【HCS】 エンド・オブ・デザイア(更新停止中) (黒廃者)
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Episode.1 結城友奈

いろいろと心配をおかけして申し訳ございません。

一年半お待たせしましたが、第二弾連載スタートです。


────鏡が写し出すものは、なにも視認できる表面の世界だけではないらしい。

 

 

 

世界のとある童話の中でも、鏡が重要な役割を果たす作品が存在し、物語を進行させるための装置として使用されていたり、日本神話にも三種の神器に八咫鏡なんていう代物があるくらいだ。

 

 

 

時に鏡は、人の内側にひしめく欲望を露わにする。

 

 

 

時に鏡は、こことは違う別の世界へのゲートとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────消えたくない、まだ、消えたくない。

 

 

終わってない。終えたくない。まだ、何も満たせていないというのに、ここで終わるなんてイヤだ!

 

 

 

何度も失敗した。何度も戦った。だが一度として、勝つことは叶わなかった……。

 

 

体が世界に溶けていく感覚……何度も味わった、敗北の屈辱。

 

 

まだだ、まだ戦いは終わっていない。終わらせない。

 

 

視界の先の、くそったれな、鏡は。

 

 

醜悪の極みに達した歪な自分の姿をくっきりと写していた。

 

 

……成し遂げるのだ。

 

 

いつの間にか、鏡の中の自分の姿は人の形に変わっていた。

 

 

一糸まとわぬ、人がこの世に生を受けたままの光景だ。

 

 

ただ一つ、全身に禍々しい痣が浮かび上がっている点を除いて。

 

 

世界に溶けてしまう感覚は消え去っていた。むしろ、大きな力を世界から受け取っているような、熱いものが流れ込んでくる。

 

 

────思わず笑みがこぼれた。

 

 

疑う余地すら煩わしいほどに確信する力が、あった。

 

 

 

 

 

今度こそ、完全なa3g@p:u44y:/-rではない存在に……!

 

 

 

 

 

 

時に鏡は、願望を孕んだ泡沫の夢を見せる…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬへへぇ~さぬきうどんうまうまだぁ。むにゃむにゃ。あ、らめらよぎゅうき~こにょうどんはわたしのぶん~。むにゃむにゃ………………ん?」

 

 

食欲そそる寝言を止めて、ゆっくりと瞳を開いた結城友奈という少女は、むくりと上半身を起こしてふわふわする頭をなんとか働かせて状況を確認する作業に取り掛かる。

 

まず下を見ると、ニーソックスに包まれた自分の足と讃州中学校のスカートがあった。

どうやら学校の制服を着ているようだ。

次に周囲に目を向ける。通い慣れた中学ではない、もちろん自宅でもない……初めて見る景色が、そこには広がっていた。

 

「……あれ?」

 

ようやく意識がしっかりしてきたため、より事実を明瞭に認識できるようになった結果。

 

 

 

 

お生い茂る、緑。

 

微かに聞こえる川のせせらぎ。

 

生き物の気配は……なし。

 

 

 

 

友奈の顔はみるみるうちに青くなっていく。

なるほどと、理解したとき、既に友奈は息を大きく吸い込んでいた。

 

 

 

「…………ここ、どこーーーー!!??」

 

 

 

迷子になった(と思わしき)少女の叫びが、深緑に包まれた世界に木霊する…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

散々あたふたした後、冷静さを取り戻した友奈はとりあえず脱出を試みることにした。

 

「まずは人類文明科学の結晶、スマホ!」

 

容易に他者と繋がることができる上にマップで居場所も確認できる最先端をいく小型端末に不可能はない。現代社会はこれ一つでどうとでもなるようにできている。

西暦の時代が生み出したまさに天↑才↓的な発明に心中感謝しつつ、友奈は嬉々として端末を起動……。

 

 

 

 

 

「圏外!!」

 

 

 

 

 

期待と安堵を抱いて勢いよく飛び立った途端に翼はもげた。

こうなると通話はおろか、SNSアプリすらまとも機能しない。

一体自分はどれほど辺境の地で居眠りこけていたのか疑問ではあるが、テンパっている彼女はそれどころではなかった。

頼みの綱はGPS機能を搭載したマップアプリ。一縷の望みをかけて起動させると……。

 

 

 

 

 

「ひ、表示不良……??」

 

 

 

 

 

こちらはなんとまともに機能しない模様。何度位置情報を取得しようとしてもうまくいかない。

結城友奈中学二年生、スマホへの造詣は一般利用者レベルで詳しいことはさっぱりなのでこればかりは手足をばたつかせても圧倒的無意味である……。

 

 

 

そもそも、彼女はどうして見知らぬ森の中で熟睡していたのだろうか。

友奈は近くにあった大樹の幹に腰掛け、一度記憶を手繰り寄せようと試みるが。

 

 

「──あ、あれ?」

 

 

思い出せない……。

すべてを忘却してしまった、というわけではない。しかし少なくとも、『森の中で寝ていた』という事実に繋がるような行動には、一切覚えがなかった。

 

 

 

未知の土地、原因不明、そして、孤独……。

 

 

 

それを理解した瞬間、ギュッと身を守るように、友奈は両手をそれぞれ反対の腕に伸ばして背中を丸めた。

 

 

 

「風先輩……樹ちゃん……園ちゃん……夏凜ちゃん……東郷さん」

 

 

 

思わず口から漏れ出したのは、勇者部のみんなの名前だった。

胸の奥で不安がぶくぶくと膨れ上がる。あの時と同じ……バーテックスの御魂へ直接触れたことで現世ではない不思議な空間に魂が囚われてしまった時と近い感覚がぞくりと友奈を襲う。

その時であった。

ポケットにしまったスマホが、突如、輝きを放ったかと思えば、何かが飛び出した。

 

「わっ!」

 

ファンシーな羽をつけてふわふわと宙に浮き、もっちりした白いぬいぐるみのような姿をしたその正体は、かつて勇者としてバーテックスと戦った彼女の精霊・牛鬼であった。

 

「牛鬼!?え、でも勇者システムのスマホはあの時壊れて……ていうか精霊は神樹様と一緒に……と、とにかく!わぁあああん牛鬼久しぶり~!!」

 

天の神を撃退し、四国を守護していた土地神の集合体「神樹」は力を使い果たした。そんな神樹から生まれた勇者たちの頼れる相棒である精霊たちも例外なく消滅し、友奈も牛鬼の最期をこの目で確かに見ている……。

復活した理由はわからないが、友奈は間違いなく絆を深めた友との再会に、抱いていた不安も忘れて歓喜した。

 

「うん、ここで諦めちゃダメだよね。絶対にみんなのところに帰るんだ!結城友奈、ファイト、オー!!」

 

牛鬼の出現で再び活力を取り戻した友奈は、牛鬼を頭の上に乗っけて歩き出す。

 

 

 

 

────背後で誰かが草木を踏みつけたことに気が付かず。

 

 

 

 

 

 

 

一時間くらいは歩いただろうか。

友奈はせっかく取り戻した活力再び喪失していた。

 

 

出られない。

 

 

深緑の大地は無限とも思わせるほどに広がっていて、人の集落は影も形も見つからない。

……さすがに危機感を覚えずにはいられない。

牛鬼はこんな時でも調子を崩さず友奈の頭の上でまぬけな顔をしている。

 

「そんな牛鬼がいてくれるから平気なんだけどね」

 

いつもマイペースな友達の姿は、友奈の不安を打ち消してくれる清涼剤でもあった。

 

 

このまま闇雲に歩いても無意味と悟った友奈は、牛鬼を頭から降ろして木の幹に腰掛け、膝に乗っける。

気分転換も兼ねて今一度記憶を辿ってみることした。

感覚的にはあの場所に酷似しているが、あの時とは状況も原因も何もかも違うように友奈は思えて仕方がない。

神樹も天の神も既にいないのだから、そういった世界に閉じ込められることはあり得ないと考えている。

もっとも、それは勝手で安易な自己解釈でしかないのだが。

 

「……うーん、やっぱり思い出せない」

 

最後に思い出せる明瞭なエピソードは……。

 

「確か東郷さんと一緒に買い物に行って、そこで変わったデザインの鏡を…………!?」

 

 

 

 

───土を踏む音が聞こえた。

 

 

 

 

目覚めてから初めて感じた、自分とは別の人の気配。

よかった、これで帰れるはず……友奈は一瞬安堵したが、それが間違いであったことに気が付く。

 

 

 

 

 

 

木々を縫うようにしてゆらりと現れたのは、装甲に身を包んだ仮面の戦士……。

 

 

 

 

 

 

トラを彷彿とさせる意匠が施された鎧と仮面、そして腰には機械的なベルトに、小さな箱のようなアイテムが装着されていた。

二本の脚で立ち、人間の特徴を捉えているのだから人であることに間違いはないのだろう。

しかし友奈は、その場から動くことができずにいた。

外見の異様さに恐怖しているのではない。まるで意思など初めからないかのような……本質から人と呼ぶにはあまりにも哀しいナニカ……そんな、得体の知れなさが警告を鳴らす。

仮面の奥に隠された表情は窺い知ることができない。が、友奈にはその奥がとても冷たく空虚であるものに思えて仕方がなかった。

 

「…………」

 

「あ、あの……?」

 

意を決して、声をかけてみる。

 

「…………」

 

「わ、私は結城友奈、です。あなたのお名前は?」

 

「…………」

 

「…………」

 

奇妙な時間が続く。

友奈と十メートルほどの距離で立ち止まった仮面の者は答えない。

そもそも口はあるのか?中身がいるなら、喋れないということはないと思うが……。

 

「は、ハローナイスチューミーチュー!……ユーアーネーム?」

 

言語を変えてみる。かなり怪しいが、一応、英語──旧世紀にアメリカと呼ばれていた国の言葉で大げさに笑顔で手を振ってみる。

 

仮面の者は、やはり答えない。

 

 

瞬間、右手に持った巨大な戦斧が、友奈の頭部を真っ二つにせんと襲い掛かる。

 

 

「うわ!?」

予め警戒していたおかげか、間一髪で仮面の者の不意打ちを避けた友奈。

しかし先ほどまで友奈が腰かけていた幹は戦斧の餌食となって切裂かれており、明らかな殺意を以ての攻撃であったことが分かる。

 

「な、なんで!?」

 

迷子返上の希望かと思った相手が実は命を狙う悪魔だったとは笑えない。

混乱する友奈に、仮面の者は追撃する。

今度は避けられない。しかし、彼女には今、精霊である牛鬼がついていた。

精霊は勇者が危険に晒された時、自動的にバリアを出現させて守護する機能を搭載している。

淡い桃色のバリアが友奈を護り、仮面の者の戦斧が弾かれた。

 

「牛鬼!?そうかもしかして……!」

 

バリアが展開されるのを見て、友奈はスマホを起動させる。

彼女の考えは、当たっていた。

 

「あった!勇者システム!」

 

そう、それは彼女が勇者としての力を発現するために用いる端末アプリケーション。

かつての戦いでは神樹を管理していた組織「大赦」から支給されたスマホに存在していたが、今回はなぜか友奈のスマホに入っている。

 

(アプリを起動すれば、この状況をなんとかできる、けど……相手はバーテックスじゃない。もしかしたら普通の人間かもしれない……!)

 

友奈は常に人として、人の味方だ。

人に勇者に力を向ける可能性が、自己防衛の判断すらも鈍らせていた。

しかしこのままというわけにもいかない。精霊のバリアは満開と呼ばれる勇者の奥義を使うためのエネルギーを消費するため、当然使い続ければやがては消滅し、身を護ることが困難になってしまう。

迷っている間にも攻撃は続いていた。

戦斧による激しい攻撃が何度も友奈を襲い、そのたびに牛鬼がバリアを張る。

 

「っ! やるしかない!」

 

意を決して、友奈はアプリを起動した。

 

 

 

 

少女は光に包まれる。

仮面の者がその輝きに怯み、大きく後退した。

 

 

 

美しい花弁が舞い散る光の中で、友奈は変身する。

勇者装束が身体を覆い、髪は桃色に染まりロングポニーテールに。

両手には手甲が装着され、その様相はさながらテレビの中のスーパーヒロインだ。

 

空間が騒めく中、やがて光が収束して消滅すると、そこには一人の勇者が立っていた。

 

 

 

「変身、できた!」

 

 

 

 

 

讃州中学勇者部所属、結城友奈────彼女は再び、勇者となった。

 




補足


勇者であるシリーズは「花結いのきらめき」が発生しないIF世界です。


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Episode.2 もう一人の勇者

黒光りする奴らが出てくる季節になりましたね。
我が家は数年前、屋根裏に殺虫スプレー巻いたせいで毎日が地獄でした。


もう二度と変身することはないものと思っていただけに、友奈は、表面上は落ち着いていながらもその内側はざわついていた。

同時に、拳を構えながらも未だに自分から脅威を排する攻撃には転じることができずにいた。

相手の正体は確かに不明だが、少なくともバーテックスではない。

勇者の力を人に向けることなど、あってはならない。

 

 

 

仮面の者──仮面ライダータイガは特に驚く様子も見せずに、自らの得物──白召斧デストバイザーに、腰のVバックルに収まるカードデッキから一枚のカードを抜き取って、装填。

 

 

【STRIKE VENT】

 

 

端的な電子音声が響くと、タイガの両腕に凶悪な爪を携えた武具──デストクローが装着され、友奈との距離を一気に詰めてきた。

 

「っ!」

 

タイガは木々をなぎ倒し、地面をえぐり、友奈を狩らんと暴虐の限りを尽くす。

勇者システムは人間の身体能力を大幅に向上させる……それにまともについてこられるということは、目の前の者はただの人間ではないという証だった。

 

(こっちの動きについてくる……手強い!)

 

次々と繰り出される攻撃を避けて、防御して、また避けて……それでも友奈は決して反撃はしない。

 

「や、やめてください!話を聞いてくださいよー!」

 

手甲でクローを受け止め、再び呼びかける友奈だったが、タイガはまるで一つの処理のみを永遠にこなすプログラムのように聞く耳を持ってはいない。

勇者システムと同等かそれ以上のパワーで、身長差を活かしてぐいぐいと上から圧をかけていく……。

友奈はそれをくるりと体を捻らせパワーを受け流し、相手がよろめく程度に力をセーブしたキックを胴体に命中させることで距離を取った。

間合いを図りながら見合う勇者と仮面ライダー……。

先にその均衡を破ったのは、友奈でもタイガでもなかった。

 

 

 

「がはっ!?」

 

 

突如、背中に強烈な衝撃を受ける友奈。牛鬼がバリアを張ったことで直接的なダメージこそなかったが、不幸なことにタイガの足元まで吹っ飛んで、そのままダイレクトに蹴りをもらってしまった。

地面を転がり、勇者装束が土で汚れる。

なんとか立ち上がって前を向くと、そこには二体の仮面ライダー。

 

「もう、一人……!?」

 

タイガのとなりで、ガゼルのような角を持つ仮面ライダーインペラーがファイティングポーズを取っている。

その身軽そうな容姿に反して、やはりどこか、その存在は空虚なものに感じられた。

二体が同時に友奈へと迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、勇ましい雄叫びと共に、誰かが友奈のすぐ横を抜き去って、タイガとインペラーに肉薄していた。

彼女は、両手に持った対の戦斧で空気を切り裂き、二体を後退させる。

 

 

 

友奈は見た。自分を護るように立つ、赤い勇者装束の少女を……。

 

 

「あ、あなたは……?」

 

「さっ、今のうちに逃げますよっと!」

 

「え?うわ!」

 

 

少女は友奈の手を取って猛スピードで駆け出した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

森は複雑に入り組んでいて、土地勘がなくとも上手く逃げ切ることができた。

追ってはいない……助かった。

二人はむき出しになった岩肌を見つけ、その陰に身を隠しつつ、周囲に敵がいないことを確認すると同時に安堵の息を吐き、変身を解いた。

 

「ふう……いやぁ、なんとか撒けてよかったぁ」

 

「はぁ、はぁ……あの、助けてくれてありがとう。私、結城友奈!」

 

「お礼なんていいですよ。あたしは三ノ輪(みのわ)(ぎん)っていいます。まさか私以外にも勇者がいるなんて思いませんでしたよ」

 

「私も同じだよ。でもすごいなぁ銀ちゃん、まだ小さいのにすごく勇者っぽかったよ!」

 

「そ、そうですか……?ストレートに褒められると照れますなぁ!」

 

銀は屈託なく笑って頭を掻いた……。

 

 

 

 

 

 

 

二人の勇者はお互いのことを話し終えて、再び森の中を歩き始めた。

銀もこの場所がどこかは分からないらしく、友奈と同じく気が付いたらここにいて、偶然先ほどの戦闘を目撃したために居ても立っても居られなかったのだという。

しかしなかなかどうしてこの二人、すっかり意気投合して気が付けば最初の不安はどこへやら。おしゃべりに夢中になってしまい、自分達がどこへ向かっているのかすら分からなくなった時は慌てたが、現在はとりあえず、太陽の出ている方向へ歩いている。

歩きながら二人は、互いの自己紹介の中で気づいた矛盾について話し合っていた。

 

「銀ちゃんって、二年前の勇者なんだよね?じゃあ今は私と同い年?」

 

「いえ、少なくともあたしは11歳のまま、だと思います。中学校に通ってる記憶なんてないですし」

 

そう、この二人は、勇者として活動していた時期が異なる。

友奈が神世紀300年に初めて勇者になったのに対し、銀は298年なのだ。

銀の方には自分の時代から先の記憶がない。つまりは、二人はまったく別の時代の人間ということになる。

 

「うーん、どういうことなんだろう?別々の時代から連れ去られましたー……てことかな?」

 

さらに不可解な謎が露わとなって、決して地頭が良いわけではない二人は同じポーズで首を傾げる。

 

「そんなことができるのってやっぱり神樹様の仕業?もしかしてここは結界の中?でもバーテックスは出てこないし……あー!さっぱりわからん!!こんな時、頭が良い須美がいてくれたらなー!」

 

ちなみに、友奈は自分の時代がどうなっているのかは話していないし、銀の方も詳細を語ることはしていない。

二人の生きる時代に差異があることが判明してから、互いの名前と勇者であること以外の詳しい事情を口にするのはよろしくないという結論を出したからだ。

異国語でタイムパラドックスなんて言葉もある。特に友奈は銀にとって未来人に等しい存在で、一層気を遣う必要があった。

友奈の暮らす神世紀301年ではもう神樹様もバーテックスもいない。真の平和を成し遂げたことを、銀に、いや、過去に存在する勇敢な勇者たち全員に報告したいという気持ちがないわけではないが、ぐっと堪える。

余計なことをしゃべってもし未来が変わりでもしたら、掴み取った人の未来を壊しかねない。

それと、一つ。友奈は銀に対して、あることを考えていた。

 

 

 

 

 

(三ノ輪銀って、やっぱり……)

 

 

 

 

 

「それにしても、ここどこなんですかねほんと。歩いても歩いてもずっと森。まるで出られる気がしない…………って聞いてます、友奈さん?」

 

銀は、友奈がボーっとしていることに気づいて足を止め振り返っていた。

 

「へっ?あ、ううん、大丈夫だよ!」

 

「さっきの戦闘もありますし、休みますか?」

 

「大丈夫!ほんとに大丈夫だから!」

 

「そうですか……キツかったら言ってくださいよ?」

 

「うん、ありがとう」

 

なんとかその場は誤魔化すことができ、胸を撫で下ろす友奈。そしてこの考えは一旦、胸の内にしまうことにした。

 

 

 

 

 

 

「……そうだ!勇者に変身して木の上から居場所を把握できれば!あれ、あたし意外と頭いい!?」

 

一キロほど進んだところで、銀は突然ポンと膝を打って頭上を見上げた。妙案を思いついたらしく、友奈が聞く暇もなく実行の準備に移っていた。

スマホアプリを起動し、二振りの戦斧を手にした赤い勇者となって、太い枝を伝って上層へと駆ける。

 

 

 

 

 

が…………。

 

 

 

 

「おわぁああああああ!!??」

 

 

 

「銀ちゃん!!」

 

 

 

どういう力が働いているのか見当もつかないが、木の頂まで登り切る直前で必ず見えない力に衝突し、地面まで落ちてきてしまう。

勇者状態なので大怪我をすることはないが、高所から落ちたのだから痛いことに変わりなく苦痛に喘ぐ銀。

友奈が心配して駆け寄るが、彼女はまだ諦めていなかった。

 

 

 

「まだまだぁ!ってぎゃあああああああ!!」

 

 

 

「銀ちゃあああああん!!」

 

 

 

「イネェエエエエエエエエエエエエエエス!!!!」

 

 

 

「銀ちゃあああああああああああああん!!!!」

 

 

 

 

と、持前の根性で何度かチャレンジしてみたものの結果は変わらず……。

登っては落ちてを繰り返した銀はボロボロの姿のまま四つん這いになって息を切らす。

 

「くっそー!なんでいけないんだよ!あの先はプレイエリア外ってか!そこはこだわろうぜ運営!!」

 

「銀ちゃん一旦落ち着こう!どう、どう!」

 

なんだか余計に疲れる羽目になった気がする二人。

とりあえず友奈より先に銀がダウンしてしまったので大樹の根本で休憩タイム。

 

 

はっきり言って、状況は好転するどころか悪化の一途を辿っていた。

心強い仲間は増えたが、この異様な森からの脱出手段は見つかっていない上に、危害を加えてくる謎の存在までいる。

持っているものといえば、勇者システムが組み込まれたスマホだけ。食料はおろか、水すらない状態では長くはもたないことは明白だ……。

目覚めてから三時間ほど。

いつしか二人の口数も少なくなって、今は会話もない。

銀は、先ほどの失態も後押ししてあからさまに暗い表情をしていた。

 

 

もしかして、このまま自分達は永遠にここから出ることができないのではないか……そんな思考が頭を支配し始めている……。

 

 

 

 

 

パン!!

 

 

 

 

 

渇いた音が響いた。

友奈が自分の頬を、両手で思いきり叩いた音であった。

諦めかけた自分自身に喝を入れたのである。

突然のことに、隣で座っていた銀は呆気に取られる。

 

「銀ちゃん!!」

 

「は、ひゃい!?」

 

これもまた突然に名を呼ばれ、思わず声が裏返った。

 

 

 

 

 

「まだだよ。まだ出られないって決まったわけじゃ、ない!」

 

 

 

 

勇者(結城友奈)はまだ、諦めていない。

 

「友奈さん……」

 

この程度で諦めるなんてらしくない……銀は心の中で少しだけ己を恥じた。少しだけ恥じて……それでも前に進もうと、誓った。

 

 

 

 

 

あの時、|すべてを護るために戦った自分に嘘はつきたくないから《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》────。

 

 

 

 

 

「よーし……勇者は根性!まだまだ諦めてたまるか!!」

 

「オー!!…………あれ?銀ちゃん、あれ!あれ見て!」

 

敵の可能性も忘れ、応援団顔負けの声で気合いを入れた友奈が、何かに気づいて慌てて指をさす。

肩を叩かれ促された銀がそちらを見る。

 

 

 

友奈と銀は、歩けど歩けどほとんど代わり映えのしない景色の中で、ついに確実な変化を認識した。

 

 

 

それは二人が休憩していた大樹の反対側……大きな木々の隙間から、明らかに人の手で造られたであろう建築物が見え隠れしていた。

そこだけすっぽりと空間が出来ていて、まるでそこだけが異世界であるかのような異質さを醸し出す。

二人が近づくことで、その建築物の正体がより一層、明瞭なものとなっていく。

 

 

 

 

 

 

「「神社だ!!」」

 

 

友奈と銀の声が、意図せず重なった……。

 

 

 

 

背もたれに使用していた大樹の真後ろだったとはいえ、どうして気が付かなかったのか。

しかし今の二人にとって目の前の神社は砂漠の中のオアシスだった。

入口である鳥居の前に立つと、その異様さがより一層際立つのを感じた。

これまで、人の建造物はおろか、本来自然界に生息しているであろう動物を、虫一匹見ていない。(なお襲ってきた二体は例外扱い)

だというのに、この神社だけは異質でありながらもしっかりと目の前に存在していた。

鳥居の額縁には何も書かれていない。

二人は緊張しながらも作法にならって鳥居をくぐった。

神社の内部は、まるで毎日清掃が行き届いているかのように綺麗だ。まっすぐ行けば、小さな本堂。よく見かける神社と大差はない。

とりあえず手分けして簡単に探索し、残るは本堂内部のみとなった……。

 

「……さすがに何かあると思ったんだけどなぁ」

 

特に脱出の助けになるようなものなどは見当たらず、肩を落とす銀。

 

「勝手に中に入るのは、良くないと思うけど……緊急事態だしここの神様も許してくれるかな?」

 

「いやいや、あたしたちの神様って全員フュージョンしちゃったから神樹様だけじゃないすか……」

 

 

 

 

 

 

「ねえ」

 

 

 

 

 

 

 

「「!」」

 

背後から声をかけられた二人は反射的に振り返った。

二人の先、すなわち鳥居の前に、女の子が立っている。

髪はピンク色で、きちっとした制服を着ている……背格好は、友奈とそう変わらない。

歳も同じくらいだろう。

しかし彼女は腰に本物と思しき真剣を帯刀としており、怪訝そうに二人を見ていた。

 

「あなたたち、ここどこか知らない?気付いたら変なとこで寝てて、変なカニっぽいのが襲ってくるしでわけわかんないんだよね。弱かったから斬ったけど」

 

不機嫌そうに物騒なことを言う女の子。

友奈は困惑しながらも答えた。

 

「えっと……私達も気が付いたらここにいて、何がなんだかわからなくて」

 

「……ふぅん、なら別にいいや。ところでさぁ、あなたたちって、強い?」

 

「え?」

 

空気が強張るのが分かった。目の前の子が、御刀の白刃をゆっくりと晒していく。

 

瞬間、『迅移』によって人の域を超えた加速で彼女は、二人のすぐ目前まで距離を詰め、握りしめた御刀──『ニッカリ青江』の刃を向けた。

 

 

 

「折紙家親衛隊第四席……(つばくろ)結芽(ゆめ)。ちゃんとわたしを楽しませてよね?」

 




ノリが仮面戦隊ゴライダーすぎる……(泣)


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Episode.3 暗転

ま た せ た な


今回ちょっと粗がやばいと自分でも思います←


刀使(とじ)────それは古来より人を襲う荒魂(あらだま)を打ち払う、御刀に選ばれた神薙ぎの巫女。

 

 

燕結芽もそんな世界に生まれた刀使の一人、であるのだが……。

 

 

 

 

 

「アハハ!あ~そ~ぼっ!」

 

 

 

 

 

少々、いやかなり特殊な心持ちをした少女であった。

持って生まれた唯一無二の才を自らの御刀に乗せて、瞳を輝かせながら二人の勇者に振るう姿は、友奈にはまるで新しい玩具を与えられた童女のように見えた。

特に、牛鬼のバリアが発動してからその太刀筋には一切の遠慮などなく、より一層の笑顔で刃を向けてくる。

最初の一太刀をバリアで防いだ後、勇者装束を纏った友奈は神社の外まで反転して後退しながら、なおも牛鬼のバリアで結芽の斬撃を防ぎ続ける。

手甲と刀で競り合い、友奈は結芽の動きを止めた。

 

「お姉さんたち刀使じゃないみたいだけど、何者?」

 

「とじ……?私は勇者、結城友奈だよ!」

 

聞き慣れない単語を怪訝に思いながらも、友奈は自分の名を名乗った。

 

「勇者?へぇ……よくわかんないけど、強いならなんでもいいよ!!」

 

嬉しそうに喋る結芽の顔は、ますます喜びに満ちていく。

瞬間、ふっと力を抜き、友奈の体が前方へバランスを崩した。

彼女は力を受け流し、迅移で一瞬にして友奈の背後を取ると、ニッカリ青江の刀身が光り、瞬時に襲い掛かる。

 

 

 

しかし、その攻撃は赤い勇者が割って入ることで未遂で終わった。

 

 

 

巨大な戦斧に弾かれた結芽の体が宙を舞うが、くるりと回転して綺麗に着地。

 

「! 銀ちゃん!」

 

「やめてください!あなたも、あたしたちと一緒なんでしょう!?こんなことしてる場合じゃ……!」

 

「良いとこなんだから邪魔しないでよ。それともあなたが相手してくれるの?それでもいいよ。なんなら、二人一緒でも……!」

 

銀の乱入でいくらか白けたものの、あくまで彼女は説得に応じる気はないらしい。

率直に言って、二対一という数的優位な立場である勇者たちだったが、それでも目の前の刀使を沈黙させるのは困難であった。

天才剣士として名を馳せる結芽との実力差は、実際に対峙したからこそ歴然であることを理解できる。

ザワザワと、深緑の森が勇者と刀使の境界で揺れる……。

間合いを図りながら、結芽と銀は得物を構えて一言も発さず、ぶつかる時を待つ。

銀の後ろで、友奈は納得できないと言わんばかりの苦い表情をして結芽を見ていた。

どんな理由があっても、人に己の……勇者の拳は振るえない、振るってはいけない。

 

「お願い、結芽ちゃん!少し話を……」

 

だから、友奈は対話を諦めない。

 

「もう……調子狂うなぁ。お姉さん、せっかく強いのにつまんないよ!美濃関のお姉さんの方が戦ってて楽しかっ……っ!!」

 

と、結芽がうんざりとため息を吐いた直後だった。

 

 

 

 

 

「───後ろ!」

 

 

 

 

 

 

 

【STRIKE VENT】

 

 

 

 

 

 

 

「「!?」」

 

 

結芽が叫んだ時、既にそいつは勇者二人の背後から忍び寄ってきていた。

 

 

 

ハサミのような武器を両腕に携えた仮面ライダー───シザース

 

 

 

不意を突かれ、真っ先に狙われたのは銀だ。

精霊のバリアがある友奈ならばまだよかったというのに……。

 

「しまっ───!」

 

戦斧の防御も間に合わない。友奈も思わず手を伸ばすが、シザースの方が僅かに勝っていた。

 

無防備の銀に、シザースのシザースピンチが迫る……。

 

 

 

 

 

しかしその一撃は、ただ一人誰よりも早くその襲撃に気が付き、誰よりも速く動ける結芽によって受け止められていた。

 

 

 

 

突発的な出来事に、友奈と銀はおろか、シザースすら、仮面の奥で驚愕していると取れるような動きを見せる。

 

「カニさん邪魔!!」

 

刀使の能力の一つ【八幡力】によって強化した筋力で、一回りも大きいシザースを押し返した。

 

「結芽ちゃん!」

 

友奈が思わず声を上げる。

結芽は無視してシザースの排除行動に徹していた。

刀使の力を駆使して追い詰めていく。それは、さながら獲物を狩る肉食生物のような激しさを持ちながら完璧に近いまでに洗練された剣術で一切の反撃を許さない一方的なワンサイドゲーム……。

友奈と銀がその圧倒的な光景に息を呑む中、卑劣な奇襲を仕掛けたシザースは、ほとんど結芽のサンドバッグ状態で、ついに膝を屈するしかなくなった。

 

「さっきやっつけたと思ったんだけどな……意外としぶといんだ。でも……」

 

勝利を放棄したのか、シザースはピクリとも動かずへたり込んでいた。

反対に勝利を確信した結芽は御刀を頭上へゆっくりと振りかぶり、獲物にトドメを刺すべく、笑いながら一太刀を振り下ろした。

 

「弱いんだから引っ込んでてよ!」

 

 

 

 

【GUARD VENT】

 

 

 

しかし、シザースは新たなカードをバイザーに一瞬で装填する。

もともと、このライダーは防御性能に定評がある。総合的なスペックこそ結芽には遠く及ばないが、ただ一点そこだけを見るならば、シザースは結芽よりも上だ。

 

「な……!?」

 

あっさり受け止められた太刀に驚きを隠せない結芽。

それもそのはず。

結芽は友奈たちと邂逅する直前、既に一度このシザースを撃退している。だが、その時の対決においてシザースはまともにカードを使っていなかった……手の内を隠していたのだ。

故に生まれた一瞬の隙。

右腕に装着されたシザースピンチが嫌な音を鳴らしながら、一瞬で結芽の腹部を貫きえぐった。

戦闘の際、御刀を通して自身の扱うカラダをエネルギー体へと変化させ運動能力を向上させる【写シ】が剥がれる。

ヒヤリとする友奈と銀だったが、実体である結芽のカラダへの負担は軽微の痛みと疲労感のみ……。

 

「こんのっ!」

 

自らの油断に苛立ちながら、再度写シを張ることもせず追撃を受け止めるが、シザースは水を得た魚の如き激しさで結芽を追い立てる。

変則的な動きに、なかなか調子が戻らない結芽……。

 

 

 

その流れを断ち切ったのは、赤き勇者の一閃であった。

 

 

 

銀がシザースを吹き飛ばしたのとほぼ同時に、友奈が結芽を強引に回収し、神社の敷地内へと後退。銀もそれに続いた。

奇しくもそれは、つい先ほどの真逆の行い。

 

「な───」

 

ダメージはなくとも衝撃で大樹に激突するシザースを横目に、結芽は面白くなさそうに仏頂面を勇者に向ける。

対し、銀は得意げに歯を覗かせてはにかんだ。

 

 

鳥居の向こうで、シザースは立ち上がっていた。

武器は未だ健在、戦闘続行の意思を示すかのように視線を三人へと向けている。

しばらく立ち止まったまま睨み合う両勢……。

 

 

 

「追ってこない……?」

 

 

 

時間にして十数秒ほど。

明確な違和感を胸の奥底に感じた友奈がポツリと呟いた時、シザースはそれを察知したかのような予想外の行動に出る。

 

 

 

 

 

 

「────え?」

 

 

 

 

 

 

今度は銀が思わず声を上げる。

 

シザースは、突如武装を解除し、背を向けて神社から遠ざかっていった。

 

 

 

急速に静寂を取り戻した世界で、友奈はますます困惑を極めていくのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

軽症にも満たないとはいえ、まともにシザースと戦った結芽。

彼女はシザースが去ったあと、「白けちゃった」とだけ呟いて、先の戦闘で油断したことを根に持ったためか、境内の日陰に移動して一人でぶつぶつと自身への文句を垂れている。

とりあえず問答無用で斬りかかってくる心配はしばらくしなくて済みそうだ。

 

「……近くに奴らはいないみたいです」

 

銀が神社の周囲をぐるりと一周して戻ってくる。

 

「一先ずは安心、していいのかな……」

 

とは言え、現状は何も進展してなどいないから、ずっとこのままでいるわけにもいかないが。

 

これまで遭遇した敵はタイガ、インペラー、シザース。

これだけ広大な森だ……三体だけではない可能性を否めなくなった今、対策もなしに迂闊に歩き回るにはこれまで以上にリスクが高いことは明白である。

何にせよ、彼女たちには情報が足りなかった。

 

 

「まだ神社の中は調べてなかったね。入ってみようか」

 

 

結芽とシザースが立て続けて現れたことから忘れていたが、そういえばそうであったなと、頷きながら、銀と境内へと向かおうとする……。

 

 

 

 

 

 

 

「────そこにいるのは誰だ?」

 

 

 

 

 

 

「「「!」」」

声がして、三人がその方向へと注意を向けると、木の陰から、訝し気に眼力を強めた男性が姿を現した。

仮面の者を除き友奈が遭遇した、少なくとも会話の通じる人間は銀、結芽に続いて三人目。それも初めての男性だ。

 

「……騒がしいと思い散策から反転して戻ってきてみれば、驚いたな。ようやくまともな姿をした人間と出会えるとは」

 

男性は三人をぐるりと見渡すと、たちまち表情から警戒の色が消え、小さく微笑みを浮かべた。

 

「え、それじゃあ、もしかして!?」

 

「ああ。君の想像する通りで間違いない。俺は織田作之助。君達と同じ、遭難者さ」

 

「私は結城友奈です」

 

「三ノ輪銀です!」

 

「…………燕結芽」

 

「立ち話もなんだから中に入るといい。なに、仮面の奴らについては心配しなくていい。俺はこの神社を拠点にしているのだが、連中は絶対に鳥居を潜ろうとはしないからな」

 

そう言って男性──『織田(おだ)作之助(さくのすけ)』は境内に上り、少女達を手招きした…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむ……概ね、状況は同じだよ。気が付いたらこの世界にいて、妙な連中に襲われてここに辿り着いたのは君達がやってくる一時間ほど前だ」

 

四人は床に腰掛け、互いの状況を報告し合った。(結芽だけは少し離れたところで御刀の鍔に引っ掛けてある猫のストラップを弄ったり、時折胸元に掌を押し当てて何かを確認するような仕草を取りながら聞き手に徹していた)

 

 

 

 

神社の中に入るという経験は、関係者か祭事か、よほどのことでなければすることがないだろう。

しかし偶然にも友奈、銀、結芽の三人は、自らが持つ力の行使に神か、又はそれに近しいものを必要としており、目の前の光景と似たような施設には心当たりがあったため、新鮮さはなかった。

電気は当然通っていないため薄暗く、木造の独特な香りと静寂がもたらす緊張が、外の世界とは異世界であるような、まさに境界の隔たりを感じさせる。

そんな中で最も奇妙なのは、神社であれば必ず祀られるであろう神の存在が、どこにも見当たらないことであった。

友奈と銀はまずそこに違和感を覚える。

無論、存在がどこにもない、とは文字通りの意味ではなく、設備のことだ。

この神社にはそれらしい設備が、どこにも置かれていないのである。

直接目にしたことはなくとも、神社には神様がいるのだから大小なりともそういうものがなくてはおかしいのだ。

しかし、ない。奥の中央には、なんだか不安を煽るような奇怪なデザインの丸く大きな鏡が置いてあるだけであった。

まさかあの鏡が神の代わりなのだろうか……いや、それにしては周囲の装飾が殺風景すぎる、と友奈は感じていた。

 

 

 

一区切りついたところで、作之助がふと呟いた。

 

「しかし、神世紀に勇者に刀使に荒魂……どれも聞き慣れない単語ばかりだな」

 

「わたしも勇者なんて聞いたことないよ。刀使でも荒魂でもないのにあんな風に飛んだり跳ねたりする人間見たことないし。あ、でも紫様なら素でできそう」

 

結芽も話に加わる。

 

「それを言うならあたしも未だに信じられませんよ。二人が西暦の時代の人だなんて……まるで時間だけじゃなく、生きてきた世界まで違うみたいです」

 

「……この疑問は一先ず後回しだな。幸い、人間社会の一般常識が異なるほど大きな差はないようだし……友奈?」

 

作之助が難しい顔をしながら両手を上げて議論の終了を促したところで、作之助は途中から存在感をなくしていた友奈に気づいた。

 

「………………」

 

「友奈?」

 

聞こえていないのか、名前を呼んでも彼女は返事をしない。

 

「友奈さん?」

 

銀も呼びかけるが、やはり反応がない。結芽も怪訝な視線を送る。

 

「おい友奈!」

 

作之助が、右手で友奈の肩を軽く叩いた。

 

 

 

「うぇ!?」

 

 

 

「どうかしたか?」

 

「あ、いやその……入った時から気になってるんですけど……」

 

ようやく我に返った友奈が、そう言って指さすのは、あの奇妙な鏡。

 

「それか。確かに不思議なデザインだが、何の変哲もない、祭事か何かのためのものだと思うが」

 

「そんな鏡見て、なにか面白いわけ?」

 

「うーん、そういうわけじゃないんだけど……なんでだろ?あははは!」

 

不自然さ故に沈黙が支配する……友奈は自らが作り出してしまった状況をどうするべきか困惑し心の中であたふたし始めた。

 

「…………とにかく、今はみんな休むといい。念のため俺は外で見張っているから、何かあれば呼んでくれ」

 

と、ここで気を利かせた作之助が切り替えの一言。

友奈はホッと胸を撫で下ろし、彼に小さく頭を下げた。

 

 

 

 

「いろいろとありがとうございます、織田作さん!」

 

 

 

 

 

 

『織田作』────そう呼ばれた直後、外に出ていこうとした作之助の足が止まる。

 

「……気にするな。まだ事態が好転したわけじゃない」

 

彼は振り返ることなく、優しくそう言って出入り口から外に出て行った。

 

作之助の影が見えなくなると、結芽が友奈に問いかける。

 

「おださくってなに?」

 

「え?何となくそう呼んだ方が親しみやすいかなぁ、なんて……」

 

 

 

「いいですねぇ、じゃあせっかくだし織田作で統一して呼ばない?」

 

「はぁ?なんでわたしまで!?」

 

「固いこと言うなよつば〇郎~!」

 

「畜生ペンギンじゃないし!!」

 

畜ペンが世界共通かはともかく……。

 

結芽とも少しは打ち解けられたと確信する友奈であった……。

 

 

 

 

キーン……。

 

 

 

 

(───?)

 

瞬間、異変は起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

(やれやれ……こうも懐かしく感じるとは)

 

そんな談笑の欠片を、作之助も密かに聞いていた。

織田作という愛称は、実は友奈のオリジナルというわけではない。彼が織田作という呼ばれ方をしていたのは、随分前からだ。

 

(今頃何をしているのやら……)

 

まだ作之助がヨコハマと呼ばれる街のポートマフィアに属していた頃。

それは今は遠い先の世界。

彼は、そこにいるであろう友に想い巡らせる……。

 

 

 

 

 

鳥居の傍に、何者かの気配を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、頭がキーンって、割れ……痛い!?)

 

友奈は突然の強烈な頭痛と耳鳴りに苛まれ思わず床にうずくまる。

その様子に気付いた二人が驚いて駆け寄った。

 

「友奈さん!?」

 

「ちょっと、大丈夫おねーさん!?」

 

呼吸は荒く、全身に冷や汗がべっとりとこびりついていた。

時折我慢できず声が漏れ、明らかに異常を訴えていることは外部からも容易に見て取れるだろう。

 

このままではまずい……銀は立ち上がって、「織田作さん呼んでくる!」と結芽に投げつけるように言うと、急いで外へ飛び出した。

 

 

 

「織田作さん!友奈さんが倒れて────え?」

 

 

 

「何してんの!?」

 

扉を開けたまま呆けている銀を見かねた結芽も外に出てきた。

 

 

 

 

作之助は、銀髪の女性と向き合っている。

両者は緊張感を解くことなく、ただ見合っていた。

 

「……だれ?」

 

「さ、さあ……」

 

顔を見合わせ困惑する銀と結芽。

すると、沈黙を破り、女性が口を開いた。

 

「なぜ、私がここにいる?」

 

「なに……?」

 

言葉のニュアンスの妙さに眉を顰める作之助。まるで自身が存在していることそのものに困惑しているかのようだ。

 

 

彼女はその表情から当惑の色を隠すことなく、次の瞬間、確かめるように、衝撃的なことを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────私は、消滅()んだはずだ

 

 

 

「「「!?」」」

 

 

 

 

時同じくして。

 

 

友奈の意識が、闇へと溶けていく…………。

 



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