ロクでなし魔術講師と禁忌教典 フィーベル家の執事 (黒月 士)
しおりを挟む

プロローグ救いの手

 どもども、黒月 士です!えっ?何、言いたいことがあるって?どうぞ、どうぞ!

「「作品勝手に消すな!」」


 すんません、実のところあの作品の展開に行き詰まった結果、消すと言う展開に……

 そこでいろいろ考えた結果この結果に行き着きました。今回は消しませんから、三度目の正直です!えっ?二度あることは三度あるって?……気にしたら負けです。


 雪化粧をしたフェジテ、12月によく雪が降ることで有名だがある場所にはなにもなく一つの異物を除けば完全な白の世界だった。そう、一つの赤色の異物を除けば。

 

 

「はーっ……はーっ!げふっ、ごふっ……」

 

 

 一人の少年、年齢的には十四歳と言ったところだろうか。雪と同じように白い髪、それに今は雲に覆われていて見えないが空のように蒼い瞳、その青年の周りには十数人の男たちが群がっていた。

 

 

「ったく、手間取らせやがって。スラム街のやつと侮ったのが悪かったか。まさかこんな業物の剣を持ってるなんて考えられねえよ」

 

 

 一人の男が吐き捨てるように言った、その男の手には数分前まで地面に倒れた青年、ルグナ=トーシイ=フシイァンが持っていた一振りの剣があった。その剣は丁寧に磨かれ手入れが行き届いている、男は迷いなくその剣を横たわるルグナの右腕に突き刺した。

 

「あ…がぁああ…あぁあああ!!」

 

 

「おっ、痛覚を与えれば鳴くんだな。それじゃあ死なない程度の呪文でも撃ちますかね」

 

 

 苦しむルグナをよそに男たちは呪文を紡ぎ、死なない程度の威力でルグナに撃つ。

 

 

「おお!死にかけなのに良く鳴くこと!頭、どうします?なんなら左腕もぎ取ってやるのも一興ですが…どうです?」

 

 

 男は後ろでルグナに対する蹂躙が始まってからいっさい動かずただその光景を切り株に腰かけ、ワインを飲みながら見ていた男は静かに立ち上がった。

 

 その男の髪は真っ赤に燃える紅蓮のようであり、フードをかぶっているが左目を覆い隠す眼帯と口元を隠す布は確かに見える。

 

 

「ほおっておけ」

 

 

 男はそうぐぐもった声で命令した。

 

 

「はぁ、なぜに?」

 

 

「この時期なら狼が食料を求めているはずだ、たとえば……シャドウウルフみたいに嗅覚が鋭いやつもだ」

 

 

「頭もずいぶんと悪趣味ですね~?」

 

 

「精々狼どもの養分となってもらうとしよう、行くぞ」

 

 

 男たちが去った後、そこには血を流し続けるルグナだけとなったがその姿は惨いものだった。

 

 頭部からはとめどなく血が流れ、左腕は踏みつけられた跡が残っている。右腕は地面に張り付けるかのように剣が突き刺さり、右手は血の気を無くし始めている。胸は覆っていた服がびりびりに裂かれ、少し残った服も燃やされており、そこらじゅうに赤色のあざが惨く残っている。足は両膝に剣が突き刺さり逃亡を不可能にし、足のそこらじゅうに切り傷が残っている。

 

 

「げほっ……ごほっ……」

 

 

 俺がいったい何をした?その疑問だけが彼には残っていた。別にスラム街に住む彼の中では暴力は日常茶飯事、恐れるものでもなかった。しかし、今回は度が違った。

 

 突如十数人に囲まれたかと思えば広い場所に連れてこられてそこからは一方的だった。身なりから察するに平民以上の者たち、自分とは接点のせ、すら見つからない生きる場所が違うやつらがなにを思って自分を襲ったか知りたいがもう体が動きそうにない。

 

 普通ならこういうとき、心配してくれる親や友達が居てくれるだろうが残念なことにルグナにはいなかった、それどころか記憶がないのだ。気がついた時にはスラム街に捨てられており、一年と少し前の記憶しか今のルグナにはない。

 

 できることなら狼に襲われることなく死にたいが、なにもしないまま死ぬのは少し心残りがある。ふとたった今思いついたのはやつらの魔術を再現してみることだった、魔術のま、も知らないルグナだが一番最初に放たれた雷閃はあまりに威力が別次元だったため、その呪文を警戒するためにずっと覚えていた。

 

 

「……最後に………やってみるか」

 

 

 ふらふらと左手を雲に覆われた空に向ける。弱弱しく呪文を紡ぐが血が邪魔したり、噛んだり、ダメ―ジのせいで言えなかったりと成功せず、成功したのは三十七回目の事だった。

 

 

「………《猛き雷帝よ・極光の閃槍以て・刺し穿て》」

 

 

 極々小さい雷閃が人差し指から放たれ、上昇していく。

 

 

「登れ、登れ……もっと、登れ」

 

 

 崩れ落ちた左手には目もくれずルグナはただ自分が放った雷閃が見えなくなるまで眺め、そして消えた。

 

 

 もう、心残りはない。ルグナは静かに目を閉じた。

 

 

(にしても、どういう感じで死ぬんだろ俺。あいつらの言ってた通り狼に喰われて死ぬのか?いや、でも凍死のほうが早いか?それともなんかに轢かれて死ぬとかもあり得るよな)

 

 

(死んだ世界ってどんなものだろう?楽しいのかな、それとも苦しいのかな、というかそもそもそんな世界あるのかな?)

 

 

 どれぐらい経っただろうか、ザクッと雪を踏みしめてこちらに駆け寄ってくる足跡が鼓膜を叩いた。

 

 

(来た、狼で死ぬのか俺。規則正しい足音が二つ、それが二セット。二匹の狼が俺を殺すんだな、まあ苦しいのがこれで終わるって考えたらいいか)

 

 

 そして一つの気配が自分の数メル先で止まった。次に来た感覚は肩甲骨と腰が持たれるものだった。

 

 

(ん?狼って自分の巣に食べ物持ち帰るっけ?あっ、そっか。今は冬、一つでも多く食料を残しておくべきだもんな、軽いぞ、俺は)

 

 

「……え………を……」

 

 

 だが聞こえてきたのは人の声、それも女性の声だ。

 

 

 ルグナは両目を開ける、その視界いっぱいには金色の髪で同じように蒼い瞳を持った少女が居た。

 

 

「システィ!生きてるよ!早くセシリア先生に連絡して!」

 

 

「したわよ!到着するまで一分だって!ああっ!ルミアダメ!剣抜いちゃダメ!!」

 

 

 二人の少女の声、この雪景色のなか、どうしてここに?

 

 

(まあいいや、もう、無理……)

 

 

 瞳を押し上げる力すら無くなったルグナは静かに意識を手放した。

 

 

-----------------------------------------

 

 

 ローズの匂いが鼻腔をくすぐる、なるほど。どうやら天国には薔薇が咲いているようだ。

 

 

(ん……?この匂いは……)

 

 

 だがローズの香りに混じってアルコールのにおいがする。そんなものは神聖な天国には不要だろう、つまりここは……

 

 

 ゆっくりと瞼を上げ、両手をふかふかの地面に突き、起き上がる。地面はベットで、体には高級そうな掛け布団がかけられており、服はほつれている個所は一切見つからない。突いた両手と両腕を見ると丁寧に包帯が巻かれており、意識すれば腹部や股関節、脚部などのところ、まあ体全身に包帯が巻かれており、頭にはひときわ強く巻かれている。

 

 

「……助かったのか?俺」

 

 

 部屋を見回してみると、ベットの他にもドレッサーやクローゼット、ふかふかそうなソファに勉強机の上に積まれた本の数々。間違いなくこの部屋に住んでいるのは学生だろう、まず自分が誘拐された可能性は無くなった。最も家もないただの男を誘拐してなにになると言うのだ。

 

 ふと、もぞりとベットの右側が動いたような気がした。よくよく見ればその部分だけもっこりと上がっている。

 

 

「……え?いや、嘘でしょ?」

 

 

 恐る恐る布団をめくると見えてきたのは金色の髪、続いて小さい少女の顔。間違いない、あの時ルグナを助けようとした少女だ。

 

 

「……ん、……んぅ……」

 

 

 瞼を二度こすり、一度かわいい欠伸をすると、目を開けルグナと視線があった。

 

 

 数秒間、両者は見つめあい、そして、

 

 

「うぁあああぁ!?」

 

 

「うぉおおお!?」

 

 

 驚いた少女と、その声に驚いたルグナ、両者が飛び退きぐらっとバランスを崩す。

 

 

「ルミア!どうしたのって……」

 

 

 ドアから顔をのぞかせた銀髪の少女は年頃の男女が同じベットに居る光景を見て、

 

 

「し、失礼しました~」

 

 

「待て待て待て!誤解だー!」

 

 

 ルグナの必死の抗議の声が屋敷内に響き渡った。

 

 

-------------------------------------

 

 

「ルグナ君、終わりだ」

 

 

 数分後、俺は長テーブルを挟んである男と対峙していた。

 

 

「さて、それはどうですかね?」

 

 

 重々しい空気が場を支配し、そして、俺たちはバネが弾けたように手を出す。

 

 

「フルハウスだ!」

 

 

「フォアカードです!」

 

 

 勢いよくトランプを叩きつけ、俺は勝った。

 

 

「くそぅー!もう一戦だ!」

 

 

「お義父さま、これで五戦全敗ですけど……」

 

 

 先ほどの少女、ルミア=ティンジェルが少し笑い、銀髪の少女、この家の家主で俺に全敗しているレナード=フィーベルの娘、システィーナ=フィーベルがやれやれと肩を落とす。

 

 先ほどの誤解を解いたはいいもののなぜかポーカーでの戦いを挑まれた俺だったがまずポーカーとはなんぞや、というところから始まり、ルミアの丁寧な説明のおかげで完全試合を繰り広げた。

 

 

「とにかくあなた、先に彼の無事を祝うべきよ」

 

 

「な、なにを言ってるんだぁ!私が勝つまで続け―――――」

 

 

 その後の言葉はレナードさんの奥さん、フィリアナが締め落とし沈黙させていた。

 

 

「……やっぱりこれ日常なの?」

 

 

「うん、お義父さまとお義母さまが帰ってこられた時はいつも」

 

 

「この人の遊びにつき合わせちゃってごめんなさいね。さて、ルグナ君、あなたは約一週間昏睡状態にあったことは知っているのね?」

 

 

 俺は静かに頷く、先ほど騒動が治まった後、ルミアから全てを聞いた。あの時、雪の影響から森で遭難者が出ていたらしく、捜索隊が組まれていた。その中に二人が居たらしく、遭難した時の救援信号がたまたま俺の撃った呪文【ライトニング・ピアス】だったらしい。後はあの二人が駆け付けてくれたと言うわけだ。

 

 俺の怪我は学院のセシリア先生と言う方がその捜索隊に加わっていたために治してもらいそれからはルミアが世話をしてくれていたらしい。なんでも俺はよくうなされていたらしくそのたびに包帯を張り替えてくれたそうだ、もちろん全身の。

 

 

「そしてあなたには帰るべき家は無い、あなたの家族が誰かも知らないし、親の顔すら思い出せないのね?」

 

 

「お、お母様!そ、それはさすがに……!」

 

 

「はい、俺には一年と少しの記憶しかないので……誰と過ごしたかなんて一切……」

 

 

「あなたには引き取り手が居ないし、住民登録がされていない、つまりあなたが生きていると証明するものは一切ない」

 

 

「お義母様!?な、何を……!何を言われているんですか!?」

 

 

 つまり、俺が死んでも捜査されることはない。ということを言いたいのだろう。

 

 

「ええ、そうです。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

 

 

「そう、ならあなたはフィーベル家の執事になりなさい」

 

 

「……は?」

 

 

 予想の斜め、いや、ほぼ直角の解答が帰返ってきた。

 

 

「別に何とでもできるわよ?養子でも、どちらかの婚約者でも、申請を正式に脅し通――通すことができるから」

 

 

「今なんか怖い単語が出ませんでしたか!?」

 

 

「気のせいよ、気のせい。気にしたら負けよ」

 

 

「……本当にこの国、大丈夫なのか?不安になってきた……」

 

 

「で、答えは?」

 

 

「……謹んでお受けさせていただきます」

 

 

 そして俺、ルグナの第二の人生が始まった。

 

 

 

 

 

 




 次回EpisodeⅠ-Ⅰ災いの手紙 感想 評価 お願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EpisodeⅠ-Ⅰ災いの手紙

 次回からは長ったらしい文章ではなくなる予定です!(必ずそうなるとは言っていない)


 執事と言うのは案外楽な仕事だった。俺が来るまで使用人を一切雇っていなかったようで屋敷の管理維持や家事は召喚されたお手伝い妖精(ブラウニー)に任されており、俺が入る隙間がないように思えた。

 

 しかし、お手伝い妖精にもミスはあり俺は指揮官の任と料理や洗濯の当番をこなしていた。料理に関しては純粋にやりたかったからであり、洗濯に関しては二人の服のサイズが大きく違う部分があったため洗濯にも注意が必要で過去に一度だけ下着を間違えて運んだ時はシスティーナが泣き叫んでいたらしく俺にレクチャーしてくれたお手伝い妖精の顔がひきつっているのを見る辺り相当のものだったらしい。

 

 そんな俺の一日は普通に考えれば早いのだろうが、今までの暮らしからすればあまりにゆったりとした一日だった。

 

 朝六時、目を覚まし寝間着を脱ぐと執事服、正確にいえば高級料理店のウエイターのような服に着替え、自室を後にする。自室には壁一面を使って本が並べられていてこの本すべてがシスティーナのものである。彼女が所有する本の数は彼女の自室に収まる規模ではなく使われていなかったこの部屋に移動させられており俺も暇さえあれば読んでいる、元々歴史に興味があったため彼女の説明は実に面白いものであった。

 

 

「ふむ、今日はどうしようか……」

 

 

 ちらりと昨日市場で買ったさまざまな食材に目を移す、朝から多くては授業に差し支えがあるだろうし少なくては授業に集中できないだろう。

 

 数分後、ハーブが練りこまれたパンを炎系魔術で焼きあげながら、ベーコンとスクランブルエッグを作っていた。自覚しているが俺の作るご飯は炎を使うものが多い、その理由は実に簡単、俺が炎系魔術が得意であるからだ。理由は知らないがシスティーナに呪文を教えてもらっている最中、なぜか炎系魔術だけ上達が早く、今では細かく威力を調整できるほどだ。

 

 

 四月と言ってもまだ朝は冷え込むためポトフを少し熱いくらいに煮込み、焼きあがったパンにチーズを乗せ、再度焼く。

 

 

 十分もすれば朝食の完成だ。六時半になると上から物音が聞こえ出し、階段を勢いよく降りてくる音が響く。

 

 

「朝ごはん出来てる?」

 

 

「出来てるから先にシャワー浴びてきたら?制服置いておくから」

 

 

「そうするわ。あ、あとルミアよろしく!」

 

 

 浴室に続く洗面所に消えていくシスティーナを見送り、俺はルミアの自室に向かう。

 

 

 普通俺と彼女らは主従関係にあり、敬語を使わねばならない立場なのだが

 

 

「敬語はいいから普通に喋って!」

 

 

 と、いうシスティーナの要望に俺が反対すると、

 

 

「主の命令よ!Do you understand?」

 

 

 という威圧には屈するしかなく服装に見合わない話し方で二人と接している。

 

 

 ルミアの自室は実に年頃の女の子らしいものでありシスティーナの部屋と比べれば天地の差である。

 

 

「おーい、ルミア、起きろー」

 

 

 肩を揺さぶるがルミアが起きる気配はない。システィーナは朝に強いがルミアは朝にめっぽう弱く起こさなければ永遠に寝ている感じだ。

 

 

「さて……どうしたものか」

 

 

 場合によってはセクハラになってしまうため、起こすことにも配慮が必要だ。轟音で起こすと言うのも手だがそれではまたシスティーナのお説教タイムが始まってしまう。

 

 

「ならば今日は……こうするか」

 

 

 ルミアがつかんでいる掛け布団をはぎ取り、綺麗に折り畳む、ルミアの膝を折り曲げ出来たスペースに掛け布団を置く。この時期の冷え込み具合なら起きるはずなのだが……

 

 

「……ん……」

 

 

 ルミアは寝返りを打っただけだった。そうルミアの起こし方がこの一日に於いて最も苦労するものであり、システィーナが食事を始めるまでには起こしておきたい。

 

 

 相手が男子なら服をはぎ取るなり、ベットから叩き落とすなり手はあったのだが相手はか弱い女子。過去にスラム街では姉さんのように俺にふるまってくれた女子が居たのだがそいつも朝が弱く、そういう時はいつもこの起こし方をしてくれと言われていたが、それをルミアに実行したことは無い。

 

 

「……やってみるか」

 

 

 ルミアの耳元に顔を近づけ一言だけつぶやく。すると、ルミアはいつものおっとりした雰囲気からは想像もできないくらいの速さで跳ね起き、顔は赤く染まっている。

 

 

「よし、起きたなら下で待っとくから、朝ごはんできてるぞ」

 

 

 踵を返し、手を振りながら俺はルミアの自室を後にする。階段を降り、食堂に戻る。

 

 

「ルグナ、丸いパンにチーズを乗せる発想はなかったわ」

 

 

 そこにはパンにチーズが乗っている光景に唖然とするシスティーナがいた。

 

 

「まあ、おいしいから問題ない。それより、昨日の続きを頼む」

 

 

「ええ、あの《メルガリウスの天空城》が建造されたのは西暦前4500年くらいになっちゃうの。確かに次元位相に関する術式が古代文明において本格的に確立したされているのが古代中期なんだけど、西暦5000年にはすでに《メルガリウスの天空城》らしきものが浮かんでいたと物語る壁画や遺物が残っているの。つまり―――(略)だからあの人がどうもその500年を誤魔化すためにこじつけをならべて―――(略)―――(略)―――(略)―――ということなの」

 

 

「なるほど、つまりそういうことから前に出されたそのフォーゼルっていう人の論文が気に食わないってわけか」

 

 

「そうなの、だから直談判しようか迷ってて……」

 

 

「まあ学者同士の考えが一致しないのは普通のことだろ?俺的にはレドルフさんが書いた論文が最も矛盾が少ないしあれの全部があってるとは言わないが、俺はレドルフさんを信じてるよ」

 

 

「そう、まあお爺様が全部合ってないのは少し悲しいけど」

 

 

「あの後判明した新事実や異物や壁画の遺物、それらが後十年早く見つかってればあの論文の姿は変わってただろうな……最も十年早く見つかってても次に見つかる証拠にもそういうこと言っちまうんだろうが……」

 

 

「そういえばルミア遅いわね、しっかり起こしてきたの?」

 

 

 かちゃかちゃと食器が鳴る音が響き、システィーナはベーコンをちぎったパンに巻き、口に運ぶ。

 

 

「ああ、跳ね起きてたのをしっかり見たからな」

 

 

 俺はそう言いながらポトフをすする、ほとんどが野菜でありながら少しだけあるソーセージが肉の風味を醸し出し、野菜は溶けるように柔らかい。

 

 

「にしても、あの講師、どうにかできないものかしら……?」

 

 

 システィーナが不満そうにそうつぶやく。

 

 

「ん、どうかしたのか?」

 

 

「実はね、ヒューイ先生の代わりに先生が来たんだけど……」

 

 

「確か……ひと月前に急に講師を辞めたって言ってたな。そんでその代わりの先生がどうしたんだ?」

 

 

「史上最悪の講師よ!魔術を冒涜するみたいにてきとうな授業をして!……私が授業したほうが絶対ましよ!」

 

 

「そ、それはすさまじいな……その講師の名前は?」

 

 

「確かグレン=レーダスとか言ってたわ、なんでも教授の斡旋とかなんとか」

 

 

「教授ってあの音に聞くセリカ=アルフォネアか?」

 

 

 セリカ=アルフォネア、スラム街に暮らしていた俺でも聞いたことがあるほど有名な魔術師。スラム街ではこんな言い伝えがあった。

 

 

『セリカ=アルフォネアが現れたらすべてを捨てて逃げろ、そこは直ぐに更地と化す』

 

 

 まあ実際にそんなことが可能だと知った時は泡を吹いて倒れそうになったが、それほど優秀な教授がロクでなしな魔術講師を学院に斡旋したりするだろうか。

 

 

「……少し調べてみるか」

 

 

 数分後、目をこすりながら降りてきたルミアも食卓につき、時間は流れ、二人は玄関に立っていた。

 

 

「それじゃ行ってくるから後はよろしく」

 

 

「ルグナ君、行ってきます」

 

 

「行ってらっしゃい、今日も勉強がんばって」

 

 

 そう応援のメッセージを送り、二人の後姿を見送る。

 

 

「さて、俺もやりますか」

 

 

 食器の片付け、屋敷内の掃除をお手伝い妖精と分担して行い、洗濯はどちらがどちらのものか間違えないように慎重に分け、自分の昼食を作り、この家の主人であるレナード、フィリアナご夫妻に二人の愛娘の状況を細かく手紙に記す。

 

 

(そういえばグレン=レ-ダスに関して書くべきだろうか?)

 

 

 あの二人の権力を持ってすれば簡単に辞めさせることができるだろうか、まだ全容が見えていない以上伝えるべきではないだろう。

 

 

「さて、俺も行きますかね」

 

 

 屋敷を後にし、執事服のまま、俺は市場を目指した。

 

 

「おっちゃん、今日はなにがいいんだ?」

 

 

 行きつけの肉屋で足を止め、店主にそう問いかける。

 

 

「おっ、フィーベル家の坊主か。今日は……そうだなこいつとかどうだ?今日入った良物だ」

 

 

 そう言って見せてきたのは美しい牛肉だった。色合いも良く、脂ものっている、これで料理するならカレーなどがいいだろう。

 

 

「じゃあそれにしよう、量は……200で頼む」

 

 

 カレーにはどうやら疲れを取る効果があるらしく講師のロクでなしさに精神をすりきらせているシスティーナにはもってこいだろう。

 

 

「あいよ!坊主、そういえば聞いたか?数ヶ月前に起こった事件」

 

 

「数ヶ月前の事件がなんでいまさら出てくるんだ?」

 

 

「なんでも貴族と政府が秘匿していたらしくてなたまたま聞いた靴屋の親父が今みんなに言いふらしているらしい」

 

 

 貴族と政府が事件を秘匿することはあまり珍しい事ではないらしいがそれでも良い話でない。

 

 

「へえ、そんでどんな事件だったんだ?」

 

 

「なんでも大雪が降る数日前に起こった事件らしいんだ、大手宝石店にあった宝石やネックレス、挙句の果てにはソファや時計まで全部消えていたらしい」

 

 

「……その宝石の行方は?」

 

 

「それがまったくわかんねえらしい。軍もお手上げだってよ」

 

 

「ふーん、そうか。あっこれ代金な」

 

 

「まいど!」

 

 

 その後、さまざまな店を周り、カレーの準備を整える。

 

「さて、買い出しは終わったし後は……あいつのところだけだな」

 

 

 狭い路地を通り抜け、きらびやかな看板の店に入る。そこは真昼間だと言うのに人でにぎわっている、仕方ないことだ、なにせここは違法カジノ施設なのだから。だが俺はそんなものに目もくれず店の奥へ歩き、大男二人が守るドアの前に立つ。

 

 ポケットからあるカードを取り出し、一人に渡す。それを確認するとドアを開けてくれた。ドアの向こうは先ほどまでいた場所が夢物語とでも思えるほど質素なものだった。

 

 

「あら、あんたが来るなんて珍しいわね?フィーベル家の執事になって安定しているらしいじゃない~?」

 

 

 ワインをたしなみながら俺をもてなした金髪の女性は裏世界を牛耳る大商会ヴァイン商会の元締め、ルナ=セル=ヴァインその人だった。

 

「おかげさまでな、一つ聞きたいことがある」

 

 

「ああ、あの宝石消失事件の事でしょ?」

 

 

 どうやら俺がここに来た理由は見透かされているらしい。

 

 

「それなら話が早い、なんで貴族と政府はあの事件をもみ消そうとした?」

 

 

「簡単よ、あの事件にはどうやらイグナイト家が関わっているらしいわ」

 

 

「イグナイト、帝国王家の遠縁、分家筋のか?」

 

 

 イグナイト家、帝国王家の分家にして三大公爵家の一角を担い、イグナイト家が代々帝国魔道士団で世の中には公表されていない組織特務分室の室長を担っているらしく現当主であり、女王府国軍大臣兼国軍省統合参謀本部長の席に座るアゼル=ル=イグナイトが前室長であり、今はその娘が室長らしい。

 

 

「ええ、そういえば噂話なんだけどなんでもイグナイト家には長男がいるらしいわ」

 

 

「長男?だったらなんでそいつが特務分室の室長にならないんだ?」

 

 

「さあ?私たちも今さっきつかんだ情報だからよくは知らないわ。っとごめんなさいね、通信が入ったわ」

 

 

 半分割れた遠隔通信の宝石を耳に当て、背を向け、相手と話し始める。

 

 

「私よ、なにかあったの?……なんですって!?あいつらが!ちっ、直ぐに逃げなさい!今の損傷率は?…47%?むしろそれぐらいで助かったと思いなさい!直ぐに逃げなさい、命令よ!」

 

 

「おい、どうした?」

 

 

「猟犬が出たらしいわ」

 

 

「猟犬?使い魔か何かか?」

 

 

「いえ、れっきとした人間の部隊よ。私たち裏組織の人間を叩き潰すために動いているらしいわ、一応政府に潜入している奴に確認を取らせたけどそんな部隊はどこにもないらしいわ」

 

 

「ということは第三勢力か?天知恵も被害を受けているんじゃないか?」

 

 

「さあ?私たちはあいつらに大損させられてからは敵同士よ」

 

 

「そういえばお前はそんな奴だったな」

 

 

「はっ、あの時あなたを助けたのは誰か忘れたのかしら?」

 

 

「まさか、感謝してるよ。さて、俺はそろそろ戻るとしよう」

 

 

「あっ、ちょっと待ちなさい。あなたに手紙よ」

 

 

 そう言ってルナは一通の封筒を俺に渡した。封筒にはなにも書かれておらず、裏面にもなにも書かれていない。

 

 

「誰からだ?」

 

 

「答えなかったわ、唯一わかっているのは隻眼の赤髪ってことだけ」

 

 

 隻眼の赤髪、その単語に俺の背筋は凍りつき、恐る恐るその封を開ける。中には一通の手紙が入っていた。

 

 

『拝啓ルグナ様

 

 あの時の傷が癒えたようでなによりです、我々はあなたの所在をすべて知っており、その気になればフィーベル家一家を皆殺しにすることも一興ですがそれでは面白みに欠けるため、あなたの大事なものを奪っていくこととします。手始めにあなたを救ったあの少女たちから。その二人の亡骸を見た時のあなたの表情を楽しみにしております。先に言っておきますが逃亡などと言うつまらない策を考えることをすればその瞬間にそのカジノも火の海として差し上げましょう。それでは健闘を祈ります。         猟犬部隊隊長ルシファーより      』

 

 

「……俺も学院に行くしかないみたいだな。レナードさんに情報の操作を頼むとしよう、そういえばルナ、グレン=レ-ダスという男を知っているか?」

 

 

「もちろんさ、あの魔術師殺しでしょ?」

 

 

「魔術師殺し?」

 

 

「曰く―――《愚者》こそ恐れよ。()の者の前に、神秘は陳腐(ちんぷ)な妄想と堕ち果てて、魔術師(かしこきもの)(すべか)らく無力な赤子と化す―――こう言われるほど恐れられた魔術師、それが宮廷魔道士団特務分室No.0《愚者》のグレン=レ-ダス」

 

 

「なるほど、ますます興味が湧いてきた。俺は行ってみるとするよ、アルザーノ魔術学院に」

 

 

「精々殺されないことだねぇ、あの魔術師殺しが殺した数は少なく見積もっても二十四人。正真正銘魔術の闇に浸かった暗殺者さ」

 

 

 俺はルナの忠告を有り難く受け取り、カジノを後にし、直ぐに家に帰ると学院に行きたい旨の手紙を送った。理由は実に簡単で魔術を学びたいため、ということにしたが二人が帰ってきた頃にはもう返事が返ってきて、情報操作も無事完了し、制服は三十分後に遅れてやってきた。なんでもこうなることを予測してあらかじめ作っておいたらしい。二人は大いに喜んでくれたがルシファーがいつ彼女らを襲ってもおかしくは無かった。

 

 そして次の日を迎え初めて学院の門をくぐることとなった。  

 

 

 

 

 

 




 次回EpisodeⅠ-Ⅱ愚者との対面 感想 評価 お願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EpisodeⅠ-Ⅱ愚者との対面

 前回、長くしないと言ったな?あれは嘘だ、まあ書きたいことを書いたらこうなったと言いますか……


「……こ れ は ひ ど い 」

 

 その教室の惨劇に、俺はがくりと肩を落とした。

 

 新任講師のグレンはくぎを口にくわえ、カナヅチを肩に担くその様子はまるで日曜大工だ。もちろん真面目一辺倒の堅物であるシスティーナがそれを許すわけもなく、決闘を申し込んだのだ。

 

 結果はシスティーナの圧勝であったが、魔術師同士で交わした約束を反故にするのかと問いかけられた、その時グレン先生はこう言い放った。

 

「だって、俺、魔術師じゃねーし」

 

 その言葉に皆は理解できずただ立ち尽くしたが、俺はその理由を理解していた。彼は魔術師ではなく魔導士、それは正論であり、暗殺の限りを尽くしたあの《愚者》に約束も正々堂々もくそもない。

 

 それを俺自身、はっきりと理解していた。理由もなく虐げられるスラム街の子供たち、それを守る法もないし、たとえ約束を交わしても向こうが守ると言う確証はどこにある?裏切らない根拠は?貴族であっても目撃した子供を皆殺しにして後から理由なんていくらでもつけることが可能では?

 

 戦いにおいて協定を結んだ場合ある根拠によって正々堂々もないと言われている、それは協定違反しても罰する者が居ないからだ。停戦の約束を敵が裏切ったら?自分たちが裏切ったら?損をするのは停戦協定を信じた方のみ。先に裏切ったほうが利益を得る状況下では限定的停戦は成立することは無い。あるとすれば完全な調和だがそれはつまり、表世界と裏世界が融合することであり、国家の隠ぺいや貴族の洗浄(ロンダリング)された裏金情報が雨のように降り注ぐ。つまり、完全な調和はあり得ることは無い。

 

 それを知っているためあの《愚者》は約束を守らないのだ。あの後ルナの情報ではグレン=レーダスは昨年発生した《天使の塵》事件を最後に宮廷魔道士団を退役している。あの《天使の塵》事件は俺たちの住処、スラム街にも被害はあった、周りの人間が廃人と化し、次々と人間としてではなくただの人形として死んでゆく。その惨状は二度と見たくない。

 

「グレン先生、あれがあなたの本心ですか?」

 

 放課後、俺は屋上で一人景色を眺めるグレンに問いかけた。当の本人であるグレン先生は俺に目線すら移すことないまま、素っ気なく返す。

 

「とーぜんだ、編入生。はら、さっさといってやれ。白髪のあいつの不満を聞いてやれよ」

 

 しっしと自分一人の時間を大切にしたいのだろうか、邪魔だと言いたげなグレン先生。そんなグレン先生にあの単語をぶつけるとどうなるのか、はっきり言って結果は火を見るより明らかで、そしてあまりにリスキーな行動だ。

 

 しかし、気にもなった。この自堕落、怠惰ランキングを作ろうものなら世界一位すらたやすく取れるであろうグレン=レーダスという教師ではなく、帝国軍時代に魔術師殺しとまで歌われたグレン=レーダスという軍人の顔を。

 

 貧民(スラム)街で暮らしていた時に軍人は山ほど見た。住宅街を規則正しく行進する部隊、罪人捕縛のため街中を疾走する軍人、空を鳥の背にまたがり駆け抜ける軍人を見上げたりした。時には盗みをする上での障害となり、時には話し相手にもなってくれた軍人たちとの思い出というのは少なくとも両手では数え切れないだろう。

 

 だからこそ、だからこそ、気になるのだ。この男の、教師という仮面の下にあるのはどんな顔なのか。あまりに愚策、殺される可能性ががあるにもかかわらず、俺は実行した。

 

「……もう一度問います、あれが魔道士としてのあなたの本心ですか?《愚者》」

 

 《愚者》その単語に反応し、グレン先生は俺に向き直るがその目は先ほどまでのやる気のないものではなく殺気がにじみ出ているものだった。

 

 ああ、あなたはそっち側か。ハイライトが真っ黒に染まった瞳はサンタクロースが居ないことを知った子供によく似ている。あれは絶望だ、夢を持ち、憧れを原動力として突き進み、そして夢と憧れが永遠に叶わぬことを知った時の瞳だ。

 

 親しいやつだとニックだろうか、あいつは妹と共に捨てられたが本人は父親の跡を継いで医者になるんだと言っていた。事実あいつは少しの、スラム街では奇跡に等しい治癒術を使えるやつだったのもあって大人になっても人を救いたいと思っていたのだろう。

 

 だが、そんなある日、あいつの妹が馬車に轢かれた。轢いた相手は轢いたことにすら気付く事なく駆け抜けていったらしい。ニックは急いで治癒をかけるも、馬車に轢かれた妹を救うには到底足らなかった。そこでニックは近場の医者の家に行き、妹を助けてくれと泣き叫んだ。

 

 答えは無情にもノーだった。妹は助からず、後日俺たちで埋葬した。埋葬したといっても、山に埋めただけなのだが。そんな時のニックの瞳によく似ている。何故だ、何故そんな瞳が出てくる?

 

「……なるほど、それがあなたの、いや、宮廷魔道士団特務分室No.0《愚者》としての顔ですか?」

 

 この人の瞳は、間違いなく一年前の、特務分室脱退に原因がある。だが、それを俺が知っているわけもないし、第一今俺は生死の淵に立たされていると言っても過言ではない。

 

「……おまえ、それをどこで聞いた?」

 

 ぶわっと殺気が広がる。付近で夕陽を優雅に浴びていた植物がピタリと凍ったように固まる。付近の生物がいっせいに仮死状態、またはそれに近い状態に入る中、俺は挑発を続ける。

 

「なあに裏世界では有名ですよ、外道魔術師を屠る《愚者》のグレン=レ-ダスの噂は」

 

「なるほど、おまえ、《天の知恵研究会》の差し金か?」

 

 天の知恵、か。奴らにも何個か物申したいことがあるが、それはそれ。今は関係ない。

 

「残念ながらそうではありません。数か月前までスラム街で暮らしていた、ただの執事ですよ?」

 

「なるほど、お前自身は答えてくれなさそうだし体に聞くとしようか」

 

 そう言った先生はポケットからあるカードを取りだした。そもそも体に聞くってなんだよ、拷問か?痛み系なら耐性は人以上にあるが、あれ程度じゃ魔術の世界じゃ足りないんだろうなぁと愚痴る。

 

 ふっ、と辺りの空気が一変し、暗雲が立ち込め始める。

 

「お前がどんな秘術を持っていようが、もう無駄だ。無力化させてもらった」

 

「ま、まさかそのカードが魔道器…!?」

 

 一、二呼吸置いて口からそんな典型的な言葉が飛び出した。いやいや、出るしかないでしょ。無力化?ナニイッテンノコノヒト

 

「ああ、俺の魔術特性(パーソナリティ)は『変化の停滞・停止』そしてこのカードに返還した魔術式は俺を中心とした一定効果範囲内における魔術起動の完全封殺」

 

「なるほど、それがあなたを魔術殺しとたらしめた技か……ん?でも待てよ、それって一定効果範囲内なんですよね?」

 

 俺の問いに先生は警戒を解かずに静かに頷く。

 

「なら、グレン先生も魔術使えないんじゃ……」

 

 先ほどの先生の説明が正しいなら自分が使えないのは当たり前。そうなったらその場には魔術が使えない魔術師が二人ちょこんと居るだけだ。そんな魔術に何の意味がある?

 

 そんな俺の問いに答えるように先生はステップを踏み始める。

 

「大丈夫、大丈夫、こいつがあるから」

 

 ニカっと影が一切ない満面の笑みで先生は握り拳を作り、こちらに向けてくる。 

 

「もしかして……拳ですか?」

 

「もしかしなくても拳」

 

  バネがはじけたかのように右ストレートが眼前に飛んでくる、それを左腕でぎりぎりいなすと続けざまに左アッパーが襲い来る。右足を高く上げ先生の肘を蹴り軌道を変える。そのまま上がった足で先生の左腕を蹴り、距離を取る。だがそれを元軍人が許すはずもなく右手ががっちりと胸倉をつかんでいた。足をはらわれ、腕もつかまれ、大きく振りかぶって投げられる、地面との衝撃はさほどであったが筋肉にダメージが蓄積し受け身を取った左肩は少し俊敏性に欠ける。

 

「……アレンジが入っていますがそれは間違いなく帝国式軍隊格闘術ですね?」

 

 帝国式格闘術、昔広場で演舞を行なっていたのを見たことがあるのと、軍人に捕まった仲間を救出するために駐屯地に襲撃をかけた際戦闘になった時のことを体が覚えていた。

 

「ああ、ここでお前を殺してやるよ。外道」

 

 そこからの戦いは防戦一方のものだった。先生の精錬された格闘術の前に魔術を封じられた俺はなすすべもなかった。いくら一年のブランクがあるとはいえ腐っても元軍人。たかがたらふく腹を満たしただけの餓鬼では勝ち筋すら見えない。

 

(やばい!このままじゃ本当に……死ぬ)

 

 すさまじい威力を秘めた右ストレートに選ぶ選択肢はたった一つ、回避だ。首をほぼ直角に曲げ、拳の端がこめかみをかすったその時、左腹部に激痛と衝撃が走り、地面を転がり、柵に激突する。

 

「…がはっ……ほ、ほんとうに……殺る気かよ」

 

 血の塊が口から飛び出し、胃袋がひしゃげた感覚がする。肋骨は数本持っていかれあばらにもひびが入っているだろう。下半身はさらにひどく、足の甲は見たくもないほど無残な状況。満足に動くこともできず、次の一撃を躱すことはできない。出来ることと言ったら地べたを這いつくばって気持ち程度回避を試みるだけだ。

 

「外道魔術師を殺すのが俺の役割、ひいては特務分室の務めだ。悪く思うな転入生」

 

 先生がが拳を振りかぶる、ああ、無理だ。この距離を軍人が、ましてやこの魔術封鎖環境において肉弾戦で最も戦ってきた男が一撃を外すわけがない。終わりだ…

 

 だがそんな俺の視界の端に映ったのは、握りしめられた拳ではなく差し出された手のひらだった。

 

「悪いなルグナ、どうやら俺は大きな思い違いをしていたらしい」

 

 先ほどの殺気は何処へやら、ゲリラ豪雨の雨雲のように消え去った先生の顔はいつもの教師の顔に戻っていた。

 

「お、思い違い……?」

 

 引っ張り上げられるが、立てる力もない。壁に寄りかかり精々呼吸するのでやっとだ。

 

「つい先日、学院に関する書類に一部書きかえられた跡があって、それが今回転入してくる生徒ではないかとセリカが言っていたんだが…まったく

セリカも気をつけろ」

 

 ふわりと香水の香りが鼻腔をくすぐったかと思うと、次の瞬間先生の脇にはあの大魔術師の姿があった。

 

「悪かったな。ルグナ、君の怪我は全て私の責任だ、直ぐに《治る》さ」

 

 ぽぅと俺の全身を温かな光が包む、アルフォネア教授の魔術特性(パーソナリティ)『万里の破壊・再生』によって、傷ついた俺の細胞が再構築を始めている。ひしゃげた胃袋が戻っていくことに少々なんとも言えない違和感を覚えながら、喋れるようになった口から疑問が飛び出す。

 

「そういえば…俺がなんで黒じゃないってわかったんですか?」

 

 そう問いかけると先生の雰囲気がまた先ほどの殺気を帯びたものに変わる。大魔女の周辺ではバチバチと電撃が走り出し、ただ事ではないことが簡単に理解できる。

 

「簡単だ、今此処に人払いの結界が張られ、俺たち三人以外にこの学院に居るやつはただ一人。そいつが犯人だ」

 

 先ほどの口調とは打って変わり、さらに低い声となった先生。

 

(という事は、俺の時は本気じゃ無かったのかよ……)

 

 自分の実力不足と、それをたやすく先生の観察眼に舌を巻く。先生たちの行動から察するに間違いなく相手は俺より強い、そんなやつが人払いの結界まで貼って俺たち3人にした。

 

 狙いとしてはアルフォネア教授だろう。自身の弟子と弟子の教え子である俺という荷物があれば狩りやすいと考えたのだろうか。

 

「そいつはいったい誰なんですか……?」

 

 その時、パンパンパンとまるで大物作家が描いた舞台に贈られる賞賛のように音を響かせた拍手が屋上に響き渡った。三人の視線がその音源、屋根の淵に佇みこちらを眺める人影が夕日に照らされ、風が吹き荒れフードが取れる。

 

「あ………」

 

 息がとまる。この数ヶ月間、忘れたことなどなかった。自分を攻撃するよう命令し、その様を優雅に眺め、そして今度はあの二人を人質に取ったあの男。

 

「ルシファー!!」

 

 俺がそう叫んだ時、二人は訝しげな表情を浮かべたがそんなことを気にするほど俺に余裕はない。側から見れば家族を殺された一匹狼にでも見えるかもしれないという自覚を持ってなお俺はあいつを睨むことをやめなかった。

 

「そう怒りに溺れるな、なあに今日あたりに金色の髪の方を、確か…ルミアとか言ったかな?まあそいつを殺そうと思っていたがお前たちが戦っているのを見たらその気が失せた」

 

「てめぇ!いったい何者だ!」

 

 先生がそう叫ぶあたり、奴は軍でも認識されていない人物らしい。となると新参のテロリストか、いやあれだけの手だれの部下を連れていたあたりそれはない。

 

「なぁに、貴様の預かり知らぬ事だ《愚者》貴様には一切関係のない事だ。気にする」

 

 そこから先の言葉は無かった、アルフォネア教授が放った三重の呪文、B級軍用呪文【プラズマ・カノン】、【インフェルノ・フレア】、【フリージング・ヘル】がルシファーに襲い掛かったからだ。

 

「敵が話してる間に攻撃とか……第七階梯(セブンデ)の名が泣くぞ?」

 

「なに、愛弟子が侮辱されることは私の名に泥が塗られるより耐えがたいものでな。まあとっとと《死ね》」

 

 その呪文はルシファーではなく、足場の屋根を狙ったものであり、屋根は粉々に砕けた。ルシファーが呪文を唱えた様子もない、土煙が飛び交う中落ちたと確信した。だが、

 

「「「……ッ!?」」」

 

 土煙がはれた時、空中に不死鳥のように燃え盛る炎の翼を生やしたルシファーがにやりと笑みを浮かべていた。

 

「大魔女、俺はおまえたちと殺りあう気はない。俺の望みはルグナの抹殺、ただそれだけだ」

 

「なぜだ!なぜおまえは俺を狙う!?」

 

 俺はやつに心からの叫びをぶつける。何故だ、何故だと。あの日から1日たりもと頭から消えない疑問。俺はただスラム街で暮らしていただけなのに、お前たちの邪魔をしたことは…まあ多少あったとしても、殺しに来るほどのことではなかったのに。

 

「お前はこの世界に存在してはならん存在、それを俺が無能な神々に代わってお前を罰する、ただそれだけだ」

 

 あいつはただ、一切の抑揚ない機械的な一文を俺に投げた。

 

「神…神だと?」

 

「然り、お前は生きる事、いや生まれてきた事そのものが罪だ。お前は生きているだけで他者を業に引き込む、歩く災害だ」

 

「だが、無脳な神はお前を殺さない。だからこそ、俺が神に代わりお前を殺すだけだ」

 

「ふざけるな!俺は誰かに手綱を握られるのが一番嫌いだし、第一そんな理不尽な理由に従うわけないだろ!」

 

 俺はそう言い放つと、壁から一気に柵へ走り、そのまま飛び越える。此処は3階、勿論地面と距離は怪我なしでは着地できないほど十分ある。

 

「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》!」

 

 【グラビティ・コントロール】で自身にかかる重力を減らし、学院のベランダや突起物を足場とし、地面に降りる。

 

「逃げようと無駄な事だと知れ!」

 

 俺が着地するのと同時にやつは眼前まで迫り、腰から引き抜いた剣を振る。先ほどのダメージはなく躱すことは容易い。

 

「あめぇ!」

 

 カウンターをお見舞いしようと俺の右フックがやつの顎に刺さる。そのはずだった、

 

「がっ・・・!?」

 

 左肩口に激痛、熱せられた火かき棒を思いっきり叩きつけられたかのような痛みが走り、右フックは途中で止まる。左肩口に突き刺さっているのは間違いなく先ほど回避した剣がせせら笑うかのように光をこちらに反射する。血液が足元に一瞬で血溜まりをつくり、左肩から先の感覚が消え失せていく。

 

「ここまでだ」

 

 ルシファーがゆらりと上段に振りかぶった瞬間、なぜかルシファーは一気に距離を取る。

 

「ちっ!貴様、錬金術で鎖を作っていたな!」

 

 さまざまな空間から鎖が出現し、それは空を駆けるルシファーを追尾する。自分で言うのも虚しいが、俺は落下中に錬金術を行えるほど優秀じゃない。

 

 この鎖は俺少し前にカッシュの逃亡を阻むために通るであろう此処、中庭に仕掛けておいたものだ、他の誰かがかからないように任意起動式にしておいたのがここで役に立った。

 

「ははっ、……魔力容量(キャパシティ)も技術も全部で劣る俺にはこれしか手は無いんだよ……」

 

 血溜まりが光を帯び、突きだす俺の右手に光の粒子となって集まる。アルフォネア教授にかかれば奴とはいえひとたまりもないだろう。だがどうやら奴はあの二人にも攻撃を仕掛けているらしい。俺の優先順位はあいつの中では確かに高いだろうがアルフォネア教授がいては話は別だ。

 

「あいつ……自分の血を触媒に…?」

 

「ああ、お前が【イクスティンクション・レイ】を唱えるときに使う虚量石(ホローツ)みたいなものだな」

 

 先生と教授の魔術がルシファーの攻撃をいなすのを視界の端におさめ、俺は大魔術を展開していく。

 

 血を魔力処理し簡易的な魔術触媒を生成する、右手には主となる大型の円法陣の上に大小さまざまな円法陣が出現し不規則に回転を始める。

 

「《それは愚かなる名・だが時は望む・不屈の英雄・その物語を》」

 

 円法陣は少しずつ重なり、それは一つの砲台と言える形を取り始めた。左足を引き、神経が半分無くなったかもしれない左手を右肩に気持ち程度置く。

 

「いいだろう、かかってこい!」

 

 紅蓮の翼はさらに火力を上げ、鎖の包囲網を破り、上空に陣取る。血の触媒程度では自身の攻撃を止められないとでも思っているのだろうか。

 

「撃ち抜け!黒魔改【運命の詩(レクイエム・レコード)】」

 

「《燃えよ!我が命、我が魂!》【エンドレス・オーバー・ストレイム】!」

 

 ルシファーの空間斬撃と俺が放った呪文は空中で激突し、校舎を揺らした。だが徐々に【エンドレス・オーバー・ストレイム】が吸い込まれていくように押されていく。だが俺の呪文は奴の斬撃を打ち消しこそすれ打ち破るほどではなかった。空中で霧散し、奴と俺の間には霧散した呪文の光粒が漂う。

 

「……やはりお前は殺さねばならん、その魔術特性(パーソナリティ)はあってはならぬものだ」

 

 そう言い残し、ルシファーは飛び去った。惜しくも呪文がルシファーに当たることは無かったが今は撃退しただけでも良しとしよう。先生の方も攻撃が止んだのだろうか、三階から飛び降りてくる。

 

「……成功したか、成功率50%ではあったけど、つらいものは、つらいな……」

 

 大出血で血の海をまた作りながら俺は芝生に倒れこむ。今度は完治するまでどれくらいかかるだろうかと意識を失う直前、そんなことを考える俺だった。




次回EpisodeⅠ-Ⅲ二年二組 感想 評価 お願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EpisodeⅠ-Ⅲ二年二組

 やばい、短くしようにも出来ねえ……(今回七千字です☆)前編とかに分けるか?


 あのルシファーとの戦い以降、グレンの教育方針は百八十度変わった。【ショック・ボルト】を極めたと言う生徒たちの自信を真正面から叩き折り、呪文は覚えるものではなく理解するものという方針であったためとロクでなしだったグレンの覚醒もあいまって授業を見学に来る生徒たちが途絶えることは無かった。だが実技の授業の時はさすがに生徒たちが来ることは無かった、そんなありふれたグレンが行った授業の一つを覗いてみよう。

 

 

 

------------------------------------

 

 

「そういえばシスティーナ。いまさらですが、ルグナはフィーベル家の執事と聞きましたわ、それは本当ですの?」

 

 

 地方の有力名門貴族の出身であるお嬢様風で高飛車な少女、ウェンディ=ナーブレスは制服を脱ぎながらシスティーナに問いかける。

 

 

 なぜ彼女らが制服を脱いでいるか、それは次の授業が錬金術の授業であるからだ。錬金術の授業では実際に生徒たちの手で魔法素材を加工し、器具を操作して触媒や試薬を扱う授業だ。その実験内容によっては衣服がひどく汚れたり、衣服に薬品の臭いがついたりなどすることがあるため、女子生徒一同はこの女子更衣室に集い、実験用のフード付きのローブに着替えている。

 

 たかが錬金術の授業と思ってはいけない、錬金術は前にルグナが鎖を作ったように剣を高速で錬成することもできるが、今回の授業で行うのは錬金釜を使用した赤魔晶石を錬成するものだ。

 

 

「ええ、ルグナはお父様が直々に雇った人間よ」

 

 

「ですが、彼はスラム街の出身ですわよね?」

 

 

「……ッ!?ど、どこでその情報を!?」

 

 

 ウェンディの思いがけない発言にシスティーナとルミア、そして更衣室に集う女子生徒全員が凍りつく。

 

 

「なに、ナーブレス家の情報網をなめないでいただきたいですわ。さて、大貴族のフィーベル家がスラム街の常識も節操もない男を雇っているなんて、こんなことが―――」

 

 

「違うよ!」

 

 

 ウェンディの言葉が途中で切れたのは普段は静かに見守っているルミアが声を荒げたためだ、これには発言の邪魔をされたウェンディも押し黙るしかなかった。

 

 

「ルグナ君は、常識も節操もあって、努力家で、優しいよ!」

 

 

「そ、そうよ!なんならウェンディ、次の時間、彼の行動を見ていたらどう?それであなたの考えが変わると思うわ」

 

 

 ローブに着替えた二人が更衣室を出て行くのをウェンディはただ呆然と眺めていた。

 

 

 

 

「ふぁ……ねみぃ……」

 

 

 そんなやり取りが行われているとはつゆ知らずルグナは授業が行われる錬金術実験室で大きい欠伸をしていた。

 

 

「おっ、あの従者が欠伸とは明日は雪でも降るか?」

 

 

 カッシュがそうちょけるがルグナからの突っ込みが飛んでこない。

 

 

「……ルグナ、本当に大丈夫かい?」

 

 

 セシルが心配そうにルグナの背中をさする。

 

 

「実のところ、今日一睡もしてないんだよ」

 

 

「はぁ!?お、おまえなにがあったよ!?ギイブルみたいな勉強厨じゃないだろ!?」

 

 

「誰が勉強厨だって?」

 

 

 カッシュが口を滑らせ、ギイブルが不満げに吐いたのをルグナは興味なさげに眺めている。

 

 

「ちょっと野暮用でな、確かに一睡もしていないは大げさだがそれぐらいなんだよ。帰ってきてから洗濯と朝食の下準備、簡単に屋敷の掃除をしてたら朝日が昇ってきた」

 

 

「おまえ、よくそんな数の仕事をこなすな……」

 

 

「俺はフィーベル家の従者だ、これくらいのことは当然の範囲内」

 

 

「ふぅーん……ん?なあルグナ、お前洗濯もしてるって言ったよな?」

 

 

「ああ、お手伝い妖精じゃ間違うかも知れないから俺がな」

 

 

「それじゃあさ!あの二人が今日着てる下着が何色とか知ってるのか!?」

 

 

「もちろん、二人の下着を用意したのは俺だしな」

 

 

 その一言に男子陣の目の色が一変する。

 

 

「おい!答えろ!」

 

 

 カッシュがルグナの肩をつかむと、ルグナはカッシュに視線を移し、そしてふっと笑ったかと思うと次の瞬間机にぶっ倒れた。

 

 

「ッ!?はぁぁあああああ!?おい!寝て黙秘を貫こうとしたって無駄だからな!!おい!手伝え!お前ら!」

 

 

 寝息をたてて寝るルグナをあの手この手で起こそうとするが一向に起きる気配がない。

 

 

「ふん、まったく彼が自分に【スリープ・サウンド】をかけていたことに気づかないとは……やれやれ」

 

 

 授業が始まる数十秒前までルグナは深い眠りに入っていた。

 

 

 

---------------------------------

 

 

「さて、お前らに言いたいことがあるがまず……ルグナ、どうした?」

 

 

 グレンが若干引き気味で言うのも無理はない。現在、ルグナの顔は真っ赤に染まり、整えられた髪もぼさぼさになってしまっている。

 

 

「大丈夫?痛みはどう?」

 

 

 ルミアが治癒魔術をかけながらルグナを気遣い、

 

 

「あ、あの、私のでよければ……」

 

 

 リンが差し出した整髪剤でテレサがルグナの髪をきれいに整えている。

 

 

「テレサ、手慣れてるな」

 

 

「ふふっ、自分の髪に比べれば簡単なものですよ。あっ、そういえば最近新しく入った整髪剤があるんです、一つどうです?」

 

 

「……少し考える」

 

 

 テレサの商談に飲み込まれようになりながらその手腕に感謝するルグナ。そして、教室の隅でルグナとセシル、ギイブルを除いた男子生徒全員がシスティーナからのありがたーいお説教を受けている。

 

 

「おいおい白猫、説教するのはいいが授業させてくれ。今回はただでさえ時間がかかるんだから」

 

 

「あっ、はい!さて、後で延長ね?」

 

 

「「「「「は、はい……」」」」」

 

 

 男子生徒たちが肩を落として席に戻る。その光景を少し深いクマを作ったグレンが見届けそして話し始める。

 

 

「今日の錬金術実験は錬金釜は使わん!古典的な分解方式でやる!」

 

 

 その発言に驚きの声が上がりつつもシスティーナは冷静に指摘する。

 

 

「先生、分解再結晶法では結合促進触媒が必要で、そんなのを用意する時間は……」

 

 

「ふっ、問題ない!」

 

 

 グレンはそう言うと教卓に置かれていた銀色の箱を叩く。

 

 

「触媒なら俺の知り合いに全て用意させた!まあこれもすべて俺の人徳のなせる技ってとこだ!」

 

 

 そう高らかに発言するグレンよりも皆の視線はルグナに集まっていた。そう、あの触媒の八割を作ったのはルグナだった。なぜ、ルグナが触媒を作るはめになったか。それは昨夜にさかのぼる。

 

 

 

 

「……いったい何の用でこんな時間に呼び出したんですか?」

 

 

 午後九時ごろ、ルグナはグレンの、グレンが居候しているセリカの家の中にいた。

 

 

「まあ座れって、少し話があるだけだ」

 

 

「まったく、それくらいなら通信魔道石ですればいいのに……」

 

 

 文句を言いながらルグナは席に着く。

 

 

「さて、一つ聞きたい。ルシファーが襲撃してきたとき、お前が使ったあの呪文はなんだ?」

 

 

「あれは自分がシスティーナに魔術を教えてもらっている時にたまたま思いだしたんです、といっても劣化版のレプリカですけど」

 

 

 やれやれとルグナは肩を落とし、グレンが用意したらしい紅茶を飲む。

 

 

「レプリカ?あの破壊力が本物ではないってことか?」

 

 

「ええ、本当なら後何節もあるんですがそれを撃つことはできない。あのたった四節だけでも俺は自分の血を触媒にしてようやく撃つことができるんですから」

 

 

「……なるほどな、つまりお前の魔力容量(キャパシティ)は限りなく少ないってことだな?」

 

 

「ええ、【ショック・ボルト】十五発ぶんくらいでしょうか?」

 

 

「恐ろしいくらいに少ねえな」

 

 

「さて、いったい何の用です?ただの世間話がまさかここに呼び出した理由じゃないでしょうに」

 

 

「ああ、実はな……頼む!」

 

 

 グレンはその場でジャンピング前方回転土下座を決めていた。

 

 

「……はっ?」

 

 

 これにはさすがのルグナも唖然とするほかない。

 

 

「実はな明日行う赤魔晶石の錬成に俺は分解再結晶法を使いたいんだがそれには触媒を作る必要がある、そこで手伝ってくれないか!?頼む!この通り!」

 

 

「……別にいいですけど」

 

 

「本当か!?ありがとな!」

 

 

「触媒を作るだけですよね?だったら簡単ですよ、昔だったらある強盗が盗んだ金品をさらに盗んで十日間寝ずにフェジデ中を駆け巡ってのデス鬼ごっこをしてましたから」

 

 

「……なんだかんだいってお前、俺よりきつい生活してたんだな」

 

 

 そして二人は触媒の作成作業に取り掛かった。最初はグレンに触媒の作成手順、ついでに明日行う分解再結晶法の手順を教えてもらい、その後は黙々と作業に取り組んだ。途中でグレンが寝てしまったためグレンをベットまで運び、その後ルグナは一人で触媒を作っては材料が足りなくなり地下魔術工房に取りに行くのを繰り返していたというわけだ。

 

 そして現在に戻る。

 

 

「まあ騙されたと思ってやってみろ……」

 

 

 ウェンディの反対を押し返し、意気揚々と素材倉庫にある両開きの扉を開けて硬直した。

 

 

「輝石が……在庫切れ、だと……?」

 

 

 グレンが青い表情になり、冷汗がだらだらと垂れだす。

 

 

「輝石が在庫切れならもう仕方ないですわね?」

 

 

 その時ドンと何かを机に叩きつける音が聞こえた。その音を出したのはルミアによって男子生徒がやったビンタを治癒され、テレサとリンのおかげできれいに髪が整ったルグナだった。

 

 

「先生言ってましたよね?輝石は重要だって、前に聞いたんですよ、どっかのクラスで輝石が予想より多く使ってしまったって……ほんと、備えあれば憂いなしとはこのことだ」

 

 

 ルグナが置いた透明の箱の中には輝石が入っていた。

 

 

「ッ!?お、おまえ!ど、どうやってそれを……!?」

 

 

「グレン先生、返すの忘れてました☆」

 

 

 そう言ってルグナが渡したのは魔術工房の鍵、ルグナが持ったままのものだ。

 

 

「あっ、そうか。お前あの時……!」

 

 

 グレンは分解再結晶の手順を説明している最中に輝石が重要であると説明していたのだった、それをルグナは覚えており、魔術工房から輝石を拝借していたというわけだ。

 

 

「これで、行けますよね?」

 

 

「ああ、もちろんだ!」

 

 

 そうして分解再結晶の実技が始まった。生徒たちも最初は古典的な方法だろうと思っていたが、いざやってみるとこれが思いのほか楽しい。もちろん一つでもミスは許されないが時間はたっぷりあったため丁寧に手順をこなしていった。

 

 

「……?ど、どうしたらいいんだろ……」

 

 

「もう一度冷やしてくれ、そしたらこれで過熱と冷却を四往復したからもうそろそろ不純物が取り除かれているはずだ。それじゃあ次にルビーズ液を一滴垂らすから準備してくれ」

 

 

「は、はいっ!」

 

 

 おどおどとしていたリンには先に全工程を済ませたルグナが説明し少し遅れてはいるもののみんなのペースに追いついていった。

 

 

(……どうしたらよいのでしょうか、あの講師に聞くのは癪ですし、かと言ってこのまま後れを取るのは……!)

 

 

 クラス三位の彼女にとって実験のモタつきがよっぽど悔しかったのだろう。クラスのペースに追いついていないが彼女のプライドが誰かに頼ることを拒んでいる。

 

 

(ど、どうしたら……)

 

 

「ん?ウェンディ、まだそこなのか?」

 

 

 見ると隣でリンに指示していたルグナがウェンディのフラスコを覗き込んでいる。

 

 

「なっ、なにを言っていますの!?わ、わたくしが後れを取るとでも!?」

 

 

「ふーん、今リンも同じ場所だからもしうろ覚えなところがあったら聞いてくれよ?」

 

 

 そういって、ルグナはさっきよりも声量を上げてリンに説明する。

 

 

「で、ルビース液を垂らしたら、紅鉛鉱(こうえんこう)を微小量加えていくから天秤で量ってくれ。量は前にも書いてあるけど(・・・・・・・・・・)指示するから気にするな」

 

 

 ウェンディはルグナの説明を聞きながら手を動かし始め、そしてついにクラスに追いついたのだ。

 

 

「リン、クラスに追いついたぞ!次は配列中に人の血液、マナを含ませる工程だが……血は俺のを使え」

 

 

「えっ?で、でも……」

 

 

「風邪気味なんだろ?さっきから咳をしてるし、さらに血を抜いたら症状が悪化する」

 

 

 ルグナは左腕にゴムチューブを巻き、リンから注射器を受け取ると押し子を親指だけで器用に押し上げ、血を取る。

 

 

「よし、それじゃあそれをろ過器の上に差し込んで……そうそう、それで血をろ過器の中に注入する。そしたら透明な血清液がでてくる、んでウェンディ、調子はどうだ?」

 

 

「……まあまあですわ」

 

 

「やっぱり血を抜く作業で止まってたか、貴族の方々は潔癖症な方が多いからねぇ~」

 

 

 注射器を聖水で清めるルグナ。

 

 

「結婚前の大事な私の体に傷跡が残ったらどうするんですの!?それに自分の血を抜くなど……!」

 

 

「なら俺のを使えよ、スラム街で暮らした最底辺の血をさ」

 

 

「なっ……!?ど、どうしてそこまで……」

 

 

 ゴムチューブを再度巻き、注射器を器用に使って血を抜く。

 

 

「あんたら貴族からしたら俺らは道端に落ちてる石ころと同じくらい興味のないものだ、だったらそんな奴の血なんて無尽蔵にあるわけだ。ほら、無価値に等しいだろ?だったらくれてやるよ」

 

 

 血をろ過器に注入し血清液がでてくる。

 

 

「ほい、後はできるだろ?」

 

 

「え、ええ……」

 

 

 ルグナは立ち上がると自分の主の元に向かう。

 

 

「調子はどう?」

 

 

「結構いいわよ、このままいったら相当大きなものができると思うわ。ところであなたのはもう完成してるんでしょ?見なくていいの?」

 

 

「いやいや、俺のを見ちゃったら感動が半減しちゃうからな。っとルミアも血を抜く作業で手間取ってるのか?」

 

 

「う、うん。システィに抜いてもらおうと思ったんだけどシスティの邪魔しちゃ悪いかなって……」

 

 

「なるほど、チューブ貸して。後注射器も」

 

 

 ルミアはそれらを渡し、自身の右腕を伸ばす。だがルグナはまた自分の左腕にゴムチューブをくくる。

 

 

「えっ、私じゃないの?」

 

 

「いやいや、誰が好き好んで自分の主に傷をつけるんだよ」

 

 

 三度目ともなれば慣れた手つきで血を抜き、注射器を渡す。

 

 

「後は、ろ過器にかければいい…ぞ……」

 

 

 ぐらっとルグナの体が揺らぎ、ルグナの顔がすっぽりとルミアの胸の中にダイブする。

 

 

「え…ち、ちょっと、ルグナ…く…ん」

 

 

 その胸の中でルグナは寝息を立てて寝ていた。それは【スリープ・サウンド】を使ったものではなく本人の、動物的欲求によるものだったがそれほどルグナの体は悲鳴を上げていた。

 

 

「ルミア、後の作業は私がやっておくわ。ルグナをよろしくね」

 

 

 床に座り、ルグナの頭の位置を膝に移しルミアはルグナの寝顔を眺めた。

 

 

 安らかに眠っている、もちろん死んでいるわけではないが安心したような安堵の表情が崩れることは無い。

 

 

「ふふっ、かわいい」

 

 

 頭をなででいるとルグナの右手が手をつかむ。

 

 

「……また……一緒に……木陰で……遊ぶ……約束……した……」

 

 

 えっ、とルミアは声を出しそうになった。その約束はルグナとは似ても似つかないある人物と結んだものでルグナとはあの雪の中が初対面のはずだ。それなのに、それなのに、それなのに、

 

 

(なんでこうも、懐かしく思ってしまうんだろう……)

 

 

 

 

-----------------------------------

 

 

「ん……」

 

 

「あっ、起きた。まったく先生の助けをしに行ったというのは先生から聞いたけどもう少し自分を大切しなさい、主からの命令よ」

 

 

「Aye aye,sir.そういえばどうだった、赤魔晶石の大きさは?」

 

 

「まだ見てないわ、カッシュが一番に開けるらしいからそれを見てからね。ほら行きましょう」

 

 

「いや、俺は先に自分のを確認しておくよ」

 

 

 二人が他のテーブルに向かっていくのを見送り、ルグナは自分の赤魔晶石を金属箱から取り出した。

 

 

「おお……大きいな」

 

 

 その大きさはおそらくこのクラスで最も大きいと胸を張って言えるほどのもの。システィーナだから大丈夫だろうと思いながら彼女のも見てみると自分のよりは少し小さいものの上出来なもの、だが問題はルミアだった。

 

 

(あっちゃー、こりゃあ本人の性格が出ちゃってるな……)

 

 

 ルミアの赤魔晶石は他のものに比べれば小さいもので、それはあまり表舞台に立とうとしない彼女の性格のようだった。

 

 

「ふむ……」

 

 

 自分の赤魔晶石が入った金属箱とルミアのものを交互に見て、入れ替えた。

 

 

「おっ、ルグナ。お前のはどうだった?」

 

 

 カッシュは食い気味にルグナに尋ねると、ルグナは手に持っていたルミアの金属箱を開けた。

 

 

「いやぁ~急いだからか小さかった」

 

 

「はっ、急いては事をし損じると言うだろうに」

 

 

「おいギイブル、善は急げ、とも言うんだぜ?」

 

 

 ギイブルの皮肉をきれいに跳ね返したとき、システィーナとルミアのテーブルからひときわ大きい歓声が上がった。

 

 

「おい、ルミアちゃんの赤魔晶石、大きくねえか!?システィーナよりも大きいぞ!?」

 

 

「しかもきれい……ねえ、どう作ったの?」

 

 

「さすがは天使様……神々しいぜ」

 

 

 カッシュ達も一目見ようとルグナの横を抜ける。ルグナは手で金属箱をまわし、ウェンディのところへ向かった。

 

 

「出来は?」

 

 

「……これですわ」

 

 

 ウェンディが見せてきたのはルミアのものよりさらに小さいサイズのものだった。

 

 

「あらら、俺より小さいとは……血が悪かったかな?」

 

 

「いえ、むしろあなたのものはアレでしょうに」

 

 

 ウェンディは人ごみを指差す。それはルミアのもがルグナのものであることを知っているからだ、この教室の中で唯一ウェンディだけがあのすり替えの瞬間を見ていたのだ。だがルグナは表情を変えず、

 

 

「さて、いったいなんのことだろうな?」

 

 

「……そこまでシスティーナとルミアに手柄をやる目的はなんですの?」

 

 

「従者が主の顔を立てて悪いか?」

 

 

 ウェンディの中で何かが変わった、この男はあの二人を心の底から信じている。だから彼女らもあのように言いきれたのだ。

 

 

「おーいルグナ、片づけ手伝ってくれ」

 

 

「あっ、はい!直ぐ行きます!」

 

 

 ルグナの後姿を眺めながらウェンディは赤魔晶石を握りしめた。この赤魔晶石には彼の血液が入っている、そう考えればなぜか安心感が湧いてくる。数日後、本物のルビーのようにカットされた赤魔晶石をペンダントのように首からさげたウェンディが女子生徒の中で話題となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回EpisodeⅠ-Ⅳ学院テロ事件前編 感想 評価 お願いします!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

Episode Ⅰ-Ⅳ学院テロ事件前編

 どちゃくそ(一年と半年)久しぶりの更新で、内容もほっとんど覚えていなかったんで何回か見直して、加筆修正を所々して、そしてようやく投稿。覚えている人はほとんどいないでしょうし(原因は自分の怠慢以外の何物でもないんですゲドね)当初の展開通りにならないでしょうけど、これからよろしくお願いします1


 ある日の放課後、生徒たちは変わりなく帰路につくが、その足取りは軽く会話も弾んでいる。それも無理はない、なにせ明日から五日間に渡る大型休日が待っている。その喜びに浸っている生徒の中にはもちろんルグナも存在しており、いつもは放課後復習をしているシスティーナとそれに付き添うルミアと一緒に夕方帰宅するのだが今日だけは違う。

 

「明日から!五日間の!休みだ!」

 

 そう歓喜の声を上げながら商店街を巡るルグナ。商店街の中には同じ学院の生徒を子供に持つ店主もそう少なくなく、制服のまま来たルグナに対し、暖かい視線を送る。

 

「なんだぁ坊主、明日から五日間の休みってか!?ははっ、こりゃいいな!」

 

「ああ!たーまには商店街をゆっくり回りたいからちょうどいい!あ、この鮭を二切れくれ」

 

 ルグナは店先に並ぶ鮭の切り身を指差す。店主の老人はにかっと笑い、鮭を二切れ、ついで一切れ袋に包む。店主に三切れ分の貨幣を渡すが店主は二切れ分のみ受け取った。店主なりの気遣いなのだろう、ルグナはおつりと三切れの鮭を受け取る。

 

「お、そういえば坊主、明日の朝空いてるか?」

 

「朝か?まぁ、空いてると思うが」

 

「だったらよ、俺と市場に行かないか?」

 

 市場と聞いて、ルグナはごくっと唾を飲み込んだ。市場といえば昔、一度忍び込み、その広さに圧倒されながらもなんとか魚を手に入れたはいいもののその魚が当たったらしく、三日三晩悶え苦しんだにがーい記憶がある。確かに市場に対する興味は大いにある、どのように魚がこの店に流れてきているのかを直接この目で見たくはあった。

 

 しかし、その苦い記憶の影響で市場に対する一歩が踏み出せずにいた。そんな状況でのこの誘い。受けないわけには行かない。

 

「そりゃ、もちろんだが…いいのか?俺みたいなど素人を連れて行って…」

 

「お前さん一人の面倒を見れないほど俺は劣っちゃいないわい!」

 

 店主の剛気な一言に安心を覚えたルグナは明日の集合時刻を聞いたところなんと五時!まさか自分たちも魚を取りに行くのではないかと思ったが、その市場自体が遠方に存在しているらしい。だが、ルグナたちが忍び込んだ市場は比較的近場だったはず、その場所について聞いてみるとなんとそこは貴族の屋敷だったらしい。

 

 まさかその屋敷に忍び込んだなど口が裂けても言えない為、ここからは推測になるが、その貴族たちはどこか旅行に行っており、その時残っていた食料の中にあった腐った魚を盗んだあたりだろう。ルグナは少々恥ずかしさを覚えながら商店街を後にした。

 

 

 

「明日授業あるでしょ?」

 

「え?」

 

 ルグナが商店街から、その後少しして学院から二人も帰宅し、夕食を囲んでいた時その会話は発生した。市場に行ける興奮から話に気を込め、いざ話そうとした初っ端にシスティーナの一言が突き刺さる。

 

「い、いや明日は休校期間だろ?」

 

「明日から五日間、私たちのクラスだけヒューイ先生がいなかった時の分、穴埋め授業よ?」

 

「…マジ?」

 

 えぇ…とがくりと肩を落とし、その勢いのままどさりと席に崩れるルグナ。ルグナの中では明日からの五日間休校が消えたことよりも明日の約束を取り消さなければならない店主に対する罪悪感が募っていた。

 

「ねぇ、システィ。ルグナ君が行く予定の市場ってここから何時間ぐらいなの?」

 

「そうねぇ…だいたい片道二時間と十分程度かしら。土面状況にもよるでしょうけどだいたいはそのくらいよ」

 

「五時集合で向こうに着くのは七時十分ごろ、取引が始まるのは七時半で二十分後終了、そのまま帰ってきたら十時頃到着。私たちがルグナ君の鞄だけ持っていってあげたらギリギリ間に合うんじゃないかな?」

 

 確かに間に合う、だがルグナはその予測どおり事が運ばないのを知っている。市場付近は二日前雨が降ったばかりらしく、土の質もあまり良くないと聞く。その道がベストコンディションなわけがなく、もし行こうものなら間違いなく遅刻確定だ。その案を押せば間違いなく行けるだろうが…

 

「な、なぁルミ「…わかったわ」……ヘっ?」

 

 ルグナの発言を遮り、システィーナがルグナの方に向き直る。

 

「ただし、ぜっったい!絶対!遅刻!しない!こと!いいわね!?」

 

「は、はい……」

 

 システィーナにここまで言わせておいて今更、いやちょっと無理そうなんです、などと言えるわけなく、その場で決議された。食後、ルグナが食器を片付けている際、ルミアに道の事を言おうとすると、彼女から返ってきたのは唇の前に人差しをピンとはったジェスチャーだった。そう彼女は知っていたのだ、雨の影響で道のコンディションが悪いことも、ルグナが遅刻確定な事も。だが彼女はそれ以上に市場に行けないことを知り、落胆したルグナの願いを叶えてあげたいという思いを優先した。

 

 「システィは私に任せてね」

 

 そう一言のこし、自室に戻っていくルミアの背中を見送りながら、彼女には一生頭が上がらないであろうことを思い知ったのであった。

 

 

 

 翌朝、寝ている二人を起こさないよう屋敷を抜け出し店主と合流。朝日が登っていく様を見る予定だったが、馬車の中で爆睡。起きた頃には市場についており馬車の中で寝ていた事に気づかず、そのまま座席から落下。なんとも寝覚めの悪いルグナに店主の笑い声が突き刺さった。

 

 市場は早朝にもかかわらず活気に包まれていた。そんな中早速始まった取引(セリというらしい)は男同士の野太い声が飛び交っていた。セリの結果などど素人のルグナには知る由もなかったが店主の表情を見るに成功したのだろう。鼻歌まで歌い出していた。帰りの馬車だがルグナは忘れていた。セリで購入した品物が馬車に乗るのだから馬車が重くなり、減速することを。

 

「やらかしたぁ……」

 

「いいじゃねぇか!遅刻の一度や二度!人生は経験だぞ、小僧!」

 

 そんなテンション差が天地の差ほどある二人を乗せた馬車はフェジテに向かって行く。そのフェジテにて、学院を巻き込むテロが発生していようと知らずに。

 

 

 学院近くに到着したのは十時五十分、完全なる遅刻。今日の晩ご飯で彼女の機嫌を取らなければならないだろう。馬車から声援を送った店主に言葉を返す暇もないことを心の中で謝りながら、ルグナはフェジテを疾走する。疾走と言っても言葉だけで、本当はただ全速力で走っているだけだ、だが幸いな事に何時もなら人でごった返す街も今日は人が一人もいない為、人を避ける手間が省け…

 

 そこでルグナはようやっと違和感に気づいた。改めて全方位見回すが人一人いない、数年前流行り病がフェジテ中をどん底に叩き落とした時にひってきする程人がいない。これは噂に聞く人払いの結界ではないだろうかと思いながら学院に走るがそんな彼の視界に光の一閃が走る。

 

「な、なんだ…あの呪文は…?」

 

 見覚えのない光の一閃が学院の壁を貫通する。壁を突き抜けるほどの威力を持つ呪文など授業で聞いた試しがないし、そもそも実践演習をするならするで面積の広い中庭で行うはず。どう考えても普通じゃない。そう思った時に脳裏をよぎるのはあの二人。

 

「無事でいてくれよ……!」

 

 校門までの最終コーナーを曲がったルグナの視線の先には学院へと入っていくグレンの姿が。必死に呼びかけるも全速力のルグナが出せるのはせいぜい掠れた声だけで、そんな声がグレンに届くわけもなく、グレンは一人校門から学院内へと足を踏み入れていった。ルグナも後に続こうと校門を潜ろうとするがものの見事に弾かれる。通常時、学院のセキュリティの一つで学院に結界を貼られているが、学生証を持っていれば通ることが可能だ。勿論ルグナも持っているが…

 

「あ…鞄の中だ…」

 

 なんとこの男。学生証を鞄の中に入れたままだったのだ。そんな彼が、今現在結界のセキュリティをテロリストに乗っ取られていることなど知る由もない。学生証も持たず、結界を破壊できるほど魔術の腕も無い彼にできる事などない。数分間、その場に蹲り、二人への焦燥感に駆られ、ワンチャン行けないか、そんな程度の気持ちで校門に足を踏み入れた。

 

 結果から先に言っておこう。通れたのだ、これにはルグナも驚いたのか、数秒間校門で茫然としていると少しだけクラスメイトの悲鳴が聞こえ、彼は一路自身の教室へと向かった。その時入れ違いにミアが転移塔に連れて行かれていることを彼は後で知ることとなる。




 次回 EpisodeⅠ-Ⅴ 学院テロ事件後編 更新は今日明日にできればいいな程度なのでよろしくお願いします笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。