夜に太陽なんて必要ない (望月(もちづき))
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親世代 【まだ始まってもいない】 1 夢であってほしかった

石でできた乗り場のような段差に波の影響で揺れている数人程度が乗れるような小さな舟がぶつかる音が聞こえてくる。そんなに大きくない音だが、その音が聞こえるたびに私の頭はまるで鈍器で思いっきり殴られたように頭痛がした。頭も確かに痛かったが、今はただ目の前に広がっている光景に、緊張するように心臓が動く鼓動が全身に伝わってきて、どちらかというとそっちの方が辛い。

 

首から生々しいほどの赤黒い血を流し、だんだんと呼吸が浅くなっていく彼が私の目の前に倒れこむようにして壁にもたれかかっていて、私は見ることしかできない。まるで私は観覧をしているかのよう。その場には存在していないかのようだ。

ばちんという何か弾けた音が聞こえたかと思うと、誰かが部屋に駆け込んでくる足音が聞こえ、入ってきた3人の子供達が目に入った。私は知らないはずなのに、何故か名前もこの子達がしてきたことも全て知っていた。

 

ロン・ウィーズリー…ハーマイオニー・グレンジャー………ハリー・ポッター

 

力なく横たわる彼の首を止血するかのようにおさえたハリーに、彼は最後に託すように自分の涙を取るように告げる。

 

ハリーが言われた通り、涙を瓶の中に取ると彼は安心したように、重たい口を開いた。

 

「…僕を…見て…くれ…」

 

私の頰に涙が流れ落ちたのが分かった。

 

「……リリーの目と…同じだ……」

 

彼の首は支えることをやめて、傾くともう一切動かなくなる。

 

 

ハリーやハーマイオニー、ロンは私は知らないはずだが、知っていた。でも彼は違う。私は、知っている。知らないはずがない。

 

彼は、セブルス・スネイプ、スリザリン寮で魔法薬学が得意な生徒。そして、緑の瞳をもったリリー・エバンズを愛している。

 

……私はそんな彼に、恋をしている。

 

 

 

 

「………セブルス……」

 

 

 

 

届くはずもないのに、私の口からは自然とこぼれ落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠くから騒がしい声が微かに聞こえてきて、私はゆっくりと瞼を開けた。眩しすぎるほどの光が差し込んできて、目を細めるとぼやけていた景色が段々とはっきりしてくる。どうやら、魔法史の授業が終わったらしく次々とクラスメイトが楽しそうに話しながら立ち上がっている。

スリザリン色の自分のローブに視線を落とし、制服の下が少し汗ばんでいることに気づき、中に空気を送り込むようにシャツを動かした。

ふと周りに視線を移すと、同じ色のローブを身に纏い、少しべっとりとした黒い髪を左右に分けて肩まで下ろしている彼の姿が目に入った。いつ見ても不機嫌そうで今日なんて目の下のクマが酷く、更に不気味な雰囲気を放っていた。肌は白すぎるし見た感じでは痩せていて、私より背の低い彼が両腕で教科書を抱えている姿はどこか可愛らしくてついつい笑みがこぼれ落ちてしまう。

 

「セブ、一緒に行きましょう?」

 

スリザリンで孤立しているセブルスに話しかけるのは、たった1人。グリフィンドール色のローブを身に纏った彼女、彼が愛しく想っている人。

セブルスは近づいてきたエバンズを見た瞬間に分かりやすいほどに頰を赤く染めた。

 

…そんな顔されたら、嫉妬するからやめてほしい。

 

私は、見ないように視線を逸らして一息ついた。授業が終わった教室には、気づけば私一人になっていた。

 

「…何もかもが…遅すぎる…」

 

もう分かっていた。あれは夢ではない。あれは私の前世の記憶で、この世界の未来。

 

『ハリーポッター』と表紙に書かれた分厚い本の感触、大きなスクリーンに映っている見たことのあるような人達が動く姿。

 

…彼が、セブルスが、首から血を流し生き絶える姿。

 

さっき見た記憶の欠片が脳裏をよぎり、背中の筋に嫌な汗がッーと流れた。何かに耐えるように目をつぶり、祈るように両手を握った。

 

………夢であってほしい…

 

私は只々そんな叶わないことを思いながら深いため息をついて、落ち着きを取り戻す。思い出すのなら、初めからして欲しかったし、思い出さないのなら最後まで思い出したくなかった。

 

私は、とりあえず教科書を手にとり、教室から出て、石造りの廊下を歩く。

察しの通り私も、友達と呼べるようなものがいない。どうやら前世の私は明るい方の性格だったらしいが今は違う。どっちかというと暗い性格だし、積極的に話しかけることができない。セブルスが孤立しているのは、純血主義のスリザリンで差別されていることと、上級生よりも闇の魔術が長けているからで私とは訳が違う。

私は、一応純血だし、セブルスのように闇の魔術が得意な訳ではない。私はただ変わり者として浮いているだけだ。

 

廊下でエバンズと話しているセブルスを見て、苦しくなる胸を握りしめる。最初からこの世界の未来を知っていたのなら、私はきっと何もしなかった。だってこのまま放っておけば、エバンズとポッターの間に生まれる子供があの人を殺して、平和な世界が訪れるのだから。でもそれだといけない。それだと、セブルスが死んでしまう。

 

楽しそうに笑うセブルスを見て私は泣きたくなった。太陽のような彼女を愛している彼を愛してしまった私は酷く虚しい。

 

鬱陶しすぎる夏の太陽が嫌いなように私が彼女のことを嫌いになるのは、自然なことだった。

 

 

この時点から、変えればいいっていう問題じゃない。何せ私は、セブルスと話す仲でないし、いわゆる『ハリーポッター』の物語の登場人物達とは関わるはずのない人間だからだ。

それにもし、セブルスと彼女の仲が引き裂かれるあの出来事を防いでしまったら、ハリーが生まれることも、あの人が消滅することもなく、最悪の時代を迎えるかもしれない。

今の私にとっては、ただの空想の物語じゃなくて、生きていかなければならない現実なのだから。

 

まぁ…そんなことは綺麗事に過ぎなくて、ただセブルスと彼女が幸せになる姿を見るのが耐えきれないだけだ。見たくない。

……そんな光景は、絶対に。

 

「本当に…遅すぎる」

 

思い出すのなら、彼に恋をしてしまう前に思い出したかった。

 

このまま過ごせば、セブルスは一生後悔するようなことをして、彼女に償うようにハリーを守り続け、死ぬ時まで彼女のことを想って生き絶える未来は絶対だった。

 

正直言って…どっちでも、地獄だ。セブルスの苦しみ続ける姿など出来れば見たくないが、物語を変えてしまうと確実に彼を救うことができなくなってしまう。

 

 

 

ただ…愛している人には生きてほしいと願うのは私の我儘なのだろうか。

 

 

…物語の結末を変えないといけない。

 

 

笑みを浮かべるセブルスの姿を遠目で見て、この叶わないと分かっている気持ちを抱きながら心の中で誓った。

 



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2 早過ぎる雪

記憶を思い出してから何度も何度も眠りについては忘れようとした。もし、これ自体が夢だったらどんなに幸せなんだろうと思いながら毎日寝床についていたが、どうやら夢からは覚めることはできないらしい。

 

目を覚ませば、そこは変わらない風景で同じ部屋のルームメイトが寝息を立てながら眠りについていた。

ほら、また覚めなかった。前世の私はこの世界に行きたいと何度も願っていたらしいが、それはお勧めしない。この世界では、杖一本と言葉を並べた呪文を唱えるだけで、人を思い通りに操ったり、怪我をさせたり傷つけたり、命を簡単に奪ったりできるのだから。現に今死喰い人の活動が活発になってきていて、魔法界には不穏な空気が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

両親から手紙を書くように言われたことを思い出して私は手紙に羽ペンを走らせた。

新しい学期も始まり、もう二カ月も経っていた。長期休暇で家に帰省した時に、手紙を送らなかったことを酷く両親に叱られたことを思い出しながら、あったことをつらつらと書き出していく。

 

 

ぱっと見ただけでも適当に書いたと分かる手紙を見て、封筒に入れて封をした。

 

気づけば、ルームメイトも起き始めていた。私は、朝の挨拶もせずに重い腰をゆっくりと上げて、制服に着替えると部屋を後にする。

勿論朝食を一緒にする友達なんてものはいる訳がなく、ちらほらとしかいない大広間で適当に済ませた。どうやら、少し起きるのが早すぎたらしい。

 

私は、楽しそうに話しながら隣を通り過ぎるグリフィンドールの女子生徒達のグループを目で追いながら、梟小屋へと足を向かわせた。残念ながら私は自分の梟を飼っていない。だから、学校で管理している梟を使うしか他なかった。

曲がりくねった階段を上り、扉のない石造りの小さな小屋に入るとまず1番に目に入ったのは梟でもなく、本を読んでいるセブルスの姿だった。

私の足音にゆっくりと顔を上げたセブルスは、ちらっと顔を見るとまた本に視線を戻す。

どうしてこんな所で本を読んでいるのだろうか。セブルスの制服の裾から微かに見える包帯が巻かれた手首を見て、そんな疑問に私は勝手に答えを出す。

ポッター達がいる大広間で本を読むのはあまりに危険すぎるだろう。きっと取り上げられて返ってこなくなる可能性だってある。だからといって、寮の談話室で読んでいても最近純血主義の思想が一層に強くなっているスリザリンで読んでも気が散るだけだ。

 

そう考えると、こんな朝早くに梟小屋に来る生徒なんて早々いないし、梟の糞と動物特有の臭いを我慢さえすれば、本を一人静かに読みたい彼にこんなとっておきの場所なんてないだろう。

 

私は、起きている梟を抱きかかえて、手紙を咥えさせた。優しく、外に放してやると梟は翼を広げて飛び立っていった。何処か飛べることに嬉しそうな梟はだんだんと小さくなっていく。

 

梟を見送って、セブルスに視線を移すと彼は少し険しそうな表情を浮かべながら本を読んでいた。

少し眉間に皺を寄せているのを見て、つい最近みた彼の最期を思い出した。

……彼が命がけでエバンズが残した子を守り抜く姿、最後まで誤解されたまま命を絶つ彼、首から血を流し、ハリーに記憶を託す貴方の涙が頭を駆け巡ってくる。少し、胸が苦しくなって鼓動が速くなった。

 

私は、『ハリーポッター』の登場人物達に関わってはいけない。関わってしまったら、ここで未来を変えてしまったら、私が思い出した未来は意味がなくなる。

 

それだというのに、私はセブルスに話しかけていた。

 

「…貴方、闇の魔術…興味あるの?」

 

急に話しかけられたセブルスは、驚いた様子で私の顔を見てくる。

 

「その本…よく最近読んでるよね」

 

私がセブルスが持っていた本の表紙に視線を落とすと、彼は何も答えずに本の表紙をゆっくりと隠した。

 

私は何も言わずにただただセブルスの真っ暗な瞳を見つめた。私の方から話しかけておいてなんだが、これ以上どう話せばいいか分からないからだ。

 

「………僕が何を読もうとお前には関係ない」

 

静まり返っていた梟小屋に彼の声が響き、耳に入ってくる。セブルスの口から出た言葉は何とも冷たいものだった。どうやら、私は闇の魔術に対してよく思っていないと思っているらしい。……セブルスに誤解されたままは嫌だが、訂正するのも面倒さいし、何より誤解されたままの方が今後動きやすいかもしれない。

 

「…そうね…貴方が何を読もうと私には関係ない、…けど、もう少し周りを見渡してみたらどうかしら?」

 

私は、セブルスに自分が言える範囲のことを言って、梟小屋を後にしようと背を向けた。

 

彼はどんな表情をしているのだろう。セブルスはよく頭が回るから、この意味がわかる日は早々遅くはないとは思うけど、こんなふんわりとした言葉で未来が変わるはずもない。

これは私の自己満足だ。このままセブルスと彼女の中が引き裂かれることを分かっておきながら、何もせず見ているだけの自分をいつか許せなくなるかもしれない。

セブルスが苦しみ悔やみ、嘆き悲しむ姿を見たら、自分が壊れてしまうような気がしたから。…大切な人が苦しむ姿を見るというのは胸が痛く苦しくなるものだろう?

こんなふんわりとした言葉を言っただけでも、事実私は何もしていない訳ではない。

きっと私は後からこれを使って言い訳をする。少しでも、感じる罪の意識を軽くするために…

 

 

 

未来を変える度胸なんてない卑怯な私を、貴方の1番の幸せを願うことができない最低な私をどうか許してほしい。

 

心の中で、セブルスに許しを乞うように謝り続けた。声に出さなければ届かないなんて、本当に人間というのは面倒だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、大鍋の中でグツグツと煮込まれている泥のような色のどろっとした液体を棒のようなもので優しくかき回した。今は、グリフィンドールとの魔法薬学の合同授業だ。斜め前の机で作業しているセブルスは、いつもの不気味な雰囲気とは一変し、まるでお気に入りのおもちゃで遊ぶ子供のように楽しそうな雰囲気が溢れ出ていた。

後ろ姿を見ただけで分かるのだから、よっぽどだと思う。

 

私は、自分の大鍋に視線を戻して、さっき潰したばかりの薬草からとれた液体を2、3滴大鍋へと入れた。泥のような色のどろっとした液体はたちまち綺麗な赤色に変わると、少しキラキラしたような湯気が立ち上った。これで終わりでいいと思うのだが、どうやらそんな簡単ではないらしく、もうひと煮えさせないといけないらしい。

魔法薬学は、あまり好きではない。材料を入れる量やタイミング、薬を掻き回す方向に回数、熱する温度や時間など、ひとつひとつ慎重にことを運ばなければ、失敗してしまう。

私は赤色の液体を反時計回りに3回半掻き回しながら、教科書に視線を移して確認する。後はグツグツと煮えるまで待つだけだった。

 

ふとグリフィンドールの寮の机に視線を移すと、明らかにポッター達がセブルスの方を見て何やら企んでいる様子だった。

 

前世の記憶を思い出してからは、何かと自分の気持ちには嘘をついてきた。記憶を思い出したといっても、『ハリーポッター』の物語以外は途切れ途切れで、自分がどのように死んだのか、何歳まで生きたのかも分からない。だが、明らかにここにいる誰よりも精神年齢は勝っている自信はあるし、楽しそうに企むポッター達を見て、若いなーと思ってしまった私はもう年寄りだと思った。

 

 

 

何やら楽しそうに企むポッター達と、楽しそうに調合を続けるセブルスの後ろ姿を交互に見る。

…何もしないと決めていたが、もう少しで調合が終わるであろうセブルスの後ろ姿を見て、杖を取り出そうとしている彼らに近づいた。

幸いなことに、生徒達は自分の大鍋に集中していたし、スラグホーンもひとりの生徒にアドバイスをしていたため、誰も私がグリフィンドールの席に近づくのには気づいていなかった。

 

ローブの中にある自分の杖を取り出そうとするポッターの腕を後ろから握ると、彼は首がもげるんじゃないかと思うほどの速さで振り返った。それほど驚いたのだろう。勿論、側にいたブラックやルーピン、ペティグリューも私の顔を見てくる。

 

「お前、何で」

 

私の言葉より先に、ポッターが口走った。

本当に彼はお喋り好きらしい。そんなにすらすら思っていることが口に出せるなんて羨ましい限りだ。

私は、ポッターの大鍋の中に入っているまだ煮えていない少し赤黒い色をした液体を見つめた。

 

「まだ、煮えてない。…杖を振るのは、液がグツグツ煮えてからって教科書に書いてるわよ」

 

私の言葉に、見開いていたポッターの瞳は、優しそうな光を取り戻して私に笑みを向けた。

 

「あぁ…ありがとう。本当だね、君のいう通りだ」

 

そう言うポッターの表情は、私のローブの色を少し睨みつけていた。

横目で、出来上がった薬を瓶の中に入れるセブルスの姿を確認して、ポッターの腕を手から離す。ブラックは、瓶に薬を移し満足そうなセブルスの姿を見て、悔しそうな様子で私を睨みつけてくる。

 

「……貴方達も何のためにいるか分からないわね。…こんなに側にいるのに誰も止めないなんて」

 

ポッターの周りに立っている、3人の顔を一人一人見て、顔に大きな傷のあるルーピンの瞳を見つめた。

 

もし、ここにいる彼らの中で誰かがポッターとセブルスが犬猿の仲になるのを止めてくれていたらどんなに良かったのだろう。

 

もし、君達が抵抗のできないセブルスを虐めるポッターを1分でも1秒でも止めていれば、あんな未来なんて存在しなくて済んだはずだし、なんだったら組分け帽子がセブルスをスリザリンではなく、グリフィドールに組み分けをしていたら、何かが変わっていただろう。

セブルスはスリザリンではなくても、グリフィンドールの色のローブもきっと似合っていただろうし、彼にとっても幸せな学生生活になっていた筈だ。

 

…そしたら、私が彼に恋に落ちることも何もなかったのに。

 

 

 

 

「おや、何故君がここにいるんだい?」

 

様子を見に周りに来たスラグホーンが、グリフィンドールの生徒達の中にただ一人スリザリン色のローブを身に纏った私を見て不思議そうに問いかけてきた。何も答えない私を見つめ、スラグホーンは私に助言をしてくる。

 

「ほら、早く戻りなさい。見たところによると君はまだ調合が終わってないだろう」

 

スラグホーンが、あまりにごく普通に注意するものだから、今まで大鍋に集中していた生徒達も顔を上げ、私は注目の的だった。

スリザリンの生徒達は、私の方を見て変わったものを見るかのような目つきで睨んでくる。私の家系が純血でありながら、純血主義の思考が強くないのはもう有名で、それが彼らにとっては面白くないらしい。そんな奴がグリフィンドールの中に混じり、何やら手伝っている様子を見たらそりゃあもう睨まれるに決まっている。

 

私は、そんな睨んでくるスリザリンの生徒達の中にセブルスの姿もあることに気がついた。彼は何を思って感じているのだろうか。やっぱり私を嫌っているのだろうか、それともどうでもいいと感心さえもないのだろうか。直ぐに教科書に視線を戻して何やら書き込み始めたセブルスの姿を見て彼に問いかけた。

 

…貴方は私をどう思ってるの?

 

心の中で問いかけた答えを教えてくれる声など聞こえることもなく、私は溜息をついてルーピンの瞳を見つめた。

この中で1番セブルスを止めてくれる望みがあるのは、彼だ。人狼であるルーピンは、相手に敵対心があるかどうか日常的に神経を常に研ぎ澄まして過ごしている。だから、きっとその人の言動や表情で心情を読み取るのが得意だろう。常にどう自分が行動すれば相手が喜んでくれるのか考えながら行動に身を移す。

 

「…僕の顔に何か付いてる?」

 

あまりに私が顔を見つめるもんだから、ルーピンは少し戸惑ったように聞いてきた。ある一定の場所を見ながら頭の中で考え込む私の悪い癖は直ることなく、それどころか私はついつい口に出してしまった。

 

「痛そうね。その顔の傷、まるで獣の鋭い爪に襲われたみたい。」

 

獣という言葉に、目を見開いたルーピンをしっかりと見て、その場を立ち去った。…そんな傷つけるつもりはなかったのよ。ただ、何か言わないとまずいかなと思ったら、もう口から出ていたから。

 

私は何気ない顔で、自分の大鍋が置いてある席に戻り、覗き込んだ。大鍋に入ってある液体はもうすでに沸騰していて、少し煮込みすぎたかもしれないと思ったほどだった。私は火から下ろして、杖を一振りする。赤色だった液体はピンクっぽい色に変わり、少し濁ったような湯気が立ち上った。どうやら煮込みすぎたらしいが、何も害がなかったセブルスを見て結果オーライだと自分に言い聞かせながら提出用の瓶に詰め込んだ。

 

少しグリフィンドールの席の方から、騒がしい声が聞こえ私は視線を移した。

さっきまで元気そうだったルーピンが、顔色を真っ青にしていて、そんな彼の周りを心配そうに友人達が囲んでいた。

ルーピンは心配かけまいと、大丈夫だとみんなに言い聞かせているようだ。ブラックはどこからどう見ても様子がおかしいルーピンを見て、私の方を睨んでくる。丁度私も彼らの方を見ていたため、私とブラックは目が合ってしまった。睨んでいるブラックに元々目つきの悪い私は、外から見ればどうやら睨み合っているみたいらしく何人かがそわそわと話し出した。いや別に睨んでいるわけではないし、見ていただけだ。もしルーピンの様子がおかしくなった原因が私のあの発言のせいだとしたら私にも非はあるし、申し訳ないと思わないほど薄情者ではない。……でも、私が今彼らに近寄ったら状況が悪化するだけだろう。

 

私が視線を逸らそうとすると、嫌いな声が耳に入ってきた。明るく、落ち着いた彼女の女の子らしい声は嫌という程私の耳に入ってくる。

 

「大丈夫?リーマス。顔色が悪いわよ」

 

ルーピンを心配するエバンズは、私の方を睨み続けるブラックに気づき彼の頭を叩いた。

 

「何をそんな睨んでいるのよ、ブラック。女の子に対してそんな態度はいけないでしょ」

 

まるで母親のようなことをいう彼女は、うざったいポッターをひらりとかわして、ルーピンに近づいていっていた。

ルーピンは、大丈夫だと痛々しい笑みを浮かべながら、彼女を見ている。私は、心配そうにルーピンに何かを言っている彼女をひと睨みして、自分の瓶を手に取った。

 

気づけば、スラグホーンが今日授業で調合した薬は提出してから帰るようにと生徒達に説明しているところだった。スラグホーンの言葉を聞くと、生徒達は自分で作った薬が入った瓶を手に持って一列に並び出した。スラグホーンの前に置いてある木箱のようなものに、一人一人スムーズに瓶を並べながら立てていく。

 

 

私は、提出し終わると教科書を手に取り教室を後にした。今日は午後の授業がないこともあり、色々とのんびりと過ごしたかったためゆっくりと寮へと足を向かわせた。

 

石造りでできた廊下を歩いていると、すっかり調子が戻っているルーピンがポッター達と楽しそうに話していた。私は何も聞かないように、あまり彼らを意識しないようにしながら通り過ぎる。

ポッター達は、私が隣を通ったこと自体気づいていない様子だった。それはそうだ。彼らはこの世界の主要人物で、私は良くてもスリザリン寮の女子生徒ぐらいの認識だ。気付かれなくて当然。さっきがイレギュラーだったのだ。

 

 

 

寮に戻ろうと、歩き進めると先に見覚えのある後ろ姿が目に入った。同じスリザリン色のローブに真っ黒な髪。

 

「………セブルス…」

 

小さく小さく呟いた私の声は、廊下を行き来している生徒達の足音や話し声の波に押し流されるようにすぐに消えていった。

…彼に話しかけてもいいのだろうか。セブルスと仲良くなってもいいのだろうか。私は今手に持っている魔法薬学の教科書に視線を移して、ぐるぐると頭の中で話しかける口実を考えた。

適当にここが分からないから教えて欲しいと頼んでみようか。…断られても、少しでも貴方と話せれるのならそれでいい。

私は、勇気を振り絞ってあまり乗り気がしていない脚を無理矢理一歩踏み出した。先を行く彼の名前を呼ぼうと、息を吸い込むのと同時に後ろから私の嫌いな声が聞こえてきた。

 

「セブ!ちょっと待って!」

 

聞きたくのない声が聞こえ、硬直した私の隣を彼女は走り抜けて行く。彼女が走り起こった風が嫌という程感じられ、髪やローブが風に巻き込まれると私の心臓は悔しそうに鼓動を早くしていった。

 

彼の名前を呼び、彼の元へと駆け出して、私が出来なかったことをいとも簡単にやってしまった彼女を待つようにセブルスはゆっくりと振り返り足を止めた。

 

…2人は何かを話して、また小さくなっていく。

 

 

 

「…待ってよ……私が先だったじゃない……」

 

 

 

私の口から出た言葉は、自分でも思いがけのないものだった。

廊下を行き来する生徒達の賑やかな話し声が耳に入ってきて、まるで私だけが取り残されたみたいだ。その場から逃げるように、遠くなっていく2人に背を向けて寮とは真逆の方向に歩いた。遠回りになるがしょうがないと自分に言い聞かせ、少し俯きながら足を速めた。

余計なことをしたと私は後悔しながら、少し冷えている廊下を歩き続ける。慣れないことをしようとしたばかりに、彼女に先に越されてしまって、今までとは比にならないほど傷ついてしまったのがわかった。

 

気づけば、生徒達があまりいない人気のないところまで来たようで、通りすがる生徒にもあまり会わなくなっていた。

早歩きをして少し温まった体を停止させ、ふと大きな窓の外を眺めた。空は灰色の分厚い雲が覆いかぶさっていて、外にいる生徒達は、寒そうにローブを握りしめ体を丸めながらホグワーツの中へと入ってくる。

ビューという風の音まで聞こえてきて、きっと外は寒いんだろうなと思いながら、近くにあった壁に隣接してあるベンチに腰掛けた。石でできているからひんやりと冷たかったが、精神的にも体力的にも限界が近かった私はそんなことには何にも思わずに、外を眺め続けた。

 

手に持っている魔法薬学の教科書をパラパラと適当にページをめくっていると、外から帰ってきたであろう生徒達が寒そうに話している声が聞こえてくる。

 

「もう、すっかり冬ね。外でご飯も食べられない。」

 

「どうする?今日は、大広間ですましちゃう?」

 

「そうしましょう。…でも空いてるといいけど…」

 

 

そんな何気ない会話をしながら歩く女子生徒を目で追い、窓の外に視線を移すと見た光景がそのまま私の口からそのまま言葉として出てきた。

 

「……あっ…雪だ……」

 

ビューという風の音は聞こえなくなったかわりに、灰色の分厚い雲からは、少し早すぎる白い雪が羽根のようにふわふわっと降り出していた。白い雪は地面に落ちるとあっという間に溶けていき、また別の雪がふわりふわりと降ってくる。寒くなり始めていたが、まだ11月に入ったばかりだしまだ降らないと思っていたが、どうやら今年の雪はせっかちらしい。

実際雪というのを見ると、さっきまで身震いなんてしなかったはずなのに私の体は身震いをして急に寒さを感じた。

身を縮こませて、無意識に魔法薬学の教科書を開く自分の手を見て渇いた笑いがこぼれ、また窓を見つめるとそこに映った自分は、今でも溢れそうなほどの涙を瞳に溜め、酷い顔だった。まさかそんな表情をしているなんて自分でも思ってもいなくて、もう耐えきれなくなった涙はどうしようもなく頰へと流れ落ちてくる。

 

セブルスと彼女が仲良く話す姿も、笑い合う姿も見慣れたはずでしょ?

彼女の手や声はセブルスに届いても、私の声や手は届かないことぐらいもう分かりきったことじゃない。

 

 

それなのに何が原因でこんな涙を流しているのだろう。

 

……苦しいから?悲しいから?どうしてだろう。

 

……分からない、分かりたくない。

 

 

私は流れ続ける涙を拭うこともせずに、窓の外を眺めた。唯一の救いだったのは、私が涙を流している間、生徒や先生が通らなかったことだ。

 

窓に映る涙を流し酷い顔の自分を見て、自分が酷く滑稽で虚しくなり可笑しくなった。

 

「……馬鹿らしいわね……」

 

窓には眉を下げて、困ったように自虐するように痛々しく笑う自分の顔が映っていた。



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3 サンタのいないクリスマス

もうすぐ、冬のクリスマス休暇を迎えるホグワーツには、生徒達が楽しそうに話す声が溢れかえっていた。

 

私は残念ながらクリスマスプレゼントを交換する仲の友達もいない。毎年クリスマスは家族揃って豪華な食事をしのんびりと過ごすというのが日課だったのだが、残念ながら今年はそうはいかなかった。

3日ぐらい前に両親から手紙が届いたのだ。

 

 

 

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愛しいレイラへ

 

 

最近は、少しずつ寒くなってきて雪も本格に降りはじめましたね。

 

防寒をしっかりとしていますか?しっかりとご飯を1日3食食べていますか?ぐっすりと眠れていますか?

 

貴女は、すぐに自分のことになると怠るので心配でたまりませんが、送ってくれた手紙からは元気そうなのが感じ取れたので嬉しい限りです。

 

 

さて、前置きはここら辺にして本題ですが、少し残念なお知らせです。

クリスマス休暇は、家族揃って過ごす予定でしたが、それが出来なくなってしまいました。

 

ノアから仕事で怪我をしてしまい、家には帰れそうにないという手紙が届きました。どうしてもクリスマスぐらいしか行く時間が取れないし、ノアの怪我の様子もどれ程のものなのかが分かりません。

貴女も一緒に連れて行きたいのも山々だけど、今死喰い人の活動がだんだんと活発になっているように感じています。

だから、貴女は1番安全なホグワーツでクリスマスを過ごして欲しいのです。

 

ノアの怪我の具合を確認できたらすぐに貴女にも手紙を送るつもりでいますし、安心してください。でもそれでもレイラが、一緒に行きたいというのなら勿論一緒に連れて行くつもりです。とりあえず、今の気持ちを手紙でください。

 

待っています。

 

 

母、アメリアより

 

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私にはノアという今年で20歳の兄がいる。私の家庭は、いわゆるお金持ちで、働かなくともごく普通に生活できるほどだ。お金に困ることなんてなく父など働いていない。だが、兄はそんな甘い環境で育ったのにも関わらず、きちんと立派な社会人として今ではドラゴンを研究しているらしい。

小さい頃よく兄にドラゴンについて四六時中語られた思い出がある。兄の話術は凄まじいもので、どんな興味のないことでも兄の手にかかれば、ついつい聞き込んでしまうほどだった。それでも、きつかった思い出が1つある。それは、よく兄が私にしてきたドラゴンのテスト。なんの意味もないのだが、ドラゴンの図鑑を引っ張り出され、名前を隠されて特徴だけでドラゴンの名前を当てるというもの。…これがきついのだ。当てるまで、兄は解放してくれないし、何よりあんなキラキラとした目で見つめられたらたまったものじゃない。

しかし面倒見が良かった兄が、小さい私の遊び相手になってくれていたことは有難く、今でも兄のことは大好きだ。

そんな兄が怪我をしたというのだ。私は、直ぐについて行きたいと返事しようとしたが、よくよく考えてみれば、クリスマスのホグワーツに残るのも悪くないかもしれないと思い、手短く返事を書いて梟に届けてもらった。

 

返事はすぐに返ってきた。手紙の文は短いものだったが、相変わらずの綺麗な母の字を見ただけで何故か胸が暖かく感じた。

 

 

 

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愛しいレイラへ。

 

 

 

お手紙ありがとう。思ったより返事が早くて助かりました。

 

ノアの所へ着いたら直ぐに手紙を送るので、ちゃんと返事をくださいね。

 

 

今年のクリスマスは、家族では過ごせないけれど、楽しいクリスマスを過ごしてください。あとあまり羽目を外してはいけませんよ。ノアがああいう性格なので、貴女も少し心配です。

 

 

クリスマスプレゼントは、ちゃんとホグワーツに送るので、安心してくださいね。

 

 

貴女のことが大好きな母より

 

 

追記 サンタさんが来るように良い子に過ごしてくださいね。

 

 

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この返事の手紙を見て、最初に思ったことはただ一つ。

 

……もうサンタさんは、信じてないよ

 

こんなことを書く母の姿を思い浮かべるとおかしくて笑みがこぼれ落ちた。

ルームメイトが、クリスマスについて楽しそうに話す部屋で私は1人手紙を読みながら笑いを堪えているのだからもう変人だろう。

 

その日は、いつもより少し早めにベッドに潜り込んで眠りに落ちた。ルームメイト達があまりに一定のリズムで話してくれるものだから、まるで子守唄を聞いているかのように私は割と直ぐに眠ることができた。

 

 

 

 

 

スリザリン寮監のスラグホーンが持ってきたクリスマス休暇にホグワーツに残る生徒一覧に名前を記入して、結構クリスマスのホグワーツを楽しみにしながら、休暇まで過ごした。

 

 

クリスマス休暇に初めてホグワーツに残り思ったことは、意外と残る人はいるんだなということだった。

そりゃあいつもの比べれば、大広間なんてすきすきで、廊下でほかの生徒とすれ違う事も少ないが、同じ部屋のルームメイトは1人残っていたし、スリザリンの談話室にもちらほらと生徒がいた。

 

 

 

いつもよりも閑散とした談話室で、暖炉近くのふかふかのソファーに腰掛けた私は魔法薬学に関して詳しくのっている本を読んでいた。魔法薬学は、本当に苦手な教科の一つで、少しでも6月にある学年末テストで良い点を取りたかったし、何よりこんな何もやることがない暇な時ぐらいしか読む気になれなかった。読み始めると意外に面白く書いていて、ページを進めるスピードも速くなる。

だから、こちらをじっと見つめてくる人物に話しかけられるまで気づかなかったのかもしれない。

 

「…ぃ……ぉい…おい!」

 

突然怒鳴られた声に気づいて私は体をびくつかせながら、顔を上げると、

目の前には少し眉間に皺を寄せたセブルスが本を抱えて立っていた。

私が不思議そうにセブルスを見つめていると彼はゆっくりと私が開いている本を指差してまた話しかけてくる。

 

「……それ…どこから手に入れたんだ」

 

私は、本を閉じてボロボロになり、すっかり色褪せている表紙を確認をする。これは手紙で母に頼み送ってもらったもので、家にあるもので良いから魔法薬学のことについてのってある本を送って欲しいと頼んだのだ。

 

「これ?これは…家にあった本を母に送ってもらったのよ」

 

私は、セブルスに真実を伝えて彼の言葉を待ったが、中々返ってこなくて気まずくなるばかりだった。何か様子のおかしいセブルスは、そわそわし始め、私の顔を見たり俯いたりと随分と忙しそうだ。

私に自分から話しかけたりと何やら様子のおかしいセブルスを見て、私は本に視線を落とした。

 

……これは、そんなに出回っていない本なのだろうか。

 

そうでもしないと、毎日本を読んでいるセブルスがわざわざ話しかけてくるはずもない。何せ、セブルスは魔法薬学が大好きだから読んでないとなると興味があってすぐに読みたくてグズグズしているだろう。

私は一か八か聞いてみてみようと思い、そわそわしているセブルスに話しかけた。

 

 

「…良かったら……読む?…この本」

 

 

私の言葉に、分かりやすいほど表情がパァーッと明るくなり、あんな重かった空気が、嘘のようだ。

 

 

「……良いのか?…」

 

 

私は頷いて、本を渡すと、セブルスは大事そうに抱え込んで、小さく呟いた。

 

 

「…ありがとう……すぐ、返すよ」

 

 

幸せそうに眉を下げ笑うセブルスを見て、私の心臓は急に波打つように鼓動を速くした。私の心臓の鼓動の音が、今目の前にいるセブルスにも聞こえるんじゃないかと思うほどだんだんと大きくなっているような気がして、体は緊張しだした。

 

 

 

…………あんな……笑顔………反則だ。

 

 

 

 

「…いや……ゆっくりでいいよ…」

 

 

すっかり動転した私はそう言うのが精一杯で、自分の部屋に戻るセブルスの姿が見えなくなるまで動くことができなかった。

やっと動けたと思えば、疲れたようにソファーに座り込んでため息が溢れた。顔を両手で隠して目を閉じると、さっき見たセブルスの笑顔が瞼の裏に映った。

あんな笑顔を浮かべる人なんてこの世のどこを探してもどこにもいないと思う。断言できる。命をかけてもいい。

 

顔が熱いのを感じながらふとあることが頭に浮かぶと、あんな温かかったのが嘘のように、胸の内が一気に冷たくなるのを感じた。

 

………エバンズの前では、いつもあんな笑みを浮かべているのだろうか…

 

今日まで、見てきた私の中のセブルスの表情といったら、無表情か、機嫌が悪そうな表情か、ポッター達にちょっかいを出されて怒っている姿か…

 

……楽しそうな表情といったら、魔法薬学の授業で少し口角を上げている表情しかない。

 

……いや私の中で1番幸せそうな表情は、

 

…楽しそうに笑う彼女を見る、愛しそうな表情を浮かべるセブルスだ…。

 

 

……ほら、こんな所でも彼女はずっと付いてくる。

 

あんなに幸せだった時間が嘘のように、逆に辛いだけの時間になってしまった。

 

…彼女にはあんな表情を沢山見せているんだろう。他にも、私が見たことのないような表情だって沢山浮かべて、楽しそうに笑うんだ。

 

一回ネガティブな考えをしてしまうととことん落ちてしまう私は、ふらふらと自分の部屋に戻ってベットに潜り込んだ。

 

明日は、クリスマス。良く小さい頃に両親や兄から言われ続けていた言葉を思い出した。

 

『いい子にしていれば、サンタさんがレイラの欲しいものを持って来てくれるよ』

 

……サンタさん…今年の私が、いい子だったかは分かりません。…でも、もし本当に来てくれるのなら、私にください。

 

 

彼を、セブルスを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………セブルス・スネイプを私にください。

 

 

 

 

 

 

 

サンタさんなんて、子供の時だけの夢物語だということは分かってる。けど、祈ってみたら、もしかしたら朝起きたら毎日セブルスが話しかけてくれて、ごく普通にあんな笑みを浮かべてくれるかもしれない。

 

 

…私のことを見てくれるかもしれない。

 

 

そんなことを思いながら、私は瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ました時に感じたことは、何か長い夢を見てたような気がするということだった。

まさか、あの本を貸したのは夢だったのかと思い慌てて机の引き出しを開けてみた。そこにはあの本はなく、あれは夢ではないということが確認できてほっと安堵した。

とりあえず簡単な服装に着替えて談話室に向かうと、大きなクリスマスツリーの下に沢山のクリスマスプレゼントが置いてあった。

私は、見覚えのある字で書かれたクリスマスカードがのっかってあるプレゼントを手にとって、部屋に戻った。

 

カードを開くとMerryX'masと書かれていて、トナカイが引っ張るソリのようなものに乗ったサンタがホッホッホ、メリークリスマスと言いながら飛び出してきた。宙を自由に飛ぶ小さなサンタは、私の周りを二回三回回ると、部屋から出ていく。

私は、プレゼントのリボンを丁寧にとり、折りたたみながら周りについた包み紙もとっていく。

中には、丸いペンダントと、髪留め、たくさんのお菓子に、手紙が一枚入っていた。

髪留めは、とてもシンプルなもので、白い真珠のようなものと、花の形をしたガラスが反射する光の違いによって色を変えた。

早速自分の髪につけてみて、鏡を覗き込んでみると髪留めをつけるだけでも、いつもよりかは明るく見えた。

 

 

………でも似合わないな……

 

 

大人びている髪留めは、お世辞でも似合っているとは言えないほど違和感だらけだった。大人しく髪留めを外し、次は丸いペンダントのようなものを手にとってみると、首からかけれるようになっている紐の先には掌に収まるサイズの金色のまん丸何かだった。

文字も掘られてないし、訳も分からなくて頭を悩ませたがとりあえずいじってみることにした。どうやらこのまん丸い何かは開けるようで、ゆっくりと開けてみると、青白い惑星のようなものが飛び出して、手に持っているペンダントの周りを回しだす。

私が持っているペンダントの中には時計の針のようなものが何本もあり、それぞれ時を数えるように動いていた。異常に早く動くものもあれば、全く動かないものもある。

 

「…何これ…」

 

そう声に出すしかなく、私は少し引き気味にペンダントを見つめた。こんな変わったものをプレゼントにするのは、私の父しかいない。

母が常識人だと表すと、父はその反対、何を考えているのかさっぱり分からない変わり者だった。世の中でいう不思議ちゃんの域は超えていて、しょっちゅう家でも訳のないことばかりを言っている。

兄は、明らかに父の血を受け継ぎ、対して私は母の血を受け継いだらしい。

 

少しため息をついて、ペンダントを見つめると、時計の針が付いている奥に小さく文字が掘られていることに気がついた。

 

 

 

『時は進むばかりで決して戻らない。

時が止まることはあっても戻ることはできない。

貴女は時を止められても時を戻すことはできない。しかし貴女自身がそれを望むというのなら、時は戻れるのだろう。』

 

 

 

意味深すぎるその言葉の意味が分かるはずもなく、私はとりあえずペンダントを閉じた。

周りを回っていた惑星は閉じる瞬間一緒にすっと吸い込まれていった。

ペンダントの紐をくるくると巻きつけて髪留めと一緒に机の引き出しにしまい込んだ。

 

あとは、手紙と大量のお菓子だけだ。手紙を開くと、少し丸っこくて可愛らしい字が目ない入ってきた瞬間に兄の字だとすぐに分かった。

 

───────────────────

 

僕の可愛いレイラへ

 

 

元気にやっているかい?レイラ。僕は手紙を書くのが苦手だから、文章がおかしな所もあるとは思うけど、そこは気にしないでくれ。

 

ホグワーツ、二年生での生活を楽しんでいるかい?レイラとは1年のクリスマス休暇以来会っていないから、お兄ちゃんは寂しいよ。

 

 

 

最近は、ドラゴンの保護をしているんだ。

ルーマニア・ロングホーン種というドラゴンなんだけど、実はこのドラゴンの角の粉末は魔法薬の材料として珍重されていて、その一方でその角の取引きに利用する奴らがいるせいで罪のないドラゴン達が激減しているんだ。だから、この種類は繁殖計画の対象になっているのだけれど、それでね少し研究させてもらいながらお手伝いさせていただいているよ。この他にも、ペルー・バイパーツース種や…

───────────────────

 

終わる気配のないドラゴン語りの文を見て、私は、適当に飛ばした。兄には悪いがそんなにドラゴンには興味がないし、どうしても手紙だと読む気になれない。

 

私はドラゴンについて、2枚分ぎっしり書いてあること自体の方が驚いて3枚目からまた読みだすことにした。

 

 

 

───────────────────

 

 

まだ書ききれてないけれどドラゴンの話はここまでにして、レイラに手紙を送ったのはあることを謝りたかったからなんだ。

 

せっかく家族全員で揃って食事ができるクリスマスを台無しにしてしまって本当にすまない。

 

レイラは優しいから、気にしないでなんて言ってくれるんだろうけど、やっぱりクリスマスぐらい家族と居たいもんだろ?

 

父さんや母さんにも心配をかけてしまったし、勿論お前にも迷惑を随分とかけてしまった。

 

 

僕からのクリスマスプレゼントは、悩みに悩みすぎて送り損ねてしまったんだ、ごめんね。すぐにクリスマスが終わって新学期が始まる頃には届くように送るつもりだから、その時にでもこの手紙の返事を頂戴ね。

 

クリスマスに集まれなかった分今年の、レイラの夏の休暇に合わせて僕も家に帰ることにするよ。

お詫びとして何か買ってあげるから欲しいものを沢山決めておくんだよ?

 

 

それじゃあ、またもう少しだけお互い頑張ろうね。レイラは僕の自慢の妹だから、心配ないけど、やっぱり可愛いものはしょうがない。

 

 

レイラ、素晴らしいクリスマスを

 

 

MerryX'mas

 

 

兄、ノアより

 

───────────────────

 

 

 

忘れていた。私の兄は自分で言うのも気がひけるが私のことが好きすぎるのだ。頼りになるし、優しい兄だが少し過保護過ぎるのが残念なところだ。

 

…こんなだから、結婚できないんだよ

 

私は、手紙を丁寧にしまって、机の引き出しの中にあるペンダントと髪留めの隣にしまいこんだ。

 

 

 

 

 

 

クリスマスのホグワーツは、思っていた以上に楽しいものだった。

いつも混んでいる図書館も、閑散としていて読み放題で、私は分厚い本を3冊ほど引っ張り出して読み漁った。

少しでも、セブルスと話せるようなきっかけができないかなーと思いながら、魔法薬の本のページを読み進めると、楽しそうに調合するセブルスの姿が浮かんだ。

 

 

「あぁ……好きだな…」

 

 

溢れ落ちた声は、誰に聞かれることなく消えていく。

本のページをめくっていると、どうしてもセブルスの姿を見たくなり読んでいた本を元に戻す為に立ち上がった。ここまでくると本当に病気だと思う。

 

…彼の為だったら何でもできそうな気がして他ならない。

 

ぎゅうぎゅうの本棚に無理矢理隙間を作って元に戻していると、突然隣からバタッという何かが落ちる音が聞こえたと思うと、まるで人が通ったかのように風が巻き起こり、私の髪が揺れた。

私は周りを見回してみるが、クリスマス休暇に図書館に来ている生徒など私を含めて片手で数えるほどしかおらず、誰かが本を落とした音でもなかった。私のすぐ隣で聞こえたのだ。本が地面に落ちる音が、すぐ横で。

 

ふと左のほうに視線を合わせると奇妙なものが目に入った。真っ黒い何か布切れのような端のようなものが、私の死界に消えたのだ。天井まで届きそうなほどの本棚の陰に消えていったそれを私は、追いかけるように本棚の陰まで駆け寄った。

 

そこには、誰もいるはずもなく、代わりにかすかな香りがした。

 

 

…少し薬草の匂いが混じった懐かしいような、落ち着く香り。

 

 

少し立ち止まっていた私は、まだ本を片付け終わってないことに気づき元に戻って、視線を下ろして自分の足元を見てみると黒の表紙に、金の線が彫られてある本が落ちていることに気がついた。

私は手に取り、後ろも前も色々な角度から眺めてみるが随分とシンプルなものだ。一番不可解なことは、表紙に題名が記されていないこと。

ホグワーツには、意味のわからない本もどんな時に使うか分からないような本だって沢山あるが、題名が記されていないのは初めて見た。

 

周りに誰もいないことを確認して、恐る恐る本を開いてみると、そこら辺の本となんの変わりのない魔法の歴史に関してのことが説明されていた。

 

少し見つめてみると、文字がズズズッと不気味にひとりでに動きだして、この本が普通のものではないことが私の中で確信した。

 

…記憶の中で見たトム・リドルの日記ではないな…

 

そう思って本を見つめていると、独りでにページがパラパラと動き、私の手から逃げるように宙を舞うと机の上に、何も書かれていないノートのようなページを開いてピタリと止まると静寂が訪れた。

私は、少し警戒しながら近づき、その本を覗き込む。何も書かれていないページには、少しずつ文字が浮かび上がり、文章をつくっていく。その文字は、何やら焼いて書いているようなものでそれだけでも十分不気味な雰囲気を醸しだしていた。

 

『私は貴女がとっくの昔に知っていることも、知らないことも全て知っています。

私はそれを語ることができません。

しかし、貴女が望むのであれば私は語ることもできます。

 

貴女次第で私の価値が決まります。

 

どうか小さな声に耳を傾けて。』

 

 

最初は馬鹿馬鹿しいそう思った。すぐに元に戻そうかと思ったが、頭にトム・リドルの日記が浮かび、元に戻す気も失せた。

この本が悪戯だったらそれはそれで笑い話として終わらせれるが、もしこの本がセブルスやポッター、『ハリーポッター』の主要人物達の手に渡ってしまったらどうなってしまうのだろうか。

 

 

──────私は貴女がとっくの昔に知っていることも、知らないことも全て知っています。

 

 

最初の文を見つめて、最悪な事態のことが頭に浮かんだ。もしセブルス達の手に渡り、この本がもし未来のことを少しでも知っていたら、誰かが未来を知りたいと願ったら、私のこの前世の記憶も何も意味もなくなる。

 

 

……私の存在意義はもうなくなるんだ。

 

 

私はこの本が何なのかという事よりも、『ハリーポッター』の主要人物達にこの世界の未来のことを知ってほしくなくて慌てて本を閉じた。

 

「……私が持ち続けていればいい…」

 

勝手に声に出た自分の言葉を聞いて、私は決心したようにその本を手に取り、図書館を後にした。

 

寮に向かっている頃にはもう今持っている本のことで頭がいっぱいで、セブルスに会おうとしていたことなどすっかりと頭から抜け落ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はまるまる太った七面鳥の丸焼きのお肉をフォークで取り分けて自分のお皿の上に盛り付け、頬張った。今は大広間でクリスマスパティーをしている最中で、いつもよりも豪華な食事に囲まれて幸せに浸っていた。

レーズンやドライフルーツをたっぷり使ったフルーツケーキに、ミンスパイ、色とりどりの野菜やチーズがたっぷり乗ったクラッカーにとろけているチーズとトマトのパイなど、どれもこれも美味しそうで、私は母の料理の味が恋しくなりながらも、ケーキを食べると、口全体に甘い香りが広がり少し寂しかった気持ちもすぐに薄れた。

先生達は、ワインを飲みながら程よく気持ち良くなっているようだ。

お腹一杯になり、ふと前の方に視線を移すとセブルスの隣に、誰かに似ているようなスリザリンの少年が座っていた。

2人は、どこか親しそうに話して、料理を口に運び込んでいる。

 

絶対に見たことのある少年の顔を見つめて、私は考え込んだ。誰かの面影を感じるのだ。少し腹立つような感じで、あのイケメンオーラ。

 

……あぁ…シリウス・ブラックだ

 

そう思った私は、ひとり納得しながら頷いた。となると、あれは弟のレギュラス・ブラックか。

 

まだ幼いレギュラスを見つめながら、ケーキをフォークで切り分けて口に運んだ。

彼は16歳で死喰い人のメンバーに入り、17歳でこの世を去る。

あの人に自分にできる精一杯の抵抗をして、1人生き絶えるのだ。どんなに勇気のいることだろうか。ひとりで冷たい水の中で苦しく生き絶えるのは、怖かったんだろうなと思いながら、笑っているレギュラスを見つめた。

 

……私よりも何倍も勇気のある人だ……

 

私は、楽しそうにセブルスと話しているレギュラスから視線を逸らす。そうでもしないと、耐えきれないほど胸が苦しくなりそうだった。

 

 

……これからセブルスは孤立しているスリザリンから少しずつ、お話をするような友達ができるんだろう。

 

私は水を飲み干して、口に含んだ氷を砕いた。

 

 

 

 

 

すっかりとお腹いっぱいになって、ベッドに横になっただけでうとうとしだしてしまった。

このまま寝てしまおうかと思ったが、机の引き出しを見て、ぼんやりとしていた意識が一気にはっきりしてくる。

私は、起き上がって引き出しからペンダントを取り出して開けてみた。

薄暗い部屋を照らすかのように、青白い優しい光を放ちながら、惑星が回りだした。ルームメイトが少し声を出しながら、寝返りをうったのが視線に入って慌ててペンダントを閉じる。あんなに明るかった部屋は、ペンダントを閉じた瞬間暗くなり、目を凝らさないと見えないほどだった。

私は手探りで、引き出しの奥にしまってあった本を取り出して部屋から抜け出した。

 

 

勿論談話室には誰もいるはずなく、ただ暖炉から微かに暖かい光が漏れているだけだった。

私は暖炉の近くのソファーに腰掛けて、本を開いてみたが、暖炉の微かな火だけでは薄暗くて何も見えなかった。私は、しょうがなくペンダントの周りを回る惑星が放っている青白い光を活用して本を読み進める。

図書館で見つけた不思議で不気味な本を開き、今日見た文がのってあるページまでめくると、以前と変わらず、何か焼けたような筆記で文章が記されている。

私は出来るだけ小さくその文章を復唱するかのように呟いた。

 

「…………私は貴女がとっくの昔に知っていることも、知らないことも全て知っています。

…私はそれを語ることができません。

しかし、貴女が望むのであれば私は語ることもできます。

 

貴女次第で私の価値が決まります。

 

どうか小さな声に耳を傾けて、か…」

 

口に出せば何か分かるかも知れないと思ったのだが、そうでもないらしい。

ただ何回も読んでいるとある違和感を覚えた。

 

 

─────── 私は貴女がとっくの昔に知っていることも、知らないことも全て知っています……

 

 

この文を何度も何度も読み返すと、まるで心臓が緊張しているかのように動きだした。

 

 

…………おかしい…

 

心臓がこれ以上の散策はやめてくれと警告しているかのように鼓動を早くして体は熱を帯びてくる。

 

「………あ…っ……」

 

私は、あることに気づいて声を洩らしたのとほぼ同じ瞬間に嫌な汗が体から流れ出す。

 

 

貴女がとっくの昔に知っていることも、

 

 

 

とっくの昔に知っていることも

 

 

 

私が記憶を思い出して、まだ1年も経たないうちに、そのようなことを匂わせる物が自分の手の中にあるなんて、出来すぎている話だ。

まるでこの本が私が、この世界の未来のことを思い出すのを今か今かと待ち続け、思い出し全てを知った私の前に自ら現れたみたい。

 

不気味なその本を見つめ、私は行き場のない恐怖感に襲われた。

落ち着かせるため、一旦深呼吸をして目を閉じると、ある考えが浮かんでくる。

 

…大丈夫…これはただの本だ。…………何故私がこんなに恐れる必要がある。

 

そう思ってしまうと、あんなに不気味に思えた本も単なる少し文字が浮かび上がるヘンテコな本にしか見えなくなり、馬鹿らしくなった。

これを作った張本人が何処の誰かは知らないが、逆にこれを利用してしまえばいい。

 

気をつけることはただ一つ『ハリーポッター』の主要人物達にこの本の存在を知らされないようにすることだ。

 

 

そう心に決め、ひとりで納得していると誰か階段を下りる音が聞こえた。私は急いでペンダントを閉じ首からかけて服の中にしまいこむ。本は、しっかりと閉じて出来るだけ表紙を見せないように隠し持った。

 

 

 

男子寮から降りてきたのは、真っ暗な夜が似合う彼だった。セブルスは私の顔を見た瞬間驚いたようで、少し眉が上がった。こんな時間に、まさか談話室に自分以外の生徒、さらには先客がいるとは思ってはいなかったんだろう。彼は2冊本を手に持っていて、少し気まずい空気が流れた。私は出来るだけこの場を離れたかったこともあり、彼に話しかける。

 

「…あぁ…私はもう寝ようとしたところだから良かったら、ここ座ってよ。……今日は随分と冷えるから」

 

私は、ゆっくりと立ち上がってあまりセブルスの顔は見ないようにした。

おやすみなんて挨拶が言えていたら、とっくに私はセブルスと仲良くなれている。何も言えないまま部屋に戻ろうとする私を呼び止めるセブルスの声が聞こえてきた。

 

「あっ…ちょっと待って、」

 

私は、何かと不思議に思って振り返り少しもたついているセブルスを見つめた。

 

「これ、昨日借りた本。…読み終わったから、返すよ。ありがとう」

 

セブルスの手には、確かに昨日貸した本があった。彼はすぐに返すと言った自分の言葉をどうやらきちんと守ってくれたらしい。

中々受け取らない私を不思議そうに、セブルスは見つめてくる。

 

 

…もう少しだけこの時間が続けばいいのにな……

 

 

なんて思った私をどうか誰か殴ってほしい。そうでもしないと自分がおかしくなってしまいそうで、怖くなったのだ。

私は、少し困っている様子のセブルスを見て答えた。

 

 

「…………………………あげる…」

 

 

「…えっ?」

 

私の言葉に、間抜けなセブルスの声が聞こえてくる。

 

「その本…あげるよ。だって私より貴方が持っていた方がその本も幸せだと思うし」

 

「いや…でも、これあんまり出回ってないし」

 

戸惑い始めたセブルスは、一歩の引こうとしない。

 

「気にしないでいいよ。…魔法薬が得意な貴方に私は持っていて欲しいし、……私からのクリスマスプレゼントだと思って受け取って」

 

私は、本を優しく彼の方に押すと、セブルスは本を両手で抱えこんだ。

 

「…あっ……ありがとう」

 

申し訳なさそうにお礼を言うセブルスを見て、私は今度こそ部屋に戻ろうとするとまた彼が呼び止める。

 

「あっ…でも、じゃあ僕は何を君にクリスマスプレゼントをお返しすればいい?」

 

何とも律儀な人なんだろうか。そんなこと気にしなくていいのに。

 

 

「……………じゃあ、名前でいいよ。貴方の名前を教えて。」

 

 

そんなことでいいのかという表情を浮かべ、セブルスは話し出す。

 

「…えっ?そんなことでいいの。他にもっと何か…女の子が欲しがりそうなやつとか、本とか「私は、貴方の名前が知りたいの。」

 

私は、セブルスの会話を中断させ、彼の瞳を見つめた。

 

セブルスの真っ黒な瞳の奥には、光が宿っていてこの世にあるどの宝石よりも綺麗だと思った。

少し沈黙が流れた後、セブルスはゆっくりと口を開き、声を出す。

 

「………セブルス・スネイプ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……………………君は?」

 

 

思ってもいなかったことを聞かれ、私の心臓が飛び跳ねた。私の脳は、名乗るな、彼に名前を教えるな、私は彼に関わってはいけないことを忘れたのかと警告を出す。

 

それでも何か期待するかのように口は勝手に動いて、声が外に出た。

 

 

「……私は…

 

 

……………レイラ・ヘルキャット」

 

 

貴方に…恋をしています。

 

 

眉を下げ微笑むセブルスを見て、私の胸はあったかくなりながらも、また苦しく痛みだした。

 

 

お願いだから……そんな表情を私以外に見せないで………

 

 

 

こんなことを思ったところで胸の痛みがましてや和らぐばかりか増すばかりだ。

 

 

 

目の前にセブルスがいるのに……私は貴方はばかりを見ているのに……

 

彼は…セブルスは…

 

 

 

 

……………私のことは決して見てくれない…

 

 

目の前にいるセブルスを見つめながら、軽く唇を噛み締めた。……痛みで、胸の締め付けられるような圧迫感を少しでも和らげようとしたが、誤魔化すこともできなかった。

 

 

 

どうやら今年のクリスマスは、素敵なプレゼントを届けてくれるサンタは来てくれなかったようだ。



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4 真っ黒な梟と手紙

昨日のあんな豪華な食事が嘘のように大広間には、朝食が並べられていた。あんなに立派なクリスマスツリーも、色とりどりの装飾品もすっかり片付けられた大広間は、少し寂しい感じもした。

上から降ってくる白くて軽い雪だけが、クリスマスパーティーの時と変わらずふわふわと降り続いている。

 

 

朝食を食べていると、ちらほらと梟達が、上を飛び回り、手紙や配達物をホグワーツに残っている生徒達に届けていた。

皿の上に乗っかってあるパンを取ろうと手を伸ばすと勢いよく私の前を何かが突進した。驚いて手を引っ込めたのが大正解。突進した黒い何かはもぞもぞっと起き上がって私の方を首だけでくるりと向いた。

 

真っ黒な梟だった。ぴょこぴょこと、歩み寄ってきては咥えている二つの手紙を渡してくる。少し戸惑いながらも手にとって、宛名を見てみると、兄と母からの手紙だとすぐに分かった。

 

 

───────────────────

 

可愛いレイラへ

 

この手紙が無事に読まれているということは、その子にとっての初仕事は完璧だったということだね。

 

怪我の治り具合は順調だよ。母さんが、煎じた薬を無理矢理飲ませてきたらね。この手紙が届く頃にはもう治ってるだろうな。

 

さて、本題に入るよ。この手紙を届けてくれたその黒い梟が僕からのクリスマスプレゼントだ。

レイラは、まだ梟を持ってなかったし、手紙とか色々届けてくれるから持ってると何かと便利だろ?

 

男の子だからかっこいい名前をつけて、可愛がってあげて。大丈夫。動物が少し苦手なレイラの為を思って人懐っこい子を選んどいたから。

 

 

返事を待っています。

 

兄、ノアより

 

───────────────────

 

 

私は、手紙を少し握りつぶしながら真っ黒な梟を見つめた。ふわふわな黒い羽根に覆われ、キラキラと輝く真っ黒くてまん丸い瞳で私を捉えながら不思議そうに頭を傾ける。

 

「…名前…………か…」

 

私は、動物が大の苦手、いや嫌いだ。猫といい、犬という王道のものから、昆虫類まで全てのものが嫌いだ。見ただけで体が受けつけない。それなのに、兄からのクリスマスプレゼントは梟⁈……嫌がらせだと受け取っていいだろう。

動物なんてどう意思疎通を図ればいいというのだ。

人間関係もろくに上手く出来ない私が言葉も通じない動物を相手にできると思うか?答えはNOだ。

 

 

私は、少し溜息をついて、もう1つの手紙を開いた。

 

 

───────────────────

 

愛しいレイラへ

 

 

元気にしていますか?ホグワーツでのクリスマスは楽しく過ごせましたか?

 

ノアの怪我の具合もだんだんとよくなってきているので、心配はいりません。

そんなに酷い怪我ではありませんが、一応怪我人であるノアと一緒にお酒を飲もうとする馬鹿がいるので、こちらは大変です。

 

次会うのは夏の長期休みですね。…1年もあってないとなると少し寂しいですが元気で勉強も頑張ってください。

 

 

①きちんと睡眠をとること

②ご飯は、ちゃんと三食食べること

③少なくとも一ヶ月に一回ぐらいはお手紙で近況を教えてください。

 

この3つのことを忘れずに、特に3つ目をちゃんと頭に入れておいてくださいね。

 

母より

───────────────────

 

私は、まだ机の上にいる梟に視線を移して、名前を考えた。

 

「…貴方……今日からアテールね」

 

結局私は、ラテン語で黒という意味の誰でも浮かびそうな単語を適当に名前としてつけてやった。すると、アテールはその名前が気に入ったのか何なのか分からないが、歩み寄ってきて私の腕に体を擦ってくる。

意味のわからない行動に私は行き場のない手を空中に浮かしたまま、アテールを少し睨みつけるように視線を落とすと、潤んだ瞳で見つめてきた。

 

 

 

…これだから動物は嫌いなんだ!

 

 

 

私は、アテールを抱えて走りながら梟小屋まで連れていった。此処が貴方の帰る場所だと教えるようにアテールを空いているスペースに置いてやって逃げるようにその場を後にした。

 

最悪だ!梟の毛はつくし!なんか動物臭くなったし!

 

全然嬉しくないクリスマスプレゼントを受け取った私は、兄に文句の1つでも書いてやろうかと思って羽根ペンを走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

母と兄への返事を書き終えて、梟小屋に向かおうとすると、談話室のソファーに腰掛けゆったりと時間を過ごしているセブルスを横目に寮を後にした。………名前をお互い知ったところで何も変わることなんてなかった。ただ、彼にとっての私はレイラ・ヘルキャットという自分と同じスリザリンの女子生徒が、クリスマスの夜に本をくれたという認識ぐらいだろう。

実際、話しかける勇気なんてなかったし、闇の魔術に熱心な様子のレギュラスがセブルスに何かと話しかけているもんだからそんな隙さえなかった。

セブルスも、前よりも闇の魔術に熱中しているようだったし、どうやら原作の流れは順調に進んでいるらしい。

 

 

私は、このまま関わりなく過ごすのが妥当だろう。

 

 

 

そんなことを思ってクリスマス休暇を過ごしていると、引き出しの奥に隠した本のことなどはすっかりと忘れてしまっていて、静まり返っていたホグワーツにも休暇を終えた生徒達が戻ってきた。

 

 

 

 



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5 喧嘩とテスト

6月の学年末試験に向けてなのか課題の量もだんだんと多くなりその分みんなの苛立ちが募っていた。

勿論私だって勉強嫌いだったし、何だったらやりたくなかったが、やる気のおこらない頭を奮い立たせて羊皮紙に向き合った。談話室にある机に課題を広げ、出来るだけ端によりながら目立たないようにと取り組んでいると後ろから爽やかな香水の香りが鼻をさわった。

 

「薬草学か……どうやら手こずっているようだね?」

 

聞いただけでも寒気のする声が耳に入った瞬間私は、鳥肌を立たせながら後ろを振り返った。すぐ後ろには、私が苦手で、どうも好きになれない相手、ルシウス・マルフォイがいた。

純血である私を気にかけているのか、それとも純血でありながらあまり純血主義ではない私の家系を面白がって興味本位で近づいてきているのか知らないが、とにかく私はこの人が苦手だ。

 

「…私が手伝ってあげようか?見たところによると、君はまだ魔法薬の課題も終わってないのだろう?」

 

机に置いてある魔法薬の教科書をちらっと見て、私に話しかけてくる。

羨ましそうにこちらを見て、私の方を睨んでくる周りのスリザリンの生徒達を横目に羽根ペンと、羊皮紙をくるくるとしまった。

彼は今のスリザリンの生徒にとって憧れの存在で、あの憧れの死喰い人とも繋がっているというのだから、皆が彼に気に入れられようとするのは当たり前だった。

 

 

「…いや結構です。課題は自分でやった方が身になりますし、魔法薬は他の人に教えてもらう約束をしているのでご心配なく」

 

 

散らかっている教科書を閉じて、数冊重ね立ち上がるとルシウスは、にこりと張り付いた笑みを浮かべながらまた話しかけてくる。

 

 

「それもそうだね。……ところで、誰に教えてもらうんだい?…魔法薬」

 

 

この人は、私に恥をかかせようとしているのだろうか。私がスリザリンで浮いていることぐらい、此処にいる全員が知っている。教えてもらえる友達なんているわけ無いが、もう私の頭には魔法薬といったら彼の名前が浮かんでいた。中々答えない私を見て、周りにいる生徒、何人かがクスクスと笑いをこぼしだす。

 

 

「…………セブルスに、

…セブルス・スネイプに教えてもらう予定ですが、それが何か?」

 

「…そうかい。…確かに彼は、魔法薬に関しても詳しいからね」

 

「えぇ…その通りですよ。もういいですか。私は貴方ほど優秀では無いので、課題が終わらないんですよ」

 

そう早口でルシウスに告げ、逃げるように驚いている様子のセブルスへと足を向かわせた。どうやら結構目立っていたらしく、セブルスも見ていたらしい。

 

「ということで、隣いい?」

 

私が問いかけには何も答えない代わりに、机の上に置いてあった教科書を寄せて場所を空けてくれた。私が疲れたように、椅子に腰掛けると不思議そうにセブルスが問いかけてくる。

 

「何で、僕なんかの所に来たんだ?絶対にルシウス先輩の方が良いと思うけど?」

 

「…教えてもらう相手は、やっぱり同じ年の方がやり易いじゃない?」

 

 

適当に言葉を繋げて、もう一枚の羊皮紙を取り出し魔法薬の教科書を開いた。セブルスは何も言わずに私の顔を見てきたが、特に詮索も何もしてこなかったのが助かった。

レポートは苦手だしさらには魔法薬学も苦手なので色々と手こずったが、セブルスがアドバイスをしてくれたため、なんとかやり終えることができた。

 

……あんなに自然に話せたのは奇跡だと思う。いつもセブルスに話しかけようとすると緊張して、何もかも上手くいかないのにごく普通に質問だってできたし名前だって呼べた。(一回だけだけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼食を食べるために大広間に行こう伸びをしながら歩いていると、なぜか盛り上がっている声が耳に入って、私は自然と引き寄せられるように声がする方に足を向かわせていた。

どうやら盛り上がっているのは中庭らしく、吹き抜けている中庭で誰かが喧嘩をしているらしい。

皆がまるで観戦するように、廊下の窓枠の近くに円を囲むように人が集まり、凄い盛り上がりをみせていた。

 

私は、大体は想像ついたが少し気になって覗いてみると中庭で杖を構えているセブルスの姿が見えた。その瞬間に体から血の気が引いたのが分かった。今までで1番激しい喧嘩だと見ただけでも分かったからだ。相手はもちろんポッターで、側にはブラックが楽しそうに見ている。

 

 

2人ともお互い頰から血を流したりしていたが、セブルスの息の乱れぐらいからみると完全にポッターの方が余裕があった。

 

その場は誰も止めようとする者もおらず、どちかというと勉強詰めの日々のストレスを発散しているかのようだ。まだ、2年生だし、相手を死にいたしめる呪文を習得しているわけはないが、魔法というのは、便利で簡単で時には怖いものになる。

……もしかするとどちらかが病院送りになる可能性だってある。

 

私が知っている未来は、『ハリーポッター』の本に書かれた内容と、それが映像化された物語だけ。だから、この時期に何が起こるなんて分かるはずもなく、もしセブルスが酷い怪我をしてしまったらどうしようという不安だけが募ってきた。こんな激しい喧嘩になる前にいつもだったらエバンズが止めている。私は、必死に彼女の姿を探したが勿論居るはずもなく、私は急いで大広間に駆けだした。

 

……彼女じゃないといけないんだ。

 

……私が止めても意味がない。

 

大広間に駆け込んで、周りを見回してみるが、どこにもおらず私は少し腹を立てながら額から垂れてくる汗を拭った。

 

「こんな時に…限って……」

 

見つけられない。

毎日嫌という程目に入るくせに、こういう時だけは全然見当たらない。

 

大広間から出て、グリフィンドールの寮に行こうか、それか図書館かと、思い悩んでいると今だけは会いたかった明るい彼女の声が聞こえてきた。

大勢のグリフィドールの女子生徒の中に入って楽しそうに話す姿が目に入り、私は彼女に向かって駆けだした。私が、エバンズの腕を握った時に、彼女はやっと私に気がついて不思議そうに眉を下げ問いかけてくる。

 

「どうしたの?…貴女凄い汗をかいてるじゃない」

 

ちょっと待ってねと言って、ご丁寧にローブのポケットからハンカチを取り出して私に渡してくる。私は受け取りもせずに、彼女を睨みつけるとエバンズを無理矢理引っ張った。

後ろからは、戸惑ったような声が聞こえてくるが、気にしてる時間なんてあるわけなく、私は腕が痛いというエバンズの声を聞きながら、中庭へと急いだ。

 

 

 

 

中庭に近づくにつれ、盛り上がっている声が聞こえてくるとどうやら察しがついたのだろう。彼女は、私の隣に並んで一緒に走りだした。

 

中庭につくと、彼女はちょっと通してと、中へと入っていき、一瞬で見えなくなる。久々に走って疲れた私は、壁にもたれながら、しゃがみこんだ。

 

「セブ!!!何をしているの!!!」

 

彼女の怒鳴り声とも近い叫び声が響くと、盛り上がっていた声もだんだんと小さくなるのを感じて安堵した。

もたれかかっている石造りの壁がひんやりと冷たく感じて汗をかくほど熱い私の体にはちょうど良かった。少しして、周りにいた生徒達は面白くなさそうに散っていき、心配そうにセブルスの泥だらけのローブをはらっているエバンズの姿が目に入り、疲れた体を立ち上がらせた。

怪我はしているけど、大事に至るものはなかったし、ちゃんとエバンズが止めに入ったし、私にしては良くやったと自分で自分を褒めてその場を立ち去ろうとすると、後ろから嫌な声が聞こえてきた。

 

「君も、見物していたのか?」

 

声の正体は勿論ポッターで、まるで私を挑発するように話しかけてくる。

 

「…見物?……何が貴方達のしょうもない喧嘩を見て楽しまなきゃいけないの?」

 

私は、哀れなものを見るかのように少し笑いながらポッター達を挑発するように言葉を選んだ。

 

「…その言葉をそのままそっくり貴方達に返すわよ」

 

ポッターではなく、周りに立っているブラックや、ルーピン、ペティグリューを睨みつける。小心者のペティグリューは、私に睨まれたぐらいで怖じ気付いたように後ずさりをした。

 

明らかに私と彼ら(ポッターとブラック)の間には火花が散るかのようにただただお互いを睨みつけ、私はいつでも杖が取り出せるようにと構える。

そんな空気をぶち壊したのは、エバンズだった。セブルスの腕を引っ張りながら今にも喧嘩をしそうな私達の間に割り込んで止めに入る。

 

「何をしているの⁈もうなんで貴方達はそんなに喧嘩が好きなのよ!女の子相手に、やめなさい!」

 

少し呆れたように私の前に仁王立ちして、彼らの母親のように説教しだした。セブルスはというと、エバンズの後ろからポッター達を睨みつけて、こちらでもまた喧嘩が勃発しそうだ。

 

私は、構えるのをやめて、彼らに背を向けてさっさと寮に戻り、午後の授業の準備をして、机にあったお菓子を何個か口に含み教室に移動した。

あんまり関わりたくなかったし、何より

 

……エバンズと一緒に居たくなかった。

 

 

 

 

喧嘩のおかげで昼食を食べ損ねた私は、さっき食べたお菓子だけではお腹なんて満たされる訳もなく、空腹に耐えながらその日の授業を何とか乗り切った。

その後、セブルスやエバンズと話すことも、ポッター達と衝突することもなかった。

セブルスとポッター達は顔を合わせただけで、お互い呪文を掛け合っていたから、毎日談話室に帰ってくるセブルスは傷をつくってきたし、包帯が巻かれもう大怪我を負っているような姿をしていた。だからこそ、遠めで彼らが喧嘩をしていたらどんなに遠回りになろうがその道を避けて通っていたから私はあの時のように衝突することもなかった。

セブルスはポッター達と喧嘩をすればするほど、闇の魔術に熱中し最近ではもう闇の魔術に関する本を肌身離さず持ち歩いている。

きっと彼は、呪文を開発しては試しているのだろう。

 

 

 

イースト休暇なんてものは、もう休みじゃなかった。課題の山のような量を終わらせないといけなかったし、来年の選択教科を選ばないといけなかったからだ。結局私は、悩みに悩んだ後、数占い学と古代ルーン文字学を選択した。占い学にも、マグル学にも興味なかったし、魔法生物学に関しては選択肢にも入れてなかった。

 

それを乗り越えても、それから毎日は課題の山。授業のない土日は、ほぼ課題をするために潰され、学年末テストが近づいてくると、もう毎日羊皮紙と教科書と向き合った。じめじめとした空気で、頭の回らない脳を必死に叩き起こしながらテストに出そうなところを詰め込むのは、全然楽しくもなんともない、辛いだけの作業だ。

 

学年末テストの直前の日といったら、いつもは騒がしい談話室も、何人かの話し声しか聞こえず、みんながページをめくる音だけが響きわたっていた。私はそんな空間に耐えきれなくなり、自分のベットの上で見直しをしながら、明日に備えた。

 

そんなこんなんで学年末テストを迎え、終えた日の談話室には勿論皆の安堵したため息や疲れたように友達と話し出す声などいつも通り騒がしさが戻った。テストが終われば、ストレス発散ができるクィディッチの試合が待っていた。でも、あんまり乗り気はしない。何故なら今日あるのは、グリフィンドールVSレイブンクローの対決。

何せグリフィンドールには、ポッターがいるし、レイブンクローが負ければ、グリフィドールの優勝になるのだから、私としては面白くない。

 

 

だからクィディッチ観戦には行かずにゆっくりと談話室で時間を潰したのだが、本当に行かなくて正解だと思った。

レイブンクローが負けて、グリフィンドールが優勝したと後から聞いたからだ。

 

 

 

 

その知らせを聞いた後、嬉しそうに歩くポッターとすれ違いそうになり、私は慌ててその道を避けるように壁の陰に身を隠した。

何でこんな広いホグワーツでこんなにも会う頻度が高いのか気になっるが、こればかりはしょうがないことだと最近は諦めている。

 

ブラックやルーピン、ペティグリューに囲まれて笑うポッターの顔は、怖いほどハリーと瓜二つで、ハリー自身を見ているようだ。

 

 

「本当に…そっくりだな…」

 

 

私が感心する声は、誰にも聞かれることなく消えていった。

 



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6 純血の血

2年生最後の日曜日は、いつもの通り変わらず図書館で借りた「魔法動物の全て」という本を読みながら談話室でゆっくりと過ごしていた。兄のせいで梟を飼い始めた私は嫌でも動物を少しでも好きになろうと、努力しているのだが、どうも上手くいかない。

本を思いっきり閉じて、本を返すために寮を出た。もう2年生もあと少しで終わりかと思いながら行き慣れた道を歩くとあっという間についた。

 

本を返し終わってどこまでも晴れている蒼い空を見たら、何故か外に出たくなった私はもう夕食まで時間がないというのに外に出た。勿論外に出ている生徒は少なくちらほらとしかいなかったが、晴れた日の空気を吸うのは気持ちよくて気分もすっかりはれた。

 

特に何も考えずにただただふらふらと歩くと、自然と人気の少ない温室へと自分が向かっていることに気がついた。薬草学の授業の時ぐらいしか来たことないし、生徒も滅多に近寄らないところだ。

1から3号までの温室があって、中には危険な薬草もあるらしい。

 

そんな生徒など1人もいなさそうな温室の近くまでくると、見たことのある顔の青年、体つきも大きく、私よりも大人っぽい雰囲気の五人組が愉快そうに笑いながら私の横を通り過ぎていった。その人達がスリザリンの上級生だということをすぐに思い出し、どうしてこんなところにいるんだろうかと不思議に思うと、胸騒ぎがした。

さっきまで、あんなに晴れていた気持ちが一気に何か引っかかったように靄がかかりすごく気持ちが悪い。

 

 

私は、ふと温室が三部屋並んでいるのを見つめ何も考えないまま近づいた。

 

……何か嫌な予感がする。

 

そう思いながら温室の扉を引いてみるとなぜか鍵がかけられておらず、顔を覗かせてみたが誰もいなかった。私は、静まり返っている温室の中に入り、全神経を尖らせながら先へと進む。温室は、隣接していたため中からでも外からでも行き来できる。2つ目の温室にも誰もおらず、残りはあと1つ。3つ目の温室だけだ。私は、どうか扉が開かないように祈りながら引いてみたが残念ながら音を立てて開いてしまった。

溜息をつきながら入ってみるとそこだけ、雰囲気が違った。少し薄暗く、何か音が聞こえてくる。

 

「ルーモス」

 

あまりに見えづらくて、私は呪文を唱え杖の先の灯りを頼りに奥へと進んだ。一定の間隔で植えられている植物の蔦が不気味に動き、私のことなど見向きもせずに、まるで奥に弱っている獲物がいるかのようにスルスルっと何本もの蔦が伸びていく。

 

一歩一歩進むにつれて、聞こえていた音が、何かに耐えるような苦しそうな人間の声に変わったと思うと、何かが動いているような影が見えた。

 

前が見えやすいように、杖を前に出すと青白い光が私の前方を照らしてくれる。目の前がはっきりと見えて、動いている影の正体がしっかりと視界に入った。

 

あまりに衝撃的な光景に体が固まり、思考も停止した。

 

 

 

 

 

目の前に大量の蔦に襲われているセブルスが目の前にいたからだ。

 

 

 

 

 

頰には痛々しい傷をつくり、打たれたような青紫色の痣のあとまである。服は、泥の中に突っ込んだように思わせるほど汚れていて、ズボンは破れて、膝からは痛そうに血が流れていた。そんな彼に太い蔦は容赦なく襲いかかっていた。叫ばれないようにと、口周りを抑えられ、今でも折れるんじゃないかと思うほど脚と腕に力強く巻きついている。

セブルスは痛いのか、苦しいのかそれとも恐怖でなのか瞳には涙を浮かべて絡みついてくる蔦に必死に抵抗しようとしているが、彼の体は意図も簡単に宙に浮かされていて力など入るはずもなかった。

落ち着いて考えてみれば1年生で習った悪魔の罠だとセブルスだったらすぐに分かるはずなのに、動転するほどセブルスは気が参っているらしい。

私は、セブルスを救い出すため、杖先を向けて呪文を唱えた。

 

「ルーマス・ソレム!」

 

眩しい光が温室を包み込んだかと思うと、悪魔の罠は、弱ったようにするするとセブルスの体から離れていった。

自由になったセブルスにすぐに駆け寄って私はぐったりとしているの彼の肩を持つ。

 

今までで一番酷い怪我だった。

…ポッターだろうか…いやポッター達だとしたらこんなに一方的にやられる筈がない。

 

左手を痛そうに押さえるセブルスを見て、さっき通り過ぎた5人の男子生徒を思い出した。

 

 

「………虐められたの?…」

 

 

私の問いかけに、聞かないでくれと訴えているかのような瞳で見つめてきた。プライドが高いセブルスは絶対に虐められたとは言わないし、認めもしないだろう。

 

 

「…ちっ違う…僕は虐められてなんかいない」

 

 

すぐ嘘だと分かるようなことをすらすらとセブルスは、口に出して立ち上がろうとした。

 

「純血じゃないから虐められたの?」

 

自分よりも年下のやつが闇の魔術の知識を身につけて、しかも純血ではない。プライドが高いスリザリン生だったら誰でも思うだろう。そんな奴は気に食わないし、とことん潰してやりたいと。

セブルスはその場から逃げ出そうとするが、そんなことは私が許すこともなく怪我をしている彼の腕を容赦なく引っ張った。セブルスは痛そうに顔を歪めて、私を睨んでくる。

 

「質問してるんだけど…純「うるさい!!!!!」

 

私の言葉を途中で遮り、セブルスは声を張り上げた。

 

「そんなの言われなくても分かってる!!

僕が純血じゃないことぐらい!!お前に言われなくてももう知ってる!!!」

 

セブルスは辛そうに、頭を支えて狂ったように泣きながら私に大声で怒鳴り散らした。

 

「何なんだ。純血純血って、僕だって、あんな父親の元に生まれるぐらいなら、生まれたくなかった!闇の魔術がそんなにいけないものなのか⁈何で、何で⁈」

 

喚くセブルスの姿を見て、私の視界はだんだんとぼやけだして、鼻がツーンと痛くなるのを感じた。

 

…私が今いくら優しい言葉をかけようとも貴方には届かない。

 

……私には貴方が救えない。

 

私は近くにあった空の植木鉢に杖を向けて呪文を唱えた。

 

「レダクト」

 

植木鉢は音をたてて割れると、何が起こったのか分からない様子のセブルスがぽかんと私の行動を見つめた。

あんなにセブルスの怒鳴り声で響いていた温室は静まり返って、彼の落ち着いたような声だけが耳に入ってくる。

 

「………何して…」

 

セブルスの言葉には何も答えずに割れた植木鉢に近づいた。出来るだけ先が刃物のようにとんがっていて切れ味の良さそうな欠けらを選ぶ。

 

 

「……おい…何を」

 

 

私は戸惑っている様子のセブルスを見て、自分の掌を欠片で深く切りつけた。当然ぱっくりと肉は割れ、少し赤黒い血が大量に流れだす。

 

「何をやっているんだ!!!!!!」

 

自分も怪我をして走れないぐらい痛いはずなのに、駆け足で私に近づいて血が流れ続ける左手を押さえだした。

 

「…血でしょ……貴方が虐められてる理由」

 

「…はぁ?…」

 

私の言葉に間抜けな声を出して呆然と顔を見てくる。

 

「……ほら、あげるよ。……私、純血だし」

 

セブルスは意味が分からないと言った様子で少し怖がっているかのように、真っ青になっていく。

 

「…純血じゃないから虐められるのなら、純血である私の血を貴方に分ければいいのよ。……ほら、これでもう大丈夫よ。」

 

私がセブルスに血が流れ続けている左手を差し出すように彼に押し付けると、セブルスは震えている声で静かに言った。

 

「……そんなの、意味ないだろ……」

 

途切れ途切れで言うセブルスの言葉を聞いて私の中の塞きとめる何が壊れたように一気に流れ出した。

 

「そんなの……分かってるよ……だけどこれぐらいしか思いつかないの。励ます言葉なんて私には出てこないし、それにあんなこと言われるなんて思ってもいなかったから」

 

涙を堪えながら、私は痛む左手に視線を落とした。暖かいセブルスの手の温もりを感じると、頭の中で彼が首から血を流し息絶える姿が嫌なほどはっきりと映像として流れ始めた。

耐えきれなくなった涙はポタポタと流れ出し、制御できなくなった私は俯いたままセブルスに言った。

 

「………お願いだから……生まれたくなかったなんて…言わないで…」

 

私の言葉にどんな表情をしたのかは分からない。俯いて静かに泣く私をセブルスは、何も言わずに引っ張って医務室に連れて行ったのだ。

 

全身怪我だらけのセブルスと静かに俯いて泣き続ける私を見て、マダムは驚いたような声を出したことだけは覚えてる。

 

 

でもそこからは、記憶が曖昧だった。セブルスとはカーテンで遮られて、どんな怪我の状態だったかは分からないし、少し経って騒ぎを聞きつけた、ダンブルドアとマクゴナガル、スラグホーンが駆けつけて、あれやこれやと事情を聞かれたが何と答えたか覚えてないし気づけばベッドに横になっていたみたいな感じで本当に記憶にないのだ。

 

 

 

 

それからは本当にあっという間で、時間が過ぎて、もう明日から夏休みになってしまった。汽車に乗り込んで、いつもと変わらずコンパートメントに1人腰掛けて外を眺めた。

 

 

……セブルスに謝り損ねた…

 

 

自分自身でも何であの場面で「純血じゃないから虐められたの?」と聞いたのか分からない。…私なりに励まそうとしたのだが、何であんな傷つけるようなことを追求するように言ったのだろうか。

後悔が押し寄せてきて、頭を支えた。

 

…何も言わずにさっさと医務室に連れていってあげればよかった

 

完全に謝るタイミングを失った私は、深いため息をつきながら外を眺め、必死に言い訳を考えた。

 

セブルスと話す機会なんてあるわけもないし、あったとしても話しかける勇気なんてあるわけない。だってなんて言えばいいのかも分からない。

「やぁセブルス。この前は酷いこと言ってごめんね。あなたを傷つけるつもりなんてなかったの。」なんて言えてたらばんばん話しかけれている。

 

…あまり関わらないようにしようと決めたはずじゃないか。

 

セブルスを確実に救うために物語の流れを変えないようにとそう決めたのに、がっつり関わってしまった。

 

私は、顔を隠して大きな溜息をつく。

 

 

 

……よし、来年こそは関わらないよ…やっぱりやめておこう。

 

 

私はフラグが立ちそうな気がして決心するのをやめて、この先のことを考えると思いやられてまた溜息がでた。



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7 長い長い夏休み

久々帰った我が家は、やっぱり安心した。見慣れた廊下に、自分の部屋。

屋敷しもべ妖精のアウラが、とんとんと扉の戸をノックして話す声が聞こえてくる。

 

「お嬢様、ご主人様がお呼びです」

 

アウラは私が今まで見た屋敷しもべ妖精のなかでは、何でもできる優等生だと思う。はきはきと話すし、テキパキと家事もこなす。何かをやってほしいと思って呼ぶと、もう先回りしてやっていることも多いいし、本当に凄く働いてくれているのだ。

 

「分かった。ありがとう」

 

扉を開け、お礼を言うとアウラはそんな滅相もありませんと言ってまた仕事に戻りだした。

ひとつ残念なのは、服がぼろぼろなことだ。だって新しい服を買ってあげると、彼を自由の身にしてしまう。だからしょうがないことだとは思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

父の部屋の扉を数回ノックして、呼びかけてみる。

 

「お父さん?入るよ?」

 

返事がないので、少し扉をあけてみると相変わらずの変わった部屋だった。物書きをする机にはもう書くスペースなどがないほど本が積み重なっているし、天井では描かれてある人物像みたいな絵たちがお茶会を開き始めていた。かと思えば、床には変な小さな植物がぴょこぴょこと歩いて移動していて、右の奥の壁は蔦がノキノキと伸びていた。

 

「何を立ち止まっているんだ?レイラ」

 

後ろから突然聞こえた声に体を飛び上がらせて後ろを振り向いた。

後ろには不思議そうに、お菓子を抱えている父がいた。

 

「何って、お父さんに呼ばれたからここに来たんじゃない」

 

「…あぁ!そうだったな。ほら、早く部屋に入りなさい」

 

父が優しく背中を押してきて私はあまり乗り気ではなかったが、入るしか他なかった。ふかふかなソファに腰掛けると、父は杖を一振りし、私の前にお茶とお菓子を並べてくれた。

 

「…それでどうしたんだい?」

 

「…ん?」

 

父から出た言葉に私は聞き返した。それは明らかに私の台詞で、私には用も何もなかった。

 

「私に聞きたいことがあるんだろ?」

 

「いや…何もないけど……」

 

「そうかい?そんなはずはないだろう。だってレイラの目の奥にはずっと映ってるじゃないか」

 

ほらまた意味の分からないことを言い出す。父とはろくに話が続いた試しがない。どうして兄はあんな1時間も2時間も話せるのかが不思議でたまらない。

 

「……聞きたいこと……あぁ……ペンダント」

 

私が思い出したようにティーカップから顔を上げると、父は満足気な表情だった。

 

「どうだい?よかったろ?クリスマスプレゼントにはぴったりだ」

 

「…うん…まぁね……あれは時計なの?なんなの?」

 

「あれは時計じゃないさ。時を数えてくれるペンダントだよ。」

 

いやいや、時間を数えてくれるのが時計なんだって!

私は心の中で、突っ込みながら落ち着きためにお茶を一口飲んだ。

 

「そんな曖昧じゃなくて、どう使えば正解なのかを教えてよ。」

 

「レイラは、中に掘られてあった文章覚えているかい?」

 

「……聞いてないし……」

 

全くといっていいほど聞いていない父を見て、少し長くなりそうなのでソファーに深く腰掛けた。

 

 

「『時は進むばかりで決して戻らない。

時が止まることはあっても戻ることはできない。

貴女は時を止められても時を戻すことはできない。しかし貴女自身がそれを望むというのなら、時は戻れるのだろう。』

 

この文章の意味が分かれば使い方なんて簡単だよ。

あのペンダントはね、実はお父さんの家系で代々受け継がれているものなんだ。…お婆ちゃんから母へ、母から私へ、そして今度は君に回ってきたんだよ。」

 

「…そんな大事そうなものを私になんかに渡しても大丈夫なの?」

 

「勿論大丈夫。」

 

何故か自信満々の父を見て、私は不安になりながらクッキーを食べた。

 

「でも、私その文章の意味全くといっていいほど分かんないし。時間なんて戻ることも止まることもできないでしょ?」

 

「…そんなことないよレイラ。時間の基準なんてものは、元々は人間が勝手に決めたことだ。時間は戻らなくて、止まることもないなんてものも人が勝手に決めてそれが固定してしまっただけ。マグルと一緒さ。あの人たちはものを宙に浮かせたり、箒にまたがって空を飛んだりする魔法があること自体に目を背け、勝手に自分たちからそんなのありえないと思っているから彼らは私たちが見えないし聞こえもしない」

 

「じゃあ、今すぐに時間を止めてみせてよ。」

 

私は、少し腹が立ってきてぶっきらぼうに言うと父はにこりと笑っただけだった。

 

「そんなことをしたら、全ての流れが狂ってしまうだろ?」

 

もう意味が分からなかった。さっきから、ずっとぼんやりとしか言ってくれなくて逆に混乱しだした。

 

「お父さん、どっちなの?あれを使えば、時を戻したり止まらせたりできるってこと?」

 

「空想が現実になることだってあるんだよ、レイラ。いつだって人間のお伽話は現実で、出来てるからね。……でもひとつだけ気をつけてほしい。時の流れはとても繊細で細くて、残酷だ。」

 

父はそう言ってまた笑みを浮かべて満足そうな表情をしたが、私は全然満足じゃない。

 

よし、兄に頼ろう。

 

何だかんだ頼りになる兄の顔を思い浮かべて、私は小さくうなずいた。

 

 

 

 

 

 

兄が家に帰宅したのは、日が沈み暑い夏も涼しくなる時間帯だった。

階段を下りているとどうやら兄が丁度帰ってきたらしく、私の名前を叫びながら、思いっきり抱きついてきた。

 

「ちょっと!何⁈」

 

「そんなに冷たくならないでよー。お兄ちゃんが帰ってきたんだよ〜」

 

「離れてノア!暑い!」

 

私は抱きついてくる兄の体を無理矢理押して、やっとの事で離れると私は逃げるようにさっさと食事を食べる部屋に向かって歩き出した。

 

「母さん…レイラは反抗期かい?」

 

そんな声が後ろから聞こえてきたが、特に気にもしなかった。兄に付き合っていたらきりがないのだから。

 

 

 

 

兄も帰ってきて、やっと久々の家族全員が揃った食事を始められた。

兄は今研究しているドラゴンのことや、新しい新種のドラゴンが見つかったことなど、楽しそうに話して、ドラゴンのことは興味はなかったが、ついつい聞き込んでしまうぐらいに面白かった。

私は、話を振られないと話さない性格だと知っていた家族は、話しやすいように色々と聞いてくれる。

 

「ところで、レイラ。ホグワーツではどんなことがあったの?」

 

母が食事を進める手を止めて、私の方を見ながら、聞いてきた。

今年一番の出来事は、私の中でこの世界の未来の一部を思い出したことだ。

でもこんなの言える訳がないし言ってはいけないような気がして、とりあえず授業でやったことやクィディッチはグリフィドールが優勝したとか、そんなことを口下手なりに頑張って伝えた。

 

兄は終始頷いて耳を傾けてくれて、母は手を止めて私の方を見ながら途切れそうになると助け舟を出してくれた。

父はというとお肉を切り分けていたが聞いていたかどうかは分からない。まぁ、途中でクスリと笑ったから聞いていたんだろう。

 

 

 

 

「あっ、そういえば怪我は治ったの?」

 

私は、最後のデザートを食べている時に思い出して前に座っている兄に問いかけた。

 

「あぁ…勿論もう治ったよ。あの時は参ったな、大人しかったドラゴンが急に暴れだして鉤爪が腕にあったんだ。」

 

どこか困ったように笑いながら言う兄を見て、何か引っかかった。

 

………嘘…ついてる

 

兄は小さい頃から嘘をつく時は困ったように少し眉を下げる癖がある。本人は無自覚なのだろうが、私はすぐに分かった。

 

 

私は大変だったねと返してデザートを食べ、自分の部屋に戻った。

兄はドラゴンが原因で怪我をしたと思っていたが、それは嘘。怪我はしたこと自体は、両親が会いに行くぐらいだから本当だろう。

 

何が…原因で…怪我したんだろう…

 

私に嘘をつく兄の顔を思い返して、少しモヤモヤしながらその日は眠りに落ちた。

 

 

それからは、課題を母に手伝ってもらいながら終わらせたり、アテールの撫で方や世話の仕方などを兄から教わったり、父がおすすめしてきた本を読んだりとすごく充実して過ぎていった。

 

「レイラ。はい、これ。ホグズミードのやつよ」

 

母が、サインをした紙を渡してきて、私は無くさないように大切にしまいながら話しかけてくる母の声に耳を傾けた。

 

「明日、教科書を買いにダイアゴン横丁に行くから用意しといてね」

 

「分かった。」

 

ダイアゴン横丁と聞いて少しテンションの上がった私は笑顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その日は、煙突飛行ネットワークを使ってダイアゴン横丁に来ていた。

 

買わなければならない教科書をフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で買い揃えたり、魔法薬で必要な材料を薬問屋で買ったり、マダム・マルキンの洋装店で少し裾が短くなったローブを直してもらったりととにかくいろんなお店に寄ったものだからもうヘトヘトだった。でもそんな疲れた気分もあるお店を見た瞬間に晴れて、母の腕を引っ張り中に入った。

お店の看板には、「高級箒用具店」と書かれてある。私は箒にのり、飛ぶのが大の得意だ。残念ながら飛行訓練は一年生の時しか授業がないし、得意といっても少し箒の扱いがうまいだけで何せポッターの存在があったから、私が箒に乗るのは得意だということは家族以外知らないだろう。

 

何本もの箒が壁に立て掛けられていて私のテンションは上がっていった。

母がそんな私を見て、呆れたようにため息をつく。

 

「1つだけにしなさい。買ってあげるわ」

 

その言葉に私は、母に抱きつき選びだした。どの箒にしようか色々と、悩んでいる時店の扉が開く音が聞こえ振り返ると会いたくのない人達がいた。ポッター達だった。箒に夢中になっていてまだ私の存在には気づいていないらしかったが、気づかれるのも時間の問題だ。

私は急いで母の腕を引っ張ってそのお店から逃げるように飛び出した。

 

「どうしたの?箒は?」

 

「いい、もういらない」

 

様子のおかしい私に気がついたのだろう。母は特に何も追及しようとはせずに、代わりに明るい声で話しかけてくる。

 

「ほかに行きたいところない?」

 

「…ないよ。…もう帰ろう」

 

母は、すぐに分かったと言ってくれて、私達はダイアゴン横丁を後にした。

 

 

 

 

 

 

長い長い夏休みももう終わりを迎えようとしていた。

ホグワーツ特急に乗る明日に備え、私はトランクの中に色々と詰め込み、準備をしていた。ある程度のものをしまい終わった時に、あの本が出てきた。クリスマス休暇に図書館で見つけてそのまま持ったままの本。

持っていこうか、持っていかまいか悩みに悩んで、一応持っていくことにした。トランクを閉め、全ての準備が終わったと思った時、机の上に置いてあるペンダントが目に入り、兄に聞くのを忘れていたことを思い出した。

 

 

ペンダントを手に持ち、兄の部屋に行くと快く迎え入れてくれる。

 

「準備は終わったのかい?」

 

「うん、ばっちり」

 

私は、兄にペンダントを渡して重たい口を開いた。

 

「そのペンダントをお父さんから貰ったの。でもさっぱり意味がわからなくて、何に使えばいいのかさえも教えてくれないし」

 

兄はペンダントの周りを観察するように眺めると、慣れた手つきでペンダントを開いた。惑星がペンダントの周りを回り出すのをただただ見つめている。

 

「その中に、彫られている文章を読んでもさっぱり。時間を止めることも戻すことも出来ないってかいてるくせに、最後の文見た?

 

しかし貴女自身がそれを望むというのなら、時は戻れるのだろう。よ?

 

それに、止まることはあっても戻ることはないっていうのもね……時間なんて止まることも戻ることもないじゃない」

 

 

「…父さんは何て言ってたんだい?」

 

「文章の意味が分かれば使い方が分かるって。」

 

「じゃあそうなんだろう」

 

そう言いながら兄は私に閉じたペンダントを返してくる。

 

「その文章とやらの意味を自分ひとりで分かった時に初めてそのペンダントの本当の価値が分かるっていう意味じゃないか?

…父さんがレイラに渡すってことは、きっと意味のあるものなんだろうね。

 

お守りと思って肌身離さず持ち歩いているといいよ」

 

「…ノアも、文章の意味分からなかったの?」

 

兄はお茶を一口に飲むと、不思議そうに問いかけてきた。

 

「…レイラちょっと逆に聞きたいんだけど、さっきから言っているその文章というのは何のことを言っているんだ?」

 

「…えっ?…ほら、このペンダントの中に彫られてある」

 

私は、惑星が周りを回っているペンダントを兄に向けて説明する。

 

「単なる小さなものが入れられそうな古びたペンダントにしか僕には見えないよ。」

 

「…何言って……えっじゃあ、この時計の針のようなものは?周りを回っている惑星は?」

 

兄は不思議そうに肩をすくめて言った。

 

「……そんなの僕には見えないし、文章何てどこにも彫られてないじゃないか」

 

私は、自分の掌で変わらず何本もの針を動かし、惑星のような丸が周りを回っているペンダントを見つめた。

 

兄には、これが見えてない。私は、お礼を言って今度は父の部屋に駆け込んだ。

思いっきりドアを開けて入ってきた私を見て、父は驚いたように本から視線をあげて呑気に私に聞いてくる。

 

「どうしたんだい?レイラ、眠れないのか?」

 

「お父さん、このペンダントの文章、私とお父さんにしか見えてないの?」

 

「…あぁ…ノアに相談したんだね……ほらちょっとこっちにきてごらん」

 

そう言って、父は私を手招きする。

 

「…正しくは、見えていただ。私も今となっては何も書かれていない単なるペンダントにしか見えないよ」

 

「どういう意味なの。」

 

「もう分かっているだろう?…そのペンダントの本当の姿は所有者にしか見えないんだ。

……そうそう時間を戻したりできる人間がいてはいけないだろ?」

 

「…じゃあ、やっぱり」

 

「でもね、それを使うことはあんまりおすすめにしないでおくよ。お守りとして肌身離さず持っていてくれるだけでいい。

それに……レイラに使う時が来て欲しくない」

 

「…えっ?」

 

「ほら、もうお休み。明日から学校なんだから」

 

 

上手く話を逸らされて、私は父の部屋を後にし、自分の部屋に戻った。

 

 

思いもよらなかった。この姿のペンダントは、自分以外には見えてなくて、更には本当に時を戻したり止めたりできるなんて。

 

私には使う時が来て欲しくないって言ってたけど、…もし使えるようになったらどうすればいいのだろう。こんなものを持っていても困るだけだ。

 

 

私は、ペンダントを首から下げたまま明日に備えて眠りについた。

 



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8 本の正しい使い方

夏休みも終わり新学期が始まったホグワーツには、賑やかな生徒達の声が戻っていた。ひさひざに見た半透明の幽霊や、気分屋の階段、…そして当たり前のように杖を向けあい早速衝突しているポッターとセブルス。

もう何もかもがなんかすごく懐かしく感じた。

 

今だったら、面倒ごとに巻き込まれても上手くかわせそうな気がする。

 

何てさっき思っていたからだろう。私は早速面倒ごとに巻き込まれてしまった。

 

 

ピーブズだ。あの腹の立つやつ。

 

 

寮で少しウトウトしていたら、授業始まるまでもうあと少ししかないのだ。

 

「スリザリンの変わり者、お前が浮いている理由教えてあげようか〜」

 

「邪魔。どいて」

 

私が通ろうとすると、ピーブズが遮るようにフワーと目の前に降りてくる。

 

「そんなこと言っていいのかなぁ〜ここ通してあげないよぉ〜」

 

「お前なんかに構っている時間はないの。」

 

私は、ピーブズの体を通り抜け、凍るような冷気に耐えながら、廊下を歩いた。

 

しつこいピーブズは、ついてきて、隣で私を馬鹿にしてくる。

 

「純血なのにスリザリンで浮いてるお前は〜みんなの嫌われ者〜」

 

「お互い様ね。貴方も幽霊の中で断トツに嫌われているじゃない。後そろそろいい加減にしないと、血みどろ男爵に言いつけるわよ」

 

「そんな脅しは効かないよぉ〜出来るもんならやってごらん」

 

舌を出しながら言ってくるピーブズを見て、我慢できなくなった私は、教科書で思いっきりピーブズを叩いた。勿論当たることはなかったのだが、驚いたピーブズは、体を止まらせた。

 

「私に構うな。」

 

自分でも思っていた以上に頭にきていたらしく、低い声が廊下に響き渡った。ピーブズは、きっと私と声の低い血みどろ男爵と重なったのだろう。急に逃げるように私に背を向け壁の中に消えていった。

 

 

 

 

教室に着いた頃にはもうとっくに、魔法薬の授業は始まっていた。

唯一の救いは、生徒が調合に集中していてそんなに目立たなかったことだ。スラグホーンに謝りながら、ピーブズに絡まれていたと言って、席に戻り、調合を始めた。

 

何故こんなに、魔法薬の授業はグリフィンドールとの合同授業が多いいのだろうか。

赤色のローブを着ている生徒達を見ながら、材料を小さく切り分けた。

教科書に書かれてある手順通りに進め、少し休憩のつもりで視線をあげると前にいるセブルスが何か観察しているようにグリフィンドールの方を見ているのに気がついた。私はセブルスが見ている方向を目で追いかけてみる。一体誰をそんなに見ているのだろうか。彼が見ていた人物は、リーマス・ルーピンだった。最初は、間違いかと思ったが、明らかにセブルスは彼を睨むように見つめている。

 

そういえばセブルスがルーピンに何かあると睨み、ブラックにはめられて死にかけるのはいつだろう…

 

私は、ポッター、ブラック、ペティグリューを見つめた。あの3人はもうルーピンが人狼だということは知っているはずだ。小説の描写を思い出してみる限り、まだ彼らが動物もどきを習得していない今年が怪しいというわけか…

 

グツグツと煮え出した自分の大鍋の中身を乱暴にかき回した。…となると今年は、ブラックが、セブルスを危険に晒すと……

 

面倒くさそうににかき混ぜるブラックを睨みながら、助けに行きたいと思う自分に言い聞かせた。

 

それだと意味がない。これは、今後の物語に大きく関係してくるようなことだ。私が関わってはいけない。

 

…大丈夫、セブルスはポッターに助けられて死にはしない。

 

そう思っても不安が押し寄せてきた。でも、万が一何かあったら、もしも物語が上手く進んでいなかったら、セブルスはどうなるのだろうか。

 

そうだ…干渉しないように、遠くから見守ろう。

 

そう心から決めて、刻んだ葉っぱを大鍋の中に振りかけた。

 

 

 

 

 

今年に起こるかもどうか分からないまま私は、セブルスを見守りながら過ごした。もし本当に今年起こると思うと、セブルスとポッターが決まり事のように杖を向けあい喧嘩をするなんてものは可愛く感じた。いつだと考えながら過ごすのは気が気じゃなかった。ハロウィンのパーティーも、更には今年のクリスマス休暇だって帰らなかった。それほど心配で、本当にこの物語が順調に進んでいるのかさえも分からなかったから。

 

 

私は、ルームメイトが寝静まった頃、本を取り出して、開いてみた。

もしここに書いてあることが本当ならば、この本は、私の知らないことを教えてくれる。とりあえず、本を開いてみてはいいものの、どう使えばいいか分からずに、とりあえずハリーの真似事で羽根ペンで書き込んでみた。私が書いた文字が消えることも、またもや文字が現れることもなく、そのままの状態だった。

 

本のページをめくると、所々に羽根ペンでHelloと書かれている文字があった。大きさもペンのインクの濃さもバラバラだが、1つだけ共通していることがあった、それはHelloという文字でしか落書きされていないこと。不気味にも、私がハリーの真似事をした時に書いた言葉もHelloで、怖くなった。

 

 

「……何これ…気持ちわる…」

 

 

こんな本捨ててしまいがったが、何故か捨てようとすると、誰か拾ってしまいそうな気がして捨てることも出来なかった。

 

使い方が分からなくて苛立った私は、本を閉じようとしたが、少しずつ文字が動き出していることに気がついた。

私は、恐る恐る動いている文字に触れてみると、私に触れられた文字は消えていく。

何か起こったんじゃないかと思った私は、焼かれたような文字でできている文章が書かれたページを開いてみた。案の定、そこ書いてあった筈の文章は消え、代わりにさっき私が触れた文字がポツンと書かれてある。

またそれに触れてみると、そのページから消えてその文字は元あった場所に書かれてあった。

 

「……そういうことか…」

 

この本に書き込むんじゃない。この本に元々から書かれてある文字を自由自在に組み合わせて、自分で文章を作るんだ。

 

……だからこんなに分厚いのか…

 

私は早速、文章を作るように文字に触れていく。

 

白紙のページを開くと、文章ができていた。

 

【貴方は本当に全てを知っているの?】

 

すると、すっーと黒いインクが滲むように浮かび上がってくる。

 

【私は、貴女がとうの昔から知っていることも知らないことも知っています】

 

私は、文字を探しながらページをめくって触れ文章をつくっていく。

 

【今、物語は順調に進んでるの?】

 

【時の流れを変えるのは、そう簡単なことではありません】

 

私の問いかけに、この本の回答はなんともはっきりとはしないものだった。

 

【セブルスが、人狼になったルーピンに襲われるのは今年なの?】

 

【貴女の知っている物語にこだわるのはそんなに大事ですか?】

 

私は本の返答を見て父を思い出した。こんな感じだ。聞いたことに対してはっきりとは答えてくれない。この本と会話をしていると、父と会話をしているように感じて、一気に疲れが出てきた。

 

【記憶に頼りすぎるな】

 

そう浮かび上がってきたかと思うと、今までの会話文全てが消えていった。

 

 

 

 

 

もう一回聞いてみようと思って、文字に触れてみるが、何も反応がないままだった。本を閉じて、表紙を見つめ続ける。この本と全く会話が成り立たなかった。私は、トム・リドルの日記と同じような感じかと思っていたが、この本は、まるで私に一方的に警告をするだけだ。正確なことは何にも言わないまま。

 

 

 

「…記憶に頼りすぎるな……」

 

 

最後に浮かぶ上がってきた言葉を口に出してみると、確かになと思い知らされた。確かに、最近の私はずっと記憶だけを頼りに行動してきた。

記憶を思い出す前は、どうやって行動していたのかを忘れてしまったぐらいに、私はただただ物語が上手く流れることだけを考えてきた。

 

 

わかってる。

 

…あんまりこの記憶に頼っては意味がないことぐらい。

 

でも怖いのだ。自分が愛しく想っている人が目の前で息絶える姿を見てしまったら、更にそれが訪れる未来で、もし、私が思いのままに行動して物語を変えたら、違うタイミングで殺されるかもしれない。

 

そうなると、悔やむだろう。

 

なんで余計なことをしたんだろう、と。

 

せっかく未来を知っているのに、それを無駄にしてしまうなんて、嫌じゃないか。

 

 

……セブルスには、絶対に死んでほしくない

 

 

そんな気持ちが前に出て、私はいつも臆病になる。



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9 嘘つきは誰

3年生になって1番の楽しみといえば、そうホグズミードに行くこと。

 

雪が降りつづける外で防寒着を着込み、生徒達が興奮したように友達と話している中私は独りで、行っていいという許可が出るまで体を縮こませながら待ち続けていた。フィルチが手元の資料と生徒の顔を一人一人見ながら、確認する姿を見て私は白い息をはく。

いくつかの注意点を聞き流しながらやっとのことで、ホグズミードへと移動して、イギリスで唯一魔法使いしか住んでいない村、ホグズミードの町並みを目にするとやっぱりそれなりにテンションが上がり体も熱くなる。白い雪が相変わらず降り続いていたが、寒さなどすっかり感じなくなってそれぞれ好きな所に散って行く生徒達の後ろ姿を見ながら、お店の看板に視線を移した。

 

何処に行こうかと悩んでいると、よく見覚えのある後ろ姿が目に入った。セブルスだ。少しヨレヨレの防寒着を着込んで、彼は迷うことなく、ゾンコと書かれたお店の中に入っていく。セブルスが、そんな所に行くとは少し驚いたがその理由もすぐに分かった。

ゾンコに入ったセブルスは商品には目もくれず相変わらず、ルーピンを目で追っていたのだ。きっと興味もないであろう悪戯道具を手にとって、楽しそうに商品を物色している彼らを見続けている。

 

少ししてルーピン達の後を追いながらお店を出るセブルスの後に続くように、私も一定の距離を保ちながらお店を後にした。

 

 

【記憶に頼りすぎるな】

 

 

セブルスを見守りながら浮かんだのは、忠告するように本に浮かび上がった言葉だった。

 

私は、マフラーを口元まで上げて、唾と一緒に不安な気持ちも飲み込む。

 

 

 

…物語の流れが変わるのは、とても怖い。

 

 

……でも、後から後悔するのも嫌だ

 

 

そう思った時には、もう体が自然と動き出していてまだ後を追おうとしていたセブルスの腕を握っていた。

私に腕を握られたセブルスは、驚いたように振り返って私の顔を見つめてくる。

 

……大丈夫、行動に移せたんだから次は一緒に回ろうと誘えばいいだけだ。

 

セブルスの顔を見ただけでも爆発しそうな心臓の鼓動を感じて、今すぐこの場から逃げ出したいという思いを抑えながら、話しかけた。

 

「………何を…しているの…」

 

よりによって出た声は、緊張しすぎて低く冷たいものだった。何をやっているんだろう。なんでこんなにも上手くいかないんだろうか。

 

セブルスの眉間のしわが深くなるのを見ながら、私は5秒前の自分自身を恨んだ。

 

 

「…別に何でもいいだろ……」

 

 

「…こんな所に来てまで、ポッター達の後を追いかけるなんて私には到底楽しいとは思えないけど」

 

 

何でこんなことしか言えないんだろう。もっと他にも上手く伝える方法なんていくらでもあるのに。

 

私は、心の中で自分自身を責めながら、だんだんと不快な雰囲気になっていくセブルスを見つめた。

 

「僕が何しようと、お前には関係ないだろ⁈ほっといてくれ!」

 

 

セブルスが少し大きな声で私の腕を払いのけようとする。全くもってセブルスが言っていることが正しいのだが、もうこうなったら意地でもセブルスを離さないと、私は思い黙ったまま強く握り返した。

 

「離せ。」

 

セブルスは、私を睨みつけながら冷たく言い放った。

 

 

……ごめんね、離してあげられないの。こんな時ぐらいセブルスには楽しんで欲しいから。

 

 

心の中ではすらすらと出た言葉は、喉に突っかかったように声には出ずに私は黙ったままだ。

 

「離せと言ってるだろ⁈」

 

明らかに怒っているセブルスが張り上げた声で、行き来していた人達の視線を集めてしまった。通り道の真ん中でやっているのだからしょうがない。

 

 

それでも何も言わずにただただセブルスの腕を握り続ける私を見て、苛立ったセブルスは私を挑発するように少し口角を上げ、冷静に淡々と話し出す。

 

 

「お前には話す口も、聞く耳もないのか?」

 

 

もうとっくに人混みに紛れて見えなくなったルーピン達を見て、私は静かに口を開いた。

 

 

「口も、耳もあるよ」

 

「じゃあその口で、言葉にしないと相手に伝わらないということは知ってるか?さっきからお前は黙ってばっかりじゃないか。正直言って鬱陶しい。僕はそんな奴に構っているほど暇じゃない」

 

 

セブルスの口から出た「鬱陶しい」という言葉が重くのしかかって来て、胸が息しづらくなる。

 

 

「…言葉にしないと伝わないことはもうとっくに知ってる。……けど、言葉にしても届かない声があることを貴方は知ってるの?」

 

私の言葉に、セブルスは何を言っているのか分からないといった表情を浮かべた。

 

……お願い、気づいてセブルス。

 

…近くにあるのが、エバンズや闇の魔術だけじゃなくて、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………私もいるって

 

私はそんなことを思ってしまった気待ちに蓋をするように、静かに息を呑んだ。

 

 

「セブ!!!何をしているの⁈」

 

 

結構目立っていた私達の間に入るように、エバンズの声が聞こえてくると、足音が近づいてくる。

 

……来るな来るな来るな来るな来るな来るな

 

心の中で、呪文のように何度も唱えてみたが、叶うこともなくふわふわとした髪を靡かせながら私達の間に入った。

 

「…リリー」

 

エバンズの名前を呼ぶセブルスの声を聞いて、私は静かに彼の腕を握る手の力を弱め離した。

 

彼女がセブルスに何か話しかけている声が聞こえてきたが、まるで体が聞くことを拒絶しているかのようにまるで遠くで話しているように微かにしか聞こえなかった。エバンズが一言か二言セブルスに何か言うと、彼は少し困ったように眉を下げて優しい笑みを浮かべ、彼女もまたつられて太陽みたいな笑顔になる。

 

 

胸らへんがぎゅーと苦しくなるのが分かり、私は目の前にいる2人を直視できずに立ち尽くす。

 

 

……やめて、そんな表情を彼女に向かないで

 

 

まるでどす黒いどろどろとした何かを吐き出すようにゆっくりと締め付けたり、膨張したりと動く心臓の鼓動を全身で感じながら、その場から逃げるように、背を向けた。

逃げようとする私を引き止めるように、誰かが私の腕を握った。

 

「待って、」

 

後ろから聞こえたのは彼の声ではなく、明るくハキハキとしていて私の嫌いな声で、もう心臓もドロドロとした何かで埋もれてしまいそうなほど限界に近かった。…ただただ、苦しくて、辛い。

 

……この腕を握っているのが、セブルスだったらどんなに良かったのだろう。

 

 

私の腕を握るエバンズの顔を見ながらそう思った。

 

 

「これからセブと三本の箒で、バタービールを飲むんだけど、貴女もどうかしら?」

 

彼女の後ろで、軽く私の方を睨むように見つめてくるセブルスが見えた。

 

それもそうだろう。

 

彼にとっては、せっかく大好きな女の子と2人っきりで過ごせるチャンスなのに、私が来たらそのチャンスもなくなってしまう。

 

断ろうとして、口を開いたが、一瞬セブルスと彼女が楽しそうにバタービールを飲みながら話す姿が脳裏によぎった。

 

「…丁度良かった。私もバタービールを飲みたい気分だったの」

 

私の言葉を聞いた彼女の嬉しそうな声が聞こえてくる。

 

「良かった。一度私も貴女とお話したかったの」

 

そう言う彼女の太陽のような笑みを見て、私は目の前にいる彼女という存在がこれまで以上に憎く、恐ろしく感じた。

 

………悪魔…

 

私の一番欲しいものを奪っていく彼女の笑みは、悪魔にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

三本の箒と書かれた看板が掛かってあるお店に入ると、店内は暖かくて、他のお客さんの声で賑わっていた。空いている席に腰掛け、エバンズは注文を聞きにきた店員にバタービールを3つと、指を三本たて注文する。

もちろん座る位置は自然と決まった。エバンズの隣にセブルスが座り、机を挟んで彼女の前に私が腰掛けた。暖かい店内の中にいると暑くなりマフラーを隣の空いている席に畳んで置いた。

 

 

バタービールは、割りとすぐにきて飲もうと口につけるとエバンズがちょっと待ってと止めに入ってくる。

 

「乾杯がまだじゃない」

 

ほらほらと急かす彼女を見て、何がめでたくて乾杯をしないといけないんだと思いながらも付き合った。

 

「はい、じゃあかんぱ〜い」

 

エバンズの言葉で、3人のグラスが当たった音が響き、衝撃で少し溢れたバタービールが手にかかった。勿体無いなと思いながら、お手拭きで拭き取って初のバタービールを飲んだ。喉が渇いていたこともあってか、今まで飲んだジュースの中で何よりも断トツに美味しく感じた。

 

「美味しいわね。ね、セブ?」

 

セブルスは、飲み続けたまま頷く。

 

少し気まづい雰囲気が流れた後、彼女が元気よく私に話を振ってきた。

 

「ねぇ、貴女名前はなんていうの?」

 

その言葉に私は、飲んでいた手を止めて彼女を見つめた。

 

教えたくないという私の気持ちを察してなのか、エバンズはグラスを置いて説明しだした。

 

「去年、セブとポッターが喧嘩をしている時に貴女が何も言わずに私を連れてその場に連れて行った時あったじゃない?」

 

その言葉に、セブルスは驚いたようにエバンズを見て口走った。

 

「えっ?それってどの時の…」

 

ポッターとの喧嘩なんて数え切れないほどあるセブルスにとっては、どのことか分からなかったらしい。

 

「一回、中庭で酷いやつがあったじゃない」

 

セブルスは、その言葉を聞いて何か呟きながらまたバタービールを飲むためにグラスを傾ける。

 

「あの時本当にびっくりしたのよ?突然貴女が凄い形相で駆け寄ってくるし、何も言わずにただただ引っ張るし、腕も痛かったけど、何より少し怖かったわね」

 

笑いながら話すエバンズを見て、私は彼女から視線を逸らした。

 

「……私は、リリー・エバンズていうの。あの時から、少し貴女のことが気になってね。

 

それで、貴女はなんていうの?」

 

もう諦めた私は渋々自分の名前を口にした。

 

「…レイラ・ヘルキャット」

 

「私、貴女とは気が合う友達になれそうな気がするわ」

 

思いがけない彼女の言葉に、思考が停止しながらも顔を上げ、瞳を見つめた。

 

ただただ純粋な瞳で彼女が笑いかけてくる。

 

 

何を…言ってるの……

 

 

私の中のドロドロの醜い何かが歯止めが効かなくなったように溢れ出すと口が勝手に動き出す。

 

 

「………友達?…笑わせないで……なんの冗談のつもり……」

 

 

冷たい自分の声で、2人が驚いたように顔を上げ私を見てくるのが視界に入った。

 

 

「……貴女と私が気の合う友達?……やめて。そんな冗談笑えないわ。」

 

 

他のお客さんが楽しそうに話をしている声がやけにはっきりと聞こえてきた。私達のテーブルだけ明らかに他の人達に比べると小さな声で話していたが、まるで別次元に取り残されたようにしっかりと2人にも聞こえたらしい。

 

何か言いたげにエバンズが口を開いたのを見て、私は話させまいと声を出した。

 

 

「お互い名前を知っただけでお友達になれるなんていう考えをお持ちなら貴女の見ている世界はなんて平和なんでしょうね。……気の合う友達になれる気がする?……そんな嘘をよくすらすらとつけるわね」

 

 

「……嘘なんかじゃないわ…私本当に」

 

 

「残念だけど、私の目には貴女はそんな風に映ってない。…吐き気がする」

 

 

エバンズは、瞳に涙を溜め始めた。

 

 

いいじゃない、貴女にはその涙を拭ってくれる誰よりも人の痛みが分かって、自分を平気で犠牲にする優しいセブルスが隣に居続けてくれるんだから。

 

 

私はマフラーを手に取り、ポケットからバタービール代のコインを取り出して乱暴に机の上に置き、立ち上がって彼女を見下ろした。

 

 

「今後、貴女と友達なんて思える日なんて来ないわよ」

 

 

そう言い捨て、2人に背を向け店を出た。セブルスがどんな表情をしているかなんて怖くて見えなかったが、絶対凄い表情をしていたんだろう。店の入り口で、ポッター達にすれ違ったが私はそんなこと気にする余裕なんてなかった。もう何もかもどうでもいい。

 

気の合う友達になれそうだと嬉しそうな笑みを浮かべるエバンズの顔が脳裏によぎり、私の行き場のない苛立ちと怒りが湧いてくる。

 

私の気持ちもこの苦しみも、辛さも、虚しさも全然知らないくせに。

 

私にはどう頑張っても届かないのに、貴女はすぐ手を伸ばせば届く。

 

あんなことをよく飄々と、

好きになれるわけないじゃない。貴女を友達と思える日なんて来るわけがないじゃない。

 

 

………簡単にセブルスを切り捨てたあんたなんか大っ嫌いよ。

 

 

 

気づけば、叫びの館の前に来ていた。マフラーも巻いていなかったが、全然寒さなんか感じずに、遠くにそびえ立っている叫びの館を見つめた。

 

……そろそろ…帰る時間かな…

 

そう思って振り返ると、後ろには息を切らしたセブルスがいた。ゆっくり顔を上げた彼の瞳には怒りの色が浮かんでいるのが分かった。いつもの変わらず無表情なのが、逆に恐ろしい。

 

先に口を開いたセブルスの声は、いつもより一段と低く、聞きたくても耳に入るほど太く聞きやすいものだった。

 

「………どういうつもりだ…」

 

私が何も答えずにいると、怒りで震えたセブルスは少しずつ近づいて来る。

 

「……リリーをあんなに傷つけて、どういうつもりなんだって聞いてるんだ。」

 

「……彼女が、ご丁寧に友達になれそうなんて言ったから、お断りしただけ。……その何がいけないの?」

 

セブルス、近づいて来るのをやめて私を睨み続けてくる。私の中の大事な何かは、もうすっかりぼろぼろで彼に吐き出すように白い息と一緒に口から出てくる。

 

 

 

「…何が嫌いな奴とすきで、友達にならないといけないの?」

 

 

……どうして、貴方はそんなに彼女ばかりを見るの?

 

 

 

 

 

 

「…あんなすぐ平気で嘘がつけるような奴…」

 

 

 

……貴方を平気で切り捨ててしまう彼女なんか

 

 

セブルスを見つめながら、声を張り上げる私は怒りでなのか、悔しくてなのかそれとも単なる寒いだけなのか分からないが体が震えだす。

 

 

 

 

「あんな奴好きになれるわけがない!!!

 

 

あんな奴なんか大っ嫌いよ!!!」

 

 

 

どうして彼女なの!!!

 

 

 

どうして私じゃないの!!!

 

 

セブルスに怒鳴り散らすように言っても何も変わらないことぐらい分かってる。だけど今の私はもう歯止めを失っていた。セブルスが拳を力強く握って少しだけ体を震えているのが目に入ると、私はもう悔しくて、悲しくて、彼女が羨ましかった。

 

 

 

 

「………さっさと戻ったらどう?貴方の大事な大事なお友達が今頃嘘泣きでもしているんじゃない?」

 

 

…行かないで……どうか、お願い……

 

 

 

彼女じゃなくて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私を見て……

 

 

 

 

私の言葉に完全に我を忘れたセブルスは血走った目を見開き、駆け寄ってくると私の胸ぐらを掴んできた。

 

 

…セブルス、女の子相手に暴力なんかしたら、彼女に嫌われちゃうよ…

 

 

そう思った時には、頰に衝撃を感じて痛みが襲ってきた。少しよろけて、彼に殴られた頰を触ると熱を帯びていた。彼は、真っ白い雪が積もった地面に私を押し倒すと、気が狂ったかのように目を見開いて、歯を食いしばりながら私を殴りつけてくる。口の中が切れ、血の味がした。

 

抵抗なんてしない。これでいい。だってセブルスは全然悪くない。私が、全部悪いんだ。

 

 

「リリーを、嘘つきよわばりするな!!!」

 

 

何故か涙を流しているセブルスが叫ぶ声が聞こえると私の中にある何が完全に崩れて壊れ落ちる音がした。

 

「あ…あっあはは、あははははははは」

 

私は壊れたおもちゃのように笑いがこみ上げてきて、笑いがでる。セブルスが驚き、力が弱まったのを感じて私の胸ぐらを掴んでいる彼の細い手首を握って、思いっきり押し倒した。簡単にバランスが崩れ、頭を打ち付けた衝撃に耐えるかのようにセブルスは顔を歪めた。セブルスの胸ぐらを両手で掴み、彼に跨る。

 

 

「こんな時までリリー、リリー、!!!!!もう、うんざりよ!!!!!!」

 

 

もうどうしようもなくなった私は叫びながら涙を流した。流れ続ける涙はセブルスの服に染み込んでいく。私の頭の中はもう何も考えられないほどに真っ白になっていた。

 

 

「何にも知らないくせに!!!!!!」

 

 

私は、セブルスの胸ぐらを掴んだまま上下に揺らした。抵抗する彼の頭が上下に動く。自分が張り上げた声で少し頭を痛めながら、セブルスに縋り付くように叫んだ。

 

 

 

「私がエバンズを嫌いになったのは!!!!

 

 

セブルスの所為よ!!!!!!」

 

 

私の言葉に、セブルスは抵抗するのをやめ、私たちが息を整えるように、呼吸する音だけが聞こえてきた。

 

 

私は、胸ぐらから手を離してゆっくりと立ち上がる。

 

 

……こんな時にしか名前を呼べないなんて…

 

 

誰か私を殺してほしい……今すぐ、死喰い人でも闇の帝王でも誰でもいいから、私を殺してほしい。

 

 

 

どうして余計なことをしてしまったんだろうと後悔の念に駆られた。何も言わずに、ポッター達の後を追うセブルスを見守っとけばこんなことなんておきなかった。

 

 

 

「……………ゆ……る……して………」

 

 

 

 

 

どうか許してほしい。

 

 

貴方も、貴方の大切な人を傷つけてしまったことも

 

 

貴方の所為だと言ったことも

 

 

彼女を嘘つきよわばりしたことも

 

 

貴方の1番の幸せを願ってあげられない私も

 

 

貴方を好きになってしまった私も

 

 

どうか許してほしい。

 

 

 

 

 

私が呟いた声は、隣にいても気づかないぐらいにか細いものだったからセブルスはきっと気づきもしなかっただろう。

 

 

 

 

私は、溢れ出てくる涙を独り拭いながらその場から駆けだした。

 

 

 

 

 

1番の嘘つきは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………………私だ。

 

 

変わらず降り続いている雪を見て、春になったら一緒に溶けてしまいたいと思った。

 

 



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10 不器用なりの言葉

それから学校に戻ると、顔に怪我している私を見たマクゴナガルに心配したように医務室へと連れて行かれた。

怪我をした理由を聞かれたからつまずいて転んだと苦しい嘘をついたが、マダムはこれが打たれた跡だと分かったような表情を浮かべた。でも特に深くは聞かれずに、絶対安静を言われてやっとの事で解放された。

 

もう夕食も医務室で済ましてしまっていたし、あとはもう寮に戻って寝るだけだ。

寮に戻ると談話室で過ごしていた生徒達が、私の方を何か探るように見てきた。勿論、談話室にはセブルスの姿もあってお互い目が合ったのが分かったが、気にすることなく私は部屋に戻った。まだ寝るはずのないルームメイトは誰一人としておらず、私だけだった。

 

何に考えずに天上を見つめていると頭にある言葉が思い浮かんだ。

 

【記憶に頼りすぎるな】

 

そうだ。この言葉の所為で、慣れないことをしてこんなことになったんだ。

 

そう思った私は、本を取り出して苛立ちながら文章を作った。

 

【貴方の言葉を信じて、記憶に頼りすぎないようにしたけど、最悪の結果になったわ】

 

 

【貴方は今悔やんでいるのでしょう?何故あんなことをしたのかって。でもよく考えてごらんなさい】

 

すぐ下にゆっくりと文字が浮かび上がってくる。

 

 

 

 

 

 

【貴方にとって最悪の結末は何ですか?】

 

 

 

 

 

………私にとって最悪の結末……

 

 

 

首から血を流して独り息絶えるセブルスが頭で映像として流れ始めた。

 

そう…これが、私にとっての最悪の結末。

 

 

私が黙ったままいるとまた、文字が浮かんできた。

 

 

【苦しいのは貴女だけではないことを忘れてはいけませんよ】

 

 

「……そんなの…分かってる…」

 

エバンズや、ポッター、ブラック、ペティグリューやルーピンそしてセブルスだってみんなこの世界で心臓を動かして生きている。

 

時にはそれぞれ苦しい思いをして必死に耐えていることぐらい、分かってる。

 

 

 

でも………それでも…

 

 

 

 

…………辛いものは辛い

 

 

 

 

その後は本と会話することは出来なくなり、私はあまり眠れないような気がしながらも浅い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

それからは、勿論セブルスやエバンズに関わることなど一切なくなった。

前からそう頻繁に話さなかったが、今はもうお互い顔を合わせることさえも避けているかのように自然とセブルスを見る回数も減っていっていた。

 

 

セブルスに殴られた傷もだんだんと治ってきた頃、私は談話室の端で本を読んでいた。あまり興味のない闇の魔術に関する本を読んでいるのはこの先色々と役にたつかもしれないと思ったからだ。

 

「珍しいね。こんな所で君が独り本を読んでいるなんて」

 

上から声が聞こえてきて、顔を上げるとルシウスの姿があった。

 

確かに、私は談話室では本は読まずに課題に取り組んでいることが多い。大体は、自分のベットの上で本を読む。

 

「…それに……闇の魔術…とは…」

 

彼は明らかに私が持っている本に視線を移して、決して見ていて気持ちよくなれない笑みを浮かべてくる。

 

…やっぱり、この人は苦手だ。

 

「……私が読んではいけませんか?…」

 

「いや、そんなことないさ。そんなことより、興味あるのかい?」

 

「……そうですね…全く興味がないと言ったら嘘になります……そんなことよりも私と話していて大丈夫ですか?」

 

私は、周りにいる睨んでくる生徒達に視線を移して、何とか話を逸らそうとする。残念ながら、今回はセブルスの元へ逃げる事も出来ない。まるでそんな事を狙っているかのように丁度タイミングよく話しかけてきたルシウスが不気味でならなかった。

 

「…そんな事を君も気にするんだね?少し驚いたよ」

 

「……私も一応人間ですし……というより、貴方の方が困るでしょ?」

 

「…どうして?」

 

紳士的ににこりと笑うルシウスを見て、

 

…あぁ……この人は死喰い人なんだな…

 

と改めて思い知らされた。

 

「……風の便りで、貴方は今話題のあの方の考えを支持していると聞いたので」

 

「…それがどうして君に、話しかけてはいけない理由になるんだい?」

 

「…………貴方が純血主義の考えを支持しているということだからですよ」

 

「……その言い方だと、君は違うようだね」

 

気づけば談話室にいた生徒達が私達の会話に耳を傾けて注目していた。

 

「…純血主義ではないのは私の家系の話で、私個人の考えではありません。」

 

私のはっきりとした声に、生徒達は少しざわめいた。今まで、純血でありながら純血主義ではない変わり者として浮いてきた私がこんな事を言ったから、驚いたのも無理はないだろう。

 

何か言おうと、口を開くルシウスを見て、私は咄嗟に言葉を続けた。

 

「勘違いをしないでください。……別に私は純血主義の考えを支持するという事ではありません。血にこだわるのは素晴らしい事だとは思いますが、…私はどうでもいいんですよ。血の濃さなんて」

 

私は喉に引っかからずにすらすらと言葉が出てくることに自分自身驚きながら、ルシウスに語りかけた。すっかり私の方を見て、話を聞いている生徒達を視界に入れながら彼に向き合った。

 

「純血?…半純血?……穢れた血?…そんな事はどうでもいい。そんな事を言っていたらきりがない。……そう思いませんか?」

 

ルシウスは、すぐに張り付いたような笑みを浮かべて私に上品よく喋り出す。

 

「…全く、君らしいね。……この思想が今後の魔法界にとってどれだけ素晴らしいものになるかを気づけない君を見ていると、可哀想で仕方がないよ。…残念だなぁ…せっかく君は魔法のセンスがあるというのに」

 

全く笑っていない瞳を見て、私の背筋は凍りついた。

 

 

………怖い…この人に逆らってはいけない

 

 

そう思ったのは初めてで、私はその場を逃げるために立ち上がってルシウスに背を向けた。すると彼のわざとらしい思い出したような声が聞こえてきた。

 

「…あっそういえば、私も風の便りで聞いたんだけど…君はたった1人のお友達のセブルスと喧嘩をしたんだって?」

 

セブルスという名前が聞こえた瞬間に身体全体から嫌な汗が流れるのを感じた。

 

「その様子だと、どうやら本当のようだね」

 

頭が真っ白になって、セブルスが酷く傷ついたような顔をしながら私を殴ってくる映像が流れ始めた。

 

 

「…私がいつ彼が友達だと言いましたか?」

 

 

自分の声が震えているのをしっかり聞きながら足を動かそうとすると、静まり返っている談話室に誰かが入ってくる足音と、レギュラス、セブルスの話し声が嫌なほどに耳に入ってきた。私は駆け足で、自分の部屋に逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからというもの、私はスリザリンで前より増して変わり者として浮いていた。思ったよりもルシウスの影響というのは大きく、徹底的に避けられるようになり、ルームメイトも時々私の方を見ては嫌そうな表情を浮かべてくるようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

月がだんだんと丸くなってきた夜中に私は本と向き合っていた。今ではルームメイトが寝ているこの静かな時間だけが、私の中での安らぎの時間になっている。どんなに文章を作って話しかけても反応がない本を見つめながら私はため息をついて静かにベッドから抜け出した。

今の時間帯だったら、絶対に談話室に生徒などいる訳がないと思い階段を歩いていると微かな足音が聞こえてくるのに気づいて不思議と胸騒ぎがした。私は、壁の陰から覗き込むように少し顔だけを出して誰がいるのか様子を伺う。

 

 

…結構夜は更けているはずだし……何をしているんだろう

 

 

ローブを靡かせながら何かをしているその生徒は、決心するように談話室から出ていく。寝間着姿だった事を思い出し、一旦部屋に戻って一番近くにあったローブを身に纏い、私は後を追いかけた。

少し駆け足で後を追いかけると、真っ暗で誰か見えなかった人影に月明かりが照らされると、その正体が目に飛び込んできた。

 

「…セブルス」

 

当然小さく呟いた私の声は、誰に聞かれる事なく静かに暗闇に溶けていった。セブルスはキョロキョロと辺りを警戒したように見ると、またゆっくりと歩き出す。彼がこんな寮の点数が引かれるような危険な事をするはずがない。そう思っても確かに前にいるのはセブルスで、まるで波のように不安が襲ってくる。

 

 

…まさか…今日だったのか…

 

 

案の定セブルスは、暴れ柳に向かっている。

 

 

…どうしよう…何も考えてない…

 

 

セブルスと喧嘩をし、ルシウスと言い争った私は平和に学校生活を送るのが精一杯で何も対処法を考えていなかった。

 

 

……ポッターが助けに来てくれるはずだし…大丈夫…

 

 

そう自分に言い聞かせ私はセブルスの後を追ったが、それでも不安が消えるどころか増すばかりだった。

 

…でも、もし…ポッターが少しでも遅れたら…

 

 

前にいるセブルスの後ろ姿を見ると居ても立っても居られなくなり、私はグリフィドールの寮へと走って向かった。私が、グリフィドールの寮に行ったところで合言葉を知らないから、何も出来ない。よく考えたら絶対にセブルスの後を追いかけた方が良いだろう。でも、もうセブルスに関わってこの物語を大きく変えてしまう事が怖くて怖くてたまらなくなっていた。

 

私の足音で目を覚ました太ったレディーは、少し不機嫌そうに口を開いた。

 

「あら、スリザリン生が何か用かしら」

 

「…中に入れて…今すぐに」

 

「合言葉を言ってくれないと通してあげられないわ」

 

「だったら、ポッターを呼」

 

私の言葉は途中で途切れた。突然何が私にぶつかってきたからだ。ぶった頭を抱え込むように目を開けると、ポッターの顔が目の前にあった。すぐに彼に押し倒されているような体勢になっていることに気づいて、表情が固まっているとポッターを見つめながら冷静に口を開く。

 

「退いてくれないかしら?」

 

その言葉にポッターは、すぐに退いてぐしゃぐしゃな髪を触る。いつもの彼らしくないが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「…セブルスがここに来てない?」

 

私の言葉にポッターはだんだんと顔色を青くしていき、目を見開いた。どうやら、自分が寮を抜け出した訳を思い出したらしく、焦ったように何も答えず背を向ける。その様子を見て、私は今夜だと確信し、駆け出そうとする彼の後を追いかけた。

完全に焦っているポッターとだんだんと距離がひらいていく。

上がる息で必死に呼吸を繰り返し、足をできるだけ早く運びながら私は後を追いかけた。

 

少し前にいるポッターが急に走るのをとめ壁に体を寄せて何かを警戒するように息を潜めていた。やっと追いついた私を見て、ポッターは驚いたように声を押し殺しながら話しかけてくる。

 

「なんでついて来てるんだ⁈」

 

私は息を整えながら、何も答えずに壁から覗き込んでみると、そこにはフィルチの後ろ姿があった。

 

…なるほど…だから止まったのか

 

私はひとりで納得して、ポッターに向き合った。

 

「でも結果的に良かったでしょ。」

 

私じゃない。今私がセブルスを助けても意味はない。

 

…まだ駄目なんだ。…私じゃ駄目。

 

……ポッターがセブルスを救わなければ、意味がない。

 

私を引き止めようと声を押し殺しながら話しかけてくるポッターを無視して廊下に飛び出た。僅かな私の足音に気づいた猫は振り返って私の顔を見るとにゃあーと鳴き知らせる。振り返ったフィルチの顔が月の光に照らされて凄く怖い演出をしていたが怯まないように彼に歩み寄った。

 

「こんな時間によくそんな堂々と歩いていられるな、規則違反だということを知らない訳じゃあるまいだろ」

 

あまりに私が平然と歩く姿を見て、不穏に思ったフィルチは何かを疑うように声を低くする。

 

「……逃げてもどうせ捕まるんですから、そんなことをするのならすんなりと捕まった方がいいでしょ?」

 

フィルチは気に食わないといった感じで、鼻をフンと鳴らすと私を睨んできた。

そんな所へマクゴナガルが来たのはすぐのことだった。

 

「何をしているのです?」

 

凛とした声が静まり返った廊下に響くと、フィルチはすぐに声がする方を振り返った。

 

「ベッドを抜け出した生徒を見つけました」

 

まるで生徒が先生に言いつけるようにフィルチは、私の方を指差してマクゴナガルに報告をする。

 

「…分かりました。この子は私の方で預かりますので貴方は仕事に戻ってくれていいですよ。」

 

どこか納得していない様子でフィルチは私の顔を睨むと、猫を連れて私達に背を向けた。ポッターがいる方とは真逆の方へと進んでくれたので、緊張していた体から一気に力が抜けていくのが分かる。

 

「私について来なさい。」

 

鋭い視線を感じて、無意識に彼女から視線を逸らした。私のことは気にせずに前を歩くマクゴナガルを見て、私は静かに後ろを振り返る。

ポッターが少し駆け足で無事廊下を横切っているのを確認して、急いでマクゴナガルの後を追いかけた。

 

 

彼女の部屋かなんかに連れて行かれるかと思ったが着いた場所は、スリザリンの寮の前だった。

 

「スリザリンから10点減点です。処罰は後日知らせます。…さあ、早くベッドに戻りなさい」

 

マクゴナガルは、スラスラと慣れたように私に言い伝えてきた。私は頷いて、何も言わずに寮に入ろうとしたが、流石に挨拶はしといた方がいいかと思い、振り返って重い口を開いた。

 

「……おやすみなさい…先生…」

 

後ろからマクゴナガルの声が聞こえてきたが私はそのまま扉の中へと入る。談話室は暖炉の微かな火で暖かく、体の芯まで温まるのを感じながらソファーに腰掛けた。今ベットに戻っても眠りにつけるはずがない。

 

 

………どうか…ポッターが間に合っていますように

 

 

………どうか…セブルスが無事でいますように

 

 

目を瞑り、何度も神様に縋るように祈った。

 

 

……お願い…お願い。

 

 

 

 

 

 

死なないで…

 

 

 

 

私は気づけば、父からもらったペンダントを握りしめていた。どうやらローブのポケット中に入っていたらしく無意識に取り出していたらしい。開くと、青白い光を放ちかながら、惑星が周りだして何本もの針が時を刻むように前と変わらず動いている。

 

針を触っても、何も反応はしてくれない。ましてや惑星なんて触ることさえも出来なかった。

 

『…レイラに使う時が来て欲しくない』

 

父がぼそりと言った言葉を思い出して、ペンダントを閉じる。

 

…あれはどういう意味なんだろう。私が使える日がくるという意味なのだろうか。大体本当にこのペンダントは、時間を止めたり戻したりできるのだろうか。

 

考え出したらきりがなくなり、私はペンダントをポケットの中にしまった。

 

 

 

セブルスを待ち続けてどれぐらい経ったのか自分でも分からない。ただ暖炉の微かに燃えている火を見つめながら、私はセブルスが寮に戻ってくるのを待ち続けた。相当待ったような気がするが、それは私の体感時間がおかしいのかも知れない。でも今の私には、3時間以上待っているような感覚に襲われて、不安が押し寄せてきた。

 

…遅い。…あまりに遅すぎる。

 

 

 

……まさか…セブルスに何かあったんじゃ⁈

 

 

 

もう居ても立っても居られなくなった私が暴れ柳の所へ行こうと立ち上がった瞬間に、後ろの寮の扉が開く音が聞こえてきた。振り向くと人影がゆっくりと動いているのが見え、私はその人影がセブルスなのかどうか確かめるために目を凝らす。ゆっくりと歩く人影は、暖炉の火に照らされて真っ暗で見えなかった顔がよく見えるようになった。

 

 

「…セブルス。」

 

 

安堵と安心感で、私の口は勝手に彼の名前を口ずさんでいた。

セブルスは頰に怪我をしたのかガーゼを当てていた。私の顔を見た瞬間に、気まずそうに視線を逸らして何も言わず部屋に戻ろうとする。

 

…どうやら私を殴ったことを悪かったと思っているらしい。

 

部屋に戻ろうとするセブルスの後ろ姿がまるでスローモーションのようにゆっくり見える。

 

……お願い。

 

…動いて、私の体動いて。

 

 

 

 

 

…お願いだから、口だけでも動け!

 

 

 

心の中で葛藤するように、全くと言っていいほど動かない自分自身の体に命令した。

 

 

 

 

 

 

「…………………ごっ……ごめんなさい」

 

 

 

 

 

 

やっと動いた口からは、謝罪の言葉が出てきた。声は掠れていて、決して大きなものではなかったが、静まり返っている談話室には十分すぎる音量だった。セブルスは驚いたように振り返り、足を止める。セブルスが私の言葉の続きを待つかのように見つめてくるが、その後の言葉は喉に引っかかって出てこない。ただ口をパクパクさせて、私は彼の足元を見ながら必死に頭を回転させた。

 

 

…この後はなんて言えばいいのだろうか。どうしよう。

 

 

 

 

 

…どう言えば正解なの?

 

 

 

「…あっ……えっと……」

 

 

口からはそんな言葉しか出てこなくて、気まずい空気が流れた。まともにセブルスの目を見ることができずに、背中に汗が流れるのがわかった。

 

 

「………………なんで」

 

 

急にセブルスの声が聞こえてきて、顔を上げると、彼の表情が目に飛び込んできて目を見開いた。

 

悲しそうに苦しそうに辛そうに今にも泣き出しそうな、一言では言い表すことができないほど複雑な表情だった。

 

 

 

 

 

 

「……なんで…謝るんだ…。」

 

 

 

 

 

真っ黒な瞳が、いつもよりも奥深くまで広がっているように感じて、吸い込まれそうになる。

 

 

 

「…あれは、誰から見ても僕が悪いじゃないか。…抵抗できない人を……ましてや女の子を殴りつけるなんて……それなのに…お前は誰にもこのことを言わなかった。一層言ってくれた方が楽なのに」

 

 

 

セブルスは自分の掌を見つめながら、静かに話し出す。

不器用すぎるセブルスが何を伝えようとしているのか私には分からなくても、苦しそうな彼を見ていると貴方が悪いんじゃないと言わなきゃという思いに駆られた。

 

 

 

「…貴方だけが悪いんじゃない。あれは、私にも非はあったから………だから…謝ったの」

 

 

 

「……でも…あれはいくらなんでもやりすぎだ……我を失っていたとはいえ…あんなこと平然とできるなんて………まるで…まるで…」

 

 

 

その後の言葉は、彼の口から出てこずに言葉は途切れた。セブルスが何かを思い出したように目を瞑って、耐えるように少し震える手を握り始めたからだ。

 

 

私は少し心配になり、近づくと小さく呟くセブルスの声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あいつ……みたい…だ……」

 

 

 

 

 

 

 

あいつという言葉が誰のことを指しているのかなんて分からない。…でも、彼が震える手を握りしめ何を耐えている姿を見て、セブルスの両親の仲を思い出した。会ったこともないし、どんな顔かも知らないけれど、セブルスの両親が不仲ということと、父親は魔法にいい印象を持っていないことは、思い出した記憶の中にあったものだった。

 

 

 

もし、両親が喧嘩をしていて父親が母親を一方的に殴ることがあったとしたら……………

 

 

 

今、彼は自分を父親と重ねている……

 

 

そんなことを考えていたら私の体は勝手に動いていて、震えているセブルスの手を握っていた。

 

 

「………私も貴方に謝ってないことがある…」

 

 

頰に一筋涙を流しているセブルスは、ゆっくりと顔を上げると私を見つめてきた。

 

 

「…去年……私は酷いことを貴方に言ったのに謝まらなかった。……だからこれでお互い様」

 

 

今のセブルスに貴方は悪くない、私がエバンズを傷つけたのが悪いんだからと言っても、彼はもっと自分自身を責め続ける。

だから、この言葉が一番セブルスの苦しみを少しでも軽くしてあげられると思った。

 

 

 

 

 

「………手…冷たいから、早くベッドに戻った方がいい」

 

 

 

セブルスの手を離して彼から離れると私は、背を向けた。

振り返り、部屋に戻るセブルスの後ろ姿を確認して私も部屋に戻る。

 

 

 

 

 

 

セブルスは、不器用だ。きっと彼は伝えたいことを上手く伝えることができない。いつも空回りして、そして後から後悔する。

 

人よりも繊細で傷つきやすくて不器用で、言い方がきついことだってあるけど、それでもセブルスは誰よりも優しくて強くて、人の為に自分を平気で犠牲にできる。

 

……そんな彼に好きになるなと言う方がよっぽど無理がある。

 

 

 

 

私じゃなくて、彼女だっただけ……

 

 

 

片想いなんて珍しいことじゃない。

 

 

 

それなのに、どうしてこんなにも涙が溢れでてくるのだろう…

 

 

 

エバンズだったら…セブルスを苦しみから救い出せたのだろうか…

 

 

 

彼女だったら、あんな表情を浮かべるセブルスを笑顔にできたのかな…

 

 

 

 

……………やっぱり

 

 

 

 

 

 

 

「………私じゃ……駄目なのかな……」

 

 

 

 

 

いくらベッドに潜り込んで目を閉じても寝ることは出来ずに、結局一睡もしないまま朝を迎えた。

 



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11 満月が嫌いなあの子

罰則など忘れていないかなと少し期待していたが、ちゃんと後日知らされて、その内容も何とも言えないものだった。罰則はフィルチの掃除の手伝いというもので、私は杖を一振りして終わらせたい気持ちを必死に抑えながらマグル形式で掃除をした。

 

 

 

 

 

 

 

あれからセブルスと私の仲は良くも悪くも、今まで通りになっていた。

私がエバンズのことを嫌いだってことは事実には変わらなかったからセブルスから話しかけることはなかったが、それでも授業で分からない所を聞いたりしてみると、普通に教えてくれた。それなのに教えてくれるセブルスの顔を見るたびにあることが頭に浮かぶのだ。

 

…これ以上彼に関わったら……物語がずれるのだろうか

 

この不安は波のように絶えなく襲いかかってきて、最近の私はどうもおかしかった。

 

 

 

だから今もこうして、図書館で無意識のうちに人狼のことに関しての本を借りているのだと思う。

 

何をしてるんだろう……

 

自分でも分からなかった。どうしてこんな無意味なことをしているのか。人狼のことに関してなんて興味もないのに、どうして本を借りたんだろう。借りたばかりの本を見つめながら、そんなことを考えているとよく聞き覚えのある声が聞こえてきてきた。

 

「何度言ったら分かるんだ!!その名で呼ぶな!!!」

 

すぐにセブルスのものだと分かり、自然と足は声のする方へと向かっていた。

 

案の定セブルスはポッター達に絡まれていて、ポッターとブラックの面白いおもちゃを見るような表情から暇つぶしのためにセブルスに突っかかっているのが分かる。2人は兄弟のように息があっていて、セブルスに杖を振っていた。セブルスも、杖を取り出し2人からの攻撃を防いでいる。

周りにちらほらといる生徒達は、どう見てもポッター達を応援していた。

 

ポッターが一瞬の隙を見つけ、簡単にセブルスの手から杖を弾き飛ばすと、周りにいた生徒達の歓声は大きくなる。周りを見渡して見たが、エバンズの姿はなかった。

 

ふと視線を戻すと、ポッター達の中には参加していないルーピンとペティグリューが周りにいる生徒達の中に交じっていることに気がついた。ルーピンはじっと見つめて止めようという素振りも見せず、ペティグリューはその横で心配そうな素振りを見せながらも、どこか面白そうに見ている。ペティグリューの口角が少し上がった瞬間、私の中に何かが浮き上がってきた。

 

胸らへんの所で何かドロドロしたものが次々と浮かび出て、それが怒りだということに気づくにはそう時間はかからなかった。もう私にはペティグリューしか見えなくなり、体が勝手に動きだす。

 

 

…こいつが裏切ったからセブルスは悲しみ絶望の暗闇の中に落ちていくことになる…

 

 

そう頭に浮かぶと私は杖を軽く握りしめながら、さっきよりも集まりだしていた生徒達の間を掻き分けて、囲まれているセブルスやポッター達に交ざっていた。

 

急に現れた私に、ポッターとブラックは眉間にしわを寄せ、セブルスは私の方を振り返ってくる。

 

「おやおや君も参加したくなったのかい?」

 

意地悪そうな声でポッターが話しかけてきたが、私にはそんな声も雑音にしか聞こえず、何も答えない。戸惑っているセブルスの横を通り、ポッターとブラックに歩み寄っていく。

勘違いをした2人は杖を向けてきたが、そんな2人には目もくれずに、ポッターとブラックの先にいる、生徒達に紛れてルーピンの横に立っているペティグリューだけを睨むように見ながら2人の間を通り抜ける。

 

ペティグリューは私と目が合うと、自分が狙われていることに気づいたらしく怖じ気付いたように後ずさりをした。私は逃がさないように彼に杖を向けて、杖の先からでた色のついた閃光が標的を間違うことなく襲いかかるが、それは近くにいたルーピンに防がれる。

 

何も考えられなくなり、笑うペティグリューが憎くてたまらなくなっていた私は追い討ちをかけるように杖を振るがルーピンは彼を庇うように私の攻撃を防いでいった。

自分に被害がくるのを恐れ、それぞれ散っていく生徒達を一瞬見たルーピンの隙を狙い、呪文を唱える。

 

「エクスペリアームス!」

 

ルーピンの手から弾き飛ばされた杖を見て、私が一歩歩み寄ると後ろから低い声がした。

 

 

「動くな」

 

 

ゆっくり振り返るとブラックが私に向かって杖を向けていた。

 

 

「…お前は何がしたいんだ」

 

 

その言葉に怒りで、何も考えられなくなっていた私はだんだんと落ち着きを取り戻していく。私は勝手に動く口に任せてみることにした。

 

 

「……気に食わないから、杖を向けたのよ。

貴方達の陰に隠れて腰巾着のようなこいつが気に食わないから。」

 

 

ブラックは、ゆっくりと私に近づこうとするがポッターがそれを止めに入る。私は、ルーピンに杖を向けるのをやめて、2人に背を向けた。

 

恐怖で立ち尽くすペティグリューと、私を目で追いかけるルーピンの間を通る時に小さく呟く。

 

 

「良かったわね。独りぼっちにならなくて」

 

 

ルーピンは、私が持っている本に視線を落とすと顔色を変えた。目を見開いて驚き、彼も小さく呟いた。

 

 

「…………何で………」

 

 

その後の続きは聞こえなかったが、大体予想がついて自分の口角が上がったのが分かった。

 

貴方が少しでも止めに入ってくれていたら、セブルスが死ぬ未来なんて存在しなかったはずなのに。

 

 

ルーピンを見るたびにそう思ってしまう自分がいたのはずっと前から知っていた。だからさっきの真っ青のルーピンを思い出すとなんとも言えない幸福感で満たされる。

 

 

…私は……本当に性格が悪い

 

 

つくづく思いながら、持っている本に視線を落とした。

どうやら読みもしないくせに借りた本は意外と役に立ったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

日も沈み、夕食も食べ終わって部屋でゆっくりと過ごしている時に、私は冷静になって今日やってしまったことを思い返す。

 

…………自分から関わるようなことをしてどうする。

 

ペティグリューに苛ついたとしても、あそこは踏みとどまるべきだった…

 

 

あの時の私を少し恨みながら、引き出しから本を取り出して助けを求めるように話しかけていた。

 

【これ以上彼らに関わってしまったら、物語の流れは変わるの?】

 

今まで話しかけても何も反応がなかったのに私が作った文章の下にゆっくりと文字が浮かび上がってくる。

 

【運命というのは、そう簡単に変えられません。貴女が存在するだけで流れが変わるなどあり得ません。貴女にそんな力はない】

 

本は、相変わらず曖昧に答えた。…まるで、私が本当に悩んでいるタイミングが分かっているかのようだ。

 

【時の流れは、複雑です。それぞれが絡み合って繋がっています。ひとつのことだけを変えようなんて不可能です。

貴女にとっての最悪の結末を変えるためには、その糸を手繰り、その糸の始まりを切るしか方法はありません。】

 

【どういう意味?分かりやすく説明して】

 

私の心臓は緊張したように鼓動を早くした。

 

【でももし貴女が耐えきれないというのなら忘れないでください。関わりの深い人の死は連鎖です。死は時の流れの糸とは全く別にありますが、時にお互いは絡み合っています。時に人の死は、死ぬ必要のなかったものもあることを、忘れないでください。】

 

 

私は音もたてずに文字が消えていくのを見つめながら、考え込むように目を閉じた。

 

この本がいうことはいつも曖昧でわざと明確なことは言わないようにしている。たぶんこの本が伝えようとしたことは、物語はそう簡単に変わらない。……セブルスの死を変えたいのなら、その始まりを防ぐしかない。

 

 

……セブルスの死の始まりは……

 

 

「…………エバンズ」

 

 

自分の口から出た名前を聞いて、嫌なほど思い知らされる。

 

……そうだ。全ての始まりは、セブルスが彼女に穢れた血と言ってしまうことから始まる。

 

でもそれを変えないといけないって…そうなったら、2人はどうなるの?

 

額を合わせて幸せそうに笑い合う2人の姿が目に浮かび、脳がそれを拒絶した。

 

……嫌だ…絶対に見たくない。それだけは嫌だ

 

無意識に血が出るほど唇を噛み、口の中には鉄の味が広がった。

 

……でも…そうしないとセブルスを救うことはできないってこと?

 

私は考えるだけでも辛くなり、本を閉じて布団に潜り込んだ。

目を閉じて何も考えないようにすると、本に浮かび上がってきた文章を思い出した。

 

【でももし貴女が耐えきれないというのなら忘れないでください。関わりの深い人の死は連鎖です。死は時の流れの糸とは全く別にありすが、時にお互いは絡み合っています。時に人の死は、死ぬ必要のなかったものもあることを、忘れないでください。】

 

 

まるで……今この状況を予測しているみたいな言い方だ。私はゆっくりと目を開けてまた考えた。

 

物語を変えるのは、簡単じゃない。変えるには全ての始まりを変えないと終わりも変わらない。

……でも、私が変えたいのはセブルスの死。

 

死は、物語とは関係ないってことなら………

 

別に始まりを変えなくても、セブルスを救うことができる。

 

 

「関わり深い人の死…………死ぬ必要などなかった死」

 

 

この2つが、当てはまっている人。……それが、セブルスの死に連鎖しているのだとしたら。

 

 

「………ブラック…」

 

 

そうだ……彼の死は、何も物語に影響していなかったはず。

 

ブラックがハリーの目の前で死んで、それから歯止めを失ったかのようにどんどんと死んでいった。

 

この本が本当のことをいっているという確信もないが、それでも私には何故かこの本は真実を知っているということを信じれた。根拠も証拠もない。単なる私の勘だ。

 

 

……でも、何故わざわざこんなことを言ってきたんだろう。

 

よく、考えてみれば何故この本は私を物語を変えさせそうとしてくるのだろう。……どうして、ブラックの死を変える必要がある?

 

セブルスの死だけを変えたいのなら、彼を確実に救うために物語に干渉しない方が一番良いに決まってる。

 

……結局、この本は何を伝えたかったんのだろう…

 

でも…ブラックの死を変えればセブルスが死ぬ未来を変えられるということは伝えたかったということには変わりない…

 

 

 

 

そう思っただけでも、気持ちが楽になり私は襲ってくる睡魔に逆らうこともせず眠りについた。

 

 

 

 



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12 黒い紳士

すっかり暖かくなり学年末テストも終わって、私の気は緩んでいた。今年ももう終わる。色々あったからなのか、凄くあっという間に感じてもうすぐくる、物語の分岐点になる出来事も後2年後かと思うと、溜息が溢れた。

 

「溜息をつくと幸せが逃げるらしいよ」

 

横から聞こえた声の正体を見て、私はまた溜息が出そうになった。

ルシウスだ。

 

「そんなことで逃げる幸せなんていりません」

 

「あはは、君らしいね」

 

少し笑い声をあげながら、ルシウスは外を眺めている私の隣に立った。

 

「……こんな所に貴方が来るなんて、珍しいですね。」

 

「……そういう君も、こんな風通しの良い所嫌いそうじゃないか」

 

私達がいるところは、ホグワーツのすぐ隣にある崖に掛かっているすぐに崩れてしまいそうな橋。シェーマスが最後爆発する橋だ。

6月中盤にもなると、この風通しがいい所が丁度良くて私は、暖かくなると良くここに来ていた。

 

「何か……用ですか?」

 

私は、景色を見たまま尋ねてみた。

 

 

「……君は、セブルスのことが好きなんだね」

 

 

思ってもいなかったルシウスの言葉に驚いて私は、彼の顔を凝視した。

 

「…………えっ?…」

 

「あんなに、セブルスを目で追いかけているんだから流石の私でも気づいたよ。何だったらセブルスが気づかないのが不思議ぐらいだ。まぁ…彼もそういう事は鈍感だからね」

 

「……冷やかしに…きたのなら、早くお帰りください。」

 

私は、景色を見るようにルシウスから視線を逸らす。

 

「冷やかしに来たわけじゃないよ。……君に素敵な提案をしてあげようと思ってね」

 

明るかったルシウスの声が低くなったのを感じて、寒気が襲いかかってきた。

 

「………セブルスは、いずれ私達の仲間に入る。」

 

「何故…そう断言できるんですか?…」

 

「君だって分かっているだろう?彼は、明らかにこっち側の人間だ」

 

「………そうでしょうか?……私にはそう思えません。あんな優しい人は世界中どこを探してもいないと思いますよ」

 

ぴしゃりと言い切る私をみて、少し笑いをこぼしたルシウスの声が聞こえてきた。私は少し眉間にしわを寄せながら、彼に向き合う。

 

「何が、可笑しいんですか」

 

「確かに……君のいう通りかもしれないな。私よりも君の方がセブルスの事をよく見ているから」

 

自分の頰が熱くなるのを感じているとルシウスの声がまた低くなり、私は笑顔を浮かべながら話す彼を少し睨みながら耳を傾けた。

 

「でもね…彼はある人の為に振り向いてもらえるなら何だってするんだよ…分かるだろ?」

 

「…………エバンズ…」

 

本当にこの人は意地悪だ。わざと私に言わせて実感させようとしてくる。

 

「そう…リリー・エバンズ、………賢い君ならもう私が言いたい事は分かるだろ?」

 

 

私が何も答えずにいると、彼はニコリと笑って口を開いた。

 

「君はどう頑張っても彼女の代わりになる事なんて出来ない。………きっともうセブルスに振り向いてもら「分かってます!!!」

 

最後まで聞きたくなくて、私は声を張り上げ遮った。

 

「そんな事…貴方に言われなくても分かってます。……」

 

人に言われる事は初めてで、震えている自分の声を聞きながら、視線を落とした。

 

「あぁ…ごめんね。少し意地悪だった。でも、これは真実だ。何も変わらない。

……それでも君はセブルスを想い続けるか?」

 

 

何も答えられなかった。答えたくなかった。そんなの目の前にいるルシウスにいった所で何も解決しない。何も変わらない。

 

「……一途な君を応援したくなったんだよ。…君も、どちらかというとこっち側の人間だ。

……一歩こっちに来れば、セブルスの側に居られるよ?」

 

セブルスの側に居られる……

 

私は、ルシウスの口からでた甘い誘惑に心が揺れ始めた。

 

「……貴方は、私を死喰い人に入れたいと?」

 

私の問いかけには何も答えずに、張り付いた笑顔を浮かべ、私を見つめくる。

 

「……それも良いですね……しかし、遠慮しておきます。…私集団行動は苦手なもので」

 

負けじと張り付いた笑顔を浮かべて、ルシウスに上品良く断りを入れた。

 

「…素晴らしいお誘い感謝いたします。」

 

私が彼に背を向けてその場を去ろうとするとルシウスは呼び止めるように話しかけてきた。

 

「……いつでもおいで。…君なら大歓迎だよ」

 

 

黒い笑みを浮かべながら、私を見送るルシウスの瞳は私の全てを見透かしているように見えて怖くなりその場を逃げるように立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、ルシウスが私を死喰い人に勧誘してくるなんて思ってもいなかった。……セブルスの死を変えるためには、勿論死喰い人には入ろうとは思っていたのが、彼がいてはどうもやりづらい。

 

 

黒い笑みを浮かべるルシウスを思い出すともう夏が来るというのに寒気がして、体を縮こませる。

 

 

 

ルシウスが今年卒業することだけが今の私の唯一の救いだった。

 

 

 



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13 ブラック家

夏休みを迎えて、家に帰宅した私はだらだらと時間を過ごしていた。課題を終わらせながら、何故か今回も帰ってきていた兄の相手をし、ダイアゴン横丁に行った時は兄に本やお菓子、服など買ってもらい充実しすぎているほど毎日がそれなりに楽しかった。

 

 

 

 

何もすることがなくとりあえず本を読んでいたのだが、つまらなくなった私は本を閉じて机の上に置いた。あまりに乱暴に置いたものだから散らばっている机からいくつものコインが転がり、床に散らばった。

 

「…あーやっちゃった」

 

そのコインは何故か昨日父からお小遣いといわれて貰ったもので、何も袋にも入れられずに直接渡されたものだった。しまうのが面倒でそのまま出しっぱなしにしていたことをすっかり忘れていた。

私はコインを拾い上げて、机の上に積み重ねて置いていっていると突然ノックもせずに兄が入ってきて、驚いた私の手が積み重なっているコインに当たりまた床に散らばった。

 

私が何も言わずに入ってきた兄を睨み付けると兄は申し訳なさそうに謝ってくる。

 

「ごめんごめん」

 

「ノックもせずに妹の部屋に入ってくるなんてどういう神経をしているの?」

 

「早くレイラに見てほしくてさ。ほら見てよ、チョコでドラゴンを作ってみたんだ」

 

瞳をきらきらと輝かせている兄の手には、確かにドラゴンの形をしたチョコがまるで生きているかのように動いていた。

 

「あまりに暇でさ、蛙チョコを食べてたんだけど、そんな時に蛙の形があるんだったらドラゴンもできるんじゃないのかなーと思ってさ、試行錯誤してさっきできたんだ」

 

暇だからといって普通そんなことをするだろうか…

 

私に褒めてほしいのか期待しているような瞳で見つめてくる兄を横目にコインを拾い上げながら適当に言った。

 

「あーすごいね、天才なんじゃないのー」

 

誰が聞いても棒読みだと分かるのに、兄は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 

 

………馬鹿なのかな…

 

 

口に出さなかっただけでも褒めてほしい。

 

 

「ほら、食べて感想聞かせてよ」

 

 

そう言いながら押しつけてくる兄からチョコを受け取って、口に運んだ。

 

感想って………チョコはチョコに決まってる

 

 

「どう?」

 

「………………美味しいよ…」

 

私の言葉を聞くと嬉しそうに笑って、コインを拾うのを手伝いだした。

 

 

「コインといえば…よく魔法かけて遊んだな〜」

 

何か思い出したように呟く兄の言葉を聞いて私は聞き返していた。

 

「何してたの?」

 

「変幻自在術だよ。手紙を送るのが面倒な時に便利なんだ。」

 

そう言いながら、机の上にコインを積み重ねてる兄は懐かしそうに何かを思い出している様子だった。

 

 

「やってみせてよ、それ」

 

「勿論、いいよ」

 

コインを2枚ほど手に取り、杖を取り出すと慣れた様子で軽く振る。1枚を私に渡してくると、兄はコインを握りしめるだけで何も話そうとしない。何をしているのと聞こうとすると、手の中にあるコインが熱くなり、手紙を読んでいるかのように頭の中に文章が浮かんできた。

 

〈レイラ、また2人で買い物に出掛けようね〉

 

……あぁ…これ、ハーマイオニー達が後半で使ってたやつか…

 

私はコインを見つめながら、兄に話しかける。

 

「確かに…便利だね……これ」

 

「だろ?よく学生の時に使ってたよ」

 

笑いながら私に自分で持っていたコインを渡してくる兄を見て、目の前にいる兄が首席だったことを思い出した。

 

………こんな人が首席なんてね…人は外見じゃないな…

 

「これ、貰ってもいいかな?」

 

私は、自分の手の中にある2枚のコインに視線を下ろしながら聞くと何も気にしてない様子の兄の声が返ってくる。

 

「勿論。2枚どころじゃなくてあと10枚ぐらいいる?」

 

面白そうに聞いてくる兄に断りを入れて、何も変わりのないコインを見つめた。

 

 

 

……何かに使える日が来るかもしれない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつも通り家族揃っての夕食を食べている時に、母が私にごく普通に問いかけてきた。

 

 

「レイラ、明後日の用意はできた?」

 

 

 

明後日?………なんのこと?

 

 

 

私が何も答えずに、頭を傾げたのを見て父が思い出したように口を開く。

 

 

「っあ!…そうだ。忘れていたよ」

 

 

父の言葉に、母はもう殺すのではないかと思うほどの勢いで父の方を振り返り睨みつける。

 

「あなた?…まさか、レイラに教えていないわけではありませんよね?」

 

「あはははは、それが……すっかり「あなたがレイラに直接話すと言ったから私もノアも話さなかったのですよ?」

 

父は、乾いた笑い声を上げながら頭をかきだした。

 

 

「あなたはいつもそう!自分から言いだしたことをすぐに忘れて、大人として恥ずかしくないのですか⁈」

 

 

母に怒られだす父の姿を見て、兄は私に話しかけてきた。

 

「ブラック家のパーティーに呼ばれたんだよ」

 

 

「ブラックってあの?」

 

 

「そうだよ。それもあって僕も帰ってきたんだけど、まさかレイラが知らないとは思わなかったよ」

 

 

 

苦笑いを浮かべる兄が言ったブラックという言葉を聞いた瞬間、自然とシリウス・ブラックが浮かんで私は表情を歪ませた。

 

 

 

「それって絶対に参加しないといけないの?」

 

 

 

私の言葉に、母も兄もそして父も私の方を見てくる。

 

 

「……レイラ…、行きたくないのかい?」

 

「…できれば行きたくない……」

 

父の問いかけに、答えた私の言葉を聞いて兄は何やら必死に言ってくる。

 

「レイラ、パーティーだよ?美味しい料理も、レイラの好きなお菓子だって沢山あるんだよ?」

 

 

「…お菓子にはちょっとひかれるけど……あまり乗り気はしないの…」

 

 

こんな休みの日まで、何故ブラックの顔を見ないといけないの?

 

どうして純血主義の家系のパーティーにわざわざ参加しようとしているのかが分からない。参加して何かいいことがあるなんて思えない。

 

「………お腹いっぱい、ご馳走さま」

 

もう食欲が失せて、まだ白いお皿にのっているステーキに手もつけずに椅子から立ち上がった。

 

 

………こんな休暇の日ぐらい、記憶のことは忘れていたい。

 

 

……この世界の先のことも何も考えずにごく普通に過ごしたいのに…

 

 

ブラックの顔が浮かぶと、嫌でもポッターやルーピン、ペティグリューが次々に浮かびエバンズの顔が浮かんでくる。彼女が浮かんでしまえば、セブルスの顔も当たり前のように浮かんできて、次に頭によぎったのは彼が首から血を流して事切れる光景だった。

 

一気に気分が悪くなり、私はベッドに潜り込んでこの吐きそうなほど気持ちが悪いものに耐えるかのようにシーツを握りしめる。

 

 

………嫌だ、嫌だ、嫌、思い出したくない

 

 

 

セブルスが死ぬところなんてもう見たくない

 

 

 

瞼をぎゅっと瞑ると涙が滲んできて、咄嗟に口を抑えると部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。返事をできるほどの余裕がない私は、何も答えずに毛布に包まったままにいると扉の外から母の声が聞こえてくる。

 

 

「……レイラ?…入るわよ?…」

 

 

扉が開いた音が聞こえたと思えば、母の足音がだんだんと近づいてきて、優しい手の感触を感じた。

 

「どうしたの?……気分が悪い?」

 

私が何も答えずにいると、母は優しい布団の上から撫でてくる。

母の手の温もりを感じた瞬間何故か、ものすごく暖かくなって涙が溢れてきた。

 

 

「………学校で何か嫌なことがあった?」

 

 

優しい声で聞いてくる母に縋り付くように私は口を開く。

 

 

「……ゆめ……最近夢を見るの…」

 

 

もう吐きそうなほどの気持ちの悪い感触はなかったが、その代わりに胸がぎゅっと苦しくなった。

 

 

「…大切な人が、目の前で死ぬの。……首から血を流して、何も抵抗もせず、冷たくなる。私が目の前にいるのに、助けて言ってくれない。………助けてあげられない。」

 

 

 

自分で口にすると思い知らされて、また涙が溢れ出てくるともう止めることなんてできなくて私は手で目を押さえながら泣き続けた。

 

 

ふわりと頭の上に母の手の感触を感じたと思うと優しく撫でだして、温かい声で話しかけてくる。

 

 

「辛かったわね……でも、もう大丈夫よ」

 

 

ただ母にもう大丈夫だと言われただけだというのに、私の中の何かは溶けると温かく感じた。

 

 

 

………あぁ……私は怖かったんだ…

 

少しでも誰かに、大丈夫だと勇気づけて欲しかったんだ…

 

 

 

「大丈夫、それは夢で今現実ではおきていないのだから。だから大丈夫よ」

 

「…でも……本当におきたら…?」

 

「そんな時は、私がすぐに駆けつけてレイラの大切な人も、レイラも必ず助けだすわ。もちろん、お父さんだってノアだって、貴女が辛い思いをしていたら直ぐに駆けつけるに決まってる。」

 

 

あまりに温かい言葉に私の涙は更に歯止めを失ったように溢れ続けた。

 

 

「…だから、そんなに抱え込むのはやめなさい」

 

 

母親というのは、本当に不思議な存在だ。まるで私が記憶を思い出して苦しんでいるのを知っているかのように、温かく、包み込んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し経って、涙も止まり私が布団から顔を出すと私の濡れている頰を拭いながら微笑んでくる母に質問をした。

 

 

「……どうしてわざわざ、パーティーなんかに出席するの? そんなパーティーに行ったところで何もないじゃない。なんだったら、浮いて変わり者扱いされて笑い者にされるだけよ」

 

 

「………私も、最初聞いた時はそう思ったわよ。……でもね、お父さんが私に言ってきたの」

 

 

「……なんて…?」

 

 

「………『少し考え方が違うだけで、最初から相手を拒絶してしまうのは良くない。…自分から行動して相手を知ることで、初めて言い争うことができる。……もしかすると、少しすれ違っているだけで、いい関係になれるかもしれないじゃないか』……ってね。」

 

 

可笑しそうに笑う母を見て、私も笑みがこぼれた。

 

「お父さんらしいね」

 

「本当に、あの人らしい言葉だったわね……私も最初はあまり乗り気じゃなかったけど、そんなことを聞くと、何か変わるんじゃないかって思ったのよ。」

 

 

 

「……何か、変わる…」

 

 

「レイラが行きたくないのなら、無理してまで行かなくてもいいのよ?その時は、私と2人でお茶でもしましょ?」

 

 

立ち上がり笑いかけてくる母を見て、頭に何故かレギュラス・ブラックのことが浮かび上がってきた。

 

彼は……あまりに早く死んでしまう……

 

ひとりで寂しく、冷たい水の中で息絶える

 

 

彼の命を助けた方が今後やり易いなのだろうか。

 

彼を助けたら、少しでもセブルスを死から遠ざけることはできるのかな…

 

 

 

 

 

「………レイラ?…大丈夫?」

 

 

 

 

私の名前を呼ぶ母の顔を見て我に帰った。

 

 

………パーティーに行ってみようかな…

 

 

…ブラック家ということは、クリーチャーもいるということだ。

 

……そうだ、コイン。兄からもらったコインを渡しておこう。今後何か重要になるかもしれないし、…受け取ってくれなかったら受け取ってくれなかったでそれでいい。

 

 

 

「……お母さん……アウラも一緒に連れてってくれる?」

 

 

「勿論そのつもりよ」

 

「……じゃあ、行くよ。……パーティー」

 

私の言葉を聞いた母はどこか安心したように笑いかけてくると立ち上がる。

 

「じゃあ、おめかししないとね。

 

 

………お腹が空いたら来なさい。まだ下げてないからね」

 

部屋から出て行く母の姿を見送ると、あんなに食欲なんてなかったはずなのに、急にお腹が減り始めてお腹の音が鳴った。

 

 

どうやら、こんな時まで体というのは正直らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風通りが良すぎて落ち着かずに私は少しもぞもぞしながらスカート裾を伸ばすように下に引っ張った。

 

「レイラ、裾が伸びちゃうでしょ」

 

母はそう言いながら、崩れた私の服装を直してくる。

 

 

「可愛いよ、レイラ」

 

 

普段と違って髪型を軽くセットしている兄は満面の笑みを向けてきた。

 

いやいや、きつい……こんな丈の短いスカートに生足……

 

私は普段の格好もあまり露出はしていないものだし、スカートもあまり着ないようにしている。風通しが良すぎるのが嫌いなのだ。

 

 

「さぁ、行こうか。」

 

 

父は、兄の手を握りバチンという音がしたと思うと次に目を開けた時にはもう2人の姿はなかった。

 

 

「レイラ、捕まりなさい」

 

 

私は、渋々母の手とアウラの手を握り瞼を下ろして気持ちの悪い感覚に必死に耐えた。グルンと景色が歪んだと思えば、体の中がかき混ぜられているように内臓という内蔵がぐちゃぐちゃになる感覚が襲いかかってきて、頭が締め付けられると宙に浮いていた足が地面を捉えた。

 

恐る恐る目を開けると、目の前には心配そうにこっちを見てくる兄の姿が目に入ってくる。

 

「大丈夫か?……すごい真っ青だ」

 

「………話しかけないで…」

 

私が口元を押さえてしゃがみこみ俯くと、兄は背中をさすってきた。

 

…姿くらましなんて何回やっても慣れるわけがない。

 

こんな気持ちの悪い感触もう味わいたくないとやる度に思うのだが、これが移動手段なのだからしょうがない。

 

 

 

気分も大分回復して、目の前に建っている家とは呼べないほどの大きな建物に近づく父の後ろをついていく。大きな扉の前には屋敷妖精が私達を待っていたかのように立っていた。大きな扉はゆっくりと音を立てて開き、別の屋敷妖精が迎え入れてくれると案内をしてくれるらしく、ゆっくりと歩き出した。

 

あまりに豪邸すぎて、装飾品を眺めながら歩いていると、前を歩いていた兄が急に止まったことにも気付かずにそのままぶつかって兄は驚いたようによろける。

 

「あ…ごめん、ノア。大丈夫?」

 

「大丈夫、大丈夫」

 

笑いながら言う兄から視線を上げると、家の中だというのに、立派すぎるほどの扉が目の前にあった。屋敷妖精がゆっくりとその扉を押すと、何人もの話し声がだんだんと聞こえてきて、私の心臓の鼓動もだんだんと早くなっていくのが分かった。…どうやら緊張しているらしい。それもそうだろう。私達のことをよく思っていない集団の中に飛び込むのだから、何も感じないわけがない。

 

 

あんなに騒がしかった声は、私達が入ってきたのを見た瞬間にまるで何かいけないものを見てしまったかのようにその場は静まり返った。

 

何人もの大人達が私達を睨むように見ると、隣の人と声を押し殺してひそひそと話しだす。

あまりに不安になって私は少し前にいた兄の服の裾を握ると、気づいた兄が優しく手を握ってくれた。

 

 

「やぁ、久しぶりだね。オリオン」

 

 

父はまるで親しそうに黒髪の男の人に近づいていき話しかけた。

 

 

「本当に久しぶりだ。…まさか本当に来るとは思わなかったよ」

 

 

繕った笑みを浮かべる男の人は、整った顔立ちをしていて、一目でこの人がブラックの父親だと分かった。会話を続ける父の姿を見て、私は後ろにいるアウラに視線を移して、ポケットに入っているはずのコインを確かめる。まさか、あの時に兄から貰ったコインがこんなにも早く役に立ちそうになるとは思わなかった。

 

 

大勢いる人に溶けていく父や母を見て、私は兄に声を掛けた。

 

「…私ちょっと、トイレに行ってくるね」

 

「場所、聞いてあげようか?」

 

「大丈夫、心配しないで。それぐらい聞けるし、アウラにも途中までついてきてもらうつもりだから」

 

そう言ってもまだ不安そうな兄が後をついて来ようとするから、私は大丈夫だとなんとか説得してパーティーが開かれている部屋を出た。

 

「お嬢様、お手洗いはいいのですか?」

 

少し一息つく私を見て、アウラが声を掛けてくる。

 

「お手洗いは行かないよ………ある屋敷妖精を探すの」

 

「…名は?」

 

「…確か…クリーチャー」

 

私は、屋敷妖精がいないかを探しながらキョロキョロと探しながら廊下を歩き進めるとやっとのことで、それらしき後ろ姿を見つけた。

 

「ちょっと、お願いがあるんだけど…」

 

そう声を掛けると、恐縮したように体を縮こませながら私の目を見つめてきた。

 

「なっ何なりと…」

 

「クリーチャーていう屋敷妖精をここに呼んで来てくれないかしら?」

 

「……かしこまりました」

 

あまり納得してない様子の屋敷妖精は、すぐに走り去って行き呼びに行ってくれた。

 

「お嬢様…1つ聞いてもよろしいでしょうか?」

 

突然アウラが、話しかけてきたものだから少し驚いたが私は振り返りながら耳を傾けた。

 

「…その屋敷妖精を呼んで、何をなさるおつもりですか?」

 

「………少し仲良くなっとこうかなと思って」

 

冗談混じりで言ったつもりだったのだが、アウラは酷く驚いたように声を出した。

 

「仲良く⁈何を考えておられるのですか⁈」

 

「冗談よ冗談。……ちょっとやっておいた方がいいことなのよ……あっこれはみんなには内緒ね?」

 

私の言葉に頷いたアウラを見て、視線を戻した時にはもう2つの影がだんだんと近づいてきていた。

 

 

「…お待たせしました…」

 

 

そう言った屋敷妖精の後ろから私の方を見つめてくるクリーチャーは確かに記憶の中で見たそのものだった。

 

 

「貴方はもう大丈夫よ。ありがとう」

 

 

 

呼んできてくれた屋敷妖精の後ろ姿が小さくなったのを確認して私はクリーチャーに視線を合わせて話しかける。

 

「初めまして…クリーチャー。私はレイラ・ヘルキャットというの」

 

「貴女のことはよく坊ちゃんからお話を聞いております。」

 

……レギュラスが私のことを?

 

そんなに親しい関係じゃない。なんだったら話したこともない。私が一方的に知っているだけだと思っていたが、どうやら彼も私の存在ぐらいは認識してくれていたらしい。

 

 

「…それで、クリーチャーに何かご用事でしょうか?」

 

「…用事というか…ちょっと話したかったの」

 

私はポケットからコインを取り出して、ゆっくりと言葉を繋いでいく。

 

「…貴方……大切な人はいるでしょ?」

 

私の言葉に何も反応しないクリーチャーを見て話を続けた。

 

「貴方のことを大切に思ってくれている人とか、尊敬しているご主人様とか」

 

少しピクリと反応したクリーチャーは確実に、レギュラスのことを頭に浮かべているのが大体予想がついた。

 

「……そんな人が、この世から居なくなるなんて、貴方は耐えきれる?」

 

「……何故そのようなことをお聞きになるのですか?」

 

クリーチャーからの問いかけは聞かなかったことにして、私は話しかけた。

 

「…もし、それが助けられる命だったとしたら貴方はどうする?」

 

「…それがご主人様の望んでいることであれば、クリーチャーは喜んでそれを受け入れます」

 

「……そうね貴方達、屋敷妖精は、良くも悪くも主人に忠実だからね。……でも貴方が助けられなくとも私だったら助けられる」

 

私はクリーチャーの小さな手のひらにコインを1枚握らせて記憶に残るようにゆっくりはっきり話を続けた。

 

「……貴方にとって大切な主人が命の危機に晒されても、貴方は主人に助けるなと言われればそれもできない。……だったら、私に助けを求めてほしいの。」

 

「しかし…それはご主人様のご命令を裏切ることになります。」

 

「主人の為ではなく、貴方自身の為に私に助けを求めればいいことじゃない?」

 

私はクリーチャーの手から手を離してゆっくり彼の目を見つめた。

 

「私のことを信じてとは言わない。信じることが出来なかったらこのコインも捨ててしまって構わない。……でももし持っていてくれるのなら、その時がきたらコインを握って心の中で何かしら呟けばいい。……呟く余裕がないのなら、コインを握りしめるだけでいい」

 

 

 

 

 

「………まるで貴方は…この先のことが分かっているような物の言い方ですね…」

 

 

 

 

「馬鹿を言わないで、未来を知っているなんてありえないでしょ?」

 

 

 

私が少し笑いながら言うと、クリーチャーはまるで何か悟ったかのようにぎゅうと口を閉じた。

 

 

 

「……クリーチャー…私は信じてるわよ」

 

 

 

「…おい、何をしているんだ」

 

 

突然聞こえた低い声にゆっくりと振り向くと、もう見飽きた人物の顔が目に入った。

 

「あまりに広いから…迷ってしまったの。だから屋敷妖精に尋ねていたんだけどダメだった?」

 

私を睨みつけてくるブラックは、私の言ったことなんて信じていない様子だった。

 

 

ちらりとクリーチャーを見ると、彼がコインをぎゅっと握りしめている姿が目に入り安心しながら、ブラックに近づく。

 

「こんな広い家に住んでるなんて羨ましいわ」

 

彼の横を通り過ぎる瞬間、ブラックのか細い声が耳に入ってきた。

 

 

 

「こんなところ……狭くて…息がしにくいに決まってるだろ…」

 

 

 

あまりに弱々しい声で、いつものブラックの姿からは想像もできないものだった。振り向くと彼は、少し俯きながら歩いていた。

 

 

あぁ…彼を傷つけた……

 

 

そう思っても、臆病な私は何も声を掛けることもできずにきた道を歩み進めた。

 

 

 

 

 

 

 

立派すぎる扉の前に立ち、中に入ろうとしない私を見てか、心配そうなアウラの声が聞こえてくる。

 

 

「お嬢様………大丈夫ですか?…」

 

 

 

「……………大丈夫よ……」

 

 

私は少し震えている手を見つめながら口を開いた。

 

 

「…………ただ……少し怖いだけだから」

 

 

何か言おうとしたアウラの声は突然開いた扉の音で消え去り、中から出てくる人影に驚きながら後ずさりをすると腕を掴まれた。

 

「レイラ、良かった。……もう帰ろう」

 

よく見れば、私の腕を掴んでいるのは兄で、勢いよく部屋から出てきたのは私の家族だった。無理やり引っ張れながら先を歩く両親の後を追う兄の手の力は強くて腕が痛みだす。

 

「痛い、痛いよ。ノア」

 

そう言っても、何も言わずに真っ直ぐ前だけを見ながら歩く兄の頰がぱっくりと切れて血が流れていることに気がついた。

 

「ノア…怪我してる…血が出てるじゃない。」

 

何も答えない兄を見て、私は前を歩く父の手元に視線を下ろすと杖を握っていた。

 

 

「どうしたの?何があったの?ねぇ、」

 

 

咄嗟に後ろを振り向くと、勢いよく開けたから扉は開けっぱなしになっていて、部屋の中の様子が遠くからでもはっきり見えた。

 

 

「………レギュラス…」

 

 

ブラックの父親らしき男の人と、その隣に立っている青年は確かにレギュラスだ。2人の手には杖のようなものを握っているように見えて、何があったか大体想像がついてしまう。

 

 

兄が力強く握ってくる腕の痛みなんかどうでもよくなり、私はちゃんとアウラがついてきているかを確認しながら、結局私には何も話してくれないまま姿くらましをして家に戻った。

 

 

 

 

 

 

家に戻っても、重たい空気が流れるだけで3人は決して話そうとはしない。

 

 

どうせ聞いても、はぐらかせる。そう分かっていても今の私は聞かないと気が済まない。

 

 

「ねぇ、何があったかぐらい話してくれてもいいんじゃない?」

 

 

兄の頰の怪我をアウラが治療している空間に私の声が響き渡ると、まるで堪忍したように父がぽつりと話しだした。

 

 

「…………話していたんだが、それもだんだんとヒートアップしていってね…気がついたらノアが怪我をしていた」

 

「怪我?…あの子はノアを殺そうとしていましたよ?ノアは、自分の意見を述べただけなのに杖を向けるなん「母さん!!!」

 

 

怒りだす母の話を遮って、落ち着いた様子で声を掛けた。

 

 

「落ち着いて、怪我もそう大した傷じゃないから。……僕の言い方が悪かったんだ。あの子の意見を否定するような言い方をしてしまった。」

 

 

母は少し溜息をついて、兄は痛々しく笑みを浮かべた。

 

 

「…………でも、お父さんはなんで杖なんて取り出したの?…」

「いや、父さん。大丈夫、自分で言うよ…」

 

私が疑問に思ったことを聞くと父はちらっと兄を見て何か言おうとしたが、兄はそれを止めると静かに話しだした。

 

「……ヴォルデモートの思想に大いに賛同しているあの子の意見を聞いていると、ついつい反論をしてしまったんだ。それもすごいきつい言い方をしてしまってね。頭に血が上った彼は、すぐに僕に杖を向けてきたよ。頰をかすめただけだったし、別に杖を取り出そうとも思わなかったけど、………あの子が…レイラのことを侮辱するようなことを言い出して…それで気づけば杖に手をかけていたんだけど…それに気づいたあの子の父親が割って入ってきて、その後すぐに父さんが僕の代わりに杖を取り出してくれたんだ。」

 

 

「………あの子って…レギュラス・ブラックのことよね?…ブラック家の次男の」

 

「あぁ…そうだよ」

 

父の言葉を聞いて、私は正直信じられなかった。

 

彼がそんな簡単に人に杖を向けて攻撃するなんて思わなかった。まぁ、私のことを悪くいうのは当然だというか、寮での私の立場を見ればそうなるのは仕方がないだろう。

 

 

 

「………そう…じゃあ、結局何も変わらなかったってことね…」

 

 

 

正直、心のどこかでは期待をしていた。このパーティーに参加をすれば、何かが変わるかもしれない。自然といい方向に向くかもしれないと思っていた。

 

 

 

 

こんなことが簡単に変わらないのなら、物語が私1人の力で変わらない。変わるはずがない。

 

 

 

あの本が言っている意味が分かったような気がして、私は天井を見上げながら瞼を下ろした。

 

 



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14 臆病者の言い訳

それぞれの色のローブを身に纏い腰掛けている生徒達に紛れながら組み分け帽子の歌を聞き流す。みんな何故か組み分けを楽しみにしていたが、私にはとっても楽しみには感じない。この組み分けは、長いのだ。もう4回目となるとつまらなくてしょうがない。

 

 

やっと組み分けが終わったと思うとダンブルドアが一言二言話して、目の前に豪華な食事があられた。新入生は初めてみた光景に、驚いたような声を上げて大広間は生徒達が話す声とナイフとフォークの音で賑やかになった。

 

ふとグリフィンドールの席に視線を移すと、ポッター達と楽しそうに騒ぐブラックの姿が目に入った。…あの時の彼はどこにもいなくて、今目の前にいるブラックを見ているとあの時のことが嘘のようだ。まぁ、こんなに目立つほど騒ぐほどの元気があるのならあの時私の言葉で、ブラックも傷ついていないだろと1人勝手に決めて、目の前にあったパイを手に取った。口に運ぶとホワイトソースと野菜がたっぷり入っていた。ホグワーツの料理は、そこら辺のホテルよりかは普通に美味しいと思う。屋敷妖精がこんな量の料理を作っている姿を想像しながら、私は肉を手にとって口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校が始まれば、勿論授業もあるわけで苦手な魔法薬学は去年よりも複雑さを増して私の頭を悩ませていた。年々難しくなる魔法薬学に覚える種類が増える薬草学、この2つはどう頑張っても苦手なままで、魔法薬学の課題は相変わらずセブルスの手を借りながら何とか乗り切っていた。

 

 

 

私は湯気が立ち上る大鍋を覗き込みながら、中の液体をぐるぐるとかき混ぜてみる。今は魔法薬学の授業で、私は教室の端の席で調合をしている。隣の生徒の大鍋をバレないように見て、何色の液体か確認して自分のと比べてみた。

 

濁った青、透き通った水色、…何度交互に確認しても、隣の生徒は透き通った水色だし、私の大鍋の中の液体は濁った青をしている。

 

どういうことなんだろう…ちゃんと教科書通りにしたし、材料を入れる順番も、かき混ぜるタイミングも火の強さも、あっているはずだ。どこかで間違えたのかな…

 

私は液体をすくい上げて上からタラタラと垂らしながら考え込んでいると、周りの生徒達は小さな瓶に出来上がった薬を移して名前を記入しだしていた。

 

私はしょうがなく完全に失敗しているであろう薬を提出しようかと、側にあった瓶を手に取るとふわりと横から落ち着く香りがした。

 

「………青か……」

 

耳元で聞こえた声に私の心臓は突然緊張したように運動をしだす。

私の大鍋の中をかき混ぜるセブルスは、ちらりと私の方を見てきた。課題も色々とお世話になっている私は少し気まずくて視線をそらす。

 

「…これでも、教科書通りにやったのよ」

 

「…教科書通りにやったからと言って上手くいかない時もあるが、これは教科書通りにやれば失敗することなんてないはずなんだが」

 

「………でも青色も水色もそう変わらないじゃない?」

 

開き直った私の言葉には聞く耳も持たずに、セブルスは慣れた様子で余っている刻まれている薬草をナイフで潰し、汁を取り出すと3滴ほど入れて液体を優しくかき混ぜる。彼が、横髪を耳にかけた瞬間に私はなぜか見てはいけないものを見てしまった気がして視線を逸らした。

 

やばい………隣にいて、こんなに普通に会話できていること自体が奇跡に近いというのに…

 

耳に髪をかけている姿なんて、私の心臓がもつわけがない!

 

案の定、今すぐ破裂しそうなほど運動する心臓の鼓動を全身で感じながら自分を落ち着かせるために目を閉じて、深呼吸を繰り返す。

 

 

「………何をしているんだ?…」

 

 

声が聞こえて、彼の方を見るとセブルスは不思議そうに私の方を見ながら問いかけてきたが今の私には目の前にいるセブルスの色気にやられ何も答えられない。

 

彼は頭を傾げて、特に何も気にしていない様子で柄杓を手から離すとちらりとスグラホーンに視線を移した。

 

「…瓶に移すぐらいはできるだろ?」

 

大鍋を覗き込むと、濁っていた青色の液体は透き通った水色とまではいえないが確かにさっきよりかはましになっていた。

 

その場から立ち去ろうとするセブルスに、お礼を言わないとという思いに駆られながら、勇気を振り絞って声をかけた。

 

「………ありがとう…」

 

少し小さな声だったが、聞き取ってくれたセブルスは私の方を振り向くと少し口角を上げて優しく微笑んできた。

 

耳にかけていた髪がふわりと宙を舞うと、落ち着いたばかりの心臓がまた激しく動き出して体が熱くなったのが分かった。

 

 

 

………あぁ…やばい……

 

 

 

 

止まるどころか溢れてくるこの気持ちを蓋するように、私は瓶に薬を移す作業に集中する。

 

 

体がだんだんと熱くなり、どんなに考えないようにしようとしても、なぜか頭にはセブルスが微笑んできた映像が何回も流れ続ける。

 

 

 

………お願いだから、落ち着いて。

 

 

 

自分の体だというのにいうことが効かなくて、薬を少しこぼしてしまった。

 

 

 

もう、全部が愛おしい。セブルスの表情も仕草も、全部、全部愛おしい。

 

 

 

 

 

…………私だけのものにしたい…

 

 

 

 

私は口元を押さえて、今自分が思ってしまったことを消し去るように呼吸を繰り返す。

 

 

駄目、こんなこと思ってしまってはいけない。

 

セブルスはエバンズが好きなんだ。私じゃない。エバンズだけを見ているのだから…。

 

彼の幸せを願ってあげられない私がそんなこと思う資格なんてない。

 

 

 

 

外から見てもどうやら私の様子がおかしいことに気づいたらしく何人かの生徒達はこちらを見ながらヒソヒソと話しだした。

 

 

 

なんとか外に出さずに自分の体の奥底へ沈めることができた私は、呼吸を整えながら平然なふりをして瓶を提出した。

 

 

 

……いくら奥底に沈めようと、この気持ちは決して消えてくれない。跡形もなく溶けてくれたらどんなに楽なんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セブルスとポッターは顔を合わせるたびに杖を取り出し、喧嘩が勃発するのは相変わらずの光景だった。4年生にもなると、最初の頃と比べて喧嘩も激しくなっていた。だから少しハラハラされる事は何度もあったが、気づけばエバンズが止めに入っていたのでそう心配することもなくなった。

 

それなのに、何故こういう時にエバンズは居ないのだろうか。

確かに彼女もそう毎回彼らの喧嘩の仲裁に入るほど暇ではないのは分かる。しかし出来ればこういう時にこそ止め欲しいものだ。

 

雲ひとつない青空の下には、ポッターが自由自在に箒を操りながら乗りこなしている。彼は、何度も読み返しているような本を地面に足をつけて睨んでいるセブルスにちらちらと見せびらかすように落とす仕草をしてみたりしている。

そんなポッターを見上げながらセブルスは悔しそうに、怒鳴っていた。

 

「返せ!!!!!!」

 

どうやら虫の居所が悪いセブルスはいつも以上に怒りながら、今にも人を1人殺してしまいそうな目つきで睨んでいる。

 

「そんなに返して欲しければ自分で取りに行けばいいだろ」

 

ブラックは、少し馬鹿にしたように笑みを浮かべながらセブルスの足元に箒を落とす。セブルスが箒に乗るのが苦手な事ぐらい私も彼らもよく知っている。

セブルスは、箒を手にとって高い所を飛んでいるポッターを見上げると息を呑んでいた。

きっと少し怖いんだろう。だから飛びたくても、飛べない。

 

私はどうせエバンズがいずれ来て止めてくれるだろうと思いその場を離れようとしたが、ブラックの声が聞こえてきて、その気も失せてしまった。

 

「スニベルス、まさか箒に乗れないなんて事はないよな?」

 

何も言い返せず、黙り込むセブルスを見てしまっては助けない他にはなかった。私は廊下から中庭に出てセブルス達に近づき、呪文を唱える。

 

「アクシオ、箒」

 

セブルスが持っていた箒は私の手の中に飛んできて、セブルスは私の方を見つめていた。私が貸してと声をかけても彼が簡単には渡してくれないことぐらい大体想像がつく。

ブラックが何か言おうと口を開いたのが見えたがそんな事には目もくれずに、箒に跨って地面を蹴った。

 

どうやらこの箒は優秀らしい。少し傾けただけで簡単に方向を変えてくれるし、少し前のめりになればスピードを上げてくれた。

ポッターが飛んでいる高さまで上がると、少し驚いたような様子の彼は嫌味ったらしく話す。

 

「へぇ〜君得意なんだ」

 

「まぁ…貴方よりかは負けるけど」

 

「そんなに褒められるなんて照れちゃうな」

 

「その貴方が持っている本。返して欲しいんだけど」

 

私はポッターの言っていることは完全にスルーして、本に視線を移した。

 

「君のじゃないのに、返すなんておかしいだろ」

 

ポッターはへらへらと笑いながら本の表紙だけを持ち、ページが風で勢いよくめくりあがる。

 

「じゃあ、貸して。」

 

「残念ながら、これはスニベルスのものだからね。僕に言われても困るな」

 

「……だったら早く彼に返したらどうかしら」

 

「僕は、スニベルスに取りにきて欲しかったんだけどな………まあいいよ。そんなにお望みなら返してあげる」

 

そう言ったポッターの手から本が離れて、重量に逆らうことなく落ちていく。

 

体を前に倒して、落下し続ける本に手を伸ばしたが、本にかすりもしなかった。私は反射的に箒から宙へ体を放り投げた。本を抱きしめるように両手で抱える箒に乗っていない私の体は、当然すごい速度で下へと落下していく。

 

劈く悲鳴のような声が聞こえてきたが、私にはどうしようもできずに地面に叩きつけられたら痛いかなと思いながら私は青空を見つめた。

 

落ちていくのは本当にゆっくりに感じて、そろそろかなと思い私は少しでも痛みが和らぐようにと目を瞑ってみるが、体には何も衝撃はこない代わりに腕を誰かに思いっきり掴まれる感覚がした。

 

落下する風も何も感じなくなり、ゆっくりと上を見上げるとポッターが片手で箒に宙にぶら下がりながら、私の腕を握って凄い顔をしていた。

 

「絶対動くなよ!!!」

 

ポッターは、額に汗をかきながら私の腕を握り続ける。彼の手が箒から離れてしまいそうなのを見て、私はポッターに話しかけていた。

 

「離していいよ…………この高さだったらどっかの骨が折れるぐらいだから」

 

「はぁ⁈何言っ「私が落ちたらすぐに先生を呼んで」

 

私の腕を握っているポッターの指を一本ずつ離して、私の体は再び宙に投げ出された。真っ青になったポッターの顔がだんだんと小さくなっていき、地面が近づいてくるのが分かった。

少し怖かったが、セブルスの本が自分の手の中にあるのを感じて私は痛みに耐えれるように目を閉じる。

 

さっきよりかは落下の速度もそんなに速くないし、腕が折れて背中が痛むぐらいだろうと思っていると背中ではなくお腹に突然殴られたような衝撃に襲われ私の体は落下するのをやめていた。私は恐る恐る目を開けてみると、目の前にいたのはセブルスだった。

彼は私の体をかろうじて抱きかかえて、そのまま壁に激突したらしい。

だから背中ではなくお腹に衝撃があったんだ。

……その他に衝撃がなかったのは壁にぶつかる時にセブルスがわざと私を庇うように自分を盾にしたからだと、辛そうに顔を歪めるセブルスを見てわかった。

 

セブルスが左腕をゆっくりと私の背中に回して安定するようにするもんだからセブルスと私は向き合った状態でさらには、彼にもたれかかる体勢になってしまっていた。薬草とどこか懐かしい香りがして、心臓が飛び出そうなほど鼓動を早くなったのが分かり、体温が上がる。今絶対顔が真っ赤になっている自信しかない。

 

何も言わないセブルスは、ゆっくりとそのまま降下していく。

 

 

………この時間が…ずっと続けばいいのに

 

 

力なくだらんと垂れ下がる右腕を見て、そんな気持ちも一瞬にして消え去った。

 

地面に足がついた瞬間に、セブルスは痛そうに右肩を押さえ出して、私から離れていく。その瞬間に、血の気が引くと体に嫌な汗が流れた。

私はセブルスに駆け寄って怪我をしていない左腕を引っ張った。

 

ポッター達に構っている暇などない。

 

早く医務室に連れて行かないと!!

 

そればかりが頭をよぎり私はセブルスを連れて医務室に駆け込んだ。私があまりにも顔色を悪くしていたからだろう。マダムはすぐに駆け寄ってくれてセブルスの治療をしてくれた。

 

「落ち着きなさい。肩は脱臼しただけです。すぐに治ります」

 

マダムは私を安心させるような言って、セブルスと何か話して医務室から出ていく。

 

私は手に持っている本に視線を落としカーテン越しにいるセブルス話しかけていた。

 

「………本……ここに置いとくね…」

 

気まづくてこの場から逃げ出したくて、私はそう言うのが精一杯だった。

 

セブルスを助けたくて行動を起こしたはずが、逆に彼を怪我させてしまった。

 

 

………私のせいだ……

 

 

罪悪感が押し寄せてきて私が立ち上がった時、セブルスの声が聞こえてきた。

 

「……怪我…なかったのか…?」

 

私は答えずに頷いた。答えることができなかった。声が出なかった。

 

……本当に、私は臆病だ…

 

「……………そっか………よかった………」

 

どうやらカーテンに映っている私の影を見たらしく安心したように小さく呟いた声が聞こえてきた。

今、この状況だったらお礼を言えそうな気がして私は勇気を振り絞って彼の名前を口にする。

 

 

「……セ「セブ!!!!!!!!!」

 

 

私の声は、耳に響くような大声と重なって消えていった。

 

どうしていつも彼女が来るのだろう。

 

どうして彼女は邪魔ばかりしてくるの…

 

思いっきり開いた扉には、エバンズがいた。エバンズは私と目が合うと気まずそうに逸らして、奥に進んでいく。

 

「セブ大丈夫⁈怪我をしたって聞いて」

 

「……リリー…大丈夫だよ」

 

カーテンに2人の影が動いているのを見て、最近はあまり生まれなかった気持ちがふつふつと浮き出てきた。

心臓が苦しくなり、辛くなる。これが嫉妬だってことぐらい知っている。

 

私は、本を腰掛けているベッドに置いて静かに医務室を後にした。

 

 

最近は、エバンズを徹底的に避けてきた。だから、こんな思いなんてせずに済んだ。

久々に感じるこの胸の苦しみに耐えながら、私は廊下をひとりで歩く。

 

 

きっと……今日は、セブルスの体に触れてしまったから、セブルスの温もりを香りを感じてしまったから、だからこんなに辛くて苦しいんだ。

 

 

貴方の温もりに触れてしまったら、そんな幸せな時間があることを知ってしまったら………私はもっと求めてしまう。

 

今セブルスが生きているだけで幸せなはずなのに、ただ話しているだけで幸せだったはずなのに人間なんて貪欲で自分勝手だ。

 

もっともっとセブルスに触れていたい。貴方に優しく抱きしめられて、私も抱き返して、何でもないことで笑いあって、辛いことも悲しいことも2人で分け合って、彼女を向ける目を、私に向けてほしい。彼女の名前を呼ぶように私も名前で呼んでほしい。

 

 

 

 

 

…彼女じゃなくて、私を見て

 

 

貴方の幸せさえも祈ってあげられない私が、こんなことを思う資格なんてない。

 

でも、ただただ愛しいの。私の手が届かないことぐらい分かってる。私に振り向いてくれないのも知ってる。何度も何度も諦めようとした、忘れようとしたけど無理だった。

 

だから……せめて…

 

 

 

 

 

 

貴方のことを愛しく想うことぐらい許して。

 

 

………決して口に出したりして、貴方を困らせたりはしないから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年のクリスマスは、家に帰った。最後まで残ろうかどうか悩んでいたのだが、どうやら帰って正解だったらしい。…何故か今年のクリスマスはエバンズも残っていたらしいから。

 

 

 

 

 

 

降り積もった雪もだんだんと溶け出している景色を眺めながら私は大量に出された課題を抱え歩いていた。

どうやら来年にあるO.W.L試験に備えてらしく、ひと山は出来そうな課題が出たのだ。課題を出せばいいってもんじゃない。こんな量をやったところで私の頭の中に入る訳などなかった。

溜息をついて、図書館から寮に戻ろうと廊下を歩いていると、私が今避けている人物が目の前に立っていた。まるで私を待ち伏せしていたかのように仁王立ちしている。私はすぐさま背を向けてその場から逃げようとするが、課題を持っているので簡単に腕を掴まれてしまった。

 

「…何か用?」

 

顔だけ振り返り私の腕を握っているエバンズに声を低くして問いかける。

 

「……貴女が私のことを嫌っているのはよく分かったわ。……でも、理由を教えてほしいの。私がいつ貴女に嫌われるようなことをしてしまったのか。」

 

「……それを貴女に言ったところで何になるっていうの?」

 

私はエバンズを睨みながら、言うと彼女は変わらず明るめの声で話を続けた。

 

「……何にもならないわよ。……ただ教えてほしいの」

 

「………理由なんてない。あんたを嫌いになった理由なんて必要?」

 

何かしら理由があると思っていたであろうエバンズは少し傷ついたように顔を歪めたが、すぐに元に戻して私を見つめてくる。

 

「………貴女には、友達がたくさんいるじゃない。…別に自分のことが嫌いな奴にそんなに構って何がしたいの?」

 

私は今思ったことを、エバンズに問いかけてみた。どうして今更そんなことをわざわざ本人に聞かないといけないのだろうか。

 

「………セブ……セブが最近闇の魔術に前よりも没頭しているの。…私が何度言っても聞く耳を持ってくれなくて…でも貴女だったら!」

 

「……私が彼を止めれるとでも思ったの?」

 

エバンズは、静かに頷きまた口を開いた。

 

「貴女と話しているところはよく見かけるし、それに同じスリザ「同じ寮だからなんなの?」

 

私の冷たい声に凍りついたように、彼女は固まった。目を点にして私を見つめてくる。

 

「私よりも貴女の方が彼のことを知っているんじゃないの?私よりも前に出会っているんだから」

 

「でも、私じゃ駄目なの。私の声は彼に届かない」

 

届かない…?……彼女は何を言ってるの?なんでそんなに気づかないの?

 

 

「…………よくそんなことがすらすらと言えるわね……届かない?冗談もいい加減にして!」

 

私は、エバンズの手を振り払って彼女を睨みつけた。

 

「………どうして嫌いな奴の頼みをわざわざ聞かないといけないのよ」

 

エバンズの隣を通り、私は寮の中に逃げ込んだ。

 

貴女の声が届かない? ふざけないで!

 

少し考えてみればいい、すぐにわかることじゃない。あんな分かりやすい反応を見ていれば、貴女に気があることぐらいすぐに気づくはずでしょ⁈

 

 

…セブルスには貴女の声しか届かないのよ

 

 

今すぐにでもエバンズに言ってやりたい気持ちをぐっと堪えて、ベッドに飛び乗った。

 

 

 

 

 

……セブルスは彼女を彼女だけを永遠に想い続ける。

 

 

 

 

どうして………彼女なの…

 

 

どうして…

 

 

 

 

私じゃないの………

 

 

 

 

ほらまた醜いものが溢れ出てきた。

 

 

 

 

 

 

それからは全てが、あっという間に過ぎていき、学年末試験を終えてしまうともう夏休みが迫ってきていた。今回の試験はセブルスのおかげもあって結構手応えは感じている。

セブルスとの仲は、別に良くもなく悪くもなかった。進展なんてしてるはずもなく、お互い友達とはいえない微妙な距離を置いて接していた。

セブルスにも、エバンズがあまり良く思っていない友達が何人か出来たらしく、私が話す機会も減った。今までは、お互い浮いている存在同士何となく話している時もあったからしょうがないと思う。だけど、セブルスと話していただけの時間は私にとって暖かいものだったから、少し寂しくて、何か物足りないのを感じていた。

それでも、彼と彼の友達の間に割って入るほど私に勇気があるわけがない。少し楽しそうに話すセブルスを見てしまえば、遠くから見ているだけで幸せだと思ってしまう。

それなのに、何故かエバンズとセブルスが2人で仲良く話す光景だけは頭も体も拒絶する。

 

ほら今こうして、廊下の窓からひらけている中庭に2人が仲良く話す姿が目に入っただけで私は無意識に抱えていた教科書のページを握りしめて、2人の後ろ姿を睨みつけている。私の心臓は苦しそうにゆっくりと動いて締めつけられるような痛みに襲われた。セブルスはそんなことも知るはずもなく、エバンズを見て笑っている横顔が視界に入った。

 

最初の頃に比べるとセブルスとも話すようになった。だけど、いくら頑張ってもセブルスはエバンズを見るような目で私を見てくれないし、彼女にだけ向けるあの笑顔は私には見せてくれない。

 

 

……大丈夫…私は大丈夫………

 

 

自分に言い聞かせるように何度も繰り返しながら廊下の壁にもたれかかる。

 

 

…………平気だから…泣かないで…耐えて

 

 

 

泣きそうになるのを堪えるために目をつぶって俯いた。こんな生徒が行き来しているような廊下で泣いたら、絶対にセブルスに気づかれてしまう。騒ぎを駆けつけて、エバンズの後から、私が泣いているのを見て彼はなんと思うのだろうか。

 

考えただけで、怖い。

 

 

 

「…………大丈夫…ですか?…」

 

 

 

前から声が聞こえてきて、ゆっくりと顔をあげると意外にもレギュラスが心配そうに私を覗き込んでいた。目が合った瞬間少し気まずそうにしながらも、話しかけてくる。

 

「………顔色が悪いですし…医務室に行きますか?」

 

「……いや、少し考え事をしていただけなの。気にしないで。」

 

私が笑いながら言うと、彼は少し考えるように黙り込みそして口を開いた。

 

「………とりあえず、寮にでも…一緒に行きましょう…ここに放っておけませんし…」

 

目の前にいる彼は心配になるほど優しすぎる。…嫌いな私がいくら体調が悪そうだからといってわざわざ話しかける必要なんてないだろう。それにあのパーティーで、兄と対立したぐらいなのに。

 

前を歩くレギュラスの後をゆっくりとついていき、横に並ぶと突然小さな声が聞こえてきた。

 

「………貴女のお兄様に怪我を負わせてしまい、申し訳ありませんでした。」

 

あまりに突然なことだったから聞き逃しそうになったが、そんなことよりも少し申し訳なさそうに落ち込んでいるようなレギュラスの方が気になっていた。

 

「……いや、気にしないで。………大した怪我じゃなかったし、兄も自分が悪かったと言っていたから」

 

「………そうですか…」

 

周りを行き交う生徒たちの話し声や足音で時々聞こえづらくなるが、それでも耳に入ってきた。

 

「………あまり無理して、私に話しかけないでも大丈夫よ。……」

 

レギュラスの方は見ずに、私は前を向いたまま話を続けた。

 

「辛いでしょ?気にくわない奴と話すのは」

 

「何を言っているんですか。そんなことありませんよ」

 

お手本のような笑みを浮かべるレギュラスの横顔を見た瞬間少し恐ろしく感じた。

 

 

 

 

………こんなに温かくない笑顔は初めて見た…

 

 

 

「…貴方が純血主義の考えを支持していることぐらい知っているし、……そんな笑顔を浮かべるぐらいのなら私に構わないで。」

 

 

もう少しで寮に着くというのに、レギュラスは足を止めて私の方を見てくる。

 

 

「………どういう…意味ですか?…」

 

 

「………貴方が優しい気遣いで私に今こうして接してくれているのは、もちろん分かってる。…浮いている私に情をかけて話しかけてくれたんでしょ?」

 

 

何か言いたげな彼の口からは、言葉は出てこなくて私は静かに言葉を繋げた。

 

 

「………でもそんな笑っていない笑顔を向けられても嬉しくないし、見ている方が苦しくなるのよ」

 

 

「…………面白いことを言うんですね……………

 

笑ってない笑顔ってどんな笑顔なんですか?」

 

 

ほら、また冷たい笑顔を浮かべてくる。

 

まるでこのタイミングで笑うようにと設定されたロボットみたいなのだ。彼の笑顔は、とても冷たくて、見ている私まで苦しくなる。

 

「…………それのことよ………

 

 

 

 

気にかけてくれてありがとね……」

 

 

私の言葉を聞いたレギュラスがゆっくりと自分の頰を触ったのを見て私は寮に逃げ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

動き出しそうなホグワーツ特急に急いで乗り込み、空いているコンパートメントを見つけ腰掛けた。色々と詰め込んだトランクを上に置いき、隣にお腹が空いたのか鳴いているアテールが鳥かごの中から嘴で突いてくる。

 

「分かったから。後からお菓子買ってあげるから」

 

その言葉に満足したように、ホォーとひと鳴きすると毛づくろいを始めた。窓にもたれかかり、動き出すのを待っていると控え気味にコンパートメントの扉が開く音が聞こえてきた。

 

 

「………いいかしら…他どこも空いてないの」

 

 

気まづそうに笑いながら私に訪ねてくるエバンズの後ろにはセブルスがいた。私は少し溜息をついて一言だけ返す。

 

 

「……えぇ……」

 

 

私の言葉にホッとしたような表情を見せてエバンズは平然と中に入ってくる。どちらかというとセブルスの方が、私と彼女を交互に見て心配そうな表情を浮かべていた。

 

私は寝るのをやめて、本を開き読み進めることにした。コンパートメントには私がページをめくる音と、2人の会話だけが響き、外の方が騒がしいぐらいだ。

 

おばちゃんがカートを押しながら、お菓子を売っている声が聞こえて、私は立ち上がりコンパートメントの扉を開けた。

 

「かぼちゃパイと蛙チョコ1つずつ」

 

皺くちゃな掌にコインを置き、おばちゃんからかぼちゃパイと蛙チョコを受け取って席に着くと、エバンズも百味ビーンズを買っていた。彼女は、隣に座っているセブルスに百味ビーンズを分けて、2人はまるでピクニックに来ているようで楽しそうだ。

 

「ん!ピーチ味だわ。今回は当たりねセブは?」

 

「チョコ味だよ。」

 

「良かったわね。この前、ゲロ味当ててたからね」

 

「あれは、本当にまずかった…」

 

2人は思い出したように笑い声をあげてた。私はというと、かぼちゃパイを小さくしてアテールの口に運んでやっていた。アテールは食べ終わると満足そうに鳴き、体を丸める。

 

私は2人の会話を聞き流しながら、蛙チョコの封を開いて逃げようとするチョコをタイミングよく捕まえた。小さい時によく兄と蛙チョコを食べていたから慣れたもんだ。

 

口に運ぶと甘い香りが一気に広がっていき、おまけのカードを見てみるとサラザール・スリザリンだった。私は、セブルスにそのカードを渡そうと腕を伸ばしていた。

 

「……あげる」

 

セブルスは、困ったように眉を下げながらも受け取ってくれる。

 

「……男の子ってこういうのは集めるの好きでしょ?」

 

私がお菓子のゴミ屑を片付けていると、今度はエバンズが私に百味ビーンズを渡してくる。

 

「良かったらいかが?」

 

「………悪いけど、私嫌いなの。それ」

 

「…そお……残念ね」

 

エバンズは気にしてない様子でまた百味ビーンズを食べだした。

 

 

 

駅に着くまで、私は2人の会話を聞き流しながら本を読み続けた。楽しそうに話す2人を見て、時々気が狂いそうになったがそれでも楽しそうに笑っているセブルスをみると楽になって私まで楽しい気持ちになった。

 

ただ、幸せそうに笑うセブルスを見るたびに私は少し胸が締め付けられるような痛みに襲われて、あまり直視はできない。

 

 

………来年……この2人の関係が…壊れる…

 

 

 

本を読んでいても全くと言っていいほど内容なんて頭に入ってこなかったしページをめくるのを忘れるほど余裕がなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

駅に着き、汽車から降りる準備をしていると先に2人がコンパートメントを出ようと扉に手をかけた。

 

「…ありがと。席を分けてくれて」

 

エバンズがお礼を言ってきたが、私は返事もせずに視線を逸らした。セブルスが彼女の後に続いて出ようとする時、私は無意識に彼を呼び止めていた。

 

 

「…待って。」

 

 

セブルスは動きを止めて不思議そうに見つめてくる。本当に、呼び止めれただけでも褒めてほしい。

 

…分かってる。言葉にしないと、声に出して言わないと伝えたいことも伝わらない。

 

何か言わないといけないというのは分かるのだが、いざ目の前にすると緊張して言葉が喉で引っかかってしまう。

 

彼を呼び止めた理由は分かっていた。……最後まで悩んでいたのだ。彼に少しでも幸せになってもらうために、忠告をするかしないかを。

 

でも……でも

 

 

考えれば考えるほど、頭の中は混乱してローブを握りしめる手の力が強くなっていく。

 

 

来年貴方は彼女のことを穢れた血と呼んでしまうから、だから気をつけて……

 

なんて言えるわけがない。私が黙り込んでいると、セブルスは頭を傾げて私の言葉を待っていた。

 

 

「………っあ「セブ⁈行くよ〜!!!」

 

 

タイミングよく遠くで彼を呼ぶエバンズの声と重なり、私はもう言えなくなった。

 

 

「…うん!ちょっと待って!……それで、何だっけ?」

 

 

2人が幸せそうに笑いあっている姿が脳裏に浮かぶとやっぱり私には言う勇気なんてなかった。

 

「………いや、何でもないの。……ごめんなさい、引き止めて」

 

不思議そうな表情をしたセブルスはコンパートメントから出て行こうとするが、思い出したように振り返ると私にお礼を言ってきた。

 

「………そういえば、チョコのカードありがとう」

 

少し照れくさそうに言うセブルスは、それだけ言うと急いでエバンズの元に駆け出していった。

 

心臓の鼓動が早くなり、ドクンドクンうるさかった。

 

アテールも早くコンパートメントから出たいのだろう。鳥かごの中で私に向かって鳴き始めた。

 

 

 

「うるさい」

 

 

 

アテールに言ったのか、それとも自分の心臓に言ったのか自分でも分からない。

 

体が熱くなったのは夏の気温のせいにして、私もコンパートメントを後にした。

 

 



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15 来てほしくない未来

夏休みを迎えたからといって嬉しい気持ちになるわけがない。終わるかどうかも分からない課題の山に、この夏休みが終わればあの出来事が起こる一年が始まるという現実が待っている。

 

 

このまま時間が止まればいいのに………

 

 

私は叶わないことを思いながら兄がくれた魔法のかかったコインを机の上でコロコロと転がした。

 

 

………そしたら…セブルスがエバンズにあんなことを言ってしまうこともなく、平和に過ごせるのに。

 

………ずっとこのままだったら……

 

 

…………セブルスが死ぬこともないのに…

 

 

考えたことを消し去るように、コインが机から落ちる直前に拾い上げて、目の高さまで上げる。

 

 

………これ、無くしそうなんだよな…

 

 

 

クリーチャーに渡していない方のコインは学校には持っていかず家の机の引き出しにしまっておいたのだが、それでも無くしてしまいそうで怖かった。

 

 

クリーチャーにコインを渡したからといって、レギュラスが救えるという訳でもない。それにそもそもクリーチャーが使ってくれるかどうかはその時にならないと分からない。さらにいえばコインをその時まで持っていてくれているのかさえも分からないのだ。

 

 

………それにしても…驚いたな…彼から話しかけてくるなんて

 

 

 

3年間も一言も話さなかった私に、更にいえばよく思っていない私にわざわざ親切心だけで話しかけてくるだろうか?

 

 

………何かしら……訳があって話しかけてきたと言った方がしっくりくる。

 

 

兄の怪我のことを謝るためなのか、それとも別の事があって私に話しかけなければならない状況だったのか。

 

 

考え込んでいる私の手から握っていたコインが滑り落ちて、音を立てて床を転がった。

 

 

「…あ〜ぁ…もう……」

 

 

拾うのが面倒で溜息をつきながらしゃがみこんでコインを拾い上げると、ふとあることが浮かんだ。

 

 

………クリーチャーが自分に見覚えのないコインを持っているのをレギュラスが目にしたら彼はどうする?

 

 

…私だったら…それは誰に貰ったのか問いただす。

 

 

…きっと…ほとんどの人がそうするだろう……

 

屋敷妖精は主人に忠実だ。…高確率でクリーチャーは、レギュラスに話すだろう。

 

 

そこまで考えてなかった……レギュラスには何も知られずに事を進めると簡単に考えていた私が馬鹿だった。

 

 

 

 

まぁ…渡してしまったものはしょうがない。

 

 

別にレギュラスの命を助けようが助けまいがセブルスの死には直接関係はしてこないだろう。コインを捨てられたら、彼が私の知っている物語通り死ぬだけだ。

 

 

とりあえず無くしそうなこのコインをアウラに預けておこうと思い、ポケットにしっかりとしまいこんで部屋の扉を開けると何やら賑やかな声が聞こえてきた。どうやら玄関の方からしているようで、ここまで声が聞こえるということは相当声が大きいらしい。

 

吸い込まれるように声がする方へと向かうと、扉の前で父と母、そして2人の人影が見えた。二階の手すりで乗り出す体を支えながら名前を口ずさむ。

 

「……セリーヌ叔母さん……?…エド叔父さん!!!」

 

顔がはっきりと見えた瞬間に、私は2人の元に駆け出して思いっきり抱きついた。

 

「レイラ、大きくなったねぇ〜元気にしてた?」

 

少し男勝りの叔母は、しっかりと私を抱きしめてくれると笑いながら頭を撫でてくる。

 

「……レイラ?…あの?」

 

背が高く滅多に表情を変えない叔父は、少し驚いたような表情を浮かべながらジロジロと私を見つめてきた。

 

「レイラよ。あの時の」

 

叔母とは四年ぶりだし、叔父に至っては私がまだ9歳ぐらいの時に遊んだのが最後だった。

 

「…………背…伸びたね…」

 

感心したように優しく撫でてくる叔父を見つめながら私は緩みっぱなしの頰をあげて笑いかけた。

 

 

「そろそろ離してあげなさい。レイラ」

 

 

笑いながら言ってくる母の声を聞いて初めてずっと叔母に抱きついていることに気がついた。私は言われた通り叔母を抱きしめるのをやめて、2人に話しかける。

 

「今日泊まってくの?」

 

私が期待しながら見つめたからだろう。そんなつもりなどさらさらなさそうだった2人だったが、しょうがなさそうに笑ってくる。

 

「じゃあ、そうしようかな」

 

叔母の言葉を聞いた私は、すっかりコインのこともこの夏休みが終わったら訪れる出来事も忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

外はすっかり暗くなり、私の部屋で叔父と叔母にあれやこれやと言って聞かせた。叔母は大笑いをしてくれて、叔父は紅茶を飲みながら少し頰が緩んでいた。長い間会っていないと話すことも沢山あって、私は休むことなく話を続けた。

 

話が終わった後は魔法のチェスを叔父の力を借りながら叔母と対戦したり、アルバムを引っ張り出してきた叔母が小さい頃の私と兄の写真を見せてきながら昔話をしてくれたりとのんびりとした時間を過ごしていた。そんなところに突然扉を叩く音が聞こえ、アウラが顔を覗かせ口を開く。

 

「……セリーヌ様、ご主人様がお呼びになっております。」

 

「…分かったわ。今いく」

 

そう言った叔母は今までの表情とは一変し、一瞬叔父の顔を見た気がして何かが引っかかった。

 

「じゃあ、レイラ。エドに昔のように遊んでもらいなさい。」

 

すぐにいつも通りの笑みを浮かびながらからかってくる叔母は、アウラの後をついていくように部屋から出て行った。

 

 

「…………レイラ…読み聞かせでもしてあげようか?」

 

何か悪巧みをするように口角を上げる叔父は、普段は冗談を言わない人だから少し不気味に聞こえた。

 

「何を言ってるのよ。そんな歳じゃないわ」

 

笑いながら言う私を見て、どこか安心したように眉が下がったのがわかった。

 

 

「…………ところで…レイラ、兄からこれぐらいのペンダントは貰った?」

 

 

指で丸を作り、尋ねてくる叔父の言葉を聞きながら紅茶を一口飲む。

 

 

「貰ったわよ。ちょっと前のクリスマスで…それがどうかしたの?」

 

 

 

「いや、……そうならいいんだ。」

 

 

 

何か誤魔化すように言った叔父はマグカップを傾ける。

 

 

…………何か知っている……

 

 

叔父は、あのペンダントの使い方を知っているのかもしれない。そう思ったら、聞かないわけがない。

 

 

 

 

「ねぇ、エド叔父さん?」

 

 

「ん?」

 

 

 

 

「………何か知ってるの?ペンダントのことについて」

 

 

ペンダントとという言葉を聞いた一瞬だけ、叔父の体が固まったような気がした。

 

 

 

「…ペンダントの存在は知っているよ。……でも、レイラが期待しているようなことは知らないと思うよ」

 

 

 

表情が変わらない叔父を見ていると、何故かセブルスと重なる。

 

 

 

「……そんなことより、好きな人はできたのか?」

 

 

タイミングが良すぎて、私は紅茶を吹き出しそうになるのを堪えながら何とか飲み込んだ。

 

 

 

「急にどうしたのよ…らしくない」

 

 

「少し気になっただけだよ…まぁ、その反応だといるんだね…好きな人」

 

 

どこか楽しそうな叔父は余裕そうに、ソファーに深く腰掛けた。

 

 

「……きっと素敵な人なんだろうね…レイラが選んだんだから」

 

 

 

素敵…か

 

 

 

微笑んでくるセブルスの顔が浮かんできて、私は無意識に声に出していた。

 

 

「………えぇ…そうね…不器用だけど…優しくて……落ち着くの……もっと2人でいたいと思うほど」

 

 

自分が何を言っているのかを気づいた時にはもう遅くて、これ以上ないほどにやけている叔父の顔が見えた瞬間恥ずかしくて部屋を出ることしか頭に浮かばなかった。

 

 

「ちょっとトイレ!!!」

 

 

後ろから何か言ってきたような気がしたが、熱くなっている頰を触りながらとりあえず廊下を歩き進めた。

 

勿論トイレなんかに行きたいわけもない。少しこの体温の上がった体を冷やしたくて飛び出してきただけだ。

 

 

恥ずかしさで少し汗をかくほど熱くなった体を冷やすために服を動かし風を送り込みながら歩いていると微かに声が聞こえてくるのに気がついた。

そこは、応接間で扉の奥からは何やら深刻そうな会話が耳に入ってくる。私は扉にゆっくりと近づいて耳を澄ました。

 

 

 

「………でも……何のために…?」

 

 

「……分からないが…本格的に動きだしたと考えるしか…ない」

 

 

「………身を隠し……人も……と…聞いたわ」

 

 

あまりに途切れ途切れで何を話しているのか分からないが、声が叔母と父そして母のものだということは分かった。

 

 

「………万が一………の時は…」

 

 

「……大丈夫………分かってる…エドにも……伝えたわ」

 

 

「…………貴方達は……大丈夫…の?」

 

 

「………今の…ところは…」

 

 

「……それでも…一応…………を用意しといた…方がいい」

 

 

 

盗み聞きをしているから、こんなに緊張しているのかどうか自分でも分からない。ただ、冷や汗が背中を伝ったのが分かった。

 

 

 

「………それにしても…ノアは…こんな時に大丈夫なの?」

 

 

「……心配ない………あの子が…あそこに行くのも…これで一旦最後に…なる」

 

 

「………はい…これ…手紙よ……なんとか無事…終わりそうだと…」

 

 

「…………やっぱり…やめといた方がいいんじゃない…」

 

 

「………あの子自身が…望んだことだ……それを出来るだけ…後押し…する…」

 

 

「……アメリア………貴女…は平気…?…」

 

 

「…大丈夫よ……何度も3人で…話し合って…決めたことだから………ただ…レイラが…これを知った時が心配なの…「レイラ」

 

 

 

突然後ろから聞こえてきた私の名前を呼ぶ声に、心臓は飛び跳ねて体がびくりと反応した。ゆっくりと振り返ると叔父がいつもと変わらない表情で、話しかけてくる。

 

「……もうそろそろ…寝る時間だよ…」

 

怯える小動物を扱うように、叔父は私の頭を優しく撫でると背中を押してきた。

 

 

……どういう意味なんだろう?

 

……ノアは、……ドラゴンの研究に行ってないの?

 

 

 

………叔父は、叔母は、父は、母は、兄は

 

 

 

 

………何を隠してるの…?

 

 

 

 

 

聞けない、聞けるわけがない。

 

 

 

『ただ、レイラがこれを知った時が心配なの』

 

 

確かにあの時聞いた声は母のものだった。

 

 

 

 

 

私がベッドに潜り込んだのを見た叔父がゆっくりと扉を閉めたのを見届けたが、当然瞼を下ろしても眠れるはずがなかった。

 

 

 

…どこにいるの?…ノア………

 

 

 

 

 

兄は今一体どこに行っているのだろう……

 

 

 

 

 

 

私が聞いてはいけないことを聞いてしまったことはきっと確実だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

すっきりと目を覚めることができるわけもなく、朝一ででないといけなかった叔父と叔母を見送った時に私を安心するように頭を撫でてきた叔父の手の感触は今だに残っていた。

 

 

 

私は溜息をつきながら、机に頬杖をつきぼーと外を眺める。

 

 

 

盗み聞きをした私が悪いのだから聞けるわけもないし、どうせ、父や母に聞いたところで誤魔化されるのだろう。

 

 

 

机の上に今だに積み重なっているコインに視界に入れた瞬間、あんなに重かった私の体は一気に軽くなった。

 

 

……コイン!!!!どこにやったっけ⁉︎

 

 

私は慌ててポケットを触ってみるが、昨日着ていた服のポケットに入れたのだからあるはずもなく、アウラの姿を探すために部屋を飛び出した。

 

 

「アウラ!!!」

 

 

前を歩くアウラは振り返り、いつもの調子で丁寧に話してくる。

 

 

「何でしょう?お嬢様」

 

 

「昨日、私が着ていた服洗った?」

 

 

「…いえ、今からするつもりでしたが……」

 

 

「お願い。洗う前にここに持ってきて」

 

 

焦っている私を見て何か感づいたアウラはすぐに私の服を持ってきてくれた。服のポケットからは案の定一枚のコインが出てきて、安堵の溜息が溢れると全身の力が抜けた。

 

 

 

「………アウラ…少しお願いがあるんだけど」

 

 

 

座り込んでいる私はアウラと丁度視線合って目を見つめながら私は彼の手にコインを渡す。

 

 

「……これを私の代わりに持っといて。…何かしら反応があったら、私に教えて…あっ…これは誰にも言っちゃダメよ?」

 

 

頼まれたことが嬉しいのか、アウラは瞳を輝かせながら元気よく返事をする。

 

 

 

……もうこれで…無くす心配もないし…

 

 

 

とりあえず一段落したと思いたかったが、

 

 

 

 

 

 

 

 

…………もうすぐ夏休みも終わる。

 



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16 すれ違っては傷つけあう

 

 

夏休みもあっという間に過ぎて、私はホグワーツに着くなり溜息が溢れた。叔父と叔母に久しぶりに会ったことも、母と2人でゆっくりとお茶をしたのも、一度だって父に勝てなかった魔法のチェスを過ごした時間も遠い昔のように感じた。……つい最近、記憶を思い出したような気がしたのに、思い出して今年で3年目だ。

遂にこの年を迎えてしまった。

……全てが狂い始め、すれ違いが始まってしまう年。

 

 

出来れば……帰りたい…

 

 

私は、何も考えず平和に過ごしていた夏休みの時間を思い出して心から思った。

 

組分けも終わり、食事を楽しむ生徒達に紛れながら私は食べる気も失せて頬杖をつきながら溜息ばかりをこぼしていた。溜息しか出てこなかった。私がいくら悩んでも行動に移さなければ、変わることもない。頭でわかっていても行動に移すなんて私には出来るわけない。

 

セブルスとエバンズが無事幸せになったら私はどうしたらいいの?

…それだけは、無理だ。セブルスにとってそれが一番の幸せだってことぐらい十分に分かってる。

 

…だけどね

 

 

 

………彼女に取られたくない

 

 

 

 

これが私の本当の気持ち。ドロドロとした汚くて醜いもの。こんなもの捨てられるのならもうとっくに捨てている。

 

 

 

 

私は、その日から助けを求めるように本やペンダントを開いて時間を過ごすことが多くなってきていた。本に話しかけても何も返ってこないし、ペンダントの使い方だって未だ分からずじまいだ。父に聞いてみてもいずれ分かるよの一点張りで、何も教えてくれない。

でもこのペンダントがあると、何故か心が落ち着くのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

ハロウィン一色に染まったホグワーツには、ハロウィンを楽しむ生徒達の声で溢れかえっていた。一応お菓子は持ってはいるがあげる相手もいないので減る様子もない。

 

魔法をかけて耳や尻尾を生やしたりと簡単な仮装をしている生徒達もちらほらといて、彼女も例外ではなかった。

 

「セブ〜トリックオアトリート!」

 

エバンズの声は本当に耳に入りやすく、私は反射的に声のした方を見てしまった。牝鹿の耳を生やし、セブルスに駆け寄っていた。好きな女の子が獣の耳をつけているだけで、それはそれはもう天使のように見えるのだろう。私の方からではセブルスの顔は見えないが、絶対に真っ赤になって固まっているに違いない。

 

 

「早くお菓子ちょうだいよ。じゃなきゃ悪戯しちゃうぞ……なんてね」

 

 

笑いながら言うエバンズはセブルスからお菓子を受け取ると、ローブのポケットから取り出した手作りらしきお菓子を彼に渡していた。

 

私は何も見ていない振りをして、その場を立ち去る。

 

最近は嫉妬することもなくなった。

 

 

それは……心の何処かで、

 

 

今年あの2人は、仲が悪くなるんだ。

 

 

 

と安心しきっているからだと思う。

 

……セブルスにとっての最悪の出来事を本気で止めたいとは思えない私はもう腐ってる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いいですか?今日は移動呪文を練習します。呪文はロコモーター、はい皆さん一緒に」

 

 

「「ロコモーター」」

 

 

椅子の上に更に分厚い本を重ねてその上に立ちながら、授業を進めるフリットウィックの満足そうな顔を見ながら耳を傾けた。今は私が得意な呪文学で、新しい呪文を覚えるのが楽しみで仕方がない。

 

「よろしい。この呪文を唱えた後に、移動させたい物を言って移動させたいところへ杖先を向けます。……とりあえず、私がお手本を見せますので見ていてください。」

 

フリットウィックは、少し咳払いをして慣れた手つきで杖を振る。

 

「ロコモーター、コップ」

 

彼の隣の机に置いてあったはずのコップは、生徒の前に移動していた。

 

「移動させるのはそうですね…じゃあ羽根ペンにしましょうか。さぁ、やってみましょう」

 

フリットウィックの声が教室に響くと一気にそれぞれ呪文を唱える声で騒がしくなる。私は杖を握り、とりあえずフリットウィックの隣にある机に杖を向けて呪文を唱えた。

 

「ロコモーター、羽根ペン」

 

周りの生徒たちは、何やら苦戦しているようだったが、私は意外にも簡単にやってのけた。

 

「おぉ〜、皆さん。Ms.ヘルキャットが見事な移動呪文を披露してくれましたよ。スリザリンに5点差し上げましょう」

 

フリットウィックが褒めてくれたおかげで、私は一気に注目の的になりクラス中から軽く睨まれるているであろう視線を感じながら、何も言わずに羽根ペンを自分の元に戻す。

 

呪文を唱える声で騒がしくなった声を聞きながら、呪文学の教科書をパラパラとめくり、顔を上げる。肩越しから振り返ると上手くいっていないセブルスが見えて、私はゆっくりと立ち上がり彼に近寄った。

フリットウィックは、他の生徒にアドバイスをしていたし、みんな自分のことで精一杯だったから私が移動しても誰も気づかなかった。

 

 

「………もっとしならせないと」

 

 

後ろから話しかけると、セブルスはびくりと体を反応させて私の顔を見ると安堵したように肩の力が抜けたのが分かった。

 

「ほらしっかり移動させたい場所を指して、はっきりと呪文を唱えるの」

 

「何度もやっているが、上手くいかないんだからしょうがないだろ」

 

少し不貞腐れた様子のセブルスは、私から視線を逸らす。

 

 

「そんなにいじけないで、」

 

「いじけてなどいない。僕のことはほっといてくれ。1人でやれる」

 

 

………あっ…言葉の選択を間違ってしまった

 

 

さっきよりも怒った様子のセブルスを見て、私はそう思いながら次は必死に言葉を選びながら口に出した。

 

「貴方にはよく魔法薬でお世話になっているからその借りを返しに来たのよ。……それに、今年はO.W.L試験もあるし、またお世話になろうかなと思って」

 

私の言葉を聞いたセブルスは、こっちをちらりと見てまた前に視線を戻す。

 

「少し命令口調をイメージして唱えてみたらどうかしら?……私はそんな感じでやってるから」

 

 

「………ロコモーター、羽根ペン」

 

 

私の顔を見て、前を見たセブルスは何故か私の席の机に杖を向けながら呪文を唱えた。自分で呪文を開発してしまうほどの彼が出来ないわけがない。少しアドバイスをしただけで意図も簡単にやってのけてしまった。

 

 

 

「………やっぱり、凄いわね…」

 

 

「何がだ。」

 

 

「………そんなに簡単にできるなんて……貴方に勝てそうにないわ」

 

 

魔法も、1人で耐える忍耐も、二重スパイをこなすほどの観察力や、相手を騙すほどの演技力も……自分を平気で犠牲にできるその優しさにも…大切な人の為なら何でもやってのけてしまうその勇気にも……

 

 

 

私は…やっぱり貴方には勝てっこない。

 

そんな貴方を、私が本当に助けれるのかな…

 

 

自分がどんな顔をして言ってたかは自分でも分からなかったが、ただセブルスの瞳孔が少し大きくなったのだけははっきりと分かった。

 

彼が私から視線を逸らすように前を向くものだから、どんな表情をしているのかが分からなくなってしまう。自分の席に戻ろうかとした時にセブルスの口から言葉が耳に入ってきた。

 

 

「……お前が、助言をしてくれたからできたんだ。……それにお前は呪文学が得意なのだろう?…そんなに自傷的にならなくても、少しは自分に自信を持っていいと思う………」

 

最後の方になるにつれて声は小さくなっていって、少し聞きづらかった。

 

 

「……お前は…僕には…できないことが…できるじゃないか…」

 

 

そういったセブルスは恥ずかしそうで、声は篭っていていたものだからきっと聞こえたのは私だけだろう。そんなことを言ったセブルスを見ていると、普段慣れないことをしてまで私を励まそうとしてくれた姿が可愛くて、嬉しくて、愛しくて、いろんな感情が混ざって自分でも訳が分からない。

 

 

 

「……………ありがとう……」

 

 

「何を言ってるんだ…僕はお礼を言われるようなことはしていない」

 

 

 

聞こえないだろうと思ったのだが、どうやらはっきりと聞こえたらしいセブルスは私の方を見て当たり前のように言い返してくる。

 

 

 

 

………でもね…セブルス…貴方も

 

 

…私ができないことをいとも簡単にやってのけてしまうじゃない。

 

 

憎い人と最愛の人の間に生まれた子供を、誰からも認められずに、誤解されたまま命をかけて守るなんて簡単なことじゃない。

 

…私は絶対にできない。

 

 

自分を犠牲にして、最愛な人が残した子供を守る?無理に決まってる。誰にも認められずあんな板挟みになっていたら私だったら確実に闇に堕ちてるだろう。

 

 

 

 

 

自分の席に戻った私は、頬杖をつきながら今年あるO.W.L試験に出そうな呪文をヒントを言うように説明するフリットウィックの声を聞き流す。

 

 

 

…………このまま大人にならずずっと学生のままだったらどれほど良かっただろう…

 

 

……そしたら…こんなに悩むこともないのに…

 

 

なんで……私は記憶を思い出したんだろう…

 

 

 

そう考えてしまえば、自然とセブルスが死ぬ映像が頭に流れ始める。消し去るように瞼を下ろして、唇を噛み締めても、消えるどころか鮮明になって、彼の口がゆっくりと動く。

 

 

 

『………僕を…見て……くれ…』

 

 

 

もう耐えきれなくなった私は両手で顔を隠した。

 

 

…やめて……もう分かったから。もう嫌なほど何回も何回も見たから。

 

私じゃいけないことも分かったから!!!

 

 

 

 

だから………もう、やめて。

 

 

 

 

頭から映像が綺麗に消え去ると、耳に足音と生徒達の私語が一気に入ってくる。ゆっくりと顔を上げると、どうやら授業が終わったようで生徒達が教室から出て行っていた。

 

教科書と羊皮紙を重ねてその上に羽根ペンを置き立ち上がろうとすると、頭の上から少し心配そうな声が聞こえてきた。

 

 

「…………大丈夫か?…」

 

 

少し低く落ち着きのあるその声は、顔を見なくても誰のものかすぐに分かった。顔を上げると案の定前に立っているのは、セブルスで私は素っ気なく返す。

 

「…大丈夫、少し考え事をしていただけだから」

 

いつもだったら、少しでも目に焼き付けるためにセブルスを見つめるし、少しでも2人の会話が長続きするように頑張って言葉を選ぶのだが、今はそんなことできない。

 

今、1秒でも長く見ていたら直ぐにでもまた彼が死ぬ映像が流れそうで怖かった。

 

 

怖い気持ちを抑えて、平然を装って答えたつもりだったが何やら焦った様子のセブルスは私の腕を握ると、教室から連れ出した。

あまりに突然なことにどう言っていいかも分からず私は少し転びそうになりながら必死に彼の後を追った。

 

 

「……急にどうしたの…ねぇ…」

 

 

少し控えめ気味に声をかけてはみたが、前にいるセブルスは何も答えずにただすたすたと少し早歩きで先を急ぐ。セブルスの手には、いつの間に取ったのか知らないが私の教科書や羊皮紙まであって重くないのか少し心配なりながら、今は彼の後ろ姿を見つめた。

スリザリン色のローブに肩上まである髪先はまるで踊っているように揺れている。セブルスに握られている右手を見ると、心臓が緊張したように早く動きだして、体温が高くなったからなのか少し視界が歪んだ。

 

 

 

本当に私ばっかり……こんなに緊張して…

 

 

 

 

………本当に…ずるい

 

 

 

ただ前にいるだけ、ただ手を握られているだけ、ただ彼の香りが香ってくるだけ、ただ暖かい体温が温もりが伝わってくるだけなのに、

 

 

ただ廊下ですれ違っただけの時も、ただ少し話した時も、………ただ貴方が幸せそうに笑っている顔を見ただけで

 

 

その度に、胸が暖かくなって、愛しくなって、苦しくなるの。

 

 

 

涙が出てきそうになって、必死に堪えながら下を俯くと今一番聞きたくない声が耳に入ってくる。

 

 

「あっ!セブ!!!!」

 

 

「……リリー」

 

顔を上げなくてもだんだんと音が大きくなっていく足音が聞こえて誰の声なのかは見なくても分かった。足を止めたセブルスが呟いた声がはっきりと聞こえたと思うと、彼女の後を追いかけるように数人の足音もだんだんと近づいてきた。

 

 

「エバンズ〜…って、スニベルスじゃないか」

 

 

陽気な声が聞こえて、少し視線を上げるとエバンズとポッター、ブラック、ルーピンにペティグリューの姿が見えたが、何故か目の前の視界がぼやけたり、元に戻ったりを繰り返しだして頭が重く感じた。

 

「今、お前に構っている暇などないんだ。今すぐにそこを退け。」

 

廊下を塞ぐように立っていたポッターに言うセブルスはどこか、焦っているような声だった。

 

…一体、何をさっきからそんなに焦っているんだろう…

 

 

「…セブルス、どうしたの?そんなに慌てて。」

 

「というか、何で手なんか繋いでいるんだよ。まさかそういう関係なのか?」

 

エバンズに被せるようにいうブラックの言葉を聞いて、彼の体が固まり、私の手を握る力が強くなったような気がした。

 

 

 

「…………違うわよ……貴方が期待しているような関係じゃない……」

 

 

 

重たい口を開き、セブルスの代わりに訂正を入れておく。

 

 

………早く否定すればいいのに…

 

何を思ったのか、セブルスは否定する素振りも見せなかった。

 

 

…まぁ………彼のことだ。

 

……あまりこういうことに慣れていないから、動転したんだろう。

 

 

………すぐに否定してほしかったな……

 

 

 

 

 

 

じゃないと……期待してしまう…

 

 

 

 

 

「…貴女……大丈夫?…顔色が良くないわよ」

 

「………えっ…?」

 

エバンズが私の顔を深刻そうに見ながら言ってくるものだから、ついつい声がこぼれ落ちた。

 

 

「……大丈夫、今から医務室に連れて行くから」

 

 

「……何を…言ってるの?…私は元気よ?」

 

 

セブルスが医務室に連れて行くなど訳の分からないことを言い出したから、私が口を挟むと彼は私の方を見てきた。

 

「そんな顔色で元気なわけないだろ?真っ青を通り越して真っ白だぞ?」

 

「…真っ白?……何言って…」

 

セブルスが言っている意味を理解するのには少し時間がかかって、顔を上げると目が合ったルーピンは心配そうに見つめてくる。

 

 

「……とりあえず…僕は、…医務室に…連れて行くよ…」

 

「えぇ……その方が…いいわ…」

 

 

何故か、聞こえてくる会話が途切れ途切れに聞こえて、視界が大きく歪みだした。

 

 

体が異常に熱いことに気づいた時にはもう遅く、セブルスが優しく引っ張ってきたが脚が動かなかった。

 

自覚してしまうと途端に怠くなるもので、頭は重く痛みだし、体は力が入らなくなって自然と体が倒れると誰かが抱きかかえてくれる。

 

「……大丈夫⁈………熱がある…ポッター!誰でもいいから…先生を…呼んで……」

 

 

耳元で聞こえる声がだんだんと遠くなっていき、私は途端に恐怖に襲われた。

 

このまま、眠ってしまったら永遠に独りになってしまいそうで、セブルスにも会えなくなってしまう気がして、怖くて、怖くて、私を抱きかかえてくれている人のローブをぎゅっと握りしめていた。

 

すると、優しく、どこかぎこちない手が私を安心させるように頭を撫でてくる。

 

 

「………大丈夫…寝てしまえ………楽になる」

 

 

意識が途切れる瞬間に聞いたその声はとても落ち着くものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

重たい瞼を開け、体を起こすとまだ体は怠くて頭が痛みだす。痛む頭を抱えながら、周りを見ると、どうやら医務室のようだった。

 

 

「あら、目が覚めたんですね。あっ、起き上がっては駄目ですよ」

 

 

私が起きたことに気づいたマダムは、何やら苦そうな薬が入ったゴブレットを渡してきた。

 

「ほら、これを飲んでもう一眠りしてしまいなさい。」

 

 

恐る恐る薬を飲むと案の定苦くて、飲み込むのを体が拒絶してくるが何とか飲み込む。あんなに怠かった体が急に軽くなったと思うと、また眠気が襲ってきて自然と眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どこまでも闇が続いているその道の真ん中に立っている私の髪が風で宙を舞って、顔に当たってくる。

 

ゆっくりと顔を上げると、緑色のローブを身に纏っている後ろ姿が目に入ってきた。肩まである髪が風で靡いている。

 

 

 

………セブルス…

 

 

 

ゆっくりと私の方を見てくるセブルスは、眉を下げて微笑んでくる。今にも消えてしまいそうな笑みを浮かべてくる彼はゆっくりと姿を変えた。緑色のローブも真っ黒なローブに変わり、少し歳をとったセブルスが相変わらず私に微笑んでくる。

 

 

彼の足元にできた血溜まりには百合の花が浮いていて、それを見た瞬間私の手に嫌な感触がしたのを感じた。自分の手を見てみると赤黒い血がべっとりとついていて、すぐに誰のものなのかがわかった。

 

「………駄目…セブルス…」

 

私は小さな声を出しながら、前にいるセブルスにゆっくりと近づく。彼は私が近づこうとすると、前を向いて歩き出す。セブルスは先が見えないほどの闇に向かって歩き進める。

 

 

「駄目よ……セブルス…」

 

 

いくら声を呟いても、声は届かなくて彼はだんだんと小さくなっていく。私がいくら走っても距離が縮まるどころか広がっていくばかりだ。

 

 

「セブルス!!!そっちに行っては駄目!」

 

 

手を伸ばし、涙で目の前がぼやけながら叫んでもセブルスは私の方を振り返ってくれなかった。

 

届かない。

 

いくら声を張り上げても、いくら手を伸ばしても、いくら貴方の名前を呼び叫んでも、

 

 

私じゃ届かない。

 

 

 

……気づいてくれない。

 

 

 

 

 

 

 

キーンという耳鳴りがしたと思うと目の前のが白の絵の具で塗り潰されたかのように、何も見えなくなった。

 

 

「………良かった…顔色は良さそうね…」

 

 

 

遠くから明るい声が聞こえてくる。

 

 

「……セブ…起こしちゃ悪いし…もう行きましょう」

 

 

誰かに優しく話しかける声が耳に入ってくると、私は少し瞼を開けた。夢なのか、何なのか分からなくなっている私の前をゆっくりと遠ざかっていくスリザリン色のローブが目に入った。

 

すると当然のようにさっきの光景が蘇ってくるわけで、今遠ざかっていくローブを着ているのがセブルスだと勝手に決めつけて、彼を行かせてはならないという思いに駆られた。

 

 

…駄目……セブルスを行かせたら…

 

 

お願い……そっちは駄目なの……

 

 

 

 

セブルス……死なないで…

 

 

 

靡くローブの裾に手を伸ばし、何とか掴むと口を開く。

 

 

 

 

 

「……………行かな…いで……」

 

 

 

 

 

 

なんとかうっすらと開けていた瞼も落ちてきて、逆らうことなんてできることなくまた眠りに自然と落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次目が覚めた時には、もう日が昇っていて、マダムから今はお昼だと聞かされた。そんなに寝ていたこと自体に驚きだが、体も軽いしもう頭の痛くないから良しとした。マダムから無理は禁物だと言い聞かせられて、やっと解放された私は、セブルスの姿を探すためにとりあえず寮に戻る。

 

私が最後に覚えているのは、彼が無理矢理でも医務室に連れて行こうと手を引っ張っていたところまでだ。

 

 

………お礼を言わないと…

 

 

ところが寮にも、図書館にも、大広間にもどんなに探しても見当たらない。

 

 

…どこにいるんだろう………

 

 

 

外を見ると、雲ひとつない快晴の空が広がっていた。

 

 

………外かな…

 

 

静かに本を読みたいと考えると、やっぱり…あそこかな…

 

 

あまり行きたくないその場所に向かうと案の定、湖の側にある木にもたれ、少しうとうとしながら本を読んでいた。

 

ゆっくり近づくと、私が声をかける前に気づいたセブルスが顔を上げて口を開く。

 

 

「………もう…平気なのか?…」

 

 

「………えぇ……おかげ様で」

 

 

鼓動が早くなる心臓は今にも爆発してしまいそうで、また熱が出そうだ。

彼の隣には腰掛ける勇気がない私は、セブルスがもたれている木に私ももたれるように座った。

 

 

「………倒れるまで、無理をするなんて僕には分からないな」

 

 

本を見ながら言ってくるセブルスは、私を心配して言ってくれているのか全然ページをめくっていなかった。

 

 

「……………貴方もよ」

 

 

「僕のことじゃなくて、自分の心配をしろ」

 

 

 

顔を見ながら話せなくてもこんな何気ない会話が幸せで、ゆっくり空を見上げた。

 

 

 

「……………魔法薬の課題…終わってないんだけど、手伝ってくれない?」

 

 

 

「…………………あぁ…」

 

 

 

素っ気なく返ってきた返事でも、今2人っきりで要られていることが嬉しかった。

 

 

 

…セブルスの側にいるだけなのに、なんでこんなに居心地がいいのだろう…

 

 

なんでこんなに…落ち着くのかな……

 

 

相変わらず本を読んでいるセブルスの横顔に視線を移すと、真剣な眼差しで文章を目で追っていた。

 

 

 

 

 

…………貴方に幸せになってもらうことが私の幸せになるのかな…

 

 

どんなに愛しく思っている貴方の笑顔を見ていられるのならそれで幸せ?

 

 

なんて綺麗事ばかり並べても私には無理なの。

 

 

貴方が幸せそうに笑っている隣にいるのは、私じゃなくて、彼女なんでしょ?

 

それが貴方の幸せなんでしょ?

 

 

貴方の幸せは私にとって受け入れたくないものだから…

 

 

 

私は貴方ほど優しくも強くもないから…

 

 

 

だから…自分を犠牲になんてできないの…

 

 

 

 

 

そんな勇気もないの…………

 

 

 

 

 

 

貴方の笑顔は守りたい、だけど彼女と幸せになってほしくない。

 

 

 

私がわがまますぎていることぐらい分かってる。望みすぎていることぐらい分かってる。

 

 

 

 

…だけどまだ答えが出ない。

 

 

 

私はまだ、迷ってる。

 

 

 

 

 

結局私はお礼を言うことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪がちらちらと降り出して、一気にクリスマスの雰囲気が学校を包みだす。もうすっかり冷えて、温もりが恋しい季節がやってきた。私は今年のクリスマス休暇は、家に帰らずにホグワーツに残った。…ただ、セブルスの側にいれるような感覚に襲われる学校に残っていたかっただけだ。

 

クリスマスパーティに行く前に私は引き出しにしまってあった髪留めを手に取り、少し考え込む。いつかのクリスマスプレゼントで、母からもらったものだ。…少し大人すぎるその髪留めは、私には似合わなくてずっとつけていない。

 

 

………こんな時ぐらい…いいかな…

 

 

私は、髪留めを耳の上あたりで止めて少しドキドキしながら、大広間に向かった。別に変わることなんてない。似合ってるねっとお世辞でも言ってくれる友達なんていないし、きっと皆私のことなどどうでもいいに違いない。

だから、食事を終える頃には自分でも髪留めをつけていること自体忘れていた。

 

 

 

 

 

 

食事も食べ終わって談話室でゆったりと時間を過ごして、部屋に戻ろうとした時に私は読んでいた本を忘れたことに気づいて取りに帰るために振り向いた。

 

談話室にはもう誰もいないと思っていたのだが、どうやら本を読み終えた様子のセブルスと鉢合わせしてしまった。私が忘れた本を手にとって帰ろうかと思った矢先、セブルスの方から呼び止めるように話しかけてきた。

 

 

「…あっ…その…髪留め…」

 

 

振り向くと、セブルスが不思議そうに自分の耳上らへんをトントンと触って聞いてきた。

 

 

「…あっ少し前…母からもらったものなの…」

 

 

私は不安になって隠すように、髪留めを触りながら答えた。もし似合わないなんて思われていたらどうしようという不安がどっと押し寄せてきて、今すぐ外したいという衝動に駆られるが、思いがけのない言葉が聞こえて私の思考は停止する。

 

 

 

 

 

 

「………似合ってる……それ…」

 

 

 

 

 

 

セブルスにとっては何ともない言葉だと思うが、私にとっては嬉しくて嬉しくて、泣きそうになりそうなものだった。

セブルスは優しく微笑むと、いつも通りおやすみなんて言わずに部屋に戻っていく。

 

セブルスの表情といい、言葉といい、とにかく彼のせいで私はいっときその場を立ち尽くすしかなかった。セブルスは、どれほど私を好きにさせれば気がすむのだろう。

 

…意図的にじゃなくて、無意識のうちにやっているのだから更にタチが悪い。

 

 

 

 

『………似合ってる……それ…』

 

 

 

 

何度もさっき言われた言葉とセブルスの表情が再生される度に心臓の鼓動は早くなり、体は熱を帯びた。再び髪留めに触れて、私はにやけが止まらなくなる。

 

 

 

 

「似合ってる………か…」

 

 

 

 

嬉しくなった私は、にやけたまま部屋に戻った。

 

 

 

単純な私は、その日から髪留めを同じところにするようになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう歩き慣れた廊下を歩いていると、突然風が吹き込んできて、髪の毛が顔の前で舞い上がりまるで黒いカーテンが目の前に遮ったように視界を遮った。鬱陶しく思いながら、風で舞う髪を耳にかけ、落としそうになる本をしっかりも持ち直しふと顔を上げると、まるで映画のワンシーンを見ているようにゆっくりに感じた。

 

少し先にいる、彼女の赤髪が舞い上がりまるで2人を包み込んでいるように綺麗に宙を流れる様子がスローモーションのようにゆっくりと目に入る。セブルスの黒い髪も一緒に溶け込むかのように風で舞い、エバンズの髪と彼の髪はまるで見えない赤い糸を表しているかのように絡まった。

 

ただ、風で舞い上がった髪を見ただけだというのに、私の心臓は苦しいほどに締め付けられる。

 

風が止み、ゆっくりと髪が大人しくなると、太陽のような笑顔を浮かべる彼女と、そんな笑顔を見て、幸せそうな笑みを浮かべるセブルスが目に入った。

 

 

あまりに苦しくて私は胸の所を皺ができるんじゃないかと思うぐらいに握りしめて、歯を食いしばる。

 

 

 

………お願い…やめて…セブルス

 

 

 

 

……彼女に、………エバンズにそんな笑みを

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私が知らない顔を見せないで

 

 

 

 

 

ゆっくりと小さくなっていく2人を見て私は何かに耐えるように俯いて瞼を下ろした。

 

 

 

エバンズがみんなを暖かく包み込む太陽だとしたら、セブルスはきっと真っ暗な闇を連れてくる夜が似合う。

 

真っ暗な夜は、少し周りが見えなくて1人になりそうで怖い。でもだからこそ、普段無理して笑っている人も、大丈夫だと嘘ついている人も、人前で泣けない人もみんな人目を気にせずに大声で泣くことができる。自分の弱みを見せて、辛い事も苦しい事も吐き出して、そして太陽が昇る朝を迎えてまた1日を生きる。

 

優しく、それぞれの人の悲しみも苦しみもを溶かしてくれるような真っ暗な闇が、夜が似合う人なんてセブルスしかいないだろう。

 

 

太陽は、始まりを教えてくれる。

 

 

夜は、終わりを教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

……だから、彼女じゃなくてもいいじゃない

 

 

 

 

 

 

真っ暗な夜に煌々と輝く太陽なんて必要ないでしょ?

 

 

夜には、月明かりで十分でしょ?

 

 

 

 

ねぇ…セブルス…彼女じゃなくて、

 

 

私の側にいてよ…

 

 

 

私に笑いかけて、私を抱きしめて、私の名前を呼んで、

 

 

 

 

 

 

 

……お願い、私を見て…

 

 

 

 

 

私は溢れ出てくる自分の感情を飲み込むように口元を押さえて、喉を上下に動かした。行き交う生徒達に紛れ込むように、止まっていた足を動かして、ゆっくりと歩き進める。

 

 

 

…………………やっぱり…無理だ……

 

 

 

 

 

セブルスとエバンズが幸せになる姿を見るなんて、私には耐えきれない。

 

 

 

 

 

「……だって、夜に太陽なんて必要ないじゃない」

 

 

 

 

 

私の呟いた声なんて誰にも届く事もなく消えていき、胸の痛みは消えていくばかりか増していくばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年にO.W.L試験を控えている私達に各教科の先生達はすごい量の課題を出していった。みんなでまだ何ヶ月も先だと抗議しても聞く耳も持たずに、減るどころか増えるばかりだ。だからそれからは、ほぼ毎日課題に追われる日々を送っていた。課題をしていたら、O.W.L試験が終わっておこる事を少しは忘れることが出来たので私は有り難かった。

 

イースト休暇を迎えてしまったら、その後すぐに寮監の先生と進路相談が待っていた。働く気など全くなく、家を継ぐとだけ適当に答えて受け流した。

 

 

それからは授業を受けてその度に課題を出され、ご飯を食べて、貴重な自由時間は課題に追われるという毎日を過ごしていた。少しずつ、O.W.L試験が近づくにつれて課題の量もどんどん増えていき、生徒達の中でも緊張感が流れ始めていた。…これは今後の進路に関係してくるものだし、こうなるのもしょうがないかと思いながら私は羊皮紙に向き合った。

 

 

 

 

どんなに教科書をめくって調べても、分からないことがあった私は少し気が進まなかったが魔法薬の教科書を抱えながら談話室で勉強していたセブルスに聞くことにした。耳に髪をかけて、羊皮紙と教科書を交互に見ながら羽根ペンを動かすセブルスはいつも以上に話しかけづらかったが、私は何とか勇気を振り絞って話しかける。

 

 

「……本当に…申し訳ないんだけど…」

 

 

私の声を聞いたセブルスは表情を変えず、耳に髪をかけたまま見てくる。

 

 

「…ここ、教えてくれない?どうしても分からなくて」

 

 

セブルスは何も言わずに机にのってあった教科書を退けてくれた。きっと隣に座れという意味だろう。私は、少しドキドキしながらセブルスの隣に座って説明する彼の声を聞きながら羊皮紙に簡単に書き込む。

 

 

説明を続けるセブルスの横顔を見た瞬間、私の胸が暖かくなったのが分かった。

 

 

自分も課題かテスト勉強をしていたはずなのに、嫌な顔ひとつみせずに教えてくれるセブルスは本当に優しい。

 

 

……どうして…みんな気づかないのかな…

 

 

そう思うほど、誰よりも優しくて温かい人なのに。

 

 

 

 

「…聞いてるか?」

 

私があまりにぼんやりしていたからだろう。セブルスが少し険しい顔をしながら問いかけてきた。

 

「…えぇ、ありがとう。助かったわ」

 

お礼を言って立ち去ろうとすると、今度は彼の方から教科書を取り出して私を呼び止めた。

 

 

「……ちょっとここだけ教えてくれないか?」

 

 

セブルスに頼られることなんてなかった私は、少し戸惑ったがすぐに嬉しい気持ちの方が敬ってにやけそうになるのを必死に堪えながら隣に腰掛ける。

 

「勿論よ。」

 

 

 

こうしていると、これからくることなんて少し忘れることができそうで、何よりセブルスの隣に居られている今この時が幸せだった。

 

 

 

もう少しだけ………もう少しだけ…このままでいさせて…

 

 

 

 

心の中でどんなに願っても時間が止まることなんてあるわけがない。だけど願ってはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

O.W.L試験まであと1週間にもなると、やっぱり課題だけではどうも不安になって、試験勉強を生まれて初めてした。…学年末試験は、ずっと課題を終わらせるだけで済ましていたから、勉強のやり方をつかむ頃にはもうO.W.L試験を迎えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、試験のあの雰囲気が苦手だ。静まり返ってペンを落としただけでも目立ってしまうようなあの地獄のような空間。

大広間に全ての寮の5年生が集められて、一定の間隔で机が並べられて羊皮紙に向かっていた。今は闇の魔術に対する防衛術のテストの真っ最中だ。あれだけ課題を出されれば意外と覚えているものですらすらと引っかかることなく羽根ペンを走らせることができた。

 

試験が2週間続くなんて考えるだけで恐ろしかったが、それもあとこれが終われば、変身術だけで終わるのだ。

 

私はびっしりと書いた羊皮紙を眺めながら、羽根ペンを置き、息を吐いた。首も手も疲れて早く寝たいと思いながら、見直すこともせずに頬杖をつくと、ずっと目を背けていたことを思い出した。

 

 

………あぁ…この後だ…そうだ、

 

 

この後にあの出来事が起こってしまう…

 

 

私は、全身から嫌な汗が流れるのを感じながら、深い溜息をついて目を閉じた。

 

 

 

どんなに頑張っても、私には無理だ。

 

 

止める勇気なんてない。出来っこない。

 

 

「あと五分!!!」

 

フリットウィックの声で、我に返った私は前を向いてもう考えないことにした。五分なんてあっという間で、またフリットウィックの耳に響く声が聞こえてきた。

 

 

「はい、羽根ペンを置いて!」

 

 

私は、答案羊皮紙を前の方に出して彼が呪文を唱えるのを待った。フリットウィックは、1人の生徒を軽く注意して、席を立とうとする何人かに呼びかける。

 

 

「答案羊皮紙を集める間、席を立たないように! アクシオ!」

 

 

体の小さいフリットウィックの両腕に大量の羊皮紙が何とか収まったのが奇跡ぐらいだ。前に座っていた何人かの生徒達が反動で吹き飛んだフリットウィックを助け起こすと、大広間は大きな笑い声に包まれた。今の私に笑っている余裕なんてあるはずもなく、ただ前を見ながらこれから起こることを思い出しローブを握りしめる。

 

 

「…ありがとう……さぁ、みなさん、出てよろしい!」

 

 

その言葉に試験から解放された生徒達が声をあげながら大広間からぞろぞろと出ていく。ちらっとセブルスの方を見ると、試験問題用紙をじっと見ながら、扉へと向かっていっているところだった。

 

ポッター達が何かを楽しそうに話しながら、大広間を出て行くと、セブルスはまだ試験問題用紙に没頭しながら、後をつけるように歩いていた。

私は、まるで吸い込まれるように自然と彼らの後をつけていた。

 

 

今少し先を歩いているセブルスがポッター達と同じ方向じゃなくて、他の方へ進んでくれることを少し祈りながら、後をつけたが、そんな願いなど叶うことなかった。

 

湖に向かって芝生を歩くポッター達と全く同じ方向へと歩くセブルスを見て、私の鼓動は早くなっていく。私が思い出した記憶通りだ。

 

4人は湖の側にあるブナの木の木陰に入るように腰掛けて、ポッターは周りに見せびらかすようにスニッチで遊びだし、ルーピンは本を取り出して読み始め、ブラックははしゃいでいる生徒達を退屈そうに見つめていた。ペティグリューは、ポッターのスニッチの扱いを見て1人盛り上がっていた。

相変わらず試験問題用紙とにらめっこをしているセブルスは、灌木の茂みの陰に隠れるように腰下ろしていた。私は、変に目立たないようにと隠れることはせずはしゃいでいる生徒達に紛れるように近くの木の木陰に腰を下ろした。

セブルスをじっと見ていると、自然と湖の近くで休むように腰掛けていたエバンズが目に入り、私は無意識のうちにローブの中の杖を握りしめていた。彼が試験問題用紙をカバンにしまいだして、芝生を歩き始めると、自分の心臓が激しく動き出す。緊張で口の中は潤いなんてものは存在していない。

 

 

………お願い…このまま何も起きないで…

 

そんなことを思っても叶うことなくポッターとブラックは当然のようにセブルスへと近づき、ルーピンとペティグリューは座ったままだった。わくわくした表情を浮かべるペティグリューを見て、今すぐにあいつを殺してやりたい衝動に駆られたがぐっと堪える。

 

 

「スニベルス、元気か?」

 

 

わざと大声で話しかけてきたポッターを見た瞬間セブルスは、素早く反応して持っていたカバンを放り投げ、ローブから杖を取り出して振り上げるが、ポッターが叫んだ声が聞こえてきた。

 

「エクスペリアームス!」

 

セブルスの手から杖は3メートルほど宙を飛んで、後ろに落ちる。セブルスは、振り返って弾き飛ばされた自分の杖を拾おうとするが、息のあったブラックの呪文でそれも叶うことはなかった。

 

「インペディメンタ!」

 

跳ね飛ばされたセブルスは、どこか苦しそうに地面に横たわっている。

 

周りにいた生徒たちはぞろぞろと集まり、近づいていった。心配そうにしている者もいたが殆どは面白がっている様子だった。

 

 

今だったらまだ間に合う……まだ今だったら!

 

 

そう思っても私の体は固まったままで、息をするのも忘れていた。

この距離だと会話も聞こえないし、周りにいる生徒達で中の様子も分からない。少し笑いが起きると、足元の隙間から動くことのできないセブルスがポッターを睨みながら声を張り上げているのが見えた。

 

「憶えてろ!!!!」

 

私はもう見るに耐えなくなって目を閉じたが、またすぐにポッターの呪文をかける声が聞こえてくる。

 

「スコージファイ!」

 

反射的に目を開くとセブルスの口から、ピンクの何かが吹き出して苦しそうに吐き咽せている姿が目に映った。

 

「やめなさい!!!!」

 

いつもの通り、エバンズが赤毛をなびかせながら、ポッターの空いている方の手を握って止めに入る。そうここまではいつも通り。こんな光景は何度も何度も目にしてきた。でも今回だけは訳が違う。心臓の鼓動は速度を増すばかりで、唇を噛み締めた。

 

 

ポッターが振り返ってエバンズと何か話すのを見て、私は杖を握る手の力を強めた。

 

「……彼に構わないで!」

 

彼女の最後の言葉だけはっきりと耳に入り、私は顔を歪めた。ポッターがエバンズにすかさず何を提案するようにいっている後ろで、セブルスは口から泡を吐き出しながら杖に向かって這っていた。

 

「おっと!」

 

ブラックの声が聞こえた思えば、セブルスは握っている杖の先をポッターに向けて、閃光が走り、ポッターの頰がぱっくり割れて血が滴り落ちる。

ポッターの顔は、冷静だった。冷静でそれで華麗に振り返ると、彼の杖の先から閃光が走る。…セブルスよりかポッターの方が魔術に長けていることぐらいこれを見ればすぐに分かった。

 

セブルスが空中に逆さまに浮かぶと、ローブが顔に覆い被さり、痩せた青白い両足も灰色のパンツも剥き出しになる。周りにいた生徒達は囃し立て出して、私とエバンズ、ルーピン以外は大笑いしだした。反射的に立ち上がろうとする私の体は、脳裏にあることが浮かんで動けなくなる。

 

 

……もしここで私が止めに入ったら、

 

 

もしセブルスとエバンズの仲が引き裂かれなかったら……

 

 

 

 

セブルスは彼女とどうなるの…

 

「下ろしなさい!!!!」

 

急に聞こえた大声に私は我に返り、彼らに視線を移した。

セブルスを庇うためにポッターに声を張り上げるエバンズの声が耳に入ってくる。

 

 

……それに…物語が変わったら確実にセブルスを救うこともできなくなる

 

 

……ハリーが生まれなかったら誰があの人を消滅させるの……

 

 

 

そうよ…これはしょうがない、しょうがないことなの。

 

 

私は、罪悪感が押し寄せてきていた自分に言い聞かせるように何度も唱えながら何もせずに彼らを見つめた。

 

 

 

 

 

ポッターは素直に従い、地面に落ちたセブルスは、素早く立ち上がって彼らに杖を構えたが、相手は1人じゃない。2人だ。勝てるはずもなくブラックが呪文を唱えた。

 

「ペトリフィカストタルス!」

 

セブルスの体は石になったように、固まるとまた芝生の上に転倒する。

 

「彼に構わないでって言っているでしょ!」

 

私がぐるぐると考えている間にも時間は容赦なく進み、あの瞬間が少しずつ確実に近づいていた。

 

 

 

無理だ…私は止められない。できないよ。

 

 

怖い…………2人が結ばれてしまうのが…

 

 

 

 

 

 

 

怖くて仕方がない。

 

 

 

 

今まで以上に大声をだして、エバンズは杖を取り出して彼らに向ける。

私はもうこの先に起こることを直視したくなくて両耳を抑えながら目を閉じた。涙が出てきそうになってぎゅっと力強く瞑る。

 

両耳を塞いでもエバンズの声は微かに聞こえてきた。

 

 

「それなら呪いをときなさい!!!!!!」

 

 

この先の言葉を聞くのが怖くて怖くて、両耳を抑える手は、もう耳を千切ってしまうんじゃないかと思うほど爪が耳の裏に食い込むほど力を入れていた。

 

何も聞こえなくなり、目をゆっくりと開けると人波の間から、丁度セブルスの表情が見えた。

 

…悔しそうに、恥ずかしそうに唇を噛み締めてうっすらと瞳に涙の膜をつくっているような姿が目に入ると、一瞬だけ時間が止まったように感じた。

 

 

気づけば、耳を塞ぐのをやめていた私は少し前のめりになる。静かになったその場にポッターのからかうような声が聞こえてきた。

 

 

「ほーら、スニベルス、エバンズが居合わせて、ラッキーだったな」

 

 

その瞬間私の頭には、魔法薬を教えてくれるセブルス、真剣に本を読む横顔、エバンズの隣で幸せそうに笑う彼が、私に微笑んでくるセブルスが、今まで見た彼の表情が走馬灯のように駆け巡ってきた。

 

それを見た瞬間に私の体は意思とは反対に勝手に動き、立ち上がって駆け出そうとしていた。

 

 

 

 

 

 

……私はなんて馬鹿なんだろう…

 

 

セブルスが……苦しむことになるのが1番私にとって辛いことじゃないか…

 

 

なんで、なんで、今まで気づかなかったんだろう…

 

 

……もういい…2人が幸せになっていいから。

 

 

 

しょうがないことだと言い聞かせて、あんなの綺麗事をただ並べたところで、何も変わらない。

 

 

 

もういい…もうどうなってもいい…

 

 

 

セブルスとエバンズが幸せになってもいいから、

 

 

 

これ以上セブルスにあんな表情をさせたくない。見たくない。

 

 

 

だから、お願いだから!!!!

 

 

間に合って!!!!!!

 

 

もう走っても間に合わないと思った私は、立ち上がっているセブルスに杖を向けて振ろうと構える。少し震えているせいで正確に定まらなくて、視界がぼやけだした。少し遠くにいるセブルスを定めて、私は早くなる心臓の音を全身で感じながら、呪文を唱えようと口を開いたが、遅すぎた。

 

私が覚悟を決め行動に移すのも、セブルスの苦しい姿を見るのが一番辛くて悲しいことに気づくことも何もかもが遅すぎた。…覚悟を決めて彼に魔法をかけようとしたが結局間に合わず彼は一生後悔してしまうことを意図も簡単に口にしてしまった。

 

 

 

 

「あんな汚らしい穢れた血の助けなんか、必要ない!!!!!!」

 

 

 

その場の空気は凍りついたように、ひやりと冷えると時が止まったかのように誰も息なんてしなかったと思うほど静まり返った。

どこからどう見ても、好きな女の子にこんな恥ずかしい姿を見られてしまったことへの悔しさから出た言葉だった。それなのに、エバンズは、瞬きをすると冷静に淡々と言い出す。…いや…私が彼女を責める資格なんてどこにあるんだ。

 

「結構よ、これからは邪魔しないわ。それにスニベルス。パンツは洗濯したほうがいいわね」

 

セブルスのことをスニベルスと呼ぶエバンズの後ろ姿が、どこか悲しそうに見えた。…自分が後から後悔してしまうようなことを言ってしまったことに気づいたセブルスは、いつもに増して顔色がないのがこの距離でも分かる。

 

それでも、セブルスには彼女の声しか届かない事ぐらいよく知っていたし、彼女だけが最後の頼りだった。

 

 

 

………お願い…気づいて…エバンズ!!!

 

 

 

私は目頭が熱くなるのを感じながら少しずつ彼らに近づく。どうしてこういう時に口から出ないんだろうか。どうしてこんなことも言えないほど勇気がないのだろう。

さっき間に合わなかったのも私がセブルスに対して魔法をかける勇気がなかったからだ。

 

 

あの時、彼に魔法をかける勇気があれば…今ごろ

 

 

「エバンズに謝れ!!!」

 

 

ポッターがセブルスに杖を突きつけて声を張り上げると、エバンズの声が重なるように響く。

 

 

「貴方からスネイプに謝れなんて言って欲しくないわ、貴方もスネイプと同罪よ」

 

 

「えっ?…僕は一度も君のこと!」

 

 

吠えるポッターに冷静に淡々と理由を話すエバンズの声なんてもう耳に入ってこなかった。最後に聞こえたのは、酷い言葉だった。

 

 

「貴方を見ていると吐き気がするわ!!!」

 

 

そう言って足早にその場を立ち去っていくエバンズを目で追って、私は杖を力強く握りしめた。ポッターが去っていくエバンズの後ろ姿から名前を叫ぶが振り返ることはなかった。ポッターは、腹いせにまたセブルスを宙づりにする。

 

「誰か、僕がスニベリーのパンツを脱がせるのを見たいやつはいるか?」

 

私は杖を取り出して、彼らの背後に杖を向けていた。閃光はポッターの頰を掠め、少し切り傷を作ると血が滲み出した。楽しみを邪魔されたからだろう。苛ついているような表情をしながら、振り返ってくる。

 

 

「……彼を……セブルスを今すぐに解放して」

 

 

「……残念ながら…さっきは相手がエバンズだったからね、君の頼みなんて聞きたくもないね」

 

 

私は、2人を睨みつけながら杖を構えた。

 

 

「…………頼んでなんかない…私は命令しているんだけど」

 

 

私の言葉に2人は少し笑いをこぼす。…きっと彼らからしたら、女の子1人相手に負ける気なんてさらさらないのだろう。

 

 

「……聞こえなかった?早く降ろせと言っているの」

 

 

自分でも驚くほど、低い声が出てその場の空気がまるで今から殺し合いが始めるんじゃないかと思うほど静まり返ってポッターとブラックが睨んでくる。杖を2人に向かって振るが、意図も簡単に防がれてしまう。

どっちからの杖を奪うことができればいいのだが、何せ杖を扱うのが上手い2人を相手にしているのだから奪うこともできなければ押されてばかりだ。2人は防御魔法だけを使って私を少しずつ追い込んでいく。

 

一瞬の隙も見せない2人に私は苦戦して、あがった息を整えるために攻撃をやめる。

 

すると何を考えたのかポッターは、浮いているセブルスを地面を下ろし、ブラックは素早く彼に杖を向け呪文を唱えた。

 

 

「インペディメンタ!」

 

 

まるで何かに地面と縛られたように動けなくなったセブルスは、苦しそうな表情を浮かべてもがきだした。

 

 

「…女の子に魔法をかけるのはあまり乗り気しないんだけど、まぁしょうがない。」

 

 

ポッターは、ブラックに何か目配せをして2人は私に杖を向けてきた。

 

 

「……乗り気がしないなんてよくそんな嘘をつけるわね…」

 

私の言葉に、ポッターは楽しそうに口角を上げて何か呪文を唱えようと口を開いた瞬間に私は呪文を叫んだ。

 

 

「プロテゴ!!!」

 

 

透明の壁があるように私を守ってくれて、私は2人に杖を向けて振り続ける。

 

 

「へぇ〜やるじゃん」

 

 

ブラックは簡単に私の攻撃を防ぎながら楽しそうに声を出した。私は、正直言って余裕がなかった。2人からの攻撃を防げているのも奇跡に近いし、何だったらさっきから防御魔法を使う事で精一杯だ。

 

 

「やめろ!!!!!!」

 

 

声がした方に視線を移すと、声を張り上げたのはセブルスだった。セブルスはポッターやブラックを睨みながら、歯を食いしばっている。

 

「どうしたんだスニベルス大声なんか出して」

 

ポッターは馬鹿にしたように言いながら動けないセブルスに少しずつ近づいていく。

 

 

 

「…女性に二人掛かりでとは、恥ずかしくないのか?」

 

「「…あ?」」

 

 

 

セブルスは、2人を挑発するように嘲笑いながら言い放った。2人の低い声は、激怒そのものだった。勿論2人の標的は私からセブルスへと変わり、2人はセブルスへと近づいていく。

 

 

「…スニベリーお前動けないことを忘れてないよな?」

 

 

セブルスを脅すようなブラックの声が聞こえた瞬間私は、走ってセブルスと2人の間に割り込んだ。私は何も言わずに、2人に杖を向けて振り上げる。体力的にも技術的にも圧倒的に上回っていた彼らを追い込めるなんてできるはずもなく私は簡単に押されていく。

 

 

「やめろと言っているだろ!!!!!!」

 

 

後ろから聞こえてきたセブルスの声を聞こえてきた時には私は後ろに後ずさりして体勢を崩したの瞬間、ポッターが何か呪文を唱えようとするのが目に入った。

人というのは絶体絶命になると動きがスローモーションに見えるらしい。ポッターがゆっくりと口を開くのをしっかりと目にした私は、気づくと最初に頭に浮かんだ呪文をとりあえず身を守るために叫んでいた。

 

 

「セクタムセンプラ!!!」

 

 

ポッターは目を見開いて驚きながら反対呪文でそれを防ぐ。

 

 

「……なんで…」

 

 

自分が開発した呪文を、私が知っていることに驚いたようにセブルスがこぼした声が聞こえてきた。どうやら、目の前にいる2人も私がこの呪文を知っていることに驚いている様子だった。ブラックに視線を移すと、動揺したせいで一瞬の隙ができ私の呪文を叫ぶ声とそれに気づいたポッターの声が綺麗に重なった。

 

 

 

「エクスペリアームス!!!!!!」

「シリウス!!!!!!!!!!!」

 

 

 

ブラックの杖は3メートル宙を舞い後ろの芝居に音を立てて落ちる。

彼の杖を奪った時にはもうポッターが私に杖を向けて呪文を叫んでいた。

 

 

「エクスペリアームス!」

 

 

やっぱり、2人相手に勝てるわけがない。

私の手から杖が離れるとブラックが冷静に呪文で杖を自分の手に戻しているのが見えた。

 

分かってる、勝てるはずなんてない。

 

ブラックの杖の先から閃光が放たれてもうだめだと思ったが、私はなぜか当たることもなく地面に座り込んでいたが、代わりにぱりんというの何が砕ける音が聞こえた。どうやら、反射的に後ずさりをした私の足首を後ろにいたセブルスが握って転けさせてくれたらしい。

 

何が起きたか分からなくなってよく見てみると、私の周りには母からもらった髪留めらしき破片が散らばっている。咄嗟に髪留めを留めていたところを触ってみるが案の定耳の上には何もなく、髪の感触だけしか感じなかった。体には当たらなかったが、代わりに髪留めにあたって砕けてしまったということをすぐに悟った。

動けるようになったセブルスが近くに落ちている自分の杖を拾おうとするがブラックに杖を弾き飛ばされ、私は放心状態だった。

座り込んだまま近づいてくる2人を見つめていると、前に大きな影が立ちはだかる。

 

……スリザリン色のローブでよく見たことのある後ろ姿。

 

杖も持っていないセブルスが私を庇うかのように立っていたのだ。

 

 

「嫌われ者同士の友情か?泣かせてくれるね」

 

 

ブラックは、そう言いながら余裕そうに杖を向ける。

 

閃光の光が目に入った瞬間怖くなり目を瞑るが何も衝撃も、音も聞こえず、私は恐る恐る目を開けてみると飛び込んできた光景に目を見開いた。

 

私とセブルスの盾になるかのように、ルーピンが私たちの間に割り込んで防いでいた。

 

 

「…どうしたんだよ。リーマス」

 

 

「………やり過ぎだ…」

 

 

ルーピンの顔は見えないが、声を聞く限り冷静だった。

 

 

「ジェームズ、シリウス…よく見て考えて。君達ならすぐに気付くはずなのに、今回は君達らしくない」

 

 

2人は私の方を見て杖を静かに下ろした。明らかに2人は髪留めの破片を見ていて、やり過ぎたと思ったらしい。2人がその場を立ち去ると、周りにいた生徒達もそれぞれ散っていく。ルーピンも少し私達の方を見て、気まずそうに背を向けた。

 

 

何も言わず立ち去る彼らを睨みながら目で追いかけるセブルスのローブを引っ張り振り向かせた。何も言わず杖を渡して私もその場を去ろうとしたが、セブルスは中々動かず粉々になった髪留めの破片を丁寧に拾いだした。

 

 

「…何してるの……ねぇ…」

 

 

拾い続けるセブルスを止めようと身体をさすってみるが何も反応せずにひたすらに拾い続ける。私はセブルスの前に屈んで、動く手を握り止めさせた。

 

 

「…もう大丈夫だって………もういいよ…」

 

 

顔の上げたセブルスは、酷く苦しくて辛そうな表情を浮かべていた。

 

 

「…何が…大丈夫なんだ…

……僕のことなんて…ほっとけば良かっただろ、そしたらこんなにならなくて済んだんだ…」

 

 

 

「………大丈夫よ。単なる髪留めなんだから」

 

 

 

「………嘘なんてつかないでくれ。

 

…僕のせいだって…

 

 

…大切なものだったんだって…

 

 

 

……言って…………」

 

 

セブルスの声はだんだんと小さくなっていく。

 

 

 

 

「………壊れたのは貴方のせいじゃない」

 

 

 

 

「でも…あの時僕が、足首を掴んだ」

 

 

 

 

「そうしてくれたおかげで、私は今怪我ひとつないわよ」

 

 

 

自分なりに落ち込むセブルスを励まそうと言葉をかけるがやっぱり届かない。彼は、下を向いてちゃんと耳を傾けないと聞き逃してしまうほど小さな声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

「…………………………ごめん………」

 

 

 

 

「……謝らないで…本当に大丈夫だから。」

 

 

 

私の言葉に、顔を上げたセブルスの瞳は今にもこぼれ落ちそうなほど涙が溜まっていた。

 

 

 

 

 

「…だったら何で……泣いてるんだ…」

 

 

 

 

 

 

セブルスの言葉を聞いて私は、咄嗟に自分の頰を触ってみると確かに濡れていた。泣いているなんて全然気づかなかった。

一回泣いていることに気づいてしまうともうどうしようもないほど涙が溢れでてくる。

 

 

「………何でなんだろう…ね……」

 

 

私は自分の目から落ちてくる涙を拭って立ち上がる。

 

 

 

「………もう行こう…」

 

 

 

私はセブルスの腕を持ち無理矢理立たせて、学校に向かって足を進めた。

 

 

 

 

 

 

……この涙が髪留めが壊れたから溢れ出てきたものじゃないことぐらい自分でも分かってる。

 

 

 

後悔しているんだ。

 

自分の事ばかり考えてその上から綺麗事を塗ったくっては、これが一番いい道だと言い聞かせてきたことに。

 

セブルスが苦しい思いをすると分かっているのに、何もせずにただ見ていた自分に怒りを感じているんだ。

 

 

 

私は全部全部中途半端だ。すぐにころころ意見を変えて、訪れた結果を酷く恨む。

 

 

 

…これも全部自業自得だ。

 

 

 

 

 

 

 

セブルスがなぜ泣いているのか聞いてきたときに私は何も答えられなかった。

 

 

 

 

 

……これから苦しむことになる貴方を思うと悲しくて苦しくて辛くてたまらないの

 

 

 

 

なんて言える訳もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

もうここまで来てしまったんだ。

…もう後戻りもできない。何となくわかる気がする。もしも時を戻せたとしてもきっと私は何も出来やしない。一回できなかったのに、そんな簡単に出来るわけがない。

 

 

 

……だったらもう私がやるべき事はもう決まっている。

 

 

 

 

セブルスに嫌われようが、憎まれようが、恐れられようが、疑われようが、私は誰にも気づかれないように彼を守る。

 

絶対に死なせない。

 

……死ぬ運命が決まっているというのなら、そんなの変えてしまえばいい。

 

 

 

最後までセブルスに私の気持ちが気づかれないように、せめて貴方が永遠に彼女を想い続けられるように、私はずっと自分の胸の中だけに隠し持つ。

 

 

 

 

 

 

 

目元がひりひりと痛むのを感じながら空を見上げると、鬱陶しいほどの太陽が暖かい日差しを私達に浴びせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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17 泣き虫が2人

 

O.W.L試験が終わり、試験から解放された生徒達の喜びの声を聞いても私の気持ちが晴れることはなく、胸に穴が空いたような空虚感だけが残ったままだった。

あの後すぐにセブルスはグリフィンドールの寮の前で徹夜する勢いで彼女に謝りに行ったらしいが帰って来た様子から見る限りでは上手くいかなかったらしい。

 

あの出来事から普通だったはずの光景はもうとっくの昔のように感じるほどぱったりと見ることもなくなった。セブルスとエバンズが2人で楽しそうに話しながら廊下を歩く姿も、喧嘩をするセブルスとポッター達を止めに入るエバンズの姿も、まるで初めからそんな光景なんてなかったかのように、空気に溶けてしまったみたいだ。気づかないほど少しずつそれぞれの歯車がずれていっているような気がして、私は必死にそれらから目を逸らした。

 

もう2人で歩いている姿は見ずに済んだんだからと、いくら言い訳をしてもそれでも私はある光景を目にする度に胸が締め付けられるように苦しくなり、せめていられているような気がしていた。

 

セブルスは友達と話すエバンズとすれ違う度に足を止めて、楽しそうに話す彼女を目で追っている。少なくとも私が見た限りでは毎回必ず振り返っている。その度に私の胸はぎゅっと締め付けられて、彼女の後ろ姿を見えなくなるまで見つめ続けるセブルスを見ると、息ができなくなるほど苦しくなる。

 

 

悲しそうに、

 

 

辛そうに、

 

 

後悔しているように、

 

 

…愛しそうに見つめるセブルスの瞳も表情も何もかもを見ると、嫉妬していた時よりも悔しくなる。

 

 

 

…………振り返ってくれないと分かっているのに…セブルスはまだ……エバンズを想っていることに嫌というほど実感させられるから…

 

 

 

私には決して向けてくれない瞳で彼女を見る彼の姿を見るたびに胸が苦しくなり、想いが溢れ出てくる。

 

 

…あの時、せめてセブルスがエバンズのことを想い続けられるように、私はこの気持ちは絶対に彼に伝えないことを決めた。それなのに、行き場のなくなったこの感情は溢れて溜まっていくばかりで消えてくれないのだ。

 

 

 

私は時計の秒針が動く度にセブルスに恋をして、愛しく想う感情が深くなっているような、もう抜けられないほど依存してしまっているような気がしてならない。初めはとても綺麗なもののはずだったのに、今になってはこんなにも汚く、醜いものになってしまったように感じて怖かった。それでも微かに感じるあの温もりに一度触れたら忘れられないほど、幸せになる。

 

 

だから求めてしまう。

 

 

どうしても捨てられなくて、忘れたくないもの。

 

……どんなに届かないと分かっていても、それでも求めるぐらいは許してほしい…

 

 

 

 

 

 

 

 

エバンズとの仲が悪くなってしまうともう歯止めが効かなくなったように、セブルスは闇の魔術に没頭していっていた。…きっと彼は死喰い人になっても彼女が振り向いてくれないことなんて知らないし、今後も気づくことはないのだろう。それなのに、セブルスは、彼女がもう一度自分に振り向いてくれるのを信じて間違った方向へと進んでいた。私がどう声をかけてもきっと聞いてくれない。それなら、少しでも近い場所で彼を守り続けることしかできない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日が沈みかけて、オレンジ色の光が差し込んでいる廊下をひとりで歩く。友達と話しながら歩く生徒達とすれ違う時に無意識のうちに少し体を小さくしていた。

あんなに賑やかだったのに、私が進んでいる方にはどうやらあまり生徒がいないらしく、気づくと廊下を歩いているのは私1人だけだった。確かに滅多に通らない所で、普段から人気のない所だったから、行き交う生徒が少ないというのは何となく納得できるが歩いているのが自分だけとなると少し不気味に感じる。

 

自分の足音だけが響く廊下をぐるりと見回した時、小さな声が聞こえてきた。後ろを振り向くが当然誰もおらず、それでも確かに小さく何かを言っている声が今この時も聞こえている。聞き取れないほど小さな声だが、私はその声のする方に向かった。小さなその声はあまりに悲しそうで、辛そうなものだったからほっとくことなんてできなかった。

 

 

廊下の突き当たりを右に曲がった時、人影が目に入り私はとっさに身を隠す。

どうやら、声の正体はこの先にいた人のものらしい。

 

 

私は恐る恐る壁から顔を少し出して様子を窺ってみると、ものすごく綺麗なものを見たような気がしてゆっくりに感じた。

 

 

………あぁ…綺麗だ…

 

 

涙で濡れた頰がオレンジ色の光に照らされて暖かい黄色に色を変える。

吹き込んできた風で、顔に被さっていた髪が紐解くようにゆっくりと靡くと、私の心臓の動きは早くなった。

 

 

……どうして、今まで気づかなかったんだろう

 

 

スリザリン色のローブの裾が大きく波打つように靡くのを見て、私は名前を言ってしまいそうになり咄嗟に口を押さえた。

 

 

 

 

 

 

………セブルス

 

 

 

 

 

 

彼は誰一人として通らない廊下でひとり立ち尽くしながら、静かに泣いていた。右手で必死に拭いながら、声を押し殺すように泣いているセブルスの姿を見た瞬間私はまた壁の影に隠れる。

 

 

……最低だ…

 

 

……気づかなかったとはいえ、彼が泣いているところを綺麗だなんて思ってしまうなんて…

 

私は自分が思ってしまったことを思い返すと、手が震えた。

 

 

「……ぁ…ごっ…ごめん…」

 

 

 

壁越しに聞こえるセブルスの嗚咽音の中に謝罪の言葉が混じっているのに気がつくと、私の心臓は大きく飛び跳ねる。

 

 

「…ごめん………ごめんッ……」

 

 

何度も何度も繰り返し言うセブルスの声を聞くたびに私の胸も苦しくなるばかりで、鼓動の速度も増していく。

 

 

「ごめん……っ……ごめんなさい……リリー」

 

 

彼女の名前が聞こえた瞬間に、私の頭はまるで鈍器で叩かれたように痛みだした。

 

 

…………ほら、今目の前にいるセブルスは自分が言ってしまったことを深く後悔している。

 

 

……ひとりで泣くほど苦しんでいる。

 

 

こうなると分かっていたのに……

 

 

 

あの時、止めなかったらどうなるか分かっていたのに…

 

 

 

セブルスが苦しむと分かっていたのに……

 

 

 

 

………私は結局何もしなかった。

 

私の視界もだんだんとぼやけだして、鼻がツーンと痛くなると耐えきれなくなった涙が頬を流れた。

 

 

ここで飛び出して貴方を抱きしめる勇気があったのなら、何か変わるのかな……

 

 

…あの時…私が……止めていたら……

 

 

 

セブルスはこんなに苦しまずに済んだのかな……

 

 

 

私に勇気があれば…

 

 

 

私が貴方ほど優しくて強い人間だったら…

 

 

思えば思うほど、その分追いかけるように流れる涙はもう止まることなんてなかった。

 

 

 

「………………………ごめんなさい…セブルス」

 

 

 

泣きながらエバンズに謝り続けるセブルスの声を聞きながら、私は小さく呟く。

 

 

 

彼に届ける気などない私の謝罪の言葉は勿論届くこともなく、オレンジ色の光に溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひとりで泣くセブルスの姿を見てしまったら、もう普段過ごしている彼なんて直視することはできなくなり、セブルスと関わることもなくなってしまった。

彼を見てみると胸は苦しくなり涙が出てしまいそうになる。

 

…全部私のせいでこうなったのだから尚更だ。

 

セブルスが苦しんで辛い思いをしているのを見ているのは、本当に悲しくて私まで苦しくなる。

 

彼の方が辛い思いをしていることは知っている。痛いほど実感もしているが、私は結局自分のことしか考えられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベッドに潜り込み、瞼を下ろしてみるが眠れなくてルームメイトの寝息が聞きながらゆっくりと目を開けた。

 

 

姿勢を変えるために横を向くと、ベッドの横にある小さな棚が目に入る。1番上の引き出しには、もう最近開いてさえもいない本がしまってある。

 

 

………最近は使う気になれず、一切触っていない。

 

 

私はゆっくりと、体を起き上がらせて引き出しをひいて本を中から取り出した。真っ黒い表紙は相変わらず何も変わっておらず、不気味な雰囲気を放っている。

 

私はパラパラとページをめくって、何も書いていないページを開いた。どんなに文字に触れてみても何も反応はなく、勿論文字が浮き出てくるわけでもなかった。

 

 

………なんか…本にまで……見捨てられた気分だ…

 

 

思ったことを消し去るように私は、ページを進めると、何故か何も変哲のないページが気になって手が止まった。

 

 

文章が書かれていない端の空白の部分に、うっすらと文字が書かれていることに気がついた。

 

 

 

『どうして彼ばかりに執着するんですか?』

 

 

 

彼……誰のことだろうか。白紙のページではないスペースに文字が浮き上がったことなんてなかったし、どこか…この文章は今までの雰囲気とまるで違う。

 

文字を触ってみたりしたが、消えることもなく反応してくれない。私は何を思ったのか羽根ペンを握ってその文章の下に書き込んだ。

 

 

 

『貴方が言っている彼が誰のことかは知らないけれど、私が知っている彼は貴方が思っている以上に素敵な人よ。誰よりも優しくて、強くて、勇気のある人。私はそんな彼を愛してる。誰よりも。』

 

 

 

自分がどうしてセブルスのことを書いたかは分からなかったが、途端に恥ずかしくなった私は『愛してる。誰よりも。』という部分を塗りつぶした。すると、私が書いた文章もその上に書かれていた文章も溶けるように消えていく。

 

 

文字に書いただけでも少しだけでも、セブルスを想う感情が楽になり、胸がすっと軽くなったような気がした。

 

 

 

文章が消えたことを不思議に思いながらもとりあえず羽根ペンを置いて、本を閉じる。

 

そろそろ意地でも寝ないと明日がもたない。

 

そう思って本を引き出しに戻そうとすると手から滑り落ちて、大きな音がたててしまった。何人かのルームメイトが少しうるさそうに寝返りをうっただけで済み、ほっとしながら開いている本を拾うためにベッドから抜け出した。

 

開いていたページは特に何も変わりのない歴史の文章が印刷されているページで、特に何も考えずに文章にひとと通り目を通しながら手に取りベッドに腰掛ける。

 

……ん?…何だろう…

 

本を閉じようとしたがふと裏表紙の中に何か彫られているのに気がついた。何が書かれてあるんだろうと不思議に思った私は裏表紙を開いてじっくりと見る。するとそこには書かれてあった人物の名前が目に飛び込んできた。

あまりに衝撃的で、見てはいけないものを見てしまったかのように心臓も、体も緊張すると、戸惑いの言葉が溢れた口から出た私の声は震えていた。

 

「…………どういうこと……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【著者 レイラ・ヘルキャット】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ自分の名前が彫られてあるだけだというのに、とても恐ろしく感じた。

 

……自分の名前がこの本に書かれてある、というかここに著者とまで書かれてある。

勿論私はこんな本書いた覚えなんてない。同じ名前の人が書いたというもの信じがたい。

 

もう既に私の頭はパンク状態で、何が何だか分からなくなる。

 

私は混乱しながら、彫られてある自分の名前をなぞった。

 

 

…一体どういうこと……この本は私が作ったの?…えっ?でも見覚えなんてない。

 

 

混乱しだした頭はもう限界で、とりあえず本を閉じて引き出しの奥にしまいこみ、ベッドに潜り込んだ。

 

 

眠れるはずもなかったが、あれ以上本を見ていたらおかしくなりそうだ。

 

…最初の頃書き込んでもその文字が消えるなんてことはなかった本がいきなり私が書き込んだ文章を消し、まるで私が悩むことを知っていたかのように忠告してきた本を作ったのは私とまで書いてあるのだ。

 

…………確かに私は未来を知ってる。だけどこんなの作った覚えなんてない。

 

意味がわからなくなった私は、もう考えることをやめることにした。

 

 

………もう本を開くのはやめよう…

 

 

これ以上ないほどの不安が襲いかかってきてあの本にはもう触らないことを心に誓い、大人しく瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セブルスと話す勇気など湧くわけがなく、私はただ彼を目で追いかけることしかしなかった。本のことを考えながら、過ごしているとあっという間に時間というものはすぎるもので、気づけば1年も終わりを迎えた。

 

 

もう動きだしているホグワーツ特急の激しい振動を全身で感じながら、目を閉じる。

 

すると、当然のようにセブルスが1人泣いている光景が浮かんできて私は耐えきれなくなり目を開けた。

 

 

 

 

………結果的にはこれで良かったのかな…

 

 

 

帰りのコンパートメントの中で私は、雨が降り続いている空を見ながらひとりで考え込む。

 

 

……もう成り行きでセブルスと関わることもなくなったし、

 

 

…これで物語は何も支障なく順調に進むだろうし…

 

 

言い訳の言葉を並べながら、私は窓に打ち付けてくる雨の音を聞き流す。

 

 

………これでいいんだ……これで彼を確実に救い出すことへの一歩になったんだから…

 

 

いくら都合のいい言葉を自分に言い聞かせても私の気持ちは軽くなるばかりか重たくなっていく。エバンズの隣ではあんなに笑っていたセブルスは、彼女が隣にいないだけでもう純粋に笑うこともなくなった。

 

 

 

 

………こうなるのなら……私が我慢すれば良かったんだ…

 

 

 

 

私が側にいても、セブルスは笑ってくれない。

 

 

……彼には、エバンズしかいない。

 

 

………セブルスは彼女しか見ていない。

 

 

 

窓の外の雨のように私の瞳からも大量の涙が流れだした。私は隠すように手で両目を覆って瞼を閉じる。そんな私を心配したように鳴くアテール鳴き声が聞こえてきて、私は目を開けて檻の中で大人しくしているアテールを優しく撫でてやる。

 

 

「……あんたに心配される日がくるなんてね」

 

 

真っ直ぐ見つめてくるアテールから視線を逸らして頰に流れた涙を拭って窓の外を眺めた。

 

 

 

ただ今は、綺麗事を並べるよりも何も考えずに涙を流す方が楽になれる気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みを迎え、帰宅した私はいつもと違う家の雰囲気に違和感を覚えた。いつものようにアウラが上着を預かってくれて埃ひとつないピカピカに磨かれた玄関も、ぱっと見何も変化はないはずなのになぜか安心できない。

 

 

「どうしたの?早く上がりなさい」

 

母が立ち止まっている私に優しく声をかけてくれるが、私は何も返事せずに立ち尽くす。

 

「…どうしたんだい?レイラ」

 

父は少し微笑みながら、私に優しく問いかけてきた。父の顔をじっと見つめ息を吸い込むと、階段から兄が降りてくるのが見えた。

 

「レイラ、お帰り。学校は楽しかった?」

 

笑顔で言う兄の歩き方は平然を装っているがどこか不自然で、左腕をできるだけ動かさないように気をつけている様子だった。

 

 

「……また、怪我をしたの?…」

 

 

私は、ただいまも言わずに少し兄を睨みつけながら問いかけてみる。兄は歩くのをやめて私を見つめてきた。

 

「……おかしいじゃない。毎年ノアは研究で夏休みには帰ってこれないはずでしょ」

 

「少し、休息をもらったんだよ。」

 

「…その怪我はなんなの」

 

「……少しドジしちゃってね」

 

笑いながら言う兄は少し困ったように眉を下げる。嘘をつくといつもこの癖がでる。

 

 

「…レイラ、疲れたでしょ。今日はゆっくり休みなさい」

 

 

母が背中を優しく押してくる。今の私には3人が明らかに自分に何かを隠しているように思えてならなかったが、私は素直に自分の部屋に戻り、兄の怪我のことを考えながら夕食までの時間を過ごした。

 

 

 

 

 

久々に家族揃っての夕食だというのに楽しくなくて、あんなに美味しいはずのご飯を全く喉に通らなかった。

 

いつも通り、楽しそうに話す兄を見ると確実に何かを隠している気がして胸らへんが霧かかったようにもやもやする。

私がフォークとナイフを置くと、心配したような兄の声が聞こえてきた。

 

 

「…体調悪いのか?」

 

 

私は今胸がもやもやとしているこの変な気持ちになった原因の核心を迫るためにゆっくり口を開いて、自然と出てくる言葉に身を任せた。

 

 

「…私に……何か隠してない…?」

 

 

私の言葉を聞いた瞬間に兄は少し眉間にしわを寄せ、母は瞳孔が少し開いた。2人とも分かりやすく反応したが、ただひとり父だけは無反応だった。

 

 

「…レイラ。どうしたの?隠すことなんて何もないじゃない」

 

 

いつも通り母が微笑みながら返してくるが、今回は引き下がることはできない。

 

「…前まで仕事で怪我なんてしなかったノアが最近になってよく怪我をしてるし、それが、死喰い人が活発に行動し出してきた全く同じ頃…」

 

 

「考えすぎだよ。レイラ」

 

 

笑いながら言う兄は、やっぱり少し眉が下がっていた。

 

 

「私の考えすぎだったらそれで別にいい。

 

 

……だけど、明らかに何かを隠してるじゃない。」

 

 

静まり返った部屋に今まで喋らなかった父が静かに口を開き、少し溜息混じりの声が聞こえてくる。

 

 

「……ここまでかな…」

 

 

「あなた!!!この子にはまだ」

 

何か言おうする父に向かって、声を張り上げ母は必死に何かを守っている様子に見えた。

 

 

「……まぁまぁアメリア、そんなに大声を出さなくても。…もうそろそろいいじゃないか?この子も知っとくべきだ。」

 

 

母は溜息をつき、父をひと睨みすると私を少し見つめて静かに話し出した。

 

「…レイラ、貴女に言わなかったのはレイラには普通に何事もなく学校生活を送って欲しかったからなの。

 

…だからどうかノアを責めないであげて」

 

兄に視線を移すと、少し俯きながら私の様子を伺っていた。

 

「……死喰い人がこれまでも何人もの魔法使いを殺しているってことは知っているでしょう?」

 

黙って頷く私を確認して母はまた話を続ける。

 

「………その死喰い人が……

 

 

……私達を皆殺しにしようと動きだしたのよ…」

 

 

「………………………なっ…なんで…」

 

震えている自分の声を聞いて情けないと思いながら、話を続ける母を見つめた。

 

「……理由は彼らにしか分からない。…ノアが襲われて、助かったのも奇跡なのよ。運が良かったことに相手の人数も少なくてね。だから怪我程度で済んだの。」

 

……あまりに思ってもいなかった言葉に体が固まって何も考えられなくなる。

 

 

「……えっ?ノアが襲われた?」

 

 

戸惑いが隠せずに、私は兄を見る。

 

 

「……その怪我は…」

 

 

「大丈夫、大した怪我じゃないよ」

 

 

私が左腕を見たのが分かったように、机の上に乗っけていた左腕を自然に下ろす。

 

 

………違う…おかしい…これじゃあ…辻褄が合わなくなる。

 

 

私は兄がドラゴンの鉤爪に引っ掻かれて怪我をし、両親が会いに行った時のことを思い出した。

 

 

……あの時の怪我の原因がドラゴンのことじゃないことは確かだ。

 

 

確かに…あの時も微かに眉が下がっていた。

 

 

 

ここで追求してもきっとまた嘘をつかれるだけだと思い、私は母に話を振る。

 

 

「……他の人は、…大丈夫なの?」

 

 

今目の前にいる家族は生きていると見ただけで分かるが、…叔父や…叔母の顔が浮かぶと聞かずにはいられなかった。

 

「…連絡を取れないからなんとも言えないけど、それぞれ隠れてるとは聞いているから大丈夫よ。」

 

私が母の言葉を聞いて黙り込む姿を見た父が静かに話しだす声が聞こえてきた。

 

「……心配することはないよ。私がちゃんと魔法をかけといたから、そう簡単に見つかることはないだろう。

 

………でも、時が来たらここを離れないといけないかもしれない……それだけは覚悟しといた方がいい」

 

 

……家を離れる?……生まれ育ったこの家を?

 

 

急に不安が押し寄せてきて、自分でも真っ青になったのが分かった。

今まで死喰い人なんて記憶の中でしか見たことがなかったから実感が湧かなかった。でも実際命を狙われているとなると、何処からともなく現れそうで一気に恐怖心が襲いかかってくる。

 

 

現に…兄が襲われたのだから。

 

 

 

「…学校…来年はホグワーツに行けないの?」

 

 

私は急にそんなことが心配になって父に問いかけてみる。

 

「…安心しなさい。勿論ホグワーツに行っていい……ここよりもホグワーツの方が安全だからね。……何だったら、家族全員で住み込みたいぐらいだ」

 

 

こんな時なのに父は冗談を言って笑いだし、母は呆れたような表情をすると優しく私に話しかけてくる。

 

 

 

「…レイラ疲れたでしょ?お風呂に入ってゆっくりしなさい」

 

 

 

私が大人しく3人におやすみなさいと告げると、それぞれ口々に返してくれる声を聞きながら部屋を後にした。

 

 

 

………話を聞いても、私は兄のことで気持ちの悪い感触が残ったままだった。

 

確かに死喰い人に命を狙われることになるとは思ってもいなかったが、何か引っかかる。

 

 

……あの左腕の怪我が死喰い人に襲われて負った怪我だと考えてみても、いくら兄が上手く逃げれたとしても軽すぎる。

 

…なんだったら……あのドラゴンで怪我をしたと言っていた方が酷かった。

 

……あの時の怪我が、死喰い人に襲われたものの怪我だと考えれば両親がわざわざ兄に会いに行ったことも、兄が私に嘘をついたことも辻褄が合う。

 

それにそう考えると去年の夏休みに盗み聞きをしてしまった会話で分かった、父と母、兄そして叔母と叔父が私に隠していたことも大体は想像がついて、納得できる。

 

みんな…ノアが死喰い人に襲われたということを私に隠していたとして…

 

 

でもそうなると、今兄が怪我をしているのは何が原因なのだろうか…

 

去年の夏休みの時、やっぱり兄はドラゴンの研究に行っていた?いや、普通命を狙われて行くだろうか。

 

 

 

『あの子自身が…望んだことだ……それを出来るだけ…後押し…する』

 

 

 

去年盗み聞きをした父の言葉が蘇ってきて、更に頭を悩ませてくる。

 

 

…兄自身が一体何を望んだというのだろう…

 

 

 

 

いくら考えても答えなんて、出るわけがなく、私はこんがらがった頭を整理するかのように、ゆっくりとお風呂に入ってふかふかのベッドに寝転がる。

この先の不安と、兄のことで眠れないかと思ったが、どうやら疲れには勝てないようですぐに瞼が落ちてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

相当疲れていたようで、気づけば時計の針がお昼を指していた。大分遅めの朝食を食べて、ゆっくりと部屋で過ごす。いつもの過ごし方と何も変わりないがひとつだけ違った。今までは、思いもしなかったある不安。

 

こんなに幸せなのに…

 

こんな時間ももう過ごせなくなる日が来るのだろうか…

 

そう思ってしまうと私はまた記憶に頼りだす。……勿論、いくら振り返っても私が知っているのは『ハリーポッター』の物語のみだけだから、何も意味はない。

 

これからどうするのが正解なのかが分からなくて、私は先が思いやられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

時々父の姿が見えなくなったが、母と兄がいなくなることはなかった。…何処に行っているのかと父に聞けるわけもないし、仮に聞けたところで曖昧な言葉が返ってくるだけだと分かっていたからもう諦めていた。

 

 

 

夏休みを迎えてもう大分経っているというのに私は兄の怪我のことも聞けずにいたが、もう限界を迎えていた。私は聞く勇気を振り絞って兄の部屋の前で立ち続ける。夕食も食べ終わり、お風呂にも入り終わったのだがどうしても兄の怪我の様子も気になるし、本当のことを聞き出そうとも思い覚悟も決めていた。

それに、だいぶ日にちが経つのに怪我が良くなっているとは思えなく、実際兄は明らかに左腕を庇いながら生活をしていた。そんな兄の姿を見ていたら、心配しないわけがない。

 

……大丈夫、ノックして、何気なく聞こう。自然に…

 

…いつも通り…

 

意を決して扉をノックすると、中から兄の声が聞こえてくる。

 

「はーい。ちょっと待って」

 

近づいてくる足音が聞こえたかと思うと扉がゆっくりと開いた。私の顔を見た瞬間に、兄の表情が明るくなる。

 

「丁度良かった。お茶をしようと今呼びに行こうと思ってたんだ。ほらほら早く中に入って」

 

にこにこ笑いながら言う兄を見て、私は部屋の中に入った。

ドラゴンのことに関しての本が山積みになっている机の前にあるソファーに腰掛けた。兄は杖を一振りしてその山積みになっていた本を片付けると、私の前にティーカップと焼き菓子を置き、向かい側に座った。

 

 

 

「……もう…夜遅いしこんなの食べたら太っちゃう」

 

いかにもバターを沢山使ってそうな焼き菓子を見つめながら兄に言うと、何が面白いのか笑いだす。

 

「…まさか、レイラの口からそんな言葉を聞ける日が来るなんてね。…ちょっと驚いたよ」

 

 

「……失礼ね、私だって女の子なんだからこういうことぐらい気にするに決まってるでしょ」

 

 

「ごめんごめん。でもいいじゃないか。今日ぐらい」

 

 

「……その今日ぐらいが積み重なって気づかないうちに太っていくのよ」

 

 

私は話を変えるようにティーカップに口をつけ、一口飲むと私のことはお構いなしに焼き菓子を頬張っている兄に話しかけた。

 

 

「………怪我は、大丈夫なの?…」

 

 

口に入っている焼き菓子を飲み込み、一口紅茶を飲むと兄は私を安心させるかのように笑いかけてくる。

 

 

「大丈夫さ。…少し治りが遅いだけだから何も心配はいらないよ」

 

 

「………でも…こんなに治りが遅いなんてやっぱり何かあるんじゃないの?……ほら、私にだってやれることができるかもしれないじゃない…」

 

 

私が少し俯きながら話すと、少し笑いながら話す兄の声が聞こえてきた。

 

 

「…レイラは優しいな…………だからこそ、言いたくなかったんだよ…」

 

 

「…えっ?……何を?」

 

 

「…死喰い人のことさ」

 

 

怪我のことから話を逸らされたような気がするが、そう言う兄の目は突然真剣になり、体が少し緊張したように固まったのを感じた。

 

 

「………レイラは優しすぎるからね…自分ひとりで何もかも抱え込もうとするだろ?……それが、父さんも母さんも心配だったんだ…」

 

兄の言葉を聞いて、私は持っているティーカップを握りしめた。

 

………私が優しい人間なわけがない。

 

「………優しいなんて…そんな…お世辞言わないで…」

 

震えている自分の声を聞いた瞬間に自然とセブルスのことを思い出すと、心臓が誰かに思いっきり握り潰されているかのように苦しくなった。あまりに鮮明にはっきりと映像として駆け巡りだしたものだから、今までのことを吐き出すように口が勝手に動きだす。

 

「………私は…人の幸せなんて祈ってあげられないし、人のために自分自身を犠牲になんてできない。」

 

セブルスが体を震わせながら言ってはいけない言葉を声を張り上げて、立ち竦めるエバンズの映像が流れ始めると、私は罪悪感に苛まれる。

 

 

「……自分は何もしないくせに、何もしなかったくせに全部人のせいにして綺麗事で並べて、言い訳をし続けて…」

 

 

2人が廊下を楽しそうに歩く後ろ姿が頭に浮かんでは、消えて幸せそうなセブルスの顔が浮かぶと、私は自分を否定するように少し声を張り上げた。

 

 

 

「……そんな奴のどこか優しいのよ……

 

 

 

 

臆病者で、薄情者の方がよっぽどお似合いじゃない」

 

 

 

 

私が話し終わると、優しく、それでもどこか強く話す兄の声が耳に入ってきた。

 

「………レイラ……そんなのは誰でも一緒さ。

 

人の幸せのために自分を平気で犠牲にできる人なんてそういない。」

 

 

あまりに優しすぎるその言葉は、逆に私を苦しめる。

 

 

「…………いる……すぐ近くにいるの……不器用だけど誰よりも優しくて…強くて、誰よりも勇気のある人…」

 

私は下を俯いたままギュと瞼を下ろした。セブルスの顔が浮かんできて、泣きそうになるのを必死に抑えながら、唇を噛みしめる。

 

 

「…………そうか…レイラはその人のことが…大切なんだね…」

 

 

私が何も言わずに、俯いたままでいるとまた兄の声が聞こえてきた。

 

 

「レイラ……こっちを見てごらん」

 

 

ゆっくりと顔を上げると、相変わらず優しく微笑んでいる兄の顔が視界に入った。

 

 

「…………その人の為に色々と考えて、その人にとっての1番の幸せを見つけたんだろ?」

 

 

 

「…………見つけたけど……それは…私が我慢しなくちゃいけなくて…自分を犠牲にするのが嫌だから…」

 

 

 

白状するように口から出る言葉と一緒にセブルスが苦しそうに泣く姿を思い出すと涙も一気に瞳から流れ落ちていく。

 

 

 

 

 

 

 

「……セブルスの幸せを私が壊したの」

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで赤ん坊のように泣きながら、私は兄に助けを求めるように声を出した。

 

 

 

「………どうしよう…ねぇ…ノア…私はこれからどうすればいい…」

 

 

 

泣きながら問いかける私の声を聞きながら、兄はゆっくりと私の横に移動して腰掛けた。

 

 

 

「………それは、誰にも分からないよ。………人は誰でもあの時にこうしていればよかったとか後から後悔をして、自分を責めて、涙を流す。……そんなものなんだ。

 

…この先どうすればいいのかなんて、誰にも分からないんだ。

 

 

 

 

………レイラ、勘違いをしてはいけないよ。…

 

…優しさなんて人それぞれで、物の形や色が違うように、同じ優しさなんてものは存在しない。」

 

 

兄は私の頬を流れる涙を優しく拭って、頭を撫でてくる。

 

 

「……人のことを思いながら涙を流すだけでも、

 

 

 

…それは優しいというんじゃないかな?」

 

 

 

兄の優しい言葉を聞きながら私は、今までのものを吐き出すように泣き続けた。

 

 

「…少なくとも…僕はそう思っているよ…

 

 

…大丈夫………

 

自分の優しさを知っている人がいる限り、その人はひとりじゃない。

 

…何も難しく考えなくていい。自分の守りたいものを、守ればいいんだよ…簡単だろう?」

 

 

赤ん坊をあやすように一定のリズムで、私の背中を叩きだした。

 

 

 

「………大丈夫…僕は…何があってもレイラの味方だからね」

 

 

 

 

兄の左腕を通している服の袖から白い包帯のようなものがちらりと見えたが、兄の子守唄のような声を聞いていると、そんなことどうでもよくなり涙を流し続けた。

 

 

 

兄の腕の中は、暖かく、身を任せられるほど安心できた。いつもはあんなへらへらと笑っているような兄は、こういう時に優しく受け入れてくれるものだから、甘えてしまう。

 

 

もしかすると…私の方が兄に依存しているのかもしれないな…

 

 

背中をリズムよく叩いてくる兄の手の大きさを感じながら、泣き疲れたこともあり、気づけばゆっくりと瞼を下ろして眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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18 本の正体

汽笛が鳴る音を聞きながら、私は汽車の窓から顔を出して付き添いに来てくれた母と父、それから兄に手を振った。小さくなっていくまで手を振り続け、見えなくなると窓を閉めて空いているコンパートメントを探す。

どこも空いているところがなくて、しょうがなくひとりで座っている生徒に話しかけて席を少し譲ってもらい、ホグワーツまでゆったりと時間を過ごした。

 

 

一眠りをしてしてしまえばあっという間につき、ホグワーツ城を見た瞬間に去年の出来事が嫌という程鮮明に思い出したが、兄の姿がすぐに浮かぶと少し楽になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長期休暇明けの授業は、やっぱり疲れるもので私はノタノタと教科書を抱えながら歩く。

これまでと変わらず私の隣で歩いてくれるような友達なんておらず、楽しそうに話しながら前からも後ろからも歩いてくる生徒達とすれ違う度に、私は体を縮めた。こんなこと始めてで、何故か胸がキュッと締め付けられた。

 

 

……どうして…こんなにも………

 

 

 

寂しく…感じるんだろ…

 

 

 

これまでと何も変わらない。ずっと友達なんてものもいないし、どんなに素晴らしいものなのかも知らない。何も変わってないはずだ。

 

それなのに…どうしてこんなにも廊下が暗く感じるのだろ…

 

廊下に響く生徒達の賑やかな声の中に、よく聞き覚えのある声がやけにはっきりと聞こえてきた。声がした方を見ると、案の定ポッター達がセブルスに突っかかっていた。

 

少し遠くて、はっきりとは見えなかったが相変わらず杖を取り出して、言い争っている。

 

 

 

………いつもだったら……この辺で……エバンズが止めに入っていたはずなのに…

 

 

 

 

彼らを避けるように廊下を歩く生徒達の中にエバンズがいたのか、喧嘩をしていたはずのポッターのエバンズの名前を呼ぶ声が私の所まではっきりと聞こえてきた。

 

彼女は近寄ってくるポッターをひらりとかわして、他人のように何も感情もない瞳を浮かべてセブルスの横を通り過ぎる。エバンズの後をポッターが追いかけたものだから喧嘩は自然に終わって、ただ1人セブルスがそこに取り残されていた。エバンズを目で追うように振り返るセブルスを見た瞬間私は何を思ったのか、彼に近寄っていた。

 

 

 

………ただ…限界だった…

 

 

 

これ以上、エバンズを見る彼を見ていたら私の何かが壊れてしまいそうで、醜い何かが溢れかえって外に出てしまいそうで怖かった。

 

 

私はもうこれ以上セブルスの視界に彼女を入らないようにするために咄嗟に名前を呼ぼうと息を吸い込むが、周りにいる生徒達の声でかき消されてしまったかのように声にならない。私はセブルスの名前を口にする勇気もない自分に腹を立てながら、彼の腕を握ろうと手を伸ばす。

 

 

 

 

 

───────セブルスの腕を握ろうとした瞬間だった。

 

 

 

 

さっきまで聞こえていた騒がしい生徒達の声が一瞬だけ聞こえなくなり、まるで時が止まったかのように感じると、私の中で何かが大きなヒビが入ったような音がして、汚く醜い何かがそのヒビから漏れだした。私はセブルスに伸ばしていた手を下ろして急いで彼に背を向けその場を逃げるように早足で歩く。

 

 

 

……どうして…あんな時だけ…周りの声が聞こえなくなるの…

 

 

 

私は、静まり返ったように感じたあの一瞬で聞こえてしまったセブルスの声を忘れるように耳を塞ぐ。

 

 

 

……違う…あれは気のせいだ……

 

 

 

何度も自分に言い聞かせても、何度も何度もセブルスの声が聞こえてくる。

 

 

 

 

『……リリー……』

 

 

 

 

 

…………気のせいだと思わせて…

 

 

 

 

 

 

……………お願い………やめて………

 

 

 

 

 

『…………待っていて………』

 

 

 

 

 

何度も幻聴として聞こえてくるセブルスの声を聞きながら、私は寮に戻る足を早めた。

 

 

まだ希望を持っている彼の言葉が重くのしかかり、彼女だけを見ているその言葉でこれ以上にないほど胸が苦しくなって息ができなくなる。

 

 

 

…どうして、どうして、そこまで彼女に執着するの

 

 

 

どうして、振り向きもしない彼女ばかり見るのよ

 

 

 

 

次々と浮き上がってくる感情を必死に胸の内にしまいこみながら、涙を堪える。

 

 

 

私が隣にいたらだめなの?

 

 

 

…何で私じゃだめなの?

 

 

 

もう歯止めが効かなくなったように、浮き上がってくる思いはどんなに消し去ろうと頑張っても消えてくれなくて、私はあまりに辛くなり外に飛び出した。もうすぐ次の授業も始まることもあり生徒の姿は私以外にいなかった。私はローブを握りしめながら、あの言葉から逃げるように歩き続けた。

 

 

…駄目、こんなこと思っては駄目。

 

どんなに思っても、どうせ気づきもされないのだから、後から辛くなるだけだから。

 

 

……早く、早く消し去らないと

 

 

自分に必死に言い聞かせながらふと顔を上げると、何故か私はあの出来事があった湖に来ていた。

 

 

あんなに思い出したくないほど辛い事があった場所だというのに、まるで家に帰ったみたいに落ち着く。

 

私は近くの木の下に腰を下ろして膝に顔を埋め、目を閉じて体を小さくすると、あんなに動転していた体も落ち着き、次々と浮き上がってきたあの感情も思いも、静かに消えて穏やかになった。

 

 

 

 

 

…………代わりたい………

 

 

 

 

 

私はゆっくりと顔を上げて、日差しが当たり反射している湖の水面を見つめる。優しく吹く風でゆらりゆらりと揺れるものだからまるで風で靡いているカーテンのように見えて、不思議なことに見とれていた。

 

 

 

 

 

……………彼女に、エバンズに代わりたい…

 

 

 

 

 

ゆっくりと瞬きをして、決して声に出さないようにキュッと口を結ぶ。

 

 

 

 

…………彼にあの瞳で見つめられることが、

 

 

 

……彼があの幸せそうな笑みを浮かべてくれるのが、

 

 

 

 

 

…彼に好きだと言われることが、どんなに幸せなものかを…

 

 

 

 

ただ…知りたい…

 

 

 

 

 

 

自分が考えたことを痛みで消そうと思い、腕を爪を立てて握りしめるが、私はゆっくりと吐き出してしまうように声は出さず口だけを動かしていた。

 

 

 

 

 

『………もうどうしようもないぐらい…貴方のことが大好きなの…』

 

 

 

 

 

自然と耐えきれなくなった涙が頰を流れたのが分かった。声には出さなかったが、少し楽になった気がして私は涙を拭い教科書を手に取る。

 

 

 

 

…………大丈夫…安心して…………セブルス

 

 

 

 

私には……この気持ちを伝える気持ちなんてないから大丈夫よ…

 

 

 

この気持ちを…伝えるつもりなんて…ないから

 

 

 

 

私はゆっくりと瞼を下ろし、全身の力を抜いて木にもたれかかった。

 

 

 

 

 

優しい貴方が…私の気持ちを知ってしまったらきっと深く考えて、今よりも無理をして、苦しんで、全部自分一人で背負いこもうとするから…

 

 

だから…せめて、貴方が私の気持ちなんて知らないまま、彼女だけを純粋に愛せるようにするから…

 

 

 

だから………勝手に1人で嫉妬して、怒って、悲しんで、涙を流して、貴方に想いを寄せ、愛しく想う私を…

 

 

 

 

貴方を愛し続けることだけは…許して…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

授業をサボった私はあの後勿論、その時間変身術だったから、マクゴナガルに呼び出されて軽く注意された。

 

 

 

 

あれから特に変わったこともなく、私は授業をサボることはせずちゃんと出席した。出席しようがしまいが心配してくれるような友達なんているわけがなかったが、学年末試験もあるし、来年にはN.E.W.T試験もある。流石に授業もでないというのはきっと家族に心配をかけてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は教科書を枕にして、遠くに聞こえる淡々と教科書を読む声を子守唄にして聞き流しながら、仮眠につく。今は一応魔法史の授業なのだが、起きている生徒などいるわけもない。

 

 

 

 

 

 

 

遠くで微かに聞こえていた声が聞こえなくなると視界がガラリと変わって、私は何故かあの黒表紙の本、もう触れないと誓ったあの本を手に持っていた。

 

するとまた目の前の光景が変わり、私は見覚えのない部屋にいて物書きをする机の前に腰掛け、目の前にいるアウラらしき屋敷妖精に話しかける。

 

 

『………後は…お願いね……』

 

 

『……お嬢様…本当になさるおつもりですか』

 

 

屋敷妖精の声は確かに震えていて、何故か涙を溜めている。

 

 

『………これ…しか…方法がないのよ…………』

 

 

私はペンダントを握っていて、屋敷妖精に向かって本を差し出した。

 

 

 

『…………彼がいない…世界に…生きている意味なんてないの……』

 

 

 

私の声は涙声で震えていた。屋敷妖精を見つめるとまた視界が変わり、気づけば鋭い刃物を手に取っていた。

 

瞬きをした瞬間、耳元で肉が裂ける音が聞こえると目の前が真っ暗になり、一気に息がしづらくなり私は咄嗟に瞼を開けた。気づけば授業が終わったようで教室から出る生徒達の足音や話し声で聞こえてくる。

 

 

 

 

 

………あまりにリアルな夢だった…

 

 

 

 

 

 

 

夢であの刃物で確かに自分で首筋を切り裂いていたことを思い出して、咄嗟に首筋を触れてみるが勿論血なんてついているわけがない。

 

 

あまりにリアルすぎて、目が覚めた今でも体が震える。耳元で聞こえた肉の裂ける音も、血の匂いも、あの生々しい息苦しさも覚えている。

 

 

 

……まるで夢じゃないみたいだ…

 

 

 

 

あんな気味の悪い夢を見て、気分が良くなるわけがない。私はもやもやしたまま教室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気持ちの悪いあの夢を見ることはなかったが、どんなに寝ても何故か疲れが取れずそれどころか溜まる一方で、私は気晴らしに静かな図書館で仮眠でもしようかと廊下をゆっくりと歩いていた。

 

 

 

最近は課題に追われているし、何もかも上手くいかないことばかりだから自分でもいつも以上に気が立っているのが分かった。

 

 

 

「エクスペリアームス」

 

 

 

そんな時に何故こんなにもタイミングよくポッターがセブルスに喧嘩をしかける所を見てしまったのだろう。声がした方を無意識に振り向いたのが、運が悪かった。

 

彼らはどうやらセブルスの背後からいきなり呪文をかけたようで、完全にセブルスは丸腰だった。勿論私は見なかったことにしようとしたが、まるで面白い見物をしているかのような周りに集まりだしていた生徒達の歓声を聞いた瞬間に、頭に血が上って、杖を取り出し彼らの中に向かって、歩き出していた。

 

 

ほんと、苛々する。

 

 

今まで1番腹が立っていた私は、相変わらず盛り上がりを見せている生徒達を無理矢理押しのけて、ポッターの姿を捉えると何も考えずに杖を振っていた。いきなり入ってきて私が何も言わず呪文を仕掛けてきたことに驚いたのだろう。ポッターが少し後ずさりをして、体勢を崩す。何故だか知らないが、盛り上がった生徒達の声を聞いた瞬間、もう我慢の限界だった。

 

 

「うるさい!!!!!!!黙れ!!!」

 

 

私が周りに集まっている生徒達を睨みつけながら、声を張り上げながら言うとあんなに盛り上がり暑くなっていた廊下は一気に静まり返り、冷たくなる。

 

 

 

「何をそんなに、苛ついてるんだい?」

 

 

 

腹立つ顔で尋ねてくるポッターを睨みながら私は杖を握る手を強めた。

 

 

「貴方が彼に突っかかっているのは何故?」

 

 

私は尋ねてきたポッターの言葉は無視をし、セブルスの横を通り過ぎて、彼に近寄る。

 

 

「理由?…スニベルスがそこに存在していること以外に理由なんて必要か?」

 

 

冷たい言葉に、私は少し背筋が凍りついたがそれもすぐに怒りで忘れた。

 

 

「…………なによ…それ…」

 

 

こんな感情は初めてで、今目の前にいるポッターを今すぐに殺したい衝動に駆られ、もう何も考えなくなると頭は真っ白になった。ペティグリューの時とは全く違うもので、血は逆上し頭からまるで火をかけられたかのように熱く感じた。

 

 

「良かったな。スニベリー、エバンズ以外にも庇ってくれるような奴がいて」

 

 

嘲笑いながら言うブラックを見た瞬間に頭の血管が切れたようなブチっという音が聞こえると私は彼らに杖を振っていた。自分達にまで被害がくると思った生徒達が悲鳴をあげながらそれぞれ散っていく姿が視界の端に見えた。

 

 

様子のおかしい私に気づいたのか、いつも参戦しないようなルーピンも杖を取り出して、後ろにいたセブルスでさえも私を止めるために腕を握ってきた。

3人相手に勝てるわけもなく、簡単に杖を弾き飛ばされて、セブルスに腕を握られ続けていたがそれでも私の怒りは静まるどころか増すばかりで、普段思ったことなんてスラスラ出ないくせにこういう時だけ意図も簡単に出てくる。

 

 

「何が!!!英雄よ!!!!!!何が!!!正義よ!!!!!!!!!」

 

 

私は、声を張り上げながらセブルスの握ってくる手を振り払って杖も持ってないのも忘れたまま彼らに近寄る。

 

 

「人に自分の意見を押し付けて!!!!!!相手の思いも聞かず、それが悪いと決めつけて一方的に痛めつけることがそんなに楽しいの⁈」

 

 

「…レイラ、落ち着いて」

 

 

私を止めようと、ポッターと私の間に入ってくるルーピンの言葉なんて耳に入ってくる訳がなかった。

 

 

「全部貴方達のせいじゃない!!!!!!」

 

 

もし、セブルスをあの時虐めるようなことがなければ、

 

 

もしあの時、吊るすような馬鹿なことをしなければ

 

 

こんなに悩むこともなかった。

 

 

セブルスが苦しむ未来なんて存在していなかった。

 

 

「何をしているの!!!やめなさい!!!」

 

 

騒ぎを聞きつけたエバンズが、ルーピンと私の間に入り込んできて私を宥めようとしてくるが今の私には火に油で、彼女に手首を掴まれた瞬間、私の中で何がざわりと騒いだ。

 

 

「私に触らないで!!!!!!!!!!」

 

 

もう歯止めの効かなくなった私は、エバンズの手を払い除けて彼女の体を押し倒す。

 

 

「おい!!!今エバンズは関係ないだろ⁈」

 

 

ポッターの怒鳴り声が聞こえてきたが、私の中にある塞き止めるものはもうすっかりぼろぼろに崩れだし、今までの思いを吐き出すように座り込む彼女に声を張り上げていた。

 

 

 

 

「貴女なんかさっさといなくなればいいのよ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

青ざめるエバンズを見た瞬間あんなに何も考えられないほどいっぱいだった頭が一気に冷静さを取り戻して自分が何を言ってしまったのかが分かった。エバンズがゆっくりと立ち上がりその場から逃げるように立ち去ると静まり返っていたその場に怒っている様子のポッターが、何も言わずに私に近づいてくる。

 

 

「ジェームズ、落ち着け」

 

 

ブラックが彼を止めるかのように静かに呼び止めて杖を握る。

 

 

「………レイラ…大丈夫だから、落ち着いて」

 

 

私があまりに酷い顔をしていたからなのかルーピンが優しく話しかけながら近づいてきたが、私はそれが追い詰められるような気がして後ずさりをした。

 

 

…………違う………

 

 

 

私は……

 

 

 

「…取り消せ」

 

もう自分のことでいっぱいいっぱいな私の耳にドスの効いた低い声が聞こえてきた。ゆっくりと声のした方を見ると、セブルスが私を睨みつけながら杖をこちらに向けていた。そんな彼の姿を見た瞬間、私の中の汚く、醜い何かが入った殻は、大きな音をたてながれ崩れて、溢れ出すと一気に足の指先まで染まったように感じた。

 

 

 

「………………何よ………」

 

 

 

………本当に、貴方は…彼女のことばかりね

 

 

私の言葉にピクリと反応したセブルスを見て、私の口は勝手に動く。

 

 

「………何を、取り消せっていうの?」

 

 

そんなに彼女が大切ならさっさと好きだと言って、一緒になってしまえばよかったじゃない。

 

ただ彼女のことを庇うセブルスを見るのが辛くて、苦しくて、悔しかった私は拳をつくって力強く握った。

 

 

セブルスに睨まれていることが、杖を向けられていることがだんだんと悲しくなると、もう何も考えられなくなり、こういう時だけ簡単に口から言葉が出てくる。

 

 

 

「……私は悪くないじゃない。ただ思っていることを言っただけよ」

 

 

「…取り消せと言っているだろ!!!!」

 

 

「私は思っていることも言葉にしてはいけないの⁈」

 

 

 

セブルスの怒鳴り声を聞いた瞬間、私も彼に声を張り上げる。

 

 

「2人とも、落ち着いて」

 

 

何とかその場を鎮めようとしているルーピンは、私達を落ち着かせようとしてくるが、落ち着くわけがなかった。

 

 

「リリーに言ったことを取り消せと言っているんだ!!!!!!!」

 

 

彼の口から彼女の名前が出た瞬間、私の体は震えて胸が痛みだし、今まで大切に守ってきた何かは意図も簡単にまるで砂のように崩れ落ちると、私は彼を睨みつけていた。

 

 

何も知らないくせに!!!!!!!!!!

 

 

 

私のこの虚しさも、悲しみも、苦しみも辛さも、貴方を見る度に胸が温かくなって、苦しくなって愛しく思うこの気持ちも!!!!!

 

 

 

 

 

今でさえもう歯止めが効かないというのに、今目の前にいるセブルスをみた瞬間私は何故か怒りが溢れてくる。

 

 

私を見てくれないくせに!!!!!!!!!

 

 

あんなに愛しく想っているセブルスにこんなに苛ついたのは初めてで、こんな不思議な感情の消し去り方など知らない私は簡単に怒りに呑まれ、我を失った。怒りに任せて大声で彼に怒鳴りつける私の口からは、思ってもいないことを、セブルスに決して言ってはいけないこと意図も簡単に出てしまった。

 

 

 

 

「エバンズに穢れた血と言った貴方に取り消せなんて言われたくもないわ!!!!!!!!」

 

 

一瞬私は自分が何を言ったのか分からなかったが私の言葉を聞いた瞬間、セブルスの真っ黒な瞳に差し込んでいた光が一瞬だけ消えたような気がして、杖がゆっくりと下ろす彼の姿を見た瞬間、私は全身から血の気が引いた。

 

 

「………っあ…ちが…違うの…今のは…」

 

 

自分が何を言ってしまったのかすぐに分かって私は、セブルスに近寄りながら手を伸ばすが、彼はゆらりと後ずさりをした。

 

 

 

「……………………そう……か…………」

 

 

 

小さく呟くセブルスの声を聞いた瞬間、私の心臓は大きく飛び跳ねた。

 

 

「……………………その…通りだ……」

 

 

「…違う、セブルス、違うの。ごめんなさい。」

 

 

私は必死に彼に近寄って謝るが、彼は少し下を俯いたまま、何かを思い出すような表情を浮かべて、ぼそりと呟いた。

 

 

「…………………お前の…言う……通りだ」

 

 

 

「セブルス、ごめんなさい、こんなこと言うつもりなんてなかったの」

 

 

私の声は震えていて、彼に必死に近寄り手を伸ばすがセブルスの腕を掴むことは出来ず宙を切っただけだった。

 

 

……違うの、ごめんなさい。セブルス

 

 

今目の前にいる表情を変えずに少し俯いているセブルスを見た瞬間、自分が取り返しのつかないようなことを言ってしまったという事実が嫌という程はっきり思い知らされて、心臓が今にも爆発するんじゃないかと思うぐらいに緊張したように動き続ける。

 

 

…そんなこと言うつもりなんてなかったの

 

 

 

込み上げてくる涙を堪えながら彼に近寄ろうとするが、私の体は何故か動くことができなかった。

 

 

 

「一体何事ですか⁈」

 

 

騒ぎを聞きつけたマクゴナガルが入ってきたが何もかもが遅すぎて、セブルスは私の顔を見ずに背を向けた。

 

 

「少しお待ちなさい。」

 

 

帰ろうとするセブルスを引き止めるマクゴナガルの声を聞いても私はさっき簡単に口に出してしまった言葉を思い出して、その後は誰の声も聞こえなくなってひとり引きこもった。

 

 

……あっ…やってしまった………

 

怒りに任せてしまうのがどんなに怖いことか分かっていたことなのに…

 

 

何で、私はセブルスを苦しめるような言葉を簡単に口にできたのよ…

 

 

彼を苦しめるようなことをしてどうするのよ…

 

 

私はマクゴナガルと話しているルーピンに視線を移し、大人しく待っているセブルスの表情を見た。

 

無表情だったが、どこか傷ついたような悲しそうな苦しそうなセブルスの姿を見た瞬間私はもうその場にはいられなくなって、後ずさりをする。

 

 

「……レイラ…?」

 

 

 

私の様子がおかしいことに気づいたルーピンが私の名前を呼んできたが、あんなことを言ってしまった後悔が襲いかかってきていた私は、俯いたまま小さく呟くことしかできなかった。

 

 

「………………ごめんなさい………」

 

 

耐えきれなくなった私が逃げるようにその場から走り出すと、後ろからルーピンの声とマクゴナガルの呼び止める声が聞こえてきたが、足を止めることなんてできるわけがなく、私は自然と湖のところへ足を向かわせていた。

 

 

 

今日はやけに風が強く、髪も鬱陶しいほどに顔に当たってくるが今はそれどころじゃなかった。

木の下に座り、手で顔を隠して目を閉じる。

 

 

……最低だ………本当に最低だ

 

 

 

私が悪いのに………逆ギレして……

 

 

更には……彼を追い詰めるようなことを言って

 

 

本当に私は何がしたいのよ………

 

 

「…こんなんじゃ………彼を救えないよ…」

 

 

口に出すと嫌という程思い知らされて、涙が溢れ出てくる。

 

 

こんなんじゃ…セブルスの死を変えられない

 

 

………これじゃあ…変わるわけがない。

 

 

 

もう…………どうすればいいか…分からない

 

 

 

どうすればセブルスが笑ってくれるのか、

 

 

どうすればセブルスが生きている未来にたどり着けるのか、

 

 

どうすれば彼が幸せになれて、心から笑える日がくるのか…

 

 

 

もう分からない……

 

 

 

 

 

 

「…………誰か……助けて……」

 

 

 

 

 

私を助けて欲しいんじゃない…

 

 

誰か…私の代わりにセブルスを助けて欲しい

 

 

 

 

助けを求める声なんて、強い風に吹き飛ばされてしまったかのようにすぐに消えてしまって、誰にも届くことなんてなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その場を逃げ出した私はあの後どうなったかは分からないが、あの後すぐにうずくまっている私を見つけたマクゴナガルに連れていかれたが特に説教も受けることはなかった。叱ってくれた方が楽だというのに、何も言わないものだから逆に責められているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠くないがベッドに横になりなりながら、誰もいるはずがない部屋を見回した。結局、あの後セブルスやエバンズにちゃんと謝ることもしないまま私は寮に戻って一夜を過ごしてしまった。

 

 

…………あぁ…授業…またさぼってしまった

 

 

 

私は呑気にそんなことを思いながら額に腕を当ててゆっくりと瞼を下ろす。今他の生徒は授業の真っ最中だろう。目が覚めても何故か食欲もなかったから大広間にも行っていないし、一応制服には着替えたものの、セブルスに会うのが怖くて、部屋から出ることができなかった。

 

 

 

…………嫌われたかな…

 

 

 

昨日のことを思い出して、私はまた溢れてきそうになる涙を堪えるために唇を噛み締める。今までだってセブルスと別に仲が良い友達だったわけではない。だけど、普通に話すことができるほどまでにやっと進展したというのに、昨日のたった一言で今後彼と話すことなんてないだろう。今まで、普通に彼と話していたことを思い出して、手を握りしめた。

 

 

 

……………本当に……馬鹿だな…

 

 

 

私はあの時の自分を責めるように心の中で呟いた。誰もいない部屋は勿論少しの物音でも聞こえるぐらいに静まり返っていて、私が少し眠ろうかと全身の力を抜いた瞬間、私を起こすかのように突然足元に置いてあるトランクが音をたてだした。それはあまりに大きな音で、驚いた私は最初何が起きているのか分からなかったが、直ぐに自分のトランクの様子がおかしいことに気がついた。ベッドから抜け出して暴れるトランクを駆け寄る。何かが中から出ようとしているかのように、鍵が今でも壊れてしまうのではないかと思うぐらい嫌な音を立てていた。

 

暴れ続けるトランクを手に持ち、ベッドの上に置くとトランクの重みで、毛布が沈み、恐る恐る暴れるトランクの鍵を開けた。その瞬間に勢いよく飛び出た何かは私の顔の前ギリギリを通り、天上にぶつかるとまた空いているトランクの中に落ちてくる。

 

危うく顔面に当たりそうだった私は何が起きたのかさっぱり分からずに少し放心状態だったが、トランクの中を覗き込んだ。

 

服などの着替えが少し入っているトランクの一番上には

 

………もう、あれから随分と開いていないあの本があった。

 

 

もうこの本には触らないと決めていた私は、トランクから出すこともしておらず、とりあえずトランクを閉めようと決心して手を伸ばす。

 

 

 

 

すると、目の前にある本はまるで私が触らないことを分かっているかのようにひとりでにパラパラとページがめくられて、白紙のページでぴたっと止まった。

 

そのページに今まで通り少し滲んでいる黒いインクで書かれた文章が浮き出てくる。

 

【貴女に伝えなければならないことがあります。】

 

その文章は、どこか焦っているように少し乱れていた。

 

【私は、的確なことは言えません。貴女なら気付いてくれると信じています。】

 

私が本に手を伸ばそうとした時、また文字が浮き上がってきた。

 

 

 

【今貴女はきっと私のことを怖がって触れないとでも決めたか、それか私のことなどもう信用していないのではありませんか?】

 

 

 

私の思っていることと全く同じことを的確に言い当てた本の文章を見て、私は少し本と距離を取る。

白紙のページにはまるで私に何か伝えたそうな文章がまた浮き出てきた。

 

 

【私が貴女が思っていることや感じていることを知っているのは当たり前なのです。

 

貴女は私。私は貴女です。…………しかし、貴女は私にはなってはいけない。】

 

 

「………貴女は…私?…」

 

 

私は浮き出てくる文章を目で追うので精一杯で、もうこの本が何を言っているのかがわからなかった。

 

 

【私は、…………

 

 

 

 

 

 

私と貴女にとって最悪の結末を迎えてしまった貴女です。】

 

 

 

「…ちょっと待って…」

 

私は無意識にそんなことを呟いていた。

 

 

【貴女に伝えたいことがあります。でも最初からそれを話したところで、きっと伝わらない。貴女がそんな簡単に信じれない性格なことは私が1番分かっています。だからこそ、私はこの本を作りました】

 

 

 

 

 

…この本が本当に私が作ったとしたら、考えられることはただ一つ。未来の自分が作ったということ。

 

……でも…そうなると…

 

……最悪の結末を迎えてしまったって……

 

 

「………セブルス…」

 

 

脳裏にセブルスが首から血を流し生き絶える姿が浮かび、心臓の鼓動が早くなった。今は、この本が本当のことを言っているのかはどうでもよくなって、私は吸い込まれるように何か必死に伝えようと浮き出てくる文章を読み続ける。

 

【…決して同じ結末ではありません。私は、貴女が今大切に想っている人を確実に救おうとその時がくるまで何も干渉もしなかった。

勿論確実に救えました。その時は、です。】

 

 

私に訴えかけるように乱れた文字が次々と浮かび上がってくると、消えていった。

 

 

【……私は、貴女は、一度救ったあの人を目の前で殺されます。もうすぐ全てが終わるという瞬間に、彼の真っ赤な血が流れることになる。いくら止血をしようとしても、治癒魔法をかけても血は止まらなくて、貴女は何も出来ない。

 

……本来の終わり方よりも、惨くて残酷で、彼は最後まで苦しんで息耐えます。貴女は自分の腕の中で、だんだんと冷たくなっていく彼を見て泣き叫び続けるしか出来ません。

 

…苦しんでいる彼を見て貴女は何も出来ない。】

 

 

浮かび上がってくる文章が必死に何かを訴えかけてきて、自然と頭に最近みた夢を思い出した。

 

 

『…………彼がいない…世界に…生きている意味なんてないの……』

 

「……あっ……」

 

 

そうか…そういうことだったんだ。

 

 

私はあることが思いついて、口から声が溢れた。

 

 

あれは夢じゃなかった…だからあの血の匂いも肉が裂ける音も、生々しい息苦しさもあんなに現実みたいだった。

 

あれは………この本を作った私の記憶……

 

 

 

 

 

【…よく考えてみてください。この世界の物語の流れはそう簡単に変えられません。貴女は、関わることのないはずの人間です。

 

そんな貴女が物語の流れの中の一部だけを変えれると思いますか?

 

今まで干渉もしてこなかった人間が行動を起こしたところでその時は変わったとしても、物語は歪んだ流れを戻してきます。結局のところ、貴女に物語を変えるほどの力などあるわけがないのです。】

 

もうこの本が誰か作ったのか分かった私は、この本が伝えようとしていることを必死で悟ろうと文章を目で追う。

 

 

私に物語を変えるほどの力がないことぐらいもうとっくに実感していた。だからそんなに驚くこともない。

 

…実際に変えられていないのだから。

 

 

 

【だったら、…もう物語の一部を変えるよりかは死の流れを変えるしかない。物語と死が別物だと気付いたのは私が彼を救えた時に死ぬはずだった人間が生きている姿を見たからです。彼が死んでも、その人たちが死ぬことはありませんでした。どうやら、彼の死がずれたことで死の流れが途切れたのでしょう。……もう分かったでしょう?

 

 

彼を救うためには、死の流れを変える必要がある。

 

 

彼だけではなく、死の流れを変える。

 

 

これが大切なことだとどうか忘れないで】

 

 

 

私は、手を伸ばして本を手に取り文章を見つめた。

 

 

【……救いたいものがあるのなら、何かを代わりに犠牲にしなくてはなりません。流れに関係する死は、物語に気づかれないように。空白に気づかれてしまったら、強制的に動き出す前に空白を埋めて誤魔化すしか方法はないんです。まるで最初からその人が死ぬべき人であるかのように物語を騙すんです。…………

 

 

全く干渉してこなかった私が、物語を騙すことなど出来るわけがありません。

 

…もう意味が分かったでしょう?】

 

 

 

…だから、この本はあんなにも私を物語と関わらせようとしていたんだ。

 

 

 

{記憶に頼りすぎるな}

 

 

{運命というのは、そう簡単に変えられません。貴女が存在するだけで流れが変わるなどあり得ません。貴女にそんな力はない}

 

 

今までの本の言葉を思い出しながら、私は納得して本に視線を戻した。

 

 

 

【…もう時間です。…私が貴女に伝えることはもうありません。私は貴女の言葉を聞くことはできません。ただ貴女に一方的に伝えるしか方法がなかったのです。……どうか許して、

 

 

彼を救えなかった私を許して。

 

 

 

……どうかお願いです。

 

今私がいる世界が訪れないよう、今の私が存在しないよう、行動してください。

 

もう二度と同じ過ちを繰り返さないで。今ならまだ間に合う。

 

 

………まだ物語は始まってもいないのだから…】

 

 

滲んでいるインクで書かれた文章の上に頰を流れた涙が落ちて、染み込んでいるのに気がついた。

どうして自分が泣いているのかさっぱり分からなくて、ただ溢れてくる涙を拭いながら、本を見つめ続けた。

 

 

【全てが終わった後この本をまだこのことを知らない貴女へ】

 

 

白紙のページに浮かび上がると、音も立てずに消えて、本はまるでもう役目が終わったかのようにばたんと音を立てながら閉じた。

 

 

これは………

 

セブルスを救うことができなかった私が書いた本だった。

 

 

 

だから、記憶を思い出した頃に丁度タイミングよく私の隣に本を落とすことができた。……

だから私が悩む時期にタイミングよく忠告をすることもできた。

 

……間違っても本を捨ててしまわないようにと、私に未来を知っていると印象付けるために、拾った直後に未来を知っているような文章が浮き上がってきたんだ。

 

……未来の私が書いたとはいえ、所詮は私だから考え方も感じ方も全く同じで、気づくと思ったのだろう。

 

 

……でも、そうなるとあのクリスマス休暇を過ごした図書館で未来の私がいたことになる。

 

 

………逆転時計を使ったのだろうか…

 

 

いや…でも……それはありえないだろう。逆転時計は魔法省しかないし、そうなると盗んだことになる。それに手に入れたとしても私は、未来の私の姿を見ていないし、逆転時計を使ったということは今この世界にこの本を作った私がいることになる。

 

そう思い考えているとある言葉が頭によぎった。

 

 

『時は進むばかりで決して戻らない。…時が止まることはあっても戻ることはできない。

 

貴女は時を止められても時を戻すことはできない。

 

しかし貴女自身がそれを望むというのなら、時は戻れるのだろう。』

 

 

「……ペンダント…」

 

 

そうだ。ペンダント……

 

 

……じゃあ、ペンダントで時を戻し、止めて私に届けたのだろうか。

 

 

 

私は、最後浮かび上がった言葉を思い出しながら少し息をついた。

 

 

 

【全てが終わった後この本をまだこのことを知らない貴女へ】

 

 

 

 

…この言葉の意味は……次は私が過去の自分に届ける番だということだろう。

 

 

 

 

セブルスを確実に救おうと、このまま関わらず何もしないとところで何も変わらないということも、必死に本が伝えようとしたきたことも大体は理解できた。

 

………でも、できるだろうか。

 

 

…そんな簡単に、人は変われるものなのだろうか。今まで、ろくに関わろうともしなかった私がそんな急に動けるのだろうか。

 

……昨日あんなことを言ってしまったのに…

 

私は不安を抱きながらトランクの奥に本を丁寧にしまい込んだ時、ふとあの夢で見た記憶を内容を思い出した。

 

 

 

……どうして…私は………あの時自分で命を絶ったのだろうか…

 

 

 

彼を目の前で失い、死にたくなるのは分かるが私にそんな自分の首筋を刃物で切り裂けるほどの勇気があるとは思えない。

 

 

それに…なんで、アウラに本を託したの?

 

 

死ぬなら死ぬでその前に過去の自分に本を届けて全て終わらせてからの方がいいだろう。

 

 

どうして、わざわざ自分ではなく、アウラに本を渡したんだろうか…

 

 

 

「………何か…おかしい…」

 

 

 

何かモヤモヤとするものが胸に残ったが、どうすることもできなかった。

 

 

 



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19 楽しくないお茶会

 

本が伝えようとしたことは大体理解できた。物語の流れが変わることを恐れてばかりだと救えるものも救えない。人の死を変えるには、他の人の死を変えて物語に気づかれないように流れを変える必要がある。

 

それと私はあとひとつ悟ったことがある。それは、セブルスの死は物語に大きく関係しているということだ。

…そうでなければわざわざあの時に物語に関係している人の死の変え方を丁寧に教えるはずがない。

 

 

…確かによく考えてみれば、彼の死であの人はニワトコの杖が自分のものになったと思い込み、そのおかげでハリーは死なずに済んで、あの人をこの世から消滅させることができた…

 

 

全く、関係がないわけじゃない…

 

 

 

 

 

………でも今は…まず

 

 

……セブルスに謝らないと…

 

 

 

あの時のことをまだちゃんと謝っていなかった私は、謝ろうと思っても中々タイミングが掴めずにいて時間だけが残酷に過ぎていっていた。

 

 

話しかけようとしても、声が出ず、一歩が踏み出せない。

 

 

 

今日こそは今日こそはと言い聞かせても、伸びに伸びているから今こうしてセブルスの後を追っているストーカーのようになってしまっている。

 

 

私は、壁から覗き込んでは廊下をひとりで歩いている彼を確認して、呼吸を整えて、一定の距離を保ちながらセブルスの後を追いかけた。

すれ違う生徒からはちらちらと、何か変人を見るような目で見られているが今はそんなこと気にしていられず、人気の少なくなったところに出た時に話しかけようと自分に言い聞かせる。

 

 

運良く、前を歩くセブルスは人気の少ないところへと出てくれて、私はばくばくと緊張しだす心臓の鼓動を全身で感じながら、覚悟を決めて彼の名前を呼ぼうと息を吸い込んだ。

 

「…何か用か?」

 

前を歩いていたセブルスはどうやら私が後をつけていたことに気づいていたようで、しびれを切らしたように彼の方から問いかけてくる。

私の方を振り返り、問いかけてくるセブルスの声は低くて、体は自然と緊張しだした。

 

 

「………貴方に…言いたい…ことがあるの…」

 

 

声は震えていたし、途切れ途切れだったがちゃんと声に出せたことにまずはほっとした。

 

 

 

「……あの時…貴方に……酷いことを言ってしまったことを…謝りたくて…」

 

 

 

一度声が出れば後は簡単に出るもので、私はセブルスの瞳を見ながら声を出す。

 

 

………許してくれるとは思っていない…

 

 

こんなの…私の自己満足だ………

 

 

そんなこと分かってる。

 

 

 

 

「……別に謝らなくてもいいだろ」

 

 

セブルスの口から出た冷静で淡々とした声に、私は驚きを隠せず黙り込んだ。

 

 

「お前が言ったことは正しいじゃないか。僕が彼女にあんな言葉を言ったのも、彼女を傷つけたのも、あんなことを言う資格がないことだって、全部お前の言う通りだ」

 

 

あまりに冷静に淡々と言うものだから、私は声が出なかった。

 

 

 

「だからそんなこと気にしなくていい」

 

 

………どうしよう…何て言えばいいのか分からない…

 

 

「違う…あれは私が悪くて……貴方は悪くない」

 

 

思っていることを上手く言葉にできなくて、私の口からは途切れ途切れの言葉しか出てこない。

 

 

「私が勝手に怒って、逆ギレして」

 

 

「僕も、杖を向けた」

 

 

「酷いことを言った」

 

 

「だから、それは気にしていない」

 

 

途切れ途切れの私の言葉に1つずつ返してくるセブルスの言葉が、私にのしかかってくる。

 

 

「…お前が後ろめたく思う必要なんてない。だから、もう気にするな」

 

 

表情ひとつ変えずに言ったセブルスは、それだけ私に言い残して、その場から去っていく。私はそんなセブルスにかける言葉を見つけることが出来ず小さくなる後ろ姿を見つめるしかなかった。

 

 

私は瞼を下ろして呼吸を整えると、あの時怒りに身を任せた自分にも、自分で壊したくせに悲しくなる私にも、何故か無性に腹が立ってくる。

 

 

どんなに後悔しても、もう元には戻せない。

 

 

………あの言葉を無しにはできない…

 

 

私は、小さくなったセブルスに背を向けてゆっくりと歩きだす。

 

 

…………こんな気持ちだったのかな…

 

 

 

私は後悔の念に押しつぶされて痛む胸の痛みを感じながら、彼とは逆の方向に歩き進めた。

 

 

………セブルスも……彼女にあの言葉言ってしまった後…こんな苦しくて、痛かったのかな

 

 

結局私は自分のことしか考えてない。

 

彼の幸せも願えず、

 

彼を苦しめるような言葉を簡単に吐き出して、

 

 

 

……何が、セブルスを救いたいよ。

 

 

 

こんなんじゃ、絶対に救えない。

 

 

変わらないと、

 

 

こんな弱くて、臆病者な私を

 

 

自分のことしか考えられないような私を

 

 

泣いてばかりな私を

 

 

 

 

 

捨てるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………これから…どうしようか…」

 

 

 

私は呑気にそんなことを呟きながら、遠目で友達と話しているセブルスの姿を目で追った。物語に干渉しないことが一番の近道ではないことは分かった。…だが、この状況で一体どうすればいいのだろうか。

 

謝ったとはいえ、関係が元に戻るわけがない。すっかり闇の魔術に染まったセブルスとどう関わればいいというのだろう。彼は、あちら側の友達と行動しているから、話しかける隙なんて見せてくれない。それに、私がそんな急に動けるほどの勇気もあるわけがない。

 

……やれないじゃなくて…やらないと

 

そう思ってもそう簡単に動けなくて、私の為に時間が止まってくれるはずもなく、ただ時間だけが過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

ひとつ変わったことといったら、日付が増えるごとに連れてポッターがセブルスに突っかかることが極端に減っていったことだ。私が怒鳴り散らしたあの出来事から、本当に最近は見ていない。

あんなに顔を合わせただけで日常茶飯事のように喧嘩をしていたはずなのに、今はもう顔を合わせてもお互い杖を取り出すことはなく、平然と通り過ぎていくのだ。

 

ポッターの傲慢さが少しずつなくなるのに比例するかのようにセブルスはどんどんと闇の魔術に没頭していっている様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両手に教科書と羊皮紙を抱え、これから一体どうしようかと考えながら、図書館で勉強をしようかと移動している時に、こちらを見てにこにこと笑いながら手招きをしているダンブルドアが目に入った。どうやら彼は散歩をしていたような様子だったが、…全く話したことのない長髭のお爺さんに親しげに手招きをされるのはある意味恐怖でしかない。

 

 

辺りを見回して見ても、完全に私を呼んでいて、渋々ダンブルドアに近寄った。

 

 

「……何か用ですか?ダンブルドア先生」

 

少しめんどくさいオーラを出しながら、言うと笑い声が聞こえてきた。

 

「露骨に嫌がらんでもよかろう。」

 

「それで、何か用ですか」

 

「儂と少しお茶をせんかの?」

 

「いや、結構です。」

 

めんどくさい事になる事が大体想像できた私は、断りを入れてダンブルドアの青い瞳を見つめた。

 

「…先生方が、来年はN.E.W.T試験があるからといってすごい量の課題をお出しになるので、終わらないんですよ。……先生が少し減らすようにと言ってくれるのであれば、お茶をする余裕もあるんですけどね」

 

適当な言葉をペラペラと並べてその場を立ち去ろうとすると、少し考え込んだダンブルドアは、驚くようなことを言い出した。

 

「…では儂から少し減らすようにと先生方にお願いをしてみようかの。そうすればお主とお茶をする事ができるということじゃろう?」

 

相変わらずにこにこと笑いながら話すダンブルドアを見つめて、私は溜息をついて渋々了解すると表情を変える事なく日時を伝えてきた。

 

 

「今週の日曜日の3時ぐらいに校長室に来るといい。美味しいお茶とお菓子を用意しとくでの。くれぐれも忘れる事がないようにすることじゃよ」

 

 

そう告げたダンブルドアは満足そうにその場を去っていく。

 

 

……日曜日の3時か……

 

 

少し憂鬱になりながら、その日は図書館で課題を終わらせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

日曜日なんてあっという間にきて、私はすっかり3時を指している時計の針を見ながら、重い腰を上げてゆっくりと校長室に向かった。

 

目の前に立っているガーゴイルを見つめて私は合言葉を教えてもらってない事に気付いた。

 

ダンブルドアが合言葉にしそうな言葉をいくつも口に出してみたが、ガーゴイルが動くことはなく私はもう諦めて帰ろうとする。

背を向けた時に後ろから、石が擦れる音が聞こえてきて振り返るとなんとあんなに何も反応がなかったガーゴイルが動いて螺旋階段が目の前に現れた。

 

「………最初からそうして…」

 

ダンブルドアが開けてくれたのか、何なのか知らないが、最初から開けてほしかったし何よりダンブルドアが合言葉を教えてくれていればこんな廊下にひとりずっと佇んでいることもなかったはずなのだ。

 

私は少し苛つきながら階段を上っていたが、校長室の扉を見た時には、初めての校長室に少しドキドキしながら中に入った。

 

 

 

 

思い出した記憶と全く同じ内装で、ダンブルドアが1人がけの椅子に深く腰掛けてひとりお茶をしていた。

 

「よくきてくれたの。もう3時半じゃからきてくれないのかと思ってひとり寂しくお茶をしてしまったわい。…ほらそこにお座り」

 

 

にこにこと笑いながら話すダンブルドアの声を聞きながら、ひとりでに私の所まで近寄ってきた椅子に腰掛けて、ふよふよと宙を浮きながら私の手元まできたティーカップとクッキーがのったお皿を受け取って近くの机に置いた。

 

紅茶を一口飲んでいると、ダンブルドアが愉快そうに話しかけてくる。

 

「ご両親は元気かね?」

 

「えぇ…というより、母と父を知っているんですか?」

 

「勿論じゃよ。2人ともこの学校を卒業したからの。……そういえば、ノアも元気かな?」

 

「あぁ…兄は相変わらずドラゴンに熱中していますよ。」

 

「あの子は少し変わっておったからの」

 

何か思い出したようにダンブルドアは1人笑い出した。あまりこのお茶会自体乗り気ではなかった私は、クッキーをひとつ頬張るとまだ笑っている彼を見つめて本題を切り出す事にした。

 

 

「………それで、私に何の用ですか?」

 

 

私の言葉に、ダンブルドアの表情が変わったのを感じたが、出来るだけ瞳を見つめた。

 

 

「…お主とお茶会をしようかと思っただけじゃよ。」

 

「………死喰い人のことですか?」

 

誤魔化そうとするダンブルドアの言葉を無視して私は、彼に呼び出される心当たりを口に出した。

 

「……貴方なら、もう知っているのですよね?今母も父も兄も勿論私も、命を狙われていることぐらい。」

 

ダンブルドアは何も言わずに私をただ見つめてきた。

 

「……大丈夫ですよ。人は死ぬ時には死ぬのですから。私の場合はそれが少し人よりも早いかもしれないというだけです。」

 

「………君は死を恐れていないのか?」

 

ダンブルドアの青い瞳が私を捉えて、じっと見つめてきた。

 

……本当にこの目は嫌いだ。

 

まるで全てを見透かしてきそうで、今この時も私がこの世界の未来を知っていることさえも彼だったらとっくに知っているのではないかと思うくらいだ。

 

 

「……私はそんなに強くありませんよ。

 

…死ぬなんて怖いに決まっています。………やりたいこともありますし…」

 

 

私はゆっくりと立ち上がって、校長室を後にしようとダンブルドアを見つめた。

 

 

「貴方がいる限り此処は安全なのでしょう?…だったら大丈夫ではありませんか。……

 

……それで、話は終わりですか?」

 

 

私が少しめんどくさそうに言うと、ダンブルドアはゆっくりと口を開く。

 

「…少し儂の耳に真面目な君が、今年に入って授業を無断欠席しているという話が入ってきての」

 

 

「…あぁ…大丈夫です。ちゃんとこれからは、授業をサボることなんてしませんから」

 

 

私はさっさとこのお茶会を終わらせたくてしょうがなく、作り笑顔を浮かべる。

 

 

「じゃあ、そろそろ失礼しますね。

 

美味しいお茶ありがとうございました。」

 

 

私が軽くお礼を言うとダンブルドアはまたいつもと変わらずにこりと笑みを浮かべた。

 

 

「いつでもおいで。儂は結構暇じゃからの」

 

 

何とも嬉しくのないお誘いを受けて私は貼り付けた笑顔を浮かべながら、校長室を後にした。

 

 

 

 

 

 

このお茶会は、結局何のためにやったのだろうか。私に何か変化がないか見るためなのか、何か探りを入れるためなのか。

ダンブルドアのあの様子だと、父と母のことは知っている様子だったし、何より兄とは親しそうな感じだった。

 

……流石のダンブルドアでも私が未来を知っていることはまだ知らないだろう

 

だけど…この調子だとすぐにばれてしまいそうな気がしてならない…

 

 

いつも通り笑みを浮かべてくるダンブルドアの顔が浮かんできて溜息がでた。

 

しかし…何とも楽しくないお茶会だった。これは断言できる。……あんな威圧をかけられては、せっかくの美味しいお茶も不味く感じるし、…というより私はあまりダンブルドアは好きではないからそう感じただけかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

読む気などさらさらない魔法薬の本を片手に、歩き慣れた廊下をただ歩き進める。すっかり暖かくなり、天気もいいこんな日には外に出て空気を吸ってみたい気分だ。

 

外に出ると、太陽の日差しで目が眩み前が見えなくなるがそれも適当に歩いていると段々と慣れてきた。何人もの生徒達とすれ違いながら無意識に私は湖の方へと歩いていたらしく、あの場所に着いていた。ちらほらとしか人がおらず、私は木の影に腰を下ろして、もたれながらきらきらと輝いている湖を見つめる。

 

 

木の影にいると気温もちょうどよく時々ふく風が気持ちよかった。少しウトウトしながら、ただぼんやりと過ごす。

 

 

……お昼ご飯…食べに行かないと…

 

 

 

そう思っても、私は動くこともせずに読む気がないがとりあえず本を開く。

 

魔法薬の本を持っているとセブルスが側にいるような気がするのは気のせいだということも分かってる。だけど、やめられない。

だからこうして気づけば私は図書館で魔法薬の本を借りては、肌身離さず持っている。

 

 

………本当にそろそろ…病気だな…

 

 

そう思うと、乾いた笑いが溢れた。私は襲いかかってくる眠気に抵抗もせず、瞼を下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暖かい日差しがまるで体を包み込んでくれているみたいでもう気づけば意識などなく、ゆっくりと目の前にはセブルスがふわりと現れた。

 

私の方を見て満面の笑みを浮かべるセブルスに駆け寄り、思いっきり抱きつくと彼は優しい包み込んでくれる。

 

 

『……レイラ…』

 

 

私の名前を読んでくれるセブルスの声を耳元で聞きながら私は口を開く。

 

「………セブルス…大好きよ、愛してる」

 

当たり前のようにセブルスの手が優しく頭を撫でてくると少し恥ずかしそうな声が聞こえてきた。

 

 

『………僕も…君を、愛してる…』

 

 

あぁ……幸せだ…

 

こんなに近くにいる。

 

セブルスが抱きしめてくれている。

 

彼が私の愛を受け取ってくれる。

 

 

 

私に笑いかけてくるセブルスを見て、私も自然と頰が緩んだ。彼の頰に手を伸ばし、触れた瞬間に誰かが私の中に入ってきたような感覚に襲われたかと思うと、寒気が襲いかかってきて、気持ち悪い感触がする。すると目の前にいたはずのセブルスは、煙になって消えて目の前には、今まで見たことあるような光景が混ざっているかのように、色々な色が急激に移り変わっていく。

突然止まったかと思えば、目の前にはいつも通っている廊下が広がっていた。私は何が起こっているのか分からないまま、何かをすることもできない。

 

 

…少し……視線が低い…?

 

 

いつもより明らかに視線が低くく、自分が手に持っている魔法薬の本は真新しいもので、見覚えのあるものだった。体はいうことを効かず、まるで一人称の映画を見ているかのように、ただ勝手に視線の方向も変わっていく。

 

ゆっくりと本から視線が上がったかと思うと、目の前には幼いセブルスとエバンズの2人の姿が目に入った。その瞬間、ヒュッと息がもれて、血の気がひく。

 

 

…いや…やだ…見たくない!!!やだ!!!

 

 

拒絶しようとも、今まで思い出さないようにしてきた記憶は意図も簡単に進んでいく。

 

まだきらきらと輝いている私の世界は、一途にセブルスを見つめながら、期待するかのように勇気を振り絞って2人に近づこうとする。

 

友達に呼ばれたエバンズがセブルスの側を離れると今だと言わんばかりに大切そうに本を抱えながら駆け寄ろうとした瞬間耐えきれなくなった私は叫んでいた。

 

やめて!!!!!!!!!!!!

 

今から見てしまう光景を見てしまわないように、止めさせるように手を伸ばすと、誰かの腕を握った。

 

 

瞼を勢いよく開けると、私は呼吸を乱しながらレギュラスの腕を握っていた。彼の後ろに広がっている湖は、さっきと変わらずきらきらと輝いている。

 

 

少し前のめりになっている彼と、さっき見たことを思い出してレギュラスが何をしたのか大体予想がついた。

 

 

………開心術…

 

 

やった本人も私が閉心術を使えることに驚いた様子だった。私自身、使えるなんて思ってもいなかった。

 

今この時だって実感がない。

 

 

 

 

「………覗き見なんて……最低ね…」

 

 

 

 

私は苛立つ気持ちを抑えられず、彼の体を乱暴に突き放す。他人に勝手に記憶を見られるのは、気持ちの良いものじゃない。

 

 

……彼はどこまで見たのだろう?…一体どこからどこまで…

 

 

立ち去ろうとする私の腕を握って、引き止めてくる。

 

 

「………勝手に覗いたことは謝ります。…だけど、貴女がクリーチャーにあのコインを渡した理由が知りたかったんです。」

 

 

必死に話しかけてくるレギュラスは、随分と彼らしくなかった。

 

 

「クリーチャーが教えてくれた貴女の言葉はまるで、未来を知っているみたいだ………

 

 

 

 

貴女は一体何を知っているんですか?」

 

 

 

レギュラスは私を逃さないようにと手首をきつく握りしめてきて、少し痛かった。

 

 

「……どうしてそれを私に聞こうともせず、最初から覗いてきたの」

 

 

 

「…それは……貴女に直接聞いたところできっと誤魔化されるのは明白ですし、…話したくても貴女が僕のことを避けるので、話すタイミングなんてなかったから…」

 

 

「別に貴方を避けているつもりなんてないわよ。……用がないのに、話すこともないじゃない。」

 

 

私は彼の手を剥ぎ取って、睨みつける。

 

 

「勝手に覗いておいて色々と都合良すぎないかしら。

 

 

 

 

そんな奴に答えたくもないわ………貴方には、がっかりよ」

 

 

彼に背を向け立ち去ろうとするが、それでも諦めない彼の声が後ろから聞こえた。

 

 

「待ってください!」

 

 

私は足を止めて杖を取り出し、近寄ってくる彼に向けた。レギュラスは、びくりと体を停止させ、私を見つめてくる。

 

 

「……付いてこないで。…………私は貴方を傷つけたくない。」

 

 

夢だろうと、セブルスに抱きしめられたのが嬉しかった私は、彼が覗いてきたことと、彼の開心術のせいで夢が消えてしまったことに腹を立てていた。

 

私の低い声を聞いたレギュラスは自分を責めるような表情を浮かべる。私は、彼に背を向けて駆け足で学校に戻った。

 

少し泣きそうになって涙が溢れてしまう前に目を擦り、逃げるように寮に向かう。

 

 

だめ、泣いたらだめ。

 

 

あまりに幸せすぎたあの夢から覚めた私には、ただ胸のあたりが重苦しくなって虚しくなると、悲しみだけが襲いかかってくる。

 

 

あんな夢を見ても、幸せな時はその時だけ。

 

 

セブルスが言ってくれたあの言葉も、

 

 

抱きしめてくれた感触も、

 

 

貴方が私にだけを見て向けてくれた笑顔も、

 

 

 

……もう…何も残ってない。

 

 

 

 

 

こんなに悲しくて、虚しくて、苦しいのに、なんでもう一度見たいと思ってしまうんだろう。

 

 

 

 

…なんで………

 

 

 

 

 

 

…私はまだ期待をしているの……

 

 



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20 ペンダントの秘密

 

 

結局私は、その後は特に何をすることもなく過ごしてしまった。

 

こればかりはしょうがないのだ。来年あるN.E.W.T試験に向けて毎日のように出された大量の課題に追われ、さらには姿くらましの試験にも備えないといけなくて、学校生活を送るだけで私は精一杯だった。

無事に姿くらましの試験に合格したと思えば、次は学期末試験が待っていたしもう気づいたらもう1年が過ぎていたといった感じだ。

言い訳にしか聞こえないが、もう過ぎてしまったものはしょうがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家に帰り着いたその日の夜は、風呂に入ったあとすぐに一年の疲れを癒すかのようにベッドに飛びこみ、寝ようかと瞼を下ろす。

 

……疲れた…

 

そう思いながら少しウトウトしだした時、部屋の扉を叩かれた音が聞こえて少し寝ぼけながら、戸を開けた。

 

 

「……お父さん…どうしたの…」

 

 

父が自ら私の所へ来るなど珍しくて、一気にぼんやりとしていた意識がはっきりする。

 

 

「…お疲れのところすまないね。…少しだけいいかな?」

 

 

「……あ…うんそれは別にいいけど」

 

 

私は少し戸惑いながら、父を部屋の中に入れて扉を閉めた。父は少し小さなソファーに腰掛け、私はその向かい側の1人掛けのソファーに座った。

 

 

「…それで一体どうしたの?」

 

 

父はどこか言いにくそうに私から視線を逸らして、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「…少しアメリアに怒られてしまってね。……」

 

 

「……えっ?うん。それが何」

 

 

言っている意味が分からず私が冷たく返すと、父はまた話し出した。

 

 

「……レイラにペンダントを送ったということを知ったらしいんだ。」

 

 

その言葉に私は疑問しか浮かばなかった。

 

「どうしてそんなことでお父さんが怒られなければならないのよ。…

 

それにあのペンダントって随分前のクリスマスプレゼントじゃない。……それを何今更」

 

 

「…所有者以外には、単なる小物入れのペンダントにしか見えないからね……どこで気づいたかは知らないけど」

 

 

そう言う父は、溜息をついてぽつりぽつりと話し出した。

 

 

「……レイラにこのペンダントが役に立つ日が来るかもしれないと思って送ったんだけど…間違っていたかもな…」

 

 

見たことのない父の姿に不安を覚えたと同時に、何かペンダントについて隠してある事があると思って少し乗り出しながら問いかけた。

 

 

「……お父さん…このペンダントについて何か隠してある事があるの?」

 

 

父は私が手に持っているペンダントを見て、白状するかのようにぽつりぽつりと話し出す。

 

 

「…本当は……ペンダントを渡した後直ぐに言っとくべきだったんだろうけど、どうしても言える勇気がなかったんだ。」

 

 

痛々しく笑う父は、何か後悔しているような様子だった。

 

 

 

「…大丈夫よ。私はそんなに弱くないわ」

 

 

 

…私が弱くないわけがないが、こうでも言わないと言ってくれないような気がする。

 

父を後押しするかのように言った私の言葉が部屋に響くと、少し俯いた父が瞼を下ろした。

 

「………レイラは…強いな…」

 

ぼそりと呟いたその声は確かに聞こえてきたが、深呼吸をして真剣な表情を浮かべてきた父を見ると何も言い返せなかった。

 

 

 

 

「………そのペンダントは、呪いのようなものがかかっていてね…だから時を止めることも、戻すこともできるし、所有者以外にそのペンダントの本当の姿が見えることもない。

 

 

…………どんなにそのペンダントに触れても何も反応しなかっただろう?」

 

 

私は頷いて父の言葉の続きを大人しく待ち続けた。

 

「……それはね…レイラはまだ見ていないからだよ…」

 

「……何を…」

 

 

 

 

 

 

「………それは…

 

 

 

 

 

身近な人の死………だよ」

 

 

 

 

「……………………………えっ?…」

 

 

 

父の口から出た思いがけのない言葉に、自分の口から間抜けな声が出て、私の頭の中は真っ白になる。

 

 

 

 

「…そのペンダントは、時を止めることも戻すこともできる。……でもね、それを使えるようになるのは身近な人の死を目にした時からなんだ」

 

 

 

「……何それ……どういうことなの」

 

 

「…それは誰にもわからない。…ただそういう仕組みなんだよ。

 

……時を止めれるのは、身近な死を目にした時から」

 

 

…時を止めれるのは?…

 

 

父の言葉に、引っかかって私は無意識に聞き直していた。

 

 

 

「…時を止めれるのは、って…どう意味なの」

 

 

「……時を止めれるのと、戻れるのは別物でね。

 

……時を戻すことができるのは、所有者の死をそのペンダントが見守った後に最初に手に取った者が一度だけ」

 

 

「………つまり、私は時を戻すことはできないってこと?」

 

 

父は何も言わずに見つめ続けてきた。

 

 

「……そういうことではないんだ。…確かに所有者自身がペンダントを使って時を戻すことはできない。……でも、そのペンダントは確かに所有者が1番必要とする過去に、最初に手に取ったものを連れていく。

………実際に使ったことがないから、これが本当かどうかは私には分からない。

 

 

 

…レイラ、ペンダントを開いてごらん」

 

 

父に言われた通り、私はペンダントを開ける。惑星のようなものがいつも通り飛び出してきてペンダントの周りを回り出すと、何本もの針がものが時を刻んでいる。

 

 

「……青白い球体がペンダントを回っているだろう?……それはいくつに見える?」

 

 

私は、ペンダントに視線を下ろして最初見た時から変わらない4つの惑星のようなものを見て口ずさんだ。

 

 

「………4つだけど…これがどうしたの」

 

 

「………それは、今までそのペンダントが見守った所有者の死の数だ…」

 

 

そう聞くと、急にそのペンダントが恐ろしく感じた。

 

 

「……そのペンダントを終わらせれるのは、所有者以外に本当の姿が見える人物がペンダントを一度使用すること……ていう言い伝えがあるんだけど……今レイラの手にペンダントがあるってことは、誰もそんな人物に出会った事がないし、勿論私も会うことはなかった。

 

……それに、その言い伝えが確実だという証拠なんてどこにもないからね」

 

 

 

 

 

一通り話終わったのか息をつく父を見て、私は胸のあたりに違和感を感じた。やっとペンダントの秘密が分かったというのに、何故か知る前よりも不安が襲ってくる。

 

 

 

「……ねぇ…お父さん…ひとつだけ聞いていいかな」

 

 

父が話し終わって静まり返った部屋に私の声が響いた。

 

 

 

「……なんだい?」

 

「どうして、お母さんに叱られたからって今更そんなことを教えてくれたの?」

 

私の問いかけに何も答えずに、ただ見つめてきた。

 

おかしすぎるのだ。

母に叱られたからといって一度自分で決めたことを簡単に変える人ではないのに、あんなに使い方を教えようとしなかったのに、

 

こんなにあっさりと私に伝えてきた。……まるで、

 

 

 

 

 

 

 

遺言みたいだ…

 

 

 

 

 

 

「…死なないよね……」

 

震えている自分の声を聞きながら私は、父を見つめ続けた。父はそんな私を見て、少し笑うとゆっくりと立ち上がる。

 

「…何を言っているんだ、大丈夫だよ。そんな簡単に死なないさ…………

 

アメリアが私が言わないと、今すぐにでも自分が言いに行くとまで言いだした言葉を聞いて、レイラに伝える決心がついただけの話だ。ただそれだけの理由だよ」

 

父は私の不安を悟ったかのように、いつも通り笑いかけてくる。

 

 

「きっと疲れているんだろう…ごめんね。こんな夜遅くに押しかけて。」

 

 

父の大きな手が頭を撫でてくれる感触を感じながら、私は何も答えなかった。

 

 

「………お休み、レイラいい夢を」

 

優しい父の声が聞こえてきたと思ったら、扉の閉まる音が耳に入ってきた。

 

私は今自分の中にあるペンダントを見つめて、優しく撫でる。

 

父の言葉を聞いても私は不安なままだった。

 

胸らへんがまるで霧かかったようにもやもやとしているのは、晴れることはなくしょうがなくベッドに潜り込む。

 

 

 

意外にも瞼を下ろせば、眠ることはできたがこんな話を聞いた後で、いい夢を見れるわけもなく、すっきりとしない朝を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ペンダントの秘密を知ってからというもの私はもうペンダントを肌身離さずに持っていた。

 

これが他の人に渡ってはいけない。

 

ただ、そう思っただけだ。

 

 

 

 

 

私は机の引き出しにしまった黒表紙の本を取り出して、ペンダントの横に並べて交互に見つめた。

 

ペンダントの秘密を知った今、いくつもの引っかかっている事がある。

本が今私の手にあるということは、未来の私があのクリスマスの時に届けたからだ。

 

…今まで私はてっきりペンダントを使ったものだと思っていた。

 

…でも、ペンダントで時を戻れる時には私はもうこの世にいない。

 

………逆転時計を使ったとも考えにくいし…

 

 

私はいっぱいいっぱいになってきた頭の中を整理するように、天上を見上げ本に視線を下ろすと、あの記憶が駆け巡ってきた。

 

 

………あぁ…だから、あの時の私は死ぬ必要があった

 

耳元で聞こえる肉が切り裂ける音と、血の匂いを思い出し、少し繋がったような気がして息をつく。

 

 

だとしたら…あの後アウラが届けて、そして私のところまで回ってきた。

 

 

…………ちょっと待って…でも、そうなると

 

 

 

………私は…どんな結果になろうと…死なないといけないということ?

 

 

 

 

私は、目を閉じて溜息つく。こんなにも死が身近にあるとは思わなかった。

 

 

 

………複雑だ……

 

 

 

 

…まぁ…どんなに私が考えようとも、あの時私の真横に本が落ちてきたという事実は変わらない。…となると…ペンダントで時を止めた可能性が高いのだ。

 

 

「………身近な人の死…」

 

 

身近な人の死と言われ思い浮かんだ人達は、勿論家族だ。さらに言えば、今丁度死喰い人から命を狙わられている。死ぬ機会なんて沢山ある。

 

 

………でも、どうして私は生きているの

 

 

そんな疑問が頭に浮かんだ。

 

身近な人の死を目にしないと、時を止めることはできない。目にするということは、家族が殺される場面にいるということだ。

 

死喰い人が私だけを見逃すと思うか?いや、そうは思えない。

……純血主義ではない家系を、自分たちにとって不利益な存在な奴らなんて1人残らず殺そうとするはずだ。

 

 

考えれば考えるほど分からなくなり、私は一旦外の空気を吸おうと窓を開けた。意外と風が強かったらしく、部屋の中に風が吹き込んできて、髪も、カーテンも舞うようになびいた。気分転換もできて、椅子に座ろうかとした時に、ペンダントの横に置いた本が開いているのが目に入った。どうやら風の勢いで開いてしまったのだろう。…あれから、本を開いてみてももう何も文章は浮かぶことはなく単なる歴史の本になっていた。

 

私は、本を閉じようと手に持つと、ページの端にとても綺麗な文字で何やら書き込んであるのに気がついた。

 

 

 

『あの時謝った訳を教えて。あの時泣きながら微笑んだ訳を、僕の名前を呼んだ意味を教えて』

 

 

 

 

とても整っている文字で、読みやすいものだった。私の文字ではない。それは確かだ。

 

これを書き込んだのは一体誰なのだろう。

 

そう思って、文章に触れてみると溶けるように消えていく。

 

 

時々、この本に浮かび上がる文章は一体何なんだろう。全く字体も違うし、雰囲気も全然違う。

 

白紙のページではなく、時々何も変哲のないページの端に書き込むように書かれてあった文章は何なんだろう…

 

 

『どうして彼ばかりに執着するんですか?』

 

 

 

『あの時謝った訳を教えて。あの時泣きながら微笑んだ訳を、僕の名前を呼んだ意味を教えて』

 

 

 

今まで書き込んであった文章を思い出しながら、本を閉じる。

 

 

1回目は私の書き込んだ文章も一緒に消えていったし、今回は触れただけで消えていった。

 

 

考えたところで答えなどでないことは分かっていたが、それでも誰のものなのかが気になってしまい、課題を終わらせる為に持った羽根ペンも動くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏休みも中盤を迎え、そろそろ課題に取り組まないと終わらないと思った私は何とかひとりで取り組んでいたのだが、どうしても薬草学が分からず、羽根ペンが止まっていた。

 

 

………ノアに聞きにいこう…

 

 

ああ見えて一応首席だし、私よりかは頭もいい。私は羊皮紙を持って部屋を出て、兄がいるであろう部屋の扉の前に立つといつも通り3、4回ノックをする。

 

…いつもだったらすぐに兄の声が聞こえてくるのだが、いくら待っても聞こえてこない。

 

 

 

………いないのかな…

 

 

 

私はそう思ったが、一応ドアノブに手をかけると鍵はかかっていなかった。

 

 

「…ノア、いな………」

 

 

扉を開け、飛び込んできた光景を目にした瞬間私の言葉は途中で消えて、持っていた羊皮紙は下に落ちる。

 

ソファーに腰掛けている兄は左腕を押さえて何か耐えるように、目を閉じていた。

左腕が痛いのか、兄の顔色は決して良い色じゃない。

 

 

「大丈夫⁈」

 

 

直ぐに駆け寄った私の顔を見た兄は、そこで初めて私がいることに気づいたらしい。

 

 

「…すぐに誰か呼んでくる」

 

 

兄の髪が少し汗をかいて額に張り付いているのを見て、父か母を探しに部屋から出ようとすると、兄の声が後ろから聞こえてきた。

 

 

「…父さんを呼んでくれ……レイラ」

 

 

『…セブルスじゃ……ハリー、セブルスを呼ぶのじゃ』

 

 

兄の声と一緒に何故か記憶の中で聞いたダンブルドアの声が重なった。

 

私を見つめてくる兄の表情を見て、私は素直に頷くしかなかった。

 

 

……やっぱり…

 

 

何か…隠してる…

 

 

そう思っても今私にできることは、父を呼ぶことしかできない。

私は走って父の部屋の前に着くと、ノックもせずに駆け込んだ。

 

 

「レイラ、一体そんなに慌ててどうしたんだ?」

 

 

息が切れている私に微笑みながら言ってくる父を見ながら、何とか途切れ途切れに伝える。

 

 

「…ノアが……左腕を押さえて…痛そうなの……お父さんを呼んでって…言われて」

 

 

私の口から、ノア、怪我、というフレーズが出ると父の表情は一変して、すぐに立ち上がった。

 

 

「分かった、ありがとう。レイラは、部屋に戻って課題でも終わらせてしまいなさい」

 

 

「でも…」

 

 

「いいね?」

 

 

強く言いつけるように言ってくる父に反論できるわけがなく、私は部屋から出る父の後ろ姿を見て、自分の部屋に戻った。

 

 

 

椅子に座って課題に取り組もうとしても、進むはずがない。

 

あんな兄の苦しそうな姿を見たら、できるわけがない。

 

 

私が溜息をつくとノックの音と、扉が開く音が聞こえてきて後ろを振り返ると、羊皮紙を持った母と目が合った。

 

 

「レイラ、これ落ちていたわよ」

 

 

「…ありがとう」

 

 

母から兄に聞こうとしていた薬草学の課題の羊皮紙を受け取ると、まるで私が不安そうなことが分かったのか、母は静かに話しかけてくる。

 

 

「大丈夫よ、レイラ。…そんなに心配しなくても」

 

 

「……うん」

 

 

私は母から受け取った羊皮紙を机の上に置いて、相槌を打つ。

 

 

「レイラ、明後日にでもダイアゴン横丁でも行きましょうか」

 

 

急に明るくなった声を聞いて、母を見つめると優しく笑いかけてくる。

 

 

「せっかくの休みなのに篭りっぱなしだし、それに教科書も買っとかないといけないでしょ?」

 

 

「………そうだね…うん、行きたい」

 

 

言われてみれば確かに、外に出ていないことを思い出して、私は笑いながら頷いた。

 

 

外に出て気分転換するのも必要だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来年使う教科書を落とさないように抱えながら行き交う人にぶつからないように歩いたこともあり、今はアイスを食べながら空いているベンチに腰掛けていた。

 

「あっ…レイラ、少しだけ行きたいところがあるんだけどついてくる?」

 

母が思い出したように言った声を聞いて私はアイスを食べながら答える。

 

「いや、ここで待ってるよ。…ゆっくりしてきて」

 

「そう。じゃあちょっと行ってくるから、ここを動かないでね」

 

私に微笑んで、背を向ける母の後ろ姿を見送りながらアイスにかぶりついた。

 

 

 

 

 

アイスも食べ終わり、私は確認するように服の上からペンダントを探す。

 

 

…やっぱり…ない

 

 

どうやら、家に置いてきてしまったようでダイアゴン横丁に着いた時に違和感に覚えて気づいたのだが、取りに帰るなんて言えなかった。

 

 

…やっぱり…取りに帰ればよかった

 

 

最初は軽く別にいいかと割り切っていたのだが、もしかすると今この時兄があのペンダントに触れてしまうかもしれないと考えると今直ぐにでも帰りたくてしょうがない。

 

 

…あんなペンダントを…家に野放しと考えただけで、寒気がする。

 

 

 

母の帰りを待ちながら行き交う人を眺めていると、小さな子供達がはしゃぎながら人混みの中を華麗に走り抜けていくのが目に入った。私は転けないかどうかヒヤヒヤしながら目で追う。

 

「待って!!!」

 

1人の男の子が、もうとっくに先を走っている子供達に声を張り上げながら一生懸命追いかける姿がどんどんと大きくなる。黒の短髪のその子はどこか、セブルスに似ているような気がして、私はゆっくりと目で追いかけた。

 

男の子は盛大に足を絡ませて、顔から地面に突っ込むように転んだ。

周りを歩いていた大人達も、勿論私も突然のことに何が起きたから分からなかったが、男の子は転けたところが痛いのか、それとも置いていかれたことが悲しいのか大声で泣きだして、私の視界はぐらりと歪んだ。

 

どうしてかは分からないけど…何故かこの子を見ているとどうしてもセブルスが重なる。

 

私がゆっくりと腰を上げて彼に近寄ろうとした時、その子の目の前にふわりと黒のローブが靡いて視界を覆った。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

泣き続ける男の子に目線を合わせて、誰よりも早く近付いたその人の横顔を見て私はその場を動けなくなる。

 

転けた男の子と同じ黒髪で、真っ黒な瞳を持っている人。

 

泣き続ける男の子を必死に慰め続けながら、杖を一振りして膝の怪我を治す彼は、よく見たことのある人物だった。

 

 

「ほらもう大丈夫だから、泣くな」

 

 

少し不器用だけど、それでも優しく頭を撫でるセブルスを見て私は胸が熱くなった。

 

 

 

 

………あぁ…もう、何でこんなところばっかり見ちゃうかな

 

 

 

こんな優しいところばかり見てしまったらどんどん彼を好きになってしまう。泣きそうになるのを必死に堪えながら、俯いた。

 

 

「こんなところで会うなんて、奇遇だね」

 

 

突然頭の上から聞こえた声に、顔を上げるとルシウスが笑みを浮かべながら私を見下ろしていた。

 

 

「…お久しぶりです………何か用ですか…?」

 

 

私は出来るだけ表情を変えずに淡々と答えながら、ポケットに入れている杖を気づかれないように握り、身構えた。

 

 

……彼は…死喰い人だ………今私はその死喰い人に命を狙われている…

 

少しタイミングが良すぎる…。

 

まるで私がひとりになるのを狙って話しかけてきたとしか思えない状況だ。

 

私は周りを警戒しながら、そんなこと気にしていない風に装った。

 

 

「用ってほどでもないんだけどね……最後に君に確認しに来たんだよ」

 

 

彼は相変わらず、黒い笑みを浮かべてくる。

 

 

 

「本当にこっち側に来る気はないのかい?」

 

 

 

こんなに賑やかな声が聞こえるというのにルシウスの冷たい声は、はっきりと聞こえてくる。

 

 

「…集団行動は苦手だと言ったはずで「君は本当にそれでいいのかい?」

 

私の話を遮ってくるルシウスを少しだけ睨みながら問いかける。

 

「………どういう意味ですか?」

 

「…君はもう少し自分が置かれている立場を理解した方がいい」

 

私を見つめてくる彼を見ながら、私は黙り込んだ。

 

 

「……大切な人達を失いたくはないだろう?」

 

 

 

「…脅しですか…」

 

 

何も答えず変わらない笑みを浮かべるルシウスを見て、彼の先にいるセブルスに視線を移した。

 

「…1つ質問いいですか?」

 

「…もちろん」

 

 

 

「何故、そんなに私に執着するんですか?」

 

 

 

 

 

「………我々の戦力になりそうな優秀な人材は、是非とも招き入れたいだろう?」

 

 

どこからどう見たら、私が優秀な人材なのかさっぱり分からない。殺そうとしている相手を招き入れたい?少しおかしすぎる話だ。

 

 

…何か他の理由がある。

 

 

直感的にそう思って、私は自分を落ち着かせるように彼を見ないように前だけを見た。

 

 

ルシウスの先にいるセブルスのところには先を走っていていたはずの男の子の友人たちが戻ってきていて泣き続ける男の子を立たせ、それぞれ頭を撫でたり、手振り身振りで励ましていた。男の子が泣き止みつられて笑った姿を見たセブルスは、安心したように笑みを浮かべる。

 

男の子の手を握り、その子に合わせて歩き出す姿が小さくなるのをきちんと見送ったセブルスはゆっくりと彼らに背を向けた。少し離れているし、人通りも多いから、セブルスは私に気づくわけもなく、人混みの中に溶けていく。

 

 

………セブルスが泣きたい時に…駆け寄る人は誰かいるのだろうか…

 

 

……彼が苦しんでいる時に、側に寄り添う人は?

 

 

……彼が歩けない時に、手を握って一緒に歩く人は?

 

 

 

………彼を救う為には、彼を死なせない為には、できるだけ隣に居ないと、

 

隣じゃなくても、後ろでもいいから、彼から目を離さないようにしないと

 

 

セブルスの苦しみを私が背負えることができないのなら、これ以上彼が苦しまないように辛くならないように。

 

 

 

 

 

 

「…………いいですよ……」

 

 

私の言葉に、ルシウスの表情が少しだけ固まったのが分かった。どうやらこんなにもすんなりと受け入れたことに驚いているらしい。

 

 

「……気が変わりました。………どうせなら闇に沈むのもそう悪いことではないかも知れませんね」

 

 

私が笑みを浮かべると、彼は満足そうに笑って手を差し出してきた。

 

 

 

「……では…行こうか」

 

 

私は何も抵抗もせずにルシウスの手を握り、立ち上がった。私の教科書が置いてあるベンチが見えなくなり、薄暗い路地裏へと入った時には賑やかな声も遠くなっていくのを感じ、もう後には戻れないと思った。

 

ルシウスが私の手をしっかりと握って、こちらを見た時には突然視界が歪み、上か下かも分からなくなった。

 

 

 

 

………あぁ…お母さんに…謝っとかないと

 

 

 

 

 

 

 

そう思って次、目を開けた時にはそこは見たこともない屋敷が目の前に佇んでいた。

 

私の手から離れてその屋敷の中へと入っていくルシウスの後ろをついていく。人気がないその屋敷に足を踏み入れた時にはもう生きて帰れないような気がして、寒気が襲いかかってきた。

 

 

階段を上がり、一番奥の立派な扉の前で立ち止まったルシウスは何かを決心したようにゆっくりと扉を開けた。扉が開いた瞬間に冷気が足元を漂って、この先に進んではいけないと本能的に感じ取った体は動かなくなる。

それでも無理矢理体を動かして先を歩くルシウスの後をゆっくりと追い、部屋の中へ足を踏み入れると緊張したように心臓が動き出したのがわかった。

 

 

「…………我が君…連れてまいりました。」

 

 

ルシウスが見ている方向に視線を移すと、長机に沿って椅子が並び、その1番奥の椅子には対面したくなかった人が座っていた。

 

 

例のあの人、

 

名前を言ってはいけないあの人、

 

 

死体と変わらないほどの青白い顔色も、袖から出ている蜘蛛の長い脚のような手も、こっちを見つめてくる真っ赤な瞳も全て恐ろしく感じた。

 

 

……指を一本でも動かせば、殺される

 

 

 

そう思うほど、怖くてここの部屋に入ってしまったことを後悔しながら平然を装うことに集中する。

 

 

「………まさか…本当に連れてくるとは……ルシウス…よくやった」

 

 

「……私などには勿体ないお言葉です。」

 

 

冷たい声を聞いた瞬間私の体は、まるで体の芯が凍ってしまったかのように一気に体温が下がり、血の気がひいた。

 

駄目だ…何か自分から話さないと……

 

そうでもしないときっと呑まれてしまう。

 

 

「………初めてまして…レイラ・ヘルキャットと申します」

 

 

やっぱり、初対面の人には自己紹介ぐらいはしといた方がいいだろうと思いとりあえず名前を名乗ってみた。

 

「…貴様の家ことは、よく知っている。………なにやら純血でありながら、純血主義の思想をよく思っていないとか…」

 

「………大体は合っていますが、勘違いしないでください。……私と家は関係ありません」

 

 

「………貴様は違うと?」

 

「えぇ…その通りです。

 

………貴方様のことは前から存じ上げております。貴方の思想が叶えば、魔法使いにとっても私にとっても生きやすい世界になると思いまして、喜んで貴方の力になりたいと思っている時に丁度彼からお誘いがあったものですから」

 

 

私はちらりとルシウスの方を見て、あの人に視線を戻した。

 

騙すんだ…

 

…ここにいる全員に、私は純血主義で、あの人の考えに賛同している奴だと思い込ませるんだ。

 

 

「………我が君、少し発言してもよろしいでしょうか?」

 

口を挟んできたのは、椅子に座っている1人で見たことのない青年だった。

 

私より、若い……

 

 

「聞かせてもらおうか…」

 

 

「…私は信じられません。彼女が急にこちら側の人間になるつもりで来たなど到底理解できませんし、何か企んでいるとしか考えられません」

 

 

「…私は別に貴方に信じてもらわなくとも結構ですよ」

 

 

どこか見覚えのあるその青年に冷たい笑みを浮かべながら、口を挟み前に座っているあの人の真っ赤な瞳を見つめる。

 

 

「…私は貴方様に尽くせればそれでいいんです」

 

 

…私はセブルスに尽くせればそれでいい

 

 

私を見てくる赤い瞳から目を離さずに見ていると突然、自分の中に何か入ってくるような感覚に襲われた。

 

 

…これ……知ってる感触だ

 

 

それはレギュラスが開心術を使ってきた時と全く同じで、すぐにかけられていることに気づき、心に蓋をするように集中する。

 

 

……全く見せないというのも、怪しまれる。

 

 

私は、見せてもいいところだけをうまく繋ぎ合わせて閉心術などできないように装った。

 

 

「………よかろう…」

 

上手く出来たかは分からないが、声を聞く限りではそんなに怪しまれた様子はない。

気持ちの悪い感覚が終わりホッとしたのもつかの間、ゆっくりと立ち上がったあの人が近寄ってきて初めて顔がはっきりと見えた。

 

 

真っ赤な瞳には、温かい光など差し込んでいなくてその瞳だけで人を殺してしまいそうなほど恐ろしかった。

 

 

 

「貴様にチャンスを与えてやろう。」

 

 

 

突然、聞こえた冷たい声に顔を上げるとあの人が何か探るように私を見てきていた。

 

 

「最近とても面白いことを耳にした。何やらお前の家には不思議なペンダントがあるとか」

 

 

ペンダントとという言葉が聞こえた瞬間、私の心臓は大きく波打つ。体が緊張したように変に力が入り、心臓の鼓動は激しくなっていく。私は平常心を保ちながら静かに返した。

 

 

「…ペンダント……ですか?…そのようなものは聞いたことも見たこともありません」

 

運良く今は、ペンダントを持っていない私はあの時取りに帰っていたらと考えると変な汗が出てきた。

 

 

……一体どこで聞いたのだろうか。

 

 

もし、彼が時を止めることを既に知っていたとしたら、

 

もし、それを使うことができたら

 

 

セブルスを救う以前の問題になってしまう。

 

 

「………貴様がそのペンダントを俺様の元に持ってくれば、お前を俺様の僕として歓迎してやろう」

 

 

……なるほど…最初からペンダントが目的だったんだ。

 

 

だったら、ルシウスが私に執着していたのも納得いく。

 

 

「…………ペンダントを無事届けてさえくれば、貴様の命も勿論貴様の家族の安全も保証してやろう。………ただし、少しでも奇妙な行動をしたり、期待を裏切るようなことをした場合は」

 

 

あの人は、私の胸元に杖を向けてくる。私はその意味が分かって、恐怖で体が強張った。

 

ゆっくりと私に近づき全く動けない私の耳元で囁いてくる。

 

 

「……大切な者の苦しむ叫び声を聞きたくはないだろう?」

 

 

私の脳には、父や兄、母が苦しむように叫ぶ光景が浮かび上がってきて心臓の鼓動が早くなっていく。

 

 

 

「……………分かりました。……必ず貴方様の元にペンダントを届けてみせます。」

 

 

 

 

私の声は、恐怖で少し掠れていてそう答えるだけで精一杯だった。私の言葉を聞いたあの人は満足そうに口角を上げて、ゆっくりと口を開く。

 

 

「………期待しているぞ」

 

 

 

声を聞いただけだというのに、私はもう目の前にいるあの人に縛られたかのような感覚に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ばちんという音が聞こえると宙に浮いていた足は地面を捉えて、目の前には気味の悪い店が並んでいる一本道がずっと前まであった。看板を見上げるとそこはノクターン横丁と書かれている。

 

何も言わず先を歩くルシウスの後を追うと、だんだんと人の話し声や足音が聞こえてくる。

 

どうやらダイアゴン横丁までの道のりを案内してくれたらしく、少し眩しい光が目に差し込んできた。

 

 

「レイラ!!!どこにいるんだ!!!」

 

 

急に私を呼ぶ声が聞こえてきて、ルシウスの背中から覗き込むように人混みを見ると、必死になって私を探している兄の姿が目に入った。

 

その瞬間、何か家族を裏切ったような気がして、胸が痛くなる。

 

中々動かない私を見て、ルシウスは背中を押してきて、私は少しよろけながらも彼を見つめた。

 

 

「…君なら上手くやれると信じているよ」

 

 

相変わらず、彼は張り付いた笑顔を浮かべてくる。

 

 

「………ご期待に添えるように頑張ります」

 

 

私も負けじと作り笑顔を浮かべて、ダイアゴン横丁に出た。人混み紛れながら、見失ってしまった兄の姿を探す。

 

「レイラ!!!」

 

後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえたかと思うと思いっきり腕を掴まれた。ゆっくりと振り返ると、すごい顔をした父は額に汗をかいていた。

 

「…お父さん……」

 

どれぐらい走ったんだろう。父は乱れた呼吸を整えながら、安堵したような表情を浮かべる。

 

「父さん!!レイラは見つかっ…レイラ!!!!」

 

父の後ろから、兄も駆け寄ってきて私の姿を見た瞬間抱きついてきた。汗の匂いがして、体は熱かった。

 

 

「……よかった…本当に良かった」

 

 

耳元で聞こえた兄の声は、少し震えていて泣き声が混ざっていた。

 

 

「さぁ、家に帰ろう。アメリアが待ってる」

 

 

父は優しく微笑んできて、さっきまであんなに冷たかった体はだんだんと温かくなっていくように感じた。

 

 

涙を堪えるので精一杯で、私は謝ることもできずに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の扉を開けた瞬間に母とアウラが駆け寄ってきて、目が腫れている母が私に向かって声を張り上げる。

 

 

「どこに行っていたの!!!!こんな時に独りになって!!!何かあったかと心配したのよ!!!」

 

 

あまり母に怒鳴られたことのない私は、母の怒鳴り声に驚いて涙がこぼれ落ちてきた。

 

 

…あぁ…泣かないって決めてたのに…

 

 

そう思っても、まだ家族が生きていることが嬉しくて、安心したかのように抑えていた涙が溢れでてくる。

 

 

「………ごめんな…さい…」

 

 

嗚咽混じりに謝ると、母は力強く抱きしめてきた。

 

 

「……私もごめんね。…貴女をひとりにしてしまって」

 

 

謝ってくる母の言葉を聞いて、私はお母さんは悪くないと言いたかったが、言葉が出てこなくて頭を横に振ることしかできなかった。

 

 

「………本当に良かった…無事で…」

 

 

優しく頭を撫でてくれる母に甘えてるように、私は声を押し殺すことなく泣くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

落ち着いた私は、母からあの時のことを言って聞かされた。

 

私がルシウスと姿を消した後、用事を済ませた母は居るはずの私の姿がないのを見て、すぐに探しだしたらしいがどうしても見つけられず一旦家に戻って父と兄に事情を説明したらしい。母は私とすれ違いにならないようにと家に待機して、父と兄が私を探した。

 

そう話す母は、どうやら思い出したようでまた泣きそうな表情を浮かべる。

 

 

「ところで、レイラ。どこに行っていたんだ?」

 

 

兄が不思議そうに問いかけてきて、私は少し言葉を詰まらせる。

 

 

……例のあの人に会っていたなんて言えるわけがない…

 

 

言ってはいけない……誤魔化さないと…

 

 

「ダイアゴン横丁の店にも、通りにもどこにもいなかったし…」

 

 

「…………ノクターン横丁に行ってたの…」

 

 

私の言葉に、家族は雷に打たれたように体を強張らせた。

 

 

 

「ノクターン⁈何を考えているの⁈」

 

母は、私の肩を持ってすごい表情で声を張り上げてくる。

 

 

「母さん、落ち着いて。レイラも怪我なく戻ってきたんだし、そんな声を張り上げなくてもいいじゃないか」

 

 

兄が横から母を慰めるように声をかける。

 

 

「……前から興味があったの。

 

……お母さんが戻る前に戻ればいいと思って…ごめんなさい」

 

溜息をつく母と、謝る私の頭を撫でてくる兄を交互に見て、ぽろっと本当のことを言ってしまわないように唇を噛み締めた。そんな私の姿を見てか、後ろにいた父が声をかけてくる。

 

 

 

 

「……レイラ、少しだけ話したいことがあるんだけど、いいかな?」

 

 

いつもと変わらない笑みを浮かべてくる父は逆に恐ろしくて、頷くことしかできなかった。何を言われるのかと思いながら先を歩く父の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

父の部屋に入ると、相変わらずの変わった部屋で前と何も変わっていなかったが今回ばかりは目の前にいる父が怖く感じる。

 

「……レイラ…本当のことを言いなさい。

 

……行っていたのはノクターン横丁じゃないんだろう?」

 

 

やっぱり、勘が鋭い父はそう簡単に私の言葉で騙せるはずがなく、冷静に淡々と言ってくる父の迫力に体が緊張した。

 

 

「……何を言っているの?私はノクターン横丁に行っていたの」

 

 

今の私にはそれしか言うことができなくて、語尾を強く言って服を握りしめる。

 

 

「…大丈夫、アメリアにも、ノアにも言わないよ。

 

……だから、本当のことを言ってくれ」

 

 

真剣な眼差しで見てくる父の視線を感じながら、私はぎゅっと目を瞑った。

 

 

 

本当は…全部吐き出したい……

 

 

私はこれから起こることを知っていて、

 

 

さっきは例のあの人に会ってきたって…

 

 

 

あの人は、私が持っているペンダントを狙っていて、

 

 

…ペンダントを渡さないと、家族が殺されるってことも

 

 

全部全部、言ってしまいたい。

 

 

 

でも………話してしまったら…あの人は絶対に殺しにくるだろう…

 

 

私はあの人を騙すほど器用じゃない。

 

 

「……レイラ…君は賢い子だ。……

 

死喰い人に命を狙われているということを知っていながら、用もなしにわざわざ自分を危険な目に晒すようところへ行くなんて、そんなの考えられない。」

 

父が、何か必死に訴えるように話を続ける。

 

 

「…大丈夫……誰にも言わないと約束する。

 

……だからそんなに独りで抱え込まないでくれ」

 

 

肩に手を置いて話してくる父を見て、私はまた泣きそうになった。

 

 

………駄目だよ…駄目なんだよ、お父さん…

 

 

私だって言えるものなら、今すぐに言いたいよ。でも言えないの…

 

 

 

 

 

助けて…なんて言えないの。

 

 

 

 

私はぐっと堪えて、父に向かってゆっくりと言葉を繋げた。

 

 

「…本当よ。私はノクターン横丁に行っていたの。

 

……だから安心して。嘘なんてついてないわ」

 

 

父に嘘をつくのは胸が痛み、自分が変に笑ってしまったことに父の表情を見て気がついた。

 

 

 

「…………分かった……レイラのことを信じるよ。

 

 

ただ、これだけは絶対に忘れないでくれ。

 

 

………自分の身に危険が及んだ時や、もう無理だと思った時は誰でもいいから助けを求めてくれ。私でも、アメリアでも、ノアでも、アウラでもいい。誰でもいいから助けてと言えなくても何かしら訴えかけてくれ。…一人で抱え込もうなんて絶対に思わないでくれ。……いいね?」

 

 

あまりにも優しすぎる言葉を聞いて、私は黙ったまま頷いた。また溢れ出てきそうな涙を必死に堪えるので精一杯で何も言えない。…ここで泣いたら何かあったと勘付かれてしまう。

 

 

 

 

…………ねぇお父さん……

 

 

 

 

今日から嘘をつき続ける私を、今までと変わらずに愛してくれる?

 

 

 

 

……嘘をつく私を許してくれる?

 

 

 

笑いながら頭を撫でてくる父に問いかけることができるわけもなく、私は平然と笑い返した。

 

 

 

 

 



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21 壊れる音

夏休みも終わり、私の学生生活も残りあと1年になってしまった。あまりにあっという間であまり実感がない。

 

 

 

 

 

ポッターが今までのあの傲慢の行動が嘘かのように単なる好青年になってしまったものだから、廊下を歩いていてももうポッターとセブルスの喧嘩をする声も聞こえることはもうなくなった。あんなに日常茶飯事だった喧嘩ももうすっかりなくなった代わりに最近は当たり前のように付き合い始めた2人の姿がよく目に入る。

 

 

 

 

 

「…………本当に…鬱陶しい…」

 

 

私はポッターとエバンズが楽しそうに手を繋いでいる姿を見て呟いた。

 

 

 

…どうして貴女ばかり幸せになるの?

 

 

……どうして…セブルスじゃなくて、ポッターを選んだの?

 

 

……どうして、気づいてくれないの?

 

 

ポッターの横で笑うエバンズを少し見つめながら問いかけるが、声を出していないんだから聞こえるわけがない。

 

 

 

 

 

2人とも首席に選ばれたということもあるし、色々と目立っていて、周りからはお似合いだと祝福されていた。

そんな2人を目にするたびに私は周りにセブルスがいないか確認をすることにしている。彼も知っていると思うが、出来るだけこんな光景は見せたくなかった。

 

あの時止めれる勇気がなかった私の、今できるせめてもの償いだと思ったから。

 

 

 

 

……2人を見つめるセブルスを見て、耐えきれるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう何回歩いたか分からない廊下をいつも通り歩いている時に、2人が楽しそうに話しているにすれ違った。私は出来るだけ表情を変えないようにしながら耐えるように制服を力一杯握りしめた。エバンズの隣にいるのはセブルスではなく、ポッターで…こうなったのは私のせいだと思い知らされる。

 

 

 

…そんなことは知っている。もう痛いほど分かってる。

 

 

 

エバンズを見る度にこの浮き出てくる感情を抑えるには一苦労で、まだ私はセブルスが彼女達を見ている姿を目にしていなかったからなんとか抑えることができていた。

 

それだというのに、何故私は振り返ってしまったのだろうか。

 

 

 

…他の生徒達に紛れているポッターとエバンズを横目にすれ違い、無意識に振り返ると、明らかに彼女たちを見て、泣きそうな表情を浮かべているセブルスが目に入ったのだ。

 

 

その場から逃げるように2人に背を向けをして小さくなっていく彼は隠れるように他の生徒達に溶けるかのように見えなくなる。

 

 

 

「………待って…」

 

 

 

小さくなっていくセブルスに向かって無意識に呟いて、私の体は勝手に元きた道を走り戻って早歩きをしているセブルスの後を追いかけた。

 

 

……追いかけないと…

 

 

ここで追いかけなかったらまた後悔する気がして、私の足は勝手に動きだした。

 

 

途中でエバンズの肩にぶつかったがそんなこと気にしている暇もない。

 

 

 

 

 

 

 

私よりも小さかったはずのセブルスはもうすっかり私よりも背が大きくなっていて、あの頃よりかはたくましくなっていた。それでも相変わらず痩せているし、肌色は不健康なぐらい白い。

 

私より背の高いセブルスを見ると余計に時間が進んでいることを実感させられる。

 

 

 

彼の姿を見つけて前を歩くセブルスの腕を何とか握ると、彼は反動で私の方を振り返り、一瞬だけセブルスの泣いている顔が見えてた。すぐに彼は私に見せないようにと前を見る。

 

 

 

肩手の甲で流れ落ちてくる涙を必死に拭おうとしている姿を見ているだけでも胸が痛くなった。

 

すぐにここが生徒達がよく通る階段であることを思い出して、私は無理矢理彼の腕を引いて人気のないところに連れて行った。

 

 

「なんなんだ!離せ!」

 

 

彼がこんな人のいるところで泣くなんて、きっとそれだけいっぱいいっぱいなんだろう。

 

 

 

そう思うと、私まで泣きそうになる。

 

 

 

今私ができることは、泣かずに彼を人気のないところに連れて行くことしかできない。それしか思いつかない。

 

 

 

 

 

 

私は彼が泣いていることなんて気づいていない振りをしながら無理矢理セブルスを引っ張った。…本気になれば私の手の力なんて簡単に振り払うことができるはずなのに、セブルスは大人しく付いてきてくれる。

 

 

 

人気のないところに着くと私はセブルスの手を離して、顔を見ずに思いっきり抱きついた。セブルスは突然の出来事に体を硬直させて、驚いている様子だった。勿論私も冷静を装ってはいるが、心臓が緊張したように激しく動き続けている。本当は恥ずかしくて早くここから離れたい気持ちだが、それよりも今のセブルスの気持ちを少しでも軽くできたらそれでいいという思いの方が勝った。

 

 

 

薬草の香りとどこか懐かしくて落ち着く匂いが香る。私が櫛で梳いていないセブルスの髪をよく家族がしてくれるように優しく撫でるとセブルスの戸惑っているような声が耳元で聞こえてきた。

 

 

 

「……なっ何をし「今日って、とても冷えるじゃない?」

 

私が全く関係ないことを言うとセブルスは何も言わなくなり大人しくなる。

 

「………少し寒くて、人肌で温まりたい気分なの…」

 

自分でも何を言っているのか分からなかったが、私の口からはこんな言葉しか出てこなかった。

 

 

関係ないことを言って、

 

何とか少しでもセブルスが人肌のぬくもりで少しぐらい楽になれるように、

 

さっき見た光景を忘れられるように、

 

 

私は震える手で彼の体を力強く抱きしめ続けた。

 

 

 

セブルスが私にもたれかかってきたからだろう。突然彼の体重を感じたと思うと、耳元で声を押し殺しながら泣くセブルスの微かな嗚咽音が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

「………私の我儘に付き合わせて…ごめんね」

 

 

それ以上は言葉もでなくて、私はただセブルスの頭を撫で続けながら自分の感情を必死に抑え込んだ。

 

 

 

…なんでセブルスが苦しい思いをしているというのに…

 

私は今こんなにも…

 

 

 

 

 

 

 

幸せなんだろう…

 

 

 

彼の香りも温もりも感じられている今が、

 

2人っきりのこの空間が、

 

彼に触れられていることが、

 

 

セブルスが側に居てくれている今この時が

 

 

 

 

ものすごく幸せだ。

 

 

 

 

 

……このまま時間が止まればいいのに…

 

 

 

 

私は自分の思ってしまったことを誤魔化すために、血が出るほど唇を噛み締めた。

 

 

 

 

本当に私は自分のことしか考えられない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年のクリスマス休暇は、最後だからといってホグワーツに残る生徒が結構いたらしいが私は勿論そんなこと気にもせずに家に帰宅した。

 

 

家族揃っての夕食は何も変わらないが、やっぱりクリスマスともなると出てくる料理が豪華だった。兄の怪我も心配だったが、楽しそうに話す兄を見る限りどうやら痛みは引いたらしい。

 

 

 

……何を隠しているんだろう…

 

 

 

夕食中、家族の姿を見ているとどこか引っかかったようにもやもやとするがそれも私が大好きな焼き菓子がデザートとして出てきて、そんな気持ちも呆気なく消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家族とのんびりと過ごしているとクリスマス休暇もあっという間に過ぎて、気がつけば明日ホグワーツ特急に乗らなければならない。ホグワーツに行く支度も全て終えて、あの本を誰にも見つからないように引き出しの奥に隠し、そろそろ寝ようかとベッドに横になった。

 

 

 

 

 

…………寝れない………

 

 

 

 

 

 

いくら瞼を閉じても、毛布に潜り込んでも、本を読んでいても全然眠気が襲ってこない。

私はベッドを抜け出して、自分の部屋から出ると少し冷えている廊下を歩き進めながら、温かい飲み物でも貰おうかと、アウラがいるであろうキッチンに向かった。

 

 

 

 

 

 

廊下を歩き進めると玄関前に立っているアウラの姿が見えて、二階の手すりを掴んで、上から話しかける。

 

 

「アウラ、丁度良かった。」

 

 

私の声を聞いたアウラが、振り返り見上げていたが、どこか困っているような様子だった。

 

 

「…どうしたの?」

 

 

温かい飲み物を頂戴と言うつもりだったが、困っているアウラを見るとそんなことを言うつもりだったことは忘れて、階段を下りて彼に近寄る。

 

 

「…先程、玄関を叩く音はが聞こえたのです。今夜お客様がお越しになるとはご主人様から聞いておりませんし…どうすれば良いか」

 

 

…たしかにこんな夜に突然の訪問とは考えにくい

 

 

アウラの説明する声を聞きながら私は玄関に近寄って覗き穴を覗き込んだ。

 

 

 

玄関の前に確かに人が立っていて、寒そうに体を縮こませている肩には雪が積もっている。

 

 

 

「……やはり、ご主人様を呼んできます」

 

 

 

「…うん……お願い」

 

 

 

遠ざかっていくアウラの足音を聞きながら、私は肌寒かったことも忘れて、少し玄関と距離を置くと、玄関を叩く音が聞こえてきた。

 

少し強めで、どこか焦っているようなそんな音に聞こえた。

 

 

 

恐る恐る覗き穴を覗き込むと、さっき少し俯いていたその人が、じっと玄関の扉を見ているものだからはっきりと顔が見えた。

 

 

 

…エド…叔父さん

 

 

 

私は玄関越しにいる人物が自分の知っている人だということにほっとして、早く中に入れないとという衝動に駆られ、玄関の鍵を開けるとゆっくりと開けると外の冷たい空気が流れ込んできた。一気に肌寒くなり少し体を縮こませながら招き入れようと声をかけようとすると、私の顔を見た瞬間に叔父が抱きついてくる。

 

いきなりのことで戸惑いながらも、自分の体を支えることで精一杯で声が出ない。

 

 

 

「……よかった…レイラ」

 

 

 

どれぐらい外にいたのだろう。叔父の体はすっかり冷えていて、抱きつかれた私の体もだんだんと低くなっていく。

 

 

「……どうしたの…?…」

 

 

叔父らしくない行動に戸惑いながらも、問いかけながら抱き締め返すと、彼はゆっくりと私の顔を見つめて、焦ったかのように言い出す。

 

 

「…レイラ、一緒に行こう」

 

 

 

 

……………えっ?……

 

 

…何言ってるの…

 

 

あまりに突然の言葉に、叔父が何を伝えたいのかが分からない。叔父は私の手首を力強く握ってくる。

 

 

「……急にどうしたの?…もうこんなに夜も更けているのよ?……それに明日から学「こんな所に居ては駄目だ」

 

 

私の言葉を途中で遮ってくる叔父の目は真剣そのもので、何故か今目の前にいる叔父が恐ろしく感じた。手首を力強く握ってくるのも、…まるで私を逃がさないようにしているみたいだ。

 

 

「…エド…………こんな夜中に何の用かな?」

 

 

後ろから聞こえた声に振り向くと父が、アウラと一緒に階段を下りてきていた。

 

 

父の姿を見た瞬間に叔父の握ってくる手の力が強まり、手首が痛みだす。

 

 

「………そう殺伐しないでいいじゃないか」

 

 

父の穏やかな声が聞こえてくるのと比例するかのように叔父の手の力もどんどんと強くなる。

 

 

「アウラの作ったミンスパイは絶品なんだ。どうだい?久々に2人でゆっくりお茶をするというのも、いいと「いい加減にしてくれないか」

 

 

そう言う叔父の声はあまりにドスが効いていて、その場の空気が緊迫した。

 

 

 

「そんな必要はもうない。」

 

 

 

はっきりと言い捨てる叔父は明らかに父に憤りを感じているようで、父を睨む瞳は殺気の色を浮かべている。黙り込み、さっきまでの穏やかな表情とは一変した父は、私の手首を掴んでいる叔父の手に視線を移した。

 

 

「……とりあえず…レイラを離してくれないか?……それから話をし「話をするために来たんじゃない。」

 

 

はっきりそう宣言する叔父の様子はいつもと違すぎて、私の体は緊張しだしたのか、熱くなりだした。

 

何か言わないといけない気がしたが、私の口からは声が出てこなくて、何もできない。

 

 

「こんな夜中に何をしているの?」

 

 

静まり返ったその場空気を壊すかのように、少し明るめの声が聞こえてきた。母は、叔父と父の姿を見るとしょうがなさそうに溜息をつく。

 

「全く、こんな寒い日に扉も開けっぱなしで一体いい大人が子供を巻き込んで何を言い争いしているの?」

 

玄関の扉を閉め、少し苛ついているような様子の母の足元にはアウラがいた。

 

 

どうやら、アウラが状況を察して母を起こしに行ってくれたらしい。

 

 

母は、私の手首を握っている叔父に気付きゆっくりと近づくと私の体を自分の方に抱き寄せた。

 

 

「言い争いは結構だけど、この子を巻き込まないでくれないかしら。レイラは明日から学校なのよ。」

 

 

母に抱き寄せられ、叔父の手は自然と離れたがまだ手首は痛くて、少し赤く跡ついていた。私を部屋に戻そうとする母に押されながら、歩こうとすると何かはち切れたように、叔父は母を睨みつけながらゆっくりと口を開く。

 

 

「学校?…こんな時にか?

 

命を狙われている時に、1人学校に行かせるのか?」

 

 

「えぇ、そうよ。この子は今年で最後だもの」

 

 

そう言う母の声は力強く、ハキハキとしていて私は喧嘩が始まりそうな雰囲気にどうすることも出来ずに、母と叔父を交互に見る。

 

 

「何の冗談だ、アメリア…」

 

 

「冗談でも何もないわ。」

 

 

「…エド、こういう時こそ、ごく普通に過ごすのがいいと思ったんだ。」

 

 

 

今にも喧嘩しだしそうな母と叔父を宥めようとと父が叔父に話しかけるが、どうやら状況は悪化しただけみたいで、父の声を聞いた瞬間叔父の声が興奮したように大きくなる。

 

 

「ごく普通に過ごして、死んだら何も意味がないだろ⁈大人の勝手な都合で子供の命を危険に晒すのか⁈」

 

 

「落ち着け…エド、とりあえず座ってゆっくり話をしよう」

 

 

こんなに我を失っているような叔父の姿は初めてで、私は何か不安に駆られた。

 

 

「何を話すというんだ。もう今更話すことなんてないだろう」

 

 

睨みつけながら言った叔父の手にはさっきまで握っていなかった杖を握っていることに気づいた瞬間何か嫌な予感がして、私は慌てて口を挟もうとしたがそれよりも叔父の低い声を聞くと声が出ない。

 

 

 

「……レイラを…こっちに渡せ」

 

 

 

突然低い声で名前を呼ばれ、まるで心臓を誰かに撫でられたような気持ちの悪い感触に襲われた。

 

 

 

 

……知らない…

 

 

 

 

……こんなエド叔父さんは知らない。

 

 

今目の前にいる叔父がまるで他人のように感じて一気に恐怖心が波のように襲ってくると、母が私の体をぎゅっと抱き締めて身構えたのが分かった。

 

 

「…エド……何があった?」

 

 

杖を持つことはせずに叔父に問いかける父の声を聞いた瞬間、持っていた杖を父に向けた叔父の目がはっきりと見えた。

 

 

誰かに裏切られたような、

 

何かに怖がっているような、

 

……悲しそうな目だった。

 

 

叔父の名前を呼ぼうとした時、後ろから足音が聞こえてきたと思うとその音はぴたりと止まり、いつも聞いている声が聞こえてくる。

 

 

 

「……杖を下ろしてくれませんか?」

 

 

 

兄が私の横を通り過ぎた時始めて、兄が叔父に杖を向けているのが目に見えた瞬間に何かが壊れるような音が聞こえたような気がした。

 

 

………止めないと……

 

 

 

今すぐに…杖を下ろさせないと…

 

 

 

 

 

 

 

…元に戻れなくなる。

 

 

 

 

 

 

「………本当に……そっくりだな」

 

 

 

叔父の呟いた声も聞こえるほど静まり返っていたこの場の空気は息苦しくて、私は杖を握る叔父を見つめながら、声を出す。

 

 

「…………エド…叔父さんも」

 

 

私が突然声を出したからだろう。叔父が体を強張らせながら私の方を見てくる。

 

 

「……ノアも…杖を下ろして」

 

 

2人を交互に見るが、お互い杖を下ろさず少し睨むように見つめるだけだ。

 

 

 

「何をそんなに杖を向ける必要があるの?……

 

 

 

ねぇ、ノア、相手は叔父さんよ?」

 

 

 

兄は私を見て何か考えると、ゆっくりと杖を下げるが、叔父は杖を下ろす気配がない。

 

 

「…エド叔父さん、……杖なんて必要ないじゃない。……出掛けるなら別の日「今日じゃないとだめなんだ」

 

 

私の言葉を途中で遮り、叔父は父に杖を突きつけ続けた。

 

 

「……いくら血の繋がった弟でも訳も話さず、こんな真夜中に娘を連れ出すのを許す訳がないだろ?………

 

エド……一体何があったのか話してくれ」

 

 

叔父は父の言葉を聞いても、口を閉じたままで睨み続けていた。

父は一呼吸おいて、ゆっくりと叔父に近づくと恐れる様子もなく向けられている杖を握る。

 

 

「………どんなことでも受け入れる。……………

 

私は、お前を信じてる……だから「冗談じゃない」

 

 

父の言葉を途中で遮った叔父の声はもうこれ以上聞きたくないといった様子で、低く聞こえた瞬間身震いがした。

 

 

「信じてる?馬鹿を言うな。よくそんな嘘をすらすらとつけるな。」

 

 

叔父は父の胸ぐらを掴み、今までのものを吐き出すように声を張り上げた。

 

 

「何が信じてるだ⁈…何がどんなことでも受け入れるだ⁈」

 

 

「エド…落ち着け、みんな怖がってる」

 

 

父が落ち着かそうと話しかけるが、落ち着くどころか酷くなるばかりだ。

 

 

「子供達に話さないというのも反対したのに、聞く耳を持ってくれなかったのはどこのどいつだよ⁈何が子供達の為だ?

 

ただ知られたくなかっただけだろ⁈

 

全部自分の為じゃないか!!!!」

 

 

 

父は黙り込み、グッと何かを堪える手を握りしめると叔父と向き合い胸ぐらを掴んだ。

 

 

「僕の方がレイラを守れる!!!」

 

 

「いい加減にしろ!!!!!!」

 

 

 

今にも殴り合いが始まりそうなこの状況に兄は飛び込んで、仲裁に入った。

 

 

「父さん!!!落ち着いて!!!叔父さんも!!!」

 

 

声を張り上げながら必死に止めに入る兄の声を聞いた瞬間、叔父は何か思い出したように父に怒鳴りつけた。

 

 

「言われた通りのことを信じて、守ってきたのに結局全部嘘だったじゃないか⁈⁈」

 

 

その言葉に、あんなにうるさかった玄関は一気に静まり返って父や兄の動きが止まり、私を守るように、手を握っていた母の手の力が強くなった気がした。

 

 

「何が、信じてるだ⁈結局僕のことなんて信じていなかったじゃないか⁈ずっと騙しといて今更なんなんだ⁈」

 

 

 

……騙す…?

 

 

 

静まり返っているのを気づいていない様子の叔父は口を滑らすように怒鳴り終わると、呼吸を整える。

 

 

「………何で…それを……知ってるんだ」

 

 

静かに、途切れ途切れに言った父の言葉を聞いた瞬間に叔父は何か言ってはいけないことを口した後みたいに顔色がさっきよりも悪くなった。

 

 

「…エド………まさか……」

 

 

父の言葉を消すように鍵が閉まってなかった玄関の扉をが勢いよく開いて、一気に寒い冷気が中に入ってくる。

 

 

「エド…やっぱり……ここにいた」

 

 

ノックもせず入ってきた叔母が、叔父の姿を見るとほっとしたように安堵の表情を浮かべたのが視界に入った。叔父は逃げるように来たばかりの叔母の横を通り過ぎて、家を飛び出す。

 

 

「エド叔父さん⁈」

 

 

叔父を呼び止めようと声をかけたのは私だけで、後を追いかけようとすると母が何も言わず引き止めてきた。

 

 

「…セシル…何があったの?」

 

 

冷静に父に問いかける叔母は、何も答えない父とこの場の空気を感じてか何かを悟ったようにすぐに叔父の後を追いかけようと背を向ける。

 

「セリーヌ」

 

 

父に呼び止められた叔母はすぐに振り返り、真剣な眼差しで見つめた。

 

 

「……すまない………エドを…頼む」

 

 

「…勿論よ」

 

 

少し笑った叔母は、先が見えない夜の暗闇に溶けていった。

 

 

 

 

誰も動こうとしない空間にアウラが玄関の扉を閉める音と鍵をかける音が響くと、父は何も言わず部屋に戻ろうとする。

 

 

……聞くなら…もう今しかない

 

 

 

「………騙すって…何?……エド叔父さんに何の嘘をついていたの?」

 

 

私の声を聞いた瞬間、動きを止めてゆっくりと振り返ってきた。

 

 

「お父さんは何を知ってるの?何を隠しているの?」

 

 

「……レイラ…」

 

 

父に問い詰める私を引き止める為か、兄の声が聞こえてきたが私は聞こえないふりをした。

 

 

「何か隠していることなんてもう知ってるよ。………何で私には教えてくれないの?」

 

 

「…レイラ、違うのよ。貴女には「お父さん、もういいから、」

 

 

母の声に被せて言い寄るが父は話そうとする様子も見せず、私は声を張り上げた。

 

 

「私はもう守られてばかりは嫌なの!!!」

 

 

私の声が響き渡ると、その場は静まり返り私は父の返答を待った。

 

 

……これで…話してくれなかったら

 

もう…

 

 

 

二度と話してくれないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………分かったよ……レイラ、少し遅めのお茶をしようか」

 

 

溜息混じりで言った父は、私に背を向けて自分の部屋に向かって歩き出す。もうきっと深夜を迎えているはずなのに、眠気が遅いかかってくるはずもなく、私は父の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「今お茶を淹れるから」

 

 

部屋に入り、父の声を聞きながら私は1番近くにあったソファーに腰掛けた。燃え続ける暖炉の薪を眺めていると横から手が伸びてきて前にティーカップが置かれた。

 

 

「ありがとう」

 

 

お礼を言って一口飲むと、冷えていた体の芯が温まる。

 

 

「……何から…話そうか………」

 

 

ぼそりと言った父の声を聞いて私はティーカップを置き、乗り出すように聞く耳を立てた。

 

 

「………明日は学校だろう?……少し長くなるけどいいかい?」

 

 

「…えぇ。このまま横になっても寝れそうにないもの」

 

 

確認してきた父の言葉に返答した私の声を聞いて父はゆっくりと話し出した。

 

 

 

 

 

「……死喰い人が何故私達の命を狙うのか、分からないと言ったが…

 

…それは嘘だ。」

 

 

ゆっくりと座り直した父は私を見つめてくる。

 

 

「………命を狙われるようになったのは……

 

 

…私のせいなんだよ」

 

 

無理矢理笑う父の笑顔は痛々しかった。

 

 

「…どういう意味なの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……トム・マールヴォロ・リドル」

 

 

 

父の口から突然出た名前に私は体を強張らせた。まさか父の口からあの人の本名が出るとは思いもしなかった。

 

 

「…名前を言っていてはいけないあの人と魔法使い達から恐れられ、ヴォルデモートと名乗っている人物の本当の名だ。」

 

 

私を見つめながら、ひと息ついてまたゆっくりと口を開く。

 

 

 

「…そして……彼は私の昔の友人だった。」

 

 

 

「……友達?……お父さんが?」

 

 

あまりに衝撃なことに、そんな言葉しか出てこなくて、父は私の言葉にゆっくりと頷いた。

 

 

「…きっかけはただ同じ寮で、一緒の部屋だったから、何となく話しだしただけのことだ。学生の時から、あんな冷酷だったわけではないんだ。少々貪欲で、そう簡単には打ち解けられない性格だったが、彼は誰よりも努力家で、…私自身そう嫌いではなかった。

 

全く魔法界のことを知らないと言った彼に、私は喜んで色々と教えたよ。何も知らないと言っても成績も良く、私も勉強面は随分と助けてもらったものだ。」

 

懐かしそうに話す父の表情が少し暗くなると、声が一段と低くなり、小さくなる。

 

「……だが、口が達者で私以外にも友達の輪がどんどんと広がっていった時に彼は純血主義という言葉を耳にした。

 

私にどういう意味か聞いてきてね。何も考えずにいつも通り教えたがそれが仇となった。

 

あの時の私はまさか彼が、あんな思想を抱くなんて思いもよらなかったんだ。」

 

 

父はどこか後悔しているような表情を浮かべて後を続ける。

 

 

「…純血主義の意味を知った日から、物凄くのめり込んで、私のことを純血だと知った彼は私に色々と自分の理想を語ってきた。私は元々純血主義でもなければ、そんな理想を抱いたこともなかったから、共感はできなかったが否定するのは違うと思って話は聞いていたんだ。

 

 

 

…ただある日、風の噂で彼が裏で色々と悪事を働いているというものを耳にしたんだ。彼は私が彼の友人だと思っていた生徒達に、そういったことをさせていると聞いた時は何かの間違いかと思った。

 

 

私が知っている彼は、努力家で成績優秀のいわゆる優等生。…時々、引っかかるような場面を見たこともあったが、それでも私は彼を確かに友人と思っていたし、実際私はそんなことをさせられた覚えもないし、あの時の私はその噂は信じなかった。

 

 

…だけど…その後たまたまマグルの新聞を見る機会があって、そこである一家が不可解な死を遂げたと書いてあるのを目にしたんだ。

 

 

その一家の名前がリドルというのを目にしたら、やっぱり何か引っかかって本当に軽い気持ちで問い詰めた。きっと馬鹿にされて終わると思っていたが、彼は何も隠すことなく平然と殺したと言ったんだ。

 

彼の表情を見た瞬間、体が凍りついたように固まって……今でもあの感覚は忘れられないよ。」

 

 

 

燃え続ける暖炉の火がこの時だけ、少し不気味に感じた。

 

 

 

「…何か知ってはいけないものを知った気がしたが、何か事情があってそうせざるを得ない状況だったんだと思いたくて、私は何故殺したのか問いかけた。……彼は私の思いとは裏腹に笑みを浮かべながら、自分の理想を叶えるためには、あいつらは存在してはいけないからだと平然と言ってきたよ。

 

 

 

 

…本当に、あの時の笑みは冷たい笑みだった。……人間じゃないんじゃないかと思うぐらいに温かみが感じられなかったよ。」

 

 

 

私はあの人の冷たい声を思い出して気を紛らわせようと唾を飲み込んだが、心臓は緊張したように鼓動を速くする。

 

 

 

「私は、周りの大人達に彼が人を殺したとは言わなかった。………言えなかったんだ。彼がもし私のせいで、アズカバンに行ってしまったらと考えると恐ろしかったし、本当に自分の友人が人を殺したとは思いたくなかった。

 

彼が躊躇なく人を殺せる奴だと信じたくなかった。

 

 

 

 

自分の知らない彼を知った瞬間、もう友人だと思えなくなっていて、友人だと思いたくないと思った。……止められないと。関わりたくないと、関わってはいけない気がした。

 

 

あんなに親しく話しかけていたのに、あんな一瞬の出来事で何もかも簡単に崩れ落ちて、その後は自然と話さなくなったよ。

 

彼から話しかけてくることもなかったから、きっと向こうももう友人とは思ってないと思い込んで、ホグワーツを卒業して、アメリアと結婚して、そしてノアとレイラが生まれた。」

 

 

目が合うと、父は優しく微笑んで本題に入るように険しい表情を浮かべながら話し出した。

 

 

 

「………本当につい最近、レイラがホグワーツに入学したぐらいに、外でばったりと彼に会ったんだ。…ばったりというより、待ち伏せされていたと言った方が正しいな…」

 

 

 

瞼を下ろして思い出すかのように話を続ける父の声は少しだけ震えているような気がした。

 

 

 

「…最初は外見が変わっていたから、誰だが分からなかったが目を見た瞬間に分かってね。その瞬間血の気が引いたよ。

 

彼は何を思ったのか私を誘ってきた。

 

私の力を貸してくれと、友人である私に仲間になってほしいと、そう言われたけど…

 

純血主義でもなければ、自分を犠牲にしてでも守りたいものができて、もう彼のことを友人だとは思っていない私が承諾する理由なんてあるわけがない。

 

純血主義ではないし、君の意見には賛同できない。…巻き込まないでくれと断ったが、彼は私に断られるとは思ってなかったらしくてね…

 

何とか、頷かせようとしてくるものだから鬱陶しくて、ついつい強い口調で言ってしまった。

 

 

お互い、少し口喧嘩程度に揉めだして彼が突然杖を取り出す仕草を目にした瞬間、すぐに呪文を唱えたら何とか杖を弾き飛ばすことはできたんだが、その後に口を滑らせて、君のことを友人だとは思っていないと言ってしまってんだ。」

 

 

 

私は父の言葉を聞いて、後のことが大体予想がついた。

 

 

 

「…私の言葉を聞いた瞬間に彼の表情が一変したのを見ても私は何も言わずにその場を逃げ出した。

 

 

………そして、その後にノアが襲われた。

 

…レイラ、意味が分かるかい?」

 

 

 

 

「……でも、それが理由で命を狙っているとは限らないじゃない」

 

 

だって…確かにあの人はペンダントを欲しがっていた…

 

 

私はペンダントのことを思い出して父に言うが、確信があるように話し出す。

 

 

「家族も自分にとって邪魔な存在だと思えば躊躇なく殺せるような奴だ。

 

友人と思っていた私から友人ではないと言われて、そいつが純血主義ではないと分かったら彼にとって私は邪魔な存在だろ?

 

私だけを殺してくれるのならまだしも…………最初に襲われたのはノアだ。

 

確実に私の周りの人間を殺して、最後に私を殺すつもりだろうね……」

 

 

 

父は少し笑みを浮かべて、紅茶を一口飲むと呟くように言った。

 

 

 

「……何にしろ、命を狙われるきっかけをつくってしまったのは私だ。……だから、ノアにもレイラにも出来るだけ普通の生活をして欲しくて黙っていた。「ノアの左腕の怪我は、死喰い人じゃないんでしょ?」

 

 

私が父の言葉を遮り問いかけると、父は口を開き、小さな声で言った。

 

 

「………それは…言えない…」

 

 

「どうして?」

 

 

「…………レイラ、元々お前がホグワーツを卒業したら全て話すつもりだったんだ。

 

学生でいる時ぐらい何も考えずに過ごして欲しくて今まで隠してきたつもりだった。…だけど、結局こんな中途半端になってしまった」

 

 

椅子に深く座り直した父を見て、私は叔父のことを思い出して聞こうとしたが、それを分かったかのように父の声が聞こえてきた。

 

 

「……レイラ、学校を卒業したら必ず全て話す。ノアのことも、エドのことも、全て説明すると約束するよ。

 

…だから今日はもう遅いし、明日に備えて寝なさい。」

 

 

父の目を見つめると、今はもうこれ以上話してくれないような気がして、私は父に言い聞かせるように声を出した。

 

 

 

「…………約束よ…」

 

 

 

「…大丈夫………ちゃんと守るさ」

 

 

父の言葉を聞いて、私は立ち上がり部屋を出ようとすると声が聞こえてきた。

 

 

「……レイラ、…おやすみ」

 

 

 

「……おやすみなさい」

 

 

部屋の扉を閉める瞬間に、暖炉の火に照らされた父のどこか悲しそうな表情が見えたが私は見なかったふりをして扉を閉めた。

 

 

 

 

あの人と、父は友人だった。

 

 

 

まさか父の隠していることがこんなことだなんて思いもしなかった。

 

あまりに衝撃的で、思ってもいなかったことを言われるとどうやら人間というのは意外と冷静でいられるらしい。

 

………そんな素振りなんて見せなかったのに

 

 

 

 

……でもそうなると…私はよく殺されなかったな…

 

 

 

あの人に会った時のことを思い出しながら私は考えながら自分の部屋に戻る。

 

 

 

………それほど、ペンダントが欲しいということなのかな…

 

 

 

どんなに考えてもあの人の考えを読み取るほど器用じゃない私は、ベッドに横になると気づけば眠っていた。

 

 



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22 もう遅い

 

 

寝不足だった私は、汽車の中でぐっすりと眠れて気づいたらホグワーツについていた。

 

 

 

 

学校に戻るといつも通り授業が始まり、休日は出された課題に追われる日々が始まった。叔父のことや兄のことが気になっていない訳ではないが、父が話してくれると約束してくれたものだからそこまで考え込まないで済んだ。

 

 

 

 

 

 

N.E.W.T試験に向け出された大量の課題を抱えながら、寮に戻っていると前から4人組が歩いてくるのが見えた。楽しそうに、ブラックの肩に手を回しながら話すポッターを見た瞬間、私は視線を逸らし前だけを見て彼らとすれ違う。

 

 

 

少しだけ歩いて、後ろを振り返ると私の方を見ていたルーピンと目が合い、慌てて視線を戻すとレギュラスが壁にもたれながら私の方を睨むように見ていた。

 

あれから一言も話していないし、話す気などさらさらない私は勿論声をかける気などない。

 

ちらりと彼を見ると、彼は私ではなく他の誰かを睨んでいることに気がついた。

レギュラスが見ている視線を追いかけると、

 

……明らかにあの4人組を目で追いかけている。

 

 

ブラックの笑っている顔が見えた瞬間、彼は何かに耐えるかのように、悔しそうに唇を噛み締めると、ローブに皺ができるほど強く握りしめて、体を少し震わせていた。

 

 

………知ってる……

 

 

 

……私は、今の彼の感情を知ってる。

 

 

レギュラスにセブルスとエバンズの2人を見ていた自分が自然と重なり、私はその場から逃げ出すように彼に背を向けた。

 

 

……あんな顔されたら、救いたいと思ってしまう。

 

 

 

 

聞きたくのない明るい声が聞こえてきて、私は自然と睨むように声がした方を見ると案の定、沢山の友達に囲まれたエバンズが楽しそうに話していた。

 

立ち止まっている私の後ろから風と一緒にふわりと薬草の香りがすると、よく見たことのある後ろ姿が私の横を通り過ぎた。…エバンズに気づかなかったのか、彼は彼女と真逆の廊下を歩み進める。

 

 

 

 

今まではぶつかり合ってはいてもみんなそれぞれが幸せで、こんなにバラバラじゃなかった。

 

 

セブルスとポッターが喧嘩をして、それにブラックが参戦して、エバンズが止めに入る。

 

ルーピンは時々セブルスに話しかけて、その少し後ろからペティグリューは追いかけて、レギュラスはセブルスを慕うように楽しそうに話しかけて、エバンズとセブルスは楽しそうに笑うのが当たり前だったのに…

 

 

当たり前が幸せだということを…失ってから知った私はどうしようもなく胸が痛んだ。

 

 

 

………本当にすれ違ってばかりだ……

 

 

 

私は溢れ出てきそうになる涙を堪えながら、止まっていた脚を運んだ。

 

 

………これじゃあ…誰も幸せになんかなれるわけがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

N.E.W.T試験が近づいてきたこともあり、生徒達の間では少しピリピリとしていた。発散する場所もないため勉強のストレスは溜まるばかりで、勿論私もいつもよりかは余裕がなかった。

 

こんな時にエバンズとばったりと会ってしまったのが運が悪いと思うのだが、それよりも運が悪いと思うのはどうしてこういう時に限ってお互い人気の少ない廊下を歩いているのかということだ。

 

勿論余計なことなどは言わないと思っていたのに、エバンズとすれ違う瞬間にセブルスを抱きしめた感覚を思い出して、私の口は勝手に動きだしていた。

 

 

「……あんなに嫌っていたのによく付き合えたわね」

 

私の言葉に、エバンズはゆっくりと緑色の瞳で見つめてくる。

 

「……1つだけ教えてくれない?」

 

 

……もしかすると…ここで私が何か言えば…

 

 

私はセブルスが泣いている姿を思い出して、エバンズの緑色の瞳を少し睨みながら言葉をつないだ。

 

 

 

「………どうして彼を簡単に切り捨てることができたの?」

 

 

……何かが変わるかもしれない。

 

これ以上…彼が苦しむ姿を見なくていいかも知れない。

 

 

 

 

「………その話はしたくないわ」

 

そんな私の期待とは裏腹に、エバンズは一言言い捨て、私の問いかけに逃げるように赤毛をふらりとなびかせながら、歩き出そうとする。私は咄嗟に彼女が逃げないように手首を掴んだ。

 

 

「…人間なんて間違うものでしょ?…

 

それをどうしてたった一度の過ちで、彼を切り捨てるの?」

 

 

私の言葉にエバンズは少し睨んできた。その瞳にはうっすらと涙の膜が張っていた。

 

 

「…たった一度の過ち?………何よそれ。……

 

私はそんな心が広くて優しい人間じゃないわ。

 

 

……貴女に私の気持ちなんて分かるわけない訳ないじゃない!」

 

「えぇ…分かるわけもないし分かりたくもない。……

 

 

……だけど、あなただってセブルスの気持ちなんて分からないでしょ?」

 

 

……どうか、少しででもいいから彼に一言でも話しかけて…

 

 

「……まるで貴女は分かっているような口ぶりね……

 

…貴女とセブぐらいの関係だったら、たった一度の過ちで済んだかもしれない。

 

でも無理なのよ。もう何もかもが遅すぎるの!」

 

エバンズは私の手を振りほどいて、睨みつけながら声を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

「……もうセブルスに私の声はもう届かない」

 

 

歩き出すエバンズの髪が靡いて、シャンプーの匂いが香った。

 

 

………それは…ただ貴女がそう思い込んでるだけなの

 

 

私は前を歩くエバンズの肩を握って無理矢理振り向かせた。エバンズの長い髪が顔に当たったが気にすることなく彼女の肩を持ち訴えかける。

 

 

「…貴女が届かないのなら、最初から届かない人はどうすればいいの?……

 

 

 

ねぇ…教えて…」

 

 

どうか…気づいて………私が言葉に出来ないことを気づいて

 

 

 

私じゃ元に戻せないの…

 

 

貴女じゃないと、貴女しかできないの…

 

 

 

何か気づいたエバンズの瞳孔が少しだけ開いたが、私は今までのことを詫びるように言葉を続ける。

 

 

「………貴女のことを傷つけてしまうようなことを言ったことは謝るわ。

 

貴女のことを、最初から拒絶したことも、

 

友達になりたくないと一方的に言ったことも、

 

貴女に酷いことを言ったことも、

 

今までのこと全部謝るし、別に許してくれなくてもいい。

 

………今更なことだって分かってる。都合が良すぎるのも十分に理解しているわ。

 

 

 

 

 

 

 

でも…セブルスは貴女しか見ていないのよ。貴女しか見えていないの。

 

私にはできなくて、貴女にはできることがあるの」

 

 

…………お願い…気づいて…

 

 

静まり返った廊下には、私の声だけが響き渡り、やけに不気味に感じた。

 

 

………気づいて…エバンズ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんな冗談はやめて、笑えないわ」

 

冷たく私に言い放ったエバンズは、私の手を振り払ってその場から逃げるように少し駆け足で歩いていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………セブルスは貴女のことを愛してるの…」

 

 

 

結局彼女に伝えることができなかった言葉を、今更言ったところでエバンズに届くことはなかった。

 

 

溢れそうになる涙を堪えながら、溢れてしまう前に痛くなるまで目をこする。

 

 

………セブルスがこんなにも苦しい思いをしているのも…全部、全部……

 

 

 

 

 

私のせいだ…

 

 

 

彼の幸せを願ってあげられなかった、私のせい

 

 

 

どう頑張っても一度ずれてしまった歯車はそのまま噛み合わないまま回り続けるらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、2年前のことを後悔しているかのように自然とあの湖のところへ気づけば足を運んでいた。

 

今日もいつもと変わらず、あの場所へと向かって歩み進める。いつもはちらほらと生徒がいるものなのだが、どうしてだか今日だけは誰一人として姿がなかった。いつも、もたれている木に視線を移すと、もう先客が居たことに気がついた。風が巻き起こると、彼が持っている本のページが勝手にめくりあがって、髪も流れに沿って靡いている。

 

 

「………セブルス…?」

 

 

あまりに微動だにしない彼を見た瞬間、首から血を流している姿と重なった。私は急いで駆け寄り、膝をつく。

 

瞼を下ろして、力が入っていない手がだらんと地面についているのを見て私は彼の肩を持つ。

 

 

「セブルス、起きて。ねぇ、目を開けて」

 

 

何回か呼びかけながら、肩を揺らすと固く閉じられていた瞼はゆっくりと開いてぼんやりと私を見つめてきた。

 

…よく考えてみれば、体も温かいし、息もしている。

 

………死んでいるわけがない。

 

私は、それでも安堵の溜息をついてまだ眠たそうなセブルスに話しかけた。

 

 

「…こんな所で寝たら風邪ひくわよ…」

 

 

何も答えずに、目をこすりながら座り直して本を手探りで探しだすセブルスを眺めながら、まだ緊張している心臓の鼓動を全身で感じていた。

 

 

眠っているセブルスはあまりに綺麗で、儚くて、

 

まるで……

 

 

 

 

 

 

死んでいるみたいだった…………

 

 

 

 

「………僕がどこで寝ようが関係ないだろ…」

 

 

どうやら寝起きは悪い方らしく、起きた彼から冷たい言葉が返ってくるが私は何も答えずに、セブルスの近くに座った。

 

 

 

 

…………ごめんね…セブルス…

 

 

心の中でいくら謝っても聞こえるわけがない。

 

 

 

隣から視線を感じて、セブルスを見ると彼は何故か私の方を見てきていた。

 

 

「…どうしたの?」

 

 

何か聞きたそうな表情を浮かべていたセブルスに問いかけてみたが、一瞬目が泳いだ彼は本に視線を戻して、素っ気ない返事が返ってくる。

 

 

「いや、何でもない」

 

 

 

本を読み続けるセブルスの横顔を見つめていると、自然とあの時のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

あの時……止める勇気がなくて…ごめん

 

 

 

 

私に声を出して言うほどの勇気があるわけがない。ただ、心の中で何度も謝っては自分一人で勝手に満足をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休日に、ホグズミードに行くことを許されて、特にやることもないし、気分転換もしたくて私は1人ホグズミードに来ていた。

 

 

行きたい店がある訳でもない私は、とりあえず三本の箒で、バタービールではない飲み物を適当に頼み、店の端の席で時間を潰していた。

 

 

「ここいいかな?」

 

 

持ってきていた本を取り出し、ゆっくりと読んでいると突然聞こえた声に顔を上げる。私の返事も聞かずに、前に座るルシウスの髪が綺麗に靡くのを見て、本に視線を戻した。

 

 

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 

 

「…じゃあ、バタービールを貰おうかな」

 

 

 

店員とルシウスが会話をする声を聞き流しながら本を読み進めると、前に座っている彼が話しかけてくる声が耳に入ってくる。

 

 

「…珍しいね」

 

 

顔を上げ、ルシウスを見ると彼は私が頼んだ飲み物を見つめていた。

 

 

「ここに来てバタービールを頼まない生徒は初めて見たよ。」

 

 

私は水滴がついているグラスを見つめながら、適当に返す。

 

 

「私、バタービール嫌いなんですよ。」

 

 

「あんなに美味しいのにかい?」

 

 

ルシウスの声を聞いた瞬間、自然と彼にエバンズが重なり、その横にはバタービールを持つ記憶の中のセブルスが見えた。

 

 

 

…バタービールを飲むと、あの日のことをどうしても思い出しまう。

 

 

 

私はそれから視線を逸らすように本に視線を戻して、声を出す。

 

 

「……味が嫌いというわけではないんですけど………

 

 

それで、今日はわざわざ何の用でしょうか」

 

 

中々本題に入らないルシウスに、本に視線を移したまま問いかけるが、声が聞こえることはなく、顔を上げると黙り込んでいた。

 

 

「…………あれのことなら、まだ見つけられてませんよ。

 

……どこを探してもありませんし、両親もそういった言動を見せてくれないので、本当にあるかどうかも怪しいぐらいですね」

 

 

 

……ペンダントを渡すつもりなんてない。

 

 

 

………渡したら、そこで全てが終わってしまう

 

 

 

「……意外と手こずっているね」

 

 

私が溜息混じりに言った声を聞いたルシウスは、頬杖をつきながら私を見つめてくる。

 

 

 

「…家族を上手く騙しながら、家中を探すのは簡単なことではないんですよ」

 

 

 

グラスを傾けてると、少し冷たくて、甘い香りが口全体に広がっていく。

 

 

 

 

「………1つ、個人的な疑問で聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

 

 

 

「………………えぇ……」

 

 

改まって言ってくるルシウスに視線を移して、何を聞かれるのかは見当も付かないが、とりあえず素っ気なく返す。

 

 

 

 

 

「……あの方が、何故君達にそこまで執着しているのかがずっと不思議に思っているんだが、君は何か知っているかい?」

 

 

 

…君達?

 

 

ルシウスが言った君達という言葉に引っかかった。

 

 

 

君達…ということは、少なくとも私以外に1人はいるということだ。

 

 

 

 

「……執着…ですか。……私にはそうは見えませんよ。

 

………私よりもあの方に直接聞かれてみてはいかがですか?」

 

 

 

 

まぁ……それが出来ていたらこんなことを私に聞くわけがない。

 

 

「お待たせしました。バタービールです」

 

 

 

バタービールを持った店員が私達の机に近づいてきて、自然とその話は途中で終わった。

 

 

 

 

「じゃあ、私はそろそろ失礼するよ。……」

 

 

バタービールを口にすることなく立ち上がったルシウスは、机の上に明らかに私の飲み物と彼が頼んだバタービール代以上のお金を置く。

 

 

「…いや、悪いですよ。飲み物代ぐらい自分で払えます。」

 

 

「こういう時は素直に受け取っといてくれ」

 

 

にこりと笑う紳士的なルシウスは、今の笑みで今までどれほどの女性を魅了してきたのだろう。

 

 

私に背を向けたルシウスは何かを思い出したように振り返ると、見つめてきた。

 

 

 

「………あぁ、そのバタービール良かったら飲んでもいいよ。」

 

 

……嫌いと言ったばかりだというのに…

 

 

…嫌がらせだろうか……

 

 

私が何も答えず笑みを浮かべると、彼は振り返ることなく店を後にした。

 

 

 

 

私は何となく手を伸ばし、バタービールが上までたっぷり入ったグラスを持つと、口に運ぶ。甘く、少し温かいものが喉を通っていくのが分かった。

 

 

…あの時の頃の味と全く変わっていないバタービールを飲むと、まるで昨日のことかのようにあの時のことが鮮明に頭の中で駆け巡ってくる。

 

 

……エバンズの酷く傷ついた表情も

 

 

………泣きながら殴ってくるセブルスも

 

 

乱暴にグラスを置いたから、中身が少し溢れたが、気にすることなく本を手に持った。

 

 

 

 

「……これだから…嫌いなんだ…」

 

 

 

私の独り言は、他の客の騒がしい話し声に溶けるように消えていき、お金を払って店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

別に行きたい店があるわけでもない私は、もうそろそろ学校に戻ろうかと思い、歩き出そうとすると足元に何かが当たって視線を下ろした。

 

足元には、丸い形の何かがあって、手に持つとそれがお菓子だということが分かった。

 

 

…だれか、落としたのかな

 

 

 

「すいません!それ、僕のです!!!」

 

 

突然聞こえた大声にお菓子を持ちながら振り返ると、小柄な青年がだんだん走って近づいてきた。

 

 

……ペティグリュー…

 

 

 

私だと分かった瞬間彼は少し戸惑いを見せた。私は何も言わず、ペティグリューにお菓子を押し付けると、小さな声が聞こえてくる。

 

 

「…あっ…ありがとう」

 

 

「………いいえ、気にしないで」

 

 

うわべだけの言葉をいい、さっさとその場を立ち去ろうとすると後ろから何か決心したような彼の声が聞こえてきた。

 

 

「君は!…死ぬのは………怖い?」

 

 

 

「…………いきなり何?」

 

 

 

私が振り返りながら不機嫌そうな声を出したからだろう。彼は少し怖がったように体がびくりと反応したが、体を小さくしながら後を続ける。

 

 

 

「………そういう…話になったんだ…」

 

 

 

……ポッター達とそういう話をしたという意味だろうか。

 

 

……でもそうだとしても、何故わざわざ私に問いかけてくるんだろう。

 

 

「……みんな…死ぬのは……怖くないって」

 

 

「貴方は?」

 

 

「へっ?」

 

 

「貴方はどうなの?」

 

 

 

私の問いかけに間抜けの声を出した彼は、視線を下にしてボソボソと口にする。

 

 

「……僕は………僕は、………僕も……怖くない……」

 

 

自分に言い聞かせるように言ったペティグリューは明らかに嘘をついていた。

 

 

「そう。

 

 

 

………………私は怖いわよ。」

 

 

 

私の言葉を聞いた瞬間、彼は頭を上げて見つめてきた。

 

 

 

「…でも、大切な人が目の前で死ぬ方が………もっと怖い」

 

 

 

私は彼を少し睨むように見つめて、背を向けた。

 

 

 

結局、ペティグリューは私に何を聞きたかったんだろう……

 

 

 

あんなことを私が言ったとしても……きっと彼は、ポッター達を裏切る。

 

弱い人間はそんな急に強くなれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからはあっという間に時間が過ぎ、気づけばN.E.W.T試験ももう目の前に迫っていた。図書館で勉強をし、寮に戻っていると前から元気な声でお礼を言う新入生らしき子供達が走ってきた。

 

「ありがとうごさいましたー!!!」

 

何事かと、前を見ると手を大きく振っているルーピンがいた。ばっちりと目があった私は、何も考えず彼の隣を通り過ぎようとするとルーピンは私の腕を握ってくる。

 

 

「…………何か用?」

 

 

少し睨みながら言うと、ルーピンは私を見ながら恐る恐ると言った感じで口を開く。

 

 

「……あの時…早く、止めに入らないといけなかったのに……ごめん」

 

 

最初は彼が何を言っているのかさっぱり分からず、頭がついていかなかった。

 

 

…あの時って、いつの時のことを言っているんだろう。

 

 

…去年のことなのか、それとも2年前の時のことなのか…

 

 

動転して、思考が停止した私は口が勝手に開き、最初に思ったことが言葉として外に出る。

 

 

 

「…………謝らないでよ……」

 

 

 

小さな声だったが、ルーピンは聞こえたらしく驚いたように目を見開いた。私は慌てて、彼の手を振り払って、駆け足でその場を立ち去った。嬉しいことに、ルーピンが追いかけてくることもなく、理由を聞かれることもなかった。

 

 

……謝られて、私はどうすればいいのよ…

 

 

何で……そんなに勇気があるの…

 

 

何でそんなに…簡単に、言葉にできるの…

 

 

私は震える唇を閉じて、持っていた羊皮紙をぎゅっと握り潰した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

N.E.W.T試験が終わって、私は重い足取りで廊下を歩いていた。試験は、セブルスに勉強を聞けずに挑んだものだから散々なものだった。

 

……そんなことで足取りが重いわけじゃないことぐらい分かってる。

 

 

彼が笑わなくなった姿を見ていると、胸が重く苦しくなり、日差しに当たっていても冷たく感じ、そしてとても居づらい。

表情ひとつ変えずに、淡々と友達と話すセブルスの姿を見るたびに私はあの時止めなかったことを責めていられるように感じるのだ。

 

 

 

 

 

 

もう歩き慣れた廊下をひとりで歩いていると後ろから突然私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「……ヘルキャット!」

 

ゆっくりと振り返ると、私もよく知っている人物が少し駆け足で駆け寄ってきた。

 

グリフィンドールのローブが靡き、あちらこちら寝癖がついている髪に、丸眼鏡。

 

 

………ポッター…

 

 

心の中で名前を呼んで、私は駆け寄ってくるポッターを見つめた。

 

 

 

……今目の前にいるポッターが…セブルスだったら……良かったのに…

 

 

 

少し息を切らしている彼は、呼吸を整えて話し出す。

 

 

 

「あの時の…ことを謝りたくて……」

 

 

 

……何で、みんな謝ってくるの

 

 

そう言いながら何やらローブのポケットの中を探って中から何やら綺麗に包まれているものを出してくる。

 

 

 

「…中々、似てるのなくてさ……

 

後からあの髪留めが大事なものだったって聞いて」

 

 

 

ポッターは、袋の中から髪留めを取り出して私の方に渡そうとしてくる。

 

 

 

 

どうやら、どういう風に彼の耳に入ったかは知らないが、あの髪留めに思入れがあったことが彼の所まで伝わったらしい。

 

 

 

 

「あの時は……本当にごめん……

 

君の大切な髪留めを壊しておいて、謝りもせずに…こんなに時間が過ぎてしまった………

 

許して欲しいとは、言わない。

 

せめて…これを受け取ってくれないか?」

 

 

そう言うポッターの掌の中には、あの時壊れてしまった髪留めにそっくりなものがあった。

 

それを見た瞬間、私の中の何かはざわりと騒いで途端に目の前にいるポッターも、何もかもが憎くなってくる。少し髪留めを見つめると、気づけばポッターの掌にあったそれを思いっきり払いのけていた。

 

丁度生徒達も行き来していなかったから、誰にも当たることなく壁に当たって割れる音が聞こえくる。

 

 

 

視線を上げ、ポッターを睨みつけると彼は驚いている様子もなく、こうなることを分かっているかのように冷静な様子で私を見ていた。

 

 

「謝ってる相手が違うんじゃないかしら?」

 

 

私は彼にそう吐き捨てて、背を向ける。

 

 

 

………こんなことを言っても、ポッターがセブルスに謝るなんてしないだろう。

 

……それぐらいにお互い嫌忌し合っている。

 

 

 

ポッターから逃げるように、廊下を早歩きで歩いていると前を見ていなかった私は誰かとぶつかってしまった。

 

 

「ごめんなさい」

 

 

謝りながら顔を上げると、まず目に入ってきたのはグリフィンドール色のローブだった。

 

 

……どうして、今日はこんなにも彼らに会うのだろう。

 

 

ブラックの顔を見た瞬間、私は彼の横を走り去って逃げ出した。

 

 

 

 

ただ逃げ出したかった。

 

 

…今すぐ…こんな物語を終わらせたい。

 

 

未来をしていなければ、こんなに苦しまなくて済んだのに……

 

 

こんな…思いなんてしなくて良かったのに

 

 

 

 

未来を知っていていいことなんて1つもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポッターがセブルスに謝ろうが、2人の仲が今更良くなってももう遅い。そんなことは分かってる。

 

 

 

 

闇に足を掴まれてしまった人間はそう簡単に抜け出せない。

 

どれだけ、何人もの人で引っ張り上げようとしても、きっとそれは纏わりついてくる。

 

だれか1人、闇に呑まれて彼を下から押してあげないといけないというのなら、私は喜んでそれを受け入れよう。

 

 

彼が笑える日が来るのなら、

 

セブルスがただ心臓を動かして、夜を過ごし朝を迎えれるのなら、

 

 

 

……私は死んでもいい。

 

 

 

セブルスがいつか幸せを噛み締めて、

 

生きていてよかったと思える日が来るのなら

 

 

 

……エバンズじゃなくても、

 

 

 

……私じゃなくても、

 

 

 

誰かを愛して、

 

愛されて、

 

 

今度こそ彼が幸せに笑える日が来るのを見届けたら

 

 

 

 

 

 

……………私は、もう必要ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

N.E.W.T試験が終わってしまえば、もうあっという間に時間はすぎて私の学生生活も呆気なく終わってしまった。

 

 

 

 

ホグワーツを後にしていく生徒達に紛れ込みながら、転けないように急ぎ足で歩く。

トランクを手に持って、私はホグワーツを振り返ることもないまま前にいるセブルスを目で追いかける。

 

途中で他の生徒に持っていた鳥かごが当たってしまい、中にいたアテールが驚いたように鳴く声が聞こえてくる。当たった生徒にも謝ることもせずにトランクと鳥かごを乱暴に地面に置くと、少し立ち止まっている彼の腕を後ろから必死に掴み引き止めた。

 

 

 

ホグワーツ特急に乗り込んでいく生徒達の波が私たちを避けるかのように横ぎりぎりを歩いていく。セブルスは、私の方を見ると表情を変えず何も言わなかった。

 

 

 

 

 

「…………本当に……そっちに行くの…?」

 

 

 

 

 

私の問いかけにセブルスは何も答えず、私の瞳を見つめてくると何か言おうと口を開いた。まるでセブルスの言葉を遮るように、彼の友達がセブルスの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

 

彼の口から言葉が出ることはないまま、意図も簡単に私の手から離れていく。

 

 

一度も振り返らず、人波に飲み込まれて見えなくなっていくセブルスの後ろ姿をしっかり目に焼き付けるように見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………私も…すぐ…行くよ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セブルスに伝えるはずだった言葉を小さく呟いて、私はトランクと鳥かごを手に持ち、ホグワーツ特急に乗り込んだ。

 

 

 

 



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23 答え合わせ

 

 

駅に着いた瞬間、違和感を感じた。

 

…いつも迎えに来てくれるのは、家族揃ってだったのに今回は父の姿しかなく、そんな父も私を見つけるとほっとしたような表情をしてすぐに手を握ってきた。

 

「どうしたの?…何かあったの?」

 

私はあまりの不安に、父の顔を見ながら問いかけてみたが、父は私のトランクを持つと間をおいて口を開いた。

 

 

 

 

「…帰ってから話すよ。ほら掴まりなさい」

 

 

父に言われた通り、しっかりと腕を握ると一瞬で景色が歪んで体の中をかき混ぜられているような感覚に襲われて、気づけば宙を浮いていた足が地面についていた。

 

すぐに姿くらましをしたのだと悟って周りをキョロキョロと見回してみたが、来たことのないところだった。

 

「レイラ、はぐれないようにちゃんと着いてくるんだよ」

 

父はそれだけいうと、少し薄暗い小道をどんどんと進んで行く。私は、ぴったりと後について歩いた。

どうやら路地裏だったようで、大きい道路に出るとあんなに静まり返っていたのに人の話し声や足音で騒がしくなる。

 

家付近でもないし、行き来する人の格好を見た感じだとマグルだということがすぐに分かった。

 

 

「……お父さん…ここはどこなの?…」

 

前を歩いている父に向かって聞いてみると、小さな声で返ってきた。

 

 

「……大丈夫、すぐ着くからね」

 

肝心な場所のことは何も答えてくれない代わりに、父は私を安心させるかのように少し微笑んでまた前を向いて歩く。

あまりに人通りが多くて、時々足を踏まれたり、肩がぶつかったりしたが何とか父の後をついていった。

 

マグルは梟が珍しいのだろうか。私が梟の入った鳥かごを持っているものだから行き交う人に、好奇心な目で見られるが、私は気にしてない風を装いながら歩いた。

 

 

 

 

少し歩くと、お店が並ぶ通りから、だんだんとレンガ造りの建物が並んでいる通りに変わっていき、すれ違う人も少なくなっていく。

 

 

レンガ造りの建物の窓からはカーテン越しに暖かい光が漏れている。どうやら、ここはマグル達が住んでいるところらしい。

 

 

「…レイラ、こっちだよ」

 

 

建物を見上げていたから、立ち止まる父に気づかずに先に進んでしまったらしく、私は慌てて父に近寄った。

父は私がいることを確認するかのように顔を見ると、建物と建物の間にある僅かな幅の道、もう路地裏と呼べるのかと思うほど狭いところを父は気にすることなく進み出した。

 

人が1人通れるぐらいの道を少し歩いていると行き止まりになり、父は立ち止まって懐から杖を取り出して、壁のレンガをなぞるように杖を滑らせる。3回ほどトントンと叩くと、石が擦れるような音が聞こえてきた。

 

壁に人がしゃがめば通れるぐらい空洞ができていて父は中へと入っていく。私も慌てて中に入ると後ろからまた石が擦れる音が聞こえて振り返ると、通った空洞は閉じていた。

 

 

 

周りを見回すと、まるで誰かの家の廊下みたいなところだった。薄暗い道を歩くと、前にいた父が、扉を開けて私を先に入れてくれた。

 

今まで薄暗いところに居たせいで突然の眩しい光に目が眩み、目を凝らすと母と兄の姿があった。

 

 

「レイラ!良かった」

 

 

母が私の姿を見た瞬間に抱きついてきて思わず後ろに倒れそうになる。

 

「お帰り…レイラ」

 

少しほっとしたような表情をしている兄がにこりと笑いかけてきた。

 

「…ただいま」

 

何がなんだか分からなくて、私はそれしか言えなかった。

 

 

「お帰りなさいませ。お嬢様」

 

 

アウラがいつものように私にいうと、鳥かごを手に持ち、父のところに行って私のトランクを預かっていた。

 

 

「アメリア…それぐらいにしてあげなさい。レイラが混乱してしまう」

 

 

父が、ローブを脱ぎながら言うと母はやっと離れてくれた。

 

 

「……ここはどこなの?…何で家じゃないの」

 

 

私が思い出したように父に問いただすと、母が優しく私に話しかけてくる。

 

 

「……レイラ落ち着いて、一旦座ってから話しましょう」

 

 

 

前を歩く母を見ながら私は、周りを見渡した。ここが家でないことは確かだ。家よりかはるかに狭いし、雰囲気も全然違う。

 

 

少し小さな部屋に入ると、机には4人分のお茶とお菓子が準備されていた。私は一番ふかふかそうなソファーに腰掛けて、目の前にいるお茶を飲んでいる兄を見ていると父の声が聞こえてきた。

 

 

「……レイラ、落ち着いて聞いてほしい。」

 

 

あまりに真剣に話すものだから、私の体は強張って少し不安になった。

 

 

「………私の母が死喰い人に殺された」

 

 

父の口から出た言葉を聞いた瞬間頭は真っ白になって、何も言えなかった。人から言われただけじゃ全くと言っていいほど実感がない。

 

 

「…魔法省から連絡があって、私達もさっき知ったばかりでね。

 

……何せ一人暮らしだったから、太刀打ちできなかったんだろう」

 

どうして父がこんなにも冷静に居られるのかが不思議でたまらなかった。

 

 

「……他の人は…大丈夫なんだよね?」

 

 

私は父にすがるように聞いたことをすぐに後悔した。父の口から何とも信じがたい言葉が出てきたのだ。

 

 

「……分からない。…全く連絡が取れないからまだ何とも言えない」

 

 

 

 

「…レイラ、大丈夫よ」

 

 

 

私が酷い顔をしていたからだろうか。母が駆け寄ってきて、優しく頭を撫でだした。

 

 

「…ここは絶対に見つからない。それに私達がいるんだから大丈夫よ」

 

 

「…でも…」

 

 

「レイラ、大丈夫だって。僕がレイラを守るから。」

 

 

ノアが、乗り出すようにして満面の笑みを浮かべる。

 

 

「ほら、死喰い人に襲われて無事に帰ってきただろ?…だから安心して」

 

冗談をいれながら話すノアを見ても、私は余計に泣きそうになった。

 

……すぐ近くまで死が近づいているのが分かると怖くて怖くてたまらなくなる。

 

 

 

「……だから少しの間だけここで生活することにしたの。…外には出してあげられないけど、ひとり部屋はあるから今日はゆっくり休みなさい。」

 

私に笑みを浮かべて言う母の顔をみるとなぜかさっきよりかは楽になった。

 

 

 

 

 

 

そうは言っても、やっぱりいつものように寝ることなんてできずに、気づいたら朝を迎えていた。

狭い部屋でひとり籠っていても、不安が募るばかりで、私は安心したいがために母の姿を探そうと部屋を出る。すると明らかに出かける格好をしている父が目に入った。そんな父はアテールが入っている鳥かごを手に持っている。

 

 

「……どこに行くの?……アテールをどこに連れていくの?」

 

 

母と話している父に話しかけると、2人は私の方を振り返った。

 

 

「…心配ないよ。少し魔法省に行ってくるだけだから。アテールは少しの間だけ空に放してくるね。最近外に出してやっていないだろう?」

 

「…今行かないといけないことなの?」

 

私の言葉を聞いた父は、ゆっくりと近づいてきて私の頭に手を置くと微笑んでくる。

 

「……出来るだけ早い方がいいんだ…大丈夫。すぐに帰ってくるから」

 

そう言われると何も言えなくなって、私は俯くしかなかった。

 

本当はどこにも行って欲しくない。……怖い。

 

何故か簡単に死んでしまいそうでものすごく怖いのだ。

 

 

 

「…じゃあ、アメリア子供達を頼んだよ」

 

 

そう言うと父は、扉の向こうに行ってしまった。

 

 

「レイラ、僕とチェスをしないか?奇跡的にあったんだ。埃被ってたけど」

 

 

いつも間にか隣にいた兄が笑いながら誘ってきて、私はつられて笑いながら頷いた。

 

 

父の帰りを待ちながら、私は兄とチェスを打ち、母が淹れてくれた紅茶を飲みながらアウラが作ったお菓子を食べた。

 

 

チェスを打ち終わると、あんなに楽しそうな笑みを浮かべていた兄が少し緊張しているような表情を浮かべる。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 

兄は私だけしかいないことを確認するように、部屋を見回して見つめてきた。

 

 

 

「………父さんと約束したんだろう?…卒業したら全部話すって」

 

 

「えぇ…それがどうかしたの?」

 

 

 

兄は、左腕を握ってゆっくりと話し出した。

 

 

「…やっぱり、自分から話したくて父さんからは言わないでくれって頼んだんだ。」

 

 

「…うん」

 

 

「……言い訳に聞こえるかもしれないけど、

 

……僕はただ家族を守りたかっただけなんだ。

 

 

……だから、これから話すことを聞いても…嫌いにならないでくれ…」

 

 

不安そうに頼んでくる兄は、力強く左腕を握っていた。

 

 

「………大丈夫よ…ノア………私はどんなことを受け入れるわ。

 

ノアを嫌いになるなんて絶対にないわよ」

 

 

「……ありがとう…」

 

私の言葉を聞いて安心したのだろう。兄は弱々しい笑みを浮かべるとお礼を言ってきた。

 

少し左腕を見た兄が、服の袖を捲り上げると、腕に巻きついている白い包帯が露わになる。

 

 

 

「……死喰い人に襲われて、……怪我をしたというのは嘘なんだ。

 

 

……左腕は怪我をしたわけじゃない。」

 

 

「……じゃあ死喰い人に襲われたというのは…」

 

「襲われたというのは、本当だ。

 

………僕の不注意でドラゴンの鉤爪に当たってしまったという時があったのは覚えているかい?ほら、レイラが2年生ぐらいの時」

 

 

「うん」

 

 

私が頷きながら、答えると兄は後を続ける。

 

 

 

「……本当はその時に、襲われて…怪我をしたんだ」

 

 

「……でも、どうして左腕は怪我もしていないのに包帯なんか巻きつけていたの…」

 

 

自分が思ったことが、自然と口から出ると兄は核心を聞かれたように、少し表情が暗くなった。

 

 

「……それは…見たほうが…分かるよ」

 

 

そう言った兄が、腕に巻きついている包帯を取っていく姿を見ていると自分が緊張していることがわかった。

 

……死喰い人に襲われて怪我をしたんじゃないというのは、大体予想はついていた。

 

 

……でも、怪我自体をしていないとは思っていなかったし、考えてもいなかった。

 

 

だって…前に兄が左腕を痛がっている姿も見たじゃないか。

 

 

 

 

腕からするりと包帯の最後が、取れると左腕だけ不健康そうに白い肌が目に入る。

 

 

 

肌白く、少し赤くなっている兄の左腕には、黒くはっきりと印がついていた。

 

…骸骨に………蛇の形をしたそれは、どこからどう見ても死喰い人がつけているあの印がはっきりとついている。

 

 

 

……どういうこと…

 

 

どうして兄の腕にそんなものがついているのかが考えられなくなり、頭が真っ白になる。

 

 

何で…ノアの腕にこんなものがついてるのよ

 

 

兄の目を見つめながら言った私の声は、少し混乱しているからなのか震えていた。

 

 

「……………どういうことなの…ノア…」

 

 

私の声を聞いた兄は、今にも泣きそうな表情を浮かべながらもしっかりとした声で話し出した。

 

 

「……どんなに人数が少なかったとはいえ、1人で死喰い人の攻撃を全て防げるわけがない。

 

…本気で殺しにかかってくる相手に、僕が怪我だけで済んだのは、

 

……例のあの人が急に僕を見て攻撃を止めるよう死喰い人達に言ったからだ。」

 

 

 

思い出すように話し出す兄は、左腕を後がつくんじゃないかと思うぐらいに握っている。

 

 

 

「……何故、僕を殺さなかったのかも分からない。…ただ、杖を振って必死に防いでいたら、急に相手が攻撃をやめたんだ。それで……例のあの人に言われたんだ」

 

 

 

そう言って言葉が詰まる兄の姿を見て、大体予想がつく。

 

 

「………自分に忠誠を誓い、僕になれば家族に危害を加えないと、次会う時までに決めとくようにと言われた……次会うかどうかなんて分からないのに、あの人は断言していて怖かったんだ。

 

もし次会った時に断ったら?

 

反発したら僕はそこで確実に殺される。でも…自分が死ぬことよりも…

 

 

 

母さんも父さんも……レイラも僕のせいで殺されてしまうかも知れないというのが…何より1番怖かった。」

 

 

 

………だから…兄は…死喰い人になった…

 

 

 

家族のために…自分を犠牲にして、

 

 

………私に心配をかけないために、嘘をつき続けていた。

 

 

 

 

「…本当は…父さんにも話さずに1人でやり遂げるつもりだった。だけど、僕が怪我をしたと聞いてすぐに駆けつけた時にすぐに何かあったと勘付かれて話すしかなかったよ。

 

父さんも母さんも、僕が死喰い人に入ることは反対してきた。その時に、僕は父さんがあの人の友人だったということを聞いたんだ。

 

 

だけど…それしかこの状況を良くする方法はないと思ったし………逆にこれを利用しようかと考えた。死喰い人になれば色々と情報も耳にすると思って、………僕はあの日自分から会いに行ったんだよ。」

 

 

 

「……叔父さんと…叔母さんが、来た…日?」

 

 

「……いや…それよりも…もっと前」

 

 

思い当たる日があった私は問いかけると、兄は否定をしてくる。

 

 

「……確か…レイラが学校へ行っている最中ぐらいだったか……

 

僕は、仲間になるつもりで行ったんだけど、……その時は印をつけられることはなかったんだ。…きっと信頼をしていなかったんだろうね」

 

 

兄は、すっかりぬるくなった紅茶が入ったティーカップを傾けながら混ぜるように回しだす。

 

 

「………だから……僕は…あの人の…信頼を得るために……………

 

 

 

 

 

………人を殺した。」

 

 

そう言う兄の目には光が差し込んでなくて、表情を変えない姿が逆に恐ろしく感じた。

 

 

 

「……………何人もの人を…僕は………自分の為に…殺したんだよ。………」

 

 

 

今にも壊れてしまいそうな笑みを浮かべる兄は、自分の手を見つめてぼそりと呟く。

 

 

「……僕は…もう………汚れてる…」

 

 

兄の言葉を聞いた瞬間、私は勢いよく立ち上がって、兄の手を両手で包み込むように握った。

 

 

「ノアは、汚れてなんかないわ。」

 

 

驚いた様子で、見つめてくる兄は黙ったままだった。

 

 

……汚れているわけがない。

 

 

私は、自分の気持ちを言葉にして吐き出していく。

 

 

「…私に嘘をつき続けてくれたことも、死喰い人に入ったことだって、全部家族を守りたい一心でやったことなのよ。」

 

 

私は兄の左腕を力強く握って、言葉を続けた。

 

 

「人を殺そうが、死喰い人になろうが、貴方はノア・ヘルキャットで、私のたった1人の大切で、大好きな兄なことに変わりない。」

 

 

整理してもいないのに、話したから兄に伝わったかは分からないが、それでも今はとにかく伝えたい一心で必死に言葉を並べた。

 

 

「………僕を……許してくれる…のか…?」

 

 

兄の口からは、弱々しい声が出てきたと思うと次々に言葉が声が聞こえてくる。

 

 

「……死喰い人になった僕を……

 

 

…人を殺した…僕は…

 

 

 

…レイラの…兄でいていいのか…?」

 

 

「勿論よ。……ノアは、たった1人の大切な兄弟よ」

 

 

「………僕を………嫌いにならないでくれるのか?」

 

 

一呼吸置いて、兄に向かって宣言する私の声は泣きそうな震えた声だった。

 

 

「嫌いになるわけがないじゃない」

 

 

私の言葉を聞いた瞬間、兄の目から涙が溢れ落ちると、瞳に光が差し込み、思いっきり私に抱きついてきて耳元で独り言のように呟いた。

 

 

「………ありがとう…レイラ…」

 

 

私は、いつも兄がやってくれるように頭を撫でながらちくりと痛む胸の違和感をごまかす。

 

 

あの時…ルシウスが君達と言ったのは、兄も入っていたから…か…。

 

 

あの時の違和感の正体もわかって、私は兄の体温を感じながら、必死に泣かないように唇を噛み締めた。

 

 

………ごめんね。ノア………

 

 

 

 

 

……………私は、もう兄が思っているほど…綺麗じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

父はちゃんと約束通り帰ってきて怪我も何もない様子だった。

 

「ひさびさだったからね。少し話が弾んでしまったよ」

 

そう言う父が持っている鳥かごには、アテールの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

家族揃って、夕食を食べながら兄を見ると、まだ目元は少し赤かったが、私と目があった時にいつも通り微笑んできたから、ほっとした。

 

私が手元の料理を一口大に切り分けて、口に運ぼうとすると父が思い出したように話しかけてきた。

 

 

「…レイラ、ノアから話は聞いたかい?」

 

 

「…えぇ…さっき聞いたわよ」

 

 

「…そうか、良かった。」

 

 

そう言いながら、ナイフとフォークを置いた父は、ゆっくりと私を見てくる。

 

 

「じゃあ……約束通り…エドのことも…話しておくよ」

 

 

笑いながら話す父を見て、私はナイフとフォークを置くと、思い出したように兄が父に話しかける。

 

 

「父さん、実は…レイラに全部話し終わってないんだ。…途中で止まってしまって」

 

 

「どこまで話したんだ?」

 

 

「……僕が…人を殺した……ところまでだよ」

 

 

「…あぁ…大丈夫だよ。……そこまでだったら、レイラも逆に混乱しないだろうしね」

 

 

そう言いながら、兄に笑いかける父はゆっくりと私の方を見つめてくる。

 

 

 

「……レイラは、エドやセリーヌが家に泊まった日のことを覚えているかい?」

 

 

 

何も答えずに、頷く私を見て、父はまた話し出す。

 

 

「…あの時、ノアはドラゴンの研究に行っていたわけではなくて、

 

…彼らの所に行っていたんだ。その時に、…左腕に印ができた。」

 

 

兄が机の下で左腕を握りしめたのが、仕草で分かり、私は目をそらした。

 

 

「……ノアが、死喰い人に入ったというのは、私とアメリア、それからセリーヌも知っている。

 

協力者は、ある程度いた方がいいと思ってね。

 

 

 

……セリーヌには、全てを話した」

 

 

……セリーヌにはって……叔父さんは?

 

 

私は父の話の中に、叔父の名前が入っていないことが引っかかって、口を挟まずにはいられなかった。

 

 

「…エド叔父さんは?……

 

 

どうして、叔父さんは知らないの?」

 

 

私の口から叔父の名前が出ると、父は何か言いたくなさそうに口を閉じる。

 

 

「…セリーヌ叔母さんに話すのなら、エド叔父さんにも話して協力してもらった方がいいじゃない。」

 

 

 

「……レイラ、…エドに言いたくても…言えなかった状況だったの」

 

 

黙る父の代わりに答える母の声は、とても落ち着いていて体に染み渡ってくる。

 

 

「…僕が…まだ死喰い人に入ったばかりで左腕にも印がない時に…………

 

 

何人かの親戚の名前と、その人達が隠れている隠れ家の場所…を話しているのを耳にしたんだ。」

 

 

真剣な表情で話す兄の声を聞いて、私の頭は考えるために、脳を回転させるが答えなんて出てくるはずがなかった。

 

 

「…隠れ家の場所は、全員が知っているわけではないの。万が一に備えて、それぞれ知っている隠れ家の場所は違うの。

 

 

…ノアが聞いた、隠れ家の場所は……………

 

 

 

……エドが知っているところだけだったのよ。」

 

 

母の言葉を聞いた瞬間嫌な考えが脳裏に浮かんだ。

 

 

「………その後……そのことを聞いて、別の所へ逃げて誰もいなくなった隠れ家は…様子を見に行ってくれたセリーヌが、無惨な姿になっているのを確認した。」

 

 

私の心臓は緊張しているように、鼓動を速くしていく。

 

 

「………誰も…信じたくなかったのよ。

 

……こんなに身近な人が、…エドが………彼らの仲間で、情報を教えているなんて…

 

…でも、その可能性がある以上………嘘をつくしかなかった」

 

 

 

耳に母の言葉が入ってくると、叔父が泊まったあの夜の日のことを自然と思い出した。

 

 

………あの時……叔父さんは私に……

 

 

 

ペンダントを持っているか……聞いてきた。

 

 

 

叔父さんが本当に、あの人の僕だとしたら、私を殺そうともペンダントを奪い取ってくるはずだ…。

 

本当に、死喰い人なら、あの人がペンダントを欲しがっているのを知っているはず。

 

 

………違う……

 

 

……エド叔父さんは…死喰い人じゃない

 

 

私は服の上からペンダントを握って、考え込んでいると、今まで黙っていた父の声が聞こえてきた。

 

 

「………私に……あの時、エドが騙してきたと言ったのは、……彼には、ノアが何のために死喰い人に入ったのかは話さずに………ノアが死喰い人に怪我されたことをレイラに気付かれないように協力してくれと……嘘をついたからだ。

 

 

……私の言葉は…昔から信じてくれないからね。……その嘘は、セリーヌも協力してくれたんだよ。みんなで口裏を合わせて、エドを騙したんだ。」

 

 

だから、あんな裏切られたような表情を浮かべていたんだ…

 

 

あの時の叔父の表情を思い出して、私は少し胸が苦しくなった。

 

 

「……もし、私達の勘違いで、疑いが晴れたらすぐに本当のことを説明して、嘘をついていたことを謝るつもりだった。

 

………でも、あれが嘘だったということを…話す前に既に知っているということは…もう………彼らとは…無関係ではないということになる。」

 

 

辛そうに、額に手を当て話す父の表情は、手の陰で見えなかった。

 

 

「……エドの側に出来るだけいてほしいと、セリーヌに頼んでいたんだ。だから………油断をしていた。そんなわけないと思い込んでいた。

 

 

 

 

……信じたくなかったんだよ………。

 

 

あんなに、優しい子が……エドが、彼らの仲間になっていて、情報を流しているなんて考えたくもなかった。

 

魔法省に伝えたら、エドはきっとアズカバンに送られる。

 

…そう考えると……できなかった。」

 

 

 

「でも、今私達は襲われてないじゃない」

 

 

 

「……叔父さんは、この場所は知らないんだ」

 

 

私が反論すると、横から兄の悲しそうな声が聞こえてきた。

 

 

 

「……………………結局………何もかもが…悪い方向に進んでしまった…。」

 

 

 

 

 

父の言葉で静まり返った部屋は、重たい空気が流れ、体が潰されると感じるほど圧がかかっているような感覚に襲われる。

 

 

………この様子だと…父も、母も、兄も

 

 

あの人がペンダントを狙っていることは、きっと知らない。

 

 

 

そう思うと、必死な様子で腕を掴んできた叔父の顔が浮かんだ。

 

 

…………もし、あの時の叔父は、父に騙されていたこと以外にも、

 

……あの人がペンダントを狙っていると知っていたとしたら?

 

 

……だから…ペンダントを使える私を必死に隠そうとしていたと考えたら…あの時の、叔父らしくない行動にも納得できる。

 

 

 

 

 

「……今、叔父さんは……どうしているの?」

 

 

 

「…セリーヌが、側に居てくれている筈だ」

 

 

 

 

 

 

「……でも…本当に、エド叔父さんが…死喰い人だったとして…その後はどうするの?」

 

 

 

誰も話そうとしない部屋に私の声が響くと、父は考え込むように目を閉じ、口を開こうとしない。

 

 

「………私は…エド叔父さんが…死喰い人だとは思えない。」

 

 

 

私の言葉に、母も兄も少し下を俯くだけで何も言ってくれなかった。

 

 

「…だって……それだけで決めつけるのは…あまりにおかしいじゃない。……他の誰かが、流した可能性だって十分に考えられる」

 

 

「…レイラ…。」

 

 

「よく考えてみてよ。……あの叔父さんが、私達を裏切るようなするわけないわ。だって、あんなにも私達のことを第一に考えてくれていたじゃない」

 

 

途中で、話す私を止めようと名前を呼ぶ父の声が聞こえてきたが今はそんなこと信じたくない一心で話し続けた。

 

 

「何で…お父さんはそんな簡単に……実の弟を疑えるの。私は…「レイラ、話を聞いて」

 

 

私の話を遮るように聞こえてきた母の声を聞いて私は自然と口を閉じた。

 

 

「……信じたくないのは…分かるわ。……

 

でも、私達が嘘をついていたということをエドが知っている時点で…もう……少なくとも…何かしら彼らと関わっているということになるの…」

 

 

母が言っていることは、理解できる。

 

でもどうしても、叔父が死喰い人だとは思えない。

 

 

だって…こうして……今ここにペンダントがあるのだから。

 

 

 

 

……あの人がペンダントを狙っていることを…言ったら、叔父の疑いも晴れるのだろうか。

 

 

一度…あの人に会ったことを……話した方がいいのだろうか。

 

 

「…レイラは…私達に何か…話すことはないか?」

 

 

まるで私が考えていることを分かっているように、話しかけてきた父の声を聞いて私の心臓は飛び上がった。

 

鼓動を速くして、私は平然を装いながら3人の顔を見る。

 

 

………話したら…、楽になるのかな…

 

 

…話して…父や母、兄に協力してもらったら…誰も死なずに済むのかな…

 

 

「……レイラ…?」

 

 

兄の名前を呼ぶ声が聞こえてきて、私は恐る恐る口を開き、声を出そうとすると突然冷たい声が聞こえてきた。

 

 

『大切な者の苦しむ叫び声を聞きたくはないだろ?』

 

 

あの時聞いた言葉が、耳元で聞こえたような気がして、外に出そうとしていた声を呑み込み、口を閉じる。

 

 

………言えない……

 

 

 

「レイラ、どうしたんだ?」

 

 

優しい兄の声を聞いて、私は口を開く。

 

 

「話すことなんて何もないわよ。」

 

 

私は平然と嘘をつき、父を見つめた。

 

 

 

 

 

………死んでほしくないの…

 

 

 

父も…母も…兄も…

 

 

セブルスも……

 

 

 

 

 

…いなくなってほしくない。

 

 

 

 

 

そう思ってつく嘘でも…やっぱり、嘘をつくのは胸が痛む。

 

 

 

 



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24 水に溶けようとするあの子

 

 

全てを知った私は、それから外に出ることは勿論なく家の中で息を潜めるように生活した。子供の頃に戻ったように兄とゲームをしたり、お茶をしたりとそれなりに不自由はなく過ごせていた。

 

 

 

「……ねぇノア、今度ドラゴン見せてよ」

 

 

私が紅茶を飲みながら言うと、兄が嬉しそうに目を輝かせて乗り出してくる。

 

 

「遂にドラゴンに興味を持ったのか⁈」

 

軽はずみに言ったことを後悔しながら、私は嬉しそうな兄の顔を見ながら答える。

 

 

「……ちょっとね、実物を見て見たくなったの」

 

兄はそうかそうかと呟きながら、頰をゆるっぱなしにして紅茶を飲む。

 

 

「じゃあ、ここを出られるようになったら、一緒に見に行こう」

 

 

「落ち着いて、紅茶が溢れる」

 

 

張り切り過ぎている兄の姿を見てついつい笑いが溢れた私も頰がゆるっぱなしだった。

 

 

私に得意げに、ドラゴンのことを話し出す兄の声を聞きながら、紅茶を飲む。

 

 

………こんな口だけの約束でも、真っ暗なこの先のことを考えると暗くなるこの気持ちも、軽くなる気がした。

 

 

 

……私だって…希望ぐらい抱いてもいいだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

兄とのお茶会もお開きにして、家族揃って夕食を食べ終わった時だった。

 

部屋でゆっくりとして、あまりに暇で何となく部屋を出た時に、父が誰かを迎え入れていた。

 

少し汚れた様子のその女の人が私の姿を見て、小さく呟く声が聞こえてきた。

 

 

「…レイラ?」

 

 

「…セリーヌ叔母さん?」

 

こんな時だからこそ、叔母の顔が見れたことが嬉しくて、思いっきり抱きついた。

 

 

「レイラ、汚れるよ」

 

 

少し照れくさそうに言う叔母の言葉を無視して強く抱きしめた。

 

 

「セリーヌ、これを」

 

 

「ありがとう、アメリア」

 

 

「レイラ、少し離れてあげなさい。体が拭けないだろう」

 

 

少し笑いながら言う父の声を聞いて、渋々叔母から離れた。

 

 

 

「叔母さん!」

 

 

どうやら、兄も騒ぎを聞きつけて部屋から出てきたらしく後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。

 

 

「おぉ〜ノア。久しぶりだね」

 

 

兄は嬉しそうに、叔母と話を続けていると父が会話を中断させた。

 

 

「……セリーヌ、何があったんだ。」

 

 

父の低い声にその場は静まり返った。叔母は私と兄の方をチラチラと見て、この2人で言っていいものかと気にしている様子だった。

 

「…セリーヌ、この子達は大丈夫よ」

 

母が隣から助け舟を出すと、叔母は少し真剣な眼差しになって話し出した。

 

 

「………私のところにアレック叔父さんが突然来てね…」

 

 

叔母が言うアレック叔父さんというのは、私にとってお爺ちゃんの兄にあたる人だ。何回かしか会ったことがないから、顔もあまり覚えていない。

 

 

「………叔父さんが言うには………死喰い人が…勢いを増しているって。思い当たる隠れ家に行ったらしいんだけど…ほとんどいなかったらしいの」

 

 

叔母の言葉が耳に入ると、あの人が浮かび、冷たい声が空耳として聞こえてくる。

 

 

『…大切な者の苦しむ叫び声を聞きたくはないだろう?』

 

 

私は無意識のうちに首からかけていたペンダントを服の上から握りしめて、呼吸を整えた。

 

 

 

……大丈夫…大丈夫…

 

 

 

体の震えを止まらせるために何度も繰り返し、震えが止まった時には何やら話が進んだようで、父が叔母に話しかけていた。

 

 

 

「…エドは……どんな感じだい?」

 

 

 

「…大丈夫よ。あれから、外に出ていないし、今頃ぐっすりと眠っている筈だから。

 

じゃあそろそろ戻るわね。みんなの顔を見れて良かったわ。」

 

 

 

本当は行って欲しくなかったが、叔父を1人にしているというのならしょうがない。

 

 

 

「じゃあ、また近いうちに顔を出すよ。」

 

 

叔母は、アウラにタオルを渡して私たちの顔を見ながら話す。

 

 

「……気をつけてね。」

 

心配そうな母の声を聞いた叔母がしっかりと頷いて扉に手をかけようとすると、父が少し声を大きくして呼び止めた。

 

 

「…セリーヌ、………もしもの時は頼む」

 

 

父は、叔母の瞳を見つめて続けながらしっかりと口にした。

 

 

もしもの時とは…どういった時なの?

 

 

 

「……分かってる…」

 

 

 

父を安心させるように、力強く言った叔母の声が聞こえた時にはもう、扉の向こうに行っていた。

 

 

 

ねぇ…もしもの時ってなんなの…

 

 

 

私は、父を見つめながら心の中で問いかけてみたが口から出ることはなかった。

 

…私に聞ける勇気なんてある訳がない。

 

 

 

近くにいるのが当たり前になっていた家族を失うと考えただけで、恐ろしくて怖い。人間というものはそういうものだろう?

 

 

 

 

 

 

 

 

叔母が顔を出してもう随分と日にちが過ぎて、もう9月を迎えていた。気づけばこの隠れたような生活も1年ぐらい続いている。

 

 

窓に打ち付ける雨音を聞きながら私は少しウトウトしながら、外を眺める。こんな大雨は本当に久しぶりだ。

 

…雨の日は、不思議と眠気が襲ってくる。

 

頬杖をついて、これからどうすればいいのかと、ひとりぼんやりと考えていると突然慌てたようなノックが聞こえきた。

私の返事も聞かずに開いた扉の奥にはアウラがいて、何やら焦っているかのように駆け寄ってくる。いつもの彼らしくない姿に少し戸惑いながらも、冷静を保って話しかける。

 

「アウラ、どうしたの?」

 

「お嬢様!!!コインが熱く感じて、早くお知らせしないとと思い」

 

アウラの言葉を聞いた瞬間に眠気なんてものは吹っ飛んで、私は側にあった黒のローブと杖を手に持ち、彼に手を伸ばす。

 

「アウラ、私を外に連れ出して」

 

……コインが熱くなったということは……

 

 

…レギュラスが…死ぬ可能性が…高いということだ。

 

アウラは、私の言葉にオロオロと戸惑いだして、言葉を並べる。

 

「それはなりません。私はご主人様から貴女を外に出さないようにと言われております」

 

 

「アウラ、貴方も一緒にきて守ってくれればそれでいいじゃない。

 

……必ず夕食までには戻ると約束するわ」

 

私の言葉に、負けたように項垂れるとアウラは手を私に差し出してきた。

 

 

「……お嬢様…約束ですよ?」

 

 

「…分かってるわ」

 

 

彼の小さな手を握ると視界が歪んで、気づけば路地裏に立っていて、降り続いている雨で体が冷えていく。一応フードを深くかぶって私はアウラに手を伸ばした。

 

………記憶に頼るしかない…

 

「アウラ、私の手を握って」

 

大人しく握ってくるアウラを見て私は、記憶の中で見たあの景色を思い浮かべながら試験以来の姿くらましをした。

 

ばちんという音が聞こえて、ごつごつとした歩きにくい岩の上に着地をしてゆっくり辺りを見回す。荒れている波の音が聞こえてきて、横を見るとどうやら姿くらましは成功したらしく、大荒れの海が目に入った。

 

「お嬢様、ここはどこなんですか?」

 

アウラの問いかけに答える余裕がない私は、記憶を頼りに歩いて大きな洞窟に入る。

 

杖先を光らせながら先を進むと、記憶で見た通りだった。私は、尖った石を選んで手のひらを切り裂く。

 

 

「お嬢様!!!何をやっているのです⁈」

 

 

「大丈夫よ、アウラ」

 

血が流れ続ける手のひらを石の壁に擦り付けると音を立てて崩れ落ち、道ができる。

 

血が流れる左手の痛みに耐えながら歩くとぽちゃんという水の中に小石が落ちる音が聞こえて、足を止めると、怒鳴り声が響いて耳にはっきりと聞こえてきた。

 

 

「クリーチャー!!!行け!!!」

 

 

怒鳴り声が聞こえたと思うと、人が湖に落ちるような重たい音が洞窟を響いた。私は光を飛ばして、アウラに呼びかける。

 

 

「アウラ、あそこまで姿くらましをお願い」

 

 

私の焦っている声を聞いた彼は、じっと見つめて頷くと私の手を握る。視界が歪み、ばちんという音が聞こえると、小さな島のような岩が重なっているだけのところに無事着地できた。

 

 

「坊ちゃんを…どうか、坊ちゃんを」

 

 

声をする方を見ると、ロケットを握っているクリーチャーが佇んでいる。

 

「クリーチャー、貴方は貴方のやるべきことをしなさい。

 

 

……できるでしょ?」

 

 

中々姿くらましをしようとしないクリーチャーに話しかける。

 

 

「一度私を信じてくれたんでしょ?

 

 

…もう一度だけ、私を信じて?お願い」

 

 

私の言葉を聞いたクリーチャーは、覚悟を決めたような表情を浮かべて音を立てて消えた。

 

 

「アウラ、もし約束を守れなかったらごめんね」

 

 

暗く、先が見えない湖を見つめながら言うと、アウラが何か言おうとして息を吸った音が聞こえてきたが、気にすることなく湖に飛び込んだ。

 

 

 

水に濡れたローブは一気に重みを増して、目が痛みだすが、私は先が光っている杖の明かりだけを頼りに、深く深く潜っていく。あまり冷たく、体が冷えていった。

 

……こんな暗くて…寒いところでひとり…で死ぬなんて…

 

 

私は杖を握りしめる力を強めて、勘だけをを頼りに泳いでいく。

 

 

 

……それにしても…どうして、あの亡霊が襲ってこないんだろう。

 

どんなに潜っても亡霊の姿はまだ1人も見ていない。

 

でも今はそんなことを気にしている余裕はなく、レギュラスの姿を探していると小さな空気の泡が浮いてきた。細かい泡が、彼の居場所を示しているかのように次々に浮いてくる。

 

 

………大丈夫……まだ間に合う

 

 

レギュラスが水に沈んで何分経っているかは分からないが、私の今の感覚ではもう5分ぐらい経っているような気がして不安が一気に襲ってくる。

 

泡が浮いてくる方に杖を向けると、何人もの人影がぼんやりと目に入ってきた。

 

 

…見つけた

 

 

私は目を凝らして、何百人という亡霊達がレギュラスを底へ底へと沈めようと体を引っ張っているのを確認する。

 

杖を向けて魔法を唱えると、杖先から炎が渦を巻くように亡霊達に襲いかかる。怯んだ亡霊達は簡単にレギュラスの体を離す。

 

私は力の入っていない手首をしっかりと握って、彼の体を抱き寄せて、急いで空気を吸うために上へに向かい湖から顔を出した。

 

彼の体の体重が全身にかかってきて、結構な重さに驚きながらも何とか支える。

 

 

……これが人ひとりの命の重さなんだ

 

 

私は体に空気を取り込むように、吸ったり吐いたりと荒い呼吸を繰り返しながら、ぐったりとしているレギュラスの頭を支える。口元と鼻元に手をかざしてみたが、全く息をしていなくて、顔色も青白く瞼も閉じたままだ。

 

 

「お嬢様!!!大丈夫ですか⁈」

 

 

私は急いでアウラがいるところまで泳いで、レギュラスの体を支えながら岩の上に足を踏み出す。

 

 

「彼を…彼をお願い……」

 

 

早く助けないと…間に合わなくなる。

 

すぐに水に入れたままのもう片方の足も上がろせようとするが突然足首を掴まれて、力が入らない私は、膝が地面についた。

 

抵抗をしようとするが何人もの力には勝てるわけもなく、引きずりこまれられ、簡単にまた湖の中に頭が入った。

 

 

「お嬢様⁈」

 

 

遠くでアウラの声が聞こえたが、私は返事もできずに、水の中で亡霊達に向き合うと、一気に私を沈めようと襲いかかってくる。

 

息も体力的にも限界で、体にまとわりついてくる亡霊達に抵抗することができず、少しずつ下に沈んでいるのが分かった。

 

自分の体についている細かい泡が私とは、反対に上へ上へと上っていくのをただただ眺めるしかなかった。空気を求めているかのように口から空気が溢れ落ちるとそれは大きな泡となって、私を置いて上へと上っていく。

 

 

 

…………苦しい…

 

 

 

そう思って必死に空気を取り込みたい体は無意識に上に手を伸ばしていた。だんだん視界がぼやけると、それに比例するかのように体の力も入らなくなる。

 

 

 

………あぁ……もう…いいかな……

 

 

 

 

体に力が入らなくなり、私はそんなことを思いながら瞼を閉じる。

 

 

 

 

 

……ここで死ねば…セブルスが苦しむのも見なくて…済む…

 

 

 

セブルスが………死ぬのも見なくて…済む……

 

 

 

 

 

これ以上………悩まないで、苦しまないで……済む…

 

 

 

そう考えると……死ぬのもそう悪くない…

 

 

脳裏には走馬灯のようなものが駆け巡り、今まで会ったことのある人達の顔がふわりと浮かんでは消えていく。

 

黒髪を靡かせながら、振り返るセブルスは優しく微笑んでくれて、私は手を伸ばした。

 

 

………セブ…ルス…

 

 

苦しいはずなのに、何故か普通に息ができているような感覚に襲われて、目の前の視界が真っ暗になりそうになると上から誰かが水の中に飛び込んでくる音が微かに聞こえてきた。

 

あんなに冷たかったのに、誰かがまるで私を優しく抱きしめてくれて、温かく感じる。

 

ゆっくりと瞼を開けると、誰かが私の体をしっかりと抱き寄せて頭を支えてくれていた。

 

こんなに暗い湖の中がいきなり真っ赤な影に包まれると、私の体は上と上がっていき、湖から顔を出す。私の体は空気を求めるあまりに水も一緒に飲み込んで少し咳き込みながらも、空気を吸い込んだ。

 

 

「レイラ!!!大丈夫か⁈」

 

 

私の頰を包み込みながら、私に呼びかける人影がだんだんとはっきりして、顔がはっきりと見えた。

 

 

「……ノア…何で…」

 

 

「もう大丈夫だからな。…早く上がろう」

 

 

兄は私の体を支えながらアウラの元まで泳いで、ゆっくりと上がった。

 

 

「お嬢様!あぁ…良かった。

 

こんなに、冷えて…風邪をひいてしまいます」

 

 

泣きそうになっているアウラが駆け寄ってきて手を握ってくる。兄は素早く杖を振り、私の服を乾かしてくれると、自分の服も乾かしていた。

 

 

「どうして、ノアがここにいるの?」

 

 

私は、目の前に何故兄がいるのかが理解できなくて何とか言葉を繋げながら問いかける。

 

 

「そんなことより、レイラ。この子を助けないと」

 

 

兄は力なく倒れこんでいるレギュラスに近寄り、彼の口に手を当てるとほっとしたような表情を浮かべた。

 

 

「良かった…息はしてるね」

 

兄は、確認するように呟くと杖を一振りして、レギュラスの濡れていた服も乾かした。

 

冷たい体温だからだろうか。兄は、レギュラスを抱きしめて自分の体温で温めようとしている。

 

 

「…聞かないの?何をしていたのか」

 

 

あまりに兄が何も言ってこないものだから、私は我慢できなくなり自分から話しかけた。

 

 

「…聞かないよ。……レイラはただこの子を救おうとしただけだろ?

 

…大丈夫、父さんと母さんにも秘密にしておくから」

 

 

レギュラスをおぶって、ずれ下がる彼を上にあげながら、微笑んでくる兄の顔を見て、私は黙り込む。

 

 

「…私が連れてきたのです。お嬢様」

 

 

静まり返った空気を壊すかのように、アウラが話し出した。

 

 

「…お嬢様が水の中に沈み、勿論助けに行こうかと思いましたが、私が行っても確実に助けられないと思ったのです。

 

……だから、姿くらましでお嬢様の部屋に戻り、丁度その部屋にいた御坊ちゃまをお連れしたのです」

 

 

「いや〜驚いたよ。あまりに暇でね、レイラと遊ぼうかと部屋に行ったら誰もいないし、そしたら突然アウラが姿を現してね。

 

…何が何だが分からない状態で気づいたらここにいたから」

 

笑いながら話す兄は、ゆっくりと私を見ると静かに言った。

 

 

「……良かったよ…間に合って」

 

 

そう言う兄は安堵しているような表情で、一気に罪悪感が襲いかかってくる。

 

 

 

「……ごめん…ノア……迷惑をかけてばかり」

 

 

 

 

 

「何を言っているんだ。迷惑なんかじゃないさ。レイラは人を救おうとしたんだろ?素晴らしいことじゃないか。

 

 

…だからそんな顔をしないでくれ」

 

 

私を励ましてくる兄の言葉は、あまりに優しく、温かすぎた。

 

 

「…ごめんじゃなくて、ありがとうの方が嬉しいかなぁ」

 

 

 

明るく言う兄は私の方をちらりと見て、にこりと笑ってくる。

 

 

 

「…ありがとう、ノア。」

 

 

 

きっと今、笑えている。

 

作り笑顔じゃくて、心から笑えていると思うほど、心が温かくなった。

 

 

 

 

「どういたしまして。…よしじゃあ、帰ろっか」

 

 

 

兄の言葉を聞いて、私はアウラの手を握る。中々アウラの手を握ろうとしない兄を不思議に見ると、何故か兄は私の方を見つめていた。

 

 

「………僕は、レイラがピンチな時はどんな時も必ず助けに行くよ。」

 

 

 

兄は、アウラの手を握る直前私の顔を見て言ってきた言葉が耳に入り、私が言葉を返そうと息を吸い込んだ瞬間、視界が歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を開けると、見覚えのある部屋で一気に疲れが襲いかかってきて座り込む。兄は、おぶっていたレギュラスをゆっくりと下ろしていた。

 

 

兄にあの言葉の意味を聞こうとした瞬間、突然地面が少し揺れたように感じて、体に振動が伝わってきた。今でこんなことはなかったから、何か嫌な予感がして咄嗟に杖を握り、兄を見ると、どうやら私と嫌な予感がしたのか、杖を握り立ち上がっていた。

 

 

「…レイラはアウラと一緒にいて、少し外を見てくるよ」

 

 

そう言って部屋を出ようとする兄に、私は声をかける。

 

 

「ノア、私も行く。」

 

 

迷っている兄の表情を見て、私は言葉を続けた。

 

 

「大丈夫。」

 

 

折れた様子の兄は、もう止めることなんてせずにしょうがなそうに笑ってくる。

 

 

「ほんと……母さんにそっくりだな」

 

 

「そういうノアは、お父さんにそっくりよ」

 

 

笑いながら返して、後ろにいるアウラに声をかけた。

 

 

「アウラは、その子の側にいて」

 

 

頷くアウラを確認して、私は杖を握りしめて兄の後ろを追った。

 

 

ここは、姿くらましが出来ないように魔法をかけていると少し前に父に聞いたからこの場所の入り口は1つしかない。

 

部屋を出ると少しだけ早歩きで歩き、扉の前で身構えている父と母の姿を目にした。

 

 

「2人とも、アウラの元へ行け!!!!!!」

 

 

私達に気づいた父が私に怒鳴るように声を張り上げた瞬間だった。扉が粉々になってその衝撃が私のところまでくると何が起こったのかわからずに目を凝らしてみる。砂埃が起こった先には、全身黒ずくめの集団が確かに中へと入ってきていた。それも数人じゃない。

 

砂埃が収まる前に、眩しい閃光が走り部屋が少しずつ崩れていく。

杖を振りながら、必死に攻撃を防いでいる父と母を見た時には何か目に入って痛かったがもうそれどころではなかった。

 

 

「アメリア!!!子供達を頼む!!!」

 

 

父の大声が私のところまで聞こえてきて、私は加勢するために恐怖で少し震えている手の震えを必死に抑えながら、階段を下りようとすると、後ろから私の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。

 

 

「レイラ!!!!!!」

 

 

兄が私の腕を握って自分の方に抱き寄せると自分を犠牲にするかのように私の頭を胸に抑え込んで一緒にしゃがみこむ。その瞬間に、上ギリギリに赤い閃光が横切った。兄の体越しに見ると、何人も死喰い人が階段を上ってくる姿が見えた。

 

ひとりが、私達に襲いかかるように飛びかかってくるが、慣れたように兄が無言呪文で突き飛ばすと壁が崩れ落ちる。

 

私も何とか防衛呪文を唱えながら、兄に引っ張られながら奥へと走る。あまりに人数が多くて、魔法を防いでいられていること自体が奇跡に近く、もう限界が近づいていた。

 

兄は私の方をちらっと見てきて、何か決心したような表情が目に入ると一気に不安になる。

 

「…ノア?」

 

私の声には何も答えずに、唇を噛み締めて手を離し、私と迫り来る死喰い人の間に立ち塞がる。

 

 

「止まるな!!!レイラ!!!さっきの部屋へ行け!!!!!!」

 

 

聞いたこともない兄の怒鳴り声のような大声を聞いて、私は少し足を竦めながらも泣きそうになるのを堪えて、奥の部屋に向かって走るるしかなかった。

 

地響きがする音が後ろから聞こえ、振り向こうとすると前も見えないような濃い砂煙が襲いかかってきた。髪がパサつたのがわかり顔に砂や小石が当たり咄嗟に目を瞑ると、横から誰かに引っ張られる。砂の匂いがしなくなったと思うと聞き慣れた声が聞こえてきた。

 

 

「お嬢様⁈お怪我は!」

 

 

目を開けると、そこは埃の被った家具が無造作に置かれてある部屋で、バランスを崩し座り込んでいる私の前にはアウラの姿があった。どうやら、私の部屋からこの部屋まで姿くらましをしたのだろう。彼の隣にはちゃんとレギュラスの姿もあった。

 

 

「アウラ、…っあ、早く助けないとノアが」

 

 

私は兄を1人、襲いかかってきていた死喰い人の中に置いてきてしまったことを思い出して、アウラに縋り付くように腕を掴む。

 

「落ち着いてください…お嬢様。……とりあえず、私の手を握ってください。」

 

私は言われた通り、アウラの手を握ろうとしたが、彼がしっかりと倒れこんでいるレギュラスの手も握っていることに気づいてぎりぎりのところで思い留まった。

 

 

…屋敷妖精は、姿くらましができない場所でもできる…

 

 

「…駄目よ。……私だけここから逃げるなんてできな「お嬢様!今はそんなこと言っている場合では」

 

 

私の言葉を遮るように、声を張り上げたアウラは扉の奥から聞こえた足音を聞いた瞬間に黙り込む。

 

その足音は、どこか焦っている様子で耳を済ますと話し声も、聞こえてくる。

 

 

「クソッ、どこに行った!」

 

 

「落ち着け、殺してはいけないことを忘れるなよ」

 

 

「そんなことは分かってる。」

 

 

「お嬢様、早く」

 

 

死喰い人の会話に混じって、アウラが私に呼びかけてくるが、私は彼に手を掴まれないように一定の距離を保つ。

 

 

……待って…約束が違うじゃない…

 

 

 

耳を澄ましていると、1人の足音が近づいてきて扉の近くにいるであろう死喰い人達に話しかける。

 

 

「…見つけたか?」

 

 

少し低い上品な声が聞こえた瞬間に、さっきまで話していた死喰い人達は一気に静かになった。

 

 

「…使えない……もういい、私が娘を探す。

 

お前達は、…ペンダントを探してこい」

 

 

……何で、ペンダントを探しているの?

 

 

……私が届けるまで待っていてくれるんじゃなかったの?

 

 

私は、今自分の首にかけてあるペンダントを服の上から触りながら頭の中で考える。

 

 

死喰い人達が探しているのはこのペンダント。ということは、例のあの人が欲しがっているということになる。

 

 

私が届けるのを…待ちきれなくなって……強硬手段に出たとしたら…

 

 

あんなに何も考えられないほどいっぱいいっぱいだったのが嘘のように、色々な可能性が頭に浮かんでくる。

 

 

…もし、例のあの人にこれが本当に渡ってしまったら

 

 

…もし、使うことができてしまったら

 

 

…ここで見つかったら…

 

 

 

私の頭の中に嫌な考えが浮かび上がるともう、やることは自然と決まった。

 

 

 

 

 

「アウラ、手を出して」

 

 

私がやっと手を握ってくれると思ったのだろう。少しほっとしたような表情を浮かべたが、私が首から下げていたペンダントを外して掌に置くと、複雑そうな表情に変わった。

 

 

 

「これを持って、安全な所へ行って。」

 

 

「お嬢様、おやめください。貴女様をこんなところに置いていくなど「それを誰にも渡さないで。私があなたの元へ取りに行くまで守り続けて欲しい」

 

 

 

私はアウラの言葉を遮り、彼に言い聞かせるようにゆっくりと話す。

 

 

後ろから、扉を壊そうとする音が聞こえてきた。どうやらアウラが簡単に扉を開けられないように魔法をかけていてくれていたらしい。

 

 

「駄目です。お嬢様。」

 

 

嫌だと言うアウラは、泣きそうに頭を横に振りつづける。後ろからガラスにヒビが入るような音が聞こえてきて、心臓の鼓動が早くなっていく。アウラがかけた魔法が崩れていく音がカントダウンのように聞こえきた。

 

 

………もう時間がない…

 

 

「アウラ…約束する。必ず貴方の元に戻ってくる。……だからお願い、それと、彼を守って」

 

 

「お嬢様も一緒に来れば良いではありませんか!」

 

「……家族を置き去りになんてできない…」

 

 

 

 

だんだんと大きくなっていく音を聞こえているはずなのに、アウラはまだ私を説得しようとしてくる。

 

 

「お嬢様、お願いです。どうか私の手を握ってください。握ってくれるだけでいいのですどう「アウラ!!!!!!!!!」

 

後ろから聞こえた大きなヒビが入る音が聞こえて、私がアウラの話を遮るために彼の名前を声を張り上げて怒鳴ると、アウラはびくりと体を震わせた。

 

 

「大丈夫必ず貴方の元に戻るから、だから貴方は、それと、その子を死にものぐるいで守って」

 

 

アウラに言い聞かせるように目を見て言い、私は杖を持ってゆっくりと立ち上がり、扉の前に立つ。

 

 

「お願いね、アウラ。」

 

 

 

振り返り、笑みを浮かべるとアウラは大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた。扉の方から少し砕けるような音が聞こえてきて、私は扉に向かい合った。

 

 

「………お嬢様…」

 

 

「行きなさい!!!!!!!」

 

 

アウラが小さく呟いた声を消し去るように私が声を張り上げると後ろからばちんと弾く音が聞こえてきた。それとほぼ同時にあんなに固く閉じていた扉は、粉々に吹き飛んできて、私は爆風のような風にに耐えながら杖を向ける。

 

砂埃が舞っていようが、関係なしに扉の方から色のついた閃光が私めがけて飛んでくる。なんとか、反応して杖を振り身を守るが、それでも敵うわけがなかった。気づけば何人もの死喰い人に囲まれていて、杖を手から弾き飛ばされたと思ったら縄が体にきつく巻きついてくる。

 

立てなくなった私は、床に頰をつけてゆっくりと近づいてくる靴を見て、見上げると長い金髪を靡かせて、私を見下ろしてくるルシウスが目に入った。

 

 

「……ルシ…ウス…」

 

 

 

殺されるのだろうか。

 

 

……彼に殺されるのかな

 

 

 

ルシウスが手に握っている杖を見て、ふとそんなことを思うと自然と彼の名前が浮かび上がってくる。

 

 

 

……殺されるのなら、

 

 

 

 

セブルスに…殺してほしい…

 

 

 

 

そんなことを思っていると、私は無理矢理立たされていて部屋から出ると、頭から血を流して、すっかり傷だらけの兄は私の姿を見た瞬間に、大きく目を見開いたのが視界に入った。

 

抵抗する気などなかった体は、そんな光景を見てしまうと自然と動くもので、自分の手首を掴んでいた死喰い人の手を無理矢理振り払い、兄に駆け出していた。

 

 

「ノア!!!!!!」

 

 

「スティーピファイ!」

「レイラ!!!!!!!!!」

 

後ろから呪文を唱える声を消し去るような兄の私を呼ぶ声が聞こえると、一気に体の力が抜けて、視界が真っ暗になった。

 

 

 

意識がなくなる直前に頭に浮かんだことは、父のことでも、母のことでも兄のことでもなく、なぜかセブルスの後ろ姿で、それがふわりと浮かび、消えていくと私の意識も同じように薄れていった。

 

 

 



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25 もういない

 

 

突然、誰かが引っ張り上げているような感覚に襲われて、上か下かも分からなくなり、少し頭が痛みだす。今まで何も感じなかったのに、急に体の感覚が蘇り、身体中が怠く感じた。

 

遠くから聞こえてくるような声は、だんだんと大きくなり、はっきりと聞こえてくる。

 

 

 

「レイラに触るな!!!!!!」

 

 

 

……誰…私の名前を呼んでるの…

 

 

ゆっくりと重たい瞼を開けると、まだ慣れないのか目の前が歪んで見えて吐きそうになる。ぼんやりとしていた光景がだんだんとはっきりとしてきて、自分が床に寝っ転がっているのが分かると、縛られている縄で体が痛みだした。

 

 

「………ノ…ア……」

 

 

兄を呼ぶ私の声は掠れていて、自分でも驚くほど弱々しすぎるものだった。

 

 

「レイラ!…大丈夫か⁈」

 

 

確かに、兄の声が近くで聞こえて私はゆっくりと体を起き上がらせるとそこは一度きたことのある部屋だった。

 

……ここって…あの時の…

 

頭に初めてあの人に会った時のことが、色鮮やかな映像として流れ出す。

 

 

できれば…あんな怖い思いは二度としたくない…

 

 

薄暗い、その部屋は前と何も変わっておらずとても広くて目の前には長い机と椅子が並んでいてその椅子に座っている人たちは、じっとこちらを見ている。周りには、大勢の死喰い人達が立っていた。

 

 

「レイラ、こっちを見て」

 

 

声がした方を見ると、少し離れたところに母の姿があった。

 

 

「…お母さん……」

 

 

母は、私を安心させるかのように、優しく微笑んでくる。それでも私は不安が募るばかりで、近づくように1人の男が私の前に立つとドスの効いた声が部屋に響く。

 

 

「子供達に、手を出すな。」

 

 

その声がすぐに父のものだと分かり、まだ誰も死んでいないことに安堵した。

 

 

「…それは、貴様次第だな…」

 

 

低く、冷たい声が聞こえると、体の芯が凍るんじゃないかと思うほどで、自然と心臓の鼓動が激しくなった。

椅子をひく音が聞こえたと思うと、足音が少しずつ私達の方へと近づいてくるのが分かり、体が震えだした。

 

 

 

 

……怖い…

 

 

 

 

死んでいるのか生きているのか分からないほど青白く、もう人間なのかどうかもわからないその姿はどこからどう見ても今恐れられている人だった。

 

 

……できれば、もう二度と会いたくないと思っていた人…

 

 

 

「ふと、俺様の所にあることが耳に入った。

 

 

……なんとも、不思議なペンダントを持っているようだな」

 

 

あの人は、ゆっくりと父の前にしゃがむと気持ちの悪い笑みを浮かべた。

 

 

「残念ながら、そんなものは聞いたことも見たこともない。」

 

 

父は、真っ赤な瞳から視線をそらすことも、怖気づくこともなく淡々と答える。

 

 

「……そうか…残念だ…」

 

 

低い声が聞こえると、扉の奥から女の人の叫び声のようなものが聞こえてきて、体が強張った。その声は、よく聞いたことのあるものだった。

 

扉が開くと、声と一緒に、痛々しい姿の叔母が目に入る。

 

 

「離せ!!!!私は何も知らない!!!」

 

 

「……セリーヌ…」

 

 

父の声を聞いた叔母は、私達がいることに気づいて目を見開くと、突然泣き出した。

 

 

 

…待って……何をする気なの…

 

 

 

無理矢理座らせられる叔母を見て、私は何も言えず、ただ満足そうなあの人の表情が目に入るともう何も考えられなかった。兄が叫ぶ声も、母や父が何か言っている声も、何もかも雑音にしか聞こえない。

 

 

「…ごめん……」

 

 

あの人が叔母にゆっくりと杖を向けて、口角を上げるのを見た瞬間、何をしようとしているのかすぐに分かった。

 

 

「…ごめん……エドを守れなかった「アバダケダブラ」

 

 

最期の声を消し去るように緑の閃光が叔母に当たると、目を開けたままゆっくりと体を傾けて床に力なく横たわった。

 

 

「叔母さん!!!!!!!!!」

 

 

兄の叫び声が耳に入ると、涙を堪えることはできずに、頰に涙が流れ落ちる。

 

目の前に横たわっている叔母は、ピクリとも動かない。

 

あんなにも簡単に、目の前で身近な人が死ぬのを見ると、怖くて、怖くてどうしようもなく、私は無意識に彼の姿を探していた。こんな状況だからこそ、顔を見て、安心したかった。

 

 

……セブルス

 

 

彼の姿を見つけた瞬間に自然と涙が止まり、表情ひとつ変えることなく、こちらを見ているセブルスを見つめる。椅子の近くに立っているセブルスは、相変わらず不健康そうに青白くて、真っ黒な瞳も変わっていなかった。

 

私が自分を見つめていることに気づいたセブルスは、少しだけ口元を固く結び、少しも動こうとしない。

 

 

…………………セブルス……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

助けて………

 

 

私は無意識の内に心の中で彼に何度も助けを求めていた。

 

 

 

何が助けてよ………

 

 

私は自分の思ってしまったことを消し去るために少し俯いて瞼を閉じる。

 

 

彼を助けなかったくせに……本当に私は都合が良すぎる。

 

 

 

 

…駄目…口にだしてはいけない。……

 

 

 

そんなことしたら、セブルスが苦しくなるだけだ。

 

自分に言い聞かせて、助けを求める声を出そうとする口を閉じるように噛み締めた。

 

 

下を俯いて、必死に恐怖心に勝とうと目を閉じていると、いきなり髪を握られて嫌でも真っ赤な瞳と目があった。

 

 

「レイラに触るなと言っているだろ!!!」

 

 

隣にいた兄の声が聞こえてきたが、私はもう恐怖心に勝てるはずもなく、せっかく止まったばかりの涙が溢れ出てきた。

 

 

「…………っあ……」

 

 

「……可哀想に、こんなに震えて」

 

そう言ったあの人は私の耳元でまで近寄ってきて、私は周りに聞こえないように小さく呟いた。

 

 

「…約束が違うではありませんか…」

 

 

少し間があくと、冷たい声が耳元ではっきりと聞こえてくる。

 

 

「……中々見つけられないようだからな…俺様が手伝ってやる」

 

 

背筋が凍りつくような笑みを浮かべたあの人は私を見て、ゆっくりと胸に杖を押し当ててくる。

 

 

 

…………私を痛みつけて…父から聞き出すつもりなのか…

 

 

 

最初から…こうするつもりだったのか……

 

 

 

あまりに残酷な言葉の意味に私は頭が真っ白になる。

 

 

 

 

「やめろ!!!!!!トム!!!!!!子供達は何も知らない!!!」

 

父の怒鳴り声が部屋に響いた瞬間、あの人の表情が一変した。

 

 

「その名で呼ぶな!!!!!!!!!」

 

 

あの人の怒鳴り声が耳に入ってきた瞬間に、突然右からふわりと暖かい温もりを感じて、その瞬間真っ白だった頭に色がついていく。寄り添ってきた母は、縛られている手で震えている私を少しでも安心させるかのように、手を握ってきた。

私とあの人の間に割り込むように前のめりになって、恐れることなく話しかける。

 

 

「…どうか、お願いです。………子供達だけは助けてください……

 

それが無理だというのなら…

 

 

 

 

 

 

最後ぐらい母親らしく子供達を守らせて」

 

 

力強い母の言葉を聞いて、私はずっと閉じていた口が自然と開いた。

 

 

……お願い…やめて…

 

 

「……お母さん…やめてよ…」

 

 

……馬鹿なこと言わないで

 

 

 

「…大丈夫よ……レイラ…」

 

 

 

そう言って微笑んできた母は、肩で私を兄のいる方に押し倒す。あの人は私の顔を見て面白そうに、そして意図も簡単に呪文を唱えた。

 

「アバダケダブラ」

 

 

 

 

人を殺すことを躊躇なくしてしまうあの人への恐怖心よりも、母がいなくなる恐怖の方が波のように襲いかかってきた瞬間、目の前が緑の光に包まれた。緑の閃光の影と重なった母の顔を目に入り、瞬きをして次、目を開けた時にはもう、母は力なく床に横たわっていた。

 

 

「……っあ…やだ、やだよ!!!お母さん!!!!」

 

 

私は、もう冷たくなっている母に必死に呼びかける。

 

 

「目を開けて!!!お願いだから!!!」

 

 

ゆっくりと父に近づき、話しかけるあの人冷たい声が聞こえてきた。

 

 

「俺様も、魔法使いの命がこんなことで消え去るのは胸が痛む。」

 

 

「………やめてくれ……私も子供達も…何も知らないんだ。……お願いだ。」

 

 

はっきりと言う父の声は少し震えていた。

 

 

「……そうか、残念だ」

 

 

そう言ったあの人は、泣き叫ぶ私に杖を向け素早く呪文を口にした。

 

 

「クルーシオ」

 

 

その瞬間、私の心臓が握りつぶされているような痛みに襲われて、息がしづらくなると身体中の血管が圧迫されているかのように痛みだす。まるで体の中で内臓を生きたまま鋭い刃物で切られているような痛みが全身に襲いかかってきた。

 

「っツ!!アァァーーーーーー!!!!!!」

 

「レイラ!!!!!!」

 

自分でもこんな声が出るんだと思うぐらいの声量が部屋に響き、私は激痛で涙を流す。痛がる私を見て、悔しそうに涙を流す兄の姿が視界に入る。

 

…本当は少しでも心配をかけないように叫びたくない。

 

だけど叫ばずにいられないほど、

 

苦しく、辛く、痛い。

 

 

 

「やめろ!!!!!!今すぐに解け!!!!!!」

 

 

「それは貴様次第だ。ペンダントのことについて話してくれれば、今すぐにでも解いてやろう。

 

……そしたら娘の叫び声なんて聞かなくて済むぞ?」

 

父の迷いだした瞳を見て、私は必死に訴えた。

 

 

……駄目、言っては駄目。お父さん…

 

 

ペンダントを言っても言わなくても、この人は殺すつもりだ。最初から、この人は約束なんて守るつもりなどさらさらなかったんだ。

 

 

……少しでも信じた私が馬鹿だった。

 

 

 

………私が渡すまで待っていてくれると簡単に考えていた私が浅はかだった。

 

 

「約束が………約束が違うじゃないか!!!」

 

 

あの人が突然私への呪いを解き、さっきまでの痛みが嘘のように体が軽くなったが、呼吸が乱れる。

 

 

「貴方の僕になれば、家族には手は出さないと、そう約束しただろ!!!!!!」

 

「お前ごときが、我が君にそのような無礼な口の聞き方をするな!!!」

 

横から声を張り上げながら兄に、杖を向けるベラトリックス・レストレンジの姿が目に入った。

 

 

「ベラトリックス、俺様の邪魔をするな」

 

 

「………私は…そのようなつもりでは…」

 

彼女は睨んでくる赤い瞳に怖気ついたように、杖を下げて、後ずさりをする。

 

 

 

「あぁ…約束したな。俺様に忠誠を誓えば、家族を助けてやると」

 

 

兄を見下ろしながら話す、あの人の赤い瞳はとても冷たいものだった。

 

 

「だったら!何「お前は、俺様を裏切った。」

 

 

兄の話を途中で遮る声が耳に入ると、私は血の気がひいた。

 

 

………殺される…ノアが……殺されてしまう

 

 

 

「貴様には失望した。………親そっくりな馬鹿な奴に育ったもんだ」

 

 

そう言いながら、座り込む兄に杖を向けられ、あの人が呪文を唱えようと口を開いたのを見た瞬間、私の体は勝手に動いて、兄とあの人の間に入っていた。

 

 

 

 

「……何のつもりだ。」

 

 

光が差し込んでいない赤い瞳も、冷たい声も怖かったが、私は何も答えずにただ、後ろにいる兄を庇うように指先も動かさず、瞳を見つめた。

 

 

「殺すのなら、私だけを殺せ!!!!!!!!!

 

トム!!!!!!!!!」

 

 

静まり返った部屋に、父の怒鳴り声が響くと、あの人は分かりやすく反応して、私達から離れて父に近づいていく。

 

 

「その忌まわしい名は捨てたと何回言えば分かるのだ⁈」

 

 

父は私達から気を逸らすために、わざとあの人を本名で呼んだんだろう。

 

 

「俺様の名はヴォルデモートだ!」

 

 

父を殴る鈍い音が聞こえてきて、私は止むまで目を閉じるしかなく、私は服を力強く握った。

 

 

 

「…………君が……殺したいのは…私だろ?……

 

子供達に…何も罪はない……。

 

 

 

…………………殺すのなら、私だけを殺せ。」

 

 

 

途切れ途切れの父の声が聞こえてきて、目を開けると口の端から血を流している父の姿が目に入った。

 

 

「………子供達は、関係ない。

 

……私が許せないのなら、邪魔だというのなら、

 

 

私だけを殺してくれ……頼む……」

 

 

父の声が消えていくと、あの人の口角が面白そうに上がり、笑い声が部屋に響いた。

 

 

「アハハハハハ、本当に…お前は愚かな奴だな。」

 

不気味な笑い声が部屋に響くと、その場にいた全員が緊張したように体が強張ったのが分かった。

 

 

「……セシル、お前にはこいつ以外にも娘がいるだろ?」

 

 

あの人は兄に杖を向けて、何かショーを始めるように楽しそうに話し出す。

 

 

「……何を…言っている」

 

 

「…関係ない?………お前が知らないだけだろ」

 

 

「レイラ……が…何だって言うんだ」

 

 

側にいる兄が、不安そうに、あの人に口答えする声が聞こえてくる。

 

私は俯いて、頭の中で色々と考えるがもう自分が今やらないといけないことは自然と決まっていた。

 

 

 

 

 

……ノア……ごめんなさい…私も嘘をついてるの。

 

 

 

…私の嘘はノアがついていた嘘みたいに優しくないの。

 

 

私は、父を見つめて、ゆっくりと振り返り兄に視線を移した。

 

 

 

……ごめん…私はそんなに強くないの…

 

 

「……………レイラ…?…」

 

 

私の様子が、おかしいことに気づいた兄の不安げな声が聞こえてきた。

 

 

………私は、自分の為にしか動けないの

 

 

 

私は、口を開いて嘘の言葉を吐き出す。

 

 

 

「……ここまでするとは聞いていませんよ?」

 

 

……ノア…助けてよ……

 

 

「…レイラ……何を言っているんだ…」

 

 

……私の嘘を見破って…

 

 

私の言葉を聞いた兄の声は震えていて、私を見つめてくる。

 

 

……ごめん…ノア…

 

 

「素晴らしい演技だったな。」

 

 

……平気で嘘をつく私を許して

 

 

「…そうですか?……少し嘘くさいと思いましたが」

 

 

…………お願い……私を嫌いにならないで

 

 

私を縛っていた縄が外れて床に落ちる音が聞こえるほど静まり返っていた部屋に、私は淡々と話す。

 

 

「………ここまでやっても何も言わないということは本当に無いのでは?私も隅々まで探してみましたがありませんでしたし」

 

 

………私の大切なものを守りたいだけなの…

 

 

私の言葉を聞いた父は、何かに気づいたように私を見つめてきた。

 

 

「…ペンダントを渡せば、私を死喰い人に入れてくれるという約束は、本当にない場合はどうなるのですか?」

 

 

……だから…お願い……許してください

 

 

どうせ、ペンダントを渡そうが渡さまいが殺されるのだ。

 

 

だったら、私は今ここにいる全員を、あの人を兄を、…セブルスを騙すんだ。

 

 

驚きで目を見開いているセブルスを視界の端に入れて、私は緊張している心臓の鼓動を感じながら、自分自身さえも騙すように嘘の言葉を繋げた。

 

 

「………貴方様をこんなにも長くお待たせしてしまったのは、変わりないですからね………。

 

 

……どうぞ……殺してくれてかまいませんよ」

 

 

私は笑みを浮かべて、あの人の前に立ち両手を広げた。

 

 

「……レイラ」

 

 

「貴方様が私の死をお望みなのなら、私は喜んでそれを受け入れます。………」

 

……私の死で、セブルスが死なないのなら喜んで私は受け入れる。

 

兄の声を消し去るように言うと、あの人は面白そうに満足そうに口角を上げて近づいてくる。

 

 

「……貴様は本当に毎回俺様の想像を超えてくる。…よいだろう。………最後のチャンスを貴様にやろうではないか………

 

 

セブルス……こいつの杖を」

 

 

彼の名前が出た瞬間心臓がわかりやすいほど飛び上がって、鼓動が早くなる。人を掻き分けて、あの人の近くに近づくセブルスは確かに私の杖を握っていた。

 

「………お前のいう通り、ペンダントが存在しないのならこいつらに用はもうない。」

 

用はないという人を人とも思ってもいない冷たい言葉を聞いて、また恐怖心で呼吸がしづらくなった。

 

あの人は何故か兄を縛っていた縄を解き、セブルスから私の杖を受け取る。

ゆっくりと私に近づき、無理矢理握らせてくると氷のように冷たい手が当たった。生きている人間とは思えないほど、冷たくて体が一気に冷たくなる。

 

 

「…俺様に忠誠を誓うのだろう?

 

 

…………だったら何をすればいいか分かっているな…」

 

獲物を捕らえた蛇のような瞳に、映っている私の顔は何とも酷い顔だった。

 

 

私は、杖を力強く握りしめて動かない足を無理矢理動かし、セブルスの奥にいる兄に向かって歩き進める。

 

 

…………私の手で、殺すんだ…

 

 

兄を、殺すんだ

 

 

そう思うと手は震えて涙が出てきそうになり、私を見つめてくるセブルスを見て唇を噛み締める。

 

 

 

…殺したくない

 

 

あんなに優しくいつでも私のことを思っていてくれていた兄を、

 

 

頼りになる兄を殺したくない。

 

 

 

殺したくない……でもやらなきゃ…じゃないと、ここで私も死んで…結局セブルスも死んでしまう。

 

 

 

私は自由になっても座り込んでいる兄の前に立ち、顔を見つめた。……縛られていて、抵抗できないままだったら、まだ楽だったかもしれない。

 

……でも、自由になっている兄を見ると、一気に人を殺す恐怖が襲ってくる。

 

……強制されていない。…私自身の意思で殺すのだ。

 

 

……このために…あの人はわざわざ…縄を解いたのか…。

 

 

 

 

 

 

「…レイラ………嘘だと…言ってくれ…」

 

…やめて……お願い…そんな顔しないで…

 

弱々しい兄の声を聞いた瞬間、私の体は固まった。

 

 

……できない…殺せない…

 

 

私に殺せない………

 

 

 

……誰か…助けて…

 

 

杖を持つ手の力は抜けて、全く体が言うことを聞いてくれない。

 

 

「……呪文を忘れたではあるまいな?…………しょうがない………セブルス、手本を見せてやれ」

 

 

中々動こうとしない私を見てか、あの人のセブルスを指名する声が聞こえてきた。

 

彼は、ゆっくりと歩いて父に近づく。

 

 

待って………セブルス…

 

 

ローブから杖を取り出し、父に向けるセブルスの杖を握っている手が少し震えているのを目にした瞬間、私は自然と体が動きだし、呪文を唱えようとしていたセブルスの杖と腕を握り自分の方に抱き寄せていた。

 

…駄目、彼をこれ以上苦しめさせたらいけない…

 

 

……セブルスに…人を殺させない…

 

 

「…どういうつもりだ」

 

後ろから聞こえた冷たい声は、明らかに怒っているようでドスの効いた声だった。

 

 

「……私のためにチャンスを作ってくださったのですから、私が2人とも…殺します。」

 

 

私は、あの人の返事も聞かずにセブルスの腕を離して、父に杖を向ける。

 

……ごめん…お父さん…

 

 

こんな……娘で…ごめんなさい…

 

 

私が中々呪文を唱えられずにいると、父が私を安心させるかのように、優しく微笑んできて、私にだけ分かるほど口を小さく動かす。

 

 

『だ、い、じょ、う、ぶ、 わ、か、て、る』

 

 

声は聞こえなかったが確かにそう言っていた。

 

父にそう言われただけだというのに、体の震えは止まり、何か体の中が冷たくなり、何か無くなったような気がすると私は自分が生きるために杖を持つ力を強める。

 

 

他の人に殺されるぐらいのなら………

 

 

「アバダケダブラ」

 

 

私が殺す。

 

 

 

私の口は、意外と簡単に死の呪文をなんの躊躇なく唱えた。杖先からは緑色の閃光がはしり、眩しい光で目の前にいる父の姿が見えなくなった。

 

瞬きをし、瞼をあけるとさっきまで生きていたはずの父はまるで眠っているかのように倒れこんでいた。

 

 

 

涙も出ることなく、まるで決められたことしかしない機械かのように、兄に近寄って杖を向ける。今まで兄と過ごした時の光景が走馬灯のように駆け巡ってくると、思いが溢れてくる。

 

 

…………約束したのに…

 

 

 

………ドラゴンを今度一緒に見にいくと約束したというのに…

 

 

 

……何度も助けられてきたのに………

 

 

 

「……レイラ…」

 

 

小さく名前を呼ばれて兄を見ると、さっきまでの顔とは別人で、とても穏やかだった。いつも通り微笑んできて、何も抵抗もすることなく、ゆっくりと目を閉じる。

 

 

私は歯を噛み締め、杖を握る手を強めた。

 

 

 

 

…………どうしよう………

 

 

 

できない……殺せない………殺したくない

 

 

 

 

そう思ってしまうと、目の前に立っている兄がだんだんと涙でぼやけてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ひとりに…なりたくない……

 

 

 

 

 

 

 

 

私は、杖を兄に向けたまま少し俯くように瞼を下ろした。

 

 

物音ひとつせず、静まり返っている部屋に私の方に近づいてくる足音が聞こえて、目の前で止まったかと思うと前から抱きしめられた。

 

 

瞼を開けると、私は兄に抱きしめられていて、耳元で囁いてくる。

 

 

 

 

「……ごめん…」

 

 

 

 

兄の声が聞こえたと思ったら、私の体は傾いていて、床に座り込んでいた。持っていた杖は何故か兄が持っていて、彼は私の杖を使って死喰い人達に向かって閃光を放っている。

 

それぞれの動きがゆっくりに見えた私は、兄の勝算などあるわけがないことぐらい一目瞭然で、何故兄がこんなことをしているのかが分からなくなり、目で追うことしかできない。

 

兄があの人に杖を向けた瞬間に私の方をちらりと見てきて、自然と兄と目があった。それはほんの一瞬で、何か伝えようとしてくるその瞳を見た瞬間、側にいた死喰い人の兄に向けている杖を無理矢理奪い取る。

 

 

私は他の死喰い人が呪文を唱える前に、あの人に杖を向けている兄の後ろ姿に杖を向け、素早く呪文を唱えた。

 

 

………あの時、確かに目で伝えてきた……

 

 

「アバダケダブラ!」

 

 

……殺せって…

 

 

 

少し声を張り上げながら言うと、少し行き先が定まっていないような緑色の閃光が走り、兄の体を包み込む。ゆっくりと膝をつき、床に力なく倒れる兄を見届けながら、私は呼吸を整えて、真っ赤な瞳を見つめた。

 

 

「ご無事でしたか?」

 

 

自分でも驚くほど、部屋に響いた私の声は冷静なもので、身内を殺した後とは思えないほど淡々としすぎていた。

 

 

「……少し時間をかけすぎだな」

 

 

「申し訳ありません。……人を殺すのは、初めてのことなので」

 

 

私は答えながら、持っている杖に視線を落として振り返る。

 

 

「あっ…これ、勝手に借りてしまいすいませんでした」

 

 

後ろにいた死喰い人に手渡しし、力なく倒れている兄に近づいて、膝をついた。ピクリとも動かない兄は目を開いたまま死んでいて、本当に死んでいるのか疑うぐらいだ。私は自分の杖を拾い上げるのと一緒に兄の瞼を下ろして、ゆっくりと立ち上がる。

 

 

 

 

 

「…………私を貴方様の僕にしてくださいますか?」

 

 

 

どこかまだ私を、信用していないようなあの人に問いかけると、ゆっくりと私に近づいてきた。

 

 

「………まあ…いいだろう…

 

…貴様を今日から俺様の僕として迎え入れてやろう」

 

 

あの人の口から出た言葉を聞いて、少し安堵した私が笑みを浮かべると、何故か周りにいる人の表情が固まった。普通に笑ったつもりなのだが、そんなに冷酷な笑みだったのだろうか。

 

 

「……さぁ、左腕を差し出せ」

 

 

服を捲り上げ、前に出すと私の左腕を力強く握りしめて杖の先を当ててきた。体温を感じない冷たくて、ゴツゴツとした手に握られただけだというのに、体が緊張して少し熱くなった。

 

あの人が、何を言っているのか分からないほどの小さな声で、蛇語に似たような呪文を口に出して唱えだすと、まるで身体の中に一匹の太い蛇が這っているかのような気持ちの悪い感覚が襲いかかってきた。身体中に蛇が巻きついて締め付けられているように苦しくなり、私は瞼を下ろしてじっと終わる時を待つ。

 

何も感じなかった左腕に、突然焼印を押されたような痛みと熱が帯びてきて私は少し体を強ばった。

 

 

何も感じなくなり、瞼をゆっくりと開けると私の左腕には闇の印が黒くはっきりと跡ついていた。

 

私は、まだ熱くて少し痛む左腕を押さえながら目の前にある真っ赤な瞳を見つめる。

 

 

「………貴様には、期待しているぞ……

 

 

 

レイラ・ヘルキャット」

 

 

 

 

静まり返って部屋に、冷たい声が響くと私の体温がすっと下がったような気がした。

 

 

 

「……ご期待に応えられるよう…貴方様に尽くさせていただきます」

 

 

 

セブルス………貴方は…絶対に…死なせない…

 

 

 

 

私の口からは平然と偽りの言葉が出て、口角を上げた。

 

 

 

もういない………

 

 

 

私を温かく見守ってくれる父も

 

 

優しく、一番に私のことを考えてくれる母も

 

 

私の味方でいてくれた、頼りになる兄も

 

 

 

 

 

 

家族の死を目の当たりにして、悲しみ涙を流す私も

 

 

 

弱くて、臆病者な私も

 

 

 

泣いてばかりな私も

 

 

 

 

 

 

もういない。

 

 

 

 



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26 沈んでいく

 

 

足が宙に浮き、ぐらりと視界が揺らぐと体の中をかき混ぜられるような感覚に襲われた。

足が地面につき、目を開けると、さっきまでいた不気味な屋敷の代わりに、大きな玄関の扉が視界に入ってくる。あんなに、苦手だった姿くらましもすっかりと慣れた私は、よく見たことのある扉をただじっと見つめた。

 

 

 

 

扉が外れているせいで、自然と家の中が見える。灯りもついていない家は、先も見えず、まるで自分の家ではないような気がして、一気に入る気が失せた。

それだというのにまるで早く中に入れと急かしているみたいに、強い風が後ろから吹いてくる。

 

 

正直入りたくはなかったが、体はそんな私の気持ちとは裏腹にまるで家族を求めるかのように勝手に動いていて、中に入っていた。

 

 

 

 

あんなに綺麗に掃除されていた我が家は、少し埃かぶっていて、明るく暖かかったのに……今はこんなにも暗く冷たい。

 

見ただけで、ここにも死喰い人が来たんだというほど分かるほどに、荒れていて何もかも原型をとどめていない。

 

 

静まり返っているだけだというのに、それだけで恐ろしく感じる。私は、自分があの本を手元に置くために家に戻ってきたことを思い出して、自分の部屋に行こうと一歩足を踏み出した。

 

 

 

 

 

『お帰りなさい、レイラ。』

 

 

突然、前の方から母の声が聞こえたような気がして、私は縋る思いで顔を上げるが、声がした方には誰もいなかった。

 

 

 

 

 

……分かってる…いるはずがない…

 

 

 

私は左腕を押さえて、瞼を閉じる。

 

 

 

………本が無事かどうかを確認して、早くアウラと…レギュラスを探さないと

 

 

私が今したいことは、出来るだけ早くアウラと合流することだ。

 

そう思っても、中々体は動いてくれない。

 

 

 

『レイラ、お帰り。学校はどうだった?』

 

 

 

今度は兄の声がさっきよりもはっきりと聞こえて、瞼を開けると目の前に笑いかけてくる兄の姿があった。あまりにはっきりと見えるものだから、体が強張ったが、私は無意識に兄の名前を声に出た。

 

 

「………ノ…ア……」

 

 

 

手を伸ばして触れようとすると、音を立てずに消えていき、自分の幻覚だったということを思い知る。

 

 

『レイラ、お茶でもしないか?』

 

 

 

名前を呼ばれた方を見ると、階段の上から私に微笑んでくる父の姿が一瞬だけ見えたような気がした。瞬きをすると、いたはずの父の姿はどこにもなく、ただ崩れそうな階段だけが視界に入ってくる。

 

 

…分かってる。

 

 

いない。もういないんだから。

 

 

私が殺したんだから。

 

 

いるはずがない。

 

 

そう思うと、少し震えていた体は落ち着いて、さっき家族を殺したとは思えないほど冷静でいられた。

すぐに泣いていた頃がまるで大昔のように、涙も出なければ、なぜか悲しくなることもなかった。悲しくならないから、胸が苦しくなることもない。それだというのに、何か大切なものがぽっかりとなくなって、穴が開いてしまったように虚しい空虚感だけが襲いかかってくる。

 

 

何が原因なのか全く分からない私は、この不思議な感覚に胸に手を置いて考え込んだ。

 

 

 

「おやめください!!」

 

 

「離せ!!!僕が外に出ようが君には関係ないだろ!!!」

 

 

 

 

突然、怒鳴り声が上から聞こえてきて、私はゆっくりと顔を上げる。聞こえてくる声は聞いたことのあるもので、私が探している人の声だった。

 

 

 

………ここにいる…

 

 

 

そう思った私は声をする方に向かって歩くと、だんだんと争っているような声はだんだんと大きくなっていく。

 

 

「それはいけません!!!私は貴方のお命をお守りするとお嬢様と約束したのです!」

 

 

アウラの大きい声が聞こえてきた1番奥の部屋の扉を開けると、今にも外れそうな扉の金属が擦れる音が聞こえてくる。

 

 

突然、扉が開いたからだろう。アウラがすぐさまレギュラスの前に立ち庇うような姿勢をとったのが視界に入った。

 

 

「……お嬢様…」

 

 

私だと分かると、強張った体はだんだんと力が抜けるのが見ただけで分かった。

 

 

「……ご無事でなによりです…」

 

 

ほっとしたような表情を浮かべるアウラを見て、私は表情を変えずにゆっくりと近づく。

 

 

「……お嬢様…ご主人様は…「死んだわ。」

 

 

アウラの話を遮るように言った私の言葉を聞くと、彼の瞳孔が開いたのが分かった。

 

 

「…私以外、全員死んだわよ」

 

 

自分でもこんなにも淡々に、死んだと言えることに驚きながらも、ゆっくりとレギュラスに視線を移す。

 

 

 

「………目が覚めてばかりで、申し訳ないんだけど「どういうつもりですか?」

 

 

私の話を最後まで聞かずに、口を挟んできたレギュラスは何か怪しんでいるようにすごい剣幕で言い寄ってくる。

 

 

「僕はあのロケットを変えた後、湖に沈んだはずだ。それなのに目を覚ましたら、見知らぬ所にいるし、彼は貴女が僕を助けたとまで言いだす。」

 

 

「………えぇ…」

 

 

 

私が冷静に目を逸らさずに答えると、彼は今思っていることをどんどんに言葉にしていく。

 

 

「あそこに行くなんて、誰にも言っていない。貴女が僕を助けることなんて、……僕があそこに行くということを知っていなければ、できない。

 

…一体貴方は……何を隠しているんですか?」

 

 

 

すらすらと噛まずに言ってくるレギュラスを見つめて、私はゆっくりと口を開く。

 

 

 

「……全て貴方の言う通りよ。

 

…私は貴方があそこに行くことも、命を落とすのも知っていた。だから貴方の屋敷妖精にコインを渡したの。」

 

 

 

……私1人では…きっとこの先乗り越えられないことがある。

 

 

「……私は……少し先の未来を知ってる」

 

 

……彼の力を借りないと、きっとこの先上手くいかない。

 

 

私の言葉に、アウラは唖然な表情を、レギュラスは信じられないような表情を浮かべ、恐る恐るといった感じで声を出す。

 

 

「未来を…知っているなんて……そんなの信じられる訳がない。」

 

 

「…未来を知っているといっても…私が知っている未来が訪れるという保証もない。……でも、少なくとも今までは私が知っている通りに進んでいる。

 

 

 

 

これから起こる出来事も、命を落とす人物も……知ってる。だから、貴方を助けられたの。

……貴方が今生きていること自体が、私が未来を知っていることの証拠になるんじゃないかしら?」

 

 

ごく普通に答える私を見たレギュラスは、信じられないように声を絞り出す。

 

 

「そんなの……現実的じゃない…」

 

 

 

 

 

「貴方がごく普通に使っている魔法だって、…マグルからしてみれば、現実的じゃない。…それと同じよ。

 

現実的じゃなくても今こうして現実で起きている。」

 

 

私は、ゆっくりと彼に歩み寄って話を続けた。

 

 

 

「…貴方に提案があるの。」

 

 

黙って私を見てくるレギュラスは、どこか警戒しているように身構える。

 

 

 

「…貴方が生きているということはまだ、私達以外に誰も知らない。

 

 

………貴方は今、家に戻るに戻れないんじゃないかしら?」

 

 

 

「だから、何なんですか」

 

 

 

「………私に協力してくれないかしら?…勿論、損はさせないわ。…お互い、手を貸しあっていくのは悪いことではないと思うんだけど…」

 

 

何か考えるように黙り込んだレギュラスは、私から目を離さずに、口を開き、声を出した。

 

 

 

「………断ったら…?」

 

 

 

 

 

レギュラスの声を聞いて、私が杖を取り出すと仕草で気づいた彼は、咄嗟に杖を懐から取り出す。私は、一瞬の隙をついて、レギュラスの手から杖を弾き飛ばし、杖を向けた。

 

 

「……その場合のことは、考えてなかったけど……さっき言ったでしょ?

 

 

貴方が今生きていることは私達しか知らない」

 

抵抗できない彼に杖を向け、こんなことを言うこの状況は、誰が見ても提案というより、脅しだろう。

 

 

「……これのどこが提案何ですか?

 

 

…僕には脅しにしか見えませんけど」

 

 

 

 

そう言いながら少し笑みを浮かべるレギュラスは、私を少し見つめて口を結ぶ。

 

 

 

「………1つ教えてください。」

 

 

 

私が返事をするのを待つことなく、彼は後を続ける。

 

 

「…一体貴女は何をするつもり何ですか?」

 

 

 

 

杖を握る手を強めて、レギュラスを見つめることしか出来ず、彼の声が聞こえてきた。

 

 

 

「…………僕に協力してほしいのなら、貴女が何をするつもりなのか、教えてください。……それぐらい、僕にも知る権利があると思います。」

 

 

全く彼の言う通りだ。

 

 

今から何をするのか教えない人に、協力するはずがない。

 

セブルスを救いたいと言うだけだと言うのに、私の口からははっきりとしない言葉しか出てこなかった。

 

 

 

 

「………死なせたくない…人がいる…」

 

 

 

私の小さな声を聞いた賢い彼は、何か考え込むように少し黙ると、一瞬何か分かったように瞳が揺らぎ、口を開いた。

 

 

 

 

「………分かりました。

 

 

 

 

 

…貴女に協力します。」

 

 

 

案外簡単に承諾したレギュラスを見て拍子抜けした私は、彼を見つめた。

 

 

 

「それ以外に、選ぶ選択肢は無さそうですし」

 

 

 

 

少し笑いながら言う彼の言葉を聞いて、私はゆっくりと杖を下ろした。

 

 

 

「…それで、これからどうするんですか?」

 

 

 

 

 

私は、レギュラスの声を聞きながら荒れ果てた部屋を見て、考え込む。

 

 

……ここに彼らが来るとは考えにくいが、絶対来ないという保証はどこにもない。

 

レギュラスが、生きているということを彼らにばれたら色々と厄介だが、…とりあえず…住む場所を確保するまではここにいるしかないか…

 

 

 

 

「…とりあえず……私がいい場所を見つけるまではここで過ごすしかないわね。

……貴方は、自分が死んでいることになっていることをちゃんと頭に「レギュラス・ブラックです。」

 

 

「えっ?何」

 

 

 

突然私の話を遮って名前を言ってきた意味が分からず、聞き直すとにこりと笑みを浮かべて話しだす。

 

 

「僕にも一応名前があるので、……さっきから名前を全然呼んでくれないじゃないですか。

 

 

あっ…僕の名前、知りませんでした?」

 

 

 

「…………いや…知ってるけど…」

 

 

 

………この子……意外と面倒くさいかもしれない

 

 

 

名前で呼ぶとかそういうのは何も考えずにいた私は、そう思いながら彼を見つめた。

 

 

「じゃあ、何でもいいので貴方じゃなく、名前で呼んでください。これから長い付き合いになりそうですし」

 

 

にこにこと笑いながら言うレギュラスを見て、私は少し溜息をついた。

 

 

……別に…ここで反論する必要なんてないだろう。

 

 

「分かった……じゃあブラック「それ以外で」

 

 

私の声に被すように言ってきたレギュラスをひと睨みすると、楽しそうに言ってくる。

 

 

「その呼び名は、兄さんにしているじゃないですか。

 

…………一緒にされるのは嫌なので、別のでお願いします。」

 

 

…………さっき何でもいいと言ったのはどこの誰だろうか。

 

 

私は少し苛つきながら、ぶっきらぼうに答える。

 

 

 

「じゃあ、レギュラスでいいわね。これで満足でしょ?」

 

 

 

「はい。

 

 

…それで、僕は貴女のことを何と呼べばいいですか?」

 

 

 

 

「…別に好きに呼んでもらって構わないわよ。」

 

 

適当に受け流した私の言葉を聞いたレギュラスは、少し考え込んで、すぐにいつもの張り付いた笑みを浮かべてきた。

 

 

「分かりました。」

 

 

 

今日はあまりに色々なことがありすぎたせいで、疲れた私は、ぼろぼろのソファーに腰掛けたと同時に無意識に溜息がこぼれ落ちる。

 

 

 

「溜息をついたら幸せが逃げるそうですよ」

 

 

 

レギュラスは、私の横に腰を下ろして、少しからかうように言ってくる。

 

 

「…溜息ついていないとやっていけないわよ」

 

 

私がソファーの背に肘をついて頬杖をつきながら答えると、何か察したように彼が質問してくる。

 

 

「……ここって…貴女の家なんですか?」

 

 

「………そうね…それが何?」

 

 

 

「………こんなに荒れている理由は、……貴女の家族が死んでしまったことと関係しているんですか?」

 

 

 

レギュラスの言葉を聞いた私は、何も答えることができず、ただ頭の中でさっき見た家族の息絶える姿が浮かんでくる。

 

 

 

 

 

 

「…お嬢様………私から頼みごとをするなど、もってのほかだということは十分に理解しております。

 

しかし、……何故ご主人様達が……あのようなご立派な魔法使い様が命を落とすようなことになったのかを……教えてくださいませんか?」

 

 

 

私が黙り込んでいると、後ろから恐る恐るといった様子のアウラの声がはっきりと聞こえてきた。

 

 

「………何故…知りたいの?…」

 

 

振り返ることもせずに言った声は、自分でも思っていたほど低く、冷たいものだった。

 

 

「………私は…死ぬまでこの身をヘルキャット家の皆様に捧げると誓いました。

 

本来ならば、ご主人様達が死ぬまでお側にいることが、ご主人様達のお命を守ることが私の存在意義でございます。

 

……しかし、それはもう叶いません。………せめて…ご主人様達の最期を知りたいのです。何があったのか、真実を「殺したの」

 

 

 

私に必死に訴えかけてくるアウラの声を聞いていると、もうこれ以上聞きたくなくて、少し声を張り上げながら彼の話を遮った。

 

 

「…えっ…?」

 

 

あまりに突然な言葉に、アウラの戸惑ったような声が聞こえてきたが私は、気にすることなく後を続けた。

 

 

「私が殺したのよ。」

 

 

 

私の声で静まり返った部屋は重苦しく、息がしづらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アウラ、お茶淹れてきてくれない?」

 

 

あまりに居づらくなった空気を壊すために、私が頼むと、アウラが部屋を出ていく音が聞こえてきた。

 

 

 

 

レギュラスと2人っきりになっても一体彼にどこまで話せばいいのかわからずに、少し考え込んでいると、静まった部屋に声が響いた。

 

 

「…何か……殺さなければならない状況だったんですか?」

 

 

彼が、まさかその話を掘り下げてくるとは思っていなかった私は、少し驚いてレギュラスに視線を移した。彼は私の方も見ずに、ただ前を見て、後を続ける。

 

 

 

「……僕は…貴女が何も理由なしに人を殺すとは思えない」

 

 

 

はっきりと断言するレギュラスを見ていると、少し悲しくなって胸が苦しくなった。

 

 

「……貴方が思ってるほど…私は綺麗じゃないわよ」

 

 

ぼそり呟くように言った自分の声が静かに消えていくと、部屋はまた静まり返る。

 

 

 

 

「…気づいているかどうか……分かりませんが」

 

 

もう耐えきれなくなったかのように、話し出すレギュラスの声を聞いて、横を見るとさっきまで前を向いていた彼は私の方を見てきていた。

 

 

「……どうして…さっきから…左腕を隠すように握っているんですか」

 

 

彼の言葉を聞いて、自分の左腕に視線を移すと、確かに私は左腕を力強く握っていた。

 

 

…完全に無意識だった。

 

 

黙り込むしかない私を見てレギュラスは何か考え込み、そしてゆっくりと前を向いた。

 

 

「…………僕は…信用……ないですか…」

 

 

寂しそうな声が耳に入ってきて、彼の方を見ると、悲しそうな表情を浮かべる姿が目に入ってきた。

 

 

「……………そういう…ことじゃない……」

 

 

そう言うので精一杯な私は、左腕を力強く握りしめるしかなかった。

 

 

「………話してくれないと…協力したくても…できませんよ」

 

 

あんなに私よりも小さく、子供だと思っていたレギュラスは、今では歳が変わらないと思うほどに大人じみているように感じた。私よりも、先に死喰い人になった訳だし、きっと想像できないようなことだって乗り越えてきたんだろう。

 

 

 

困ったように笑いかけてくる彼を見て、私はぎゅっと服を握りしめながらゆっくりと口を開いた。

 

 

 

「…自分が生き残るために家族を殺して、死喰い人になった。

 

…ただそれだけのことよ。」

 

 

 

レギュラスが何か言おうとした時、アウラが部屋に入ってくる音に遮られて彼が口を閉じたのが見えた。

 

 

「お嬢様、申し訳ありません。茶っ葉がこれしかありませんでした。」

 

 

「…こんな時だもの。……お茶できるだけでもましでしょ。」

 

 

謝りながら私の前にティーカップを置く、アウラに言って、少し変わった香りの紅茶を口に含んだ。

 

 

「……変わった香りですね。」

 

 

紅茶を飲んだレギュラスは飲んだことがないのか、ぼそりと小さく独り言のように言った。

 

 

「…その茶っ葉は……ご主人様のお気に入りでして、何か大切なことがある度に必ずお飲みになっていたものです。とても貴重なものだと、私に話してくれました。」

 

 

アウラの言葉を聞いた瞬間、頭に紅茶を飲みながらゆったりと過ごす父の姿が自然と浮かび上がってくる。私は、父の姿を消し去るように、2人に別の話を切り出した。

 

 

「できるだけ早く見つけるように努力するけど、いいところが見つかるまではここで我慢してくれるかしら?」

 

 

「えぇ…大丈夫ですよ」

 

 

レギュラスは紅茶を飲みながら、呑気に答える。

 

 

「……貴方が生きているということは、私達以外の人には知られないように。分かった?」

 

「分かってますよ。」

 

 

横から聞こえる彼の声を聞いて、私は飲み終わったティーカップを机の上に置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

隣に座っていたレギュラスは、いつの間にか寝ていて、部屋には物音ひとつせず、彼の寝息だけが聞こえてくる。夜にしては明るいと思うほど、月明かりは眩しくて、私はちらりとレギュラスに視線を移した。

体を丸めて、眠っている姿を見るとまだ少しだけ子供らしい表情を浮かべながら、眠りについている。

 

 

 

 

「お嬢様…」

 

 

私を呼ぶ小さな声が聞こえた方を振り向くと、アウラが何か大事そうに両手で持ちながら立っていた。

 

 

「どうしたの?」

 

 

レギュラスを起こさないように、声を押し殺しながら、聞くと彼は私の方にゆったりと腕を伸ばして両手の中にあるものを見せてくる。

 

 

「これを…」

 

 

アウラの手にあるペンダントは、月明かりに照らされて少しきらきらと輝いているように見えた。

 

 

「………ありがとう…。」

 

 

私はペンダントを受け取り、首からかけて服の中にしまいこむ。

 

 

「アウラ、貴方も寝ていいのよ。」

 

 

「それは、なりません。……貴方様を差し置いて私なんかが眠りにつくなど」

 

 

「………私は眠れないし、…それに貴方には体力をつけといてもらいたいの。ほら、早く寝なさい」

 

 

私が優しくアウラの背を押すと、何か迷ったような彼の声が聞こえてきた。

 

 

「……私に………お嬢様の…苦しみを背負うことは……できませんか?…」

 

 

私の方を見るアウラは少し瞳に涙を浮かべていた。私は少し笑みを浮かべるしか出来ず、何も答えられなかった。

 

 

「……お嬢様は…そんな笑みを浮かべる方じゃなかったはずです。

 

 

 

 

………今の貴女はまるで…別人のように感じます。」

 

 

アウラの言葉に少しドキッとしながらも、私は口を開いて、彼の頭に手を置いた。

 

 

「……私は何も変わってなんかないわよ。

 

 

 

アウラ、貴方には…私よりも、レギュラスを守って欲しいの。」

 

 

アウラは私の言っている意味が分かっていないようにただ私の顔を見つめてくる。

 

 

「彼が生きているということは私達以外に知られてはいけない。彼が命をかけてまで守りたいものを、危険に晒すことなんて、できないでしょ?」

 

 

私は優しくアウラの頭を撫でながら、後を続ける。

 

 

「……貴方の主人を殺した私に…もう手は貸したくない?」

 

 

私が笑いかけながら問いかけると慌てたように、否定してくる声が聞こえてきた。

 

 

「そのようなことを言い出すのは、おやめください。ご主人様がいなくなった今、私にとっての主人はもう貴女様しかいないのです。

 

 

 

……どうか、私を独りにしないでください」

 

 

何か勘違いしたアウラの声は少し大きくて、私は落ち着かせるように声を出した。

 

 

「………そう……じゃあよろしくね。アウラ」

 

 

私の言葉を聞いた途端、アウラはほっとしたような表情を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから数日が過ぎたが、私は未だにいい場所が見つけられずにいた。そろそろ見つけないとレギュラスが生きていることが彼らにばれてしまうのも時間の問題だ。

 

 

荒れはれた家に帰り、今にも崩れそうな階段を上がって奥の部屋に入るといつも通りレギュラスがにこりと笑いかけてくる。

 

 

「おかえりなさい。…良い場所は見つかりましたか?」

 

 

「残念ながら、どこもかしこもすぐに見つかってしまいそうな場所ばかりね」

 

 

……そろそろ、一旦この場所を離れた方がいいかも知れない。

 

 

 

彼が私の帰りを待ち、出迎える姿はすっかりと慣れたもので、私は平然と返した。

 

 

「ほら、また癖が出てますよ」

 

 

突然そう言われて、左腕に視線を移すと彼の言う通り、私は左腕を握っていた。あれから、無意識に左腕を触るのは治るどころか癖になってしまい、彼曰くよく触っているらしい。

 

 

「そんなことでは、あの人は騙せませんよ」

 

 

少し笑いながら言うレギュラスの瞳の奥は、明らかに私よりも何かを知っているような色を宿していた。

 

 

「……ひとつ相談なんだけど」

 

 

私から相談されるとは思っていなかったんだろう。少し間が空いて、レギュラスの戸惑ったような声が聞こえてきた。

 

 

「…えぇ……何ですか」

 

 

「こんなにも集まらないものなの?」

 

 

あれっきりあの人の顔も見ていなければ、何か命じられることもなく、何となく不安だった。

 

 

「まぁ……何か大切な用があれば、集められる程度ですし、自分で出向いて報告するのがほとんどですからね」

 

 

「……そう…」

 

 

私が左腕を見て、小さく呟くとアウラが部屋に入ってくる足音が聞こえてきた。

 

 

「お帰りなさいませ、お嬢様。…丁度お茶を淹れたところですが、どうなさいますか?」

 

 

アウラの尋ねてくる声を聞こえ、答えようとすると外から何人かの足音が聞こえてきた。その瞬間に部屋には緊張感が走り、一気に静まり返る。

 

壊れている床を人が歩く音が聞こえてきて、私は静かに杖を握った。

 

 

「………アウラ、一旦レギュラスを連れて、ここを離れて」

 

 

 

 

「…どうかご無事で…」

 

 

 

アウラは、私の言うことを素直に聞き入れてレギュラスの手を握るとばちんという音を立て、消えていった。

 

2人を見送った後、私はもう外れそうな扉をゆっくりと開けて、玄関へと向かった。

 

 

死喰い人だろうか。……そうだとしたら、一体何のためにこんな所へ来たというのだろう。

レギュラスが生きていることが彼らにバレてしまったとしたら、厄介だ。

 

私は唾を飲み込みながら廊下を歩き進め、二階の手すりにつかまりながら覗き込むと玄関前にいる人影が目に入った。

 

 

……思ったより…いる…

 

 

そう思いながら、階段を下りようすると1人の人影が明らかに私の方を見上げているのに気がついた。何も言わずに杖を向けてくるその人影が視界に入った瞬間、咄嗟に身構える。

 

襲いかかってきた赤い閃光を杖を一振りして弾き飛ばすと、破裂音がその場に鳴り響いた。そうなれば、そこにいる全員が私の存在に気づくわけで、杖を向けてくる。

 

流石にひとりで防げる自信もないが、とりあえず次、襲いかかってくるであろう攻撃に身構えると、張り上げた声がその場に響いた。

 

 

「止めろ!!!すぐに杖を下ろせ!!!」

 

 

どこかで聞いたことのあるような男の人の声を聞いた人影が、ゆっくりと杖を下ろしていく。

 

 

 

「………安心してくれ。…私達は敵じゃない」

 

 

私を安心させるように話しかけてくる声を聞いても、杖を下ろせるはずがない。

 

 

「……名乗らない人を信用できる訳がありません。」

 

 

私がそう言い放つと、男の人は少し咳払いをしてゆっくりと近づき、杖先を灯らせた。

 

 

「失礼……私は、ハロルド・ミンチャム。君の父親に頼まれてここにきた」

 

 

私を見上げながら名を名乗る男の人は、流石の私でも顔も名前も知っている人物だった。

 

 

………何で…魔法大臣がこんな所に…

 

 

日刊予言者新聞で顔も見たことあるが、直接話したことなんてない。

 

 

 

「少し、君に話さなければならないことがあるんだ。下りてきてくれないか?」

 

 

私は言われた通り、階段を下りて彼の前に立つと、周りにいる人たちの中に見覚えのある顔があることに気づいた。

 

 

アラスター・ムーディ……

 

 

彼がいるということは…この人たちは全員闇払いの可能性が高い。ムーディは、何か探るように私をじっと見つめてくる。

 

 

「……君が、セシル・ヘルキャットの娘さんで間違いないね?」

 

 

「……そうですが…なぜ、父のことを知っているんですか?」

 

 

「……ここで話すのも何だから、少し移動しよう。」

 

 

そう言いながら差し出してきた手を握ろうとした瞬間に、左腕が少し熱く熱を帯びだし、何故か屋敷の風景が脳裏に過ぎる。本能的に呼び出されていると感じても、今彼らが目の前にいる状態で姿くらましなんかできるわけもない。

 

中々握ろうとしない私を見た彼が、心配そうに問いかけてきた。

 

 

「姿くらましは苦手かな?」

 

 

「……いえ、大丈夫です。」

 

 

 

 

タイミングが悪すぎる左腕の違和感を感じながら差し出してきた手を握ると、視界が歪み、いつもの気持ち悪い感覚が襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宙に浮いていた足が地面を捉えた感覚を感じてゆっくりと目を開けると、何人もの魔法使いらしい格好をした人たちが忙しそうに歩く姿が目に飛び込んでくる。

 

両方にある暖炉のようなものからは、緑色の炎が舞い上がったと思うと、ローブをなびかせながらゆっくりと人が現れていた。

 

 

私は慌てて先を歩くミンチャムの後をついていきながら、周りを見回した。

 

 

やっぱり私の記憶通りで、広げた大広間の中心には大きな石像と噴水が視界に入ってくる。

 

 

 

 

 

気づけば、応接間のような部屋に案内されていて、ソファーに腰掛けるように言われ、目の前でローブを脱ぐ彼を目で追いかけながら私は聞きたいことを口走った。

 

 

「……一体父から何を頼まれたというんですか。」

 

 

「そんなに慌てなくても、きちんと一から説明するよ。とりあえず、お茶でも飲んで落ち着きなさい。」

 

 

そう言われて、机に視線を移すと気づけばティーカップが置かれていた。ミンチャムにじっと見られていることに気づき、私は渋々お茶に口をつけた。

 

「……ところで、……他の人の居場所は知っているかい?」

 

座りながら問いかけてきた彼の声が耳に入ると、私はゆっくりとティーカップを置く。

 

 

……父や母、兄のことを言っているんだろうか。

 

 

そうだとしたら……一体何と言えばいいのだろう…。

 

 

 

 

 

「すまない。…今のは忘れてくれ」

 

黙り込む私を見て、何か悟ったように彼が謝ってくる。話を変えるように、お茶を一口飲むミンチャムは、私に話しかけてきた。

 

 

「あまり時間もないから、単刀直入に聞くけど…………魔法省に身を置く気はないかな?」

 

 

 

思いもしなかった言葉に、私は聞き返すことしかできなかった。

 

 

「…意味が分かりません。」

 

 

「君のお父さんから、頼まれたんだ。もし自分がいなくなった時には、子供達の安全を確保してほしいと。

 

……君は今住むところもないんじゃないか?」

 

 

私が何も答えずにいると、ミンチャムは後を続けていく。

 

 

「……君が、魔法省に居てくれると私だけではなく、他の人達の目もあるから安全も確保できる。」

 

 

今、私はあの人に信用されていない。あの人の信用を得るために、この状況を利用すれば今後動きやすいのかもしれない。

 

淡々と説明する彼を見ながら、頭の中で浮かぶ色々な考えを整理しながら耳を傾ける。

 

魔法省に身を置けば、情報も入ってくるだろうし、あの人のスパイとして魔法省に潜り込むといえば、少しずつ信用を得られるかもしれない。

 

 

 

「……何があったかは、家の様子を見て、大体予想はつく。………君ひとり、野放しにして死喰い人に襲われるのは確実だ。

 

 

………君にとって悪いことではないとは思うけど……どうかな?」

 

 

 

 

変にここで断る必要もないだろう。

 

 

 

私に問いかけてくるミンチャムを見つめながら、私はゆっくりと口を開いた。

 

 

「………分かりました。……貴方の言う通りにします。」

 

 

私に断れるとでも思っていたのか、彼はほっとしたように、表情筋が緩んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は適当に誤魔化して、魔法省から出ると人通りが少ない通りへと急いで移動する。路地裏に入り、周りに誰もいないことを確認して、服の袖を捲り上げてみると、変わらず黒い印がはっきりとついていた。もうあの違和感はないが、今からでも行った方が良いだろう。

 

もう一度周りにマグルがいないかを確認して、姿くらましをした。

 

 

 

 

目にしただけで怖かったのに、今ではすっかりと慣れて平然と屋敷の中へと入っていく自分の体が、自分のものではない気がした。

 

中に入り、きっともう集まっているであろう1番奥の部屋へと歩き進める。立派な扉の前に立つと中から微かに声が聞こえてくる。

 

 

「………裏切り者は……消せば良いまでだ」

 

 

聞こえてきた冷たい声に、私の体は震えることなく、自分の意思とは裏腹に扉に手をかけ、中へと入っていた。一斉に私の方を見てくる全員の視線を感じながら、口を開く。

 

 

「申し訳ありません。……どうしても抜け出せない状況でしたので、遅れてしまいました」

 

 

見たところによると、集まっているのは全員ではないらしく、数人しか集まっていなかった。

 

椅子に座り、私の方を見てくる人達の顔を一人一人確認する。私が知っている人は、ルシウス…それから、バーテミウス・クラウチ・ジュニアらしき男、ベラトリックス………そして…セブルスぐらいだ。

 

 

 

 

薄暗い部屋を少し歩き、目の前に座っているあの人の目を見つめながら、話しかけた。

 

 

「…1つご報告があるのですが、宜しいですか?」

 

 

 

私が問いかけると、あの人は少し口角を上げてゆっくりと答える。

 

 

「…良いだろう。話してみろ」

 

 

 

「………実は、先程成り行きで魔法省に身を置くことになりました。」

 

 

 

その言葉に少し反応みせるあの人を見つめながら、後を続けた。

 

 

「…父が、生前魔法大臣に頼んでいたようでして、……私としてはこの状況を利用して、貴方様のお力になりたいと考えているのですが、どういたしましょうか?」

 

 

嘘の言葉をつらつらと吐き出していく私は、自分の体じゃない気がするほど、淡々としていた。

 

 

……こんなにも…嘘がつけるというのなら……

 

 

 

 

どうして………あの時…つけなかったんだろう

 

 

 

「残念だが、その必要はない」

 

きっぱりと言い捨ててくるあの人の声が耳に入ると、頭に浮かんだことは消えていった。

 

思ってもいなかったことを言われた私は、嫌な予感がして、あの人から目を離さないようにしながら慎重に声を出す。

 

 

「…………貴方様にとって良い話だと思うのですが」

 

 

視界の端にセブルスの姿を入れながら問いかけると、ただ彼の姿を見ただけだというのに、緊張したように少し鼓動が速くなった。

 

 

……ひさびさに顔を見たからだろうか。

 

 

 

………こんな時にセブルスの顔を見るだけで、少し胸が暖かくなるなんて、もう私はどうしようもない。

 

 

 

 

「……貴様に1つ聞いておきたいことがある。」

 

 

「何でしょう」

 

 

 

 

少し笑みを浮かべながら、聞き直すと腰掛けているあの人はゆっくり口を開いた。

 

 

 

「エド・ヘルキャットはどこにいる。」

 

 

 

私は、思えがけない言葉に聞き直すしかなかった。

 

 

「……それは…どういった意味でしょうか?

 

 

…叔父は、死んだのではないのですか?」

 

 

確かにあの時、叔母が死ぬ直前に助けられなかったと言っていた。

 

 

私の言葉が響いた部屋は、静まり返り、重い空気だけが流れる。

 

我慢できなくなったベラトリックスが、椅子から立ち上がり私にズカズカと歩み寄りながら声を張り上げてきた。

 

 

 

「黙って聞いておけば、さっきからデタラメばかりよくもまあそんなに言えるものだな。お前があいつを庇っているんだろ!!!!!

さあ、早く居場所を言いな!!!」

 

 

「何のことだか…さっぱり分からないのですが………その様子だと、叔父は生きているんですね?」

 

 

私の言葉を聞いたベラトリックスは、怒りでなのか、体を震わせると、私に杖を向けてくる。

 

腰掛けているあの人に視線を移すと、何も言わず、私の様子を見ているだけだった。

 

 

「………信用されていないのは…分かっていましたが……まさかここまでされていなかったとは…

 

あの時……貴方様は私を僕にしてくれるとおっしゃいましたよね?」

 

 

「あぁ……確かに言ったな。………だが、信用したとは言っていない」

 

 

感情がこもっていない声を聞いた私は、少し可笑しくて、ついつい笑みがこぼれた。

 

 

「……では何故、信用していない私をわざわざお呼びになったのですか?」

 

 

「口を慎め!!!」

 

 

隣から聞こえるベラトリックスの怒鳴り声が鬱陶しく感じて、私は彼女を睨みつけた。

 

 

「今から死ぬ人間がそんなこと知らなくてもいいだろう」

 

 

口角を上げながら、言ってくるあの人の冷たい声が耳に入ってきても怖いと思うことはなかった。

 

 

「…………確かに…そうですね。

 

 

……1つ言っておきますが……私は叔父の居場所など知りませんよ。」

 

 

 

 

笑いながら言った私を見たセブルスの表情が少し歪み、眉間の皺が深くなったのが見えたが、私は後を続けた。

 

 

「…死ぬ前に、1つご質問があるのですが、……叔父を殺してここに体を持ってくれば、……私のことを信用してくださるという意味でしょうか?」

 

 

 

ここで殺されるのは、何としてでも避けなければならない。

 

 

「貴方達の言う通り、叔父が生きているというのなら、…私の前に姿を現わす自信があります。叔父には随分と可愛がってもらいましたし、彼はまだ私が貴方様の下についたとは知らないはずです。」

 

 

スラスラと出てくるその場しのぎの言葉を繋いでいく。

 

 

「……そんなの信じられる訳がないだろ?…そう言って貴様もあいつのように尻尾巻いて逃げるに決まっている。」

 

 

「同じにしないでくれませんか?」

 

 

口を挟んでくるベラトリックスを睨みつけて、あの人に視線を戻した。

 

 

「…私に任せてくだされば、貴方様のお望みどおりになりますし、私も晴れて貴方様に信用される。

お互い、良い事ばかりではありませんか?………」

 

 

 

 

ここで死ぬわけにはいかない。ここで死んだから意味がない。

 

 

 

 

 

 

私の声が響いた部屋は静まり返り、最初に口を開いたのはあの人だった。

 

 

「………ベラトリックス…杖を下ろせ」

 

 

彼女は少し戸惑いながらも、大人しく従った。

 

 

「…………良いだろう。…貴様の提案をのんでやる。」

 

 

「…ありがとうございます。」

 

少しほっとしながらお礼を言う私の声に被せるように、冷たい声が聞こえてきた。

 

「だが、………貴様が殺す気がないと俺様が判断した場合、…直接手を下す。もちろん、逃げようとした場合も例外なくだ。…いいな?」

 

 

「勿論です。」

 

 

 

自分でも信じられないほどに、平然と笑みを浮かべながら答える私は、どんどんと底に沈んでいっているように感じた。

 

 

 

 

先も見えない真っ暗な闇に沈むのは、決して良い気分にはならない。

 

…息もしづらくて、生き辛くて、……冷たい。

 

 

でも……貴方と一緒なら………

 

 

 

セブルスが側に居てくれるのなら…

 

 

 

 

沈むのも…そんなに悪くない。

 

 

 

 

こんなことを思ってしまう私は、可笑しいのだろうか。

 

 

 

こんなにも1人の人間を愛して、執着するのは普通じゃないのだろうか。

 

 

 

 

でもきっと……

 

 

大切な人を…愛している人を守りたいというこの感情は…間違ってない。

 

 

 



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27 もう分からない

 

 

何とかその場をやり過ごせた私は、姿くらましで家に戻った。相変わらず、荒れている部屋をぐるりと見回して、アウラの名前を呼んでみる。

 

 

「アウラ…もういいわよ」

 

 

私の声に答えるように、ばちんという音が聞こえると、アウラとレギュラスが私の前に姿を現した。

 

 

 

「…お嬢様!お怪我は⁈」

 

 

「大丈夫よ。…そんなことよりも早くここを離れた方がいい。」

 

 

私の姿を見た瞬間に、慌てて駆け寄ってくるアウラに答えながら、私は2人に話し出す。

 

 

「…ここに来た人は、一体誰だったんですか?」

 

 

「…魔法大臣と、多分闇祓い。…父が頼んでいたらしいの。自分が死んだ時に、子供達の安全を確保してほしいって」

 

 

私の言葉に考え込むレギュラスを見ながら、私は後を続けた。

 

 

「…私は魔法省に身を置くことになったけど、貴方達の安全が確保できる場所はまだ見つかってないし…「…何か隠していませんか?」

 

 

私の話を遮り、問いかけてくるレギュラスは見つめてくる。

 

 

「…そんなことで、焦っているなんて貴女らしくない。……別にあるのでしょう?ここを離れないといけない理由が」

 

 

「……それは…」

 

 

「しっかりしてください。貴女がひとり抱え込んだ所でどうにかなるものじゃない。……僕は、貴女に協力すると言った。

 

 

………大丈夫です。

 

…僕を…信じて…」

 

 

 

私に語りかけてくるレギュラスの言葉を聞いて、自然と落ち着いていく自分の体から力が抜けていくのを感じながら、声を出した。

 

 

「………あの人に呼び出された。…」

 

 

私の小さな声がはっきりと響くほどに静まり返った部屋には、緊張した空気が流れた。

 

 

「…エド叔父さんを……庇っていると疑われて、何とかその場をやり過ごせたけど、……疑われるにはそれなりの理由があるはず。……まだ確証はないけど、…誰かを匿っているということが薄っすらとばれているのかも知れない」

 

 

あの時感じたことを言葉にすると、どんどんと思っていることが外に出て止まってくれない。

 

 

「…このままだと、貴方も私も…殺される」

 

 

「一旦落ち着きましょう。……今焦っても状況は変わらないですし…」

 

 

そう言いながら、私の肩を持ってくるレギュラスは少し頼もしく見えた。

 

 

「…………そうね……。とりあえず、貴方達の安全を確保することに集中するわ。」

 

 

私は少し息を整えながら、レギュラスに言い、アウラに視線を移した。

 

 

「……明日には、確保するからそれまでに身支度を済ましといて。……アウラ、貴方は彼からひと時も離れないで」

 

 

「分かりました。」

 

 

アウラの返事を聞いて、私はひと息ついて、考え込む。

 

 

やっぱり…マグルが住んでいる所に紛れ込むのが1番だろう。

 

 

 

 

 

 

「……探してくる」

 

 

私が部屋を出ようとすると、後ろから腕を掴まれ、呼び止められた。

 

 

「…………今は行くべきではないと思います。

 

……どこかで、貴女のことを見張っている可能性が高いですし、それに……もう日が暮れてますから。」

 

 

じっと見つめてくる真剣なレギュラスの表情を見ていると、私もだんだんと落ち着きを取り戻し、冷静になる。

 

 

「…………そうね…」

 

 

私の言葉に、安堵したような表情を浮かべた彼は私の腕を離した。

 

 

 

 

 

大体、目星はつけてある所は何箇所かある。

 

明日、そこを回って、決めればいい。

 

…大丈夫

 

 

そう何回も自分に言い聞かせても、心臓は緊張しっぱなしで、勿論眠ることなどできる訳がなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

朝一で出掛けた私は、街の中の、マグルが普通に住んでいるアパートのような建物の一部屋を借りることができた。

 

 

ダイアゴン横丁に行き、グリンゴッツで両替をして、部屋を借りる手続きを色々と済ましていると、気づけば夕方になっていた。お金は、両親が残してくれたおかげで困る気配もない。

 

 

 

 

 

 

 

宙に浮いた足が、地面につき、体勢を整えると、荒れた部屋に変わらずいる2人の姿が目に入ってきた。無事な姿を見ると、安心から体の力が抜ける。

 

 

「見つかりましたか?」

 

 

「えぇ…確実に安全な場所とは言えないけど、この場所よりかは何倍もましよ。……身支度は済んだ?」

 

 

「…はい、大丈夫です。」

 

 

少し笑いながら言ってくるレギュラスを見て、私はふとあの本のことを思い出した。

 

 

「少し…待ってて。すぐに戻るわ」

 

 

私は、部屋から出て、本を取りに自分の部屋に向かった。

 

 

ひさびさに入った自分の部屋も、すごい荒らされようで、廃墟のようだった。床に散らばっている本の中に、混じっていた、黒い表紙の本を拾い上げて砂埃を払う。

 

…逆に、変に隠さなくて良かったかもしれない。

 

 

そう思いながら、ページをパラパラとめくり無事なことを確認して、2人の元に戻った。

 

 

 

 

「…ごめんなさい。…じゃあ行きましょうか。」

 

 

戻った私の手の中にある本をちらりとレギュラスは見たが、何も言わずに私の手を握る。アウラが私の手を握った瞬間に視界が歪んだ。

 

 

 

 

 

 

まだ見慣れていない部屋に視界が変わると、2人は確認するようにキョロキョロと見回す。

 

 

「ここは好きに使って構わないから、……もう少しだけ外に出るのは我慢してほしいの。」

 

 

「大丈夫ですよ。……意外と良い部屋ですし、それに興味深い本もいくつかありますし、暇は潰せそうです。」

 

 

レギュラスは、前の住人が置いていった本を興味深そうに手を取り、ページをめくっていた。

 

 

「……あぁ…それは、前の住人が置いていったものらしいから…きっとマグルの本よ」

 

 

「…なるほど、だから見たことなかった訳ですか」

 

 

レギュラスは納得したように呟いて、本を机の上に置くと、ソファーに腰掛けた。見ただけでも柔らかくなさそうなソファーに座った彼の表情から、やっぱり柔らかくないらしい。

 

 

 

「本当に、最低限の部屋しかないの。奥には寝室とバスルーム、それから隣の部屋には小さなキッチン。

 

落ち着くまでは、とりあえずここで我慢して。」

 

 

「十分です。意外と見つかりにくそうですし、それに…」

 

 

レギュラスはカーテンを少し開けて、人通りが多いことを確認するように、外を覗き込んだ。

 

 

「…これだったら、マグルに紛れ込めそうですしね」

 

 

カーテンを閉めて、ソファーに腰掛けるレギュラスを見ていると私はずっと思っていたことを問いかけていた。

 

 

「……本当に…家族に会わなくても良いの?」

 

 

ずっと思っていた。彼の為だと思ってやってきたことでも、実際はそれが苦しめているのかも知れない。家族想いのレギュラスが、家族に会いたいと思わない訳がない。

 

 

今後、1人ではやれないこともあると思って、彼に力を貸して欲しいと頼んだけど……本当にそれが正しかったのかも…分からない。

 

 

「……今だったら……まだ、間に合うわよ。…私から提案しといてなんだけど…まだ今だったら家族の元に戻「レイラ」

 

 

話を遮られたことよりも、名前を呼ばれたことに驚いて、こっちを見ていたレギュラスを見つめた。

 

 

「……今更、家族の元に戻るつもりなんてさらさらないですよ。…例のあの人がいつ僕が裏切ったのかを気づくかも分からない状態で、戻れる訳もないじゃないですか。」

 

 

にこりと笑いかけながら話すレギュラスは、後を続けていく。

 

 

「……自分の欲のために、家族を危険な目に晒すなんてしたくないんです。

 

それに………僕が家族の元に戻ったら…………

 

 

 

 

 

 

貴女が独りになる。」

 

 

 

彼の言葉が重くのしかかり、少し声が出しづらくなった。

 

 

「……独りなんて…もう慣れっこよ。」

 

 

 

私は彼から視線を逸らし、近くにあった机の上に持っていた本を置き、話題を変えるために話しかける。

 

 

「この本、私の大切なものなの。……無くさないように、預かっててもらっていいかしら?」

 

 

「……えぇ…いいですよ」

 

 

レギュラスは、本をちらりと見て、何か言いたげに返事をした。

 

 

 

「じゃあ、……アウラ、少しここをお願いね」

 

 

アウラに視線を移し、部屋から出ようとすると腕を握られ、引き止められた。振り返ると、私の腕を握るレギュラスが視界に入った。

 

 

 

「…どこに行くんですか?」

 

 

 

そう問いかけてくる彼の瞳は、真剣そのものだった。

 

 

「……魔法省よ。…早く帰らないと、どこに行っていたのか聞かれそうでしょ?」

 

 

「……何か…隠していませんか?」

 

 

 

私の言葉が聞こえていないように、質問ばかりしてくるレギュラスは後を続ける。

 

 

「……………何を…するつもりですか…」

 

 

 

 

少し不安そうな表情を浮かべてくる彼は、いつもよりか幼く見えて、ついつい子供を安心させるように頭を撫でた。

 

 

「…………貴方が不安がることなんて…何もしないわよ」

 

 

私に頭を撫でられたことに驚いたのか、少し体を固まらせたレギュラスを見て、ゆっくりと手を離すと、彼の顔がぐらりと歪んだ。

 

 

 

 

 

レギュラスは、どこまで勘づいているのだろう。

 

 

……私が叔父を殺さないといけないことも薄々気づいているのだろうか。

 

 

彼に全て話した方がいいのだろうか。

 

 

何だったら私は、本当に信じていいのかさえも分からなくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中々帰ってこなかった私を心配してなのか、案の定どこに行っていたのかミンチャムから問いただされたが、何とか誤魔化すことができた。

 

 

 

案内された部屋は、少し狭い部屋だったが、それでも身を置かせてくれる私からすれば、十分過ぎるものだった。

 

 

「すまないね…空いている部屋がここしかなかったものだから。」

 

 

「いえ…私には十分過ぎるほどですよ」

 

 

私の言葉を聞いた彼は、優しく微笑みながら杖を一振りする。

 

少し埃かぶっていた机も椅子も綺麗になり、散らかっていた羊皮紙や、何冊かの本が元の位置に戻るかのように移動して、見違えるほどになった。

 

 

「そこの扉は、寝室に繋がっているからね。そんなに良いベッドじゃないから、寝苦しかったり、何かあったら直ぐに私に言いなさい。」

 

 

「ありがとうございます。」

 

 

まさかこんなにも整った環境を用意してくれるとは思っていなかった私は、少し戸惑いながらお礼を言った。

 

 

「まだ仕事が残っているから、私は戻るとするよ。…あぁ、この部屋は好きに使ってもらって構わないからね。」

 

 

そう言いながら、部屋を後にするミンチャムの後ろ姿を見送って、ローブを1人掛けのソファーにかけて、椅子に座った。

 

 

……さて…これからどうすればいいのだろう。

 

 

腰掛けて一休みすると、あの人の顔や言葉が頭に浮かんでくる。

 

 

死なないためには…叔父を殺さないといけない。でも、その叔父がどこにいるのかも分からない。

 

 

そもそも、本当に生きているのかどうかも分からない。今考えれば考える私は、叔母の言葉を聞いただけで、叔父が死ぬ瞬間も、死体も見ていない。

 

 

 

 

 

……死ぬ…瞬間…か……

 

 

 

 

 

…あっ…ペンダント…

 

 

 

私は急に、ペンダントのことを思い出して、服の中から取り出し、手に持ってみた。

 

 

「……身近な人が死ぬ瞬間を目にしたら…時を止められる……」

 

 

父に言われたことを繰り返すように呟いて、ペンダントを開いてみると、変わらず4つの惑星のような球体が飛び出し、周りを回りだす。

 

見た感じでは、特に何も変わっておらず、相変わらず何本の針がそれぞれの速さで動いている。とりあえず、ペンダントの色々なところを押してみたり、触れてみたりしてみたが、何も変わることはなかった。

 

変化がないペンダントを見ていると、父が言ったことはデタラメなんじゃないかと思いだした私は、やけくそに針の中心を押してみると、ボタンのようにカチッという音が聞こえた。

 

すると、それぞれの速さで動いていた針は、ピタリと止まり、周りを回っている球体の動きも止まった。

 

 

咄嗟に周りを、見回してみるが、特に変わっている様子はない。

 

 

ペンダントに視線を戻すと、今まで動いていなかった針が静かに時を刻んでいることに気がついた。

 

 

 

ペンダントを手に持ち、少し緊張しながら、部屋の扉を開けると、最初に目に飛び込んできたのは、まるで石像のように全く動かない人の姿だった。

 

ゆっくりと近づき、顔の前で手を振って見ても、瞬き1つしない。

 

 

……本当に…時間が止まった…

 

 

そう確信した私は、全く音が聞こえないことに気がついた。足音も、物音も、音というものがこの世界から消えてしまったかのように、静まり返っている。

 

 

…今この世界で…動いているのは……私だけ

 

 

 

そう思うと、本当にこのペンダントをあの人に渡さなくて良かったという安堵感が襲ってきた。

 

 

何となく、ペンダントに視線を移すと、時を刻んでいる針が12時を指し、カチッという音がした瞬間に、音が聞こえてくる。咄嗟に後ろを振り返るとさっきまで動いていなかった人が何も気にすることなく歩いていた。

 

 

…時間制限がある…ということか。

 

 

部屋に戻った私は、ペンダントを眺め、首からかけると服の中にしまい、瞼を閉じた。

 

 

 

 

時間が止められるということは、本当に、父も母も兄も…死んだということだ。分かっていた。あんな状態で生きていることがおかしい。

 

 

でも、どうやら私はまだどこから生きているのかもと馬鹿なことを思っていたようだ。

 

でないと、今こんなにも胸が苦しくならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから、魔法省に身を置いた私は尻拭いというの名の仕事をこなしていた。ただで身を置かせてもらっている者だから、文句を言ってはいけないことぐらい分かっているのだが、毎日羊皮紙と向き合い続けて正直言って溜息しか出てこない。

急に現れた私は、死喰い人に家族を殺された可哀想な少女として魔法省中に広まったらしく、すれ違うたびに情をかけてくるものもいれば、変に気にしてくる者もいた。

 

最初は慣れなかったが、時々アウラが身の回りのことをしに来てくれていたお陰で、魔法省で寝泊まりすることもすっかりと慣れた。何か頼みたいことがあったら、アウラのことを呼ぶと直ぐに前に現れてくれる彼は、とても頼りになる。

 

レギュラスの様子を見には、時々行ってはいるが、今の私は自由に外を歩ける身でもないし、長い時間魔法省を留守にできるわけもない。

ただ、夜に毎日叔父に会うために、家に戻ってはいる。叔父が私に会いに来てくれるのなら、まず最初に家に来るだろうと思ったからだ。

 

でもまだ一回も会うことが出来ておらず、本当に生きているかどうかも怪しく思うほどに時間が経ってしまっていた。

生きていたとしても、私に会いに来てくれる保証なんてどこにもない。このままだったら、私はきっとあの人に殺されるだろう。

こんな賭けをやっていること自体、きっと間違っているんだろうが、あの時のこの方法しか思いつかず、後先考えずに言ってしまったのだからしょうがない。

 

 

………叔父を見つけて………殺さないと…

 

 

 

自分の掌を眺めながら、簡単にそう考えてしまうこと自体、私はきっともうおかしくなっているのだろう。

 

 

正直言って、今後何をするのが正解なのか、何をすればいいのか分からない。レギュラスに協力を強制したことも、彼の命を救ったことも、魔法省に身を置いたことも、家族の命を奪ってまで、生き残ったことも本当に正しかったのだろうか。

 

 

………あの時……一緒に……死ねばよかったんじゃないかと時々頭によぎっては、頭が真っ白になる。

 

何も考えられなくなった頭には、いつも必ず最初に浮かぶのは、セブルスのことだった。

 

 

学生の頃のセブルスの後ろ姿が浮かんでは、消えると、体に力が自然と入る。

 

 

 

 

彼を………助けるまでは………

 

 

 

こんな腐った世界を終わらせるまでは……

 

 

 

セブルスが…心から笑える日が来るまでは…

 

 

 

 

 

死ねない。

 

 

…死んではいけない。

 

 

 

 

そう思うと、……何故か胸らへんが寂しくなった。

 

 

 



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28 誰か教えて

 

 

 

魔法省の部屋に篭って、ひたすら羊皮紙に向き合っていると時間の感覚も狂うらしく、気づけば日も落ちていた。

 

 

 

気分転換に部屋を出てみると、もう日は落ちているというのに、まだ忙しそうに働く人とすれ違う。体を伸ばしながら歩き、少し体越しに後ろを振り返ると、人混みに紛れながら、私の方を見てくる1人の男が目に入ってきた。

 

 

………やっぱり…私の……勘違いではないな

 

 

最初は気づかなかったが、最近同じ人物が私のことを見張るように、部屋を出ると高確率で近くにいることが多い。

 

 

分かるのは、男だというだけで、名前もどこの所属なのかも分からない。ただ、私には1つ心当たりがある。

 

 

神秘部の……オーガスタス・ルックウッド 。

 

 

彼だとしたら、私を監視するように見てくるのも十分に理解できる。

 

 

 

こんなことが分かったとしても、…状況が良くなるなんてことはない。

 

 

 

 

 

 

私は部屋に戻り、ローブを羽織ると姿くらましをした。

 

 

 

足が地面につき、顔を上げるとソファーに座り、本を読んでいるレギュラスの姿が目に入ってきた。

 

 

「お帰りなさい。……状況は良くなりましたか?」

 

 

私に気づいた彼は本を閉じて、机に置くと私に問いかけてくる。

 

 

「あまり良くはないわね。……それで何か変わりはある?」

 

 

「いえ、何も変わりはありませんよ。…」

 

 

レギュラスの声を聞きながら、椅子に座ると、アウラがキッチンから出てくるのが見えた。

 

「お嬢様、お帰りなさいませ。今、お茶をお持ちしますね。」

 

 

「えぇ…ありがとう」

 

 

アウラがキッチンの方に入っていく音を聞いた、レギュラスはまるでタイミングを見計らったかのように、口を開いた。

 

 

「…………すいません。…」

 

 

突然謝ってくる声が耳に入ってきた私はただ目の前に腰掛けている彼を見つめるしかできない。

 

 

「…協力すると言いながら、…貴女だけを危険な目に合わせてしまって…。」

 

 

申し訳なさそうに話すレギュラスの姿を見て、何となく彼が今思い詰めているように感じた。

 

 

「そんなこと、気にしないでも大丈夫よ。……貴方は、今は見つからないことだけに集中すればいい」

 

 

アウラは、話を邪魔しないようにと静かに私の前にティーカップを置くと、奥へと消えていく。

 

 

目の前に置かれた、淹れたばかりの紅茶を飲んでいると、彼の話し出す声が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

「………僕の…話を……少しだけ聞いてもらってもいいですか?」

 

 

「……えぇ、いいけど…」

 

 

レギュラスが急に問いかけてくるものだから少し戸惑ったが、彼はそんなこと気にせずに後を続ける。

 

 

 

「…………僕の家系は、純血主義の思想を抱いていて、その考え方が正しいと教えられてきました。

 

僕は今でもあの考え方が間違っているとは…思っていません。そんな家で育ったんですから、あの人の下につきたいと思うのも自然の事で、あの人が、僕にとっての憧れで尊敬していました。

 

 

 

 

でも、両親の思い通りに育った僕に対して……兄はそうはいかなかった。」

 

 

 

私から視線を逸らし、話すレギュラスは何か胸の内を明かすように言葉を繋いでいく。

 

 

「…兄は純血主義を全否定して、両親に反抗しました。そんな兄の姿を見て、滑稽だと思ったのが正直な気持ちです。

 

だけど……ホグワーツに入学し、目に見た兄は、友達に囲まれ、楽しそうに活き活きとしていて…何より幸せそうだった。

 

 

兄の考え方が、全く理解できなくても別に嫌いだった訳ではないんです。僕にとっては…たった1人の兄で…兄弟ですから、だから見たことのないあんな笑顔見た瞬間に何か崩れてしまった気がして、いつの間にか兄が憎くなっていた。」

 

 

そう話すレギュラスは、どこか苦しそうで、私は何も言わずに耳を傾けた。

 

 

 

「………両親が兄のことで頭を悩ませる姿も、親戚が…兄のことを全否定する姿も…耐えきれなくて、だから…僕が両親期待に応えないといけなくなった。

 

 

自分の気持ちに正直で、強いられた道ではなく、ただ自由に生きる兄を見ていると自分が惨めになるんです。

 

僕は、両親の期待に応えようとただひたすらに頑張ってきたはずなのに、それなのに何か大切なものが失った気がしてならない。」

 

 

 

彼は認めたくないように、両手で顔を覆うと小さく呟いた。

 

 

「……僕は……シリウスが……羨ましかった」

 

 

 

そう言うレギュラスに、学生の頃の彼が自然と重なって、私はティーカップを机の上に置いた。

 

 

 

「…………私は最初……ブラックを見たとき彼は純血主義だと思ったわよ。」

 

 

私が静かに話し出すと、彼は驚いたように顔を上げる。

 

 

「…あんなに名が知られている純血主義の子供だってことも勿論理由だけど、……ホグワーツ特急に乗る前、明らかにそういう雰囲気を醸し出していたし、目が死んでいて、何より何かに怯えていた。」

 

 

「…怯えていた……?」

 

 

聞き直してくるレギュラスは、驚きを隠せない様子だった。

 

 

私は新入生の時を思い出しながら、後を続ける。

 

 

「何に怯えていたのかは分からないけど、…組分け帽子の時に見た時には、もう怯えてもいなかったし、目も死んでいなかったわね。

 

……きっと、何かあって彼を変えたんじゃない?」

 

 

まだ記憶を思い出していない私は、あまりの変わりように驚いたから良く覚えている。

 

今だったら、大体予想はつく。

 

……彼を大きく変えたのは、ポッターに出会えたから。

 

自分の命を犠牲にしても守りたいほどの、親友の存在ができたからだ。

 

 

 

「…そんなに慌てなくてもいいんじゃない?まだ死ぬには早すぎる年齢だし、…人生なんて、まだまだこれからよ。

 

………それに…お楽しみは最後にとっとくのが一番よ」

 

 

私が明るめに答えると、彼は可笑しそうに、優しくふわりとした笑みをこぼした。

 

いつもの張り付いたような笑顔ではなく、暖かくなるようなそんな笑顔。

 

 

私は、笑うレギュラスを見て少し呟くように声に出した。

 

 

「………笑えるじゃない。」

 

 

私の言葉に、意味が分からないように頭を傾けるレギュラスを見ていると、私も笑いが溢れた。

 

 

「私、貴方のその笑顔好きよ。」

 

 

 

レギュラスと話している今、少し楽に笑えているような気がして、胸らへんが軽くなる。

 

 

「…そろそろ行くわね。」

 

 

 

ゆっくりと立ち上がり、彼に話しかけた。

 

 

「…また何かあったら、私で良ければ聞くわよ。…………じゃあ、アウラにお茶美味しかったって言っといて」

 

 

ローブを羽織り、姿くらましをしようとすると後ろからレギュラスの声が聞こえてくる。

 

 

「……………ありがとうございます…。」

 

 

柔らかい表情を浮かべる彼の姿が少し見つめて、笑いかけると私は魔法省に戻った。誰にも私が留守にしていたということはばれていないことにほっとしながらローブを脱ぎ、1人掛けのソファーに腰掛ける。

 

 

 

 

 

……隠れながら暮らしているレギュラスにとっての話し相手は、時々顔を見にくる私と、アウラしかいない。

 

 

まさか、急に自分のことを話しだされるとは思っていなかったが、きっと自分1人では抱えきれなくなったんだろう。

 

 

 

そう思ってしまうと、兄に泣きついた時のことが昨日のことのように頭に映像が流れる。

 

 

 

「……………上手くいかなかったな……」

 

 

 

兄のように励ますことができなかった。

 

レギュラスは、私に話して少しでも楽になっただろうか。

 

 

 

兄の体温が恋しくなった私は、少しでも紛らわすためにローブを羽織って誤魔化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はどうやら土砂降りの雨が降っているらしく、魔法省の中は所々濡れていたり、気持ちいつもよりか暗い印象だった。

 

 

部屋に1人で篭っている私は、羊皮紙を眺めながら今後のことを考え込む。

 

 

殺されそうになったあの日から、もう随分と時間が経っているし、……殺されるのももうそんなに遠くないことだと思う。

 

 

今までは、ただ叔父から会いに来てくれるのを待っているだけだったが、そろそろ自分から探しに行かなければならなくなった。

 

………もし…見つからなかったら……私が殺される。

 

 

 

 

……一応…レギュラスに全て話して、彼に託すべきだろうか。

 

 

 

そしたら……私が死んでも、彼が代わりにやってくれるという保険は一応つく。

 

 

私が死んで、レギュラスが必ず私の代わりに成し遂げてくれるなんて保証もないが、……何も伝えずに死ぬよりかはマシだろう。

 

 

 

……今夜…叔父と会えなかったら、…レギュラスに全て話そう。

 

 

私は、心の中でそう決心して、とりあえず今夜まではいつも通り家に行くことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すっかりと夜が更けた頃、私はローブを羽織い、家に向かった。

 

視界が歪むのを止めると、相変わらず荒れ果てている部屋の景色が視界に飛び込んでくる。窓に激しく打ち付ける雨の音を聞きながら、何とか支えられている椅子に腰掛けながら外を眺めた。

 

 

こんなにも雨の音が激しいと、足音もはっきりと聞こえないかも知れない。

 

そんな考えが思い浮かんでも、私は体を動かすことがめんどくさくて、実際立ち上がろうなんて思いもしなかった。

 

それはきっと、叔父が私の目の前に現れるわけがないと諦めているからだと思う。

 

 

毎晩、家で待っていてもこんなにも姿を現してくれないというのなら、……生きていないという確率だって高いし、……もし生きていたとしても私の前に必ず姿を現してくれるという保証なんてどこにもない。

 

 

 

それにしても、何故あの人は叔父を殺そうと必死なのだろうか。

 

 

叔父が裏切ったしたら、一体何を……裏切ったというのだろう。

 

 

想像もつかない私は、ぼんやりと窓を眺めると、外は相変わらず、激しい雨が降り続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれ程の時間待ったのか分からないが、あんなに土砂降りだった雨は少し止み、小雨になっていた。

 

こんな暗い部屋で1人いると、だんだんと眠たくなってくる。

 

 

…………そろそろ…戻ろうかな…

 

 

 

長時間留守にしすぎるのも、誰か部屋を訪ねてきたら私がどこにも居ないことがばれてしまうし、…きっと、今夜も会えないだろう。

 

 

私がゆっくりと椅子から立ち上がり、立ち去ろうとした時だった。姿くらましをした時に聞こえる弾ける音が、遠くから聞こえたような気がして、心臓が緊張したように跳ね上がった。

 

一歩も動かずに、耳を澄ますと、誰かが歩くような音が聞こえてくる。

 

……どうやら…意外と近いらしい。

 

 

 

私は杖を取り出して、部屋を出ると足音が聞こえた方の、隣の部屋のドアノブを握り、勢いよく開けてみるがそこには誰もいなかった。

 

 

………いや、絶対に誰かいたはず。

 

 

 

私は諦めきれずに、その部屋を出ると隣の部屋を開け、杖を構いながら入ると暗闇の奥で人影らしきものが動いた。どうやら私の前にいるのは魔法使いらしく、私と同様、杖を握っているように見える。

 

ポタポタと、床に落ちる水が滴るような音だけが部屋に響き、私は目の前の相手が誰なのか確かめるために声を出した。

 

 

 

「…貴方は…誰?」

 

 

 

私の声が部屋に響き渡ると、目の前にいる人影が、杖を下ろすような仕草を見せる。

 

 

 

「…………レイ…ラ……?」

 

 

私の名前を呼ぶ弱々しく、震えているその声は、聞いたことのあるもので、自然と心当たりのある人の名前が口からこぼれ落ちた。

 

 

「…エド……叔父さん?」

 

 

 

小雨だった雨は止んだようで、タイミングよく雨雲から顔を出した月の明かりに照らされ、叔父の姿がはっきりと見えた。顔は影になってあまり見えなかったが、どこかほっとしているような表情を浮かべたのが、うっすらと見える。

 

 

「………良かった……無事だったんだな」

 

 

そう言う叔父を見ても、私は嬉しいという気持ちより、殺さなければならないということだけが頭を巡る。

 

 

「……レイラに………どうしても…伝えたいことがあって…」

 

 

叔父は決して、私に近づこうとはせずに一定の距離を保ったまま話そうとする。私が近づこうとすると、叔父は少し声を大きくした。

 

 

「そのままで、聞いてくれ」

 

 

私は何も答えずに、素直に従って、叔父を見つめた。

 

 

 

「………お前の家族が……死んだのは……レイラのせいじゃない。

 

……全部…僕のせいだ。

 

だから、………思い詰めることなんて…何もない。」

 

 

そう話す叔父は、明らかに私のことを励まそうとしている様子だった。

 

 

「……叔父さんは、…本当に……死喰い人なの?」

 

 

 

「……………脅されていた。……何か有力な情報を話さないと、殺すと、言われた……。

 

 

 

 

 

 

すまない………レイラ…。

 

 

 

…本当に……すまない。」

 

 

 

何度も謝ってくる叔父は、私を見つめて途切れ途切れになりながらも後を続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………レイラ……ペンダントは……持っているか?」

 

 

 

「……それが…どうしたの?」

 

 

 

私の言葉を聞いた叔父は、お腹に手を回しながらゆっくりと口を開く。

 

 

「……………ペンダントは……使うな。……終わらせるんだ。

 

 

じゃないと…レイラは死に近い人間になり続ける。」

 

 

 

「…分かりやすく、説明して」

 

 

叔父が伝えたいことがわからずに、問いかけると、何か焦っているような声が聞こえてきた。

 

 

「…そのペンダントは、自分を必要としてくれる人間だけに力を貸す。

…自分の存在意義を示すように、……所有者を色んな手を使って殺しにかかってくる。

 

 

…………意思があるんだ。…そのペンダントは単なる物じゃない。

 

 

 

 

……レイラ…に………は…死んでほしくない…」

 

 

 

 

……ペンダントに意思があると言われても…そんなのもう遅い。今更、意思があるとかないとかそんなのどうだっていい。

 

 

……私は………今目の前にいる叔父を…殺さないといけない。

 

 

そればかりが頭に浮かび、ペンダントのことを言われてもどうでも良くなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……………分霊箱……。」

 

 

弱々しい声で叔父の口から出た言葉が耳に入ってきた瞬間、驚きで何も言えなかった。

 

 

 

「……例のあの人は…分霊箱というのを作っている…………。全部……壊さないと………どんなに頑張っても……殺せない……。」

 

 

 

どうして、叔父がそんなことを知っていることに驚きながらも、必死に途切れ途切れに話す叔父を見ていると何故か不安が襲いかかってきた。

 

どうして………こんなにも…息が切れているの……

 

疑問に思った私が杖先を灯して前の方を照らすと、叔父の身に何が起こっているのかがはっきりと視界に飛び込んでくる。

 

 

 

雨に濡れてたから、水が滴るような音がすると思っていた。

 

違う。

 

雨じゃない。

 

 

 

叔父の足元には、真っ赤な血溜まりが出来ていて、押さえている腹部から血が滴り落ちていた。

 

 

顔色が良くない叔父は、やっと立っているような様子で、叔父に聞きたいことも何個もあったというのに、全部消えていった。

 

 

もう限界が近づいたのだろう。叔父が全身の力が抜けるように膝をつくと、血がだんだんと広がっていく。

 

 

私はもう居ても立っても居られず、叔父の側に駆け寄ると、血が出続ける腹部部分を力いっぱい押さえた。

 

 

「……………レイ…ラ…………ごめん…な。」

 

 

「話さないで。出血が酷くなる」

 

 

どんなに治癒魔法をかけてみても、血が止まることはなく流れ続ける。

 

……お願い…止まって、止まって…

 

叔父を殺さないといけないというのに、体は勝手に動き、思いが溢れてくる。私は杖を握ったまま、腹部を圧迫し続けた。それしかできない。

 

 

「……………死ぬのが…怖かったんだ…。……自分の…ことを……犠牲にできるほど……強くない……そんな…勇気なかった…。」

 

 

 

「お願い、喋らないで。叔父さん」

 

 

「………守り…たかった…………。」

 

 

 

私がいくら頼んでも、叔父は力なく話し続ける。

 

 

 

 

「…………終わらせるつもりだったのに………結局……こんな…中途半端で………レイ…ラを…1人残す…なんて……できない…のに……」

 

 

 

 

ゆっくりと私にもたれてくる叔父の必死に繰り返す呼吸が耳元で聞こえてきても、血を止めるために腹部を押さえるしかなかった。

 

 

 

 

 

「………………ごめん…レイ…ラ…。…」

 

 

 

 

 

もう今にも事切れそうな声が耳元で聞こえた瞬間、込み上げてくる涙を堪えながら声を出す。

 

 

「……謝らないでよ…」

 

 

 

 

「………………レイラ…の…おかげで……レイラが……必要としてくれたあの日から………」

 

 

 

私は叔父の背に腕を回して、服を力強く握りしめた。

 

 

 

「……僕は………救わ……れた…………。」

 

 

 

 

……あの日って…いつのこと言ってるのよ。

 

 

そんなの知らない。叔父なんて救った覚えなんてない。

 

 

 

 

 

だんだんと重くなってくる叔父の体重が嫌という程感じる。服に血が染み込んでいると分かるほど、流れ続ける血にどう頑張っても止まることはない。

 

 

 

「…止まってよ、お願い、止まって…」

 

 

 

呟いても、止まることなんてない。……止まったとしても…殺さないといけないというのに、……今は叔父に死んでほしくなくて、………助けたいと思っているのに、…何もできない。

 

 

こんなに苦しそうなのに………。

 

 

 

 

 

やっと…逢えたのに……。

 

 

 

 

「…………レイ………ラ………も……ぅ…だ……ぃじょう……ぶ………。」

 

 

 

叔父のか細い声が聞こえてきても、私は涙を堪えながら腹部を圧迫することしかできない。

 

 

…どうすればいい。この血を止める