Jedem Narren gefällt seine Kappe 【完】 (トラロック)
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#1 Principibus placuisse viris non ultima laus est.

 

 むかしむかしあるところ(ローブル聖王国)にカルカとカスポンドという兄妹(きょうだい)がおりました。

 妹のカルカは城で祈りを捧げ、兄のカスポンドは自室で亜人達の襲撃にガクガクブルブル。

 しかし、そんな生活をいつまでも続けていられるはずがありません。

 ある日のこと、一念発起して外に出る事にしました。

 引きこもり生活を続けていては食料が尽きてしまう。よし、少しは働こうと――

 そうしてカルカはお供(聖騎士団)を連れて亜人を狩りに行きました。

 ところが、この亜人達はすこぶる強くてずる賢いではありませんか。

 いくつかの連合を作り上げて近隣住民に迷惑行為の数々を断行。

 壁の落書きから始まり、女子供の顔ばかりを嘗め回し、山羊の姿なのにメーメーと羊の鳴き声で騒音を撒き散らす。

 まことにはた迷惑な奴らよ、と引きこもっている筈のカスポンドはすこぶる激高。働きに出たカルカはそんな事はお構いなしに亜人共の首を狩り続けるのです。

 

        §

 

 ある日のこと。

 亜人達の血で出来た川に向かったカルカは不思議な双子の赤子を見つけるのです。

 どんぶらこっこと。――思えば、この擬音はどういう意味合いで作られたのでしょうか。

 いかにも頭の悪そうな――、いえ、元気な赤子でしたが戦力として育てれば役に立つかも、と思い立ったカルカは血の川から拾い上げ――もちろん、魔力系第三位階『飛行(フライ)』を扱える部下達が――るよう命令しました。

 亜人達の襲撃により、赤子の両親はきっと死んでいる――筈です。

 個々の家庭事情はカルカも把握し切れませんので仕方がないのです。

 城に持ち帰り、部下達に身奇麗にされた赤子。

 充分な教育と武術を仕込んで育てること十数年。

 その間に老け顔にならないかカルカは心配で新しい美容魔法を開発。その普及で財を得たり、美貌で人民の支持を取り付けて聖王女としての地位を固めていきました。

 

 亜人特需と後の経済学者は言いました。

 

 引きこもりのカスポンドは今日も引きこもりをこじらせていました。最近流行の『そしゃげ』なるものにはまっており、国の資金を勝手につぎ込んではカルカの右パンチ左パンチ右ストレートしゃがみ頭突き左ジャブ右アッパー小ジャンプ弱パンチ降下しつつ右パンチ立ち左ジャブ右ストレート後ろ回し蹴り左ローキック右肘打ち左アッパー右コークスクリューパンチキャンセル『聖なる光線(ホーリーレイ)』ヒットを確認してから十秒間の怒りモードよるスーパーキャンセル後ろ回し蹴り目押しの鳩尾(みぞおち)キック強制キャンセルダッシュ右ストレート強制キャンセルダッシュ浴びせ蹴りからの下方溜めによるサマーソルトキック一段目ヒット後に強制キャンセルデストロイモード起動左パンチ左パンチ右ローキック左アッパー右ストレート右膝蹴り右ハイキックキャンセルトドメの禁千二百十一式という流れるような連続コンボの洗礼を食らう毎日です。

 オルタの淫紋がどうたらとほざいておりましたが少しは日の光を浴びろと外に蹴り出しておきます。

 それはさておき、すくすくと育った赤子は『レメディオス・カストディオ』と『ケラルト・カストディオ』と名付けられ、立派に成長していきました。

 レメディオスは勉強はさっぱりでしたが武術脳では西国無双。

 妹――暫定的に――のケラルトは賢さによって高い位階魔法の使い手となりました。しかし、力はからっきしでした。

 

「おじいさん、おばあさん」

「聖王女様とお言い。まだそんな歳でもないわ」

 

 玉座にふんぞり返るカルカの言葉にレメディオスは何を思ったのか、目を輝かせて忠誠の証しを立て始めました。

 このお方こそ自分の守るべき主である、と。

 妹はそんな単細胞の姉を支えるべく、見掛けだけ倣う事にしました。

 

「今まで育てていただいた恩に報いる為に我らは亜人連合の首魁『ヤルダバオト』を討伐しに向かいたいと存じます」

「……話の流れ的にヤルダバオトなどという単語は何処から出て来たのかしら?」

 

 生まれた時から殺すべき敵は決まっている、という風な強い眼差しをレメディオスは持っていたようだがカルカには全くの意味不明。

 確かに亜人達は厄介な隣人で皆殺しにしようと常々思っていましたが、首魁の情報はさっぱりございません。

 

「いきなり大ボスのところに乗り込んでも太刀打ちなど出来ないでしょう。亜人の一部隊程度の殲滅ならば許可しますが……」

 

 やる気だけは一人前。けれども亜人も放ってはおけません。

 彼女に先祖代々から受け継がれる『聖剣サファルリシア』を授けます。

 その実力を存分に発揮するがいいと言うとレメディオスは大層喜んで受け取りました。――妹の方は厄介ごとを押し付けられ、姉の暴走に付き合わされる事になりそうだと呆れていましたが。

 

        §

 

 戦力が二人だけでは心許ないのですが。いかんせん、新しい兄弟を今から用意する事はとても難しく、また時間もかかります。

 妊娠期間とか。――そもそも結婚相手が居ません。カスポンドは夫ではなく兄だし、近親相姦というわけにも――。

 また血の川からどんぶらこっこと何かが流れてくるわけでもないでしょうし。

 とにかく、道中腹が減っては困るのでお弁当に亜人の首を三つ渡そうかなと思いましたが気持ち悪いので却下。――というより食えませんよ、こんなもの。

 キビダンゴとかいう団子三つだけでよく(オーガ)を殲滅できましたね、()()は。

 

 兵站はとても大事です。

 

 飲み水と塩。他には香辛料に干し肉、穀物。それと道中いかなる場所でも食べられるように調理技術と毒草の見分け方――これはケラルトに――を教えていきます。

 少なくとも敵に突入する上で必要最低限のサバイバル術は必須。

 脳筋だけで事が済むほど世の中は甘くはありません。

 

「では、頑張って亜人どもを殲滅してくるのですよ」

「この剣はカルカ様の為に!」

 

 完全武装したレメディオスの――頭は残念だが――実力は折り紙つき。

 単騎で鱗の悪魔(スケイル・デーモン)を撃破するほど。

 信仰系魔法をたしなむ妹と組ませれば亜人どもを――全滅とまではいかないが――かなりの大ダメージは与えられる事でしょう。

 こうして彼女達の旅が始まりました。

 目に付く亜人は片っ端から斬り殺し、妹はMP(マジックポイント)を温存しつつ姉に適時アドバイスを送ります。

 戦闘に関しては野獣の如く、また順応力も高いので亜人の種類は把握できなくとも倒し方は身体で覚えていきます。

 

        §

 

 旅が始まって二日目にレメディオス達のお供がしたいと殊勝な心がけで近付くものが現われました。

 見た目から妖しいものは全て切り伏せていたレメディオスも平身低頭をいきなりされれば驚きに包まれます。

 いわゆる犬、(きじ)、猿のようなもの。

 動物が何故、人語を解するのかレメディオスは首を傾げてしまいます。

 これが三体共に粘体(スライム)だったらどうでしょうか。

 例えば『古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)のヘロヘロ』、『紅玉の粘体(ルビー・スライム)のぶくぶく茶釜』、『呟く者(ジバリング・マウザー)のベルリバー』であったら――

 

「……チェンジで」

 

 実力はあるのかもしれないが不定形では何かと精神衛生上の問題が発生しそうです。

 『人熊(ワーベア)のブルー・プラネット』、『人鰐(ワークロコダイル)の獣王メコン川』とか種族や名前からして強そうなものなら頷く可能性が高い。

 『不死鳥(フェニックス)の死獣天朱雀』――燃える鳥人(バードマン)も捨てがたいが仲間としては暑苦しい。――正しい種族名は『火炎梟(バーニング・オウル)』とか言いましたか――

 『刑部狸(ギョウブダヌキ)のぬーぼー』では別の物語になってしまいますね。

 

「……ハムスターなる種族など聞いた事がないが……」

 

 一体目は体長二メートルほどのモンスター。遠い森で『賢王』と呼ばれていたらしく、魔法と武技を使う事が出来るとか。

 この賢王なるハムスターの尻尾は緑色の鱗に覆われたような形状で、どう見てもハムスターのものとは思えない。だが今は無視する。邪魔なら切り捨てるまでだ、と。

 まずお試しとして仲間に入れておくことにしました。――見た目に気持ち悪くないとレメディオスが判断したので。

 二体目はモンスターではなく、近所に住む猿――、もとい共に聖騎士(パラディン)になるべく訓練を重ねてきたネイア・バラハです。

 

「……猿みたいなものかもしれませんが。遠距離攻撃ならばお任せください。このアルティメイト・シュー……」

「武器の名前などどうでもいい。従者としての責務を果たせ」

「はっ」

 

 人間なのに凶悪な面構え。この顔で亜人共がたじろぐのだから仲間としては合格です。

 ――女の子としては残念極まりない。

 こんな顔に生んだ親を恨め、とケラルトは思いましたとさ。

 

        §

 

 飛び道具を持っているのはいいのだが矢の補充はどうするのかとレメディオスは尋ねました。

 戦闘に関して頭が回る戦闘狂は妹も驚くほど。

 

特殊技術(スキル)で出せます」

「なるほど。……よく分からないが問題が無いのであれば構わない」

「はっ」

 

 眉根を寄せて不満いっぱいにしか見えないが嬉しがっているらしい。

 ネイアの表情を読むのはケラルトには難しいがレメディオスは一切動じていない。それはそれで凄いのだが。

 最後の一体はどんなモンスターなのかと逆に期待が膨らみます。

 

「ならば魔導王陛下はいかがでしょう?」

 

 三体目が居ると思っていたが実は居なかった。――きっと諸事情とか大人の都合とかです。

 

「アンデッドなので却下」

「姉様。そういう偏見はいけません。かの王は物凄い位階魔法の使い手と聞きます。それに人間と交渉事の出来る存在です。仲間にしても損は無いと思います」

「邪悪なアンデッドの手は借りない! 聖騎士(パラディン)たる私には受け入れがたい問題だ」

「ならば、この私に魔導王との交渉の場を持たせてはいただけませんか? カストディオ様は私に命令すればいい」

 

 従者らしい礼節をもってネイアは言いました。

 

「なるほど。そのアンデッドの制御はお前に任せよう。だが、私に近づけるなよ。それが害のないアンデッドだろうと私は聖騎士(パラディン)だ」

「よく分からぬでござるが……。聖なるアンデッドは存在しないものでござるか?」

「そもそもアンデッドモンスターは信仰系が弱点となる。それを克服するものは見た事も聞いた事も無い。それに回復はどうしても(アンチ)系だ」

 

 ケラルトもびっくりするほどの博識さを披露するレメディオス。

 戦闘に関して知能指数の上がり方は尋常ではありません。けれどもそれ(戦闘)以外はやはりからっしき駄目なところは可愛い。

 欠点の無い完璧超人などに魅力など欠片も存在しない。

 

        §

 

 (ハムスター)(ネイア)の供を連れて亜人狩りの旅を続ける事にしました。

 目的地は『アベリオン丘陵』という亜人達が一大帝国を築き上げている荒涼とした場所です。

 力こそ正義。――という世紀末のような暮らしを送る彼らは何を楽しみに生きているのでしょうか。

 殺し殺されるだけの毎日はとても不健康です。――だから見た目が醜悪に進化してしまうのですよ、きっと。

 

「来る日も来る日も豚鬼(オーク)ばかりでは飽きますね、姉様。……焼いても不味そうだし」

「人間を食べる亜人なら、その逆も然り、ではないのか?」

 

 焚き火に朝方殺してきた豚鬼(オーク)の肉片を焼いてみるレメディオス。

 こんがりと火が通ってくると良い匂いが漂ってくる。けれども安全な肉なのかは未検証。

 

「……先ほどまで敵であった者を食べようとは……。殿は凄いでござるな」

 

 巨大ハムスターが感心しました。ですが、こいつが何を食べるのかレメディオスは知らなかった。

 そもそも種族も良く分かりません。

 尋ねてみると草食動物である事が分かりました。

 特徴的な口調ですがレメディオス達は全く気にした素振りを見せません。気付いていないのか、それとも気にする程の事が無かったのか。

 

        §

 

 猿こと従者バラハに毒見を申し付けると嫌がりました。――誰でも得体の知れないものは口にしたがりませんよね。

 匂いだけで我慢する事にしたレメディオスは新たな敵影の調査に乗り出します。

 単純な戦闘であれば古今無双の働きを見せる彼女ですが、敵との相性を考慮しない部分は妹が補います。

 お供が本来は前面に立って活躍しなければならないのに荷物持ちと化していました。――それはそれで危険度が低いのでハムスターとネイアは黙っていましたが。

 

「次から次へと。雉など探さずにこのまま本拠地に行くか」

「多勢に無勢です、姉様。剣技だけでは体力ばかりを失います。……いくら体力バカの姉様でも限界がありましょう」

「……一理あるが我等は進まねばならない。カルカ様のためにも」

 

 彼女達の進む道に亜人の軍勢。背後は(おびただ)しい死体の山。

 従者ネイアは間近で見る鬼神レメディオスの強さに驚きました。

 貴女こそ(オーガ)である、と。

 顔は可愛らしい女性なのに首から下は筋肉お化けそのもののような気がしてきました。

 

        §

 

 三人目の供を見つけたとしてもキビダンゴはありません。仲間になれ、と命令するのも何かが違う気がしました。

 妹は頭脳担当として考えを巡らせますが良い案が浮かびません。

 このまま見つからなくてもいいか、と思えてきました。

 雑魚は順当に倒せている。問題は彼ら亜人達を束ねるボスモンスターです。

 それぞれ『ロード』を冠する上位種族たち。さすがのレメディオスも苦戦するはず――

 

「そういえば……。どうして魔導王の話になったんだっけ?」

 

 そもそも『魔導王』って何だ、とレメディオスは妹と従者達に尋ねます。

 

「仲間の話で出しました。……魔導王とは物凄い魔法を使うことのできる魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。……アンデッドの方なのですが」

「そうだった。アンデッドの王だったな」

 

 種族を気にしなければ充分すぎるほどの戦力になる。けれども聖騎士(パラディン)たるレメディオスにとっては天敵も同然の相手。

 素直に仲間にするわけにもいきません。それどころか魔導王すら退治する対象にするかもしれません。

 そうなれば新たな火種が出来て面倒くさくなります。――世間的にも。

 

        §

 

 もやもやする場合は亜人を討伐するに限ります。

 ネイアは遠距離支援。ハムスターは意外にも尻尾の攻撃が強烈で見た目に反してなかなか強い。レメディオスも感心するほど。

 ケラルトは暇さえあれば信仰系による支援と姉の方向調整に入っていました。

 戦力は僅か。敵は膨大。

 このまま戦っていても不毛極まりない。尽きぬ敵勢力をなんとかしたいのはレメディオスとて分かっていましたが、どうにもなりません。

 やはり素直に三人目を見つけるべきか、と苦悩していると空から邪悪な天使が降りてきました。――早速、レメディオスは突貫しました。

 野生の勘で相手を敵だと察知したようです。

 

「こちらが名乗る前に襲ってくるとは……。所詮は人間……。下等な思考しか持ち合わせていないようね」

 

 腰から垂れ下がっている黒いボロボロの布をはためかせている天使。

 黒い全身鎧(フルプレート)の装備をまとい、黒い戦斧(バルディッシュ)を片手に持っておりました。

 頭上に光り輝く輪はありませんでしたが、見ようによれば堕天した天使。または空飛ぶ悪魔です。

 ケラルトもネイアにも見覚えの無い姿なので何とも言えないのですが、雰囲気は紛うことなく邪悪なもの。

 敵かもしれませんが、亜人達とも違うような気にさせます。

 

「……こいつ強いな」

 

 数度斬りかかったレメディオスの攻撃を片手に持つ戦斧(バルディッシュ)のみで的確に打ち払ってきました。――その技能の高さにレメディオスはモンスターである事を忘れて感心しました。

 

「……貴様はアンデッドか!?」

「は? ……私は……鎧で分からないかもしれないけれど……。アンデッドではないわ」

 

 側頭部から生えた角がついた黒い兜を撫でる謎の敵。

 空を自在に移動しつつレメディオス達を睥睨する存在。

 

「そうか。それは失礼した。私はレメディオス・カストディオ。貴殿の強さに感動した。もし、都合が良ければ亜人どもの殲滅に加わってもらいたい……」

 

 剣を収めて胸に手をあて、誠意をもって言い放つ。

 聖騎士(パラディン)としての誇りを持つ彼女の態度は単なる戦闘狂ではない、という証し。先ほどの行動からはとても想像できない清廉さが今はありました。

 

        §

 

 レメディオスの名乗りに対し、黒い堕天の騎士は首を傾げました。

 この人間は何を言っているのかしら、と。

 興味の無い事にはとことん理解不能を示す異形の存在――

 人間とは違う概念や(ことわり)に住む者達にとって彼ら(人間)を理解することの不毛さに疲れを覚えます。

 

「貴女が私を誘うに足る対価は何なのかしら? ……まさかタダで雇おうとか?」

「報酬は名声だ。……金品の都合は我らには無い。ただひたすらに脅威を打ち払うのみ」

 

 黒い全身鎧(フルプレート)の悪魔は腕を組んで唸りました。

 無報酬で仲間になれと言われて仲間になるほど自分は安くはない、という自負がありまました。――もちろん名声は欲しい。むしろ()()()()レメディオスと接触を図ったといっても過言ではない。

 二つ返事をしてもいいのだけれど――。それはそれで面白くないと悪魔は思いました。

 

「……堕天使から悪魔にされてますが……、気にしても仕方がないのでしょうね」

 

 堕天でも堕天使でも構わないが、と。

 

「人間の分際で私に攻撃を仕掛けた勇気に免じて……。仲間になってあげましょう。……少し興味が湧きました」

「そうか。それは心強い」

 

 相手の正体を確かめようという気持ちがまるで無いレメディオスの言葉に妹は頭を痛めます。けれども話がまとまっているようなので口出しは控えました。

 余計な戦闘が続くよりはマシですから。

 姉の攻撃に怯まない力量にも興味があり、仲間として迎えられるのであれば歓迎しましょう、と胸の内で呟くケラルト。

 

        §

 

 こうして無事に(ハムスター)(ネイア)(黒い鎧)の仲間を揃えた桃太郎(レメディオス)鬼ケ島(敵の本拠地)を目指す事になりました。

 レメディオスはここで疑問に思いました。

 アベリオン丘陵のどこに敵の本拠地があるのか、と。

 

「各亜人共の根城を一つずつ潰していけば分かるんじゃないですか? 捕虜も取ってないですし」

 

 目に付くモンスターは全て殺していますので。

 そもそも『ヤルダバオト』が本当に居るのかも実は確認しておりません。

 レメディオスの単なる野生の勘だけで進んでいるので。

 

「この人数で亜人を殲滅することも荒唐無稽だと思いますが……」

 

 いくら聖騎士(パラディン)のレメディオスとて一人で数万の軍勢を相手に出来るわけがない。なおかつお供を増やしたとしても実質五人。――単位は無視します。

 

「それでもやらねばならん」

「心意気だけで困難は打破出来ませんよ」

 

 それでもここまでレメディオスはよく戦った。だが、敵はまだまだ控えている。

 戦士だって休息が必要です。空腹を覚える人間ですから。

 本来ならばある程度、討伐した後は拠点に戻って充分に身体を休ませる。その繰り返しです。けれどもレメディオスの場合は休息期間が短く、また戦闘は荒々しいものばかり。

 今のところ彼女の実力で倒せる敵ばかりだからいいものの、より強力なモンスターが居ないとも限りません。

 

「露払いはやってあげなくもないけれど……。一日で全滅は流石に無理よ」

 

 正論を悪魔が言いました。それにケラルトとネイア達は同意します。

 

「期限については言及されていません、姉様。休むこともまた戦略です」

「しかし、()()は無補給でモンスター共を蹴散らしたのだぞ」

 

 それは子供向けの昔話だからですよ、レメディオス・カストディオさん。

 実際の鬼はもっと凶悪な面構えです。ネイアの顔より怖いかもしれません。というか、小動物だけでどうやって勝ったのか謎ですね。

 同じ仲間でこちらの人食い大鬼(オーガ)と戦ってほしいところです。

 現実のモンスターの恐ろしさというものを味わうといい。

 

        §

 

 ヤルダバオトよりも初期の目的である亜人連合の殲滅を優先すべきではないのか、という意見が多数に上ったのでレメディオスも渋々了承する事にしました。

 とはいえ、文句を言いつつも流石は西国無双の聖騎士(パラディン)レメディオス。

 次々と討伐していく様は惚れ惚れするほどでございました。次点は黒き悪魔。――そういえば名前を聞いていなかった。

 片手で戦斧(バルディッシュ)を奮えばいとも簡単に亜人達は肉片と化して飛び散ります。

 大雑把な攻撃を掻い潜る者達はケラルト達が倒していきます。その連携は回数を増すごとに洗練されていきました。

 何度目かの小休止の後で彼らは気付きます。

 

 弁当が尽きたことを。

 

 思えば無補給の強行軍です。食料が無くなるのは当たり前――

 回復魔法だけでは腹は膨れません。

 非常食として残したハムスターも心なしか痩せていて食べる部分が無さそうに見えるほど。

 

「……こんな荒野では草木もろくに手に入らないか」

「たくさん倒してきたのですから、ここらで帰還すべきだと思います」

「無理に進んでも空腹で倒れるのは時間の問題だと思います」

 

 レメディオスも空腹を覚えていてもおかしくないのですが、彼女の場合は感覚が鋭くなっているようです。

 飢えた獣は何者よりも恐ろしい存在、という風に。

 そして、戦うごとに強くなっている彼女は引き返す選択が取りにくい状況になっていたようです。

 妹達の言葉で(ようや)くにして自分達の状況に気が付いた次第です。

 無謀な戦いは確かに悪手。

 戦闘に関しての勘は誰よりも洗練されている。だからこそ撤退も視野に入れられた。

 

「……分かった。今日中にたどり着けると思っていたのだが……。次の機会に取っておこうか」

「そうですよ、姉様。顔色も肌の艶も悪く、目元に(くま)まで出来ています」

「……そうなのか? いや、そうだな。敵に弱みを見せるのは良くない……」

 

 こうして妹によって帰還を決めたレメディオス。

 ネイア達からすれば生きた心地がしませんでした。なので、やっと温かい風呂やご飯にありつけるとなった今は何よりも幸福を感じていました。

 それを邪魔しようとする亜人の追跡があったとしても怖くはありません。奴らは殺すべき敵です。容赦する価値すらありえない、と思うほど。

 今の彼女達に近づく事は悪魔でも躊躇うでしょう。

 

        §

 

 好き放題倒しまくった亜人の総数はおよそ五百体をゆうに超えました。

 数字というのはちゃんと数えると思っていたより少ない場合があります。それゆえにこの数は意外と正しかったりします。

 数万の軍勢と言われても実際には三千体しか居ない事も。

 故郷(聖王国)へ戻ったレメディオスはカルカに報告します。残念ながら敵の首魁までは届かなかったものの討伐数にいたく満足した様子。

 引きこもりのカスポンドが――死体のように――部屋の片隅に転がっていたのは無視しました。

 

「レメディオスの力を持ってしても亜人の軍団の壁は厚いようですね」

「申し訳ありません」

 

 片膝を付いて謝罪する彼女を咎める気持ちはカルカにはありません。多くの敵を討伐した事をまずは誉めなければなりません。

 それと旅の途中で仲間にした者たちにも謝礼金などを用意する事を伝えました。

 それはそれとして――

 カルカは驚いていました。つい先日、旅を始めたばかりの彼女が怒涛の殲滅数を叩き出した事を。

 現在、近隣の脅威となっている亜人は少なくとも野良のモンスターよりも強い部類に入ります。それを数百体もいきなり倒してくるとは、と。――本来ならば話の真意を探るべく、調査隊を送るところです。

 『聖騎士(パラディン)』の特徴として嘘をつけない。――絶対に無理、というわけではありません。

 育ての親たるカルカはレメディオスの言葉を疑う事は出来ません。それは自分の育て方を否定する事でもあるで。

 それでも国の長として念を入れる事に――多少の呵責は感じました。

 

「次の戦いまでに充分に休むとよいでしょう」

「はっ。では、失礼致します」

 

 姿勢正しく立派な動きを見せるレメディオスが部屋から居なくなるまでカルカはしっかりと見届けました。

 立派に育ってくれてありがとう、という言葉は胸の内で。

 

        §

 

 一日で全ての亜人を殲滅する事は不可能だ、という事実に気付いたレメディオス。

 ならば、と次の作戦を妹に伝えます。

 一日に千体以上を殺し続ける。そうすれば一年後には絶滅できる筈だ、と力強く言い放ちました。

 

「毎日それだけの敵を殲滅する体力は私達の方にはありませんよ」

「だからこそ私が先陣を切る。お前たちは補佐だけしてくれればいい」

「いや……。それでも姉様の体力は無限では無いでしょうに……」

 

 と言いつつも姉ならば不可能を可能にしうるだけの実力があるかもしれない。

 そう思ってもやはり自分以上の強敵に出会えばレメディオスとて強気に出られないのではないか、と妹は不安に思いました。

 今はまだ雑魚ばかりだから慢心しているのでは、と。

 

「殿は亜人を全滅させるのが目的なのでござるか?」

 

 なし崩し的に拠点に招き入れたハムスターだが、狭い室内だと窮屈この上ない。

 子供のネイアが更に小さく見えるほどです。――黒い悪魔はハムスターに押し潰される形で文句を言わずに(くつろ)いでいました。

 

「脅威を排除する為だ。敵は全て殺す」

 

 眉を怒りに歪めて力強く言い放つレメディオス。

 

「人間の国に長きに渡って好き放題荒し回ってきた亜人連合はここらで退場してもらいたい。完全に絶滅させるのが無理でも彼らの王は倒したいな」

 

 各亜人達には『(ロード)』と呼ばれる上位者が君臨していて、命令は主にその王が下していると言われています。

 力こそ正義だ、と(うそぶ)く彼らは一番強い者に従う傾向にあります。それゆえに王クラスの亜人は相当な実力者といえます。

 

「……こんな少人数で亜人を全滅させるのは現実的ではないのは分かっています。ですが、相手だってそう思っています。こちらの戦力を侮って王がのこのこ出てくれば……、勝機が見える……、かもしれません」

 

 王をとにかく倒せば後は有象無象の集まりに過ぎない。残りは別働隊の兵士達でも充分に攻略できます。

 ――さすがに最初の内で全てが解決するほど世の中は甘くありませんでした。

 

 



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#2 Est quadam prodire tenus, si non datur ultra.

 

 兵站を整えて再度の進行に向かうレメディオス一行。

 敵は同じ相手に何度も敗北を重ねるような単細胞ばかりではないようで、武装面が強化されていました。しかし、黒い悪魔にとっては紙同然だったようです。いとも簡単に蹴散らされていました。

 その強さにレメディオスも大喜び。

 自分で全てを倒す気でいたレメディオス――だと思っていたネイアは驚きました。

 この女(レメディオス)は戦闘に関して頭が良く回る、と。

 ハムスターはマイペースで敵を倒すのですが、こちらも意外と強くてケラルトは驚きました。

 緊張感の欠片も無い表情で恐るべき実力を隠し持っている、と。

 ネイアは微力ながらも――武器がいいのか――今のところ足手まといになっていません。

 

「魔導王陛下からお借りしたアルティメイト・シュ……」

「口より手を動かせ、従者バラハ」

「は、はい」

 

 欠点と言えば貸与された武器名が長い事です。しかし、的確に仕留められるところは使っているネイア自身も驚きました。

 使用者に様々なステータスの恩恵を与えるようです。

 禍々しい外見を抜きにすれば国宝級にも負けない業物。今の自分には過ぎた代物かもしれませんが、大いに役立っています、と遠くに居る魔導王に感謝の気持ちを伝えるネイア。

 位の低い自分に分け隔て無く言葉をかけてくれた姿が未だに目蓋に焼付いている、という風に頬を紅潮させつつ誰かに語りたい気持ちでいっぱいのようです。

 

「……広域を殲滅する魔力系が必要か……。……いや、魔力を温存しなければ王の討伐は難しいか」

 

 愚痴を言いつつレメディオスは果敢に剣を振るいます。

 武技の乱発は出来ないけれど素の状態でも充分に討伐できている技量にハムスターも驚いていました。

 戦うごとに強くなる。それは動きが洗練されていくということ。

 レメディオスは西国無双に恥じない働きで突き進みました。

 

        §

 

 雑魚討伐にかけてはレメディオスよりも黒い悪魔の方が勝っており、戦斧(バルディッシュ)の一薙ぎで多くの亜人が肉塊となって飛び散ります。

 これにはレメディオスも脱帽しました。けれども驚きは一瞬です。

 

「お前はこのまま雑魚を頼む。私は王をあぶり出しに向かう」

「そうお? 私が片付けてもいいんだけど……」

 

 そう提言する悪魔に対し、最初は貴様の手は借りないと言っていたレメディオスも体力を考慮してか、頼る事が多くなりました。

 討伐数を稼ぐ気は無く、目的さえ果たせれば誰の手だろうと借りてもいいとさえ思うようになってきました。

 無駄を排除する戦法を取るレメディオスに妹も納得したので口出しはしません。

 戦いにおいて姉は本当に凄い人間であると認めているからです。

 

「それにしても亜人の集団なのは分かったけれど……。塊になるとよく分からなくなるわね」

 

 背後に積み重なるのは混ざった肉の塊。

 仕分けするのがとても難しい状態です。

 それぞれ何か喋っていたような気がするけれど、終わってみれば気にする価値の無いものだったようだと悪魔は思いました。

 

「……でも……、細かい作業にも飽きてきたわね。……全くどれだけ居るのやら……」

「お疲れ様です。食事を殆どされないようですが、大丈夫ですか?」

 

 弓を放っていたネイアが尋ねました。

 

「ええ。飲食不要のマジックアイテムを装備しているから。……それよりこの肉の塊は……、誰が片付けるのかしら? 腐臭とか嗅ぎたくないのだけれど……」

「後詰めの兵士達が片付ける事になっております」

「そうなの? 殺しっ放しだと思っていたわ」

 

 見た目は黒い鎧姿だが声は実に甘ったるく聞こえます。

 ネイアは中身はどんな人間なのか。またはどんな種族の生物なのか気になってきました。

 仮に邪悪な存在だとすれば脅威の実力者である事は明白。そして、とても適いそうにないのは見ていて理解しています。

 敵として出会っていれば自分はとっくに死んでいる。仲間である事が今はとても幸運だ、と。

 けれどもいずれはあい(まみ)える気がします。

 少なくとも自分は、自分達は人間だから。違う種族の存在とは――きっと――相容れない。

 レメディオスがアンデッドを敵視しているように。

 

        §

 

 前進と後退を続けて一週間が経ち、十八部族の亜人連合の内五つの王を討伐。

 少数精鋭での働きでは驚嘆に値します。

 レメディオスは一気呵成に突撃する戦法から地道な攻略に変え、確実かつ着実に亜人を殲滅していきました。

 取りこぼしを後続組みに任せるようになり、戦いは一進一退の形となってきました。

 

「……ここまで来ているのにまだ敵の首魁の姿が見えないとは……」

「そもそもヤルダバオトなど居ないのでは?」

 

 全ての亜人を取りまとめる存在が居ないのであれば多種族と連携する(いくさ)は誰が指揮しているのだ、とレメディオスは尋ねました。

 戦いになると頭の回転が速くなる彼女に対し、妹は優しく諭すように答えます。

 

「……きっと夢ですよ」

 

 ネイア達には耳を疑うような、身も蓋も無い言葉。

 けれどもレメディオスは妹の言葉に驚きつつも感心し、納得してしまいました。

 

「そうか。夢か……」

「団長……。何、納得しているんですか。今までの努力を夢で片付けるんですか?」

「居ないのであれば仕方ない。手間が省けるなら御の字だ」

 

 戦う強敵が少なければ亜人の討伐もやりやすい。

 レメディオスにとって大事な事は()()()()()が居なくなればいいのだから。

 無理にヤルダバオトに拘る必要も無い。ただ、()()()()()()()()()()()()()()と思っただけでした。

 本当に存在していたら倒すだけ。至極あっさりとした結論をレメディオスは持っていました。

 

「……ヤルダバオト? それを倒せば戦いが終わると思っているのですか?」

 

 と、黒い悪魔が言いました。

 

「敵の首魁として設定したものだ。こいつを倒せば指揮系統が麻痺して攻略も容易くなると思っていたのだが……」

 

 ここまで自分たちだけで亜人を駆逐できた。ならば後続組みの騎士団でも充分に戦える証明になります。

 自分達は後から来る者達の為に厄介な強敵を排除しておくのが目下の目的でありました。――というかそうなってしまいました。

 どんな形であれ、勝利を掴めばいい。レメディオスは自分の功績には興味がありませんでした。

 ただ、カルカの為に戦えればいい。彼女の笑顔を守るのが聖騎士(パラディン)たる自分の責務だと――

 

        §

 

 更に三日後には二つの部族を攻略しました。

 戦い漬けの毎日に対してレメディオスと悪魔以外は体力面でへばってきました。

 それでも結構な討伐数に驚きますが、そろそろ休息が欲しくなる頃でもあります。

 

「みんなよく戦ってくれた。敵戦力の半数近くは殲滅出来たと思われる。この調子で行けば半月後……、一ヵ月後には全滅も夢ではない」

 

 力強く鼓舞するレメディオス。

 勇気と戦力は既に一個師団並み。押しも押されもせぬ最強の聖騎士(パラディン)と言っても誰も異論は挟まない程です。

 

「理屈ではそうですが……。事はそう単純には進まないでしょう。戦力の再編やら隠れ家とかで大人しく潜伏する戦法を取られるかもしれません」

「完全な絶滅は思っているほど簡単ではありませんよ、きっと……」

「……拙者も戦い詰めで疲れてきたでござる」

 

 でも、たくさん敵を討伐してきたお陰か、それぞれ随分と実力が上がったような気がしました。

 武器の威力や魔法の増加。

 実力の底上げは確実でしょう。

 

「仮想敵たるヤルダバオトが居なくとも我らの歩みは止まらない。……けれども無駄死にさせる気は無い。それぞれ休養を取ってくれ」

 

 本当は一刻でも時間が惜しいが無限の体力も気力も人間にはありはしない。それはレメディオスとて自覚している。

 いずれ老いにより剣が握れなくなる時が来る。それくらいの事を想定出来ないようでは最強の聖騎士(パラディン)とは言えません。

 次の戦いまでしばしの休息を取る事にしたレメディオス。

 

        §

 

 戦場の鬼のような聖騎士(パラディン)が休んでいる間、戦況に満足したカルカは部下達に様々な恩賞を与えたり、(ねぎら)ったりするのに大忙しです。

 兄のカスポンドは課金地獄にはまり、大して上手くもないのに『レアゲットっ!』と()()()()()()に自慢しています。

 素材集めだの、復刻がどうのとうるさいのでジャンプ強キック立ち右ジャブ左ローキック左ボディブロー右アッパー左肘撃ち右膝キック、とここで攻撃の手を止めておきます。

 せっかくレメディオス達が頑張ってきたのですから()()()は後に取っておかなくてはなりません。

 

「国の建て直しに多大な資金が必要だというのに……。全てが終わったら晒し首の刑ですからね」

「……ひぇ~」

 

 にこやかに死刑宣告する妹の顔がこの時、魔神の化身のように見えました、とカスポンドは日記に記しました。

 

        §

 

 それから一週間かかって二つの部族を殲滅する事に成功します。

 数が減るたびに手強い亜人達の猛攻に勢いが殺されてしまいますが、レメディオスは想定内だと言わんばかりに諦めを見せません。

 最後に残るような亜人は最も強く、最も狡賢(ずるがしこ)いものだと――

 ここに来て怪我も多く、レメディオスの体力もかなり削られてきました。

 連戦に次ぐ連戦は着実に疲弊を呼び込んでいるようです。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)部隊が相手では動きが鈍るな」

「それがしも疲れてきたでござる」

「回復が間に合いません。ここからは長期戦ですね、姉様」

 

 戦況は敵がまだ優勢となっていた。

 攻めあぐねているレメディオス達に対して防衛線を敷いている。一気呵成に攻められない場合、待機が多くなります。そうすると敵に余裕が生まれます。

 その間に別働隊を組まれたら人間の国の犠牲者が増えてしまいます。

 

「……ここに来て籠城戦か……」

 

 賢い敵は倒しにくい。

 頭ではレメディオスも分かっています。

 ここまで来て敗走はありえません。亜人の脅威を拭い去る事が一番の目標なので。

 

        §

 

 今まで健闘してきたレメディオスだが敵の戦略に安易に苛立ち、無謀な行動に出ないのは妹としては流石だと驚きを隠せません。

 知恵の足りない脳筋女と今まで侮っていた事を――こっそりと――謝罪します。

 そして今までの戦いを振り返り、自分達は多くの勝利を得てきました。勢いが殺されることも戦略上想定していなかったわけではありません。

 

「……安易な殲滅戦が出来なくなった以上は地道な攻略しかありません」

 

 ケラルトの言葉に唸るレメディオス。

 一点突破のようなアグレッシブな戦略が出来ない以上、何も意見が出せません。

 周りの兵士達も戸惑いを隠せないようです。

 知恵の有る亜人を攻略する難しさ。

 だが、一方的な防衛線を敷くには早い。

 

「敵の数は確実に減っています。一気に全てを突破できない以上は多少の無謀も許されるのではないでしょうか?」

 

 ネイアの意見に首を傾げるレメディオス。――元より頭脳労働は彼女の苦手分野。その程度は妹も織り込み済みです。

 戦略は全てケラルトが担当し、意見を捌いて行きます。

 

「多少の無謀とは……、残り少ない亜人の拠点を襲撃する……、ということですか?」

「はい。……出来れば他の亜人に狙われにくい所が良いのですが……」

 

 半数近くを撃破したとはいえ、都合よく事が進むとは考えにくい。――普通ならばそうなのですが――

 今まで互いに争ってきた亜人達が手を取り合って互いの防衛任務についているとも考えにくい。けれども、それを鵜呑みにして突貫して取り囲まれれば意味が無い。

 

「狙いやすそうな亜人部族を選定して戦略を練る必要がありますね」

 

 襲ってくる雑魚モンスターの殆どは駆逐できている。残りは拠点防衛に多くの人員が割かれた状態です。

 時間をかけた攻略しか出来ないのは実にもどかしい。

 

「……足を使うしかないな」

 

 ふとレメディオスは呟きました。

 敏捷に優れた人間が突貫して敵を誘き寄せる。

 敵が素直に油断してくれれば多少の効果が見込めます。――けれども、その任務はとても危険なものになります。

 

「ハムスターと悪魔にやってもらいたいが……、やってくれるか?」

「拙者は構わないでござるよ」

「場所さえ分かれば行ってあげてもよくてよ」

 

 レメディオスはすぐさま地図を用意させました。

 彼女の行動力もケラルトにとって驚くべきものでした。

 

        §

 

 判断力の早い頭が()るというのはとてもありがたい。――半面、無謀な戦略をとりがちです。しかし、今の段階では――レメディオスの判断に異を唱える者は居ません。

 使えるものは何でも使う。犠牲を(いと)わない手法は聖騎士(パラディン)にはあるまじきことです。おそらくハムスター達に任せる事は有意義だと本能で答えを導き出したのかもしれません。

 時と場合によってはレメディオスの勘はケラルトの想像を超えます。

 

「残る亜人はどんな奴らだ?」

「はっ。情報機関によれば……、残っているのは武闘派で名を馳せる者達ばかり……。石喰猿(ストーンイーター)魔現人(マーギロス)翼亜人(プテローポス)獣身四足獣(ゾーオスティア)。残りは不明ですが彼らに接収された混成部隊という線もありえる、とのことです」

「なるほど。そいつらは強いのだな?」

「……おそらく」

 

 一部族に突貫すれば勝てる見込みはあります。

 協力関係にある場合は持久戦になりやすい。

 最悪の場合は残り全てが結集している事です。

 

「拠点は固まっていないようだが……。そういう戦略とも考えられるな」

 

 部隊をまばらに配置し、統括者がどこかに潜んで指示を出している場合は厄介だ、とレメディオス、ケラルトは難しい顔になります。

 勢いに乗って攻め立てて、亜人達の戦略にはまらないとも限りません。

 慎重にならざるを得ないのは未だに敵の全貌が掴めていないからです。

 レメディオス達が難しい顔をしている間にネイアが別働隊として指示を下します。

 

 聖王国側は未だ苦戦している。

 

 それが今回の作戦でもあります。

 人間勢が持久戦を練り始めた事を示すために斥候を配置し、息を潜めておきます。

 その間に勇気ある志願兵数人に突貫を指示。それと平行してハムスター達に()()()()()()()()()()()()()移動を命じておきます。

 いわゆる夜間襲撃です。

 まず黒い悪魔が一番目立たないので突貫させます。ハムスターも戦えなくはありませんが、念のための囮役にします。――足も速いのでいざという時は逃げ帰っても良いと命じておきました。

 数日間、息を潜めた後の作戦決行により一部隊は難なく陥落。すぐさま次の部隊に突入する悪魔。

 単騎で期待以上の働きをする彼女にレメディオスも納得の笑顔。ケラルトからすれば悪魔がもし敵側であった時の対処方法を考えないといけないので、気が気ではありませんでした。

 今は()()味方ですが、いつ敵側に回るのか未知数だったので。

 不測の事態を想定するのも頭脳担当の仕事です。

 

        §

 

 二つ目の部族を壊滅させた後、悪魔に休息を与えます。

 レメディオスとしては仲間として友好関係でも築こうかと思いましたが、話題がありませんでした。

 今まで亜人を倒す事に意識を傾けていたので。

 

「……ま、まずは自己紹介から……か?」

「そういえば名乗っておりませんでした。……けれども魔導国の者ならば存じ上げているものとばかり……」

 

 他国の事情をレメディオスは把握しておりません。それどころか自分の国以外の事など頭に入れる余裕が無いほど戦いのことで脳味噌はいっぱいでした。

 全てはカルカの為に。

 育ての親たる彼女の喜ぶ顔が何よりの宝。

 

「私はアルベドと言います」

 

 そう言いながら黒い兜を外します。すると兜についていた角は飾りではなく、彼女自身のものであることが分かりました。

 魔法の武具は使用者の身体に合わせて変形すると言います。それゆえに複雑な形状でも難なくかぶれるのはレメディオスとて驚きの光景でした。

 現われた悪魔の素顔は白い肌を持つ妖艶な美女のもの。

 縦割れした黄金の虹彩を持つ瞳。側頭部から生えている牛の角のようなもの。

 汗に濡れたような艶のある長い黒髪。

 

「……人を惑わす異形種ということか。……だが、美しいな」

「ありがとうございます」

「種族を聞いても意味は無いか……。この戦いで貴女は何を要求する? タダで力を貸してくれるほど上手い話などない筈だ」

 

 レメディオスは結論をぶつけました。

 曖昧な言葉による不毛な応酬が苦手だから。聞きたいこと、知りたい事を優先しました。

 

「そうですね……。魔導国との友好……でしょうか。我々は貴女達と友達になりたい。魔導国の国王であられるアインズ様は他国との同盟を望んでいます」

「アンデッドの王だな。……生者を憎む存在が何故……、という意見がある。もちろん私は聖騎士(パラディン)としてアンデッドと仲良くなるわけにはいかない」

「その頑なな決意はお変わりにならないようですね。ですが、我がほうに他意はございません。困っている国を手助けしたい。けれどもどういう風にお声掛けすればいいのか分からない。……風の噂にて亜人の襲撃で困っているというので、まず私が斥候として貴女たちと行動を共にして見極めようと……」

「困っているのが亜人であればどうだ?」

「そちらにメリットがあれば……。打算なき交渉は致しません」

「なるほど。……しかし、我が国に魔導国にとってのメリットなどあっただろうか」

 

 亜人との戦闘以外の事情をレメディオスは理解していません。そこで賢い妹に話を振ってみました。

 今のところ姉がとんでもないことを口走っていないので安心していた妹ケラルト。

 

        §

 

 戦闘は荒ぶる戦士でしたが居住まいは清楚な姫君のようなアルベド。

 ケラルトは姿勢正しく振舞う彼女に少し見惚れてしまいました。

 それでもやはり異形種としての特性、ということも考えられるので気をしっかりと引き締めます。

 素顔を公開してくれたのですが首から下は漆黒の全身鎧(フルプレート)

 普段の彼女はきっと美しいドレス姿が似合うはず。

 

「戦いが終われば魔導国に帰られるのですよね?」

「そうですね。私も事務方で忙しいので……。もちろん、この戦いが一段楽するまではお付き合いしますわ」

 

 口ぶりからも敗北は微塵も無い、という自信が窺えました。

 確かに実力があり、レメディオスに匹敵するか、またはそれ以上――

 弱音を吐いたところも見ませんし、充分な戦力としては申し分ない。ただ、この戦いが終われば今度は彼らと一戦を交えた時に攻略すべき相手となります。

 現段階では勝てそうな気配を感じません。

 魔導国の戦力分析も(おこな)わねばならないのは胃が痛む思いです。

 

「我々の目的は同盟関係の構築による貿易拡大……。細かい詰めの作業は戦いが終わってから……、ということになります」

「……同盟……。それは我々だけでは決められませんね。しかし、戦力として貴女がここに来ている事については?」

 

 商売をする為に戦力を送り込む場合、何らかの兵力をたくさん連れてくるのではないかとケラルトは思いました。

 単独行動を許す魔導王が何を考えているのか、それはもちろん分かりません。

 かの王についての知識が全然無い事も関係します。

 ケラルト自身は政治に頓着しておらず、目下の目的である亜人討伐以外に知恵は働かせておりません。――というより姉の暴走を阻止するのが彼女の役目です。

 

「何ごとも相手を知るところから……。我々は異形種が主体の国家でありますれば……」

「……なるほど」

 

 いきなり観光に行って(おびただ)しい化け物が住んでいる国だと気付けば驚いたり慌てふためくおそれがあります。

 予備知識の欠如は何かと誤解を生みやすい。――そう思えば決して的外れな意見でもない事が窺えます。

 アルベドや魔導国については亜人との戦闘に勝利した後で考える事にしました。

 頭脳担当のケラルトに出来る事は姉のサポート。

 迂闊に死んでもらっては自分達の負担が激増してしまうので。もう少し姉には長生きしてもらわないと自分の将来に暗雲が立ち込めてしまいます。

 

        §

 

 戦闘準備を整えている間、ケラルトは亜人殲滅によって平和になるのか、それともまだ見ぬ強敵の存在があるのか、の確認作業に取り組みます。

 彼ら(亜人)には部族ごとの王が居るのは分かっています。しかしながら連合を組む以上、誰かがまとめなくてはなりません。

 民主的な生き物とも思えませんし、何者かが全ての王をまとめていると思われます。――けれども、その何者かの影が見当たらない。

 仮に存在していない場合、それはそれで厄介な敵が居なくて結構なことです。

 見えない敵というのは戦いにくいものです。

 

「……聖王国の敵は南側にも居たりするんですけどね」

 

 亜人を倒せば世界が平和になる、わけではありません。

 今度は身内の戦いが勃発します。

 人の世は権力闘争も含まれますので。

 

「では、姉様。亜人退治に行きましょうか」

「うむ。次なる相手はどんな奴だ?」

「少し賢くて……、少し強い敵ですよ、きっと」

「それは強敵だ。単細胞なら黙って殺せるが……」

 

 姉も大概単細胞ですけど、と大きな声では言えないがケラルトは苦笑しました。

 確かに今までは知恵の足りない単細胞な敵ばかりでした。しかしながら追い詰めている亜人達はどれも知性に溢れた厄介な者達ばかり。

 真正面から迎え撃つのは悪手であり、持久戦に陥るのが目に見えて明らかです。

 奇襲も取りにくい。

 それは人間よりも優れた特殊能力を持つ種族特性によるもの――

 

「……ところでアルベド」

「はい」

 

 早速名前で呼ぶレメディオス。

 今まで名前を聞かなかっただけで悪魔呼ばわり。そこはかとなく現金な性格だと妹は呆れつつも苦笑しました。

 

 自分は素直で真っ直ぐな性格の姉が大好きなんだな、と。

 

 レメディオスはアルベドにヤルダバオトについて尋ねました。

 そもそも姉は何故ヤルダバオトという悪魔の名前を知っているのか。適当につけた仮想の名前としては出来すぎているようにも聞こえます。

 

「……とんと知りませんね、そんな名前の悪魔に……」

「そうか」

 

 端的に納得する姉。

 何も考えていないように聞こえるし、実際に何も考えていないのかもしれない。――それでも素直に納得してはいけないような気がしないでもありません。

 

「特徴から似たような悪魔が居るのは確かですが……。何処で会いました?」

「頭の中に残っている仇敵だ。それだけが私を突き動かす原動力である」

 

 精神論で語られても困ります、とケラルトは言いたかったが飲み込んだ。

 姉の直感は時と場合によれば物凄い効果を発揮します。それはケラルトも感心するほど――

 ただそれだけ(野生的な直感)で西国無双の聖騎士(パラディン)になったのは疑いようの無い事実でもあるので。

 

        §

 

 姉が求める仇敵『ヤルダバオト』は三メートルを超える巨人で、炎をまとった肉体。

 背には同じく火炎で出来たような大きな翼があり、手足が太い化け物。

 アルベドの(げん)によれば近い存在として『憤怒の魔将(イビルロード・ラース)』に特徴が似ているとか。

 

「そいつを倒せば……」

「姉様。その前に実存が確認されていませんよ」

「アルベドが居るって言っただろ」

「亜人の首魁とは言っておりません」

 

 姉はどこで余計な知識を身に付けてきたのか。

 居ない敵を求めて間違った道にだけは進みたくないとケラルトは強く思いました。何ごとも裏取りは大切です。後で取り返しの付かない失態を犯してカルカ様に迷惑をかけたくありません、と。

 仮に憤怒の魔将(イビルロード・ラース)というモンスターが居るとしても魔導国でしょうし。けれどもかの国の仕業と見るのは実際に確認するまで判断出来ない事です。

 

「魔将が相手でも私が撃退いたします。……討伐の暁には同盟の件をよしなに……」

「それは我が国の聖王女様にお伺いを立てなければなりません」

「はい」

 

 返事一つ取ってみてもアルベドという女悪魔は嫌悪感を抱かせない雰囲気がありました。

 表情も柔らかだし、とケラルトは好印象を受けていました。

 それとは関係ありませんが、ハムスターとネイアは先ほどから黙ったまま。

 難しい話には参加したくないのか、参加しても役に立たないと早期に気づいたのか――

 外野が静かなので話がよく進みました。

 

        §

 

 武装と兵站を整え、自分達の体力と魔力が回復した頃に再侵攻を(おこな)います。

 残る亜人部族は僅か。ここで既に聖王国側は有利な位置に居ます。

 僅かな手勢で始まった筈なのに意外と健闘しているのは姉のお陰です。

 単なる脳筋バカと侮っていたのは敵だけではないようだとケラルトは改めて尊敬の念を抱きました。――もちろん、そんな事は恥ずかしくて口には出せませんが。

 

「レ~メディオスさん、レメディオスさん。お腰に付けた~、兵站を~、一つ私に下さいな~」

 

 姉は一人で歌い始めました。

 何処かで聞いたような気がしましたが気にしないでおく事にします。

 

「亜人どもを~、血祭りに挙げて~、聖王国に帰りましょう~」

「……とってもヴァイオレンス……。姉様、どこでそんな歌を覚えたのですか?」

「ノリで作った。当然、歌詞は適当だ」

 

 気分良く歌えれば、それで満足だ。――という風に姉は適当な歌を口ずさみつつ前に進んでいきます。

 おそらく、侵攻メンバーで一番元気があるのはレメディオス。次いでアルベドとケラルト。

 残りは疲労が蓄積したまま顔色の悪いアンデッドモンスターも裸足で逃げ出しそうな有象無象共です。

 充分な食事を取っていたはずなのにどうしたことでしょうか。

 

「……普通に考えてこの短期間で(おこな)った戦闘は尋常じゃないですよ。……むしろどうして平気なのか我々には理解出来ません」

 

 怒りの形相で苦情を述べるネイア。――いや、彼女の場合は単に疲れで顔が凶悪に歪んでいるだけでしょう。

 隣のハムスターも同様の意見でした。

 

「生き物は疲労します。それは充分に身体を休めていなかっただけなのでは?」

 

 黒い兜をかぶったアルベドが首を傾げて言いました。

 悪魔だから疲労とは無縁、ということも考えられます。

 

「疲れたら帰還して休ませているだろう? 無理な強行軍ではない筈だ」

「……充分に無理な強行軍でしたよ。……普通は数ヶ月掛かる戦闘です」

 

 数千体の亜人を数日で撃滅しているのは誰であろうレメディオスとアルベド。

 一般の人間でも一日に百体以上は苦行以外の何者でもありません。それを彼女達は苦も無く達成しておりました。

 ケラルトも化け物並みの体力があるわけではないのですが、姉の後を良くついて行っていると驚きました。

 

 



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#3 Tu recte vivis, si curas esse quod audis.

 

 部下達が文句を言おうが部隊は既に進めてしまっています。

 単純作業の続き。ひたすらに亜人を狩り尽くし、故郷を平和にする。ただそれだけの目的を持って戦い続けます。

 それでも最後の方に溜まった亜人達は訓練されており、簡単には攻め込ませてくれません。

 

魔法詠唱者(マジック・キャスター)隊っ! 攻撃開始っ!」

 

 指示を飛ばすレメディオス。

 一斉射撃により拠点防壁に集中砲火を浴びせます。

 

「戦士達に休息を命じる。……それぞれ回復に努めた後、次の戦闘に備えよ」

 

 攻めあぐねているレメディオス自身も様子見に徹しています。

 こと戦闘に関して彼女は頭が良く回る。――それ以外はてんで駄目な人間ですが。

 おそらく戦闘用の職業(クラス)が影響していると考えられます。

 生まれた時から戦い続けているような人ですから。それは妹も同様の筈ですが、姉の補佐に重点を置いたことで戦闘以外での働きに脳が使われるようになり、脳筋仕様の人間にならなかった。そうだとすれば戦いに全てを任せたケラルトは申し訳ない気持ちになってきます。

 

「………」

 

 亜人を滅ぼす為だけに生きているような人間にしてはいけない。

 姉は可愛い。強い。頼りになる姉御肌。

 そんな人間をむざむざ死なせるのは国家の損失である、と。

 

「……姉様もちゃんと休まないとヤルダバオトに勝てませんよ」

「そうか? では、雑魚共は任せた。疲れを覚えた者は交代制で休息を命じる」

「はっ!」

 

 元気良く兵士達は応答しました。

 戦いにおいて姉は意外と人望があります。けれども戦略が無謀な場合は敵が多くなってしまうのが欠点です。――当たり前ですけど。

 確固たる実力を持つ姉だからこそ許される特権があり、それを行使するからこそ勝利を掴めるのです。

 それに決して兵士を使い捨てには致しません。

 ケラルトは姉を賛美する言葉ばかり浮かぶ自分に苦笑しました。

 

        §

 

 戦闘は確かに激化しています。しかし、負けてはいません。

 隠し玉を警戒しつつ拠点攻略を続けること三日。

 防衛力の厚さによりなかなか前に進みませんが後退はしておりません。

 

「ハムスターと従者バラハ。お前たちは良く戦ってくれた。後退して休め」

 

 ここまでの戦闘において戦う機械のように武器を振るっていた一人と一匹。

 ネイアは弓の弦を引く指が血まみれになっていました。

 強力な武器ですが使用者への負担はゼロではなかったようです。度重なる特殊技術(スキル)の使用で他の兵士よりも疲労が蓄積し易い事も原因にあるようです。

 

「……申し訳ありません」

「的確な一射は数を増すごとに頼りになってきている。……疲労とか怪我をどうにかしてやりたいが私にはどうすることも出来ない」

 

 部下への労わりも実は出来るレメディオス。常に戦えと言うばかりではありません。

 戦闘の熟達者は引き際も熟知しているものなのです。そこが無能と有能の差でもあります。

 レメディオス・カストディオは力だけの聖騎士(パラディン)ではありません。

 

 聖王国最強の聖騎士(パラディン)です。

 

 押しも押されもしない国を代表する聖騎士(パラディン)レメディオス。

 その名声は既に北方の『リ・エスティーゼ王国』のみならず『バハルス帝国』と『スレイン法国』にも轟いているとか。

 悪名でなければケラルトは諸手(もろて)を挙げて喜びたい気持ちでいっぱいです。

 

「そろそろ私は前に出る。休んだら……」

「待ってください、姉様。部下を()()休ませて突貫は無謀すぎますよ」

 

 レメディオスが無謀なのは部下に対してではなく、彼女自身にも言えることでした。

 隙あらば一人で突撃するのは未だに悪い癖。

 なまじ実力があるから性質が悪い。

 

        §

 

 多くの亜人部隊を退けた今、アベリオン丘陵は絶好の合戦日和です。

 邪魔者が少なくなる度に見晴らしがよくなってきました。――しかし、それは逆に自分達の行動が相手にも見え易くなってしまうことを意味します。

 とはいえ、ここに来て姑息な戦法は――もう必要ないかもしれません。相手が出てくれば迎撃するだけでいいのですから。

 一騎当千のレメディオスとて人間――。随分と戦力を増強してきた彼女も流石に疲れが顔に出てきました。

 

「……あと少しだ」

「そうですね。……けれども無理は禁物です。我が国の脅威は殆ど取り除けました。残りは後続の部隊だけで充分だと思いますよ」

「……騎士団を率いる私が引き下がってどうする?」

 

 犠牲の出ない戦いなど夢物語。けれどもレメディオスは倒れていく部下一人ひとりを気にして前に出ようとします。

 本人も頭では分かっているのですが、聖騎士(パラディン)としての正義を貫こうと必至に足掻いています。

 彼女にとっての正義とはカルカに良い報告をもたらすこと。それはすなわち一欠片(ひとかけら)でも陰のある状況を作りたくない為の強がりです。

 カルカが僅かでも表情を曇らせればレメディオスはそれだけで士気をかなり落としてしまいます。

 

「……そう言うだろうと思ってました。……前に出るのは勝手ですが……、お気をつけて」

「任せておけ」

 

 根拠の無い自信を見せる姉。

 今更止めても無駄だとケラルトは諦めます。――戦いの終わりが近い事もあり、レメディオスを全力で支える事に集中します。

 

        §

 

 僅かながらの前進を続けて二日目に広い空間に突如として巨大な物体が降って来ました。

 最初は遠くから投擲された岩石かと警戒したものです。

 戦場に現われた()()は炎の塊――

 近くに活火山はありません。であれば何と形容すればいいのか。

 

「……炎のモンスターか!?」

 

 レメディオスが即座に構え、それと同時に部下達に少し下がるように命令します。――この迅速な指揮は姉だからこそ出来ること――ケラルトは感心しました。

 一般の兵士であればただただ驚き、混乱の坩堝(るつぼ)と化していたことでしょう。

 それでもさすがに突如として降ってきたものに対してレメディオスも大層驚いていました。――人間はそう簡単には適応出来ないものです。

 後ろに控えていたネイアは弓を引き絞り、ハムスターは他の亜人部隊を牽制しつつ少しずつ下がっていきます。

 ケラルトはレメディオスの後ろで。前面で構えるのはレメディオスとアルベドのみ。

 そのアルベドは戦斧(バルディッシュ)を構えたまま微動だにしません。

 

「……敵の攻撃か?」

 

 視線を炎の塊に向けたままレメディオスは誰ともなく尋ねました。

 

「いえ……。あれこそが敵の首魁……、と考えた方が早いかもしれません」

 

 アルベドの返答に軽く眉を動かすレメディオス。

 自分の()()()()だけの強敵の登場にさすがに言葉を無くす。けれども、どんな敵だろうと倒すしかない。

 目の前――約200メートル先にある炎の塊――の敵は少しずつ動き始めていますが、どう攻略すべきかレメディオスの野生の勘でも見当がつきませんでした。

 ただ、少なくとも弱い敵ではない――。それだけは感じ取れました。

 現場に居る人間以外も炎の塊に恐れおののき武器を構えたり、敗走する亜人の姿がありました。

 つまり、彼ら(亜人)も想定していない事態だということです。

 

        §

 

 一時間ほどの停滞に感じましたが実際は数十分も経過していない。けれどもそれだけの体感時間が過ぎたような緊張感が現場には満たされていました。

 少しずつ身動きする炎の塊。

 それは次第に大きくなっているように見えます。――事実、大きく変化しています。

 糸を解かれた毛玉のように――

 炎の翼は横幅が五メートルほど。

 立ち上がる姿は巨人(ジャイアント)と見紛うほど。

 

「炎の悪魔……」

 

 炎の化身といった方が適切かもしれません。

 唸り声を上げつつ姿を現したのは巨大な炎の翼を背負う人型の巨人。

 身長は三メートルはゆうに超えているかもしれない。――けれども、一般的な巨人(ジャイアント)を凌駕しているわけでもない。

 太い手足。足元は人間というよりは爬虫類のような無骨な形状でした。

 凶悪な面構えは炎が邪魔して見づらいけれど、悪魔らしい威圧感がありました。

 

「お、おまっ……。お前がヤルダバオトか!?」

 

 他の兵士ならば声をかける勇気すら湧かないほどの相手――。レメディオスの問いかけに炎の巨人はゆっくりと顔をレメディオスに向けます。

 

「ここいらで暴れている人間というのは貴様らか? ……それを問いかけようと思っていたのだが……」

「うるさい、黙れ! こちらの質問に答えろ!」

 

 ケラルトはいきなり問いかけて素直に答える悪魔は居ませんよ、と本来ならば助言するところです。しかしながら彼女をして、今は言葉を出すような雰囲気ではないことは身体で理解しました。

 

 あれ(炎の巨人)に戦いを挑めば死ぬ、と。

 

 そんな相手に言葉をかける姉は正しく正真正銘のバカ――。恐れ知らずにも程がありました。

 

「……姉様。相手は亜人とは思えません。あれは……紛う事なき異形種……。悪魔ですよ」

 

 亜人を束ねる王を遥かに超越し、異形種の中でも力ある存在。

 それが現実に存在する事はケラルトにとっては想定外。

 そもそも悪魔が自然界においそれと存在して良い訳がない。それ程の相手が目の前に居て、世界が今まで混沌としていないのは絶対数が少ないからだと予想できましたが、それでも実存を確認してしまった今は足がすくむ思いです。

 

        §

 

 誰もが恐怖を感じて動けない中、レメディオスは自分に活を入れて突貫しまた。

 無謀とも思える彼女の行動に――アルベド以外――誰もが驚愕します。

 手にしているのはカルカより賜った聖剣サファルリシア。

 数々の亜人を討伐してきた業物――

 

「お前を退治して平和を勝ち取ってやる!」

「……たかが人間風情が……。どこまでやるのか見極めてやる。存分にかかって来い」

 

 口から炎を吐き出すように喋りつつ身構える悪魔。それに対してレメディオスの身体の小ささが目立ちます。

 相手はたかが三メートルほどの身の丈である筈なのに周りに居る人間の多くが幻術にかかったように戸惑いました。

 それは幻術ではなく悪魔の存在感が見た目を大きくしているからだと思われます。――ケラルトはすぐさま補佐する魔法をかけていきます。

 ネイアとハムスターは呆然とし、アルベドは黙って状況を分析しているようでした。――というより同じ悪魔として戦う事に抵抗でもあるのかもしれません。

 (ようや)く出会えた仇敵――であるはずなのにレメディオスはここに来て初めて恐怖を感じていました。

 戦い一辺倒の彼女とて怖いものがあったようです。

 

「……本当に居たのか、ヤルダバオト……」

 

 口に出さないと身体が震えて前に進めなくなる、と。

 強大な敵に対して少なからず怖いとレメディオスでも思います。恐怖を感じない人間は居ない。だからこそ、それらに打ち勝って自分を強くする。それは彼女であっても同じこと。

 

「……だが、こいつを倒せば平和が訪れる」

 

 そうなのだが、勝てる気がしない。

 全身燃えている。剣が通じるのか。

 様々な困惑がレメディオスの脳内で渦巻きます。

 

「……うおっ!?」

 

 悪魔が身じろぎしただけでレメディオスは驚愕します。

 彼の背後から猛烈で強烈な一撃が飛んできたからです。それは単純に言えば尻尾。

 視界に納められないほどの速度をもってレメディオスの腹部を強打しました。

 たったそれだけで骨が折れて、血反吐を吐き、後方に無様な格好で転がる最強の聖騎士(パラディン)

 視認出来なかった、と言葉にならない悲鳴じみた苦悶が漏れ出ました。

 

「少し強く叩き過ぎたか?」

 

 悪魔は飛んできた羽虫を叩き落した程度の感覚で驚きました。

 思いのほか()()()()ことに――

 

「姉様!?」

「……く、来るな。まだ戦いは終わっていない……」

 

 強がりを言うレメディオス。

 実際は近付くだけで危ないと言いたかった。しかし、出た言葉が見当違いで自分自身笑いそうになりました。

 これが悪魔との戦い――

 いや、これはそんな生易しいものではない、とレメディオスは感じました。

 

        §

 

 今までに出会ったことのない強敵を前にして足が震えてきました。

 恐怖というよりは痛みによる影響が大きいかもしれません。

 経験したことのない大ケガにより、レメディオスは混乱しました。――主に身体の方が――

 身体は逃避を。戦意は未だ敵に。

 ケラルトは姉があっさりと倒される様を見て、足がすくんでしまいました。だから、治癒しなければならないのに助けに行けません。

 まさかこれほどの実力があるとは、と驚愕しました。

 

「勇ましい戦士だと思ったが……。これでは準備運動にもならない」

「!?」

 

 言い返したい気持ちでいっぱいのレメディオス。しかし、痛みが少しずつ強くなって喋れません。

 それどころか下半身の感覚が無い。――血なのか尿なのか分からない様々な臭いが鼻についてきます。

 分断はしていません。それなのに意思が全く働かないのはおかしいと先ほどから懸命に動こうと努力していました。

 勇猛果敢な聖騎士(パラディン)とて人間――

 人体に想定以上の痛みを覚えて防衛本能が刺激されたのか、戦う事を拒絶しているように言う事を聞きません。

 

「動けないのならば……。もう動く事はやめて大人しくしていろ」

 

 悪魔の言葉にレメディオスを除く他の大勢の部下達は黙って見ているしか出来ませんでした。――というよりは動けば死ぬと身体が訴えているようで、誰も何も出来ませんでした。

 それは決して悪い事ではありません。

 無謀な戦いを挑んで死ぬ事が分かっているのであれば愚か者を演じていたほうが長生きします。

 レメディオスを救出する事は既に死を意味する。だからこそ誰も率先して死地に向かおうとしない。――正しくは出来なかった。

 悪魔は倒れて動けないレメディオスに近付きます。――それだけで熱波が彼女を襲い、身体を焼いていくようで煙が立ち込めてきました。

 見た目だけではなく、悪魔の身体は本当に燃えていたようです。

 

「……ぁ!」

 

 声にならない悲鳴を上げるレメディオス。

 金属製の鎧に熱が伝わり、内部の肉体を少しずつ焼き始めていきます。

 それでも悪魔の侵攻は止まりません。

 彼が近付くだけで人間はダメージを負ってしまうようです。

 

        §

 

 数メートルまで迫った炎の悪魔――

 彼の炎にあぶられる聖騎士(パラディン)レメディオス。

 既に戦いは終わっているような有様です。

 

「……もう終わりか。つまらんな」

 

 しばし倒れているレメディオスを睥睨していた悪魔は何かを思いついたようで、一人で色々と納得しました。

 その様を黙って見ているしかないレメディオスは身をよじって炎から逃れようと必死です。けれども全身の火傷が自由を許してくれません。

 ここまで強い火力のモンスターに今まで出会わなかった事を不運だと思うのは簡単です。だからレメディオスは言い訳はしません。ただ、己の無力さを嘆くばかりです。

 剣の腕ならば誰にも負けない。けれども、特殊な能力を持つモンスターには適わない、と頭の片隅では思っていました。だからこそこの結果は必然であり、次に備えればいいと強く思いました。

 彼女にとっての敗北はカルカが悲しむこと。――それと自分に負けることです。

 悪魔が近付いて一時間が経過したように場が静まり返りました。けれども実際にはまだ三分も経っていません。――それだけ現場の雰囲気が止まってしまっていたのです。

 強大なモンスターの存在は時の感覚を狂わせる――

 迎撃要員のネイアの弓矢はモンスターに届くころには炭化してしまいますし、仮に届いても有効打になりそうな気がしません。

 ハムスターの場合は体毛が燃えて、そもそも戦闘にならないと思います。攻撃できたとしても尻尾が焼けて悶絶するのは想像に難くありません。

 漆黒の女悪魔は腕を組んで佇んだまま相手を見据えています。――正直にいって何を考えているのかケラルトにも分かりませんでした。――声をかけてみましたが無反応だったので。

 

        §

 

 炎の悪魔は地面に倒れているレメディオスの両足を掴みます。彼の大きな手にかかれば片手で華奢なレメディオスの足を二本まとめて掴むことなど造作もない事でした。

 

「ぎゃあ!」

 

 一気に焼け付く両足に思わず悲鳴を上げます。

 無造作に持ち上げられる聖騎士(パラディン)レメディオス。

 抵抗しようと武器を振るいますが悪魔の指に当てても深い傷は作りません。相当な硬度があるようです。

 

「うおっ……」

 

 悪魔が軽くレメディオスを掲げてから地面に向かって振りました。

 

 ゴスッ。

 

 鈍い音が辺りに響きます。それから続け様に背面、側面と()()()を加えつつレメディオスを地面に打ち付けて持ち手の感触を確かめる炎の悪魔。

 打ち付けられるたびに彼女の全身の骨が一斉に折れる嫌な音が聞こえてきます。

 一回目の振りぬきで聖剣が落ち、次いで顔面部から眼球が一つ零れ、耳と鼻と口からよく分からない肉の塊など――

 様々な色合いの血や吐瀉物は地面に向かって汚らしく飛び散った後――それらは悪魔の炎の影響ですぐさま乾き――奇妙な絵画を描く結果になりました。

 

「武器として使えなくはないか……」

「………」

 

 武器、という言葉がケラルトの耳に届いた時、嫌な予感がしました。

 言いたい事はすぐに理解出来ました。けれども理解したくありませんでした。

 現場に居る誰もが小さな悲鳴を上げます。――もとより亜人を凌駕する強力無比の悪魔系モンスターの登場で一人また一人と逃げ出している最中です。

 

「おっと、炎の勢いを消すのを忘れていた。せっかくの武器が使う前に炭化しては勿体ない」

 

 と、わざとらしく言葉にする炎の悪魔。

 彼の言葉の後で全身の炎の勢いは嘘のように止みました。そして、レメディオスの全身から立ち上る煙がとても目立ちます。

 既に顔は焼け爛れ、防具の中はもっと酷い事になっていることでしょう。

 髪の毛は残っていますが、チリチリに縮んでいます。

 そして、一番の問題は彼女が全く動いていないことです。

 

「……それで。次の相手は誰だ? 私を討伐しに来たのだろう?」

 

 その言葉に誰も答えられません。

 最強の聖騎士(パラディン)が倒れた時点で敗北は確定したも同然――

 ケラルトを含めて現場に残っているのは若干名という程度ですが、とても勝てる気がしません。それにレメディオスを救出する手立ても思い付きません。

 ――いえ、もうレメディオスは助けられない。――ケラルトは早々に決断しました。

 頭脳担当として自分に出来る事は勝利する作戦を練ることの他に多くの兵士を()()()帰還させる事です。

 多くの死者を出してまで勝とうとケラルトは思っていません。

 国の未来を見据える上で残存戦力は多いに越した事がないので。

 

「て、撤退を!」

 

 懸命に声を張り上げてケラルトは命令を下しました。

 救出したくても出来ない。勇気ある兵士が数人ほど居ましたが、現状では悪手以外の何ものでもないのは目に見えて明らかです。

 無謀な作戦をケラルトは取れません。

 

        §

 

 (人間)がまばらに散っていく様を見て、悪魔は失望しました。

 これから面白くなってくるのに、と。

 けれども脆弱な人間が無謀に立ち向かってこないのは仕方のないことだということも分かっています。

 選んだ選択は生き延びることならば彼らは正しく正しい選択をした。それを笑う事は悪魔でもしない。

 

「……ただ、黙って見ているのも面白くない。……せっかく手に入れた武器の性能は確かめたいからな」

 

 恐ろしい言葉がケラルトの耳に入ってきました。けれども彼女は振り返る事は出来ません。

 もう姉は死んだ。それ(レメディオス)()()()()()()()もう関係が無い――

 猛烈な勢いで迫る悪魔の一振り――

 その手に持つ武器(レメディオス)が人間に当たればタダでは済みません。

 強靭な腕力から振るわれるのです。()()()()()()()()()は何処にもありません。

 遅れている兵士に振るわれる武器(レメディオス)が当たる前に一陣の黒い風が発生します。――それは風ではなく今まで静観していた黒い悪魔アルベドでした。

 自身の身長ほどもある戦斧(バルディッシュ)で敵の攻撃を受け止めます。

 

「ん?」

 

 普通ならば脆弱な人間の身体を凶悪な戦斧(バルディッシュ)で受け止めようとすれば肉体は分断されるか、粉々に砕け散ります。だからこそケラルトやネイア達は最悪の想像をしてしまい目を瞑ります。

 けれども実際にはアルベドの戦斧(バルディッシュ)武器(レメディオス)に当たっていません。

 悪魔の腕の方に当てていました。――ですが、武器であるレメディオスはまたも嫌な音を立てて身体をくねらせました。

 

「……同盟関係を築く上で私が黙って静観するのは(いささ)か不味いでしょうね。ここは恩を売らせていただきます」

 

 黒い(ヘルム)の隙間からアルベドの瞳が妖しく光りました。

 頼れる(きじ)が第二撃を悪魔に叩き込みます。狙った場所は腕の間接部分。

 聖剣では傷らしい怪我を与えられなかったものがアルベドの戦斧(バルディッシュ)によって半分ほど刃がめり込みました。

 

「ぐおお……。これは強烈……」

 

 黙って様子を見ているようなことはせず、更にアルベドは追撃します。

 片手で器用に振り回される戦斧(バルディッシュ)によって次々と悪魔の腕に攻撃が加えられます。――けれども、彼女の力でも一回の攻撃で切断する事は適わなかったようです。

 強固な外皮と肉体的な強さが決定的な一撃に耐えているようです。

 そして、アルベドの動きは炎の悪魔を上回っているようで、相手は反撃に移れない様子でした。

 

「……魔将(イビルロード)ほどになれば討伐は容易くありませんか」

 

 そこらの雑魚モンスターならば既に撃滅していてもおかしくない。だが、今相手にしているのは聖王国でも経験の無い強力無比な悪魔系モンスターです。

 アルベドの力がどれほどのものかケラルトは知りませんが、果敢に戦えている彼女を応援しつつ後続の兵士に命令を下します。――決して今の状況を好転の機会だと思わないように。

 

        §

 

 数度の打ち込みにより、武器(レメディオス)を取り落とす悪魔。

 骨の殆どが折れ切っているせいで奇妙な形で地面に横たわりました。しかし、それも一瞬のこと――

 アルベドは戦闘の邪魔とばかりにレメディオスを足に引っ掛けてケラルト達の方向へ蹴り飛ばしました。――もちろん、後の事を確認せず戦闘に集中するアルベド。

 飛んできた姉をケラルトとネイアが受け止め、すぐに治癒魔法をかけます。

 

「へ、〈重傷治癒(ヘビー・リカバー)〉!」

 

 信仰系第三位階の治癒魔法で果たして治るのか、ケラルトには自信がありませんでした。けれども姉を助けたい一心で魔法を行使します。

 ネイアも手持ちの回復ポーションをレメディオスの顔に振りかけます。

 

「姉様……。どうか戻って来て下さい」

 

 最強の聖騎士(パラディン)たるレメディオスをあっさりとズタボロにする炎の悪魔。それらを自分たちで果たして倒せるものなのか。

 ケラルトは頭の片隅で考えつつ姉の安否を気遣います。

 今までが上手く行き過ぎた、と言うのは簡単です。

 想像を超えた敵が居ただけです。

 敵の情報がいつも揃うとは限りません。手探りで当たり前――

 

「悪魔の腕が飛んだでござる」

 

 人間達の様子にあまり興味を示さなかったハムスターがアルベド達の戦いを実況し始めました。

 種族が違えば様々な感じ方を持つものです。

 ハムスターから見ればレメディオスが重体でも人間一人がズタボロになった程度のこと。

 使えなければ捨てればいいのに――

 人間など所詮、クリーチャーの一体に過ぎません。だから、それにケラルトは激高したりはしません。

 

「キィィエェェ!」

 

 化鳥(けちょう)のような叫び声にケラルト達はびっくりしました。

 声の元は炎の悪魔と戦闘を続けているアルベド。

 あまりに凄まじい声で治癒魔法の手が止まるほどです。――慌てて治癒の作業に戻りましたが、心臓がドキドキと触らなくても分かるほど高鳴りました。

 

(あ~、びっくりした)

 

 雉らしく振舞っているのかもしれませんが、心臓に悪い事この上ありません。

 ――ここで一つの疑問が人間側に浮かびました。

 雉の鳴き声って何だろう、と。

 

        §

 

 黒い全身鎧(フルプレート)をまとっているにも関わらず、アルベドは身体を柔軟に動かし、身軽に飛び回っていました。

 防具が特別なものかもしれませんが、見ている分には不思議な光景に映ります。

 様々な軋み音を響かせて果敢に攻めるアルベド。

 重量がありそうな戦斧(バルディッシュ)を片手に持ちながらピョンピョンと跳ね回る姿は奇妙であり、また美しくもありました。

 大股開きになり、体勢を低くして攻撃を避けるさまは鮮やかです。

 無防備に相手の攻撃を受ける事は殆どせず、最小の動きを取ったり、的確に攻め立てる手腕は一流の戦士と大差がないほど。

 いや、実際にアルベドは一流の戦士だとケラルトは思いました。

 

「……これは難敵……。ならばっ〈隕石落下(メテオフォール)〉!」

 

 炎の悪魔が残っている腕を空に掲げて魔法を唱えました。

 発動されたのは第十位階の魔法。

 巨大な燃える岩石がアルベド目掛けて空から落ちてきます。

 黙って見物していた兵士やハムスターが危険を察知して逃げ惑います。

 

「……ふん。小ざかしい真似を……。スキル発動……」

「何もさせんよ。〈時間停止(タイム・ストップ)〉」

「……ぅ駄ぁ!」

 

 炎の悪魔とアルベドの姿が一瞬だけ掻き消えて、次の瞬間には()()()()()()()()()()()()炎の悪魔の胴体部分に戦斧(バルディッシュ)が叩き込まれていました。――ただ、様子を()()()確認出来た者は誰もおりません。ただただ怒声が響いたのみです。

 補足するならば――時間を止める魔法を使用したのにアルベドには通用せず、そのまま迎撃されてしまった。つまり彼女は対策アイテムを所持している事になります。

 時間が止まっている間のやりとりは外野には全く伝わらず、はた目には瞬間移動しただけにしか見えません。――それすら目撃されませんでしたが。

 本来、時間停止中に術者に攻撃する事は不可能――。また、停止中の相手への攻撃も同様です――

 アルベドはギリギリまで相手を油断させて最後の時に一気に攻勢に出た――。または魔法そのものを解呪したせいで戦闘が続行された――そういう状況が一般的ですが、残念ながら停止中の出来事を確認出来た者が誰も居ないので推測しか出来ません。

 しかしながら隕石の魔法はまだ継続中です。逃げるか、迎撃でもしない限り辺りに甚大な被害が広がります。

 アルベドは魔法をそのまま受け止める予定でしたが、目の前の敵の事を思い出して作戦を変更します。

 戦斧(バルディッシュ)をもう一度、悪魔に叩き込んでそのまま上空に放り上げます。――それでもまだ威力が足りないようなので追撃の一手を加えます。相手は見た目どおり超重量のモンスター。

 アルベドの力を持ってしても一度の攻撃で遥か上空に打ち上げる事は難しかったようです。しかし、それでも普通は――人間であれば不可能に近い手段です。

 彼女の膂力は人間をどれだけ凌駕していることか。

 

「どっせぇいいぃ!」

 

 威勢の良い掛け声と共に空中に居る炎の悪魔に飛び蹴りを加えました。それでもまだ(炎の悪魔)には翼があります。

 

「むっ……。だが、それがぁ……どうしたぁぁ!」

 

 咆哮するように叫びつつ、今度は渾身の力を込めて戦斧(バルディッシュ)を悪魔に投げつけます。

 それから先ほどレメディオスが落とした聖剣サファルリシアを拾います。すると持ち手から煙が立ち込めました。

 聖なる武器は悪魔にとって有毒で、黒い手甲の内部では彼女の白い手が焼き付いている筈です。けれども、その程度のダメージはアルベドの行動を阻害するものではなかったようです。

 全く頓着せずに装備したアルベドは種族の特殊技術(スキル)により飛行しました。

 黒い鎧では分かりにくいのですが、アルベドは元々腰に黒い翼が生えています。

 魔法の武具によって翼が全て納められ、外部から確認出来ない状態になっていただけです。

 

 



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#4 Quid de quoque viro et cui dicas, saepe videto.

 

 更なる追撃を加えつつアルベドは炎の悪魔を滅多切りにしていき、天空から降ってくる隕石との衝突も時間の問題でした。

 ――ここまで追い詰められている炎の悪魔こと『憤怒の魔将(イビルロード・ラース)』は『上位転移(グレーター・テレポーテーション)』という魔法を習得しています。

 あと少しで隕石に激突する事態に陥ります。タイミングを見計らって転移で逃走する事も想定している筈――

 

「……ここまでのお役目ご苦労様」

「……いえいえ、お役に立てて私は幸せものにございます」

 

 それは下界に居る者達には決して聞かれることのない小声――

 けれども念のために声を潜めるのは悪事を働いている自覚を持っているから、かもしれません。

 アルベドにとっては憤怒の魔将(イビルロード・ラース)()()()()()()()敵であっても倒す時は全力で倒します。

 吐いて捨てる部下に容赦する心など微塵も持ち合わせていません。――それが女淫魔(サキュバス)たるアルベドの本性――

 いえ、魔導国に属する己の役目に殉じているだけです。

 最後の一撃を受けた後、憤怒の魔将(イビルロード・ラース)は己の魔法で作り出した隕石と激突しました。――アルベドはもちろん隙を見て撤退しました。

 彼女が地面に着地する頃には空中で大爆発が起きて地上の人間達は驚愕します。

 現地の人間は誰もが大規模魔法を見る機会を持ちません。だからこそ――というわけではありませんが、派手な魔法に釘付けになりやすい。

 戦闘終了と共に落下してくるモンスターの肉片――

 それらをハムスター達は避けつつ改めて勝利を確認しました。

 

        §

 

 悪魔を退けたアルベドを出迎えたのは復活したてのレメディオスです。――日頃から身体を鍛えていたとしてもよく復活できました。それはそれで人類代表として誇っていい偉業ではないかと。普通なら死んでいても不思議はありません。

 ケラルトはただただ号泣して姉の復活に喜んでいました。それは紛れもない真実でしょう。――アルベドの勝利など二の次だと言わんばかりが気になりますが――

 全身の骨はまだ充分に治癒されたとはいえません。しかし、懸命に二本の足で立ち、仲間を出迎えます。

 

「よくやってくれた」

 

 泣いているケラルトに支えてもらいながら礼を述べるレメディオス。

 それに対してアルベドは兜を取って静かに一礼するのみ。

 魔導国の思惑があるとはいえ――自分の役目をただ務めただけだと小さな声で言いました。

 

「騎士団の団長として……、改めて礼を言う。これは貴女の勝利だ。そして……私はそれを自分の手柄にするつもりはない」

「……貴女がそうおっしゃるならば……」

「……世の中には計り知れない強き者が居ることを思い知った。……そして自分はまだまだ無力で脆弱な存在である事を……。だが、仕事は残っている。最後まで付き合ってくれるとありがたい」

「もちろんですわ。このアルベド、尽力させていただきます」

 

 弱気なレメディオスに一番驚いたのは兵士よりもケラルトでした。

 いつもは気丈な姉が今はとてもしおらしくて、とても可愛らしい女性となったことに――

 ますます愛してしまいそうになります。

 このおバカで、強くて、そして、頼りになったりならなかったりする姉を。

 

        §

 

 強大な敵を倒したとはいえ、レメディオスには一週間ほどの休養が必要だとケラルトは()()()通達しました。

 先の戦闘で身体から()()()()()が漏れ出てしまった彼女の鎧の中身は人前に見せられない有様となっています。――あと、とても臭かったのですが言葉に出せません。まずは即刻風呂場行きから――

 懸念であった亜人討伐はほぼアルベド頼り。――しかし、このアルベド。とても強い人間――というか悪魔ですが――で頼りになります。いえ、()()()頼りになります。

 姉とは違って賢く、戦略も練る事が出来る有能さを持ち合わせておりました。

 魔導国侮りがたし――

 途中退場したレメディオスはとても大人しく拠点で過ごしており――カルカも驚いておりましたが――無謀な人間の相手をしないだけで物事がかなり進みました。

 レメディオスは厄介な人間かもしれませんが、戦力は西国無双の二つ名に恥じません。

 

「残る亜人部族は……もう……一つくらいでしょうか。……このまま絶滅させるべきか……、それとも交渉を持つべきか……」

 

 ここでケラルトはアルベドに意見を求めます。

 かの魔導国は様々な種族を住まわせているユニークな国で有名です。

 脅威という理由で珍しい種族を全滅させては魔導王の怒りに触れるかもしれません。

 

「いくつかの種族に興味を持っている事は確かです。それらとは既に交渉しておりますので……。残っている敵については排除しても良いと……」

「そうですか。聖王国の平和が約束されているのであれば我々も今以上の攻勢は望みません」

 

 とはいえ、レメディオスがこの場に居れば絶滅は確定です。

 カルカの邪魔をするものは人間でも皆殺しと言いそうなほど聖王女を尊敬し、敬っている人間なので。

 

「……でもまあ」

 

 姉が居ないだけで話がとてもスムーズに済むのは不謹慎な気がしないでもない――ケラルトは苦笑します。

 真面目な討議には邪魔であっても自分にとっては居てくれると何かと心の支えになって助かっています。特に自分が苦手とする者に対して容赦なく突っ込んでくれますので。

 暴力で姉に勝るのは悪魔くらいです。

 ()()()人間程度ではびくともしない。

 とても自慢の姉です。

 

        §

 

 脅威となる亜人連合は一週間と経たずに滅び去りました。けれども聖王国の敵が居なくなったわけではありません。――正確にはカルカの敵が――

 次は人間同士の醜い戦いが始まります。しかも、この戦いにレメディオスはほぼ役に立たないでしょう。

 事は政治や貴族間の問題ですので。

 暴力は悪手です。さすがのレメディオスも攻略に時間がかかることでしょう。

 亜人討伐に付き合ってくれた『()()()()()賢王』ハムスターは森に帰り、従者ネイア・バラハは鍛錬を更に積んで弓の名手に一歩ずつ近づいているようです。――もちろん聖騎士(パラディン)としての鍛錬も同時進行で――

 地味な活動しかしていませんでしたが的確に亜人を討伐し、実力を高めていました。それについてレメディオスも満足気です。

 大きな活躍をしないと腹を立てるような人間では――決してありません。

 兵士一人ひとりを誉める事も団長としての仕事だと分かっています。というかそういう脳筋気味な方向に知恵が()()回るのです。

 

 戦闘狂侮りがたし。

 

 戦闘の傷が癒えたレメディオスと仲間達はしばしの休息の後、カルカから様々な恩賞を得ます。

 物語的には亜人共の拠点から(おびただ)しい宝を持ち帰るのがハッピーエンドなのですが――

 世の中は早々都合が良く出来ておりません。――敵側のマジックアイテムはいくつか手に入りましたが――

 

「姉様、戦いが終わったばかりだというのにもう鍛錬ですか?」

「我らの戦いに終わりは無い。備えあればなんとやらだ」

 

 手ひどく痛めつけられて心がすっかり折れ切った、とケラルトが思ってしまうほど敗北したのに――

 そんな事はもう()()()()()にする超人レメディオス。

 治癒魔法があればまだまだ自分は戦えると()()()豪語しました。――もしケラルトならば隠居して平和に暮らす道を選びます。むしろ生きているだけで幸せを噛みしめられるほど――

 脅威がある人生に平和など夢物語なのですが――

 

「アルベドが倒せたのだから。もう少し努力を積み重ねれば同じ事が出来る……かもしれないではないか」

「……時々、そういう単細胞……、短絡的な思考が羨ましいです」

「そうか? 知識はケラルト。私は力を司っていれば……。何も怖くない」

 

 悪口を悪口だと思わず、またレメディオスは相手の言葉の意味を本当は理解している(ふし)があります。――けれども、それでもレメディオスは平然と振舞っています。

 聖騎士(パラディン)としての矜持なのか。雑魚の言葉は耳に入らない、という絶対的な自信の表れか――

 自信に満ち溢れる強い言葉――

 それが言えるのはレメディオスだからではないでしょうか。

 

        §

 

 一時(いっとき)の平和が訪れてからしばらくして、聖王国に()()()()の到来の報告が来ました。

 北にある大きな国家『リ・エスティーゼ王国』では名の知れたアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』――

 国家に従属するレメディオスにしてみれば冒険者は金のためなら国のことなどどうでも良い連中程度――の認識しか無く、あまり好かない部類()()()

 物事には例外があり、蒼の薔薇は異色の存在だという噂を耳にしていました。――実際に直接見て確認したわけではないけれど、ケラルトがいつか会いたいと言っていた冒険者達。

 全員が女性――

 リーダーは『ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ』という剣を主体に戦う戦士。――その彼女が持つ武器は『魔剣キリネイラム』――

 夜色の刀身を持つ大剣。

 名のある武器は騎士としても興味があり、レメディオスは早速出迎えの準備を整えます。

 大勢の部下を従えるような物々しさでは失礼だと判断し、ケラルトと従者ネイア。それと数人の気心の知れた部下を伴なうことにしました。

 『アベリオン丘陵』は魔導国と共同で街道の治安維持に務めていて今では貿易の為の行路作りが盛んです。

 今まで亜人達に好き放題荒らされた土地の回復には時間がかかります。

 

「蒼の薔薇の連中はどんな奴らなんだ?」

 

 馬での移動途中でレメディオスは部下達に問いかけます。

 聖王国に閉じ込められた生活が続いていたせいで他の国との交流は殆どありません。だからとても興味が湧きました。――それは部下達も同じことでした。

 

「見た事はありませんが……、全員が歴戦の戦士と聞きます。体格の良い女性達かもしれませんね」

「……あるいは姉様のような見目麗しい人達かも。噂では美人だと聞きますよ」

「従者バラハとどちらが強いかな?」

「……それはどういう意味ですか、レメディオス団長」

 

 ただでさえ怒りの形相が更に凶悪に歪むネイア・バラハ。――今は本当に怒っているようです。

 まるで憤怒の魔将(イビルロード・ラース)のようだと、他の部下達が戦々恐々としました。

 彼女の顔は団長の実力と同等と言われるほど恐れられています。しかし、それでもレメディオスには通用しません。

 彼女はネイアの顔程度で動じるような一般人ではありませんでした。

 聖王国最強であり西国無双の聖騎士(パラディン)は伊達ではないのです。

 

        §

 

 そうして移動を開始してから数日後――

 王国の冒険者『蒼の薔薇』の一団と聖王国の聖騎士団があい(まみ)えます。

 それはまるで決戦の現場に到着したような感覚を覚えさせます。

 

「我らは聖王国から来た聖騎士団のものだ」

「我々は王国から来た冒険者……『蒼の薔薇』です。お初にお目にかかります」

 

 馬上にて互いの代表者が一礼する。

 ラキュース以外の情報をレメディオスは持ち合わせていませんでしたが、それぞれ名乗りを上げていきます。

 名前についてはケラルトに任せて早速レメディオスは彼女達の近くまで馬を進めます。

 

「……それが有名な魔剣キリネイラムか……」

 

 ラキュースが背負っている物体を見て言いました。

 一般的な剣と違って横幅のある二メートルほどの大剣ともなれば目立つものです。

 

「大きくてごめんなさいね。貴女が……聖騎士(パラディン)達を率いるレメディオス・カストディオ様ですね?」

「そうだ。改めて、よろしく」

 

 二人の英雄あい(まみ)える。――そう部下達の小声が聞こえてきたがレメディオスは無視し、ラキュースは苦笑しました。

 どちらも有名人であり、その二人が出会ったのだから驚かれても不思議はありません。

 それから少し言葉を交わしつつ移動を始めます。

 まずは途中に造っておいた旅人用の拠点まで――

 聖王国までは馬でも数日は掛かる距離がありますので――馬の体力を考慮しなければならないので――一気にはたどり着けません。

 

        §

 

 最初の拠点にて地面に降り立ち一息つきます。

 部下達はそれぞれの馬の世話をしつつ客人対応に追われます。――もちろんレメディオス達も自分達の荷物整理などをします。

 今回は少人数での移動なので自分達も動かなければなりません。

 

「長旅を癒すような満足な施設ではないが……。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 物腰の柔らかいリーダー、ラキュース。それに対して姿勢正しく振舞うレメディオス。

 離れた位置から見れば二人共負けず劣らずの美人戦士。

 共に有名な武器を持っています。その実力を確かめたいと誰もが思っておりました。――けれども今は蒼の薔薇は聖王国にとっての客人です。滅多な事があっては国の沽券に関わりますし――なによりもカルカが怒り狂います。

 つい先日にカスポンドの身体が木っ端微塵になり、部屋に飛び散った血や肉片の雨を受けながら『天罰』という文字のオーラが彼女(聖王女カルカ・ベサーレス)の背中で激しく光っていたような光景を幻視したばかりです。――すぐさま蘇生魔法の儀式に入りましたが――余計な散財になった事にカルカはしばらく意気消沈しました。

 何があったのか、最強の聖騎士(パラディン)たるレメディオスでも()()()聞けなかったそうです。

 

「亜人討伐を終えたばかりで我が国は忙しい。満足な出迎えが出来そうにない事をまずは詫びておく」

 

 レメディオスは軽く頭を下げます。

 脳筋と言われている彼女は別に他人に頭を下げない人間ではありません。

 ある程度のものの分別はできます。――ただ、それが噂によって色々と歪められ、他国でのレメディオスの印象は恐らく聖王国以上に酷いものになっている、かもしれません。その証拠にラキュース達がひどく驚いていました。

 

「え、あ、あの……。我々は気にしてませんよ。ええ、その辺りの事情は把握しておりますので……。お気遣い無く……」

 

 それよりも従者ネイアが先ほどから怖い顔で睨んでくるのが、と小さな呟きが聞こえてきました。

 レメディオスがさっと彼女に顔を向けると()()()()()で特に問題がありそうには思えませんでした。

 

「従者バラハの顔は……、これでも自顔なのです」

 

 と、ケラルトが補足しました。

 自顔が怒りに染まっている――。それを理解するのに数分を要したようです。

 納得した蒼の薔薇の面々――、後ろに控えていた女性達は早速ネイアに近付いて質問責めにします。

 

「従者バラハ。彼女達の相手を任せる。あまり遠くに行かないように」

「えっ!? わ、分かりました」

「共に戦士だ。……多少、口が悪くても仕方があるまい」

 

 ネイアの場合は口より顔では、とケラルトは思いましたが言葉には出しませんでした。

 姉はネイアの顔が一般人と大差がない、と()()()思っているのですから。

 おそらく、ネイアの顔を気にしないのはケラルトとレメディオスを除けばカルカくらいしか居ないかもしれません。――それと彼女の両親が居ました。

 

        §

 

 休息の合間にレメディオスとラキュースは戦士としての交流を始めます。ケラルトは暴走しないように補佐に回り、王国の冒険者の日常などを訪ねました。

 蒼の薔薇にはラキュースの他に魔法詠唱者(マジック・キャスター)として有名な『イビルアイ』という仮面をかぶった小柄な人間が居ます。

 高い位階魔法を扱う事()()は知っていたケラルトは早速様々なことを尋ねました。

 難しい話を妹に任せて外に出たレメディオスとラキュースは互いの剣を見せ合います。

 ()()()女子ならば貴金属の交換などをするものですが、彼女達は普通ではありません。歴戦の()()()()です。

 

「四大暗黒剣の一振りか……。こちらは四大聖剣の一振りだ」

「実物を見るのは初めてですが……。どうせなら私も聖剣の(たぐい)の方が良かったわね」

「役に立てなければ聖剣とてそこらの剣と大差がない。……私は広い世界を見てしまった」

 

 強大な悪魔に一撃で倒され、なすすべが無かった自分を思い出します。

 剣を持っていても身体が潰されれば意味がありません。

 武器だけ良くても――

 

「カストディオ様()……ですか?」

 

 ラキュースの言葉に対してレメディオスは素直に頷きます。――というか頭脳労働は相変わらず苦手分野でありました。

 世間は確かに広い。そう二人は呟きました。

 歩んできた人生はまだ短いかもしれない。けれども既に何度も死地を巡った二人の戦士は黙って過去を僅かに思い出すのです。

 それぞれ歯が立たなかった強敵との死闘などを――

 

「……それにしても先ほどから気になっていたが……」

 

 ふとレメディオスはラキュースの背中に視線を移します。

 彼女の背中には浮遊する剣のような物体が六本浮いているのです。

 これこそラキュースの持ち武器の一つ『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』です。

 使用者の意思により自在に動き回ります。

 

「普段はちゃんと仕舞いますが……、カストディオ様にお見せする為に持ってきました」

「私は剣一本しか無い。……同時に複数の行動を取るのは苦手だから仕方がないのだが……」

 

 世の中には敵だけではなく、摩訶不思議なマジックアイテムが多数存在します。

 もちろんレメディオスもいくつか知っていますが、実物を見ると感心してしまいます。

 

        §

 

 せっかくだからといって浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)をレメディオスが装備することは難しい。

 専用の特殊技術(スキル)職業(クラス)を修めていないと何も出来ない事が多々あります。

 ラキュースは神官職を持つ聖騎士(パラディン)に近く、信仰系は第五位階まで扱える万能の戦士です。

 それが何故、魔剣持ちなのかはレメディオスには分かりません。

 

「……もしや悪属性なのか?」

「ふふっ、秘密です……。これは……、魔剣といっても無属性武器なので持っても人体に影響はありません」

 

 にこやかに話してくれるラキュース。しかし、すぐに顔を暗くしました。――しかしながらレメディオスはその機微には全く気付きませんでした。

 魔剣の影響は精神に及び、度々奇声を上げたり、人格が乗っ取られる、という()()()()()()()()()()()()ビクビクする毎日を送っているなど口が裂けても言えません。

 キリネイラムは本物の魔剣です。効果もちゃんと発揮します。――ただ、使用者の性格が()()()()破天荒なだけなのです。

 

「……キリネイラムを装備してみますか?」

「いいのか? ……いや、その……、いいんですか?」

 

 客人対応について妹から色々と指導を受けていたので、即座に言い直したレメディオス。しかし、口調はそう簡単には変えられません。

 レメディオス自身としては他人の武器は気になります。特に有名なものは――

 二メートル近い長さの大剣を手渡され、それを受け取るとズシリと最初は重みを感じました。ただ、思っていたほどは重くなかったことに驚きます。

 

「……見事な色合いの魔剣……。美しい宝石のようだ」

「魔力を込めれば誰でも無属性の波動を放てます。……もちろん剣なので戦士職を持っていないといけませんが……」

 

 専用の職業(クラス)を修めていないと武具も()()()()()()()()()のは世の中の常識になっています。

 重装備の鎧を着る事もままならない。

 レメディオスは受け取った魔剣を早速装備しました。

 手に凄く馴染み、重さはすでに気にならない。

 聖騎士(パラディン)とて装備できない剣というものはあるけれど、無属性ということで条件が満たされたようです。

 これが悪属性であれば取り落としているところです。

 

        §

 

 魔剣の代わりに聖剣を持たせてもらったラキュースは早速数回ほど素振りします。

 手に馴染む感覚はとても清々しいものでした。

 聖属性の剣は久方ぶりの相棒という感じです。

 

「……不謹慎をあえて言わせて頂きたい」

 

 魔剣を持つレメディオスは静かに言いました。

 妹からは穏便にするよう何度も言われていましたが――やはり戦士として――試さずにはいられません。

 

 歴戦の戦士との一騎打ちを。

 

 もちろん殺し合いになってはいけないので観客を集めることをラキュースに求めました。――もちろん即答で許可が下りました。

 ラキュースもつわものと剣を交えたい衝動と戦う戦士でした。だからこそ――互いに理解し合い、そこにはもはや言葉は不要――

 ――互いの剣は返還しました。さすがに慣れ親しんだ獲物でなければ物足りないと思ったので。

 レメディオス側はケラルトとネイアを。

 ラキュースは他の蒼の薔薇の面々をそれぞれ呼び集めました。――一般兵士には声はかけません。それほど見物人は必要だと思わなかったので。――けれども大きな音を立てれば勝手に集まってしまいます。ですが、その時は仕方がないと思う事にしました。

 

「鬼ボスと戦う挑戦者が現れたか」

「鬼リーダーがんばって」

 

 双子の忍者姉妹ティアとティナは自分達のリーダーたるラキュースを応援します。しかし、それと同時に相手側の実力にとても興味津々で早々に視線を変えました。

 大柄な戦士ガガーランは腕を組んで戦いを見守ります。――というかかける言葉が浮かばなかっただけですが。

 最後の一人である仮面をかぶった魔法詠唱者(マジック・キャスター)イビルアイは少し呆れていました。

 遅かれ早かれ()()()()予感がしていたので。

 

        §

 

 ラキュースは魔剣以外に装備していた『浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)』を仲間に預け、軽く飛び跳ねます。

 対するレメディオスは聖剣を握ったまま目を瞑り、精神統一します。

 

「……鬼リーダーか……」

「ティア達が勝手に言っているだけです」

 

 頬を膨らませて不機嫌になるラキュース。

 

「この戦いは正しく()退()()だな。勝って故郷(聖王国)に居るカルカ様に誉めて頂こう」

「……姉様。客人に剣を向けて誉められると本気で思っているのですか?」

 

 と、呆れ気味に言うもケラルト自身、この戦いにとても興味がありました。

 聖剣と魔剣を持つ者同士の戦いなのですから。

 騎士団に所属している者や蒼の薔薇の名声を知る者達にとって目が離せない一戦なのは間違いありません。今、この場に居ない事を非常に悔やむ者の数はとても多いと思います。

 苦言を立場上呈するカルカといえどレメディオスの活躍は是非とも耳に入れたいに違いがありません。――なにしろ彼女達(レメディオスとケラルト)の育ての親ですから。気にしないでいられるわけがないのです。

 聖王女という立場ですがカルカもまた武人――

 (こぶし)一つで聖王国の頂点に昇り詰めた傑物でもあります。――普段は魔法詠唱者(マジック・キャスター)としての側面を見せていますが――

 以前の二つ名は『聖拳女帝』だとか――。その真偽を確かめる術は今の聖王国には存在しないようです――

 

「……カルカ様。今一度、私に加護を……」

「……水神よ……、この戦いを捧げます」

 

 準備が整った二者はそれぞれ距離を取り、向かい合います。――そして、互いの剣を構えます。

 

「我が名はレメディオス・カストディオ。聖王女カルカ様の(つるぎ)なりっ!」

「黙れ! そして、聞けぇ! 我はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ!」

 

 それぞれ突発的に思い付いた名乗りを上げます。それを笑うのはティア達とケラルトの三名。残りは首を傾げました。

 いきなり何を言っているんだ、と。

 しかしながら、そんな名乗りであっても闘志に火が付けば何でもいいのです。

 戦士とは結局のところその場の勢いが大切です。

 聖剣サファルリシアに自身の魔力を注ぐレメディオスと魔剣キリネイラムに魔力を注ぐラキュース。――キリネイラムは魔力を注ぐと横幅が更に広くなります。

 より大きく変化した大剣に驚くレメディオスとケラルトとネイア。

 

「……くそっ。こっちは何の変化もしないとは……」

「姉様……。変な対抗意識を持たなくても……」

 

 ()()()悔しがっているレメディオスに呆れるケラルト。

 外野であるティアとティナは苦笑していました。――あの人、面白いと――

 

        §

 

 二人の美しき戦士達の戦いが――慌しくも――始まりました。

 いきなり突貫せずに自身の力を高めたり、魔法による身体強化に努めます。

 モンスターとの戦闘とは違い、形式的な様相は一種――美しささえ感じました。

 

「どちらの剣技が勝るか勝負っ!」

「王国を代表する冒険者として負ける訳にはまいりません!」

 

 武器の勝負ではキリネイラムは攻撃で(まさ)り、サファルリシアは技で(まさ)る。――見た目での判断では。だが、実際にどういう戦いになるのかはこれから判明することでしょう。

 外野が静寂に包まれていきます。

 聖剣と魔剣の戦いが歴史に一ページを刻むのです。それを邪魔する事は誰にも許されません。

 二人共小細工なしでぶつかる覚悟を決めます。

 これは非公式ながら聖騎士(パラディン)神官戦士(テンプラー)の真っ向勝負――。殺し合いではないとしても二度目があるとは限らない希少な試合です。

 これはいわば――

 

 女剣豪一本勝負。

 

 最強の戦いに火蓋は切って落とされました。

 

「我が聖剣は無敵なりっ! 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)光輝の勝利剣(ソード・オブ・ブライト・ヴィクトリィ)〉!」

「我が魔剣は古今無双っ! 〈魔法最強化(マキシマイズマジック)闇黒の征服剣(ソード・オブ・ダーク・トライアンフ)〉!」

「ゆくぞっ!」

「応ともっ!」

 

 二人の美女が声高らかに叫び、示し合わせたように言葉を重ねます。――苦笑が混じるのは致し方ありませんが、試合後はきっと――

 無二の親友になるか、互いに殺すべき仇敵と見るのか――は分かりませんが。

 それぞれ武器に光と闇の強化魔法を付与し、いざ――尋常に勝負。

 この戦いの結果がどのようなものになったのか――。目撃者は黙して語らず――非公式に始めた試合でもあったので仕方がありません。

 物語はここで幕引きと致します。

 

『おしまい』

 

 



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