(FE紋章の謎の世界に転生したので)海賊王に俺はなる! (大目玉)
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「ガザックの旗揚げ」1
突然だが、俺は死んで転生したらしい。転生させられた、というのが正確か。
俺を転生させたやつの話によると、真夜中に俺の家を隕石が直撃したそうだ。俺は眠ったままばらばらに吹き飛んだ。正直疑わしいが、嘘だという証拠もないし保留付きで信じることにした。
ところで「ファイアーエムブレム紋章の謎」って知ってるか。
初代はファミコンソフト「ファイアーエムブレム暗黒竜と光の剣」。
それがスーファミでリメイクされたときのタイトルが「紋章の謎」だ。
剣と魔法の世界の手強いシミュレーション。舞台はアカネイア大陸。アリティアの王子マルスが祖国を奪還し、ドルーア皇帝メディウスを倒して大陸に平和を取り戻す物語だ。当時ハマってかなりやりこんだ。
俺はその世界に転生した。あれはゲームだったから、よく似た世界に転生した、あるいはゲームの世界に転生した、というべきなのかもしれないが、そういうことだ。スーファミ版の世界であって、DS版じゃない。
俺の名はガザック。ガルダの海賊だ。
ゲーム風に言うなら第一部一章のボスだ。
そういうわけでガザックとして転生した俺だが、生まれたときから俺の意識があったわけじゃない。
俺が、俺としての意識を取り戻したのはついさっきだ。
それまでガザックの中に眠っていた俺の魂が目覚めて、こいつの意識を完全に乗っ取ったといえばわかってもらえるだろうか。
ガザック当人の、生まれてからさっきまでの記憶は、昔見た映画について思いだすような感じでぼんやりと思いだせる。海賊の幹部になっただけあってグロとエロとバイオレンスだらけだった。
そして、目覚めてみると俺はいきなり窮地に立たされていた。
「親分、アリティアの王子とやらが、俺たちと戦うとかぬかしたそうですぜ」
「何でも二年前にこのちっぽけな島国に逃げ込んできたやつらだとか」
「敗残兵の寄せ集めなんざ、軽くひねってやりましょうや」
高笑いしている手下どもを、俺は絶望的な顔で眺めていた。
こいつら、わかってねえ。
ここはタリス。アカネイア大陸の東にある辺境の島国。第一部の一章。
紋章の謎に限らず、ファイアーエムブレム(以下FE)において、第一部の一章というのはチュートリアルみたいなもんだ。
ここでプレイヤーはゲームのやり方をつかむ。ユニットを動かして敵と戦わせ、城を奪うゲームだと。主人公が死んだらゲームオーバーになること、ペガサスナイトは弓矢に弱いこと、盗賊の経験値はおいしいこと、盗賊を放っておくと村を燃やされること、ジジイはだいたい弱いことなどを知る。
チュートリアルなのだから、当然敵は倒しやすいように設定されている。数も配置も動きも。
そう、俺たちは倒されるためにここにいる。
そのことを自覚すると、俺の胸の内にふつふつと暗い怒りが湧いてきた。どす黒い欲望も。
冗談じゃねえ。
死んだばかりだってのに(実感はないが)、また死んでたまるか。
こうなったら何としてでも生き延びてやる。
ああ、そうだ。やりたいようにやってやるさ。
俺は手下に地図を用意させた。自分の記憶にあるゲームのマップと照らし合わせる。地形から砦の位置まで見事に一致していた。
俺はマルスたちと戦うつもりだった。いや、倒すつもりだった。あれほどやりこんだゲームなのに、愛着もあったはずなのに、とくに葛藤もなく、あっさりと決断できてしまった。俺がガザックに転生したのは、そんなにおかしなことじゃなかったんだろう。
「戦えるやつをここに集めろ。一人残らずだ」
俺は地図の左下を指さした。タリス島の南西には砦がひとつある。ここを固めてしまえば、マルスたちはそれ以上前進ができない。高い山を越えられるのはシーダだけだ。
ここでやつらを食い止めて消耗させ、マルスを倒す。
「ですが、アーノルドたちが東に行ったきりで……」
誰だよ、アーノルド。
ていうか、マルスが立ちあがったっていうこのタイミングで東にいる?
あ、ゲーム開始時に村を焼いた盗賊か。
敵の盗賊に村を潰す能力があると教える役目の。最初のターンにシーダとマルスあたりで倒して経験値を稼ぐのがセオリー。
「東じゃもう間に合わねえ」
盗賊が単独で敵地のど真ん中にいるという時点で、どうにもならねえ。見捨てよう。
「島の中央にあるこの砦は放っておくんですかい? 海からも行けそうなのに」
手下が地図の真ん中を指さす。そこにも砦はたしかにある。だが、俺たちが勝つ前提で考えるなら、そこは捨てるべきだ。
敵はマルス、ジェイガン、シーダ、カイン、アベル、ドーガ、ゴードン。
この面子での常道は、アーマーナイトのドーガが前衛、アーチャーのゴードンが後衛、ソシアルナイトのカインとアベルがゴードンの両脇を守る形だ。
マルスとシーダはその後ろから並んで前進。なんで並ぶのかといえば支援効果があるから。ジェイガンはいざというときの盾として、マルスのそばにいる。こいつの銀の槍はマルスかシーダのどちらかに渡す。
慣れてくると、カインとアベルを馬から下ろしたり、マルスやシーダも前線に出したりするが、だいたいこんなものだろう。
この手を使われると、かなりしんどい。
海賊たちではドーガにたいしたダメージを与えられない。しかも、ドーガとゴードンの攻撃を続けざまに受ければ、海賊は沈む。打ち漏らしがあってもカインかアベルがカバーに入れる。
まず、各個撃破されるのを避けないといけない。
こちらの利点は、俺を含めて数が13ユニットなこと。ほぼ二倍だ。全滅覚悟でやれば、勝てる……いや、さらに運がよければ、勝てるかもしれない。
そこまで考えたとき、俺はあることを思いついた。シーダに対しては打つ手がある。
手下どもに指示を出した俺は、城の南にある村へ向かった。
ちょっと婦女暴行しちゃいましたぁー。
殺してはいないぞ。ほしかったのは傷薬だったからな。
さて、俺は予定通り、南西の砦の周辺を手下たちで固めた。砦の南に広がる海にも海賊を2ユニット配置した。ゲームだと海賊って海の上を歩いていたんだが、ここではそんなことはなく、持ち運んでいる小舟をさっと用意して乗りこみ、海に出ていた。
ちなみにユニットという単位だが、1ユニット一部隊と思ってくれ。部隊長がユニット名になっている感じだ。
とはいえ、けっこう適当で、十人ぐらいの部隊もいれば、三十人近い部隊もいる。数の多さや練度がHPやレベルにつながっているっぽい。名前ありキャラの中にはそいつ一人で1ユニットてのもいるようだ。
数字でいえば、4ユニットがかりでやればカイン、アベル、ゴードンは仕留められる。この場合の4ユニットには間接攻撃のできるハンターも含めることができる。
だから、ドーガは後回しにして、それ以外を倒して敵の数を減らす。
ていうか、さっきも言ったが、鉄の槍を持ったドーガと鋼の弓を持ったゴードンの組みあわせと、鉄の槍を持ったカインと手槍を持ったアベルの組み合わせでこっちの海賊一人を倒せるわけよ。
でも、こっちは四回殴らないと駄目なわけよ。ずるくねえ?
そして、俺はゲームにはない手も打った。
タリス王をさがしだして、シーダに降伏を呼びかけた。
一章開始時のシーダの台詞と、マルスがこの一章をクリアしたときにタリス王が現れたことを思いだしたのだ。
これでシーダが降伏するとは思えないが、とにかくアリティア軍と戦っている間、動かずにいてくれればいい。そうすれば、ハンターをシーダへの備えにせず、アリティア軍との戦いにまわすことができる。城の守りも最低限ですむ。なにせ、俺も戦わないと人手も攻撃力も足りないからな。
そうして俺が南西の砦についたところで、手下が報告してきた。
「親分、白馬に乗ったジジイが突撃してきました!」
……えっ?
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「ガザックの旗揚げ」2
白馬に乗ったジジイ。
間違いなくジェイガンだ。他に該当する敵がいない。
俺には理解できなかった。なんでジェイガン? ナンデ?
慣れたプレイヤーなら、ジェイガンにたとえ1でも経験値を渡すなんてもったいないことはしない。レベルが上がってもステータス上昇が望めないジェイガンだぜ。
「そのジジイは何か武器を持っていたか?」
俺は聞いた。ジェイガンを使って、こちらをおびきよせようとしているのではと思ったのだ。
FEシリーズでは基本的な手だ。守備力の高いユニットを前進させて敵を釣り、控えている他ユニットで囲んで倒す方法である。パラディンなだけあってジェイガンの守備力はドーガに次いで高い。これもいい手だ。
「へい、銀の槍を持っているようで」
俺は大声で嘘だろ、と叫びかけた。何だ、それ。あれか、二軍落ちユニット限定縛りプレイか。あるいはよくわかってない新規プレイヤーか。
それとも、俺がゲーム脳すぎたのか。
いや、リアル寄りで考えたら、ジェイガンみたいなポジはマルスのそばにくっついて離れないもんだし、マルスは総指揮官として後ろでかまえているもんだろう。
一騎駆けなんてやるはずがねえ。
手下がやられたと報告が続けて入る。早い。ただし手傷は負わせたらしい。
「予定変更だ。ジェイガ……そのジジイを囲んで殺せ!」
ジェイガンも倒すべき敵には違いない。ゲームの話でいえば、必殺が出ないかぎり、手下たちが一撃でやられることはない。
砦で回復しながらローテーションを組んで攻撃すれば、いずれは殺せるはずだ。俺とアイアンサイド(レベル三相当の海賊)も加われば、もう少し楽にいける。
草原を走る。すぐに砦が見えてきた。
砦の前で、ジェイガンは俺の手下たちに囲まれながらも、銀の槍を振りまわして次から次へと薙ぎ倒している。ジジイだってのに、荒くれ者の集まりである海賊たちが怖じ気づくほど強い。
アイアンサイドがジェイガンに襲いかかった。ジェイガンの銀の槍をかわして(砦の効果か?)反撃を叩きこむ。血飛沫が飛んだが、ジェイガンはまだまだ元気そうだ。
「ハンターたち、矢を射かけろ!」
砦の後ろにいるハンター部隊が、俺の命令に答えて矢を射放つ。
矢の雨が降って、何本かがジェイガンに命中した。
馬上で、ジジイの体がぐらりと傾く。見た感じ、もう少しでやれる!
「うりゃあぁぁあ!」
俺は鉄の斧を振りあげて突進した。ジェイガンがこちらに気づいて迎え撃つ。俺の繰りだした斧はジェイガンの乗っている馬の前脚に食いこんだ。鮮血が散った。
ジェイガンは左手で手綱を操ってバランスをとりながら、俺の胸を銀の槍で突く。
体がかっと熱くなり、頭の中が真っ白になった。これが焼けるような痛みってやつか。
体中の血液がどくどくと激しく流れているのがわかる。胸から流れた血が服を赤く染める。血も汗も止まらない。
ようやく痛みが伝わってきて、口から何か変な声が漏れる。俺の声じゃないみたいだ。
痛みやら何やらでテンションが高くなりすぎたのか、ガハハハって笑ってしまった。ヴ○ンランド○ガに出てくる海賊みたいに。痛い痛い。
海賊の一人がジェイガンに襲いかかる。ジェイガンはその海賊の攻撃を避けると、くるりと銀の槍を回転させて一撃でその海賊を突き倒した。
ハンター部隊がもう一度、矢を射放つ。当たった。
アイアンサイドが襲いかかる。だが、その一撃はかわされる。しかし、アイアンサイドもジェイガンの槍をかろうじてかわした。偉い。
ジジイ一人相手に、総力戦だった。さらに二人の海賊がジェイガンに襲いかかり、返り討ちにされた。だが、ユニットとしてはまだ残っている。よし。
俺は斧。やつは槍。三すくみ的には俺が有利。いける、いける。当てれば勝ちだ。もしもかわされたら、おそらく反撃で確実に殺されるけど。ここで傷薬を使えば、もう一撃はしのげるだろう。だが、俺がジェイガンなら逃げる。パラディンの移動力は10で、海賊の二倍。絶対に追いつけない。そもそも歩兵が騎兵に追いつける道理はない。
「うがぉあぁぁぁ!」
やっぱり俺は胸の傷のせいでハイになっていたんだろう。猛然とジェイガンに襲いかかる。跳躍して、斧を振りあげ、驚くジェイガンに叩きつけた。
肉厚の刃がジェイガンの鎧を叩き割り、腹部を深く切り裂いて血を噴きださせる。俺はバランスを崩して地面に落ちた。
血まみれの斧を握りしめ、呼吸を荒らげながら、俺はジェイガンを見上げる。
ジェイガンは俺を見ておらず、血がとめどなく流れる腹の傷に手をやったあと、ぼんやりと空を見上げた。
「マルス王子、強くなられよ!! 負けてはなりませぬぞ……」
ここにはいない王子に呼びかけ、そのままぐらりと馬から落ちた。
俺は立ちあがると、白馬を回りこんでジェイガンのそばに立つ。その手から銀の槍は離れて転がっており、ジェイガンはもう動かなかった。
何となく白馬を見ると、こいつも震えていた。傷だらけだった。俺も切ったしな、なんて他人事のように思った。ジェイガンが死んだ以上、こいつもすぐに後を追うんだろう。
「紋章の謎」に三すくみがないことを俺がぼんやりと思いだしたのはこのときだった。あれは「聖戦の系譜」からだ。
「親分、手当てをしないと……」
自分も血まみれのアイアンサイドが言った。俺はやつをじろりと睨みつけたあと、ジェイガンを見下ろす。口元を歪めた。まだ終わってねえ。まだ戦いは終わってねえんだ。胸の痛みが俺に笑みを浮かべさせた。
俺は鉄の斧でジェイガンの首を切り落とすと、それを銀の槍に突き刺して砦の門の前に掲げた。首のない死体は、やっぱり死んだ白馬といっしょに埋葬させた。
ジェイガンの死が伝わったせいかどうかはわからないが、アリティア軍の動きは鈍かった。
ドーガが先頭に立ち、その後ろにゴードンがつき、左右をカインとアベルが固めるという、俺の想定した陣形で前進してきたのだ。
ちなみに、四人ともそれぞれ兵士を率いている。どうもタリス兵と義勇兵の寄せ集めってとこのようだ。
「素人が」
砦でその報告を受けとった俺は嘲笑した。
たしかにそれは手堅い手だ。ただし、これはドーガに移動力を合わせることになるので、カインとアベルのソシアルナイトとしての特性を殺すことになる。この状況でそれは悪手だ。
そうやってちんたらしている間に、俺やアイアンサイドは砦で傷の手当てをできる。このタイミングで傷薬を使わずにすんだ。重傷を負ったやつは後方の城へ向かわせる。
そうして、やつらが砦に近づいてきたときには、俺たちは完全に回復していた。
ドーガとゴードンの攻撃を、俺が受けとめる。カインとアベルの攻撃はアイアンサイドが。
そして、手下たちに指示を出してまずカインを仕留める。カインが率いていた兵たちは、カインの死を知ってパニックに陥り、逃げ散っていった。
傷薬を使ってもう一回、俺とアイアンサイドは耐えしのぐ。ゴードンを仕留める。相手はドーガとアベルの連携でこちらの手下を1ユニット分潰してくれたが、それが限界だったようだ。アベルを仕留める。
ドーガを囲んだ。こちらはドーガにたいしたダメージを与えられない。それでも囲んで動きを封じ、深傷を負わされたやつは別のやつと交代して動きを封じ続けた。
その間、マルスは島の中央にある砦で待機して、近づいてこなかった。
まあ無理もない。もしもマルスが近づいてきたら、俺はドーガの包囲を解かせてマルスを仕留めるつもりだった。
マルスもそれがわかっていたんだろう。島の中央にある砦から動かなかった。マルスが率いている兵はごくわずかだった。十人いるかどうか? 部下たちに一人でも多く与えたんだろう。
ドーガが倒れた。あとはマルスだけだ。シーダの姿はない。
もっとも、俺たちの数も半分以下に減っていた。
戦闘開始時は13いたユニットが、いまでは俺を含めてたった6。俺、アイアンサイド、ハンターのアイルトン、それから手下が3。よく生き残ったもんだ。
砦でしっかり回復してから、マルスを追う。
マルスは東へと逃げたが、この島に逃げ場はない。こちらは急がずに追い、マルス配下の兵を蹴散らして、ついにマルスそのひとを取り囲んだ。
アイアンサイドと手下たちで包囲し、ハンターがアイアンサイドの後ろに立つ。俺はすぐそばで見守った。
マルスは鉄の剣じゃなくレイピアで応戦し、海賊を一人殺したが、そこまでだった。ハンターの矢に射られ、手下の斧に斬りつけられ、アイアンサイドに肩口を割られる。血まみれになって倒れた。
俺は哀れみをこめてマルスの亡骸を見下ろしていた。
こいつは本来なら、こんなところで死ぬはずじゃなかった。
タリスを解放し、ニーナに会ってファイアーエムブレムを受けとり、アリティアを奪還し、最終的には暗黒竜になったメディウスを倒し、アカネイア王家に代わって大陸全土を統べるはずだった。
王の中の王と呼ばれるはずだった。
この俺ガザックこそ、ここで死ぬはずだった。ガルダの海賊のトップは二章ボスのゴメスであり、ガザックの名はどこにも残らないはずだった。
そこで俺は、首をかしげた。
「どうなるんだ、これ……?」
「紋章の謎」では、マルスが死ねばゲームオーバーでスタート画面に戻る。
しかし、いつまでたってもその気配がない。俺がガザックをやめて昇天する感じもない。
「親分、勝ち名乗りをあげましょうや」
アイアンサイドが笑顔で言ってきた。俺は呆けた顔でやつを見たあと、のろのろと斧を振りあげる。
「こざかしいアリティアの残党は叩き潰してやったぞ!」
歓声があがった。
マルスの死を知って、ようやくシーダが降伏した。島の北東にある村に隠れていたらしい。シーダはやはり国民にずいぶん慕われているようだ。
俺はタリス王モスティンといくつかの契約を結んだ。城下の盟というやつだ。
タリスはガザックに従属する。ガルダの海賊にじゃない、俺にだ。
タリスは富も、食糧も、そして人間も、俺が望むように差しだす。
シーダは俺の妾妃となる。
傭兵隊長のオグマ、その部下のサジ、マジ、バーツの処刑に同意する。
モスティン王は泣きながら署名した。民に非道なことはしないでくれと懇願しながら。
俺は笑顔でうなずいてやった。
大事な拠点だ。今はまだ大切に扱ってやる。
暗い欲望が、俺の胸を焦がしている。
この一章、俺がチュートリアルと呼ぶこの戦いでわかったのは「紋章の謎」の知識を活かせるということだ。
それなら、その知識を使って行けるところまで行くしかねえ。このゲームを終わらせることができるはずのマルスを、俺が殺しちまったんだから。
このタリスで好き放題に生きていても、いずれは恐ろしいことになるのがわかっている。
行けるところまで行く。やりたいようにやらせてもらう。
俺はマルスじゃねえ。村に行っても、素直にものをもらうことはできねえ。傷薬の件で証明ずみだ。海賊的には役得だったが。
だから、力ずくで奪っていく。必要なものも、欲しいものも。
とりあえず、今夜はシーダだ。
思うがままに乱暴してやる。エロ同人みたいに!
俺は下卑た笑みを浮かべて、寝室へと向かった。
ガザック軍編成
ガザック アイアンサイド(海賊) アイルトン(ハンター)
海賊 海賊 海賊
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「ガルダの海賊」1
俺がマルスを殺してタリスをものにしてから、何日かが過ぎた。
タリス城のシーダの寝室に、俺とシーダはいる。
シーダはベッドの上でぐったりとしている。俺はベッドに腰掛けていた。ちょうど二戦ばかりすませたところだ。
シーダの処女を奪ったのは、タリスを降伏させた日の夜だ。
端的に言えば、シーダはマグロだった。
仕方ねえとは思う。タリスが俺みたいな海賊のものになり、マルスたちが死んだんだからショックもでかいだろう。
俺もさすがに床上手の処女なんて要求する気はねえし、俺のものになった途端にシーダがアヘ顔で「私はご主人様の肉奴隷ですぅ。海賊おチ○ポ大好きぃ(ハート)」とか言ってきたらグーでぶん殴る自信がある。そういう本が好きかどうかはまた別の話だ。
身勝手だとは思うが、海賊なんてのは身勝手なもんだ。
俺の一物は間違いなくでかいし、きついっつうか俺の方までかなり痛かったが、シーダは涙こそ流したものの泣きわめきはしなかった。
あと、好き放題にしていい美少女を前にして、具体的にどうすればいいのかよくわからず、とにかくキスとおっぱい揉むのと腰を振るのだけを繰り返してしまったので、転生前の俺は童貞だったと思う。
とにかく初夜がそんなものだったので、休ませるために三日ほど空けて、今夜あらためてシーダを抱いたわけだ。シーダも初夜のときほど痛がってる様子はなかったので、二戦できた。
明日何もなければ一晩中やりたいところだが、あいにく俺にはやることがたくさんあった。
「おい、話ができるか?」
ランプの小さな明かりしかない暗い寝室で、俺はシーダを呼んだ。
シーダは虚ろな目で天井を見上げていたが、俺の声には反応して上体を起こす。その白い肌を見ているだけで一物がむくむくとそそり立ったが、俺は話を優先した。
「俺に協力しろ。上手くいったら、タリスの統治をおまえの親父に任せてもいい」
「……本当ですか?」
シーダの目に希望の光が灯った。
マルスが死んだ今、タリスの平和はこいつの唯一の望みだ。食いついてくると思ったが、予想通りだ。
「ああ。それに、おまえがちゃんと俺に奉仕するなら、手下どもをおとなしくさせてやってもいい」
タリス陥落から四日。手下どもは元気にあちこちでヒャッハーしている。犯したり奪ったりするのはいいが、殺すなとだけは伝えてあった。タリスの国民に自分の立場を分からせてやるための処置だからな。
だが、そろそろおさえていいころだ。
奉仕という単語にシーダはびくっと震えた。
「……わかりました」
だが、覚悟を決めたようでつぶやくように言った。そうそう、こうやって段階を踏んでいかねえと盛りあがらないからな。
「協力というのは、何をすればいいのでしょうか」
城のバルコニーに立って、国民の前で俺に犯されるプレイというエロゲーのようなのも考えたが、誰かに見られながらやるのは恥ずかしいのでやめておく。童貞だったから仕方ないな。
「耳を貸せ」
シーダが寄り添うように俺に体を重ねてくる。俺は考えていたことを話した。
数日後、俺はタリス島の対岸にあるガルダの港に来ていた。そこにはガルダの海賊の頭領であるゴメスがいる。
そこそこ立派な城の奥の大広間で、俺はゴメスの前に膝をついていた。俺のそばにはシーダがひざまずいている。
シーダの格好は王女の正装でもペガサスナイトの武装でもない、よくいって娼婦ってものだ。
上半身は裸でおっぱいがむき出しになっており、首飾りや腕輪が淫靡な雰囲気を強調している。腰には足下まである長いスカートを穿いているが、右側にスリットがあり、右脚が付け根近くまで見えた。
この大広間にはゴメスの手下の海賊が十人以上いるのだが、そいつらの目はシーダに釘付けだった。口笛を吹いているやつもいれば、小振りなおっぱいをよく見ようと移動しているやつもいる。
「おう、ガザック。タリスをものにしたんだってなあ。よくやった!」
昼間から大酒をかっくらって、ゴメスは上機嫌だ。その酒は俺が運ばせてきたものだった。他の海賊どもも乾杯を待たずに酒を飲んで陽気に騒いでやがる。俺はゴメスに言った。
「アリティア軍なんてやつらが歯向かってきましたが、たいしたことはありませんでしたぜ。やつらの首も持ってくればよかったですかねえ」
「いらねえよ。ここまで来る間に腐っちまうだろう。グルニア軍が来ているから、その王子が身につけていた何かがあれば高く売りつけられたかもしれねえがな」
「そいつは無理な話ですぜ、お頭。手下どもが戦場で暴れたら、きれいな死体なんて残りやしねえって」
「違えねえや。ほれ、ガザック。おまえも飲め! タリスの新しい王を祝ってくれや。それで、その娘がタリスの王女か。おお、おお、可愛い顔してるじゃねえか。こいつは楽しみだ。胸はあんまり大きくねえが、俺が大きくしてやるからな」
ゴメスはだらしなく鼻の下を伸ばしてシーダを眺めている。
俺はゴメスに「タリスの玉座とシーダ姫を献上します」と言って、祝い品という名目で大量の酒を運ばせて、ここに入ってきた。ゴメスの台詞はそういうことだ。
俺はシーダに視線でうながす。シーダはうつむきがちにゴメスに近づいた。そして。
「ぐふっ!」
ゴメスが悲鳴をあげた。俺は急いでゴメスに駆け寄る。ゴメスの腹部に、短剣が深々と突き刺さっていた。
よし、よくやった、シーダ。
俺は隠し持っていた短剣を取りだすと、事態がわからずに腹をおさえているゴメスの頭部にざっくりと突きたてた。なるほど、暗殺って上手くいくときは上手くいくもんなんだな。
シーダに長いスカートを穿かせたのは、このためだ。右脚を見せつつ、左脚に短剣を隠させておいた。献上品って名目と、酒があればごまかせると思ったが、期待通りだった。
「なんてやつらだ……」
ゴメスが崩れ落ちる。このときには、さすがに海賊どもも事態を理解していた。俺はやつらに向き直り、一喝する。
「ゴメスは死んだ! 今から俺がガルダの頭領だ!」
海賊たちの動きが止まった。俺は畳みかける。
「ゴメスは、俺たちをグルニアに売って、自分だけグルニアでうまい汁を吸おうとしていたんだ! グルニア軍が来ていたのはそのためだ!」
本当はそんな事実はないと思うが、この際なのでゴメスを悪者にしておく。
「俺に従えば、いまよりもいい目を見せてやる。よりうまいものを食い、より多くの財宝をつかみ、女を抱かせてやる! タリスに留まらねえ。俺についてくれば、アカネイアだってものにできる! どうだ、俺に従うやつはいるか!? 俺がいずれ王になった暁には、おまえらは貴族だ! 手柄次第では公爵だって名のれるぞ!」
「本当に、そんなことができるのか……?」
海賊の一人が疑わしげな目を向けてくる。俺は自信たっぷりに笑った。
「俺はタリスをものにしたぞ」
この事実は強かった。海賊たちが、次々に持っていた武器を下ろして従う様子を見せる。しかし、全員がそうではなかった。
「調子に乗るなよ、ガザック。おまえごときに誰もがついていくと思うんじゃねえ」
「ほう。それで、どうするんだ? ここで俺と一対一でやりあうか?」
この二章に出てくる海賊で、ガザックこと俺以上のステータスを持っているのはゴメスしかいなかったはずだ。二対一、三対一にならなければ勝ち目はある。
その海賊も実力差がわかっているのだろう、おとなしく城を出て行った。たぶん、不満分子を集めて攻めてくるんだろう。是非そうしてくれ。
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「ガルダの海賊」2
タリスを奪ってからの何日か、俺は手下どもの馬鹿騒ぎにはつきあわなかった。戦後処理に忙しかったわけじゃない。そんなものは全部タリス王に押しつけた。
俺は考え続けていた。マルスが死んだあと、この世界はどうなるか。
結論。メディウスとガーネフがアカネイア大陸を完全支配する。
だって、この二人を何とかできるやつがいねえんだよ。
カミュ? あいつ、結局最後の最後まで優柔不断で何もできずに、グラディウス持ってグルニア城に立てこもることしかできなかったじゃん。
あいつのあの行動のせいでニーナは未練たらたらで第二部の何やかんやが起きたし、ユベロとユミナはやばくなるまで放っておかれるし。
オグマとロレンスに助けてもらわなかったら、ユベロもユミナもラングの肉奴隷コースだぜ。
ミシェイル? あいつもミネルバ一派に背かれたとはいえ、結局マケドニアに攻めこまれるまで何もできてねえし。
アイオテの盾があっても魔防がドラゴンナイトなんで司祭にクラスチェンジしたマリクやリンダのファイアーでゴミクズだし。
ハーディン? あいつ、アリティア軍がいなかったら四章で全滅してるだろ。
ミネルバ? マリアを自力で助けだせない時点で詰んでる。
ガトー? あいつそもそもやる気あんの? ないだろ。というか、こいつにはいろいろと思うところがあるんだよな。
そう、いろいろ考えてみたけど止められるやつがいない。
となると、タリスを献上品にしてドルーアに取り入り、支配者側に立ってラングとかみたいに好き勝手やるのがひとつの手なんだが。
そうした場合、ぶっちゃけガルダの海賊である俺には後ろ盾がない。新参者、下っ端として扱われる可能性が大だ。ラングあたりの下につくことになったら、たまったもんじゃない。
あと、個人的に、ガーネフをのさばらせておくのは気にくわない。あいつ、このまま何もなければエリスとチキの両手に花で人生を謳歌するんだぜ。ゆ”る”さ”ん”!
なので、ドルーアにつく手はなし。
となれば、やつらとやりあうしかねえ。
そのためには軍隊がいる。手強いシミュレーション(BGM)を切り抜けるだけの軍隊が。荒くれ者の寄せ集めじゃ、どこかで限界がきて詰む。
このガルダから、俺がそれをはじめてやる。
なに、失敗すれば死ぬだけだ。
俺に従ったのは海賊が4ユニット。それからハンターが2ユニット。
ハンターの一人はあの詐欺師カシムだ。
シーダはカシムを見つけて説得し、自分の金を渡して帰らせようとしたらしいが、カシムは感激して従うと言ってきたそうだ。
その話をシーダから聞いたとき、俺はカシムをどうするか迷った。
あいつはどこまで俺に従うだろうか。
プレイヤーとしての俺の感想だが、カシムはシーダには忠誠を誓っていても、マルスには距離をとっていたように見える。
シーダのときとまったく同じ行動をとったのは、マルスを試していたんじゃないかと思うのだ。それでも本編では、シーダがマルスを信頼しきっていたので問題はなかった。
カシムは、金ほしさに海賊に雇われた男だ。金のためにあるていど割り切りができるんだろう。金をしっかりやって、あまり非道なことに参加させなければ、大丈夫か? 正直人手は欲しいし、名前ありキャラのカシムは有望株だ。
結局、俺は様子を見ることにした。
敵にまわったのが海賊5ユニット。ハンター1ユニット。盗賊2ユニット。盗賊はちと惜しいが経験値になると思えばいい。
叛乱分子との戦いに先立って、俺はアイアンサイドに命じて、一ユニット分の手下を処刑した。タリスでエンジョイ&エキサイティングをやりすぎた連中の首をまとめてはねたのだ。
そして、タリスにおける略奪を一切禁じ、女が欲しければ娼館を借りてやると告げた。それに合わせて、タリス王に言っていくつかの娼館を貸し切りにした。
これはタリスの治安回復のためであると同時に、軍隊化の下準備を狙ったものだ。
シーダに約束した通り、俺はタリスの統治をタリス王に任せることにした。もちろん、シーダは俺の妾妃なので返しはしない。人質としても大事に使わせてもらう。ようするに、タリス王に俺は約束を守ると行動で示してみせたわけだ。
俺が城の自分の部屋で軍の編成について考えていると、シーダが会いに来た。シーダは、俺がタリス王に自治を任せたことの礼を、まず言った。このあたり、王女らしく礼儀正しい。
それからシーダは本題に入った。
「オグマと、彼の部下であるサジ、マジ、バーツの処刑を撤回してもらえませんか」
「駄目だ」
俺はにべもなく断った。シーダは食い下がった。
「彼らにタリスの守りを任せれば、きっといい結果が出ます。ガザック様にもいいことだと」
「駄目だ。タリスが大事なら、これ以上言わせるな」
俺は苛立って、シーダを睨みつけた。
「下がれ」
シーダは諦めたのか、おとなしく部屋から去った。今夜は今までよりも激しくしてやる。
サジ、マジ、バーツはともかく、オグマだけは駄目だ。
やつは確実に殺す。
というのも、シーダをものにしてから気づいたんだが、オグマにチャンスを与えちまった気がするんだ。
シーダと相思相愛だったマルスは死んだ。つまり恋敵はいない。いまシーダは汚い海賊(俺のことだ)に力ずくでものにされている。オグマは昔からシーダに惚れている。支援効果があるぐらいに。
これ、オグマが俺を殺してシーダを助けだして次のタリス王になる流れじゃね?
王道ファンタジーじゃん。あいつ、タリス王を通じてグルニアのロレンスと縁があるし、俺よりよっぽど後ろ盾はあるんだよな。
しかも、あいつには実行力がある。
二部一章でロレンスと話して、ラングを葬ると言って去ったあと、そのラングがさらっていったユベロとユミナを、オグマは助けだしている。ラングのすぐ近くまで迫ったってことだ。二人の救出にこだわらなかったらラングを殺せてたんじゃね?
そういったことを考えると、俺の安全のためにオグマにはなるべく早く死んでもらうべきだ。助けるなんて無理無理無理。
叛乱分子の討伐は、あっさり終わった。
こっちは武器屋を抑えて手斧を必要なだけ調達したからな。適度に前進したあと、村の南の草原までやつらを引きずりこんだら囲んでめった打ちだ。
グルニアのソシアルナイト2ユニットは、こっちがグルニアには逆らいませんという態度をとると、去っていった。いまはこれでいい。
それよりも、オグマとサジ、マジ、バーツに逃げられたという報告の方が俺にはショックだった。
念のため、タリス王には「全力でオグマたちを探せ。もしもかくまったら、シーダの首を送りつけてやる」と脅しておいた。奴らが見つかるまで待っている余裕はない。
村で軍資金を調達する。レナの情報はくれなかった。海賊はシスターを助けないと思っているんだろう。その通りだけどな。
軍備を整えた俺たちは、デビルマウンテンに向かった。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイアンサイド(海賊)
アイルトン(ハンター) カシム ハンター
海賊 海賊 海賊
海賊 海賊 海賊
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「デビルマウンテン」1
山に入ったら若い赤毛の男の死体が転がっていた。
えっ? 何これ?
あと、その死体のそばには純白の法衣を着たシスターが座りこんでいる。そのシスターを、長髪の男が冷たく見下ろしていた。
長髪の男が持っている剣は血まみれで、刀身から垂れた血の雫が地面を濡らしていた。
えっ? もしかしてこの死体ジュリアン?
「紋章の謎」では、アリティア軍以外の味方ユニットをプレイヤーが動かすことができる。三章のジュリアンとレナ、四章のオレルアン軍、十章の囚われのアカネイア軍等々。
だが、こうして現実(どこかしらゲームくさいが)になると、総指揮官である俺の命令の届かないやつは動かしようがない。
それでも俺は「知っていた」ので、海賊たちを真っ先に北へ向かわせたのだが……。
いきなり修羅場に遭遇とか心の準備ができてねえよ、おい。
ジュリアンを殺しただろう男がナバールなのは、その風貌からも服装からも間違いない。シスターはレナだろう。貴重な貴重な回復役。そして二人目の肉奴隷。
ナバールはレナではなく、山の中に現れた俺たちを睨みつけた。
「サムシアンではないな……」
ナバールのその言葉に、空気が張り詰める。
俺は真っ青になって叫んだ。
「あの男を殺せ!」
アイアンサイドが動いた。だが、こいつは馬鹿だった。鉄の斧を振りあげて、ナバールに正面から突進していったのだ。
剣光煌めく、というのはこのことなんだろう。次の瞬間にはアイアンサイドが斬られて倒れた。
死んでいた。一撃で。
「くそがっ!」
俺は手斧を投げつける。ナバールの肩をかすめたが、たいしたダメージになってねえ。だが、ナバールは俺を警戒してか後ろに跳んだ。その隙に俺はレナの手をつかんでこっちへ引っ張る。
「ハンター部隊、矢を射かけろ! ありったけだ! 使いきるつもりでやれ!」
カシムやアイルトンらハンターたちが、矢の雨を降らせる。ナバールは矢を受けながらもこちらへ向かってきた。速い!
俺の全身に悪寒が走る。ここまで近づかれたら殺される。ジェイガンと戦ったとき以上の恐怖に、俺は立ちすくんだ。手斧を投げつける。かわされる。
手下たちがナバールに左右から襲いかかった。剣で肉を切るような音がしたと思ったら手下たちがばたばたと倒れた。無双ゲーかよ。暴れん○将軍のBGMが流れてきそうなスピード感。
ナバールが前進する。海賊たちとぶつかる。海賊たちが死ぬ。
そしてまたナバールが前進する。止まらねえ。俺の手持ちに傷薬はあるが(マルスの死体から奪ったやつだ。タリスの村で婦女暴行したやつは使いきった)、一撃か二撃でやられてるんで渡してやる余裕がねえ。
だが、ハンターたちの矢の雨は、確実にナバールの足を鈍らせ、そして傷を負わせていた。その間に海賊たちは実に2ユニット分死んだが。
「あの……」
そのとき、俺のそばに控えていたシーダが言った。
「私に、あの方と話をさせていただけませんか。きっと話を聞いてくれる。そんな気がするんです」
俺はぎょっとした顔でシーダを見た。曇りのない、純粋な目が俺を見上げている。
「あいつを知っているのか?」
「おそらく、剣士として高名なナバールだと思います。前に聞いたことのある風貌通りですし……。ガルダで、サムシアンが彼を雇ったという話も聞きましたから、間違いないかと」
「その話は俺も聞いたな」
ガルダを完全に制圧したときだ。ナバールと呼ばれる用心棒はかなりの腕を持っていると聞きます、だったか。容姿については、昔にオグマあたりから聞いたんだろうか。
俺の喉はからからに渇いている。考えたのは一秒間ぐらいだった。
「駄目だ」
俺は首を横に振った。
「失敗すりゃ、お前が斬られるだろうが。下がってろ」
実際、女に斬りつける剣は持ってはおらぬとかぬかすくせに、レナやシーダに普通に襲いかかるからな、こいつ。なーにが「可哀想だが死んでもらうぜ、くらえ、必殺の剣!」だ。
だが、俺がシーダの要求を聞かなかったのには他にも理由がある。
こいつが怖い。
キャラのぶれはとにかく、行動原理がよく分からねえ。
シーダの説得であっさり寝返るし、二部でも盗賊団に所属しておいて「アリティア軍に会いたいやつがいる」という理由で盗賊たちを裏切る。
どっちも女がきっかけなあたり、実は単なる女好きのスケベ野郎じゃねえかと思うのだが、もしそうだとしたら、女にそそのかされてころころ方針を変えるわけで。こんなの味方にしても、いつどこで裏切られるかわかったもんじゃない。
こいつを雇ってタリスに向かわせ、オグマと戦わせるって手もあるが、何か間違いが起きて二人がそろって俺たちに向かってきたら、たぶん死ぬ。
俺のために、こいつはここで確実に殺しておくべきだ。
どれだけ矢と手斧で傷ついても、ナバールは逃げようとはしなかった。この場にいる敵を全滅させることしか考えていないかのように、剣を振るい続ける。そして、海賊の死体の山を積みあげ、それらを乗り越えて俺の方へ向かってきた!
また正念場だ。緊張と恐怖と興奮とでテンションの上がった俺は、ガハハと笑って鉄の斧をかまえた。やるしかねえ。やってやる。
ナバールの剣が俺の肩を切り裂いて、深く食いこんだ。
生きてる。必殺だったかどうかはわからねえが、俺は死んでねえ。
俺は獣のように咆えた。左手でナバールの服の裾を掴み、右手に握りしめた斧を叩きつける。
鉄の斧は、同じようにナバールの左肩を砕いた。肉を引きちぎり、骨を叩き割る感触が俺の手に伝わる。血飛沫が俺の目に飛んで視界が真っ赤になった。
「ぐがぁぁぁぁ!」
俺はさらに踏みこんで、ナバールに頭突きをかます。ナバールの体がぐらりと傾いた。その拍子に剣が肉に食いこんで、新たな痛みが俺を襲った。
もう一発、頭突きをくらわす。ナバールの手から剣が離れた。ナバールはよろめいて倒れる。肩口の血は、胸元から腹部までを赤黒く染めていた。俺の左腕も真っ赤だった。
ぼんやりと、俺は頭の中で計算していた。ナバールの初期ステータスとキルソードの攻撃力で考えると、一撃目は必殺が出ても耐えられる。だから、反撃で倒せば助かる。そんなことを頭の片隅で思った。心臓が早鐘を打ち、肩の傷から血がどんどん流れている。
「ガザック様、手当てを……」
シーダの声で、俺は我に返った。
「下がってろと言っただろうが」
シーダにそう言い捨てて、俺は肩口に剣が刺さったままの格好でナバールに歩み寄る。ナバールは俺を見上げて吐き捨てた。
「ふっ、バカな話だ……」
その頭に、容赦なく斧を振りおろす。
傷薬を使わねえと……。
俺は斧を放り捨てて剣を引き抜こうとする。だが、駆け寄ってきたシーダに止められた。
「駄目です。出血がひどくなります」
俺はおかしなものを見る目でシーダを見た。こいつ、どうして俺を心配するんだ? 俺に散々犯され、こき使われてるってのに。
いや。俺はすぐに考え直した。こいつはこういうやつだったな。見ず知らずの奴隷剣闘士をかばうような女だ。
それに、俺が死んだら手下どもがガルダに戻ってまた暴れるかもしれないと心配しているんだろう。きっとそうだ。
シーダはレナを振り返った。
「あなたはシスターですよね。回復の杖を持っていませんか?」
レナは申し訳なさそうに首を横に振る。そういや、リライブはハイマンが持っているんだもんな。シーダは俺を見上げて、血で汚れるのもかまわず肩を支えた。
「南の砦へ行きましょう。そこで傷を癒やさないと」
俺は手下たちを見回した。ナバールと戦って生き残っているやつは、ほんの少しだった。
北から山賊やハンター、盗賊たちが向かってくる。
俺は手下どもに迎撃を命じた。
幸いなのは、こちらの方がハンターユニットの数が多いことだ。ハンターは山に入ることができる。生き残りの海賊たちに前衛を任せれば、弓矢で蹴散らすことができた。
山賊とハンターさえ倒してしまえば、盗賊に対しては道をふさいでおくだけでいい。
「一度砦に戻るぞ」
アイアンサイドが死んじまったし、立て直す必要がある。
砦で傷を癒やしながら、俺はレナから事情を聞いた。もっとも、聞けたのは俺の知っていることしかなかったが。ジュリアンは、レナをかばってナバールに斬られたらしい。あいつらしい死に方だと思う。
「あなた方は、どこの国の軍隊でしょうか」
そう尋ねるレナの目には、わずかながら怯えがあった。思えばこいつもついてない。山賊につかまって、その次は海賊につかまるんだから。
「海賊だよ」
笑って答えたときの俺の顔は、とてつもなく邪悪なものだったんだろう。レナの目に、諦めがにじんだのが見えた。
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「デビルマウンテン」2
レナは、そうなることを予想し、覚悟もしていたのだろう。おとなしかった。シーダよりもおっぱいはでかかったな。とにかく、俺はレナの体をしっかり楽しんだ。
とはいえ、当然というか処女だったのと、俺の肩の傷が開いちまったので一戦だけでやめておいたが。シーツが血まみれよ! 主に俺の血で!
「これからお前は俺の女だ。俺たちと来い」
あまり上等じゃないベッドの上で、俺はレナに言った。レナは、はいともいいえとも言わず、黙っている。かまわず俺は続けた。
「お前の心は神への信仰にある。そうだな?」
レナはうなずいた。
「それでいい。今は体だけをよこせ。具体的には俺への奉仕。それから、お前は魔法の杖を使えるんだろう? しっかり修行したシスターが使えるっていうあれだ。俺たちのために使え」
レナは何も言わなかったが、その目にははっきりと拒絶の意志がある。
面白えじゃねえか。
「お前は、目の前に怪我人がいたとして、そいつが悪人なら放っておくのか?」
「それは……」
思った通り、レナはためらった。デビルマウンテンに来るような度胸のあるシスターが、そんなはずはねえよな。俺は笑った。
「何が気に入らねえんだ? 最後まで聞いてやるから最後まで言え」
レナは迷った様子だったが、俺を見つめてはっきり言った。
「あなたたちは、どうして奪うのですか? 罪もない人々を襲い、苦しめるのですか」
「つくるよりも、奪う方が楽だからな」
「それは間違っています。人の正しい生き方ではありません。そんなことをしていれば、あなたもいずれ誰かに奪われます」
「近ごろじゃ、正しい生き方とやらをしてない奴の方が多いんじゃねえか。正直者が馬鹿を見てばかりだろう」
「それは否定しません。ですが、だから自分もと考えては、ただ荒廃しか残りません。助け合い、支え合い、与えあい、守りあう。それが人が本来進むべき道です。100年前、人々が勇者アンリのもとにまとまり、メディウスを打ち倒したように」
いま処女を奪われたばかりだってのにこの強さ。全然折れてねえ。
ミシェイルはこいつにふられてよかったんじゃねえかな。結婚しても長く続かねえよ。
ジュリアンが惹かれたのも、この気丈さというか、まっすぐさなんだろうな。神がよりどころとはいえ、自分の中にルールができている。
こいつのこの気性は嫌いじゃねえ。
「お前、どこをどう旅してきた?」
俺の質問はかなり唐突なものだったろうが、レナは少し考えてぽつぽつと答えた。
「……マケドニアから船でワーレンへ。それからアカネイアを北上して……」
「で、お前の理想通りとまではいかなくても、それに近いことをやっている軍隊はあったか」
レナは悲しそうに黙りこみ、首を横に振った。つまり、マケドニア、ワーレン、アカネイアはそうじゃなかったと。オレルアンはどうなんだろうな。
「それでも希望は捨てたくねえと?」
俺がさらに問いかけると、レナは俺を見つめてしっかりうなずいた。俺は笑った。
「ここだけの話だがな、俺はこの状況を何とかしようと思っている。具体的にはドルーアとグルニアとマケドニアをぶっ潰して、アカネイアの名のもとに平和を取り戻す」
レナは唖然とした顔で俺を見た。まあ当然の反応だ。海賊がいきなり平和とかぬかしたんだから。俺だったら寝言はくたばってからにしろとでも言って手斧を投げつけてる。
「だから、俺に協力しろ。それがお前の理想への最短距離だ。信じられねえならそれでもいい。とにかく生きてればいつか希望が見えるとでも思っておけ。衣食住の保証はしてやるからよ」
レナは俺の言葉を信じたわけじゃないにしても、観念したようにうなずいた。
まあ、あまり手荒なことをするつもりはねえ。こいつに逃げられると困るんだ。
シスターとして何かと役に立つってだけじゃない。こいつは第二部でメディウスへの生け贄にされる。その芽を今のうちに潰しておきたい。
たしか「穢れなき高貴な女性の生命力」で竜の目覚めが早まるんだったか? この穢れってのが、俺が犯したことで無効になればいいんだが、ガーネフが何か手を打つかもしれない。あいつ、闇のオーブ持ってるからなあ。
ガーネフを完全に滅ぼすまで、レナはそばに置いておく。
俺はレナを抱き寄せてキスをした。唇を割って舌を突っこみ、レナの舌に絡ませる。とりあえず満足した。
俺の手持ちの兵力は、海賊が3ユニット。ハンターも同じく3ユニット。
以上だ。はっきりいってしょぼい。
シーダとレナもいるが、この二人を前線に立たせる気はない。全然抱きたりねえってことを横に置いても、死なせるわけにはいかねえからだ。シーダは替えの効かない人質で、レナは生命線だからな。
俺のものだというのが分かっているので、手下たちも手を出そうとはしない。いや、一人だけちょっかい出したやつはいた。即処刑した。このへんはきっちり線引きしておかないと、グダグダになるからな。
しかし、どこかで戦力の補充をしねえとなあ……。ナバールとの戦いが痛すぎた。
頭を抱えながら、俺は山のふもとにある村へと向かった。
「ほっほー。お若いの、元気がいいのう。せっかくこんな山奥まで来てくれたのじゃから、土産にこの斧をやろう」
妙な斧を持っているジジイはいないかと聞いてみたら、すぐに見つかった。よし、デビルアクスゲットだぜ! これで勝つる! ガザック無双がはっじまっるよー!
ところがこのジジイ、続けてこんなことを言ってきた。
「もうひとつ、お前さんに面白いものをやろう」
次の瞬間、俺の視界がぼやけたかと思うと、四角い透明なスクリーンが目の前に現れた。見覚えのあるそれは、キャラクターのステータス表示だ。ガザックという名前に、アニメっぽくデフォルメされた俺の顔。レベルは7。おお、上がってる。そして力、技、速さ、幸運……。
俺は目を丸くした。
幸運が1になっている。武器レベルは10。
「どういうことだ……?」
思わず声に出していた。それぐらい俺は混乱していた。
このゲームで、敵ユニットには幸運と武器レベルは設定されないはずだ。だからこそ、二部において敵ユニットはデビルソードやデビルアクスを使ってくる。俺もそのつもりだった。
「お前さんは、生きた人間だからのう」
ジジイは楽しげに笑った。その姿が、ふっと消え去る。まるで、はじめからそこにいなかったかのように。
俺はデビルアクスを握りしめたまま、ぼんやりと立ちつくしていた。
村をあとにした俺は、デビルアクスをシーダに預けた。
「なんだか不気味な斧ですね……」
シーダはそう言ったが、俺は不安と苛立ちで言葉を返すどころじゃなかった。
デビルアクスは、21から幸運を引いた数字の%で、自分に攻撃が当たる武器だ。最大値の20まで幸運を上げても1%は残るわけだな。
俺は1なので20%。五回に一回は俺に大ダメージ。
くそが。よほど切羽詰まったときでなければ使えない武器になっちまった。
それに、あのステータス表示も気になる。これはやっぱりゲームの世界なのか。だが、シーダやレナを見ているとゲームとは思えない。まあいい、考えても意味がないことだ。
俺は手下どもを引き連れて西の砦へ向かいながら、サムシアンどもに使者を出した。内容はいたって簡単。降伏しろってことだ。ちなみに使者は、山の東側にいた盗賊たちだ。こいつらは無力といっていいので海賊でも捕まえるのはわけがなかった。
ナバールが死に、東側の部隊が壊滅した以上、サムシアンは半壊状態だ。多少は言うことを聞くかもと思ったが、サムシアンの親玉であるハイマンからは一昨日来やがれ的な返事がきた。
仕方がねえ。俺はシーダを呼んだ。いまのうちに試しておこう。
「お前、ちょっと北に行け」
シーダが高い山を越えてサムシアンどもの北側へ回りこんだことで、連中は混乱した。一部の山賊はシーダを倒すために北へ行き、残りは俺たちと戦うために南下してきた。
この状況で戦力をわけるという致命的なことをやらかしてくれたのである。これはゲームでも使った手だ。
俺は、シーダには戦闘はしなくていいと強く言い含めた。なにしろシーダはレベル1。下手なことをすれば死ぬ。
そうして、俺たちは砦を抜け、ハンターを蹴散らし、山賊を蹴散らしてハイマンに襲いかかった。こいつは手斧持ちだからきつかったが、ナバールほど苦戦はせず、シーダに釣られた山賊たちが戻ってくる前に叩き斬った。
「くそっ……覚えてやがれ」
盗賊たちは逃げ、残った山賊たちは降伏して、俺はやつらを手下に組みこんだ。手に入れたリライブの杖もレナに渡す。軍資金もたっぷり手に入れた。
海賊3、戦士3、ハンター3か……。ちょっと難易度高くねえか……。
ガザック軍編成
ガザック シーダ レナ
アイルトン(ハンター) カシム(ハンター) ハンター
海賊 海賊 海賊
ヴィクター(戦士) 戦士 戦士
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「オレルアンの戦士たち」1
オレルアンに着いた俺が真っ先にやったことは、シーダを使者としてオレルアン軍へ向かわせたことだった。
「助けに来たぞ! これからは力を合わせて戦おう!」と、まあ要約すればそんな感じの文書(シーダに書かせた。字が綺麗だったから)を持たせて。
三章でいきなりジュリアンが死んでいた時も不思議に思ったんだが、どうも俺は自分の軍しか動かせないらしい。一部のユニットはNPCといった方がいい扱いになってるっぽい。
なので、こんなことをわざわざやらなくちゃならなかった。
結局、俺がマルスじゃなくてガザックだからってことか。
手下たちにはテントを張らせたり野営の準備をさせる。軍資金が手に入っていろいろ揃えることができたってのもあるが、連中も最近ようやくこういうことに慣れてきた。
それまでが地面にごろ寝する生活だったからな。環境変えてやらねえといつまでも海賊感覚が抜けない。
一日たった昼過ぎにシーダは帰ってきた。
「申し訳ありません。彼らは、私たちと行動をともにしたくないと」
俺のテントの中で、シーダは頭を下げる。
「具体的には何て言ってた? お前が言われたことを全部話せ」
シーダは悔しそうに手を握りしめた。
「いまのタリスは海賊に乗っ取られた海賊国家だと……。誇りある我が国が海賊と肩を並べて戦うことなどありえない、ニーナ様へのお目通りも承知できないと……。こんなところまで来るぐらいなら、早くタリスへ帰って海賊を追い払ってはどうかと……」
俺の隣に控えていたレナが顔を曇らせる。俺はシーダに聞いた。
「俺の言ったことは伝えたんだろう?」
「はい。我々は正規のタリス軍であり、タリスは海賊国家などではなく、正しき心に目覚めた海賊たちを味方につけ、ドルーア、グルニアと手を結んでいた非道な海賊たちを追い払ったのだと、そう説明しましたが、聞き入れてもらえませんでした」
うーん、俺が考え、言わせたことながら、こうして聞くと実に白々しい。
「ちゃんと言ってやったのならいい。下がって休め。レナ、何か飲みものでも用意してやれ」
俺はシーダとレナを下がらせた。
くっそ、畜生。
ハーディンの、ぶぁーっっっっか。こっちが差しのべた手を払いのけやがって。
まあねー。僕たち正義のアリティア軍じゃないからねー。略奪上等な海賊集団だからねー。そりゃ手を組めないよねー。
一応そのへんも考えて「タリスの王女」という肩書きが使えるシーダに「タリス軍」の代表として行ってもらったんだがなあ……。やつはそのへんが読めなかったのか。意図的にスルーしやがったか。
まあいい。
ソシアルナイトもホースメンも、今の俺には喉から手が出るほど欲しい戦力だが、そういう態度をとってくるならもういらねえ。
後悔させてやる。
俺は手下どもを一ヵ所に集めた。台を用意させて、その上から連中を見下ろす。大声を張りあげた。
「俺が、ガルダでお前たちに言ったことを覚えているか!」
よしよし、声の調子はまずまずだ。
なにせ一章以来の正規軍との戦いだからな。気合いを入れてやらねえと。
「俺に従えば、いまよりもいい目を見せてやる。俺はお前たちにそう約束した! うまいものを食い、多くの財宝をつかみ、女を抱く! 俺についてくれば、国だって手に入ると! 国盗りの手始めが、このオレルアンだ!」
おおーと、手下どもが歓声をあげる。
「俺はこの国を奪い、王となる! でかい手柄を立てたやつを二人、貴族にしてやる! もちろん他のやつらにも、頑張り次第でお宝をくれてやる! 銀貨のつかみ取りをさせてやるぞ!」
うぉぉーと、さきほどよりもでかい歓声があがった。
「行くぞ!」
国盗り開始だ。十○刀みたいなのがいてくれると楽なんだがな。
オレルアンを占領しているマケドニア軍は、とりあえず俺たちを敵と見做したらしい。セオリー通りに南下してきた。
こちらもさっさと橋を渡り、敵の攻撃を受けとめる位置に、とくに体力があって頑丈な連中を配置する。
本来なら敵に先制されないようにもうちょい下げるんだが、今回は仕方ねえ。さっさとこいつらをかたづけないと、盗賊に村を焼かれちまう。こっちは全員移動力が低いんだ。レベルも高くない。
ソシアルナイトが3ユニット、ペガサスナイトが1ユニット、おそろしい速さで向かってきて、ついにぶつかりあった。
「親分、前衛が敵の騎兵と衝突しやした!」
「押し負けたところは出たか!」
「今のところは全員耐えておりやす!」
俺はハンターたちに矢を射かけさせながら、ソシアルナイトを次々に囲んで潰させる。余裕ができたところで、海賊を1ユニットだけ北に向かわせた。村をおさえないと。
そばにいるレナを見る。
「おう、出番だ。ガンガン治せ」
レナはこくりとうなずいた。今必要なのは戦闘員だ。リライブを使いきってもかまわねえ。
カシムの放った矢がペガサスナイトを一撃で倒す。それがこの場での勝敗を決した。
俺は戦士ユニットを敵アーチャーへの撃退に向かわせ、南の村もとい田舎町を訪れた。
「最近、ペラティに行ってきたってやつがいるだろう。出せ」
すみやかに火竜石をゲット。ついでに金をばらまいて飯と女を用意させる。この場合の女ってのはいわゆる一夜妻ってやつだ。いい響きだ。
俺がシーダとレナを好き放題にする代わりに、手下にも女を与えないとならねえし、このマップの東側をおさえとく必要もあるからな。
そして、今度は北の村に向かった。盗賊たちは手下が首尾よくかたづけたらしい。よしよし、死なずに成長してくれよ。
「カダインから来たっていう旅の魔道士がいるだろう。出せ」
さもなきゃ焼き払うぞと恫喝すると、半日でさがしだしてきた。よしよし。
その魔道士……マリクは、凜々しい顔つきで俺を睨みつけてきた。
「私に何の用ですか」
たとえ殺されてでも海賊なんかには協力しない。そんな目だ。正直やりあう気はねえ。相打ち覚悟でエクスカリバー使われたら死ぬし。
かといって味方につけるのも無理だろう。俺はこいつの親友のマルスを殺している。
「カダインから来たんだってな。ウェンデルってジジイのことは知ってるか?」
「むろん知っている。いや、カダインで魔道を学んだ者で、ウェンデル先生の名を知らない者などいないだろう。貴様、ウェンデル先生に何を……!?」
マリクが血相を変えて、魔道書に手をかける。俺は違うというふうに手を振った。
「俺じゃねえ。西の城に立てこもっているマケドニア軍が、ウェンデルっていうカダインの司祭を捕らえたって話を聞いたんだ。有名な司祭らしいと聞いたが、知らない者などいないってほどすげえのか、そのジジイは。助けたら、カダインは謝礼をたっぷりくれるかな」
俺はにやにやと笑って、マリクが歯ぎしりするさまを見て楽しんだ。それからウェンデルの特徴を細かく聞いて、マリクを解放する。
さて、先生思いの勇敢なエクスカリバーマンはどうするかね。
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「オレルアンの戦士たち」2
俺が北の村を出たところで、偵察に出していたシーダが戻ってきた。こいつには、オレルアン軍の様子を定期的に見に行かせていた。
俺が用意した地図を見ながら、シーダは状況を説明する。
「オレルアン軍は、南西の平原から動いていません」
「漁夫の利狙いか。せこい連中め」
俺はせせら笑った。俺たちとマケドニア軍がやりあって、おたがいに消耗したところに、オレルアン軍が攻撃をしかけるという腹積もりだろう。せこいとは言ったが、ハーディンの立場なら俺もそうする。しかし、村は見捨てる気だったんだな、あいつ。「草原の狼」にも限界はあるってことか。
「お前はしばらく休め。あと、レナを連れてこい」
そうしてやってきたレナは、リライブを使いまくってさすがに疲れているようだった。やや顔色が悪い。
「悪いが、もう一働きしてもらうぜ。ここが無理のしどころだ」
「……どなたの傷を癒やせばいいのでしょうか」
レナがそう聞いてきたので、俺はおもわず笑った。本当に真面目なやつだ。
「ちょっと前線につきあえ。お前を戦闘に巻きこむつもりはねえから、そこだけは安心しろ」
オレルアンの東の平原と西の平原を結んでいるのは北と中央の二本の橋だが、俺たちは北側の橋を使って西の平原へと渡った。中央の橋を渡ると、オレルアン軍に狙われる可能性が高いからだ。
そして、俺たちに気づいたマケドニア軍のソシアルナイトが距離を詰めてきた。うん、マチスっぽいやつはいるな。俺は万が一に備えてハンターを控えさせ、マチスが近づいてくるのを待った。
向こうからもこちらの様子がだいたいわかるぐらいになったところで、俺は同行させていたレナを前に立たせる。後ろから抱きしめ、純白の法衣の上からでかい胸をまさぐった。
「い、いきなり何をするのですか! こんなところで……!」
「騒ぐなよ。毎晩やってることだろうが」
俺はグヘヘと下品な笑い声をたてて、レナのおっぱいと腹のあたりを撫でまわした。レナの頬が赤く染まり、声に吐息が混じる。俺はそれを横目で楽しみながら、敵の様子を観察した。
急にシスターが出てきて気になったのか、マチスは慎重に近づいてくる。三、四十メートルぐらいの距離まで来たとき、さすがにあのバカ兄貴も、俺が抱きしめているシスターが妹だってことに気がついたようだった。当然、レナもマチスに気がついている。
羞恥からか、レナは涙さえ浮かべて、顔をそむけた。正直そそる。
「レナ! やっぱりレナなのか! お前、どうしてこんな……いったい何が……」
マチスは呆然として、俺に抱きすくめられたレナを見つめている。レナは答えようとしないので、俺が代わりに答えてやった。
「見りゃあわかんだろう。俺とレナはお楽しみの真っ最中なんだよ。もう何度もつながってるふかいふかーい仲だからな。で、お前は何だ?」
「俺はレナの兄だ! その薄汚い手を離せ! さもないと……」
「さもないと? お前の妹がどうなるって?」
俺は腰に下げていた手斧を左手で持ち、柄の部分でレナの腹を軽くつついた。効果は覿面でマチスは怒りに顔を歪めたものの、動きを止める。俺はレナの胸を揉みしだき、耳たぶを舐めながら、その耳元にささやいた。
「お前から事情を話せ。足りない部分は俺が補足してやる」
うわははは、マチスの視線が心地いい。俺、いまゲスなクズ野郎やってる! 寝取りではないが、これに近い感じなんだろうな。すごーい。たーのしー。がはははは。
「は、話します……。話しますから、手を動かさないで……」
レナが必死に懇願するので、手を止めてやる。レナは呼吸を整えて、兄を見上げた。
「マチス兄さん……。ごめんね。こんなところを見せてしまって」
それから、レナはこれまでの経緯を話した。旅をしていて、悪魔の山で山賊に襲われそうになったところを俺たちに助けられたのだと。うーん、その通りだけどちょっと胸が痛むな。
「兄さんこそ、どうして軍隊なんかに……?」
「お前がミシェイル王子を嫌って国を出てから、マケドニアもひどくなる一方でな……」
今度はマチスが身の上話を語る。それが終わるのを待って、俺は口を挟んだ。
「おい、マチスとやら。妹を俺から取り戻したいか?」
「何だと!?」
マチスが鉄の槍を振りあげる。案外妹思いじゃねえか。
「冷静になれよ。妹を取り戻したいか、って聞いてんだ。別に、こっちはレナの体の具合がどれだけいいかを語ってやってもいいんだぜ」
なにせ素敵な人たちぞろいのアリティアの同盟軍じゃねえからな、こっちは。面倒な真似をしなくちゃいけねえんだ。アットホームな職場と血まみれの戦場を提供いたします。
「……何が望みだ」
肩を怒らせ、息を荒くしながら、マチスは言った。俺は答えた。
「マケドニア軍を離れて俺の部下になれ」
「ふざけるな!」
「俺は大真面目さ。お前、軍隊に未練はねえだろう? 無理矢理入れられた、ってさっき言ってたもんなあ」
声に詰まるマチスに、俺は続けて言った。
「お前が十分な手柄をたてたら、レナを解放してやる。奴隷の買い戻しみたいなもんだ。お前の離脱も認めてやるし、手柄に応じた報酬もやる。兄妹でマケドニアに帰るなり、旅をするなり好きにすればいいさ」
ガーネフをその魂まで完全に滅ぼしたら、の話だけどな。
「手柄って……俺に、海賊に混じって略奪をやれっていうのか」
「敵はドルーア、グルニア、マケドニアだ。あとグラか。略奪は嫌ならしなくていい」
俺の言葉に、マチスの顔から怒りが消える。薄気味悪いものを見るような目で俺を見た。
「お前、何を言ってるんだ……?」
「信じたくなきゃ信じなくてもいいぜ。で、どうする?」
マチスは混乱しているようだった。迷うような目で、俺ではなくレナを見る。レナは俺を横目でちらりと見たあと、マチスに向かって言った。
「兄さん、私のことは気にしないで。勇気をもって、信じる道を進んで」
俺は思わず笑みを浮かべてしまった。つくづく、ものにしてよかった。
「信じる道か」
マチスは決意を固めるように目を閉じる。目を開けて、俺に言った。
「さきほどの言葉は本当だな」
「半分ぐらいはな」
「何だ、半分って」
むっとするマチスに、俺は言ってやった。
「お前、略奪と無縁の軍隊をどこかで見たことがあったか?」
俺の言葉にマチスは黙りこんだ。それが今の現実だ。
「だが、俺から略奪をしろとは命令しねえ。少なくともお前にはな」
「……わかった」
十秒ぐらい葛藤していただろうか。ともかく、マチスは承諾した。
「ご苦労さん」
俺はレナの耳にぼそぼそとささやく。レナは不思議そうな顔で聞いてきた。
「あの……どうしてマチス兄さんのことを?」
「村で話を聞いてな」
俺は濁した。説明できるわけがねえ。レナとマチスの関係って、マチスが動いて台詞出てこないとわかりようがねえし。この状況でそんなまどろっこしいことしてられっか。下手すりゃマチス殺しちまう。
「言っておくが、兄貴と逃げようなんてするなよ」
「そんなこと、しません……」
俺の脅しに、レナはうつむいてそう答えた。
よっしゃあ! ようやく念願のソシアルナイトが手に入ったぞっ!
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「オレルアンの戦士たち」3
まあ、マチスが仲間になって状況が一気に好転するかっていうと、そんなことはないのだった。しょせんマチスだし。
こいつレベル2なのにカインにもアベルにも、ビラクにすらも初期値負けてんだぜ。武器レベルだけ高くたってなあ。
さて、マケドニア軍にはまだアーマーナイトもアーチャーもソシアルナイトもいる。司祭も。
オレルアン軍は無傷。
こっちはリライブをガンガン使わせたこともあって、海賊、戦士、ハンターは健在。
俺はマチスとレナ、それからヴィクターを呼んだ。ヴィクターは元サムシアンの戦士だ。他のやつよりも物分かりがいい。
俺はオレルアンの地図を広げて、南西部を指さしながら言った。
「オレルアン軍がいるこの草原は、険しい山に囲まれていてな。道は東と西の二本しかない。お前らはまっすぐ南下して、この東の道をおさえろ。森があるはずだから、そこに身を隠して戦え。前衛はマチス。お前だ」
俺は意地の悪い顔でマチスを見た。マチスはごくりと息を呑んだ。
「ドルーアでもグルニアでもマケドニアでもねえが、やれるな?」
「やってやるさ!」
「よし。後衛はレナ。兄貴が傷を負ったら何とかしてやれ。ヴィクターはその後ろで待機。オレルアン軍がマチスの手に負えないようだったら代われ。それからマケドニア軍の動きに気をつけろ」
「親分はどうします?」
手下たちがそう呼ぶのを見たからか、ヴィクターは俺をそう呼ぶ。
「俺は西側の道をおさえる。海賊とハンターは全員連れていくぞ。戦士はお前が使え」
元サムシアンにマチスとレナのサポートを任せるのはちょっと不安だが、海賊に任せれば安心かっていうとそんなこともないしな。
ちなみに戦闘面での不安はない。ヴィクターは傷薬を持っているからだ(サムシアンが持っていたものだ)。北の砦から援軍が出てきても、しばらくは持ちこたえられるだろう。
マチスたちが東の道をふさいだのを横目に見ながら、俺たちは険しい山沿いに西の道へと向かった。マケドニア軍のアーチャーが2ユニット向かってくる。俺は海賊たちに撃退の指示を出しながら、シーダとハンターを率いてさらに西へ。
ここで一度シーダを偵察に出した。ハーディンは俺たちが西側の道に向かっていると気づくと、軍をわけたようだ。西の方に来るのはハーディンと、あとは誰だろうな。
西の道にある砦が見えてきた。砦にはソシアルナイトの姿がある。さすがに速い。
だが、この砦の北側は開けているので、ハンターが北と北東から矢の雨を浴びせられるのだ。カシムとアイルトンを配置し、残ったハンターには北の方を警戒させる。
そして、俺は手下を率いて砦に向かった。海賊とソシアルナイトが砦の前で激突する。
俺たちは鉄の斧を振りまわして騎士たちを次々に馬上から叩き落とした。もちろん連中も負けてはいない。鉄の槍で突かれたり殴られたりして海賊もばたばたと倒れていく。
しかも、砦の後方から矢の雨が降ってきた。ウルフかザガロのどっちかを連れてきやがったな。まあ想定の範囲内だ。
カシムとアイルトンたちも負けじと矢を射放った。名前ありのカシムも強いが、アイルトンも一章からついてきてるだけあって、成長している。悲鳴が重なって、騎士と馬が折り重なるように倒れていった。
「貴様らがタリスを襲った海賊どもだな!」
白いターバンを巻いた騎士が鉄の槍を振りかざして現れた。ハーディンだ。俺は笑って手斧を投げつける。ハーディンは手斧をかわし、まっすぐ向かってくる。海賊たちを蹴散らして。ナバールほどじゃあないが、ジェイガン並みに速い。
「タリスにやったように、我がオレルアンも食い散らかすつもりだろう! そのような真似はさせん!」
ハーディンの槍を俺はかわして、左側へと回りこみ、馬の脚に斧で斬りつけた。傷は浅かったが、馬が痛みに悲鳴をあげ、竿立ちになる。
ハーディンは馬を御しつつ、俺の肩を槍で突いた。肩がちぎれたかと思うほど力強い一撃で、血が盛大に飛び散る。一瞬、気が遠くなった。
やっぱり強えな、こいつ!
「志ある王族でもなく、高潔な騎士でもない貴様らが! 何がタリス軍だ! 襲い、奪うことしか知らぬ極悪非道のごろつきどもが! ここでマケドニア軍ともども葬り去ってくれる!」
激昂するハーディンを俺は鼻で笑ってみせたが、それが精一杯だった。さらに斧を振るう。今度はハーディンの左太腿を斬った。手応えとしては浅くも深くもねえというところか。
ハーディンは顔をしかめたが、悲鳴はこらえた。鉄の槍の穂先で、俺の頭を殴る。痛みというよりも熱が走った感じだった。
そこへ、両軍から飛んだ矢の雨が降り注ぐ。何本か矢をくらって、俺はよろめいた。
ハーディンは俺以上に矢を受けていた。こっちの方が多いからな。だが、ハーディンは気力を振り絞って馬首を返す。鉄の斧の間合いから逃れ、そのまま砦へ引き返そうとする。
「逃がすかぁぁぁ!」
俺は咆えた。鉄の斧を落とし、手斧を投げつける。回転しながら飛んだ手斧は、ハーディンの背中にくいこんだ。血飛沫が飛び、短い悲鳴があがった。
ハーディンは馬の首にもたれかかり、崩れ落ちて落馬する。まわりにいた騎士たちがハーディンを助けようとしたが、カシムたちが浴びせる矢の前に怯んで立ちすくんだ。
俺は鉄の斧を握り直して、ハーディンのそばに歩み寄る。落馬した拍子にか、ハーディンの頭からターバンは外れていた。
やつは、どこかうつろな目で俺を見上げている。出血の量が多すぎて意識がなくなりかけているのかもしれない。
「お前、ここでも道を間違えやがったな」
ハーディンを見下ろしながら、俺の口から出てきたのはそんな台詞だった。割り切って俺たちを戦力として使おうとするなら、まだ話し合いの余地はあったのにな。
「すまぬ……ニーナ姫よ……」
俺は鉄の斧を振りおろす。「草原の狼」は死んだ。
「ハーディン様!」
遠くで絶叫があがり、ソシアルナイトが駆けてくる。ビラクっぽいな。俺は手下どもに迎撃を命じた。ハーディンさえ死ねば、ここでの戦いは終わったようなもんだ。
しばらくして、ビラクとザガロの死体を俺は確認した。
こっちの被害も小さくない。海賊を再編成したら、1ユニット分がごっそり消えた。
俺は三人の首を並べて砦の前に晒すよう指示を出すと、シーダとわずかな手下を連れて砦に入った。
砦を制圧した俺は、真っ先にある部屋へと向かった。
背もたれつきの立派な椅子に座っていたその女は、扉を乱暴に開け放って入ってきた俺を、驚いた顔で見た。
「何事ですか?」
「お迎えにあがりました、ニーナ様」
俺はせいぜいおおげさな挨拶をして、女の前へと歩いていく。そう、この女こそニーナだ。
四章開始時の会話がこの砦で行われているので、たぶんそうだろうと思ったが、間違いなかった。だからこそハーディンたちもこっちに急いで戻ってきたんだしな。
「あなたは、何者ですか」
露骨に警戒する目つきでニーナは俺を見る。まあ敬意とかかけらもねえからな。俺は下卑た笑みを浮かべて答えてやった。
「ハーディンから聞いてねえか? 海賊ガザックだよ」
ところがニーナは知らないというふうに首をかしげた。あれ、本当に聞いてねえのか。ちょっと調子狂うな。
「ハーディンたちは砦の外で晒し首になってる。俺は、お前を犯しに来たんだ」
ニーナは一瞬呆然とした顔で俺を見た。何を言われたのか分からなかったらしい。だが、俺が何も言わねえで黙って見ていると、ようやく事態が理解できたらしい。ニーナの顔は見る見る青ざめた。
「ま、まさか、そんな……」
「そのまさかだ。とりあえずさっさと犯らせてもらうぞ」
俺はニーナに近づいて、強引に抱きあげる。ニーナは「ひっ」と悲鳴を上げて俺の腕の中で体を硬くして縮こまった。かと思えば、身をよじって暴れだした。
「嫌っ! 嫌、嫌、嫌! 離して! 離しなさい! 誰か、誰か助けて! 誰かーっ!」
あまりにうるさいので、唇を奪って口をふさぐ。それでもなお、ニーナは腕と脚をジタバタさせて暴れた。おい、傷に障るだろうが。こちとら傷薬一回しか使わねえでここに来てんだぞ。そりゃあ血と汗と雄の匂いはきついだろうが。
ああもう、犯る前に現実を見せた方がいいな、こりゃ。
砦のバルコニーに出てオレルアン軍の死体の山を見せたら、ようやくニーナはおとなしくなった。俺は満足してこいつを寝室に運んだ。
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「オレルアンの戦士たち」4
また暴れやがったこの女。
服を脱がせて押し倒すとこまでは、まあおとなしかったんですよ。
ところが、股を開かせていざ突貫って段になって急に暴れだしやがった。半狂乱になって泣きわめき、カミュの名を連呼。
シーダ、お前のことマグロって言ってごめん。マグロの方が数百、数千倍マシだわ。
海賊のバイブル(と勝手に呼ばせてもらう)「ヴ○ンラン○サガ」で、海賊が村娘を犯っちゃうときに顔面殴っておとなしくさせるシーンがあったけどさ、真似するか迷ったよほんと。殴らなかったけど。
とはいえ、無理矢理おさえつけてやることはやったんで、殴らなかったことに意味があるかといえば、自己満足しかない。もとが美人だからって顔が腫れてたり、あざがあったりする女を犯るのは正直ちょっと……ってのはあったし。
ニーナは、ベッドの上でぐったりとしている。
いまのうちにいろいろと話しておきたいことがあるんだが、とりあえず死なれちゃ困るから言い含めておくか。
「カミュってのは誰だ?」
俺はわざとらしく聞いた。ニーナはぴくりと反応したが、反抗心から黙っている。
「当ててやろうか。グルニア王国の黒騎士団団長カミュだろう」
意地悪く言うと、ニーナは驚いた顔で俺を見上げた。
「そんなに驚くことはねえだろう。黒騎士カミュの名は有名だからな。お前、グルニアの捕虜になっていた時はあいつの世話になっていたんだっけか」
パレスが陥落したのが3年前。捕虜だったこいつが脱出したのが1年前だったな、確か。で、オレルアンに逃げてきて、数ヵ月間ここで過ごしてたと。
「……あなたには、関係のないことです」
震える声で言って、ニーナは顔をそむけた。やっぱり、こいつにはカミュの名しかねえか。
「カミュに会いたいか?」
俺がそう言ってやると、ニーナは肩をぴくっと動かした。顔はそむけたままだが、俺の話に興味を持って耳をそばだてているのがありありと分かる。ちょろいぜ。
「お前が俺に従うなら、会わせてやらないこともねえ」
五秒ぐらいたってから、ニーナはのろのろと体を起こした。半信半疑の顔で俺を見る。
「そんなことができるのですか?」
「ああ。俺はいずれグルニアに攻めこむつもりだからな」
当然のように言うと、ニーナは唖然とし、それからあからさまにがっかりした顔になった。
「じゃあ、お前は自力でカミュに会うことができるのか?」
「それは……」
ニーナはうつむいた。ふふん、物分かりがよくてけっこうなことだ。
「ハーディンが死んだ以上、お前は俺に頼るしかねえんだよ。それともマケドニア軍に降伏してみるか? カミュに会えないまま処刑ってとこだろうが」
処刑の言葉にニーナの顔から血の気が引いた。それから、決意を固めるように拳を握りしめて俺を見る。
「私に、何をしろというのです……」
「神輿になれ」
俺は続けた。
「アカネイア同盟軍の総大将っていう綺麗なお飾りだよ。ハーディンにもそう扱われてただろう?」
何の気なしにそう言ったのだが、ニーナは憤慨して俺を睨みつけた。
「ハーディンはちゃんと私を尊重してくれました。私の考えにも耳を傾けてくれて」
「へえ。じゃあ、お前の政略と戦略を簡単にでいいから説明してみろよ」
「……政……略?」
あっ、こいつ未知の外国語をはじめて聞いた人みたいな顔しやがった。
「ハーディンがお前を尊重した、って、お前を王女らしく扱ったって意味か? それなりにまともな服と飯と寝床を用意して、そこそこ気の利く召使いを用意したとか? そんなんだったら大切な犬にいい餌やるのと変わらねえぞ」
当てずっぽうで言ったのだが、図星だったらしい。ニーナは見る見る顔を赤くした。
「何を勝手なことを……!」
「だから、お前の考えとやらを言ってみろよ。政略と戦略だよ」
「そもそも、その政略と戦略というのは何ですか。私を騙すために、いい加減なことを言っているのでしょう」
ええー。マジでそこからー?
「簡単に説明すると、政略はこれからぶん殴る相手を決めること、戦略はどうやってぶん殴るか、ぶん殴った後どうするかを決めることだ」
「言っている意味がわかりません」
「分かろうとする努力をしてんのか、てめえ」
さすがに俺もイラッときた。さっきまでカミュの名前を叫びながら泣いていやがったくせに。
体はいいんだけどなあ。レナよりもおっぱいでかかったし。
どうも根っこからやらねえと駄目っぽい。
俺はため息をつくと、質問を変えた。
「お前、ドルーアと戦う気なんだよな? たしかドルーア打倒の檄を飛ばしたはずだもんな? ハーディンは何て言ってた?」
「すべて自分に任せてほしい、必ずアカネイア・パレスを取り戻すと」
あのターバン、やっぱりこの女をお飾り扱いしてやがった。いや、妥当だよ。教えるの疲れそうだし。
しかし俺だってそうするとは言えないのがつらいところだ。
「あのな」
俺はニーナに指を突きつけた。
「パレスを取り返すのも、ドルーアをぶっ潰すのも、お前のやりたいことだろ? それなのに当事者のお前が何も考えねえで一切合切よきにはからえってのはどうなんだ」
ここまでストレートに言うと、さすがにわかったらしい。ニーナは顔をしかめた。
「ですが、私はそういうことを考えるのなんて……」
俺はニーナに顔を近づけて凄みながら、そのおっぱいをわしづかみにする。
「考えろ。考えるんだよ。お前、いったい両親からどんな教育を受けてきた」
そう言うと、何かを思いだしたのかニーナの両目から見る見る涙があふれた。あー、そういやこいつの両親とか親戚ってパレスが落ちたときにさらし首にされたんだっけか。
「いい両親だったのか?」
俺が聞くと、ニーナはどうしてそんなことを聞くんだって顔をしたが、うなずいた。
「お父様も、お母様も、とても優しかった。あんな死に方をする人じゃ……」
「お前はそのお優しいパパとママの仇を討ちたくねえのか? パパとママのいたパレスに平和を取り戻したくねえのか? そんなことまで他人任せでいいと、本気で思ってるのか? お前は何一つせずにただ椅子に座って願っているだけで、誰かがそれを成し遂げて報告するのを待つだけでいいと?」
ニーナは顔を歪めて俺を睨みつけた。それから頭を抱えて叫んだ。
「そんなわけない! そんなわけないけど……でも……」
「だから、考えろ、って言ってんだろ。さっきからよ」
それにしても、アルテミスの定めだの歴史はそこそこ教えていたっぽい割に、為政者としての心構えや考え方は何も教えてやがらなかったんだな、ニーナの親父とおふくろは。
あとボアとかあのへんの連中。おかげで俺が苦労する。
「ドルーアへの宣戦布告。パレスに平和を取り戻す。両親の仇を討つ。この三つをそれらしい文章にまとめろ。アカネイア同盟軍の総大将としてだ。それがお前の最初の仕事だ。できたら添削してやる」
俺はベッドから下りると、シーツで適当に汗や一物の汚れを拭い、服を着た。ニーナをそのままにして部屋を出る。
外ではシーダが控えていた。こいつ、いつからいたんだ。まあいいや。
「お前、しばらくニーナの面倒を見ろ。四六時中見張っていろとはいわねえが、なるべく目を離すな。あと、やつに要求されても刃物や長い縄や紐の類は渡すな」
俺の言いたいことを正確に察したシーダは、責めるような口調で聞いてきた。
「ニーナ様を、そこまで追い詰められたのですか」
「あいつはもともと心が弱えんだ。支えのあるお前やレナとは違う」
シーダにはタリスがあり、レナには信仰心がある。
だが、話した感じだとアカネイア・パレスはニーナの拠り所になってねえ。よくて思い出の場所だ。
ニーナの拠り所はカミュだ。だが、カミュが敵にまわっていることで、また会えれば、程度にしかなってねえ。
カミュに会えるまでは泥水すすってでも生き延びてやる、ぐらいの気概があれば楽なんだが。
「ニーナ様を、そっとしておいてさしあげることはできないのですか」
「できねえ。あいつにはどっぷり修羅場に浸かってもらう」
俺はそれ以上シーダにかまわず歩きだした。マチスたちの様子を確認しなけりゃならん。
「あいつしかいねえんだから仕方ねえだろ」
独り言を呟いた。俺だって、ニーナみたいな悲観的で不安定でメンヘラ一歩手前で自分の意志があるのかないのかよくわからねえようなやつを担ぎたくはねえさ。
だが、俺は海賊だ。
マルスやハーディンなら、一国の王子や王弟って血筋と肩書きが強力な武器になる。アリティアは勇者アンリの建国した国だし、オレルアンはアカネイアともっとも結びつきが強い国だ。
ドルーアへの宣戦布告も、グルニアやマケドニアとの交渉もその肩書きですませられる。
ニーナはやつらに正義のお墨付きを与えるだけで、何もせずにお飾りをやっていればよかった。
俺はやつらとは違う。シーダにタリス軍を名のらせればいけるかと思ったが、ハーディンの反応を思いだすと無理だろう。
だったらニーナにやらせるしかねえ。この際だ。体も心もしっかり教育してやる。
砦を出て、状況を確認する。アイルトンからは援軍のペガサスナイトを次々に討ちとっているという報告がきた。「まるでトンボ取りでもしているようだ」とのこと。
マチスからは、ロシェとウルフを討ちとったという報告がきた。マチス自身は何度か深傷を負ったが、レナのリライブによって耐えきったらしい。レナも無事。
ヴィクターは援軍のソシアルナイトを撃退中。アーマーナイトもついでに囲んで倒したそうだ。俺はヴィクターの援護をするべく、海賊たちを率いてそちらへ向かった。
もうあとは消化試合だ。
援軍を一掃すると、あとは城門を守っているアーマーナイトと、後方に控えている司祭を倒す。
指揮官のムラクはナイトキラーを持っているが、海賊や戦士には関係ねえ。カシムと、トンボ取りで練度を上げたアイルトンに散々矢を射かけさせたあと、俺は海賊と戦士を繰り返し突撃させて、ムラクを倒した。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
カシム ハンター 海賊
海賊 レナ ヴィクター
戦士 戦士 マチス
ニーナ
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「アカネイア同盟軍」1
城に突入する前に、俺はレナと戦士のヴィクターを呼んだ。羊皮紙に書いた大雑把な城内マップもとい城の間取りを見せる。オレルアン軍が誰も味方にならなかったんで俺の知識頼みなんだが、大丈夫かなこれ。
「レナ、ワープの杖で俺をここに飛ばすことができるな?」
俺は中央上にある部屋を指さした。アーマーナイトに守られ、アーチャーが二ユニットと司祭のいる部屋だ。宝箱も一つある。
何より重要なのは、この部屋が脱出路につながっていることだ。
盗賊に宝を持っていかせるわけにはいかねえ。
「できると思いますが……」
不安そうに言うなよ。石の中にいるみたいなオチになったら化けて出て犯してやるぞ。
「よし、やれ。ヴィクター、お前は手下どもを率いて正面から突入してこの部屋まで来い。マチスのやつにアーマーキラーを渡しておくから、アーマーナイトが面倒ならやつにやらせろ。宝箱の回収は後回しでいい。あと魔道士には気をつけろ」
そして俺は、鉄の斧と手斧と傷薬を持って脱出路へと通じる階段の前に立った。うん、問題ねえな。ワープはこれからもガンガン使おう。
脱出路を確保しようとしているのか、ソルジャーが2ユニット、そして盗賊が向かってくる。
俺は右手に鉄の斧を握りしめ、左手で手招きした。
さあ、海賊の時間じゃあ!
ソルジャーと盗賊をかたづけた俺は、ここへやってきた盗賊の一人を捕まえて尋問した。
「最近、この城に魔道士が忍びこまなかったか?」
何発か殴ったら、盗賊は素直に全部喋った。
「たしかにいた。青いローブの若い男だった。恐ろしい魔法で我が軍のアーマーナイトを何人も倒したので、殺して死体は井戸に投げこんだ」
「貴重な情報をありがとう」
俺は盗賊にとどめをさした。さらばエクスカリバーマン。
それからしばらくして、ヴィクターたちが到着した。
「すまねえ、親分。ハンターの部隊がやられた」
ヴィクターが頭を下げる。アーマーナイトに苦戦していたら、敵のアーチャーから壁越しに矢を射かけられ、魔道士の魔法をくらったそうだ。
まあ仕方ねえ。初の城攻めだからな、ある程度やられるのは覚悟していた。こう言っちゃ何だが、カシムやアイルトンがやられたんでないだけ、よしとしよう。
この城での戦闘は、敵の攻撃に耐えられるやつがワープで逃げ道をふさいじまえばほぼクリアといっていい。援軍もねえし、残ったやつは囲んで潰す余裕がある。
それでも、ハーディンたちとの戦闘に続いて兵力が減ったことに俺は頭痛がした。もう少しの辛抱だと思うんだが、それまでもつかどうか。
俺たちは盗賊を残らず倒したことを確認すると、玉座のある広間に向かった。アーチャーを誘い出して叩き斬り、マリオネスと相対する。
「お前が城主か」
「その通りだ、反乱軍の兵士ども」
鋼の槍を持って、マリオネスは俺たちを睨みつける。
「よくここまでたどりついたものだ。かくなる上は、この槍で一人でも多く道連れにしてくれる。マケドニアの戦士の力、その目に焼きつけるがよい! 死にたい者から前へ出よ!」
ほとんど囲まれてるってのにこの態度、たいしたもんだ。
問題は、本当にけっこうな数の手下が道連れにされそうなことなんだよな。こいつジェネラルだから。
こいつの守備力貫通できるやつ、手下にどれだけいんの? 実はステータスを見比べると、六章のハーマインや八章のジューコフよりこいつの方が強いんだぜ。
「お前の首をマケドニア軍に送りつけてやるのも一興だが」
俺はもったいぶった態度で話を持ちかける。
「どうだ? 武器を捨てて降伏すれば、撤退を認めてやるぞ」
マリオネスは俺の提案を鼻で笑った。
「戦士の心を知らぬやつめ。部下がことごとく死んだのに、そのような真似ができるか」
「じゃあ、ここでお前が死んだら、誰がお前の部下の戦いぶりを伝える?」
俺の言葉に、マリオネスは黙りこんだ。
「……貴様、何をたくらんでいる?」
「お前が強いのは認めてるってことだ。こっちもあまり血は流したくねえ」
勝てないわけじゃない。俺とヴィクターあたりが鋼の斧を持って、繰り返し攻め続ければ、まあ何とかなるだろう。ちと不安だが、マチスにアーマーキラーを持たせる手もある。そもそもこいつって、アーマーキラーと魔道士を使って倒させようって敵だろ?
だが、ヴィクターやマチスがやられるようなことがあれば、大損害なんてもんじゃねえ。今後の戦略が狂う。
マリオネスはしばらく考えていたが、やがて「わかった」と言った。鋼の槍を捨てる。
俺は手下に命じて食料や水なんかを用意させ、マリオネスに渡した。
「そういや、この城に捕まっているやつはどうする? 連れていくか?」
「貴様の自由にするがよい」
俺たちはマリオネスを解放した。
リカードはすんなり俺に従うことを承諾した。ジュリアンがいねえ分、羽目を外すと何をやらかすかわからないのが怖いが、名前ありの盗賊ユニットはもうこいつしかいねえからな。
ウェンデルは最初、俺への協力を拒んだ。
「私を解放してくれたことは感謝する、ガザック殿。だが、私は戦いは好まぬ。恩知らずといわれようとも、魔道の力を使っての協力はいたしかねる」
ガザック殿、だって。礼儀正しい楽しいジジイだ。この返事はちと残念だが、魔道だけじゃねえからな、このジジイは。
「仕方ねえな。じゃあ傷ついた兵の治療、回復をやってくれ。それならいいだろう」
「私を同行させようというのか?」
「見返りは用意してやる。カダインを取り戻したら、あんたにくれてやるよ」
俺が言うと、ウェンデルは目に見えて驚いた。
「失礼だが、ガザック殿はカダインの現状をわかっているのか。いまや魔王ガーネフに支配され、暗黒の都となっているのだぞ……」
「それは知ってる。その上で言ってるんだ。カダインも、ガーネフも、このままでいいとは思ってねえんだろ。あれだ、俺に従うんじゃなくてニーナ姫に従うと思え」
ウェンデルは迷ったが、最終的には俺に従うと言った。「他に道はないようだ」と。
これでオレルアンでの問題はかたづいたかに思えたが、そうはならなかった。
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「アカネイア同盟軍」2
砦で待っていたシーダとニーナに伝令を送り、オレルアン城で俺は二人を出迎えた。ところが、ニーナにはおもわぬオマケがついてきた。
「貴様が! 貴様がハーディンを殺したのか!」
玉座のある広間に入ってくるなり俺にくってかかってきたのは、立派なローブを着た白髪と白髭のジジイだった。誰だこいつと思ったが、すぐに思いだした。オレルアン王だ。
「おう、そうだ。何か文句があるか」
俺はせせら笑ってオレルアン王に言ってやる。
「俺とハーディンは戦場で堂々と戦った。やつは俺を殺すつもりだった。俺もそうだ。なんでてめえに文句を言われなくちゃならねえ」
「ハーディンの背には斧でえぐられた惨たらしい傷があったと聞いておるぞ!」
「敵に背を向けて逃げりゃあそんな傷がついて当然だろうが」
たしか、ハーディンとは異母兄弟だったっけか。身内を殺されて怒り狂うのはわかる。だが、それどころじゃねえと思うんだがな。
「ちょうどいい。オレルアン王、あんたに言っておくことがあるんだよ」
俺は邪悪な笑みを浮かべて、打ちひしがれているオレルアン王に要求を伝えた。
俺は王の養子になる。
オレルアン王は退位する。そして、俺が次のオレルアン王になる。
オレルアン王国は、ニーナ姫の率いるアカネイア同盟軍をおおいに支援する。
アイルトンとヴィクターにオレルアン貴族の爵位を与える。
「き、貴様……」
オレルアン王は顔を真っ赤にして、怒りで拳をわなわなと震わせる。
「海賊の分際で、我が国を属国にでもしたつもりか!? そんな愚かしい、思いあがった要求のひとつでも受けいれると思うのか!? 私は最後の一人になってでも貴様と戦い、その薄汚い首を叩き落としてくれるぞ!」
おうおう、タリスのモスティン王とは大違いだな。俺は鼻で笑った。
「本当に属国になってみるか? 俺と手下たちを止められる兵が、いまのオレルアンにいるのかよ? いるわけねえよな。ハーディンがかき集めていたあいつらが、最後の戦力だろ」
図星なんだろう、オレルアン王は言葉に詰まった。しかし、ミネルバってオレルアンを徹底的に追い詰めてたんだな。実際の能力はあれだけど強いわ、あいつ。早くものにしてえなあ。
「協力しないなら、敵と思っていいのか? オレルアンのすべての町と村から奪うものを奪って、ことごとく焼くぞ。若いやつは奴隷商人に売り払う。軍隊ってのは維持するのに金がかかるからなあ」
具体的に言ってやると、さすがにオレルアン王の顔は青くなった。薄汚い海賊ならやりかねねえと思うだろう? 状況次第では本当にやるぞ。
オレルアン王は床を睨みつけて、沈黙する。
俺は待った。答えは分かってるんだ。迷っちまったら、もう王として答えはひとつしかねえ。
「わかった……。要求を呑もう」
オレルアン王は肩を落として悄然と歩き去っていく。
なぜか、俺はオレルアン王の背中から目が離せず、やつの姿が見えなくなるまでずうっと睨みつけていた。
「ガザック様……」
空気の重くなった広間で、シーダがおそるおそる聞いてきた。
「ガザック様は、オレルアンの王になられるのですか?」
「何か問題があるか?」
「いえ。その、オレルアンを拠点として、力を蓄えるということでしょうか」
「ふせいかーい」
俺は上機嫌に笑ってシーダに近づくと、スカートの上から尻を撫でまわした。おっぱいじゃなかったのはシーダが鉄の胸当てをつけていたからだ。こいつ尻もいいよなあ。
シーダは顔を赤く染めながら、黙って耐えている。そういう態度も実にそそる。
尻を揉みながら、俺はシーダの疑問に答えてやった。
「力を蓄えるなんて悠長なことはしねえ。準備が整い次第、さっさと南下してレフカンディへ行くぞ」
「では、オレルアンの統治はどうするのですか?」
そう聞いてきたのはニーナだ。俺は当たり前のように答えた。
「そんなのオレルアン王にやらせりゃいいだろ」
俺の言っていることが分からないという感じで、シーダもニーナも首をかしげている。ニーナはポンコツだからともかくとして、シーダもまだまだか。
「俺に必要なのは、オレルアン王って肩書きとオレルアン貴族の部下なんだ。これで俺の言いたいことがわかるか?」
「戦いの前に、兵士たちに言っていたことを守るということですか?」
偉いぞ、シーダ。よく覚えてたな。褒美として尻から股間へと指を伸ばしてやる。
「それもある。目に見えて分かる褒美をやらねえと、あいつらはすぐに不満を持つし、俺をたいしたことねえと思うようになるからな。だが、それだけじゃねえ。ニーナ、とくにお前はよく聞いておけ。目をそらすのはかまわねえが」
シーダの口から喘ぎ声が漏れてきたので解放してやった。この続きは今晩ゆっくりしてやろう。うはははは。
「これから俺たちはニーナを総大将としたアカネイア同盟軍として動くわけだ。シーダはタリス代表。ニーナはアカネイア代表。あと、ウェンデルのジジイをカダイン代表ってことにする。で、他には誰がいる?」
「……だから、オレルアンの王となったのですか?」
驚くニーナに、俺はうなずいた。
「これから俺たちが戦う敵はグラ、カダイン、マケドニア、グルニアってとこだ。ワーレンも敵対するかもしれねえ。で、やつらと交渉する時に、タリスとアカネイアとジジイの名前だけより、オレルアンもあった方がいいだろう」
「交渉……ですか?」
ニーナが首をかしげる。お前、交渉って選択肢がなかったのかよ。城奪われて家族親戚殺されてりゃ無理もねえか。
「グルニアとは交渉の余地がある。なあ、シーダ。たしかタリスはグルニアと親交があったはずだな?」
「はい。グルニアのロレンス将軍は、父のタリス統一の戦いに協力してくださいました。いまでは敵と味方にわかれていますが、それでも父と将軍の友情は続いています」
「ニーナ、お前もグルニアの捕虜となっていた時に面倒を見てくれた将軍がいたんだろう?」
俺はニーナの胸をつつきながらわざとらしく聞いた。ニーナはうつむきがちに答える。
「ええ。カミュは、私に何かとよくしてくれました」
「いいか。戦でも交渉でも必要なのはハッタリだ。国の名前をひとつ増やしておけば、それだけ相手をびびらせることができる。そうすりゃロレンスやカミュだって口添えしやすくなるってもんだ。これからはお前もこういうことを考えろ。本気でパレスを取り戻したけりゃな」
「わかりました……」
ドレスの裾を握りしめて、ニーナはうなずいた。不安だが、こいつ以外に総大将がいねえからなあ……。俺やシーダじゃ海賊イメージが消えねえし。
「わかったらさっそく働いてもらうぞ。お前の名で、手紙を書きまくれ。グラとマケドニアには降伏するように言って、グルニアにはこっちにつくように誘うんだ。ワーレンとカダインにも協力するように言え」
アリティアは……たしかあそこにいるの、メディウスの直属の部下のモーゼスだったよな。マムクート、いやこいつは蔑称か、竜族の。よし、放っておこう。
「効果があるのでしょうか。彼らが聞くとは思えませんが……」
ニーナは不安そうに首をかしげる。俺はこいつの胸をつついていた指で、今度はこいつの鼻をつついた。
「連中が聞くわけねえだろ、馬鹿かてめえは。常識で考えろ」
「なっ……!」
ニーナは怒りに燃えた目で俺をきっと睨みつけた。
「書けと言ったのはあなたではありませんか! それなのに効果があるわけないなんて……」
「おう、そのポンコツ頭で考えてみろや。お前に書かせる手紙にどんな意味があるか」
俺は指を離す。ニーナはしかめっ面になって考えてみたが、分からないらしい。俺はシーダに聞いた。
「はい、シーダ君。君はわかるかね」
「その……わかりません」
あっ、こいつ今ニーナを横目で見た。たぶん分かったのにニーナに遠慮しやがったな。今晩責めたててやるとして、今は乗ってやろう。俺はニーナに言った。
「いいか、この手紙はだ、お前が健在であること、お前にパレスを奪還する強い意志があることを大陸中に示すために書くんだよ。笑われることなんてはじめから分かってんだ。三年前にパレスが陥落してから、お前は追いこまれっぱなしだったわけだろ。ここで強気に出るんだ。オレルアンからマケドニア軍を追い払った、このタイミングでな」
ようやくニーナの顔に理解の色が広がった。
「そうすることで、アカネイアに忠誠を誓っている者や、ドルーアに反感を持っている者に希望を持たせようというわけですね」
「そういうことだ。後で俺が添削してやるから、とりあえず書け。シーダ、お前はこれからニーナを補佐しろ。レナとマチスも手が空いたら手伝わせる」
そういや、特に今まで触れてこなかったが、我が軍の識字率は滅茶苦茶低い。大半が海賊と山賊だから仕方ねえんだが、いずれは字を教えてやらにゃならんだろう。字の読み書きができるのって、シーダ、レナ、マチス、ニーナ、ウェンデルのジジイを除けば俺とヴィクターしかいねえからな。
カシム? あいつできなかった。所詮は村人だわ。リカードはカシムとどっこいどっこい。教育は大事だ。
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「アカネイア同盟軍」3
オレルアンを手中におさめてから、俺は多忙だった。
シーダとレナとニーナを夜ごとに可愛がり、その一方で軍備を整え、ニーナの書いた手紙を添削したり、ウェンデルとレナの読み書き講座を開いて、手下の中から有望なやつを二十人ほど選んで勉強させたりした。
現金なもので、俺から見ても教え方が上手いのはジジイの方なのに、レナの方が教師としての人気は高かった。でもベッドの中でいけない!レナ先生ごっこをやれるのは俺だけだがな! 手下たちにはオレルアンの娼館を利用させている。
そうそう、娼館といえば、悲劇が一つ起こった。
戦士部隊の1割強が使いものにならなくなりやがったのだ。ユニットがなくなるほどのダメージではないが、弱体化はした。レベルが下がったって感じか。その報告を受けたとき、俺はおもわず「うえっ!?」って大声を出しちまった。
梅毒なんてバッドステータス、このゲームで聞いたことねえぞおい。リアルなの? リアルなのか?
仕方なく俺はウェンデルに相談して、オレルアン中のすべての娼館に衛生環境をよくするよう命じた。とはいえ、コンドームもないし、たかがしれている。せいぜい怪我をしているやつはよく洗ってからことをすませろと言うぐらいだ。俺も気をつけよう。ウェンデルもよく相談に乗ってくれたよ。
その他に、俺はリカードにあることを命じておいた。気になることがあったのだ。
そうして二週間近くが過ぎたころ、俺はリカードから一つの報告を受けとった。
「やっぱりか……」
俺はため息をついた。仕方ねえ。こうなったら、また海賊のバイブル「ヴィ○ラン○サガ」からネタをいただくとするか。
それから数日後の昼、俺はオレルアン城にオレルアン王を呼びつけた。正確にはもうオレルアン先王なんだが、名前を知らないんでな。
俺はニーナとシーダを連れて、バルコニーでオレルアン王を迎えた。このバルコニーからはオレルアンの広大な平原が遠くまで見渡せる。
「よく来たな。さっそくだが、まずはこの話だ」
俺がオレルアン王に見せたのは、昨日オレルアンの官僚が持ってきた今後の予定表だった。王の退位式や何やかんやの式典で、俺の戴冠式は一ヵ月以上先になるという。
「こんなものはいらねえ」
俺は笑顔で予定表をビリビリと破り捨てた。もう二週間もここにいるのに、さらに一ヵ月もいられるわけねえだろ。何考えてんだ。
「退位式と戴冠式は書類上の手続きだけですませろ。あと、この後の統治はお前に任せる」
オレルアン王は驚いた顔で俺を見た。ああ、こいつも分かってなかったか。
「どういう意味だ?」
「俺たちはドルーアを攻めに行く。だからここをお前に任せると言ってるんだ」
「……よいのか?」
「おう。人事も任せる。ただし、同盟軍への支援を欠かすな。こちらの要求には可能なかぎり答えろ。それが条件だ。あと、アイルトンとヴィクターのことだが」
俺の言葉に、オレルアン王は苦しげな顔になる。
「申し訳ない。私も説得したのだが……」
俺は最初、二人をオレルアンの名門貴族の養子にするようにと言ったのだが、貴族たちから猛反対されたらしい。薄汚い血を入れるようなことがあっては先祖に申し訳が立たぬとまで言われたそうだ。お前らだって先祖までたどれば騎馬民族だろ。くそが。
「わかった。じゃあこうしよう。とっくに断絶して親戚も残ってない家があるだろ。それを二つ選んで復活させろ。新たに土地を与えてな。これなら文句はねえだろ」
実のところ、名門貴族の養子案は無理があると思ってた。それでもその案を投げたのは、譲歩したように見えるこっちの案を飲ませやすくするためだ。
「わかった。その通りにしよう」
どこかほっとした顔で、オレルアン王は言った。これなら貴族たちの説得も難しくないと踏んだのだろう。
さて、甘い顔を見せてやるのはここまでだ。
「ところでな、お前に見てほしいものがある」
俺はそう言ってオレルアン王の肩を抱き、広大な平原に顔を向けさせた。
それから十秒とたたないうちに、平原の二箇所から黒煙が立ちのぼった。タイミングばっちり。オレルアン王だけでなく、シーダとニーナも目を丸くする。
「な、何事だ……!?」
この距離から見えるんだ。ちょっとした火事なんてものじゃねえ。
慌てふためくオレルアン王に、俺は笑顔全開で説明した。
「落ち着け。あれはな、俺の手下たちが反乱軍を壊滅させたことを、煙で知らせているんだ」
俺の台詞に対する反応は、二つに分かれた。
「反乱軍!?」
驚愕するシーダとニーナ。
そして、隠していたことが見つかってしまったというふうに愕然とするオレルアン王。
以前、この城の広間から出ていくオレルアン王から、俺は目を離せなかったことがある。あれは、こいつの怒りを、俺への敵意を何となく感じとっていたんだろう。それほど強い怒りだったわけだ。
リカードに調べさせてみたところ、オレルアン王は俺たちに敵意を持つ者を集めて、反乱軍を結成し、俺たちを打倒しようとしていることがわかった。
オレルアンにとって英雄であるハーディンを殺した俺はそうとう恨まれているらしく、すぐにそれなりの人数が集まったそうだ。
俺は、煙が立ちのぼっている二つの町の名前をオレルアン王に教えてやる。ショックのあまり体に力が入らないらしく、オレルアン王はへなへなと崩れ落ちた。
「いやーマケドニア軍が去って、ようやく平和になったのになー。その平和を乱そうとするやつらは許せねーよなー。とはいえ、俺たちも先を急ぐ身だからなー。町ごと焼き払うことにした」
オレルアン王に聞かせるためにわざとらしく言ったのだが、どこまでこいつは聞いているだろうか。俺は召使いを呼んで、オレルアン王を部屋に運ばせた。「同盟軍への協力、忘れるなよー」と声をかけて。
ここには俺とシーダ、ニーナだけが残る。
「ガザック様……」
やがて、おもいきったようにシーダが言った。
「このようなことを、本当にしなければならなかったのですか。もっと他に手が……」
「ねえ」
俺は二人を振り返る。ニーナに言った。
「ニーナ、これからレフカンディに向かうにあたって一番おっかねえこと、気をつけるべきことは何か、言ってみろ」
ニーナは必死に考えたあと、慎重に答えた。
「やはり、ドラゴンナイトとペガサスナイトの急襲ではないでしょうか」
「違う」
この段階でマケドニア軍が全力で来たら、確かにおっかねえがな。
「俺たちがレフカンディに着いたところで、オレルアンとグルニア、マケドニアから挟み撃ちにされることだ」
タリスに対してはシーダを人質にとったが、オレルアンに対してそういうことはしてねえ。なんでかって、人質にできそうなやつがいなかったからだ。「奸臣の手からニーナ姫を取り戻す」みたいな名目でオレルアンが俺たちを攻撃してくる可能性はある。
ここでオレルアン王の心をへし折っておく必要があった。
「時間をかけて、オレルアン王を説得することはできなかったのですか?」
ニーナが言った。シーダも同感らしい。俺は鼻で笑った。
「時間をかければ、俺たちへの敵意はたまる一方だぞ。戦いのない時の兵士なんざごろつきと変わらねえからな」
すでに俺は、アイルトンやヴィクターから報告を受けている。日々の生活があるわけじゃないので、暇を持て余したやつが乱闘騒ぎを起こしたり、店を荒らしたりと、ろくでもねえことをするのだ。訓練だって四六時中やってるわけじゃねえし。
「それに、軍隊ってのは無駄飯ぐらいなんだ。オレルアンだって食いものが余ってるわけじゃねえ」
兵士たちの食う飯は誰が用意するのか。オレルアン民だ。ごろつきを食わせないといけないとなれば、そりゃあ鬱憤も溜まるだろう。いい加減出ていかないとやべえ。呑気にオレルアン王と仲良くなんてしてられねえんだ。
「オレルアン王を説得したいなら、お前がやっておけ。それも総大将の仕事だ」
「説得といっても……」
困り果てるニーナに、俺はため息をつきながら一つだけ教えてやる。
「俺がオレルアン王に、アイルトンとヴィクターがオレルアン貴族になっただろう? これで、形の上ではオレルアンも同盟軍に兵士を出していることになるわけだ。俺たちが手柄をたてれば、それはオレルアンの手柄になる」
これ、けっこう大事なんだがな。
ドルーアを潰した後で、オレルアンは軍資金の提供しかしませんでした、兵を出してないので手柄は立てられませんでした、ってならずにすむんだぜ。
「こうまでして同盟軍に協力しているオレルアンは、やはりアカネイアと結びつきが強いんだ、それにオレルアンは出自にこだわらないんだってアピールにもなる。そういう見方があるってことを教えて、あとは適当になだめすかせ。あいつだって王様なんだし、冷静になればわかるだろ。お前の立場の弱さも分かってるしな」
ニーナと、それからシーダもどこか呆れた顔で俺を見た。
「それだけ聞くと、オレルアンのことをずいぶんと考えているように聞こえますね……」
「何も考えずに行動するとしたらどうするか、教えてやろうか」
ちょっとイラッときたので、俺は冷たい笑みを浮かべて言った。
「お前をドルーアに送りつけてタリスからオレルアン一帯を褒美にもらう。俺が考える人間で命拾いしたなあ、おい」
ニーナは顔を青くして口をつぐんだ。俺は鼻で笑って続ける。
「安心しろ。お前の体はエロい。それに役に立つ。あと、俺はガーネフの野郎が気にくわねえ。ドルーアのことも信用してねえ。よっぽどのことがない限りやらねえよ」
そうして二日後、俺たちはレフカンディへ向かった。
ちなみにファイアーエムブレムはニーナに持たせたままだ。俺が持ってても権威づけにすらならねえからな。宝箱はリカードに任せときゃいい。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 海賊 カシム
レナ ヴィクター 戦士
戦士 マチス ニーナ
リカード ウェンデル
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「レフカンディの罠」1
明日にはレフカンディに着くという日の夜、俺はテントの中でレナを抱いていた。
数を重ねていることもあって、最近はシーダもレナもなかなかいい反応を見せるようになっている。こっちも余裕があるから、どのへんが弱いかいろいろ試してるしな。性生活は順調である。羨ましいだろう。
そうして何戦かすませて休憩に入ったとき、レナがむくりと起きあがった。テントの中にはランプの小さな明かりだけがある。
「あの、少しお話ししたいことがあるのですが……」
「いつもの説教か」
俺はそう言って先を促した。脅して股を開かせている関係なんだから当然なんだが、体の相性がよくなっても、レナの俺に対する態度は変わりゃしない。それはシーダもニーナも同じだ。
レナは抗議するような目で俺を軽く睨むと「違います」と怒ったふうに言った。
「私に懺悔をした人たちの何人かが言っていたのです」
「懺悔?」
初耳だった。先にそのことについて問いただす。
マチスと再会したころから、レナは兵士たちの懺悔を聞くことにしたらしい。兄貴に「自分の信じる道を」と言ったことを振り返り、自分が何をすべきかをあらためて考えたそうだ。
で、これがけっこう人が集まった。
俺も手下どもに対して薄々思っていたことだが、海賊って割と迷信深いというか、信心深いやつが多い。この世界の航海技術って、頑張ってはいるんだが運任せなところがでかいからな。神頼みだってしたくなるだろう。
しかし、海賊ってのは馬鹿だから懺悔というものをわかってないやつが多い。真面目な懺悔もあるにはあったが、愚痴をこぼしにくるやつも出た。ただレナと話したいから、ってだけで懺悔の名目で来るやつまで出てきた。レナは美人だからな。分からんでもない。
「海賊をやっている人たちの多くが、最近のあなたが自分たちと全然酒を飲んでくれなくなった、とこぼしています」
俺は目を丸くした。言われてみると、俺の魂が覚醒する前のガザックは、よく部下たちと酒盛りをしていた。最近、徐々に薄れていっているガザックの記憶には、そういう光景がたくさんある。
たしかにその通りだ。日々の忙しさにかまけて、といったら言い訳になるが、俺は他のことにばかり集中していた。やらなきゃならねえことが山積みだからだ。
ひやりとした。
働きに応じた金や褒美はやっている。飯も食わせている。女だって、娼婦たちをちゃんとあてがっている。だから、やつらは黙って俺に従うと思っていた。ドルーアとの戦いまでついてくるものだと思いこんでいた。
「お前には感謝しなけりゃならねえな」
今回ばかりはさすがに俺も頭を下げた。しかし、同時に疑問が湧く。
顔をあげて、俺はレナに聞いた。
「だが、どうして俺に教えた? お前は俺が嫌いだろう? いや、嫌いなんてもんじゃねえはずだ」
オレルアンの町を二つ焼き払った件で、レナは激怒した。しばらくの間、俺と口をきこうとしなかった。正直、軍を抜けるんじゃねえかと思ったほどだ。オレルアンでの戦いで、こいつにもマチスにも褒美はくれてやったしな。マケドニアまでの旅費は充分だ。
だが、こいつは軍に留まった。一昨日には、いつも通りに戻った。それが不思議でならねえ。
「言うべきだと思ったから、私は申しあげました。それだけです」
レナの声は、その意志の強さを示すように、気持ちいいほどはっきりとしている。
たとえ悪人でも、見過ごせなければ手を差しのべる。その信念に基づいたってわけか。
「たしかに、あなたへの不満も、怒りも、たくさんあります」
胸の前で、レナは両手を組む。無意識の動作なのか、それとも、祈ることで感情をおさえようとしているのか。俺にはわからない。レナは言葉を続けた。
「ですが、あなたとはじめて会ったときに言われたことを、まだ私は覚えています。アカネイアの名のもとに平和を取り戻す。あなたに協力することが、私の理想への最短距離だと」
「ドルーアの方がましだった、なんてことになるかもしれねえぞ」
「私は、あなたを信じます」
凄んでみても、レナは俺から視線をそらさずにはっきりと言った。俺はため息をついた。
「わかった、わかった。平和にする気はあるから、そこだけは安心しろ。それと、さっき言ってた懺悔な、一日あたり多くても三人までにしろ。忙しいときは減らせ」
「なぜですか?」
「深刻なお悩み相談ばかりきてお前がまいったら、こっちが困るんだよ」
回復役がウェンデルのジジイだけになったら、総崩れが冗談じゃなくなる。
「あと、お前自身が愚痴を言える相手はいるのか。いなけりゃ俺が聞いてやる」
懺悔を聞くなって言っても、こいつ絶対に止めないだろうしな……。こっちがいくらか譲って何とか妥協させるしかねえ。手のかかる女だ。
レナは不思議そうな顔で俺を見たが、かすかに表情をやわらかいものにして言った。
「時々、シーダ様やニーナ様に聞いていただいてはいますが……。わかりました。では、愚痴を言いたくなったらその時はお願いします」
翌日、レフカンディに着いた俺はテントの設置を終えると、前祝いと称してアイルトンたちと酒盛りをした。そこにヴィクターたちも混ざって、さらににぎやかになった。まあ、こういうのは大人数の方がいい。
こんな遠くにまで来るとは思ってなかった、って声が多かった。
「ガルダに帰りてえのか?」
俺が聞くと、親分が行くところならどこまでだってついていきやす、って答えてくれたが、本音はたぶん違うんだろう。そのへんは元サムシアンも変わらなかった。
シーダとレナはやっぱりこいつらの中で人気がある。だが、俺が「やらねえぞ?」と念を押すように言ったところ、蔑むような目でアイルトンから見られた。
「わかってねえすよ、親分」
こいつの言い分を聞いてみたところ、性欲を娼婦で発散できてるってのもあるみたいだが、相手が高嶺の花の美人で、絶対に手出しできないってことが、逆に信仰みたいな、変にプラトニックな方へ行っちまったらしい。えー。お前、そんなキャラだったの。
もっとも、こういうのはアイルトンだけでもないらしく、レナの読み書き講座で、そっとレナの尻に手を伸ばしたやつがいたが、袋だたきに遭って失敗したという話も聞いた。レナからは聞いてねえ。手下のために黙っておくことにしたのか、あいつ。
カシムやリカードが海賊たちに混じって博打をしたり、マチスが山賊と飲み比べをしたり、俺たちは騒いで馬鹿話をして、夜は更けていった。
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「レフカンディの罠」2
次の日、俺はさっそく行動を開始した。
まず北東の、岩山に囲まれた一帯へ全軍で向かう。リカードに扉を開けさせ、ヴィクターたちを一気になだれ込ませた。傭兵もハンターもみなごろしー。
襲いかかってきたドラゴンナイト、ペガサスナイトたちもカシムとアイルトンで撃退する。ミネルバたちはちゃんと去っていったようだ。
そして俺は村を訪ねた。
「赤いローブを着たジジイの旅人がいるだろう。人探しをしてるっていう。出せ」
村人はすぐにバヌトゥを連れてきた。
「のお、あんた。チキという名前の幼い女の子を見かけなかったかね」
「見かけてはいねえが、どこでどうしてるかは知ってるぜ」
俺が答えると、バヌトゥは目を丸くした。慌てて俺に詰め寄る。
「ど、どこじゃ? チキはどこにいる」
「落ち着けよ、ジジイ」
俺は人払いをして、バヌトゥと二人きりになった。
「チキはガーネフにとっ捕まった。カダインかラーマン寺院のどっちかだ」
カダインの名を挙げたのは、現時点ではラーマン寺院にいるとはかぎらねえからだ。
バヌトゥは絶句して立ちつくしていたが、やがて真剣な顔つきで俺を見た。
「お主、何者じゃ。なぜ、そのことを知っておる」
「あいにく教えるわけにはいかねえ。チキのことをお前に教えたのは、取引をするためだ」
「取引?」
警戒するバヌトゥに、俺はかまわず言った。用意してきた火竜石を差しだして。
「ジジイ。お前をチキのもとまで連れていってやる。だから、それまでは俺たちに力を貸せ。信じねえ、従わねえ、っていうならそれでもいいが、その場合は俺たちがチキを助けだしてもお前には渡さねえ」
「……チキが何者なのか、知っておるのか」
「ナーガ一族の生き残りだろう」
後のシリーズではナギが追加されて唯一の、じゃなくなったんだっけな。ナギってちょっと扱いが雑なんであまり考える気にはなれないんだが。
俺の答えに、バヌトゥは大きなため息をついた。
「わかった。お主に従おう」
よしっ、竜族ゲットだぜ!
今の俺たちには、火竜って戦力として滅茶苦茶でかい。パレスあたりまで温存しておく予定ではあるが、いざというときの切り札があると思うとこの上なく安心できる。
俺はにやにや笑いながらジジイを連れ帰り、出迎えたニーナに聞かれた。
「その方は?」
「バヌトゥだ。竜族の」
この場には俺とニーナとバヌトゥしかいないので隠さずばらす。
竜族という言葉が分からなかったのか、ニーナは首をかしげる。だが、すぐに理解して叫んだ。
「マムクート……!」
俺はニーナの片乳をつかんでにこやかに笑いかける。
「だめでしょー、ニーナちゃーん。りゅ、う、ぞ、く。ほら言ってごらん」
りゅ、う、ぞ、くに合わせてぐにぐにぐにと揉みしだく。うーん、見事な弾力。
ニーナは拳を震わせて俺を睨みつけていたが、諦めたように「竜族」と言った。名残惜しいがおっぱいから手を離す。
「どういうことです? どうしてマ……竜族がこのようなところに」
「人探しだとよ。しばらくうちに置くぞ、このジジイ。竜族ってのは、シーダとレナ以外には伏せておけ」
「もう少し詳しく説明してくれてもいいのではありませんか?」
「竜族って呼び名に慣れたらな」
俺はそう言って追及をかわした。
さて、あとはハーマインを叩き潰すだけだ。俺たちは山に囲まれた村をあとにすると、迂回して南下した。
章タイトルにもなっているレフカンディの罠。それは、一定のラインを超えて進軍すると、四つの砦から一斉に敵の援軍が現れて襲いかかってくるという、ようするに初見殺しだ。不用意にマルスやシーダあたりがいるとやられちまう。
だが、俺はそのことを知っているんでどうってことはない。原作知識を存分に活かして、四つの砦を完璧に封じこめてくれるわ。うはははは。
俺たちは、敵の城が遠くに見えるぐらいの位置まで進軍した。
俺は主だった連中を呼び、テーブルと地図を用意させて作戦を説明する。とはいえ、まさか伏兵について全部知っているなんてさすがに言えねえから、多少格好をつける。
「ここまで、敵の攻勢はドラゴンナイトとペガサスナイトしかねえ。ここから見える敵の数も少ねえ。たぶん、敵は伏兵を潜ませている」
俺は地図の中の四つの砦を指さした。
「この砦の一つか二つ、もしかしたら四つ全部に伏兵がいる可能性がある。そこで、俺はこの四ヵ所を一気におさえる」
「伏兵がいるかもってのは俺も賛成ですが、そこまでやる必要がありますかね」
ヴィクターが疑問の声をあげた。普通はそう思うだろう。だからこそ、この作戦はおっかねえんだ。ここのボスのハーマインは決して馬鹿じゃねえ。
「念のためだ。近くにある二つの砦はヴィクターに任せる。戦士部隊でおさえろ。お前自身は戦士部隊のそばにいて指示を出しつつ、いつでも動けるようにしておけ。敵の城の東にある砦にはマチスが行け。ナイトキラーを渡しておくから、敵の騎兵が出たらそれで応戦しろ」
「わかった」
マチスは力強く頷いた。ナイトキラーが使えるの、こいつとシーダしかいねえからな。
「後は敵の城の西にある砦だが……。ここは俺が行く。海賊とハンターを連れていくぞ」
少し考えて、俺は言った。歩兵中心の俺たちじゃ、どうしたって援軍が出る前におさえこめねえ。出てきた援軍を蹴散らして、力ずくで占領する必要がある。
「ニーナはここで待機。全部かたづいたら呼ぶ。レナとウェンデルはニーナのそばにいろ。レナにはリブロー渡してあるよな? 何かあったら連絡をよこす」
リブローはオレルアン城で手に入れたものだ。なにせリライブはとっくに使いきったし、ライブもけっこう使ってるからな。リブローだろうがガンガン使う。
「シーダは俺についてこい。伝令だ」
リカードとバヌトゥはニーナのそばで遊ばせときゃいいだろ。
どうだ、それらしくなっただろう。俺は全員の顔を見回す。
「それじゃあ、おっぱじめるぞ」
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「レフカンディの罠」3
俺たちが南下を開始してほどなく、ヴィクターから砦を二つともおさえたという報告が届いた。
マチスはとっくに東へ向かっている。いまごろはちゃんと砦をおさえているだろう。万が一間に合わなかったとしても、ナイトキラーで迎撃してそのままおさえこむことができるはずだ。
目標の砦が見えてきたところで、再びヴィクターからの伝令が来た。
「親分の言った通り、砦のそばから伏兵が出た、引き続き砦をおさえながら、敵の伏兵に対処する、とのことです」
「わかった。任せる」
俺は伝令を労い、ヴィクターのもとへ帰らせる。
砦のそばか。まあ、本当に砦の中に潜んでたら、俺たちが砦をおさえた瞬間に城内戦闘になるもんな。ゲームとのずれはいろいろなところにあるし。
俺はさらに前進を命じる。そのとき、東から数騎の騎兵がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。味方だ。同盟軍の軍旗を掲げている。
俺のもとにたどりついた騎兵が、息せききって報告した。
「申し訳ありません! 砦の奪取に失敗しました。マチス隊長は重傷を負われ……」
えっ?
俺は自分の耳を疑った。
何が起こった? 援軍として出てくる敵ソシアルナイトはそんなに強い奴じゃなかったはずだ。マチスがナイトキラーを使わなかったか? いや、あいつは使える武器は遠慮なく使う奴だ。
じゃあ、何だってんだ?
「マチスに傷を負わせたのはどんなやつだった?」
「ジェネラルです……」
えっ?
ジェネラル? なんで? ハーマインが前線に出てきたのか?
「ガザック様?」
そばにいるシーダの声で、俺は我に返った。数秒間、呆然と立ちつくしていたらしい。
東からは、逃げてきた騎兵が続々と到着している。俺は前進を中断して、マチスを待つことにした。
ほどなく姿を見せたマチスに、俺は絶句した。
肩から胸にかけて鎧を砕かれ、酷い傷を負っている。血まみれだ。顔は土で汚れて髪も乱れていた。
「も、申し訳ない……」
俺の前に来たマチスは、馬の首にしがみつきながら、かすれた声で謝罪の言葉を口にした。馬から下りる余裕すらないようだ。
「さっさと後方に下がれ! レナかウェンデルに手当てしてもらって休んでろ! シーダ、こいつについていってやれ!」
俺は怒鳴ってマチスを後方へ向かわせる。
何だ、これ。
俺の知らないことが起きている。
まずいぞ。こうなったらヴィクターたちのところまで引き返すか。
だが、俺が決断するよりも早く、敵が東から姿を見せた。
仰々しい鎧に身を包んだジェネラルが、わずかな手勢を引き連れてこちらへ向かってくる。
俺は息を呑んだ。
あの鎧、マリオネスだ。
血にまみれた鋼の槍を肩に担いで、マリオネスは俺と向かいあう。不敵な笑みを浮かべた。
「早い再会となったな、海賊」
「てめえ、なんでここにいる……?」
「むろん、オレルアンでの恥を雪ぐためよ」
こいつがマチスをやったのか。再登場が早すぎるだろ。あと三、四章ぐらい後で来いよ。空気を読まないにもほどがある。
「貴様をここで討ちとって、部下たちの無念を晴らす」
マリオネスが槍をかまえる。こうなったらやるしかねえ。俺も鋼の斧を握りしめた。鉄の斧じゃどうにもならねえからな。ああもう、なんで「紋章の謎」にはハンマーがねえんだ。
そのとき、北東に黒い騎影が見えた。敵のソシアルナイトだ。2ユニット分はいる。
はっとした。マチスがやられて砦をおさえられなかったから、そこから援軍が出てきたんだ。
俺は顔を真っ赤にして、手下たちを振り返った。
「てめえらは敵の騎兵を阻止しろ! ヴィクターたちと合流して、絶対に食い止めろ!」
ヴィクターたちの近くにはニーナがいる。レナ、ウェンデル、リカード、バヌトゥといった非戦闘員もだ。シーダと重傷のマチスもそこへ向かっている。
ニーナたちがやられたら、俺たちは本当に終わりだ。
不意に、鉄の色をした何かが俺の頬をかすめる。マリオネスが槍で突いてきたのだ。
「よそ見をしている余裕があるのか?」
血がべっとりと左顎を染める。
俺はマリオネスを睨みつけながら、手下たちを怒鳴りつけた。
「さっさと行け!」
手下たちは俺の命令を果たすべく、駆け足でソシアルナイトのところへ向かった。
敵の援軍は確か六ターン続くんだったか? 手下たちもそれなりに強くなっている。それに海賊とハンターの組みあわせだ。だが、もたせることができるだろうか。
槍と斧がぶつかりあって火花が散った。海賊とジェネラルが正面から斬りあうたあな。「三すくみ」だけでいいから今この瞬間に実装されてくれねえかな。
マリオネスの槍が、俺の腕や足を斬り、突く。血と汗が混じって飛んだ。まだ軽傷だ。俺も斧を振るってマリオネスの鎧をへこませ、わずかな隙間に斬りつけて傷を負わせる。手が痛くなるほど硬え。
戦いは長引きそうだった。だが、ものは考えようだ。
ここでマリオネスをおさえておけば、ヴィクターたちが何とか体勢を立て直す。そう思いたい。
俺が攻め、やつが耐える。やつが攻め、俺が避ける。
やつの槍をまともに受ければおしまいだ。それがわかっているから俺は慎重になる。おたがいに浅傷しか負わせることができず、俺の体には槍による傷がいくつもできたが、やつの鎧も傷だらけになっていた。
マリオネスが笑った。
「やるな」
「褒めても、くれてやるものはこの斧以外にねえぞ」
「私も、貴様の命以外に求めるものはない。だが、あまり時間をかけてもいられないのでな」
マリオネスは後ろに控えている部下に「やれ」と、命じた。部下がラッパを吹く。何だ? 援軍をここに集める気か?
南側に、敵の影が現れる。今のラッパを聞いてやってきたんだろう。タイミングから考えると近くにいたようだ。こちらへ向かってくるその姿を見て、俺は驚愕した。
ジェネラルだ。
「マリオネス殿、手こずっているようではないか」
「いや、ハーマイン殿。さすがこの男、手強い。海賊といって侮れませんぞ」
近づいてくるジェネラルと、マリオネスが親しげに言葉をかわした。
ハーマインだと? こいつ、城を開けてきやがったのか!?
その瞬間、俺の脇腹に強烈な熱が走った。体の半分をごっそり持っていかれるような激痛に俺は絶叫する。意識が一瞬飛んで、手足が痺れた。脇腹をおさえながら俺は後ずさる。マリオネスが、血に濡れた槍をかまえて言った。
「隙は見逃さんぞ」
俺はくらくらする頭でマリオネスを睨みつけたが、声が出てこなかった。喉はからからなのに、全身から汗が噴き出ている。呼吸が落ち着かない。傷口からの血も止まらない。
「この海賊が、オレルアンであなたを苦しめたという男か」
俺との間合いを詰めながら、ハーマインが言った。
「そうだ。本音をいえば私の手で葬ってやりたい。だが、大将首には違いないし、戦場では何をおいてもまず勝つことを優先すべきだろう。手伝っていただきたい」
そういうことか。俺はすべてを理解した。
撤退したマリオネスは、ハーマインにかけあって、自分も罠に加わることを提案したんだ。
もともとマリオネスは、城内に敵が入ってきても冷静に対処できるやつだ。ハーマインの作戦に興味を示すのはおかしい話じゃない。
「お前んとこのミネルバは、この作戦にいい反応を示さなかったんじゃねえか?」
俺は激痛に耐え、必死に声を絞りだして、挑発気味にマリオネスに聞いた。
「学のない海賊とはいえ、殿下を呼び捨てにするとは何ごとだ」
マリオネスは怒ったように顔をしかめる。
「お前のような者でも知っている通り、たしかに、あの方は堂々たる戦い方を好まれる。だが、あの方はそれでよいのだ。ミネルバ殿下がそのような戦い方をされるからこそ、あの方に続いて戦場を駆けるとき、我々の士気はこの上なく高まり、我々はどこまでも勇敢になれる」
ハーマインがため息をついた。マリオネスはその反応を笑って受け流す。
「ハーマイン殿はグルニアの将だからな。わかってもらえぬのは残念だが仕方ない。だが、こうして私があなたの策に協力したことで、水に流してもらえぬか」
「むろんだ、マリオネス殿。私もグルニアの将として、カミュ将軍やロレンス将軍に求めているものがある。しかし、ミネルバ王女はよい部下を持ったものだ」
同感だぜ、ハーマイン。
マリオネス、お前すげえできるやつだよ。何その気遣い。部下に欲しい。
しかし、俺の挑発はまったく意味がなかった。マリオネスが怒って隙ができるかと思ったのだが、全然見当たらねえ。
ハーマインが銀の槍で突きかかってくる。俺はそれをかろうじてかわした。その拍子に傷口から血が流れて、地面を濡らす。まずいな、体が上手く動かねえ。
もちろんマリオネスも攻撃の手を緩めない。俺は二方向から迫る槍を斧で弾き返し、あるいは避けて、必死に持ちこたえた。だが、反撃する余裕が全然ねえ。
「はあっ!」
ハーマインが鋭く踏みこんできた。銀の槍が、俺の左肩をえぐる。頭の中に、ライフゲージが一気に減る光景が浮かんだ。
俺はよろめいて、足をふらつかせながら後退する。自分でも倒れていないのが不思議なくらいだった。
痛みで頭が全然回らねえ。どうする? どうすれば勝てる? 必殺が出れば勝てるか? 無理じゃねえかな、鋼の斧だし。全部回避して全部必殺出せばいけるか? 乱数でもいじる気かよ、この世界で。そんな技術もねえくせに。駄目だ、混乱してる。
ここで死ぬのか。
俺は絶望した顔でマリオネスとハーマインを見た。
まあ。海賊ガザックなんだから、こんなもんじゃねえか。一章のボスが、五章と六章のボスをまとめて相手にしてるんだぜ。
ゲームではマルスが死んだらゲームオーバーになるが、俺が死んだらどうなるのかな。やっぱりゲームオーバーか。マルスの場合はシーダが悲しんでメッセージが流れるが、俺の場合はどうなるのかな。
「ガザック様!」
遠くから、シーダの声が聞こえたような気がした。やっぱりシーダがそういう役目なのか。
いやいや、俺とシーダってそういう関係じゃねえだろ。幻聴か。俺の脳が、こういう時はやっぱシーダでしょとか思って、脳内物質とか使ってそんな声を……。
「ガザック様!」
もう一度、シーダの声が聞こえた。かすかにペガサスの羽ばたきも。
幻聴じゃない……?
意識が覚醒する。どうやら俺は半分意識を失って朦朧としていたらしい。体中が痛い。脇腹と肩は特に痛い。燃えるように熱い。なんで立ってられるのか自分でも不思議だ。
足には地面を踏む感触がある。手には斧の柄の感触がある。マリオネスとハーマインはどこかあらぬ方向を見ている。俺は空を見上げた。
一騎のペガサスが、全力で羽ばたいてこっちに向かってくる。
その背に乗っているのはシーダだった。何か不気味で呪われた感じの斧を、両手で持って。
シーダがその斧を、俺に向かって投げる。俺は手を伸ばして、それを――デビルアクスを受けとった。
その瞬間、紫色の瘴気が俺を包み、体から一切の痛みが消え失せる。そして、強烈な闘争本能が俺の中に湧きあがった。さあ俺を振るえ、血を吸え、肉を喰らえと、この世ならぬものの声がする。
「黙れ」
俺は一声でそれをおさえこむ。お前を使うのはこの俺だ。出しゃばるんじゃねえ。
俺はマリオネスに向き直る。口から血とともに熱い息を吐きだした。
あれから俺は自分のステータスを見ていない。今でも幸運が1なら、五分の一の確率でデビルアクスは俺に牙をむく。だが、こいつを使わなかったとしても、このままでは俺は死ぬ。
だったら。
「ぐがぁぁぁぁ!」
俺の口から、獣の咆哮みたいな声が飛びでた。
体は思った通りに、いや、それ以上に動いた。一息でマリオネスとの間合いを詰める。マリオネスが槍を繰りだした。それは俺の腕をかすめたが、俺の動きを鈍らせることはなかった。
俺の振るった斧は、マリオネスの肩口に突き刺さり、傷をつけるのさえ苦労していたあの鎧を叩き割り、肉と骨を砕いて深くえぐり抜いた。傷口から噴き出した血が、マリオネスの鎧を赤く染めた。マリオネスは動きを止め、血を吐きだした。
「くっ……貴様ら……」
マリオネスは俺を睨みつけたが、すぐに笑みを浮かべた。
「見事な一撃だった」
マリオネスがぐらりと傾く。デビルアクスがやつの体から抜けた。
マリオネスは仰向けに倒れた。地面に血が広がっていく。その手から槍が転がっても、その体はぴくりとも動かなかった。
俺は顔を上げて、ハーマインを見る。
ハーマインは、いままさに俺を銀の槍で突こうとするところだった。
その光景が、なんでかスローモーションになって、やたらとゆっくり、はっきり見えた。だからって俺が早く反応できてるわけじゃねえ。腕が上がらねえし。あれだ、アドレナリンがどばどば出ると、こんなふうに見えるんだっけ。
マリオネスを倒した直後で、俺は隙だらけ。さすがにこれはどうしようもねえ。今度こそ、俺は死を覚悟した。
そのとき、ハーマインの背後にシーダが回りこんだ。ペガサスを急旋回させて。空中から。
馬鹿。お前、武器なんて何も持ってねえだろ。
「小癪な!」
ジェネラルだけあって、ハーマインはその動きに気づいた。体勢を変え、振り返って銀の槍を突きだす。
ぱっと、鮮血が花火のように舞った。
シーダが、ペガサスの首に倒れこんだのが見えた。
「余計な邪魔が入ったな、今度こそ……」
ハーマインがこちらに向き直る。
その時には、俺はハーマインの目の前まで踏みこんでいた。
「ひっ!?」
俺を見たハーマインが悲鳴を上げた。顔を真っ青にして。
デビルアクスはハーマインの頭部を両断した。肉と骨と脳漿を吹き飛ばし、血をぶちまけながら鎧ごと胸のあたりまでを切り裂いて、やっと止まった。
マリオネスの時とは違い、デビルアクスがその体に刺さったまま、ハーマインは倒れた。俺はやつにかまわず、ペガサスに……シーダに歩み寄る。
まだ生きてる。
「運の強いやつ……」
俺はシーダをペガサスから下ろして両手で抱きあげる。マリオネスの手勢を睨みつけた。
「ここで死んでいくか?」
そう言ってやると、やつらは武器を放り捨てて我先にと逃げだしはじめた。
南から、ソルジャーの一団がこちらに向かってくるのが見えた。ああ、城の西の砦に潜んでいた連中か。
俺は息を吸いこむと、空に向かって大声で叫んだ。
「マリオネスもハーマインも死んだ! 後を追いたいやつだけここに来い!」
結局、敵の兵士がここにやってくることはなく、レフカンディでの戦いは終わった。
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「レフカンディの罠」4
シーダはリブローで応急手当をした後、近くの砦に運んだ。服を着替えさせて体を拭く間に、一番広い部屋にベッドを運ばせ、そこに寝かせる。
「ひどい傷でしたが、一命は取り留めました」
レナがそう言ったので、俺はようやく安心した。それが夕方の出来事だ。
俺はシーダのベッドのそばに椅子を置いて座っている。さすがに俺の手当てももうすんで、服も着替えていた。戦後処理はいい機会だからニーナに押しつけた。半日やそこらは様子を見てもいいだろう。
シーダが目を覚ましたのは、日が沈んでだいぶ時間が過ぎた頃だった。シーダは何秒間かぼんやりと天井を見ていたが、俺に気づいてこっちを見た。
「ガザック様……」
こいつが目を覚ましたら、きつく叱ってやる。そのつもりだったのに、俺の口からはそういった言葉がひとつも出てこなかった。俺らしくねえ。いや、疲れてるせいだ。
「戦には勝った」
ようやくそれだけを言った。シーダは微笑を浮かべた。
「おめでとうございます……」
「俺も無事だ。お前のおかげでな。だが、あんな真似は二度とするな。わかったか」
「気をつけます」
「わかりましたと言え」
「……わかりました」
シーダはわずかに首を動かして頷いた。俺は何だか腹が立ったので、毛布の上からシーダの股間を軽くつついてやる。
シーダが微妙な顔になったのを確認すると、立ちあがった。
「ゆっくり休め。俺はまだまだお前を抱き足りねえんだ」
そこでもう立ち去ってもよかったはずだが、どうにもすっきりしない。シーダを見下ろして、言った。
「……ありがとよ」
礼の言葉一つにどれだけ時間をかけてるんだ、まったく。ガキか。
シーダの顔は見ず、俺は足早に部屋を出た。
外で待機していたレナが、俺を見た。
「シーダ様は?」
「目を覚ました。後は任せる。応援はいるか?」
「私一人で大丈夫です。ウェンデル様はニーナ様のお手伝いをしてらっしゃいますから。ガザック様も休んでください」
レナと別れて、俺は一人で廊下を歩く。さすがに今日はまいった。まだ体中が痛え。
デビルアクスはウェンデルのジジイに預けた。あの時は勢いで何とかしたけど、ぶっちゃけあれ怖い。意識乗っ取り系の武器じゃねえか。そんなとこまでベル○ルクを真似なくていいんだよ。
いっそ捨てようかとも思ったが、二度と手に入らねえし、よくある怪談みたいに俺の部屋に勝手に戻ってきそうな気もするし、ウェンデルのところに置いておくのが一番だ。あれが必要になる時は二度と来ないでくれ。
俺は自分の部屋に入ると、ベッドに転がる。礼を言えたからだろう、いくらか気分はすっきりしていた。
俺は、すぐにいびきをかいた。
数日が過ぎて、シーダはすっかり回復した。もうペガサスに乗って空を飛ぶことも問題なくできる。胸のあたりに傷跡は残っているが、それもいずれは消えるだろうというのがレナの見立てだ。もちろん俺も回復した。海賊らしく肉を食いまくったからな。さすがに傷が痛くて女を抱くことはできなかったが。
ニーナは戦後処理をまあまあ頑張ったが、やっぱりと言うべきか未処理の案件がそこそこ残った。俺はハーマインが使っていた城に拠点を移し、執務室の椅子に座って、シーダに手伝わせながらそれらを片付けた。
「そういや、聞きたかったんだが」
書類仕事を終えた後、俺はじろりとシーダを睨みつけた。
後で知ったことだが、シーダは派手にやられたマチスの姿を見て、すぐに異常事態だと認識したらしい。途中までしかマチスに同行せず、遠くにヴィクターたちの姿が見えたところで、俺のもとに引き返したのだそうだ。
「お前、なんで体を張ってまで俺を助けた?」
デビルアクスを投げたのはいい。いや、あれも冷静に考えると、瀕死の人間に斧をぶん投げるのはどうかと思うが。まあ非常事態だったし、あれはいいんだ。
だが、ハーマインの背後に回りこんだのは理解できねえ。
「そこまでする理由はねえだろ。お前からしてみれば、俺にはせいぜい苦しんでくたばってほしいはずだ」
シーダは俺に睨みつけられても怯まなかった。自分の胸に手を当てる。思いを言葉にしようとしているように見えた、というのは気のせいだろうか。
「きっと、ガザック様のことを信じているからです」
俺はかなり間の抜けた顔をしたと思う。
レナも、この前そんなことを言ってたな。何考えてんだ、こいつらは。目にハートとか浮かんだりしてねえだろうな。うん、してねえ。
じゃあ、俺たちのこの関係で、なんで信じるだのという言葉が出てくる?
困惑していると、シーダは続けた。
「ガザック様は、タリスをお父様に任せるという約束を守ってくれました。もしもガザック様が死んだら、タリスが再び脅かされることくらいは私にも分かります。私が死んでも、ガザック様はきっとタリスを守ってくれるということも」
俺は眉間に皺を寄せて、少し考えこむ。
間違ってはいない。少なくともここで俺が死んだら、結成されたばかりの同盟軍は消えちまう。ニーナに海賊や山賊を統率できるわけがねえ。そうなれば、ドルーアはオレルアンとタリスに兵を向けるだろう。
そして、同盟軍として動く以上、タリスは大事な支援拠点だ。守るのは当然だ。
俺のことを信じている、っていうのは、そういうことか。
「ただ……今申しあげたことが本心なのは間違いないんですが、後になって、冷静になってから考えたことです。あの時の私は、とにかくガザック様を助けないと、何とかしないと、ってそのことだけを思っていました。自分でも不思議に思うくらい……。レナとニーナ様から、どうしてあんな無茶を、って叱られて……」
俺は慌てて気を引き締める。
ちょっといま、勘違いしそうになった。
こんな美少女が自分を助けるためにそこまで命懸けで必死になったとか、惚れちゃうだろ。
こいつが天然の説得上手だって知らなかったら。
「紋章の謎」をやりこんでいたころ、俺はシーダの説得について考えてみたことがある。あれだ、強さ議論をクソ真面目に考えたりするのと同じ感じ。
DSの新・紋章の謎でマイユニに「そ、そんな説得の仕方を……」と呆れさせていたあたり、公式からもネタ扱いだが、しかし考えてみてほしい。
寝返ったということは、どんな言い回しだろうと、その言葉が相手に届いたということだ。相手を突き動かすものだったということだ。
たとえばカシム。あいつの台詞から寝返った理由を並べると「裏切りを不問にしてもらった」「金をもらった」「母親を気遣ってもらった」の三つだ。エンディングでも親と一緒に暮らしていると書かれるあたり、家族思いなのは間違いないんだろう。だからこそ、シーダの説得は刺さった。
次にナバール。あいつの場合は「命を賭けてまで俺を欲しいというのなら」だ。以前に言ったようにただの女好きのかっこつけの線も捨てちゃいないが、誰かに雇われるなら、お前の剣の腕がほしいと身体を張って意思表示してくれる、それぐらいの相手じゃないと、自尊心が許さなかったのかもしれない。
FC版だが、ロジャーの場合は「友達が欲しいから」だった。シーダと一対一でおしゃべりができたってことは、ロジャーはぼっちだったってことだろう。親が死んで恋人もおらず、国を裏切るのは嫌だってだけで、好きで戦ってるわけでもなく、寂しさを募らせていたわけだ。
たぶん、シーダは相手が求めているもの、それを持ちだされると弱いというものを、直感でつかみとれるんだろう。
以前、そういうやつを見たことがある。小一時間ほど話しただけで、こっちの好みとか、求めているものをほぼ正確につかむやつ。
シーダもそういうタイプだと思う。
ただ、こいつが分かってないことがある。
俺は立ちあがると、シーダを正面から見据えてその胸を両手で掴んだ。今のこいつは金属製の胸当てをつけてないからな。最初の時より大きくなったかな? うわははは。
「な、何をなさるんですか……?」
シーダは羞恥に顔を赤くしながらも、健気に耐えて逃げようとはしない。俺はむにむにとその感触を楽しみながら言った。
「あのな、お前が死んだら駄目なの。まずいの。えらいことになるの。分かる?」
シーダはふるふると首を横に振った。乳首擦ってやろうかこいつと思ったが、ちょっと真面目な話になるので手を止めてやった。シーダはほっと息をつく。いや、手はまだおっぱいから離してねえよ?
「お前さ、親父に愛されてるだろ。タリス民にも」
こんな状況でも、さすがに正面から褒められると照れるのか、シーダはうつむいてこくりとうなずいた。
「タリスが俺たちを支援しているのは、もちろん俺のためじゃねえ。ニーナのためでもねえ。お前がいるからだ。お前がもし死んだら、タリスはその怒りを当然俺にぶつけてくる」
オレルアン王を、俺は思いだした。ハーディンを殺した俺を恨み、あの短い期間で反乱軍を組織してみせたあのジジイ。あいつでさえ、あれだ。
俺はタリスを焼き(細かいこと言うと、焼いたのは俺が目覚める前のガザックだが)、多くの要求を押しつけ、シーダを妾妃として奪った。
俺がタリス王の立場なら、こいつはただ殺すなんて生ぬるいって思うね。頭から皮を剥ぎとり、足からは一寸刻みに肉を削ぎ、長い時間をかけて死に至らせるとかやるね。蒼○航路みたいに。
あいつ、ロレンスの力を借りてとはいえ、戦いを重ねてタリスを統一した豪傑だろ。グルニアに味方して、軍の先頭に立って剣を振りあげて向かってくるとかやりかねねえぞ。
「たしかに、俺にとってもタリスは大事だ。手荒な真似はしたくねえ。だが、そのタリスが反旗を翻したら、力ずくでおさえつけなけりゃならねえ。オレルアンがタリスに呼応したらまずいから、容赦はできねえ」
再び派手に燃やすことになる。
「分かるか? タリスが大事なら、お前は万が一にでも死んだら駄目なんだ。そうなったら、どうにもならねえ。あの戦いでは、お前が駆けつけてくれたから助かった。お前がいなかったら死んでいた。それは間違いねえ。だが、今度からは俺が死にそうでも放っておけ」
あれ、これ考えてみるとけっこうハードじゃね。
マルスだったら、たとえシーダが死んでも、エンディング時に会話が変わるだけだ。マルス以外は誰が死んでも先に進むことができる。
俺はそうじゃねえ。
うん、一度真剣に考えないとまずいかもしれん。勝利条件が違う。
「ですが……」
シーダがまだ何か言おうとしたので、俺は自分の口でこいつの口をふさいで黙らせた。甘い匂いが漂ってきて股間がうずいた。
今日はもういい。明日明日。
俺はシーダの胸から手を離すと、すばやく抱きあげた。
「決めた。いまから夜明けまでお前を可愛がってやる」
「こ、こんな明るい内からですか」
「夜にならないと濡れないわけじゃねえだろう」
俺たちは部屋を出て、寝室へと向かった。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 海賊 カシム
レナ ヴィクター 戦士
戦士 マチス ニーナ
リカード ウェンデル バヌトゥ
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「港町ワーレン」1
ワーレンが見えてきた!
港町ワーレン! おお、ワーレン!
ついに来たぞ! この日をどんなに待ち望んだか!
「楽しそうですね」
上機嫌に鼻歌を歌ってる俺を見て、ニーナが呆れたように言った。お前、この町がどれだけありがたいのか分かってねえな?
「そりゃあ楽しくもなるさ。ようやく悩みのいくつかから解放されるんだからな」
俺を苦しめているものはたくさんあるが、その一つに傷薬&ライブ問題がある。
同盟軍の主力は海賊と戦士(元山賊)だ。言ってることがおかしいというか悲しいが、事実だ。
そしてこいつらは力こそ強いし守備力も案外あるが、技も速さも移動力もお粗末すぎる残念なユニットだ。しかも使える武器は斧だけときてる。
こいつらで戦い抜くのに、傷薬とライブは欠かせない。が、傷薬はとっくに使いきり、ライブももう残りわずかでリブローを使い潰すつもりで戦うような状況だった。
それが改善される!
もう一つはユニットの問題だ。
今言ったように偏りすぎなんだよ、うちは。なんで七章まで来てるのに主要メンバーが斧使いばっかで剣を使えるのがマチスとシーダしかいねえんだ。FEって剣があってなんぼでしょ!?
でもってシーダは万が一の事態が怖くて前線に出せねえ。リカード? あいつも前線無理。弱くて。
ようするに剣の使い手はマチスしかいなかったんだが、それも昨日までの話だ!
さあシーザ君とラディ君おいでー!
ワーレンに着いてもシーザとラディが姿を見せなかったのでこっちから呼びかけたら、次のような返事をいただいたでござる。
「俺たちは傭兵だ。雇い主を選ぶ自由がある」
ふ、ふーん! ふーーーーん!
いいもん! けっ! 別にお前らなんて全然ほしくなかったもん! (オグナバがいないから)傭兵枠にちょうど空きがあったのに残念だなー! とっても残念なことをしたなー!
あとでやっぱ雇って、って言ってきても聞いてやらないもんねーーーー!
くっそ泣きたい。最悪の予想が当たっちまった。ハーディンたちがあんなだったから、もしかしたら、って思ってたが、本当にそうなるとはな。
傭兵っていやオグマは今頃どこでどうしてるんだろうか。ナバールは殺したからいいとして、オグマは絶対に俺の首を狙ってると思うんだよな……。タリスからは何の連絡もねえし。
まあいい。考えるだけ無駄だ。
幸い、グルニア軍はまだこっちに向かってきていないようだ。さっさと次の手を打とう。
俺はシーダとレナを呼んで、あることを命じた。
翌日、ワーレンの目抜き通りを、一台の馬車がどんがらどんがらドンツクドンツクいいながら通っていた。
もちろん俺である。手下の中で楽器がいじれるやつにラッパや竪琴を使わせ、俺自身は幌を取っ払った馬車の上にでっかい椅子を置いて、そこに座っていた。シーダとレナをはべらせて。
シーダとレナはそれぞれ胸元が大きく開いた安物のドレスを着て、かつらをかぶり、顔にはけっこう厚めの化粧をしている。ドレスには工夫をして、尻も強調できるようにしてあった。変装だ。この変装で魅力が3割ぐらい落ちているんだが、変装なんだからそれでいい。
こんなふうにやかましくしながら練り歩いていると、ワーレンの住民がなんだなんだと集まってきた。そこで声のでかい手下がこう言った。
「我々はドルーアと戦っているアカネイア同盟軍であーる! 新たな兵を募ることにしたのでそれを知らせに来たのであーる!」
俺はシーダとレナの腰を両手で抱えて立ち上がり、集まってきた連中を見回した。
「いいか! 戦場というグラウンドにはゼニが落ちている!」
正義だの何だのなんてのは、ニーナに任せりゃいい。
「俺にも手柄をたてる機会があれば! 活躍できる場所さえあれば! いままで生きてきて、一度でもそう思ったことはないか!」
ちょっと恥ずかしくなってきたので、いっそう声を張りあげる。
「機会をやる! 戦場だ! 場所をやる! 戦場だ! 武勲をたてればお前は多くのものを得られる! 仲間の賞賛! 金! 女!」
ここで俺はシーダとレナを抱き寄せてささやいた。「愛想笑い、愛想笑い」。
シーダとレナは作り笑顔で住民たちに小さく手を振った。上出来だ。媚びた笑顔とか投げキッスとか、まあこいつらには無理だしな。俺は声を張りあげた。
「だが、何よりも名誉が手に入る! 俺はこれだけのことを成し遂げた! そう誇ることができる! 親に、兄弟に、先祖に! もう一度言おう。グラウンドにはゼニが落ちている!」
違った。戦場だ戦場。俺は間を空けると、静かに言った。
「正義を信じて戦う。それはけっこうだ。素晴らしいと思う。だが、それ以上に、自分の誇りのために戦う人間を俺は肯定する。――以上だ。俺たちは同盟軍の宿舎で待っている」
椅子に座り直して御者に出発を命じる。
つい調子に乗ってしまった。何だ、誇りって。いかにもエロそうな格好の女をはべらせておいて誇りもくそもあるか。
もうちょっと欲望を煽る方向でいくつもりだったんだが……。ネタ元に引きずられすぎたか。傭兵のバイブル『ホー○ウッド』です。
今頃、町の反対側ではニーナが演説をしているはずだ。
こっちはアカネイア陥落時の悲惨な状況を切々と訴え、親を失ってつらい逃亡生活を続けていた可憐な王女という部分をとにかく強調し、正義と義憤で胸をいっぱいにしやすい人々へ呼びかけました。顔とスタイルはいいからな、ニーナは。ポンコツ具合も短い時間なら隠せるだろう。
そうして人通りのないところに出ると、俺はシーダとレナを解放した。
「ご苦労さん。疲れただろうからお前らは宿舎に戻って休んでろ」
「疲れてはいませんが、化粧がべとべとするのが少し……」
シーダが頬に手を当てる。レナも苦笑した。
「化粧をしたことはありますが、こんなに濃い化粧ははじめてです」
「水じゃなかなか落ちねえから、湯を沸かしてタオルを絞って拭け」
俺は馬車から降りると、何人かを連れて闘技場へと向かった。
「ここは闘技場だ。かけ金は1120Gだがやってみるかい?」
それ最高レベルの敵が出てくる数字ですよね?
しかし海賊は戦士と同じ扱いなのか。まあいいや。
「そういう話をしにきたんじゃねえんだ。冷やかしでもねえぞ」
俺は眼帯をしたおっさんに言った。
「ここの剣闘士で、使いにくい、使いものにならないやつがいるだろう? そいつらのリストがあったら見せてくれ」
闘技場なら、そういうやつがいるはずだ。
たとえば年をとりすぎて活躍できなくなったやつ、体に故障を抱えて全力を出せないやつ、特定の才能はすごいがそれ以外がてんでダメで、総合的に使えないと烙印を押されたやつ……。
そう、マネーボールを俺は実践させてもらう!
「あんた、奴隷商人か?」
眼帯の男はうさんくさそうな目で俺を見た。俺は笑って言った。
「海賊で軍の指揮官だ。まあ似たようなもんだな」
「へえ。よっぽど人がいねえんだな、あんたの軍は」
ともかく、眼帯の男はリストを見せてくれた。
すげえな。アーマーナイトにソシアルナイト、傭兵、魔道士、戦士に盗賊……。おおお、パラディンに司祭、ドラゴンナイトに蛮族までいやがる。
とはいえ、俺たちもそんなに金はねえからなあ。あと性格も考慮したい。金のために割り切って戦ってくれるやつが一番望ましい。俺に逆らうやつは駄目。
「この氷竜はどうだ? 兵士五十人分は食うが、五十人分の働きをするぞ」
「性格はどうなんだ? 人間に懐くのか?」
眼帯の男がさかんに勧めてくるので、俺は肝心な点を聞いた。気性が荒くて暴れるようなやつは置いておけねえ。
「人懐っこいぞ」
「どれぐらい?」
「すぐに飛びかかってくるぐらいだ。世話係が何人か死んでる」
「いらねえ」
俺たちは値段も含めた交渉を重ねて、商談を成立させた。
アーマーナイトのエイブラハム、魔道士のエステベスを俺は買いとった。エイブラハムは中年で、技と守備力はそこそこだが、力と速さが壊滅的というだめなやつだ。
エステベスは力もHPも高いが、速さも技も絶望的で、何より物覚えが悪くてファイアーとサンダーしか使えない。しかも話を聞くかぎり、二人とも成長率はジェイガン級っぽい。だが、いないよりはいい。
よし、これで戦力の増強ができたでえ!
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「港町ワーレン」2
宿舎に戻ると、ニーナも帰ってきていた。シーダとレナと何やら話していたが、俺の顔を見ると笑顔でまくしたてた。
「私、今日ほど感動した日はないかもしれません。はじめるまでは正直不安でしたが、私の演説をあれだけ多くの人に聞いてもらえて……。最後はわあっと歓声まであがって」
ニーナは目を潤ませて喜んでいる。俺はにやりと笑った。
「言っておくが、サクラを混ぜてたからな」
「サクラ?」
「民衆のふりをした盛りあげ役だ」
俺の言葉に、さきほどまでの笑顔はなくなり、ニーナは見る見る落胆した顔になる。レナとシーダが非難がましい目で俺を見た。
「もう少し言い方があると思いますが……」
「そんな手を使わずとも、ニーナ様なら多くの人を感動させることができたと思います」
「確実に勝つために手段を選んでられねえんだよ、こっちは」
それに、どう言い繕おうがサクラはサクラだろうが。
俺はそう言おうとしたが、打ちひしがれているニーナを見て、さすがに気の毒になったのでやめた。
「ええ、そうですね……。所詮私は神輿。実績など何もない、ただ逃げまわっていただけの小娘……。そんな人間の言葉に耳を貸す者なんて……」
俺はレナに視線を向けた。こういう時こそシスターの出番だろう。だが、レナは俺の視線に気づくと顔を背けた。くそっ、今夜を楽しみにしてろよ。
俺はため息をついて「おい」とニーナに言った。
「言い方が悪かった。サクラってのは成功する可能性を高めるものでしかねえ。失敗するときはするんだ。歓声まで上がったっていうなら、お前の訴えはそれなりに届いたんだろうよ。悲観することはねえ」
「……あなたに慰められる日が来るとは思いませんでした」
ニーナは苦笑した。立ち直りが早くなったな。けっこうなことだ。
「それで、演説でちゃんと言ったろうな。タリス、オレルアン、それからマケドニアにカダイン」
俺が確認すると、ニーナはうなずいた。
「はい。我々にはタリスとオレルアンがついている。マケドニアやカダインの民で正しい志を持っている者も我が旗に集っていると……。でも、いいのでしょうか」
俺はレナに歩み寄り、その腰をつかんで引き寄せた。
「こうしてちゃんといるんだから何も問題ねえさ。次はシーダとレナにそれぞれ演説をやってもらいたいところだが……」
ただ、そろそろ時間切れだろうな。
そう思ったとき、兵士が報告に来た。
「西の砦にグルニアの大軍が集結しているとの知らせです! この町は包囲されています!」
兵士の報告から少し遅れて、ワーレンの町から通告が来た。要約すると「お前ら、とりあえず出てって」というものだ。
俺たちを追いだすことでグルニアの機嫌を取り、かつ俺たちとグルニア軍をぶつけ合わせて自分たちの安全を確保しようってか。
俺は「俺たちが追い払ってやる」という返書を持たせて兵士を走らせる。それから主だった連中を部屋に集めた。今回はリカードやウェンデルも呼んだので、かなりの大所帯だ。
机の上に地図を広げた。もうおなじみの光景だ。
「この町の西側の入り口。この門で敵を食い止める」
兵がある程度育っていれば、マップ中央の山あいで食い止めるんだがな。とりあえずアーマーナイトのエイブラハムの能力を見るとしよう。
「その間に、俺と手下たちで海をわたって、北東の城を襲う。シーダは俺についてこい。方角確認と周囲の警戒だ」
海には海賊しかいないはずだし、近づけさせなけりゃ問題ねえだろ。
「門を守るのはエイブラハムにやらせる。ヴィクターたちは門の近くで待機。エイブラハムの援護だ。敵が撤退したら追撃しろ。アイルトン、カシム、マチスもだ。エイブラハムを支えるのはウェンデルに任せる。いいか、こいつは籠城戦だ。耐えろ。飛びだすな」
厳命する。下手に動けば囲まれて死ぬ。それだけの大軍だ。魔道士のエステベスと、念のためにバヌトゥも待機させるか。後でバヌトゥだけ呼んで、いざとなったら火竜になってもらうよう言っておこう。
「ニーナは安全なところから戦場を見ていろ。入り口そばの城壁の上あたりがいいな。矢が近くに飛んできたら下がれ。レナはニーナのそばにいろ」
「私が戦場に立っているところをワーレンの人々に見せようということですか?」
へえ、少しは察しがよくなったじゃねえか。まだ甘いが。
「それと、予行演習だ。パレス奪還戦に向けてのな」
パレス奪還という言葉に、部屋の中の空気が変わった。ニーナが緊張した顔で俺を見る。
「分かりました。頑張ります」
あ、分かってねえ。俺はレナに言った。
「少しでも危ないと思ったら、このポンコツを殴ってでも下がらせろ。予行演習で怪我とか御免だからな」
「おいらは?」
リカードが聞いてきた。
「お前は町の中で噂を流せ。同盟軍がグルニアの大軍を撃退するってな。敵の数を五倍から十倍ぐらいにふくらませろ。あと、暇そうな吟遊詩人を見つけてこい。有名なのは金にうるさそうだからパス。無名で上手い奴を見つけてきたら小遣いを弾んでやる」
リカードは目を輝かせてうんうんと頷いた。オレルアンでもそうだったが、こいつは戦闘以外のこうしたことを割と器用にこなす。拾いものだ。
ニーナが不安そうな顔で聞いてきた。
「吟遊詩人を集めて何をするつもりですか?」
「決まってるだろ。健気で勇敢なニーナ姫がグルニアに立ち向かうってのを歌にして流行らせるんだよ」
民間レベルで味方を作ってやる。
「そんなニーナ姫を支えるのは、ペガサスを駆る可憐なタリスの王女と思慮深いマケドニアのシスター。これで行け。男は綺麗な女に弱いからな」
ニーナとシーダとレナは唖然とした顔で俺を見た。
ヴィクターとアイルトンとリカードが腹を抱えて笑い、カシムはシーダに遠慮してか、笑いを必死にこらえている。ウェンデルのジジイでさえ苦笑していた。マチスだけは「思慮深いかねえ。強情なだけじゃないか」とか言ってレナに睨まれていた。
軍議を終えて解散したあと、俺はニーナを呼びとめた。
「俺がいない間に、お前にやっておいてほしいことがある。このワーレンのまとめ役は知ってるな?」
「評議会のことですか?」
ワーレンを運営しているのは、数十人の裕福な商人たちで構成された評議会だ。
「やつらに資金を出させろ。グルニア軍と戦う前に会う約束を取りつけて、勝った後に会うんだ。下手に出る必要はねえ。飯でも奢らせて、いま俺たちに協力すれば見返りはでかいと言ってやれ」
ニーナは不思議そうな顔で俺を見た。
「いつも、勝つことが前提になっているのですね、あなたは」
「負けた後のことは考える必要がねえからな。やり方は任せる。頼んだぞ」
「努力してみます」
さっきの言い回しを反省したのか、ニーナは笑って頷いた。
「紋章の謎」では、味方ユニットに海賊がいない。そのため、この章をクリアする手は二つ。
マルスをワープで敵将カナリスのそばに送り、ぶちのめして攻略。
グルニアの大軍を蹴散らして陸地を前進して攻略。
だが、俺たちは海賊だ。第三の手がある。
というわけで、海に出た。
シーダを偵察に使って、まず沿岸にいる海賊を襲う。手斧を投げまくって掃討し、銀の斧を手に入れた。
おお、銀の斧! デビルアクスに次ぐ海賊必携の武器! だけど第一部じゃここでしか手に入らないオンリーワンの武器よ! そりゃ斧がこんな扱いじゃバーツだってぐれるわ!
感激して銀の斧を撫でまわしている俺を、シーダが不気味なものを見る目で見ていた。銀の槍を使えるお前には分かんねえよ。
そして、俺たちは再び海を突き進んで、北東の城に着いた。これにはカナリスもびっくり。
「お、お前達、どうしてここまで……」
「海を渡ってきたに決まってんだるぉぉぁぁ!」
これだよ、これ! 俺が望んでいたのは! レフカンディでは死にそうな目にあったけど、オリ主が転生したんだからこうして原作知識を活かして圧倒するべきなんだよ! ガハハハハ!
「くそ……もはやこれまでか!」
カナリスは銀の槍を持つアーマーナイトだが、一撃さえ耐えればあとはこっちのもんだ。ハイテンションな俺はさっそく銀の斧の試し切りをすることにした。
いやー、銀の斧すごいわ。アーマーナイトが紙のようだった。
「グルニアばんざーい……ぐふっ」
俺はカナリスを討ちとり、シーダを町へ戻してそのことを伝えさせた。
でもって、カナリスから手に入れた女神像をさっそく自分に使ったが、確認する勇気はない。
三日後、シーダが海を渡って戻ってきた。
カナリスの死を知ったグルニア軍は驚き、怯えて潰走し、アイルトンたちは追撃をかけて散々蹴散らしたらしい。エイブラハムとエステベスも奮闘したそうで、まずまずの結果だ。
ニーナは(安全なところとはいえ)戦場に立って兵たちを見守っていたことで、兵からもワーレンの住民からも高い評価を得た。
さらに二日が過ぎたころ。陸地を進んできたニーナたちがここに到着した。ニーナは二つのことを俺に報告した。
一つは、評議会との交渉のこと。どうも舐められまくったらしい。
「協力の代価として、オレルアンとタリスの諸権利を渡せと言われました。さらにパレスを取り戻した後の交易の優先権まで……」
よほど腹が立ったのか、ニーナは肩を震わせている。この交渉に同席していたレナも、ニーナをなだめようとしなかった。こいつも怒るようなことがあったのか?
「他に何を言われた?」
俺が促すと、レナは憤然として、しかし言いにくそうに答えた。
「私たちに、夕食をともにし、屋敷に泊まっていくようにと……。もちろん断りましたが。それに、ことあるごとに私たちの手を握ってこようと」
ははーん。
「焼くか、そいつらの屋敷」
俺ならやると思ったのだろう、ニーナたちは慌てて止めに入った。町を焼かねえだけ優しいだろう。
「わかった、わかった。じゃあ、やつらに手紙を出せ。パレス奪還後にまた会おう、それと、俺たちがパレスを取り戻す頃に、庶民の日常生活に必要なものを大量に用意してパレスに持ってこいとな」
「たしかにそれは必要ですね。分かりました」
「いいか。この手紙は、評議会の商人一人一人に出せ。そうすりゃ、悪くても何人かは乗ってくるだろう」
やつらに競争させつつ、ふるいにかけてやる。
今はこれで済ませてやるが、商業国家ってのは帝国に呑みこまれるもんだと、いずれ教えてやるからな。
もう一つの報告は、朗報と言っていいかどうか微妙なところだった。
ニーナに紹介されて、真新しい鎧を身につけた若い男が俺の前に出る。
「カーツといいます。よろしくお願いしますっ!」
俺の募兵やニーナの演説を見て集まった義勇兵の代表がこいつ、ということらしい。じーっと目を凝らして見てみると、クラスはソルジャーでレベルは1だとぼんやり分かった。
ソルジャーか……。海賊が味方にいるんだからいてもおかしくはねえけど。新兵なら「聖魔の光石」のアメリアみたいなのが欲しかったなあ……。
まあ人手不足だし、鍛えればものになるかもしれない。ヴィクターにサポートさせて、やらせてみるか。
あと、沿岸にいた海賊の残党が俺たちに従うと言ってきた。行き場をなくしてとりあえず食うために潜りこもうってとこらしい。こっちはアイルトンに任せるか。
さて、俺がこの城を奪ってから五日が過ぎているわけだが。
カチュアが来ない。
毎日毎日城のバルコニーで待ってたのに。
なんで? またアレ? 僕ちゃんが海賊だから? シーザたちと同じ流れ?
もしかしてひそかにカオスフレームが設定されてるんじゃねえだろうな、この世界。一章でマルスたちを殺したことで最低値になってるとか(ゲームが違います)。
とにかくカチュアが来ない。その気配すらない。
こうなったら、こちらから出向いてやる。
俺はバルコニーにニーナたちを呼んで、明日出発することを告げた。もう準備はできていたから問題ない。
「ディールへ向かう」
「あの地はいまグルニア軍の占領下にありますが……。何か考えがあるのですか?」
潮風にマントをなびかせながら、俺は答えた。
「ちょっと姉妹丼をいただきにな」
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 海賊 カシム
レナ ヴィクター 戦士
戦士 マチス ニーナ
リカード ウェンデル バヌトゥ
エイブラハム エステベス カーツ
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「プリンセス・ミネルバ」1
ディールというのは、サムスーフやレフカンディなどと並ぶ、アカネイアの五大侯爵家の一つだそうだ。
そのディール家が治めていた領地は、そのままディール地方と呼ばれている。俺たちが着いたこの一帯もそうだ。要塞があることからも、軍事的にけっこう重要な場所らしい。ここをおさえておけば、アカネイア攻略はだいぶ楽になる。
俺はいま要塞の北にある崖の上にいた。鍬だの鋤だのといった農具を使って地面に溝を掘り、文字を書いている。海賊の体力をもってすれば余裕だと思ったが、けっこうつらい。
やっぱり手下どもに手伝わせるべきだったか。だけどここまで来るのって、歩きだと森を抜けて崖を登らないといけないからな……。
ある程度作業が進んだところで、シーダが俺のそばに降りてきた。こいつには、俺が書いている文字を上空から確認してもらっていた。
「どうだ?」
「はい、これならたしかにペガサスやドラゴンに乗っていても気づくと思います」
そう、俺の書いている文字は、マケドニア兵たちに見せるためのものだ。
「マリアは助けた」という一文だが、これだけでもかなりきつい。とっくに汗だくだ。SOSって、たった三文字で伝えたいこと伝えてるんだからすげえわ。
「でも、これは本当に効果があるのでしょうか」
「わからねえ。やらねえよりはいいだろ」
俺の狙いは、とにかくミネルバを攻撃に参加させないことだ。
ゲームなら、ミネルバは攻撃してこない。だが、俺たちの場合はわからねえ。とにかくあいつをおさえるために手を打っておく必要があった。
どうにか文字を書き終えると、掘った溝に石を埋めて、よりはっきり読めるようにした。かなり時間かかったぞ……。
俺はシーダの後ろに乗って崖向こうの本陣に戻った。
テントで休んでいると、ニーナとレナがやってきた。
「用意できました」
二人は五十枚ぐらいの羊皮紙を分担して抱えていた。俺はその一枚を手に取る。綺麗な文字で「マリア王女は我々同盟軍が救出した」と書かれている。
「よし。あとでシーダにこれをばらまかせるぞ」
ここに来るまでに多少情報を集めてみたものの、ミネルバの戦い方はよくわからなかった。だから、最悪の場合として、俺は脳筋と仮定した。違うことを祈る。
で、脳筋だと地面の文字に見向きもしない可能性があるので、こういうものも作らせたのだ。とにかく多方面から訴えるしかねえ。
手下どもにも、ミネルバらしきドラゴンナイトが近づいてきたら「総指揮官がマリア姫を救出に向かったぞ!」と大声で叫ぶように命じてある。
俺はレナに水を持ってこさせて一気に飲むと、主だった連中を呼んだ。ここの地図はもう用意してある。マチスとリカードに偵察させた上で、俺の知識も合わせてつくったものだ。
マチスはなんだかんだ言いつつちゃんと働いている。まさかこいつが主力になるとは、読めなかった、このリ○クの目をもってしても、って感じだ。
「いいか。この要塞を管理しているのはグルニアのジューコフだ。そろそろ俺たちに気づいて迎撃の兵を出すだろう。そこで兵を二手に分ける」
敵の拠点からまっすぐ飛んでくるマケドニア軍を撃退するのはカシムやアイルトンに海賊連中だ。他の奴らには南下してソシアルナイトを迎え撃ってもらう。
闘技場で雇ったエイブラハムとエステベスは、自分で判断できるだろう。
新兵同然のカーツが率いるソルジャー部隊は、ヴィクターに面倒を見させる。
「状況次第では要塞に突入しろ。出入り口だけを確保して応戦するんだ」
要塞を迂回して向かってくるのが、ゲーム通りソシアルナイト3ユニットだけなら、マチスにナイトキラーを持たせればいいんだが、何が起きるかわからねえからな。
「レナ。俺をワープで要塞の中に飛ばすことができるな?」
「可能ですが……」
レナの顔を見ると、気が進まないらしい。シーダと同じでレフカンディからこっち、俺を心配するようになった。
「ワープで送ってしまえば、そちらの状況は分からなくなります。一人で無謀な真似を繰り返すことは、いいと思えません」
「いいからやれ。Mシールドもな」
重要なのはマリアの扱いだ。多少の怪我を負ってでも、あいつを守らないといけない。逃がしてもいけない。となると、俺しかいねえ。今度は予測も立てたし、何とかなるだろ。
俺たちは行動を開始した。
レナがワープの杖を使う。
次の瞬間には、俺は薄暗い部屋の中に立っていた。
目の前には赤い髪をショートカットにした小柄な女の子。マリアだ。
「ひっ!?」
そのマリアは俺を見ていきなり悲鳴をあげた。
ええー。お前、マルスが来たときは(へぇー、ステキな人なんだ)とか心の中で言ってたじゃねえか。
「マリア姫だな?」
俺は斧で肩をとんとんと叩きながら聞いた。
マリアはあきらかに怯えている。俺が答えをじっと待っていると、少しは落ち着いたのかこくりとうなずいた。でも、ライブの杖をぎゅっと握りしめて、俺を滅茶苦茶警戒している。仕方ねえけど傷つくぜ。
「俺はガザック。アカネイア同盟軍の偉い人だ。お前を助けに来た。俺に従えば、ミネルバに会わせてやる」
「ミネルバ姉様に!?」
姉貴の名前は効果覿面だった。マリアは目を輝かせて身を乗りだす。だが、すぐに思い直して後ずさりして、俺を睨みつけた。
「だ、騙されないわ! そうやってわたしをどこかに連れていって、ひどいことをする気でしょ!」
俺は凶悪な感じを出して笑った。
「察しがいいなあ。俺はお前をものにしに来たんだ。ぐへへへへ」
いや、レナにワープを使ってもらうまではそのつもりだったんだがな。
実際のマリアを目にして、俺はどうしたもんかと思い始めていた。
だって、ちょっと未成熟すぎね? こいつ何歳? さすがに十歳てことはねえと思うが……。もしかして人質生活でろくなもの食わせてもらえなくて痩せたとか?
入るのかよ、これ。先っぽぐらいなら何とかなるかもしれないけどさあ……。いや、この体ですんなり入ったらそれはそれで嫌だけどさあ……。正直いって、もう三、四年は待ちたい。
だが、今の時点でも使い道はある。
マリアは今にも泣きそうな顔で俺を見ている。俺は言った。
「ミネルバに会わせてやる、ってのは嘘じゃねえ。ただし、俺についてくること、俺に従うことが条件だ。まだミネルバはグルニア軍にいるんでな。お前、今の情勢については知ってるか?」
「情勢……?」
「ミネルバは、本当はアカネイアのニーナ姫につきたいんだ。だが、グルニアの人質となっているお前の身を心配して、離れることができないでいる。ここまでは分かるか?」
マリアはこくりと頷いた。
「さっきも言ったが、俺はアカネイアのえらいえらーいひとだ。どれぐらい偉いかっていうと、俺に命令できるのはニーナしかいないぐらい偉い」
「ニーナ様を呼び捨てにしていいの?」
マリアは疑わしげな目で俺を見ている。信用ねえなあ、俺。
「そんな偉い人が、どうして私を助けに来たの?」
たたみかけるように、マリアは疑問をぶつけてくる。怯えられるよりはマシか。
「お前の姉貴とは、戦うよりも味方につけたいからだ」
それに、ミネルバさえ何とかものにしちまえば、マリアも、三姉妹も俺のものにできるからな。ぐふふふ。
マリアは迷うようにうつむいた。少しだけ時間をやろう。こっちも急いじゃいるんだが、こいつに暴れられたらすべてがおじゃんだ。
「……ミネルバ姉様に、会わせてくれるのよね?」
決意を固めた顔で、マリアが俺を見上げる。俺は念を押すように言った。
「お前が俺に従えば、だ」
「わかったわ。わたしは何をすればいいの?」
「上出来だ」
俺は扉の方へ歩いていく。
「まずは、見晴らしのいい所へ出る。この要塞にいるグルニア兵を薙ぎ倒してな。お前は下がってろ。ただ、やばくなったらライブを頼む」
一応、俺は銀の斧に鉄の斧に手斧を持ち、さらに傷薬と聖水も持ってきちゃいるが、ライブですむならその方がいいからな。
じゃあ、始めるとするか!
俺は勢いよく扉を開けた。
物音を聞きつけて、スナイパーとアーチャーたちが向かってくる。数は実に5ユニット分。さらに魔道士が3ユニット現れた。
俺の顔に笑みが浮かんだ。予想した通りだ。
俺は手斧を持って部屋の外へ出る。
「来いや」
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「プリンセス・ミネルバ」2
話がちょっと脇道にそれるが、配置されている敵やアイテムなどから、ストーリー上では説明されていない部分が何となく想像できるっていう経験をしたことはないか?
この要塞の宝箱の中身はドラゴンキラー、サンダーソード、リブローの杖だ。そして、配置されているユニットはアーマーナイトが2、アーチャーが2、スナイパーが1。
そろそろ強力な武器をプレイヤーに与えよう。
そろそろ新たな敵の上級職をお披露目しよう。
スタッフにそういう考えがあったのは間違いないだろう。ドラゴンキラーとサンダーソードというチョイスも、次の章でマムクートもとい竜族のショーゼンを出すからそうしたのかもしれない。
だが、ある時、これはミネルバ対策を示しているんじゃないか、と俺は思った。
ドラゴンキラーはドラゴンナイトに特効がある。サンダーソードは魔法防御皆無のドラゴンナイトに効果的だ。弓兵たちは言うまでもない。そして、ここのボスのジューコフは、冒頭でもマリアを盾に使ってミネルバを脅していた。それだけミネルバを警戒していたという解釈もできる。
ドラゴンキラーが宝箱に入っているのではなく、要塞の外の勇者が持っていたなら確信を抱いたんだが……。まあ、ドラゴンキラーってアーマーキラーよりダメージが四点高いしな。あとは、ミネルバが意外にアーマーナイトと仲がよかった可能性か。四章ボスのムラクとかそうだったし。
ともかく、俺はそう考えた。もしも要塞内の兵が増員されるとしたら、それは弓兵や魔道士だろうと。しかも、秘密の店でしか買えないサンダーソードがあることから、飛行ユニットに特効を持つシェイバーを用意するんじゃねえかと。
大当たりだ! ざまあみやがれ、ジューコフの野郎!
魔道士たちが一斉にシェイバーを放つ。だが、Mシールドが効いている俺にはたいしたダメージにならねえ。反撃とばかりに手斧をぶん投げて、たちまち魔道士たちを薙ぎ倒した。
お次はアーチャーとスナイパーだ。部屋の内側まで下がれば、1ユニットしか攻撃できねえ。案の定、スナイパーが突っこんできた。
俺は銀の斧に持ち替えつつ、スナイパーの一撃に耐える。さすが上級職だけあってかなり痛え。
マリアが俺にライブを使う。それを待って、俺は前に踏みこんだ。
スナイパーを一撃で屠る。壁と床が血で染まった。
要塞内の敵をかたづけた俺は、マリアを連れて要塞の屋上とでもいうべき場所に出た。そこで火を熾して煙を出す。マリアを助けたという合図だ。
思ったより時間がかかっちまったが、あいつらはどうしてるかな。
十分ぐらい過ぎたころ、一騎のドラゴンナイトが北からまっすぐ飛んできた。マリアの顔がぱっと輝く。飛びあがってマリアは叫んだ。
「ミネルバ姉様! ミネルバ姉様だ!」
「来たか。じゃあ協力してもらうぞ」
俺は後ろからマリアを抱きすくめると、左腕でおさえつけた。右手には鉄の斧を持つ。
「な、何をするの!?」
マリアは驚いて、呆然と俺を見上げる。俺はいやらしい笑みを浮かべて言った。
「言っただろ。今は黙って俺に従え。これから、俺はミネルバと大事なお話をするんだ。下手なことを言ってこじらせるな」
ほどなく、ミネルバが俺たちの前にやってきた。
「マリア!」
息を切らし、血相を変えて、ミネルバはマリアの名を叫ぶ。よっぽど急いで飛んできたようだ。戦士らしい凜々しさも相まって、シーダたちとはまたタイプの違う美人だ。そそるねえ。
マリアを離そうとしない俺を、ミネルバはキッと睨みつけた。
「あなたが……同盟軍の指揮官か」
「おう。未来の海賊王ガザックとは俺のことだ」
「……あなたの目的は何だ? 同盟軍の兵たちは、あなたがマリアを助けにいったと言っていたが」
ミネルバの目には怒りと疑惑と焦りがある。俺はあらためてマリアをしっかりおさえつけながら、単刀直入に言った。
「お前、俺の女になれ。マリアともどもな」
「なっ!?」
「えっ!?」
ミネルバとマリアが同時に大声をあげた。俺はかまわず続けた。
「聞こえなかったか? 俺の女になれ、って言ったんだよ。俺が望んだら股を開いて奉仕しろ。体中を使って俺を楽しませろ。もちろんそれ以外でも役に立ってもらうが、お前たちが最優先すべき仕事はそれだ」
「ふ、ふざけるなっ!」
ミネルバが怒りに顔を赤くして叫んだ。持っていた手槍を握りしめる。肩がぶるぶる震えていた。ミネルバが乗っているドラゴンも俺を敵と見做したのか目つきが鋭くなってる。ちょっとびびる。爬虫類の目って怖い。
「ふざけてなんかいねえよ。本気だ、本気」
「ミ、ミネルバ姉様! わたしのことはいいからこの男を……!」
「黙れって言っただろうが」
俺はマリアをおさえつけている手を動かして、その左胸を乱暴に揉んだ。
「きゃーっ! いやーっ!」
「貴様! いますぐその汚らわしい手を離せ!」
やっべ、つい、いつものノリでやっちまった。
「わかった、わかった。お堅いミネルバ姉様のために真面目な話をしてやるよ。だからその槍を下ろせ。マリアが心配だろ? な?」
必死になだめすかして、ミネルバが武器を下ろすのを、俺は十秒ほど待った。多少は冷静になっただろうか。
「お前さ、自分の置かれた状況をいいとは思ってねえだろ? 大切な妹を人質にとられ、ならば手柄をたてて取り戻そうと思ってみたら、それもかなわなかった。これは俺の推測なんだがな……。お前、オレルアン攻めの途中で、無理矢理後方に戻されたんじゃねえか?」
ミネルバは驚いた顔で俺を見たが、すぐに警戒する表情に戻った。
「なぜ、そう思う?」
「マリオネスがお前のことをえらく尊敬していたんでな。ああ、ムラクもそうか。そこから俺なりにあれこれ考えた」
俺が二人の名を出すと、ミネルバは顔を曇らせた。
「ムラクがオレルアンで、マリオネスがレフカンディで戦死したのは聞いている。……二人の戦いぶりはどうだった?」
「ムラクは俺の部下が討ちとったんで、よく知らねえ。最後まで城門を守り通そうとしたのは聞いている。マリオネスは俺が討った。言っておくが、戦場で堂々と戦ってだぞ。強かった。しかもハーマインと組んで二人がかりで来やがってな。死ぬかと思った」
「そうか……」
黙祷するように、ミネルバは目を閉じる。ふと見ると、マリアも同じようにしていた。マリアもマリオネスたちのことを知っていたんだろう。
ミネルバが目を開けるのを待って、俺は言った。
「お前、あいつらを率いてオレルアンを攻めたんだよな」
ミネルバが頷く。俺は続けた。
「だが、オレルアン城を占領したにもかかわらず、王弟ハーディン、オレルアン王、そしてニーナというどでかい大将首を三つも残したまま、お前はマリオネスたちに後を任せてオレルアンから姿を消した。ずいぶん中途半端じゃねえか」
マリアを人質にとられているから仕方なく戦ったので、ミネルバは戦意に乏しかったって説があるが、正直俺は疑問に思ってる。
アカネイア戦記では「オレルアンはミネルバの指揮する竜騎士団によって領土の大半を失った」と書かれているからだ。戦意の乏しい指揮官の率いる軍に蹴散らされるほど、オレルアンの軍は弱いのか?
アカネイア戦記は別物だから根拠としては弱いかもしれない。
だが、オレルアン城をミネルバが落としたのは確かだ。ムラクが「この城はミネルバ様からのあずかりもの」って言ってるしな。他の奴が攻略したなら、城の管理をミネルバの部下には任せないだろう。
城を落とし、ハーディンたちをあそこまで追い詰めて、なんで急にいなくなる?
せめてハーディンかニーナのどっちかを捕らえるなり討ちとるなりするまでは、オレルアンにいるべきだろう。こいつがそれを嫌がったとは思えねえ。
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「プリンセス・ミネルバ」3
「どうしてお前は戦場からいなくなったのか」
もう大丈夫だろうと判断して、俺は斧を床に置く。指を三つたてた。
「一、オレルアン以外にお前を必要とする戦場が出てきた。お前が平和なレフカンディにいたことで、これはなし。二、戦うのが面倒になって部下に任せた。マリオネスから聞いたお前の性格的に、これもなし。三、お前が大将首をとると、手柄がでかすぎて面倒になると思った連中が、お前を無理矢理後方に下げさせた。どうだ?」
それだと、こいつがレフカンディでさっさといなくなったのも分かる。
難癖つけられて後方勤務命じられた上に、派遣されてきたばっかの他国の将軍に、お前の兵はオレルアンで大勢死んだだの、たてつくなら妹の命は保証できないだのと言われたら、俺だって理由でっちあげて去るわ。部下ともども使い捨てにされそうだし。
だいたいミネルバとハーマインて(あとジューコフもだが)立場でいったらミネルバの方が上だろ。悪くても同格。それであの態度って、第二部でラングがマルスにあれこれ命令してたのと同じだぜ。
ハーマインの作戦に対する反発も、兵種の違いで戦い方が合わないって方が強いと思うし。
そういった諸々を我慢しつつ、さらりとかわせるかどうかが政治家と武人の差なのかもしれねえが。
まあ、こいつってシリーズが進むごとにキャラもステータスも毎度補正がかかってるし(オートクレールは「紋章の謎」にはねえ)、バックグラウンドもふくらんでるっぽいんで(ムラクの台詞はSFC版から追加されたもので、FC版にはそもそも章ごとのボスの台詞なんてねえ)どうなのかは分からねえけどな。
「お前さ、オレルアン攻めの前に、ニーナを捕らえたらマリアを返してやってもいい、とかグルニアに言われたんじゃねえか? で、グルニアとしては適度に善戦してくれたらよかったんだが、本当にやりそうだったから慌ててお前をレフカンディに異動させた」
俺の言葉に、ミネルバはふっと笑った。
「まるで見てきたかのようにものを言うな。貴様は」
やりこんだんでな。
「さきほどの下種極まる言動とは大違いだ」
ほっとけ。
「それで、どうする? 俺の女になって、かつ同盟軍の将としてドルーアと戦うか?」
「同盟軍の将だけ、というのは無理なのか?」
「ニーナはそれでいいって言うだろうが、俺が嫌だ」
妹を人質にとられているのに条件を出してくるとは、やるじゃねえか。今までと違ってなかなか楽しいぞ。考えてみりゃ、シーダもレナもニーナも力ずくで無理矢理抱いてきたからな。
「正直だな」
ミネルバは呆れたように言った。
「分かった。私はかまわない。だが、マリアには何もしないでほしい。お願いできないか」
「お前がマリアの分も頑張って奉仕するなら、認めてもいい」
「姉様!?」
マリアが悲鳴をあげる。俺が何か言う前に、ミネルバが諭すように、優しく微笑んだ。
「マリア、心配しなくていい。私に任せてくれ」
「そういうことだ。もうちょっとおとなしくしてろ」
「でも……! だって……!」
マリアは必死に反論しようとする。俺はため息をついた。
「なあ、マリア。こうなっちまった以上はな、ミネルバが俺の女になるのが一番ましなんだ」
「どういう意味よ!」
マリアはキッと俺を睨みつけてくる。おお、こういうところは姉妹で似てやがる。こっちは全然迫力ねえが。
「そうだな、たとえばミネルバが隙を突いて俺を殺し、俺の手からお前を助けだしたとする。そうなったら、どうなる?」
「それは……」
マリアは少し考えたあと、黙りこんだ。その顔は青ざめている。年の割に頭はよさそうだ。
「お前はグルニア軍に引き渡されて、別の要塞に幽閉される。ここよりもっと厳重な警備体制のところにな。この要塞の管理者のジューコフは、ミネルバに責任を押しつけるだろう。お前がミネルバを弁護しても、誰も聞いちゃくれねえ。ミネルバも左遷だな。もう一度オレルアン攻めか、もっと東のタリス攻めか」
少し同情した。どう動いても詰んでる状況って地獄だよな。
「マケドニアに戻らず、この戦争が終わるまで二人だけで大陸を放浪するって手もあるだろう。もしくはマケドニアに潜入して、せめて兄貴に一騎打ちを挑むか。だが、そんな行動のどこに未来がある」
「貴様に従えば、未来があると?」
ミネルバが俺に問いかける。俺はうなずいた。
「ああ。俺に従えば、マケドニアまで……お前らの兄貴の前まで連れていってやる。同盟軍の将としての立場も用意してやるから、マケドニアは敗戦国にならずにすむぞ。ドルーアも何とかしてやる」
戦国時代なんかでも、お家の存続を図るために親子や兄弟で別れて、敵対している軍の双方につくって話がある。こんな世界じゃ珍しいことでもねえだろう。
「ずいぶん自信ありげに言い切るものだな」
ミネルバは感心し、呆れたようだった。
「まだパレスはグルニアが占領している。グラはドルーアの味方だ。カダインも。アリティアはメディウスの配下が支配していると聞いている。グルニアにはあの黒騎士カミュがいる。それに、ミシェイルは強い。それなのに、お前はドルーアを何とかできると?」
「ついてくりゃわかるぜ」
ゲーム知識だけはあるからな。それだけで勝ってきたようなもんだ。
俺が余裕たっぷりに言うと、ミネルバは笑い、そしてすぐに真剣な顔つきになった。
「三つ、頼みたいことがある」
「言ってみろ」
「一つ。私の信頼する部下たちは助けてほしい。特に白騎士団のパオラ、カチュア、エストの三姉妹は」
「その三姉妹が俺の女になるか、お前がそいつらの分まで俺に奉仕するなら」
「……いいだろう」
「いいのか? 実に五人分の奉仕だぞ?」
五人分の奉仕! 何て心ときめくワードだ!
「かまわない。貴様こそ、私の奉仕に耐えられるか?」
えっ?
俺は驚いて、小声でマリアに聞いてみた。
「なあ、お前の姉貴ってそんなに経験豊富なの? 超絶テクニシャンなの?」
「超絶、って言葉は分からないけど、ミネルバ姉様に恋人がいたなんて話は聞いたことが……」
「そうか」
「竜が恋人とか、戦が恋人とか……」
「そうか……」
俺はマリアの頭を撫でてやった。面倒な姉貴を持って大変だな。
いかんいかん、俺としたことがハッタリに騙されるところだった。でも奉仕は受けたいです。というか受けます。もしも途中で力尽きたら、それを理由に……ぐへへへ。早くグラに行ってパオラとカチュアを味方に引き入れないとな。
俺は顔を上げると「おう、それでいいぞ」と笑顔で言ってやった。ミネルバは釈然としないふうだったが、話を続ける。
「二つ。私が貴様に身を任せるからといって、マケドニアにおける何らかの地位などは要求しないでほしい」
「ああ、そういうのはいらねえよ。三つめは何だ?」
俺があっさりと言ったからか、ミネルバは不思議そうな顔で俺を見た。
「ただの色好みということか……? まあいい。三つめだが、ミシェイルは私に討たせてほしい」
ミネルバの声が低くなり、眼光が鋭くなる。マリアが体を硬くしたのが分かった。
「そいつは保留だ。指揮官相手の一騎打ちなんて、そうそう実現するもんじゃねえだろ。ミシェイルに手を出さないよう部下たちに命令しておくぐらいだな」
「そうだな。それでかまわない」
「よし。決まりだ」
俺はマリアを離して、その背中を軽く押してやる。
マリアはまっすぐ駆けていって、ミネルバの胸に飛びこんだ。ミネルバは笑顔で妹を抱きしめる。
やれやれ。カチュアがワーレンに来なかった時はどうなるかと思ったが、何とかまとまったぜ。
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「プリンセス・ミネルバ」4
ミネルバとマリアがあらためて再会を喜んでいると、シーダが飛んできた。
「向かってきた敵はすべて撃退しました。私たちの部隊のほとんどは要塞に入っています」
「やられたやつはいるか?」
「負傷者は出ましたが、レナとウェンデル様の魔法で手当てはすませてあります」
「あの新兵どもは?」
「ヴィクターと協力して、敵の騎兵部隊を打ち破りました」
ほほう。まあ、これはヴィクターの手柄だろうな。
残るはジューコフとその周りに居る連中。そして援軍か。
俺はミネルバとマリアをシーダに紹介した。三人ともさすがに王女らしく、礼儀正しく挨拶を交わす。俺はシーダに言った。
「姉妹とも俺の女になった。そのことをニーナには伝えておけ」
ミネルバは割り切ったのか平然としているが、マリアはものすごく嫌そうな顔をした。
シーダは少し首をかしげて俺に聞いた。
「アイルトンとヴィクターにも言っておきますか?」
手下どもがミネルバたちにいらんちょっかいを出さないように、釘を刺しておこうってことだ。
ありがたい申し出のはずなんだが、なんでだか俺はイラッときて、余計な気を回すなという気分になった。
「いや、俺から後で言っておく」
「こういうことは早い方がいいと思います。私はこれからニーナ様のところへ行きますし、その途中で二人にも会いますから」
俺はちょっと驚いた。戦や行軍に関わる重要な問題で、シーダがこんなふうに言ってきたことは今までにも何度かあった。だが、これはそんな話じゃねえだろう。
「俺が言う、と言ったぞ」
軽く睨みつけてやったが、シーダは怯むことなく俺を見つめてくる。腹が立ったので、俺はシーダを抱き寄せると強引に唇をふさいでやった。舌を絡めて唾液を交換する濃厚なやつだ。
俺たちの横でミネルバは目を丸くし、マリアは口を手でおさえて顔を赤らめている。
それを確認して、俺はシーダを離した。さすがにシーダは顔を赤くしてうつむいたが、せいぜい恥ずかしがっているぐらいにしか見えない。何か効果薄いな? もっとこう、目を合わせられないぐらい萎縮するかと思ったんだが。
「ガザック殿」
ミネルバが俺に聞いてきた。
「まさか、シーダ王女も……?」
「おう、俺の女だ。ニーナもそうだし、レナっていうシスターもな」
マリアがますますげんなりした顔で俺を見ている。妥当な反応だな。ミネルバは手で頭をおさえつつ、何ごとかを自分に言い聞かせていた。
俺はシーダのペガサスに乗り、マリアはミネルバのドラゴンに乗る。一気に地上へ降りた。
「シーダ、この二人をニーナのところへ案内してやれ。ミネルバ、今回は控えてろ。お前がこっち側についたことを、まだ敵には知られたくねえ。マリアはレナやウェンデルの手伝いで負傷者の治療だ」
要塞の裏口にいる勇者部隊には、こちらから急襲をかけた。ハンターたちと魔道士のエステベスとで痛めつけたあと、マチスとヴィクターで倒した。
その後は、ついにお出ましになったグルニア騎兵の援軍の撃退だ。幸い、俺の知っている数より多いってことはなかった。
要塞内に突入しようとしてきた敵の騎兵を、アーマーナイトのエイブラハムが足止めする。そして、裏口から引き返してきたハンターたちが壁越しに矢の雨を浴びせた。要塞内を行ったり来たり大忙しだ。
援軍を一掃すると、俺たちは要塞を出た。北西の城へ向かってジューコフを囲む。降伏勧告をしてやったのだが、返事は「死ね、反乱兵ども」だった。
エステベスの魔法とマチスのアーマーキラーで攻めたてて、俺たちはジューコフを討ちとった。たとえサンダーでも魔法は強えな、やっぱ。
ミネルバとマリアはニーナに膝をつき、マケドニアの王女として、ニーナに臣従すると誓った。
その日の夜、ニーナのテントに俺とシーダ、レナ、ニーナ、それからミネルバとマリアが集まった。少しでも親睦を深めようってことらしい。昨日まで敵同士だったんだから、こういうのも必要なんだろう。
「はじめまして。わたし、マリアといいます。皆様、姉ともども、よろしくお願いします」
マリアは礼儀正しさよりも人懐っこさで、シーダたちと交流を深めようという感じだ。ちょっとあざといというか、場慣れした子役みたいな雰囲気を感じる。
とはいえ、人質生活が長かったのと、アレな兄貴やこんな姉貴を持ったのだから仕方がないのかもしれない。シーダやレナは笑顔で応対していた。
ミネルバとレナは面識があった。以前、マケドニアの宮廷で一度か二度、顔を合わせたことがあったのだそうだ。俺が「レナはお前らの兄貴をフったんだぜ」と言ってやると、レナはさすがに恐縮し、ミネルバは楽しそうに笑った。
「思いだした。たしかにそんなことがあったな。私はひさしく宮廷に戻ってはいないが、あなたは今でも女傑として有名だそうだ。あの兄の誘いを断った女性など、後にも先にもあなたしかいないからな」
「女傑ですか……」
レナは笑顔をつくってはいるが、俺から見ても嬉しくなさそうだった。そんなレナを、マリアが尊敬の眼差しで見ている。
ニーナはカミュのことをミネルバに聞いたが、期待した答えは得られなかった。カミュは今でもグルニア本国から動けずにいるそうだ。
「やはり、私を逃がしたせいで……?」
「それだけではないでしょう。カミュ殿の功績が大きすぎて、動かしづらくなったということもあります。他の将軍達も手柄を欲していますから」
ニーナを慰めるためにミネルバはそう言ったようだが、でたらめってわけでもなさそうだった。
他にカミュを動かさない理由として考えられるのは、カミュがニーナに寝返るのを警戒して、ってとこだろうな。これ言ったらニーナが変な期待持ちそうだから絶対に言えねえが。
とにかく俺にとっては朗報だ。俺たちがグルニアを攻めるまで、ぜひそのままでいてくれ。
「ところで、ガザック殿に聞きたいのだが」
ミネルバがそう言ったのは、世間話にひと区切りついたころだった。
いったい何を言いだすのかと、皆の視線がミネルバと、シチューを食っている俺に集まる。
「我々は……そう、我々はこれからアカネイアのパレスへ向かうそうだな。パレスを奪還したとして、その後の戦略について教えてもらってもいいだろうか」
こいつ、俺を試そうとしてんのか?
いや、そうだとしても、いい機会だ。俺はシチューを頬張りながらニーナを見た。
パレスを取り返すために、こいつは自分を奮いたたせてきた。それはいいんだが、パレスを取り返して満足し、その後の行動が鈍くなったら困る。ここで確認させておくべきだ。
「ニーナ、説明しろ。この前、ざっと話しただろう」
「え? ええ、はい……」
いきなり話を振られてニーナは驚き、困ったようだが、一つ咳払いをして言った。
「グラを降伏させ、次いでカダイン、アリティアを解放し……それからグルニア、マケドニアの順に攻めて、最後にドルーアへ向かう。その予定です」
「そのように動くのは、なぜでしょうか? パレスを奪還したら、マケドニアやドルーアに向かってもいいのではないかと思います。ドルーアさえ討てば、他の国はこぞってアカネイアに降伏するでしょう」
反論を予想していなかったのか、ニーナはおろおろとして俺に視線で助けを求める。うーん、俺に頼るのはいいんだが、そこは堂々とした態度を崩すな。
「そんな博打を打てるほど、俺たちに余裕はねえんだ」
俺はシチューをたいらげてミネルバに言った。
「少し待て。全員食い終わったら軍議も兼ねて話してやる」
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「プリンセス・ミネルバ」5
何が起こったというかびっくりしたというか、滅茶苦茶励みになります! 本当にありがとうございます!
と言っておいて何ですが、すいません、ちょっとリアルが忙しくなりそうで、次の更新はたぶん週末になります…… <(_ _)>
申し訳ないですが、お待ちください……。
感想へのお返事ですが、一気にはちょっと難しいので、少しずつ返させていただきます。
全員が食事をすませると、俺はシーダにお茶と、大陸全体の地図を用意させた。そう、ワーレンにはお茶があったのだ。俺の知っているものよりはっきりいって渋いが、そんなに味にこだわる方じゃない。ビバ、グリーンティー。
ちなみに他の連中は葡萄酒とかそういうのを飲んでる。お茶を飲んでるのは俺以外にレナだけだ。
「さっきのニーナの説明だが、お前らはどう思う? かまわねえから思ったことを言え」
俺はシーダとレナを見た。シーダは困ったように言いよどむ。
「その、申しあげにくいことですが……」
「非現実的な話に聞こえます」
レナは相変わらず歯に衣着せねえな。いいことだ。俺はうんうんとうなずいて、ミネルバとマリアを見る。
「お前らは?」
「それでは発言させてもらう。諸国を平定することの意義はわかる。だが、戦い続ければ負けることもある。勝利を得ても、犠牲を出さずにすむことは避けられない。さきほどの案では、我々は疲弊し、消耗しきったところでドルーア連合と戦うことになるのではないか」
あれ、こいつ思ってたほど脳筋じゃねえな。戦場では一斉突撃が大好きだけど、その前の組み立てはきっちりやるタイプか。
マリアは黙っているが、それはそれでいい。
勝ち続けることが前提になっているのは否定しねえ。だって負けたら終わるんだもんよ。
ここで大事なのは、いかにそれらしく語ってやるかだ。
「ドルーア連合というが、そいつを支えてるのはグルニアとマケドニアだ。この二国には、他の国を支配するために兵を置いておく余裕がある。援軍を出す余裕がある。そこまではいいな?」
ミネルバは頷いた。
「で、グルニアまたはマケドニアの本国を攻めるとなると、やつらもさすがに各地に駐屯させている兵を呼び戻すだろう。そうなったら、ただでさえ数で劣るこっちが余計不利になる。だがな」
俺は地図で指を叩きながら説明を続ける。
「やつらの支配地域を攻める分には、多少の援軍を送ってくるだけだ。このディールでの戦いのようにな。そりゃそうだ。支配地域のために本国を空にできるわけがねえ」
にやりと笑って、俺はミネルバたちを見回した。
「大陸全体で見ると、この状況は各個撃破の好機なんだよ」
おおっ、自分で言っておきながらそれっぽいぞ。ミネルバだけでなく、シーダやニーナまでショックを受けたように固まっている。
各個撃破、パワーワードだ。銀河英○伝説でもそうだったしな。
「負けることもある。お前の言う通りだ。だから、なるべく負けないように、負けても損害をおさえられるように、弱いやつから叩く。最初にグラを狙うのも、その次にカダインに行くのもそのためだ」
「グルニアもマケドニアも、その地に援軍を出さなかったら?」
「楽に勝てるな。ドルーアに勝ったという事実を積み重ね、やつらの支配地域を削り、ドルーア連合の実力はたいしたことがないと、多くの人間に思わせることができる。士気を高め、兵をかき集めることができる。善悪関係なく勝ちそうな方につく人間は多い。そうだろう?」
「だが、我々もグラやカダイン、アリティアに守備兵を置くのだろう。同じ方法で反撃されるのではないか?」
「いや、置かねえよ?」
俺は当然だろうという口調で言った。そんな余裕ねえし。ミネルバは驚いた顔になる。
「それでは、我々が勝利をおさめたあとに諸国が攻められたらどうするのだ? オレルアンやタリスが攻められる可能性もあるだろう」
タリスという言葉に、シーダがぴくっと反応する。俺は笑った。
「ドルーアがタリスを攻めるとして、その狙いは何だ? タリス兵が離脱して本国に戻ることか? それで俺たちに与える打撃は小さいぞ。シーダはうちにゃ欠かせないが、タリスそれ自体が出している兵力は少ないからな」
何せシーダとカシムだけだ。そのカシムも、シーダの私兵みたいなもんだしな。
俺の手下たちもタリス兵といえるのかもしれないが、そんなこと言ったらシーダの親父が怒髪天待ったなしだからなあ。
「それ以外の目的だと、見せしめか? アカネイアに協力するとこうなるぞ、って。だがな、それも効果ねえんだ。なんたって、うちの軍の半分は海賊と山賊と傭兵だからな。食い詰め者とならず者の集まりなんだよ」
うわ、ニーナがすげえ嫌な顔しやがった。事実だろうが。
「オレルアンだって兵を出してねえ。俺と二人の部下がオレルアン王とオレルアン貴族だが、名前だけのものだ」
再び俺は地図でそれぞれの国の位置関係を示す。大陸全体から見ればグルニアは南西、マケドニアは南ってとこだ。マケドニアからタリスを攻めるには、ワーレンやらペラティやらを経由して海路を行くことになる。
「そもそも、マケドニアやグルニアからタリスは遠い。大軍をよこすのは無理だ。まして、今は俺たちをどうにかしなけりゃならない状況だ。パレスの守りを固めるのがまっとうな判断だろうよ。そして、パレスを取り戻せば、やつらは大陸の東側に簡単に攻め込めなくなる」
「見事な見識だな」
ミネルバは驚きを隠さず褒めた。いや、この進軍ルートを考えたのは俺じゃなくて加賀○三と当時の任○堂スタッフだから。
「パレスはどうなんですか?」
今度はニーナが聞いてきた。
「まだ奪還もしていないのに、このような話をするのも不思議ですが、パレスにも最低限の兵しか置かないつもりでしょうか」
「おう。兵に余裕がねえからな。お前もドルーアまで連れてくぞ」
「私のことはかまいませんが、大丈夫でしょうか……」
「その心配はいらねえ。何のためにお前を総大将にしたと思ってんだ」
俺が言うと、ニーナは首をかしげた。「神輿でしょう」と目が語っている。ミネルバとマリアがいなけりゃ口に出してただろう。
ああ、こいつはもうほんとに……。
俺は身を乗りだすと、両手でニーナの巨乳をわしづかみにして揉みしだいた。
「ぎゃーっ!」
女のあげる悲鳴じゃねえ。
ミネルバとマリアは呆然としている。シーダとレナは慌てて立ちあがり、レナが俺を引き剥がして、シーダがニーナを支えた。慣れてきてやがるぞ、この二人。
俺は腹が立ったので、レナを後ろから抱きしめるようにして俺の膝の上に座らせた。尻も太腿も実にやわらかい。俺は法衣の中に手を突っこんですべすべとした太腿を撫でてやる。レナはもじもじと身をくねらせ、顔を赤くして言った。
「あ、あの、当たっているのですが……」
「当ててんだよ」
ジ○ンプの古い古いネタをパクってレナを黙らせると、俺はニーナに言った。
「お前な、自分がドルーアからどう思われてるか考えてみろ」
胸を両手でおさえ、敵を警戒する小動物のような目で俺を見ながら、ニーナは懸命に考える。こいつには定期的に考えさせねえと駄目だ。
「……国を守れなかった無力な王女、ではないでしょうか」
「それはほんの少し前までだ。今のお前は、国を滅ぼされても決して諦めない不屈の王女ってとこだな。オレルアンを守り抜き、タリスを味方につけた。少数の兵でレフカンディを突破し、ワーレンを攻めた大軍を破った。そして、今度はディールからグルニア軍を追い払った」
「それだけ聞くと、自分のこととは思えないですね……」
「お前のことなんだよ。総大将はお前なんだからな。これでパレスを取り戻せば、ドルーアの目はお前に向けられる。パレスを奪い返す算段は当然たてるだろうが、お前を討ちとらないとまずいと思うようになる」
つまり。俺は地図の上に指を走らせながら説明する。
「やつらがパレスを攻めようとしたら、本国を守る兵、パレスを攻める兵、俺たちと戦う兵の三つにわけなくちゃならなくなるわけだな。そんな非効率な真似はしねえだろうよ」
「優秀な指揮官に一軍を率いさせてパレスを攻め、次いで我々を襲うという手もあるが」
「長距離を行軍して疲れきった敵は格好の獲物だな」
ミネルバの反論に、俺はすかさず言い返す。ミネルバは満足したというように頷いた。
「よく分かった。あなたの考えに従おう。私を好きに使ってくれ」
よしよし、とりあえずは今夜、ベッドの上で好きに使わせてもらうからな。ぐへへへ。
にたにた笑う俺を、シーダとニーナ、あとマリアが呆れた顔で見ていた。レナは俺の上に乗っているので分からないが、たぶん同じ反応だろう。
「しかし、ガザック殿。あなたはいったい何者だ?」
ミネルバの発した質問に、皆の注目が再び俺に集まった。
「大陸全体を、アカネイアの七王国すべてを俯瞰して、戦略を立てる。そのようなことが一介の海賊にできるとは、とうてい思えないのだが。ドルーアをまったく恐れていないその姿勢も」
「言われてみれば、そうですね」
ニーナが頷く。
「今まで当然のようにやってきたので、そのことに考えが至りませんでしたが……」
シーダ達も同意見のようだ。ふふん、ようやくそのことに気がついたか。だが、俺はすでに考えを用意している。
「実は俺はバレンシア大陸生まれで……」
「マケドニアはバレンシア大陸と交流があってな、私も、あちらの人間に何度か会っている。彼らには独特の訛りがあってな。あなたのような流暢なアカネイアの発音にはならない」
えっ、何それ。
ミネルバの言葉に、俺は頭をかいた。さすがに予想してなかったぞ、そんな返し。
また「ヴィン○ンドサ○」に頼って、ア○ェラッドあたりの設定を引っ張り出すか? いや、でも忘れそうだ。
ていうか気にするなよ。経歴不明の海賊なんて珍しくねえだろ。コ○ラとかハー○ックとか。俺は宇宙に出ないけど。
俺が困り果てて言いよどんでいると、ミネルバは小さく首を横に振った。
「失礼した。この軍に加わったばかりの身で、聞くべきではなかったな。だが、ただの好奇心などで聞いたのではない。私はあなたに興味がある。いつか、気が向いたら教えてくれると嬉しい」
「……おう」
俺は、それしか返すことができなかった。
シーダ達が無言で俺を見ている。こいつは早いうちに設定を固めないとまずいな。勇者アンリの子孫とかどうだ? いや、ないな。ファルシオン持てないし。あれが斧だったらなー。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 海賊 カシム
レナ ヴィクター 戦士
戦士 マチス ニーナ
リカード ウェンデル バヌトゥ
エイブラハム エステベス カーツ
マリア ミネルバ
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「ノルダの奴隷市場」1
ディールを発って行軍すること数日……。ようやくパレスの王宮が見えてきた。
さすがにニーナは辛そうな顔をしている。三年前だったな、パレスが落ちたのは。それからろくな思い出がねえからな。
「いろいろと思うことはあるだろうが、それは溜めておけ」
俺はニーナに声をかける。
「パレスの民衆には、泣き顔じゃなくて笑顔か、勇敢な顔を見せろ」
「泣きはしません」
俺を驚いた顔で見た後、ニーナはそう言って笑った。力強い笑みだ。
「昔を振り返っている場合ではありませんから。行きましょう、私の生まれた王都へ」
「おう。まあ、お前はひとまずここで待機だ」
俺は行軍を止めて地図を広げる。ゲームでやったときは山に囲まれたこんなのが王都って発展性のかけらもねえなと思ったんだが、こうして見ると自然を上手く取り入れたって感じだ。
王宮の周りを砦が囲み、さらに北から北東にかけては城壁まである。その上で、山の連なりという天然の防壁が巡らされている。これ攻略したのカミュだっけ? よくできたな、あいつ。
で、マップの右下にあるのが城下町。
偵察に出ていたシーダとミネルバが帰ってきた。二人には、北に連なる山に沿ってパレス周辺の様子を見てきてもらったんだ。
二人一組にした理由は、あえてシーダの速さに合わせることで、ミネルバが突出しないようにするためだ。
何せ相手にはシューターがいるし、スナイパーも待ちかまえている。うちのやり方に慣れてもらう必要もあったし、シーダをメインにすることで、古株に従っている新人という構図もつくりたかった。
二人の報告を聞きながら、俺は地図に敵の配置を追加していく。俺は首を傾げた。
「アーマーナイト? アーチャー?」
「はい。私もミネルバ様もたしかに確認しました」
シーダが答え、ミネルバも頷く。
俺は唸った。この章でそんな連中が出てきた覚えはねえぞ。
それに、ソシアルナイトとホースメンも俺の記憶より2ユニットばかり多い。何だ、これ。
しばらく考えこんだあと、俺は「あっ!」と叫んで手を打った。
わかった。ワーレンを攻めた連中だ。
港町ワーレンを攻めたグルニアの大軍を、俺はエイブラハムたちを使って足止めし、その間に海をわたって敵将カナリスを討ちとることで撃退した。
で、潰走したグルニア軍に追撃をかけて、俺たちはさんざん蹴散らしたわけだが、もちろん一人残らず叩き斬ったわけじゃない。多めに見積もっても三割ってとこだろう。
残った七割の内、さらに三割が味方に踏みつぶされたり、迷って遭難したり、途中で力尽きたとしても、四割はパレスに帰り着いたと思っていい。俺たちがディールに寄ったことで、やつらに帰還の時間を与えちまったわけだ。
そうだよなあ。ゲームじゃ、七章をクリアしちまえば、ワーレン攻めの軍なんてそれ以降出てきやしねえが、そいつらが消え去るわけはねえもんなあ……。ぬかった。
とはいえ、兵種と数さえ分かれば対策のたてようはある。偵察に出して正解だった。
「よくやった。二人とも、近いうちにたっぷり可愛がってやるからな」
俺がそう言うと、二人は顔を赤くして目をそらした。うわははは。
ちなみに、ミネルバはもうおいしくいただきました。
ベッドの上のミネルバはあきらかに男慣れしていなくて初心でねえ、可愛かったねえ。俺のいきりたった一物を言葉もなく凝視してねえ。だってのに、ちゃんと覚悟を決めててそれなりに積極的でねえ。ああ、もちろん処女でねえ。おっと、きりがないからこのへんにしておくか。げはははは。
俺は主だった連中を集めて、恒例の軍議を開いた。ミネルバとマリアは初参加か。
「まずは南東にある城下町を解放する。でもって、ここを足がかりにパレスへ向かう。ミネルバ、さっそくお前の出番だ。西側から城下町を攻めろ」
「承知した」
ミネルバは勇ましく答える。見せてもらおうか、戦場におけるドラゴンナイトの性能とやらを。
「他はいつも通りの速さで進軍。マチスは先頭を進んで、俺たちが側面を突かれそうになったら援護に入れ。エイブラハムとエステベスは殿だ」
こういうほとんど一本道のマップは、あまり考えようがない。リンダとジョルジュを仲間にするために城下町に行く必要があるから、ワープも使えないしな。
俺は解散を命じたが、ヴィクターだけはすぐには立ち去らず、地図を見つめていた。
「どうした?」
「いや」と、ヴィクターは笑って言った。再び地図を見る。
「親分に従って、ずいぶん遠くに来たもんだなあって思ってよ。サムスーフ山で生まれ育ったこの俺が、だぜ。あのころは、あの山から離れることはねえ、って思ってたんだが」
ヴィクターは感慨深げに言った。
「ホームシックか? パレスを取り戻したら休暇をやってもいいぜ」
俺がからかって言うと、ヴィクターは首を横に振った。
「冗談言うなよ、親分。あの綺麗なお城を手に入れて終わり、ってわけじゃねえんだろう。それに、今の俺が帰るところはここさ」
そう言って、ヴィクターはオレルアンを指さした。
「すぐにオレルアンを発ったんで実感はねえんだけど。貴族の生活ってやつがさ、どんなもんなのか楽しみなんだ。親分はどうだ? 王様だろ」
「おう、そうだな。楽しみだな」
俺は笑って答えた。
「そういや、ちょっと聞きたかったんだが」
ふと思いついて、俺はヴィクターに聞いた。
「お前はなんで俺についてくる?」
思えば、こいつも不思議なやつだ。ゲームでは名無しのモブ敵だったのが、今や同盟軍の立派な主力である。それを言ったら俺だって、ゲームではチュートリアルボスだったんだが。
「そりゃあ親分が勝ってるからさ」
当然だろうと言わんばかりの明るい笑顔で、ヴィクターは答えた。
「今だから言えるけどよ、あんたに従えって言われた時は仕方ねえか、って気分だった。ハイマンのクソ野郎も死んじまったし、サムシアンは壊滅したようなもんだったからな。だが、オレルアンに行ってマケドニア軍と戦うなんて言われて、こいつはいかれてると思ったね」
ヴィクターは皮肉っぽく続けた。
「所詮、山賊は山賊だからな。地形を知り尽くしたサムスーフの山に籠もっているから戦えるんであって、地上で正規軍とやりあえるわけがねえ。討伐されておしまいだ。だから、とりあえずは従っても、適当に略奪で稼いだらとんずらしようと思ってたよ。ところがだ」
ヴィクターは肩をすくめた。
「あんたは本当に正規軍を叩き潰した。マケドニア軍も。オレルアン軍も。あんたの指示を受けて戦うのが、俺は楽しくなっていた。それに、あんたはハイマンほど威張らねえし、欲深くもねえ。体も張ってる」
「ハイマンってそんなやつだったのか?」
「ああ。とにかく俺たちに分け前をほとんどよこさなかったからな。ただ、あの中じゃ誰よりも強かったのも確かでな。それで、みんな従ってた」
うーん、気前のよさって大事だ。俺も気をつけよう。女以外は。
「やっぱりなあ、勝たせてくれるってのはでけえよ」
しみじみと、ヴィクターは言った。
「とくに戦じゃな。どんなに優しかろうが、頭がよかろうが、勝てなきゃ説得力がねえ。その点、親分は特大の合格点だ。親分に従ってから、俺は負けたって気分を味わったことがねえ」
ふむ。なるほど。俺は少し納得できることがあった。
俺を信頼している、っていうシーダとレナの台詞。俺は、相変わらずそれが引っかかっていた。
だが、俺が勝っているから従っていると考えれば、すっきりする。
俺が勝っているから、シーダの大切なタリスは守られている。レナの理想とする平和にも近づいている。勝利が、あいつらの俺に対する信頼を生んでいるわけだ。
「だが、いつかは負けるときもくる。そうしたら、お前らはとんずらするのか? そいつはちと困るんだが」
笑いながらだったが、半ば本気で俺は言った。今ここでヴィクターたちがいなくなったら同盟軍はぼろぼろだ。
ヴィクターは笑って答えた。
「俺たちだって、失敗は何度も味わってるさ。そうだな、二敗や三敗ぐらいなら仕方ねえと思ってついていくからよ。今後も頼むぜ、親分」
その日の夜、俺は前祝いと称して派手にみんなと酒盛りをした。
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「ノルダの奴隷市場」2
南下してくるペガサスナイトの一団はカシムやアイルトンに命じて撃退し、それがすんだところでナイトキラーを持たせたマチスを先行させ、打って出てきたソシアルナイトやホースメンを倒す。
城下町をうろつくならず者どもはミネルバが片付けた。
俺たちは城下町に入った。
この先、面倒なのは砦を越えてパレスに突入するときだ。シューターを片付け、火竜のショーゼンを片付け、スナイパーを片付けないといけない。いくつか手は考えてあるが……。
ま、その前に、リンダだリンダ。俺はでかい城下町のノルダと呼ばれる区画に入り、町外れの奴隷市場へ向かった。
「奴隷はいらねえかい。今なら売れ残りの汚えガキばかりだから安くしとくぜ」
「よし、全員くれ」
俺は太っ腹なところを見せて、一切値切らず、一人残らず奴隷を買った。その数実に三十人。
「ところで、さっそく一人味見してみたいんだが、部屋を貸してもらえねえか?」
俺が頼むと、奴隷商人は気前よく部屋を用意してくれた。粗末なベッドが一つあるだけのしょぼい部屋だが、この際ヤれればいい。
リンダはすぐに見つかった。男装してる少女なんて一人しかいねえからなあ。見つけるのは簡単だったぜ。
「わ、私は男です……」
俺と二人きりになったリンダは、震えながらそう言った。可愛いねえ、ぐへへへ。とはいえ、こいつオーラ持ってるからな。気をつけねえと。
「そうか、そうか。じゃあ身体検査をしてみようか。服を脱げ」
リンダは恥ずかしがるようにもじもじとしながら、ゆっくりと服の裾をたくしあげる。その瞬間、俺はばっと飛びかかってリンダの両腕をおさえ、ベッドの上に組み敷いた。
体重をかけて動きを封じながら、リンダをうつぶせにする。背中に指を這わせると、一冊の魔道書がくくりつけられているのが分かった。
「あっ、駄目、やめてっ!」
リンダが悲痛な叫びをあげる。俺はリンダの服をまくりあげて、魔道書を奪いとった。こいつの動きをじっと観察していてよかった。知らなかったら、たぶん不意打ちをくらっていた。危ない危ない。
「こんなものを隠してたのか-。いけないなー。先生が没収しまーす」
俺は魔道書の角でリンダの背中を軽く叩くと、魔道書を部屋の隅に放り投げる。
「さて。俺はお前を買った。つまり、俺はお前のご主人様なわけだ。ご主人様と呼んでみろ」
「だ、誰が呼ぶもんですかっ!」
おお、気が強くてけっこうなことだな。
「まだ主従関係というものをわかってないんだな。よしよし、その体にじっくりたっぷり教え込んでやろう」
俺はリンダの服を乱暴にはぎとった。白い裸身が露わになる。
細身だったんでちょっと不安だったが、少し痩せてるってぐらいだ。加減はしても、マリアの時みたいに諦めるほどじゃねえ。
いただきまーす。
ことをすませたあと、俺はほとんど放心状態のリンダを背負い、他の汚えガキども(最年少は八歳で、最年長は十四歳)を連れて同盟軍のテントに戻った。今、同盟軍は城下町の一角にテントを張っている。
総大将のテントはちょっとした小屋ぐらいのでかさなんだが、そこにはニーナとシーダ、レナとマリアがいた。地面には絨毯が敷かれていて、椅子やテーブルも置いてある。居住性もそれなりにあるって感じだ。
「な、何を考えているのですか、あなたは!」
奴隷を買ってきたと言ったらニーナに怒鳴られた。
「同盟軍の指揮官ともあろう者が奴隷を買うなんて! それもこんな子供たちばかり……」
「売れ残りだから安かったぞ」
実にいい買い物をしたと笑顔で俺が言うと、ニーナは殺意を込めて俺を睨みつけた。拳が震えている。シーダとレナ、マリアも俺を非難するような目で見ている。そんなに悪いことなんか、この世界でも。
「レナ、ちょっと耳を貸せ」
俺はレナを呼んで耳打ちする。レナは真面目な顔になって頷いた。
「よし、じゃあこいつらを連れていけ。シーダ、マリア、お前らもレナを手伝え」
奴隷の子供たちはレナたちに引率されてテントから出ていった。俺とリンダ、ニーナだけになったところで、俺はニーナに言った。
「じゃあ、お優しいニーナ様に教えていただこうか。あのガキどもをどうする?」
「決まっています。すぐに家へ帰してやるように……」
「お前は、あのガキどもがさらわれて奴隷にされたと思ってるのか?」
「それ以外に何があるというのですか!」
うーん、最近はマシになってきたとはいえ、さすがポンコツオブポンコツだ。
「その日の飯にも事欠く貧しい家が、子供を売って金に換えたとは思わねえのか?」
俺が聞くと、ニーナはびっくりしたように目を丸くした。怒りが一気にトーンダウン。
「そう、なのですか……?」
「事情はこれから聞くとこだがな。お前が言ったように、どこかからさらわれたってのももちろんあるだろう。だが、たとえば戦争で孤児になって、ここまで連れてこられたってガキがいたらどうする? お前はそんなガキに、家へお帰んなさいと言ってやるのか?」
「それは……」
ニーナはうつむいた。だが、すぐに顔を上げて俺を見つめる。
「ですが、やはり奴隷を買うというのはよくないことだと思います」
「こっそりじゃなくて、堂々と売ってたぞ。さすがに目抜き通りじゃなくて町外れだったがな」
「それは、ドルーアの……」
「この城下町には闘技場もある。奴隷剣闘士もいるはずだ。アカネイアがまったく関わってねえってことはねえだろ」
「でも、せめて、その奴隷商人を捕まえるぐらいは……」
「一人捕まえてどうなる? 奴隷商人が一人だけってことはねえ。他のやつらはもっとこそこそするか、他の町に移って目立たないよう商売をするだけだ」
ついにニーナは反論できなくなったようで、またうつむいてしまった。うん、けっこう粘ったな。師として成長を実感する次第である。
「お前は奴隷売買をなくしてえのか?」
この世界じゃ根絶は無理な気がするんだけどな。
ニーナは警戒半分おびえ半分って顔で俺を見て頷いた。また何か言われるかもって顔だ。言ってやるんだけど。
「じゃあ考えろよ。パレスを取り戻したら、お前がここのご主人様だろうが。お前が法を考えろ。レナとかウェンデルあたりに相談しろ。原案ができたら見てやるから」
そう言うと、ニーナはぱっと顔を輝かせた。
「案ができたら、すぐ実行に移してもいいのですか?」
「パレスを取り戻したら、だな」
俺は笑って言った。
「だから今のうちに考えておけ。パレスを取り戻すのは俺がやってやる。立て直すのはお前の仕事だ」
そのとき、俺が背負っているリンダがもぞもぞと動いて目を覚ました。
「おう、目が覚めたか」
俺は下卑た笑みを浮かべてリンダを見る。リンダの顔には涙の跡が残っていた。
「い、嫌っ! 嫌っ!」
リンダはおびえて取り乱し、暴れて、俺の背中から落ちた。絨毯の上に尻餅をつく。その様子にニーナは何があったのかを察して、俺を睨みつけ、俺とリンダの間に割りこむ。
「あなたは、またやったのですか……」
「俺の買った奴隷に何をしようと、俺の勝手だろう? 奴隷を買うってのはそういうことだ」
「それなら、この子は私が買いとります! 他の子供たちも……!」
俺はおもいっきり変顔を作って突っぱねた。
「嫌ですぅー。売ってあげませぇーん」
「真剣に話を聞いてください! もう、ついさきほどまでは真面目だったのに……!」
そのとき、リンダは自分をかばった女が誰なのか、やっと気づいたようだった。
「も、もしかして、ニーナ様なのですか!?」
その言葉に、ニーナも驚いてリンダを振り返る。
「私を知っているのですか? たしかに、あなたの顔はどこかで……」
ニーナは懸命に記憶をさぐる。リンダはニーナの前にひざまずいて訴えた。
「私はミロアの娘リンダと申します! ニーナ様にはもう何年も前のことになりますが、ご挨拶をさせていただいたことが……」
「あなたがミロアの……。ええ、思いだしました。よく無事で……!」
ニーナはリンダの手を取って立たせると、優しく抱きしめた。
「今は俺様の奴隷だぞ」
感動の再会に俺は容赦なく水をぶっかけてやった。白濁液はさっきぶっかけました。
リンダはびくっと縮こまった。ニーナは俺の前に進みでて、必死に懇願する。
「お願いします。この子は私に引き取らせてください。リンダの父ミロアは、ミロア大司祭は、アカネイアのためにガーネフと戦って命を落としました。それ以後、ずうっとリンダは行方不明でした。奴隷商人に売られたという噂も聞いていました。今まで、私には想像もできないほど悲しい目にあってきたのだと思います。ミロアに代わって、私がリンダを守りたいのです」
「ふーん」
ぐふふふふ。俺はいやらしい笑みを浮かべた。計画通り!
「じゃあ、リンダの分も俺に抱かれるか?」
ミネルバに使った手だ。今後もこれでいこう。ワンパターンおおいに結構。俺が美少女とえっちできればそれでいいんですぅー。
「ど、どういうことですか、ニーナ様!?」
リンダが食いついてきた。父親の仇を討とうって健気な女の子が、まさかニーナにセッ○ス代行頼むわけはないよなあ。
ニーナはうやむやにしそうな気がするので、俺が説明する。
「俺はな、ニーナに協力する代償として、こいつの体を毎晩……ほとんど毎晩いただいているわけだ。そのニーナが、お前を助けたいという。俺が、抱くために、買った、奴隷であるお前を助けたいって」
抱くために、を特に強調して言ってやる。
「まあ、俺としても馬鹿な子ほど可愛いって思うから……」
「待って!」
リンダが叫んだ。俺を睨みつける。
「いいわ! あんたに……あんたに抱かれる。ニーナ様の分も! だからニーナ様に手を出さないで!」
これは予想しなかった。おもいきったこと言うな。さすがオーラの使い手は違う。
「待ってください。私がリンダの分も、あなたに身を任せます。ですから……」
すげえ! エロゲーみたいだ! 笑いが止まらねえ!
「わかった、わかった」
俺はせいぜいもったいをつけて言った。
「リンダ、だったな。お前、魔道士だよな? 戦いの経験は?」
「……あまりないわ」
リンダは悔しそうに答える。まあ仲間にしたらレベル1だったしな。問題はやる気だ。
「お前、父ちゃんの仇を討ちてえか?」
リンダはこくりと頷いた。ヒラヒラする薄着を年頃の娘に贈るアレな親父って設定はDS版だしな。きっといい親父だったんだろう。
「今後一切抱かないってのは無理だが、数は減らしてやってもいい。お前、普段はニーナのそばにいろ。戦場では魔道士として働け。努力次第では、お前をガーネフの前まで連れていってやる」
俺の言葉に、リンダは「はぁ?」ってな顔をした。分からんでもない。
「いったい何を言ってるのよ。ガーネフが何者なのか分かってるの?」
「お前よりはな」
俺はふてぶてしく笑ってみせた。
が、本音を言っちゃうと、マジでリンダ頼みなんでなんとか成長してほしいんだよな。マリクは殺したし、ウェンデルは頼りないし、レナやマリアはまったく戦闘向きじゃねえし。
このあとガーネフ戦までに仲間になる予定のシスター、魔道士、司祭ってボアしかいねえし。
ボアって。ボアってあーた。あいつ、成長率ワースト1のジェイガンの次に成長率悪いんだぜ。ちなみにボアの次に成長率悪いのはマリアだ。
(注:すみません。ワースト1はバヌトゥでした。次がジェイガン、ボア。マリアはワースト4ですね)
これでリンダが駄目だったら、ウェンデルを説得してスターライト持たせて特攻させるしかねえ。チェイニーに変身させてスターライト持たせるのってできたっけ。ちょっと無理っぽいよなあ。
「ニーナ。あとは任せる。奴隷のこともちゃんとやっておけよ」
俺は笑ってテントをあとにした。さて、次は大陸一か。
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「ノルダの奴隷市場」3
次の日、俺は城下町の、北ノルダと呼ばれている区画へ向かった。ジョルジュを仲間にするためだ。
初プレイだと、かなり魅力的に見えるんだよな、あいつ。スナイパーだし。銀の弓持ってるし。
慣れている奴だと、だいたいの場合ゴードンを真面目に育てているんで、ジョルジュはその成長率の低さもあって予備扱いになる。
だが、今回の場合、弓使いがカシムとアイルトンしかいないんで、ジョルジュは大変貴重な戦力だ。初期値だけなら悪くないしな。
そんなことを考えながら、俺は北ノルダに足を踏みいれた。
その瞬間、風を唸らせて、何かが俺に向かって恐ろしい速度で飛んできた。
矢だ。それが分かったときには、その矢は俺の胸に突き立っていた。
えっ? 何だこれ。
余りに突然のことで、声が出ない。町の中だぜ? なんでこんな……。
矢がもう一本飛んできた。それも俺の胸に突き刺さる。
俺は仰向けに倒れた。
体に力が入らない。
痛みというよりも熱を感じながら、俺の意識は遠ざかっていった。
目覚めた時、俺はテントの中に寝かされていた。シーダとレナが疲労困憊って顔で俺を見つめている。俺が意識を取り戻したことに気づいたシーダが、喜びの声をあげた。
「ガザック様、大丈夫ですか」
「傷は痛みますか? まだ横になっていてください。無理はいけません」
シーダとレナは口々に言って、体を起こそうとした俺を寝かせる。意識がはっきりすると、胸のあたりが強く痛んで俺はおもわず呻いた。
喉がからからに渇いている。だるい。体が重い。
「何があった?」
シーダに水を飲ませてもらいながら、俺は聞いた。
「二日前のことです。買い物に出かけていた兄が、倒れているガザック様を見つけてここまで運んできました。ガザック様は意識がなく、胸には二本の矢が突き刺さっていて……」
レナが答える。待て、二日前だと?
「じゃあ、俺は二日間も寝ていたっていうのか?」
「はい。この二日間ずうっと目を覚まさず……」
シーダが俺の手を握ってほっとした顔をする。
だが、俺はそれどころじゃなかった。
あの区画で矢とくれば、もう犯人は一人しかいねえ。
しかも、矢は二本刺さった。一本だけなら何かの間違いということも考えられるが、二本ということは確実に仕留める気だったということだ。
お前もか。お前もなのか。
「私、皆さんに知らせてきます」
シーダが立ちあがってテントから出ていく。
それから少しして、ニーナやミネルバ、マリア、リンダ、それにアイルトンやヴィクター、カシムやマチス、リカードらが次々に会いに来た。
予定では、城下町を歩きまわって王女の帰還を大々的に宣伝することになっていたんだが、今度はニーナが狙われたらやばいってことで取りやめになった。
で、ニーナはといえば俺が倒れたことを隠し、軍をまとめることに専念していたらしい。
おお、成長してるじゃねえか。そう喜んだのも束の間、俺はニーナの口からとんでもないことを聞かされた。
「今朝、エイブラハムが部隊ごと軍を抜けました」
うえっ!?
いやいやいや、待て待て待て。あいつとは、一戦ごとに給料を払ってやるって契約だぜ。
今の契約はパレス奪還までで、まだ有効のはずだ。
「どういうことだ……?」
「それが、ガザック様が目覚めないということは死んだということだ、それならもう契約は破棄だ、の一点張りで……」
俺はショックがでかすぎて、すぐに言葉が出てこなかった。
何だよ、そりゃ。
いや、傭兵らしいっちゃ傭兵らしいけどよ……。クラスはアーマーナイトだけど。
ステータスが低そうとか、成長率も悪そうとか、そういうの全部呑みこんで、大枚はたいて雇ったのに。
「エイブラハムのことは私の力不足です。申し訳ありません。でも、いまは傷が癒えるまで休んでいてください。その間は私が何とかしますから」
「……わかった。任せる」
できてねえじゃねえかと八つ当たりしそうになったが、エイブラハムをスカウトしてきたのは俺であって、完全に俺のミスだ。
ワーレン、ディール、そしてここまで順調すぎるほど順調だったんで、油断した。調子に乗った。
部屋を出ていこうとしたニーナを呼びとめて、俺は言った。
「エイブラハムのことは、やつがそういう人間だと見抜けなかった俺の失敗だ。おまえが責任を感じる必要はねえ」
ニーナは一礼して部屋を出て行った。俺とシーダ、レナの三人になる。
「酒」
俺はシーダに言った。飲まねえとやってられねえよ、これ。俺の怒りが有頂天。
シーダは心配するような目で俺を見た。
「いまお酒を飲むと傷に障ります」
「飲まなかったら怒りと憎しみと頭痛で傷に障るわい。いいから持ってこい」
シーダはレナと顔を見合わせる。レナが諦めたように首を縦に振った。
シーダが持ってきた葡萄酒を、俺はラッパ飲みする。ただし、同じだけの水も飲まされた。ついでに尿意も催したので、しびんだけは勘弁してもらって、二人に支えられて便所にも行った。
ああ、畜生。ここの闘技場でも勧誘しようと思ってたけど、どうすっかなあ。一気に萎えたぞ、俺。まさか、そんなリスクを背負わないといけないなんて。ここは見合わせておくか……?
そうして酒瓶を空にすると、俺は再び横になった。傷が痛む。酒を飲んで血行がよくなったせいか。
ベッドのそばに控えているシーダに言った。
「ヴィクターとリカードを呼べ」
二人はすぐに来た。どうも俺が倒れてるせいで先に進めないから手持ちぶさたらしい。
俺は凶悪な笑みを浮かべてヴィクターたちに言った。
「北ノルダっていったか。俺がやられたあの区画一帯を襲え」
シーダとレナがはっきり顔色を変えた。ヴィクターは平然としているが、念のためというふうに聞いてきた。
「……いいんですかい」
「容赦なくやれ。奪えるものは何でも奪え。抵抗するやつは誰だろうとかまわず殺せ。ただし、抵抗しないやつは逃がしてやれ。略奪は明日から二日間。そして、三日目の朝に火を放って一切合切焼き払う。誰が残っていようともだ。おまえたちの部下が残っていても待たねえ」
俺の言葉に、ヴィクターたちもさすがに息を呑んだ。リカードがおそるおそる言った。
「その、略奪をしながらそのことを教えても……?」
「好きにしろ」
俺は手を振って、退出を命じた。二人がいなくなるのを待って、シーダとレナがそろって俺に詰め寄る。
「いまの命令を撤回してください」
「もう決めたことだ」
「たしかにあの区画は危険です。ドルーアの兵が潜んでいるのかもしれません。アカネイアの義勇兵を自称するならず者がいるという噂も聞いています。ですが、民衆を巻きこむことだけはやってはなりません」
レナの言葉に、俺は笑いそうになった。義勇兵の騙り。そんなやつがいるのか。アカネイア戦記でも自称マケドニア軍の盗賊がいたし、あってもおかしくねえ話だ。
「巻きこまれたくねえなら、逃げればいい。言っただろう。抵抗しなければ殺さねえと」
「奪い、焼くと言ったではありませんか。一度命令を撤回し、体を休めて落ち着いてください」
俺が怒りで命令したと思っているんだろう。好都合だ。
俺は首を横に振った。
「撤回はできねえ。こいつはオレルアンの時と同じだ」
そういうことにさせておく。
あの野郎は、ここで確実に仕留める。そのために手は抜けない。悪名なんぞなんぼのもんじゃい。
それから二日間、俺は寝て過ごしながらヴィクターから報告だけを受けとった。ニーナは案の定激怒して、リンダを連れて怒鳴り込んできたが「うるせえ」の一言で追い返した。
ミネルバもマリアとともに抗議しに来たが「お前は北に向かえ」と命令を出して追い払った。
今更気づいたんだが、ミネルバって最近までドルーア勢だったんだし、この城下町に置いておくのは危険すぎる。あの弓で狙われたら蚊とんぼのように落とされるぞ、こいつ。やっぱり気が抜けてたわ、俺。
そして三日目の朝、俺は予定通り火を放った。
いくつもの建物が業火に包まれ、でっかい黒煙が噴きあがる。延焼の心配はない。ヴィクターたちに命じて、略奪ついでに一部の建物を破壊するように言っておいたからだ。
夕方近くになって、火は消えた。
俺は銀の斧を引っさげて焼け落ちた区画に踏みこむ。焦げ臭い匂いが充満していた。
区画の真ん中あたりに来たときだ。離れたところで何かが動いた。
ああ、そうさ。ここまで来たんだから、なんだかんだで俺も海賊としてかなりのレベルだ。油断してなきゃ見逃さねえ。
瓦礫の一部をはねのけて、一人の男が姿を見せる。両手でかまえた銀の弓。煤で汚れた金髪美形。予想通り大陸一()だ。
放たれた矢を、俺は間一髪のところでかわす。
「てめえ、ジョルジュだな?」
俺が聞くと、ジョルジュは警戒するように目を細めた。
「貴様はガザックだな」
「おう。この前はよくもやってくれたなあ」
俺は笑って距離を詰めていく。聞いた。
「てめえ、どうして俺を撃った? 俺がアカネイア同盟軍の総指揮官だってことぐらいは知ってんだろう?」
「貴様のような下種が軽々しくアカネイアの名を口にするな」
ジョルジュの声に、はっきりと怒りが感じられる。
「同盟軍が来ると知って、俺は貴様のことを調べた。タリスを焼き、オレルアンを焼き、民を苦しめる極悪非道の海賊。オレルアンでは王を恫喝して玉座を奪ったとも聞いている。ニーナ姫をいいように利用してアカネイアまで食い散らかすつもりだろうが、そうはさせん」
なるほど、そういうことか。事実なだけに何一つ反論できねえ。
だが、殺されてやる気は毛頭ねえ。
「ずいぶんアカネイアを誇りに思っているみてえだな」
俺はさらに距離を詰める。ちなみに今回の俺は鉄製の胸当てをつけている。左胸だけを覆う形状の、何つうかあれだ、超初期のペガ○スの聖衣みたいなの。急ごしらえなんで、こいつの矢なんて防げないだろうが、それでもいい。
「だが、そのアカネイアの貴族や騎士の中には、ドルーアに取り入って私腹を肥やしている奴もいるだろう。俺でも知っているアドリア侯ラングとかよ」
ジョルジュは答えない。だが、その眉がわずかに動いたのを俺は見逃さなかった。効いてる効いてる。
「喜べ、その仲間入りをさせてやる。てめえはアカネイアのため、祖国解放のために力を尽くして死ぬんじゃねえ。ドルーアにケツを差しだして、お得意の弓でニーナを狙い、失敗した下種として……みじめに死ぬんだよ!」
俺は突進した。全身の血が熱くなる。こいつは賭けだ。失敗したら死ぬ。そのことが、余計に俺を奮いたたせているのかもしれなかった。
ジョルジュが弓弦を引き絞って矢を撃つ。俺はその動作を見たと同時に、顔を守るように銀の斧をかざした。斧に軽い衝撃が伝わって、何かがはね返った。
俺は猛然と速度を上げる。ジョルジュは逃げようとしたが、間に合わないと悟ると踏みとどまって俺を睨みつけた。寸前でかわすつもりだ。
斧の間合いに入った。俺は銀の斧を振りあげ、ジョルジュの頭めがけて振りおろした。
ジョルジュが体をひねった。だが、銀の斧はやつの肩当てを叩き割る。大量の血が噴き出して俺の体の半分を赤く染めた。やつの金髪と、銀の弓も。
ジョルジュは激痛によろめきながらも、俺に体当たりを仕掛ける。俺はたたらを踏んだ。ジョルジュは後退して、服の中に隠し持っていたらしい新たな矢を取りだす。
だが、そこで愕然として、ジョルジュは自分の左腕を見つめる。銀の弓を握りしめたやつの左腕が、上がらないようだった。
それでもジョルジュは大きく身をよじって、持ち上がらない左腕を俺に向けて、矢をつがえる。恐ろしい執念だった。
だが、無理に姿勢を変えたことは、そのために一秒以上の時間を浪費したことは、命取りだった。その間に俺は体勢を立て直してジョルジュに接近していたんだから。
振りあげた銀の斧が、ジョルジュの左胸に叩きつけられる。新たに血が噴き出す。ジョルジュは倒れながら矢を撃ち、それは俺の左肩に突き刺さったが、浅かった。
倒れたジョルジュの手から、血まみれの弓が離れて転がる。
「ニーナ様……お許しください……」
かすかな囁きが、俺の耳に届いた。
俺は無言でジョルジュを見下ろした。
俺が胸当てをつけたのは、頭部を狙わせるためだった。
こいつは一度、俺を仕留め損ねている。そのことを考えれば、胸当てをつければ確実に仕留めるために頭を狙ってくると思った。
腕や脚を狙ってくる可能性ももちろんあるから、俺を一撃で仕留めたくなるように、怒りを煽った。この区画を焼いた理由も、それだ。
それにしても、恐ろしい奴だった。文字通り死にかけたんだからな。
俺はジョルジュにとどめの一撃を振りおろした。
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「ノルダの奴隷市場」4
城下町を出て、俺たちは北上する。先行していたミネルバたちと合流した。
「状況はどうだ?」
俺はミネルバに聞いた。
「敵に動きはない。不気味なほど静かだ」
「援軍は?」
「一度シューターの射程外まで見てきたが、援軍が現れた様子はないな。それで、どうやって突破する? 城門を守るシューターを潰せば、火竜とスナイパーが襲いかかってくる。かといって、南から回りこもうとすればシューターの餌食だ」
さすがにミネルバも攻めあぐねているようだった。シューターの持つクインクレインはペガサスナイトやドラゴンナイトにとって脅威だからな。
「ここはいっちょ派手にいく」
俺は笑って答えると、軍の後方の、負傷者や非戦闘員が集まっているところに向かった。バヌトゥはすぐに見つかった。マリアと何やら話している。俺に気づいて顔を上げた。
「何を話してたんだ?」
俺が聞くと、バヌトゥは短く答えた。
「飛竜の話だ」
「バヌトゥさんは竜のことにとても詳しいの。マムクートだって聞いて、納得したわ」
マリアも笑顔で言った。俺はマリアを見下ろす。
「竜族だ。このジジイのことを嫌いじゃないなら、そう呼んでやれ」
意味が分からなかったらしく、マリアは首をかしげる。マムクートって、何百年も前から一般用語化してるんだっけか? 響きは嫌いじゃねえんだがな。俺はマリアに言った。
「マリア。お前んとこの先祖のアイオテは、かつて奴隷だったそうだな」
急に話が飛んだと思ったのか、マリアはきょとんとした顔のまま頷いた。
「じゃあ、お前とミネルバのことを、これからずうっと奴隷の子孫て呼んでいいか?」
俺の言いたいことが分かったらしい、マリアはさっと顔を青くして、バヌトゥに「ごめんなさい」と謝った。バヌトゥは気にしていないというふうに、マリアの頭を撫でる。それから、バヌトゥは俺を見上げた。
「……わしの出番かな」
察しがいいな。伊達に年はくってねえってか。
「敵に火竜がいる。倒せとはいわねえ。引きずりだしてくれ」
バヌトゥは、敵のシューターの射程外ぎりぎりのところに立った。懐にしまっていた火竜石を取りだし、握りしめて掲げる。呪文めいた何ごとかを呟いた。
次の瞬間、バヌトゥの周囲に風が巻き起こった。バヌトゥの目が光を放つ。火竜石から炎の帯が噴きだして、その体を幾重にも取り巻いた。
バヌトゥが白い光に包まれる。猛烈な突風に俺は吹き飛ばされて、地面に転がった。
立ちあがった時、さっきまでバヌトゥが立っていた場所には、体長五、六メートルはあるだろう巨大な竜がたたずんでいた。全身が燃えているように赤い。かなり離れているはずなのに熱を感じる。
離れたところで様子を見守っていた兵たちは呆然としている。俺は振り返って叫んだ。
「驚いたか! すげえだろう! こいつは、お前らも知っているあのバヌトゥだ! 見ての通り、こいつは竜族だったんだ! 俺たちに力を貸してくれるこいつを、マムクートなんて呼ぶなよ。片耳を切り落としてやるからな!」
俺はバヌトゥを振り返る。俺の視線を受けて、バヌトゥはのそりと歩きだした。ずしん、ずしんと一歩ごとに地面が揺れ、足に振動が伝わってくる。シューターが慌てて攻撃したようだが、たぶん鱗を傷つけることはできなかっただろう。バヌトゥはかまわず前進する。
シューターとの距離を詰めたバヌトゥは、咆哮をあげた。雷鳴にも似た轟音だった。バヌトゥの口から紅蓮の炎が吐きだされ、シューターをあっという間に焼き尽くす。炎はそれに留まらず、シューターの周囲までをも火の海に変えた。壮絶な光景に、俺は唖然として立ちつくす。言葉が出てこなかった。
この目で見ると、恐ろしさがよく分かる。火竜でさえ、これだ。なるほど、竜を恐れるようになるわけだ。だが、恐ろしいって感想だけじゃあない。正直、俺は見入っていた。ゴ○ラしかり、大怪獣が暴れまわるのってロマンだよな。
だが、あまり見入っている余裕はなかった。敵の火竜ショーゼンが現れたのだ。
ショーゼンが炎を吐き、バヌトゥも対抗して炎を吐く。あたり一面が再び業火に包まれた。遠く離れたここからでも分かるほど炎が激しく踊り、黒煙がいくつも立ちのぼる。二つの咆哮がアカネイアの空に響き渡る。すげえぜ! 怪獣大決戦だ!!!
バヌトゥが尻尾の一撃でショーゼンをよろめかせれば、ショーゼンは体当たりでバヌトゥに反撃する。地面が揺れる。土埃がすさまじい。
頭突き、引っかき、炎、炎、めくるめく炎。地面の焼け焦げる匂いがここまで届いてきそうな錯覚を抱く。俺は手に汗握ってバヌトゥの戦いぶりを見つめていた。
「ガザック様?」
いつのまにかそばに来ていたシーダの声で、俺は我に返った。おっと、いかんいかん。
俺は急いでシーダのペガサスの後ろに乗った。シーダが手綱を握りしめて、俺たちは空に舞う。バヌトゥたちに近づいていった。とはいえ、炎が届く距離まで近づきはしねえ。俺たちの存在をバヌトゥに気づかせることができればいいんだ。
バヌトゥは俺たちに気づき、慎重に後退をはじめた。それを怖じ気づいたとみたのか、ショーゼンは猛然と追いすがってくる。
パレスの近くにいる敵のスナイパーが動く気配はねえ。怪獣大決戦に巻きこまれるのを避けたんだろう。おかげで、ショーゼンを釣りだすことができた。
バヌトゥは後退を続ける。ドラゴンキラーを持ったミネルバと、サンダーを持ったエステベス、そしてオーラを持ったリンダが待ちかまえているところに。
ノルダで俺に犯されてから数日しかたってないってのに、リンダは張り切って戦列に加わった。俺という悪人から自分を助けようとしたニーナの態度に感激したり、俺という悪人に体を差しだしてでもパレスを取り戻そうとしているニーナの態度に感動したりしたらしい。
城下町を出る時、こいつは俺に指を突きつけて言ったもんだった。
「ガーネフもメディウスも私が倒してみせるわ! ニーナ様があんたみたいな人間のクズに頼ることのないようにしてみせるんだから!」
ガーネフはともかく、メディウスは無理じゃねえかなあ。奴の地竜としての能力と魔法防御から考えて。
ともかく、こいつが元気に戦ってくれることは俺にとっても有り難い。とにかく急いで鍛える必要もあったんで、渋い顔のニーナを説得して、戦場に出した。
ちなみに俺はブリザーを使わせるつもりだったんだが、リンダはオーラにこだわった。まあ命中率は変わらねえしな。
バヌトゥが足を止め、炎を吐いてショーゼンの視界を奪う。そこへミネルバがドラゴンキラーで斬りつけた。火竜の固い鱗を、ドラゴンキラーはあっさり切り裂く。ショーゼンは悲鳴をあげ、炎を吐き散らす。ミネルバはかろうじてそれをかわした。
そこへエステベスとリンダが魔法を叩きこむ。雷撃がショーゼンの頭部を撃った。
「オーラ!」
リンダのてのひらが光に包まれ、それに呼応するかのようにショーゼンの足元が光り輝いた。そして、天を突かんばかりに光が噴きあがる。天と地をつなぐ光の柱の中で、ショーゼンの絶叫が響き渡った。
「メディウス陛下、お許しを……」
「なるほど……」
俺はおもわず唸っていた。こいつが自信満々で言うだけのことはある。これならガーネフとも戦えるかもしれないと、マフーのことを知らなければ期待しちまうほどの、すげえ威力だった。
光がほどなく消える。火竜の姿もまた、消えていた。俺はシーダに言って、ショーゼンが立っていたあたりへ向かう。
そこには、焼け焦げた小柄な老人の死体があった。
死んで、戻ったのか。
火竜石の効果が切れたのか、老人の姿に戻ったバヌトゥがこちらへ歩いてくる。バヌトゥは黙ってショーゼンの死体を見下ろしていたが、俺を見て言った。
「ガザック殿。できれば、この男を弔ってやりたいのだが……」
「知りあいだったのか?」
「いや」
バヌトゥは首を横に振る。
「だが、同胞だ」
「……少し待ってろ。ウェンデルのジジイと、あとリカードを手伝いによこしてやる」
ショーゼンが死んだ以上、あとは掃討戦だ。ミネルバとヴィクター、マチスあたりに任せとけば問題ないだろう。
俺はウェンデルを呼びに行くとシーダに告げた。シーダは俺をペガサスの後ろに乗せて、再び空へ駆けあがる。本陣が見えてきたころ、シーダが言った。
「おかしなことを聞くようですが、もしかしてガザック様は竜族なのですか?」
「そんなわけねえだろ」
俺は呆れた顔で答える。俺がマムクートじゃなくて竜族と呼び、また呼ばせるようにしていることが、シーダにとってさえ不思議らしい。
「では、竜族の友人がいるとか」
「いねえよ。ただ、思うところはいろいろある。今度、気が向いたら話してやる」
わかりましたとシーダは答え、それ以上は聞いてこなかった。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 海賊 カシム
レナ ヴィクター 戦士
戦士 マチス ニーナ
リカード ウェンデル バヌトゥ
エステベス カーツ マリア
ミネルバ リンダ
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「アカネイア・パレス」1
竜族のショーゼンを倒した日の夜、俺はニーナを自分のテントに呼んだ。今回はリンダの分もってことにして、三戦ほどした。
リンダは初陣の疲れでぐっすり眠っているらしい。オーラを実戦で使ったのもはじめてだったそうだ。
とりあえず満足した後、俺はぐったりしているニーナを起こした。
「パレスをどうやって取り返すか、だがな」
一糸まとわぬ体を手で隠そうともしないほどニーナは疲れているみたいだったが、俺の言葉に反応して顔をあげた。俺は話を続ける。
「部隊を三つに分ける。お前は正面から堂々と入って、囚われている騎士たちを助けに行け」
パレスの構造はニーナからだいたい聞いた。何人かの騎士が捕まっているという話も。俺の知識とも一致する。
「分かりました」
ニーナは力強く頷いた。
「残り二つの部隊は、俺とヴィクターがそれぞれ率いる。隠し通路から入って敵を攪乱する。お前が入るのはそれからだ」
さすが歴史あるパレスだけあって、隠し通路はいくつかある。ブーツが手に入る玉座近くの部屋だけじゃない、竜族がいる広間の手前の廊下なんかにもあった。
「戦闘はミネルバたちに任せて、お前は後ろにいろ。心の中じゃどれだけびびっていてもいいが、顔には出すな」
「はい。決して逃げたりはしません」
「いや、あのな、そこんとこの判断はミネルバに任せろ。どうなるかわからねえからな。お前の役目は、お前が帰ってきたことを敵と味方に教えることだ」
俺の言葉にニーナはうつむいた。
「私が戦えたら……」
「バーカ」
俺はニーナの巨乳をむんずとつかんだ。身をよじるニーナにかまわず揉みしだいてやる。
「戦えない方がいいに決まってるだろうが。なまじ戦えると、兵たちから変に期待されちまうからな。先頭に立って剣を振るえとまでは言われなくても、せめて戦場に出て自分たちを見守ってくれって要求されちまう」
「ですが、それは指揮官の義務ではないでしょうか?」
「義務なわけねえだろ。安全な場所にいるつもりで、流れ矢一発でくたばるのなんざ珍しくねえんだからな。よっぽどでなけりゃ、今回みたいなことはさせねえよ」
そう、今回はよっぽどのことだ。
パレス攻めにあたって、俺が最初に考えたのはワープを使う手だ。
剣やら槍やら扉の鍵やらを抱えて、牢屋に放りこまれているミディアたちのところへ行く。で、アーマーナイトのトムスとミシェランを前に立たせながら牢屋を突破し、本隊と合流するというやつである。
この世界では、俺がミディアたちを操作することはできない。つまり、あいつらは敵のアーチャーと魔道士にボコボコにされるということだ。あるいは人質として脅しの材料に使われるかもしれない。
その点を考えるとワープが一番安全だと思ったんだが、そこで俺は気づいた。
この軍の中に、ミディアたちに信頼されそうな奴がいるだろうか。
たとえば俺がミディアたちの前に現れたとする。事情を話したとして、奴らは従うか?
無理だと思う。武器を渡して扉を開けてやっても、俺の指示を無視して勝手に行動して死にそう。
ニーナの直筆の手紙か、髪留めなんかを証拠として用意することも考えたが、相手はずうっと牢に閉じこめられていた連中だ。簡単に信じるわけがねえ。
ディールの要塞では、マリアと話しあう時間があった。マリアも俺にびびりつつ、話をちゃんと聞こうとした。敵も離れていた。
だが、ここではおそらく同じ手が取れない。牢屋のそばに敵が4ユニットもいるので、悠長に話してる時間はねえからだ。
じゃあ、誰だったら奴らを従えることができるか。
シーダやレナは面識がない。ミネルバやマリアはマケドニア軍=敵って思われそうだ。
リンダに聞いてみたら、ミディアとボアなら会ったことはあるが、三年前のことだと言われた。微妙だ。パレス陥落後は流浪人やってたから仕方ねえんだが。
確実なのはニーナ、次点がリンダって結論が出たんだが、この二人にそうした行動をさせるのは危険すぎる。牢屋の近くにいるのはアーチャーに魔道士、アーマーナイトだからな。
何かの弾みで死なれたら、すべてがおじゃんだ。
なので、ワープは諦めるしかなかった。
となれば、ニーナを正面から進ませるしかねえ。ワーレンでの予行演習のおかげか、びくついていないのはいい。だが、不安は消えない。
ああ、くそ、ジョルジュがおとなしく仲間になっていれば楽だったんだがな。
翌日は掃討戦だった。ミネルバたちがスナイパーやシューター、アーマーナイトらをかたづけ、俺たちは城門を突破する。
この日、俺たちは慎重に動いているふうを装って、兵たちを休ませた。
夜を待って一気にパレスに接近し、夜明けを待って俺とヴィクターの部隊がそれぞれパレスに入りこんだ。もちろん傷薬も聖水も忘れちゃいない。特に傷薬は多めに持った。連絡を取るのはほぼ不可能だからな。
俺が入ったのは、マップでいうと北東。盗賊たちがいるあたりだ。俺が従えているのはアイルトンと海賊が2ユニット。すぐに盗賊たちを一掃した。
そこへ、アーマーナイトとアーチャーの部隊が現れる。パレスの外にいた連中と同じ、ワーレン攻めの部隊だろう。やつらは「侵入者だ!」と悲鳴じみた叫びをあげた。
アイルトンの部隊が矢の雨を降らせ、敵をひるませる。そこへ俺たちは猛然と斬りこんだ。壁が血で染まり、床に血だまりができる。
「汚物は消毒だー!!」
「やろう、ぶっころしてやる!」
「エンジョイ&エキサイティング!」
死体を踏み越えて、俺たちは大声をあげながら進む。俺たちの役目は撹乱だ。せいぜい敵の注意を引きつけねえとな。
なお、上の叫び声に特に意味はない。とにかく威勢のいい言葉を、と手下どもから言われたので、北○の拳とド○えもんとベ○セルクから拝借した。
廊下の向こうから、敵の新手が現れる。アーマーナイトが二人、アーチャーが一人、その後ろにソルジャーの部隊。よしよし、どんどん来い。
アーマーナイトは二人とも大柄で、通路を塞ぐようにこちらへ向かってくる。アーチャーはその後ろから矢を射かけてくる気配だ。さすがパレスの守備兵、いい動きをするじゃねえか。
部下たちに一人を迎え撃たせ、俺はもう一人に斬りつけた。アーマーナイトは鋼の斧を盾で受け止めつつ、槍を繰りだしてくる。俺の肩を槍の穂先がかすめた。
「しゃらくせえ!」
俺は鋼の斧を振りあげて、容赦なく何度も叩きつける。伊達にここまで生き抜いちゃいねえんだ。アーマーナイトはひるみ、後退し、ついにバランスを崩した。俺の鋼の斧が、やつの胸当てを叩き割る。脇腹が露出した。すかさず、俺はその部分を斧で切り裂いた。
アーマーナイトが悲鳴をあげて崩れ落ちる。もう一人のアーマーナイトが叫んだ。
「トムス!」
えっ? トムス?
「ミシェラン、よそ見をするな!」
後ろにいるアーチャーが叫びながら、矢を射放つ。俺の部下の一人が矢を受けて倒れた。
ミシェランだと?
じゃあ、このアーチャーは、もしかしてトーマスか? なんでこんなところにいる!?
「お前ら、アカネイアの騎士なのか?」
疑問をぶつけながら、俺は答えも聞かずに続けて叫んでいた。
「俺は味方だ! お前らを助けに来たんだ!」
「ふざけるな!」
そう叫び返してきたのはミシェランだった。
「味方だと!? 貴様ら、どこからどう見ても賊だろうが! おおかた戦の混乱に乗じて財宝を盗みにきたのだろう! 貴様らのような薄汚い連中に、これ以上パレスの床を踏ませてなるものか!」
「その通りだ、ミシェラン……」
トムスが腰から下を血に染めながら、槍を支えに立ちあがる。兜の奥の鬼気迫る目が、俺を睨みつけた。
「ミディアとボア様のためにも、俺たちは戦い抜く!」
「まあ、こいつらもいるしな」
ミシェランの後ろにいるトーマスが、皮肉な調子で言ってソルジャーたちを見た。
そういうことか。
俺はようやくすべてを理解した。
そりゃそうだ。五人全員を牢屋にぶちこんでおく必要はねえ。わざわざ手間をかけて殺すこともねえ。二人ばかり人質にして、残りを手駒として使えばいいんだ。
ゲーム内にもそういう展開はあった。
次の章で出てくるアストリアは、ミディアを人質に取られたままだと思いこんで、マルスたちに襲いかかってくる。第二部の十五章では、エストを人質に取られたアベルが、やはりマルスに攻撃を仕掛けてくる。
今回の場合、監視役までついていやがる。
もしもトムスたちが俺たちの話に耳を傾ける姿勢を見せただけでも、このソルジャーどもはトムスたちに襲いかかるか、牢屋の近くにいる仲間に連絡して、人質になっているらしいミディアとボアを殺すんだろう。
トーマスは二人のアーマーナイトより多少冷静みたいだが、話が通じねえのなら変わらねえ。
どうする。逃げるか。
そう思ったとき、俺たちの後ろに延びている通路にも敵の新手が現れた。前後から挟み撃ちにされた格好だ。トムスとミシェランは勇んで槍を振りあげる。
俺は深いため息をつくと、鋼の斧を握り直した。
アーマーナイト。アーチャー。ほしかった。必要だった。アカネイア騎士としてのこいつらも。
だが、こいつらのために、俺の手下たちがやられていい道理はねえ。
「叩き潰すぞ」
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「アカネイア・パレス」2
アイルトンに援護させて、深手を負っているトムスを真っ先に仕留めた。
次いで、一気に踏みこんでトーマスを血だまりの中に沈める。それからソルジャーを牽制しつつ、ミシェランを葬った。
「ニーナ様……お許しください……」
そういやそうだった。アカネイア勢って、最期の台詞が同じなんだよな。リンダとアストリア、ミディアを除いて。
だが、感慨にふけっている暇はねえ。俺たちは二手に分かれて、正面にいるソルジャーと、後ろから向かってきた連中を一人また一人となぎ倒し、かたづける。
そうして敵をことごとく倒したとき、廊下には吐きそうなほどに血の臭いが充満していた。床は死体で埋まっている。敵だけじゃなくて味方の死体も転がっていた。手下どももけっこうやられた。
俺の鋼の斧は、刃に血がこびりつき、柄まで真っ赤に染まって役に立たなくなっていた。
「ヴィクターたちと合流するぞ」
傷薬を自分に使いながら、俺は手下どもに告げる。手下たちも傷薬を使っていた。自分の血と返り血とで、こいつらも血まみれだ。
ここまで状況が変わっちまうと、攪乱もクソもねえ。ニーナたちはまだ遠い。ヴィクターたちの方が近いはずだ。
俺たちは体についた血を拭うこともなく、さっきまでとは打って変わって、静かに廊下を歩きだした。廊下を抜けて、小さな広間に出る。そのとき、悲鳴が聞こえた。男のものだ。
俺たちは声のした方へ向かった。また廊下に入る。どのへんだ、ここ。
廊下の奥から、一人の男がよろよろとこちらへ歩いてくる。何かから逃げるように。そいつは血まみれだった。頭と肩に傷を負っている。
「お、親分……」
そいつは俺を見て、呻き声をあげた。よく見ると、ヴィクターの部下の戦士じゃねえか。俺は急いで駆け寄り、倒れそうになったそいつを抱き止めた。
「どうした。何があった。ヴィクターは?」
嫌な予感がする。何か、とんでもないことが起こったという気が。
「ヴィクターの……兄貴は……」
涙を流しながら、かすれた声でそいつは言った。
「兄貴は、やられちまった……」
えっ。
一瞬、俺は何を言われたのか、よく分からなかった。
理解すると、ショックと同時に混乱がどっと押し寄せてきた。
やられた? ヴィクターが?
いやいや、何の冗談だよ。そんなわけがあるか。
デビルマウンテンで俺に従って、そこからずうっと戦ってきたんだぞ、あいつは。同盟軍の主力なんだぞ。
戦士とはいえ、レベルはそうとうなもんだ。傷薬も聖水も持たせてる。あいつには戦士部隊が2ユニットついてるんだし、簡単にやられるはずがねえ。
その時、足音が近づいてくるのに俺は気づいた。
廊下の奥から、誰かがこっちへ向かってくる。俺は顔を上げた。
男だ。短い金髪。左手には盾。右手には血に濡れた銀の剣。黄土色の服も緑色の鎧も血に汚れている。傷も負っているみたいだったが、足取りはしっかりしていた。
「てめえか……」
俺はおもわず声に出していた。そいつは迷う様子もなく、俺たちの前まで歩いてくる。
「まだ賊が残っていたか」
口にするのも忌々しいというふうに、そいつは吐き捨てた。
なんでてめえがここにいる。
俺はそんな疑問を抱きながらも、こいつがここにいることに納得していた。グラに派遣されていたのが、大急ぎで呼び戻されたとしても、とくにおかしくはねえ。こいつにとって最も有効な人質は、このパレスにいるんだから。
五人の中で、なぜミディア(とボア)が人質にされていたのか。
そのことをもっと考えるべきだった。こいつを使うなら、俺だってミディアは牢から出さねえわ。
「お前らは下がってろ」
俺は手下どもを後ろに下げると、銀の斧を握りしめる。そして、金髪の男を……アストリアという名前の勇者を、殺意を込めて睨みつけた。
「来いよ、二軍勇者」
アストリアが床を蹴った。
あっという間すらなく、俺と奴の距離が縮まる。俺はとっさの判断で後ろへ飛びながら、銀の斧を振るった。銀の斧から衝撃が伝わってきて、吹っ飛ばされる。床に転がった。
速い! 今まで戦った誰よりも、こいつは速い。よろよろと体を起こしたところへ猛然と迫って、斬りかかってくる。俺が叩きつけた銀の斧は、盾で受けとめられた。
血飛沫をまき散らしながら、再び俺は床に転がる。斬られた。二回。一回目はフェイントを織り交ぜて、二回目は死角から。バランスを崩してでも床に転がったから、浅傷ですんだ。
アストリアがなおも襲いかかってくる。俺は銀の斧を盾代わりにして奴の斬撃を受けとめたり弾き返したりしながら、どうにか立ちあがった。
銀の斧越しに火花が散る。金属音が絶え間なく響く。俺の体に痛みが走る。
完全に防いでるわけじゃない。どうにかしのいでるってのが正直なところだ。服はもうズタズタで、ズボンは血まみれで、床は血の雫だらけだ。服とズボンはトムスたちとの戦いのせいもあるんだが。
「俺を二軍呼ばわりして、その程度か」
プライドの高いこいつには、気に障ったらしい。いやまあ、冷静に見れば即戦力ではあるんだがな。十分な場数を踏めるオグナバと比べるのは酷だし、サムソンは加入が遅い。
「悪かった。訂正してやる」
呼吸を整えながら、血だらけの顔で俺は笑った。
「三流勇者だ、てめえは」
斬撃が勢いを増した。これ、銀の斧の耐久度削られたりしてねえだろうな? 奴の剣は速く、無駄もなく、隙もなく、全然反撃できねえ。やつの攻撃五、六回に対して、俺の反撃がやっと一回って感じだ。
閃光が走った。三度、俺は床に転がる。まずい、意識がぼうっとする。目眩がして視界がはっきりしねえ。何度も転がされたせいだ。呼吸も苦しい。
そのとき、後ろに下がっていた手下どもが動いた。
「親分に加勢しろ!」
馬鹿野郎! 下がってろって言っただろうが!
剣が、血風を巻き起こしたとしか見えなかった。四人がかりで挑みかかった手下たちが、一瞬で、まとめて、血を噴きあげながらぼろきれになって床に倒れ伏した。俺の口元に、無意識に笑みが浮かんだ。
笑いという行為は、本来攻撃的なものであり……。
シグ○イだったかな、これは。いや、俺の場合は違うな。ショックと戦慄とで脳が誤作動を起こしてやがる。
銀の斧を握りしめて、俺は立ちあがった。
このままじゃ駄目だ。二軍も三流も訂正するつもりはねえが、これじゃあ十回戦っても十回殺されちまう。何か考えねえと。だが、何がある?
「矢だ! 矢を射ろ!」
アイルトンが叫び、ハンターたちが矢を射かけた。俺と奴の距離は空いてるし、手下たちもやられて勢いが止まった。その隙を突いた形だ。
だが、アストリアは盾をかざして何本かの矢を受けとめ、残りの矢を剣で打ち払った。あなた、映画の登場人物か何か?
「しぶとい男だ」
アストリアが俺に向かって剣をかまえる。
その時、俺ははっとした。アストリアの盾には、何本かの矢が突き刺さったままだ。
ああ、そうだ。
こいつはヴィクターたちを斬り伏せた。
ヴィクターたちと戦ったんだ。
十一章で現れるアストリアが持っているのは、銀の剣だけだ。俺たちのように傷薬も聖水も持ち歩いちゃいない。疲労やダメージが蓄積されているはずだ。
腰に下げている手斧の位置を、少し調整する。
そして、俺はアストリアとの間合いを無造作に詰めた。やつの攻撃を誘うように。
銀の剣についた血を払い落として、アストリアは床を蹴った。まっすぐ向かってくる。実にこいつらしく。
俺は銀の斧を振りあげた。アストリアが盾をかまえる。
俺は笑った。ありがとうよ。
その盾に、俺は渾身の力を込めて銀の斧を叩きつける。盾が真っ二つに割れて、いくつもの破片が飛び散った。狙いは、はじめからこの盾だった。
アストリアが足を止めて、短い呻き声を上げる。左手を痛めたんだろう。それだけの手応えはあった。
だが、アストリアは逃れようとせずに踏みとどまった。俺の脇腹に銀の剣で斬りつける。まともに受けたら腹から臓物が飛びでて確実に死ぬだろう一撃。
それを、俺は腰の手斧で受けた。
手斧の刃が半分吹き飛び、銀の剣が俺の脇腹に食いこむ。焼けるような痛みが俺の体を襲った。しかし、手斧によって威力を殺されていた銀の剣は、そこで止まる。
「るぉぉぁぁぁぁ!」
俺は再び斧を振りあげた。アストリアの右腕、肘と手首の間に振りおろす。
流血の川が空中に生まれた。右手を失ったアストリアは、今度はさすがに叫び声を上げた。
だが、アストリアの戦意はまだあった。十分以上に。奴は俺を睨みつけながら、おそらく痺れてろくに動かないだろう左手を振りあげて、俺の目を狙って突きこんできた。
俺は精一杯のけぞるように胸を反らして、口を開ける。文字通り眼前に迫ったアストリアの指を、二本ばかり食いちぎった。再び、流血が空中に舞う。
アストリアはよろめいて一、二歩後退した。
俺が二本の指を床に吐きだして、顔を上げた時、アストリアはまっすぐ立って俺を見据えていた。右腕の肘から先と、左手の指を二本失いながら、苦痛の色を見せず、なお傲然と。
「やれ」
その瞬間、俺はカッとなった。
俺はアストリアに歩み寄ると、奴の股間をおもいきり蹴り上げた。アストリアは短い悲鳴を上げて崩れ落ち、うずくまる。俺はやつの後頭部を踏みつけた。
むしょうに腹が立った。何だ、こいつ。
いや、たしかに不器用でまっすぐで何かと偉そうなこいつらしい。
だが。だがな。俺なんぞよりよっぽどこの地上に未練があるはずなのに「やれ」だと?
「望み通りにしてやるよ」
怒りを帯びた声で、俺はアストリアにささやいた。
「てめえを殺した後、てめえの恋人のミディアをたっぷり犯してやる。地獄の底で、てめえはその光景を見るんだ。あの女が俺の下で喘ぐさまを、悔し涙を流しながらな」
アストリアの顔が青ざめた。悔やむように歯を食いしばり、目を閉じる。
「ミディアよ……許せ……」
俺は銀の斧を叩きつけた。
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「アカネイア・パレス」3
腹に食いこんでいた銀の剣を抜くと、痛みとともに血が噴き出した。
傷薬を使いつつ応急手当をする。いくらか楽にはなった。
廊下を歩いていって、俺たちは血に染まった床と、その中に倒れているヴィクターたちを発見した。こういうのは見慣れているはずだが、ひどく凄惨な光景に思えた。
ヴィクターは一目で死んでいるとわかった。頭が半分吹き飛んでたからだ。
「親分、どうしますか……」
アイルトンが疲れ切った声で聞いてくる。俺は背中を向けたまま答えた。
「俺はちょっと行くところができた。お前らはニーナたちに合流しろ」
巨大な柱と、宝物庫らしき部屋の扉を見つけたおかげで、どのあたりにいるのか、だいたい分かった。マップ左上あたりってとこだ。
このあたりに敵の気配はない。ヴィクターたちが片付けたんだろう。合流するのはそれほど難しくねえはずだ。
北へ通じる廊下を歩いていく。牢屋はすぐに見つかった。牢屋というよりは、客室に手を加えたものだったんだな。向かってきた魔道士とアーチャーたちを、俺は鉄の斧で葬った。傷薬と聖水はまだ残ってるから、たいした手間はかからなかった。
客室の扉を叩き壊す。
薄暗い中には、二人の男女がいた。ミディアとボアだ。二人とも脚を椅子にくくりつけられ、両手には手枷をはめられている。
「何者だ……?」
警戒するような目で見てくるボアを無視して、俺はミディアに歩み寄る。ミディアは無言で俺を睨みつけた。
ミディアの脚を椅子に拘束している鎖を、俺は斧で叩き切る。それから、ミディアを抱きあげて肩に担ぎあげた。さすがにミディアは驚き、慌てた。
「な、何をする……!?」
「決まってるだろう、そんなの」
俺は笑った。
「外の騒ぎは聞こえてただろう? ここは戦場だ。戦場で丸腰の女がどんな目に遭うか、説明されなくとも分かるよな?」
「ま、待て!」
ボアが体を揺すりながら声を上げる。俺は容赦なくボアを蹴り倒した。椅子のせいで身動きが取れないボアは、床に転がる。俺はミディアを担いだまま客室を出た。
少し離れたところにある、空いている客室に入る。あまり上等じゃない客用なのか、飾り気がなく、家具もほとんどなかった。とはいえ、ベッドがあるから十分だ。
俺はミディアをベッドの上に放り投げる。そして、その上にのしかかった。
「離せっ……!」
ミディアは暴れたが、両手は手枷で封じられているし、腰から下も俺におさえつけられている。
俺はミディアの服に手をかけ、無理矢理引き裂いた。大きくはないが、小さすぎるということもない、形の整った胸が露わになる。ミディアの顔に怯えの色が浮かんだ。
これだけやっておいてアレだが、一物はいきりたったものの、心は弾まなかった。
俺はミディアの胸を左手でゆっくりと、丁寧に揉みしだく。ミディアの口から悲鳴に近い声が漏れた。だが、どれだけ顔を歪めても、ミディアは泣きだしはしなかった。ただ、殺意を込めて俺を睨みつけてきた。
俺はシーツの端を適当に破くと、ミディアの口に無理矢理ねじこんだ。それから、再び胸を責める。乳首を指先でいじってやりながら、俺は淡々と言った。
「アストリアは俺が殺した」
ミディアの目が丸く見開かれる。
「トムスも、ミシェランも、トーマスも俺が殺した」
胸を揉まれていることなど忘れたかのように、ミディアは呆然とした顔で俺を見上げた。
「俺は、アカネイア同盟軍の総指揮官だ」
ミディアの目の端に涙がにじむ。何かを叫んだようだったが、それは言葉にはならず、くぐもった呻き声にしかならなかった。
やることはやったが、傷口が開いてシーツを血で汚しちまった。
ミディアは涙を流しながら、虚ろな顔で天井を眺めている。半分放心状態だ。俺はすばやく服を身につけると、シーツでミディアの身体を大雑把に包みこもうとした。
その時、扉が開いた。
敵兵かと思って俺は手斧を握りしめたが、入ってきたのはニーナだった。
俺は驚いてニーナを見つめる。ニーナは俺を見て、それからベッドの上のミディアを見た。
ニーナは怒りも露わに駆けてきて、俺の頬を殴りつけた。握り拳で。
「どうして! どうしてあなたは……!」
それ以上は言葉にならないらしく、ニーナはすさまじい形相で俺を睨みつける。だが、俺は怯まなかった。俺だって怒りがおさまっちゃいねえからだ。
「こいつは俺が手に入れた、俺の戦利品だ。何か文句があるか」
「あるに決まってるでしょう!」
部屋の外にまで響くほどの大声で、ニーナは叫んだ。俺はニーナの顔を眺めながら、外の戦況はどうなってんだろうか、とか場違いなことを考えた。
「囚われている者たちを助けるために、あなたは策を考えてくれたのではありませんか! なぜ、それを自分の手で、こんな……! こんなっ……!」
泣きじゃくりながら、ニーナは肩を震わせ、拳を握りしめて俺に訴えた。俺は言った。
「状況が変わった」
こいつがここに来たのは、ちょうどいいか。手間が省けた。
俺はミディアを顎で示して言った。
「そいつはお前に預ける。もう一度言っておくが、俺の戦利品だからな」
「待ちなさい!」
外に出ようとした俺の前に、ニーナは素早く回りこんだ。
「状況が変わったというなら、説明してください。私には聞く権利があるはずです」
その時、開いたままの扉からシーダとミネルバが顔を覗かせた。二人は俺を見て、それから俺の肩越しに部屋の中を見て、状況をおおよそ理解したらしい。見る見る嫌悪感に顔を歪ませた。
「総指揮官殿。私も事情を聞かせてほしい」
手に持っていた剣を握り直して、ミネルバが言った。
「女好きなのは分かっていたが、それも時と場合によりけりだ」
「私も説明を求めます」
シーダがニーナの隣に立つ。俺を何としてでも行かさねえって態度だ。
「外の状況は?」
俺が聞くと、ミネルバは一瞬呆れた顔をしながらも答えた。
「半分ほどは制圧した。宝物庫もおさえてある」
半分ほど。じゃあ、火竜のいる広間の手前あたりまで進んだってところか。それなら休憩にしてもいいだろう。
落ち着くと、ニーナに殴られた頬がうずいた。俺はニーナに言った。
「説明してやるから場所を変えるぞ。あと、お前は手を冷やせ」
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「アカネイア・パレス」4
それでですね。
今後のために少し書きためというかストックを作りたいので、申し訳ないですが、次の更新は週末ぐらいになります…… <(_ _)>
お待ちいただけると、幸いです。
ミディアはシーツにくるんで、シーダとミネルバが運ぶことになった。
シーダたちの後について廊下を歩きながら、俺はニーナに話した。アカネイア騎士が敵として襲いかかってきたことと、それによってヴィクターたちが壊滅的な打撃を受けたことを。
「だから、あなたはその怒りをミディアにぶつけたということですか……?」
ニーナの顔は紅潮している。その目には変わらず怒りが浮かんでいた。
「言っただろう。俺はあいつを戦利品として手に入れた。だから、やりたいようにやった」
「そうですか」
ニーナの声は氷のように冷たかった。ニーナは足を止める。俺も釣られて足を止めた。
「あなたを解任します」
さきほどまでの怒りを両目にだけ残して、感情をまったくうかがわせない無表情で、ニーナは言った。シーダやミネルバがおもわずこちらを見るほど事務的な口調だった。
「これ以上、あなたに同盟軍の指揮を執ってほしいとは思いません」
これほど意味のない言葉もない。だが、これほどニーナの決意を示す言葉もないだろう。
「待ってください」
シーダが声を上げた。ミディアを運んでいなかったら、ここまで駆け寄ってきたに違いない必死さだった。
「ニーナ様、せめて……せめて、この戦いが終わるまで、待っていただけませんか」
「あなたは、この男の肩を持つのですか」
ニーナが語気も荒くシーダを睨みつける。はじめて見る光景だった。シーダは臆さない。ミネルバにミディアを任せて、こちらまで歩いてきた。ニーナをまっすぐ見つめる。
「兵たちの気持ちを、お考えになってください。ここで総指揮官がいなくなったら、彼らは動揺します。ここまで来ておきながら、敵に押し返されるかもしれません。このパレスを奪還することは、いまや私たち、そして兵たちの悲願でもあるのです。どうか、お願いします……!」
シーダの表情も、口調も、必死だった。シーダらしからぬやり口だというのに、ありったけの思いが込められているのが俺にもわかった。
ニーナは苦い顔をしていた。シーダが兵をダシに使ってまで説得してきたことに驚き、腹を立てているのがわかる。
だが、こいつが何より腹立たしく思ってるのは、総大将として、シーダの言葉を認めざるを得ないことだろう。こいつは、それがわかるようになっちまった。
戦は、佳境だ。
ニーナはミネルバを見た。ミネルバは淡々と答えた。
「一人の戦士として、私はシーダ王女の言葉を支持します」
ニーナは肩を落とした。辛そうな顔で俺を見る。ニーナが何かを言う前に、俺は言った。
「このパレスを奪還するまでは、俺にやらせてくれ」
「それは、総指揮官としての矜恃ですか……?」
ニーナの声は、おさえきれない感情に震えている。
そんなもん、はじめっからねえよ。
「パレスは取り戻したと言ってやりたいだろ。相手が墓であっても」
俺の考えが足りなかったばかりに死なせちまった。
挙げ句、王宮も奪れなかったとなれば、合わせる顔がねえにもほどがある。
ニーナの顔から、一瞬怒りが消え去ったように見えた。
目を見開いて、ニーナは呆然と俺を見ている。やがて我に返ると、ニーナはうつむいた。
「そう、ですね……。ええ、墓であっても」
墓であっても。もう一度繰り返して、ニーナは呟く。
やがてニーナは顔を上げた。頬には涙の跡があり、目の奥には怒りがあったが、また違う決意がその表情からは感じられた。
「あなたの願いを、聞き入れます。パレスを奪還したら、あなたの処遇について、あらためて話しましょう」
「おう」
答えてから、俺は舌打ちした。
気分が、いくらか軽くなったことに気づいたからだった。
ミディアとボアが閉じこめられていた客室の前につくと、そこには全軍がそろっていた。
俺はマチスから状況を聞く。宝物庫にいたジェネラルは、こいつとエステベスが倒したということだ。アーマーキラーの扱いにすっかり慣れたようだ。
「奥にいる火竜はどうしやすか?」
アイルトンに聞かれて、俺は奥にたたずんでいるバヌトゥを見た。
「悪いな、また頼む」
「悪い、と言う時ぐらい、申し訳なさそうな顔をしてほしいものだな」
バヌトゥはそう言ったが、本気ではなく皮肉交じりの冗談のようだった。手下たちが「違えねえ」と笑った。
ミディアたちの件が片付いた以上、あとは掃討戦でしかねえ。とはいえ、何が起こるか分からねえからな。これ以上、油断はできねえ。
敵の火竜は、こちらも火竜と化したバヌトゥで注意を引き、ミネルバとリンダで葬った。
聖水を使うよう全員に指示を出して、玉座の前の広間にミネルバとマチスを突入させる。
アイルトンとカシムが続き、さらに火竜状態のバヌトゥが広間へ歩いていく。最後に、カーツ率いる義勇兵たちが入っていった。
魔道士たちはたちまち一掃された。
玉座に居座るボーゼンの面倒くささは、ボルガノンを使うことだけじゃない。回復の杖を持った司祭に左右を固めさせていることだ。しかも、この司祭を倒せば、控えているスナイパーが穴埋めとばかりに出てくるというおまけつきである。
問題はスナイパーだ。
俺はバヌトゥとカシムに指示を出して、ボーゼンの左(画面的には右)にいる司祭をまず焼いた。そして、キルソードを持ち、聖水をふりかけたミネルバが間髪入れずボーゼンに斬りかかる。
「ドルーアにたてつく反乱軍の兵士ども……うぬっ、貴様、ミネルバ王女か!」
「そういえば、見覚えのある顔だな」
驚愕するボーゼンに、ミネルバは涼しげに応じる。
「裏切ったとは聞いていたが、まさかこのようなところで会うとはな……。わしのボルガノンで骨まで焼き尽くしてくれるわ!」
炎の魔法が大地を走り、火柱を噴きあげる。だが、それに耐えて、ミネルバはボーゼンを斬り伏せた。
「この程度で勝ったと思うな。ドルーアは不滅なのだ……ぐふっ」
そうして空になった玉座へ、俺が足を進めた。司祭を鉄の斧で脅しつつ、その奥の回廊を睨みつける。
案の定、スナイパーが飛びだしてきた。放たれた矢を、俺は斧で弾き返す。この玉座に俺が立ちふさがらなかったら、こいつに行動の自由を許しちまうからな。しかし、人手不足をさっそく実感してるぜ。
司祭とスナイパーは、杖と武器をそれぞれ捨てて降伏した。また、奥の部屋にいたソルジャーたちも同じく降伏する。
そいつらが拘束されるのを確認すると、俺はニーナのところへ歩いていった。
「出番だ、総大将」
ニーナは頷いた。玉座の前まで歩いていくと、ニーナはこちらを振り返って兵たちを見回す。
「みなさん……」
そう言って、ニーナは両手を胸の前に持っていき、目を閉じた。
「みなさん、本当にありがとうございます。あなたがたの助けがなければ、今日、私がここにいることはなかったでしょう。どれほど感謝の言葉を並べても、まるで足りない思いです。アカネイアの王家に生まれた者として、みなさんの勇気と奮戦には必ず報いることを、ここに約束させていただきます」
誰もが黙って耳を傾けている。ニーナは凛とした顔で続けた。
「まだ、戦いは終わっていません。ドルーア、グルニア、マケドニア、そしてグラの四王国は健在であり、遠くアリティアは圧政に苦しみ、カダインも悪の司祭ガーネフの支配下にあります。諸国を解放し、過ちを正す。そのための戦いは、今までよりもさらに苛烈で、厳しいものとなるでしょう。ですが、私たちは大陸全土に平和を取り戻さなければなりません。私たちのためだけではなく……」
この時、ニーナは一旦言葉を切った。俺の方を見たように思えた。だが、それは一瞬のことだったから、はっきりとは分からなかった。
「家族のために、友人のために、愛する人々のために、失われてしまった大切な人たちのために。神々に彼らの魂の安らぎを祈る時、彼らに笑顔で語りかけられるように!」
誰もが、自然と目を閉じた。
あるいは胸に手を当てた。
拳を握りしめた。
この世にいない者たちへ呼びかけるかのように。
俺も、無意識の内にそうしていた。
「私には、ちからがありません。あなたがたに支えられて、ここまでたどりつけたように。私が示すことができるのは、ドルーアと戦うという意志だけです。だから、お願いします。あなたがたのちからを、いまいちど貸してください。ドルーアと戦うために」
誰かが声をあげた。
誰かが拳を突きあげた。
声は次第に増えて大きくなり、突きあげられる拳の数もまた、増えていった。
俺も拳を突きあげた。
歓声が、玉座のあるこの空間を包み込んだ。
ニーナを称える歓声は、いつまでも続いた。
アカネイア・パレスは、同盟軍の手に取り戻された。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 カシム レナ
マチス ニーナ リカード
ウェンデル バヌトゥ エステベス
カーツ マリア ミネルバ
リンダ
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「ファイアーエムブレム」1
目が覚めたら宴会が終わってた。
目が覚めたら宴会が終わってた(とっても大事なことなので2回言いました)。
待って。ちょっと待って。
おかしくない? 俺、総指揮官だよ総指揮官。
胴上げなんかされちゃったり、ビールかけとかやったりさ、ねぎらってもらってさ、いたわってもらってさ、女たちがよってたかってパフパフしてくれたりさ。
目隠ししてたくさんのおっぱいにさわって、誰の乳かを手触りだけで当てるゲームとかさ。俺が中心になって、あぶない水着だけを着けた女たちと押しくら饅頭でくんずほぐれつとかさ。
今ならシーダにレナにミネルバにリンダに、まあニーナも入れて6Pも可能なわけじゃん? マリアは、うーん、もうちょっと先のこととしてさ。
「あの戦場でのあなたの采配はまこと見事でありました。ぜひ来シーズンの我がチームで監督をやっていただけませんか」みたいな話が来たりさ。
「一番激しい戦いはどこでした? やはりレフカンディですか?」みたいなインタビューに「いや、ベッドの上だね。毎晩さ」みたいな小粋なジョークを返すとかさ。
あとアレ。雑誌の裏表紙にある、札束風呂に女二人ぐらいはべらせて入るプレイ。勝ちまくりモテまくり! この世界には札束ないから金貨風呂かな? 金物の匂いがうつりそうな風呂だけど。
そういう楽しい楽しいイベントはどこに行ったの? ねえ。
俺はいったい何のために戦ってきたの?
ニーナの演説が終わると同時に、俺は倒れて意識を失ったらしい。
アカネイア勢との戦いで流した血の量が多すぎたしなあ……。その後、ろくに手当てもしないでミディアを婦女暴行するわ、ボーゼンを倒すまでの指揮を執るわ、スナイパーの攻撃を受けるわと、いろいろやったからな。
で、倒れた俺は空いてた客室の一つに担ぎ込まれて、手当てをされた。
俺を診てくれたのはウェンデルのジジイだったんだが、目覚めた後で「あと少し傷が深かったら内臓が飛びだしていたかもしれん」と言われてさすがに青くなった。だって、ウェンデルが二本の指で教えてくれた「あと少し」って2センチなかったんだぜ。下手すりゃ腹からモツがこんにちはしたわけで。俺、よく生き延びたな。
話を戻すと、その後、ニーナはアカネイア国旗を王宮の目立つところに掲げるよう指示を出し、シーダとミネルバは城下町に飛んでいってパレス奪還が成功したことを告げた。城下町の盛り上がりようといったらそれはそれは大変なものだったらしい。
王宮にはボーゼンが備蓄していた食糧や物資が大量にあったわけだが、ニーナはためらうことなくそれらを王宮にも城下町にもばらまいて、勝利を祝う宴がはじまった。
宴は三日間続いたらしい。勝利のでかさを考えればこれって滅茶苦茶短いんだが、ニーナが演説で言ったように、戦いはまだ終わってねえ。また、民衆の心情を考えて宴を優先したこともあって、王宮の掃除もとりあえず的な処置だった。だから三日間が限度だったわけだ。
俺はその三日間眠り続けていた……というのは俺が思っていただけで、みんなから話を聞いてみると、どうも俺が覚えてないってだけらしい。
昼間はぐーすかいびきをかきながら、夜になるといつのまにか部屋から抜け出して、手下たちと酒を飲んでいたそうだ。
覚えてない。全然覚えてない。というか腹の傷がアレだったのに、なんで俺は動きまわることができたんだ。誰か止めろよ。
で、その時の詳しい話を聞くために、廊下で見かけた何人かに声をかけてみたんだが。
シーダは、顔を合わせるなり、顔を真っ赤にして言った。
「もう、知りません!」
レナは、やはり顔を赤く染めてうつむきながら言った。
「あんなことは、その、人前でやるのはやめてください……」
ミネルバは、苦笑を浮かべて言った。
「なかなか挑戦的な試みだったな。嫌いでは、ない。慣れるのに時間がかかりそうだが」
ねえ。俺、何をやったの? どうして何も覚えてないの? 斜め四十五度ぐらいで頭を叩いたら思いだせるのかな?
マリアは楽しそうに笑って、割と具体的に説明してくれた。
「あのね、いきなりどこかから現れたかと思ったら、わたしの手を取って「お嬢さん、一曲踊っていただけませんか」って。わたしが「はい」って言ったら、こう、ガザック様の手下さんたちに囲まれながら、ぐるぐるーって回ってすごい楽しかったよ。おたがいほっぺたにキスをしたりね。あ、そういえば、踊りながら「とりぷるあくせる」とか言ってた」
俺、何をやってたの? しかもそれダンスじゃねえ。フィギュアだ。あと、ほっぺにチューって、何だ、それ。子供か。
リンダは、俺を怪しげなものを見る目で見ながら言った。
「あんたさ、本当に何者なの? あたしの肩をばんばん叩きながら「リザイアがあればお前を敵陣に放りこんで屍の山一丁あがりなのに」とか「メティオなんて贅沢はいわないからウォームが欲しい」とか……。リザイアなんて扱いが特殊すぎて知っている人がほとんどいない魔法じゃない。メティオやウォームにいたっては禁呪といっていいものだし……」
げっ、やべえ。何を口走ってんだ俺。
「俺、それ以外に何か言ってたか?」
「あたしの体をまさぐりながら「もっと肉をつけろ」とか失礼なことを言ったぐらいね!」
「うん、俺としてはもっとお前に肉をつけてほしい。いや、いまの体も悪くはないが」
脇腹の傷を殴られた。お前、モツが飛びでたらどうしてくれるんだ。
ちなみに、ニーナには会ってねえ。総大将として忙しいらしい。
アイルトンたちやカシム、マチス、リカードなんかからも話を聞いたが、俺はいろんなところに顔を出しては肉を食い、酒を飲み、騒ぎ、歌い、踊り、笑い、女と見ればセクハラをしまくったらしいが、部屋に連れこんだりはしなかったようだ。
ただ、みんなの話が全部本当だったとすると、俺は同じ時間帯に三つの場所に出現していたことになるんだが。ドッペルゲンガーかな?
ウェンデルとバヌトゥのジジイコンビは、挨拶程度に宴の場を回り、ほどほどに飲み食いして、その後は交替で俺を診ていたそうだ。「賑やかなのは嫌いではないが、少し離れたところから見ている方が落ち着くのでな」ということだった。このジジイらしいとは思うが、ありがたいと同時に申し訳ねえとも思う。
バヌトゥは竜族だから遠慮したのと、すげえって目で見られてあれこれ話しかけられるのがはじめてでうろたえて、疲れたってのが実情らしい。これまで目立たないように旅してたんだろうし、まあ疲れるわな。
エステベスも、傭兵なりに楽しんだらしい。
「俺たちみたいな傭兵も酒の席に加えてくれるとはね。エイブラハムの奴はもったいねえことをしたよ」
こいつは今後も従ってくれるそうだ。ただし、契約金の交渉はしっかりするとさ。仕方ねえな。こいつの能力上がった感じが全然しねえけどな!
とにかく、宴の終わった翌日の朝に、俺は王宮の一室で目を覚ました。
で、痛む体を引きずりながら王宮内を歩きまわって話を聞いていたら一日が終わった。
何か……むなしいというか不安に襲われた一日だった。酒は飲んでも呑まれるなとはいったもんだ。お酒はほどほどにね。
だが、まだその日の出来事がすべて終わったわけじゃなかった。
夜になって、俺の部屋を一人の男が訪ねてきたんだ。
「お初にお目にかかる、ガザック殿。わしは、先王陛下よりアドリア侯爵の地位と領地を賜りしラングと申す」
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「ファイアーエムブレム」2
アカネイア王国の政治体制について、簡単に説明する。
王家はパレスを主とした直轄領を持ち、他に五大侯爵家と呼ばれる連中が広大な自治領を持っている。五大侯爵家というのはディール、メニディ、レフカンディ、アドリア、サムスーフ。前にも少しだけ触れたな。
ちなみにミディアはディール家の、ジョルジュはメニディ家の出身だ。
ゲーム上の説明だと、王家が支配しているのはパレスだけっぽかったが、このあたり微妙にこの世界は違う。五大侯爵家は、それぞれが一国に匹敵する勢力を誇っており、彼らが王家を支えることでアカネイアは繁栄してきた……という感じらしい。
その五大侯爵家の一人ラングが、俺に会いに来た。
俺の部屋にはふっかふかのソファーが二つ置いてあり、俺とラングはそれに座る。
挨拶もそこそこに、ラングは笑顔でお世辞を並べたててきた。
「このパレスに来る道すがら噂を聞いてな。ガルダの海賊の出ということだが、いやいや、どうして。ニーナ姫を擁してグルニア、マケドニアの軍勢を次々に打ち破り、パレスを奪還してみせたその手腕。また一人の戦士としても、数多の将軍に一騎打ちで勝利したその武勇、実にお見事。このラング、感服いたした。ガザック殿の武勲の数々にはただ見惚れるばかりだ」
いやあ、すげえな。口が回る回る。
あまりに長すぎたんで要約したが、実際の台詞はこの十倍以上あった。ラングはだいたいこんな感じで俺を褒めちぎって褒めちぎって褒め殺した。
最初は内心で呆れていた俺も、終わった時には感心していた。よくこれだけ言葉が出てくるもんだ。
「言葉というのは便利だな。いくら費やしても金がかからないからな」
俺が皮肉を言うと、ラングは「いやいや」と首を激しく横に振った。そして、扉の外に向かってぱんぱんと手を叩く。
すると、外に控えていたらしいラングの部下たちが、壺やら箱やらを抱えて入ってきた。金貨や銀貨の詰まった壺、宝石や絹布を満載した箱、他にも指輪に首飾り等々。いかにも高級そうな葡萄酒や、その他色々な酒もたくさん。おおっ、すげえ。
「少なくて申し訳ないが、お近づきの印だ。どうぞ受けとっていただきたい」
そうしてラングの部下たちは静かに退出していったが、ひとりだけ残った。
黒髪、褐色の肌、切れ長の目の美人だ。スタイルもいい。ただ、異国風の衣装も含めてどこかで見たような気もする。ラングが笑顔で言った。
「この娘は道具屋を営んでいるララベルという一族の娘でな。ララベル一族はわしとも懇意にしておるのだが、ぜひガザック殿に紹介したいと思って連れてきたのだ」
あっ! そうか、道具屋のあの娘か!
やるねえ、ラング。これは引っかからずにはいられないハニトラですよ。
俺がおもわず身を乗りだしたせいか、ラングはいやらしい笑みを浮かべた。
「そういえば、ガザック殿もなかなかの女好きとか」
「も、と言われると、ラング殿も?」
俺があえて乗ってやると、ラングは同好の士を見つけたような笑顔で頷いた。
「うむ。定期的に領内で娘狩りを行ってな、若い娘をいただいておる。あの初々しさ、そして何よりもはじめての男がわしであると教え込んでやることが何より……ふふふ」
「さすが五大侯爵家。うらやましいかぎりですな」
うーむ、我ながらゲスい会話だ。しかし、うらやましいというのは半分本音だ。
「ガザック殿。今夜はこれで失礼させていただくが、あなたへの贈りものはまだまだ用意しておる。一度に運び込むと、ニーナ姫がうるさいのでな。あれでも王家の血を引く者には変わりない……。夢みたいなことばかり語るあの小娘には、さぞ苦労させられただろう」
「わかっていただけますか。まったく、その割に、こっちが言ったことの半分もできやしないんで、何度放り捨ててやろうと思ったことか……」
俺は慎重に言葉を選びながら、同意を示す。慎重に選んでんだぞ、これでも。
ラングは親しげに俺の肩を叩くと「では、楽しんでくれ」と笑って部屋から出ていった。
後には、俺と財宝とララベルの娘だけが残る。
俺はため息をついて、ソファに体を沈めた。
いやー、緊張した。
話を合わせて笑ってはいたが、いつ「と……油断させといて……馬鹿め……死ね!!!」って叫びながら隠し持っていた武器を取りだして斬りつけてくるか、気が気じゃなかったぜ。
てめえがそういう奴だって、俺は知ってるからな。
実のところ、ラングの名前を聞いた時、俺はあまり驚かなかった。むしろ、やっぱり来やがったかという思いの方が強かった。
「紋章の謎」をやりこんでいたころ、ラングという人間について、俺は少し考えたことがある。
第二部でのジェイガンの説明によると、ラングは「前の戦いの時にはドルーア帝国に取り入って、人々から金を巻きあげ、私腹を肥やした」という。
具体的には、ラング(とサムスーフ侯)は、この戦争の初期にアカネイアを裏切ってドルーア連合についた。
レフカンディ侯はお家騒動で軍を動かせず、ディール侯とメニディ侯だけがドルーア連合と戦って負け、大司祭ミロアもガーネフ率いるカダイン魔道軍に負けた。
で、カミュに攻められてパレスが陥落したわけだ。
ラングとサムスーフ侯が裏切らなかったらアカネイアは負けなかったのかというと、それでもたぶん負けたと俺は思うが、とにかくアカネイア敗北の要因の一つには違いない。
ところがラングは、マルスがメディウス(地竜バージョン)をぶっ倒し、アカネイアが逆転勝利を果たした後も、お咎めなしで生き延びる。
多くのプレイヤーは疑問に思ったんじゃないか。
第一部が終わってから第二部が始まるまでに、なんでラングは処刑されなかったのかと。
戦争序盤で裏切ってんだぜ? 性格もこれだから、はっきりいって許す理由がどこにもない。五大侯爵家の一人だから、放置しておくレベルの小物ってわけでもない。
処刑はやり過ぎだというなら、領地召し上げと追放処分ぐらいはあってしかるべきだ。
エンディングで流れるアカネイア大陸史によれば、第一部の終わりが605年。第二部の始まりが607年。二年もの時間があったわけだ。
それなのに、ハーディンもニーナも、そしてニーナを補佐するボアも、ラングを許した。
ハーディンもニーナも清濁併せ呑むってキャラじゃない。ハーディンなんかは、むしろ積極的に正義を求めるタイプだ。だからこそ俺を叩き潰そうとしたんだろうし。
ハーディンが闇のオーブに飲まれて闇堕ちしたから、って説があるが、あれには段階がある。
国王になってから、ハーディンはニーナが自分に思いを寄せていないことに気づき、さらにアカネイア貴族たちが自分を蔑んでろくすっぽ協力しやがらないことに悩み、部屋に引きこもって酒浸りの生活を送り、そこへ商人に化けたガーネフが闇のオーブを持ってきて……という流れだ。
ラングを処罰する時間はあったんだ。
だが、ハーディンはしていない。
こいつは俺の推測だが、ラングは、ハーディンに公然と味方したんだと思う。
すでに言った通り、王になったハーディンは早々に孤立した。
戦友といっていいはずのジョルジュやアストリア、ミディアでさえ、ニーナにしか忠誠心を抱いていない。ハーディンをニーナの夫に推薦したボアも、協力的だった様子がない。
味方がいない者に積極的に協力することで、恩を売る。
こいつは政治の一つの手だ。ラングはそれをやったんだろう。よくも悪くも時勢を読む目はあるみたいだしな。
だから、ハーディンはラングを切り捨てたくてもできなかった。ラングがいなくなれば、完全に孤立するからだ。お飾りの王として無為に生きることになる。そして、裏切り者の汚名を負ったラングが味方にいることで、他の者はますますハーディンから遠ざかった。
ニーナも、ラングを許すしかなかった。ニーナにとっての計算違いは、アカネイア貴族や騎士たちがハーディンにとにかく非協力だったことだ。ニーナの立場と性格から考えて、ハーディンへの忠誠を貴族たちに呼びかけたとは思うが、効果はなかったんだろう。
第二部終章での、ハーディンに向けたニーナの台詞は、カミュのことだけじゃなくて、本心を打ち明けなかったことなども含めた全体的なものだったと思う。
ボアがラングを許した理由についてだが……。
ちょっと長くなるんで話が脱線しちまうが、ボアがニーナ第一主義だからだ。
ただし、それはニーナの考えや理想に感銘して、その願いが実現するように動くって意味じゃない。とにかくニーナの身の安全、評判が最優先で、そのためにはニーナの意志なんて知ったことじゃないって代物だ。
第二部十九章で、ニーナとハーディンの結婚がどのように決まったか、ボアの口から語られるんだが、こいつは結婚相手としてハーディンかマルスの二択をニーナに突きつけ、答えを先延ばしにしようとしたニーナをせかし、しかも本心をハーディンに告げないようにと、ニーナに口止めさせてるんだよな。
なんで、そんなに急いで王を迎えなければいけないのかというと、アカネイアを再建するためだという。
この会話を見た時、俺は二つばかり引っかかった。
一つ。ニーナの力では、アカネイアの再建は無理なのか? ニーナに忠誠を捧げているジョルジュやミディア、アストリアがいるのに?
もう一つ。どうして国外から候補者を選んだのか?
いくら戦争で大勢死んだとはいえ、ニーナと結婚できるアカネイア貴族が一人もいないってことはなかっただろう。
先祖のアルテミスは、勇者アンリではなくアカネイア貴族のカルタスを選んで、貴族たちの反発をおさえたじゃないか。
稀代の英雄よりも国内貴族。
これがアカネイアの価値観だ。アカネイアの、この傲慢な姿勢が変わってないことは、ミシェイルの台詞などからもうかがえる。
じゃあ、どうして?
そこから俺は考えた。
ボアが必要とした「国王」は、ニーナの盾になってくれる人間だったんじゃないか。
国を再建するとなれば、問題のあった人間を処罰する必要も出てくる。そうすれば反発もあるだろう。第二部でクーデターを起こされたミネルバがいい例だ。
そして、アカネイアには処罰しなければならない裏切り者が二人いた。ラングと、サムスーフ侯だ。
だが、こいつらは腐っても五大侯爵家だ。罰するとなれば、貴族たちが反発することは容易に予想できる。
ボアは、そんな役回りをニーナにやらせたくはなかった。だが、同じ五大侯爵家のジョルジュやミディアにやらせれば、ラングたちも必死に抵抗するだろう。
国が割れる。再建どころじゃない。アカネイア貴族にやらせることはできない。
外から、高い名声を持つ人間を呼ばなくてはだめだ。
ニーナの代わりに汚れ役になってくれる、貴族たちの反発を受けてくれる、それでいてニーナの体面を潰そうとしない人間を。
だから、結婚をせかした。国のためという理由でニーナの気持ちを無視し、ニーナにあっただろう政治方針をも無視しながら。
だから、それまでラングたちは放っておいた。
国王になったハーディンに、彼らへの処罰をやらせるつもりだったからだ。
そして、命をつないだラングは、さらに生き延びるためにハーディンに接近した。
サムスーフ侯については逸話も何も出てこないから、前の戦争時に死んだか、この時ハーディンに処刑されたんじゃないかと思う。
ハーディンが処刑したんだとすれば、アカネイア貴族たちが非協力的な態度をとったことの裏付けにはなるんだが、本当に何も話がないからなあ、サムスーフ侯。
脱線して長々と語っちまった。話を戻そう。
ようするに、俺は予想していたんだ。ラングが接近してくるんじゃねえかって。
いくらツラの皮が厚いラングでも、ニーナに土下座すれば裏切りの罪を許してもらえるなんて甘い考えは持ってねえだろう。同盟軍の中に味方を作る程度の手間はかけるはずだ。
そして、ニーナにものを申せる奴がここにいる。総指揮官なのに手下と傭兵ぐらいしか味方がおらず、素性も定かじゃない海賊が。今はニーナと喧嘩してるけどなー。
実際、ここで俺とラングが組んだら、ニーナを傀儡にして、アカネイアを好き放題にできるだろう。俺が口添えをして、ラングは罪を許され、同盟軍の中でもかなりいい役職につく。そして、ラングは俺に敵意を向けるだろうアカネイア貴族どもをおさえつける。
素晴らしい手だ。
だがねえ、ラング君。
君が誤解していることが一つある。
俺はアカネイア貴族の反発とか全っ然怖くないんで、お前の協力なんざいらねえんだよなあ。矜恃や責任感から玉座にしがみつくしかなかったハーディンとは違うんだよ。
「あの……」
心細そうな声をかけられて、俺は我に返った。おっと、ついつい考えごとをしていた。
ララベル(と呼ぶことにする)が、途方に暮れた顔で俺を見ている。
「私は、どうすればいいのでしょうか……」
俺はいやらしい笑みを浮かべて、暗○拳闘伝セス○スに出てくるローマ人のおばちゃんみたいなことを言った。
「体を観たいな。裸を見せてくれ」
武器を隠し持ってる可能性は捨てきれねえからな。裸が見たいのも本音だが。
ララベルは恥じらうように頬を染めながら、一枚一枚服を脱いでいき、全裸になった。おっぱいはそれなり、尻も小ぶり、腰は細い。脚線美は艶めかしい。いやあ、褐色の肌ってそそりますなあ。恥ずかしがっているのもポイント高い。
せっかくの贈りものだ。据え膳食わぬは何とやら。
ラングを安心、油断させるためにも、いただくとしようか。
俺はソファに座ったまま、ララベルに手招きをした。
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「ファイアーエムブレム」3
翌日の早朝、俺は酒瓶をひっさげて、パレスの外れにある共同墓地に来ていた。ウェンデルのジジイに場所を教えてもらったんだ。
この共同墓地には、同盟軍の兵の墓だけじゃなくて、三年前に殺されたアカネイアの王族、貴族、それにアストリアたちのようなアカネイア騎士の墓もある。この戦争が終わったら、ちゃんとした葬儀を執り行うとして、それまでの仮の墓ってことだ。
ヴィクターたちをアストリアたちと同じ場所に埋めるのかよと俺は腹立たしい気分になったが、ウェンデルから詳しい話を聞いて、それならと納得した。
簡単な柵で囲まれた共同墓地には、出入り口か一箇所しかない。で、入って正面に行くとアカネイアの王族、それから貴族の中でも格が上の連中の墓がある。
左に行くと、下級貴族、騎士たちの墓がある。ヴィクターたち同盟軍の兵たちの墓は右だ。
これはなかなか上手い配置だ。
俺たちが思っているのと同じように、アカネイア貴族や騎士の遺族だって、死んだ身内を同盟軍の兵たちと一緒に埋葬されたくはねえと思ってるだろう。明確に区切られているのは、かえって安心するはずだ。
そして、アカネイア勢と同盟軍の兵たちは、王家を挟んで対等の位置にある。パレス奪還のために奮戦したのは同盟軍だ。この配置には文句を言いにくいだろう。
何より、さっきも言った通り、こいつは仮のものだ。これ以上、文句があるなら、文句がある奴が金を出し、手間をかければいいと反論できる。
この配置を考えたのはニーナだそうで、俺は感心したものだった。
俺はもちろん正面も左も無視して右へと向かった。
急ごしらえの墓地には、杭を使ったやはり急ごしらえの墓標が立ち並んでいた。杭の一本一本に名前が刻んであることが救いか。
墓標の間を歩きながら、俺は念仏を唱えた。ニーナが言ってた、神々に魂の安らぎを祈る、だっけ? よく知らねえし。ていうか、この世界の神ってナーガだろ、たぶん。あいつに祈るって正直ぴんとこねえんだよな。「なんまんだぶ」でいいだろ。
ヴィクターの墓の前にたどりつく。俺は酒瓶のふたを開け、逆さにして墓標の根元に酒を注いだ。ラングが持ってきた中で一番高い酒(ララベル談)だ。
「パレスは俺たちのものになったぞ」
お前もどうにかして生き延びてりゃあな。うまい酒も飲めたし、女も抱けたし、お前が言ってたオレルアン貴族の暮らしだってできただろうに。
「まあ、あの世から気楽に見てろよ」
いろいろと気に入らねえことはあるが、ここで投げ捨てちまう気はねえからよ。
酒瓶が空になったとき、後ろから足音が近づいてくるのに俺は気づいた。振り返る。
「あなたも来ていたのですね」
そこに立っていたのは、ニーナだった。
「……墓参りか?」
四日ぶりに会ったせいか、俺の口から出たのはずいぶんと馬鹿馬鹿しい問いかけだった。こんな朝っぱらから、こいつがそれ以外の用事で墓地に来るわけがない。
ニーナは生真面目に頷いた。
「あまり時間が取れないので、一人一人に手を合わせることはできず、墓地の中を歩きまわりながら神々に祈るという形ですが」
「十分だろう。墓参りに何時間かける気だ」
俺はニーナの脇をすり抜けてその場から立ち去ろうとしたが、その前にニーナが言った。
「少し、時間をいただけませんか」
ニーナの声は真剣そのものだった。おもわず足を止めてしまうほど。俺は体ごとニーナに向き直り、言葉を促す。
「あなたがミディアを辱めたのは、何か理由があったのですか」
俺はニーナの顔をまじまじと見つめた。その目に、あの時のような怒りは感じられない。パレス奪還から四日が過ぎて、いくらか落ち着いてきたってことだろうか。
俺はことさらに冷笑を浮かべた。
「理由があれば不問にしてくれるってのか?」
「どのような理由があろうとも、許すことはできません」
ニーナはきっぱりと答えた。
「ただ、レナが気になることを教えてくれたのです。ヴィクターの部下たちが、ミディアを引き渡してほしいと要求してきたと。つまり……」
レナが? 俺は内心で首を傾げたが、すぐに納得した。あいつの読み書き講座も、懺悔受付もまだ続いている。俺の手下やヴィクターの手下たちにしてみれば、幹部級の中では一番話しやすい相手だ。
「ヴィクターの仇の身内だから、ってことだろう」
先んじて俺は言った。アストリアとミディアの関係は恋人であって結婚はしていなかったが、あいつらにしてみればそのへんの違いは些細なもんだ。
「ええ。ですが、ミディアはあなたの戦利品であるとレナが告げると、彼らは渋々引き下がったそうです」
これも海賊、山賊なら当然の話だ。特に俺は、自分のものにした女については何度となく戒めてきた。ヴィクターの部下たちも、長いつきあいだから分かっている。
「あなたはまさか、ミディアを助けるために……」
「そんなわけねえだろ」
俺が言うと、ニーナは深いため息をついた。
「これもレナが言っていたことですが……。こう聞けば、あなたは間違いなく否定すると」
意表を突かれて、俺はとっさに言葉が出てこなかった。
あいつ……。ここんとこ甘い顔を見せすぎたか。ララベルのことがなけりゃ、俺がどういう人間なのか、今夜にでもあらためてその体に教え込んでやるんだが。
ニーナはまっすぐ俺を見つめて言った。
「思い返すと、不自然な点があります。あなたは、兵たちを私のところへ向かわせ、一人でミディアたちのところへ向かった。敵がどこにいるかも分からない状況で、わざわざ一人になるなんてあなたらしくありません」
俺が黙っていると、ニーナは更に続けた。
「それに……いつものあなたなら、ミディアを辱めるにしても、私に話を持ちかけてきたと思います。リンダにしたように。この点も、やはりあなたらしくないと……」
「お前、俺が海賊だってことを忘れちゃいねえか?」
俺は脅しつけるように、一歩踏みだしながら言った。
「やりたい時にやる。襲うのも、奪うのも、女を抱くのも。それが海賊だ。腹が立つことがあったから、たまたま目についた女で鬱憤を晴らした。それだけだ」
それだけだと言いながら、俺の口は止まらなかった。
「お前、俺に初めて抱かれた時のことをもう忘れたか? 俺は覚えてるぞ。あまりにうるせえんで血みどろの戦場を見せつけてやったあと、ベッドに運んで裸にひん剥いてやったな。俺のやることに小難しい理由をくっつけようとするんじゃねえ」
これだけ言えば黙って引き下がるだろう。
そう思ったが、俺の予想は外れた。
ニーナは青ざめはしたものの、引くどころか一歩前に出てきた。
「忘れてはいません。その後、あなたがまるで一国の将軍のように小難しい話を始めたことも覚えています」
墓標に囲まれて、俺たちは睨みあう。だが、それは長いこと続かなかった。
ニーナがため息をついて、言った。
「やりたいからやった。あくまでそう言い張るのなら、それでけっこうです。先ほども言った通り、どのような理由があろうともあなたを許すことはできませんから。その行いにふさわしい罰を与えるだけです」
「ほほう。じゃあ、その罰とやらについて聞かせてもらおうか」
「そうしたいところですが……。あなたとは、他にも話さなければならないことがあります」
ニーナの台詞に、俺は顔をしかめた。
他に話があるってのは、まあ分かる。戦後処理が山積みだからな。俺がやらないといけないこともあるはずだ。だが、罰を言い渡すのなんてすぐにすむだろう。
ニーナは無言で俺をじっと見つめた。昂ぶった感情を落ち着かせようとしているように、俺には見えた。
「手を」
言われて、俺は右手を差しだす。
ニーナは両手で俺の手を取った。そして、深く頭を下げた。
「ありがとう」
その声は、かすかに震えていた。何のことだと俺が言う前に、ニーナは言った。
「ありがとう。私をここまで連れてきてくれて。パレスを取り戻してくれて」
俺は、呆然とした顔でニーナを見つめていた。
えっ。
えっ?
礼を言われた?
不意を突かれて、俺はすっかりうろたえていた。いや、だって、さっきまで睨みあって言い争ってたんだぞ。ニーナの方は心構えができてんだろうが、こっちは感情が追いつかねえ。
俺は手を引こうとしたが、動転して力が入らなかった。むしろ、ニーナの手から伝わってくる熱とかやわらかさを変に意識して、ますます動けなくなった。
「あなたのおかげで、私はようやく向きあうことができた。お父様とお母様に。あの時、命を落とした多くの人々に。私はようやく報告することができた。パレスを取り戻したことを」
ニーナの両手に包まれている俺の手に、熱いものが滴った。
俺はふと、このパレスが見えるところまで来た時のことを思いだした。
「泣きはしません」
あの時、気丈な笑みを浮かべてそう言ったニーナが、今、泣いていた。
……仕方ねえか。
こういうの、ガラじゃねえんだけどなあ。
内心でため息をつきつつ、俺は黙って見守ってやることにした。
ニーナは怒りを主張するように唇をとがらせて、泣きはらした目で俺を睨みつけている。
こいつが泣いていたのは十分ぐらいだろうか。
自分から泣き止んだんじゃない。
俺が焦れた。十分て長えよ。
半分はいたずら心からだが、もう半分はいい加減にしろやって気分で、まあ、ちょっと右手を動かしてこいつの鼻をつまんだわけだ。
そしたらおこですよ。激おこぷんぷん丸ですよ。古いね。
俺が悪いの? 十分もつきあってやっただけいいじゃん?
だいたいさあ、誰か来たらどうすんだよ。
いや、同盟軍の連中だったら別にいいよ。ガザック殿がまたニーナ姫を泣かしておられるぞー、とかそんなノリでスルーしてくれるじゃん、たぶん。
アカネイア勢が来たら事案じゃん。同盟軍の兵の墓エリアだから、こっちに来ることはまずないとは思うけどさ。共同墓地全体を囲ってる柵は簡単なものだから、外から見えないこともないんだよ。こいつってほんと脇が甘い。いつかフラ○デーされるぞ。
「気はすんだか?」
「おかげさまで」
鼻を鳴らしながら、ニーナは答えた。この分ならもう平気だろう。そう思って、俺はこいつに背を向けて歩きだそうとした。
「もう一つ、お話したいことがあるのですが」
俺は途方に暮れた顔で振り返った。
まだ話があるのにあんだけ泣いてたのかよ、お前。止めて正解じゃねえか。感謝の気持ちが足りなくね?
「手短にな。腹も減ってきたし」
さすがに嫌味をぶつけてやる。ニーナは少し困ったような顔になったが、迷うよりはさっさと言った方がいいと思ったんだろう。話を切りだした。
「相談したいのは、あなたへの恩賞についてです」
ああ、それか。今までは一戦終わるたびに俺がやってたが、ここではたしかにニーナの役回りだろう。俺の解任についても、パレス奪還後にあらためて、ってことだったしな。
「このように考えてみたのですが……」
ニーナは緊張した表情で、一つ一つゆっくりと説明する。
聞き終えて、俺は唖然とした。
「それ、お前が考えたのか……?」
ニーナはこくりと頷いた。オイオイオイ。死ぬわこいつ。普通なら。
「そんな提案、俺が呑むと本気で思ってるのか……?」
「私も自信が持てなかったので、何人かに相談してみました。ミネルバ殿とリンダは無理があると言いましたが、シーダとレナ、それからマリア王女は、あなた以外の人間には誰であっても通用しないが、あなたならきっと呑んでくれると」
「俺なら呑むって、その根拠は何だ。聖人君子か何かと思ってるわけじゃねえだろう」
そりゃミネルバもリンダも無理だって言うわ。俺だってありえねえと思う。
「根拠と言われると困るのですが……」
ニーナは本当に困ったような顔をして、ややたどたどしく言った。
「あなたには、私たちに見えないものが見えている。私たちが知らないことを知っていて、私たちが考えつけないことを考えている。目指しているものも、たぶん……。そのことを、少なくともシーダとレナの二人は感じとったのだと思います」
「お前もか?」
俺が聞くと、ニーナは小さく頷いた。ミネルバ、リンダとの違いはつきあいの長さの差か。マリアが賛成したのは、何だろうな。そういうのを敏感に察したってやつか?
だが……。うーん、やべえな、ときめいちまった。ちょっと思いつかなかった考えだ。どうしようかな。
俺はニーナから視線をそらして深い深いため息をついた。
ヴィクターの墓が視界に映った。
十秒ぐらいの沈黙の後に、俺は聞いた。
「もし、俺が嫌だって言ったら?」
「他の方法を考えますから、それまで時間をいただけますか」
俺はおもわずニーナをまじまじと見つめた。
食い下がった。
しかも、考えると言った。こいつが。このポンコツ姫が。
成長したのか? この共同墓地の配置も、こいつが考えたものだっていうし。アカネイア戦記のエピソードを考えれば、素養はあったといえるしな。
面白い。
実に面白い。
「条件が、そうだな、三つある」
俺がふてぶてしく言うと、ニーナは息を呑みつつ、頷いた。
「一つめ。お前はこれまで通り、俺の女だ。俺が部屋に来いと言ったら来い。リンダの分もしっかり奉仕してもらう」
「わかりました」
これは予想していたことなのか、ニーナは即答した。
「二つめ。ラングの奴は、もうお前んとこに来たか?」
ニーナは戸惑ったような顔を見せたが、嫌悪感を目に浮かべて頷いた。さすがに行動の速い奴だ、ラング。
「お前はあいつをどうしたい?」
「許せるわけがありません。ですが……ボアに、処罰を保留するよう言われました。今、そのようなことをしては貴族たちに不安を与え、ドルーアを喜ばせるだけだと」
「奴の処分を俺にやらせろ。貴族の反応なんて気にするな。これが二つめだ」
ニーナは少し迷ったようだが、頷いた。ラングに対する怒りが勝ったらしい。よしよし。
「三つめだ」
俺は周囲に人の気配がないことをすばやく確認すると、自分の口を指さした。
意味を理解して、ニーナは頬を赤く染める。おお、初々しいじゃねえか。
慌てて周囲を見回し、人影がないことを確認すると、ニーナは意を決して目をつぶった。顔を前に突きだす。
ニーナの唇と俺の唇が重なった。
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「ファイアーエムブレム」4
ニーナと墓地で話をした日から四日間、俺は毎晩ラングと宴会を楽しんだ。
何せ戦勝祝いの宴会の記憶がまったくねえからな! ここで多少は楽しんでおかねえと!
人の金で飲む酒の何とうまいことよ! うはははは!
ニーナの態度から想像してはいたが、ラングは自分の立場の危うさを正確に理解しているようだった。俺には毎日接待攻勢。賄賂を持参し、豪勢な食事を並べ、褒めちぎってきた。高級娼婦も複数用意してきたが、俺は最初の夜に来たララベルを指名し続けた。
「ずいぶんとあの娘にご執心だな」
「体の相性がいいと言うんでしょうかね。飽きるまで可愛がってやりたいと思いまして」
本当は、とっかえひっかえするのが怖いからなんだけどな。
ララベルは毎晩おとなしく俺に抱かれている。役割を果たそうとしてか割と積極的に攻めてくるんだが、他の女もそうだとは限らない。
俺のことを殺すのがラングのためとか思いこんでるような女がいるかもしれない。そういうのに襲われたら危険だ。
だからって、ララベル相手に気が抜けるかっていうと、そうでもないんだが、まあ神経はあまり磨り減らさずにすむわけですよ。
「気に入ってもらえて何よりだ。ガザック殿の側に置くよう取りはからおう」
「いいんですか? いや、ラング殿には本当に感謝しております。ニーナ姫ときたら、あれこれ命令してくる割にこういうことにもうるさくて……」
「ははは、大変だな」
もちろん俺はラングが喜びそうなこともたっぷり言ってやった。
ニーナとは毎日会って説得している、今後の戦いのためにも、ラングの経験と兵力が必要だと主張した、五大侯爵家に死者が多く出ており、今後の治世を考えればラングの存在は貴重であるとも言った、その甲斐あって、ニーナも少しずつラングを許す気になっているようだ……。
もちろんほぼ全部嘘だが、ニーナに毎日会っているのだけは本当だ。何せ戦後処理がまだ終わってないからな。多少は手伝ってやらないと。
ニーナにもしっかり言ってある。ラングのことを許そうかどうしようか迷っているふりをしろと。こういうのは細部が肝心だからねー。
「まことに有り難い。わしもパレスに来てから色々な者に会っているが、五大侯爵家の栄光も過去のもの、といったところでな。わしが面倒を見てやらねばと思っている。その暁には、ガザック殿にもぜひ協力いただきたい。なに、ニーナ姫などこのパレスに押しこめておけばいいのだ」
こうして話している間も、俺はもちろんこいつを警戒している。時々、こいつは馴れ馴れしく肩を叩いて顔を寄せてくるからだ。親愛表現なのかもしれないが、そのたびに俺は緊張しっぱなしだ。
それにしても、ラングの財力はすごい。
俺が財宝をもっとよこせと遠回しに要求しているのもあるが、こいつは初日に俺に贈ってきたのと同じだけの財宝を二日目も三日目も四日目も用意してきた。金銀財宝、毛皮に宝石。
五大侯爵家の一つ一つが一国に匹敵するってのは誇張じゃないらしい。総指揮官とはいえ、たかが海賊の俺を丸めこむためだけに、これだけのお宝をつぎ込めるんだからな。とはいえ、三日目にはさすがに額に青筋が浮かんでいたが。
まあ、俺以外にもニーナを説得できそうな奴を接待漬けしているだろうからなあ。パレス奪還から何日か過ぎて、各地のアカネイア貴族が少しずつパレスか城下町に来ているようだし。
ラングが自分の領地からどれだけのお宝を持ってきているかは知らないが、それなりの負担ではあるだろう。できれば十日は搾ってやりたかったが、そろそろ限界か。
そして五日目の晩。ラングはすっかり慣れた様子で、ララベルを伴って俺の部屋を訪れた。
俺は笑顔で賄賂を受けとったあと、乾杯する前にラングに言った。
「実は、ラング殿に話が三つある。一つは悲しい話、もう一つは苦しい話、最後に喜ばしい話だ」
この台詞で分かる人には分かるだろう。そう、「蒼○航路」だ。
「はあ」
ラングは不思議そうな顔をして俺を見た。この海賊、何を言いだすんだって顔だ。
「まず、ラング殿から頂戴した財宝の大部分を返さなければならねえ。これが悲しい話だ」
「いやいや、何を言うのだ、ガザック殿」
ラングは慌てて手を振った。
「返すなどとんでもない。あれはガザック殿が好きに使ってくれ」
「勘違いするな。あんたが巻きあげたもとに返すんだ。つまり、アカネイアの民にな」
「ど、どういう意味だ……?」
ラングは、すぐには事態が理解できないようだった。俺はかまわず続けた。
「次は苦しい話だ。あんたにもてなしてもらうのは、今夜が最後になった」
言い終えるやいなや、扉が開いて十数人の男たちが勢いよく入ってきた。アイルトンたちだ。誰もが手に斧か弓を持っている。
アイルトンが素早く進みでて、呆然としているラングを突き飛ばし、床にねじ伏せた。更に二人の手下がラングを押さえつける。
ラングは顔面蒼白になって叫んだ。
「な、何をする! どういうつもりだ!?」
「お前の首をはねる」
ソファから立ちあがって、俺は告げた。
「実に、実に苦しい話だ。もうこんな夜がこないと思うと。それに、あんたに従う部下たちの心境を思うとたいそう心苦しいし、アカネイア貴族の敵意が俺に向けられるとなれば、それは大変苦しいものだろう」
「なっ、なっ、なっ、なっ……」
驚きの余り、ラングは声をわななかせた。
「ふ、ふざけるな! そんなことをしてみろ、我がアドリアの貴族諸侯が黙ってはおらんぞ! 数千の兵がこのパレスに押し寄せたら、貴様ごとき卑しい生まれの薄汚い海賊なんぞ、ひとたまりもないぞ! そうなってもいいのか!」
必死の恫喝を、俺は凶悪な笑みを浮かべて受け流した。
「さて、最後に喜ばしい話だ。お前の裏切りの罪をもって、アドリアはしばらく王家の直轄領となる。具体的にはこの戦争が終わるまでの間だ。ニーナの信頼する者が代官としてアドリアを治める。お前に忠実な部下は全員クビ」
俺は自分の首をとんとんと叩く。この場合のクビってのは、そういう意味だ。見所によっちゃ助けないでもないが。
「娘狩りは廃止、税も半分にする」
「ま、待て! 考え直せ、ガザック!」
恫喝が通じないと悟ると、ラングは引きつった笑みを浮かべて訴えた。
「財宝が足りなかったか!? この五倍、いや、十倍さしあげよう! なに、領地に戻ればその程度の量はすぐに都合がつく! 若い娘もだ! あのような小娘についていって、何の得があるというのだ!? わしにはグルニアにもマケドニアにもドルーアにも伝手がある! 地位が欲しければいかようにも用意できるぞ! わしの娘をやってもいい! そうだ、それがいい! そうすれば次期アドリア侯爵家の当主だ! いい話だろう! ニーナなんぞに従うより賢明な選択ではないか! な! な!」
「……俺が、お前じゃなくてニーナにつく理由を知りたいか?」
俺がラングを見下ろして聞くと、ラングは顔を汗まみれにしながら何度も頷いた。
「お前、ニーナを抱いたことはあるか?」
ラングは何を言われたのか分からないって顔で俺を見上げた。まあ当然の反応だな。こいつの女好きの度合いからして、妄想したことぐらいはあるだろうが、さすがに手を出せるわけがない。
「俺は何度もあいつを抱いている。あいつはいい女だぞ」
俺は軽く手を挙げた。手下の一人が斧を振りあげて、振りおろす。
ラングの首が飛び、床を赤く染めながら転がった。
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「ファイアーエムブレム」5
床に敷かれた絨毯を血で染めていくラングの首を、俺は醒めた目で見下ろしていた。
以前考えたように、俺とこいつが組めば、アカネイアを好きにできたのは間違いない。だが、長くは続かなかった気がする。遠からず、俺たちは殺し合っただろう。
俺がこいつより少し早かった。状況次第では、逆の立場になっていた。
それが分かる。
「あの……」
恐る恐るといった声で呼びかけられて、俺は顔を上げた。真っ青な顔のララベルが全身を震わせている。いきなり海賊の集団が乱入してきたかと思えば、生首が一つ転がるんだもんな。そりゃ怯えるか。
「お前は帰って……いや、客室を用意してやるから、今夜はそこで寝てくれ」
帰っていいと言いかけたが、俺は考え直してそう言った。
いかにも親切そうな台詞だが、ようするに軟禁だ。
ラングの屋敷に駆けこまれたら困るし、ララベル一族とやらに事情を説明されるのも面倒だしな。
俺はアイルトンに視線で合図を送った。
今日も財宝を運んできたラングの部下たちは、別室で待機している。あの連中には一人残らず死んでもらう。
パレスのそばにはラングの屋敷もあるんだが、そこも襲うように指示を出している。ただし、抵抗しない者は助けるようにも言ってあった。話のできる奴を残しておかないと、かえって収拾つかなくなるしな。
アイルトンたちは部屋を出ていき、ここにいるのは俺とララベルだけになった。血の臭いが濃くなってきた。
ララベルはラングの死体を一瞥した後、俺を見つめて、意を決した顔で前に進みでた。
「お願いがあります。私を、あなたの側に置いてください」
俺は顔をしかめた。なんでそうなる? ああ、軟禁をそう誤解されたのか?
「お前を殺すつもりはねえから安心しろ。ただ、ラングのことは何日か黙っておいてもらいたいが……」
ララベルは違うというふうに首を横に振った。
「私たちは商人の一族です。きっと、ガザック様のお役に立てると思います」
へえ。俺はおもわず笑っちまった。この状況で売り込みとは見上げた度胸だ。
「ラングから俺に鞍替えするってことか?」
「王女殿下とガザック様がそう望まれるのでしたら」
「俺たちの怒りを買うぐらいならラングの遺族を切り捨てるが、そうでなければ、たとえ細々とでもつきあいを続けたい。そういうことか?」
ララベルは驚いたように俺を見て、それから微笑を浮かべた。
「やはり、あなたはただの海賊ではありませんね」
「外に出るぞ」
ララベルの台詞を聞き流して、俺は言った。正直、ここにいると血の臭いがきつい。
戦場にいる時はたいして気にならねえんだが、あれって興奮してるのと感覚が麻痺してるからだよなあ。
俺たちは部屋を出て、扉を閉める。夜気が冷たいが、空気は一気にましになった。
「役に立てると言ったが、具体的には?」
「ガザック様が望まれるものを、できるかぎり用意してみせます。もちろんお金がかかる場合もありますが」
暗がりの中でララベルは控えめに、しかし自信をもって笑った。
「……お前らって、グルニアやマケドニアにも店をかまえてるよな」
俺が聞くと、ララベルは頷いた。
「じゃあ、グルニアとマケドニアとの取り引きを、一年間でいいから三割減らせ。武具の類はこれまで通りでかまわねえが、食料と日用品を大きく減らすか、値段を倍以上に釣り上げろ」
俺の言葉に、ララベルは目を大きく見開いた。
「それは……」
「お前ら商人にとっては、驚くことでもねえだろう。戦争の匂いをかぎつけて、食料や武器が市場から消えるぐらい買いこんで、いざって時に高値で売りつける。大陸中に店をかまえているような連中が、そういうことを一度もやったことがないとは言わせねえぞ」
「もちろん、やったことはありますが……」
ララベルの声がかすれて力が失われた。顔に汗が浮かんでいるのが分かる。
「冗談だ」
俺は笑ってみせた。無茶振りは楽しいが、それでドルーアの味方をされたら困る。俺が言ったことをアカネイアに対してやられたら、グルニアに着く前に俺たちが干上がっちまうからな。
「お前はララベル一族とやらの中でどれぐらい偉いんだ? 役割は?」
ラングが俺を籠絡するために連れてきた、と考えれば、かなり高い地位にいるはずだ。少なくとも、毎日俺の部屋に運んできた財宝と同等と思っていいだろう。最悪、お家断絶になるっていう瀬戸際で、あのラングが女の人選に手を抜くとは思えねえ。
「一族の女性は、商人としての技術と、女としての手練手管の両方を教え込まれます。私はそのどちらでも高い方にいます」
「お前個人が持つ決定権はどの程度だ? ただの伝言係ならいらねえ」
「私個人の判断で、アドリアにある店の三割までを動かすことができます」
ララベルはよどみなく答えた。一国の三割と考えれば、でかい。
「こういうこと言うと怒るだろうが、あまり可愛くない女も手練手管を教え込まれるのか?」
ちょっと話題を変えて、好奇心から聞いてみると、ララベルは表情をやわらげた。
「手練手管と一言でいっても、多岐にわたります。そういう者は愛敬のある笑顔や話し方を身につけるなどして、それに合わせた商売をします」
「太った女がうまそうにパンをかじって集客するようなもんか」
俺の言葉に、ララベルは笑った。
「はい。それに、人の好みも様々ですから、殿方を喜ばせる技術は誰であっても一通り学びます。一応、言い添えておきますが、教師陣は女性ですよ」
ララベルの補足に、俺は大げさに肩をすくめた。
「教材は男だろう? そうでないと技術がちゃんと身についたかどうか分からねえからな」
他愛のない話をしながら、俺はどうしたもんかと考えていた。
商人。ララベル。「紋章の謎」だと道具屋でしかねえが、たしか「蒼炎」と「暁」にはユニットとして出てきたよな? ベンダーだっけ? アイクに惚れていろいろ貢いでたはずだ。あのシリーズはあまりやりこんでねえから記憶が曖昧なんだよな……。
分かるのは、こいつが完全にイレギュラーだってことだ。
つまり、俺が自分で考えて判断するしかねえ。
「お前が俺に協力するってのは、一族の総意か? 機会を見て、俺かニーナに取り入っておけと命令されていたか」
「それもありますが、今この場でお願いしたのは、私自身の判断です」
ララベルはまっすぐ俺を見つめた。
「あなたには、この身を預けるだけの価値があると、そう思いました」
俺は笑った。うーん、どこまで本気か分からねえ。
俺、人を見る目があるわけじゃねえからなあ。エイブラハムには逃げられたし。
「嬉しいことを言ってくれるな。だが、俺には今のお前の言葉が本心なのかお世辞なのかさっぱりだ。だから、一つ仕事をしてもらって、それで判断したい。どうだ?」
俺が話を持ちかけると、ララベルはぱっと顔を輝かせた。
「はい。ぜひお願いします」
「俺がこの五日間、ラングからもらったお宝があるだろう。お前も毎回同席してたから見てるよな?」
俺が言うと、ララベルは不思議そうな顔をしながら頷いた。俺は続けて言った。
「あれを一切合切買い上げろ。一つ残らずだ。何日でできる?」
ララベルは驚いたように固まった。三秒ほどで我に返り、深く呼吸をしてから答える。
「三日……いえ、二日で。明後日までに、必要な金貨を用意してこちらへお持ちします。ですが、すべて買いとらせていただいてよろしいのですか? 中には由緒正しいものなどが……」
「かまわねえ。俺はそういうものに縁がねえからな。お前が買った後は、誰にいくらで売ろうと好きにしろ。ただ……お前は、ラングがあのお宝をどんな方法で貯めこんでいたかは知ってるんだよな?」
ラングとのつきあいは浅くねえはずだ。
案の定、ララベルは硬い表情で頷いた。
「それを踏まえた上で、もう一度言うが、誰にいくらで売ってもいい。損をしろとは言わねえが、あまり面倒な揉めごとは起こすな。ニーナの代官がアドリアに向かう予定だからな」
「……ありがとうございます! 本当に、ご温情に感謝いたします」
ララベルは深々と頭を下げた。
俺がもらった数々の宝の中には、ラングが民衆から力ずくで手に入れたものもあるだろう。
それを、ララベルが取りあげられた奴らに返す。多少の手間賃だけをつけた、格安の値で。金額的には損だが、ララベルはその連中から感謝され、信用を得ることができる。
商売を長く続けるつもりなら、この機会を逃したくはねえだろう。
「ああ、それともう一つ」
俺にとって大事なことを忘れていた。俺の言葉に、ララベルは顔を上げる。
「定期的にとまでは言わねえが、俺が抱きたい時に抱かせろ。嫌なら、お前じゃなくて誰か紹介するのでもいいが」
ララベルはくすっと笑った。好意的な笑みに見えるが、こいつ商人だしなあ。
「私でよければ、今後も喜んでお相手を務めさせていただきます。一つ申しあげておきますが、毎日指名していただいたこと、女として嬉しかったんですよ?」
すげえー。「女として嬉しかった」ですって。九割九分社交辞令だろうが(それでも一分だけ期待しちゃう! だって男の子だもん!)ちょっと舞いあがりそうになったぞ、俺。
しかし、商人を味方につけるって怖いところもあるんだよなあ。
グルニアやマケドニアともつきあいがあるってことは、この一族の判断次第でこっちの情報が向こうに行くんだろ。逆もあるだろうが。
とはいえ、大陸中に店を持っているような連中を敵にまわすことはできねえ。ただでさえこっちは人手不足なんだから。何とか上手くつきあっていくしかねえか。
そんなことを考えていると、ララベルが近づいてきて俺に寄り添った。
「これは、ほんの気持ちです」
その言葉が耳に届いた時には、ララベルは俺にキスをしていた。唇をしっかり押しつけて。
俺は驚いたが、ララベルを抱きしめ、その頭に手を添えながら、舌を突っこんでやる。驚かせるつもりだった。
たしかに、ララベルは驚いたようだった。体が一瞬強張ったからな。
だが、こいつはすぐに舌を絡めて、さらに体をすり寄せてきた。
俺はララベルの唇と舌使い、体のやわらかさを堪能したあと、そっとララベルを引き剥がす。
名残惜しそうな目で見つめてくるところが、さすが女の手練手管ってやつか。俺は笑って肩を叩いてやった。
「この続きは、仕事の後でな。今夜は休め。もしも今夜から動くっていうなら、護衛をつけてやるが」
「では、護衛をお願いしますわ」
にっこりと、ララベルは笑った。
やり手だ、こいつ。気を引き締めねえとな。
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「ファイアーエムブレム」6
翌日、俺はニーナの執務室を訪れた。
ニーナの他に、シーダとレナ、ミネルバ、マリア、リンダも集まって、ニーナを手伝っている。
俺が来る少し前までは、ボアとミディアもいたらしい。俺が二人の印象をシーダに聞いてみると、シーダは苦笑を浮かべて答えた。
「お二人とも、礼儀正しい方ですよ」
「ニーナ王女の前で、あえて言わせていただくが、少々居丈高だったな」
ミネルバが横から言った。シーダは困ったような笑みを浮かべ、レナとマリアは静かにしている。ニーナと、そしてリンダは失望の表情を隠そうとしていない。
「つまり、生粋のアカネイア人らしい態度を見せたわけか」
俺が言うと、ミネルバとマリアはようやく苦笑を浮かべた。
リンダも生粋のアカネイア人のはずだが、こいつの場合、流浪人やって最終的には奴隷商人に買われてるからなあ。虜囚の身だった二人とはいろいろ違う。
しかし、このリンダの境遇考えると、以前から思っていたことではあるが、やっぱりガトーってミロアのことたいして評価してなかったんじゃ……まあ今はいいや、そのことは。
「あの二人は、お前らの何が気に入らないってんだ?」
空いている椅子にどっかと座って聞くと、リンダが俺を睨みつけた。
「あんたよ」
意味が分からねえ。俺は他の女たちをぐるりと見回した。レナが言った。
「私たちが、あなたの、その、愛人であるというような……」
愛人! いい響きだ! まあ微妙に違うんだが、他人から見た認識はそんなもんかもしれねえ。
「体を許しているのは事実だがな」
ミネルバがさばさばとした口調で言った。
「つまり、私たちはガザック殿の忠実な下僕だと思われたわけだ。不本意だが、いちいち説明するのも馬鹿馬鹿しくてな」
「ガザック様。あなたがこちらに来たということは、何かあったのですか?」
ニーナが遠慮がちに話題を変えた。まあ、あの二人を悪く言われるのは気分がよくないだろう。俺は笑顔で頷いた。
「ラングだが、無事に叩き殺したぞ。奴の屋敷もおさえた」
「……もう少し言い方を何とかしてもらえませんか」
ニーナは頭を抱えた。俺はかまわず、ラングのことに加えて、ララベルが協力を申し出てきたことを話した。聞き終える頃にはニーナも立ち直った。
「ララベルの一族には私も何度か会ったことがあります。御用商人ではありませんが、パレスに何度か通って、それに近い位置を占めていましたね」
「そうなのか? そんなこと全然言われなかったぞ」
「たぶん、私が会った者とは違うのでしょう。ラングと一緒にいたということは、アドリア侯爵家の御用商人なのでしょうね」
ふーん。まあ一族だしなあ。俺は話題を変えた。
「そろそろ、ワーレンから商人の一団が来るだろう。生活に必要なものを満載したやつ」
以前、ワーレンにいた時に俺がニーナに命じたやつだ。
俺たちがパレスを取り戻す頃に、生活に必要なものを大量に用意してパレスに持ってこい。そういう内容の手紙をニーナに書かせて、評議会の商人一人一人に出した。
「それに合わせて、城下町に金をばらまくぞ。生活に必要なものを買うようにという但し書きをつけてな」
金は、ララベルが買いとったラングのお宝だ。俺たちの懐からは銅貨一枚も出ないので問題はない。
「ですが、そのような但し書きをつけても守られるでしょうか」
ニーナが首を傾げる。シーダたちも同感のようだ。素直な連中だ。俺は笑った。
「いいとこ三割だろうな。別の三割は別のものを買って、残り四割は使わずに貯める」
「それじゃあ、ほとんど意味がないんじゃない?」
マリアが顔をしかめる。こいつ、どんな顔をしても愛敬があるんだよな。世が世なら天才子役になれるかもしれん。
「俺は、むしろそうなってほしいんだ。そうなりゃ、目端の利く商人が次の需要をつかんで、またパレスに来る。今回、一仕事して満足してもう来ねえ、なんてのは困るんだよ」
「でも、商人たちにとっては予定の三割しか売れないわけでしょ?」
「だからこそ、生活に必要なもの、ってこっちは注文つけたんだ。パレスで余っても、五大侯爵家の土地へ持っていけばさばけるだろ。あっちもこっちも焼け野原だからな」
俺の言葉に、マリアは納得して感心した顔になった。
「私たちがワーレンの商人と交渉し、そうした品物をすべて買って、民衆に配布するというのでは駄目なのですか?」
シーダが聞いてきた。俺は首を横に振った。
「ただだと、必要以上に持っていっちまうからな。一人一人、何が必要かは違うし、てめえに考えさせて、てめえの金で買わせた方がいい」
「たしかにそうですね。わかりました」
シーダは納得して頷いた。こういうところ、こいつは本当に民衆思いで素直だ。
「ああ、それとワーレンといえばな」
レナが見ている書類を横から覗きこんで、俺はあることを思いだした。
「カーツがまとめている義勇兵の部隊な、あいつらはワーレンに帰すぞ」
意外だったらしい、シーダとニーナ、ミネルバが俺を見た。
「いいのか? 私たちの戦力は足りているとは言い難いが」
ミネルバが言い、続けてニーナが言った。
「ディールでも、そしてこのパレス奪還の戦いでも、彼らは懸命に役割を果たしてくれたと思いましたけど」
俺はため息交じりに二人に答えた。
「あいつらの面倒を見ることのできるやつがいねえ」
俺はレナに緑茶を淹れてもらって、そいつ片手に説明した。
カーツたちは義勇兵だ。
言ってしまえば、一時的な情熱、熱狂で兵士に化けている民衆だ。
ニーナの言ったように、たしかにこいつらは頑張った。
だが、それは誰かのサポートがあったからだ。ディールでは、ヴィクターたち戦士部隊がそばにいた。パレス奪還戦では、ミネルバやマチスたちが見ていた。
このまま育てていけば、カーツたちは、もしかしたら素晴らしい成長を見せてくれるのかもしれない。それこそ「聖魔」のアメリアのように。
だが、現時点ではまだ練度が足りない。不安がある。
こいつらを活かすには、ベテランのサポーターがいる。ベテランでなくとも、それなりに面倒見がよくて判断力のある奴が。
アイルトンやミネルバ、それにマチスあたりなら任せられるだろうが、こいつらにそんなことをやらせている余裕はねえ。
この先の戦いは、グラ、カダイン、アリティア、ラーマン寺院を挟んで、グルニア、マケドニアってところだ。
いくらか楽といえるのは、次のグラまで。
カダインも敵の戦力はたいしたことねえが、砂漠っていう難所に加えてガーネフが出てくる。ゲーム通りなら。
アリティアからはたぶん激戦続きだ。
「ミネルバが言ったように、俺たちは戦力不足だ。今後の予定としては、まずグラの平定だが、予備兵力を置かない戦いをすることになる。本来戦闘に参加しない連中にも、戦ってもらうことになるかもしれない」
「その時は、かまわず戦うことを命じてください」
シーダがまっすぐ俺を見つめた。俺は首を横に振った。
「お前はこれまで通り偵察と伝令だ。ただ、要求がはねあがるのは覚悟しておけ。これまでより早く、加えて、数もこなしてもらうことになる」
これまでは、俺が「知っている」ことを隠しつつ、現場を確認してもらうための偵察だった。
だが、パレスの守備にワーレン攻めのグルニア兵が混じっていたことや、アカネイア勢と戦ったことを考えると、俺の知識とのずれについても考えた方がいい。
レフカンディにおけるマリオネスの一件は俺の自業自得だったが、パレスの件は違う。
「だが、前にも言ったが、お前に死なれると困る。俺は無茶を要求するが、無茶はするな」
「本当に無茶な要求ですね」
シーダは苦笑した。いや、これ割と本音なんだがな。今後、ますます偵察と伝令の重要性は上がっていくんだから。まあ、こいつは分かってるだろうが。
「わかりました。無茶をしないように、頑張ります」
シーダが笑顔で言うと、緊張した空気がやわらいだ。
俺はあらためてニーナに尋ねる。
「で、カーツたちのことはどうする?」
「ここまで私たちについてきて、戦ってくれたのです。精一杯の感謝を込めて、送りだしたいと思います」
「送りだすって、具体的には?」
俺が突っこんで聞くと、ニーナは困惑したように首を傾げたが、しっかり答えた。
「一人一人、手を取ってお礼を言いたいですね。百人はいなかったはずですから、それぐらいの時間は取れるはずです。あと、できれば何か贈りものを手渡しで……」
俺はついにやにや笑っちまった。こいつ、これを素で言ってるんだからおっかねえよな。リンダが胡散臭いものを見る目で俺を見る。
「ちょっと、何を考えてるのよ」
「いや、別に? さすがお優しいニーナ様万歳って思っただけだ」
「からかわないでください。何を言いたいんですか?」
ニーナが顔をしかめた。俺は言った。
「お前らしいやり方だと思う。褒めてるんだぞ? で、俺は、お前のそういうところを利用させてもらう。カーツたちに、ワーレンに帰ったらニーナのことを広めるように頼んでおく」
無事に帰ることができれば、カーツたちはディールやパレスでの戦いを誇らしげに話すだろう。それはいい。俺たちの宣伝にもなるからおおいにやってほしい。
ただ、そこでついでにニーナのことを広めてもらえれば、ニーナに好意的な集団ができあがる。ワーレンの中に。あの時の演説を思いだしてくれる奴もいるかもしれない。
利害が絡めば話は別。それは真理だが、時に利害よりも義理や感情を優先させる奴が出てくるのもまた事実だ。
また、利害で考えればどちらに協力してもよくて、迷うという場合、そこで最後の一押しになるのはやっぱり義理や感情だ。
カーツたちを、そういう層に仕立て上げる。
そう説明して得意げに笑うと俺を、レナとリンダが呆れた目で見た。
「ニーナ様の善意をそのように利用するのは、あまり賛成できません」
「ニーナ様が下心を持っているように思われたらどうするのよ」
「何を聞いていたのかね、君たち。俺は、ただカーツたちに『ニーナ様って優しい人だったよな? そのことを家族親戚友人知人にも熱意を込めて伝えてあげてくれ』って言おうと思ってるだけだぞ。だいたい、カーツたちをどうやって送りだすのか、俺は何一つ指示しなかっただろう? 全部、ニーナが自分で考えて言っただろう?」
「そういえば、あなたはそういう人でしたね。あの時もサクラというのを使って……」
ニーナがため息をつく。
「前にも言ったと思うが、ガザック殿はつくづく兄と話が合いそうだ」
ミネルバが腕組みをして肩をすくめた。マリアが苦笑する。うーん、ミシェイルって嫌な奴だな。
俺は笑ってニーナを見た。
「今、俺が言ったことを意識する必要はねえ。お前は素直に感謝して、送りだしてやれ。あいつらのおかげで戦いが楽だったのは間違いねえからな」
「最初からそれだけを言ってくれればいいのに」
ニーナは怒ったように口を尖らせた。だが、本気で怒っているわけじゃないのが分かる。
「ですが、贈りものをどうしましょうか。できれば、一人一人に勲章を用意したいところですが、それでは時間がかかります」
「即物的だが、一人に一枚金貨を渡してはどうだろうか」
ミネルバが提案した。悪くない。シーダが首を傾げる。
「少し露骨ではないでしょうか。なんだか傭兵扱いしているようにも思えます」
「じゃあ、その金貨に飾りをつけるのはどうですか?」
そう言ったのはマリアだ。
「たとえば絹布でリボンを作って、金貨に結ぶとか……」
「金貨と絹布なら、すぐに用意できますね」
ニーナが顔を輝かせる。レナも頷いた。
「リボンを作るお手伝いなら、私もできます」
「そのリボンに、ニーナ様が感謝の言葉を書くのはどうでしょうか。『あなたの勇戦に感謝して』というような」
リンダが身を乗りだす。俺も似たようなことを考えていたが、これならこいつらで問題なさそうだ。
楽しく意見を出しあっている六人を見て、俺は立ちあがった。
「俺は城下町で飲んでくる。後は任せた」
俺はエステベスに頼んで、闘技場に使えそうな傭兵がいるかどうか、調べてもらっていた。やっぱり戦力が足りねえしな。
よさそうなのを一人見つけるたびに金を出すと言ったら張り切ってたんで、向こうに着くころには一人ぐらい見つかってるだろう。それに、もう一つ頼みたいことができた。
あと、カーツたちを帰らせることを、城下町で情報収集がてら遊んでいるカシムやマチス、リカードに教えてやらないといけない。あいつらだって、カーツを送りだしたいだろうからな。
シーダやレナから聞いた話だと、どうも最近こいつら三羽烏というか三馬鹿トリオになってるんだとかなってないんだとかって話だが……。
馬鹿騒ぎやらせたら気の合う面子ではあるんだろう。詐欺師にバカ兄貴に盗賊だからなあ……。
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「ファイアーエムブレム」7
その日の夜、俺はひさしぶりにシーダを抱いていた。
戦勝祝いで寝て過ごした後はララベルの相手に忙しかったし、その後もあれやこれやとやることが多かったからな。シーダも俺を待ち望んでいたように見えたのは、さすがに錯覚だろうが。
二戦ばかりすませると、俺たちは寄り添うようにベッドに横になった。
窓からは星空が見える。シーダがぽつりと言った。
「パレスの星は、タリスの星と違いますね……」
その横顔が寂しそうに見えて、俺はおもわず聞いていた。
「タリスが恋しいか」
「恋しくないと言えば、嘘になります」
シーダはそう言った。寝返りを打って、俺の胸に顔を埋める。
「でも、ガザック様のおかげで、色々な人に会い、色々なものを見ることができました。オレルアンの星、ワーレンの星……。このパレスの星も、きっと、こんなことがなければ一生見ることはなかったと思います」
だから、感謝しています。
そう言ったシーダに、俺は小さく唸った。そんなことはなかったということを、俺だけは知っている。
ゲームの中で、シーダはパレスの星空を見上げながら、タリスを思うことがあったのだろうか。それとも、夢や希望や愛に満たされて、前だけを見続けていただろうか。
シーダにかぎらない。レナやニーナ、ミネルバ、マリア、リンダ、アイルトンやカシム、マチス、リカード……。
あいつらはどんな星空を見ている?
俺はシーダの頭を撫でた。考えても意味のないことだ。
「まだ先は長いが、いつかは終わりが来る。お前がタリスに帰れる日がな」
シーダが顔を上げて、俺を見る。微笑を浮かべた。
「大丈夫です。二年や三年ぐらい帰れない覚悟は、とうにできていますから」
そんなにはかからねえはずだがな。この戦争って、マルスが動きだしてからは一年で終わってるし。とはいえ、先が読みづらくなってるのも確かだ。
「ガザック様は、故郷が恋しいと思ったことはないのですか?」
「ねえ」
聞かれて、俺は反射的に答えた。
ガザックの故郷はもう映画のシーンのつなぎ合わせみたいなもんだ。ガルダの港町の外れ、貧しい船乗りたちのたまり場、船乗りと海賊の入り交じった混沌とした一画……。
他人の記憶だ。転生のせいか、俺自身の記憶はもっと曖昧で、ぼやけている。親や兄弟姉妹、友人がいたことは覚えているが、名前と顔が浮かばない。しかも、そのことに恐怖も感傷も湧いてこない。
「俺には故郷がねえ」
天井を見上げてそう言った。シーダは何を思ったのか、俺を抱きしめた。俺は体を起こして、シーダを抱きよせ、両腕で抱えこむ。唇を強く吸った。
ララベルは、言った通りに金を用意してきた。これは期待以上にできる奴だ。
ただ「ご褒美をくださいませ」って身体をすり寄せてきたんで、やっぱり一族から俺を骨抜きにしろとか命令されてんじゃねえのかなあ、こいつ。
ともかく、俺はそれをニーナに渡して城下町にばらまかせた。
ワーレンからの商人の一団が到着したのは、翌日の朝だ。連中はさっそく市場を開き、アカネイアの民衆は殺到した。マチスやリカードの話では、遠くからでも熱気が伝わってくるほどの盛況だったらしい。
その光景を、俺たちは見ていない。なんでかっていうと、パレスに到着したワーレンの評議会の連中の相手をしていたからだ。
ニーナはシーダとレナ、それに俺とミネルバ、リンダを伴って、会議に使う広い部屋で評議会の商人たちをもてなした。
ちなみに俺はいつものラフな海賊スタイルじゃなくて、礼服を着ていた。サイズはかなり大きいものにしたが、堅苦しい。マリアとリンダは容赦なく笑いやがった。そろそろマリアに手を出すことを検討すべきだ。
挨拶を終えて、テーブルに軽食が並べられたところで交渉がはじまった。
「こちらはマケドニアのミネルバ王女です。そして、大司祭ミロアの娘リンダ。リンダは若いながらに、亡き父から受けついだオーラの魔道書を使いこなす立派な魔道士です。また、ここにはいませんが、私たちには竜族も力を貸してくれています。ドルーアは、あの竜族の王国は、決してメディウスの下で一枚岩というわけではありません」
ニーナはミネルバたちを紹介しながら、評議会の商人たちに協力を求めた。実際、ワーレンで話した時よりも、こっちは見栄えがよくなっている。実際の戦力? 黙ってれば、ばれねえよ。
だが、商人どもは相変わらずこちらの足元を見てきやがった。
「だが、このような話も聞いている。グルニアは戦略を変え、パレスを放棄したと。この話が正しければ、あなたがたはさほど労せずパレスを手に入れたのではないかな?」
「あなたがたがパレスを取り戻したのは喜ばしい。しかし、グルニア、マケドニアにとって大きな打撃というわけではないだろう。再侵攻を計画中との話も聞く」
「やはり、タリス、そしてオレルアンの諸権利をいただけないかな。私たちとて、あなたがたに協力したくないわけではない。ただ、いくばくかの安心がほしいのだよ」
いいねえいいねえ。こいつら、自分たちが有利なつもりでいやがる。
ちょっと軽く反撃してみようか。
「ワーレンがグルニアの大軍に攻められた時、グルニア軍を撃退したのは誰だったかな」
俺がすました顔で聞くと、商人どもは昔話を聞いたという顔で笑った。
「闘技場などでは見られない素晴らしい戦いを見せていただいた。だが、何もしなかったことと、何もできなかったことは違う。我々の力でも、グルニア軍にお帰り願うことはできた」
商人の一人がそう言い、他の商人たちも頷いた。
ふてぶてしいねえ。こいつ、たしかシーダの手を握ってきた奴だったな(会議の前に聞いた)。いいぜ、その顔をすぐに青くしてやる。
「ところで、あなたがたはこれまでにタリスとオレルアンを訪れたことがおありかな?」
世間話を装った俺の言葉に、商人たちの何人かは首を横に振った。
「オレルアンには、どこまでも駆けていきたくなるような広大な草原がある。タリスは、風光明媚という言葉がよく似合う自然豊かな地だ。もし興味があれば、ぜひとも見てほしいのだが」
「そうですな。機会があれば」
何人かが愛想笑いを浮かべて言った。
俺は、何も言わなかった者たちに視線を向ける。
「あなたがたは興味がおありでないかな? 諸権利を求められるのはよろしい。ただ、それなら実際にその地へ足を運んでもらいたい、とこちらとしては思うのだが」
その商人たちも「興味が湧いてきましたね」などと笑った。
俺は笑顔で頷くと、大きく手を叩いた。
扉が開いて、剣を手にしたいかにも傭兵(クラスの方)って連中がずかずかと入ってきた。素早く展開して、商人たちの背後に立つ。
商人たちは突然のことに驚き、慌てふためいている。剣にびびって、とっさに立ちあがることもできずにいた。
「こ、これはどういうことだ……!」
「いやいや、これは私どもの好意でござるよ」
俺は笑顔でその商人に言った。
「タリスやオレルアンの自然に興味があると、皆様、おっしゃったではありませんか。今日中にパレスを発って、あなたがたをご案内しよう。まずはオレルアンの国境に沿って二年ほど引きずり回し……失敬、二年ほど広大な自然に触れていただこう」
「二年!?」
商人の一人が悲鳴をあげた。
「無茶苦茶だ! 二年も離れていては、私の商会ががたがたになる!」
「そうだ! ニーナ姫、我々にこのようなことをして、ただですむとお思いか!」
「ほんの数ヵ月前までは王女とはとても言えない境遇にあったこと、誰もが覚えているぞ!」
「おやおや、我が国の王女殿下を侮辱なさるかー」
俺は立ちあがって、ニーナに怒鳴りつけた商人に歩み寄る。顔を近づけて言った。
「近くで見ると、あなたは十年ほどタリスの自然に接したいという顔をしておりますなあ。ご家族への手紙は、私が代わりに書いてさしあげよう。安心して旅立たれよ」
それから、俺は他の商人たちを見た。
「このパレスに来る前に、あなたがたは城下町に立ち寄ったと思われるが……。北ノルダと呼ばれる区画はご覧になったか?」
何人かの商人が顔色を変えた。それを確認して、俺は続けた。
「賊の拠点があるようだったので焼き払ったのだがな。焼いたのは、この私だ。私が、責任をもって、あなたがたをオレルアンへお連れしよう。そうそう、パレスからオレルアンへ向かうには、アドリア侯爵家の領地を通ることになるが……」
アドリア侯爵の単語をゆっくりと言いながら、俺は連中の反応を見る。二人ばかり、顔を強張らせた奴がいた。
知ってやがるな。まあ、ラングが死んでから二、三日たったし、ワーレンの評議会に属する大物の商人なら、つきあいもあっただろう。
「そのアドリア侯爵ラングは、王家を裏切った罪によって、私が処刑した。アドリアは一時的に王家の直轄地となった。だから安心安全でござるよ」
俺は視線で傭兵たちに合図を送る。心得たもので、傭兵たちは一斉に剣と鎧をわざとらしくガシャッと鳴らした。エステベスの奴、いい人選をしてくれたな。俺はあらためて商人たちを見回す。
「ワーレンには、ニーナ王女が次のようにお伝えくださる。あなたがたは私たちの話を聞いて、タリスとオレルアンの自然をぜひともその目で見たくなり、旅立ったと。なに、あなたがたの商会はいずれも立派なものだ。主が何年か不在でも、残った者たちがその穴を埋めてくださるだろう」
「ガザック殿。そのぐらいにしておきなさい」
ニーナがたしなめるように言った。俺は大げさに肩をすくめて自分の席に戻る。それを待って、ニーナは商人たちを見回した。
「ワーレンでも言いましたが、私はタリスとオレルアンに多大な恩義を感じています。この二国の持つ様々な権利を、自分のもののように扱うつもりはありません。おたがいに残念な結論になりましたが、次に会う時は、建設的な話をできればと思います。リンダ、この方たちを送ってさしあげなさい」
「はい、ニーナ様」
リンダは明るく答えて扉に駆け寄り、大きく開ける。リンダと、傭兵たちが先導するように会議室を出た。商人たちは顔を見合わせながら、席を立った。奴らの背中に、俺は声をかけた。
「そういえば、我が軍の女性に一夜を共にするよう求めたり、手を握ってきたりした不埒な商人がいたとか」
商人たちは一斉に足を止めて俺を見た。
「ガザック殿」
ニーナが叱るように言った。俺が椅子に座ったままなのを確認すると、商人たちは急ぎ足で去っていく。
連中の足音が完全に聞こえなくなり、シーダが扉を閉めた。ニーナが疲れたように息を吐く。ミネルバが俺に聞いてきた。
「何もせずに帰してよかったのか? ずいぶんと尊大な態度だったが」
「俺としては、本当にオレルアンに放りこんでやってもよかったんだがな」
あまりに連中の態度が腹の立つものだったら、そうするつもりだった。部屋に入れた傭兵たちに命じて。
奴らはワイアットという初老の傭兵に率いられた傭兵隊だ。
エステベスが闘技場でさがしだしてきた連中で、俺はディールで手に入れたゆうしゃあかしをおまけにつけることで、割と安い値段で雇うことに成功した。あまり強くねえが、自分たちの判断で動ける連中だ。
「ただ、これはこれで効果はある。こちらは何も脅し取らなかったし、何の約束も強制しなかった。奴らの顔を立ててやった上で、警告したんだ。これでちったぁ反省するだろう」
「しなかったら?」
「今度こそ焼く」
ミネルバの質問に、俺はあっさり答えた。
「ずいぶんはっきり言い切るものだな」
「日用品を売りに来た商人たちやカーツたちには悪いと思うがな。あれこれ理由をつけちまうと、土壇場で迷っちまう。最悪、今回の警告をてめえの手で無駄にしちまう。そういうことは避ける」
念のために、ララベルを使って監視だけはしておくか。
俺は話題を変えて、軍備が整っているかどうかをニーナたちに聞いた。兵については、さっきのワイアットの他にもさがしているところだ。できれば、もう2ユニットはほしい。
武器や軍資金については、おおむね問題ないようだ。俺は満足した。
もう、パレスでやることはやった。後は論功行賞を済ませてグラに出発だ。
と、俺は思っていたんだが、そうはならなかった。
その日の夕方、俺はニーナに呼びだされて、パレスの玉座のある広間に行った。
そこにはニーナの他に、ボアとミディアがいた。
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「ファイアーエムブレム」8
俺がミディアとボアと会うのは、パレス奪還戦以来だ。
「ごきげんよう」
皮肉たっぷりに笑ってやると、ミディアは顔を青くして体を固くした。ボアは真っ白な眉を吊り上げて、怒りを隠さずに俺を睨みつけている。
場を取りなすように、玉座からニーナが言った。
「あなたを呼んだのは、今後の戦略について話をしたいと思ったからです。あなたの立てた戦略について、この二人が異議があると……」
「そうだ」
気を取り直したミディアが、俺に向かって一歩進みでた。
「栄光あるアカネイアの貴族として、あのような戦略は認められない」
「私も同感だ」
ボアがゆったりとした司祭服を揺らして大きく頷いた。
えっ。お前らがそれ言うの? 俺の戦略って基本的に加賀○三with任天○スタッフプロダクトなのに?
「どのあたりが気に入らないのか、拝聴しよう」
俺が挑発するような笑みを浮かべて言うと、ミディアが言った。
「言われなければ分からないのか? 第一に時間がかかりすぎる。第二に戦いが多すぎる。負けることはおろか、兵の消耗についてもまったく考慮されていない。所詮は海賊の浅知恵だ」
へえ。俺は少し感心した。ミネルバと同じことを言った。ということは、それなりに学んでいるってことか。伊達にパラディンじゃねえんだな。
そして、俺はニーナが俺を呼んだ理由を理解した。
ニーナはかなり成長しているが、戦略についての理解はまだ足りない。これは仕方ねえ。何でもかんでも短期間で習得できるわけねえからな。
俺の口から出た以上は俺の戦略なんだし、俺が言わないといけない。
俺は、ミネルバに説明したことと同じことをミディアに言った。だが、ミディアは納得しなかった。
「常に勝って進む前提なら、どんな戦略だって立てられるだろう。そんな代物に、ニーナ様を巻きこむな。貴様と取り巻きどもだけでやれ」
「負けた場合に備えるのは当然として、基本的には勝つ前提で話を考えるもんだろう。俺の案に反対だというなら代案を出せよ」
うんざりして俺は言った。こいつは何を言っても納得しないと分かったからだ。理屈はそれなりにある。だが、根っこにあるのは俺への敵意だ。まあ無理もねえが。
ミディアは、そうくると思ったとでもいうふうに、自信たっぷりに頷いた。
「そのつもりだ。明日、私たちは新たな戦略を決め、ニーナ様に承認していただく。貴様のような海賊はもはや不要ということだ」
俺は顔をしかめた。
「その言い方からすると、まだ決まってねえのか。私たち、ってお前以外に誰がいるんだ?」
「サムスーフ、レフカンディ、メニディの代表たちが、今日、パレスに着く予定だ。その三人に私とボア様、ニーナ様の六人で話しあい、明日の夕方までに決める」
俺は唖然としてミディアを見つめた。
ああ、そういうことか。ふーん……。
「アドリアから代表は来ないのか?」
「貴様がラングを殺したのだろう」
ミディアは呆れた顔で言った。
「私もラングは許せぬと思っていたが、ニーナ様の許しを得ずに行動を起こすとは何ごとだ。ニーナ様が急いで代官を派遣するよう手配されたからいいものの、アドリア中が混乱するところだったぞ」
俺は笑いを噛み殺すのに苦労しながら、そっとニーナを見た。ニーナは何とも困った顔で、とりあえずしかめっ面を作っている。
俺とニーナは、ラングの件について、表向きはそういう形で処理していた。その方が都合がよかったからだ。
俺はもう一つ気になったことを聞いた。
「アドリアの代表がいないのは分かったが、ラングと同じく裏切り者のサムスーフが来るってのはどういうことだ?」
「何も知らないのか。サムスーフ侯爵家のベントは、部下に殺されて裏切りの報いをとっくに受けている。もう一年近く前のことだ」
ほほう。一年前ね。一年前か、そうか。
「予言してやろうか」
凶悪な笑みを浮かべて、俺は言った。ミディアとボアは意味が分からないというふうに、戸惑った顔をする。
「明日、お前らがどんな戦略を立てるのか、当ててやろうかって言ってんだよ」
「何を……」
ミディアは馬鹿馬鹿しいというふうに吐き捨てた。
「侯爵家の代理の者たちは、まだパレスに到着していないのだぞ。当然、大筋さえ決まっていない。それなのに、当てるも何もないだろう。それともお前は海賊ではなく、呪い師や占い師だとでもいうのか?」
「いいや、俺はただの海賊だ。呪いも占いも知らねえよ」
俺はおもいっきり馬鹿にするように笑って、ぐいと顔を近づけながら言った。
「底が浅いんだよ。お前らは」
ミディアとボアは、その場に立ちつくした。たぶん、今まで生きていてこんなことを言われたことはなかったんだろう。俺は言葉を続けた。
「そんなお前らの戦略を言い当てるぐらい、こちとら朝飯前だ」
「なっ……」
我に返って、ミディアは怒りの表情を見せた。腰に手をやってから、そこに剣を差してないことに気づいたぐらいに。ニーナの前なんで、剣を預けていたんだろう。危ねえ危ねえ。
「海賊ごときが、我々を侮辱するのか!」
「お前らの馬鹿さ加減を笑うのに、海賊かどうかが関係あるのか? そんなんだから底が浅いってんだ。牢屋暮らしが長かったせいで、ずいぶん頭が悪くなったみたいだなあ」
「そこまで言うのなら、今この場で語ってみせるがいい」
ボアが語気も荒く言った。怒りを表すように、白い太眉がわさわさ揺れている。
「どうした、言えぬのか。知っている、と言うだけなら簡単だからな」
「いいぜ。説明してやる」
ボアが息を呑み、ミディアは顔を強張らせた。
「二、三ヵ月ほどアカネイアから動かず、力を蓄えて兵を揃える。船団も仕立てる。その後、海を渡ってマケドニアを攻める。お前らとしてはドルーアを一気に攻めたいんだが、あの国は北と東と西を険しい山々に囲まれてるからな」
ミディアも、ボアも、ニーナも目を丸くした。俺は続ける。
「で、マケドニア軍を一戦で破って、マケドニア領内を突破して南からドルーアに攻めこみ、メディウスを討つ。グラ、カダイン、アリティア、グルニアは放置だ」
俺が説明を終えると、沈黙がこの場を包み込んだ。ミディアもボアも、そしてニーナも驚いた顔で俺を見つめている。地図も用意せずにすらすら説明したのがよほど意外だったようだ。
「そ……」
十秒と少しぐらいたって、ミディアはようやく声を絞りだした。
「そのようにならなかったら、どうするのだ! 言葉には責任が伴うものだぞ」
精一杯声を張りあげてはいるが、さっきよりも力が欠けている。俺は嘲笑した。
「もし違っていたら、俺の首をくれてやるよ」
「二言はないな? 本当に、その首をはねるぞ」
「ああ。だが、もし俺の予言通りになったら、どうする? 言葉には責任が伴う。おおいにけっこうだ。お前にも責任を果たしてもらう」
俺が言うと、ミディアはあきらかに怯んだ。だが、すぐに胸を張って頷いた。
「いいだろう。お前の言う通りの結論が出たら、私の首を持っていくがいい」
うーん、この度胸、さすが第二部で闇堕ちハーディンに公然と逆らって殺されかけただけはあるぜ。アストリアとは散々衝突しながら結ばれたんだっけか? さもありなんて感じだ。
「首はいらねえ。お前、俺の女になれ」
「なっ!」
ミディアと、ニーナが同時に叫んだ。ニーナが玉座から立ちあがって俺を怒鳴りつける。
「何を考えているのですか、あなたは!」
「いえ、ニーナ様。ご心配には及びません」
ミディアは怒りに顔を赤くしつつも、冷静さを取り戻した。ニーナをなだめつつ、俺を睨みつける。
「いいだろう。どうせ、貴様の言う通りにはならないのだ。その条件を呑もう。明日の夜、首を洗って待っているといい」
「明日の夜、俺の部屋に来い。体を隅々まで綺麗に洗ってな」
下卑た笑みを浮かべて言い返すと、ミディアは殺意を込めた目で俺を見た。怒りだけじゃない、恐怖を押し潰そうとしているんだろう。
ボアがニーナに言った。
「それでは、ニーナ様。私どもはこれで……」
「……ええ。ご苦労様でした、二人とも」
ニーナが玉座に座り直してねぎらいの言葉をかけると、二人は一礼して去っていった。この場には俺とニーナだけになる。ニーナはため息をついて、俺を睨みつけた。
「あなたを呼ぶべきではなかったのかもしれません……」
「そう怒るなよ。女を一人増やしたぐらいで」
俺が笑って言うと、ニーナはまた玉座から立ちあがって怒鳴った。
「そういうことではありません! なぜ、戦略とやらを話してしまったのですか。あなたの言った通りになったとしても、ミディアとボアの二人でいくらでも修正できるでしょう」
「何だ、俺の心配をしてたのか」
意外だという顔で俺が言うと、ニーナはため息をついた。
「あなたの存在が貴重なものであることは、私だって分かっています……」
ニーナはいつになく真剣な顔で俺を見た。
「いいですか、私も弁護しますから、ミディアに謝ってください。あそこまで言ってしまった以上、何もなしではさすがにすみません。せめて鞭打ちぐらいですむように……」
「心配するな」
俺はニーナに歩み寄ると、その肩を軽く叩いた。
「当たるぜ、俺の予言。お前が考えるべきはミディアを慰める言葉だ。言っておくが、お前がどれだけ弁護しても俺は撤回しねえからな」
ミディアを抱きたいかというと、もちろん抱きたいに決まっているが、それより先に、奴の鼻っ柱をばっきりへし折ってやる必要がある。
とにかく俺に従属させて、戦場での命令に四の五の言わず従うようにしないと、危なっかしくて使えねえ。ただでさえ戦力不足だってのに、貴重なパラディンを役立たずのままで放っておけるか。
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「ファイアーエムブレム」9
次の日の夜遅く、俺の部屋を二人の女が訪れた。ニーナとミディアだ。
二人とも薄地の寝間着の上にカーディガンを羽織っている。ミディアは、ランプの明かりだけでも分かるぐらいに顔を青くして、震えていた。それだけで俺には結果がわかった。
俺はソファに座って酒を飲んでいたが、空いているソファを勧めながら聞いた。
「どうだった?」
「……あなたの言った通りになりました」
ソファに腰を下ろして、ニーナが信じられないという顔で言った。その隣で、ミディアはうつむいて何も言わない。俺はいやらしい笑みを浮かべて聞いた。
「ミディアちゃんはよーく体を洗ってきたのかな? さっそく脱いでもらおうか。さあ、おじさんの隣に座って座って」
三人ぐらいは並んで座れるでかいソファだ。俺は自分の隣をばんばんと叩いた。ミディアはびくっと顔を上げて、いまにも泣きそうだ。げひひひひ、ちっとは反省したか。
「私が身代わりになります。ですからミディアのことは……」
ニーナがミディアをかばう。俺は笑った。
「そうしたらお前がもたねえだろ。毎回、自分の分だけでひーひー言ってるくせに」
ニーナは赤面して黙りこむ。ミディアはショックを受けた顔でニーナの横顔を見つめた。聞かされてなかったのか。まあ、お前もこれから俺の女になるんだがなあ。
ミディアは俺をキッと睨みつけると、ソファから立ちあがった。
「私のことでニーナ様にご迷惑をかけることはできません」
大股で歩いて、ミディアは俺の隣に座る。へえ、薄地の寝間着だから分かるが、ちゃんと出ることはそれなりに出てるんじゃねえか。おっぱいはシーダ以上レナ以下ってとこか。
俺はミディアの肩を掴んで乱暴に引き寄せた。さて、どうやっていたぶってやろうか。
「どうして彼らの戦略を予言できたのか、教えてくれませんか」
ニーナが必死な口調で言った。少しでも先延ばしにしようって魂胆か。
「それは私も知りたい。なぜ、昨日の時点であそこまで当てることができた?」
ミディアも俺を見つめた。こっちも必死ではあるが、純粋な疑問でもあるようだ。
「おう。ちょっと待て」
俺は立ちあがって、部屋の隅に用意していた地図を持ってきた。たぶん聞いてくると思ってたからな。そいつをテーブルに広げた。
「ミディア、お前はニーナからどこまで聞いた? 一年前にパレスを脱出してオレルアンにたどりついたことや、パレスを取り返すまでにどう戦ってきたのかは聞いてるか?」
「それはもちろんうかがった。ニーナ様にそのような苦しく辛い思いをさせてしまったこと、私の命を差しだしても足りないほどのことだと思っている。どのようにお詫びのしようもない……」
ミディアはつらそうに顔を歪めて肩を震わせた。うーん、分かっちゃいねえな。
「お前の後悔はどうでもいいんだが、その話を聞いた時、驚かなかったか?」
俺が聞くと、ミディアは意味が分からないという感じで顔をしかめた。ニーナもだ。言葉が足りなかったか。
「ニーナはオレルアンから、ドルーア打倒の檄を飛ばした。だが、誰も応えなかった。俺たちがオレルアンからマケドニア軍を追い払った後、ニーナは各国に宣戦布告の手紙を送った。アカネイアの民も知ったはずだが、誰も反応しなかった」
ミディアは驚きと動揺で目を丸くする。俺は続けた。
「ワーレンでニーナは演説を行った。これもアカネイアの民は知ったはずだ。義勇兵の一団が編成できるぐらいには盛りあがったんでな。だが、やはり誰も反応しなかった。俺たちがパレスのふもとまで来て、城下町を解放した後も、ニーナのもとに駆けつけたアカネイアの民はいなかった」
正確には、メニディ家のジョルジュは来てたんだがな。ニーナに会う前に俺を狙ってきたのがあいつのミスだ。そういや、あいつのことどうすっかな。売国奴云々はあいつを怒らせるための挑発だし。メニディ家の態度次第で決めるか。
「おそらく、ドルーアの監視が厳しくて、みんな、動こうにも動けなかったんだと思う……」
「騎士の一人、銅貨の一枚も送れなかったってのか?」
弱々しく、しかし必死に擁護するミディアを、俺はせせら笑った。
「身内をかばうのもけっこうだが、誰も応えてくれなくて心細い思いをしていたニーナ王女殿下のお気持ちを考えてみたらどうだ?」
一気にまくしたててしまわないように、途中で酒を挟みながら俺は言った。こいつは自分の言い分が弱いことを自覚している。一手ずつ確実に追いこんだ方がいい。
「お前んとこのディールも、俺たちがジューコフを討ったときでさえ、何も言ってこなかったな。将軍の戦死による混乱で、間違いなく監視の目は緩んでいたはずなんだが。お前のことが心配で動けなかったとしても、臣下なら、せめて詫びの手紙ぐらいはよこすべきじゃねえか?」
ミディアは反論に詰まって縮こまった。特にニーナのことが効いたようだ。
なんで手紙すらよこさなかったのか。
知らないふりをするためだ。知っていて見捨てたということにしたくないから、知らなかった、気づかなかった、で押し通す腹だ。
しかし、自分で言ってて思ったが、よくハーディンの奴はニーナを見捨てなかったな。
俺だったら、どれだけ我慢しても二ヵ月過ぎたところでニーナをドルーアに献上してオレルアンの安泰をはかるわ。愛? 愛か……。報われねえの知ってるとせつないわあ……。この世界でハーディンをころころしたのは俺だけど!
「アカネイアの貴族にとっちゃ、自分の安全、自分の領地が第一なわけだ。それは分かる。海賊が手下を食わせないといけないように、貴族だって臣下を食わせなきゃいけねえからな。ニーナに味方しても勝ち目がないという計算も、オレルアンの頃までなら仕方ねえ」
俺がわざわざ海賊と並べてやると、ミディアは渋い顔をした。これから少しずつ慣れさせてやる。
「だが、俺たちがパレスに迫ってもご覧の有様だ。そんな時勢を読めないぼんくらどもが、パレスに来て何をするか? ニーナの無事を喜び、勝利を祝い、自分たちが動かなかったことについてあれこれ言い訳をする……」
俺は地図を見て、パレス周辺の侯爵家の領地を指さした。
「そして、自分の領地のために、軍資金と兵の支援を頼むってとこだろう。自分の領地が平和になれば、ニーナに協力もできる。アカネイアの平和にもつながる。そんなことを言ってな」
「会議室のそばにリカードを潜ませておいたのではと思いたくなりますね……」
ニーナがため息をついた。ああ、それやってもよかったな。
「あいにく、昼間は俺もリカードも城下町に行っててな」
リカードには、ここでも仕込みをやらせている。吟遊詩人をさがしてニーナを称える詩を歌わせるというやつだ。なかなか順調のようで、次は画家でもさがそうかと話しあった。
なお、おまけ感覚で作らせてみた「疾風の義賊リカード」という詩もなぜかウケてしまったので、第二弾第三弾としてカシムとマチスのプロデュースも考えている。
後世には、この三馬鹿が同盟軍の三巨頭扱いされるかもしれん。いっそシーダやレナも売り出すべきか……。
考えるのは後日にして、話を戻そう。
「そんなふうに自分のことしか頭にねえ奴らが、ドルーアと戦うと聞かされたら、どう考えるか。協力してほしけりゃ先に手を貸せと言い立てる。だから、兵と物資を揃えるのに二、三ヵ月を費やす。その上で、最短距離を通って短期決戦ですませようと考える」
俺が地図上のアカネイアからマケドニアまで指を走らせ、さらにドルーアを指でつつくと、ニーナもミディアも深刻な顔で地図を見つめた。
「あなたは、昨日の時点でこれだけのことを考えていたのですか……?」
ニーナが驚いた顔で言った。ミディアも、俺を化け物か何かでも見るような目で見ている。
俺は呆れた顔で言った。
「お前、ここに来るまでに、俺がどれだけ地図とにらめっこしてきたと思ってんだ」
原作知識を利用してのショートカット。
ロマンだ。格好いい。俺だって何度も考えた。
だが、この世界では、オレルアンを平定した頃には、俺はその夢を諦めていた。
味方が絶望的に足りねえからだ。アリティア軍もオレルアン軍もいなかったからな。
この貴族どもにこっちから声をかけなかったのも、俺の臆病さからだ。レフカンディ侯爵家とかに会いに行って、知らない戦場で知らない敵と戦いたくねえし。この戦力で。
ニーナが連中に会いに行かなかったのは、たぶん拒絶されるのが怖かったんだろう。オレルアンに逃げてからは、ほとんどいないものとしてアカネイア勢に扱われてたわけだからな。
「奴らがマケドニア経由でのドルーア攻めにこだわるだろうと踏んだ理由は、もうひとつある。グルニアだ」
俺は酒を水に変えて、地図上のグルニアをつついた。ニーナもミディアも、意味が分からないってふうに首を傾げた。俺は意地悪な笑みを浮かべて言った。
「奴らは、グルニアに対して苦手意識というか、恐怖心を持っていると俺は思っている。怖くてたまらねえんだよ。パレスはカミュに攻め落とされ、領地もグルニア軍に荒らされ、この三年間やられっぱなしで逆らえやしなかったからな。連中、グルニアは遠すぎるとか、ドルーアさえ潰せば降伏するだろうとか言ってなかったか? 奴らはグルニアに近づきたくないんだ。この戦略ならグルニアに近づかずにすむ。一応はな」
一応はな。それを強調して、俺は説明を終えた。
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「ファイアーエムブレム」10
夜中のパレスの一室で、地図を囲むように、俺たちはソファに座っている。
「貴様の見識についてはよくわかった……」
ミディアが深いため息をついて、顔を上げた。
「だが、私たちの戦略も、貴様の戦略に見劣りするものでは……」
「本気で言ってるのか?」
俺が聞くと、ミディアは言葉の続きを呑みこんだ。
「まず、二、三ヵ月間パレスに居座って力を蓄えるって時点で駄目だ。俺がグルニアかマケドニアの指揮官なら、一ヵ月の内にパレスを攻める」
「どのように、ですか……?」
ニーナが恐る恐るといった感じで聞いてきた。
「ぱっと思いつくものだと、グラに防衛強化のためって言わせてグルニアとマケドニアに援軍を要請させる。両国は、たいしたことない数の兵を送るとグラに伝える。これは囮だ。それで俺たちの注意を引きながら、大軍をパレスに向ける」
今パレスを攻められたら、俺たちは確実に負ける。数の差で。
数日間過ごしてみて分かったが、このパレスを守りきるには、ある程度の兵が必要だ。パレスを守る兵、北東の出入り口を守る兵、パレス周辺の砦を守る兵、そして敵の飛行戦力を撃退する兵。
竜騎士団と天馬騎士団、それから飛竜が山を越えて押し寄せたら、南から突破される。砦をおさえられたら、チェスや将棋でいう「詰み」にはまる。何やっても無駄無駄無駄ァー。
「ワーレンの商人も言っていただろ。連中に再侵攻の計画があるって」
「だが、必ずしもそうするとはかぎらないだろう……!」
ミディアはなおも食い下がった。
「相手がこちらを警戒して手をこまねいている間に、こちらが準備を終えることだって」
うーん、必死なのはいいが、余裕が足りねえな。
ミネルバなんかは、こういうの楽しそうに話してくるからなあ。目をキラキラさせて。ぼろが出るのが怖いんで、俺はなるべく早めに切りあげてるが。
「いいぜ、つきあってやる。お前たちは準備を整えて、めでたく海に出たとしよう。だが、この侵攻は派手に失敗する。なんでか分かるか?」
「海にいるところを、マケドニアの天馬騎士団と竜騎士団に襲われるというのだろう。だが、アカネイアにはメニディ家の育てた優秀なスナイパーの部隊がある。他の侯爵家もアーチャーの部隊ぐらい備えている」
ミディアは胸を張って答えた。俺は首を横に振った。
「俺がマケドニアの指揮官なら、そんなことはしない。ドルーアとグルニアに援軍を頼みつつ、アカネイア軍をマケドニアの領内深くまで引きずりこむ。そして、竜騎士団と天馬騎士団を使って退路と補給線を断つ。補給部隊にまでアーチャーを大量に配置はしねえだろう? で、アカネイア軍が疲れきったところで三方向から、こう」
俺はミディアの頭にチョップを振りおろす真似をした。ミディアが愕然とした顔になる。唇を震わせて、必死に反論の言葉を探しているようだった。俺は容赦なく続けた。
「マケドニアからグルニアは近い。カミュの率いる黒騎士団は騎兵の集団だ。すぐに到着するだろう。ドルーアは地続きだ。竜族を送りこんでくるのに苦労はしねえ」
ミディアは地図を食い入るように見つめる。
高度の柔軟性を維持しつつ、臨機応変に対処するとか言ってきたら病人判定待ったなしだったが、さすがにそこまではいかなかったか。ようするに、銀河○雄伝説のアムリッツァなわけよな、これ。詰んでるんだよ。
俺は余裕の表情でニーナを見た。
「何か質問はあるかね、ニーナ君。なければ、いよいよお待ちかねの……」
「ま、待ってください。気になることがあります」
ニーナが慌てて言った。
「戦略会議に出席したのは私とミディア、ボア、そして侯爵家の代理の者たちです。代理の者たちがそのような提案をしても、ミディアやボアが反対して違う結論になるかもしれないと、あなたは考えなかったのですか?」
「数日前まで牢屋にぶちこまれてた奴らの発言力なんざ、たかが知れてるだろ」
当然だって顔で俺は答えた。ミディアは地図から顔を上げて、悔しそうな目で俺を見つめた。
「三年前にニーナを守れなかった。挙げ句、そのニーナに救出されるまで、何もできなかった。それがお前に対する連中の評価だ。他に、親父のことも何か言われなかったか? たしか、お前の親父はパレスを守る司令官だっただろ。お前の親父がカミュを撃退していれば、今日のようなことにはなってなかったとか、そんなふうに」
ミディアの目に涙がにじんだ。ああ、言われたか、やっぱり。
「だから、お前は他の連中に対して強く出られない。ボアは戦略に詳しくないだろう。それに、あいつはどっちかっていうと、全員の意見を集めて利害を調整する人間だと俺は思っている」
前にも言ったが、ボアはニーナ第一主義だ。
ニーナを神輿にしてあっちこっち駆けまわる俺の戦略に対して、基本的にパレスから動かず、パレスを出てもすぐに戦いを終わらせる(ように見える)案に飛びつくのは当然だ。
他の連中の意見を退けることは、たぶんしねえ。それができるなら、ハーディンへの扱いだってもうちょっとマシだったと思うしな。
「そういや、ボアはどうした?」
「自分の部屋で休んでいます。よほど結果が堪えたようで……」
ニーナが嘆息した。
突然、ミディアがソファから立ちあがった。観念したように俺に向き直る。
「私の負けだ。好きにするといい。犯したいなら犯せ」
ニーナが息を呑む。俺はミディアの顔を見上げて観察した後、首を横に振った。
「いや、今はいらねえ」
「どういう意味だ?」
ミディアが怒ったように詰め寄る。俺は嫌味たっぷりに言ってやった。
「お前、偉そうなんだよ」
ミディアが顔をしかめる。こいつは根深い。ミネルバが、こいつと話して腹を立てたのがよくわかる。
加えて、こいつは他の女と事情がちと違う。俺はこいつの恋人や同僚を殺した相手だからな。俺の女にするにしても、もうちょっと段階を踏む必要がある。
「納得しました、約束を守ります、身を任せます、ってツラじゃねえ。高貴な貴族である私が、卑しい海賊との約束をありがたくも守ってやろう、さあ抱け、ってツラだ。命令なんだよ、お前の態度。女に不自由してるわけでもねえのに、なんでお前みたいなのをわざわざ抱かにゃならん」
俺はミディアを無視するように、ニーナを見た。
「さっき、ミディアの代わりに、って言ったよな。たっぷりじっくり可愛がってやる」
「ま、待て……!」
ミディアが慌てて俺とニーナの間に割りこんできた。もう夜遅いんだから騒ぐなよ。
「わ、私をお前の女にすると言っただろう! これ以上ニーナ様を傷つけるな!」
いや、もう傷つけるどころじゃないんだが。ニーナの体で俺が触ってないところってたぶんないぞ。
ニーナはといえば、どうしたものか分からずおろおろしている。
「わかった。じゃあ、一つ条件をつけてやる」
「条件……?」
「お前、同盟軍の将として俺に従え。戦場では俺に服従しろ。ニーナのために、ディールの名誉挽回のためにと思って、戦って戦って戦いまくれ。それで俺を満足させることができたら、俺の女にするってのは取り消してやる」
俺にしては甘い処置だが、こいつは必要な戦力だからな。
ただ、満足することは決して、決してありませんけどねー。
「分かった! アカネイアの騎士として、恥じない戦いを見せることを約束しよう!」
ミディアは笑顔になり、胸を張って宣言した。ちょろい、ちょろいなー。しかし初めて笑顔を見たが、なるほどやはり見てくれはいい。おっぱいの形もいいが、尻がなかなか俺好みだ。
そして、ミディアの後ろで、ニーナが、またやりやがったこいつ、みたいな顔で俺を見ていた。お前、今この場で俺に喘がされたいか。人に見られながら抱く趣味はありませんが、臣下に見せつけックスをやってさしあげてもよろしくてよ?
ともあれ、どうにかミディアを使えそうで安心した。成長率? そんなもん気にしてられる段階じゃねえんだわ。パラディンってだけでスタメンよ。
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「ファイアーエムブレム」11
いただいた感想は全部見ています。ありがとうございます! もうほんと励みになります! 全然追いついてないけど少しずつ返していくので、すみませんがお待ちください。
次の更新は、二週間後ぐらいの予定です。
リンダが血相を変えて俺の部屋に駆けこんできたのは、論功行賞を明日に控えた日の昼過ぎだった。
「ちょっと、これどういうことよ!」
リンダの手には羊皮紙が握りしめられている。俺はそれを受けとって目を通した。
ああ、リンダと一緒に買った奴隷のガキたちのやつか。
半分は帰る家があるってことで金と食料を持たせて送りだすことにして、残り半分は戦火に家や家族を焼かれた連中だったので、パレスの下働きや城下町での住みこみの仕事を割り振ったんだった。
だが、ここまで決まったところでごねた奴がいた。俺だ。
だってさー、俺が買った奴隷じゃん? 肉奴隷にして側に置いておいてもいいぐらい可愛くて物分かりのいいやつも何人かいたし。そういうのはパレスでの下働きに割り振ったけど。今後、何かあるともかぎらないしな。
ともかく、リンダが俺の部屋へ殴り込んできたのは、そういうわけだった。
「言っただろう。俺の奴隷をどうしようが、俺の自由だと」
にやにや笑って俺は言った。リンダは怒りを隠さずに俺に詰め寄った。
「条件を言いなさいよ!」
「条件?」
「あんたのことだから、どうせ私やニーナ様に何かやらせたくてごねたんでしょ!」
がっはっは、物分かりがいいなあ。俺は自分の顔を指さした。
「キスをしろ」
リンダは唖然とした顔で俺を見た。俺は下卑た笑みを浮かべてもう一度言った。
「お前が助けたい人数分だけ、俺にキスをしろ。その数に応じて見逃してやる。全員だと二十九人だから、二十九回だな」
「……最悪!」
「お前、もう俺に抱かれてるんだし、今更キスの二十や三十、何でもねえだろ」
「そんなわけないでしょ! あんたって本当に最低のクズだわ!」
おお、どこぞの姫騎士っぽい台詞。
「そうか、残念だよ。あいつらを助けたいというお前の覚悟はそんなものだったのか」
ことさらに真面目ぶった顔で、俺はため息をついた。深刻な話や真面目な話ばっかだと胃にもたれるからな。エンジョイ&エキサイティング。これですよ、これ。
リンダは顔を怒りで真っ赤にして俺を睨みつけていたが、鼻息も荒く叫んだ。
「わかったわ! ただし、約束は守りなさいよ!」
「おう」
守るつもりはあるしな。役得、役得。
俺たちは並んでソファに座った。リンダは俺を睨みつけ、ずいぶんとためらってはいたが、決心を固めると俺の肩に手を置き、唇を押しつけてきた。
しかし、ちょっと唇が触れあったところで、すぐに離して小さく息を吐く。
「これで一回ね」
「これは許してやるが、次からはもっとゆっくり、感情を込めろ。でないと勘定に入れねえぞ」
リンダは怒りと恥ずかしさとで顔を耳まで赤くする。だが、負けん気も燃えあがったようだ。
「いいわよ、やってやろうじゃない」
ちゅっと音を出した二回目は、一回目より倍以上長かった。鼻息さえくすぐったい。いいね、いいね。
「次は唇を吸って、音を出してみようか」
こんなふうに、俺はいちいち注文をつけていった。ちゅっ、だったのがちゅぷっ、とかちゅぱっ、とかあむっ、とかになり、唾液や吐息が混じり、舌を絡ませあうようになり、おたがいに顔が上気して赤くなる。
俺の方も途中から積極的に唇を吸ったり、舌を入れたりしていったが、だんだん辛抱たまらなくなってきた。
そして、約束の二十九回目を終えると同時に、俺はリンダを押し倒していた。リンダは嫌がるように身をよじったが、ほとんど抵抗はしなかった。
翌日、玉座のある広間で論功行賞が行われた。
俺とニーナにとって、これは、戦功のあった奴を評価し、褒美をとらす場ってだけじゃない。ニーナが他の国の人間を大事に思っていることを、アカネイア貴族に見せつける場だ。
シーダ、アイルトン、カシム、レナ、マチス、リカード、ウェンデル、バヌトゥ、エステベス、ミネルバ、マリア、リンダ……。みんなが次々にニーナの前に出ては膝をつき、功績を読みあげられてお宝を受けとる。金貨の詰まった箱の場合もあれば、上等な毛皮だとか、宝石で飾った剣なんかもあった。
また、シーダはタリスの代表として、アイルトンはオレルアンの代表として、ウェンデルはカダインの代表として、ミネルバはマケドニアの代表として、あらためて認められた。
新たに地位をもらったやつもいる。リンダなんかは、戦いの功績を認められてニーナ付きの宮廷女官と、司祭見習いの地位をそれぞれ正式に与えられた。
さて、最後に俺の番だ。名前を呼ばれて、俺はニーナの前に立つ。膝をつかない俺にざわめきが起こったが、ニーナはかまわず俺の戦功を読みあげた。
「ガザック殿。あなたはタリスをガルダの海賊から解放し、サムスーフ山の山賊を討ち、オレルアンではマケドニア軍と戦い、私を助けてくれました。レフカンディ、ディールでもグルニア軍を打ち破り、ワーレンを襲ったグルニア軍も撃退し、そして、パレスを取り返した」
ボアが、ニーナに一振りの弓を渡す。神秘的な輝きを放ち、炎を思わせるデザインの、黄金の弓だ。
「この光り輝く弓はパルティアといって、我が王家に伝わる三種の神器の一つです。これをあなたに授けます」
どよめきが起こった。いくら功績がでかいとはいえ、破格を通り越した褒美には違いない。俺は笑顔でパルティアを受けとった。
更に、俺の前に金貨の詰まった箱やら絹織物やら毛皮やらと次々に財宝が積みあげられていく。ぱっと見て、ラングが持ってきた賄賂七日分相当だな。
それがすんだところで、ニーナが静かな声で言った。
「次に、あなたの罪を問いたいと思います。一つ、パレス奪還の戦いにおける友軍への過剰な暴行、一つ、町の一画を狙った略奪命令、一つ、必要があったとはいえ町の一画を焼いた暴挙、一つ、アドリア公ラングを、彼に裏切りの罪があるとはいえ、私の許可なく、ええ、私の許可を待たずに処刑したこと、一つ、アカネイア王女である私に対する数々の不敬極まる態度……」
ニーナは淡々とした口調で俺の罪状を読みあげる。また周囲の空気が一変した。俺は、めいっぱい神妙な顔をつくって、ニーナの言葉を聞いていた。
制裁金という名目で、俺の前から財宝が次々に持っていかれていく。パルティアもボアに取りあげられた。
アカネイア貴族はもちろん、カシムやマチスたちも唖然とした顔で俺とニーナを見つめている。ミディアも顔が真っ青だ。
そうして残ったのは、金貨百枚の入った皮袋だけ。
「以上です」
ニーナが言った。あっ、こいつ、頬がぴくぴく痙攣してやがる。慣れねえ腹芸なんてするからこれだよ。だ、駄目だ、まだ笑うな、こらえるんだ! 夜○光はがんばってたぞ! と思ったけど笑ってたな、あいつも。
俺はしかめっ面を作って、皮袋を拾いあげた。
「ありがたくちょうだいいたします」
これが、ニーナが墓地で俺に提案してきた「恩賞」だ。ミネルバとリンダが難色を示したのも分かるってもんである。
しかし、つきあいの長いシーダとレナ、ニーナはともかく、マリアがどうして俺になら通じると思ったのかは謎だ。変な兄貴と姉貴を持って苦労してるせいか。
俺の功績を評価しないわけにはいかない。一方で、俺を罰しないわけにもいかない。アカネイアの王女としての威厳を示す必要もある。また、ラングを殺したことについて執拗に言及し、他の諸侯(特にサムスーフ侯爵家の関係者)に釘を刺しておく必要もある。
また、俺たちに反感を持っているアカネイア貴族も、これを見ればひとまず溜飲を下げるだろうという計算もあった。ひとまず、であっても大事だ。
ちなみに、サムスーフ侯爵家に対してはとりあえず放置だ。ほんの数日叩いてみただけで埃が出まくったそうで、時間をおいて、裏切り以外の罪を問う方向で決めたらしい。
まあ、ラングの処刑だけで十分効果があったというのもあるし、ここでサムスーフの関係者まで首を切りまくると、貴族全体が暴れだしかねないって懸念もあるからな。
ミディアに説明したように、俺たちはパレスが攻められる前に行動を起こさないといけない。悔い改める時間を与えたと思っておこう。
次いで、ニーナが今後の戦略を発表した。グラへ、そしてカダイン、アリティアへ。グルニア、マケドニアへ、最後にドルーアへ。つまり、俺の戦略だ。
ニーナは同盟軍の総大将として出陣する。その間、パレスの留守はボアが預かる。ちょっと不安だが、他に人がいねえので仕方ない。
あと、俺たちの軍に、ワイアットの他にもう一人、闘技場でスカウトされて加わった奴がいる。
ワインバーグという傭兵だ。クラスはアーマーナイト。
正直アーマーナイトにはいい思い出がねえんだが、必要なのはたしかだからな。エステベスの眼力を信じよう。
ちなみに、こいつはそこそこ出来る奴で値が張ったので、サムスーフ、レフカンディ、メニディの三侯爵家に軍資金を出させて、それで雇った。
この三大侯爵家はしょっぱい能力値の兵しか出しやがらなかったので、パレスの守備を任せた。まあ、三大侯爵家がパレスを守っているというと聞こえだけはいいからな。聞こえだけは。
「ドルーア、マケドニア、グルニア。いずれも並々ならぬ強敵です。ですが、皆が一丸となって立ち向かえば、勝利を得られると私は信じています」
この場にいる全員を……俺たちだけじゃなく、アカネイア貴族たちも見回して、ニーナは言った。
「ガザック殿」
再び、ニーナが俺の名を呼ぶ。持ってこさせた黄金色の小さな盾を、俺に渡した。
「あなたに、このエムブレムを託します。このファイアーエムブレムは、アカネイア王家の代理として世界を救う者に与える覇者の証。諦めずに戦い抜く私の意志でもあります。私たちの手で必ずやこの戦いを終わらせ、平和を、誰もが穏やかに暮らせる日々を取り戻しましょう」
俺は穴だらけの封印の盾を受けとる。
シーダとレナが拍手をした。他の連中もすぐに手を叩き、ミディアが続いたことで、アカネイア貴族たちもぱらぱらと拍手をする。
それがおさまるのを待って、俺は全員を見回した。
「それではグラに向かう」
見てろよ。
誰に言うでもなく、俺は内心で呟いた。
俺たちの名を、この大陸の歴史に刻んでやる。
ここまで来て、ただの海賊だのなんだので終わらせてたまるか。悪名? 奸雄? おおいに結構。『○勝○敗 ○EXP ○○にて倒れる』なんて無味乾燥な一文で終わっちまうより何万倍もマシだ。
前々から言ってることだが、ガーネフの野郎にいい目を見せるのももちろん嫌だ。
凶悪な笑みを浮かべて、俺は言った。
「奪りに行くぞ」
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 カシム レナ
マチス ニーナ リカード
ウェンデル バヌトゥ エステベス
マリア ミネルバ リンダ
ララベル ワイアット(傭兵) ミディア
ワインバーグ(アーマーナイト)
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「悲しみの大地・グラ」1
と言いたいところですが、予想外というか、まだリアルが忙しかった……!
というわけで、すみません。今日はこれだけになります……。
軍資金が豊かになったことで、俺たちはいろいろなものをそろえることができた。
一つは輸送隊。これまでは特に書く必要もなかったから省いたが、まあボロ馬車に武器や食料を積んで、ロバとか牛とかに引かせていたと思いねえ。それが全面的に新調された。
また総大将用の馬車。これも新しく立派なものになった。
とはいえ、普段は俺もニーナもこれには乗らず、その後ろに続く地味な色の馬車に乗る。奇襲を警戒してのことだ。
これらを用意したのは商人のララベルだ。もちろん正規の料金を支払った。ララベルにしても、俺たちと取り引きをしてるって証明になるし、一族への覚えもよくなるだろう。
そのララベルだが、ついてくると言ってきた。
俺たちがパレスへ発つ日、当たり前のように馬車の前で俺を待っていた。荷物を背負って。
「ぜひ、私を連れていってくださいませ。各国の道具屋にも顔がききますし、お役に立ってみせます。もちろん私的な部分でも」
流し目をしてきながらの台詞が実に色っぽい。これから出発ってんでなければ、いますぐ馬車の中に連れこんでいるところだ。
正直、非戦闘員はあんまり増やしたくねえんだが、こいつが役に立つのは間違いない。
これからの戦いは、征服のための戦いになる。占領政策に商人の協力は欠かせねえ。
「わかった。だが、俺の戦には一切口を出すな。それが条件だ」
「もちろんです」
ララベルは俺に抱きついて全身で喜びを表した。うーん、この過剰なスキンシップ、どうにかならねえかな、こいつ。
俺がララベルを連れていくことを告げると、シーダとニーナが真っ先に、それからレナが控えめに反対した。信用できるのかってことらしい。大陸規模のチェーン店を展開している一族って、そりゃ警戒するわなあ。
「あのな、商売ってのは物資の補給にも関わってくるんだ」
俺はシーダとニーナに歩み寄り、商人の必要性を説いた。
「服はただじゃねえ。武具もそう。お前らが食ってる飯や酒もそう。これから俺たちが向かうグラやグルニア、マケドニアの商人たちが、俺たちにまともなものをまともな値段で売る保証はねえ。そういうのを調達できるやつがいるんだ」
「……それは分かりましたが、真面目な話をしながら私たちの体をさわるのはやめてください」
ニーナがうつむきがちに言った。シーダは顔を赤くして黙りこんでいる。
俺は説明しながら、二人の胸や尻を丹念にまさぐっていたのだ。いや、ほら、服の大事さを実地で説明してあげないとねえ。ぐへへへへ。
ともかく、二人は納得したのでララベルはついてくることになった。
ああ、そういや今のうちにやっておかねえと。
俺はララベルを呼ぶと、ファイアーエムブレムを見せながら言った。
「さがしものを頼みたい。お前の一族の情報網を使ってもらえるのが望ましい。金はいくらかかってもいい」
俺は、ファイアーエムブレムの表面にある五つの穴を指さした。
「この穴にはまるぐらいの大きさの宝玉……オーブをさがしている。色は赤。持っていると元気が湧いてくるような、そんなものだ」
第二部十八章で、オレルアン王は旅の商人に大金を払って命のオーブを買ったと言っていた。あれがどのタイミングなのかは分からねえから、とりあえず商人の情報網を使わせてもらおう。オレルアン王が持っていたなら、出させるなり買うなりすればいい。
「前金だ」
金貨の入った皮袋を、俺はララベルに渡した。さすがに百枚分はちと重いか。
ララベルはそれを受けとって不思議そうに首を傾げた。
「これは、パレス奪還時にガザック様がいただいた恩賞ですよね? それをすべて預けてくださるんですか?」
「おう。足りない分はグラを攻め落としたら用意するから、それまで待て」
さすが商人というか、俺がもらった恩賞の額は知っていたらしい。全額ってのも、たぶん重さで分かったんだろう。
「いいえ、いいえ。わかりました。ガザック様の決意の程、たしかに受けとりましたわ。なんとしてでも、お望みの品を見つけだしてみせましょう」
ララベルは笑顔で皮袋を握りしめた。
グラ王国に侵入した俺たちは、町や村で補給をしつつ情報を集め、グラ軍を適当に蹴散らしながら前進した。
ちなみにニーナの方針で、町や村から食料なんかを買う時には金を払っている。これは俺も賛成したが、抵抗する町では略奪をすることも約束させた。
もう占領政策は始まっているんだ。従う奴とそうでない奴とで、扱いを変えないといけない。ニーナはそこまで考えてないだろうが、これまでのことを考えると、体験させていって徐々に分からせるしかない。
そして、町や村で逆らってきたところはなかった。グラ軍の士気が低いのと、アカネイアの占領政策は恐ろしいという噂があるのと、同盟軍の指揮官は海賊あがりでとんでもない奴だという噂のせいだそうだ。いやいや、とんでもないなんてそんな。たまに町を焼き払うぐらいだゾ。
そうして俺たちは、グラ城の前にたどり着いた。
グラ城のつくりを大雑把にいうと、マップでいう左上が塔、左下が居館、右下が宝物庫になっている。
左上の区画が塔であることを俺は意外に思ったが、考えてみればゲームのマップでも、そこだけ入り口の地形が階段になっていた。海伝いに居城へ回りこもうとする奴に、塔の上からバンバン矢を射かけるってイメージだったんだろう。再現されると鬱陶しいことこの上ない。
正面の橋が跳ね上がっているのも、城の入り口のイメージか。
跳ね橋の向こう側には、スナイパーが1ユニット待ちかまえてる。さらに、正面と左手の二本の通路をアーマーナイトの一団がふさいでいる。
こいつらのせいで、シーダとミネルバは城の外側からしか偵察ができなかった、ぐぬぬ。
何とか、もうちょっと内部を詳しく知ることはできないもんか。地図に、俺の知っていることを反映させることができないってだけじゃねえ。これまでがそうだったように、城の内部で俺の知らないことが起きている可能性がある。
しかし、グラは弱いってイメージだが、こうしてみるとけっこう面倒だ。アストリアがいない分、楽なスタートを切れるかと思ったんだが。
テントの中で、俺はテーブルに広げた地図を睨みつけながらどうやって攻めるか考えていた。そこへ、ミネルバが入ってきた。
ミネルバは二人の騎士を連れていた。緑色の髪をセミロングにした美人と、青い髪を肩のあたりまで伸ばしている美人だ。お……きたきたきましたよ。
「ガザック殿、少し時間をもらえるだろうか。紹介したい者たちがいる」
二人の騎士が前に進みでる。それぞれ礼儀正しく俺に頭を下げた。
「マケドニアの天馬騎士団に所属していたパオラと申します」
「同じく、カチュアと申します」
「ガザック殿には以前話したことがあっただろう。私の信頼する騎士たちだ。我が軍に加えてほしい」
「おう、分かった。とりあえずはミネルバの下についてくれ。必要な武器や道具の用意はミネルバに任せる。いいな?」
「心得た」
俺とミネルバのやりとりがあまりにあっさりだったからか、パオラもカチュアも不思議そうな顔でミネルバと俺を交互に見る。いざグラ攻めってタイミングで駆けつけたんだから、まあ疑われても不思議じゃねえしな。
いやいや、君たちは顔パスですよ顔パス。ついに、ついに主力がきた! 即戦力、ドラフト一位待ったなしな面子が!
「それから、重要な報告がある。二人とも」
ミネルバが言い、パオラたちを見た。パオラとカチュアはやや緊張気味に言った。
「私たちは南から、グラ城を迂回するように飛んできました。その時、グラ城の内部が少しだけ見えたんです」
「塔と居館に挟まれた中庭に、勇者と傭兵の部隊がいました」
パオラとカチュアがそれぞれ言った。俺は目を丸くして二人を見つめる。
「詳しく頼む。規模は?」
二人の話を聞いて、俺は地図に敵の配置を書き加える。勇者が1ユニット、傭兵が2から4ユニット。俺は地図から顔を上げると、二人の天馬騎士を見つめた。パオラの両手を取って強く握りしめて、真剣な顔で言った。
「妹ともどもいますぐ嫁に来てくれ」
ミネルバにテントの隅へ連れていかれて懇々とお説教されました。
いや、真剣ですよ僕ぁ。たぶん誠実ですよ。めいっぱい愛しますよ、ベッドの中で。肉奴隷とか愛人契約とか俺の女になれとか言わなかっただけいいじゃん。
お説教が終わると、俺は気を取り直してミネルバに言った。
「全員呼んでくれ。攻め方を決めた」
ミネルバが二人を伴ってテントから去ると、俺はあらためて地図を見つめた。
そりゃそうだ。国が滅びるかどうかって瀬戸際なんだ。なりふりかまわず傭兵だって何だって雇うだろう。傭兵を雇うのは俺たちの専売特許ってわけじゃねえ。
それに、第二部ではジオルの娘のシーマもやはりサムソンを傭兵として雇っていた。傭兵は、グラにとって当然打つべき手の一つなわけだ。
いまの段階でこれが分かったのはでかい。天馬騎士団の援軍だけだとたかをくくっていたらえらいことになっていた。
やがて、全員がそろった。総大将用のテントも広いものになったんだが、それでも全員がそろうときつい。もっとでかいものを用意するか。
俺は地図を見せながら、おおまかな敵の配置と予想される動きを説明した。
「ミネルバはパオラを連れて東の海から迂回。宝物庫の裏手に回ってくれ。宝物庫にスナイパーが潜んでいる可能性があるから、むやみに近づくな。ただ、お宝を持って逃げようとする盗賊を叩き潰して回収しろ。その後は戦闘を避けつつ、敵を脅かせ」
「落城の危機にあるとなれば、そのような輩も出てくるか。承知した」
ミネルバは頷いた。
「次に正面からの攻撃だが。まず、リカードに跳ね橋を下ろさせる。敵のスナイパーの部隊は傭兵たちに頼む。囲んで動きを封じろ。その脇を通って、マチスとミディアでアーマーナイトの部隊を蹴散らせ。アーマーキラーの準備はいいな?」
「ああ。どれだけいようとも相手にしてやれる」
「もちろんだ。私の部隊だけでもやってみせる」
ミディアが胸を張る。いや、それは危険だからやめて。俺は笑って言った。
「気負うのは結構だが、アーマーナイトと戦うだけで息切れするなよ。前哨戦に過ぎないからな。アイルトンたちとカシム、リンダはマチスたちの援護だ。リンダ、オーラは使うな。サンダーやブリザーの扱いにも慣れてもらわねえと困る」
「わかったわ」
不満そうだが、リンダは頷いた。実戦経験のなさを自覚したんだろう。いいことだ。
ちなみに、パレス奪還戦で俺たちはボルガノンを手に入れている。味方が使える魔法の中では一番命中率の低いものだが、いずれリンダが成長したら使わせてみよう。
「レナ、マリア、ウェンデルは後方で回復に専念。リカードは跳ね橋を下ろしたら後方に下がれ。ララベルも後方。バヌトゥも後方にいろ。もしやばくなったら頼む。カチュアはレナたちと一緒にいて、伝令と偵察を頼む。で、俺とニーナ、シーダはちょっくら別行動をとる」
俺の最後の言葉に、シーダとニーナは不思議そうな顔をした。事前に話してないからな。
「では、正面の攻撃の指揮は誰が執るのですか?」
「マチスだ」
ニーナの質問に、俺は笑顔で答えた。いやあ出世したねえ、マチス君。
「お、俺が!?」
マチスは驚いて呆然と立ちつくす。俺は笑った。
「お前もずいぶん戦ってきているんだし、そろそろやれるだろう。武勲をたてたら、次の町では『知勇を備えた騎士』とかかっこよさ五割増しで売り出してやるぞ」
笑いが起こった。リカードとカシムがそれぞれ便乗する。
「そりゃ褒めすぎだね。『お気楽猪騎士』とかでいいんじゃない?」
「私としては『愛する妹のために今日も槍を振るう』というのを強く推したいですね」
「お前らなあ!」
マチスは顔を真っ赤にして怒鳴った。正直、戦力として頼もしいかといえば、サポートつけないと不安になるぐらいではあるが、なんだかんだでこいつも成長してはいる。
つきあいが長いと、見えてくるものもある。たしかにこいつはいい加減でお調子者だが、マケドニア貴族って生まれ育ちの割に、あまり人を見下さない。
レナもそうだから、家庭環境によるものなのかもしれないが、とにかくこいつは狩人のカシムや盗賊のリカードとも対等につきあっている。考えてみれば、第二部の三章でもジュリアンを認めている節はあったしな。この点は貴重だと思う。ぶっちゃけミディアに見習わせたい。
笑いがおさまるのを待って、俺はマチスに言った。
「アーマーナイトを蹴散らしたら、中庭まで進め。そして、敵の傭兵隊を適当におびき寄せて城の出入り口まで後退しろ。俺は、他に敵の援軍があるんじゃないかと踏んでいる。まとまってかかってこられると厄介だ」
傭兵隊。塔の弓兵隊。天馬騎士団。各個撃破するしかねえ。銀の剣一本持たせて放りこんでおけば無双できるようなユニットなんてうちにはいませんからね!
「で、敵の傭兵隊はこちらの傭兵隊で食い止めて、その間にマチスとミディアは敵の居館の背後に回りこめ。ミネルバたちと合流して、裏手から攻めこむんだ。その後は状況次第だな」
ここまで細かく指示を出すのもどうかと思うが、マチスだしなあ……。天馬騎士団はアイルトンとカシムでどうとでもなるだろうが、そこまで口に出すことはできない。
俺は全員を見回した。
「俺たちが戻ってくるまでは、マチスの指揮に従え。いいな」
そして、俺たちは行動を開始した。
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「悲しみの大地・グラ」2
楽しんでくださっていた皆様には、本当にお待たせしてすみませんでした。
正直に申しあげると、リアルが滅茶苦茶忙しかった→夏バテで何日かくたびれてた→だれた、の流れを経て、割と少し前までぐでーっとしていました。
あと直近が真面目回(当社比で)なので割とめんどくさかった、もある。
ともあれ、我らがガザックが海賊王になるかもしれないお話を再開します(グラ編が終わったらまた2週間ぐらい間を空けますが……)。よろしくお願いします。
俺とシーダ、ニーナは北西にある村へと向かった。塔からの矢を避けるべく、俺は小舟で海を渡り、シーダはペガサスで空を行く。ニーナはシーダの後ろに乗った。
ちなみにニーナは変装している。純白の法衣を着た旅のシスター。現役のシスターであるレナに手伝わせたんで見事なもんだった。顔は、法衣についているフードで隠した。
俺たちは村に入った。
「この村に何かあるのですか?」
気になるのか、フードの位置を何度も直しながらニーナが聞いてきた。
「すぐに分かるさ」
俺たちはわざと大通りを堂々と歩く。俺たちとグラ軍の戦が始まったからだろう、真っ昼間だというのに人通りは少ない。
村の中央まで来た頃、一人の男が俺たちに向かって歩いてくるのが見えた。
金髪で、超がつくほどの涼しげな面立ち。背は高く、黒い軍衣がよく似合っている。気負った様子はなく、それでいて隙のない動き。腰には剣。離れたところからでも、凄い奴だというのが分かる。英雄の風格ってやつか? さすがステージボスは違う。
そいつは道を尋ねるような気さくさで、俺に話しかけてきた。
「君が、同盟軍の総指揮官ガザックか……」
「おうよ。お前は黒騎士団のカミュだな?」
俺が笑って言葉を返すと、カミュは驚いたように足を止めた。剣の間合いで。おっかねえ奴だ。
「来ると思ったぜ。お前に会わせたい奴がいてな」
俺は傍らのニーナを見る。ニーナはカミュを呆然と見つめて、立ちつくしていた。言葉も出ないほど驚いていた。
背中を軽く押してやると、ニーナは弾かれたように飛びだして、カミュの胸に飛びこんだ。その拍子に、フードが脱げて金髪が広がった。感極まってニーナは叫んだ。
「カミュ! ああ、カミュ……!」
「ニーナ……? なぜ……」
カミュは信じられないという顔でニーナを見つめた。ニーナはカミュの胸に顔を埋めて、ただカミュの名を繰り返し呼んでいる。ようやく母親を見つけた迷子みたいに。
「明日の朝までお前に預けておいてやる」
俺はカミュたちに背を向けて歩きだす。
さて、こいつが吉と出るか、凶と出るか。
俺とシーダは適当な宿をさがして入った。村とはいえ、グラ城の近くにあるだけあって、宿もそこそこしっかりしている。
食事をすませて部屋に入ると、シーダは待ちかねたというふうに聞いてきた。
「あの、どういうことなんでしょうか……?」
「あの金髪野郎はな、グルニア黒騎士団の団長カミュだ」
ベッドに腰を下ろして、俺は言った。シーダはびっくりして目を丸くする。
「あの人が……。名前だけは聞いたことがありますが、どうしてこんなところに」
「偵察だろうな。あいつは行動の自由を制限されていたはずだが、俺たちがパレスを取り戻したことで、ようやくグルニアも考えをあらためたってわけだ」
ゲームでは、マルスがどういう奴なのか気になって見に来たんだろう。ニーナを預けるに足るかどうかを見極めるために。
シーダは驚きから回復すると、おずおずと俺の隣に座った。
「ガザック様は、どうしてカミュ将軍がここに来ると?」
「ここに来るまでに集めた情報の中に、少し気になるものがあってな。念のためにニーナも連れてきた」
実のところ、カミュの情報なんてこれっぽっちも手に入ってねえ。あいつ、完全に姿を隠してここまで来やがった。知らなかったら、マルスと同じく気づくことはなかっただろう。
シーダはじっと俺を見つめている。曇りのない目で。
疑うのは分かる。敵の重要人物がこの近くに来ている、なんて胡散臭い情報を俺が信じて、ニーナまで連れだしたわけだからな。
しかし、シーダが俺に聞いてきたのは、別のことだった。
「ニーナ様とカミュ将軍は、どのような関係なのでしょうか」
「……ニーナから聞いてねえのか?」
俺が聞くと、シーダはこくりと頷いた。考えてみりゃ、敵将を愛してるなんてたしかに話しづらいか。ゲームでも、マルスに打ち明けたのは十六章の冒頭でだったしな。
「三年前、カミュはパレスを攻め落としてニーナを捕らえた。それが二人の出会いだ。それから二年間、ニーナが捕虜としての生活を送ったのは知ってるな? 他の王族と違い、どうしてニーナが死なずにすんだのか。カミュがあいつの処刑に反対して、守り続けていたからだ」
「……凄い方ですね」
シーダは感嘆してため息をついた。実際すげえよ。あのメディウスに、よくまあ公然と逆らったもんだ。
だが、さすがにこれはカミュの意志だけで何とかなったとは思えねえ。
ガーネフがカミュを助けたんじゃないかと、俺は考えている。ガーネフには、シスターの力を利用した儀式についての知識がある。いずれ、ニーナを何らかの形で利用するつもりだったんじゃねえか。
「ニーナも最初はカミュを憎んでいたようだが、二年の間に少しずつ考えが変わっていったらしい。カミュの方もだ。今じゃ敵味方にわかれつつも相思相愛ってやつだ」
「……そのことは、ニーナ様から聞いたのですか?」
ためらいがちに聞いてきたシーダに、俺は下卑た笑みを浮かべて言った。
「噂はいくつか聞いていた。確信を持ったのは、ニーナを初めて抱いた時だ。あいつはカミュの名を何度も呼びながら泣きじゃくってなあ」
定期的に、俺たちの関係を分からせておかねえとな。俺自身、情が移ってる自覚がある。
シーダは俺を非難するように顔をしかめたが、口に出しては何も言わなかった。俺は話を続けた。
「ニーナがあいつを上手く説得できれば、俺たちにはこの上なく頼もしい味方が加わる」
カミュの人望から考えて、あいつについてくる兵は多いだろう。それに、グルニアは混乱して戦いどころじゃなくなる。場合によっちゃ、アリティアを放っておいてマケドニアに向かうことだってできる。
シーダは首を傾げた。
「ガザック様は、カミュ将軍を説得してほしいとニーナ様に言ったのですか?」
「いや、何も言ってねえ。カミュを見たときのあいつの驚きっぷりを見ただろ」
「はい……」
シーダはよく分からないという顔をしている。俺は言った。
「ニーナって腹芸ができねえだろ」
「そう、ですね……」
パレスの時のことを思いだしたのか、シーダは遠慮がちに頷いた。
「だから、あえてあいつには何も言わなかった。俺が事前にこうしろああしろと言ったら、それを気にして顔に出る可能性がでかいからな。カミュを口説くには、ほんのちょっとでもそういうのがあったらたぶん駄目だ」
ニーナの意思だけで説得しないと、カミュには届かねえ。ニーナ以外の奴の意思を感じとったら、あいつは耳を傾けないだろう。
「でも、それではニーナ様がカミュ将軍を説得するとはかぎらないのでは……」
不安そうな顔でシーダが言った。俺は笑ったが、緊張しているのが自分でも分かる。
「あいつはわかってるはずだ。このまま俺たちが軍を進めていけば、遠からずグルニアとやりあう。チャンスは今しかねえんだ。十中八九、説得する」
十中八九。そう、絶対とは言いきれない。
説得しても、カミュがうんと言わない場合だってあるだろう。
ニーナとカミュが手を取りあって駆け落ちする可能性だってある。
十六章では、グルニアはもう滅亡寸前だった。だからカミュは祖国に殉じた。
だが、今の時点ではグルニアはまだまだ元気だ。
今なら、ニーナへの愛が祖国愛に勝るかもしれない。
カミュがニーナを連れてグルニアに行く可能性は、たぶんない。それをやったら、グルニアがドルーアと戦う羽目になる。カミュは私情に祖国を巻きこまない。
とはいえ、こればっかりは本当に先が読めない。博打だ。
バクチってのはな……外れたら痛い目見るからおもしれぇんだよ! そう言った氷炎将軍フレ○ザードは見事に博打に負けて滅んだ。
俺たちも、この博打に負ければ滅ぶ。
だが、勝てばカミュが仲間になる。それは文字通りの勝利を意味しているといっていい。
沈黙が訪れる。しばらくして、シーダは笑顔をつくった。
「ニーナ様が、カミュ将軍の説得に成功するといいですね」
「あまり気にしてもしょうがねえぞ」
俺は床に寝そべった。ローアングルから見る太腿とスカートの奥もなかなか乙なもんだ。俺の視線に気づいて、シーダはスカートをおさえた。うははは、愛い奴め。
「お前も休め。村の中を歩きまわっててもいいが、あまり遠くには行くな。何かあったらすぐに動けるようにしておけ」
たとえば、カミュへの刺客が村に現れるとか。
グラ攻めで俺の予想しないことが起きるとか。
あまり気が抜けねえんだよなあ。それさえなければベッドもあることだし、こいつを存分に可愛がってやるんだが。
「では、お言葉に甘えて出かけてきます」
シーダは俺に一礼すると、部屋を出ていった。俺は床に寝転がったまま眠る。
どれぐらい時間がたっただろうか。足音が聞こえて、俺は目を覚ました。床に置いておいた斧をつかむ。「ただいま戻りました」というシーダの声に、斧を手放した。
部屋に入ってきたシーダの手には、小さな笛が握られていた。横笛だ。
「さっき、村の中を歩いているときに、これが売っているのを見つけたんです」
「……笛が好きなのか」
「あまり上手ではありませんが、タリスではよく吹いていました」
今は尺八をよくやってもらっているがな! 夜にな! と言おうとしたが、さすがに可哀想だったのでやめておいた。こんな状況だ。暇潰しは欲しいだろう。
シーダはそっと横笛を口に当てる。穏やかな旋律が流れ出した。
転生前も、今も、俺に音楽の才能は微塵もない。だが、それでもこれはいい曲なんじゃないだろうか。聞いていると気分が落ち着く。
再び俺は眠りについた。
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「悲しみの大地・グラ」3
夜が明けて、俺とシーダは宿を出た。昨日、カミュと会った場所に向かう。
外はまだ薄暗く、ようやく東の空が白み始めてきたぐらいだったが、ニーナはもうそこにいた。カミュの姿はない。
「カミュはどうした?」
俺が聞くと、シスター姿のニーナは首を横に振った。
「ここに来る前に、お別れをすませました。次に会うことがあるとすれば、それはグルニアでだと」
ニーナの髪はやや乱れ、顔には疲労の色がある。寂しげな笑みを浮かべていたが、その一方で余計なわだかまりが消えたというか、ずいぶんすっきりしたようにも見えた。
こいつが無事に戻ってきたから、結果としては引き分けってとこか……。
残念だとは思うが、責める気はない。俺はこいつに何も言わず、すべて任せたんだからな。だが、カミュと何を話したのかは気になった。今後の戦略に関わってくるかもしれねえ。
「話を聞かせろ」
俺たちは宿に向かった。
ニーナとカミュは夜通し語りあったそうだ。
カミュに逃がしてもらってから、一年。一晩じゃ足りないぐらい色々なことをニーナは体験している。カミュの方も、たぶん色々あっただろう。
「あなたには何か考えがあったのでしょうが……。それでも、お礼を言わせていただきます。あの人に言いたかったことが言えました。私の思いを……今でも愛していると、自分の口で、自分の言葉で、伝えることができました」
ベッドに腰を下ろして、ニーナは涙ぐみながら語った。その隣に座っているシーダも目を潤ませている。椅子に座って話を聞いていた俺は、おそるおそる尋ねた。
「……カミュは何だって?」
「カミュも、変わらず私のことを愛していると、そう言ってくれました」
俺は顔をしかめた。
「お前、あいつを説得しなかったのか? こっちにつけって」
「お願いしました。あなたと戦いたくない、グルニアのためにも、私とともにドルーアと戦ってほしい、私たちに……いえ、私に力を貸してほしいと」
妥当だな。俺が指図したとしても、同じようなことを言うだろう。
「カミュは、ひとつ条件があると言いました」
ニーナはまっすぐ俺を見つめた。
「あなたを解任し、追放する。それが、自分が同盟軍に加わる条件だと」
「……お前は何て言った?」
俺が聞くと、ニーナは毅然とした顔で答えた。
「断りました。たとえあなたのお願いでも、それだけはできないと」
俺はおもわず頭を抱えて突っ伏した。
断るなよ、という言葉が喉元まで出かかったが、何とか呑みこむ。
こいつは悪くねえ。むしろ頑張った。それは分かってる。
こいつに要求するのは酷だってのも分かってる。でも、そこを乗り越えればもしかしたらと思うと……。ああもう畜生。何てこった。
「どうしたんですか……?」
ニーナはびっくりした顔で俺を見つめている。シーダもだ。俺は頭を抱えてあーだのうーだの唸っていたが、深い深いため息をついて体を起こした。
「その条件、呑んでもよかったんだぞ。お前はわかったって言って、カミュにこの同盟軍の総指揮を任せて、俺を追いだすべきだった」
「で、ですが、そうしたら、あなたはどうするのですか?」
「決まってんだろ。手下を引き連れてアカネイアに向かう」
軍を率いて進むだけが戦いじゃねえんだ。
「まず、裏切り者のサムスーフを潰す。次にレフカンディとメニディをおさえつける。そうして後方支援を充実させる。そのあとはマケドニアに潜りこんで海賊やるのも手だな」
海賊活動。ゲリラ戦。正規の軍隊ではできないことも色々ある。
カダインにはガーネフがいるから、そっちは俺がやるとしても、アリティアとグルニアはカミュに任せることができるはずだ。そうしたら、マケドニアとドルーアに対しては二方向から攻めることができる。夢のようなプランだ。
しかし、俺の考えを聞いたニーナは、はっきりと怒りを見せた。
「それは、カミュに対する裏切りになります」
「だが、一度お前の下につけば、カミュはグルニアに戻らねえ。あいつはそういう奴だ。俺よりはるかに優秀だろうが、俺より融通がきかねえ」
「……あなたは、カミュのことをよく分かっているのですね」
ニーナは寂しそうに微笑んだ。
「でも、私のことは全然分かってくれない」
思いがけない言葉に、俺は呆然としてニーナを見つめた。
ニーナの目には涙がにじんでいる。怒りだけでなく、悲しみや悔しさが伝わってきた。
「少し休ませてください。外を歩いてきます。すぐに戻ってきますから」
ベッドから静かに立ちあがると、ニーナは俺の脇を通り抜けて部屋を出る。
「……あなたもせめて一年ぐらい、自由を失ってみればいいんだわ」
らしくない口調で言うと、ニーナは歩き去っていった。足音が遠ざかっていく。
分かってない? どういう意味だ? 俺は何か間違ったことを言ったか?
シーダがベッドから立ちあがる。ニーナを追うつもりなのだろう、部屋の外へ出たが、そこで足を止めて俺を振り返った。
「ガザック様、一つだけよろしいですか」
俺はぎこちない動作で頷いた。なにしろニーナが何を言いたいのか、さっぱり分からない。途方に暮れていた。
「以前、ニーナ様が話してくださったことがあります。せめて大切な人たちには、不自由な思いをせず、自分の意思で生きてほしいと」
「自分の意思……?」
「ニーナ様が帰ってきたら、お二人でよく話し合ってください。お願いします」
そう言うと、シーダは走っていった。
足音が聞こえなくなったころ、俺はため息をついてベッドに腰を下ろした。
「全然分かってない、ねえ……」
その言葉が俺の頭の中で何度も繰り返されている。
正直ショックだった。俺は「紋章の謎」をやりこんで、それだけで戦い、勝ってきた。登場人物の性格も、それなりにつかんでいるつもりだった。
だが、ニーナのことは分かっていないらしい。
あいつについて、あらためて考えてみる。
二年間、あいつは捕虜としての生活を送っていた。
王家の者はすべて城門に首をさらされて見せしめにされ、幼かった自分は父や母の変わり果てた姿を見てひどいショックを受けた。第九章でニーナはそう言っている。
その後の捕虜生活だ。カミュも手を尽くしはしただろうが、限界はあっただろう。いつ殺されるか分からない、不自由きわまりない状況で、二年。
不自由か。
思えば、俺がノルダで奴隷を買って戻ったときも、あいつは過剰に反応していた。自分の体をためらわずに差しだすぐらいに。
もう一つ思いだす。第二部でボアの口から明かされた、ニーナの婿選び。
マルスを選んだらシーダが悲しむからという理由で、ニーナはハーディンを選んだ。
言い換えると、ハーディンを選べば悲しむ者はいないはずという考えが、ニーナにはあった。
マルスが知っていたぐらいだし、ハーディンが自分を好きなことに、ニーナは気づいていたんだろう。
それなら、すぐに愛するとまではいかなくても、心の癒やしぐらいはハーディンに求めてもよさそうなもんだが……。
あ、もしかしてあれか。アルテミスの定めとかいう馬鹿馬鹿しい迷信。
所詮封印の盾の台座でしかねえファイアーエムブレムに、鍵を開ける力ぐらいならともかく、傾いた王家を回復させたり、代償を要求する力なんてねえと思うんだが、ニーナはそれを知らねえからな……。
愛する者を失うのなら、自分は誰かを愛してはいけないと思ってもおかしくはねえか。実際にカミュを失った(と思った)わけだし。
「たとえ自分と敵対することになっても、カミュに不自由な人生は送ってほしくねえと……」
ニーナを逃がしてからのこの一年、カミュが不自由な状況にあったのは間違いねえ。カミュがそのことを詳しく語らなかったとしても、話の端々から、ニーナは察したんだろう。
カミュがグルニアに殉じたいというなら、自分の思いを殺してでも、叶えさせてやりたい。そうニーナは思ったんだろうか。
昼近くになって、ニーナはシーダに連れられて戻ってきた。出ていったときよりは落ち着いているように見える。
二人がベッドに座るのを待って、俺は聞いた。
「好きに生きても、死んじまったら何の意味もねえと俺は思うんだが、お前は違うのか?」
そう思うのは、あまり実感がないとはいえ、一度俺が死んだからかもしれない。
「好きに生きているあなたが言うことですか」
ニーナは苦笑したが、すぐに真面目な顔になる。
「自分が死ぬときを、考えたことはありますか?」
俺は頷いた。ニーナは続けた。
「私も、何度もあります。頭の中に浮かんでいたのは死ぬことの恐怖と、たくさんの後悔でした。言っておけばよかった、やっておけばよかった、どうして言わなかったのだろう、やっておかなかったのだろう……。自分はやれることをやったのだと、これだけは成し遂げたのだと、そう考えることができなかった」
だから、せめて大切な人たちには自分の意思で生きてほしい、か。死を迎えるとき、少しでも後悔することのないように。
「俺はカミュを殺すぞ」
突き放すように言うと、静寂が部屋を包んだ。静寂を破って、俺は続けた。
「ここまで来たんだから分かってるだろうが、戦場で都合よく加減なんてできねえ」
ニーナはしっかり頷いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
俺は特大のため息をついた。
いや、これはこれで悪くない結果だと思うよ? とにもかくにもニーナがカミュと戦う決意を固めたんだから。グルニアに着いてから未練がましくあれこれ言われるよりはずっといい。
でも、俺はニーナに対して正面からこう言わずにはおれなかった。
「おまえって、ほんっっっと、くっそめんどくさい女だなぁ」
ほんっっっと、という強調しまくった一単語から、俺の心情をわかってほしい。ニーナは不満そうに頬をふくらませたが、シーダは忍び笑いを漏らしている。
「さて、それじゃあ本隊に戻るか」
そこで、俺はあることを思いだした。
「そういやお前、カミュから何か預かってねえか? 魔道書とか……」
ところが、ニーナは不思議そうに首をかしげた。
「いえ、何も」
俺は愕然としてその場に立ちつくす。
カミュの野郎、俺のトロンをガメやがった!(ボアのです)
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「悲しみの大地・グラ」4
村を出た俺たちは、グラ城の前まで戻った。
城の正面を守っていた敵兵の姿はない。マチスたちが首尾よく片付けたようだ。跳ね橋の前にはいくつものテントが張られていて、後方待機中のリカードたちがいた。
真っ先に俺たちに気づいたのはララベルだ。手を振って、笑顔で駆けてきた。
「お帰りなさいませ、ガザック様!」
目をキラキラさせて、ララベルは俺の手を握ってくる。俺も笑顔でララベルの手を握り返した。勢いに任せて抱きついてきそうな雰囲気がちょっと怖い。
「ご無事で何よりですわ」
「おう、お前らもな。ところで突然で悪いが、トロンって調達できるか?」
「トロンといいますと、魔道書のことでしょうか? 手に入らないわけではありませんが、あれは大変希少なものなので値が張りますし、時間もかかります」
「そうか。いや、やっぱいいわ……」
すらすら答えるララベルに、俺はため息をついた。ゲームでも、第一部じゃここでしか手に入らねえもんなあ。くそっ、カミュの奴に、腹を壊して丸一日トイレから出られなくなる呪いとかかけられねえかな。
俺たちが帰ってきたことに他の連中も気づいて、リカードやマリア、バヌトゥたちが姿を見せる。俺はリカードに状況を聞いた。
「あまり進めてないっすよ。城に入って少し進んだら合流できるんじゃないかなあ。あと、負傷者が出たってんで、レナさんとウェンデル先生、それからカチュアさんが向かってます」
跳ね橋の向こうにそびえる城を見ながら、リカードは答えた。
膠着状態か。分からんでもない。勇者、傭兵部隊なんてのがいるし、天馬騎士団の援軍も到着してるだろうからな。
「ミネルバとパオラから何か連絡はあったか?」
マリアが首を横に振った。心配そうな顔をしているマリアの頭を、俺は軽く撫でる。
「便りがないのは無事な証拠ってな。お前の姉貴は、戦場じゃものの道理がよく分かってる」
これ以上の情報は、現場に向かわねえと手に入らねえか。
「テントをたため。先発隊と合流するぞ」
跳ね橋を越えて城に入り、広い回廊を進んでいくと、すぐに同盟軍の姿が見えた。本当にたいして進んでねえな……。無理攻めして犠牲出されるよりははるかにマシだが。
俺たちは無事に合流を果たす。アイルトン、マチス、エステベスの三人がやってきた。
「親分! ご無事でしたか!」
アイルトンがほっとした顔で言った。
「たいした用事じゃなかったからな。そっちはどうだ? 苦戦しているみたいだが」
「すまない。敵の傭兵部隊が手強くて、先に進めていない」
マチスが疲労を漂わせた顔で謝罪する。俺は首を傾げた。
「そんなに強いのか?」
「強すぎるってことはないと思う。一部隊だけ誘いだすことに成功して、俺とカシム、エステベスの部隊で蹴散らすことができたんだ。だが、それで警戒されたのか、こちらがどれだけ挑発しても動こうとしない。一度なんて、こっちが前に出すぎてやられかけた」
続いて、エステベスが言った。
「傭兵部隊の指揮官はサムソンってやつでな。昔は剣闘士だったんだが、その頃からかなりの強さで傭兵仲間の間じゃ有名だった。一筋縄じゃいかないだろう」
えっ。
サムソン? あいつがグラを守るのは第二部でしょ? 二年後でしょ? ジオルみたいなおっさんのためじゃなくて、シーマのためでしょ? なんで今いるんだよ、おい。
じゃあ、あれか。アリティアの東側の村はパワーリング持って待ってるのか。いや、もう村を閉ざしている可能性の方が高いかもしれん……。
「よく分かった。無理攻めしなくて正解だ」
俺はマチスを褒めた。サムソンと正面からやりあって勝てる奴って、うちにいねえぞ。あいつの初期値ってアストリア以上だかんな。守備に徹してくれて助かった。
俺はエステベスに聞いた。
「ワインバーグやワイアットは何か言ってたか?」
パレスを発つ際に雇った傭兵たちだ。エステベスは肩をすくめた。
「サムソンとやるなら給金を五倍にしてくれとさ。サムソンも厄介だが、奴の回りを固めてる傭兵部隊も面倒だからな」
そこまで聞いて、俺は違和感を抱いた。
「傭兵たち以外の、敵の動きはどうだ?」
「塔に居座っている弓兵隊には、特に動きはないな。だが、俺たちが傭兵部隊を攻めたら、間違いなく攻撃してくるだろう」
マチスが西にそびえる塔を見ながら言った。エステベスも同意する。
「サムソンも、そのつもりであの場所から動かないんだろうな。あそこを突破しようっていうならかなりの損害を覚悟しなきゃならないぜ」
うん? 二人の言葉に俺は顔をしかめた。
「敵の援軍は来てねえのか? ええと、なんだ、たとえばマケドニアの天馬騎士団とか……」
そう言った俺を、二人は不思議そうな顔で見た。
「天馬騎士団? 全然見ちゃいないが……。そんな報告でもあったのか? シーダ姫がどこかで発見したとか」
「そういうわけじゃねえんだが……。考えすぎか。王のいる居館が攻められてんだから、マケドニアあたりに援軍の要請をしたものだとばかり思っててな」
「見捨てられたんじゃないか」
エステベスが言った。マチスも頷く。
どういうことだ?
ゲームでは、天馬騎士団はかなり早い段階で登場していた。俺たちが村に寄っている間に出てきてもおかしくねえはずなんだが……。
俺はカチュアを呼んだ。ここにミネルバとパオラがいないせいか、カチュアは緊張している。マリアを同伴させりゃよかったか。
「最近、マケドニアで何かあったか? ミシェイルが階段から落ちて寝こんだとか、悪いもん食って寝こんだとか、女にふられて寝こんだとか」
カチュアはまじまじと俺を見つめた後、笑いを堪えるような顔で「いえ」と、首を横に振る。
「私たちが脱出するまでは、マケドニアは安定して揺るぎない様子を見せておりました」
俺は唸った。到着が遅れてるのか、それとも……。
嫌な予感がする。ミシェイルの奴、もしかして援軍派遣をやめたのか?
それはそれで困るぞ。ここに援軍として来るのって、たしかペガサスナイト20ユニット分だろ。それが別の戦場で出てくるってことじゃねえか。
いや、落ち着け。そうと決まったわけじゃねえ。
ゲームに振りまわされるな。目の前の勇者部隊のことを考えろ。
俺はカチュアを下がらせて、リカードを呼んだ。
「お前の出番だ。ちょっと一働きしてもらうぞ」
その日は睨み合いで終わった。
二日後の夜、俺たちは居館の裏手に集まっていた。宝物庫に通じる方の、マップ的な説明でいえば右側の回廊を通って、ここまで来たんだ。ミネルバとパオラとも合流した。
俺は主だった連中を呼んで説明する。
「今、敵の勇者部隊の前に、うちの傭兵どもを待機させている。こいつらをシーダとカチュア、マチスが襲う。正確には襲うふりをする」
二日前、俺はリカードを敵の勇者部隊に潜りこませた。そして、次のように書いた手紙を置いてこさせた。
「我々はミシェイル王子の命令によって派遣されたマケドニア軍です。二日後の夜、アカネイア軍に背後から奇襲をかけます。あなたがたが我々に呼応してアカネイア軍に攻撃をかけてくれれば、挟み撃ちにできます。なにとぞ、よろしくお頼み申しあげます」
できればジオルのいる居館に置きたかったんだが、リカードの技術では危険という結論が出て、そちらの案はなしになった。オンリーワンの盗賊だからな、あまりやばい橋は渡らせられねえ。
ちなみにこの文章を書いたのはマチスだ。最初はレナに書かせてみたんだが、字が丁寧すぎる割に、いやいや書いているのが文面からにじみ出てなあ。やはり陰謀奸計は駄目らしい。向き不向きは仕方ねえ。
その後、俺は軍を二つに分けた。
エステベス、ワイアット、ワインバーグたち傭兵部隊を、サムソンたちから離れたところに待機させた。いかにも持久戦開始ってふうに。
エステベスたちに隠れるように、シーダとカチュア、マチスの部隊も待機させる。ニーナとララベル、バヌトゥ、ウェンデルは後方だ。
そして、それ以外の全員を、居館の裏手まで連れてきた。
「傭兵たちを使って敵の勇者部隊を居館から引き離し、その隙に裏手から攻めこむわけだな」
俺の話を真っ先に理解して頷いたのはミネルバだった。楽しそうだな、こいつ。
「意外だな。お前は正面からの戦いにこだわるもんだと思ったが」
俺が言うと、ミネルバは笑って答えた。
「手元に十分な兵力があれば、そう主張したかもしれないな。だが、軍の現状は私なりに理解している。敵に厄介な弓兵部隊がいるとなれば尚更だ」
そうしてミネルバが賛同すると、反対意見は出なかった。
ただ、ミディアが疑問をぶつけてきた。
「反対するつもりはない。だが、敵は乗ってくるだろうか?」
「乗ってくる」
俺は自信たっぷりに答えた。
「グラの視点で考えてみろ。奴らは、どうすれば俺たちに勝てる?」
「そうだな……。我々の食料を潰して戦えないようにするか。あるいは決戦を挑んで、指揮官を討ちとるか、兵に大損害を与えるか。だが、決戦を挑むには兵力に不安があるはず……」
そこまで言って、ミディアは気づいたようだった。目を丸くする。
「そういうこった。奴らは俺たちの食料に手を出してこなかった」
もしも後方を襲おうとしたら、リカードが気づいただろうし、バヌトゥが火竜になって焼き払っただろうがな。
「奴らは手足を引っ込めた亀のように、じっと守りを固めている。グルニアかマケドニアからの援軍を待っているんだ。そこに援軍の知らせが来れば、間違いなく飛びつく」
ミディアは大きく息を吐きだして、俺に従うというふうに頭を下げる。
その隣で、ミネルバは満足そうに頷いていた。キラキラした目で見つめてくるのやめて。つらい。
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「悲しみの大地・グラ」5
夜も更けた頃、居館の表の方で騒ぎが起こった。サムソンたちが動きだしたんだろう。
「行くぞ!」
俺は叫んで先頭に立ち、居館の裏手に攻めかかる。手下どもが続いた。
裏手には勇者部隊が見張りに立っていたが、アイルトンとカシムが矢を射かけ、リンダがサンダーを叩きつけ、さらに俺たちが斬りつけて、あっという間に殲滅する。馬や竜、天馬から下りたミディアやミネルバ、パオラたちが剣を手に突入した。
ゲームではこの広間に誰もいなかったはずだが、今回はアーマーナイトが3ユニット控えていた。
想定の範囲内だ。ミディアやミネルバにはアーマーキラーを持たせてある。剣劇の響きが広間を圧し、血飛沫で床を染めながら、次々にグラ兵が倒れた。
「ジオルを追い詰めろ! 無理に首は取らなくていい!」
そう叫んだとき、表に通じる扉が勢いよく開かれた。勇者部隊と傭兵部隊が飛びこんでくる。扉の鍵ぐらいは持っていると思っていたが、やはりか。
連中の先頭に立っているのは、青い髪をした精悍な顔つきの男だ。
サムソンだ。
雰囲気だけでわかった。実力のある戦士の風格に、俺は総毛立つ。アストリアと対峙したとき以上の緊張感が俺を包み込んだ。奴の握りしめた銀の剣が、壁に掛かっている松明の炎を反射してぎらりと光った。
サムソンはまっすぐ俺に向かってきて、斬りつける。俺は銀の斧でその一撃を受けとめようとしたが、弾かれた。たたらを踏む。サムソンの剣が、俺の肩を浅く斬った。
俺はよろめきながらもその場に踏みとどまった。斧を持った手が痺れている。銀の斧じゃなかったら、斧ごと腕を吹き飛ばされていたか、最悪の場合やられていた。
「背後から襲ってくるとは姑息な連中だな」
サムソンの言葉に、俺はせせら笑った。
「お前の雇い主にも同じことを言ってやったのか?」
二年前、ジオルはアリティア軍を裏切って背後から襲った。その敗北が、マルスたちをタリスに亡命させたんだ。
サムソンは顔をしかめたが、何も言わずに銀の剣を振るう。俺は防戦に追いこまれた。剣というよりも、光が襲いかかってくるような速さだった。肩や傷に痛みが走り、傷がいくつも生まれる。
こちらの反撃は避けられ、剣や盾に受けとめられる。たまに刃の先端がかすめるが、サムソンの動きは鈍らねえ。血も汗も、俺ばかりが大量に流している。
ああ、やっぱり強えな、畜生。味方にしたかったぜ。
サムソンが呼吸を整えるために、一旦離れる。その瞬間、俺は銀の斧を大きく振るって、大声を張りあげた。
「弓兵!」
カシムとアイルトンが進みでて、一斉に矢を放つ。広間の天井を無数の矢が覆った。
サムソンが率いていた勇者たち、傭兵たちが矢を受けてばたばたと倒れた。余裕ができてからあらためて見てみると、勇者1ユニット、傭兵1ユニットってとこか。残りの傭兵はエステベスたちに釣られたんだろう。
サムソンの突破を阻んだことで、敵の勇者部隊は開かれた扉のそばに集まっている。しかも俺と手下どもに足止めされて前進できず、動きが止まっていた。
弓兵からすれば、格好の的だ。
おそらく敵の勇者と傭兵部隊の後ろには弓兵部隊がいるだろうが、味方に当てず、扉の奥にいる俺たちに矢を命中させるのは困難だろう。
わざわざ裏手から突入したのは、このためだった。サムソンと斬り結びながら踏みとどまったのも。
「まとめてくたばりやがれ」
遅れて、リンダがエルファイアーを放つ。パレスの戦いで敵から手に入れたものだ。
数人の傭兵が魔法の直撃を受け、火だるまになって床を転がる。
リンダの動きがアイルトンたちより遅いのは、まだ戦いに慣れていないせいだ。それに、ファイアーやサンダーで相手を黒焦げにするのは、剣や斧で斬るのとはまた違うむごさがあるからなあ。慣れるまで辛抱強く待つしかねえ。
味方が一気に討ちとられるのを見て、サムソンの動きが止まった。俺はすかさず斬りかかる。
銀の斧がサムソンの肩から胸を通り過ぎて、脇腹までを斬り裂いた。鮮血が飛び散った。サムソンの銀の剣が俺の左肩を貫き、えぐる。俺は短い悲鳴をあげた。
だが、サムソンの反撃もそこまでだった。
ぐらりとよろめき、サムソンは仰向けに倒れる。
「ちっ……これまでか」
俺はサムソンの右手を乱暴に蹴って銀の剣をはね飛ばし、間髪を入れずに銀の斧を振りおろした。
サムソンは死んだ。
サムソンたちが飛びこんできた正面の扉を閉めて、閂を下ろす。これで他の傭兵やら、塔の弓兵やらの突入を遅らせることができる。
俺がサムソンと戦っている間に、グラ兵はミディアやミネルバが片付けていた。俺たちは玉座の間に突き進む。
玉座の間には、ジオルの他に、アーマーナイトが一人いるだけだった。1ユニットじゃねえ、文字通りの一人だ。ジオルはごつい鎧をまとって、槍を持っている。
ミネルバやミディアが剣をかまえて、遠巻きに包囲の輪を作っていた。
俺はジオルの前まで進みでた。
「確認するまでもねえが、ジオル王だな?」
「下賤の者ときく口はもたぬ」
「あいにく、俺は同盟軍の総指揮官だ。神々の恩寵を受け、太陽と月と星に守護され、高潔な精神と崇高な理念を抱き、天と地の間に並ぶ者なき偉大なる同盟軍総指揮官ガザックとは俺様のことだ」
ジオルは呆気にとられた顔になる。ミネルバに無言で助けを求めた。旧知なのか。少し前までは味方同士だし、王族同士だし、顔を合わせたこともあるわな。
「ジオル王。ガザック殿はニーナ姫の信任を受けた、同盟軍の総指揮官だ」
ミネルバは俺を呆れた顔で見ながら言った。ジオルは半信半疑の顔で俺を見る。
「……わかった。ニーナ王女を呼んでくれ。降伏しよう」
「どうしてニーナを呼ぶ必要がある?」
俺が聞くと、ジオルは苛立たしそうに顔をしかめた。
「降伏すると言っているのだぞ。王たるわしが」
「こっちは、今ここでお前の首を斬り落として勝利宣言をしてもかまわねえんだがな。ああ、勘違いしているのかもしれねえが、マケドニアの援軍は来てねえぞ。あれは、俺たちのでっちあげだ」
ジオルは目を見開いた。やっぱり時間稼ぎをする腹だったか。
「馬鹿な……。ミシェイルは天馬騎士団を送ってくると……」
「無駄死にになると判断したんだろ」
グラって、言っちゃなんだがドルーア連合の中で一番格下だからなあ。
カダイン「グラがやられたようだな……」
グルニア「フフフ……奴は四天王の中でも最弱……」
マケドニア「同盟軍ごときに負けるとはドルーア連合の面汚しよ……」
こんな扱いだろ。
希望を断たれて、ジオルはへなへなと崩れ落ちた。アーマーナイトがジオルを支える。
「で、どうする? 戦って死ぬか、降伏して死ぬか」
「な、何だと……!?」
ジオルは勢いよく顔を上げて叫んだ。
「ふざけるな! どちらにせよ、わしを殺すつもりではないか!」
「お前、自分の置かれた状況を分かってねえのか」
俺は呆れた顔でジオルを見た。
「お前はアリティアを、ひいてはアカネイアを裏切ったんだ。裏切り者を生かしておく道理がどこにある? アカネイアのラングだって死んだぞ」
「だが……!」
ジオルはミネルバを見た。
「お前たちは、ミネルバ王女を許して迎えいれたではないか!」
俺は腰に下げていた手斧を投げつけた。ジオルが「ひっ」と悲鳴をあげる。手斧はジオルの頭上を通過して玉座の背もたれに突き刺さった。
「ミネルバは味方づらしてグルニア軍を背後から襲わなかったぞ」
ジオルは膝をついてうなだれた。俺は淡々と言った。
「ニーナは、オレルアンでお前に降伏するよう手紙を送った。お前はそれに答えなかった。俺たちが勝ち進んでも、パレスを取り戻しても、このグラ領内を進軍している間さえも、何もしなかった。使者の一人もよこさなかった」
「できるわけがなかろう……」
ジオルは呻くように言った。
「アリティアにはグルニア軍が駐屯し、カダインにもガーネフの子飼いの魔道士どもがいる。常に見張られているのだ。わしに何ができる……」
「それこそ、ふざけるな、だ」
俺は冷たく言い放った。
「傭兵を雇う。守りを固める。援軍を要請する。全力で戦う気じゃねえか。アリティア軍を騙し討ちしたお前が、腹芸の一つもできませんなんて通用するわけねえだろう。お前は、俺たちを舐めていた。勝てると思っていた。だが、お前は外したんだよ、博打を」
アリティアを裏切ったところまでは、よかった。あのままアリティアの味方をしていたら、グルニアとマケドニアに潰されてた可能性が高いからな。
だが、せめて俺たちがパレスを取り戻したころには、どんな方法を使ってでも接触してくるべきだった。それがこいつのミスだ。
「まあ、俺も極悪人じゃねえ(何人かがえっ、てな顔で見てきたが無視した)。お前が腹を切って降伏するってんなら、お前の死に多少は意味を持たせてやる」
「意味……?」
「グラの自治を認めてやる。お前の死んだ後の統治者も、今の内に選ばせてやる。たしか第二夫人に娘がいたはずだな?」
アーマーナイトががしゃっと肩を震わせた。兜のせいで顔が分からなかったが、こいつがシーマか。よく見ると、鎧もピンクとはいわねえが、ちと赤みがかっている。ジェネラルじゃないのは、第二部じゃないからか。
ジオルはすぐに言葉を返さなかった。肩を震わせ、恐怖に歯をガチガチ鳴らしている。顔は汗と涙でびっしょりだ。俺はさらに言った。
「そんなに死にたくねえのか? 何なら、条件付きで生かしてやってもいいぞ」
「何だと……?」
ジオルが驚きと希望に満ちた顔で俺を見た。
「お前には、死ぬまで食うに困らねえだけの金を用意してやる。その上で、グラから永久に追放する。そして」
俺は邪悪な笑みを浮かべた。
「俺たちはこの国からあらゆるものを奪う。金も、食料も、何もかも。王家を思い起こさせる財宝類はすべて潰して延べ棒にする。記録もすべて焼き払う。王族、貴族に連なる連中は串刺しにして街道沿いに並べる。若い人間は男女まとめて奴隷商人に売りとばし、老人と子供には槍だけを持たせて、今後の戦の露払いに使う。死んだらほったらかしで、獣の餌だ」
何人かが息を呑んだ。
ジオルは顔を真っ青にして、震える声で言った。
「そ、それでは、グラから人間がいなくなってしまう……!」
「なに、無人になったら適当にアカネイアの民を移して住まわせるさ。アカネイア領グラの誕生ってわけだ。お前はすべてを忘れて余生を気楽に過ごしゃいい」
ジオルは汗を拭いもせず、必死に強張った笑みを浮かべる。
「ま、まさか、本気で言って……」
「お前は俺を知らねえようだが、アカネイアの北ノルダが焼かれたことや、ラングが処刑されたことは知ってるだろう? やったのは、俺だ」
ジオルはぎゅっと目をつぶって、うなだれる。ぽたぽたと雫が床を濡らし、嗚咽が漏れ聞こえた。
一国の王が、絶望して恥も外聞もなく泣きじゃくっていた。
俺は黙ってジオルの答えを待つ。
グラを助けるなら、最低限こいつの首をとる必要がある。そうでないと、裏切りに対する示しがつかない。後々、グルニアやマケドニアに対しても処置がゆるくなっちまう。
ゲームにおいて同盟軍と戦ったマケドニア、グルニア、グラの三国は、以下のような結末を迎えている。
マケドニア。ミネルバが統治。
グルニア。ロレンスがユベロをたてて自治を任される。ただし上役はラング。
グラ。滅亡。アリティアに併合される。後にハーディンがグラを取りあげ、シーマをさがしだしてきて復興。
この違いは、同盟軍に協力的だった奴がどれだけいたかってことだろう。マケドニアはミネルバ、マリア、パオラ、カチュア、エスト。レナとマチスを加えてもいいかもしれない。
グルニアはロレンスだけだが、タリスの口添えがあったと俺は考えている。シーダとオグマが擁護すれば、無視できる奴はいないだろう。
グラ。なし。それどころかアリティアを裏切った経緯から大幅マイナス。
そりゃあグラも滅びるってもんである。情状酌量の余地がねえ。
ただ、俺たちの場合、アリティアに縁のある奴がせいぜいシーダぐらいしかいない。
ジオルの態度次第では、違う結末になることだって、あるだろう。
「……わかった」
どれぐらい時間がたっただろうか。ジオルは槍を床に置いて立ちあがった。
「娘よ、シーマよ……」
ジオルは隣に立つアーマーナイトに呼びかける。アーマーナイトは兜を脱いだ。現れたのは、若い黒髪の娘の顔だ。シーマは複雑な表情で父親を見つめている。
ジオルは俺に向き直った。
「私の娘だ。この子を、次の統治者にしたい」
戦いは終わった。
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「悲しみの大地・グラ」6
ここまでおつきあいくださり、有り難うございます。
次の更新は8月の中旬あたりの予定です。
夜が明けた頃、ジオルは毒杯を呷った。俺が見届けた。
戦後処理がある程度片付いた数日後の夕方、俺とニーナは、居館の執務室でシーマと顔を合わせた。
俺はいなくてもいいはずだが、ジオルに降伏を迫ったのも、その死を確認したのも俺なので、必要ということらしい。
シーマは俺の記憶よりも幼い感じがしたが、俺の知ってるシーマは第二部登場時のものだから当然か。だが、その割に受け答えはしっかりしていた。ニーナは悪い印象を持たなかったようで、グラの降伏も、シーマが新たな統治者となることも承認した。
「ニーナ様にはどれだけ感謝したらよいか……」
シーマは立ちあがって、深々と頭を下げた。ニーナは世間話でもするような口調で聞いた。
「立ち入ったことを聞きますが、あなたはジオル王の第二夫人の子だとか……。このグラで生まれ育ったのですか?」
「はい。母は、このグラの大地を愛していました。私もです」
「そうですか。ジオル王の遺言とはいえ、その若さで一国を背負うのは大変でしょうが、がんばってください。私からもできるかぎり支援させていただきます」
シーマに激励の言葉をかけて、ニーナは俺を見た。何か話はあるかという顔だ。
「お前、少し前までパレスにいなかったか」
俺がシーマにそう聞いたのは、第二部のこいつとサムソンの会話を思いだしたからだ。
母を無理矢理奪ったジオル王を憎んでいたから、パレスに隠れ、国に近寄らなかった。
たしかサムソンがシーマについて、そう言っていたはずだ。
ちなみに、今まで完全に忘れていた。パレスでは色々忙しかったからなあ……。
シーマは驚いた顔で俺を見る。
「私のことを、どこまでご存じなのですか」
「少し気になっただけだ。答えたくねえなら答えなくていいぞ」
「いえ、隠すようなことではありませんから」
シーマは首を横に振った。
「母が……もう亡くなりましたが、私がパレスで暮らせるよう取りはからってくれたのです。私には自由に生きてほしいと。二年前から、つい最近まで」
「それが、なんで戻ってきた?」
「父の部下に連れ戻されたのです。アカネイアのラング卿が処刑されたのを知って、父はたいそう怯えていました。私を人質にされることを恐れたようです」
えっ、俺のせい?
「不本意ではありましたが……。父のためではなく、母が愛し、私も大切に思うこの地を守るために、槍を手に取る決意を固めました」
「傭兵を雇ったのはお前の考えか?」
「そうです。戦場での配置を決めたのは父ですが……。彼らはよくやってくれましたが、申し訳ないことになりました」
なるほど。この時点ではシーマは総指揮官じゃないから、サムソンと仲を深める余裕もなかったわけか。
シーマだけじゃなく、サムソンまでジオルのそばにいたら、まとめて叩き殺すしかなかったかもしれねえな。先のことは分からねえもんだ。
「二つ、お前に要求がある」
俺の言葉に、シーマは緊張した顔で頷いた。
「一つ。一部隊でいいから兵を出せ。そうすりゃ、グラはアカネイアに臣従して戦ったと言うことができる。戦いが終わった後で、これは重要な意味を持つ。分かるな?」
「はい。できるだけ早く兵を選抜します」
「もう一つはだな。一晩やらせろ」
場の空気が固まった。
隣に座っていたニーナが勢いよく俺の顔を殴った。グーで。
「お前、いきなり何しやがる!」
「それはこちらの台詞です! あなたという人はどうしてそう……」
「美人を見つけたら抱きたいと思うのは当たり前だろうが。それに悪い話じゃないんだぜ、こいつは」
二発目の拳を繰りだされる前に、俺はニーナの手を掴んだ。もう片手で服の上からおっぱいを揉んでやる。おお、服越しって最近やってなかったから新鮮な感触だな。ぐははは、俺とお前とシーマの三人で密室にしたのが、お前の運の尽きだ。
「詳しく、説明して、ください……」
おっぱいを揉みしだく俺の手を必死に押し戻そうとしながら、ニーナは言った。俺は手を休めずにシーマに向き直る。呆気にとられた顔で、シーマは俺たちのやりとりを見ていた。
「アカネイアの貴族に対して、お前はどんな印象を持っている?」
「それは……」
俺の質問に、シーマはニーナを見た後、目を泳がせた。
「その反応で十分だ。一言でいえば、ろくでもねえってとこだろ。ラングあたりが代表例か。お前がグラの統治者になったら、アカネイアの貴族は絶対にここへ来る。近いからな。奴らがお前に何を要求するのかも、想像できる」
シーマは悔しそうに口を引き結んだ。パレスで暮らしてたんだ。生き延びたアカネイア貴族の横暴を、その目で見る機会もあっただろう。ラングやサムスーフみたいに裏切った奴らもいたわけだからな。
「……そのことと、私があなたに体を差しだすことに関係があるのですか?」
「俺に抱かれるなら」
ニーナのおっぱいの感触を楽しみながら、俺は言った。
「面倒な奴が来たときに、俺の名前を出すことを許す。悪い話じゃねえと思うぜ?」
「そんな条件をつけなくてもかまわないではありませんか」
ニーナが不満そうに口を挟んだ。俺はニーナを軽く睨む。
「なんでタダで使わせてやらなくちゃいけねえんだよ。文句があるなら、お前だって焚き火感覚でサムスーフ侯の館を燃やしてやればよかっただろうが」
ニーナはため息をつくと、シーマに向き直った。
「私が許します。ガザック殿の名を好きに使ってかまいません」
おいこら、勝手に決めるな。
「お心遣い、感謝します、ニーナ様」
シーマは礼儀正しく頭を下げる。
「ですが、そのお気持ちだけいただいておきます」
顔を上げて、シーマは俺を見た。
「承知した。あなたと閨をともにしよう」
さっきまでとは違う、毅然とした態度と口調で、シーマは言った。
「シーマ王女!」
ニーナが止めるように叫んだが、シーマは首を横に振った。
「ニーナ様、お気になさらないでください。私はむしろ感謝しているのです。このグラを守るためには必要なことですが……。それでも、私から言いだすことはできなかったでしょうから」
シーマの態度には、それ以上の言葉を受け付けない硬い雰囲気があり、ニーナも黙らざるを得なかった。
その日の夜、グラ城の居館の一室で、俺はシーマを抱いた。
アーマーナイト用の鎧をつけられるだけあって、女にしてはしっかりした体つきで、やや固い。
とはいえ、出るとこは出てるし、やわらかいところはやわらかい。感度もまあまあ。将来が楽しみだ。ただ、初めてだったので一戦でぐったりしちまった。これは仕方ないか。
「……ガザック殿」
横になったまま、シーマが話しかけてきた。
「あなたに一つだけ、礼を言う」
「何のことだ?」
礼を言われるようなことをした覚えはない。シーマは言った。
「父のことだ。あなたが死か降伏かを迫ったとき、私は絶望していた」
シーマはじっと天井を見つめている。
「父が、生きることを選ぶかもしれないと思ったからだ」
シーマの声は俺に語りかけているようにも、独り言のようにも聞こえた。父親のことを、誰かに話したかったのだろうか。
「私の知る父は、そういう人だった。他者に厳しく、自分の欲に忠実で、民や兵を顧みようとはしない方だった」
そういや、ゲームでも十一章冒頭で兵にやつあたりしてたっけか。
「だが、最期になって、父は己よりもグラの大地と民を選んだ。立派だとか、素晴らしいとは思わない。ただ、王としての矜恃が、わずかにせよ残っていた。そのことに少し安心した」
「それで俺に礼を言うのは筋違いじゃねえか」
「いや。あそこまで追い詰められなかったら、父があのような姿を見せることはなかっただろう。私があなたに抱かれてもいいと思ったのは、このことに対する礼でもある」
生真面目な奴だ。だが、なるほど。この気性なら「今日からあなたがグラ王です」と言われても、やる気になるのかもしれない。
俺はシーマの長い黒髪をわしゃわしゃと撫でた。
シーマはおとなしく、されるがままにしていた。
数日後、俺たちはグラを発ってカダインに向かった。
ファルシオンはやはりガーネフに持っていかれていたらしいんだが、正直それについてはどうでもいい。俺、使えないし。
ただ、アリティア、グルニア、マケドニアと進む前に、カダインに打撃を与えておく必要がある。
あと、いくつかの書類をあさってみたところ、やはりミシェイルは、天馬騎士団をあえて派遣しなかった可能性が濃厚になってきた。書類通りなら、とっくに到着していたはずだからだ。
ミシェイルの意図についても、カダインに行けばはっきりするだろう。
そして、グラ兵だが……。なんとシーマがついてくることになった。
「統治者として、まず実績がほしい」
シーマはジオルの唯一の血縁とはいえ、第二夫人の娘だ。加えて、ジオルは評判のいい君主ってわけじゃなかった。極端に悪かったともいえねえが。
もちろん、籠城戦でシーマは戦った。だが、最終的には敗れた。
統治者として、グラを治め、守るにあたり、実績が必要だと考えたらしい。
ニーナはため息まじりに承諾したが、代官の選定など、すぐには無理だろうから、俺たちがカダインから戻ってアリティアに進軍するときに従うという形になった。カダインは砂漠だし、妥当な判断だ。
さて、次はガーネフだが……。あいつ、ゲーム通りに途中で引き上げてくれんのかなあ。引き上げなかったら俺たち全滅するぞ。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 カシム レナ
マチス ニーナ リカード
ウェンデル バヌトゥ エステベス
マリア ミネルバ リンダ
ララベル ワイアット ミディア
ワインバーグ パオラ カチュア
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「魔道の国カダイン」1
その日の深夜、俺はテントの中でミネルバを抱いていた。
たっぷり三戦まじえて、一息つく。ミネルバは、仰向けになっている俺に覆いかぶさるようにもたれかかっていた。俺を見て、いたずらっぽく笑う。
「今日はこのぐらいにしておくか?」
「……さて、どうするかな」
俺は間をもたせながら、ミネルバの赤い髪を撫でる。
……いつかこうなるんじゃないかと思っていたが、まさか今夜だとはな。ぎりぎり間に合った、というところか。
俺はテントの出入り口にすばやく視線を走らせる。ついさっきまで、テントの外には人がいた。立ち去ったらしく、今はもういない。
この態度を見る限り、ミネルバは気づかなかったようだ。まあ、気づかせないために積極的に攻めまくったしな。
「それじゃあ、もう一戦やるか」
ふてぶてしく笑って、俺はミネルバを抱きしめると、その体をまさぐりはじめた。
翌朝、俺はパオラとカチュアの二人を自分のテントに呼んだ。なんでかマリアまで一緒に来た。パオラは気まずそうに、カチュアは責めるように、マリアは何か決意を固めたって顔で俺を見ている。
「どうだった? なかなか楽しい見世物だっただろう」
俺は下卑た笑みを浮かべてパオラたちに聞いた。パオラは頬を赤く染めながら、怒りと軽蔑を込めた目で俺を睨んだ。
「どういうつもりなのか、聞かせていただけるのですか」
昨夜、俺はミネルバを抱く前に、ひそかにパオラとカチュアを呼んで伝えたんだ。
夜遅くになったら俺のテントまで来るように。ただし中には入らず、外から気配を殺して中の様子を覗くように、ってな。
いつだったかも言ったが、女を抱いてるところを他人に見せつける趣味はねえ。だが、今回は必要だった。現実を突きつけるために。
俺が黙っていると、パオラは更に言い募った。
「あなたはミネルバ様と……つまりそういう仲なのですか? 恋人同士というか……」
「そんなわけねえだろ。ミネルバの俺への態度を見ろよ」
「では……」
困惑するパオラとカチュアに、俺はミネルバを味方にする際にかわした契約について話してやる。ミネルバ一人で五人分の奉仕を俺に行うというその内容に、三姉妹の長女と次女は当然というか激怒した。
「ミ、ミネルバ様が、そんな卑劣な条件を呑むはずがありません……!」
「いい加減なことを言うと、私たちにも考えがあります!」
「それが呑んだんだよなあ。敬愛するミネルバ様に確認してみたらどうだ?」
俺は余裕たっぷりに答えてやる。パオラとカチュアは立ちすくんだ。マリアが申し訳なさそうな顔で二人に頭を下げる。
「ごめんなさい、二人とも。ミネルバ姉様はわたしのために……」
「別にお前のためだけじゃねえ。あの時も言っただろ」
俺はパオラたちに説明してやる。ようするに、同盟軍につかなかったらミネルバにもマリアにも行き場がなかったという話だ。
「お前たちはミネルバの置かれていた状況を知っていただろ? マリアを人質にされ、兄貴と対立しながらも、結局はいいように使われていたミネルバに先はあったか?」
「それは……」
パオラは唇を噛んで言いよどむ。その隣でカチュアが懸命に反論した。
「都合のいい主張とは分かっていますが、それ以外の条件でもって迎えいれてくださることは不可能だったのでしょうか」
「ニーナは喜んでいいって言うだろうが、俺が嫌だ」
うわっ、二人揃っておっかねえ顔で俺を睨んできた。俺はしかめっ面で言った。
「お前だって、都合のいい主張って言ったじゃねえか。自分で言うのも何だが、それ以外はかなり好待遇だと思うぞ」
基本的に、ミネルバをないがしろにしたことはねえ。貴重なエース枠だからな。
戦士としてのミネルバは、サムソンやアストリアといった一流どころには及ばねえ。だが、戦場全体を見渡すことができる。少々の劣勢じゃへこたれねえ。これはでかい。
やがて、パオラが言った。
「昨夜のことを私たちに見せたのは……ミネルバ様の代わりを務める覚悟があるか、ということですね?」
呑みこみが早くて助かる。俺は笑って言った。
「代わりとまでは言わねえさ。五人分の奉仕を一人でしているミネルバの負担を減らす覚悟があるか。ミネルバにも相談してきていいぞ」
「わたし、やります!」
真っ先に叫んだのはマリアだった。待って、お前はお呼びじゃないの。
パオラもカチュアも顔を真っ青にしたが、俺も困った顔になる。
「……お前の出番は、そうだなあ、三年後かな」
「いや! 今晩からやります!」
ええー。俺は純白の法衣を着ているマリアの、頭のてっぺんから爪先まで見つめた。
ディールで助けたときよりかは肉付きがよくなってる。血色も。というか、ディールにいた頃が痩せすぎてたんだよな、やっぱり。
今はミネルバがそばにいるし、食事はそこそこまともなのが出るし、安心できる人間がまわりにいる。まあ改善されているわけだ。
だが、急に背が伸びるわけでもねえし、胸がでかくなるわけでもねえし、色気が出てくることもねえ。とりあえず試してみるか。
「お前さ、ちょっとこう、しなをつくって、うふーんて色気たっぷりに笑ってみせろ」
どうにかポーズをとらせる。
「うふーん」
むせた。
俺はしばらくの間、腹を抱えて悶絶した。
子供のお遊戯会? いや、可愛いよ、うん。可愛い可愛い。
だめだこりゃ。次行こう。
気を取り直して、俺はパオラとカチュアを見る。パオラは笑いをこらえようとしてか顔を引きつらせていて、カチュアは何とも言いがたい顔で俺を見ていた。
「とにかく、何日か時間やるから考えろ。ミネルバに相談してもいい。しなくてもいいが」
そう言って、俺は三人をテントから追いだした。
次にミネルバを抱くのは先のことだろうから、猶予はあるだろう。
さて、なんで俺がわざわざミネルバとのセ○クスをパオラたちに見せつけたのか。
そりゃまあパオラとカチュアをさっそく抱きたいって欲望ももちろんあったが、もうちょい切実な理由がある。
昨夜の、三戦まじえたあとのミネルバの台詞を思いだしてほしい。
「今日はこのぐらいにしておくか?」って言ったんですよ、ミネルバ様。
こんな余裕にあふれた台詞、他の女の口からは出てこないね。ニーナとか疲れてそのまま寝ちまうしな。
慣れてきてんだよ、あいつ。俺とのえっちに。それでいいのか紅い竜騎士。
まあ、考えてみればおかしなことじゃない。
俺が抱いている女の中で、一番体力があるのは間違いなくミネルバだ。
シーダは戦士としての訓練も積んでいるとはいえ、腕力や体力で勝負するタイプじゃねえ。レナは旅慣れているからそれなりに体力はあるが、鍛えあげた戦士と比べたら断然劣る。
ニーナは一般人とレナの中間ってとこだ。リンダもそうだな。
そこへいくとミネルバは別格だ。前に聞いたら、七つだか八つの時にはもう馬に乗る訓練をしていたらしい。剣や槍の訓練はもうちょっと後だそうだが、とにかく小さいころから真面目に鍛えていたわけだ。しかも実戦経験まで豊富ときてる。
それに、まず脅したり、問答無用で押し倒したりしたシーダたちと違って、ミネルバとは事前に話をした。メンタル的な消耗がないとは言わないが、他の奴よりほんの少しはマシだろう。
ちなみに、五人分の奉仕とはいっても、本当に一晩で五戦やったことは今までに一度しかない。翌日のミネルバがほとんど使いものにならず、丸一日休ませることになったからだ。あのときはさすがに反省した。戦力に乏しいうちじゃ、笑いごとじゃすまねえ。
だったら抱くなと言われそうだが、それは嫌だ。
話を戻そう。
ミネルバが、あきらかに慣れてきたわけだ。となると、いずれは五人分の奉仕を楽々こなすようになるかもしれない。それどころか、俺が先に力尽きる未来がくるかもしれない。
「何だ、もう限界か、情けない。威勢のいいのは口だけだったようだな」
もしそんなことを言われたら、たぶん俺は一生立ち直れない。
そういうわけで、俺は三姉妹の二人に情事を見せつけたのである。
さて、どうなるか。パオラもカチュアもミネルバへの忠誠は本物だから、俺の思う通りに転がってくれるはずだが。
話を聞いたミネルバが奮起して、俺から生命力を搾り取るなんて展開になりませんように。
そして俺たちはカダインに着いた。
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「魔道の国カダイン」2
後半戦は明日の更新で。
砂漠が広がっている。
暑い。さっきから汗が止まらねえ。こういうところだって分かってたから、水を大量に用意させておいて正解だった。
兵たちを見ると、割と二割ぐらい暑さでだれてる。なんだってガトーはこんなところにカダインをおったてたんだ。
ちょっとリンダにブリザー使わせてみたら凍えかけた。うーん、魔法って極端。
俺たちは目の前の小島にいた魔道士たちを即刻追い払うと、そこに陣を展開しながらパオラとカチュアを偵察に出した。
そして、帰ってきた二人の報告によると、ドラゴンナイトもペガサスナイトもただの一騎も見当たらなかったという。ガーネフの子飼いだろう魔道士や司祭しかいなかったと。
「わかった。ご苦労さん」
俺は二人をねぎらって下がらせる。唸った。
ミシェイルの野郎、やっぱり兵を引き上げていやがった。
グラの戦いで、天馬騎士団の援軍は来なかった。
その時、俺は思った。もしかして、ミシェイルが戦略を考えられるぐらいに成長したのかもしれないと。もしくはカミュあたりに知恵を借りたか。
原作のミシェイルはグラに援軍を出し、カダインにもドラゴンナイトやペガサスナイトを待機させていた。貸しを作るための政治的な配慮だと思うんだが、結果として、奴は合計24ユニット分の兵を失った。
だが、この世界のミシェイルは援軍を出さずにすませた。
24ユニット分の兵を温存した。
たぶん、奴はアリティアでそれをまとめてぶつけてくる。アリティアにはグルニアの大軍がいて十分に勝算があるし、自国とグルニア以外の戦場がそこしかないからだ。
うわーっ、アリティア行きたくねえ。
どうしたもんか悩んでいると、ミディアがやってきた。俺はびっくりしながらも、中に通した。
こいつが自分から俺のとこへ来たのってはじめてだぞ、いったいどういう風の吹き回しだ。
テントに入ってきたミディアは、敵を見るような目で俺を睨んでいたが、三十秒ぐらいたってやっと口を開いた。
「この戦場での、私の役割は何だ?」
俺は困惑した顔でミディアを見た。
「何だ? ずいぶんやる気じゃねえか」
俺が言うと、ミディアは真面目くさった顔で言った。
「貴様は、勝つつもりなのだろう。ここでも、この先も」
「そりゃ当然だろう」
こいつが何を言いたいのか分からない。俺が顔をしかめていると、ミディアは少しためらった後に言った。
「私は、敗北しか知らなかった。三年前にパレスが陥落したとき、私は何もできなかった。ニーナ様に救出していただいた時もそうだ。だが、グラで、私ははじめて勝利を知った」
ああ、そうか。こいつも割と不遇な人生歩んでんだっけ。初期値が低いのも案外そのせいかもしれねえ。
ミディアは拳を握りしめて身を乗りだす。
「だから、私に役割を与えてくれ。勝利に貢献できるなら、どんなことでもやる!」
まずはその直情的な性格を直せや。
そんなだからお前第一部でも第二部でも捕虜になった状態からはじまるんだよ。第二部なんて成長させる余裕がねえ段階で出てくるし。
そう言ってやりたかったが我慢した。なんか万年最下位だった野球チームがはじめての勝利の味に酔って奮い立ってる感があるが、とにかくやる気があるのはいいこった。
「よし、お前の今回の役目はこうだ」
俺は地図を取りだすと、俺たちがいる小島から学院までの進路を指でなぞった。ここから西に曲がりつつ北上するコースだ。
「ミネルバといっしょに突っ走れ。聖水は十分に持たせてやるから切らすなよ」
こいつも大事な戦力だ。ここで少しでも経験を積んでもらわないといけない。東側の宝箱とカダインマージの集団は、パオラとカチュアに任せよう。で、シーダに両方の様子を見てもらいつつ、レナとマリア、ウェンデルで後方支援。
アイルトンやカシムたち、それから傭兵組は今回待機だな。予想外の援軍の可能性を考えて、レナたちを守るように言っておこう。
「わかった。必ず役目を果たす」
ミディアが意気揚々とテントから出ていくと、入れ違いにシーダが飛びこんできた。
「ガザック様、東の草原に黒い竜巻が……!」
おお、おいでなすったな、魔王。
俺たちがいるこの小島には、北と東にそれぞれ橋がかかっている。
俺はリンダだけを連れて、東側の橋まで行った。シーダが報告してくれた黒い竜巻は、なかなかの速度でこちらへまっすぐ向かってくる。
「あいつはガーネフだ」
俺は、後ろに立っているリンダに言った。ちなみにリンダは初めて会ったときのように男装している。ガーネフとは十年以上前に一度会ったことがあるらしいので、念のためだ。
「あんた、大丈夫なの? M・シールドだけでガーネフに立ち向かおうなんて……」
さすがにリンダも緊張と恐怖で顔色が悪い。
「俺のことはいいから、自分のことに集中しろ。さっきも言ったが、わかってるな?」
俺がリンダを連れてきた理由は一つだ。
「ええ、わかってるわよ。ガーネフが魔法を使うところをしっかり見て覚える、でしょ」
リンダは勝ち気に言い返す。よし、上等だ。
「お前は絶対に手を出すな。奴が使ってくる魔法を観察することに集中しろ」
リンダをガーネフにぶつけるって案は、今のところ変わってねえ。
だが、ぶっつけ本番で失敗するのは御免だ。ここで、せめて相手を見させておく。マフーを目に焼きつけさせる。発動の瞬間や速度をつかませる。
マフーをくらうのは、俺の仕事だ。今後のことを考えると、一度体験しておく必要はあるしな。
強い風が俺たちに吹きつける。黒い竜巻がいよいよ迫ってきた。俺は銀の斧を肩に担ぐ。マフー相手にゃ通用しないはずだが、それも念のために確認しておきたい。どういう理屈なのか。
「ほう……。これを見て逃げずに踏みとどまるとは……勇気があるのか、愚か者か」
竜巻の中から嘲笑が聞こえた。竜巻が前進を止めて、その中から黒い人影が現れる。
いかにも悪の魔道士って感じの濃緑のローブ。凶悪なツラ。わし鼻。
ガーネフ(SFC版)だ。
「よう、負け犬」
馴れ馴れしい笑顔で、まずは軽くジャブ。ガーネフの顔から笑みが消えた。
「負け犬、とは何だ……?」
「お前、ガトーからオーラもカダインももらえなかったんだろ。みじめな負け犬じゃねえか」
「ほう……」
ガーネフの体を、黒と紫の入り混じった不気味な瘴気が包み込んだ。結構離れてるのに、すげえプレッシャーを感じる。顔が引きつりそうだ。
「面白いことを言う小僧だ。もう少しさえずってみるがいい」
「俺の知ってる話だと、ガトーに認めてもらえなかったお前は、一晩中悔し泣きをして酒瓶を五本空けた後、ガトーの大事なものを盗んでカダインからいなくなったってことだが」
「空けた酒瓶は十本だ」
空けたのかよ。挑発するためのでまかせだったのに。
ガーネフは余裕たっぷりに笑った。
「それから、わしが酔わずにいられなかったのはな、ガトーに幻滅し、失望し、軽蔑したからだ」
まずいな。俺が気圧されてる。
というか話が違うぞ、ウェンデル。くそ、ゲーム知識で安心してるんじゃなくて、本人から聞いて裏を取っておくべきだったか。
「自分の実力を認めてもらえなくて、ガトーは見る目がないと幻滅した、とそう言いたいのか? 実力のない奴ほど、逆恨みだけは得意だもんな」
「貴様のような無知無学無能の三拍子揃った海賊風情には、話しても分からぬだろうよ」
この会話でもう4ターンぐらい経過していてくれねえかな……。いや、まだマフーを見てないからもうちょっと続けるか。
しかし、嫉妬とか逆恨みじゃないとすると、どんな理由でガトーに幻滅したんだ、こいつ。
「じゃあ何か。魔道についての考え方の違いだとでも言う気かよ? わし鼻」
とりあえず身体的特徴をからかってやる。怒ってマフー撃ってこい。
だが、ガーネフはあきらかに怒りはしたが、まだ冷静さを保っていた。グリ○デ様か。
「その通りだ。貴様は、ガトーが魔道についてどのような考えを持っていたか、知っているか」
俺は顔をしかめた。これは俺を試しているんだろうか。ガトーにどれだけ近いか。
「……幸福をもたらすものとして魔道を教えた。だから、その魔道が戦いに利用されたり、金で売買されるのを嫌った、って話なら聞いたな」
第二部九章の冒頭で語られるエピソードだ。第一部の終章でも、ガトーは「はるか昔、愚かな人間たちに愛想を尽かし、この世との関わりを断った」と言っていた。
俺の言葉に、ガーネフは肩を揺らして笑った。
「そうだ。まったくもって馬鹿馬鹿しい。愚かしいとしか言いようがない。そうは思わぬか」
「人間を分かっちゃいねえ、って意味でなら、たしかに馬鹿だと思うぜ」
俺はそう答えた。こいつは本音だ。
何百年も人間に混じって生きていながら、ガトーは人間の欲望を理解していなかった。
俺もそうだが、人間ってのはたいてい欲深い生きものだ。
腹一杯食べたがる。よりうまいものを食いたがる。
いい服を着たがる。いい服をたくさん持ちたがる。
立派な家に住みたがる。周囲の環境がより整った家を望むようになる。
俺はそれを悪いこととは思わない。俺だっていい酒を飲みたいし、美女はこれからも抱いていきたい。楽をして勝てるならどんどん楽をしたい。最後についてはできた試しがねえが。原作知識あるのにおかしいな。
「欲は海水やで。飲めば飲むほど喉が渇くもんなんや」って台詞はナニワ金○道だったか。
人間が魔道を争いに使い、量産し、売買するのは必然だ。
「わしも、そう思った」
ガーネフがどこか懐かしそうに笑った。
「争いは、魔道の質を高めた。ライブやリライブでは足らなくなり、リブローやリザーブを生みだした。ファイアーやサンダーでは足らなくなり、エルファイアーやトロンを生みだした」
サンダーからトロンは、いくつか段階をすっとばしてねえかな。まあ、この世界にはエルサンダーとかサンダーストームとかねえけど。
「魔道が金で売買されることの、何が悪い。生きていくには金がいる。研究するにも金がいる。金を求めて、魔道の研鑽を積む者が現れるなら、魔道の進歩と発展のためにはよいではないか……」
ガーネフの声に強い感情が混ざり始めた。
「学のない海賊にしては、いいところを突いた。魔道についての考え方の違い。その通りだ。ガトーは、あの白き賢者は、魔道の発展を望まなかった。エルファイアーより強力で、ボルガノンとはまた違う魔道を! ライブとはまた異なる回復や治療の力を! そうしたわしの訴えはことごとく退けられた。ミロアの腰巾着めが、よく分かっていないくせにガトーの味方をしたものだから、また腹が立った」
昂ぶってきたのか早口になってきやがった。
ミロアの名が出てきたことに、俺の後ろにいるリンダが反応する。俺はさりげなく、リンダの腕を軽く叩いた。おとなしくしてろ。まだ話は終わってねえんだ。
「聞いた話じゃ、お前はこの世界を自分のものにしたいそうじゃねえか」
世界征服をたくらむ悪の魔道士。
「暗黒竜と光の剣」が発売した頃には珍しくなかった悪役の類型。
「その願いがかなったら、その後はどうすんだ?」
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「魔道の国カダイン」3
例によってやりこんでいたころ、気になっていたことがある。
ガーネフのキャラクターについて。
第二部十章でのウェンデルの話だと、もとは正義感の強い立派な若者だったという。ところが、ガトーはそんなガーネフの心の弱さを見抜き、オーラとカダインをミロアに委ねた。
ガーネフは嫉妬に狂って闇のオーブを盗み、オーブに心をとらわれた。
闇のオーブには野心や欲望や負の感情を増幅する力がある。それによってガーネフは世界征服をたくらむに至った……というわけだ。
原因はガトーじゃねえかというのは横に置いておくとして。
欲望が増幅されたとはいえ、嫉妬心から世界征服に至った過程が俺にはよく分からなかった。感情が突っ走りすぎた人間は、割と何やってもおかしくねえってのはあるが。
世界征服ってのは単なる八つ当たりの思いつきなのか、それとも……。
「世界を我がものとしたら」
ガーネフは嬉しそうに笑った。不気味だ。
「てはじめに、各国の王都に魔道学院を設置する。基本的な構造はこのカダインと同じだが、国の豊かさや人口によって規模を調整する必要はあるだろう。そして、それぞれの国のすべての子供に読み書きと算術を教え、素質のある者には魔道士あるいはシスターとしての道を進ませる」
ん……?
「魔道士とシスターを大陸スケールで量産する気かよ?」
「魔道の進歩と発展のためには、まず母数を増やさなければならん。裾野を広げなければならん。魔道の素質がない者もいようが、読み書きと算術を学べば研究や分析、整理などの役には立とう」
んん? まさか、こいつ……。
「だが、教える側が圧倒的に足りなくなるんじゃねえか、それ」
「これから増やしていく。それに、基礎としての読み書きと算術を教えるだけなら司祭でなくともできよう。見込みのある魔道士やシスターに経験を積ませる意味も兼ねて任せてもよい」
「じゃあ、教わる側の問題はどうだ? 読み書き算術を教えるってのはいいことだと俺も思うが、農民の子はガキのうちから親の手伝いだ。職人の子や漁師の子もそうだ。学ぶ時間がねえ。親だって、字を勉強するぐらいなら仕事を覚えろと言うだろうよ」
「時間はつくらせる」
ガーネフは握り拳を振りあげて力説した。
「今でも、小さな神殿や孤児院で多少の読み書きを教えているところはある。まったく下地がないというわけではない。そこへ、魔道をより普及させることで余暇を生みだす」
俺は呆気にとられた顔でガーネフを見つめた。
うん、この世界でこの発想はすげえ。すべての国で実施するってんなら、たしかに大陸征服しないと手をつけられない話だ。
そして、こいつ自身が語ったガトーとの対立理由とも一致する。
魔道を争いや売買に利用することを嫌うガトーへの、幻滅、失望、軽蔑。
ゲームで語られていた嫉妬がなかったとは、思わない。だが、その嫉妬が「自分の考えを世界規模で実行して成功させて、自分の正しさを証明してガトーとミロアを見返す」という地点に行き着いたのならば。
そこまで感情と決意がふくれあがるのかって疑問は当然あるが、そもそもこいつがこうなった原因は、感情を増幅させる闇のオーブだ。
「たとえばファイアーだ」
興が乗ったのか、ガーネフは話を続ける。
「火を熾すには、木を擦り合わせるか火打ち石をぶつけるしかない。だが、ファイアーをより手軽に、より多くの人間が使えるようになれば、火を熾すための時間も、燃料も減らすことができて余裕が生まれる」
やべえな、聞いててわくわくする部分がある。
これ、うまく転がすことができれば世界がひっくり返るぞ。
王侯貴族を中心に据えた体制ではなく、魔道士がすべてを握る魔法の帝国の誕生か。
とはいえ、どうも聞いてて何か危なっかしさを感じる。
もう少しつつくか。
「だが、より多くの人間が手軽に魔法を使えるようになれば、犯罪に使われる危険性も出てくるだろう」
海賊が犯罪の危険性を説くのは見逃してくれ。
「それについてはどうする? 法を厳しくして締めあげるのか? それだけじゃ埒があかないと思うが」
「海賊にしては、貴様は頭が回る」
ガーネフはふぉふぉふぉって感じで笑った。宇宙忍者かよ。
「高位とされる一部の魔法に、使用者制限がかかっていることは知っているか?」
専用魔法のことか。リンダ専用オーラとか、マリク専用エクスカリバーとか。とはいえ、実名を出すのはまずいな。
「……たとえば、女しか使えないリザイアのことか?」
「そうだ。わし直属の、法を執行する組織を編成して、そうした魔法を持たせる」
俺は少し考える。直属って部分が引っかかる。それに、法はそこまで万能だろうか。それとも俺が考えすぎなのか。
その時、リンダが小声で俺に言ってきた。
「ちょっと、なに呑気におしゃべり続けてんのよ」
「今いいところなんだ。もうちょっと黙って……」
そこまで言って、俺は考え直した。リンダに尋ねる。
「お前、ガーネフの話、理解できてるか?」
リンダは眉をひそめて首を横に振った。
「全然。途方もなさすぎて想像つかないわよ」
そうだろうな。ガーネフ自身がどこまで自覚しているのか知らねえが、先を行き過ぎた構想だ。そりゃガトーから危険視されるわ。
「とりあえず、もうしばらくおとなしくして、聞くだけ聞いてろ」
俺はガーネフに向き直った。考えもまとまったしな。
「お前のその構想が実現すると、魔道士やシスターの地位はかなり高くなるんだろうな。今の貴族並みってとこか?」
「そんなところだろうな」
ガーネフは当然だろうという顔で肯定する。
「優れた者が、その能力で高い地位につくのは当然のこと。むしろ、今のように血筋などというくだらぬものを重視することこそがおかしい。それに先ほども言ったが、魔道の素質に恵まれなかったとしても、研究や分析で成果を出すことができる」
ゼロ○使い魔を、俺は思いだした。魔法を使える者は貴族として、それ以外の大多数は平民として扱われる世界。
行き着く先は、あれと同じとまでは言わないが、似たものになるだろう。魔道がメインの評価基準になっても、血筋が軽視されることにはおそらくならない。それどころか、魔道の素質に遺伝的な要素が関わるなら、むしろ重視されるようになる。
だが、そのへんは説明してもわからねえだろう。いや、わかるかな、こいつなら。でも説明が長くなりそうだな。
「それだけ大がかりなことをやれば、反対する連中が当然出てくるだろう。現在の地位を脅かされることになる貴族や、魔法の台頭によって仕事を失う者、魔法を恐れ、警戒する者……」
「聞く耳を持つ者は説得してもよいが、そうでない者は粛清するしかあるまいな」
予想通りの答えが返ってきた。俺は次の疑問をぶつける。
「何十年単位で時間がかかりそうだが、お前、途中でおっ死ぬんじゃねえか」
「そうはならぬさ」
ガーネフはまたふぉふぉふぉと笑った。うーん、お前がガトーに嫌われたの、その笑い方もあるんじゃねえかな。とても正義感があるようには見えねえ。
「わしは不死の力を手に入れる。そのために、強靱な生命力を持つメディウス……マムクートどもと手を組んだのだ」
俺は絶句した。
世界征服の次は、不死か。
字面だけなら、典型的な悪の魔道士が求めるものだが、こいつの発想は悪の魔道士じゃねえ。ある意味、もっと危険なものだ。
「不死者となった暁には、神話においてナーガが人間を見守り続けたように、わしは魔道士たちの神となって、魔道の発展を、この大陸の行く末を見守り続けよう」
俺はもう一度ため息をついた。
なるほど。魔法での犯罪について、法で厳しく締めあげれば問題ないとやたら楽観的にかまえていたのは、自分が永遠に頂点に立つことが前提なら納得がいく。
「俺のように魔道に縁のない人間には、今の世界の方が住みやすいな」
「ならば今からでも学べ。学ぶ意欲のない者に生きる価値などない」
……ひとつ踏みこんでみるか。
「純潔のシスターを生け贄に捧げる魔道の儀式ってのを聞いたことがある。お前はこいつをどう思う?」
「必要なら、生け贄を捧げるべきであろう」
即答かよ。ていうか、やっぱりそうか。
パーツの一つ一つは悪くないんだがな……。全部合わせると不死の独裁者が支配するディストピアができあがるぞ、これ。
今でもたいがいとち狂ってるが、これがさらに狂った挙げ句に何もかも破綻するとしか思えねえ。
こいつがほどほどでくたばるならな……。システムって、代替わりで是正、調整されていく部分があるんで、まだ希望が持てるんだが。
正義感の強い立派な若者。
ウェンデルが、おそらくガトーから聞いたのだろうガーネフ評。
それはたぶん、間違いではないんだろう。
ガーネフの構想は面白い。
いわゆる平民層が学問によって底力をつければ、貴族は力を削がれ、文化や文明は今より発展するだろう。
子供の面倒を見る神殿や孤児院に予算が下りれば、救われるガキも今より増えるだろう。
新たな歪みもたくさん生まれるだろうが、それは何をやっても起きることだ。
そのあたりまでなら、多くの人間が喜ぶのだろうと思える。
だが、ガーネフはそこで止まることはないだろう。
救った人間をも挽き潰しながら、先へ先へと進んでいくに違いない。
こいつの目的はあくまで魔道の発展であって、暮らしをよくするとかそういうのはついでだから。ついで、をこいつは考慮しない。
いつか壁にぶち当たり、魔道の研究が停滞しても、多くを犠牲にして。
「わしの考えが気に入らぬようじゃな」
ガーネフが言った。
「不思議な男だ。ガトーでさえ理解できなかったことを、貴様は理解している。いや、わしにも見えていないものが見えているかのようだ。いったい何者だ? ただの海賊ではあるまい」
「ただの海賊だよ」
俺は笑って言った。ところで、長話している間にM・シールドの効果が切れたりしてないだろうな。切れてたら死ぬぞ、俺。
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「魔道の国カダイン」4
「お察しの通り、お前の考えには賛同できねえ。面白い話ではあったがな」
「……なぜ、賛同できない?」
俺は笑って答えた。理由はいくつかあるが、こいつへの答えとしては、これがいい。
「俺は勝ち馬にしか乗らねえ主義だからだ」
「残念だ」
ガーネフの全身から、黒と紫の瘴気があふれ出た。
「封印されし暗黒魔法マフーの恐ろしさを見せてくれよう」
ガーネフの手の先から、無数の悪霊の群れが放たれる。俺は奴に斬りかかろうと踏みだしかけたが、金縛りにかけられたように体が動かなかった。悪霊の群れが俺にまとわりつく。
寒気。そして、身体中から力が急激に抜けていく感覚。
足に力がまったく入らず、すとんと、俺は地面に両膝をついた。全身から汗が噴きでる。舌が痺れて声が出ねえ。
これが……。これがマフーか。
「上等じゃねえか」
歯を食いしばる。それだけをするのにも力が必要だった。
立ち上がり、斧を握りしめて、ガーネフを睨みつける。ガーネフは余裕たっぷりに笑った。
「立ちあがったか。たいしたものだ。それ、もう一度耐えてみるがよい」
俺は立ちすくんで何もできないまま、二撃目をくらう。
悪霊の群れがまとわりつく。耳に、くぐもった呻き声と冷たい息が吹きかけられる。
痛みは一切ない。だが、立ちくらみに襲われたように、俺はよろめいた。生命力を吸いとられるというのは、こんな感じなんだろう。体力にはかなりの自信があるのに、立っているだけでもつらい。
何が恐ろしいって、ガーネフの手から悪霊の群れが放たれた瞬間から、一切の身動きが取れなくなることだ。迫ってくる悪霊の群れを、ただ見ていることしかできねえ。
「もう見てられないわ!」
その時、リンダが前に飛びでた。おい、勝手な行動とるな。
頭に巻いていた布を取り去って、リンダはオーラの魔道書を握りしめる。その手に白い光が集まった。
「ほう。オーラということは、ミロアの娘か」
だが、オーラは発動しなかった。リンダは動きを封じられ、てのひらに集まっていた白い光も消滅した。そして、ガーネフの手から放たれた悪霊の群れがリンダに襲いかかる。
悲鳴もあげずにリンダが倒れた。死んではいねえようだが、どう見ても戦闘不能だ。この馬鹿。
「さて、どうしてくれようか。ここでミロアの娘をいたぶるのもよし、砂漠をかけまわって同盟軍の兵どもを一人一人潰していくのもよし……」
話が違うじゃねえか、おい。いつまでもお前の相手をしておれぬとか昔のチンピラみたいなこと言ってテーベに行くんだろ。さっさと行け。
ガーネフのてのひらに悪霊たちが集まっている。俺はよろよろと動いて、リンダをかばうように立った。もう一発耐えられるかな。
マフーが襲いかかってくる。意識がもうろうとして、気がついたら倒れていた。
だが、幸いまだ意識はある。ガーネフがこちらに近づいてくるのが見える。
「……ありがとうよ」
震える声で、俺はガーネフに笑いかける。よかった、声が出た。
「おかげで、時間は、たっぷり、稼げた」
「時間だと?」
ガーネフが足を止める。顔をしかめた。
「俺が足止め。その間に、奴が……」
いかにも思わせぶりなことを言うと、ガーネフは目をかっと見開いた。怖い。
「まさか、ガトーが!? いや……」
思った通りだ。何だかんだ言いながら、ガトーを警戒してやがる。
ガーネフは慌てたが、土壇場で冷静さを取り戻し、俺を睨みつけた。
「貴様はたしかに興味深い男だが……。ガトーが貴様のような男と手を組むとは思えん」
そうだよねー。俺もそう思うよ。
俺はにやりと笑って言った。
「お前、ガトーが、竜族だってこと、知ってるか?」
次の瞬間、ガーネフは青白い魔法の光に包まれる。そして、その場から消え去った。
三十秒ぐらいたって、戻ってこないことを確信すると、俺はため息をついた。
やっと行ってくれたか……。正直焦った。
しかし、体が全然動かねえ。鼻くそをほじる力も残っちゃねえや、ってやつだ。シーダかレナが来てくれるのを待つしかねえな。
しかし、もったいねえな。ガーネフの、あの構想。
俺があれに魅力を感じたのは、転生者だからだろう。数千年分の歴史をおおまかに知ってるからだ。だからこそ、行き着く先も予想できちまったんだが……。
リンダが想像もつかないと言ったが、その反応がこの世界の人間の標準と考えた方がいい。
ガーネフのやり過ぎをおさえることのできるやつが、ガーネフのそばにいれば、話は違ってくるんだろう。そういう人間がいなかったのが、あの魔王の不幸かもしれない。
「どうして……」
目の前に、リンダの顔が現れた。こいつは起きあがる気力が残ってたらしい。それとも、俺がぼうっとしている間に時間が過ぎたか。
「どうして、私をかばったのよ」
「言っただろ。お前にゃガーネフを倒してもらわねえといけねえんだよ」
マフーの威力はよくわかった。俺には無理だ。死角から隙を突いても、おそらく魔法が自動的に反応する。スターライトじゃないと太刀打ちできねえ。
「私じゃ無理よ……」
リンダは途方に暮れたように横を向いた。その目には涙が光っている。
「私、全然動けなかった。オーラを使いこなしていると思ったのに。体がすくんじゃったみたいに、動けなくなって……」
「勘違いしてねえか、お前。ありゃ、そういう魔法だ」
泣きだしたリンダに、俺は言った。
「……どういうこと?」
涙で顔を濡らしたまま、リンダは俺を見る。マフーについて、俺は簡単に説明した。リンダは目を丸くする。
「そんな……それじゃ、どうすればいいの?」
「対抗できる魔法はある。それを手に入れてやるから、それまで鍛えてろ」
そう言うと、リンダは疑わしげな目を俺に向けた。
「……あんた、どうしてそんなに色々と知ってるのよ」
「そんなことより覚悟してろよ。今日……は無理だが、近いうちにその体にたっぷりお仕置きしてやるからな」
俺がいやらしい笑みを浮かべて言うと、リンダは一瞬怯んだが、強気な表情で見返してきた。
「あんたって、ほんとそればっかりよね」
俺が露骨に話題を変えたことでリンダは察したらしい。さっきの疑問を蒸し返してはこなかった。聞いてきたのは別のことだ。
「あのさ、ガトー様が竜族って……」
「事実だ。だが、誰にも言うなよ」
「言わないわよ。私の方が変に思われるもの」
それから、リンダは手を伸ばして俺の手を握ってきた。
「かばってくれたこと、礼は言っておくわ。……ありがと」
シーダとレナがそろって来たのは、それからだいぶ後のことだった。
俺がガーネフとやりあっている間に、ミネルバたちは敵の魔道士や司祭をすべてかたづけて学院まで制圧していた。いやー、カダインマージたちは強敵でしたね。
パオラとカチュアが手に入れた魔除けは、リンダにやった。秘伝の書は俺が使う。
そういやパレスで手に入れたブーツだが、こいつは総指揮官特権で俺が使った。ソシアルナイトと並んで走れる海賊の誕生である。字面だけ見ると滅茶苦茶もったいねえな。
さて、俺たち同盟軍が乗りこむと、学院は騒然となった。シスターは逃げ惑い、魔道士たちはバリケードを作って抵抗のかまえを見せる。
ところが、ウェンデルが顔を見せると魔道士たちは一気におとなしくなった。
「やめなさい、お前たち。これ以上血を流してはならん」
俺が思っていた以上にウェンデルは慕われていたらしい。
こうして学院は完全に俺たちの支配下に置かれた。
「よし、家捜しだ」
学院長室を拠点として、俺たちはガーネフの部屋と、奴の手下のダークマージどもの部屋を徹底的に漁った。
だが、俺の期待したようなものは出てこなかった。
闇のオーブやマフーの現物はさすがに肌身離さず持ち歩いているだろうが、それに関係する記録や、せめてメモ書きの一枚でも見つかればと思っていたんだが、まったくなし。
ガトーの名前を出して脅したのがまずかったか……。
でも、あの状況でああ言わなかったら全滅待ったなしだったもんなあ。ゲームでも、制圧後にガトーがマルスに呼びかけてきたあたり、急にガーネフが姿を消したのはあのジジイの気配を察知したんだと思うし。
「やっぱりテーベか……」
実のところ、俺はガーネフこそが最後の敵だと考えている。
闇のオーブが手に入れば、ララベルに何としてでも命のオーブを見つけさせて、封印の盾を完成させることができるからだ。そうすりゃ地竜モードのメディウスは即座に地の底だ。ファルシオン云々以前に戦う必要すらねえ。
まあ、オーブはその時まで待とう。まだラーマン寺院にも行ってねえし。
ダークマージの部屋からもめぼしいものは出てこなかったが、ウォームの書が見つかった。しかし、ウェンデルに没収されてしまった。まあリンダもエステベスも禁呪ってことで難色を示したし、仕方ねえか。貴重な遠距離攻撃魔法なんだが。
俺はさらに家捜しを指示した。表向きはガーネフ打倒の手がかりを、ってことだが、本当の理由は別にある。魔道士やシスターたちの部屋まで荒らしてさがした。ブーイングの嵐はウェンデルに押さえ込ませた。
そして、ようやく俺のもとに報告が届いた。
「十歳ぐらいの子供が二人見つかりました。ずいぶん衰弱しています」
やっと見つけた。ユベロとユミナ、グルニアの王子と王女だ。
俺は院長室にニーナとウェンデルを呼び、ユベロたちのことを説明した。
あの二人は、ガーネフを恐れたグルニア王がカダインに送ってきた人質だ。扱いが雑なのは、ガーネフが人質を大事に思っていなかったからだろう。
「ずいぶんやつれていました。急いで手当てをさせ、綿に水を含ませて、水分をとらせています。グルニア王はむごいことをする……」
ウェンデルは肩を落とした。ニーナが俺に聞いた。
「あの子たちをどうするつもりですか?」
「使い道を考えるのは二人が元気になってからだが、とりあえずはウェンデルに任せる」
俺はウェンデルを見た。
「派手に焼くぞ」
ウェンデルは悲壮な表情でうなずいた。
その日の夕方、ガーネフの部屋とダークマージの部屋がある一角を、俺は燃やした。
それだけだとあからさまなので、計画的に延焼させて学院の端も焼く。
焼くだけなのも何だから、シスターや女の魔道士を何人か抱かせろと言ってみたところ、シーダとレナとニーナのトライアングルアタックで叱られたので仕方なくやめた。
この三人、「じゃあお前が代わりに体を差しだすのかよ」っていう脅しが通じないからめんどくさい。夜に言葉攻めで可愛がってやるから楽しみにしているといい、ぐふふふ。
他に、俺はウェンデルに子供の死体を二つ用意するよう言った。ユベロとユミナが死んだと思わせるためだ。小細工だが、やらないよりはましだろう。学院に火を放ったことと合わせれば、効果は期待できる。
俺とウェンデルとニーナは、燃えあがる一棟を見つめていた。
「そういや、爺さんに聞きたいんだが」
俺はあることを思いだして、ウェンデルに聞いた。
「ここに戻ってから、ガトーの声っていうか、何かそんなようなものを聞いてねえか?」
「ガトーというと、大賢者ガトー様か?」
ウェンデルは呆れたように首を横に振った。
「私ごときに、ガトー様がお声を届けられるはずがない」
俺はニーナを見た。ニーナも首を横に振った。
あのクソジジイ……っ!
俺だってガーネフ相手に滅茶苦茶苦労しているだろうが! 可哀想に思って魔道で話しかけてこいよ! そもそもてめえのまいた種じゃねえか!
しかし、俺というか、同盟軍を相手にしねえってことは、あれか。マケドニアを使う気か。
ガトーの野郎、あきらかにマルスだけじゃなくてミシェイルまで打倒ガーネフに使うつもりだったしな。
第二部でミシェイルがガーネフからスターライト手に入れてたけどさ、寝たきりでマリアの看病受けてたはずのミシェイルが、誰からその知識を聞いたのかって考えるとなあ……。
覚えてろよ。チキを助けたらてめえの悪口吹きこみまくってやる。チキを抱くかどうかは……マリアのこともあるし、実際に見てからだな。
俺は気を取り直して、ウェンデルに言った。
「ユベロとユミナのことだが、ここじゃ危ねえからグラにでも隠れてくれ」
「わかった。あの二人は必ず私が守る」
ウェンデルは強い決意に満ちた顔で答えた。俺は、燃える建物に視線を戻す。
「カダインを取り戻すのは、もう少し待ってくれ」
ガーネフがいつ戻ってくるか、分かったものじゃねえ。
ガトーを警戒してテーベに引きこもってくれりゃいいんだが。
俺たちは数日カダインに滞在した。
ウェンデルが最低限の再編をすませ、弟子のエルレーンに学院を任せると、カダインを発った。ついにガトーは接触してこなかった。
変わったことといえば、リンダと以前よりも打ち解けたぐらいか。こいつはガーネフの構想に興味を持ったらしく、合間合間に聞いてきた。
度を過ぎなければ、悪い案じゃねえと思う。もっとも、ガーネフは度を過ぎるどころか突き抜けるつもりでいるようだったが。
それからレナが教えてくれたんだが、アイルトンたちがどうも疲れ気味らしい。精彩を欠くというか、悩み事を抱えているというか。
俺に対してはいつも通りだと思ったが、強がってるってことだろうか。まあ砂漠に海賊は似合わねえわな。今回、奴らの出番はなかったが、それで正解だったようだ。
「あなたは大丈夫ですか? ここまで来て」
行軍の休憩中、そう報告してくれたレナは、心配そうな顔で俺を見つめた。俺がレナを抱きしめて尻を撫でまわしてやると、レナは頬を赤らめて恥ずかしそうに顔を伏せた。
「ずいぶんと長い旅だから、全然くたびれてねえとは言わねえがな。俺は平気だ。悪いが、アイルトンたちのことを見てやってくれ」
アリティアで、どう戦うか。
できれば、いつもより時間を使って考えたい。
俺の知っているアリティア戦になるかどうか、わからねえからだ。
グラに戻った俺たちはウェンデルと別れ、シーマと再会して、アリティアに向かった。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 カシム レナ
マチス ニーナ リカード
バヌトゥ エステベス マリア
ミネルバ リンダ ララベル
ワイアット ミディア ワインバーグ
パオラ カチュア シーマ
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「アリティアの戦い」1
ほんと申し訳ありません……。何が二週間後や……(白目
豪雨に台風に先日は地震とどえらい夏ですが、皆さんはご無事だったでしょうか。
めちゃくちゃ遅れましたが、諸々がようやく復旧した我が家から、我らがガザックの物語を再開したく思います。
アリティアに着いた俺は、さっそくシーダとカチュアを偵察に放った。
二人の帰りを待ちながら、王宮を目指して進軍する。
まずシーダが戻ってきた。その顔は真っ青だ。
「王宮のまわりの空を、ペガサスナイトの大軍が埋めつくしています……」
「数はわかるか?」
俺が聞くと、シーダは顔を流れる汗を拭おうともせず、頭を下げた。
「申し訳ありません。敵の正確な数はわからず……。ただ、ペガサスナイトだけで、我が軍よりも多いのは間違いありません」
そうか、そうか。ペガサスナイトだけでね。
俺はシーダを手招きすると、抱き寄せて尻を揉んでやった。シーダは驚いて「きゃっ」と声を上げたが、すぐにおとなしくなる。それを見計らって、俺はシーダを離した。
「ご苦労。下がって休め」
俺はレナを呼ぶと、シーダに何か飲みものを出すように言った。
去り際に、シーダはこちらを振り返る。
「ガザック様は怖くないのですか……?」
「当然だろうが」
俺がふんぞり返って笑うと、シーダは安心したような微笑を浮かべた。
いやいやいやいや、怖いに決まってんだろ。
ペガサスナイトだけで、って何だそれ。
事前に予想はできてたけど。腹はくくってたけど。
でも、びびった顔を見せられねえのが総大将のつらいとこだ。笑うしかねえ。
「お前にも戦場の一部を任せることになる。ただ、無理はするな」
俺の言葉に、シーダは気を取り直したようだった。
「はい! 全力を尽くします!」
「何度でも言っておくが、無理はするなよ? 死なれると困るからな」
そうしてシーダとレナがいなくなると、俺はバヌトゥを呼んだ。
「また出番かな」
「おう。今まで以上の激戦になる」
普段はひなたぼっこばかりしてマリアの遊び相手を務めているバヌトゥだが、伊達に年をくっちゃいねえ。呑みこみが早い。俺は聞いた。
「人間を焼き払ったことはあるか?」
「多くはないがな」
これまで、バヌトゥには同じ竜族の相手をしてもらっていた。
だが、今度はそうはいかねえ。火竜の破壊力と鱗の硬さを、人間相手に発揮してもらうことになる。
「頼む」
「心得た」
バヌトゥが去ると、今度はカチュアが戻ってきた。
「西にある二つの村ですが、どちらも門を閉ざしていました。戦に怯えたのだと思います」
ああ、そう。アランは俺に顔も合わせたくねえと。
予想してたがな、くそったれ!
いや、ここまで来る間に情報を集めていたんだが、俺の悪名に「叡智の殿堂たる神聖な学院を焼いた蛮族」みたいなのが加わっていてなあ。
何が神聖な学院じゃい。魔王の別荘じゃねえか、あれ。
しかも、マルスたちを殺したのが俺だってなぜか広まってる。
あれを知ってるのってタリス王ぐらいじゃないのか。誰がばらした。ガーネフか?
マルスの親父のコーネリアスはまともな王様だったらしく、おかげでその息子と部下たちを殺した俺の評価は地に落ちているどころか地の底をえぐってマイナス域だ。
リカードやララベルに調べさせてもみたが、やはり俺は敵視されている。コーネリアスを討ったグルニアは当然憎いが、俺も憎いと。
あのなあ、マルスを殺さなかったらこっちが死んでたんだぞ。
今になって思いだしてみるとさ、ジェイガンが銀の槍持って一騎駆けしてきたじゃん。
あれ、問答無用で海賊を殲滅するぞってことだよな。正しいけど。俺がマルスの立場でも海賊の言い分なんざ聞かずに叩き潰すけど。
とはいえ、戦場でのことだから、なんてアリティア民が理解するわけはねえ。
あれこれ考えていると、ニーナがやってきた。
「どうしましょうか」
困り果てた顔でニーナは言った。アリティアのことだ。
「私たちの方針として、グルニアに支配されているアリティアを解放しないわけにはいきません。ですが、解放した後も私たちに非協力的な態度をとるとなると……」
「いっそ、グルニア、マケドニアと話しあって、アリティアを隅々まで焼き払うか」
「私がそれは名案ですね、とでも言うと思いますか?」
「じゃあ、どうする。お前の考えを言え」
俺が言うと、ニーナは考えこんだ。
「アリティアの民をまとめているリーダー的存在がいるはずです。その人をさがして、話しあいましょう。話せばわかるとは言いませんが、あなただって、アリティアを敵地にしたくないと思っているでしょう?」
「まあな」
俺は仏頂面で言った。
このアリティアを、スルーするわけにはいかない。
ここからグルニアなりマケドニアなりに向かえば、俺たちは前後から挟撃されるからだ。最悪の場合、アリティア、グルニア、マケドニアの三方向から攻められる。
このアリティアにいるグルニア軍、マケドニア軍はきっちりかたづけて、敵の兵力を削っておきたかった。
「とりあえず、情報戦には情報戦でやり返すか」
俺は、思いついたことをニーナに説明した。
エリス王女はドルーアに捕らわれており、同盟軍は彼女の救出を考えている。
エリス王女を救出できたら、彼女にアリティアの統治を任せるつもりである。
コーネリアス王はアカネイアに忠誠を誓っていた。ニーナ王女は彼に深く感謝し、その死をひどく悲しんでいる。アリティアを解放した暁には、彼とリーザ王妃、そして志半ばに倒れたマルス王子を盛大に弔うであろう。
同盟軍の司令官ガザックも、マルス王子のことは好敵手と思っており、戦場のことゆえに加減はできなかったが、彼を討ったことを後悔しない日はない。
同盟軍が願うのはアリティアの平和であり、アリティアの民が安らぎを得ることである。グルニアとマケドニアは我々が蹴散らすので、その後の再建と復興に力を尽くしてほしい。
「マルス王子のことを好敵手と思っていたんですか?」
「全然」
ごめんなー。マルス、ほんとごめんなー。正直、あの時は死にものぐるいだったからそれどころじゃなかったし、後悔しているかっていうと、あまりしてねえしな。
「エリスがドルーアに捕らわれているのはたしかだ。コーネリアスがアカネイアに忠誠を誓っていたかどうかは知らねえが、本人はもう死んでるから何とでも言える」
「……わかりました。コーネリアス王がアカネイアの要請に応えて軍を動かし、勇敢に戦ったのは事実です。それでいきましょう」
「ああ。交渉は任せる。俺は戦で勝つ方を担当するからよ」
俺が言うと、ニーナは苦笑を浮かべた。
「頼りにしています。あ、そういえば」
何かを思いだしたように、ニーナは言った。
「あなたに称号を授与することが決まりました」
「称号?」
俺は顔をしかめた。ニーナは頷く。
「正式に授与するのは、アリティアを解放したあとになりますが……。ドルーアに支配されていた国々を解放した功績を称えて、というものになります。何か望みの称号はありますか? なければ、こちらで考えますが」
称号ねえ。
あれか、光の王子、スターロード・マルスみたいなものか。なんで光の王子なのにスターなんだろうな。二部をクリアしたら英雄王になっちゃうし。
俺にふさわしい称号ならやはり、海賊王だろうな。
「アリティアの王宮を落とすときまでに、考えておく」
このとき、俺はとりあえずのつもりでそう言った。
王宮が見える場所、十三章のスタート地点あたりに着いたところで、俺たちはテントを張った。今度はミネルバとパオラを偵察に出す。敵の武装を知るためだ。槍と手槍だけだと思うが、油断はできない。
二人はすぐに戻ってきて報告した。
「おかしなことをやっていた。四騎一組で、樽を吊り下げている」
「樽?」
ミネルバの説明に、俺は首を傾げた。パオラが地面に図を描きながら補足する。
「四騎のペガサスと樽をそれぞれロープで結んで、四騎がかりで運ぶつもりのようです。ペガサスナイトのほとんど半数がそうしていました」
「樽……」
何だろうと考え、まさかと思い、俺は顔面蒼白になった。
体中から汗がどっと噴き出す。緊張と恐怖で心臓がバクバク鳴り始めた。
やつら、まさかゲームの枠を超えやがったのか?
ありえない話じゃねえ。そもそも、ゲームだったらここにいるはずのない連中だ。
軍議に使っているテーブルを、俺はおもわず殴った。ミネルバとパオラが驚いた顔をしたが、それどころじゃない。
この数日間の俺の努力がぱあになった。水の泡だ。戦術を大至急立て直さないといけない。俺はミネルバとパオラを睨みつけた。
「主だった連中をいますぐ集めろ! 大至急だ!」
「わかった」
ミネルバは俺の態度に目を丸くしていたが、理由も聞かずに素直に従ってくれた。パオラを連れてテントを出ていく。
一人きりになったテントの中で、俺は頭を抱えてしゃがみ込んだ。
たった今まで、俺はこう考えていた。
マケドニア軍は、いっせいにこちらへ飛んできて、俺たちを包囲して殲滅しようとするだろうと。
それに対して、こちらは円陣を組む。円陣の南側は俺と手下たち、東側はミネルバとパオラとカチュア、西側はバヌトゥ、北側はワイアットとワインバーグの傭兵組。
マチスとミディア、シーマは円陣の中に待機させるが、負傷者が出たら入れ替えでどこかへ出す。弓使いや魔道士やシスターは全員円陣の内側。
俺はこれでマケドニア軍の大攻勢を耐えきろうと思っていた。いかにスムーズに兵を入れ替え、もたせるかを考え続けてきた。
だが、それは全部無駄なものになった。
だって、敵の戦い方が全然違うんだもんよ。
ほどなく全員がそろった。何人かは俺の顔を見てぎょっとした。後でニーナから聞いたんだが、俺はよほど凶悪な面構えをしていたらしい。
「ペガサスナイトの大軍団が、海の向こうにいるのはもう知ってるな?」
前置き抜きで軍議を始める。何人かが頷いた。俺はあえて聞いた。
「敵は、どんなふうに攻めてくると思う?」
「数を活かして私たちを包囲し、殲滅するつもりだろう」
ミネルバが言い、パオラとカチュア、それからシーマとミディアも頷いた。普通はそう考えるよな。俺もそう思ってた。
「違う」
俺は首を横に振った。
「奴らの狙いは火攻めだ。ぐずぐずしてると、ここら一帯を火の海にされるぞ」
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「アリティアの戦い」2
十三章のスタート地点は森と草原の広がる一帯だ。
アリティアの王宮の回りは複数の島で構成されている。それぞれの島を橋でつないで、行き来ができるようにしているわけだ。
ゲームの枠の外で考えた場合、この地形でもっとも効果的なのは火攻めだ。
「敵の意図はこうだ。四騎一組で油を満タンにした樽を運び、落とす。これが第一陣。次に第二陣が飛んできて、火のついた松明を大量に落とす。これとは別に、北と東にそれぞれ一部隊を飛ばして、橋を落とす」
そう、あの樽の中に入っているのは、おそらく油だ。
橋を落としちまえば動きを封じられるし、草原と森だらけだから火を放てばよく燃える。包囲殲滅よりよほど楽だ。皇国の○護者やドリ○ターズを思いだす。
こいつは俺のミスだ。
そもそも、それだけの大軍を序盤から展開できる時点で、ゲームの枠を外れてると理解しておくべきだった。
ゲームだと、マップ上に出せる敵の数に上限がある。
次々に湧いて出る援軍を倒さずに適当に足止めしていると、あるタイミングで援軍が出てこなくなるんだ。そこから敵を倒すと、倒れた分だけ現れるようになるので、たぶん処理能力の限界に達したということなんだろう。
それを知っていたのに、俺はゲームの枠に捕らわれていた。
誰もが顔を真っ青にして、一言もない。絶望ムードだ。
「俺たちは南へ向かう」
地図を広げて、俺は全員を見回す。暗い気分を吹き飛ばすには指示を出すのが一番だ。
「南の橋の先にでかい建物があるだろう。あれは灯台だ。こいつを奪って、南回りに王宮を目指す」
村から得られた情報だと、こいつは牢屋ってことだったが、それにしては大きすぎると思っていた。詳しく聞いてみたら、灯台ってことだった。
灯台といっても、こいつは周辺の海域を巡回するための拠点も兼ねている。また、嵐のときなんかには船や、周辺住民の避難場所にもなっている。牢屋としても使えるわけだ。
他に、簡単な船の修理もできるらしいが、大型船は一隻残らずグルニアとマケドニアに持っていかれちまったとか。小さな舟なら残っているそうだが。
まあ、こっちとしては、とにかく火攻めを避けられればいい。
「ドラゴンナイトとペガサスナイトへの対処はどうする? すぐに追いつかれるぞ」
ミディアが緊張を隠せない顔で聞いてきた。
「アイルトンとカシム、あとバヌトゥに時間稼ぎをさせる。その間に灯台へ急げ」
「私たちはどうすればいい?」
ミネルバが俺を見る。俺は、この島と灯台をつなぐ橋を指さした。
「おまえはパオラとカチュア、それからシーダを連れて、この橋に向かってくれ。傷薬はいくらでも持っていっていいが、死守だ。何としてでも、やつらに橋を落とさせるな」
「承知した」
俺はシーマとミディア、マチスを見る。
「お前らはレナやリンダたちを守って南下しろ。ミディアとマチス、それから傭兵組は灯台に入ったら、そのまま南側へ抜けろ。南側の橋を確保して、やはり死守だ。南側の橋を確保できたら、北側は捨ててもいい」
「わかった。マケドニアは騎兵の国でもあるってところを見せてやる!」
マチスが宣誓するように言った。
そういやレナから聞いたんだが、パオラとカチュアがうちに加わったのが、マチスにはかなり刺激になったらしい。
マケドニアっていったら竜騎士団と天馬騎士団ってイメージだもんな。オレルアンを占領していたマケドニア軍は騎兵中心だったし、決して弱くはねえんだが。
ともかく、マチスの台詞でいくらか雰囲気は明るくなった。そうなることも狙っての台詞なんだろう。いい感じに成長している。
「私もアカネイアの騎士として、武勲を譲るつもりはない」
ミディアが対抗するように胸を張る。
あ、こいつら、カダインでは全然出番がなかったから戦意が溜まってるのか。二人とも、同盟軍の中じゃ唯一のマケドニア騎士と、アカネイア騎士だからな。
「グルニア軍の数は少なくねえ。無茶はするなよ」
二人にそう言ってから、俺はシーマを見た。こいつはさっきから黙ってるが、びびってるんだろうか。
「調子はどうだ?」
「問題ない。私の初陣の相手は、あなたたちだったからな。それに比べれば、数が多かろうと怖くはない」
言うねえ。いい度胸だ。何人かが好意的なふうに笑った。
雰囲気がよくなったところで、俺は全員を見回す。
「おっぱじめるぞ」
俺たちが行動を開始すると、それを待っていたかのように海の向こうのペガサスナイトたちがいっせいに飛び立った。
空が、ペガサスたちで白く染まる。
攻められてるんでなきゃ壮観な眺めだろうが、悪夢としか思えねえ。羽ばたきがここまで聞こえてきそうだ。
俺は海岸近くにいる。そばにいるのはアイルトンとカシムのハンターユニット。それからバヌトゥのジジイ。
そして、俺たちのまわりには一メートルの高さの台がいくつも置かれ、その上に薪が積んであった。
樽をぶら下げたペガサスナイトの軍勢がこちらへ向かってくる。やつらが十分に近づいてきたところで、俺は命じた。
「やれ」
ハンターたちが台の上の薪に次々と火をつける。大量の煙がたちのぼった。
煙の壁が、やつらの視界を遮る。ハンターたちがいっせいに矢を放った。
煙と煙のわずかな隙間から、次々にペガサスナイトたちが海へ落ちていくのが見える。
「ざまあみやがれ」
ミネルバたちが驚いていたからもしかしてと思ったが、この火攻めはマケドニアにとっても新戦術なんだろう。だから、せいぜい十数本の煙ぐらいで立ち往生する。動きが鈍る。
煙で視界を遮られているのはこっちも同じだが、なんといっても数が違う。
こっちは矢を射かけさえすれば当たる。しかも、四騎一組で運ぶ重量ってことは、二騎もやられたらバランスを維持できねえってことだ。
「どんどん射ろ! 射かけまくれ! 海をペガサスの死体で覆ってやれ!」
だが、ハンターが2ユニットしかいない悲しさ、やつらが立ち直るまでに倒せたのは、全体の二割未満ってところだった。数だけ考えれば大戦果なんだがな。
ペガサスナイトたちが、煙を迂回して左右から回りこんでくる。
「出番だ」
俺の言葉に、バヌトゥが火竜石から力を引きだして、火竜に変身する。
バヌトゥの咆哮が空に響きわたった。
驚く連中に、バヌトゥが炎を吐きかける。
ペガサスナイトたちは人馬もろとも炎に包まれて、一瞬で火だるまと化した。四騎一組で樽を吊り下げてるから、逃げようにも上手く逃げられねえらしい。ペガサスナイトたちは文字通り火の玉になって、次々に海上へと落下していった。
その間も、アイルトンとカシムは一斉射撃を続ける。ペガサスナイトの数はかなり減って、動きも鈍くなってきた。予想外の反撃に、どう動くべきか迷っているってとこだろう。
このへんが潮時か。バヌトゥの火竜石もそろそろやばい。
俺はアイルトンたちに合図を送る。海岸に沿って南へ駆けだした。
ほぼ同時に、ペガサスナイトたちが俺たちの上空で散開する。次々に樽と、それから松明を落としはじめた。あっちこっちから火の手があがる。
振り返れば、俺たちがさっきまでいた場所はもう火の海だった。そこだけじゃねえ、北からも東からも火の手があがってる。ハ○ウッドの撮影現場かよ。運悪く直撃したら一発でおだぶつだぞ、これ。
「急げ! ちんたらしてっと焼け死ぬぞ!」
とにかくアイルトンたちとカシムたちを急がせる。焦る。他の連中は無事か。
遠くを見れば、森がまるごと燃えてやがる。
「てめえの領土じゃないから、これだけ派手に燃やせるってわけか」
前方に樽と松明が大量に落ちた。炎の壁が噴きあがって、俺たちの前にたちふさがる。
バヌトゥが猛然と突進して炎の壁を蹴散らした。
「でかした!」
だが、そこで火竜石の効果が切れた。バヌトゥはただのジジイに戻る。俺はやむなくバヌトゥを背負った。しばらく休ませたあと、また火竜になってもらわないといけねえ。
火竜が消えたからだろう、ペガサスナイトたちが急降下して襲いかかってきた。俺は鋼の斧を振りまわして迎撃する。
バヌトゥを守る。アイルトンたちも守る。「両方」やらなくっちゃあならないってのが「親分」のつらいところだな。覚悟? うん、それどころじゃねえ。
「親分!」
アイルトンが俺の横に並んだ。顔を汗まみれにしながら、アイルトンは叫ぶように言った。
「親分はすげえよ! 誰にだって自慢できる最高の親分だ!」
「当然だろうが!」
火と煙の中を突破する。マチスたちの姿が見えた。向こうもこちらに気づいて合流する。
「状況は?」
「ワイアットがやられた!」
顔を煤だらけにしたマチスが答える。俺は愕然とした。
「樽がすぐそばに落ちたんだ。油まみれになったと思ったら、すぐに火がついて……黒焦げになった」
「くそっ」
吐き捨てた。ベテランの傭兵で、気の利くやつだった。初仕事はパレスに来たワーレンの商人たちを脅すってものだったが、しっかりこなしてくれた。ここでもこの先でも期待していたんだが……。
灯台と橋、その手前の小さな砦が見えてきた。
ミネルバたちが天馬騎士団や竜騎士団と戦っている。なるほど、ドラゴンナイトはここに突っこませてきたか。ミネルバたちはよく耐え、ペガサスナイトを何騎か倒してすらいたが、満身創痍だった。
「威嚇しろ。当てなくていい」
俺はアイルトンとカシムにそう命じる。ここで誤射だけは勘弁だ。
天馬騎士団と竜騎士団の一部が、俺たちに向かってきた。樽は吊り下げてない。正面からやりあおうって腹らしい。
「魔道士隊!」
俺の叫びに答えて、リンダとエステベスがそれぞれ魔法をぶっ放す。オーラの光がペガサスナイトを消し飛ばし、サンダーがドラゴンナイトを痛めつけた。
そうしてわずかな時間を稼ぎながら、マチスとミディア、シーマ、それに傭兵たちが壁を作る。そうして、アイルトンとカシムが今度は確実に射落とす気で矢を放った。ドラゴンナイトが次々に墜落する。
「回復を忘れるな! 灯台を占領するまでもう少し持ちこたえろ!」
俺はマリアにM・シールドを使わせると、背負っていたバヌトゥを押しつけた。
銀の斧は……まだ何回かはもつな、うん。
リカードと、肩で息をしているリンダを引きずるようにして、俺は灯台に向かった。リンダは自分に聖水を使いながら必死についてくる。頑張ってくれるじゃねえか。
「もう一踏ん張りだ。いけるな?」
「当然よ。この程度でへばってられないわ」
「いい返事だ。夜に褒美を弾んでやる」
リカードが扉を開ける。待ちかまえていた勇者部隊に、俺は手下どもを引き連れて飛びこんだ。灯台の奥に控えていたもう一つの勇者部隊も、急いでこっちへ走ってくる。
俺が銀の斧を振るい、リンダがオーラを叩きこむ。サンダーソードでの反撃がきたが、M・シールドで耐える。うわははは、その程度の稲妻で俺を倒そうとか百年早いわ! おかしなテンションになってるが、そうでもないとやってられねえ。
上から白い羽根が無数に舞い落ちてきた。まるで俺たちの勝利を祝っているふうだが、ペガサスナイトやドラゴンナイトまでどさどさ落ちてくるから気が気じゃねえ。
遠くを見れば、樽と松明を持った火攻め部隊がこちらに迫ってきている。
俺は急いで全員を灯台に駆けこませた。最後にミネルバたちが入り、リカードが内側から鍵をかける。とりあえず、こっち側はこれでいい。
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「アリティアの戦い」3
灯台を占領した俺たちだが、一息つく余裕はまだない。
南側は南側で、グルニア軍の騎兵部隊がいるからだ。かといって、灯台の中に立てこもったら、橋を落とされて完全に孤立する。
俺はミディアとシーマ、アーマーナイトの傭兵ワインバーグに橋の死守を命じる。死守とはいえ、アイルトンとカシムの援護つきだ。マチスも控えている。リブローもあるから、レナとマリアで使い回せる。ミネルバたちよりは楽だろう。
そのミネルバたちには、マケドニア軍に備えて海上で待機するよう言った。グルニア軍にはホースメンもいるから全然気が抜けねえ。
だが、グルニア軍がいる以上、マケドニア軍も火攻めはできない。さっきの戦いで分かったが、奴らはまだ樽の落とし方にも、火の制御にも慣れてねえ。この点はありがたい。
それに、この場所も悪くはない。北西にある四つの砦から遠いからだ。あっちの砦から出てくる援軍は、計算に入れずにすむ。
そうして指示を出し終えた俺は、バヌトゥを連れてチェイニーに会いに行った。
チェイニーは、客室を改造した牢屋に放りこまれていた。
「な、何だ、あんたは!? 海賊か?」
ずかずか入ってきた俺を、チェイニーは警戒の目で見る。だが、続いて入ってきたバヌトゥを見て、驚きの表情になった。
「バヌトゥの爺さんじゃないか。どうしてこんなところに?」
おお、やっぱり知りあいだったな。
「悪いが、感動の再会は後でやってくれ。こっちは立て込んでんだ」
俺はチェイニーの前に立つ。
「お前、竜族に変身できるよな? 火竜に化けることはできるか?」
ここでも前置きを省く。天馬騎士団も竜騎士団も、かなり討ちとりはしたが、まだ残っている。
こいつが何に使えるか、そいつは重要なポイントだ。
「あんた、何者だ?」
俺はチェイニーの前に握り拳を突きつけた。もうちょっと頭に血が上ってたら、胸ぐらを掴んでいたところだ。
「後にしろって言ってるだろうが。この灯台の外に放りだして、グルニアとマケドニアに始末させてもいいんだぜ、神竜族」
チェイニーは目を丸くして俺を見つめる。バヌトゥが言った。
「チェイニーよ。疑問はあるじゃろうが、今はこの男に力を貸してやってくれぬか」
「俺じゃなくて、バヌトゥやチキのためだと思え。それならやりやすいだろうよ」
「……わかった」
三秒ほどの間を置いて、チェイニーは頷いた。
「何をすればいい?」
まず俺は、火竜に変身できるかどうかを聞いた。
こいつの「変身」能力、「紋章の謎」では、システムとストーリーとで少しずれがある。
システム上では、竜どころか、そもそもチキやバヌトゥに変身することができない。変身の対象にできねえんだ。
だが、第二部十一章では、こいつはチキに化けてマルスをからかった。
そこに期待したんだが、チェイニーは首を横に振った。
「無理だ。俺に、竜石を使う力はない。バヌトゥの爺さんに化けることはできるが、それでも竜石を使うことはできない」
駄目か、ちくしょう……。竜石を使い回してバヌトゥとローテを組ませる夢は潰えた。
まあいい。次善の策はある。
日が暮れるころになって、敵もさすがに灯台から離れた。
ちなみに、灯台の北側の橋はマケドニア軍に落とされた。連中にしてみれば、俺たちを追い詰めたつもりなんだろう。後は南側の橋さえ奪えば、封じこめることができるからな。
だが、連中は分かってねえんだろうなあ。
こっちにゃ海賊がいるってことにさ。
真夜中を過ぎて、明け方までもう少しというころ。
俺は手下たちを連れて、灯台の北側から出た。
敵の目は灯台の南側に釘付けのようで、俺たちはひそかに海を渡って、あっさり王宮のある島にたどりつく。
島の南に向かい、この島と他の島を唯一つなぐ橋の前に立った。
頑丈な造りだが、木製だ。王宮の生命線なのに石造りじゃねえのかと思ったが、案外このあたりは洪水が多いのかもしれない。何らかの設計思想がありそうだ。
ともかく俺たちには都合がいい。
「やれ」
橋は盛大に燃えた。
俺たちは王宮前の砦を占領する。二つ並んだこの砦には、それぞれアーマーナイトとソシアルナイトが3ユニットずつ待機していたが、隊長級を全員牢屋に放りこみ、それ以外を外へ放りだした。もちろん武装は奪ってだ。
ジェネラルの一部隊が北から向かってきたが、返り討ちにする。
その時にはグルニア軍とマケドニア軍も俺たちに気づいていた。
グルニア軍は炎上する橋の前で立ち往生するしかねえ。マケドニア軍は空から向かってきたが、夜明け前とあって動きは遅い。
そして、俺たちの上空にミネルバが現れた。ただ一騎で。
夜目にも鮮やかなその姿は、マケドニア軍の注目を集めるのに十分だった。勇んで向かってくるマケドニア軍に対して、ミネルバはすばやく背を向けて北へと飛んでいく。
マケドニア軍はほとんど全軍でミネルバを追った。
それを待って、灯台に控えていた同盟軍が動きだす。俺が橋を燃やしたのは、やつらへの合図でもあった。
灯台の陰に潜んでいたミネルバとパオラ、カチュア、シーダが翼を羽ばたかせて、マケドニア軍に背後から襲いかかった。
最初に一人で姿を見せたミネルバは、チェイニーが化けた偽者だ。マケドニア軍はまんまと引っかかって、隙を見せた。
ミネルバの動きは上手かった。一撃を与えた後、すぐにパオラやカチュア、シーダにも命じて後退し、マケドニア軍を誘いこんだんだ。灯台近くで待ちかまえていたアイルトンとカシムの射程内に。
マケドニア軍は次々に倒れ、生き残ったやつも北へと逃げていく。
そのころには、マチスやミディア、火竜になったバヌトゥたちもグルニア軍と戦闘をはじめていた。グルニア軍にはパラディンが1ユニットいるのが少し気がかりだが、何とかなるだろう。
ミネルバたちとチェイニーが、俺たちのところへ降りてきた。その顔には緊張感がみなぎっている。一仕事終えたって顔じゃねえ。
「どうした?」
「ガザック殿、北西の敵が動きだしている。砦を出て、村の東側の海岸に向かっているのが見えた」
「東側の海岸……?」
十三章のマップを思いだす。
王宮があるこの島の北西部と、二つ並んでいる村の東の海岸。両者の距離は一マス分。たぶん、こちらの岸に立てば向こう岸が見えるだろう。
だが、距離が短いとはいえ海には違いない。それを渡る手があるってのか。
城の門を守るホルスタットを討ちとって、さっさと城内に突入したいところだったが、そうは問屋が卸してくれないらしい。
俺はシーダを手招きした。
「様子を見に行くぞ」
「わかりました」
疲れているだろうに、シーダは気丈に笑顔を見せる。
ミネルバたちを砦で休ませて、俺はシーダのペガサスに乗って北西の海岸に飛んだ。王宮の近くにいた司祭を、ついでとばかりに手斧で始末する。
東の空が明るくなってきている。夜が明けようとしていた。
海岸が見えてきた。
「げっ」
視界に飛びこんできた光景に、俺は呻いた。
対岸に、グルニア騎兵の大軍がいる。奴らは、漁師が使うような舟をいくつも並べて鎖でつなぎ、その上に板を置いて橋をつくっていやがった。もう半分近くできている。
ずるくねえ……? マケドニア軍だけならともかくグルニア軍までさあ。マケドニア軍に入れ知恵されたのか、それとも奴らの行動を見て影響されたのか。
「どうしますか、ガザック様……」
シーダも愕然としている。あの橋が完成したら、グルニア軍は一気に海を渡ってなだれこんでくるだろう。俺たちだけじゃひとたまりもない。
「砦に戻るぞ。俺たちは運がいい」
「運がいい……?」
「やつらはまだ橋を完成させてねえ。だから、まだ何とかできる」
「……はい!」
シーダが力強い返事をして、ペガサスを羽ばたかせる。
運がいいってのは嘘じゃねえ。ミネルバがいま見つけてなかったら、やばかった。
あれ、舟橋とか言ったっけ? 昔からある手だから、対処法ももちろんある。ぶっちゃけ空から火攻めされるよりはだいぶ楽だ。
砦に戻ってミネルバたちに見たものを説明する。ミネルバは難しい顔になった。
「舟を大量に用意して橋代わりにするというのは私も聞いたことはあるが……どうする?」
「一旦やつらに最後まで作らせた上で、ぶち壊す。お前らは敵を食い止めてくれ。ただ、敵にはホースメンがいる」
「分かった。騎士として、地上で迎え撃てばいいのだな」
ミネルバは頷くと、パオラとカチュアを連れて飛び立った。シーダとチェイニーは留守番だ。この砦を空っぽにはできねえからな。焼くのはもったいないし。
俺は手下たちとともに、砦の中にある舟と樽、油をありったけ持ちだした。灯台にも舟があったが、砦にも舟がストックされているのがアリティアって感じだ。
砦を出て、王宮の北西の海岸に向かう。グルニア軍が橋を作っている場所より少し上流を目指した。
海岸に着いた俺たちは、海流を大雑把に掴む。難しくなかったのは、腐ってても海賊だからだろう。流れはそれなり。勢いをつければ、やれそうだ。
俺たちは運んできた舟を海面に並べ、そのすべてに油でいっぱいの樽を積みこんだ。それから手分けして乗りこむ。
火攻めのお返しをしてやる。
「いいか! 敵の矢が届くところまでいったら、もう海に飛びこめ!」
手下たちに怒鳴って、舟を進ませる。ほどなくグルニア軍が見えてきた。
とりあえずにせよ、やつらは橋を完成させて、さっそく渡りはじめていた。対岸で、ミネルバたちが懸命に迎え撃っている。
俺たちに気づいたホースメンの一部隊が、弓をかまえた。
だが、遅い。
この時点で、俺たちの乗っている舟には十分な勢いがついている。
俺たちは樽に火をつけると、次々に海へ飛びこんだ。樽を乗せた舟は炎の塊となり、さらに勢いをつけて舟橋に向かっていく。
立て続けの轟音。舟橋が燃えあがり、海面が赤く染まる。すさまじい光景だった。
「火を消せ!」という叫び声がいくつもあがったが、馬に乗って細い橋を渡っているのに、そんなことをする余裕なんてあるわけがねえ。
混乱からぶつかり合いが起き、グルニア兵たちは馬もろとも海に落ちて、上がってこられずに沈んでいく。
広がる炎がグルニア兵を火だるまにし、舟橋を焼く。人間の悲鳴。馬の悲鳴。阿鼻叫喚とはこのことだ。やっぱ火はいいのう、伊勢長島を思いだすわい、ふははははは。
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「アリティアの戦い」4
橋が燃え落ちたことで、こちら側に渡っていた敵兵は孤立した。ミネルバたちが奴らを取り囲んで追い詰めているのが見える。
俺たちは泳いで海岸にたどりつくと、ずぶ濡れのまま、大の字になって地面に寝転がった。手下たちも同じだ。さすがに舟を運んで、漕いで、さらに泳いで、ってのはきつい。
東だけじゃなく、空全体が徐々に明るくなってくる。太陽をぼんやり眺めていると、足音がしてミネルバが現れた。パオラとカチュアも控えている。
「ガザック殿」
ミネルバは笑顔で俺のそばに膝をついた。あっ、この目はスイッチが入った目だ。
「やはり、あなたはすばらしい指揮官だ。あらためて感服した」
俺はむずがゆくなって、パオラとカチュアに視線で助けを求める。二人は複雑というか微妙な表情をしていたが、ミネルバを止める気配はない。
仕方がないので、ミネルバの太腿に手を伸ばした。ところが、触ったところでやんわりと手を押さえられる。ささやくように、ミネルバは頬を赤くしながら俺をたしなめた。
「部下の前だ。嫌ではないが、今は慎んでくれ」
おっ、可愛い。堂々とした態度を崩さないでいようとしているところが特に。
もうちょっとからかってやりたかったが、まだ戦いは終わってねえ。動ける程度には持ち直したしな。
俺は立ちあがった。手下たちにも号令をかける。
対岸から鬨の声が聞こえたのは、その時だった。何だ、まだ何かあるのか?
「パオラ! カチュア!」
ミネルバが緊張した表情で二人に指示を出す。三姉妹の長女と次女はすぐに頷いて、駆けていった。
「ペガサスで上空から様子を見てもらうのか」
「明るくなってきたからな。弓矢の届かないところからでも、見えるものはあるだろう」
ミネルバは答えた。俺たちは急いで舟橋をかけられていた場所まで走る。
対岸を見ると、戦いが繰り広げられていた。グルニア軍と、どこかよその軍がぶつかりあっている。
「もしかしたら、アリティアの人間ではないか」
ミネルバが考え深げに言った。
そういえば、アリティアの民をまとめているリーダーがいるはず、とニーナが言ってたな。
村を閉ざしていたのも、ただ俺たちに非協力的ってだけじゃなく、そういう態度をとることでグルニアを油断させていた、と考えることもできる。
パオラとカチュアが俺たちの前に降りてきた。
「どこの所属かはわかりませんが、民兵の集団がグルニア軍と戦っています」
パオラが慎重な口調で言った。ミネルバは納得したように頷く。
「民兵ということは、やはりアリティアの人間か」
「はい。それから、民兵たちの中にとても強いパラディンが一人いて、グルニア兵を次々に打ち倒しています」
カチュアが報告する。
へえ。ここでパラディンっていったら、あいつしかいねえな。
「あの二つ並んだ村の中に潜んで、チャンスをうかがっていたってわけか。で、グルニア軍が劣勢になったのを見て攻撃を仕掛けたと」
「そうだろうな。ガザック殿、どうする?」
ミネルバに聞かれて、俺は笑った。
「お前たちは、いつでも飛び立てるようにしておいてくれ。敵のホースメンが一騎残らず倒れたら、助けに行ってもいい。それまでは高みの見物だ」
それからまもなく決着はついた。民兵の集団がグルニア兵を蹴散らしたんだ。
そして、向こう岸から一艘の舟がこちらへ向かってくる。その舟には漕ぎ手を含めて四、五人の男がいたが、先頭に立っているのは、長い金髪の、遠目にも顔色の悪い男だった。
うん、アランだ。まとってる鎧には返り血がこびりついている。
やがて、アランたちはこっちの岸にたどり着いた。アランひとりだけが俺の前まで歩いてくる。腰には剣を差しているが、抜く気配はない。
ミネルバたちを警戒するように見たあと、アランは俺に言った。
「私はアラン。アリティア解放同盟のリーダーを務めています」
解放同盟? 何だそりゃ。
「俺はガザック。アカネイア同盟軍の指揮官だ」
ミネルバに代わりに名のらせようと思ったが、こいつだけならいきなり斬りつけてくることもないだろうと考えて、俺は名のった。
アランは険しい顔つきで俺を睨みつける。
「あなた、いや、貴様が……マルス王子を殺害したという、あのガザックか。破壊と暴虐と残忍さの象徴と呼ばれる……」
アランは息を詰まらせて、胸のあたりをおさえた。怒りをおさえてるんじゃなくて痛みをこらえてるんじゃねえか、これ。
「マルス王子を殺したのはたしかに俺だ。それは否定しねえ。だが、武器を持たない王子を一方的になぶったわけじゃねえぞ。戦場で、やるか、やられるかだった。おとなしく王子に殺されなかったのが悪いというなら、お前らと話すことは何もねえ」
突き放すように、俺は言った。だが、かつて騎士団の隊長だったこともあるというアランなら、理解できるかもという期待はあった。
「……だから、納得しろと?」
「好きにしろ。ただ、お前らの要求が何なのかは知らねえが、その怒りを我慢して交渉したいというなら、聞くだけ聞いてやる」
正直、相手をするのは面倒くせえ。そもそも、これってニーナの担当だろ。けど、あいつ今灯台の中にいるからなあ。呼びに行くの面倒だし。
アランは十秒近く迷っていたが、割り切ったらしい。俺でさえ心配してしまうほどの咳をときどきしながら、説明した。
「コーネリアス王とリーザ王妃が非命に倒れ、この地をドルーアの者どもに支配されてから、私たちは圧政に苦しんでいました……」
そういや王宮の玉座でふんぞり返ってる魔竜モーゼスって、罪のない多くの人々を殺した残虐な男って説明されてたっけか。
で、元騎士団長のアランは有志を集めてレジスタンス「アリティア解放同盟」を結成し、反撃の機会をうかがっていた。
なるほど、占領下のアカネイアでジョルジュがやっていたことを、ここではアランがやっていたわけか。
マルスの死を知らされても、コーネリアスとマルスの遺志を継いで圧政者を倒せ、という感じで、アラン達は何とか今までやっていた。
そこへ俺たちがやってきて、マケドニア軍とグルニア軍を蹴散らした。
今がチャンスとばかりに、アラン達はグルニア軍を叩き潰し、アリティアの独立のために接触を図ってきたというわけだ。
「王宮には、まだドルーアの者たちが残っているのでしょう。私たちも戦いに加えてくれませんか」
真っ青から真っ白になった顔で、アランが言った。意気込みは買うし、パラディンの加入はありがたいんだが、こいつ戦ってる途中で吐血しそう。英雄戦争後に病死したしな……。
ミネルバが「どうする?」と小声で聞いてきた。
「罠の可能性も考えられるが」
「……考えている時間はねえ。こいつだけ連れていく」
俺はそう答えると、アランを見た。
「俺たちはこれから王宮に突入する。一刻を争う事態だってのはわかるな? お前だけ来い。それで、ひとまずお前らの顔を立ててやる。詳しい話は王宮を取り戻したあと、ニーナ王女とやってくれ」
アランは頷いた。そこでまた咳きこむ。額に汗が浮かんでいた。
本当に大丈夫か、こいつ。この戦争中にぽっくりいくんじゃないだろうな。
王宮を奪還するまでつきあわせて、連れていくのはやめるか。アリティアをまとめるやつは必要だし、うん、そうしよう。
ミネルバたちに砦を任せ、俺は手下たちを連れて南の島に渡った。
海岸近くに、マチスの姿が見えた。馬に乗って、こちらを見ている。
どうやら、ここにいるグルニア軍はかたづけたらしい。
俺は軽く手を振って、マチスのもとへ歩いていった。
「おう、ご苦労さん」
俺は笑いながら言った。
「おたがいひでえ格好だなあ。こっちはだいたいかたづいた。あとは城門を守るジェネラルを討ったら城内に突入だ。今度は馬から下りたマケドニア騎士の戦いぶりを見せてもらうぜ」
マチスは俺を見ていない。
その顔は前を向いたまま、微動だにしなかった。
「王宮を取り返したら、褒美を弾んでやるよ。カシムやリカードとつるんで飲み明かすのもいいが、レナに何か買ってやったらどうだ。なあ、おい、何か言えよ……」
マチスは死んでいた。
顔も体も血まみれで、手に槍を持ち、馬に乗ったまま。マケドニア騎士の意地を見せつけるように。
戦いで乱れた赤い髪だけが、風を受けてそよいでいる。
「無茶はするなと言っただろうが……」
震える俺の声は、海岸を吹き抜ける風にかき消された。
成長率も低ければ、支援効果もない、通常なら二軍のバカ兄貴。
だが、オレルアンで味方にしてから、こいつは間違いなく主力だった。
他にソシアルナイトがいなかったから、騎兵が必要な状況ではこいつを使い続けた。そして、こいつはこいつなりに何度か死にかけながらも、役目を果たしてきた。
マケドニアで貴族としていいかげんな日々を過ごすはずだっただろう? お前なりにレナを心配して、守るつもりだっただろう?
なんで、こんなところで倒れやがった。
なんで、俺はこんなに悲しんでいる。
分かってる。こいつが戦友だったからだ。オレルアンから今日まで、同じ戦場を駆け続けてきたからだ。こいつの目の前でレナをからかって怒らせたことだって何度もあった。
こんなところで逝っちまうのか。
そのとき、マチスが乗っている馬がぶるるると鼻を鳴らした。
我に返った俺は、その馬を見つめる。こいつもぼろぼろだった。
「ああ……。ご主人様と一緒に埋めてやる」
俺は吐き捨てるように言った。
この南の島にいたグルニア軍はパラディンが1ユニット、ソシアルナイトが6ユニット、ホースメンが3ユニットだったんだが、マチスはそのパラディンと戦って、半ば相打ちになったのだそうだ。
それまでにマチスはナイトキラーを振るってソシアルナイトをかたづけていたんだが、火竜状態のバヌトゥが敵のパラディンから予想外のダメージをくらって怯んだのを見て、飛びこんでいったらしい。
ミディアやシーマ、傭兵組はホースメンやソシアルナイトの相手に手一杯で、マチスの援護にまで手が回らなかった。
「すまない」と謝ってきたミディアたちに、俺は手を振った。
「マチスが死んだのはお前らのせいじゃねえ」
俺のせいか、でなけりゃマチス自身のせいだ。戦争は好きじゃない、って、オレルアンでレナと再会したときに言ってたじゃねえか。
マチスの死体をララベルに任せると、俺はレナを呼んだ。
兄の死を告げられたレナは驚いたように目を丸くして、しばらくの間一言も発しなかった。やがてうつむいて「そうですか……」とだけ言った。
「お前にゃ悪いが、埋葬は後だ」
俺はそっけなく告げた。まだ王宮の中に敵が残っている。そして、レナを外したらマリア一人が回復治療に奔走することになる。傷薬も聖水もあるが、それでも不安は残る。
「……いえ、大丈夫です」
顔を上げて、毅然とした態度でレナは言った。
「みんなの傷を癒やすことが、何より兄さんへの手向けになりますから。マチス兄さんは、本当に、この軍を、みんなを、大切に思って……思って……」
最後の方は、ほとんど声になっていなかった。
俺はレナを抱き寄せる。身じろぎするレナの耳元にささやいた。
「俺がお前をこうするのなんて、いつものことだろうが」
不思議に思うやつなんていやしねえ。
レナは最初、耐えようとしていたみたいだったが、それもごく短い間だった。やがて、俺の胸の中ですすり泣く声が聞こえはじめた。
レナをマリアに連れていかせると、俺はニーナと会って状況を確認する。ミディアからも聞いてはいたが、ここの敵は一掃したということだった。
「王宮に向かうとして、橋をどうしましょうか」
「漁師が使う舟をかき集めろ」
グルニア軍が使った手を、さっそく使わせてもらうことにする。敵に、海賊と同じ精度で海流を読めるやつがいるとは思えねえしな。
灯台に残っていた舟をかき集め、縄や鎖でつないで、火竜状態のバヌトゥにまとめて運ばせる。こいつは楽でいい。
そうして俺たちは舟橋をつくり、王宮のある島に渡った。
「アカネイアの敗残兵ども、よく生き残っていたものだな。だが、このわしがいる限り、城には入らせぬぞ!」
王宮を囲む城壁の上に立って、ホルスタットは勢いよく叫ぶ。
俺はやつの口上を鼻で笑い、リンダとエステベス、それからカシムを呼んで攻撃を命じた。ホルスタットはキラーランス持ちだからな。接近戦は避けたい。
リンダとエステベスがエルファイアーとサンダーを叩きこむ。そうしてホルスタットの体勢を崩したところに、銀の弓を持ったカシムが矢を射放ち、ホルスタットの顔を貫いた。
「カミュ将軍、あとは頼んだぞ……」
そんな言葉を残して、ホルスタットは城壁から落ちた。
「突入する!」
俺の叫び声に、兵たちが武器を突きあげて応えた。
ガザック軍編成
ガザック シーダ アイルトン
海賊 カシム レナ
ニーナ リカード バヌトゥ
エステベス マリア ミネルバ
リンダ ララベル ミディア
ワインバーグ パオラ カチュア
シーマ チェイニー
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「海賊王・ガザック」1
俺たちが王宮に突入すると同時に、玉座の間に通じる扉が勢いよく開け放たれた。アーマーナイトの大軍が現れる。その後ろにはアーチャーの部隊もいた。グルニア兵だ。
ガチャガチャと甲冑を鳴らして、連中が向かってくる。
「出だしからたいそうな歓迎をしてくれるじゃねえか」
先手を打てれば、玉座の間の壁際にいる司祭たちを弓矢で射倒して、定石通りにメンバーカードとリザーブの杖を奪っていたんだがな。
まあ、このぐらいのことはしてくると思っていた。
俺はシーマと、アーマーナイトの傭兵ワインバーグを前へ出させた。奴らを食い止めてもらわにゃいかん。
狭まった廊下で、敵味方のアーマーナイトたちが激突した。槍と甲冑がぶつかりあう。それぞれの背後で、敵のアーチャーとこちらのハンターが矢を飛ばしまくる。
それにしても数が多い。モーゼスめ、援軍を逐次投入するんじゃなくて一気に押しだしてきやがったな。たしか、アーマーナイトが20、アーチャーが10ユニットだっけか。
「ガザック殿、いつまでも支えるのは難しいぞ!」
シーマが訴える。大軍ってのは見た目だけでプレッシャーがすさまじい。気が抜けないと思えば、疲労だっていつもより溜まる。
それに、いつまでもここに留まっているわけにもいかない。
俺たちがいる場所からは、右手、中央、左手の三方向に廊下が延びている。そして、右手からアーマーナイトの大軍が押し寄せているわけだ。
もちろん、中央と左手の廊下の奥にも敵は待ちかまえているので、ぐずぐずしていると三方向から攻められることになる。
俺は中央の廊下を進むよう、ミネルバとパオラ、カチュアに命じた。左手の廊下の方が狭くて有利に見えるが、宝物庫にいるスナイパーや魔道士に狙われるからな。
ちなみに城内の見取り図はアランに協力させて、かつ俺の知識で補完して作った。アランは北西の隠し通路についても知っていたので、かなり信頼されていたんだろう。
「このような形で、再び王宮に足を踏みいれることになるとはな……」
中央の廊下を進みながら、アランは感慨深げに言った。
地図を作る際に簡単に聞いたんだが、元騎士として、コーネリアスやリーザ王妃、さらにマルスやエリスのことについても責任を感じているということだった。
ようするに、背負いこみすぎる性格なんだな。こいつ。
解放同盟でも、最初はあまり重要な立場じゃなかったらしい。なぜ勇敢に戦わなかったのかと責められたこともあったとか。
だが、その責任感から必死に役目を果たしている間に認められ、リーダー的存在になってしまったんだそうだ。モーゼスの粛清で人材が底を突いていたという事情もあったにせよ、こいつはやっぱりパラディンになれるだけの人間ではあったんだな。
まあ、それで体悪くしてりゃ世話ねえんだが、俺がそれ言ったら間違いなくブチ切れるだろうな、こいつ……。いや、嫌いじゃないけど。
だが、やはりアランの相手はニーナに任せるべきだろう。
俺はアランから視線を外してマリアに声をかけた。
「今回、お前にはいつもより働いてもらうことになる。いいな?」
「うん、大丈夫! 精一杯頑張る!」
小さな両手を握りしめて、マリアは答えた。小声で付け加える。
「レナのこともちゃんとわたしが見てるから、ガザック様は戦に集中して!」
ああ、俺を励まそうとしてくれているのか。辛気くさい顔はしないようにしているつもりだったが……。頼もしいお姫さまだ。
「あ、あと、夜のお務めも頑張る!」
「意気込みだけもらっておく」
こいつがあまり危なっかしい言動をしないよう、今度ミネルバに言い聞かせておこう。
くっちゃべりながらも、俺たちは中央の廊下を後退するように進んだ。
襲いかかってきた魔道士の部隊は、ミネルバたちマケドニア勢が斬り捨てた。事前に聖水を使わせていたのでダメージもない。
ちなみにミネルバには、キルソードの他にサンダーソードも持たせてある。灯台を守備していた勇者部隊から手に入れたものだ。
「しかし、魔道士の数が少し多かったな」
増員されていたんだろうか。そんなことを考えていると、廊下の奥からスナイパーの一団が姿を現した。
こんなところにスナイパー?
そうか、モーゼスの野郎、兵の配置をいじったのか。
矢の雨がミネルバに襲いかかる。体に何本も矢を受けながら、ミネルバは耐えて踏みとどまった。重傷ではないが、軽傷とも言い難い。
「ミネルバ様!」
パオラとカチュアが左右からスナイパーたちに斬りかかる。その間に、レナがリブローでミネルバを回復させた。よし、いつもより動きは鈍いが、どうにか回復役はやれる。
一方、南側の廊下を埋めつくしながら、数の力で攻めてくるアーマーナイトどもだが、その中にアーチャーの部隊が混じりはじめた。
中央の廊下は、三つの部隊が並ぶことができるぐらいには広い。奴らは数を活かして、隊列を広げてきたんだ。
シーマとワインバーグはよく防いでくれているが、矢の雨を浴びて傷が目立ちはじめた。二人を援護しているアイルトンやカシムたちにも矢が飛んでくる。
さらに敵のアーマーナイトたちが、シーマたちの脇をすり抜けてこようとする。
アーマーキラーを持ったミディアや、解放同盟の騎士アランがそいつらを迎撃するが、とにかく敵の方が数は多い。しかも、急にしぶとくなった。一撃や二撃くらっても持ちこたえる。
「何があった?」
首を傾げていると、ワインバーグが言ってきた。
「敵は回復魔法を使っていると思われる。対処を願う」
リブローとリザーブか! しかし、目の前の敵の様子だけでよく分かったもんだ。大枚はたいて雇った価値があったぜ。
しかし、どうしたもんかな。これだけ矢が飛んでくると、うかつにリンダやエステベスを投入できねえ。すぐハリネズミにされちまう。
シーマに疲れが見えはじめた。まだ経験が足りてねえか。グラの籠城戦が初陣だったからな。
「チェイニー。出番だ」
「これだけこき使うんだから、どうして俺の力を知っているのかちゃんと説明してくれよ」
「してやるしてやる。生きて帰ってくればな」
チェイニーがワインバーグに変身して前に出る。シーマと交替した。
こいつはあまり長く使えねえ。変身が切れた途端に槍で刺されてお陀仏とかいうオチを避けるために、早めに下げる必要があるからだ。まあ、シーマが休むぐらいの時間は稼いでくれるだろう。そうでないと困る。
俺は傷薬を使っているミディアとアランを見た。アランは間違いなく強いんだが、早くもグロッキー気味で、ミディアに心配されていた。3分間しか戦えない宇宙人か、お前は。もう、難アリばっかだな、うちの軍は!
「ちくしょう、マチスやワイアットがいればもう少し楽なんだが……」
口の中でつぶやく。他のやつに聞かれちゃならねえ言葉だ。
ミディアとアランを下げて、手下たちとシーダを投入する。なんだかんだで戦わせちまってるから、シーダは戦士としてかなり成長していた。少しの間はもたせられるだろう。
まだ投入していない戦力としてバヌトゥがいるんだが、こいつは敵の火竜に備えて温存しておきたい。
少し休ませたシーマを、ワインバーグと交替させる。ワインバーグはだいぶ戦い慣れているが、だからこそ、こんなところでばてさせるわけにはいかねえ。
「ガザック様! 奥の廊下は確保しました!」
奥の廊下と中央の廊下を結ぶ場所から、パオラが叫ぶ。
うん? 火竜は出てこなかったのか? どこに配置したんだ。
俺は念のためにバヌトゥに火竜になってもらい、奥の廊下へ行かせた。
それから、魔道士たちとハンターたちに合図する。
「ぶちかませ!」
一度だけの、強烈な反撃。エルファイアーやサンダーがアーマーナイトたちに炸裂し、矢の雨が降り注いだ。ミディアたちもアーマーキラーを振るって先頭にいるやつらを斬り伏せた。
その勢いに、敵の動きが鈍る。俺はすかさず命じた。
「全員、奥の廊下へ走り込め!」
俺たちの意図に気づいて、グルニア軍は慌てて動きだす。だが、そのせいで左右の味方とぶつかりあい、混乱した。その隙に、俺たちは奥の廊下に逃げこむ。助かったとはいえないが、一息はつける。
俺はシーマとワインバーグ、それからチェイニーに引き続き壁となるよう命じ、奥の廊下を抜けて、宝物庫へ通じる広間に出た。そこにはミネルバとパオラ、カチュア、そして火竜状態のバヌトゥが待っていた。
「みんな、無事に逃げ切れたか?」
ミネルバに聞かれて、俺は頷いた。それから尋ねる。
「火竜を見たか?」
ミネルバたちは首を左右に振った。てことは宝物庫か。
「……ドラゴンがお宝を守るたぁ、ずいぶん古典的じゃねえか」
他にいるのは勇者と盗賊あたりか。俺はミネルバに言った。
「この場は任せる。俺はちょっくら宝物庫を見てくる」
「この状況で宝物庫を……?」
カチュアが眉をひそめた。パオラが妹の肩を叩いてなだめつつ、俺に聞いた。
「何か理由があるのでしょうか、ガザック様」
「宝物庫をおさえたって敵味方に教えてやるとだな、金や財宝目当てで戦ってる連中は、褒美の保証がされて奮い立つし、敵は焦るんだ」
パオラとカチュアが納得した顔になったところで、俺は嫌味な笑みを浮かべる。
「俺の場合は、海賊として略奪は欠かせねえってだけだがな」
ミネルバが呆れたようにため息をついた。
カチュアはむくれた顔で俺に何かを言おうとしたが、宝物庫のある方向を見つめて言葉を呑みこんだ。俺もカチュアから視線を外して、そちらへと目を向ける。
宝物庫から、敵の勇者が現れた。
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「海賊王・ガザック」2
その勇者の様子は、あきらかにおかしかった。
モブのくせに一人で1ユニット扱いってのは、まあ勇者なら分からんでもない。
だが、そいつは紫色の瘴気をまとい、殺意をみなぎらせた目で俺たちを見ていた。手にはいかにも不気味な、禍々しい作りの剣。はじめて見る剣だったが、その異様な雰囲気はどこかで覚えがあった。
はじめて見る……つまり、ここまで出てきたことのない剣……。
「あっ」
俺がその正体に気づいたとき、勇者は奇声をあげて襲いかかってきた。
この剣、デビルソードだ!
俺はパオラを突き飛ばし、カチュアを抱きかかえてとっさに床を転がる。
石の割れ砕ける音が響いた。
デビルソードは石の床を容赦なく斬り裂いた。深い亀裂が床に刻まれ、無数の破片が俺たちのところまで飛んでくる。とんでもねえ威力だ。あのまま立ってたら、俺とカチュアはそろってやられてたぞ。
カチュアをかばうように立ちあがって、斧をかまえる。
勇者が俺を睨みつけた。どす黒い殺意。狂気に満ちた顔つき。
なるほど、デビルアクスを持ったときの俺ってこんな感じだったのか。そりゃハーマインもびびって悲鳴あげるわ。
あの時の俺は、ハーマインをあのごつい鎧ごと両断した。
となれば、こいつの攻撃を武器で受けるなんてのはもってのほかだ。
カチュアが両手で剣を握りしめて俺の隣に並ぶ。
「この男は、いったい何ものなんですか……?」
そうか、まあ普通は知らねえよな。俺は、離れたところにいるミネルバやパオラにも聞こえるよう大声で叫んだ。
「むやみに斬りかかるな! こいつが持っているのはデビルソードだ! 一撃で仕留められなかったらやられるぞ!」
声に反応したのか、勇者が床を蹴って俺に迫る。さすが勇者だけあって速い。
そのとき、どこからか飛んできた稲妻が勇者を襲った。ミネルバのサンダーソードだ。
動きが止まったその瞬間に、俺とカチュアはそれぞれ左右に飛んだ。
手斧を投げつける。勇者の脇腹をかすめたが、奴はひるみもしなかった。もしかして痛覚が麻痺してるのか?
勇者が俺に向かってくる。
ぎりぎりまで引きつけ、床を転がる。斬撃を避けたつもりだったが、肩から鮮血飛び散り、鋼の斧を弾き飛ばされていた。手が痺れている。骨をやられなかっただけマシか。
床に落ちた鋼の斧を見れば、刃の部分が真っ二つになっていた。予想通りとはいえ、背筋が寒くなる。
パオラやカチュアはもちろん、ミネルバとも戦わせられねえな……。
俺は立ちあがって、勇者と向かいあいながらじりじりと右へ移動した。虎の子の銀の斧を、左手で握りしめる。あと1回ぐらいかな、これ。
痺れたままの右手で乱暴に手招きをして、勇者を挑発する。獣のように咆えながら、勇者が俺に斬りかかってきた。
大振りの一撃を、俺はおもいきり後ろへ飛んでかわす。かすっただけでも体を持っていかれそうな、強烈な斬撃。
さらに二撃目、三撃目とかわしたが、そこで壁際に追い詰められた。勇者が正面から突っこんでくる。俺は笑った。
「くたばりやがれ」
バヌトゥの吐きだした炎が、横合いから勇者を襲った。
炎に包まれながらも、勇者の動きは止まらない。だが、さきほどまでより鈍くなっている。痛みは感じていないだろうが、体がついてこないんだろう。
「デビルソードに支配されてなければ、こんな見え見えの誘導に引っかかることもなかっただろうな」
ミネルバがサンダーソードで追い討ちをかける。
そして、俺は銀の斧を叩きつけた。勇者の首が宙に飛び、床に転がる。同時に銀の斧の刃が大きく欠けた。壊れたんだ。グルニアでハマーンが手に入るまで、我慢か……。
だが、一息つく暇はなかった。
宝物庫から、盗賊がわらわらと四人現れる。こいつらも全員デビルソード持ちだ。
この王宮を支配しているモーゼスが残虐な男だという話を思いだす。やつにとっては兵士なんざ使い捨てだ。むしろ積極的にデビルソードを持たせたんだろう。
パオラとカチュアはそれぞれキルソードをかまえたが、緊張でガチガチだ。動きが硬い。
「びびるな!」
俺は鉄の斧を肩に担いで一喝した。
「たしかにデビルソードはおっかねえ! だが、あれを持っているのはただの盗賊だ! 斬られる前に一撃で仕留めちまえば問題ねえ!」
デビルソードやデビルアクスは、勇者や蛮族が持つからこそ怖い。その時はもう、弓矢か魔法の出番だ。
だが、盗賊ならそこまで怖くはねえ。こいつらなら対処できる。
俺の言葉に、すくんじまっていたパオラとカチュアは気を取り直す。ミネルバも、剣をキルソードに持ち替えて二人に並んだ。
こいつらが冷静さを取り戻せば、盗賊なんて敵じゃねえ。俺を含めた四人であっという間にかたづける。
そこに火竜が現れたが、予想していたバヌトゥがすばやくおさえこんだ。カチュアが武器をドラゴンキラーに持ち替えて、敵の火竜に斬りつける。
火竜は断末魔の悲鳴をあげて倒れた。
奥の廊下に戻って、宝物庫を確保したことを告げると、カシムとエステベス、ワインバーグが真っ先に喜びの声を上げた。
「宝物庫を占領したぞ!」
「ここの財宝は俺たちのものだ! 残念だったな!」
傭兵達が、敵に向かって口々に叫ぶ。さすが戦が上手い。
焦り出す敵を見ながら、俺はミディアに状況を尋ねた。
「ワインバーグがよく防いでくれている。それと、あのチェイニーという男はいったい何なんだ? 変装などではなく、文字通り化けているようにしか見えないが。武具まで……」
ああ、チェイニーのことは数人にしか説明してなかったな。面倒で。
「夜のベッドの中でなら教えてやる」
俺がそう言うと、ミディアはあからさまに憮然とした顔で「ならばいい」とはねつけた。
俺はワインバーグのそばまで歩いていき、敵の様子をそっとうかがった。
アーマーナイトとアーチャーの入り混じった大軍。一度、強烈な反撃をしてやったとはいえ、まだまだ数は多い。簡単に押し返せる状況じゃない。
だが、敵の隊列に乱れが見える。焦りだけじゃないな、こいつは。
数で勝っているせいだろう。俺たちを舐めている。強引に押し切れば勝てると踏んでいる。
チャンスだ。
「もう少し踏ん張ってくれ」
ワインバーグにそう言って、俺はその場から離れた。マリアとシーマを呼んで、考えたことを話す。シーマは顔を輝かせた。
「分かった。ぜひやらせてくれ」
「もし予想外の敵が出てきたら、防御に専念しろ。こっちも一気に攻勢に出るし、やばいと分かったら同じ手で援軍を送る」
俺が言うと、シーマは頷いた。俺はさらにミネルバやミディア、リンダを呼んで、作戦を説明する。狭い廊下で、俺たちは慌ただしく動きまわった。
「いくぞ」
俺の言葉に、マリアはワープの杖を握りしめる。この王宮で手に入った財宝の一つだ。
ワープの杖の力で、シーマがグルニア軍の背後に現れる。
突然出現したシーマに、グルニア軍は慌てふためいた。
「我が名はシーマ! グラの名誉のために槍を振るう者なり!」
シーマは鋼の槍を振りまわして、アーチャー達を次々に薙ぎ倒す。
もちろん反撃に出たグルニア兵もいるが、一撃や二撃でシーマを倒せるようなやつはいない。シーマはその厚い装甲で猛反撃を耐えきり、再び槍を振るってアーマーナイト達を突き倒す。
俺たちも反撃を開始した。奥の廊下に迫っていたアーマーナイトの集団に、リンダとエステベスが魔法を叩きこんで吹き飛ばす。そうしてできた空白地帯に、ワインバーグと、ワインバーグに変身したチェイニーが飛びこんだ。
アイルトンとカシムが弓矢で支援し、ミネルバたちが入れ替わり立ち替わりアーマーキラーを振るって敵兵の数を減らしていく。
ちなみにアランはバヌトゥと一休みだ。まあ頑張れそうなんだけど、ちょっと不安だし。
逃げ惑うグルニア兵たちを、俺たちは容赦なく叩きのめしていく。
ほどなく、グルニア兵たちは逃げ散っていった。
連中の死体を踏み越えて、俺たちは玉座の間へと向かった。
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「海賊王・ガザック」3
玉座の間に突入する前に、敵の司祭たちとスナイパーを弓矢と魔法でかたづける。
俺は玉座の間をそうっと覗きこんだ。
奥の方に、青みがかった鱗に覆われた巨大な竜がたたずんでいる。モーゼスだ。
「あれが魔竜か……」
俺のすぐ後ろで、同じく玉座の間をうかがっているミネルバが息を呑んだ。ミネルバだけじゃない、ほとんど全員が緊張しているのが分かる。
魔竜ってここで初登場だからな。火竜はがっしりした体格をしているが、魔竜は全体的に細身でスマートだ。
そして、モーゼスの前に四人の騎士がいる。遠目にもわかるのが、四人ともデビルソード持ちってことだ。いやな野郎だな、モーゼス。
「あれは……」
その騎士達を見て、アランが目を見開いた。
「アリティアの騎士たちです。あんな真似をするとは……!」
「何とかしてやる余裕はねえ。全員殺すぞ」
俺は冷淡に言った。騎士ならそこそこだろう。少なくとも盗賊と同列には扱えない。俺はアランを見た。
「戦えないってんならモーゼスに集中しろ。でなけりゃここで待機だ」
「いや……。戦います。私の務めです」
「そうかい。まあ、数が多すぎるから俺たちもやる。いいな?」
何か、アランが解放同盟のリーダーになっちまったの分かる気がする。こうやってストレス溜めていくんだろうなあ……。
俺は魔道士たちとハンターたちに下がるよう言った。
「モーゼスは魔法を受けつけねえ。騎士だけでやる」
デビルソード持ちの騎士には通じるけど、うっかり仕留め損ねたら一撃でやられるからな。それはちょっと怖い。
シーマとワインバーグもここで待機。これ以上伏兵はいないと思うが、万が一に備えてレナとマリアを守ってもらう。
ミネルバ、パオラ、カチュア、ミディア、ミネルバに変身したチェイニー、そしてアランに俺を加えた七人で突入することにした。
俺以外の全員にドラゴンキラーを持たせる。アランの分は、マチスに渡す予定だった分だ。さらに聖水も使っておく。
「行くぞ!」
俺が先頭に立って飛びこむ。ウォームが飛んできた。やっぱり、モーゼスのそばに司祭が潜んでいやがったか。だが、聖水のおかげでダメージはない。
パオラたちが俺を追い越してモーゼスへと駆けていく。
「ふふふ……人間どもよ、のこのこと死ぬために現れたか。わしはメディウス皇帝の第一のしもべ、バジリスクのモーゼスじゃ」
モーゼスが咆えた。玉座の間が震動するほどの迫力。恐ろしい威圧感。そして、四人のアリティア騎士がデビルソードを振りあげて向かってくる。
俺たちは散開した。俺とアラン、パオラとミネルバに騎士達が襲いかかってくる。狂気に満ちた顔。分かっちゃいたが、何を言っても無駄だ。
大振りの一撃を避け、こちらの一撃で仕留める。ミネルバとパオラもそうした。
アランはデビルソードをかわしながら懸命に呼びかけ、無理だと悟ると、その騎士の右腕を斬り飛ばした。デビルソードを持った手が、血の尾を引いて床に転がる。
これには俺も一瞬期待したが、その騎士の顔つきも、まとう瘴気にも変化は起こらなかった。
その騎士は唸り声を上げながら、自分の右手が握ったままのデビルソードを拾いあげ、アランに斬りかかる。
「……許せ」
アランはその騎士の首を刎ねた。
モーゼスが咆えた。違うな、笑ってやがる。いちいち癇にさわるヤローだ。
カチュアとミディア、チェイニーがモーゼスに迫る。
モーゼスは金色の炎を吐いた。それを避けたところへ、長い尻尾が唸りを上げてカチュアたちを薙ぎ払う。更に、倒れたミディアに前脚を叩きつけようとした。
ミディアはとっさに横に転がりながら、ドラゴンキラーで前脚を打ち払う。黒い血が飛んだ。
俺は胸を撫で下ろしつつ、緊張が高まるのをおさえられなかった。
ゲームの魔竜は守備力と魔法防御が高い以外はたいしたことなかったはずだが、こいつは手強い。
玉座の間の外からリブローが飛んで、カチュア達を回復させる。俺たちは七人でモーゼスを取り囲んだ。
だが、モーゼスはしぶとかった。炎や尻尾を牽制に使い、前脚を叩きつけたり、爪で引き裂こうとしてくる。また、蛇が不意に首をもたげて獲物に食いつくように、隙あらば噛みつこうとすらしてきた。
かといって牙や爪ばかり警戒していると、炎や尻尾で不意打ちをされる。戦いは思った以上に長引き、変身の解けたチェイニーが一旦離脱して体勢を立て直さなければならなかった。
ちなみにウォームを使ってきた司祭だが、気がついたらモーゼスの尻尾攻撃で壁に叩きつけられて死んでた。敵味方おかまいなしかよ。
魔法が効けば隙を作れるかもしれねえが、効かねえしな。弓矢……。パルティアはニーナに預けっぱなしだしなあ。
そこまで考えたとき、俺は一つの手を思いついた。これから先に試そう。
俺は呼吸を整えながら、慎重にモーゼスとの距離を詰める。
「そういや、お前、何て言ってたっけ? メディウスの第一のしもべ、だったか?」
火のブレスが届かない範囲で、俺は鉄の斧を肩に担いで、余裕たっぷりにモーゼスを見上げる。こっちは色々あって怒りが溜まりに溜まってるしな、多少発散させてもらう。
「それなら、メディウスがなんで戦いを始めたのか、もちろん知ってるんだろうな」
モーゼスは乗ってきた。小馬鹿にするように吐き捨てる。
「知れたこと。貴様ら人間どもを根絶やしにするためよ」
「じゃあ、なんで人間を根絶やしにしようと思った? もちろんそれも知っているよな」
俺がことさらに冷笑を浮かべて聞くと、モーゼスは黙った。
ミネルバ達は不思議そうな顔をしている。まあ黙って見てろ。
「あれれー? お返事が聞こえてこないぞー? まさか知らないなんてことはねえよな。同じ魔竜族のゼムセルは知ってるのに、メディウス皇帝の第一のしもべが知らないわけはねえよなー」
十九章のボス、魔竜のゼムセルはこう言っていた。「この大地はすべて我らのものだった。それを侵したのは、お前達人間なのだ」と。
モーゼスの声に怒りがにじんだ。
「……貴様、なぜ人間ごときがゼムセルの名を知っている?」
「それより答えろよ。なんで、メディウスは人間を根絶やしにしようとしたんだ」
モーゼスは答えない。両目を鋭く光らせ、ブレスを吐きだした。
だが、怒りのせいで直前のモーションが大きすぎる。バレバレだ。俺は余裕でかわす。
そして、パオラとカチュア、それからアランがドラゴンキラーを手に走った。さすが歴戦の戦士たち。隙は見逃さねえな。
モーゼスの前脚に斬りつける。黒い血が飛び散って、モーゼスが悲鳴をあげた。尻尾を振りまわしてパオラを吹き飛ばす。マリアがすかさずリブローを使って、パオラの傷を癒やした。
「貴様ら……!」
モーゼスが咆える。俺は斧を振りまわしながらブレスが届かないギリギリの距離で挑発する。モーゼスの目は俺しか見てねえ。
カチュアとアランが下がるのを待って、ミネルバとミディアが突撃する。二人は後脚に斬りつけた。
モーゼスが体勢を崩して横転する。それでも前脚を振りまわして、ミディアをはね飛ばした。
ミネルバはミディアを気遣いながら、すぐに後退する。そこへ、呼吸を整えたカチュアと、それから俺が襲いかかった。モーゼスの背中をドラゴンキラーと鋼の斧で斬りつける。
モーゼスは怒り狂い、なおも暴れ、ブレスを吐き散らしたが、ますます動きが雑になっているので俺たちにはほとんど当たらない。そして、ミディアやアランがモーゼスの腹や腰にドラゴンキラーを突きたてはじめた。
アランの動きは大胆で、俺から見ても無謀なほどだったが、それだけに一撃一撃が力強く、モーゼスの生命力を確実に削りとっていく。
黒い血溜まりの中で、少しずつ、少しずつ、モーゼスの動きが弱々しくなっていく。
「グフッ」
モーゼスが黒い血を吐きだした。
「ヤルナ……ダガ、ソノテイドデハ……メディウスサマハ、タオセヌ」
やがて、力尽きたモーゼスの首がかくんと床に落ちた。動かなくなる。
魔竜の巨躯が、紫がかった煙に包まれる。
その煙が消えると、老人の死体が横たわっていた。
「これがマムクートか……」
アランが驚きを隠せない顔でモーゼスの死体を見下ろす。俺はアランに声をかけた。
「気持ちは分かるが、マムクートじゃなくて竜族と呼んでやってくれねえか」
アランは眉をひそめた。
「あなたがたの味方に対して言ったわけではありませんが……」
「それでもだ。お前、日常的に半病人と呼ばれてえのか」
アランの敵意を買うことになっても、ここは聞き流してすませるわけにはいかねえ。俺個人の感情だけじゃない、今後の方針にも関わってくる。
アランは体ごと俺に向き直った。
「私としては、この者の首を王宮の門の前に晒したいぐらいなのですが……」
「解放同盟とやらの力だけで王宮を取り戻したと思うなら、そうすりゃいいんじゃねえか」
俺とアランは睨みあう。
「……あなたは、敵に敬意を払う性格には思えない。なぜ、そこまでするのですか?」
「勘違いするなよ、半病人」
俺はせせら笑った。
「お察しの通り、俺はこいつに敬意を払っちゃいねえ。払う気もねえ。だが、役に立っているやつに気を利かすのは、大将の仕事の一つだ」
アランは離れたところにいるバヌトゥを一瞥した。ため息をつく。
「……では、何と呼べばいいのですか」
「竜族だ。呼び慣れれば、こっちの方がはるかにいいぜ」
その後、王宮に、アリティアとアカネイアの軍旗がいくつも掲げられる。
それが勝利の証であり、知らせだった。
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「海賊王・ガザック」4
この4が他より長くなりましたが、どうしても一話にまとめたかったのでそうさせていただきました。読みづらかったらごめんなさい。
そして、すみません。再び書き溜めに入るので、次の更新は10月予定にさせてください。ラーマン神殿はともかくカミュとかもうどう戦うのって感じのアレで……。
あと感想はもう全然返事を書く余裕がなくなって申し訳ない限りですが、すべて見ています。ありがとうございます! 伊勢長島云々はドリ○ターズの台詞でそれ以上の意味はないやで!
最初、レナは自分一人でマチスを埋葬すると言ったんだが、俺はカシムとリカードを手伝いに行かせた。ワイアットは、エステベスとワインバーグが埋葬した。
その間にニーナはアランと会い、今後のことを話しあった。アカネイアはアリティアの復興を承認し、支援を約束し、アランをアリティア総督として統治を任せることになった。無事にエリスを救出できたら、エリスがアリティアの統治者になる。
その夜、王宮では盛大な宴が催された。
ドルーアの連中が王宮に蓄えていたので、酒も肉も小麦も大量にあった。
厨房で作ってちゃ間に合わねえから、鍋を持ってきて肉と小麦をてきとうに持っていって各自で好きにやれって感じだ。パンを焼いてかじるやつもいれば、粥みたいなのをつくってすすっているやつもいる。
何せ、長年の圧政からの解放だからな。王宮の中でも外でも、町のある島でも、あっちこっちで誰かが楽器をかき鳴らしたり、下手な踊りを踊ったりしている。焚き火だけで、王宮のまわりも町も昼並みに明るかった。
アリティア解放同盟の連中とのお話はニーナに丸投げして、俺は王宮の外で手下たちと酒を飲んでいた。マルス殺しの俺が、やつらの前に出るのはあまりよくないしな。
たくさんの焚き火の上では、鍋がぐつぐつと煮えたぎっている。肉に野菜に魚を適当にぶちこんで塩で大雑把に味つけをしたものだ。まあ宴だから何でもうまい。
ミネルバ達が混じったり、カシムとリカードが飛び入り参加したり、説明説明うるさいチェイニーをあしらったり、エステベスやワインバーグも顔を出したりして、俺たちは飲み、歌い、騒ぎ続けた。
レナはひとりで神殿にこもっているらしい。明日か明後日にでもシーダに連れださせるか。
真夜中になったころには、さすがに騒ぎ疲れたのか、だいぶおとなしくはなった。
まだ焚き火はほとんど消えてねえし、騒ぐ声もかすかに聞こえるが、その程度だ。
俺のまわりには、手下たちだけが残っている。他の連中はどこかで休むか、まだ飲んでいるんだろう。酒も料理もまだまだあるから、俺たちはだらだらと酒を飲み、肉をかじっていた。
「親分」
不意に、真面目な声が聞こえて、俺は我に返った。
見ると、アイルトンがいつになく真剣な顔で俺を見ている。何だ、こいつ。いきなり。
「親分、大事な……大事な話があるんだ」
姿勢を正し、両手を膝の上にのせ、緊張した顔でアイルトンは言った。俺は視線を左右に泳がせて、水瓶を見つけて立ちあがる。青銅製のジョッキで水を汲んで一気に飲んだ。
それから、アイルトンの前に座り直す。
「何だ」
そのとき気がついたんだが、アイルトンだけじゃねえ、俺たちを囲んでいる手下のほとんど全員が、やはり緊張した顔で俺を見つめている。何だ、これ。
アイルトンは俺をまっすぐ見つめて、ためらうように十秒近く間を置いたが、何かを決意した目で、はっきりと言った。
「親分、俺……いや、俺たちは、軍を抜けたい」
時間が止まったような気がした。もちろんそんなことはなく、アイルトンは続けた。
「ガルダに帰りたいんだ」
………………は?
俺の手から、ジョッキが落ちて地面に転がった。
えっ? え? えっ?
何だって? えっ? さっきからえっ、ばかり言ってるぞ、俺。落ち着け、俺。
「そいつは、どういうわけだ」
俺の声は、自分でも驚くほど低かった。かすれて、力に欠けていた。死霊みたいだった。酒のせいだと思いたいが、違うんだろう。
アイルトンはびくっと肩を震わせた。だが、自分を奮い立たせるように首を激しく振って、空を見上げた。
「見てくれよ、親分。この空を」
俺は空を見上げる。月と、そして満天の星が輝いていた。吸いこまれそうな夜空。
だが、それは俺に何の驚きも感銘も与えなかった。
アイルトンは必死に声を絞りだす。
「ガルダの夜空とは、全然違う。たぶん、同じ星なんて一つもありゃしないんだ。一つも」
何言ってんだ。
ガルダを発ってから何ヵ月たったと思ってる。季節だって変わってるはずだ。同じ星がねえなんてのは、てめえの錯覚だ。朝までかかってでも天動説を教えてやろうか。
そんな言葉が俺の胸の中に浮かんだが、口をついて出たのは一つもなかった。
アイルトンの言いたいことは、そんなことじゃねえ。それぐらいは俺だって分かってる。
「飯だってそうだ。この飯はうまいよ。麦の粥も。パンも。肉も。魚も。でも、ガルダの食いものと違う。匂いも、味も。料理の仕方だけじゃない。そのものが違うんだ」
まわりに残っている料理を、アイルトンは見回した。
ガルダの味。もう覚えていない、俺の知らない味。
「それに」と、手下達の誰かが言った。
「親分、最近はガルダのころの話を全然しなくなってさ……」
「おい」と別の誰かがたしなめて、そいつは口をつぐんだ。
だが、たしなめたやつも、決して否定的ってわけじゃなかった。代表として話しているアイルトンの邪魔をするなって感じだ。
アイルトンが身を乗りだして言った。
「親分はいつも前だけを見て、迷わないで、どこまでもまっすぐ進んでいってさ……。親分はすげえよ。本当にすげえ。誰にだって自慢できる最高の親分だ。だけど、だけどよう……」
その台詞は最近も聞いた。アイルトンの本心なんだろう。表情でわかる。
だが、あの時と、どうしてこれほど違って聞こえる。誇らしげというだけじゃなく。
前だけを見て。迷わないで。
誰だよ、そいつ。俺じゃねえよ、少なくとも。
だが、そうか。
お前たちからは、俺はそう見えていたのか……。
「時々、俺たちは途方に暮れちまうんだ。いったい、親分はどこまで行くんだろうって。ドルーアを倒したら帰るってのは、なんべんも聞いたぜ。でもさ、何て言うか、まるでガルダに戻る気がないみたいに、西へ、西へ、西へって……」
アイルトンの声には不安が混じり、涙が混じっている。
「いつか、親分は地図の外まで行っちまうんじゃねえか、って……」
俺は一言も発さず、アイルトンの言葉を聞いている。
こいつらとの、これまでのことを思いだしていた。
できるかぎりのことをしてきた。褒美もやった、女も用意した、飯だって食わせてきた。文字通り同じ釜の飯を食い、酒を飲み、肩を組んで騒いだ。血を流してきた。
だが、故郷について考えたことはほとんどなかった。
俺にとって、ガルダはただのスタート地点でしかない。
さっき、誰かが言ったように、話したこともほとんどない。それどころか、記憶にもうわずかしか残ってない。
本当のガザックなら、違ったのだろう。
アイルトンの顔にも、声にも、俺に対する敵意や不満、反感は感じられない。手下たちからも。
これが敵意や不満なら、まだよかった。待遇改善の要望ならどれだけマシだったか。聞いてやることも、ねじふせてやることもできた。
だが、違う。
こいつらの顔に浮かんでいるのは郷愁だ。
生まれ育った村や町を飛びだし、家族のもとへも帰れないお尋ね者が、俺たちだ。
その俺たちの数少ないよりどころ。故郷。
故郷への思いが、俺に従う気持ちを上回った。上回っちまった。
ふと、ヴィクターのことを俺は思いだした。勇敢なサムシアンの戦士。
「親分に従って、ずいぶん遠くに来たもんだなあって思ってよ。サムスーフ山で生まれ育ったこの俺が、だぜ。あのころは、あの山から離れることはねえ、って思ってたんだが」
アカネイアについて間もない頃だった。あいつがあんなことを言っていたのは。
あのしっかりした奴でさえ、サムスーフ山からアカネイアまでの距離で、そんなことを思っていた。
アイルトンたちが歩いてきた距離は、それ以上だ。
大陸の東の端のガルダから、アカネイアより更に西。
しかも、ずうっと歩いてきた。歩き続けてきた。
風景の変化を見ながら。星々の変化を見ながら。
遠くへ来たという実感は、俺なんかよりもはるかに強いものだったろう。カダインの砂漠で見せた疲れは、肉体的なものだけじゃなかったんだろう。俺は、今の今まで、アイルトン達に言われるまで、それに気づいてやれなかった。
あと少しだ。
グルニアへ行って、マケドニアへ行って、テーベに飛んで、それから……。
本当に、あと少しなんだ。あと少しで終わるんだ。
だが、そう説得しても、こいつらがついてくるとは思えなかった。こいつらだって、それは分かっているはずなんだ。地図を見せながら何度も語ってきたんだから。
あと少しというところまで来たから、ついに力尽きちまった。そういうことなんだ。
「マチスやワイアットのことがあったばかりで、こんなことを言うのは申し訳ないと思ってる。どう言われても、いや、殺されたって文句を言えねえ。そんなことは分かってるんだ。分かってるんだけど……」
「……ガルダに帰って」
ようやく、俺は声を出した。しわがれた、ジジイみたいな声だった。
「ガルダに帰って、どうすんだ?」
「できれば」
アイルトンは目を輝かせて言った。
「できれば、やり直したいと思ってる。海賊に戻るの、親分だって賛成じゃないだろ。だから、とりあえずは漁師からはじめてさ。真面目に生きたいと思う。ガルダの隅っこで畑を作ったり、森の中で薬草を採ったり……」
ばーか。
なに甘いことぬかしてやがる。
セカンドライフやスローライフなんてなあ、一握りの金持ちか、小説家にな○うの中でしか上手くいかねえんだよ。
だいたい、タリスの民にとってはお前らは海賊のままなんだぞ。それが急に改心しました、やり直しますって、信じてもらえるわけねえだろ。マルス達に協力していた民兵、タリスの人間じゃねえか。それを蹴散らしたんだぞ、俺たちは。
真面目に生きるって心がけだって、いつまでもつか。ガルダに戻って十日もしたら、海賊の方がよかったとか言いだすぞ。俺についてきた方が絶対にいい。断言してやる。
しかし、それらの愚痴や恨み言も、俺の口からは出てこなかった。
こいつらは馬鹿だ。どうしようもない馬鹿で、ろくでなしだ。
だが、ちゃんと見てやれば、問題を起こさなかった。根性も見せてきた。
今日までの間に、ガルダにいた頃の、ただの海賊じゃなくなったはずだ。
今回のことだって、よくよく考えてのことなんだろう。
むしろ、悩み続けてここまで来ちまったんだろう。悩まなければ、それこそパレスあたりで言っていたんじゃないか。
「わかった」
適当な酒瓶を引き寄せ、そのまま飲みながら俺は言った。
「お前たちはガルダに帰れ。いいか、タリスの民に迷惑をかけるな。俺が帰ったときに、そんな姿を見せてみろ。ただじゃすまさねえからな」
明け方まで、俺たちは飲み明かした。
ガルダの話を、ガザックの昔話を、アイルトンたちの話を、俺はたくさん聞いた。
そして、あらためて思わざるを得なかった。
俺にとって、ガルダは故郷じゃない。
いや、かつてシーダに言ったように、この世界のどこにも、俺の故郷はないんだろう。
二日後、俺はシーダに頼んでタリス王への手紙をしたためてもらった。
ガルダの端、サムスーフ山により近いところに、手下たちの居住区を用意してほしいと頼んだんだ。なんで端かっていうと、いざというときにアイルトンたちがサムスーフに逃げられるようにするためだ。
正直、タリス王とタリス民が俺たちを許すとは思えない。
俺たちのことはシーダ経由で向こうの耳に届いているだろうし、しばらくは妙なこともしねえとは思うが、何が起こるか分からねえからな。揉めごとになったら逃げろというのは、アイルトンにも厳しく言ってある。
むしのいい話だが、あとはどう思われようと、時間をかけて溶けこんでいくしかねえ。
「本当によろしいのですか?」
話を聞いたシーダは驚いて俺を見上げたが、俺は黙ってうなずいた。
俺がやつらの「親分」としてやれることは、もうこれしかねえ。
手紙は、ニーナにも頼んだ。シーダを信頼してないわけじゃねえが、こういうのは数があった方がいいからな。ニーナも「それでいいのですか」と聞いてきたが、俺は黙ってうなずいた。
さらに二日後、アリティアの港のひとつで、俺はアイルトンたちと別れをすませた。
手下達の中には、俺のもとに残るって言ったやつもいた。だが、とても一部隊を編成できるほどじゃなかったし、そいつらとアイルトン達との間に溝が生まれることも避けたかったので、まとめて帰らせることにした。
一人一人手を握り、肩を抱き、あるいはかたく抱きあう。
最後に、アイルトンと握手をした。
「変な寄り道とかしねえで、まっすぐ帰れよ」
俺がそう言うと、アイルトンは泣きそうな顔で無理矢理に笑った。
「親分が帰ってくるまでに、タリスの連中に俺たちのことを見直させてやりますよ。親分はどんな奴が相手だろうと、必ず勝てるって信じてる。だから……」
俺は苦笑した。苦笑しかできなかった。これから先、とんでもない敵しかいねえんだが。
「まあ、あまり気張るな。それと、腹が立つことがあっても俺の顔を思いだして我慢しろ」
ふと、俺はこれが今生の別れになるんじゃないかと思った。
たぶん、俺がこんなことを言いながら、ガルダに戻るつもりがねえからだ。
アイルトンの手を握る俺の手に、力がこもる。アイルトンが笑って言った。
「親分、痛いよ」
「これぐらい我慢しろ」
すると、アイルトンも力強く握り返してきた。
アイルトン達を乗せた船が小さくなっていく。
まっすぐガルダに行くわけではもちろんなく、あまり陸から離れないように進むそうだ。アリティアのいくつかの港に立ち寄り、グラを通り、アカネイアを抜けて……という感じらしい。
船を見送った後も、俺はずうっと船着き場から動かなかった。
物資の調達はララベルに任せればいい。アラン達との折衝はニーナがやってくれる。アリティアをどうするのかも、ニーナとアランとで大まかに決めるだろう。他の連中も、まあみんなそれなりにやっているだろう。
日が暮れてきても俺はそこから動かなかった。ただ、さすがに疲れたので座った。
ふと、人の気配を感じて顔をあげると、すぐそばにシーダが立っていた。手には毛布を持っている。俺の肩に毛布をかけながら、シーダは笑った。
「冷えますよ」
「……レナはどうした?」
「レナには、マリアやリンダがついてくれていますから」
そして、シーダは俺の隣に座った。
お前、最古参になっちまったな。
そんな言葉が思い浮かんだが、俺は言わなかった。こいつは、自分からついてきたわけじゃねえ。人質にして連れてきたんだ。ここまで。
そんなことを思っていると、俺に寄り添いながらシーダが言った。
「私、最古参になってしまいましたね」
俺はシーダの肩に手を置いて、抱き寄せた。
潮騒と海鳥の鳴き声が、静かに聞こえていた。
翌日、王宮の玉座の間で論功行賞が行われた。
まずはアランだ。正式に、ニーナからアリティア総督に任命された。アランもアリティアの代表としてアカネイアに忠誠を誓う。
ニーナは褒美としての財宝の他に、騎士勲章とオリオンの矢をアランに与えた。見所のある騎士や弓兵に渡せということだ。まあ、そんなのがいるかどうかは難しいんだがな。
昨日、俺はアランに使えそうな奴がいないか聞いたんだが、アランは首を横に振った。
一つは、モーゼスの野郎が派手に粛清をやったこと。
もう一つは、俺の悪評。王宮奪還の戦いで俺がアリティア騎士を殺したって、もう噂になっててさー。あのデビルソード持ちの四騎士のことな。俺だけかよと言いたかったが、ミネルバやアランもやったってわかったら外聞がなあ……。
「もちろん正確な情報を知っている者もいます。ですが、そうした者はいずれも有能で、手放すとアリティアの統治に少なからず支障が出ます」
そして、正確な情報を知らない者は、戦力として使うには危なっかしいと。
仕方がないので、オレルアン式を使って、俺がアリティアの下級貴族の称号をもらった。
うちのメンバーって、だいたいどこかの国の要人だからな。そうじゃないのってカシムとリカードと傭兵組ってとこなんだが、平民や盗賊、傭兵よりは、ニーナから総指揮官に任命されている俺の方がまだまし、って結論に落ち着いた。
下級貴族なのは、総督の権限の限界ってとこだ。頑張ればもうちょっとできるんだろうが、どうせ肩書きだし、アランの胃に穴が開くかもしれないと思うと、俺もあまり強くは出られなかった。
しかしマルスも何だって第二部でこいつを起用したんだ。新妻といちゃいちゃ武器屋ックスしてるあの元出っ歯でよかったじゃねえか。新妻同伴で。そうすりゃ三章からトライアングルアタックが使えたのに。くそっ、死人に八つ当たりしてるな俺。
そして、ミネルバやミディアなどが次々に名を呼ばれ、ねぎらわれて褒賞を与えられる。
マチスへの褒賞はレナが受けとった。
レナの手には、小さな丸い容れ物がある。そこにはマチスの遺髪が入っている。マケドニアの家に帰ったら、そこに埋めると言っていた。
俺はそれらの光景をぼんやりと眺めていた。
アイルトンたちは無事に船旅を続けているだろうか。
それにしても、今後のことを考えると頭が痛い。これだけ味方が減った状況で、ラーマン神殿はともかく、カミュ、ミシェイル、ガーネフが控えている。どんな無理ゲーだ、くそ。
エステベスと相談して、ここの闘技場からまたスカウトしなくちゃならねえだろう。だが、マチスやアイルトンの代わりが務まる連中はいないだろう。厳しい戦いを覚悟しなくちゃならねえ。
グルニアとマケドニアにも、あらためて降伏勧告をしておく必要がある。
ああ、それに……他に何があるっけか。
「ガザック殿」
ニーナに呼ばれて、俺は我に返った。早足で歩いて、アカネイアの王女らしいドレスをまとったニーナの前に膝をつく。
「アリティアがドルーアの手から解放されたのは、多くの戦士達の奮戦によるもの。その中でも、あなたの働きはとりわけ大きい。ここにあなたの戦功を讃え、海賊王の称号を授けます」
海賊王。結局、俺はその名前を称号として望んだ。
「嵐の中でも勇敢さを失わず、まっすぐ前に突き進む船の主。海のすべてを知り、すべての海を知る者。それが海賊王です。とくに、この地であなたが見せた戦いぶりは、この称号を与えるにふさわしいものだと考えます」
ちょっと俺は感心した。海賊王の意味をニーナに聞かれた時、宿題として押しつけたからだ。上手く考えたじゃねえか。
拍手。歓声。俺はニーナに頭を垂れながら、ひとつの光景を思い浮かべていた。
麦わら帽子がトレードマークの、日本人なら知らない者などいないだろうあの少年。
あの笑顔で、あの声で、少年は言った。
「この海で一番自由な奴が海賊王だ!!!」
俺は今、むしょうに「海賊王」になりたかった。
ガザック軍編成
ガザック シーダ カシム
レナ ニーナ リカード
バヌトゥ エステベス マリア
ミネルバ リンダ ララベル
ミディア ワインバーグ パオラ
カチュア シーマ チェイニー
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