機動戦士ガンダム外伝「細雪舞う記憶の彼方」 U.C.0083-0086 (そらむし)
しおりを挟む

序章

-U.C.0083 地球 ユーラシア大陸北方 ヴォルクタ研究所-
地下通路を懸命に走る、2つの小さな影があった。



また一つ、地下施設全体が大きく揺れた。

壁や天井が崩れ始めた通路をただ走る。非常灯で赤く照らされた通路内は視界が悪かった。

ここを抜けなければ。後ろ手につないだ右手に力を籠める。右手にから伝わる温もりに対し、左手に携えた小銃はずしりとした冷たさを伝えてきた。彼女の息遣いが乱れているのを感じる。

「もう少しだ!」

うん、と懸命に答える声。ここから逃げ出すのだ。此処にいては壊れてしまう。

せめて、彼女だけでも―。

 

「――ッ」

通路の前方にマズルフラッシュの光が閃いたのと、左頬を熱が掠めたのはほぼ同時だった。

 

弾けるように振り返り細い体を受け止めると思い切り真横に飛ぶ。宙を舞いながら左手に構えた銃口を向かってくる敵意へと向けた。

奇妙な感覚がする。一瞬が引き伸ばされたように、意識だけが加速する。

そうか。もう―。

こうなってしまえばもう視覚など要らない。敵意を感じる方向に向かってトリガーを引き絞る。

銃口から吐き出された9ミリが目標の喉元を食い破るイメージが脳裏に浮かんだ。

敵意が一つ消えたのを感じ取ると身をひねりどう(、、)と、背中から着地した。

すぐに彼女を体の上から降ろす。

「待ってて」

繋いでいた手を放した。勢いよく瓦礫を乗り越え目標に肉薄する。

敵意がこちらを捉えた。鋭く二発、確実にこちらの眉間を捉える弾道。

 

しかし関係ない。こちらはもう、視えている(、、、、、)

 

銃弾と交錯する刹那、その直下、銃弾と地面との間隙に勢いのまま滑り込む。天を仰ぎ見るような態勢になった眼前を銃弾が通り過ぎる。前髪の先が掠めた気がした。

そのまま目標の股下を潜り抜け、同時に片足を掴み引き倒す。体を翻し相手の背中にのしかかった。銃を持つ手を踏みつけ反撃を許さない。

そのまま後頭部に一発、確実に撃ち込む。目標の体が強張り、脱力したのを感じると、大きく息を吐いた。

彼女の元に戻り、血で汚れていない右手を差し伸べる。

「行こう」

 

どのくらい走っただろうか。方向は分からない。ただがむしゃらに上へと走ってきた。見上げた階段の終わりには光が漏れていた。見たことのない、まぶしい光。

―あの扉。あの扉の向こうに。

 

2人で光の中へ飛び込む。その手をしっかりと繋いだまま。

 

―痛みはなかった。まず冷たさがあった。顔を上げると頭から白い塊が落ちた。

思わず息をのむ。雪で覆われた広大な大地。ただ、ただ広がるその雪原の唯中に二人は転がり出た。後方で鳴り響く地響きに思わず振り向く。そこには。

 

その白の大地を舞台にするかのように、剣戟を結ぶ二つの巨躯があった。ビームサーベルの斬撃の余波によって舞い上がった雪が蒸発し、空中に細かい氷粒となって煌めく。

輝くダイヤモンドダストのなかで切り結ぶ巨人はあまりにも―あまりにもまるで

「きれい…」

隣の澄んだ声色の嘆息も聞こえなかった。戦いの唯中でその場面だけは、どこか宗教画のような神々しさで、幼い少年の心象の奥深くに焼付いた。

 

 

 




初投稿なため分からない事だらけですがよろしくお願いします。
この2人が主人公になります。今後の投稿で説明不足なところを明かしていこうと思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

01話 悪鬼

一年中雪で閉ざされた過酷な自然がある。
切り立った山は雪に覆われ、ひしめき合う針葉樹の森もその葉に厚く雪を積もらせていた。
そんな大陸北部の独特な山間部の間、唐突に雪原が広がる場所があった。
夜明け前の薄闇の中、隊列を組んで進む巨大な五機の影。
粉雪がちらつく中、積もった雪面に照らされ浮かび上がるそれらは青と白のツートンカラーで構成されていた。


先頭を行く偵察兵装のジムが振り向きつつ歩みを止めた。

 

「隊長。北東方向に人口の構造物を発見」

 

「了解。全機停止」

 

ウィリアム・ハークレイ少尉は自らが駆る《ジム・スナイパーⅡ》を制しつつ、無線へ声を向けた。隊長機を取り囲むように隊列を組んでいた四機の《陸戦型ジム》もその場で立ち止まり、周囲警戒へ移行する。

 

「規模は?」

 

ハークレイはコンソールを操作し周辺地形データを呼び出しつつ問い返した。たしかこの辺りは人の立ち入らない山間部が続いていたはず。

 

「かなり大きいです。管制塔らしきものを確認。廃棄された軍航空施設かと」

 

再度確認するが、やはり登録された地形データにはそのようなものは見当たらない。地図に載ってない施設。

さてどうするか、と思索したところへ「大将」と粗野な声が無線に響く。

 

「おそらくありゃ、西暦以前の名残だろうよ。ここは『第一』の奴らの庭みたいなもんだ。奴らがデータベースに登録されて無い施設を知っていても不思議は無ぇさ」

 

そこで仲良くバーベキューでもしてるんだろう、とエディ・マニックス軍曹が豪快に笑う。マニックス軍曹とは三年前にここ北方戦線に赴任した以来の付き合いだが、その経験の豊富さと判断力は確かなものだ。

年上の部下を持つことに最初は戸惑いもあったが、現場たたき上げの意見には助けられる事も多い。――もっとも、がさつで粗っぽい所と酒癖の悪さが難点だが。

 

「曹長の言う通り、二日前にヴォルクタ基地から消えた『第一部隊』が潜伏している可能性は十分にある。どのみち調査は必要だろう。該当施設の位置を本部へ連絡、これより我々は施設の調査にあたる」

 

コンソールを操作し、本部へ作戦を申請する。そこへ

 

「隊長、いいでしょうか」

 

と神経質そうな声を上げたのは先程の偵察兵装のジムパイロットだった。この小隊で最年少である彼の索敵能力は、熟練兵にも引けをとらない。

 

「どうした伍長」

 

「我々は『第一部隊』と…友軍と、交戦するのでありましょうか」

 

不安げな声色なのは無理もない事だった。一瞬間が空き、無線を聞いている全員が聞き耳を立てている事がわかる。どう伝えたものか。

下には伝えるな、との上からのお達しだが、しかし何も知らないまま戦闘になるのはきっとごめんだろう。しばし逡巡した後、ハークレイは腹の決まったように話し出す。

 

「二日前のヴォルクタ基地襲撃事件についてだが、尉官以上の情報統制がされている。しかし人の口に戸は建たぬってやつだ。全員知っての通りあれは襲撃事件ではない。あれは内部からの破壊工作だそうだ。状況的に現在行方不明となっている『第一部隊』十数名が基地を破壊、後に逃走したと考えられている」

 

無線越しに数人が息をのんだ気配があった。だろうな、と言わんばかりの鼻を鳴らしたような音も混じる。

 

「では本当に裏切りが…?」

 

「分からん。しかし仮にそうだとすると第一部隊は同胞を殺している。経緯はどうあれ、我々の仕事は身柄を拘束し軍法会議にかけることだ。その途上で彼らが武力を行使してくるなら、こちらも相応の対応をする。いいな?伍長」

 

「…は。了解であります」

 

不安を拭い切れないものの一応の納得はしたような声色に、「いいかよ新入り」と粗野な声が続く。

 

「まぁあれだ。連邦のお偉いさんも第十五機械化混成部隊の虎の子、『第一』が裏切ったとあっちゃ面目丸潰れなんだろう。特に北方の英雄、オールドマンが裏切るのは体裁が悪い。まぁご近所さんのオレらがこうやって家出ネコ探ししてるわけだが、どうせ俺らはこの後ちょーっと手を汚す事になるぜ。するとあら不思議、オールドマンは後日適当に理由をつけて戦死。英雄の裏切りという事実は闇の中って寸法よ」

 

茶化すような口調にハークレイが憮然とたしなめる。

 

「マニックス軍曹、まだ裏切りだと決まったわけじゃない。もしそうであっても首謀者と思われるオールドマンの身柄は確保しておきたい。向こうが武力抵抗しないかぎり、基本的には確保を最優先とする。いいな?」

軍曹のへいへい、了解、という声聞きながらコンソールに目を向けると本部から作戦了承の旨が届いたところだった。

 

「おしゃべりはここまでだ。総員傾注。これより作戦行動に入る。」

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

[施設外周 北側 ジム・スナイパーⅡコックピット内]

 

「“こちらコードA001(アリスワン)。ハークレイだ。聞こえるかA002(アリスツー)。オーバー”」

 

「“こちらA002(アリスツー)。マニックス。感度良好”」

 

「”了解。こちらは手はず通り、施設北側狙撃可能ポイントに到着。巣穴から出てくるウサギがいるなら、その足を止める。定刻○四:○○より作戦開始。南側から捜索、奴らをこちら側へ追い立ててくれ”」

 

「”出てくるのがか弱いウサギちゃんならいいけどなぁ。A002了解”」

皮肉に笑うマニックスを尻目に、ハークレイは回線をオープンにした。

 

「総員傾聴。仮に戦闘になった場合だが、ヴォルクタから持ち出された武装から鑑みるに『第一』の戦力はせいぜいMS一機に装甲車程度だろう。しかし相手はあのオールドマンだ。状況が不利だと判断したら無理せず撤退しろ。そちらの現場判断はマニックス曹長に一任する」

 

「なぁに。こっちは四機もいるんだ。戦闘になってもそうそう負けは無いさ」

 

楽観的な意見にハークレイは口を開きかけるが、神経質な声が割り込んだ。

 

「軍曹、前向きなのはいいのですが。オールドマン中佐は何でも一年戦争の開戦、アイランドイフィッシュの戦闘においてファイターでザクを十機以上落としたエースだとか。ここ北方戦線に来てからも戦果を挙げていますし、敵に回った場合決して油断できる相手では無いかと」

 

「そのエース様がいてもコロニーの落下は防げなかったってことかい。…いや、むしろそんな負け戦で武勲を立てちまったからこんな辺ぴな場所に飛ばされたってわけか。――つまらない話を聞いちまったな。」

 

マニックスは少し声を低めたが、気を取り直すように言葉を続けた。

 

「まぁ、相手がどんな化物でも最悪の場合はケツまくって逃げるだけさ。少尉も俺達も。そんときはD地点で落ち合えばいいんだろう。なぁ大将」

 

「ああ。ただ、伍長の言う通りだ。あまり無茶言って若いのを振り回さないように」

 

「オレからすれば新入りも隊長も変わらないくらいの若造だぜ」

 

「今のは聞かなかったことにしてやる」

 

とハークレイはさらりと言い返す。戦闘前に気分をほぐすのはこれくらいでいいだろう。

 

「各機時間まで待機。通信終わり」

 

---------------------------------------------------------------------------------------------------

 

ウィリアム・ハークレイ少尉は狭いコックピット内で目を開けた。――定刻。一つ深呼吸をする。メットのバイザーを下ろす。

右手を一度握り込んで感触を確かめると操縦桿を手繰り寄せる。夜明け前の薄い闇の中、木々が深い斜面の中腹で《ジム・スナイパーⅡ》の巨躯が静かに狙撃態勢に入った。

眼下の雪原を見下ろす。足元から伸びる緩やかな斜面を下った先、広大な雪原の片隅に軍施設は存在した。

フェンスに囲われた地上施設は内接直径が五キロメートル程の八角形であり、その中心を横切る滑走路が基地を南北に区分している。

ハークレイはリヤシートの後部へ右手を伸ばし、狙撃用のスコープを眼前に引き出した。同時に機体頭部の狙撃バイザーがスライドし高精度センサーに切り替わる。

ここからは滑走路より手前側、基地北側が一望できた。主に更地で広大な面積が広がっていたが、そこには整然と何かが並び雪を被っていた。

狙撃スコープを使って初めて分かったがそれらは廃棄された輸送機や戦闘機などの残骸であった。

 

「墓場…か」

 

かつて大空をかけたであろう兵器が朽ちていく情景に思わずハークレイは一人ごちた。滑走路を挟んだ向こうである南側は兵舎や格納庫などが遮蔽物となり、ここからでは射線が通らない。

もしそこで戦闘になった場合、滑走路を超える必要がある。

トリガーに手をかけ、視界内に動く気配がないか集中しつつハークレイはこちらへ追い立てられる獲物を待ち続けた。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

[施設敷地内 南側 陸戦型ジム(偵察兵装)コックピット内]

 

偵察兵装ジムのコンソールに逐次表示される観測データに目を凝らす。

 

「周囲警戒を怠るな。もし奴さんがいた場合、各個撃破を狙ってくる。効率は悪ぃが全員離れるなよ」

 

マニックス曹長のどら声が無線越しに聞こえる。いつもはいい加減な上司だが、こと戦闘になると長年の経験に裏打ちされた判断力は非常に頼もしい。

ハークレイ少尉は階級こそ上で戦局眼はあるもののまだ年若く、実戦経験ではマニックス曹長の方が圧倒的だ。

 

「こちらA005(アリスファイブ)。各センサー異常なし」

 

声を上げた瞬間だった。コンソール右手のパネルが警告音を発した。

 

「――ッ。熱源反応‼二時方向、数は一‼急速に近づく‼」

 

反射的に声をあげた。この速度は異常すぎる。

 

「周囲警戒‼どこだ⁉」

 

マニックス曹長の怒号が聞こえる。しかしその間にもコンソールに示された赤い輝点はこちらへまっすぐに突っ込んでくる。

 

「距離十‼接敵します‼」

 

夢中で叫んだ。しかし意識はそこで途切れる。かろうじてマニックスの”地下か⁉”という無線が聞こえたような気がした。ただ、そこまでだった。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

「地下か⁉」

 

マニックスは思考が現実に追いついた瞬間、前に飛び込むように回避行動をとった。もはやそこに思考は無く、長年の戦いで身についた勘がそうさせた。

背後の爆音とともに通信が乱れ、爆風で機体が前に突き飛ばされる。振り返りメインカメラを向けると、A005がいたであろう場所の地面に大穴が空いていた。そこから爆炎が立ち上っている。

 

「全員無事か‼」

 

マニックスの問いに応答する声は二つ。伍長は‼と周囲に目を走らせたマニックスはふと自分の機体が何かを蹴飛ばした感覚で下を見る。そこにはA005の破壊された頭部が転がっていた。

 

「野郎‼どこからやった‼」

 

その怒声に応じるかのように、周囲に低いスラスター音が響いた。

 

地面に空いた大穴、その爆炎の中からゆらりとせり上がる影があったのだ。

重々しい地響きとともに陽炎の中に降り立つその巨躯はまるで―地獄から這い出た悪鬼そのものであった。

 

「なんだ…こいつは…?」

 

マニックスは生唾をのみ込んだ。

黒煙と陽炎の中、グレーの雪上迷彩色をした《グフ・カスタム》のモノアイが鋭く光る。

 

「まずはひとつ」

 

冷たい声がスピーカーのノイズに混じって聞こえた気がした。それともこれは恐怖が作り出した幻聴だったのだろうか。灰色の巨躯がすでに撃ちきったバズーカの砲身を傍らに突き立てる。

 

「ゆくぞ。信念を持たぬ飼い犬共」

 

――惨劇が始まった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

02話 有効射程圏(キルゾーン)

~前回までのあらすじ~

宇宙世紀0083 地球 ユーラシア大陸北部

ここ北方戦線におけるエリート部隊『第一部隊』が突如自らの基地を破壊し、軍を出奔。


ハークレイが率いる小隊はその捜索のために廃棄された軍航空施設の調査を開始。


小隊主力であるジム4機は施設南側から捜索を始めるが、そこに謎のMSが乱入した。


一方その頃
ハークレイは施設外周北側の木々に囲まれた斜面中腹で
追い立てられる獲物を狙撃すべく、単独で待機していた。


[施設外周 北側 ジム・スナイパーⅡコックピット内]

 

基地の反対側で唐突に火の手が上がった。

明らかな戦闘の狼煙にハークレイは夢中で無線を呼び出した。

 

「“こちらハークレイ‼応答せよA002(アリスツー)‼状況は⁉”」

 

「”―ら―。―不明―撃。―急…”」

 

無線が不明瞭で聞き取れない。必死にコンソールを操作する。

 

「ミノフスキー粒子濃度が戦闘レベルまで達している⁉」

 

この数分間で爆発的に数値が上昇していた。自然界ではこんなことは起こり得ない。

ならば考えられることは一つだった。

 

「人為的な粒子散布――まずい‼」

 

ハークレイは操縦桿を目いっぱい引き、蒼白の巨躯を立ち上がらせる。完全にしてやられた。

向こうはこちらを迎撃する用意があった。そして何より戦闘状態になったということは。

 

(向こうには勝算があるってことか)

 

狙撃スコープを払いのけると、連動して搭乗している《ジム・スナイパーⅡ》の狙撃バイザーが跳ね上がり、バイザー下のデュアルアイが露わになる。

コックピット内のモニターが切り替わり通常視界を映し出した。――部下たちが危ない。

 

構えていた七十五ミリスナイパー・ライフルを背中にマウントさせ、フットペダルを踏み込む。

スラスタ―の噴射とともに、機体が勢いよく斜面を下り始めた。木々の間を縫うように加速する。

機体が斜面を抜けると同時に深く膝を折り、さらなる加速姿勢をとった。

脚部に増設されたスラスタ―に点火し、巻き上げた雪の中から飛び出す。

雪原の平地を滑るように滑走する。

 

「間に合ってくれよ…」

 

--------------------------------------------------------------------------------

 

基地の北側、廃棄された航空機の間を縫うように、ホバー走行によって滑走する巨躯があった。

 

「ここを抜ければ滑走路へ出る。射角が取れるポイントは…―ッ‼」

ハークレイは機体に急制動をかけた。右の視界の端にマズルフラッシュの火炎を認めたのだ。

盾を前面に構え、姿勢を低く半身になる。

 

空を切る音。瞬間、機体の前方に着弾し地面が爆ぜた。

その一帯を衝撃と砕けたコンクリートの破片が襲う。

 

盾から伝わる衝撃にコックピットを揺らされながら、ハークレイは機体を滑走路横にある廃棄された輸送機の影に滑り込ませた。

輸送機に機体の背を預けたまま、狙撃スコープを引き出しモニタを観測モードに切り替える。

機体頭部の小型センサーユニットが展開し、素早く上部へ伸びた。

輸送機の影から顔を出したセンサーは滑走路上にいる敵機を捉え、その姿をコックピットのモニターに映し出した。

 

「タンクタイプ⁉なぜジオンが!?」

 

真っ白な雪上迷彩をしていたため発見が遅れたが、ヒルドルブと呼ばれるその機体は滑走路の端に陣取り、こちらへ向けたその砲塔から煙を立ち上らせていた。

完全にこちらが後手に回ってしまった。悠長に狙撃態勢には入らせてくれないだろう。

 

「ともかく、ファースト・ショットを外したのは痛かったな」

 

聞こえもしないだろうが、同じ狙撃手として一言皮肉を言うのは忘れなかった。

 

二千メートル先で火炎が閃く。

ハークレイは咄嗟に機体をロールさせながら滑走路へ躍り出た。――瞬間。

 

先程までいた場所が輸送機ごと打ち抜かれた。

 

片手をつき体勢を立て直す。射撃間隔は約二十秒―、狙いすました一撃でそれならばいい腕だ。

地面へついた右手に機体の体重を乗せ前傾姿勢をとる。

狙撃バイザーが跳ね上がり、デュアルアイが滑走路の直線上、真正面から対峙した敵機を睨んだ。

次の射撃までに距離を詰めれば―。

 

フットペダルを全開にした。加速Gが全身を塗りつぶす。

 

「―懐にはいるッ」

 

ヒルドルブの砲身がギリギリと下がり《ジム・スナイパーⅡ》を捉える。

ハークレイは腰後部のラックから百ミリのバルカンを取り出し右手に構えた。

銃身を左手のシールドに乗せてトリガーを引き絞る。有効射程外からの威嚇射撃。

放たれた弾丸は敵機に届かないものの、手前に着弾し雪を舞い上げた。目くらましには十分。

敵のレティクルに捉えられないよう、左右へのスラロームを続けつつ一気に距離を詰める。

 

はるか前方、火炎が閃くと同時に左手前の地面が抉り飛ばされた。もはや着弾までの時間差が無い。

 

抉られた地面を機体をひねりながらスラスターで迂回し、ぐるりと最小の動きで前を向く。

ターンの最中、振り払うようにバルカンのマガジンを排出し、リロードする。

敵機まで千と二百。次の砲撃を避ければ――届く。

敵もそれを分かっているのだろう、装弾は終えているはずだが撃ってこない。

ここから先は見てから避けることは不可能な範囲だ。

極限の心理戦。右か、左か。激しく操縦桿を繰りながら、決して思考を止めてはならない。

こめかみから汗が伝った。数秒間のやり取り。

 

「―‼」

 

ペダルを踏み込み、左に機体を傾けた。滑走路の横幅をいっぱいに使い大きく弧を描く軌道。

同じスナイパーだからこそ分かる心理。

ヒルドルブの砲撃が轟いた。もはやマズルフラッシュの火炎と着弾、衝撃は同時。

 

「ここだ‼」

 

バルカンを投げ捨て、全てのバーニアを逆噴射する。

足裏から展開した姿勢固定用のスパイクがコンクリートの地面に突き刺さり、路面を砕きながら急制動をもたらした。

 

全速力から一転、速度ゼロまでの減速にGで血液が沸騰する。

 

一瞬意識が遠のくも、炸裂する地面の衝撃が機体の真横を叩き、直撃を免れた事を知った。

ヒルドルブから放たれた砲弾は地面を砕き数十メートルもの直線状の破壊をもたらしたが、しかしシールドを構えうずくまる《ジム・スナイパーⅡ》はその爪痕の傍らで健在だった。

はっきりいって賭けだった。

同じ狙撃手として、自分がトリガーを引くであろうタイミングでの急制動。

最後の一瞬での射撃偏差は、速度から鑑みて機体横幅三機分ほどだっただろう。

その限られた距離内で停止することができれば、避けられるのは道理。

 

しかし想像よりもかなり無茶だった。機体状況を示すモニターが各フレームの過負荷を訴えてきている。敵機の銃口を目の前に停まるのは肝が冷えたが、とにかく賭けには勝った。

 

敵が使用しているのは榴散弾と呼ばれる弾だ。着弾と同時に炸裂し広範囲を破壊できるその砲弾は、この距離まで近づけば自らをもその範囲に巻き込んでしまう。

これで主砲は使えまい。満身創痍の《ジム・スナイパーⅡ》を立ち上がらせると、ハークレイは手元のコンソールを操作した。

 

「タンクタイプのパイロットに告ぐ。今すぐ投降せよ。」

 

外部スピーカーで呼びかけるが反応は無い。しかし応じるがごとく、ヒルドルブはその機体を格闘形態へと変形させた。露わになったモノアイの下には牙のならんだ真っ赤な口がペイントしてあり、真っ白な機体に凶悪な笑みが浮かんだ。

 

「第一部隊か?」

 

重ねた問いに答えは無かった。返答、とばかりにその巨体が突っ込んでくる。

 

「問答無用か」

 

スロットルレバーを倒し、こちらも倒れ込むように加速をかけた。

ビームサーベルを抜き払い、機体をヒルドルブに突進させる。

 

ヒルドルブの最大の武器は、驚異的な射程を誇る主砲を除けば、その質量と馬力である。

通常サイズのMSならばまともにぶつかり合うだけで圧壊するだろう。また雪上での移動に特化したその履帯も相まって、その巨体からは想像つかないほどの加速で突進してくる。

その気迫に怖気づくことなく、こちらも《ジム・スナイパーⅡ》を正面から踏み込ませる。

 

「―ッ‼」

 

助走による勢いのまま、交錯する寸前にフットペダルを踏み込み、スロットルを全開にする。

背部スラスターから噴射剤を吐き出し、蒼白の巨躯が宙を舞った。重々しい噴射音とともに雪を巻き上げ、機体がヒルドルブの直上を取る。

右手に持ったビーム・サーベルを逆手に持ち替え、重力落下とともにタンクの中央めがけて刃を振りかざした。コックピットはあえて外す。

この角度からの攻撃ならば向こうは対処不可能。取りつくことさえできれば無力化できるはず―。

 

刹那。背後から衝撃が走り、空中でバランスを崩した機体はそのまま地面へと落下した。

 

完全に不意を突かれ、受け身も取れずに地面へ叩きつけられる。

落下する視界の端に映ったのはヒルドルブの巨体から跳ね上がる長大な何か。

地面への衝撃とともにそれが何かを理解する。こちらの背面を打撃したのはヒルドルブの砲身だった。自身の直上まで跳ね上がりこちらを打撃したのだ。

可動範囲を見誤ったこともそうだが、もはや狙撃に使えない主砲にそんな使い方があったとは。

幸いにしてビームサーベルのグリップは握ったままだ。再度サーベルを展開し一刀を構える。

今の一合で分かったが向こうは戦いに慣れている。思い切りも良い。加えてこちらはタンクタイプの性能を測りかねている。

半端な策では全て潰されるだろう。接近戦に持ち込めば―という見込みは少し甘かったか。

履帯で雪を巻き上げながら、大きく旋回し再びこちらへと突進する巨体。

 

―考えろ。策が通じないのなら、さらに策を重ねろ。瞬間ごとに、思考で奴を上回れ。

 

腰部にラックしてある予備のマガジンと破壊工作用のC4を全てパージする。マシンガンは失ってしまった。弾はもう不要だ。

機体を右前方へ踏み出す。すれ違いざまに横一線に薙ぐためにサーベルを構え走り出す。

突進するヒルドルブの機体に武器は無く、無防備にただ加速し突撃してくる。

 

(速度だけだ。交錯の瞬間にビームサーベルを合わせる――)

 

操縦桿を握る手に力をこめる。しかし迫る巨体を前に疑念がよぎった。この機動性を生かして主砲が使える距離まで後退しない、その理由――。

瞬間、研ぎ澄ませた神経はヒルドルブ機体後部からせりあがる変化を見逃さなかった。

 

「させるか‼」

 

応じる。ヒルドルブの機体後部からせりあがったそれは、もう一対の腕であった。

 

ウェポンを固定接続した大型アームは次の瞬間灼熱の光を形成し、その左右の隠し腕に刃幅の広いヒートブレードを展開させた。

突進する機体の右に回り込んだハークレイは振り下ろされる対の熱剣に恐ろしい速度で反応して見せた。

ヒルドルブの左ブレードを構えていたビームサーベルで受け止めると、空いた左の手で自らの腰横からグリップを逆手に引き抜いたのだ。

瞬時に下向きに形成されたビームサーベルはヒルドルブの右ブレードをも受け止め、左右からの挟み込みを受ける形で鍔迫り合いの状態となった。

 ぎりぎりと力は拮抗するが、しかし出力が違いすぎた。《ジム・スナイパーⅡ》の華奢な体がじりじりと押し戻されていく。

積雪と凍った路面では踏ん張りもきかず、堪えた姿勢のままなすすべもなく押し戻される。

額から汗が伝うのを感じつつ、ハークレイはスラスタ―に点火した。一瞬持ち直す。―がしかし。

 

(―まだ足りない⁉)

 

相手の出力が圧倒的だった。減速はしたものの少しずつ押されている。

 

「あと三秒。…二、一。スラスタ―出力臨界‼」

 

点火したスラスターの出力を確認すると、機体の足元をちらりと見やる。口の端が少しつりあがった。

 

「――ッ」

 

鍔迫り合いを強引に払うと、右のスラスターだけを強制的に落とし左右の均衡を狂わせた。

機体が急速に右に倒れ込んだ。

 

瞬間、機体の眼前に履帯を覆う装甲側面を捉える。すかさず両の手のサーベルを刺しこんだ。

 

「どうだぁぁぁぁぁぁぁっー‼」

 

再び左右のスラスターを全開にし、すれ違うようにその巨体から離脱するとともにビームサーベルでヒルドルブの左履帯に長々と真一文字を刻み込んだ。

右半身を雪面に激しく引きずる衝撃の中、ヒルドルブの機体から火を噴く音を耳で聞く。

 雪面に仰向けに転がったままメインカメラだけを向けると、ヒルドルブの巨体は左の履帯を失いながらも、強引にこちらへ回頭したところだった。

 

そのモノアイと正面に伸びる巨大な銃口がこちらを捉えた。まずい。ヒルドルブから離れすぎてしまった。

 

そこは狙撃手だけに許された有効射程圏(キルゾーン)。逃れられない死。銃口からその殺意が撃ち出され、自身の腹を食い破る光景を幻視する。

 

「――くっ…」

 

躊躇う暇はなかった。手元のカバーを外し、トリガーを引きながらボタンを押し込む。

決着は一瞬だった。ヒルドルブの三十センチ砲が火を噴く。同時に、その巨体の真下の雪が盛り上がった。

 

刹那、巨大な火柱が上がる。地面から生じた破壊はヒルドルブをのみ込み、その機体を爆散させた。

 

しかし撃ち出された砲弾は爆散する火炎の中から飛び出す。断末魔のような風切り音とともに飛来した弾は《ジム・スナイパーⅡ》の顔横を掠め、はるか後方へ着弾する。

 

そんなはずはなかったが、背後からの爆風が直接体の芯に吹き抜けた感覚がした。思わず身震いする。

―生きた心地がしなかった。ようやく息をつき機体を起こす。交錯の前、自分がパージした爆薬の地点に上手く誘導できたのが幸いだった。

 

「死んだ…か」

 

まだくすぶる残骸を確認する。できれば尋問するべきだったが、手を抜けばこちらがやられていただろう。

しかしあまりにも不可解な事が多い。『第一』が消息を絶った場所での襲撃。

そして襲ってきた機体は明らかにジオン系のもの。たった今自分は何と戦い、何を殺したのか。

再び地面が揺れた。基地の南側からだった。考えるのは後だ。

ハークレイは無言のまま機体を翻し、部下の元へ急いだ。

 




~次回予告~

ディビット・オールドマンの駆る《グフ・カスタム》は阿修羅のような気迫とともに
小隊に襲い掛かる。

明かされるその真意。それぞれの正義。


そして雪上で切り結ぶ2つの巨人を見上げる、小さな瞳。


次回、――物語は交差する。


0083地球編 完。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

03話 細氷舞う記憶の彼方<前編>

~前回までのあらすじ~

宇宙世紀0083 地球 ユーラシア大陸北部

敵の待ち伏せを察知したハークレイは味方との合流の最中、ヒルドルブと会敵する。事情の分からぬまま戦闘へ突入しこれを撃破。

果たして自分達は何と戦っているのか。疑念を抱きつつもハークレイは部下たちの元へ急ぐ



ビームサーベル二本、七十五ミリスナイパー・ライフル一丁、それが《ジム・スナイパーⅡ》に残された武装だった。背中のマウントアームが可動し、スナイパー・ライフルが右脇からグリップを保持できる位置まで展開する。

右手の平のコネクタをライフルのグリップに接続するとコックピット内のコンソールに接続状態が表示された。

どうやら先ほどまでの戦闘でデバイス内のシステムに不具合が生じたらしい。使えない事は無いが動作が不安定だった。特に照準システムは致命的で、おそらくマニュアルでしか使えない。ライフルも満足に使えないとなると近接戦闘が主体となるだろう。

距離が近くなったからか、サブディスプレイがレーダーに僚機を検知したことを伝えてきた。そこに映っていたのは―。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

[施設敷地内 南側 陸戦型ジム コックピット内]

 

「ゆくぞ。信念を持たぬ飼い犬共」

 

無線から聞こえる冷たい声を聞きながら、マニックスは素早く状況を確認する。

撃破されたのは五番機、隊長機が別行動中の今、取るべき行動は―。

 

A003(アリススリー)A004(アリスフォー)‼お前らは下がれ‼奴はオレが抑える」

 

素早くストックを立てバルカンを両手で構えると《グフ・カスタム》へ向かって斉射する。

地面を抉る百ミリ口径がその灰の機体に届く瞬間、それがゆらりと動いた。

グフの機体背面と脚部から大量のスラスター光が閃いたかと思うと、周囲の雪が大量に巻き上がった。視界が一気に白に覆い尽くされる。

がむしゃらに前方へ射撃するが手ごたえがない。マニックスは素早くコンソールを操作し視界をサーマルに切り替える。

刹那、視界一面、熱源を示す赤に染まった。

 

「遅い」

 

先ほどの声が耳朶(じだ)を打つ。同時に機体の右肩へ衝撃が走った。

グフの足裏から伝わる全体重が、ジムの肩部装甲へ喰いこんでいく。

 

「なんだこの速さは⁉」

 

ジムを踏み台にしたグフが再び宙を舞う。

舞い上がった雪の中から飛び出した灰の巨躯、そのバックパック部分の装甲がスライドし、外気に熱を排気した。

自由落下の最中、腰裏へラックしたダガーを素早く投擲(とうてき)する。

放たれた刃の先、後退中だったジムは咄嗟に腕にマウントされたシールドを構えそれ受けるが、シールドに深々と突き刺さった二本のダガーは間髪を入れず爆ぜた。

破壊力こそ無いものの盾を失ったジムの巨体がよろめく。

四番機の援護射撃を空中で身をひねりながら回避すると、よろめく三号機の陰に入るように《グフ・カスタム》が着地した。射線に重なった僚機を前に、思わず四号機の射撃が止まる。

 

A003(アリススリー)‼後ろだ‼」

 

必死に叫ぶ声もむなしく、シールドの小爆発から立ち直った三番機の胸部装甲、コックピットの位置から黒い刀身が飛び出した。

さながら血潮のようにその切っ先から機体のオイルが滴る。

バイザーの光が消え、四肢がだらしなく下がった機体が地面へ崩れ落ちた。グフは右手首から展開した細身の刀身を一振りし、格納する。雪面に振り払ったオイルの三日月模様が浮かび上がった。

 

 

あまりにも一瞬で撃破された僚機を前に、四号機のパイロットは血の気が引いていくを自分で感じた。

勝てない―、という思いだけが頭の中を支配していく。

 

「何ボケッとしてんだ‼止まるんじゃねぇっ‼」

音割れするほどの怒号とともにマニックスのジムがグフへ迫る。その気迫で我に返ると、四号機は慌てて援護射撃を行う。

サーベルを抜き放ったマニックスは機体の姿勢を低く保ち射線を確保しながら、踏み込みとともに強烈な切り上げを放った。

《グフ・カスタム》はそれを後ろへ身を引く最小の動きで(かわ)す。間合いを把握しているかのような見切り。そのまま体を回転させ、マニックスのジムへ回し蹴りを打ち込んだ。

攻撃を見切られ、懐に入られての強烈なカウンター。しかしマニックスは寸でのところで(シールド)をその間にねじ込ませる。大きくよろめくが倒れ込むのをこらえると、右手のサーベルグリップを投げ捨て、バルカンを引き抜いた。

 

「さっきの化物みてぇな動きは連続しては使えないようだな、おい」

一斉射。頭部のバルカンすらも、フルトリガーで撃ち放つ。その銃口が放熱中のグフのバックパックを捉えた。被弾した背面から黒煙が上がる。

 

「少しはやるようだがッ―」

しかしそれに動じることなく、灰の巨躯は回転する勢いを殺さないまま、自らの足横から新たな刀身を取り出すと身を捻るようにそれを投げつけた。縦回転する刀身は飛来する銃弾の隙間を掻い潜り、その銃身へ突き刺さる。

 

「何⁉」

マニックスの驚嘆とともに、ジムの右腕を巻き込んで大きな爆発を生んだ。機体が倒れ込む。爆発の衝撃でコックピット内の右モニターがひび割れ破片がはじけ飛んだ。コンソールがショートしたようで、噴き出す黒煙に思わずマニックスは顔をかばう。

倒れ込むジムを尻目に体勢を立て直した《グフ・カスタム》は、爆砕ボルトに点火し背中のバックパックをパージした。増設分のスラスターを排した背中に通常のグフタイプと同様のスラスターが露わになる。

 

「使えぬなら捨てるまで。貴様らを屠る程度ならこれで―十分‼」

ぎらり、とグフのモノアイが離れた四号機を捉えた。残っている脚部増設スラスターを展開させ、一気に加速する。

 

「来るなぁぁ‼」

もはや恐怖が先に立つ。照準が定まらない。対峙するグフがなぜか巨大な何かに思えた。それほどのプレッシャー。迫る悪鬼にたまらず背を向ける。―戦ってはいけないと本能がそう告げていた。

 

「戦場で敵に背を向けるなど‼」

腰横から大ぶりの剣を右手に抜き放ち、左手を逃げるジムへ差し向ける。鋭い駆動音とともに左手首から細身の刀身が射出された。

刀身にはワイヤーが接続されており、そのアンカーがジャンプの体勢に入っていたジムの左肩を捉えた。

貫通した刀身が一部展開し返し(、、)となる。一気にワイヤーが緊張し、ジムの重量を引き受けた。

右手に持った剣を地面に突き立てると、左腕部の内部機構が激しく駆動しワイヤーを巻き取り始めた。グフの体は慣性で前へ引っ張られるが、突き立てたソードで地面を砕きながら持ちこたえる。

左半身を引かれバランスを失ったジムは突き飛ばされるように引き寄せられてきた。

ジムの体が地面を離れた瞬間、アンカーの接続された左手を自身の右へ手繰り寄せる。同時に、突き立てたソードを引き抜き左下段に構え直した。

両手を交差させる格好。

 

刹那―

二つの機体が交錯した。グフが勢いよく両手を振りぬく。空中で成す術もなく肢体をさらしたジムは腰から両断され、分かれた体はそれぞれグフの左右で爆発した。

アンカーが蛇のように空中をのたうちながら、しゅるり、と手首へ収納された。

 

「ちくしょおおおおおおおおおおおお」

マニックスの悲痛な叫びが周囲に響いた。届くはずもない頭部のバルカンを撃ち放ち、その顔横から大量の薬莢を吐き出す。

叫びの中でそれすらも撃ちきると、排莢機構がむなしく空転した。地面から上半身だけを起こした満身創痍のジムはこれで武装の全てを失った。

 

「動けよ‼このポンコツが」

必死に操作するが、駆動系すら反応しない。機体の脚一つ動かせない中、重々しい足音がこちらへ近づいてくるのが聞こえる。

 

「―腐りゆく連邦に属するには」

無線から響く冷声。コックピット内の正面モニターもあちこちがひび割れ、ほとんどが映らない。唯一割れず残ったパネルに上から、見下ろすモノアイの眼光が映りこんだ。

 

「おしい腕だった」

悪鬼が、ジムの正面で立ち止る。

 

「我々の行く正義の礎となれ」

 

「この化け物が」

処刑を行うかのように重々しく振り上げられる剣を、マニックスは睨みあげたまま毒づいた。出血が流れ込み、潰れて無い方の目でモニターの横を見やると、写真の中に笑う家族の事を思った。

 

―その刹那。静かな雪の大地の静寂を一つの銃撃が切り裂いた。

 

ライフル機構内の小爆発とともに発射される弾丸は、その銃身内の螺旋に沿って回転を始める。吐き出された弾丸はその回転力を保持したまま目標に向かって突き進む。

空を切る音とともに飛来した弾丸は今まさに振り下ろされる寸前の剣をはじき飛ばした。

 

「なんだと―」

 

灰の《グフ・カスタム》を駆るオールドマンが振り返った先。

機構がスライドし、はじき出される空の薬莢が弧を描いた。まだ煙立ち上る銃口とともにこちらを見据える蒼の機体は。

 

「無事か⁉マニックス軍曹」

ハークレイ少尉の声が無線に響いた。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

[施設敷地内 南側 ジムスナイパーⅡ コックピット内]

 

続けてもう一射、グフへ向かって発砲する。遮蔽物がない状況は不利と察したのかグフがマニックスの機体から離れた。

ハークレイは膝をついていた機体を立ち上がらせると、バックパックから噴射剤を吐き出し機体をジャンプさせた。

マニックスのジムの傍らへと着地する。

対して向こうのグフはこちらを睨んだまま、脚部のスラスターを使って距離を取った。

飛び退った程度であの機動性とは。しかし、今はともかく―。

 

「応答しろマニックス軍曹」

 

「…生きてるよ、おかげさまでな。」

無線に返答があった。弱弱しくはあるが無事なようだ。

 

「他の皆はどうした?」

 

「やられちまった。奴だ。すまねぇ…オレがいながら」

 

「…そうか」

改めてグフにメインカメラを向ける。向こうもこちらを見据えたまま、傍らに突き刺さった剣を引き抜いたところだった。

 

「動かないようなら機体を捨てて脱出しろ。この座標はすでに本部に送信済みだ。もうすぐ応援が来る。オレが奴を足止めする」

 

「了解。…奴は尋常じゃない。無理はするなよ、隊長」

通信が途切れた。伏せったジムを背後に背負う形でグフに向き直る。

 

「―ディビット・オールドマンだな」

腹の中に渦巻く感情を理性で押し殺しながらながら問う。

 

「ああ、そうだ。…もっとも戦場で名など意味を持たぬが」

 

「この一連の事件、これは一体どういうことだ。あなたには説明の義務がある。おとなしく投降しろ」

スナイパーライフルの銃口をまっすぐに突きつける。

 

「戯言を」

 

「繰り返す。軍法会議に出廷し、一連の事件について証言する義務がある」

 

「軍法会議だと…?笑わせるな。今の連邦に善悪を裁くことなど、できるはずもない」

                                   

「―どういう意味だ」

目的は読めないが、今は時間を稼ぐ必要がある。少しでも喋らせる事ができれば。

 

「若き士官よ、貴殿も一年戦争におけるジオンの悪逆は知っているだろう。人類史に残る悪夢、コロニー落としを。現に、今まさにこの瞬間にもそれを行った連中は生き残っている。残党として、この世界のどこかでのさばっているのだ」

 

無線から淡々と聞こえていた言葉に鋭さが増していく。冷たい刃物を突き付けられたような妙なプレッシャー。

 

「今の連邦には奴らを狩り尽す気などないのだ。組織の中にいる限り私の悲願の成就はあり得ない‼」

 

「そんなことは―」

無い、と言い切れずに言いよどむ。

 

「今の連邦の上層は選民思想に傾倒している。スペースノイド、アースノイドなどと、あんなものは残党狩りの皮を被っただけの偽善者たちだ。正義の名を借りて、自分たちに都合の悪い存在を抹殺しようとしているだけの狭量な輩に過ぎん。本当の正義を為したいならば、今を生きる人類すべてを思うなら、ジオンを一人残らず撃滅しなければならないのだ‼」

 

言っていることは間違ってはいない。ただ…一つだけ、解せないものがある。自分の中の理性が少しずつ綻んでいくのを感じる。

 

「そのために、同胞を…オレの部下をも殺したのか」

静かに怒りがこみ上げる。

 

「これから行く私の道行は血塗れになるだろう。しかし軍人の本懐を遂げるためには、少数の犠牲は仕方のない事だ」

 

「少数…だと…?どの口が軍人の本懐などと語るんだ‼あなたのその機体は?今まさに討とうとしているジオンの力じゃないか。そんなものに頼ってまで正義を語るのか‼」

 

「この数年間、北の大地でひたすらに時を持っていた。正義を行うには力がいる。水面下で動くために自らが拿捕した機体を集め独自に戦力を整えたまでの事。振るう剣の見てくれなど関係ない。人々が求めるものは結果だ」

 

オールドマンが続ける。

 

「上層の異変を感じ取った一部は、あろうことかジオンの残党と通じ始めている。私は理由がどうあれ、人類史最悪の虐殺を行った奴らを許す気はない。目先の事しか考えていない連邦は、この先二つに割れるだろう。しかしそのどちらにも私の正義は無いのだ‼私は私のやり方で正義を貫く。立ち塞がる者は何であれ全力を持って排除する‼」

 

《グフ・カスタム》が剣の切っ先をこちらへ差し向ける。

時間稼ぎの事など、もうどうでもいい。理性ではない何かが自分を突き動かす。

 

「軍人の矜持は…守る事だ。たとえどのような命でも救う義務がある。力を持った我々は、その使い方を間違ってはいけない。力でのみ成される正義が正しいはずが無い‼少なくとも、オレはそんなものは認めない‼」

 

ライフルの照準を佇む悪鬼へと合わせる。対峙した両者の中央、ずっと離れた山際に明るい光のラインが走る。太陽が差す光が薄暗い夜明けの空に境界を描く。差し込んだ光が二つの巨体を頭の先から照らし始める。

 

「その甘さがやがて全てを殺すのだ」

 

「やってみなければ分からない」

 

「―承知した。貴殿を撃墜する」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

04話 細氷舞う記憶の彼方<中編>

灰の《グフ・カスタム》を駆るオールドマンの語る矜持。

蒼の《ジム・スナイパーⅡ》を駆るハークレイの正義。

決して交わらない2人がついに交錯する。



そして、剣戟を見上げる小さな二つの瞳。
それぞれの戦いが最終局面へと加速する。


「きれい…」

目の前で繰り広げられる二体の巨人による剣戟。朝日に照らされ、ダイヤモンドダストを纏うその姿に、何も言葉が出なかった。しかし、2つの小さな瞳が見上げるのも束の間。

―それは突然に起きた。

隣から聞こえた悲鳴。見ると彼女が頭を抱えてうずくまっている。

「大丈―⁉」

彼女の肩に手をかけた瞬間。引き込まれるような感覚とともに、視界が暗転した。

 

眼を開くと、無限に広がる暗闇があった。まだ目を(つむ)ってるかと思うような漆黒。

周りには何もない。必死に彼女を探すが、周囲には誰もいない。この空間に放り出されたのは自分一人だけだった。

 

―背後からの轟音。

 

振り向くと戦闘機(ファイター)がまっすぐにこちらへ迫っていた。思わず腕で顔を庇うが、戦闘機はまるですり抜けるように自分に当たりもしなければ、それが巻き起こす風も、熱も感じることはできなかった。

その戦闘機に追いすがるように一つ目の巨人が一機、駆け抜けていく。目でその軌跡を追うと、巨大な壁に沿うようにその姿を消した。首を折れんばかりに見上げると、目の前に現れたその人工物が巨大な構造物であることに気付く。自分はこれをよく知っていた。

 

スペースコロニー・アイランドイフィッシュ。

 

ふと気づくと、周りが光にあふれている。暗闇に線を引くようなスラスタ―光。音もなく、その身を散らせる爆発光。青い地球を目前にした宙域。―ここは戦場だった。

 

『ダメだ‼機動性が違いすぎる‼こちらS002(スリーピーツー)‼ブレーク‼ブレーク‼』

『撤退って言ってもどこに引けばいいんだ?―ちくしょう、まただ‼あの一つ目め‼』

『ケツにつかれたっ‼振りきれない‼誰か‼誰かぁー‼』

 

戦場は混沌を極めていた。

ミノフスキー粒子のせいでノイズが乗った無線は先刻から指揮系統の役割を維持できていない。代わりに、戦場の只中の断末魔を拾い上げていた。

 

「こちらW001(ウルフリーダー)。応答せよ。生き残っているものは?オーバー」

 

「こちらW002(ウルフツー)。私一人です。隊長…この宙域は、もう」

一機の戦闘機が横に並走した。コロニーに取り付けられた核パルスエンジンの破壊ミッションのために出撃し、3度目のトライを終了したところだった。敵の防衛網の戦力は数だけ見れば大したことは無いが、問題はその中身だった。人型機動兵器モビルスーツ。その圧倒的な機動性は地球連邦軍の戦闘機を遥かに凌駕していた。

 

「潮時か。W002、母艦まで撤退しろ。残された時間はわずかだが、私はもう一度敵包囲網を抜け、目標へアプローチする」

 

「そんな―⁉単機では無理です」

 

「我々の背中には地球が、そこに住まう人々がいる。軍人の本懐は守る事なのだ。ここは引けない。何より―地球には家族がいるしな」

 

「では私も同行します。私も軍人です」

 

「お前はまだ若い。この戦いが終わった後を見据えるのだ。一つ目との交戦データは貴重だ。命令する。この戦場で散った仲間の分まで生きて、次に伝えろ」

 

「しかし―」

 

「安心しろ。私は死に行くのではない。軍人の責務を果たしに行くだけだ。―また後で会おう」

スロットルを押し込むと、W002を振り切るように加速する。

 

無線が不明瞭だ。ミノフスキー粒子のせいでレーダーもろくに使えない。頼れるのは自分の目と長年培われた勘のみ。

 

―正面に人影を捉えた。

 

ぽつりとあったそれは、加速とともに大きさを増す。遠近感の捉えづらい宇宙では、遠目だとモビルスーツを人と錯覚する。しかしその頭部に、明確に悪意あるモノアイがぎろりとこちらを睨んだ。

 

―ヘッドオン。

 

機首をまっすぐに向け、機銃を掃射する。対応が一歩遅れた一つ目は回避する動きをとった。機体をロールさせ、そのまま相手の真横をすり抜ける。

 

「ついて来い」

操縦桿を目いっぱいに引くと、機体の機首が跳ね上がった。垂直に上昇加速する。

バルカンを放ちつつ、一つ目がそれに追随してくるのを背後に感じると、さらにスロットルを押し込んだ。

 

―一転。

 

スロットルを一気に引き下げ、エアブレーキを操作する。機首横からスラスターが起き上がり、進行方向に逆噴射をかけた。

はじかれたように失速した機体はその場で宙返りする形となる。右足を踏み込むと機体後方のベクターノズル絞られ、空中機動にひねりが入る。下から迫ってくる一つ目に対して、一番投影面積の小さい側面を向ける軌道。追いすがるように一つ目から放たれたバルカンは機体の上下へ逸れていった。

 

「―沈め」

下側へ捻りこみ、その機首が一つ目を捉える。刹那、機銃から出た二つの火線が目の前の巨人を爆発させる。爆炎の中をくぐると、機体の両翼にその残火が尾を引いた。

 

「どけ‼お前たちの相手をしている時間は無い‼」

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

スペースコロニー後方、核パルスエンジンを視認した。相変わらず無線は不明瞭でノイズを伝えてくるばかりだった。一瞬、自分の名を呼ばれた気がしたが―おそらく気のせいだろう。

まだあきらめていない戦闘機が何機か残っていた。散発的にだが、それぞれ敵を引き付けている。

 

「皆、その身を賭しても守る物があるという事か」

ここからでも見える青い地球を一瞥し、機体を加速させ、敵の包囲網へと突っ込む。核パルスエンジンに取りつくことができれば―。

二体の敵機がこちらへ気づき、発砲してきた。放たれたバズーカはガスの尾を引いてこちらに向かってくるが、あえてそちらに機首を向ける。機銃でそれを破壊すると、爆炎を目くらましにして一気に距離を詰める。

 

一つしかない目に、驚愕の色が浮かんだ気がした。それを尻目に、追い抜きざまに後方へミサイルを見舞う。片方の爆発にもう一機も巻き込まれたようだったが、振り返って確認することもなく、ひたすらに加速した。

 

もはや敵に構っている時間は無い。包囲網の穴を見つけ、ひたすらに火線をかいくぐりながら目標へ肉薄する。上下、左右が目まぐるしく入れ替わる視界。後方に3機背負う形になりながら、ついに射程にそれを捉えた。

巨大な構造物はもはや接近しすぎて壁にしか思えない。そこへ取り付けられた目標、核パルスエンジン。機体に残っているミサイルは熱誘導式のもので、あれ以上の熱源はないだろう。

 

祈るようにボタンを押し込んだ。

 

機体の両翼から4つのミサイルが放たれ、まっすぐに突き進む。

目標のすぐ間近にいる直掩機が気付いたようだがすべてのミサイルは止められまい。これで―。

 

見届ける視線の先、四つのミサイルに火線が集中するが、そう捉え切れるものではない。一つ、二つと破壊されていくが、二つが最終防衛網を抜ける。

しかしいち早く、それを察知していた一つ目がいた。迎撃をかけていた手を止め、突進するミサイルに対して加速する。

―まさか。

 

「やめろぉぉぉぉぉっ」

叫ぶのもむなしくその身をミサイルの進行方向へ投げ出した。眩い光とともにその機体が爆発した。誘爆した核融合炉は大きな衝撃を生み出し、残りのミサイルもすべて誘爆させた。体当たりによる確実な迎撃。

 

「そうまでして―そうまでして、コロニーを落としたいのか⁉人を殺したいのか‼貴様たちは‼」

叫びながら操縦桿を引く。もはや残る武装は機銃しかない、こうなったら、こちらも特攻をかける。

 

「そちらが命がけで奪いたいというならば、こちらは命がけで守るまでだ‼」

機首を向けなおした途端、接近アラートが鳴り響いた。後ろに背負っていた一つ目に追いつかれていた。キャノピーから見上げたもはや目と鼻の先、ヒートホークを振りかざしたモノアイと目が合う。

 

「なんだと⁉」

一瞬が引き伸ばされた中、もはや打てる手は存在しなかった。こんなところで―。

 

刹那、コンソールにもう一つの接近警報が鳴り響く。ミノフスキー粒子下でもレーダーに表示されるほどの近距離、こちらへ急速に近づく反応。それは―。

 

「隊長ぉぉぉぉぉっ」

 

W002が今まさに熱斧を振りかざす一つ目の背中に体当たりを敢行した。寸前、かろうじて

 

「すみません―」

という声が無線に入った気がした。

 

一つ目を巻き込んだ爆風に煽られ、機体が弾き飛ばされる。ようやく姿勢を立て直し、状況を把握するが、W002と一つ目の残骸が浮かぶばかりだった。

 

「馬鹿野郎‼なぜ―⁉」

顔を上げ、見まわした戦場に違和感を感じる。―戦闘の光が止んでいる。

 

「一体―?」

そこへ無線が入った。もっとも恐れていた、その内容。

 

『阻止限界点突破‼繰り返す阻止限界点突破‼』

 

「まさか…」

周りの一つ目も戦闘をやめ、満足そうにコロニーを見送る。―戦闘が、時が止まったような不思議な静寂。全てが、慣性に身を任せ流れていく。

 

「嘘だ…やめてくれ…」

青い地球へ向かって手を伸ばす。ノーマルスーツの首からかけられたドックタグが宙に浮かぶ。その鎖にはロケットが繋がれており、開いたその中にはオーストラリアに残してきた妻と8歳になる娘が笑っていた。

 

「ああ…そこには家族がいるんだ。なんでもする…私は、私は……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 

耳をつんざくような絶叫。悲嘆と後悔、様々なものが入り混じる叫び。キャノピーの内側を拳で叩く。家族がいる星すら、部下すら守れない自分。

 

「―満足か?貴様らは‼貴様らがぁああああああああああああああああああああああああ」

機銃を撃ち放つ。

 

満足そうに宙を漂う一つ目は抵抗もなく次々に撃墜されていく。役目は終わったと言わんばかりに。こちらの無力さをあざ笑うかのように。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

締め付けられるような胸の痛み。感じた事の無い絶望が自分の中に入ってくる。遠くから聞こえる剣戟と地響き。気がつくと、宇宙空間はどこにもなく、白一色の大地に元の通りに立っていた。音が一気にクリアになる。現実に引き戻された感覚。

―誰かの絶望が、この戦場にいる誰かの強い思念が感応したのか。

「うう…」

目の前でうずくまる少女は深刻なダメージを受けていた。紛い物の自分とは違い、かなり深い所まで感応したようだ。あまり変わらない背丈で、彼女の頭を胸に抱く。

蒼と灰の巨躯が舞う戦場を見上げる。

 

―彼女だけは守って見せる

 

<続く>



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

05話 細氷舞う記憶の彼方<後編>

ついに完結する物語。

終わる物語はそして―。







※忙しいため完結を優先させましたが
きちんと入れたかった戦闘描写をいれて全体的にバランスを整えました。

大筋は変わりませんが、これが本当の完結編です。


地平線の向こうで今まさに昇る太陽が、暗い山際にぽつりと浮かび上がった。

白の大地と薄墨色の空に境界線を引くように、黄金色に彩られたその直線は徐々に広がっていく。

朝焼けの空がやがて二つの巨躯を浮かび上がらせた。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

[ジムスナイパーⅡコックピット内]

 

対峙したグフまでは数十メートル。先程の異常なまでの加速性能を以てすれば、一息に詰められる距離。逆に言えば、こちらのライフルが確実に命中する距離でもある。

いかに初撃を当てるか。

 

狙撃モードを起動したコンソール、レティクル内にグフを捉えながらハークレイは思考する。

膝関節を撃ちぬくか、メインカメラを破壊するか。

コックピットのある胸部に風穴を空ければそれまでだが、半身に構えたその構えからは一切の隙も伺えない。

一撃を凌がれれば、次弾装填は間に合わない。おそらくはそれこそが相手の狙いだろう。

 

雪に音を吸われ耳が痛くなるほどの静寂の中、こめかみに汗が伝う。

時間をかければ向こうの飛び込みを許すだけだ。

 

 

―それならば。

照準を素早く胸部装甲、その奥のコックピットへ合わせた。

甲高い照準確定の音。

 

この均衡をこちらから崩す…‼

 

―限界まで引き絞られた弓のように両者の間にある緊張が、そこで弾けた。

照準を合わせた瞬間、グフが動く。

 

一歩引いた左半身のバーニアに熱が入ったのをハークレイは見逃さなかった。

 

「―そこだ‼」

素早く照準をグフの右側、何もない空間へ合わせ直す。最初の照準はフェイク。

 

トリガーを押し込むと同時に機体に大きな反動(リコイル)がかかる。跳ね上がる銃身から七十五ミリが撃ち出された。

敵の初動に合わせたタイミング。加速を始めた灰の機体と交差する弾道。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

[グフ コックピット内]

 

マズルフラッシュの火炎、遅れて轟く砲音。

しかしそれらを知覚するより先にオールドマンはすでに操縦桿を繰っていた。

「やるようだがっ―」

左脚部スラスターによって自身の右へ飛び出したグフが、瞬時に右脚部のスラスターからも大量の熱を吐き出した。

爆発的な加速は、爆発的な加速によって相殺され、急激な制動がかかる。

 

膝関節を確実に撃ちぬく弾道が逸れ、弾丸がグフの右脚部から突き出た動力パイプを弾き飛ばした。冷却液が血潮のように雪面へぶちまけられる。

右脚からバランスを崩しかけるが、コックピット内のトグルレバーを素早く切り替え流路を切り替える。

沈み込む動きが止まった。

 

―凌いだ。もはや次弾は撃てまい。

メインカメラをジムへ向ける。

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

すぐに持ち直したグフがこちらを睨んだ。

 

「必要悪‼」

そのまま背面バーニアを全開にし、倒れ込むようにこちらへ突っ込んでくる。オープンチャンネルから、ノイズの乗ったその叫びが聞こえてくる。

 

「世界には共通の敵が必要だと(のたま)う‼先の戦いで戦争がもたらす甘い蜜の味を覚えたのだ‼必要悪としてジオンを黙認する連邦‼そんなもののために―」

腰横から刀を抜き放つ。

 

「軍人になったのか‼貴殿は‼」

グフの右脚側から浮き上がるような踏み込み斬。メインモニターいっぱいにモノアイが映し出され、その裂帛(れっぱく)がコックピットに響く。

 

「オレは組織のために軍人になったんじゃない‼」

背中に素早くライフルをマウントしたハークレイは正面から相対する。

 

「民を守るために軍人になったんだ。貴様とは違う‼」

盾で刀を受け止める。金属が激しくぶつかる重々しい音が、火花とともに空気を震わせる。

二つの巨人の周囲に、衝撃が円状に雪面に刻まれた。

鍔迫(つばぜ)り合いのようにお互いに、額を合わせながら一歩も引かない。

 

「立派な理想だ、しかし‼」

受け止めた刀に、柄から灼熱が走る。

 

「何⁉」

 

「その理想だけで、どれだけの民が救えたというのだっ」

熱で盾が溶断される寸前、咄嗟に腕を跳ね上げる。こちらを水平に真っ二つにする斬撃が機体左腕から頭上に向かって空を斬る。

 

「くっ…」

機体がよろめき数歩後ずさった。その隙に、構え直された刃がまっすぐにこちらの眉間、メインカメラを捉える。

 

仕舞(しまい)だ‼」

構えられた刀の切っ先が恐るべき速度で突き込まれた。

 

ハークレイは静かに目を閉じる。それは諦めなのでは無く、今まさにメインモニタに迫る殺気を読み取るための思考。

こちらへ迫る切っ先はまっすぐこちらを向いていた。本能が腕を差し出しててでも受けろと叫ぶ。

―しかしこの違和感は。

 

そうか、とひとつ思い当たる。

切っ先が真っすぐにこちらを向きすぎて(、、、)いる。狙いはメインカメラ、もしくはそれを受けた後の二太刀目が本命。

こちらの恐怖心を衝いた剣技。

 

「……ッ‼」

 

勢い良く目を開き、機体頭部をわずかに右へ傾けた。迫る刃が頭部の左側を激しい火花とともに擦過する。

バイザーが砕け、その下から現れた一対の眼光が正面からグフを見据えた。映像は乱れ、モニタ左側に深刻なノイズが走るが、そのまま一歩踏み込み、滑るようにグフの懐へ入る。

 

「何⁉」

敵の驚愕など聞こえない。腰横から素早くビームサーベルを引き抜く。そのまま真上に居合を振りぬいた。

 

刀を握ったままのグフの右手が高く宙を舞う。肘から下を斬り飛ばした斬撃はその熱で巻き上がった雪を溶かし、瞬時に細かな氷の粒を大気中に形成させた。

朝日に照らされた黄金色のダイヤモンドダストの中、宙を舞った刀が遥か後方の地面へ突き刺さる。

 

「片腕程度ッ‼」

グフの左脚のバーニアが熱量を吐き出し、その推進力に任せて横蹴りを放つ。

コックピットに激震が走り、軽々と機体が弾き飛ばされた。

 

「ぐっ…」

機体が地面を引きずり、管制塔の根元の壁へ叩きつけられる。

衝撃でヘルメットのバイザーにヒビが入った。脳髄を揺さぶられ視界が定まらない中、機体を立ち上がらせるために操縦桿を引く。

 

 

今の衝撃で駆動系にエラーが出たらしい。漏れ出す冷却液の流路をカットしつつ、ヘルメットを脱ぎ捨てた。

残った左手に一振りの刀を抜き放つ悪鬼がひび割れたモニタに映し出された。一部はもはや映らなくなっている。

 

「まだやるか。今の貴殿では、私には勝てん」

通信機能もやられたのか、ひどいノイズ交じりの無線がコックピットに響く。

 

「貴様をここで逃がせば、ジオン連邦問わず多くの血が流れる。それを許すわけにはいかない。

…お前を世界に解き放つわけにはいかない‼」

がはっ、と口からこぼれた血反吐をぬぐう。機体の各所にある寸断された配線が火花を散らしながら漏電している。

 

「多勢の命のために、私を殺すと?…はっはっはっ‼貴殿も私と同類だ。今ならばその刃、私に届くやも知れんぞ」

 

「貴様が憎い。殺したいほど憎い。だが…」

その目に活力が戻る。目の前の悪鬼を見据える。

 

「だが?」

 

「オレと貴様は違う」

 

「…いいだろう。その理想を、彼岸で部下に語って聞かせるがいい」

 

片方にビームサーベルを、もう一方にスナイパーライフルをそれぞれ抜き放ち。

あるいは残された左手に灼熱の一刀を構え。

―動き出しは同時だった。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

 

増設バーニアを全開にして踏み込む。あの満身創痍の身では策などいらぬ。

そも、私と同じ戦場には立っていなかっただけのこと。

次の一合で終わらせる。

 

コンソール横で警告音が鳴り響く。見ると機体負荷が許容量を超えようとしていた。

「この加速力では先にフレームが歪むか。しかしあと少しだ。働いてもらうぞ」

 

正面に目を戻した瞬間だった。

頭上から巨大な影が落ちてきていた。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

動いたのは同時。

満身創痍の機体。しかしハークレイはまだ諦めていなかった。

 

迫る灰の巨躯に背を向け、左手にビームサーベルを展開させると刃を壁に突き立てる。

火の粉を散らしながら壁面を融解させ、壁に長々と真一文字を刻み込んだ。

先ほどの激突で脆くなった基部が軋み始める。

 

砕ける音をを伴いながら、直径二十メートルほどの管制塔が一気に倒れこんだ。

ほぼ一直線に突っ込んできていたグフの直上、その軌跡に重なるように倒れこむ構造物を認めた灰色は

弾かれるように真横へ跳躍する。

 

二つの巨躯を隔てるように

高さ数十メートルの管制塔が衝撃とともに地面へ激突した。巻き上がる雪で周囲が覆われる。

 

舞う雪を切り裂きながら疾走する二つの巨躯。モノアイの赤い発光が、デュアルアイの緑が尾を引く。

倒れた管制塔を隔て、壁面に沿うようにお互いに加速する。

 

モビルスーツの背丈がちょうど隠れるほどの障害物。その壁ごしにお互いの位置を予測する。

駆動音、加速性能、経験、勘。全てを動員してこの一瞬にかける。

 

「…ここだっ―‼」

管制塔の中間付近、機体に急制動をかけ左脚を壁面へかける。スパイクが足裏から伸び、機体を地面と壁へと固定する。

壁に向けて撃った弾丸は確実にその姿を捉えていた。

 

しかし、壁に穿った穴から恐るべきものを見る。

 

敵はこちらの放った弾丸を避けるようにすでに跳躍をしていた。

モノアイの赤が、こちらが放った弾丸を中心にきれいな弧を描く。

 

―完全にタイミングを読まれた。

スパイクを引き戻して向き直るが、間に合わない。

 

すぐ横の壁面に十字の斬撃が浮かび上がると同時、爆発のような勢いとともに

土煙から悪鬼が飛び出す。

 

「こちらだッ―‼」

言葉とともに差し出された刃がジムの胸部装甲を捉えた。

 

「くっ―」

必死に身を引きながら全バーニアを逆噴射する。

 

グフの踏み込みに対して、なんとか反応したハークレイは目の前のモニターが融解するのを目の当たりにした。

切っ先がコックピットを掠め、寸でのところで刺し込まれるのを躱したのだ。

 

目の前の装甲が溶け落ち、冷たい外気が入ってくる。初めて対峙している悪鬼をその目で見る。

しかしこれで距離が空いた。間合いは十メートルもないが、

 

「―当てるには十分だ」

 

ライフルを構えなおして、一射。

もはや躱すことなどできない。ヤツがニュータイプでもない限り。

 

腰だめに構えられたライフルから放たれた弾丸は正確な弾道で、迫る灰の巨躯の眼前へ。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

突きを放った後の踏み込み脚に全ての体重が乗っている。

引くことも、跳躍もできない。

 

―で、あるならば。

私の道行はひとつ。

 

「押通るッ」

水平に構えた刃の切っ先をまっすぐに、飛来する弾丸へ差し向けた。

素早くコンソールを繰り、リミッタ―を解除する。

ヒートソードの出力を臨界まで上がり、自らの熱で刀身が融解を始めた。

舞った雪が刀身を中心に蒸気となってかき消える。

 

 

その灼熱の刃によって形成されたフィールドへ弾頭が触れる瞬間、高温によって弾頭の一部が溶解する。

 

 

―刹那、

快音とともに弾丸が弾かれ、グフの後方へ流れていく。

 

完全に間合いが詰まった。

 

―一歩。積雪を巻き上げる踏み込み。オールドマンが狙う先は胸部中央。

装甲の隙間から、パイロットがこちらを見据えている。―なんと年若い。

 

その目からは微塵も諦めなど感じられ無かった。

 

面白かったぞ。若い将校。

速度を落とさず、灰の巨躯の一閃がジムの胸部装甲を貫く―。

 

「な―⁉」

驚愕の声を上げたのはオールドマンだった。こちらへ向けたライフルの銃身を使ってこちらの刃を受けたらしい。

溶断されながらも、真横から叩くその力は刃の切っ先をずらすには十分だった。

 

刃がジムの左胸部へ突き刺さっていく。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

生まれた一瞬の隙。差し込まれた刃の熱をすぐ横に感じる。コックピット側へ振り抜かれれば蒸発して跡形もないだろう。

しかし、上半身を捻りながら差し込まれた刃を返すには、一動作が必要なはず。

 

―捕まえた。これで―。

 

「これで最後だ」

絞り出すような呼吸とともに動き出す。ビームサーベルを展開しグフの胸部を刺し貫く瞬間。

 

その瞬間だった。戦場に無いはずの異質なものが視界に入る。

灰色の巨躯の背後、すぐそばの地面にいるその姿を見逃すことはできなかった。

 

「子供―⁉」

迷っている時間は時間はなかった。思考より先に体が動く。

 

まるで初めからそうするつもりだったかのように。

グフの背へ、まるで抱擁するかのようにグリップを握りこんだ左腕を回す。

 

 

機体を後ろに倒れさせるわけには―ッ。

 

 

勢い良く形成された光の刃は、自分もろともグフを串刺しにした。

ビームサーベルを引き下ろし、お互いのジェネレータを誘爆させようとした刹那。

 

ジムの左胸を貫いた刃はそのまま外側へ振りぬかれ、左腕を溶断されながら地面へ倒れ込む。

----------------------------------------------------------------------------------------------------

地面へ倒れ込む蒼の巨躯を、その少年はしっかりと見据えていた。その胸には同じ齢の少女を抱きかかえている。

倒れ込む蒼の巨躯が起こす地響きに思わず少女をかばう。舞い上がる雪の中、続けて爆発が起こった。

 

視界が奪われ、前も後ろも分からない。爆風が、積雪とともに全てをさらう。体が浮き上がり、二人もろとも弾き飛ばされる。

 

「しっかり掴まって‼」

 

少女の手を掴んでいない方の手で必死に地面をまさぐる。手の皮が破け、血が滲みながらも太いケーブルのようなしっかりしたものを探し当てるとそれを夢中で掴んだ。

しっかりと繋いだはずの手が、その右手がほどけ始める。

 

「――ッ」

最後はなんと叫んだのだったか。無情にも離れた小さな手は、ただ真っ白な世界に吸い込まれ消えていった。

 

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

[U.C.0086地球]

激しい後悔とともに差し出した右手は空しく空を切る。全身から噴き出した汗の不快感で少年は目を覚ました。

いつも通りの天井。いつも通りの悪夢。突き出した右手を下ろすと、一息。

 

ベッドから身を起こす。全力疾走した後のような心臓の鼓動が治まるのを待ちながら、ふと横の丸窓を見る。

 

夜の海が眼下に広がっていた。

 

月明かりが照らす中、偽装輸送艦は大西洋上高度三万三千フィートを航行していく。

 

綺麗な満月を見上げるために、少年―アイン・ハークレイは顔を上げた。

 

 

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------

[U.C.0086???]

地球衛星軌道上、艦の通路を行くパイロットスーツの人影がある。その小柄な影はふとガラス越しに映る月を見やる。

首元のロックを外しフルフェイスを脱ぐと、その雪のような淡い長髪がはらりと舞った。ヘルメットを脇に浮かべると、そのまま慣性に身を任せる。

 

まるで宗教画のようなその光景だけは、今でもよく覚えていた。最後の一合に何があったか、私は当事者ではないから確実な事は言えないけれど。

最後に灰色の機体が放った斬撃は、とても鮮やかで。

 

それでもこう思う。あの時蒼の機体は一瞬、ほんの一瞬だったけれど、雪の上でうずくまる私たちを、迫る灰の肩越しに見つけてしまったんじゃないかって。

 

最後に私達が見たのは、二つの巨人に突き刺さっていくキレイな赤。

 

 

あれ…?私たち(、、)…?あの場所で私のそばには誰がいたんだっけ。暖かいあの感覚は…なんだったのだろう。この先は思い出せない。

 

 

―なぜか右手のひらに残っているこの感覚は一体なんだろう。

 

 

 

 

 

あれから三年。世界は未だに戦い続けている。

[END]




第一部はこれで完結となります。

第二部は
新しいナンバリングで0086の少年と少女を書いていこうとおもいます。

ここまで読んで頂いて
本当にありがとうございました


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。