勇者ちゃんのお隣さん。 (黒幕系神父)
しおりを挟む

修羅の男

この作品には昨今のチート俺TUEE転生に対するアンチ・ヘイトが大量に詰まってます。
実際転生したらこんな感じじゃね?そんな都合よく無双の力とか手に入らないよね。って感じで書いてます。


美しい羽を持つ鳥がいた。

その鳥の羽は、あらゆる羽を持つ者たちの憧れだった。

そんな鳥は、ある時怪我を負った。そして、その鳥の羽は醜いモノになった。

皆の憧れではなくなった鳥。醜い鳥。意地汚い鳥。

 

それでも、そんな鳥でも。

他の鳥を助けるために怪我を負ったのならば。

 

 

その鳥は、それまでよりも。それ以上に美しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば、全てが燃えていた。墜落事故。ニュースでたまに聞く非現実的な言葉。

飛行機が墜落して、死傷者が大量に出る事故。何故、とかいう理由なんて知らない。

それが俺の身に起きた。唯一の家族。妹とともに旅行のために乗った飛行機でソレは起きた。

 

ただ、それを夢としか見れなかった。だが現実として全てが壊れ燃えて、周りには血の海と瓦礫が広がっていた。

全てが空となった世界。この世界こそが、俺が今いる全て。

「―――――ぁ」

声は出ない。音として、現実に生まれない。自信から生み出されない。カスれた空気しか自身の口からは出てこない。熱気を吸ったのか、それともあの時の衝撃か。

肺が燃えたのだろうか。それとも潰れたのだろうか。

声帯はもはや意味をなくしている。

助けは来ない。声は聞こえない。ただ聞こえるのは轟々とした炎の音と、さざめく波の音だけ。

…自分は、飛行機から墜ちた。外国から日本に戻ってくる途中でこの地獄は生まれた。

ならばここはどこかの島。恐らく無人島。たまたま、壊れ果てた人を運ぶモノが、恐らくはパイロットがせめてもと探し出した場所。

もしかしたら、陸があるのならば助けがくるかもと、生きていけるかもととっさに選んだ場所。

 

だが―――意味はない。その行動に、意味はない。

例え助けが来たとしてもソレは時間がたってから。俺以外には…恐らく、誰も生きていない。

音がしないとはそういうことだ。

 

かつての家族は、妹は…―――分かっていたことだ。

俺の前にある肉片。それが、誰かなんて理解したくないけれど。

 

それでももはや、原型すらないほどグシャグシャになっていたソレは。

 

 

―――ああ…また、繋がりを失った。所詮、人が頑張った所で現象には勝てないのだと、見せ付けられたようで。また、なのか。

 

俺以外には、生きているものは誰もいない。辺りにはグシャグシャになった人形と燃え尽きた炭素だけ。

なんて、理不尽―――。その現実に、欠けていた心が完全に折れた。

皆、死んだ。そして俺も、恐らく死ぬのだろう。

あの時、俺だけが覚えている現実。なかったことにした現実。それをしたからなのか。

あの時の、罪なのか。全てから逃げ出したことがダメだったのか。

もう、でも…おしまいだ。今更そんな事考えたって意味がない。

心が折れた。生きる目的を見失った。あの時彼女と交わした約束は、結局何も守れなかった。磨り減って、心が何度折れても立ち上がったけど、その全ては灰になった。

一体、俺の人生はなんだったのだと、声を荒げて叫びたかった。

「――――ッ」

だが、何も声はでない。現実は何も変わらない。

もはや俺は死に体なのだろう。

下半身の感覚はない。左腕はどこかにいったか分からない。唯一動かせるのは右腕だけ。だが、それがなんだというのだ。それで世界は変わらない。

かつて失った力を、かつて自分から手放したあの星の力を…どうしようもなく、欲した。

けれど、もはやその力はない。俺はただの凡人に成り下がった。世界を変えることは出来ない。

周りは燃えている。ガソリンに引火したであろう、メラメラとした炎。その炎は俺の心を写す鏡。

それは酷く―――醜悪で、醜い。

かつて力を求めた。その結果、俺は全てを得た。

そうして結局、その力を失った。そして、全てを失った。

贖罪の為に、心が欠けようと、何度折れようと走り続けた。あの時、選択をして俺が持つ全てを犠牲にしたのだから、俺が悪いのは分かっていると。それでも、自分が選んだ選択を、決して否定してはいけないと我武者羅に走り続けた。

俺の心がこの炎のように、醜く泥のように濁っているのはとうの昔に知っている。

 

それでも、それでも―――…。

「ぁッ――――」

声は、変わらずでない。

俺は、死ぬのか。生きていけないのか。

本来ならば、生にしがみつくことこそが人。

だが、もはや人ではない俺ならばそれは…とても――いいことかもしれない。

大体、仮に生き延びたとしても下半身と左腕がない以上、俺に生きていく術はない。

お人好しの叔父さんがいるから恐らく助けてくれるだろうが、人に迷惑をかけてまで生きていくのならば―――死んだほうがましだ。そんな権利俺にはない。妹が死んだのに、俺が幸せになるだなんて間違っている。ましてや、俺はあの時、彼女すら見捨てたのだから。

 

 

後悔はある。けれど、それは人生に対して。

自分が死ぬこと。死ぬことに後悔なんてあるはずがない。それは、俺が持ってはいけないことだ。

ただ、それでもこの炎に焼かれるのだけは嫌だった。大切な家族を奪ったコレらに自身の命を奪われるのだけは嫌だった。だから―――

 

「こ、れ…ぁ、ら、いぃか、ぉ、な。」

 

声が、でた。

カスれて、俺以外には理解すら出来ないだろうけど、それでも声は出た。

なら、最後にこの言葉だけでも言わなくては、いけない。

 

「ごめんな、さい」

 

ああ、言えた。ならもう、現世に用はない。

 

目の前にたまたまあったガラスの破片。それを血に塗れた右腕で握り締めて。

 

 

ガチガチと、震える奥歯をギュっとかみ締めて。

 

思い切り、確実に死ねるよう自身の心臓に振り下ろした。

 

先祖に、ごめんなさい。

両親に、ごめんなさい。

世界に、ごめんなさい。

彼女に、ごめんなさい。

 

 

これで、終わりか。

 

―――――…プツン。

 

 

 

そうして、意識は途切れ―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――」

…なんだこれは。

「あ、れ?」

目の前に広がるのは草原。否、田んぼがあるから片田舎といったところか。

 

気づけば俺はそこにいた。あの燃えつくような熱さはない。

身体の感覚がある。痛みがどこにもない。まるで健康体そのもの。だが、決定的な違和感を感じる。

身体が酷く動かしにくい。とても軽い。まるで風が吹けば吹き飛んでしまうかのように、自身が脆く感じる。

これは―――俺じゃない。

 

違う。俺は俺ではない。

ふと、自分が誰だか考える。

不思議な記憶がある。自分の記憶じゃない。それは子供の記憶。名前は■ ■。違う。僕の名前はバイバーだ。

 

ビシリ、と頭に音が響いて。

 

「―――――――、ぁ」

 

痛い。

 

痛い、痛い痛い、痛い。痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛痛痛い痛痛いい痛い痛い痛い痛い痛痛い痛い痛いいい痛痛い痛い痛い痛痛痛っ

濁流となってあふれ出てくる呪いの言葉。かつての俺の信念。

「―――――ッぁ、ぐ」

割れそうなほど、頭が痛い。

俺は誰だ?違う。俺は俺だ。

僕はバイバー/俺は■ ■。

 

両親はいて/もうしんだ/殺した。

妹はいなくて/もうしんだ/殺した。

両親との仲は良好で/もうしんだ/殺した。

世界には魔法があって/そんな奇跡はない/星の力。

勇者に憧れて/そんな救世主はいない/そんな救世主はもういない。

 

 

誰だお前は。誰だ誰だ誰だやめろやめろやめろ僕を侵食するな僕を消すな僕まだ5年しか生きていない俺は僕は。

俺は俺だ俺であるなら俺を認めよ俺を認めよ俺を認めよあの時の彼女を捨てた捨てた捨てた捨てた捨てた選択した選択した選択したやめろ、消すな消すな僕を消すなまだ何もしらない何も出来ていない母さんに誕生日プレゼントを渡していない70億人を見捨てようとした全てを消した殺した消したカスれた。

 

僕は僕は僕は―――――俺は、お前とは違う。

 

記憶は濁流となって、音となって。

 

「――――、あっ」

頭に響く音の羅列。それが収まって。ブツリと、頭の糸が切れた。

 

 

 

 

 

 

 

「バイバー!バイバー!」

目の前には、今に涙を流している母親が、険しい顔をした父親がいた。

気づけばベッドにいた。けれど、意識は朦朧としていて口を開くことはできなかった。身体はどこも動かなかった。俺は知っている。これは風邪だ。だが、なぜ?

 

 

 

そうして、知恵熱のようなものを出して2日。ようやく現状を理解した。

 

 

 

転生した。否。憑依したといったほうが正しいか。

赤ん坊の頃は覚えていない。元より十数年生きた人間の記憶を生まれた当時の赤ん坊が記憶できるはずもない。

だからこそ、ゆっくりと少しずつ思い出して、5歳になったころにはついに自我を取り戻した。

 

 

何の特徴もない。ただの農民。その子供に転生した。

 

それに気づいたときには

 

「あ、ぁ。ああああああああああああああアアアアアアアア!?!?!!?」

哀しみと、慟哭が溢れ出て。

思わず、心のままに叫んでしまって。

この魂は人を不幸にすることしか出来ないのかと、絶望して。

 

―――転生したと理解したとき、俺が得た感情は喜びではなく…今の身体の持ち主を消したという罪悪感だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから1年。特に不自由なく、俺は今を生きている。両親は優しい人で、俺に色々なことを教えてくれた。

 

その時に得た知識と、かつての身体の持ち主の知識を照らし合わせるとここはいわゆる剣と魔法の世界。ファンタジーの世界らしい。

魔物がいて、魔王がいて。それに対抗するように勇者がいて。そんなテンプレじみたゲームのような世界だった。

けれど、ここはゲームではない。俺がこの1年で接してきた人達は間違いなく、作り物じゃない”人”だ。

ここを非現実と思うことはできない。それほどまでにこの世界はテンプレの部分を除けばリアルな世界だった。

 

 

両親には転生した事は言っていない。

当たり前だ。おなかを痛めて、必死に頑張って生まれた子供が前世の記憶を持っている?

それを知ったとき、彼らはどう思うかわからない。もしかしたら、今まで通り接してくれるかもしれないし、腫れ物のように扱うかもしれない。でもそれは俺にとってはどっちでもよかった。

 

自身は純粋な彼らの子供ではない。それだけが事実。そしてそのようなもの、彼らにとって不幸でしかない。前世の記憶がある、それを言うのはただの自己満足だ。本当の子供を意図せずとはいえ奪った。ソレは余りにも罪深いことだ。

だってそれは、彼らの子供の輝かしい人生を潰したことと等しいのだから。

その事実を伝えなければ、両親は自分の子供だと思える。それは、とても幸せなことだ。

 

 

何度、罪悪感を感じただろう。彼らの子供を奪った。その苦しさに溺れそうになった。

何度も何度も、自身が転生者であるということを伝えたくなった。

 

 

でも、それは間違いだ。そんな事してはいけない。自分の罪悪感を消すためだけに、彼らを不幸にしてはいけない。

俺は彼らの子供であるということを演じなければならない。素晴らしい、自慢の子供だと思わせなくてはいけない。

でなければ、元々の彼らの子供。俺が消したバイバー君が余りにも報われない。

 

彼らは、両親は幸せになって俺は幸せになってはいけない。この罪悪感を胸に刻まなければならない。

それこそが、両親に、否。あの時俺と共に死んだ彼らに対する俺の贖罪となるのだから。

 

そうだ。

――――唯一、あの地獄から生き延びた。いや違う。唯一、あの地獄から俺は転生できた。

俺が乗った飛行機には100人近く乗っていた。100人のうち、俺1人だけ第2の人生を歩むことが出来た。他の人が転生しただなんて思っていない。そんな話この世界に生まれ変わってから聞いたことないし、そんなにも現実は甘くない。だから、俺だけが転生したのだと思っている。

 

そしてそれは余りにも―――罪深い。

100分の1。理由なんてないんだろう。たまたま、俺が選ばれた。

他の人を蹴落として、俺だけが第2の人生を得ることが出来た。

ならば、俺は俺のためではなく、別の誰かのためにこの人生を使わなくてはならない。周りを笑顔にし、正義を貫かねばならない。

それだけが、唯一第2の人生を得た俺がすべきことだと思うから。

 

 

 

だから――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「バイバーくーん!あそぼー!」

 

「―――ごめん。今日からもう遊べない。大切な、しなくちゃいけないことが出来たんだ。」

 

「えー?私と一緒にいること以上に大切なことがあるの!?」

 

「ごめんごめん。でも、しなくちゃならないんだ。だからもう今度から遊ぶのはもう、おしまいだ。」

 

「…バイバーくん?」

 

「ごめんな。俺、強くなりたいんだ。だから、もう遊ぶのはやめだ。」

 

「え~?どうして~?」

 

「ごめんって、本当。ごめん。」

 

「もう、仕方がないなぁ。じゃあまた明日ね~」

 

そんな事をいう幼馴染。何も分かっちゃいないが、それは俺と同じ6歳だから当たり前か。

 

 

幼馴染と別れ、俺が来たのは裏庭にある修練場。父に頼んで不恰好だが作ってもらった。

危ないからと、持たされた剣は木の棒。出来る限り剣に近い形状であるそれは、両親に頼みに頼み込んで、どこにも持ち込まないという条件で許された。

俺の本来の身体の持ち主。バイバーは神童と呼ばれていたらしい。それもあってのことだろう。

俺に才能なんてものは欠片もないが、これでも十数年は生きてきたアドバンテージがある。彼のように接することに余り苦労はしなかった。

 

 

「ふッ、ふッ――――」

 

不器用ながら木剣を振るう。それが強くなるための一歩だと信じて。

俺は強くならなくてはならない。

この世界には魔物がいる。それらは人々を苦しませる。ならば俺は英雄にならなければならない。

魔物を倒し、強きをくじき、弱きを守る。

 

そんな、英雄にならなければならない。

 

 

 

 

俺は恋愛はしない。そんな幸せ望んじゃいけない。

俺は快楽を求めない。楽しさを得ることは、してはいけない。

俺は常に正しくあらなければならない。それが偽善だとしても、それでも人を救う英雄にならなければならない。

俺は常に強者でなくてはいけない。弱者になって、守られる存在になってはいけない。

 

 

俺は正義の味方にならなければならない。それだけが、俺が俺足らしめる証明なのだから。

 

 

俺は、幸せにはならない。けれど―――周りの人を幸せにする。

それこそが、唯一あの地獄から転生し、輝かしい子供の未来を奪った俺の贖罪なのだから。

一度、とある過去をなかったことにした贖罪。

 

 

だからこそ俺は愚直であろうとなんであろうと。

 

 

「ふッ――――」

 

 

剣を、振り続ける。




強迫観念に突き動かされる系主人公大好き
衛宮士郎とか衛宮士郎とか衛宮士郎とか。


幼馴染系勇者ちゃんを苦もなくぶっ壊れサイッキョにして、それに嫉妬しまくる頑張る主人公を書きたい。

贖罪だの罪悪感だの非情にクドイと思いますが、今回の話は主人公の基礎となりますので滅茶苦茶くどくかきました。


バイバー君(旧):主人公に自我を消された哀れな子供。無意識に主人公の記憶があったため神童扱いされていた。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勇者とは

平均3000字程度でスパスパ行きたい。


異世界。それの存在は、自分が死ぬ前になんとなくあると知っていた。

だって、あの時。俺はある世界を否定したのだから。

平行世界。ifと呼ばれる物。ソレを知っている。

だからこそ、異世界と呼ばれるものに順応するのにソレほど時間は掛からなかった。

 

 

 

ただ、救いたかった。

愛した女がいた。その女は悲劇的な運命が決まっていた。だから、助けたかった。

 

その為に全てを捨てた。

 

 

 

今では、地獄のような修行の影響からかそのことはほとんど記憶にない。

 

本来の身体とは違う精神。前世という強烈なファクターが、無理をしたことで俺に全てを失わせた。

初めは、かつてどのような考え方をしていたか、信念を忘れた。

その次に、全ての名前を忘れた。

最後には、思い出を綺麗さっぱり無くした。

磨耗して、擦り切れた自身の記憶は、生前のことをほとんど覚えていない。

かつての彼女の顔なんて、もはや欠けている。

 

 

 

――――それでも、覚えている。

あの時、幸せな未来を見せ付けられて絶望したことを。

あの時、俺が選択したことで彼女を切り捨ててしまったことを。

あの時、俺が選んだことで平行世界をなかったことにしたことを。

 

それでも、俺は歩み続けて結局最後には、飛行機の墜落事故で全てを失ったことを。

 

内容はほとんど掠れて覚えていない。けれど、それがあったということだけ。

あの時の慟哭も、哀しみも、苦しみも。何もかも失ったけれど。

 

それでも―――どれだけ磨耗しても、あの時、俺が選んだ決断。それだけは覚えている。

 

誰もが幸せで幸福な世界を切り捨てた。70億人の人生を犠牲にして、たった一人の少女の為に全てを捨てた男を、覚えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が10歳の時、王都より勇者選定の儀があった。結果、幼馴染は勇者だった。

 

元より兆候はあった。俺よりも修行をしていないのに剣技は俺と同レベルだとか。

あらゆる魔術属性を兼ね備えていたとか。

彼女が生まれた時、赤ん坊の彼女が光り輝いていたとか。

 

なんてテンプレなのだろうか。俺が特別な力を持っているとは思っていなかった。

けれど、それでも彼女の才能を知ったとき、俺は思ったんだ。

 

 

これは、ないだろうと。

その隔絶した絶対的な才能の差を知って、俺が進んだ道は間違いだったのかもしれないかと、心が折れかけた。

 

 

 

魔術属性。10種類あるソレは、人によってまちまちだ。

9割以上の人には魔術属性。つまり魔術を使う才能がない。そしてその1割のうちの9割は1種類だけ。3種類ともなろうものなら10年に1人の逸材。

10種類全てを操る勇者を除けば。

 

俺にも魔術属性はあった。

1種類だけだが、最高の火力を持つといわれる火属性。だが、俺はその火を絶対に使わないと決めた。

初めてソレを知ったのは9歳の時、たまたまなんとなしに魔術の真似事をしたら出た。

そして、ソレを見て思ったんだ。ああ、これはダメだと。

ただの火ではない。ドロリとした、陰々とした火はあの地獄の火だ。

俺が全てを奪われたあの火。飛行機の墜落の時、周りを囲んで、俺の全てを燃やし尽くした火。灯油が燃える、あの独特のにおいを放つ火。

 

お前は、転生した後も俺の元から離れないのか。

その余りにも罪深い火を、俺はなかったことにした。

 

だから、属性なし。魔術の素養0ということにしている。

 

 

あの火だけは、どんな事があっても使えない。不幸を招く火なのだから。

 

俺は魔術を使えない。

ならばこそ、ただ純粋に。人の身を超えるしかない。

幼馴染は勇者なのだ。ならば俺は将来の彼女に匹敵する正義の味方にならなければならない。絶対的な人々の支柱にならなければならない。

それが出来ないのならば、俺に生きる価値なんてないのだから自害しろ、と自身に言い聞かせて走り続けた。

 

 

それは、地獄だった。

雨の日も、風の日も、なんていったら簡単に見えるがそんな単純じゃない。

身体は雁字搦めになって、肺は燃え尽きそうで、心は何度折れそうになったか分からない。

いたるところから痛みがあふれ出て、何度疲労骨折を起こしたか分からない。

所詮田舎。剣技を知っている人なんていない。だからこそ、必死に。必死に足掻き続けた。

それに慣れたころには、最早かつての記憶は擦り切れていた。覚えているのは、家族の顔と、あの地獄だけ。

俺は、何なのだろう。

記憶は、思い出が剣の一振りで欠けていく。人格がなくなっていく。もう、かつてどんなことがあったのかしか思い出せない。■ ■だった頃の全てが、失っていく。

 

ごめんなさい。そうかつての人たちに謝ろうとしてもその人たちを思い出せない。

 

そこにいるのは剣を振るう修羅の男だけ。

忘れた名前を思い出すことはない。もはや世界が違う。

失った思い出はもう戻ってこない。

 

この壊れかけの自分は、もう■ ■と呼ばれていた者ではないのだろう。

 

そんな俺を見た両親は心配して、涙を流してもうやめろ、と何度言われたか。

それでも俺は止まれない。止まることを許されていない。

それに…聞こえてくるんだ。お前は何故生きているとか。お前は何故死んでいないのだ、とか。そんな声が。

俺が見捨てた少女。俺が救えなかった少女。俺が救えなかった数多の人たち。もはや顔すら分からない彼ら。

それらが怨念となって、ずっと耳に響く。彼らは俺を恨んでいないのだろうけど、それでも響くんだ。

それから逃げるように、剣を振り続けた。剣を振っていたら、記憶が欠けるようにその声が少し収まるから。

まるで、そうしなければならないと。そう強迫観念に突き動かされ続けた。

 

…ハハ。最初は、両親にとってのいい子を目指そうとしたのになんだこのザマは。だが、それでも俺は止まれない。許されていない。

止まれないんだよ…。

 

心は折れない。決して折れない。

つらくて苦しくて悲しくて。

 

それでも、俺は決して折れない。

 

心が折れてしまったら、もう俺は■ ■どころかバイバーですらないのだから。

 

何度彼女の、レイの勇者の才能に嫉妬したか分からない。

たまに来る王都の騎士団員は俺なんて欠片も興味がなく、勇者である幼馴染をおだてていく。それだけで彼女は俺の修行なんてあっさりと超えていく。

常に周りに笑顔を見せ、俺を師匠とのたまう。俺より強いくせに俺を尊敬している彼女がたまらなく…嫌いだった。

 

けれど、そんなものは俺の勝手でしかない。俺の嫉妬心を増大させて彼女が勇者になるのを遅らせたら、それこそ救えない人も出てくるかもしれない、と。自分を必死に納得させた。

だから表面上は笑顔で彼女と一緒に修行をした。

 

俺では出来ないかもしれない。正義の味方に、英雄になることは出来ないかもしれない。そんな事考えたくないけれど―――それでも、可能性がある。だったら。

 

 

そうして、俺は幼馴染の彼女、レイを最強の勇者に育て上げるため今世と前世の全ての技術を授けることにしたのだ。

 

 

そうして、何年かたって。

あっさりと、俺の技術の全てを吸収した彼女はこれまたあっさりと村を捨て、王都に旅立った

勇者になるために。正義の味方になるために。魔王を倒すために。

 

だが、俺はまだ強くない。それに、まだ耳に声が響く。だから、鍛えなければならない。俺の人生を消耗品と考えて、全てをこの世界の人々の為に使わなくてはならない。その為にはまだ鍛えなければならない。

 

歪な道だとは分かっている。間違いだと、何度思ったことか。

それでも、あの地獄を知った。グシャグシャになったかつての家族を―――肉片となった、妹を見た。そして、唯一100分の1の確立で転生した。

俺は彼らが唯一残した希望である。ならば―――その命を消耗しなければならない。

歪だが、それでも俺の道は間違っていないはずだ。

そうだろう?――――美紀

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勇者と呼ばれる女の子がいた。名前はレイ。現在は15歳。

美しい、長い黒髪を携え。神が作り出したとしか思えない美貌を持つ少女。

13歳の時世界の中心の町、王都に勇者として呼ばれ2年、人類最強の勇者。希望の光と呼ばれた少女

そんな彼女は久し振りに実家に帰省している。

 

 

 

「でもねー?レーちゃんがゴネるなんて初めてじゃない?従順な勇者って感じだし?」

そんなことを呟くのは同年代の少女。なんといっても珍しい、蒼の髪を持つ同世代では最強と呼ばれた魔女。名をアクア。

 

「従順って・・・。まあでも、確かに珍しいかもな。やはり勇者といえどかつての家族が恋しいのか?」

ニヒルに笑う青年。その腰には4本ほど黒塗りのナイフを携帯している、盗賊王と嘗て呼ばれた金髪青目の軽そうな男。名をフーシ。

 

「アッハッハ!でもまあ、レイにしては珍しい!どれ、ワシに話してみろ!」

大きな白い髭を生やしたドワーフ。かつて剣聖と呼ばれ、最強をほしいままにした小柄の男。名をドーン。

 

そして勇者の私を含めた4人こそが、無敵と呼ばれた少数精鋭。

 

 

「違うって…。そんな理由じゃないよ。王様には久し振りに帰りたいっていったけど、最たる理由は勧誘。ほら、私って師匠の幼馴染がいるって話したじゃない?」

 

「ああ、あのレーちゃんがいつも自慢してた、初恋の女の子?」

 

「レイ!その話はどういうことだ!?嘘!?お前恋はしないっていってたじゃねーか!?」

 

「だからちっがーう!ただ、憧れだったってだけ!恋愛とか、そういうのではありません!」

 

 

 

 

―――そうだ、彼は私にとっての憧れだった。

 

バイバーという名前を持つ幼馴染。性別は男。

今にして思えば、その少年は余りにも異常だった。

勇者になる前、ただの少女だったレイにとって、彼は自分自身に価値を見出していなかった。ある時から、彼は表面上はまるで仮面をつけたかのように周りに理想の子供として接していた。まるで自分を消費するように、他人を演じる酷く歪で気持ちが悪い少年。それは幼馴染だからこそ気づけたのだろう。ソレに気づいたとき、何故だか分からないが彼がどうしようもなく嫌いになったのだ。

まるで強迫観念に突き動かされように、どうしようもなく生き急いでいる彼が嫌いだった。何故アナタにはそこまでの才能があるのに、理想と呼ばれた子供なのにそこまで必死なのかと。

彼を見てどうしようもなく嫉妬した。それ以上に、理由こそ分からないがそのような生き方をする彼に同情した。

 

 

けれど、それが間違いだと気づいたのは彼と話さなくなってからちょうど1年後。台風の日、窓の外をふと見ると彼がいた。修練場で剣を持った彼は台風など関係ないとばかりに一心不乱に木剣を振り下ろしていた。

その目は、まるで何かを追い求めているかのように必死で、今まで気持ちが悪いと思っていたその顔をどうしようもなく綺麗だと感じた。

 

ああ―――彼は、ただ憧れただけなのだ。それが何なのか分からないが、それでも彼がそのような生き方をするのはただ、憧れたから。

 

その日のことは、彼女にとって絶対に忘れられない日となった。

 

それからだ、遠目で彼を観察し始めたのは。最強にいたるため、彼女は知らないが英雄に、正義の味方になるために彼は剣を振り続けた。

 

その姿は普段の彼とは違う素の彼で、余りにも、その後修羅と呼ばれた男の姿を尊いと―――美しいと、憧れた。

 

 

 

その後、彼に弟子入りを志願するのに時間は掛からなかった。

 

 

 

弟子入りしてから3年。王都の選定の儀で勇者と判明したのが10歳。その後3年間、合計6年間彼に師事した。

結局、彼には一度。村を出るときの戦いでしか勝てなかった。それも、10種類持つ魔術を全て総動員してだ。

彼は魔術を使えない。無術師だった。それでも、最後の一回しか勝てなかった。

彼は剣の技量だけで勇者と呼ばれた私を常に圧倒していた。それは、同じ仲間の剣聖と呼ばれた男をも超越していたと思う。

余りにも高い剣の技量。勿論、15歳になった私は恐らく人類最高峰の剣の技量だろう。だが、彼には敵わない。

勇者として絶対的才能を持つ私は、2年間戦い続けた。だから、魔術を使えばもう彼よりは間違いなく強いだろう。

彼の剣は完成していた。故に成長はない。あれより強くなることはない。

 

 

けれど―――それでも。

彼が仲間にいたら、間違いなく魔王討伐は楽になる。だから、彼を仲間に引き入れなければならない。

あの時、私が村に出るときは拒否されたけど、あの力を放置するのは余りに勿体無い。

だからこそ、私は憧れの男がいる村に帰ることにしたのだ。




主人公は勇者ちゃんに恋心を抱いていません。
嫉妬心のせいでマジで嫌ってます。とはいえ勇者ちゃんはいい子だしとくに性格も悪くないので仲良くしてます。

主人公の才能はテンプレのごとく一切なし。都合よく覚醒する展開は今後絶対ありません。
勇者ちゃんは15歳時点で主人公との特訓プラス実践によって最強になってます。

主人公:勇者TUEEEEE
勇者ちゃん:主人公TUEEEEEE


美紀;主人公の前世の時の妹。


次回:勇者邂逅


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

勇者の戦い

気づけば9000字、書きすぎたため遅くなりました。


―――男は、幼稚だった。

目的があったのに、呆気なくそれを手放した。

―――男は、子供だった。

自分の妹を守るため、人生の全てをなげうった。

―――男は、勇者と呼ばれた。

その力を持ってしても、大切な者を救えなかった。

―――そんな男は、大人になった。

それでも、彼は残された者を守るために、子供の時と変わらず走り続けた。

 

地獄を知った。人が死ぬことよりも地獄。口にするだけで、同情されるであろう地獄。

現実はもっと過酷。そのことを人伝で聞いただけで、涙が溢れでた。

ならば、その場にいた本人はどんな気持ちだったのか。

 

ボロボロで、全てに絶望した男の姿を見た彼女は、どんな気持ちだったのだろう。

自分のために、人生を擲つ兄を見てどんな気持ちだったのだろう。

例えソレが仮初の気持ちでも、代替でも構わなかった。

男はそれでも嘗ての約束の為に――――彼女を守ったのだ

その時の気持ちは複雑に捻じ曲がっていて、言葉で表せないが、たとえ血がつながっていなくても、それでも彼女にとって兄とは大切な存在になった。

 

だからこそ、死ぬ直前。飛行機の墜落事故で自身がグシャグシャの肉片になる直前。

ただ祈った。

お兄ちゃんが、幸せになれますように。

今まで、不幸続きで人生を何も楽しんでいなかった男を想って。歩み続けた男が、止まれるように。

後悔のない、幸せな時間をすごしてほしいと。

ただ、それだけを――祈ったのだ。

 

結局、それは叶わなかった。彼女は肉片となり、兄はその姿を見て自害した。

 

 

だが、別の奇跡は起こった。たまたまその姿を見た神が、気紛れに彼女を選んだのだ。異世界の勇者として、転生する権利とチートと呼ばれる力。

鍛えれば全能になりうる、最強の力を携えて転生する権利を彼女は得た。

 

そしてその権利を彼女は―――呆気なく、放棄した。

 

いらない。そんな力はいらない。だって、それをしてもその世界に兄はいない。

神は問う。それでいいのか、死者を復活させることは出来ないが、それ以外なら何でもできる、と。その力を鍛えれば元の世界に戻って、時間を撒き戻すことも可能だぞ、と。

 

それでも、彼女はそれを拒否した。

 

勇者の力。それは文字通り退魔の力。それを手にするということは、数多の魔性を狩り続けなくてはならないといけない。例え悪を滅する力だとしても、そんな血に塗れた力いらない。

それに、例えその力が手に入ったとしても、時間を撒き戻すなんて出来ない。してはいけないのだ。

だって、ソレをするということは。時間を撒き戻して、あの時の悲劇をなかったことにするということは。

 

それはつまり、兄のあの時の決断をなかったことにすることだ。

それは―――あの時の兄との幸せな時間をなかったことにするということだ。例え同じ行動をして、同じ時間を過ごせたとしても、それでもあの幸せをなかったことにしてはいけない。

あの哀しみを、なかったことにしてはいけない。

 

そんな偽者の幸せなんて、思い出なんていらない。

 

そういって、彼女はその力を手放した。否、その力が不完全であっても行使した。

自分の魂と、転生特典の勇者の力。ソレを燃やし尽くして、兄を転生させたのだ。

自分はかつて救われた。ならば、彼を救わないのは嘘だ。

なかったことにはしない。ならば、その転生という席を渡すだけ。

 

 

それは奇跡。神ですら驚愕させた偶然。本来、人を転生させる事が出来るのは神のみだが―――その領域にまで、思いの力で到達した。

それは、もはや神以外誰も知らない一コマの時間。その一コマの時間を見た神が、何を思ったかは分からない。

 

ただ一ついえるのは、その神が異世界転生を行ったのはそれっきり。未来永劫、異世界転生はそれ一度だけということだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

この世界の人間の9割は白か、もしくは白色に近い薄い髪の色をしている。

何も染まらず、何も染めれず。

だからこそ、髪に色を持つ者はイロモチと呼ばれ、たたえられてきた。

 

 

黒髪。イロモチでも別格扱いのソレは神に祝福された象徴。黒は全てを内包しているとされ、神の使いの象徴ともされる。

かつて黒髪だったモノは勇者と呼ばれたり、伝説扱いされてきた。

だからこそ、レイと呼ばれた少女が黒髪で生まれた時、誰もが伝説の始まりと疑わなかった。そして結局、彼女は勇者だった。

 

それでもその村の住民は、彼女を異端としてみることはなかった。異端はより濃い異端によって塗りつぶされる。バイバーと呼ばれた少年がそれだった。

 

少年はあらゆる人間から見ても異常だった。どうしてまともな親からあんな子供が生まれるのか、村人は畏怖した。

その髪の色は赤。火の魔術属性を持つ者の象徴。だが、その赤は濁っていた。まるで世界に拒絶されたかのような色で、誰もが嫌悪感を持つ気味が悪い色。何故だかその少年は魔術を使えなかったが、そんなものは彼の異常性をあらわしていない。

 

その少年の異常は精神性と天性にあった。子供にしては大人顔負けの余りにもの才能。あらゆる事を高基準でこなす少年は、一部の大人から皮肉げに賢人と呼ばれるほどであった。

そして、自分を犠牲にしてでも他者に尽くそうとするその精神性は、子供と呼ばれるものではなかった。

 

だから、独り。またひとりと彼から親しい者は去っていった。最終的には彼の親も、彼の崇高な精神に耐えれなかった。彼を直視すると、自分の醜さを理解してしまうから。

 

唯一彼についていけた勇者の少女、レイも13歳の時に村から出て行った。彼についていける存在は村にはいなかった。だが、彼はその崇高な精神で村のためにただ只管尽くした。

 

彼は終ぞ理解されることはなかった。彼は別に崇高な精神など持っていないことを、一人を除いて誰も知ることはなかった。

ただ、彼は贖罪のために必死になっただけ。それを唯一理解していたのは勇者のみ。

 

彼は理解されなかった。

だが、それでも村に尽くそうとする彼を見た村人達は再度歩み寄り…結局、彼は崇められ、村の子供たちの先生となった。

 

もはやソレは洗脳とよばれるもの。バイバーがいた世界であった宗教と呼ばれるものとなっていく。

バイバーが意識をしていなくても、その村はバイバーに依存し、バイバーがいなくては何も出来ない村になっていった。

それに関してバイバーは何も思わない。歪であろうと、人と人が関わることが間違いのはずがないのだからと。

誰一人死なない現実が、幸せじゃないはずないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

とある村のはずれにある、建築されて長らくたつ協会。もはやそれは協会としては形を成しておらず、村の学び舎となっていた。

響きわたる子供たちと、とある夢が破れた男の声。

 

「「センセーさよーならー!」」

「はい、さようなら。宿題は明日提出ですので、忘れないように」

 

「わかってるって!」

「先生、もう終わったよー」

「めんどくさっ」

そんな様々な態度をとって解散していく子供たち。数にして7人

小さな学び舎だが。そこには活気があった。

この村はお世辞にも豊潤とはいえない。質素な生活を送るしかない。

だが、一人たりとも不幸な顔をその子供たちはしていなかった。未来を見据えて歩いていっている。

その姿をみて、思わず笑みを零すのは悪いことではないだろう。

 

これでいいのだろうか。

正義の味方を目指すと決意したのは幼少の頃。今の俺は村の先生をしている。

 

一度幼馴染の勇者との戦いに敗北してから、今まで以上に自身を苛めつづけた。最強の勇者になるのだと、必死に走り続けた。

だが、俺が生まれ変わって12歳に為った時…。思えば、あの一件で俺と幼馴染の仲の亀裂は大きくなったのだろう。

結果でいうと、モンスターに殺されて両親が死んだ。

あの時、どうしようもなく俺は腐り落ちて、幼馴染は俺を見限ったのだ。

だから、彼女を見返したくて地獄の修練を続けた。

 

あれから色々あって教師をしているが…でも、今の道は間違いじゃなかったかもしれない。

彼らを見ていると…もしかしたら、この力はいらないのかもしれないと、今のままのほうがいいのかもしれないと思い始めている。

彼らは純粋で、ひたむきに勇者を信じていて、自身が人を助けようとすることを迷わない。

余りにも綺麗な彼らをこのまま放っておいて勇者の旅に出る。それだけは違う。それに…

勇者なんて綺麗な言葉を並べても、それは暴力だ。力なき正義に意味はないというが、力ある正義は独善でもある。

 

真実なんてわからない。何をすればいいのだろうかなんて分からない。

ただ、勇者になりたかった。勇者に嫉妬した。ソレだけを思って今までを必死に生きてきた。

けれど、こんな日々も―――悪くない。

 

 

そんな、平和な一時。

カン、カーン!と響く村の鐘の音。何かが起きたか。とはいえ、村内に恐怖の感情を感じない。つまり、危険なことではないのだろう。

ジッと、村の外に目を凝らす。アレは――――。

 

数は4人。外装を来た旅人。顔は見えない。だが、先頭にいる一人。ソイツの雰囲気で分かる。

 

ああ―――帰ってきたのか。

ソイツだけは覚えている。俺が唯一この世界で憎しみを抱いた相手。才能で俺が欲した全てを得たもの。

 

黒いマントを携え、仲間を引き連れたかつての幼馴染が。

勇者が、レイが帰ってきた。

 

 

 

「ひっさしぶっりー!ねえねえ。元気してた?」

村長と少し話しをして、迷わず俺のほうに向かってきた幼馴染。その姿が大人になっても、中身は変わらない。

思わず苦笑する。

 

「レイ…」

 

「何よ、そんな辛気臭い顔して。」

 

「いや、なんでもない。―――久し振りだな。それと」

振り向き、一言。

強い…な。この3人。勇者ほどではないが、ここまでの強者は見たことがない。

年老いた男以外は魔術持ち…だが、この男が勇者を除けば一番強いだろう。

このレベルは…まあ、問題はないか。

「こんにちは皆さん。バイバーと申します。」

 

 

 

 

このとき、バイバーとレイは特に危機感を感じていなかったが、勇者の仲間の3人は違っていた。

 

赤髪の少年。それはひと目みたら誰もが軟弱と思うような体系をした、柔和な雰囲気を持っている。

冒険者の大半が雑魚だと蔑むような華奢な男。

だが、勇者の仲間は超一流と呼ばれるソレ。だからこそ、彼をひと目みて正しく実力を理解し、警戒していた。

 

蒼色の髪の少女、アクアは、その髪の色に驚愕した。まるで人を呪い殺すかのようなそのくすんだ赤は、余りにも異常だった。

 

金色の、かつて盗賊王と呼ばれた男、フーシは戦慄した。その佇まいだけで、コイツからは何も盗めないと直感した。

 

白色の髭を携えたドワーフ。最強をほしいままにして、剣の一点においては勇者も超越する剣王、ドーン。その男が、彼を一目見た時、どうしようもなく嫉妬した。その余りにもあふれ出る力は、自身の全盛期を遥かに超越していると理解した。

 

だが、そこは様々な修羅場を乗り越えてきた者たち

(((まあ、悪い奴ではないだろう)))

 

案外、彼らは平和的であった。

 

挨拶を終えて、今までのことを語り合った。自己紹介から始まり、今まで旅であったこと、バイバーが村で経験したことなど1時間ほどの談笑。

 

だが、本題は他にあるはずだ。だからこそ、彼は問う。

 

 

「で?」

 

「で?って何よ。」

 

「嫌、何でこんな辺鄙な村に戻ってきたかってことだよ。理由は…まあなんとなく分かるけど、何でだ?」

 

「…さすがは幼馴染と言ったところかしら。まあ理由は予想通り。私は勇者よ。だから、ここに来た理由なんて決まっているでしょう」

「私のものになりなさい、バイバー。一緒に魔王を倒しましょう。」

 

そうやって、手を差し出し笑みを浮かべる自身に溢れた彼女の顔は、まるでそれが当然といった感じで。

なんともまあ、男らしいことだ。さすが勇者といったところか。欠片も女らしい所がない。だが

 

――バシン、と

俺は、その手を払いのける。目に映る驚愕した女。

だが、決まっている。俺はお前が嫌いだし、何より―――

「すまんな、それは無理だ。だって俺はお前の師匠だし、お前がリーダーとか俺いやだから。俺お前より強いし。」

当たり前だ。俺は自分より弱いやつの仲間になるつもりはない

 

「なんですって…!アナタ、私に以前負けたことを忘れたの!?」

瞬間的に、憤怒の顔を見せる彼女。

本当に、変わらない。その自身が最強だと思っている傲慢さも、すぐキレるところも何も変わらない。

そんな所が、どうしようもなく以前の俺みたいで―――嫌いなんだ。

 

いや…こんな言い方すれば怒るのは当然…か。どうも常識というのがズレてきている。昔から彼女は嫌いだから、どうも言い方に棘が出来てしまう。

 

「それは前の話だろ?誰がお前に剣を教えたと思ってるんだ?今の俺が、今のお前に負けるはずがないだろう。」

 

「…ふーん。ちょっと、外に出なさい。私の言いたいこと、アンタなら分かるわよね?」

 

「ああ、お前が言いたいことなんて手に取るようにわかる。なんせ幼馴染だからな」

 

ただ、それでも。譲れないものはある。

 

「「タイマンだ!」」」

 

過去を乗り越えるためにも、勇者の力を超えるためにも。

こいつにだけは負けるわけにはいかない。

 

 

 

修練場。家の裏にあるそこは以前ならばともかく、現在は家を少し取り壊して増設されている。

剣を競い合う程度の広さはある。それに、ここなら迷惑はかからない。

 

俺が持つのは安物の剣。相手が持つのは勇者にだけ許された王家の秘法。聖剣。

いくらなんでも酷すぎないか。

 

俺の心情を知らぬ存ぜぬの、そんな彼女は苦い顔で

「ここも懐かしいわね。あの時とちっぽも変わらない。」

 

「そんな事、どうでもいいだろ。感傷に浸る前にルールは?」

 

「あ、アンタね…。まあいいわ。一撃いれたものが勝ちにしましょう。殺し合いのために戦うんじゃないし。まあ捻ってあげるわ

 

「いってろ」

 

勇者の仲間3人は特に危機感なく遠くで手を振っている。

流石は勇者の仲間といったところか。いや、あれは勇者が勝つと確信してるからか。

ふざけやがって。

 

そうして、お互いに剣を構える。

始まりの合図はない。そんなもの、実践ではあり得ない。だからこそ、互い剣を構えればそこが合図といえる。

 

 

そうして、剣を持って気づけば

 

彼女が眼前に突如現れた。

 

 

「――――」

息を呑む暇などない。声を荒げる暇もない。

最速の剣。間違いなく勇者にのみ許された身体能力。

そうだ、俺は知っている。彼女の身体能力を。俺とはまるで違う基礎能力を。

 

だが、それで俺の年月に届くと思うな。

生前、そして今世。ひたすら、剣の道を歩み続けた。

才能があった生前。才能がない今。当時の剣を再現する事は不可能だが、それでもその経験は絶対的に活きた。

剣に掛けた思いが、違うんだ―――!

 

来る、来る、来る―――!

俺が見切れなかった速度、恐らくは身体能力を最大限使い魔力で強化した一撃。それは必殺のソレ。

開幕一撃で俺を落とすつもりなのだろう。だが―――

 

キィーンと、鉄の音が広がる。

「―――」

その息を呑む声は誰か。 勇者か、その仲間か。

彼女の最大の必殺。最速から放たれた絶剣は。

呆気なく、峰を持って受け流された。

 

 

 

剣が舞う。それは演舞のように、美しい剣の応酬。

互いが互い。超を超えた一流の剣。それは間違いなく世界で1番を競う剣。

女は、圧倒的速度で剣を振るう。常人では認識できない速度で剣が空を舞う。

それに向かいうつは男の剣。その速度は女より遥かに遅い。だが最小限、一切無駄のない剣は確かに彼女の連激を受け流している。

 

「―――クソ!」

思わず悪態をつく。実に面倒くさい

身体能力は私が上。剣もこちらは聖剣。あちらはただの安物。

だけど互角。完成されつくしたと思っていたその剣の技量は、さらに向上している。

戦闘のテンポのとり方、受け身の技術。全てにおいて私は彼より下。

どんだけ鍛えてるってのよ…!

 

だけど、たとえ相手のほうが錬度が上でも

―――私だって、だてに勇者をしていない…!

 

自負があった。経験でなら村に篭ってばかりのバイバーより上。ましてや勇者とよばれるソレ。傲慢かもしれないが、何の魔術の才能もない彼に負ける道理はない。

だからこそ、嘗て得た技術を全てぶつけていく、が―――届かない。

 

余りにも理不尽なソレ。技術を鍛えただけで、ここまで大きく変わるというのか。

おそるべくはその対応力。

もはや、この男は私を見ていない。否、見るという事自体を放棄している。目で見てから動くのでは不十分と判断しているのだろう。

それは、置くような動き。

空気の流れる方向に剣を置くだけで、勝手に防御を行っていく。今の私には絶対に真似できない絶技。

 

相手の剣は…折れない。何度うちあっても、折れはしない。

どうなっているんだ。知っている。所詮彼の持つ剣は安物。私が持つ聖剣の遥か格下の剣。それなのに。

 

ガン、ガン。と響く鉄の音。本来なら呆気なくへし折られる安物の剣は、持ち主の圧倒的な技量を持って破壊を免れている。

 

 

 

 

 

「リズムじゃな」

「はい?」「何だおっさん、急にどうした」

オッサン呼ばわりするでない。そうドーンは呟くと。

「そも、本来ならば勇者の身体能力は圧倒的。対抗できるはずがない。だからこそ、あの男はレイのリズムを掌握している、といえる」

 

「まあ…そりゃあな。相手の動きを文字通り読んでるって感じだし。俺でも分かるよ。」

 

「うむ、だがあのバイバーと呼ばれる少年。最も驚愕なのはもはやレイの剣を見てもいないというところ。否、そもそもあの速度じゃ見えていないな」

 

「見えていない?」

「ああ、レイの剣はハッキリいって早すぎる。目で追えない。ならばどう対応するか。見なければいい。単純な話じゃろ?」

 

「いやいや!それ可笑しいって!見えてないなら、どうやって反応してるの!?」

驚愕するアクア。彼女からしたら、男達の発言は文字通り意味不明である。

 

「置いているのじゃろう。剣を」

 

「置いている?どういうことだ?」

 

「何、見えないのならば予感して、相手の剣が来る場所に自身の剣を置く。それだけで防げる。」

 

「いや…まあそりゃ理屈は分かるが…。出来るのか?達人なら」

 

「たまになら、ワシも経験はある。極限のギリギリの戦いだととんでもなく集中出来ることがあるんじゃ。相手のリズム…戦闘の癖とかを完璧に把握し、全てを読みきることが出来れば勝てるのは道理。」

「まあ、意図的にすることなんてワシには無理じゃったがな。」

 

「ってーことはつまり…」

 

「ああ、剣の腕というのなら間違いなく世界1じゃろ。レイが仲間にしたがる理由もわかる。」

 

その言葉に驚愕する二人。

 

「だが、まあレイの勝ちじゃ。いかんせん身体能力ってのは大きすぎる。たとえ幼児がいくら鍛えたところで大人には勝てないのと同じ。それくらいには身体能力は隔絶しておる」

 

「じゃあまあ、レイの勝ちはゆるぎないってことか。見た感じそうだし、まあ心配ないわな」

 

「あなたたち…何を見えているのよ。私はもう頭パンクしそうになってるわ…。」

 

そんな彼らに不安はない。

彼らが見てきた常勝不敗の勇者は、負けるということを今までしなかった。だからこそ、絶対的な信頼がある。

(勝つんじゃぞ…レイ…!)

 

それはまるで自分の子供かのように。そこに、一切の不安はなかった。

 

 

 

剣の合唱。奏でる鉄の音。剣戟の極地。それは世界に愛された者と、世界を超えた者の戦い。

「――――」

13手、それ以上すれば持たない、か―――。

 

少しずつ押されている。たとえ技術が相手に勝っていても、それでも相手は勇者の剣。それは俺にこそ及ばないが超一流のそれだろう。

剣が欠けていく。少年の手が不可に耐え切れないのか、血にぬれていく。

それでもしったことか。手を休めれば負ける。痛みなど、とうの昔になれている。それで俺の動きが鈍ることなどない。

その後のことなどまるで知ったことかと、揺らぎのない剣戟。

 

俺はただこいつに勝ちたいんだ。

 

11、12手と剣戟が続く。ピシリと音がなりついには13手

バキ、と。

「――――」

それは音の声。誰かが驚嘆の余り、息を出した音だったか。

 

剣が、中央から折れた。勿論俺の剣だ。相手は目を見開いている。俺は予想していたが、相手は予想していなかったらしい。

 

――分かっているさ。お前はここまでの剣の極地にきていない。剣というものを理解していない。多分だが、今まで完璧に受けながされたから折れるとしても今じゃないと思ったんだろう?

 

甘い―――…!俺は彼女に剣を教え込んだ。叩き込んだ。なのに、何だこの体たらくは。

驕りが過ぎるぞ、レイ…!

そんなお前だかこそ、今からすることは絶対にお前には回避できない一撃だ。

 

「―――」

掛け声はいらない。俺の戦いは全てが必殺。わざわざ必殺技として分けるなんて、そんなものは弱者が必要なモノだ。

欠けた剣。真ん中からへし折られた剣。ソレは俺の心。二つに分けた心。

今手にある俺の持つ剣は今の俺。空に舞う、切り離された剣はかつての俺。だが、俺は過去を決して離さない。

 

ただ、手を伸ばした。ソコに、何かがあると信じて。そうして、剣を左手で強く持つ。

血は絶えない。当たり前だ。むき出しの剣を持っているのだから。

けれど、痛みなどなれている。少し奥歯をかむだけでいい。だから、手が遅れることはない。

擬似的な二刀流。単純に手数は2倍。それを体言すれば―――勇者に遅れをとること、無し。

 

 

手が、千切れそうになるのを踏ん張って

 

剣が、剣を分かつ。剣戟の極地。だが、それは先ほどの速度の比ではない。

勇者といえど到底追うことなど不可能。だから、結末はすぐに来た。

 

音と、辺りに血が舞う。そうして、最後には。

 

「―――――あっ、」

決定的な瞬間。予想されていない一手。それは彼女に焦りを生み

 

「残念だったな。」

 

最速の剣。最初に放たれた彼女の剣よりかは遅い。だが、それでも絶対的な速度。

彼の持つ剣は、音速を超えた速度を持って彼女に襲い掛かり、反応できない速度を持って

 

「俺の勝ちだ。」

そうして、彼は興ざめしたかのような顔で、最後まで剣を振るうこともなく。

 

まるで、彼女に振るう剣などないかのように――――彼女の顔面を蹴り飛ばした。

 

「――――」

鍛え抜かれたその脚。人間の腕力の3倍あるとよばれるその一撃を受けた彼女は10数メートルバウンドし、吹き飛んでいく。

その一撃は、彼女の意識を刈り取るに十分な威力を誇っていた。

 

 

 

 

致命的な一撃。たとえ立ち上がったとしても、もう終わりだろう。やる意味がないし決着はついた。

 

俺の勝ちだ。

そうすると、不思議と

「う、うォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

自身を猛るように、自分の強さを鼓舞するように思わず声が溢れ出る。

 

 

――――もう2度と負けるわけにはいかない。

例え、誰に負けるにしても才能にだけは負けられない。

誰にだって、正義の味方を目指す権利はあるのだから、勇者なんかに負けられない

 

遂に、勝てた。

俺が、今まで歩んだ道。両親が死んで、少し反れたけど、あの時の修行は間違いじゃなかった。

間違いじゃ―――なかったぞ…!

 




あとがき。
男女平等キック!

主人公の強さに関して
剣術の一点、タイマンなら主人公が勇者より圧倒的に強いです。(理由あり)まあ、生前色々あったとだけ、。
けれど主人公が求めたのは大勢の敵を倒す力。誰かを癒す力。即座に危機のために駆け出すことが出来る脚力です。

強さのスペック

主人公 50m走3秒台 敵を100匹倒す時間を1とすると
勇者は 50m走0.1秒 敵を100匹倒す時間0.001といったところ。
敵討伐の効率が勇者に比べて1000分の1しかありません。

主人公のベンチプレスは400kg(まあこの世界にはベンチプレスなんてありませんが)
勇者はベンチプレス15トン

何だこの化け物女!?

また、勇者が仮に遠距離攻撃をメインに使った場合主人公では絶対に勝てません。そもそも走力に桁違いの差があるのだから近づくことなく遠距離魔法爆撃されて負けます。

本来の戦いなら勇者と蒼髪魔法使い(アクア)には絶対勝てません。
逆に金髪盗賊王(フーシ)と白髭剣王(ドーン)には絶対に勝てます。

ちなみにこの作品はコメディとして書きたいと思っていますので、シリアス部分は当分なくなる予定です。
というか正確にはここまでプロローグ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

英雄譚の始まり

もはや、彼は覚えていない。

人ならざるモノに課すべき試練。尋常ならざる修練によって、かつての、生前の転生前の記憶のほぼ大部分を失った彼は何も覚えていない。

 

日本という国に、とある一人の学生。男がいた。

男は平凡だった。平凡すぎる男だった。

だからこそ、そんな男が星に選ばれ最強の力を持ったのは不幸だった。

 

男は平和を愛した。

だからこそ、男は自らを省みず神と戦い続けた。

 

男は、何度も世界を救ってきた。

選べといわれて。70億人か、愛した女一人か。その天秤を持たされた。

女を選びたかった。それが普通。でも、それでも70億人には替えれない。

 

そこで、後悔をしなければ勇者になりえたのに。

男は後悔をした。そうして、70億人を救うために女を犠牲にした。

 

心の闇に飲まれて、星の力もなくなって、ズタボロになってでも歩き続けた男。

 

その選択は決して間違いではなかった。けれど、後悔に溢れていた。

 

ただ、英雄に憧れたのだ。それだけが、男が歩んできた道の全て。

 

そもそも、原点はいつだったか。平和を愛したのはいつだったか。それは、あの本を読んだ時。

子供の頃にみた小説。絵空事のような綺麗ごとのお話。その主人公に憧れた。

その小説の主人公は生まれながらに不幸だった。自身が持つ能力によって、幸運の赤い糸が全て断ち切られていた。

幼少の頃に通り魔にナイフで身体を貫かれ、あらゆる人間から貧乏神と呼ばれ、不幸を司る化け物と言われた少年。

 

この世全てに諦めて、全てに絶望した少年はそれ以上に最低で最悪で劣悪でどうしようもなく不幸な、そんな少女と運命的な出会いをした。

少年はその少女を助けるためにボロボロになって、ついには記憶を失った。

けれど、その少年は記憶を失っても、その少女に泣いてほしくないと願った。

―――結局、少年は記憶が失っていないと少女に偽った。

ただ、少女に泣いてほしくないから。そう言い訳して、その主人公はその嘘を貫きとおした。

少女が思い描く自分。記憶喪失前の自分を演じるために、自分が思い描く英雄的な行動をとり続けた。

それが、記憶を失ってまで少女を救おうとしたかつての自分だと信じて。

 

ここまでなら、悲しい話。それだけで終わり。

だが物語には続きがあった。

結局、記憶がないなどということがバレないのはあり得ない話で―――時間がたって、遂にはその少女に記憶喪失だということがバレた。

 

けれど、少女はソレを受け入れた。受け入れた上で、主人公を愛した。

たとえ記憶がなくなったとしても、彼は彼であり、自分を守り続けてきたと。

 

そうして、どうしようもなく不幸な少年は、記憶を失ったけれど――救われたのだ。

 

彼の本心は、少女に泣いてほしくないから、ではなかったから、

彼は、少女に嫌われたくなかった。だからこそ、自分を偽り続けてきたのだ。

 

彼は嫉妬していたのだ、記憶を失う前の自分に。

好意をもたれていたかつての自分に。

 

だからこそ、少女に肯定された主人公は確かに――――救われた。

そんな、綺麗なお話。ハッピーエンドで終わる物語。

 

 

その物語を見た時、男はどうしようもなくその少年のような…誰かを愛することが出来る英雄に憧れた。

ただの装置じゃない。誰かを愛するために、英雄になれたその主人公がどうしようもなく綺麗に見えたんだ。

 

 

 

 

…――――地獄のような修練で、かつての理想は消えた。

 

けれど、そんな修練を行うキッカケは確かにあった。男は確かに思ったのだ。

 

男は転生した。憑依した。バイバーと呼ばれる少年の存在を核ごと消した。

だが、そのことを魔物に襲われて死んだ、生きていた頃の親に伝えていたら受け入れられたんじゃないのかな…と。ソレを言わずに死んだことで、彼らは幸せだったのかなと。

 

それは、誰にも分からない。言わない選択をしたのは男なのだから。

もはや、ソレを言うことは出来ない。

 

だからこそ男は、両親の死後。決して後悔はしないと決めたのだ。

 

だって、そうでもしなければ―――両親は、報われないだろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いくのかの?」

 

「はい。あの時、あの日から決めたんです。正義の味方になるって。」

 

「本当に、お主は…。お前の両親は、そんな事望んでおらんぞ。ソレでもいくのか?」

 

「それでも、いつも両親の期待を裏切ってばかりの俺だけど…決めたんです。だって、人を救うことだけが、俺が生きる唯一の道だから。」

 

「そうか…。ではいってこい」

 

「はい、行って来ます。」

 

荷物を持ち、ゆっくりと立ち上がる。

俺ことバイバーは、外に出ることになった。

とはいえ、勇者と一緒についていくというわけではない。結局勇者の誘いは断ったし、なぜか顔を真っ赤にして大変おこっていらっしゃったレイさんはすぐに村に出て行った。

しかしあんな短気で恋愛とかできるのかな。付き合っても一瞬で破局しそうなんだが。

まあ可憐な見た目とは裏腹に中身ゴリラだから仕方ないね。

 

「「「先生…」」」

泣きそうに…いや、皆泣いている。嘗ての教え子。だが、彼らは大丈夫だ。レイほどではないが、俺の知識、人道を叩き込んでいる。彼らなら、心配ない。村を任せれる。

「―――ああ、クル。セン。ルー。ケイオス。オルリア。カウテス。コルドス。行ってくるよ。」

 

この村は歪だ。

いつからか、俺を信仰するかのようになっていた。ソレは可笑しいと声を荒げることはなかったが、よくなかったのだろう。だから、俺は教え子と村長にしか出て行くことを言ってない。

とめられてしまうから。そしたら俺はここから離れられない。

と、ああ、言い忘れていた。

「ただ、最後に一つだけ。」

「絶対に自分は見失うなよ。そうすると、先生みたいになっちゃうからな」

散々、このことを言い続けた。

俺は失敗した。だからこそ、模範としてみるのではなく、反面教師としてみるようにと。

 

突如、最も活発な子。オルリアが泣きながら。

「そんな事ない!先生はとってもいいひとで…グスっ。間違いなんて、わけない!」

 

なんてことをいってくれるのだ。その言葉はとても嬉しい

 

「ありがとう」

 

そうして、彼らと抱擁し。

 

俺は、村を出る。

こんな俺が上から目線で何をほざいているんだ。と思うかもしれないけど

彼らなら、大丈夫だと信じて。

 

振り返らない。

決して、自分は間違えたりしない。この先を歩み続ける。そう信じて。

 

 

いくつもの視線を無視して、走り続けた。

 

 

 

 

 

デコボコの山道。次の街につくまであと2日と言ったところか。それまで、歩き続けなければならない。

 

「あっつ…」

暑い。ただただ暑い。太陽などという忌まわしいものはどんな世界でも存在するらしい。

村を出るのはもう少し気候が穏やかになってからだったな、と軽く後悔。

…いや、ズルズルしても仕方がない。それに、今は明確な目標がある。

勇者、レイがいるであろう王都。そこならば、もしかしたら俺のような転生者がいるのかもしれない。

王都にある魔術学園ならば、俺の持つ異常な炎の魔力。それを解析し、理解できる人がいるかもしれない。

 

バイバーを、この身体のかつての持ち主を救うことが出来るかもしれない。

 

もしかしたらそんな方法ないのかもしれない。バイバーはもう、いないのかもしれない。

そんなあてのない旅。だからこそ、俺は生涯を持って叶えると決めたのだ。

 

かつての身体の持ち主。バイバーを救ってみせると。そう思わなくてはやっていけないのだから。

 

 

「…ん?」

 

グルル、と呻く獣の声。コレは…

目の前にいる、異形の狼。牙が大きく発達したソレは、以前の世界ならば獣の王者になれたであろう存在。

タイガーウルフ…が三匹。この付近特有のモンスターだな。

 

…うん。俺は所詮剣だけの男。勇者みたいに威圧なんて使えないし、コイツら以外のほとんどのモンスターからも襲われるだろう。

はて、どうしようか。

 

どうしようか。数には勝てないんだが。いやまあ3匹ならば問題ないんだが。何度も狩ってきた相手だ。夜、寝れない。どうしよう、ヤバい。…まあそれはともかく。

 

「とはいえ、お前らとも当分お別れか」

 

剣を手に持って一閃。それだけで全てが終わる。

刃は輝き、世界はその一閃に収束される。それが俺の本質。俺が俺足らしめる剣の概念。

そこに掛け声はいらない。歩く速度は変わらない。一撃一撃が全て必殺のソレは、確実に息の根を止める。

 

「うん、ごめんな」

この世は弱肉強食。彼らを倒すのは…俺のようなクズが、他者の命を奪っていいかは疑問だが。

「んじゃ、さよならだ。わが故郷。」

 

 

音はなかった。

ただ、光の線が空気を漂った。

 

次元ごとの切断。ただ、斬るということだけに特化した俺の技術。

防御不可能。硬さの概念を無視したこの一撃はダイヤモンドですらたやすく切り裂く。

 

 

それこそが、俺の剣の魂の象徴。

 

それに、技はない。

全ての斬撃にその概念が施されるのだから、いわば俺こそが技自身といえる。

 

 

「――――」

獣の叫び声はなく。

響く音は、歩く音だけ。

 

戦闘は終わった。

ザっザっと。歩き続ける。

 

俺の背に残ったのは、綺麗に一閃された死体だけだった。

 

 

 

 

 

 

「頑張らなきゃな」

 

 

 

 

そうして、時間は一月流れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とある森から町へ続く道。声が木霊した。

 

「ひいぇえええええええ~~~~~!!!」

こんな声乙女が出していいものではない。だが、それでも叫ばずにはいられない。

まさにマヌケ。聞く人が聞いたら間違いなくソレはマヌケと呼ばれる声だろうけど関係ない。

涙を流しながら、ぜえぜえと息を吐き。

はしる!走る走る走る!

 

ヤバイ、ヤバイヤバイヤバイヤバイこれは本当にやばい!

剣は戦ってる最中折れちゃったし、相手はあのタイガーウルフ。ここらではかなりの強モンスターとして名を上げている。それが2匹。番なのだろう。やばい、剣があっても勝てる相手じゃない!

 

間違えた。間違えた!間違えた!クソ!冒険者ギルドめ!キャットウルフって言ったのに!タイガーウルフなんて聞いてない!あんなモンスターこの付近にいないのに、ヤバイヤバイヤバイ!

 

「――――あ!」

 

目の前に、外装を着た旅人のようなものが。まずい。これでは巻き込んでしまう!

 

ソレは、ソレだけは許されない。私は確かに救うと決めた。憧れたのだ。誰も死なない最高のハッピーエンドを。

 

「速く、にげ―――」

 

 

「―――――」

声は、出なかった。だが、ナニかに確かに私は恐れた。それがナニかは分からない。だが―――

 

気づけば、音が響いていた。

キンと、柄に剣を納める音。ソレが響いた時には、何かが終わった。

 

終わったんだ。何かが。ふと、後ろを見ると、そこには細切れのかつての獣が存在していた。

 

 

「――――ぁっ」

分からない。

何があったのか、どうしてこんなことがあったのか、分からない。

ただ、分からないが…目の前の…外装を着た…ヒト?がしたのだろう。背丈からみて年上っぽそうだが。

 

だが…只管に怖い。あの化け物を、気づかないうちに切り伏せた存在が、怖い。

恐ろしい、全てを見据えたような、フードから見える目がどうしようもなく怖い。

その蒼い瞳が、自身を見通すようで、全てを曝け出してしまいそうになりそうで、恐ろしい。

 

 

ああ。私は死ぬのだろう。理由は分からないが、私は死ぬのだろう。ソレだけは確かだ。私は、この人型のナニカに殺される。

 

「―――そっか、うん。いいよ。」

だが、それでいいのかもしれないと思ってしまった。自身の口から、溢れ出た

何のことはない。私は人生の終末を受け入れてしまった。

身体の震えはとまらない。涙は溢れて止まらない。心は裂けそうで、四肢は痛みをあげている。

そんな状態でも、確かに受け入れてしまった。

 

 

だが―――

 

 

「大丈夫か?」

 

 

「―――、あっ」

 

その声を聞いたとき、不思議と震えは止まっていた。安心しきってしまった。

この男を明確な味方だと、英雄だと認識した。

 

 

 

その顔は決して忘れない。

フードを被っていて、全体的な骨格はわからないけれど恐らく男。

少し見え隠れする赤い髪を持った自身よりおそらく年上の男。

 

理由は分からない。ただ助けてもらっただけ。それでも。

 

 

その男は、フードを外し

「もう、大丈夫だ。」

 

 

その男の顔を見て――――ただ、余りにもその男を。

その男の在り方を…美しいと思ったんだ。

 

 

その出会いは運命。

コレは、全てを失った少年と少女の物語。

 




ボーイミーツガールって神だわ。
はい、ヒロイン…正確には裏主人公登場です。
勇者ちゃんはヒロインじゃなかった!?まあ見た目はともかく中身ゴリラだからね、仕方がないね。
この時点で
主人公15歳。身長165cm
勇者15歳。身長172cm
ヒロイン13歳。身長153cm
と、勇者以外は平均身長以下です。

少しずつコメディにしていく。村の子供たちはこれからでない予定。名前も覚えなくていいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

剣神

主人公強すぎたので、その理由を書いてみました。


殺された女。殺された女。殺された女。

目の前で、血塗れになりながらも俺を守ってくれたかつて愛した女。

70億の人を選ぶために俺が犠牲にした女。

 

何度も何度も繰り返されるそのシーン。

まるでビデオを巻き戻しして再度再生するように、目の前でソレは行われた。

強烈な記憶。決して忘れてはならない記憶。俺が決意した記憶。

 

ああ。夢だ、これは。

転生してバイバーになって、何度も見た夢。最近まで見てこなかった夢。

ああ、これだ。何度も見たコレだ。

 

 

何度も、死んだ。

何度も、死んだ。

 

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も彼女は―――――

 

 

繰り返される。地獄をみた。

 

 

 

 

「―――ッ!」

夢を見た。とても嫌な。かつての地獄を思い出した。

 

「っはー。っはー。」

息は荒く、背筋には汗が流れる。酷く気持ち悪い。目の焦点が合わない。

あの時のことを思い出すと、いつもこうだ。

 

これは、俺の呪い。俺が永劫背負い続けなくてはいけない過去。俺が失った全て。

いつも、いつもいつも俺が得た過去。

 

いつだってそうだ。

俺はいつだって、何度も何度も失う。

間違いだというのか。自分が求めるもの全てを守ろうとすることが間違いだというのか。

 

あの時、神は言った。それは傲慢だと。

人は神にはなれない。例え最強の力を持っても、それは叶わないと。

 

 

―――そんなこと、知っている。それでも、それでも諦めることが出来なかった。

だからこそ、歩み続けた。

 

人が死んだ。

そうして、俺は優しさを知った。

人が消えた。

そうして、俺は悔しさを知った。

人が…

そうして、何度も何度も何度も何度も悲劇を見てきた。死体の山。文字通り地獄。

 

それでも次があると信じた。

そして、歩み続けて、最後には失敗した。

 

結局、神の言うことは正しかったのだ。全てを守ろうとして、全てを失った。

 

だからこそ、俺はもう全てを求めない。ただ一人だけを守ろうと決めたのだ。

 

妹との旅行。ソレが、前世での最後になった。

 

贖罪になるとは思わないけど、それでも妹だけは幸せにしなくてはならないと信じて。

妹だけは、守らなくてはいけない。世界の悪意から。人の悪意から。

 

もう、かつての力はなくても、それでも。

 

 

妹だけは、あの時の彼女が開けて言った心の孔を埋めてくれるから。

未来永劫、絶対に会えない彼女との別れ。ただ、憧れたその女の最後に悲劇があった。

その哀しさを埋めてくれるから。

それが代替行為だと分かっていても。それでも。

それでも俺は…彼女を、妹だけでも…そうしてきたはずなのに。

それでも、俺は――――何も、助けれなかった。

 

だったら、俺は今世、バイバーになっても何もしないほうがいいのか?

 

――――違う。ソレは違う。動かなければ、何も変わらない。

いつもより修行の量を増やそう。幸い、両親は最近は俺の行動に呆れたのか、怪我をしなければ良いというスタンスに変わっている。

もう俺は■ ■じゃない。バイバーだ。両親の期待に沿うようなことは出来なくても、悲しませないようにはしよう。それでなくとも、この体の持ち主に意思を返さなくてはならないのだから。

 

そう、決意した子供。

 

 

 

その次の日。村に魔物が襲った。

村人は、のちに勇者と呼ばれる少女は、転生者は必死に生きるために足掻いて。そうした甲斐があって奇跡的に死者は二人だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雨が降りしきる中、燃えつきた木の匂い。

黒こげになった十字架。それが、この世界の死者への供養。

 

いわゆる葬式と呼ばれるソレ。何度も経験したソレは、バイバーになってから初めて経験した。

 

 

「バイバー…。」

そんな、いつもの活気もなく心配するレイ。

 

そうだ。現実は変わらない。魔物に襲われて死んだ両親。

そう、今目の前で燃やされたのは俺の両親だった。唯一、死んだ二人。最後に、人をかばって死んだらしい。

 

いい人だった。とても、とてもいい人達だった。前世の記憶があり、必死に力を求めていた気味の悪い俺を本当の家族のように接してくれた。だが、守れなかった。

この世界の悪意から、何も守れなかった。俺の実力なんてこんなもんだとその焦げた十字架は言ってるようで。

 

 

「何も…結局、ダメだった…。守れなかった…。」

 

「…バイバー?キャッ!」

 

思わず、レイに抱きしめる。こんな華奢な体でも、多分俺より強い。

勇者の力って、本当に卑怯だな。と。そんな醜い嫉妬心も溢れてくる。

 

だが、それを哀しみが押しつぶしていく。

 

 

「俺はいつもそうだ!いつも…いつも…!」

 

慟哭は、哀しみは涙となって。

 

 

「誰も守れない!何も守れない!どんなに頑張っても、かつても、今も!」

 

「誓ったはずなのに!!頑張るって!欲張りだと分かっていても!それでも今ある全てを守るって!!」

 

思い切り、幼馴染を抱きしめる。それだけが、この体にあふれ出てきた力を抑える方法だから。

 

 

 

「何一つ出来やしないんだ!俺は…あの頃も…!今も!!!!!」

 

 

「う…!ウワァアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

暴風雨の中、涙は雨となって消えていく。

 

苦しさも、哀しさも。この雨のように溶けていく。

 

心は折れていく。

 

 

 

そうして、涙を流して。気絶するように―――――

 

まるで、雨が雪解けのように、心を開放して、それでも冷たいそれは俺をポロポロと壊していく。

 

「バイ、バー?バイバー!?バイバー!!!」

 

 

 

 

 

 

 

―――夢を見た。

暗い世界。自身の心の中の世界。それを形作る自分自身。

 

ソレしかない世界。だが、声だけは響く。

 

 

 

全てを守ることは出来ないのか?

 

―――否。お前にはある。

 

全てを救うことは出来ないのか?

 

―――否。お前は救わなくては為らない。100分の1に選ばれたのだから。

 

 

なら、どうすればいいんだ?

 

―――お前ではダメだ。だが、お前でなくてはならない。お前は自分を失わなければ何も救えない。

 

 

そうだ。

今までの俺ならば無理だった。今のままじゃダメなんだ。今の俺を変えなくてはいけない。

 

ビシリ、と世界に音が響く。

 

 

なら幸せの記憶なんて…こんな記憶いらない。こんな弱い自分はいらない。

 

誰かに負けるのはいい。

何度敗北したっていい。

それで、大切な人を守れるのならば、俺は俺すらも否定する。

 

ビシリ、ビシリと割れていく。

 

幸せはいらない。哀しさはいらない。感情は…いらない。そんな俺は、機械に成り果てるだろう。

でも、そんな夢に、何もかもを守れる絶対的な力があるのならば。

 

たとえ、自分が自分でなくなったとしても、それで守れるのならば。

それで、皆を救えるのならば――――。

 

 

ついに、世界は崩壊して―――。

 

 

 

それが、俺の願い。俺がバイバーに為ってから、両親を失ってから得た真の願い。その願いを叶えるために、歩き続けて、記憶を磨耗して。

ソレを願い続けるために剣を振り続ける。剣戟の極地に。剣神と呼ばれるソレにたどり着くため。

正義の味方という概念に成り果てれば、ソレは幸せなことなのだから。

そうして、最後に俺は――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、彼は歩き続けた。

かつての過去を消し去って磨耗してでも、地獄のような修行をして。

その目的が、あの時の夢が最早誰のか理解すら出来ないほど記憶は擦り切れた。

筋肉は断絶し、体はズタズタになり、それを何度も再生させては繰り返し。

 

愚かだった。哀れだった。そう形容するしかない男。だが、それでも

 

それでも、魔物という。魔王という明確な敵がいるのならばと血反吐を吐いても、歩き続けた修羅の男。

 

誰にも出来ないことをやり遂げた男が、たとえ才に恵まれなくても。

 

そんな男が、次元すらも切断する絶対的技量を持っても、おかしな話ではない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。