マダオ戦士Goddamn (はんがー)
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プロローグ

「ガッデム!!」

 

英語のスラングで「ちくしょう!」という意味。

 

英語で神を意味する「God」と地獄に落とすという「damn」という言葉を組み合わせた言葉である。スペルは「goddamn」となる。

 

 

ついでにつけ加えていうと、おれが今世で初めてしゃべった言葉である。

 

おれは、そこら辺にいるまるでダメなおっさん略してマダオだった。毎日、自宅警備員よろしくグウタラ過ごしては、ゲームとアニメとネット三昧な日々を送っていた。ときどき「働け、ニート」という世間の冷たい目を向けられ、そのたびにカレンダーをみて、「明日から本気出す」と誓ったのはいい思い出だ。

 

そんなおれに悲劇が襲った。ある日、マダオなおれがコンビニのバイトを始めた。心機一転、おれも社会人として一歩踏み出したのだ。

 

品だし、レジ打ち、商品のチェック、中華まんを温めたり、カフェラテの補充をしたり、チケットを発券したり、etc.......コンビニってやること多いんだな、と遠い目をしながらも、なんとか仕事に慣れてきた。そしていつものように出勤すると、「金を出せェ!!!」......コンビニ強盗に刃物を突き付けられた。Oh、ガッデム!!......しかしここは冷静にマニュアル通りに対応しよう。

 

「いらっしゃいませー」

「聞こえなかったのかッ!金を出せェ!!!」

 

ふむ。お客さまは神さまだ。例え、強盗犯でも丁寧に対応しよう。

 

「すみません、お客さまのなかに柿を持っている方はいませんか?」

 

ひとり年配の方がサッと渡し、そのままおれはそれをスッと差し出した。

 

「そうそう、この柿食って鐘をならす......法隆寺じゃねぇよ!カネだっつってんだろ!諭吉を出せ!!」

 

じゃあ、こっちか?おれは怯える周囲の客に声をかけた。

 

「すみません、お客さまのなかにご兄弟のいらっしゃる方はいませんか?こちらのお客さまがお姉さんをご要望でして」

 

「おれはシスコンじゃねーよ!!!?アネじゃない!カネだっつーの!!!」

 

すみません、新人なものでね。そしておれと強盗犯がバカ騒ぎしている間に警察が到着し、そのままお縄となった。

 

ふー。今日も一日終わった。なんて油断していた帰り道。背後からトラックのクラクションが響いて、後ろを振り返って、おれの意識は遮断された。

 

 

 

 

 

 

そして、目を開けると、知らない天井が目に入る。どうやら親切な誰かがおれを病院まで運んでくれたみたいだ。起き上がろうとするが、あれ?手が小さいような......天井に向かって両手を伸ばしていると、横から「お腹でもすいたのかしら」と声がかかる。そのまま抱き抱えられ、漸くおれは自分が赤ん坊であることに気がついた。いったいなにがどうなっている??頭のなかが混乱し、思考回路はショート寸前だ。

 

 

「ふふっ......あの人にそっくりね」

 

おれを抱える女性はおれをあやしながらにっこり微笑んだ。

 

 

そうしておれの第2の人生の幕があがった。

 

 



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1

入間テム。それが今世のおれにつけられた名前である。

 

おれの意識が目覚めたあのときにおれを抱き上げた女性はおれの母親だという。おしめやらミルクやらお世話になりました。ほんとに。

 

名前に関してはキラキラネームだが、気にしない。きっと母さんもマタニティハイで、正常な判断がわからなかったのだろう。もしくは母さんの輝くネーミングセンスが高すぎるか。おれは前者だと信じているが、周りの大人は何も言わない。

 

なぜなら、おれの容姿は母さんの遺伝で金髪だ。おまけに透き通った蒼い目。完璧に異国の血が流れていますね!......ガッデム!!なんとなく自分の容姿に何か引っ掛かるところがあるが、気にしない。おそらく気のせいだろう。

 

 

 

母さんは美人さんだ。肩より少し長く伸びている金髪は風に揺られなびいている。エメラルドグリーンの瞳はおれを慈愛の籠った目でみつめる。絵画から出てきたみたいだ。

 

おれの出身は某山陰地方の砂丘が有名な県だ。春はハイキングや山菜採り、夏は登山、秋は紅葉、冬はスキーと1年を通してアウトドア盛りだくさんである。

 

 

子どもらしく振る舞うが、インドアだった前世には荷が重い。登山?夏の山は虫がいるんだ、虫除けスプレーがないと無理だ。スキー?寒いからこたつで過ごそうよ。おれがそう口にしようとすると、母さんは「テムくん、行くわよ!」とキラキラした顔でおれの手を引いているので、「うん!」と頷くというおれの負けターンが続いている。強くてニューゲームがなんだって?しょうがないだろ、マダオだから。だが、からだを動かすのは楽しい。母さんもおれの成長記録と称して、カメラを回してパシャパシャと、シャッターをきっている。調子にのって走り回ったら、運動神経が刺激されたのか、木に登れるようになっていた。

 

 

 

そんな日々を過ごして5年。母さんは仕事に復帰した。母さんの職業はジャーナリスト。それも世界を飛び回るジャーナリストである。仕事が本格的になったようで、おれと母さんは引っ越すことになった。

 

「米花町っていうところよ」

 

米花町?そんなところあったか?前世の記憶にもやっとした霧がかかる。何か引っ掛かるような......

 

引っ越し先だという住所をみると、「こめはなまち......?」とかいてあり、思わず眉を寄せた。母さんは「“べいかちょう”っていうのよ」とやんわり訂正を入れる。たしかに【米花町】としっかり記載されている。

 

 

 

米花町?

 

 

 

......ガッデム!!!!

 

 

めちゃくちゃ聞きおぼえあるな、それ。もしかしなくても、小さくなった名探偵がいるところだよね!?おまけにお酒のコードネームの危ない組織がはびこってるところだよな!?それってつまり、日本のヨハネスブルクと称される、犯罪都市じゃないか!!

 

おれは生き延びることができるのか!?

 

 

 

 

 




>某山陰地方の砂丘が有名な県

アムロ・レイの出身地(TV版)

>米花町

通称 日本のヨハネスブルク

>おれは生き延びることができるのか!?

ガンダムの次回予告《君は、生き延びる事ができるか!?》



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2

米花町に引っ越してしばらく経った。さすが米花町。ちゃんと犯罪都市たるその洗礼を受けた。誘拐16件(内、未遂9件)、ストーカー3件。お巡りさんに会うたびに「またか」という顔をされ、同情される。中身マダオなのにすみません。だけど、実に巧妙な罠だったんだ。

 

「テムくん、知らない人からものを貰っちゃ駄目だよ」

いや、でもおれジャンプ読まなきゃしんじゃう病なんだ。

 

「......その口の周りのクリームは?」

お巡りさん!糖分王におれはなる!

 

 

......みたいなことがあり、すっかり警察署の常連さんである。

 

この出来事と、おれの家が母子家庭だったため、流石におれをひとりにさせることに渋った母さんは知り合いにおれを預けることにした。

 

「......久しぶりに顔をあわせたと思ったら、どういうことだ?」

 

「しばらく海外で取材に回るから、預かってほしいの」

 

「悪いがおれは降りる」

 

くるりと背を向ける男をガシリとつかみ、母さんは告げる。

 

「かわいいでしょう?正真正銘わたしの子どもよ」

 

おれの手を引き、母さんは、にっこりとおれを男に紹介する。紺のダークスーツを見にまとい、帽子を深く被っているため、両目は見えない。おずおずと視線をあげると、黒いハット帽から目が覗く。しばらくすると、男はハァと深いため息をつき、しょうがないとでもいうように肩をすくめた。母さんとは古くからの付き合いらしく、互いに信頼しているようだ。あと、会話を聞く限り、母さんに振り回されていたようである。

 

「どいつもこいつも俺に面倒を押しつけやがって......」

 

「あら、彼といっしょにしないでよ」

 

心外だというように母さんが言う。

 

 

「俺に言わせりゃ、ドングリの背比べだ。アイツも女にうつつを抜かして仕事でヘマをするが、とうとうお前さんも男をたらしこんでガキまでつくるとはな。......おれが何回お前さんたちに振り回されたことだか」

 

いや、この人が苦労人気質なのか、哀愁が漂う。苦労しているんですね、お疲れ様です。

 

そんなこんなでおれは、髭を生やしたダンディーな男といっしょに空港で母さんを見送った。

 

 

だが、おれはすっかり忘れていた。ここがコナンワールドだということに。

 

母さんを見送った次の日、テレビをつけると、飛行機が事故を起こしたとニュースが流れている。他人事のようにアナウンサーの情報を聞き流す。きょうは卵かけご飯だな。たまごを黄身と白身にわけ、お茶碗にご飯を盛る。アツアツの白米に白身をまぜ、黄身をおとす。醤油を少しかけて、お箸でまぜ、口に運ぶ。うん、美味い。

 

《えー、たった今、速報が入りました。先程の飛行機事故による死者が――――》

 

《――――現在身元を確認しており、怪我人は―――――》

 

《――――女性の名前は【イルマチカ】さん、■■■■さん―――》

 

 

口のなかにあった卵かけご飯をごくりと呑み込み、ゆっくり画面をみつめる。そこには間違いなく母さんの名前が表示されていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

あれから2年が経った。母さんの葬儀はあっという間に終わり、おれは泣くこともなく、ただしんだ魚の目をしてぼぅっと無気力に時間を送っていた。あまりにも急すぎて、わかっているんだけど、その現実を受けいれられなかったのだと思う。

 

母さんの身内はいないようで、おまけにおれに父親はいない。突然、天涯孤独となったおれを引き取ってくれたのは母さんの知り合いだという、あのダンディーな男だった。おれの保護者代りをすると言い、知らない間に必要な書類をまとめて、気づいたら、彼が保護者になっていた。

 

彼は仕事が忙しそうで、家を空けることはあったが、出張先のお土産をもって帰ったり、おもちゃの銃を渡して不審者対策をしたりと、とてもお世話になっております。とくに後者の銃。保護者は懐から銃をとり出し「いいか、こう構えるんだ」なんて言いながら実にリアリティーある使い方を教えてくれる。今さらだが、その黒いハットと猫背気味な姿勢、煙草、コンバットマグナム.........どこかでみたような。......いや、おれの思い過ごしだな。気にしないでおこう。

 

 

「テム。おれは仕事に行くがくれぐれも」

「わかってるよ。知らない人についていかないって。仕事、行ってらっしゃい」

「......あぁ。」

 

彼はハットを深くかぶり、おれに片手をひらひら振って玄関へ向かった。ヒュー。さすが、様になるなァ。

 

季節は四月。おれはもうすぐ小学一年生になる。

 



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帝丹小学校一年B組。やはりというべきか、アニメでよくみた少年探偵団の3人組と同じクラスだった。いったい、神さまはおれに何を期待しているのやら......妙なフラグはお断りしたい。あの小さくなった名探偵はいなかった。いまは連日、新聞を賑わす高校生探偵のようだ。よし、取りあえずの平和がもたされるみたいだ。

 

なんて思っていたら、転校生の【江戸川コナン】君が今朝、担任に紹介された。

 

.........ガッデム!!さらば、おれの平穏ライフ.........

 

赤い蝶ネクタイと青いジャケット、半ズボンの彼は眼鏡をかけており、あっという間にクラスの中心人物となった。あのサッカーのシュートはきっとキャプテン翼といい勝負をする。江戸川君のスニーカーがキラキラ光ったところなんてみていない。......あぁ、きょうは雲が流れていい天気だな。(現実逃避)

 

それから江戸川君は、クラスメイトの歩美ちゃん、元太君、光彦君らと共に少年探偵団を結成した。彼らは帝丹小学校の事件を解決し、今では学校の有名人だ。事件ホイホイ改め、事件吸引機な彼は出掛け先で殺人事件にしょっちゅう遭遇し、おれもいつ巻き込まれるのか、ヒヤヒヤしながら遠巻きに彼らをみていた。

 

ただでさえ、おれには懸念事項があるのだというのに。おれの容姿とか、保護者代りだとか......いや、まだ決まったわけではない。おれはここで平穏に生活を送れたらそれでいいんだ。これ以上厄介事は持ってこないで、切実に。

 

前任の担任が結婚して退職したため、新しい担任が赴任した。その小林先生は厳しく、生徒たちからオニババアと呼ばれ、あまり快く思われていないようだ。

 

だが、いつの間にかそのトゲが消え、今では子どもに優しい先生である。たぶん少年探偵団がきっかけだと思う。おれのやや複雑な家庭環境を知り、気にかけてくれるいい先生だ。

 

 

そして、また転校生がやって来た。【灰原哀】である。赤みがかったウェーブ状の茶髪が特徴のクールな女の子だ。

 

灰原さんは少年探偵団に加わり、ますます彼らの勢いはパワーアップしている。たまに彼女から視線を感じるが、目が合うことはない。おれが振り向くと、視線をそらしたり、江戸川君に耳打ちしたり......あれ?おれ、嫌われているのかな。むしろ警戒されているようで、おれも(事件に巻き込まれないために)彼らに近づかないので、とくに接点はない。ただなんとなく、彼女がおれを警戒する理由に心当たりがある気がしなくもないが、それを認めてしまったら、おれのライフはゼロになる。おれはなにも知らない一般人でいたいんだ。こちとら生きるのに必死なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




>あのサッカーのシュート

キック力増強シューズ



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休日のため、西多摩市を訪れていた。理由なんて言わずともわかるだろう。米花町の治安の悪さから逃れたかった、ただそれだけである。あちらこちらで鳴り響くサイレンの音がこわすぎる。恐るべし、米花町。

 

電車を乗り継いで、昼頃に到着した。せっかく来たのだから、観光しようと、新しくできたツインタワービルへ向かった。

 

ツインタワービルは、建築家の風間英彦によって、設計を手がけられた。実は建築家・森谷帝二の弟子である。森谷帝二は先日に大事件を起し、連日ワイドショーで特集されていた。弟子としてインタビューを受けていたのは記憶に新しい。芸術家タイプの森谷とは違い、技術屋タイプで建築に対するこだわりもほとんどなく、今回手がけたツインタワービルも左右非対称である。 

 

インタビューでは、「森谷のように自分の建築物を爆破したりはしない」と冗談めかしていた。是非ともそうしてほしい。おれがそう願っても、どっかの政治家のように「鋭意努力いたします」とかわされるのだろうな。

 

鋭意努力......トライしてみるけどたぶん無理だろうねという遠回しの否定だ。だって、ここはコナンワールド。毎年必ずどこかで爆発が起きている。あぁ、おれの目が死んだ魚の目になっていく。

 

インタビューの終盤で、彼は自分が手掛けた新しいビルの宣伝をしていた。ちゃっかりしている。今回のビルに関しては、「B塔からも富士山を見えるようにしたかったが地盤の関係で断念した」と少しばかり悔いが残る建造物となったようだ。ある意味世間で話題になっているので、野次馬精神ではるばるやって来たというわけだ。

 

 

 

「あれ?同じクラスの入間君だ!」

 

カチューシャを着けたクラスメイト、歩美ちゃんに声をかけられ、ギギギと振り向く。

 

 

「......グウゼンダネ」

 

 

ガッデム!!

 

 

はは、と乾いた声が出てしまったのは許してほしい。歩美ちゃんの後ろには、アニメでよくみた少年探偵団ご一行がいた。ますますおれの目が死んだ魚の目になっていく。

 

 

 

 

少年探偵団と阿笠博士はキャンプからの帰り道だったらしい。(知っている?家に無事に帰るまでがキャンプなんだよ?寄り道しちゃ駄目なんだよ......) そこで所有者である常盤美緒からの招待を受けた毛利蘭たちと鉢合わせし、彼女たちと一緒に内部を見学する事になったらしい。 

 

へぇーそうなんだ。楽しんでいってね。おれが一歩後ろに下がろうとすると、「そうだ!入間君もいっしょに見学しましょう」と光彦君が言う。遠慮したいところだが、彼らの純粋なキラキラした瞳に堪えられず、「うん」と頷くしかなかった。

 

そのまま彼らについていき、10年後シミュレーターをすることになった。途中、元太君ときのこたけのこ戦争の議論をあつく交わし、「おめー、わかってるな!」と握手をした。ちなみにおれはタケノコ党だ。「そういう元太君もなかなかわかるヤツだな」とおれがいうと、照れたように笑った。彼はキノコ党である。

 

 

 

順番に10年後シミュレーターをやっていく。歩美ちゃんは中々の美人高校生となっていた。鈴木園子は自分が思っていたよりも老けていたらしくショックを隠せないようだ。みんな変わっていたり、変わらなかったりなかなかおもしろい。感心していたこのときのおれに声を大にして言いたい。やめておけ、と。

 

おれの順番になり、わくわくしながら、写真を受けとる。写真のなかのおれをみて、一気に目の輝きがなくなっていった。「どうしたの?入間君」と、歩美ちゃんが心配してくれるが、おれはまだ立ち直れない。「ははーん。アンタもショックを受けているの?」とニマニマしながら、自分のことを棚にあげ、園子嬢がおれの写真を覗きこむ。すると、おれとまじまじ見比べ、「アンタ、将来有望のイケメンじゃない!」と喜色をあげる。

 

 

そう、たしかに写真のなかのおれは充分期待できる顔立ちをしていた。サラサラとした金髪。少し日に焼けた肌。垂れ目がちな透き通った蒼い瞳。

 

完全に、例のあの人である。むしろ血のつながりがあると言わざるをえないほど、そっくりだった。10人に聞けばみんな、親子関係を疑うほどのそっくり具合いである。

 

 

七歳児のおれは目こそ死んだ魚の目のようになるが、美人な母さんの遺伝子のおかげで、なかなか恵まれている。母さん曰く、「あの人にそっくり」らしく、おれは父親似だ。フフン、人生勝ち組、強くてニューゲームだ!と、思ったら大間違いである。

 

 

その父親がいまのおれの悩みの種なんだ。

 

 

たしかに「何処か面影あるなー」とか、「......まさかな」とか、鏡をみるたびに思うことはあった。だが、それも気にしないことにした。ただでさえ、コナンワールドにおびえているのにこれ以上おれの心労を増やさないでほしい。

 

だが、この写真はおれにビシビシと現実を叩きつけてくる。......いったい、おれが何をしたと言うんだ。直接、母さんに聞いたわけでないので確定ではない。まだ救いの余地はある!マダオにこれ以上、余計な設定を加えないでくれ。

 

 

わかりやすくorzしたおれに「大丈夫?」と江戸川君が心配したようにおれに声をかけてきて、サッと写真をポケットにしまいこんだ。「......ダイジョブ。」とひきつった笑みで誤魔化した。......とくに江戸川君にみられたら、それこそややこしくなる。まだヤツとは面識がないようだが、おれの平穏ライフのためにも不穏な芽は摘んでおく。

 

 

数日後、ツインタワービルの一室で市議の大木岩松が殺害される事件が発生した。

 

 

 

うん、そうだよね......知ってた。君たちが来るってことは、殺人事件のイベントミッションの条件を満たしているからな。(遠い目)

 

 

 



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5

先日のツインタワービルで殺人事件が発生したため、被害者と面識があった江戸川君一行とおれは警視庁に呼ばれた。千葉刑事が自分の記憶より痩せていて、彼が現場の状況を報告したときに思わずガン見してしまった。

 

眠りの小五郎こと、毛利探偵が推理を披露し始めたのをきっかけに大人たち、江戸川君を筆頭におのおの口に出した。おちょこがこの事件の鍵を握っているらしい。

 

こんなの子どもがいるところでする話じゃないだろう。少年探偵団の諸君はなんで平然としているんだ?だれか、ツッコミを入れてくれ………!そしてその場はお開きになって、おれは早々と挨拶を済ませて、帰路についた。その帰りに向かい側を黒いポルシェが通り過ぎたが、おれはかぶりを振って、見なかったことにした。

 

 

 

***

 

 

 

どうしてこうなった。

 

 

「楽しみだね!パーティ」

「おれ鰻重食いてー」

「そういうのはでないと思いますけど」

 

おれの隣の座席には少年探偵団の3人が無邪気に話している。どういうわけか、おれは彼らと共にパーティに招待された。断ろうとしたが、「入間君、こないの?」という子どもたちの悲しげな声に「わータノシミダナー」と了承してしまった。あぁ、だからおれはマダオなんだよ………江戸川君と灰原さんは二人で不穏な会話をしている。時々「黒ずくめの組織」だとか、「殺される」だとか聞こえるが、おれはスルーの方向でさせていただきます。せっかくパーティに来たんだし、豪華な料理でも食べるとする。

 

 

突然ビルがゆれ、停電が起こった。とてつもなくイヤな予感がする。

 

「何が起こった!?」

「爆破だ!コンピューターと電気室がやられている、急いで避難してくださいッ!」

「別電源のエレベーターがあったはず………!」

「老人と子どもはエレベーターで、他は非常階段をッ!」

 

 

やっぱりィィイイイ!!

 

 

うそだといってよ、バーニィ!

 

これって劇場版なのか!?もしかしなくても、『天国へのカウントダウン』じゃないか?おれにとっちゃ、地獄へのカウントダウンだよ!!ガッデム!!

 

エレベーターに誘導され、乗り込む。江戸川君と毛利蘭さんは重量オーバーで乗れなかったが、大丈夫だ。ちょっとバンジーするけど、大丈夫だった、はず………エレベーターに乗ってひとまず安心していると、途中の階で赤ん坊を抱えた女の人がいた。勇敢な少年探偵団は女性にエレベーターを譲る。

 

ちょ、ちょっと待て。仮にも彼らは子どもだ。おれはマダオだが、こちとら精神年齢は君たちの倍はあるんだ。

 

おれの心労<<<<こどもの命

 

わずかにはじき出した一瞬の脳内会議の結果、彼らについて行くことにした。「あら………貴方も?」と意外そうな顔で灰原さんがおれを見る。そうだよな、場違いだよな………でも、おれだって、道徳とか倫理とかあるし、何よりーーーー

 

「理屈なんていらねーよ。そこに護りてーモンがあるからな」と、彼らーー少年探偵団に視線を向けたまま答えた。灰原さんは一瞬黙って、「………そう」と短く返した。

 

さて、60階に急ぐとするか。連絡橋についたかと思ったが、突然爆風が襲う。あぁ、連絡橋が落ちていく…………子どもたちも呆然としている。さすが劇場版。予算がいつもよりあるせいか、爆破が派手ですな。おれは静かに「……ここで助けを待つか」と提案した。「………えぇ」と返してくれる灰原さんが頼もしくみえる。さすが、場慣れしているだけある。対応がクールだ。

 

 

お通夜状態のおれたちに救世主が現れた。江戸川君である。スケボーでおれたちがいる60階の連絡橋を飛び越えた。彼はおれたちを屋上へ行くように指示し、すぐさまそれに従った。きっとこんな危機的状態であっても、今回の事件の犯人の推理ショーをしているんだろうなァ………(遠い目)そのメンタル、おれにもわけてほしい。救助ヘリが来たかと思ったら、また爆発だ。「みんな急げ!戻れェ!」江戸川君のいる方向へみんな一斉に走り出す。そして、悲しいかな。灰原さんが爆弾を発見した。しかも残り4分ときた。懸命に消火活動をするが、消防のホースの水は届かない。

 

なにか、なにか、避難できる方法があったはずだ…………!

 

おれの目に飛び込んできたのは真っ赤なマスタング。………そうだ、これを使えば避難できるかもしれない!ビルの間は50m。飛び移るのならば60m。隣のビルとの高低差は20m。20m落下する時間は2秒。2秒で60m進まなきゃいけないなら、1秒で30m。ってことは、時速108km。高速道路の制限距離超えてるじゃねーか!この会場の広さだと、出せるスピードはせいぜい50~60kmってところだろう。だけど、もし爆風と同時に飛び移れたらーーーよし!

 

「江戸川君!みんな!!車に乗って」

 

車の鍵を回し、エンジン音を鳴らしながらおれは叫んだ。「……そうか!」と江戸川君は眼鏡を光らせ、おれの隣、つまり助手席に乗り込む。後部座席におじいさんを乗せ、子どもたちも乗せようとするが、灰原さんは乗り込まない。まさか、犠牲になろうとしているのか………?

 

元太君が咄嗟の判断で灰原さんを抱きかかえ、彼女を車へ乗せる。

 

「母ちゃんがいってたんだよ!米粒一つでも残せばバチが当たるってなァ!!」

 

………元太君、君って奴は………!!さすがあの日おれときのこたけのこ議論を交わした漢だ。おれはタケノコ党だが、君のキノコ党も素晴らしく思うよ……!

 

歩美ちゃんのカウントダウンに耳を澄ませ、全神経を集中させる。瞳孔がかっぴらいているせいか、江戸川君が引いた。だが、いまはこのビルからの脱出が最優先事項である。細かいことは気にしない。おれは勢いよくアクセルを踏み込み、急発進させた。

 

「5、4、3、2、1、ゼロォォ!!」

 

窓ガラスへ向かって急発進した車は爆風にあおられ、ビルとビルの間を飛んだ。途中、ガラスの破片が頬をかすめる。灰原さんが風にあおられたのを見て、江戸川君がヘルメットで例のシュートを繰り出す。ちょ、お願いだから、座っててくれよ……!蹴り飛ばした江戸川君の腕を引っ張り、座席へと固定させる。そしてそのまま車はプールに着水した。顔に水がかかり、成功したとわかった。もう生きた心地がしない………

 

 

帰り際に「入間君。どこで運転の仕方を?」と江戸川君に質問され、「……ゲーセンのマ〇カー」と苦し紛れに答えておいた。前世で運転免許取りました、なんていえるわけがない。「すごいねー」とかわいらしく褒めてくれるが、その声色は探偵としての顔が見え隠れしている。

 

おれは知らない。このおれの行動によって彼らから少年探偵団の勧誘を受けることを。

 

江戸川君が探偵の勘でおれを見定めることを。

 

 

 

 




>うそだといってよ、バーニィ!

「機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争」第5話サブタイトル



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6

あのマスタング脱出作戦以来、少年探偵団のキッズから勧誘される毎日だ。遠回しに断ろうとするが、純粋な子どもたちの視線に良心が痛み、都合が合えば彼らとキャンプに行ったり、学校で謎解きしたり、キャンプに行ったり、サッカー観戦に行ったり、キャンプに行ったり…………あれ、こいつらキャンプ行き過ぎじゃね?しかし、今のところ直接事件に関わっていないことは非常に奇跡的である。なんせ、彼らと出かけた回数は片手で数えるほどだから、事件に遭遇する確率は低くなる。実質おれが関わったのは、あのツインタワービルだけだ。

 

 

 

だからこそ油断していたのだろう。

 

 

 

おれはいま豪華客船に乗船している。遠目に見えるのは蘭さんにだっこされている江戸川君。その様子をみた少年探偵団は江戸川君をからかっている。「バーロー。夕日のせいだっつーの」と、ラブコメ漫画よろしく照れていた。蘭さんの大会の優勝祝いという名目でみんなといっしょに食事をした。目の前には豪華な料理がならんでいて、ゴクリとのどをならしてロックオンする。隣で「テム君の目つきが変わった!」「いつも眠たそうにしてンのに」「よっぽどおなかがすいていたんですかね?」とざわついていたが、あいにくおれの耳には入ってこなかった。

 

たんまりとご飯を平らげると、歩美ちゃんの提案で蘭さんへ手作りの金メダルをプレゼントすることになった。歩美ちゃんが「だって、新一おにいさんから何ももらってないなんてかわいそう」と言うのをきいて、シラーとした目で江戸川君を見てしまった。いい加減素直になりなよ…………

 

しばらくすると、蘭さんと園子嬢が加わり、かくれんぼする。前世のサバゲーの血が騒ぎ、おれはこの状況にのめり込んでいた。蘭さんは「忍者」と二つ名がつけられていたが、おれも「無慈悲な銃火(クルーエル・ガンファイア)」と自他共に呼んでいた。中二病まる出しである。たかがかくれんぼ、されどかくれんぼ。サバイバルゲームはかくれんぼやケードロ(ドロケーともいう)の応用でもある。鬼は、園子嬢と灰原さん。フィールドはこの船内。制限時間は30分。スタートの合図と同時におれは駆けだした。

 

 

まずはさっと物陰に隠れ、これからの行動を思案した。こういうときは情報が鍵となる。ポケットに入っている携帯型FMラジオを取りだす。フードをかぶり、廊下へ進む。

 

FMラジオを受信できる状態にし、周波数選曲ダイヤルを低いところから徐々に高くしていく。ある部屋の前で止まる。すると、FMラジオから部屋で鳴っているのと同じ音が聞こえてくる。FM式の盗聴器が部屋に仕掛けられているのか?

 

部屋の番号は、【ロイヤルスイート604】

 

好奇心のままに部屋のドアを開ける。不用心だな、この部屋の人は鍵をかけていないらしい。FMラジオを持って部屋を移動すると、音がだんだん大きくなる。ハウリングを起こし、その部屋に盗聴器が仕掛けられていた。

 

 

………厄介なものを見つけてしまった。

 

さっきまでキリッとした目つきがだんだん光をなくしていくのがわかった。害虫は駆除するっていうし、この盗聴器も物騒なので撤去しておこう。

 

 

ラジオの時刻をみると、とっくに30分過ぎていたので、最初のスタート地点へおれは足を進めた。

 

 

 



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おれがスタート地点へ戻ると、なんと殺人未遂事件が発生していた。......よかった、今回は未遂なんだな......ホッと一息ついて、この物騒な物をどう処分するか考えていた。

 

 

そして導きだした答えは海へ放り投げることだ。さすがに人前でそんなことをするのは憚れるので、さっきのかくれんぼでみつけたボートが設置している場所へ向かった。ついでにこのままトンズラしようかな.........(遠い目)

 

 

おれがエンジンをかけようとすると、上からドタバタと音が聞こえる。いきなり、男が階段をかけおり、「どけ、ガキ!」と、おれを後ろのボートへ放り投げた。おれは咄嗟に体をひねり、怪我をしないように着地する。着地の拍子でグラッとボートが傾いた。「何すんだ、オッサン」と文句を言おうと向き合ったら、ヤツはそのままボートを発進させた。

 

おれは憤慨しながらエンジンをかけ、ハンドルを握る。すると、今度は江戸川君が階段をかけおり、そのままおれの隣に乗り込む。

 

えェェ!?なにごと!?

 

江戸川君は切羽詰まった様子で、おれは「犯人を!」と急かされる。後ろには少年探偵団が「お前らだけにいいとこ持っていかせねェぞ!」と乗り込んできた。灰原さんは「まぁそういうことよ。.........誰かさんは何か隠し事しているみたいだけど」とチラリとおれに視線を向けた。こわ、灰原さんの謎のレーダー。対黒の組織にもそうだが高性能すぎる。

 

おれは冷や汗を流しながら「君たちはおれを少々誤解している......!」と、弁明しておいた。だって、ここで無言だったら肯定したも同然。そりゃあ、さっきまで盗聴器を海に捨てようと企てていたけど.........別にやましいことじゃない、よね?これはおれの心労を低減するためだし!?

 

必死になりすぎたせいか、眉を吊り上げ、開き気味の瞳孔で凄んでいたらしく、江戸川君は「う、うん」と若干引いていた。灰原さんは、「それより、早くしないと見失うわよ」と前方の犯人に視線を向ける。

 

そのまま子どもたちの気迫に圧され、言われるがままにおれはボートを操縦した。 

 

犯人は何とかおれらを振り切ろうとスピードを上げ、掘削施設の合間を縫って逃走する。だが、こちらも退くわけにはいかない。波の動きを注視し、卓越した操縦テクニックを駆使する。前回の反省で子どもたちが振り落とされないようにギリギリのラインで方向転換をする。そうして、遂に犯人に追い付いた。

 

 

犯人は俺たちに向かって、自白(逆ギレ)しはじめた。

 

 

「全ては計画通りだと思った!あとは証拠を消せばよかったんだ!おれが604号室へいったらすでになくなってたんだよ!!

 

おれが仕掛けた盗聴器が!!」

 

 

盗聴器と聞き、おれは「あ。」と思い出す。

 

それ、おれが回収しました。よかれ(物騒だ)とおもって。

 

 

「探し物はこれ?」

 

 

おれは片手でハンドルを握りながら回収した盗聴器を見せびらかす。江戸川君は「でかした!」と言わんばかりにさらに犯人を追い詰める。

 

江戸川君がボールを蹴りこむと盗聴器に動揺した犯人の脳天に直撃。最後に麻酔針を打ち込まれて気を失った。 容赦ねェ、江戸川君......犯人を気の毒な目でみて、心のなかで合掌しておいた。

 

 

その後は駆けつけた目暮警部たちに確保された。おれたちは「危険なことをしてはいけない!」と叱られた。そうだよ、大人はそういう注意するのが普通なんだよ.........事件現場にホイホイ子どもを入れさせずにちゃんと注意してくれ。光彦君に「ところでテム君はどこで運転を覚えたんですか?」と聞かれ、「ゲーセンのラピッ〇リバーにハマってたんだ」と誤魔化した。実際は保護者と同行したときに命の危険を感じて、必死に操縦方法を覚えた。その当時、後ろから「待ァてェェ!!」と手錠を振り回すベージュのトレンチコートを着た男がいたのは気にしないことにした。おれは、ナニモミテイナイ............

 

 

事件は終わりを迎えた。......かに思えたが、客船に仕掛けられた爆弾は次々と破裂し、被害は拡大していった。 最後には船はもう沈没を免れない状況にまで陥ってしまい、乗員乗客は避難を余儀なくされる。爆弾を仕掛けた犯人が判明し、事件はやっとこさ終息を迎えた。

 

 

すべてが終わっておれは気づく。これは劇場版だということに。なんでよりにもよって爆弾という普通よりも危険度が高いものに巻き込まれるのだろう。空を見上げながら考えても、誰も答えを返してくれやしない。日常に戻るかと思いきや、教室では江戸川君が待ち構えていた。

 

「どうやって盗聴器みつけたの?」

 

あぁ、それはこれを使って.........ガサゴソと取りだし、机の上におく。

 

「それって、FMラジオ?」

 

コクりと頷く。

 

「今時ラジオってアナログで古くさいかもしれないけど、ラジオって馬鹿にできないんだ。船の上じゃ、携帯電話使えないけど、ラジオは電波拾えるしね。震災のときなんて重宝されて、日本語がわからない被災者はラジオを使って情報を共有したんだ。わざわざラジオ局までつくってね」

 

珍しく、おれが流暢に喋るのを江戸川君は「へぇ、詳しいんだね」と感心した声で聞いていた。

 

「.........まぁ、母さんがジャーナリストだったから情報の重要性は口癖のように言っていたし、それに.........」

 

言葉をつまらせたおれに「それに?」と江戸川君が続きを促す。視線が下がり、口数が重くなるのを感じて、できるだけ無邪気な子どものように明るい声で言った。

 

 

「......それに、応用すれば盗聴器だって見つけられるんだ。江戸川君も気を付けてね」

 

 

ここで【何に】と言わないのはおれのやさしさである。

 

 



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8

side 小林先生

 

私は帝丹小学校、1年B組担任の小林澄子。私が受け持つクラスの子どもたちはみんな元気いっぱいでいい子たち。赴任する前は参観日が苦手だったけれど、少年探偵団のみんなのおかげで少し気が楽になった。

 

 

さて、今日の宿題のチェックをしようかしら。

 

今日は日記が宿題。ふふ、みんな休日を楽しんできたかな。

 

職員室の机の上にあるノートの山を一冊手に取り、パラパラとページをめくる。あら、江戸川君はまた事件に巻き込まれたのね。やっぱり探偵事務所に住んでたら事件と関わることが増えるのかしら.........

 

 

そして、別のノートを一冊手に取る。表紙には【いるま てむ】と平仮名で書かれてあり、毎日、日記をつける習慣があるみたい。

 

入間君は、気だるい雰囲気を漂わせる個性的な子。初めてみたときの印象は、外国の童話に出てくる天使みたいだと思った。

 

だけど、それはいい意味で裏切られた。

 

天使は天使でも、堕天使だったみたい。(堕落という意味で。)

 

授業中は居眠りか、窓の外をみている。この前は校長先生と老後のプランを話しているのを聞いた。あなた、まだ小学生なのに......このままじゃこの子の将来が心配になってくる。下手をすると、マダオになるかもしれない。その話を聴いて以来、私は入間君を気にかけるようになった。

 

ノートを取り、日記に目をやった。子どもたちの日記は何気ない日常の一コマが書かれてあり微笑ましい。子どもの成長を身近に感じられる。そしてなにより、読んでいてとても癒される。

 

 

【〇月▲日

きょうは、金曜ロードシ〇ーで『誰やねん、自分。』をやってたので、みてねました。 】

 

【〇月@日

きょうは、一日中、空をみていました。 】

 

【〇月◆日

きょうも一日中、空をみていました。】

 

【〇月〒日

やっぱり『すいせい』はなかなかみつからない。】

 

【〇月◎日

あきらめない。『口噛み酒』はきっとあるんだ。】

 

【〇月♯日

このバスのばくはつは『すいせい』だ!シャアはちかい!】

 

 

 

って、映画引きずりすぎィ!!えェェェ!!2日目からずっと彗星探ししてるゥゥゥゥゥ!?

 

 

【〇月&日

そもそもどうしておれが『すいせい』をさがしていたのかせつめいすると、長くなるからあしたにしよう。】

 

 

 

 

コーヒーを口に含み、片手でペラリとページをめくる。次の瞬間、ブフォッ!と噎せてしまった。

 

 

 

【〇月¢日

経験と知識とカビの生えかかったメンタルをもっていまだかつてないスピードで『すいせい』のもとへダイブする話、ききたい?どうしよっかな~

 

 

→ききたい人 〇月£日へ

→ききたくない人 〇月■日へ】

 

あれ、『すいせい』のせつめいは??

な、なんで、いきなり分岐点があるの!?こんな日記、はじめてだわ.........!

 

どんな話なのかしら......私は迷わず【聞きたい人 〇月£日へ】と書かれてある通りのページをあける。

 

 

【〇月£日

〇月£日を選んだあなたは、他人のプライバシーにズケズケと土足であがる探偵タイプです。たまには空気を読んでみると、友好な人間関係がきずけるでしょう。

ラッキーアイテム ストロー】

 

なんで占い展開になってるのォォォォォォォォ!?

 

 

 

【〇月■日

他人のはなしに興味がないなら、冒険の旅にでかけんか勇者よ。カリオストロの城と紺碧のジョリーロジャー、どちらを求める?

 

→カリオストロの城 〇月々日へ

→紺碧のジョリーロジャー 〇月〓日へ】

 

ゲームブックになってるゥゥゥゥゥ!!

 

【〇月〓日

これから君の胸おどる冒険の旅がはじまる。お祝いの酒は二つある。どちらをもらう?

 

→右を選ぶ キール

→左を選ぶ ライ】

 

未成年がお酒をのんではいけませんンンンンン!!もらってもダメです!!

 

 

【〇月★日

大事な人。忘れたくない人。忘れちゃダメな人。誰だ、誰だ、誰だ?名前は!?】

 

まだ映画ひきずってたァアアアア!!そ、そんなに必死になってたら余計に混乱するわ。まずは、深呼吸して落ち着こう。名前をさがすのはそれからよ。

 

 

 

【〇月▽日

もう誰でもいいから、来世は東都の白い悪魔じゃなくて、一般市民にしてくださーい!】

 

最後まで希望を捨てないでェェェ!!諦めたらそこで試合終了よ!!ところで、入間君、またマイ練乳もってきてるの?そのうち糖尿病になるってあれほど教えたのに......先生は悲しいです.........

 

 

 

 

 

 

 

ゼー、ハー、と息を切らしながら日記を読んだ。こんなに日記に突っこみを入れるなんて......隣の先生から心配され、コーヒーのおかわりをいただいた。

 

 

 

 

こうして職員室では新たな日常が生まれた。

 

「小林先生がまたコーヒー噴き出してる.........」

「いったい、あのノートに何が書かれているんだ」

「江戸川君と言い、少年探偵団と言い、さらには入間君まで.........1年B組はどうなっているんだ?」

 

周囲の先生は遠巻きに私とその手にあるノートを見比べ、「またか」とみている。いつのまにか入間君の日記と私の攻防は職員室の先生方の間では有名な話になっていた。この豆はこだわりにこだわった南米のジャブロー産。次こそは、コーヒーを噴き出しはしない.........!

 

 



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9

朝、テレビをつけて冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。朝は米派なので、昨夜予約タイマーしていた炊飯器からアツアツほかほかのご飯を茶碗につぐ。わかめとお豆腐が入った味噌汁をよそい、「いただきます」と手をあわせた。我が家は麦味噌を使っている。しっとりとしてコクのある味がなんともたまらない。

 

《昨日の昼頃、バスジャック事件が発生しました。警察によりますと、同乗していた小学生が怪我を負い、―――――》

 

おれは素早くテーブルの上にあったリモコンを握り、テレビの電源を切った。

 

速報 赤い彗星が来日したようだ。

 

 

 

 

***

 

 

コンビニ(kazoku Mart)で今週のジャンプを立ち読みしていた。どこのコンビニへ行っても売り切れで、やっとみつけた一冊である。ファンファンとサイレンが鳴り響き、顔を上げ、窓の外をみる。黒のバンが店の前を通り過ぎた。そのとき、運転席にいたのは美女。助手席には保護者の同僚仲間の男。彼らにしては地味な格好をしていた。その後ろを猛スピードで赤のマツダ車が追いかけていた。野次馬の言葉に耳を傾けると、新橋のスーパーへ強盗に入り、売上金を奪って逃走したらしい。赤のマツダ車と激しいカーチェイスを繰り広げていた。

 

 

……………おれは持っていたジャンプをパタンと閉じた。

 

 

休み明けに学校へ行くと、少年探偵団の子どもたちから土産話をきいた。神海島を訪れ、財宝探しに集まったトレジャーハンターと出会ったらしい。神海島は、古代遺跡の海底宮殿が発見された島だ。また、300年前に2人の女海賊アン・ボニーとメアリ・リードが遺したという財宝伝説も語り継がれていて、その筋では有名な話である。何故こんなに詳しいかというと、保護者の同僚仲間の男が家に来ていたからだ。彼は「オレ、仕事と恋にはよ、マメマメ~マ~メなの」と、ボヤいていた。あの運転をしていたのは彼らじゃなかったようだ。安心したおれは、あの日読み損ねたジャンプのページを開いた。

 

 

 

 

***

 

日売テレビの人気女子アナ・水無怜奈が休養し、そのままテレビ界から姿を消した。画面には水無アナの後任のアナウンサーが写っている。

 

《来葉峠で車が爆破し、中には男性と思われる遺体が発見され―――――》

 

………プチ。おれは迷わずリモコンのボタンを押し、電源を消した。

 

 

 

 

今朝みたニュースは頭の隅に追いやり、外を見ると雨がザーザーと降っていた。帰りのホームルームがおわると、少年探偵団のみんながおれのところに押しかけてきた。

 

「テム君!一緒に帰ろう」

 

彼らとの付き合いもかれこれ長くなる。始めは入間君とよそよそしく呼んでいたが、いつの間にかナチュラルにテムと呼ばれている。子どものコミュ力、半端ない。おれは首を縦にふり、馴染んだキャラメル色のランドセルを背負った。もう体感年数6年はすでに経っているのに未だに一年生であることには不満がある。おれも、江戸川君も、少年探偵団も一年生のままだ。いったい、いつになったら卒業できるのやら…………

 

下駄箱から靴を取り出していると、元太君が不満そうな声を上げた。彼の下駄箱には、【難事件 大募集!! 1年B組少年探偵団】という紙が貼ってある。

 

「ナンも入ってないや」

「今日も依頼は0ですか………」

「つまんないの」

 

光彦君、歩美ちゃんも落胆している。それをみた灰原さんは「それだけ平和ってことでいいんじゃない?」とクールに宥めていた。そうそう。平和が一番だよ。事件なんて求めないで、ラブ&ピースに生きよう。おれの心の安寧のために。

 

江戸川君の提案で博士の家でゲームをすることに落ち着いた。ゲームと聞いて、おれの耳がぴくりと動いた。前世から廃人並みの生粋のゲーマーだったおれにはうれしい提案だ。

 

それから江戸川君の携帯に連絡が入った。通話を終えると、しばらく灰原さんとこそこそ話していたので、おそらく例の組織関係だろう。

 

携帯をしまった江戸川君は何か別のことに気がかりな様子だったが、そんな時に少年探偵団に久々に依頼が入った。 歩美ちゃん、光彦君、元太君は「待ってました!」とでもいうように依頼人の子どもに詳細を聞き込んでいる。反対におれはさっきまでの余裕はどこへやら、舞い込んできた厄介事に心中、荒れた。

 

 

 

 

ガッデム!!

 

五飛、教えてくれ。おれたちはあと何回小学一年生をすればいい? 

 

おれはあと何回、あの体感年数とあの事件遭遇数を更新すればいいんだ……

 

 

 

おれはじわじわと自然に離脱を試みようとするが、子どもたちは「じゃあ、テムも入れて、少年探偵団出動だな!」「「おー!」」と、ノリノリである。いまさら「行けない」と言えない雰囲気だ。すでに外堀は埋められていた。

 

 

おれは少年探偵団と共にホワイトベースへ向かった。気分は特攻するジオン兵である。

 

 

 



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10

雨が上がり、傘をたたむ。依頼人の1年A組杉浦開人君の話にまとめると、以下の通りである。

 

開人君のお父さんは小さなアパートの大家さんでそのアパートの住人は3人。その中の一人は夜な夜な怪しい行動をしていて、何をやっているのかを少年探偵団に突き止めてほしい。

 

 

 

……………うん、防犯カメラを設置したらどうかな?

 

小さなアパートといえども、ここは米花町。驚異的な犯罪件数で天下をとってる町だ。いくらなんでも防犯意識が低すぎる。

 

今回の場合ならボックス型の防犯カメラをお薦めする。見た目の存在感と不審者への威嚇効果が高く、高解像度、高倍率ズームなどの機能が豊富だ。さらにドーム型に比べてコンパクトだから設置の応用度が高い。だから、空き巣や不審者対策で威嚇効果を発揮できるし、固定の場所をはっきりと撮影したいときに有効だ。

 

 

………と言うのも、保護者の同僚仲間からの受け売りだがな。侵入する側からの視点が多いのは気にしない。独特の間延びした口調でおれの頭でも理解できるように解説をしてくれるし、着眼点がおもしろい。ただし、基本的に実習型講義であり、ほぼ毎回アクシデントが起こるから居眠りは禁物だ。もし受講したいのならば、生命保険と誓約書にサインした方がいい。おれはサインする暇なんてなかったが、確実に寿命が縮まった気がする。

 

 

おれがそんなことを考えてる間に子どもたちの話し合いは進んだ。

 

「じゃあよ、今晩こいつン家に泊まって皆でそいつを見張ってようぜ」

「うん。それがいいね。明日は土曜日で学校も休みだし。」

「ごめんね、今日はだめなんだ。お父さんとオセロをする日だから。」

 

 

ということで、開人君の予定があう明日のお昼に待ち合わせすることになった。つまり、明日のおれの予定は子どもたちのお守りだ。「クロミドリとクロシロ、…………じゃなくて入間君と江戸川君がいるなら安心だ!」と手を振りながら別れた。はて、クロミドリとはどういうことだ?おれが知らない間に何かあの子の気の障るようなことをしたか……………?

 

 

 

 

***

 

 

 

米花町2丁目23番地の木馬荘。BGMはカラスの合唱で、カァカァ鳴いている。試しに「カァ」と呼び掛けると、バサバサ羽をならしながら飛んでいった。カラスを手懐けるのは難しい。正面をみると、真っ黒焦げなアパートの焼け跡が広がっていた。黄色いテープが貼られ、刑事さんが忙しなく現場検証している。江戸川君の知りあいの刑事さんによると、開人君はやけどを負い、病院で治療を受けているらしい。大人に混じって捜査に参加する江戸川君は相変わらず異様だけど。捜査の過程で放火魔の手掛かりは開人君の日記だとわかった。開人君がいう黄色い人が怪しいらしい。

 

 

 

ところでさっきから灰原さんの顔色がわるい。まさか対組織レーダーが作動したのか?たしかにおれも視線を感じるが……………誰からなんて、考えたくない。(現実逃避)

 

 

そして、何故か灰原さんからも視線を感じるが............ぶっちゃけ穴があきそうだけど、気にしない。たぶんパニックになった彼女は怯えているだけだ。だから、おれに対してのそれは誤作動だ、きっと。おれの手は真っ黒に染まってないが、その類いの匂いが移ったのかもしれない。真っ白とも言いきれないが、オフホワイトだと思ってる。(真顔)

 

 

そして、江戸川君の推理ショーが始まった。赤い人は消防車から関連づけて毎朝水やりをしている糸目の眼鏡をかけた大学院生。白い人は救急車の特徴から絆創膏をくれた大工さん。残る黄色い人は………

 

「な、なにいってんだよ。この爪の土はサバイバルゲームで山の中をかけずり回って………」

 

「たしか、ペイント弾の色が落ちなくて服が駄目になったんだよね。日本でやっているサバイバルゲームで使われているのはBB弾を発射するエアソフトガン。ペイント弾を使うのはペイントボールっていう別のゲームだよ。それに迷彩服のネイビーグリーンがすきだって言ってたけど、迷彩服によく使われているのはオリーブドラブっていう緑だと思うけど――――――だよね?入間君」

 

なぜそこでバトンを渡す。急に聞かれたおれは「あぁ」と短く肯定する。江戸川君の言う通りだ。江戸川君から追及された犯人は犯行を認め、動機を語りだした。

 

 

「夕べ、映画から帰ってきたら大家さんに問い詰められてイラッときて突き飛ばしたら大家さんが階段から転げ落ちて………動かなくなって………もう怖くって………それで燃やしちゃえば何もかもリセットできると思って」

 

…………ん?プツンと頭の中で弾けた。「ちょっといいですか?さっきのもう一回いってくれませんか?」聞き捨てならない単語がきこえ、犯人にもう一度、動機を語るように言った。

 

「燃やしちゃえば何もかもリセットできると思って………」

 

「…………ヘェ、」

 

おれはスゥーと息を吸い、口から言葉のマシンガンを繰り出した。そのとき、顔は笑っているが、自分の声はいつもより低くなるのを感じた。

 

 

 

 

くらァ~~!!リセットするなってんのがわからんのかァァァァ!

こんな大声出したんめっちゃ久しぶりやわ。頭クラクラするっちゅーねん。え~っと、ほな説明するからちゃんと聞いてや?さて、自分はポケ〇ンをしていました。何時間も耐え、自分が求める個体値かつ色ちがいのポ〇モンをゲットしました。ハイッ!ここでどうする?ん?なんやて?「レポート」のボタンを押す。ハイ、正解!

 

ええか、自分が過ごしてる時間は、1秒1秒がかけがえのないものなんや。そのたいせつな時間はちゃんと残しておきたいやないか。なかったことにしてしまうなんてもったいない話やで。

 

普段の生活の中にリセットなんてあるか?おかず焦がしたから巻き戻って作り直しとか、アカンかったから時間戻してやり直すとか、ないやろ?やり直しがきかんのが人生っちゅーもんや。思い通りにならんでそれがどないしたっちゅーねん!

 

まぁ、エエわ。ちょっと飛ばしすぎてしゃべり疲れてもーたし。シンドイやろから今日はこの辺にしとこか!ほな!刑事さん、あとはよろしゅう。」

 

 

 

犯人は涙目になり、腰を抜かしていた。

 

 

…………やべェ。心労に負担がかかりすぎて、つい“発作”がおきてしまった。唖然とした顔で慌てて刑事さんは犯人をお縄にした。江戸川君の知りあいの刑事さんが犯人の胸ぐらを掴み、お灸を据えている様子をみて、スッキリした。

 

 

さて、と。やらかしたなァと頬をかきながら子どもたちを見回すとポカーンとした顔をしていた。普段はクリクリした大きな瞳が、点になっていた。「どうしたの?」と首を傾けると、ハッとしたように江戸川君はおれに尋ねた。

 

「い、入間君って、関西出身なの?」

「いや、鳥取生まれだよ。関西弁は勉強し始めてね、…………ほら、第二言語ってやつだよ」

「そ、そーなんだ………(関西弁が第二言語って、聞いたことねーよ!相変わらず読めねー奴……)」

 

 

 

 

江戸川君が呆れた目をしていると、糸目の眼鏡をかけた大学院生がおれたちに近づいた。子どもたちは得意気に自分たちを少年探偵団と名乗っている。灰原さんは、そっと子どもたちの背に隠れている。いますぐその場所変わってほしい。大学院生は「彼も?」とおれに視線を向け尋ねた。

 

「テム君も歩美たちの仲間だよ!」

「すっげーンだ!…タケノコ党だけどよォー」

 

頼む、余計なことは言わないでくれ……………「ホォー」と相槌をうつ、この人の視線がビシビシと刺さる。

 

 

すると、思い出したように光彦君が声をあげた。

 

「コナン君がパトカーからとって、クロシロというのはわかりましたけど、なんで入間君はクロミドリって呼ばれたのでしょう?」

 

 

冷静な口調で灰原さんと江戸川君がそれに答える。

 

「自衛隊車両じゃないかしら。黒や緑を基調とした車両が多いから、“クロミドリ”。」

「あぁ、入間君のかくれんぼの腕はまるで軍隊みたいだからな」 

 

 

ぐ、軍隊…………だと。

 

…………たしかに覚えがある。サバゲー好きが沸点を飛び越え、一度子ども相手に大人げなく遊んだことがある。さすがに銃は使ってないが、移動は匍匐前進、葉っぱでカモフラージュしたり、アグレッシブな動きをしたりした。たかが、かくれんぼに。もう一度言う、たかが、かくれんぼに。いま、思い出すと恥ずかしい。…………そうか、たまに「教官」とか「軍曹」と呼ばれるのはそのせいか……………ガッデム!!

 

 

 

 



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11

銃撃音が聞こえてくる。あぁ、いつから日本はこんなに物騒になったんだろう。おれは東都タワーの非常口から夜景を眺めていた。

 

 

 

***

 

 

 

学校から帰ると、保護者が外食に行くというので「ひゃっほーい!」と喜んでついていった。保護者曰く、しばらく外国で仕事が入っているため、家を開けるとのこと。おけおけ、了解と頷きながら、頭の中はすでにディナーのことで頭がいっぱいだった。

 

 

店に着くと、保護者の同僚仲間が揃っていた。赤ジャケットを羽織り、堂々とオーダーしている。もう一人の男は着物に袴、さらしを巻いて前を大きくはだけている。食後のデザートにいちごパフェを堪能していると、見覚えのある男が「逮捕だァ!」と追いかけてくる。赤ジャケットの男が「あばよ~、とっつぁ~ん!」と言ったのを合図に一目散に逃げだした。そうなると当然おれも巻き込まれるわけで、保護者に首根っこを捕まれ、なくなくパフェを諦めた。

 

 

ドイツ製のベンツ車に乗り込み、街を駆け抜ける。前から、横から、後ろから。あちこちからものが飛んでくるので、ゴーグルを装着し、目の保護をする。うしろの方では巻き込まれたパトカーや一般車が玉突き事故を起こしていた。.........これ、請求書とか始末書とかどうなるんだろ......被害総額でみると車を買えるんじゃないか.........?

 

 

 

このまま出国するらしく、おれは途中で降りることになった。車の外枠のフレームが外れ、車体が浮き、そのまま離陸。保護者に「留守は頼んだぜ」と言われ、彼らは闇夜の空へ飛んでいった。

 

 

 

 

 

おれを東都タワーのトップデッキに降ろして。

 

 

 

何故ここに降ろした!?もっと違う場所あったよね!?せめて地上がよかった......

 

地上からの高さはおよそ250m。おそるおそる窓を覗くと、何人か倒れこんでいる。イヤな予感がする。明らかに何かありました、と物語っている。しかしこのままここにいても、風に煽られたら一溜まりもないので、中へ入れる通路を探し、移動した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

コツコツと足音が聞こえてくる。耳を澄ませると、それはだんだん近づいてきた。この声は江戸川君だ。彼は「形勢逆転だな。メモリーカードを渡してもらおうか」と両手で奪った銃を男に向けていた。筋肉質な男は立ち上がりながらにやりと笑った。すると、そこにヘリが現れ、ライトの光で目が眩んだ江戸川君から男が拳銃を奪い返した。 

 

「形勢逆転だな」

 

江戸川君の眉間に銃口を当て、男は江戸川君を押さえ込んだ。本当に物騒な国になったよ。これ以上はみていられないと思い、彼らの前に飛び出した。

 

 

 

「おれもいるんだな、これが。――――さて、形勢逆転だね」

 

 

漆黒の空の下で江戸川君と男が驚いたように振り返る。タワーのネオンに照らされたおれのしんだ魚のような瞳がちょっとだけ煌めいた気がした。

 

 

 



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12

「おれもいるんだな、これが。――――さて、形勢逆転だね」

 

突然の乱入者――おれ――に驚いたらしい。男――アイリッシュ――は江戸川君から距離を取り、おれをみた。

 

 

「何故ここにガキがいる?.........あの空手の少女といい、今日は想定外ばかりだ。」

 

 

ゴクンと唾を呑みこみ、アイリッシュへと視線を向ける。

 

 

「何やってんだか知らないけど、好き勝手やられちゃ困るよ、オッサン。江戸川君はおれのクラスメートなんでね。

 

それとここは

 

    (フィールド)

おれの 国 だ。とっとと出ていくことをすすめる。」

 

 

睨みあっていると、prrrと電話が鳴り、おれたちは動きを止めた。アイリッシュは、メモリーカードを空にかざしている。 

 

だがその途端、アイリッシュは左胸を撃たれてしまい、その場で崩れ落ちた。江戸川君は、「オイ!しっかりしろ。大丈夫だ。急所は外れてる!」と、アイリッシュを助け出そうとこの場を切り抜けようとする。

 

サイレンの音が聞こえ、ちょうど下を覗くと、東都タワーの下には多くのパトカーが止まっていた。.........なるほど。奴らはアイリッシュがもう逃げ切れないだろうという理由で彼を見捨てたらしい。

 

「………下をみてみなよ、江戸川君」

 

おれはゴーグルを外して江戸川君をみた。彼は「サイレン......パトカーか!」と安心したように声をあげる。その拍子でガクッと彼の身体のバランスが崩れた。

 

「もうお巡りさんが駆けつけている。おそらく彼は逃げ切れないって判断されたんだよ」とヘリを横目に、江戸川君が支えている方の反対側に動いた。右を江戸川君、左をおれがアイリッシュの腕を自分の肩にまわした。

                 

「………こいつは驚いた。おれは、そのツラに………よく似たヤツを、知っている......」

 

重体のアイリッシュはおれの顔をみて、短く言葉を区切りながら話す。.........一瞬よぎったのは、おれそっくりのヤツの顔。......この顔に見覚え、か......なんか文字におこすと指名手配犯みたいだな.........おれの反応をみたアイリッシュは生ぬるい視線で何か言葉を発しようとした。だが、江戸川君が口を開くのが早かった。

 

「もうしゃべんじゃねェ!あいつらをかたづけたらッーーーー」

 

ーーーーーーアイリッシュが撃たれた。

 

それでも彼はおれたちの身代わりになって銃弾を浴び続ける。 それが致命傷となって、「いつまでも、追い続けるがいい…………」と言い残し、目を閉じた。おれは唇を噛んで、ギュッと拳を握った。咄嗟に江戸川君の腕を引っ張り、アイリッシュが落とした拳銃を拾い、物陰に隠れる。

 

 

目撃者がいることに気づいた奴らは、始末しようと東都タワーに向けてマシンガンを乱射した。 おれたちは身を潜めてやり過ごそうとするが、このままでは下の階にいる人々の命も危ない。 江戸川君は集中砲火の隙を突いて飛び出し、銃撃をかわしながら上のほうへと駆け上がる。おれもその後ろに続いた。 展望フロアに逃げ込むが、マシンガンの集中砲火を受け、催涙弾を打ち込まれる。 

 

 

たまらずそこを飛び出してさらにタワーを駆け上がるが、その終着点は逃げ場の無い行き止まり。 江戸川君は、銃撃で散乱しているライトをみつけた。彼は阿笠博士の発明品・サスペンダーを取りだし、ガチャガチャ作業し始めた。何か思い付いたみたいだ。ならば、とおれは腹を括り一か八かのカケに出る。

 

「おれが隙をつくる!」

「どうやって!?危険すぎる!!」

「生憎、この状況は慣れているんだよ、不本意だけど。」

 

 

ヘリは上空まで移動し、かなり近い距離までいた。この距離ならいける.........!銃刀法違反がなんだ。いまは人命が最優先だ!ヘリのパイロットの操縦の腕はわからないが、多少の時間稼ぎになるはずだ。おれはゴーグルをつけ直し、拳銃を構える。そしてヘリの羽に照準を合わせ、引き金を引いた。

 

「ヘリコプター、羽がなければ、ただの鉄クズ.........う~ん、字余りか。」

 

ヘリは羽の回転が鈍くなり、煙を出していた。ちょうど準備ができたらしい江戸川君に呼ばれた。.........エッ!?まさかのバンジー!?ちょ、心の準備がまだ.........!

 

 

「いくぞッ!!」

 

 

 

問答無用に服にサスペンダーを引っ掛けられ、

ヘリがバランスを崩している間に江戸川君の伸縮サスペンダーを使いながらタワーの頂上からダイブする。二人分の体重を支えられるか心配だったが、丈夫にできていてその心配は杞憂だった。 江戸川君の手にはライトが握られており、サスペンダーを使い、着地した後でその手を離す。すると、上空へと放たれ、ちょうど真上にいたヘリに命中した。 その衝撃がとどめになったのだろう。ヘリは爆発を起こし、コントロールが利かなくなり、不時着した。 

 

......まったく、クリーニング代が高くつくな、こりゃ。

 

 

 

***

 

 

 

江戸川君の頭には包帯が巻かれ、治療が終わるなりすぐさま蘭さんの無事を確認しにいった。さて、おれも帰りますかね。救急隊員にお礼を言い、その場を去ろうとしたら、おれに気づいた江戸川君がこわい顔で聞いた。

 

「入間君って何者?それにアイリッシュ......、あの男と知りあいなの?」

 

 

............まさかとは思うが、おれってそっちサイドの人間だと疑われているゥ!?ちがう、ちがう、えん罪だ!!ア゛~!!それもこれも、やっぱりヤツのせいだ!こんなややこしくさせて!!

 

.........そうか!やっと合点がいった。おれが黒の組織のメンバーと疑ってたから、灰原さんに警戒されてたのか.........!いったい、いつどこで灰原さんの対組織レーダーに引っ掛かったんだ!!!?こっちは、善良な一般市民だ!!

 

 

ガッデム!!

 

 

今すぐこの誤解を解かないと、今以上にややこしくなる!!おれは髪をグシャグシャとかき、ゴーグルを取り外した。

 

「おれは マジで平和 第一主義な お上りさん。.........略して『マダオ』だからね!ほら、この失われた目の輝きが何よりの証拠だよ。日本経済の失われた20年より深刻な色をしているだろ?.........パトラッシュだかウェットティッシュだか知らないけど、あの男とは初対面だよ。おれからみれば江戸川君の方が彼を知っているようだけど?君こそ何者?」

 

江戸川君はともかく、いい歳した精神年齢のおれ。お互い小学生やってると大変だよね.........

しかし、略称って便利だな。まるで だめな おっさん (マダオ)が言い方変えれば、どうにでもなる。

 

 

おれの返答に江戸川君はキョトンとしながらも、やがて「江戸川コナン、探偵さ」とドヤ顔をきめていた。

 

 

 

 

ちなみに言うと、お約束の展開で.........

 

「入間君、どこで銃」「ゲーセンでガンシューティングしたことがあってね」

 

コンマ一秒の速さで答えた。想定内の質問である。

 

 

 



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13

ゲームセンター「GAME ON GAME」。米花町唯一のゲーセン。随分前に事件があったらしいが、いまも変わらず営業している肝が据わった店である。いや、このゲーセンに限らず、レストラン、喫茶店、銀行、etc…………米花町で店を構えるところは、事件が起きようが平気だ。だってそれが日常だ。それが米花町クオリティ。

 

 

太鼓の仙人でもしようかと店に入ると、テンション高くはしゃぐ女子高生がいた。クレーンゲームに挑戦して、失敗したらしく悔しそうな顔をしている。そう簡単には獲らせてくれないだろうな。店側も利益をあげなきゃいけないし。さて、おれもゲームしようっと。

 

どん、カッ、カッ、連打~~~~!!

 

バチを太鼓に叩きつけていると、横から視線を感じる。ちらりとみると、蘭さんそっくりの女子高生がジーと画面を食い入るようにしてみていた。「………やってみる?」と声をかけると、パアアと表情を明るくさせた。

 

 

 

 

 

 

***

 

阿笠邸。少年探偵団に誘われてお邪魔することになった。元太君がお好み焼きを食べたいと言い、今日のお昼は阿笠邸でいただくことになった。おれも何か手伝おうと、灰原さんにきくと、「じゃあ、キャベツを頼むわ」と頼まれた。よし、まかされた。

 

すぅと呼吸を吐き、ピンと背筋を伸ばす。目の前にあるのはまな板の上にあるキャベツ。閉じていた目を開き、包丁を構えた。

 

 

ーーーーーキィン!

 

 

「すっごーい!テム君!まるでお侍さんみたい!!」

 

歩美ちゃんが手を叩いて褒めてくれた。阿笠博士も「ほぉ」と声を上げている。

侍みたいだと例えてくれたが、これはそのお侍さんに教えてもらった。おれの包丁捌きはだいたいこの人のおかげである。割烹着が妙に似合い、おれはオカンと呼んでいる。オカンは唯一コンニャクを切ることができないが、大抵切っている。そのオカンに比べれば、まだまだの腕前だが、日本料理の人参の花とかお手のものだ。

 

 

「オカンに教えてもらったんだ」

「へえ!テム君のお母さんは料理上手なんですね」

「おれのかーちゃんもできるかなぁ」

 

…………ん?なんか勘違いされているような…………まあいいか。少年探偵団のキッズたちは今日も元気だ。笑顔が眩しすぎる。灰原さんもパチパチと気持ち程度に拍手していた。今日もクールだな。江戸川君は毛利探偵について行って、事件を捜査しているらしい。………うん、しばらく米花町で事件は起こらないな。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

翌朝のニュースでヴェスパニア王国の王女が来日したと報じられていた。記者会見の様子をみると、王女はとても愛想がいいとは言えなかった。代理の人が王女のコメントを読み、まるで操り人形のようだった。…………あれ、この王女、一緒にゲームやった人じゃね?…………いや、蘭さんか?背中に汗が流れたのはきっと気のせいだ……………

 

 

ゲーセンの帰りみち、気まぐれに海沿いを散歩していると見覚えのあるシルエットがみえる。黒いハット帽にスーツ姿、保護者たちが帰還したようだ。東都タワーに降ろされた不満を訴えようと近寄ったら小さな子どもの姿が目にはいる。赤い蝶ネクタイに、青いよそ行きのジャケット。ここしばらく学校を休んでいた子。

 

 

「…………江戸川君?」

 

 

思わず口に出してしまった。すると、彼はこちらを振り返り、瞳を大きく開かせていた。「ひ、久しぶり、入間君」と頬をひきつらせながら挨拶された。ちらりと保護者たちをみると、そういうことらしい。ここは、互いに知らぬ存ぜずでやり過ごす、と。…………なるほど。状況は把握した。江戸川君は暫定一般人のおれをこの場から遠ざけたい。保護者たちはおれとの繋がりを江戸川君に知られたくない。おれも同じくややこしくなるので、知られたくない。江戸川君はおれと保護者たちの間で視線を巡らしている。きっと、彼の頭のなかでどうやってこの場を切り抜けるか考えているのだろう。……………実はおれも考えている。知らぬは本人ばかりだ。

 

「……………何してるの?」

 

意地悪だが、慌てている江戸川君をみるのはめったにないのでつい、からかいたくなって聞いた。

 

 

「ボ、ボク、ちょっとトイレ!またね!」

 

 

江戸川君は保護者たちに手を振り、焦るようにおれの手を引く。でた!伝家の宝刀、トイレ。これ幸いと、おれも便乗してこの場を去ろうとする。だが、途中で江戸川君の歩みが止まった。「どうした?」とおれが江戸川君の顔を覗くと、彼の眼鏡がキラリとあやしく光った。

 

 

 



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14

急に立ち止まった江戸川君は、眼鏡を光らせながら口を開いた。

 

「入間君、人差し指の第2関節と左の手のひらにタコがあるよね?それって、相当使い込んでいる手だよね?」

 

江戸川君はおれの手を掴みながら、不敵に笑う。何をと明言しないのは、わざとなのか、じわじわとおれに狙いを定めたらしい。

 

「ゲームダコだよ、これは」

 

平静を装いながらおれは腕を払い、江戸川君から距離を取った。こわ。探偵の観察力。さっきまで平和だったのに、Come Back おれの平穏ライフ……………!

 

「ぼくもはじめはゲームダコかとおもったよ。だって、入間君はゲーム大好きだもんね。でもね、そこのおじさんーーーー次元大介にもまったく同じタコがあるんだ。

 

人差し指の第2関節と左の手のひらにね。」

 

 

ピリッと空気が張り詰めた。保護者ーー次元大介ーーは、片目を覗かせながら手をポケットに入れて聞いている。

 

「ヴェスパニア王国で次元大介は元傭兵の経歴でヴェスパニア軍の教官をしていた。

                (せんせい)

弱体化した軍を3倍近く強くした 教官 だって兵士の人が言ってたよ。そして入間君もいくらサバゲー好きだからといって、動きはプロのそれだ。これってたぶん身近に誰か教えた人がいるんだよ。緊急時の対応も手慣れていたしね。」

 

 

江戸川君!みんな!!車に乗って

探し物はこれ?

生憎この状況は慣れているんだよ、不本意だけど

 

 

Oh………………思い出される記憶たち。おまえ、もっと自重しろよ……………

 

 

「カリオストロ公国のゴート貨幣の発覚。あれは、銭形警部が全世界に中継して告発されたよね。そのときのリポーターは峰 不二子。そしてほんの数秒だけど、映っていたんだよ。逃げ惑う観衆のなかに子どもの姿がね。その子どもは金髪に透き通った蒼い垂れ目、少し日に焼けていた。これって、入間君じゃないかな?」

 

かわいらしい子どもの声だけど、尋問されている気分だ。赤ジャケットの男が助け船をだすように「何が言いたいんだ、ガキンチョ」と問う。

 

 

「偶然なのか、その当時、おじさんたちもカリオストロ公国で目撃されていた。ーーーーーつまり、入間君と次元大介には共通点が多すぎるんだ。」

 

 

 

 

ガッデム!!

 

とっつぁん。江戸川君はとんでもないものを削りました。おれのSAN値です……………

 

 

もうここまで推理されたら仕方ない。白状しよう。おれにはまだ厄介ごとの種を抱えているんだ。それに比べたらまだマシだろう。腹をくくれ、おれ。

 

 

「そりゃあ、共通点あるよ。何しろ次元大介はおれの保護者…………オトンやねん」

 

「ーーーえ?」と江戸川君はおれとオトンを見比べた。オトンも表面上には出さないがギョッとしている。当然だ。いままでオトンと呼んだことがない。さらにオカンはさっきまで我関せずな態度だったが、保護者=オトンと説明したときクワッと目を見開いた。…………すまぬ、オカン。苦情はそのオトンに言ってくれ…………赤ジャケットの男ーールパン三世ーーは、ぷっと肩を振るわせている。じりじりと追い詰められたおれは、″発作″によって、関西弁を発動した。

 

「堪忍やわ~。おれのオトン、ちィと後ろ暗いことしているさかい、言われへんかったんや。」

 

 

おれは周囲の反応は無視して、張り付けた笑みで続ける。保護者は、今度は顔全体でギョッとしたようにおれをみた。「オトンって………」ガシリと保護者を掴み、目線で「あわせろ」とアイコンタクト。しぶしぶながらつきあってくれた。東都タワーの件は忘れたとは言わせない。あれのせいで劇場版にキャスティングされて、おれ下手したらしんでたからな!(必死)

 

 

 

ルパンはとうとう腹をかかえ始めた。江戸川君は拍子抜けしたように「………お、おやこ…………」とつぶやいている。見た目はまったく親子にみえないから、彼の中では衝撃の真実(笑)だったのだろう。おれもびっくりした、まさか江戸川君にここまで突き止められるとは…………警戒レベルをもっと引き上げないと、おれのマダオライフに支障を来すおそれがある。…………ガッデム!!

 

 

 

 

 

 

 



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15

Side 白鳥警部

 

先日、東都タワー爆破事件が起こった。今日はその関係者であるコナン君と入間テム君に事情聴取することになった。入間君は保護者が不在らしく担任の小林先生が同伴している。佐藤さんとあまりにもそっくりで失礼ながら挙動不審になってしまった。

 

コナン君は毎度のことながら、入間君は3回目だったな。たしか、ツインタワービルと豪華客船「アフロディーテ号」、そして今回の東都タワー。これだけの爆破事件に巻き込まれているなんて、早々ないため記憶に残っている。

 

 

「それで、君たちがみたことを話してもらいたいんだが、.........」

「入間君、居眠りしないで、ほら、起きて。白鳥警部が困ってるよ」

 

 

いざ、事情聴取をしようとしたら、テム君はウトウト眠りに入ろうとしている。コナン君によると、テム君は無類のゲーム好きで夜遅くまでゲームをしていたらしい。たしかに目の下にうっすら隈がある。ユサユサとコナン君に肩を揺らされ、テム君はぼんやりと話し始めた。

 

 

「瞑想してたんだよ、江戸川君。失礼なこと言わないでよ。」

 

くわぁぁと大きく伸びをしているテム君をみて、「あくびをしながら言われても説得力ないよ」とコナン君は呆れたように呟いた。たしかに。.........堂々としたふてぶてしい態度は肝が据わっている。もしかしたらこの子は将来大物になるかもしれない。「すみません、授業中もこんな調子で.........ほら、いちごオレあげるからちゃんと白鳥さんにお話しして、入間君」小林先生も苦労しているようだ。いちごオレ、と聞いてテム君は目をキリッとさせて語りだした。僕は手帳とペンを取り出し、テム君の話に耳を傾けた。

 

 

 

「すっごい大変だったんだ。柄の悪そうな二人が揉めてて、やめさせてください、簡単にやめれると思うなよ、やめさせてください、そうかそれなら命を持ってしめせ!……………ブスッて………ナイフで刺したんだ。うわ、殺人現場かよ!っておもったらそいつがぱっと振り返って、おれの方をみて、ガキ見たな?って…………ナイフ持って追いかけてきたんだ。」

 

 

 

静かに語るテム君の話にこの場の全員が引き込まれた。「ッ!そこでどうなったの?」と、コナン君が身を乗り出してテム君に尋ねる。ゴクリと唾を呑みこみ、僕もテム君に続きを促した。

 

 

「どうなったかって、...............

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで目が覚めたんだからおれにもわからないよ。」

 

 

「おめーの居眠りの夢の話じゃねーか!!」

 

スパアアンとコナン君がテム君に吠えた。僕と小林先生は机にスライディングした。テム君は「そんなカリカリすんなよ、カルシウム摂ってる?」と首を傾けている。口の端がヒクヒク引きつる。相手は子どもだ。冷静に落ち着いて………一つ息を吐いて、改めてテム君に問いかけた。

 

 

結局、テム君は東都タワーへ彗星を探すために来ていたらしい。おそらく子ども特有の好奇心だろう。小林先生は「.........まだ探してたのね......」と小さく言った。詳しく聞くと、テム君の日記によるとその彗星探しは日常的であったという。なるほど。遊びのようなものか。このくらいの年齢の子どもの間で流行っているのだろうか。コナン君に聞いてみると、「え゛!?ボ、ボクもた、たまーにやるかも………」と言った。今時の子どもって………………小林先生、ご苦労様です。

 

 

 

事情聴取がおわり、テム君はいちごオレを片手にぺこりとお辞儀した。小林先生に貰ったらしい。遠く離れたところでコナン君もジュースを飲んでいた。

 

 

ふと、テム君の持つボトルに目にとまる。それはストローでつくった花びらが飾ってあった。あれはどこか見覚えが……………。気になってテム君を呼び止めた。

 

「テム君、その花びら、どうしたんだい?」

 

「あぁ、これは小林先生がやってくれたんだ。なんでも、強くてやさしい、正義の花なんだってさ。」

 

 

はい、これ。さっき助けてくれたお礼。ストローの包み紙でつくったからきれいにできなかったけど。桜は警察の人がつけているマークだよ。強くてやさしい、正義の花なんだから!

 

 

ーーーー強くてやさしい、正義の花

 

                (き み) 

そうか。あのときの女の子は、 小林先生 だったのか。

 

 

僕がまじまじとストローでつくられた花びらをみていると、テム君はにんまりといたずらっ子のように「見つかった?」と笑った。なんだかこの子には見透かされているような気がした。

 

 

 

 

 

 

Side テム

 

某大ヒット映画でいえば、こんなモノローグが入るだろう。ずっとなにかを、誰かを、恋い焦がれている。そう言う気持ちに取り憑かれたのは、たぶんあの日から。 あの日、本屋さんに万引き犯が出現した日。立ち向かう女の子は、まるで、まるで、桜の景色のように、それは、強く、美しい眺めだった。ってなところか?

 

 

おれは東都タワー爆破事件に巻き込まれたので、事情聴取に向かった。あれから結構、日数が経っているので正直いまさらという気分だ。米花町は事件件数が格段に多いため、後始末もそのぶん大変らしい。ましてや劇場版ならなおさらである。ご苦労様です。

 

白鳥警部は小林先生をはじめてみたときから挙動不審だった。知り合いにそっくりな女刑事さんがいるらしい。彼いわく、その人は初恋の人だそう。本屋さんで万引き犯に立ち向かった女の子らしい。そういえば前の事情聴取のとき佐藤刑事にぞっこんだったな。

 

 

おれの日記を読む小林先生はおれの適当な占いを本気にしたらしく、ストローを常備していた。小林先生はわりと乙女チックなところがある。そして偶々、事情聴取に呼ばれしたときに小林先生が同伴することになった。オトンは職業柄、警視庁にいくことは無理なので選択肢から除外している。

 

 

事情聴取のときにちょっと冗談を言うと、「紛らわしいことするなよ......」と江戸川君に呆れたように言われた。ごめん、そればかりは約束できない。おれがしなくても、もっと紛らわしいことが起こるよ。ハハハ.........(遠い目)あぁ、そのときがきたら全力でにげたい。

 

 

さて、問題はどうしてあの場所にいたのか説明するか、だ。

 

思い出してほしい。あの日オトンたちはとっつぁんと街中で追いかけっこした挙げ句おれを東都タワーに降ろしてトンズラした。これをそのまま言ってみろ。大変なことになる。江戸川君に「で、ほんとはどうしていたんだ?」と言われ、「オトンが.........」というと察しのいい彼はうまく白鳥警部を誤魔化してくれた。ちょうど思い浮かんだ「彗星を探してたんだ」という言い訳をいうと、「.........まだ探してたのね......」と小林先生が口を挟んだ。教師という社会的身分がある先生が白鳥警部におれの日記の話をしたおかげで、俄然信憑性が増した。ありがとう、小林先生。明日は起きて授業受けます。

 

 

事情聴取の後で、小林先生からいちごオレを貰った。手先が器用な小林先生はおれのいちごオレのボトルにストローの包み紙でつくった花びらを飾った。ストローをくわえると、口の中に甘いいちごの香りが広がる。白鳥警部を見かけたのでぺこりとお辞儀をすると、声をかけられた。

 

「テム君、その花びら、どうしたんだい?」

 

「あぁ、これは小林先生がやってくれたんだ。なんでも、強くてやさしい、正義の花なんだってさ。」

 

 

そして白鳥警部はまるで愛おしいものをみるかのようにそれを見つめた。......その表情をみてピンときた。前回の事情聴取できいた本屋さんの女の子がわかったらしい。見つかってよかったな。だが、これはおれのいちごオレだ。やらんぞ。

 

 

 

なんて話していたら、小林先生と江戸川君が戻ってきた。「用も済んだし帰りましょうか」と小林先生が言うと、白鳥警部は「よろしければ、僕の車で!」と、早速、小林先生にアプローチし始めた。おい、まさかこの二人の空間におれも混ざれと?あぁ、これがほんとのリア充爆発しろってやつだ。巨大隕石が墜落しますよー………なんてな。隣で江戸川君と共に乾いた笑みで白鳥警部をみていた。

 

 

 

 

 

 



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16

《8月7日の夜、西多摩市にある国立東京微生物研究所が、10年前に壊滅したはずのテロ組織【赤いシャムネコ】に襲撃され、そこに保管されていた殺人バクテリアを強奪されました。》 

 

朝のニュースはどこのチャンネルもこの事件を報道している。赤いシャムネコが「7日以内に行動を起こす」という犯行声明をインターネット上に流し、日本全国がこの話題で騒然となる。コメンテーターに細菌学者を呼んで、いかにこのバクテリアが危険なのかということを解説していて、ますます不安が広がっている。

 

 

《この菌に感染すると、まず体のどこかに痒みが伴い、発疹が現れます。場合によっては死にいたります。感染経路は主に飛沫感染で、とくに小さいお子さんには感染しやすく、すぐに症状が現れます》

 

…………こわ。おれ、いま七歳児なんだけど。おれがぞぞっとしていると、オカンから「拙者に日本茶を送ってくれ」という電話がきた。だが、それどころではない。こんな事件が起きた後じゃ、当然海外へ物品を送るにも検査やらなんやらで時間がかかるだろう。そう伝えるとオカンは「…………そうであったか。」と静かに納得したあとおれに礼を言った。ルパンに現地で入手するように頼むらしい。はて、スペインにオカンの舌にあう日本茶は売っているのだろうか………いや、今はそれよりもこの事件だ。新聞を手に取り、パッと開いた。

 

 

手に取った日売新聞には【レベル4の細菌強奪】という見出しがデカデカと書かれている。そして次の面をめくると、【怪盗キッドに告ぐ!】という威勢のいいというか、ど派手な一面がある。自分から喧嘩売ってどうするんだよ………。なんでよりよって、わざわざこの時期に‘怪盗キッド’。そしてバイオテロ(疑惑)。

 

…………これは東都もいよいよ危ないな。少年探偵団及び園子嬢から飛行船のお誘いがあったが、丁重にお断りさせていただいた。…………8月14日、ね………おれは、インターネットの高速バスサイトを開いた。何をするかって?東都脱出に決まっているだろう。やっぱりおれに米花町は早かったんだ。いや、早いも遅いもないか。

 

 

 

「米花町にいなければどうということはない!」

 

 

パソコンの【予約完了】をクリックしたおれは早速荷造りを始めた。だが、このときのおれは失念していた。コナンワールドには東だけでなく、西にもまた名探偵がいることを…………

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

8月14日。お盆の時期が近いこともあって、公共交通機関の予約はほとんど埋まっていた。そんな中で大阪行きのバスを取れたのは奇跡的だった。血眼になって探し回ったおれの努力の結果である。おれが関西にやって来たのは何も脱出が目的だったわけじゃない。ぶっちゃけ観光も半分ある。関西圏のマップを広げ、どこしようかと鼻歌を口ずさみ、指のとまった所に行くとする。よし〇とをみにいって江戸川君をからかうネタの参考にしたり、せっかくだから聖地巡礼に訪れたりした。この場合の聖地巡礼とは、アニメツーリズムみたいなことを指す。

 

 

オープニングで使用された商店街、第三話の舞台となったお寺。アニメのシーンを思い出しながら、こんな状況ながら楽しんだ。ひとしきり見て回ったところで、おれの探偵バッジから声が聞こえた。子どもたちに連れられ、阿笠博士から以前いただいた。こんなに距離を離れていても連絡できるのか…………おれが感心していると、焦ったような江戸川君の声が聞こえた。

 

 

「入間君!いま、どこにいるんだ?」

 

 

…………いきなりすぎる。あれ?さっきまで鹿があちらこちらいたのに江戸川君から連絡が入った途端いなくなった………なぜ?野生の勘か?おれは手持ちぶさたになった鹿せんべいをパキッと割る。電波回線だけにフラグが立っていたのか?2本か?3本か? 

 

 

「どこって、……………奈良だよ」

 

 

走り去っていく鹿を見ながらのんびりおれは答えた。

 

 

 

 

 



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17

さて、そろそろ移動するかと駅に向かった。クラクションがけたたましくなり、人々の怒号が飛び交う。ワンセグ(いまはガラケーが主流)を繋ぐ。どうやら大阪から西へ避難する人が押しかけパニックになっているらしい。新幹線も満員。高速道路も渋滞。奈良駅もまた逃げ惑う人々であふれかえっていた。あれ?おれ、危険から逃れるためにこっちに来たのに自ら突き進んでる?............ガッデム!!

 

 

おれが奈良にいると伝えると江戸川君は「行き先が関西だと見当していたが、まさかドンピシャで奈良とは…………」とのたまった。ちょっと待て。なんでおれの行き先知っているんだ?「おめーの着うた、たしか関西が舞台のアニメだったよな」おれのプライバシィィィィ!!!「それより、今からそこに服部がーーー」

 

 

バイクのブレーキ音が重なった。音の方をみると、色黒に太眉、一部が鋭く尖った前髪が特徴的な男がいた。江戸川君、これは一体どういうことだ?おれが江戸川君に質問する前に男が先に口を開いた。

 

 

「金髪に青い眼の坊主って、お前か?」

「誰やねん、自分。」

 

 

思わず、関西弁で返した。いや、名乗らずともわかる。西の高校生探偵・服部平次ですよね。.........劇場版かよ!!江戸川君が言うには奈良で仏像を狙う泥棒がいるらしく、ウイルスは嘘だと判明した。おい!マスコミ!ちゃんと裏をとってから報道してくれ。誤報だったじゃねーか!

 

 

「みつけたで、工藤。この坊主連れて行けばええんやな?」

「あぁ。入間君を頼んだ、服部」

 

 

どういうわけか犯人探しの数に入れられてたおれはヘルメットを受け取り、後ろに乗った。当然の如く拒否権なんてなかった。結局こうなるのかよ…………(遠い目)

 

 

「セキュリティが低くなってる場所っちゅーたら........寺なんてぎょーさんあるいうのに、見つけるにも時間が足りひん」

「豪福寺は?おれ、さっき行ったんだ。国宝級の仏像がたくさんあったし、人が誰もいないこんな状況なら………………格好の的だな。どうします、ボス?」

「誰がボスやねん!仏さん盗む罰当たりがおるかッ!!」

「おれに計画をもちかけたのは兄さんやないですか」

「アホ!おれが強盗犯になってどうすんねん。さらっと兄さん言うな、さらっと」

「しかし、このバイクじゃ全部持ち運べないな。どうします、ボス?」

「せやから誰がボスやねん!!あー、もう兄さんでエエわ………ほんま腹立つ坊主や」

 

そんなやりとりをしながら豪福寺へ急ぐ。おれたちが到着すると。ちょうど仏像を運び出す警官姿の男たちがいた。すでに何体かトラックの中に積まれている。

 

 

「なーるほど。うまいこと考えたモンやなァ。飛行船使ォたバイオテロは陽動作戦。ホンマの目的は皆を避難させ、もぬけの殻になった国宝の仏さんをいっぺんに盗んでまうことやったんやなァ。普通、仏さん盗もうなんて言うヤツおらへんからのォ。」

 

 

おれが「罰当たりなやつら」と汚物をみるように吐き捨てていうと、「どの口が言うてんねん」とピシャリとツッコミを入れられた。泥棒たちは「わしら、仏さん守ろうと思って」と言い訳を言う。

 

 

「アホ。おれと坊主の二人だけで来るはずがないやろ?ほんまの奈良県警がこの寺の周りに駆けつけてるで」

 

 

ボス、もとい兄さんはどや顔で言うが、はったりである。そっと兄さんから離れ、泥棒たちと兄さんの会話の応酬を聞く。

 

 

「おまえらの悪事はお見通しっちゅーわけや」

 

 

もう一度言う。警察は寺の周りを取り囲んでいない。はったりである。音を立てないように静かに作業をしながらおれはやり取りを見まもる。

 

 

「なに言ってんだ。所詮子どもの言うことだ。うそに決まってる!」

 

 

その通り、はったりである。泥棒たちは口々に言い合い、兄さんは少しどや顔が削げ落ちる。

そろそろ頃合いだろう。準備を終えたおれは兄さんたちの前に姿をあらわした。

 

「仏も昔は凡夫なり。どんな人間でも努力すれば、仏のような立派な人間になれる。それがたとえマダオであっても。」

 

 

兄さんは「坊主ッ!」とおれに向かって叫んだ。それをきいて泥棒たちは「まさかまだ寺の関係者がいたのか!?」「チッ!計画は中止だ!ズラかるぞ!」とおれを寺の坊主と勘違いしたらしい。仏像を置き捨て、反対方向へ走り出した。

 

 

 

 

逃げた先はブービートラップがあるのに.........

 

 

 

仏の光より金の光。仏のありがたみを忘れて金に欲張った結果、泥棒たちはおれが仕掛けたトラップに引っ掛かり、............「おい!なんだこの喧しい音は!」「てめぇ!わしの足踏んだな!」.........果てには仲間割れを起こしていた。よし、時間稼ぎはうまくできた。

 

「オッサンたちの言うとおり警察は来てなかったよ―――――さっきまではね」

 

チラリと後ろに目配せをする。

 

「奈良県警をなめたらあかんで!!」

 

 

パッとライトが照らされ、強盗犯の周りを奈良県警が包囲した。よかった、まにあった。奈良県警の鹿角剛士という奈良にぴったりなお名前の警部さんがスピーカーを片手に泥棒たちへ迫った。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

おれたちが警察に連絡したとき、すでに道路は大渋滞で現場に到着するのに時間がかかると予想された。だから、おれたちは強盗犯たちが逃げないように警察が来るまでの時間稼ぎをすることになった。兄さんの喋りで相手を引き付けている間におれは罠を仕掛けた。

 

まずは小学生お馴染みの防犯ブザー。ワイアーを防犯ブザーのスイッチに結び付けておくだけでいい。罠に引っかかってワイアーを引っ張るとブザーのスイッチが入り大音量が鳴る。次にゴム風船を膨らませ、浅く穴を掘る。此処にゴム風船を置いて周りの木の葉や土を被せてカムフラージュする。コイツを踏んだら風船が破裂する。防犯ブザーの音に驚いている漉きができたところに、穴に足を取られて転ぶという寸法だ。

 

 

警察が泥棒を拘束している間におれが防犯ブザーを回収していると、「なんや、こそこそしてる思たら罠仕掛けてたんか」と兄さんが話しかけてきた。「工藤から聞いたとおり、ほんま恐ろしいガキやわ」と、兄さんはおれがつくったトラップをまじまじ観察している。

 

「ちょうどよく仏像はトラックに積まれているし、チャンスだ。どうします、ボス?」と言うと、「誰がボスやねん!!しばいたろか!」と返される。いや、兄さん。あんた、了承なしにおれをバイクに乗せたよね。それ、誘拐じゃね?「そ、それは工藤から説明されたんとちゃうんか?」.........なるほど。江戸川君はこの結果を見越して、おれを連れていけと兄さんに言ったのか.........

 

「ところで、さっきから工藤って、なんのこと?」

「て、寺のお坊さんの苦行のような修行より厳しいって言おう思うてな、いい間違えたんや」

「.........ふーん」

 

 

兄さんはそのまま警視庁のヘリを使って飛行船の後を追う。翌朝、おれは東都へ帰った。テレビでは、一連の事件の功労者として服部平次が取り上げられ、ヘリで発言した「クジラが跳ねよったァ!」が名言として繰り返し放送されていた。

 

 

 

 



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18

オトンがスタイリッシュにベーコン豆を作る姿はカッコいい。ベーコン豆はグリーンピースとベーコンを炒めたものだ。ベーコン豆がオトンの好物であることは知っているが.........いやいや、あのオトンがわざわざ手料理を振る舞ってくれてるんだ。残すなんてもったいない。チマチマ食べていると、オトンが「悪いな、テム。仕事が入っちまった」と申し訳なさそうに言い、明日の夕飯はおれに一任された。極力、外出は避けたいが、こうなったら仕方ない。スーパーへ行くか。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

小学校の授業を終えると、固定されつつある帰りのメンバーが「一緒に帰ろう」と集まった。けれども、今日のおれは用事がある。時刻は夕方4時前。夕方のタイムセールにはまだ間に合うな。おれは、いまから戦場へ向かうんだ。少年探偵団の諸君に「おれ、パス」と手短に断りを入れる。

 

絶対に負けられない戦いがそこにはある........!

 

「………おめー、どこの解説者だよ」

 

江戸川君がボソッと呆れたように言う声を聞かなかったことにして、おれはスーパーへそのまま走った。

 

 

 

 

***

 

 

おばちゃん、半端ないって............

 

 

おれが着いたときにはすでに戦いの幕が上がっていた。

 

おばちゃん半端ないってほんとに。意味わかんねーよ。後ろ向きのカートがスッゴいトラップするし......そんなことできないだろう、普通!そんなことできるか?言ってくれよ、できるんだったら.........

 

鬼の形相で「とったどー」って、おれの手に入れたお買得たまごが危うく潰れそうになったよ!!チラシだ、もう全部チラシ持っていかれたよ。1個にしとけばよかった1個に!

 

 

ガッデム!!

 

 

 

おれがひとり、反省会をしていると聞きおぼえのある声が聞こえた。

 

 

「おや、君はたしか、少年探偵団の」

「.........コンニチハ」

 

片言になったのは言うまでもない。いつぞやの放火事件でみた大学院生の沖矢さんとバッタリ出くわした。沖矢さんがスーパーで、買い物している、だと.........

 

「えぇ。実は隠し味にヨーグルトを入れたカレーを作ろうと思いまして」

「いやいや、カレーの隠し味は蜂蜜に決まってるだろ」

 

 

沖矢さんはおれの買い物カゴヘ視線を向けて、ピシリと固まった。何故ならおれの買い物カゴにはかごからはみ出す勢いの蜂蜜が大量に入っていたからだ。この蜂蜜はおれの戦った証だ。(ドヤ)

 

「カレーに蜂蜜を入れると、甘みとコクが増してスパイスが引き立つんだ。しかもトロみが出てきて濃厚な味わい!蜂蜜の甘みは、自然な甘さが加わるから調和のとれた旨味とコクたっぷりの美味しいカレーだ!」

 

「..................なるほど。」

 

勢い余って蜂蜜の良さを力説すると、たっぷりと大きく間が空いて、沖矢さんは返事した。沖矢さんがヨーグルト派だったとは、きっと中の人つながりなんだろう。ちなみにいうと現地の人はケバブにソースをかけることはしない。

 

「......しかし、こんな量の蜂蜜が必要だとは思えませんが」

「最近、医者から練乳禁止されたんだ。だから、蜂蜜に嗜好を変えて.........ほら、練乳より栄養あるだろ?」

「...............」

 

な、なんだよ、その無言は。仕方ないだろ?米花町に住んでたら、いつ事件に巻き込まれるかヒヤヒヤしながら生きる毎日だぞ?ストレス溜まり過ぎる生活なんだ。はじめの頃はゲームで発散してたんだが、終わらないサザエさん時空に毎日鳴り止まないサイレンの音。糖分摂らなきゃ、こちとらやってらんねーだよ!!(逆ギレ)

 

 

 

やがて、沖矢さんは名案を思いついたとばかりにおれに言った。

 

「宜しければ、その蜂蜜カレー教えていただけませんか?」

「ヨーグルトは?」

「始めはそのつもりでしたが、少し興味が湧きまして」

「............」

「そうですね、デザートにプリンもあり

「行きます!」

........では、まずはその蜂蜜を元の場所へ戻しましょうか」

 

最初は沖矢さんの提案に渋った。そんなフラグが立ちそうなイベントは結構です。だが、デザートにプリンがついてくるときいて即答した。けっして、そのプリンが人気爆発で、おれが手に入れられなかったものだったということはない。.........断じて......(焦)......いや、正直食べたかったです、ハイ。

 

おれは、沖矢さんと共に籠いっぱいに詰めた蜂蜜を商品棚へ戻し、工藤邸へ行くことになった。あぁ、さらばおれの糖分よ............

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ニンジンいらないよ」

「好き嫌いはよくないですよ」

 

ニンジンを端の方へ寄せていると、沖矢さんがお隣の阿笠博士の方へお裾分けしにいくと言う。.........まて、まさかこのカレー、博士も食べるのか!?マズイ!博士はダイエット中だというのに......!そして何がマズイかって、阿笠邸にはスーパー管理栄養士・灰原さんが目を光らせているのだ。下手したら、おれまで巻添えで食事制限されそうだ.........(震え)

 

沖矢さんを止めるべくおれもその後を追うと、阿笠博士の家は、チャイムを鳴らしても誰も出てこなかった。おかしい。おれと鍋を抱えた沖矢さんは顔を見合わせ、おれはそぉーっとドアノブをまわした。

 

 

「博士。お邪魔する.........って、だれもいない......?」

 

 

おれがドアを開けると、ガランと静かで人の気配がしなかった。「様子をみてきます」と沖矢さんが家のなかへ進む。勝手知ったる様子で奥へと進む沖矢さんを見送る。今更だけど、これ不法侵入だよね?.........ハッ!そういえばオトンもオカンも不法侵入しているな。記憶を遡るとおれ自身、ルパンに直々に教えてもらったし、ついでとばかりに他所のパソコンへの侵入も教えてもらった。

 

 

何故かな、一般人からどんどん遠ざかっていく気がする。「どうしてこうなった」と半目になりながらルパンに言うと、「俺の不二子への愛はな、海よりも深く、山よりも高いってワケ!」と当然のように返された。どこの北条さんだよ......気が付けば、お宝探しのためにオトンやオカンとともにエッサホイサとダウジングしていた。また一般人から遠さがっていく.........今後、ピッキングやらハッキングやらの技術を使う機会が訪れないことを願う。.........(遠い目)

 

 

それはさておき、おれが玄関に佇んでいると、電話の音が聞こえた。

 

――――Prrr

 

 

電話の音が鳴り響く。こういうときに限って沖矢さんは近くにいない。これは、おれに出ろ、ってことか?おれは重い手で受話器を取った。

 

 

 

 



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19

受話器を耳に挟み、「もしもーし」と告げた。しかし、相手から何も返事が返ってこない。電話の相手は恥ずかしがり屋さんかもしれない。ここは、ひとつおれがその緊張をほぐしてやろう。口を大きく開いて音楽の授業で習った歌を歌う。

 

「もしもしかめよー、かめさんよー、せかいのうちでおまえほどぉー《ガチャッ》.........」

 

―――ツーツーツー

 

 

.........すっごい恥ずかしがり屋さんなんだな、きっと。そっと受話器を元に戻す。と、また電話が鳴り出す。やれやれ、仕方ない。よくみると、さっきと同じ番号だった。急用の内容か?

 

「お前の祖父さんを返してほしければ身代金を」

「祖父さんは昨日亡くなったんですけど」

 

「............」《ガチャッ》

 

―――ツーツーツー

 

 

訂正。急用じゃなかった。イタズラ電話だった。なんだ、暇人かよ。咄嗟に前世のコンビニのバイトのマニュアルを思いだし、対応した。ありがとう、店長。このマニュアル馬鹿にしてたけど、効果覿面だった。しばらくすると、また先程と同じ番号から電話がかかる。まったく、しつこいな。若干イライラしながら、受話器を取った。

 

「お前の祖父さんを返してほしければ身代金を」

「我建超世願 必至無上道 斯願不満足 誓不成正覚 我於無量劫 不為大施主 普済諸貧苦 誓不成正覚 我至成仏道 名声超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚 離欲深正念 浄慧修梵行 志求無上道 為諸天人師 神力演大光 普照無際土 消除三垢冥 広土済衆厄難 開彼智慧眼 滅此昏盲闇 閉塞諸悪道 通達善趣門 功祚成満足 威曜朗十方 日月戢重暉 天光隠不現 為衆開法蔵 広施功徳宝《ガチャッ》………」

 

 

―――ツーツーツー

 

なんだ、また切れた。またもやクレーマー対応マニュアルが役に立った。正直、お経を今になって唱えるとは思わなかった。人生何があるかわからないね。ははは.........(遠い目)

 

またしばらくすると、電話が鳴り出す。今度は違う電話番号だ。もうこの頃になると受話器を取ることに抵抗がなくなってきた。さて、次はどう切り返そうか。「はァい」と慣れた手つきで受話器を取った。

「お前の祖父さんを返してほしければ身代金を」

「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」

「ヒイィ!」《ガチャ》

 

 

 

――――ツーツーツー

 

.........あれ?また切れた。ジーザス、お前もか。悪霊退散ならぬ、悪戯退散。なんだ、この電話。やっぱり、流石、米花町といったところか。まさか知り合いの家に身代金要求のたちの悪い電話がかかってくるとはな。お経を覚えて損はないとこのとき心から実感した。おれが電話の対応を終えると、奥の部屋から沖矢さんが戻ってきた。

 

「どうやら阿笠博士は不在のようです。」

 

ん?阿笠博士がいない?さっきの電話でたしか祖父さんを返してほしければ身代金がどうだとか............祖父さんってまさか.........

 

 

「沖矢さん、博士が誘拐されたかもしれない」

 

おれが深刻な面持ちで告げると、沖矢さんの糸目が鋭く開き、緑の瞳が覗いた。

 

 

 

 

 

 

side 電話の向こう側

 

学校の帰り道、廃ビルで缶けりをしていた少年探偵団。だが、誘拐犯にコナンと灰原が捕まってしまった。警察に連絡したら二人の命はないと脅され、光彦、歩美、元太は110番通報ができなかった。誘拐犯は金持ちの老人を連れ去り、その家に電話をかけ、身代金を要求しようと計画していた。

 

事前に調べた電話番号を入力し、しばらくすると繋がった。

 

「もしもーし」

 

子どもの声だった。

 

「もしもしかめよー、かめさんよー、せかいのうちでおまえほどぉー《ガチャッ》.........」

 

子どもはそのまま童謡を歌い出す。ハッと反射的に電話を切った。しまった、これでは身代金を要求できない。もう一度電話をかける。

 

「お前の祖父さんを返してほしければ身代金を」

「祖父さんは昨日亡くなったんですけど」

 

「............」《ガチャッ》

 

な、何ィ!亡くなっただと!?咄嗟に履歴画面を開き、番号を確認する。間違っていない。たしかに金持ちの祖父さんの家のそれだ。すると、仲間の男が「何やってんだ!」と責め立てた。

 

「そ、それが祖父さん違いだったみてーでよォ......」

「何言ってやがる!ちゃんとかけ直せ!」

 

仲間の男に急かされ、もう一度ダイヤルを入力する。

 

「お前の祖父さんを返してほしければ身代金を」

「我建超世願 必至無上道 斯願不満足 誓不成正覚 我於無量劫 不為大施主 普済諸貧苦 誓不成正覚 我至成仏道 名声超十方 究竟靡所聞 誓不成正覚 離欲深正念 浄慧修梵行 志求無上道 為諸天人師 神力演大光 普照無際土 消除三垢冥 広土済衆厄難 開彼智慧眼 滅此昏盲闇 閉塞諸悪道 通達善趣門 功祚成満足 威曜朗十方 日月戢重暉 天光隠不現 為衆開法蔵 広施功徳宝《ガチャッ》………」

 

 

男はフラッと目眩がした。なんだ、いまの。まさか本当に亡くなっているのか?だったら、自分たちが誘拐したあの祖父さんはいったい.........背筋にヒヤリと汗が落ちる。

 

「おい!切っちまってどうすんだ!」

「こ、子どもの声が.........お経を唱え始めたんだよ!」

「んなわけあるか!代われ!おれがやる」

 

男に番号のメモを渡し、人質の二人の子どもの様子を見に行こうとした。すると、やはり仲間の男は顔色を悪くし、電話を切った。

 

「ヒイィ!ガ、ガキの声でお経よんでやがる.........」

「気味わりーよ。もう人質も金をいらねェ!はやくズラかろーぜ」

 

そうして、誘拐犯が逃げ出そうとすると、背後から何者かに拘束され、誘拐犯が次に目覚めたときは取調室だった。

 

 

 

 

 

side 江戸川コナン

 

犯人たちが慌てたように部屋を出ていき、チャンスだと思った。探偵バッチで床を叩き、光彦たちに電話をかけさせ、犯人たちを撹乱させていた。光彦、歩美、元太、灰原、あとは…………携帯の待ち受け画面を思い出し、光彦たちに指示を出す。あと残るは少年探偵団の………と探偵バッジを叩こうとして気づいた。

 

 

そういえば、おれ、番号しらねー……………

 

入間テム。ちゃらんぽらんでのらりくらりしている少年。本人曰く‘マダオ’。つかみ所のない大人のように見えたかと思えば、子どものようにゲームやいたずら好きの一面もある。今日も元太たちに帰りを誘われていたが、「おれ、パス」とどこぞの科学者(隣の少女)のように断っていた。いつもはぼんやりとしているのにどこか真剣な様子だったので追及してみると、「絶対に負けられない戦いがそこにある………!」と返され拍子抜けした。

 

 

くそっ、どうする!?もう携帯電話で犯人たちを撹乱させることはできない。おれが次の手を考えていると、犯人は身代金要求をするために部屋に戻ってきた。いったい、何が起きているんだ。犯人たちの会話に耳を澄ます。

 

「おい!切っちまってどうすんだ!」

「こ、子どもの声が.........お経を唱え始めたんだよ!」

「んなわけあるか!代われ!おれがやる」

 

「ヒイィ!ガ、ガキの声でお経よんでやがる.........」

「気味わりーよ。もう人質も金をいらねェ!はやくズラかろーぜ」

 

 

犯人は電話をかける度に顔を青くさせ、終いにはおれたちを置いて逃亡していた。すると、ロッカーに隠れていた歩美、光彦、元太が出てきておれと灰原の拘束を解いた。

 

 

《ドカッ》

《ボキッ》

《ガッシャーン》

 

 

不穏な物音が扉の向こうからきこえてくる。誰だ!?逃げた犯人が戻ってきたのか!?子どもたちを後ろに下がらせ、腕時計を構え、扉に向ける。

 

 

 

 

 

 

 

扉の奥から出てきたのはーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャンパンゴールドのような金髪。いつもより輝いているライトブルーの瞳。入間君が「よぉ。」と気怠げに手を上げ、おれたちに声をかけた。

 

 

 

 

 

 



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20

博士が誘拐されたかもしれない。おれと沖矢さんは、すぐさま博士を救出すべく行動に移した。今日は授業が4時前に終わったから、いつもよりはやく帰宅できるはず。それなのに灰原さんがまだ帰っていないということは、少年探偵団も巻き込まれている可能性が極めて高い。と考えると、博士の居場所は江戸川君たちの近くと絞られる。

 

おれはポケットから探偵バッジを取り出した。この探偵バッジ、小学生が持つにしては超高性能だ。超小型トランシーバーが内臓されてあり、メンバー間の交信に使用できる。さらに江戸川君のメガネと連動して、万が一の紛失したり失踪したメンバーを探したりするときのお助けアイテム。つまり今の状況にぴったりの優れものだ。

 

 

七歳児の指でつまめるサイズ。重量関係なく半径20kmという絶大な通信可能距離。劇場版お馴染みのコンクリートジャングルの中をスケボーで疾走しながらであっても平気で通信できる。通信マナーを無視した、少年探偵団がペチャクチャ喋っても混信しない。阿笠博士の科学力には舌を巻く。温和な爺さんだが、その気になれば世界征服も夢じゃない。...............こんなハイテク機器、軍隊に売り込めば即行で買い手がつくだろうな。 本人はその気がないだろうが、かなりの要注意人物じゃないだろうか。そのうち、警察に技術提供する機会があったりして...............

 

 

ちょうど沖矢さんが予備のメガネを持ってきていたので、スイッチを入れる。1つは阿笠邸にレーダーが点滅している。これは、おれの探偵バッジの位置情報。そうすると残りは、やはり予想通り、1ヵ所の場所に点滅していた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

沖矢さんの車に乗り込み、メガネの追跡位置情報を頼りにたどり着いたのは、とある廃ビルだった。シャッターを開け、中へ入る。......え?侵入はできるんだよ。早速、ルパン直伝のピッキング使うとは思わなかった。ガッデム!!

 

 

《ドカッ》

 

......ハイ、沖矢さんの重い一撃が犯人に入りましたー。(目を反らす)

 

 

《ボキッ》

 

.........ハイ、犯人の骨にヒビが入りましたー。

 

 

《ガッシャーン》

 

.........ハイ、二次災害で窓ガラスが割れましたー。ガラスの破片が夕日に照らされてきれいだなァ。(逃避)

 

 

もう一家に一台、沖矢さんを備えていればいいんじゃないか?煮込み料理のオンパレードだけど。セ⚪ムとア⚪ソックと並ぶセキュリティと強さを兼ね備えてる。人間やめてるな、これ。(失礼)

 

 

おれは倒れた犯人に「南無阿弥陀仏」と手を合わせ合掌した。おれが念仏を唱えると、犯人はさらに顔色を悪くし、泡を吹いて気絶した。

 

 

 

さて、ピーチ姫じゃないや、博士と少年探偵団のキッズを救出だ。

 

 

「よぉ。」

 

 

奥の扉を開けると、こちらに腕時計を構えた江戸川君と、その後ろに子どもたちが隠れていた。ラスボスクッパは江戸川君だったわけだ。洒落になんねー。ハハハ.........(棒読み)

 

まずは取り敢えず、その物騒な腕時計(麻酔針)をしまってくれるか?

 

 

江戸川君が「危ないッ!」と叫んだ。おれの背後にはもう一人の犯人が殴りかかろうとしていた。おれはサッとしゃがみ、犯人の足を掴む。軸をとられた犯人は体のバランスを崩した。その瞬間をあの人が逃すわけがない。

 

 

「ナイス」

「いえ、礼には及びませんよ.........」

 

 

あの人――沖矢さん――は、犯人の腕をひねり、そのまま手刀を入れる。江戸川君からガムテープを受けとり、確保した。子どもたちに容赦なくガムテープを貼られてる。哀れ。「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えると、ますます犯人は顔色が悪くなった。「......入間君、電話口で念仏唱えてた?」と江戸川君に半目で問われる。......うん、心当たりは、大有り、だな。コクりと頷く。「まぁ、おかげで助かった。ありがとう」.........そう素直に礼を言われるとなんだか、こそばゆい。らしくないな、とフイッと顔を背け、ロッカーへ向かう。ロッカーを開けると、こんな状況にも関わらず、スヤスヤ眠りこけたじいさん――阿笠博士――がいた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「それにしても、珍しい組合せね」とジトリと灰原さんに声をかけられる。たしかにおれと沖矢さんは仲良しという間柄ではない。一方的におれが避けていたし、ここ数日は少年探偵団の活動に欠席していたから会うタイミングがなかった。おれは「......そうか?」と一拍あいて答える。

 

「.........まさか甘いものに釣られてノコノコついていったんじゃないでしょうね」

 

さらにジトリと追い込まれる。なぜ、わかったんだ!?こわ。灰原さんのレーダーと勘。おれの顔に出ていたのか、ますます灰原さんの顔が険しくなる。

 

 

「このボウヤを見ていると、少し昔を思い出しまして.........顔馴染みだから見間違えるわけないんですがね.........」

 

 

沖矢さんが会話に加わると、警戒するようにおれの背後へ隠れる。......おい、コラ。おれを盾にするな。裾が延びる。服を掴むな。......後ろへ顔を向ける。あまりにも怯えた表情で震えた手でぎゅっと掴むから、そんな文句は唾といっしょに呑み込んだ。

 

 

ん?.........昔を思い出す?............顔馴染み?.........ハッ!となって沖矢さんを凝視する。沖矢さんはおれの視線に合わせるように少しかがんだ。

 

 

「ボウヤには大変興味が湧くが、ここから先はこちらのエリアだ。君の領分じゃない.........」

 

 

一方的に線引きされた気がした。まさか誰かさんと重ね合わせているのか?.........その誰かさんってまさか.........沖矢さん、その誰かさんと面識あったっけ.........イヤイヤイヤイヤ。事実確認してないし、まだ誰もそうだと断定していないし。おれはパンピー(一般人)なはずだ。オトンもオカンもぶっ飛んでるけど.........うん。一般人は無理があるな。イヤイヤ、しかし、誰がなんと言おうとおれは善良な子どもなはずだ!!

 

 

 

 

 

 

その日、おれ独自のブラックリストが更新された。

 

【沖矢昴】

 

おれの中のブラックリストに【要警戒】と新たに付け加えた。これ以上、おれの心労を増やしてくれるな。頼むから!

 

 

 



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21

江戸川君は誘拐されたり、銀行強盗に巻き込まれたりと、事件吸引器はある意味、正常に作動しているようだ。それとなくルパン一味の動向を探られるが、おれは答えようがない。とくに、オトンに関しては何か引っ掛かりがあるようで、よく尋ねられる。江戸川君とオトンは、ヴェスパニアで親子として事件を調査していた。オトンに懐いているのか、はたまた探偵の勘がざわついているのか.........それともおれとオトンの親子設定が気になるのか.........さっきからおれの顔色をうかがうようにチラチラみてくるので、おれから話を切り出してみた。

 

「江戸川君って、オトンそっくりの“パパ”がいるのか?」

「.........どっちかというと、新一兄ちゃんと似ているって言われる、かな」

 

そりゃあ、ご本人さんだから当たり前だろうな。本人は歯切れわるく答えている。本人さんですものね。「世界には三人同じ顔がいるみたいだからもう一人いたりして.........」とニンマリ笑って言うと、「バーロー」と拗ねたように返される。蘭さんは某キッドさんとその新一さんを見間違えたらしいし、ある事件では新一さんそっくりに整形した人まで.........あながち間違いじゃないな。

 

 

軽口を叩きながら、「同じ顔になれるのは怪盗だろ?」と含み笑いで言うので油断ならない。同じ顔、ね......じゃあ、おれの顔は何と説明すればいいんだ。今日から怪盗だと名乗ればいいのか?半眼になった表情で「............ソウダネ」と片言で返す。「江戸川君って詮索好きだね」と真顔で告げると、「おめーはフラフラしてっからあぶなかっしいんだよ」と素の口調で両手を頭で組みながら、返答された。彼なりに心配しているらしい。そうか、その気持ちはありがたいけど、変なところでフラグたてないでくれよ?

 

 

 

***

 

 

 

最近変わったことと言えば、帽子を被るようになった。オトンに「この帽子をお前に預ける。いつか返しにこい。立派なガンマンになってな」と、海賊漫画的な展開で貰ったわけではない。

 

オトンに命中率をあげるにはどうしたらいいかと聞いたら、トレードマークのハット帽を渡された。おれは渡されたハット帽を被ると、オトンは口角をあげ「ヒヨッコの小僧にゃまだ早かったか?」と言う。たしかにブカブカだが、これでいい。ちょうど相手から目が隠れる。「おれがヒヨコなら、オトンはニワトリか?」と返すと、「そういう意味じゃねェよ」とガシガシ頭を撫でられた。ぶっきらぼうな口調だが、帽子の隙間からみえた耳は少し赤くなっていた。.........実は照れてるな、オトン。

 

 

 

それはさておき。

 

 

おれは学習したのだ。この前、江戸川君は言った。カリオストロの中継でおれの姿が映っていた、と。あれは迂闊だった。たった数秒でも探偵からは逃れないのか!?なにそれ、こわい。

 

そして、先日の沖矢さんの意味深な言葉。.....聞きたいような、聞きたくないような。......沖矢さんはちょっとポエマーで分かりにくい。やはり“恋人さん”の影響を受けたのか、詩人のように話すときがある。どちらにせよ、おれの精神安定にはよろしくないことだろう。

 

 

そんなことがあっておれは考えた。顔を隠せばいいじゃないか!と。例のあの人を認識している人からみたら、おれと対面することはすなわち、【この顔に見覚えありませんか?】といっているようなものだ。おれは歩く手配書だというわけだ。不用意にまちを出歩いて、年齢不詳のパツキンの大女優とか、出会い頭に銃を突きつける銀髪の兄貴とかに遭遇したらどうなるかたまったモンじゃない。ヘンに目をつけられたら、めんどくさいことになりそう………あぁ、頭が痛くなりそう……………ガッテム!!

 

 

 

 

 

ぶっちゃけ最初は「なんで帽子被ってるの?」と質問攻めにあったが、イメチェンだと押し通した。もうおれのアイデンティティーの一部だ。コナンワールドは相変わらずのサザエさん時空だが、おれの日記によると、帽子を被り始めてから数年経っている。それくらい経つと、いつの間にかおれは帽子を目深く被った子という認識をされるようになった。.........ほら、よくあるだろ?初期と最終回で比べたらすげー劇的ビフォーアフターしてるやつ。往生際がわるい?いいじゃないか、帽子。帽子があってこそのおれ。決して帽子被り器じゃないし、帽子が本体ではない。おれが本体だ。

 

 

 

それにオトンとおれの親子説を確立させるためにもこの帽子は役に立つ。誘拐犯のように扱われるオトンが不憫に思えたからちょうどいい機会だ。これで少しはマシになっただろう。

 

 

 

 



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22

ガラケーだったおれの携帯はついにスマホへと進化した。オカンはルパンからスマホを渡されていたが、電源を入れてなくて連絡が取れず、「こういうときの連絡手段だろォが」と呆れられていた。いや、そもそも電子機器が苦手みたいで、メールを送ろうと四苦八苦している。しょうがないなァと椅子から腰を上げ、「かして」とオカンのスマホを操作する。パパッとアイコンを押すと、あっという間にメールの作成画面になる。「………かたじけない」といいながら、なんとかルパンに連絡していた。できないというわけでなく、普段は刀をぶら下げ、電車やバスというような交通機関は滅多に使わず、基本的に自分の足で移動する。さらに気まぐれに修行と称して山ごもりをする。オカンはこういう現代人の必需品がいらない生活を日常に送っているから、機械オンチな一面がある。

 

 

 

スマホが登場したということは、世はIT革命まっただ中で、次々とパソコンやらWiーfiやら、ネット環境が整いつつあり、おれにとってはまさにパラダイスだった。そう、楽園だ。ネット通販、動画、まとめ掲示板………きょうもおれはネットサーフィンを楽しんでいた。そして、あるニュースが目にとまる。

 

 

【DNA探偵の「お手柄」】

 

 

………うわ。また探偵かよ。げェ!とうんざりしながら、記事を読む。

 

 

【DNA情報の公開データベースが事件の解決のために使用された。容疑者は「遺伝子系図」により特定された。犯行現場に残したDNAから容疑者の親族が突き止められ、次に本人が特定されたのである。警察は、何十年も前に起こった悪名高い未解決殺人事件を解決するため、本格的に遺伝子系図を使おうと検討している。

 

系図学者は犯行現場に残されたDNAを遺伝子情報の巨大なデータベースにアップロードし、未詳の容疑者の親族を特定する。そして家系図を作成し、その情報を探偵業務と組み合わせて、本人に照準を定める。】

 

 

なるほど。たしかに、如何に本人そっくりになりすましても、遺伝子に嘘はつけない。一昔前はDNA鑑定なんて、採取した唾から血液型を割り出すくらいだったっていうのに、今では本人かどうかわかってしまう。技術の進化ってすごいな………

 

ヘ~と感心しながら、画面をスクロールする。おっと、テンション上がって、写真やらデータやら保存しすぎたせいか、スマホが重くなってきた。SDカードに移すにしても、すぐに容量いっぱいになるしなァ。新しいものを買うのも面倒だし、クラウドに預けるか。

 

クラウドサービスというのは、スマホやPCのデータをネット上のサーバーに預けていつでも、どこからでも預けたデータを見れるようにすることだ。サーバーに預けるので画像を見たいときにはそのネット上の保管箱を漁ればいい。スマホからでもPCからでも見ることができ、それぞれの端末の容量を使うこともない。もちろん、保管箱にはパスワードを掛けて保護できるので中身を見れるのはパスワードを知っている人だけ。

 

 

 

そう、パスワードを知っている人だけのはずなのだが………

 

 

「ガッデム!!」

 

 

 

データを整理し終えた後、つい出来心…………いやいや、これは暇つぶしだ、うん。その暇つぶしの遊びで無造作に適当にアルファベットと数字を組み合わせて入力した。そしたら運良く、パスワードが解除され、ズラ~とデータがあふれ出す。まさかおれのスマホが乗っ取られたのか?と焦って、データを分析し始める。だが、読み進めていく内にヒヤリと背中が寒くなっていった。

 

 

 

 

もしかして、これ、一般人が知ってはいけない事だったのでは…………いまさらながら気づく。

 

 

とりあえずこのクラウドのユーザに一言もの申す。

 

 

なんでみんなが使う民間のクラウドにイージス艦の機密情報を保存してんだよ!!

 

 

 

 

 

 



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23

黒の組織はノックが紛れ込むある意味スパイ天国なところがある。だが、バレたら銀髪兄貴に制裁されるからスパイ地獄というべきだろうか?意外と組織の内部にスパイが潜り込み放題ということだ。

 

 

同様にこの国もしばしばスパイ天国と揶揄される。その一因として考えられるのは罰則規定のゆるさ。公務員が国家の機密情報をリークした場合は最大でも懲役1年、自衛隊で最大10年にしかならない。

 

 

刑罰の水準は保護法益(その罪を規定することによって守られる利益)との比較衡量によって決まる。だが、現状の罰則は保護法益に鑑みると緩すぎる。それこそ某ウィ⚪ペディアとか、ましてや民間クラウドなんかにうっかり漏らしてはいけない。

 

 

いや、今回はパスワードを解除したおれがわるいのか?でも、「50:50だ」と沖矢さんならしれっと言いそう。

 

 

本題に入るが、イージス艦の機密情報を民間クラウドに保存した間抜けな男が判明した。

 

 

 

【笹浦洋介 海上自衛隊一等海尉。若狭地方隊情報官】

 

 

 

 

情報官は、通常、港でイージス艦の情報を守る任務についている。 しかし、彼は某国のスパイとそのデータの取引を行おうとした。 彼にどんな思惑があったのかしらないが、とてもみなかったことにできない事案である。しかも午前5時30分に舞鶴港の崖の上で旗を振っている所を目撃されるのをさいごに、その後は行方不明になっていた。 

 

 

 

運がいいのか、わるいのか、おれはこのイージス艦に乗れるチャンスがあった。自分の後始末は自分で片付けねば......グッと引き締めるおれをみて、歩美ちゃんに「今日のテム君、キラキラしてる~!」と見抜かれた。正直に言おう。楽しみにしてた!!だって、あの【ほだか】に乗れるんだぞ!?クワッと力説していると、江戸川君に「ハハハ......(そういや軍曹ってあだ名だったなコイツ......)」と白けた眼でみられた。案内役の自衛官についていき、少年探偵団とともに内部を見て回る。ホォー......もしかして、これ機密情報に記載されてた最新鋭の砲台じゃないか?うぉ!これ、レーダーあるじゃん!......とまぁ、おれのテンションは昇りきっていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

ちなみにいうと、分析した結果、機密データは笹浦が管理していたものと、イージス艦の内部でしか手に入らないものの2種類がある。つまり、スパイはこの艦に乗り込んでいる可能性が高い。

 

 

 

例のごとく「ちょっとトイレ!」と抜け出す江戸川君を追いかける。おれはコソコソと人気のない建物の影で電話をかける江戸川君に近づいた。

 

 

「このデータは一体......」

 

眉間に皺を寄せた江戸川君の隣に立ち、その疑問の答えを告げた。

 

「イージス艦の機密情報だよ、それ」

 

「んなっ!テ、テム、くん......!」

 

ビクッと肩を揺らして、江戸川君はパッと携帯を隠した。江戸川君の会話を聞いた様子なら、笹浦は亡くなっているみたいだ。(当然のごとく、殺人事件だ)

 

 

「どういうことだよ?」と視線を向けられるので、軽くかいつまみながら、機密情報が漏れていることやスパイの可能性を示唆した。すると「そういうことか!」と江戸川君は閃いた。よしよし、これでおれの役目はおわりだろう。この名探偵に任せれば問題ないハズ。さぁて、カレーでも食べに行こうとするが、ガシリと腕を捕まれる。

 

 

「なんやて工藤!その坊主の言うことがホンマやったら、えらいことになるな......」

「あぁ......服部、こっちはテム君とそのXを捕まえる。そっちは任せたぜ」

 

 

電話が繋がってたらしく、要約すると服部兄さんと連携して犯人を捕まえるらしい。そして、江戸川君の中ではおれもその戦力に数えられてる。いつもならここで抵抗していたが......これに関しては自分から首を突っ込んだようなものだ。後始末は自分で片をつける。

 

 

 

***

 

 

 

江戸川君は一旦捜査会議の様子を見にいき、おれはXを捜すことにした。

 

 

Xは自分の正体が他に知られないように子どもを捕らえて共に甲板に出ていた。 しかしそこで蘭さんに出くわし、事情を察知した彼女とその場で交戦する。ちょっ!なんだあの技!本当に空手なのか!?超次元空手だろ!さすが電柱にヒビいれたパンチングヒロイン............

 

 

だが、やはり男女の差がどうしてもあらわれる。足元のバランスを崩した蘭さんにXは拳を振り上げる。このままじゃ、危ない!蘭さんは小さく「しんいち......」と呟く。咄嗟に手に持っていたスマホをハット帽の鍔で狙いを定め、振りかぶる。スマホはきれいに放物線を描きながら、Xの顎にその角が直撃した。グホォとXは呻き、おれをギラリと睨む。おれのスマホは甲板に叩きつけられ、液晶にヒビが入った。

 

 

 

蘭さんの呼掛けが聞こえたのか、江戸川君は焦った顔で「らァーん!!」と駆けつけてきた。

Xはレーダー塔で乗員を人質にして逃走しようとする。だが、下からの江戸川君の強力なシュートをまともに受け、上空に吹っ飛ばされた。......た~まや~。 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

事件は一旦解決。Xと殺人事件の犯人、Xの共犯者も捕まった。おれのスマホもいずれ特定されるからまずは処分しないとな。ちょうど目の前には海が広がってるし、そのまま供養しよう。ジャボンと音をたて、スマホは海へ沈んでいった。

 

 

 

さて、これはどうしようか。先ほどXからくすねたUSBメモリー。中身はこのイージス艦や各国の軍事設備というような極秘情報だ。ぼんやりそれを眺めていると、おれの背後からタタタと足音が近づいてくる。海へ視線を向けたまま訊ねた。

 

 

「どうしてスパイを送るとおもう?」

 

 

江戸川君は「へ?」とポカンと口を半開きに目をパチパチさせた。太陽に照らされ、毛利探偵が撒き散らした金ピカの名刺がキラキラ反射する。江戸川君は何か考え込むようにじっとおれをうかがうので、おれは口を開いた。

 

 

「情報化社会の今日、公開情報で手に入れられない情報はない。その情報をもとにすれば、Aという結論も、Bという結論も成り立つから、正解は外からみただけじゃわからない。Aの方が確率が高いからといってとそうなるとは限らない。............つまり、現場にいかなければわからないってことだ。」

 

 

風で舞い上がった1枚の名刺を人指し指と中指で掴み、USBメモリーを江戸川君へ渡す。

 

 

(ホームズ)

「探偵 くんに預けるよ。江戸川君なら、ちゃんと元の持ち主に返してくれそうだし」

 

「......それは探偵への依頼ってこと?

 

 

 

 

 

それとも―――何か、企んでる?」

 

 

 

江戸川の大きな目がレンズ越しにキラリと光り、おれはハット帽を目深に被り直した。

 

 

 

 

 



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24

暇潰しにパスワードのロックを解除することが最近のマイブームである。この前は、適当な数字とアルファベットでたまたまヒットしたが、そんなことは滅多に起こらない。パスワードを特定するにも“方法”があるってことだ。

 

 

パスワードは任意の文字列で構成されるが、ランダムなものはほとんどない。むしろ覚えやすい文字列が多い。それを利用して、辞書に載っている単語や人名を入力して、パスワードを発見できる。

 

―――例えば、江戸川君はホームズ関連の単語を。

 

 

キャッシュカードや携帯電話の暗証番号は4桁だけしかない。ということは、0000〜9999の、最大10000回根気強く試せば、暗証番号を発見できる。。ただし桁数の少ない暗証番号は、照合時の入力可能回数に制限があることがほとんどだ。

 

―――例えば、毛利探偵ならば、覚えやすい語呂合せを。

 

第三者のパスワードを推測するには以上のような手段が用いられる。

 

 

だが、それ以外に個人情報の一部を入手して、そこから推測するというのが、一番手っ取り早いことがある。生年月日や車のナンバーが例にあげられる。

 

 

金庫のロックを解除したルパンが得意気にそう話す。ただし、ルパンの講義は現場型なので、お宝を手にしたあとは警備員が待ち構えていた。「ほんじゃ~、テム、よろしく~」と監視カメラに向かってピースする映像にイラッとしながら、逃走経路をつくっていく。シャッターを下ろしたり、スプリンクラーを作動させたりした結果、現場は混乱に陥っていた。隣の運転席にいるオトンはルパンが後部座席に乗り込むのを確認すると、急発進させる。バックネットに佇むオカンが迫り来る銃弾を斬っていき、おれはやっとひと息ついた。問答無用に仕事現場に連れていかれたと思えば、こんな状況だ。こうしておれは一般人として大切な“なにか”を失っていくのさ............ハハハ......米花町は爆弾地帯だが、ルパンの行く先は銃撃戦を覚悟する。ひとつ言うなら、そうだな............火薬の匂いにはもう慣れた。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「最近、元気ないし、ポアロに誘っても先に帰っちゃうし......テム君だって、少年探偵団なのに一緒になかなか遊べないし......」

 

シュンとした歩美ちゃんは思い詰めたように口を開く。ポアロか............それはおれでも灰原さんが断る理由がわかる。お互い顔をあわせたらまずいからなァ............

 

 

「哀ちゃん、何か隠してるの......なんか無理してる......間違いないもん!」

 

 

おれは「......根拠は?」と訊ねる。カチューシャをつけた頭をぴょこぴょこふり、やがてドーンと自信満々に歩美ちゃんは宣った。

 

 

 

「女の“かん”!!」

 

 

 

............勘、ね......そんなこと勘じゃなくても丸わかりだ。

 

 

「............灰原さんは何考えてんのかわかんねーけど、自分で選んでいったんだろ?それに江戸川君だって、歩美ちゃんだって灰原さんについてる......だったら、いつもの澄ました顔で......」

 

 

心配ないと元気づけさせるが、途中で引っ掛かりを覚えた。

 

 

 

―――時々、心ここにあらずというように遠くをみる顔。

 

沖矢さんをみると、警戒するようにおれの背後へ隠れる。

 

怯えた表情で震えた手でぎゅっと服の裾を掴む様子。

 

 

 

いやなモン思い出したな............

 

 

よりにもよって、この描写では、沖矢さんのロリコン疑惑が浮上した。やばいぞ。お巡りさん、ここです。赤い彗星はララァのことでロリコン扱いされてたけど(逆シャア参照)......FBIがそんなことになったら一巻の終わりだ。世も末である。

 

 

「で、歩美ちゃんは何でそれをおれにいうの?」

 

「だって、歩美、知ってるんだから!

―――テム君、哀ちゃんと仲直りしてないんでしょ?」

 

 

てん、てん、てん............はい?どういうことだ?首をひねる。歩美ちゃんの口は止まらない。目に涙を浮かばせながら、顔が俯いていく。

 

 

「二人とも、あんまり一緒に喋ってるところみてないし、それにテム君なんかピリピリしてる......」

 

 

そ、それはわるかった。ただいま警戒体制なモンで............おれが肩をすくめて謝ると、歩美ちゃんはパッと顔をあげた。

 

 

「哀ちゃんはテム君のこと、嫌ってなんかないよ!よくテム君のことみてるんだもん!」

 

 

意外と鋭いし、子どもはよく周りをみている。現に歩美ちゃんは、僅かながらのおれと灰原さんの不穏な空気を感じ取っていた。もともと純粋で感受性の豊かな子だからなのか......おれと灰原さんがけんかしていると考えたようだ。実際は、おれが黒の組織の奴だと誤解されていたのだが......お隣に沖矢さんが居候したかと思えば、江戸川君の周りにはバーボン疑惑の人物がうろちょろいる。なんで知っているかって?子どもって、昨日何をしたとか、誰に会っただとかポンポンよく喋るから、大体の状況は把握できる。そう考えると、灰原さんはかなり心労にダメージがきているのでは......?

 

 

「......わかったよ。おれも列車の旅にいくから、落ち着いて......な?」

 

歩美ちゃんの勢いに押され、おれは断るはずの旅行に参加することになった。ヒートアップしそうな歩美ちゃんを宥め、おれはその事態に頭を抱えた。

 

 

 



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25

世界の駅乗降車数ランキングをみると、以下の通りだ。

 

1位新宿駅

2位池袋駅

3位渋谷駅

4位大阪駅(梅田駅含む)

5位横浜駅

6位北千住駅

7位名古屋駅(名鉄・近鉄含む)

8位東京駅

9位品川駅

10位高田馬場駅

 

ランキング上位を日本が独占しているのがみてとれる。毎日、人の行き交いが起こっている。改めて言うが、これは日本ではなく、世界の駅乗降者数のランキングだ。つまり、世界基準でもトップクラスの乗降者数の駅で、一人一人の人間を細かくチェックするなんて限界がある。だから、怪しい人物が紛れていてもおかしくない。人にもまれながら、改札をくぐり抜け、ようやく駅のホームにたどり着いた。

 

 

眠りの小五郎こと毛利探偵は毛利ポアロウだなんて髭をクルンとつまんで自己紹介したり、江戸川君と灰原さんは、「アガサ・クリスティの【オリエント急行】みたく、殺人事件が起こるかもね」なんて話していたり、ミステリーマニア率の高さにビビった。こんなとき、鉄道関連の文学で宮沢賢治の【銀河鉄道の夜】を思い浮かぶおれってズレてる?そんなおれの呟きが聞こえていたらしい。

 

「ジョバンニが友達のカムパネルラと銀河鉄道の旅をする物語で、宮沢賢治童話の代表作ですね!」

 

光彦君が弾んだ声で言った。灰原さんは「貴方の場合、一匹狼気取りのジョバンニというところかしら」と腕を組む。どうしよう。歩美ちゃんから仲直りしてね!とお願いされたが……………ジョークのつもりなんだろうけれど、そのジョークは笑えない。よりにもよって、おれをジョバンニに例えるとは………

 

遠い目をしながら、ぼそりと「鉄郎みたいに999号に乗って旅でもするか………」とつぶやく。鉄郎とは永遠の命に憧れ、機械の体を無料で貰えるという終着駅の星を目指してメーテルと共に999号で旅をする少年のこと。永遠の名作だが、これがわかる現代っ子はいるのだろうか………案の定、子どもたちの頭は「?」が浮かんでいる。

 

 

これが若さか…………

 

 

 

世代間ギャップ、いや異世界ギャップ……ガツンと頬を殴られた気分だ。「そういえば、ジョバンニって空想好きな一面もあるんですよ!」と光彦君がおれを励ますように言う。ぐはッ。………もういいよ、そういうことにしておこう。鉄郎は【おれがかんがえた最強のキャラクター】として扱おう。せめて想像力が豊かだといってほしかった………

 

元太君は「その駅弁って鰻重なのか?」と腹をグゥ~と鳴らしている。元太君の謎の鰻重推しは今日もブレない。そんな元太君に朗報だ。このベルツリー急行の終着駅は名古屋らしいから、名古屋名物のひつまぶしがあるかもしれないぞ。

 

 

駅のホームで少年探偵団の皆としゃべっていると、江戸川君と目が合った。「あれ、テム君も?」とおれが来ることを知らなかった様子だ。何故ならおれはベルツリー急行に誘われたときに一回断っている。すると、歩美ちゃんが「歩美がいっしょにいきたいっていったの~」とにこにこしながら答える。江戸川君は「………そうか」と何処か思案するように視線を落としていた。

 

 

***

 

 

完全個室の車内でおれは少年探偵団、阿笠博士と共にいた。少年探偵団は白いカードを見つけ、江戸川君を先頭に走り去っていく。残ったのは、おれと阿笠博士。博士は「テム君は行かんでよかったのかのォ?」と、おれと子どもたちが出て行った扉をチラチラ見ている。

 

「いいんだよ、おれは。ジョバンニみたいに探しているわけじゃないし………それより博士。このチョコ食べないか?」

 

「おぉ!いただくとするかのォ」

 

灰原さんがいない今はだれも咎めないし、好きなだけ甘い物を食べられる。糖分って大事だよな。博士も久しぶりのチョコで大変ご機嫌だ。〇〇のチョコは苦いとか、カロリー0になる理論とか、お菓子メーカーに対する要望とか、語り合った。何を隠そう、博士とは糖分同盟を結んでいる。チョコを一つ摘まむ。口の中にカカオとミルクの甘い香りが広がった。至福のひとときだ。個室空間のためか、部屋の中にチョコのにおいが充満していた。換気のために少し窓を開けた。

 

 

しばらくすると、少年探偵団と蘭さんたちが部屋にやって来た。入るなり、元太君がクンクンと「なんか甘いにおいがするぞ」と嗅ぐ。ぎくッと博士の方が揺れる。博士は灰原さんを恐る恐るみる。灰原さんは青白い表情でおとなしく椅子に座っていた。ホッと博士が息を吐く。あれ?いつもなら、辛辣に「またメタぼるわよ」と言い放つのに…………だが、灰原さんはスマホを取り出し、画面をじっと見ている。その表情はさっきより悪化している。真っ青というより、顔半分をマスクで覆っているため、『はんぶんあおい』というべきか。画面をみつめ、おれや博士や蘭さん、少年探偵団の顔を交互にみている。その様子はまるで、だれかに脅されていて、命の危険が迫っているようなーーー

 

 

……………なんて考えすぎか。少なくともおれの知る限り、劇場版でベルツリー急行に乗るという描写なんてなかったし、今回は爆弾の心配をしなくていいから気が楽だ。せいぜい個室で殺人事件が起こるだろうと高を括っていたら、本当に事件が発生していたようだ。えぇい、江戸川君の事件吸引機はバケモノか!

 

 

***

 

 

 

江戸川君には個室で待機しているように言われたが、そう言われると部屋からでたくなるのが人間のサガだ。灰原さんも出て行ったし、江戸川君も推理ショーしているだろうし………そんな言い訳をしておれは廊下を歩く。A B C D......とかかれた個室を通りすぎると、人影が見えた。近づいてみると、沖矢さんと相対した灰原さんがいた。彼女は薬のケースを後ろ手に隠しており、その手は震えていた。

 

 

「そうやって、自分を犠牲にして友達を救おうだなんてカムパネルラみたいだ。」

 

おれは、やれやれとでもいうように両手をヒラヒラさせながら言った。弾かれたように灰原さんが振り向き、「………どうして、ここに…………」と狼狽えている。どうしてって、おれがベルツリー急行に乗った理由なんて決まっている。歩美ちゃんから告げられた、おれと灰原さんの共演NGもとい不仲説。どこの週刊誌情報だ。『金曜日』か?『日曜日』か?兎に角、おれはそれをなんとかせねばならない。

 

 

仮面ヤイバーが言っていた。友情とは友の心が青臭いって書く。そして青臭いなら青臭いで、ぶつけなければならない、とも…………

 

 

 

「―――おれたちはどうも喧嘩しているらしい」

 

 

だから、脈絡もなく単刀直入に告げた。事実を、周りの認識を、本人にぶつけた。だが、「は?」と訝しげに返された。沖矢さんは「おや………」と首を傾げていた。

 

......あれ?なんだか思っていた反応じゃない…………おい、仮面ヤイバー。話がちがうぞ。

 

 

「貴方と喧嘩した覚えなんてないわよ」

「おれもない。だけど、少年探偵団の皆は喧嘩している、と思っている」

 

 

おれが説明すると、灰原さんは苦虫を潰したように反論する。

 

「それは誤解よ。私はそんなつもりなんて......」

「..........お互い心当たりはあるんだよなァ」

 

ハハハ......と笑いながら帽子の鍔を撫でる。灰原さんはハァとため息をついた。それから「貴方は部屋に戻りなさい」とおれに戻るように告げ、灰原さんはキッと沖矢さんを睨む。たしかにおれも沖矢さんには警戒体制強いてるが............冷静になってみると、ロリコン呼ばわりされてもセコムしている沖矢さんが不憫すぎる。......もしかしたら、沖矢さん良い人かもしれないのに。これは彼女の苦手意識を手加減などせずに荒療治した方がいいかもしれない。

 

 

「孤独な“ジョバンニ”には“カムパネルラ”が居ないと淋しいんだってさ。」

 

 

トンと軽く灰原さんの背中を押して、沖矢さんに預ける。沖矢さんは前のめりになりそうな灰原さんをなんなく受け止めた。驚愕に染まった灰原さんの顔をみて、「大丈夫」と口で形をつくる。ひとまず、おれたちの不仲説は払拭できそうだ。

 

 

 

 

***

 

 

 

たどり着いたのは一番後ろの車両の貨物車だ。ガタンゴトンと、列車は米花町からディンドン遠ざかっていく………そぉっと扉をスライドさせた。

 

 

 

真っ暗な空間の中にいる黒い人影はパッと振り向き、おれを拘束した。その拍子に被っていた帽子が膝元に落ちる。

 

 

「…………バーボン?」

 

 

火傷の男の鋭い目が見開いていた。

 

 



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26

火傷の男はおれの顔をまじまじと見つめ、拘束を外した。よくみると、巷で目撃情報が相次いでいる噂の火傷の男じゃないか?......さっき《バーボン》とかいうおっそろしい単語が聞こえたけど、おれの幻聴だよね......?

 

 

「貴方、まさか例の薬を呑んだの?......何処で手に入れ――――いえ、探り屋と云われる貴方には野暮な質問だったわね」

 

 

もしかして:おネエ

 

 

想像してほしい。低い男の声で女言葉をきくという事故現場(笑)に遭遇したおれの心境を。そういう偏見はないけれど、かなりの衝撃だった。

 

 

「そんな顔しないで、安心なさい。その姿になったことは誰にも言い触らさないわ。むしろ、互いの“秘密”を共有できたのだから喜ぶべきかしら......その代わり、わかってるわよね?」

 

 

カチャリと銃口を向けられる。男は悪どい笑みを浮かべながら、おれの膝元にあった帽子を拾い、おれの頭にのせた。

 

 

「―――そうね、この帽子は被った方がいいわ。もうすぐシェリーが来るはずだから、作戦通り頼んだわよ」

 

 

火傷の男は「Good luck!」とネイティブ並みに発音して出ていった。幸運を祈る、だとよ。おれへの当て付けか。小馬鹿にしたようにニヤリと笑っており、しかもその顔で言われると、なんだか腹立たしかった。

 

 

 

 

............ん?......“シェリー”って、たしか灰原さんのコードネームだったような.................

 

 

 

 

もしかして:黒の組織

 

 

 

ガッデム!!

 

ノコノコ貨物室に着いたと思ったら、とんでもないことになった。沖矢さん=赤井さんなわけだし......つまり、あの男ってベルモットの変装かよ!道理で、灰原さんのハイパーレーダーが過剰に反応していたわけだ。しかも、この貨物室、火薬の匂いがキツい。鼻を抓みながらパラリと布を捲ると、案の定、爆弾が陳列されている。

 

 

 

誰だよ......今回は爆弾の心配をしなくていいから気が楽だ、なんて言ったのは!!何の劇場版だよ、これ。おれが観たことない映画なのか?

 

 

こんなことなら、江戸川君の指示通り、部屋で待機していたらよかった.........

 

 

恐らく、このまま列車は爆弾で吹っ飛ぶだろうな。解除しようとしても、さっきのベルモットの様子じゃ、何がなんでもシェリーを始末するって駄々もれだった。ベルモットが直々に爆弾を設置していたようだし......

 

 

《ただいま当列車の8号車で火災が発生しました。乗客の皆様は直ちに避難を―――》

 

 

―――ほらきた。黒の組織はすでに動き出している。貨物車から外の様子をみると、煙が漏れ出している。女の執念さは不二子さんでさんざん身に染みてわかる。あの爆弾はぜっっったい爆発する。ならば、おれが今するべきことは、貨物室からの脱出だ。

 

 

 

***

 

 

 

「では、手を上げて移動しましょうか。8号車のうしろにある、貨物車に………」

 

 

カチャと拳銃を向ける。ガタンゴトン......車内で起きている不穏な空気は汽車が線路を走る音にかき消された。

 

 

「その扉をあけて中へ、ご心配なく。僕は君を生きたまま組織へ連れ戻すつもりですから。この爆弾で連結部分を破壊して、その貨物車だけを切り離し、止まり次第、僕の仲間が君を回収するという段取りです。そのあいだ、君には少々気絶をしてもらいますがね。まぁ、大丈夫。扉から離れた位置にねてもらいますので、爆発に巻き込まれる心配は……………」

 

 

そっと荷物の隙間から覗くと、連結部分では、小型爆弾がピピっと赤いランプを点滅させていた。爆弾が設置され、この貨物室が火薬庫へシフトチェンジしているようだ。

 

 

脱出しようとした途端、貨物室の扉が開け放たれ、新たな訪問者の登場だ。息を殺して物陰に隠れ、脱出の頃合いを伺う。さすがに爆風と同時なんてもうしたくないのだが............

 

 

「大丈夫じゃないみたいよ。この貨物車の中、爆弾だらけみたいだし。どうやら段取りに手違いがあったーーーー!?」

 

 

ハッと息を呑む音がする。白いハンググライダーを引っ張りだしていたら、灰原さん(大人ver.)と目があった。やべ。......見つかったなら仕方ない!このままアデューしよう。ハンググライダーを背負っていると、その物音がガチャゴチャと室内に響いた。急いでいるんだ、物音など気にしていられない。こっちは命の危険が迫っているのだから。

 

 

「子ども!?」

 

 

その場の大人二人の視線がおれに集中していた。おれはチラリと拳銃を構える男をみる。おれがじっと拳銃を見ていることに気づいたのか、サッと後ろに隠し、にこりと笑いかけてきた。それに反比例するようにおれの表情は冷えきっていく。

 

 

「君もはやくこちらへ!」

 

 

 

伸ばされた手は届かなかった。

 

 

――――コツン

 

 

手榴弾が投げ込まれたからである。ドオオォォンと轟音が響き、貨物車は切り離され、橋の上で黒煙が上がった。

 

 

 

 

***

 

 

 

天はおれを見棄ててはいなかった。命からがら脱出成功である。上空から黒煙を眺め、ホッと息を吐く。

 

 

「聞いてねェぞ!!拳銃に爆弾に何なんだ!?あの危ねェ奴らはよ!」

 

 

怪盗キッドがこのハンググライダーを貨物車に隠していたおかげでおれたちは黒焦げにならずにすんだ。手榴弾が投げ込まれた直後、ヤツの目が離れたと同時に灰原さん(大人ver.)はおれを抱きかかえ、ハンググライダーを装着。爆発直前だったためか、服や帽子に黒い煤がついた。

 

 

「なァにがチャラだ!こいつは貸しにしとくぜ、名探偵」

 

 

帽子をとり、パッパッと煤を払っていると、江戸川君と通話していた灰原さん(大人ver.)はビリッとそのマスクを剥がした。その素顔は工藤新一そっくりの、怪盗キッドだった。マスクを投げ捨て、片手でおれを支える。

 

 

「......ん?さっきの危ねェ奴じゃねーか!?」

 

 

キッドはおれの顔をみるなり、ギョッと慌てだした。こら。飛行中に暴れるな。帽子を整え、ポケットからチョコレートを取りだし、その慌てた口に入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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27

side 江戸川コナン

 

 

ベルツリー急行に乗ると、予想外の人物がいた。コナンがその人物に近寄ると、「シケた面してンなァ」と開口一番にいう気怠い少年。入間テムだ。少年探偵団は【銀河鉄道の夜】の談義を繰り広げていた。テム君は「行かない」と断っていたが、歩美ちゃんがめげずに勧誘したらしい。そういえば、灰原とテムの様子がおかしいと言ってたな......

 

 

とりあえず、テム君には博士たちと部屋で待機するように言った。博士に「チョコのことは灰原に黙っておいてやるから、テム君をみててくれ」と頼んだ。幸い、テム君はトレードマークになりつつある帽子を被っている。

 

 

 

***

 

 

 

「なんだって!?テム君がいない!?どういうことだよ、博士!」

「新一のところにいくからと出ていったきり、帰ってこなくてのォ」

 

 

 

あのヤロー!!大人しく、くれぐれも大人しくしていろっつったのに!!

 

 

テム君の行動は予測不可能なときがある。授業中はぼんやり腑抜けた顔をしていて、ナマケモノのように過ごしている。だが、たまに小学生とは思えない行動力を発揮し、目を見張るものがある。

 

 

 

 

***

 

 

ある時は、バレンタインのことだ。テム君は目立つことが苦手で、普段はわざと素っ気なくときにデリカシーに欠けた対応をする。そうやって、周りに人を寄せ付けない。本人が言うには「この顔には随分悩まされてる......何回、誘拐されたと思う?」

............テム君の背後に闇がみえた。

 

だが、バレンタインだけは別人になる。チョコを渡しにきたクラスの女の子に神対応。普段はしんだ魚のような目がキラキラと輝き、容姿の善さも相まって、絵本から飛び出た王子さまそのものだった。思わず、二度見した。チョコを受けとると、テム君の周りには少女漫画のように花びらが舞う。だが、翌日になると、またしんだ魚の目に戻る。これは《幻のバレンタイン王子》として帝丹小学校の七不思議に数えられた。それからオレはクラスの女の子が王子さまみたさに、テム君に貢ぎ物(お菓子)をあげているのを目撃している。

 

 

***

 

 

ある時は、教壇の前に立ち、高らかに演説していた。1年B組がひとつになった瞬間だった。子どもたちは右手を空に掲げ、「じーく・じおん!」と声をあげている。オレが「何してんだオメーら」と呆れると、子どもたちの視線の先にはテム君がいた。テム君は「士気をあげていた」とクラスをまとめていたらしい。

 

......へぇー。立ち去ろうとすると、黒板に大きくオレの顔写真が引き伸ばされていた。おい、ちょっとまて。

 

「我々は、一人の英雄を失った。しかし、これは敗北を意味するのか?否!始まりなのだ!我が、忠勇なる兵士たちよ。決定的打撃を受けた教師たちに、いかほどの戦力が残っていようと、それは既に、形骸である。

 

あえて言おう、カスであると!」

 

 

詳しく聞くと、小林先生の異動の噂が流れ、これから直談判に職員室へ殴り込みにいこうと誰かが言い出した。大人たち相手にどうしたらいいかと悩んだときにその様子を見かねたテム君の演説が始まった......「クラスの結束が高まったし、江戸川君も復活したし、めでたしめでたし」............テム君、後でお話ししようか。

 

 

 

***

 

数え出したらきりがない。現にいまだって............

 

「おい、名探偵!貨物車に子どもがいる!」

 

7号車のB室で待機していると、バーボンと対峙しているキッドからの連絡があった。テム君の安否確認ができたが......

 

なんでそこにいるんだ!!!?くそっ!ここからじゃとても間に合わない。キッドにテム君を連れて逃げるように言い、オレたちも避難した。

 

 

 

 

 

あのベルツリー急行の事件から数日。阿笠邸にオレは訪れていた。

 

「今回の一番の収穫は、喫茶店ポアロでバイトしてた安室さんが......黒ずくめの奴らの仲間のバーボンだってわかった事だな!」

 

安室さんはあれ以来体調不良で休んでいる。何でポアロのバイトだったのか......それと、もうひとつ謎なのが............

 

「じゃが、テム君はどうしてあの現場にいたのじゃろうか......?」

 

博士は不安気にオレたちに言った。

 

 

いいんだよ、おれは。

ジョバンニみたいに探しているわけじゃないし

 

 

孤独な“ジョバンニ”には

“カムパネルラ”が居ないと淋しいんだってさ。

 

 

あのときテム君が言った、意味深な台詞............【銀河鉄道の夜】の登場人物になぞらえた言いまわし。......まてよ。たしか、カムパネルラの父がジョバンニに息子が川に落ちて生存の可能性が無いこと、ジョバンニの父が帰ってくることを伝えていた。

 

 

......まさか、テム君は灰原の身の危険を察知して、バーボンに接触しようとしたのか!?

 

 

わからない。謎だらけの少年だ。オレが知っていることといえば、超がつくほどの甘党で、意外と友達思いなところ......そしてルパン一味と何らかの関係があること。生みの母親は亡くなったときいた。だが、遺体は発見されず、形だけの葬式を開いただけで墓参りにいったことがないと言っていた。ルパン一味と過ごしているから普通に見えないのか、あるいはオレたちと同じように幼児化してしまったのか............

 

 

「でも、彼の父親はあのガンマン、次元大介だっていうじゃない。組織とは関係ないわ......」

 

「その父親って言うのはおそらくフェイクだ。ヴェスパニアから帰国したとき、テム君が次元大介に向かってオトンと呼んだ。前にテム君は自分の母親を《母さん》と読んでたんだよ。だったら、父親のことも《父さん》と呼ぶんじゃないか?......まぁ、テム君がルパン一味と一緒に行動しているのは確かだと思うけれどな......」

 

 

 

 

 

 

 

 

side 灰原哀

 

教室の窓ぎわの席に目立つ金髪の少年が座る。キャラメル色のランドセルをロッカーへしまい、ぼんやりと普段通り、外の様子を眺めていた。そこへ江戸川君が話しかけにいく。これも見慣れたいつもの光景だ。 

 

 

「おめー、体が成長して大人になるってどう思う?」

 

「.........何言ってんだ、江戸川君。テクマクマヤコン的なアッコちゃんになるの?それともパラレル的な姫子ちゃん?まったく、冗談は眼鏡だけにしてよ」

 

「はは、だよなー......」

 

 

テムは「ついに阿笠博士は変身コンパクトでも発明したのか?クリーミーマミもびっくりだな」と呟いている。

 

 

......はぐらかされたってワケね......探偵君は納得がいく答えが見つからなかったようね。

 

 

まさか、彼が薬の服用者だっていうの?

 

 

ありえないわ。………仮に安室透という男が薬の被験者だったら、組織のリストに載っているはず。それにその男がポアロでバイトしているときに、入間君は学校にいるのだから、同一人物だと言えない......たしかに二人は似ているけれど......

 

 

そう諭すと、江戸川君は「じゃあ、安室さんではなく、テム君自身が幼児化していたとしたら?」と反論する。

 

 

 

「わたし、あの子が赤ん坊の頃に会ってるわよ」

 

「え?」

 

 

本人は覚えていないでしょうけど......ちらりと入間君をみながらそう言うと、江戸川君はパチクリと目を動かした。

 

 

「………あの子の母親が急に顔を見せにきたのよ………とにかく、あの子は正真正銘の小学1年生よ。」

 

 

「くっそ~!探りにいっても、かわされるし、テム君、何者なんだ!?」

 

「......さァね。いっそのこと、二人を会わせてみればいいんじゃない?水無怜奈と本堂瑛祐みたいに血縁関係があるかもしれないわよ」

 

腕を組みながら、江戸川君に言うと、彼は神妙な面持で返す。

 

 

「......いや、まだそういうわけにはいかねェよ......バーボンの目的がわからない以上、容易に動けねェし......ひょっとしたらテム君が何も知らずに利用されているって線も残ってるからな!」

 

 

「......そう。でも、少なくともあの子たちの味方だと思うわよ」

 

 

理屈なんていらねーよ

そこに護りてーモンがあるからな

 

小嶋君たちに囲まれた入間君は、うんうん、と彼らの話を聞いているのかいないのか、適度に相づちをうっている。でも、微笑まし気に少年探偵団を見つめる入間君の瞳は、どこかやさしさを感じた。

 

 

 

 



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28

side ベルモット

 

ベルツリー急行でシェリーを始末する。それが今回の任務。ジンに連絡し、バーボンとともに列車へ乗り込む。赤井秀一に変装し、車内を歩き回った。貨物車にウォッカから受け取った爆弾を仕掛ける。悪いわね、バーボン。作戦にはないけれど、シェリーだけは、どうしても今、仕留めないと............あの子は生きていちゃいけないのよ............

 

そんなときに一人の子どもが貨物車にやって来た。運のわるい子......かくれんぼでもしていたのかしら............

 

子どもを拘束すると、子どもの被っていた帽子がハラリと足下へ落ちる。

 

 

 

「............バーボン?」

 

 

子どもは、よく知る仲間の面影を残していた。彼のポケットには見覚えのある赤と白のカプセル錠剤が剥き出しで入っている。そこから導かれるのはただひとつ。

 

 

「貴方、まさか例の薬を呑んだの?......何処で手に入れ――――いえ、探り屋と云われる貴方には野暮な質問だったわね」

 

 

すでにシェリーと接触していた?組織が所有する薬の研究施設はもうない。だったら、入手経路は開発者のシェリー本人、若しくは研究施設が消される前に持ち出したか............

 

 

「そんな顔しないで、安心なさい。その姿になったことは誰にも言い触らさないわ。むしろ、互いの“秘密”を共有できたのだから喜ぶべきかしら......その代わり、わかってるわよね?」

 

 

彼は恐ろしいものでもみるかのように私から距離をとる。子どものフリをしているのか、一言も言葉を発しない。そういえば、バーボンは赤井秀一を毛嫌いしていたわね。赤井の声色のまま話すと、彼はますます距離をとり、眉間に皺を寄せている。......やっぱり、この反応はバーボンだわ。

 

 

「―――そうね、この帽子は被った方がいいわ。もうすぐシェリーが来るはずだから、作戦通り頼んだわよ」

 

 

組織に幼児化することが露見するのはよくない。シェリーとともに、このまま始末するべき............薬もシェリーもろとも爆弾で消されるのだから、放っておいて構わない......懸念すべきはあの銀の弾丸君だけど、もう止められやしないわ。最後に「Good luck!」と挨拶して、ニンマリ妖しく嗤った。

 

 

 

 

 

 

side バーボン

 

知りあいの顔を見つけると、「あれ、あなたも乗ってたんですね、安室さん」と蘭さんは気づいた。「ええ。運良くチケットを手に入れたんで。」とそれにニコリと答える。蘭さんの連れの子が「ね、蘭。誰よこのイケメン!」と食いぎみに話しかけてきた。簡単に自己紹介を済ませたところで、園子さんが「安室さんをどっかで見かけた気がするのよね」と言った。「いえ、初対面だと思いますが......」と否定し、潜入しているときにどこかのパーティですれ違ったのだろうか?と記憶を巡らせる。

 

園子さんは、ん~?と頭を捻って、思い出そうとしている。

 

「思い出した!ほら、10年後シミュレーションのとき、帽子のガキンチョの姿が安室さんそっくりだった!」

「そう言われると似ているかも………」

 

園子さんはモヤモヤがとれたためか満足気に、蘭さんもそれに同意している。

 

「えっと、その僕に似ているというのはいったい......?」

 

見に覚えがないので、蘭さんたちに尋ねると、彼女たちはあっさり教えてくれた。

 

「コナン君の友達が安室さんに似ているんです」

「そうそう。パッと見、金髪の美少年ってかんじだけど、イマイチ覇気がないというか......」

 

 

「ホー......」と相槌をうちながら、彼女たちの話を聞く。

 

「この前なんてコナン君と一緒に犯人を捕まえただとか......」

 

つまり、その子どもは少年探偵団のメンバーらしい。「テムは幽霊団員だけど、スッゲーんだ!」話に加わった少年探偵団の子どもたちが得意げに話してくれた。名前は《テム》というらしい。幽霊団員と言われる少年に少し同情する。自分自身、同期の飲み会に行けず、おまけに連絡なしだったから殆ど“幽霊”扱いだった。まだ見ぬ子どもに人付き合いは大事だぞ......とエールを送った。

 

 

 

***

 

 

火事の騒ぎに乗じてシェリーを発見した。銃口を向けると、シェリーは大人しく両手をあげる。そのまま貨物車へ誘導する。

 

 

「その扉をあけて中へ、ご心配なく。僕は君を生きたまま組織へ連れ戻すつもりですから。この爆弾で連結部分を破壊して、その貨物車だけを切り離し、止まり次第、僕の仲間が君を回収するという段取りです。そのあいだ、君には少々気絶をしてもらいますがね。まぁ、大丈夫。扉から離れた位置にねてもらいますので、爆発に巻き込まれる心配は……………」

 

 

列車の連結部分に小型爆弾を設置する。ベルモットにはわるいが、このままシェリーは“公安”が回収する!

 

 

「大丈夫じゃないみたいよ。この貨物車の中、爆弾だらけみたいだし。どうやら段取りに手違いがあったーーーー!?」

 

 

パラリとシェリーが捲った布の下には爆弾が仕掛けられていた。......なるほど。ベルモットはなにがなんでもシェリーをここで始末したいようだ............途中で言葉を遮った彼女を不審に思い、様子を窺うと、ガサゴソと音が聞こえる。

 

音がする方向へ向けると、白いハンググライダーを背負い、帽子を目深に被った子どもがいた。

 

 

「子ども!?」

 

 

一瞬、子どもは「やべ」と口走り怯んだが、僕が握っている拳銃をみた。それに気づいてサッと後ろに隠し、怖がらせないように、にこりと微笑む。だが、拳銃に驚いたのか、子どもの表情は青ざめていく。

 

 

 

「君もはやくこちらへ!」

 

 

 

 

彼らに手を伸ばすも、その手は届かなかった。

 

 

 

 

――――コツン

 

 

 

 

手榴弾が投げ込まれたからである。誰だ!?後ろへ振り向き、手榴弾を投げ込んだ男を確認しようとするが、煙に隠れて見えない。せめて子どもだけでも......!と、貨物車へ駆け込もうとした途端、ドオオォォンと轟音が響いた。貨物車は切り離され、橋の上で黒煙が上がった。

 

 

結局、シェリーと一般人の子どもはあの爆弾に巻き込まれた。ギリッと歯を食い縛り、拳をダァン!と壁に打ち付ける。

 

 

 

***

 

 

最寄りの駅に到着し、ベルモットと合流した。

赤井の死の詳細についてのファイルを要求すると、ベルモットに頬を引っ張られた。

 

 

「......あの、急にどうしたんです?人の顔を引っ張って......」

 

 

聞けば、ベルモットは怪盗キッドの変装と疑っていたらしい。怪盗キッド、か。怪盗といえば、ルパン一味が日本に潜伏していると連絡が入っていたな......怪盗も、FBIも、僕の日本で好き勝手しやがって......!

 

 

 

***

 

 

風見からの報告で、爆発事故の現場検証をしたが、遺体は発見されなかったと聞いた。遺体がないということは、逃げ切ったのか?以前ハッキングした映像からシェリーは子どもたちを救出していたし、今回も何らかの手段であの子どもを助けたのだろうか......見た目も帽子を深く被っていたため、人相がわからない。乗客名簿を確認しても、行方不明者など捜索願いは出されていない。戸籍がない子どもなのか?依然として、子どもの行方は不明だった。組織にはシェリーが死んだと伝え、子どものことは黙っておいた。子どもを、裏社会の国際的な犯罪組織に関わらせるべきでない。

 

 

 

 

 

ポアロの玄関口で梓さんを呼びに行く。大尉が運んで来たというタクシーのレシートに記された《死体》を意味する単語と梓さんの証言から、江戸川コナン君が何かの事件に巻き込まれたのだと推測した。レシートを探し、向かった先の宅配便のトラックから飛び蹴りを繰り出す少年が、あの爆発事故に巻き込まれた子どもだと気づくにはそう時間はかからなかった。生きてて良かった、と安堵すると同時に、その少年が噂の《テム君》だと判明した。

 

 

 

 



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29

謀ったな、江戸川君!!

 

そんなおれの糾弾をきっと江戸川君はこう返すだろう。「聞こえていたら君の生まれの不幸を呪うがいい。君はいい友人であったが、君の父上がいけないのだよ。」彼なら蝶ネクタイに声をあてられるから、違和感はなさそうだ。

 

 

トラックから勢いよく犯人目掛けて飛び蹴りをかまし、視界に入ったヤツの顔を認識したおれの脳内ではそんな考えを巡らせていた。

 

 

 

 

***

 

 

険しい表情で江戸川君はおれを見据える。ベルツリー急行からこんな調子だ。覚悟はしていたが、とうとう厄介な状況になってしまったらしい。江戸川君の写真を引き伸ばして演説したときより、怒っていらっしゃる。怒りと心配と疑いの眼差しが混じったような複雑な面持ちだった。

 

 

ネチネチした追及は寿限無並みに大変長かった。嫌気がさして途中から「バーロー」の回数を数えていたのは内緒だ。だが、おれだってひと言いわせてほしい。貨物車で爆弾がカチカチとカウントダウンするなかで、最後の止めのように手榴弾を投げ込むなんて、鬼畜すぎる。まったく泥棒に容赦ないよね............生きづらい世の中だ。そして手榴弾を投げ込んだ男には後で制裁を加えることを宣言する。ガルマの無念はおれが果たす!最後に江戸川君は今まで通り、帽子を被っていろと締めくくり、お説教もとい取調べは一旦幕を閉じた。

 

 

 

***

 

 

 

さて、季節は何度目かわからないが冬が近づいている。子どもは風の子だとはいうが、肌寒いこの時期にサッカーするとはな............博士の家でケーキを食べるというので、ケーキが届くまでの間、サッカーしようぜ!となった。そろそろコナンワールドはスポーツ漫画に路線変更するのかと期待するが、残念。今日も米花町ではパトカーがサイレンをならしていた。

 

 

ピピーとホイッスルを鳴らしながら、江戸川君にイエローカードを出す。彼は今、右足シュートをしたからだ。そんなルールはないが、特別にハンデが設けられているので、この場合、アウトになるのだ。

 

 

久々に少年探偵団で遊ぶ嬉しさと、江戸川君の無双シュートに歩美ちゃんはピョンピョン跳ねていた。試合再開しようとしたときに、ポアロの飼い猫・大尉がコートに乱入した。ピピ~ッ!とホイッスルを鳴らすと、大尉はトラックのなかへ潜り込み、それを追いかけたおれたちもトラックの中へ乗り込んだ。大尉を保護して、降りようとすると、バン!と閉められた。

 

 

冷蔵車のなかに閉じ込められたおれたちに「次に業者の人が扉を開けたら出してもらうぜ」という江戸川君に同意をする。

 

コートを引っ張られ、横をみると、見た目小学生なのに何故かお色気担当した灰原さんが座り込んでいた。「ダレトク......」というボヤキが聞こえていたらしく、「......それ温かそうね」とマイナス零度の声色で冷ややかに睨まれた。コートを掴んだ手に《お前のコート貸せよ》という副音声をのせて。逆らってはいけないと判断したおれは、コートを灰原さんの頭に被せた。その時間、僅か0.5秒。灰原さんは、キョトンとした表情から「......まあまあね。さすが子ども体温ってところかしら」と口角を上げる。「かわいくねェガキ......」と悪態をつくと、「そっくりそのまま貴方にお返しするわ」と返される。くっ!語彙力の差がここに......!江戸川君に「灰原もテム君も落ち着けよ」と宥められ、歩美ちゃんに「駄目だよ、テム君。哀ちゃんと仲直りしたばかりなのに!」と訴えられたおれは引きさがるしかなかった。口で灰原さんに勝とうなど百年早かった......

 

 

江戸川君が遺体を発見するまでの間、おれは子どもたちから世間話という近況報告を受けていた。簡単にまとめるとこうだ。

 

 

ベルツリー急行でね、安室さんにテム君のこと聞かれたんだ!

 

 

............What?なんだって?

 

子どもは正直者とはよく言ったものだ。そして残念なことにおれはこの子たちの素直さとお喋り気質を見落としていた。彼らからの話で「コナン君が誘拐されたんだって」やら「ポアロのお兄さんが警視庁にいたんだ」やら、状況を把握したのは他でもないおれだったのにな......その情報源がまさかあちらさんにも伝えていたとは......策士、策に溺れるとはこういうことか......

 

 

ガッデム!!

 

 

あぁ、なんということだ......現実逃避したい。そういえば、博士が宅配でケーキが届くとか言ってたな......もしかしたら、ここにあるかもしれない。持ち物確認の輪から抜け出して、【阿笠博士様】と書かれた箱を発見。しっかり【ケーキ】と記載されていて、にんまりする。その最中に元太君に見つかって、一緒にケーキを食べた。すでにカット切りされてあり、苺やブルーベリーで彩られたそれを堪能する。

 

 

すると、たんこぶをこさえた江戸川君に見つかってしまった。

 

「テム君も持ってるものをオレの前に出して―――って、何サボってんだ、おめーら。」

 

「サボってんじゃねェ、むさぼってんねん。腹が減っては戦はできひんがな」

 

 

 

ガゴン!

 

 

共犯者の元太君とともに制裁を加えられた。ブライトさんにも殴られたことないのに......

「二人とも食意地が張りすぎですよ」と光彦君にまで呆れられた。残りのケーキを皆に配って、ゴソゴソ作業している江戸川君をみて、おれはやっと重い腰をあげた。

 

 

 



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30

side 江戸川コナン

 

 

冷蔵車のなかで遺体を発見したオレは、この現状を打開しようと、子どもたちに自分の持っている物を出して貰った。灰原の地雷を踏んでしまったオレは頭にたんこぶができた。知恵を出して、この中に閉じ込められて犯人の業者の人に殺されないように策を練る。よし、残るはテム君の持ち物を確認するだけだ。

 

 

「テム君も持ってるものをオレの前に出して―――って、何サボってんだ、おめーら。」

 

 

「サボってんじゃねェ、むさぼってんねん。腹が減っては戦はできひんがな」

 

 

テム君は元太と一緒にケーキを食べていた。

 

 

 

ガゴン!と灰原がオレにやったように拳を握った。「まったく、遺体がすぐそばにあるっていうのに貴方たちときたら......」灰原は蟀谷に手をあてながら、呆れを通り越し、キレていた。今の灰原はすこぶる機嫌がよろしくない。だというのに、テム君は関西弁を喋りながら、大阪のオバチャンのノリで光彦や歩美ちゃんにケーキを差し出している。

 

 

これは聞くまでもない。ハハハ......と空笑いして、見なかったことにした。携帯電話は使い物にならない。高木刑事にも博士にも繋がらない。元はといえば、オメーがこんなコンテナのなかに......と恨みがましく大尉をみて、ハッと閃いた。

 

レシートに暗号を作って、大尉にポアロへ届けさせる。綿棒を手に取り、【corpse】という単語をつくる。灰原が「あのこ、ポアロに行くってことはあの暗号、あの人も......」と小声に言う。

 

「逆にあの人に見せる為にあんな暗号にしたんだよ!すぐに気づいてくれるだろーぜ。黒ずくめの奴らの仲間、バーボンならな!

 

それに、テム君がどちら側なのか、気にならねーか?」

 

そう言うと、灰原は少し押し黙って、「子どもたちを巻き込むつもり?」とケーキを食べている歩美ちゃんたちを見ながら咎めた。

 

「大丈夫だろーよ。子どもたちの前じゃ、頼りになる“ポアロのお兄さん”だしな」

 

ケーキの空箱を元通りに戻して、宛名に【工藤様方】と書き加える。よし、これで荷物は博士の元じゃなく、隣の昴さんの所に届くはずだ!

 

いつの間にか完食したらしいテム君が「工藤様方って、あの家に住んでるのは沖矢さんだよね?」とユラリと立ち上がる。様子がおかしいテム君をみて、「お、おい、テム君......?」と口元を引くつかせた。ガバッと音がして、外からの光が入り込む。スルリと大尉が駆けていき、扉を潜り抜けた。

 

「そんなまどろっこしい手段じゃ、駄目だよ。おれたちはこの寒さで助けを待つんだよな?下手したら意識障害を引き起こす危険がある......だったら此方の方が手っ取り早いし、猫より確実だよ」

 

あっさり拳銃を出したテム君はトラックの後方へ向けた。

 

「そういうわけだ。オッサン、ブタ箱にぶちこまれたくなかったら、米花町二丁目に行きな」

 

 

 

***

 

 

拳銃を突きつけられた犯人は「こ、子どもの玩具だろ......!?」と明らかに動揺していた。オロオロしながらも威嚇する犯人にテム君は「じゃあ、今すぐ試してみるか?」と構える。じりっと重い重圧がテム君から発せられる。それに充てられた犯人は「......わ、わかった。坊主、米花町二丁目だな?」と要求に応じた。なぁ、テム君......妙に場馴れしてねーか?

 

 

オレたちの方に向き直ったテム君は輝かしい笑顔を浮かべていた。幸い、子どもたちにテム君の拳銃が見えていなかったようだ。いや、わざと見えないような立ち位置だったのか......今、思えば、子どもたちをケーキで引き付けておいて、その隙を突いたような......その輝かしい笑顔で「博士の家まで連れていってくれるってよ。いやァ~、親切な人でよかった」と光彦たちに説明する。よく言うぜ......あれは親切なんかじゃなくて、脅しに近かった。

 

光彦が「でも遺体があるのに、どうして警察にしなかったんですか?」と責めるような口調で問いただすと、「素直に行ってくれるわけないと思うよ。なんせ犯行を隠そうとするくらいだからな」とあっさりした口調で返す。「それに二丁目といえば、ちょっと用ありでね......」とケーキの空箱を見つめていた。犯人を乗っとるこの小学生に少しばかり恐怖を抱いた。

 

 

トラックが止まって、扉が開かれたと同時にテム君はクラウチングスタートの構えを取っていた。

 

......まさか、テム君の狙いは昴さん!?

 

そう言えば、ベルツリー急行の爆破騒ぎで「あの手榴弾.....この借りは返してやる」と、かなり頭にキていたようだった。

 

 

「てやァァァァ」

 

 

雄叫びをあげながら、テム君は勢いよく、飛び蹴りを繰り出した。僅かな扉の隙間を掻い潜った身体は犯人へと直撃した。「フゴォ!」という犯人の呻きと、その腹にグギッという痛そうではすまされない音がする。

 

 

そこにキキーッというブレーキ音が入る。クラクションを鳴らして「すみませーん!この路地狭いから譲ってもらえませんか?傷つけたくないので......」と降りてきた。......よかった、大尉はちゃんと届けてくれたんだな!

 

 

ホッとしたのも束の間、この展開は不味かったかもしれない。

 

 

テム君とバーボンを興味本位で会わせてみたいと思ってたけど......それでたまたま安室さんに助けを呼んだ。

 

果たしてそれが良いことなのか、わるいことなのか......

 

テム君は白い車から出てきた安室さんを見るなり、表情が削げ落ち、オレに「やりやがったなコノヤロウ......!」と目で訴えてきた。

 

もしかして、オレがレシートに暗号を作っていたときからバーボンが来ることをわかっていたのか?だからさっさと事件解決しよう!と珍しく笑顔を振り撒いていたのか?それであわよくば昴さんに一矢を報いれたら......なんて考えていたのか?

 

 

 

対する安室さんは呆然とした顔でテム君をみていた。その様子をみた犯人が「チィ!見られっちまったならあんたも......ガハッ!」と安室さんに殴りかかろうとするが、逆に重い一撃を放たれる。

 

 

「言ったでしょう?傷つけたくないから譲ってくれと......」

 

 

さっきまでの勢いはどうしたのか、テム君の目はハイライトが消えかかっていた。ガムテープをそれぞれ同時に取りだし、仲良くとは言い難いが、二人とも犯人にグルグル巻き付けている。

 

 

「あ、あの、テム君......」と話しかけると、「なあに江戸川君」とその猫なで声と反対に目がいつも以上に輝きを失っていた。

 

テム君は黒ずくめの奴らを知っているのか、灰原みたいに組織に追われているのか、何故小学生が拳銃を所持しているだとか......聞きたいことは山ほどあるのに、聞けない。というか、なにも聞くなと無言の圧力を感じる。

 

「スゲーな、探偵の兄ちゃん!」と元太たちが誉めるなか、テム君は一切此方に目をあわせようとしない。

 

 

「それで、そこの君が少年探偵団のテム君、かな?」

 

と安室さんが問いかけると、テム君は「ハジメマシテ」と言い、「ボク、ニホンゴ、ワカラナインダー」とジョディ先生のような片言で話し出す。「え?」と光彦たちがその様子に首を傾げている。「テム、なに言ってるん―――」と元太の疑問に

 

 

 

「あぁ。彼は外国帰りのようで、少々日本語に不慣れなんですよ」

 

 

オレの家から出てきた昴さんが答えた。

 

 



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31

明後日の方向へ思考を飛ばし、片言な日本語で返した。周囲がざわついているがスルーさせていただく。どうしよう。どうすればいいのか。若干、混乱に陥るおれの前に現れたのは、突撃しようとした人物―――沖矢さんだった。

 

 

「あぁ。彼は外国帰りのようで、少々日本語に不慣れなんですよ」

 

いつからおれは外国帰りの日本語に慣れない少年になった......

 

「日本のお笑いに興味を持ったようで......日本語のなかでも関西弁が気に入っているみたいですよ」

 

 

スラスラと嘘八百を並べる沖矢さん。やけに身ぶり手振りが大きい沖矢さん。おれは「せやねん......」とその嘘に乗っかる。

 

 

 

「テム君って外国人さんだったんだ!」

「確かに金髪って日本人にしては珍しいですね」

 

歩美ちゃんや光彦君は素直に受けいれ騙されていく。君たちはそのまま純粋に育ってくれ......

 

「あれ?でも鳥取生まれだって言ってたような......」

 

どころがどっこい。誤魔化されてくれないのが江戸川君である。そして、この人も誤魔化されてくれない。

 

「ホォー......金髪、ですか。僕もそうなんですよね。」

 

安室さんは腰を曲げておれに語りかける。この人、ミステリートレインのこと覚えてやがる。あのときは暗い貨物室で帽子で人相がわからないようにしたが、それが仇となったのか......《帽子を取って顔見せろ》と遠回しに告げられた気がする。

 

冗談じゃない!

 

あのときは本当に危機一髪だったんだ。この様子じゃ安室さんは気づいている。さらに万が一ベルモットが余計なことを言ってたら、それこそ............殺される?殺されるのか?おまけに江戸川君と沖矢さんに挟まれて、おれの逃げ場はない。

 

「この子の文化圏では頭巾や帽子を被ることが主流なようで......」

 

 

沖矢さんが安室さんに牽制するように言った。意外な人物の救いの言葉に藁にもすがる思いで、コクコク頷く。その様子を見て沖矢さんは「―――ですが、此処は日本。郷に入っては郷に従えと言いますし、帽子を被ったまま挨拶するのはどうかと......」と言い抜かしてきた。

 

な、何ィィィ!!?まさかのカウンターだよ!裏切りだッ......!ガッデム!!リアルorzな状態で地面に伏せていると、「なんか変だぞ、テム。」と元太君に帽子を取られ、心配された。反射的に「あ゛......」と虚ろな声でピシリと固まった。

 

 

 

我に返ったときにはもう遅かった。むき出しになったおれの顔は隔てるものなどない。おれがおそるおそる顔をあげると、閑静な住宅街はさらに静まり返り、何とも言い難い沈黙が訪れた。

 

江戸川君と安室さんは息を呑み、歩美ちゃんや光彦君は「あれ?またテム君の目がしんでる」「いつものことじゃないですかね?」とコソコソ言い合いながら、灰原さんに手を引かれ、博士の家へ入っていく。元太君は慌てておれの頭の上に帽子を戻し、彼らについていく。

 

「そう言えば僕に用事があるんでしたね。」

 

マイペースな沖矢さんはおれにしれっと声をかける。調子を取り戻した江戸川君は「昴さんなら大丈夫だな」と納得し、安室さんはハッとしたように「僕も、用ができましたので......」と車の運転席に乗り込み、誰かに連絡していた。

 

 

***

 

 

嵐は去ったかに思えたがまだ残っている。沖矢さんの後をついていくと、一台の車が停まっていた。

 

先程の出来事を思い出す。安室さんはおれの顔を見るなり固まっていた。それからハッとして元通りになったが......江戸川君もあんぐりとした顔で、おれと安室さんに視線を往復させていた。

 

......あぁ、おれの平穏計画in米花町がガラガラと崩れていく............こうなったすべての元凶におれは照準を合わせた。

 

「引き金を引いたって、無駄だ。それは銃に似せたタダのカメラだからな......」

 

だが、その人物は目を細め、怯みもしない。

 

グッと唇を噛む。バレてる。その通り、これはあまりにも誘拐に遭いやすいおれをみかねたオトンが護身用に持たせてくれた物だ。「平和ボケたこの国にはそれで十分だ。それで不審者や誘拐犯の顔を撮ったら証拠になる」というのがオトンの言い分だ。オトンにとったら平和ボケた国かもしれないが、おれからみれば生きた心地がしない、天下の犯罪都市だ。こうして銃を突きつけるあたり、おれもこの町に染まっているのかもしれない......

 

さっきの犯人は素人だったためこれが通用したが、やはりわかる人にはわかってしまうのか......気落ちしたおれに沖矢さんはいつもの胡散臭い敬語を止めて、余裕綽々な態度でおれに向き合う。

 

 

「まだわかんねぇのか?それは俺がつくったんだぜ?テム。」

 

 

そう言うと、沖矢さんはペリッとマスクを剥がし、その下から見慣れた猿面が表れた。瞬きの間にハイネックから赤ジャケットに衣装変え。おれはポカーンとした間抜け面をさらした。パシャリと場違いにシャッター音が鳴った。

 

 

ルパンは悪戯が成功した顔で「いやァ~、騙されてくれちゃって!俺もまだまだ現役!」と笑う。

 

何でわざわざその人をチョイスした!?変装している人に、変装するってわかんねェだろ!!ややこしい!沖矢さん自体が変装している姿が前提なわけだ。ちょっと様子がおかしいと思っても、こっちはキャラ設定ブレてんなァと片付ける。

 

「俺たちゃ、真面目に仕事してたんだよ。銀行の下見の途中で、反対車線から白のマツダが一般道を爆走......」

 

ルパンはそのまま車のドアを開け助手席に乗り込む。続けておれも後部座席に座る。

 

「追いかけたらあら不思議。眼鏡のガキンチョと胡散臭いイケメンに目をつられたテムがいた。だからよォ~、変装して出てきたんだぜ?」

「......ルパンに親切にされるなんて蕁麻疹が走る......」

 

パチン!とウインクされるが、助けるならこっちの心情も察してほしかった。あれは親切じゃない。江戸川君にも、安室さんにも大きな爆弾をぶちこんだぞ。おれを爆心地にして......

 

ジトリとルパンを見ると、「ハ!そいつは違いねェ!」と運転席から顔を覗かせたオトンが笑った。

 

 

おれがだんまりでいると、「いきなりそっくり人間が出てきたら隙ができるじゃねェか」と軽い調子で返す。オトンは「ドッペルゲンガーってか?なに落ち込んでんだテム。ありゃ迷信だ。......死にはしねェさ」とバックミラー越しに励まされる。............そんなオカルトじゃなくて現実問題、おれのライフが削られているんだよオトン......

 

 

「連絡にでないと思えば、事件に巻き込まれてたとはな.....どれ、拙者が110番の仕方を教えてやろう」

 

やめろ、オカン。どの口がいってんだ。ちょっと自分が使えるようになったからって、チマチマ猫の写真やら虹の写真を送ってきて......孫にかまうお年寄りかよ!

 

 

煙草を吹かしながら「おいおい......何処の泥棒が警察に連絡するんだ」とオトンは車を走らせる。「......しかし次元。拙者はルパンと銭形がメル友だと聞いた」とオカンが言うと、オトンは頭を抱えた。今日も苦労してんだね......当のルパンは「ムフフ!さっきは傑作だったなァ~」と肩を震わせている。

 

「ルパンが変装した男、沖矢昴だったか?」

「ん?どうした次元」

「.....偶然その男がライフル構えてベルツリータワーにいた誰かを狙ってたのを見ちまってよ......気を付けねェと今度はお前さんが狙われるんじゃないか」

「ふぅ~ん......そいつはまた物騒だ。怨みをた~くさん買ってそうな奴だなこりゃ。」

 

 

 

妙に的を射た発言に内心ギクリとした。

 

......確かにあの人の周りはいろいろな火種がありそうだ。私怨(赤井ィィィ!!)とか私怨(お姉ちゃんをッ!!)とか仕返し(手榴弾の説明はまだ終わってない)とか......

 

 

 

 



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32

ふわ~あ。大きなあくびを手で覆い隠す。やれやれ、やっと授業が終わった。ここしばらく作業に追われてたから、寝不足気味だな......窓の方へ視線を向けると、江戸川君がベンツに乗り込んでいた。しかも運転席には知的眼鏡の外国人が座っている。白昼堂々と、誘拐か?と疑うが、高級車を所有する誘拐犯(仮)がお金に困っている様子に見えない。

 

 

ウチは一般家庭とは言いがたいが、母さんはマーキュリーのコメット乗り回してたし、かの有名な泥棒一味に至ってはカーチェイスの末、乗り捨てだ。阿笠博士の愛車はビートル、この前なんてポルシェを目撃した。......まったくコナンワールドの大人たちは何処にそんなポンポンと車を買うお金があるのやら......金銭感覚にびびる。あのベンツの所有者、ろくでもない仕事をしているのだろうか?

 

 

周囲を警戒するように乗り込んだ江戸川君は、まるで密会するような......ここまでの様子を見て、ハッ!となって気付いた。これ、センテンススプリング砲の現場なのでは!?密会現場と車のナンバーを証拠に抑え、スマホをしまう。今時のスマホガメラはシャッター音が聴こえないんだよな。わるいな、江戸川君。先に謝っておく。

 

 

ガヤガヤとする教室のなかで少年探偵団のキッズが「車でお迎えでしょうか?」「きっと探偵事務所のおじさんだね!」と窓ぎわに集まっていた。あの車でお迎えなんて帝丹小学校に金持ちの坊ちゃん学校疑惑が浮上する。それに眠りの小五郎さんは迎えに来るというより、パチンコをする姿が想像できる。

 

子どもたちに混じって、灰原さんが言う。

 

「違うわ......あの車はベンツ......あの探偵がそんな高い車レンタルしないんじゃない?」

 

 

灰原さんがそう指摘するならおれの見立ては間違いない。怪しい人物と江戸川君の組み合わせなんてろくでもない事案だな!!沖矢さんしかり、西の高校生探偵しかり、経験則でわかる!!

 

灰原さんは意味深におれに問いかけた。

 

「江戸川君、貴方に引っ付いてお喋りしてたのにね......それどころじゃない状況なのかしら」

 

その通りだった。あのルパンのなんちゃって沖矢さんの件からヒヤヒヤと身構えていたのに、拍子抜けするくらいスルーされた。探偵の言葉遊びに付き合わされると思い、過去の江戸川君の黒歴史を漁って対応しようと動いていたが、それは使うことがなかった。

 

【口癖はバーロー】

【困ったときは『ちょっとトイレ』】

【自己紹介で『探偵さ』からのどや顔】

 

書き出したらキリがない。工藤新一が高校生探偵として名を世間に馳せてからの新聞を取り出すと、でてくるでてくる、黒歴史。この無駄となったメモたちはオトンにでも流しておこう。いじり程度にはなるはずだよ、パパ(笑)

 

そんなこんなで、ここ暫くの江戸川君は焦った顔で何かを隠そうと躍起になっているみたいだった。まるで、バレてはいけないことが見つかって慌てているみたいに。江戸川君は授業中に小林先生に注意されるくらい追い込まれている。キッズたちもタイミングがわるいせいか、なかなか接触できなかった。

 

そうした経緯で近頃の少年探偵団の活動もできていない。だから歩美ちゃんたちはむくれた顔をしていた。そして、今日は光彦君が【ルパン日本上陸か!?】という雑誌の切り抜きの記事を見つけた。だが、肝心の江戸川君はざっと記事に目を通したと思えば、「おめーら、遊びはほどほどにしろよ」と帰ってしまった。

 

あの江戸川君が。

 

泥棒を前にして。

 

 

いつもなら信じられないことだ。よほど、危険事態であると察せられる。黒の組織関連なのか......でも、この記事に書かれてるのはおおよそガセだから、早々に見切りをつけたのかもしれないな......どういう思考回路なのかわからないが、記事をみて問題ないと判断したのだろう。大きな見出しのわりに脚色をつけ、盛りまくったガセ内容にげんなりした顔をしていた。彼の中にも優先順位がある。

 

以上の江戸川君の行動から判断すると、おれは避けられているというかむしろ――――

 

「......遠ざけられてる?」

「そうみたいね......貴方も、私も。......あの人が言ってた“領分”から外れたところで起こっている何かから......」

 

 

ボウヤには大変興味が湧くが、

ここから先はこちらのエリアだ。

君の領分じゃない.........

 

 

いつだったか、そう沖矢さんに告げられた言葉が脳裏に浮かぶ。フッと思い出して笑うと灰原さんは怪訝そうな顔をする。

 

廊下を歩く先頭の三人はというと、

 

元太君は「またコナンのやつ、一人で」と不満そうに、

 

光彦君は「そうだ!僕たちでルパンを捕まえましょう!」といいことを思い付いたとばかりに、

 

歩美ちゃんは「コナン君なんてしらないんだから!!」とやる気に満ちていた。

 

三人のそんな様子をみて、何でもない、と肩をすくめると、灰原さんは静かな声で言った。

 

「あれは前に見たFBIの車。私に何も注意を促さないってことは......そうね。例えば、貴方の保護者の悪巧みだったりして」

 

......なるほど。遠目でよく見えなかったけれど、江戸川君の密会相手はジョディ先生ということか。そういえば、ルパンが騙された女の名前はジュディだったっけ。所謂、彼はかわい子ちゃんに目がない、簡単にいえば、女好きの癖がある。それが完全に裏目に出て、ジュディという美女に貢ぎまくった挙句、残ったのは 3億ドルという莫大なクレジット(ルパン名義)の借金。オトンと一緒に冷めた目でルパンを咎めたのは記憶に新しい。

 

悪巧み......灰原さんのレーダーはあながち間違ってはいない。それとも歩美ちゃんが言ってた女の”かん“なのか。おそろしいな......でも、江戸川君は、本当にそれどころじゃないらしい。これは想定していたよりもうまくいきそうだ。にやける口もとをおさえて、苦笑いにとどめる。

 

 

「ご忠告どーも」

 

「別に......ただ、あの子たちがルパン逮捕に躍起になっているみたいだから、余計な手間かけさせないで」

 

それは、灰原さんなりの「心配してる」という意味での解釈でよろしいのでしょうか?

 

 



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33

車が走り出した方向からルートを計算すると、江戸川君とジョディ先生は神社へ向かったようだ。「ルパン逮捕するぞー!」「「おー!」」と言いながら子どもたちは手始めに情報収集を始めた。その手始めに、ジョディ先生に聞いてみよう!という持ち前の行動力で神社へ出発した。「ちょっと、あなたたち!」と慌てて追いかける灰原さんは彼らのお守り当番だ。

 

さすがに高級車相手に子どもの脚では分が悪く、あっという間に差が開いた。そこで以前拝借した追跡眼鏡を取りだし、「そっちを右、信号渡って」と指示を出す。

 

持っててよかった追跡眼鏡。(未返却)

 

脳内では盗んだ眼鏡で走り出す~と流れている。非行に走ったわけでもなく、グレたわけでもない。灰原さんの視線が突き刺さっているだけだ。ちゃ、ちゃんと後で返すから……!

 

 

遅ればせながら、神社に到着。江戸川君とジョディ先生は「「え?」」と二人して文字通り目が点になっていた。その二人を前にズラリと並んだ我らが少年探偵団。江戸川君は「おめーら、どうして此処に......?」と困惑気味である。その疑問に灰原さんが答える。

 

 

「公園や神社ってスパイとかがよく情報交換に使う場所だっていうし......まあ、それと同時に公安警察も目を光らせてある場所だからせいぜい気を付けるのね」

 

 

キッズたちは何のことやらピンときていなかった。灰原さんのその言葉にはどこか棘があるが、心配しているようにも聞こえる。なるほど。これが阿笠博士が言ってたツンデレか。

 

江戸川君たちが意味深な大人なやり取りをしている間、おれは少年探偵団と和やかに話をしていた。話題はペット。掴みはOKだ。

 

「公園で拾ったの?テム君」

「うん。ペットというより家族みたいな......なんか歳の離れた兄弟ができたっていうのがしっくりくる」

「今度みせてくれよ!」

「う~ん......家は犬飼えないからほぼ放し飼いだしなァ」

「公園で飼ってるんですか?」

「初代は一時期、家でね。でもいなくなっちゃって......二代目は公園で見かける」

「そっか......名前は何て言うの?」

 

興味津々と食いついてくる子どもたちにフフンと名前を告げた。

 

「マダオ」

 

対する子どもたちの反応は......

 

「えー!センスないよ!」グサッ。

「それはちょっと可哀想です......」グサッ。

「まだ【てむてむ】がマシだったぞ」グサッ。

 

ガ、ガッデム......!

 

 

正直すぎるリアクションに雷に射たれたような衝撃を受けた。おれのネーミングセンスは母さん譲りだったらしい......

 

 

 

***

 

話が落ち着いた様子を見計らって、少年探偵団はジョディ先生に突撃する。

 

「え?ルパン三世?......たしかに以前から日本で目撃情報が相次いでいるけど」

 

 

三人寄って集まってコソコソ話し合ってる。「やっぱり!」「博士ン家行って、作戦会議しよーぜ」「そうですね!」......思いっきり筒抜けだけどな。そんな彼らをハァとため息をついている幼児化組。帰り際にチラリとジョディ先生に視線を向けられた。

 

「......あの子が組織の......」

「うん。バーボンの関係者かもしれないんだ。だから――」

「OK. COOL KID.」

 

後方では和気あいあいとするおれたちをながめ、そんな会話がなされていた。......思いっきり筒抜けだけどな!(2回目)この眼鏡でズームアップすると口もとの動きからだいたい察することができる。こんな機能までつけなくていいのに阿笠博士......バーボンと聴こえて一瞬、ブルッと寒気がしたのは気のせいだと思いたい......

 

 

***

 

 

 

ここ最近ルパンは沖矢さんの姿で銀行の視察を繰り返し、その最中に銀行強盗に巻き込まれたらしい。そのときに江戸川君と少年探偵団のキッズ、それからジョディ先生の姿を見かけたそうで......その経緯はおれがオトンにこの前のセンテンススプリング砲の写真を見せたときに発覚した。そう言えば元太君がお年玉の行方を確認しに行ったって言ってた......なるほど、合点が行った。

 

......まじか。そのときから沖矢さんの姿になっていたのか......あんぐりと口を開けるおれはとんだマヌケだ。大学院生という肩書きは、昼間からブラブラしてても変じゃないから好都合と歩き回っていたらしい。学生をなんだと思っているのやら......

 

宝の保管設備や逃亡の経路を踏まえ、狙いの銀行を決定した。依頼者に盗品を渡して任務完了という流れ。いたってシンプルだ。

 

 

おれがすることは、厄介な名探偵の注意を引くこと。これに限る。ヴェスパニアで事件吸引機こと江戸川君と神出鬼没の泥棒が出会って好き勝手した結果、ヴェスパニア国内王室は荒れ、腐敗貴族はお縄つき、ミラ王女が即位した。それは良いことなんだろうけども......

 

怪盗キッドの予告のたびにお祭り騒ぎになる始末なのに、ルパンと江戸川君だぞ?正直、何が起こるかわからない。これ以上の大惨事には御免だ。首都機能全滅なんて困る。

 

「米花町は江戸川君のホーム。アウェイはおれたちの方だ。わざわざ自分の存在を仄めかす真似しなくても」

 

「それでいいんだ。ルパン三世が本当に動くのか大概の人間は半信半疑。誰も本気にしちゃいねェさ......あのキッドキラーだとかいうガキンチョだってな」

 

余裕を含めた口調だが、怪盗キッドにちょっと対抗心燃やしてるのをおれは知ってる。切っ掛けは不二子さんのキッド様発言から。

 

 

「だいたい【可羅馬】なんてみるからに胡散臭い雑誌名だし、何処で買ってきたんだよ......」

 

 

雑誌を手に取り、パラパラめくってみる。

 

この【可羅馬】は所謂、知る人ぞ知るマイナーな雑誌。パッと目を通してみたところ、裏社会のゴシップネタが多く、業界誌っていうらしい。らしい、というのはおれはこれを初めて見たからだ。そしてこれは読者層も堅気の人間じゃないので、ページの後方には【暗殺請け負います】やら【この顔みたら〇〇へ】などと物騒な広告が並んでいる。ユーモアなのか知らないが、まったく笑えないから!!けれども、それがこの雑誌の売りだ。検閲をどう潜り抜けて出回っているのか不思議すぎる......

 

本来なら光彦君の手に渡るなんて、あり得ない。なら、どうして光彦君が持っていたのか?

 

 

おれが忍び込ませたからである。

 

 

江戸川君の反応を見るために利用させて貰った。おれが直接持ってくると、ほぼ100%怪しまれる。しかし少年探偵団ならば警戒心はぐっと下がる。

 

 

少年探偵団は専用の依頼ポストがある。元太君の下駄箱には【難事件大募集!! 1年B組少年探偵団】という紙が貼ってある。第一発見者の元太君は漢字が読めなくて断念し、代わりに読んだ光彦君が中心となってルパンの話題が広がった。こう言ってはなんだが、少年探偵団ならば子どものいたずらで済まされるだろうし、あわよくば江戸川君の反応を確認できる。

 

「馴染みの記者に宛があってよォ~」とヘラヘラ笑うルパンに彼の顔の広さにはいつも驚かされる。

 

 

ハサミで切り抜いた後のぽっかりと穴が空いた枠をなぞり、パタンと閉じる。

 

「まァ、これでハッキリした......肝心の江戸川君は手が離せないくらい忙しい。

事件が彼を呼ぶのか、彼が事件を引き寄せるのか......謎を追い求める姿は頭にぶら下がった人参を求める馬みたいだよ」

 

おれは人参きらいだけど。

 

 

***

 

 

翌朝、ゴミ出しをしていると、ご近所さんもぞろぞろ捨てにやってくる。無難に「おはようございます」と挨拶をしていると、一人のおばさんが昨夜工藤邸のまわりを複数の車が囲いこんでいたと話し出した。

 

「工藤さんのところ、何があったのでしょうね」

「ご子息が帰ってきたのかしら?」

「今は大学院生が居候しているそうよ」

「そういえばお隣の阿笠さんの防犯グッズを尋ねてきた男がいたわ」

「ウチにもきた。童顔の男が探偵の依頼(?)で......何か事件でもあったのかしらねェ」

「やだ、いつものことじゃない!それより、工藤さんといえば昨日のマカデミー賞みた?」

「あぁ、みたみた。だけど臨時ニュースでルパン三世が―――」

 

 

人が集まれば盛り上がる噂話。大量の弾丸を一斉に発射し続けるかのように噂は飛び交う。......弾幕薄いぞ!何やってる!もっと言ってやれ。(煽り)

 

おれが立ち去った後も井戸端会議は続いていた。ご近所の方は見ていないようで結構みているんだな......SNSの情報拡散の縮図だ。スマホのアプリで今朝のネットニュースのトップをみる。

 

 

おれの口は自然と弧を描いていた。

 

 



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34

side 江戸川コナン

 

安室さんに、バーボンに、勘づかれた。それはとても些細なこと。誰にも気付かれない完全な計画だった。だが、彼は実に頭のキレる男だった。

 

 

 

 

 

事件の真相を瞬時に見抜く洞察力。ベルツリー急行で灰原を殺そうとしなかったあの行動。【ゼロ】という単語に反応した態度。そしてFBI捜査官にいい放ったあの信念。その言動から導かれるのは、日本の安全と秩序を維持するために存在する公安警察の俗称【ゼロ】......

 

彼が公安で組織に潜入してるなら、こっちの事情を話せば最悪の事態は避けられると踏んでたけど......

 

 

 

***

 

 

クソッ!練りに練ったあの計画がバレた!!安室さんのことだから、赤井さん=沖矢昴と繋ぎあわせたかもしれない。そうしたら、恐れていた最悪の事態になっちまう!!

 

 

机の上に並ぶ複数のモニターをみて、記憶の引っ掛りを覚えた。何処かで聴いたような言葉の既視感。脳裏を掠めた記憶の端々。散り散りになったその欠片をひとつひとつ併せていく。

 

 

 

君は少々僕のことを......誤解しているようだ

 

病院で腰を曲げて俺に目線をあわせつつも凄んだ表情の安室さん。

 

君たちはおれを少々誤解している......!

 

冷や汗を流しながら弁明するテム君。

 

 

出ていってくれませんかねぇ......
僕の日本から......

 

FBI捜査官にいい放った威嚇するような安室さんの態度。

 

それとここはおれの 国 だ。

とっとと出ていくことをすすめる

 

アイリッシュ相手に怯みもしないで睨みを効かせたテム君。

 

―――そうだ、あの二人はとてもよく似ている。人蓄無害そうな顔をして、その内に秘めたる気質は鋭利な刃のごとく時折見え隠れする。

 

 

そして、試しにお互いを引き合わせてみたら、予想外にギクシャクしていた。オブラートに包んで言うと気まずそうな(死んだ魚の目をしていた)テム君の表情と、驚愕に満ちた安室さんの顔はとても印象に残っている。

 

 

 

テム君を巻き込まない......もう手遅れかもしれないけど、この窮地を乗り越えないといけない......!

 

念のため、テム君も保護対象だとジョディ先生に伝えた。本堂英祐の場合は、キールがCIAの潜入捜査官だった。もしも彼のようにテム君が自分の肉親を探し始めたら......それは自分から組織に近づくことになり、危険だ。だから、今回も同様にテム君を保護する方向で進めているけど......

 

 

 

昴さんに扮した父さんと、安室さんのやり取りをハラハラした面持ちでモニター越しに見つめる。安室さんが父さんのハイネックを掴みあげたとき、テーブルの上に置いた安室さんのスマホが着信を鳴らした。

 

 

「何!?赤井が拳銃を発砲!?動ける車があるのならヤツを追え!今、逃したら今度はどこに雲隠れするか......」

「......すみません、少々静かにしてもらえませんか?今、この家の家主が大変な賞を受賞してスピーチするところなんですから......」

 

 

画面では父さんに変装した母さんがマカデミー賞の表彰式に出て、インタビューにコメントしていた。すると、テレビ画面の上部に【速報ニュース】というテロップが流れる。客間にいる二人もその速報を告げる音に気がついたのか、自然と目はテレビの方を向いていた。

 

 

【ルパン三世が東都銀行で若護茂英心氏の所有するチェリーサファイアを盗み、逃走】

 

 

ガバリと身を乗り出して画面に釘付けになる。画面は次の瞬間、父さん(母さん)の受け答えから切り替わり、まさに事件現場の東都銀行が映された。現場は何故かルパン三世の顔の被り物を被った人々で溢れかえっていた。現場中継の記者(ルパンの顔)は「現場はご覧の通り、ルパン一味によって混乱に陥っています!わ、私はルパン三世じゃありません!記者の戸内です!」と警察官によって被り物を剥ぎ取られていた。......何が起こっているんだ!?よりにもよってこんなときに......!

 

 

誰もがテレビ画面に注目するなか、頭の中でルパン三世の情報を整理しつつ、前のめりになりながら続報に耳を傾ける。パッと画面が切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

イケメンで、クールで、礼儀正しくて、ダンディーで、FBIに置いとくにはもったいないくら~い!」

 

 

乙女の表情をした工藤優作(母さん)がドアップで映し出されていた。

 

 

シラケた空気になったのはいうまでもない。俺はガゴンと頭をぶつけ、父さんは母さんの言動に複雑そうに頭を抱えていた。安室さんは【FBI】ときいて青筋を浮かばせ、電話相手にキレていた。ハラハラとした緊張感がこの数分でカオスになっていた。

 

安室さんは眉根を寄せながら赤井さんと電話越しに会話をし、父さんはルパン三世ときいて面白そうにニヤニヤしていた。

 

 

***

 

 

スケボーを走らせ、片っ端から条件にあう店を当たっていく。カランコロンと店の扉を開けると、捜していたその人物はカウンターに腰をかけていた。

 

「......なんだ?此処はガキの来る所じゃねェ。それともきれいな肺を汚したいのか?名探偵」

 

猫背気味の髭を生やした男は片手で酒を煽り、煙草を吹かしている。

 

「そんなこと言わないでよ、パパ。簡単なことさ。昼間から開いていてお酒が呑めるお店は限られてくるからね。―――ボク、アイスコーヒーで」

 

少し高さのある椅子をよじ登りながらその男の隣に座ると、すぐさま「パパって言うな!!」とピシャリと返ってくる。

 

 

ダメだよ、昼間っから酒って

 

俺が悪いんじゃねェ

こんな昼間っからやってる店が悪いんだ

 

 

一緒に事件現場を検証するために同行したときに聴いたわるい大人の言い分だ。ルパン三世がいるなら、相棒のこの男もいると踏んでいたけど、やっぱりビンゴ。

 

 

「――――この町で何を企んでいるの?」

 

 

いつもより低い声色で睨みつけながら言うと、「お。工藤新一で来たか。」と酒が入っているせいか軽やかな返事が返ってくる。ちょうどそのとき、バーテンダーがアイスコーヒーをコースターの上に置いた。それに「わぁ!ありがとう」と小学生らしく喜ぶと、その様子をみた男は「フッフッフッ………大変だな、オメーも」と愉快そうに笑う。オレは「バーロー」と不貞腐れた。そう言えば、この前のヴェスパニアの一件でオレが工藤新一だということがバレていたんだった......

 

 

 

すると、帽子を目深に被った男――次元大介――はガサゴソと内ポケットからメモの束を取り出す。パラリとメモをめくり、その口元はニヤリと笑っている。

 

 

「成る程。【口癖は『バーロー』】......あってるな。あと【困ったときは『ちょっとトイレ』】......なんだ?若いのにトイレ近いのか?医者に診てもらえ」

 

「なんだよそのメモ!んなわけねーだろ」

 

 

まるで近くで【江戸川コナン】をみていたようにオレの癖を指摘し、からかわれた。やがて次元大介は聞き分けのない子どもを諭すように口を開いた。

 

「オメーが首を突っ込まなきゃ、何にも起こらねェってことだ」

 

顔を斜めに上げたところに次元大介の片目が帽子から覗いていた。......ヘェ。おもしろいじゃねェか。

 

「そのメモに書いてない?オレは脅されると燃えるタイプだって」

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

side とあるBAR

 

 

スケボーを片手に持った少年が店を後にした数分後に、奥のカウンターからバーテンダーの身なりをした男が出てきた。店内はジャズの音色が響き、落ち着いたムードが流れている。

 

「......あんたがバーボンか」

 

 

バーテンダー――バーボン――は影のある笑みを浮かべ、その問いに肯定した。

 

「えぇ。はじめまして。本来ならアイリッシュがこの取引に来る手筈だったのですが、生憎、彼はジンの不興を買ってしまいましてね......代わりに僕が引き継ぎになりました。あの眼鏡の少年とは知り合いですか?」

 

 

「......さァな」とぶっきらぼうに返す。バーボンはそんな無愛想な態度に気にした様子もなく、話を進めた。先程、少年に軽口を叩きあった雰囲気は鳴りを潜め、それは裏社会に名を轟かす男の顔をしていた。バーボンは男の変化に観察しながら、取引の詳細を確認する。それからじっと顔を見られ、おかしな点があったかとバーボンが問うと、「ドッペルゲンガーなわけねェか。......あぁ、悪い。こっちの話だ。続けてくれ」と独り言のような答えを返される。バーボンは「......はぁ」と頭に疑問符を浮かばせた。

 

 

「―――では、羽田の裏の倉庫で」

 

 

灰皿に煙草を押し付け、次元は席を立ち、店を後にした。煙草の残り香が漂う。バーボンは誰も居なくなったBARでその仮面を外し、もうひとつの顔に付け替えた。耳につけたイヤホンを起動させる。

 

 

「―――次元大介と接触した。作戦通り、頼む」

 

ザザッとノイズ混じりに「了解」と短い応答がなされた。

 

 

その日、秘密裏に羽田の周辺に公安の捜査網が張り巡らされた。

 

 

 



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35

『かぞくのおもいで』

 

 

いるま てむ

 

■月§日

今日からマダオの観察日記をつけることにした。マダオは公園のヌシだ。少し茶色がかった髪で顎の周りに髭を生やしている。少し太めの眉に猫目。基本一日中働かずに公園でじっとしている。おれはマダオを観察しているけど、マダオもじっとおれを観察しているみたいだった。

 

 

 

■月#日

マダオがなついてしゃべってくるようになった。隣のブランコに座ってゆらゆら足を揺らした。「君......バーボンを知っているか?」ときかれたので、「ちょっと待ってて」と、おれはマダオにウチから持ってきたお酒をいっぱいあげた。でも、マダオは困った顔をして酒を飲まなかった。

 

 

 

 

■月⊇日

マダオは今日も一人公園のブランコで黄昏ている。いくらお酒をあげても、動きも働きもしない。「なんで何もしないの?」ときいたら、「これでも、仕事してるんだよ......」と、疲れたような顔でそう言っていた。おれが頭に?を浮かべていると、困ったように「家に帰る時間だな......」と頭をなでられた。なんだかごまかされた気分だ。

 

 

 

■月◎日

ぽつりぽつりと言葉を交わすようになりマダオはいつの間にかお酒を呑むようになっていた。だけど、いくらお酒をあげても、眼から全部流してしまう。「どうしてせっかくあげたのに流しちゃうの?」ときいたら、「………もう流さないから」そう言って、また眼からお酒を流していた。

 

 

日が暮れるまでずっと.........

 

 

 

 

■月∝日

マダオの探し人の特徴が母さんみたいだったので、家に連れてきた。母さんには「おれ、マダオかうから!」と説明した。母さんは「もう名前までつけちゃったの?」と笑っていた。でも、母さんとマダオは顔を合わせたっきり、お互いを凝視しあっている。もしかして知りあいなのか?無造作に【Scotch】と書かれたウイスキーを投げつける。すると、マダオは慌ててそれをキャッチした。「てっきり犬や猫だろうと...........」と母さんは珍しく狼狽えていた。

 

 

 

 

■月Å日

母さんとマダオは協定を結んだらしい。おれがマダオを飼うことをゆるしてくれた。寛大である。マダオの大きな手がおれの頭をなでる。なんだかくすぐったくて、おれも背伸びしてマダオの頭をなでた。

 

 

 

■月≡日

夕飯のお手伝いをした。母さんに「お父さんにいてほしい?」と聞かれた。おれはトントンと玉ねぎを切る母さんの背中をみて「......わからない」と答えた。夜、マダオにそのことを話した。

 

 

「アイツの代わりには役不足だろうが.........君と君の母さんはおれが護る。“約束”だ」

 

指を差し出され、おれもきゅっと指をにぎった。マダオがちょっぴりかっこよくみえた。

 

 

 

■月∋日

おれと母さんとマダオでいっしょに夕飯を食べた。母さんはご飯の上に粉チーズの山をつくっているのを見て、マダオが青白い顔をして固まっていた。母さんは根っからのチーズ人間だ。マダオは母さんにチーズを薦められていたが、必死に断っていた。母さんは「こんなに美味しいのに......」とシュンとしていた。マダオは「......だからゼロの家にチーズが大量にあったのか......」とブツブツ言っていた。

 

 

 

 

 

■月∩日

マダオに「お父さんに会いたいか?」と聞かれた。おれはパチクリとまばたきした。やがてフルフルと首を横にふった。「だって、母さんもマダオもいるから!」と笑って返した。そんじょそこらの子どもじゃない。おれは空気がよめる子どもだ。きっとこう答えた方がまるくおさまる。だけど、マダオは眉を下げて、困ったような顔になる。

 

「そうか......でも、いつかテムが......お父さんに会えるといいな」

 

掠れた声でそう言ったマダオの顔はとても印象的だった。なんだか、寒気がしたのはきっと気のせい。

 

 

 

■月∂日

マダオからギターを教えてもらった。ドレミだけならまかせろ。フフンとニンマリしているとマダオが「何か弾いてみるか?」と誘うので、縦に首を振る。だが、提案されるのは「キラキラ星とかメリーさんの羊とか......」と童謡ばかりで、おれは「母さんが寝る前に歌ってくれるのがいい!」と主張した。「子守唄はドレミじゃ難しいんじゃないか」とやんわり否定するが問題ない。

 

「大丈夫!母さんのカラオケ十八番だから」と自信満々に言うと、マダオは「へ?」と口を半開きにして、母さんをみる。

 

母さんはどこから持ってきたのか、マイク片手におれにウインクする。

 

「このテストは、電子音に合わせてできるだけ長く20メートルの間隔の間を走り続けるものです 最初の電子音で片方の......」

 

 

長いイントロが始まり「1」と言うと、おれはギターでドレミを弾く。呆気に取られたマダオがハッとして、「そうそう、ドレミファソラシド~って、シャトルランじゃないか!」と吼えた。今のノリツッコミは中々やったで、マダオ。記録は2だった。

 

 

 

 

 

 

 

■月¬日

ギターを奏でると、ズッコケができるくらいのノリを身につけたマダオはギターケースを背負っている。マダオはバンドマンらしく、メンバーと打ち合わせがあるらしい。

 

 

「一つだけ忠告がある。イイ歳した奴が酒の名前を名乗るなんて......

 

 

死ぬほど痛いぞ」

 

「あのなァ......!俺だって、気にしてることを......あれだ、事務所の社長がつけてくれたんだよ」

 

軽く冗談を言いながらマダオを見送った。母さんもここのところ忙しくなって、おれもひとりでいる時間が増えた。「行ってらっしゃい」と見送り、おれは誰もいない部屋でテレビをつけた。誰からだろうと思いながらケータイのメールを開くと、マダオからだった。

 

 

 

【悪い、約束は守れそうにない。母さんを大事にするんだぞ。じゃあな、テム。】

 

 

 

――――うそつき。約束したのに。

 

 

 

 

それから、マダオは帰ってこない。マダオはおれの前から姿を消した。

 

 

 

 

 

∧月▲日

母さんも帰ってこない。マダオがいなくなってから、母さんはまるで生き急いでいるかのように働いた。空港で母さんをダンディーな男と共に見送った。それが、さいごにみた元気な母さんの姿だった。

 

 

 

 

∧月▽日

ダンディーな男は渋い声でおれに告げた。

 

「いいか。こちとらベビーシッターじゃねェんだ。お前も勝手にしろ。―――わかったか、坊主」

 

男は懐から銃を出して、片方の眼を覗かせ睨む。ドクンと心臓が波打って部屋中に緊迫感が襲う。

 

その気迫に圧されて「わかった」と頷く。男の指に引き金が触れ、いよいよここまでか......と、覚悟を決めて目を逸らさないでいると、ポンと可愛らしい音とともに銃口からは【welcome】と書かれた旗が垂れていた。「泣かれるのは面倒だが、なんでこう、胆が据わってるんだ?......遺伝か?遺伝なのか?これだからあのブッ飛んだ女のガキは......」となんとも言えない表情で項垂れていた。

 

 

 

 

 

 

∀ 月∈日

誰もいない部屋でぼんやり隅を見つめる。ピンポーンとチャイムがなるけれど、出ていく気分じゃなかった。しばらくすると、ガチャガチャと、音をたていつの間にかおれの前にあのダンディーな男がいた。男はおれを一瞥すると、何かのメモのような紙をクシャリと握った。

 

 

「ここで野垂れ死ぬか、生きるか......選べ。

 

 

 

―――――テム」

 

 

久しぶりに自分の名前を呼ばれた。体育座りで足に埋めていた顔をあげると、男はじっと片目を帽子から覗かせていた。気づいたらおれは、男の手を掴んでいた。

 

 

 

***

 

 

【―――それからおれとオトンのハチャメチャな毎日が始まった。オトンはクールでたまにお茶目なところがあるオジサンだ。でも、おれは、そんなオトンがきらいじゃない。】

 

 

 

 

年季が入った客間に男が佇んでいた。天下の大泥棒ルパン三世はとある一冊のノートに目を通していた。そこに酒瓶を片手に持った相棒の次元大介がグラスに注ぎながら、口を開く。

 

「ところでよ、ルパン。一つ、気になることがあるんだが......」

 

コポポ......と、酒を入れたグラスが音を鳴らす。ルパンは短く「なんだよ?」と返す。

 

「テムの父親の事なんだが......結局分からずじまいか?」

「んー?まあ、そういうことだな。」

 

相変わらず、視線はノートに向けたままルパンは答えた。

 

「本当のところはどうなの?」

 

女――峰不二子――の声が聞こえ、ルパンは「いらっしゃ~い、不~二子ちゃん」と手を振る。不二子はガサリと荷物を置き、ルパンをじっと見つめる。

 

 

「拙者は一人、とても似ている男を知っている。」

「俺もだ。」

 

 

五ェ門はそっとテムにブランケットをかけ、子どもの寝顔を見ながら静かに言う。その様子をみた次元も酒を口にしながら、つづける。

 

二人の様子をみた不二子は「ルパン!まさか......!」とルパンから距離をとるように非難する。ルパンは慌てて「いやいや!違うって不二子ちゃん!!違う、違うの!誘拐なんてしてねーよ!?」と誤解を解こうとする。不二子は訝しげに「ふんっ!」と、ルパンをひじでつく。

 

 

ルパンは「次元たちがみたのはこの男だろ?」と写真を一枚取り出す。不二子は「あら、イイ男」といつもの機嫌にもどる。

 

「父親云々はさておき。チカと、この男と、テム。なぁ~んか匂わねぇか?」

「そうね......それにしても、テムにそっくりじゃない?この男」

「......たしか《バーボン》と名乗っていたな」

 

 

おのおのが口を開くが、テムが寝返りをうち、パッと視線がテムに集まる。しんと静まる部屋のなかでむにゃむにゃと「わたあめがふってくる......」と愉快な寝言が響く。

 

「......この間抜けな顔もそろそろ見おさめだと感慨深くなるなァ」

 

にやにやとルパンは次元に語りかける。

 

「......しんみりするのは性にあわなくてな」

 

グラスに入ったワインを煽った。月夜に照らされたその顔は此方から何もみえなかった。




>一つだけ忠告がある。死ぬほど痛いぞ
(ガンダムW ヒイロ・ユイ)



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36

ルパン三世の強盗事件のあと、我ら少年探偵団は阿笠邸に召集された。アジトである米花町の工場跡地の平屋から出勤だ。断ろうとしたら「昴君からドーナツを貰ってのォ」という糖分同盟の博士からのお誘いを断る馬鹿なんてしない。しかも、博士お気にいりのドーナツだ。カロリーは馬鹿高いかもしれないが、美味いに決まっているはずだ。

 

 

 

「《若護茂英心さんのチェリーサファイアがルパン三世によって盗まれた》......ここまでは皆さん知ってますよね」

 

光彦君が全員の顔をみつめ、確認する。それに歩美ちゃんが「東都銀行だったよね」と相槌をうつ。何処から引っ張り出してきたのか、ガラガラと音を立てながらホワイトボードを用意する阿笠博士。元太君はペンを手に握り、大きく【わかごも えいしん】と平仮名で書く。刑事ドラマの真似事みたいだ。

 

暫くすると、スケボーを抱えた江戸川君が帰ってきた。呆れた表情をして、「何やってんだ?」と盛り上がるキッズたちを横目に江戸川君は灰原さんに調べものを頼んでいた。彼は彼で探偵として調査しているらしい。少年探偵団の暴走の一因は9割江戸川君の影響だと思う。(真顔)......

 

 

推理というのはドラマのように格好の良いものではない。

 

 

だからいくら少年探偵団といえども、そう簡単にルパン一味の居場所なんて見つかるわけない。高みの見物の立ち位置でおれは優雅にティータイムを楽しんでいた。本日のおやつは阿笠博士御用達のドーナツである。サクッとしたと思いきや、ふわっと中に広がる食感がたまらなく美味しい。ドーナツの真ん中に目を合わせ、その空洞から彼らを観察する。

 

 

「わかごも えいしん......」

「んしいえ もごかわ......」

「かわ......いし......あ!【いしかわ】って苗字ですね」

「もしかして......並び替えたら何かの暗号になるかも!」

「いしかわをのけて......えーと、残ったのは【ご】、【も】、【え】、【ん】だよな......」

「ごもんえ......ごんえも......ごえもん......」

 

キッズたちはぶつぶつと呟き、「あ!」と閃いた声で、互いに顔を見合わせ、せーのと掛声する。

 

 

 

 

「「「石川 五ェ門!!」」」

 

ブフォと思わず吹き出した。

 

オカン......バレてるぞ!あっさり見破られてるぞ!これでもない、あれでもないと偽名を考えていたオカンの姿が思い出される。あの努力は、いまこうして水の泡になってしまった.....気管支に入ったため、ゲホゲホ噎せながら、呼吸を調えた。

 

 

 

お、落ち着け......たかが名前を当てられただけだ!そっと彼らから目を反らして、チャンネルのリモコンを回すと......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銭形警部がフリップを片手に解説していた。

 

 

『こやつがルパン三世であります。武器はワルサーP38、装弾数は8発。次元大介、0.3秒のガン捌きの名手。武器.357コンバットマグナム、装弾数6発。こやつがスーパー剣士、石川五エ門。武器は斬鉄剣、鉄をも斬れる名刀でありましてクセ者ですぞ。』

 

 

 

 

何やってんだ、とっつぁんンンン!!

 

子どもたちはテレビに注目し、光彦君に至ってはメモを取っている。

 

 

『さすがルパン逮捕専属の銭形警部!では、VTRを確認しましょう。

 

チェリーサファイアが消え失せました!ルパン三世です。ルパン三世は予告通り衆人環視の中で盗んでいきました』

『クソォ、ルパン逮捕はこの儂をおいて他にないのだ、今に見とれ!!ルパァ~ン!!』

『ぜ、銭形警部!?手錠を振り回して何処に行かれるんですか!?』

 

 

 

......いや、ほんと、何やってんだ?長年ルパンを追っているから、今回の事件の解説者として呼ばれたんだろうけれども......とっつぁんのルパン探知機が反応したのか、スタジオを飛び出してしまった。その後、番組は『し、CM入りますっ』と焦った声で進行されていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

side 赤井秀一

 

 

キャメルとジョディとともに工藤邸でボウヤと合流した。あの日以来、生死が判明した俺は時々、こうして彼らと共に俺の潜伏先である工藤邸に集まることが多い。

 

「バーボンは公安の潜入捜査官だったって判明したし、一先ずは安心だね」

 

「......あぁ、ボウヤのお陰でな。だが、ルパン一味がついに行動を起こしたとなると、此方も黙って見過ごすわけにはいかないな......」

 

 

若護茂英心氏のチェリーサファイアが盗まれた事件が発生し、ついにルパン一味が動いた。ケイン・ゲジダスという怪しい男もこの事件に一枚噛んでいると、情報が入っている。

 

 

幾つかのモニターに目を向けると、チャイムが鳴り、子どもたちがやって来たようだった。静かだった隣家は途端に賑やかになる。

 

 

―――「わかごも えいしん......」

 

―――「んしいえ もごかわ......」

 

―――「かわ......いし......あ!【いしかわ】って苗字ですね」

 

―――「もしかして......並び替えたら何かの暗号になるかも!」

 

―――「いしかわをのけて......えーと、残ったのは【ご】、【も】、【え】、【ん】だよな......」

 

―――「ごもんえ......ごんえも......ごえもん......」

 

 

 

 

(くだん)

件の大泥棒について子どもたちが真剣に口にしていた。例のバーボンそっくりの少年はドーナツを堪能していた。......ふむ、やはり甘味に目がないのだな。いつかのカレーのときも、あの緩んだ顔でプリンを頬張っていた。こうしてみると子どもっぽい無邪気な様子だが、油断ならない子どもであることを忘れてはいけない。この監視カメラに気づいているらしく、時折画面越しに目が合う。

 

 

 

「そういえば、赤井さん。宅配事件で安室さんと会っていたよね。あのあとテム君と何を話してたの?」

 

 

俺の協力者であり、侮れない子どもがまた一人。阿笠邸から帰ってきたボウヤが唐突に質問を投げ掛けた。斜め下にあるボウヤに視線を向け、数日前の記憶を回想する。

 

あの日は、ジェームズに呼び出され、帰宅してからその事件を知った。バーボン、いや、降谷君が駆けつけ、解決したと聞いた。だから、俺はその現場にいなかった......さらに言えばあの少年とも話していない。嫌われてしまったのかむしろ警戒されている。

 

 

「......いや、その日は出掛けていて留守だったはずだが」

 

 

俺の答えに眼鏡のボウヤは、雷に打たれたかのように眼が見開かれていた。手がワナワナと震えていて、【何か】があったことを雄弁に物語っていた。

 

 

 

 

 

「......まさか、あの昴さんは......」

 

パッと席を立ち、走り出すボウヤ。ただ事ではないと直感する。

 

 

―――「「「石川 五ェ門!!」」」

 

 

ボウヤが居間の扉を開けると同時にモニターの子どもたちが声を揃えてその名を叫ぶ。

 

 

......なるほど。そういうことか。まんまと俺たちは奴の掌の上で転がされていたわけか......

 

 

【若護茂英心】が【石川 五ェ門】ならば、まさか、【ケイン・ゲジダス】という男は......

 

 

 

 

 

玄関扉を開け、スケボーに足を乗せたボウヤはすでに走り出していた。

 

 

キャメルがハンドルを握り、その隣にジョディが乗っていた。丁度、帰り支度の同僚の車に乗り込み、後部座席に座る。「ちょっとシュウ!?」「あ、赤井しゃん!?」驚く彼らを黙らせ、車を走らせながら、スケボーひとつで駆け出したボウヤを追う。

 

 

若護茂英心の住所である自宅に向かうと、すでにもぬけの殻だった。空き家の平屋を虱潰しに訪ねるが、それも空振りに終わった。

 

 

最後の工場跡地の平屋に行くと、表紙に『かぞくのおもいで』と書かれたノートが不自然に机に置かれていた。ボウヤと目をあわせ、ノートを開く。それは、日記で綴られており、あの少年によって書かれていた。

 

 

マダオという名の男との出会いと別れ。仕事にのめり込む母親への憂慮。そしてオトンと呼ぶ次元大介に手を差しのべられたこと。

 

 

母ひとり、子ひとりの生活の中で新たに加わった家族。それがマダオという男。微笑ましいやり取りから読み取って、随分馴染んでいた間柄であったと窺える。そんなマダオと触れあい、この少年は、なついたのだろう。【うそつき】と書かれたページには、恐らくこぼれ落ちた涙の滴の形に痕が残っていた。

 

 

 

しかし、このマダオという男。俺の昔の知りあいに外見の特徴が似ている。猫目。顎に沿って生えた髭。ギターケースを持ち歩く姿。子ども好きだったのか、真純と駅のホームでの様子から彼は子どもの扱いに馴れていた。

 

 

だが、彼はもう、この世には居ない。仮にこのマダオという男が彼だったとして、あの少年と会わせることも出来ない。

 

 

 

 

 

何故なら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の目の前で彼は自分の心臓に向かって引き金を引いてしまったのだから――――

 

 

 

 

命乞いをするわけではないが、

俺を撃つ前に話を聞いてみる気はないか

 

 

 

自殺は諦めろスコッチ......

お前はここで死ぬべきではない

 

 

 

お陰でそいつの身元はわからずじまい......

幽霊を殺したようで気味が悪いぜ......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......赤井さん?」

 

様子をおかしく思ったボウヤが俺の顔を除きこむ。ハッとなって、ボウヤを見ると、彼は複雑そうに「このマダオって人、もしかして......」と言う彼に手で制し、黙殺した。その態度で察したのだろう。ボウヤは顔を俯かせた。俺はノートを持ち出し、ボウヤの手を引き、車に乗り込む。

 

「シュウ、大変よ!羽田を張っていた仲間から連絡が取れなくなったの!」

「ボスからすぐに向かうようにと指示が......!」

 

 

 




>戦いというものはドラマのように格好のいいものではない
(シャア・アズナブル)



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37

阿笠邸では「石川五ェ門だー!」と、はしゃぐ子どもたち。彼らは勢いそのままに「捕まえに行こう!」と意気込んでいた。

 

おそらくこの家はお隣さんによって盗聴されているから、当然この子たちの会話は筒抜けなわけで......はぁ、頭がいたい。

 

外ではジョディさんの車が急発進していた。よくみると江戸川君と沖矢さんも乗っていた。おまけにさっきのテレビを見るかぎり、銭形のとっつあんも動いてるみたいだし、どうするんだよ、この状況......!

 

ホワイトボードの近くでは子どもたちと阿笠博士が盛り上がっている。とりあえず、落ち着かせないと......

 

「ハイハイ......茶でも飲んで、どうぞ」

 

ひとりひとりにカップを手渡していく。ちょうどいい温度で、紅茶の香りがほわっと和ませる。

 

「おぉ、テム君は気が利くのォ」

 

何の警戒もなく、それを受け取った彼らは口に含み、数分経った頃にはスヤスヤと眠りについていた。......少し良心が痛むが、彼らはおとなしくしてもらわないと......ソファに腰かけた阿笠博士と少年探偵団に膝掛けをかけて、後片付けにキッチンの流しへ運び、証拠隠滅。

 

 

......よし、第1関門クリア。くるっと後ろを向くと、

 

 

 

 

 

 

 

「博士、江戸川君も言ってたけど、あの子たちと一緒になって、ルパンを捕まえるなんて馬鹿なこと考えてないでしょうね......!」

 

 

 

 

 

地下室から上がってきた灰原女史とバッチリ目があってしまった。ブランケットを持ったままぎこちなく、へらっと笑ってみる。

 

 

「......あら。貴方だけ?」

「うん、みんな疲れて寝ちゃったみたいだ」

 

博士と子どもたちへ視線を向けながら答えると「......そう」と灰原さんはキッチンへ向かった。疲れ目になっていたので、休憩に何か飲みに来たらしい。おおかた、江戸川君に調べものでも頼まれて、ずっとパソコンと向き合ってたんだろうな。

 

さて、彼らを寝かしつけたし、そろそろ失礼しようと、玄関の方へ足を進める。

 

......よし、第2関門クリア―――

 

 

 

「......この匂い。まさか、貴方ッ......!」

 

 

 

―――失敗ッ!!

 

 

バッとキッチンから飛び出してきた灰原さんに見つかってしまった。ジリッと重たい空気のなかで来客のベルが鳴った。おれは両手を上げて肩を竦めてみせる。来客を待たせるわけにも行かず、灰原さんは玄関の扉を開けた。

 

 

 

 

 

「ハァイ!テム、それからシェリーちゃん」

 

 

 

 

「......み、峰 不二子......!?」

 

 

扉を開けた灰原さんは驚愕の顔のままで、おれは「やぁ、不二子さん」と挨拶した。内心、冷や汗ダラダラである。

 

グッドタイミングなのか、バッドタイミングなのか......この人が来たってことは何かしらの厄介事に違いない。ある意味トラブルメーカー。

 

でも、この現場から離脱する理由ができたわけだ。このピンチなときに登場するってことは、こちら側(味方)ってことでいいよな。

 

「ちょっとついてきてもらうわよ?勿論、シェリーちゃん、貴女もね」

 

 

 

そうしてヴェルファイアに乗りこむ不二子さん。おれと灰原さんはドナドナ連れていかれた。

 

やや機嫌のよろしくない不二子さんはプンスカ怒っていらっしゃる。

 

曰く、「世界中のオトモダチ」のツテで仕返しをするらしく、おれはその手伝いで駆り出されたらしい。

 

さっきチラッとみえた銃器をみて、そっと目を反らす。不二子さんは世界大戦級の報復のためにあらゆる武器を用意していた。

 

 

ここって日本だよな?平和主義の国ですよね?後部座席から見えたベルツリータワーを確認して、現実にうちひしがれた。

 

......今までの経験則によると、このあと どっかのマフィアとか捜査官やらとドンパチ合戦するだろうなァ......はぁ、気が重い......

 

 

 

おれがこの事態に意識を飛ばしている間、不二子さんはその豊満なボディで色気を垂れ流し、灰原さんに迫っていた。

 

不二子さんの求める若さへのこだわりから若返りの効能を有したAPTX4869の開発を持ちかけていた。

 

お巡りさん、ここです!!先程の件(眠らせた)のことがあり、負い目があったおれは、ベルツリー急行で灰原さんからくすねた薬を不二子さんに渡し、助け船をだした。

 

「でも、これは不二子さんのいう若さは得られないよ。むしろ老け――ブフォォ」

 

 

「あらやだ。手が滑ったわ」

 

 

ピクピクと陸に打ち上げられた魚のように身体を震わせるおれに冷たい視線が突き刺さる。

 

「......たりないと思ったら、貴方が持っていたのね。残念だけど、それは若返りなんて効果のない、ただの睡眠薬よ。いつ、誰が狙ってくるかわからないから、ダミーを作っただけ......水にとかして飲めば、ぐっすり眠れるわ」

 

 

......なら、しばらく彼らは熟睡できるわけか。薬の成分調べたら、睡眠薬で拍子抜けしたのは記憶に新しい。アポトキシンじゃなくて騙された気分だったけど、結果オーライ!

 

 

不二子さんは興味をなくした様子で薬を手放し、灰原さんは呆れた顔で回収した。

 

「ふぅん。せっかく盗ったのに偽物だったのね......

 

いっそのことシェリーちゃんごと、もっていったらどう?テム」

 

不二子さんはからかうようにおれたちに視線を向け、艶やかに笑う。

 

 

「この子の手癖の悪さは貴女たち譲りってわけね」

 

灰原さんは皮肉たっぷりに言い返す。彼女の周りはブリザードが漂っていた。ヒェ......こえぇ。触らぬ灰原さんに祟りなし......!

 

 

 

 

***

 

 

 

そんなこんな言いながら、おれたちは羽田の古びた工場に着いた。ドンパチ合戦はすでに始まっていた。

 

おれは「不二子さん。おれはあくまで手伝いだからな。かるーい補佐だからな」と念押しする。不二子さんは「ハイハイ」と聞き流し、ガチャガチャと銃器を引っ張り出す。

 

 

おれたちに気づいたマフィアの連中がここぞとばかりに狙ってきて、こっちは集中砲火。銃弾を避けるためにヴェルファイアの裏に回り込む。

 

......ハァ......こんな銃撃戦に巻き込まれるのはいつぶりだろう。それにしても、さっきからやけに弾がおればっかり狙ってきているような......

 

おかしい。おれ、不二子さん、灰原さんの三人だから、それぞれ分散されてもいいはずなのに......

 

ヴェルファイアのドアに背を預けていると、ブロロロ......とエンジン音とともに見慣れたハーレーダビッドソンがこの場から爆走で去っていく。勿論、あのハーレーの持ち主は不二子さんなわけで......

 

 

「ちょ、ちょっと不二子さんンンン!?」

「ごめんねェ~、テム。」

 

取り繕った謝罪を述べながら、去っていくハーレー。ハンドルと不二子さんの間にはチマッと灰原さんがいる。というより、灰原さんがハンドルを握っている。そして、彼女らはこんな言葉を残して去っていった。

 

 

 

 

「裏切りは女のアクセサリーよ」

 

 

 

ガッデム(ちくしょう)!!!

 

 

こんなことだろうと思ったよッ!!オトンによる忠告という苦労話より不二子さんを信用したおれがアホだった!!!

 

 

 

 



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38

ヴェルファイアを挟んでむこう側には数人のマフィアがいる。奴らは、威嚇射撃に我武者羅にうちまくっていた。

 

残念ながら、不二子さんが持ってきた銃器――ロケットランチャーとかサブマシンガン――は取り出せない。いつの間にか、ちゃっかりハーレーとともに持っていってた。

 

 

......思い返せば、べつにこれがはじめてじゃない。あるときは、とっつぁんに情報を流されルパンに抱えられながら追いかけ回され......

 

またあるときは、不二子さんに連れられた先で大金持ちの富豪相手に詐欺紛いのことをして(不二子さんは富豪の婚約者、おれは富豪の養子に)......言葉たくみに男を手玉に取る姿はおれの情緒教育にいろんな意味で影響をあたえた。

 

 

いつまでもグチグチ言っても仕方ない。

 

 

なるべく音をたてないようにそっと所持品を取り出す。ドアに身を隠し、セッセッと作業を進めていく。ドドドドという銃撃音をBGM代わりに身をかばう。まったく夜中だというのに近所迷惑だな。

 

 

 

取り出すのは、ミネラルウォーターと、灰原さん特製なんちゃってアポトキシン(睡眠薬)

 

灰原さんに回収されたはずのそれは、ここに到着したときのゴタゴタの混乱の際に拝借いたしました。

 

プロテイン作りの要領でボトルの中に薬を入れて、キャップを閉める。シャカシャカと揺らしていくと、みるみるうちに薬は水に溶けていった。

 

 

 

そして、取り出したのは、阿笠博士と共同開発したウォーターガン!

 

ただのウォーターガンではない。博士とモデル設計から機能性まで、議論しあい、ついこの間、完成した水鉄砲である。建前上、ルパンを捕まえるために少年探偵団に召集されたが、阿笠博士からこれの完成を聞いたため、受け取りに来た次第なのである。

 

 

限りなく原作モデルに近づけたビームライフル型。引き金式なのでウォーターガンの機能としてはシンプル。黄色いスコープとフォアグリップが動くのが特徴だ。少年心をくすぐる一品だ!

 

 

水(睡眠薬入り)を入れて、準備万端!

 

 

奴らの銃撃が止んだのを見計らって、奴らの位置を確認!

 

 

「ひとつ」

 

シュタッと身をのりだし、口もと目掛けて発射。ごくんと喉が動いたのを確認して

 

 

「ふたつ」

 

 

そのままヤツの隣に向けて発射。

 

 

「みっつ......」

 

 

仲間の異変に気づいた三人目がこちらを振り返ったと同時に、ヤツの口にはすでに水が勢いよく吸い込まれていた。

 

 

 

血は流さず、穏便に解決。はじめて使ったにしては、なかなかの功績だ。

 

このビームライフル型ウォーターガンは片手連射しやすく、水鉄砲サバゲーでは半身になりながら高機動力で相手に肉薄できる。ちなみに言うとだいたい15発で弾切れになる。

 

 

ひとまずこの場の制圧を終えた。工場のある建物を見ると、そうそうたるメンツが並んでいた。無抵抗のFBIのジョディさん、キャメルさん。やれやれと言った様子でケースを差し出すルパン。オカンとオトン。そして、人質にされている江戸川君......

 

 

おれの場違い感が半端ない。

 

アラン・スミシーと名乗る男は江戸川君に銃を突きつけ、車へ乗り込んでいた。

 

様子をみると、どうやら、車のタイヤはパンクさせられ、おまけに人質をとられ、誰も動けないらしい。

 

 

マフィアのリーダー格のふくよかな男は、挙動不審に目を血走らせている。

 

 

その男の背後から鋭い視線を感じた。スコープで確認すると、赤井さんがライフルを構えていた。だが、この状況で撃とうにも撃てない。

 

 

ちらりとルパンを見ると、ウインクされた。......はいはーい、わかったよ。まったく今日はなんて騒々しい一日なんだ。

 

ふくよかな男の前におどりでて、ウォーターガンの照準を合わせる。その隙にアラン・スミシーが江戸川君を人質に車へ乗り込んでいった。それに気づいた男が「おいッ!」と声を荒らげるが、彼は取り残されてしまった。「クソ......アイツも“探り屋”も俺を騙しやがって......!」と悪態をついている。

 

「COOL KID......!」とFBIの連中が切羽詰まったように発する。......江戸川君の方はルパンがついてるようだし、あっちの方面はたしか不二子さんと灰原さんがいたはず......うん、大丈夫、大丈夫。江戸川君だし。まずはこのルチアーノからだな。

 

 

「......ガキが一丁前に持ちやがって......!“ガンマンごっこ”か?」

 

「じゃあ、オジサン、ごっこ遊びしようよ」

 

明るい声で「おれからね!」とおれの背後に近づこうとした残党()に撃ち込む。残党はパタリと膝をつき、崩れていった。ルチアーノは目を見開いて、口をパクパクさせながら、「ほ、ほんものなのか......?死んだのか!?12人の部下をこんなガキが殺したのかッ!?」と声を震わせている。それにおれはただただニッコリ微笑む。

 

 

 

 

「安心しなよ。なんにも苦しくない。よくぐっすり眠れるだけだ......あのお仲間たちみたいに......」

 

 

 

 

男――ルチアーノ――は倒れている(眠っている)仲間をみて、ますます顔を青白くさせた。察するに、こんな子どもが仲間を殺したと勘違いし、おれに恐れを抱いている。

 

おれはニヤァと気味悪く笑い、わざとビームライフルの音をたて、最終通告を告げた。

 

 

 

 

 

 

「永遠に」

 

 

 

 

 

 

 

ルチアーノは気絶してしまい、泡を吹いてたおれてしまった。口からは水が溢れている。

 

 

 

「―――なんてね。そう簡単に楽になれるわけないだろ。喜べ、目覚めたら豚箱ン中だ。って聞こえないか」

 

 

 

 

パチパチとルチアーノの頬を叩いていると、同時に控えていた捜査官が「か、確保ー!!」と、雪崩のようにワッと取り囲む。潰されないように距離をとる。捜査員の足をすり抜けた先には、双発ジェット輸送機がすでに飛び立ったあとだった。

 

 

 



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39

side 江戸川コナン

 

連絡を受けた俺たちは、赤井さんたちと急いで羽田へむかう。取り引き現場ではルパン一味とマフィア、FBIも加わり激しい銃撃戦が繰り広げられた。 

 

俺はルパンと互いに拳銃を向け合い、ルパンはFBIに捕まりそうになった。だが、そのときルパンがマフィアに銃で狙われていると察した俺は危険を顧みずに彼をかばい負傷した。

 

ちょうどそのとき物影からテム君が飛び出した。何やってんだよ......!危ねぇぞ!逃げろ!!そう言いたいのに、視界はぼんやり薄れていく。拘束されているから思うように身体を動かせない。

 

大人が誰一人俺のせいで動けない状況なのにテム君はルパンとほんの数秒、目配せしたかと思うと、ルチアーノに話しかけている。

 

 

 

 

そんななか、アラン・スミシーは負傷した俺を人質にとり鉱石を手に入れて逃走する。 負傷した俺はそのまま拘束され、人質として輸送機に乗せられてしまった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

アラン・スミシーが機長室に入ったのをみて、脱出のタイミングをうかがう。眼鏡にスイッチを入れて、赤井さんに連絡を入れていると、この輸送機にルパンが潜り込んでいた。

 

 

 

俺は乗客室で出会したルパンに「もう少し早く鉱石を奪った犯人を突き止めていたらドンパチする事はなかったんじゃねーか?」と冷たく言う。 

 

 

「ここにいる小生意気な名探偵に会うためについつい手を抜いちまったのよ…」

 

 

ルパンは少し嬉しそうな表情を浮かべながら、冗談半分に答える。

 

 

 

すると、赤井さんからルパンに代わってほしいと言われたため、スピーカーをONにした。

 

「......沖矢昴に変装していたのは、お前だな?」

 

「あ~らら。バレちった?」と舌を出しながら、扉越しに機長室の様子を窺っていた。

 

「日本で起こったアメリカ絡みの連続狙撃事件があっただろ?......次元と撃ち合った(やりあった)っていう男が一般人に紛れたFBI捜査官だったとはな......

まっ!それはさておき。......―――もしもーし」

 

 

 

あぁ、FBIと日本警察が合同捜査したあの事件か......って、赤井さん!!潜伏中なのに何してるの!?

 

 

 

その間にルパンはスマホを取りだし、操作していた。

 

「はいはーい、こちらルチアーノ制圧完了。どうぞ」

「こちら、ルパン三世。ガキンチョと合流した。どうぞ」

 

 

 

この声は......!

 

 

テム君......!無事なのかッ?ホッと安堵していると、テム君がおそるおそるといったように俺と赤井さんに告げた。

 

 

 

「正義の味方も、悪党もさ......()()()()()()()()()()()。うまくバランス取り合って持ちつ持たれつやってる。相容れない関係かもしれないけど、おれは思うんだ......

 

 

 

友だちを助けたい、力になりたいっていう気持ちは同じだって

 

 

 

 

じっと黙ったまま、テム君の言葉に耳を傾ける。ルパンも空気を読んでか、静かに見守っている。

 

「―――もしも大切な人が恐怖に震えていたり困っていたりしたらどうする?」

 

「「助ける」」

 

「その人が例えば痴漢とか誘拐とか、犯罪に巻き込まれたら?」

 

「「守ってやるさ」」

 

当たり前だ。赤井さんも俺も、危険だと承知していて、黒ずくめの組織を追っている。だからこそ、蘭やおっちゃん、灰原、博士、少年探偵団に、もちろん、テム君......お前だって、その中に入ってんだ。お前にも、そう思われてる人はいるんだ。

 

 

 

 

 

 

 

俺と赤井さんの答えにテム君は「......そっか!さすがホームズ」と、心の憂いが晴れたように言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、一番恐いのは、隣家や自宅に上がり込んで一日中、付きまとってる男だよな」

 

「ぐふふふッ......だぁってよ!擬似小学生、ロリコン捜査官!やーけどすっぞー!」

 

 

おいッ!!!何てことを言うんだ!!!

 

テム君はとんでもないことをさらっと投下してくれた。人を持ち上げさせて落とすなよ......そういうところあるよな、ほんと......

 

 

「え?オトンから聞いたよ。江戸川君って落とされると燃えるタイプなんだろ?」

 

ちげーよ!!“脅されると燃えるタイプ”って言ったんだよ!!!

 

 

テム君とルパンのやり取りにだんまりな赤井さんに「赤井さん!しっかり気をもって!!」と正気に戻させた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

バンッ!と機長室の扉を開けると、アラン・スミシーは驚いた顔をしてこちらをみた。

 

「少年に、ルパン三世......

 

 

 

 

それからICPOの銭形」

 

 

 

 

......え?ICPOの銭形??

 

 

人数確認するために俺自身に指をさし、ルパン三世、そしてルパン三世の腕にガチャリとかけられた手錠を辿っていくと、トレンチコートを着た銭形警部がいた。あんた、テレビのワイドショーに出てたはずじゃ......

 

 

「相手が誰であろうと悪党にはワッパをかける。それが儂の主義だ」

 

銭形警部はガシッと手錠の縄を掴み、「とっつぁん、いつの間に?」「ルパン在るところに銭形あり......儂から逃れられると思うなよ、ルパン」と言い合っている。

 

 

「アラン・スミシー......貴様はジランバ共和国の工作員だな?先日、ヴェスパニアで盗まれた鉱石を闇の取引で入手しようとしたことはわかってるんだ!おおかた不二子を利用して、ルパンにチェリーサファイアを盗ませた。が、この状況をみると、まんまとルパンたちに偽の情報を流され取引は失敗したようだな」

 

 

銭形警部は操縦席に座るアラン・スミシーを一瞥し、追い詰めるように語る。

 

 

「とっつぁん、有能なデカってのはあんまりしゃべんないもんなのよ?You know?」

 

「うるせー!そういうのはたいした問題じゃねーんだよ!」

 

 

だが、銭形の取調べにルパンが横から茶々を入れる。アラン・スミシーはふぅとため息をつき、その重たい口を開いた。

 

 

「......そうだ。我が祖国は隣国の圧倒的な武力によって植民地同様の扱いを受けていた。だからルチアーノから得ようとしていたヴェスパニア鉱石を使って隣国と対等な立場で戦うつもりだった。だが、それももう出来ないようだ......」 

 

計画を認め、消沈するアラン・スミシーを他所にルパンが真面目な顔つきで告げる。

 

 

「そのヴェスパニア鉱石で誰かさん(ルチアーノ)が闇ルートで商売しようとしてるんだ。お宅らがよぉ~く知っているような組織にな。それを不二子が嗅ぎ付けたってわけさ。」

 

 

それって、黒ずくめの組織のことか!?

 

 

どういうことだと問い詰めようとしたとき、突然機内のレーダーがけたたましく響く。焦る俺たちにルパンはニッと口角をあげる。

 

 

「大人しくしてろ。こういうときはwizardの出番なのさ」

 

wizard(魔法つかい)......?」

 

 

得意気にそう言ったルパンを不思議そうに眺めると、「な!?コントロールを奪われている!?」と、あわてふためくアラン・スミシーの姿が目に入る。みると、機体は180度旋回し、戻ろうとしていた。

 

 

「......遠隔操作、か......?」

 

 

俺の小さな呟きを拾ったテム君が「ファンネル・ビットっていう遠隔操作アプリだよ」と種明かしをする。どうやらルパンが機体に潜り込み、俺と合流するまでの間にインストールさせたらしい。

 

 

......それって、一歩間違えたらハイジャックじゃねーか!

 

俺の指摘を華麗にスルーして、テム君は冷静に落ち着かせるように言う。

 

 

「ところで諸君らにいいニュースとわるいニュースがあるんだけど......」

 

「なんだ?」

 

「オカンがそっちに向かって、援護にまわる」

 

「五ェ門の助太刀か。そりゃ安心だ。で、わるいニュースってのは?」

 

 

 

「ヴェスパニアが日本政府に対し輸送機の撃墜を要請し......その許可がたった今下されてしまった。 」

 

 

「「「「何だって!?」」」」

 

 

その場の全員の声が重なった。

 

 

どうやらルパンは「万一鉱石を取り戻せなかった場合は、日本から運び出される前にどんな手を使ってでもそれを阻止しろ」と要求していたらしい。 

 

 

「よし!テム、撃ち落とせ」

「簡単に言ってくれる......!付け焼刃程度のチャフとフレアでなんとかするしか......!」

「おいおい......まだ追ってきてるぞ。課金(追加)できないのか?」

「ゲームと一緒にすんな!!」

 

 

そうか!チャフで航空機を探知して追尾するレーダー電波を回避......フレアを多数打ち出すことによって、ロックオンを逸らすことができる!

 

 

迫り来る戦闘機から逃れるために、機体は最大速度を出しながら空を駆け巡り、耳の奥がキーンと響く。

 

ルパンとテム君がギャーギャー言い争いをする中、とうとう戦闘機から追尾ミサイルが発射される。 急旋回して一度は回避したものの、まだミサイルは飛んで来る。

 

 

 

「あぁ…大きな星が点いたり消えたりしてる…アハハ、大きい…彗星かな?いや違う、違うなぁ…彗星はもっとバァーって動くもんな…」

 

 

 

 

地上からミサイルを視認したテム君の渇いた声と現実逃避する様がスピーカー越しに聞こえた。

 

 

くそっ!何かこの状況を打開する策を思いつかねーと!本気(マジ)であぶねーッ!......

 

 

 

 

 

絶体絶命かと思われたそのとき―――

 

 

 

間一髪のところで高層ビルをかけ上った石川五ェ門が大きく飛来し、ミサイルを両断。そのまま輸送機の片翼に着地し、機体が傾いた。

 

 

「つまらぬものを......斬ってしまった」

 

「五ェ門~!!」

 

五ェ門の助けに一同歓喜する。

 

しかし、追い討ちをかけるように事態はわるい方向へ転がっていく。俺たちは戦闘機と連絡を取ろうとするも通信機が壊れてしまい連絡不可能となり、 戦闘機はまだ攻撃体制を解いてない。チャフも使い果たしたため万策尽きてしまった。すると、ルパンはこそこそと俺に奪還したチェリーサファイアを託した。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

俺はすぐさま格納庫にある高電圧パネルの元へ向かった。

 

チェリーサファイアは宝石状に加工されたヴェスパニア鉱石。 

 

その鉱石を使って輸送機の高電圧パネルに異常を起こし、周辺の電子機器の機能を全て無効化する事でこの危機を脱することができる! 

 

 

難を逃れたけれども、結局、緊急離脱することになり、パラシュートを使って脱出し海へ降下。

 

 

 

俺たちが搭乗していた輸送機は、爆発し、海面には機体の火が燃え広がっていた。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

翌朝、警視庁の会議室で再会したテム君は俺の顔をみるなり、しみじみと語った。

 

 

「これがホンマの落とされると燃えるタイプやねんな」

 

 

 

言ってる場合かッ!!

 

 

 

 



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