次期門外顧問の私 (ケロポケット)
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緑髪の赤ん坊、現る。

のんびりと更新していくつもりです。
長い目でよろしくお願いします。


成績は上の下、運動神経はそこそこ、芸術センスは人並み。

そんなJCこと女子中学生の沢村唯(さわむらゆい)は現在大変に混乱していた。

いつも通りの時間に帰宅してこれから読書をしようかと考えて、自宅の玄関の扉を開いたら、真っ先に目に映ったのは緑色。

いや正確には文字通りの緑色の髪が目に入り、その後その髪の持ち主の小ささに驚き固まった。

 

「えっと…」

「ただいまくらい言ったらどうだね?ここは君の家なのだろう?」

「あ…た、ただいま」

 

何と声をかけるべきか迷っていると目の前から帰ってきたのは正論。

慌てて言えば今度はため息が返ってきた。

理不尽さに頭の中で何故という文字を浮かべていると目の前の小さい男…赤ん坊は一つ咳払いをして言う。

 

「さっさと上がりたまえ、こちらも暇じゃないんだ、君の部屋に行っているぞ」

「あ、はい」

 

赤ん坊は言うか早いかその体のどこにそんな力があるのかと問いたくなるくらいの素早さをもって二階に行ってしまい、ドアを開いて閉じる音も聞こえてきたのでもうすでに唯の部屋に入ってしまったのだろう。

その光景を呆然と見つめていた唯だったが、すぐに待たせていることを思い出して慌てて靴を脱いで二階に上がり、自室の前に立つ。

この部屋の中に先ほどの赤ん坊の男がいるんだと思うと妙な緊張が走った。

 

「よし」

 

気合を入れて、自室のドアをゆっくりと開くと、そこにはやはり赤ん坊の男がいて、さらに唯の机の椅子に我が物顔で座っていた。

 

「茶はいらんからな、時間の無駄だ」

「はぁ」

 

生返事しかできない唯に少し眉をひそめた赤ん坊だが気にするほどのことでもないと判断したのか「さっさと適当なところに荷物を置いて適当なところに座れ、本題に入れないだろう」と少々偉そうに言った。

そうだな、と納得した唯は箪笥にスクールバッグを立てかけ、ベッドに腰掛けて赤ん坊の話を聞く体制に入る。

その様子を見た赤ん坊は一つ咳払いをすると話し始めた。

 

「まずは自己紹介だな、私の名はヴェルデ、以後お見知りおきを…ああ、君の自己紹介は必要ない、すでに調べはついているししなくても私は失礼とは思わないから気にするな、それで本題だが、今日から君の家庭教師をやることになった、以上」

 

単刀直入とはこのことかと妙に納得しながら唯は疑問を恐る恐る口にした。

 

「…何故、と聞いても?」

 

すると男は一瞬目を見開いたがすぐにため息をついてしまったので唯は何かまずかったかと不安な表情をした。

 

「その説明もされていなかったのか…ああ、いや、いい、気にするな、後で依頼主に報酬を倍にさせればいいだけの話だ、説明しよう」

 

曰く、唯は世界的にも大きなマフィアのフロント企業というやつのトップの血を引いているのだとか。

それで次期トップ候補が唯だそうだが本人はそもそも、そのマフィアのことすら知らない中学生。

だから誰かがその次期トップにふさわしい人物に教育しなければいけないがその適任者はすでにマフィアのボスの方の教育に当たっているため頼むのは難しい。

そこで白羽の矢が立ったのがヴェルデであり、彼ならば不安は多少あれど頼まれたことにはしっかりと従うので大丈夫だろうということで多額の報酬が出されることが条件で今回ヴェルデが教育係に抜擢されたと。

本当はマフィアについてだとか、そのフロント企業についてだとかを端的に説明が入っているがそこは割愛する。

 

「というわけで私はわざわざ海外から日本に来て君の家庭教師になったというわけさ、理解できたかね?質問があれば今だけは許そう」

 

唯は少し考えてから質問した。

 

「教育とは具体的にどんな?」

 

ヴェルデは意外そうな顔をしたので、唯も驚いた、まさかそこまで意外に思われるとは思わなかったのだ。

 

「信じるのか?こんな突拍子もない話」

「だって、ここまで詳しく説明された上に知り合いの名前も出てきたから、一応は信用しても大丈夫かと思ったのですが…」

「マフィアだぞ?こちらの言葉で言うなら堅気のものではないということだ」

「ですが、そういう人たちの仲間の割には丁寧でしたから、貴方のことを信用してもいいと思ったんです、上から目線で申し訳ないですが…」

 

と本当に申し訳なさそうに唯が頭を下げるものだからヴェルデは次の言葉を出せず信じられないものを見る目で見ていたが、すぐにニヤリと笑った。

 

「なるほど、調査ではただの凡人だと出ていたがそれだけではなさそうだ、さすがは初代の血を引いているだけはあるということか」

「初代?現在のトップの血を引いているのではないのですか?」

「現在のトップでは辻褄が合わないだろう?疑問は持たなかったのか?」

「それは…」

 

確かに持ったがけれどそもそも現在、その門外顧問とかいうフロント企業のトップが誰かを知らないから、そのトップの血を引いていると聞いたら即座に現在のトップを思い浮かべるのが普通というもの。

そもそも初代から現在まで同じ家系が継いでいるものと考えるのが一般だ、残念ながら唯の父親は普通の会社員だし、母親は公務員で図書館の司書をやっているがどちらも堅気の世界の人間だ。

だからこそ、自分と同じ髪の色をしている祖母の家系が思い浮かんだが現在のトップがどのくらいの年代なのかにもよるよなと疑問はあったが、疑いはしなかった。

ヴェルデに指摘されてようやく納得はついたのでよしとしてほしいと唯はヴェルデを見たが相手は呆れていたのでシュンとうなだれる。

 

「君は理解力があるのかないのかわからないな」

「すみません…」

「それで…ああ、具体的な教育内容だったな、君には私の実験に付き合ってもらう、以上だ」

「実験とは?」

「見てわかる通り私は科学者だ、君には私の研究の手伝いをしてもらう、まぁ簡単に言うなら…モルモットになってもらう」

「え」

 

唯の口から声がこぼれる。

あんまりにも簡単に言われた言葉は、しかし、人間に対して使うならば倫理的な問題でショックを受ける内容で、それが教育内容と聞くとどうしても先ほど説明をされた門外顧問というものがとんでもない機関なのだと実感させられる。

マフィアの一部なのだから危険なのは理解していたが、まさかそこまでとは思っていなかった唯はマフィアというものが漫画などで取り扱われる現代っ子の一人であり、マフィアというものをオシャレの一つのように見ていたのだと、ここで嫌でも理解した。

無意識に唯の手が震える、顔を冷や汗が伝った。

目の前にいるのはただの赤ん坊ではない、漫画などで見るような悪の科学者に違いなくて、唯は今日からその仲間になるのだと、そう考えれば考えるほど唯は自分の人生を振り返って泣きたくなってくる。

 

「何をそこまで驚く?世界で最も巨大なマフィアの門外顧問のリーダーになるんだ、私の実験一つ涼しい顔してこなせるようにならなければ務まらないぞ?」

面白がっているのが分かるほどにニヤニヤ笑顔のヴェルデの顔とは正反対に真っ青で泣きそうな顔をしている唯。

「それとも逃げるか?」

 

ヴェルデはそれでも私は一向にかまわないといった態度でいるが、それは彼が恐らくそのマフィアの中でそれなりの地位に立っているからだろうと唯は絶望する。

 

(マフィアの世界に入るの?今まで何も音沙汰なしだったのに?)

 

小さい頃から日本人では珍しい髪の色をしていたので自分の家系はどこかで海外の血が混じっているとは思っていたがまさかマフィアも関わっているなんてどうして予想できただろうか。

 

(こんな時、兄さんならどうする?千沙は?…おばあちゃんは?)

 

頭の中で自分に様々なことを教えてくれた優しい祖母の笑顔が浮かぶ。

 

(そうだ、こういうとき、おばあちゃんは…)

【唯ちゃん、これから先唯ちゃんにとって辛いことがたくさん起こると思う、そんな時は助けてください初代様って祈ってから思うように動きなさい、そうしたらね、初代様がきっと唯ちゃんを助けてくれるわ】

 

祖母の言葉が唯の頭の中に響く、唯はゆっくりと顔を上げてヴェルデを見る。

雰囲気の変わった唯にヴェルデは目を見開く。

唯の口から祈りの言葉が出てくる。

 

「助けて…ください…初代様…」

 

唯の後ろにうっすらと初代門外顧問の姿が現れ優しく微笑んだのがヴェルデの目に移り思わず息を呑む。

 

「そんな…こんなことが…」

 

初代は唯をまるで愛おしそうに見てからヴェルデの方に目を向けて、その眼を細める。

まるで唯を守るように後ろに佇む初代門外顧問、アラウディにヴェルデはここで下手に唯を傷つけるような何かを言えば自分は殺されてしまうのではないかという錯覚に陥るが…すぐに唯に対して興味がわいた。

たった一言、そのたった一言で初代の幽霊を呼び出すことのできる彼女の血はヴェルデの興味を大いに引いたのだ。

唯の目がまっすぐヴェルデを見る。

それからゆっくりと頭を下げて。

 

「よろしく、お願いします、先生」

 

そうはっきりと言った。

ヴェルデはその言葉を静かに、しかし新しいおもちゃを貰った子供のようにキラキラとした目をして受け取ったのだった。

 

***

 

ヴェルデが唯の家にやってきたその日の夜、両親への説明は門外顧問の方で勝手にされていたらしく、全員何の疑問も持たずにヴェルデを受け入れていた。

門外顧問の説明では祖母の家系で孤児が出たので他に親族がいなかったから唯の家で一年間だけでいいので引き取ってほしいとのこと。

一年だけなら…と、唯の家族も了承したらしい。

というわけで夕飯を我が物顔で頬張るヴェルデに唯は呆れを通り越して感心すらしていた、本当のことを何故説明しないのかと夕食後に聞いてみれば唯だけが初代の血を色濃く受け継いでいるためいわば他の家族は一般人扱いなのだとか。

一般人をわざわざ巻き込む理由もないので黙っておき、あとで唯の方が何かと理由をつけて家を出ていけばいいだけの話だと説明を受けてなるほどと納得をした唯はその日から家を出ていく理由を考え続けることになるのだがこれはまた別の話。

次の日も学校があるので宿題をやっている唯の後ろには初代の幽霊。

どうやら唯には初代の姿は見えていないらしく、何か感じるものはないか?というヴェルデの質問に唯は。

 

「そういえば、妙な安心感がありますね、こう…殺し屋に命狙われても大丈夫と思える程度の安心感があります」

 

と首を傾げながら答えたので恐らく初代はしばらく唯から離れることはないだろう。

ヴェルデはそんな2人の様子を唯のベッドに座って眺めていた。

とっくに研究のための自分のスペースは作り終わったのでヴェルデ自身、作業をしようと思えばできるのだが、2人のことがどうにも気になってしょうがないのでこうして観察しているわけである。

そもそも興味対象のうちに入ってはいるので、これも研究の一環だ。

現在、唯は難問に当たったのか頭を悩ませている。

その後ろで答えが分かっているのか初代は微笑ましそうに見守っているが話に聞く初代はもう少し、こう、一匹狼な性格だったのではないか?誰だこの爺バカ、ただ自分の孫が可愛くて仕方がない祖父のようではないか。

血が繋がっているというだけで初代の加護がつくのか?どんだけ身内に甘いんだ初代よ。

ヴェルデが初代のイメージを崩壊させながら観察を続けていると唯は問題の答えがやはりどうしても出せなかったのか回転椅子を足で半回転させてヴェルデの方に体を向けると問題集を差し出してきた。

 

「先生、ここの問題の解き方がわかりません、わかりますか?」

 

どうやらやっていた教科は数学らしく、ヴェルデの調査でも唯は苦手科目で数学が出ていたのを思い出し納得する。

ヴェルデは問題を一目見てすぐに答えを割り出したがそこで問題が発生した。

人にものを教えたことがなかったのだ。

理論は理解できるし簡単な言葉でかみ砕いて説明しろと言われればできるが相手に合わせて物を教えるということをそもそもやったことがないヴェルデは言葉を詰まらせる。

それを勘違いした唯は「あ、やっぱり自分で頑張って解きます!」と慌てて机に向かって問題集とにらめっこを再開させてしまった。

天才と呼ばれるヴェルデはその反応に苛立ちを覚えて多少きつい口調で唯を呼んだ。

 

「問題集を貸せ」

「え、でも…」

「いいから、貸せ」

「は、はい」

 

恐る恐る唯は問題集をヴェルデに渡す。

ヴェルデはそれを受け取ると問題集を膝の上にのせて、問題集を支えていない方の手を唯に差し出す。

唯はその意味を察して慌ててシャーペンを渡すとヴェルデは問題集にすらすらと公式を書いていく。

 

「いいか、数学というのは面倒くさがりの教科とも呼ばれているんだ、公式さえ覚えてしまえば後の解き方は小学生でも解けてしまえる、そのことをよく覚えておけ」

「は、はい!」

「それで解き方だが、そもそも使う公式を間違えている、ちゃんと教科書を読んでいるのか?開いている様子がないな、勉強する気はあるのか?」

「うぅ…」

 

矢継ぎ早に言われる疑問に心のダメージを感じながら唯はそれを受け入れるしかなく、若干涙目である。

ヴェルデは一つため息をつくと、机の上にあった白紙をとり、そこに数式を書き出していく。

 

「それは…?」

「この問題集で出るであろう公式だ、ついでに中学二年で覚える公式も書いておく、ここに書かれている公式を一か月で覚えろ」

「え!?こ、こんなにたくさんの公式を、一か月で!?」

 

唯はヴェルデの手元にある紙に目を通すが何度見ても10以上ある公式にめまいを覚える。

ヴェルデは全ての公式を書き終えて紙を唯に手渡しながら眼鏡をなおす。

 

「今は理論を理解しようとしなくていい、ただそこに書かれている記号を覚えればそれで十分だ、疑問を持つな、手を動かせ、いいな?」

「はい!」

 

まるで軍隊のような返事の仕方をした唯はすぐさま机に向かうとすぐに疑問が出た。

 

「そういえば肝心のこの問題の解き方を教えてもらってない…」

「そのくらい自分で探したまえ、なんでも聞けば答えが返ってくると思わないことだ」

「厳しい…」

 

ヴェルデはすでに自身のノートパソコンを取り出して作業をしており、先ほど言ったこと以上のことはしてくれない様子だ。

唯は仕方なく、自力で公式とにらめっこし、問題集に書かれている公式の解き方を一人で考えた。

そんな2人のやり取りを見ていた初代はヴェルデをしばらく見ていたがやがて表情を柔らかくした。

 

(なんだ?)

 

ヴェルデが面倒そうな顔をしているのが見えたのだろう、初代はクスクス笑うと口を動かした。

 

(あ、り、が、と、う…別にあなたのためではないのだがね、身内に厳しく教育してくれたことがそんなに嬉しいものなのか…私には理解できん)

 

嫌そうな表情のヴェルデを、やはり初代はクスクスと見ていたのだった。

 

 

***

 

 

次の日、朝の7時に目を覚ました唯はゆっくりとした動作で起き上がってベッドから降りると、ゆっくりと窓に近づいてカーテンを一気に開けた。

瞬間、部屋に朝の光がいっぱいに広がっていく。

朝日を浴びながら大きく深呼吸すると唯は一つ伸びをして振り返ってそこにいる赤ん坊にのんびりとした笑顔を見せてゆっくりと挨拶をした。

 

「おはよう、先生」

「おはよう、もう少しキビキビ動きなさい、だらしないぞ」

「はい」

 

注意されて慌てて表情を引き締める唯を呆れた表情で見るヴェルデ。

 

「さっさと朝食を済ませて学校に行け」

「はい、先生!」

 

パタパタと慌ただしく部屋を出て行った唯を見送ったヴェルデも素早く寝巻からいつも通りの白衣姿になりノートパソコンを起動する。

そこに映る情報にヴェルデはにやりと笑ったのだった。

 

 

 



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日常

「いってきます!」

 

元気よく言って家を出た唯は時間に余裕をもっているためのんびりと歩いていた。

初代はその後ろをただ静かについていく。

 

「あの様子だとついてくるのかと思ったけど、学校まではさすがについてこなかったか…よかったのか悪かったのか…いや、良かったのかな」

 

唯はそんな独り言を呟く。

唯は昨晩ヴェルデが言っていた唯についての調査がすんでいるということについて考えていた。

彼がどの程度唯のことを知っているかはわからないが、恐らく唯にとっての根本的な問題についてまではわかっていないだろうと予想する。

それは子供のほんの些細な悪戯のようなもので、他人から見れば気にするほどのことでもないことだからだ。

 

(でも、私にとっては…)

 

そんなことをぼんやりと考えていたらカバンの中から振動音が聞こえてきたので学校もまだ近くないので安心してカバンの中から携帯を取り出してメールの確認をする。

 

「…え」

 

その内容に唯は思わず足を止めて携帯を凝視する。

メールの送り主は、ヴェルデからだった。

内容はいたってシンプル。

 

≪今日は君の一日の行動を観察しているから、そのことを忘れずに生活するように≫

 

思わず唯が周りを見渡してしまったのも仕方ないだろう、けれどどこにもヴェルデの姿はない。

唯は寒気を感じ自身の両腕をさすったが、なんとか気を取り直して歩き出す。

携帯の電源は落とし、カバンの中に入れる。

学校が見えてきたところで、唯は一瞬校門前にいる人物を見て怯みそうになった。

並盛中学校風紀委員会風紀委員長、雲雀恭弥。

唯の住む並盛町をこよなく愛しすぎていることで有名な男であり、そのくせ地元民でも容赦なく嚙み殺す、恐ろしすぎる愛情の持ち主。

おかげで町全体が雲雀恭弥には逆らってはいけないというルールができており、彼が町長をやった方がいいのではないかと雲雀の存在を知った時の唯は思ったのだが、いざ本人を目の前にするとその存在感、圧倒的な威圧感で、彼がどうして町長じゃないのか納得した。

 

どこの番長だよ。

 

しかし本人にそんな言葉が届いてしまえば、嚙み殺されること必至なので絶対に声には出さない唯であった。

唯以外の生徒たちは雲雀に挨拶をしてから足早に校門をくぐっていく、見慣れたいつもの朝の校門前の風景。

他の生徒と同じように唯も雲雀に「おはようございます」と挨拶をしてから足早に校門をくぐる。

雲雀は唯の方に一瞬だけ目を向けたがすぐに校門の外を監視する作業に戻ったので、何もやましいことはないのに唯は小さく息を吐き出した。

一般人ならば雲雀を目の前にすると緊張してしまうはずだ、少なくとも唯は緊張するタイプの人間。

しかしいつものことなので唯はすぐさま雲雀のことなど忘れて昨夜の宿題のことを考えていた。

一応、ヴェルデが書いてくれた公式の紙はカバンの中に入っているが、数学が苦手な唯からしてみれば厳しい課題である、10以上の公式を一か月で覚えきり、かつそれを諳んじれるようになれというのは何と無茶なことを言うのだ、というのが唯の意見だが、ヴェルデはそこのとこは容赦してくれないらしい。

ため息が唯の口からこぼれる。

憂鬱な気分で教室に向かうために廊下を歩いていると反対方向からやってきた女子たちとぶつかってしまう。

 

「あ、ごめんね」

「邪魔」

「迷惑」

 

女子たちはそれだけ言うとさっさと歩いて行ってしまったので唯は何も言えなかったのだが、唯は苦笑をこぼしてすぐさま歩き出してしまう。

初代は今にも飛び掛からんばかりの気迫をもって唯にぶつかった女子たちを睨みつけていたが、唯がまるで諦めているかのように笑って歩いて行ってしまったので目を見開く。

それから何かを考える素振りを見せると、初代はその場から姿を消したのだった。

 

***

 

教室にたどり着いた唯は自分の席にカバンを置くと、そこから教材を取り出していく。

そして、机の上には数学の教科書とノートを置いた状態で残りの教材やノートは全て机の中にしまい、筆記用具を置いたら机の横にカバンをかけて、椅子に座る。

教科書とノートを開き、そしてヴェルデからもらったあの紙も広げ、シャーペンの芯を出す。

唯は昨晩、どうしても解けなかった問題が一つだけあったので、あえてその時に解かず、学校で解いてみようと考えたのだ。

教科書と紙を見比べてみて、ノートに書いてきた問題文を見る。

 

(…やっぱり、わからない…いや、ん?まって、あれ?)

 

それはほんの小さな疑問と違和感。

問題文は長ったらしくつまり何を問われているのかわかりづらかったが、よくよく読んで教科書の方に目を移すと、そこに書かれている公式の説明と噛み合う部分が見つかる。

そして紙の方に目を移すと教科書の公式ともう一つ、使えそうな公式が見つかり、唯は思わず教科書でその公式の項目を探して説明文を読む。

それをかみ砕いて自分の中で理解していくと、昨晩解けなかった問題文がすらすらと解けていく。

 

(なにこれ…なにこれ!?あんなにできなかったのに、解ける!?しかも面白い!?)

 

唯は慌てて机の中にある問題集を取り出して、昨晩のところの先の問題を見てみる。

昨日までは謎の暗号文が並ぶ古代文字のように見えていたそれが、まるでゲームで出てくるクイズのように見えて唯はシャーペンを持つとゆっくり問題を解いていく。

 

(解ける…解ける!解ける!)

「あれ?朝から勉強?珍しいね、村さん」

 

唯はそこでようやく動かしていたシャーペンを止めて現実に戻ってくる。

そしてゆっくりと顔を上げると、少し息を切らした少年がいた。

 

「…相も変わらず遅刻ギリギリの君よりはましじゃない?」

「うわ、そういうこと言っちゃう?」

 

呆れた様子の唯に少年、沢田綱吉は苦笑いを返し、自分のカバンを自分の机…唯の席の前にある机の横にかけて椅子に座り体を横に向けて、椅子の手に片腕をかけて顔を唯に向ける。

 

「数学?げー」

 

唯の机の上の物を見て嫌そうな顔をする綱吉、唯は周りを見渡し綱吉に手招きするとまるでとびきりの宝物を見つけた子供のようにキラキラした目で綱吉と顔を突き合わせ、内緒話のように言った。

 

「新しい家庭教師が私の家に来てさ、その人にちょっと教えてもらったから自分でやってみたら面白くなっちゃって」

 

綱吉は信じられないものを見るような目で唯を見るが、その理由を分かっている唯は甘んじて受け入れている。

でも、と綱吉はニヤニヤ笑って言った。

 

「昨日まで数学は古代文明とか言っていたの、誰だっけ?」

「古代文明は後世の人たちに大事なことを教えるために存在するって知ってる?」

「難しい話はお断り」

「ならば今日提出の宿題は見せなくていいと」

「お師匠様、なにとぞご慈悲を」

「うむ、よかろう」

 

頭の上で手を合わせる綱吉に偉そうに胸を張る唯、ほぼ同時に笑いだす。

そこでチャイムが鳴り綱吉は慌てて前を向き、唯は机の上にある教材たちを片付ける、ちょうどよく教師がきてHRが始まった。

それと同時に入ってきた銀髪の少年の姿に主に女子の方から色のついた声があがる。

 

「HRを始める前に、まず転校生を紹介する、イタリアに留学していた獄寺隼人君だ」

 

本人からの自己紹介は無く、明らかに不良らしいその見た目に唯はげんなりする。

唯は元々の性格からこういったいかにもガラの悪そうな見た目の人間は苦手だったから、どうしても嫌な顔をしてしまう。

獄寺は先生からの紹介が終わると、黙って綱吉の横に立ち、ジッと綱吉を見ていたかと思えば舌打ちをした。

それから綱吉の机を蹴り飛ばすと謝罪もせずに自分の席に向かってしまう。

慌てる教師の声など無視し、自分の行動は悪いとは思っていない様子の獄寺に唯は片眉を上げた。

唯は立ち上がると、綱吉の机を元の場所に立たせる。

 

「あ、ごめん、ありがとう、村さん」

「気にしないで」

 

綱吉も慌てて椅子を直して座りなおすと、隣の席の男子から「知り合いか?」などと質問されている。

 

「し、知らないよ」

「でも、絶対不良だよ」

「気をつけろよー、この間のお前はすごかったけど肝心な時ドジなんだし」

「…うん」

 

綱吉はどうして自分だけあんな目にあったのか気になりこっそりと獄寺の方を見るが、何故か綱吉をじっと睨んでいるので綱吉は慌てて視線を黒板の方に向けて涙目で疑問符を浮かべる。

そんな綱吉の様子を見ていた唯は綱吉の隣に座る男子と顔を見合わせて、苦笑いを浮かべたのだった。

 

 

 



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時には赤子のように

放課後、唯は綱吉のバレーの試合を観戦していた。

特に大きな声を出して応援することはなかったが前半のそのダメっぷりに思わず目をそむけたくなる。

 

「やっぱダメツナか」

 

誰かがそう言った。

 

「ふざけてんなら帰れよ!」

 

選手の一人がそう言った。

綱吉は顔を俯かせて、何やら難しい顔をしたかと思えば顔を上げて、まるで憑き物が落ちたような顔をしてチームに加わっていく姿を見て、唯はそんな綱吉の変化に驚く。

 

(綱吉って…あんな顔、できたっけ…)

 

その表情の勇ましさ、あれはまるで。

 

(まるで…これから、死に行くような…)

 

死ぬ気。

それを理解した瞬間、唯はゆっくりとだが、体育館の外に出た。

なんとなく、だが。

 

(綱吉なら、勝てる)

 

そう確信できたので、もう試合を見る必要はないし、明日また試合がどうなったかを聞けばいいだけの話。

唯は一つ大きく伸びをすると、教室に向けて歩き出した。

教室に向かっている間、唯はつい最近の綱吉の様子を思い出す。

 

(ここ最近の綱吉、変…というか、なんか、強くなった、かも)

 

最近それが一番顕著に表れたのは剣道部主将の持田先輩とした試合。

あの試合でツナは『ダメツナ』というあだ名で呼ばれなくなった。

そして今日のバレー部の試合。

昔の綱吉ならばきっと逃げ出して、そもそも試合には来なかっただろう。

けれど不安な顔をしながらも試合に出場をして、恥ずかしい思いをして言い訳までしたのにもかかわらず逃げずに最終的には死ぬ気で試合に取り組むようになるまでの精神力の強さを見せた。

今日の出来事で、もう周りは綱吉のことを馬鹿にすることはないだろう、するとすればそれは綱吉の強さを僻んだ者たちだけだ。

その成長の速さ、成長のきっかけはなんだったのだろうか。

そんなことを考えていればいつの間にか教室にたどり着いていた。

唯が教室のドアを開けようとすると、中から女子の話声が聞こえてくる。

 

「最近さ、沢田のやつ調子乗ってない?」

 

思わず、唯の手が止まった。

 

「あー、わかるー!なんか雰囲気変わったよね」

「京子ちゃんに気軽に話しかけすぎっていうかさー」

「山本君にも声かけられていたよね」

 

最初は好意的な意見かと思えばただの悪口。

唯はどうしようもない気持ちになりながら女子たちの気が済むのを待つことにした。

気持ちはなんとなく理解できるが賛同できるかと言われれば微妙である。

唯とて一人の人間。

突然変わってしまった友人に思うところがないわけではないし、むしろたくさんありすぎて複雑な気持ちなのだ。

それに、心配な気持ちもある。

昨晩ヴェルデから聞いたマフィアのボス候補の中に綱吉の名前が入っていた時は心臓が止まるかと思うくらい驚いた。

そして、現時点では綱吉が最有力候補だということを聞けば、唯は泣きたくなる。

 

【どうして…彼、なんですか】

【理由はとても簡単でシンプル、彼がボンゴレファミリーの正統な後継者であり、初代ボンゴレボスの血を受け継いでいるからだよ】

(なんで綱吉なの、別に綱吉じゃなくても他に候補者はいたじゃない…どうして…っ!)

 

ニヤニヤと笑うヴェルデの顔を思い出して、また泣きたくなる。

あの家庭教師は人をいじめる趣味はないが、興味対象がどういう状況でどんな言葉をかけられればどういう反応をするのかを見るのが楽しくて仕方ないのだ、そういう変態なのだ。

昨晩だけの付き合いだが間違ってはいないだろう。

だからこそ、ここぞというときに嘘をつくような人間ではないのだ、それがどうしようもなく唯を絶望させた。

 

「おや?こんなところでうずくまっているのは我が幼馴染、心の友であるゆっちゃんじゃないか!」

 

声を押し殺して泣きそうになった時、突然頭の上から声が降ってきた。

唯は慌てて膝を抱えている腕で涙をふくと、声の主を見る。

そこに立っていたのは唯の幼馴染で同学年別クラスの寺田千沙(てらだちさ)

腰まで長い黒髪を揺らし、かがんで唯の顔を覗き込んでいたので唯の予想よりも近かった距離に唯は思わず「ひっ」と声をこぼしてしまう。

 

「あはは!相も変わらずゆっちゃんは面白いな、うむ…それで、何かあったのか?教室には入らないのか?」

 

首を傾げて聞いてくる千沙に唯は思わず教室の方に目を向ける。

教室からの声はもう聞こえない、恐らく女子たちは皆、帰ってしまったのだろう。

それに何故か安心してホッと息を吐く。

千沙はそんな唯にまた首を傾げるが、すぐに溌溂とした笑顔を見せた。

 

「なんだかよくわからないが、今は動きたくないようだし、私がゆっちゃんのカバンをとってきてあげよう!」

 

そう言って教室に向かう千沙に唯は礼を言うとまたため息を吐いた。

決して千沙が苦手なわけではないのだが、あのはっきりとした物言いなどは唯自身が時々驚いてしまうのでもう少し声を抑えてほしいというのが唯の本音である。

気付けば先ほどの苦しさもなくなっているのでその点では千沙には毎回感謝している唯。

自分も教室に入ろうと、立ち上がった時だった。

 

「誰か助けてえええええええええ!!」

 

綱吉の叫び声が窓の外から聞こえた。

唯は慌てて廊下の窓に近づいて外を見る。

 

「今の声は!?」

 

教室にいた千沙にも聞こえたらしく、慌てて唯の隣に立ち唯の視線の先を追う。

 

「あれは…たしか最近話題の沢田綱吉と人気者の山本と転校生じゃないか!というかあの転校生の持っているのってダイナマイトか?」

 

千沙の言う通り、そこには火のついたダイナマイトを構える獄寺と怯える綱吉、そしてスーツを着た赤ん坊の姿。

またそんな2人に近づく山本の姿。

獄寺は明らかにそのダイナマイトを綱吉に向けて投げようとしている。

 

「まずい、先生を!お、おい、ゆっちゃん!」

 

千沙が隣で慌て、綱吉が危ない状況だということを理解しているのに唯はその場から動けないでいた。

唯の視線の先には銃を綱吉に向けて構える赤ん坊の姿。

見間違いでなければ赤ん坊の手にある銃は先ほどまでカメレオンの姿をしていたはず。

そんな非現実的な現象を目の当たりにして一瞬行動が遅れたのだ。

そしてその一瞬は世界最強のヒットマンには十分すぎる時間である。

銃声が響いた、綱吉の脳天を銃弾が貫く…こともなく銃弾から光が飛び出し、それが綱吉の頭にヒットする。

倒れる綱吉、唯は思わず手で口元を覆う。

隣で千沙が目を見開いている。

唯は涙が出そうになったが、次の瞬間には綱吉がパンツ一丁の状態で復活したので唯は目を見開く。

見間違いじゃない、綱吉の頭には確かにオレンジ色の炎がともっていて、口調もいつもの綱吉より荒っぽい。

 

「死ぬ気で消火活動をする!!」

 

そう言った綱吉は素早い身のこなしでダイナマイトの火をどんどん素手で消していった。

それを見た獄寺がさらに多くのダイナマイトに火をつけて綱吉に投げるが、綱吉も負けじと消火活動に励み、それを見て焦った獄寺がさらに多くのダイナマイトに火をつけて抱えたが、限界が来て一つが落ちれば残りのダイナマイトすべてが落ちていき、獄寺の足元にはもう少しで爆発するダイナマイトが。

獄寺はまるで死を覚悟したかのように目を閉じようとしたが、綱吉が獄寺の足元にある火も消したので驚き目を見開く。

全ての消火活動を終えた綱吉は頭の炎が消えて、いつもの口調と雰囲気に戻る。

そこから先のやり取りを見ていた唯はしばらく思考することができなかった。

けれど、また聞こえたダイナマイトの音に唯はずるずると床にへたりこんだ。

 

「お、おい、ゆっちゃん、大丈夫か?」

 

千沙の心配そうな顔を見て、今度は顔を隠すことも忘れてポロポロと泣き出す唯。

それを見た千沙はさらに慌て「大丈夫だ!沢田は無事だし、なんだかよくわからんが丸く収まっているみたいだから!泣かなくていいんだぞ、ゆっちゃん!」と言っている。

しかし、唯もそれは理解していて、ひとまず綱吉が死ぬという最悪の事態は避けることができたことへの安心感、そして言いようのない焦燥感。

床に涙が落ちる。

 

「…ちーちゃん」

「な、なんだ?」

「ちーちゃ、う、うああああああああん」

 

声に出して泣き出してしまった唯に千沙は声に出して驚きあたふたと頓珍漢な励ましの言葉をかけ始めるが、唯はその言葉を聞きながらも自分でもどうしたらいいのかわからない気持ちにただただ訳も分からず涙を流すだけだった。

そんな2人の様子をいつの間にか戻ってきていた初代は眺め、そして窓の外で獄寺を止めるために慌てている綱吉を見る。

それから小さく笑って、唯の傍に行き、触ることはできないけれど頭を優しくなでる動作をし続けた。

唯が泣き止むその瞬間まで、ずっと。

その姿はまるで泣いている赤子をあやす母親のようであった。

 

 

 



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ほんのささやかな未練

「さっきはごめんね」

「いや、気にしなくて大丈夫だ、友人に命の危険があったら不安になる気持ちも理解できるし、泣きたくなることもあるさ」

 

唯の謝罪に千沙は笑顔で受け止めたがその言葉に唯は曖昧に笑って返すだけにした。

 

「それにしても先ほどは何だったんだろうな?ダイナマイトなど、危険にもほどがある…しかし、そういうお年頃というやつなのだろう、私たちの年代は丁度思春期真っ盛りだし、最近の若者はキレやすいともいうからな」

「あはは、それは…どうなんだろう」

「唯も気を付けるんだぞ?もしも不良ぶっているやつに出くわしたらすぐに周りの大人か私に助けを求めるんだ、一人で何でも解決しようとして解決できるのは漫画の中だけなのだからな」

「うん、ありがとう」

 

学校でのこともあって千沙がやたらと心配してくれているようなのは嬉しい唯だが、先ほどから微妙に見当違いな励ましなので唯は曖昧に笑うしかないのだ。

唯の様子に不満そうにしながらもすでにお互いの自宅の前に来てしまったので千沙は唯の家の門を開けてあげた。

唯は門の中に入って振り返り、千沙の溌溂とした笑顔を見る。

千沙はうまく隠しているかもしれないが保育園からの付き合いである唯にはその表情に心配の色がありありと見える。

溌溂とした笑顔のはずなのになんてちぐはぐ、それが少しおかしくて唯はクスクス笑う。

 

「な、なんだ?」

「いや、千沙って本当に心配性だよね、昔から」

「そりゃ、大切な幼馴染が大泣きしたんだ、心配しないわけがないだろう?」

「そっか…そうだね、ありがとう心配してくれて」

 

唯が笑顔でお礼を言うとまっすぐすぎるお礼に照れた千沙は顔を赤くして目をそらし「うん」と返事をするだけだった。

 

「それじゃあ、また明日ね」

「ああ、また明日!」

 

唯が家に入るのを見送った千沙はその隣にある自宅に入る。

唯はこっそり玄関の扉を開けて千沙が自宅に入るのを見送ると改めて扉を閉めて、ため息をつく。

あの時爆発して涙と声に乗って出てきた感情の名前を唯はまだ理解していないが、でもきっとそれは唯のこれから最も大切な何かなのだということは、なんとなく理解していて、けれど感情のすべてを理解していないうちは幼馴染の千沙といえども相談するわけにはいかないと唯は判断したのだ。

モヤモヤとした気分で自室に入るとそこにはノートパソコンに向かうヴェルデの姿。

ヴェルデは唯に視線を向けることなくただ「おかえり」とだけ言う。

その瞬間、唯は今まで悩んでいたモヤモヤのほぼ全てが吹き飛ぶような感覚を覚える。

 

(そうだ、先生、ずっと)

 

ヴェルデが自分のことを観察しているとの内容だった朝のメールを今になって思い出した唯は顔を青くしてから恥ずかしさで赤くする。

 

「青くなったり赤くなったり、君はまるでリトマス試験紙みたいだね、まぁ、いいや」

ヴェルデはそこでようやくパソコンから顔をあげて唯を見る。

「今日はお疲れ様、明日も観察をさせてもらうと同時に実験を始めるからそのつもりでよろしく頼むよ」

それだけ言うとまたパソコンに何やら打ち込み始めるヴェルデに唯は恐る恐る声をかける。

「あの…今日のこと、全部、見ていたんですか?」

「沢田綱吉のやつのことか?ああ、見ていたとも、実にくだらないやり取りだったが、あれはあれで教育としては成立しているのだろう、リボーンのやり方は回りくどくて嫌いだがね」

 

嫌味をいちいち入れなくては駄目だったのかと唯は一瞬考えたがすぐにその言葉の中にあったリボーンという名前の人物が綱吉の傍にいた、あの赤ん坊のことだと理解して唯は慌てて口を開く。

 

「え、じゃあ、あの」

「いちいち言葉を区切らなければ喋れないのかい?」

「それは…違います」

「ならどもるのはやめたまえ、聞いていてイライラしてくる」

 

ため息をつくヴェルデに唯はしばらく何か言葉を出そうとして「あ」とか「その」などの言葉を声には出さずに口だけ動かし、やがて慎重な声で「はい」とだけ言った。

 

「分かればいい、リボーンのことは認めたくないが同族のようなものだ、昔からの知り合いと言えば理解できるかな?」

「なるほど!」

「ほかに質問は?」

「綱吉にも家庭教師がいるんですか?」

「彼は未来のボンゴレボスだが君と同様に元々一般人として育てられていたから、家庭教師がつくのは当然のことだろう?」

 

声に出さず「なるほど」と口を動かす唯にヴェルデは呆れたような視線を送り、唯はその視線から逃げるように目をそらす。

 

「そうだった、明日からの実験のためにお前にはこれを飲んでもらう」

 

ヴェルデはそういうと、ポケットから小瓶を一つ取り出して唯に渡す。

受け取った唯は小瓶の中に青い液体が入っているのをまじまじと見た。

 

「綺麗ですね」

 

ヴェルデは唯の方を見る。

綺麗だと言った唯はキラキラとした目で小瓶の中の液体を眺めている。

それを後ろから初代も見ていたが、初代にはただの青い液体のようにしか見えない。

ヴェルデも初代と同じ感想しか持てず、首を傾げていると唯は液体を眺める目と同じ輝きを持ったままの目でヴェルデを見てのんびり笑った。

 

「まるで大空みたいです」

 

ヴェルデと初代は目を見開き、初代はすぐに優しく笑ったがヴェルデはパソコンに視線を戻してから、説明をした。

 

「詳しい物質名などを説明しても君には理解できないだろうから簡単に説明するが、それは君の中に眠る戦闘能力を増幅させるものだ」

 

説明を聞いた唯は思わずヴェルデの方を見る。

それからまた手元にある小瓶を見る、正確にはその中にある液体を見た。

 

「それって、ドーピングですか?」

「ドーピングの方がよっぽど優しい、なんせそれは一度死ぬからな」

「え?」

 

唯は冷や汗をかきながらカタカタ震えてヴェルデを見る、ヴェルデはパソコンから目を離さずに答える。

 

「その薬品名は死ぬ気水と言って、元々はその薬品と同じ効果を持つ弾丸から、俺が独自に研究を重ねて同様の効果をさらに強化した状態で使用することが可能になったものだ、マウスで実験した時は一度死んだが一応生き返っている、その後とんでもない戦闘力を発揮する」

「それ、人間で試したことは…ないですよね、当然ですよねすみません」

ヴェルデが答えを言う前に察した唯は顔を青くしながら液体を見ていたが、すぐに気づいた。

「まさか、明日からの実験って…」

「察しが良いな、その死ぬ気水を飲んだマウスの戦闘力は確かに急激に高くなったが、同時にもともと穏やかな性格が凶暴に変わってしまっていてな…お前には飲んでも狂暴にならないくらいにまで飲ませてその薬に慣らし、そのうちその液体無しでも飲んだ状態の戦闘力をつけてもらう」

「ひぇ…」

 

狂暴化したネズミの末路まで想像した唯は自分も場合によってはその結末を辿るのかもしれないと予想し青ざめた顔をさらに青くし、もはや青白い。

そもそもこの死ぬ気水は人間では実験されていないということは場合によっては死んで、そのまま生き返らない場合もあるということだ。

いわばこの液体は毒だ。

 

「安心しろ、飲んだネズミは苦しまずに一回死んでいた、俺の見立てが正しければ苦しむことはないだろう」

 

ゴクリと唯は唾をのむ。

苦しまないとは言っても結局一回は死を経験するわけで。

いや、一回どころかこれから先何度も飲むらしいので()()()()()

 

死。

 

幼い頃はその漠然としたものに対して恐怖し夜は母親に抱き着いた経験がある。

 

(これを飲んだら死ぬ・・・いや、死なないんだよ、死んでもう一回生き返るからノーカン、ノーカン)

 

自分に大丈夫だと言い聞かせても手が震えだす、足も震え、全身がまるでけいれんを起こしたかのように震える。

歯をカチカチならして、けれど唾をまた飲み込むと一緒に震えも止めた唯はヴェルデに声をかける。

 

「今、飲むんですよね?」

「…ああ、飲め」

 

ジッとヴェルデに監視されては逃げ道もない。

そもそもヴェルデに対して口で勝負しても無駄だ、恐らくだがヴェルデはかなり頭が良い、それに対して唯の頭は若さ故にひらめき力はあっても知識とかボキャブラリーとかそういった類の物には乏しい普通の中学生女子だ。

勝てるわけがない。

小瓶の栓を抜き、小瓶を持っていない方の手を腰に当てる。

一回深呼吸をして、唯は勢いよく死ぬ気水を飲もうとした時だった。

 

「そうだ、飲むときは何かやりたいことを思い浮かべるんだぞ」

「っ!?」

 

既に飲み込んでしまった唯はヴェルデの言葉にせき込みそうになりなんとか耐えるが、すぐに体の異変に気付いた。

全身の力が抜けていく。

意識もおぼろげになり、瞬時に自分の死を悟る。

 

(やりたいこと!?やりたいことって?なんでもいいの!?えっと、やりたいこと、やりたいことは)

 

必死に頭を働かそうとしてもどんどんその機能を停止されてしまいうまく考えがまとまらない。

ただ無意味に思考が巡るのみ。

 

(ああ、駄目だ、死ぬんだ、やりたいことってやり残したこととかやりたかったことでもよかったのかな…?)

 

自分の体が床に倒れたのが分かる、衝撃は鈍く伝わったが意識をはっきりさせてはくれないほどに痛みというのが無意味になる。

ついに意識が途切れそうになり、唯が最後に頭に思い浮かべた映像は大切な家族や幼馴染の千沙でも特別な友達である綱吉のことでもなかった。

印象に残るは緑色、その次は眼鏡と小さい体、それから。

何でもないように当たり前のように言われた「おかえり」の声。

 

(そういえば…ただいまって、言い忘れていたな…)

 

そんな平凡な未練を残して、唯の心臓は機能を停止した。

初代はじっと唯を眺め、ヴェルデも唯の様子を観察する。

マウスで実験をしたときは一分程度で生き返り、元気に狂暴化していたが、唯が死んで一分が経過している。

ヴェルデは目を伏せて実験の失敗を予想した。

 

(まぁ、万が一があっても事故だということは可能だ、ボンゴレを敵に回す可能性があるが…なんとかなるだろう)

 

今後の自身の生存方法を考えているとふと、唯の傍に落ちている小瓶が目に入る。

 

【まるで大空みたいです】

 

そう言って唯がのんびりと笑ったのをヴェルデは思い出す。

小瓶の中身は毒だというのに、あの少女はそれをまるで宝物でも見るかのようにキラキラした目で綺麗と言った挙句に大空のように澄んだ青だと評価したのだ。

しかし、ヴェルデは考える。

唯の言葉は的を射てはいた、一応。

この毒物を飲まないという選択肢も一応用意はされていた、その場合は何かと理由をつけてヴェルデは唯にはボスの器がないと判断したと言ってさっさと報酬を貰ってこんな平凡な少女になど別れを告げるつもりだった。

これは所謂ヴェルデが唯に与えた最初の試験だった。

組織のボスとして自ら危険に飛び込む勇気があるのかどうかを見極める試験。

飲まなければ不合格。

けれど、唯は飲んだ。

大空のように綺麗な青い液体を怯えながらも飲んだ。

ならば、この試験は…。

その時、唯の手が少し動いた気がして唯の観察に意識が戻る。

 

「ん…」

 

ゆっくりと唯の目が開く。

その眼は、緑色をしていて、先ほどの唯の目の色と違うことを頭に刻み込んだヴェルデはその後の現象に思わず「おお」と声を出した。

唯の額の部分に緑色の炎が灯り、同時にその炎がまるで電気を帯びているかのようにパチパチと音を立てその部分のみで弾けだす。

唯は起き上がるとしばらくボーっとしていたが、ヴェルデの顔を見るとまるで花が咲き誇ったような笑顔を見せた。

その様子にヴェルデは驚き、思わず立ち上がって後ずさる。

 

「せんせー」

 

舌ったらずにヴェルデを呼んだ唯はコテンと首を傾げて笑い続ける。

ヴェルデはいつ攻撃されてもいいように逃げの構えをとり、唯の行動に注目していた。

しかし、唯はまるで酔っ払いのようにユラユラと上体を揺らし、時々ヴェルデを見てはふにゃりと上機嫌に笑うのみ。

 

(まるで赤ん坊だな…俺が言うと冗談にしか聞こえないが)

 

赤ん坊の見た目をしているヴェルデがそう考えていると唯はゆっくりと口を開いた。

 

「せんせー」

 

また名前を言うだけでそれ以上の言葉は出てこなかったが、これはヴェルデからの返事を待っているのかもしれない。

そう思い立ったヴェルデだったが、うすら寒い気持ちになり返事をせずに唯の観察をしていたが、その場から動く気配のない唯にヴェルデは勝手に実験をしてみることにした。

適当に持ってきていたヴェルデの片手に収まらない程度の大きさの石を思い切り唯に投げる。

すると唯は向かってくる石を不思議そうに見ていたが反射神経が働いたのかヴェルデでも見えない速度で右手を顔の前にて広げると石をキャッチしてそのまま右手の握力のみでひびを入れ、さらに割ってしまった。

バラバラと唯の近くや服に砕けた石の破片が落ちる。

唯は突然石を投げられて理解できないといった表情だが、その中に怒りはないのを見てひとまずヴェルデは安心し、そして実験は成功したことを理解した。

唯の戦闘力、少なくとも筋力は倍以上になっている。

また、右手の動きから俊敏性なども上がっていることが分かりヴェルデは思わず目を輝かせる。

 

(これは、予想以上だ…!)

 

しかし当の唯本人はそんなヴェルデの心情など知らず、けれど微妙に喜んでいることを読み取っているのか「せんせーうれしそー」とニコニコしている。

 

(ならば明日は放課後にこの街を全力で一周させてそのタイムを計るか)

 

それから…とヴェルデは頭の中で常人ならば鬼畜と思われるようなメニューを思い浮かべてワクワクする。

 

「せんせー」

 

その時、ヴェルデの座っていたベッドに腕を乗っけて、その上に頭を乗っけた唯がヴェルデを見上げて呼んだ。

ヴェルデは少し鬱陶しそうにしながら唯に「なんだ」と返事をする。

すると唯はとても嬉しそうに「えへへ」と笑ってから続きを言った。

 

「せんせー、ただいまー」

「…は?」

 

唯はそれだけ言うと段々と瞼を閉じて、そのまま眠ってしまった。

取り残されたヴェルデはそのよく回る頭を総回転させても、唯の言葉の意味が理解できずに混乱していた。

しかし、すぐにその意味を思い出す。

 

(そういえば、言っていなかったな…は?それだけ?)

 

今日は帰ってきてヴェルデが【おかえり】とはいっても唯が【ただいま】と返すことはなかった。

しかしヴェルデは理解できなかった。

まさか、それを言うためだけに生き返ったのか?と

しかし答えを知っている唯は気持ちよさそうに眠ってしまっていて、さすがに薬のこともあり起こすこともできず、ヴェルデは唯をじっと見ていた。

頭の中で先ほどの言葉を表情が繰り返される。

 

【せんせー、ただいまー】

 

まるで幼子が親に言うかのように、嬉しそうに、楽しそうに笑うその姿は中学生女子にしてはとてもちぐはぐで、同時に不思議な気持ちが沸き上がってきていた。

ヴェルデは右手を唯の頭にのせようとし、けれど寸前でやめてパソコンに向かい今後の計画をまとめていく。

初代は最初、そんなヴェルデに眉をひそめていたが、何かに気付いたのかクスクス笑い始めた。

パソコンに向かうヴェルデは素早い動きでパソコンに打ち込んでいが、よく見ればその耳が赤く顔も少し赤くなっているのが分かったからだ。

そんな三人の間をもうすっかり暗くなってしまった外からの冷たい風が吹き抜けたのだった。

 

 

 



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勉強会

ヴェルデが家庭教師にやってきて一週間がたった。

あれからヴェルデの実験が本格的に開始して、初めての休日を迎えた唯は自宅のキッチンでコーヒーを淹れていた。

緑色の小さいカップと薄茶色の普通サイズのカップを用意して、そこにコーヒーを注ぐ。

薄茶色のカップにはミルクとガムシロップを二個ずつ入れて、緑色のカップには何も入れず、二つのカップをトレーにのせてリビングを出て、階段を上る。

すると、カタカタとパソコンを打つ音が聞こえてきて、なんとなく唯の口元が緩む。

 

(…朝からずっと作業しっぱなしだし、さすがにそろそろ休んだ方がいいよね)

 

ぼさぼさの緑頭を思い浮かべてクスクス笑うと唯は自室のドアを開けて、中にいる人物に声をかけた。

 

「先生、そろそろ休憩してはいかがですか?」

 

ヴェルデはパソコンから目を離さず答えた。

 

「休憩している時間があるなら作業を続けていた方が有意義だ、コーヒーもいらない」

 

香りでわかったのだろう、コーヒーを拒否された唯は少し寂しそうに笑うがすぐに気を取り直して「それじゃあここに置いておくので気が向いたら飲んでくださいね」とヴェルデ用に用意された小さいテーブルの上に緑色のカップを置いて、薄茶色のカップは自分の机に置いてトレーを箪笥の上に置く。

唯は自分の机の椅子に座ると、英語の勉強を始めた。

休日ではあるものの、この一週間で勉強の楽しさを知った唯は自主的に出された宿題をやるようになったのだ。

そんな唯の変化に唯を後ろから見ていた初代は微笑ましそうに見守っている。

部屋にはシャーペンの音とパソコンを打つ音が響く静かな時間が流れていく、一時間ほどたった頃だろうか、唯の携帯に電話が入った。

唯はかけてきた人間の名前を見ると首を傾げながら、通話ボタンを押す。

 

「もしもし、どうしたの、綱吉?」

『あ、師匠!今暇かな?明日の宿題やっているんだけどさ、わかんないところあって!』

「珍しいね、宿題を自主的にやるなんて…あ」

『…そうだよ、成績がやばいから宿題と同時に課題まで出されてそれやってるところだよ』

 

唯は心置きなく「バカだね」と笑うがそう言っている間に出かける準備を進める。

 

『笑わないでよ、自覚はしてるんだから』

「なら、前もって勉強しておけばこんなことにはならなかったって反論は受け入れるよね?」

『うぐぐ、まったくその通りです』

「それで、何の教科?」

『数学と理科』

「うわ、ザ・理系だね、綱吉の大嫌いな科目だ」

 

唯はリュックの中に理科と数学の教科書とノートを入れた。

 

『とにかくお願いします、師匠!』

「了解…そういえば、家庭教師が新しくついたらしいけどその人に聞けばいいんじゃないの?」

『それは…無理』

「ふーん、まぁ、詳しい話はそっちに行ってから聞くよ、それじゃあまたあとでね」

『ありがとう!』

 

電話を切って、上着を羽織った唯の背中に声がかかる。

 

「沢田綱吉か?」

「はい、勉強を教えてほしいと言われたので行ってきますね」

「なら、あれを飲め」

「え」

 

唯は思わずヴェルデを見る。

あれとは死ぬ気水のことである、あれを飲んで綱吉のところに行けというのだ。

 

(それなんて無茶ぶり…というか、まだろくにコントロールもできていないのに…!)

 

今まで使う機会は放課後などで人気のない場所でやったりだとか知り合いがいない場所でやったりなど死ぬ気水に慣れる特訓を行っていたというのにいきなり知り合いの、それもよりによって綱吉の前に出るなんて唯にとってはこれ以上にないほどの苦行である。

 

「そろそろ対人でも普通に会話ができるレベルになっておけ、これも訓練だ」

 

ヴェルデは何でもないように言うが唯はこの一週間の実験を忘れてはいない。

ある時は死ぬ気水を飲んでもいいから巨大ロボットを倒せと言われ死にそうになりながらもなんとか倒し。

ある時は死ぬ気水を飲まずに死なない程度の電流に耐えろと言われ。

他にも様々な実験という名の苦行をさせられてきた。

今日はそれがない休日だと思っていたというのに、まさかこんな形で苦行を言い渡されるなんて予想していなかった唯は泣きそうになる。

 

「なんだその顔は、早くいかなくては沢田綱吉が困るのではないか?友人を困らせてはいけないよなぁ?」

 

基本優しい性格の唯にその言葉は心にダメージを追わせるのに十分で、唯はグッと我慢して、けれどほんの少しの抵抗のつもりで死ぬ気水の入った小瓶をつかんでそれをリュックに入れるとそのまま「いってきます!」と言って自室を飛び出して、家を出ていく。

ヴェルデはそんな唯に慌てることもなく、ニヤリと笑って見送るだけだった。

 

 

**

 

 

綱吉の家に行く途中、唯は道の向こう側から千沙が歩いてくるのが見えたので、声をかけた。

 

「ちーちゃん、こんにちは」

「ゆっちゃん!こんなところで会うとは奇遇だな!何か出かける用事が?」

「綱吉…あーっと、同じクラスの沢田君と勉強会、今からその人の家に行くところ」

「沢田綱吉か?最近すごいって噂の絶えない?」

「そう、その彼」

 

千沙は何事か考え込んで何かを呟くと顔をあげた。

 

「その勉強会、私も参加していいか?」

「え?」

 

唯が思わず聞き返すと、千沙は少し寂しそうに「駄目、だろうか…」と言ったので唯は慌てて言った。

 

「そんなことないよ!でも、ちーちゃんって綱吉のこと知らないでしょ?気まずいかなと思って」

「そんなことはないぞ、私も前々から一度話をしてみたかったんだ、良い機会だと思ってな」

「良い機会?」

 

唯が首を傾げて千沙の言葉を繰り返すと千沙はにっこり笑って「気にしなくていい、こっちの話だ」と言ってから「それで、ついていってもいいか?」と続けた。

唯は少し考える。

綱吉としては恐らく千沙の来訪はあまり嬉しくないだろう、何せ知らない人だろうからだ。

けれど、唯としては初めて中学の友人の家に上がるのだから少し緊張もしているので千沙がいると何かと安心する。

綱吉の気持ちか自分の気持ちか、優先順位を考えた時、唯は即答した。

 

「わかったよ、それじゃあ行こっか」

「恩に着るぞ、ゆっちゃん!」

 

嬉しそうに笑う千沙を見て、唯は心の中で綱吉に謝罪しておいた。

 

 

**

 

「で、ついてきたと」

「ごめんね、綱吉」

「初めましてだな!私はゆっちゃんの幼馴染で寺田千沙だ!どう呼んでくれても構わないぞ」

 

綱吉は人見知りを発動させて少し居心地が悪そうだが、逆に千沙は輝かんばかりの笑顔で綱吉に握手を求めているのでなんだかシュールな光景だ。

一通りの説明を聞き終えた綱吉は唯をジト目で見たが唯はリュックから教科書などを取り出して視線から逃れようとしていた。

綱吉は少し迷った様子だが恐る恐る握手に応じて、千沙はそれを嬉しそうに握り返して振っている。

 

「さ、勉強の時間だよ」

「そうだったな、それで沢田君はゆっちゃんに何の教科を教えてもらうつもりだったんだ?」

「理数系、苦手なんだ」

 

千沙はその答えを聞いて「なるほど」と頷くが、すぐに首を傾げた。

 

「あれ?ゆっちゃんも理数系は苦手だったのでは?」

「そういえばちーちゃんには言ってなかったっけ、新しく家庭教師がうちに来てさ、その人の教え方が上手でね、今では理数系の勉強が楽しくって楽しくって!」

 

唯ははしゃぐようにそう言ったが、何故か綱吉は微妙な顔をし、千沙は少し笑顔を固まらせた。

そんな2人の様子に唯は首を傾げたが、後ろからかかった声に驚く。

 

「そいつは興味があるな」

 

振り返るとそこにはスーツ姿の赤ん坊がいた。

 

「リボーン!」

 

綱吉がそう叫んで何やら慌てているが唯はそんなリボーンの姿に既視感を覚える、というかつい先ほどまで一緒にいた存在とそっくりだ。

 

(この人が、先生が嫌っているリボーンさんか…)

 

唯は頭の中で数日前のヴェルデとの会話で、リボーンと出会った場合は絶対に自分の名前を出すんじゃないと言われたことを思い出す。

 

【どうして駄目なんですか?綱吉の家庭教師なんですよね?なら、同じ家庭教師仲間でもありますし…】

 

その時は言葉にしなかったがヴェルデのことを知っている自分以外の人間でヴェルデのことを聞けるチャンスとも考えていたがヴェルデがそれを有無を言わさずに拒否したのだ。

 

【私は彼が大嫌いでね、考え方がそもそも合わないんだよ、だから協力して何かをするなんて絶対に遠慮させてもらうよ】

 

ヴェルデの言葉の端々から感じる嫌悪感にヴェルデの本気度を理解した唯はそれ以上何かを言うのをやめた。

そんな記憶を思い出してから唯は改めて目の前の赤ん坊を見る。

そんなにヴェルデとは考え方が違うのだろうかとほんの少し興味がわいてきて、唯はしゃがみ自己紹介をした。

 

「初めまして、君はリボーン君っていうの?私の名前は沢村唯、よろしくね、リボーン君」

「おお、可愛いな!沢田君、この子は君の親戚か?」

「あー、そんな感じ」

「俺はツナの家庭教師だぞ」

 

リボーンの言葉に唯と千沙は目を見開き、それから千沙は楽しそうに笑い、唯はにっこり笑い、リボーンの頭を撫でた。

 

「そっかそっか、こんなに可愛い家庭教師がいるなんて綱吉が羨ましいなぁ、私のところは可愛いより怖いが先に来るんだよねー」

 

そう言った唯に綱吉は冷や汗をかきながら「そいつも同じようなもんだよ」と呟いていたが、聞こえたのはリボーンだけだった。

 

「つーか、出てくんなよ!」

 

綱吉は少し厳しめにリボーンを叱ったがどこ吹く風のリボーンは唯との会話を優先した。

 

「お前、ツナのファミリーに入れ」

「ファミリー?家族になれってこと?」

「ほう、面白いことを言う赤ん坊だな、沢田君」

 

千沙は笑顔で綱吉を見たが、唯は首を傾げつつ内心冷や汗をかいている。

 

(バレてない、バレてない)

 

自分を安心させる言葉を思い浮かべながら唯は優しく笑って言った。

 

「うーん、そういうのは本人から直接聞かない限りは冗談として受け取っとくことにしているから、ごめんねリボーン君」

「そういうファミリーじゃねぇ、マフィアのファミリーだ」

(ひぇぇ、ズバズバ言ってくるよこの赤ん坊怖い…)

 

唯は内心恐怖しながら笑顔を崩さずに答える。

 

「マフィア?うーん…面白そうだけど、そういう物騒なのは苦手だなぁ」

「そうだよね!というか冗談だから!本気にしなくていいよ、村さん!」

 

安心した表情の綱吉は自分の方を笑っていない目の千沙に冷や汗をかきながらなるべくそちらを見ないようにして、唯に話しかけた。

 

「とにかく、勉強しよう!勉強!」

「うん、わかった、ごめんねリボーン君、またあとで遊ぼうね」

 

唯もリュックから教科書とノート、筆記用具を取り出して、元々用意されていたテーブルにそれらを置く。

 

「どっち先にやる?」

「じゃあ…数学で」

「ん、了解」

 

唯は理科の教科書とノートは床に置いて数学の教科書を開く。

綱吉も慌てて課題のプリントをテーブルに広げてシャーペンをカチカチと鳴らす。

 

「どのあたりが分からないの?」

「この2の問3、言ってる意味すら分かんない」

「どれどれ」

 

唯はプリントを見せてもらい、言われた問題を読む。

 

「あー、これはね」

 

そこから唯の説明が入り、綱吉はそれを真剣に聞いている。

そんな2人を横目に千沙はリボーンに話しかけていた。

 

「それじゃあ君の相手は私がしよう!」

「おう」

 

リボーンは千沙を見る。

千沙はニコニコと笑っているが正直その表情から感情は読み取れずリボーンは内心千沙を睨む。

 

(何を考えているか分からねぇ…何者だ?)

 

一瞬マフィア関係者を疑うが綱吉の周りの人間を調査した時に、確かに千沙の名前は出てきたのだ。

唯の幼馴染として。

そのまま調べてみてもただの一般人としかわからず、結果唯もマフィア関係者ではないことが分かったのだが、リボーンは唯の演技力と千沙の閉心術の高さに舌を巻いていた。

唯は内心の焦りをリボーンでも一瞬見抜けないほどに隠して見せるだけの演技力をリボーンに披露してくれたし、千沙は現在その表情や目から考えていることを見事に隠している。

ただの中学生がやるには異常とも思えるレベル。

これはファミリーに欲しいと思うのも当然だった。

 

(問題は、どうやってファミリーに入れるかだが…)

 

綱吉と最も仲の良い女子生徒として最初は調査していたがとんだ金の卵でリボーンはワクワクした気持ちを表に出さないようにするが、一つ疑うことがあった。

それは九代目からリボーンにも知らされなかった次のチェデフのトップが綱吉と同じ歳であること。

それを見抜くことも綱吉に出された課題だが、もしものことを想定してリボーンにはその存在が並盛にいることを知らされはしていてもそれが誰なのかまでは知らされていない。

 

(…再調査だな)

 

恐らく門外顧問は千沙か唯だが、リボーンは千沙だと予想する。

唯はトップとなるのに必要なものがなく、千沙にはそれが存在していたからだ。

一応唯も再調査の内に入るが白と予想しているリボーンは純粋に唯を綱吉のファミリーの一人にしようと考える。

 

(物で釣る…は、まだ分からねぇな、性格を断定する材料が少なすぎる…今はまだ)

 

自分に「君はトランプは好きかな?神経衰弱やろう!」と言ってくる千沙にリボーンは頷き、ひとまずの考察をやめる。

千沙とリボーンの神経衰弱がリボーンの23勝目になりそうだった時、唯と綱吉の方がひと段落したらしくホッと一息ついていた。

 

「終わったか?」

「半分だけどな」

 

リボーンの質問に綱吉は遠い目をしながら答える、進捗は芳しくないのだろう。

けれど唯はそんな綱吉を励ました。

 

「でも、昨日までの綱吉とは多分違うよ、確実に頭は良くなってるはず!多分!」

「そこは断言してよ!」

 

唯と千沙が綱吉の言葉に思わず笑うと綱吉は少し赤くなるが同じように笑った。

 



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決意

部屋全体に穏やかな空気が流れていた時だった。

突然、部屋の窓から銀色の鳥が入ってくる。

全員思わずそちらを向くが唯が真っ先にその鳥の異常に気付く。

 

「え、鳥のロボット…?」

(ってことはまさか…)

 

唯は嫌な予感が当たっていることを予想し、服のポケットに入れて置いた小瓶に手をかける。

唯の予想は意外な方法で当たってしまった。

さすがに鳥のロボットなんてそういるわけもないのですぐに誰の仕業かを予想したリボーンが容赦なくピストルでロボットを打ち抜いて爆発させた。

その爆風にもともと備えていた唯やピストルを構えたリボーンを見て次の出来事を予想していた綱吉はともかく、咄嗟に立ち上がった千沙は耐えきれずそのまま近くの壁に打ち付けられて頭を打ち気絶してしまう。

そんな千沙に気付いて、爆風が治まったのを確認した唯はすぐさま千沙に駆け寄って名前を呼ぶ。

 

「千沙!千沙!?」

「気絶しているだけだ、安心しろ」

 

リボーンの言葉になんとなく安心した唯はホッと息を吐くと部屋の中央にある鳥のロボットだったものを見る。

 

「これは一体…」

 

出所は知っているがさすがにここで知っているような雰囲気を出すわけにもいかず、さりとてこのロボットに触れないわけにもいかず、ロボットにどんな恐ろしい機能がついていたのかも気になったのでリボーンに質問したらリボーンは突然の爆発などで驚き怯えていると判断したらしくリボーンにしては珍しく優しい声で答えた。

 

「お前は気にしなくていいぞ、こいつは俺の知り合いの悪戯だ」

(悪戯で千沙は気絶させられ、下手したら危険な実験が開始された可能性があったんですね、すごいですねリボーン君の知り合いの科学者さん)

 

心の中で泣きそうになりながらリボーンの言葉にとりあえず大丈夫だろうと唯は判断し綱吉も同時に安心したのか一緒のタイミングでため息。

リボーンはロボットの残骸に近づき、その破片を見るが何か危険な薬物が散乱していないかも周囲を確認したが特にそう言ったものは確認されないので戦闘力が高かったのかもしれないと予想するが。

 

(ヴェルデの野郎が用意したものがこんなもんで終わるわけがねぇ…絶対ぇ何かあるはずだ…まさかフェイクか?)

 

そこまでリボーンが考えた時、アラームのような音がロボットから発せられ部屋に響き、リボーンはすぐに足元の残骸から離れた。

すると、破片は徐々に元の鳥の姿に戻っていき、すぐに飛び立つと唯めがけてスピードを上げた。

それはまるでロケットのようで…。

 

「ひっ!」

 

唯は咄嗟に横に避けたが鳥は唯の横を通り過ぎるとuターンしてきてまた唯を狙う。

 

「なんで!?ひゃあああああああああああああああ!!!」

 

唯は一旦窓の近くに行くと、鳥めがけて走り出し直前でしゃがんでやり過ごし、すぐさま部屋の扉から出ていき、玄関で急いで靴を履いて「お邪魔しましたああああああああ!!」と言って出ていくと、その後をロボットがついていき、綱吉とリボーンも「行ってきます!」と一言残して追いかける。

残されお菓子を用意していた綱吉の母だけはのんびりと「あらあら、またきてねー」と声をかけていた。

 

 

**

 

 

「ついてこないでよ!」

 

思わず叫んだ唯だが、それに大人しく従ってくれるヴェルデ作のロボットではない。

 

(多分不死鳥をイメージされてるやつだから、起動ボタンがあるはずだけどそれを押すには…)

 

顔だけ振り返って鳥を見る唯、ロボットはそんな唯に向かって体を燃やした。

 

(あれをよけつつ、火に耐えなきゃいけないんなんて!)

 

あんまりだ!心の中で嘆きながら唯はなんとか人気のない場所に入っていく。

さすがに山の中は危険だが、かといって商店街も危険だ。

一か八かで住宅街の空き地を探す。

しかし元々体力のなかった唯はここ最近の特訓があっても限界が近く、周りに人がいないのを確認して覚悟を決めた。

ポケットの中の小瓶の栓を抜き、一気にそれを飲む。

喉を液体が通り、体から力が抜ける。

 

(あのロボットを…壊したい…)

 

思考することはただ一つ、それだけを願う。

意識がぼんやりとしてくる、次第にそれは闇に包まれ次の瞬間別の景色が見える。

死ぬ気水を飲むといつもやってくる場所。

前にこのことをヴェルデに話したら、幻術を使うものがたまに入り込むことができる精神世界というやつかもしれないと聞いた唯はここが自分の精神世界なのだと理解して目が覚めるまでの間のんびり過ごしている。

そう、唯は死ぬ気水を飲み、死ぬ気モードになっている間の自分の行動を把握していないのだ。

だからこそ唯は死ぬ気水を飲みたがらない、自分が何をやらかしているのか、目を覚ました時の衝撃を味わいたくないのだ。

最初と二回目はよかった、目が覚めたらベッドの上で何もなかったんだと安心できるから。

けれど、三回目で人型ロボットを倒すように言われた時、目が覚めたら目の前でバラバラになって燃えているロボットが視界に入ってきて思わず悲鳴を上げた。

その時想像してしまったのだ、もしもこれがロボットじゃなかったら…と。

その日から唯はできる限り外で死ぬ気水を飲むことを拒否してきたが、そんなことなど無視するのがヴェルデだ。

容赦ないヴェルデの実験の数々に唯は半分諦め始めていた。

そんなときの鳥ロボットの実験。

もしかしたらリボーンや綱吉が来てしまうかもしれないが、もはやこうなってしまっては来ないことを祈るだけ。

念のため手を合わせて祈っておく唯だったがそれが終わると改めて自分の精神世界を見渡す。

空は轟轟と雷が鳴っており、暗い雲で覆われているが雨や風もない不思議な空間。

もちろん太陽なんて見えるわけもない。

近くには立派なカエデがあり、見事に赤く染まっていてこんな場所じゃなければ素直に美しいと言えるだろう。

しかし、不思議と落ちつくのも確かで、唯はカエデの木に近づき大きい幹に腰掛けると空を見上げた。

相も変わらず黒い雲にパチパチと緑色の雷が見えて唯は顔を顰める。

唯は正直、雷が苦手だった。

幼いころから大きな音が苦手だったのは今でも治ってはおらず、例えばホラー番組で突然大きな声を出してくるお化けの存在だとか、不規則にやってくる雷の音や、予測はできても想像よりいつも大きい音を出す花火とか。

他にも出せばきりがないがとにかく大きい音が苦手な唯は何故か自分の精神世界に存在している雷にうんざりしていた。

 

(まぁ…理由なんて分りきっているけど…)

 

どうして雷がそこにあるのか、その理由を唯はもう理解していたし、受け入れもしていた。

だからこの世界で雷が苦手であることを克服してやろうと、ただ、ボーっと雷の鳴る空を見続ける。

遠くの方で、誰かの泣き声が聞こえたような気がして、唯は申し訳なくなった。

 

 

***

 

 

 

唯が死ぬ気水を飲み精神世界に飛んでいる間、現実ではリボーンと綱吉がその光景に唖然としていた。

そこには頭にパチパチと音の鳴る緑色の炎を灯した唯が素手で粉々になった鳥のロボだったものを殴り続ける光景があり、綱吉は思考が現実に帰ってくるとすぐさま唯に近づいた。

 

「何やってんだよ、村さん!」

 

唯を羽交い締めにして止めた綱吉の言葉に唯はただ「あれ、壊さなきゃ」としか答えない。

 

「あれ、壊さなきゃいけないの、お願い、放してよ、綱吉」

 

壊れた機械のようにそれしか言わない唯の手を見た綱吉は悲鳴を上げそうになり、それを飲み込む。

唯の手は鉄とコンクリートの地面を思い切り殴っていたせいでボロボロだった、当然だ、中学生女子の手は柔い。

血の滴るその手に綱吉は泣きそうになる、どうして唯がこんなことしなきゃいけない、唯は関係ないじゃないか、と叫びたかった。

リボーンも同じ気持ちだったのかピストルをロボットだったものに向けると何発も打ち込みそれを完全な塵にして、唯を見る。

唯は塵となったロボットのいた場所をただ一点見ていたがやがてもう復活しないことを理解すると力を抜いて綱吉の拘束もなくなったこともありその場にへたりこんでしまった。

綱吉はそんな唯の正面に回り込んでしゃがみ、同じ目線になる。

 

「村さん、さっきの、どういうこと?」

 

綱吉から驚くほど低い声が出てくる。

周囲の音が止み、まるでその場だけ綱吉の声や行動を邪魔しないようにあらゆる自然のものが息をひそめているようだった。

リボーンはそんな綱吉の変化に驚くがすぐに思い出し納得する。

唯にとって綱吉が大事だったように、綱吉にとっても唯は特別な友人だった。

ダメツナと言われていた頃から他と変わらず接してくれて、何かと助けてくれた唯に綱吉は救われていたのだ、身も、心も。

そんな唯がまるで機械のようになってしまった姿を見て怒りが沸かないわけがない。

唯はしばらく綱吉をぼんやりと見ていたが、やがて、ゆっくりと口を開いた。

 

「…仕方、ないの」

「どうして、仕方ないの?」

「…強く、ならなきゃいけなかったの」

 

唯の言葉にリボーンは確信した、確信してしまった。

 

(こいつが…門外顧問か)

 

先ほどのロボットがヴェルデの物で、唯を狙う理由。

綱吉を試すためなら綱吉を狙えばいいだけの話だ、けれどそれをしないのは何か理由があるのかとリボーンは観察していたがそうではなかった。

本当に狙いは唯だけだったのだ。

そして、先ほどの唯の発言。

それから考えていけば、答えなんて、簡単だった。

 

(ヴェルデが家庭教師で沢村が次期門外顧問…)

 

リボーンは心の中で舌打ちをした、よりにもよって家庭教師の人選が最悪だ。

実力は認めるが考え方が合わないヴェルデが家庭教師となるとリボーンは唯のこれからの受難を黙ってみていることしかできないのだ。

それがボンゴレとの約束だから。

けれどそれはヴェルデも同じで、ヴェルデの方も綱吉へのリボーンの教育に口出しはできない。

しかし、だからといって。

 

(なんであんなサイコ野郎を沢村にあてたんだ…!)

 

頭では理解している、門外顧問がどれだけ精神をすり減らすような立場だってこと、リボーンはよく理解している、だからヴェルデの実験などに耐えられれば門外顧問についても難なく様々な任務をこなすことができるだろう。

それでも、心が追い付くことを拒んでいる。

 

(まだ、中学生だぞ…!)

 

そんなリボーンの心と同じ気持ちだったのか、ヴェルデのことを知らない綱吉も、さすがにこれがボンゴレの教育であることを理解し、静かに怒った。

 

「…強くなって、どうするの?」

 

綱吉の質問に唯はぼんやりと視線をさまよわせたが、先ほどよりもぼんやりとした話し方で答える。

 

「…ただ…ほめて…ほしい…」

 

その言葉に綱吉は手を拳にして力んだが、やめて唯の両手を自身の両手で包んだ。

 

「なら、俺じゃあ、だめ?」

 

唯は綱吉の言葉を聞いて一瞬目を見開いたが、やがてゆっくりと首を横に振って困ったように笑う。

 

「ごめんね…わたし…あのひとが…」

 

その言葉の先を言わずに唯の頭の炎は消えて唯は気を失ってしまい、倒れそうになった唯を綱吉は慌てて抱き留める。

しかし綱吉も、リボーンも聞かずともその先の言葉なんて予測できてしまった。

綱吉は顔も知らない唯の傍にいるマフィア関係者に怒鳴りつけてやりたくなる。

リボーンは誰よりも人の心を理解しようとしない科学者を殺したくなった。

 

この場にいる誰よりも弱く平凡だった少女はお前のことが好きなんだぞ!と。

 

しかしそれができず、どうしようもなく。

綱吉は唯を抱きしめる力を強くし、唯の肩に顔を埋めると、静かに泣いた。

 

(泣くことしかできないなんて…俺…かっこ悪い…)

 

そんな綱吉の心を読んだリボーンは帽子を深くかぶった。

その場に静かな時間が流れる。

まるで唯だけを置いていくかのように、唯だけが止まっているその空間を綱吉は睨みつけていたが、やがて目を伏せ、そしてゆっくりと口を開いた。

 

「俺…強く、なるよ」

 

リボーンは顔を上げて、言葉を発した綱吉を見る。

綱吉の声は震えていて、けれど、強く、固い決意のこもった眼をしていて。

リボーンはニヤリと笑うと「よくいったぞ、ツナ」と褒めた。

きっとこの先唯はもっともっと自分の体を傷つけて、それでいいと笑うだろう。

そうならないように強くなろう、必ず。

だって。

 

(俺は…村さんにまだ、恩を返しきれてない…)

 

この日、未来のボンゴレ十代目が確かに一歩大人になったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

綱吉が唯を背負って唯の家に向かって歩き、その後をついていくリボーンを遠くから眺める人物が一人。

綱吉たちの方に手を伸ばしたかと思えば、力なくそれを下して唇をかむ。

その眼には確かに憎しみの色がこもっていて…。

その人物は携帯を取り出すと、どこかに電話を掛ける。

 

「…もしもし、私だ…ああ、そういうのいいから…それでさ、ちょっと頼みたいことがあるのだが、いいか」

 

相手の返事を聞いたその人物は花が咲いたように笑った。

 

「よかった!あのさ…殺したい相手が、いるんだ」

 

そう呟いた彼女の声をすぐそばで、初代門外顧問だけが聞いていた。

 

 



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襲撃と対峙

二度目の春

桜は満開でそこかしこに散った桜の花びらがはかなくそこに存在している。

今日も元気に実験体になる唯は顔をほぼ土気色にしているもののなんとか生きている。

中学二年生になり、ついこの間綱吉と花見に行ったりもしたがそれも終わって、穏やかな春の日常が流れている。

ヴェルデの実験には慣れてはきたものの精神的、体力的に負担は大きくやはりきついものはきつい。

時には電撃を食らわせられたり、毒を飲まされたり。

そのたびに苦しみにもがいたりもしたが今もこうして生きていることから乗り越えたことを察してほしい。

…死にそうではあるけれど。

 

「だらしがないぞ、まだ脳みそは冬眠中か?なんだったら診察してやろうか?」

 

ヴェルデがニヤニヤと笑いながらそう言ってくるのを聞きながら唯はなんとか口を開いた。

 

「そのまま脳みそが実験されそうなのでご遠慮させていただきます…」

「なんだ、つまらん」

 

一気に表情をいつもの無愛想に戻したヴェルデは手元の画面に目を落とす。

唯は円盤の機械に乗って空中に浮いているヴェルデを地面に倒れた状態で見上げる。

 

(改めてみると、やっぱり赤ん坊なんだなぁ…)

 

下から見てもわかる小ささに唯はぼんやりとそんなことを考える。

トクンと体の中から音が聞こえた気がするが、唯はその音にもう慣れてしまったので特に気持ちが揺らぐことはない。

自分の気持ちは自覚しているし、これが歪んでいたりするのは理解している唯だがそれでもやっぱり気になるものは気になるわけで。

 

(あれ?)

 

そこで、唯はヴェルデの変化に気付く。

 

(あれれ?)

 

見間違いかと思ってもう一度しっかりとヴェルデを見る。

しかし、それは確かにヴェルデの顔にあるのを確認して唯は勢いよく起き上がった。

突然起き上がった唯に少し驚いたのかヴェルデが顔を上げて、唯を見る。

 

「…もう休憩は終わりか?」

「いえ、本格的に休憩しましょう!」

「…は?」

 

唯は自分の体に鞭打って立ち上がると、ヴェルデの方に向いて近づく。

少し気迫のあるその姿に珍しいものを見たとヴェルデがまた驚いていると唯はヴェルデの乗っている円盤をつかんで歩き出す。

ヴェルデは声を上げた。

 

「いきなりなんだ!?どこへ行く!?」

「目の下のクマをさらにひどくした人は黙っていてください!見ているこっちが気になります!」

 

ヴェルデはまだ声を上げているが唯はそれらすべてを無視して自宅へ向けて歩き続ける。

次第に何を言っても無駄と判断したヴェルデは機械を操作して唯から離れようとしたが唯の額を見てそれも諦めた。

緑色に光りパチパチと音を鳴らす炎。

体への負担は随分と慣れてしまったがそれでも慣れただけで負担は今までと同じ。

それでも唯は恐らくためらいなく飲んだのだろう、死ぬ気水を。

 

(…随分と、成長が早いな…)

 

機械すら塵に変えてしまえる怪力を秘めているその腕にただの移動用ロボットが勝てるわけがないし、殺すわけにもいかないので備えている毒は使えない。

ヴェルデは自分をのせた機械をつかんで離さず前を歩く唯の背中をじっと見る。

一年の頃に比べれば随分と筋肉はついたし精神も落ち着き、大胆な行動にも臆せず移せるようになった。

そして段々とヴェルデに対しての小言が増えてきている、元々の性格なのかはまだわからないが随分と気安く話しかけてくるようにはなったとヴェルデは思う。

死ぬ気水を飲んだ人間には落ち着きだとかそう言った感情の変化が鈍い傾向がみられるが唯の場合はその逆で感情の豊かさが増す。

元々大人しい性格の唯が死ぬ気水を飲むと途端によく笑いよく泣きよく怒るようになって最初はその変化を面白いと思い実験を繰り返してきたが結果はなんてことはない、彼女の心の奥底にあった本性がむき出しになっているだけだったのだ。

だからこそ、ヴェルデは目の前の唯の変化にまた興味を持った。

一年の頃はよく泣き、まるで本当の赤ん坊のように感情の変化がはっきりしていったが現在の唯は元々のお節介な部分に行動力が備わり、さらには大人しい部分は鳴りを潜めて明るい性格になった、ただそれだけ。

ただの明るく優しい少女に変わってしまうだけの薬になってしまい、死ぬ気水が本当に効果を発揮しているのか疑いたくなるがこれでも成長した方なのだ。

段々と元々の性格に近づいて行っている、そこに行動力が加わってボスらしくなった。

後は経験をひたすら積ませるだけ。

ヴェルデの役目もそろそろ終わりか近づいて行っているのがヴェルデ自身感じている。

 

(…やっとガキの子守りから解放される)

 

ヴェルデは小さく息を吐いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

同日正午、並盛町道端にて。

 

「えっと…」

 

沢田綱吉は現状に理解が追い付かなかった。

どうして自分はフードを被って顔もよく見えない人物から十手を向けられているのだろうか。

綱吉は両手を顔の横まで上げて苦笑いするがそれで現状が変わるわけでもないので改めて綱吉は相手の顔を見るために目を細める。

瞬間、自分に向けられた十手が目にもとまらぬ速さで顔にぶつけられて道の端まで吹っ飛ばされる。

鼻血どころか頭から血を流した綱吉はしかし、突然のことに理解が追い付かなかった。

なんとか相手だけは見失わないようにしなくてはいけないと思い相手を見ようとするが、その瞬間には相手はすでに目の前にいて今度はこぶしを腹にめり込まされる。

 

「かはっ…っ!?」

 

腹にある息が口からいっきに吐き出され、胃液が口に広がりしびれる味がするがそんなことを気にしている暇は綱吉にはない。

まだ拳を振り上げている敵に綱吉はそれをよけきることができず顔に思いきり入ってしまい今度は近距離にあった壁に頭を思い切りぶつけたので脳が揺れて意識が遠のく。

白目をむいた綱吉にとどめを刺そうと十手を振り上げた敵にダイナマイトが飛んできて、敵は咄嗟にそれをよけて受け身をとる。

 

「十代目!!」

 

敵はその声に反応してどこかに走り去った。

間一髪でダイナマイトを飛ばすことに成功した獄寺はすぐさま敵を追いかけたかったがそれよりも綱吉の安否の確認だと判断し携帯を取り出して救急車を呼んでから綱吉に近づいた。

 

「十代目!十代目ぇ!!」

 

突然すぎる襲撃に離れた場所からそれを見ていたリボーンだけは敵の走り去った方向をじっと見つめていた。

 

 

 

***

 

 

 

「っ!?」

 

病院で目を覚ました綱吉は勢いで起き上がると頭の痛みに呻く。

 

「思い切りやられたな、ツナ」

「リボーン…っ」

 

綱吉はリボーンを恨めしそうに見るが決して「なんで助けてくれなかった」とは聞かない。

聞いても無駄だというのは一年間リボーンと過ごして理解しているからだ。

 

「…獄寺君は?」

「帰らせたぞ、夜も遅くなりそうだしな、ママンも同じ理由で帰らせた」

「…そっか、そりゃ…そうだよな、母さんも来るよな」

 

綱吉は自分の手を見つめる、新しい傷で包帯がまかれている手を握る。

 

「…入院?」

「一日もすりゃ治るが様子見で明日もここにいることになるだろうな」

「そっか」

 

綱吉はまだぼんやりする意識で周りを見る。

すぐそばの棚には果物が入ったカゴが置かれており、すぐ近くには食べやすい大きさに切り分けられた林檎の乗った皿とフォークが置かれていて、恐らく母がギリギリまで綱吉の傍にい続けたのだろう。

 

(帰ったら久しぶりに説教かも…)

 

苦笑する綱吉はゆっくりと意識がはっきりしてきたのが分かる。

そして、なんとなく予感していたのかもしれない。

病室のドアが軽やかな音を出す。

 

「はい、どうぞ!」

 

綱吉は突然の訪問者を不安な気持ちで迎え入れたが、その人物を見て心が落ち着いていくのを感じた。

 

「失礼します…まぁ、なんだ、代わりに来た」

 

外はオレンジ色をしていて、部屋の中はオレンジ色でいっぱいのはずなのに綱吉にはその人がどうしても青色に見えてしまったのはその人の来ているパーカーが青だったからだろうか。

ドアの前に立ってにっこり微笑んだ寺田千沙の手には花束が握られていた。

ほんの少ししおれた花が。

 

「…君、でしょ?」

 

綱吉は緊張しながらも千沙に聞いた。

 

「何のことだ?」

「なんとなくだけど…今日、俺と会ったよね?」

 

綱吉と千沙の目が合う、千沙はまるで芝居の終わった役者のようにすっきりした顔をした。

 

「なんだ、気づくの早いな!」

「まぁ、なんとなくだけど」

「その直感は大切にした方がいいぞ、君の助けになるからな」

 

綱吉の横にある机に花束を置くと近くにあった丸椅子に座り綱吉の顔を改めてみた千沙は吹き出した。

 

「そう不安そうな顔をするな、もう君を殴ったりはしないさ」

「…どうしてって聞いてもいい?」

「人を殴る理由なんて一つしかないだろう?」

「…俺、君に何かした?」

 

千沙は綱吉の目を見る、明らかに不安そうで、どうして自分が殴られたのか理解できていない。

それは当然だと千沙は理解できる。

何せ千沙が綱吉を病院で入院するほどまでに攻撃したのは完全に…。

 

「したといえばしたが、してないといえばしてない…そうだな、これはただの八つ当たりさ、とばっちりを受けて災難な君には…聞く権利があるんだろうな」

 

綱吉は無言で言葉の続きを促した、聞く体制に入っている綱吉に笑みをこぼした千沙はゆっくりと口を開いた。

 

「まぁまず最初に聞いてほしい大前提がある」

「うん」

「私はマフィアのボスの娘だ」

「うん…ええ!?」

 

綱吉は飛び上がらんばかりに驚き少しだけ千沙から距離をとる。

千沙はコロコロと笑うが綱吉の緊張度はさらに上がっている、リラックスして聞けていた状態が恋しくなった綱吉だがそこを何とか我慢して質問した。

 

「それで俺に攻撃を?」

「まぁ、それも一つあったがそもそも私の父のファミリーはボンゴレに力を貸している方でな…いや、貸してもらっていると言った方が正しいな、つまり私が君を襲ったのは君の教育の一つであったのだ!」

 

綱吉は思わずリボーンのいた場所を見るがそこに彼の姿はなく、恐らくどこかに隠れたのだろうと察して心の中で盛大に悲鳴を上げた。

 

(そんな話聞いてないぞリボーン!!)

 

そしてため息をついた綱吉は苦笑をして千沙に言った。

 

「そういう理由だったなら、まぁ、仕方ないよ」

(仕方なくはないけど、命あるだけまし)

「そう言ってくれるとこちらとしても気が楽だ」

 

安心したように息を吐いた千沙に彼女も大変なんだなぁと綱吉は同情し自分にした仕打ちを許してしまった。

 

(きっと彼女も人を傷つけるのは嫌なんだろうなぁ…マフィアの娘か…大変だなぁ)

 

綱吉自身も似たような立ち位置なので親近感がわいた。

しかしそこで先ほどの言葉で引っ掛かりを見つける。

 

「あれ?でもそれだったらどうして八つ当たり…?」

 

綱吉の言葉に千沙は申し訳なさそうに笑うが諦めたのか真剣な顔で問う。

 

「実は本題はこれからいうことの方で、驚かないで聞いてほしい」

「それもっと早くいってほしかったけど、マフィアの娘よりすごい情報はそうそうないだろうし大丈夫!もう驚いたりしないよ!」

「そうか!そう言ってもらえるとこちらも先ほどよりも気が楽になる、では単刀直入に言うぞ」

「うん!」

 

 

「私はレズなんだ」

 

 

瞬間、綱吉の時間が止まった。

 



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少女の告白

しかし千沙は固まってしまった綱吉が言葉の意味を理解できなかったものと判断したのか顎に手を当てて考える。

 

「言葉になじみがなかったか、そうだな…君の知っていそうな言葉で言うなら…GLや百合、他には」「いいよそれ以上言わないで!!!」

 

綱吉は千沙の言葉を止めると考えていることを口に出し始めた。

 

「え、つまり寺田さんは俺の周りにいる女の子の誰かを好きで、八つ当たりっていうことはつまりそのそういうことで、俺はただのとばっちりってこと!?」

「そういうことになるな」

「え!?好きな人って誰!?」

「沢村唯だ」

「…ええええええええええええええ!!!???」

 

綱吉は記憶の中にある唯の言葉を思い出す。

 

「え、つまり2人は幼なじみだけど村さんの言ってた特別な友達ってそういう言う意味で、八つ当たりってそういうことで」

「あー、違う違う、彼女への気持ちは私からの一方通行だ、ただ八つ当たりの意味はそれであっている」

 

綱吉は一旦深呼吸をすると千沙の言葉の続きを待った。

千沙はそんな綱吉を見て、事情説明をしなければならないと判断し話し始める。

 

「なれそめってほどではないが、私が彼女に恋をしたのはこれまでの積み重ねによるものだ」

「積み重ね?」

「ああ…これは最初から話した方が良いな、どうせ明日も休日だし、とことん話してやろう」

 

千沙はほんの少し照れくさそうにこれまでの経由を話し始めた。

 

「私と彼女が初めて出会ったのは五歳の時だ、ゆっちゃんたちが隣に引っ越してきて近所挨拶の時が初対面で…最初は明るい子だと思った、外で遊ぶのが好きで怪我をしてはよく泣いていたけれどすぐに立ち直って私を連れてすぐそこにある山に行って遊んでいたっけ」

 

外で遊ぶのが大好きな元気な女の子だった唯は部屋で遊ぶ方が楽だと考えていた千沙を家から連れ出してはあちこちに走った。

時には川で水遊びをし、時には日向ぼっこをしてのんびりと過ごす。

元気な女の子だけれど本を読むのも大好きだった不思議な女の子、それが唯だった。

 

「私の家はほら…マフィアだろう?一般人に混じって生活しているとはいえやはり堅気じゃない世界に最初からいれば嫌でも堅気の人間との違いを思い知る…たとえば、経験、とかな」

 

千沙は目を伏せた。

 

「そんな私を家から連れ出して自由に生きることの楽しさを教えてくれたのがゆっちゃんだったんだ、だからこそ、私にとってゆっちゃんは特別であり、大切なのだ」

 

けれど、と千沙は続ける。

 

「所詮ゆっちゃんにとって私は近所の子供の一人でしかなくて、同じ保育園に通っている同じ年の子という認識でしかなかった、ただ親に言われたから私とよく遊んではくれたけれどその回数だって他の子の方が多くて…窓からゆっちゃんが他の子と楽しそうに笑って走って行く姿なんてよく見かけたさ」

 

そもそも住む世界が違っていたのだからお互いの認識が食い違ってしまうのは仕方のないこと。

綱吉も片思いをしている相手がいるが理解はしている、自分はたくさんの友人の一人でしかなくて、きっとリボーンという変化球が来なければ自分は笹川京子にとって少し出来の悪い同級生程度にしか思ってもらえなかっただろうから。

だからこそ、少しだけ千沙の気持ちが綱吉にも理解はできた。

静かに続きを促した綱吉に千沙は素直に頷く。

 

「だから、どうしたらあの子にも私を特別な友達と思ってもらえるだろうかと考えて、ゆっちゃんの傍にいることにした」

「傍に?」

「ああ…ゆっちゃんが学校と自宅のどちらでも問題を持っていることは理解していた、学校の方の原因は知っているが家庭の問題は私にも調べることはできない、気付かれて嫌われてはいけないからな」

 

綱吉は俯く千沙を見る。

 

「学校と家庭のそれぞれの問題のせいで明るかったゆっちゃんが大人しく暗い性格になっていくのを見ていた、だからこそ傍にいようと思った、だってそうだろう?ゆっちゃんは私を救い出してくれた人だ、恩返しがしたいと思うのは当然だし、問題の解決にはなれなくとも傍にいればゆっちゃんの心を癒すことができる!そう、思っていた」

 

綱吉は千沙の手を見る

わずかに、震えていた。

 

「けれど、それは失敗に終わった」

「…どうして?」

「…私ができる人間だったからだ」

「え?」

 

突然のことに綱吉は思わず言葉をこぼすが、当然の反応だと千沙は苦笑する。

 

「気持ちはわかる、いきなり何をうぬぼれているんだと思うだろうが、まぁ、話の続きを聞いてほしい」

 

千沙の言葉に居住まいを正した綱吉。

 

「私はゆっちゃんの傍にいるために努力をした、ゆっちゃんが困っていたらすぐに助けられるように頑張ったんだ」

 

けれど、と、千沙は吐き出すように言った。

 

「それではだめだったのだと、教師から褒められてから気付いた…私の周りに人はたくさん来てもゆっちゃんは離れていったからだ、誰もが人気者の私の友人がゆっちゃんであることを認めようとはしてくれず、むしろゆっちゃんに気を使っている優しい子とまで言われてしまった」

「もしかして、それ」

「ああ、もちろんその話は…ゆっちゃんの耳にも入っていた」

 

綱吉も俯く。

それはあんまりにもあんまりなものだった。

 

「今まで無理して私と遊んでてくれたんだよね、ごめんねちーちゃん、私のことは気にしなくていいからね、ありがとう…とそんなことを笑いながら言われた…だから私はそれ以上ゆっちゃんの傍にいようとするのをやめた」

「でも、この間は一緒にいたよね?」

「あの時は君のことを調べるためにゆっちゃんに近づいたのさ、もちろんゆっちゃんが一人で泣いているところを見かけたら声くらいかけるがそれだけだ、話を聞こうとしても逃げられてしまうからな」

 

自嘲するように笑う千沙に綱吉は胸が痛くなった。

決して、唯も千沙も悪くはないが、その大きな原因が分からない。

必ず何か一つが悪いはずなのにその原因を、それ自体を綱吉は知らないのだ。

励ましの言葉一つ、出てきやしない。

 

「…だから私は別のクラスになるよう親に頼み、極力ゆっちゃんの視界に入らないように努めて離れた、それが、ゆっちゃんが私に望んだ唯一のことだからな」

 

千沙は顔をあげずにまだ笑う。

 

「もちろん、ゆっちゃんのことを忘れることはできるわけがないが…それで、少しでもゆっちゃんの心が救われるなら、それを私は良しとすることができる」

「…寺田さん」

「でも、中学に入って」

 

顔を上げて綱吉を睨みつける千沙に綱吉は気圧される。

 

「私は沢田君のことを知ってしまった…ゆっちゃんは沢田君と昼食の時間に教室で楽しそうに話をしていた、幼い頃にも見たことのない、明るい、笑顔でな」

 

千沙は近くの机を思い切り叩いた、机の上にあった果物かごから林檎が一つ落ちる。

 

「分かるか!?沢田君は!私がしたくてしたくて、でもできずに諦めたことをまるで当然のようにやっていたんだ!!」

「寺田さん、それは…!」

 

綱吉は言葉を続けようとしたが何一つ理由が思い浮かばない。

千沙の勢いはなくなり、また俯いた千沙の声は暗かった。

 

「最初は嫉妬した」

 

まるで懺悔するように呟く。

 

「途中で考え直そうとして…でも嫉妬した」

 

千沙の手の甲に雫が落ちる。

 

「どうして私は駄目だったのかと思った、男だったらよかったのか、私が女だからいけなかったのかと考えた、努力せずに共感すればよかったのか、それなら、それなら私でもいいはずじゃないか!!!」

 

悲痛な叫びが病室に響く。

 

「沢田君に嫉妬して、ゆっちゃんに失望した!そして、そんな自分自身に呆れ果てた…何がゆっちゃんの心を癒すだ、何が救えるだ、そうしていればゆっちゃんの傍にいられるとでも思ったのか、ばかばかしい!愚かにもほどがある!!」

 

千沙の声はとても震えていた。

 

「でも…」

 

ぽつりとこぼれていく言葉。

 

「それでも…」

 

それはこれまでの人生で奥底にしまった本音。

 

「私は昔みたいにゆっちゃんに手を引いてもらいたかったんだ、エゴでもなんでも、ゆっちゃんに笑いかけてほしい、だから」

 

千沙はこぶしを作る。

 

「だから私は、ファミリーに電話をかけて君の暗殺計画の実行者になることを名乗り出たんだ…それが一番…」

 

綱吉はゆっくりと千沙を見る。

自分の暗殺計画があることには驚いたが、それに彼女が名乗りを上げる理由に引っ掛かりを覚えたから。

しかし千沙は綱吉の気持ちを無視して話を進める。

 

「安心してほしい、私怨の襲撃は今回限りだし、当分は計画の実行はやらないつもりだ」

 

千沙は立ち上がって、床に転がっている林檎を拾うとそれをもってドアの方に行く。

 

「あ…」

「…聞いてはいるかもしれないがここらの不良が襲撃されているだろう?君への詫びに一つ情報を与えよう、その首謀者はマフィア関係者であり、ボンゴレを狙っている…見つからないように隠れるもよし、下手な正義感で首謀者を狙うもよし、あとは君の好きにするといい…まぁ、その傷じゃあしばらくは満足に動けないかもしれないがな」

 

それだけ言い残して千沙は出て行ってしまった。

残された綱吉はこれまでの話を頭の中で整理、そしてやはり引っ掛かりを覚えた。

なので、恐らくいるだろう存在に声をかける。

 

「リボーン」

「教え子の成長が早くて寂しいなぁ」

「茶化さないでよ、それよりさ、さっきの話聞いていたよね?」

 

唯に関することに対してはマフィアのボスらしい表情と頭の良さを見せるようになった綱吉に本気で成長の速さに驚いていたリボーンだがそれを茶化したものと判断されたのでそのままにし、千沙の話を思い出す。

 

「ああ、もちろんだ」

「俺…どうしたらいいのかな…?」

 

不安そうな声が病室に響く、けれど綱吉はどれだけ考えても答えが出てこなかった。

けれどリボーンの答えられるものは一つだけ。

 

「そんなの一つしかねぇ、お前はお前のやりたいようにやればいいんだ」

「そんな簡単な話じゃ…」

「簡単だぞ」

 

あまたの死線を潜り抜けてきたヒットマンはニヒルな笑みを浮かべてそう断言した。

 

 

()()()()()()

 

 

綱吉は不安そうな顔をしてそのまま俯いてしまった。

そんな教え子にリボーンはただ笑みを向けるだけ。

 

 

 

 




展開的に、わかる方がいたらお友達になりたいけど話し合いがしたいですね。
誰に似ているかってわかればそのキャラが千沙のモデルとなったキャラです。
彼女ほど千沙は真っ直ぐではないけれど、そういうキャラとして書けたらいいなと思っています。


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想いの方向

 

綱吉のいる病室の窓に張り付いてすべての話を聞いていたヴェルデは思案顔になるが全て合点が言ったのか楽しそうに笑った。

 

「そうか、そういうことだったんだな」

 

そう呟いてまた飛んで行ったヴェルデの向かう先は病院から出てきた千沙。

突然空から機械に乗った赤ん坊が来て警戒しつつも笑顔になる千沙には特に気にも留めずにヴェルデは挨拶をした。

 

「やぁ、初めまして」

「…ゆっちゃんの家庭教師だな」

 

笑顔は崩さないがその眼の奥にある強い感情にヴェルデは気付いた、その理由も。

しかしそんなことはヴェルデの知ったことではない。

 

「ここでは少し目立つ、場所を移そう」

 

ヴェルデの提案に千沙は少し考えてから頷いた。

 

 

 

***

 

 

 

千沙宅にて。

 

 

「さて、一応自己紹介をしておこうか、私はヴェルデ、科学者をやっているよ」

「…寺田千沙、中学二年だ」

 

お互い形式的な挨拶を済ませて、しばしの沈黙。

先にそれを破ったのは千沙だ。

 

「御託は良い、回りくどいの好きじゃないんだ、単刀直入に本題を頼む」

「おや、君とは気が合いそうだ、私もそういうのは嫌いでね、では本題に入ろう、君は…誰と繋がっているのかな?」

「…貴方はもう少しオブラートに聞いてきそうなイメージがありました」

「回りくどいのは嫌いじゃなかったかい?」

 

千沙はもはや隠しもせずにヴェルデを睨みつける。

 

「…教えるとでも?」

「君の想い人が私の教え子だってことを忘れてもらっては困るね」

「ゆっちゃんに何をする気だ!?」

 

千沙の怒鳴り声にヴェルデは怯むことなく笑みを浮かべた。

 

「今の挑発に乗るようでは君もファミリーを継ぐ者としてはまだまだだね」

「ぐっ…ボンゴレだ、それ以外に何がある」

「ほう、ボンゴレか」

 

ヴェルデはますます当てはまる情報のパズルに内心楽しくて仕方なかったがそれを悟れるものはこの場にはいない。

千沙はヴェルデの心情を読もうとするが未熟者の千沙がそれをするのは不可能であり、ヴェルデをさらに睨むことしかできなかった。

 

「しかしそれだと妙だな、ボンゴレと繋がっているというのならどうしてボンゴレの次期ボス候補を狙う?」

「ボンゴレの名の大きさもわからないほど愚かか?」

「ああいや、そういう意味ではないさ、ただ、君があまりにもファミリーのために動いているようには見えなかったものだからさ」

「何?」

 

千沙の眼付きの鋭さが増すがヴェルデはそれを涼しい顔で受け流し、さらに語る。

 

「だってそうだろう?君は恐らく唯と同じ能力を持ち、かつ彼女よりも有能だ」

 

唯と千沙の能力、それは相手の懐に入り込む諜報員としての能力、それは2人とも共通して高く、さらに千沙のそれは相手に悟られないようにするのが巧妙であり、年頃の娘にしては殺人への躊躇いも少ない。

 

「君の力があれば沢田綱吉の暗殺は容易だっただろう、けれど君の苦手な正面突破をした上に失敗に終わった…本気で沢田綱吉を殺す気はあったのかと疑問に思ってね」

 

気さくに話しかけてどこかしらのタイミングでバレないように毒を飲ませたり、または出会い頭にナイフを腹にさすことだってできただろう。

前者、後者のどちらも沢田綱吉の中にある超直感によって難しいかもしれないがそれでも彼女なら実行できたはず。

沢田綱吉は自分の身内に関しては自分の直感よりもそれまでの経験を大事にするタイプだからだ。

けれど彼女は自分の最も苦手とする正面からの勝負を挑み、そして失敗した。

幼いころからマフィアの世界で生きてきたものとしては痛恨のミスだ、けれど、本当にそれが偶然なのかヴェルデにはどうしても思えなかった。

意図的な失敗のようにしか見えない、それはもしかしたらヴェルデの捻くれた見方だったのかもしれないがけれど唯を見る時の千沙の表情と綱吉を見る時の千沙の表情がどうしても、どうしても。

 

「あの」

 

千沙が話の流れを切るように声をかけた。

 

「何かな?」

「…どうして、ゆっちゃんが貴方の教え子に?」

 

ヴェルデは驚いたように千沙を見たが先ほどの話を思い出して、納得する。

千沙は唯のことにしては詳しいところまで知ることはしていない。

そのことがばれて唯に嫌われるのを良しとしないからだ。

だから千沙は唯のことに関してだけは何も知らない、知ろうとしない。

 

(…いや、知ろうとしないは語弊があるか…けれど、ばかばかしいな)

 

ヴェルデは心の中で千沙の態度を愚かに思うがそれをわざわざ口には出さない。

出したところで所詮はまだ14歳の少女だ、思春期の少女の恋愛に口を出しても面倒なだけだというのはこれまでの経験で理解している。

だが、素直に何の対価もなしに教えてやれるほどヴェルデは千沙のことを好いてもいなかった。

 

「調べることができるだろう?」

「私は独自のルートで彼女の全てを知るつもりはない」

「ならば今こうして私から聞くことも君の嫌う方法で唯のことを知るということになるのではないかな?」

「それは…っ」

 

千沙は言葉を詰まらせる。

 

「私はお前が嫌いだ」

「君とはつくづく気が合うね」

「気付いているくせに」

 

ヴェルデは千沙の言葉に首を傾げる。

千沙はヴェルデを睨んでいたがやがてヴェルデの表情が()()()()()と察して驚き、そしてまた睨んだ。

 

「お前は、どれだけ…っ!」

 

千沙はこぶしに力を込めてヴェルデにふるうがヴェルデはそれをよける。

しかし即座にそれを見切った千沙がヴェルデの胸倉をつかむことに成功して一気につかみあげられる。

 

「どれだけ鈍いんだ!!そんなに周りに興味がないのか!?お前は自分の好奇心が満たされれば誰が傷つこうと構わないのか!」

 

揺さぶるようにして怒鳴りつける千沙にヴェルデは涼しい声で答える。

 

「当たり前だろう?それ以外に()()()()()()()のでね」

「っ!!!」

 

千沙は思い切りヴェルデを殴り飛ばした。

部屋の壁にヴェルデはぶつかるが、それにさらに一発殴ろうとした千沙はヴェルデの機械によってその動きを阻止される。

マジックアームで千沙の体をしっかりとつかんだ機械に向ける千沙。

しかし思い切りヴェルデを睨みつけるがそれでも足りない感情が千沙のからだじゅうを埋め尽くしている。

 

憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!

 

この男が憎くて仕方がない!!

 

こんな男にどうして、どうしてあの子は…!

 

「絶対に、いつか絶対後悔するときがくるぞ!!」

 

まるで怨霊のように恐ろしく低い声で唸るように言った千沙の言葉の意味をヴェルデはまだ理解できない。

ただただ無駄な時間を過ごしているとしか思えなくなってきたヴェルデの興味は、すでに千沙からは外れていた。

だからこそ、ヴェルデはあくまでも冷静に答えた。

 

 

「ありえん」

 

そのままヴェルデは機械を操作し電気ショックを千沙に与え、気絶させる。

意識を無くすその瞬間まで親の仇を見るようだった千沙の目をヴェルデはすぐさま記憶の奥底に追いやって、その場に千沙を捨て置いて自分はさっさと機械に乗って窓から外へ。

穏やかな春の空はすっかり暗くなっており、澄んだ空気が肺に入り込んでくる。

ヴェルデは唯の部屋の窓から中に静かに入った。

 

 

 



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何も知らない君と、全て知っている私

 

「あ、おかえりなさい、先生」

 

突然の声に驚いて顔を上げればそこには唯がカップを両手に持って立っていた。

香りからそれがコーヒーではなく紅茶だということが分かる。

 

「…コーヒーではないんだな」

「実は私、紅茶派だったりします」

「…そうか」

 

どこか自信満々な唯に先ほどまでの緊迫感など知らないからこその間抜けさに、ヴェルデは一気に調子が崩された気がした。

香りからして恐らくストレートとミルクを用意したのだろう、紅茶の良い香りが部屋いっぱいに広がっていて、さらにはチーズケーキの優しい香りもほんのりする。

 

「なんとなく、帰ってくる気がしたので用意していたんです、ほら、昨日学校帰りに買ったでしょ?今食べないとダメになっちゃいますからね」

 

笑いながら机に紅茶を置く唯は実に穏やかで、まるで危険なマフィアと無関係のように見えてしまう。

 

【おかえりなさい、先生】

 

一年前から聞いているそれをいつから当たり前と思うようになったのか、ヴェルデは思い出せない。

あの六道骸という脱獄囚を監獄に戻した時にはすでにそれを当たり前と受け入れていたと思い浮かべる。

 

【せんせー、ただいまー】

 

舌っ足らずに、けれどまっすぐにヴェルデを見て告げられた最初の言葉を思い出す。

ズキリ、と、何故かヴェルデの胸が痛んだ。

 

「先生はストレートとミルクどちらが好きですか?」

 

振り返って、にっこりと裏表のない笑顔を見せてくる教え子はいつも通りのアホ面で。

ヴェルデはなぜかそのことに酷く安心感を覚えてしまい。

 

「…ミルクがいい」

 

調子を崩されたから普段は絶対に飲まないものを選んでしまったわけで。

けれど唯は何故か嬉しそうに「はい!」と返事をしてミルクティーのカップを差し出してくる。

差し出されたミルクティーをじっと見て、唯を見た。

 

「どうかしましたか?」

 

首を傾げて不思議そうにしている唯は何も憂いていなさそうだ。

それこそ、千沙が気にしていることに対しても何も思っていないかのように。

ヴェルデは知っている、唯の家庭環境のこと、これまでの学園生活のこと。

家庭教師を引き受ける際にある程度の情報はもらえたが、全てを知ったのはヴェルデが必要だと感じたから。

だから、唯が表に出さない自身の問題も、知っている。

唯がどれだけそのことに泣かされてきたのかも。

ヴェルデだけが知っている。

 

「…ただいま」

 

千沙が演技力によって偽ることを得意とするならば、唯は演技力によって隠すことを得意とする。

その事実に気づいているものは、恐らくヴェルデと(とてつもなく不本意だが)リボーンのみ。

 

(いつ、教えてやるかな)

 

そんなことをぼんやりと考えていたら、ヴェルデの言葉に目を見開いていた唯が破顔した。

 

「はい!おかえりなさい!」

 

様々な考えが飛び交っている現在、こんなアホ面晒して笑っているやつなんてこいつくらいしかいない、か。

中途半端に知っている奴らが殺伐とし、何も知らない唯は笑っている。

 

それならば、全て知っているヴェルデは?

 

ヴェルデはほんの少し笑ってみたのだった。

 

 



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二年生になった人たち

姿見の前で服装のチェックを行いながら、唯は髪を一つにまとめた。

そんな唯の姿を、唯が淹れたミルクティーを飲みながら眺めるヴェルデは静かに口を開く。

 

「死ぬ気水は持っていきなさい」

 

ギクリと肩を震わせた唯は一つため息を付いて、勉強机の上にある救急箱を開ける。

そこにぎっしりと詰められた瓶の一つを手にもつ。

青色の液体がキラキラと光る。

 

「…これ、水って説明しても納得してもらえないと思いますけど」

「なら今から飲んでいけばいい、効果は12時間続く程度には改良してあるし、お前もその負担に耐えられるようになっているだろう」

「それは…そうですけど…」

 

納得しきれていない唯にヴェルデは部屋の時計を見ながら告げる。

 

「そろそろ約束の時間なんじゃないか?」

 

ヴェルデの言葉で自分の腕時計を確認した唯は慌ててカバンを手に取り、しばらく迷ったがカバンの中に瓶を入れて、部屋を出て行く。

 

「いってきます!」

 

慌てて思わず出た大きな声に唯自身が驚く。

 

(あれ、私、今…)

 

立ち止まりそうになって時間がないことを思い出し、一歩玄関から外へ一歩出る。

 

「いってらっしゃい」

 

瞬間、聞こえてきた声に体が固まる。

思わず振り返るとそこには白金色の髪をした若い女性が立っていた。

 

「あ、うん…今日は多分夕飯までに帰ってくるね」

「ええ、わかったわ」

 

そう言って笑顔で手を振る彼女に唯も小さく手を振って今度こそ家を出た。

早歩きで時間を確認しつつ進みながら、心の中でため息をつく。

 

(今日は…随分ご機嫌だこと…)

 

先程の母の姿はどこにでもいる普通の母親の姿だ、なんの疑問の余地もない。

あれを見れば誰だって良い母親だというだろう。

千沙だって、彼女を見たときは唯の母だと確信し良い母だと褒めてくれた。

だからこそ、誰が思うだろうかと唯は面白くない気持ちで足音を荒くしていく。

ズボンのポケットに両手を突っ込んで、行儀の悪いこんな歩き方はきっとあの母親に叱られるだろうかと予想し、いやありえないと首を振って小さく笑う。

唯は、今日は機嫌の良かった母親の姿を思い浮かべたが、すぐにこれからの予定に心おどらせた。

 

(補習だと思っていたから今日は大変だろうなと予想していたけど…落ち込んでいたもんなぁ、多分それ、かな…)

 

ここ最近の出来事を思い出し、隣の席の少年の様子を思い浮かべる。

つい最近起こった出来事、並盛中学校の生徒を次々と襲う黒曜中の襲撃事件。

首謀者は未だに見つかっていないが、これまでの経験上唯には何が関係しているかの予想はついていた。

 

(…ボンゴレ十代目、か…さすがに巨大マフィアということもあって教育の力の入り方が凄まじいけど…ついこの間も暗殺未遂があったらしいし、綱吉も大変だなぁ)

 

何かと事件の中心にいることが多くなった彼に同情はするが、将来、非常時には彼の補佐をすることになると知ってからは強くなってほしいという気持ちも大きい。

自分がいくら強くなったって、補佐する人物が弱ければそれだけ自分の負担が増える。

唯としては、綱吉が死なない程度に強くなってくれるのが一番望ましいが、ヴェルデから教わったリボーンという赤ん坊はそこまで甘くはないらしい。

唯もこれまでの学校生活で度々その姿と言動を見てきたのでなんとなくリボーンの人となりは予想できる、情のあるヴェルデという感じだった。

まぁ、情がある時点でヴェルデとは反りが合わないだろうというのが唯の結論だ。

綱吉の最近の苦労もなんとなく知っていたので、励ます目的なのは確実。

純粋に友人として励ましたい気持ちはあったし、今回のお誘いは喜んで了承したのだ。

目的地が近くなり、同時に今まで頭に浮かんでいた人物たちが見えてくる。

自然と唯の頬も上がり、口を開いた。

 

「おーい、綱吉!」

 

呼びかけると、綱吉は驚いたように口を開くがすぐに笑顔で手を振る。

 

「村さんも来てくれたんだ!」

 

その顔にほんの少しの申し訳なさと嬉しさが見えて、唯は頷く。

 

「うん、いきなり電話きたから驚いたけど、ちょうど暇だったしね」

「勉強中とかだった?」

「ううん、一段落してお茶してたところ」

 

お互いにクスクス笑いあって、唯は他のメンバーの顔を見る。

 

「沢村さんも来てくれたんだ」

「はひ、知らない人ですね!はじめまして、三浦ハルです!」

 

ハルの存在は知っていたが会うのは初めてだったことを思い出した唯も慌てて自己紹介をする。

 

「こちらこそ初めまして!沢村唯です、綱吉とは前後席で一年の時からの付き合いです」

「そうだったんですね!ツナさんと前後席、羨ましいですー!」

 

唯は目を見開いてハルを見る、ハルの目に浮かぶのは唯のよく知る感情で、唯は思わずニヤリと笑って綱吉を見た。

 

「綱吉、笹川さんじゃ飽き足らずこんな可愛い子に好かれて、幸せ者め」

「誤解だよ!ハルはそんなんじゃない…っつか、京子ちゃんの前で何言ってんだよ!」

 

京子に自分の気持ちが誤解されると思った綱吉は慌てて唯の口に人差し指を当てて叫ぶが唯はニヤニヤとするのをやめない。

綱吉は「もー、違うって!」と続けるが獄寺が近づいて声を上げたのでその先が言えなかった

 

「十代目、そいつは…」

「俺が呼んだんだ、でもまさかくるとは思わなかったぜ」

 

獄寺の疑問に答えるように山本も来て、説明する、唯も頷いて綱吉の指から逃げるように一歩後ろに下がって笑う。

 

「去年の夏くらいに確かメアド交換したんだよね、綱吉と三人で偶然遊ぶ機会があったとき」

「なっ!聞いてねぇぞ!おい山本、なんで俺を呼ばねぇんだよ!」

「だってお前その時夏風邪引いてただろ」

「あ、ぐぬぬぬ」

 

噛み付いていた獄寺は山本の言葉で思い出したのか地団駄を踏む。

その様子が少し面白くて唯はクスクスと笑いながら綱吉を見て、その肩に乗っている赤ん坊に少し驚く。

 

「あら、リボーン君、その後家庭教師のお仕事は順調ですか?」

「まぁまぁだな」

「そですか、元気で何より」

「爺さん婆さんみたいな会話すんなよ、見た目的にさ」

 

綱吉の言葉に唯は思わず笑い、その間にリボーンは唯を見る。

あれから唯が暴走した姿は見ていない、恐らく本人は自覚して抑えているのだろう。

再調査は入念に行った結果、唯と千沙はとてもよく似た境遇であるが全く正反対の人生を歩んだ二人だった。

そのことを綱吉には伝えていない、本人の口から聞くほうがずっといいだろうと判断したのだ。

唯の手はもう血だらけではないけれど、日に日に傷の跡が目立ち、柔かった手は固くなっている。

固くなっていることは自覚しているのか、一年生の頃はたまにでも綱吉の手を握ったりしていたのに、あの暴走の日から一度も綱吉の手を握ろうとはしない唯。

リボーンは九代目との約束により、門外顧問に関しても口出しはできない。

彼らはボンゴレではないが非常時にはボンゴレに介入できる、実質ボンゴレの一員であるため、九代目は彼らへの手出しもリボーンに禁止したのだ。

だからこそ、そんな門外顧問のボス候補である唯の教育係であるヴェルデのことをどうにもできない。

反りの合わないあのイカれた科学者の実験に唯が苦しめられてきたのは確信している、それも一年も。

けれど唯は今こうして穏やかに同級生と笑い合えている。

 

(異常だ…全部知っているくせに笑ってやがる…隠しきれている…)

 

前のときも説明したがリボーンでも一瞬騙されそうになるその笑顔によって獄寺達はきっと唯が複雑な家庭環境の中育った現在進行形で苦しめられている人間だとは思いもしないだろう。

人を騙すことにかけてはこの中では一流だ、自然すぎる。

綱吉も恐らくあの事件がなければ今でも唯の境遇に気づくことはなかっただろう。

違和感を覚えることはあっても気付こうともしなかっただろう、心配はしたかもしれないが。

唯の笑顔の異常性にリボーンが内心何度目かもわからないため息をついていると、全員集まったことを確認した綱吉が声を上げる。

 

「それじゃあ皆移動するよー」

「はーい」

 

各々が返事をし、大所帯となってしまった一行は大移動を始めた。

 

 



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カフェの約束

「沢村さんって、少し怖い人かと思っていました」

 

突然開口一番にそう言われて唯はハルのことを思わず見つめた、そりゃあもう穴が空くかというくらいに。

ハルはクスクス笑って唯を見ている、その目には決して馬鹿にする色はなく純粋に唯の反応が面白いという気持ちだけが込められていた。

それに気づいた唯は自然と入ってしまっていた肩の力を抜く。

 

「無愛想、だったかな」

「いえ、緊張していたんですよね?どこか声が固かったから最初はそういう子なのかなと思っていたんですけど…私もよく人見知りするので」

「三浦さんも?」

 

唯が思わず聞くとハルは優しく笑って頷いた。

 

「だから、よく他の友達に初めての場所にはついてきてもらったりすることも多いです、一人じゃ怖くて…」

「あ、わかる、変じゃないかなって思うんだよね」

「そう!」

 

思ったよりも会話が弾んで唯は思わず言葉を続ける。

ハルに対して唯はどこか、自分とは無縁な存在として避けてきていたのだ。

綱吉に片思いしている相手と言うのはわかるが、そうでなくともこのグループの中では明るくムードメーカーになることが多いというイメージから唯は自分とは趣味が合わないだろうと思っていた。

だからこそ、共通点が見つかって嬉しかったのだ。

 

「実は最近できたカフェ、ずっと気になっていたんだけど一人で行けなかったんだよね」

「そこ知っています!サンドイッチが美味しいって聞いて気になっていました!」

「一緒に行く?」

「行きましょう!それじゃあいつ行きますか?空いてる日に合わせますよ」

「それじゃあ、今度の祝日とかどう?その日なら多分空いてると思うし」

「再来週でしたっけ、いいですよ、楽しみですね!」

「うん」

 

唯は自然と頬を染めて口元が緩んでしまうのを自覚しながら、止めずにフフと声を零した。

ハルも同じように笑っており、お互い和やかな空気が流れていた。

唯は感動していた、生まれてこの方まともに女友達なんて千沙くらいしかできたことがなかったため、これはもうハルのことを友達と呼んでもいいんじゃないかと考えて内心震えた。

さらに言葉をかけようと口を開こうとしてふと、視界の端にケーキ屋が映る。

そしてすぐさま頭に浮かんだのは最近それを当たり前のように自分の作ったケーキを頬張り、ミルクティーを飲むようになった緑色の姿。

 

「あれ、沢村さんなんだか楽しそうです!」

「え?」

 

唯の変化に気づいたハルが声を上げ、さらにふとある考えが頭によぎり思わずといった形で口に両手を当てる。

そんなハルに首を傾げる唯だったが、突然瞳孔を開いてこちらを見たハルに思わず肩が震えた。

ハルは周りにいる他のメンバーがこっちを見ていないことを確認してから、唯に内緒話をするという合図として口に当てていた片手を唯に向けて、手招きした。

 

「もしかして沢村さんって」

 

その時、綱吉の悲鳴が聞こえてきたので思わず顔を上げると綱吉の上に柔らかい茶色の髪の少年が乗っているを見て、思わずカバンに手を当てた。

ハルも綱吉の様子に気づいて「ツナさん!」と綱吉の方に他のメンバーと駆け寄っていく。

敵かどうかは分からないが唯は他に仲間がいるかもしれないと周囲を警戒しつつ綱吉たちに近づいた。

 

「ゔぉお゛い!」

 

突然の低く裂くような声に全員が建物の上を見る。

そこには銀髪の長い髪を風に揺らした今にも人を殺しそうな鋭い目を持った黒服の男性が片足を塀にかけて立っていた。

 



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それはまるで言い聞かせるかのような

「なんだぁ?外野がぞろぞろと、邪魔するカスはたたっ斬るぞ!」

「な、何なの一体…!」

 

綱吉の呟きを流しながら唯は男性から目が離せないでいた。

明確にわかる、一般人の唯でも感じ取れるほどの殺気。

唯はついにカバンの中にまで手を入れ、あの小瓶に触れた。

 

(…ビリビリする…これが…)

 

ある意味人生初体験の殺気に唯は腰が引けてくるがその男が動いた瞬間、何か行動をと思うよりも早く男が剣を振り落としていた。

 

「失せろぉ!!」

 

唯には状況がうまく飲み込めないが、あの男が何かしらの攻撃を連続でしていることだけはわかった。

砂煙に腕で目を守り、小瓶に触れる手に力が入った。

しかし、ちょいちょいと小さな感触が背中にきたのでそちらを向くと、リボーンが立っていた。

 

「女子供は避難するぞ」

 

安心させるためかいつも通りのリボーンの言葉に唯は一瞬迷うがすぐに頷いた。

姿勢を低くしながらリボーンについていき、その場から離れるとハルと京子の姿が目に入り、思わず唯は早足になる。

 

「三浦さん、笹川さん、怪我は」

「私たちは大丈夫だけど」

「ツナさん達が」

 

不安そうな二人の視線の先にはまだ砂煙の中にいる綱吉達。

しかし戻すわけにも行かないと思った唯は二人に向き直って真剣な顔になる。

 

「でも、今は危険だから、私達がいても綱吉たちの逃げ道を塞ぐことになる、早く逃げよう」

 

二人の手を握って半ば強引に歩き出すと、戸惑いながらも二人はついてきてくれて、そのことにリボーンは目を見開く。

三人の背中を見送る形になってしまっていたリボーンに気づいた唯は怪訝な顔をしながらも焦った声色でリボーンにも声をかける。

 

「そこにいたら危ないから、私達と一緒に行こう、リボーン君」

「あ、お、おう」

 

思わず返事をして、唯の肩に飛び乗る。

ぼーっとしていて反射的にやってしまったこととは言え、リボーンは振り返ることなく、ある場所へ向かっている唯の行動に先程から驚いていた。

気が弱いと思っていた、演技力が一流なだけでいざという時には頼りにならないタイプだと。

 

「…怖くねぇのか?」

 

綱吉ならきっと悲鳴を上げて騒ぎながら逃げるだろう、場合によっては京子とハルの手すら握らずに一人で。

けれど、彼女はただまっすぐ前を見据えて歩いている、後ろに敵がいなければこれが逃げている行動なのだと気づけないくらいには堂々と。

だから思わず聞いてしまったリボーンに唯は真剣な目を緩めることなく、固い声で答えた。

 

「怖いですよ、でも、私達がいたら綱吉はきっと気にして戦えないと思ったから」

 

リボーンはそこで唯の肩が強張っていて、尚且つ少し震えていることに気づいた。

ハルや京子の不安な表情はまだ消えないが、それは自分たちの身の危険の心配より、わずかに伝わってくる唯の震えに対する唯の精神状態の心配だった。

 

「だから、逃げるんです、彼の帰る家にいれば、きっと一番安心させられると思いますし」

 

街道を歩きながら、まるで自分に言い聞かせるかのようにそう言って黙った唯は、もうあの砂煙も攻撃の音も聞こえない静かな場所まで来たのに、繋いだ手を一向に離そうとはしなかった。

その姿がどこか悔しそうだったことは、他の三人は気づけなかった。

 

 

 



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恋バナ

 

 

「はい、どうぞー、ゆっくりしていってね」

「ありがとうございます!」

 

あれから唯の向かった場所は綱吉の家で、迷わずインターホンを押した唯は綱吉と離れて買い物していたのだと、その途中ちょっと事件が起きて離れ離れになってしまい、ここに来れば綱吉がいるかと思ったと事実を含ませた嘘をついて、中に入れてもらった。

そして、綱吉の母、奈々からお茶をもらってお礼を言い、一息つく三人。

ちなみにリボーンは途中で、姿を消し、探そうかと思ったがひとまず二人の安全と思った唯が大丈夫と二人を説得して先に綱吉の家まで来て、流れ的にくつろぐことになった。

不安な気持ちは三人拭えないが、なんとか話題を明るいもので気持ちも明るくしようとハルが口を開く。

 

「そ、そういえばさっきの話の続きなんですけど!」

 

突然大声を出したので京子と唯はほぼ同時に驚く、しかしハルは構わず言う。

 

「沢村さんって、好きな人いるんですか!?」

「え、そうなの!?」

「え」

 

ハルの言葉に京子が唯を見て、言われた本人はポカンと口を開けている。

どうしてそんな話になったのか、本気でわからなかったからだ。

ハルは先程までの気持ちの落ち込みはどこへか吹き飛んだのか、興奮気味に唯に質問の経緯を言う。

 

「さっきすごく幸せそうに笑ってたじゃないですか!何を見たのかなと思ったらケーキ屋さんだったんですけど、もしかしてあのケーキ屋さんに好きな人でもいるんですか?」

 

いつの年代でもこういった話題を女子は好む、当然京子もこの話に興味を持って「どうなの?」と期待の眼差しで唯を見ている。

唯はさきほどのケーキ屋で自分の家庭教師を思い出していたことを思い出し、あの時かと苦笑した。

 

「ケーキ屋さんじゃないよ、その…でも、片思いでさ」

「なんと!私もある人に片思い中なんです!」

「いいなぁ、素敵だね」

 

ニコニコと穏やかな顔をする京子とお揃いですと笑うハルに唯は内心冷や汗をかく。

決してこういう話題が嫌いなわけじゃないし、自分がかかわらなければむしろからかったりしてやるところなのだが自分が関わるなら話は別だった。

なにより相手が相手だ、誰なんだと聞かれたら説明に困る。

 

「どういう人なんですか?」

 

ハルの質問に、やはり来たかと唯は緊張する。

誰なのかと聞かれなかっただけまだマシなのかもしれないと自分に言い聞かせて、遠回しに表現することにした。

 

「えっと…結構気難しいというか…自分の好奇心に素直な人…かな」

「好奇心旺盛ってなんだか子供っぽくって可愛いですね!」

「うん、それに人を区別しないから、一緒にいて気楽なんだ」

「人に平等に接することができるってすごいねその人、かっこいい」

「うん、あとね、意外と甘党で、私たまにお菓子作るんだけど、とびきり甘いミルクティーと一緒に食べるからギャップが、ね」

「ギャップ萌えってやつですね!たしかにそれはいいですね!」

「うん、その、あとね」

「沢村さん、その人のこと、本当に好きなんだね」

 

あとはあとはと、ヴェルデの好きなところを上げていこうと考えていた唯の耳に入ってきた京子の言葉に自然と俯きがちだった顔を上げて京子の方に顔を向ける。

京子と対面に座っていた唯は自然と京子の隣に座っていたハルの表情も見えてしまった。

二人の同じような表情、慈しむような優しいその眼差しに自分がどれだけ惚気たのかを理解して耳まで真っ赤にして視線を下に向ける。

それから唯は震える口から答えを告げる。

 

「好き、です…たとえ他の人から不快に思われるかもしれない人でも…好きです…!」

 

京子の言葉に答えているはずなのに、目の前にヴェルデがいるような気持ちで答えてしまった唯の顔はゆでダコのように真っ赤で、ついに顔を両手で抑えて二人から表情が見えないように隠した。

だから唯からは見えなかった、京子とハルがお互い目を合わせ唯が本気で恋をしているんだと微笑ましげに見ていることなんて。

そしてそこまで好かれている相手に会ってみたいと思っているなんて。

 

「青春ねぇ…」

 

ふと、そんな声が三人に振ってきて、まだ顔を挙げられない唯以外はその声の方に顔を向ける。

そこにはお菓子の乗った皿を載せた盆を持った奈々がいた。

自分の若い頃を思い出しているのか、懐かしげに目を細めた奈々は三人に近づいて座るとお菓子の入った皿をテーブルに置いて、一つため息を付いた。

 

「私もね、あの人が帰ってきて嬉しくって…ツナ君に嘘ついちゃっていたの忘れてはしゃいでだからあまり言えないけど、ツナ君にどうしてあの人のこと好きなのかって聞かれたらいくらでも話せちゃうわ」

 

事実似たようなことを聞かれて答えたことがあり、その時の綱吉はやはり理解できないと首を横に振っていた。

自分の夫を思い出しているのかほんのり頬を染めている奈々はそれから唯の方に少し体を近づけて唯の頭を優しく撫でた。

唯はゆっくりと両手を顔から離して奈々の方に顔を向ける。

 

「好きな人がいるって素敵なことよ、もちろん辛いこともあるけど、でも、その人がいる間は幸せな気持ちでいられる、その気持を大事にね」

 

だから恥ずかしがることはなんにもないのよ、と優しく笑う奈々に唯は泣きそうになった。

確かにその通りなのかもしれない、素敵なことなのかもしれない。

けれど、そうと思いこむにはあまりにも…。

 

「…はい」

 

ようやく出せた返事は、とってもかすれた声になってしまい。

それから綱吉達が帰ってくるまで女性陣だけで他愛ない話ばかりが広がっていったが、唯だけはその会話の中に入ることができなかった。

 

 

 



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考察と決意

 

 

次の日。

唯は自室でヴェルデに昨日の出来事を報告していた。

 

「なるほど、もうそんな時期だったか…」

「…何か心当たりが?」

 

ヴェルデの呟きに唯が返すと、思案顔のままヴェルデは答える。

 

「ボンゴレの次期ボスへの継承方法は教えたな?」

「はい、然るべき式典を開き、その際に半分に割れているリングをそれぞれ現ボンゴレボスと門外顧問が次期ボスへ併せて贈るのですよね」

「そうだ、しかし今、次期ボス候補が二人いることも教えたな?」

「…ボンゴレ九代目に正式に認められている沢田綱吉、そしてボンゴレ九代目のご子息ザンザス様…ですよね?」

 

ヴェルデは頷きながらも今後の計画を脳内で立て始める。

 

(…予想は簡単にできたが随分と早いな…ご子息殿は我慢を知らないらしい)

 

さて、どうするかとその良い頭で考えながら唯との会話も続ける。

 

「では問題だ、次期ボス候補が二人も存在する場合継承式はどうなる?」

「…必ずボスは一人なので、その…リングを巡って争いが起こる?」

「正解だ、そしてお前なら相手を蹴落とすとして、どのタイミングで相手を襲う?」

「えっと…相手が幼いならば幼いうちに襲うのが得策…まさか」

「そのまさかだ」

 

ヴェルデはパソコンに何かを打ち込みながら続ける。

 

「見たまえ」

 

手元のパソコンを唯の方に向けるヴェルデ、唯はパソコンを覗き込むと、画面にはボンゴレリングの入った箱を片手に憤怒の色を宿らせた目を持つ男が写っていた。

 

「…彼は」

「ザンザスだ」

「彼が…綱吉の…」

 

唯は画面を冷めた目で見つめていたが、ヴェルデはそんな唯を興味深そうに見る。

 

(やはり沢田綱吉のことになると目の色を変えるな…お互いの置かれていた環境がそうさせたのだがこれは面白い、沢田の方も同じ現象が起こることは検証済み、これをうまく利用すれば、子守脱却の道は近いな)

 

頭の中でそう結論づけたヴェルデは今も画面を見つめる唯に言う。

 

「リング争奪戦、恐らく九代目直属の部隊と偽ってザンザスの息がかかった者が審判を務めるだろうな」

「リング争奪戦?」

「文字通りだ、それぐらい予想しろ」

「すみません」

 

画面から視線は外さず言葉では謝罪する唯にヴェルデは少し眉を動かしたが気にせず今後のことを話す。

 

「リング争奪戦の際に乗じて次の門外顧問を決める戦いもするだろう」

「え…」

 

唯はそこでようやく画面から視線を外してヴェルデの方に顔を向ける。

その顔には驚きの色がありありと存在しヴェルデは悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべながら説明を続ける。

 

「当然だろう?例えばザンザスが十代目になったとしても組織で実質No.2の門外顧問である沢田家光がいるままなら真の意味で動くことはできない、息の掛かった者を門外顧問にしようとするのは自然な動きだ」

「けれど、ボンゴレに所属しているザンザスが普段はボンゴレに所属しない門外顧問を勝手に決めることは難しいはずです!」

 

唯が思わず声を上げると、ヴェルデは嘲笑する。

 

「リング争奪戦はボンゴレの今後を左右する重要案件だ、当然門外顧問はその瞬間だけはボンゴレでの権利を発動する、それはすなわちボンゴレに所属しているも同義…なんて子供じみたこじ付けをして門外顧問の座を巡っても争いを行うだろうさ」

 

まったく子供の駄々に付き合わされるこちらに身にもなってほしいものだね、そう言ってやれやれと首をゆるく振ったヴェルデに唯は声を発せないでいた。

まさしくヴェルデの言ったとおり子供の駄々のような理由で自分の今後を左右されてしまうのかと思うと、まさしく絶句するしかなかった。

 

「…ザンザスは馬鹿なんですか?」

「ただの悪ガキのまま育った悪ガキ大将だね」

 

ヴェルデの言葉に唯は大きく頷いて同意した、これはただの悪ガキだ。

もっと正当で誠実な理由であるなら唯とてここまでザンザスを冷めた目で見ることはなかった。

もちろんマフィアの世界において誠実な理由こそ少数派であるのは十分承知の上なのだがそれでもこんな子供じみた理由は納得できるわけがなかった。

 

「門外顧問の部下達がまず納得しないでしょう」

「幹部全員を殺して新たに自分好みの者を据えれば上からいくらでも声は押さえつけられる」

「それで収まるほどの数ではないはずです、そもそも権力が分散する目的で門外顧問が生まれたのに、これでは本末転倒もいいところです」

「…君の疑問や不満をここで全て解決してもいいがね、ザンザスは私が今言った理由で自分の息のかかった優秀な部下を君に対して勝負を申し込ませるだろうね」

 

唯は言葉を飲み込んだ。

ヴェルデの言っていることは流石に理解できる、単刀直入が好きなくせにこういう遠回しじみた言い回しも好むこの男と一年は一緒にいて勉強してきたのだから。

唯がここで不満や疑問などをヴェルデにぶつけ続けても唯の戦闘力が上がることはない、ただ時間だけが過ぎ、唯の心が満足するだけだ。

それでは意味がない。

 

「…ザンザスに偽のリングが渡って日本に来るのは早くて何日ですか」

「10日だな」

 

今こうして話している間も昨日唯や綱吉達を襲ったあの鮫のような男はイタリアに居る自分の主人の元へ急いでいるだろう、本物と思いこんでいる偽リングを届けるために。

時間はない、確実にザンザスは10日後に日本に来るだろう。

唯は昨日のことを思い出す。

鮫のような男が襲ってきた際、綱吉と一緒に戦ってあげることも、盾になることもできず、ただ、京子とハルを安全な場所に避難させることしかできなかったことを。

何も、できなかったことを。

唯は下唇を噛み、両手を思い切り握った。

悔しかった、ただ、ただ、悔しかった。

薬はあった、飲めばいいだけだった、そうすれば綱吉たちと戦うことができた。

けれど、できなかった、怖くなったのだ。

せっかく自分と友だちになってくれたハルや京子に自分のあの状態を見せることが、記憶のない時のことを、自分の知らないところでもしかしたら大事な人達を傷つける可能性があったことが。

怖くなって、薬に伸ばした手を引っ込めた。

情けない。

 

「…先生」

「なんだ?」

 

情けない、情けない情けない情けない情けない情けない情けない情けない情けない。

情けないったら!!

 

「どんな実験でも耐えてみせます!だから、私を強くしてください!!」

 

バッと顔を上げてヴェルデに叫んだ唯の目はどこまでも真っ直ぐだった。

ヴェルデはそんな唯を静かに見つめ、一つため息を付いた。

そんな反応が来るとは思っていなかった唯は驚いて先程までの勢いを弱める。

 

「君は馬鹿かね?」

 

ヴェルデはどこまでも科学者らしい見下すような笑みを浮かべて言った。

 

「君が強くなれるかは君が決めるんじゃない」

「え」

 

唯の口から声が溢れる、ヴェルデはどこまでも唯を見下し指差して告げた。

 

「私が決める」

 

ヴェルデは唯に向けていたパソコンを自分に向き直して何かを打ち込み始める。

もう唯の方に顔なんて向けていなくて、意識も向けていないようだ。

ポカンとした顔でヴェルデを見ていた唯は、言葉の意味はゆっくりと理解して。

 

「はい!!」

 

泣きそうな笑顔で大きく返事したのだった。

 

「あ、そ、それじゃあ、コーヒー淹れてきます!」

「ああ」

 

パタパタと唯は部屋から出てキッチンに向かいながら上がってしまう口角を自覚していながら治すことができなかった。

ああ、やっぱり。

 

(先生は最高だなぁ!)

 

自室に二つのコーヒーを持って戻る頃にはこのだらしのない顔を直しておこうと決意しながら、唯はそう思ったのだった。

 

 




ようやくリング争奪戦の話が本格的になってきました。
一話一話の文字数が多くなってしまい読みにくくなってしまうかもしれません。
そこは、申し訳ないです。

また、これからどんどん主人公の問題の解決などの話になってくるので多少シリアスが重めになっているかもしれません。
やたらと暗くてシリアス強めの話が苦手な方はご注意ください。
また、誤字脱字などがありましたらご報告していただけると助かります。

これからも、よろしくお願いします。


ケロ


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母からの報告

ザンザス来日当日。

急遽始まった実験の数々はたしかに過酷だったが、唯は自分の成長具合を実感していた。

相変わらず死ぬ気水を飲んだあとの記憶はないがそれでも、自分の身体能力が上がっていることくらいはわかる。

そんじょそこらの毒を食らっても生きる自信しかしない。

電撃を食らっても死ぬ気はしないし、多少の度胸だってついた。

さぁどこからでもかかってこい、と唯は意気込みそわそわと落ち着きなく部屋の中を歩きまわっていた。

 

「そんなに気になるなら沢田綱吉のところにでも行けば嫌でも出会えるだろうさ」

 

パソコンに向かっているヴェルデが苛立たしげにそう言ってきたので唯はピタリと止まり、その手があったかと身支度を始める。

 

(あ、その前に)

 

唯はふと、まだヴェルデに休憩のためのコーヒーを淹れていないことを思い出し部屋を出てキッチンに向かう。

 

(いよいよ決戦だけど、休息も大事だし…先生ここ最近はあんまり寝てないみたいだし睡眠薬でも仕込んでやろうかな)

 

少し危険な考えをしながらキッチンに入ると、そこには先客が。

 

「…あ、お母さん」

「あら、あの子にコーヒー?」

「う、うん」

 

唯と髪の色だけが似ている若い母の目が、唯はどうにも昔から苦手だった。

 

「帰ってきていたんだね」

「深夜にね」

 

そこで会話は途切れる。

ポットに水が入る音が響く。

 

「あのね」

 

突然、母が声を発してポットを水道に落としそうになった唯は、慌てて母の方に顔を向ける。

しかし母は自分の持っているカップに視線を落としていて唯の方に顔を向けていない。

 

「聞いたわ、中学卒業したらイタリアに行くんですってね」

「…うん」

「…あの人は、私に何も説明してくれなかったわ、私、あの人の妻なのにね」

 

そう言って弱々しく笑う姿はどうにも庇護欲をそそるところがあったが、唯はゆっくりと視線をポットに戻し、水が溜まっているのに気づいて水を止める。

それからガス代にポットを置いて火をつけた。

 

「…あなたの、お母さんでもあるのにね」

 

ポツリと呟かれたそれに唯はなにも答えられない。

しかし母の言葉は止まらなかった。

 

「あなたは私にちっとも進路のこと話してくれないし、親子らしいこと何もしてくれない」

 

唯はギュッと手に力を込める。

 

「あなたが最近テストで良い点数を取ったのだって保護者会に行って知ったのよ?どうして言ってくれなかったの、お祝いだってしたのに」

 

唯は視線をポットから外さない。

 

「昔のあなたはあんなに良い子だったのに」

 

唯は、何も応えなかった。

 

「…」

 

沈黙が続いた。

母がどんな顔をしているかなんて唯にはわからないが、母にも唯の顔は見えていない。

 

 

「私ね」

 

 

「離婚することにしたの」

 

 

「明々後日にはここを出ていくわ」

 

 

「それじゃあ」

 

 

ポー。

 

ポットの音が唯の耳に大きく聞こえて、ハッと顔を上げて慌てて火を止める。

そして母が居た方を見たらそこにはもう誰も居なくて。

遠くの方で「いってきます」という声が聞こえてきたが。

唯はやっぱり何も答えることができなかった。

二つカップを用意して、コーヒーの粉をカップに入れてポットのお湯を注ぐ。

お盆に二つカップを載せてスプーンも二つ乗せ、ガムシロップとフレッシュミルクの入ったカゴも乗せてお盆を持つ。

二階に上がって唯の部屋に入れば、そこにはヴェルデが相も変わらずパソコンに向かっていて、集中しているのか、唯には気づいていない。

コーヒーの香りが、唯の鼻を通り、一つため息を付いた。

 

「先生、コーヒーを淹れたのでここにおいておきますね」

「ん」

 

雑な返事に苦笑しながら、ヴェルデのために用意された小さいテーブルにコーヒーの入ったカップを置く、ついでにガムシロップとミルクも一個ずつ。

唯は自分の机にもう一つのカップを置いてミルクとガムシロップを一つずつ開けて入れ、スプーンで混ぜる。

多分ヴェルデは何も入れずに飲むだろうが、念のため置いておくのが唯なりの気遣い。

部屋中にコーヒーの香りが広がるが、ヴェルデは顔をあげようともしないでパソコンに向かっている。

唯に背を向ける形となっているヴェルデを唯はぼーっと眺めた。

 

「何か用か?」

 

ふいにヴェルデが顔を上げずにそんなことを言ってきたので唯は相手に見えないのに慌てて首を横に振った。

 

「そうか、気が散るから出ていってくれないか?そのコーヒーを飲み終わってからでいいから」

 

素っ気ないのか優しいのかわからない言葉に唯は思わずクスクス笑い頷いた。

コーヒーを一口飲む、ほんのり甘いが苦いほうが目立つこの味に最初は随分と苦労したと唯は小さく笑う。

ブラックコーヒーに近く、けれどそれより少しまろやかで甘い。

でもコーヒーより紅茶派だった唯にとっては苦いものでしかなかった。

それがこんなに美味と思えるくらいに舌が慣れたのはひとえに自分に背を向ける家庭教師のおかげだ。

一年だ、たった一年でコーヒーの味のほうが好きになるくらい飲んできた。

されど一年、唯は自分でも美味しいコーヒーが淹れられるようになったと胸を晴れるくらいにはなっている。

カップの中のコーヒーはまだ少し残っているが、唯はふと、自分と同じようにたった一年で変わったもう一人を思い浮かべて、机にカップを置いた。

身支度を済ませ、携帯と死ぬ気水の瓶をカバンの中に入れ、紙袋も持つ。

 

「綱吉のところ、ちょっと様子を見てきます」

「そうか」

 

素っ気ないけれど返事をしてくれるようになっただけ彼も変わったものだと唯は返事すらしてくれなかった最初の頃を思い出す。

 

「いってきます」

 

自室から出ただけなのに唯はもう外に出ている気分になった。

返事は聞こえない、返ってこない。

それでも。

聞こえないはずの「いってらっしゃい」が聞こえた気がして、唯は浮足立って玄関から外に出た。

 

 



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差し入れ

 

さて、目的の人物のところに向かうのだが、唯は綱吉が今どこにいるのかわからないので携帯を取り出し、綱吉の携帯に電話をかける。

 

『もしもし』

「もしもし…あれ、その声はリボーン君?」

『そうだぞ』

「綱吉は今忙しいのかな?」

『まぁな、何か用なら俺が代わりに聞くぞ?』

 

思いがけない人物が出てきてしまい、言葉に詰まる。

ザンザスが来ることは恐らく綱吉も知っていること、リボーンが教えないはずがない。

ならば今は修行か特訓の最中。

そこまで予想した唯は少し考えてから口を開く。

 

「よければ息抜きに話せないかなと思っただけなんだ、綱吉って今どこにいるかな?」

『そういうことならツナは…』

 

それから聞いた場所を頭のなかにある地図と照らし合わせて理解した唯は苦笑しつつも応えた。

 

「わかった、それじゃあ今から向かうね」

 

相手から了解の返事を聞いてから電話を切り、ポツリと呟く。

 

「…ツナの修行、私と同じくらいハード?」

 

 

 

 

「あ、いたいた」

 

大きな爆発音の方に顔を向ければ仰向けて倒れて目を回している綱吉がいたので唯はその近くにいるリボーンに手を振った。

 

「おーい、リボーン君、綱吉!」

 

唯の声に反応したリボーンが片手を上げて返事をする。

 

「チャオッス、唯、こんな所までよく来たな」

「まぁ、来られない場所ではなかったしね」

「村さん!なんでここに!?」

 

復活した綱吉につられて、綱吉と対峙していた少年が唯に気づく。

 

「おぬしは…?」

「ツナの同級生の沢村唯だ」

 

リボーンが一気に距離を縮めて何かをコソコソ話している間に唯はいまだに驚いて固まっている綱吉に近づく。

 

「電話でリボーン君に息抜きに話そうって伝えたはずだけど、その様子じゃ伝わってなかったみたいだね」

「なっ、り、リボーン!」

 

話題の中心人物のはずなのに何も知らなかったことに怒った綱吉が叫ぶが当の本人はどこ吹く風で口笛まで吹いている、そこまでうまくはない。

 

「まぁ、それだけ集中していたってことだし、集中切らせてまで伝えることでもなかったんでしょ」

 

唯がフォローを入れるが綱吉がリボーンを睨むことはやめない。

一つため息を付いて、紙袋からタッパーを取り出す。

綱吉がそこでようやく唯の持ってきたものに興味を示し、そわそわとする。

それに呆れて笑いながら唯が蓋を開けると、中には茶色い液体の中に浮かぶレモンが。

 

「レモンのはちみつ漬けだ!作ったの!?」

「うん、小休止するにはちょうどいいかと思って」

「助かる!ありがとう、村さん!」

 

輝かんばかりの笑顔でそう言われてしまえば、唯も作ったかいがあったと嬉しくなってつい口元が緩む。

その勢いのまま唯は離れたところで真面目な顔して話し合っているリボーンと少年に声をかける。

 

「二人も食べませんか?」

「めっちゃうまい!」

 

一つ食べた綱吉の言葉と唯の声に反応した二人が二人のそばに来る。

まるで初めて見たというような、驚いた表情をする少年に唯は首を傾げつつタッパーを差し出す。

思わず後ずさった少年の肩にリボーンが乗ってヒョイッとレモンを一つ取ってかじった。

 

「リボーン殿」

「ん、確かに美味いな」

「…では、失礼します」

 

リボーンの反応で安心したのか、それでも未知との遭遇のように恐る恐る手を伸ばしてレモンを一つ取って口に入れた少年は目を見開く。

 

「…おいしい」

「よかった」

 

少年は唯の顔を見る、とても穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「いっぱい体動かしたみたいだし、休憩にはやっぱりこれでしょ」

 

今度はニシシと笑う唯に少年はようやく唯の前で笑ったのだった。

 

 



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山本武という男

「拙者の名前はバジルといいます、沢村殿は沢田殿とはどういったご関係で?」

「さっきも説明されたけど、同級生…同じ学校で同じクラスに通っている友達、かな」

「なるほど、学友でありましたか!」

 

ふわりと草の香りを運ぶちょうどよい温度の風がバジルの前髪を揺らす。

レモンのはちみつ漬けをかじりながら唯は先程のバジルの反応を思い出した。

あれは新しいものを見た、というよりも、ずっともっと、闇が深そうな…。

 

「あ」

「ん?どうされましたか?」

 

バジルが唯の方を見るが気づいた唯はポカンとこぼす。

 

「…毒の心配してたのか…」

「え?なんと言ったでござるか?よく聞こえませんでしたが」

 

バジルが自身の耳を唯の方に近づけようとしたが、それに気づいた唯が思わず両手で顔を隠したのでできなかった。

何気ないことであるが、彼がどんな世界で生きていたのかを知っていたためにその配慮に欠けていたことに気づいて恥ずかしくなったのだ。

ほんのり耳も赤くなっていることにバジルは気づいたが、唯が何をそんなに恥ずかしがっているのかわからず首をかしげる。

リボーンだけが唯の声も聞こえていて全て理解しているので一人口元を片手で抑えて笑いをこらえていた。

ちなみに綱吉は全て理解していないのでバジルと同じように首を傾げている。

一向に自分の方を見ない唯を見て、気にしないことにしたらしいバジルは呑気な空を見上げながら口を開く。

 

「それにしても、沢村殿のような方が沢田殿のご友人でよかったでござる」

 

突然褒められた唯は思わずゆっくりと両手を顔から外す。

 

「沢田殿は少々緊張感のある者と一緒にいるイメージがあったのでこのような気の抜けるような…リラックスできるご友人がいてよかったです」

 

唯はバジルの方に顔を向ける。

リボーンと綱吉もいきなり何事かとバジルの方に顔を向け、一斉に全員から視線を向けられたのにバジルは気づいていないのか動じていない。

 

「…緊張感、ないほうが多いイメージあるけど」

「山本殿のことを言っているでござるか?確かにまだ会って日は浅いが、しかし最初に拙者に対しても警戒していたのでやはり緊張感はありましたね」

「あー…」

 

唯は初めて会ったときの山本を思い出す。

綱吉経由で知り合ったが、こちらのほうが綱吉とは長い付き合いなのにどこか唯に対して警戒心を持って接しているように見えた。

あれかぁ、と思いつつ唯は確かにと頷いた。

 

「私に対してですら警戒していたみたいだし、相当綱吉のこと気にしていたんだろうなぁ」

「え!?山本が!?」

 

話を聞いていた綱吉が目を見開いて唯を見る。

なんとなくバジルに警戒する気持ちは理解できたが、唯の方が付き合いが長いことは前もって言ってから紹介したはずなのにそういうことをしていたのかと今度は眉を下げる。

綱吉の感情が見てわかったので唯は安心させるために慌てて笑う。

 

「今は普通に廊下ですれ違ったら笑って手を降ったり世間話したりするくらいには仲良くなったし、警戒もされてないみたいだから平気だよ!綱吉がどういう経由で山本君と仲良くなったかは知らないけど、きっと綱吉のこと心配していたんじゃない?ほら、当時はダメツナなんて言われていたわけだし」

 

納得したのか、綱吉がほっと息を吐く。

 

「なんだそういうことかぁ…でも、村さんには嫌な思いさせただろうし、ごめん」

「綱吉が謝ることはないよ、それに本人からももう謝罪済みだし」

「そうなの?」

 

そうだよ、と唯は当時の山本を思い出す。

 

 

***

 

 

一年前

 

 

唯は綱吉から紹介された同じクラスの山本のことで少し微妙な気持ちになっていた。

先日何やら屋上で綱吉と共に問題を起こしたらしい彼は、どうやら唯のことが気に入らないらしく綱吉と会話をしているとことあるごとに間に入ってくる。

しかもタチが悪いことに本人はどうやら自覚してやっているらしい。

山本を観察してわかったことは以上。

ただでさえ門外顧問の修行で毎日ヘトヘトなのに、学校で人間関係に悩まされてはたまらないというのが唯の意見。

しかし、相手にとってはそんなことは知る由もないことであるので容赦はない。

ある日のことだった。

それは、唯が綱吉の前で死ぬ気モードに入った日から何日かたった日。

綱吉の様子から、おそらく綱吉に見られたことを悟った唯はヴェルデにも言わなかったが落ち込んではいた。

当然といえば当然、学校で一番あの状態を見せたくなかった相手に見せた上、もしかしたら怪我をさせたかもしれないという不安が残っている。

お人好しが服を着たような人間である綱吉が唯のせいで怪我をしたとして、それを本人には絶対に言わないことは確実。

そして、唯に死ぬ気モードのことについて聞いてこないとくれば気を使われていることは誰の目から見ても明らかだった。

 

「…何やってんだ私は…」

 

仕方のなかった状況だったとは言え、いまだに綱吉に怪我の確認すらできていない自分に対して嫌悪感すら抱いていた唯は放課後、自宅にも帰らず屋上で膝を抱えていた。

今日はヴェルデから体を休めて免疫力を高める日だとかなんとか言われて、修行は休みだったためこれ幸いと思い切り一人で考える時間にしていたのだ。

 

「お?なんだ、沢村帰ってなかったのか」

 

ふと、屋上に最近悩みの種の主が入ってきた。

夕焼けに照らされ少しオレンジ色になっている肌が印象的だった気がする。

一瞬思考が止まったが唯はすぐに笑顔になった。

 

「山本君こそ、腕治ったはずじゃ…」

「部活は休み、大会はまだ遠いしな」

 

もうちょいあとだ!とにっこり告げられて、唯はなんだか居心地悪く感じる。

不自然に視線をそらした唯を山本はじっと見つめる。

肌寒く感じる春風が二人の肌を撫で、空はオレンジ色と藍色のグラデーションを映しだす。

決して長くはないはずなのに、永遠を感じていた唯に突然声が聞こえた。

 

「最近、ツナの様子がおかしいんだ、沢村は何か知らないか?」

 

世間話でもなく、核心を突くような質問。

唯はゆっくりと山本の方に顔を向けた。

まっすぐに唯を、唯の目を見つめる山本は先程から一回も視線を外していなかったことがわかって、なんて、と唯はため息を吐きたくなる。

 

 

なんて、静かな表情をするのか、この男は。

 

 

笑顔のはずだ、そのはずなのに、唯は何故か普段との差に戸惑う。

しかし、不思議とこれが彼なのだとすんなり受け入れている自分もいて、唯はそれにも戸惑った。

ヴェルデや綱吉、自分が今まで関わってきたどの人間もしたことのない表情。

悲しんでいるのだろうか。

不安なのだろうか。

 

(…当たり前だ…彼は、綱吉に救われた人間の一人だ、不安なはずだ)

 

浮かんできた疑問に唯は答えをぶつける。

本当のことは言えない、彼に対しても隠したいものがあるんだから。

なんと言ったらいいかわからず、自分の知りたい疑問が口から出てきた。

 

「…怪我を、していたの?」

 

山本は首を横に振る。

 

「…落ち込んでいた?」

 

また首を横に振る。

 

「…そう」

「…喧嘩したのか?」

 

そこに目に見えてわかる不安の色が表情や声にも見えて唯は思わず首を横に振った。

 

「…ツナは」

「うん」

「…少し、顔つきが、かっこよくなった気がするんだ」

「え?」

 

予想していなかった言葉に素っ頓狂な声が出てしまった。

山本は気にしていないのか、唯の声に頷くだけ。

唯は、山本の言葉を頭の中で繰り返し響かせる。

かっこよくなった?

あの綱吉が?

 

(…もしかして、私が、怪我をして尚目標を倒したから?)

 

唯は自身の手に巻かれている包帯を見る。

確かに綱吉は朝、唯に挨拶する前に唯の手を見て一瞬つらそうな顔をしていたことは知っていた。

しかし、まさか、それが原因だなんて。

 

(優しすぎるにも程がある!あれは私の自業自得で負った傷なんだ、だから綱吉が気に病む必要は…!)

 

そこまで考えて、気に病むようなやつだったと思い出す。

自分のせいでも他人のせいでもなく、人が傷つけば暗い表情をするのが唯の知っている綱吉だ。

 

(…強くなろうと、しているっていうの?私がきっかけ?嘘でしょ、そんなの…)

 

ヴェルデのために強くなろうとしているどうしようもない唯と綱吉が重なる。

 

「前よりも勉強頑張っているみたいだし、体力もついてきた、何より頼もしく思えるようになった!なんだかよくわかんねぇけど、お前が原因なんだろ?」

 

山本の声にごちゃごちゃと考えていた唯の思考が現実に戻る。

相手の顔をちゃんと見れば、今度は嬉しそうに笑っていた。

それを見て、ようやく彼が何を不安に思っていたのかを唯は理解した。

 

(…綱吉が、私の手を傷つけたと思ったのか…)

 

どこかぎこちない唯達を見て、そして変わった綱吉を見て、山本は綱吉が唯を傷つけてしまい、今度はそうならないように自身を鍛えていると考えたらしい。

結果的には良い方向に思考が行っているとは言え、綱吉が誰かを傷つけたかもしれないこと事態が信じられず、唯のことを探して真実を聞こうとした。

事の顛末はそういうことだろうと理解して、唯はゆっくりと頷く。

山本は一瞬傷ついた表情をしたがすぐに笑顔になって、唯に頭を下げようとする。

何をしようとしているのかわかって、唯は慌てて本当のことを伝えた。

 

「私が綱吉を守るために負った傷なんだ!だから、綱吉は何も悪くない!」

 

叫んでしまってから唯はハッと片手で口を抑える。

山本は少しかがんだ状態から体を起こしてぽかんとしてから、大笑いした。

そんな山本になんだか恥ずかしくなった唯は顔を真っ赤にしてまた叫ぶ。

 

「わ、笑うことないじゃん!」

「だ、だって!ひ、ひひ必死すぎて!はー、おっかしいな!!」

「そ、それは!だって、友達が怪我するかもしれない状況だったら助けるでしょ!普通!!」

 

そう叫んだ瞬間、山本の笑いがぴたりと止まって目を見開き、唯を見る。

いきなりそんな視線を食らった唯は、視線を外さずに「な、何」と気持ち後ずさる。

しばらくその状態が続いたかと思えば、突然山本が頭を下げた。

 

「すまん!」

「え、何が!?」

「俺、お前のことを勘違いしていたみたいだったから!」

 

だからごめん!!と先程の唯以上の声で叫んだ山本に唯はなんとなく、気が抜けてしまった。

綱吉のことで悩んでいたのは自分だけではなかった、と。

当然のことではあるのだが、いつの間にか付き合いが長いのと、当時のことを知っているのは自分と綱吉だけだから悩んでいるのはお互いだけだと錯覚してしまっていたのだ。

そんなことあるはずがないのに。

むしろ何も知らない周りの方が心配することもあるというのに。

唯はそのことまで思考が回っていなかった自分が馬鹿らしくなり、気持ちも不思議と大きくなって、向こうが何も言ってこないなら自分も何も言わないと結論をあっさりとつけられた。

悩みのほぼ全てが綺麗サッパリ水に流れた、という気持ち。

なんとなく、リボーンがどうして彼を綱吉の守護者の一人にしようとしているのか、わかった気がした。

 

「いいよ」

 

唯が一言そう告げると、山本は勢いよく顔を上げて。

そして、いつも綱吉に見せるような安心しきった間抜けな笑顔を見せてくれたのだった。

 

 

実は山本が唯と綱吉が真逆の人種であると思っていて、それが勘違いだと理解し、同じ人種だった唯に対して綱吉に対する気持ちとほぼ同じものを抱くようになったのは。

山本だけしか知らない事実。

 

 




唯にとっては山本と和解できて、普通に友達になれたと思っている思い出ですが、山本にとっては守るべき対象が増えたといった感じです。
決して恋愛的な感情が芽生えたわけではないし、誰かに言うほどのものではないけれど、山本の中ではツナに助けられたのと同じくらいの衝撃的な思い出です。

何気ない発言が誰かにとっては人生における重要な発言だったっていうのは、よくある話ですよね。


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問いかけ

あれ以来、山本の態度が激変したことは、恐らく唯を観察し続けていたリボーンと唯と本人しか知らないだろう。

廊下で向こうが唯を見つければ駆け寄ってきて挨拶してくるようになったし、体育の授業中に目が合えば嬉しそうに手を振ってくる。

綱吉と唯が話をしていると間に入ってくることは変わらないが、どちらかと言えば唯と綱吉の会話の聞き役に徹するようになった、前は綱吉と自分が話すようにしていたのに、だ。

 

(…犬みたいだなぁ)

 

遠い目をしだした唯にバジルと綱吉は首をかしげる。

 

「…まぁ、お互いに腹を割って話すことができてからは普通に友達だよ」

「普通に?」

「普通に」

 

聞き返した綱吉に唯は頷く。

さすがに話せば長くなるので当時のことは話さないでおく唯に、リボーンもそれを察して黙っておくことにした。

 

「さて、そろそろ私は帰るよ」

「あ、差し入れありがとう」

「大変美味でした」

「送ってくか?」

 

リボーンの言葉に唯は首を横に振る。

 

「んじゃ、気をつけて帰れよ」

 

三人に見送られた唯は住宅街を歩く。

バジルに言われたことを思い出しながら唯はぼんやりしていた。

 

「緊張感かぁ…そういえば先生にもないって言われたなぁ」

【お前はどうして死ぬ気モードのはずなのに気が抜けているんだ、普段も…もう少し緊迫した空気を出せ、威嚇は武器だぞ】

 

出会った当初よりアドバイスに他意が含まれるようになった言葉に、唯はなんと返したっけと考える。

ふと、そこで前方に学校が目に映る。

 

「…ん?」

 

普通に通り過ぎようとしたら、その屋上の部分にて何か行われているのが見えた。

片手を額の前で立ててよく目を凝らすと、何やら戦闘シーンが…。

 

「…喧嘩?…あ、降りた」

 

それは突然屋上から降りたかと思うと、どこかへ移動しようとしているように見える。

段々とそれが誰と誰が戦闘しているのかわかるようにまでなり…。

 

「…あれ?こっち来てる?う、うああああ!!」

 

片方が何やら強烈な一撃を食らわせたのか砂埃が舞い、唯は思わず悲鳴をあげる。

それに気づいたらしい、片方が唯を見て目を見開く。

 

「君は確か…」

「よそ見?余裕だね」

「あ、ちがっ…!」

 

金髪の青年が唯に何かを言おうとして、それを唯も見覚えのある黒髪の少年が遮ってトンファーで攻撃する。

 

「雲雀さん!?」

「ん…君は、千沙の…」

 

唯の声でようやく気づいたのか、雲雀も唯の方を見て目を見開く。

第二撃に備えていた金髪の青年は動きの止まった雲雀に驚きつつ、二人の会話を警戒しながら見守る。

雲雀はしばらく攻撃の構えで固まっていたかと思うと、ゆっくりとそれをといて唯の方に近づく。

 

「え、あの」

「少し、いい?」

 

唯の目の前で立ち止まった雲雀は無表情のまま拒否権を与えない威圧感で質問する。

そんな風に言われてしまったら強くなったとは言え小心者の唯には断る理由が見つからず。

 

「こ、答えられる範囲でなら…」

 

少し体を震わせて相手を見ることしかできなかった。

 

 

「よかった…ねぇ、最近千沙の様子が変だけど、君、なにかした?」

 



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沢村唯から見た寺田千沙について

どこかで聞いたことのあるフレーズに唯は一瞬現実逃避をしたくなった。

しかし、見に覚えはないので首は横に振っておく。

そう、と雲雀は少し息を吐く、それと同時に唯は殺気が肌を裂いた気がして思わずしゃがむ。

後ろの壁が大きく重たい音を鳴らしたのを聞いて唯はおずおずと上を見る。

先程まで唯の顔があった場所に雲雀のトンファーが、あった。

 

(あっぶなぁ…え、あれ食らっていたら死んでいたんじゃ…)

「千沙が心動かすのは君のことだけだよ」

 

身の危機を回避して安心していた唯の耳に入ってきた情報に、唯の思考は一瞬止まる。

 

(…今、雲雀さんはなんて…え、千沙が私のことだけでって、そんなの、なんで…)

 

唯の思考が濁流のように回る。

しかしそんなこと知らない雲雀は容赦なく唯の知らない千沙のことを話す。

 

「千沙は、君のことにしか執着しない、それ以外はそれ以外の何かでしかない…千沙の友人のことだって君と天秤にかけられたら負けてしまう」

 

そんなこと知らないと唯は叫びたかった。

そんな事実は知らないし、何より唯は学校で千沙に近づかないようにしているのだ。

幼い頃に自分のせいで千沙に迷惑をかけたから、これ以上迷惑をかけないように。

この間の勉強会は、千沙の方からの提案だったので休日で学校の関係者とは合わないと思ったから承諾したようなものだった。

唯から千沙に話しかけることは決してない。

だからこそ、叫びたかった。

知らない、と。

けれど、雲雀の表情が今まで見たことのない苦しそうなものだったから唯は言葉を引っ込めた。

 

「もう一度聞くよ、千沙に…僕の友達に何をしたの…!」

 

雲雀恭弥とはここまで激情を表に出すタイプだっただろうか。

それに今“僕の友達”といったのか?あの雲雀恭弥が?

唯は何も知らない。

千沙が唯のことを何も調べようとしなかったように、唯も千沙のことを知ろうとはしなかった。

実際千沙の好きな食べ物と誕生日くらいしか覚えていない、嫌いな食べ物すら知らない唯にとっては、小学校のときに迷惑をかけた友達という認識。

ただ、それだけだった。

だから、千沙があの雲雀恭弥とどういう経由で友達になり、ここまで大切にされているのかわからないのだ。

何も知らず、千沙本人から雲雀と友人だと言われたら、純粋に「ちーちゃんすごいね!」という言葉で終わることだ。

けれど、ここまで激情を表に出して告げられた事実に唯は何もできない。

何も知らないから、知ろうとしてこなかったから、何もしていないのだ。

何が彼女の気に障るのかも分からない唯にとっては、見に覚えがなさすぎることだった。

だから。

 

「な、何も…」

 

首を横に振って。

 

「なにも、してない…よ…」

 

消え入りそうな声でそう告げるしかなかった。

雲雀の顔は悲しそうな、それでいて寂しそうな顔をして、それから唯の胸ぐらをつかんだ。

 

「…千沙のこと、どのくらい知ってる?」

 

表情と質問がマッチしていないが、胸ぐらを掴まれて驚いていた唯は素直に答えるべきだと思い口を開く。

 

「好きな食べ物が、果物味の飴…誕生日が、12月20日ってこと…だけ…」

「性格は?いえる?」

 

幼い頃の千沙を思い出しながら、まるで教師が生徒に言い聞かすかのような声を出す雲雀に生徒側の唯は答える。

 

「最初は、暗い子だった」

「うん」

「教室の隅っこのほうで、ちっちゃくなって、本を読んでて、それで窓から入ってくる日差しで見える顔が綺麗だって、最初は、思ってた」

 

【それ、なんの本?】

【え…あ…えっと…ふしぎの国のアリス…】

【へぇ!私、それ絵でしか知らなかったんだ!ねぇ、それでどんな話?】

【…えっと】

 

「一緒に話すようになって、頭がいいなって思った、本を読むのが好きで、でも体を動かすことも好きだったみたいで、一緒に外で遊ぶこともあった」

 

【今日はかくれんぼしよう!】

【二人だけだと、つまんない気がするけど】

【そんなことないよ!二人だからこそ、絶対に見つけてもらえるよ!】

【それ、ゲームとしてどうなんだろう…】

 

「私がばかみたいな提案をして、それに千沙が仕方なくついてきて…かくれんぼだって二人だけでしたことがあったんだ」

 

【ちーちゃんみっけ!】

【見つかっちゃったなぁ】

 

「呆れた顔で、みつかったって笑ってたちーちゃん…あの時が、一番、楽しかったなぁ」

 

でも、と唯はそれからのことをゆっくりと思い出す。

 

「新しいクラスになって、ちーちゃんのところに行く途中、聞いちゃったんだよね」

 

【寺田さん、かわいそう】

【沢村さんに付きまとわれてね】

【寺田さん、嫌がっているのに、なんで気づかないのかな】

【寺田さんが仕方なく遊びに付き合ってあげているから、友達だって勘違いしているんじゃない?】

【うわ、最悪じゃんそれ】

 

廊下の角でぼそぼそと会話している女子二人。

自分は、何も知らなかった。

 

「…私が友達だと思っていたちーちゃんは、周りにとっては優しくて人気者の寺田千沙ちゃんで、そんな千沙ちゃんの恩恵にあやかろうとしている汚い奴が、私だって」

 

いつの時代も人気者には取り巻きがつく、権力あるものには薄汚い思考のものがついてくる。

唯は、周りからその薄汚い思考の者と思われていた。

だから、いじめられた。

周りは、千沙のためと言って、本当に善意だけで唯をいじめた。

 

【千沙ちゃんにこれ以上迷惑かけないで】

 

かけたつもりはなかった、相手も楽しんでいると思っていた。

けれど、周りから見たらそうじゃなかったらしく、千沙がどう思っているのかなんて、自分よりも千沙のことを知っているらしい周りの意見で理解してしまう。

小学生の女の子はいつだって、多数派に弱い。

決して本人から直接言われたわけではなくとも、本人がそう思っていると、唯は錯覚した。

自分が嫌だと、迷惑だと、言われた気がした。

最初から、あの、教室の隅っこの彼女に話しかけたあの時から、嫌だったのだと。

いじめはエスカレートしていき、ついには頭から水を被せられた。

その日、そのまま帰ろうとした唯に、千沙が話しかけてきた時、唯の気持ちが、爆発したのだ。

 

【唯ちゃん】

【ちーちゃん、ごめん…今まで無理して私と遊んでてくれたんだよね、ごめんねちーちゃん、私のことは気にしなくていいからね、ありがとう…】

 

さようなら、と。

 

千沙が悪かったわけではない、ただ、当時の唯にとって、あの状況があまりにも辛かっただけだ。

 

「…だから、ちーちゃんにはあんまり近づいてないし、遊んだりもしてないよ、本当に、私は何もしてない」

 

震えながらもしっかりと伝えた唯は、雲雀の目を見ようとして、雲雀の方から舌打ちが聞こえ、唯は思わず肩を震わせる。

 

「一度しか言わない、だから、よく聞きなよ」

 

はっきりとした声が唯の耳に入る。

 

 

「彼女は、君のことが、大好きなんだよ」

 

 

「…え?」

 



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宣戦布告

声に怒気が含まれていたから、一瞬殺害宣言を受けたのかと勘違いしそうになった唯は雲雀の言葉を頭の中で繰り返す。

固まってしまった唯に雲雀はため息を一つ吐いて、掴んでいた唯の胸ぐらを離す。

二人の間に少し距離ができたが、雲雀が人差し指で唯の胸をとんとついた。

 

「言っておくけど、友達って意味って勘違いしたら本気で噛み殺すよ」

「え、あ、え、あの…友達じゃないなら、それ、あの…」

 

みるみるうちに唯の顔が赤くなっていく。

友達という意味以外で、誰かのことを大好きというのは一つしかない。

そんなのは唯にだって理解できているし、現在進行系でその感情に悩まされている唯にとっては身近すぎる問題だった。

しかし、まさか千沙が唯のことをそういう意味で。

恋愛的な意味で好きだなんて!

 

「そ、そんなの」

「ありえないとか言ったら噛み殺す」

「で、でも」

「そんなに噛み殺されたいの?」

 

雲雀の目の鋭さが増していき、唯は震えながら口を閉じる。

本気だった、雲雀は。

そして唯は気づいてしまった、ここまで殺気を唯に送りながらも雲雀がどうして攻撃してこないのか。

雲雀が、ただ友達だからという理由だけでここまでするような男だったか。

 

(…ありえない)

 

唯は頭の中で一つの可能性を出す。

 

「…雲雀さんって」

「何?」

「…ちーちゃんのこと、好きなんですか?」

 

今度は雲雀が目に見えて動揺する番だった。

顔は真っ赤になるし、それまで唯の近くに居たのに急に距離は取るし、トンファー落としたし。

トンファーが地面にぶつかる音だけがその場に響く。

もはやカオスと化してきたその場の空気に唯一最初から置いてけぼりを食らっていたディーノは今自分のことを追いかけてきてくれている部下の到着を今か今かと待っていた。

涙目で。

 

(ロマーリオ!早く!俺この状況一人はきつい!)

 

ディーノの心の叫びは誰にも届くことはなく、そして雲雀達の方はディーノと関係なく進んでいく。

 

「そ、そうだって言ったらどうするの」

 

もはやヤケなのかそっぽを向いた雲雀の言葉に唯も何故か顔の赤みを引かせられない。

イケナイことを聞いた気がした、いけないというか、イケナイ。

お互いに顔を真っ赤にして、心にダメージを食らっているが唯は意を決して口を開いた。

 

「雲雀さん!」

「…なに」

 

相も変わらず雲雀はそっぽを向いたままだが、唯は絶対にこれだけは言わなければいけないと思ったので、その先を言う。

 

「私には好きな人が居ます!もちろん、れ、恋愛的な意味で!」

 

雲雀の顔の赤みがすっと消えた、しかし唯は言葉を続ける。

 

「ちーちゃんが私に対してそういう気持ちを持っているのは驚いたけれど、嫌われていたわけじゃないってわかって嬉しかったです!でも、気持ちに応えることはできません!だって、私は!」

 

ゆっくりと雲雀は目を見開いて唯を見る。

雲雀に伝えなくてはいけないこと、雲雀の先にいる千沙にもいつかは唯の口から伝えるべきこと。

たくさんあるけれど、今はこれだけ言わなければいけなかった。

 

「もう、生涯を捧げたいほどの相手がいるんです!」

 

まっすぐに唯は雲雀の目を見た。

そこで雲雀はようやく気づく、ここまで来て唯が雲雀から視線を外したのは一度もなかったこと。

外したのはいつだって雲雀の方からだったこと。

どんなに辛いことを言わされても、どんなに悲しい思いをしても決して雲雀から目を離さなかった唯の言葉に嘘は感じられなかった。

 

(…そっか…だから、千沙は…)

 

【私には好きな人がいる、でも、その人はきっと、私のことは選ばない】

【それで構わないから傍に居たかったんだがなぁ、難しいものだ】

【どうして好きになったかって?】

【まっすぐ、人を見るんだよ、それが、すごく、綺麗だと思ったんだ】

 

千沙が語ったことが雲雀の頭の中に響く。

きっと唯よりもずっと一緒に居た雲雀だからわかることだが、千沙は人と目を合わせるのが苦手だ。

もしもそれが、自然とできてしまう人間が居たとするなら、それが唯だったとしたら。

千沙にとって、それはどれだけ得難いものだっただろうか。

 

【君、怪我してるね、手当しよう】

【私は寺田千沙、なんとでも呼んでくれ、不良少年】

【雲雀恭弥、か…じゃあ恭弥と呼ぼう!よろしく、恭弥!】

【あ、はは…見られてしまったか…お察しの通り、私はマフィアの跡取り娘だ】

【強くなりたい?ちょうどいい!私も強くなりたかったんだ!一緒に特訓しようか、恭弥!】

 

小学校の頃、まだ雲雀が弱かった頃、ボロボロの状態で倒れていた雲雀を誰も助けたがらなかったのに千沙だけが助けてくれた。

誰の助けも必要としていなかったのに千沙は構わず雲雀の手当をし、聞いてもいないのに自己紹介をしてきた少女。

日々自分が怪我をしたら助けに来てくれて、喧嘩の手助けまでしてきた。

気まぐれに自分の名前を教えれば、嬉しそうに下の名前で呼んでくる。

ある日、雲雀は千沙が怖そうな大人と話をしているのを見てしまう。

それに気づいた千沙が正直に自分のことを話してくれた時、思わず逃げ出してしまって、ものすごく後悔をした。

あんなに明るく優しい千沙が、そんなはずはない、と。

けれど、そんな気持ちもすぐに吹き飛んだ事実が千沙の好きな人のことだった。

悔しかった、単純に。

だからいつかそいつを倒すと決意した。

それが、そいつが、今目の前にいる。

緊張した顔で口を一文字に結んでまっすぐ、ただひたすらに真っ直ぐに雲雀を見つめる少女。

 

彼女は知らない、千沙が沢田綱吉に対して嫉妬して八つ当たりをし、病院送りにしたことなど。

 

彼女は知らない、千沙が沢田本人に泣きながら自分の思いをぶつけたことを。

 

彼女は知らない、千沙が彼女のために毎日ボロボロになりながらも強くなっていることを。

 

彼女は、何も、知らない。

 

 

雲雀だけが、全部、見てきた。

 

 

最初は許せないと思った。

どうして彼女だけがこんなに不幸なのか、つらい思いをしているのかと、理不尽だと思ったのだ。

しかし、唯を観察していくうちに、雲雀はだんだんと気づいた、気づいてしまった。

唯は人を選ばない、人を見た目や上辺では断定しない。

元々見る目があったのかどうか知らないが、唯の周りはいつだって強い人間がいた。

その誰もが唯のことを大切にしている。

唯が、周りを大切にするから、周りも唯を大切にするのだ。

それが、今、わかった。

今も雲雀を見つめる唯に、一つため息をつく。

 

「君は」

 

ビクリと唯の体が震えた。

そこまで怯える必要はないと、雲雀は笑って続きを言う。

 

「狐みたいだね」

「へ?」

 

素っ頓狂な声を発した唯に雲雀はクスクスと笑う。

 

(ああ、間抜けだ、なんて間抜けなんだろう!本当に…!)

「虎から威を借りていいと言われるタイプだ、君」

「あの、意味がよくわからないのですが…」

 

首を傾げ戸惑う唯に、雲雀は気分が良くなって、背を向けた。

 

「君になら、君の力でもない僕の力を自慢されるのも悪くないと思っただけだよ」

「えっと?」

「…困ったことがあれば、僕の名前を出していいよ、まぁ、この町では、大抵のことは片付くかもね」

 

山の方に歩き出しながら雲雀は唯に手を振ろうとし、やめて、振り返る。

 

「君には、負けないから」

 

唯を指でさして宣言する。

それからまた歩きだして、それじゃあね、と手を振った。

ディーノが慌てて「待てよ、恭弥!」と追いかける。

残された唯は雲雀の背中が見えなくなるまでずっと、雲雀が歩いていった方をポカンと見つめていた。

ディーノから先程のことを質問されながら、それを無視して雲雀は小さく笑う。

千沙にとって唯が特別であるように、雲雀にとっても千沙は特別だ。

しかし、自分よりも千沙を救うことのできた唯に対して八つ当たりをするのはなんだか癪。

結局、雲雀恭弥も中学生で男子だったのかと自分で実感した。

恩返しではない。

しかし、どうして千沙が彼女を守りたいと思ったのか、わかった気がしたから。

 

(まぁ、恩を売っておくってことで)

 

スキップでもしそうな勢いの雲雀はこのあとのディーノとの戦闘を楽しみにした。

 

 



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刺客

夕方、雲雀からの宣言で衝撃を受けた唯はゆっくりと帰路についていた。

頭の中で繰り返されているものは当然千沙のこと。

正直雲雀から千沙に対して恋愛感情を持っていることは薄々感じ取っていた、なにせ、態度が違ったから。

通常の生徒が雲雀に挨拶しても、挨拶は返すが笑いもしなければ一瞬しか視線を渡さない。

しかし、千沙が挨拶すればふんわりと笑うのだ、これで気づかなければ木偶の坊か何かだろう。

だから雲雀の告白に驚きはしても、心に衝撃を与えるほどのものでもなかった。

しかし、千沙の方は違う、段違いだ、天と地ほどの差がある。

 

(千沙が私のこと、その、そういう意味で好きって…え、じゃあつまり、勉強会のときについてきたのって綱吉のことを見るため…いやいや、そんなそこまで自惚れるなよ私ぃ…)

 

一つため息を吐いて立ち止まる。

 

「…女、同士…なんだけどなぁ…」

 

ぽつりと溢れた言葉が否定する理由にすらなっていないことは唯自身わかっている。

しかし、言わずにはいられなかった。

小学校のときに迷惑をかけたと思って別れの言葉を送ってからは極力近づいていない。

なのに、なのに、だ。

まさか、想いを寄せられているなんて誰が想像できる。

唯だってどうしようもない恋心を持っているし、叶うことはないとすら思っているのだ。

 

(ちーちゃんも、同じ…なのかな…)

 

叶うことはないと確信していて尚、想い続ける辛さを唯は嫌でも理解できる。

だからこそ、悩むのだ。

 

(断る理由はある、だけど…諦めない、諦めきれないよね…)

 

自分が相手を想うことをやめないように、千沙だって唯のことを諦めたりはしないだろう。

夕日で伸びた影をぼんやり見つめながら、唯は考える。

自分の気持ち、千沙の気持ち、断ったあとのこと。

グルグルと思考が停滞してきた時、不意に唯の耳に「あ」と聞き覚えのある声が聞こえた。

それは、本日二回目の声。

 

「村さん!?こんなところで何してるの?」

 

ハッと唯が顔を上げれば、目の前には綱吉が息を切らしながらも心配そうに唯を見ていた。

その横の塀に立っているリボーンも少し眉が下がっている。

それらを見て慌てて唯はなんとか、口の端を上げて目尻を下げ、口を開く。

 

「なんでもない、ただ、少し考えごとしてただけ!それよりそんなに息切らしてどうしたの?」

「あ、そうだ!ねぇ、ランボ見なかった!?牛の格好した子供なんだけど!」

 

緊急事態であることを思い出したのか綱吉が慌てて聞く。

頭の中でランボの姿を思い浮かべた唯は今日一日見ていないので首を横に振る。

そこで、ようやく思考を切り替えられた唯はもしやと内心彼らのように焦った。

 

「その子、探すの?」

「うん!あ、えっと、迷子できっと泣いているだろうから」

「なら、私も探すの手伝うよ、どっちの方面は探した?商店街は?」

 

なんとなく、マフィア関係だと言えなかった綱吉の言葉を汲み取った唯は構わず提案した。

綱吉もそれで余計な心配をしている場合ではないと気持ちを切り替えたのか、真剣な表情になる。

 

「探したけど見つからないんだ、あとは山の方を」

「うあああ!たすけてー!!」

 

子供の悲鳴が聞こえてきて、その場に居た全員が声の方向に走る。

 

「あっちのほうだ!」

 

道なりに曲がるとそこには二人の赤ん坊を抱えて走る子供の姿が。

その後ろから子どもたちに武器を振りかぶっている男性の姿も見える。

 

「あぶない!後ろ!」

 

唯が思わず叫び綱吉が走る速度を速めるが間に合いそうにない。

カバンの中にある小瓶に唯が手を伸ばそうとした時、子供を攻撃しようとした男性が何者かに吹っ飛ばされた。

アッパーを決めた態勢で、拳から湯気を出したその男は驚く綱吉達に向かって口を開く。

 

「ボンゴレファミリー晴の守護者にして、コロネロの一番弟子!」

 

リボーンがニヤリと笑い、唯と綱吉はポカンと口を開ける。

 

「笹川了平!推参!!」

「お兄さん…」

「まだだぞ」

 

若干引き気味に綱吉が呟くとリボーンがニヤリと笑って、そう告げる。

思わずリボーンの方を見た綱吉と唯の耳に次の敵の音が聞こえてきて唯は身構えた。

しかし、それは無駄に終わった。

次に斬りかかってきた敵を山本が。

遠くから狙ってきた敵を獄寺が倒し、やってきた三人はランボを守るように立った。

 

「ったく、なんでアホ牛がリングを…!」

「もう大丈夫だぜ!」

「み、皆!」

 

綱吉が嬉しそうに駆け寄るのを見ながら、唯は状況についていけずに一人棒立ち。

 

「家光のやつ、なんとか間に合ったみてぇだな」

 

ランボともう一人赤ん坊を抱えていた子供が泣きながら綱吉に抱きつく。

もうひとりの赤ん坊、イーピンの怪我がわかり、ようやく現実に戻ってきた唯は鞄の中の絆創膏を慌てて取り出した。

 

「これ、絆創膏、よく頑張ったね」

「お姉さん、だれ?」

「そういえば、話したことなかったっけ」

 

唯は自己紹介をしながら、状況整理を改めて頭の中で行った。

 

(狙われたあの子がなんの守護者かわからないけど…小手調べにしては人数が…いや、暗殺集団なのだからもう一人くらいいてもおかしくないはず…)

 

「唯さん、顔、こわい」

「あ、ごめんね、ちょっと緊張してたみたい」

「大丈夫!また敵来たら、唯さん、イーピンが守る!」

「あはは、強いなぁ」

 

考え事しながら話していたら顔がこわばっていたらしくイーピンに怖がられ、唯はひとまず思考を眼の前の女の子に向けることにした。

唯とイーピンの横でランボが駄々をこね始め、綱吉がそれの対応をする。

その間に山本達も綱吉たちを囲むように近づいてきて、お互いの無事を確認して安心する。

 

「イーピンちゃんすごいね、怖くなかった?」

「平気!ランボ、フウ太、守れて嬉しい!」

「そっかぁ、でもあんまり無茶しないようにね、守ってもイーピンちゃんがボロボロじゃあ、皆心配すると思うから」

「謝謝、肝に銘じておきます!」

 

綱吉たちの会話を横で聞きつつイーピンとそんな会話をしていた唯の肌がちりっと焼けた感覚を覚える。

 

「くるぞっ!」

 

リボーンの声がやけに鮮明に聞こえて、思わずイーピンを背にかばうようにして周りを警戒する。

 

(やっぱり、もう一人いたか、それも…幹部が…!)

 

近くの森からやけに重装備に見える男が飛び出してくる。

その男は倒れている自分の部下を見てから綱吉達を見て、目を細める。

 

「お前たちがやったのか…雷の守護者は誰だ」

 

男の視線が綱吉達の間をさまよい、そしてすぐに見つける。

 

「そこのパーマのガキか」

 

ランボを真っ直ぐに見た男の視線と声にランボが綱吉の足に抱きつきながら体を固まらせる。

思わず綱吉とランボの前に唯が出て相手を睨む。

それで確信を得てしまったらしい男が背にある六本の武器の内の一つを手に取る。

 

「邪魔立てすれば…消す」

 

瞬間、やってきた殺気に唯は目を見開き、体を固まらせる。

 

(動けない…なにこれ、ピリピリする…!)

 

蛇に睨まれた蛙状態の唯の耳に、若い男性の声が聞こえた。

 

「待った、レヴィ」

 



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リング争奪戦

それがあたりに響いた瞬間、どこからか六人の大人と子供がレビィと呼ばれた男の後ろに降り立った。

そこにはついこの間綱吉たちを襲った白髪の男性の姿も。

 

「一人で狩っちゃだめよぉ!」

「獲物は皆で…ししし…」

 

派手な見た目の男性と金髪の少年が怪しく笑い、体の大きな顔の見えない人間が煙を吐く。

 

「事情が変わったよ、どうやら他のリングの所持者もそこに…」

 

フードで顔を隠した赤ん坊がリボーンをちらりと見て、リボーンと視線がかち合う。

 

「こ、こんなに…!」

 

綱吉が震えた声でそう呟く。

 

「う゛お゛お゛い!この前はよくもやってくれたなぁ!おい、雨のリングを持ってるやつはどいつだ!」

 

その場を切り裂かんばかりの大声が響く。

綱吉は動揺して体を震わし、子どもたちは固まり、それ以外のものは警戒心を強くする。

山本がゆっくりと、相手を睨みながら名乗りあげる。

 

「おお、てめぇか!3秒だ、3秒で切り身にしてやる!」

 

男の言葉に山本が身構える。

綱吉が頭を抱えて白髪の男性と山本を交互に見て焦る。

今、まさに攻撃しようと身を乗り出した男性の肩に手が置かれた。

 

「どけ」

 

たった一言を告げて男性を後ろに下げたその人物は一瞬にしてそれまでの殺気と比べ物にならない空気を持ってその場を支配する。

 

「でたな、まさかまたやつを見る日がくるとはな…」

 

ザンザス。

リボーンがどこか緊張した声でそう言うと、全員の警戒心が更に高くなる。

唯もそのうちの一人。

 

(ザンザス…ヴァリアーのボスにして、九代目の実の息子…)

 

周りがその殺気で動けない中、唯は一つ違和感を覚えた。

ヴェルデから聞いていた幹部の人数は本来ならば六人。

しかし、今この場にいる敵の数は八人。

 

(幹部の数が多い…いや、一人は部下…?話に聞いていたどの人物にも当てはまらないけれど…フードで顔は見えないけど随分と華奢…女性…?)

 

そこまで考えて、ザンザスの目の前の地面につるはしが刺さる音で唯は自然と下がっていた顔を上げた。

 

「そこまでだ、ここからは、俺が取り仕切らせてもらう」

「父さん!?」

「てめぇ、何しに!」

 

声のした方に目を向ければ、そこには随分前に写真で見せてもらった門外顧問の姿。

 

(…綱吉の、お父さん…沢田家光…!)

 

自分の目指すべき場所にいる人。

オレンジ色のつなぎを着た金髪のその人は自分に剣を向けた白髪の男性を見てからザンザスを見る。

 

「ザンザス、お前の部下は門外顧問である俺に剣を向けるのか」

 

ザンザスと家光の視線がぶつかりあう。

その凄まじい殺気に、唯は先程から動けないばかりだ。

 

「何を!逃げ回るばかりの腰抜けが!」

「なに!」

「待てバジル」

 

家光の隣にいたバジルが武器を構えるのを制して、自分が逃げ回っていたわけじゃないことを家光は説明する。

九代目の解答を待っていたこと。

近頃のヴァリアーのやり方とそれを黙認する九代目に疑問を持ち、九代目に対して異議申し立ての質問状を送っていたことを告げた。

そこまで来て唯もようやく理解する。

 

(そうだ、こんな勝手なことをされているのに九代目が何も言わないのはおかしい…!門外顧問はこういうときに声を上げるのか…)

 

家光はその回答がここにあると右手にある丸められた紙をかかげる。

そこで綱吉がどうして家光がそんなことをするのかと声を上げた。

リボーンがすかさずそれを説明する。

門外顧問が何なのか、そしてその権限がどういうものか。

ボンゴレリングのことも併せて説明をされて理解した綱吉にバジルから九代目の勅命が記された紙が手渡され、広げると九代目の死炎印が出てきて本物だということがわかった。

イタリア語が読めない綱吉のために家光が手紙の内容を要約する。

 

「今まで自分は、後継者にふさわしいのは家光の息子、沢田綱吉だと考えそのように仕向けてきた。だが、最近死期が近いせいか、私の直感は冴え渡り、他によりふさわしい後継者を見つけるに至った。我が息子ザンザスである。彼こそが真に十代目にふさわしい」

 

そこで綱吉が九代目の息子がザンザスであることを知って驚きの声を上げるが、家光は気にせず続きを言う。

 

「だが、この変更に不服な者もいるだろう、現に家光はザンザスへのリングの継承を拒んだ。だからと言って私はファミリー同士の無益な抗争は望まない、そこで、皆が納得する、ボンゴレ公認の決闘をここに開始する」

 

言い終わって、家光はもっとわかりやすく九代目の考えを告げる。

 

「つまりこういうこった、ボンゴレ後継者候補、沢田綱吉!同じく後継者候補、ザンザス!二人が正当な後継者となるために必要なボンゴレリング、その所有権を争って、ツナファミリー対ヴァリアーの決闘だ!!」

 

力強く宣言した家光に唯は心の中でヴェルデの予想通りになったと思った。

同じリングを持つ者同士のガチンコバトル。

しかし、この状況では唯が不安に思った通りで門外顧問の戦いはできそうにない。

 

(…さて、どう駄々をこねるんだか…)

 

すると、茂みからピンク色の髪をした二人の女性が出てきた。

 

「おまたせしました」

「だ、誰!?」

「我々は九代目直属のチェルベッロ機関の者です、リング争奪戦において、我々の決定は九代目の決定だと思ってください」

 

(チェルベッロ機関…?先生からも聞いたことない名前…これが、ザンザスの息のかかった者…?)

 

唯が疑問に思うと同時に家光から異議が出た。

しかし、それがすぐに否定される。

曰く、自分たちは九代目に従っているのであって、門外顧問の権力の及ぶ者ではない、と。

 

(なんて無茶苦茶な…!)

 

それからチェルベッロ達は勝負の説明を始めた。

場所は深夜の並盛中学校。

勝負の詳しいルールは明日の夜11時に説明される。

 

「また、ここで九代目と、そして家光氏によって話し合い、決められたことを追加で宣言させていただきます」

 

突然チェルベッロがそう言って唯とヴァリアー集団の一人を見た。

 

「次期門外顧問の座を決める争奪戦の開催をここに宣言します」

 

淡々としているはずなのに、唯の耳には強く入ってきたその宣言を、唯は目を見開くことでしか受け止められなかった。

 

「ここに九代目の署名と家光氏の署名がされたモノも用意されております、ご確認ください」

 

唯と幹部の一人の眼の前にチェルベッロが降り立ち、紙を差し出す。

周りは唯の方に手渡されるその事実に驚いていて、唯は信じられない気持ちでその紙を受取広げて見る。

ヴェルデから習わされていたイタリア語が今活きてしまい、唯は泣きたくなった。

要約するとこうだ。

 

“現門外顧問の家光はまだ現役で動くことができるが、それがいつまで続くかは分からない。

そこで話し合いに話し合いを重ねた結果、かねてより候補について分かれていた意見の決着をつけるため、そして無駄な抗争を避けるため。

ボンゴレ、門外顧問共に公認の試合の結果によって次期門外顧問の決定とする。”

 

最後にはそれぞれの名前がしっかりと記入されており、唯は思わず家光を見た。

家光は予想していたのか唯の方を真っ直ぐに射抜くように見ていて、唯は幹部の方に視線を投げた。

自分の対戦相手、ザンザスの意思に従ってしまう門外顧問として本来は不向きな者。

唯から視線をもらったその人物は、唯の視線に気づいてそのフードで隠れている顔からかろうじて分かる口元を三日月型にした。

 

「いや、まさかゆっちゃんが相手だとは思わなかったなぁ!」

 

わざとらしい声を張り上げたその人物の声は唯にとって、一番馴染みのある声。

女性らしくアルトで張りのあるその声の主を唯は今、全力で会いたくはないと願っていた。

しかし、相手は無情にも被っていたフードを剥いでその姿を見せる。

腰まである黒髪を風で揺らし、綺麗な白い肌を輝かせた彼女は溌剌とした笑顔で口を開く。

 

「お手柔らかに頼もう!ゆっちゃん!」

 

「なんで、ちーちゃん…!」

 

相手の正体が信じられない唯は涙目で千沙を見上げ、震えた声で名前を呼んだ。

ヴェルデから、次期門外顧問のもう一人はザンザスの息のかかった者と聞かされていたのでどんな殺人鬼が来るかと身構えてはいた。

しかし、それが唯にとって幼馴染に当たる彼女だとは微塵も考えていなかったのだ。

唯の言葉に千沙は少し考える素振りを見せてから、嬉しそうに口を開く。

 

「元々、次期門外顧問候補は私の方に周りは寄っていたんだ!しかし、ゆっちゃんのことや学校のことなどで乗り気はなかった…しかし!なんともう一人の候補はゆっちゃんだと言うじゃないか!これはゆっちゃんの友達として守る意味も込めて完膚なきまでに倒さなくてはと思ってなぁ!

君が相手ならば、俄然やる気が出る!何故って?君を倒せば君は一生こちらの世界にかかわらなくて済むだろう?」

 

唯が千沙に負ければ、確かに千沙の言う通り唯は敗者として指を指されるだけでマフィアの世界から消えることはできるだろう。

しかし唯にとってマフィアの世界に関わりが持てなくなることは、つまり、唯の想い人とは一生を費やしても再会することは叶わなくなるということ。

 

(それだけは、絶対に嫌だ!)

 

唯は思い切り拳を作って千沙に向けていた震える視線を鋭く真っ直ぐなものに変えた。

 

「確かにそうかもしれない、でも、私は絶対にこの世界に居続けるって決めたんだ」

 

叫ぶわけでもない、通常の声で発せられたはずのそれはとても底冷えするほど鋭く、そして力強かった。

そんな唯の変化に千沙は眉を少し動かす程度で、笑顔を消すことはしない。

 

「わからないなぁ…まぁ、話は勝負の日にゆっくりするとしよう!」

 

そこで話が終わったと判断したらしい、チェルベッロが口を開く。

 

「それでは皆様、明晩、並盛り中学校にてお待ちしております」

 

さようなら。

 

そう言い残して近くの茂みの中に消えていったチェルベッロを見送ったヴァリアーたちも帰っていく。

 

「そんな…!」

 

綱吉の悲痛な声だけがその場に響いていた。

 

 



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父の帰宅

あの後、解散の流れになり、唯はすぐさま自宅に戻った。

 

「ただいま戻りました、先生!報告が…!」

 

自室の扉を慌ただしく開けた唯はそう言いながら緑色の髪を部屋の中に探す。

しかし、どこにもその姿が見当たらない。

 

「先生…?」

 

部屋の中にちゃんと入り荷物も置いた唯は自分の机の上に白い封筒が入っているのが目に入り、すばやくそれを手にとって開封した。

 

「…なに、これ…」

 

封筒の中身は手紙だった。

差出人はヴェルデから、唯に対してのもの。

恐る恐る手紙を広げて、ゆっくりと内容を読んだ唯は思わず部屋中を見渡した。

そして、今度は荷物も持たずに外へ飛び出した。

 

「先生!」

 

開口一番にそう叫ぶが、最近は当たり前のように返ってきた声はない。

近所を走り、商店街を走り、先程までヴァリアーたちと睨み合った道を走り、山の中も走り。

 

「先生!!!」

 

叫んでも、喉が痛くなるほど叫んでも声は返ってこなかった。

とうとう走り疲れてしゃがんだ場所は自宅の前。

もしかしたら帰ってきているかもしれないと希望を持って戻ってきたのだ。

手紙の内容と部屋の様子を見れば、そんなことありえないと、理解していたとしても。

手紙には、教育が終了したので報酬をもらって帰ること、最後の試験の合格を祈っているとだけ書かれていた。

 

(何が祈っているだ、そんなこと欠片だって興味ない癖に!!)

 

手紙は握りすぎてぐしゃぐしゃだし、色々なところを走っている間に引っ掛けたりしてボロボロだ。

唯は自然と涙が溢れて止められなかった。

嗚咽は強くなるばかりだし、気持ちだって手紙のようにボロボロだ。

それでも別の何かをしようという気になれず、ただそこでうずくまっているばかり。

 

(あなたも、なのですか…!)

 

声は出せなかった、ただ、心の中で叫んだ。

 

(あなたも、私のことを、褒めてはくれない…!)

 

「唯…?」

 

咽び泣く唯の耳に、低音の戸惑ったような声が聞こえてきて、動きがピタリと止まった。

いや、止まってはいない、走り過ぎて息はまだ肩でしているし、涙だって止まってはいない。

けれど、確かに今、唯の心は止まった。

 

「こんなところで何を…しかも泣いているじゃないか、とにかく中に入ろう」

 

スーツのズボンを地面で汚しているのも気にしていないのか、声の主は唯の前で膝をついて安心させるために唯の頭を優しく撫でてくれる。

 

その声は、本当はずっと唯が聞きたくて仕方なくて、けれど今は頭のどこにも予想していなかった声だった。

 

ゆっくりと、唯は顔を上げれば、相手の顔が涙でぼんやりとした視界になんとか映る。

 

唯とは正反対の黒髪で、唯と同じ青色の目をした吊目で少しシワの目立つ男性。

 

 

 

 

唯の父親、沢村繁和が心配そうに唯を見つめていた。

 

 

 

普段は唯が眠ってから帰ってくることがほとんどの父親が眼の前に居て、唯の動きが段々と止まる。

しかし相手が中に入ろうと提案したことだけは伝わったようで、大人しくそれに従い、家のリビングに父親と対面するように座った唯はようやく思考が動き出した。

 

「父さん、今日、早いね」

「ああ、今日は、な…大事な日だから」

 

繁和の言葉に唯は頭の中にあるカレンダーを引っ張り出して今日がなんの日か考えようとしたが相手が「それよりも」と話を変えたのですぐにやめた。

 

「どうして泣いていた、あの家庭教師か?」

「それは…!…そう、かも」

 

家庭教師という言葉に唯はすぐに否定しようとして、しかし素直に頷いた。

唯の様子を見ていた繁和は小さく息を吐いて、それからまたまっすぐに唯を見る。

 

「何があったんだ」

 

ゆっくりでいいから、話しなさい。

 

普段の唯だったなら、何を今更父親ぶっているのかと反論の一つも言えただろう。

しかし、今日は様々な事がありすぎて唯の頭はいつもより幼くなっていた。

結果。

唯は全てを話した。

今日起こり、知った事実と出来事の全て、今日に至るまでの経由も全て。

そして、最後に唯はポツリと繁和に疑問を投げた。

 

「なんで…あの人と…離婚するの…」

 

朝一番に投げつけられた衝撃の告白。

繁和は眉をピクリと動かし、そしてゆっくりと口を開く。

 

「……私と、あの子が、疲れたからだ」

「疲れた?」

 

頷く繁和に唯はいっそ笑ってしまおうかと馬鹿な自分がそう考えた。

しかし、繁和の表情がいつにもなく真剣で、まっすぐで、それが決してバカにしてはいけない二人の結論だと理解し、もう少し真相を探ろうと考える。

 

「どうして、疲れたの?」

「…あの子は育児に、私は…あの子に対して疲れたんだ」

「…あの人が育児に疲れていたのはずっと前からだったよ」

「…そうか…そうだったのか、それなら…もっと早くに話し合っておくべきだったなぁ」

 

あの子には悪いことをしたな。

 

そう呟いた言葉に唯は、自然と頷いた。

 

「唯は、あの子と話はできたのかい?」

「朝に少し…愚痴られちゃった」

「私の?」

「ううん、私の」

 

そうか、と言って繁和は唯を見ながらぼーっとし始めた。

これは繁和の癖で、唯もたまにやってしまう考え事をするときに話し相手の顔を見続けるというもの。

 

(あの人のことを考えているのかな)

 

「そんなにあの人、母さんに似てた?」

 

ふと、悪戯心が湧いて、今まで聞けなかったことがすんなりと聞けた。

繁和はゆっくりと目の焦点を唯に合わせると、やっと思考が現実に戻ったのか口を開く。

 

「ああ、若い頃にそっくりだった」

「驚いた?」

「もちろん」

「それで手を出しちゃったわけだ」

「それは違うよ…ただ、あの子も、寂しそうだったんだ…私も寂しかった、唯には内緒にしてきたけどね」

 

ようやく口の端を上げた繁和に唯も自然と笑顔になった。

繁和に全て話して、今日の出来事を一つ一つ整理することができて、唯にも余裕ができていたからだ。

気を抜くことができた、とも言う。

 

「そうだ、コーヒー飲む?」

「コーヒーなんて、今まで置いてなかっただろう?」

「家庭教師がコーヒー派だったから、私も飲むようになったの」

「そうか…ではブラックを一つ、もらおうかな」

 

よしきた!と唯は張り切って立ち上がり、キッチンに立つ。

リビングからキッチンの様子は見える作りになっており、ポットに水を入れて火にかける唯を眺めていた繁和は穏やかに笑う。

 

(…大きく、なったなぁ…)

 

家の前でうずくまっていた姿のせいで勘違いしそうになったが、元気になって立ち上がった先程の身長を見て、繁和は唯の成長を実感した。

赤ん坊の家庭教師が家にやってきたと、これから離婚する予定の妻から報告メールが来たときは随分と驚いたものだったが。

 

(…少し、話をする必要があるね…)

 

繁和の見たことのないマグカップを二つ用意した唯をまっすぐ眺めながら、繁和は明日の予定を頭の中で立てたのだった。

 

 




こんにちは、ケロです。

誤字報告ありがとうございました!
確認しましたのでその報告です。

時間は過ぎてしまいましたが、成人式を迎えた方、おめでとうございます!
これから何かと忙しくなってくる時期ですが、お体を大切にお過ごしください。

それでは、では。


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ファミレスにて懺悔

物語の前に・・・
ルビを振り忘れてしました。

沢村繁和(さわむらしげかず)

もしも違う読み方をしていた方がいらっしゃれば、大変申し訳ありませんでした。
また、修正報告ありがとうございました!

それでは、物語をどうぞ。


綱吉は突然現れた眼の前の男に既視感を覚えた。

ヴァリアー襲来の次の日、学校が終わって一旦帰ろうとした綱吉が校門を見た時、そこにいた知らない男性が驚く綱吉を無視して綱吉に対して手を振ったのだ。

もちろん、知らない男性なので綱吉は一瞬自分に手を振られたのだとわからなかったが、相手が「沢田綱吉君…で合っているかな?」とゆっくり確認してきたので思わず頷くと、相手は安心したように息を吐いた。

 

「だ、誰ですか!?」

 

思わずそう叫ぶと、相手は安心させるためか綱吉の頭を撫でて「ごめんね」と穏やかに謝罪してきた。

 

「いきなり…知らないおじさんが話しかけてきて怖かったよね…私は沢村繁和、沢村唯の父親です」

 

自己紹介をされて綱吉は驚きの声を上げながら、既視感の正体を理解した。

彼女とは髪の色は違えど、目元がそっくりだと今ならわかる。

合点の言った綱吉は慌てて頭を下げた。

 

「い、いいつも娘さんにはお世話になっております!」

 

突然頭を下げられて驚いた繁和は目を見開いたが、しかしすぐに目尻を下げて口の端を上げる。

 

「こちらこそ、いつも、娘がお世話になっております…そして、今日はその、娘のことについて、君に話しておきたいことがあって、きました…」

「門外顧問のことか」

「り、リボーン!?」

 

ゆっくりと話す繁和にリボーンが突然現れて言うと、綱吉がそれに驚いて体を後ずらせた。

繁和も全く気配のなかったリボーンに驚いて眉を上げる。

 

「君が…リボーンさん、ですね」

「チャオッス、こうして会うのは初めてだな」

「そう、ですね」

「…随分ゆっくり話すんだな」

「元々、こうなんです」

 

思わずリボーンが想ったことを言うと、繁和は苦笑しながら応える。

唯も同年代の中ではゆっくりと話す方だが、父親譲りだったとは…とリボーンと綱吉は同時に思う。

繁和はふいに周りを見渡したかと思うと、綱吉の方に視線を戻す。

 

「ここでは目立ちますし、歩きながら、話しませんか?そこの、あなた達も」

「え?」

 

繁和の視線が突然綱吉の後ろに行ったのを見て綱吉が思わず後ろを振り返ると、そこには千沙や山本、獄寺の姿が。

 

「み、皆!なんで…」

「明らかに怪しいおっさんが十代目に話しかけていたんで、すぐにお助けせねばと俺が走り出しまして」

「それを俺がなだめて」

「その光景を偶然見かけて、沢田君のことも見つけて状況を理解し私も加勢しようとしたら」

「私が、皆さんを見つけた、という次第です」

 

獄寺、山本、千沙、繁和の順番で綱吉の質問に答え、綱吉は思わず苦笑した。

なんともいつも通りすぎる彼らに、安心したとも言う。

千沙なんて、敵であるはずなのに。

 

(…そうだ、寺田さんって敵だよ!?)

 

よくよく考えて敵であるはずの千沙が普通に学校に来ていることも驚きだし、ましてや綱吉達に普通に近づいてきたのにも、綱吉は大いに驚いた。

しかしそんな彼らの事情など無視して繁和が場所を移動するのを再度提案し、一行はその場から離れ、近くのファミレスに入った。

 

「好きなものを、頼みなさい」

 

繁和の言葉に全員控えめにドリンクバーを希望した。(ドリンクバーにしかコーヒーがなかったりしたから、という理由も存在する)。

全員が各々の飲み物を手にして席につくと、自然と繁和に視線が集まり、繁和も一つ咳払いをする。

 

「今日、綱吉くんに話したかったのは、私の娘のことだ」

「村さんに何かあったんですか!?」

 

半分予想できた話題だったがいざ言われると綱吉は思わず身を乗り出した。

隣で「落ち着け、ツナ」とリボーンの宥める声が聞こえ、渋々乗り出していた身を落ち着けたが。

その流れを見ていた繁和は頷く。

 

「沢田綱吉くん、話に聞いていたけど、君はやはり優しい子のようだね」

「え?」

「娘の心配をする人間は、少なくとも私の知っている限りでは唯の兄と千沙ちゃんくらいしかいない」

 

千沙以外が驚きの声を上げ、千沙は手元のコーヒーを啜る。

 

「それってどういうことだ?」

「君は山本くんだったね、君もいい子だねぇ」

「話をそらさないでくれおっさん!沢村のこと心配するやつが少ないってどういうことだ!」

 

力強く繁和を睨む山本に、繁和は嬉しく思いながら答えた。

 

「そこのところも含めて、君たちには聞いてほしいんだ、特に、綱吉くんと千沙ちゃんには、ね」

「私も、ですか?」

 

自分を指して驚く千沙に、繁和が頷く。

 

「唯は…幼い頃に母親を亡くしている、そのことは…恐らく君たちも気づいていたことだろう」

 

繁和が全員を見渡せば、各々が頷いたり驚いたりしていて反応は様々。

 

「そして、唯には、二つ上の兄がいる」

 

繁和が視線でキミは知っているねと千沙に問えば、千沙はゆっくり頷いた。

綱吉が控えめに手を挙げ、繁和が発言を許可すればおずおずと言った感じで綱吉は質問する。

 

「村さんのお兄さんって…」

「安心しなさい、生きているよ、私としても子どもたちには長生きしてほしいと、想っているからら、私にとっては元気でやってくれていれば、それでいいんだけどね」

「…村さんは、お兄さんのことどう思っているんですか?」

 

「…少なからず、良くない感情を向けては、いるだろうね」

 

中学卒業後すぐに海外で留学している唯の兄のことを思い浮かべながら、そして、そんな兄を見送った唯の表情を思い出しながら繁和は自身の予想を告げる。

穏やかに小さく笑い、そのほんの僅かに寂しさがにじみ出ている表情の兄を心配そうにしながらもどこか安心したように笑って見送る妹。

 

「…唯の兄は…とても、優秀だった」

 

親ばかと言われるかもしれないけれどね、と繁和は笑う。

 

「誰に対しても誠実で、真っ直ぐで優しい…それでいて、勉強ができて、運動が好きだった、だから…色々な人達から褒められていた。

時々抜けているところもあったし、母親譲りなのか、無表情が目立つが、それだって大した欠点にはなりはしない。

誰よりも人が好きで、誰よりも…妹のことを大切にしていた、とても、良い子だった」

 

無表情なところと天然で抜けているところ以外はほぼ完璧に近い唯の兄。

千沙も彼の存在は知っていたし、時たまできる人間としてお互いに比べられることもあった。

けれど、それだけだ、それくらいしか千沙は唯の兄については知らない。

繁和はゆっくりと、全員に向けていた視線を綱吉に向ける。

 

「綱吉くん、失礼だとか不快に思うかもしれないが、君ならわかるかもしれない…幼い頃から兄妹で出来の良さを比べられることの苦しみを…常に誰かと比べられ、どんなに努力しても褒めてもらえないことの悲しさを」

「…わかります」

 

人からさんざんバカにされてきた綱吉は、常に誰かしらとも比べられてバカにされてきた。

その時の悔しさは、今でも覚えている。

 

「…言い訳をするならば、私は少なくとも褒めていたつもりだった…唯はとても綺麗な絵を描き、リコーダーを吹くのが好きでよく美しい音色を聞かせてくれた、そのたびに…私は、あの子を褒めた」

 

しかし、と繁和は続ける。

繁和の言葉に最初は嬉しそうにしていた唯は、段々とその笑顔を消していった。

理由を探れば、唯は常に努力してきた勉強を褒めてもらえず、特に努力もしていない趣味を褒められるという、ちぐはぐな状況に立たされていたのだ。

努力をしても褒めてもらえず、努力しなかったら褒めてもらえた。

それを毎日のように繰り返されたら、ましてや、たまにしか会えない父親からもそんなふうに褒められてしまえば唯は何を頑張ればいいのかわからなくなった。

 

結果、唯はそれまでの趣味を全て捨てた。

 

リコーダーは学校の授業でしか吹かなくなったし、画材は全てゴミ箱に捨てた、それまで描いてきた絵も、全て。

それからたくさん勉強するようになった、あまり本を読むような子ではなかったのに読書が好きだと嘘を付くようになった。

元気で明るい子供だった唯は、典型的な大人しい子供に変わってしまったのだ。

 

「…私が、悪かったのだろうなぁ…」

「そんなこと」

 

綱吉が否定しようとしたが、繁和はすぐに首を横に振った。

 

「違わないさ…あの子の…あの子達の母親が死んで、私は…あの子達の母親にそっくりの女性と、再婚したのだから」

「え…」

 

驚く子どもたちに繁和は自嘲する。

 

 



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もしも

過去にて

 

唯の母親が死んだのは、唯がまだ赤ん坊の時。

唯の母親は、元々門外顧問機関の一人で、代々門外顧問の家系であった繁和とは仕事仲間だった。

共に死線をくぐり抜けてきた、謂わば戦友とも言える二人の間に恋心が芽生えたのはある意味、当然の結果だったのかもしれない。

しかし長年無茶をしてきた唯の母親の体はボロボロで、唯を生むには母親の命と引き換えにしなくてはいけない状況だった。

もちろん繁和は自身の妻の命を優先した、顔の見えない愛の結晶よりも目の前の愛しい人の命のほうがずっと大切だったからだ。

しかし、唯の母親はまるでそれが当然のことのように繁和に言った。

 

【ねぇ、繁和】

【この子のことをボンゴレがもしも狙ってきたなら、どうかそれに頷いて】

【少なくとも、今のボンゴレのトップは穏健派で…子供相手に非道なことはしないし、何より身内を大切にする方だから…きっと、この子のことを守ってくれる】

【ボンゴレ関係者が来たなら頭を下げて、この子を次の門外顧問にしてほしいって頼んで、断られても何度でも言い続けて】

【大丈夫、貴方はなんたって初代様の血を引く家系だよ?きっと、聞き入れてもらえるよ】

【一度でも頷いてもらえたなら、世界最大のマフィアがこの子のことを守ってくれる】

【これほど、心強いことはないと思わない?】

 

しかし、それでは君を守れないじゃないか。

繁和は視線でそう訴えれば、唯の母親はそれを理解したのか嬉しそうに小さく笑った。

 

【ありがとう、でも、嫌なんだ】

【この子を産まずに生きて、そして、やっぱり生んでおけばよかったなんて、言うのが】

【なら、生んで死にたいんだ、たとえ、繁和を置いてくことになってもね】

【ごめんね、繁和】

 

笑うことが得意じゃない彼女の珍しい笑顔をあんな形で見たくはなかった。

申し訳なさそうに、けれど幸せそうに笑う姿なんて、見たくない。

みっともなく、やめてくれと喚いたって彼女はきっと意思を変えずに勝手に子供を生むのだろう。

唯が生まれ、その髪の色素が薄かったこと、繁和はどれほど恨んだだろうか。

ようやく開いた唯の目が、自分と同じ青色をしていた時、繁和はどれだけ嘆いただろう。

 

“どうしてこの子は、私の見た目と似てしまったんだ”

“これでは彼女の子だと、証明するのが難しくなるじゃないか”

 

 

繁和にとって、唯は望まれて生まれた子ではなかった。

 

 

できることならば繁和の妻の腹の中で死に、それを彼女が悲しみ生きながらえることを願っていたほどだ。

最低な父親だろう。

けれど、そう願ってしまうほどには。

 

繁和は、自身の妻のこと愛していたのだ。

 

程なくして唯のことでボンゴレ九代目と門外顧問が繁和のもとにやってきた。

唯を次期門外顧問の候補に入れたい、と。

繁和はすぐに頷いた、そんな繁和の様子に門外顧問が目を吊り上げ、繁和の胸ぐらをつかんで病院の中だと言うのに怒鳴った。

 

「お前は自分の子供を、そんな簡単にマフィアに差し出すほど非道なやつだったか!!」

 

繁和は感情のない目で、ゆっくりと、頷いた。

乱暴に門外顧問に離され尻餅をついてしまえば、今度は土下座をする繁和。

恥などもうない、どこにも存在はしなかった。

親の所業ではないだろう、はたから見れば権力がほしいクズだ。

しかし、それでも。

 

「どうか、この子を、よろしくおねがいします」

 

土下座を続ける繁和に、話にならないと門外顧問は部屋を出ていこうとしたが、そこで周りの不穏な空気を感じ取ったのか、唯が泣き出した。

繁和は、土下座のまま動こうとはしなかったが、思わず顔は上げた。

すると、唯をゆっくりと、優しく抱き上げる九代目の姿。

 

「おーよしよし、怖かったね、ごめんね、おじさんたちすぐに帰るからね」

 

優しい声だった。

いつもなら中々泣き止まない唯が安心して泣き止んでしまうくらいには、優しすぎる声だった。

 

「繁和くん、この子は、まだ生まれて間もないんだ」

 

唯を元のベッドに寝かせた九代目が、顔を上げた体勢のままの繁和に合わせてしゃがんで視線を合わせる。

 

「君にとっては望まない子供だったのかもしれない、けれど、少なくとも、君の愛する妻には望まれて生まれてきた子供なんだよ、それだけは忘れてはいけない」

 

君は君の妻だけがあれば、君の息子のこともないがしろにするのかい?

 

言外にそう告げられてしまった繁和は先程尻餅をついたときよりもずっと強い衝撃を頭に食らったような気がした。

ずっと、唯のことばかりを見ていたが、唯には兄が存在する。

その兄は今年で二歳になり、もう歩くこともでき、今は保育園に預けられていた。

妻が生きていた頃からの子供はその子だけ、だからこそ、繁和は唯の兄の方は大切にしていたが、繁和が今唯にしたことは、遅かれ早かれ唯の兄にもしていたことかもしれない。

どちらも、妻が愛し、望んで生んだ子供には違いなのに。

残された繁和が、その優劣を勝手に決めていたのだ。

死人に口なしとはよく言ったものだ、残された繁和が子供をどう扱おうと、死んだ妻は何も口を挟めない。

子供を大切にするかどうかは、残された繁和次第だった。

子どもたちは日々成長している、そんなこと、唯の兄を見ていれば嫌でもわかる。

繁和だけが、唯が生まれる前の時間で止まっていた。

九代目は固まる繁和にとても弱いゲンコツを落とした、とても優しいそれは、繁和にとってはとても強く、痛く感じた。

 

「前を向きなさい、君には守らなければいけない命が二つもある、父親は大変だよ、繁和くん」

 

九代目の頭の中には触れたものみな傷つける刃物のような目をした自身の息子の姿があった。

 

「私は一人ですでに悩んでいるんだ、君は二人もいるからもっと大変だろう、だから、お互いに、たくさん話し合おう、改めて…自分の、子どもたちのために」

 

そう言って元いた自分の席に座った九代目に門外顧問が「甘いですよ、そんなんだから」と小言を始めかけたが、九代目がニコニコと穏やかな表情をしていたので大きくため息を吐いて、自分も元の席に座った。

繁和だけが、地面に座っている。

二人のやり取りを眺めていたが、繁和は不意に立ち上がると、唯の寝ているベッドに、ゆっくりと近づいた。

その様子を黙って見守る、九代目と門外顧問。

気の遠くなるほどのゆっくりな動作で、繁和は唯の頬に触れた。

すると、口の近くにあった人差し指を唯が吸う。

赤ん坊にしては強い力で繁和の指を吸う唯に、繁和はぼんやりと考える。

 

(…お腹、空いているのだろうか…)

 

何かを求めるように必死に吸い付く唯に、何故お腹が減っているのかと考え、そして気づく。

 

(…そうだ…唯には、お乳をくれる人が、いないんだ…)

 

自然と、繁和は唯を抱き上げていた。

それでも起きない唯に小さく笑うが、唯の頬に雫が落ちて、繁和は自分が泣いていることに気づいた。

もしも、と繁和は考える。

 

(もしも、唯をこのまま九代目に預けて何も知らずに生きたなら…母親も父親のことも知らずに育ったなら…一生、会えなくなるんだろうな…)

 

守ることや育てることも全てボンゴレに任せて、唯のことを何も知らずに暮らすことは、きっと簡単だろう。

自分の最愛の息子を育て、いつか妻の墓参りに二人ででかけ、一生息子には妹が居たなんて教えずに、自分の一生を終える。

それは一つの幸福なのだろう。

しかし、それは、きっと。

 

(…彼女の望まない未来だ)

 

妻はきっと、繁和と唯と、唯の兄の三人一緒に墓参りに来る未来を望んでいる。

結局自分は、妻を中心に考えるどうしようもないやつなのだと、そこで自覚する繁和だったが、一つ決意をした。

 

(…この子と、そして息子のために、生きよう)

 

守れるほど強くはないけれど、強くなるために体を鍛えることはできるし、出世することもできる。

いつか二人が母親の墓の前で笑って日々のことを教えてあげられる未来のために、生きねば。

そうして、繁和は唯をベッドに寝かせ、自分が座っていた席に座り直し、改めて頭を下げた。

 

 

「唯を門外顧問の候補にしてください、お願いします」

「お前…!」

 

門外顧問がまた立ち上がりかけたが、九代目がそれを手で制する。

 

「待ちなさい家光くん…繁和くん、理由を聞いてもいいかな?」

 

顔を上げた繁和はまっすぐ九代目を見て力強く答えた。

 

「妻は、生前、私に言いました…もしもボンゴレからあの子を門外顧問にしたいと言われたならばすぐに頷いてほしい、と」

「ほう、それは、何故?」

「ボンゴレにあの子が実質所属したとなれば、世界最大のマフィアがあの子を守ってくれる…私には力がありません、しかしこれからつけることは出来ます」

 

まるで眩しいものを見るかのように目を細める九代目に、繁和はどこまでも真っ直ぐに続けた。

 

「私はマフィアの世界から足を洗いますが、その分あの子と、そして息子を金銭的、堅気の人間にとっての地位的なところで守ってやれるように、全力を尽くして働く所存です」

「ボンゴレは託児所ではない、ボンゴレの所属となったとしても、あの子の命は保証できないよ」

「それでも、ボンゴレというブランドが、次期門外顧問候補という肩書が、あの子を守ってくれる」

 

命は狙われるのかもしれないが、それは繁和が追い払えばいいだけの話。

内密に話を進めれば、いずれボンゴレ関係者が繁和に対して恨みを持って何かしら子どもたちに危害を加えようとしても九代目と門外顧問の目があると知れば逃げていくかもしれない。

全てたられば、もしもの話だ。

それでも、今はそれに縋るしか、繁和には子供を守る方法が思い浮かばなかった。

 

「何より、ボンゴレ十代目候補と次期門外顧問の年齢が一緒ならば、教育もしやすいかと」

 

繁和は前もって十代目候補の子供のことは調べていた、目の前にいる門外顧問の息子、沢田綱吉は唯と同じ年。

念押しのように繁和が言えば、九代目はじっと繁和を見ていたかと思えば、にっこりと、それはそれは優しく嬉しそうな笑顔で頷いた。

 

「わかった、君の話を受け取ろう、元々こちらからの要求、断る理由はなかった」

 

それから繁和は走り回った。

まずチェデフをやめ、完全に裏の世界から足を洗い、表の世界で就職活動をし、唯と唯の兄を保育園に預け、働き、迎えに行くの毎日。

就職先では、新入社員にしては少々老けていることから最初はいろいろと言われたが、元々要領は良かったのですぐに仕事になれ、戦力として数えられるようになった。

それなりの地位を会社で獲得できた頃、唯達は保育園の年中クラスと年長クラスにいて、育児も大忙しの時期。

図書館で育児に関する本を借りようと探していた時に、繁和はその人を見つけた。

 

妻と同じ白い肌に緑色の目の綺麗な女性を。

 



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あとのまつり

顔立ちも妻にそっくりのその人に、繁和が思わず話しかけたのは仕方のないことだった。

それからよく話をするようになり、家にも呼んだりして子どもたちと遊ばせたりして、相手が自分に対して特別な感情を向ける頃には、繁和の中で一つの考えが生まれていた。

 

(もしも彼女と結婚すれば、子どもたちに寂しい思いをさせなくて済むかもしれない)

 

子どもたちはその女性に懐いていた、女性も子どもたちのことを大事にしてくれている。

これなら、うまくいくかもしれない。

そう考えた繁和は女性に対してプロポーズをした。

結果、再婚。

それから繁和は、育児のことは女性に任せて、仕事に没頭した。

元々家にあまり帰らない自分よりも、よく遊んでくれるその人と一緒にいるほうが、子どもたちも安心するだろうと、繁和は考えていた。

しかし、それが間違いだったのだと気づいたのは、つい最近、その人が離婚届を見せてきたときだった。

繁和が慌てて何故と問えば、曰く、育児に疲れたのだという。

 

息子は昔のまま慕ってくれたが、娘の方は段々と話さなくなったのだと。

理由がわからず、相手も何も言ってくれないから、嫌になった、もう疲れた。

だから離婚したい、その方が、きっとお互いのためになるはずだ、と。

 

そこまで言われてしまったら、繁和には頷く以外の選択肢はなかった。

元々新しい妻に対しては特別な感情は何一つなく、ただ子どもたちのことしか考えていない再婚だったから、罪悪感もあったのだ。

最後に見た新しい妻は、どこか傷ついたような、諦めたような顔をしていた。

そして、離婚したことは貴方が言ってくださいと頼まれて、頷き、息子に電話をかけたときにふと気になって、息子に聞いたことですべてを知ったのだ。

それは、繁和にとっては何気ない質問だった。

 

「新しい人は、どうだった」

 

今更すぎる質問ではあったが、忙しすぎてゆっくりと話をするときなんてその時間しかなかったのだから、仕方のないことではあった。

そして息子から返ってきたのは、これまでの新しい妻の酷い育児の様子。

なんてことはない、新しい妻は若すぎたのだ。

だからこそ、自分より一回り、二回りくらい年上の男性からプロポーズを受けた時、育児に関しても楽観視していたのだ、わからないことがあれば彼に聞けばいい、と。

しかし、彼女の予想に反して繁和は仕事にばかりいって、あまりゆっくり話をすることが出来なかった。

新しい妻は、家にある育児本を読みながら、子どもたちと接するようになり、本に書いていない行動をしたら泣きそうな顔で、どうしてと子どもたちに問うたのだ。

家事の仕方もわかっていなかった彼女は洗濯もまともにできず、息子たちがまだ幼い頃は新しい服を何着も買って着回していたし、そんな新しい母を見て子どもたちのほうが家事を覚えたほどだ。

その様子を見て、何を勘違いしたのか新しい妻は自分が育てたからこんなにも家事ができるのだと胸を張るようになっていき、子どもたちのことも比べるようになった。

息子よりも年下の娘のほうが出来ないことが多いのは当たり前なのに、息子と同じレベルを娘に要求し出し、それが出来なかったら「なんでこんなこともできないの?」と娘を責める始末。

そんな二人を見ていた息子は、自身の妹を守るために必死に勉強をし、自分の方に新しい母親の目を向けるように努力をしたが、それらは全て無駄に終わり、妹に求められる要求のレベルが上がっていくだけ、むしろ妹をもっと苦しめる結果となってしまった。

明るかった娘は暗い表情をするようになり、人が好きだった息子が妹以外を嫌うようになった。

そして、こんな結末になり、息子は最後に。

 

「こんな状況になっても助けに来てくれなかった貴方を、僕は一生許さない、守れなかった僕が言えることじゃないけど、それでも、唯がどれだけ貴方の帰りを待っていたか…!」

 

そう言って電話を切られた繁和は、目の前が真っ暗になった気持ちだった。

頭がボーッとしてしまい、早めに仕事を切り上げて帰った自宅の前で、嗚咽している唯を見つけたときは、過去に九代目に言葉で頭を殴られた時以上の衝撃を全身に浴びた。

あそこでうずくまり小さくなっている女の子は、自分の娘なのか、そうだ、あの子はあんなに小さかったのだ。

赤ん坊の唯と、成長した唯が重なって見える。

守ると、決めたはずだった。

しかし、また自分の選択で、今度は取り返しの付かないほどに息子と娘を傷つけた。

関係のなかったはずの女性までも巻き込んで。

確かに、新しい妻は悪い育児を行ったのかもしれない、けれどそれは、彼女の不安の表れでもあったはずだと繁和は理解していた。

はじめての環境で、頼りになるはずの自身の夫は一向に相手にしてくれず、いきなり守らなくてはいけない命を二つ渡された彼女はどれだけ悩み、育児に向き合ったのだろう。

彼女が初めて作った料理は焦げの目立つ卵焼きだったと語った、泣きながら彼女は息子たちに謝っていたらしい、美味しいものを食べさせられなくてごめん、と。

新しい妻は悪い人間ではない、ただ、不運だっただけ。

それら全てを引き起こしたのは、繁和だ。

唯と話をして、門外顧問の試験があること知って、繁和は今度こそ間違わないように、そして唯のことを大切にしてくれたらしい唯の幼馴染と、十代目候補の少年にお礼を言うために。

初めて仕事を休んで、中学校の校門前で待ち続け、そして、こうして話をするに至った。

 

 



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アドバイス

 

すべてを語った繁和は、綱吉を真っ直ぐに見る。

 

「…私は、唯では、ない…けれど、あの子がどれだけ辛かったのか…想像することは、できます」

「村さんのお父さん…」

「…何もしてやれなかった、私だけれど…あの子のために、頭を下げることは出来ます、だから…どうか…」

 

ゆっくりと繁和は綱吉に頭を下げた。

 

「あの子と、これからも、仲良くしてあげてください」

「…逃げるんですか」

 

繁和が目を見開き、顔を上げて綱吉を見る。

綱吉は、強く、そして鋭く繁和を見つめていた。

 

「また、逃げるんですか」

「…君は、随分と直感が、いいんだねぇ」

「茶化さないでください」

「…違うんだ、逃げるわけじゃない…ただ、私にできる、今からできる簡単な行動の一つを、しているだけだよ」

 

真意がわからなければ逃げているようにしか見えない。

そう、綱吉は視線で訴えるし、心の中でも叫んだ。

綱吉にとって父親というのはいつだって勝手だというイメージがつきまとう。

それは自身の父親がそうだったからだ。

そして、目の前にいる父親もそう。

だからこそ、はっきりとした答えを聞きたかった。

仲良くするのは当然だ、唯は、綱吉にとって大切な友達なのだから。

しかし、それをわざわざ言う必要はなかったはずだ。

 

「あるよ」

 

突然、繁和がそう言ったので、綱吉は思考を読まれたことに驚く。

 

「…久しぶりとは言え、今の仕事の前は、裏にいたんだ…人の思考を見るくらい、なんてことはないさ…君は何よりわかりやすい」

「…必要は、ないはずです」

「あるよ」

 

何故、と声にならないものが綱吉から発せられる。

繁和はまっすぐに綱吉を見つめ、はっきりと教えた。

 

「伝えなくては、伝わらない気持ちがある」

 

綱吉から視線がブレることなく、繁和は続ける。

 

「今、君に伝えるべきだと、私は、思ったんだ…何も知らずに、あの子の戦いを見るのと、知っていてあの子の戦いを見るのとでは、応援の仕方も、変わるだろう?」

 

戦いを止めることは出来ない、それはボンゴレと門外顧問が決めたという書類がある限り決定された未来だ。

だから、門外顧問の候補が唯だと知らされた時、綱吉達は何も知らない自分たちを自覚させられた。

特に、綱吉は誰よりも唯と一緒に居たのにもかかわらず、マフィア関係者ということくらいしか知らなかった。

今、唯のほぼ全てを知って、繁和に対してここまで怒りの感情も出せるが、それだって知らなければ出来なかったことだ。

何も知らずに唯から繁和を紹介されていたら、唯に「優しそうなお父さんだね」とか言ってしまっていたかもしれない。

唯がどんな気持ちになるかも想像しないで。

人を傷つけるのは悪だ。

しかし、知らなければ、傷つけたことすら気づけない。

綱吉は、今までのことを振り返り、何度か唯にとって心無いことを言ったかもしれないと震えた。

しかし、そんな綱吉を繁和は尚もまっすぐ見つめる。

 

「君も、今、伝えるべきことは、伝えておくといい…隠していても、恥ずかしがっていても…結果が同じならば、伝えたほうがずっといい…伝えることは、ずっと、簡単なことなんだから」

 

そう言って締めくくった繁和は、最後まで綱吉のことをまっすぐに穏やかな表情で見ていて。

綱吉は、自然と下がって俯いてしまった顔を上げられなかった

 

 

 



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兄とは 1

 

日が落ちきる前の並盛中学校の校門前についた唯はほかのメンバーを探して、近くを見渡す。

すると、一人の男子と目が合った。

 

「お、君はたしか、沢田の友人だったな!」

「あ、えっと京子ちゃんのお兄さん、でしたっけ」

 

一番乗りしていたらしい、笹川了平が話しかけてきて、自己紹介を済ませてまた周りを見る。

 

「他の人は…」

「まだ、来ていないぞ!」

「…まぁ、まだ五時半に来ちゃっていますもんね」

 

時刻は五時半、なんとなく落ち着かなかったので教室や屋上を行き来して時間を潰していた唯はぼんやりと集合場所になりそうな学校の校門前に来たという次第だ。

了平も同じ気持ちだったらしく、落ち着かなかったから学校の周りを何周も走った後だといい、少し休憩していたところだとか。

 

「…体力切れだけは、起こさないようにしてくださいね」

「うむ、わかっている!」

「なら、いいです」

 

特に話題もなく、そこで会話は途切れる。

よくよく考えれば、唯は綱吉の守護者に関しては雲雀と獄寺、山本の三人くらいしか顔を知っているものはいなかったことに気づく。

校門の壁に寄りかかって休憩している了平をチラリと見る。

その視線に気づいたのか、了平が首を傾げて唯を見てきた。

 

「どうかしたのか?」

「あ、いや…その、京子ちゃんにはこのことは…」

「ああ、相撲大会だと言ってきた!」

 

とても良い笑顔で嘘をついたと報告されて唯は思わず苦笑。

 

「いつかバレるかもしれませんよ?」

「その時は、その時だ!」

 

了平の言葉に、唯は一瞬動きを止める。

しかしそれに気づいていない了平は照れくさそうに人差し指で鼻の下をこする。

 

「バレてしまったその時は、その時に謝って正直なことを言えばいい」

「…許してもらえなかったら、どうするんですか?」

「その時は…」

 

唯がようやく出せた質問に了平は顎に手を当てて空を見た。

それで何を思い出したのかわからないが、少し目を細めたかと思えばすぐに唯の方を見て溌剌とした笑みを浮かべた。

 

「それでも俺は多分、こういうことはやめないだろうな!」

 

清々しいほどにどうしようもないことを言ってのけた眼の前の男に唯はフッと、自身の兄が重なった。

海外に留学している兄を見送ったのは随分前の話だ。

その時にした、兄との会話は今でも覚えており、それが原因で兄と今まで連絡を取れないでいたのだ。

 

「京子は心配性だしな、きっと泣くんだろうけど…それでも」

 

京子のことを思い出していたのか少し視線を下にして頬をかく了平。

唯の頭の中には昔兄とした会話が聞こえてきていた。

 

【なぁ、唯】

【何?】

【…唯はきっと、僕のことあまり好きじゃないんだろうな】

【…いきなりどうしたの、そんなことないよ、お兄ちゃん】

【…ありがとう、もしも、あの女やあの人がお前に何かしたらすぐに言うんだよ?すぐにこっちに帰ってくるから、だって…】

 

了平がまた視線を唯に戻し、今度は彼らしくもない穏やかで、けれど歯を見せた輝かしい笑顔になった。

唯が最後に見た唯の兄と、全く同じ、ほんの少しだけ寂しそうな色が混じる。

太陽のようなそれと。

 

「俺は京子の【僕は唯の】お兄ちゃんだからな、だから、俺は京子を【僕は唯を】守らなきゃいけない、京子は【唯は】泣き虫だからな」

 

(ああ、そっか…そっか、そっか…)

 

「ん?どうした、お、おい!沢村!?」

【唯?転んだのか?兄ちゃんに見せてみろ】

 

突然うずくまってしまった唯に了平はすぐに心配そうに声をかける。

その声がまた、唯の兄と重なる。

唯は理解した、2つのことを。

一つは、どうして笹川了平が晴れの守護者に選ばれたのか。

体力バカで直情的なタイプだと唯は了平のことを思っていた。

それは概ね合っていたのだろう、しかし、彼は決して考えなしのバカではなかった。

しっかりと周りを見て、自分のできる最善を考える。

幼い笹川兄弟に何があったのかは、唯にはわからないが彼が妹を守るために強くなる方法の一つがボクシングだったのだろう。

大切な人を守るために己の肉体を鍛え、更には持ち前の明るさを歪ませることなく成長した彼は文字通り強くなったのだろう、そして、それはまだまだ成長途中。

晴れの守護者に求められるのはその明るさと強さ。

ファミリー全体が暗く逆境に負けそうな時に差し込む一筋の光のような、そんな存在になること、常に明るく安心感を与える、そんな存在であること。

彼ならばそれになれる。

唯はそれを確信できた。

そして、もう一つ理解できたことは兄の気持ち。

いつも母親や周りから比較されてきて兄のことを信頼できなかった唯だったが、思い返してみれば唯の兄はいつだって唯に優しかった。

それを唯は卑屈になって、兄もどうせ心の中で他と比べていると思い込んでいた。

唯の味方で在り続けていてくれた人の言葉を、唯自身が拒絶して、唯は自分が不幸だと駄々をこねていたと、理解できたのだ。

笹川了平が自身の肉体を鍛えることで妹を守る力を得ようとしたように、唯の兄はそのよく回る頭を鍛えて唯を守る力を得ようとしていた。

唯の兄はいつだって、唯を守るために動いていたのに。

確かに唯は不運だったのだろう、けれどそれを救ってくれようとしてくれた人がいることにすら気づこうとしなかった、目を向けようともしなかったのは唯自身だった。

海外に留学する際に見せたほんの少し寂しそうな色の中に混じっていた他の感情に、唯は今更気づいたのだ。

両親に頼ることも、友人に頼ることも出来ない唯を一人にしてしまう不安と歯がゆさ。

 

(お兄ちゃんは…全部、わかっていたんだ…なのに、私は…)

【唯、大丈夫だ】

 

暗くなりそうな思考を記憶の中の兄が止める。

 

【大丈夫、こんなに頑張っている唯なんだ、だから、もう泣くなよ、お兄ちゃんが一緒にいるから】

 

必死に繋いでくれていた手を放したのは唯だ、けれど、唯は今、とても兄の声を聞きたくなった。

兄に聞いてほしいことがたくさんある、たくさん、できた。

唯はゆっくりと顔を上げて、心配する了平の顔を見てすぐに涙を服の裾で拭ってゆっくり笑う。

何故か急にスッキリしたような顔をした唯に了平は首をかしげる。

 

「なんでもないです、ただ…笹川先輩の話を聞いていたら、海外に留学している兄を思い出して寂しくなっただけですよ」

「そうか?まぁ、そういうことなら」

「え?」

 

了平は合点がいったように笑って、唯の頭を突然撫でた。

少し乱暴にも思えるその力強いものに唯は戸惑いながら了平を見上げる。

 

「俺で良ければ、いつでも兄貴の代わりになろう!何、妹が一人増えても守るやつが増えるだけで俺のやることは変わらんからな!」

 

夕焼けで少し見えづらくなってしまった了平の顔を唯はきっと晴れ渡る青空のように綺麗なのだろうと。

そう、予想できた。

 

「はい、ありがとうございます、了平さん!」

 

だから唯も、安心して素直に頷くことが出来た。

 

 



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兄とは 2

 

晴の守護者の戦いを見ようと思った時、了平本人から。

 

「毎日しているならいいが、最近していないなら連絡してやれ、きっとお前の兄も喜ぶ!大丈夫だ、俺は負けん!」

 

自分の勝負はいいから兄に電話してこいと言われ、一人家に戻った唯は唯の兄が留学の際に新しく買った携帯電話の番号を初めて自身の携帯電話に打ち込む。

全て打ち終わると自動で兄へ電話が実行され、コール音が唯の耳に嫌に響く。

コールの回数に乗じて跳ね上がってしまう心臓の音を、唯は深呼吸で抑え込む。

数コール続いた後、それが止んだ。

そして、少しの沈黙。

 

「……唯?」

 

低く、安心できる声が唯の耳に入ってくる。

それまでうるさかった心臓の音が、突然止まり、ゆっくりと震える口を唯は開く。

 

「……うん、私、唯だよ、お兄ちゃん」

「……何か、あったのか?」

 

声が変に震えていないかと不安になっていた唯に届いた言葉は、唯を心配するもの。

 

(ああ、これを……ずっと……ずっと、無視してきたんだ)

 

今ならわかる兄の不安そうな声に気づけた唯は、ようやく落ち着いて口を開けた。

 

「ううん、違うよ」

「じゃあ……どうしたんだ?」

「ただ、お兄ちゃんの声が聞きたくなった……じゃ、だめ、かな」

 

相手が生唾を飲み込んだのが唯の耳に聞こえてきて思わず唯はクスクス笑う。

緊張しているのはお互い様だ。

 

「そ、そんなことない!う、嬉しいよ、唯!」

 

上ずりながらも素直な気持ちを伝えてくれる兄に唯も嬉しくなって頬が上がる。

 

「私も嬉しいよ、お兄ちゃん」

「そう、そうか!なぁ、唯、お前に話したいこといっぱいあるんだ!今度の長い休みには帰ろうかとも思っていてな、そのときにもっと長く話したい!」

「イタリアの学校って日本の学校と夏休み被っているの?」

「ああ!ただし、こっちの場合はそっちで言うところの春休みになっているけどな」

「じゃあ、進学?お兄ちゃん今何年生だっけ?」

「二年生だ、だから次は三年」

「そうなんだ、じゃあ最高学年だね」

 

自然と続く会話、素直な気持ちをそのまま伝えられることの幸福感。

唯は今まであんなに兄を嫌悪していたのはどうしてなのかと思うくらいに、兄に対する穏やかな感情でいっぱいだった。

だから、唯は兄に自分のことを話そうとした、その時。

 

「なぁ、唯、相談があるんだ」

 

突然の言葉に首を傾げつつ、唯は「どうしたの?」と聞く。

 

「……なぁ、唯、お前、マフィアに関わっているだろ?」

 

瞬間、唯は息を呑む。

 

「ああ、大丈夫だ、実は兄ちゃんはそのためにイタリアに行ったんだ」

「……どういうこと?」

「そっちに居た頃に、偶然あの人と、それからあの女とそっくりの…僕らの本当の母親が写っている写真を見つけて、気になって調べたら、あの人と本当の母親は昔マフィアだってわかったんだ」

 

突然すぎる事実に唯は何も言葉を返せなかった。

そんな唯を気にせず唯の兄は話を続ける。

 

「それから、時々あの人を訪ねて知らないお爺さんが来ていただろ?その人とあの人はどうやら唯のことで約束をしていたらしい」

「え……?」

「……何も、聞いていないのか?」

 

二人の話では唯が中学生になったら、教育を始めると言っていたはずだという兄の言葉に唯はすぐに門外顧問のことだと気づいた。

しかしそれは、ボンゴレと門外顧問が話し合って決めたことで、唯の家族は何も関係がないと思っていた。

 

(……父さんが……マフィア?それに、本当の母さんって……)

「……知らない」

 

思わず零れた唯の言葉をどう思ったのか唯の兄はそれまでの穏やかな声よりも低く唸るような声を出した。

 

「あのクソ親父、また唯に何も話してなかったのか……」

「ねぇ、お兄ちゃん」

 

唯は昨日よりずっとスッキリした頭と思考で兄から全てを聞く必要があると結論づけた。

一つ、深呼吸する。

 

「お兄ちゃんの知っている、私達のこと、全部、教えて」

 

ゆっくりとそう強請れば、兄も一つ深呼吸した後に一言。

 

「わかった」

 

その後、唯は綱吉達が知る事実を兄から教えてもらった。

両親のこと、父親の決意。

唯が母親だと思っていた人物が実は本当の母親ではなかったこと。

本当の母が初代門外顧問の血を引いており、それを理由に唯が次期門外顧問として教育されることを唯が赤ん坊のときに約束されていたこと。

当人たちの気持ちを排除したすべての情報を、唯は知った。

 

「本当に、何も知らなかったんだな」

 

唯の兄が驚いたような表情をしていることを予想しながら唯は苦笑する。

 

「教育そのものは始まっているんだけど、まさか、そんな大事だったとは…」

「あ、教育は始まっていたのか、家庭教師は誰なんだ?門外顧問はボンゴレの実質ナンバー2だし、相当の……ん?唯、どうした?」

 

唯から返事がないことを不審に思った兄の声が、思考の止まった唯の耳に入ってくるが、唯は答えられず、涙が目に浮かんできてそれどころじゃなかった。

普通に答えようとしたはずなのに、緑の科学者の顔を思い浮かべた瞬間、唯がいるこの部屋にいないことを思い出して、一度は心の奥に追いやった寂しさがまたやってきて涙が溢れてしまったのだ。

 

「…唯、泣いているのか?」

「…だい、じょぶ…」

「声震えているだろ、何があったんだ?」

 

とても優しい声だった。

唯は先程兄が自分のことを思う優しい兄だということに気づけたが、こんな場面でもそういう優しさが兄にあることを改めて理解した。

だから、唯は安心して素直になれる。

 

「……あのね、私の家庭教師って、科学者だったんだ」

「ボンゴレお抱えのやつ?それとも外部?」

「多分、雇われだと思う」

「大事な次期候補で外部の人間を雇うとか相当根性あるね」

「うん、それでね、私……その人のこと、好きになったんだ」

「は」

 

唯の兄が息を短く吐いたのが聞こえて、唯はようやく落ち着くことができ、兄の反応に笑うことも出来た。

 

「……好きな人、できたの?」

「ふふ、うん、そうなんだ」

「マフィア関係者、だよね?」

「そうだね」

「……ぼ、僕に挨拶しに来なさい!」

「お兄ちゃん落ち着いて、付き合ってないから、想いも伝えてないから」

 

自分で言っていてまた悲しくなってきた唯だったが、唯の兄があまりにも驚きすぎてそれどころではないのでなんとなく悲しい雰囲気とは程遠くなってしまっている。

泣けばいいのか笑えばいいのか微妙な気持ちになりながら兄に対してどう説明しようかと唯が考えていると、唯の兄がようやく落ち着いてきたのか家庭教師についてまともな質問をしてきた。

 

「科学者でボンゴレが依頼を頼むとしたら…あのアルコバレーノか」

「うん、緑色の人」

「せめて雷のアルコバレーノとか、そういう方向で言ってやりなよ、特徴緑しかないのか」

「あとは……メガネ?」

「唯って好きな人に対して結構厳しいね?」

 

ヴェルデのことを思い浮かべながら唯はむしろ急に何も言わずにいなくなった彼に対して段々と苛立ちがやってきたのか、彼に対するコメントがどんどん辛口になっていく。

 

「だってあの人こっちがどれだけアタックしてもそれに気づかないし、挙句の果てには何も言わずにいなくなったんだよ?評価を厳しくしたって許されるはずだよ」

「そ、そう」

「そりゃ最初は頭おかしいなこの人って思ってたけど、誰も今までまともに言ってくれなかったおかえりとかおはようとか当たり前の挨拶をしてくれる人だったんだよ?私がごく普通の女の子みたいに生活させてくれたはじめての人だったんだ、そりゃ好きにもなるよ!」

「唯、それって」

「それにあの人全然褒めてくれなかったけど、最近じゃ彼の中で私の行動が日常として受け入れられているんだってことがわかって嬉しかったんだよ!それなのに!」

 

ヒートアップしていく唯の愚痴を唯の兄は最初こそ相槌を打っていたが、それが本音なのだと気づく。

 

「まだ何も伝えられていないのに!いきなりいなくなるなんてあんまりだ!!」

 

きっと部屋中に響くほどの怒鳴り声を上げた唯の声は、電話越しでは音割れしてしまったので感情の全てを唯の兄が予想することは出来ないけれど。

悲痛な叫び声だということは理解できた。

だから、黙って聞いていることにした唯の兄には気づかない唯の声は先程の叫びよりは随分と小さかったが、呟くように溢れた本音を唯の兄はしっかりと拾った。

 

「せめて……」

 

それから続いた言葉に唯の兄は電話の向こう側でゆっくりと口を開いた。

 

「なら、試験、頑張らなきゃね」

 

唯の目が見開かれる。

 

「……頑張る……?」

「ああ、そうだ、今度はちゃんと褒めてもらえるはずだ、なんたって、頑張ったんだからね」

 

唯の兄はなんてことないようにそう言って唯の言葉を待った。

唯は目を見開き、しばらく固まっていたが震える口をなんとか動かして声を発する。

 

「……褒めて、もらえる……かな……」

 

泣きそうなその声に唯の兄は優しく応える。

 

「うん、絶対、褒めてもらえるよ」

「……うん……それじゃあ……頑張る……」

「よし」

 

唯の兄は立ち直ってきている唯に対してアドバイスを残す。

 

「唯、一つ一つ自分の問題を解決していきなさい、そうすればお前の好きな人と再会することはできるはずだ…兄ちゃんはお前の味方だ、それは、忘れないでね、それじゃあ」

 

通話終了の音が響く。

忘れないでと言った兄の声は少しだけ震えていたような気がして、自然と溜まっていた涙を落とさないように上を向く。

夜の暗さで真っ黒にも見える天井を唯は狭く感じた。

 

「……忘れないよ、今度は、大丈夫」

 

携帯電話を握りしめ、ニッコリ笑う唯は随分とスッキリした。

唯の中にあった優しい兄のままだった現在の兄は唯の進む道を示してくれたのだ、進まなければきっと唯はまた疑心暗鬼の中で今度こそ壊れてしまうだろう。

そんな簡単なことに前は気づけなかった自身に唯は自嘲しそうになったが、気持ちを切り替えて机の明かりをつけてスクールバッグからノートと筆箱を取り出す。

ノートを広げ、ペンをワンクリック。

 

「よーし」

 

腕まくりをして気合を入れた唯はこれから自分の解決すべき自分の問題をノートに思いつく限り書いていき、その優先順位をつけていった。

しばらくペンの走る音が部屋に響くのみだったが、横に違和感があったので見ればそこには冷めたコーヒーの入ったカップ。

緑色のそれは唯の家庭教師のもの。

やるべきことに目が行き過ぎて気づかなかったことに唯は苦笑してカップを片付けようとして、ふと、中身がないことに気づいた。

飲み干されているカップ、普通のはずだ、だけど、これは確か唯が最初に入れてヴェルデがいなくなってすぐに室中を探したときにはまだ残っていたのだ。

そこから考えられることは一つ。

唯は自然と上がってしまう頬を抑えるように口元に手を当てて、カップを見つめた。

 

「素直じゃないなぁ」

 

思わず呟いてしまったことが、案外正解なのかもしれない、なんて。

唯は一瞬浮かんだその思考を一旦は隅において、カップは片付けずに手元のノートに集中した。

そのノートで最優先と書かれているところにはこう書かれていた。

 

 

『お母さんとちゃんと本音で話す』。

 

 



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母親というもの

決意をした次の日。

試合前に連絡先を交換した了平から、昨日の夜、恐らくすぐにメールを入れてくれたのだろう勝利報告のメールを朝、確認した唯は一つ伸びをして「よし」と気合を入れる。

唯の母が自宅に帰ってきていることと、出ていくのは夕方だということも知っている。

恐らく今は眠っている頃だろうと予想して唯はなんとなくいつもより音を立てないように家を出た。

朝日が顔にあたり、唯は思わず手で目元を光から守る。

 

「少し、寒くなってきたかな?」

 

よくよく考えれば10月の中旬、肌寒さが目立ち始めるこの時期の朝の空気が、夏から秋に変わって久しく、とてもひんやりとしていたものだった。

いつもならば気にならない気候がなんとなく気になったのは、天気が曇だったというのもあるだろう。

 

(夜、雨振らないといいなぁ)

 

今日の戦いがあの牛の子供と自分たちを二番目に襲ってきた雷の幹部だということは了平のメールに書いてあったのであまり天気が荒れないことを唯は願いながら商店街への道を歩く。

商店街につくと、目的の店を探しつつ歩いていた唯の目に見覚えのある親子の姿が。

 

「綱吉のお母さん?」

「あら、唯ちゃん!この間ぶりねぇ!」

 

唯が声を掛けると嬉しそうに唯に近づく奈々に唯も笑顔で頷く。

 

「あ、絆創膏くれた人!」

「あ、ツナのこしぎんちゃく!」

「コラ、ランボ!」

 

奈々の足元に居たイーピンが唯を指さしてあのときのお礼を言おうと続けようとしたら、ランボがバカにしたように指さしたので、フゥ太がランボの口を手で塞ぎ怒る。

一連の流れがまるで台本でもあるかのように鮮やかだったので唯は思わず笑ってしまった。

 

「ごめんね、唯ちゃん」

「いいですよ、気にしていませんから」

 

流石に悪いと思った奈々もランボに代わって謝ってきたので唯は笑顔で首を横に振る。

それでホッとした表情を見せたかと思えば「そうだわ!」と手を合わせる。

 

「唯ちゃん、この後の予定は?」

「夕飯までに母にケーキを買っていくだけなので特には」

「あら、お母さんのお誕生日?」

「まぁ、そんなところです」

 

実際の理由は違うが似たようなものなので唯は頷いた。

奈々は感心して思わず唯の頭をなでて唯を褒める。

 

「偉いわぁ!それじゃあそのケーキ選びついでにお昼をご馳走させてちょうだい!」

「え、そんな悪いですよ」

「いいのよ、それに」

 

奈々が少し目を細め、優しく笑うので、唯は首を傾げた。

 

「何があったかはわからないけれど、ツー君が随分と逞しくなったの!あの子が何か変わろうとした時、最近じゃいつも貴方絡みだったから、今回もそうだと思うの、だから、今までのことも兼ねてお礼させてほしいわ」

 

奈々の言葉に唯はまさかそんな風に思われていたとは、思ってもみなかったので驚いたが、どうやら奈々が唯の反応を待っているようなのでなんとか唯が出来た返事といえば。

 

「……わかり、ました」

 

ぎこちなくも笑顔で頷くことだけだった。

 

 

**

 

 

「好きなの選んでいいからね」

「あ、ありがとうございます」

 

場所はナミモリーヌのカフェスペースの五人席にて向かい合うように座った奈々と唯。

それぞれの隣にはランボ、イーピン、フゥ太が思い思いに座ってドリンクを選んでおり、全員久しぶりの外食なのか目をキラキラとさせていた。

唯も手元にあるメニューを開いて見る。

ケーキだけではなくパスタなども用意されており、確かにお昼にはちょうどいいと言えるのだが、唯としてはケーキをさっさと選んで帰るつもりだったので、これは誤算だった。

 

(世間話だけして帰るつもりが、なんでこんなことに…)

 

チラリと奈々を見れば、頼むものはもう決まっているのか子どもたちのメニュー決めを微笑ましく眺めている。

 

「ランボさんこれにするー!」

「イーピンこれ!」

「僕はこれにする!」

 

三人の頼むものが決まったのを見て唯も慌ててメニューを見た。

 

「唯ちゃんは…ふふ、そんなに慌てなくてもいいわ、注文しているときに決めればいいんだから」

「あ、だ、大丈夫です!もう決まりましたから、すみません!」

 

唯が従業員を呼び、注文を済ませる。

ちなみに唯が頼んだのは一番安いミートパスタとコーヒーだ。

注文が来るまで子どもたちは子どもたちで話をしており、必然的に唯は奈々と会話することになるのだが、先程から何故か奈々がニコニコしながら黙って唯を見ているので、どんな話題を出せばいいのかわからず唯は困り果てて、先にやってきたコーヒーを啜る。

 

「な、奈々さん」

「はーい」

 

沈黙に耐えきれず唯が声を出すと、すかさず奈々は嬉しそうに返事をする。

 

「さっき、綱吉が変わるのは私が原因っていうのが多いってどういうことですか?」

「ああ、あれね…言葉の通りよ、あなた達の間で何があったのか私は知らないけど……ふふ」

 

何を思い出したのか小さく笑った奈々に唯は困惑する。

 

「あの、何か?」

「いいえ、なんでも……でも、そうね、本人に止められたわけじゃないし……あのね、唯ちゃん」

「は、はい」

「去年だったかしら、中学生になって一週間たったとき、どうしてか上機嫌でツー君が帰ってきたから、何かいいことでもあったの?って聞いたら、ツー君なんて答えたと思う?」

 

唯は自身が並盛中に入って一週間のことを思い出すが、クラス内で綱吉をダメツナと呼ぶ人が彼と同じ小学校の者だけだったので彼にとっては良いことはあまりなかったように想像する。

良いこと、といえば彼にとって初恋とも言える笹川京子とその一週間だけは隣の席になれていたことくらい。

けれど、まともに話もできていなかったはずだったと唯はそこまで考えて分からないと首を横に振る。

奈々はそれがおかしかったのか、クスクス笑いながら正解を告げた。

 

「今日、友達ができたのーって、こう、ソワソワしながら答えてくれたのよ!よっぽど嬉しかったのね、今度お昼一緒に食べるからあんまり恥ずかしくないお弁当にしてよ母さん!なんて言ってきておかしいったら!」

 

当時を思い出して笑いだした奈々に唯はポカンと固まった。

確かに綱吉とはその時から前後席で、話も合うので中学最初に出来た友達と唯は思っていた。

当時はなんてことはなく、唯の中では疑心暗鬼がすでに出来上がっていたので、どうせこの子も自分と他を比べるんだと勝手に予想して当たり障りない会話をしていたつもりだ。

けれど、まさか、そんな風に綱吉が考えていたとは思ってもいなかった。

 

「あの子、優しすぎるでしょう?だからいじめられることも多かったみたいで、ちゃんとした友達はいなかったの、だから…本当に嬉しそうに貴方のことを話してくれたわ」

 

優しく微笑む奈々は唯を見つめる。

唯はなんとなくその眼差しが痒く感じてそっぽを向きたくなったが、なんとなく視線を奈々の顔から外せなかった。

 

「…貴方がどうしてまだ授業もあるはずのこんなお昼時にここにいるか、気になると言えば気になるけれど…でも、貴方にとっては学校よりも、貴方のお母さんのケーキ選びの方が大事だったのよね?」

「…はい」

 

ずっと聞かれるかどうか怯えていた唯にとっては奈々の言葉に一瞬体を震わせたが、その後に続いた言葉に唯は自然と頷いていた。

とても、あっさりと。

それを見て奈々は満足そうに笑って頷く。

 

「それなら、とびっきり美味しいケーキ、選ばなくちゃね!」

 

聞きたいことはたくさんあるだろうに、何も聞かずに唯の手伝いをしてくれると言ってくれる目の前の女性を唯は改めて認識した。

 

(ああ、この人は、やっぱりお母さんなんだなぁ…)

 

どんなに若々しくても、どんなに抜けている部分が目立つとしても。

唯の目の前にいるのは一児の母なのだと。

それを改めて理解した唯は珍しく、本当にとても珍しく。

自身が長年母親だと思っていたあの女性の顔が見たくなった。

 

 




こんにちは、こんばんは!
ケロです。

いつも誤字報告ありがとうございます!
気をつけているつもりでも見つけられないのはとても申し訳ないです。
いつも報告をくれる方、本当に助かっています!


奈々さんはなんだかんだ言って主人公を生んだ母親なので、とても強い女性ではあると思います、何より家光さんを射止めていますし。

一応、Ifとして奈々さんが唯の母親になったかもしれないっていうのは考えたことはありますけれど、そうなったら唯は全く違う人生を歩んでいたでしょうね。


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親子の会話

夕方、すっかり日も落ちてきた時間帯。

ナミモリーヌの前で各々帰る方向に立って向かい合っている唯と奈々達。

あれから会話に花が咲き誇り、こんな時間になってしまったのだ。

 

「長々と付き合わせちゃったみたいでごめんね」

「大丈夫です、とても楽しかったので」

「そう言ってもらえると、嬉しいわ」

 

それじゃあ、と唯が手を振って別れようとした時奈々が「あ」と唯を呼び止める。

 

「そういえば、一番聞きたかったこと忘れていたわ!」

 

唯が首を傾げると、少しだけ不安をにじませた笑顔で奈々は質問する。

 

「あなたにとってツー君はどんな存在?」

 

唯は顎に手を当てて少し考え、それから手をおろして真っ直ぐ奈々の目を見つめた。

 

 

「私の、初めてできた友達です」

 

 

にっこり笑ってみせれば、奈々は目を見開き、それから嬉しそうに笑った。

 

「そう」

 

それから奈々達と別れた唯は右手に持つ、ケーキの入った袋を見て、早足で自宅に帰った。

自宅の扉の前に立って、深呼吸を二回。

 

(……荷物、まとめ終わっている頃、かな)

 

ゆっくりとドアノブをひねって、扉を開くと、そこには今から靴を履こうとしている女性の姿が。

唯はとっさに体の動きを止めてしまったが、それは相手も同じだったようで、驚いたように唯を見て固まっていたかと思えば、すぐに無表情になった。

 

「あら、それは?」

 

女性が指した先にあったのは唯の右手にある袋。

 

「あ、これは……ケーキ、買ってきたの……」

「そう、あの家庭教師さんと?」

 

その家庭教師が今は居ないことを知らない女性は当然のことのように聞いてくるが、唯は少し息を吸ってちゃんと告げる。

 

「あなたと、食べたくて」

 

今度こそ、女性の動きが止まった。

目を見開き、口を震わせ唯とケーキの袋を交互に見ていたかと思えばようやく口をちゃんと動かして。

 

「な、なんで……」

「……ケーキ、好きだって、前に、言っていた、から」

 

ぎこちなくも答えた唯に女性はまた信じられないものを見るかのような顔をしたがだんだんとその目が鋭さを持っていく。

唯は内心、言葉を選び間違えたかと焦る。

 

(ああ、違う、これじゃあ勘違いされる)

 

案の定、女性はすでに睨んでいるといっても過言ではないほど鋭い目で唯を見ていた。

 

「私が出ていくの、そんなに嬉しかったのね」

「ち、違う」

「じゃあ、なんで今日に限って買ってきたりしたの?それも、私と食べようなんて!今まで一回も言わなかったじゃない、一回も!」

 

最後には怒鳴り声になってしまっている言葉に唯は震えてしまいそうな体をなんとか抑えて、ちゃんと答える。

 

「今日だから、今日じゃないと、チャンスはもうないと思ったから」

「チャンス?まさか私のケーキに毒でも入れたの?」

「違うよ、そうじゃなくて、ちゃんと話し合えるのは今日しかないから!」

 

思い切って出した言葉は唯も驚くほど大きな声になって出てきてしまい、思わず唯は口を左手で押さえた。

女性は唯から大声が出たのに驚いたのか固まっている。

 

(い、今だ!)

 

ここで押さなきゃ女性は何かと理由をつけて外に出ると思った唯は勢いを殺さずにそのまま女性に近づいて手を掴み、リビングに連れて行く。

唯がそんな行動に出るとも予想していなかった女性はただただ驚いてなすがまま、靴もちゃんと脱がされているので素直に唯に手を引かれてリビングの椅子に座る。

その目の前にケーキの袋を置いてキッチンに入った唯は、女性の方を向いた。

 

「コーヒーと紅茶、ど、どっちがいい!?」

「へ!?あ、こ、紅茶で!?」

「りょ、了解しましたぁ!?」

 

お互いに混乱しているのか、その場の空気で唯はコーヒーを二つ入れてしまい、それを差し出された女性はぽかんとしながらブラックコーヒーを疑問も持たずに啜る。

ケーキの入った箱を袋から出して、開いた唯は、まだまだ勢いを殺さずに女性に中を見せた。

 

「ど、どっちのケーキがいい!?」

「あ、え、えっと、こっちのモンブランで!」

「はい!使うのはスプーンでいい!?」

「も、もちろん!?」

 

何故かテンション高い大声での会話で非常に近所迷惑だが、お互い今はそれすら頭にないので女性は渡されたモンブランをお箸で妙に美しく食べているし、唯はチーズケーキをスプーンで優雅に食べている。

先に我に返ったのは、女性の方だった。

自分たちの行動がおかしいことに気づき、今までのやり取りを思い出し、ついに吹き出して笑ってしまったのだ。

唯はいまだ混乱しており、何か粗相をしてしまったかとアワアワしている。

 

「そんなに怖がらなくてもいいわよ!」

「は、はい!」

 

コーヒーを飲んで少し眉をひそめながら女性が言うと、唯は背筋を伸ばして返事をする。

そんな唯を見て女性は内心。

 

(嫌われたものね、まぁ、仕方ない…か)

 

と、遠い目をする。

女性がコーヒーを見つめて感傷に浸っているのが見てわかったので唯は小さく深呼吸をして口を開く。

 

「あの、お母さん」

「……お母さん、ね」

「私、あの、好きな人、できたの」

「……え?」

 

予想していなかった言葉に女性は驚きの声を上げるが、本音とかを言うことに集中している唯には見えていない。

 

「それから、友達ができたの、ちーちゃん以外の、あ、あとは料理も上手になってね、この間チーズケーキ焼いたんだけど先生はあんまり甘い物好きじゃないから結局ほとんど私一人で食べちゃってさ、それで体重増えて大変だったんだ、ああ、それからね!」

「ちょ、ちょっとまって!いっぺんに言われてもわからないわ!」

「あ、ご、ごめん!」

 

少し沈黙ができ、女性は無意識に溜めていた息を吐き出し、落ち着いて聞いていく。

 

「……友達、できたの?」

「うん」

「女の子?」

「ううん、男の子」

「そう……チーズケーキ、私も好きよ、置いてくれれば食べたのに」

「その……ケーキ好きってこと、最近思いだしたから忘れてて」

「あらら」

 

クスクス笑う女性と先ほどの鋭い目の女性とのギャップで唯が少し驚いていると女性は「じゃあ」と笑顔で質問する。

 

「好きな人って、あの家庭教師?」

「へ!?なんで、わかるの?」

「わかるわよ、だって、あの子が来てから貴方随分と明るくなったもの……昔みたいに」

「え……」

 

目を見開く唯をまたクスクス笑う女性を、唯は今日初めてちゃんと見ることができた。

 

(綺麗なひと……だなぁ……)

 

唯の本当の母親と見た目がそっくりと言うが、本当の母親を知らない唯にとっては目の前の女性の色素の薄い髪の色が自分に遺伝したものだと思っていた。

しかし昨晩、唯の兄から聞かされた話で目の前にいる女性と唯の間に血の繋がりはなく、まったく赤の他人のはずだったと聞かされ、そのときは混乱したが、今ならば冷静に考えられる頭で理解できる。

父親が彼女を見て、本当の母親を思い浮かべて求婚すると同時に彼女ならば周りから変に疑われることもないという考えもあったのだろう。

 

唯の髪の色と、女性の髪の色はとても似ていたのだから。

 

白い肌に緑色の目が浮かぶようにあるのが髪の色と相まって幻想的に見えるが、よくよく考えれば自分も似たようなものなのだと思うと、そうでもないのかもしれないと思えた唯は、どうしてか。

不思議で、分からない何かが湧き上がった気がした。

 

「唯?」

 

驚く女性が腰を浮かしかけたが唯は思わず口を開いた。

 

「私、お母さんのこと、好きだよ」

 

 

 



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母と娘

 

「え?」

「好き、好きよ、大好きよ、お母さん」

「ちょっと、唯急にどうしたの?」

「私にとって、お母さんは貴方だけなんだよ、お母さん」

 

女性が、唯の母が息を呑むのを見ながら、それでも湧き上がって溢れる感情のままに唯はつっかえつっかえに伝える。

ずっと、伝えることの出来なかった気持ちを。

 

「大好きなの、本当だよ、お母さん、私、お母さんが大好きなの」

 

ある日、唯と唯の兄を比べるようなことを言った唯の母が、その後に自分の発言を後悔している姿を唯が見たのは偶然だった。

 

【ああ、また私、やっちゃった…】

【ごめんねぇ、唯、直接言ってあげられなくて、ごめんね…】

 

自分の謝罪を唯に伝えることの出来ない、素直じゃない自分を責める姿を唯は最初に見たときからずっと見てきた。

だから唯は、唯の兄ですら知らないことを一人だけ知っていたのだ。

唯の母は決して悪い人間ではないことを。

本当は優しくて、でも育児に疲れていて、そのストレスのぶつけ場所がなくて思わず唯にぶつけてしまっていたこと。

それをとても後悔していることを。

唯が唯の母を怖がっていることを察して仕事は唯がいる時間に入れるようにしていたこと。

ずっと、ずっと、知っていて、黙ってきた唯の秘密だった。

本当の母がどっちなのかわからず、もしかしたら演技なのかもしれないと疑心暗鬼に陥っていた唯は昨晩、唯の兄と話して確信したのだ。

唯の母親は、唯の兄と同じように優しい人なのだと。

だからこそ、疑心暗鬼に陥っている間も心の奥底に押し込んで黙らせた気持ちをようやく取り出せた。

 

「昔、ずぅっと昔に、お母さんがすごいねって褒めてくれた絵を、私が捨てたの、まだ残しているの、知っているよ、本当は嬉しかったんだ、本当に、嬉しくて……っ!」

「唯……」

「お母さん、ごめんね、いつも、何も言えなくて、こんなときになってしか素直になれなくて本当に」

「唯!」

 

いつの間にか俯きながら言葉を吐き出す唯に唯の母が椅子を倒す勢いで立ち上がって唯に駆け寄って抱きしめる。

唯は目を見開き、自分を抱きしめる母を横目に見た。

 

「おかあ、さん?」

「私の方こそ、ごめんね、唯ぃ!」

 

ぐずぐずと音が聞こえてきて唯は唯の母が泣いていることに気づいて驚き「おかあさん」とまた声をかけようとするがそれにかぶせるように母も言葉を吐き出す。

 

「お兄ちゃんと仲良くやれていないの、知っていたのに、何も出来なくて、学校でも!本当に、ダメなお母さんでごめんね…っ!」

 

それが母の抱えてきた本音なのだと理解した唯もついに自覚して泣き出した。

ゆっくりと母親の手が唯の頭にのせられて、優しく撫でる。

 

「唯、唯……!よく、今まで頑張ってきたね、一人で、よく、耐えられたね……本当に唯は偉いわ……!貴方が……私の子供だったのは……本当に、幸運だったの……!本当よ……!」

 

自分のほうが助けられたことが多いと続けた唯の母はずっと唯には言えなかった唯への気持ちを全て告げた。

若さゆえに取り返しのつかない過ちを犯したのは事実。

謝っても許されないようなことをしたのは自分だと自覚していた母は、それでも任された他人の子供を捨てようとは思えなかった。

そう、他人の子供。

彼女にとっては好きになった人に偶然子供が居た、程度の認識でしかなかった。

子育てなんてネットや本に書いていることに従えばいいし、わからなかったらこの子達の親である夫に相談すればいい。

簡単だ。

そんなふうに考えていた彼女の想像したバラ色のライフは一瞬にして砕け散った。

仕事の鬼と化した夫、どこか自分に反抗的な息子と、まだ赤ん坊の娘。

彼女は一人ぼっちだった。

自分を理解してくれる人はどこにもおらず、現状を友人に相談しても【子育てを甘く考えていたお前が悪い、自分で調べろ】【バカなの?】【自業自得、せいぜい子供を死なせないようにね】など、誰も取り合ってはくれなかった。

自分の味方はどこにもいない、それが彼女の心を黒く染めていく。

自分が馬鹿なことなどさすがに自覚できていた、けれど、何も寄って集って責めなくてもいいじゃないか。

一人くらい【そうだね、辛いね、一緒に考えようか】とか言ってくれてもいいだろうに。

そう考えていたところで味方が増えるわけもなかった彼女は必死にネットや図書館などに行って子育ての本や料理本などを読み漁った。

しかし、子供は予想外の行動を常に起こす、当然だ、子供であろうと人間なのだから本の通りには動かない。

手料理を振る舞っても、それを褒めてくれる人も居ないし、自分の手料理は料理と言うにはお粗末なものだ。

不味そうに食べる息子に悲しくなり、外食にすればよかったかと思ったその時だった。

当時、まだ赤ん坊だった唯がお腹をすかせて泣き出したのだ。

さすがにタイミングがタイミングなので泣いている理由を理解した彼女はすぐに唯のためのミルクを作ろうと本を手にとり、キッチンに立ってミルクを温める。

その時、ふと、一人で泣いている唯を見て、思ったのだ。

 

(この子は、本当のお乳の味を、知らない)

 

適温に戻したミルク瓶を持って、唯に近づき、ゆっくりと抱き上げる。

大泣きして、手を伸ばすその姿のなんと必死なことか。

けれど、この赤ん坊は本当のお乳の味を知ることはない。

 

(この子は、市販のミルクしか飲んだことない……だって、この子のお母さんは……)

 

ゆっくりとミルクを飲む唯が近くにあった彼女の親指を握った。

ただの赤ん坊の反射的行動に過ぎないはずのそれが、彼女にはどうしようもなく悲しくて、そして、嬉しくなる。

 

(……私を、お母さんって、思っているのかな……)

 

いつもミルクをくれる女の人でしかない、本当の母親ではない彼女を母親と思い込んでいるのは彼女の腕の中の赤ん坊、唯だけだ。

今だって、自分の妹を落としやしないかと不安そうな顔をする息子はちっとも彼女の心配なんてしていないのだ。

彼女はすでに自身の母親にも相談しているが、他の友人達と同じような反応だった。

だからこそ、彼女は自分を母と思い込んでいる娘が愛おしかった。

世界中を探しても、自分を母親と、家族と思って接してくれるのはこの腕の中の赤ん坊だけ。

それから娘が成長して、酷い仕打ちをするたびに彼女は自責の念を抱いた。

しかし、それでも唯は彼女を【お母さん】と呼び続ける。

いつしか、唯の母となった女性は唯を否定していながら、ずっと唯を愛していた。

ちぐはぐなそれを無意識に唯が理解してくれているとは到底思えない。

自分の愛する娘に嫌われていることは、何よりも、どんなことよりも彼女の心を苦しめ、そして尽きない悩みのタネとなった。

 

(自業自得だって、そんなのわかっている!それでも、どうしようもないじゃない!!)

 

他の子よりも小さかった唯は明るく元気な女の子で、素直な良い子だった。

けれど、その純粋すぎる部分を他の子達に悪用されたり、いじめられたりするんじゃないかと不安になった彼女は、唯の一番身近にいる人物を引き合いに出して唯の成長を早めようと考えた。

それが最悪手であることに気づいたのは、実行してすぐのことだった。

唯と仲良くしてくれている千沙や、唯の兄はよくできる天才タイプ。

しかし、唯は天才ではなかった。

その違いに気づけなかった己を、彼女は何度責めただろう。

それでも時々忘れてしまったのは、彼女の悪い性格だ。

だから、ずっと。

ずっと、唯を苦しめる呪いのようなその育児を続けたのだ。

自分が毒親となっていることなど、とうの昔に自覚していた彼女。

しかし、それでも、唯は。

 

【私、お母さんのこと、好きだよ】

【好き、好きよ、大好きよ、お母さん】

【私にとって、お母さんは貴方だけなんだよ、お母さん】

 

好き、と。

 

大好きだと、言ってくれた。

 

ずっと聞きたくて、けれど、言われることを諦めていた、素直な好意。

お母さんは貴方だけだと、その言葉をずっと望んでいた彼女にとってはこれ以上ないくらい鋭利なナイフで胸を刺された感覚を覚える。

何も言えなかったのは、何も言えなくしたのは、母である自分なのだと。

そんなの、わかっていたからこそ、彼女はとても悔しかった。

こうなってしまってからようやく吐き出される唯の本音を、もっと前に聞くべきだったのだと。

もっと、前に、話しておくべきだったのだ、母である、自分が先に。

そうしたら、そうしていたなら。

 

(……何も、意味はなかったのかもしれない……でも、何か変わることは出来たはずよ……!)

 

しかし、現実は唯が先に本音を言い、みっともなく泣いて彼女も本音を言う形になった。

 

(信じてもらえないかもしれない)

 

本当の、心の奥底に隠してずっと言えなかった言葉が彼女にはある。

それは、唯とそっくりの言葉。

今までの行いを考えれば、信じてもらえないことのほうが当たり前のこと。

 

(でも、今言わないと、絶対、後悔する)

 

涙でグシャグシャになった顔で震えてまともな言葉も紡げないかもしれない口をなんとか動かして、唯の母は伝える。

 

「唯、唯、わた、私も……私も!貴方が好き、大好きよ!愛しているわ……!」

 

唯の目から溢れていた涙が勢いを増す。

 

「信じてもらえないかもしれないけれど、私は、貴方を、心から愛しているわ……!だって!」

 

力いっぱい息を吸い込む彼女に、唯は溢れる涙を止めることもせずに母親の言葉を待った。

そう、母親の言葉を。

 

「貴方は私の娘なんだから!娘を愛さない母親がどこにいるの!!」

 

叫びきって、息を切らし、それでも溢れる涙のせいで過呼吸になりかけている母親。

唯は息ができなかった。

本当のところ、唯はずっと、この言葉を待っていたのだ。

誰かと比較されるたび、母親はいつだって唯を否定してきた。

だから、ずっと気になっていたのだ。

唯の母親は、唯のことを自分の娘とは思っていないのではないかと。

一度傷ついた心の傷は癒えるのに時間がかかる。

けれど、唯にとってはこの状況で叫んだ母の言葉が本心であることなど火を見るよりも明らかで。

ゆっくりと、息を吸って、吐く。

毒親であった唯の母は、悪い人間ではなかった。

ただ、唯に呪いのような育児をしてきた、唯にとってはトラウマのような存在。

 

(でも……貴方が私を娘と呼び、愛していると叫んでくれた……今は、それで充分)

 

自分の存在を心から否定していたわけではないことだけわかれば、今はそれで充分だと笑うことができる。

時間はかかるかもしれないが、それでも、この母親が唯にしてきたことを受け入れることができるようになるから。

ゆっくりと、唯は母親の背に手を回して、笑う。

 

「ありがとう……私も、大好きよ……お母さん」

 

抱きしめ合う二人の泣きながら笑う姿は、とても、よく似ていた。

 

 

 

 

**

 

 

 

「……お、お母さん」

「んー?」

 

玄関にて、靴を履く母の背に声を掛ける唯。

笑顔で振り返る母に、唯は視線をさまよわせたが「あ、あのね」と決心して母の目をまっすぐ見る。

 

「今度、メールとか、その、お茶とかに誘ってもいい…?」

 

キョトンと目を見開いた母に唯は「あの、い、嫌なら別にいいの!」だとか様々な言い訳を始めたが、その必死さが面白くて母は思わず吹き出した。

突然笑いだした母に唯の方がキョトンとしてしまう。

 

「ええ、ええ、いいわ!もちろん!連絡、待っているわね!」

 

携帯電話を持って小さく振りながら嬉しそうに快諾した母に唯の表情が明るくなる。

 

「うん!」

 

大きく唯が頷けば、唯の母もにっこり笑って、立ち上がる。

履き終わった靴をトントンとつま先を地面につけて整え、荷物を持って振り返った。

 

「それじゃあ、もう行くわね」

 

瞬間、唯の顔がこわばる。

それを見た唯の母は一瞬驚いて目を見開くが、すぐに細めて穏やかに笑い唯の頭をなでた。

 

「お母さん」

【おかあさん!いってらっしゃい!】

 

幼い唯と今の唯の表情は違うのに、重なった。

 

(そういえば……見送ってくれたのは、この家ではこの子だけだったなぁ……)

 

息子は言葉をくれはしても顔を見せて見送ってはくれなかったと思い出した唯の母は、目の前にいる娘の頭を撫でる手に少しだけ力を込めた。

突然力が入った手に戸惑う娘の顔を見て唯の母は満足し、手を離して荷物を持ち直し、ドアの方に振り返って開ける。

 

「またね、唯」

 

今度は振り返らずにそう告げれば、布の擦れる音がやけに大きく聞こえた気がしたが、唯の母はそのまま外に出てドアを後手で閉じた。

しばらく歩いて立ち止まった唯の母は目を細め、口を開く。

 

「ねぇ、家庭教師さん、いるんでしょう?」

 

返事はない、しかし唯の母は続ける。

 

「貴方が科学者だって聞いたわ、変な研究に娘を巻き込んでないでしょうね?まぁ、あの子は騙されやすいところがあるみたいだし、心配だけれど」

 

ニッコリ笑う唯の母に、彼女の言葉を聞くそれは目を見開いた。

 

「あの子があそこまで必死になれるのは、貴方が原因よ、ちゃんと責任とってもらわなくては割に合わないわ、だから、いつかちゃんと挨拶に来なさいね、待っているから」

 

そして、唯の母は今度こそまっすぐ駅に向かって歩き出した。

彼女を見送るそれはしばらく彼女の後ろ姿を見つめていたが、やがて、唯の観察に戻ったのだった。

 

 

 

**

 

 

 

母親を見送った唯は手を伸ばした状態で固まっていた。

しかし、そのままではいけないと冷静な頭に叱咤されすぐに自分の部屋に戻る。

自然と自身の机の前にある椅子に座り、机の上にある昨日書いたやることリストのノートを開いて、最重要のところを黒線で消した。

 

(次は…)

 

視線を少し下にずらして確認した唯はそこで思い出す。

 

「……夕飯、誘えばよかった」

 

ぽつりと溢れたそれを、唯はとても後悔した。

 

 

 



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雷の夜

千沙は目の前で起こった光景から目を離せなかった。

二十年後の姿になったランボを見て、圧倒的な力の差にレビィの敗北を予想していたが、まさか十年バズーカの効果が全体を通して五分間だとは思わなかったのだ。

だからこそ、安心した気持ちが裏切られ、静かに目を閉じた。

ランボの死を、泣き叫ぶだろう沢田綱吉の声を受け入れるために。

しかし舞台装置が壊れる音を聞いて、即座に目を開いた千沙の視界に映ったのは、オレンジ色の炎を頭と両手に纏わせた鋭い目の沢田綱吉の姿。

 

(沢田君は……あんな顔をするのか……)

 

「いくら大事だと言われても、ボンゴレだとか、次期ボスの座だとか、そんなもののために俺は戦えない」

 

綱吉の言葉に千沙は肩がはねた。

 

「でも友達が、仲間が傷つくのは嫌なんだ!」

「ほざくな」

 

叫んだ綱吉に容赦のない攻撃があたり、綱吉の体が倒れる。

周りが綱吉ではなく、攻撃した本人に視線を向ける中、千沙だけは綱吉から視線を外せなかった。

 

(知ってる目だ……ゆっちゃんと、同じ……まっすぐな……)

 

突然現れたザンザスを見る綱吉の目を千沙は見つめる。

 

「何だ、その目は……まさか本気で俺を倒して後継者の座を取れるとでも思っているのか?」

「そんなことは思ってないよ!俺はただ……この戦いで誰一人仲間を失いたくないんだ!」

 

膨らんだ殺気に千沙の体は思わず身構えた。

そのことに千沙自身が驚く。

 

「ザンザス様おやめください!これでは、リング争奪戦の意味が……!」

「うるせぇ!」

 

チェルベッロの一人がザンザスを止めるが即座に攻撃され、黙らされる。

気絶したチェルベッロを視界に入れながら、千沙はどうしても綱吉から視線が外せなかった。

それから、綱吉のリングがザンザスに渡り、ザンザスの気まぐれで争奪戦が続行されることが宣言される。

ヴァリアー全員が帰っていく中、千沙はどうしても綱吉から視線を外せず、その場から動くことも出来なかった。

それに気づいた綱吉が顔を上げて千沙を見る。

瞬間、千沙は地を蹴り、綱吉の目前で手を伸ばしていた。

 

「寺田さん?」

 

千沙の耳に綱吉の声が届き、千沙は今しがた綱吉の首を絞めようとしていた自分の手を見つめて固まる。

その時、千沙はどうしようもなく綱吉を叩きのめしてしまいたくて仕方がない気持ちになり、また、そんな気持ちになった自分に何度も驚いていた。

 

「……なんで」

 

やがて千沙から出てきたのは、自分と目が合った時の綱吉を見た時の疑問だった。

 

「……どうして、君は、友達を大事にするんだ」

 

先程から千沙の行動に驚きっぱなしの綱吉は、また突然の質問に驚きつつも、ザンザスに言い返した時と同じ、真っ直ぐな目をして答える。

 

「俺にとって、友達は日常なんだ」

「日常……?」

「なんでもない日を普通に過ごして、バカなことでも笑い合える…俺にとって友達は、そういう存在なんだ」

 

何気ない日常に組み込まれる当たり前の存在であり、それがとても貴重であることを綱吉は唯や獄寺達のことを思い出しながら告げた。

 

「俺ってさ、ほら、ダメダメじゃん?でも、そんな俺に話しかけてくれて、馬鹿騒ぎに混ぜてくれて……それって、俺にとってはすごく嬉しいことなんだ、だから、守りたい」

 

照れくさそうに笑って締めくくった綱吉。

 

(ああ……そうか……)

 

千沙は唯の隣にいる綱吉の存在を認識し、嫉妬の炎を燃やしている二年間に気づくことの叶わなかった事実をようやく理解した。

沢田綱吉は普通に育てられた平民だ。

温かい家庭かどうかはさておき、優しい母親に育てられ、平凡な小学校生活を送り、その性格の甘さから周りから舐められいじめにあうような、そんな気弱なただの中学生男子。

それが、沢田綱吉という人間だった。

 

(違うんだ……私とは、何も……かも……)

 

マフィアの世界で生きることを前提に一般市民に紛れ込んで育てられた、平凡とは程遠い世界に身を置いてきた千沙とはまるで真逆の存在。

友達という存在すら、選ばなくてはいけなかった千沙とは、まったく違う。

何も気負うことなく友達という存在を当たり前のように受け入れることができる、そんな生活を生まれたときからできていた綱吉に、千沙は今、とてつもなく敗北感を覚えさせられていた。

そして、羨ましいとも、思ったのだ。

下唇を思い切り噛んだかと思えば、千沙はその綺麗な目から流れ出る水を雨の一部だと思い込み、そして綱吉の足元を睨みつけて怒鳴った。

 

「私はお前が大嫌いだ!!」

 

綱吉の足が一歩後ろに行ったのを見送りながら千沙は激情を言葉に乗せて叫んだ。

 

「本来ならば、お前と私はゆっちゃんを守るために共闘するべき仲間なのだろう!けれど、私は、お前が大嫌いで、お前がどうしようもなく憎いのだ!!お前を殺したくて殺してくて仕方がない!なのに、それをしたらゆっちゃんが泣いてしまうことを私が一番理解しているのだ!!!」

 

綱吉の目が揺れるが、千沙にそれは見えない。

千沙は綱吉の足元に向かって大きく息を吸って叫ぶ。

 

「どうしてお前はゆっちゃんと出会ったのだ!お前さえいなければ、ゆっちゃんは私と相談して門外顧問の座も私に譲り、平和に暮らすことだって出来たはずなんだ!!」

 

お前さえ居なければと、呪詛のように永遠と叫び続ける千沙を綱吉は黙って受け入れていた。

そして、そんな千沙の言葉が段々と嗚咽と共に小さくなっていくのを見てから、綱吉は落ち着いて口を開く。

 

「それでもきっと、俺は村さんと出会ったと思う」

 

千沙の目が見開き、嗚咽が止まる。

 

「だって、俺と村さんはただの前後席だったけど、俺が一人でいたように、村さんも一人でいたから……クラスが違っても、お互いのことを見つけたと思う」

 

ゆっくりと千沙の顔が上がり、綱吉の顔が視界に映る頃には綱吉の声が涙で濡れていることに気づけた。

 

「俺、超直感っていうのがあるらしいんだ、だから、多分、見つけるよ、村さんが同じ学校なら、必ず」

 

雨のせいで分かりづらいが、綱吉の目からも涙が流れ、それでもゆっくりと千沙に聞こえるようにはっきりと言葉を紡いだ。

千沙は先程と、同じ言葉が頭の中に浮かぶ。

 

(ゆっちゃんと……同じ目だ……)

 

まっすぐに千沙を見る綱吉の目と、過去に自分に謝罪して離れていった唯の目が重なる。

人から目を背けることなく、辛い現実も何もかもを見つめながらも逃げていくその目が、千沙はどうしようもなく憎く、そして愛おしかった。

千沙は目の前が真っ暗になった気分になり、思い切り顔を叩いて顔の水を手で拭い、綱吉を睨む。

 

「……やはり、私はお前が嫌いだ」

 

吐き捨ててすぐに千沙はその場から立ち去り、自宅に帰る。

びしょ濡れの状態で自室に入り、コートを床に脱ぎ捨ててベッドに倒れ込んだ。

シーツに雨水が染みていくのも気にならないほど千沙の気を独占していたのは綱吉の真っ直ぐすぎる表情と言葉。

滲んでしまう視界を見ないように千沙は顔を枕に埋めた。

 

「……大嫌いだ、お前なんか」

 

ポツリと零れたそれは、まるで自分に言い聞かせているような響きを持っていて、千沙はそれら全てを沢田綱吉のせいにした。

ゆっくりと目を閉じた千沙は、意識を全て闇の中を放り出す。

 

(……ゆっちゃんに会いたいなぁ……)

 

ほんの少しの弱音を、薄らぐ意識とともに千沙は消したのだった。

 

 

 

 

 



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似ている人

ふと、声が聞こえた気がして、千沙は薄っすらと目を開いた。

覚醒しきっていない頭でなんとか聞こえてくる会話を拾おうとして、自分が眠っているのが自室であり、誰も入ることは許可していないことを思い出した瞬間、飛び起きて会話している人物たちを睨んだ。

 

「あ、おはよー、ししし」

「おはよう、昨日の格好のままだけれど、風邪なんて引いてないよね?」

 

病気にでもなって門外顧問の戦いが出来ませんなんて馬鹿な話にならないでほしいというのを理解した千沙は、無断で他人の部屋にてくつろぐヴァリアー幹部の二人に質問をした。

 

「……おはようございます、何か御用で?」

「まぁ、そう警戒しなくてもいいじゃん、敵の敵は仲間っていうだろ?」

「ボスが君を呼んでいるんだ、僕らはその迎えだよ」

 

軽薄そうな雰囲気の前髪が長い金髪少年が片手を振りながら千沙が彼らに手を貸している一つの理由を出してきて、帽子で顔の半分が隠れ体を文字通り浮かせている赤ん坊が用件を告げた。

千沙は自身の武器の確認を目だけでしながら、目の前の仲間らしい人物たちに向かって口を開く。

 

「……着替えるから、外で待っていてくれ」

 

ため息交じりに出てきた言葉に、千沙の前にいる人物たちは顔をあわせてそれもそうかと素直に外に出てくれた。

 

(意外に素直?)

 

朝っぱらから嫌な目覚めだと思った千沙はほんの少しだけ彼らへの認識を改めながら、生乾きの服を脱ぐのだった。

 

 

 

 

**

 

 

 

 

「遅い」

「申し訳ありません」

 

開口一番の不満に千沙は頭を下げて丁寧に謝罪した。

威圧感たっぷりに千沙を見ていたザンザスは机に足を置いて、太ももあたりで手を組むと改めて千沙の方に視線を向けて告げる。

 

「頼まれていた武器だ、受け取れ」

「ありがとうございます」

 

ザンザスの隣に控えていたレビィが千沙の前にやってきて黒い袋を渡し、またザンザスの傍に控える。

それを受け取った千沙が礼を言うと、もう用はないと手で払うジェスチャーをされたので千沙はもう一度お辞儀をして部屋を出る。

 

「あ、終わった?」

「……なんだ?」

 

部屋を出て正面の壁に腕を組んで千沙を待っていたらしい前髪の長い少年…ベルフェゴールがニヤニヤしながら千沙に近づく。

それに気味の悪さを感じた千沙は返事をしてしまった数秒前の自分を呪った。

 

「いや、実はさ、日本に来るのって滅多になかったんだよね、だから案内してくんない?」

 

この時千沙はマフィアの娘としては有ってはならないほどわかりやすく顔をしかめただろう。

それを見たベルフェゴールがあの独特の笑い声をあげながら、千沙の腕を掴んで歩き出した。

 

「あの、了承した覚えはないのだが」

「ししし、別に減るものは何もないし、いいじゃん」

「今明らかに嫌な表情をしてたのわかるよな?」

「だから、俺にとって減るものは何もないからいーの!」

 

なんとも自分勝手すぎる意見で千沙と外に出ようとするベルフェゴールの手をなんとかほどこうと千沙は腕を思い切り振ろうとしたが、そこで気づいた。

こんな場所に来るのだから準備はしっかりとしてきたし、持ち物の忘れ物はないと思っていたが千沙にしては珍しくいつも使っていた得物を家に置いてきてしまったのだ。

 

(これ貰うからって持ってこなかったんだっけ)

 

肩にかけている黒い袋をちらりと見て、千沙はため息を吐いた。

本来ならば、今日はこの後、この袋の中にある武器に慣れる作業をする予定だったのだが、これではそれもできないだろう。

 

(……ん?いや、待てよ?むしろこれを理由に出来ないか?)

 

千沙はひらめいた、この武器と自分が彼らにとっての敵にとっての敵である仲間だということを混ぜ合わせて理由にすれば少なくとも予定していたことはできるのではないか、と。

すでに建物の外に出てしまったことに今気づいた千沙は慌てて今計画したことを実行に移すことにした。

 

「あ、あの、ベルフ、ベルフェゴール殿、私には大事な戦いがあるんだ」

「ああ、あの弱そうなやつね」

「そ、そうだ!その弱そうなやつを完膚なきまでに叩きのめすための武器を今日、君のボスから受け取ったんだ」

「あ、ボスの用事ってそれだったんだ、ボスの気まぐれもよくわかんねぇなー」

「それなんだが、何分初めての武器でまだ慣れていないんだ、よければ今日は私の用事に付き合ってもらえないか?どうせベルフェゴール殿のことだから今日の戦いで大した怪我なんてしないだろう?明日こそベルフェゴール殿の観光案内を引き受けようと思うがどうだろう?」

 

そこでようやくベルフェゴールの動きが止まった。

しばらく正面を向いたままだったかと思うと、急に千沙の方に振り返ってその顔を半分覆う前髪越しに千沙を見つめる。

 

「……ど、どうだろうか、ベルフェゴール殿」

 

念押しに千沙が言うと、何を機嫌悪くしたのかわからないが舌打ちをしたので千沙は次の言い訳を考えるために思考を回転させ始める。

 

「そのさ」

 

しかし、ベルフェゴールの声に思考が一瞬止まり、彼の言葉を聞き漏らすまいと千沙は身構えた。

 

「ベルフェゴール殿っていうの、やめない?長ったらしいし、さっき噛みそうになってたじゃん」

「そ、それは……しかし、それならどう呼んだら……」

 

彼が何に対して怒っているのかイマイチ察することの出来ない千沙は首をかしげるばかりだ。

そんな千沙をしばらく見ていたベルフェゴールは何かを理解したのか一つため息を吐く。

 

「……ベルって呼べよ」

「は?」

「俺もあんたのこと、チサって呼ぶから」

「いや、そういう問題では」

「それじゃあ、行くよ、チサ」

 

また千沙の腕を掴んだまま歩き出してしまったので千沙はそれに従いつつ、困惑するしかなかった。

 

 

 

**

 

 

 

ベルが千沙を連れてやってきたのは並盛町の裏山。

 

(確かここは、恭弥が特訓をしていた場所だったような…)

 

「ここなら、邪魔は入んないでしょ」

 

ベルの言葉に千沙は思わずベルの背中を見た。

千沙の腕を話し、両腕を頭の後ろで組んだ彼は千沙の方に振り返って、しししと笑う。

 

「ほら、出しなよ、それ」

 

ベルは自分の得物であるナイフを器用に投げてはキャッチする動作を片手で行いながら視線で千沙の肩にかかっている黒い袋を指した。

千沙はそこでようやく自分の要求が通っていたことを理解し、慌てて黒い袋から武器を取り出した。

 

「へぇ」

「希望通りの形で安心したよ」

 

ベルが興味深そうに千沙の持つ武器を見て、千沙も自身が希望したとおりの形状の武器が届いたことにホッと息を吐いた。

千沙の武器はボンゴレの技術による特殊加工でとても軽いのに頑丈、さらには緩やかなL字型で筒状になっており、多様な戦術が期待できる形だ。

しかし、難点が一つ。

 

「……鉄パイプ、だな」

「まぁ、元々鉄パイプが私の武器だったからな」

 

見た目は完全に工場などにある鉄パイプそのものであり、長さは千沙が立った状態で鉄パイプを地面に立てたら頭一つ分長いというもの。

色は銀色。

間違うことなく鉄パイプだ。

 

「それ、強いの?」

「棒術はそれなりに……だが、鉄パイプでこの長さは初めてだがな」

「だよなぁ」

 

ジロジロと千沙の鉄パイプを見るベルに、千沙はなんとなく得意な気持ちになってさらに武器の説明を始めた。

 

「しかし、この形状でこの長さにこそ意味はあるのだ!長年棒状のものは様々扱ってきたがやはり鉄パイプの凡庸性は高い!ただの棍棒を扱ってもいいが、鉄パイプの良さは使ったものにしかわからないのだが、あえて説明するならなぁ!」

「あーわかったわかった、とりあえずそれ、慣れてないんだろ?早く始めようぜ」

 

ベルがナイフを構えたので、千沙は慌てて口をつぐんで鉄パイプを構えた。

 

「そっちからどうぞ、お姫様」

「ほざくな」

 

ベルの言葉に苛つきながら千沙は地を蹴り、近くの茂みに飛び込んだ。

ニヤニヤとしながらベルは周囲の微かに感じる千沙の気配を探ろうと集中する。

千沙は木々の間を、音を立てずに走りながらベルの様子を伺い集中の途切れる瞬間を待つ。

フェイントばかりの千沙の動きにベルが先読みをしてナイフを投げる。

 

 

「譲ったくせに先手取るんだ、王子様」

「焦らしプレイってあんまり好きじゃないんだよね」

「お気がお短くていらっしゃるご様子で」

「ムカつく」

 

ベルの額に青筋が浮かぶ。

すぐ近くにいるはずなのに姿が見えず、先程のナイフも空振りになったことも相まってベルの苛立ち度はウナギ登りだ。

それでも千沙の動きが止まることはない。

できる限りベルの集中を切らすように、煽るように時々近くを通り過ぎてはまた離れるのを繰り返す。

 

「うろちょろと…!」

 

苛立ちが増していたベルのナイフが千沙のそばにある木に刺さったかと思えば、今度は後ろにあった木に刺さる。

 

「うざいんだよ!」

 

全方向にナイフを飛ばしたベルは視線を忙しく動かして千沙の姿を探す。

張り巡らせたワイヤーの音に耳を澄ませる。

しかし、音も姿もどこにも見当たらない、気配すら。

 

「たまには空を見上げる癖つけたほうがいいぞ」

 

一瞬、その声が耳元で聞こえたような錯覚を覚えたベルはすぐさま顔を上に向けようとした。

まるでスローモーションのようにゆっくりとベルの顔の動きに合わせて、ベルの真横に千沙が降り立つ。

その存在に気づいたベルが顎を少し引いたときには、既に千沙の得物がベルの首にくっつけられていた。

 

「案外、気分転換になるだろ?王子様」

「……しし、そうかも」

 

気づけば千沙を追い詰める予定だったワイヤーは千沙の得物に引っ掛けられており、その中心はベルの首の真横、少しでも千沙がその引っ掛けてある方向を変えればベルの首はすぐさま飛ぶだろう。

どうしようもないことを悟ったベルは、持っていたナイフを手から離すと、その場で両手を上げた。

 

「……参った、やるじゃん」

 

ベルの言葉を聞いた千沙はすぐさま隠し持っていたナイフで素早くワイヤーを切り、ベルの拘束を解除し、鉄パイプを地面に刺す。

それを見て袖に隠していたナイフで近くのワイヤーを切ったベルに千沙は片眉を上げたが、すぐに後方に飛んだ。

先程まで千沙のいた位置に一本のナイフが刺さる、軌道から察するに千沙の心臓をめがけていた。

他のワイヤーは全て切られているので、これで正真正銘ベルの攻撃手段はなくなって、ベルは今度こそ両手を上げて、その手を振った。

 

「伊達にマフィアのお姫様やってないってわけね」

 

上げていた両手を首の後に回してにししと笑ったベルに千沙は眉をひそめた。

 

「そのお姫様というのやめろ、あまり好きじゃない」

 

鉄パイプを地面から抜いて、ズボンに入れていたハンカチで汚れを軽く拭き、持ってきた時の袋に入れると、それを背負う千沙。

 

「いいじゃん、俺、王子だし」

 

何がいいのか千沙にはさっぱりだったが、おそらく千沙が本来所属しているファミリーの一人娘であることから似たような血筋と思ってのことだろうと当たりをつけ、ため息を吐く。

 

「……お前のそれと私は違う、私は二つ名、お前は本物だろう」

 

顔をそらし、そのまま背中も向けて千沙は歩き出す。

一方、ベルの方はキョトンと千沙の背中を見ていたが、すぐに笑ってその背を追った。

 

 

**

 

幹部だけが使用できるダイニングにて。

木造のテーブルを向かい合うようにして座っているベルと千沙は、ミートソースパスタを食べていた。

 

「姫って、マフィアの娘だよね?」

「急になんだ」

「いや、食べ方が綺麗だなって思って」

 

肘を立てて手に頭を載せながら千沙を見つめていたベルの言葉に思わず食べる手を止める千沙。

自分の手に持っているフォークとスプーンを交互に見て首をかしげる。

 

「そうか?普通だと思うが」

「そりゃ、いいところの人ならその食べ方が普通だし、俺だってその食べ方のほうがしっくりくるけど…俺達よりも下の暮らし、もしくは育ちが悪けりゃそんな食べ方しないって」

 

しししと笑いながら千沙と同じような食べ方でパスタを口に入れるベル。

それをジッと見ていた千沙だったが、昔唯と一緒にお昼ご飯を食べた時のことを思い出した。

 

(そういえば…)

 

意識から外れかけた眼の前のベルに、千沙は改めて意識も視線も向ける。

 

【ちーちゃんの食べ方、とっても綺麗!】

 

キラキラした表情で幼い千沙の食べ方を褒めてくれた幼い唯は、それから千沙の真似をして食事を続けていたけれど、やはり慣れていないせいか、いつもの食べ方より余計に汚くなってしまっていた。

まさか褒められるとは思っていなかった当時の千沙は、今ベルをジッと見ているのと同じように唯を見ていたけれど。

当時はなんとなくそれが恥ずかしく、唯と違う食べ方をしているのがなんとなく嫌だったので唯の食べ方を真似てみたが、結局お互いに慣れないことをしてテーブルを汚し、千沙の世話をよくしてくれた人に二人して怒られてしまった。

けれど、今、千沙の心には理由が不明な恥も嫌悪もない。

 

(……似てる?)

 

自分と同じ食べ方をしているベルは、やはり王子として食事のマナーを叩き込まれてはいたのだろう。

自然とできている所作がそれを物語っているし、なんら不思議な事はないはずだ。

けれど、何故か今、ベルと幼い唯の姿が重なった。

自然と口元が緩む。

 

「あれ、どうしたの?」

「ん?」

「いや、急に笑ったから……これそんなに美味しい?普通ってか、少し不味いくらいだと思うけど」

 

不思議そうに首をかしげるベルがまたもや幼い唯と重なる。

 

(そうだ、あの時もジッと見すぎてゆっちゃんは首を傾げていた、それに言葉も……)

 

何故か先程から重なりまくるベルと幼い唯に、千沙はとうとう吹き出してしまった。

それにぎょっと驚くベル。

 

「え、何、怖いんだけど」

「いや、何……少し、似ていたんだよ」

「誰に?」

「好きな人に」

「へ?」

 

間抜けな声を上げたベルに、千沙は今度こそ声を上げて笑ったのだった。

 

 



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矛盾

何度も好きな人について聞いてくるベルをなんとか撒いて自室に戻り、壁の方に持っていた物を全て置いて、椅子に座り部屋を見渡す。

唯の家の隣にあった千沙の家は、公立の中学に通う千沙が一般人から浮かないために用意されたもので、元々千沙しか住んでいなかったので、ヴァリアーの拠点であるここに荷物を移動させるのにそこまで苦労はなかった。

そもそも、私物というものが少ない千沙の今いる部屋にはベッドと机と椅子、それから壁に千沙の武器が掛けられているだけでそれ以外の物はなかった。

しばらく学校を休むことも連絡済みなので制服やスクールバッグも存在しないこの部屋に、中学生らしいものは何もない。

昼食の時のベルの驚きようを思い出して、思わずクスクスと笑う千沙。

 

「私に好きな人がいるのが、そんなに珍しいのか」

「そりゃあね、君は少し謎が多すぎる」

「……マーモン、だったか、不法侵入の上覗きとは感心しないな」

 

声のした方を睨みつけながら千沙が言えば、浮かび上がるかのようにマーモンが姿を現す。

 

「そんな趣味、僕にはないよ」

「現在進行系で行っている者が何を言うか、現行犯だぞ」

「それ以上の罪を犯している僕に言ってて虚しくないのかい?」

「ああ言えば、こう言うやつだな…まぁいい、それで?いつの間に私はミステリアスな美少女ということになっているのだ?」

「そこまでは言ってないよ」

 

一つため息を吐いたマーモンは改めて顔を千沙に向ける。

 

「……正直に言うと、僕はそこまで君のこと嫌ってはいないよ」

「いきなりの告白嬉しいが、先程も言ったように、私には心を捧げたい者がいるのでな、申し出は嬉しいが付き合うことはできない」

「そのつもりは欠片もないから思い上がらなくていいよ」

「冷たいやつだ」

「茶化さないでよ、僕は君と手を組みたいって言っているのさ」

「……諭吉十枚」

「やっぱり嫌いだ」

 

口をへの字にしたマーモンがそっぽを向くが、千沙はそこに欠片も興味が無いのか、そもそもマーモンに視線を向けていなかった。

表面上では茶化し合いをしている仲の良さそうな二人だが、千沙にはまったく興味も関心もない相手だったので適当に返事をしているだけに過ぎず、むしろ焦っているのはマーモンの方だ。

 

「冗談はともかく、本気で僕と手を組む気はないのかい?」

「無いな」

「少しも?」

「ミリ単位もないくらいだ」

「沢村唯についている家庭教師について教えると言っても?」

「……あのクソマッドサイエンティストのことなんて考えるだけでも反吐が出る」

 

ヴェルデのことを思い出したのか、目に見えてわかるほど纏う空気や表情が鋭くなり不機嫌となった千沙にマーモンは少しだけ笑う。

 

(調べた通り、こいつはあいつのことが嫌いなんだ……さて、どう交渉するかな)

 

「……その家庭教師が、今沢村唯の元から離れていると言ったらどうする?」

「……は?」

 

目を見開き、口をぽかんと開けた千沙はようやくマーモンに顔を向けた。

真正面から見る千沙の間抜け面にクスクスと笑うマーモンは交渉のための言葉を続ける。

 

「何が目的かは知らないけれど、あの家庭教師は今沢村唯の傍を離れ、どこかに行っているみたいだ……今なら沢村唯に近づくこともできるけれど、どうする?」

 

ジッとマーモンを見つめていた千沙は目を細める。

確かに千沙にとって、唯をこんな戦いから逃れさせる絶好のチャンス。

マーモンの幻術を使えば、自分の姿などどうとでもできるし、唯に幻術を見抜く力があるとは到底思えない。

癪ではあるが、ヴェルデの姿になって説得をすれば唯はおそらくこの戦いから身を引いてくれるだろう。

 

(そうすれば、あとは私の家で保護をすればボンゴレを狙う者からも守ることができるようになる……そうなれば……)

 

唯と一緒にいる口実ができる、唯のことを堂々と守ることができるようになる。

千沙は目を輝かせ、頷こうとした。

その様子を見てマーモンもニヤリとし、交渉成立を確信する。

だが、その時千沙の脳内に緑のまっすぐな目と嫌味な緑の目が浮かび、動きが止まった。

 

「……?どうしたんだい?」

 

突然動きを止めた千沙にマーモンは首を傾げる。

千沙はしばらくそうして固まっていたが、そこからゆっくりと首を横に振った。

 

「なっ!?どうして!君にとっては良い話じゃないか!」

「……確かに()()()()()()うまい話だ、だがな…ゆっちゃんにとっては悪い話でしかない」

 

呆れた顔で笑うが、そこにほんの少しの寂しさが混じっていることに気づいたマーモンは混乱したまま首を傾げた。

 

「悪い話?」

「ああ、彼女にとってはただ損しかない話だ、私は…ゆっちゃんには心から笑っていてほしいと思う、だから、悪いなマーモン」

「それが意味がわからないっていうんだ、どうして君は…」

「……金と自分が一番のお前にはわからない話だ、それこそ互いに不毛だろう?」

 

平行線をたどるだろうと口を三日月のようにした千沙にマーモンは口を噤む。

千沙の言うことは、確かにマーモンにとっては理解しがたいことだ。

金をこよなく愛し、自分が元の姿になることを第一優先して、その次にようやくヴァリアーとボスのために動くような人間には、千沙の感情を優先した行動は理解できない。

マーモンには不思議でならなかった。

千沙の行動の真意が掴めない、利益では動かない人間なのに、利益のみで動いているようにしか見えなかったのだ。

しかしここでその疑問を投げたとしても答えなんて返ってこないことも予想できる。

だからこそ、返ってきたらラッキーくらいの気持ちでマーモンは口を開いた。

 

「彼女が本気でそれを望んでいるかもわからないくせに、君は君が彼女を笑顔にしたいという君の願望でその選択をしてしまうのかい?それは」

 

 

少し、矛盾していないかい?

 

 

千沙の顔から表情が消え、ゆっくりと下を向く。

答えはなかったので、マーモンはその場から姿を消した。

 

 

 



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嵐の戦い 1

夜 並盛中学校 校舎内にて。

 

 

 

千沙は獄寺が来ないと周りが騒ぐ中、見慣れた廊下を無表情で眺めていた。

 

「どうやら対戦相手は来てないみたいだね」

 

マーモンが呆れたようにさっさと終わればいいと呟く。

 

「う゛ぉおおい!!怖気づいて逃げたか!」

 

ワクワクした表情で相手を罵倒し、今か今かと待ち構えるスクアーロ。

 

「逃げてどうすんだか…どうせリングの争奪戦に負けたら、みんな消されんのに」

 

ね?姫、とベルは千沙に顔を向けて同意を求めるが、千沙の状態は先程から一切変わっていない。

学校の時計が十一時を指したら獄寺を失格とし、ベルが不戦勝となることをチェルベッロが告げて綱吉たちが焦るがそれすらもどうでもいいのか千沙の目は足元からそらされることはない。

 

「綱吉…」

 

ふと聞こえてきた声に、千沙は咄嗟に視線を綱吉たちの方に向ける。

そこには不安そうに綱吉を見る唯の姿があった。

 

「…ゆっちゃん…」

 

自然と手が上がりそうになった自分に気づかずに千沙が唯に向かって手を伸ばそうとした時、その手を掴む人間がいた。

しかし、千沙の視線は唯から外されることはない。

 

「姫、どうしたの?」

 

首を傾げて千沙の視界を埋めるように千沙の手を掴みながら顔を覗き込んだベルに、尚も千沙の目がベルと合うことはない。

返事のない千沙をしばらく見つめていたベルだったが、千沙と同じ方向に顔を向けて、また沈黙する。

11時まで、あと少し。

唯が不安そうに時計と綱吉を交互に見ている。

 

「…私は、君だけを見ているのに…」

「え?」

 

ベルが振り返って千沙を改めて見ると、その目には涙が浮かんでいて思わず掴んでいる手を強く握ってしまった。

しかし千沙はそんなの気にもとめずに、相も変わらず唯だけを見ている。

一切交わることのない千沙と唯の視線に気づいたベルが、口を開いた時だった。

外から聞こえてきた爆音に、ベルの声がかき消される。

獄寺が到着し、綱吉側は喜びと安堵の声を上げて獄寺を囲んでいた。

 

「ん?ベル、何故私の手を…?」

 

先程の爆音で思考が現実に戻ってきたのか、自身の手を握るベルの手を見つめている千沙が首をかしげる。

それを見たベルはすぐに「ししし」と笑って手を離す。

 

「姫の手、姫らしくないなぁって珍しくなっちゃっただけ」

「らしくないとはなんだ、それよりも、ルール説明が始まるから静かにしろ」

「はーい」

 

ベルは独特の笑い声を発しながら、チェルベッロの方に体を向けた。

そんなベルを横目に、千沙は唯の方をちらりと視線をよこしたが、今度はベルと同じようにチェルベッロの方に顔を向ける。

チェルベッロのルール説明後、予期しなかった観戦者、シャマルの乱入もあったが、戦闘の準備が始まった。

円陣の提案を恥ずかしがって断った獄寺に「みんな繋がっているから」と綱吉の方から提案され、それに感動した獄寺がそれを受け入れる。

 

「ほら、村さんも!」

「え?」

「村さんだって、俺達の仲間だよ」

「そーら、入った入った!」

「わわ、お、押さないで…!」

 

自分は守護者ではないからと輪から外れようとした唯を綱吉が見つけて声をかけた。

仲間という単語に唯が驚いて固まったところをすかさず山本が円陣の中に入れたので、唯はそのまま流れに任せて山本と綱吉と肩を組む。

 

「獄寺ー!ファイ」

「「「「「おー!」」」」」

 

廊下に五人の声が響き、一連の流れを見ていた千沙の瞳が揺れたことに気づいたベルが、幹部たちの後ろに行こうとしている千沙の腕を掴んだ。

 

「どうした?」

 

目を見開き、ベルと視線が合う千沙に、ベルはニヤリとして手を握った。

 

「……ベル?」

 

握っている手と手を不思議そうに見つめていた千沙に、ベルは「よし」と言って握っていない方の手で千沙の頭をなでた。

 

「は?」

「俺、絶対勝つから、明日の昼、また一緒に食べよう」

 

それじゃ、とパッと手を離して指定された位置に歩いていったベルを千沙はぽかんと見つめていた。

 

「珍しいね、ベルが約束するなんて」

「なんだぁ?アイツ」

 

隣で眺めていたマーモンとスクアーロの言葉を聞きながら、ゆっくりと千沙は先程までベルと繋いでいた自分の手を見る。

何かを確かめるように握っている力の強弱をつけていたベルは、どこか安心したように笑っていた気がする。

千沙にはそう見えてしまって、けれど、彼が何に安心したのか理解できずに。

 

(この戦いで…わかるだろうか…)

 

画面越しに見るベルの背中が、何故か、大きく見えた。

 

 




お久しぶりです。
投稿がしばらく休んでしまい申し訳ありませんでした!
仕事の方が忙しくなってしまい、投稿するのが難しく、毎週するのができませんでした。
前にも投稿が途切れてしまったことがあり、その時も同様の理由でした。

今後も予告なく投稿が途切れることがありますので、読んでいる皆様にはご迷惑をおかけします、ごめんなさい。
次の投稿は来週の予定です。

では、では!


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嵐の戦い 2

ベルの怒涛の攻撃に防戦一方の獄寺。

マーモンが嵐のような風の中、ナイフを確実に相手のいる場所に飛ばすことができているベルを称賛するが、千沙にはわずかに見えた照明による光で、ベルが獄寺にワイヤーを仕掛けたことに気づいた。

 

(このままならば、ベルの勝ちか…あっけないな)

 

おそらく他の幹部たちも気づいているであろうその仕掛けを、獄寺が気づかない限り、獄寺に勝算はないと判断した千沙は、試合開始前に言ったベルの言葉を考える。

 

(わざわざあの時約束する理由はなんだ…)

 

「動きが止まったぞ」

 

スクアーロが獄寺の映っている画面を眺めながら呟いた。

それで千沙は画面に改めて視線を戻し、何かを考え込む獄寺を見てすぐに先程の考えを改めた。

 

(…気づいた)

 

獄寺が人体模型を盾にし、ベルの仕掛けを見破り、さらには新技のロケットボムでベルへの反撃を成功させた。

これで勝算は五分五分かと、千沙は目を細めたが、幹部たちの言葉に首を傾げた。

 

「ベルのやつ、無傷ではないだろう」

「ということは、あれが始まるね」

「おぞましいぜ」

「…何が始まるんだ?」

 

一人だけ状況についていけない千沙が聞けば、マーモンは驚いたように千沙を見た。

 

「君、ベルと手合せしたんじゃないの?」

「その時は、お互いに無傷だった」

「…なるほどね、ベル、手加減したんだ」

「それは」

「じゃあ、見てれば分かるよ」

 

手加減をしたということろに反論しようとした千沙を無視して、画面に視線を戻したマーモン。

納得がいかないまま、爆発による煙が晴れてきた画面を千沙も見る。

現れたベルは大怪我とはいかないものの、ところどころ焼けており、頭からも少し血を流していて、無事とは言えなかった。

しかし、何よりも千沙を驚かせたのは、そんな中で不気味に笑っているベルの表情。

 

「あ゛あ゛~、流しちゃったよ、王族の血を~!」

 

まるで惜しむように、しかし、体全体で快感を味わうかのように体全体を動かすベルはまさしく狂気そのもののように見えた。

 

「始まるよ、プリンス・ザ・リッパーの本領が」

 

マーモンの先程の言葉と合わせて聞いて、千沙は理解した。

 

(…ああ、あの時…)

 

千沙と手合わせの際は、ベルは積極的に動くことはしなかった。

それは彼の戦闘スタイルではあるのだけれど、今回獄寺にしたような仕掛けは千沙にはされていなかった。

時間がなかったのではなく、ただの手合わせで殺す気はないからしなかったのだろう。

何にせよ、千沙の武器が鉄パイプであったことも関係していたかもしれない。

最後に怪我を覚悟で攻撃することも可能だったはずのベルがそれをしなかったのを、千沙はその後に控える獄寺との戦闘のためだと思っていたが。

 

(…私を戦闘不能にしないため、か)

 

血を流し、キレてしまったらただの手合わせどころではすまない。

先程獄寺が図書室に逃げ込んだ際にも、ベルは「またかくれんぼ?」と言ったことから記憶そのものはあるのだろう。

しかし、キレてしまったら制御ができないのかもしれない。

相手を殺すことしか考えられないことを。

策を巡らし、ナイフとワイヤーを先の展開を読んだ上で投げられてしまうのは、千沙の戦闘スタイルでは厳しい。

現に獄寺も、ワイヤーが張り巡らされた図書室での行動ができなくなっている。

獄寺の状況が、もしも自分だったらと考えた千沙は遠距離武器を持っていない自分では確実にこの勝負は負けだと判断した。

 

(それで手加減か…これで獄寺は…)

「まだ、終わってない」

 

凛とした声がその場に響き、千沙の耳にも入る。

その場にいた誰もが、その声の主に視線を向ける。

 

「ししし、おしまい!」

「……お前がな」

 

画面から聞こえてきた声を聞いて今度は誰もが画面の方を見たが、千沙だけは先程の声の主である、唯から視線が外せなかった。

この場にいる全員の視線を集めながらも、画面から一切視線をそらさなかった唯は、他のメンバーが獄寺の快進撃を見て驚く中、全く動揺した様子は見えない。

 

(なぜ、そこまで…)

「さしものベルも、落ちたね」

 

マーモンの言葉で、千沙の視線が画面に戻る。

千沙の頭の中に試合開始前の言葉がフラッシュバックした。

 

【俺、絶対勝つから、明日の昼、また一緒に食べよう】

 

画面に映るベルは、ボロボロで黒焦げだ。

もうここから逆転劇、というのは厳しいだろう。

幹部たちが諦めているのだから、本当に望みは薄い。

 

【また一緒に食べよう】

【食べ方が綺麗だなって思って】

【それじゃあ、行くよ、チサ】

 

ベルと会話をし、時間を共に過ごしたのは今日が初めてだった。

それなのに浮かんでくる言葉たちに、姿に。

 

「…まだだ」

「え?」

 

隣にいたマーモンが千沙を見て、口を少し開けた。

先程まで、唯に対して抱いた疑問や感情が今の千沙にはない。

ただ真っ直ぐ、思うことは一つ。

 

「まだ、終わってない」

 

これで終わってほしくはない、という願望のみ。

そんな千沙の言葉に答えるかのように、獄寺のリングを掴んだベル。

 

「勝つのは俺!」

「ベル…!」

 

そのままの勢いで獄寺に馬乗りになり、掴み合いになるベルと獄寺。

思わず名前を呟き、口をあんぐりと開けた千沙の横でレヴィとマーモンが予想する。

 

「ベルのやつ、まだやれたのか」

「いや、今彼を動かしているのは勝利への執念、負けを認めない王子の本能だ」

 

チェルベッロから改めて、時間経過による爆発の知らせが入ったことから、このままの状態が続けば両者爆発によりただでは済まない状況になることがわかった。

綱吉側から早めに勝負を終わらせることを急かす声が上がるが、そんなことは獄寺、そしてベルも理解している。

それでもお互いに消耗してしまった体力と勝利への執念により、チキンレースとなってしまった。

 

「ツナ、どうするんだ」

 

リボーンの言葉に唯と綱吉は戸惑ったようにリボーンを見る。

 

「え?どうするって…」

「やむを得んな、リングを敵に渡して引き上げろ、隼人!」

 

冷静なシャマルの言葉に、放送でシャマル達の声が聞こえている獄寺が「ふざけんな!」と反論する。

 

「こんなもんでやられんのは馬鹿げている」

「1勝3敗じゃもう後がねぇ!致命的敗北なんだ!」

「お前の相手はもう壊れちまっているんだ、もう勝負になっちゃいねぇ!戻るんだ!」

「手ぶらで戻れるかよ!!これで戻ったら、十代目の右腕の名が廃るんだよ!」

「獄寺君、そんなことを!」

 

綱吉が嘆くがそんな事を気にしている暇が今の獄寺にはない。

そんな様子を見つめていた千沙は先程からマーモンとシャマルの言葉が頭の中で響いて仕方がなかった。

ベルはもう壊れている。

先程シャマルが発したことは、事実であるし、マーモンの言った執念のみで動いているというのも本当だ。

それでも、千沙は考えずにはいられないのだ。

 

「…ベルが、リングを譲ることは、しないのだろうか…」

「ありえないね、今のベルに敗北という言葉は存在しない」

 

間髪入れずにマーモンが千沙の言葉を否定する。

画面に映るベルを千沙は瞳を揺らしながら見つめる。

 

「…だけど…あれでは…」

【また一緒に食べよう】

(たとえ勝てたとしても…)

 

この勝負をベルが勝ったとしても、次の日のベルはおそらく医務室から出ることも難しい重傷者として治療を受けることになるだろう。

ヴァリアーの幹部であるから回復そのものは早いだろうが、半日はベッドの上で過ごすことになるはず。

そうなれば、勝負前にベルが勝手に約束してきた昼食の話はなかったことになる。

 

(…また…無かったことになるのか…?)

 

千沙の脳内に、幼い唯が申し訳なさそうに背を向けて去っていく姿が浮かぶ。

あの時も、千沙は唯が特別な友人関係であったことを無かったことにされていたのだ。

それが今日に至るまでの千沙にとって、トラウマとなっていて。

だからこそ、千沙は誰かを特別に想うのは唯だけと決めていたのだ。

他に特別を作ってしまったら、もう千沙の心は完全に壊れてしまうとわかっていたから。

だが、それを無視して千沙の特別になりかけている男が一人、画面の中にいる。

会話をして共に過ごしたのは今日が初めてで、たった半日しか一緒に過ごしていない、そんな男だ。

けれど、どうしても千沙の中にある何かを刺激してやまないのだ。

狂気を帯びた笑みを浮かべては、この勝負の勝利にしか執着していない様に見えるあの男が。

千沙は、湧き上がってきた感情のままに叫んだ。

 

 

「「ふざけるな!!」」

 



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嵐の戦い 3

 

千沙と綱吉の言葉が重なる。

獄寺とベルの動きが止まった。

 

「なんのために戦っていると思っているんだよ!!」

「何を思ってそうまでして勝ちにこだわるんだ!」

 

それは嘆いているような声だった。

 

「また皆で雪合戦するんだ、花火見るんだ!」

「今度は手加減なしに手合わせをしたい、お互いに無傷だったじゃないか!」

 

己の欲望を、初めて曝け出すことを許してくれる相手だった。

 

「だから戦うんだ!だから強くなるんだ!」

「また不味いパスタを一緒に食べるんだろう!?」

 

穏やかな時間を、自分を大事に守ってほしかっただけだった。

 

「また皆で笑いたいのに、君が死んだら意味がないじゃないか!」

「お前が勝手に約束をしたのに、それを台無しにするつもりか、無責任野郎!!」

 

祈るようなその言葉が、全ての本心だ。

獄寺は呆然とし、ベルは笑みを消した。

 

「十代目…」

「……チサ?」

 

それぞれのかすれた声を最後に爆発音の後、画面は砂嵐となる。

綱吉と千沙はうまく足に力が入らず、画面を見つめたまま座り込み、その場に砂嵐の音と火薬などの無機質なものだけが広がっていた。

綱吉達の嘆き声に混ざるように、千沙は一切画面から視線を外せないまま呟く。

 

「……ベル」

 

もはや、状況は最悪だった。

 

「……ん?あそこを見ろ」

 

その時、なにかに気づいたリボーンが煙の先を指した。

全員がそちらを向くと、煙の中からボロボロになりながらもなんとか歩いてやってくる獄寺の姿が。

シャマルがセンサーの確認をして、もう止まっていることを告げると綱吉たちは一斉に獄寺のところへ駆け寄った。

ベルがやってこなかったことを理解した千沙は、ふらつきながらも立ち上がって、綱吉達の横をフラフラと通り過ぎて煙の中に入る。

視線をさまよわせるかのように千沙はあの男を探した。

 

「ベル」

 

遠くの方で、獄寺が花火見たさに戻ってきたことが聞こえてきて、それに安堵の声を発する綱吉がわかった。

しかし、千沙の声に返事はない。

 

「ベル」

「……チサ」

 

か細い声で名前を呼んでいたのに返事がきて、千沙の意識はようやくはっきりとし、すぐさま声のした方にしっかりと近づいた。

リングの繋がったチェーンを2つ掲げているベルが、仰向けになって寝ていて、自然と千沙は詰めていた息を吐く。

 

「馬鹿者」

「でも勝った、これで約束はだいじょーぶ」

 

うししと笑ってリングを千沙に渡したベルは、そのまま千沙の手を握る。

 

「その怪我では食事もままならないだろ、どうするつもりだ」

「ほら、ドラマとかであんじゃん、あーんってやつ、あれやって」

「……私は、お前の恋人ではない」

「固いこと言わないでよ」

 

ニギニギと何かを確かめるように千沙の手を握るベルに、とうとう千沙は質問する。

 

「気持ち悪い、なんなんだ、戦いの前も、今も」

「ん?」

「手だ、手」

「あー……チサの手、かさぶただらけだなぁって、姫らしくない」

「白魚のようなものでなくて残念だったな」

 

片眉を上げてふんと鼻を鳴らした千沙にベルは「ししし」と笑って、千沙の右手を両手で包む。

 

「そういう意味じゃないよ、大丈夫、姫らしくないだけで、チサの手はとってもきれいだよ」

「……どういう意味だ」

 

今度こそ可笑しそうに体を揺らしたベルは、怪我で痛みもあるはずなのに、まるで無傷のように起き上がって改めて千沙の両手を自身の両手で包んだ。

 

「俺が勝ちにこだわってるように、チサにもこだわってるものあるんだろ?それが伝わってくる、良い手だと思っただけ、ただ、ささくれ多すぎ!」

 

(あ……)

 

にししと片手で鼻をこすって余計に鼻の下を汚したベルは、決して王子のようには見えなかった。

高貴な空気というのは完全に消えたわけではない、そういう意味ではない。

ただ、今の千沙には、自分の手を包んでくれているベルの手が大きく思えた。

男社会の家で育った千沙には珍しくないはずの感想だ。

それでも、初めてだと思えた。

伸ばしてちゃんと掴んでくれた手がこんなに安心できるなんて、千沙は知らなかった。

ぽたりと、千沙の手を包んでいるベルの手に雫が落ちる。

 

「チサ!?」

 

ベルは慌ててポケットからボロボロの白かったハンカチを出してチサの頬に当てる。

千沙は、自身が泣いているということを理解した瞬間、それの止め方を今だけは全て無視した。

 

「いなくならないでくれたのか」

 

ボロボロと溢れる涙のように、感情いっぱいに言う。

 

「は?別に俺死なないよ?」

「でも、ばくはつにまきこまれてた」

 

キョトンとした顔に、ムッとしながら千沙が言い返したら、ベルは天井を見上げ、思い出しながらこたえる。

 

「あー、ヴァリアークオリティー?だったかな、そういうのあるから爆発じゃ死なないって」

「やくそく、なかったことになるのかと」

 

つい、こぼれた言葉だった。

 

「しないって!俺約束はちゃんと守るよ、なんたって王子だからね!」

 

そう言って笑ったベルを前に、千沙は認めざるを得なかった。

 

「じゃあ、約束、してくれるか」

 

だから、きっとこれも受け入れてくれるかもしれないと、千沙はほんの少しの欲張りをしてみた。

 

「なーに?」

 

ベルのハンカチをぶんどってごしごしと自身の涙を拭った千沙はまっすぐにベルを見つめて問う。

 

「この戦いが終わっても、一緒にいるって」

 

硬い声だった。

しかし、ベルは嬉しそうに優しくこたえた。

 

「もちろん!」

 

ほんのり頬を染めたその答えに、たった一日の付き合いである目の前の男を、千沙は認めざるを得なかった。

 

 

彼が、自分にとって“特別”であるということを。

 

 

千沙は声もなく大きく泣いた。

 

 



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覚悟は決まった

「千沙……?」

 

聞こえてきた男子の声に、その場にいた綱吉・唯・獄寺・山本の四人は顔を青ざめた。

 

「……きょうや?」

 

泣いているせいで舌っ足らずになってしまっている千沙にそれまでヴァリアー隊員を倒してここまでやってきた並盛馬鹿がバーサーカーに変化した。

 

「……泣かせたのは君?」

 

トンファーを構えてベルに近付こうとする雲雀に千沙は何をしようとしているのか理解して慌てて涙を拭いて雲雀の前に出た。

 

「ま、待て恭弥!これは私が勝手に泣いているだけだ!」

 

相棒である自分が泣かされて怒っていると判断した千沙はすぐさまベルを庇う。

何故雲雀がここにいるのかはわからないが、大方、並盛中が破壊されていることに気づいていて今日文句を言いに来たのだろうと予想した千沙は自分がここにいることをどう言い訳しようかと考える。

 

「千沙、どいて、そいつを噛み殺すから」

「大事な友達が噛み殺されるってわかっていてどく人間はいないなぁ」

「何……?」

 

“大事な友達”というワードを聞いてピクリと肩を震わす雲雀。

その様子をみて何かを察した千沙はニヤリと笑う。

 

「そうさ!恭弥、君は今自分がどんな状況にあるかわかっていないみたいだな」

「どういうこと?」

「君は物事を単純に見すぎるところがある、それは良いところではあるが悪いところでもある!いつも言っているだろう?物事はもっと複雑であると!」

 

首を傾げ不思議そうにトンファーを持つ手を下ろした雲雀は千沙に視線で続きをすすめる。

 

「今回君はここに、校舎を壊され文句を言いに来たのだろうがそれは早計というものだ、何せここでは君の望む戦いができるかもしれないのだからね!」

「彼らは侵入者だよ?噛み殺したっていいはずだ」

「わかっていないなぁ、さては君、戦ってくれたあのお兄さんから何一つ聞こうとしなかったな?今ここで行われている戦いがどういうものなのかってことをさ!」

 

両手を大きく広げ、演説をするかのように千沙は雲雀に語る。

 

「今回、私が参加しているこの戦いでは、2つのチームに分かれている、一つは君が嫌う小動物、沢田綱吉が率いるチーム、そしてもう一つは私が所属するマフィアチームだ」

 

正確にはどちらもマフィアチームであるし、決して千沙の家が中心のマフィアというわけでもないのだが、説明をする時間も惜しい今はこれが手っ取り早い表現だった。

 

「君は知ろうとしなかったからわかっていないかもしれないが、今、現在、私と君は敵同士にある」

「……僕があの小動物のチームってこと?入った覚えないけど」

「君は覚えがなくとも、君のその、服の中に隠れて見えないリングを受け取った時点で沢田チームに入ることを受け入れたということになっているんだ、相手はしっかりと説明してくれたはずだよ」

 

雲雀のポケットを指した千沙の言葉に、雲雀はポケットからハーフリングを取り出す。

グッとそれを握るとチェルベッロの方に体を向けようとしたので千沙がすかさず声を発する。

 

「待った!それを返したとしても君にとっては損にしかならない」

「……千沙と同じチームでない時点で損しかないよ」

 

真っ直ぐな雲雀の言葉に一瞬千沙は言葉を詰まらせたが、現状雲雀を説得できる適任は自分しかいないのでなんとか耐えて言葉を続ける。

 

「君の相棒として、大変嬉しい言葉ではあるがもう少し話を聞いてくれ、恭弥、お前は六道骸との再戦を望んでいただろう?」

 

雲雀の動きが止まり、期待した目で千沙を見た。

 

「できるの?」

「可能性は低いがゼロではない、お前の立ち回り次第になるが」

「……校舎の修繕は?」

「あそこの女性たちが責任を持って行ってくれるらしい、そうだろ?」

 

千沙に問われてすぐにチェルベッロは頷いた。

 

「はい、我々が責任を持って全て修繕し、元通りにします」

 

全く迷いのない答えに雲雀はしばらく考え、そして改めて千沙を真っ直ぐに見た。

 

「君と敵同士であることに意味は?」

「あまりないが……そうだな、味方であるよりも動きやすくなる、君もいつもいっているだろう?群れるのは嫌いだと、ならばそれを今回は尊重しようじゃないか」

 

真っ直ぐに千沙を見続け、言葉を聞いていた雲雀の目が見開き、口も少し開いたがグッと結ばれ三日月のように口の端を上げた。

 

「そう……なら、好きにするよ」

 

そう言って去っていった雲雀がいなくなったのを見て千沙はすぐさまベルの方に視線を向けると、力尽きたのか気絶していた。

よくよく考えれば当然であり、ベルは先程爆発に巻き込まれてあちこちを怪我しているのだ、早急な治療が必要だろう。

先程、明日の対戦が雨の守護者であることと集合時間も聞いたので千沙にとってここにはもう用はない。

 

「ちーちゃん!」

 

ベルを背負って立ち去ろうとした千沙を、唯が呼び止める。

今の千沙にとって最優先はベルであるため立ち止まる必要はないが、千沙の心が唯の言葉で咄嗟に足を止めた。

 

「あ……その……」

「……ゆっちゃん、私は、君と戦う日を楽しみにしている」

「え?」

 

言葉に迷っている唯を見て、千沙は努めて優しい声でそう告げた。

驚き聞き返す唯にクスクスと笑って千沙は続ける。

 

「不思議なんだ、君と戦うことそのものは嫌であったはずなのに、今は楽しみになっている」

 

目を伏せ、これまでのことを思い返し、穏やかに笑った千沙を唯は不安げに見つめる。

 

「まだ、答えは出せていない部分もある、君への気持ちや、その他に対する気持ち……けれど、このまま戦いが続けば決着がつきそうな気がするんだ、私も、君も」

 

千沙は唯の足元を見つめる。

 

「その日も近いとくれば、楽しみになるのも自分で頷ける……なぁ、ゆっちゃん、君はどうだ?どうか、その答えは私と戦うその日に教えてほしい」

 

だから今は、邪魔しないでくれ。

 

言外にそれを語る千沙は、すぐにベルを背負い直してその場を去った。

残された唯は千沙がいた場所を見つめ続け。

なんだか、不安になったのだった。

 

 



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伝言

ヴァリアーが去った後やってきたディーノの説明で山本の対戦相手であるスクアーロがヴァリアーのボスに相応しい強さを持っていると知った面々は各々思うところはあれど、ひとまずその場は解散ということになった。

唯は先程千沙から言われたことが頭から離れず、ついその場から動かないで考えていた。

そんな唯に気づき、ニィっと笑ってゆっくりと後ろから近づいて。

 

「わっ!」

「ひっ!?」

 

突然の声に驚いて唯が振り返ると、そこにはニコニコとしている山本がいた。

 

「や、山本君」

「さっきのことか?」

「……うん」

 

誤魔化そうか考えた唯だったが、何故か山本にはバレそうな気がして素直に頷く。

山本は「そうかそうか!」と笑い、それから「とりあえず帰り送るぜ?ここにいても仕方ねぇし」と帰ることを促した。

唯はそこでようやく自分と山本以外は全員帰っていることに気づいて慌てて頷いた。

 

「ご、ごめん!帰ろう!」

「おう!」

 

校舎から出た2人、門に向かって歩いていたが山本が誰かに気づき唯を背に庇う。

 

「誰だ」

 

低く警戒している声に唯が驚いていると、慌てた声が聞こえてきた。

 

「せ、拙者でござる、山本殿!沢村殿!」

 

すぐに姿を見せたバジルに山本は警戒を解き、唯もホッと息を吐いた。

バジルに近づきながら山本は首を傾げる。

 

「こんなところで何してんだ?もう帰ってたはずじゃ…」

「はい!一度は戻りましたが、その際に親方様からの手紙が届きまして、これを、沢村殿にお渡ししようと」

「私に?」

 

懐から手紙を出して唯に差し出すバジルに、戸惑いながら唯は手紙を受け取り、チラチラとバジルを気にしながら手紙を開けて中を見た。

そこにはこう書かれていた。

 

『未来の門外顧問へ

これを君が受け取っている頃、もうすでに俺は日本にはいないだろう。

俺は今、イタリアのボンゴレ本部にいる。

そこで何をしているのかは秘密にさせてもらうが重要な任務についているということだけ理解してほしい。

今回君に手紙を出したのは他でもない、今君が目前に控えている戦いについてだ。

きっと君は様々な問題が露呈して戸惑っている頃だと思う、自分の問題、他人の問題。

家庭教師からの定期連絡が途絶えてしまったことから、君への教育も満足にできていないことも理解しているし、それはこちらの落ち度だ、申し訳ない。

部下からの報告で、君の兄が君に関することの大半を教えたと聞いた。

どこまで聞いているかわからないが、今回君に伝えたい事は実はたったの一つだけだ。

これから君は今以上に問題が山積みとなってしまうだろう。

だが、どうかこのことだけは忘れないでほしい。

 

君は選ばれた人間だ。

 

このことが、君の成長につながればいいと願っている。

それでは、健闘を祈る。

ボンゴレ門外顧問 沢田家光』

 

「親方様は、沢村殿にとても期待しているのでしょう、だからこそ手紙を……沢村殿?」

「沢村?どうしかしたか?」

 

読み終わった頃を見てバジルが家光の気持ちを解説しようとして、動かない唯に声を掛ける。

山本も不思議に思って唯の顔を覗き込めば、目を見開きそれを揺らしながら動かない唯がいた。

唯の視線の先を追って見た言葉に山本はもう一度唯を見る。

唯が見ていた言葉は家光が唯に最も伝えたかった言葉だった。

しかし、唯の様子からそれを唯が喜んでいるようには見えない。

この反応は、どちらかといえば……。

ゆっくりと顔を上げて唯はバジルを見た。

その表情を見て、バジルは己と自身の尊敬する親方様の失態を理解した。

不安にさせまいとしようとしたのか、上がっている口の端。

それでも湧き上がる感情のせいで目は大きく開かれ、右目からは一筋の涙が流れていた。

それはとてもちぐはぐで、けれど今の唯にできる精一杯の“笑顔”だった。

 

「わかりました」

 

街灯に照らされたその表情がとても不気味で不安定で、バジルはどうしたらいいかわからず動けずにいた。

その時、唯の頭をガシガシと撫でる人物が。

 

「わっわっ」

 

思わず声が出て戸惑う唯はそれが止むと恐る恐る自分を撫でただろう山本を見上げた。

山本はジッと唯を見ていたが、先程と違う唯の戸惑う表情を見てニコッと笑う。

 

「明日、ちょっと俺に付き合ってくんね?」

「明日?」

「おう!」

 

締まりのない表情でそんなことを聞く山本に唯は苦笑して頷く。

 

「いいけど」

「よし、決まりだな!バジルはどうする?」

「あ、せ、拙者は沢田殿の修行の手伝いがありますので……」

「そうか?頑張れよ!」

「は、はい!」

 

数分前の空気と違い、ずいぶんと軽くなったこの場に安心したバジルは唯と山本に別れを告げて、その場を去り、残った2人も帰路についた。

時間もかなり遅くなってしまっているからか、どこか2人の歩みは早い。

 

「明日、何するの?」

「んー?どこか行きたいとこあるか?」

「いや、ないけど……」

 

そもそも山本の方から誘ってきたのだから、唯に行きたい場所などなかった。

山本は「そうか?」と言って悩みだしたので、山本の方も突然思いついたことだったのだろう。

提案したのは山本であるのに、と唯は首を傾げる。

歩きながら山本はしばらく考えていると「あ!」と何かひらめいた。

 

「それじゃあ、明日、並中の屋上集合な!」

「わ、わかった」

 

そこでタイミングよく唯の家についたので山本と別れた唯は家に入り靴を脱いで、キッチンに行った。

手洗いうがいを終え、風呂に入り、自室に戻り、乾いていない髪をそのままにベッドで横になってようやく思考がはっきりする。

 

(そういえば……次、なんだっけ……)

 

動きたくないという欲望を抑えてなんとか起き上がり、机の上にあるノートを開く。

黒線が2つ引かれているその下には『祖母のところへ行く』と書かれていた。

これを書いた二日前くらいの自分が何を思っていたのかを思い出して苦笑する。

たった数日違うだけなのに、ここまで気持ちが変わるものかと呆れたのだ。

そこでふと、山本のことを思い出す。

携帯を取り出し、夜も遅いのでメールだけを送る。

 

 

[明日、行きたい所あるんだけどいいかな?]

 

 

送信完了を確認してから、携帯を充電コードに挿してベッドに潜る。

ゆっくりと意識がなくなる寸前に携帯が震えたが、明日確認すればいいと思った唯は、そのまま意識を手放した。

 

 

 



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精神世界にて

 

大きな雲が流れる青空と太陽の光を浴びてふんわりと優しい緑色に輝き揺れている草原の中、ぽつんと建っている家がひとつ。

柵で囲まれた木造の家は、玄関まで少し空間があり、そこが庭となっていた。

庭の右側には一本の楓の木があり、鮮やかな赤色の絨毯をその周りに作っており、木にもまだまだ紅色の葉がついている。

左側には木製のテーブル一つと椅子が2つあり、毎日使っているのか地面についている足以外に汚れは見当たらない。

そんな家の柵の前でボーッと唯はそれらを眺めていた。

 

「おや、これが貴方の世界ですか」

 

突然、後ろから声が聞こえてきたが唯は特に動揺することなくゆっくりと振り返る。

そこには、白いシャツに黒いズボン以外身につけているものがない、右目に六の文字を持つオッドアイが特徴的な青年が優しい笑顔で立っていた。

 

「あなたは……六道、骸さん、でしたっけ」

「はい、こうして出会うのは初めてでしたね、初めまして、六道骸といいます」

「沢村唯です、散歩ですか?」

「そんなところです」

 

綱吉からの話や自身で調べてはいたので目の前にいる人物がどういう人間なのか知っている唯は、自身でも驚くほど穏やかに会話をすることができていた。

警戒心を抱かせない天才なのか、それとも今の唯にとっては脅威ではないと無意識に思っているのか、その両方か。

今の唯にはわからないが、それを突き詰めて考えるのはなんとなく今は無粋な気がしたので、唯は深く考えることをやめて微笑み、家を指した。

 

「座るところもありますし、どうですか?」

「いいのですか?」

「不思議と今の貴方は平気な気がするんです、どうぞ」

 

柵の中に入り、その扉を開けて手招きする唯に拍子抜けしたように息を吐いた六道は呆れて微笑むが素直に受け入れて、柵の中に入り楓の木が見える方の椅子に座った。

残っている椅子に座った唯はサーッと穏やかに流れた風に揺れた髪が目に入らないようにと閉じる。

その様子を見ていた六道は「クフフ」と笑って楓を見た。

 

「とても立派なものですね」

「え?ああ、あれですか?あれ、祖母の家にあるやつなんですよ」

「ほう、お祖母様の?」

「私はおばあちゃんっ子だったので」

 

懐かしそうに目を細めて楓を見つめる唯をしばらく眺めていた六道だったが、フッと笑って頬杖をついた。

 

「不思議な御人ですね、あなたは」

「それは、どういう?」

「いえ、僕は貴方にとっては敵であるはずなのに、こんな場所まで招き入れて……奇妙な方だな、と」

 

大切なのでしょう?あの木も、この庭も、この家も。

 

一つ一つに視線を送りながらそう言った六道に、唯も同じ様に視線を向けて、六道に視線を戻す。

それからクスクスと笑ってしまったので六道が目を細めて首を傾げた。

その様子を見て、唯は笑いながら言う。

 

「すみません、ただ、今の私にとって本当に大切なものが何かを、貴方はわかっていない様子なので、つい」

「ほう?では、何かあるのですか?これらとは違う、別の大切なものが」

「ええ、ええ、ありますよ、けれど……それは、貴方が入ることのできない領域にあります」

「……なるほど」

 

六道は横目で家の中を観察し、木製の扉の向こうに広がる空間に不釣り合いな鉄の扉を見つける。

唯の言う六道の入ることができない領域とは、その鉄製の扉の向こうなのだろう。

こんなに穏やかで優しい世界が広がっているのに、さらに奥深くがある。

 

「随分と……厳重ですね」

「はい、大事な物ですから」

「どういうものかくらいは、教えてもらえますか?」

「いいえ?」

 

ニッコリと否定する唯をジッと微笑んで見ていた六道だったが、やがて「クフフ」と怪しく笑うと両手を組んで肘をテーブルに立てると、手の上に顎を乗せて、目を三日月のようにした。

 

「それは残念、けれど、安心しました」

「安心?」

「僕はこう見えて、寂しがり屋なのですよ、けれど、どうやら僕だけが知らない秘密というわけではないようで安心しました」

 

唯の表情から笑みが消え、困惑の色が浮かぶ。

それが愉快でたまらないというように口で弧を描く六道は続けた。

 

「入れていないのでしょう?その証拠に、あの鉄扉にはドアノブと思しきものがない……あれではただの鉄製の壁です」

 

息を呑み、固まってしまった唯に六道は「クフフフ」と笑う。

六道の言う通り、家の中にある鉄製の扉にはドアノブがなく、あるのは鍵穴のみ。

 

「そして、あなたのどこを見ても、ここから見える範囲でも、鍵はどこにも見当たらない……あなたもあの中を覚えていないのでしょう?」

 

なくしてしまったのでしょう?

 

まるで蜂蜜のように甘くとろけるような優しい声でそう問いかけてくる六道に唯は視線を外せずにいた。

まるで霧の中で迷子になったような気分になった唯は、なんとか目の前にいる六道を見逃さないように見つめ続ける。

 

「大丈夫、僕に任せてくれれば、あの扉を開けてみせましょう」

 

どこまでも怪しく、狂気を持った笑みのはずのそれが唯にはとても慈愛に満ちたものに思えて仕方がなかった。

六道のことは綱吉との一件があったので調べてはいた、だからこそ、きっと六道ならば言葉通りに壁となってしまったあの扉を開けることができてしまうだろう。

 

(このまま、任せてしまえば……)

 

カシャン、という音がその場に響いた。

 



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精神世界にて 2

 

「……ん?」

 

六道はゆっくりと自分の右手につけられた手錠と、それが繋がった紐の先を視線で追う。

するとそこには、静かな怒気を含んだ瞳で六道を見ているプラチナブロンドの男性がいた。

 

「あなたは?」

「それを君に教えるつもりはないよ、早くここから立ち去れ」

「おやおや」

 

男性が思い切り紐を引っ張ると、それにつられた手錠が六道の右手を容赦なく引っ張る。

それに抵抗することなく立ち上がった六道の行動で、唯はようやく現状に意識を戻すことができた。

男性の姿に見覚えがあった唯は目を見開き、ほんの少し口も開けてしまう。

六道はそんな唯に視線をちらりと向けたが、諦めたように両手を上げてから唯に体を向けた。

 

「邪魔が入ってしまいました、けれど、次会うときには先程の返事を聞かせてくださいね、クフフフ」

 

そう笑って霧となって消えた六道骸がいた場所を見つめる唯に、男性が手錠を回収しながら近づく。

ゆっくりと男性に視線を向けた唯に、男性は優しく微笑んだ。

 

「こうして会うのは初めてだね」

「あなたは……?」

「僕の名前はアラウディ、名前だけなら聞いたことあるんじゃないかな?」

 

(雲雀さんに似てる……ん?アラウディって確か……)

 

頭の中にあるアラウディという名前の男性について思い出そうとする唯を優しく見つめるアラウディ。

それはまるで、愛おしい者を見るかのようで。

 

「あ!初代門外顧問の!」

 

ひらめいたと手を一回叩いた唯。

 

「そちらのほうが先に出るのは珍しいけれど……うん、よく勉強しているね、えらい、えらい」

 

親が子供を褒めるかのように優しく唯の頭を撫でるアラウディに唯は困惑した表情でアラウディを見つめる。

そんな唯が面白いのかクスクスと笑いながら手をどけたアラウディは唯の瞳を見つめた。

 

「君の目は、おばあさんに似たね」

「おばあちゃんに?」

「うん、君のおばあさんは君と同じ髪と目の色をしていた、覚えてない?」

 

唯は自分の祖母の姿を思い出す。

唯にとっては優しくない家族と違って、父方の祖母はいつだって優しく唯と向き合ってくれていた。

この家も、庭も、全てが祖母の家だ。

長期休みになれば、唯は必ず祖母の家に泊まりに行っては遊んだり、祖母の焼いてくれたクッキーを一緒に食べたりしたのだ。

優しくて、でも時には叱ってくれる。

唯が生きていく上で必要な知識のほとんどを教えてくれた、恩師のような存在。

それが唯にとっての祖母。

老人特有の白髪に瞳は青色をしていた祖母のことを唯は海外の人間と思っていた。

あとになって知ったことだが、祖母は初代の遺伝を濃く受け継いでいる人間だったらしい。

そこまで思い出して、唯は改めてアラウディに意識を戻した。

プラチナブロンドに青色の目、確かに祖母と同じだ。

違う点を上げるならば、祖母は花のようなはっきりとした青色で、唯は水のような淡い青色、アラウディは空のような鮮やかな青色だ。

 

「おばあちゃんと会ったことあるんですか?」

「何度かね、彼女は歴代で特に僕の血を濃く受け継いでいたから、繋がりやすかったんだ、でも」

「でも?」

「君のほうが濃く受け継いでいる、だからこそ、僕はこうしてはっきりと君の世界に来れているってわけさ」

 

何度か現実世界でも、君のそばにいたのだけど気づかなかった?

そう言って微笑むアラウディに唯は首を横に振る、そんなこと全く気付けなかった。

確かに一年ほど前、ものすごく安心感を覚える日々があったが……。

 

「もしかして、去年、いました?」

「ふふ、あの赤ん坊はとても驚いていたよ」

「ああ、だからあんな反応を……」

 

当時は必死だったので後になって疑問に思ったことが今、解消された。

 

「でも、意外でした」

「何が?」

「あなたはもう少しだけ厳しい人だと思っていたので、なんというか……」

「ふふ、そこまでは調べられてなかったみたいだね」

「どういうことですか?」

「どういうことも何も、そのままの意味だよ」

首を傾げている唯が本当にわかっていないのを察したアラウディはまた唯の頭を撫でた。

「後に伝わっている僕の話だけど、僕は一度身内と決めた人にはとことん優しいんだ、甘いとも言うけどね」

 

目を細め、穏やかにそう答えたアラウディに唯はようやく気づいた。

先程から自分が、所謂おじいちゃんに可愛がられる孫の状態にあることを。

確かにアラウディはある意味唯にとって祖父のような存在ではあるが、相手も同じような気持ちでいたとは思っていなかったのだ。

アラウディの言ったことも知ってはいたが、それは初代ボンゴレボスと意見が合致した時に限る話であり、普段はむしろ敵同士であったとも聞いていた。

だからこそ、ここまで優しいとは誰が予想できるだろう。

今も唯の頭を優しく撫でるアラウディはどこか嬉しそうにしている、今すぐにでもその懐から小袋の“おこづかい”が出てきそうな勢いだ。

そんな経験、祖母からしかなかったので戸惑う唯はふと、明日のことを思い出した。

 

「アラウディさん」

「僕のことはおじいちゃんって」

「アラウディさん」

「……なんだい?」

「私、明日おばあちゃんに会いに行くんです」

 

一瞬アラウディの手が止まるがすぐに動き出す。

 

「そう、お土産は?」

「山本君と一緒に選んで行こうかと思っています」

「山本君……ああ、あの野球少年か」

 

自身の知る雨の守護者とそっくりの顔をした少年を思い浮かべてアラウディは興味なさそうに頷く。

 

「それじゃあ、待っているよ」

「一緒に行かないんですか?」

「どうせ行く場所が同じなら、僕は待っているよ、お土産楽しみにしているね」

「……わかりました」

 

そこでアラウディの手が唯から離れる。

そのまま下ろされた手を唯が眺めていると、アラウディはゆっくりと言葉を発した。

 

「意外と、簡単なことだよ」

「え?」

 

唯が思わず顔をあげると、透き通った大空を細めた瞳と合った。

 

「君の身に降り掛かっている問題は、意外と解決策は簡単だ、ただ、紛らわしいものが多いだけで」

 

その大空が揺れているように見えたけれど、アラウディはまっすぐに、そして穏やかに唯を見つめている。

唯は自分の頬が寒く感じた。

そんな唯の頬をアラウディが片方だけ手で温めてくれる。

 

「また、明日、話をしよう」

 

穏やかな大空を背景に、アラウディがどんどんぼやけてくる。

それがまるで雲のようだ、なんて。唯は呑気に考えて意識を手放した。

 

 



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穏やかな朝

 

ハッと意識が覚醒し、しばらく天井を見つめていた唯はカーテンから差し込む光が眩しくて目元に手の甲を当てた。

すると感じた冷たさに驚いて手を見ると、朝日で手の甲が輝いていてまた驚く。

 

「……泣いてる」

 

呟いて脱力感から手をパタリと布団の上に倒した唯は、また天井を眺める。

それからゆっくりと起き上がって大きくあくびをし、腕を上に伸ばした。

ベッドから降りて部屋を見渡しても、眠っていた間に見ていたあの景色ではなく、現実的な部屋の中で、無機質なもの。

その時、机の上の充電コードに繋がっている携帯電話が点滅していることに気づき、唯はそれを起動してつい1時間前に来ていたらしいメールを開いた。

 

[おはよう!いいぜ、待ち合わせ場所変えるか?]

[おはよう、そのままでいいよ、ありがとう!またあとで!]

 

返信を送って画面を暗くした唯は携帯を持ったまま一階に下りてリビングに入ると、食卓の椅子に座って新聞を読む父親がいた。

 

「あ、お父さん」

「ん、おはよう、唯」

「お、おはよう」

「お湯、湧いているよ」

 

ゆっくりと唯の方に顔を向けた父親はのんびりと笑った。

まさか父親がここにいるとは思っていなかった唯は驚きながらもキッチンに入りポットの取っ手を掴んで中身の重さを確認した唯は思った疑問をそのまま投げた。

 

「仕事は?もう、出なきゃいけない時間じゃ……」

「ああ、今日は、休みをもらったんだ、夕飯を、久しぶりに、作ろうと思ってね」

 

相変わらずゆっくりな口調で出てきた言葉に唯は言葉を返せなかった。

棚から青色のマグカップを取って、コーヒーのパックを開いてマグカップに取り付け、そこにお湯を注ぐ。

パックが溢れないように気をつけながら数回お湯を注ぐと、湯気に混じったコーヒーの香りがキッチンに広がった。

 

「今日は、おでかけかい?」

 

いつの間にか新聞に視線を戻していた父親がそのまま問いかけてきて、マグカップからパックを取っていた唯は何故か落としそうになった。

別におかしなことは聞かれていないはずなのに動揺した自分自身に驚いていた唯は、とにかく自然に返事をしなくてはと、何気ない声を出して肯定する。

 

「うん、学校の友達と」

「いいね、父さんも昔、友達と学校をサボって、遊びに行ったなぁ」

 

懐かしんでいるのか目尻を下げた父親の対面の場所に青いマグカップを置いて椅子に座った唯は、思わず「へぇ」と声を出した。それくらい意外だったのだ。

 

「お父さんも、そういうことしてたんだ」

「うん、楽しかったよ、とても」

 

そういえば、と父親が新聞を折りたたみながら続ける。

 

「どこに行くか、聞いてもいい?」

「ああ、うん、おばあちゃんのところ」

 

なんとなく、テーブルの木目に視線をやってそう答えた唯はコーヒーを啜りつつも、視線を父親の方に戻すことができなかった。

しばらく、沈黙が続いて、家の近くに来た小鳥の鳴き声が少しうるさく感じた頃、ようやく父親が「そうか」とだけ返事した。

 

「うん」

 

唯もそれしか声を出せなくて、またもや沈黙。

視線を一切よそに向けることなく、父親は唯のつむじを眺めながら沈黙をゆっくりと破った。

 

「そういえば、今日は命日、だったか」

「そうだっけ」

「それで、行くんじゃないのかい?」

「もう少し後かと思ってたの」

 

マグカップに口をつけて喋らなくなった唯に父親はテーブルに置かれた小さなカレンダーを見つめ、今日のところに赤い丸がついていることに気づいた。

思わず口元を緩ませた父親は元々傍に置いていた黄色のマグカップを掴んで冷めてしまったコーヒーを啜り、ゆっくりと顔を庭に繋がっている窓に向けた。

 

「まぁ、何にしても」

 

唯はそのあまりにのんびりな声にマグカップを置いて顔を上げ、父親の目線を追って窓を見る。

 

「晴れて、よかったね」

 

穏やかに父親がそういったものだから、唯も同じ様にのんびり返事をした。

 

「うん」

 

外は、一昨日の雷雨が嘘のように、清々しい天気だ。

 

 

 



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祖母の家へ

 

 

「わりぃ!待ったか?」

 

慌てた表情で、屋上で一人の唯に駆け寄った山本が謝罪する。

時刻は11時ちょっと過ぎ、その後メールで待ち合わせ時間を決めて集まった2人は唯の提案で唯の祖母の家に向かっていた。

 

「沢村のばあちゃん家って、どこにあんだ?」

「電車で二駅くらいのとこ、距離は遠いけど夜までには帰ってこられるよ」

 

駅に入ったところで困ったように聞いた山本が何を心配していたのか察したのだろう、唯はすぐさま答えた。

改札を通ってホームに並んで立ち、電車を待つ。

 

「向こうついたら、ちょっと花屋さん行ってもいい?」

「……ああ、俺も一緒に選んでいいか?」

「うん!」

 

ちょうど電車が来たので下車する人を優先して、電車に乗る。

平日で、しかも昼間であるからか唯たちと同じ歳くらいの人はおらず、なんとなく唯はそわそわしながら空いている席に山本と並んで座った。

 

「そ、そういえば、山本君はどこか行きたいとこあったんじゃないの?」

「ん?ああ、まぁ、俺ん家で寿司でも一緒に食おうかって思っていたんだ、まぁ、特に行きたいとこはなかったのな!」

「あー、なるほど」

 

自分の家以外に思いつく場所がなかったのだから、本当に行きたい場所はなかったのだろう。

それから唯の方からは話題が思いつくことがなく、なんとなく黙ってしまう時間が続いた。

唯たちが座っているのとは反対の席には日差しが差し込んでいて、ぼんやりと温かいだろうなと思っていたとき。

 

「なぁ、沢村」

 

山本がポツリ呟いた。

 

「俺さ、難しいことはよくわかんねぇけど」

 

唯は遠くを見つめている山本の顔を眺める。

それは、唯に核心を突く質問をしたあの時と同じ表情。

あの時はきっと不安を表に出さないようにしていたのと、唯を警戒していたが故のものだったが、今はどんな気持ちなのだろう。

しかし、探る気になれず、なんとなく、唯は山本を眺めた。

 

「……やっぱいいや」

「なんだそりゃ」

「いい、気にすんな!」

 

コケた気持ちの唯は思わず声に出して笑い、それに合わせるような山本の声がその場に響く。

そしてすぐさま唯はここが公共の場であることを思い出して、慌てて山本の口をふさいで空いている方の手の人差し指を自分の口に当てた。

 

「ここ電車!」

 

その必死な顔が何故か山本のツボに入ったのか、声を押し殺して先程よりも笑う山本と会話ができなかった唯は戸惑いながらも、何もできないので窓の外を眺めることを再開した。

そのうちアナウンスで次が降りる駅だとわかり、山本の肩を優しく叩いて降りることをジェスチャーで伝え、荷物を持って唯は電車を降りる。

まだ笑いを引きずっている山本も、なんとか荷物を背負って口元を自分で押さえながら電車を降りて先に行った唯を追いかけた。

改札を出た頃には山本も治まっていて、唯と一緒に花屋探しをする。

 

「駅前にはないのな」

「おばあちゃん、花が好きだったから多分家の近くにはあると思う」

 

そういう家を探していたから、と唯が説明しながら唯の祖母の家がある方に歩き出し、山本もそれに続く。

 

「庭で花を育てていたの、今はおばあちゃんの知り合いの庭師さんを雇って手入れだけしてもらってる」

「家残ってんのか?」

「私がもらったの、所謂遺産を相続したってやつだね、お金はもちろんお父さんとかだけど」

「すげぇな」

「うん……それだけは、他の親戚にも譲らなかったよ、生きているうちにも言ってたし、遺書にも書いてた、あと弁護士さん雇って話してたみたい」

「……すげー」

 

唯の祖母の徹底ぶりにその言葉しか出てこなかった山本は「じゃあ」と花屋を探しながら言った。

 

「ばあちゃんの好きな花、買ってやらねぇとな!」

 

ニカッと笑った山本に、唯はなんだか嬉しくなって大きく頷いて返事をした。

 

「うん!」

 

 

**

 

 

 

「なんか、外国の田舎にある家って感じだな」

「あはは、よく言われる」

 

無事に花屋を見つけ、目的の花を数輪選んで2つの花束にした2人は唯の祖母の家に来ていた。

山本は初めて見るが、唯は度々精神世界で見ていたのでそこまで久しぶりとは思えなくて、当たり前のように家の鍵を開ける。

 

「立派な木なのな」

「ん?ああ、あれね」

 

庭にある楓の木を眺めている山本と同じようにそれに一瞬だけ視線を向けて扉に戻した唯は、それを開けながら説明する。

 

「それ、おじいちゃんがこの家を買う時におばあちゃんを喜ばせたくて買ったんだって」

「へぇ」

「おばあちゃん、日本の紅葉の景色が好きだったから、すごく嬉しかったって言ってた」

 

ほら、中に入って、と山本を招く唯の言葉に感心しながら視線を家の方に移動させた山本は唯に続いて「お邪魔します」と言いながら家に入る。

外国式の家は靴を履いたまま家の中を歩くことができていて、山本はそこでも驚いた。

リビングに入ると、木の温かさが香り、外から差し込む日差しと相まって穏やかな空気が感じられる。

 

「花はどうしたらいい?」

「テーブルに置いといて、こっち仏壇あるから挨拶しよ」

「仏壇?」

 

唯の言うとおりにリビングのテーブルの上に2つの花束をおいた山本は手招きされるまま木製の扉の部屋に入って目を見開いた。

 

「そこ、靴脱いでね」

 

山本に当たり前のように言って、仏壇を開けている唯だが山本にとってはいきなり世界観が変わったように見えた。

山本が立っている場所は先程のリビングと同じだが、玄関のようになっていて少し段差があり、部屋の床全部が畳となっていて、和風の香りが部屋に広がっていて、リビングとのギャップが酷い。

いつまでも立っているわけにもいかないと山本は慌てて靴を脱いで畳に足を乗せ、唯のいる部屋の一番奥の右の壁に面している仏壇まで近づいた。

自然と座り方も正座となり、唯が鈴棒を持ったのを見て両手を合わす。

2人以外は誰もいない家のせいか、しんとなった空間にこーんこーんという鈴の澄んだ音が響いているだけ。

両手を合わせ、唯は目も閉じている。

先に顔を上げたのは山本で、少ししてから目を開いて顔を上げた唯は仏壇を閉じた。

 

「お墓はまた別の場所にあるんだけど、一応おじいちゃんが先に死んでここに仏壇できたからそのままなの」

「あー、それでこの仏壇か」

 

家主は全員死んでいるのにあるのがなんだか不思議だった山本は合点がいってもう一度部屋全体を見渡す。

山本にとっては馴染み深い香りが広がるこの部屋は、おそらく家主がせめて仏壇の人が過ごしやすいようにと思っての気遣いを感じられる部屋だった。

何せ、この部屋の窓からは先程の楓がよく見える。

 

「それじゃ、お墓の方にいくよー」

 

唯は靴を履いてリビングに戻ると、すぐに外に出ようとしたので山本は慌てて靴を履いてリビングにある花束を持ってすぐに外に出た。

それを見てから唯は家の扉を締めて鍵をかける。

 



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墓参り

何時間もいたような気持ちでいた山本はまだ日が真上にあることに驚く。

 

「どうしたの?いくよー!」

 

すでに敷地から出ている唯が上半身だけ山本の方に向けた状態で声を掛ける。

肩をピクリと揺らした山本もすぐさま笑顔で「すまん!すぐ行く!」と唯のもとを駆け寄り、目の前の距離となって並んで歩く。

そうして二人は真上にあった日が少しだけ傾いた頃に広い公園のような場所についた。

入口からすぐに園内の地図が掲示板で貼られていることからかなり広いことがわかるそこで、唯は迷いなく歩いていき、それに山本も続く。

 

「公園の中に墓があるのか?」

「ここ、公園じゃないよ?」

「え?」

 

唯に言われて思わず山本は周りをキョロキョロした。

 

「あ!」

 

よく見れば歩いている道の端に等間隔で海外式の墓があり、歩いている方向の先にはたくさんの墓の群れがあった。

それは、柵で囲われているものではなく、草原の中にポツポツとあるような群れで、日本でよく見かける墓地とは少し違い、墓同士の距離が少し遠い。

山本たちのいるそこは、広い霊園だった。

 

「おじいちゃんが葬式屋さんだったらしいんだ、だからってわけじゃないけど、もしも自分が死んだ時のことを誰よりもよく考えていたらしくてさ」

「おう」

「色々な霊園を見てきた中でここがいいって思ったらしいんだ」

「へぇ、まっ!確かにここは静かだし景色もいいよな」

 

祖母の眠る墓へ向かいながらそう説明した唯に周辺をキョロキョロしていた山本が思ったことをそのまま伝える。

それに頷きながら、唯も小さくキョロキョロとして「あ!」と声を上げて手を広げて「あそこ!」と示す。

 

「あそこがおばあちゃんのお墓!」

「おお!」

 

そこは霊園の中でも丘になっているところのてっぺんにあった。

見晴らしがよく、街も見えるそこは小さくはあるが並盛町も見えそうで、山本は思わず感嘆の声をあげる。

 

「いいな、ここ!」

 

思わずそう言って唯に振り返ると、唯はニコニコしながら花の入れ替えを行っていて、山本は慌ててそれを手伝った。

一通り墓の掃除が終わって、今度も両手を合わせて目を閉じる二人。

爽やかな秋風が二人の間を通り抜け、小鳥の声がよく聞こえる。

よくよく考えたら、昨年はヴェルデの教育についていくのがやっとで墓参りをすることができず、唯にとって祖母の墓参りは本当に久しぶりのことだった。

ヴェルデが来る前は新しい季節がやってくるたびに来ていたが、それも一年はなく、本当に話したいことはたくさんある。

紹介したい人も、その人に関する愚痴や、初めて芽生えた感情についても。

思えば、祖母との恋バナなんて、祖母の惚気だけで終わっていたように思った唯はなんとなく、くすぐったい気持ちになった。

 

(おばあちゃん、私ね、実は…)

 

好きな人ができた、と報告しようと少しだけ合わせている手に力が入ったその時、隣からドサッという音が聞こえて思わず目を開けて、その音の方を確認した。

 

「っ!山本くん!?」

 

 

そこには、気を失っている山本が倒れていた。

 

 



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アラウディの提案

 

さわさわと涼しさをのせた穏やかな風の音が聞こえてくる。

誰かが焼いているのか、香ばしいクッキーの香りも鼻をくすぐり、ずっとここにいたいような気持ちになってきて。

もう一度寝てもよいのではないだろうかと思えるほどの温かさに、もう一度意識を手放そうとした山本に、突然鈍い音と共に強い衝撃が腹部を襲った。

 

「ぐふっ!?」

「ちょっと、雲雀さん!?」

 

驚いて思わず目を開けると、倒れている山本のすぐ横に雲雀恭弥と慌てている沢田綱吉の姿が。

 

「…ツナ、雲雀?」

「山本、大丈夫!?」

「あ、ああ、大丈夫だ」

 

ゆっくりと起き上がり、見渡すとすぐそばには先程唯と一緒に言った唯の祖母の家とその庭、それ以外は草原に囲まれており、大きな雲がゆったりと漂う青空が広がっているばかりだ。

建物に見覚えはあっても、直前までいたのは見晴らしの良い唯の祖母と祖父の眠る墓で…と考えたところで強い怒気を感じた山本はとっさにその場を飛んで雲雀から距離を取る。

すると、そこにはトンファーを振り下ろした状態の雲雀がいた。

 

「ひぇぇ!」

「あっぶねー…」

「さっさと僕を並盛町に帰して」

「いや、俺知らねーって!」

 

山本がなんとか落ち着きながら言うが、雲雀の戦闘態勢は崩れず、もう一打撃こようとしたところで、二人は自分たち以外の気配を感じ取り、同時に周囲を警戒する。

山本は立ち上がり、耳を澄ませ、雲雀は態勢をそのままに周囲に目を配った。

いきなり無言になった二人に綱吉だけが、「え?え?」と二人を交互に見て戸惑っている。

そんな二人に気づいているのか、わざとか、大きく草を踏む音が聞こえ、同時に三人はその方向に目を向ける。

 

「え、雲雀さん!?」

 

すると、そこには雲雀とそっくりな白髪の男性が立っていた。

綱吉の声も意に介さずに微笑んだ男性は口を開く。

 

「さすが、鍛えているだけはあるんだね」

「雲雀の親戚か?」

「知らない」

「どこかで血が混ざっている可能性はあるかもね」

 

クスクスと笑いながらそう言った男性は、改めて三人の顔を見て口を開く。

 

「初めまして、僕の名前はアラウディ、初代門外顧問だ」

「…あなたが」

 

綱吉と山本は唯のことを思い浮かべながら、目の前のアラウディをよく観察する。

雲雀も門外顧問と聞いて、すぐには出てこなかったものの、アラウディの瞳を見てピンとひらめいた。

 

「…君、沢村唯に似ているね」

「おや、初めて言われたよ、正解」

「…あ!確かに、髪の色と目が似てる!ん?正解って?」

 

アラウディの言葉に首を傾げた綱吉と山本、そんな彼にアラウディは微笑んで答える。

 

「あの子は僕の血を受け継いでいるのさ、それも、歴代で一番濃く、ね」

「それにしては、顔は全く似ていないみたいだけど」

「君は自分と同じ顔の女の子、気持ち悪くないかい?」

「……」

 

露骨に嫌そうな顔を見せた雲雀にアラウディはクスクスと、山本は口を抑えて方を揺らして笑った。

山本は女装した雲雀を想像したからだが、雲雀が想像したものと大差ない。

明らかに不機嫌になっている雲雀に怯えつつ、この状況で笑っていられる二人にも驚いているツナは声を発せずにいた。

二人が笑っているのを見てますます機嫌悪い顔になった雲雀は話を戻すためにトンファーを構えてアラウディを睨んだ。

 

「それで?早く僕を並盛町に帰しなよ」

「つか、ここどこだ?」

 

再び警戒心を高めた雲雀と、それに釣られる形で冷静にアラウディを観察する姿勢に戻した山本にアラウディは片腕を上げて、自分の背後にある家の方に招くように身体を少しだけ横にした。

 

「ここは、ざっくり言ってしまえば僕の精神世界、立ち話も疲れるだろうし、中に入りなよ」

 

詳しい話はそこで、と先に家の中に入ったアラウディを見送り、山本は思わず綱吉の方を見る。

綱吉も山本を見たが、意を決したように家の中に入った。

山本はそれに続くように歩き、雲雀の横を通り過ぎるときにちらりと雲雀を見たが、そのまま家の中に入る。

雲雀は二人を見送り、しばらく家の中をじっと見ていたが、このままでなんの変化もないと理解したのか、珍しく素直に家に入った。

 

 

 

*

 

 

靴を脱ぐような玄関は無く、すぐにリビングと思われる広い部屋であることに気づいた。

洋風の家ならば珍しくもない作り、アラウディも名前や見た目から日本人ではないことから、そういうことなのだと三人は納得し、庭につながる大きな窓の近くに、五人が座って食事するのに丁度良さそうな大きさのテーブルと椅子の1つに座っているアラウディが、三人が座れるように引いておいた椅子を手で指して、微笑んでいる。

 

「そこで立っているのも疲れるだろうし、座りなよ、クッキーもあるよ」

 

微笑んでいる、というよりもニコニコしているという方が正しいアラウディに、イライラしながらも座らない雲雀と、一応素直に従って椅子に隣同士で座った山本と綱吉。

 

「雲雀、多分だけど、話進まねぇから、座ってくれねぇか?」

 

な?と自分の隣の椅子を更に引いた山本もニッコリと笑い、しばらく考えていたらしい雲雀は深いため息をついていわゆる誕生日席となる方を引いて座った。

三人はアラウディが、こうなったことを話すのを待ち、それがわかっているのかクッキーを1つ齧ってそれを口の中から無くしてから、アラウディは口を開いた。

 

「……恐らく、予想はしているかもしれないけれど、君たちを呼んだのは、唯についてだ」

 

無言で続きを促す三人、特に驚きもしない雲雀と少しだけ目を見開いた山本と綱吉を見つめながらアラウディは続ける。

 

 

「単刀直入に言おう、どうか君たちには、唯の逃げ場所になってほしい」

 

 

 







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綱吉と唯の思い出

「……え?」

「抽象的過ぎて分かりづらかったかな?言い方を変えよう、君たちに、唯の親友になってほしいんだ」

 

言い方を変えても突然のこと過ぎて綱吉は素っ頓狂な声を上げてから固まり、山本と雲雀はそれまでの警戒が少し薄れてしまうくらいには驚いていた。

そんな三人の反応も意に介さずに、真剣な表情のアラウディは先程までの穏やかな微笑みはどこにいったのか、容赦なく説明を始めた。

 

「デーチモと野球少年は知っていると思うけれど、幼少期の唯を取り巻く環境は酷いものだった、努力が認められることはなく、勘違いや自業自得な部分はあったものの孤独に過ごすことを余儀なくされていた」

「ああ、沢村の親父さんから聞いた」

 

当時のことを思い出したのか、目を伏せる山本と綱吉をじっと観察していた雲雀は、スッと視線をアラウディに戻して続きを促す。

それを受け取ったアラウディは1つ頷いた。

 

「そしてそれは、彼女の中で、人として当たり前であり、とても簡単で、そして大切なことを欠如させた」

「当たり前で、簡単で、大切なこと?」

「……人と素直に向き合って話し合うことだ」

「は?それは、できているだろ!」

 

一年前、屋上で自分と話をした唯は、しっかりと山本の目を見て話をしていた、そのおかげで山本の中で唯に対する勘違いが解消されたのだが。

それが、嘘だったのかと、考えて、そんなことはないと山本は首を振る。

だから、本人が思っているよりも大きな声で反論した。

雲雀も、自分の八つ当たりに真正面から話をしてきた唯を思い出して、山本の反論に同調して頷く。

あれを向き合って話し合うと言わずになんとするのか、と。

綱吉も、ダメツナと呼ばれてからも一緒にいてくれた唯のことを悪く言われた気分になってアラウディを睨む。

しかしアラウディは、しっかりと二人それぞれと目を合わせて言い切る。

 

「素直に、話をすることができていないんだ」

 

わざと区切ったところに三人は首をかしげる。

二人の経験から、あれが嘘の言葉とは思えない、素直な、唯の言葉であったはず。

綱吉としても、唯が必要時以外で自分に嘘をついたことは一度もないと信じている。

納得できていない三人にアラウディはもどかしい気持ちを感じながら質問をした。

 

「三人は最初、唯のことをどう思って話しかけた?」

「後ろの席で、少し怖い噂がある人」

「ツナの中学で最初にできた友達」

「……千沙の片思い相手」

「え、あいつそうだったのか!?」

「雲雀さん、知ってたの!?」

 

忌々しそうに答えた雲雀に違う意味でそれぞれ驚く山本と綱吉のことを無視して、アラウディは頷いた。

 

「それだよ」

「……なるほどね」

「え、何でわかったの!?」

 

一人納得した雲雀はアラウディを射抜くように見据える。

綱吉の問いも無視しているその表情は、よく観察すれば、なぜそんな面倒事を引き受けなければいけないのかと語っていた。

しかし、そんなことわからない綱吉にとってはただ雲雀に無視されただけであり、正解を求めるようにアラウディの方に視線を戻す。

続くように山本もアラウディに説明してほしいというように視線を投げる。

アラウディは山本と綱吉のことをまっすぐに見つめて、また問いかける。

 

「君達は最初、唯を見て、どう思った?そして、どう話しかけた?もう少し詳しく教えてもらえるかな」

「え?それは……」

「たしか……」

 

初対面時の唯のことを思い出しながら、山本はゆっくりと答えていく。

 

「大人しくて、噂に聞いているほど、悪そうなやつでもなさそう、とか……話しかけたのは、その、なんとなくだ」

「なんとなくでも、理由はあったはずだよ、ほんの些細なことでもいいから言って」

「ええ?そうだなぁ……ツナに似てて、危なっかしいなって……よくわかんねぇけど、そう思ったんだ」

 

だから話しかけたと締めくくる山本を見つめながら、アラウディは更に質問した。

 

「唯に関する噂って?」

「それは結構有名だったな、たしか……沢村唯ってやつはペテン師で、他人の純粋さにつけ込む悪人だって……沢村が小学生の時からの噂だったらしいから、なんか妙な信憑性があったんだよなぁ」

 

説明する山本の隣で大きく頷いている綱吉。

今度はそんな綱吉の方にアラウディは顔を向けて質問する。

 

「君はどうだった?」

「え?」

「君は話に聞くところ、とても臆病だろう?どうして、そんな怖い噂のある唯に話しかけたんだい?」

「それは……」

 

唯と初めて話をしたときのことを思い出しながら綱吉も山本同様にゆっくりと話した。

 

「その……体育のときに膝を怪我したって聞いたけど……誰も心配しているようには見えなくて……それで、話しかけたのが初めてだった、かも……?」

「どうしてそれで話しかけたのかな?怖い噂がある人間だったなら、そうなっていても話しかける必要はなかったはずだよ」

「え、でも保健室にも行った様子はなかったし、歩きづらそうにしていたから」

「それで、助けようとした、と?」

「はい」

 

真っ直ぐにブレることなく頷いた綱吉にアラウディは目を見開くが、隣にいる山本はどこか誇らしげに笑っており、雲雀は興味なさそうにそっぽを向いている。

そこに何も嘘はないと理解したアラウディは次の質問をした。

 

「それで、その時の唯に対する印象は?」

「えっと……ただの、俺と同じように友だちがいないだけの、ただの、女の子……って感じでした」

「ただの女の子、ね」

「はい、それで保健室まで一緒に行くと言ったら、なんでか泣き出して、不思議な子だなと思いました」

「……そうか」

 

目を伏せ、少し考えているらしいアラウディの沈黙に、綱吉は何か変なことでも言ってしまったのかと不安になって山本を見るが、山本の方もわからないので首を横に振られ二人でアラウディの言葉を待つ。

しばらく沈黙が続くと、やがてアラウディは顔をあげて、まっすぐに綱吉を見て告げる。

 

「デーチモ、あの子はね、そこの野球少年や雲雀恭弥のように噂や知人のことから何かしら構えて話しかけることをずっとされてきたんだ」

「構えて話しかける……?」

「悪い噂があるから、そうかもしれないと思って疑って話しかける、想い人の想い人であるから嫉妬の感情を持って最初から悪人と決めつけて話しかける、そのどれも構えた状態で話しかけているんだ、けれど、君は違う」

 

いまいちピンときていない綱吉に、アラウディはまるで眩しいものを見るかのように目を細めて続けた。

 

「君は、悪い噂はあったけれど、誰も心配もせず、本人は怪我で苦しんでいることから素直に話しかけて助けた、善意で話しかけられることが滅多にない人間にとって、それはとても眩しくて尊く、そして、安心感を覚えさせるんだ」

 

「……あ」

 

そこでようやく綱吉は理解した。

唯はずっと、それこそ綱吉と出会う前の小学校時代から悪人と噂され続けてきていた。

それによって、変な正義感を持った同級生や上級生などから、いじめにあうことだってあったかもしれない、いや、きっとそうだったのだろう。

そうでなくとも、基本的には誰からも相手にされずにいたのかもしれない。

そうされることが当たり前だった日常の中で、もしも善意だけで自分を心配してくれる人間が現れたなら、どう思うのか。

きっと、とてつもない感動と猜疑心によって複雑であっただろう。

だからこそ、その複雑な感情を処理しきれずに、思わず泣いてしまった。

それが、綱吉が初めて唯に話しかけたときの唯の行動の真相だったのだ。

 

綱吉は当時のことを、改めてしっかりと思い出した。

唯は、泣きながらしきりに【ありがとう、大丈夫です】【心配してくれて、ありがとう】と言っていたのだ。

必死に、一人で解決しようと、綱吉を近づけないようにしようと言葉にしていたのを綱吉は覚えている。

 

だから、綱吉は当時の唯にこう言った。

 

【怪我して無理しているのがわかっているのに、ほっとけないよ!】

【な、慣れているから、だ、大丈夫です!】

【こういうのは助け合いでしょ?えっと…沢村さん、俺の肩につかまっていいよ】

 

手を差し出した綱吉に、一度止めた涙をもう一度流しながら、ゆっくりとその手を掴んだ唯を当時は大げさな子だと思っていた綱吉だったが、アラウディの言葉であの反応は大げさなんかじゃなかったのだと理解した。

唯のほうが綱吉に対して構えた状態で話していたのも思い出した綱吉は、自分のしたことが彼女にとっては怪我の治療以上の助けになっていたのだと思って、口元が緩んだ。

そんな綱吉を微笑ましそうに見ていたアラウディは話を戻すために1つ咳払いをすると口を開いた。

 

「そんな君や、唯のこれまでの環境などから唯について気づいた二人にこそ、唯の親友になってほしいんだ」

 

真っ直ぐに三人を見据えて告げたアラウディに三人はデジャヴを感じた。

 



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