スネイプは机の上に
釜は四つある。
一つはルーナ、もう二つはあの双子、あと一つは自分用だ。
授業ではスネイプはみずから調合をすることはあまりない。生徒がなにかを爆発させないように監視するので精一杯だからだ。だが数人のそれなりに優秀な生徒だけが相手なら、安全だろうと彼は判断した。あの人狼用の調合に随分手間をとらされて、自分自身の作業がいくつか滞っているのだ。ルーピンを教師にするなどいまだにとんでもない考えだと思うが、ダンブルドアはいつもどおり頑固で、一度こうと決めたら頑としてゆずらない。
ラブグッドという少女がみせた将来性はこの薬学教授にとって新鮮だった。あのレベルの才能のある生徒にであうのは何年ぶりだろうか。それだけでなく、あろうことかウィーズリーのあの双子に隠れた薬学の才能があることもわかったのは、奇妙とはいえ不愉快ではない驚きだった。
総合的に見て、おもしろい一週間だった。
そろそろ子どもたち三人がここに着いてもおかしくない。
スネイプはこのクラブを木曜日の夕方に設定した。三人も彼も空いている時間であり、数時間席をはずしても同僚や同級生に呼びだされる可能性は低い。双子の最後の授業は一階で、ルーナは四階だ。だから少年二人がさきに着いた。
「じゃあ先生、はじめるまえにちょっと話がある」とジョージが言いだした。
スネイプは片眉を上げた。やけに挑戦的だ。
「何について?」
フレッドがすばやく自分の番をとりついでこう言った。
「この件が持ちあがってから二人でずっと考えていたんだ。いくつか質問がある」
「このクラブを作ることについてのあんたの動機を知りたい」とジョージが説明した。
「自分の受け持ち科目で有望な生徒の芽をのばしたい、ということ以外にか?」
言うまでもないと思っていたが。
「有望な生徒はたくさんいる」とフレッドが指摘する。
「けれどクラブを作るのはこれがはじめてだな。なぜおれたちを? なぜルーナを? どうみても生徒全員を憎んでいるあんたが、なぜおれたちの芽をのばそうとしたりする?」
セブルスは一連の質問をしばらく検討して、首を振った。
「わたしは生徒を憎んではいない」と彼は正直に言う。
「生徒を憎んだことは一度もない」
「おれたちは憎んでいるだろう」とフレッドは自分とジョージを指した。ジョージも同意してうなづいた。
「いつも分かりやすく憎んでいる」
「わたしの授業をいつも聞こうとせず、寄り道や内職をされるのは腹が立つ。だからといって憎んでいるわけではない」
「おれたちを去年、ほとんど不合格にしかけたじゃないか」とフレッドが防御的に指摘した。
スネイプはこれを鼻で笑った。
「ほとんど不合格にしかけただと? 作るべきだったのと違うポーションを提出しながら合格した生徒はおまえたち以外にない。あのポーションのできのよさを考慮して採点しようとしてやったことだけでも、十分な理由になるはずだ。もし憎んでいたのなら、何の問題もなくその場で不合格にできていた」
「あ」
二人は思いかえして、自分たちが開業しようとしているジョークショップのためのくすぐりのポーションを作る手順を試験の最中に考えはじめ、本来解熱薬を作っているべきところなのにそのポーションの試作品を調合しはじめたのを思いだした。いま思えば、あれをスネイプに提出すべきではなかった。
スネイプはそれを返却し、合格の点をつけ、改善提案までつけた。二人は次の調合でそれを採用した。
「たしかに」と二人はやっと譲歩した。
「あれはまあ、助かったよ」
二人はしばらく静かになったが、ジョージがなにかひらめいた。
「あんたはハーマイオニーを憎んでいる。ハーマイオニーは挙手してもいつも無視されると言ってるぜ」
スネイプはあきれて目をまわした。
「彼女はほとんど手を下げることがない。他の生徒にも学ぶ機会が必要だ。ミス・グレンジャーばかりが授業に参加していてはそれができない」
双子はまた静かになり、しぶしぶその説明を受けいれながらも、スネイプが憎んでいると証明できる生徒を探して頭をしぼった。
「ハリーは?」
「ポッター? わたしはあの父親が憎いし、本人も好かない」とスネイプは認めた。
「だがポッター本人を憎んではいない。この学校の他の教師とおなじ程度には面倒を見てやっている」
またしばらく沈黙。これは二人が思っていたより難しい。
「よし、これだ! ネビル。あんたはネビルを心底憎んでいる。そうだろ」とジョージが宣言した。
「あんたがネビルを憎んでいることは学校の全員が知っている」とフレッドがうなづいた。二人とも、これで自分たちの主張を証明できたという自信をみせていた。
この会話がはじまって以来はじめてスネイプは笑みをうかべた。
「ロングボトムには最初はいらいらさせられたが、最近になって気がかわった。あれの真の価値がわかってきた」
二人は薬学教授の表情を信用していいのかどうかわからず、おたがいを見あった。
「真の価値?」
「そうだ」とスネイプは宣言し、笑みを顔にひろげた。他の人物であれば自然だっただろうが、彼の場合は気味のわるいほど不似合いだった。
「彼のおかげでわたしは金持ちになれる」
また不安そうな視線が二人のあいだでかわされた。
「どうやって?」
「彼にヒントを得て本を書いている。かなり売れると思う」
「どんな本を?」とフレッドが質問したが、ほんとうに答えを知りたいという自信はなかった。
「一見無害なポーションを武器に変える百一とおりの方法。いまのところ四十三番までできた」
室内がしばらく静まり、その静寂に二人は動揺した。いまのはなんだ……? 地下洞のコウモリたるセブルス・スネイプが……まさか冗談を? それとも本気で? 本気のはずがあるか?
どちらにしてもおもしろい。
二人の表情がゆっくりと笑顔になり、すぐに笑いに変わり、一瞬で腹をかかえて笑いだした。スネイプはそれよりはるかに抑制がきいていたがそれでも自分なりの、自然でくつろいだ笑顔にならざるをえなかった。
「あのさ」とジョージが落ちついてから含み笑いをして言った。
「あんたとは気があいそうだ」
「うん」とフレッドが同意した。
「こういう面があるってわかってよかった。このクラブはおもしろくなりそうだ」
「わたしのことを、実はいいやつだったと吹聴しないでいてくれればな」とスネイプは半分冗談で警告した。
ジョージは鼻で笑った。
「したところで、だれも信じないよ」
……
そのあとの授業でスネイプは、ライム色の頭痛薬をつくるはずのところで、ネビルがカラスの爪とピンクっぽいにちゃついた物質を
毒毒しい煙が部屋に充満すると、困惑した薬学教授はローブのそでで鼻をおおって刺激臭のあるその気体を吸わないよう注意しながら、ほかの生徒を先導してすばやく退避させた。煙がおさまりパニックが落ちつくと、スネイプはネビルの使った手順をメモ帳にすばやく書きとめ、上機嫌になった。
これで四十四。
「上物だ」
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2話
「ああ、もう何てひどい味だ」と顔をゆがめてポーションの最後の一口を飲むルーピンが、
「それはもう聞いたぞ」と薬学教授があざ笑った。
「ほんとうにこの味はどうにもならないのか?」と希望をこめてというよりは習慣で、人狼がたずねる。
スネイプは返事をしようとすらせずただ向きをかえ、その場を離れた。
月ごとのこの苦情に辟易して、スネイプはこのポーションの味を改良する方策を少なくとも検討しようと決心した。そのためのアイデアを準備していると、あの双子がやってきた。通称〈秘密の薬学クラブ〉のためだ。
「何の作業をしておいでで?」と二人はためらいもせず、机をまわりこんでスネイプの肩越しにメモをのぞきこんだ。この気楽な態度を自分がさほど嫌がっていないことにスネイプはおどろいた。ここにいることを楽しんでいるらしい生徒というのは新鮮だ。
メモそのものはただの材料のリストと準備方法の概要にすぎない。
「あ」とジョージが大声をだして一枚を手にとり、読みとった。
「
二人が羊皮紙のうえの情報からこのポーションを同定したらしいことにおどろき、スネイプの両目が見ひらかれた。そして、同僚の秘密をまもるべきである以上この紙片を隠さなければ、という衝動にあらがった。スネイプがなぜ自分がウルフスベインを調べているかという言い訳をでっちあげようとしていると、もう片方の少年がさらに彼をおどろかせた。
「ってことはルーピン先生のための?」
少年はスネイプのインク入れのよこにあった飾りつきの羽ペンを手にとってもてあそびながら、この質問をなにげなく投げかけた。
スネイプのほうは凍りついた。
「どうやって?」と言ってから引きさがって
「いや……その……」
「だいじょうぶさ、先生。そのことはしばらくまえから知ってるんだ」とフレッドが笑みをうかべて保証した。
「ルーピン先生がダンブルドアに話しているのを今年の最初に立ち聞きしてね」とジョージが同意し、「〈延長耳〉が多少かかわったりしたかもしれない」とにやりとしながら認めた。
「で、なにをしようとしてんの?」とフレッドが質問した。
何人かの生徒がルーピンの人狼症のことを知っていて、それに動じていないということを薬学教授が受けいれようとしはじめていたとき、ルーナが到着した。この少女も知っているとルーピンがすこしまえに言っていた。そこでスネイプはこの状況を活用することにした。
「座りたまえ、ミス・ラブグッド」スネイプは二人の少年にもそうするようジェスチャーし、三人とも机の前面に椅子をならべて座った。
「ここにいる全員がルーピン先生の症状のことを知っている。そこで一緒にブレインストーミングをしてみたい」
彼はいらだちから鼻筋をつまんでこう言った。
「恩知らずな苦情がいつまでも鳴りやまないので、わたしはウルフスベインの口当たりをましにする方法をさがそうとしている」
この発言にふくまれた数々の皮肉を無視して、ルーナは笑みをうかべた。
「先生、わりとやさしい」
スネイプはあきれて目をまわしたが、向きを変えてルーナから見られないようにしておいた。
「はっきりさせておくが、これはあいつを黙らせるためであって親切ではない」
少女はそれでも笑みをうかべつづけ、スネイプはこの件は終わらせることにした。立ちあがって、全員がチェックできるよう、材料と方法を黒板に書く。
「まず思いついたのはタンポポをくわえることだが……そうするとポーションの効果が弱まり、いくつかの材料を有毒にしてしまうおそれがある」
彼はこれを黒板に書いてとなりに「×」をつけ、つづけた。
「つぎに刺激臭の原因であるシーダーマンをとりのぞくことも考えたが、おなじ効力のある代用物はないし、これはコルロットを安定させる役目もはたしている」
彼がいくつかの案を話すあいだ、子どもたちは無言で見ていた。ブレインストーミングというより独り言をしながら考えているようなものだ。そもそもこのポーションは彼らのレベルを若干超えている。
ジョージが自分の席で、材料のリストをみつめながら、なにか考えるようにすこし首をかしげた。
「舌を麻痺させるポーションを事前に飲ませてなにも味が感じられないようにして、麻痺ポーションのハロウ草の凝固効果をおさえるためにウルフスベインにいれるカボチャをミルルートに置き換えて、ミルルートの酸味をうちけすためにメセイタルの粉末をくわえるのはどう?」
ほかの三人がおどろいてそちらを見た。フレッドすら自分の弟をはじめて見るかのように凝視した。
「なに?」とジョージが防御的に聞いた。
「わが弟よ」とフレッドが厳粛そうに言う。
「なにを言ってるのかさっぱり分からん」
「わたしは分かる」とスネイプが割りこみながらすばやく書きとめる。
「これなら……うまくいきそうだ。なぜ思いつかなかったのだろう?」
フレッドは呆然として弟にむけて目をしばたたかせた。
「どうやってこんなことを知った?」
ジョージは肩をすくめた。
「二人で罰則をうけて薬学教室の材料庫を掃除させられたとき、ポーションの材料と相互作用の基本的性質っていう本を見つけただろ?」
「おれは意味不明ないろんな数や単語が書かれていたのしか覚えてない」と言ってフレッドは驚嘆したように首を振った。
おどろいてジョージを見つめながら、
「あの本はどこにいったのかと思っていた」とスネイプがつぶやいた。
「あれは発展的な教科書だ。読んだのか?」
「うん」
「理解できたか?」
「うん。おもしろかった」
「ワオ」とフレッドが賞賛の口笛を吹いた。
「すごいじゃん」
「おまえは昔から
「おれは
「わたしも感心した」とスネイプが本心から言う。
「ついては……」とその可能性を検討しながらしばし無言になる。
「ミスター・ウィーズリーの現時点での理解度をチェックさせてもらいたい。ことによっては
ジョージはショックをうけて叫んだ。
「ニューツ? でもおれまだ五年生だぜ」
「だから現時点での知識をチェックしておきたいと言っている」とスネイプが言う。
「まだ受験にふさわしくないかもしれないが、もしあの本が読めてさきほどのような提案ができる程度に理解できているのなら、ふさわしいかもしれない」
ルーナが喜んだ。
「ニューツを飛び級で受けられるって」と歓声をあげる。
「レイブンクローでは最高の栄誉だよ」
「グリフィンドールでは正反対」とジョージが首をふりながら鼻で笑った。
「特に
スネイプは軽くためいきをついて失望を隠そうとした。有能な生徒がみずからの能力を活用しようとしないのは、いつみても残念なことだ。
「つまり受験したくないと?」
その男の顔にあらわれた感情をジョージはながめ、真剣に傷ついた様子なのにおどろいた。
「ああもう、やってみるよ」
フレッドはジョージの肩をたたいて支持した。
「すげえ。これをママが聞いたらどんな顔をするか楽しみだ」
ジョージは笑った。
「いたずらだと思うだろうな」
「ああ、でも今回ばかりは本当だ。ポーションの天才、ジョージ・ウィーズリー」
スネイプはこの表現を鼻で笑ったが反論しようとはしなかった。あれはたしかにかなり難しい教科書なのだから。最近の生徒たちにはおどろかされてばかりだ。
……
「これを飲め」とスネイプが要求し、小瓶を人狼の両手に押しやった。華奢な指先にはいつものウルフスベインの
「これは何だい?」とリーマスが不安げにきく。
不信感をあらわにしたその視線にあきれてスネイプは目をまわし、
「これはとても強力な毒薬で、飲んだ者は虹の七色に変色してから死ぬ」と皮肉で返事した。(奇妙なことに、彼はちょうどそういう効果のあるポーションの作りかたをネビルのおかげで発見していて、それは著書の十七番におさめてあった)
リーマスはまるで実際に毒薬がわたされてきたのではないかというように小瓶をながめつづけたが、スネイプがついに忍耐をきらしてこう言った。
「ウルフスベインをましにする薬だ」
そもそも自分はなぜこんなことをしようとしたのだろう?
ルーピンは最後にもう一瞥だけ不安げな視線を送ってから彼を信頼する決心をしたらしく、肩をすくめてそのポーションを飲みこんだ。
「うう、これはな゛んな゛んら?」とルーピンは眉をひそめて、困惑して自分の舌をつつきながら言った。
スネイプはウルフスベインの杯をルーピンに押しつけ、飲めという意図が伝わるまで待った。ルーピンはいそいでそれを飲み本能的に顔をしかめたが、すぐにおどろいてその表情をやめ、まるでその強力な薬を味わおうとするかのように唇をかたく閉めた。茶色の瞳がおどろきに見ひらかれて、スネイプをとらえた。
「この麻痺ポーションの効果は数分できれる」と言ってスネイプは杯をとりあげ、去ろうとして向きをかえたが、二歩すすんだところで恐怖を感じて立ちすくんだ。敵襲だろうかと一瞬考えてから反撃しようとすると、重いなにかが背中を打ち、腕が二本、彼の腕にまきつけられた。数秒後、彼は戦慄とともに、自分がハグされたことに気づいた。
「ゼブウズ、あひがどう」とルーピンがなれなれしく言った。
「ルーピン」とスネイプは子どもにさとすようにゆっくりと言った。
「な゛に?」
「離せ」
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3話
土曜日には、ホグワーツ城の生徒全員の服がかゆくてとても着ることができなくなり、だれも自室から出ようとしなかった。スネイプはいつもの騒ぎから解放された平穏な一日を満喫した。
日曜日には、夕食のローストチキンがすべてゴム製のものに置き換わり、一糸みだれぬダンスをした。一羽がソースの瓶を倒して中身をすべてルーピンの皿にぶちまけた。スネイプはあやうく笑い声を出しかけた。
月曜日には、クァッフルほどの大きさの悪臭爆弾がばらまかれ城の西半分がすべて居住不能になった。スネイプは部屋が東塔なので気づかなかった。
火曜日には、虹もうらやむほどの色とりどりの光を発する多数の花火が爆音を上げて廊下から居室になだれこみ、生徒たちは頭を抱えて飛び出して逃げた。スネイプはそれに対人回避の魔法がかかっていることを見抜き、ほかの全員がパニックになるのをよそに軽々と通り抜けた。
水曜日には、ヘリウムのような物質が城全体に充満し、全員が異常に甲高い声になった。スネイプは無言でにらむ視線を洗練させた。
木曜日には、スネイプは〈秘密の薬学クラブ〉に使っていた居室の控え室に入ると、ウィーズリーの双子が深く集中した表情で
「そこの二人、次はどんなことをしようという計画だ?」
赤髪の頭が二つ飛びあがった。スネイプが入室する音が聞こえなかったらしい。
「やあ先生」と言ってジョージがにやりとした。
「何でもないよ。しゃべろうとすると歌ってしまうっていう、ちょっとした液体さ。飲んでから数時間で効果は切れる」
「おれたちのジョークショップで売るんだ」とフレッドはつけくわえて、うれしそうに明るい青色の液体をかきまぜつづけた。
「ジョークショップ?」
「言わなかったっけ?」と二人の少年は興奮した様子でにやりとした。
「ここを出たら二人でジョークショップを開くんだ。これまでも試作品をいくつか試してる」
「それは気づいていた」とスネイプが気乗りしない声で言い、多少の興味をもって釜のなかをのぞきこんだ。「反対むきにかきまぜたほうがいい」と彼は指摘した。
フレッドは返事をせずすぐに方向を切りかえ、
「おれたちはゾンコを超える店になるぞ」と言った。
「ほう? その事業の資金はいったいどこから来る?」
軽く投げかけた質問だった。理性的な興味からくる質問で、悪意をこめたものではなかったが、二人は凍りつき、視線を落とした。考えまいとしていた問題だったのだ。
「うーん……」
「まだ何年かあるから何とかなるさ」とジョージがあわてて言い、つとめて楽観的になろうとした。
「そうだ」とフレッド。
「七年生が終わって卒業するまでには何とかして、商品を準備しておいて投資を集めるんだ」
スネイプは二人のあいだを見てポーションに視線をもどした。なにか考えるように片眉を上げてから無関心のオーラを出して一歩下がり、自分の作業にとりかかるため自分の机に歩いていき、その件を終わりにした。
「それがわたしの飲み物に入ることはないだろうな」とスネイプは静かに言った。
「まさか」とジョージはにやりとした。
……
夕食はなかなかの見物だった。あのポーションをどうやって全員のパンプキンジュースのコップに入れたかは謎だが、その効果は目覚ましかった。
ポーションの効果が何なのか分かるとドラコ・マルフォイは熱のこもった歌唱力で「ちちーうえにー♪言いーつけるぞー♪」と歌い、感動した生徒たちがコーラスに加わった。その歌はすぐにヒットソングとなった。
同僚たちが秩序を回復させようとして声を奏でるのを聞くのも愉快だったが、きわめつけは、スネイプが何気なく席を立ち、通常の声で失礼すると宣言し、その場を放置して去っていくときの彼らの唖然とした表情だった。
その真ん中で、フレッド・ウィーズリーとジョージ・ウィーズリーはだれよりも大きな声で歌い、ルーナ・ラブグッドは二人のあいだでダンスしていた。
次の朝、グリフィンドールの五年生用寝室の双子宛に十ガリオンの入ったポーチが届いた。同封で、これは今週分のいたずら免除料金だというメモがついていた。
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4話
スネイプは自席で茶をすすった。やけに甘かったが、作業に熱中していたので深くは考えなかった。
彼と彼のクラブは、いままで考えたこともなかったようなタンダリン・ポーションの画期的な改変版をもうすぐ作れそうなのだ。発想力のある新入りがこの科目に興味をもってくれるというのは、とても価値があることのようだ。スネイプは共有の釜をのぞきこみ、混合物がただしく濁っていくのを確認した。つぎは第三段階だ。
「よーし♪つぎーはー♪イモリだー♪」
自分の口から流れでた音楽的な声を聞き、薬学教授は恐怖に凍りついた。
非難をあらわにし、双子をするどくにらみつける。取り引きをしたはずではないか!
しかし二人は純粋にショックをうけた表情で、目を見開き、手をわずかに挙げて懇願した。
「おれたちじゃないぜ先生」
「本当だって」
なぜかスネイプはこれを信じる気になった。二人の頭のなかはあのジョーク・ショップのことでいっぱいだ。唯一の資金提供者をはやくも怒らせてしまうようなリスクはとらないだろう。ほかの可能性がなかったので、にらみつける視線は質問するような視線へとやわらぎながら、残り一名の方向にゆっくりと向けられた。
ルーナは純粋無垢な表情でスネイプを見返した。
「ごめんなさい、ただ……すごく素敵な声だから。やってみないのがもったいなくて」
名誉のために言っておくと二人は崩れ落ちながらも少なくとも手を口にあてて、笑いだすのを我慢しようとはした。
スネイプは二人にむけてほんの一瞬だけ目をまわしてみせた。
意識はほぼ完全に目のまえの女の子へと集中させながら。頭がぐるぐるとまわる……。もしこれがほかのだれかなら……だれかなら……だが……
スネイプの頭のなかの反抗的な部分がつい、こう考える。何の害がある?
ここにはこの四人しかいないし、スネイプはこの生徒たちには、この数年どんな相手にもなかったほど気を許している。
効果が切れるまで沈黙することもできる。だがこのポーションはとてもおもしろいし、ぜひ完成させたい。もちろん指示を書きだして三人に完成させてもらうこともできるが……。気にするのも不本意だが……だれかに自分のことを褒められたのはいつ以来だろうか?
つまり、自分は次の一時間ほど、若干ばかばかしい姿を晒すことになる……しかしこの人生でもっとつらい経験はしてきたし、世界中でこの三人ほど自分をばかにしたりしなさそうな人はいないだろうという気がなぜかする。
大きく息を吸って気を落ちつけて、スネイプは決心した。
「くそったれ」と言いながらイモリを手につかんで、それをすばやく混合物に追加した。
「さー♪みぎー♪まわしにー♪かきまぜろ!」
ルーナはほほえみ、双子は勝利の歓声をあげたが、セブルス・スネイプは表面上何の反応もしなかった。ただ、心のうちに生まれた奇妙な温かさは、歌声のポーションの効果が切れてからも長く残った。
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5話
ルーナがシリウス・ブラックに誘拐された。そればかりかネビルまでも。
そのことを知ってスネイプは激怒した。
よりによって、スネイプのお気に入りの生徒と、知らず知らずのうちにスネイプの将来の成功を約束している生徒が誘拐されるとは。
言語道断だ。
本に掲載するレシピはまだ五十二種しかできていないというのに。
生徒二人の身の安全もさることながら、『一見無害なポーションを武器に変える百一通りの方法』という題名は譲れない。『五十二通り』では座りが悪すぎる。
許さんぞ、シリウス・ブラック!
なによりやるかたないのは、二人の失踪に気づくのに数日かかってしまったことだった。ルーナが出席する薬学の授業は木曜日。その当日になってスネイプはルーナが欠席していることに気づき、聞き込みをした結果、火曜日以来だれも彼女を見かけていなかったことが判明した。この学校に数回侵入した実績のある逃亡中の殺人犯がまだ捕まっていないというのに、だれ一人ルーナがいないことを不審に思わなかったらしい。それがスネイプにとっては不可解であるだけでなく、許しがたい。
ルーナの失踪が発覚してすぐに確認をとってみると、ロングボトムも失踪していたことが分かった。(スネイプはこれをサボりと見なしてグリフィンドールから四十点減点していたが、そういうわけでもなかったようなので、こっそり点を戻しておいた。次回見かけしだい罰則を与えるつもりでいたが、それもなしにした。) ついては、対策を協議するための教員会議が行われている。
スネイプは会議に出席する気はなく、すぐに学校の敷地内の捜索にとりかかった。まだそう遠くには行っていないと踏んでのことだった。
中庭に出ると、夜の冷気で髪の毛が舞い、顔に当たる。それに気を取られるあまり危うく見逃しそうになってしまったが、ふと見るとルーピンがいつもどおりの薄汚ない服装で、敷地の外の森に向かって暴れ柳のあるあたりを目指して走っていた。
「ルーピンめ、なんのつもりだ?」
怒りが冷めないまま、スネイプは追跡をはじめた。
…………
すべては破滅的な調子で進んだ。
ルーナとロングボトムの二人が無事だったのはいい。
問題は、ブラックに逃げられたこと。しかもルーピンがそれに手を貸していたばかりか、脱狼薬を飲み忘れてもいたらしいこと。七時間もかかかる調合をさせておいて、向こうは『忘れた』で済ませようというのだからいい気なものだ。
この感情を一度言葉にしてぶつけてやりたい。
四文字語がよさそうだ。*1
無防備な二人の生徒をかばう形で、牙をむきだす獣と無惨な死を前に立ちふさがるスネイプが願ったのは、自分がもっと純粋かつ勇敢な理由でこの救出劇を演じているのであればよかったのに、ということだった。
だが実際には……『あと四十九個書き上げさえすれば引退して印税生活』という考えばかりが脳裡にちらついた。
人生は不公平だ。
…………
あれを無事に切り抜けられたのは奇跡だった、と思いながら、三杯目のウィスキーを一息に飲み干す。飲み干した時点で体は四杯目を欲している。オオカミが森のなかの音を聞きつけてそちらに走り出した隙に、スネイプは人質二人を連れて城に戻り、無事ポピー・ポンフリーの看護にゆだねることができたのだった。
ブラックとルーピンはもちろんまだ森のなかにいる。
…………
ネビル・ロングボトムはそれから数週間にわたって魔法薬学の補習を受けさせられることになった。人質にされているあいだ出席しそこねたぶんの遅れを取りもどさなければならないから、というのが理由だった。欠席したのは二回だけだし、そんなことを言う先生はほかに一人もいない、とネビルは何度も抗議したが、スネイプ先生の意思は堅かった。そもそも、補習で調合を命じられたポーションのなかには
しかもスネイプ先生は、ネビルの作業を逐一観察してはものすごい量のメモを取っているように見えた。
ネビルはスネイプ先生のことが苦手だ。ただ、成獣の人狼に対して身を張って自分を守ってくれたことについて少しは感動させられたので、グリフィンドール生としての勇気を振り絞り、先生に対する感謝の意味で、魔法薬学の授業に真剣に取り組むことを約束した。
少しだけ気がかりなのは、釜の中身が血と似た不穏な赤色になり、吹きこぼれた液が床のタイルを溶かしはじめたときのスネイプ先生の様子。スネイプ先生はいつものように嫌味と叱責のことばを言うかわりに、メモ帳に急がしくなにかを書きつけながら不気味ににやりと笑い、「これで残り三十五」というようなことをつぶやいていた。
もしかして、今回の人狼事件のストレスでどうかしちゃったのでは……とスネイプ先生の精神状態を案じるネビルであった。
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