 

 光凛の微笑みを見て、拓人は苦しい気持ちを我慢しながら受け答えた。

 

「うん、今までありがとう。光凛ちゃんがいたから寂しくなかったよ」

「そう? 私は寂しいけどな。あーぁ、折角良い話し相手が出来たのに」

「えっ、そういえば…光凛ちゃんっていつ退院になるの? よく先生たちが君を看に来るみたいだけど?」

 

 拓人は光凛が常日頃から、医師や看護師に囲まれていることを思い起こす。

 光凛はその問いに対して…少し俯いては表情に陰りを見せる。次にゆっくりと、聞き間違いのないようにはっきりと、口を動かした。

 

「私ね──()()()()()らしいの」

 

「…え?」

 

 まさかの暴露に、拓人は一瞬時が止まったような感覚になる。光凛はそんな拓人の様子を一瞥しながら、話を続ける。

 

「昔から心臓が弱くてね? 運動したり興奮したりすると…胸が痛くなって。前までは病院に行くほどじゃ無かったんだけど…最近痛さが酷くなって、ほっといたら"死"んじゃうらしいから病院で治してもらってるんだ。…っあ、ここに居る間は薬打ってもらってるから、大丈夫なんだけど」

「そ、そうなんだ。その…病気って、治りそう?」

 

 拓人が尋ねるも、光凛は儚げに微笑んでは首を横に振った。

 

「難しいらしくて、心臓を良くするためにお薬を打ち続けなくちゃならなくって。安全になるまで学校も休んでるんだ、もう何ヶ月も空けちゃって友だちもあんまり居ないんだ。あはは…」

 

 光凛は申し訳なさそうに笑うも、幼い拓人にもその異常性は即座に理解出来た。

 拓人の場合は致し方無い事情であるものの、本人の気持ち次第ではまだ乗り越えられる状況に変わりは無い。だが…光凛の場合は本人がどんなに頑張ろうとも、彼女の身体を蝕む病魔が振り払われるとは限らない。

 

「…ごめん」

「もう、拓人が謝ることないよ。病院の生活ももう慣れたし、何より…こうやって時々相室になった人とお喋りするから、辛くも寂しくもないんだ。えへへ!」

 

 光凛の気丈な振る舞いは、他人を自分の境遇で悲しませたくないという、彼女の「気遣い」が見て取れる。だが…拓人には寧ろ彼女に無理をさせてしまっているのではないかと、不安を過ぎらせた。

 自分の知らないところで、今日も名も知らない誰かが苦しんでいる。それは病気でもあり、不慮の事故でもあり、予測不可能な出来事でもある。そこに悪は介在しない自然の摂理であり、それが偶々隣に居る光凛に降りかかった、それだけのことだった。

 だが、今日まで何の違和感もなく笑っていた少女が大病を患っていた、その事実だけでショックも大きかった。

 こんなにも命は…死は人の傍に在るものかと、目の前の光凛を見て、拓人は絶望に立ち向かうような「抵抗」を肌で感じ取ると、仄かな哀しさと無力感が体中を巡った。

 

「(光凛ちゃん…辛いはずなのに笑っている、自分が死んじゃうかもしれないのに……それなのに、僕は…僕は──)」

 

 ──だが、だからこそ…拓人の冷え切っていた心は赤く熱を帯び始めていた。

 

「…すごいね、光凛ちゃんは。だったら…僕も負けていられない」

「っえ?」

 

 目の前の少女が自らの運命に足掻いているのだ、自分が否定された程度で…怖くて縮こまっては居られない。

 拓人の中に小さなちいさな「灯」が再び点火される、正義のヒーローは不屈なのだ…何回転ばされようとも立ち上がるのだ。そういうものだと心の中で自分に言い聞かせる。

 

「僕…学校で虐められてさ。退院してもホントは行きたくはなかったんだけど…でも、光凛ちゃんが病気と闘っているって知ってさ、なんだか…僕の悩みがちっぽけに思えちゃって。だから…ありがとう光凛ちゃん、君が頑張っているんだから…僕も頑張るよ!」

「っ! …うん、良かった。ねぇ…また時々会いに来てくれないかな? 貴方とお話してたら元気が湧いてくるから、だから…良い?」

 

 知らない間に拓人の役に立てたことを喜んだ光凛は、自分も拓人に励ましてほしいと退院してからも交流を続けようと持ち掛ける。それに対し拓人は──勿論、と言わんばかりに笑顔を向けて答えるのだった。

 

「良いよ! これからも…よろしくね、光凛ちゃん」

「わぁ…うん、こちらこそ…またアニメやドラマのお話しよ!」

「分かった!」

 

 互いに笑顔で喜び合うと、彼らはこれからの未来を思い描く。これからも二人で紡いでいくであろう…”物語”を。

 拓人と光凛の出会いの話に、エリは胸が熱くなり瞳を潤わせた。

 

「ぁあ…本当に良い子たちだね…!」

「フフッ、あぁ。拓人君も光凛君も、劣悪な状況、環境においても輝く意志を持っている、彼らはそんなお互いの純真な心に惹かれ合ったのだろうね?」

「うん、きっとね? …えっと、ここからタクトとカリンちゃんはずっと一緒になっていくんだね?」

「そうだね。二人は以降も付き合いを深めていく、拓人君は退院後小学校に復帰したようだ。虐められることも決して少なくはなかったが…比較的穏やかな学校生活を送ったようだ。

 そして小学校を卒業すると、中学校に進学する。成長しても彼らの関係性は変わらないようだ」

 

 そう観測者が説明し終えると、また視界が眩い光に支配される。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 視界が晴れると、そこは最早馴染み深い病院の一室だった。

 中学生に成長した光凛は、相も変わらず病室のベッドの上だった。だが女性看護師と朗らかに談笑する彼女に、悲壮感など微塵も無かった。

 看護師と光凛の会話の最中、静かにスライドしながら入り口の戸が開かれると…外から拓人が入って来た。制服姿なのでどうやら学校の帰りのようだ。

 

「──光凛、来たよ!」

 

「っあ! 拓人いらっしゃい!」

「あらあら、王子様の登場かしら? じゃあ私はお暇(いとま)させてもらいましょうねぇ。オホホ…♪」

「ゔっ、看護師さん…;」

 

 看護師は二人の仲を茶化すと、そそくさとその場を後にした。拓人はもうこの病院に通い詰めて長いので、すっかり病院関係者と顔馴染みになっていた。

 

「もう。…調子はどう、光凛?」

「全然平気! この前のメールにも書いたけどさ…この頃は調子が良いから学校にも行けるようになって、普通に授業にも出てるんだ。流石に体育の授業は出れないんだけどね?」

「はは、それだけ問題ないなら、もう退院出来るんじゃない?」

「うーん。完全には難しいかな? 今は通院の形で…定期検査のある時はこうしてまた病室を借りさせてもらってるんだ」

「そっか、でもすごいよ。昔に比べて今は元気溌剌って感じで! あの頃は吹いたら消えそうというか、本当に不安そうだったから」

「…今も、すっごく不安なんだけどな?」

「あっ、ごめん…;」

「ふふ、良いよ。私たちの仲じゃない…遠慮は無しでお願いね?」

「いやいや、流石に配慮はするでしょ;」

「あはは、っあ! ねぇねぇ…新しい物語書いたんだけど、見る?」

 

 そう言って、光凛は拓人に数枚の原稿用紙を見せる。拓人はそれをそっと受け取ると、何も言わずじっくり目を通していく。

 光凛は暇さえあれば、頭に思い浮かんだ物語を筆に走らせては、それを拓人に見せていた。将来は作家にでもなろうかな? などと彼女は冗談みたいに言っては笑っていた。

 

「…うん、面白い!」

 

 暫くして口に出した拓人の感想に、光凛はパァと明るい笑顔を浮かべ喜んだ。

 

「良かった! 今日のは自信作なの。囚われのお姫様が王子様の元へ自分で向かうの!」

「うん、良いじゃん。でも…途中で加わる仲間が凄いメンツじゃない? 踊り子や騎士はまだ分かるけど…エルフに研究者、それに竜(ドラゴン)って…カオス過ぎない?」

「何言ってるの、今は意外性がモノを言う時代なんだよ! うーんそれにしても、我ながら良い出来よね。絵本にして売り出そうかな? んふふ」

「あはは…随分な自信ですこと;」

 

 光凛の自画自賛にたじたじな拓人だったが、彼女の描く物語が「面白い」ことは事実で、それこそ絵本にでもすれば確実な売り上げが出るのは間違い無かった。

 起承転結がしっかりしており、子供にも分かりやすかった。彼女の理知的で何処か大人びた性格が功を奏した結果であろう。だが…ここで一つの疑問が拓人の胸に浮かび上がった。

 

「ねぇ、光凛はさ…どうしてファンタジーな世界のお話しか書かないの? 絵本を売り出すならこう…もっと身近なものでも良いと思うんだ、寧ろ光凛にはそういう話が似合ってそう…と思うけど?」

 

 拓人の指摘として、光凛は遠い世界で起こった現実離れした話ばかり書いているが、教養として描くならもっと現実に則したものでも良いということ。

 拓人の鋭い意見に対し、光凛はニコニコと笑いながら答えた。

 

「物語を書くには「エネルギー」が必要なんだよ? 自分がこんな話を書きたいとか、題材はこれにしたいとかさ。自分の心…思ったことを物語に反映させるの」

「そっか。じゃあこれは光凛の書きたかったことなんだね? でも…どうしてファンタジーものばかり?」

 

 物語に自分の書きたい意思をかく、それは理解できるが…肝心の「何故ファンタジーものなのか」というお題は答えられていなかった。

 不思議に思った拓人が再度尋ねると…光凛は先ほどの自分の言葉を前置きにして、こう答えた。

 

「── ねえ、拓人は「異世界」に興味ある?」

 

「…異世界?」

 

 異世界、読んで字の如くこの現実とは異なる世界のこと。ほぼ似通っている場合もあれば、今の常識が通用しない全く違う世界観になっている場合もある。

 文学の世界では近年まで様々な世界や時代が描写されて来た、例えば光凛の描く魔法と異種族の居るファンタジー、高度な科学や宇宙を描いたSF(サイエンス・フィクション)、昔の偉人や武人が生きた世界を多少の脚色を加えて描く伝記・戦記など…そのジャンルは多岐に渡る。

 そのため異世界という考え方も複数ある、光凛が言いたいのは所謂「パラレルワールド」という解釈だろうか? 拓人が光凛にそう疑問を尋ねると、光凛はフフッ、と微笑んでは少し訂正する。

 

「そんな感じなのかな? 私はね…この地球に似たような、それでいて私が今まで見たことがない世界があるとして、昔からそんな世界に住めたらな? って思ってて。だからその気持ちが私のお話に影響してるみたいだね」

「そっか…確かに憧れるよね、見知らぬ土地を仲間と冒険とかさ?」

「だよね! その世界には私たちの知らないような文化や生活、見たこともない人種や魔物なんかもいるかも?」

「おぉ、良いねぇ! でも、魔物かぁ……うぅ;」

「あっ、怖くなった? うふふ、大丈夫よ。確かに最初は怖いかもしれないけど、大好きな人や大切な人と一緒に、そんな素敵で興奮するような世界を駆け回れたら、怖い気持ちなんて何処かに吹き飛んじゃうよ!」

「そうなのかな? にしても大切な人ねぇ…例えば誰のこと? ご家族とか?」

「えっ?! そ、それは。うーん…………"君"……とか?」

「・・・──っ!!?」

 

 光凛の意味深な告白に、拓人は顔を真っ赤にしては口をパクパクさせていた。それを見て光凛も頬を紅く染めた。

 

「うぅやめてよぉ、私も恥ずかしいんだから…///」

「いや、そういう意味に聞こえちゃうって…///」

「…拓人、顔がトマトみたいだよ」

「そういう光凛は…茹でダコ?」

「っあ! ひどぉい!?」

 

「・・・」

「・・・」

 

「…っふ、あははっ!!」

「うふ! うふふ!」

 

 二人はお互いの赤い顔を見て、何だかおかしくなって二人同時に笑い合った。

 とても大事なことを聞いた気がするが、拓人と光凛は日常的にお互いの好意や逆に悪いところ、直してほしいところも見てきているので、会話の中で愛情を垣間見るのも今更の話だった。

 拓人が光凛と出会って早数年、暇さえあれば二人して顔を合わせては、今日はこれをしたとか、明日はこれがあるとか、あの人が素敵だったとか、アイツがムカついてとか…出来事、人、その他の事柄についても、たくさんの言葉を交わしている。それが彼らのお決まり…当たり前になった。      

 

 二人は正に肝胆相照(かんたんあいて)らす仲となっている、長い年月が二人の隙間を埋めるには十分過ぎた証拠であった。

 

 ──ひとしきり笑い合った後、光凛は拓人に向けて儚げな笑みを湛えると、ある約束を交わそうと持ち掛ける。それは…?

 

「…ねえ拓人、約束して…? いつか、いつか必ず、二人で知らない世界へ旅立とう? 私の身体がもっと良くなって、遠い国へ行けるようになったその時に…一緒に世界を見て回ろう?」

「っ、光凛…それは」

 

 拓人は光凛の言葉に対し、直ぐに返事が出来なかった。

 光凛は生まれた時から自分自身と闘い続けている、自分の「心臓」と…この数年で病状が緩和されたことは確かだが、まだ手放しで喜べる状況ではない。激しい運動をするだけでもご法度なのに、旅行するだなどととても言えることは出来なかった。

 いつ達成されるか分からない、彼女はそれを承知で「待っていてくれるか」と拓人に尋ねているのだ。だが拓人は…それを言えば彼女が何処かに行ってしまいそうで、躊躇いがあった。

 

「信じて、私は負けない。…完全に克服するのは無理だけど、必ず自分の眼で広い世界を見て回る。だから…お願い、拓人? 貴方にしか頼めない…私の我儘なの」

 

 拓人の迷いを視て、光凛は彼女なりの覚悟を乗せた言葉を紡いだ。

 

 ──光凛の魂の声に、ヒーローを志す男が答えない訳にはいかなかった。

 

「…分かった、信じるよ。君と一緒に世界を巡る旅に出れる日が、きっと来るって!」

「っ! …うん、ありがとう……あり、がとう。拓人…っ!」

 

 光凛は拓人にお礼を言うと、感極まったのか嬉し気の涙を一粒落としては、泣いた。

 

「大丈夫?」

 

 拓人は光凛を気遣うも、光凛は平気とだけ言うと、頬を伝う涙を手で拭い笑う。

 

「…何だか、恋の物語みたいだね?」

「そうかな。…ううん、きっとそうだね。この物語はきっと…ハッピーエンドだ」

「あはは。…絶対に、ハッピーエンドにしようね?」

「うん…!」

 

 二人はそう言って見つめ合うと、互いに自然と差し出した小指を絡めて、切ってもきれない約束を交わした。願うは唯一つ──”奇跡”。

 奇跡…それは人々の夢想が生み出した希望、困難を打ち払う唯一のもの、現実には中々起こり得ないからこそ、万人が思い描くもの。

 二人はそれを賛美するように詠う、物語の佳境に主人公たちが起こす奇跡、そしてその先の──ハッピーエンドを。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「こうして拓人君は、光凛君の病気が緩和することを信じることにした。光凛君もその約束を果たすために、投薬治療を続けていくことになる。

 二人はその日が来ることを待ち焦がれた、拓人君は旅行先をどこにするか、いっそ駄目元で世界一周でもしようかと考えた。光凛君は拓人君と共に見る想像を超えた世界の景色を夢見た。

 もしもその先があったのなら、二人の至上の笑顔が見れたことだろう。誰であれそれを望むだろう──だが、世界は己が機能を果たすため二人に「試練」を与えた。

 

 ──”絶望”という名の試練を」

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 次にエリたちが見たものは、またも病院の風景。だが…そこには異様な雰囲気が漂っていた。

 

「…心拍数、徐々に低下しています…この子はもう……」

「そうか…直ぐにご家族をお呼びして、最期の別れになるだろう…」

 

 そこには、女性の看護師と老年の白衣の医師が、ベッドに眠る患者を見守っている一幕。

 患者は口に酸素マスクを着け、苦し気に呼吸を繰り返している。だがベッド横の心電図モニターに表示されているのは…今にも止まりそうな心臓の鼓動の計測データだった。示された心拍の波はもう間もなく鼓動が止まることを、無惨にも示唆するものだった。

 

 そのベッドに眠る患者こそ…光凛だった。

 

「…っ!? カリンちゃん…そんな」

 

 ──ガラッ

 

 エリが光凛の死に際に驚愕していると、勢い良く病室の扉が開け放たれた。

 

「…っ!」

「む? なんだね君は、ここは関係者以外…っおい!?」

「先生! この子…いつも彼女とお話ししていた…!」

「っ! …そうか」

 

 病室の中に踏み込んだその人物を見て、看護師と医師はそのまま”彼”を招き入れた。

 

 光凛が仰向けになった、ベッド横に立つ人影は…拓人だった。

 

「…どうして」

「タクト…」

「──どうしてこうなるの!?

 

 拓人は息を切らせながら、悔しさの溜まった涙を両眼一杯に溢れさせては、怒りを湛えた叫びを吼えた。

 

「言ったよね? 一緒に知らない世界を見に行こうって…なのに……なのにっ! 絶対にハッピーエンドにしようって…約束したじゃないかぁっ!!」

「タクト…っ!」

 

 光凛の意志に反した思わぬ裏切りに、拓人は彼女を…否、彼女を苦しませる「世界」と、それに対し何もしてやれない自分自身を呪った。

 

「何で君がこんな目に合わなきゃならないんだ! 君はただ…世界を見て回りたいって願っていた女の子じゃないか! あれだけ元気だったのに、急に病状悪化だなんて…こんな物語があってたまるかっ、こんな……こんなの…あんまりだよぉ!!」

 

 とうとう両眼の涙を滝のように流す拓人、涙で濡れた顔は望みの絶たれた者の「渇き」が広がり、それは一生潤うことの無い「心の傷跡(トラウマ)」となる。

 

「…っ! 嫌だよ…君の居ない世界なんて…生きていたって……そんなの……意味ないよ…っ!」

 

 子どものように泣きじゃくる拓人の脳裏には、病室の一角で太陽の光に照らされながら笑い合う、拓人と光凛の日常の一幕が写った。その日常が遠くなっていくことを感じ取り、拓人は嗚咽を交えて悲しみを吐き出した。

 

『────ぃ』

 

「…!」

「っ、カリンちゃん!」

「先生、彼女の意識が…!」

 

 死を迎えようとしている光凛が意識を取り戻すと、言葉辿々しくも最期の別れの言葉を告げようとしている。その意地らしい光景に拓人、エリ、女性看護師はそれぞれ驚きを見せていた。

 

『ご、めん……な…さい。貴方との…約そ、く……守れ…な……かった』

 

 光凛は拓人と共に世界を回れないこと、それだけを悔やんでいた。彼女の今際の際の言葉に、拓人は口を震わせて声を掛け続けた。

 

「駄目だ…そんなこと言わないで……君が居なくなるなんて…僕は…耐えられないよ! 僕たちの物語は…こんなところで終わるはずないだろう!?」

 

 運命に打ち勝つような物語を求めて、光凛を何としても奮い立たせようと励ます拓人。

 

 ──だが、この場の誰もが悟っていた。光凛はもう…助からないことを。

 

 喪う恐怖に震える拓人に、光凛はいつものように笑うと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。…最期まで、死への旅立ちのその時まで。

 

『大丈夫…私はいつも……貴方と一緒………貴方の思い出の中で…いつも……貴方を…見守っ…て──』

 

 

「──…っ!」

 

 

 ──pi-------………

 

 

 光凛はそう言葉を残すと、ゆっくりと目を閉じ息を止めると、そのまま永遠の眠りに就いた。心電図モニターには鼓動と呼吸を表す数値が「0」となり、脈拍を表す曲線も波が鎮まり二度と立つことはなかった。

 

「…心肺停止。ご臨終、です…っ」

「泣いてる暇はないよ君、早くご家族を呼んで来て」

「は、い……っ!」

 

 看護師は目の前で繰り広げられた、命の幕引きを見て咽び泣きながら光凛の両親を呼びに行く。

 拓人は動かなくなった光凛を呆然と見ていることしか出来なかった、そんな拓人を見かねた医師は、拓人に近づくと肩に手を乗せて優しく諭した。

 

「よく頑張ったよ君は、だから自分を責めてはいけないよ。彼女の寝顔を見てご覧? あんなに安らかな顔は、この世に未練が有ればそうは出せん。満足したんだ…君のおかげだ、ありがとう」

 

 医師は拓人に対し感謝を述べると、入室した光凛の家族たちに状況説明するため、その場を離れた。

 医師の言うとおり光凛の寝顔はまるで静かな吐息をしているようで、苦しそうな表情とは言えないとても「穏やか」なものだった。死に未練を残す人も多いであろう中、光凛は結果がどうあれ拓人と過ごして人生に後悔など微塵も無くなったのかもしれない。

 

 だが…医師の言葉が彼に届く事は無く、拓人の胸にぽっかり空いた穴は、元に戻ろうとギュウと締め付けて来る。が、それが叶う筈もなく、拓人は絶望感と虚しさの入り混じった、酷く窶れた顔を周囲に晒していた。

 

 それを傍観したエリは人知れず悟った。これが…この場面(ヴィジョン)こそが、拓人が変わってしまった最大の要因なのだと。

 

「光凛君は死に至り、拓人君はそれを止められなかった己の無力さを恥じた。勿論彼に落ち度など何処にも無い、だがヒーローを目指した彼は自分ではどう足掻いてもそこに至ることが出来ぬと、悟った気取りをしてしまった。

 正義を掲げた瞬間それを弾圧され、愛を知った瞬間それを根刮ぎ奪われた。これ以上ない抑圧であるので、そう思っても仕方が無いが…兎に角もこの一件を経て、拓人君は平々凡々の人生に甘んじることになる。それは…もう二度と「喪いたくない」という、運命に対する彼の無言の抵抗なのだろうね?」

 

 観測者の声が空間に響く、瞬間──今までで一際眩しい光がエリの視界を遮った。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──気がつくとそこは、元の狭間の世界…星が散りばめられた夜空と、静かに満ち引きを繰り返す波と、そこから広がる海の景色を見て、エリは拓人の過去を語り終えたことを知った。

 

「つまり、タクトが加賀たちが犠牲になるって分かっても封印を止めなかったのは…どんなに頑張っても報われないって、喪ってしまうって思ってるから、加賀たちを救えないものとして「諦めている」…ってこと?」

 

 エリの回答に、観測者は朧げな光の中で頷く動作をする。それの意味することは拓人の正体…本性が「喪失を恐れる故の諦観」を孕んだ男である、ということだった。

 

「然様。拓人君の過去は行動と後悔、これの繰り返しと言って良いだろう。とはいえ誰しもの行動も必ずしも報われるとは限らないが…彼の場合自身の正義の否定と、最愛の人を救えなかった悲劇が連続して起こってしまった分、どうしても恐怖で立ち竦んでしまうのだろう。クロギリ海域の顛末も考えれば、今の彼は古傷を抉られたようなものだね?」

「タクト…」

 

 拓人の過去を観たエリは、胸に予想以上の重さを感じては言葉に詰まる。それでも彼女に答えを迫るように、観測者は拓人の過去についての印象を尋ねる。

 

「君はどう思う? 仮に君が拓人君と同じ立場だとして、否定され、失敗を繰り返し、その度に大切なモノを喪うんだ。一つ目は彼なりの「正義」、もう一つは彼の「愛」を捧げた人物。そんな彼が今更()()と立ち上がれるだろうか?

 今まで彼が行動的になれていたのは、特異点という「絶対成功」の鎧があったからだ。あの世界もどうあれ彼にとって「夢の中」であることに変わりはなかっただろうから、自分にとって都合の良い展開にも違和感を持たなかったのだろう。

 だが今は…その力を無理矢理脱がされ、現実を直視している状態だ。その非力な彼に「喪うかもしれない覚悟を持って立ち上がれ」と言うのは…些か酷なものではないかな?」

「それは…」

 

 観測者の言うとおり、エリを含めた周りの人間が拓人を頼り過ぎていたのかもしれない。拓人の過去をよくも知らず、自分たちの都合を押し付けていた…見方を変えれば「戦いたくない者、戦わせるべきでない者を無理に矢面に立たせようとしている」のと同義だろう。それは()()以外の何モノでもない。

 更に拓人はエリたちの世界を救うため、今まで尽力して来たものの、その果てに「実は自分が世界を破滅に追い込む可能性がある」と突きつけられ、そんな自分を自決させようと行動した際、エリが犠牲になってしまった。これは不可抗力とはいえ拓人の()()()()()()()()()だったと、胸中穏やかではないエリ。

 

「そうだったんだ…ごめんなさいタクト、貴方はもう…喪いたくないだけだったんだ。自分の力だけじゃ何も守れないって思って…辛かったんだね…なのに私は…っ!」

 

 だが拓人の過去を観た以上、彼が今も「苦しんでいる」ことに気が付いたエリは、どうすれば拓人を「救う」ことが出来るのかを考える。自分自身も眠っているこの状況で、彼女が拓人を救い出す方法とは…?

 

 

 ──しかしそんな彼女たちを、海岸奥の林の中から見つめる「影」が居た。

 

 

『………ア"…?』

 

 そのことにエリは気付かず悩み続け、観測者は流し目で静かに来訪者を観察する。

 

「(…成る程、これもまた天命か。世界は尚()()に味方している、かな?)」

 

 観察者はそう考えを巡らせると、辺りには沈黙の空間が広がるのだった。

 




 そろそろ本家ゲームのイベントが始まるので、暫く間が空きます。


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憎悪の業火、光の温もり

 戻りました、では参りましょう。
 またしても展開が急かも知れません、申し訳ありません。


 拓人の過去をアカシックレコードを介して観たエリ、拓人は行動を起こす度に大切なモノを否定、もしくは喪失する運命を辿っていた。

 クロギリ海域の一件でそのトラウマが蘇り、拓人は今自分がどうすれば良いか分からない状況に陥り、苦しんでいた。そんな拓人を何とか助けられないかと考えを決めるエリ。

 だがどうやって拓人を助けるのか、それが課題だった。エリは動きたくとも現実では──死に等しい──深い眠りに就いている、拓人を救うどころの話ではない。

 

「どうすれば良いの…どうすればタクトを助けてあげられるの?」

 

 暖簾に腕押すような思考の反復を繰り返す、そんなエリを見つめていた観測者は…ため息を一つ吐くと見かねた様子で彼女に尋ねた、何故そこまで必死になる必要があるのかを。

 

「一つ勘違いしているかもしれないが、私が君にタクト君の過去を見せたのは、彼を救ってほしいからではないよ。彼の「隠れた本性」を見ても君は彼を「信じたい」と思えるかどうか確かめたくなった、のだが…その様子だと結果は同じのようだね?

 しかしだ、私個人としては君がそこまで身を削る必要は無いと思うがね? 拓人君のトラウマは一朝一夕で治るモノではない、仮に彼の傷を癒せるとしても、その道は困難を極めるだろう。君も…もうそれを解らないものではないだろう?」

「それは…」

「拓人君の現状は「過去の逃避行」と言うべきだろう、向き合うべき過去から自ら逃げ出しているのだから、彼は何処も成長出来ないし何も得ることが出来ない。

 全ての人の心には生来の良さを表す「表」と、過去の蓄積から成る「裏」の面がある。限りある生の中で表裏一体を成し遂げることで「人間」は完成するのだよ。それを成し得ない者を果たして「人」と呼んでいいものか?

 少々酷な言い方だがそれが真理というもの、何故なら…苦難を前にしようとも前に進む強靭な精神を持つ魂を世界は欲している、それこそが世界の望んだ人のあるべき姿だから」

「…っ」

「過去に縛り付けられる限り、彼が一歩を踏み出すことは無い、確実にだ。だから…私は敢えて君に「諦める」ことを推奨する、これは彼個人の問題だ。君が関わる必要のないことだ。君たちの任務は…もう終わったのだよ」

 

 残酷な真実を突き付けるように、観測者は厳格な、それでいて優しげな声色でエリを諭した。

 過去を振り返るべきは当人唯一人、その本人が向き合う気すら無い以上、誰が何をしようとも「無駄」。そんな現実という壁にぶち当たったエリは──

 

「──…ふふっ」

 

 微笑みを浮かべ、全てを見透かした瞳を向けた。

 

「何かおかしかったかい?」

「ううん、ただ…貴方がタクトを見捨てるような言い方するなんて…()()()()()()ちょっと下手だなぁって?」

 

 エリは観測者の意図を理解していた。その答えは…拓人を本気で救うつもりなのか、その想いを「発破をかけて」問い質そうとしていた。

 自身の算段を見破られ、驚いた観測者は思わず種を明かした。

 

「──…おっと、まさかこんなに早くバレてしまうとは」

「だって、さっきの貴方はタクトの良いところを沢山教えてくれたし。ずっとここで見守ってくれてたんだろうなぁー、って言わなくても分かるよ?」

「ははっ、仰るとおりだな。では…私の言わんとすることは分かるね?」

「うん、タクトを助けるには彼を心から支えたいと願う気持ち…"愛"が必要なんだよね? 私がそれを持っているかどうしても確かめたかった…だよね?」

「然様、そこまで理解してるなら話は早い。さて…君の答えを聞かせてもらおうか?」

 

 観測者の催促に、エリはゆっくりと深呼吸する。息を肺一杯に吸って、長く静かに吐いた。そして…間を置いて答えを口にした。

 

「──愛してる。はっきり言ってしまったけど、正直この気持ちが本物かどうかは、まだ分からないわ。でも…彼は私がどんなに変わっても私を「信じてくれた」。金剛として…同時にエリとしても、だから…」

「だから彼を信じ、その道行きを手助けしたい…か。だが彼がその愛に報いるとは限らないよ? 特に今の彼は不安定だからね、それでも…良いんだね?」

 

 その問いかけはエリにとっては「愚問」だった、観測者が疑問を投げて直ぐに彼女は答えた。

 

「それでも構わないわ。私はね…私がそうしてあげたいから助けるんだ、タクトがそうしたように…私も自分の気持ちに報いたいの」

「…そうか。ではどうするつもりだね? 先ほども言ったが彼を立ち直らせるのは容易ではないよ?」

「確かにそうかもね、でも…誰にだって上手くいかない時も、理不尽な出来事を被る時ぐらいあるよ。だからこそやり遂げた時、逆境を乗り越えた時に嬉しさが溢れて、何倍にも見返りが来るんだ。タクトは不幸が重なり過ぎてその先を心の底から信じられないだけ。

 でも…絶対に有る筈なんだ、加賀たちを犠牲にしたくないっていう彼の「優しさ」が。だってタクトが私たちの世界を良くしようと動いたのは、特異点だからじゃない。彼は…()()()()()()()()()()()()を持っている。だから今まで頑張って来れたし、私や周りの皆も救って来た。

 それを思い出させて正しく導くことが出来れば…彼は必ず戻って来る、私は…()()()()()()

 

 自らの「想い」を語り終えた後、観測者を見つめるエリの真っ直ぐな瞳には、拓人を信じ抜く覚悟と拓人への「一途な愛」を感じることが出来た。それを見届けた観測者は…光の中で不敵にほくそ笑んだ。

 

「成る程、ならば私から言うことは何も無い。ただ一つ指摘させてほしい、君の愛と覚悟が本物か…()()()()()()()()()()()?」

「えっ、どういう…」

 

 今しがた拓人への気持ちを語ったというのに、これ以上何をしようというのか?

 観測者の放った一言の意味が理解出来ず、聞き返すエリは頭を巡らせてはその意図を探っていた。

 

 

 ──そんなエリの思考を遮るように、事態は急転する。

 

 

 ──ゴオォッ!!

 

「っ!? 何、火が……い、痛い…っ、ぁあああああっ!?」

 

 何と、エリの身体が突然「発火」し始めたのだ。それだけでも奇妙だが目に見えた異常をエリは感じ取っていた。

 先ず炎の色が「漆黒」に染まっていた、地獄の業火のような悍ましさを感じるそれは、今も彼女の身体を蝕んでいた。

 更にその炎に熱さは無く代わりに「痛み」があった、全身を裂くような痛みと、心臓を刺されたような精神の痛みだ。痛みはやがて…エリの頭の中に「ある人物の記憶」を覗かせた。

 

 

『── 何だそれ?! おかしいんじゃねぇのぉ!?』

 

『── ねえ、約束して…? いつか、いつか必ず、二人で……』

 

『── よく頑張ったよ君は、だから自分を責めてはいけないよ』

 

『──話しかけないでくれる? アンタと居ると陰気が移るから』

 

『──舐めた態度取ってんじゃねぇぞ、オラァッ!!』

 

『──また喧嘩したのか、君は本当に問題児だな…なんだその顔は、文句でもあるのか!?』

 

『──自分のこと"特別"だとか勘違いしてんじゃねぇよ、アァッ!? アホくさ…っ』

 

 

「…っ、これは…まさか」

 

 エリの中に流れ来る記憶は、何者かの生涯の走馬灯のように、幼少頃からの回想を断片的に見せていた。

 何処かで見た場面や、見たことの無い記憶まで一瞬で認知していく不思議な感覚だった。雪崩れ来る感情の波に、エリの脳内は膨れ上がるとズキズキと痛みを訴えていた。

 その痛みこそ、"彼"が愛を喪って転落した人生を送っていたことを示唆していた。

 

 ──ザッ、ザッ、ザッ。

 

 エリが痛みに耐える最中、海岸奥の林から砂を踏みしめるような足音…そして、煌々と()()()()()()ような音が近づいて来ていた。

 

「──…来たか」

 

「…っ!」

 

 観測者の零した言葉で危険を察したエリは、観測者の見つめる方角へ目を向けると…そこに現れたのは──

 

 

 ──禍々しい黒色の炎、それが「人の形」を取ってこちらに歩いて来る。そんな静寂を破る光景だった。

 

 

 

『──…ア"、ア"ァ"…』

 

 

 

「っ! ……そんな、貴方なの? …()()()……っ?!」

 

 エリは驚きを隠せず思わず、しかしはっきりと言う…あの人型の黒炎が「拓人」なのだと。

 何故エリはあの黒炎を拓人と認識したのか? それはエリの脳内には今もまるで津波のような怒涛の勢いで、拓人の記憶とそこに宿る「感情」が押し寄せていたのだ。今も彼女の身に発火する黒色の炎が拓人の心の叫びそのものなのだと、エリは気づいていた。

 耳を疑う話だが、観測者はその回答に対し「正に」と頷いた。

 

「然様。アレは拓人君の負の側面…即ち()()()()()()()()と考えるのが自然だろう。おそらく我々がアカシックレコードから拓人君の過去を観た時、一時的に拓人君とこの魂の世界に出来上がった「繋がり」、それを追って来たのだろう。

 本来なら負の側面は心の深い場所に在り、余程の激情を抱かない限り発露することは無い。だが…拓人君の精神の歪みが拡大したことにより、存在を確立したのだろう。拓人君が異常な行為に及んだ原因は、彼の存在が大きいだろう。

 目的は定かではないが、仮に彼が過去に対し激しい嫌悪感を抱いていたとすれば──自らにとって触れられたくない過去を観た我々を、()()()()()()に襲来したのだろうな?」

「っ、アレが、タクト…っ、この炎から凄い憎悪を感じる、タクトは今まで……こんな「痛み」を抱えて生きていたの…っ!?」

 

 エリは黒炎で攻撃しているであろう、もう一人の拓人に向けて驚愕と哀れみの感情を向けると、頭の中に流れて来るその悲痛な声に耳を傾けた。

 

 

 

『──救えなかった、助けてあげたかった。でも僕には…何も出来なくて……っ!』

 

『お願い、僕を置いていかないで。君以外の皆…みんな……否定して、否定して、否定して、否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して否定して』

 

『もっと行動出来ていれば…僕が自分自身を信じられたら、変わっていたの? でも……誰も僕を認めてくれないんだ、そんな僕を…信じられるはずないよ』

 

『もう誰も信じられない…どうして……僕はただ、皆に認められたい、この「穴」を埋めたい、だけなのに………』

 

『──ソウ、ダ。ソウダソウダソウダソウソウソウソウソソソソ…っ!!』

 

『やつラダ、やつラサエ居ナケレバ…ボクヲ否定シタやつラサエ居ナケレバ……かりんハ………っ!』

 

『かりん、かりん、かりん…… かりんかりんかりんかりんかりんかりんかりんかりんかりんかりん、かっかか、かかかカカカカカカカカリンリンリンリン…っ!』

 

 

 

『ア"ア''ア"ア''ア"ア"ア''ア"ア''ア"ア"ア''ア"ア''ア"ア"ア''ア"ア''ア!!!!』

 

 

 

 それは、自らの「核」を見喪い暴走する、哀れな愚者の叫び声だった。

 光凛の死後、拓人は埋まらない心の「穴」に苦しんだ。最大の理解者を失った彼に待ち受けていたのは、それでも荒ぶる世間という人波だった。

 ある時は態度を、ある時は外見を、ある時は些細な失敗を、終(しま)いには存在そのものを、拓人の一挙手一投足を観ては、名も識らない悪意がそれを全否定する。それは拓人という人物はある意味で「常識」に囚われない性格で、世間はそんな彼を認めようとしなかった故に起きた弊害であった。

 彼を肯定する者はもう何処にも居ない、だから彼は自らを傷つける者たちから身を守るため、何もせずただ()()()()()()()()()

 周りの人間たちにとっての理想的な、自らを否定しながらも周りに合わせ傅く、そんな「普通」に。それは偏に拓人が()()()()()()()()()()()()()()()から。

 だが…この長い時間に積み重なった火種から成る黒炎から分かることは、拓人は普通に成りきれずそれ故に「否定」は止まなかった、という残酷な現実だった。

 そんな現実からそれでも目を背け続けた結果、拓人は内に「憎悪」を宿しそれは邪悪を象(かたど)った漆黒の焔と成ったのだ。

 

「君は今彼を信じると言った。だが彼はそれを許してはいないようだよ、そう言った甘い言葉に何度も謀られたからこそ拓人君に負の側面が生まれたのだから。

 先ほど言ったと思うが、これは君の愛と覚悟が本物か試す「試練」だ。もう一人の拓人君を受け止める度量があるか……君の存在を懸けて、証明し給え」

 

『ア"、ア"ア''…… ア"ア''ア"ア''ア"ア''ッ!!』

 

 観測者の冷淡な言葉が終わると同時に、黒炎が燃え盛る腕を振り上げる。炎は勢いを増して煌々と燃え上がり、エリを焼き尽くさんとしていた。

 

「っ、ああああああああっ!?」

 

 エリに次々と痛みが押し寄せた。

 心臓が斬りつけられたような鋭い痛み、全身が強張るような恐怖の痛み、全てを諦めてしまいたくなるような絶望の痛み。

 筆舌し難い心の「痛み」が、一気に駆け抜けてはエリから生きる気力を奪っていく。生への渇望が死への願望に塗り変わっていく。

 

「(ぁあ……押し潰されそう…っ、この意識を…魂を…存在を、終わらせたい。苦しい……苦しい…よ………っ!!)」

 

 拓人の苦しみをそのまま体験しているエリ、彼女の精神は迫り来る拓人の過去に押し潰されようとしていた、このままでは精神が擦り切れて廃人になってしまう恐れがあった。

 今のエリは分かりやすく例えると「魂だけの存在」だ、精神力がそのまま彼女に生前の形を与えているにすぎない。そこから精神の底が尽きてしまえば、一体どうなるのか? 何にせよ碌なことにはならないのは確かである、エリは今絶対絶命の窮地に立たされていた。

 

「(タ、クト……っ!)」

 

 そんな自らの立場を垣間見ず、エリは痛みに耐えながらも、一歩いっぽ負の拓人との距離を詰めていく。

 

「辛かった、んだね。苦しかった、んだね? カリンちゃんを喪った穴を…必死に埋めようとしてた、だけなんだね……?」

 

 ──ギュッ。

 

『ァ…──』

 

 エリは負の拓人に近づき終えると、次に憎悪に燃え盛る彼の身体を、優しく抱擁した。

 瓦礫に潰されるような重い痛み、エリは──この痛みに「既視感」を覚えていた。

 

「私も…貴方と同じ。戦争っていう「他人の事情」に振り回されて、全てを喪った…そう思っていた、だから世界に復讐しようって今まで裏で力を蓄えていた。もし……貴方に出会えて無かったなら、私はその力を世界を滅ぼすために何の遠慮もなく奮っていたと思う」

『ア……ア"ァ………?』

「でもね──間違いだったんだ、()()()()()()()()()()()()()。私たちの大切なモノは…今も心の中(ここ)に在る、目には見えないけど、感じることは出来る。それを信じれたら…きっと私たちは前に進める、そう教えてくれたのは……貴方だよ、タクト?」

 

 エリは抱き付いた腕に力を込めて更に黒炎と密着する、全てを灰塵にしようと尚も燃え上がる黒い炎を纏っても、エリの気持ちは変わらず穏やかな笑顔を絶やさなかった。

 

『ア"…ア"ア"ア"……』

「ねぇ…貴方に大切な人は居た? 心から感謝を伝えた人は居た? この人と一緒に居たい、離れたくないって思えた人は居た? 憎しみを向けた人は、本当に貴方を傷つけようとした? 愛しているからこそ…しっかりしてほしいって言ってくれる人も居たんじゃないかな?」

『──…ッ!?』

「思い出してみて? 信じることを恐れないで? 誰も信じられないなんて、悲しいこと言わないで? 信じることが大事だって言われて救われたヒトが…ここに居るんだから』

『…………──』

 

 柔らかな声で優しく語り掛けるエリ、彼女の声が届いたのか…黒炎の魂に刻まれた「光」が蘇る。

 

 

 

 

 ──大丈夫。私はいつも貴方と一緒。貴方の思い出の中で、いつも貴方を見守っているよ?

 

 

 …拓人。

 

 

 ──ありがとう。

 

 

 

 

 

『…………か、りん……』

 

 今際の際に発せられた、彼女の最後の言葉…彼に前を向いてほしいと小さく呟いた希望の言葉。

 ()()()()()()()()、その瞬間…拓人の憎悪の炎は勢いを弱め徐々に鎮めていく…終には黒炎は完全に掻き消えると、辺りは元の静かな波の音が聞こえ始めた。

 

「ふぅ…」

 

 ──パチ、パチ、パチ。

 

 九死に一生を得たエリが次に目にしたのは、両手を横に拍手する観測者の姿だった。

 

「見事だ。彼の溜まった負の感情の浄化を感じた、これで拓人君の頭も冷えるだろう」

「…それは良かったけど、酷いよ? 全然止めてくれないんだから、あのまま焼かれてたら…私灰になってたんじゃない?」

「ははっ、それは想像にお任せしよう。何…君なら確実に彼を救えると見込んでの行動だよ、不快に思ったなら謝罪しよう」

 

 エリの当たり前の考えに、観測者は虚に白く光る影の中で苦笑いを浮かべている様子で、直ぐに訂正を入れる。エリもあの状況をそこまで咎めるつもりもないのでそれを受け入れた。

 エリの心からの言葉を受け取り、黒い炎は消滅していった。それが何を意味するのか、果たして本当に浄化されたのか解らないが、いずれにしろエリに出来ることはもう残されておらず、拓人が自身の力で窮地を脱することを願うしかない。

 

「君もあの黒炎を耐えたとはいえ相応に精神を摩耗しているはずだ、ここで事態が動くまで休息を取ると良い」

「ありがとう、そうさせてもらおうかな?」

 

 休息を促す観測者に対して、エリは素直に砂浜に腰掛ける。彼が悲しみを乗り越えられるように、想いを馳せる。

 

「…タクト、貴方なら大丈夫だよ。私は貴方を…信じるからね!」

 

 拓人への信頼を口にすると、エリは海面に映る現世の様子を再び観測者と共に観守る。

 

 ──そこには、夜を示す暗闇が映し出された。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──名も無き鎮守府、拓人自室。

 

 時間は深夜を回った頃か、ベッドから身を起こして横の窓から見える朧月を眺める。さっきは雨が降っていたけど、どうやら止んだようだ。薄い雲の間に白く光る綺麗な満月が見えた。

 あの連合本部での会話の後、連合総帥のシゲオさんの命令で僕らは自分たちの鎮守府(きょてん)に戻り、加賀さんたちの封印が終わるまで待つことになった。ここに戻ってから何だか気分が悪くなっていたので、僕は自室で休むことにした。そこで頭が痛くなったから眠っていたんだけど…。

 

 ──さっき、夢を見ていた気がする。

 

 僕が何もかもが嫌になって泣き叫んでいると、目の前に金剛…いや、エリが現れた。彼女は泣いている僕を見ると微笑んで、そのまま近づくと優しく抱擁してくれた。

 そして和やかな声で僕に語り掛ける、大丈夫だとか信じているとかそんなことだったと思う。彼女の声に癒されたのか僕が涙を止めていると…エリの背後に僕の見知った影が見えた。

 

「光凛…」

 

 そう呟いて僕は目醒めた、夢にしては現実味があったけど、眠っているエリが僕を心配してくれているのかな? だからって光凛まで出て来るとは思わなかったけど。

 

「エリ…でも僕は……」

 

 何だか気持ちがスッキリした気分だけど、それでも自分の気持ちは変わらない。

 僕は──人が怖い、人を信じたい気持ちはあるけど、今までずっとその気持ちを裏切られて、打ち拉がれて来たのが僕だ。そんな僕を…行動すれば必ず失敗し、挫折し、それでも自分を信じたいと奮い立たせてはまた同じ過ちを繰り返す…そんな情けない自分を誰が信用出来るだろうか?

 他人も自分も、何もかもを信じられなくなっている。そんな僕が…世界を救うことが出来たのは、特異点としての能力があったから。でもそれももうない、僕にはもう何も出来ない。分かっている… けど何故だろう、さっきまで諦めていたはずなのに…頭が冷えたからか「助けたい」という──自分にとって偽善の──気持ちが僕の中で強く表れていた。

 

 助けたい? 加賀さんたちを?

 

 しかし拓人、色崎拓人よ、今更そんな気持ちになって何になる? 僕は結局…何も出来ない、皆を助けられるヒーローになんかなれない。また喪うことになる…自分の命だって危ういのかもしれないんだぞ?

 直感が無くても簡単に予測出来る…仮にこのまま加賀さんたちを助けに行っても、僕は為す術なく「死ぬ」という結果が待っていることは。

 僕はもう…特別なんかじゃない、物語の主役でもないただの「脇役」だ。そんな普通の僕が高望みするべきじゃない、いつものように…周りに従って厄災が過ぎるのを待てば良い、そうすればきっと上手く行く、その筈なんだ…っ!

 

 ──ガチャ。

 

 僕が自分に暗示をかけるような思考に耽っている…その時だった、薄暗い部屋に明かりが見えたのは。それは──マユミちゃんが僕の部屋のドアを開けていたからだった。

 

「マユミ、ちゃん…?」

「あっ、起きた? あのさ…起きたばかりだったらゴメンだけど、ちょっと付き合ってくれない? 貴方にどうしてもやってほしいことがあって!」

 

 そう言ったマユミちゃんの瞳の中には、力強い光が輝いていた。

 鎮守府の周りにはシゲオさんの部下が見張ってるはずだから、外には出れないよ? そう言うとマユミちゃんは「中で出来ることだから」とだけ伝えて、ベッドから身を起こした僕の手を掴んで無理やり外へと引っ張り出した。

 

 何だかよく分からないけど、元気で羨ましいなぁ…と内心呟く僕は、そのまま彼女と共に「ある場所」へ向かった。




 筆が遅い…シリアスとか鬱要素あるのはどうしても暗くなって修正してしまう、自分って凝り性ですな? 閲覧者の皆さまにも少しの間ご迷惑をおかけします。


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脱落英雄は諦めない

 名も無き鎮守府の自室で休んでいた僕は、突然ドアを開けて入って来たマユミちゃんに何処かへ連れて行かれていた。

 

「どこに行くつもりなの?」

「まぁまぁそう疑わないで? 私なりにタクトに元気になってほしいだけだから!」

 

 そんな会話をしながら小走りになっていると、廊下の奥にぽつんと光る部屋が見えた。開かれたドアから差し込んだ明かりと共に美味しそうな香りが漂って来た。

 その明かりの点いた部屋に入ると、そこはどうやらこの鎮守府の食堂のようだった。そういえば長い期間鎮守府を出払うことが多いから僕がここに来たのは初めてかも?

 伽藍とした5〜60人は入れそうな大食堂の、入り口から程近い席に座らされると、マユミちゃんはエプロンを着けながら「ちょっと待っててね?」と言って奥の厨房へ行ってしまった。

 辺りを見回す、照明が点いているお陰で視界は良好だが鎮守府から海を一望出来る大窓からは暗闇しか見えなかった。深夜の誰も居ないいやに広い空間…薄暗くはないけどちょっと怖いかな? まぁマユミちゃんは居るし?

 そんなことを思いながらジッと椅子に座っていると、マユミちゃんが両手でトレイを持ちながらその上にある料理を僕の前の机に置いた。

 

「これ…お粥?」

「うん、卵粥なんだけど疲れたときにはこれが一番なんだよ! ほら…食べて?」

 

 マユミちゃんは微笑みながらそう言って、トレイの上で湯気たつお粥を勧めた。

 

「良いけど…もしかして僕にやってほしいことって?」

「そう、このお粥を食べて元気になってほしくってさ! ほらほら、早く食べないと冷めちゃうよ?」

 

 早く食べてと急かすマユミちゃんに、僕は何だか分からないままトレイに置いてあったレンゲを手に取るとお粥を掬う、そして息を吹きかけて熱を冷ますと…口に運ぶ。

 しかしまだ取り切れていない熱が舌に痛みを与える、あまりの熱さに口が火傷しそうで僕は口をモゴモゴしていたが、マユミちゃんが入れてくれた氷入りコップの水をゆっくりと飲み干すとホッと一息を吐いた。

 口が熱さに慣れお粥も良い感じの温度まで下がった頃、僕はそれほどお腹が空いていないはずなのに、お粥を一気に掻き込む。

 トロトロになったお米と半熟卵の優しい味わいに、何故か懐かしさを感じる…素朴な味に染みた温かい熱が──僕の胸の中に広がっていく。

 

「──美味しい」

 

「…良かった!」

 

 僕の確かな満足を示した笑顔に、マユミちゃんも安堵した様子だった。

 

「ありがとうマユミちゃん、とっても美味しかったよ」

「うんうん、喜んでもらえて良かった。そのお粥はね…私がまだ要塞に来たばかりの頃に間宮さんに作ってもらったんだ、正にお袋の味…って言えれば良いんだけど、流石に味は間宮さんには劣るかな?」

「ううん、マユミちゃんの愛情は確り感じたよ。おかげで疲れが取れた気がするよ…本当にありがとう!」

「そ、そう? ちょっと恥ずかしいけど…っふふ、本当に元気になったみたいで良かった!」

 

 僕はマユミちゃんに感謝を伝えると、彼女は破顔しながらも照れ臭そうに喜んだ。しかし…その後に少し表情を曇らせると僕に疑問を尋ねて来た。

 

「あのさ…タクトはこれからどうするつもり?」

「っえ?」

 

 遠慮がちに僕に対してこれから先のことを問いかけるマユミちゃん、どうやらマユミちゃんが唐突に精進料理を振る舞ったのは、僕の気持ちを落ち着かせてからこれからのことを聞くためだったようだ。

 

「私…難しいことは分からないしタクトのホントも理解出来てないと思う、でもね…タクトが今動かないと後悔するってことは、私にだって解るよ」

「マユミちゃん…」

「天龍たちから聞いたけど、加賀さんたちを犠牲にしないといけなくなったんだってね? タクトは…それで良いの?」

 

 マユミちゃんはジッと僕の顔を覗き込むように見つめて来た、頭が大分冴えたから分かる…僕もこのまま行ったら酷い罪悪感を背負う未来が待っている、それが嫌なら今からでも動くしかない。

 

 ──………でも…っ。

 

「…マユミちゃん、僕のホントが分からないって言ったよね? じゃあ話そうか…僕の「本当」を」

「っ! …うん、お願い」

 

 マユミちゃんの心からの憂慮を見て、僕は今まで誰にも──前世の海斗くんにさえ──話さなかった僕の過去、そこからの後悔をマユミちゃんに話すことを決めた。

 それで何が変わるとは思わない、ただ…僕も良い加減重荷を背負うことに疲れたみたいだ。加賀さんたちのことがどうなるか分からない以上少しでも気を楽にしたかったのだろう。

 マユミちゃんの一間を置いた後のゆっくりとした力強い頷きを確認すると、僕は過去を一つずつ紐解いていった。僕が目指した道があったこと、そしてそれを志半ばで諦めたこと、虐められたこと、それと──彼女のことも。

 マユミちゃんは黙って僕の話に耳を傾けていた、彼女は僕の話を一言一句聞き逃さないと言わんばかりの前傾姿勢で、時々相槌を打ちながらテーブルで向き合う僕の目を見つめては視線を逸らさなかった。彼女が僕のことを考えて行動しているのは明らかなので必死に僕を奮い立たせようとしてくれているのかもしれない、向けられる彼女の真っ直ぐで熱い気持ちは…悪い気はしなかった。

 全てを話し終えると、マユミちゃんは姿勢を正して席に座り直すと一呼吸置いて話し始めた。

 

「つまりタクトはその…昔好きだった娘を助けられなくって、そこから「喪う恐怖」が出来たんだね? 自分の気持ちの中に」

「うん。それまで僕は「ヒーロー」…ぁあ分からないか、英雄になりたいって思っていた。誰かを助けて悪いヤツらを退けて皆から必要とされるような…そんな英雄に。

 そんなの下らないって何度言われたか分からないけど…僕は本気だった、大病の彼女を支えられたら少しは自分が理想とする英雄に近づけるんじゃないか、そんな下心さえあった。だから…僕は彼女の傍に居ようって決めたんだ、彼女を助けられたら自分も彼女に負けないような「心の強さ」が手に入るって信じたんだ」

「…そう、タクトは昔から優しかったんだ。でも貴方の優しさは誰にでも伝わるものじゃなかったんだね? だからこそ一人になった貴方と、ずっと自分と向き合っていた彼女? は惹かれあったのかな。でもちょっと羨ましいかも…女の子としてそんな運命の出会いみたいなの、憧れちゃうな!」

「そうかな? まぁ…確かに初めて出会った時は何だか儚げというか、今にも何処かに行ってしまいそうな雰囲気があってさ。放っておけなかったんだろうね、今にしてみれば。

 でも…最初は本当に自己満足だったんだ、英雄として病と戦う彼女を助けられたらって、それだけだった。でもね…彼女と話す内に役に立ちたいって感情から、絶対離れたくないって気持ちになれた。僕は彼女に…"恋"したんだと思う」

「…そこは「愛していた」って言わないと、慕ってくれた彼女にも失礼だよ? ねぇタクト? ホントに英雄になりたいんだったらもっと潔くいかなきゃ!」

 

 マユミちゃんは何処か愉快そうにそう話してはニヤニヤと笑っていた、はぁ…本当に話してよかったのかな? 女子は他人の恋バナになると途端に強気になるんだから。

 それでも一理あるなと、僕はコホンと咳払いを一つして改めて彼女への気持ちを明言した。

 

「──愛していたよ、昔も…ひょっとしたら今も。でも僕は彼女にそれを言う資格は無いって考えているんだ、彼女の約束を守れずにそのまま逝かせてしまったのだから。

 僕は…最低な男さ。一緒に外の世界を観に行こうって指切りまでした手前、彼女に夢を見るだけみさせて結局叶えることは出来なかったんだから。僕には…物語の主役を務められるだけの力は無い、奇跡を呼ぶことは出来なかったんだから」

 

 愛していると言い切っても、自分の中の後悔を思い起こしては現実を口にする。僕はもう喪いたくない、あんなことはたくさんだ。そう思うからこそ天龍たちを制止させ加賀さんたちを「見殺し」にするんだ。

 …分かっている、自分がどんなに非道なことをやろうとしているか。でもしょうがないじゃないか、もし加賀さんたちを助けようと動けば失敗して天龍たちまで犠牲になるかもしれない。僕にはそんなこと出来ない、そんなことになるぐらいなら……ヒーローになれないのなら…っ。

 

「──あのさ? 英雄になることってそんなに大事なことかな?」

 

「…え?」

 

 僕が心の中で後悔と懺悔を反芻していると、マユミちゃんから指摘が飛び出した。

 

「確かに英雄ってさ、昔の奇跡の少女とか、今の艦娘たちとか、その時代に弱い人たちを守ってきたと思うよ? でも…そんな彼女たちだって全部守れてるワケじゃないよね、艦娘たちなんて「戦争の原因」とまで言われてるし」

「それは…」

「英雄って言い方はその人の行動とやって来た結果を讃えるためのものじゃないかな、だとしたら結局は…肩書きとして英雄になっても意味が無いんだよ、きっとね。英雄って呼ばれた人たちは皆、名誉とか周りの考えとかそんなこと気にせず、ただ自分のやりたいことをやり遂げた人たちのことを言うんじゃないかなって、私思うんだ」

「…っ!」

「カッコいいよね、自分がやりたいことって大体周りから反対されるからさ、それでもこなしちゃうんだからね。そういう意味ではタクトももう立派な英雄なんだよ」

「僕が…英雄? 僕は何も」

 

「したよ。貴方は…艦娘やこの世界を救いたいって一生懸命になってた、それが天龍や綾波、翔鶴を救って、最後には世界も…ドラウニーアから守り抜いたじゃない。貴方がやって来たことは…間違いなく英雄のすることで、讃えられるべきことなんだよ」

 

 マユミちゃんの的を射た言葉に、僕は内心ハッとしていた。確かに今までの行動は英雄譚のそれで、僕はある意味で()()()()()()()のだろう。

 

 ──だがそれは、表だけのことではないか? 僕はそう訝しみ思考は再び闇に覆われる。だって()()()()()()()()()()()

 

「──じゃあ僕がしたことは、それでチャラになるの?」

 

 僕は声のトーンを落とし顔を険しくさせマユミちゃんを睨みつける、マユミちゃんはそんな僕にも真剣な眼差しを向けて、僕の「負の言葉」を黙って聞き入れようとしていた。

 

「それは確かにそうだね、僕は側から見れば英雄だ。でも僕は…何も変われていないんだ、世界を救ったから勇気や希望を持てたとかは無い、今も彼女への後悔と僕自身への失意と情けなさが在るだけ。僕は…弱い僕のままだ。

 そもそも僕がここまで来たのは特異点としての能力があったからで、それが無かったら僕は何の役にも立てない。それだけじゃなく最終的に僕はこの世界を「滅ぼす」かもしれないんだよ? どんなに頑張っても絶望しか無い、なのに…どうしてもっと頑張れなんて言えるの?

 マユミちゃんは怖くないの? 自分じゃどうしようもない運命みたいなものが目の前に立ち塞がって、それから逃げられなくて、立ち向かえば自分の命さえ危ういのだとして…そこに玉砕覚悟で挑むなんて……僕には無理だよ、僕は…っ」

 

 過去を変えることは到底無理、今もその苦しみに苛まれ未来も信じることが出来ない、だったら足掻いても無意味じゃないか? もう決まっているものを変えることは──誰にも不可能だから。僕はそれを彼女の「死」で嫌というほど痛感してきた、あんな思いは…もう味わいたくない。

 そんな心の奥の陰を吐く僕に対して、マユミちゃんは──目を一度伏せてから顔にムッと怒りを滲ませるとキッパリとした一言を発した。

 

「──もう! ぐぢぐぢウルサイんだけど!! 私はそんな言い訳染みたこと聞いてないしっ!」

 

「……えぇ、その言い草もどうなの?」

「だって! 考えたところで貴方のしたことを変えられないのは当たり前なんだよ、やらかしちゃったことをウダウダ言ったってしょうがないんだよ! 今大事なのはそんなことより…貴方がこれから「どうしたいか」じゃないの?!」

「だ、だから僕は喪いたくないから…」

「喪うってどうして決めつけるの? 喪うから守らないは違うでしょ? 守れるから守るんじゃなくって()()()()()()! 皆喪いたくないから頑張って戦うんでしょ!? 何にもしなくて良いの? 加賀さんたちがどうにかなっても良いの?!」

 

 言葉が厳しくなってきたマユミちゃんは発破をかけるように僕に対して問いかけ続ける、何だかその言い分があまりにも挑発的だったので、それに乗る形で僕たちは自分たちのそれぞれの感情を爆発させていく。

 

「っ、良いワケないだろっ!! 僕だって守ってあげたいさ、でも…怖いんだ、加賀さんだけじゃなく天龍も、綾波も、翔鶴も、望月に野分…エリだって、僕の大切な彼女たちをまた喪ったらってどうしても足が竦むんだ! 怖いものを無理やりやったってやり切れるわけじゃないでしょ!?」

「怖い? 出来ない? それ何回言えば気が済むの? 貴方は守りたいんでしょ! 加賀さんたちもこの世界も! 今まで頑張ってこれたのに自信が無くなったからって諦めて良いの?! 貴方の気持ちはその程度だったの!?」

「五月蝿い……煩いなぁっ! 君に僕の何が分かるんだよ!!」

 

「適当な言葉で誤魔化すな、逃げるなっ! 貴方は誰? "タクト"でしょ?! 私の知ってるタクトは…()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「…っ!?」

 

 マユミちゃんとの言い争いが激化する中彼女の放った一言は、僕の胸にグサリと突き刺さった。怯んだ僕に彼女は尚も畳み掛けるように()()()()()()()

 

「貴方はどんな罪を背負うことになっても、どんなに失敗しても、どんなに辛く険しい戦いも諦めはしなかった。それは貴方が特異点だからじゃない、貴方は──タクト・シキザキ。どんな逆境にも立ち向かい自分の欲しい未来を掴み取る男! そうでしょ!?

 私たちは…そんな貴方を応援したいし、貴方が間違った未来を見据えてるならそれを正してあげたいと思ってる。それじゃ駄目なの? それでも貴方は「自分には出来ない」って言うの? 出来なくて当たり前なんだよ、だったら…何のために「私たち」は貴方の横に居るの?!」

「マユミちゃん…君は……」

「貴方が今すっごく辛い思いをしているのは誰が見たって分かる、私だって本当は貴方だけに背負わせたくない! でも…ここで逃げたら、貴方がずっと守ってきた大切な「モノ」が零れ落ちちゃう。そんなの…私は見てられないよ!!

 ……お願い、何も変わらなくたって良い。貴方が今まで大切にしてきた「想い」を忘れないで、それは貴方が我武者羅になってまで守り抜いた貴方の一番大切なモノなんだから、絶対に手放すようなことはしちゃいけないの!

 もし、この戦いで世界が終わって全てが貴方の目の前から居なくなったとしても、私たちは…貴方の「心」とずっと繋がっている、迷惑だって言われてもずっと居続けてあげる!だから…()()()()()()()()()()()()()()()()()()立ち上がれ! タクト・シキザキ!!

 

 マユミちゃんの魂の入った言葉、それを発した彼女は苦しさに顔を歪ませながら両目から涙の筋をポロポロと流していた。彼女には僕が不撓不屈(ふとうふくつ)の英雄に見えていたようだ、どんな逆境にも立ち向かう…か。少し恥ずかしいけど言われてみればそうかもしれない。

 今までどんなに馬鹿にされようと、無理だと決めつけられても、雁字搦めで動けない状態だったとしても、僕は…自分の夢を未だに離していない、諦めきれていないんだ。自分がこんなに頑固だったとは…人に付き従うには良くないからって治そうとしてたけど、これはこれで長所だったんだな? 気付かなかった…僕がここまで卑屈になっていたのはもしかしたらこの諦めの悪さが()()()()()()()()結果なのかもしれない。

 そうか…色々ありすぎて考え過ぎちゃってたけど、結局自分次第…なのかな? 僕もさっきまで頭がぐちゃぐちゃだったから頭が回っていないかも。

 

 ──…でも、いやだからこそ一つの答えが今、僕の心に浮かんでいる。

 

「…喪っても()()()()()()、か。誰かに言われた気がするな…人を信じることを恐れるな、とも言われたかな?」

 

「…っ! タクト…?」

 

 マユミちゃんは僕の「目に視えない変化」に気づいたようで、静かな口調で答える僕に対しキョトンとした拍子抜け顔でこちらを見つめている。

 僕の中の気持ちは纏まった、想いは…覚悟は決まった。彼女にお礼を言わなくっちゃね?

 

「ありがとうマユミちゃん、僕は確かに今まで自分から逃げていたみたいだ、自分の長所を長年見ないようにしてたんだから。君がそれに気付かせてくれたんだ…感謝しているよ?」

「そ、それじゃあ…!」

 

「うん、僕はもう逃げたくない。自分の気持ちから…諦めの悪いのが「僕」だから、最後まで足掻いてみようと思う。特異点じゃなくなっても、例え全てを喪うことになったとしても…僕は艦娘たちへの「愛」を証明してみせるよ!」

 

 本当はまだ怖い、諦めて全てが終わるまでジッとしていたい。でも…そんなの僕じゃないよね? 天龍も、綾波も、翔鶴だって変わることが出来たんだ。なら僕も…僕自身を変えることだって出来るはずだよね!

 

 ──それで良いんだよね? エリ…光凛。

 

「…っ、うん…うんっ! 良かった…元に戻ってくれた、おかえりタクト!!」

 

 僕の決意を聞いたマユミちゃんは机から立ち上がると、僕の居る向かい側の方へ小走りで近づく…そして感極まっての「抱擁」をして見せた。

 

「ま、マユミちゃん分かったから。ホントに心配かけたね?」

「ううん! タクトが意気地なしなのはいつものことだもん、私が幾らでもお尻引っ叩いてあげるんだから! …本当はエリちゃんの役目なんだけど、居ないなら文句言われないよね?」

「いやいや…;」

 

 僕らが食堂でそんなやり取りをしていると、不意に後ろから近づく気配と足音が感じられた。

 

「──お邪魔だったかな? 急ぎの報告があるのでタクト君を探していたのだが」

 

 それは白衣を纏った褐色スキンヘッドの男性「ユリウス」さんだった、彼の発言から僕らは抱き合いを即座に解くとユリウスさんに向き直る、マユミちゃんは一応この状況に訂正を入れていた。

 

「ゆ、ユリウスさん? これはね違うんだよ? タクトがあんまりにもいじけてたから励ましてただけだし…?」

「マユミちゃん、先ずは話を聞こう。…それでど、どうされました?」

「ああ、エリ君のことだが…彼女の魂を()()()()()()()()()が見つかったんだ」

「っ! 本当ですか!?」

「わぁ~! やったねタクト!!」

 

 ユリウスさんの言葉に僕とマユミちゃんは喜びを表した、ユリウスさんはずっとエリを元に戻す方法を探してくれていたんだけど、確かエリ自身の戦闘データでエリの欠落した精神を穴埋めするみたいに話していたけど…それがどうなるか分からないと言った手前「完璧に」治す方法、なのだからどうやらまた別の方法が見つかったようだ。

 

「だが…少々荒療治になるやもしれなくてね、君の力を貸して欲しいんだ。この状況を利用した限定的なものになるだろうからね。失敗するリスクも高いだろう、それでも──」

 

「──やります、やらせて下さい! エリを元に戻せるなら…僕は何だってします!」

 

 ユリウスさんの説明を遮り、僕は自分の確固となった意志を示した。もう覚悟を決めた…ここからは後先は考えず、自分のしてあげたいことをやり遂げて見せるんだ…!

 僕の力強い言葉と顔つきに、マユミちゃんは満足そうに微笑みユリウスさんもニヤリと口角を上げて喜んでくれた様子だった。

 

「…あっ、でも先に加賀さんたちのことを何とかしないと。シゲオさん納得してくれるかなぁ?」

「交渉だったら私も手伝うよ! シゲさんはよくマーミヤンにも遊びに来ててお話も一杯してるし! でもまさか連合の総帥だったなんて驚きだよね?」

「ねー。でも現状的に簡単に引いてくれるとも思えないし、うーんどうしようか…?」

「そう悩まなくとも良いと思うよ、上手く行けばエリ君のことも加賀君たちのことも()()()()()()()()()()()()()?」

「えっ、そんなこと可能なんですかユリウスさん!?」

 

 ユリウスさんのまさかの言葉に驚く僕ら、そんな僕らを余所にユリウスさんは徐に腕に着けた映写型通信機のダイヤルのつまみを回し始めた。

 

「あぁ、といってもこれは所謂賭けだ。100%は有り得ないがそれに近づけることは出来る、そうだろう?」

 

 そう言いながらユリウスさんが映写型通信機の映像を映し出す、すると…そこに映っていた「人物」に僕は驚きを禁じ得なかった。

 

「…えっ!? まさか…()()()()()()?!」

「・・・誰?」

 

 マユミちゃんは会ったことがないからか渋い顔をしていたが、確かに彼ならなんとかしてくれそうだ。そんな淡い期待を寄せながら僕はその人物を見つめる。

 

 彼は…不気味なくらいの笑みを浮かべては僕を見つめ返していた。

 

『──久しぶりだネェヴェイビー! 及ばずながらぼくも力添えするヨ!』




 今気づいたけど、今話艦娘出てないや。
 それは置いといて拓人君復活しました、主人公が今までムナクソムーブかましてしまい、すみませんでした。次からは元に戻ってると思うので安心して下さい。戻ってなかったらクドすぎるって話なんだろけどね?
 話が変わり遂に来ましたね…ライ○・アライブリメイク発売! SFC版はやったことないですが、動画で見てあらすじは理解してます。一回やってみたいと思ってたので、これを機にリメイク版をやってみたいと存じます。まだ買ってないけどね? 先に体験版やりまする〜。


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二つの正義がぶつかる時──①

 えっ!? ライ○・アライブリメイクが夏のセールなのか、早々にほぼ半額に?! 良いんですか時○さん!? 分かりました(?)買います、というか買いましたー!! 幕末の100人斬り無理だったよ、今SF編の元祖ヤンデレを嗜んでるよ、ヤバい楽しい、久しぶりの据え置きゲーム楽しいいいいい(オタク早口)。
 …ありがとうございました。


 ──名も無き鎮守府前、海岸。

 

 ドラウニーアとの戦いで僕自身の過去のトラウマを逆撫でされた結果、僕は戦うことが怖くなってしまい全てを喪わないために戦うことを投げ出してしまった。周りは深海金剛の封印が解かれて世界破滅の一大事だというのに…無責任なことを仕出かしてしまった。

 でも、夢の中でエリや光凛、そして現実でもマユミちゃんに背中を押されて「諦めないことが僕の誇れる力」で「喪っても皆が側に居る」ことを認識した、本当はまだ怖いけど…今まで僕がして来たことを無駄にしないためにも、僕自身の過去に向き合うことを決めたんだ。

 

 ──そして今、僕は鎮守府前海岸でシゲオさんと向き合っていた。

 

 シゲオさんは連合鎮守府総帥として、選ばれし艦娘5隻を用いた「深海金剛の再封印」を強行しようとしていた。彼もまた己の過去に決着を着けようと躍起になっているようだけど…加賀さんたちを封印の楔にしても結局は同じことの繰り返しだと思う、艦娘を愛する者として…それだけは阻止しなきゃ。

 僕が話をしたいと持ちかけると、彼は何かを悟ったかのように穏やかな声で「朝日が昇る時分に、海岸で落ち合おう」と言ってくれた。そして言われたとおり僕は朝焼けの昇る前、薄明るい波打ち際でシゲオさんと対峙した。そんな僕の隣には…?

 

「タクト、ここからが大事だよ。シゲさん普段はスケベなお爺さんだけど真面目な話だと人が変わるから、ペースに呑まれちゃダメだよ!」

「彼が連合総帥か…マユミ君の居た百門要塞に潜んでいたというが、成る程あれは気づかないな?」

『ヴェイビー! 今は睨みを効かせてるから厳格な雰囲気だケド、確かに格好は普通のお爺サンだネェ。潜伏能力の高さが見えるヨ流石総帥と言ったところだネ!』

 

 僕の両隣で各々の意見を述べているマユミちゃん、ユリウスさん、そして──何故かユリウスさんの映写型通信機に映し出されている「マサムネ」さん。彼は…改めての説明が難しいけど、簡単に言うと元TW機関の研究員で、今僕らの味方である彼は()()()()()()()()()()()()()()()()A()I()なんだ。

 クロギリ海域の戦いでドラウニーア側に付いていたマサムネさんは、色々あって僕たちの味方になってくれた。そんな彼は元TW機関研究員の中でも天才的な技術力を持っていて、ドラウニーアとの最終決戦時の完璧なサポートで僕たちを支えてくれた。

 だけど、南木鎮守府の崩壊に際してその後の行方は分からないままだったんだ。揺れが止まらなくなった時に僕は翔鶴に、エリは野分に抱えられる形で脱出して、マサムネさんは助けは必要ないって言って僕たちをその場から見送っていたんだ。僕らが南木鎮守府から離れた時には崩落が始まっていて…その後彼の姿は確認されなかった。

 マサムネさんは南木鎮守府に備え付けられたコンピュータの中に居るAIだったから、鎮守府が崩落した以上もう完全に消えているものだと踏んでいたんだけど…話を聞くと折を見て()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと言う。

 

『南木鎮守府が最終決戦の場になることは想像に難くなかったからネ、万が一のためにユリウスのパソコンに予めデータを送っておいて正解だったヨ。持つべきものは唯一の友ということサ!』

 

 僕らがシゲオさんと対峙する前、そんな風に言ってユリウスさんを称えていたマサムネさん。当のユリウスさんは苦い顔で唸っていたけど…縁があることは認めてる様子だった、なんか可哀そう;

 

「──…ほほ。あれだけ憔悴しておったに気力を取り戻すとはの、原因は…マユミちゃんだけとは見えんのぉ?」

 

 シゲオさんは元に戻った様子の僕に関心を見せると、その要因を探っていた。とはいえ隠すことでもないしはっきりと言ってしまおう。

 

「僕に寄り添ってくれた人たちが居てくれたんです、マユミちゃんもですけど…夢の中でエリに、それから「彼女」にも…自分の過ちと醜い恐怖心と向き合う勇気を分けてもらったんです」

「…そうか、お主がそう言うならそれは真実なのだろう。周りに救われたか…善き縁に恵まれたようじゃな、お主にはもったいないぐらいじゃ」

 

 僕の回答に少し毒づくような言葉を投げるシゲオさん、やっぱりこれから話す内容を分かり切って呼び出しに応じたみたいだね。

 

「さて…ワシをここに呼んだということは、矢張り深海金剛の再封印に異を唱えると見えるが?」

「はい。今更こんなこと言う資格は僕には無いのかもしれない、でも…艦娘たちを犠牲にして得た平和を僕は認めたくありません、だから…()()()()()()()()()()、シゲオさん」

 

 僕が自身の意志をシゲオさんに伝えると、彼は──険しく寄せた眉間の皺を更に引き寄せると、鋭い雰囲気を研ぎ澄ませて僕たちに向ける、やっぱり…簡単には聞き入れてはくれないよね?

 

「その程度の理由でワシが折れると思っておるなら、甘く見積もらん方が良いぞ? ワシは…世界秩序と世界破滅の要因から人々を守るためなら何だってする、それが…ワシが信頼を重ねた盟友たちを犠牲にすることであろうとな?」

 

 唸るような低い声色で僕を牽制するシゲオさん、大多数の人の掲げる「正義」ってとこかな? 加えて彼には七十年前からの因縁もあるから──例え自分のやろうとすることを理解していても──背中を向けられない事情があるのだろう。

 そんなことは解り切っている、本当はそうした方が確実なんだろうけど…僕たちにも「引けない理由」が出来たから、そうも言えない。

 

「シゲオさん、貴方を止めたいとは言いましたがそれだけではないんです。もしも…()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()…と言ったら?」

「何? …出来もせんことを強気に言うものでないぞ、お主もエリを通して金剛の強さを見ているじゃろう。彼女を止められる方法なぞ…何処にも存在せん」

「…ユリウスさん」

 

 僕はユリウスさんに話を振る、彼は黙って頷いて了承すると先ずはシゲオさんに確認を取る。

 

「総帥、深海金剛が当時の金剛と同等の力を有していることは間違いありませんね?」

「うむ、あの頃と同等…いや、深海化している故それ以上の力を持っていることは確実じゃ。それが解らん貴様ではあるまいに…何故そのような疑問を?」

「…ならばまだ希望は残されています、今から説明する方法を貴方は「馬鹿げている」と一蹴すると思われますが、我々も本気です。これしか残された道がないということを先にご了承願いたい」

「ほぉ? そこまで言うなら最後まで聞いてやる。…言うてみぃ、下らない事ならこの話は無かったことにさせてもらうがな?」

 

 ユリウスさんの前置きに、渋々と言った具合だが話を聞く姿勢を取るシゲオさん。それを受けてユリウスさんは改めて説明を始める。…誰も犠牲にしないで深海金剛から世界を救う方法を。

 

「先ず…エリ君の現状の確認です、彼女はクロギリでの戦い…南木鎮守府での決戦時にタクト君を庇い、その身に致命傷を負いました。身体の傷は癒えましたが精神は未だ戻っておりません、昏睡状態が続いています。これはエリ君の精神と深く結びついている先代金剛の精神データが、先の戦いで「破損」してしまったからです。

 どんな人間も一度壊れた精神を戻すことは不可能、しかし我々「TW機関の技術」を振るいもう一度精神データを修復すればその限りではありません。ただ…先代金剛のデータが無かったから、それが出来なかっただけです」

「……っ! 貴様…まさか」

 

「そう、今この世界にあの時の金剛が浮上しているならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…っ!?」

 

 ユリウスさんの言葉に衝撃を隠せないシゲオさん、無理もないよね? 僕も話を聞いた時は「その手があったか!」っていう嬉しい気持ちと「でも…うーん?」っていうそれ出来るの? という疑いの気持ちが入り混じっていたから。

 それが出来れば苦労はないという具合に、シゲオさんは半信半疑で反論する。

 

「何を言い出すと思えば…エリの復活のため封印を待ってほしいと言うのか? その間にあろうことか深海金剛と「戦闘」をすると? 自分が何を言うておるか理解しておるのか? そんな無駄死にしに行くような愚行をワシが承服するとでも?!」

「そうでしょうとも、ですが賭けではありますが分が悪いという話でもありません。タクト君の指揮下に居る艦娘たちはどれも一線級を越えた強さがあります、彼女たちならば或いは…彼女の本気の戦いに耐えられる筈です。

 出来れば選ばれし艦娘たちの手も借りたいところですが…貴方はそれを渋ることは重々承知しています、それを差し引いても今回の提案が成功する確率は高いと断言できます。彼と彼女たちの戦いは単純な計算を大きく凌駕するものとなると、そう私に思わせてくれるのです」

 

 要するに深海金剛と僕らが戦うことで、エリの復活に必要な「先代金剛の戦闘データ」が手に入る寸法だ。とはいえ簡単にはいかないことは解り切っているけど…それでも信じてくれるユリウスさんには、本当に頭が上がらない。

 

「言いたいことは解る、だがそれで何が変わるというのだ? 戦う艦娘が一人増えたところで…」

「それだけではありません、仮に深海金剛との戦いの中で先代金剛のデータが十分計測出来た場合、エリ君が復活すると同時に…彼女が深海金剛を越える強さを持てる可能性があるのです」

「ぬ、何を──……っ!! まさか…「カイニ」か!?」

 

 そう、深海金剛を退く唯一の方法、それは…エリを天龍たちと同じように「改二」にすること。金剛は改の状態でも天龍たちと引けを取らない強さを誇っていた、だったら彼女を改二にすることが出来れば…誰にも敗けない最強の艦娘になるのは容易に見て取れる。

 とはいえ、天龍、綾波、翔鶴の場合は僕との絆がいかに深まったかによる所謂「好感度方式」だったわけだけど、金剛の場合は…おそらくになるけど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいだから、改二改装も一筋縄じゃいかないだろう。どのタイミングで改二改装が出来るのかこちらからでは分からないからね…それでも。

 

「そうですシゲオさん、エリを金剛として復活させられれば、改二改装して深海金剛を打ち破ることが出来るんです。でもその結果へ辿り着くには多くの難題が立ち塞がっているのでしょう、ここまで行ったらもう運頼みですけど…()()()()()()。僕と天龍たちが深海金剛からデータを引き出し、復活したエリが改二になって彼女を倒してくれると」

 

 これが僕たちの作戦、運が数多く絡んでくる以上”作戦”と呼べるかも怪しいけど、もう誰かを喪う光景なんて僕は見たくない。その一心で僕は…僕たちはこの一か八かの作戦に臨んでいる、行き当たりばったりになるだろうけど、失敗に終わろうとも最後まで足掻いて見せる…っ!

 僕がそう意気込んでいると、シゲオさんは信じられないようなものを見る目でこちらを凝視しながら呟き、叫び、怯えるように尋ねる。

 

「…()鹿()()()()()、正気とは思えん。お前たちが言うておるのは「理想論」じゃ! 事がそう上手く運ぶとは到底思えんっ!! お前は……()()()()()()? タクト…っ!」

「僕は…自分が死ぬ気で何かに取り組んだことは無いと言い切れます、いつも誰かに頼ってばかりだった。だけど…もう震えて隅に縮こまるのは嫌なんです。エリが元に戻るなら僕は何だってします、例え自分がどうなろうとも…僕は彼女の「愛」に報いたい、死ぬ気でやらないと…()()()()()()()()()()()()!!」

 

 驚き狼狽するシゲオさんに、僕は固く結んだ「意志」を示す言葉を吐いた。特異点としての「運命を自分の都合の良い方に持って行く能力」はもう無い、これに失敗すれば…僕の命は「潰れてしまう」だろう。

 だけど…死ぬより恐ろしい苦しみを知っている、喪う感覚に苛まれる苦しみから逃げ続ける毎日に比べれば……エリのために死ぬというのなら、もう悔いは無い。どんなことになろうとも絶対に…彼女を蘇らせてみせる……っ!!

 

「──…奇跡、じゃと? それが…お前たちがそんなことを言い出した源(みなもと)ということか?」

 

 シゲオさんは僕の言葉を聞いた後、怒りを含んだ険しい表情を作ると…急に間合いを取り始め身構えた。戦闘態勢だ…やる気満々ってヤツだ。

 

「お前たちは何も理解して居らん、全てが行き止まりのようなあの「絶望」を知らぬから奇跡だなど甘い言葉が口に出来るのだ。ワシらとて何度そんな「奇跡」を願ったか…じゃが、聳え立つ壁を、先の見えぬ道を手探りで行くことなぞ誰にも出来ん。そんなことが出来るのなら…タクト、貴様自身の力で証明してみぃ」

「シゲオさん…それは僕が貴方と戦えということですか?」

「そうじゃ、老いたとてワシも貴様のような餓鬼に敗けてやるつもりはない。どうしてもそれをしたいと言うなら…ワシを越えてみせぃ、それが貴様らの言う「奇跡」というヤツになるじゃろう」

 

 シゲオさんの身体能力の一片はトモシビ海域で見ている、そもそも僕がこの世界である程度戦えているのは、シゲオさんとの戦闘指導と特訓があったからだ。彼は僕にとっての「師匠」の立場だから彼を越えることは如何に艦娘並みの肉体のある僕であっても、困難であろう。

 

 ──でも逃げることは出来ない、僕はもう…諦めたくない、自分の気持ちと向き合い続けるって決めたんだから…!

 

「…分かりました」

「タクト! 駄目だよそんなこと、シゲさんなら話し合えば…」

『ん〜〜それは難しいんじゃないカナ? 人間というのはどうしても譲れないものは()()()()()()()()()()()()ノサ! ぼくも似たような立場だったから理解出来るヨ、あのお爺さんの意志はそれだけ固いと予測出来るヨヴェイビー!』

「マサムネに一理あるな、マユミ君…残念だが今の彼は君の知己ではない、妄執に取り憑かれた別人なんだ。この場を収めるためには…本人たちが納得出来る方法を取るしかない」

「そんな…シゲさん!」

 

 マユミちゃんは尚もシゲオさんに呼びかけるも、シゲオさんはその問いに答えず黙って僕の出方を窺っていた。僕は…シゲオさんと相対するため同じように身構えた。

 

「…行くぞ!」

「はいっ!」

 

 お互いに合図を出し合うとそのまま間合いを急速に詰めて素手の打撃戦を繰り広げた。

 

「──………」

 

 しかしその様子を砂浜の森林の陰から見る、複数の人影があることを僕たちは知る由もなかった…。




 ちょっと長いかな? と思ったので分割します、続きはまた明日!


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二つの正義がぶつかる時──②

 ──僕とシゲオさんの戦いは一時間にも及んだ。お互いに譲れない想いをぶつけ合う内に気づけば水平線から朝焼けが覗き始めている頃合いとなっていた。

 息を吐かさぬ緊張の走る一戦、とはいえ僕は防戦一方でシゲオさんの猛攻を何とか往なしている状況が続いていた。マユミちゃんたちが見守る中僕はシゲオさんの攻撃を捌きながら一瞬の隙を狙っているワケだけど…流石はシゲオさんだ、鋭い拳の連撃は老人とは思えない速さと重さを持っている。このままだと…いつ均衡が崩れてもおかしくないっ。

 

「どうした、奇跡を起こすのではなかったのか? どう足掻こうともお前はワシには勝てんよ…ほれっ!」

 

 シゲオさんは僕の足元に払うような足技を仕掛ける、シゲオさんの足に僕の足が引っ掛かると重心が揺らいで、体勢が保てず僕はそのまま砂の絨毯の上に倒れ込む。

 

「っ、ぬおぉっ!」

 

 直ぐに起き上がると僕は立ち上がりざまに握った拳をシゲオさんに向けて振り抜くも、シゲオさんは片手の平でそれを受け止めるとそのまま引っ張る。動きについていけない僕は体勢を崩されるとまんまと砂浜にまた倒れ込んでしまう。

 

「…ぐっ」

「タクト…さっきから全然動きについていけてないよ! 今まではそんなこともなかったのに…!」

「長時間の体力勝負に身体が付いて来ていないのだろう、彼の身体はまるで艦娘のような頑強さを誇っているが体力までは同じではないと見える。総帥が今までタクト君に「まるで合わせているような」動きをしていたのはこのためだったのだろう」

『なるホド、体力を削られてヘトヘトになったタクト君を狙えば、幾ら艦娘並みの肉体を持つ彼でも確実に勝利できると踏んだんだネ! ぼくは戦いは専門外だけど正に達人の戦いという感じだヨヴェイビー!』

 

 マユミちゃん、ユリウスさん、マサムネさんが今僕の置かれている状況を説明してくれている。成る程…確かに僕自身元が碌な運動もしない()()()だから、その隙を突かれた具合か。

 

「って、感心してる場合じゃないよね。…おりゃあ!!」

 

 何度も顔を埋(うず)めた砂浜からまたも立ち上がると、性懲りもなくシゲオさんに向かって行く。

 

「ここまで倒れてまだ立ち上がるか…っ」

「七転び八起きってことですよ! 諦めないのが…僕の悪癖ですから!!」

「フンッ、ほざけ!!」

 

 僕がそう言って握り拳をシゲオさんの顔に突き立てようとすると、またしても見切られて彼の「体捌き」を受ける。拳の軌道をシゲオさんの手払いで逸らされて思わず身体を大きく傾けてしまう、そんな大きな隙を見逃すほどシゲオさんは甘くはなく、そのままもう片方の手の掌底を僕の腹に突き出そうとしていた。

 

「ぬん!」

「っ!」

 

 紙一重でそれを躱した僕はそのままシゲオさんとの距離を取る、倒れそうになるも瞬時に転がったおかげか体勢は何とか立て直せたものの、すかさず間合いを詰めたシゲオさんが再び攻撃を仕掛けてくる。

 ユリウスさんたちが言ったとおり矢張り僕が体力の少ない状況を作って、無防備になったところを終わらせようとしているみたいだ。逆に言えば僕がそれだけ脅威と見られているのか、若しくは…簡単な策に嵌って終わるだろうって舐められているかのどちらかだろう。

 

「どうせ後者だろうけど…ねっ!」

「っぬ!?」

 

 ()()()()()()()()()()使()()。僕はシゲオさんの接近するスピードと拳の軌道を予測し、素早く彼との間合いがゼロ距離になるよう調整する。そして少し頭を突き出しながら前に飛び出ると、そのままシゲオさんの顔面に頭の一撃を加えることに成功する。

 

「っ! 小癪な…!」

「小手先でもしないと、貴方に一撃を与えられないからね!」

「…フン、甘く見ていたのはワシのようだ。謝ろう…本気で行くぞ!!」

 

 シゲオさんは距離を取り構えを直すと、また速攻を仕掛けてくる…って、何だ…今度は今までと違う、早いっ!?

 

「はあぁっ!」

 

 ──ドガッ!

 

「…ぐっ!?」

「タクト!?」

「まだ終わらぬぞ、少し痛い目を見てもらう…!」

 

 先ほどとは比較にならないスピードで接近してきたシゲオさんは、そのまま手応えありと僕に拳の連撃を喰らわせていく。艦娘の肉体と同程度だから頑丈な筈の僕の身体に「痛み」が走る、拳の重さもさっき以上だ…今まで本気じゃなかったみたいだね? あまりの速さに捌き切れずサンドバッグ状態の僕。

 はは…小学校時代のガキ大将との喧嘩を思い出すなぁ? 全身ボコボコに殴って…僕は逃げ場がなくってさ……あの時は立ち向かうのが怖くって、太刀打ち出来なかったっけ?

 

 ──だからって、あの時と同じなのは…成長してないよね!!

 

「…っ!!」

 

 ──ガッ!!

 

 僕は相手の拳の突きを何とか目で追うと次に何処を狙うか予測を立て、脇腹に一発来る直前で手を伸ばして、シゲオさんの腕を掴むことに成功する。そして──

 

「あぐっ!!」

「ぃっ! この…獣がぁっ!!」

 

 僕は腕に噛みついてサンドバッグの仕返しをする、シゲオさんはそんな僕の腹に膝蹴りをお見舞いして噛みつきを解こうとする。ガッガッと鈍い音を立てながら突き立てる膝のラッシュに腹部に非常に強い痛みが集中する。

 離すものか…これを離したらシゲオさんはキツイ一撃で終わらせようとする筈だ、少しでも腕にダメージを…蓄積させるんだっ!!

 

「ぐあああああぁっ!!」

「離さんか…餓鬼があぁっ!!」

 

 ──ドゴッ!!

 

「ぐ、ぁ…!?」

 

 膝蹴りの応酬を腹に喰らう僕だけど、キツイのをもらったみたいだ…耐えられなくなって腕に突き立てた歯をそのまま離してしまった…っ!

 

「…っ! 終いじゃ!!」

 

 ──パァンッ!!

 

 腹を抱えて悶える僕に、シゲオさんは僕の胸目掛けて渾身の掌底を叩き込んだ。ぐ…息が、出来ない…っ。

 

「──…~~っ」

 

 それが決定打だった、僕は膝から砂浜に崩れ落ちると──力なく倒れ込んでしまった。

 

「タクト!!」

「待てマユミ君、今近づいたら危険だ!」

「でもタクトが…っ!!」

 

 まさかの結末にマユミちゃんたちは一様に狼狽えては僕を助けようと必死になってくれていた。

 …やっぱりこうなったか、ごめんマユミちゃん…やるだけやってみたけど、結局特異点の力を失った僕はこの程度なんだ。何をやっても無意味でどう足掻いても…力が及ぶことは絶対にないんだ。

 

 ──…って、そう言えたら、楽だったんだろうけどねぇ?

 

「…は、ぁっ…く、そ」

 

 僕はすぐさま呼吸を整えて、拳を握り締めながら腕、肘、肩と順番に力を入れていく。痛みに重くなる上半身を勢いをつけて何とか起こす、同時に下半身をバネにして立ち上がると少しよろける。

 あぁ、痛いなぁ…重いなぁ…頭もボーっとしてるし眼も霞んでるし、立ち上がる姿勢を保つだけでやっとだ。僕の敗北は…もう決まったようなものだ、だから…──

 

 ──僕に出来るのは…日頃から皮肉に使っているこの「口」を、動かすだけだ。

 

「…お終いじゃ、ないみたいですね?」

「いいや、もう終わりじゃ。貴様は立っているだけでやっとの筈、しこたま叩き込んでやったからな? だのに…何故まだ立ち上がる? 奇跡なぞ起きんともう分かったじゃろうに」

 

 あぁ五月蠅いなぁ…分かってるんだよ誰に言われなくても、こんなんじゃ全然「足りない」って。僕一人じゃどうしようもないんだって。何にも出来ない…真面に戦うことも、守ることも、芯の強さも自分の信念を貫くことだって、どう足掻いても駄目なんだって。

 

「──そう、だから奇跡なんて起きない。でも僕はそれでも…()()()()()()。貴方と同じように…少数の犠牲で平和を取るなんて、絶対にしたくない」

 

「っ、貴様まだ言うか…」

「何度だって言ってやりますよ、貴方は諦めたんだ。そして今でもそれを…後悔している。だからまた同じ方法を取って「自分は間違っていなかった」って納得させようとしてるんだ、でも…無理やり納得したってその罪の意識は一生付き纏いますよ? それを払うためには…自分の本当の気持ちに報いてあげることだ」

「報いるだと…あの戦いを何も知らん若造が何を吠えるか!」

「はぁ? 僕が世間知らずなら貴方は何です? 正義に準じる自分に酔いしれる頑固ジジイでしょ? 幾ら艦娘が兵器だからって…彼女たちのイノチと平和を天秤にかける時点で間違いなんですよ。

 イノチを犠牲にして良い存在なんてどこにもないんですよ。それは僕ら人間の勝手な言い分です、どう言い繕ったって獣の性分を捨てきれない僕たちの暴論なんですよ!! そんな獣に成り下がるぐらいなら…僕は、最後まで理性ある人間でありたい。自分の都合だけを押し付けるんじゃなくて、皆が納得出来るような…そんな物語みたいな幸せな結末を望み続けるんだ」

 

 僕の無茶苦茶な言い分に、シゲオさんは憤慨しながらも正し過ぎるぐらいの正論をぶつけた。

 

「お前は…っ、馬鹿者が! 本当に理性を望むというなら視野を広く持たぬか!! この世界に一体どれだけの人間が居ると思うておる?! お前は……無辜の民たちを蔑ろにしてまで自らの理想を押し通すつもりか!! それこそ獣だと手ずから教えぬと解らんのか!?」

 

「えぇ助けられるなら助けたいですよ、でも…先ずは「自分の周り」を優先したいって、大切な人を守りたいって思う気持ちがなければ、世界なんて到底救えませんよ? 視野が狭くなっているのはどっちなんですか? 獣というのは…()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「…っ!」

 

 ボロボロである筈の僕は一丁前なことを喋り続けた、力では負けてるし信念も…あっちの方が正しいってことは解り切っている、大勢の命に代えられるものはない。でも…零れ落ちていく小さなイノチも、僕は手放したくないだけだ、その「想い」だけは…敗けるわけにはいかない。

 シゲオさんは僕の言葉に思わずたじろいだ様子を見せる、もう自分が何を言ってるのか分からないけど…ここで引いたら何もかもお終いだ。絶対に…敗けない…っ!!

 

「僕もそうだった、自分の気持ちから目を背けて理想からどんどん遠ざかっていった。周りも獣染みた人たちばかりだから僕も欲に塗れようって、もう諦めてもいいと思った、それが現実だからって! でも…それじゃいけないんです。優しさがなければ…誰かを思いやる気持ちが無ければ、世界は獣ばかりになってしまう! そんな世界に幸せな結末なんて絶対訪れない!!

 だから僕は…もう迷わない、他人が何と言おうとこの気持ちからもう逃げないって、僕自身にどんな結末が待っていようとも…僕の思い描いた未来を掴み取って見せる、それが…()()()()()()()()()()!!」

 

「…っ!! こんの……大馬鹿者がああああっ!!」

 

 シゲオさんは僕の言い分に激昂しながらまた間合いを詰めて殴り掛かってくる、この一撃を受けたら…流石に意識保ってられないや。終わったか…まぁ僕にしては……やれた、方か……な…?

 

「タクトおおおぉっ!!」

 

 マユミちゃんの叫び声が木霊する、遠くなる意識がそれを聞き終えると…僕は目を閉じシゲオさんの拳が僕の顔を殴り抜けるのを待った。

 

 

 

 ──……………。

 

 

 

 …ん? 痛みが来ない? おかしいな…ちょっと遅すぎる気が……っ!?

 

「っく、お前たち…何のつもりじゃ?!」

 

 僕が薄く目を開けて状況を確認すると、そこには…得物を突き付けながらシゲオさんを取り囲む僕の艦娘たち──天龍、望月、綾波、野分、翔鶴の姿が。シゲオさんは僕の目前で身動きが取れずに居た。

 

「て、ん、りゅう…?」

「…お前の戦い、しかと見させてもらった。後は任せろ」

 

 天龍は僕に穏やかな笑みを向けると、直ぐに凛とした表情に切り替えシゲオさんに問いかける。

 

「随分叩きのめしたようだなシゲオ、この勝負はお前の勝ちだと遠目からでも分かる程だ。ならば…何故お前は未だタクトに拳をぶつけようとする?」

「…お前たちは疑問に思わぬのか? 仮にこ奴らの言うとおりにしたとして、それが上手く行く可能性は限りなく低い、此奴と共に行くのならお前たちも無事では済まないのは明白じゃ、そんな無謀な負け戦に身を投じることになるのだぞ? それで良いと本気で言えるのか?!」

 

 シゲオさんの御尤もな意見だけど、天龍たちも負けじと持論を展開していく。艦娘だからこそ言える言葉を。

 

「俺たちは常に戦にその身を置いている、だからこそ言えるが…勝敗なぞその時にならんと存外分からんものだ、今回もそれに変わりはないと思う、敗北の確率が異様に高いだけだ。それでも…どうせ敗けだと理解出来るなら、俺は信頼出来る”相棒”に付いて行くぞ」

「ヒッ、顔も分からねーヤツらのために身を削ってやるほどアタシもお人好しじゃないんだ。まぁ正義だとかもイマイチ理解出来ねーけどよ…傲慢と優しさ、そんな矛盾孕んだヤツが一人ぐれえ居てもバチ当たんねぇだろ? なぁオイ?」

「私は彼にイノチを捧げた身、例え先に冥府が待っていようとも…騎士として我が主を御守りするだけです」

『ムッシュシゲオ、ボクが言えることは…今の貴方は「醜い」ということだけです。ボクは美しきモノたちの味方…ならばボクがコマンダンを守ってみせることも道理のはずです』

「タクトはこんな私に最後まで寄り添ってくれた、なら私だって彼に最後まで付き合うわ。どんな地獄の底だってね!」

「み、んな…!」

 

 天龍、望月、綾波、野分、翔鶴。僕がこの長い航海の中で出会い、そして愛を育んだ艦娘たちは今でも僕の味方になってくれると言ってくれた、あんな醜態を晒したっていうのに…本当に感謝しかない。

 

「あ、り、が…と…──」

 

 ──ドサッ

 

「っ! タクト!」

「司令官!!」

「タクト! 待ってて今回復を…!」

「体力が大分削られてるが、傷は浅いぜ大将!」

『コマンダン、ボクがついています!』

 

 視界がブラックアウトして遂に砂に倒れ伏して動かなくなった僕に、艦娘たちは寄り添って介抱してくれた。僕は最早死に体ではあるがそれでも辛うじて意識は保っていた。

 

「…ご、めん。てん、りゅ……あんな、酷い、言葉…僕、らしく、なか、った…ね?」

「あぁそうだ馬鹿野郎、だからとはいえ目が覚めたからと意識が飛ぶまで頑張るヤツがいるか! 全く…っ」

「…? 泣いてる、の?」

「うっ、ぅうるさい! 良いから大人しくして黙ってろ!!」

 

 僕と天龍が軽口を叩いていると、奥から砂を踏みしめる足音が聞こえる。どうやらシゲオさんが近づいてきたようだ。目が視えないから解らないけど…さっきまでのピリついた雰囲気が無いことは理解出来た。

 

「…艦娘にここまで言わせる者が居るとは、いや…お主の言う「人としての理性(やさしさ)」が彼女たちをここまで惹きつけたのじゃろう。それがお主の唯一無二の力と成ったか」

「どう、でしょう。どの道、貴方に、敗けた以上、は…結果が、出せない以上は…」

「…っふぅ、もういい。そこまで言うなら足掻いてみせぃ、ワシはもう反対すまい…但し、お主たちが全滅したら加賀たちを使った再封印を行う、それまでの間に何とかしてみせるのだ」

 

 シゲオさんは何処か呆れたようにそう吐き捨てると、背を向けてその場を立ち去って行ったようだ。

 …どうやら折れてくれたみたいだ、そうかそれは…良かったけど、はは…まだとっておきの戦いがあるっていうのに、疲れちゃった…ね、眠い…。

 僕が安堵して意識を完全に手放す手前、マユミちゃんがこちらに駆け寄りながら僕の名前を叫ぶ声が聞こえるけど…それも意識の闇に消えていくのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

「…まさかあそこまでの胆力を見せるとは、いやはや立派に育ったものよ。力押しでは勝ったがこのワシが説き伏せられるとは…分からんものよな?」

 

「──違うな。ワシは彼に「希望」を見出したのかも知れん、あの「預言書」に書かれておらぬ未来を…あの子たちに託したのだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()…矢張り冷血になり切れんか、まだまだ修行不足じゃ」

 

「アンタの言うとおりじゃったなイソロクさん、アレは面白い…確かに何かを変えてくれそうじゃ。

 ワシも彼を信じてみるとしよう…無論どんなことをしても世界を守ることに変わりはないがの、もし彼らが失敗した時は…その時は。

 …いや、言うまい。これはワシの「贖罪」なのだろうからなぁ? あの時彼女に何もしてやれなかった無念を、彼らを見守ることで晴らすとしよう」

 

「──なぁ、金剛よ。ワシもまた…お前を愛していたよ」




 ※実は林の陰から見守っていた天龍たちの図

望月「うわーヤベェことになってんな、どうすんだよ天龍、お前の話じゃあのじーさん相当の手練れみてーじゃんよ?」

天龍「知らん。アイツのことだから無様に泣きベソ顔になるのがオチだろうから、適当なタイミングで助ければ良いだろう」

翔鶴「頑固ねぇ、今すぐにでも助けてあげたら良いのに? …やっぱり心配ね、貴方が行かないなら私が」

天龍「止めろ、あんな言い草したヤツを直ぐに助けたらつけ上がる。それに…良い機会だからアイツがどれだけの覚悟か見てみたい。本当にエリや世界をどうにかしたいのか、本音を吐くまで痛ぶらせる。良い仕置きになりそうだな」

綾波「(そんなドライな言い方でも、目は確りと司令官を見て離しませんね?)」

野分『美しくありませんが、致し方ありませんね? …っ! 始まりました!』


 〜一時間後〜


ボロボロな拓人「僕は、最後まで理性ある人間でありたい。自分の都合だけを押し付けるんじゃなくて、皆が納得出来るような…そんな物語みたいな幸せな結末を望み続けるんだ」

野分『オォ…美しい…っ』

拓人「大切な人を守りたいって思う気持ちがなければ、世界なんて到底救えませんよ? 視野が狭くなっているのはどっちなんですか? 獣というのは…()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

綾波「……っ(目に涙を浮かべている)」

拓人「優しさがなければ…誰かを思いやる気持ちが無ければ、世界は獣ばかりになってしまう! そんな世界に幸せな結末なんて絶対訪れない!!」

翔鶴「うん、そうよね…貴方がそう教えてくれたんだもの!」

拓人「だから僕は…もう迷わない、他人が何と言おうとこの気持ちからもう逃げないって、僕自身にどんな結末が待っていようとも…僕の思い描いた未来を掴み取って見せる、それが…()()()()()()()()()()!!」

望月「す、すげぇ。あれホントに大将か? 随分とまぁご立派なことを…ん? 天龍どした、さっきから黙って?」

天龍「………っ、ぅ"……ぅう"…っ! (目から滝のような涙が出ている、鼻水も)」

望月「マジかよオメー。」

シゲオ「…っ!! こんの……大馬鹿者がああああっ!!」

野分『っ、不味い! このままではコマンダンが!?』

綾波「天龍さん!」

天龍「っ、くっそー! 助けに行くぞ!! 俺たちのタクトを!!!」

翔鶴「そう来なくっちゃ!」

望月「へいへい、じゃあやりますかねっと!」

 ──その後、拓人を助けた彼女たちだが、彼女たちの拓人に対する想いが知らずのうちに一層強くなったことを、拓人は知らなかった。


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世界の最果てへ──

 シゲオさんとの決闘の後、加賀さんたちを使った深海金剛の再封印を何とか待ってもらうことが出来た。その間に僕たちがすべきことは…エリの復活のために必要な先代金剛の戦闘データを、深海化した彼女から集めることだ。それでエリが復活すれば……どうにか勝機を見出せるかもしれない。

 どうにもエリに負担を掛けてばかりになるけど、彼女がこの状況を見たらどんな無理をしても戦場に行こうとするだろうし何の道である。でもやっぱり迷惑もいいとこだよな…僕らのやろうとすることは寝ている彼女を叩き起こして戦力に組み込もうとしているのだから。まだどうなるか分からないけど、埋め合わせは考えておこう。

 話を戻すがどうやって彼女を復活させるのか? と思うだろうがそこはユリウスさんとマサムネさんに任せている。まぁ今更彼らの技術を疑うことはないだろうけど…問題は僕の方にある。

 というのも僕はシゲオさんとの戦いで心身共にボロボロになっていて、幾ら艦娘の身体と同程度の造りになっている僕でも休んでいた方が良いと周りが詰め寄って来るのだ。有難いけど休んではいられない、この戦いは僕の我儘なんだから僕が前線に行かないのはおかしい。何より…僕自身もう逃げたくはない、だから行かなければ。

 

「アンタならそう言うと思ったぜ、んじゃあこれ飲んどけ。艦娘の身体に蓄積した疲労を一気に回復させる「気つけ薬」だ、飲料タイプだからぐいっといっとけ。艦娘以外が飲むと身体がバグっちまうんだが…まぁアンタなら問題ないだろ?」

 

 などと言ってよくある「栄養剤(リ○○タンとかチ○○タとかあの辺り)」を渡してきた望月先生、なんだけど…ボソッと怖いこと言ったなこの子!? いや飲むけど…と思いながら恐るおそる飲んでみると、身体中の疲れが取れて動きが軽くなった気がする。ありがとうもっちー。

 体力抜きにしても今の僕が皆の役に立てるか分からないけど…この戦いは僕の意地だから一人だけ逃げる真似をすることは出来ない、だからこそ彼女たちばかりに任せられないので、僕は気つけ薬を飲んだ朝どういう段取りで進めるか詳しく話し合うため、名も無き鎮守府の作戦会議室を目指して廊下を歩いていた。

 

「時間がないからな…急がなくっちゃ」

 

 僕はまだ疲れの抜け切らない身体に鞭を打ちながら作戦会議室へ向かいひた走る、少し焦ってるみたいだね。この戦いにこの世界の全てが掛かっていると思うと居てもいられなくなっている自分が在るのは確かだ。

 ──世界を賭けた戦いか。ドラウニーアを倒せば全てが決着するって思っていたから、今も世界のためとか大切なヒトたちのために動いているのって、少し不思議な気分でもある。本当に…この戦いはいつになったら…。

 

「──拓人さん」

 

「……っ!」

 

 何となしにこの戦いの顛末について考えながら走っていると──聞き馴染みのある声が聞こえて、思わず立ち止まる。

 僕が言われて声のする方に目を向けると…居た。廊下から海の見渡せる窓の枠に、()()は立っていた。

 肩に乗るほどの小さな人形のような彼女、セーラー服を着た少し毒のある喋り方が特徴的な側から見たら「胡散臭い」彼女、クロギリ海域に突入する前から姿を消していた彼女が──今、僕の前に現れた。

 

「妖精さん……」

 

 妖精と呼ばれた彼女は、確りとした存在感を持ってそこに佇んでいる。一見すれば窓枠に置かれた「置物」のようにも見えるが…彼女の憂いを含んだ表情と僕を見つめる眼差しが、間違いなく「彼女」であると僕に確信させた。

 妖精さんは前世から転生した僕をここに呼び寄せた張本人、彼女の目的は世界滅亡を目論むドラウニーアの野望を打ち砕くこと、そのために僕を特異点としてこの世界に招集した。彼女自身の説明ではそうなっている。でも…当のドラウニーアの言い分では。

 

 

『貴様は騙されているぞ特異点、ヤツの望んでいるのは俺を排除した先の世界平和などではない。ヤツは自身の願い──()()()()()()()()()()()()()()()、身勝手な神なのだ!』

 

 

 つまり妖精さんは僕を利用して、何らかの手段で世界を破滅に導こうとしているという…言ってしまえば真逆のことを言って僕に嘘を吐いていたことになる。

 その手段は終幕特典っていうまるでゲームクリア特典のような権能によって叶えられる訳だけど…どうしてわざわざ僕を使って世界を破壊しようとしているのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()など不明瞭な点も幾つかあるが、彼女の再登場は…予想してなかった訳じゃないけど、タイミングが早すぎるな、とは思う。

 というか、今の僕の感情は平静を保てていない、内心色んな感情が渦巻いて困っている。あの屑野郎が言っていたことは…悔しいけど”本当”なのは確実だ、ならどうして僕を騙したのか、今更僕に何を吹き込もうとしているのか、言い訳でもしに来たのか? そんな「疑心暗鬼」が大きな渦となって最早タイフーンのようだ。怒りやら困惑やら疑問やらが騒がしく僕に言ってくる「早く何の用か聞け、でなければ魔女裁判だ」…と。

 

 ──待て、色崎拓人。とにかく落ち着くんだ。

 

 お前はそうやって直ぐ物事を決めつけて判断しようとする、だから今まで「恨み辛み」が溜まっていって判断が狂ってしまうのだろう? ()()()()()()()()()()()()()()()()

 そうだ、普段なら人や物事を疑う僕は転生したあの日、そういうものだと勝手に理解した気になってそのまま彼女の話を鵜呑みにしただろう? それで全てが上手く行くと錯覚した自分が悪いのだろう。もっと彼女の話に疑いを持っていれば…彼女の”本音”を聞けたかもしれない、何かの事情とか考えがあったかもしれないだろう? そうしたら本当の意味での「信頼関係」が築けたはずだ。

 

 僕は彼女を許すつもりはない、でも…何となくだけど彼女が理由なく他人を騙すとは思えないんだ。

 

 だからこれからその理由を「探ろう」と思う、そうしないと僕も前に進めない気がするから。だからお前も…相手の立場に立ってモノを考えろ、僕にとって理不尽な行動の裏には…相応の動機が隠されている筈だから。

 …そうして心を落ち着けてから、僕は改めて妖精さんに問いかけた。

 

「妖精さん…君は今ここに居る意味が解っている、そう解釈して良いね?」

「……はい」

「そう…なら先ずは一つ尋ねるよ、()()()()()? 君は神さまである以上姿を眩ましていたとしても、僕たちがどういった経験をしたか理解してる筈。ドラウニーアが言っていたことは…本当に真実なの?」

 

 彼女を信頼するからこそ、僕は直球で彼女の真意を尋ねた。果たして彼女は僕に対してどんな考えを持って接していたのか…?

 僕の問いかけに、妖精さんは沈痛な面持ちで目を閉じては息を一つ吐いた、そして…意を決したように目を開けると重い口を開いた。

 

「…言えません。言えませんが……貴方の質問の意図は理解しています、私は貴方を騙していたのか? それについて()()()()()()()()()()()()()

「っ、何で……?」

「話を最後まで聞いて下さい。…貴方を騙ったこと謝って済むとは思ってません、どれだけ貴方を傷つけたか計り知れませんので。ですがこれは()()()()()()()()()()()、もし…私をまだ信じてくれているなら、どうか…どうかこの先に行かないで下さい。

 私はこの世界で今起こっている事態を把握した上で発言していますが、特異点としての権能の一つを喪った以上…このまま戦えば貴方は無事では済まない、最悪貴方の命も尽きてしまう、それでは困るんです。この窮地はどんな手段を用いても収めることが出来れば…貴方の役目は果たされたことになるから、貴方が死地に行く必要は無いんです」

 

 どんな重大な情報が飛び出すかと身構えていた僕だったが、妖精さんは全てを語らずただ淡々と「この先に行くな」と言うだけだった。話の流れ的に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()全て上手く行くと、僕は御役御免になると言っているようだ。

 そう簡単に口を割らないか、分かりきっていたしその提案は受け入れられないけど、それよりも分からない疑問があった。

 もし…仮に今の彼女を信じたとして、僕は果たして「五体満足」で役目を果たすことが出来るのか? 彼女の目的が世界破滅だとしたら、僕は…どうなってしまうだろう。終末特典を使った時点で用済みとなるなら「排除」される可能性も…。

 

「……っ」

 

 僕がこの選択の先に起こり得るアクシデントを疑っていると、妖精さんの肩がビクッと跳ね上がった。見ると顔は青ざめているようにも見える。

 …そういえば彼女は僕の心が読めるのだった、僕には彼女の考えは知り得ないが…そのアクションは他人を騙したことへの「罪悪感」によるものなのは間違いないだろう。そうか…ならやっぱり君にも後ろめたい気持ちがあるんだね? それを知れたことは素直に嬉しいよ。僕のためのという言葉も…真実なのだろう。

 

「──でもごめん、これは僕の手でやり切らないといけないんだ」

 

 そうハッキリ断りを入れてから、僕は彼女に背を向けて会議室へを歩みを進める。

 

「っ!? 駄目…お願い、待って……”拓人”!!」

 

 慌てた様子で自分の名前を呼ばれ、僕は一旦足を止める。

 妖精さんが僕をさん抜きで呼ぶなんて、とも思ったけど…どうしてだろう。彼女の言葉の端々に「懐かしさ」を感じてしまうのは。何回かこんな違和感はあった、思わず彼女の言うことを聞いてしまいたくなるような…そんな魅惑の声だ。

 

「…ごめん、僕は自分自身の気持ちと…艦娘(かのじょ)たちの愛に報いるって決めたんだ。例え叶わなくても…僕自身がどうなろうとも、もう二度と、それを違えるわけには…いかないっ」

 

 僕は覚えたての意志の強さで彼女の誘惑を振り切ると、再び歩き出してそのまま妖精さんと別れを告げる。

 彼女と話して明らかになったことは、彼女が故意に世界を破滅させようとする意志は無いことと、だから僕が彼女と共謀して世界を滅ぼす最悪の未来は現状「有り得ない」こと。これだけ分かれば十分だ…今はこの状況を何とかしなくちゃ。

 

「──…どうして……っ」

 

 僕が決意を新たにする中、妖精さんは苦渋に満ちた顔で僕の背中をただ見つめるのだった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──シズマリ海域、霧エリア前。

 

 一通りの段取りを済ませた僕らは、時間も惜しいので名も無き鎮守府から急いでサイハテ海域への唯一の入り口であるシズマリ海域の「ボウレイ海域」前まで出航していた。前にも説明があったけどここに来た時の望月の解説に出ていた「ヤベー海域」が、僕らが今向かおうとしているサイハテ海域だったようだ。

 …今更だけどラストダンジョン的な海域があの時すぐ近くにあっただなんて、しかもあそこでユリウスさん探して結構駆け回ったよね?! 迷い込んでたらどうなってたことか…そう思うと背筋がぞっとする。

 気を取り直して…目的地に着いたので僕は映写型通信機でユリウスさんたちに呼びかけた。

 

「こちら拓人、ユリウスさんそちらはどんな感じですか?」

『──こちらユリウス、ああ問題無い。我々は現在鎮守府連合本部の医療エリア、エリ君の眠る病室で作業中だ。彼女に必要な機材を繋げている最中だが…先ほどから看護師の視線が痛いよ』

「仕方ありませんよ、カイトさんも僕らの作戦に乗ってくれたとはいえ、医療スタッフの監察下じゃないとエリにどのぐらい無理がさせられるか分からないのですから。彼女にもしものことがあれば…僕らのしていることは意味がない」

『理解しているよ。さて…今一度確認しよう、先ずはエリ君を復活させる手順として、君たちに事前に渡した首輪型の「計測器」を着けたまま深海金剛と交戦してほしい。戦闘中に計測した彼女のデータは自動でこちらに転送するよう設定してある、それを基にエリ君の精神から欠如した金剛の精神を再プログラミングする。言うは簡単だが相手はあの「金剛」だ、死ぬ気でやらねば本気すら出さないだろうが…本当に死んでくれるなよ?』

「分かっている、俺たちも無事に済むとは思っていないが…死なないよう尽力するつもりだ」

 

 ユリウスさんの言葉に、天龍は深く頷いて深海金剛との戦いへの意気込みを語った。

 僕らのやり取りがひと段落すると、映写型通信機から映されたユリウスさんの映像が乱れ始めた。どうやら誰かが彼の腕から通信機を取り外したみたいだ、その誰かとは…シゲオさんのようだった。彼は画面いっぱいに顔を近づけて更に詳しい確認をする。

 

『良いかタクト、霧の中には既に加賀たちを配備させて居る。彼女たちの案内でサイハテ海域の入り口に向かうのじゃ、そして十分に近づいたら望月の造った「灼光弾改」でサイハテ海域の穢れを無効化するのだ』

「分かりました、ですが…それでも急がないといけないんでしたよね?」

『うむ、サイハテ海域は深海棲艦の巣窟じゃ。故に海域周りの穢れの濃度も濃い、無効化したとして数時間が限度じゃろう。お前たちはその間に深海金剛からデータを集めエリを復活させるために行動するのじゃ、それが現状一番の解決策なのだろう』

「ありがとうございますシゲオさん、貴方からその言葉が聞けて嬉しいです。絶対に…エリを眠りから目覚めさせます、世界のために、何より…僕たちのために」

『期待させてもらおう。…では行けぃ! かつての古戦場、この世界の最果てへ!! お主らの幸運を祈るぞ!』

「了解!」

 

 シゲオさんの激励を受けながら、僕らはサイハテ海域へと向かうため霧の中を進んで行く。

 

 

 

 

 

 

 ──目前の霧が深くなって来た頃、急に視界が晴れた気がして辺りを見回すと…見慣れた「彼女たち」が出迎えてくれた。

 

「加賀さん!」

 

 加賀さんを含めた加古、長良、時雨、長門の五隻(ごにん)…選ばれし艦娘たちが僕たちの前に佇んでいた。

 

「よく来たわねタクト君、それと…私たちを生かすため頑張ってくれたと聞いたわ。ありがとうね?」

「いえ、僕に出来ることをしようと考え直したまでです。加賀さん…あの時は酷いことを言ってしまい、すみませんでした」

 

 僕が深々と頭を下げると、加賀さんは温和な笑みを浮かべていた。

 

「我々はあくまで兵器よ、どう使われようとも文句を言えない立場だから。それに私も貴方に非道いことをしたわ、病室に居た貴方を召集したのは、エリのことで思い悩んでた貴方を配慮しないことだった。許して下さいね?」

「そんな、それこそ仕方ない事情ですし。でも…ありがとうございます」

「ええ。それとカイト提督も改めて謝罪していたわ、彼は「君に全てを任せようとしたのは君の気持ちを汲み取らない浅はかな愚考だった」と猛省していたわ。あんなに委縮した彼を見たのは初めてかもね…ふふっ」

 

 加賀さんは何処か意地悪な表情を浮かべて微笑んでいた。

 カイトさんには事前に作戦を伝えに行った時に顔合わせして、その時に僕も彼も互いに謝るべきところを詫び合っていたけど…そこまで思い悩んでたのか。何だか申し訳ないな…菓子折りでも持って謝るべきだったな、今は時間が無いけどこれがもし成功したら…。

 

「…って、これじゃ「死亡フラグ」みたいじゃないか? 止めようやめよう…っ」

「どうかしたの?」

「い、いいえ! カイトさんの下に後で改めて伺おうと思って、ですが先ずは…」

「そうね、この先の…サイハテ海域までの案内だったわね? 一応言及すると私たちは何があっても良いように入り口付近で待機を命じられてます、だから貴方たちと共に戦うことは出来ません…ごめんなさいね?」

「分かっています、それでも一緒に来てくれるだけでも心強いです。…行きましょう!」

 

 僕たちは会話を切り上げると、そのまま加賀さんたちに先導される形で霧の中を進んでいく。

 ──霧中を波の上を掻き分けながら滑って暫くした時、選ばれし艦娘たちは懐かしむように言葉を紡いでいった。

 

「こうして五隻で並んでると、海魔大戦ん時を嫌でも思い出しちまうよな」

「…そうだね、あの時って金剛が封印の要になるって解ってたから、何だか暗くなっちゃってたよね?」

「うん。封印のことは彼女本人の意志だったけど…僕は嫌だったよ? 彼女の明るさに救われたこともあったからさ」

「そうだな、ここに居る皆同じ想いだろうが…その金剛が人類の敵となるとは未だに信じられん、彼女が深海棲艦になることもな。何をしても沈まない鋼の乙女だった故に殊更にな」

「そうですね。詳しい状況は海域内に入らないと何とも、それでも嘘であってほしいですね…彼女は多くのニンゲンの期待を一身に受けながら戦い続けていましたから、どんな理由があれ彼女にはもう何も背負うことなく眠ってほしいものです」

 

 加古、長良、時雨、長門さん、加賀さんの順で当時の状況と先代金剛について語っていく。

 かつての英雄、か。人類だけでなく共に戦った艦娘からも慕われてたんだな? 彼女の身を捧げた行動は確かに哀しいものだったろう、でもそれが…誰も傷つけないで世界を守る方法で、彼女はそれを迷うことなく実践した。

 自分のイノチすら厭わない自己犠牲…僕も見習うべきだね、今僕はどんな結果になろうともエリや艦娘たちのために戦うと決めたのだから。まぁ…犠牲を出さないためにこの作戦を行う手前いい加減なのかもだけど、犠牲が出ないとは正直思えないから、その時は僕の全てを賭けて状況を変えたいと考えてるよ。

 でも…本当に出来るだろうか、自分がどうなろうとも他人や人のために動くことなんて、そんな大それたこと僕に出来るのか…?

 

「…タクト君、一つだけお節介を言わせて下さい」

 

 僕が悩んでいると、後ろを振り向いて様子を窺っていた加賀さんが速度を落として僕の方へ寄って来た。何か言いたいことがあるようだけど?

 

「金剛がやった世界を救う方法…自己犠牲は確かに気高く慈悲のある、そして誰にでも真似できるものではありません。ですが…それを望んだモノは誰一人として居ないのです。私や長門たち、総帥に…そしてイソロク様も」

「…っ!」

 

 加賀さんは僕が何を考えていたのかお見通しのようだった、彼女は表情を変えることなく少し目を細めると、彼女の本音を呟いた。

 

「本当は彼女にも生きてほしかった、私たちと共に世界を支える抑止力として現代まで…そう願ってももう彼女は居ないと諦めていました。それがあの時の最善であったと…思い込むことで胸の寂しさを紛らわせて来ました」

「加賀さん…」

「あの時は世界の命運が掛かっていました、今回もそれに変わりありません。ですが…この戦いは誰も犠牲を出してはならない、そういう戦いなのだと思っています。本当は貴方にも…戦ってほしくない、それでも行くというのなら…()()()()()()()()。それが私の…唯一つの願いです」

 

 彼女は僕の眼を確りと見つめると、彼女自身の願いを込めて言葉を投げた。

 …そうだ、絶望的な戦いではあるが死ぬ覚悟をしてもそれで何かが変わることはない、寧ろ志半ばで倒れてもエリも生き返らないしこの世界の現状も覆ることはない。

 だから…勝たなくちゃ。そのために僕たちは深海金剛の待つ海域の最深部へ向かうんだ、そうだ…死んでも何も変わらないんだ、なら僕は何が何でも「生き抜いて」やる。

 

「…そうだった、喪わないために動いているのに僕が犠牲になってもいい、なんて甘えでしたね? 支えてくれる皆のためにも生きていかなくちゃ」

「そうですよ、貴方を慕うヒトたちを悲しませないように…必ず生きて下さい」

「はい、ありがとうございます加賀さん。僕に出来ることは限られているかもしれないけど…絶対生き残ってみせます!」

 

 僕が迷いを振り払い決意を新たにすると、先頭の加古たちが止まり始めた。…どうやら目的地に辿り着いたようだ。

 

「ここだぜ、奥の方から嫌な雰囲気を全身に感じるぜ? 懐かしいねぇこの背筋の張る感じ! ぁあ〜やだヤダ」

「そうね加古、なら私たちはここまでね…タクト君?」

「…よし。じゃあ皆事前に渡したサングラスを」

 

 僕はサングラスをそれぞれ着け始める皆に、手順を一つずつ説明していく。

 望月の作った灼光弾改は強烈な熱を帯びた光を生成する魔導弾の一種。その光に目が潰れないように撃つ前にサングラスを着ける必要があるけど…その効果はクロギリ海域の黒い霧を一瞬で霧散させたので折り紙付きだ。

 

「サングラスを着けたら次は…もっちー、翔鶴、準備は良い?」

「私はいつでも良いわよ!」

「アタシも同義だぜ。それにしても…また御入用になるたぁな? 予備作っといて正解だったぜ」

「あら、そうだったの。そんなことしなくても()()()()()ものの数秒で術式を編んでみせるわよ?」

 

 翔鶴が改二になり得た異能は「想いを力に換える」能力、彼女の中の闘志や信念と言った精神力を、この世界のあらゆるエネルギーに変換出来るんだ。初めてこの力に目覚めた時は「エーテル光子」というマナ系統の中で最も高密度の魔力を用いていた…んだけど、改めて言うとチート過ぎるな;

 

「おっ、そういやそうだったな。マナもいけるのかい?」

「えぇ。でもあまり多様しない方が良いわね、この能力って私にとっても未知数だし限界が見えないもの」

「そりゃそうだな。研究の余地ありだが…まぁアタシは興味ねーからやめとくわ、どっかのうるせ〜ヤツがやりたそうだしよぉ、席譲るわ」

 

 望月が言ってるうるせーヤツって…もしかしなくても「ヴェイビー!」って言う人だよね? 確かにエネルギー問題がどうとか言ってたし。

 望月の意図を察したのか、翔鶴は途端に苦い表情を浮かべた。

 

「……げぇ。別に構わないけど、昔のことを抜きにしてもアイツは苦手なのよね」

「そこはお二人さんで話し合ってもらわにゃあいかんけどよ、まぁ…悪気のあるヤツじゃないんじゃねーか? 少し話をしたがああいう気楽そうなニンゲンが才能も研究者としての気質もあるだろうし」

「あの望月さん、話長くなりますかね??」

「おっと、悪りぃな大将。…んじゃいってやれー翔鶴!」

「了解! …艦載機発進! 相応の距離を稼いだら灼光弾改を投下せよ!!」

 

 翔鶴は何も無い所から弓の形をした青い炎を生成すると、矢筒にある灼光弾改入りの矢を番え…そのまま虚空に向けて射た。

 

 ──ブウウゥ……ン!

 

 霧で見えないけど確かに風邪を切る音が聞こえる、艦載機が具現化したようだ。そのまましばらく待っていると──

 

 ──…カッ!

 

 …一瞬で視界が真っ白になっていく、音も無く広がる白一色の世界は徐々に色を取り戻していく。

 

 ──そこに視界を遮る霧は無く、在るのは紅く染まった広大な海、そして鼻が曲がりそうな「死んだ魚の臭い」だった。

 

「これが…サイハテ海域っ!」

「此処が海魔と艦娘たちの古戦場か…野分どうだ? 気分は優れているか?」

『問題ありません、今のボクならどんな地獄の鬼が誘惑しようと、コマンダンをお守りする気高い意志を汚すことは出来ません!』

 

 サイハテ海域は深海棲艦の巣窟と聞くから、幾らマナの穢れが無効化したとはいえどんな影響があるか…と少し心配していたが、やっぱり杞憂だったみたいだ。野分はクロギリでの戦いで完全に深海化しちゃったけど…彼女の精神は何とか死守することが出来た。この調子ならいきなり暴走することも無さそうだね!

 

「良し、じゃあ…これより作戦を決行する、目的地は深海金剛の鎮座するサイハテ海域最奥! そこで彼女と戦闘を開始次第…エリ復活に必要な戦闘データを出来る限り多く集めて! 可能なら…深海金剛の"無力化"もやっておこう!」

「了承、では…参りましょう!」

 

 僕が作戦目標を述べると綾波は号令をかける、僕たちはそれぞれ頷くと…いよいよサイハテ海域の赤い海に足を入れた…!

 

「行ってきます、加賀さん!」

「行ってらっしゃい。貴方がたに…イソロク様の加護がありますように」

 

 僕らは加賀さんたちに見送られながら、深海金剛の待つサイハテ海域最奥へと進んでいった…。

 

「…行ったか、早くも心配になって来たぜ。どうなっちまうんだ〜一体よぉ!?」

「大丈夫かな、タクトたち」

「彼らは今まで困難な場面を乗り越えて来た、でも今回ばかりは…どうなるか分からないよ」

「信じるしかあるまい、彼らの意志がこの圧倒的な絶望を覆すと…」

「………」

 

 ──選ばれし艦娘たちは若き英雄とそれを支える兵器たちの行く末を案じる……或いは、彼らが世界を救うことを願って。

 

 ……また或いは、それでも止まぬかつての友を止めんとする「覚悟」を隠して──

 




 うわあい、本家で夏イベ始まっちゃったヨーしかも久しぶりの大規模!? どういうことですか運営!!?
 まぁやりますけど、自分で言うのもアレだけどめっちゃ盛り上がるとこで切るなんて…今回ばかりは出来るか自信ない;
 というわけで宿毛に注力しつつコッチの執筆も…出来たら良いなぁって勝手に考えてますが。そうしたら宿毛が遅れると思いますが…お許しください!


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鬼神、終点の海に降り立つ

 ──鎮守府連合医療エリア、特別治療室

 

「──現在ステルス・モニタリングでタクト君たちの行方を追っています、モニターとオペレーターを御用意しますのでご確認下さい」

「うむ、御苦労」

 

 連合職員と何やら段取りを話し合うシゲオ、話し終えた職員がその場を離れると今度はマユミがシゲオに話しかけてきた。

 

「シゲさんおつかれ~。モニター用意してくれるって?」

「マユミちゃんか…うむ、タクトたちがどのように戦っておるか此処で判断出来た方が良いじゃろう、そう思うてな?」

 

 どうやらこの場の人々にもタクトたちの行動を見て取れるように、モニター等を手配してくれたようだ。因みに「この場」と言ったが彼らが居るのはエリの居た病室ではない。

 エリとユリウスたちは現在特別治療室へ移動しており、数人が行き来出来る程度には部屋の広さは確保されているので、モニターのスペースは十分にある。ユリウスたちが病室でエリの治療中にシゲオから特別治療室への移送を促され、それを受け入れ実行した次第だ。

 シゲオはタクトとの対決を経て積極的に協力するようになった、連合の医療エリアで眠るエリの治療をカイトと共に許可を出し、更にはより設備の整った特別治療室への移送許可も届けてくれたようだ。彼の最大限の心遣いに、マユミは敢えていつものように御礼を言った。

 

「ありがと! 流石シゲさんは頼りになるね!」

「カッカッカ! 褒めるなほめるな、マユミちゃんこそ先ほどから食事の用意やら雑務やらを率先してやってくれておる、頼もしいぞ?」

「そんな! 私だけ休んでるわけにはいかないし…皆を応援したり食事の用意をしたりしか出来ないけど、もっと他にやれることがないかなってこの場でお手伝いさせてもらってるだけだよ。ちょっとは力添え出来る場面があると思ってさ…そう無いとは思うけど、あはは;」

「そう一人で気負うこともなかろう、お主はようやっとるとここに居る皆も解っておる筈じゃ。何事も役割を果たすことが大事なのじゃよ。なぁユリウス?」

 

 マユミとの会話の中でシゲオに話を振られたユリウスは、エリに取り付けられた機器モニターのチェックに忙しいため振り向かないが「えぇ」と一言零して肯定を表した。あまりに素っ気ないのでマサムネがフォローに入った。

 

『すまないネヴェイビー! ぼくとユリウスは今口を挟む猶予も無くってネ、良ければ二人で歓談してもらえないカイ?』

「おぉ、すまんのぉ。じゃがあまり根を詰めるなよ? 焦る気持ちがあるのは解るがの」

「…ふぅ、分かっています。わかっているから…お前こそこっちに集中しろマサムネ、金剛の精神データを元通り修復するには欠けた箇所を見なければならん、どうあっても人が居る」

『オット! それは失礼したヨ! それじゃヴェイビーたちごゆっくり!』

 

 ユリウスに叱責されたマサムネは直ぐさま持ち場に戻ると、ユリウスの隣のモニターを見始めた。

 仕方がないというか、お互いに聞きたいことがある様子で歓談改め情報交換するマユミとシゲオ。最初はシゲオから繰り出した。

 

「…時にマユミちゃん、名も無き鎮守府の残りの艦娘たちの様子は? タクトたちが出立する時「自分たちも出る」と言うことを聞かなんだろ」

 

 それは拓人たちがサイハテ海域へ出る少し前──舞風たちが自分たちも拓人たちと一緒に戦いたいと意見具申して来たことに端を発した、もちろんサイハテ海域は深海棲艦の巣窟という異名どおり、並みの艦娘では歯が立たないような強敵──()()()()()()が湧くように出てくると噂されており、事実先ほど深海金剛出現を映した「ST・MT(ステルス・モニタリング)システム」の映像内に、何体かの鬼・姫クラスの姿も確認された。

 そんな危険なところに連れて行けないと、今回は同行を見送られていた舞風たちだった。だが矢張り全員思うところがあるのか道中の梅雨払いだけでもと食い下がってきたのだ。拓人の説得で何とか収まった現場であったが…彼女たちが余計な動きでもすれば拓人たちに負担も掛かると、シゲオはこの中で一番彼女たちに近いマユミに近況を聞いている次第だ。

 

「大丈夫だと思う、皆心配そうな様子だったけど…私たちはタクトたちの帰る場所を守るのが先決だよって、私が言ったら皆頷いてたから。それに…足手まといだってことは皆が一番分かってると思うから」

「…そうか」

「うん。…っあ、あのね! 私も聞きたいことあって、深海金剛についてなんだけど…彼女が暴れ出したら危ないことは分かったけど、今彼女ってサイハテ海域に居るんだよね?」

 

 マユミの疑問に対しシゲオは確りと頷き返す。

 

「うむ、サイハテ海域の調査班によると彼女は封印が解かれてもその場所から1mたりとも動いていないそうじゃ。本当はST・MTシステムで姿を捉えておったが…封印が解けてすぐに映像が乱れてしまっての、おそらく深海金剛の封印に使われた魔力が大気中にまだ残っておるせいだろう、一部が打ち消されたことで形を保てなくなった魔力の残滓がジャミング波のようになった具合じゃ」

「えっ、それは大丈夫なの? 深海金剛を見逃してるんじゃ?」

「いや。存在自体はレーダーで確認しとるから問題は無いが、何かあっても遅いのでな。映像が途切れないよう調整して、ついでにタクトたちの行方を追いながら深海金剛との戦いを皆で見守ろうという寸法じゃ」

 

 どうやら今すぐ彼女が暴れ出す兆候は見えていないようだが、レーダーでの確認だけでは不備があると思い至りST・MTシステムの再調整を行い、現在サイハテ海域最奥へ向かうタクトたちの戦いを通して彼女の現状を映そうとしているようだが…マユミは少し釈然としない様子だった。

 

「うーん、ありがとって言った手前になるけど、タクトたちがサイハテ海域に行ってからもう数十分経つけど…そんな悠長に構えてて良いの? 直ぐに深海金剛を映して彼女の行動を監視した方が良いんじゃ?」

「ふふっ、心配か? じゃがお主が心配なのは「タクトたち」なのではないか?」

 

 ニヤリと笑い核心を突くシゲオに、マユミちゃんはギョッとした様子で驚きを隠せていなかった。

 

「・・・バレた? で、でも私が心配なだけだからそんな気を遣わなくても…;」

「カッカッカ! 何を言う。この作戦に理屈は必要ないのだろう? お前たちが散々ワシに言って聞かせたのだからなぁ? それにな…どんなに素早く動こうともレーダーに反応は出る筈じゃ、それが無いということは…彼女がその場に留まっているのは「理由」があるのだろうと思うのじゃ。昔から理由もなく行動に移すようなことはしなかったからのぉ「彼女」は。タクトたちにも既にその旨は伝えてある、彼女が居るであろう最奥の特徴もな。そう焦らずともそろそろ会敵する頃合いじゃろう」

 

 シゲオの冷静な判断…というより「彼女」へのある種の信頼は、マユミの焦りを打ち消すには十分だった。

 

「そっか、シゲさんがそこまで言うなら私ももう何も言わないよ。ありがとう…っあ、あともう一つあるんだけど!」

「何じゃ?」

 

 一つの疑問が晴れた直後のマユミのもう一つの問いかけに、シゲオは悠然と答える姿勢を見せた。

 

「あのね…シゲさんって「預言書」持ってるってホント?」

「ぉお、これか?」

 

 問われたシゲオは懐から「紙の束」を出して見せる、それは未来の出来事を記した預言書である。シゲオはこれで拓人たちの行動の軌跡とそれによる世界の変化を知った。

 

「それにはタクトが特異点だったり、世界がどんな風になるのかとかも書いてるんだよね?」

「うむ、それがどうした?」

「いやぁ…それを見てこれから起こることを理解しておけば、タクトたちに有利になるんじゃないかなぁ〜って? ちょっとズルいとは思うけどさ…えへへ」

 

 マユミは少し恥ずかしそうに頭に右手を添えながら答えた、確かに今までも拓人の「メタ知識」や妖精さんの予見により先の展開を見ることが出来た。もしこの現状でほんの一場面でもどうなるか分かれば…勝機を手繰り寄せられるやもしれない。

 マユミの提案にシゲオは──黙って首を横に振った。

 

「残念ながら…この先を見通すことは叶わんぞ」

「それは、どうして? そこに全部書いてるんだよね? これからのことが」

「うーむ、見せた方が早いじゃろ。どれ……特異点、ドラウニーア………っお、これじゃ。世界の終わりについて」

 

 シゲオは題名を言うと、一枚の紙をマユミに見せてきた。そこに書かれていたのは──

 

「──"世界を救いし英雄は人の欲の泥に塗れ、破壊の権化たる「鬼神」に生まれ変わり再び姿を見せる。

 鬼神顕現せし時、世界の終わり。全てを懸けてこれを阻止せよ、これが出来なければ…"。………ん、もう一枚ある?」

 

 マユミに指摘されシゲオは、紙の後ろに隠したもう一枚を前に持ってきて見せた。薄汚れたそれは──

 

「──白紙?」

 

「そうじゃ、これは海魔大戦の終結間際にイソロクさんが書いたとされている。全てを見通したようなあの方が「書き忘れ」をするとは思えん、これにも意味があるとワシは思うておる」

「…もしかしてさ、深海金剛を倒せなかったらホントに世界が終わって、()()()()()()()()()からどうなるか分からない…ってこと!?」

 

 マユミの回答に、シゲオは深く頷いて返した。

 

「あぁ、これだけでも深海金剛が世界破滅の切っ掛けとなるのは明白じゃった、だから確実に彼女を鎮圧する必要があるとワシは考えたのじゃ。尤も…犠牲を出さずに世界を救う、と言った戯けた大馬鹿者に今は後を託した形になるのだがな」

「……その、何というか。私たちは加賀さんたちを犠牲にしたくなくって、だからってシゲさんの考えを否定したつもりじゃ…;」

 

 シゲオのやり方は確かに「解かれた封印を再試行する」という極端なものだったかもしれないが、預言書に書かれていることが事実ならそういう考え方に陥るのも無理は無い。だがまさか裏でそんなことがあったとは露知らず、結果的に世界を何としても救おうとした彼の考えを拒絶してしまったと反省の色を見せるマユミだった。が当のシゲオはそこまで憤りはないと説明を加える。

 

「いんや、これはワシ自身の考えでもある。今まではそれを否定しておったから良い機会と納得しておるよ? これからはもう少し己を鑑みようと思う、ワシも…長年の盟友であり彼女が愛した艦娘たちを、見捨てるような真似などしとうないわい」

「シゲさん…っ!」

 

 シゲオの本心を垣間見たマユミは感極まるも、話の中で荷物を運んでいた職員が後方から声を掛けた。

 

「──ST・MTシステム、起動準備完了。直ぐモニターに映像出します!」

 

「…!」

 

 連合職員が部屋の隅に用意したST・MTシステムモニターを、マユミちゃんは気になる様子でソワソワしながら一瞥していた。

 

「…行きなさい、そのために用意したのだからの」

「うん、シゲさん…色々ありがとね!」

 

 マユミはお礼を言ってシゲオから離れると、ST・MTシステムモニターから映し出される光景を今かいまかと待っている。

 マユミの後ろでは、様子を見守るシゲオが懐の預言書と一緒にクリップで挟んだ、それとは別の内容が記された手紙に目を通していた。

 

『──シゲオ君、これを見ているということは私はもうこの世界には居ないだろう。これはこの世界の未来を記した「預言書」のようなものだ、これを君に預ける。

 そして願わくばこれを基に未来に現れる「次代の特異点」の手助けをしてあげてほしい、彼が現れる頃には君は老いていることだろうがその間に心にもう少し「余裕」を持っておくことをお勧めしよう、君は真面目で思ったことが直ぐ顔に出るからね……ふふっ、私の後継者に笑われぬようしっかりするんだよ?

 …シゲオ君、彼は本当に面白い子だ。君が彼に会った時どんな顔をするのかそれを見れないのは残念だが、きっとこの世界に新たな「風」を運んでくれることだろう。私は彼や君たちがどんな風に世界を変えるのか、天に還り見守っているよ。

 これからの君と世界に幸福があらんことを── イソロク・ヤマモト』

 

「(…元帥閣下、"私"も驚きました。あの子は今の柵(しがらみ)に囚われない強い意志の持ち主です、少々芯がぶれる時もありますが…それを差し引いても確かに彼ならば、或いは…)」

 

 シゲオは目を細めては草葉の陰から見ているであろうお方を懐かしんでいると、マユミちゃんが声を掛けた。

 

「シゲさんやっぱり気になるの? ね! 良かったら一緒に見ない? …っあ、やっぱり難しいよね。深海金剛を見ることになるし…ごめん」

 

 マユミがシゲオの深海金剛に対する複雑な心境を察知するも、シゲオは朗らかに笑って見せた。

 

「いやいや、若いモノが年寄りにいらん世話掛けるものでない。彼女がどのように変わってしまったか、この眼(まなこ)に焼き付ける準備は疾うに出来ているわい」

「そっか、なら……」

「すみません、お話し中ですがモニターに映像写します。……っ!? こ、これは……!!?」

「うぇ、どうしま……っ! こ、これって…」

「(来たか…)」

 

 連合職員の驚きを皮切りに、モニターを見た者たちに戦慄が走る。そこに映し出されたのは──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──サイハテ海域、最奥付近。

 

 僕たちは深海金剛の居る最奥エリアを目指して、只管赤い海面を掻き分けて進んでいた。

 とはいえ楽に到達出来る筈もなく、道中に出てくる深海棲艦の大群を相手取りながらになる。しかもその大半は──

 

『──GRRRRURAAAAAーーーッ!!』

 

 ──ズンッ!!

 

「綾波、お願い!」

「了承!」

 

 2メートルはあろう灰色の巨体を持つ怪物から放たれた「砲撃」、僕らに向けられた必殺の一撃を綾波の「重力操作」で狙いを逸らす。綾波の周りに貼られた球状の透明の膜に敵の砲撃が重なった時、砲弾は滑るように膜をなぞるとそのまま僕らの後方彼方へ飛んで爆発した。

 その様子を怪物の隣で観ている黒いワンピースを纏った女性は、苦々しい表情で僕たちを睨みつけている。戦艦棲姫の砲撃だ、生で見ると迫力がエライことになってる。前の僕なら気絶してたかも? 実は今も怖いんだけど…だからって、引いてやるもんか!

 

『…フフッ!』

 

 戦艦棲姫を振り切ると今度は空母棲姫の深海艦載機が飛んできた、港湾棲姫のケタケタ嗤ってるヤツと同じだ…でも!

 

「翔鶴!」

「分かったわ!」

 

 翔鶴はふわりと水面から離れては宙に浮き上がる、彼女の背中には青い翼のような炎のエネルギーが放出されている。後ろを振り向き様に構えると背中の青い炎と同じエネルギーが「弓」と「矢」を創り出す、それから矢を直ぐに離して射出、青い炎の矢は高速で敵艦載機に向かうと艦載機に様変わりする、炎がそのまま戦闘機に形変わって敵艦載機をすり抜けると、敵艦載機は抵抗する間もなく爆発四散した。

 空母棲姫が驚いている間に、翔鶴の艦載機は彼女の肌に弾丸を浴びせた。弾が着弾した瞬間何かが灼けるような音が海域に響き渡る。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアア…ッ!?』

 

 空母棲姫が腕を抑えながら嬌声を上げて呻き始めた、どうやら翔鶴の艦載機の銃創からダメージを受け続けているようだ。

 翔鶴の創ったエネルギー「エーテル光子」は高次元のエネルギーで、触れたり近くをすれ違うだけでも桁違いの「熱」が全てを焼き尽くす。それは体内の細胞全てを、深海棲艦の「自己再生能力」をも上回るスピードで、エネルギーが体内で燃え尽きるまで続く。要は「対深海棲艦特効能力」といったとこかな? でも…?

 

「…翔鶴、それを僕らに向けないでね?」

「何? 大丈夫よ。私の弓の腕侮らないでね、撃ち損じはしないわ…多分」

「多分っ!? ゔぅ…;」

 

 僕が彼女の言葉に背中が冷たくなる気分になると、海中から何かが近づいて来る気配がする…ん!? あれ「魚雷」じゃない?! 艦これ的に言うと「右舷から魚雷接近中!」だよ!

 

「魚雷が近づいてきている! 皆気を付けて!!」

「そう焦んな大将、どうせ潜水艦も出るだろうってソナー装備してっからよアタシ」

『魚雷はボクが…ふんっ!!』

 

 望月が魚雷を撃った敵を探っている中、野分は剣を海面スレスレで思い切り振ると…風圧で右舷方向の波が打ち上がる、白波が立つと同時に敵が撃ったと思われる「魚雷」が宙に姿を現すも…野分の目にも止まらぬ剣捌きであっという間に微塵切りにされ、空中で爆破して散った。

 

「…ふぅん、あそこか? ほいっと」

 

 望月が手に持った「爆雷」らしき黒い物体を海に雑に投げ込む、すると黒爆雷は独りでに──まるで魚雷のように──目標に向かって海中を潜り進んで行った…そして。

 

 ──ズドオオオオォンッ!!

 

『──キェエアアアアアア…ッ!!?』

 

 右舷遠方で爆発音と水柱が確認される、同時に白い人影が宙に浮いて吹き飛ばされていた。あれは「潜水棲姫」みたいだね…望月の予測通りだ。

 

「ありがとう望月、野分も…本当にすごく強くなったね! …あ、ごめん。別に深海棲艦になって良かったって訳じゃ…;」

『ノンノン、気にしないで下さい! ボクの見た目は醜くなってしまいましたが、コマンダンや皆さんを御守り出来るならこの程度、どうということはありません!』

「ヒッ、そういうこった。大将はアタシらのことより前向いとけよ? ここにゃあ敵がわんさか居るんだ、アンタも索敵ぐらいしてもらうぜ?」

「りょ、了解! 拓人指揮官配置に戻りますっ!!」

「おーおー、頑張れがんばれ~」

 

 望月に毒づかれながらも、僕が前に集中していると…ん、前方に敵艦隊を発見。数は6隻、内訳は……っ!? なんじゃこりゃあっ!!?

 旗艦「軽巡棲姫」、随伴が「駆逐棲姫」「駆逐水鬼」「駆逐古鬼」「防空棲姫」「防空埋護姫」ぃっ!? はあぁ〜〜〜っ?!! おいおいオールボスクラスの水雷戦隊と来ましたか…本家のゲームでこれ来たら絶対荒れるな、うん。

 

「──邪魔だ!」

 

 天龍が怒号を上げながら高速を駆使して先頭に躍り出ると、鞘に収めた刀に手を掛けた。

 

 シャ…──ズバッ!!

 

『──ア"ア"ア"アアァーーーーーッ!!?』

 

 何かが擦れる音がしたかと思えば、眼前の敵オールボス水雷戦隊が一瞬で一太刀に斬り伏せられていた。まるで次元ごと斬り裂いたように空間に斬撃の太刀筋が浮かび上がり、直線上に居た敵を切り裂いた形だ、それでも怯んだだけで轟沈には至ってない。今の僕らには時間が無いから峰打ちってことで?

 天龍のこの技はトモシビ海域で見たものを昇華させたものだろう、あの時はロボットをバラバラにしていたが近づかないと技を当てられなかった。それが今は近づくことなく遠距離から敵を斬ることが可能になった。天龍の能力は「次元を越えたスピード」なんだけど、言ってしまえば綾波や翔鶴の能力より見劣りしてしまう自らの力を鍛錬と工夫でここまで強化してしまうことは、彼女のストイックな性格が齎した成果だろう。

 

「流石僕の相棒!」

「ふっ、油断するなよ? 俺たちは今敵地のど真ん中に居るのだからな」

 

 僕の褒め言葉に微笑みながら、天龍は周囲の見張りを厳とするように注意した。

 …道中がこれでもかと姫クラスが現れてる、本来なら戦慄するとこだけど、これは……ここまで彼女たちが強くなっているなんて想像つかなかった。いや、確かに感覚が麻痺していたけど…姫クラスをしても今の天龍たちを止められないなんて。

 考えてみればそうだ、今の彼女たちの能力及び実力はRPGにおける()()()()()()()()()()にある。望月は単純な戦闘力では計れない頭脳を持ち、野分は深海化で身体能力が大幅に強化、天龍と綾波も改二でボスクラスの能力を得たし、翔鶴なんて「ラスボスです」って言っても誰も疑わないチート能力を持っている。

 深海棲艦の巣窟なんて言うから、道中でダレかが沈むんじゃないかって心配してたけど……これは……()()()()()()()()()()()()()()()! 深海金剛にも劣らず、勝(まさ)っている可能性も否定出来ない。今の彼女たちなら…っ!

 

 

 ──そんな僕の淡い期待を打ち砕くように、それは来た。

 

 

「…っ! 皆っ、奥の方が見えた!」

 

 僕は艦隊にサイハテ海域の最奥が視認出来たと号令を掛ける、赤い水平線に黒い人影が見えて、その頭上にある赤い空に浮かぶ雲が渦を巻いているように漂っている。事前にシゲオさんから聞いたとおりの情報だ、だとしたらあの人影が…っ!

 水平線上の点だった人影は近づくにつれ徐々に大きくなると輪郭を示し、人物的特徴と周りの現状を露わにする。その光景に…僕らは息を呑んだ。

 

「──…っ!? な…何だ……アレ…?」

 

 一言でいえばそれは──死屍累々であった。

 

 一人の人物を中心に動かなくなった文字通りの「死体の山」が実に数百と視界一杯の海面に積み上げられている、その死体はどうやら全て「深海の鬼・姫クラス」のようだった。原作で艦娘たちが艦隊を組んでも一隻又は複数隻相手取るのもやっとの深海棲艦の中でも脅威の鬼・姫クラス。そんな並ぶモノの無い強ジャたちが…()()()()()()()()()()()()()()

 戦艦棲姫、空母棲姫、軽巡棲姫、先ほどのボス艦たちの別個体に加えて泊地棲姫、飛行場姫、水母棲姫、中間棲姫、それと…見たことのない姫クラスも居るな? 多くの艦娘たちを苦しめて来た過去の強敵たちが「一人の鬼」によって全イン叩き伏せられていた。

 これだけでも恐怖場面なのだが、鬼は近づいて来る僕たちの存在を認知すると──()()()()()()()()()()()()

 

『──ウェ~~ルカァ~~ムッ、ヨクゾココマデ…辿リ着キマシタ。運動ノ相手ガ居ナクナリ暇ヲ持テ余シテイタ所デェ~ス。貴女タチハ……少シハ頑丈ニ耐エテクレマスヨネェ? コンナ場所マデワザワザイラシタノダカラァ…ヒヒヒッ!』

 

 その鬼は…黒に染まった巫女服、腰に結び付けられひらひらと宙に舞う天衣(てんえ)、額の二本角に死んだような灰色の肌、そして…狂ったように嗤う張り付いた笑顔。だがその顔立ちはまさしく…僕らの知る「金剛その人」だった…!

 

「…っ!」

 

 まるで金縛りだった、僕は鬼の金剛の顔を覗き見た瞬間、磔(はりつけ)にされたように体が思うように動かなくなった…”恐怖”、本能が彼女を「畏れて居る」んだ。

 あれが深海金剛…まさかサイハテ海域中の鬼・姫クラスを全て下してしまうとは、甘く見ていたつもりはない…けど、悔しいけど彼女は圧倒的に次元が違う。今までの敵とは…絶対に比較にならない。戦闘に関してはからきしで弱かった僕でも、今までは立ち回り次第で上手く皆をサポート出来た…出来ていたと思いたい。しかしこれは……この拭いきれない冷や汗と戦慄は、戦う前から敗けることを容易に悟らせる。僕は今…「蛇に睨まれた蛙」だ…っ。

 

「…くっ」

「──大丈夫か、タクト?」

 

 僕が自身の恐怖に打ち拉がれていると、隣の天龍はいつもと変わらない厳しくも柔らかな声で僕を呼び掛けてくれた。

 

「怖いか? これが戦いというものだ、俺たちはいつも…自らが沈むかもしれないという恐怖と戦っている。殺意を持った艦娘やニンゲンたちに内心怯えているんだ、だが今は…何故だろうな、この場で沈んだとしても俺に、俺たちに「後悔はない」のかもしれないな。そう思わせてくれるのはおそらく…お前と共に道を進んでいるからだと、そう思いたい」

「天龍…っ!」

「お前は敗けるためにここに来たのではないだろう? ならば…その旨を堂々と言ってやれば良い、あの鬼神に対し…お前が何をしに来たのかを。俺たちは──お前の意志と共に在る」

 

 言われた僕は辺りを見回す、僕の方を見て微笑む天龍に、いつものようにニヒルに嗤う望月、穏やかな笑顔を浮かべる綾波、頼もしさを感じさせる堂々とした笑みを向ける野分、そして…真っ直ぐ僕を見つめては「大丈夫」と無言で問いかけ、不安を払い除けてくれる優し気な顔を見せる翔鶴。彼女たちは…どうなろうと最期まで僕を信じてくれるようだ。

 …ありがとう、心の中でそう呟くと僕は鬼の前に進み出る。そして…声を張り上げ簡明直截(かんめいちょくせつ)に要件を告げた。

 

「──大英雄金剛! この世界を自らの存在を賭して守り抜いた艦娘よ! 初めまして…僕は色崎 拓人。僕は…僕たちは貴女と…()()()()()()()()!!」

 

 …少しの静寂、波の音がざぁざぁと騒ぎ始めた頃──()()()()()()()()

 

 

 

 

 

『アッハッハッハハハハハッハハハハハハハハハハ!!!』

 

 

 

 

 

 鬼が笑った。

 

 腹を抱えた侮蔑の嗤いではなく、そう来なくては! そう喜びの頂点に達したような大笑いだった。

 

『…タクト? 可愛ラシイ名前デェス、シカシソノ眼ハ確リト…私ヲ見据エテマァス、マルデ本気デ私ニ勝ツツモリノヨウデェス!』

「つもりじゃない、勝ちます。僕たちには勝たなくてはいけない理由がある、勝つ気で行かないと…エリが元に戻らないから!」

『フゥン…?』

 

 ニヤリと嗤って目を細める深海金剛、そして何かを察したように理解を表す言葉を投げた。

 

『ドウヤラ…相応ノ時ガ流レタヨウデェス、貴女ガタハ私ヲ倒スコトデハナク、何カ別ノ目的ヲ果タソウトシテイルミタイデスネェ? ソレガ何カハ私ニハ理解出来マセンガ…ダカラトハイエ、ソウ簡単ニ勝利ヲクレテヤルツモリハネェデェス!

 良イデショウ。今ノ私ノ破壊衝動(ぜんりょく)…果タシテ貴方タチデ収メラレルカドウカ…試シテアゲマァス!!』

 

 そう言葉を終えると、鬼は静かに胸を張り両腕の拳を力強く握り締める。そして荘厳な威圧を放つと声を高らかに僕らを焚き付けんと吼え立てた。

 

『──Come on Rookies! 年季ノ違イヲ教エテアゲマショウッ!!』

 

 その言葉を合図に、僕らも戦闘態勢を取った。ここに…地獄の戦場の蓋が開いた!

 




 深海金剛邂逅シーンのおすすめBGM=魔王〇ディオに捧げる絶望のフーガ(〇イブ・アライブリメイク)

 ・・・てへぺろ(・ω<)


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万夫不当の堕英雄、猛る

 大変お待たせ致しました、宿毛やら描写の精査やらで大分時間が掛かってしまいましたが、とりあえずお見せ出来るぐらいにはなれたかと思います。細かいところで間違いがあるかもしれませんがご容赦ください。
 本編の前にすみませんが、遂に始まった「艦これアニメ(第二期)」の第一話感想を簡潔に話させて頂きたく。…すごいです。どシリアスまっしぐらじゃないですか、それでいてアニメとしての完成度半端ないです。とにかくどんな形になっても良い終わり方が出来るように祈っております。運営さん頑張れ!!
 …はい、私の戯言は読み飛ばして大丈夫ですので、本編を見てやってください…っ!


 深海金剛が蘇ったことにより、世界は再び暗雲に包まれようとしていた。深海棲艦特有の憎しみという破壊衝動に苛まれている彼女は、このサイハテ海域から外に出ようものなら無遠慮に世界を蹂躙し尽くすことだろう。

 僕たちはそれを阻止するためにここに居る、そして何より誰も犠牲にしない未来を掴み取るため身勝手に、我儘に、エリ(金剛)という最後の望みを復活させようとしている。そのためには彼女…深海金剛の戦闘データ、それらに含まれた彼女の「精神(こころ)」が必要だ。それを手に入れるには…かつて世界最強と謡われた彼女と戦わざるを得ない…っ!

 巨大な嵐の中を突っ切るような気分だ、だが後悔なんて微塵もない選択…そうだと信じたい。僕らはただ暴れ回る鬼に堕した大英雄と対峙しながら各々戦う覚悟を改める。

 僕たちが戦闘態勢を取りながら深海金剛の出方を窺っていると、彼女はぎょろりと視線を横にして程なく辺りを見回し始めた。

 

『オォ~~ゥShit! 私トシタコトガ…オ掃除スルコトヲ忘レテマシタ、来客ガアルトハ思ワナイモノデ!』

 

 どうやら周辺の海面に揺蕩う深海棲艦の鬼・姫だった残骸のことを言っているようだ、確かに戦うには少しばかり密度が多いので足を取られるかもしれないが…視界限界まであるこの個体数をどうやって片付けるというのか? まさか冗談で言っているのか…僕がそう訝しんでいると、徐に深海金剛の右手が上がった。

 

『──っ! イカンっ!! 避けろタクト!!』

 

 映写型通信機からシゲオさんの声が響く、向こうにもこっちで何が起こっているか分かっているようだけど…一体何が…?

 

 

 

『ハアアアアアアアアアアアアアアアアアァッ!!』

 

 

 

 ──ズゥンッ。

 

 勢いよく海面に叩きつけられた右手から衝撃が放たれ、そのまま海に縦の亀裂を入れながら海面を走る。その後の光景は僕らの眼を疑うものだった。

 重く何かが動く音が遠くに響く、同時に空間を揺れ動かす振動が全身を伝って行く。次の瞬間──()()()()()、海底が海の割れ目から視認出来る、その中に先ほどの敗れた鬼・姫たちが吸い込まれていく。

 僕らはと言うと…綾波が咄嗟に作り出した「無重力空間」に引っ張られる形で上空に避難することが出来た。判断が遅れていたら…どうなったか分からない。

 ──あれだけ海に広がっていた鬼・姫の残骸たちが海底に仕舞い込まれると、海面の亀裂は徐々に戻っていき。完全に亀裂が見えなくなった頃には波の静かな音と海面に立つ鬼神しか見られなくなってしまい、深紅に染まった大海が何事もなかったかのようにそこに在るだけだ。

 

『す、すごい…あんなに深海の鬼や姫が居たのに、あっという間に…っ!』

 

 通信越しからマユミちゃんの呟く声が聞こえる、あまりの規格外な行動に言葉を失ったようだ。だが僕の頭は冷静に彼女の実力を受け止めようとしていた、というのはかつて加賀さんが先代(現深海)金剛を言い表した言葉が脳裏に浮かんでいたからだ。

 

 

 ──拳を一振り、空が震え。

 

 ──拳を二振り、敵を薙ぎ。

 

 ──拳を三振り、()()()()()

 

 

 前にエリが海面を衝撃波として飛ばしたことはあったけど…あんなものじゃない、()()()()()()()()()()()()()()。僕たちは改めて…とんでもないモノに戦いを挑んでしまったようだ。

 僕らが海面に降り立つ頃、深海金剛は狂気に顔を歪ませて僕たちに視線を固定していた。早く()ろうという言葉が何も言っていないのに聞こえてくるようだ。

 

『──タクト君、大事ないか!?』

 

 僕の名前を呼びかけて無事を確認しようとする声が映写型通信機から響く、この声はユリウスさんかな? 僕はそのまま腕に着けた通信機を口前に持って来ると、映し出されたユリウスさんと会話する。

 

「大丈夫です、綾波のおかげで難を逃れましたから。それよりユリウスさん、深海金剛を捉えましたけどこのまま戦えば良いんですか?」

『あぁ、先ほど言ったとおり首輪の計測器を着けたまま戦えば自動でこちらにデータが送られる、思う存分に戦ってほしい』

「分かりました! では…」

『気を付けろよタクト、先ほども言ったが金剛の「能力」を警戒するのじゃ。彼女はそれだけでも脅威なのだからの』

 

 ユリウスさんの隣からシゲオさんの声が再度僕に注意を促した、深海金剛の「能力」…それは彼女が最強と謂われる所以と言われる単純で強力なものだった。

 

「分かっていますシゲオさん、天龍たちには既に伝えてありますので用心しながら何とか戦って見ます。…行くよ、皆!」

 

「──応っ!!」

 

 僕は気合を入れて号令を入れると、艦娘たちは声を張り上げてそれに応えつつ、深海金剛へ突撃するため陣形を整える。…と言ってもほぼ単縦陣の並びだけど?

 先頭を天龍、次に天龍の後方に綾波、少し後ろに野分が、最後尾を翔鶴と望月が守る。僕は野分と翔鶴の間に位置取り戦況を見守りながら艦隊のサポートに徹する。

 

「これより突撃を開始する、敵は深海金剛…強敵だけど今の僕らなら倒せると”信じている”。皆…やってやろう! 突撃っ!!」

 

 僕がそう発したと同時に、僕たちは敵に向かって突撃していく。いよいよ…地獄を抜けるため進撃が敢行される。深海金剛は待ってましたと言わんばかりの嗤いを浮かべ応戦態勢を取る。

 

「──おおおぉっ!!」

 

 最初に飛び出したのは天龍、雄叫びを上げながら腰の両側に帯刀する得物に手を掛け跳ぶと、一瞬で深海金剛の前方へ姿を現す。そのまま二刀を鞘から引き抜くとバツの字に身体を引き裂いた…っ!

 

 ──信じられないことに、深海金剛の身体は三角の形に「4分割」されると空中でバラバラになった。僕らの地獄は呆気なく終わる──…()()()()()

 

『ホゥ! 見事ナ俊足デェス!! 太刀筋モ荒ッポクモ力強ク狙イモ正確デス、ガ…ッ!』

「──…っ!?」

 

 バラバラの変死体は空中で「霧」となってその場で掻き消えた、同時に天龍の背後にいつの間にか深海金剛の姿が現れ天龍の背中に強烈な横蹴りをかまして遠方へ吹き飛ばす。どうやら斬り裂かれたのは「蜃気楼」のような変わり身だったみたいだ…っ。

 

「ぐぁっ!?」

「天龍さん!」

 

 眼前に現れた敵に蹴り飛ばされた天龍を見て、綾波は得物を構え直進する。クロギリ海域の戦いの際に新調したという望月特製の「反重力式回転可動戦斧」、綾波はそれに自身の重力操作の能力をかけると斧の刃は独りでに動き出し回転ノコギリのように高速回転を始める。

 

「やぁっ!!」

『──フンッ!!』

 

 綾波が容赦なく戦斧を振り下ろすも、深海金剛は──それを素手で受け止めた。左の手の平で回転する刃を掴んで攻撃を止めたのだ。

 

「まだっ!」

 

 綾波が深海金剛を睨みつけると、鬼神の周りの空間が歪み重圧が圧し掛かる。綾波が深海金剛を重力で潰そうとしている、しかし深海金剛はニヤついた笑みを絶やさない。

 

『貴女ハ能力ニ頼リ過ギデェス、ソノ程度ノ力加減デハ──抜ケ出スノハ容易イデスッ!!』

 

 そう言うと深海金剛は拳を握り締めると海面を蹴って宙に飛び出す、綾波の重力操作を受けたまま跳躍した…!? 驚く僕らを余所に深海金剛はそのまま綾波の頬に右ストレートを打ち込んだ、綾波はあまりの不意打ちにそれを受けては態勢を崩され海面に叩きつけられた。

 

「かは…っ!?」

『おのれぇっ!』

 

 綾波を殴り飛ばした深海金剛に、野分は激昂しながら突撃する。細剣を正面に突き立てながら深海金剛に狙いを定め…一気に突き刺す。刺すとは言うがまだ大分距離がある筈だが…僕はそんな疑問を隠せなかった。

 すると──細剣は光を纏うと刀身を伸ばし始めた! どうやら野分は深海化したことでレ級のように「エネルギーで武器を形作る」能力に目覚めたようだ、光の刀身が足りない距離を補いつつスピードを増して行きそのまま深海金剛の身体を…貫い──

 

『──距離ヲ取レバ良イトハ、甘イ考エデスネェッ!!』

 

 いや、駄目だ! 深海金剛が身体の周りに稲妻を発したと思うと、一瞬で野分との距離を詰めた! これは…彼女の「能力」だ!!

 

『くっ…!』

『暫ク痺レテオキナサァイ!!』

 

 深海金剛が野分の顔を右手で掴んで覆うと、電光を起こしながら野分に電流を流し込んだ…! バチバチという電音と共に野分を苦痛の声を張り上げる。

 

『があああぁぁ…っ!?』

『アッハハハハハ!!』

「てんめぇっ、いい加減にしやがれ! やっちまえベベ!!」

「ゴアアァーーーッ!!」

 

 野分のピンチに、望月はべべを差し向ける。べべは海面を滑りながら跳躍すると、勢いそのままに拳を振り上げ深海金剛に叩きつける。

 しかし──深海金剛は左手に「鉱石」を生やすと、拳を握りベベとのパンチの打ち合いに応じた。深海金剛の左ストレートを真面に受けたべべは、パンチを受け止めた腕から罅が入り…砕け散った。

 

「おいおい嘘だろぉ…レ級にやられてから硬度を限界まで上げたっつぅのに、まるで相手にならねぇじゃねぇかよ!?」

『力比ベハ得意ナンデェス、私…ココニ生マレテカラ()()()デ敗ケタコトハ一度モナイノデ!』

「へいへい、そりゃご丁寧にどうも! っくしょー余裕出しやがって」

 

 深海金剛は嗤いながら挑発すると、野分の顔面を掴んだ右手を振り離して解放する。野分は最早全身が炭になるもその身を捻り起こすと体勢を整える、黒焦げになった野分の肌は見るみるうちに回復していく。

 

『フゥン、異常ナ回復力、ソシテソノ角ハ…矢張リ「同族」デシタカ? シカシ貴女、破壊衝動ニ侵サレテ居ナイヨウデスネ? 正気ソノモノデス。…何ガ貴女ヲソチラニ繋ギ止メテイルノデェス?』

『──無論、コマンダンの「愛」故です』

 

 深海金剛の問いに、ボロボロの野分は即座に迷いなく答える。その様子がどこか可笑しかったのか深海金剛はケタケタ嗤って僕の居る方角を見遣った。

 

『ホホゥ、ソレハ…興味ガ出テ来マシタ、ネッ!』

 

 深海金剛が口角を歪めると、今度は身体に「風」を纏い始める。海面に弧を映しながら上昇すると宙に浮いた。そのまま僕の居る方に向かって突撃し始める。

 

「うわっ、こっち来た!?」

「ちっ! 応戦するぞ大将!」

 

 望月に言われ僕は腕の「可変可動鉱石(メタモルフォーゼ)」の腕輪で単装砲を造ると、望月と共に砲撃で相手を牽制する。しかし…当てるつもりで撃って実際当たっていると思うんだけど、深海金剛が纏う「暴風」が砲撃の軌道を曲げてしまい全く当たらない、いや本当にそんなことされたら艦これ的にお手上げなんだけど?!

 

『ハハハハハッ!!』

「くっ! でも…タクトたちをやらせはしないわ!!」

 

 急接近する脅威に対するため翔鶴がエーテル光子を纏い宙に浮かぶと、青い炎の弓と矢を形作り静かに番える。そして──矢を解き放つと蒼炎は艦載機に変わっていた。

 

「第一次攻撃隊、機銃斉射!」

 

 翔鶴の号令に艦載機隊は青白い弾丸を撃ち尽くす、半端な弾速だと暴風の気流に揉まれてしまうけど、翔鶴の艦載機隊の攻撃ならどうだ…っ!?

 

『オット! 中々危険ナ()()()ガシマァス!!』

 

 深海金剛はそう警戒を露わにしているが──徐に両手を前に突き出して指を広げると構わず突っ込んで来る。すると──深海金剛の前方に白い空気の渦が巻き始めた。これは文字通り「風の盾」か? 一体どういう思惑があるのか…?

 

 

 ──ボゥッ、ジュアァ…ッ。

 

 

 エーテル光子の当たった風の盾は異音を立てるも、()()()()()()()()()()、どころかエーテル光子の勢いを「打ち消して」いた…青の光の束は空気中に分散してしまい奥の深海金剛までダメージが届いてない様子だった。まさかそんな防御法が通じるなんて…っ!

 

「うそ…っ!?」

『アノ蒼ノ光ハ伝承ノ"エーテル光子"ト見マシタガ、大当タリノヨウデスネェ? 神ノ領域ヲ形成スルソノ物質ハ膨大ナ「熱」ヲ秘メテイルト聞キマス。ナラバ…此方ニ熱ガ通ラナイヨウ何重ニモカサネ固メタ「空気ノ層」デ防イデシマエバ話ハ早イ、()()()()()()()()()()()()()()()()()ノデェス! 神ノ世界ノ物質モ世界ノ理ハ覆セナイヨウデスネェ、残念デシタネエェ? アッハハ!!』

「…っ!」

 

 深海金剛は宙に立ち止まりつつ、知識をひけらかしながら皮肉混じりに翔鶴を嘲笑した、思わず翔鶴も言葉より先に睨みを研ぎ澄ませ深海金剛に向けた。

 驚いた…今までは破壊の限りを尽くす暴れる邪神みたいな印象だったけど、今の技は高い知力と冷静な理性が無いと扱えない。深海棲艦の鬼や姫も元の艦との性格が変わらない娘も居たけど…どんなに堕ちても英雄の所以は()()()()ということか? 僕の中で彼女の印象が反転した、もう小手先は通じないことは分かった、全力で挑まないとやっぱり太刀打ち出来ない。最初から分かり切っていたことだけどね?

 もう皆気づいているかもしれないけど、深海金剛は「五大属性」全てを操ることが可能なんだ。でなければ五大属性を同時に生成しないといけない特殊封印術式をヒトリでなんてとても出来ないからね? さっきの深海金剛の披露した「技」を例にすると分かると思う。蜃気楼は大気中の水分(水)や空間そのものの温度(火)を上げたり下げたりして作れるし、土や雷は見れば分かるし、風も暴風以外に空気の層を造るために活用したみたいだ。

 丁度選ばれし艦娘の司る属性全てを扱う形になるね? 属性を操るというのは世界の概念たる自然の力を使役出来るということ、一つだけでも万の軍勢を相手取ることも可能な()()()()()()を宿すことになる。それを五つも操り、応用も可能。能力に関してはこれ以上隙の無い力だ。

 それに加え深海金剛自身も深海化の影響で、綾波の重力負荷を物ともしないほどの強靭な肉体を有している…正に「鬼神」の名に相応しい暴力的な実力の持ち主だ。だからだろうか…正直言ってさっきから、彼女が「本気」を出していないことが体感で理解出来ている自分が居た。あの機獣スキュラを倒した時の力はこんなものでは無かったし、遊ばれている感じはある。

 つまり彼女に本気を出させることは、今の僕たちでも「夢のまたユメ」ではないのか…そんな絶望的な結論があるということ、もしこの結論が事実だとして…本当に勝てるのか? ボスだとかラスボスとかいう安っぽい強さの次元を超越した、最早神さまみたいなジンブツに本気なんて出させることが可能なのか? 先ほどまでの自信が嘘のように消えて僕は疑心暗鬼を生じていた。

 

『コノ艦隊ノ司令官…核トナルノハ貴方デスネタクト! 司令塔ヲ潰スコトコソ、戦況ヲ一気ニ終ワラセル為ニ必要ナ犠牲デェス! 貴方ニ恨ミハ有リマセンガ…死ンデモライマァスッ!!』

 

 深海金剛は死刑宣告を言って退けると、纏う風を竜巻としてこちらに放とうとする、彼女の両腕で勢いを増していくごうごうと唸る捻り風の脅威に、僕は思わず死を覚悟する。

 

「…っ、やっぱり、僕たちには敵わないのか……こんなに力の差があるんじゃ、とても……っ」

「──いいえ、まだ諦めないわ。だって…私には「守るべきヒト」が居るんだから!」

 

 僕が情けなく弱音を吐いていると、翔鶴が冷めぬ闘志を滾らせながら背中の青い翼を広げて僕の前に飛び上がった、まさか…自分を犠牲にするつもりか!?

 

「駄目だ翔鶴! 自分を盾にするなんて、そんなこと僕は望んでいない!!」

「それは違うわタクト、私は皆の「希望」…絶対に沈んでやるもんですか! でも私は…──本当の希望の貴方を、喪いたくないだけよっ!!」

 

 翔鶴の言葉には確かに希望が込められていた、でも──目前の鬼神の起こす竜巻は僕らを容赦なく引き裂くだろうという予想は簡単に出来た。このままだと…誰も助からないだろう。

 

『コレデ早クモTHE ENDデェスッ!!』

 

 深海金剛はそう叫ぶと同時に両腕の旋風を解き放つ、豪快に旋回する巨大な豪風…やっぱりだ、例え翔鶴が守ったとしても規模が大き過ぎる。僕たちも巻き込まれるのは必至だ、しかし何処へ避けようとももう遅い、深海金剛の言うとおり僕たちは…ここで早々に散ってしまうのか?

 

 ──悲観が脳裏を過ぎるその時、僕の目の前で不可思議なことが起こった。

 

「っ! 翔鶴…身体が!?」

「何…っ!? どういうこと?!」

 

 何と、翔鶴の身体が淡く白い光を帯び始めたのだ。この現象は前にもあった…そう、改二改装可能のサインだ。しかし翔鶴は既に改二の筈…いや、待てよ。改二の上での光だから…これは…もしかしたらっ!

 僕は事の正否を見定めるため意識を集中する…すると頭の中で浮かんだ思ったとおりの「キーワード」。それは曖昧な答えを確信させるには十分なものだった。

 

「タクト! 一体どういうことなの…!?」

「…翔鶴、何も問わずに"コンバート"って叫んでみて。それが答えになる筈だよ!」

「…っ!」

 

 僕の一件要領の得ない回答に、翔鶴は黙って頷くとキーワードを口にした。

 

「──()()()()()っ!」

 

 翔鶴がそれを声に出した──瞬間、翔鶴の周りの光が輝き出すと彼女の全身を包み込む。そして…光が収まると彼女の「更なる改装」が完了した。

 見た目は一見大きな変化はないが、肩に下げた木造の飛行甲板は漆黒色に変わり、鉢巻きは赤色から白の一本線の入った朱色になった。そうだ…忘れていた、彼女には自身を含めた特定の艦にしか無い、()()()()()()()()()()()があったんだ!

 

『多少変ワッタトコロデッ!!』

 

 深海金剛の双竜巻が翔鶴の目前まで迫る、しかし翔鶴は焦ることなく背中に青い翼を展開したまま吹き抜けようとする暴力の風を見据えた。翼があるということは彼女の能力自体は変わらないのか…?

 

「ぶっつけ本番だけど、やるしかないわ。…”フィールド展開”!」

 

 翔鶴の言葉に応えるように、彼女の周りに蒼い膜が張られた。綾波みたいな攻撃を逸らす防御壁か?

 

 ──ギュォォオオ…ッ!

 

 深海金剛の双竜巻は翔鶴の蒼の防御壁を前にすると、不自然なほど規模を縮小させると防御壁に吸い込まれる。もしかして…()()()()()()()()()()()()!?

 

「──反射(リフレクト)!」

 

 竜巻が収まり霧散すると、翔鶴はカウンターを仕掛けていく。蒼い膜から無数の蒼光線が放たれると…それらが全て「艦載機」の大隊に変わり深海金剛に一斉に襲い掛かる。機銃掃射に魔導弾投下と縦横無尽に攻撃を加えていく。

 

『オ”オ”オ”オオオォォ…ッ!?』

 

 凄い…無数の艦載機が一気呵成に畳み掛けたことで防御が間に合わなかったようだ、深海金剛はあっさりとダメージを受けた。彼女の周りに爆炎が広がっているから詳細は分からないけど、隙間から傷だらけの彼女が見える。これが…翔鶴改二「甲」の実力!

 

「スゲェなありゃ。大将よぉ翔鶴のあの変わりようは一体何なんだい?」

 

 僕の側で翔鶴の変化を見ていた望月から疑問が飛んで来る、僕は何だか得意げに解説をしていく。

 

「あれは翔鶴改二のもう一つの姿…翔鶴改二甲だよ!」

「何だって!? カイニに強さのバリエーションがあるってぇのかい?!」

「そう、原作では「コンバート改装」と呼ばれる()()()()()()()()()()もう一つの改二があるんだ、例えば翔鶴だと正規空母クラスの改二、そして艦種が変わり装甲空母としての運用が可能な改二甲が在る。

 装甲空母は簡単に言うと防御に重点を置いたクラスだよ、それを踏まえて改二甲の能力は…どうやら「エネルギーの吸収と反射」みたいだ、今の彼女はどんな攻撃も通じないと思う。エネルギーとして吸収して倍返しするんだからダレも手出しは出来ないよ!」

「スゲェな…無敵だせコイツぁ! 今の翔鶴は例え鬼神が相手だろうと易々と沈みはしねぇぜ!!」

「だよね! この世界だとコンバート改装はどうなんだろうって勝手に無理じゃないかと決めつけてたけど、ここに来て改二甲の登場か…ありがとう翔鶴、流石僕らの希望だよ!」

 

 僕の呼びかけに、翔鶴はこちらを見遣ると静かに柔らかく微笑んだ。本当にさっきの挫折感からの土壇場逆転だからな…いいぞ、少しは流れがこっちに傾いたか…?

 

『──中々、良イ攻撃デシタ。アハハ、久々ノ負傷デェス!』

 

 矢張り余裕が崩れないか、深海金剛は硝煙が晴れた先で痛々しい傷を見せたが、まだ嗤って僕たちに向かって嬉々とした声を上げる。

 でもそんな威勢は障子の紙のようなもの、翔鶴の放ったあの青いエネルギーがエーテル光子なら、深海細胞は今ごろ体内で焼き尽くされているはず、つまり超回復は出来ず傷は残り続ける! よし…深手とはいかないかもだけど、これで向こうも本気を──

 

『痛イデスネェ、デスガ──"五行廻輪"!』

 

 深海金剛が徐に両手指を絡めて構えを取る、人差し指を立て合わせて中指を上へ交差させ絡ませる。なんだあれは…まさか陰陽道の「契印」のつもりか!?

 僕が内心驚いていると、予想外の事態が目の前で展開する。何と──エーテル光子をその身に受けた筈の深海金剛の傷口が、あっという間に塞がってしまったのだ…っ!?

 

「なっ、何が起こったんだ!? どうして…そんなこと有り得ないよ!」

『デスガコレガ「真理」ナノデェス、コノ世界ハ五ツノ属性トソレゾレノ因果関係デ成リ立ッテマス。水ハ火ヲ消シ、火ハ風ニヨリ燃盛リ、風ハ土ヲ削リ、土ハ雷ヲ通サズ、ソシテ雷ハ水ヘ迸ル──コレゾ「五行廻輪」。世界ハコウシテ絶妙ナばらんすデ出来上ガリマァス』

「…おいおい、その言い分だとてめぇ…そんなことも出来んのかよ!?」

 

 望月が何か勘づいたらしく驚愕の声を張り上げる、嫌な予感はするけど…聞かないわけにはいかない。

 

「望月、どういうこと? 深海金剛のあの現象は一体?」

「大将、落ち着いて聞いてくれ。五行廻輪は魔法学で習う基本的な物の考え方だ、世界は五大属性が互いに干渉し合って形を作っていくって簡単な話だ。特殊封印術式で無空間を作れんのはその「理(ことわり)」っつーヤツのおかげなんだ、だがコイツは…その理を利用してたった今、自分の内側に五大属性を回して()()()()()()()()()()()()()()()()…っ!!」

「…っ!?」

 

 信じられない…思わず出鱈目だと叫んで否定してやりたい、でも…どうやら現実のようだ。

 五行廻輪…陰陽道の「五行思想」のようなものか、それぞれの要素が循環することで様々な現象を巻き起こすと言われている。だからって…ボロボロの身体を新しく造り変えただって? そんなの…そうは思えないでしょう、普通の考え方じゃあ理解が追いつかない。

 

「…っ、駄目だ…()()()()()()。どうしたって勝てない、本気なんて…とても」

 

 僕がそう小さく呟き聳え立つ巨大な壁に呆気に取られていると、深海金剛は追い討ちを掛けるように事実を突きつけようとする。

 

『ソコマデ絶望感ニ浸ッテクレルトハ、引出シヲ()()()()()()()()開ケタ甲斐ガアリマァス。シカシ更ニ絶句スルデアロウ事実ヲ伝エテオキマショウ…翔鶴デシタカ? 貴女ノソノ形態…()()()()()()()()? 先ホドばりあーヲ張ッテかうんたーヲ仕掛ケタダケデ、自ラ攻撃ハシテイナイデェス?』

「…っ」

 

 深海金剛の指摘に、翔鶴は思わず苦虫を噛み潰したように顔を歪めた…まさか。

 

『矢張リソノ形態デ()()()()()()ノヨウデスネェ? 元ノ形態ニ戻ッタトシテ、私ノ攻撃ヲ防ゲルカ怪シイ。トハイエソノママデハ此方ガ攻撃シナイ以上何ヲスルコトモママナラナイ! …フゥーン困リマシタ、コレデハ平行線デス。シカシ種ガ分カレバ此方ニモヤリ方ハアリマァス! 貴方タチハ少シ時間稼ギ出来タダケデス、勝敗ノ有無ハ容易ニ覆セナイデェス! アッハハハ!!』

 

 何と、翔鶴改二甲はカウンターでしか攻撃が出来ないようだ。翔鶴も反論しないしそうなのだろう、でなければ今頃弓矢を出して艦載機隊を発艦してるはずだから。

 何てことだ…深海金剛の勝利への確信はハッタリじゃない、本当に時間さえ掛ければどうとでもなるのだろう。不味い…このままだと敗北は免れない、何とかしなければ…っ。

 僕が何か逆転する方法がないか考えあぐねていると、映写型通信機からユリウスさんの声が響き極めつけの現実を知らしめる。

 

『タクト君、君たちが先ほどから激戦を繰り広げているのは理解している。だが…無理を承知の上で白状すると、この調子では永遠にデータ収集は叶わないと予測できる。今我々が取得したデータは…「ほんの数%」だ、それ以降は全くと言って良いほど動きがない。このままでは…っ』

「ユリウスさん…でも、僕らで一斉に掛かっても傷一つまともに付けられないんです。こんなの…っ」

 

 どうやらユリウスさんたちもあまりの実力の違いにデータの集まりが遅く困っているようだ、とはいえこちらもどうすればいいのか…どんな手を使っても相手は五行廻輪で傷そのものを無かったことに出来る、こっちの防御は完璧だが攻撃に決定打が無い。時間が経つほど不利などうしようもない現状が立ち塞がる、暖簾に腕押しなんて話じゃない…この絶望的な状況では、どうすることも…っ。

 

『──成る程そうカ! だったら()()()()()()()()良いと思うヨヴェイビー!』

 

「…は?」

 

 絶望に沈みそうになる僕らの耳に届いたのは、そんなことなんてお構いなしな朗らかで陽気な声だった…。

 




〇深海金剛の戦いで思ったことを、ギャグ調で書いてみるよ。

深海金剛『貴方ニハ死ンデモライマァス! 神〇嵐デェス!』

拓人「それ言っちゃいけないヤツ。」

翔鶴「させないわ! 改二甲へコンバート! 神〇嵐を吸収してその威力そのままに反射(リフレクト)よ! 木っ端みじんになりなさい!!」

深海金剛『グオオオオ!? デスガマダマダデェス! 秘技「五行廻輪」! だめーじヲ受ケタ私ノ身体ヲ造リ直シマァス!!』

翔鶴「な、何ですってーーっ!?」

拓人「・・・そうはならんやろ。」

深海金剛『ナットルッ!! ヤロガイッッ!!!』

 ※ポ〇〇ピ二期も、楽しいですねぇ。


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例え、何も変わらなくとも──

 深海金剛は僕らが思っていた想像を遥かに超えるほどの「力の差」を見せつけ、僕らに対し絶望を突きつけた。戦況は拮抗しているがこのままではジリ貧だ、なんとか事態を好転させなければ戦闘データ入手以前に艦隊が全滅しかねない。

 そんな緊張状態の続く中──まるで空気を読まない明るく爽やかな声が、僕らに有り得ない提案を推し始めた。

 

「…ヒトリずつ? どういう意味ですかマサムネさん?」

 

 僕が疑問を投げかけた人物は、もはやお馴染みサイコ・サイエンティストのマサムネさんだ。彼は目的のためならどんなに倫理観を無視してでもやり遂げるといういわゆる「人格破綻者」なわけだが、まるきり道を踏み外しているかと言われればそうではない。ちゃんと線を引く場面は弁えている印象だった…のだが、ここに来てこの発言は聞き捨て出来なかった。

 

『言葉どおりだヨヴェイビー! 艦娘たちが5ニン同時に戦うから、戦闘データも大したものにならないのだと思うンダ。というのは彼女たちがそれだけ強大な力を手に入れた「弊害」が出ているのかもしれないネェ?』

「弊害…とは?」

『そうだネェ…連携というのは相手との呼吸を合わせるのが一番の肝だケド、それを意識しすぎて翔鶴君たちの真の実力を引き出し切れていないのではないか、という仮説だヨ。自分の能力が強大過ぎて相手を巻き込んでしまう恐れがあるから、おいそれと本気を出せずに自分からブレーキを掛けていると思うんダ』

「…そうなの?」

 

 僕はマサムネさんの仮説が正しいのか、距離が離れている天龍たちに向けて通信機で呼びかける。通信機からの応答は──無言に等しい苦悶の息遣いだった、その意図は「是(そう)」であることに間違いないだろう。事実僕の近くに居る望月がバツが悪そうに答える。

 

「…まぁ、確かにそのとおりだぜ。アタシらはともかく大将を巻き込んじゃ悪いと思ってよぉ、本当はアンタにも離れていてほしいんだが…データ収集に支障があるかやってみなぁ分からなかったし、アンタの意志を踏みにじっても仕方ねぇと思ってよ」

「望月…そうだったんだ、ごめん…本当に」

 

 どうやら僕がこの場に居ることが彼女たちの「手枷」になってしまったようだ、軽いショックを受けながら謝罪するもマサムネさんは「分かりきったことだ」としつつ話を続ける。

 

『そうでショ? まぁタクト君が障害かどうかはこの際どうとでもなるサ、それより君たち艦娘の「最大出力」の話だヨ。ぼくの見立てでは今の君たちの限界はこんなものじゃないノサ! 天龍君のスピード、綾波君の重力操作、翔鶴君のエネルギー生成、野分君なら深海化の本領発揮、望月君もまだ策があるんじゃないカナ? さっきの戦いぶりを観てもそれぞれまだ様子見というか「動きに鋭さが足りない」印象だネェ~?

 連携を前提としているから…周りのせいで自分の能力を全開放することが出来ない、だったらいっそのことヒトリずつ戦ってそのリミッターを外した方が良いと思ってネ! でなきゃ彼女の本気なんてとても引き出せないヨヴェイビー!』

『おいマサムネ! 言いたいことは分かるが…それが出来れば苦労はしないんだ、5ニンで掛かっても相手は無傷そのものなんだぞ。連携の良し悪しを踏まえてもそれで実力差が埋まるとはとても考えられん、どう見てもお前の考えは無茶苦茶だ!』

 

 ユリウスさんが正論をぶつけるもマサムネさんの考えは変わらない、彼はいつもの軽い調子で的確な意見を返す。

 

『ぼくはそう思わないヨ? 確かにヒトリずつだと彼女を倒すのは難しいかもネ。だケド考えを改めてみたマエ! ぼくたちの目的はあくまで「金剛(エリ)の復活」であって、無理に倒すこともないのサ! これからの行動をデータ収集の一点に絞っても十分目標達成は可能だヨ、それが分からない君ではないと思ったんだケド?』

『しかし…っ!』

『それに忘れているかもだケド、彼女たちは人智を遥かに超えた能力や実力を持っているンダ、敵も味方も予測不可能な実力シャである以上人間の「当り前」で勘定するべきではないと考えるけどネェ? だから一斉に飛び掛かって手を抜いた攻撃を蓄積させるより、相手に息も吐かせず各々の全力を叩き込んだ方が、相手の本気を見られる可能性も上がって結果的にデータ収集の時間も大幅に短縮されるはずだヨ。

 そうだネェこの場合は戦術的に言うと「波状攻撃」と形容しようじゃないカ! カイニ艦やそれに準ずる艦による「単艦波状攻撃」こそこの場を切り抜ける最大の効率ではないかと思うヨヴェイビー!』

『ちょ、ちょっと待って! それって…天龍たちの安全は考慮しているの? ヒトリずつ仲間のサポート無しに戦えだなんて、そんなのまるで「特攻して死んでくれ」って言ってるように聞こえるんだけど! 私たちの目的は「誰も死なせない、沈ませない」ことじゃないの? そんなの意味ないよっ!!』

 

 マユミちゃんの言葉は──甘い言葉にも聞こえるが──この場で言えば僕らの目的やマサムネさんの考えの問題点を的確に捉えているものだった。しかしマサムネさんも譲らない。

 

『おっと確かにそうだったネ? しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないカイ? 理論的に考えてみようじゃないカ! 極々短時間とはいえ深海金剛の戦闘を観察し、それを踏まえた結果が「ほぼ無傷で収穫も無し」なら、どうすればそれを改善出来るのか? そう来ると仲間を守るために残した()()()()()()()()()()。そう考えないカナ、出来なければデータ収集なんてほぼ不可能! そうは思わないカイ?』

『っ、それは…っ!』

『とはいえ君の言うとおりだヨヴェイビー! 誰も傷つかないならそれに越したことはないサ、でもネ…これ以上やれば彼らだけじゃない、世界そのものがどうなるのか分からない。向こうも多少の理性があるとはいえ戦闘で見せる「狂気」は本物だと思うヨ、なら…それだけはどうしても防がないといけないのではないカナ? 最終目標である「金剛(エリ)の復活」を果たすには…どうしても「犠牲」は必要、ではないカナ?』

『マサムネやめろっ! …お前の言うとおりなのは分かっている、だが…それを諦められないから我々は抗っているのだろう!!』

『じゃあ聞くケドユリウス…この状況を君がどうにか解決してくれるのカイ? ならぼくから言うことは無いのだけどネェ?』

『…っ!』

 

 ユリウスさんたちはマサムネさんの弁論を論破することは叶わず、そのまま黙り込んでしまった。

 マサムネさんの言うことは確かに血の通っていない言葉だ、だからこそそれは目標達成のためならどんな手段も厭わない彼だからこそ言えることだった。理に適っていることは分かるとはいえ、それは簡単には受け入れないことだけど…っ。

 どうする…マサムネさんの言うことも解るけど、それは例えると「底の視えない谷間に繋げたロープ一本の上から”綱渡り”する」ような無謀なことだった、今の艦娘たちなら深海金剛にもヒトリずつでも少しの間なら保たせられるかもしれない。しかし確実に…その先には「轟沈(し)」という残酷な運命が待っているだろう、そんなことを…僕の口から言えるのか? 彼女たちに対して、僕はそこまで非情になれるだろうか? ダレも沈ませずに全員で生き残ると誓っておきながら…僕は…っ。

 

 …いや、違うな。もう()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今の状況を作り出した張本人…僕が言えることは何も無いんだ。考えてみれば分かり切ったことだった、僕が…ちゃんとした見方、客観的思考が出来ていれば、こんなことにはならなかったのかもしれない。

 自分が行かなければ…などと意固地になり、深海金剛の実力が未知数だというのに「僕の艦娘たちなら大丈夫だろう」…などと、根拠の無い誇大した自信のせいで皆を振り回してしまった。こんなの…()()()()()()()()()。僕は…特異点の異能が消失したことを理解していながら、無力な自分をまたしても見ない振りをしていたようだ。

 今からこの場を離れようとしても、既に深海金剛に目を付けられている以上下手に動くことも出来ない、完全に──見誤った、一手を。少なくとも僕がこの場に居なければ…彼女たちが手を抜くことも無かったかもしれないのに…っ!

 

 僕はそうやってまた後悔を連ねる──そしてその思考の裏にチラチラと「黒い炎の人影」が見える。僕の心に刻まれた「悪性」がまるで囁いているようだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。不安が渦を巻いて黒い炎を焚き付けて行く、やっぱり僕には──何も出来ない…何者になることも出来ないのか…っ!!

 

 

 

 ──絶対に、ハッピーエンドにしようね?

 

 

 

 諦観と思考の波に呑まれる中、僕はかつての光凛の言葉と彼女との情景を思い返していた。

 

「…っ! 光凛──」

 

 彼女と描いた夢、理想…それとは程遠い現状、果て無き道。しかし──光明は確かに在った、それを理解した時僕の頭の中では、今までの旅の経験が怒涛のように押し寄せては脳裏を過ぎった。

 

 

 天龍は相棒の喪失から立ち直った──

 

 望月は幽閉された姉妹のため奮闘している──

 

 綾波は自らの罪を見つめ直し、浄化した──

 

 野分は醜い自身を受け入れ──

 

 翔鶴は複雑な人間関係を洗い流した──

 

 

 思えばどれも簡単に立ち上がることが容易ではない出来事ばかりだ、それでも確りと海面に浮き上がることが出来たのは、彼女たちが自身の負の側面、それに連なる過去を認めて「乗り越えた」からに他ならない。

 

 

 ──なら、僕にも…それが出来るとしたら?

 

 

「──……………ふぅっ」

 

 ──旅の果ての仲間たちの結論、成長。それが出揃った瞬間肩の力が抜けた。

 

 この際だからハッキリ言ってしまうと…僕が誇大妄想の無力な屑野郎、なのはもう理解しきったことだ。今更それを変えようたって何処かで綻びが出るのは仕方のないことなんだ、無理に変えるのなら僕自身を()()()()()より他ない。しかしそれをしたところで現状は何の意味も無い。

 どんなに議論を重ねようと、誰も犠牲にしないと足掻こうとも…決してこの状況を変えられる妙案が思い浮かぶ訳ではない。寧ろクソみたいな言い訳しか頭に浮かばない、しょうがない仕方ないという保身しか思い浮かばないっ、何も変えられない自分に絶望的な状況、今僕が考えたことが「変えようのない現実」なら…この聳え立つ壁を登り切るには、今まで艦娘たちがやって来たこと──自分の過ちを受け入れ、()()()()()()()()()()()()…っ!!

 もう全部守るとか全員生きて帰るなんて甘ったれたこと言っていられない、そんなことしてたら()()()()()()()()。この気持ちに変わりはないけど、このまま行けばどうしても身を削ることになってしまう。ならば()()()()()()()()()()()()()()()()。あの深海金剛を倒す唯一の手段がエリならば…彼女の復活を願いながら死の境界線をなぞるように進むしか、もう手立てはない。それが今出来る最大限の行動(ていこう)だ…っ!

 馬鹿だよね? 結局何も変わらない、寧ろ悪化している、酷い開き直りだ。でも…死力を尽くさなくちゃこの「運命」に勝てないなら、自分にやれることは周りに頼ることになっても動き続けることだけだ。失態が僕らの前を阻むのなら()()()()()()()()()走ってやる、それで何も変わらなくても本望だ、それでも変わり続けようとすることが一番大事なんだ!

 諦めない、失敗しても何度だって立ち上がる。そうやって人はいつだって未来(さき)の自分を信じて行動して来たはずだ! それが今の…僕の信じる艦娘たちの姿なら、僕は──例え自分が信じられなくとも──彼女たちを信じよう、例え彼女たちに「一緒に沈んでくれ」と残酷な言葉を投げることになろうとも…僕の中に本当に彼女たちを信じられる「愛」があるのなら!!

 それでも彼女たちだけに頼るわけにはいかない、団結してこの窮地を()()()()()()()()。僕はそう結論付けると辺りを見回す。…良し、翔鶴と深海金剛は空中から微動だにしていない、ああは言ったけど深海金剛は翔鶴改二甲の防御をどう崩すか攻めあぐねているんだ。なら…体勢を立て直すことも含めて、僕は頭の中で理論立てた暴論(けっか)を映写型通信機から皆に伝えてみる。大言壮語に言いはしたけど僕だけで考えを纏めるわけにはいかないからね、果たして彼女たちは受け入れてくれるか…?

 

「…皆、これから僕が言うことは可笑しな発言かもしれない。それでもよければ…僕の言うとおりに従ってくれる? もう言いたいことも分かりきっていると思うから、反論が有ればいつでも受け付けるよ」

 

 少し自信なさげに言うと、隣の望月は「今更何言ってんだい」と小言を言いながら苦笑いしてくれる、他の皆も特に異論は無いようだ。

 そうか…有り難いことだね? 皆には感謝しかないし、こんな…守ることもままならない僕について来てくれるのは、本当に申し訳ないと思う。──でも、だからこそ…っ!

 

「皆…やってみよう、この戦いをヒトリずつ戦って乗り切ってみよう」

『タクト…良いんだな?』

「うん、天龍。君たちのことを信じていると言っておきながら、僕が足手まといになって君たちの信頼を踏みにじってしまった。その埋め合わせじゃないけど…ヒトリ戦っている間皆で様子を見て、限界が来たと感じたら戦う当人は直ぐに戦線を離脱、外野はその手助けをしてほしい。僕もその間の隙を何とか作ってみせるよ、見得もあるかもだけどこうなってしまった責任も取りたいと思ってね?」

『…司令官にだけ重荷は背負わせません、もう二度と…大切なモノを我が力量不足で喪いたくありませんので』

「ありがとう綾波。それと…本当にごめん、この作戦は失敗するかもしれない。もしかすると誰か犠牲になるかもしれない、全滅も有り得る、無責任なのは重々承知している」

『コマンダンらしくありません、貴方は堂々と我々を導いて下さればそれで宜しいと存じます』

「野分…分かった。君たちに大きな負担が出て来るだろう、それこそイノチを懸ける場面もある、けど僕は…ここで足を止めて守りを固めすぎてやられるぐらいなら、前に進むべきだと思う! 最後まで諦めず抗うべきだと思う! もし君たちに何かあったその時は…()()()()()()()()! 絶対に君たちを…無闇に傷つけさせたりはしない!!」

『…分かったわタクト、貴方の好きにしなさい。もちろん私たちもそうさせてもらうけど、ね?』

「ヒッ! そういうこった。今は大船たぁいかないが…泥船で良けりゃあ乗っていきな、ここまで来りゃあ「一蓮托生」ってね!」

 

「翔鶴、望月…っ。ありがとう…皆…っ!」

 

 僕が艦隊の総意に感極まりながら謝意を込めて発すると、目前で──突然の出来事が起こった。

 それは僕たちの周り──半径100Mぐらいの広範囲に「光の壁」が徐々に形作られていく光景…こんなことが出来るのは一人しか居ない。

 

『合意が出たみたいだネヴェイビー! 念のため今君たちの周りに「空間遮断壁」を設置させてもらったヨ、周りへの影響は最小限に抑えてくれるはずだから、これで思う存分に戦いたマエ!』

「すみません、ありがとうございますマサムネさん。貴方のアイデアを拝借させて頂きます!」

『イイヨ! ぼくもこんなことしか思い浮かばないのは申し訳ないけど、君たちの目的が達成されることを願っているヨヴェイビー!』

『はぁ…致し方ないか、そういうことならタクト君たちにだけ負荷を掛ける訳にはいかん。やるぞマサムネ! お前の技術力をこの「手術」成功のため全力で発揮しろ!!』

『もちろんサヴェイビー! 君こそしっかりとサポートを頼んだヨユリウス!』

『たくっ、こんな時まで減らず口を…よし! やってやる!』

 

 通信機からユリウスさんとマサムネさんの小言のキャッチボールが聞こえて来る、二人も本気になってくれたみたいだ…だったらこっちも、覚悟を決めてやることやらないとね。

 

『ホホゥ! ソウ来マシタカ。此方トシテモトコトン戦イタイト思ッテイマシタ、シカシ勘違イハ"なんせんす"デェス! 被害ヲ最小限ニ抑エヨウトモ…勝機ヲ見出サナイ限リ無駄ナ時間トナリマァス! 果タシテ貴方タチニコノ場ヲ凌グコトガ出来ルノカ…──』

 

 深海金剛が長々と御高説を唱えている、相手も乗り気になってくれたようだ──ならもう躊躇うことはないよね…!

 

「──そうだな、全くそのとおりだ。だからこそ俺たちは"死にモノ狂い"でやってやる」

 

『…ッ!?』

 

 深海金剛の背後に音も無く現れた影は、鞘に納めた得物を片手に取ると腰を捻りながら抜き斬った。光速となった斬撃は太刀筋が見えず、しかして数秒後の「空間の亀裂」が斬撃が在ったことを如実に表していた。

 空間に伸びる一筋の空気の刃、それは確りと深海金剛の喉元を捉えて「切断」していた。しかし──深海金剛の首元を守るように生え揃う「鉱石」が胴と首が離れるのを防ぎ、固定された傷口は見るみる内に塞がっていく。深海棲艦の超回復だ、やっぱり楽にはいかないよね?

 瞬斬撃を仕掛けた「天龍」は鼻を鳴らしながら距離を取りつつ海面へ足を着けた、深海金剛も獲物を認識して同じように海面へ降下して、足を着けつつ天龍と睨み合いを繰り広げた。

 

「今だ皆! 翔鶴の後ろへ集まって! 警戒しながら深海金剛の周囲を回るんだっ!!」

 

 僕が通信機から艦隊に呼びかけると、バラバラな位置と距離に居た艦娘たちが翔鶴後方へ集まっていく。全員の確認を済ませると深海金剛から十分な距離を確保しつつ、翔鶴の動きに合わせて各々の位置を保ったまま移動していく。

 

「天龍たちの影が豆粒のように小さく見える、よし…この距離なら周りへの影響も少ないだろう」

 

 僕は誰に言うでもなくそう呟く、そうは言うが足を止めてはいけないよね。万一深海金剛がこっちに攻めて来て敵の攻撃が翔鶴の防御をすり抜けても、動き回って目標が定まらないから回避しやすくなるはずだから。この戦いなら用心を何十に重ねてもそれに越したことはない。

 自身の周囲をぐるりと回り始めた僕らを一瞥しながら、深海金剛は天龍に向き直る。

 

『フゥン。サテ…コレデ舞台ガ整ッタワケデスカ、ダッタラ貴女ガタノ全力トヤラヲ早ク見セテ貰イタイノデェスガ?』

「焦るな。俺も自分の全力を測りかねている、この「高速化」の限界がどこまで在るか、どう貴様にぶつけるか今考えているところだ」

『ハッハァ! ソンナモノハ戦ッテイレバ自ズト解リマァス! 慎重ハ時ニ及ビ腰トナリマスヨ? 臆セズ掛カッテ来ナサァイッ!!』

「──成程、了解した。では…遠慮なく!」

 

 海の真ん中で対峙し互いに言葉をぶつける、天龍と深海金剛。深海金剛の挑発に乗る形で天龍は鞘に納刀された得物の柄を握る、そして──言葉どおりの「瞬速」で再び敵の懐に入る。いよいよ…決死の覚悟のデータ収集が本格的に始まった…っ!

 

「──ふっ!」

 

 天龍の至近距離からの居合い斬り、相変わらずの見えない太刀筋は空気の擦れる音と同時に空間に現れて、深海金剛の身体を一太刀で斬り裂こうとしている。しかし矢張り深海金剛、彼女は身体が二分割されたと認識した瞬間、身体の輪郭が揺らいで宙に消える。また蜃気楼の身代わりだ。

 

「二度は喰らわん!」

 

 天龍はもう一振りの刀──彼女の背丈ほどの大刀──を握り腰から引き抜くと、腰を捻って回転をつけながら素早く柄を持つ手を変えて一撃必殺の斬撃が繰り出しやすいようにする。そして深海金剛の背後からの不意打ちを大刀で受け止める。深海金剛もそれを予期してか腕には硬い結晶が生えていた。

 

「おおおおおぉっ!!」

 

 ならばと天龍は空いた片手にもう一つの刀を取ると、大刀と共に荒々しい双剣の舞を躍った。斬撃の大攻勢に加え搦め手の「瞬間移動」からの目紛るしい位置替え、前後左右縦横無尽に噛み砕こうとする「龍の牙」は、宛ら流星のような軌跡を描いているもののその太刀筋は目視では到底追い切れない。

 しかし──音速を優に越えた天の太刀を、鬼神は完璧に捉えてその拳で防いでいた。もう驚くこともないけど…やっぱり悔しい、あれが天龍の「本気」だと言わずとも判る程なのに…それを苦しい顔一つせず往なしてしまうなんて…っ!

 

「天龍うううぅっ!!」

「っ! …っぐ、うお”お”お”おおおおお!!」

 

 僕は無心に彼女の名を叫んだ、天龍はそれに応えるように吼えると斬撃の速度を更に上げていく。軌跡は荒巻く風となり後方の僕らに吹き付ける、暴風が僕らの視界を遮る…一体天龍はどうなってしまっているんだ!?

 

「──っ!?」

 

 僕が戦いの行方を案じていると、不意に風が止んだ。するとそこに立っていたのは──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──その頃、サイハテ海域境界付近。

 

 選ばれし艦娘たちは、拓人たちが全滅した時のためにサイハテ海域入り口にて待機していた。

 

「…長門」

「む、何だ時雨?」

 

 時雨は徐に長門の近くに行くと、手の平を下にして上下に動かす。耳を貸してくれという意図を見た長門は言うとおりにする。

 …時雨が長門に何事かを耳打ちしているようだ、長門はそれを聞き終えると一つ頷いて得心した様子だった。

 

「…矢張り、そうだったか。ならば是非も無いが…私に出来るかは保証しかねるぞ」

「ううん、この中だと君が適任だと思う。彼女の「迷い」を…晴らしてあげてほしい」

「そうか。…加賀、一つ確認したいことがあるのだが」

 

 長門は次に加賀に対して呼び掛ける、尋ねられた加賀は言葉こそ返さないが長門の方を見て話しを促していた。

 

「君は昔から金剛と衝突することが多かったな、だがそれが否定から来る悪感情でなく愛嬌によるものだとは、私だけでなくこの場の皆も理解していることだろう」

「…何が言いたいの?」

 

 長門の結論の出ない問いに、加賀は訝しみながら…というより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味で平坦な音程で短く言葉を返す。それを受けて長門は…自身の推察を含めた疑問を詰める。

 

「君は行かなくて良いのか? かつての戦友が堕ちた姿を見たくないというならもう何も言えんが、あの金剛に平然と意見していた君が、彼女が間違いを犯す前に止めに行かないことにどうも違和感があってな?」

「おっ、長門遂に言ったな! 実はアタシも何か違うなぁ~って思っててさぁ」

 

 長門の指摘に加古も同意を示す、それに倣って長良も時雨も無言で頷いて肯定する。

 

「…いつも言っているでしょう、我々艦娘は「兵器」です。シゲオ総帥がここで待てと言われたら次の命令があるまで待機するのが常でしょう?」

 

 加賀の──あくまで艦娘としては──常識的な答えだが、長門はそれに対し肯定しつつ「一部を」否定した。

 

「確かに艦娘の任務は上官の命令あってこそだ、だが…君はそれを「聞き過ぎている」と思ってな」

「どういう意味です? 長門…もう少し具体的に仰って下さいますか? 貴女は昔から言葉が足りないのではないですか?」

「そうか? では単刀直入に…タクト君たちに海魔大戦の真相を語ったあの時、君は金剛のことで涙を流していたな。あれは…感情表現に乏しい君からして()()()()()()()()()()()事柄なのだろう。それに気づいていないかもしれないが金剛のことでそこまでの強い感情を見せたのは、我々の中で君だけだった。そんな君が…必要ないからと、命令されたからとこの場に居残っている理由が聞きたいのだが?」

「っ! …それは」

「なあ加賀よぉ、今金剛んとこ行ってやんねぇでどうするんだ? 確かにこの戦いはタクトたちがやるべきことだとは思うが、金剛と一番仲が良かったアンタはその場に居てもバチ当たらねぇと思うぜ。それに…直感なんだがアタシゃアンタが無理してる気がしてな、別にシゲオに何言われても良いんだよ、アタシらも後で一緒に怒られてやるからさ…な?」

 

 長門の的確な物申しに加古も続いて自分のキモチに正直になった方が良いと諭した、だが…加賀はそれを行う「正当性」を問い返した。

 

「言いたいことは理解できます、ですが…我々がここに居るのはタクト君たちが彼女に敗北した場合の「最終手段」では無いのですか? 特殊封印術式を行えるのは…我々しか居ないのですから、私が欠けたら封印も出来なくなります、それでも…」

「じゃあこうしようよ。僕らは戦いの激しさを遠目から感じ取り先行してタクトたちの下へ急いでいることにして、加賀は一足先に様子を見に行ったことにする…というのはどうかな?」

「ああ良いじゃない時雨! 私もそんな感じで良いと思います!!」

「あはは。ありがとう長良、でも自分で言っておいてなんだけど…少し強引かな、これは?」

 

 加賀の正論に対し時雨が提案したことは若干力業であるものの、そこまで怪しまれるものでもないだろう。とはいえ一応軍属の彼女たちが率先して「規律違反」スレスレの行動を起こすのもどうかとは思うが? それでも悔いの残らない選択をした方が良いと言うことは、加賀以外の選ばれし艦娘たちの総意だった。

 

「時雨、長良まで…私はタクト君たちが金剛を何とかしてくれると信じることにしています、ここで動けば彼らの信用を裏切ることになるでしょう、ですからどう言われようとも」

「ならば猶更だ、加賀…君はこの場に居るダレよりも金剛を救いたいと願っている、彼女が間違いを犯そうとしているならそれを正そうとも考えているだろう。タクト君たちにその責を譲ることも無いのではないかな」

「…っ、何故ですか長門…貴方も我々が兵器であるという考えも、任務に忠実であるべきことも理解しているはず。先ほども彼らを信じるしかないと言ったばかりでしょう?」

 

 ヒートアップする意見に対する加賀の反論、意固地と見られても可笑しくないが加賀は私情よりも任務が重要で、それを破棄することは艦娘の存在意義の否定にも繋がるという思想が根底に在るからそう見えているだけの話。それは長門も理解があると踏んでいたが、急にらしくないことを言い出すとは何事であろうか? 加賀はそんな疑問を含んだ文言を投げかけると、長門は表情に陰りを見せるとその言葉の真意を聞かせる。

 

「クロギリの一件でな、艦娘としての矜持が自らや周りを縛ることに成り得ることを思い知らされたのだ。私は…あの海域で数年もの間戦いに明け暮れ、後悔を重ね…そうなってしまったのは何故かと考えると、あの時の私が、総帥の勅命であるとはいえ周りの意見に耳を貸さず自身の独断専行で作戦を遂行しようとしたからだと、ふと気づいたのだ」

「鎮守府崩壊事件…ですか。あれはあの男の策に嵌っただけで、その予兆は誰にも察知出来るものではないでしょう、貴女だけの責任では…」

「いいや。その「予兆」を完全ではないにしろ感じ取っていた者が私の近くに居た、彼はそれを危惧して再三注意深くなるよう呼びかけたが…私は、それをせずに戦況を見誤った。あの時…艦娘であるからだの言い訳をせず、もっと周囲の意見を聞けていたらと…深い悔いが残っているんだ。だから君にも、同じ過ちをしてほしくないと思っていてな」

「っ! 長門…貴女がそこまでクロギリの出来事に苛まれているなんて、私は気づきませんでした。ごめんなさい…それを経験したからこその助言でしたか」

 

 長門の語る言葉にココロの奥に出来た深い傷跡(トラウマ)を垣間見て、加賀は素直に謝罪した。長門は「気にするな」と受け入れて続ける。

 

「クロギリでの過去はもう変えられないものだと私も思っていた、だが…それをものの見事に変えて見せたモノたちが、私の前に現れたんだよ。彼らが教えてくれた…自らを省みてそれを正そうと努めれば、どんなに理不尽に踏み躙られた過去も「変えられる」と。完全に無くなる訳ではないが…より良い未来に進むために、過去の払拭は必要なことなのだと、その時痛感した」

「…私にも、それが必要だと?」

「それを決めるのは我々ではないが…もし、君にもあの「海魔大戦」の過去が根深く残っているのなら、未来に進むためにはそうした方が良いと考え至った。それにな…この戦いの結果がどうあれ我々も何れこの世界から離れる時が来るだろう。

 君も感じているだろう…時代の流れという感覚を。タクト君たちの率いる艦娘たちこそが次代を担う存在、であれば抑止力というのは幾つもあってはままならないだろうからな。それが来るのは今この時かもしれないし、もう何年先の話かもしれん。我々にその「覚悟」が無いという話ではない…君自身のココロ残りを取り除きたいのであれば、それは「今しかない」という話だ」

「………」

 

 長門の思慮深く落ち着いた静かな声色に、加賀の感情は揺さぶられ、そのふり幅は次第に大きくなっていた。限界まで揺れ動いたそれは彼女の頭の中で在りし日の「彼女」とのやり取りを反芻していた。

 

 

『──もしワタシが下手な道に逸れてしまったら、加賀に引っ張って連れ戻してもらいマァス! あっはは!』

 

 

『全く…言われなくても──』

 

 

「──…そのつもり、ですか」

 

 仲間たちの背中を押す温もり、そしてこの流れを作ったであろう次代を作ろうと今正に奮闘する英雄たちに、加賀は密かに感謝を表す。

 目を閉じ、静黙しつつ頭を整理し、そこから要点だけを取り出していく…自らが抱く「感情」の行方を。そうして数分…波の揺らめく音を聞きながら──遂に加賀は自身の歩む道を「決断」した。

 

 

「私は…──」

 

 



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龍の牙折れ──

 丸々一か月遅れて申し訳ありません、そして明けましておめでとうございます、作者です。
 遅れた理由として深海金剛との戦いをどう描いたものかと悩みながら様々な資料を観ながら見聞を広めてました、具体的には動画視聴です。あとリアルな事情も重なった結果でしょうか? パソコンを買い替えてました、ノーパソから安いデスクパスコン(それでも15万ぐらいした・・・)ですが今ウッキウキです、やっほうぃ!
 新年の挨拶はイベント来たら宿毛泊地冒頭でするだろうから、ここでは短い挨拶に留めます、今年もよろしくお願いします。
 ともあれ深海金剛戦以降は描くのが遅れてしまうかもしれません。すみませんがご了承お願いします、下手に急いで書いてたら見るに堪えないものを出しかねませんので…;

 P.S. 艦これアニメは一話以降を視聴してません。全部出揃ったら見ます。クールを跨いで大変と思いますがアニメ制作陣方に無理をしない程度のエールを送らせて頂きます、がんばれ~!


 ──天龍が猛攻撃に出た場面。

 

 片手に大刀を、もう片方に居合刀を持って双剣とし、天龍は正に「目にも止まらぬ速さ」で深海金剛に死を与えようと無数の斬撃を繰り出し続ける。

 だが相手はかつての大英雄、隙も何もありはせずどんなに狙い澄ました斬撃も「結晶を纏った拳」で全て遮られた。

 上から頭を斬り割ろうとしても、下から斬り上げようとしても、右から斬ると見せかけて一瞬で左に回って斬り掛かっても、背後から首を狙い斬ろうとしても阻止される、正面など以ての外で不用意に前から斬ろうものなら「カウンターナックル」が飛んで来る。外からは視えないだろうが()()()()()()()()()()()()

 

「(まさかこれ程とは…侮っていた訳ではないが矢張り「桁違い」の強さだな…っ!)」

 

 敵の拳の反撃を何とか凌ぎながら、天龍は深海金剛の「無尽蔵の強さ」に辟易していた。とはいえこうなることは考えなくとも判ることでもあった、言ってしまえば自分は拓人艦隊の中では「最弱」だという自負があるのだから。

 綾波の重力操作、翔鶴のエネルギー生成、野分の深海化による怪力と異常回復力、望月は単純な強さとは別ベクトルの「頭の回転の速さ」が有る。対して自分には常人の限界を超えた「速度」が出せる、それだけだった。語弊のないよう付け加えると瞬速も十分人外の異能である、が前者の能力たちに比べるとどうしても見劣りしていた。

 そうは言ったが天龍もそこまで悲観的に視ているわけでもなく、修練を積んで会得した「次元斬り」や「残像」の技のように、工夫すればまた違う能力として再利用可能な応用の効く個性だと感じている。がそれでもそれは自分自身の「戦闘経験」があればこその「荒技」で、こうも自力の差が明白な相手にそんな小手先は通じないと理解していたし、実際戦って痛感もしていた。

 

「(このまま攻防を続けても埒が明かない、悪戯に体力を消耗するだけだ。幾ら艦娘だろうと全力の勝負を長時間など出来はしないが、相手にその法則が通用しないことを鑑みるに、戦いが長引けば俺は何処かで隙を見せることになる…短期での決着がこの戦いの「最善策」か…っ!)」

 

 天龍はそう思い直すと双剣の柄を持つ両手に力を込め握り直すと、限界まで速度を上げる。極まった能力をぶつけて突破口を捻じ開ける算段だがそれでどう転ぶのかは「博打」もいいところだった、だがやらねばこちらのイノチが潰える、ここで己の全てを出し切らなければならない。その先に待っている結末が「轟沈()」であろうとも…っ!

 

「はああああぁっ!!」

『手数ガ増エタトコロデッ!!』

 

 天龍の姿が見えなくなる、正確には速すぎて肉眼では捉えられないのだが、極限の速度から繰り出される正に四方八方からの瞬速斬連撃を、深海金剛は難なく拳で捌いて見せる。矢張りこの程度では実力差は埋まらない、それでもこの戦いに仲間の命運を灯す道があるのなら何があろうとも斬り拓いて見せる、何より──

 

「天龍うううぅっ!!」

 

 遠くから愛を叫ぶような張り上げた声が聞こえる、無心になろうとする天龍のココロはこの「声」に応えなければならないと悟る、己がどうなろうとも彼に何かを残せるのならばと心底からの「想い」を込め、自らもまた吼えた。

 

「──うお”お”お”おおおおお!!」

 

 早く、速く、瞬(はや)く、もっと、もっと…まだ足りない。

 天突く龍は壁を突き破らんと獣のように顔を歪ませ、吼え猛りながら牙を研ぎ澄ませた、しかし鬼神を捉えることが未だ叶わない。

 何も出来ずに終わるのだけは嫌だ、必ず一矢報いてみせる。越えられない「壁」を知覚しようと諦めることはしない、それは彼の送る愛情への裏切りに繋がるのだから。それはシより恐ろしいことだから、絶対に背を向けたりはしない…っ。

 天龍は必死の決意で目にも止まらぬ斬撃の数々を振り続ける、気づけば耳に風の巻く音が聞こえる、あまりの速さに気流が荒れているのだ、だが足りない…もっと…もっと疾く…っ!

 

 ──その時、天龍はとある「違和感」に勘づいた。

 

「(っ! 何だ…相手の動きが…鈍くなり始めているのか?)」

 

 それは天龍が深海金剛の前へ出で得物を構えた矢先だった、反撃を繰り出す深海金剛の振るう拳、その速度が若干遅くなっている感覚…否、事象だった。変わらず攻防を続ける両シャだが深海金剛から突き出された拳が目で追えるほどのスピードとなる、天龍は深海金剛のパンチをひらりと躱わすと相手の懐に入り、そのまま胴を斬り抜く。

 

 ──スパッ。

 

『…ッ!?』

「(入った! だが…浅いっ)」

 

 またしても避けられると誰もが思う場面で、何と天龍の斬撃が深海金剛の腹部を斬り裂いてみせた。しかし流石深海金剛、傷が浅いのもあるので瞬く間に斬り口が塞がり、再び高速の攻防が何事も無かったように始まる。

 天龍は攻防を続けながら先ほどの違和感について考える、人は戦場や生死を賭けた場面で感覚が極点に至ると()()()()()()()()()()()()、一秒を長く感じると聞くがおそらくその類ではない。()()()()()()()()()

 傭兵として、戦地に身を置くモノとして「シ」を身近に感じたことは何回もあるし、そういった現象も何度も肌で体感した、だからこそ一瞬をあれだけ長く感じたことは無いと言い切れる。とはいえ先ほどの感覚以外に自身の身体に現状異常は見られない。一体どういうことか? 自分の感覚異変でなければ必然的に敵に理由を見出そうとするが、幾ら実力差があるとはいえまるで攻撃してくれと言わんばかりの大きな隙を敵がこの状況下で見せるだろうか? それは天龍にとって大きな疑問と化し自身の内側に残り続ける。

 

『(アレハ…イエ、ソンナマサカ。ダトシテモ…)』

 

 深海金剛側も先ほどの斬撃に不可解な点が見えていた。

 こんなに長く闘い合ったのは久しくないので、終わらせたくないと力をセーブしているのは事実だが、それでも「手元が狂った」にしてはどうも合点のいかない部分がある。深海金剛視点からして今しがたの天龍の斬撃がいつの間にか腹部を引き裂いているように見えたのだ。自分は天龍の目に見えぬ速さの斬撃を完全に目視していたにも関わらず、あの一撃だけ…()()()()()()()()

 何も分からない訳ではない、心当たりはある。そうだとすれば彼女の戦場における成長の速さは深海金剛をして目を瞠るものがあった、正直程度が知れていると侮っていたかもしれないが、まさか怒涛の猛追が優勢を覆すとでも言うのか?

 

『(──ダトシテモ、良イデスネェ! ソウ来ナクテハナリマセーン、蛇ニ噛マレタ次ハ鬼ガ出マスカ、ソレトモ「荒々シイ龍」カ! 楽シマセテモライマァス!)』

 

 それでも自身の絶対の勝利を信じて疑わない鬼神は、意図しない相手の底力を受けて見せると嗤いながら享楽を貪ろうとする。それが己のイノチ綱を切る愚行と知りながら。

 

「(何にしてもあの金剛に一撃を入れたんだ、それを利用しない手はない。今の感覚を思い出せ…今の俺ならば可能な筈だ、出来なければ…沈むぞ)」

 

 天龍は自身に脅しを入れるように己を静かに鼓舞し、先ほどの感覚をもう一度引き出そうと必死に意識へ潜って行く。

 成功すれば生還、出来なければ「死」。幾度となく渡り歩いた戦場の感覚…一瞬の判断に全てを委ねる、余計な思考を排した冷徹な心を思い出す。

 

「(今の感覚は…こうかっ!?)」

 

 天龍は限界まで上げたスピードを更に上げて空気の壁を突き破ろうとするような感覚、それを引き出すことに成功する。すると──

 

 ──ブゥ……ン

 

 何が起こったのか、あれだけ逆巻いていた空気の擦れる音が…消えた。

 

 それだけではない、天龍が視認する周りの景色がセピア色に褪せ、あらゆる人物、行動、現象の動きが「止まって見える」のだ。…いや、正確には動いているが微動するだけで動いていないも同然だった。あれだけ苛烈だった深海金剛の攻撃も、拳が前に突き出されて止まっているようだ。どうぞ攻撃して下さいと言っているような有り得ない状況が天龍の目の前で起こっていた。

 

「これはまさか…「時の流れが遅くなったのか」!? それとも速さが限界を超えたことで俺の感覚が別の次元を映しているというのか? いや…考えている暇はない! ここだ、ここで何も出来なければ…コイツには一生掛かっても傷一つ付けられん!」

 

 不可解な事象だが、要するに天龍は加速の限界点を越えた「先」を捉え、敵が否が応でも隙を見せる切っ掛けを故意に作ることが可能になったのだ。これで幾らでも攻撃を叩き込むことが出来る──

 

 その上で天龍が最初に取った行動は…相手へ容赦の無い斬撃を繰り出すことだった。出鱈目な軌道で我武者羅に、兎に角多く傷が残るように。

 

「うああああああああっ!!」

 

 十二分に斬り刻んだ後、徐に懐から「小瓶」を取り出して見せる。それは鉄を纏ったなんとも物々しい異様な瓶だった、その瓶の蓋を開けて中身を…深海金剛に向かって投げつける。小瓶から零れた液体は鬼神の顔の前で瓶ごと空中で制止する、どうやら天龍の手から離れると手持ちの物も例外なく通常の時間の流れに戻るようだ。

 

「後は…っ」

 

 仕上げに双剣をバツの字に構えながら、深海金剛の周りを空中で加速移動し続け、そのまま感覚が元に戻るのを待つ。天龍の勘が()()()()()()()()()()()()ことを悟ったうえでの行動、感覚が元の時間の流れを刻み始めた瞬間力を溜めた一撃を鬼神の肉体に叩き込む、これだけ攻撃を加えても致命傷にはならないことは分かりきっている。念には念を入れても卑怯も天罰もないだろう。

 

 ──そして、空間のセピア色が元の色に戻り出した時、天龍の脚が鬼神に向かい空を蹴った。

 

『──ナッ、グガア”ァッ!?』

 

 深海金剛は何をされたかも理解出来ないまま、体中に無数の斬り傷を付けられ顔から全身に透明の液体を掛けられ「皮膚が爛れる痛み」を受け、終いには頭上斜めから強襲する、天龍の双剣の斬撃を避けられず斬り捨てられた。

 天龍はそのまま海面へ着水して敵の様子を窺う。矢張り致命傷ではないが体力を多少削ることには成功したようだ。望月から事前に受け取っていた「薬品」が役立ったようで人知れず胸を撫で下ろしていた。

 深海金剛も堪らず海面へ降りては自分の身に起きた異変を確認する、膝こそ着かないものの、()()()()で全身に夥しい傷を負うとはと面食らう、それだけなら深海棲艦であるため「異常回復力」によって数分もあれば完治出来る…その筈だったが、身体を蝕む痛みがそれを阻んでいた。

 

『(ソウデスカ、矢張リソウイウコトデシタカ。予想通リトハイエ──一ツノ隙デココマデトハ、マルデ「嵐ヤ竜巻」ノヨウナ猛攻…見事デス。コレハ…モウ余裕ハ見セラレマセンネェ?)』

 

 深海金剛は予想が確信に変わるのを感じながら、ここまでの傷をつけた天龍、そして拓人艦隊の実力を目の当たりにし眉を引き締めた。

 

 その様子は遠目から見守る拓人たちにも見えていたが、彼らからしてみれば荒巻く気流で視界が見えず仕舞いで、気が付いたら深海金剛が傷だらけで居る──今までの絶望的な状況からすれば──異様な光景が広がっていた。

 

「深海金剛に…ダメージが入っている!? 天龍がやったの?!」

「ぁあそうだろうぜ? それに…斬り傷がそのまま残っていやがる、天龍のヤロー事前に持たせた「アレ」を使ったみてぇだな? にしてもよくそれを使う隙を作ったモンだぜ」

 

 望月が拓人の横で訳知り顔で含みのある言葉を口にする、拓人はどういう意味かと望月に問うた。すると…彼女は矢張り単純なことだと嗤いながら答えを返す。

 

「天龍は敵を斬り刻んだ後、アタシ特製の「細胞腐食酸」をぶっかけたんだろうぜ? 深海棲艦の強力な自己回復能力は深海細胞あってのモンだともう答えが出てるだろうが、ソイツは細胞そのものに作用して結果的に人体を腐食しちまうんだ」

「それって…深海金剛の身体に酸を掛けたことで、細胞の回復を遅らせているってこと?」

「おうさ。幾らジン体が強化された深海棲艦でも、細胞そのものを溶かしちまえば回復も出来ねぇだろう? 今頃やっこさんの細胞は酸に塗れて溶けまいと肉体を維持するのが精一杯で、表面の傷治す余裕ないだろうぜ?」

「うわぁ…そんなことよく思い付いたね?」

「あぁ、野分の深海化を直すためにちょっとの間実験してたんだが、アレが役に立ったぜ」

「そうだったんだ。にしてもこれは…こうでもしないとなのは解るけど、鬼だねぇ?」

「ヒッ! 敵さんも鬼の神サマみてーなものだろ? 今更だぜ。とは言っても…コイツは所謂時間稼ぎだ、ほっといてもあと数分もすりゃあ酸の侵食を上回るほどに細胞が増殖しちまって元通りだ、早々にケリ着けねぇとやべぇ状況に変わりはねぇ」

「っ、天龍…っ!」

 

 拓人は天龍の安否の不安を零す、最早絶対に守り切ることは叶わないがそれでも天龍の無事を祈らざるを得なかった。自分のために戦ってくれている相棒にしてやれることはこのぐらいしか思い浮かばなかったからだ、それしかしてやれない弱い己にどうにも歯痒い感情があるが。

 拓人がそんな風に願う中敵に動きがないことを確認すると、天龍は素早く深海金剛との距離を詰め大刀を敵の首元に突き立てると勧告する。

 

「これ以上の抵抗をするなら、貴様を本気で斬り捨てる。シにたくなければ隠している全力を出して見ろ…出来るものならな」

『…ッ』

 

 深海金剛はすかさず「奥の手」を使おうと体勢を整える、両手と両指を合わせ中指を人差し指の後ろに回そうとした──その時、一瞬で終わる動作を見抜いた天龍は深海金剛が合わせた両手を蹴り上げる。蹴りの衝撃で敵の構えが解かれると、深海金剛は舌打ちしながら睨みつける。

 

「おっと…五行廻輪だったか? 見た限り指を特定の型にしなければ発動しないようだな、出なければ俺の付けた傷は既に消えているだろうからな。言っておくが今度それをしようとすれば貴様の両手を”斬り落とす”、そんな掠り傷を直さずとも貴様の本気を出す支障にはならんだろう?」

 

 天龍の冷たい刃のような鋭く研いだ声に、深海金剛は──焦燥を感じさせる表情から一変し、動揺も激怒もせず、ただ波風に頬を打たれながら真顔で居た。

 

『マサカココマデ私ヲ追イ詰メルトハ…想定外デシタ。シカシ…良イデスネ、矢張リソウデナクテハイケマセン。認メマショウ荒天ノ龍ヨ、貴女ハ私ノ…本気ヲ見セルニ相応シイ相手デス』

 

 今までの嘲笑とヒトを子馬鹿にした態度が嘘のように消え失せ、深海金剛は天龍に向かい身体を射貫くような殺意を目に宿して見つめる。天龍もまた神をも恐れぬ闘志を込めた瞳で深海金剛を見つめ返す。

 両シャの間に流れる剣呑な雰囲気、それはその場を沈黙に包むには十分すぎるほど重いものだ。黙しながら互いに殺気をぶつけ合うこと数分…酸によりボロボロの衣服と身体と成った深海金剛は重い口を開いて問いかける。

 

『…ソコマデシテ、私ノ本気ヲ引キ出ソウトスルノハ、先ホド貴女ガタノ司令塔ノ言ッテイタ「エリ」ヲ蘇ラセルタメデスカ?

 蘇生ノ方法ヲ聞イテイルノデハアリマセン、ソコマデシテ貴女ガイノチヲ張ル「理由」ヲ知リタイノデス。今ノ状態ノ私ナラ…貴女デアレバ不意ヲ突クコトデ今度コソ致命傷ヲ与エルコトガ出来ルデショウ。

 コノママ私ガ全力ノ一片デモ見セルト…貴女ニ勝チ目ハナクナルト断言シマス、自ラ勝機ヲ逃シテマデ…本当ニソコマデシテ「エリ」トヤラヲ蘇ラセル必要ハアリマスカ?』

「何だ、同情のつもりか? 先ほどまで破壊の権化のような戦いぶりをしたモノが言うセリフとは思えんな?」

『ハン、ドノ道コチラノ勝チハ絶対デスノデ。ソレヲ分カラナイ貴女デモナイノデショウ? 少シ戦イ確信シマシタ、貴女ハ聡明ナ知見ト観察眼、ソシテ豊富ナ戦闘経験ノ持チ主。ソノ貴女ガ勝チ馬ニ乗レナイ戦イニ自ラ身ヲ投ジルトハ…ドウイウ了見デコノ戦イヲ観テイルノデス?』

 

 深海金剛のたった一つの疑問に対し、天龍は「決まっているだろう」と前置きを置いて答えた。

 

「俺は金剛…いや、エリが貴様を必ず倒すと信じているからだ。貴様を倒すこと自体は…前途多難だが可能性はあるのだろう、だが…ただ貴様を倒すだけでは「眠り姫」は目覚めない。倒せなければ世界はどうなるか分かったものでは無い…リスクがあり過ぎることも承知している、しかしだな深海の金剛──仲間を犠牲に得た平和など虚しいものだぞ? それこそリスキーだと俺は判断した迄、深い意味は無い」

『ソレガ…絶対ニ叶ワナイコトダトシテモ? 幾千幾万ノ絶望ヲ乗リ越エタ先ノ夢幻ダトシテモ、貴女ハヤリ遂ゲルトハッキリ言エマスカ?』

「それがもう取り戻せないのなら諦めるしかないが、仲間を助けられる可能性が極小でも残されているのなら、それを行うのが「生を受けたモノの性質(エゴイズム)」というものだ。俺は…そんな一見悪性に見える人間臭さこそ尊いと信じている、自分ヒトリだけ犠牲になって世界と民草を救った貴様には理解出来んかもしれんがな?」

 

 天龍は淀みなく自身の胸の内に燃える熱い思いを語る。普段から戦闘を合理的に観る天龍だが、言動の節々に見られる彼女の「想い」は義侠を重んじる彼女の本音を感じ取ることが出来る。

 その胸に灯った魂の言葉、それを聞き届けた深海金剛は自身の解釈で天龍を評価した。

 

『成ル程、確カニ無謀トハ思イマスガ。友ノタメイノチヲ賭ケルトイウ心情ハ測レマス、ガ…貴女ノ場合ソレダケトハ思エマセンガ?』

「ふっ、鋭いな。そうだな…敢えて言うと、俺の愛した「相棒」のためでもある、かな?」

 

 少し照れ臭そうな微笑んだ表情を零すと、天龍は後方へ目をやる仕草で「想いビト」がすぐ後ろに控えていることを知らせる。その様子に深海金剛は今度こそ得心行った様子を見せた。

 

『納得シマシタヨ、貴女ニソコマデ言ワセル「エリ」ト「相棒」トヤラノ度量ハ素晴ラシイヨウデス。デスガ──後悔シナイコトデス、私ニ本気ヲ出サセルコトハ…貴女ヲ完膚ナキマデ「壊シ尽クス」トイウコトデスカラ』

「構わない、それでエリが戻るなら、アイツが望んだ未来が手に入るなら。もちろん俺もただでやられるつもりはない、貴様から少しでも戦闘データを引き出すため全霊を持って抗わせてもらう」

 

 天龍は例え沈むことになろうとも、自らの愛に殉じることが出来ればそれで本望だと言ってのけた。その並々ならぬ覚悟に深海金剛もニヤリとほくそ笑むと、その身からオーラのように迸る黒い戦意を纏う、天龍もまた双剣を構え直して臨戦態勢を整えた。

 双方とも瞬時に相手の首を取らんとする気概を形作る、張り詰める緊迫の糸はどちらが最初に引き千切るのか、先の見えない闇夜の道を早く駆け抜けるのはどちらか──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──パシャッ。

 

「(──今だ!)」

 

 正面から睨み合うフタリだったが、一時の静寂の間に響いた波しぶきを合図に先に動いたのは「天龍」だった。天龍は先ほどの要領で力を溜めこんだ足で波を蹴ると次元を超え「セピア色」の空間に再び辿り着いた。深海金剛の動きが限界まで遅くなりまるで止まったようになると、天龍は真っ直ぐ敵の首を取りに行く。

 

「(呆気ないものだが…これで、終わりだ!)」

 

 天龍が双剣を再びバツの字に構えて敵に引導を渡そうとする、これでもし今の時点で深海金剛を倒してしまえば、データ不足でエリ復活は遠のいてしまうが…元より全力でやらなければならない相手であるので、それで勝ちが付いても「そういう運命というものだ」と納得するつもりで居た。

 

 ──だが、それがほんの一瞬の「慢心」であると気づいた時には、全てが終わっていた。

 

『──舐メルナ、小娘。二度モ同ジ手ヲ喰イハシナイ』

 

「…っ!?」

 

 

 ──グシャァッ!!

 

 

 深海金剛のドスの効いた声を耳にした瞬間、空間に聞こえてきたのは空気を斬り裂く音でなく、肉を潰したような嫌に生々しい音だった。それは──天龍の身体の四肢が一瞬で「破壊された」残酷な残響だった。

 

「──な、にぃ…っ!?」

 

『コレガ──私ノ"本気"デス』

 

「っ!? 天龍っ!!」

 

 拓人の悲痛な叫びも虚しく、両脚両腕の関節を砕かれたことで海に立つことも、得物を握ることも叶わず無様に海面に倒れ込む。天龍から離れた双剣は揺蕩う波に浮かび、無情な現実を知らしめていた。天を突かんとする龍の牙は──今、完全に折られた。

 

 天龍は己を突然襲った出来事を分析しようとする。自分は確かにあのセピア色の次元にまで辿り着いた筈、だのにいつの間にか周りは元の赤い空と海を映し、自分はいつの間にか深海金剛の攻撃を真面に喰らっていた。

 何故か…矢張り理解が及ばなかった、深海金剛が加速した自分に追いついたとしか思えないが、彼女の操る五属性でそんな芸当が出来るとは思えない。雷を纏えば出来なくはないが「その程度」の速度なら自分が反応出来ない訳ではない、何が起こったか分からないまま気づいたらやられていたのだ。

 一体何が起こったのか…身動きが取れなくなった天龍が海面に叩きつけられると、深海金剛が種を明かす。

 

『荒天ノ龍、貴女ハ今時間ノ流レヲ「加速」シマシタネ? 限界マデ加速シタ「極致」デ私ニ攻撃ヲ与エタコトデマルデ一気ニ攻撃シタヨウニ見エタ。貴女ハ能力ヲ最大マデ出力シタコトデ”時ノ概念”ヲ越エタノデス、ソウ…「時」ヲ。ナラバ貴女ヲ打破スルノハ難シイコトデハアリマセン』

「…どういう、ことだ? お前も「加速」したとでも言うのか?」

 

『イイエ、モット単純デスヨ。貴女ガタハ私ノ操ル能力ガ「五大属性ノミ」ト考エテイタヨウデスガ、ソレハ(ノー)デス。私ハ…元々有ッタ魔術ノ才能ヲ「カイニ」トナッタコトデ昇華サセルコトニ成功シマシタ。

 ツマリ──()()()、私ハ単語尾ニ属性ト名ノ付ク全テノ概念ヲ操ルコトガ出来マス。五大属性ニ加エソレノ類似属性、光、闇、生ト死、空間、ソシテ…”時”。先ホド加速シタ時ノ流レデ貴女ヲ認識シタノハソウイウ理屈デス。

 尤モ…私自身カイニニナッタノハ艦娘トシテノ最期ニナッタアノ戦イガ最初デシタノデ、五属性以外ハ未知ノ領域。オイソレト使ウコトモママナリマセンデシタガ…貴女ノ覚悟ニ応エナイホド私モ堕チテハイマセン、貴女ガ加速シテ極致ニ辿リ着イタタイミングデ、時ノ流レソノモノヲ「止メサセテ」モライマシタ』

 

 まさか、深海金剛は信じられないような言葉を口にする。彼女は現状属性と呼ばれる全ての事象をその手で管理出来ると言うのだ。

 一口に属性と言ってもその種類は多岐に渡るが、それを…その全てを「操る」と宣ったのだ、出鱈目という話ではない。とんでもなく果ての無い「絶望」を見せつけられ天龍は内心愕然とする。

 

 ──だが、同時に「しめた」とニタリ笑う。

 

「…成る程、矢張り化け物だなお前は。だが…それでもエリならお前の全てを越えて行くだろう、アイツは…タクトが最も愛した艦娘、だからな…ははっ」

 

 満身創痍となった自身、それでも元よりエリに託すつもりで死地に赴いたのだ、寧ろ敵の本気の一片を引き出せたと安堵の笑いすら見せた。

 狂気にも似たその「覚悟」と「信頼」に、深海金剛は静かに息を吐くと徐に両手指を絡ませて印を作る。

 

 五行廻輪──そう呟くと同時に深海金剛の傷は一瞬にして癒える、完全に形勢が逆転した…海面に横たわる天龍を見下ろしながら、深海金剛は彼女の生き様を賛美した。

 

『私ハ貴女ヲ讃エマショウ()()、絶望ヲ前ニシテモ希望ヲ見据エルソノ煌メク精神、素直ニ感服シマス。ナノデ…貴女ハ確実ニ「仕留メマス」。勝利コソガ…私ガ私タル所以デスノデ』

「ぁあ…やってみろ」

 

 天龍が力なくそう答えると、深海金剛は右拳を力一杯握り締めると…そのまま振り上げ天龍の脳天をかち割ろうとする。

 深海金剛の本気の一部を引き出すことに成功した天龍は、今正に命運尽きようとしていた──が、誰もが諦めるこの場面も、()()は引き下がることは無かった。

 

 

 ──ギュォオオッ!!

 

 

『…ッ!』

 

 深海金剛の後方より回転音を響かせるナニカが近づいて来る、気配に気づいた鬼神が振り向くと、其処には高速回転する巨大な刃が在った。

 だが一直線に向かって来るそれを避けられない訳ではない、身体を少し捻って難なく巨大刃をやり過ごす。しかし…その奥から巨大刃に隠れるようにして、深海金剛に突撃していく「人影」があった。

 

「──あ”あ”あ”あああああぁっ!!」

 

『…ナニッ!? グッ…?!』

 

 意表を突かれた深海金剛は、そのまま猛突進する人影と衝突する。吹き飛ばされる鬼神を一瞥しながら「拓人」は身動き出来ない天龍を抱え上げると、そのまま後方へ向かって走り去っていく。あまりの鮮やかな逃走にそのまま拓人たちを見逃す深海金剛…というよりも、こちらも下手に動けない状況になったと言うべきだろうか?

 

『…フッ、貴方ガタノ覚悟モ本物ノヨウデスネ? 危険ヲ顧ミズ希望ヲ繋ゲヨウトスルソノ姿勢ハ見上ゲタモノデス。デハ…今度ハ貴女ガ私ノ相手ヲシテ下サルノデ?』

 

 深海金剛が呆れたような笑みを浮かべる、その視線の先には──回転しながら戻ってくる巨大刃を柄に収めて「巨大戦斧」とする少女騎士の姿が見えた。

 

「──大英雄金剛が相手なら、私も出し惜しみはしません。我が全てを賭して…貴女を沈めます。艦娘騎士団がヒトリ「綾波」…推して参ります」

 

 綾波の凍えるような闘志を前に、深海金剛はニヤリと嗤いながら右手の甲を下にして人差し指を動かして挑発する。

 天を衝く龍は敗れた、次に鬼神に挑むは優しき信念掲げし女騎士。果たして勝算は…?

 




 〇お気に入り100達成ありがとう小話

 ※ここから下はシリアスに似つかわしくないギャク風味空間です、嫌じゃと言う方はブラウザバック推奨。





拓人「お気に入り登録100達成、圧倒的感謝のコーナー!」

金剛「イエェーーーエイ!」

天龍「ほぉ?」

望月「ありゃ、予想外だねぇ?」

綾波「感謝、ですね。…ふふっ」

野分『遂に美しさの極みまで…ブラーヴァ! 皆さんにも感謝を表明致します!』

翔鶴「・・・嘘でしょ?」

拓人「ホントだって! いやぁ良かったよね~そんなの出来るわけないっ! って内心思ってたし?」

金剛「でもそれだけ多くの人に観てもらっているってことだよね! 皆本当にありがとう!」

望月「アタシゃてっきり99~97を行ったり来たりと思ってたんだがねぇ? 全く予想外だぜw」

翔鶴「私も。・・・この話を見てすぐ登録解除されたりして?」

拓人「やめてよ! そんな縁起でもない!! 皆絶対興味本位に外さないでよ!? お気に入り―10とか冗談だからね?!!」

綾波「司令官、それはいつも言っている「オスナヨー精神論」ですか?」

拓人「フリじゃないってヴぁ!?」

天龍「落ち着けタクト。…まぁ本編? だったか、今頃俺の無様な姿が晒されているだろうが、そんな為体で良ければ楽しんでくれ。道化を演じて見せよう」

拓人「天龍…若干皮肉入ってるよね;」

野分『これから更なる絶望が我々を襲うでしょう、しかしご安心をエツランシャの諸君! 必ずや希望を繋げ絶望を乗り越えた先の大団円をお見せしましょう!!』

拓人「そうだね、僕らは絶対に諦めない…エリを復活させて皆で一緒に平和を勝ち取るんだ! だから…最後まで見届けてくれると、僕も皆も嬉しいです!」

金剛「皆、絶対戻ってくるからそれまで待っててね!」


妖精さん「果たして皆さんは無事に戻ることができるのでしょうか~? その答えは──待て、次回! です~♪」



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波は掻き消え── ①

 大変お待たせしております、作者です。急な報告失礼します。

 簡潔に言うと、現在作者の周りが想定外に多忙になり、更に「宿毛」の執筆が迫っている現状でこれ以上お待たせするのは厳しい…と思い至り、中途半端になってしまいますが話の途中まで置いておこうと思います。楽しみにして下さっている皆さま、ホンっ当に申し訳ありません。作者の力不足をお許しください。
 誠に勝手な事情で申し訳ありませんが、落ち着いたら何とか再開したいです。それまで書き溜めておくのでよろしくお願いします…っ!


 深海金剛の圧倒的な力を前に、遂に戦闘不能に追い込まれた天龍。

 あわや留めを刺されそうになった時、綾波と拓人が身を挺して彼女を守り天龍は拓人に抱き抱えられて戦線離脱、そのまま綾波と交代することになった。

 

「大将、こっちだ!」

 

 望月たちが拓人たちに向かって波を掻き分け近づいて来た、拓人は天龍を抱えたまま望月たちの元へ戻り、警戒を厳としつつ隊列を組み直しては、再び深海金剛との距離を測りながら彼女の周りを移動し始め、鬼神対守護騎士の戦いを見守る。

 最中、拓人は望月に天龍の容態を訪ねていた。天龍は拓人の腕の中で気を失っていた。

 

「望月…天龍は?」

「やべぇわなそりゃあ、両腕両足とも関節が完全に砕かれてやがる。幾ら艦娘でもこのまま置いといたとも回復しねぇだろうから、最悪車椅子生活かねぇ? あの状況でこれだけの被害ってのはスゲェ運が良いだろうが」

「そんな…何とかならないの!?」

「待って。…私が何とかしてみる」

 

 上空で深海金剛を警戒していた翔鶴は、一旦下の拓人たちのところまで降りると天龍を見据える。そして彼女の片腕の患部…砕かれた関節に手を当てると、翔鶴の手の平が蒼い光を放ち始める。

 

「これは…もしかしてエーテル光子?」

「えぇ、エーテル光子を魔力源として私の治癒術を強化してみたわ。本来ならここまで破壊された骨を治すのは不可能だから、ダメ元だったんだけど…ふぅっ。骨の再生が始まったみたい、なんとかなりそうだわ」

 

 翔鶴は他者の身体の患部を感じ取り、外傷や内部の少々の骨折を治す治癒術を会得している、それをマナの上位種であるエーテル光子でブーストをかけた結果、どうしようもない致命傷以外の怪我を治療することが可能になったようだ。ホッと一息吐く拓人に翔鶴が付け加える。

 

「ただ…骨の再生はこれ以上を促すことは出来ないわね? 暫く安静にしていないと」

「この場での直ぐの戦線復帰は無理、か。…分かった、ありがとう翔鶴!」

「良いのよ、役に立てて良かったわ!」

 

 拓人がお礼を言うと、翔鶴は返答しながらまた上空へと戻り警戒に当たった。それから直ぐに天龍は目を覚まし、拓人に抱かれている自分に気がついた。

 

「…すまない、タクト。無様な姿を見せてしまった」

「天龍! 気がついたんだ、良かったぁ。…僕の方こそ助けるのが遅れてごめん、君たちを無闇に傷つけないって約束しておいて、反応が遅れた…本当にごめん」

「それこそ気に病むな、元々こうなる予定だったのだから…っぅ」

「ぁっ! ごめんっ、ちょっと揺れたかな?」

「大丈夫だ。…それよりタクト、皆にも伝えたいことがある、俺が耳にしたあの深海金剛の「真の能力」についてだ」

 

 前置きをして話し始める天龍に拓人は耳を傾けて彼女の話を聞いた、それは今しがた深海金剛本ニンから聞いた衝撃の事実──深海金剛は「全ての属性を操る」ことが可能であることだった。

 突拍子なく、しかしてまごう事なき真実は拓人だけでなく周りの艦娘たち、そして通信を開いて話を一部始終傾聴した連合本部の人々にまで驚愕に身を震わさせた。

 

『な、なんじゃと!? その話は本当か嬢ちゃん!』

「あぁ…俺がやられたあの時、俺は加速の極地に辿り着き時の次元を超えた攻撃を仕掛けていた。だが──ヤツは「時の流れそのもの」を止めて俺の行動を阻止した、俺には一瞬だったがその隙にしこたま叩き込まれたらしい、おかげでこのザマだ。ヤツは属性と名の付く概念は全て操ることが可能らしい」

 

 天龍の言葉に通信越しに苦悶の息を吐きながらも、シゲオは程なく謝罪する。

 

『すまん、誤算であったわ…確かに彼女はカイニ前も五大属性を操る魔法の才能があったが、正直その能力が強化されるとは踏んでおった。しかしまさか「全属性」とは…っ』

「誰にでも予想出来るものではありませんし、気を落とさないで下さいシゲオさん。でも…厄介ですね、ただでさえ隙の無い実力シャに強力な能力もあるなんて。こんなんじゃデータ収集なんて…とても」

 

 深海金剛の底無しの強さ、片鱗を見て尚その強さのデータを集めてみせる。そう意気込んだはずなのに…果てしない絶望感を感じる拓人──だが、そんな彼にとっての「福音」が通信機から響いた。

 

『いや、そうでもないぞタクト君。今現在の金剛のデータ収集率は「20%を超えた」、言い方が悪いかもだが天龍君は十分な仕事をしてくれた。この調子ならば完全なデータ収集も現実味が出て来ている…っ!』

 

 ユリウスは比較的冷静に、しかしどこか興奮した様子で拓人にデータ収集が順調であることを告げる。それは暗闇に包まれた世界に見えた一筋の光明であった。拓人も驚きながらも喜悦の声を上げた。

 

「…っ! や…やったんですね、天龍が! 深海金剛の本気(データ)を引き出してくれたんですねっ!! 凄いよ天龍っ、これなら…エリも目覚めてこの状況もどうにか出来るかもしれない!!」

「そうか…どう転ぶかはさて置いて、お前の役に立てたようで何よりだ…ふふっ」

 

 拓人の両腕の中で天龍は満足そうに微笑んだ、希望は完全に潰えていない…拓人を含めこの場に居る誰もがそう考えた。

 

 

 

 

 

『──オ"オ"オ"ォォォOOO…ッ!!』

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

 しかし油断は禁物であった、深海金剛が発した()()()()()()()()()()()()咆哮が拓人たちの「兜の緒」が緩んでいたことに気づかせ、ピリついた空気を感じ取ったモノたちは誰に言われるでなく再び気を引き締めた。

 希望は見えた、だが薄氷を履む危機的状況に変わりは無い。深海金剛の次の相手は「綾波」、拓人艦隊きっての実力シャの彼女だが──その実力を一蹴しかねない相手であるので、綾波も天龍と同じように戦闘不能…もっと酷い状態になるやもしれない、拓人はただ綾波の5体満足の無事を祈るのだった。

 

『サテ…ソチラバカリ優勢ニナッテイルヨウナノガ癪ナノデ、吼エサセテモライマシタガ…今度ハ小サナ騎士(リトル・ナイト)ガ相手デスカ? 貴女ハ…天龍ノヨウニ私ヲ楽シマセテクレマスカ?』

 

 深海金剛はほくそ笑みながら綾波の実力を測りつつ挑発する、そんな彼女に対峙する綾波もまた、彼女から発せられる押し潰されるような殺気を肌で受け止めながら、戦いをどう持って行くか算段を決めようとしていた。

 そんな折──通信越しに拓人から綾波に声が掛かる。

 

『──綾波、聞こえる?』

 

「…っ! 司令官? いかが致しました?」

『君にも伝えないといけないだろうから、手短にだけど今天龍から聞いた情報を伝えるよ?』

 

 そうして綾波も拓人から深海金剛の能力の全容──全属性を操る──を伝え聞いた。それを踏まえて綾波は改めて「長期戦になればこちらが不利」になることを悟った。

 

「(全属性…そう来ましたか。ですが私のやるべきことは変わらない、私は彼女と全力で戦い、戦闘データを入手する。ただそれだけ…そのためには先ほど天龍さんがやられたように、己の全力を出し切り早期決着をつける…例え私がどうなろうとも…っ!)」

 

 綾波はそう考えを決して、深海金剛との戦いに臨もうとする。すると…当の深海金剛は真顔を作ると片手を突き出して「待った」を掛ける。

 緊迫する中で掛けられる一時中断、何か裏があるのではないか…そう綾波は思い至るも、構えた戦斧を降ろして一旦話を聞く態勢を取る。拓人たちもその異様な光景に気づくも黙って見守る。

 

 そして…少しの間を置いて、手を戻した深海金剛は綾波に問いかける。

 

『艦娘騎士団デシタカ? ソノ鎧ハ…「アノ戦イ」デ亡国騎士団ノ長ガ率イタ、艦娘部隊ノ生キ残リデスネ?』

「…仰るとおりです、私はかつてその末端に在籍していました」

「ソウデスカ、イヤハヤ懐カシイデスネェ…マダ系譜ガ続イテイタトハ驚キデスガ?』

「はい、私たちはあの戦いの後に艦娘騎士団を結成し、世界中の争いを止めるため各国の紛争を武力介入しつつ止めて回っていました。世界秩序を未来永劫に果たすため…その身を幾度も戦いに捧げて来ました」

 

『成ル程、デアレバ猶更解リマセン。騎士ガ剣技ヲ誇リニシソレ以外ノ戦イ方…砲撃等ノ戦術ハ許容範囲ニシテモ、魔術ヤ呪術ナドヲ「卑劣」トシテ好マナイコトヲ、貴女モ承知シテイル筈。

 ダガ貴女ハ()()()()()()()()()使()()()()退()()()()()()()()()()? …何故アノ場デアンナ中途半端ナ真似ヲ? 勝テナイト悟ッタカラソレヲ使ッタノデスカ?』

 

 それは先ほどの艦隊戦で──騎士であるにも関わらず──躊躇なく卑怯な能力(よこやり)を使った意義を、()()()()()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()? という是非を問うものだ。それは…どうしても「何故、今それを?」という疑問を頭に浮かばせる。

 

「…それを貴女が知る必要が?」

『ナイデスネェ? マァ…頭ニ引ッ掛カッタノデ。チョットシタ興味本位、トイウモノデスヨ。騎士ノ「道」ハ私モ理解ガアルツモリデス、ソノ上デ…貴女ノ「覚悟」ヲ問イタイノデス。貴女ハ…コノ戦イニ何ヲ見テイマスカ?』

 

 戦いに何を見ているか、それは綾波に「雑念」が無いかと正しているようにも聞こえる。敵に塩を送るつもりか分からないが随分と「余裕」だと綾波は感じる、しかし…覚悟と問われれば答えないわけにはいかない。それはどちらにせよ綾波にとっては「愚門」な話なのだから。

 

「──守るため、です。私は司令官や仲間の皆さんを御守りし、その先の「未来」を共に享受したいのです」

『…守ル? 庇護対象ヲ邪道デ救ッタトシテ、貴女ハソレデ「騎士ノ誇リ」ヲ掲ゲラレルノデスカ?』

「私はそれでも「騎士」ですので、主である司令官や共に戦う仲間を御守りするためなら、己の全て…それが例え騎士の道理に反するものだとしても、それを動員してでも障害を排除する覚悟です。先ほどは司令官や皆さんと戦っていたので私の中の「規律」を準拠したまで、それに…」

『ソレニ?』

「…騎士の矜持は確かに我々の道理の基本です、ですが…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私たちの団長はそれを良しとしなかった、だから…強大な敵や卑怯な手を使う悪徳シャには、相応の方法を取るまで。不快に感じたのであれば謝罪します、ですが…あれは騎士としての私の「信念」の顕れであるとご理解して頂きますよう願います」

 

 例え邪道であろうとも、守るべきモノたちをまもれるならどんな手段も厭わない。()()()()()()()()()()。それが綾波の「騎士の道理」である。それを聞いた深海金剛は…尚も問いかける。

 

『ソノ卑怯ナ手段ヲ取ッタトシテモ、貴女ニ勝チ目ガ万ガ一ニモナイトシタラ? 同ジヨウナ戯言ヲ言イ切レマスカ? 騎士ハ自ラノ顔ニ泥ヲ塗ルヨウナ「足掻キ」ハシナイ、貴女ニトッテノ「騎士ノ道」トハソンナ汚レタ恥ズベキ道デアッテモ良イトイウノデスカ?』

 

「──構いません。私がどんなに汚れようと、罵られようとも。幾千幾万の戦いの中で…私は騎士の矜持を私なりに学びました、騎士は全てを賭して他者を慈しみ守るモノ。それを「誇り」とし剣に込めて戦う…それが私の、艦娘騎士(わたしたち)なりの「進むべき道」であると信じます」

 

 そうですよね、団長。そう頭に最愛のヒトを思い浮かべつつ、綾波は凛とした表情で覚悟語りを続ける。

 

「どれだけ自身が罪を重ねようと、愛するヒトのイノチを正しく次の世代へ渡すため、己を犠牲に戦い続ける。その先に「滅び」が待っていようとも…それで「本望」です。それは武に通じる貴女も同じ話でしょう? 貴女もまた自身の存在を無かったことにされようとも、愛するモノたちの世界を守るために殉じた。それがどれだけ貴い行為かタシャに知られずとも構わない、そんな「覚悟」を持ったヒトであったと私は感じました」

『…ッ!』

 

 綾波に艦娘騎士の精神論を説かれた深海金剛は、その時全てを察した。

 綾波は能力無しの素の戦闘能力でも、猫騙しめいた姑息な策謀を用いても、目先の敵に()()()()()()()()()()()()()()。下手に動いて何も出来ないのであれば──例え玉砕しようとも──己の信じる「騎士」らしく正面からぶつかり合って行きたい、そして…叶うなら守りたいヒトたちを覆い尽くそうとする悪意を防ぎきって果てたい、ココロからそう願っていると。

 どんなに戦い傷ついても己が歩む道を進み続ける。ただ守るために全てを利用してでも脅威を退く。それは騎士というより「戦士」のような()()()()()()が表に出たものだった。

 ある種の傲慢さも感じ取れるような物言い、それでいて高潔な理念だった。兵器としてこれ以上ない回答…それを涼しい顔でサラリと言ってのけた綾波に対し、全てを聞き届けた深海金剛は──大いに嗤って喜んだ。

 

『──アッハハハハッ!! ソレハ失礼シマシタ! 守護ノタメナラ己ガドウナロウトソレデ良イ、デスカ。…何故ダカ()()()()()()()気分デスガ、ソレダケノ覚悟ガアッタトハ…謝罪シマショウ「綾波」、私ハ貴女ヲ見縊ッテイマシタッ!』

「恐れ入ります。では…始めますか?」

『イェス! 良イデショウ…貴女ノ覚悟、ソノ全テヲッ、存分ニ叩キ込ンデ来ナサイ…ッ!!』

 

 その言葉が合図となった──両シャとも誰とも言わず得物を構え素早く戦闘態勢に入る。綾波から冷たい視線と身体から放たれる覚悟を込められた闘志、それを受けて再び放たれる深海金剛からの重圧は、沈黙と殺伐が支配する戦場を作り上げた。

 一対一…騎士からすれば「一騎打ち」の様相。強きモノ同士が単純明快に己の力を競い合う、双方のイノチを奪い合うことになるが「それで散ろうとも役目は果たしてみせる」と綾波は考える。その過程で相手の隙を突き、戦闘データが回収出来ればなお上出来だ。

 だが一番気を付けなければならないのは…拓人との盟約「どんなに恥を重ねても生き抜く」ことを諦めてもいけないことだ、艦娘騎士として…何より「綾波という艦娘」として、彼との約束を違えたくない。

 死闘の末深海金剛の戦闘データ回収、更に生き残る。これは確率の限りなく低い「賭け」だが…それでもやるしかなかった。

 

「──ッ!」

 

 波を蹴り飛沫が上がる、宙を滑りながら綾波は巨大戦斧を構え深海金剛に迫る。そして──戦斧を振り下ろす際能力を発動し、更に重みを加えて相手に致命傷を与えようとする。

 対する深海金剛は左腕を上げては腕全体に「鉱石を生やして」防御を取ろうとする、天龍の高速を乗せた斬撃を防ぎ切った硬度を誇るダイヤモンドの腕当て(アームガード)…だが。

 

 ──バキッ!!

 

『(…何ッ!?)』

 

 深海金剛は驚愕する、綾波の戦斧がダイヤモンドを()()()()()のだ…っ!

 

「…っふ!」

『クッ(不味イ…ッ!?)』

 

 片腕を纏ったダイヤモンドごと吹き飛ばされた深海金剛は正面ががら空きになり、一瞬の間を逃さない綾波は海面に足を着けつつ戦斧の返し刃で首を横に断とうとする。深海金剛は急所を突く攻撃を間一髪で躱す、後ろに引きながら綾波との距離を取り始める。

 

「──逃がさない」

 

 綾波は重力操作によって体の重力抵抗を弱めて海面を蹴って飛び立つ、押し出された小さな体が鬼神との距離を瞬く間に縮める。そして反重力で動き始めた巨大戦斧の回転刃を連続で殴りつけるような、高速の太刀捌きで深海金剛の身体を断たんとする。

 小さな体躯から想像出来ないほどの腕力、そして巨大戦斧をまるでナイフのように軽々と振り回し、かつ的確に「身体を切り裂こうと」首や腹部を狙ってくる。正に「戦闘機械(キリングマシーン)」…深海金剛は()()()()()戦いを愉しむ余裕が無いことを悟る。

 

『(見事デス! デスガ…私ハ負ケルコトハ許サレナイッ!!)』

 

 綾波の攻撃を寸でのところで回避しつつ、深海細胞の効力で断たれた左腕を再生した深海金剛は天龍を打破した「奥の手」で綾波の打倒を図る。右手を前に突き出し指を開きながら「時間停止」を念じる──しかし。

 

 ──グニャア、グラァ…!

 

『──ッ!? ナ…コ、コレハ……?!』

 

 どうしたことか、深海金剛が突如ふらつき始めた。何か仕掛けて来るかと警戒した綾波は攻撃の手を止めて様子を窺う。だが…右手で額を抑えて苦しむ深海金剛は、本当に不調に悶え苦しんでいる様子だった。

 困惑する綾波…それは遠目から彼女たちの戦いを見守る拓人たちにも伝わっていた。

 

「何だ…深海金剛が急に動かなくなったぞ?」

『ウィ、何かまた仕掛けようとしているのでしょうか?』

「…っ! まさか…っ!」

 

 拓人と野分が何事かと話し合う中、望月はヒトリ真実に辿り着いた様子で直ぐさま綾波に通信で呼び掛けた。

 

「綾波ぃっ! ヤツは無理に時間を止めた反動が来てんだ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っ!! 今のヤツは立っているだけでやっとの状態だ、一時的だろうがこの機を逃すんじゃねぇ!! やっちまえぇーーーっ!!

 

「──っ!」

 

 望月の考察と叫び、それを聞いた綾波は考えるより先に身体が弾かれるように動いていた。

 海を蹴り、飛沫を上げて宙を飛ぶ、そして巨大刃が回転する戦斧を天に掲げる…綾波は怯む鬼神に向けて「一刀両断」の構えを取る。

 

『…ッ!』

 

 壮絶が予想された騎士対鬼神の戦いは、想定外の展開へ向かっている…このまま決着してしまうのか…?

 




 短めですが、お許しくだされぇーーーっ!!?


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波は掻き消え── ②

 やぁ〜りまぁ〜したぁ〜。(帰還)
 随分お待たせしてしまい申し訳ございません、では続きと行きましょう。

 おっと、最初に言及しますと深海金剛の「全属性使用可能」の定義は──

 ──ポ○○ンの全タイプ技使用可能+α

 ・・・と、考えて頂けたら。ネタかって? いいえ大真面目です。

 ※またも急展開かもです、ご容赦を。


 イノチ懸けの戦闘データ奪取戦、第二の戦いが始まった。

 最初から全力でぶつかり合う深海金剛と綾波、深海金剛は綾波の実力を認め奥の手である「時間の流れを止める」手段に出る、しかし──何故か時間は止まらず、深海金剛はフラフラと身体を揺らし始めた。

 その時…望月の声が通信から「好機の音」が響き渡ると、綾波は即座に一撃必殺の態勢に入った。

 深海金剛がフラつく身体で上空を見やると、宙を舞う綾波が巨大戦斧を構えて頭をかち割ろうとする光景を目にする。これを真面に受ければ身体が真っ二つとなり、そうなれば幾ら深海棲艦である深海金剛でも身体の再構築に多大な時間が掛かることは容易に想像出来る。

 

 大きな隙を見せた鬼神は遂に致命傷を負うか? 束の間の静止の後、綾波が振り上げた戦斧を勢いよく振り下ろす…が──

 

 ──ガギィンッ! ギャギャギャギャ…ッ!

 

「…っ!?」

 

 綾波は急転直下の状況に驚きを隠せなかった。

 

 結果として綾波の攻撃は通らなかったのだ。何と、深海金剛が掲げた片腕から「鱗」が見え始め、それが綾波の断撃を防いでいたのだ…っ!

 

『──”竜属性”ィ…ッ、所謂「変化魔法」ノ最高位ノ一種デス。時間停止ノ例モ出タノデ、出来レバ使イタクハアリマセンガ…竜ノ鱗ハ冷気以外ノドンナ力モ弾キ返ス、強靭ナ防御力ヲ誇ルノデス。コレデ…貴女ト対等ニ「殴リ合エマス」ネェ…?』

 

 深海金剛の驚きの発言に、対峙する綾波より先に信じられない様子を見せたのは、遠目から綾波の戦いを見守る拓人たちだった。

 

「何だって…竜属性!? 生物も属性に入るなんて、そんなの…っ」

「いや、竜は大昔に実在していたと言われる幻の古代種を、魔法や魔術で再現した代物だ。その存在は世界を形作ったとされる概念として扱われているからねえ、似たようなので随分前に滅んだワービーストを再現するために新たに作られた「獣属性」っつーものも存在するぐらいだ。元素や気候を操るだけが属性じゃねーってこった」

「…そうだね、何でもアリなのはもう分かりきったことだったんだし、このぐらいで驚いてちゃいけないよね」

「ヒッ! そういうこった。それよりこっからだぜ…アレが防がれる可能性は十分視えていたから、それが現実になったからにゃあ…向こうさんの勢いをどう崩すかが次の展開の鍵になるだろうぜ」

 

 望月は拓人を窘めつつ敵の次の動向を窺い、一手以上先の「策」を慎重に練っていた。この「いつ全滅してもおかしくない」状況で、多少の失敗だけで狼狽えることはイノチ取りであり、冷静に事実を見つめて次に活かすことが最も得策なのだ。

 望月の話の通り、竜属性とは竜の特性を魔法で再現しその身に宿すことが出来るもの、事実深海金剛の片腕を始め、身体のあらゆる場所から紫かかった鱗が見え、瞳も縦に亀裂が走ったような細長い瞳孔に変化している。

 綾波は異変を認めると戦斧を深海金剛から離し、そのまま距離を置く。斧の刃は望月の特注品のためか、目に見えた刃毀れは無かった。

 

「(全属性の有用性を余すことなく使っている、流石です…確かに物理攻撃において竜の鱗は最適解、どんなに攻撃を重くしようともあの鱗を断つのは難しい…ですが)」

 

 綾波が窮地に陥っているのは確かだが、これで多少は戦闘データの収集が捗っただろうと、内心手を撫で下ろす思いだった。だが…それ以上に。

 

「(彼女は私の攻撃を凡ゆる方法で防ぐと予想出来る。私がどんなに多種多様に攻め込んだとしても、彼女は凌ぎ切るだろうと言い切れる。それが──怖い。沈むことに恐怖は無い、彼のために少しでも貢献出来ない自分が口惜しいんだ。このまま…力に押し潰されて何も出来ずに沈むのは、嫌だ。もっと…もっと力を引き出してやる!)」

 

 綾波は拓人のためと、悲壮の決意を以て自らの闘志を無理矢理引き上げる。そして…顔を強く引き締めて「般若」のような形相を作ると、巨大戦斧を掲げて、いざと鬼神に挑みかかる。

 

「ぉおおおっ!」

『来ナサイ。貴女ノ全テヲ出シタ「足掻キ」ヲ…私ニ見セテミナサァイ!!』

 

 余裕を崩さない深海金剛に、綾波は鬼気迫る表情で睨みつけながら刃の回転する戦斧を叩きつける。が──肘を曲げて片腕を出す深海金剛の一見単純過ぎる防御法でも、矢張り腕に生え揃った竜の鱗に阻まれ致命傷を与えることは叶わない。

 

「うああああぁっ!!」

 

 雄叫びを上げ兎に角手数で攻めようと、何度もなんども戦斧を叩きつけても目に見える傷が付かない。回転刃が深海金剛の腕に生えた竜鱗を削るだけで、ギャリギャリという不快音が空間に虚しく響くだけだった。

 

『ハッハァーッ! 蚊ニ刺サレタヨウナモノデェースッ!!』

「ならば…っ!」

 

 綾波は攻め手を変えようと、深海金剛に押し付ける戦斧を勢いよく離す。綾波の後方に力強く着水する戦斧の勢いは、綾波の身体を羅針盤の針の如く一回転させる。空中宙返りの格好の綾波は反動を付けたまま片足に深海金剛の腕を引っ掛けて防御を崩す。

 

『ッ!?』

 

 猪突猛進の攻勢からの搦手に驚きを隠せず、反応が遅れた深海金剛の一瞬の隙を突く形で、綾波は即座に着水し体勢を立て直すと──深海金剛の懐に向かい戦斧を宛行い、そのまま刃を回転させる。

 

 ──ギャギャギャギャッ、ギィー……ッ!

 

 深海金剛の正面腹部に容赦なく押し付ける、回転刃は盛大に火花を飛び散らせ不快な切断音を響かせながら、斬撃を絶え間なく竜の鱗に傷を斬り刻もうと激しく回り続ける。しかし…深海金剛の不敵の笑みを閉ざすことは叶わない。

 

「……っ!!」

『ソウ来マシタカ、デスガ…無駄デスネエェ!!』

 

 深海金剛は意に介す様子を見せず、腕を交差させた状態で回転刃の流れに割って入ると、止まった刃の乗った両腕を勢いよく引き抜く。クロスを描いた腕の力で回転戦斧は弾き出されてしまうと、綾波は反動で仰け反り隙を見せる。

 

「(しま…っ!?)」

『取ッタ…ッ!』

 

 一瞬の隙を逃すほど甘くない深海金剛、綾波の懐に瞬時に飛び込むと竜の鱗で覆われた右手の爪で綾波の胴体を引き裂こうと構える。

 

『ハアァッ!!』

「…っ!」

 

 竜の爪が今まさに胴を切り裂く直前、綾波は片足を海面に着けると直ぐさま能力を発動、重力の抵抗を無くした上で身体後方に重心を掛けて海面の片足で跳ぶ、片足でも力強い跳躍は裂爪の軌道から瞬時に外れる。

 

『──甘イ!』

 

 だが攻撃は止まない。綾波が射程距離外に出る前に、深海金剛は踏み込みながら左手の竜爪で素早く綾波の脇を引き裂く。

 

 ──ザシュッ

 

「…ッ!」

「綾波っ!」

 

 遠くから見守る拓人たちは、悲鳴に似た驚きの声を上げる。

 綾波は深海金剛から距離を取りつつ脇の傷口を確認する、鎧を貫通して五本線の爪痕が脇に残り血が滴り落ちている。この局面でかすり傷でも付けてしまうのは痛手か? それでも武器を構えて深海金剛と対峙する。

 

 このままでは埒が開かない、相手の隙を窺いながら一瞬の弱みを突くしかない。綾波がそう持久戦を覚悟した──その時、身体に違和感を感じる。

 

「──…っ! 何……っ?」

 

 頭が痛み目の前が急速に霞んでいく、身体の力が抜けていき疲労が重く伸し掛かる。それらの感覚は数秒経つごとに瞬く間に肥大していく、そして──最終的に身体が燃えるような錯覚に支配される。

 

「身体が……熱い…っかは!?」

 

 身体に宿る「熱」を知覚した瞬間、()()()()()()()()()()()。それだけでも明らかな異常だが、更に脱力感と負傷部の痛みが増していくのを感じ、思わず膝を突く綾波。

 綾波の体調の急変は、戦いを見守っていた拓人たちの目にも飛び込んだ。体制の崩れた彼女を見た拓人たちは何事かとどよめく。

 

「な、何が起こったの!?」

「攻撃が掠っただけであの様子はおかしいぜ、何かされたとしか思えねぇが…この距離じゃあどうなってるか」

『…ッ! あ、あれは!!』

 

 拓人と望月が困惑する中、野分は何かに気づいた様子で綾波たちの方を見やった。

 

『コマンダン、ボクの眼から綾波さんの様子が見えました。どうやらボクは深海化による身体能力上昇の恩恵により「視力」も上がったようです』

「本当!? どうなったの?!」

 

 焦った様子で野分に現状を伝えてほしいと迫る拓人。

 野分が視た光景とは、まるで望遠鏡のようにズームアップされた一幕──屈した綾波の顔に黒い斑点が出来ている事と、彼女の前に立つ深海金剛の左手の竜爪から「明らかに有害な色をした液体」が海面に滴り落ちている場面であった。海に雫が着く度にジュッ…という異音と共に煙が上がっていた。

 

『綾波さんの体表に黒い斑点を確認、深海金剛の片手には禍々しい液体が見えます。あれはまさか──”毒”!?』

「…っ!?」

 

 毒…その一言に否応無しに更なる緊張が走る拓人たち、深海金剛はその言葉を受けてなのか悠々と語り始める。

 

『少シ戦イ理解シマシタ、貴女ハ戦士トシテ一流デス。此方ガ一瞬デモ隙ヲ見セレバ確実ニ致命傷ヲ付ケラレル、ソウ確信シタノデ…掠リ傷デモ戦力ヲ奪エルヨウ「細工」サセテイタダキマシタ』

「…っ、まさかそれは……毒、ですか…っ!」

『YE~~~S! 人類ニトッテ有害ナ物質モ世界ヲ構築スル概念足リエル、言ワバ「毒属性」デェ~ス! 頑強ナ艦娘ニモ効ク特別強イ毒ヲ用意シマシタヨ?

 コレデ万ガ一モ無クナリマシタ…貴方ガ何ヲ仕掛ケヨウトモ、ソノ身体デハ竜鱗ハ砕ケマセン、持久戦ニ持チ込メバ毒ガ回ッテ貴女ハ「じ・え~んど」! サァ…死ノ間際マデ抗ウカ、ソレトモ弱ッテ手元ヲ滑ラセテ致命傷ヲ負ウカ、貴女ハドチラデショウネェ~~~? アッハハハハ!!』

 

 勝ちを確信した故の下卑(げび)た笑い声を上げる深海金剛、綾波は彼女の笑いを跪いて聞くしか出来なかった。

 力を引き出すと言った手前──能力を披露させることは成功したが──呆気なく足を取られてしまう不甲斐ない自分に虚しささえ感じるも、まだ何か手があるはずだと逆転の策を思いつくため思考を巡らせる。でなければ…深海金剛の謀略によって無残に沈むだけだ。

 

「(どうすれば…司令官……団長──)」

 

 毒が完全に回り出したか、身体に酷い寒気を感じ意識が朦朧とし始めた。このままでは戦うどころではなく、そのままイノチが尽きる危険性があった。

 

 その時──綾波の脳裏には在りし日の団長の言葉が思い起こされた。

 

 

「──一番大事なことは「己の正義を貫く覚悟があるか」…よ。綾波、貴女の正義って何?」

 

 

「──…っ! そう…私は、皆を…守りたいっ、そして…司令官と共に、未来へ…生きたい!」

 

 自分が任務を失敗(しくじ)ったあの日、団長から問われた「己の正義」。そして──そのための「覚悟」、その想い。

 綾波は消えかかった胸の炎を再点火させる、それは弱き者たちを守る「騎士の矜持」と、拓人との交流から生まれた新たな正義「生存への渇望」であった。

 正義にしてはエゴがふんだんに練りこまれているが、それでもこれが…綾波という艦娘が今持つ正義の全てだった。

 

「(元より生き残るためには何をすることも躊躇いはない、ならば──)」

 

 人知れず決意を新たにした綾波はそのまま蹲り、首を差し出すように顔を真下に向けて微動だにしないまま沈黙を保っていた。傍から見れば「降参」しているように見えるが…?

 

『フゥン? 貴女ホドノ女傑ガ何モシナイノハ疑問デスネェ、企ミガアルノハ確実デスガ…下手ニ暴レラレテモ困リマスシ、ソノ一筋ノ希望トヤラヲ受ケタ上デ絶望ニ押シ潰スノモマタ一興! デハ…遠慮ナク!』

 

 深海金剛は綾波が隠し持つ作戦を看破した上で、強さへの絶対の自信から敢えて引っ掛かるように綾波に近づくと…徐に右手を上げて黒紫に染まる毒の液体を滴らせながら、綾波の身体を引き裂くため勢いよくそれを振り下ろそうとする──

 

「──…っ!」

 

 刹那、綾波は立ち上がりざまに深海金剛の懐に飛び込む。そして腹部に右手を押し当てる、その手の平に形作られたものは──重力で球状に空気を圧縮した「空気爆弾」であった。

 

『アハッ! 斬ルモ砕クモ出来ナイナラ「吹キ飛バス」! 成ル程…デスガソノ程度デ──…ッ!?』

 

 深海金剛が威力の知れたものを嘲笑っていると──綾波は球状を維持しつつ空気圧を緩め、球の規模を膨張させると()()()()()()()()()()()()()()()()()

 綾波は深海金剛が内側に入ったことを目視すると、即座に圧力を強め中から外に出られないよう固める。透明の膜に覆われ中の空気と共に閉じ込められ、身動きが取れなくなった深海金剛は──これから起こるであろう一連の流れを読み取り、思わず青ざめた。

 

『コレハ…マサカ、貴女ハ……ッ、クソ…ッ!?』

 

 焦った様子で膜を内側から、竜爪で引っ掻き続ける深海金剛。だが膜が破られる様子はない、元々空気を集めるため相応の圧力と重力負荷が掛けられているので、力を込めた一撃必殺の威力でなければ脱出は難しいのだろう。

 だが綾波はその力を込める時間も与えない、迅速に深海金剛を取り込んだ空気爆弾を──圧縮し始めた。

 

『ッグ、矢張リ──グ、ゥヴオ"オ"オオオッ!?』

「…貴女が、何事も慢心するヒトで良かった。こんなことで貴女がどうにかなるとは思いませんが、それでも…貴女の本気を引き出す切っ掛けにはなる筈です!」

 

 安堵と威勢の良い言葉で締めると、綾波は空間圧縮に更に力を入れた。徐々に圧縮空間内が縮んでいく、迫り来る透明の壁に攻撃を止めては、全力で押し返して脱出を図るも、刻一刻と増していく圧縮の強度に上手く力が入らない深海金剛。身体の立ち姿勢も堪らず崩れそうになるがしぶとく踏ん張っていた。

 拓人たちは先ほどから目まぐるしく変わる戦況に理解が追いつかないも、異様で危険な状況を何とか感じ取ることが出来た。

 

「い、今はどういう状況!? ヤバいことは遠目でも分かるけど…綾波…っ!」

「コイツぁ──不味いぜ! おい翔鶴!! 降りて来てこっちに改二甲とかのバリアー張ってくれ! 緊急事態だ!!」

「っえ!? …っ、分かったわ!」

 

 望月は上空で警戒していた翔鶴に呼びかけ、改二甲のエネルギーフィールドを張らせる。どういうことかと拓人が尋ねると──望月は神妙な面持ちで答える。

 

「大将、残念だが綾波のヤロー──死ぬ気だ。アイツぁ重力で空気を限界まで圧縮させることで「大規模な爆発」を起こそうとしていやがる、側で圧縮操作する自分も巻き込まれることも、恐らく承知の上で、だ…っ」

「っ! まさか……っ綾波! 馬鹿な真似は止めてくれ!! 僕のために生き残るって約束しただろうっ!!」

 

 拓人は通信で綾波に呼びかける、綾波は淡々と己の気持ちを綴り放つ。そこには確かな一筋の「希望」が感じられた。

 

『ご安心下さい司令官、空間を限界まで圧縮したことを確認した後、私の周りに「斥力膜」を張る算段です。それで爆破の威力は私の前から無くなる筈、司令官は翔鶴さんに頼んで障壁の中へ避難を。…大丈夫、貴方との誓約を破棄するつもりはありません、最後まで──足掻いてみせます』

「っ、無茶だ…君は今毒に侵されているんだろう? 毒に耐性のある艦娘の身体をふらつかせるんだ、影響がないわけ無い。今の君にそのタイミングを見極められるとは思えない、博打も良いところだっ! だから…綾波……っ!」

 

 拓人は綾波の覚悟を踏み躙るような言葉を敢えて投げかける、主が止めに入るのだから騎士としての彼女なら思い直すだろうと何処か期待していた。だが──綾波は緊迫した現状に似つかわしくない柔らかな声で拓人を諭した。

 

『司令官…最期まで私をヒトとして見て下さるのですね? 本当に嬉しい限りです、そんなお優しい貴方を守るためなら、このイノチを賭けることも惜しくありません』

「そんな、最期だなんて言わないで…何か、なにかまだ方法が!」

『毒に侵されたこの身体では、もう十二分に動くことも儘なりません。その上で彼女に致命的なダメージを与えて生き残るためには、私には…こうするしか思い浮かびませんでした。朽ちた橋を渡る愚行を取った私の力不足を…お許しください…っぐ』

「綾波!」

 

 綾波の呻き声は今正に毒が彼女の身体を巡っている証拠、分かりきったその事実は拓人を更に焦らせた。満身創痍になりつつある綾波を、拓人はただ見ていることしか出来ないと歯痒い気持ちが胸に鈍い痛みを走らせた。

 

 ──だが、同時に拓人も冷静に状況を俯瞰して考え始めていた。

 

 深海金剛の底知れぬ実力を引き出さなければ、エリは復活出来ない。改二は並ぶモノの居ない能力を開花させた状態、その改二艦たる綾波がここまでしなければ深海金剛を追い詰めることは叶わないのだ、綾波のイノチを諦めることは出来ないが…捨て身だが彼女自身も生還を投げ出していない以上、自分が自棄になって彼女の──おそらく自分のための──油断必死の作戦を否とするのは、彼女の決断を否定することと同義である。

 

 胸の痛みを抑えながら、拓人は──綾波のために非情な宣告を伝える。

 

「──………~っ、分かった。だらしないけど僕には君を信じることしか出来ない、君に任せるよ。でも──必ず、帰って来てね? 君は僕の「守護騎士(ナイト)」なんだから!」

『っ! …うふっ、その言葉は誉ではあれ、少し気取られてますね?』

「こういう時何て言っていいか分からないし、というかいきなりだから頭も回ってないし、へ、変なこと言ってたらゴメンね!」

『いいえ、勇気を頂きました。ありがとうございます司令官…必ず戻ります!』

 

 拓人のいつもの調子のような言葉に、暖かな気持ちがこみ上げ思わず微笑む綾波。彼女は自分が守るべき対象を再認識してから、通話を終えて鬼神に向き合った。

 

「──はあああぁっ!!」

 

 綾波は強く念じながら空気を圧縮し続ける、深海金剛の剛力で空気の壁が押されそうになれば、すかさず新たな空気を圧縮しそれを重ね掛ける。圧縮された空気の内側は次第に光熱に満ちていく。

 

『グギギギィ……ッ!?』

 

 内側で反抗し続ける深海金剛は、自身の身体に違和感を感じて視線を下にやる。すると──彼女の身体を覆う竜鱗はボコボコと沸点を超えた液体のように泡立っていき、醜い様相となり始めていた。次の瞬間には体表面から焼け広がる煙と刺すような痛みに悶える深海金剛。

 

『グア”ア”ア”アアアアアァッ!!? ヤ、灼ケル…私ノォ……身体、ガア”ア”ア”ァッ!?』

「どうやら、熱に耐性のある竜鱗でも圧縮熱には耐えられないようですね。どの道圧し潰すつもりでしたが…さぁ、どうされます? 空気は無理やり圧縮すると高熱を帯びると聞きます、限界まで圧し込んだ熱は…果たして貴女に耐えられますか…っ?!」

 

 赤く腫れた深海金剛に、綾波は容赦の無い一言を放つ。だが彼女も弱った身体を歯を食いしばりながら立ち上がらせている、勝負の予測は五分か、綾波が有利か? しかして深海金剛の隠された能力を考えるとそう悠長に構えられない。

 

『グゥオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』

「お"お"おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 圧し潰す綾波、耐える深海金剛。しかし圧縮された空気の中で深海金剛は着実にダメージを受けていく、印を結んで「五行廻輪」でダメージを無効化させる暇も無い、深海細胞の回復も間に合わないほどに強烈な火傷を負っていく。このまま行けば深海金剛であれ沈む可能性も有り得る。

 

 果たして何方に勝利は傾くか、戦場に緊迫が走る中──その時が訪れる。

 

 何百と重ねられ、内の様子が伺えないまでの白光に包まれた球は内側の空間ごと徐々に縮まって行き、遂に目に見えなくなるほどとなった。そして──

 

「っ! ──」

 

 

 

 ──ズドオオオオ・・・・・ォォ・・・・・ッ!!

 

 

 

 形を保てなくなった空気爆弾は、解除された瞬間急速に拡がる、円形の熱エネルギーはサイハテ海域を包み込むように押し進み、世界は──熱く白い光の領域に飲み込まれていった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 静寂の訪れた紅い空、その眼下には──水底まで見える巨大な穴が視えた。

 

『──うわぁっ!? う、海に大穴が?! だ、大丈夫なの? というか綾波ちゃんは…っ!?』

『落ち着きなさいマユミちゃん。穴はその内波に飲まれるじゃろうが、しかし…何と強大な威力じゃ。おかげで「空間遮断壁」とやらもぶっ壊れたようじゃぞ、マサムネよ?』

『おや。本当だネヴェイビー! 遮断壁自体は片手間で出来るから暫し待ちたマエ。おっと…ユリウス、今のデータ収集率はどんな感じダイ?』

『あぁ…あまり喜ぶ状況でもないが、それでも良い感じだ。収集率が「50%」を超えた…綾波君は、立派に務めを果たした。本当に…有難いことだ…っ』

 

 鎮守府連合医療エリアで慌ただしく動く人々の声が、通信機から木霊する。拓人たちは…翔鶴のエネルギーフィールドで難を逃れたものの、静かに波打つ海面に綾波の姿が見えないことを認めると…心には彼女を護れなかった悔しさよりも、またも喪ってしまったことへの後悔と押し寄せるような虚しさが溢れて来る。

 

「綾波…っ」

「タクト…綾波はお前のために戦い抜いた、結果は残念だがその思いは…誰にも否定されるべきではない、そうだろう?」

 

 拓人の腕の中に抱かれた天龍は、涙を流す子供を優しく諭すような声色で彼女の思いを受け入れるように言い聞かせる。例えそれが自分たちが目指した「理想」と対極にあるものだとしても…。

 現実を叩きつけられ、全員無事は果たせなくなってしまったが、綾波の犠牲によって深海金剛の戦闘データ収集は大きく進行した。エリは綾波を犠牲にしたことを怒るだろうがそれは「自分の未熟千万による責任」である、そのツケは必ず払うと…胸の中で確りと誓う拓人だった。

 

「ブルーになってるとこ悪いけどよぉ、深海金剛が今の爆発でも生きている可能性は高いぜ? 暫く周囲の様子を見るべきだぜ…次にどんな能力披露してくるか分からねーからよぉ?」

「…うん、そうだね。──……? ぁ……あれって!?」

 

 拓人が望月に言われ顔を上げて周囲を見回そうとした瞬間──海底の見えるまでに開いた大穴が巨大な渦潮となり元の海面に戻りつつあった場面の…遠く左方向に対し、波に揺られて力無く浮かぶ人影を発見する。それは──

 

「──綾波だ、綾波が…まだ生きてる!?」

「っは!? マジか?」

『──…確認しました。右半身に大火傷の痕があり完全に気を喪っている模様ですが、息があります。…生きています! 綾波さんがっ!!』

「やったわね!」

「おいおいマジかよ、やりやがったぜあのヤロー!」

 

 綾波はまさかの生還を果たしていた、あれだけの大爆発の中心に居たにも関わらず、鎧が砕けた半身の火傷程度で済んだということは無事斥力防壁の生成が間に合ったのだろう。

 不屈の守護騎士は鬼神との死闘からイノチ辛辛(からがら)帰還した、その事実は拓人たちに大きな希望を持たせることに十分であった。静かに吐息する彼女を遠目から胸を撫で下ろしながら見やる一同──

 

 ──すると、拓人の目には綾波の後方空間に浮かぶ「線」が見えた。空中に一筆走らせたような黒く細い線は…やがて丸みを帯びて完全な円形となると、その中から人影が飛び出した。

 

『──ハァッ、ハァ……ッ!』

 

『っ! コマンダン、深海金剛の生存確認しました!』

 

 野分の見張り報告に、拓人たちの視界は再び暗雲に包まれた。深海金剛の姿は肌の竜鱗が膨れ上がり、身体のところどころ焦げた焼け跡が散見された。拓人から見ても服もズタズタに焼け落ちたボロボロの状態だと分かる、ほぼ瀕死の身だと理解するも同時に綾波に向けられた「殺意」も遠くながら感じられる。

 生きていることは分かりきっていた、だが一番不味いのは気絶している綾波の前に、何処からともなく一瞬にして現れたことだ。

 

「どうやら異空間に逃げ込んでたようだぜ、ありゃあ「空間属性」ってヤツだが…まさか綾波の前に移動して来るとは、流石にタイミング悪いぜ」

「っくそ、助けないと!」

 

 拓人が咄嗟に行動しようと周りに働きかけるも、深海金剛は無言で片腕を振り上げ手の平を開き五本指に力を入れる。遠巻きに様子を見ていたことが仇となり、距離がある以上今すぐ彼女の下に馳せ参じることは難しかった。

 

「っ、綾波…無理なのかっ」

「──いんや、そうとも限らないぜ?」

 

 望月がそう皮肉めいた嗤い顔を浮かべ、指を鳴らす。

 パチンッ、という弾き音が聞こえたと一緒に綾波たちの周りから波が立ち水飛沫と共に無数の黒い物体が深海金剛を囲む。そして程なく四肢に貼り付いて「枷」の形と成りその場に固定して身動きを封じた。

 

「べべ! 完全にやられてなかったんだ!?」

「ヒッ。まぁやられた振りして様子伺ってた訳よ、正解だったな? じゃあ野分、後は頼むぜ!」

『心得ました!』

『…ッギ、グヴゥ……ッ!!』

 

 望月の策によって抑え付けられた深海金剛、野分はこの機を逃すまいと全速で駆け出し綾波に近づく。少しして野分は普通の艦娘とは比べものにならない速度で綾波の下へ辿り着くことに成功する。だが望月の策で足止めしなければ綾波がどうなっていたか分からない、それだけに野分が綾波を背に負ぶさる姿を見て、拓人は緊張は続くも胸の痛みが軽くなる感覚を覚えた。

 

 ──野分が綾波を連れて拓人たちと合流すると、直ぐに翔鶴が綾波の容体を診るべく彼女の身体に手の平を翳した。

 

「──大丈夫よ、解毒すればイノチに別状は無いわ。ただ毒が回り切ってるから、それに削られた体力が戻るには回復させるにしても時間が掛かるわね」

 

「よ……良かったぁ、直ぐに治療をお願い出来る?」

「えぇ。任せておいて! 野分、綾波を借りるわ」

『ウィ』

 

 翔鶴は野分から綾波を譲り受けると、綾波の身体を支えながら手の平から青い光を発して向ける。綾波の解毒が始まり手持ち無沙汰の野分は深海金剛を見やる。

 

『グ、ヴヴゥ……ッ』

『あれだけのダメージを受けてまだ立ち上がるとは…艦娘を基準にしても並みを悠々と超えている、恐ろしい生命力です。深海化しただけではこうはならないでしょう』

「──よう野分、次はアタシかアンタの番だがよ。勝ち目はあるかい?」

 

 隣に近づく望月の言葉に、野分は黙って首を横に振る。改二艦の攻撃を立て続けに受けてもまるで意に介さない、正に鬼神の彼女に対して勝率は少ないと、口に出さなくとも雄弁に語った。

 

「ならここは手ぇ組もうぜ、アンタの力とアタシの頭脳でヤツに対抗してやるのさ。マサムネのヤローは単艦波状だの言っとるが、アタシらヒトリずつじゃあデータ収集もよぉ、天龍綾波に比べると「雀の涙」だろうさ?」

『…策があるのですか?』

「まぁな、んでもフタリの力合わせても勝利を掴むこたぁ叶わない。()()()()。それでもよぉ…次に繋ぐために死に物狂いに抗う、コイツぁそういう戦いだ…そうだろ?」

『…ウィ、そのとおりです。我々フタリの力ならば…鬼神に一矢報いることも出来ましょう、ボクはそう信じます。マドモアゼル…望月さん』

 

 互いを信頼し、鼓舞する。そうして気概に満ちた笑顔になると、共に鬼神の方へ向き直る。

 

「よっしゃ、んじゃあー作戦伝えるぜ、アンタはそれを実行してくれりゃあ良い。期待してるぜ?」

『ウィ! 必ず貴女の策を行使して、荒ぶる神の戦闘データを回収しますっ!』

 

 こうして次に深海金剛に対峙するは、天賦の策士望月と美醜一体の戦士野分。果たしてフタリは深海金剛からデータを取ることは出来るのか? それぞれの思いを胸に今──第三戦が行われようとしていた。

 




〇竜(ドラゴン)
 竜の定義とは、何モノよりも硬い鱗、鋭い鈎爪、強靭な生命力を持った怪物であり、冷気が弱点とされたがそれでも古代では「地上最強の生物」と謳われた存在であるとされる。人智を超えた能力を数多く持ち合わせたことで一部地域で「神格化」されたモノでもあった。
 この世界にも竜は存在していたようだが、三大異種族と同じく時代の流れに逆らえずその姿を消していた。地上に残った人間たちは過去の「異種生命体」たちの能力を、様々な手を使って現世に蘇らせようと画策しているようだが、今のところ艦娘に因子を植え付けた「異能体」しか成功例が見当たらないようだ。中には三大異種族と竜を包めた人と異種族の「混血(ハーフ)」も存在しているとか、まぁ眉唾物の伝承でしかなく私も会ったことはない。探せば何処かに…フフッ、流石に夢想が過ぎるか? だが結構だと思うよ、私も特異点という使命が無ければあの世界をゆっくり散策したかったものだが…ままならないものだな?
 さて、いよいよ折り返しだ。今度は望月と野分が挑むようだね、彼女たちが金剛にどう肉薄するか、一見の価値あり、かな?


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月陰り、風吹き散る── ①

 綾波の捨て身の活躍で、深海金剛の戦闘データ回収は遂に5割を切った。これの意味することは──着実にエリ(金剛)復活の道が視えて来ていること、困難はあるが後5割をどうにか集めるしかない。でなければこの場の全員はおろか全人類が鬼神の暴力により壊滅する、それを今阻止出来るのは…?

 

「さぁて…?」

『………』

 

 並び立つ両雄、望月と野分。改二艦でこそないがフタリはそれに匹敵する力を所持している、望月は頭の回転の早さ、野分は深海化による身体能力向上。

 しかし天龍の縮地めいた瞬足と綾波の引力や斥力といった重力を操るなど、一芸特化や次元の違う能力を有している訳でなく、それらをそれぞれ全力でぶつけても深海金剛と渡り合えるかは分からない。なのでフタリで共闘することに決めたのだが…?

 

「…よし、向こうさんはベベが拘束中っと」

 

 深海金剛がベベが変形した手枷を填められたことにより、腕が空中に固定された場面を目に確りと映すと、望月は手首に着けた映写型通信機に手を掛け、鎮守府連合でエリを治療中のユリウス、マサムネに向けて通信を起こす。どうしたんダイ? と片手を動かしながら望月に応答するマサムネに、望月は野分とフタリで深海金剛を相手取る旨を伝える。

 

「──っつーワケで、アタシらフタリでやらせてもらうが構わねーだろ?」

『ン〜まぁデータも50%集まったからネ、ぼくは別に構わないと思うヨヴェイビー! そうだロウユリウス?』

『うむ、フタリで掛かれば個人の不測の事態に片方が対応出来る。しかしながら…懸念事項としては、フタリがかりでも深海金剛と真面に戦えるかだな。カイニ艦でもやっと数10%動かすことが出来るほどだ、壁は厚いぞ望月?』

「わぁ~ってるよ。…お前さんの見立てじゃどのぐらいだい?」

『ふむ──”5~10%”でも文句は無い、勿論それだけだと展開次第で数値が足りないリスクはあるが、一応50%以上でもデータのインストール自体は可能だ。精神の修復が完全に終えるかが問題であるが』

「お前姐さん殺す気かよ! んまぁ正直そんなものだよなぁ?」

 

 改二艦という人智を超えた力でも、敵に多少の負傷を付けただけ。深海金剛側に「五行廻輪」がある限り傷は付けた傍から全回復されてしまう、だからこそ戦闘データも十全に取れる状況を維持出来ているとも言えるが、それでもデータ収集率は一戦ごとに「20~30%」が限度であるなら、実力として平凡な艦娘より少し上の望月たちだけで挑むのが、如何に絶望的であるか。そういう話である。

 

『勿論不完全なデータインストールは「最終手段」だ、だが頭に入れていてほしい情報ではある。それは覚えておいてくれ』

「おぅ。…仮にアタシらで「5~10」だとして、残り約40%を翔鶴で行けるか、だよなぁ? 綾波で30%だから十分範囲内だが──」

『──果たしてその数字を出せるかだネェ? 数字というのは絶対だケド、曖昧でもあるンダ。だから試行回数を繰り返した「統計量」が重要になるケド。この一回限りの状況ではそうは言えないよネェ? 従って綾波君の数値が絶対ではナイ以上、君たちや翔鶴君がシぬ気で挑んでも目標の数値を出せるかどうか…?』

 

 頭を抱える望月、ユリウス、マサムネの頭脳チーム。彼らの聡明な知見でも先の見通せない現状、果たしてどう打ち破るのか…?

 

『──ふぅむ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少しはデータも取りやすくなると思うのですが?』

 

「──…っ!」

 

 野分の何気ない一言に、望月が人知れず目を見開く中、ユリウスが唸りながら「難しいな」と呟く。

 

『確かにそうなれば君たちは戦いやすくなるだろうが、そうなるためには向こうを弱体化させるしかない。だが…仮にそれが可能であれ戦闘データ的には「彼女本来の強さ」を測るのが望ましい。本気の彼女でなけれなデータ収集も捗らないと予想出来る』

『そもそも戦闘も大分長引いているしネェ? これまでは慢心が働いていたかもしれないケド、敵も君たちの力を流石に警戒して来る頃合いだと思うヨ。弱体化を施す隙を突けるか怪しいんじゃないカナ?』

『ぐぬぬ…仰るとおり過ぎますね、矢張り正面から戦うしかないか』

「…よぉ野分、ちょいとアタシの話──」

 

 望月が野分に何かを伝えようと口を開いた──その時、肌と鼓膜に衝撃が来る。

 

 

 

 

 

『──Grrrrrrrrrrrrrrrrrrruuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuugraaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

『…っ! 望月さん!!』

「あぁ来なすった! …っつ~! 一瞬で耳がキーンで肌も痺れた、この距離でか?! マジで規格外だぜありゃぁ…!」

 

 フタリが目にした光景は、遠く離れた距離の深海金剛が竜化したまま雄叫びを上げて大気を揺らす衝撃のシーン。音はそのまま破壊のエネルギーとなり空間に響き渡ると、ベベが変形していた手錠が粉々に砕け散って行く。竜神は両手が自由になっても尚怒号を叫び続ける。まるで野獣のそれを発しながら深海金剛は、今度は何もない空間に向かって両腕を振り回し始める。腕を一振りする度に波は弾け飛び、爪の軌道は真空となり空を走り、爪撃は海面を抉る。虚空を続けざまに引き裂く様は、怒り狂って我を忘れてしまったようにも見えた。

 

『Urrrrrrrrrgrrrrrrrrrrraaaaaaaaaaa!!!!!』

 

『あのお方は何故何もない場所に向かい、竜爪を掻き散らしているのでしょう?』

「コイツは予想だが、竜属性が竜の特性をその身に再現するモンだからって「狂暴性」も再現しちまったんじゃねぇか? 短時間なら理性に影響はないが、大方綾波との戦いで時間を無駄に食っちまって竜の本能を抑えられなくなっちまった感じか?」

『ふむ、敵は大技を扱いきれていないようですね? 五属性以外の属性を使い続けさせれば、隙の一つを見せてくれるでしょうか?』

「それだと相手が属性に慣れるかも分からねぇ、()()()()()()()()()()…つったらどうする?」

 

 望月の説明を聞いていた野分は、彼女から受けた提案に「早過ぎる」と目を丸くするも、次に顔を引き締めるとその説明に耳を傾ける。遠くで話し合う彼女たちのやり取りを尻目に掛けながら、深海金剛は──自身の片腕の竜爪をもう片方の腕に突き立てると、竜鱗を貫通しながら自身の肉に食い込ませる。

 

『Gaaaa!? …ッ! 竜化解除、五行…廻、輪!』

 

 痛みで無理やり理性を呼び起こすと先ず竜化を解く、紫がかった全身を覆う竜鱗が見えなくなると、全身の負傷はそのままに元の青白い肌に戻る。次に指で特定の型を作ると、今まで受けた傷が瞬時に全快した。

 

『ハァッ……ハァ……ッ!!』

「──おっと、早いな。もう立て直しやがった、まぁそういう訳で…頼むぜ?」

『ウィ! お互い死力を尽くしましょう』

 

 望月と野分が敵の完治を認めると、連れ立って鬼神の元へ駆け出した。後ろで見守っていた拓人たちも黙って見送る。

 

「頑張って…望月、野分!」

「──…良し、治療完了よ!」

 

 翔鶴が綾波を懐に抱えて治癒魔法による解毒治療を試みていたが、どうやら成功したようだ。翔鶴の片手から放出していた光が徐々に消えると、同時に眠っていた綾波が目を覚ます。

 

「…ここは?」

「綾波! 良かった…無事な君が見れて本当に嬉しいよ!」

「司令官? …そうですか、間に合ったようですね。まさか間に合うとは思わなかったので、未だ夢心地です」

 

 そう言いながら綾波はゆっくりと起き上がる、立った瞬間足元がふらついたが経過は概ね良好のようだ。

 

「大丈夫? 無理しないでね」

「ありがとうございます司令官、ですが──…っ! 深海金剛! 矢張り生き残っていましたか、警戒を…っ!?」

 

 綾波は深海金剛の姿を認めると、大斧が収めてある背中に手を伸ばすも。勿論斧など在るはずなくその手は空を切る、どころか自分で上げた腕の動きに釣られる様に後ろにふらつきだす。

 

「ちょ、ちょっと本当に大丈夫!?」

「まだ無理はしないで! 人間だったら致死量を大きく超える毒が入ってたのよ、身体の回復には一日じゃ足りないわ」

「っく…しかし」

 

 翔鶴の制止を素直に聞き入れるも、何処か歯痒い表情で下の海面を睨む。生き残っただけでも奇跡的だというのに、その上で更に戦い続ける綾波。彼女の不屈の闘志は結構だが兎に角無茶をしないでほしい一心で止めに入る拓人と翔鶴。

 

「──…ふっ、成る程。なら俺も…っ!!」

 

「えっ、ちょ、ちょっと天龍!?」

 

 綾波の頑強かつ健気な姿に感化されたか、拓人の腕で小休止していた天龍はその震える足を再び海面に着ける。瞬間少し顔が苦く歪んでいたが、何とか立ち上がることが出来た。

 

「ダメだって無茶したら、翔鶴が「骨の再生に時間が掛かる」って言ってたでしょ!?」

 

 深海金剛との第一戦に挑んだ天龍は敗北を喫し四肢の骨が粉々に砕けるも、翔鶴の治癒によって骨自体は再生を始めており、この短い期間で立ち上がれるほどになった。しかし──天龍の立ち姿は今にも崩れそうで、顔も苦痛が露わになっており、とてもではないが万全に戦える状態ではない。

 

「構わない、どのみち明日も分からない戦いなのだから、お前を守るくらいはやっておきたい」

「ぅう~、素直に嬉しいけどさ。…綾波も休むつもりない?」

「はい…この身体が動く限界まで、貴方たちをっ、お守りしま…っ」

「…ふぅっ! もうここまで来たら防御もないわね? 本当はやり過ぎもよくないけど、もう一度ぐらいフタリに治癒魔法を掛けてみるわ」

「頼むよ翔鶴。ほらフタリとも、後は望月たちに任せて休んでおいで」

「あぁ…済まない」

「後は、お任せします…っ」

 

 満身創痍のフタリはまだ戦う意思を消せず、このまま瀕死の身体で戦うことになればそれこそ沈むことになりかねない。翔鶴は再度フタリに治癒魔法を掛けるべく動く。

 防御も成り立たないほどにボロボロになった拓人陣営、意気揚々とこの海域に入って来た数時間前と違い、徐々に、着実に駒が潰され「絶望」が見え始めていた。

 だが俯いては居られない、エリを取り戻すため拓人たちは気持ちを一つに鬼神に立ち向かわなければならない。希望が見えなくとも…この「惨劇(リアル)」を生き抜かなければいけない、全ては諦めないと誓った「自分たち」に報いるために。

 

 ──拓人たちの様子を振り返りながら見つめると、望月は正面に向き直り野分と共に海面を滑り進み…遂に深海金剛の元へ辿り着く。

 

『──…ッフゥ~、危ナイトコロデシタ。マサカ特攻紛イノ捨テ鉢ニナルトハ、ソレデモ私ハ倒セナカッタミタイデスネェ?』

 

 綾波の全霊を賭けた攻撃、その全てを受けても立つ深海金剛。したり顔で自ら勝利を讃えるも望月はすぐさま「口撃(こうげき)」を加える。

 

「その割にゃあさっきまでほぼ死に体だったみてーだがな? 最強の艦娘でも不意打ちは覆せないみたいだぜ、五行廻輪が無けりゃアンタ立つこともままならないんじゃねーのぉ? 鬼神が聞いて呆れるぜ、なぁ野分よぉ?」

 

 見え透いた挑発、野分もそれに黙って頷くも深海金剛は──全く動じていない様子で切り返す。

 

『運モ実力ノ内デアルナラ、能力ト技術モマタ然リデェス。知ッタヨウナコトヲ喋ルナラ、先ズハ一隻(ひとり)ズツ掛カッテ来ルコトデスネ。マァ~無理ダカラ徒党ヲ組ンデイルノデショウガ? アッハハ!』

「言ってくれるじゃねぇか、鬼神さんよぉ。…ちっ、五大属性以外の属性使いこなせない癖によぉ。威張る前に恰好付けろっつーの」

『も、望月さん。あまり煽り過ぎるのもどうかと、まぁそれは確かにボクも…少しだけ思いましたが」

 

 深海金剛の御しきれない五大属性外の強力な力、それに対する思いを短く言葉にして乱暴に投げつける。()()()()()()()()()()()()()()()()()と、斜に構えた意見だ。だが「当然だろう」と深海金剛は応じる。

 

『世界トハ強ク、ソレデイテ広大ナノデス。自然現象ヤ定メラレタ理法ハ本来ナラチッポケナ生命ニ操ル資格ナド持タサレナイ、ソレヲ一朝一夕デものニシロトイウノハ「一晩デ世界中ノ全ノ戦イヲ終ワラセロ」ト言ウノト同義デス。

 艦娘トイウ兵器ガ現存スル以上、コノ時代デモ未ダ何千何万トイウ戦イガ各地デ起コッテイルノデショウ? 大ナリ小ナリデモソレヲ一度ニ終ワラセルコトハ「不可能」、流石ノ私ニモ無理難題デェス』

「ぐっ、屁理屈だが通りは良い。人の理で起こしたモン止められねぇヤツに、世界の理をおいそれと御せるとは限らねぇか。しっかし…そりゃあ自分が「弱い」って言ってるモノじゃねぇかよ? テメェは史上最強なんじゃねぇのかい、そんな調子だからまともな勝ち方出来ねぇんじゃあねーかい?」

『フゥン? 何カ勘違イシテイルヨウデェス。私ガ一番強イコトハ否定シマセンガ、戦イノ勝敗ヲ決メルノハ「強サ」デハアリマセェン。決メ手ハ──()()、ソレダケデェス。

 弱クトモ勝利ヲ掴ムコトハ可能、私ハソレコソヲ恐レマス。相対的弱者の執念(ジャイアント・キリング)コソ…コノ世デ尤モ「力」ノアル理ナノデェス、ダカラコソ私ハ常ニ執念ヲ持ッテ戦イニ望ムノデス。勝利コソ私ノ存在意義…敗北ハ許サレナイ、慢心コソスレ最後マデ浮カブノハ…コノ私ナノデェス!』

 

 深海金剛は最高の嗤い貌で勝利に必要なものを説いた。

 執念…最後まで立ち上がり続け、生き残り、より勝利を渇望し戦い渡るモノこそ、真の「強者」である。確かにそうだと望月も得心する、しかし──言いたいことは解るがまだ「不足」している、そう感じた望月は彼女の言い分から「足りないもの」を補足し看破しようとする。

 

「成る程、アタシとアンタで最強の定義が違うと。最終的に勝ったモノが強ぇのは理解出来る、ただ──しょうり、勝利ねぇ。アンタの言いたいこたぁ分かるが、そも戦いっつーのは「手段」でしかねぇ。

 今もニンゲンたちが戦争続けてんのは、領土やら食糧やらを求めての蛮行だ。どんなに多くの血や犠牲があろうと手を伸ばさずにはいられねぇぐらいの「美酒」がねーと話も始まりはしない、つまりその先に自分が本当に求めるモンがねぇのなら…ソイツはただただ虚しい「空ッポの勝利」なのさ、勝ちに拘っても目的が無ければ何の意味もねぇのさ?」

 

 勝負とは、勝利とは「願望を果たすため」の過程の一つに過ぎない。目的無き頂点ほど無益なものはない。そう論破する望月であったが…深海金剛は落ち着き払った様子で言葉を返す。

 

『ホゥ…確カニ一理アリマス。勝負トハ白黒ツケルダケデハナイ、成シ遂ゲルベキ目的ガアリ、ソノ上デ勝利シナイト意味ハアリマセェン。デアレバ…ソコマデ言ウナラ貴女タチニモ立派ナ「目的」ガアルハズ。聞カセテモライマァス…貴女タチハコノ戦イニ何ヲ求メルノデェス?』

 

 望月の皮肉の効いた言葉に対し、深海金剛は納得した上で望月たちの戦う理由について聞いてきた。自然な会話の切り返しだが望月は僅かな「違和感」を感じつつ頭を働かせる。

 

「(コイツ…さっきまでの天龍や綾波が戦っている最中にも、何やら話し込んでいる様子だったが。似たようなことを聞き回ってやがったな? 戦う目的か…戦闘を止めてまで態々問うことなのか、っつー疑問はある。何が目的かは分からねーが…これ以上いびってものらりくらり躱されそうだぜ)」

 

 先ずは少しでも精神的苦痛を与えることで、先の戦いを有利にさせる狙いがあってこその罵り口であった。だが望月の()()()()()()()()()()()誹謗を物ともせず、憤るどころか「そりゃそうだな」と冷静に応答した。既に望月の「策」に勘づいてこその発言か、修羅場の数の違い故の強固な精神力か勝ったか。何れにしろ桁違いの暴力の持ち主らしからぬ「柔軟性の高さ」だった。

 先ほどの暴悪的な力を振るう様と打って変わり、酷く落ち着いた姿勢と機知の富んだ地頭の良さが滲み出ていた。力だけでなく智慧まで備えているとは…どうやら一筋縄ではいかないようだ、最強の名は伊達では無かった、こういう手合いが一番やり辛ぇと内心舌を巻く望月。

 これ以上の心理戦に持ち込むことは此方が不利になる可能性が高い。()()のため相手を目を狭めたかったし。出来れば相手の「腹の中」でも覗いてみたかったが…こうなれば相手の話に合わせるしかない。

 望月はそう思い至ると、隣の野分にアイコンタクトで合図を送る。野分も状況を察して黙って頷くと、望月と共に目前の鬼神に向き直った。

 

「何を求めるって、アタシらはただテメェ倒せるように姐さんを蘇らせようとしてんのさ」

『ウィ、我々の目的はエリさん…我々が良く知る「金剛」の復活です。そのためにはマドモアゼル、貴女には「踏み台」になって頂きたい』

 

 揃って口にする「金剛(エリ)の復活」、望月と野分の言葉に深海金剛は──矢張りゲラゲラと嗤って「無駄なこと」と諭した。

 

『アッハハハハ!! 天龍モ言ッテイタ「エリ」デスネ! ソノ彼女ガ私ヲ倒シテクレルト? ソレハソレハ…下ラナイデスネェ! ドレダケノ実力カハ知リマセンガ、ソレデ私ニ勝テルト本気デオ思イデスカァ?』

「へっ! アンタは姐さんの実力を知らないからそう言うのさ、今までもカイニ艦と肩を並べて戦ってたんだ。姐さんがカイニになりゃあアンタは…」

『ソレガ事実デアロウトモ、貴女ガタガ「エリノ蘇生」トイウ目的ヲ果タシタトシテモ、()()()()()()()()()()()。違イマスカァ?』

「…っ!」

 

 望月が強気に出ようとするも、深海金剛は本質を突くことでその勢いを相殺する。

 痛いところを突かれた。確かに金剛(エリ)が復活したとしても、その上で改二に成れるかもそもそも分からないし、仮に至れたとして深海金剛と対等に戦えるのか? その二つの巨大な疑問を解消出来る証拠を、今の望月たちは持ち合わせていなかった。

 歯噛みする望月を畳みかけるように、深海金剛は望月と野分にそれぞれ問いかける。()()()()()()()()()()()

 

『望月…デシタカ? 貴女ハ良ク頭ガ回ルヨウデスガ、ソンナ貴女ガ今ノ状況ガ絶望的デアルコトヲ理解シテイナイ筈ハナイ。ソウデナクトモ賢イ貴女ハ「博打」ニ出ルコト自体「馬鹿ラシイ」ト思イマセンカ?』

「っ、そりゃあ……」

『ソシテ野分、我ガ同胞ヨ。貴女ハ深海ニ沈マナイ自身ノ精神ノ支柱ヲ、「司令塔ヘノ愛」ト言イ表シマシタ、貴女ハソノ気ニナレバ私ノ相手ヲ「少シノ間」保タセルコトガ出来ルデショウ。ソノ短イ時間デ、綾波ガソウシタヨウニ私ヲ道連レニスレバ良イ話デハナイデェス? 態々「エリ」ノ起死回生ヲ狙ワズトモ、ソノ方ガ貴女ノ愛シイ人ガ生キ残ル確率ガアルトハ思イマセンカァ?』

『…っ』

『ホラホラァ、ソノ程度ノ浅知恵デハ理論ノ穴ニ足ヲ取ラレル、希望的観測ガ多過ギマス。ソレハ最早策デハナク「愚行」デェス。貴女タチガソコマデシテ戦ウ理由ナドナイ、ソレダケデ私ニ歯向カウナド理解不能、懐疑的胸裡(きょうり)デェス。──恐ロシクナイノデスカ? 自分タチガ沈ムコトニナッタトシテモ、ソレデモ私ニ挑ムト本気デ言エマスカ?』

 

 またしても、天龍や綾波に問うたように今度は望月たちに対しても「覚悟」を問い質す深海金剛。その問いが彼女にとって何を意味するのかは分からない、だが──それでも答えなければならない。それぞれの胸に秘めた──答えを。

 

「──悔しいがアンタの言う通りさ、アタシらがこの場を切り抜け、沈まずに離脱出来る確率は…今のところ「0」だ。奇跡でも起きねぇ限り覆らない事実だろうぜ、だがなぁ──アタシらは最初から全部承知の上なんだよ。姐さんが蘇らねぇかもしれないことも、沈むかもしれねぇこともな。

 ここに来る前から頭で何千何万と予測立てても、結局アンタって言う「化け物」見て現実叩きつけられてよぉ、全部無駄だってこと理解しちまう自分が居るのさ。ヒッ! 笑えるだろここまで来たらよぉ?

 だがなぁ…アタシのこの頭の良さは「自前」じゃねぇ、取って付けられたモンだ。だからこそこの「どうしようもねー思考」は切り捨て、やれるだけやってやるって決めたのさぁ。どんなにビリビリに破かれた「策」も、一通り試してやるさ。そこに一欠片の「勝利への解答」がある限りな?

 何故かってアタシは──()()()()()()()()()()()! そんだけ往生際の悪ぃ性根だからなぁ? アタシの望んだ「未来」は…こんなとこで終わりゃしねーよっ! ヒヒッ!」

 

『ボクは…コマンダンに生きていてほしい、今の醜いボクに「それでも美しく在れる」と教えてくれたから。そのコマンダンは──エリさん、ボクたち、更にこの世界全ての人々の「生存無事」を望んでいる。ならばボクが為すべき行動は、もう決まっている。

 どんなに深く醜い絶望が、煌びやかな未来を遮ったとしても。ボクが…ボクたちがそれを打ち破って見せる。コマンダンがそれを諦めないと仰るなら…ボクは最期まで、彼の美しい心を具現し、障害から守り切って見せる。

 美しきを助け、醜きを正す。「美助醜正(びじょしゅうせい)」こそが、ボクの信条(モットー)ですので!』

 

 それぞれの言葉で形にする想いは、共通して「未来」を見据えるモノ。それぞれの未来のため最期まで抗って見せるという、信念が現れたモノだった。

 

『──理性ダケデ完結サセナイ意志ノ硬サ、愛スルものノ意思ヲ真ニ果タソウトスル気高イ矜持。…アッハハ、見事デス。望月ト野分、貴女ガタノ一隻ノ力ハ貧弱デアロウト、二隻デアレバ…ソノだれヨリモ輝ク意志デ道ヲ切リ開クノデアレバ、絶望ヲ切リ裂クコトハ可能…カモシレマセン。ソレガドレホドノ切レ味ナノカ、興味ガ湧イテ来マシタッ!

 良イデショウ、合格デェス。ココカラガ本番! 貴女タチノ鋭ク砥ガレタ「克己心」ヲ、私ガ圧シ折ッテアゲマァス!!』

 

 深海金剛は彼女たちの精神力を認め、改めて壊し砕くべく両拳を握り締め構える。望月と野分もそれに応じて臨戦態勢、望月の前に野分が進み出てレイピアを構える。後ろの望月も深海金剛の隙を伺うように、力強く眼を見開いては策を練り始める。

 

 ──無論、望月が既に一手策を講じていることを、深海金剛は知る由は無いのだが。

 

「(頼むぜ野分…こっから正念場だ!)」

『(必ず生き残る…コマンダンたちと共に、美しい未来(そのさき)を…っ!)』

 

 睨み合う両組、改二艦ではない望月と野分は深海金剛という最強(かべ)に対し、本当に一矢報いることは出来るのか…?

 



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月陰り、風吹き散る── ②

 大分難産でした…。


 ──深海金剛戦、第三戦の幕が今上がろうとしていた…。

 細剣を構える野分、そして迎え討つ深海金剛。その様子を野分の後方からじっくり観察する望月。2対1のデスマッチで先手を打ったのは野分だった。

 

『お覚悟!』

『ハッハァ! ソウ簡単ニ不覚ハ取リマセェーン!!』

『…っはぁ!』

 

 深海金剛に剣を向けると同時に、剣身が淡く紅い光を帯び始める。野分は一気に距離を詰めながら紅い光剣を鋭く、素早く深海金剛に刺突する。が──当たらない、剣の軌道を読まれていたようで掠りもしない。

 

『遅イデスネェ!』

『っ、ならば…何度でも突き貫く!』

 

 野分は再び剣を構えると、疾風のような突速で「連続突き」をお見舞いする。無数の剣影が深海金剛を捉える。

 深海金剛は紙一重でそれすら避け続けるも──完全に躱し切れなかったのか、頬に光剣の傷が薄らと浮かび上がる、それは肉が焼けるような音と共に煙を出している。

 

『(オット、天龍ホドノ速サデナイト油断シテシマッタヨウデェス。シカシコレハ──高密度ノ熱エネルギー、触レタラ大火傷デース。マッ、深海細胞ガアル以上大シタ傷ニハナラナイデショウガ…念ノタメ)』

 

 深海金剛が野分から一歩半後ろへ飛び退くと、右腕を前に突き出し指を揃えた状態で意識を集中する。すると──直ぐに右腕を中心に「炎」と「電気」エネルギーが渦巻き始める。煌々と燃え上がる紅い炎と鈍い音を発しながら迸る蒼い稲妻は、やがて交わり混ざり…最終的に右腕に纏った稲光を放つ蒼炎に変わる。更にそこから形を整えると…剣を模(かたど)った鋭利なエネルギー体の武器に様変わりになる。腕に青色の剣身が出来上がった状態だ。

 

『コレハ「プラズマエネルギー」ヲ融合サセ、ソレヲ空間属性デ固定シタもの…斬リ合イハ得意デハアリマセンガ、同ジ戦術デ戦イ制シテコソ「勝負」トナル。サァ…行キマスヨ!』

『…っ!』

 

 腕の蒼い剣を構えると突撃して来る深海金剛、野分は自前の紅い光剣で深海金剛の蒼い光剣を受け止める。紅と蒼の剣が鍔迫り合いの形で交差する。火花が散る中野分は深海金剛の行動の意図を冷静に分析する。

 

『(成る程、もう五属性以外の属性を絡めた「複合使用」も可能なのか。望月さんの言う通り長期戦は此方が不利になるか。しかし──そんなことせずとも彼女は五行廻輪と深海細胞がある以上、素手でボクの剣を止めれば良いだけの話。それをしないのは──直感か、ボクらが「無策」で戦いを挑むとは考えていないなら、付かず離れずの距離を取りやすい「剣」で様子を窺おうということ)』

 

 野分がそう分析していると、深海金剛は剣を振り抜いて野分の剣を弾いては力任せに振り回す。野分は剣筋を見抜きながら躱し、致命傷に成りかねない攻撃を往なしては自身も素早く突きを繰り出してダメージを与えようと試みる。連続で突き出される高速の突き…深海金剛もまた野分と同じように、攻撃を防ぎながら時に斬撃を肌に受けながら前に無理やり進んでは力強い一撃を繰り出そうとする。野分も負けじとその必殺を華麗に躱しては距離を詰めるも──野分が至近距離に来ると同時に仰け反り、次に後ろに一歩、そこから後方へ跳びながら下がるという慎重さを見せる。

 

『(ユリウスさんたちの言う通りだ、綾波さんがあっさりやられたのも事前に天龍さんの「執念」を垣間見たから。慢心を抑えた結果があの「毒を用いた行動制限」なんだ、今回の戦いも…簡単に背を見せてはくれないだろう。それこそ綾波さんのように捨て身で行かなければ…っ!)』

 

 深海金剛が事前に語って聞かせた「勝利への執念」が形となった結果、確実に勝てる方法を模索し始めている。野分と望月の実力差が自身に迫ろうが明らかに弱かろうが、虎視眈々と逆転を狙う自分たちを見越しての対抗策を打ち出している。

 思わず苦い顔で見つめる野分と、反対に不敵の笑みを浮かべる深海金剛。全てを見透かした笑みは野分から徐々に精神的余裕を奪っていく、果たしてこの用心深い鬼を騙して「策」を打ち込むことが出来るのだろうかと不安が胸の中を蝕んでいく。

 

「──ウェポンシフト「S-Kan」…っ!」

 

 野分の不安を取り除かんとするように、望月が右手に携えた「ブロック状の物体」に音声コードを吹き込む。すると独りでにブロックが極小のブロック体群に分離し、望月の身体と艤装に張り付くと…まるで粘土を上から練り込んで形を整えるように、その完成形が見て取れた。それは──駆逐艦の小柄な体には見合わない、巨大な砲塔が目を引く「51cm連装砲」を背に装着した、望月の姿だった。

 

「…おらっ!」

 

 ──ズドオォオンッ!

 

『…っ!』

 

 掛け声とともに大砲から爆炎と徹甲弾を放つ望月、轟く砲撃音と後ろから迫る風切り音に、野分は反射的に横に身体を傾けると、瞬間砲弾が野分の横をすり抜けながら真っ直ぐ深海金剛へと向かって行く。

 

『…フンッ』

 

 冷静に眼前に迫る砲弾に向けて右腕の蒼剣を振り抜く、深海金剛の顔面に着弾する前に望月が放った徹甲弾は真っ二つになる。半分になった砲弾は左右後方へ飛び散り、深海金剛の背中で二つの水柱を立てながら爆発した。

 

『…虚仮威(こけおど)シデスカ?』

『も、望月さん。ボクに当てようとしませんでした?!』

「ヒッ、なぁに言ってんだい。ビビッて剣筋鈍ってんじゃないかと思って、喝入れてやったのさ。愛の鞭ってやつだねぇ~?」

『それは幾ら何でも暴論では・・・;』

「まぁお前なら避けるとは思ったし、鬼神ヤローにも真面に当たるとは思ってねーよ?」

『フンッ、折角のッテ来タトイウノニ。興醒メ甚ダシイ、コレガ貴女ノさぽーとナラ寧ロ戦イノ邪魔。余計ナ茶々入レンジャネーヨ糞餓鬼』

「そう言うなって? それによ──()()()()()()()()()()()()()?」

 

『──…ッ!?』

 

 深海金剛は望月の言葉に、ハッとした表情で後ろを振り向くと──そこには既にゴーレム体となった──通常よりやや小さめの──ベベが「三体」、海下から水飛沫と共に飛び出した姿が見えた…っ!

 

「どうよ、さっきまでテメェの手錠してた個体とぶち込んだ徹甲弾、ご丁寧に半分にしてくれて二体、計三体のミニマムベベよ。どんなに粉にしようともアタシを沈ませない限り、何度も複製して襲いかかるぜ!」

 

 

「「「ゴアアァーーーッ!!」」」

 

 

『…小癪ッ!』

 

 望月の啖呵を号令とし同時に襲撃する三体のベベ、深海金剛は腕を振り下ろそうとする正面のベベの攻撃を、腕の蒼剣で受け止める。左右のベベの鉄拳が迫る中、右腕を払う要領で正面のベベを斬り捨てると、そのまま勢い付く形で右側に足を踏み出して背中から体当たり、右のベベを吹き飛ばすと迫る左のベベは右腕を突き上げて「串刺し」にする。左のベベは斬突跡から入った罅(ひび)が上下に走ると、ぱっくり割れてしまう。

 

「…ゴッ」

 

 右のベベが態勢を立て直して着水、そのまま拳を構えて臨戦態勢。野分も細剣を手前に突き出して敵の隙を窺う。望月は二ヤつきながら深海金剛を煽り倒す。

 

「テメェが言ったんだぜ? 相対的弱者の執念(ジャイアント・キリング)がこの世で尤も強ぇ理だってなぁ。ベベは倒したとこでちょいと時間が経てばまた復活する、アタシを倒そうとしても野分がそれを止める。一つずつの力ぁ弱いかもしれねぇが壁にはならぁ、()()()使()()()()ってな!」

『フン…ヨク回ル舌デェスネ? 束ニナッテ掛カッテモ私ガ貴女ガタヲ吹キ飛バスグライ造作ナイトハ思ワナイノデスカ?』

「そりゃあな? だが…アンタは今アタシらの力を警戒している。だから大技はそうそう使わねぇとアタシは踏んでる」

『…根拠ハ?』

「根拠ぉ? そうさね、単純な見方さ。アンタのファイトスタイルは姐さんと同じ「徒手空拳」だ、それを得意じゃねぇと言いながら態々リーチの長い片手剣で斬り合ってるということは…アタシらが繰り出す一手で形勢逆転されるのを恐れている、故に戦闘時にある程度距離が出来る剣で様子を見ておきたいし、っつーこたぁアンタとしてはいつでも対応出来るように、属性使用を最小限に抑えようとしている。アタシが同じ立場ならそうする…違うかい?」

 

 深海金剛の勝利への執念を見越して、それを逆手に取った心理攻撃。望月の読みが当たっていたのか深海金剛は苦い顔で彼女を睨む。

 深海金剛の思考を読み解いた望月は、そのまま言葉巧みに精神を揺さぶろうと深海金剛に話しかけ続ける。

 

「ヒッ、随分用心深いことだ。さしづめアンタは今、アタシらに出し抜かれて勝利を掻っ攫られないように眼を光らせてる、文字どおり「疑心暗鬼」状態ってとこか? ……もしくは、敗北がアンタにとって()()()()()()()()、と考えているかだ。

 どちらにしろ余計な心配は要らねぇぜ、アタシの盤上に立った時点で、アンタがこれからアタシらに倒されるんは確定だからな?」

 

『──…ッ!』

 

 望月の言葉遣いに、深海金剛は目をカッと見開いて「怒り」の様相を見せる。それは望月の言葉に「(のせ)られた」ことに間違いはなく、深海金剛は語尾に怒気を滲ませながら望月に問いかける。

 

『…ソレハ、貴女タチニ私ガ「負ケル」ト言ッテイルヨウニ聞コエマスガ?』

「そういう意味で言ったからねぇ? テメェが負けることが怖ぇ「臆病モノ」だってのは、自分でもう分かってんだろ。実力差があるんだったらさっさと攻めてくりゃあ良いのに、一手に慎重になり過ぎて失敗することに過敏になり過ぎだっつーの! そんなの全属性操るのも、力も頭も、才能ぜぇ~んぶ溝(どぶ)に投げ捨てているようなモンだぜ。

 失敗ありきじゃあなきゃ何事も進展しない、そんな及び腰なヤツにアタシらが負けるかってぇの! ヒヒッ! 馬鹿だねぇ…だから、海魔大戦で負け同然の封印なんて手段しか出来なかったんじゃね? テメェは最強でも何でもない、ただの「腰抜け」だ。どんなに手を尽くしたってよぉ…受け身のヤツが成功(しょうり)なんぞ取れねーんだよ!!」

 

『──ホザイタナ小童ァッ!』

 

 望月のあの手この手の扇情行為に、遂に怒り心頭に発した深海金剛は水面を蹴ると一瞬姿を消すと、次に望月の前に「瞬間移動」して見せた。そして迷いなく右腕を振り上げると蒼剣で斬り捨てに掛かる。

 

『コレデ、終ワリデス…ッ!』

「──いいや、やっぱりアンタだよ。終わったのはよぉ!」

 

 威勢の良い望月の掛け声はただの遠吠えではなく、懐からある物を取り出して深海金剛に突き出すと、それは彼女に向けて強烈な「光」を浴びせた…!

 

『グァ!? 目潰シトハ…ドコマデモ、小馬鹿ニシテ…ッ!』

「探照灯だぜ、こういう使い方もあるってことさ! さぁて仕上げだ…野分!」

『ッ、何…!?』

 

 探照灯の熱光を直に当てられて、一時的に目を開けられない状態にされた深海金剛。望月の招く声に次は何をするのかと警戒していると──後方から波を搔き分ける音が聞こえ始める。野分が急速に深海金剛との距離を詰め始めたのだ?

 

『ッ、ウオオォッ!』

 

 深海金剛が立ち止まざるを得ない状況で背後に振り向き、右腕の蒼剣で迫る何モノかを、見えないながらも振り抜いて斬り捨てようとする。

 野分は鋭く冷たい眼で深海金剛を見据えると、太刀筋を完全に見切っては彼女の懐に入ると彼女の腹部に得物を突き刺す。その得物とはいつもの細剣でなく──何の変哲もない「短剣」であった。

 

 ──ザシュッ

 

『ガッ!?』

 

 まだ朧げな目を痛みで見開く深海金剛、彼女が見たのは自身の腹部に短剣を突き立てた野分の姿。そして…己の右腕の蒼剣がぐにゃりと形状変動を繰り返す光景だった。

 

『ック、剣ガ…形ヲ、保テナイ……ッ!?』

 

 深海金剛の右腕に作られた光剣は、程なくして光の粒子となって霧散した。これは望月たちの作戦が「成功した」ということだった。

 

「ヒッヒッヒ! おいおいどうしたよ、ご自慢の属性魔法が上手く使えねぇようだか、具合でも悪くなったかい?」

『…大体想像ハ出来マスガ答エテモライマス、望月…()()()()()()()()()()?』

 

 ギロリと望月を睨む深海金剛、野分は短剣を深海金剛から引き抜くと素早くその場から離脱し後方へ距離を取る。

 望月はその様子を見ては得意満面の笑顔で、深海金剛に高らかに宣った。

 

「何って、()()()()()に決まってんだろ? 服用したら身体の中の薬が魔力を吸収し続ける寸法よ、事前に短剣に塗り込んだそれを野分に渡しといて、アタシが隙を作っている内に腹にでも刺しとけっつったのよ。

 どうやって気を引いたものかって正直悩んだけどよ、アンタが勝利に貪欲なのは見え見えだったから、()()()()()()()()()()()()()ワケ。まさかここまで上手く行くとは想定外だったがな?」

 

 望月の言葉を受けて、深海金剛は右手を前に掲げて集中する。しかし──その手に魔力が宿ることは無かった。

 

『…フム、ドウヤラ本当ニ魔力ガ出セナクナッタヨウデスネェ? コレデハ属性魔法ガ出来マセン。成ル程シテヤラレマシタ、オ陰デ頭ハ冷エマシタガネ。マサカコレガ…貴女ノ「策」トイウコトデスカ?』

「そうだよ、テメェの強さの大部分は「属性」にある。んなら()()()()()()()()()()()アタシらでも渡り合えるってことよ! コイツがアタシなりの「計略」っつーことだぜ!」

 

 望月がそう言って皮肉な笑い顔を浮かべている中、野分は深海金剛と対峙する手前、望月との会話を反芻する。──

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──望月はゴム手袋をした右手に取ったハンカチで、左手に持った短剣の身に何かを塗っている。どうやら魔力阻害薬のようだ。塗り終わると柄部分を野分に差し出した。

 

「そら、出来たぜ。アタシがアイツの注意を引くから、お前はそれを腹にでもぶっ刺してやんな。薬が効く時間は30分ぐらいだ、その間に攻め立ていけばアタシらでもデータを収集出来るはずだぜ」

『ありがとうございます。それにしても魔力阻害薬とは…良く思い付きましたね?』

「いやぁ、何かあった時のために薬草を煎じた「魔力回復薬」を常備してたんだ。ソイツをちょちょいと細工して()()()()()()()よう作り直したワケ、我ながら天才的な閃きだわ~」

『成る程、貴女らしい策ですね。しかし…宜しいのですか? ユリウスさんたちが先ほど「本気の状態」でないとデータ収集が出来ないと言われていましたが』

「いやそれで良い。必要なのは「深海金剛と殴り合って取れる戦闘データ」だ、あくまで属性使用はアレの強さを引き出すための「パーツ」に過ぎねぇ。確かに属性を使わない分天龍綾波のと突き合わせて数字が多少低くなるだろうが、贅沢言ってられねぇだろ。こんな状況でよぉ?」

 

 属性は魔力を注ぎ込まなければ発動出来ない、魔力を使うことが出来なくなるというのはつまり…深海金剛の強みの一つを「潰す」ことが出来るという事実。それでいて実力はそこまで落とすことはなく、データ収集にも問題は…多少パーセンテージが下がるだろうが、概ね障害は無いと望月は予想していた。そもそも自分たちは最低でも「5~10%」データを稼げば良いのだから、気が楽とも言い難いが堅実な方法で行く方が「確実」にデータを取れるかもしれない。

 

「全属性を省いた深海金剛との「純粋な力比べ」なら、アタシらにも分があるだろうぜ。特別な能力のあるカイニじゃねぇアタシらは、殴り合って数字収集するしかない。それでも化け物相手だから簡単にとはいかないだろうが、野分…深海化してるお前なら十分に相手出来る。賭けに変わりねーが…この策で出来うる限りデータ稼ごうぜ!」

『望月さん…ウィ! 必ず!!』

 

 望月はいつものダウナーな態度とは違い、目の奥に「熱い意志」の見える顔で野分を鼓舞する。野分もそれに応えては作戦の成功を取り交わしたのであった…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

『(あの即席の策をここまで大胆に行い、だけでなく見事深海金剛を出し抜くとは…矢張り貴女は美しいです、マドモアゼル・モッチー。その鮮やかな頭脳戦は、味方としてとても誇らしい…!)』

 

 野分は望月の駆け引きの妙技を垣間見て、絶望が蔓延する中とても晴れやかな気持ちが胸に広がるのを感じた。

 

「だから言ったろ、アタシの盤上に立った時点で詰んでるってな! とはいえアンタがこの程度の劣勢をどうとでも覆せることは十分汲んでるんからなぁ、こっから畳みかけるぜ…一気になぁ!」

 

 望月はそう言って右手に単装砲を呼び出し、腰回りに付けた大型主砲と共に深海金剛に向けて撃ち尽くす。耳を劈く爆撃の炎が舞い上がると複数の砲弾が深海金剛に迫るも、素手で砲弾を弾きながら避けるという荒業で望月の猛攻を防ぐ。

 

「野分!」

『ウィ!』

 

 野分は後方から再び深海金剛に迫ると、細剣を突き続けて深海金剛に少しでもダメージを与えようと強襲する。深海金剛は突きを回避するが全てを避け続けることは叶わないようで、先ほどより肌に傷が付いていることを体感で感じ取る野分、どうやら魔力で「身体の反射神経」を上げていたいたようだ。そういう属性があるのかは野分には分からなかったが、この目に見える「弱体化」は望月の策が見事に嵌まったことを如実に表していた。

 

「オラオラァっ!」

 

 ──ズドオォオンッ! ズドオォオンッ!!

 

 望月の主砲による援護射撃、もちろん射撃精度は低いのでそこかしこに水柱を立て続けている。

 しかしこれで良い、野分は一旦深海金剛から距離を取ると、望月はすぐさまフタリの間に砲弾を撃ち込んだ。水柱が目隠しとなって野分の姿を見えなくさせ、周囲を見渡すも水柱が邪魔をして視界を遮っている。望月と野分の連携が冴える見事な戦術だ。

 深海金剛は忌まわし気に目を凝らして周囲を警戒していると、背後に「殺気」を捉える。不味い…そう思ったのも束の間、後ろを振り返ると同時に野分の剣の一閃が光る、袈裟斬りの要領で斬り下げた細剣が、深海金剛の右の角と目と鼻の間を切り裂く。

 

『ヌ”ゥ…ッ!』

「まだ終わらねぇぜ! ミニマムベベ行け! 他の二機もいつまでも寝ぼけてんじゃねー! 起きて加勢しろ!!」

 

 

「「「ゴアアァーーーッ!!」」」

 

 

 望月の叱咤と号令に、ミニマムベベ一機は深海金剛との距離を詰め他海中に潜んでいた二機も海面上に飛び出し姿を見せる。三機は野分を起点として、深海金剛を囲むように円形に並び始める。四方を囲まれた深海金剛は顔を険しく引き締めて辺りを見回す、程なく後方の望月に目を向ける。

 

『ココマデトハ…驚キマシタヨ?』

「そうだろうよ、ぶっつけ本番だったが何とかテメェを追い詰められたぜ。魔力放出が出来ない以上「五行廻輪」とやらも使えねぇだろうし、これで「王手(チェックメイト)」…だ」

 

 望月は深海金剛に対し勝利目前であることを宣言する、大幅な弱体化に数の利、魔力を封じられたので「五行廻輪」も使えない、下手をすれば深海金剛を「討つ」ことも可能──勿論データ収集の理由から出来ないが──という状況にまで追い込むことが出来た。正に一巻の終わり(ゲームセット)手前だが…こんな状況でも深海金剛は嗤い、確信を持った言葉でそれを否定する。

 

 

『終ワリ? フ、フフ…フフフ! ソレハ──違イマスネェ! ココマデ「節穴」ダトハ、最早驚天動地デスヨ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?』

 

 

「っ!? 何ぃ…まだ嗤いやがるかよ、仮にそうだとしても今のアンタは無力だ、テメェの属性は魔力が出ねぇ以上無効化されてんだ! 対策があったにしろ直ぐに対応してやるさ、だからテメェはこれからアタシらのサンドバッグになる以外に道筋は無いんだぜ!!」

 

 望月はそう言って「はったり」だと、深海金剛の崩れない強気の姿勢に対し汚い口調で罵る。だが──深海金剛は尚も嗤い顔を湛えては「何故そうであるか」を順序立てて説明していく。

 

『先ズ、私ガ剣デリーチヲ長クシテ貴女タチノ動向ヲ窺ウトイウ「仮説」、半分ハ当タッテイマース。ダガ…ソレナラヨリリーチノ長イ「砲撃」デ応戦スレバ良イデショウ? ソレヲシナイノハ何故カ、考エマセンデシタカ?』

「っ! …()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その可能性もあるとは薄ら考えたさ、だがアンタの「勝利に貪欲で慎重な姿勢」、それに隠れた「慢シン」を突けば結果は同じだ。アンタの「全属性」を何とか出来りゃあ後はどうとでもなると踏んだ、だからそれには目を瞑った…修正する時間もないしよぉ。それにアンタにも、そんな小細工しなくても勝てるっつー余裕(すき)もあるかと思っていたが?」

『確カニ。私ニハ余裕モアリマシタネ、貴女タチガドンナ手ヲ使オウトモ対応出来ル自信ガアッタノデ、敢エテ剣トイウ選択ヲシテ、貴女タチノ行動ヲ誘発シテイタノデス。デスガ…ソレガ分カッテイナガラソレカラ目ヲ離シテイタノハ、目前ノ勝利ニ「焦リ」ガ出タ何ヨリノ証拠デェス!』

「っ、それが事実であれアンタの負けは…っ!」

 

 知らず知らずのうちに「目先の人参に釘付けになっていた」ことを叩きつけられた望月、苦い顔でそれを肯定する彼女に対し、深海金剛は望月の更なる「弱点」を指摘する。

 

『望月…確カニ貴女ノ知識ハ大シタものデス、私ノ攻略法ヲコノ短イ時間デ思イ付キ、ソレヲ実行スル大胆ナ行動力モアル。”口”ノ上手サモ中々ノもの…天才ト言ッテモ差支エナイ。

 ダガ、膨大過ギル知識ニ囚ワレテ「視野ノ広サ」ガ損ナワレテイルヨウデェス。貴女モ魔法ノ知識ガアルナラ分カル筈…魔法ニハ──禁術トイウモノガアルコトヲ!』

「──…っ!?」

 

 深海金剛が自信に満ちた嗤い顔で放つ言葉に、望月はハッとした表情を浮かべ…彼女の言わんとすることを理解してしまった。

 

『理解シタヨウデスネェ、流石ニ頭ノ回転ソノモノハアルヨウデス。デハ…コノ「敗北」カラ学ブコトデス、敵ハ決シテ──自ラノ「駒」ニナルものバカリデハナイト!!』

 

 深海金剛はそう言い終わると、両手を前に突き出して意識を集中する。同時に紅い「オーラ」を身体に纏い始める。

 

「…っ! くそ…!! ソイツを止めろ!!」

『望月さん…?』

「ゴアアァーーーッ!!」

 

 望月は慌ててミニマムベベたちに命令する、野分は驚いて望月の方を見て動きを止めるも、望月の言葉通りに深海金剛を抑え込もうと一気に間を詰め始めるミニマムベベたち。

 

『ハハ! 遅イデスネェ!! コレガ真ノ…チェックメイトデェース!!

 

 深海金剛の周りの紅いオーラに「黒色の靄」が混ざり始めると、赤黒いオーラを周囲に解き放つ。瞬く間に戦場を包み込むオーラに、ミニマムベベは突然動きを止めてはカタカタと身震いし始める。動かなくなったミニマムベベ三機はそのまま爆発四散した。

 

『…っ! これは、まさか…穢れ!?』

 

 野分は驚愕しながら深海金剛の赤黒いオーラの「既視感」を言い表した、それは生命の源である「マナ」が人の欲望で変質した瘴気「穢れ」であった。

 深海金剛が何らかの属性魔法で穢れを放出しているのは見て分かるが、望月の策で魔力が出せない状況の彼女に、何故属性が扱えるのか?

 

『種明カシデス。コノ穢レハ「死属性」ヲ用イテ創リマシタ、カツテノ海魔大戦ノ最中ニ形作ラレタコレハ、魔法デ「マナ」ソノモノヲ創ロウトシタ「生属性」ノ対、魔法デ穢レヲ創リ出ス正ニ「禁術」デス。ソノ危険性カラ魔術師ト提督タチニヨリ「禁忌」ニ指定サレ、今マデソノ存在ハ封印サレテイタ…私ハソレヲ再現シタノデス』

『っ、そんなの…結局魔力が無ければ作れないはず、どうやって…』

 

 野分の疑問の言葉に、深海金剛は更なる解答を重ねて嗤う。

 

『フッフ。残念デェスネ、死属性ハニンゲンノ負ノ感情ヲ糧ニ穢レヲ生ミ出ス。故ニ魔力ハ必要アリマセン、ナラバ…私ノ周リニハ「材料」ガタップリアルデハアリマセンカ?』

 

『っ! 成る程…この海域で沈んだ艦娘たちの「残留思念」か!!』

 

 そう、元々から穢れが蔓延していたこの「サイハテ海域」は、かつての大戦の戦場となったことから「負の残留思念」が無数に残っていた。現状は灼光弾改で穢れを無効化しているが、此処がかつての古戦場跡であるのに変わりはない。材料と創る術が有れば幾らでも複製可能なのだ。

 ──だが、勝利の兆しに嗤う深海金剛は、ふと何かに気づいた様子で辺りを見回す。

 

『(穢レノ広ガル範囲ガ異様ニ狭イ? …広ガロウトシテモ「何カ」ニ打チ消サレテイル、カ。コイツラガ此処ニ居ル時点デ「何ラカノ穢レ対策」ヲ施シテイルト考エルベキ、フン…タクトノトコロマデ届カナイ、一網打尽トハイキマセンカ。マァイイデス…標的ニ確実ニ届イテサエイレバ)』

 

 真相を推測して、深海金剛は目の前の野分の後方へ目を遣る。そこには…右手で頭を抱えて苦しそうに呻る望月の姿があった。

 

「…っくそ、油断…した……がっ!?」

 

 望月は体勢が崩れると海面に膝を着ける、どうやら穢れの瘴気を吸って身体に力が上手く伝わらなくなってしまったようだ。このままいけば望月の意識は消え目を覚まさなくなるだろう、野分は望月の容態変化に焦りを叫んだ。

 

『望月さん!? 大丈夫ですか!』

「…だい、じょうぶに見える、かい? っつ~…頭が霞む…全身がだりぃ」

『望月さん、あの「ガスマスク」は? クロギリ海域で使った黒い霧対策のマスクです、それを急いで着けて』

「残念だが持って来てねぇ、ガスマスクは特注で一回きりの使い捨てだからよぉ、急ぎだったから用意出来てねぇのよ。ちっ…奴さんの言う通り、知識だけのボンクラにゃあもしもの対策が出来なかったわ。ヒ…ッ」

『っ! …そ、そんな…っ!』

 

 最悪の事態に陥ってしまった、望月に穢れの毒を対策する術はなく、現状戦えるのは野分のみになってしまった…!

 

『ビンゴデスネェ! フタリガカリガ仇ニナリマシタカ? 軍師ガ策ヲ練リ将ガソレヲ実行スル、素晴ラシイばらんすデスガ…軍師ヲ動ケナクシテシマエバ、果タシテ将ニ逆転ノ術ヲ思イ付ケルデショウカネェ~~~?!』

『…っく、何の道逃走に意味は無い。今は…戦うしかない!』

 

 野分は細剣を構えて深海金剛と向き合う、だが表情には「望月を助けたい」と願う本心が苦渋に満ちた顔となり表れていた。

 

「…ぁあ、それでいい。アンタだけでも戦え野分、作戦自体は成功してんだ、自分の失敗(ケツ)は…自分で何とかするさ」

 

 望月は尽きようとする命運に抗うように、再び頭を働かせようとする。万策の軍師は死中求活を為せるのか…?

 




〇生・死属性
 この世界の生命の源であるマナを創造する「生属性」と、逆に生命を枯渇させる「死属性」。これらはかつて楽園と呼ばれた時代から研究されたものであり、生属性の人工的なマナ創造が自然発生のマナに悪影響を与え、人工マナが「穢れ」に変質したことで、意思のある穢れである「海魔」誕生のきっかけを与えてしまったことは想像に難くないだろう。
 だが、海魔大戦中も穢れのエネルギーに着目した者が、密かに穢れをコントロール出来ないかと実験を続けた結果、人間から穢れを生み出すという「死属性」を作ってしまった。当然穢れに耐性の無い人間は自らが作り上げた穢れに命を奪われる、その者はこれらを「未完成」の魔術だと言うが、どちらも世界を混沌に陥れる可能性のあるパワーを秘めている。よって提督連合の前身となる組織により禁術として封じられてしまった。
 深海金剛は海魔大戦中のこの事実を知っており、だからこそ禁術である死属性で穢れを生み出すことに成功した。望月もそういった術が存在することは知っていたが…まさか使用可能とは思いもよらなかったのだろう、だが深海棲艦である深海金剛にとっては穢れは力を高めてくれる手段の一つであり、自分と同族以外には毒に成り得る。それを理解していた故の一手であった、これが天龍たちのような改二艦なら、穢れに耐性がある以上また違った展開も有り得たが…やれやれ、敵の悪運の強さは流石としか言えないな。
 さぁ、ここからどうなっていくのか。私も楽しみに待たせてもらおう…フフフ。


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月陰り、風吹き散る── ③

 う〜ん、難産!
 展開早めです、ご注意を。


 望月と野分のツーマンセルで挑む深海金剛戦は、望月の策が功を奏した結果深海金剛は「全属性使用封印」に陥り、ある程度の弱体化に成功。望月野分はその隙を突き一気呵成に攻撃を叩き込む。一見望月野分が優勢と思われた矢先──敵は思いもよらない方法で盤上を覆した。

 

「──っ! あれは…まさか穢れなのか!?」

 

 拓人は望月たちから後方で事の経過を注視警戒していたものの、突然深海金剛からマナの穢れが広がっていくのを確認する。どうやら穢れを自ら生み出したようだが…アレも属性の一つなのだろうか、直感的にそうだと感じた拓人はだからこそ背筋が冷える思いだった。

 五属性、時と空間、竜、毒と来てこの世界における「死の象徴」まで操ってしまうとは…何度驚き慄けばいいのかと、拓人は彼女の規格外の強さにすっかり辟易してしまっていた。

 望月たちが一時畳み掛けるように攻撃を浴びせていたが、この様子だと深海金剛は形勢逆転の一手を打った模様だ。穢れに耐性の無い望月は今頃「死に体」になっていることだろう、不味い…加勢しに行くべきか? そう思案していると、拓人の後ろで天龍と綾波の治療に当たっていた翔鶴から声が掛かった。

 

「タクト…望月たちが心配なんでしょうけど、行ってはダメよ。まだ決着はついてないわ…野分がまだ健在な以上、あとは彼女に任せましょう。焦りは禁物、今は動いてはいけないわ」

 

 野分は深海化を果たしている以上、穢れは寧ろ力の強化に繋がる。力の増した彼女が深海金剛を打破してくれることを祈るしかない、翔鶴はそう突きつけるように焦る拓人を嗜める。

 だが──拓人は翔鶴の言葉に肩を震わせては、受け入れつつも率直な言葉を紡ぐ。

 

「…分かっていたんだ、こうなることは。覚悟してなかったわけじゃない、でも…やっ、ぱり。キツいね……仲間が死にそうな場面を、何度も見なくちゃならないっていうのは」

 

 翔鶴には拓人の背中しか見えていないが、彼が泣きそうな苦い顔をしていることは何を言われなくとも理解出来た。胸に刃物を刺されたように、翔鶴のココロはズキリと痛んだ。

 

「タクト…」

「でも…此処で行ってしまったらさ、望月と野分の覚悟に泥を塗るんだよね。君の言うとおりだ、解りきったことだよ。それでも……君たちを僕の「エゴ」に巻き込んでしまったことを、どうしても悔やんでしまうんだ。今更って話なんだけどさ? だから…自分の弱さが恨めしくってさ。自分が君たちを守れるぐらい強かったら…って……僕はっ」

 

 拓人の怒りと悲しみに揺れる唇から、自らの力量不足を嘆く言葉が紡がれていく。エリや加賀たちを諦められないからと足掻くと宣ったのに、最悪の現状を変えられない自分に対する嘆きと無力感が感じ取れた。押し寄せる絶望にどうしようもなく潰されかけている、拓人の心はまたしても挫けそうになっていた。

 

「…っ」

「──翔鶴、もう大丈夫だ。オレたちよりタクトを」

「お願いします、翔鶴さん…」

「っ! フタリとも…ありがとう」

 

 翔鶴は治療を施していた天龍と綾波から、拓人に寄り添ってほしいと請われる。フタリの意見を尊重して翔鶴は治療を中断すると──拓人に歩み寄りながら彼の背中から両腕を回して抱きしめる。拓人は驚きと同時に頭を背後に向ける、そこには慈愛の表情を浮かべた翔鶴が拓人に微笑いかけていた。

 

「翔鶴…?」

「大丈夫よ、タクト。私たちは巻き込まれたなんて決して思っていない、自分たちの意思で此処に居るの。命令とか世界の危機だとか、仕方ないからとかじゃない。私たちが──()()()()()()()()()()、イノチを懸けているの、だから貴方が傷つく必要はないの」

「…ありがとう。でも、これは僕の我儘なのは確かだから。それに…僕って、喪うことが怖いからさ、見てられないからさ、本当はどう言われても助けたいんだけど…それが覚悟を決めた君たちを蔑ろにする行為だってことを、漸く分かり始めたから。でも…まだそれを正当化する勇気もないんだ、こんな半端な指揮官で、ゴメン」

「ううん、そう思ってくれるだけで嬉しい。だからこそ…私たちを信じて? 貴方は今まで色んな試練を乗り越えて来た、それは決して特異点だからじゃない、貴方が貴方の道を走り、信じた仲間たちと支え合って、結果を出して来たから。だから私たちも貴方を信じられるし、例え失敗してイノチを喪おうとも、後悔は無いの。そんな私たちと…今までの貴方を、信じてあげて? 今度も必ず乗り越えられるって。

 どんなに根拠が無くても、道半ばで倒れたとしても…貴方が立ち上がり続ける限り、私たちも諦めない。だから…最期まで見届けて、愛する貴方のために戦う──私たちを」

 

 翔鶴はそう拓人に訴えかける、今までの拓人とそんな拓人を信じて来た自分たちを信じろ。彼女の真っ直ぐで透き通るような想いを確りと受け止めると、拓人は翔鶴に微笑み返して頷いた。

 

「…分かった。まだ自分が信じられない部分もあるけど、君たちの言葉を…僕は信じ抜いて見せる!」

「その意気よ。…さぁ、望月と野分の戦いから目を背けないようにね。動けなくなった彼女たちを、せめて息のあるうちに助けられるように」

「うん!」

 

 翔鶴と拓人は話を終えると、望月と野分の勇姿を刻み付けるように遠目に居る彼女たちを眼を逸らさずに見つめ続ける。

 

 ──一方、野分は目前の鬼神とどう渡り合うか考えあぐねていた。

 

『(確かに望月さんの作戦は成功した、ですが…果たして彼女の隠し玉はこれだけなのか、その一点がボクには恐ろしい。望月さんを行動不能に追い込んだように、ボクに対しても何を仕掛けて来るか…戦闘を仕掛けてまだ間もない、大技を繰り出した訳でもない。なら「戦闘データ」もそこまで多く集まっているか怪しい、ボクまでやられてしまえば後は翔鶴さんに頼らざるを得ない。ボクの失態がコマンダンや仲間たちの今後に響くと思うと…ここで、迂闊に動くわけには……っ!)』

 

 深海化した野分、そして現在全属性を封じられている深海金剛の実力差は「互角か、それでもやや深海金剛が上か」といったところだろう。野分はそれを理解した上で「更なるWild Card(とっておき)」を持っているであろう深海金剛を警戒する、このまま行けば()()…その結果が見えている故に。

 そんな焦燥感の高まった渋い顔を見せる野分と、対照的に涼しい顔で嗤う深海金剛の睨み合い。一触即発の場面を──正に虫の息の望月は、自分を顧みず拮抗した状況を整理しながらどうするか只管悩む。

 

「(野分が仕掛けねぇのは敵の奥の手を危険視してるから、あのクソ鬼にアタシの与り知らない「属性」がまだある可能性は十二分にある。だがこのまま手を拱くことも危険、今この状況で敵に先手を打たれでもしたら、それこそもう打つ手がねぇ。だが状況を打破する()()()()()()()()()()()、しかしそれは…)」

 

 望月は対策として「もしもの事態」を想定した計画を作成済みだった、だが──白衣の内側に手を入れ、懐にしまった「アイテム」に触れながら、望月は苦悩する。

 

「(本当にヤバくなった時の最終手段として、一応作ったんだが…時間がなかったからとはいえ、この方法しか思い浮かばなかった。コイツぁマジで「倫理」ってヤツに反する行為。策の要になるのは「野分」だから、当然野分にも相応の負担を掛けることになる。良いのか…下手したら野分は…そこまでして戦闘データを)──…っぐ! はぁ…はぁ…っ!!」

 

 自問自答しながら頭を高速で働かせようとすると、脳に亀裂が走るような痛みが走る。望月や野分たちの周りに漂う穢れの瘴気が、望月から生気をどんどん奪い取っていく。

 このまま倒れ伏して何もしなければ自分は動けなくなってしまう、そんな大きな隙を鬼神が見逃す筈はない。下手を打てば「死ぬ」、再起不能となり五体満足で居られないだろう。

 

「っへ、アタシもここまでかぁ。済まねぇ大将、皆……アタシには、あの化け物を倒せる力は……っ」

 

 望月はどんなに頭で必勝の策を思いつこうとも、仲間を見捨ててまで勝利を掴むという冷酷な判断を下すことは叶わない、どころか彼女のココロは既に折れ、自身の命運尽きた現実を受け入れ始めていた。

 絶体絶命──そんな望月の脳裏には諦観かはたまた身体の限界か、激流のように流れていく「記憶」の波が押し寄せて来る。

 

「(…走馬灯か、懐かしいねぇ)」

 

 望月はもう半ば諦めたか頭の中の記憶に想いを馳せていた。

 そこには拓人は勿論、金剛、天龍、綾波、翔鶴、野分、そして選ばれし艦娘の面々、カイトと…今まで出会った人々との交流の場面が思い浮かぶ。そして──最後に反芻したのは、昔日の懐かしき「姉妹たち(ナンバーズ)」の声と姿であった。

 

 

 

『──もっちぃ~♪』

 

『──望月!』

 

『──…望月』

 

『──もっちぃさぁん』

 

 

 

「──…っ! …へっ、そうさな……アンタたちにまた逢う日まで、アタシはもう…立ち止まれねぇよな!」

 

 望月は仲間たちに、そして最愛の姉妹たちに背中を押され、倫理に反そうとも「何が何でも生き抜く」と、改めて意を決すると懐から「薬瓶」を取り出し、野分の名を呼んでは振り返った彼女に向けてそれを投げた。

 

「野分…!」

『っ! 望月…わっ!?』

 

 驚きつつも薬瓶をキャッチして見せた野分は、中に入っている錠剤の異様さに思わず目を見開く。それは──一粒ひとつぶが「黒い」薬剤だった。

 

『っ! 望月さん、これは…?!』

「それは、レ級が使った「黒い魔力水」をヒントに作った、深海棲艦の能力を一時的に引き上げる薬だ。穢れを配合したソイツは一粒だけで10分効果が持続する、それを使え。だが…」

 

『──()()()()()()()()、そう言いたいのですね?』

 

 言い淀む望月に対し、野分はスラリと口にして補足を加える。顔を上げてギョッとする望月は、次に申し訳なさそうな苦笑いを浮かべる。

 

「…やっぱ分かっちまうか?」

『明らかに危険な見掛けなので。それでそのデメリットとは?』

「…暴走だ、レ級はそれの過剰摂取で自分の肉体を崩壊させた。それだけの莫大なエネルギーを、少量短時間とはいえ身体に与えたら…理性がなくなるか身体がどうにかなる危険性がある。それを一粒でも飲めばお前がどうなるか、分からねぇ」

『成る程…ですが望月さん、デメリットでもなければ確かな「力」とは言えないでしょう。それほどの力でなければここを突破出来ないのであれば…ボクは喜んで、この身を捧げましょう。そして…どのような形であれ、必ず戻って来ると約束しましょう!』

 

 野分の深海に堕ちても変わらぬ煌めきを垣間見て、望月も力なく笑うとその意思を肯定した。

 

「あぁ…発破掛けといて動けねぇボンクラで申し訳ねぇが…アンタに負担を負わせることを承知で願いたい。頼む…野分。大将や姐さんのために、最後まで抗ってくれ…この先の「未来」つーヤツのためにっ!」

『──ウィ!』

 

 望月のらしくない言葉に込められた「想い」に、野分は確かに受け取っては頷いては、険しい顔つきで深海金剛に向き直る。そして──手に持った薬瓶の蓋を開けて、錠剤を一つ取り出す。素早く薬瓶を懐にしまい…錠剤を口に含む。

 

『フン…何ヲシヨウトモ私ニハ届キマセンヨ!』

『貴女に勝つ為ではない、我々の未来に手を届かせるために、それをすることが出来るなら…っ!』

 

 ──カリッ

 

 野分は覚悟の口上を口にした後、黒い錠剤を噛み砕いて飲み込む。すると──ふわりと水面に浮かぶ野分の身体に「熱(オーラ)」が帯びて周りが歪み始める、高熱が水面に触れると一瞬で沸点に達して泡立つ。全身に力が伝わり溢れる、野分から低く鋭い獣の唸り声が聞こえる。

 

 

 

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお…っ!!』

 

 

 

 雄叫びを上げる野分の顔に、炎が迸るような黒い紋様が浮かび上がる。レ級と同じように異様な「変化」を遂げる野分。

 加えて髪色にも変化が、毛先から薄ら見えていた「赤色」が徐々にじょじょに髪全体を塗りあげていく。頭の先まで完全な赤髪になると、今度は前髪の一部分が「水色」に変わった。総じて燃え盛る紅い炎と凍える冷気が混在するような髪色に成った。

 

『ホゥ…ホザイタダケアッテ中々ノ「力(パワー)」ノヨウデェス、ナラバ…期待シテモ宜シイノデ?』

『………ふぅ──』

 

 深海金剛の問いかけに答えず、野分が息を整えては脱力したように構えを解く。腕を下ろした自然体となった野分だが、深海金剛は警戒を新たに出方を伺う。野分が先ほどまでと纏う雰囲気が変わったと直感して、どのような攻勢に移ろうとも対応してみせると身構えた。

 野分はそれ以上何をするでもなく、時が止まったように身動き一つしないでいる──すると、一瞬で深海金剛の目前から消えた野分は、気づけば深海金剛の背後を取っていた。

 深海金剛は野分の軌道を眼で追って、彼女の高速移動の原理を冷静に考え付いていた。

 

『(身体ニ纏ウ熱ノえねるぎーを足裏カラ一気ニ噴出スルコトデ「推進力」ヲ得マシタカ、天龍ニ比ベタラドウトイウコトモナイデスガ…コレガ彼女ノ全力デハナイカモシレマセン。サァ…モット「力」ヲ出シテ下サァイ、ソノ上デ…全力デ叩キ潰シテアゲマァス!)』

 

 深海金剛の思考を読んでか知らずか、野分は細剣を構えては毎度の如く刺突する。だが──その威力は明らかな「異常」があった。

 

 

 ──ボジュッ!

 

 

『ッ!? 何…ィッ!?』

 

 野分の細剣に帯びた「熱気」は圧縮されたエネルギーとなり、向けられた深海金剛の片腕を「吹き飛ばした」。これほどの威力とは思わずか、深海金剛は吹き飛んだ腕を見て面喰らった顔を浮かべた。

 

『ック…(ココマデトハ…一旦距離ヲ)』

『逃がさない…ッフ!』

 

 深海金剛が腕を再生させながらその場を飛び退いて、距離を取ろうと脚を動かそうとする。しかし──野分が素手を掲げると手の中から「冷気」が溢れ出し、その冷気を深海金剛に向けて放つ、冷気は海面を凍らせては走り、海面から生えたように伸びた「氷塊」が深海金剛の両脚を捉えて、そのまま身動きが取れないよう固定して捕縛する。

 

『ッ、(コノ氷ハマサカ)…ダガコノ程度──ウオオオォッ!!』

 

 深海金剛は両脚に力を入れると、簡単に氷塊を砕いて見せる。深海棲艦としての力はまだ衰えていない。まだ足周りの氷塊は足枷のように纏わりついているが、戦闘に支障は無い様子だった。

 

 ──しかし、この一連の数秒の動作は、対峙する決死の鬼に大きな隙を与えていた。

 

『──甘い!』

 

 野分は前へ飛び駆けると深海金剛の脚の氷塊に向けて、高熱を帯びた細剣で瞬速の突きをお見舞いする。片脚にクリーンヒットした突剣が氷塊とそれが包み込んだ深海金剛の脚を諸共砕いた、深海金剛は片脚を失いバランスが取れず思わず海面に倒れ込む。

 

『グァッ!? …ッ、マサカ……熱ソノモノヲ操ルコトデ、()()()()()()()()()()()()()()()……ッ!』

『貴女にはまだ深海棲艦の「再生能力」がある、しかしながら…貴女の片脚の傷口にはまだ凍傷が残っている。幾ら深海棲艦であろうと傷口の治りに影響があるはず、暫くは片脚を喪ったままであれば、今の貴女は無防備の隙だらけ……ということになりますね?』

『…ッ』

 

 このまま深海金剛に海魔石(しんぞう)に向けてトドメの一撃を刺せば、どんなに強ジャであろうとも機能停止に陥り、二度と動くことは無い。世界を救うという一点に絞れば、今現状ほどの好機はないだろう。

 

 ──だが、それは出来ないのが拓人たちの選んだ「道のり」の険しい所以である。

 

『このまま貴女を沈めるのは容易い…だが、我々には大いなる目的がある。先ずは──貴女を助けましょう』

 

 野分が細剣を深海金剛の負傷した片脚に向けて翳すと、凍傷部分に火が灯った。

 火が凍傷を溶かし、少しして深海金剛の片脚が再生した。苦い顔をして立ち上がる深海金剛に対し、野分は凛とした表情を向ける。

 

『今のはボクの力の小手調べです、貴女がどう抗おうとボクはそれを一つずつ潰します。どうか全力を尽くして下さるよう…お願いします』

『チッ…マルデ勝チ誇ッテ、確カニ油断シ過ギマシタネ。ダガ…勝負ハマダコレカラデェース!!』

 

 敵を生かしておくのは、戦闘データ取得のため。野分は深海金剛に向けて「死神の鎌」を突き付けていた。

 野分の戦闘能力も大きく向上したことにより「確実に勝てる戦いでは無くなった」、それを踏まえて深海金剛は自らの目測を誤ったことを恥じ、改めて全力を以て壊し沈めることを定める。全ては()()()()()()()()自分のために…。

 

『──ハアァッ!!』

 

『──フンッ!!』

 

 獣の咆哮が第二戦を告げる、深海金剛が拳を振り上げ突撃して来ると、野分はそれを迎え撃つように細剣を突く。

 互いの攻撃を躱しては交差するフタリ、野分は素早く軽やかなターンを決めては高熱刺突を連続で繰り出す。深海金剛は可能な限りそれを──多少の傷を付けながらも──避けつつ殴りかかる。

 完全に野分の優勢ではあるが敵の戦闘能力の高さが健在している以上、一発でも真面に受ければそこから形勢逆転されかねない。それを理解している野分はただ無心に迫り来る拳を往なしては攻撃を与え続ける、気づけば深海金剛の身体中に火傷のような斬り傷が出来上がっていく。しかして鬼神の眼光は未だ野分を捉えたままだ。

 この戦いに野分たちの勝利は無い、完全な勝利はエリを復活させたうえで深海金剛を倒すことだからだ。それが事実上不可能であったとしても、例え──その先に「轟沈」が待っていたとしても、やるしかない…それが、それこそが野分の司令官たる拓人へ手向ける「愛」の証なのだから…!

 

 

 ──そんな野分に愛故の「焦り」があったか、何ミリにも満たないその隙を、鬼神は見逃さなかった。

 

 

『チョコマカト──動クナァッ!!

 

 ──ズゴォッ

 

『──ッ、がはっ……!?』

 

 健闘虚しく遂に、深海金剛の拳が野分に届く。鳩尾(みぞおち)に深く入った力強い拳が、野分の中の内臓物を吐き出させる。喉が灼けるような嫌な感覚を味わいながら、野分は歯を食い縛っては鋭く深海金剛を睨んで闘志を見せると、片手に溜めた冷気を深海金剛に向けて解き放つ。

 

『うあぁっ!』

『フン。…此方ノ番デェス』

 

 だが予測していたのか、深海金剛は首を傾げるように動かしては華麗に躱す。次に両拳を握り締めるとそれを野分に全力で立て続けに殴り続けた。

 

『ヘイ、ヘイ、ヘイ、ヘイ、ヘイ…ヘエエエエエエエエエエエエエエエエエエエイッ!!』

『ぐっ、うぅ…うぐぁっ?!』

 

 一気に拳を叩き込まれた野分は、終わりの一撃でそのまま海面に背を着けてしまう。

 予想していたとおり野分は深海金剛の攻撃に耐え切ることは出来なかった…体力を削り取られた重い身体を起こそうとする野分の目前に、怒髪天に達した鬼神の渾身を込めた拳が迫る。

 

『ココマデ虚仮ニシタ「罰」ヲ与エマス。…ゥオラアアアアッ!!』

『っ! (ここまでか…)』

 

 能力を封じられ、代償を払って実力差を埋めた、だのにそれでも鬼神に勝てないのか。哀れ野分はこのままイノチ燃え尽きるまでやられ続けてしまうのか──

 

 

 ──ドゴォッ!!

 

 

 ──絶望の最中、野分を救ったのは上空から降り注いだ二つの「巨影」だった。

 

『ヌッ!? グオォ…ッ!』

 

 深海金剛は巨影に吹き飛ばされるも態勢を整えては辺りを見回す、深海金剛の勝負に水を差した巨影の正体は──野分を守るように前方空中に並び立つ、巨大な一対の「拳」であった。

 

『あれは…まさか!』

 

 そう言って野分が後方を振り返ると──そこには虫の息となり力なく海面に伏した「望月」が、右手を伸ばして巨大双拳を操る姿…残り少ない体力を振り絞っては野分へ加勢する様子が見えた。

 

『望月さん…ベベさんたちを巨大籠手に変えられたのか、ボクのために…っ!』

「(…へっ、そんな泣きそうな顔すんなよ。アンタにばっかり背負わせるのはアタシの目覚めが悪いだけさ? アンタだけに…任せはしねぇ、アタシのイノチぐれぇくれてやるさ。だから──やっちまえよ、野分!)」

 

 望月の身体を震わせながら身を起こした後の「サムズアップ」、何を言わずとも雄弁に語る不敵な笑い顔、その姿に、野分は感極まった涙を流しては強く頷いた。全ては自分たちの叶わない望みを果たすために…っ!

 

『──ヤッテクレマスネ、最期マデ…場ヲ引ッ掻キ回サナイト気ガ済マナイカ、コノ死ニ損ナイガァッ!!』

 

 深海金剛は罵倒を吐きながら、望月に向かって駆けるも前方を野分に遮られる。高熱細剣が深海金剛の拳を受け止める、剣身の高温が鬼神の握り閉じた指を焼き、弾けるような音を奏でる。

 

『やらせません、貴女は…ボクたちが倒します!!』

『ホザクナト言ッテイルッ!』

 

 剣と拳の鍔迫り合いの中、鬼神目掛けて巨大拳が空中から襲い来る。大岩のような握り拳は深海金剛をピンボールのように弾き飛ばした。

 

『グゥッ!?』

 

 空中に投げ出された深海金剛が態勢を立て直そうと身を藻掻いても、もう片手の拳がそれを阻止せんとまたも飛び出す。真上から圧し潰そうとするように拳骨を海面に叩きつける、真面に攻撃を受けた深海金剛はそのまま海中へ押し込められる。

 

『──厄介デスネ』

 

 そう零しつつ、海中から水飛沫を上げて飛び出す深海金剛。海面に着水し攻勢に出ようとするも──突然態勢を崩し始める、いや…地震が起きたような「揺れ」によって、バランスが取れなくなっているのだ。

 

『ッ、不味イ…先ホドカラアチラノぺーすニ…ッ!!』

 

 野分の更なる能力強化に加え、望月の決死の抵抗、その結晶たる巨大双拳のあまりの威力に、海面は揺らぎ上へ下へと変動し続ける。

 これらは全て鬼神を「倒す」という一点の目的を果たすための執念…正に 相対的弱者の執念(ジャイアント・キリング)が戦場を突き動かした結果なのだ、能力を封じられているとはいえここまで自分を追い詰めるとは…どれだけ測ろうとしてもその「力」は未知数で、捉えられない。

 

『(コレガ…想イノ「力」トデモ言ウノカ? ……ソウ、ナノデスカ? ──()()()())…ます、たー? ()()…??』

 

 その時、深海金剛はふと思考に耽る。

 

 必死に自分を捉えようとする彼女たちを見ていると、何故かこみ上げる感情があるからだ。この身体に燃え広がるのは、いつか自分も抱いていたような。

 そして、彼女自身忘却してしまっている「マスター」のこと、それとまた別の「大切な人々」も…顔も思い出せない、在りし日の「自分」を形作った諸々が、全て消え失せてしまい、今や残っているのは「かつて世界のために戦った」事実と、敗北が死を意味するという「理由無き焦燥感」だけであった。

 

『私ハ──』

 

 

『──取ったっ!!』

 

 

 深海金剛が思考に要した数秒の「隙」を突き、野分は鬼神の懐へ飛び込むと…片手で構えた高熱細剣を深海金剛の腹部へ「突き刺した」。

 

 ──ズンッ

 

『グァッ!? …ッ、コノォ……!!』

『これで…終わりです! はあぁっ!!』

 

 野分が剣に力を込めると、剣身の熱気が燃え上がる。深海金剛の身体を貫いた細剣から熱気が溢れ出す…っ!

 

『ガアァッッ!!? ァ、熱イッ! …貴様ァ…何ヲ』

『熱を限界まで剣に集中させ、それを一気に放出します。これが…今のボクに出来る最大の攻撃です、貴女はこれを喰らっても立っているのでしょうが…それでも! ボクはこの「愛」に応えるために、全てを賭けて貴女にぶつかって見せる。例え…ボクがどうなろうともっ、身体が朽ちる限界まで、戦い抜いて見せるっ!!

 

 野分が覚悟を決意し吼えると、細剣の熱気は剣身を真っ赤に染め上げるほどに色が変わっていく。そして──同時に野分の頬に痛々しげな「亀裂」が走っているのが見える、身体が崩壊する寸前故に大技で勝負を着けようとしているようだ、「シ」を覚悟したモノとは…斯くも阿修羅の如く攻め入るものか。

 不味い…そう直感的に感じた深海金剛は少しでもダメージを減らそうと、剣身を掴んでは自身の腹から引き抜こうとする。負けじと野分も両手で柄を抑えて全力で押し込む。

 

『ヴァアアアッ!!』

『オ”オ”オ”オオオオオオオオオオッ!!』

 

 二隻の深海棲艦の咆哮が、緊迫感をより高めていく…互いに譲れないもののために、好機を掴むために抗い続ける。

 

 ──その決着は、誰も予想だにしない方へ向かって行く。

 

 野分が()()()柄を握る中、片手から「冷気」が漏れ出す。それが高熱の限界に達した剣身に吸い込まれるように巻き取られていく…瞬間。

 

 

 

 ──カッ、ズオオォッ………!

 

 

 

 何と、剣身が白い光に包まれたかと思えば、一気に膨れ上がっては熱線となり、深海金剛の内部に放たれ、重い音を立てて刺し貫いた。閃光が深海金剛を撃ち抜いたのだ。

 

『な…っ!?』

『ゴ…ヴガアアアァッ!!』

 

 痛みに悶えながらも目を見開いて立ち尽くす深海金剛に、閃光は尚も鬼神の体内を撃ち貫く。

 次第に辺りが白い光に満ちていく…果たして、この光が晴れたとき立っているのは…?




 中途半端に終わりましたが、これで望月野分戦を一区切りとさせて下さい。
 次は宿毛のイベント編終了後に。


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そして、希望の鶴翼捥れし時──①

 四か月以上も空いてしまい申し訳ない、宿毛でも書いたとおり最近の作者の周りの事情が変わりましたので、これからは投稿頻度が少なくなります。とはいえ近いうちに宿毛を終わらせる予定なので、今後はこちらを最優先で書けると思います。ご理解のほどをお願いします。
 しかしちょっと問題が。・・・四か月も空くとね、展開どんなんだったか忘れちゃうんよ。だから深海金剛戦を一から見直して来たヨ! 大丈夫だと思うけど面白く無くなってたらゴメン;


 望月と野分が挑む深海金剛戦は、遂に終焉を迎えた。

 眩い白光が空間を奔る、視界を遮る光に拓人たちも思わず目を塞ぐ。そして…視界が晴れ、黒い霧の霧散した先に見えた光景に、拓人は絶句する。

 

「…っ、望月…野分…っ!」

 

 それは、司令官への愛に応えるため己の限界を越えて鬼神に挑んだ、千計の智将と麗しの魔人が力無く水面に揺蕩う姿であった…。

 拓人は湧き上がる己の無力感を、自然と震える身体と握り締めた両拳で表す。その感情を何とか心の奥へ押し込むと、打ち震える口で息を整えつつ、努めて冷静に倒れ伏したフタリの状況を確認する。

 どうやら小規模の爆発があったようで、彼女たちの横隣りに渦が逆巻いていたが、綾波の決死の自爆攻撃に比べると威力はそこまでではないようだ。収まりつつある渦の隣で望月と野分が力無く揺蕩っているのが見える。

 望月は言わずもがな穢れに侵された影響で、海面に顔から倒れるように気を失っている、野分も僅かに息はある様子だが苦しい表情を崩していない。

 

 ──だが、どういう訳か深海金剛の姿が見当たらないでいた。

 

「…? おかしいぞ。深海金剛は何処だ? まさか…沈んだの?」

「分からないわ、けど凡その予想は何かの能力で野分の一撃を回避していると思うの、綾波の時も異空間に逃げ込んだ訳だし」

「だろうな、であれば…望月たちを助けに行くなら慎重に行くべきだ。もうまともに動けるのはタクトと翔鶴以外に居ない、フタリが近づいた時に一瞬で姿を見せて寝首を掻いて来ることも十分有り得る。そうなれば本当に全滅だぞ」

 

 翔鶴と天龍の言葉に、拓人は頷いて辺りを慎重に何度も見渡して警戒する。

 …周囲に怪しい気配は無い。躊躇していてはいつ敵が襲って来るか分からないこの状況、早々に望月野分を処置したいところ。特に望月は顔が海面の方を向いているので、肺に水が溜まっている可能性が高い。一刻も早い救助が得策だろう。

 

「──よし、助けよう! 僕が行ってみるから皆はここで待機していて?」

 

 拓人は単独で望月野分を助け出すことを決める、だが翔鶴がそれに待ったをかける。

 

「私も行くわ。次に戦うとしたら私だから」

「翔鶴…分かった。一緒に行こう!」

 

 拓人と翔鶴は頷き合うと、辺りを見回しながら慎重に動き始める。手負の天龍と綾波は警戒しながらもそのまま拓人たちを見送る。

 

 敵の奇襲に用心しながら素早く海面を駆ける。いつ深海金剛に襲われるか、もしかして既に後ろに居るかもしれないと、上下前後左右視界を動かしては鬼神の強襲に備えて警戒を厳にする。

 息も許さぬような緊張が続く中、拓人と翔鶴は倒れ伏したフタリの元に辿り着く。この間──深海金剛が姿を見せることは無かった。

 

「ふぅ…さて、僕は野分を見てみるよ」

「分かったわ、私は望月を」

 

 安堵の息も束の間、拓人たちは波が穏やかになった海面に浮かぶフタリをそれぞれ介抱することにした。野分を抱きかかえると顔を覗き込む拓人だが、頬に刻まれた罅割れが──非常に遅くはあるが──塞がって、傷が小さくなりつつあるのを確認した。少し被弾したか? と心配になるも、辛い表情が徐々に安らかになっていく野分の()()()と寝息を立てる姿を見て、杞憂であると思い至った。

 ここから()()が推察出来るのは、野分はどうやら薬の効果が切れて深海細胞の力で傷を癒すことに成功しているという事実だ。回復力自体は下がっている様子だが、ひとまずの崩壊と轟沈の心配はなさそうだ。…そんな事実を知らず、拓人は眠る野分にホッと胸を撫で下ろす。

 

「良かった…野分はあれだけの戦闘だったのに、そこまで酷い怪我はしていないみたいだ。流石に深海の身体は頑丈だ…そっちはどう翔鶴?」

 

 拓人が野分を抱えながら翔鶴に問いかけ振り返ると、翔鶴は望月の胸に手を乗せて青い光を当てていた。すると少しして望月が咳、次にえずき始め、最後に何かを吐き出す。それは青い光に包まれた肺に溜まったであろう海水だった。空中に静止したまま、星のような輝きを放つ蒼光の中の海水は、丸い形も相まってまるで宝石のような煌びやかさだった。

 蒼光が消えると共に、中の海水はそのまま足元の海中と一つに溶けていった。望月は静かな吐息を立てて眠っているようだった。

 

「…良し、これで大丈夫かしら。こっちも何とかなりそう、穢れで停止していた身体機能も、私の魔力を分けたから直に正常に戻るはずよ」

「望月の治療に加えて、肺の海水を取り出すことを同時に出来るなんて…やっぱり翔鶴は頼りになるね?」

「ほ、褒めても何も出ないわよ! もう…とにかく早くここを離れた方が良いわ、何が起こるか──」

 

 拓人と翔鶴が望月たちと一緒にこの場から離脱するため動こうとしていた…その時、ふと辺りを見回した翔鶴の目には、海中で鈍く光る「紫の光」が映っていた。

 

「…タクト、野分と望月をお願い」

「え…──っ!? 翔鶴…っ」

 

 翔鶴の声色の変化に気づいた拓人は、彼女の視線の先を見て何事が起きていることを悟った。それ故に翔鶴がヒトリで脅威に立ち向かおうとしていることにも気づき、思わず不安な声が出る。拓人に振り返る翔鶴はフッ…と笑うと小突く調子で何でもないと言ってのけた。

 

「何よその顔、心配要らないわ。私は貴方の「希望」よ、簡単にやられてやるもんですか」

「…分かった、気をつけてね?」

「えぇ、ありがとう。…さぁ!」

 

 翔鶴から望月を差し出された拓人は、右肩に望月、左肩に野分の身体を抱き寄せて両腕でフタリの身体を支える。そうして出来るだけフタリに負担が掛からないようゆっくりと、かつ素早く…早歩きの要領でその場を後にした。

 

「──コンバート」

 

 翔鶴は拓人を見送ると、敵の居る方向に向き直ると「コンバート改装(改二甲から改二へ)」で攻撃態勢を整えると、蒼光で弓と背の飛行翼を形作る。臨戦態勢の中…海中の紫の光は遂に海上に姿を現した。

 それは赤紫色に妖しく光る「海魔石」であった、空中に固定されたそれは光を一層輝かせると、海中の瘴気を吸い上げて吸収しているようだった。

 

「今度はどんな屁理屈ぶつけてくるのやら。…ユリウス聞こえる? 戦闘データはどのくらい集まったの?」

 

 目の前の不可思議に皮肉を零す翔鶴は、腕の通信機に向かって話しかけユリウスに進捗状況を促す。対してユリウスは何処か申し訳なさそうに状況を簡潔に伝える。

 

『…済まない、現在の戦闘データは「65%」ほどだ。想像以上に属性封印の影響が出たようだな…君に負担を掛けるが、どうにかして「残り35%」を何とかしてほしい』

「それは…不味い感じなの?」

『いや、事前に望月たちと話し合って出した「最低限の値」の10%はクリアーしているが…正直敵の規格外の強さに参ってしまってな。特に魔力を通さずに属性使用だなどと言ったのは、完全に想定外だ』

「そうね、シゲオが艦娘だった頃の彼女は魔術の天才って言っていたけど、属性の特性を完璧に理解しているわね。そんな天才に「全属性」だなんて…ホントに「鬼に金棒」って言うのかしら?」

『あぁ、敵の異常な強さを考慮していなかったわけではないが…天龍君と綾波君の戦いがスムーズであっただけに、多少数値が足りなくとも何とでもなるだろうと、我々の見立てにも「慢心」が出てしまったようだ。望月たちに実力差がある以上どの道どうしようもないことかもしれなかったが…君の手を煩わせることになってしまい、本当に済まない』

「仕方ないわよ、後悔してもしょうがないし悲観するほどでもないわ…私が何とかすれば良いだけだもの!」

『っ! …ぁあ、期待しているよ!』

 

 ユリウスとの通信を終えて、翔鶴は目の前の不可思議の現象を睨んでは蒼光弓を構えて、いつでも艦載機部隊を発艦出来るよう準備を整える。

 

「出て来なさい──深海金剛!」

 

 翔鶴の声に応えるように、海魔石は取り込んだ穢れを纏うと、黒い闇の炎のようにゆらゆらと灯る火の玉となり、それは徐々に大きく拡がると人の形を取る。やがて──黒炎が鎮まるとそこには、ニヤついた嗤い顔を浮かべる無傷の深海金剛が立っていた。

 

『フゥ~~~…ヤラレマシタ、マサカ「対消滅(ついしょうめつ)」ニ巻キ込マレルトハ……!』

 

 どうやら深海金剛は一時は完全に肉体が消滅していたようだったが、またも属性の力を借りて復活を遂げた様子だ。それが何の属性かは先ほどの()()()()()()で大体の察しは付くが…翔鶴は深海金剛が呟いた何気ない一言を聞き逃さなかった。

 

「対消滅…プラスとマイナスのエネルギーがぶつかり合うことで、強大なエネルギーを発生させる現象のことね?」

『ホゥ、詳シイデェスネ? いぐざくとりー! 先ホド野分ハ私ノ腹ニ剣ヲ刺シ、ソノママ熱えねるぎーヲ膨張サセテ「ドテッパラ」ニ風穴ヲ開ケヨウトシマシタ、ソノ時ニ冷気ガ刀身ニ伝ワリ、剣ノ熱ト冷気ガ混ザリアイ…結果トシテ対消滅現象ニヨルえねるぎー発生ガ起キタ、トイウコトデショウ? 狙ッタ訳デハナイトイウノガ、マタ面白イ話デェスネ。マァ私モソノ可能性ヲ失念シテイマシタガ、オカゲデ逃ゲ遅レテシマイマシタヨ。ハッハッハ! Shit! 千慮一失トハコノコトデェ~ス!』

 

 ケラケラ高嗤う深海金剛だが、対消滅のエネルギーは高密度でありそれを正面から受けたモノは、例外なく肉体の全てが消し飛ぶことを翔鶴は知っていた。であれば深海金剛は先ほど完全に倒されて(轟沈して)居たということで、そんな状態から五体満足まで復活を遂げた。この事実が表すことは──敵は身体がどんなに砕かれようとも、海魔石(しんぞう)が無事なら()()()()()()という絶望的な観測結果であった。身体に傷を付けるだけでも一苦労であるのに、圧倒的な回復力に加え攻撃、防御、肉体強化に敵への状態異常付与など、どれをとっても一ミリの隙も無い。

 これは果たして、金剛(エリ)が戻って来たとして、改二で今まで以上の実力を得たとしても深海金剛を打ち破ることが出来るのか…胸をジリジリと焼く深く黒い「絶望」が、翔鶴を襲った。

 

 ──それを敵に見せまいと顔色を引き締めて凛とした態度で、弓の構えを少しだけ下ろすと翔鶴は深海金剛との対話に臨む。

 

「それだけ追い込まれていたってこと? そんなこと言って良いのかしら。私…自分で言うのは恥ずかしいけど、結構強いわよ?」

『ソノヨウデスネェ、ソノ証拠ニ先ホドカラ見ルニ貴女ノ蒼ノ光…えーてる光子。発現スルコトハだれニモ不可能ト言ワレテイルニモ関ワラズ、容易ク扱ウソノ技量。ソシテ時間ガ経ッテモ少シモ乱レルコトノナイ完璧ナ操作。えーてる光子ヲ変化サセタ背中ノ翼、得物ノ弓矢モ、並大抵ノ技術デハ成シ得ナイ。()()()()()()()()()()()()デェス。ソレヲ汗一ツ見セズニ制御出来テイル時点デ、貴女ノ魔法ノ才能一点デ言エバ、私以上デショウネ?』

 

 あの深海金剛が認めるほどの業(わざ)を見せる翔鶴、その翔鶴は眉一つ動かさず率直な疑問をぶつける。

 

「嘘でしょ。貴女が禁術を含めた全属性を操れるというなら、死属性の対となる「生属性」…つまりマナの生成も容易のはずよ? マナの上位種たるエーテル光子も操作範疇ではないの。その下手な法螺は私を油断させたいのかしら」

『ホゥ、遠目カラダトイウノニ私ガ何ヲシテイタカ見抜イテイタノデ? 益々才覚ノアルコト』

「それはそうよ、私…見ての通り「エルフの適合体」だから。この言葉の意味は多く語らなくても分かるでしょ?」

 

 翔鶴は首を傾けて長い耳を見せては、自身の素性を明かしていく。

 適合体…その言葉に深海金剛も納得がいったように真顔になると、エーテル光子を操れない理由を話していく。

 

『確カニ魔力ノ源流タル”まな”ヲ「生属性」トシテ操レハシマスガ、ソレヲ原子れべるカラ融合スルノハトテモ難題。ソモソモエーテル光子カラシテ「神ノ領域ヲ構成スル物質」ト定義サレテイマスカラ、コノ世界ノ外ニ位置スル要素ヲ「属性」ト呼ブコトハ出来マセェン』

「…ふん、口が上手いわね。今から貴女と戦わないとだから、その言葉に惑わされないよう気をつけないとね?」

『事実ナノデスガ、疑リ深イデスネェ。──サテ、貴女ハ私ト戦ウト言ッテマスガ、ソノ前ニ()()()()()()()()()()()()

 

 証を()()()()…その違和感ある言い回しに、翔鶴は思わず眉を顰める。そして──何かに気づいた様子でハッと目を見開くと、その意図を回答する。

 

「…まさかとは思うけど、天龍たちと睨み合って何かを話していたのは」

『イェ〜ス! ソノマサカ。私ハ彼女タチニ私ト戦ウ資格ガアルカ試シテイマシタ、タダノ小娘ト戦ウツモリハアリマセンノデ。貴女ニモコノ問イヲ投ゲサセテモライマショウ、貴女ハ…何故私ト戦ウノデスカ? 自ラガ確実ニ「沈ム」コトニナロウトモ…貴女ハ私ニ立チ向カウノデスカ』

 

 深海金剛が対峙する戦士たちに唐突に問い掛ける、彼女にとっては最早当然の図式。翔鶴には「藪から棒」な話であるため、いきなり戦う理由を問われてもしっかりとした解答は持ち合わせていないのが心情である。

 更に深海金剛が翔鶴側の油断を誘うために突拍子もないことを言っているのではないかと、疑念すら持ち始める翔鶴。ダレであれこう言われれば戸惑うであろうが──それでも翔鶴は、ココロを落ち着けるため深呼吸を一つすると、素直に受け止めては言葉を紡ぎながら、覚悟を形作っていく。

 

「──昔の私なら、嫌だったでしょうね。瑞鶴を喪ったあの時から…シに場所を求めて戦場を彷徨って、結局シにきれなくって。瑞鶴に会いたいっていうキモチと、まだシにたくないっていうキモチがせめぎ合って…瑞鶴が沈んだのをニンゲンのせいにして、そんなニンゲンたちのために沈むなんて…冗談じゃないって。逆に生き残ってやるって逃げ回ってたでしょうね」

『ホゥ…面白イ話デスネ、話ノ仔細ハ分カリマセンガ。貴女ハカツテにんげんヲ憎ンデイテ、にんげんノタメニ戦ウ艦娘トシテノ存在意義ヲ全否定シテイタ。ソンナ貴女ガ…自ラ全テヲ賭ケテ死地ニ追イ込ムナド、余程ノ価値観ノ大転換ガアッタノデショウ。ソレデ…何ヲモッテ「覚悟」トシタノデスカ?』

 

 深海金剛の興味深げな催促に、翔鶴は真っ直ぐ鬼神を見つめては言ってのける。

 

「簡単な話よ。何故私が今までこんな気持ちになったのかを、()()()()()()()()()()()一つずつ紐解いていったのよ。

 瑞鶴を喪ったあの夜に何があったのか、関係あるモノたちにヒトリずつ聞いて回って、そのヒトがどんな行動をして、何でそんなことをするに至ったのか、少しずつ理解していったのよ。そんな短いようで長い旅を続けていくうちに…私がどれだけ短絡的で浅はかな考えだったかを、思い知らされたのよ。

 ニンゲンってね…どんなに他ニンから「悪」に見えても、本当の理由を知らない限りその行動を非難することは、ダレにも許されることではなかったのよ。ダレも好きで一見理不尽に見える立ち振る舞いをしているわけじゃない、皆がみんな──それが一番「良い」んだって信じていただけなのよ」

 

 それでも、結局どう見るかを決めるのは他人だし、悪と決めつけられてもそう見せた方にも非はある…かもね? そう翔鶴は静かに、何処か嬉しそうに微笑んでいた。対峙する深海金剛は真摯な態度を崩さずに翔鶴の話を黙って聞き入っていた。

 その様子を見て翔鶴は、何処かおかしそうにまた笑った。

 

「ふふ、貴女にもあるのね? そうやって戦う理由を聞く動機というものが。さっきまでのヒトを食ったような態度はどうしたの?」

『ソノ話ガ貴女ノ覚悟ノ一端デアルナラ、最後マデ聞キ入レルマデ。貴女ノ言ウトオリソレヲ途中デ茶化スノハ、礼節ヲ欠ク愚行デアルト思イマシテネ。気ニ障リマシタカ?』

「いえ、意外だなと思っただけよ。…兎に角、ヒトの考えや価値観、行動の裏に隠された想いに触れて、私は「変わらないといけない」と考えを改めたの。そして今は──私をその考えまで導いてくれた「彼」のため、力を尽くしたいと思っているわ」

 

 翔鶴の言葉を一言一句聞き終えた深海金剛は──僅かな言葉を、翔鶴の覚悟を揺るがす「核心」を突く言葉を言い放つ。

 

『フゥン、シカシ──貴女ガドンナニ身ヲ捧ゲヨウト、ソノ「彼」ハ別ノ女ヲ見テイルノデハ?』

 

「っ! …ちょっと、茶化さないんじゃないの?」

『貴女ノ覚悟ハモウ理解シマシタ、愚カダッタ自ラヲ変エテクレタ彼ニ応エタイ。麗シイ愛情デェスネ? タダ…彼モ貴女ノ仲間タチモ、「エリ」トイウ存在ヲ蘇ラセヨウト必死デス。ソレハ本当ニ深イ「愛」ガ無ケレバ、中々行動ニ移セナイモノデショウ。

 デハ…彼ノ視線ノ先ニ居ルノガ貴女デナイ別ノ女デアロウトモ、貴女ハ彼ノタメニ全テヲ捧ゲマスカ? 嫉妬ニ狂ワナイト断言出来ル所以ハ何デスカ? モシ答エガ出ナイノナラ、ソンナ曖昧ナ覚悟デ私ニ向カウコトハ止メテオキナサイ。半端モノノ相手ヲスルホド私モ暇デハアリマセェンノデ』

 

 煽るように翔鶴の覚悟を追求する深海金剛。問われた翔鶴は精神の支柱となる感情を深堀していく。

 何故…確かに自分だけを見てほしいと考える時はある。ただその「行き過ぎた気持ち」で随分と問題を起こして来た身としては、線を引いて一歩後ろに下がるぐらいの気持ちでも、彼の確かな愛情を感じられるなら…それで良いと思った。

 だが…エリという彼が真に愛情を向ける相手を、羨ましいと思わないとは言えない。寧ろ彼女さえ居なければと…であれば彼女を助ける義理は自分には──

 

「──…なんて、言う訳ないでしょ」

 

 一瞬頭に思い浮かべた「呪いの言葉」をココロの奥に仕舞い込むと、翔鶴は自身に満ち溢れた顔で深海金剛を見つめながら、口調を強めて言い切った。

 

「仲間だからよ。彼女…エリも私にとって大切な仲間。強くて優しくて…私たち艦娘には無い「心の輝き」を持った、かけがえのない娘よ!

 私が自分の「身勝手」に向き合うよう、敢えて真正面からぶつかってくれた時があった。シスターとの演習で私に自分の気持ちを伝えるよう促してくれた時もあった。提督に再会した時には、タクトと一緒に私を「仲間だ」って言ってくれたわ!

 …最初はね、彼女のことが良く分からなかった。死んだはずの金剛って名前の艦娘で、出鱈目な強さで、何かあれば「デース!」って言って高笑いして…でも、一緒に任務をこなす内に彼女の人となりも見えて来た。私にはちょっとしか分からないけど…例えニセモノであったとしても、罪を犯していたとしても、彼女は次代の「金剛」として十分すぎる活躍をして来た。そんな彼女が──幸せになれないなんて、どう考えてもおかしい。だから私はあの娘を生き返らせて、お帰りって言ってやるの。

 その後はエリとタクトが…大好きな人たち同士が結ばれるのを間近で見てやるんだから! どう? これが私の戦う理由よ。世間サマが頭おかしいって言っても、私にはそれで充分よ!」

 

『ソレハ貴女ガ抱ク本当ノ気持チナノデスカ? 周リニ合ワセテ本音ヲ隠シタ嘘デハアリマセンカァ? 貴女ノヨウナ我ノ強イ女性ガソウ簡単ニ──』

 

「──そうよ。本当はダレよりもタクトに愛されたい、私は…私がココロ惹かれた相手に自分の全てを捧げたいと思っているわ。盲目だとか気持ち悪いだとか思うならどうぞ?」

 

『──…ッ!?』

 

 深海金剛の焚き付けを意に返さない翔鶴の返答、クロギリ海域での一連の出来事で培った精神的な強さは、鬼神の嘲笑いを跳ね除けるほど強靭となった。

 翔鶴の我の強さの脆い点を突いたはずの深海金剛は、その臆すことのない精神の頑強さに思わず目を瞠る。翔鶴はそんな彼女に「変えられない自分」を語る。

 

「私はヒトが思うほど善ニンじゃない。どんなに自分を変えようとしても未だ至らない気持ちもあるわ。それでも──私は「私」として生きていくって決めたんだから! この愛がどんなに叶わないものだとしても…もう自分を着飾るのも、我慢して傷づいて、爆発して傷つけてを繰り返したくないの。

 だからこれで良い、私は…それでも、こんなに歪な私を愛してくれるヒトたちの気持ちに応えたい。例え──そこに「轟沈()」が待っていても、自分が満足しているのだもの、後悔は無いわ!」

 

『…驚キマシタ。貴女ハ内ニ秘メタ負ノ感情スラ「芯ノ強サ」ニ変エテシマウノデスカ? ソレガ貴女ノ覚悟ニナルトハ…ッ!?』

 

「そうね。付け加えるなら…ヒトの聞かれたくない部分まで根掘り葉掘りして、したり顔で否定する貴女は()()()()()()()。絶対に許さない…今から貴女に「希望」の力を見せてあげるわ!!」

 

『…ホゥ? 希望ゥ? ハッハァッ! 調子ニ乗ルナヨ小娘ガ! ナラバ此方ハ貴女ノ芯ヲ砕キ折リ、ソノ生意気ナ厚顔ヲ「絶望」ニ染メテアゲマショウ!』

 

 互いに罵り合いという挨拶を済ませると、翔鶴は蒼光弓を、深海金剛は握り両拳をそれぞれ構え臨戦態勢になる。

 

 ──ここに、拓人艦隊最後の一隻となった翔鶴の、深海金剛戦が始動する。果たして…翔鶴は見事深海金剛から戦闘データを掠め取り、エリを復活する切っ掛けを作り出せるだろうか…?

 

『来ナサァイ、翔鶴ゥ!!』

 

「言われなくったってやってやるわ。行くわよ──全航空隊、発艦始めっ!」

 

 蒼銀の希望と無彩色の絶望がぶつかる…この戦いの先に、どんな結末が待ち受けているのか──

 



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そして、希望の鶴翼捥れし時──②

 皆お休み中だろうけど、先々行きたいから投稿するよ。ゆっくり見ていってね!


「ふぅ…ふぅ…っ、やっと辿り着いた…!」

 

 翔鶴と深海金剛が激突する一方、拓人は両肩で担いだ望月と野分を天龍たちの居る場所まで運ぶことに成功する。

 

「大事ないか、タクト?」

「大丈夫、ありがとう天龍。さて…あとはフタリの目が覚めるのを待つだけだね?」

「はい、司令官…お疲れでしょうから望月さんを私が担ぎましょう」

「いやいや君の方が大変なんだから、綾波はそのまま周囲を警戒していてね」

「むぅ…身体の方は…いえ、まだ少々重いですが」

「ほらぁ、やっぱり。だから大人しくして…」

 

 拓人たちが思い遣りを受け渡し合っていると、拓人に担がれた野分の目が薄ら開いた。どうやら目が覚めた様子だった。

 

『──…っ、こ…コマンダン、申し訳…ありませ…っ』

「野分! 良かった…目が覚めたんだね?」

『はい。しかし…身体に、力が入らず。思うように動かすことが…っ』

「無理ないよ、身体に罅が出るほどなんだから。今の君は深海の姫のようなモノだから、それだけ大きいダメージを受けたってことだよ」

『ダメージ…(そう言えばボクは望月さんからあの「薬」を受け取って…何事もなく終わるとは思っていませんでしたが、この程度の傷で済んだのは…僥倖と言えるのか?)』

 

 野分は望月の深海化活性薬を飲んだことで「暴走」又は「轟沈」する危険性があり、それは野分自身は承知の上で服用していた…が、幸か不幸か身体の不調で終わった。胸の内で安堵しながら野分は痛みを感じる頬を手で触れ撫でた。

 そんな野分に思うことがある様子の天龍が、徐に彼女に話しかけた。

 

「身体の調子はどうだ、野分?」

『天龍さん…はい、まだ力が戻りませんが少しすれば或いは』

「そうか。(…望月から何か飲まされたか?)」

『…っ! (分かりますか?)』

 

 天龍は拓人に聞こえないよう耳元で囁きながら野分に問いかける、野分も声を潜めて答える。その間の会話を拓人は「何か話しているようだが、大事なことなら聞かないようにしよう」と素知らぬ顔をして耳に入れないようにした。

 

「(あぁ、多くは聞かんがもうお前は下手に動かない方が良い。その顔の傷から察するに深海化の能力も含め、身体機能が低下しているのだろう。であれば耐久性が脆くなっているかもしれん、激しく動けば()()()()()()可能性も否定出来ん)」

『(っ、それは…恐ろしいですね;)』

「(薬の与える身体への影響とは洒落にならんものだ、一時的にあの深海金剛と渡り合う力を手にしたほどの代物なら、猶のこと代償を考えておくべきだ。とにかく安静に…な)」

『(はい…ご助言感謝します、天龍さん)』

 

 天龍と野分の会話が区切られたタイミングで、どうしても耳に「下手に動くな」とか「安静に」と聞こえて来るので、拓人は思わず声をかける。

 

「…何か、安静にとか聞こえたけど?」

「心配するな、あれだけの戦いだったのだからあまり無理はするなよと言っただけだ…なぁ?」

『はい…』

「え、本当に大丈夫なの野分?」

『だ、大丈夫です! …っあ、も、もう支えて頂かなくとも!』

「そ、そう? …キツかったら言ってね?」

 

 拓人に心配はかけまいと野分は空元気を見せつつ、拓人の肩から離れて立って見せる。が…かなり足元がふらついているようで、ふらっと後方に倒れそうになる。

 

「あ、危ない!?」

「──っと。安静にと言っただろう」

『す、すみません。もう少ししたら安定すると思います』

「分かった、それまでは俺が支えてやる。翔鶴のおかげで立つぐらいなら問題なくなったから、その方が拓人も楽だろう?」

「う、うん。ありがとう…(天龍…)」

 

 天龍はそう言って微笑んだが、野分の肩を担ぐ彼女の腕は未だ小さく震えていることを、拓人は見逃さなかった。

 最早防衛手段は崩れ、深海金剛に虚を突かれれば全員致命傷も免れない。最終防衛ラインたる翔鶴が戦っている以上今すぐ危険が襲うことは無いだろうが、艦隊を守るために拓人自身が前に出ることを覚悟しなければならないだろう。

 

「(…うん、そうだよね。もう彼女たちだけに任せることは出来ない。僕が…今度は僕が、皆を守らないと…っ!)」

 

 拓人は傷ついた仲間たちを前に、静かに決意を新たにする──その時。

 

 ──ズドオォォォオンッ!!

 

「っ! 来た…!」

 

 空間に爆音が鳴り響く、それは翔鶴のエーテル光子艦載機群と深海金剛の属性魔力がぶつかり合う音であった…!

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 ──拓人たちが敵襲に備える中、翔鶴は深海金剛と対峙する。

 

 背中の蒼き光翼を羽ばたかせ、空中を飛び駆ける翔鶴。かと思えばくるりと振り返り弓を射る構えを取ると、蒼穹の光弓を形作る。狙いを澄ませ勢いよく放たれる光の矢、それらは幽玄な戦闘機群に形を変えると深海金剛に襲いかかった。

 

「行きなさい…翔鶴航空隊!」

 

『──ソレハ「のーさんきゅー」デェス! 貴女ハ先ホドノ戦イデ何モ学ンデマセェ〜ン!!』

 

 そう得意顔で嗤う深海金剛は、迫り来る翔鶴航空隊に対し両手を翳す。すると──深海金剛の目の前に風の壁が構築されていく。

 翔鶴航空隊から蒼光の弾丸が連続射出されるも、気圧の防壁はそれを寄せ付けず無効化していく…最初の艦隊戦でも見えた翔鶴のエーテル光子唯一の弱点であった。

 

『ハッハァッ! ソノ程度デハ私ハ倒セマセェン、力押シデハ何モ──…ッ!?』

 

 深海金剛が勝ち誇った顔で居るも、翔鶴が無策で挑んでいるということは無く…翔鶴航空隊の中から一機が飛び出すと、降下させた備え付けた魚雷を暴風のバリアに撃ち当てる。破裂した魚雷から極寒の魔導エネルギーがいて飛び出し吹雪(ふぶ)くと、風の壁と同時に、瞬間的に深海金剛の身体を凍らせた。深海金剛の渦巻く空気の壁が、冷気を運ぶ「送風装置」の役割と化したことで、翔鶴の冷気魔導弾の威力を自らの全身に送り込んだのだ…!

 

『グ…コレハ』

「風はあらゆるものを運ぶ、火であれば燃え盛る火災旋風、土であれば大地を削る竜巻、そして…氷であれば極低温を瞬間隅々まで。墓穴を掘ったわね…私も属性の使い分けが出来る以上、貴女の防御策の対策ぐらい簡単に出来るわ!」

 

 片や全属性、片や全エネルギーに変換。互いに似通った能力である以上使い手たちの「戦闘センス」が勝負を左右する。凍って身動きの取れない深海金剛は敵の想定以上の「柔軟な対応力」に、内心感心していた。

 

『──見事、オ互イ同ジ手ハ通ジナイトイウコトデスカ? ナラバ…』

 

 

 ──ゴオォッ!!

 

 

 全身から熱気が立ち込めたかと思うと、深海金剛は凍った身体の内側から身体を発火させ、張り付いた氷を蒸発させた。

 

『ココカラ根競ベトイウ話、貴女ガドンナ手ヲ使オウトモ私モ対応シテ見セマショウ。知識ヤ才能ダケデ私ヲ負カセルトハ思ワナイコトデェ~ス!』

「…っ!」

 

 火達磨になりながらも涼しい顔で翔鶴を挑発する深海金剛だが、彼女の言うとおりこの勝負は「どちらが折れるか」に集約される。

 

 翔鶴側は、扱える属性に限りはあるものの彼女にしか使えない生属性の極点魔法「エーテル光子」がある。

 

 対して深海金剛は、エーテル光子こそ扱えないが全ての属性が使用可能。

 

 翔鶴としては深海金剛の隙を突いて、エーテル光子を彼女の身体に撃ち込めばそれだけで勝機がある。勿論あちらに「五行廻輪」という奥の手がある以上油断は出来ない…が、魔法の才覚のある翔鶴には()()()()()()()()()()()()()()

 

「(問題は彼女がそんな隙を与えてくれるかということ、それをするためには繊細な技術も必要。現時点では不可能かもしれないわね。仕方ない…とにかく撃ち込むのよ、相手が攻撃に対応している一瞬の隙を狙う…!)」

 

 翔鶴はそう結論付けると背中の翼を羽ばたかせて飛翔、蒼穹の弓矢から疾く発射、発艦していく艦載機航空隊、宙を縦横無尽に駆けながら素早く撃ち込んでいく。

 気づけば四方八方から蒼の艦載機が深海金剛に向けて突っ込んでいく…っ!

 

「さぁどうするの…?」

『決マッテイマァス。全テ──撃チ落トス!!』

 

 深海金剛は威勢よく言ってのけると、両手を広げて薄い黒紫のオーラを放ち始める。すると──彼女の周りの海面が細波立ち、次第に黒の瘴気が立ち込め始める。

 瘴気は煌々と不気味に炎上するや、深海金剛を囲む形で六つの火の玉が出来始めたと思うと、それらは「巨大な鬼のしゃれこうべ」のように変化した。黒炎を纏う六つの骸骨頭は圧倒的畏怖を齎す。

 

『全砲門、全方位全力対空射撃。海底ノ暗闇ニ…沈ミナサァイ!!』

 

『オオオオオォ………ッ!』

 

 

 

 ──ゴオォ…ズドオォオオンッ!!

 

 

 

 深海金剛の号令と共に、しゃれこうべたちは大きな口を勢いよく開くと、瘴気を溜めた闇のエネルギー弾を解き放つ。極大な隕石を模った闇の炎は艦載機群を捉えると、それぞれ爆発を起こし無数の翔鶴艦載機大隊を粉砕散乱していく。紅い空を覆う蒼炎の戦闘機群が消滅したことは、正に「絶望」を表していた。

 

「くっ…!?」

『ドウシマシタカアァ!? ソノ程度デハナイデショウ翔鶴! モット私ヲ楽シマセテ下サァイ!!』

 

 深海金剛の圧倒的な実力、隙を突けば勝てるかもしれないという翔鶴の考えは、甘さがあったと反省する。

 

「(駄目だ、出鱈目に撃ち込んでも向こうの無数の手数に押し返される。こんなことしたって絶対勝てない…どうすれば良いの?)」

 

 迫り来る鬼神にどう太刀打ちするか苦悩する翔鶴、果たして突破口はあるのか…兎に角冷静に敵の出来ることを予測していく。

 

 敵は「全属性」を操る怪物、属性は概念を魔法で再現するもの、その数は禁術を含めると「19種」となる。それらを考慮しながら対策を考えるのは困難…というより、ここまで種類が多いと不可能ではある。

 

「(魔法は想像力がモノを言う、使い手によって同じ属性でも如何様にも変化する。あの鬼は搦め手も平気で使って勝利をもぎ取っている、どんな手を使って来るか分からない。()()()()()()()()()()()()()()()()()…)──…ん?」

 

 ふと翔鶴の頭にはある可能性が浮上していた、それは先ほど野分が偶然引き起こした「対消滅」の場面想起に起因していた。

 であればそのあたりを踏まえた「対処法」を考えたいが、深海金剛は「隙は与えない」と」言わんばかりに闇炎に包まれた髑髏たちが口を開けて、今にも次弾発射しそうであった。

 

「考えている暇はない──兎に角やって見るしかない!」

 

 翔鶴は空を飛びながら敵に弓を向けると、第二次航空隊を発艦していく。先ほどより数こそ少ないが故の身軽な敏捷性で深海金剛との距離を縮めていくが、深海金剛は余裕の表情で闇の髑髏たちから対空砲撃を発射する。

 

『ソノ烏合ノ衆デ何ガ出来ルノデス? サァ…闇ノ炎デ火達磨トナリ、堕チナサァ~イ!』

 

 深海金剛が嗤い、勝利を確信する──その時、翔鶴の右眼から蒼炎が燃え広がると、その手前に「青みがかった丸い鏡」のようなレンズが映し出される。レンズの色は一瞬で「半分が黒色、もう半分が赤色」に変色する。

 

「──属性解析(サーチ・ロード)、闇と火。なら…冷気魔導弾、発射!」

 

 翔鶴は航空隊の一部隊に、闇炎弾に向けて冷気魔導弾を放つよう命ずる。冷気魔導弾は確りと闇炎弾に命中し、魔導弾の中から極寒の吹雪が吹き荒ぶと…黒い炎と蒼光の超低温がぶつかり合う、すると──

 

 

 ──ギュォオオッ!!

 

 

 黒炎と蒼冷の間から白い光が発すると拮抗する二つの力を飲み込んでいく…やがて、光が収まると何事もなかったように静寂の空間が広がっていた…!

 

『ッ!? コレハ…対消滅?!』

「そうよ、貴女の複合属性…マイナスの「闇」とプラスの「炎」を、私のプラスの「生(せい)」とマイナスの「氷」で相殺したの。ぶっつけ本番だったけど…どうやら上手く行ったみたいね?」

 

 何と翔鶴は、あの一瞬で敵の使用属性分析を瞬時に行い、それに対応する形で対となる属性を衝突させ「対消滅」を発生させた。対消滅の強大なエネルギーの影響を受けない遠距離からの攻撃、そして魔法属性の知識に長けた翔鶴だからこそ為せる荒業であった。

 

『ホウ…ホゥ! ソウ来マシタカ、貴女ノ魔法ヘノ知識ハ中々侮レナイヨウデェス』

「褒め言葉として受け取るわ。それでも中々隙は出来ないでしょうけど…ねっ!」

 

 翔鶴は航空隊を発艦させつつ、敵の的にならぬよう飛び回る。深海金剛はそれを見て髑髏砲を翔鶴に向けて照準を合わせ、魔砲弾を連続射出する。その色合いは──緑に光る不気味な大火炎弾であった。それが暴風を纏って翔鶴に迫る。

 

『コレハドウデショウカ、何ノ属性カ理解出来マスカァ?』

「ふぅん。──属性解析(サーチ・ロード)、火、風、それに「死属性」? 三属性を複合させるなんてね、まぁ…どうとでもなるけど!」

『(ッ! 速イ…コノ極短時間ノ属性解析、マサカトハ思イマシタガココマデトハ。幾ラえるふデモ…フム、シカシ、マァ)──コチラモ何トデモシテミセマァース!!』

 

 空を駆け巡る翔鶴は、深海金剛が放った魔砲弾に使われた属性を瞬時に解析し、それに対応する──雷、氷、生──属性をぶつけるため、魔導冷気弾、魔導電気弾を搭載した魔導航空隊を発艦させ、敵の放った全ての砲弾に魔導弾を投下する。

 

 ──ギュォオ、ギュォオオッ、ゴギュォオオオッ!!

 

 敵のプラスの火、マイナスの風、マイナスの死に対し、マイナスの氷、プラスの雷、プラスの生をぶつけていく。魔導弾が着弾した瞬間の彼方此方の空中に乱発される白光(びゃっこう)が、紅く仄暗い海域を強烈に照らしていく…!

 そうして光が収まっていくと、緑の火炎弾は綺麗さっぱり無くなっていた。翔鶴は悠然と空中を静止して深海金剛を睨む、深海金剛も不敵に嗤い顔を歪ませ翔鶴を鋭い眼光を向ける。

 

「(良し。これで敵の攻撃の対処法は問題ないわね? ただ…敵の手数が無数にあるのは変わらないから、何とか決め手が欲しいわね。今は拮抗したこの状態を保つ…でも時間は少ないでしょうから、隙を突くにしろ防戦で体力を消耗させるにしろ「裏を掻かれないように」気を付けないと…!)」

 

 翔鶴は敵の属性攻撃を無効化する方法を編み出したが、それは敵の攻勢を挫く切っ掛けに過ぎず、翔鶴自身に深海金剛をどうにかする方法はまだ手元にはない。一度の策が功を奏しただけで事態が好転するとは限らないのだ。寧ろこの劣勢を平然と覆す化け物が相手である以上、ここで畳みかけたい。翔鶴はあらゆる対策を早急に想定し始める。

 

「(遠距離で攻撃し続けるだけでは避けられかねない。何とか相手の近くに…いえ、弓の引き絞りを待ってくれるとは到底思えない。攻撃隊で牽制しつつ私自身が敵の懐に…でもそれは、私自身に「近距離の攻撃手段」があれば良いけど、空母にそんな戦法はないわ。蹴りを入れるぐらいなら出来るけどそれでは足りない、もっと強力な…一瞬で相手を仕留められるような攻撃が必要。

 魔導航空隊の攻撃は既に見切られているでしょうし、相手の不意を見て至近距離を捉えられれば…そして必殺の一発を与えることが出来れば──)」

 

 勿論それで深海金剛を倒せるとは思えない、ここまで天龍、綾波、望月、野分の決死の全力を全て受け切って尚、苦戦の様子は無い。未だ鬼神の実力の底は視えていない状況。

 だが…拓人たちは金剛(エリ)の復活に全てを賭けている、そのために深海金剛の戦闘データが必要で、全力で倒す気力を持たなければ絶対に倒せない。人類の命運も掛かっている以上その先の「滅び」も見据えてでもやるしかないのだ。

 上空を旋回し、敵の攻撃に対応しながら思考を巡らせる翔鶴に…やがて疲労の色が見える。

 

「(ふぅ…頭を捻るのは疲れる、望月の指示に従っていた方が楽よね。そんなこと言ってる場合じゃないのは分かっているのはけど…さぁてどうしましょうか? この状況は」

 

 翔鶴は冷静に状況を俯瞰し、糸口を見つけようと再び頭を絞る。先ずは天龍から野分までの戦いの過程を考えてみる。

 

「(天龍は我武者羅に戦って、自分の限界を越えた。綾波は追い詰められてから、敵が油断している隙を突いた。望月は自分に有利な状況を作って、野分との連携で倒そうとした。野分もそれに応える形で戦い抜いた。

 …皆、自分なりの戦い方で深海金剛に一矢報いている。なら私は? 私なりの戦い方って──…っ!!)」

 

 仲間たちの戦いを反芻した翔鶴に…ふと、天啓とも言える「一手」が浮かぶ。

 

「…ふふっ、そうよね。下手に動いても駄目なら「シンプル」に…よね、私には…それしか出来ないから!」

 

 そう呟いて微笑むと、翔鶴は空中で上に一回りしてから勢いをつけて深海金剛へ突撃する。

 

「はあぁーーーっ!!」

『フンッ、属性相殺ノ爆心地ヘ自ラ乗リ込ムトハ。考エ尽キテ遮二無二特攻デスカ? 甘イデスネェ…対消滅ノ()()(せんこう)ニ飲マレナサァイ!!』

「…っ!!」

 

 翔鶴の一見無謀な行動に、深海金剛は謗りながら再び闇炎髑髏砲を形成し、真っ直ぐ突っ込んで来る翔鶴に向けて黒炎の凶砲弾を射出する。翔鶴はそれを見るとまたもくるりと旋回しながら、弓矢を構えて冷気魔導航空隊を飛ばす。そして──そのまま蒼光弓を仕舞うと再び下へ一気に滑空していく、その顔に恐れはなく代わりに口元が動いて()()()()()()()()()()()()

 

『何!? 何故突撃ヲ止メナイ? 本当ニ沈ムツモ──ッ!』

 

 翔鶴の異常行動に、深海金剛は──その真意に気付いて戦慄する。

 

『マサカ…ダトスレバ、不味イ!』

 

 深海金剛は焦りを隠せない顔つきで、横方向へ跳躍して急いてその場を離れようとする。

 深海金剛の「まさか」は的中する、上空で闇炎と蒼冷のぶつかり合いにより生じた、球状の白い滅光を放つ対消滅現象、それが…球の中心から「蒼光」が見えると白を飲み込んでいく。白を枠としたような巨大な蒼球が出来上がると、降下を始める。

 

 ──ゴオォッ!!

 

 海面をめり込ませながら、神の如き美しさすら感じる巨大蒼球は降り立った。その中心に黒い人影が見える…翔鶴だ、そして彼女の頭に巻かれていたのは「朱色」の鉢巻きであった。

 

『クゥ…ッ、ソノ鉢巻キ、ソシテ防御壁ハ…先ホドノ防守形態デ()()()()()()()()()()…!』

「そうよ、()()()()()()()()。この姿を見た時点で貴女はもう終わりよ、対消滅のエネルギーの前では全てが跡形も無く消し飛ぶ、威力の伝達速度も桁違いよ。逃げ場なんて無いし、流石の貴女でも耐えられるかしら?」

 

 更なる喫驚の事実、翔鶴は対消滅のエネルギーを改二甲の能力「凡ゆるエネルギーを吸収、反射する」で全て収めてみせた。後は彼女が「反射(リフレクト)」と叫べば、対消滅のエネルギーは深海金剛を跡形も無く吹き飛ばすだろう。翔鶴にしか出来ない最大の攻撃が鬼神を捉えた…だが、苦い顔をする深海金剛は翔鶴に対し嫌味を含んだ悪意ある言葉の常套句を述べる。

 

『チッ、確カニソノトーリデスガ…フッ、良イノデスカ? 私ヲ消シタラ「エリ」ハドウナルカ…マダ戦闘でーたトヤラモ、全テ集マリキッテイナイノデショォウ?』

「──そんな脅しには屈しないわ。貴女をここで倒し損ねたら世界の危機に繋がる、そんなことを犯してまで彼女を優先したら、エリはきっと怒るから。それに元々貴女と全力でやらないと戦闘データは手に入らないの、これが──私の全力だという話よ!!

『ッ! 忌々シイ…アアアァァクソッタレガアアァッ!!』

 

 翔鶴の信念は揺さぶる悪意すら跳ね除けた。激昂する深海金剛を余所に、翔鶴は既に覚悟を済ませた顔つきで、周りの対消滅エネルギーを解き放たんと──高らかに叫んだ。

 

「これで終わりよ! 反射(リィフレェクット)オオオオオォォッ!

 

 

 ──カッ!!

 

 

 声大に発した宣告が紅い空に響く、瞬間──目が潰れそうなほどの強烈な光が走ると同時に、数千数万という光線が迸る。それらは確りと深海金剛を捉え…無数の白い光線は瞬く間に深海金剛の直前に到ると、鬼神へと次々に着弾していく。光線はやがて束となり、畏れある鬼神の身体を包み込んでいく。

 

『ヴォ”ォ”ォ”……──』

 

 閃光は膨大な波動となり、鬼神を白に覆い隠しながら海上を突き進んでいく。強大な力の余波は全てを呑み込み、やがて白光が消えて無くなっていくと同時に、静寂が訪れようとしていた…。

 

 

 

 

 

・・・・・

 

 唸るような轟音と視界に広がる白光、それらは暫く拓人たちの聴覚と視覚を奪い、余剰威力の影響で突風が身動きをも封じている。まるで世界の終りのような有り様に、望月を両腕で抱く拓人は思わず片腕で顔を隠し竦みあがる。

 …そして、風が止み、視界も晴れ、音も徐々に静まっていく…全てが終わり治まったことを感じた拓人は、腕を降ろして周囲を確認する。

 

「…目の前にはまだ煙が広がっているか、ふぅ…翔鶴はどうなったんだ?」

 

 拓人は視認を遮る煙の向こう側の翔鶴を案じる、果たして彼女は無事なのか…深海金剛は倒されてしまったのか?

 

 そんな思考の波の中、拓人が頭の端で考えていたのは──”勝ったかもしれない”という油断であった。

 

 なるべく考えたくなかった、だが…天龍から始まり綾波、望月野分と、段々と戦いは苛烈さを増していき、その都度彼女たちも進化していき鬼神と対峙していった。だが翔鶴の能力は深海金剛からして「最初から強敵として認められている」ほどの力で、それは今しがた最高点に到達した。先ほどの翔鶴改二甲のエネルギーカウンターは絶大に極まっており、これで決まらなければ敵は化け物以上の恐ろしいナニカだ。それ程までに一見だけで理解出来る圧倒的な「力」であった。

 事実、煙が晴れかけた先の視界には、海が割れ海底の土すら抉れている強大な力の爪痕が残されている光景が広がっていた。おかげでまたも「空間遮断壁」が壊されていたようだ、これほどの破壊力を目の当たりにして内心でも勝ちを考えないのは、人の感性が許さないだろう。それは艦娘たちも同様のようで、口々に翔鶴の「勝利」を半信気味に出していく。

 

「これは…仕留めたか!?」

「翔鶴さんの先ほどの攻撃で海面に大きな傷跡が出来上がっています、加えて攻撃の一瞬は正に「神速」の域でした。反撃の隙が皆無である以上深海金剛が能力を使い危機回避した可能性は限リなく低いでしょう。必殺と必中の事実の前では如何に深海金剛でも…!」

『ウィ、流石翔鶴さんです。エリさんのことは気掛かりですが…いえ、それでも』

 

「──うん、警戒はしておいた方が良い」

 

 全員でこみ上げる「期待」を一頻り口に出した後、矢張り「理性」が深海金剛への警戒を厳とせよと訴えかける。あの鬼神は何度死地に立たされようとも何事もなかったように起き上がり続けた、命取りに成りかねない不注意はするべきではない。拓人たちは周囲を警戒しつつ──生存している前提で──深海金剛の次の行動に緊張を走らせる。

 

 ──そんな中、拓人の腕の中で眠っていた望月の眼が、薄らと開こうとしていた。

 

「──…ん、んん…ここぁ…あの世…じゃなさそうだねぇ?」

「っ! 望月気が付いた? 調子はどう?」

 

 望月の声に気付いた拓人は、安堵した様子で容態を窺うも…本ニンはいつもの調子で自身の具合の悪さを表現する。

 

「…大将か? 調子は最悪だわねぇ、身体ぁダリーし頭も霧が掛かってるし」

「そっかそっか、取り合えず大丈夫そうで良かった。…今翔鶴が深海金剛と戦っているんだ、凄かったよ…上手く言えないけど、翔鶴のエネルギー生成と深海金剛の全属性行使がぶつかり合って、何だか真っ白なパワーボールがそこら中に出来上がっちゃって」

「んあぁ、深海金剛の攻撃に翔鶴が対応したってことか。要は対消滅で攻撃を相殺してったんだねぇ、無茶するよ全く…アイツらしいけどさ」

「そうかもね? でその対消滅? のエネルギーを翔鶴が、改二甲の能力で吸い取ってさ、深海金剛に向けて解き放ったんだ。翔鶴の機転の利きが上手く嚙み合った感じだね!」

「おぉ~ソイツぁすげぇや、あのカウンター形態をそんな風に…」

「うん、おかげで海に大穴が開いちゃったけど…でもこれで深海金剛にとどめは刺せたと思うんだ。じゃなきゃ本当に手は付けられないって話じゃない? まだ気は緩めないけどね。仮に本当に倒せたら、エリのことをもう一度考え直さないとだけど、それは戦闘データの回収具合次第だよね。上手い具合に全部回収出来てたら良いんだけど」

「ソイツぁ虫が良すぎるって話だ──…ん?」

 

 二人が翔鶴と深海金剛との戦いを纏めていると…望月が「待てよ?」と呟きながら何かを考え始めていた。

 

「望月、どうしたの?」

「…可能性は十分ある、だとしたら……っ! 大将ヤベェぞ、今すぐ翔鶴をこっちに呼び戻せ!!」

「えっ? …あぁそうか、念のために離れて様子を見た方が良いよね。五行廻輪で全回復されるかもだし、君は知らないかもだけどさっきも「闇の力」みたいな能力で復活してたから。だとしても今回はそんなこと出来る余裕は…」

「違う! ()()()()()()()()()()()!!」

 

 望月の異様な反応と含みある発言に、思わず怪訝な顔で返してしまう拓人。望月は朧げな頭でも弾き出せた「絶対的な事実」を拓人に告げる。

 

「大将、属性っつーのは全部で「19種」あるんだが…その中に含まれず、んでもヤベー代物があるんだ。禁術なんて目じゃねぇ「幻」の属性がな。

 数多の魔術師、魔法使いがそれを再現しようと挑んだが、遂に形に出来なかった「実質再現不可能」の属性だ、だがあのヤローなら或いは…」

「そ、そんな属性があるの?! それって一体…?」

 

「ソイツはあらゆる属性の天敵だ、それが発現出来ちまったら…()()()()()()()()()()()()()()()()()、だから──…っ!?」

「──…! …嘘だ、()()()()()()()()()()()()。でも……どうやって?!」

 

 望月が話している途中…空間に悍ましい威圧感が走る。

 拓人たちが一斉に悍ましさを感じる方向へ目を向けると…煙が完全に晴れたそこには、割れた海の谷間から紫の闘気を放出しながらゆっくりと浮かび上がって来る鬼神の姿であった…!

 

「──そ、そんな。確かに対消滅エネルギーが直撃したはず、回避したならまだしも消し飛びもしないなんて…っ!」

 

 翔鶴が半ば「絶望」の表情で対峙する「()()()()()()()()()」を見つめる、対する深海金剛は…片腕を前に出し手を翳しながら指を広げると、不気味な笑みを浮かべて答える。

 

 

『フフッ。咄嗟ノ判断デシタガ間ニ合ッタヨウデェス、コレガ…噂ニ聞イタ伝説ノ属性。全テノ事象ヲ抹消スル──”無属性”

 

 

 それは、どうあっても現実は変えられないという「暗澹たる世界」が、拓人たちの目の前に突きつけられた瞬間であった…っ!

 




〇今回の不明点について
 ここで君たちに、翔鶴の行った「対消滅」のプラス・マイナスエネルギーの組み合わせについて、簡単に解説していこうと思うが、要点は以下のとおりになる。

1.プラスとマイナスの組み合わせは決まっている、それ以外をぶつけても対消滅は発動しない。(プラス:炎、マイナス:氷など)

2.複数の属性が組み合わさっている場合、それぞれに対応した属性をぶつける必要がある。

3.「生・死属性」と「光・闇属性」のみ、性質が似通っているため組み合わせが違っていても対消滅が発生する。(作中の「生に対する闇」と「死に対する光」)

 と、こうなっている。少し小難しかったかな? ふふっ、要するに算数の式に「例外」があったということだ。気になる者も居るだろうがどうかこれで納得してほしい。

 後は…そうだな、最後の無属性の下りだが、どうやら最高神どの(作者)から言及があるようだ。


 ※すいません、幻の属性とか言ってますが、クロギリ終盤のマサムネさんの使った「凡ゆる事象を無効化するプログラム」も似たようなもんじゃないかと、書いてて気づきました。あれも超科学でようやっと再現出来たという話で、魔法や魔術でやるのは「難易度が跳ね上がるぐらい難しい」…ということ、にして頂ければ;


 成る程、随分と自身過失な神だが聞いてのとおりだ。無属性についての詳しい解説は次回以降にさせてもらうが、言い換えれば「人類にはほぼ再現不可能だが、概念としては確かに存在している」ということだけ頭に入れてもらえれば良い。

 それにしてもこの佳境で大きな盤上返しが起こるとは、諸君も予想はしていなかった訳ではないだろうが…さて、戦えるモノが翔鶴君だけとなった今、彼女の敗北は果たして彼らにどのような結末を齎すのか…だがまぁまだ分からないよ、更なる強盗(がんどう)返しに期待しようじゃないか? 希望の「灯火」は…まだ消えては居ないよ? フッ…。


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