赤い弓兵に成り代わり、ファンタジー世界で第二の人生を (松虫)
しおりを挟む

我が身は赤き弓兵となりて

私、神崎涼香は、本日死んだ。

覚えている最期の記憶は、ボールを追って道路へ飛び出した男の子を突き飛ばし、彼の身代わりの如く車に跳ね飛ばされた所までだ。

全身に走った衝撃と痛みに、当然ながら意識を持っていかれ。

 

(あ、これ死んだ)

 

確定事項である。それ程の勢いだったのだ。

なのに、何故か。どういうわけか、私の意識は再び戻ってきた。

目を開けた先の光景はーーーーーー

 

「・・・・・・も、森?」

 

思わず発した言葉、その声に、私は強烈な違和感を感じた。

低いのだ。声が物凄く。

いや、元々私は周りの女の子達よりも、声は低めだった。

しかし、女の子の『低い声』と、今私が発したであろう声の低さと、まるで違う。

これは男の声だ。しかも、聴き覚えのある、とても良い声。

 

「・・・・・・あー、あー、テステス・・・・・・嘘だろ・・・・・・」

 

もう一度、声を出して確認する。よし低い。そしてかっこいい。

呆然と、私は目の前を覆う樹木と、その隙間から見える青空を見つめた。よし、とにかく立ち上がろう。

仰向けにひっくり返っていた状態から、私はむくりと立ち上がった。

そして、身体を見下ろして絶句する。

 

「な、何だ・・・・・・これは・・・・・・!?」

 

この服装を、私は嫌というほど知っている。

特徴的な赤い外套、これは、あのキャラクターのものだ。

無意識に自分の両掌を見てみる。その色は褐色、そしてがっちりした男の手。

 

「アーチャー・・・・・・?」

 

私はこの姿をした人物の名を、ぽつりと呟いた。

最近、遅めながら友人に勧められて読んだ漫画ーーfate/stay nightに登場する赤き弓兵の名を。

 

「な、何故私が・・・この姿に・・・?一体何が起きている、夢かこれは!?」

 

口調も、しっかり変わっている。もともと女の子らしい口調でもなかった私だが・・・・・・いやいや、そういう問題じゃないか。

一頻りパニックになって、頬を引っ張ってみたり、木の幹に額をぶつけてみたり(かなり痛かった)したわけだが、どうにかこれが夢ではなく、紛うことなき現実であることを認める。

 

「・・・さて、これからどうしたものか」

『あの・・・すみません。今大丈夫ですか?』

 

辺りは壮大な緑一色、現在地の手がかりなし、聞き込みをしようにも、人っ子一人見当たらない。

完全に「詰んだ」状況に、途方に暮れていたとき、いきなり頭の中に子供の声が響いた。

 

「っ・・・!?誰だ!」

 

脳内に直接声が響くというのは、正直物凄く気持ち悪い感覚である。

思わず頭を片手で押さえ、私は警戒心MAXで叫んだ、

 

『ご・・・ごめんなさい、まだ上手く調整がとれないみたいです。少し我慢して頂けますか。すぐに貴方に周波を合わせますので・・・・・・』

 

謎の声は申し訳なさそうに謝り、暫しの沈黙後、再び語り出す。

 

『これでどうでしょう。気持ち悪さはありますか?』

「いや、だいぶクリアに聞こえる。問題ない」

 

かなり聞きやすくなったので、続きを促すように私はその場に腰を降ろした。

 

「それで?君は一体何者かね」

 

謎の声は一瞬、躊躇うように間を開けたが、すぐに私の質問に答えた。

 

『僕は・・・今貴方のいる世界の神だったものです。その世界の任期を終え、僕はとある別世界に転生しました。新島 悠一、それが今の僕の名前です。そして・・・・・・貴方に命を救われた子供です、神崎 涼香さん』

「・・・・・・・・・は?」

 

ああ、私はこの短い間に、何度絶句すればいいんだろう。

堰を切ったように話し出す神様の声を呆然と聞きながら、私はぼんやりとそう思ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

とりあえず、神様の話を要約すると。

曰く、この世界の神は、赴任期間が決まっており、任期を終えると別世界に転生し、様々な経験を積むことで神としての格を上げることが出来る。

曰く、この神様・・・・・・あー、面倒だから新島少年と呼ぼうか。新島少年は、咄嗟に私の魂をこちらの世界に転移させたのはいいが、身体の方は跳ねられ何処ぞに打ち付けられた衝撃でグッシャリと潰れ、とても使えるものではなかったらしい。

彼自身も私の顔なんて覚えてなかったため、仕方なしに私の記憶を読み、一番印象深い人物の姿を私の身体として造り上げたらしい。

ちなみに何故この性別にしたのか聞けば、パニックになってつい、との事だった。

 

「それが、今の私の姿というわけか」

『はい・・・・・・その、本当に申し訳ありません。何とお詫びすればいいか・・・・・・』

 

今にも泣き出しそうなその声に、私はふう、とため息を付く。

 

「・・・・・・君は無事だったのかね、新島少年」

『え・・・・・・?』

「怪我は?痛みのある所は?」

 

今ここで、彼の顔を見ることが出来るなら、大層間抜けな顔をしているだろう。私は薄らと笑う。

 

『い、いえ、僕は・・・・・・無傷です。何処も怪我してません』

「そうか・・・・・・なら、私は構わない」

 

何せ、私は身寄りがない。両親は私が幼稚園の時に交通事故で二人共亡くなってしまった。

死ぬまでの間、叔母夫婦のお世話になっていたが、どうも折り合いが悪く、高校を卒業したら就職して、独り暮らしを始めようかと思っていたところだ。

 

「正直、あの家から解放されてありがたく思っているよ。それに、死んだというのにもう一度人生をやり直す機会を貰った」

 

だから、あまり気に病まないで欲しい、と私は新島少年に告げた。

向こうは言葉を無くしたのか、今までで一番長い沈黙が返ってきた。

 

『な・・・・・・何て・・・・・・何て心の広い方でしょう・・・・・・うぅ・・・・・・ぼ、僕は取り返しのつかないことをしてしまったというのに・・・・・・ひっく、こんな言葉を・・・かけていただけるなんて・・・・・・!』

 

やがて聞こえてきたのは、嗚咽混じりの、しゃくり上げる新島少年の声だ。

 

「い、いや、何もそんな泣かなくても・・・・・・」

『泣きます!泣きますよ!ええ、泣かずにおられましょうか!?』

 

雛鳥のように泣きながら、新島少年は力強く言い放つ。

 

『決めました。僕、貴方に一つ贈り物をしたいと思います』

 

すびび、と鼻をすすり、新島少年は唐突にそんなことを言い出した。

何か胸騒ぎがするような、しないような。

 

「贈り物・・・・・・?」

『はい。僕は貴方の身体を造る時、出来るだけその身体のモデルになった方と同じ能力を付与しました。体力や精神力・・・・・・あらゆる能力を、そっくりそのまま。つまり、その方の宝具とやらも、貴方は使うことができます』

 

なん・・・・・・だと・・・・・・!? あれが使えるのか、『無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)』が!?

それだけでも感激ものなのに、さらなる驚きを新島少年はもたらす。

 

『僕が貴方に贈る「力」は・・・他の方の宝具も、使用可能にする力です。例えば、ゲイ・ボルグとか、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)とか』

「なにそれ凄い」

『Fate/Grand Orderでしたっけ?そこで見た宝具は全て使用可能にしておきました!』

「神様容赦ない」

 

どどん、と効果音が付きそうなくらいのドヤ声で言い放つ新島少年に、私は乾いた半笑いでユルいツッコミを入れる。

 

『ちなみに、剣以外の物を創り出しても、威力は落ちませんからね?元・主神の威厳にかけて、そんな半端な贈り物は出来ませんから』

 

わーお、投影魔術の弱味まで克服済みなのか。

 

「いやいやいや、幾ら何でも多すぎだろう。私には、そんなに宝具を撃ちまくれる程の魔力はないと思うんだが・・・・・・」

『それは大丈夫です。今魔力保有量をぐぐーんと底上げしたので』

「仕事が早すぎやしないかね!?」

 

すかさずつっこむ。ちょっと待て、何だそのチートっぷりは。新島少年、君は私に人間兵器にでもなれと言うのか。

 

『あ、すみません・・・・・・そろそろ時間切れのようです。一度にこうして元の世界と話せる時間は決まっておりまして。後の細かいことは、僕の眷属に聞いてください。では、良い人生を!』

「眷属?あ、待て、おい!」

 

爽やかなさよならの言葉と共に、プツッ、と新島少年との通信は途絶えてしまった。

一番肝心なこと、ここはどういう世界なのかを聞き損なってしまったが・・・・・・眷属、とはどういうことだろう。

私はよっこらせー、と立ち上がり、ガリガリと頭を掻いた。

仕方ない、少し辺りを彷徨いてみるか、と足を進めようとしたその時、目の前にぴゅーんと青く輝く何かが降りてきた。

 

「おお、見つけましたぞ!貴方様がアリステア様の仰られていた、赤服の弓兵殿!」

 

体調は約20センチ程、エメラルドのような瞳に、キラキラとメタリックなブルーの鱗が眩しい「それ」は。

 

「・・・・・・神様の次は、仔ドラゴンか」

 

なるほど何となく分かった。この世界のことが、ふわっと。分かったというより、察したというのかな。

 

「むむ、ワタクシ子供ではございませぬ。ワタクシ達フェアリードラゴンは、これ位で一人前の大きさなのです。そして、この世界の元・主神、アリステア様の眷属にございます!」

 

心外だと言わんばかりに、仔ドラゴン改めフェアリードラゴンはキィキィと喚いた。口からはゆらり、と青い炎が漏れている。

 

「これは失礼した。何分、いきなりこんな世界に連れてこられてしまって、色々と知識不足でね」

 

私は急いで謝った。火でも吹かれたらやばい。

というか、新島少年の神様名はアリステアというのか。今度通信が来たら呼んでやろう。

 

「よろしゅうございます。聞けば弓兵殿は、今アリステア様がご修行されている世界の方だとか。それでは何も知らぬのも無理のないことでございましょう」

 

フェアリードラゴンは、小さな胸をどどんと張ってみせる。ちょっと可愛い。

 

「アリステア様から勅命承りました、ワタクシの名はラピッドと申します。今この時より、ワタクシは貴方様の『 導きの矢』となりましょう。幾久しく、お側でお仕えいたします」

 

ふむふむ、要するにナビゲーション役兼マスコットキャラ要員か。幾久しく・・・・・・幾久しく!?

 

「君、いやラピッドといったかね?幾久しくとはどういうことだ?」

 

ラピッドの小さな手と握手を交わしながら、私は彼(声の感じからして多分オスだろう)に問いかけた。

 

「言葉の意味のままでございます。ワタクシはアリステア様より、こちらの世界に不慣れな貴方様を導くよう、命を受けてきたのです。当然ながら、身の回りのお世話もいたしますとも!」

 

ええー・・・・・・そんな突然こんな右も左も分からない、どこの馬の骨とも知らない変な奴の面倒見ろとかどんなブラック案件なんだ。

私の困惑したような様子に気がついたしく、ラピッドは途端悲しげな顔をする。

 

「あの・・・ワタクシ、もしやお邪魔でございますか?ワタクシのような者に、付き纏われるのは、お嫌でしょうか」

「いや違う、断じて違う!可愛いから万事OKだ!」

 

きゅぅーん、とでも鳴きそうな雰囲気に、私は両手でラピッドの脇を抱えて、高い高いをするように持ち上げた。

 

「私が気にしているのは、君の残りの人生(竜生?)のことだよ。私に付きっきりでは、君のこれからしたかった事や見たかったものや・・・・・・そんなことが出来なくなってしまうのでは、と危惧したのだ」

 

私の言葉を聞き、ラピッドはエメラルドの目を真ん丸にしてみせた。

 

「とんでもございません!恥ずかしながらワタクシ、今まで誰かにお仕えするばかりで、外の世界というものをじっくり見たことがなかったのです。今回、アリステア様より命を頂き、外の世界を貴方様と見ることができるようになりましたので、とっても嬉しいのです」

 

パタパタと薄い羽根を羽ばたかせ、ラピッドは楽しげに、歌うように言う。尊い。

 

「そこまで無条件に信用してもらって、こちらとしては嬉しい限りだが・・・私が、もし悪人だったりしたらどうするつもりかね」

 

苦笑する私をみて、ラピッドはずばっと一言。

 

「貴方様が悪人であれば、アリステア様がこちらに連れてくる筈がありません」

「・・・・・・そ、そうか」

 

即答された。暗にお前はいい奴だと言われて、背中がむず痒い。

 

「あー、とにかく場所を移動しようか。さすがにこの場所はもう飽きてしまったよ。道すがら、色々話してくれるかね」

 

私はラピッドを離すとようやくこの緑の空間から、一歩踏み出せたのだった。

 




やってしまった。
テキトーに続くかも・・・・・・?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

投影魔術の本領発揮

たくさん書けたなー、と思っても、投稿してみたら意外と少なくて愕然。
早くもお気に入りが2桁で戦慄。
皆様、ありがとうございます。


足元を這う太い木々の根、柔らかな緑の苔、清々しい新緑の香り。

 

「マイナスイオン・・・・・・」

「むむ、何か仰られましたか、弓兵殿?」

「いや何でもない」

 

ラピッドにお願いして、とりあえず人のいる場所に案内してもらっている道中、色々とこの世界の事を聞いていた。

ざっと簡単に説明してもらったところ、この世界は四つの大国に分かれているという。

一つ、火の国『ルーンベルグ』

主に人間の王が治める国。最近では様々な種族が入り混じってきて、専ら「人種のサラダボウル」のようになってきているらしい。

二つ、水の国『フィリッツァ』

主に人魚の一族が治める国。伝統を重んじる国で、あまり他国との交流がなく、悪く言えば保守的。

三つ、風の国『スタンフィールド』

主に獣人が治める国。緑多く、気候も穏やかではあるが、獣人達は誇り高く好戦的で、軍事国家のようでもある。

四つ、土の国『マギア・アギナ』

主にドワーフが治める国。険しい岩道が多いが、創造に長けたドワーフの国らしく、建造物や工芸品などが素晴らしい国のようだ。

やっぱり私の想像通り、剣と魔法のファンタジー世界のようだ。

ちなみに、今いる場所は、火の国『ルーンベルグ』の首都より西の森。近くに『カタール』という小さいながらものどかな村があるらしい。

 

「随分ととんでもない世界に来てしまったようだ。まるでゲームやラノベのようだな」

 

私は辺りを飛ぶ見たことのない虫や生き物を観察しながら、そう言った。

 

「そういえば、弓兵殿。ワタクシ貴方様を何とお呼びすればいいのでしょう。いつまでも弓兵殿、とは・・・・・・」

 

ラピッドが飛びながら振り返り、小首を傾げた。可愛い。

 

「そうだな・・・・・・」

 

私はうーん、と考え込んだ。エミヤは・・・・・・うん、多分違う。この身体は彼をモデルにしたものだが、彼自身ではない。かといって、生前の名前を使うにも無理がある。

 

「アーチャーと呼んでくれ。今は、この名が一番しっくりくるのでね」

 

クラス名だが、何者でもない私には丁度いいだろう。あれだ、もし誰かに何か言われたら、記憶喪失で自分の中に残った言葉がこれだけだった、とでも言えばいい。

 

「畏まりました。それではアーチャー様、そろそろ戦闘の準備をなされた方が宜しいかと」

「・・・・・・戦闘?」

 

不穏な言葉に、思わず顔を顰めたその時、何処からか悲鳴が響き渡った。

声の雰囲気からして、子供・・・・・・少年だろうか。

 

「アーチャー様、こちらです!」

 

ラピッドはそういうや否や、凄い速さで飛び始める。

 

「なっ!?待て待て待て!?」

 

いきなり置いてけぼりか、と私は慌ててラピッドを追いかける。

そして、自分のあまりの足の速さに絶句した。

まず、普通の人間では絶対に出せないスピードだ。車と余裕で並走出来るんじゃないか、これ。

 

「サーヴァントが実際にいたら、こんな感じなのだろうな・・・!」

 

冷や汗をかき、私は規格外の身体の性能を噛み締めた。

森の中を疾走すること数分、ラピッドが声を張り上げる。

 

「アーチャー様、こちらより飛びます!武器の準備を!」

 

え、飛ぶ!?飛ぶって!?私羽根とかないんだが!?

頭は混乱する中、身体は真逆で。

 

「トレース・オン」

 

掌に硬質な感触、投影魔術で出したのは、あの黒い洋弓だ。

そのまま道の脇から私とラピッドは、下へとダイブする。

 

「ッーーー!?」

 

生まれて初めてのフリーフォールに、みっともなく絶叫しなかった私を誰か褒めてもいいと思う。

 

「アーチャー様、あれを!」

 

隣で叫ぶラピッドの指し示す方向を見て、私は息を呑んだ。

馬鹿でかい猿の化物が、一人の少年を引き裂こうと、丸太のような腕を振り下ろそうとしている。

 

「やらせるものか・・・・・・!」

 

落下中という条件の悪い中、私は身体のバランスをとり、弓に矢を投影し番えた。そして引き絞り、手を離す!

ドンッ!と空気を震わせ、矢は真っ直ぐに猿の化物の腕を目掛けて飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~???視点~

 

どうして、ああ、どうして。僕はここで死ぬのか。

オーガエープ(人喰い猿鬼)の太く、鋭い爪の生えた腕が、僕を横薙ぎに引き裂こうとするのを、見上げるしかなかった。

母の手伝いで、薬草をとりにいつもの道を歩いていただけだった。

目当ての薬草を見つけて、さぁ帰ろうとした時、突然オーガエープが襲いかかってきたのだ。

この辺りには、そんな魔物は今まで見つかっていなかったのに。

必死で逃げた。今日この時ほど、僕は自分がヒーラーを選んだことを後悔した日はない。

運の悪いことに、木の根に躓き無様に転ぶ。

その時足をくじいたのか、僕は走れなくなってしまった。そして、冒頭に至る訳だ。

恐怖で身体が軋む。オーガエープの腕が振り下ろされ、僕は無駄と知りつつも両手で頭を覆い、目をぎゅっと閉じた。

聞こえたのは、ボッ、という炎が点ったような音と、オーガエープの絶叫だ。

死ぬ筈だった僕は、その声に驚いて目を開けた。

見れば、オーガエープの腕は半分ほど吹き飛ばされ、真っ赤な血を溢れさせている。

突然すぎる事態に、目を白黒させていると。

ズダン!と目の前に、赤い服をきた男の人が降り立った。

背は高く、ガッチリした背中が頼もしい。そして、その手には黒く巨大な弓。

もしかして、この人が・・・・・・?

呆然と見ていると、視線に気づいたのか、振り向いた鋼色の目と視線があった。

褐色の肌、白い髪・・・・・・顔はとても整っている。

 

「君!大丈夫かね!?」

 

その人は僕に駆け寄り、僕を抱き起こした。

 

「えっと・・・・・・その、足をくじきました」

 

膝裏と脇腹辺りに手を入れられ、軽々と横抱きに持ち上げられる。

そして近くの木に僕を降ろそうとしたが、背後からオーガエープが怒りに燃えた目つきで、突進してきた。

 

「あ、危ない!」

 

しかし男の人は焦った様子もなく、落ち着いた口調で言った。

 

「ラピッド、頼む」

 

ひゅん、と煌めく青い何かが、僕達とオーガテープの間に割って入ったかと思うと。

 

「承りました!霜走る棘(フロスト・ニードル)!」

 

キィキィ声が応え、オーガエープの足元目掛け青い光が走る。

足を霜で凍らされ、勢い余ったオーガエープはつんのめって転がった。

 

「トレース・オン、干将・莫耶」

 

男の人の呟きが聞こえたと思ったら、いつの間にか弓は消え、その手には白と黒の双剣が握られていた。

身を返し、オーガエープ向かって疾走する。

一閃、二閃、白と黒の刃が、巨体に叩き込まれ、血が吹き上がった。

そして、二本の剣がオーガエープの首に深々と突き刺さったかと思えば。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

剣は派手に爆発、頭を吹っ飛ばされたオーガエープは、ドウッとその場に倒れ伏した。

血飛沫と肉片がバラバラと舞い散る中、悠然と立つその姿は、恐ろしくも美しかった。

 

「お見事です、アーチャー様!さすが、ワタクシのお仕えする主!」

 

パタパタと羽音をたて、小さな青いドラゴンが誇らしげに言うのを、男の人は苦笑して見ていた。

 

「少しやり過ぎたと思っていたんだが」

「何をおっしゃいます、あれ程で丁度いいのですよ。あの猿鬼、アーチャー様を喰らおうとしていたのですから!」

 

ほのぼのと会話を続けながら、男の人と青いドラゴンはこちらに近寄ってくる。

そして、へたりこんでいる僕の前で片膝を付き、優しげな眼差しと声で言った。

 

「もう大丈夫だ。よく頑張ったな」

 

その一言を合図に、僕の意識はぷちんと途切れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~アーチャー視点~

 

安心したのか、少年は目の前でキューっと気絶してしまった。

 

「おやおや、足の痛みもありましょうに。余程あの猿鬼が恐ろしかったのですねぇ」

 

ラピッドはくるくる、と笑うように鳴き、少年の周りを飛び回る。

 

「いや・・・・・・あれは恐ろしいだろう。私も以前の身体であれば、何もできずに死んでいた」

 

本当に、身体が戦い慣れていたお陰でよかった。あれだけの動き、絶対に普通じゃできない。

 

「移動しよう。少年の介抱をするにも、ここは余り綺麗な場所ではないからね」

「それはワタクシも同感でございます」

 

血塗れスプラッター劇場と化したこの場所だと、目覚めはきっと悪い。私ならもう一回気絶できるぞ多分。

という訳で場所を変更、柔らかな苔に覆われた木の下に私は腰を下ろして、伸ばした片足の膝に少年の頭を乗せる。

 

「ラピッド、申し訳ないが、この布に水を含ませてきてくれないか」

「承りました!しばしお待ちを!」

 

またまた投影した布を二つラピッドに渡すと、それを小さな手で受け取り、ロケットのような勢いで飛んで行った。

それを見送り、私はやれやれと深く息を吐いた。

生き物の「死」を、あんなに間近に感じたのは初めてだ。肉と骨を断つ感触は、これから忘れ去られることはないだろう。あれがもし、人だったら。

考えるだけで寒気がした。いや、化物だから殺せたのかという訳ではない。

しかし、これからこの世界を生きていくからには、何れ人を手にかける時が来るかもしれない。

 

「・・・・・・私は、殺せるのだろうか」

「何をでございますか?」

「うお!?」

 

耳元でいきなりラピッドの声がして、私は思わず肩を跳ね上げる。

 

「び、びっくりした・・・・・・早かったな、ラピッド」

「むふふ、フェアリードラゴンの飛翔速度をナメてもらっては困ります。はい、アーチャー様!お水を含ませた布と、オレンゾの実でございます。甘酸っぱくて美味しゅうございますよ」

 

しっとり冷たい布で包まれた丸い実を渡して、ラピッドはキラキラとエメラルドの瞳を輝かせて私を見る。

あー・・・・・・これ、動画とかで見たことある。いい事したわんことかが、褒めて欲しいときにする目つきだ。

布を折り畳んで、少年の額とくじいた患部に乗せた後、私はよしよしとラピッドの頭を撫でてやった。

 

「ありがとう、ラピッド」

「お安い御用でございます!」

 

はたはた振られる尻尾の可愛さに、私は溢れる笑みを抑えられない。

そのままのんびりしていると、微かな呻き声が聞こえて、私は膝上の少年を覗き込んだ。

透き通った紫色の瞳がぼんやりと宙をさ迷い、私をゆっくりと認識したその途端。

 

「う、うひゃああああ!?」

 

悲鳴をあげて飛び退かれた。結構ショックである。

 

「あー・・・・・・大丈夫だ。私は君に危害は加えない」

 

とりあえず両手を軽く挙げて、悪意や敵意が無いことをアピールしてみる。

 

「落ち着かれよ、人間!命を救ってもらった主様に対して、そのような態度は何事か!」

 

ラピッドが憤慨したように少年の周りを飛び交うのを宥めて、私は少年から落ちた布を拾い上げる。

 

「驚かせてしまったのなら、すまない。くじいた足は大丈夫かね」

 

安心させるように笑いかけてみせると、足の痛みを思い出したのか、小さく痛っ、と呟く声が聞こえた。

 

「私が怖いのはわかる。だが、せめて君を家に送り届けるまでは、やらせてくれないか」

 

一言一言、ゆっくりと少年に噛んで含めるように言ってやれば、少しばかり少年は身体の力を抜いてくれた。

 

「あの・・・・・・ごめんなさい。僕、びっくりしてしまって、その、ほんとにごめんなさい!」

「あんなものを見せられれば、誰しも驚くものだ。君が悪いわけではない、謝る必要はないと思うがね」

 

涙目でぺこぺこ頭を下げる少年。かなり怖がらせてしまったようだ。

これ以上怯えられないように、私はなるべく優しい声を出すように努めた。

 

「君、名前は?」

 

私は、ラピッドが持ってきたオレンゾの実の皮を剥いて半分に割り、片方を少年に差し出す。

ふむ、これはまんまミカンだな。香りも味も、よく似ている。違う点といえば、あの薄皮がないところだろうか。

恐る恐る私からオレンゾを受け取りながら、少年は小さく名乗る。

 

「ラフィールです。ラフィール・バレット、といいます」

 

兎のようにビクビクしている少年は、妙にカッコいい名前の持ち主だった。

ちょっと笑いそうになるのを無理矢理押し込め、私も自己紹介する。

 

「私のことは、アーチャーと呼んでくれ」

 

アーチャー、と聞き、少年の顔が不思議そうな表情をつくる。そりゃそうだろう、「弓兵」なんてリアルで名乗る名前ではないのだから。

少年、もといラフィールは、私の前で深々と頭を下げた。

 

「助けて頂いて、本当にありがとうございました。どうお礼をすれば良いのか・・・・・・」

「・・・そうだな、礼をしてくれると言うのであれば、この辺りの村に案内してくれないだろうか。」

 

うんうんと悩み出すラフィールに私が提案を出すと、彼は表情を輝かせた。

 

「えっと、でしたら僕の家へ来てください!先程のお礼も兼ねて、大したことは出来ませんがおもてなしさせていただきます」

 

どうだろうか、の意味を込めてラピッドの方を見れば、にこりと笑って頷かれる。

 

「それでは、案内頼めるかね」

「はい、お任せ下さい!」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弓兵、村へと案内される

ここからちょっとだけ、村で暮らすスローライフが続きます。



ラフィールを抱き上げて運ぼうとしたら、顔を真っ赤にして止められた。

 

「あの!大丈夫です、僕これでもヒーラーですから・・・自分で治せます」

 

ヒーラー?ヒーラーってあれか。回復魔法&補助魔法の専門家か。ケ〇ルとかホ〇ミとかいうやつだな。

私がしげしげと見守る中、ラフィールは翡翠色の宝玉が埋め込まれた杖を足首にかざし、魔法の詠唱に入った。

 

「母なりし大地よ。慈しみ給え、癒し給え、我が苦しみを取り除かん」

 

ふわりと蛍のように、宝玉と同じ色の光の玉が幾つも現れ患部に集まっていく。それが一つに収束し、やがて消えた。

 

「もう大丈夫です。ちゃんと歩けますので、心配しないで下さいね」

 

ラフィールはすくっと立ち上がった。

成程成程、これが魔法か・・・・・・当たり前だが初めて見た。

 

「凄いな」

 

感心して呟くと、ラフィールにおずおずと問いかけられた。

 

「まるで・・・・・・魔法を見たことないような口ぶりですね?」

 

まぁそう言われるだろうな。実際その通りだし。

しかし、言えるだろうか。自分、魔法のない別世界から、神様助けて死んでこっちの世界に転生してましたー、ちなみに元・女でーす、とか。

・・・・・・言えるわけないだろ!そんなのいたら完全に痛い人だわ!

私は色々考えてきた言い訳を、しれーっと口にした。

 

「そう見えてもおかしくないだろう。何せ、私は殆どの記憶を失っているからな。」

「・・・・・・ええぇ!?記憶喪失なんですか!?」

 

目を見開いて驚くラフィールに、私は言い訳を続ける。

 

「自分の国も、名前も、全てわからない。気がついたら、この森に倒れていたんだ。アーチャーというのも、自分の中に残った唯一の言葉だったからね。とりあえず名前として名乗っているんだ。」

「ちなみにワタクシですが、ラフィール様と同じでございます。アーチャー様に命を救われたので、その恩返しにお側でお仕えしているのですよ!」

 

ラピッドと二人、顔を見合わせてうんうんと頷きあった。

 

「ああ、アーチャー様!その身にどのような不幸が起きたのかワタクシはとんとわかりませぬが、全ての記憶を無くしてしまった今の貴方様の知識量は、産まれたての赤子同然と言っても変わらぬでしょう!何とお可哀想に!」

「全くだ。しかし、身体に染み付いた戦闘技術だけは消えないでいてくれて本当に助かるよ。」

 

やや芝居がかった口調で、ラピッドは私の肩にちょこんと留まり頬に頭を擦り付ける。

これはラピッドと二人で考えた内容だが、さてさて・・・反応の程は?

 

「あの・・・・・・僕はまだヒーラー見習いだし、僕如きが役に立てることがあるとは思いませんけど・・・わかることなら何でも答えますから、聞いてくださいね」

 

うん、純粋だなぁラフィール少年。何となく罪悪感を感じるのは、気のせいじゃないだろう。

 

「ああ、そうさせてもらおう」

 

ごめんねとありがとうの意味を込めて、私はラフィールのふわふわした、明るい茶色の髪を撫でたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ラフィール視点~

 

ここから僕の村だと、あと少しも歩かないうちに到着するだろう。

僕はそうアーチャー様に告げて、二人静かに歩いていた。

途中、アーチャー様はちらほらと道中の虫や植物なんかに目をやり、ちょっと驚いたり、珍しげに眺めてみたりしている。

記憶喪失、だとこの人は言っていたが・・・・・・確かに、僕の魔法を感心したように見ていたり、今みたいに、僕の村の子供でも知ってるような生き物に関心を示したりしている。

ただ、僕に言わせれば、アーチャー様の方が数倍も珍しい人だ。

僕を助けてくれた時に、アーチャー様が使った、「何も無いところ」から剣を作り出したあれは、魔法と呼んでいいのだろうか?

もし魔法だと呼ぶのなら、あんな魔法は見たことがなかった。

 

「ラフィール君、君の村はどのようなところかね」

 

僕が色々考え込んでいると、不意にアーチャー様が口を開いた。

 

「確か、カタールといったね。特産品はあったりするのか?」

「特産品、ですか」

 

僕は少し考え込んで、思い当たる話をぽつぽつと語る。

 

「カタールは、この森を開拓した村になります。特産品という程でもありませんが、薬草や香草なんかがよく取引されてますね。」

「ほう、香草か。それは、お茶にもできるのか」

 

香草という言葉に、アーチャー様が食いついた。

 

「料理に使ったりするのがメインですが・・・・・・まぁ香草も元を正せば薬草の一種ですからね、煎じて飲むのはしてますよ、飲み薬として」

 

妙な所に食いつくなぁと、若干勢いに引きつつ、僕達は薬草の話をしながら歩みを進めたのであった。

やがて、村の入口が見えてきたのだが、何やら騒がしいことになっている。

見れば、その中心にいるのは僕の両親だ。

 

「父さん、母さん。一体何事!?」

「ラ、ラフィールか!?お前、怪我は!?」

「ラフィール!生きてたのね!!」

 

駆け寄った僕を見て驚く父さんと、涙ぐむ母さん。三者三様に違う反応をとり、僕は母さんに思い切り抱き締められる。

 

「ちょ・・・何なの!?何かあったの!?」

 

お客様の前だというのに、母さんも父さんも、アーチャー様の姿が目に入っていない。

 

「失礼だが・・・少し落ち着かれてはどうだろうか。何があったのか、息子さんに話をしてあげてほしい」

 

がやがやとした喧騒の中、低く落ち着いたアーチャー様の声は、不思議とよく通った。

皆一斉に静かになり、視線が幾つもアーチャー様とラピッドに向けられる。

 

「ラフィール・・・・・・こちらは?」

 

警戒した様な視線をものともせず、アーチャー様は悠然と名前を名乗った。

 

「私は怪しい者ではない。そこのラフィール君と訳あって同行させて貰っている、アーチャーと呼んでくれ。そしてこっちが」

「ワタクシ、フェアリードラゴンのラピッドと申します!カタール村の皆々様方、どうぞよしなに!」

 

くるるるる、とラピッドが可愛らしく鳴いて、アーチャー様の肩で一礼するのを、皆目を丸くして見ている。

当然だ。フェアリードラゴンなんて、そんな珍しいものは滅多に拝めない。

アーチャー様の件で頭が一杯になっていたが、ラピッドもかなり目立つ。

僕はジタバタと母さんの腕から抜け出して、僕とアーチャー様にあった事を説明したのだが結果、村の騒ぎは、僕が原因だったということが判明した。

 

「タンバルが、狩りの途中でオーガエープの死体を見つけたと言っていてなぁ・・・・・・聞けば、お前が薬草をとりに向かった方向だし、帰ってこないし、何かあったのかと心配で心配で」

 

父さんは安心したように溜息をついて、アーチャー様へ深く頭を下げた。

 

「アーチャー様、息子を救ってくださって、本当にありがとうございました。貧乏な家ですが、精一杯おもてなしさせていただきます」

 

母さんと僕も、それにあわせて頭を下げる。

 

「いや、そう畏まられてもな・・・・・・顔を上げてくれないか。私は、当然のことをしたまでだ」

 

アーチャー様は居心地悪そうに言い、微かな苦笑を浮かべている。

 

「アーチャー様、わかると思いますが、オーガエープはそんじょそこらの村民が対応できる代物ではないのですよ。こんな村の近くで発見されれば、冒険ギルドに討伐依頼を出すレベルでございますから」

「そうなのか。ふむ、確かにあの感じは、普通の一般人がどうこうできんものだな」

 

そっとラピッドがアーチャー様に耳打ちするのを横目に、僕はその赤い外套の端を引っ張った。

 

「アーチャー様、とりあえず僕の家に行きましょう。こんな所で立ち話もあれですから。さっき話した香草茶、煎れますよ」

 

村の皆から注がれる、物凄い好奇心の眼差しを背後に、僕はアーチャー様を自宅へと案内した。

 

 

 

 

 

 

 

 

~アーチャー視点~

 

ラフィールの家に案内される間、私とラピッドは視線の集中砲火を満喫していた。

 

「フェアリードラゴン自体が珍しい存在なのか?」

「珍しゅうございますとも。ワタクシ達は、普段人間の目に付くことを嫌って、森の奥深くで暮らしております。フェアリードラゴンの姿すら見たことない人間が殆どです。というか、ドラゴン全般が簡単にお目にかかれる存在ではございませんが・・・・・・」

 

ラピッドはあまり気にしていないようだが・・・・・・如何せん私はこうも注目されることに慣れていない。

 

「まぁ、目立つ理由は、ワタクシだけではないのでしょうがね」

 

エメラルドグリーンの目が私を見やり、楽しげな笑みの形をつくる。

・・・・・・何でそんなにニヤニヤしてるんだ、ラピッドよ。

そうこうしているうちに、ラフィールの家へと到着した。

白い土壁、屋根は日本でも見かけた茅葺き屋根のよう。ゲームなんかで見る、まさに「村人の家」である。木でできた扉を開け、中へとお邪魔すると。

 

「ラフィ兄ちゃんおかえりっ!」

 

可愛らしい声がして、ラフィールに小さな女の子が飛びついてきた。歳の頃は、七歳八歳前後だろうか。

胸元の黄色いリボンがワンポイントの、薄い緑のワンピースを着た、ラフィールとよく似た顔立ちの子だ。

 

「こら!お客様の前だぞ」

 

ラフィールが女の子の肩を軽く叩くと、女の子は私がいることに気付いたのか、鳶色の目を向ける。

そしてきゃっ、と小さな悲鳴をあげて、ラフィールの後ろに隠れてしまった。

 

「ほら、ちゃんとご挨拶しなさい」

 

ラフィールのお母さんが呆れ顔で言うが、恥ずかしがり屋なのか中々顔を出さない。

可愛いなぁ、と思わず微笑みがもれ、私は怖がらせないようにそっと片膝を付いて目線を低くした。

 

「初めまして、小さなレディ。私はアーチャー、君のお兄さんのちょっとした知り合いだ。仲良くしてくれると嬉しいな」

 

おずおずと顔を出す女の子に私は笑いかけ、そしてラピッドに目配せする。

 

「お初にお目にかかります、ワタクシはフェアリードラゴンのラピッドと申します。お嬢様のお名前を聞かせて頂いてもよろしゅうございますか?」

 

心得たとばかりに、ラピッドは私の肩の上で執事のような慇懃さで自己紹介してみせる。

わぁ、と女の子の目が輝いた。

 

「ミ、ミーナ・・・バレット、です」

 

ラフィールの背中からもじもじしながら出てくると、小さいながらもしっかりした声で挨拶してくれる。

 

「ありがとう、ちゃんと挨拶ができて偉いな」

 

ぽんぽんと頭を撫でてやると、ミーナちゃんは嬉しそうにはにかんだ。

 

「さぁさ、ミーナお嬢様!どうかこのラピッドと遊んで下さいませ!」

「う、うん!ママ、遊んできてもいい?」

 

ラピッドが早速子守を買って出てくれる。ミーナちゃんはラピッドをいそいそと抱えると、お母さんがにっこり笑って頷くのを確認して、外へと駆け出して行った。

微笑ましい光景を見送って、私は立膝の体勢から立ち上がる。

 

「ありがとうございます、アーチャー様」

 

お母さんが頭を下げるのを片手で制していると、ラフィールの物言いたげな目に気付く。

 

「アーチャー様って、見た目によらないですよね」

「それはどういう意味かね」

「ラフィール!失礼な事を言うんじゃないッ!!」

 

ジト目でラフィールの失言につっこめば、お父さんが彼の頭に拳を落とした。

 

さてさて、とりあえず私はシンプルな食卓の椅子に腰掛けて、ラフィールの煎れる薬草茶を今か今かと待ち侘びていた。

生前の好物の一つに、お茶が含まれるのだが・・・紅茶や緑茶は勿論の事、何より目がないのがハーブティーの類だ。

色々種類があるし、香りはいいし、見た目も面白い。

なので、この世界の薬草茶もかなり期待しているのだが。

 

「お待たせしました、ホージィーの茎のお茶です」

 

ラフィールの口にした名前に、私はん?と首を傾げた。

ホージィー?まさか、まさかな?

 

「あ、ああ、ありがとう。頂こう」

 

私は白い茶器を口元まで持っていき、思わず乾いた笑いを洩らした。間違いない、これ、ほうじ茶だ。正しくは、茎ほうじ茶。

 

「・・・・・・何やら、懐かしい感じがするな」

 

一口飲み、よく知った味と香りに溜息が溢れる。まさか、こんな世界に来てほうじ茶が味わえるとは。

 

「アーチャー様、何か思い出しそうなんですか!?」

「いや、何も思い出すことはないがね・・・・・・何故かそう思っただけだよ」

 

記憶喪失設定の事を忘れて迂闊な事を言ったせいで、ラフィールが若干食い気味に迫ってくるが、さらっと躱した。危ない危ない、気をつけねば。

意外な所で意外なお茶を楽しんだ後、私は改めてラフィールのご両親に自己紹介をした。

 

「二度目になるが、アーチャーという。ラフィール君の話の通り、以前の記憶を失っている。これからどうするか決めるまで、良ければ少しだけ宿をお願いしたい。その間、私に出来ることは何でもしよう。どうだろうか?」

 

ちゃっかり宿のお願いまでしてしまったわけだが、流石に夜の森をさ迷いたくはない。何の準備もしてないのに、野宿なんてまっぴらだ。

 

「勿論ですとも。ラフィールの恩人である貴方をそのまま放り出す訳がありません。ゆっくりしていってください」

 

見事いい返事を貰って、私は内心でよし、とガッツポーズする。

これで心配事がなくなった。

 

「ラフィール、一度客室に案内してあげて」

「うん。アーチャー様、こちらへ」

 

ラフィールの後に続きながら、私はご両親に一礼したのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

村での暮らしと事件の始まり

私がカタール村で過ごし始めてから、数週間。

あてがわれた部屋は小さいながらも清潔で、そこそこ快適だった。

泊まらせてもらっているのに、何もしないでグータラするなんてことは出来ないし、何より暇なので、最初はラフィールのご両親の畑仕事や家事なんかを手伝って過ごしていた。

まぁ世界違えば勝手も違うので、色々と教えてもらえて非常に有難かった。

元より私は、炊事洗濯等は生前から普通にやってたので、覚えるのは一瞬だったが。

今では村の人達にも、様々な仕事の手伝いをお願いされていたりする。

雨漏りの修理だとか、迷い家畜探し、屋根の葺き替え、子守りetc・・・・・・誰だ、今ブラウニーとか言ったやつは。

 

「アーチャー様、本当に大丈夫ですか?それ、かなり重いですよ?」

 

今私が手伝おうとしているのは、一抱えほどある木箱に入れられた芋を、倉庫に運ぶ仕事だ。

どこの世界でも、芋類は保存食なんだな。

 

「・・・無理なら手伝いを頼みます」

 

ラフィール君のお父さん、ラルドさんの心配そうな視線を受けながら、私はガシッと木箱を抱えて・・・・・・。

 

「よっ、こらせっと」

 

ひょいっと持ち上がった。うん、結構軽いじゃんかー、と思うが、多分これはサーヴァントの腕力だからだ。

 

「いけそうです。倉庫まで持っていきますね」

 

スタスタとぶれぬ足取りで芋を運ぶ私を、嘘だろコイツ的な顔でみるラルドさん。

そりゃそうだろう、これは大人の男二人がかりで漸く持てるくらいらしい。

これを何度も続けてやってると、ちょっとした人だかりが出来ていた。

 

「すげぇ・・・・・・相変わらずあの人の腕ってどうなってんだ?」

「記憶喪失って言ってたよな。絶対S級冒険者だったと思うぜ」

「はぁ・・・体力ある上にいい男ときた。あたしがあと20歳若けりゃねぇ」

「いつでも挨拶してくれるのよ。素敵なお声よね」

 

何やらひそひそと言われているが、とりあえずスルーしておこう。

私は最後の木箱を運び終え、よし、と手をパンパン払った。

 

「アーチャ兄ちゃん!」

「アーチャー様!」

 

背後から可愛い声と共にぼすん、と腰に軽い衝撃が走る。

 

「おや、レディ・ミーナ。どうしたのかね?」

 

腰にくっついているミーナちゃんとラピッドに、私は笑いながらそちらを覗き込む。

 

「アーチャ兄ちゃん、お手伝い終わった?」

「ミーナお嬢様、先程の箱で最後でございますよ!きっとこれから、ミーナお嬢様と遊んでくれる筈でございます!」

 

ラピッドはあれからずっと、村の子供達の遊び相手を務めてくれているので、大人達からは感謝されているようだ。

勿論、報酬としてフェアリードラゴンの好物のフルーツを貰っているらしい。

 

「ラルドさん、行ってあげても?」

 

私が他に手伝いはないか、とラルドさんを見れば、彼はにこやかに笑って頷いてくれた。

 

「よし、ならば行こうか。今日は何をして遊べばいいのかな」

 

振り向いてミーナちゃんを抱き上げれば、歓声をあげて私の首にくっついてくる。

 

「モテモテでございますね、アーチャー様」

 

笑いを噛み殺した声で耳打ちするラピッドに、私は肩を竦めてみせるだけだ。

ミーナちゃんの案内に従って歩いていけば、ピンク色の花が沢山咲いている花畑が見えてきた。

そこには三人の女の子達が待ち構えていて、私は思わず苦笑する。

 

「ミーナちゃん、おかえり!」

「アーチャさま、連れてきてくれたの?すごーい!」

「あ、ずるーい!私も抱っこして欲しいなぁ・・・」

 

ミーナちゃんを降ろすと、彼女達がたちまち私の周りに群がって口々に喋り出す。

 

「ほら、皆静かに。ミーナちゃん、ここに私を連れてきてくれたということは、あれを作って欲しいのかな」

 

軽く手を叩いて、姦しい彼女達に静かにしてもらうと、私はミーナちゃんに確認をとる。

いつぞや、男の子達にいじめられたと大泣きして帰ってきたミーナちゃんに、花の腕輪を作ってあげた事があったのだ。

ころっと機嫌が直ったミーナちゃんは、その腕輪を物凄く喜んでくれて、色んな人に自慢げに見せていた。あそこまで喜んでもらえると、作った甲斐があるというものだ。

 

「よし、じゃあ少し奮発して花冠を作ろうか。皆、花を集めてきてくれるかね?」

 

私は花冠ときいて、顔をキラキラと輝かせる彼女達に手伝いをお願いした。

たちまち目の前に摘まれた花がこんもりと積み上げられる。

二本の花を両手に持って、クロスさせて、片方をくるりと巻き付けて、持ち替える。

それを繰り返して、丸く形を整えながらまずは一つ。

自慢じゃないが、私はこれを花冠を作るのはかなり早いほうだ。

小さい頃にずっと一人で、これを手慰みに作っていた記憶がある。

じきに三つの花冠を作り上げてしまうと、私は彼女達の頭にそれぞれ被せてあげた。

 

「ふむ、我ながらうまく出来たな」

「はぁー、器用なものでございますねぇ・・・・・」

 

ラピッドが目を丸くして、ピンク色の花冠を眺める。

 

「凄い凄い!アーチャ兄ちゃん、魔法使いみたい!」

「どうやったら、こんなに早くお花を編めるの?」

「私もやってみたい!教えて教えてー!」

 

キャーキャーと騒ぐ彼女達にまとわりつかれ、私は元気だなぁと感心しつつ、花冠の作り方を教えてあげるのであった。

さて、小さな子供の手では中々難しいのか、作業は難航。千切れたり解れたり歪んだりを繰り返しながら、ようやくやっと形になった花冠を、彼女達は嬉しそうに両手に握りしめ、帰り道を歩いていた。

途中、薬草採取に行っていたラフィールと会い、一緒に家に向かっている。

 

「ミーナだけじゃなくて、他の子達まで面倒見てもらってすみません」

「構わんよ、いい時間を過ごさせてもらっている」

 

時折、すれ違う村人達に軽く会釈を返しながら、私は緩やかに沈もうとしている太陽を眺めていた。このまま穏やかな時間を過ごせるかと思えば。

 

「何をなさるのです!?」

 

珍しく怒りを顕にしたラピッドの叫び声と、ミーナちゃんの泣き声が耳を打つ。

 

「ミーナ!!」

 

顔色を変えて飛び出すラフィールに続けば、ミーナちゃん達の前に立ち塞がる三人の少年達。何ともまぁ、生意気そうなガキ共である。

ラフィールに抱き着いて泣くミーナちゃんの足元を見れば、無残に千切れバラバラになった花冠が落ちていた。

 

「ウィズ、お前いきなりなんて事するんだ!」

 

前にミーナちゃんを抱き、後ろに女の子達を庇い、ラフィールは三人の少年達のリーダー格、ウィズという少年を怒鳴りつけた。

 

「うるせぇよ、臆病者のラフィール!今日も女達に混ざっておままごとか?ヒーラーってのは随分女々しいんだな」

 

ヘラヘラと笑いながら、ウィズはラフィールを馬鹿にする。

 

「僕が臆病者なのは自分でもわかってる。お前に今更言われなくてもね。今僕が聞きたいのは、どうしてミーナにこんな事をしたのかって事だ」

 

挑発に乗らず、ラフィールは冷静に言い返す。ふむ、中々口喧嘩ではやりにくそうなタイプだな。

 

「そんな下手くそなモン持ってフラフラしてるから、邪魔だったんだよ!」

「ダセェもん持って歩くんじゃねぇよ、目障りなんだよ!」

 

何処のチンピラだ、全く。この歳でこんなこと言ってたら、将来が心配だぞ。

 

「・・・・・・ミーナ、帰ろう。」

 

はぁ、と深い溜息をついて、ラフィールはぐすぐすと鼻を鳴らしているミーナちゃんに話しかけた。

 

「花冠は、また明日作り直しに行こう。僕とアーチャー様とでね。美味しいもの持ってさ、三人で行こうよ、ね?」

 

よしよし、とミーナちゃんの頭を撫でながら、ラフィールは宥めるように言う。

 

「私達も行っていい?」

「今度はもっと凄いの作ろうよ!」

 

他の女の子達も、代わる代わるミーナちゃんを慰める。

 

「・・・・・・うん」

 

ミーナちゃんはやっと顔をあげた。涙でぐしゃぐしゃの顔だったが、どうやら納得してくれたみたいだ。

 

「おい!無視してんじゃ」

「うるさいんだよ、お前。馬鹿はもう喋るな」

 

喚こうとするウィズを遮り、ラフィールが吐き捨てるように言った。

 

「ウィズ、僕が臆病者なら、お前は言葉も通じない大馬鹿野郎だな。生憎、僕の知り合いに馬鹿はいないんだ。気が済んだなら、僕達を引き止めるな。時間の無駄だ」

 

少年達を追い抜き、さっさと帰り出すラフィールに、私とラピッドも従う。

さて、ここで彼等が退いてくれるといいんだが。

 

「アーチャー様、お気をつけください」

 

声を潜めて言うラピッドに、私は頷いてみせる。そして、次の瞬間、私は外套の下で干将・莫耶をトレースし、サッと横に振るった。

ギンッ、と鈍い音がして、そこそこな大きさの石ころが弾かれる。

 

「君達。まだ何か用かね?」

 

くるりと振り向き、私は努めて平坦な声で彼等に問いかけた。

 

「な、何だよお前!こ、子供の喧嘩に大人が口出しすんなよ!」

 

いきなり刃物を出され、腰が引き気味になりつつも、ウィズはギャーギャーと叫ぶ。

 

「今のところ、私はラフィール君達の保護者だ。彼等に危害を加えようとする君達を、黙って見ているわけにはいかない」

 

口喧嘩だけなら、私だって出てこないさ。でも、石を投げつけるのはダメだ。当たりどころが悪ければ、取り返しのつかないことになる。

 

「うるさいうるさい!!何だよお前、余所者のくせに偉そうな顔しやがって!!俺は村長の息子なんだぞ!俺に逆らうなよ!」

 

口角泡を飛ばして喚くウィズに、私は冷めた視線を向ける。

いるよなー、こういう奴って。親がお偉いさんだと、釣られて自分も偉いんだって勘違いしちゃうおバカさん。

 

「いい加減にしなさい、人間のガキ共。ワタクシ、こう見えて結構気が短い方なのですよ?アーチャー様の手前、こうして我慢しておりますが・・・・・・これ以上好き勝手するのであれば、ワタクシにも考えがありますよ」

 

エメラルドの眼を爛々と光らせ、ラピッドの喉から獰猛な唸り声が聞こえてきた。口からは青い炎が喋る度に溢れている。

 

「ご覧の通り、私の相棒も御立腹だ。相棒をこれ以上怒らせないでくれないか」

 

肩の上のラピッドを撫でて宥めながら、私は少年達にお願いしてみる。

半ギレ状態のラピッドを前にして、少年達は顔を青ざめさせ、覚えてろ、とかなんとか捨て台詞を吐きながら走り去って行った。

 

「やれやれ、困った子達だな」

「全く、どのような躾をされればあの様な傲慢な子供になるのでしょう!ワタクシ、思わず火を吹きそうになりました!」

 

鼻息も荒くラピッドは憤慨している。

ラフィールと同い年だが、彼は魔法師の才能があるみたいで、ヒーラーを臆病者が選ぶ職業だと笑っていたような?

いずれにしても、性格的にかなり難ありな子であることは確かだ。

 

「アーチャー様、ラピッド様、ごめんなさい。お手間をお掛けしました」

 

まだ釣り上がった目のまま、ラフィールは私に頭を下げる。かなり怒ってるな・・・・・・まぁ当然か。

 

「謝らなくていい。ラフィール君、君も少し落ち着くんだ」

「ラフィール様が頭を下げる必要は、爪の欠片ほどもありませぬよ!あの人間のガキ共・・・・・・今度突っかかってきたら、お尻をワタクシの炎で炙ってやりましょう!」

 

ラピッド、君も落ち着こうか。多分それ炙るどころか燃やすレベルだから。生死に関わると思うから。

怒り狂う一人と一匹を何とか引き摺って、私はようやく家に帰れたのだった。

 

 

 

 

 

 

~ウィズ視点~

 

ああ、イライラする。俺は舌打ちをして、足元にある小さな魔物の死骸を蹴り飛ばした。

俺の炎の魔法で黒焦げになったそれは、バラバラになって辺りに散らばる。

ラフィールの奴、最近あの変な男と仲良くなって、ますます生意気になってやがる。

オーガエープを倒して、見たこともない小さいトカゲを連れた、変な男だ。

皆、あのトカゲをドラゴンだという。そんなわけが無い。あんな小さなドラゴンなんて、いるはずが無い。

ドラゴンはもっと大きくて、立派な生き物だと本にも書いてあった。

きっと、あの変な男が、トカゲの魔物に細工してるんだ。

オーガエープだって、あの男が倒したっていう証拠がない。

何度かこの村に来た冒険者が言ってた。ギルドでの討伐依頼では、魔物を倒した証拠に爪や牙なんかを持っていくんだと。

あの男は、そんな者は何一つ持ってなかった。

きっとラフィールの奴は、騙されてるんだ。

そうだ。オーガエープを仕留めて、ちゃんとした証拠を持ち帰れば、あの男の面子も丸潰れになるはずだ。

あんな大猿、皆が必要以上に怖がるだけで大したことない。

 

「・・・・・・俺は、村で一番魔法の才能があるんだ」

 

やってやる。俺だって出来る。あの男とラフィールに、恥をかかせてやる。

俺は早速、準備に取り掛かった。

 

 




どうも、松虫です。
前の話を最新話として投稿しちまったい。ストック作りながら投稿してると、何処まで出したか忘れちゃうんだよね・・・
はい、お待たせしましたホントの最新話です。
・・・うん、短いなコレ!話のなー、バランスをなー、考えるのがなー、難しいのよなー。
次回はいよいよあの宝具が発動します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

宝具・無限の剣製

ザブザブ、と私は木綿のような生地のシャツを濯ぐ。

今日はラフィールのお母さん、ミリアさんと小川へ洗濯に来ていた。

 

「・・・・・・よし、こんなものか」

 

洗剤代わりになるのは、バブルスという草を磨り潰して、乾燥させたタブレット状のものだ。

これは指で砕いて水に溶き、良くかき混ぜるともこもこと泡立つ。その泡には、油を溶かす効果があるのだとか。すげぇ便利じゃん、これ。

シャツをよく絞って桶に放り込むと、ふう、と一息。

今日はいい天気、絶好の洗濯日和だ。

 

「ミリアさん、終わりました」

「まぁ、もう終わらせて下さったの?助かるわ、ありがとう」

 

少し離れた所で、細々としたものを洗っていたミリアさんは、目を丸くした後嬉しそうに笑った。

 

「いえ、これくらい易いものです。これは、こちらに干せばいいですか?」

 

桶を抱え、私はロープで吊るされた物干し竿の前へと移動する。

 

「そうよ、お願いしてもいいかしら」

 

私は頷くと、テキパキと桶の中の服を干し始める。

ぱんぱんとはたいて、皺を伸ばして、金属を曲げただけのクリップで止める。

あっという間に、沢山の服が穏やかな風を受けてひらひら揺れた。

 

「やっぱり、何事も男手があると早いわね」

「うちの主人もアーチャー様を見習って欲しいわ、全く」

「アーチャー様、ちょっと休憩しましょ!お茶がお好きなんでしょ?よさそうなの持ってきましたから」

 

数人の奥様方に囲まれて、あれよあれよという間に敷物の上に座らされた。

 

「さ、どうぞどうぞ。これはカミールっていう花を乾燥させたお茶なの」

 

クリーム色のポットから、同色のカップにお茶が注がれる。

水色は薄い黄色、林檎に似た香りのこのお茶は、まんまカモミールティーだ。

 

「いい香りですね。それに、癖がなくて飲みやすい」

 

うん、今まで飲んだことのあるカモミールティーの中でも、屈指の香りの濃さだ。これは美味しい。

 

「わかってくださる!?これ、私の薬草畑の中でも今期最高の出来なの!」

「手塩にかけてこられたのでしょうね。とても美味しいですよ」

 

カップを置いて微笑めば、キャーッと悲鳴があがった。モテる男は辛いな。

そこからやれ焼き菓子だの果物だの、ちょっとしたお茶会のような状態になる。

奥様方の話に相槌を打ちながら、私はこれ、長くなりそうだなぁと内心苦笑するのであった。

休憩という名の井戸端会議から解放されたのは、時間にして多分一時間半後。

 

「もう、母さんったら、いつまでも話し込んで!」

「だって、アーチャー様がちゃんと話を聞いてくださるんだものー」

 

あまりにも私が帰ってこないので、心配したラフィールにより強制的に井戸端会議は解散になった。

 

「今日はターニャさんとミラベルさんが来る日だよ。川でおしゃべりしてる暇ないでしょ」

 

聞きなれない名前に、私ははて?と首を傾げる。ターニャさんとミラベルさん・・・・・・親戚か何かかな。

そんな私の表情を見て、ラフィールは簡単に説明してくれる。

 

「二ヶ月に一度、王都から行商人が村に来てくれるんです。そこで、僕達は色々買い物するんですよ。食料や日用品は勿論、本なんかも扱ってて、村で採れた薬草や野菜も買い取ってくれるんです」

 

成程、移動スーパーのようなものだな。確かにこの辺りは何も無いから、買い物に行く時はどうしてるのかと思っていたのだ。

 

「二人共女性の方ですけど、冒険者ギルドにも登録なさってて、腕っ節もなかなかのものなんです。村の子供達は二人が来るのを心待ちにしてて、冒険の話を語ってもらうんですよ」

 

心なしか、ラフィールもうきうきしてるように見える。やっぱり男の子はそういうの、好きなんだよなぁ。ジャ〇プとかサ〇デーとか私も読んだなぁ・・・・・・懐かしい。

 

「ほう、どうりで皆の落ち着きがないわけだ」

 

村の空気も浮き足立っているようだ。王都からの品物は、流行なんかも運んでくれるからだろうか?

特に女の人達のテンションが高めだった。

やがて、待ちに待った行商人の二人が、予想よりも大きな荷馬車に乗ってやってきた。

 

「はーい、今月もやってきましたカタール村~!」

 

元気よく御者台の上から挨拶するのは、セミロングの金髪とアクアブルーの瞳が印象的な美女だ。

 

「もう、はしゃぎすぎて落ちないでよ!」

 

隣で彼女に注意するのは、紺色のふんわりボブに翡翠色の瞳のこれまた美女・・・いや美少女、というべきだろうか。金髪美女に比べれば、まだどことなく幼い雰囲気を漂わせている。

 

「おお、お待ちしておりましたよ、ターニャ様にミラベル様。」

「村長さん、お久し振りでーす」

「皆さん、お変わりないようで」

 

村長さんと互いに頭を下げ合い、挨拶もそこそこに済ませると、彼女達は早速荷馬車の幌を捲り上げ、品物の準備を始めた。

その間に、次々と村人が集まってくる。

 

「ターニャさん、ミラベルさん!」

 

ラフィールの呼びかけに、二人は顔を上げると、にっこりと笑いかけた。

 

「ラフィー君だぁ~!!久しぶりだねぇ」

「こんにちは。ヒーラーの勉強は進んでる?また良さそうな本、持ってきたよ」

 

ふむ、彼女達をラフィールが心待ちにしていたのは、こういうことか。

紺色美少女と話しているのを、私は微笑ましく眺めていた。すると、金髪美女と視線が合う。

その食い入るような視線に面食らいながらも、私は軽く会釈してみせた。その途端。

 

「ちょーいい男!こんな人居たっけ~?」

 

ダダダダッと近付かれたかと思うと、左腕にむにゅっとした柔らかい感触。

驚いてそちらを見れば、金髪美女に腕を抱きしめられている。

普通の男であれば、ここは赤面して慌てるか、ニヤニヤと鼻の下を伸ばすかだが、私は生前の女である記憶があるため、あまり感じるものがない。せいぜい、あ、柔らかいなーくらいである。

 

「レディ、初対面の男に向かって、些か無防備ではないかね」

 

金髪美女の大胆さに、私は苦笑を浮かべる。積極的なのはいいが、それも過ぎればはしたないと思うんだが。

 

「ターニャッ!またあんたは何してんの!?」

 

紺色美少女が駆け寄ってきて、ベリッと金髪美女を引き剥がす。

 

「ミラベル聞いた聞いた?私の事レディだってぇ~、そんな呼ばれ方されたことない~」

 

金髪美女もとい、ターニャさんは二へ二へ笑って御機嫌そうだ。

 

「初めまして、ターニャさんにミラベルさんだね。私のことはアーチャーと呼んでくれ。数週間ほど前から、ラフィール君の所で世話になっている」

「あ、これはご丁寧に。ミラベル・ロックハートといいます。こっちはターニャ・アルバフ、私のパートナーです。さっきはターニャが失礼しました」

 

簡単に自己紹介をすると、ミラベルさんはターニャさんの頭を鷲掴みにし、勢いよく頭を下げさせた。

 

「ほら、さっさと店の準備する!油を売ってる暇なんてないよ、お客さん一杯来てるんだから!」

「はーい。アーチャーさーん、お店ゆっくりみてってねぇ」

 

ミラベルさんに引き摺られながら、ターニャさんはひらひらと手を振っていた。

 

「あー・・・結構変わった人だな」

「ターニャさんの通常ですよ、あれ」

 

初めて出会った冒険者の強烈な個性に、私はちょっと引き気味である。そんな私を見つつ、ラフィールはことも無さげに言った。慣れてるんだろう。

 

「そんなことより、品物を見ましょうよ。アーチャー様も何か買うんですか?」

 

店主二人の開店の声を聞き、ラフィールは私の手を引っ張って陳列棚へと向かう。

なになに、冒険者入門に、ジョブ一覧図鑑、薬草大全・・・・・・あ、これラフィールの部屋で見たやつだ。

こっちの半透明の石みたいなのは何だろう?中に色んな色の光みたいなものが入ってるけど。

 

「アーチャーさぁん、魔石に興味ある~?」

 

魔石?魔石なのかこれ。ほほー、面白そうだ。魔石といえば・・・FFシリーズとかのイメージがあるなぁ。

 

「こっちが炎、これが光。この二つは結構売れ筋だよ。魔石は魔道具のエネルギー源にもなるし、魔力切れの時はこれで補給できるからねぇ、持っておいて損は無いよ~」

 

ターニャさんが二つの魔石を掌に乗せ、差し出してくる。受け取ってまじまじと観察。

手触りはその辺の小石と変わらないが、触れた瞬間、何やら脈打つような感覚を感じた。もしかして、これが魔力というものだろうか。

 

「いいかもしれないが、私には金がない。これは返しておこう」

 

そう、今の私は悲しいことに無一文なのだ。この世界に転生して、持っていたものは何一つない。

まぁ、生前の世界に持ってきたかったものなんてないんだが。

 

「お金じゃなくてもいいよ~?うちは物々交換でもやってるから。何か持ってない~?」

 

ターニャさんの言葉に、私はうーんと考え込む。持ってるもの、持ってるもの・・・・・・あ、あったかも。

 

「確か、ここに・・・・・・あった」

 

ごそごそとあちこちを漁り、私は小さな巾着を取り出した。中にはラピッドの鱗が二枚入っている。

 

「フェアリードラゴンの鱗だ。魔石はいらないが・・・少なくても構わないから、これを換金してほしい」

 

メタリックブルーの鱗を見た瞬間、ターニャさんの目付きが変わった。

 

「フェアリードラゴン・・・ですって?」

 

今までのほわほわした喋り方から一転、まるで別人のようだ。

 

「貴方、何者?ドラゴンの鱗なんて、普通じゃ手に入れられない代物よ。どんなルートを使ったの?」

 

ずずいっと近付かれ、尋問じみた口調で問い質される。

しまった、と私は舌打ちしたい気持ちだった。ついうっかり、軽はずみなことをしてしまった・・・・・・ドラゴンの鱗は、目玉が飛び出るくらい貴重品だということを失念していた。

 

「ミラベル、これ、本物かどうか調べてくれる?」

「わかった、任せて」

 

いつの間にか側に来ていたミラベルさんは、巾着を受け取って鱗を掌に乗せ、握りが群青色の杖・・・じゃないな。あれは多分ワンドと呼ばれるものだろうか。とにかくそれを鱗にかざした。

すると、ワンドの先が白く光り、すぐに消えた。

 

「ターニャ、これ、ちゃんと本物よ」

「ドラゴンの鱗や爪、牙なんかは、きちんとしたルートで取引するように決められてるの。貴方・・・密売人とかじゃないでしょうね?」

 

ミラベルさんの言葉を聞き、ますます厳しい顔でターニャさんは私を問い詰める。まったくもって勘違いだ。

私が弁解を口にしようとしたその時、空を切る音とともに、血相を変えたラピッドが目の前に舞い降りてきた。

 

「アーチャー様、大変でございます!!何時ぞやの悪ガキ共が!!オーガエープの集団に襲われております!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ラフィール視点~

 

ラピッドの報告をきき、一気にアーチャー様の表情が変わった。

 

「ラピッド、場所はわかるか!?」

「はい!」

 

そのまま二人だけで走り出そうとするのを、僕は慌てて止めた。

 

「待ってください!僕も連れてってください!」

 

アーチャー様は眉を寄せ、僕に険しい声で言う。

 

「馬鹿を言うな、危険すぎる」

 

そう来るだろうと思ったが、これにはちゃんと理由があるのだ。

 

「僕はヒーラーです。アーチャー様だけで行って、あの三人が怪我をしていたらどうするんですか?もし、一刻も早い手当が必要な場合は?アーチャー様とラピッドだけで、手が回るんですか?」

 

ヒーラーは基本、確固たる攻撃手段を持たない役職だ。

回復と補助、そして防御の魔法がメインになる。

全く攻撃魔法がないのかと言われれば違うらしいが、見習いの僕ではまだまだ遠い領域の話だ。

僕が今のところ使える回復魔法は、『初級回復(ヒール)』と『中級回復(ミドル・ヒール)』くらいだが、もしあの三馬鹿が大怪我をしていても、何とか間をもたすくらいは出来るだろう。

 

「・・・・・・わかった、君の言うことも一理ある」

 

しばらく難しい顔で考えていたアーチャー様は、僕に足早に近付くと、僕をひょいっと抱え上げた。

慌てる僕に、アーチャー様はぴしゃりと言った。

 

「私の足は少しばかり速くてね。動かないでいてくれると助かるんだが」

 

いくら何でも恥ずかし過ぎるが、色々とぶっ飛んだアーチャー様のことだから、きっと速いと言ったら凄く()()んだろう。

 

「わかりました・・・お願いします」

 

アーチャー様は僕を軽く抱き直すと、さっきから呆然としてるターニャさんとミラベルさんの方を振り向き、追求は許さないと言わんがばかりの声で言った。

 

「すまないが緊急事態だ。話はまた後でかまわないね」

「ち、ちょっと待って!魔物に襲われてる人がいるの!?だったら私達も・・・・・・!」

 

ミラベルさんが手伝いを申し出るが、アーチャー様はさっさと背中を向けてしまう。

 

「後から追跡できるならしてくれ。君達を待ってる時間はない」

 

そんな言葉を残して、アーチャー様は軽く身を屈める。

 

「ラフィール君、しっかり掴まっているように。いいね?」

「はい、アーチャー様」

 

僕はアーチャー様の胸元に出来るだけくっついた。ついでに、赤い外套も握り締める。

 

「ラピッド、案内を」

「承りました!」

 

およそ常人には考えられないスピードで、アーチャー様は走り出したのだった。

 

 

 

 

耳元でごうごうと風が鳴る。先陣をきるラピッドを追って、アーチャー様は森の中を駆け抜ける。

ラピッドの説明曰く、いつもの様に、子供達と遊んでいたところ、ハンターのタンバルの息子、ハンバルがボロボロの服装で駆け寄ってきたそうだ。

驚いたラピッドが何があったのか聞けば、件の三馬鹿が何をトチ狂ったか、オーガエープをやっつけに向かったとのこと。

ハンバルのハンターとしての能力、『追跡者(トラッカー)』を使えば、何処に獣が集まるかわかる。あの三馬鹿は、それを利用したのか。

 

「ワタクシが読み取ったハンバル様の記憶だと、たしかこの辺り・・・・・・アーチャー様!あそこです!!」

 

ラピッドの指し示す方向に、必死の形相で炎撃(ファイア・ショット)をオーガエープに撃ち込み、残りの二人を逃がそうとしているウィズの姿が見えた。

 

「オーガエープが五頭、いや十頭以上!?」

 

白い毛皮に丸太より太い腕、血走った金の眼はギラギラと輝き、口からはサーベルのような二本の牙。

襲われた時の恐怖心が、再び沸き上がってきて、僕はアーチャー様の外套を握り締める力を強めた。

 

「ラフィール君、ここで待っていてくれ」

 

アーチャー様は僕を大きな木の側に降ろし、外套の下からあの白と黒の双剣を取り出した。

 

「ラピッド、ラフィール君の事を頼む」

「承りました。アーチャー様は大丈夫でございますか?」

 

ラピッドは僕の肩に留まると、気遣うようにアーチャー様を見上げて言った。

いや、気遣ってるのは言葉だけで、その表情は余裕そうだ。

 

「勿論だとも。さっさと片付けて、夕飯の支度が始まる前に帰らなければな!」

 

双剣を手に、アーチャー様はオーガエープの集団に突っ込んでいった。

 

 

 

 

 

 

~アーチャー視点~

 

ラフィールをラピッドに任せ、私は単騎で大猿達に駆け寄っていく。

 

「こっちだ、猿共!!!」

 

オーガエープの注意を引きつけるように叫び、頭上から迫る太い腕を、気合いの声と共に切り落とす。

仲間の苦悶する絶叫と血飛沫に、三人の少年達を遊ぶように追い詰めていたオーガエープの集団は、標的を私に切り替えたようだ。

 

「さて・・・これは本気で行かなければ、死ぬな」

 

私は深く息を吐いた。殺さなければ、殺される。一度死んでしまったのに、二度もあの感覚を味わうのは御免だ。

 

「行くぞ・・・・・・悪いが手加減は出来そうにない」

 

身体の奥から、熱いものが沸き上がる。干将・莫耶の刀身が倍に伸びてる事なんて気付きもせず、私はオーガエープに刃を突き立てた。

肉と骨を断つ感覚、鼻につく血の匂い。オーガエープの攻撃を躱して斬撃を叩き込み、私はラフィールの方に目を向ける。

ラピッドの援護を受けつつ、彼は三人の少年の確保に移っているようだ。

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

双剣を爆破させ、二体同時に仕留める。

しかし、どうもオーガエープ達の様子がおかしい。

不意に視界の隅に入った大きな影に気付き、私は横に飛び退く。

轟音をたててそこに投げつけられたのは、巨大な木だった。

やっぱり、こいつら私と距離をとっている。接近戦は不利と思ったのだろう。

だが、私は『アーチャー』だ。白兵戦がメインではない。

干将・莫耶を消し、私は黒い洋弓を投影する。

それでは、本領発揮と行かせてもらおう。

矢を投影し、素早く狙いを定めて撃つ、撃つ、撃つ!

額、眼窩、咥内、胸、首。この五箇所の内のどれかを正確に、無慈悲に、残酷に貫いていく。

たちまち数体のオーガエープの死体が転がった。

よし、このまま数を減らしていこう。

そう思った矢先、オーガエープ達が急に攻撃の手を止め、一箇所に固まり出す。

 

「・・・・・・何だ?」

 

私はその方向をじっと見つめる。

やがて、ズシン、ズシンと地響きが聞こえてきた。

何か来る。オーガエープより、遥かにデカい何かが近付いてくる。

 

「貴方、避けて!」

風撃波(ウィンドショット・インパクト)!」

 

姿の見えない大物がいる方向から、バキバキと木々を薙ぎ倒し、地面を抉って何やら衝撃波のようなものが飛んでくる。

覚えのある声が聞こえ、私はその指示通りに飛び退くと、後ろから巨大な風の塊が衝撃波とぶつかり、爆音をたてて相殺された。

 

「・・・・・・追い付いたか」

 

着地した場所に、ターニャさんとミラベルさんが立っている。

 

「何よ、これ。何でこんなにオーガエープがいるの?」

 

ミラベルさんは辺りに転がるオーガエープの死体に、困惑したように言った。

 

「さあな。とにかく、礼は言っておこう」

 

私は、得体の知れない奴が潜む方向から視線を逸らさない。

やがて、そいつが姿を現した。

背後で、ターニャさんとミラベルさんが息を呑む気配がする。

身の丈は三メートルを優に越し、鈍い赤色のゴツゴツした肌に、黄色い眼。おざなりに纏った獣の皮、片手にはこれまた馬鹿でかい棍棒を持っている。

 

「キ、キングオーガ・・・・・・!?」

「嘘でしょ、何でこんな所にこんなのがいるの!?」

 

詳細はわからないが、二人の反応を見るに、なかなかのレッドカードものらしい。

キングオーガは棍棒を振り上げ、耳が痛くなるような咆哮を上げた。

 

「来るぞ!」

 

振り下ろされた棍棒から、先程の衝撃波が私達目掛けて襲いかかってくる。

飛び上がって躱しつつ、私は空中で矢を放ったが、キングオーガに棍棒で叩き落とされてしまった。

 

「キングオーガは普通のオーガと違って、パワーとスピードが桁違いなの!迂闊に近寄ると危ないわ!」

 

ターニャさんの解説を聞き流しながら、私は溜息を吐いた。

普通のオーガがどういうものか知らないが、こいつは正攻法で攻めるには少し骨が折れそうだ。

よし、せっかくだし、ここはアレを使おうか。

 

「君達、少しだけあのキングオーガとやらの注意を引けるかね?」

 

私は背後の二人、ターニャさんとミラベルさんに問いかける。

 

「え?」

「早く答えてくれ。出来るのか?出来ないのか?」

 

アレを使うには、少しばかり時間がかかる。

その間、あのデカブツの気を逸らさないといけない。

 

「出来ることは出来るけど・・・・・・何か手があるの?」

「なければ、こんなことは聞くまいよ。ただし、これから此処で見たことは、誰にも口外しないで欲しい」

 

絶対、アレはこの世界にとって規格外の代物だろう。ペラペラと言いふらされては私が困る。

 

「・・・・・・わかった。『誓約』する」

「私も、『誓約』を」

 

ターニャさんとミラベルさんは、顔を見合わせて頷きあった。

 

「では、合図を・・・そうだな、笛の音が聞こえたら、私の後ろまで戻ってきてくれ」

「「わかった」」

 

二人はそう言い、キングオーガに向かって行った。

 

「ラピッド!ラフィール達を連れて、私の後ろに!」

 

キングオーガにちょこちょこと小さな攻撃を当てる二人を見守りつつ、私はラピッドを呼ぶ。

ラピッドは少年達を守り、私の背後まで進んでくる。よし、順調順調。

 

「アーチャー様、大丈夫ですか!?」

「心配はいらない。それよりラフィール君、一つ頼まれてくれ」

 

私はこっそり投影したホイッスルをラフィールに渡した。

 

「それは笛だ。私が合図したら、それを思いっきり吹いてくれ」

 

何で?と言いたげなラフィールを無視して、私は手を前に出し、一呼吸。そして。

 

I am the bone of my sword. (体は剣で出来ている)

 

 

 

 

 

 

~ラフィール視点~

 

静かな声で、アーチャー様は唱える。

深々と降り積もる雪のように、玲瓏たる湖のように。

 

Steel is my body,and fire is my blood. (血潮は鉄で心は硝子)

 

Ihave created over a thousand blades.(幾度の戦場を越えて不敗)

 

Unknown to Death.(ただの一度も敗走はなく)

 

Nor known to Life.(ただの一度も理解されない)

 

Have withstood pain to create many weapons.(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)

 

Yet,those hands will never hold anything.(故に 生涯に意味はなく)

 

ピシ、バシ、と周囲に電流のようなものが走り、徐々に大きさを増していく。

不思議な詠唱を唱えながら、アーチャー様が僕に視線を向け、こくりと頷く。

ぼんやりと詠唱に聴き入っていた僕は、急いで笛を咥えると、思いっきり息を吹き入れた。

ピイイイィィ、と甲高い音がして、予想以上の音の高さに驚いて笛を落とす。

巨大なオーガにちょっかいを出していたターニャさんとミラベルさんは、その音にくるりと踵を返し、僕達の方まで全速力で走ってきた。

息を切らせ、二人がアーチャー様の背後に滑り込んだその瞬間、アーチャー様が最後の一節を唱え終わった。

 

So as I pray ,(その体はきっと剣で出来ていた)

 

バキバキと地面にヒビが入り、割れ目から炎が吹き出る。

 

Unlimited blade works!(無限の剣製)

 

光が溢れ、辺り一帯を覆い尽くした。

 

 

 

ハッと閉じていた目を開けた僕は、様変わりしている風景に言葉を無くす。

朱に染まる空に、巨大な歯車がゆっくりと回転している。

荒れ果てた荒野は、無数の剣が地面に突き立てられ、さながら剣の墓場の様だ。

アーチャー様が片手を真上に振り上げると、突き立てられていた剣がひとりでに動き出し、空に浮き上がる。幾つも、幾つも、幾つも。

その切っ先はオーガ達に向けられ、何百、何千もの剣は主人の命令を待つ。

 

「・・・・・・すまないな」

 

ぽつりとアーチャー様は呟き、腕を振り下ろした。

凄まじい音をたて、剣の雨は堕ちていく。聴くに耐えない獣の断末魔、潰れ細切れにされる肉塊。

ものの数秒で、勝負はついてしまった。

地に倒れ付した巨体は、もうピクリとも動かない。

再び光が視界を覆い、次に目を開けた時は、あの淋しげな世界は消え失せていた。




前置き長かったけど!やっと宝具シーン書けたよー!
個人的には一番好きなんだよ、無限の剣製・・・・・・
FGOでもエミヤさんめちゃ欲しかったんだよねぇ、宝具シーンかっこよくてさー、無課金だけど頑張った!
さて、次回は思い悩む主人公、最初の仲間獲得なるか?の回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

一段落後。弓兵、口説き落とされる

終わった。終わったんだ。

僕は、半ば止めてしまっていた息を大きく吐き出した。

 

「・・・・・・・・・君達、大丈夫かね?」

 

アーチャー様は振り向いて、どこかぎこちない様子で僕達に声をかけた。

 

「はい・・・大丈夫です。アーチャー様こそ、怪我はありませんか?」

 

僕は一番に返事を返す。そうしなくちゃいけない気がしたからだ。

他の皆は、未だ沈黙状態・・・というか、呆けているようだ。

 

「おや、ラフィール様は思ったより豪胆な方ですねぇ。これは意外なこと!」

 

ラピッドはそう言いながら、アーチャー様の肩にとまる。悪かったな、意外で。

 

「なっ・・・・・・何だよ!?何なんだよ、お前!?さ、さっきのアレは・・・・・・お前、一体全体何なんだよ!?本当に人間なのか!?」

 

腰が抜けたのか、無様に座り込んでギャーギャー喚くウィズの顔面に、僕は振り向きざま渾身の力を込めて拳を叩き込む。

 

「ラフィール君!?」

 

アーチャー様の驚く声を背後に、僕は淡々と言った。

 

「ウィズ、そんなことよりも先に、僕達に言うべきことがあるだろ。礼も謝罪もなしで、お前ホントに何言ってるんだ?馬鹿か?馬鹿なのか?一回死んだ方が良かったか?」

 

仰向けにひっくり返ったウィズの襟首を掴み、僕は続けた。

 

「どうせ自惚れ屋のお前のことだから、自分でもオーガエープを倒せると思ったんだろ。結果はどうだったんだ、言ってみろよほら。いろんな人に迷惑かけて、開口一番アーチャー様を化物扱いか!?ふざけるなよ!!!」

 

カッと頭に血が上る。もう一発、と振り上げるた拳は、パシッと誰かに止められた。

 

「ラフィール君、もういい。もう十分だから」

 

とんとんと肩を叩いて、アーチャー様は僕を宥める。

僕は手荒くウィズを離すと、アーチャー様の外套の端をぎゅっと握った。

 

「・・・・・・魔法には、様々な種類があるの」

 

唐突に、ミラベルさんが何かを言い出した。

視線はウィズに向けられている。

 

「大なり小なり、その数は計り知れない。まだ私達の知らない魔法が、何処かで産まれてるかもしれないの。本を沢山読んだくらいじゃ、把握なんて出来ないものよ。全てを知ったつもりでいるのなら、考えを改めなさい」

 

厳しい眼差しに、ウィズは何も言えず俯いた。

 

「・・・・・・とにかく!皆命に関わる怪我もないし、無事だったんだから、よしとしましょ~」

 

ターニャさんがいつものような気の抜けた口調に戻り、気を取り直すかのように手を叩いた。

そしてミラベルさんと共に、いつの間にか気絶していたウィズの腰巾着二人を抱えあげる。

 

「先に行ってても?」

「・・・・・・ああ」

 

ターニャさんとミラベルさんは、アーチャー様と目配せして、先に村へと戻っていく。

 

「立てよ、ウィズ。まさか動けないとか言わないよな」

「・・・うるせぇよ、立てるに決まってんだろ」

 

憎まれ口も覇気がない。俯いたまま、ウィズは立ち上がった。

 

「・・・・・・・・・悪かったよ」

 

小さな声で吐き出された言葉に、僕は耳を疑う。傍若無人を人型にしたかのような、あのウィズが謝っただって・・・・・・!?

 

「アーチャー・・・さんも、すみませんでした。後、俺達を助けてくれて、ありがとうございます」

 

信じられないものを見るような僕に気付いたのか、ウィズは苦虫を噛み潰したような顔でそっぽをむいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

~アーチャー視点~

 

あーーー・・・・・・良かった。嫌われたり、恐がられたりしてなかった。

私はラフィールとウィズの二人を抱えて、村へと戻っていた。

最初は歩けていたんだが、緊張が切れたのか次第にうとうとし始めて、何度か転びそうになっていたんだよな・・・・・・。

ゲームや漫画でしか見たことがなかった宝具は想像以上にド派手で、こんなもん目の前で見せられた日にゃ、夜に魘されるレベルだ。

改めて『宝具』の凄さを再認識する。

しかし、ラフィールのキレっぷりにはびっくりした・・・・・・普段口喧嘩しかしない子だと思ってたからなー、まさかいきなり顔面にパンチ入れるとは。

まぁ、それも私の為に怒ってくれたのかな。もしそうなら、ちょっと嬉しい。

途中でターニャさんとミラベルさんに合流して、帰り道を急ぐ。

 

「いや~、にしても貴方、本当に凄い人だねぇ。最後のアレ・・・・・・鮮烈すぎて一生忘れられないよ」

 

ターニャさんのアクアブルーの瞳が、キラキラと輝いて私を見つめてくる。

 

「詳細を聞こうとはしないでくれよ。何せ私は記憶喪失でね、君を納得させる説明が出来るとは思えないんだ」

 

釘を指すように言えば、ターニャさんはそうだったの?と目を丸くした後、ふにゃりと笑う。あれ、言ってなかったっけこの話。

 

 

「何も聞かないし、誰にも言わないよ~。何の為の『誓約』だと思ってるの~?」

 

いや、だからその『誓約』とやらがいまいち理解してないんだが私。

私が微妙な顔をしたのがわかったのだろう、ミラベルさんが説明してくれる。

 

「記憶喪失って本当なのね。『誓約』っていうのは、魔力を伴う強力な誓いの言葉なの。誓約した言葉に反した行動をとると、何かしら酷い目にあうことになる・・・・・・最悪、死ぬ事だってね」

 

なにそれ怖い。つまり約束破ると必ずしっぺ返しが来るってことか?

 

「つまり~、さっきのアレを誓約破って言い振らせば~、私達とんでもない目にあうんだよね。だから安心してねぇ」

「・・・・・・わかった。ありがとう」

 

それなら心配はあまりしなくてよさそうだ。

二人にお礼を言って、私は黙々と歩いた。

 

「アーチャー様、戻ってきましたよ!」

 

さて、そろそろ夕暮れに差しかかる時間になり、先頭を飛んでいたラピッドが指し示す先に、村の皆が総出で待っているのが見える。

 

「ラフィール!!!」

「ウィズ!!!」

「マルクス!!!」

「アーヴィン!!!」

 

それぞれ我が子の名前を叫び、彼等の両親が駆け寄ってくる。

というか、ウィズの腰巾着二人の名前初めて聞 いたし。

泣きながら抱き締められる彼等を見て、私はホッと胸を撫で下ろしたのであった。

 

それからがちょっとした騒ぎになった。

キングオーガの出没とオーガエープの集団がいた事を話すと、後日王都からの調査隊の派遣依頼を出すことになったのだ。

私はあの騒ぎのど真ん中にいたのだが、調査隊に話を聞かれるとなると『色々と』ややこしい事になるので、調査隊が来る前にカタール村を発つことにしたのだ。

一応、名目上記憶喪失を何とかするためという設定も付け加えておく。

調査隊が来た後のことは、村長さんが上手く誤魔化してくれるそうだ。

まぁ、そろそろ王都なんかにも行ってみたいと思ってたので、ちょうどいいんだが。

ラフィールの家で夕飯の支度を手伝いながら、

いつ頃出発しようかな、なんて考えていると、くいくいと外套の背中辺りを引っ張られ、振り向くとラフィールが真剣な顔で立っている。

 

「どうかしたかね。夕飯はもう少しかかるが・・・」

「・・・・・・夕飯を食べた後、お話があります。父さん、母さんも聞いて欲しいんです」

 

いつになく真面目な様子のラフィールに、私とミリアさんは顔を見合わせた。

 

「わかったわ、ラフィール。アーチャー様、これ急いで作っちゃいましょ」

 

ミリアさんはそう言い、私も頷いて鍋を火にかけたのだった。

 

鶏肉とハーブの煮込みを食べ終え、食器を洗ってしまうと、ラフィールが食後のお茶を入れてくれた。ううん、美味い・・・・・・渋みの少ない緑茶みたいな味がする。

カップを持ってほのぼのしている私に対して、ラフィールとその両親二人は神妙な表情だ。

 

「アーチャー様、いつ頃村を出発する予定ですか?」

「え?あ、いや・・・・・・まだ未定だが、ターニャさんとミラベルさんの店で支度を整えてからと思っている」

 

ほけーっとしてた所にいきなり話を振られ、私はちょっと慌てながら答える。

 

「そうですか・・・・。父さん、母さん。僕、アーチャー様と一緒に行きたいと思います」

 

・・・・・・え?ちょっと待って。どゆこと?一緒に行く?何処に?ラフィールの爆弾発言に、私は目が点になる。

 

「アーチャー様、正直に言いますが、僕は貴方の強さに惚れ込みました。貴方の旅に、僕も一緒に連れてって欲しいんです。貴方の助けになりたいんです。僕はまだ見習いで、大したことも出来ないけれど、どうかご同行させてもらえませんか」

 

ラフィールの紫の眼は真剣で、私はどう答えたものかと返答に窮する。困りきった私を見て、ラルドさんが口を開いた。

 

「ラフィール。それは冒険者になる、という認識でとってもいいのかい?」

「恐らく、そうなると思う。」

 

静かに問いかけるラルドさんに、ラフィールはきっぱり言った。

 

「アーチャー様も、色んな所に行くなら冒険者登録しておいた方がいいものね。ラフィール、本気なのね?冒険者になるって事がどれだけ大変な事か・・・ちゃんとわかってるのね?」

 

ミリアさんは一言一言、しっかり確認するようにラフィールに問いかける。

 

「父さんと母さんも、昔は冒険者だったんでしょ?そういう事は、ちゃんとわかってるつもりだよ。それでも僕は、アーチャー様と一緒に行きたいんだ」

 

わお、熱烈な告白だ。見るからにラフィールは、テコでも動きそうにない。

 

「確かに、私にとってヒーラーである君の力は頼もしいものだ。だが・・・・・・あてのない旅になるぞ。命の危険も多く潜むだろう。それでもいいのかね?」

 

ラフィールの答えはわかってるが、私は聞かざるを得ない。一緒に来てくれるのは、本当にありがたい。ヒーラーが一番最初に仲間になってくれるなんて、RPGじゃ安心できるじゃないか。

だがこれはRPGではない。RPGそのままの世界ではあるが、これはれっきとした現実なのだ。刃物に触れれば、傷を負い痛みを感じる。

HPなんてものはなく、当たりどころが悪ければ容易く命を落とす。

私がつらつらとそんなことを考えていると。

 

「勿論、覚悟は出来てます。アーチャー様、今すぐ答えを出して欲しいとは言いません。どうか考えてみてくれませんか」

 

ラフィールはそう言うと、椅子から立ち上がった。

 

「・・・・・・さて、と。それじゃ、僕はもう部屋に戻るね。父さん母さん、アーチャー様、おやすみなさい」

 

言いたい事を言いたいだけ吐き出し、ラフィールはさっさと自室に戻ってしまった。

残された私達は、その素早さにしばしポカンとした後、やれやれと苦笑する。

 

「・・・久々に見たよ、ラフィールのあんな真面目な顔」

「そうね。あの子もそういう歳なのかしら」

 

ラルドさんとミリアさんは、すっかり冷えてしまったお茶を一口飲んで、何処か嬉しそうに顔を見合わせる。

 

「反対しないんですか?」

 

二人の反応がわからなくて、私は困惑する。

 

「反対しようにも、ラフィールが自分で決めたことだろう?僕達がどうこう言えることじゃないよ・・・・・・懐かしいなぁ。僕もこうして、冒険者になることを両親に告げた日のことを思い出すよ」

 

ラルドさんは目を細めて、しみじみ語り出す。私は黙って聞く体制に入った。

 

「ラフィールも言ってたように、僕とミリアも冒険者だったんだよ。ミリアは前衛、斧術士でね。僕は後衛で、あの子と同じヒーラーだったんだ。意外だろう、皆そう言うよ。確かに冒険者は危険な職業だよ・・・僕も何度、目を背けたくなるような怪我を治癒したことか。でもね、ラフィールが自分で考えて、自分で決めたことを、僕達は否定したくない。初めてなんだよ、あの子が自分からしたいことを言い出したのは。だから、アーチャー様・・・・・・息子を、ラフィールを連れて行ってあげてくれないかな。僕達からもお願いするよ」

 

二人から頭を下げられ、私は面食らってしまう。こういうことをされると、どうすればいいかわからなくなる。

 

「顔を上げてください!私は、その・・・・・・」

 

私が困りきってると、くすくすと笑う声がする。

見れば、ミリアさんが口元を手で隠しながら、楽しげに笑っていた。

 

「こら、ミリア」

「ふふふふ、ごめんなさいねアーチャー様。貴方みたいに強い方が、おろおろしてるのが面白くて」

 

狼狽えてしまったのを、咳払い一つで誤魔化して、私は言った。

 

「とにかく、よく考えてみます。失礼します」

 

一度部屋に戻って、ラピッドにも話を聞いてもらおう。

私はそう考えながら、二人に一礼して席を立ったのであった。

 

部屋に戻ると、ラピッドがベッドの上でころころと転がっていた。何してるんだお前。可愛いけど。

 

「おお、お帰りなさいませアーチャー様!何やら随分と真剣なお話をなさっておりましたね。何の話かお伺いしても?」

 

転がるのを止め、ラピッドがヘソ天状態のままラフな服に着替えている私を見上げる。

 

「ラフィールに旅へ連れて行って欲しいと頼まれた。ご両親も、反対はしてない」

 

手を伸ばして、ベッドのド真ん中を占領しているラピッドを枕元へ寄せ、そのまま身体を横たえた。

 

「それはそれは。アーチャー様はどう答えたのですか」

「その場で即答は出来なかったから、少し考える時間が欲しいと言った」

「何故です?ラフィール様はワタクシが見たところ、中々のヒーラーとしての才能がありますが。お仲間に加えるのであれば、今がその時かと」

 

寝返りを打って体を起こし、ラピッドは私の顔を上から覗き込んだ。近いぞおい。

 

「・・・・・・もし、ラフィールに何かあったとき、ご両親に何と言えばいい?ラピッド、私は幼い頃に、事故で両親を亡くしている。亡くす側の辛さは、誰よりも知っているつもりだ。勿論、そうならない為にも力は尽くす。だが、この世に絶対などというものは存在しない。私はそれが恐ろしい。だから、安易に連れて行くなんて事を言うわけにはいかないんだ」

 

目を閉じた瞬間、あの時のことがフラッシュバックされる。

目の前に迫るトラック、背中を突き飛ばされる感覚、顔を上げた時には二人の姿はもうなく。

すぐ近くに、身体が・・・・・・赤い・・・血に、塗れ・・・・た・・・・・・・・・

 

「ッ・・・・・・!!!」

 

ガバッと跳ね起きて、痛いほど鼓動が激しくなった胸元を掴んだ。ギリギリと爪を喰い込ませ、その痛みに無理矢理チカチカする視界を元に戻す。

ヤバかった・・・・・・良かった、吐くまで行かなかった。

 

「ど、どうなされたのです!?大丈夫でございますか、アーチャー様!」

 

慌ててラピッドが胸元を掴む手にくっついてくる。そして、落ち着かせるように擦り寄り、喰いこんだ指を少しずつ外していく。

 

「どうやら嫌なことを思い出させてしまったみたいですね。申し訳ありません、ワタクシの落ち度でございます」

 

申し訳なさそうな表情で、ラピッドは私を見上げる。

そんな顔をするな、と言いたいのに、喉が引き攣ったようになって声が出ない。

 

「でも、アーチャー様。共に行くという覚悟を決めたのは、ラフィール様自身でございます。ご両親様も当然、何かあった時のことを考えていることは確かでございましょう。それを踏まえて尚、ラフィール様の気持ちを優先させておられるのです」

「・・・・・・それは、よくわかっている。多分、これは私の気持ちの問題なんだ」

 

そうだ。私はまた失うのが怖い。こんなままでいてはいけないと常々思っているのだが、どうにも両親を亡くした記憶は強烈過ぎて、中々私を解放してはくれないのだ。

大きく息を吐き出し、私は再びベッドに横になった。ああ、何かいっきに疲れた。

 

「アーチャー様、今日はもう眠ってくださいませ。旅の支度を整えるまで、まだ少し時間はありましょう」

 

ラピッドの冷たく小さな手が、私の頬をゆっくり撫でる。

しばらくすると、落ち着いてきたのか私の瞼が下がってきた。

 

「・・・・・・人は人を必要とする生き物なのですよ。失うことの恐怖は最もですが、それに呑み込まれてはいけません。どうか、手を伸ばしてみて下さいませんか」

 

ふわふわする意識の中、ひっそりとラピッドが呟いたのを、私は知らなかった。

 

次の日。

疲れきっていたのにも関わらず、早朝スッと目が開いた。

疲労感はほぼなく、便利な身体だなぁと感心する。

隣でぷぴーぷぴーと奇妙な寝息をたてているラピッドをひと撫でして、私はそっとベッドから立ち上がった。

黒いシャツ(ミリアさんから貰った)を着て、足音を潜めて家の外に出る。

辺りはまだ薄暗く、ひんやりとした空気が清々しい。

近くの井戸まで行くと、顔を洗って口を濯ぐ。

部屋で投影してきた手拭いで顔を拭いて、ゆっくりと朝日が昇っていくのをじっと眺めていると。

 

「・・・・・・アーチャー様?」

 

かけられた声に、ハッとして振り向けば、朝露に濡れて輝く白い花を、山盛り籠に詰め込んだラフィールが立っていた。

 

「おはようございます。随分早いですね」

「ああ・・・おはよう。薬草採取かね?」

 

ラフィールは頷いて、私の隣に歩み寄ってきた。

 

「ソル・二ブラという花です。朝一番に摘んだものは、香りが良くて香水の材料等に使われます。結構いい値で売れるんですよ、これ」

 

差し出された籠からは、甘く濃厚な香りがした。

 

「・・・・・・ラフィール、私は一つ、思い出した事がある」

 

私はラフィールの紫の瞳を見つめ、そう切り出した。

 

「そ、それって、アーチャー様の記憶の事ですよね!?」

「他に何があるんだね」

 

驚いて籠を落としそうになるラフィールに、ちょっと笑いながら言えば、それもそうですね、とバツが悪そうな顔をする。

 

「断片的な記憶だが・・・・・・私は、両親を目の前で亡くしている。ずっと幼い時に、ね」

 

え?と言ったきり、言葉をなくすラフィールを置いて、私は続けた。

 

「事故だった。幼い私を庇って、両親は二人共轢かれてしまった。私は親戚の家に引き取られたが、厄介なお荷物の烙印を押されてしまったみたいでね。そこからは徹底的に無関心を貫かれたよ。そこから、余り細かいことは思い出せないが・・・・・・私が、君を連れて行くことに躊躇しているのは、また失うことを恐れているからだ」

 

少し脚色したり省いたりしたが、私はラフィールに過去の事を少しだけ話した。

 

「人間、生きていく以上、誰かと関わらずにいることは出来ない。私もそう思ってはいるんだが・・・・・・どうも、あの時の凄まじい喪失感を思い出すと、二の足を踏んでしまってね。情けない事だ」

 

口元が歪み、自嘲の笑みが浮かぶのを感じる。

ラフィールを見れば、俯いてその表情は伺えなかった。

少しの間、沈黙が続き。

 

「・・・・・・そんな事があったんですね。話してくれて、ありがとうございます」

 

幾分低い声で、ラフィールは言った。

 

「アーチャー様の気持ちは良くわかりました。じゃあ、僕は・・・・・・」

 

私はてっきり、一緒に行くのは諦めますとか言うのかと思ってた。

ところがどっこい、ラフィールは勢いよく顔を上げて言い放った。

 

「勝手に!ついて行きますから!」

「・・・・・・え」

 

キッと見上げる目は挑むようにきつく、ラフィールは私にずかずかと詰め寄ってくる。

 

「つまるところ、アーチャー様は僕が一緒に行ったら死ぬんじゃないかと思ってる訳ですよね?冗談じゃない、勝手に殺さないでください。というかますます心配ですよ!そんな話聞かされて、はいそうですか諦めますなんて言うと思いました?思いませんよね?」

 

ガシッと両腕を掴まれ、怒涛のがぶり寄りに目を白黒させていると。

 

「僕はヒーラーです!多少の怪我なんてあっという間に治してみせます!もっと勉強して、直に腕利きのヒーラーになってみせましょう!回復魔法だけじゃ不安だというのなら、防御魔法も使いこなせるようになります!いずれ『鉄壁』の肩書きをもらえるように!」

 

ラフィールは、私の腕を握り締めながら叫ぶ。

一体どうしてそこまで私にこだわるのか、さっぱりわからなくて困惑するばかりだ。

 

「僕はね、アーチャー様。昨日も言ったと思いますけど、貴方の強さに感動したんです。惚れ込んだんです。わかりますか?僕は今まで、冒険者なんて命知らずな連中だと思ってました。絶対になりたくない職業だと思ってました。でも、貴方を見て、心が踊ったんです。こんなにも凄い人がいるのかと。僕はそんな貴方の助けになりたい。そして貴方と一緒に、もっと沢山のものが見たいと思った。理由は他にいりますか?もっと難しい理由が?」

 

何かもう、どうしよう。これ凄い口説かれてるよな私。

熱くなる頬をどうにか隠したくて、強く見つめてくるラフィールの透き通った紫の瞳から顔を逸らした。

 

「・・・・・・・・・わかった。そこまで言われて、いいえと答えられる気骨の持ち主ではないよ、私は」

 

溜息を一つ吐いて、私はラフィールに向き合った。

そして、そのまま片手を差し出す。

 

「これから世話になる。ラフィール君、よろしく頼むよ」

「はいっ!よろしくお願いします、師匠!」

「師匠!?」

 

ラフィールの口から飛び出たとんでもない言葉に、私が目を丸くしている間、彼は勝ち誇ったような笑顔を浮かべ、私の手をぶんぶんと振るのであった。

 




タイトル通りの回でございましたー
どうも、皆様。ここ数日の雨は凄まじいものでしたね・・・・・・一日も早い復旧を祈っております。
我が友人の中にも九州に住まう方がいるのですが、大通りが水浸しで避難出来ずに家にいたみたいです。
自然の力はほんとに恐ろしいものです、日頃の防災意識が大切ですね・・・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

さよならカタール、目的地は王都

ラフィールに口説き落とされ、見事に惨敗したことをラピッドに話せば、小さな相棒は何が面白かったのか腹を抱えて笑い転げた。解せぬ。

それにげんなりしつつ、出立の準備を整え出す。

ああ、お金なら心配ない。臨時収入でそれなりの額のお金が手に入ったからね。

 

「オーガエープの爪に、牙、毛皮でしょ~、キングオーガの骨も使えるし~、これもアーチャーさんのお陰だねぇ」

「こっちも結構分けてもらって助かるよ。キングオーガの骨なんか、ギルドで良い値で売れるのよ」

 

そう、あの時倒しまくったオーガエープとキングオーガの素材を、ターニャさんとミラベルさんに換金してもらったのだ。

ちなみに、解体したのはハンターのタンバルさんだったりする。

一人では手が回らないので、ターニャさん、ミラベルさん、私と手伝ったのだが・・・・・・うん、中々エグかった。

え?事故の時のフラッシュバックはないのかって?

あれは疲れてたり、落ち込んでたりするとなることが多いんだ。普段は平気なので、あまり気にしてない。

血を見る度にあんな状態になってたら、生活していけないだろう。

 

「とりあえず、着替えと・・・・携帯食と、財布もいるな。あと魔石も何個か買っておいてもいいか。そうだ、ラピッドのおやつ用にドライフルーツも作って・・・・・・」

 

はっきり言おう。私は困っていた。遠足や旅行ならいざ知らず、旅人装備なんてわかるわけないだろ!?

何がいるんだよ、キャンプなんてしたことないんだぞインドア派ナメんな!

 

「弱った。必要なものが全くわからん」

「おやおや、何やら難しいお顔をしておりますな」

「荷造り・・・進んでないですね」

 

あーでもない、こーでもないと考え込んでいると、部屋の扉が開きラピッドとラフィールが姿を見せた。

 

「・・・・・・少し手を焼いているだけだ」

「少しには見えませんよ、アーチャー様」

 

笑いを堪えるかのようなラピッドの声に、私はむむ、と眉間に皺がよるのを感じた。

 

「仕方ないですね。僕手伝います」

 

うう、面目ない。ラフィールの申し出に、私は情けない顔でお礼をいうのであった。

一人と一匹がかりで荷造りを手伝ってもらい、何とか私の荷物が出来上がり、さぁ鞄に詰めようとしたその時。

 

「アーチャー様、ラフィール、ラピッドちゃん!その荷物ちょーっと待った!」

 

ばばーんと扉を開き、何故か勇ましく登場したのはミリアさん。

 

「びっくりした・・・・・・どうしたの、母さん」

「うふふー。ラフィール、いい物あげるわね」

「いい物・・・・・・?」

「で、ございますか?」

 

私達が不思議そうに見守る中、ミリアさんは背後からぱんぱかぱーん、という効果音と共に取り出したるは・・・・・・。

 

「背負い鞄?」

 

と、いうよりもリュックサック、いやナップサックに近い形だな。

 

「実はね、これマジックバッグなの」

「は・・・・・・?」

 

隣でラフィールがぽかんとした顔をしてるが、私は全くピンとこない。

 

「おやおや、それは珍しいですね。それほどの大きさの物は、中々見つかりませんよ」

 

ラピッドはミリアさんの掲げ持つマジックバッグとやらの周りを、興味深そうに飛び回っている。

 

「そ、そんな凄いの持ってたの・・・・・・?」

「そうよ。むかーしにラルドと冒険者やってた時に、ちょっとね。これあげるから、使いなさいね」

 

にっこり笑って、ミリアさんはラフィールにマジックバッグとやらを渡して、荷造り頑張ってね、との言葉を残して部屋から出ていった。

 

「アーチャー様、マジックバッグというのはですね。言葉の通り、魔法の鞄なのでございます」

「大きさによって入る個数に限度はありますが、カバンにさえ入れば、どんな重いものでも手に持ったときに重さを感じない仕掛けなんです」

「あと、当然ですが普通の鞄に比べ、圧倒的な収容力があります。これほど大きなものだと、かなり沢山入るでしょうね」

 

ラピッドとラフィール、二人の説明に、私はふむふむとマジックバッグを手に取って、開けたり閉めたりを繰り返す。見たところ、至ってシンプルなナップサックである。

では早速、荷物を入れてみよう。

 

「凄いな・・・・・・全部入れたのに、こんなに軽い」

 

片手で持ってみるが、重さはほとんど感じなかった。

 

「それこそ、マジックバッグの特徴でございますよ。収容力は高く重量は一定!他の特徴として、食べ物等の鮮度も落ちない優れ物、長旅には是非とも欲しい一品でございますね」

 

ラピッド、何かテレホンショップみたいになってるぞ。

 

そんなこんなで、出発当日。カタール村の人達に挨拶を済ませたわけだが。

 

「ラフィー兄ちゃん、アーチャ兄ちゃん、ラピちゃん・・・・・・行っちゃやだあああぁぁ!」

 

ラフィールと私の服を握り締め、この世の終わりとばかりに泣き叫ぶミーナちゃんに、壮絶な足止めを喰らっている。

 

「ミーナ、また帰ってくるから、ね?もう二度と会えないわけじゃないんだよ」

「ミーナお嬢様、あまり泣いてはいけませんよ。可愛いお顔が台無しになってしまいます」

「ミーナちゃん、私達は必ずここに戻ると誓おう。どうか信じて待っていてくれないだろうか」

 

三人で慰めまくって、やっとミーナちゃんは手を離してくれた。だが、涙が次から次へと丸い頬を伝って流れていく。何だか凄い悪いことをしている気分だ。

 

「・・・・・・皆、ちゃんと帰ってくる?」

 

ひっく、ひっくとしゃくり上げる声が痛々しい。

私達はミーナちゃんの不安そうな目を見つめ、しっかり頷いてみせる。

 

「・・・・・・わかった。ミーナ、いい子で待ってる。待ってるから、絶対に帰ってきてね」

 

ミーナちゃんは目を擦って涙を拭うと、ミリアさんの傍まで行き、彼女の手を握った。

 

「どう?もうお別れは大丈夫そう?」

「ああ。すまない、待たせてしまった」

 

苦笑混じりの声に、私は振り向いて荷物を荷馬車に乗せる。

そこには、ターニャさんとミラベルさんが荷馬車の前に座っていた。

 

「王都までの同行、感謝する」

「いいよいいよ~、私達も色々売り捌きたいしねぇ」

 

ターニャさんはホクホク顔で「戦利品」を眺めている。

何だかんだ、荷馬車付きで連れて行って貰えるのはありがたいことだ。

 

「それじゃ・・・父さん、母さん、ミーナ。行ってきます」

「ラフィール、気をつけてな」

「アーチャー様、息子をよろしくお願いします」

「ラフィー兄ちゃん、頑張ってね!」

 

ラフィールも、最後の挨拶を済ませたようだ。ミリアさんの言葉に、私は深々と一礼した。

 

「お世話になりました」

「皆様、本当にありがとうございました!」

 

ラピッドも私の横で羽ばたきながら、器用に頭を下げる。

さぁ、次の場所へ向かおうか。

 

 

 

 

 

結論、私は荷馬車の乗り心地の悪さを忘れていた。

タイヤって凄い。ゴムって凄い。コンクリートって凄い。

 

「・・・・・・腰と尻が・・・痛い・・・」

 

ガタガタゴトゴトと揺れる荷馬車、その荷台の上で身体はぴょこぴょこ跳ねる。

私は誰にも聞き取れない程小さな声で、唸るように言った。

これアレだ、限界きたら馬車と走ろう。そうしよう。

 

「二人共大丈夫~?」

「「大丈夫じゃない」」

 

ラフィールと仲良く揃った声に、ミラベルさんが同情するように言った。

 

「慣れてないとキツいものね・・・・・・私も最初は苦労したよ」

「そういえば、王都までどれほどかかるのですか?確かスターファン、といいましたっけ」

 

ラピッドはミラベルさんの肩に留まっているようだ。

白く細い指で撫でられ、エメラルドの瞳が気持ちよさそうに細まる。こいつめ、こっちの気も知らないで。

 

「ええ、スターファンであってる。そうね・・・このペースだと、何事もなければ一週間ちょっとで到着するわ」

 

一週間・・・・・・一週間もかかるのか・・・・・・そうだよな、自動車も電車も飛行機もないんだよな、この世界。

もういっそ騎英の手綱(ベルレフォーン)で飛ぶか?

いやいや、あれって確かペガサス召喚してたよな。ペガサスは、怪物メドゥーサが英雄ペルセウスと戦った時、切り落とされた首の血だまりから産まれたそうな。つまるところ、血を媒介にペガサスを喚ぶのか?

・・・・・・どれだけの血がいるんだそれ。斬首レベルの量なら死ぬぞ私。

 

「絶対止めとこう・・・・・・」

「え、何をですか」

「いや何でも」

 

ガッタンガッタン揺れる視界の中、いきなり妙な事を呟いた私を、ラフィールが心配そうに覗き込むのであった。

 

さてさて、腰痛に悩み、堪りかねて馬車と併走し、たまたま襲ってきた追い剥ぎ連中をストレス発散とばかりにぶちのめしetc、etc・・・・・・

そんなこんなで一週間。

え?端折りすぎ?もういいじゃないか、何事もなく一週間たったんだ。途中お姫様を助けることもなければ、伝説の装備を見つけることもなかったよ。

ほぼほぼ移動だ、移動に費やした七日間だった。

 

「はーい、ルーンベルグ王都、スターファンとうちゃーく!」

 

ターニャさんの気の抜けた声を聞き、私はやっと荷馬車地獄の終わりが来たことに喜びを噛み締める。

 

「ここは、王都スターファンの西門だよ~。今から入国するんだけど、ギルド証のない二人は、入国料がいるのねぇ。今回は~、お世話になったお礼として私達が払っちゃうよぉ~」

 

止める間もなく、ターニャさんは財布を取り出して、入国管理をしているのであろう兵士にお金を支払ってしまう。

 

「ターニャさん、そこまでしてもらわなくとも・・・・・・」

「いいのいいの~、こっちはアーちゃんのお陰で儲けられそうだしねぇ。これくらいさせてよ。お返ししたいならぁ・・・・・・コレで、ね?」

 

アーちゃんって誰だ、アーちゃんって。いつの間にそんな呼び方になってんだ。

呼び方にひっそりつっこんでいると、外套の襟首辺りを掴まれ、ぐいっと引っ張られる。

上体が傾いたと思えば、頬に柔らかな感触が。

おおーっ、という周囲のどよめきに、私はターニャさんにキスされたのを知った。

 

「・・・・・・親愛の証として、受け取っておこう」

「も~、つれないなぁ」

 

まったく、この人はいろんな意味で奔放な人だな。

苦笑して言えば、ターニャさんはつまらなさそうに唇を尖らせた。

 

「ターニャ!あんたまたそんなことして!」

「いいじゃんミラベル~、親愛の証なんだしぃ。あ、ミラベルもする?」

「せんわ!」

 

ミラベルさんに頭をひっぱたかれ、痛そうにそこをさするターニャさんはさておき。

 

「それではここでお別れだな」

 

入国手続きを済ませ、門を潜ったところで二人とはさよならだ。

 

「色々お世話になりました。素材、高値で売れるといいですね」

 

ラフィールはぺこりと頭を下げて、にこやかに笑う。

 

「ラフィール君、これから大変だと思うけど、無理しない程度に頑張ってね。アーチャーさん、さっきはこの色ボケがすみません」

「色ボケって酷いぃ~!」

「うるさいこの色ボケ」

 

もう一発頭を叩かれたターニャさんは、痛い痛いと騒いでいる。

うん、ごめん援護出来ないわ。

 

「それじゃ、また何処かで会いましょう。元気でね」

「じゃあねぇ~」

 

二人に手を振って、私達はその場を後にする。やれやれ、個性的な人達だったなぁ。

 

「それでは、これからどういたしましょう。先にギルド登録へまいりますか?」

「うん、そうしましょうか。ええっと、冒険者ギルドは何処にあるんだろ・・・・・・」

 

ラピッドとラフィールがそんな話をしているのを背中越しに聞きながら、私は周囲を見回した。あ、あそこにマップっぽいの発見。

私はそこまで行くと、どれどれとマップを覗き込んだ。

そして、とある箇所を見た瞬間、私は思わずカッ、と目を見開いた。

 

「エリュテイア大浴場・・・・・・だと・・・!?」

 

大浴場・・・・・・浴場・・・つまり、お風呂!

日本人の心!命の洗濯!清潔は健康の第一歩!

 

「・・・・・・そうだ、お風呂行こう」

 

一週間。一週間も荷馬車に揺られる生活をしていたんだ。その間、濡らした布で身体を拭うくらいしか出来なかった。

カタール村に居たときでも、大きな桶にぬるま湯を入れて浴びる程度。

どれだけ大きな湯船に肩まで浸かりたかったか!

目的地は決まった。最優先事項はお風呂に入ること。

いざ行かん、エリュテイア大浴場へ!!!

 

 

 

 

 

 

~ラフィール視点~

 

ルーンベルグ王都スターファンに到着して、ターニャさんとミラベルさんと別れ、僕とラピッドは冒険者ギルドへの登録について話していた。

 

「冒険者ギルドか・・・・・・何だかドキドキします、僕」

「何事も初めてというものは緊張するものですよ。そういえば、アーチャー様は何処に行かれたのでしょうか」

 

言われてみれば、確かに師匠の姿が見当たらない。

どうしたんだろうか、とあちこちへ視線を巡らせると、マップの前に立つ赤い背中を見つけた。

ああ、あんな所にいたのかと思えば、勢いよく身を翻し、足早にこっちに向かって歩いてくる。

その目付きはとても鋭く、僕はびくっと肩を跳ねさせてしまう。

 

「おやおや、どうしたのですかアーチャー様。お顔が大変険しくなっておりますよ」

 

すかさずラピッドが間に割って入り、師匠の肩にひらりと留まる。

 

「む・・・・・・すまない、少しがっつき過ぎたようだ。二人共、これから冒険者ギルドへ行こうとしていたと思うのだが、少し待ってくれないか」

 

ラピッドに頬を突っつかれた師匠は、表情を緩めて僕達に言った。

 

「それは全然構いませんが・・・・・・師匠、どこか行きたいところがあるんですか?」

「ああ。エリュテイア大浴場に先に行きたいんだ。というか、その師匠という呼び名は続けるのかね・・・・・・」

 

げんなりした顔で、師匠は溜め息をついた。

だが僕はこの呼び方を変えるつもりはない。

だって本当に僕は、この人に、アーチャー様に憧れているのだ。だから、師匠以外の呼び名なんて思いつかなかった。

 

「続けますとも。早く慣れてくださいね、アーチャー師匠」

「・・・・・・普通に呼んでくれていいんだが」

「イヤです」

 

再び溜め息を吐く師匠を見て、僕は声を出して笑った。

 

「ところでエリュテイア大浴場、でしたっけ。どうしてそこに先に行きたいんです?」

 

僕がそう問いかけた瞬間、師匠は目を見開いて即答した。

 

「風呂に入りたいからだ」

 

・・・・・・いや、そうだと思いますけど。別にギルド登録済んでから行ってもいいんじゃないかと思うんですね、僕は。

 

「ラフィール君、一週間だぞ。私はもう堪えられん。風呂に入ってさっぱりしたいんだ」

 

どうやら師匠は綺麗好きらしい。眉を下げて、悲しげな顔で懇々と言われては、ダメだなんて言えない。

 

「わかりました。じゃあ、先にお風呂に入りに行きましょう。実は僕もちょっと興味あったんですよね」

 

お話は済みましたか、なんて言ってるラピッドをツンっとつついて、僕達はエリュテイア大浴場へと向かったのだった。

 




暑いですね。物凄く暑いですね。
どうも皆様、松虫です。三連休いかがお過ごしでございましょうか。
我が家は海沿いにあるんですが、近くの海の人口密度が大変なことになっております。熱中症にはお気をつけくださいね。
さて、ようやく王都スターファンに到着したアーチャー一行。ギルド登録は後回しで一風呂浴びに行ったわけですが・・・・・・次回は誰得?俺得だよお風呂回!
もしかしたら更新が遅れるかもです・・・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ほっこり一息、大浴場で出会ったのは

いつもの厳しめな顔立ちが、今はちょっと緩んでいて、師匠の歩む足取りも軽やかだ。

嬉しげな雰囲気を纏って、鼻歌でも歌いだしそうな様子に、僕はこっそりと笑った。

機嫌の良さそうな師匠は、普段の大人びた感じとは打って変わって何処となく子供っぽい。そんなにお風呂が好きなのかな?

 

「ラフィール君、こっちだ。ここを右らしい」

「はいはい、ちょっと待ってくださいって」

 

行き先を示す声も、はしゃいでいるのか弾んでいる。

 

「珍しくウキウキしておられますね。お風呂がお好きなのですか、アーチャー様」

 

師匠の肩に留まったままのラピッドがそう聞けば、師匠は自分では気付いていなかったのか、恥ずかしそうな、気まずそうな表情になった。

 

「・・・・・・そんなに顔に出てたかね?」

「「そりゃもうしっかりと」」

 

僕とラピッドの綺麗に揃った声に、師匠はうっ、と言葉を詰まらせた。

 

「仕方ないだろう、風呂の魅力は絶大なんだ!一週間、布で身体を拭くだけの生活だったんだぞ!?清潔にしているつもりだが、私には無理だ!考えてもみたまえ、丁度いい温度のお湯に、肩まで浸かる時の満足感を!この世の至福だぞ!」

 

やけくそのように熱弁する師匠。よくそれで旅するとか言えたなぁ、この人。思わず遠い目になるのを感じる。

 

「わかったわかった、わかりましたよ。わかりましたから、ほら到着しましたよ」

 

師匠の手を引っ張って、目の前に現れた建物に注意を促す。

 

「おお・・・・・・ここがエリュテイア大浴場か!」

 

目を輝かせ、師匠が見上げた建物は、一見神殿のような造りをしていた。白い石の柱はどっしりと太く、豪奢な彫刻の彫られた屋根を支えている。

 

「これはまた大きな建物でございますねぇ。大浴場とは思えぬ造りで」

 

ラピッドは目を丸くして、柱や壁を覆う見事なレリーフを眺めていた。

 

「入浴料は銅貨10枚ですか。かなり安いですね」

 

料金表を見れば、冒険者はランクに応じて値段が変わってくるらしい。

高ランクになると入浴料は高くなるが、様々なサービスが付属されるのか。

銅貨10枚は最低ランクで、お風呂に入るだけがこの値段なんだな。

 

「ワタクシの分も入浴料は必要なのでしょうか?」

「とにかく入ろう。ラピッドの分は、中で聞いてみればいい」

 

師匠はそう言い、スタスタと中に入っていく。その後を追って、僕とラピッドもエリュテイア大浴場へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

もうもうと立ち込める湯気。かぽーん、という桶の音。

サラサラと流れるお湯の音を聞きながら、僕は深い息を吐いた。

 

「はぁ・・・・・・気持ちいい」

「極楽でございます~・・・・・・」

 

白いスベスベした石の大きな湯船に浸かり、思わずまったりと零れた呟きに、肩に乗ったラピッドが蕩けた声で答えた。

 

「ラピッドの分はいらなくて、ちょっと得した気分だね」

「ワタクシ・・・お風呂なるものは初めて入りましたが・・・これは癖になりますね・・・」

 

いつものしっかりした受け答えも、とろとろと

覚束無い。

それにくすくすと笑っていると。

 

「ああ、ここにいたのか。どうだね、湯加減は」

 

髪と身体を洗い終えた師匠が、後ろから声をかけてきた。

 

「最高です。お風呂って、こんなに気持ちいいんですね」

 

隣に並んで座った師匠は、何故か得意そうな顔をしている。

 

「そうだろう。しかし、内部も素晴らしいな。床は色ガラスのタイル張り、浴槽は白い石造りか」

 

心地良さげにうっとりと目を細める師匠を、僕はそっと眺めた。

なめし革のような褐色の肌に、水滴が光を反射して光っている。悠々と伸ばされた長い手足、逞しく盛り上がった筋肉・・・特に胸と腕。

何度か抱き上げられたことがあるが、柔らかく張りがあって、ぶっちゃけ心地よかった。

あんな巨大な弓を軽々と引くのだから、さぞ硬い筋肉で覆われているのかと思っていたのだが。

 

「ん、どうしたかね?のぼせてしまったか?」

 

視線に気がついたのか、師匠が首を傾げて僕をのぞき込んでくる。

 

「い、いえ。師匠って、髪を下ろすと存外童顔なんですね」

「ラフィール君、君は案外人が気にしている所をしっかり突いてくれるな?」

 

誤魔化すように話題を振れば、地雷だったのか大きな手で頭を鷲掴みにされる。グッと力を込められれば、地味に痛い。

 

「い、いだだだだだ!痛いです!ごめんなさいすみません失言でしたぁ!!」

「全く・・・以後気をつけたまえよ。私ならともかく、そんな事を女性相手に軽々しく言ってしまえば大変な事になるぞ」

 

手を離された頭を押さえて、僕は何度も頷く。

童顔って、そんなにデメリットになるのかな。老けて見られるより、若く見られた方が僕はいいと思うのだけれど。

そんな事を思っていると、急に入口あたりの方が騒がしくなった。

 

「ああー、ようやくさっぱり出来るぜ!さすがに二週間行水だけじゃなぁ!」

「そうですねぇ兄貴!早速浸かりましょうや!」

「何あれ汚い」

 

僕はその方向を見て、うっかりと素直な感想口走ってしまう。

見えたのは三人の男達で、ひと目でわかるくらい汚れている。

多分、いや確実に冒険者・・・しかもあんまり素行が宜しくなさそうだ。

 

「・・・・・・何やら湯船の方に向かって来ておりますね」

「まさかあの人達、身体も洗わずにここに浸かる気!?」

 

僕とラピッドは、顔を見合わせた。お互い、嫌悪感で引き攣った表情だ。

どうしよう、と思ったその時、師匠が動いた。

 

「待ちたまえ。湯船に浸かる前に、身体を洗え。それが最低限のマナーだ」

 

湯船の中から男達の前に立ち塞がり、厳しい声で言った。

いきなり目の前に現れた師匠に、男達は面食らった顔をしたが、すぐ様馬鹿にしたような笑いを浮かべる。

 

「何だテメェ。オレに説教しようってか?オレを誰だと思ってんだ、冒険者ランクDだぞ。それなりの金払ってんだよ。テメェ、見ねぇ顔だが・・・若造、何ランクだよ」

 

成程、師匠が童顔を嫌がった理由がわかった。

こういう時にナメられるからか。

 

「そんなものはどうでもいい。高ランクだろうが低ランクだろうが、守らなくてはいけないマナーは同じだ。はっきり言うが、君達は非常に不衛生だ。わかりやすく言うと、汚くて臭い。ゴミ溜めの如き臭いと汚れだ。そんな身体で湯に浸かるとか正気を疑うんだが」

 

呆れ顔で師匠は男達を見回す。風呂場のあちこちから、そーだそーだ!とか、その兄ちゃんの言う通りだ!とか、帰れこの豚野郎!とか、何か色々援護射撃が飛んでくる。

 

「うるせぇな!外野はすっこんでろ!!!テメェもガタガタ言ってんじゃねぇよ、そこをどきやがへブッ!?」

 

突如、師匠に殴りかかろうとしていた男が吹っ飛んだ。

否、何者かに殴り飛ばされたのだ。

 

「さっきから喧しいぞコラ!風呂は静かにはいるモンだこのド阿呆!」

 

白い湯気の向こうから、筋骨隆々たる巨体が現れる。何だこの筋肉ダルマは。

背丈は多分、師匠より高い。師匠を豹だとするなら、この人は熊だ。

黒い髪はうなじ辺りで一括りにされており、同色の瞳は不機嫌さをありありと滲ませている。

胸から腹にかけて大きな ()()()()()傷があり、顔や身体の厳つさを一層引き立てていた。

 

「お前等さっきから聞いてりゃ、随分とふざけたことほざいてやがるじゃねぇか。ここの風呂はなぁ、俺のお気に入りなんだよ。それをなんだ、んなクソ汚ねぇナリで来やがって。おい、まずはその兄ちゃんの言う通り、汚れを落としてから入ってきな。それが出来ねぇってんなら・・・・・・わかってんだろうな、あ?」

 

熊男の真っ黒な双眼に射抜かれ、男達はウッとたじろぐ。

殴られた男に至っては、気絶したのかひっくり返ったまま大人しい。

 

「どうする?我を通して私達と一戦交えるか、マナーを守って入浴するか、どちらがいいかね?」

 

ザバリと湯船から上がり、師匠は熊男の横に並ぶ。バキ、ボキ、と指を鳴らし、ニンマリと笑みを浮かべながら。

湯船は床より一段低い所にあったから、男達は師匠を見下ろす感じだったが・・・・・・今では師匠が男達を見下ろす番だ。

背の高さと体格の良さに気づいたのか、男達は気絶した仲間を連れてすごすごと風呂場から出て行ってしまった。

 

「出て行ったか・・・・・・まぁいいだろう」

「正直、あんな連中と同じ湯になど浸かりたくはなかったからな」

 

師匠と熊男はふんっと鼻を鳴らして、男達が出て行った方を一瞥し、その後ガシッと握手を交わす。

 

「ご助力、感謝します」

「なぁに、いいってことよ。兄ちゃん、さっきの阿呆共を止めてくれてありがとな。俺はウルス・ラムシュタインってんだ。兄ちゃんは?」

「私の事は、アーチャーと呼んでください」

 

師匠は熊男もとい、ウルスさんに一礼する。ウルスさんはにっかりと笑うと、師匠の背中をパンッと叩いた。

 

「ほぉ、弓兵と名乗るか。その目に自信があると見える。アーチャーとやら、お前さん冒険者か?」

「正確には、冒険者になる予定です。まだギルド登録はしてないもので」

 

叩かれた衝撃に、普通の人ならよろめくか転ぶ筈だ。

しかし師匠はびくともせず、涼しい顔だ。

ギルド登録をまだしていないことを伝えれば、ウルスさんはますます破顔して言った。

 

「そいつはいい!何なら俺が直々にしてやるよ。何せ、俺はここの冒険者ギルドのギルドマスターだからなぁ!」

「・・・それは、運がいい。なら、もう一度浸かりなおしてからお願いします」

「お、いいなぁ。さっきので身体が冷えちまったぜ」

 

何か意気投合してるんだけどこの人達。

というか・・・僕、そろそろのぼせそう・・・・・・あがらなきゃ・・・・・・

 

 

 

 

 

 

~ラピッド視点~

 

おや、ワタクシでよろしいのですか?

今までアーチャー様とラフィール様で務めておられたようですが・・・・・・では、僭越ながらワタクシ、ラピッドめが語らせて頂きたいと思います。

何せ、ラフィール様は湯あたりを起こしてしまいましたからね。

現在、アーチャー様はラフィール様の頭をお膝に乗せて、ウルス様が借りてこられた扇子で扇いでおられます。

 

「のぼせる前に、あがって待ってればよかったんだが・・・・」

 

あがるにあがれない空気だったのでございましょう。

ウルス様はラフィール様より遥かに大きくて、お顔の方も強面でいらっしゃるから。

 

「よう、冷たい水貰ってきてやったぜ」

「すみません、ありがとうございます」

 

ウルス様がコップを持ってこられました。

アーチャー様はラフィール様を抱き起こし、そっと口元に持っていきます。

 

「ほら、ラフィール君。飲めるかね」

「はい・・・・・・大丈夫です」

 

まだ少しくらくらしてらっしゃるようですが、お水を飲むだけの力はあるようで安心しました。

え?ワタクシでございますか?ワタクシはあの程度で湯あたりはしませんので、心配には及びません。

 

「坊主、悪いなぁ。俺がコイツと話し込んじまったから、のぼせちまったんだよな」

 

熊のような巨体を縮めて、ウルス様は申し訳なさそうな顔をしておられます。

 

「いえ・・・僕の方こそ、すみませんでした。師匠の言う通り、のぼせる前にあがるべきでした」

 

お水を飲み終えたコップをウルス様に渡して、ラフィール様はぺこりと頭を下げられました。

 

「もう大丈夫です。動けますから・・・・・・」

 

ああ、そう言った側からよろけておりますよ。

 

「無理はしないでくれ。そうだ、私が運ぼうか」

 

アーチャー様、ラフィール様も男の子なのです。

抱き上げられて運ばれるというのは、恥ずかしいと思うのですが。

そんな心を知ってか知らずか、アーチャー様は抵抗するラフィール様を猫の子を抱くように、その腕で抱えてしまいます。

 

「ほら、暴れるな。君を落としたくはない」

 

・・・・・・無意識とは恐ろしいものです。アーチャー様、それは是非とも女性に言ってあげてくださいね。

妙に色気のある声で囁くように言われ、ラフィール様はビシッと固まってしまわれました。

ふむ、何やらこれはこれで需要があるのでしょうか?

後ろの方で黄色い悲鳴が聞こえるような・・・・・・そこは気にしないでおきましょう。

さて、これからウルス様の案内の元、我々は冒険者ギルドに向かうようです。

今回はここまでということで、皆々様、次回またお会い致しましょう。

 

 

 




な、何とかギリギリセーフ!
本日中に投稿出来たぜヒャッフー!!!
あ、どうも皆様。松虫でっす。
風呂だけの話でした。進んでないですねー、ほんとに。
いやぁ・・・・・・ちょっと口唇炎で非常に苦しんでおりましてね?
あとにゃんこの具合が悪くって・・・ただの風邪みたいでしたけど。
とりあえず次回はいよいよ冒険者ギルド登録です!
皆様体調にお気を付けてくださいねー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ギルド登録後、久し振りの神様通信

~アーチャー視点~

 

お風呂も入ってさっぱりしたし、ギルドマスターのウルスさんにも会えたし、何だよラッキーだな私。

通行人をひらひら避けながら、私は御機嫌に歩いていく。

 

「あの・・・師匠。もう大丈夫ですから、下ろしてください・・・・・・」

 

胸元から蚊の鳴くような声で、ラフィールが言った。

 

「何を言う。湯あたりとはいえ、倒れるところまでいったんだ。ギルドに到着するまでは、このままでいてもらう」

 

頭のくらくらって、そう簡単に治りそうにない気がするし。

私の言葉に、ラフィールは途方に暮れたような顔をする。

 

「そんな・・・ずっとこれは、恥ずかしいんですけど」

「なら目を閉じているといい」

「そういう問題じゃないんですってば!」

 

私達のやりとりを聞いて、ウルスさんはわっはっは、と豪快に笑う。

 

「いいじゃねェか、ラフィーの坊主!師匠に愛されてるねェ、羨ましいこった!」

「ええ、可愛い愛弟子ですから」

「もー!悪ノリしないで下さいよ!」

 

ウルスさんのノリに乗ってすまし顔で言えば、ラフィールは私の頬をみょーんと摘んで引っ張る。

 

「いふぁいんらが(訳:痛いんだが)」

「お、思ったよりよく伸びる・・・!?」

「やれやれ、仲良きことは美しきことでございますねぇ」

 

ウルスさんの爆笑をBGMに、ラピッドの呆れたような独り言が聞こえた。

 

 

 

 

賑やかしい大通りを歩くこと数十分。見えてきたのはレンガ造りの建物だ。

入口のドアは胸から膝までくらいの大きさ・・・・・・そうだな、よく西部劇なんかで見かける、両手でバーンと開けるドアがついている。

ドアの上には看板があり、「ルーンベルグ冒険者ギルド」とあった。

 

「さ、入んな。ここがルーンベルグ冒険者ギルドだ!歓迎するぜ、アーチャー、ラフィーの坊主、ラピ公!」

 

ウルスさんの掛け声と共に開かれたドアを、私は通り抜けた。

ふむ、目の前には何個か受付のカウンターがあり、その横は広いロビーのようになっていて、何人かの冒険者達が座って談笑している。

さらに奥には、ちょっとした食事処が見えた。

 

「あ、ウルスさん。おかえりなさい」

 

受付の女の子がにこりと笑って手を振る。

私は彼女に視線をやり、ついじっと見入ってしまった。

まるで蜂蜜のような色の瞳、シルバーグレーの艶やかな髪。

その髪の中・・・頭上の辺りにぴょっこりと立つのは、髪と同じ色の三角耳。

 

「ね、猫耳?」

 

私の驚いたような顔を見て、ラピッドがそっと耳打ちする。

 

「獣人の国、スタンフィールドの民でございますよ」

 

あ、そっか。人間以外にも、沢山の種族がいるんだよなここって。

何度か通り過ぎる人とかでチラチラ見てたけど、間近で見るとやっぱりコスプレとかとは違うもんだなぁ。

 

「・・・お客様?どうかしました?」

 

私の視線に、不思議そうに首を傾げる猫耳さん。

私は、おっといけないと誤魔化すように微笑む。

 

「いや・・・綺麗な髪だったので、つい見てしまった。気を悪くしたのなら、申し訳ない」

 

つい口から出た言い訳に、私は自分自身にないわーとつっこんだ。

うわキザなこと言ったな私。でもアレか、アーチャーはキザなプレイボーイって設定だったから、キャラ的にはOKなのか?でも実際綺麗だったし。

猫耳さんは一瞬きょとんとした後、みるみるうちに真っ赤になった。

 

「へっ!?あ、あのその・・・・・・ありがとうございます・・・」

 

へにょんと耳を垂らして、恥ずかしそうにお礼を言う猫耳さん。ちょっと待ってめちゃくちゃ可愛いぞこの人。

 

「・・・・・・師匠の口説き魔」

「人聞きの悪いことを言わないでくれ。こら、腕を抓るな」

 

抱き上げたままのラフィールが、じっとりした目で私を見上げ、二の腕辺りをギュッと抓った。何でだ、解せぬ。

 

「おう、いきなりウチの受付を口説かねぇでくれよ。ほら見ろ、マリーナが真っ赤になってやがる」

「私は口説いたつもりはない。思ったことを言ったまでだが」

「わははは、尚更質が悪いなお前はよぉ!」

 

ウルスさんの大笑いに、私は心外だという意味を込めて抗議してみる。

何で皆して私を女ったらしみたいな言い方するんだ。

そしてあの猫耳さんはマリーナさんというのか。覚えておこう。

 

「はいはい、雑談はそこまでに致しましょう!アーチャー様、ラフィール様ももう元気そうでございましょう?そろそろ下ろしてあげても問題ないのでは」

 

話が進まないと思ったのか、ラピッドが遮るような大声を上げる。

それもそうか、と思い、ラフィールを下ろしてやると、ワザとらしく伸びをした後、私の手を掴んだ。

 

「ふぅ、やっと下りられました。ほら師匠、早く登録しちゃいましょう」

 

そのまま引っ張られ、受付の前まで連れていかれる。

 

「マリーナ、新規登録者だ。いつまでもトマータンみてぇな顔してねぇで、仕事だ仕事!」

 

ウルスさんの呼びかけに、マリーナさんは我に返ったように動き出した。

目の前に運ばれてきたのは・・・装甲に覆われた水晶のような物の下に、針のような足?が何本か生えたような機械だった。ビジュアル的には、とても気持ち悪い。

 

「な、何ですかこの魔物みたいなの・・・・・・」

 

ラフィールも同じことを思ったのか、顔が引き攣っている。

 

「コイツはな、土の国マギア・アギナの魔道具専門ドワーフが作り上げた自動ギルド証作成機だ。見た目はちょいと・・・いやかなりアレだがな、性能は折り紙付きだぞ」

 

何故かウルスさんが得意げにモンスターっぽい機械の紹介をする。

えーっと・・・で、これどうやって使うんだ?

 

「まずはこの水晶部分に手を当ててください。そのまま動かずにいると、勝手にこの魔道具が読み取りを始めますから」

 

マリーナさんの案内に従い、まずは私から登録スタートである。

水晶の所に手を置いてっと・・・・・・おわ、何か光りだした!?

キラキラと水晶が真紅の輝きを放つ。それに驚いていると、針のような足がガシャガシャと動き出し、いつの間にか機械の真下に置かれてあったプレートに文字を刻んでいく。

成程、あの尖った足先は、こうやって使うのか。

 

「はい、これでギルドカードの出来上がりです。身分証明書にもなりますから、なくさないでくださいね」

 

マリーナさんがギルドカードを差し出してくれる。それを受け取って、しげしげと眺めた。

カードの色は銅色、そこに鮮やかな真紅で彫られているのは。

 

「名前:アーチャー

冒険者ランク:F

職種:弓兵

登録ギルド:ルーンベルグ冒険者ギルド」

 

ほほー、何かめっちゃファンタジー世界感じる!

あ、あとこの右上の端にオパールみたいな宝石が付いてるな。何だろこれ、飾りか?

まぁ、これでとりあえずは冒険者の仲間入りってわけか。

 

「先に説明させていただきますね。ランクはFからDまではブロンズ、CからBまでがシルバー、AからSまでがゴールドになります。依頼をこなしてポイントを貯めれば、ランクは上がり自動的にカードの色が変わっていきます。高ランクであればあるほど受けられるサービスもありますが、高ランクだからこそ、多く料金を支払わなければならないということもありますのでご了承下さい。それから、当然かと思いますが、犯罪行為を犯した場合はギルドカードは剥奪されます。冒険者同士の諍いに関しては、ギルドは一切の責任を負いかねますからね」

 

マリーナさんは一度そこで言葉を切り、ラフィールに声をかけた。

 

「次の方、どうぞ」

 

恐る恐るラフィールが水晶に触れると、今度は翡翠色の光が輝き、プレートに文字が刻まれていく。

 

「名前:ラフィール・バレット

冒険者ランク:F

職種:ヒーラー

登録ギルド:ルーンベルグ冒険者ギルド」

 

ラフィールのギルドカードも、色は銅色だが、文字だけは先程の光と同じ、翡翠色だ。

同じく右上の端に、宝石が付いている。

 

「マリーナ様、何故アーチャー様とラフィール様のカードでは、文字の色が違うのでしょうか?」

 

私の肩からひょこっとラピッドが顔を出し、二つのギルドカードを見比べる。

それは確かに私も疑問に思ってたんだ。

私のときは赤い光に赤い文字、ラフィールのときは翡翠色の光に翡翠色の文字。

この違いは何なんだろうか。

 

「それはな、ソイツのテーマカラーみたいなもんだってよ。マギア・アギナのドワーフは変わりモンが多くってな、連中の考えてることは俺達みてぇなのにはわからねぇよ」

 

ウルスさんがマリーナさんの代わりに答える。

え、テーマカラーなのこれ。そんなフワッとした理由だったの?

思ったよりしょーもない理由に、ちょっと脱力。

 

「何はともあれ、これで登録完了ですね。後は依頼の説明と、施設案内ですが・・・如何しましょう?このまま聞いていかれますか?」

「ああ、もののついでだ、お願いしよう」

 

引き続き説明をお願いすると、受付から出てきたマリーナさんが、グイグイとウルスさんを押し退けて、私の前に立つ。

 

「お?マリーナ、そいつらの説明は俺が・・・・・・」

「ウルスさんはここで私の代わりに受付お願いします。また見回りとか言って、勝手にお風呂に行ってきたんでしょう?」

 

にっこりと笑うマリーナさんだが、蜂蜜色の瞳は氷のように冷ややかだ。

ウルスさん、仕事中に大浴場にいたのか・・・そりゃ怒られても仕方ないなぁ。というか見抜かれてるし。

うっ、と言葉に詰まるウルスさんを放って、マリーナさんは私を見上げる。

 

「それでは、こちらへ。まずは依頼について説明させていただきます」

 

依頼の受け方と報告については、それぞれランク分けされた掲示板から自分にできそうな依頼を取ってきて、ギルドカードと一緒に受付に渡すらしい。

ギルドカードに内容を登録するんだが、あのカードに付いてた宝石は、記録用の魔石ということだった。魔石に依頼の内容を登録し、依頼書の控えにするわけだ。

任務完了後、証拠品を持ってギルドに戻り、任務完了の登録とポイント加算、素材等の換金を済ませて終了、という流れだ。

 

「他にも、何か分からないことがあれば、その都度私や他の受付に質問してください。きちんとお答えいたしますので」

「「わかりました」」

 

さて、お次は施設案内だ。

入口に受付は三つ、新規登録受付、依頼受付、その他。

ロビーを越えて奥は軽い食事処『サラマンダー(火蜥蜴)の欠伸』、そこから裏に回り込むと、魔物の解体場がある。

解体場はギルドの外側から回っていく形で使用して欲しいとのこと。

そりゃそうだ、部屋の中を魔物の死体を担いで横断するわけにはいかない。

 

「これで説明は終了になります。何か質問ごさいますか?」

「今のところありません。ありがとうございました」

 

マリーナさんに一礼して、ギルドでの用事は終了した。

 

「ところで、本日の宿は決められておられるのですか?」

「・・・宿?」

 

私のきょとんとした顔に、マリーナさんはあらあらと苦笑する。

 

「本日泊まる宿ですよ。その様子だととられてなさそうですね・・・・・・早めに宿をとっておかないと、いい所は全て埋まってしまいますよ」

 

何・・・・・・だと・・・・・・!?早くもピンチか!?

私は知ってた?の意味を込めてラフィールに視線を送る。

当然、彼は深刻そうな顔で知らなかった、と目で語った。

 

「こうしてられん!ラフィール、一刻も早く宿を見つけるぞ!」

「はい師匠!虱だらけのベッドはゴメンです!」

 

慌ててギルドを飛び出そうとしたその時、グイッと襟首を何者かに掴まれる。

 

「まぁそう急ぐんじゃねェよ。ちょいと待ちなって」

 

ぐえっと窒息しそうになって、たたらを踏みながら止まれば、ウルスさんがにっかり笑いながら立っていた。おい、受付の仕事はどうしたんだよおっさん。

 

「俺の弟が宿をやってんだ。空いてるかどうか見てやるよ。マリーナ、ライチを連れてきてくれねぇか」

 

ライチ・・・?あのフルーツのライチか?楊貴妃の好物の?

私とラフィールが首をかしげていると、マリーナさんが受付の奥から一羽の白い鳥を連れてきた。

鳩に似た卵のような身体、尾羽は開かれた扇子に似た形をしている。

つぶらな瞳は鮮やかな赤で、キュルックー、キュルックーという鳴き声が聞こえている。

 

「この子は卵鳩(エッグ・ピジョン)。文字通り卵みたいな見た目でしょう?名前はライチといって、街中に限り、手紙を届けてくれるんです」

 

か・・・・・・可愛い・・・!触りたい、モフりたい、にぎコロしたい・・・!

好みどストライクの見た目に、私はライチちゃんをガン見する。

 

「ライチ、コイツを『風の微笑み亭』まで頼んだ」

 

ウルスさんがライチちゃんに手紙を見せると、心得たとばかりにピンク色の足を差し出す。

そこに手紙を括りつけると、近くの窓からライチちゃんは外に飛び立って行った。

 

「これでしばらくしたら、返事が返ってくるはずだ」

 

数分後、無事ライチちゃんが帰ってきた。

さぁ外せ、と足を出すライチちゃんから手紙を受け取り、ウルスさんが目を通す。

 

「喜べ、一部屋とっといてやるとよ。さぁ、日が沈まねぇ内に行きな・・・・・・って、聞いてんのかお前ら」

 

ごめんウルスさん、聞いてなかった。

ってかライチちゃん可愛すぎる!触った感じ、まんま大福じゃん!

 

「もふもふですよ、師匠!」

「もふもふだな、ラフィール君」

 

ライチちゃんはされるがまま、よきにはからえと目を細めている。

 

「もう、いつまでそうしているのですか!早く宿に向かいますよ、お二人共!」

 

終いにはラピッドに叱られた。すみません。

 

さて、冒険者ギルドを後にした私達は、ウルスさんに描いてもらった地図を見ながら、『風の微笑み亭』を目指していた。

 

「ふむ、この道を真っ直ぐ行って、突き当たりを左・・・緑のドアの建物のようだ。看板が出てるから、すぐにわかるとは言っていたが」

 

地図にはウルスさんのサインと判子が押されており、これを見せれば良いらしい。

歩くこと十分程、地図通り緑のドアの建物が見えてきた。

ドアの上には、『風の微笑み亭』という看板が掲げられている。

 

「ここでございますね。何とも可愛らしい雰囲気で」

 

ラピッドは、入口付近に飾られている沢山の鉢植の周りを飛び交い、花の香りを嗅ぎながら言った。

ドアを軽く叩いて入れば、ほっそりした感じのいい夫婦が出迎えてくれた。

 

「いらっしゃい。もしかして、君達が兄さんの言ってた冒険者かい?」

「はい。これを見せるようにとウルスさんから・・・」

 

兄さん、ってことは、この人がウルスさんの弟さんか。

私はウルスさんのサインを差し出し、弟さんを眺めた。

・・・・・・こりゃ、あの熊さんと似ても似つかないなぁ。さしずめ、鹿さんといったところか。

 

「はい、確かに兄さんのサインと判子だね。ようこそ、風の微笑み亭へ。僕はべナード・ラムシュタイン。こっちは妻のアリッサです」

「私はアーチャーといいます。こっちはラフィール、そしてラピッドです。本日は、部屋をとって頂いてありがとうございます」

 

自己紹介をして、お礼を言う。

何かしてもらったら、どんな小さなことでもちゃんとお礼を言うこと。良好な対人関係を築く為の基本だね。

 

「いえいえ、こちらもたまたま部屋が余っていましたから。」

 

おっとりと笑うお二人に、こちらも気が抜ける。いい人そうだなぁ。

おっと、和んでる場合じゃない。

料金表を見れば、部屋は食事なしは銀貨4枚、食事(朝・夕)付きで銀貨7枚とのことだ。

迷わず食事付きを選び、とりあえず一泊分を支払う。

よかったー、事前にまとまったお金ゲットしてて。ターニャさんとミラベルさんにはホント感謝感謝だ。

案内された部屋は、二階の一番端だった。

赤みがかった木材の壁に、ベッドが二つ。質素だがしっかりした作りのテーブルと椅子二脚。充分な設備である。

 

「夕食はどうしましょう?お部屋でとられますか、それか一階の食堂でとられますか?」

 

ゆっくりしたかったので、部屋まで持ってきて欲しいとアリッサさんにお願いする。

待つこと三十分程、野菜と肉たっぷりの具沢山スープと、黒パンがテーブルに置かれた。

スープはトマトベース、パンは密度が高く、食べたことはないがライ麦パンのようで腹持ちが良さそうだった。

ラピッドには、作りおきのドライフルーツとパンを半分こして食べてもらい、食器を戻しに行って一段落。

 

「ラフィール君、眠いのか?」

 

すっかり暗くなった外を見ていると、うつらうつら船を漕ぎ出すラフィールが見えた。

 

「はい・・・・・・僕、そろそろ休みます」

 

のろのろと部屋着に着替え、ベッドに潜り込むのを見届ける。

数分とせぬ間に、すうすうと寝息が聞こえてきた。

 

「何だかんだ言いつつも、お疲れだったのでしょうね。アーチャー様はまだ起きてらっしゃるのですか」

 

ラピッドは反対側のベッドの枕元に行くと、私を見上げる。

 

「そうだな、もう少ししたら休もう。ラピッドは先に寝てるといい。私はまだ目が冴えていてね」

 

私はラピッドの身体をよしよしと撫でる。翼の付け根がことさら気持ちいいらしく、ここを撫でてやるとたちまち目がとろりと蕩ける。

 

「んん・・・・・・それでは・・・お言葉に、甘えまして・・・・・・おやすみなさい、ませ・・・アーチャー様」

 

ふっふっふ、私のテクにメロメロだな、ラピッド。

滑らかな鱗の頭を一撫でして、私は窓際に椅子を持ってきて、よっこらせと腰掛ける。

 

「・・・この世界の月も、あの世界と変わらないんだな」

 

今宵は満月、生前みた月とは見える大きさが違えど、同じ色だ。

ああ、お茶が欲しいな・・・月を見ながら飲むなんて、風流じゃないか。

ぼんやりと月を眺めている時だ、あの声が聞こえたのは。

 

『お久し振りです、涼香さん。元気そうで何よりです』

「新島少年!?」

 

そう、私がこの世界にやってくることの原因となった元・神様・・・・・・アリステア君。

人間名、新島 悠一少年の声だった。

 

 




口唇炎なおったよー!
一週間振りです、もう少し頑張ったらお盆休みでございますね。
私のお休みはけっこう長くって、今から楽しみでしょうがないです。
さて、タイトル詐欺ですすいません。
だって思ったより長くなっちゃったんだよ、ギルド登録の話・・・・・・
次回は色々設定を語る回です。
無事一週間で投稿できればいいな!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

詳細とFランク依頼

しばらく聞いてなかった声に、驚いて大きな声が出る。

いけないいけない、ラフィール達を起こしてしまう。

何処か人気のないところ・・・そうだ、窓から屋根に移れるんじゃないか?

私は窓をそっと開けると、上半身を乗り出した。よし、行けそうだ。

腕力にものを言わせて、窓を抜けて屋根へとよじ登る。

 

「よし、ここならいいだろう。久し振りだな、新島少年、もといアリステア君」

『げっ、僕の名前、知っちゃったんですか』

 

新島少年はちょっと嫌そうな反応をしてみせる。

 

『だって、可愛すぎませんか?不思議の国のアリスみたいで。出来れば新島の方で呼んでくれるとありがたいんですが・・・・・・』

 

どっちでもいいんですけど、と渋々言う新島少年に、私は笑って答えた。

 

「嫌だというのに、無理に呼んだりせんよ。さて、二回目の神様通信はどんな内容かね」

 

屋根に腰を下ろして、私は話を聞く体制に入った。

 

『今回は、宝具について色々お話したいと思いまして。前回は、必要最低限のことしか伝えられていませんでしたからね。宝具の方は、もう使用しましたか?』

「ああ。画面越しに何度も見ていたものだが、あれは凄いな。ちょっと・・・いや、かなり感動した」

 

キングオーガ相手に、無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)を使った事を話せば、新島少年はおおー、と感嘆の声を上げた。

 

『それでは、今のところ使った宝具は無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)だけなんですね』

「そういうことになるな。ところで新島少年、一つ聞きたいんだが・・・神造兵装の宝具の場合、原作では投影出来ないことになっているが、そこの所はどうなっているんだ。約束された勝利の剣(エクスカリバー)とか、いまは遙か理想の城(ロード・キャメロット)とか」

 

投影出来ないことはないが、自滅覚悟しなくちゃいけなかったはずだ。

でも言ってみたいよね、エクス、カリバーッ!って。

 

『通常、神造兵装以外の宝具を使用した場合、その威力はほぼ100%の威力を発揮します。神造兵装の宝具だと、自滅したりすることはありませんが、威力は本来のものと比べると半減してしまうんです』

何せ、神が造りし兵装ですからね。

新島少年の話を聞きながら、私はちょっぴりがっかりする。なーんだ、半減しちゃうのか・・・・・・。

私の落胆に気づいたのか、彼は笑いを堪えるように続けた。

 

「そうしょんぼりしないで下さいよ。僕の言う半減というのは、言わば対サーヴァント戦では、ということです。あれだけの威力を誇る宝具、半減したと言ってもどれだけの破壊力か。普通の人間が太刀打ちできる代物ではありませんよ」

 

・・・・・・確かに。ということは、半減しててよかったのか?

だが、一際派手なのはよーくわかる。

超大型級の敵が現れでもしたとき以外は、使わないようにしよう。悪目立ちする。

 

『そうしてください。実は、最近僕もFate/GrandOrder始めまして。あ、勿論両親のスマホでですよ。あれ、面白いですね。僕、アーラシュ・カマンガーなんて人、名前すら知りませんでしたよ』

 

あー、あの人はある意味レアだよな。最初見たときは、誰?ってなったし。製作スタッフの人も凄いよ、よく見つけてきたよね。

 

『あ、そうそう。神造兵装の宝具ですが、一度使うと一週間程同じ宝具は使えませんからね。気をつけてください』

「・・・それ、かなり重要事項じゃないのか」

 

ジトーっとした声になる私に、新島少年はちょっと慌てながら言う。

 

『いや、だってその姿なら、まず最初に無限の剣製(アンリミテッド・ブレイドワークス)使うでしょ普通』

 

それもそうだけど。実際そうだったけど。まぁいいか、結果オーライだし。

 

『それじゃ、次は僕の番ですね。今までのこと、色々聞かせてもらってもいいですか』

「そう来ると思ったよ」

 

私は森で別れてからのことを、新島少年に語って聞かせた。カタール村でのこと、キングオーガと戦った時のこと、ラフィールを仲間にする時のこと・・・・・・。

新島少年は相槌を打ち、時にツッコミを入れ、声を上げて笑い、実に話し甲斐のある反応をくれた。

 

『それでは今はルーンベルグの冒険者ギルドで登録して、明日から依頼を受けるんですね・・・・・・ふむ、そうですか』

「・・・何か言いたそうだね」

 

最後の言葉が気になって、私は新島少年に訪ねてみる。

 

『いえ、ちょっと涼香さんにお告げ?的なものをお伝えしようと思いまして』

 

お告げ?何だよそれって。ジャンヌ・ダルクってか。

私の妙な雰囲気に気がついたのか、声が苦笑するような響きを持つ。

 

『別に国を救えなんて言いませんて。そうですね、今日は満月なので、今日から数えて九日後。丁度下弦の月の日の夜、町を散歩してみてください。きっといいものが拾えますよ』

 

いいもの・・・・・・一体何なんだろう。お金かな、武器かな。

少し考えてみるが、全く思いつかない。

ま、ここで簡単にわかってしまうようなものなら、お告げの意味がない。

 

「今日から九日後か。覚えておこう」

『そうしてください。ああ、もうこんな時間ですか・・・・・・涼香さん、名残惜しいですが、ここまでですね』

 

時間にして一時間弱程。まあまあゆっくり話せた方かな。

 

『夜も遅いのに、話してくれてありがとうございます。また、連絡しますね。おやすみなさい』

「ああ、待ってるよ。おやすみ」

 

ふっつりと聞こえなくなった新島少年の声。

あー、私も早く寝ないとな。明日から依頼をこなしていかなくちゃいけないんだから。

なるべく音を立てないように部屋に戻るのは至難の技だったが、どうにか入り込むとベッドに潜り込む。

そして目を閉じて、あっという間に眠りに落ちていった。

 

 

 

 

「師匠・・・師匠!起きてください、師匠!!!」

 

翌朝、ラフィールに身体をゆさゆさと揺さぶられ、私はぼんやりと目を開けた。

 

「ああ・・・・・・すまない、寝過ごしてしまった・・・・・・」

 

完全に寝惚けモードで、むくりと身を起こす。

 

「お寝坊とは珍しゅうございますね、アーチャー様。昨晩は緊張して眠れなかったのですか・・・・・・ふぎゃっ!?」

 

からかうように周りを飛ぶラピッドを、私は無造作に掴み取った。

そして、猫みたいな悲鳴をあげる彼を撫で回す。

 

「ちょっ・・・・アーチャー様ッ・・・・あっ・・・ダメ・・・にょっ!?そこダメですぅ~」

 

無言でラピッドを撫でまくる私、ひぃひぃ啼かされるラピッド。

 

「あー!もう、いい加減にしてください!」

「痛っ!?」

 

終いにはラフィールに杖でぶん殴られ、ようやく私は頭が覚醒する。

 

「ラフィール君、いきなり何を・・・・・・む?ラピッド、何故そんなところで寝ているんだ」

 

正気に戻った私を、ラピッドはジロっと睨み付けて。

 

「ラフィール様、もう一発お願いできますか」

「任せてください」

 

えぇ!?ちょっと待ってちょっと待って!

こら、ラフィールも杖を振り上げるんじゃない!

 

「すまない!本当にすまない!」

 

何処ぞのドラゴンスレイヤーのように、すまないを連呼しながら私は慌てて二人から距離をとった。

 

「僕達、先に朝食とってますから!師匠もさっさと身支度整えてくださいよ、まったく!」

「はい!すぐに行きます!」

 

ビシッと敬礼する私を、呆れたような視線が貫く。

そんな私を置き去りに、二人は一階に降りていった。

 

「・・・・・・はぁ、さすがに夜更かししすぎたか」

 

やってしまった。ラピッドを揉みしだいてしまった。

もにもにしてて気持ちよかったなー、あの子。

私はいそいそと支度を整えると、慌ただしく一階へと向かった。

食堂に入ると、隅のテーブルに陣取っている二人を見つけ、ごめんごめんと謝りながら椅子に座る。

私が来るまで、食べずに待ってくれていたようだ。

えーと、なになに献立は、っと。

塩漬けの肉を、こんがり焼いたパンに挟んだサンドイッチと、豆と根菜のサラダ、青リンゴに似た果物、花の香りのするお茶。

サンドイッチは、齧ると肉の脂がジュワッと染み出してきて、塩と胡椒の効いた味が文句無しに美味い。

豆と根菜のサラダはホクホクしていて、ナッツの風味の強いドレッシングが食欲をそそる。

最後に、こってりした口を落ち着けるのは、爽やかな風味の果物。味と食感は、まんまリンゴだ。

私はあっという間に平らげて、お茶を楽しんでいると。

 

「どうです、朝食の量は足りましたか」

 

べナードさんがお皿を下げにきてくれた。

 

「充分です。とても美味しかったですよ、ありがとうございます」

「僕、このお肉が好きです!これ、何の肉ですか?」

 

ラフィールがパンに挟まれている肉を指さすと、べナードさんはにこやかに答えてくれる。

 

「これは大猪の肉を、塩と胡椒で漬けたものです。氷室で熟成させてあるので、旨味が凝縮されているでしょう」

 

熱心にべナードさんの話を聞くラフィール。

うんうん、君も男の子だなー、お肉好きなんだね。

私はお茶を飲み終えると、ラピッドに残してあったリンゴ二切れを勧めた。

 

「ラピッド、これを。お詫びと言ってはアレだが・・・・・・」

 

ラピッドはクスクス笑いながら、私を見上げる。

 

「もう怒っておりませんよ。あれは・・・・・・その、くすぐったかっただけでございます」

 

あ、でもせっかくなので頂きますね、とリンゴにかぶりつくラピッドを、私は微笑みながら眺めるのであった。

 

 

 

さて、朝食を済ませ、いよいよギルドへと向かう。

ギルドの扉を開けると、ウルスさんが豪快な大声で声をかけてきた。

 

「おう、来やがったなアーチャー一行!」

「おはようございます、ウルスさん」

 

相変わらずの勢いの良さに、苦笑しつつ挨拶を返す。

カウンターのドアから、よっこらしょとウルスさんは狭そうに抜け出してくる。

 

「どうだ、風の微笑み亭は?」

「とても素晴らしい宿です。いい所を紹介してくれて、ありがとうございました」

 

ぺこりと頭を下げる私に、ウルスさんは額に手を当て、大袈裟に天を仰いでみせる。

 

「かーっ、お前って奴はバカ丁寧だなぁ!最近の冒険者の連中にも、見習わせたいくらいだぜ!」

 

バッシバシ背中を叩かれ、胃になかなかの衝撃波が来る。

が、何とか耐えて私は涼しい顔を取り繕う。

 

「よっしゃ、今日から依頼だな!頑張れよアーチャー」

 

ウルスさんに手を振り、私は掲示板へと足を進めた。

びっしりと貼り付けられた依頼の紙。どれどれ、と目を通してみると。

 

「迷子ペット探し・・・溝に詰まったスライム掃除・・・庭の草刈り・・・外出中の店番・・・薬草を詰んできて・・・本の虫干し・・・」

 

私とラフィールは、顔を見合わせた。

 

「アーチャー様、これって」

「うむ。ほとんど雑用だな」

 

片っ端から片付けられそうな依頼に、私は手分けしてこなしていこう作戦を提案する。

 

「アーチャー様、でしたらワタクシも提案を一つ」

 

ラピッドは自分の鱗を一枚ペりりっと剥がした。

何をするのかと様子を伺っていると。

 

「移し身よ、我が身を喰らいて目を覚ませ影分身(ブリンク・オブ・シャドウ)

 

ラピッドがそう唱えた瞬間、うねうねと鱗が蠢き、ぼんやりとした光が鱗を覆う。

それは粘土のように伸び縮みし、ラピッドそっくりの形になったではないか。何これメ〇モン?

 

「ラピッドがもう一匹・・・!?」

 

目を丸くする私に、ラピッドは得意げな顔で説明した。

 

「これはワタクシの分身でございます。ある程度の魔法なら使いこなせますよ。この分身をアーチャー様に、ワタクシ本体はラフィール様にお付きいたします」

「え?僕は別に、分身の方でも・・・・・・」

 

かまいませんよ、と続けそうになるラフィールを制して、ラピッドはキッパリと言い放った。

 

「ラフィール様、これは保険でございますよ。アーチャー様は腕っ節に関しては問題ありませんが、ラフィール様はそういう訳には参りません。万が一の時に備えて、ワタクシがお側におりますので」

 

有無を言わさぬ口調に、ラフィールは沈黙する。

うーん、ちょっと微妙な雰囲気だなぁ。

 

「ラフィール君、気に入らないかもしれないが・・・」

 

私の言葉を遮って、ラフィールは口を開いた。

 

「確かに、その通りですね。僕はまだまだ弱いですから、今のうちはしっかり頼らせてもらいます」

 

気がついたら私は手を伸ばし、ラフィールの頭をよしよしと撫でていた。

いやぁ、君は私が思うより、ずっとずっと大人だよ。

 

「そうしてくれ。君が強くなるまで、私達がしっかり守ろう」

「お願いします。でも、じきに自分の身は自分で守れるくらいに強くなってみせますよ」

 

なんてことはなさそうな様子のラフィールだが、その目にはやっぱり、悔しげな色が見て取れる。

 

「さぁ、依頼を選びましょう。師匠も早く!」

 

切り替えるように言って、ラフィールは私の手を引っ張り掲示板に歩み寄った。

わかったよ、じゃあこの話はもうおしまいってことで。

 

 

 

私が選んだものは、溝掃除、本の虫干し、庭の草刈りと力仕事三つだ。

アーチャーの筋力ステータスはDだが、サーヴァントの腕力と人間の腕力だと、天と地程の差がある。

つまるところ、力仕事バッチコーイ!である。

えーっと、最初の依頼はどれにしようかな・・・よし、かるーく溝の掃除から行ってみようか。

 

 

 

 

~Fランク依頼その1~

 

ラフィールと別れ、私はラピッドの分身・・・面倒だからラピッドⅡと呼ぼうか。

ラピッドⅡと依頼主のところへ向かっていた。

 

「スライムの研究中、何故か実験体のスライムが巨大化・・・無事討伐されたものの、スライムの身体の一部が溝に詰まっているのでどうにかして欲しい、か。ああ、ここだな依頼主の家は」

 

ちょっと怪しい佇まいの家のドアを叩くと、いかにも研究者だとわかるような身なりの青年が顔を出した。

私の顔を見るなり、怯えたような情けない顔で恐る恐る口を開く。

 

「あ、あの・・・どちら様で・・・?」

 

私は安心させるように微笑み、ギルドカードを提示する。

 

「ジェフ・マイリーさんですね。あなたの依頼を受け、ここに来ましたアーチャーといいます。早速、スライムの詰まった溝の掃除にかかりたいのですが・・・現場まで案内して頂けますか」

 

ついでに、ギルドカードの記録用魔石を起動させると、掲示板に貼ってあった依頼書の内容が、そっくりそのままホログラムのように魔石の放つ光の中に浮き上がる。

 

「あ・・・ありがとうございます!まさか、こんな依頼を受けてくれる冒険者の方がいたなんて!ええっと、ちょっと待ってて下さい、スコップどこ置いたっけ!?」

 

文字通り飛び上がって、依頼主のジェフさんは喜色満面に部屋へと引っ込んだ。

ガラガラガッシャーン!と何かが崩れる音、ドタドタと走り回る音と非常に気忙しい。

 

「アーチャー様、何やら初っ端から笑えるスタートでございますね」

 

私の肩に留まっているラピッドⅡは、呆れ混じりの溜め息を吐いてみせるのだった。

さて、青年に手渡されたスコップを担いで、私達は現場に向かう。

 

「あの、ここになります」

 

ジェフさんが指さした場所には、幅が60センチ程度の溝に、みっちりと青いぷるぷるした物質が詰まっていた。

長さは約3メートル程、予想してたよりは長くはないが、詰まっているスライムはそれなりに重量がありそうだった。

 

「い、一応ブルースライムなので、炎を浴びせると弾力はなくなります。お願いできますか・・・?」

 

遠慮がちなアドバイスを聞き、それなら話は早いとばかりにラピッドⅡが小さな翼を自慢げに広げた。

 

「それなら話は早いですね。アーチャー様、ワタクシにお任せを!」

「うわああっ!飛び蜥蜴(フライング・リザード)が喋った!?」

 

途端、ジェフさんが飛び退いて叫んだ。

 

「は・・・・・はあああぁ!?蜥蜴!?誰が蜥蜴ですか、誰が!!!」

 

ラピッドⅡは余程腹に据えかねたのか、口から青い炎をドロドロ吐きながら喚いた。

私はすかさずその口を指先で挟み込み、スコップを担ぎ直して足早に掃除場所へと向かう。

 

「むぐー!むぐっ、むうー!!」

「はい、クールダウンクールダウン」

 

じたばたと暴れるラピッドⅡに、私は言い聞かせる。

そっと指を離すと、ラピッドⅡは大層不服そうな顔で唸るように言った。

 

「何と無礼な・・・蜥蜴・・・言うに事欠いて、このワタクシを蜥蜴・・・!」

「まあまあ。知らぬ者からすれば、そう見えてしまうんだろう。君は立派なドラゴンだ、私は間違えんよ」

 

ラピッドⅡを宥めながら、私はちょっと納得していた。

なるほど、皆がラピッドを見て反応が薄かったのは、飛び蜥蜴(フライング・リザード)?という生き物だと思われていたわけか。これはこれで便利かもな。

半ば八つ当たり気味に、スライムに炎を浴びせるラピッドⅡ。

スライムは炎を浴びると、凄まじいまでの弾力を失い、豆腐のように柔らかくなる。

それを掬っては放り出し、掬っては放り出し・・・・・・。

汗を拭いながら、無心にスコップを動かす。

途中、ジェフさんが冷たいお茶を持ってきてくれたので、休憩を挟みながら作業を繰り返す。

サーヴァントの腕力のお陰か、昼になる前に溝に詰まっていたスライムは、すっかり除去できた。

外に掬い出したものは、一箇所に纏めてラピッドⅡの炎で焼き払う。

依頼完了を伝えれば、ジェフさんは驚いて目を丸くした。

 

「も、もう終わったんですか!?」

「はい、完了です。終了確認をして頂けますか」

 

すっかり綺麗になった溝に、ジェフさんはおお、と歓声を上げる。

 

「ありがとうございます!それじゃ、依頼完了の承認をさせてもらいます」

 

私の差し出したギルドカードを受け取ると、記録用魔石を起動させる。

 

「ジェフ・マイリーから冒険者アーチャーさんへ。依頼完了です、お疲れ様でした」

 

討伐依頼だと、討伐対象の爪や牙なんかを持ってくればいいが、こういう依頼では依頼主の音声データが依頼完了の証拠になるらしい。

まずは一つ目、終了である。

 

 

~Fランク依頼その2~

 

「助かるよ、アンタみたいな若い子が手伝ってくれると。アタシ一人じゃ、日が暮れたって終わりっこないからね」

 

次の依頼は、本の虫干しだ。

依頼主は、魔法書を専門に売ってる魔女のおばさん。

店の裏に小さいながらも倉庫があり、様々な魔法書が保管されている。

 

「天気も申し分ないですね。ああ、本は立てて置いていきましょう。その方が、中まで風が入りやすいそうですから」

 

敷物の上に、どんどん本を立てて並べていく。

たまに敷石のように大きな本もあれば、クレジットカードくらい小さい本もあるので、思わずまじまじと眺めそうになってしまう。

うぅ・・・よくあるじゃん。部屋の片付けしてたらさ、知らない間に漫画とか読んでるってこと。

魅力的な誘惑を振り切って、黙々と手を動かした。

ラピッドⅡも、運べそうな大きさの本を抱えて飛んだり、立ててある本にそよ風を送ってみたりしている。

作業が終わったのは、お昼を知らせる鐘の音が響いた頃だった。

ここから三時間ほど、太陽光と風による乾燥に入る。また時間をおいて、後片付けをすれば完了だ。

 

「ああ、とりあえずお疲れさんだねぇ。丁度いい、アンタお昼食べていきなよ。アタシが腕を奮ってやるからさ!」

 

おばさんの申し出に、それは悪いと断ろうとしたその時、盛大な音で腹の虫が鳴き叫んだ。

 

「・・・・・・では、お言葉に甘えて」

 

おばさんの大爆笑を聞きながら、私はお腹を押さえたのだった。

 

 

 

~Fランク依頼その3~

 

魔女特製のハーブパスタをたっぷり頂いて、私は最後の依頼へ向かう。

本を乾燥させている間に、草刈りを済ませてしまいたいのだ。

 

「すまんねぇ、お若いの。ワシが腰さえいわせなんだら、草刈りくらい自分でするんだがねぇ」

「ぎっくり腰は安静が一番の薬です。無理はなさらないでください」

 

最後の依頼主は、庭で魔法植物を栽培している老夫婦だった。

うん、確かにぎっくり腰じゃ草刈りなんて絶対出来ないよね。

私は庭に立つと、借りた草刈り鎌を握り締めて生い茂る雑草を睨みつけた。

 

「アーチャー様、ここはワタクシにお任せ下さい!」

 

いざ、と気合を入れた瞬間、元気よくラピッドⅡが飛び出してきた。

 

「こういう時の魔法、今使わずしていつ使うのです。舞え風よ、突き立てよその刃!風の輪舞曲(ロンド・オブ・ウィンディ)!」

 

びゅうっと風が吹いたかと思えば、あれだけ元気よく庭を埋め尽くしていた雑草が、瞬く間に鎌鼬によって根元から刈り取られていく。

いや、便利といえば便利なんだが・・・私のこのやる気はどこに持っていけばいいんだ。

 

「アーチャー様、これで大まかなところは刈れました。後は、細々した箇所をお願い出来ますでしょうか」

「あっ、はい」

 

ラピッドⅡの指示に従い、隅の方や鉢植えの裏側など、鎌鼬では届かなかったところの草を刈っていく。

なかなかの広さの庭だったが、ラピッドⅡのお陰でさくっと完了。

時間がちょっと余ってしまったので、鉢植えの場所替えなんかもサービスで手伝ってしまった。

 

「草刈り以外のことも手伝って貰って悪かったねぇ。これ、大したものじゃないけどお礼だよ。持っていっておくれ」

 

奥さんのばあちゃんは、嬉しそうに笑いながら青い花弁の沢山詰まった袋を差し出してくる。

 

「ロゼ・ラピスの花弁だよ。煎じて飲むと、魔力不足からくる目眩や吐き気を抑える効果があるのさ」

 

思わぬ収穫を、有り難く頂戴する。これは後々役立ちそうな物を頂けたな。

 

「感謝します」

「にしてもアンタ、かなり腕利きの魔獣使い(テイマー)だねぇ。ワシ、あんな芸達者な飛び蜥蜴(フライング・リザード)初めて見たよ」

 

ぎっくり腰のじいちゃんから、聞きなれぬ単語を拾って首を傾げる。

 

「ですから!ワタクシ蜥蜴などでは・・・・・・はぁ、もういいです。ワタクシのご主人は魔獣使い(テイマー)ではありませんよ。本職は弓兵でございますからね、これは副業のようなものです」

 

ラピッドは自分を蜥蜴ではないと否定することに疲れたのか、やや投げやり気味に適当な誤魔化しをする。

おい、私魔獣使い(テイマー)にはなった覚えないんだが。

とりあえず草刈りは終わり、完了の承認をもらって、私は2番目の依頼主のところまで戻る。

これでホントのラスト、頑張るぞ!

 

~Fランク依頼その2、最後のシメ~

 

魔女のおばさんの書店まで戻れば、早くもおばさんは虫干ししていた本を直している途中だった。

 

「すみません、先にやらせてしまって」

 

急いで作業に加わり、本を纏めて持ち上げる。

 

「いいんだよ、アタシもさっき手をつけ出したとこなんだ」

 

二人で倉庫と庭とを往復する。

全て片付け終わった頃には、もう時間は夕方になっていた。

 

「ありがとうね、助かったよ」

 

すっかり茜色になってしまった空。

あー、今日はほとんど屋外にいたな・・・・・・ちょっと疲れた。

おばさんから承認を貰い、これで全ての依頼が完了した。

 

「さ、ギルドに戻りましょうアーチャー様。ラフィール様も、もう戻られております」

「ああ、急ごう」

 

 

 

 

 

ギルドの扉を開けると、ラフィールがほっとしたように迎えてくれる。

 

「おかえりなさい、お疲れ様でした」

 

柔らかな労いの言葉に、ちょっとジーンとする。

今まで、おかえりなさいなんて言ってもらったことなかったから。

 

「ただいま。ラフィール、ラピッド」

 

ラピッドⅡは私の肩を離れ、小さな光の塊となってラピッド本体に吸収されていく。

残ったのは、依代として使われていた鱗だけ。

鱗を巾着にしまうと、私達はギルドカードを持って報酬の受け取りに向かう。

安いものだが、まぁFランクだから仕方ないだろう。

これにて、初めての依頼は幕引きだ。

さて、お腹も空いた事だし、宿に戻って夕飯にしようか。

 

 




で・・・できた・・・・・・長かった・・・!
どうも、松虫です。
お盆休みは皆様どうだったでしょうか?まったり出来ましたか?
今回は突然のデータ吹っ飛びのお陰で、更新がめっちゃ遅れました・・・
思ってるところまで行くには長すぎたので、一度ここで切ります(´•ω•`)
あんまり中身のない話ですなぁ、なかなか進展しねぇー!
宝具の話はツッコミ指摘、多々あるかと思いますが独自解釈ということでご容赦下さいませ。
次はー、いよいよ出したいお告げの真相!
真夜中の散歩で得たものは一体何なのか?
気を抜きつつご期待宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

真夜中の散歩、ハーフムーンの拾い物

あれから数日、私達は地道に依頼をこなす日々を送っていた。

稀に、Fランクでもスライムやワームなんかの討伐系の依頼が来たりするんだが、そういうものは超・人気で希望者が殺到する。

そういうのは面倒くさそうなので、地味な依頼をどんどん消化していった。

自分で言うのはなんだが、真面目かつ丁寧な仕事ぶりが幸いしてか、たまにご指名がはいるようになったのは喜ばしい。

基本、依頼主はおじいちゃん・おばあちゃんや子供達が多いのだが・・・冒険者であるというのを時々忘れそうになる。

いっそ職業変えるか、「万事屋アチャさん」とか?

・・・・・・というボケはスルーして、私には一つ、気がかりになることがあった。

言わずもがな、新島少年の「お告げ」である。

あの満月の日から数えて九日目の夜、町を散歩するといいものが拾える、とのことだ。

依頼を受けて忙しくしていると、日なんてあっという間に過ぎていく。今日がその九日目だった。

何となく一人で行動したかったので、ラフィールはもちろん、ラピッドにも内緒にしてある。

その日も依頼をたっぷりこなして、風呂と夕飯を済ませ、歯を磨いて(馬毛の歯ブラシはいいぞ)ベッドに入り込んだ。

二人が完全に寝付くまで、寝たフリをするのは大変だったが、疲れからか寝息が聞こえ出す。

それを確認し、私はベッドから身を起こした。

いつものスタイルに着替えて、そーっと窓から屋根によじ登る。

満月ほど明るくはないが、鷹の目の私には問題ない。

 

「うむ、いい天気だ。快晴だな」

 

雲一つない夜空に、下弦の月が美しい。

せっかくなので、忍者のように屋根伝いに飛びながら移動してみる。

ひやりと澄んだ夜風を浴びて、人っ子一人いない町を飛び回る。ヤベ、これテンション上がるわー。

ひらひらと外套の裾を棚引かせ、私はお告げのことなんて忘れてご機嫌に散歩を楽しんだ。

 

「ああ、ここはよく月が見えるな」

 

とある教会の屋根の上に立ち、私は遮るもののない空を楽しんだ。

その時、急に立ちくらみような、目眩のような感覚が私を襲う。

堪らず膝を付き、目を閉じて揺れる視界を抑えようとする。

瞼の内側に、スパークするように霞がかった映像のようなものが断片的に流れ込んできた。

暗く狭い、不衛生な檻。手足と首を拘束する鎖、激しい痺れと痛み、焼ける感覚は感電したかのよう。

何だこれは。何なんだこれは!?

混乱した頭のまま、とにかく目を開けてみるが、不可思議なビジョンは続く。

散々痛めつけられた身体を引き摺り起こされ、何処かに連れていかれようとするのを、一瞬の隙をついて噛み付き、引っ掻き、必死に走る。

バラバラになりそうな激痛を堪え、駆けて、駆けて、駆けて・・・・・・遂に限界を迎え倒れ伏したのは。

 

「この・・・教会の、裏・・・?」

 

冷汗を拭って、またぐらつく頭を片手で支えた。

ようやく景色が戻ってきたが、さっきのあれは・・・誰かの記憶、だったのか?

私は屋根から、この教会を見下ろした。

行こう。行かなければならない。きっと、これがお告げの正体だ。

私は屋根を蹴り、宙に身を踊らせた。

冷たい風に全身を包まれ、落下する感覚が私の意識を少しはっきりさせる。

落ちていく中、ワイヤーを投影すると、狙いを定めてぶん投げた。

ガキン、と鍵爪の部分が何処ぞに引っかかり、がくんと落ちるのが止まった。

腕に全体重とその他諸々がかかったが、そこは腕力をもって捩じ伏せる。

筋力Dだってなぁ、やる時はやるんだぞ!

壁に両足を付け、とんとんとリズムよく下へと降りていく。よっと、着地成功。

ワイヤーを消して、先程見たビジョンを思い出す。

教会の裏・・・あれだ、よくホラーゲームとかだと墓地だったりするんだよな。

んで、ゾンビとかクリーチャーとか出てくんの。アレって、何で出てくる雰囲気とかわかってるのに毎回ビビるんだろ・・・?

最早教会=恐怖ポイントってイメージしかないんだが。

足早に、ビジョンで見た通りの景色を探す。

誰かが倒れたのは、苔むした小振りな古い天使像の裏側。

右手に書物を、左手にランタンを持った像だ。

月明かりを頼りに歩いていくと、案の定墓地に辿り着いた。

しんとした静寂が、物凄くホラー感を漂わせている。

・・・・・・ラピッド連れてきたら良かった。普通に怖い。

ゴクリ、固唾をのんで、私は陰鬱な空気のする墓地に足を踏み入れる。

多分、探し人はこの奥にいるはず。囁くのよ、私のゴーストが。

サクサクと土を踏みしめて、私は行く。白い十字架の列を通り抜け、黒い墓石を横切って。

だが、あの天使像がどうしても見つからない。

 

「というか、広すぎるだろうここ。一体何処にあるんだ・・・・・・・・・!?」

 

私がそうボヤいたその時、とんとん、と肩を()()()叩かれた。

ビクッと肩が飛び跳ね、息を呑みながら私は勢いよく振り向いた。そして、上がりそうになる悲鳴を、全身全霊を持って呑み込む。

 

「て、手首・・・!?」

 

そう。目の前には、半透明な白い手首だけがふわふわと浮いていた。

完全に思考がフリーズし、私はぽかーんと手首を眺める。人間、あんまり驚き過ぎると脳みそが停止するらしい。

しばし廃人のように、手首と見つめあっていると。

 

「・・・え?あ、三本?」

 

指を三本立てた手首が、ひらひらと目の前で動く。まるで、これ何本かわかる?と言うように。

素直に本数を答えれば、ぱちぱちと拍手する手首。

どうやら悪意は無いらしい。

 

「あー・・・すまない。初めて幽霊を見るもので、思考が止まってしまったようだ」

 

手首に声をかけると、掌が左右に交差して動く。

これは、別に構わないよ、との事だろうか。

 

「少し聞きたいのだが、最近ここに誰か入ってこなかっただろうか。いや、死人ではなく、生きているモノなんだが」

 

手首は少し考えるように宙を浮いていたが、やがて何事か思い出したのか、握り拳を掌にポン、と打ち付ける。

そして、人差し指がとある方向を指し示した。

 

「こっちか。ありがとう、行ってみよう。そうだ・・・お礼に、これを。トレース・オン」

 

私が投影したのは、日本の伝統工芸「水引」で作られた一輪の薔薇だった。

手首の細さからして、これは女性の手ではないかと思ったからだ。

 

「どうか受け取ってほしい。私にとって、とても有力な情報だった」

 

薔薇をおずおずと受け取った手首は、喜ぶようにそれにそっと触れている。

 

「それでは、私はこれで」

 

バイバイ、と手を振る手首に、私も片手をあげて応えながら、教えて貰った方向に足を進めた。

 

 

 

思いがけぬ情報を貰って、私は足早に墓地を進む。

十分ほど歩くと、目の前にあの天使像が姿を現した。右手に書物、左手にランタン。間違いない、あれだ。

急いで駆け寄り、像の裏側に回り込み・・・私は絶句した。

 

「お、狼・・・!?」

 

傷付き血にまみれ、泥だらけの身体を横たわらせた狼が、そこにいた。

毛色は・・・恐らく白だろうが、汚れに汚れて灰色になってしまっている。

目を閉じ、半分程開けた口からはだらりと舌が出て、一見死体のようだ。

だが、微かに動く胸から、この狼がまだ生きていることが分かった。

とにかく、何とかしてやらないと。

私は狼に駆け寄り、その身体に触れようとしたその時。

カッと開いた眼が私を捉え、伸ばした私の腕は、鋭利な牙の生えた口にがっつりと噛みつかれていた。

 

「うッ・・・・・・!!」

 

ギリギリと喰い締められ、激痛が走る。

見開いた狼の目は、燃えるような真紅。その目が、憤怒の炎で光るよう。

牙が徐々に喰い込む感覚は、そりゃもうえげつない。

しかし、私は耐えた。必死に耐えた。ボタボタと傷から血が流れ、地面を濡らすのを、歯を噛み締めて見る。

敵意はない、それを分かってもらうのには、たとえ噛みつかれても静かに、じっとしているのがいい・・・と思う。

 

「大丈夫だ、怖くない」

 

風の谷の青い姫様の言葉を借りて、私は狼に語りかける。

 

「君の怪我を治したい。それだけだ。それ以外は何もしない。何なら、このまま君を運んでもいい。少しでも私が怪しい真似をしたら、腕を喰い千切ってくれてもいいさ」

 

さしずめ、今の私はフェンリルに腕を差し出すテュールと同じ状態だ。

というか、私の場合早くも腕が千切れそうな程痛いんだが・・・・・・。

狼は恐ろしい唸り声を上げていたが、私の言葉が分かったのか、顎の力を少し緩めてくれた。

そのまま、腕を離すべきか悩んでいるらしい。

 

「身体が辛いだろう。そのまま噛み付いてもいいが、腕を動かしても?」

 

狼は唸り、口を軽く開けた。

私は一度腕を抜くと、触るぞ、と言って狼を抱え上げた。途端、ビシッと緊張で固まる狼の身体に、酷く悲しい気持ちになる。

狼は未だ警戒を解かずに、今度は私の二の腕に牙を起てた。

なるほど、私の「喰い千切ってもいい」を覚えてるのか。

 

「いい子だ。少し揺れるが、辛抱してくれ。私の仲間のヒーラーのところまで連れていこう。私は治癒術が使えないのでね」

 

ラフィールには悪いが、頼れるのは彼しかいない。

私は地を蹴り、全速力で宿へと疾走した。

 

 

 

 

~ラフィール視点~

 

深くて心地良い眠りから、僕は急激な覚醒を余儀なくされた。

僕の名を呼ぶ声と、ガクガク肩を揺さぶられる肩の振動が原因だ。

 

「ラフィール君、起きてくれ!急患だ、君しか頼れない!」

 

師匠の焦りを含んだ声に、僕は慌てて飛び起きた。

 

「ど、どうしたんですか師匠・・・って、それ何!?」

 

目の前の師匠の姿に、我が目を疑う。何故なら、師匠は胸にボロ雑巾のような狼を抱えていたのだ。

しかも、師匠の片腕は噛み付かれたのか、血塗れだ。

そして狼の口は、更に二の腕辺りを噛んでいた。

 

「二箇所も噛まれて何やってんですか!?早く離さないと・・・」

「私の事は後回しだ!先にこいつを頼む、早く!」

 

狼に腕を噛み付かせたまま真剣な顔で師匠は叫ぶ。

急いで僕はベッドのかけ毛布を退かせ、狼を寝かせるスペースを作った。

宿の人には悪いが、後でちゃんとシーツを洗うので堪えてもらおう。

 

「ラフィール様、確かにこの狼、生きてるのが不思議な程弱っております。アーチャー様の怪我も酷いものですが、この狼とは比べ物になりません。とりあえず、中級治癒(ミドル・ヒール)でいいでしょう。魔力は持ちますか?」

 

ラピッドが僕の肩に留まり、重々しい声で言った。

状況は全く分からないが、今僕がしなくてはならないことは、目の前の怪我を治すことだ。

 

「大丈夫だと思います・・・もし、無理なら」

「ワタクシが力添え致しましょう」

 

ラピッドの頼もしい言葉を貰い、僕は頷いた。

寝間着のまま、立てかけてあった杖を握る。

精神を落ち着かせるように、深呼吸を数回、体内を巡る魔力に意識を集中させた。

かなり酷い怪我だ、魔力の密度を出来るだけ濃くする。

 

「癒せ、その傷。癒せ、その苦しみ。母なりし大地よ、祓え、清めよ、かの身を苛む全ての穢れを!中級治癒(ミドル・ヒール)!」

 

魔力のコントロールは得意分野だ。

僕はありったけの魔力を込めて、治癒魔法を放った。

翡翠色の光が、暖かな奔流となって狼の身体を包み込んでいく。

中級治癒まで行くと、それなりに大きな怪我でもかなりの速度で治る。

だが、この狼の怪我はなかなか治りにくかった。

何かおかしい。何かに邪魔されてるような・・・妙な抵抗を感じる。

 

「何だ・・・これ・・・?」

 

僕の呟きを、ラピッドが拾う。

 

「どうかしましたか、ラフィール様」

「何か、おかしいんです。治癒魔法が、身体に入りにくいというか・・・何かが邪魔してるような感じがして」

 

ラピッドはエメラルドグリーンの目を見開いて、狼の身体をくまなく観察しているようだ。

 

「ふむ、やはり違和感の元はここですか。もし、ちょっと失礼致しますよ?」

 

小さな手が、狼の汚れた首周りの毛をかき分ける。

そこには、何やら痛々しい焼印が押されているではないか。

しかも、ただの焼印じゃない。

 

「これ、凄く嫌な感じがします。何なんですか、この焼印」

 

ラピッドは顔を顰めて、吐き捨てるように言った。

 

「呪い、でございますよ。これのせいで、ラフィール様の治癒魔法が効きにくいのです」

 

呪い・・・・・・初めて見た、これがそうなんだ。

僕は一度治癒魔法を止めた。まずは、この焼印を何とかしないといけないと思ったからだ。

 

「これはワタクシの考えなのですが。この狼、()()なのでは?」

「し、商品?」

 

どういうこと?と話についていけずにいると、今まで僕達の様子を見ていた師匠が口を開いた。

 

「奴隷、かね」

 

はい、と頷くラピッドに、師匠は深い溜息をついた。

 

「奴隷って・・・この狼が?でも、ラピッド!確かルーンベルグの奴隷制度って、犯罪奴隷か借金奴隷だけでしょう。狼がどうやってそれに当てはまるんですか」

 

いくら凶暴な狼だからって、奴隷にはならないと思うんだけど。

そんな僕に、ラピッドが言う。

 

「ただの狼ならば奴隷になんぞなりませんよ。お忘れですか、この世界に住まう、人間以外の種族のことを」

「・・・・・・あっ!?スタンフィールド!」

 

失念していた。でも、僕の中のスタンフィールドの人達のイメージは、ギルドにいてるマリーナさんだ。

獣人って、こういう完全な獣型にもなれるんだ。

 

「基本的には奴隷にする際に、対象の首に「隷属の首輪」をはめます。これは奴隷が逃げ出したり、反抗しないように抵抗する意思を鈍らせるものです。ですが、この狼は首輪をまだはめられていない。代わりに焼印を押されている、ということは、十中八九違法に攫われてきたものでしょう。「隷属の首輪」は国の公認品ですから、恐らく「国」側にも、違法奴隷に一枚噛んでいる連中がおりましょうね」

 

ラピッドの話を聞いて、僕は軽く眩暈がした。

何てややこしいことになったんだ!「国」が絡んでくることなんて、きっとろくでもないことだろうに!

 

「とにかく、今はこの狼を何とかするのが先だ。ラピッド、解呪の方法はあるのか」

 

師匠は狼を心配そうに見ている。

ああ、もう!とんでもないことに首を突っ込みかけてるっていうのに、この人は。

 

「・・・見たところ、随分深く焼かれておりますね。解呪の専門家でなければ、難しいかと」

 

申し訳なさそうに、ラピッドは目を伏せる。

じゃあ、この狼はずっとこのままなのか。僕は狼の身体を、改めて見下ろした。

傷は深く、所々膿が滲んでいて酷い有様だ。中級治癒(ミドル・ヒール)をかけてて分かったが、体内にもかなりのダメージが蓄積されている。

焼け焦げた毛から、炎、もしくは雷の魔法を浴びせられたのかもしれない。

苦しげな吐息と、触れた時の熱さから、発熱してることもわかった。

こんなの、一日だって持つ訳ない。

 

「師匠・・・僕、何とか治癒魔法を続けてみます。少しだけでも、狼の身体に効果はあるんでしょう」

 

解呪は非常に複雑な技法が必要だと、聞いたことがある。時間もかかり、呪いが強ければ強い程、厄介なのだと。

強力な「聖」の力を持つ何かがあれば、「聖魔法」が使えるヒーラーがいれば、格段に解呪しやすくなるということだが、僕にはまだそこまでの力はない。

なら、出来ることをやろう。必死に。

そう決意を固めた時、師匠があっ、と声を上げた。

 

「ど、どうしたんですか、師匠?」

「呪い・・・そうか、こいつは呪術の類だ!ラピッド、言わばこれも魔法(魔術)だな?」

 

何か解決策があったのか、師匠はラピッドに確認をとる。

 

「え、ええ、左様でございます。アーチャー様、手があるのですね?」

 

師匠は頷き、狼に語りかけた。

 

「すまない、腕を離してくれないか。君の呪いを解く方法がある」

 

ずっと、師匠は狼に腕を差し出していたせいか、床には小さな血溜まりが出来ている。

狼は真っ赤な瞳を師匠に向け、しばらく思案しているようだ。

 

「狼よ、この方を信用なさい。このフェアリードラゴンのワタクシがお仕えする方です。決して、貴方を騙したりするような方ではありません」

 

ラピッドが厳しい声で言えば、やっと狼は師匠の腕を離した。

僕はすかさず治癒魔法をかけ、師匠の傷を治す。

 

「ありがとう、ラフィール君」

「いえ・・・僕に出来ることは、これくらいしかないので」

 

情けなくて俯く僕の頭を、師匠は優しく撫でてくれる。

 

「十分だ。卑屈にならなくていい」

 

柔らかく微笑んだ師匠に、僕はこくんと頷く。

早く、この人に釣り合うヒーラーになりたい。

 

「ラフィール君、少し手伝ってくれ。烙印がよく見えるように、毛を押さえていてくれないか」

「は、はい!」

 

ガラリと雰囲気を変え、師匠はテキパキと指示を出す。

僕は狼の首に恐る恐る触れて、毛を押さえ広げる。

・・・・・・きっと、師匠のことだから特別な事をするんだろう。

キングオーガを前にした、あの時のように。

 

「いいか、よく聞くんだ。今から私は、君の呪いを解呪する。少々特殊な短剣を使用するが、決して君を害するものではない」

 

狼はじっと、師匠の言うことを聞いている。信用、してくれないのだろうか。

僕は少し考えて、何とか片手だけで毛を押さえると、もう片方の腕を狼の口に差し出した。

 

「ほら。僕の腕、噛んでいいよ」

 

ちょっと驚いたように、狼の紅い目が僕を見つめる。

 

「ラフィール様!?」

 

ラピッドが何やってる、とでも言いたげに叫ぶが、僕は腕をどかさない。

 

「師匠は今から手を使うから、僕の腕を代わりに噛んでてよ。信用出来ないんでしょ、人質に貸してあげる」

 

師匠も、きっとこうして狼を運んできたんだろう。

ならば、ここは僕が代わりを務めないと。

 

「今回僕は役に立てなかったけど、君の噛み傷くらいならすぐに治せるから、遠慮なくガブッとやっちゃってよ。あ、でも噛み切ったりしないでね」

 

ほらほら、と腕を狼の口に押し付けるが、狼は困惑したように視線をさ迷わせて一向に噛み付こうとしない。

 

「待て、ラフィール君。一度ストップだ、こいつも物凄く困ってる」

 

師匠は僕の腕を掴み、狼の口から離した。

えぇ?何で困ってるんだろ・・・あれか、僕の腕は師匠と違って、細いから噛みごたえがないのかな。

 

「「そういう問題じゃない!」」

 

師匠とラピッド、二人がかりでつっこまれ、とりあえずごめんなさいと謝っておく。

 

「腕は・・・いらない。お前達を、信用する」

 

突如、聞いたこともない声がして、皆狼の方を覗き込んだ。

苦しげな、女の子の声だ。

 

「信用する。白狼の一族として、誓う。噛み千切ったり、しない」

「喋った!?」

「喋りもするだろう。ラフィール君、大丈夫かホントに」

 

いよいよ心配になってきたのか、師匠は僕の額に手を当てる。

だ、大丈夫です熱なんて出てませんから!でもびっくりするじゃないですか、さっきまで黙りだった生き物が、急に喋りだしたら!

 

「さ、とにかく解呪を始めるぞ」

 

師匠は一つ咳払いすると、低く何かを唱え始めた。

 

「――――術理、摂理、世の理」

 

ゆらり、と風もないのに空気が揺れた。

スッと伸ばされた師匠の指先に、紫の光が灯った。

その瞬間、狼の身体の下に、大きな魔法陣が現れる。

 

「その万象、一切を原始に還さん!」

 

いつの間にか、握り締められていた歪な短剣。

稲妻のようなジグザグの刀身が、不気味に光っている。

その短剣を、師匠は高々と振り上げて。

 

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)!!」

 

切っ先が呪いの焼印目掛けて、突き立てられた。

 

「う、うわっ!?」

 

狼の身体が一瞬光ったかと思うと、黒い煙の様なものが勢いよく溢れ出て消えていった。

それに驚いて僕は飛び退く。

 

「これは素晴らしい!呪いが綺麗さっぱり消えております!」

 

ラピッドが狼の首を確認し、嬉しげに歓声をあげる。

えぇ!?ほんとに消えたの!?

僕も見たくなり、ラピッドの隣に並んでみる。

痛々しく存在を主張していた黒い焼印は跡形もなく消え、小さな刺傷を残すだけ。

 

「凄い!凄いです師匠!」

 

解呪をこんなに早くやってしまうなんて、やっぱり師匠はとてつもない人だ。

はしゃいでいると、師匠は呆れ顔で僕の額を軽く弾いた。

 

「まだ終わってないぞ。ヒーラー、君の出番だ」

「あっ!?す、すみませんすぐに!」

 

こころを落ち着かせて、もう一度中級治癒(ミドル・ヒール)を狼にかける。

 

「・・・よし、今度は大丈夫」

 

傷が塞がっていくのをしっかり確認、僕は魔力に乱れがないように注意しながらも、ほっと一息。

全ての外傷を塞ぐまで数分、途中ラピッドの手助けも必要になったが、なんとか狼の怪我を治すことに成功した。

 

「つ、疲れた・・・・・・」

「お疲れ様でございました、ラフィール様。お見事です」

 

ぐったりともう一つのベッドに座り込んだ僕に、ラピッドが声をかけてくれる。

狼は、中級治癒(ミドル・ヒール)をかけている間に、ぐっすりと眠ってしまったようだ。

 

「ラフィール君、もうそのまま眠るといい。私のベッドを使っていいから」

「え・・・でも、師匠はどこで寝るんですか?」

 

黒いシャツ姿に着替えた師匠が、僕の肩をそうっと押す。

それに逆らわず、ぽすっとベッドに倒れる。

 

「私の事は気にしなくていい。ほら、疲れただろう」

 

またそういうことを言う・・・どうせ、寝ないか床で寝るとかしそうだな師匠は。

そう思った僕は、離れていく師匠の手を掴んで、ぐいっと引っ張った。

 

「ラフィール君?」

 

きょとんとした鋼色の目を見返して、僕は言った。

 

「一緒に寝ましょう。とっても認めたくないんですけど、僕はまだ成長期が来てないらしいので、ベッドに余裕があります。ちょっと狭いですけど、床で寝るよかマシでしょう」

 

師匠はびっくりしたのか、目を見開いて固まっている。

そりゃ、男同士で一つのベッドを使うなんて驚くことかもしれないけど、今は緊急事態じゃないか。

これからも、無事にベッドが二つある部屋に泊まれるとは限らないし・・・・・・多少慣れといても問題ないと思うんだが。

 

「あー、その・・・ちょっとどころか、かなり狭くなると思うぞ。それでもいいのかね」

 

苦笑する師匠は、ベッドの端に腰掛ける。

確かに・・・かなり狭くなりそうだが、ラフィール・バレットに二言はない。

 

「構いません。背中を痛くする方が、よっぽど気になりますよ」

 

くいくいと袖を引くと、くすくす笑いながら師匠は僕の傍に横たわる。

 

「それでは、お言葉に甘えようか。明日、文句は受け付けんから、そのつもりでよろしく頼むぞ?」

 

毛布をかけてもらっていると、魔石ライトの光量を落としてくれたラピッドが、目の前まで飛んできた。

 

「おや、ワタクシはそこには入れてもらえないのですか」

「もちろん、入っていいよ。ラピッドは枕元で寝るの?」

 

枕元の狭いスペースに、ラピッドは真ん丸くなって入り込んだ。

・・・・・・落ちたりしないんだろうか。

 

「ご安心下さい。ワタクシ、寝相はいい方なので」

 

本人がそういうならいいか。

僕は師匠の身体の温かさに、次第に瞼が重くなっていくのを感じる。

明日の依頼・・・指名が入らなきゃ休みでいいかな。多分、皆起きれないと思うから。

おやすみなさいを言う前に、僕の意識は眠りの世界へ落ちていった。

 

 

 

 

 




筆が!めっちゃ進んだ回だった!
どうも皆様、台風通過で、家の周りがえらいこっちゃになった松虫です。
掃除が大変だった・・・・・・ゴミとの熱い戦いでした。
さて、今回は謎の狼さんという新たなキャラを登場させてみました。
ちなみに手首だけの幽霊さんは、とある小説の幽霊さんをイメージしてます。
・・・ところでですね、最近、といってもちょっと前からなのですが、活動報告?の方も書かせてもらってるんです・・・・・・そっちの方もよろしくオネシャス!
ま!大したこと書いてないんですがね!
さて次回は!元気になった狼さんの正体は一体!?微かに漂うトラブルの匂いも?
評価・感想何でもよろしくどうぞ!返信は必ず致します!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狼少女、弓兵をマスターと呼ぶ

あてんしょーん。
初っ端から主人公とラフィール君の一緒に寝てるシーンから入るよ!
大したことないと思うけど、苦手な人は飛ばしてね!


~アーチャー視点~

 

朝。私は静かな空気の中、ぼんやりと目を開けた。

あー、昨日の夜は大変だったな・・・・・・でもやっぱり破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)は便利だわ、あれこの世界の魔法師には天敵レベルの宝具じゃないか?

そんなことを考えながら、胸にくっついている温かい何かをきゅっと抱きしめた。

 

「んん・・・・・・師匠・・・くるしー、です・・・」

 

もぞもぞ動く温かい何かの、舌っ足らずな声が胸元から聞こえて瞠目する。

何度か瞬きして、ボケた視界を正常に戻す。

 

「ら、ラフィール君・・・?」

 

スヤァ・・・と眠る弟子の姿。そっか、狼さんにベッド譲ってあげたんだったな。

にしても温かい・・・・・・子供体温だなー、こりゃ二度寝できるわ。やんないけど。

 

「ラフィール君・・・起きられるかね?おーい」

 

腕を解いて、ラフィールの肩を軽く揺する。

何度か声をかけると、やっと紫色の瞳とお目見えできた。

 

「おはよう。昨日はお疲れ様だったな」

 

ぽーっとした目でこっちを見る彼だが、微かに呻いた後、再び私の胸に顔を埋めてしまう。

何だ何だ、えらく可愛いじゃないか今日は。おねーさんはドキドキしてしまうぞ。

 

「こら、今度寝惚けてるのは君か。私は君の布団じゃないんだぞ」

 

私は苦笑が隠せない。これ、正気に戻った時どんな反応するんだろ。

もう少し寝かせてあげたいのは山々だが、朝食の時間もあることだし、そろそろ起きてもらわないと。

 

「ラフィール君!起・き・ろ!」

 

耳元で、大きな声を張り上げると、今度こそガバッと顔を上げた。

 

「二度目になるが、おはよう。随分と積極的だったな、対応に困ってしまったよ」

 

ちょっとからかってみると、あっという間に首まで真っ赤になる。

高速で私から離れると、勢い余ってベッドから転げ落ちそうになるのを支えてやる。

 

「あのっ、そのっ、違うんですよ!?さっきのは!ええっと、僕・・・!」

「あー、はいはいわかってるわかってる。大丈夫だほら深呼吸してー」

 

恥ずかしさでパニックを起こして、オーバーヒートしているラフィール。

私はからかいすぎたかな、と思って背中を摩ってやる。

 

「う・・・うぅ・・・最悪だ・・・・・・何で僕、こんな・・・幻覚なんて・・・」

 

どんよりと雲を背負う彼に、私は乾いた笑いを返すだけだ。

うん、今は何を言ってもダメな気がする。ほっとこう。

 

「・・・ラフィール様にも、あんな可愛らしいところがあるのですね」

「ラピッド、今はちょーっと静かにしていようか」

 

先に起きて、面白そうに様子を伺っていたラピッドが追い打ちをかける。

それにシーッと静かにしてね、のジェスチャーをして、私はベッドから立ち上がる。

狼はまだすうすうと眠っており、起きる気配はない。

 

「眠りは余程深いのでしょう。とりあえずはワタクシ達を信用してくれたみたいなので、今は身体を徹底的に休めて、回復を促しているようですね」

 

死んだように眠る狼が少し心配だが、私達の胃が限界だったので、朝食をとりに一階へ向かおうか。

何せ、昨日の大騒ぎで空腹感がやばい。

 

「ラフィール君、いつまでぶつぶつ言ってるんだ。早く着替えて、朝食を食べに行くぞ」

 

さて、今日はどんな食事が出るんだろう。

私はシャツを脱ぎ、いつもの服に手を伸ばした。

 

 

 

 

いつもより早めに朝食を食べ終わり、私達は足早に部屋に戻る。

やっぱり心配だし、もしかしたら目を覚ましているかもしれない。

ガチャリとドアを開けると、そこには。

 

「待ってた、マスター」

 

はいはいはいストオオオオップウウウゥ!!!

何となく想像はしてたけどなー!やっぱりなー!

惜しげもなく晒された素肌は、透き通るように真っ白で細雪のよう。

光に照らされて、きらきら輝く髪は銀糸の如く。

何よりも印象的なのは、少し釣り上がり気味の双眼だ。

ルビーを彷彿させる、燃えるような真紅の瞳。

それはそれは見目麗しい美少女が、ベッドの上でちょこんと座っていた・・・・・・全裸で。

私はダッシュで毛布を引っ掴み、バッと広げて美少女を包み込んだ。そのスピードは、今の所の最高速度と言っても過言ではない。

というか、さっきこの子なんて言った?マスターって言ったっけ?誰が?私が?

 

「マスター、マスター。良かった、ちゃんと戻ってきてくれた」

 

嬉しげに美少女は、私をマスター、と繰り返して呼ぶ。

身体に被せた毛布の裾が、ハタハタと動いている。

改めてこの子を見ると、頭の上に髪と同色の耳が生えている。

そうか、毛布の裾を動かしているのは、この子の尻尾だな。

 

「目が覚めてよかった。君、名前は?」

 

私の問いかけに、すかさず美少女が答える。

 

「スノウ。スノウ・グランディー!」

 

元気いっぱいの名乗り声に、うっかりいい子だねー、と言いそうになるのをぐっと堪えて。

 

「スノウ、か。君にぴったりの名前だな。スノウ、お腹は空いているか?」

「お腹・・・空いている。スノウ、ほとんど食べてない」

 

へにょっと頭上の耳が伏せられる。あ・・・あざとい・・・無意識の可愛さか?

私は安心させるように微笑んでみせた。

 

「わかった、何か作ってあげよう。ラフィール君、申し訳ないが、ラピッドと二人でお使いに行ってきてくれないか。ミルクとパンと、卵が欲しいんだ」

 

こわごわと様子を伺っていたラフィールを呼び、欲しいものを告げると、彼は二つ返事で引き受けてくれた。

 

「はい、わかりました。あ、出るついでに、べナードさんにキッチン貸してくださいってお願いしときますね!」

 

うーん、うちの弟子マジ優秀。

ラピッドと二人、連れ立って出かけていくのを見送ると、私はスノウを毛布簀巻き状態のまま、抱き上げる。

ラフィール達がお使いに行ってくれている間に、この子をお風呂に入れてあげないと。

私は急いでアリッサさんのところへと走った。

慌ただしく、見知らぬ美少女を抱いて登場した私を見て、アリッサさんは目を丸くする。

 

「どうしたんですか、その子・・・!?」

「昨日拾ったんです。大怪我をしていて、一晩がかりで治療していました。今朝目を覚まして、申し訳ないのですがこの子を風呂に入れてあげてもらえないでしょうか」

 

さすがに、今この性別で私が入れてやるわけにはいかない。

今の所、こういったことで頼れるのはアリッサさんしかいないのだ。

 

「この子は白狼の一族!?アーチャーさん、一体何処で拾ったんです?」

 

べナードさんも同じく驚いた顔をしているが、詳しく話すよりも先にお風呂だ。

 

「まずは風呂が先です。お腹も空かせているので、もうしばらくしたらキッチンをお借りします」

 

アリッサさんにスノウを渡そうとすると、彼女は剣呑な唸り声をあげる。

 

「スノウ、大丈夫だ。この人は、君に酷いことはしない」

 

ぽんぽんと頭を撫でながら言えば、悲しげな瞳と目が合った。

私以外の人が怖いんだろうな。

 

「大丈夫だ、大丈夫。私の言う事が信じられないか?」

 

ふるる、と首を振るスノウは、小さな声で言う。

 

「わかった。マスターが言うなら、噛み付いたりしない」

「いい子だ。綺麗になったら、ご飯を食べよう。あともう少し我慢できるね」

 

私の腕から自ら降りると、スノウは怖々アリッサさんに近付いていく。

 

「偉いわね。私はアリッサ、お風呂は平気?」

 

にっこりと笑い、アリッサさんはスノウを覗き込んだ。

 

「・・・・・・平気」

 

まだ顔は強ばっているが、大人しくアリッサさんに手を引かれ、洗い場に入っていくのを見送る。

 

「ただいま!」

「戻りました!」

 

グッドタイミングで、ラフィールとラピッドがドアから飛び込んできた。

ラフィールの手にはミルクの瓶と卵が入った籠、ラピッドの手には長いパンがそれぞれ握られている。

 

「おかえり、二人共。べナードさん、砂糖をお借りしますね」

 

二人からミルクとパンと卵受け取り、キッチンへ入る。

 

「師匠、何作るんですか?」

 

横から興味津々と言わんがばかりに、ラフィールが顔を覗かせる。

 

「そんなに大したものではないよ」

 

腕まくりをして、私はパンを切っていく。

食べやすいように小さくすると、鍋の中にパンとミルクを入れ、火にかけた。

砂糖は程よい甘さになるように、量を加減して少しずつ。

温まってきたら、溶いた卵を入れてよくかき混ぜる。

ふんわり固まってきたら、火から下ろしてできあがりだ。

器にとって、スプーンを出していると背後から凄い視線を感じる。

見れば、ラフィールとラピッドが涎を垂らさんばかりの顔で、こちらを凝視していた。

 

「・・・・・・・・・食べるかね?」

 

こくり、と無言で頷く二人が面白くて、笑い声を噛み殺しながら器をもう二つ出す。

まぁいいけどさ、多めに作っておいたから。

 

「アーチャー様、これは一体何という名前なのですか?」

 

自分用に盛られた器の前で、早く食べたいとウズウズしているラピッドが私を見上げる。

 

「確か、パンプディングだったと思うが」

 

昔よくこれ作ったなー、晩御飯なしにされた時とか、夜中にそっと起きてさー。

古いパンなら使っても文句言われないから、よく助けられた。

塩鯖みたいな目になりそうになるのを、いかんいかんと踏みとどまる。

そうこうしていると、バタバタと賑やかしい騒音が聞こえてきた。

 

「ダメよ、スノウちゃん!まだ髪が濡れてるの!」

「マスター!お風呂終わった!」

 

ドアが開いて、ポーンと白い塊が私の胸に突撃してきた。

それを抱きとめると、すっかり綺麗さっぱりしたスノウが、ブルーのワンピースを着てにこにこしながら私を見ている。

あ、めっちゃ尻尾振ってる・・・狼ってよりわんこだなぁ、可愛い。

 

「こらこら、まだ終わってないぞ。すみませんアリッサさん、後は私がやります」

 

アリッサさんが持ってきてくれた手拭いを借りて、スノウの髪を丁寧に拭いてやる。

ああ、これでよし。雫が落ちてたからなー、後で床とかも拭いておこう。

スノウはパンプディングの甘い匂いに惹かれたのか、チラチラとテーブルの上を見ている。

 

「ほら、ここに座って。君の分だ、ゆっくり食べるんだぞ。いっきに食べると、お腹が痛くなってしまうからな」

 

椅子を引いてやると、素早くそこに座る。

スプーンを握りしめ、がっつきそうになるのを注意しながらゆっくり食べさせる。

 

「これ、美味しいです!甘くてふわとろで・・・!」

「パンプディング、といいましたか。これはよく冷やしてフルーツを乗せてもいいのでは!?」

 

ラフィールとラピッドも、目をキラキラさせてパンプディングを頬張っている。

おお、よかった好評のようだ。

 

「・・・スノウ、ゆっくり食べなさい。ゆっくり、だ」

 

ちょっと目を離した隙に、掃除機のように器の中身を吸い込むスノウ。凄いなどんな肺活量してんだ君は。

パンプディングを四回平らげて、ようやく彼女は一息つけたみたいだ。

洗い物を済ませると、私は皆に事の始まりを説明した。

当然、新島少年の「お告げ」のことは伏せて、多少話を変更しているが。

一人で危ないことして!とラフィールとラピッドからは叱られた。ごめんなさい。

 

 

 

「で、これからどうするんですか」

 

汚してしまったシーツを洗いながら、ラフィールが口を開く。

ちなみにスノウは、お腹が一杯になって眠ってしまっている。

 

「どうする、とは?」

 

くそ、やっぱり血の汚れって落ちにくい。洗濯板投影しておけばよかったか?

ゴシゴシとシーツを擦り合わせ、私はラフィールに聞き返す。

 

「スノウさんのことですよ。べナードさんが言ってたじゃないですか。白狼の一族にマスターって呼ばれるのが、どういうことか」

 

シーツを濯いで、もう一度ゴシゴシ、ゴシゴシ。

もこもこした泡をぼんやり眺め、白狼の一族なぁ・・・・・とべナードさんの説明を思い出していた。

スタンフィールドでは、牙、爪、翼、鱗の四種類の民がいるらしい。

その四種類の「始まり」となった一族が、四大神祖と呼ばれ今でも崇められているそうだ。

牙の一族では、狼の姿の「マカミ」。

爪の一族では、猫の姿の「バステト」。

翼の一族では、鳥の姿の「スザク」。

鱗の一族では、鰐の姿の「マカラ」。

聞いた瞬間、ちょっとちょっと、とつっこみそうになった。これ、ぜーんぶ神様の名前じゃないか!ってね。

マカミは日本の犬神だし、バステトはエジプトの猫頭の女神だ。スザクは中国、南の方角の守護神だし、マカラはインドの怪魚または鰐で、神々の騎獣と呼ばれている。

何でそんなに詳しいのかって?それは私が読書家でもあり、ゲーム大好き人間でもあったからだ。

詳しくは女〇転生でもやってみるといい、面白いから。

おっと話が逸れた。白狼の一族とは、その牙の一族の神祖、マカミの直系だと言われているらしい。

あれだな、日本の天皇の家系の最初が須佐之男命(スサノオノミコト)だっていうのと似たようなもんか。

まぁそういうことで、白狼の一族は言わばSR級の存在らしい。

 

「まぁ、目立つだろうな。Fランク冒険者が、そんな珍しい存在にマスターと呼ばれるのは」

 

・・・・・・何とか落ちたか?後は干すだけだな。

よっこらしょとシーツを抱えて、物干しにバサッと引っ掛ける。これでよし!

 

「それもありますけど!スノウさん、奴隷になりそうなところを逃げてきたんでしょう?だったらきっと、その奴隷商人が行方を探してるはずですよ」

 

ラフィールは私の正面に回り込んできて、眉を下げた情けない表情で言った。

うん、そりゃそうだろうな。白狼の一族の女の子なんてレア物、欲しがる奴はごまんといるだろう。

んで、Fランク冒険者の私がスノウと一緒にいるところを見られたら・・・噂はあっという間に広まる。

その噂を嗅ぎつけて、奴隷商人がやってくるはずだ。

 

「ラフィール君。私はスノウを、そう易々と渡す気は無いぞ」

 

私はふふん、と勝気に笑ってみせる。あんな可愛い子、酷い目に合うとわかっていて、はいそうですかと引き渡すものか。

 

「向こうから現れてくれれば、好都合。そうでなければ、こちらから出向こう。まずは、スノウにちゃんと話を聞かなければな」

 

違法に攫われてきたと、ラピッドは言っていたな。

今頃、レア物の目玉商品を血眼になって捜しているだろう。

だったら、撒き餌をすればいい。とびきりいい匂いのする撒き餌なら、そんなに待たなくても寄ってくるはずだ。

 

「無抵抗の相手にあんな仕打ちをする連中を、私は許さん。必ずぶちのめしてやる」

 

私の脳裏に、スノウの受けた数々の傷が浮かんでは消えていく。

鎖で縛って打ち据えて、挙句の果てに魔法で焼いただと?

許せるか、許せるものか。

抵抗出来ないまま奮われる暴力が、どれ程恐ろしいか・・・・・・私はそれをよく知っている。

だからこそ、余計に腹立たしくて耐えられないのかもしれない。

私の醸し出す怒気に、ラフィールは怯えたような、困ったような顔をした。

 

「師匠。師匠がスノウさんを守るつもりでいるのはよーく分かりました・・・・・・でも」

 

大丈夫なんですよね、とラフィールは消え入りそうな声で言う。

 

「大丈夫だとも。いざとなれば、ラピッドや君がいる。ラフィール君、まさか君・・・私が奴隷商人如きに遅れをとるとでも思っているのかね?」

 

ちょっと不服そうに顔を顰めれば、ラフィールは慌てて首を振る。

 

「そんなこと!万が一にだってありませんよ!」

「だったら、そんな萎れた顔をするんじゃない。シャキッとしないか、シャキッと」

 

私は勢い良く彼の背中を叩いた。ほれ、闘魂注入!

それに噎せながらも、ラフィールははい、と頷いてくれる。

さて、弟子の不安もちょっと解消できたことだし。

紙とペンってどこにあるのかなー、べナードさんに聞いてみよっと。

あ、それより先に、スノウに話を聞かなくちゃダメだな。

色々と考えるのは、それが終わってからにしよう。

 

 

 

 

 

それからしばらく。

スノウが目を覚ましたので、私達は彼女に話を聞くために、部屋に集まっていた。

 

「スノウ、最初から話をしてくれないか。君はどういう経緯でルーンベルグに来たんだ」

 

私とラピッド、ラフィール、べナードさん、アリッサさんに囲まれ、スノウは落ち着かないように耳をぴこぴこさせている。

 

「・・・・・・スノウ、スタンフィールドの村、ガルムにいた。一人で狩りに出かけて、変な罠にかかって、捕まった。ここに着いた日は、マスターに拾ってもらった日。船と、陸を続けて多分・・・一ヶ月くらいかかったと思う」

 

紅い目を伏せ気味に、ぽつぽつと話し始めるスノウ。

にしてもこの子、かなり喋り方に特徴があるな・・・ギルドにいるマリーナさんは、普通に喋ってたけど、やっぱり接客業してるからかな。

 

「鎖に繋がれてた場所、スノウの他にも人魚と、妖精がいた。数はわからない。スノウ、一番抵抗したから、一番殴られた。その時に聞こえたのが、あんまり殴るな、貴族連中に売りつけるのに値が下がる、って」

 

殴られたことを思い出したのか、白い手が隣に座る私に伸ばされ、袖の辺りをぎゅうっと握られる。

 

「スノウさん、何でもいい。誰かの名前など言ってなかったですか?」

 

厳しい顔をしたべナードさんの問いかけに、スノウは考え込むように黙り込んだ。

 

「・・・・・・よく、わからないけど。ここに着く日の、二日くらい前。スノウを買うのは多分、アウレリスだろうって話、してた。これ、名前?」

 

アウレリス、という名を耳にした途端、べナードさんの眉間の皺が一層深まった。

 

「べナードさん、聞き覚えのある名前なんですか?」

 

いつもの温和な雰囲気をかっ飛ばして、はっきりと嫌悪感を漂わせる顔つきのべナードさん。

ラフィールが、その変わりように目を丸くさせている。

 

「ええ。シグルド・ヴァン・サウザンの息子、アウレリス・ヴァン・サウザン。父親のシグルド様は、ルーンベルグ王立騎士団の一つ「金星騎士団」の団長で、品行方正なお方と聞きますが・・・・・・その息子のアウレリス様は、父親の権威を笠に着ての傍若無人な振る舞いが目立つ方ですね」

 

おおぅ、きたよきたよこういう系!

私はフフッ、とよくある話に笑ってしまう。

 

「なるほど。詳細を聞かずとも、色々わかる気がしますよ」

 

口元が嘲笑の形に歪んで、おっといけないと手で隠した。

そんな私をチラッと見て、べナードさんは続けた。

 

「ですが、どうやってお父様の目を盗んで奴隷を買うつもりなんでしょう。さすがにお屋敷に置いておくわけにはいかないと思うのですが・・・」

 

うーんと考えるべナードさんに、アリッサさんが口を開いた。

 

「あら、あるじゃないですかいい場所が」

 

え?と皆の視線がアリッサさんに注がれる。

彼女はおっとり微笑んではいるが、目だけは冷え冷えとしている。

 

「娼館、とかどうです?娼館に売ってしまえば、後は足繁く通うだけですしね。店側も、珍しい種族を売ってくれたとあらば、色々とサービスする筈でしょうし」

 

氷のような声が淡々と紡ぐ説明に、うわ、えげつなぁ・・・・・・という感想しか出てこない。

 

「可能性としては一番高いでしょうね。ですが、娼館といっても多く存在しますから・・・アタリをつけるのは難しゅうございますよ」

 

いつもにこやかなアリッサさんの見せた、氷のような目と声に固まっていると、一人平気そうにラピッドが彼女の肩に移動した。

 

「大丈夫よ、ラピッドちゃん。大体貴族が出入りしてる娼館は決まってるの。その辺の安い所は見向きもしないわ・・・そうね、高級娼館のある場所を重点的に調べればいいと思うわ。べナード、ウルスさん辺りなら、何か知ってるんじゃないの?」

 

あの人、昔はよくそういう場所にお世話になってたみたいだから。とアリッサさんは軽く息を吐いた。

娼館か・・・・・・となると、ラフィールは入れないなぁ。

私もあんまり気が進まないが、私が一応適任になるのか?

まぁ中身が女だから、色気たっぷりな娼婦のお姉様方の誘惑には引っかからないと思うけど。

あれ?なんか私、今の言い方だとオカマっぽくない?身体は男、心は女って。

・・・・・・私の性別ってどーなるんだろうな。いや、とりあえず男なんだろうけどさ。

ちょっとジェンダーがトランスしそうになるが、この辺りのことは非常にナイーブな問題なので考えないでおこう。

とりあえず、スノウから大体の情報は聞き出せた。

後は作戦の準備をするだけだ・・・・・・頑張って投影するぞー。

 

 

 

 

 

ちなみに。

私の作ったパンプディングはその後、「風の微笑み亭」の名物デザートになり、べナードさん達からえらく感謝されるのであった。

 




どうも皆様お疲れ様です松虫です。
残暑未だ厳しくもありますが、秋の空気ですね。
夜には虫の声が聞こえてきますし、もうハロウィンの飾りが店頭には出ております。
早いなぁ、もう秋か・・・この間セミ鳴きだしたと思ったのになぁ。
さて、今回はこんな話になりました。如何でございましょうか。
謎の狼さんは獣人美少女スノウちゃんでございます。
拙い喋り方ですが、年齢は17歳くらいのイメージでお願いします、幼女ではありません、はい。
あとですね、活動報告でも書かせて頂きましたが、お気に入り登録100件超え、誠にありがとうございます。
こ、こんな自己満足作品にこんなにお気に入り登録して頂けるとは・・・・・・!
非常に励みになります、この場を借りてもう一度御礼申し上げます。
そのうち100件登録ありがとう短編?的なものを上げたいと考えておりますので、のんびり待っていただければ・・・・・・
それでは、次回またお会いいたしましょー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

風邪の功名?師匠と弟子のある一日

100件登録記念短編が何とか出来た・・・・・・!
風邪を引いた弟子と、その看病をする師匠の話です。
あー、サーセンあんまり中身がない話になってしまいました。ネタがな・・・中々降ってけーへんかってん(^ω^;)
今回は最初から最後まで、ラフィール君視点です、楽しんで頂ければ何よりです。
話としては、「Fランク依頼~」の辺りです。


今日は、依頼はお休みの日である。

師匠とも話し合い、僕達のスケジュールは五日働き、二日お休み。

二日間のお休みを、僕達は思い思いに過ごしていた。

師匠は溜まってしまった洗濯をしたり、ギルドで借りている戦闘訓練場で鍛錬をしたりしている。

ラピッドは、籠を抱えて一人でふらっと出かけたかと思えば、果物なんかを沢山詰め込んで帰ってきたり。

そして、僕はといえば。

 

「ん~・・・・・・収束、形成、拡散、圧縮・・・・・・」

 

一人、本と睨めっこしながら、魔法の練習に精を出していた。

 

範囲治癒(エリア・ヒール)と、反射防壁(リフレクト・プロテクション)は使いこなせるようになりたいなぁ・・・」

 

魔力を巡らせ、僕はそう独り言ちた。

他にも色々課題は山積みだが、今の所の目標は

この二つに絞っていこう。

あれこれ手を出すと、結局何も出来なくなるから。

今の僕に使える魔法は、初級治癒(ヒール)中級治癒(ミドル・ヒール)物理防壁(パワー・プロテクション)くらいだ。

普通の魔法師なら、もう少し魔法のレパートリーが多いはずだろうが、ヒーラーの初期魔法はそんなに多くない。

 

「頑張って練習して、早く師匠の役に立てるようにならないとね」

 

よしっ、と気合を入れて、僕は愛用の杖を握りしめるのであった。

 

 

 

 

 

「おかえり、ラフィール君・・・・・・って、どうしたんだ。えらく疲れているみたいだが」

 

若干ふらふらしつつ、泊まっている部屋のドアを開けた僕に、心配そうな師匠の声がかけられた。

 

「すみません、大丈夫です。ちょっと魔法の鍛錬、頑張りすぎちゃったみたいで」

 

師匠は僕に近付くと、身を屈めて僕の顔をのぞき込む。

鋼色の目が思ったより近くにあり、僕はドキッと心臓が跳ねた。

すっきりと整った顔が間近にあるのは、どうも居心地が悪くて困る。

 

「少し顔色が悪い。横になるかね?」

「いえ、そこまでじゃありません。今日は早く寝ますから、心配しないでください」

 

じっと見つめられるのがいたたまれなくなって、僕は師匠の横をさっさと通り過ぎた。

 

「君がそう言うなら構わないが・・・・・・無理だけはしないでくれ」

「勿論です。お手間はかけさせませんよ」

 

後ろでそういう問題じゃないんだが、と言っている師匠の声を聞き流す。

その日は、あまり食欲もなく早々にベッドに入り込んだ。

次の日の朝起きると、何だか身体がだるく、昨日は本当に無理をしたんだなと思った。

しかし、今日からまた依頼をこなしていかなくちゃならない。

ただでさえ僕に出来ることは少ないのに、師匠の足を引っ張るわけにはいかないのだ。

気合いを入れてベッドから降りると、僕は支度に取り掛かった。

 

 

 

 

「ねぇ、君大丈夫?しんどそうだよ?」

 

本日の依頼は、人手不足の喫茶店のお手伝いだ。

お客さんから注文を聞いて、お茶やケーキを持っていく仕事。

ちなみに、ラピッドはお留守番である。

白いシャツに赤いリボンタイ、黒いパンツという制服を身につけた師匠は、相変わらず女の人の視線を欲しいままにしている。

何やら元からいた給仕の人達は、まとめて食あたりらしい。一体何を食べたのやら。

僕に気遣いの声をかけてくれたのは、食あたりから唯一逃れられた給仕さんの一人だ。

 

「いえ、大丈夫です。ちょっと慣れないお手伝いで、疲れたのかもしれません」

 

あはは、と僕は曖昧に笑って見せた。

確かに、キツいかキツくないかで言えば、正直キツい。

何だか身体は怠さを増していくし・・・・・・でも、あともう少しで終わりだから、何とかなるだろう。

 

「すみませーん!」

「はい、ただ今!」

 

僕は注文をとるための羊皮紙の束を握り、手を挙げるお客さんの所に向かった。

数時間後、ようやくお店が終わって一段落ついた時。

 

「ラフィール君!?その顔は・・・!」

 

驚いたような師匠の大声を聞いて、僕はぼんやりとした視線を向けた。

何だろう、頭がふわふわする・・・・・・しかも熱いし・・・。

上手く回らない頭のままつっ立ってる僕に、慌てて師匠が駆け寄ってきた。

そして、大きな手が額に当てられる。

 

「凄い熱じゃないか・・・!どうして私に言わなかったんだ!」

 

眉間に寄せられた深い皺と怒った声に、僕はやっと自分が発熱していることを認識する。

 

「すみません・・・・・・」

 

発した謝罪の声も酷く掠れてて、症状をはっきり自覚した途端、立ってられなくなって膝から崩れ落ちる。

師匠の腕に抱きとめられたのを感じながら、僕の意識はついに墜ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

くらくら、ぐるぐる。

煮え滾るような身体の熱さと、頭の痛み。

ハァハァと荒い息を吐き出しながら、僕は薄く目を開けた。

 

「・・・・・・起きたかね」

 

霞んだ視界の中、師匠が心配そうな顔で僕を覗き込んでいるのか見えた。

 

「ししょ・・・・・・ぼ、く・・・・・・」

 

熱のせいで喉が乾き、喋りたいのに声が上手く出ない。

 

「ああ、無理して喋っては駄目だ。すまないが少し起こすぞ・・・・・・ほら、これを飲むんだ」

 

師匠に抱き起こされ、僕はその上半身にもたれ掛かる。

水差しから水をコップに注がれ、口元まで持ってこられたので、そのまま中身を口に含んだ。

 

「・・・・これ、水じゃ・・・ない?」

 

程よく冷やされた液体は、見た目こそ水みたいだが甘酸っぱく、果物の香りがした。

 

「美味しいだろう。塩と砂糖、それからラピッドが採ってきてくれた果物の果汁を水に混ぜたものだ。沢山あるから、好きなだけ飲んでいいぞ」

 

喉どころか、乾ききった身体全体に染み込んでいくような感覚に、僕は三杯おかわりしてしまう。

 

「ありがとう、ございます・・・・・・・・・あと、すみません」

 

コップをサイドボードに置いて、僕はまた師匠に支えられながらベッドに戻る。

 

「・・・ラピッドは、どうしたんですか?」

 

幾分出やすくなった声で、僕はいつも賑やかな声で喋る小さな竜の行方を尋ねた。

師匠はくすっ、と笑って答えてくれる。

 

「君の熱を心配して、今薬を買いに走っているよ。ラピッドの見立てだと、肉体的・精神的な疲れが溜まって、熱が出たんだろうということだ。最近、君はかなり無理をしているように思えたからね」

 

額の上に、濡らしたあとよく絞ったタオルが乗せられる。

心地よいひんやり感に、溜め息が漏れた。

 

「さあ、もう少し眠るといい。傍に居るから。次起きたときは、食事をとって薬を飲もう」

 

布団をしっかりかけられ、さわさわと頭を撫でられる。

髪を行き来する指先が気持ち良くて、たちまち眠気がやってくる。

 

「師匠・・・迷惑かけて・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」

 

寝落ちる寸前、ようやく僕は言いたかったことを言えた。

それを聞いた師匠が、とても悲しげな顔をしていたなんて、気付きもしなかったけど。

 

 

 

 

 

 

次に目が覚めたのは、もう日が落ちた時間帯だった。

部屋は誰もおらず、静まり返っている。

まだ熱は高く、ふらふらしながら水差しから果実水をコップに注いで飲み干す。

師匠とラピッド・・・何処に行ったんだろう。

 

(もしかして、僕が余りにも足を引っ張るから呆れて出て行ってしまったんじゃ・・・・・・)

 

そんなわけないだろうに、久々の風邪はどうやら心まで弱らせるらしい。

情けなさと自己嫌悪に、ゆるゆるになった涙腺から涙が滲む。

どうしよう、もっともっと頑張らなきゃ・・・こんなことしてたら、いつまで経っても師匠の役に立てない。

悪い考えばかりが頭の中を駆け巡り、とうとう涙が溢れたとき、ガチャっとドアが開いた。

 

「・・・・・・ラフィール君!?どうしたんだ一体!」

 

お盆を持った師匠が、血相を変えて駆け寄ってきた。

涙を隠す暇なんて、あったもんじゃない。

 

「何処か痛いのか?大丈夫か?」

 

お盆をテーブルに置いて、師匠は僕を覗き込む。

その手が伸びてきて、僕の目元を優しく拭ってくれる。

 

「いえ・・・・・・違うんです。ごめんなさい、何でも」

「どうして、何も言ってくれないんだ。私は、そんなに頼りないかね」

 

僕の言葉を遮って、師匠が言った。

その寂しそうな声に、思わず目が丸くなる。

 

「君がここ数日、無理をしているのは何となくわかっていたが・・・・・・何か不安や悩み事があって、こうなったのだろう?どうして私に話してくれないんだ。いや、言い難いなら無理にとは言わないがね。こんな事になってしまうと、その・・・・・・私は自分に自信をなくしてしまうよ」

 

ふう、と溜め息を吐く師匠の、聞いたこともない気弱な言葉に、僕はどう反応すればいいかわからない。

 

「自信って・・・・・・?」

 

しばらくぽかんとした後、これだけを何とか口から絞り出す。

いつも背筋を伸ばし、凛々しい雰囲気を漂わせている姿からは、想像も出来ない言葉だった。

 

「君の信用を、まだ得られていないのだろうかと思ってしまう。私は・・・・・・」

 

その時、タイミングよく僕のお腹がきゅるるるる、と鳴り響いた。

あんまりな腹の虫の催促に、僕は両手で顔を覆った。

・・・・・・誰か僕を消してくれ!!!

 

「と、とりあえず食事にしよう。冷めてしまったら元も子もない」

 

師匠は咳払いをして、テーブルに置いたお盆から大振りなカップを持ってきた。

上にちょこんと被さっている蓋をとると、湯気と共にいい匂いがしてくる。

中身は、野菜のミルクスープだった。

 

「作ってしまってから聞くのもあれだが、お腹の調子は悪くなかったね?」

「・・・・・・はい。お腹は大丈夫です」

 

何故か師匠は、スプーンを僕に渡してくれない。

疑問に思っていると、急にニヤリと悪どい笑みを浮かべて、スープを掬うと僕の口元に差し出してきた。

 

「ほら、あーんして?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はっ?」

 

言ってる意味が最初理解出来なくて、たっぷり十秒程固まる。

 

「おや、分かりにくかったかな。では言い換えようか。食べさせてあげるから、口を開けたまえ」

「いやいやいやいやいや、おかしくないですかそれ!?」

 

熱の怠さも忘れて、僕は目を白黒させながらつっこみを入れた。

 

「何、ちょっとした仕置きだよ。随分と心配させられたからね、私の気の済むまで構い倒してやろうと思って。言っておくがラフィール君。君に拒否権はないぞ?大人しく私に構われろ」

 

にやにや、と師匠は笑う。

さっきまで沈みきった、悲しそうな目をしていたのに、今はウキウキと喜色に染まっている。

あ、多分これ何言ってもダメなヤツだ。

僕は何だか痛み出した頭を押さえ、深く息を吐いた。

観念しよう。確かに師匠には沢山心配をかけてしまったんだから。

僕が渋々口を開けると、師匠は機嫌よさげにスープを流し込む。

噛む必要がないくらい、くたくたに煮込まれた野菜に、まろやかで甘みのあるミルクの味わいが、内蔵に染み込んでいく。

 

「美味しい・・・・・・!」

「それは良かった。最後まで食べられそうかな」

「はい!」

 

もっと欲しくなって、僕は自ら口を開ける。

美味しくて美味しくて、羞恥心はさっさと引っ込んで食欲全開だ。

あっという間にスープを食べ尽くし、少し水を飲んで一息つく。

師匠特製のミルクスープを飲んで、何だかちょっと元気が出たみたいだ。

 

「さて、次は薬だな。そう言えば、ラピッドが後から持って行くと言っていたんだが・・・・む?」

 

お椀をテーブルに置いて、師匠は立ち上がるとドアの方まで歩いていく。

そして、ドアの外側の取手に引っ掛けられた薬の袋を持って戻ってきた。

 

「あの、もしかして・・・僕達が込み入った話をしてたので、入るに入れなかったんだと思います」

 

ラピッドが気を遣ってくれたのがわかって、ちょっと申し訳ない気持ちになる。

元気になったら、お礼しておこう。

 

「あー・・・そうか。悪い事をしたな」

 

師匠も僕と同じ気持ちなのか、バツの悪そうな顔をしていた。

そのまま新しいコップに小さな水差しで水を注ぐと、薬の入った袋から、手のひらサイズの茶色い紙を折り畳んだ物を取り出した。

僕はそれを見て、顔が自然としかめっ面になっていくのを感じる。

薬は昔から苦手だ。しかも、飲むのが下手なのか必ず噎せてしまう。

そうなると、苦いし息が出来ないしで散々な目にあう。

僕の嫌そうな表情に気が付いたのか、師匠は苦笑しながら口を開いた。

 

「・・・薬は嫌だろうが、我慢してくれ。これを飲まないと、辛いのが長続きしてしまうからね」

「わかってますよ。でも、えっと・・・・・・僕は薬を飲むのが下手なんで、すぐに噎せるんです」

 

溜め息を一つ、憂鬱な気分になってきた。

他からすれば些細なことなんだろうが、僕にとっては重大なことなのだ。

 

「なるほど、粉末が無理なのか。それなら、水で練ってみるかね?」

 

師匠の提案に、僕は俯き加減になっていた顔を上げた。

 

「そんなこと、してもいいんですか?」

「どうせ水で飲むんだ、問題ないだろう。少し待っててくれ、食器を下げるついでにもう一つ椀を持ってくる」

 

そう言って師匠はお盆と空になった食器を持って、足早に部屋を出ていく。

そして、すぐに戻ってくると、持ってきた新しいお椀に、薬の包装を解いて振り入れる。

それから、新しいスプーンに水をほんのちょっぴり掬って、薬の中に入れた。

てっきり僕はペースト状にするのかと思っていたが、師匠はスプーンを器用に使い、薬を小さな団子状にした物を僕の前に差し出してきた。

 

「ほら、これならどうだ」

 

薬の量はそんなに多くなかったので、何とか飲み込めそうな大きさだ。

僕はそれを受け取ると、口に放り込んでコップの水を一気に煽った。

ごくん、と勢いをつけて飲み込めば、驚く程簡単に喉を通り過ぎていく。

苦味も殆ど感じることはなかった。

 

「・・・・・・飲めた」

「よし。よく頑張ったな」

 

師匠は優しく笑うと、また僕の頭を撫でてくれる。何だか、母さんみたいだ。

 

「師匠。僕・・・ちょっと焦ってたみたいです」

 

またベッドに寝転がると、僕は師匠を見ながら話し出す。

ここまで醜態をさらしておいて、今更いいカッコしようとするのも無意味だ。

 

「師匠はとっても凄い人だから、隣に並んでいても恥ずかしくないようなヒーラーにならないと、って思って。だから、頑張り過ぎてしまいました」

 

師匠はそれを聞き、何とも気まずいような顔をする。

 

「ラフィール君。私をそう評価してくれるのはありがたいが、私は君が思っている程立派な人間ではないよ」

 

ふっ、と浮かべる笑みは自嘲。

どうしてそんなことを言うんだろう。どうしてそんな顔をするんだろう。

 

「・・・・・・私の力ではない。所詮「私」は、()()()に過ぎないんだ」

 

ポツリと小さな声で、呟くように言う師匠。

どういう意味なのか聞きたかったが、きっとこの雰囲気は、聞いても教えてくれなさそうだ。

だからあえてそこには触れずに、僕は笑ってみせる。

 

「師匠はそう言いますけど。でも、自分の持っている力を正しく使うことって、簡単なようで凄く難しいことだと思うんです。どうしても自惚れたり、欲が出てきたりするじゃないですか。だけど、師匠はそうじゃないでしょ。だから僕、師匠のことを尊敬できるんです」

 

父さんが昔言っていた。ヒーラーという職業をしていると、誰かから感謝されるのが多くなる。

それを当たり前に思ってしまうと、自惚れが出てくる。自惚れはやがて傲慢になり、傲慢はやがて非道になる。

そうなってしまえば、辿る道は一つだけ。

ヒーラーとして、絶対にそうなってしまってはいけない。何度も何度も言われた言葉だ。

 

「・・・・・・買い被りすぎだ、ラフィール君。私は、聖人君子ではないんだよ」

「当たり前のことを、当たり前のようにできる人の何処が聖人君子ですか。師匠は謙虚すぎます、もうちょっと自分に自信を持ってください」

 

僕は手を伸ばして、師匠の手をぎゅっと握った。

熱い僕の手に、師匠の手はひんやりと冷たく感じる。

 

「・・・何だか逆になってしまったな。私が病人である君に励まされてしまうとは」

 

これは参った、と師匠はいつもの様な、優しげな笑みを見せた。

良かった。あんなふうに笑う師匠は、何だか見ていたくなかったから。僕が一安心していると。

 

「まぁ、私のことは置いておいて。ラフィール君、今後無理は絶対にしないでくれよ。君が倒れるのを見た瞬間、心臓が止まりそうになったんだ。頑張ってくれるのは嬉しいが、ああいうのを見るのは本当に勘弁願いたい」

「それは・・・・・・びっくりさせて、ごめんなさい」

 

師匠の困り顔に、僕も苦笑して謝っておく。

 

「すまないな。熱で辛いだろうに、長話をさせてしまった」

「いいえ・・・これくらいどうってことありません」

 

またちょっとだけ、師匠に近付けた気がする。

この人は何だか謎が多いけど、少しずつ仲良くなっていけばきっと、もっと色々話してくれると思うから。

師匠はまた、さっきみたいに優しく髪を梳いてくれる。

 

「ラフィール君、ゆっくりでいい。焦らずに、少しずつ進んでいってくれ。私から君を突き放すなんてことは、決してないから・・・」

 

囁くような声が、耳に心地いい。

髪を梳く手と相まって、とろりと眠気がやって来る。

ラピッドも言ってたけど、師匠は撫でるのがとても上手い。

大きな手と、深みのある声の合わせ技に、僕はたちまち白旗を掲げてしまう。

 

「いい子だ、おやすみ・・・・・・ラフィール君」

 

その言葉を最後に、僕の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、熱はすっかり下がり、僕の身体は僅かな怠さを残すばかりとなった。

念のめ、もう一日しっかりと休むことになったのだが・・・・・・。

 

「ちょ、師匠・・・さすがに着替えるのは自分で出来ますから・・・・・・!」

「私の気が済むまで構い倒す、と昨日言っただろう?ほら、無駄な抵抗は止めるんだ」

「ええぇぇ・・・・・・」

 

今回の風邪で僕が一番に学んだこと。

師匠を無駄に心配させると、後が怖い。

その日僕は一日中、世話焼きブーストが全開となった師匠の餌食になったのだった。

もう二度と、体調が悪いのを隠さないでおこう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

弓兵、按摩師の真似事をする

スノウから話を聞いた後、私達は更に考えを纏めるべく、自室で会議をしていた。

 

「えー、では私から話すぞ。私は情報収集をメインにやっていきたい。ギルドに行って、ウルスさんに色々と聞きたいこともあるし。それから、夜は奴隷商人連中を釣る為の撒き餌を仕込みたいと思う」

「はい、師匠。奴隷商人連中を釣る撒き餌って、具体的には何をするんですか?」

 

挙手したラフィールに、私は考えていたことを述べる。

 

「少しばかり怪しい格好をして、あんまり評判の宜しくない所で「白い狼は幾らくらいで売れるのか?」と聞きまくる。その内噂になるだろうし、ウルスさんにも頼んで他の冒険者達に酒場とかで噂を流してもらうんだ」

「はい却下!」

「即答!?」

 

スパッとラフィールに提案を却下され、私は何でだよ!と彼にツッコミを入れた。

 

「絶ッッ対駄目です!第一危ないでしょうが!!」

「いや、でもこうしないと奴隷商人を割り出せないと思うんだが・・・・・・」

 

アメジストの双眼をひん剥いて、お怒り顔のラフィール。

困ったな、こうでもしないと必要なことはわからないと思うんだけど、まぁ確かに危険だよな。

さて、どうやって説き伏せたものかと考えていると、ラピッドが助け舟を出してくれた。

 

「まぁまぁ。ラフィール様の心配もわかりますが、ワタクシもアーチャー様の意見に賛成でございます。顔を隠し、衣服を変えてしまえば誰だかわからないので大丈夫でしょう。何より、アーチャー様の足の速さはラフィール様もご存知のはずでは?」

 

ラフィールの肩に留まって、ラピッドはその手で彼の頬を撫でる。

 

「そ、それはそうですけど・・・・・・」

 

もごもごと口籠もってしまうラフィールに、今まで黙って私達のやりとりを見ていたスノウが口を開いた。

 

「マスターの足、凄く早い。牙の一族と同じくらいか・・・それ以上。ラフィール、仲間のこと、心配するの大事。でも、信頼するの、もっと大事」

 

紅い瞳がラフィールを凝視して、淡々と言う。

三対一で私の勝ち、かな?

ラフィールは難しい顔で唸っていたが、やがて大きな溜め息を吐いた。

 

「わかりましたよ。師匠の足の速さは規格外だってことはよく知ってます。でも、危ない事はあんまりしてほしくないんですよ。毎日心配じゃないですか」

 

渋々、本当に渋々といった感じでラフィールは口を尖らせる。

その心配が嬉しくて、私はわしゃわしゃとラフィールの頭を両手で撫で回す。

 

「ちょ、わっ・・・・・・もう!そんなペットみたいな感じで撫でるの、やめてくださいってば!」

「ん?いやぁ、ちょっと嬉しくてね。誰かに心配されるなんて、私の記憶にはなかったから」

 

私がそう言えば、ラフィールは複雑な顔で黙り込んだ。

 

「と、とりあえず!師匠はしっかり、がっつり変装してくださいね。万が一、億が一、念には念を入れて!」

「はーい」

 

仕切り直すように咳払いをして言うラフィールに、私はニヨニヨ笑いながら返事をした。んっふふ、かーわいいなぁ少年。

 

「では、次にワタクシが。スノウ様をどうするかでございますが・・・・・・定番ですが髪と尻尾を染める、というのは如何でございましょう?」

「はい、ラピッド」

「アーチャー様、どうぞ」

 

次の議題に入り、私はサッと挙手。

ラピッドはテーブルの真ん中に立って、クリクリした目で私を見つめる。

 

「髪を染めるのと、男装させるのはどうだろう。帽子も被らせた方がいいと思うが・・・スノウ、染めても平気かね?」

 

こういうことは、本人にもしっかり許可を貰っときたい。何せ、スノウは女の子なのだ。髪は女の命、って言うしね。

 

「平気。スノウ白いから、きっとよく染まると思う」

 

意外と本人も前向きだった。心配する必要はあんまりなかったようだ。

 

「それでは明日、すぐに髪の染料とお洋服を買いに行きましょう。ラフィール様、ワタクシと一緒に行っていただけますか?」

「わかりました。アリッサさんに、染料を売っているお店の場所聞いておきますね」

 

ラフィールは頷き、次は自分の番だとばかりに姿勢を正して座り直す。

 

「最後は僕ですか。えーっと、スノウさんの護衛についてですが・・・・・・話を聞いた感じ、師匠が忙しいようなので必然的に僕とラピッドで務めることになりそうですね。あと、依頼についても僕達二人でこなしていくということでいいですか?」

「ラフィール!」

「スノウさん、どうぞ」

 

スノウは私達の真似をして、勢いよく挙手した。うん可愛い。

 

「スノウも、ラフィールとラピッドと一緒に、依頼やりたい・・・!」

 

ルビーの瞳をキラキラと輝かせながら言うスノウに、ラフィールはそれは・・・と言葉を詰まらせる。

うーん、やっぱりそう来たか。私は予想通りの要望に苦笑を隠せない。

 

「ラフィール君、スノウを閉じ込めておくことは難しいぞ」

「ですよねー・・・・・・」

 

私の言葉に、ラフィールはがっくりと項垂れる。

普通の人間でも、部屋に篭りっぱなしだと色々良くないのだ。

スノウみたいな獣人だと、尚良くないだろう。

わんこの散歩みたいに、一日に何時間か運動させてあげた方がいいんだよな。

悩む私達に、ラピッドがはい、と挙手する。

 

「皆様、スノウ様は三日に一日というペースで依頼に参加、という形で行くのはどうでしょうか。依頼に出かけない間は、この「風の微笑み亭」でべナード様とアリッサ様のお手伝い等をさせてもらえれば、お部屋にずっといなければならないということは免れるかと」

 

ラピッドの提案に、私も賛成だ、と言う。

スノウの安全を考えれば、部屋の中にずっと居た方がいいだろうが・・・・・・きっとストレスが半端ない。

具合を悪くするくらいなら、短時間でもいいから外に出る日を決めてあげた方が断然いいだろう。

 

「うーん、僕もそう思いますよ。でも、もしスノウさんのことがバレて、攫われでもしたらどうするんです?そりゃ、そうならないように僕とラピッドが頑張りますけど」

 

そうだなぁ、そこなんだよなぁラフィール。GPSなんてものは当然この世界にはないし、FGOの宝具でもそんなのはなかった・・・と思う。

頭を悩ませていると、ラピッドが再び挙手した。

 

「このワタクシを誰だと思っているのです!フェアリードラゴンはドラゴン種の中でも、最も魔法に特化した種族なのですよ。生活魔法から攻撃魔法、召喚魔法etc!ありとあらゆるニーズにお応え出来るのです!」

 

どどん、と効果音が付きそうなくらい、声高らかにラピッドは宣言する。

よし、これからは困った時のラピッドだな。

 

「アーチャー様、以前お渡ししたワタクシの鱗はまだお持ちでしょうか?」

 

私は頷いて、巾着を取り出した。

中指の爪程の大きさの鱗を一枚、ラピッドに差し出す。

ってかフェアリードラゴンの鱗スゲェな、何にでも使えるし・・・・・・あれか、こういうものって触媒になりやすいのかな。

私がそんなことを考えていると、ラピッドはおもむろに爪を自分の腕に突き刺した。

 

「え、いきなり何を・・・!?」

 

慌てる私達を余所に、鱗に一滴落とされた血は、すうっとスポンジに水が吸い込まれるように消えていった。

 

「スノウ様、これを普段からお持ちください。もしスノウ様が、ワタクシ達の力及ばず攫われてしまっても、これを持っていてくだされば居場所を知ることが出来ますので」

 

ラピッドは鱗を摘み上げ、スノウに手渡した。

スノウはそれを受け取ると、困ったように俯く。

 

「どうしたんですか?」

 

その様子を見て、ラフィールが声をかけると。

 

「これ、小さいから・・・・・・スノウ、すぐになくす、と思う」

 

何だそんなことか。私はカバンの中を漁ると、小さい箱に入った裁縫セットを持ってきた。

 

「スノウ、それを私に」

 

太めの針で穴を開けると、細い革紐を通し輪にして結ぶ。簡易的なもので申し訳ないが、これを首からかけておけばいいだろう。

 

「ほら、これでどうだ。これならそう簡単になくしはしないだろう。いいかね、これは服の内側に隠して、他人に見せたりしてはいけないぞ」

 

パッと顔を輝かせたスノウは、いそいそとラピッドの鱗を服の中に隠した。

これでスノウにmade inラピッドのGPSも付けられたし、思いつく限りの考えも纏まった。

それじゃあ、私も準備に入るとするか!

 

 

 

 

 

 

翌日、私は依頼に出かけるラピッドとラフィールを見送り、スノウの事をべナード夫妻にお願いすると、ギルドへと足を運んでいた。

目的は勿論、ウルスさんに会うためだ。

相変わらず賑やかしい通りを抜け、手土産に買ったドライフルーツ入りのパウンドケーキの包みを、落とさないように抱え込む。

ギルド前に到着し、私はよし、と気合いを入れた。さて、いい話は聞けるだろうか?

 

「おはようございます。ウルスさんはいらっしゃいますか」

 

スイングドアをくぐり抜けて、そう声をかけると。

 

「だあああぁ!しつこいってんだよロッサ!朝からお前は一々鬱陶しい!」

「はああぁ~??お前が適当な薬師を紹介するから、こんな事になっとるんだろうが!」

 

朝一番から、喧しいおっさんの怒鳴り声が私の鼓膜を貫通する。

何事かとそっちを見れば、一人はギルドマスターのウルスさん。

もう一人は・・・・・・見たこともない男がいた。

五十歳前半だろうか。年の割には綺麗なプラチナブロンドの髪を背中の真ん中辺りまで伸ばし、一つに結っている。

目は赤味の強い紅茶色で、若い時はさぞやモテたであろう・・・・・・いや、今でも充分イケオジか。

黒地の丈の長めなジャケットには、袖や裾に銀糸の刺繍が施され、一目で上質な物だとわかる。

白の細身のパンツに、脛まである黒い編み上げブーツを履いており、何処ぞの貴族のようだ。

 

「一体何事ですか、マリーナさん。あ、これ皆さんでどうぞ」

 

受付嬢の猫獣人、マリーナさんに手土産を渡して、耳打ちするように尋ねれば、彼女は苦笑しながら私に教えてくれた。

 

「まぁ、ありがとうございます。あの方は、ロッサ・フィアン様といって、ウルスさんの元・冒険者仲間なんです。冒険者を引退なさってからも、よく遊びに来てくれるんですよ」

 

へぇ、そういえばウルスさん、元はSランク冒険者だったってアリッサさんが言ってたような・・・・・・。

何でこんな朝から、あんな言い合いしてんだろ。

私がまじまじと見ていると、視線を感じたのかウルスさんと目が合った。

 

「よう、アーチャーじゃねぇか!どうしたんだ、こんな朝っぱらから!」

「おはようございます。それはこちらのセリフですよ」

 

片手を上げて、ウルスさんの元気な挨拶に歩み寄りながら返事を返す。

 

「お?あんたここいらじゃ見ない顔だな。新入りか」

 

貴族風の男は、興味深そうに私を覗き込む。

動きや顔つきはひょうきんだが、その目は注意深く私を観察しているようだった。

私はぴしっと背筋を伸ばし、軽く一礼する。

 

「初めまして。最近、こちらのギルドで登録させて頂きました、アーチャーといいます。ウルス殿には、日頃からお世話になっております。貴方のお名前を伺っても?」

 

ちょっと丁寧すぎたかと思うと、男はほほーう、と楽しそうな表情を浮かべた。

 

「最近の冒険者連中は、わりと礼儀がなってない阿呆共が多いが・・・・・・なるほどなるほど、ふむふむ。ウルス、こいつがお前の言ってた奴か?」

 

男は立ち上がると、私をじろじろと眺め回す。

背丈は私よりも高く、近付くとジャケットの上からでもがっちりした筋肉を纏っているのがわかった。

ひとしきり私を観察すると、気が済んだのか少し離れる。

そしてニカッと破顔して、私に手を差し出した。

 

「俺はロッサ・フィアン。ウルスとは長い付き合いでな、よくここに仕事の息抜きに来るんだ。アーチャーだったか、お前の話はウルスから聞いてるぜ」

 

握手を交わし、ロッサさんはまぁ座れよ、と自分の隣を指し示す。

私は素直にそれに従うと、マリーナさんが紅茶とケーキを持ってきてくれた。

 

「ウルスさん、ロッサさん。アーチャーさんがパウンドケーキ持ってきてくれたんですよ。言い争いはそこまでにして、これ食べて静かにしてください」

 

マリーナさんは、朝っぱらから聞かされ続けたおっさんの声にイライラしてたのか、若干笑顔が怖い。

 

「お二人のせいで、今日は誰も冒険者の方が入ってこられないじゃないですか。いい加減にしないと、私だって怒りますよ?」

「「すみませんでした」」

 

金色の目から、漆黒の瞳孔が真ん丸く開いている。

猫って不機嫌になると、瞳孔がこうなるんだよな・・・・・・でも、人の顔でこんな目で見られると、普通に怖い。

ソッコーに謝るおっさん達に、フンッとそっぽを向くマリーナさん。

 

「アーチャーさん、ごゆっくりなさってくださいね♪」

「あ、ああ。ありがとう、マリーナさん」

「いえいえ。美味しそうなケーキありがとうございます、私も頂きますね」

 

私の方を振り向いた顔は、先程の怖い顔ではなくいつも通りのマリーナさんだった。

何か人形浄瑠璃で、こんな仕掛けのある人形見たことあるな・・・・・・綺麗な女の人の顔から、一気に鬼の顔になる人形。

マリーナさんが受付に戻ってから、ロッサさんがボソッと言う。

 

「何であんなに態度が違うんだ・・・・・・」

「そりゃお前・・・見りゃわかるだろ」

 

ウルスさんとロッサさんは、私の顔をじろじろ見て深い溜め息を吐く。

・・・・・・何なんだ、人の顔見てそんな溜め息吐くなよ。

 

「・・・というか、言い争いの原因は何なんですか?」

 

あんな大声でギャーギャー言ってたんだから、何か相当の理由があるのかと思って聞いてみれば。

 

「おお、聞いてくれるか!もうなー、こいつのせいでなー、俺は大変な目にあってんだよ!」

「だァかァらァ!何で俺のせいなんだよ!?俺は普通に薬師を紹介しただけだろうが!」

「はいはーい、どうどう落ち着いて下さいネー」

 

額を押し付け合う勢いで、おっさん達は睨み合う。

それを私はげんなりしつつ、ベリっと引き剥がした。

 

「また怒鳴り合えば、次はマリーナさんに張り倒されますよ」

 

私の冷たい声に、ビクッと肩を跳ねさせておっさん達は口を噤む。

全く、世話の焼けるダメ親父だ。

 

「質問の仕方を変えましょうか。ロッサさん、ウルスさんの言葉を聞くに、貴方は何処か具合の悪いところがあって、それをどうにかしたくて薬師を紹介してもらった。そうですね?」

 

双方に喋らせるとダメだ。よって私が質問して、それに答えてもらう形式にしよう。

ロッサさんが頷くのを見て、私は更に質問を続ける。

 

「具体的には、何処が悪いんですか」

「あーーっと・・・最近目の痛みと、頭痛が酷いんだよ。それで、こいつに薬師を紹介してもらったんだが・・・・・・」

「薬の効き目がなかった、というわけですね」

 

ジト目でロッサさんはウルスさんを見る。

そういえば、この世界の薬はほとんど漢方薬みたいなものだ。

漢方薬って、確かに副作用がない代わりに効き目が穏やかじゃなかったっけ。

 

「ロッサさん、きちんと毎日継続して薬を飲んでますか」

 

私の問いかけに、ロッサさんの目がウロウロと泳ぐ。

 

「お前な!毎日きちんと飲まねぇと、そりゃ効くわけないだろ!馬鹿か!」

「うるせぇよ!俺はお前と違って毎日忙しいの!」

「だから静かにしろっつってんだろ」

 

またまた両者を引き剥がし、ついでにデコピンをかましておく。

痛みに悶絶するおっさんを見下ろし、私はあぁめんどくせぇ、と言いたくなるのを堪えて紅茶をグイッと煽った。

 

「ロッサさん。その目の痛みと頭痛、眼精疲労と肩凝りによるものですね」

「・・・がんせいひろう?かたこり?」

 

なんだそりゃ、と首を傾げるロッサさん。

あれ、知らないの・・・?マジで?

 

「普段、細かい字を見る仕事をされてますか?」

「してるしてる!最近書類が多くてなー、ずっと座りっぱなしなんだよ!」

 

原因それな。間違いなくそれな。

ケーキを食べながら、私は説明を続けた。あ、これ美味しいな。

 

「簡単に言うと、眼精疲労は目の疲れです。細かい字をずっと見続けていると、目だって疲れてしまうんですよ。合間合間に休憩を挟んで、遠くを眺めたり目を閉じたりして目を休ませて上げてください。肩凝りは、長時間同じ姿勢でいると、重たい頭を支える首と肩の筋肉が疲労して、血の巡りが悪くなり固まってしまうことです。命に別状はないですが、かなり堪えると思いますよ」

「今でも充分しんどいんだよ・・・・・・なぁ、薬飲む以外に即効性のある方法って知らないか?」

 

ロッサさんは情けない顔をして私に詰め寄った。近ぇよ、少し離れろ。

路線をズレるどころか、もう空でも飛んでるんじゃないかと思うくらい外れまくった話に、私はうんざりする。

だが、話に乗ってしまったものは仕方ない。

これはさっさとひと働きして、本来の目的を果たそうか。

私はやれやれと肩を竦めて、ロッサさんに言った。

 

「そりゃ、マッサージが一番だと思いますよ。お嫌でなければ、私がさせていただき」

「よし採用!」

 

即決かよ。少しは悩めよ。

よっこらせ、と立ち上がり、私はウルスさんに尋ねた。

 

「ウルスさん、仮眠室・・・もしくは横になれる場所はありますか?」

 

 

 

数分後、私は何故か膝の上におっさんの頭を乗せて、マッサージを施していた。

 

「あ゛~・・・・・・最高・・・・・・」

「それは何より」

 

確かに私はマッサージ係を買って出たよ。だが膝枕までするとは言ってないんだけど。別途料金請求しようかな。

 

「・・・・・・アーチャーよぉ、お前も苦労するよな」

「お気遣い痛み入ります」

 

ウルスさんの哀れみの視線と言葉を受け流し、ポイントを指圧する。

眉の辺り、鎖骨付近、腕。

特に鎖骨付近や腕はガチガチに強ばって硬くなっており、ロッサさんの言葉通り仕事は真面目にやってるらしい。

そうそう、ついでに耳ももみもみしておいてやる。

耳はツボの宝庫で、眼精疲労と頭痛には効果てきめんなのだ。

膝枕に関しては、男でもいいから癒しが欲しい、人肌って癒されるじゃん。というぶっ飛んだ理屈をゴリ押しされ、断りきれずに今に至る。

 

「私の膝なんぞ、硬くて痛いだけだと思うんですがね」

 

そうボヤけば、閉じていた目をかっ開いて、ロッサさんが叫んだ。

 

「思ったより柔らかいぞ!力を抜いた状態だと、ハリがあって普通に気持ちいいな!」

「・・・・・・はぁ、そうですか」

 

もうどうにでもせーや。

若干無我の境地に達せそうな感じで、私は腕から掌にかけて揉みほぐしていった。

その後、膝からロッサさんを退かし、うつ伏せにして首から肩、背中を押してやる。

余りにも硬すぎるところは、肘を使ってピンポイントで。

肩甲骨に沿って、張った筋を解すように。

 

「はい、お疲れ様でした。これにて終了、です」

「っはあああぁぁー・・・・・・・・・生き返ったああぁー・・・」

 

背中を擦り、最後にぽんぽんと軽く叩いて終了を告げると、満足そうな溜め息と声を洩らしてロッサさんは起き上がる。

 

「で、どうなんだよ。ちったあ楽になったのかこの野郎」

 

呆れ顔のウルスさんに、ロッサさんはスッキリ顔で答える。

 

「ちょっとどころか、かなり楽になったぞ!おい、あんた!俺の専属にならんか!?」

「お断りします。私には、まだしたいことがありますので」

「即答・・・・・・」

 

しょんぼりと項垂れるロッサさんを一瞥し、ようやく私は本題に入ろうと口火を切る。

 

「物凄く遠回りしましたが・・・・・・今日はウルスさんにご相談がありまして」

 

ああ、ここまでの道のりは、実に長かった!

 

 

 

 

 

 

場所を移して話がしたいと言う私に、ウルスさんはそれなら奥の部屋に行くかと提案してくれる。

それに、何故か当然のように着いて来るロッサさん。

 

「・・・何故貴方が一緒に来るんですか」

「いやー、何となく?」

 

いや帰れよおっさん。何となくじゃねぇよ。

額を手で覆い、私は溜め息を吐き出した。

 

「まぁまぁ。アーチャー、話したいことってェのは・・・・・・面倒事か?」

 

最後の言葉だけ、声を潜めてウルスさんは言った。

 

「・・・・・・はい」

 

小さな声で答える私に、ウルスさんはニヤリとした笑みを返してくる。

 

「そうかよ。なら、こいつにも聞いてもらえ。なぁに、ロッサは見た目はこんなだが、信用のおける相手だ・・・・・・きっと役に立つと思うぜ」

 

うーん、ウルスさんがそこまで言うなら、いいのかな。

私はロッサさんをじっと眺めた。

 

「いやん、そんなに見つめちゃらめぇ・・・!」

「脳天ぶち抜いていいですか」

「・・・・・・いいんじゃね?」

 

頬を両手で押さえ、くねりと身を捻るおっさんに、ついうっかり殺意を抱いてしまう。

本当に大丈夫なんだろうか、この人。

 




台風ですね・・・。
もう台風は見飽きました(。 ー`ωー´)
今回は思いっきり趣味に走った回になりました 
好きなんですよ、マッサージとかの話。そして行きたくなる!
眼精疲労からの頭痛って本当にキツいですよね・・・・・・あれヘタすると気持ち悪くなるからなお辛い。
さて、新たな人物が登場しました。変なおっさんです(笑)
この変なおっさんがはたして何者なのか?アーチャーはこれから何をしでかそうとしているのか?
次回は楽しいコスプレで街を徘徊するかも。乞うご期待!








そのうち短編でマッサージ&耳かきとか書いてみたい願望・・・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本題突入、そしてコスプレ

ウルスさんに相談しに行ったのに、何故かおっさんのマッサージをするハメになってしまったんだが、まぁ色々あって何とか無事本題に入ることができた。

奥まった部屋に案内され、向かい合って腰を下ろす。

そして、スノウを拾った時のことを話した。

 

「・・・ふむ、それじゃあアーチャー殿。君はそのスノウちゃんを酷い目に合わせた奴隷商人の捕獲と、一緒に連れてこられた少女達を解放しようとしているわけか。ついでに、隷属の首輪を違法リークしてる国の連中も、纏めてしょっぴこうっていうことな」

 

話を聞いたロッサさんが、私のしたいことを纏めてくれる。

 

「国に関しては、証拠さえ見つけられれば後は勝手にどうこうするでしょう。私はただ、スノウや他の女の子達を解放してあげたいだけです」

 

少し目を伏せ、私は言う。

そう。私は別に、国の捕物にまで手を出すつもりはないのだ。私の目的の端っこに、少し国が絡んでいるだけ。

 

「正直、証拠さえあげることが出来れば、後で国がどう動こうと興味はありません。国の不始末は、国がとるべきですからね。それが出来ないのであれば、辿る先は緩やかな崩壊しかない」

 

国であろうと、人であろうと。自分の仕出かした事に対して責任を取れなければ、いずれ()() ()

最初は些細なことであっても、それはやがて波紋のように大きくなっていくだろう。

 

「私は、スノウを髪も染めず、服も変えず、そのままの姿で外を歩かせてやりたいだけです」

 

たったそれだけのこと。普通なら、なにも難しくないことなんだ。

私の言葉を黙って聞いていたロッサさんは、よし!と一声あげて立ち上がった。

 

「そういうことなら協力しよう。俺も知り合いに声をかけて、残りの少女達を売りつけた可能性のある娼館をあたってみよう」

「しょうがねぇな。俺も馴染みの冒険者連中に、お前の話す「撒き餌」の噂を流すように言っといてやるよ」

 

ウルスさんも立ち上がると、私の側までやってきて肩をバシッと叩く。

 

「やるぞ、アーチャー。お前もヘマするんじゃねぇぞ!」

「・・・ご助力、感謝します」

 

よっしゃ、これで強力な味方が二人も出来た。

次は、必要なアイテムの準備だ!

 

 

 

 

一足先に宿に帰ってくると、髪を隠すために帽子を目深に被ったスノウが、廊下の拭き掃除に精を出していた。

ラフィールが今日、髪の染料と男物の服を買って帰ってくるって言ってたな。

 

「おかえりなさい、マスター!」

 

私の顔を見るなり、尻尾を振りながら飛んでくる。

それを受け止め、よしよしと頭を撫でてやると尾を振るスピードが上がった。

 

「ただいま、スノウ・・・・・・もう掃除はいいのかね」

 

スノウの背後に放りっぱなしの掃除道具を見やって言えば、彼女はハッとしたように目を見開く。

 

「まだ終わってない・・・!」

「そうだな。このままだとダメだろう?」

 

スノウはパッと私から離れると、いそいそと元の場所に戻った。

 

「ここの廊下、ピカピカにする!スノウ、頑張る!」

 

モップを片手に、キリッと顔を引き締める。

うんうん、仕事は最後までやるのが大事だよね。

 

「うん、スノウは偉いな。お手伝い、しっかりやるんだぞ」

 

ゴシゴシと廊下を擦る姿を見送って、私は部屋へと入る。

今から考えるのは、怪しい噂を流す時に着る変装用の衣装だ。

紙とペンを借りようと思ったが、べナードさん達が忙しそうだったので止めた。

ベッドに腰掛けて、さてどうしたものかと考え込む。

私の肌と髪の色はかなり目立つから、全身覆い隠せるものがいい。

アサシン・エミヤの初期段階はどうだろう。いや、カラーリングにも気をつけるべきか。赤は避けた方がいい。

普段の私の格好とは、似ても似つかないようなスタイル・・・・・・アヴィケブロン?うーん止めとこう、あれ普通に派手だし。

 

「・・・・・・呪腕のハサン先生とか?」

 

第一段階の格好だと、黒い布を全身に被ってるし、顔は白い髑髏面で隠してるし。というか、もうあと思いつかない。

 

「よし・・・・・・ハサン先生にするか。トレース・オン!」

 

ふわっと光の粒子が集まったかと思うと、伸ばした両手に真っ黒なマントと白い髑髏面が引っかかる。

 

「おお、凄いなこれ。これをこうして・・・・・・こうか」

 

ちょっと試着してみる。マントを羽織って、仮面を装着。

あ、これ頭丸出しだから、フードも付けとこう。

 

「こういう感じだな。あとは手袋と靴だけか」

 

黒い手袋とブーツを投影して、こっちも試着。ついでに短刀も出してみる。

 

「・・・瞬きの間に殺してみせよう」

 

ポーズをキメて、ハサン先生のセリフを言ってみる。

ヤベ、何かスゲェ楽しくなってきた。

 

「魂なぞ飴細工よ!」

 

シュバッ、ヒュンッ、シャキーン!!!

テンションがアガってきたので、一人部屋で短刀を振り回し遊んでいると。

 

「師匠?いるんですか?」

 

ガチャッとドアが開き、ラフィールが入ってきた。

短刀を構えた私と目が合い、一瞬の沈黙後。

 

「・・・わああああああぁ!?!?」

 

ラフィール、大・絶・叫。

うん、部屋の中にこんなの居たら、誰だってびっくりするわな。

 

「ラフィール君!すまん私だ!」

 

慌てて仮面をとり、マントを脱ぎ捨てる。

涙目になってる彼に駆け寄り、必死に宥める。

 

「しっ、しし、師匠・・・!な、何やってんですかそんな格好で!?」

「ホントにすまん!怖かったな」

 

心臓がドキドキしてるのか、ラフィールは胸の辺りを押さえている。

思わず笑ってしまえば、恨めしそうな顔で睨まれる。

 

「もう・・・!びっくりしたんですからね」

「うん、凄い声だったな」

 

今になって笑いの波がやってくる。

あんまり笑ってしまうと悪い、と思ってるのに、ラフィールの悲鳴を思い出すと肩が震える。

 

「おや、賑やかにやっておりますね」

 

ひょっこりと顔を覗かせたラピッドも、さっきの大騒ぎを見ていたのか同じように声を震わせている。

 

「ラフィール、大きな声だった。どきどき、大丈夫?」

 

あ、スノウもいたんだな。お掃除終わったー?

スノウは暑そうに帽子を脱いでいる。

 

「師匠の馬鹿!いつまで笑ってんですか!」

「いやごめん、ちょっとツボに入って・・・・・・痛い痛い痛い、杖はダメだ杖は!」

 

すっかり機嫌を損ねたラフィールは、照れ隠しもあってか杖でバシバシ私を叩いてくる。

それをするりと躱して、私は降参のポーズをとった。

 

「にしても、随分個性的なお姿になりましたね。ラフィール様が驚かれるのも無理はないかと」

 

ラピッドが外した髑髏面を両手に持ち、ちらほらと眺めながら言う。

 

「マスター!これ着たら、誰もマスターだってわからない!」

 

スノウはマントを被って嬉しそうにヒラヒラさせている。

あんまり激しく遊ばないでね、破れたりはしないと思うけど・・・万能布ハッサンだっけそれ。

 

「こらこら、大事なものだから返してくれ。ラフィール君、依頼お疲れ様。今日はどうだった?」

 

スノウからマントを受け取って、小さく畳んでテーブルの上に置くと、私はラフィールに本日の依頼について聞いてみる。

ラフィールは気を取り直すように咳払いをして、口を開いた。

 

「今日は薬屋さんの在庫整理に行きました。今日と明日と、二日間の依頼です。あ、そうそう。師匠、これどうぞ」

 

差し出されたラフィールの掌には、胡桃ほどの大きさの黒い玉が四つ。

 

「これは?」

 

手に取ってみると、ビー玉のように表面は硝子で覆われ、中にゆらゆらと煙?霧?のようなものが揺らめいていた。

 

「依頼主の方から頂きました、煙幕だそうです。外側の硝子を壊すと、中から黒い煙が出てきて辺り一面に広がるみたいですね。師匠、この変装を用意したっていうことは、今晩辺りから出る予定なんでしょう。もしもの時の逃走ように持っていってください」

 

ヤダうちの弟子マジいい子・・・・・・!

つい撫で撫でしそうになったが、あんまりやりすぎると嫌がられるかなと思ってぐっと押し止める。

 

「さすが我が愛弟子、ありがたく頂こう」

 

四つある内、二つ私は受け取る。残りの二つは、ラフィールとスノウに。

 

「二人も持ってるといい。何があるともわからないからね」

 

ラフィールとスノウは顔を見合わせ、頷きあって煙幕玉を手に取った。

 

「ラフィール様、早速スノウ様の髪と尾を染めましょう。スノウ様、よろしいですね?」

 

お買い物袋に頭を突っ込んでガサゴソしつつ、ラピッドが取り出してきたのは黒い小瓶。どうやら、これが染料らしい。

 

「うん。スノウ、何かすることある?」

「それでは、髪と尾を濡らしてきてくださいませ。濡らしたらちゃんと拭いてくるように。いいですね」

 

次々とラピッドは道具を出してくる。

黒い小瓶の他にも、透明な液体の入った小瓶、木でできた皿二つ、刷毛、細い筆、大判の布数枚、そして最後に男物の 服か何着か。

様子を観察していると、ラフィールが黒い小瓶の中身を木皿に空け、刷毛でよく混ぜ合わせ始めた。

 

「う・・・ちょっと油臭いですね。師匠、窓開けてもらっていいですか」

 

確かに油っぽい臭いが結構鼻にクる。私はいそいそと窓を開け、臭気を外に出した。

そうこうしてると、髪と尾をびっしょり湿らせてスノウが登場する。

 

「スノウ、ちゃんと拭けてないぞ。こっちへおいで」

 

スノウの首から引っ掛けていたタオルをとると、わしわしと濡れているところを拭いてやる。

 

「それではスノウ様、こちらへお掛け下さい」

 

ラピッドは床に布を敷き、その上に置いた椅子にスノウを座らせると、更に布を肩から纏わせた。

 

「うぅ、これ臭い・・・・・・!」

「暫く我慢だ。スノウ、頑張れ」

 

グルグルと嫌そうにスノウが唸る。

髪の染め方は、現代世界にいたときとよく似ていた。

まず黒い染料を刷毛と筆で髪に乗せ、少し時間を置いて馴染ませる。

そして、多分定着剤であろう透明な液体を塗り重ね、今度は布を被せて温める。

ラピッドが魔法で温風を吐き出している姿がドライヤーそっくりに見えて、笑いを噛み殺していたのは内緒だ。

二時間ほどでスノウの髪と尾は、ツヤツヤした漆黒に染まった。

 

「ふむ、色が違うだけで別人だな」

「マスター、スノウこの色似合う?」

 

傍まで駆け寄ってくると、スノウは上目遣いに私を見上げる。あざと可愛い。

それに頭を撫でてやりながら答えた。

 

「ああ。黒いスノウも可愛いよ」

 

耳の辺りをくすぐるようにしてやれば、頬を染めてくすくすと笑う。

 

「あとはこの服に着替えれば、男装完成ですね。スノウ様、早速どうぞ!」

 

アリッサさんの部屋から借りてきた、折り畳み式の衝立に入り数分。

白いシャツとベージュのベスト、チャコールグレーのパンツに黒い靴を身につけたスノウが、そろそろと出てきた。

それでキャスケットを被れば、靴磨きの男の子みたいだ。

 

「変じゃない?」

「よく似合ってるよ。しかし、随分雰囲気が変わったな」

「はい。これで少しはバレにくくなったんじゃないですか?」

 

スノウの男装姿を皆で眺め、見た目の変わりように感心する。

よし。スノウの変装も完成したし、私も今晩から頑張るぞー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~とある職人の話~

 

いや、俺も長い間この街で過ごしてきて、色んな奴を見てきたさ。

真面目そうな奴、気性の荒い奴、訳ありの奴・・・・・・ホントに色々、な。

でも、昨日久し振りにめちゃくちゃ変な奴を見たんだ。

えぇ?変な奴ならそこいらにいるって?

馬鹿野郎、そういう意味の変な奴じゃねぇよ。

昨日の夜、一杯引っ掛けた後によ、俺は家に帰ろうとしてたんだよ。

その日は結構疲れてて、普段はあんまりしねぇんだが、近道をして帰ったんだ。

お前も知ってんだろ。マディ通りを横切れば、俺ん家までの距離がうんと近くなるって。

あそこの通りは物騒だからな・・・いつもなら絶対通らねぇんだがよ、その日は早く家でゆっくりしたくて思わず通っちまった。

ああ、相変わらずクソみてぇな通りだよ。物乞いに立ちんぼ娼婦、酒に酔ったゴロツキがうようよしてやがる。

まあ、でもあれだ、通る道を間違えなかったら、酷い目にゃ遭わねぇ。

俺は安全ルートを足早に通り過ぎてたんだが、ふと視界の端に何か動くものを見つけて、思わず足を止めたんだ。

明かりは月明かりだけの中、暗い路地にそいつは立ってたんだ。

真っ黒なマントで上から下まで覆ってよ、タッパは俺よりあるんだぜ。

あ?そいつの顔?

・・・・・・どんな面してやがったと思う?

ちょ、おい待て待て!相変わらずせっかちな野郎だなお前って奴はよ。

髑髏だよ髑髏。真っ白な髑髏の面を被ってたのさ。

そりゃ驚いたよ!思わず大声上げそうになって、必死で呑み込んだがな。

だってお前、こんなとこで大声あげてみろ。そいつに何されるかわかんねぇだろ。

俺はしばらくそいつを睨みつけてたんだが、そいつが足音もなく近付いて来たときは殺されるかと思ったね。

・・・・・・笑い事じゃねえよ、考えてもみろ。時間は夜、辺りは人っ子一人いねぇ、目の前にゃ得体の知れねぇ奴がいて、近寄ってくるんだぜ。

固まる俺のすぐ傍までそいつは来たかと思うと、こう言ったんだ。

 

「白き狼の値は如何程なりや?」

 

最初意味がわからなくてよ、つい「はぁ?」って聞き返しちまった。

しまった殺られる、って思ったんだが、そいつは別段腹を立てた様子もなく、もう一回同じ事を言った。

 

「白き狼の値は如何程なりや?」

 

白い狼、って言えばホワイト・ウルフの毛皮くらいだろ。この時期だと、まだホワイト・ウルフは出てこねぇ・・・冬じゃねぇからな。

答えられねぇ俺を、そいつは暫く見ていたが、次の瞬間高々と飛び上がってよ。

信じられるか?助走も何もなく、その場で真上にだぞ?

おうよ、Sランク冒険者並だ。俺は呆然とそいつを見送ったよ。

追いかけなかったのか、って?あのなぁ、無茶言うなよ!俺だってまだ命は惜しいっての。一目散に走って家に帰ったさ!

 

 

 

 

 

~とある娼婦の話~

 

ちょっと、お兄さん。どうかしら、アタシと遊んでかない?

・・・・・・え?どうしてここ最近、人が少ないのかって?

お兄さん、他所から来た人?そう、なら知らないのも無理ないわね。

最近ね、この辺りに変な噂がたってるの。夜になると、死神が獲物を求めてうろつき回る・・・っていうね。

ふふ、信じてない顔ね。当然よ、アタシだって、最初は何馬鹿なこと言ってるんだか、って思ったもの。

噂を聞くようになった時期は、ここ二週間くらい前かしら。

ほら、アタシ達って、こういう仕事上街の噂とかよく聞くのよ。

最初はマディ通り・・・そうね、あんまり治安の宜しくない場所でその死神が目撃されたらしいの。

そして、今では少しずつ違う場所で死神を見たって連中が増えてきてるわ。

死神の見た目?お兄さん、そんなこと知ってどうするの?

・・・・・・へぇ、新聞のコラムに書くんだ。物好きね、お兄さん。

見た目って言っても、そんな派手じゃないわよ。真っ黒なマントとフード、顔に白い髑髏の仮面。ね、ありきたりな感じでしょう。

でも、()()目にしてみると驚くものよ。

あははっ!そうよ、アタシ見たことあるの。

驚いた?うふふ・・・驚いた顔も可愛いわ、食べちゃいたいくらい。

その死神ね、現れると必ず問いかけてくる事があるの。

知りたい?そうね・・・・・・この後、アタシと遊んでくれるなら教えてあげてもいいわ。

・・・・・・・・・・・・そんなに悩まなくてもいいじゃない。冗談よ、冗談!もう、失礼しちゃうわね。

 

「白き狼の値は如何程なりや?」

 

こう問いかけるのよ。白き狼、っていうと大体皆はホワイト・ウルフを想像するけど・・・そんなありふれた魔獣のことを死神が他人に尋ねるかしら。

アタシは絶対違うと思うわ。白き狼って多分、「誰か」を指し示す言葉なんじゃないかしら。

それか、「白き狼」について知っている「誰か」を死神は探してる、とも考えられるんじゃない?

随分自信満々じゃないか、って・・・・・・ふふっ、勘よ、勘!

アタシ、結構勘が当たることって多いの。

それにね、これは娼婦仲間の間で流れてる話なんだけど・・・・・・その死神の噂が流れ出して、何故か貴族連中が最近苛付いてるらしいの。

貴族連中って言っても、ごく数人の話で、しかも中々評判の悪い奴等が多いって話。

何か関係あるのかしらね。まぁ、アタシ達にとってはどうでもいいことなんだけど。

他に変わったことはなかったか?

うーん・・・・・・あ、そうそう。噂のせいで、ここの所夜出歩く人がめっきり減っちゃってね、アタシ達も商売上がったりなのよ。

娼婦仲間の内、何人かは死神を怖がっちゃって、出てこれなくなっちゃうくらい。

ほかの所も似たり寄ったりな状況なんでしょうけど、貴族連中御用達の高級娼館で、妙に賑わってる所があるようね。

店の名前は・・・・・・何だったかしら、ええっと・・・・・・「ゴルゴーン」だったかしら。

高級娼館はそう何軒もないから、調べればすぐにわかるんじゃない。

あら、もういいの?結局アタシとは遊んでくれないのね・・・つれない人。

・・・・・・何、これ。話を聞かせてもらったお礼?いい話を聞かせてもらったから、受け取れって?

普段なら、馬鹿にするなって引っぱたいてやるところだけど・・・貴方、アタシにさっきちゃんと「ありがとう」って言ってくれたわね。

こんな仕事をしてると、そういうお礼の言葉を言われるのって凄く稀なのよ。

ちょっと、柄にもなく嬉しかったから・・・・・・貴方のお礼、ちゃんと頂くわ。

ねぇ、今度その気になったらアタシを訪ねてきて。大抵ここにいるから、もし来てくれたら色々サービスしてあげるわ。

ふふふ、お仕事、頑張ってね。

 

 

 

 

 

 

 

~アーチャー視点~

 

いやぁ・・・・・・いーい感じに噂は広まってるみたいだねぇ。

街を歩けば、私がハサン先生のコスプレで徘徊している話が否応なしに耳に入ってくる。

毎晩出歩くのは少しまずいかな、と思ったので、ハサン先生コスプレdayはランダムにしているのだ。

にやにやと笑いたくなるのをグッと堪え、私はギルドへ足を運ぶ。ウルスさんから集まった情報を聞くためだ。

 

「こんにちは、お疲れ様です」

 

ドアを通り抜けると、ウルスさんとロッサさんが既に揃っていて、私は待たせてしまったのかと足を早めた。

 

「よう、アーチャー殿!」

「すみません、お待たせしてしまったようで」

 

ゆるーく片手をあげて挨拶してくるロッサさんに、軽く会釈する。

 

「いいって、コイツに気なんて使わなくっても。で、どうだアーチャー、仕事は上々か?」

 

ウルスさんは、私達を別室に案内しながらそう言った。

 

「ええ、上々も上々ですよ。お二人はどうですか」

 

私がそう尋ねると、二人は顔を見合わせてニタッと笑った。

 

「喜べ、いいネタが手に入ったぞ」

「お前の言ってた娼館で、きな臭い所が一箇所だけ見つかったんだ」

 

お、マジか凄いな。私は、思ったよりも早い情報に驚きつつも、二人のネットワークの広さに感心した。

 

「娼館の名前は「ゴルゴーン」。人族以外の娼婦が豊富にいてるってぇのが、この店のウリらしい。他にもこういう娼館はちらほらあるんだが、最近特に売上を伸ばしてるのがここのようだ」

 

ウルスさんは身を乗り出し、声を潜めるようにして言った。

 

「と、いうわけでだアーチャー。潜入捜査と洒落込むぞ!」

 

テンション高いな二人共。まぁ私も嫌いじゃないけどね、こういう空気。

潜入する際の私は、元Sランク冒険者ウルスさんと、その友人のロッサさんの付き人を演じる。

名前はアルク・ボーガン、真面目で堅物な下戸・・・・・・という設定らしい。

衣装の方は、ロッサさんが用意してくれるとのことだ。

作戦はシンプルに、下戸の私が無理に酒を飲み、酩酊して眠ってしまったという状態を作り、ゴルゴーンで一夜を過ごすことにする。

勿論眠ってしまうのはフリで、その一晩で内部を調査するのだ。

ウルスさんとロッサさんはその間、まあ、その、お楽しみになるとのことで。

作戦決行は明日の夜。さてさて、ちゃんと裏は取れるのやら。

 




どうもー、皆様お疲れ様です松虫です。
三連休はとっても暑かったですね・・・・・・夏かよ、と叫びたかったです。
本当は三連休中に更新したかったんですが、なんかまったりし過ぎてしまい本日になりました(A;´・ω・)
さて、今回はコスプレ回でした。ハサン先生の格好は個人的に中々素敵だと思っております。
次回は潜入の為、付き人として主人公は娼館へ向かいます。
娼館ゴルゴーン、果たして鬼が出るか蛇が出るか・・・・・・?
相変わらずナメクジの如き話のスピードですが、ほのぼの気長にお付き合いくださいませ!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

取り引きと臨時使い魔

~アーチャー視点~

 

煌びやかな店内、鼻をつく酒の香り。

甘ったるい女の子達の声、欲を揺さぶる豊満な肢体。

 

「アルク様、お酒が苦手でいらっしゃるの?」

 

私の肩にしなだれかかる女の子に、なるべく無感情な一本調子で答える。

 

「申し訳ありません、何分下戸なもので」

 

片手に握ったグラスから、お茶を一口。うーん、あんまり美味しくないなぁ・・・・・。

腕に押し付けられる柔らかなモノの存在を、まるっと無視して私は辺りを見回した。

高級娼館「ゴルゴーン」。なるほど高級を謳うだけあって、店の雰囲気も女の子達も、キラッキラしている。

 

「おうアルク!飲んでるかあ~?」

 

早速、グラス片手に御機嫌な様子でロッサさんが絡んできた。

 

「ロッサ様、私が下戸なのをご存知のはずでは?あとあまり飲みすぎないように。明日に差し支えますよ」

 

肩に腕を回され、ぐいっと引き寄せられる。

 

「堅いこと言うな!ほれ飲め飲めー!」

「ですから飲めませんと何度言えばおわかりになられるのですか。あと傍に寄らないでください、酒臭いです」

 

めんどくせー酔っ払いだなオイ。溜め息を吐きつつ、私は片手で酔っ払いおっさんの頭を掴んで押し戻した。

 

「おま、雇い主の俺に対してそりゃないだろ・・・・・・って痛い痛い痛い!」

 

鬱陶しかったので、サーヴァント的握力を以て軽いアイアンクローをかましておく。

 

「ロッサ様、それ以上寄ると握り潰しますよ」

「酷い!ウルス~、アルクが俺をいぢめるよぉ~!」

「アルク、それ潰していいぞ」

「Yes,sir」

 

ウルスさんの煽りもあって、私は気分よくロッサさんを苛めて遊んだ。

 

「いてててて・・・・・・頭割る気かお前等・・・!」

「申し訳ありません、ついうっかり」

「同じくうっかり」

「うっかり!?うっかりでそんなことするのお前等!?」

 

酷い酷い~と、ロッサさんは侍らせている女の子の胸に縋る。

 

「まぁ、ロッサ様ったら」

 

豊満な胸に顔を埋めたロッサに、女の子は慣れた様子でクスクスと笑う。

やれやれ・・・男って奴は好きだなぁ、おっぱいが。

げんなりしながらそれを眺めていると、私に付いてくれた女の子に不満そうに腕を突っつかれた。

 

「アルク様、私だって身体に自信はありますわ。あちらばかり見ないで下さいませ」

 

いや、羨ましいとかじゃなくってね?

女の子の方に目をやる。濃紺の、艶々とした長い髪。深い緑の瞳に、真っ白な肌。さくらんぼのような、ぷるんと紅い唇。

パーフェクトだ。女の私(今は男だが)から見ても、凄く可愛いしセクシーだ。

 

「失礼。私の主人が、こうも締まりのない顔をしてるのに呆れているのです」

「嘘。ミザリーの胸をじっと見てたでしょ。私見てましたのよ」

 

膨れっ面さえも愛らしい。成程これがプロの技か。

このまま拗ねられるのも面倒なので、ちょっとおだててみた。

 

「確かにあちらの方の身体はお美しい。ですが、愛らしさは貴女の方が上かと。私は好ましいと思いますよ」

 

そう言いながら、手を伸ばして彼女の髪をするりと撫でる。

 

「この夜明け前のような髪も」

 

続いて、涙を拭うように目の下を。

 

「深緑の瞳も、白磁の肌も」

 

最後に、下唇につん、と触れて。

 

「果実のような唇も、全て」

 

いい声だ、と専ら女性に評判の声を駆使して、渾身の褒め言葉を甘く囁いた。

・・・・・・うん、不慣れなことはするもんじゃないわ。普通にいたたまれなくなる。思わず苦笑いを浮かべてしまった。

女の子の方を見ると、白い頬を桜色に染めて、うっとりと私を見ていた。

いや、女の子だけじゃない。何故かウルスさんとロッサさんも、私をガン見しているではないか。

 

「・・・何か?」

「「いや、何でもない」」

 

何だよ、そんなにドン引きしなくてもいいだろー!私だって、似合わないこと言ったのは充分自覚済みだよバカヤロー!

そう毒づきたいのを堪えて、素知らぬ顔で平然を装った。

一時間程も経つと、ウルスさんもロッサさんも結構いい感じで出来上がりつつある。

そろそろ頃合かな、と思っていると。

 

「ほらほらほら~!アルク飲めぇ!飲まにゃ損損がははははは!!!」

 

そうそう、こうやってロッサさんが酔ったフリして私に酒(偽物)を飲ませて・・・・・・。

 

「ロッサ様!お止めください、お戯れが・・・むぐっ!?」

 

口に突っ込まれた液体は、舌と喉に熱を運んでくる。

広がる特有の香りは、葡萄とアルコール。

あの野郎、本物の酒入れやがった・・・・・・!!

ごくごくっと条件反射で飲み込んで、慌てて瓶を手で掴んで引き離す。

 

「お、おいおいアルク!大丈夫か!?」

 

何か違う、と感じたウルスさんが、おろおろと私に近寄るが、なんせ人生初のアルコール、しかも度数的に高めであろうそれを飲まされて二の句がつげない。

隣でいた女の子が、急いで水を差し出してくれるが、カーッと胃の腑が燃え上がり、視界がくらりと歪む。

あれ、こんなにも早くお酒って回るのか、と思っているうちに、世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐらぐらと、混濁する意識が虚ろに戻ってきた。

ああ、何してたんだっけか・・・・・・ええっと、確か酒を無理矢理飲まされて・・・・・・ってかここ何処だ。

背中は柔らかな布団の感触、だが胸や腹にかけては妙に薄ら寒い。

目を閉じたまま、未だすっちゃかめっちゃかな脳内を何とか回転させる。

そうしていると、くすくすと笑い声が聞こえてきた。

 

「うふふ・・・可愛い寝顔。ちょっと堅物だけど、眠っちゃうと結構童顔なのね」

 

さわっ、と胸を細い指がまさぐる。

ちょっと待て、この声って私の隣でいた女の子じゃないか?

 

「顔も身体も、ぜーんぶ私好み。ふふ、とっても美味しそう・・・・・・早速頂こうかしら」

 

頂く、ってどっちの意味での頂くですかおねーさん!?

キシっとベッドの軋む音がして、さらさらした髪が胸元に触れる。

いろんな意味で危険だと判断して、私が目を開けると。

 

「あら、起きちゃった。でも残念、少し動かないでいて・・・?」

 

女の子の頭から生えるのは、くるりと丸まった二本の角。背中からは、蝙蝠の翼。

妖しく光る緑の瞳が、私を凝視する。

こいつ、もしかしてサキュバスってヤツか!

 

「うふっ、安心して。じっとしてれば、()()()()()() ()から」

 

妖艶に笑って、サキュバスは私に顔を近付けてくる。

ふざけるなよ、このエロ蝙蝠!美味しく頂かれてたまるか、どっちの意味でもごめんだ!

 

「これ以上・・・・・・私に触るな!!!」

 

怒声一発、私は手を伸ばしてサキュバスの首を鷲掴みにした。

そのまま彼女を真横に押し倒し、サキュバスと身体の上下を入れ替える。

すかさず匕首を投影し、喉元に突き付けた。

 

「動くな、叫ぶな」

 

冷たい声で命じれば、サキュバスは上がりそうだった悲鳴をぐっと呑み込んだようだ。

 

「何故魔物がこんな所で人間に化けている。返答次第ではタダで済まさんぞ」

 

まさかこいつ、今回の件と何か関係してるとかないよな。

一挙一動にすぐに反応できるよう、私は注意深くサキュバスを見据えた。

彼女は何が起きたのかわからない、というような顔をして、戦慄く唇を開いた。

 

「何で・・・何であんた、私の魅了(チャーム)が効かないのよ・・・!?あんた、男でしょ!?この世に、サキュバスの魅了(チャーム)が通用しない男なんていないのに!」

 

あー、それな。多分、私が元女だからだと思うわ。

サキュバスの魅了(チャーム)ねぇ・・・・・・状態異常に耐性があるって、結構おトク感あるよな。

 

「五月蝿い。叫ぶな、と私は言ったぞ。もう一度同じことを言わせてみろ、どうなるかわかるな」

 

キンキンと耳に響く声に、私は顔を顰めて軽く首を掴む手に力を込めた。

あんまり手荒なことはしたくないが、ここで作戦をパァにされるわけにはいかないのだ。

次やったら締め上げるぞ、と言わんがばかりの行動に、サキュバスはヒッ、と怯えた声を上げる。

そして、緑の瞳がみるみるうちに潤み、ぽろぽろと涙をこぼし始める。

 

「なによ・・・・・・なによ、なによ・・・何で私、こんな目にあわなきゃいけないの・・・?あんただって、女を抱くつもりでこの店に来たんでしょ。私、ちゃんと仕事してるのよ。そりゃ、私が魔物だってバレたらマズイから、記憶は弄らせてもらってるけど・・・・・・でも、でも・・・お客を傷付けたりなんかしてないのよ。ちょっと精気を貰って、愉しませてあげてるのに・・・!」

 

ひく、ひく、とサキュバスがしゃくり上げる。

・・・・・・あ、あるぇー?私ちょいと早まっちゃったカナー?

 

「こんなのって、酷い!酷すぎるんだからあああぁ・・・・・・」

 

ついに、ふえええぇ!と泣き出した彼女に、私は完全に誤爆した事を実感する。

 

「とすると、君はただこの店で働いていただけなのか・・・?違法奴隷とは何の関係もない、と?」

「そんなの知らない・・・!何なのよ、違法奴隷ってええぇ!」

 

ヤッチマッタナー・・・・・・自分の早とちりに、頭を抱えたい気持ちで首から手を離して、匕首を退かす。

 

「すまなかった、完璧に私の誤解だったようだ。本当に申し訳ない・・・・・・」

 

身体を起こし、私は深々と頭を下げる。

こりゃ、普通に謝ったくらいじゃ済みそうにないよなぁ。

 

「誤解・・・?あんた、私がサキュバスだから狩りにきたんじゃないの?」

 

きょとん、と涙を流した顔のまま、サキュバスは私を見つめる。

 

「え?」

「え?」

「「えぇ?」」

 

 

 

 

 

お互いに、何やら色々と食い違っていたため、私はここに来た目的をサキュバスに話した。

少し言うべきか悩んだが、彼女自らが「誓約」を宣言してくれたので、事情を掻い摘んで話すことにしたのだ。

 

「えっと・・・じゃあ貴方、ここにその攫われてきた奴隷の娘達が、いるかどうかを確認しに来たってこと?」

「ああ、そうだ」

 

はだけさせられたドレスシャツを直しながら、私は頷いた。

 

「本当なら、酒を飲まされるフリをする筈だったんだが・・・あの酔っ払いめ、本当に飲ませるとは」

 

お陰でややこしいことになったじゃないか、と舌打ちしたい気持ちをぐっと堪えた。

 

「とにかく、君には重ね重ね申し訳ないことをした。許してくれとはいわないが、とにかく今は時間が惜しい。謝罪は後々必ずしよう」

 

服装を整えると、ベッドから立ち上がる。さて、それではここからが本番・・・・・・スキーニングミッションと洒落込むか。

部屋から出ようとすると、手首を掴まれてくいっと引っ張られた。

振り向けば、サキュバスがして俯いて私を引き止めている。

 

「まだ何か用なのか?」

 

急ぐあまり、口調がきつくなる。

サキュバスはビクリと肩を跳ねさせるが、私の手を離そうとはしない。一体何なんだ・・・・・・?

 

「私ね、もしかしたら心当たりがあるかもしれないの」

「・・・何だって?」

 

顔を上げた彼女は、キッと私を睨みつけ驚くべきことを言い出した。

 

「何か知ってるのか。何でもいい、教えてくれないか」

 

足早に彼女の傍に寄ると、緑の目が挑むかのように釣り上がっている。

こりゃ、何か面倒なことを言い出すな。

 

「取り引きしましょう、私と」

 

ほーら来たよこれ。大体予想のついていた言葉に、私は溜め息を吐く。

その態度がカンに触ったのか、サキュバスはますます目付きを鋭くさせた。

 

「私だって、サキュバスとしての意地があるのよ!仕事はできない、獲物には逃げられる、挙句の果てにその獲物に脅されたなんて・・・・・・屈辱以外の何があるの!?」

 

バッサバッサとサキュバスの両翼が羽ばたく。どうやらかなり興奮しているようだ。

 

「・・・・・・要は、食事をあっさり逃したことに腹を立てている、という認識でいいかね」

 

私があっさり言い放つと、彼女は言葉を詰まらせた。

ふふぅん、図星ですかぁ。

それなら、手っ取り早くこうしよう。

 

「見た感じ、君の食事とやらは異性の体液ということであってるか?」

 

先程投影していた匕首を、私は自分の掌に滑らせた。

少し深めに意識して切ったので、出血量は多い筈だ。

 

「ほら、飲むといい」

 

サキュバスは目を丸くして、掌に溜まった血を見ている。

 

「・・・・・・いいの?」

「いいも何も、君が言い出したことじゃないか」

 

さっさとしろ、の意味も込めて、私は掌をずずいっと押し付ける。

ほら、零れたら面倒だから、飲むなら早くして。

サキュバスはおずおずと血だまりに唇を付け、一舐めした途端、目を輝かせて一心不乱に血を啜り始めた。

うん、味は悪くなさそうだね。

数分の間、彼女は食事を堪能すると、傷口を丁寧に舌先でなぞって口を離した。

白磁の頬は紅潮し、瞳はしっとりと潤んで、何かエロいのがダダ漏れだ。

真っ赤な舌が唇を舐め、そこからほう、と甘ったるい吐息が零れる。

 

「美味し・・・かった・・・」

 

呟く声も蕩けていて、何処か覚束無い。

 

「それは何よりだ。さて、情報料は渡したんだ。そろそろ話してもらおうか」

 

夢見心地なサキュバスの肩を軽く叩き、現実に呼び戻す。

彼女はハッと我に返ると、一つ頭を振って話し出す。

 

「多分、三週間くらい前になると思うんだけど。その日、私のお客が早々に気絶しちゃったから、退屈になって店内をうろうろしてたの。そしたら、最近妙に店に来るようになった貴族がいてね。そいつ、もう凄く嫌な奴なのよ!相手した女の子達に怪我させるし、お酒に酔って暴れるし」

 

顔を歪めて、吐き捨てるように言うサキュバス。

ふむ。三週間くらい前なら、スノウが私達のところに来たあたりかな?

 

「その貴族の名前はわかるかね?」

 

そう尋ねてみると、サキュバスは額に手を当てて、ええっと・・・と唸っている。

 

「ちらっと聞いただけだから、あんまり・・・・・・アウレ何とか、って名前だったような・・・・・・」

「アウレリス、か?」

「そう!それよ、アウレリス!」

 

思い出した!と手を叩く彼女を横目に、私はにんまりと笑う。

ビーンゴじゃないですか、もう最ッ高。

 

「成程・・・・・・素晴らしい、かなり有力な情報だ」

「それだけじゃないわ。この店、どうやら地下があるらしいの」

 

思わず言うと、サキュバスはさらに美味しい情報を差し出してくる。

 

「地下室か。アウレリスはそこで、違法奴隷達に好き勝手をしているんだな。恐らく、スノウも捕まったらそこに入れられるんだろう。地下まで案内できるかね」

 

よし、それじゃあその地下室とやらを確認しに行こうか。

意外なところで登場した、強力な助っ人に案内を頼むと、彼女はしばらく考え込むように沈黙する。

そりゃ躊躇いもするだろうな、と私が思っていると。

 

「いいわ、案内してあげる。貴方の血、凄く美味しかったしお腹もいっぱいになったし。さっきの情報だけじゃ、貴方の血の価値に釣り合わない。対価ってっていうのは、互いに過不足なく対等にならなきゃね」

 

俄然やる気になってくれたのか、サキュバスはくすくすと妖しい微笑みを浮かべて、更に一言。

 

「それに、あのいけ好かない貴族の餓鬼をとっちめるのは、とっても面白そうだわ」

「それは、私に協力してくれる、ということでいいのか?」

 

私がそう確認すれば、彼女はコクリと頷いた。

よし、そうと決まれば疾きこと風の如し!ここで意外と時間を食ってしまったので、その地下室とやらをさっさと見つけなければ。

 

「よし、ならばよろしく頼む。君、名前は?」

「・・・・・・サキュバスに名前を聞くなんて、変わってるわね。まあいいわ、私のことはシェラって呼んで。「さん」も「ちゃん」も付けなくていいから」

 

おーけい、シェラだね。

私は手をシェラの目の前に差し出した。

 

「契約成立だ。感謝する、シェラ」

 

シェラは楽しげに笑って、白い手を重ねてくれた。

 




おッッッ久しぶりでえぇぇす!
お疲れ様です、松虫でっす!
えーっと何週間ぶりだ・・・?三週間くらい?
この更新できぬ間、超多忙だったのですよ・・・・・・いやあー、色々イベント目白押しで大変でした( ̄▽ ̄;)
今回もアホみたいに話が進んでおりません!いや、ちびーっとは進んでるんですが!
次回はサキュバスのシェラさんと地下室探し、それとしばらく登場してなかったラフィール君&ラピッド&スノウちゃんの話もしたいな!
・・・・・・あ、それからお気に入り登録が150件になりました!
ありがとうございます、感謝感謝感涙です(;Д;)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

深夜の探索、朝焼けの帰還

抜き足差し足忍び足、私は廊下を慎重に進む。

あー、何かアレだ、ダンボールめっちゃ欲しくなってきた。

スネーク!みたいな・・・・・・おっといけない集中集中。

 

「なーんか変な事考えてない?」

「いや別に何も」

 

アホな思考を読み取ったのか、呆れた顔のシェラにへらりと笑い返して、あちこちから聞こえるピンク色の嬌声を、聞こえないフリをする。

 

「シェラ、その地下室には入ったことは?」

 

隣を音もなく歩くシェラに、そう問いかける。

彼女は長い髪をかき上げ、首を横に振った。

 

「ないわ。嫌な予感がしたから、深入りはしなかったの」

「・・・懸命な判断だな」

 

幸い、誰にも会うことなく地下室の隠されている部屋の付近に辿り着いた。

が、やはり普通に通れるはずもなく。

 

「ふむ。思った通り、人がいるな。身に付けてるものがそれなりだ・・・・・・ここの人間じゃないのか?」

 

かなり離れた距離から、私はじっと部屋のドア横に立つ男を見つめる。

よくよく見れば、どうやら帯刀してるらしい。

 

「随分高性能な目ね」

「お褒めに預かり恐悦至極。そのついでに、君にお願いがあるんだが」

 

シェラの方に視線をやり、私はくすりと笑ってみせた。

彼女も、私の言おうとしていることを理解したのか艶やかに微笑む。

 

「いいわ。頼まれてあげる・・・・・・あんまり美味しそうじゃないから、気乗りはしないけど」

 

シェラはそう言うと、衣服を際どいところまで乱し、鼻歌を歌いながら歩き出す。

私が見守る中、やがて男が彼女に気づき、何やら厳しい口調でここから離れるように命じてきた。

シェラはからかうように笑い、何事か言うと男にするり、と身を寄せる。

男は腰に下げていた剣を抜こうとするが、シェラの細い手に阻まれ、手首を掴まれた。

途端、男の身体は脱力するように、かくんと座り込む。

そして、身動きの取れない男の頬に手を添えて、シェラは目を合わせる。

そのまま数秒停止、後に濃厚なキスをぶちかます。

 

「うわぁ・・・・・・」

 

思わずドン引いた声が漏れ、あの餌食になってたのが自分かもしれないと思うとゾッとした。

たっぷりシェラは「精気」とやらを味わうと、茫然自失?腑抜け?みたいになった男から唇を離した。

 

「いい?よく聞きなさい。貴方は何も見なかった。何も聞かなかった。このままいつもみたいに、ここに立ってなさい」

 

耳に声を吹き込むようにして言うと、男はこっくりと頷いた。

そして操り人形のような動きで立ち上がると、何事も無かったかのような顔をして、ドアの横に、自分の持ち場に戻る。

 

「これでいいわ。さ、中に入りましょう」

 

シェラの手招きに応じると、口元を拭いながら彼女はドアの取っ手に手をかけた。

 

「中は、今のところ誰もいないみたいだから、大丈夫よ」

「よくわかるな。サキュバス故の能力か?」

 

シェラの言う通り、無人の部屋が目の前に広がる。

 

「ええ。私達サキュバスの一族には、透視と壁抜けの能力が備わってるの。透視で壁越しに獲物の様子を伺い、壁抜けで侵入する・・・・・・地下室がここにあるのがわかるのも、透視したからよ」

 

白魚のような手が、入口付近に置かれている燭台に触れ、根元を掴んでぐいっと右方向に180°回す。

すると、何処かでガチン、と金属音が聞こえた。

場所的にここ、この大層な厳つい本棚からだ。

・・・・・・隠し場所、ベッタベタやなー。

適当にアタリをつけて、本棚の縁を掴んで引っ張ると、以外にも小さな音をたてて引き戸のように開いた。

 

「ここから地下に降りるのか」

「みたいね。どうする、行く?」

 

現れた小部屋の床には、階段。

シェラの問いかけに、一つ頷いてみせ、私達は暗く陰気な空気を漂わせる階段に、足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

コツ、コツ、コツ、と薄暗い階段を下っていく。

両サイドの壁には、ずらりと沢山の燭台が掛けられており、何やら魔法が仕込まれてあるのか、進めば点火、通り過ぎれば消火、と全自動使用になっていた。

うん、現代にあった、センサーで人を感知して付くライトみたいだな。

 

「何だか、嫌な感じがするわね・・・・・・ろくでもないことが、平気で行われてるみたいな感じよ」

「場所が場所だからな。大丈夫かね、寒いのか?」

 

嫌そうに顔を顰め、シェラは剥き出しの二の腕を摩った。

確かに、ここは少しひんやりしているが、腕を摩る程ではないはずだ。

 

「寒いわけじゃないわ。言葉にしにくいんだけど、何だろう・・・とにかく不快なのよ。ここの空気?雰囲気?のせいなのかしらね」

 

そんなことを話していると、やっと階段の終わりが見えてきた。

そこには、また扉。質素な木と鉄で出来た扉は、見たところ鍵は掛かってないようだ。

シェラに頼んで透視してもらい、中に人がいないのを確認して扉を開ける。

そして、目の前に広がった光景に、私達は絶句した。

部屋には、いくつもの檻が並べられ、その中には虚ろな目をした少女達が入れられていた。

スノウのような獣人族、腰から下が魚の人族魚、身体がぼんやりと発光している者・・・これは多分妖精族だろうか。

彼女達の肌は傷付き、中には目や耳を潰されたり、人為的に火傷を負わされている者もいた。

あまりの酷さに、私の身体は痛いほど総毛立った。

 

「何だ・・・・・・何なんだ、これは・・・・・・!?」

 

呆然と呟く私、目を見開き、口元を両手で覆うシェラ。

暫し沈黙していたが、何とか我に返ると私は部屋に足を踏み入れた。

少女達は私の姿が見えていないのか、何の反応も示さない。いや、反応する気力すらないのだろうか?

 

「この檻・・・強い結界が張られてるわ。ちょっとやそっとじゃ、壊せないレベルよ」

 

シェラは檻を調べると、私にそう言った。

 

「ここは・・・言わば物色部屋か。奥にも部屋があるな、行ってみよう」

 

ずらりと並べられた檻の部屋の向こうに、また扉が見える。

人形のような少女達の間をすり抜け、もう一枚の扉を開けた。

そして、強烈に後悔した。

その部屋には、何と言うか、つまりは、恐らく・・・女性を()()()()()()()()()()()道具が沢山並べられていたからだ。

比較的言えるのは、鞭やナイフくらいだろうか。

後は各自想像に任せるとしよう。

 

「何っ・・・なのよ、この部屋・・・!?悪趣味通り越してるでしょ・・・!!」

 

最低、気持ち悪い、とシェラは怒りと不快感に顔を歪ませている。私も激しく同感だ。

さっきの部屋で獲物を選び、そしてこの部屋で長時間致すという訳か。

 

「大した趣味だ。吐き気が止まらん」

 

ああ、本当に。気を抜けば本気で出そうだ。

私は深い息を吐き出して、胸のムカつきを抑え込む。

 

「これ以上の部屋はなし、か」

「ならもういいじゃない。早く出ましょう、いつ誰が来るともわからないわ」

 

シェラの言葉に頷いて、私達は足早に出口、つまり最初の階段のある部屋まで戻った。

再び檻の隙間を抜けて、扉を目指していると、突然シェラの顔付きが変わる。

 

「まずい・・・こっちよ!」

「え?」

 

いきなり手首を掴まれ、部屋の一番端の檻の影に押し込まれる。

何だ何だと思っていると、彼女が慌てた訳がすぐにわかった。

足音が、聞こえてきたのだ。

二人共、気配を殺して隠れていると、荒々しく扉が開かれた。

 

「いったい何時になれば、白狼の一族を連れてくるんだ!?」

「申し訳ありません、アウレリス様」

 

イラついた怒鳴り声を響かせながら入ってきたのは、まだまだ年若そうな男。ざっと見、十代後半か二十代前半だろうか。

人目を凌ぐ為か、服装は派手ではないが、話し方や態度はまさに「高慢チキなお貴族様」とイメージできる。

セミロングの金髪に薄いブルーの瞳と、見た目は華やかなイケメンなのに勿体ない。

そして、そんな彼の後に続いているのは・・・・・・誰だこの丸々と肥太ったおっさんは。

そんな私の思考を読み取ったのか、シェラが耳元で小さな声で囁いた。

 

「あいつはセルド・ゴルゴス。この店のオーナーよ」

 

そーなのかー、予想はしてたが、やっぱり店のオーナーとアウレリスはデキてやがったかー。

仮説の裏打ちがとれて、私はとても嬉しいよ。

 

 

「今、奴隷商を使って街を隈無く探させておりますが・・・・・・何分、妙な奴が辺りを嗅ぎ回っているようで」

 

おお、それ私だ私!

よしよし、その調子だ豚野郎。もっと情報吐けやコラ。

 

「言い訳は聞きたくない!白狼の一族を手に入れるのに、どれだけの金を詰んだと思っている!?」

「は、はい!必ず、必ずアウレリス様の元に献上致します。ボガートめにも、もっと尽力するようにと命じておきます故・・・今日はここの娘達でお気を鎮めください」

 

禿頭に汗を滲ませ、セルドとやらは片手を囚われの少女達へと向ける。

アウレリスは舌打ちすると、檻の前を歩き回り、一人の少女の檻の前で止まった。

鮮やかな青の鱗が美しい、人魚の前に。

 

「セルド、今日はこいつにする。鎖を持て」

 

セルドは壁にかけてあった鎖を持ってくると、檻の鍵を開けた。

鍵を開けた途端、少女の口から怯えの声が上がるが、無慈悲にも首輪に鎖が付けられ、外に引き摺り出される。

そのままセルドは、先に行くアウレリスの後を付いて、あの凄まじく悪趣味な部屋へと入っていく。

バタン、と扉が閉められ・・・その後聞こえてきた声は、筆舌に尽くし難い。

苦悶の声は、私の耳に突き刺さり脳髄を揺さぶった。

 

「今の内に脱出しましょう・・・もうこれ以上、聞いてられない・・・・・・!」

「・・・・・・ああ」

 

俯き、唇を噛み締め、シェラは低い声で言った。

私達は音を立てないように、細心の注意を払って扉を開き、この地下室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

最初にあてがわれた部屋に戻ってくると、私達はフラフラと揃ってベッドに倒れ込んだ。

 

「とりあえず、礼を。君のおかげで、決定的な現場を抑えることが出来た」

 

シェラがいなければ、ここまで迅速に地下室を見つけることは出来なかったはずだ。

そう思いお礼を言うと、何故かいきなり胸元にしがみつかれた。

また何かされるのか、と一瞬身構えたが、しがみついた体勢のまま動かないので、身体の緊張を解く。

 

「・・・・・・大丈夫かね」

 

片手を伸ばし、シェラの頭をゆっくり撫でる。

もう片方の手は、肩に回してぽん、ぽん、と軽く叩いてあやす様に。

暫しそのままでいると、やがてはあ、と緊張を吐き出すような溜め息をついた。

 

「ありがと・・・・・・ちょっと、気持ちが参っちゃって」

 

胸に埋めていた顔を上げ、シェラは言った。

 

「酷いものだった。そうなっても、無理はない」

 

あの光景、あの声・・・忘れようとて、忘れられるわけもない。

今日は、流石に一人寝はしたくないな・・・・・・絶対悪夢を見る。

 

「ねぇ・・・一緒に寝てもいいでしょ。私、もう貴方に何もしないから」

「わかっている。少し、疲れたな・・・精神的に」

 

温かくて柔らかな、シェラの身体が心地いい。

ストレスを感じたとき、柔らかいものを触るといいってのは、本当だったみたいだ。

夜明けまでどれだけ時間が残されているのかわからないが、私は目を閉じて、束の間の眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

 

眩しい朝日が、カーテンの隙間から溢れる。

きっと短時間しか眠ってないが、今の私には十分だ。

 

「シェラ・・・起きてくれ。シェラ、シェラ!」

 

私にくっついて、というか抱き着いて眠るシェラの肩を揺すり、耳元で呼びかける。

 

「う・・・うう、ん・・・・・・」

 

微かな呻き声を上げて、シェラは深緑の目を開けた。

が、完全に覚醒してないのか、ぼんやりと私を見つめている。

 

「おはよう。昨日はお疲れ様だったな」

 

ぽーっと虚空を眺めるシェラに、そう声をかければ、もごもごと口が動いた。

 

「・・・ん?」

 

よく聞こえなかったので、少し顔を近づけると、ガシッと両肩を掴まれた。

そして、ぽつりと一言。

 

「・・・・・・お腹、空いた」

「え?ちょ・・・・・・いっ!?」

 

はい?と思っていると、いきなり首筋にガブッと噛み付かれた。

歯は容易く皮膚を喰い破り、じゅるるるる、と血を啜られる。

ちょっと!ちょっと待て!吸血鬼かお前は!?

 

「っ、シェラ!待て、待ってくれ・・・・・・この、いい加減にしないか寝惚けコウモリッ!!!」

 

ジタバタ抵抗してみるが、噛み付かれている場所が場所なだけにろくな事が出来ない。

引っ張ったら痛いし、ベッドを汚すのも偲びない。

私は早々に暴れるのを止めて、ぼんやりと天井を眺めたのだった。

数分後、ベッドの上で土下座しているシェラを、私は首筋を布で押さえながら見ていた。

 

「・・・満足していただけたようで何よりだよ」

「大変申し訳ございませんでしたああぁ・・・・・・!」

 

半泣きでごめんなさいするシェラに、私はやれやれと苦笑するしかない。

 

「まぁ、気にしてないから顔を上げてくれ。にしても、そんなに私の血は美味しいのかね」

 

ちょっと気になって聞いてみると、シェラは叱られた犬のような顔でこくりと頷いた。

 

「貴方の血、流れてる魔力量が半端ないの。だから、私達みたいな生き物にとって、何ていうの・・・やめられない、止まらないって言うか・・・・・・」

 

かっぱえびせんかよ。

つい、そうつっこんでしまいたくなるのを押し殺した。

 

「とりあえず・・・昨日の件、気をつけてね。私の方も、ちょっと気にしてあの地下室のあった部屋、見ておくようにするから。何か変化があれば、連絡を入れるようにするかわ」

 

身支度を整えるのを手伝ってもらい、シェラはそっと私に耳打ちした。

 

「ありがとう、助かる・・・・・・それでは、これで失礼しよう」

 

シェラの見送りを受け、私は部屋を後にした。

ロビーでウルスさん、ロッサさんと落ち合うと、足早にギルドへと向かう。

ギルドの入口をくぐり、マリーナさんに挨拶をして応接室まで直行。

 

「で、どうだった。収穫はあったか?」

 

何やら妙にスッキリした顔付きのおっさん二人・・・昨夜はお楽しみでしたねぇ。

ちょっとばかりじろりと睨み付けた後、私は溜め息を吐いて、見てきたものの詳細を話した。

 

「・・・・・・カーッ、とんでもない性癖の持ち主だなぁ、アウレリスの坊ちゃんは!」

 

ロッサさんは顔を歪め、頭をガシガシ掻きむしりながらソファに勢いよくもたれ込んだ。

 

「にしても、お前よくサキュバスを味方に付けられたなぁ。アレ、男にとっちゃ天敵の魔物だぞ?何したんだ一体」

 

ウルスさんは信じられないものを見るような目で、私を見てくる。

 

「まぁ、無欲の勝利とだけ言っておきましょう」

「無欲ゥ?うっそだー、お前アレだろ、超〇倫でごぶぁ!?」

 

超下品な茶化し方をするロッサさんに、私は鮮やかな裏拳を叩き込んで黙らせる。

朝っぱらから何ちゅーことを言うんだ、このスケベ親父は・・・・・・セクハラで訴えるぞアホんだら。

あーあ、と言うように、ウルスさんは崩れ落ちたおバカさんを一瞥し、アホだなお前と呆れ顔で呟いた。

 

「そんで、どうするよ。今からゴルゴーンの地下室とやらに、王国の兵士引き連れてなだれ込むか?」

 

私は考え込む。国にチクったところで、すぐ様動き出すことは無いだろう。

国がこっそり、周りに気付かれずに動くことなんて、多分出来やしない。

恐らく、ゴルゴーンで違法奴隷を購入した貴族達の妨害なんかも入るだろうし、下手したらあの地下室ごととんずらされるかもしれない。

 

「いきなりは無理でしょう。最悪、証拠隠滅されるかもしれません・・・・・・なだれ込んでみたものの、タダの物置になっていれば、たまったもんじゃない」

「そうだよなー、国が動くって大掛かりだし。なら少人数制とかどーよ」

 

にょきっ、と私の横から、復活したロッサさんが口を挟んだ。

 

「うわ生きてた!」

「言い方酷い!」

 

大袈裟に驚いてみせれば、ロッサさんにぺしりと肩の辺りにツッコミを入れられた。

 

「とりあえず下らないやり取りは置いといて・・・その心は?」

「精鋭部隊なら気付かれにくくね?ってこった。幸いにも、俺は国の騎士団連中に顔が利く・・・・・・昨晩みたいに、客を装って忍び込めば、現場を抑えることが出来るだろうよ。騎士団がまずいなら、知り合いの貴族の一人や二人、ゴルゴーンに放り込んでもいい。貴族って言ったって、随分気のいい連中さ。腕も立つしな」

 

ロッサさんの口はへらりと笑っているが、目だけは全く笑ってなかった。

 

「騎士団に顔が利くって・・・本当に貴方は何者なんですかね」

「お、俺の事が気になるか?いやぁー、そりゃ秘密ってヤツ?いい男は、秘密が多い方が様になるってなぁ!」

 

ニタニタとチェシャ猫みたいな笑顔のロッサさん。

気にはなるが、まぁ今はどうでもいい。

 

「なら、騎士団からでも貴族からでもいいので、腕の立つ方を数人選出お願いします」

「あれ?無視?無視なの?ねぇちょっと!」

 

さらっとスルーして、必要なことだけ言えば、ロッサさんは膨れながらもわかった、と頷いた。

 

「話はまとまったな。そんじゃ、茶でも煎れるか!」

「あ、俺濃いめがいい。朝だし」

「私も濃いめでお願いします」

 

立ち上がったウルスさんが、うーんと伸びをしながら言う。

朝イチのお茶は、濃いめが美味しいんだよねぇ。

大きめカップにたっぷりのお茶を、むさくるしいが男三人で味わって、私はよっこらせと立ち上がった。

さて、ラフィールも心配してるだろうし、そろそろ帰ろうか。

 

「それでは、お二人共お疲れ様でした。また連絡を待っています」

「「お疲れさーん!」」

 

挨拶もそこそこに、やっと私は宿に帰ることが出来るのだった。

 




はーい、どうも皆様お疲れ様です。
ひっっっさしぶりの更新になりました・・・・・・いや、ちょっとfgoロンドン攻略してまして 
次はアメリカかー、何かえげつなそうやなー。
さて、今回は潜入ミッションだけで終わってしまいました(;Д;)
出来ればラフィール君の話もしたかったんですが、力尽きました。
毎度おなじみ後書き詐欺ですサーセン。
・・・・・・次回はですねー、いい加減話をスピードアップ⤴させたいところですね。
亀か!ナメクジか!と罵られてもおかしくないスローペース・・・・・・というか更新頑張れマジで私。
でもなー、始皇帝がな、めっちゃ欲しいねん・・・・・・ルーラーとかまだ誰もおらんねん!
無課金で頑張っております、皆さんもガチャ運がありますように! ではまだ次回ー!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

二人と一匹の攻防戦!

~ラフィール視点~

 

今日も快晴、いい天気だ。

朝御飯を食べた後、僕はのんびりと部屋で寛いでいた。

今日の依頼は、依頼主の都合によりお昼からスタートなのだ。

今回は、スノウも一緒に行くことになっている。

内容は、部屋の模様替えを手伝って欲しいとのことだった。

きっと、汗を沢山かくだろうから、タオルは絶対に持っていかなくては・・・。

そう思っていると、とんとん、とドアをノックする音。

 

「はーい、どうぞ!」

 

そう応じれば、ガチャリとドアが開いて、ややお疲れ気味な師匠が顔を覗かせた。

 

「ただいま・・・」

 

潜入捜査の為、普段あげている髪を下ろし、白のジャケットに黒いドレスシャツと、いつもと全く違う装いなので、凄く別人に見える。

 

「おかえりなさい、お仕事お疲れ様でした」

 

駆け寄って出迎えれば、師匠はふんわりと笑って僕の頭を撫でる。

 

「ああ。今から依頼か?」

 

ジャケットを脱いで椅子の背に引っ掛け、ドレスシャツの首元を緩めて、師匠はドサッと椅子に腰掛けた。

 

「依頼はありますが、お昼からです。スノウとラピッドは、今下で洗い物のお手伝い中ですね。僕も手伝おうとしたんですが、交代制だから!って言われて追い出されちゃいました」

 

ちょっと苦笑して言えば、師匠も同じような表情を浮かべた。

 

「・・・・・・そうか」

 

うーん、結構師匠の元気がないなぁ。これはかなり潜入捜査がしんどかったのかな。

僕は師匠の傍に寄ると、何処かぼんやり遠くを見ている目を覗き込んだ。

 

「しーしょう。大丈夫ですか?疲れてるみたいですけど」

「大丈夫、とは言い難いな。全く、ろくでもないものを見る羽目になったよ・・・・・・多分嫌な気持ちになるだろうが、聞いてくれるかね」

 

はぁ、と溜め息を吐き出す師匠に、僕は手を伸ばす。

そして、いつも僕にやってくれるみたいに、師匠の髪と頬を撫でてあげた。

 

「ラフィール君・・・?」

「身体より、気持ちが疲れちゃったんですね。本当にお疲れ様でした・・・・・・嫌な気持ちは、誰かと分け合うのが一番ですよ。僕にも、ラピッドにも、スノウさんにも、ちゃんと話してくださいね」

 

さわさわ、すりすり。

思ったより柔らかい髪と、滑らかな頬の感触。

ぽかんとしていた師匠は、やがて微かに笑って、ゆっくりと目を閉じた。

これは、もっと撫でてもいいってことだろうか。

うん、ならばそうしよう。なんてったって、僕はヒーラーだ。癒すのが僕の役目なんだから。

しばらく師匠をよしよしと撫でていると、廊下をタタタタタッと走る音がして、次の瞬間ドアが勢いよく開けられた。

 

「マスター!おかえりなさい!」

 

喜色満面のスノウさんだ。

そのまま師匠の背後から、がばっと抱きつく。

 

「こらスノウ、そんなに勢いをつけちゃ駄目だ。椅子が倒れてしまう・・・・・・ふふふ、ただいま」

 

肩越しに振り返って、師匠はスノウさんを優しく咎めた。

 

「ごめんなさい。でも、マスター、帰ってきて嬉しい!だから、走っちゃった」

 

はにかむスノウさんの肩から、ぴょこっとラピッドが顔を出す。

 

「昨晩からずーっと、スノウ様はそわそわしておられましたからね。嬉しくなってしまうのも無理はないかと。とにかく、ワタクシからも言っておきましょうか。お帰りなさいませ、アーチャー様!皆、待っておりましたよ」

 

ラピッドはスノウさんの肩を離れ、定位置である師匠の肩に留まった。やっぱり、ラピッドの場所はそこだよね。

皆に迎えられ、ようやく師匠の顔の翳りが薄まった。

 

「ラピッドも、ただいま。よし、やっと元気が出てきたみたいだ。とりあえず、皆報告を聞いてくれないか」

「あ、師匠!その前に着替えてください」

 

僕は師匠が帰ってきたときに、すぐに渡せるようしていた着替え一式を手渡した。

よれよれした服装は、この人に似合わない。

僕の自己満足に過ぎないけど、師匠にはいつでも、パリッとした格好でいてもらいたい。

 

「あ、ああ。準備がいいな、ありがとう」

 

着替えを受け取って、師匠は部屋の隅にある衝立の向こうに向かった。

数分後、いつもの格好で出てきた師匠を見て、やっぱりこの人は、赤が一番素敵だなぁと思う。

心なしか、纏う雰囲気もピシッと凛々しく、師匠は口を開いた。

 

「それでは、潜入捜査の報告をしよう。先に言っておくが、聞けば不快になること確実だ。私とて、こんな話はあまりしたくはないが・・・・・・だが、聞いてもらわねばならない」

 

僕とラピッド、そしてスノウさんは、互いに顔を見合わせた。

場所が場所なだけに、きっとエグいだろうと予測はしている。

僕達はそれぞれ、椅子やベッドに腰掛け、話を聞く体制をとったのだった。

 

 

 

 

 

「なん・・・・・・て、酷いことを・・・・・・!!」

 

話を聞き終えた僕は、それだけ言って絶句していた。

何なんだ、そのアウレリスって奴は・・・!?

変態か?変態なのか?誰かが痛がったり、苦しんだりしているところを見て喜ぶなんて!

 

「これはこれは・・・ドラゴンですらドン引きな御趣味でございますねぇ」

 

ラピッドは、エメラルドグリーンの眼に軽蔑の色を浮かべ、深々と溜め息を吐いてみせる。

そしてスノウさんは、とんでもなく怖い顔をして、喉の奥からグルル、と唸り声をあげていた。

その顔は、まさに怒り狂う狼そのもの。

 

「マスター・・・・・・その、青い人魚・・・多分、スノウと同じ時に、連れてこられた人魚・・・・・・!」

 

ようやくスノウさんが吐き出した言葉に、僕達は目を見開いた。

 

「許さない・・・!アウレリス、必ず殺す!一片の肉片も、一欠の骨も、残さない!引き裂いて、噛み砕いて、喰い殺す!」

 

激しい声を上げるスノウさんの背中を、師匠は落ち着かせるように撫でる。

 

「スノウ、あまり興奮しては駄目だ。いいかね、アウレリスは生かして捕まえる・・・・・・殺してしまっては、スノウと同じような目にあっている違法奴隷達の情報が引き出せないだろう」

 

スノウさんは、ギリッと歯を食いしばった。

握り締めた拳が、力を込め過ぎて震えている。

その手を師匠はそっと握り、掌を傷付ける前に開かせた。

 

 

「落ち着いて。必ずアウレリスは私が捕まえる。違法奴隷の少女達も、きっと解放してみせるから」

「・・・・・・うん。スノウ、マスターのこと、信じる」

 

俯いたスノウさんは、こくりと小さく頷いた。

 

「それでは、今のところギルドからの作戦連絡待ちということですね」

「そういうことだ」

 

場を仕切り直すようにラピッドが言うと、師匠は椅子に座り直した。

とりあえず、師匠の報告は以上だろうか。

そこで僕は、気になったことを口にした。

 

「一つ引っかかったんですけど・・・・・・ボガート、って奴隷商人の名前ですかね?」

 

そう。師匠の話では、娼館の主人とやらがアウレリスに向かい、ボガートにも捜索に力を尽くすように伝えておく、とか言っていたらしい。

誰だよボガートって。名前の感じからして、悪そうな奴って印象がスゴいんだけど。

 

「ああ・・・私もそう思ったんだが、ウルスさんの話によると、奴隷狩りの可能性も高いらしい」

 

奴隷狩り・・・・・・母さんから、聞いたことがある。

違法奴隷が逃げ出したとき、その奴隷達を探し出して連れ戻すことを仕事にしている連中のことだ。

普段はチンピラ紛いなことしかしてない、しょーもない奴等らしいが・・・・・・。

 

「奴隷商人が奴隷狩りを雇う。まぁ、当たり前な事だな。引き続き警戒しておこう」

「「「はい!」」」

 

難しい顔をして言う師匠に、僕達は皆で返事を返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

さて、そうこうしてる間に、依頼に向かう時間がやってきた。

 

「本当に三人だけで大丈夫かね?」

 

心配そうな師匠は、自分もついて行きたいと言いたそうだ。

 

「大丈夫ですよ!ラピッドもいますし、スノウさんは男装してますし。場所も、そんなに遠くはありません。師匠、朝帰りで疲れてるでしょう?すぐに終わらせて、帰ってきます」

 

あんなにお疲れ顔だった師匠に、更に疲れる肉体労働はして欲しくないのだ。

お人好しなこの人のことだから、きっと頼んだ以上のことをしてしまうだろうし・・・・・・ま、それが依頼人から好かれるポイントなんだろうけど。

 

「うむ・・・・・だが、やはり危険では」

「マスター、スノウは大丈夫!アリッサから、これもらった!」

 

尚も渋る師匠に、スノウさんが何かをヒラヒラさせながら飛びついてきた。

 

「見て見て!これで顔、隠せる。スノウ、バレない!」

 

その手に持ってるのは、白い・・・布キレ?

長方形の布の両サイドに、半円状の紐がついている。

 

「・・・それはマスクか?」

 

師匠はまじまじと、スノウさんの持つ布キレを見る。

そのままいそいそとマスクを装着したスノウさんは、腰に両手を当てて何故か仁王立ち。

 

「今日の依頼、部屋の模様替え。埃立つ、これで吸わない!完璧!」

「え、あ、うん。そうだな・・・・・・」

 

自信満々に宣言するスノウさんに、何とも微妙な表情で師匠は頷いた。

そこに、呆れたと言わんがばかりのラピッドが、ドアからひょこっと顔を覗かせた。

 

「いつまでぐだぐだやってるのです。そろそろ時間ではないのですか?」

 

ホバリングしながら、キィキィとけたたましく僕達を急かす。

ちょっと待ってラピッド、今師匠を説得中なんだ!

 

「と・り・あ・え・ず!師匠はお留守番です!いいですね!?」

 

師匠の背中を、スノウさんと二人がかりで押して、部屋の中へと押し込む。

 

「ちょ、ラフィール、スノウ!」

「「大丈夫だから!休んでて!」」

 

そのまま椅子に無理矢理座らせて、二人で声を揃えて僕達は言い放った。

さすがにそこまで言われれば、師匠も不満そうながらも渋々納得してくれた。

 

「・・・・・・わかった。でも、何かあったらすぐに逃げるんだぞ。それだけは約束してくれ、いいな?」

 

師匠は両手で僕達の頭を撫で、行ってらっしゃい、と微笑んだ。

 

「ラピッド、二人のことを任せたぞ」

「承知致しました。お任せ下さいませ!」

 

ラピッドは一礼して、僕の肩に留まる。

よし、それじゃあ依頼に出発だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結論から言うと、帰りが遅くなった。

時刻は夕方・・・・・・うん、本当はもっと早く終わらせられる予定だったんだ。

依頼人は薬師さんで、家具や棚を動かしている最中に、何やら発作?を起こした人が担ぎ込まれて、急遽薬の調合が始まってしまったのだ。

お陰で予定がかなり狂ってしまい、今に至る。

 

「師匠、心配してるかな・・・」

「うん、マスター、きっとしてる」

 

ぽそっと二人呟けば、僕の肩でラピッドが苦笑する。

 

「いきなりの出来事でございましたからねぇ。帰った時は一言二言、お小言がくるかもしれません」

 

眉を寄せて、つらつらとお小言を言う師匠の様子を思い浮かべて、ふふふっと笑い声が漏れる。

 

「それじゃ、少しでもお小言が減るように、急いで帰らなきゃね・・・・・・スノウさん?」

 

突然、立ち止まったスノウさん。

振り返ってみれば、紅い目を険しく尖らせている。

 

「ラフィール、何か変。静かすぎる・・・・・・誰もいない、何も聞こえない」

「これは・・・遅効性の結界、でございましょうか」

 

ラピッドも、声に警戒を滲ませて辺りを見回している。

確かに、さっきまで人が沢山いたのに、今は僕達の周囲は人っ子一人いない。

 

「な、何これ・・・?どういうこと?」

 

なんとも言えない薄気味悪さを感じて、思わずそう言えば、真上から引き攣った笑いを含んだ絶叫が降ってきた。

 

「そォれはァ・・・」

「コぉいウぅ・・・」

「「ことおおおォォォ!!!!!」」

 

バッと見上げた先に、光るのは白く光る白刃。

見開いた僕の目に、やけにスローに映る二つの影。

あ、ヤバい僕死ぬかも。

 

「ラフィールッ!!!」

 

鞭打つような声と共に、僕の胴体がスノウさんに抱えられて、弾丸のような速度で飛び退く。

 

「アはぁ、ハズしちゃッたァ」

「でぇモ、わかッたネぇ~・・・」

「「コイツがァ、白狼の一族ゥ!!!」」

 

ゲラゲラと笑いながら、地面に刺さった鍵爪のようなでかいナイフを引っこ抜くのは、茶色のフード付きマントを身に付けた謎の男女ペア。

女の方は、派手な赤茶色のショートヘアにヘーゼルの瞳。

黒いビキニトップに、同色のショートパンツと、見惚れるようなスタイルの持ち主だが、ニタニタと気の触れたような笑みを顔中に浮かべている。

男の方は、スキンヘッドにヘーゼルの瞳、黒のタンクトップにパンツと、そしてやっぱりちょっとヤバい笑みを浮かべており、二人共よく似た格好だ。

 

「随分と派手な登場でございますね。もしや、あなた方が奴隷狩りのボガート、とやらですか?」

 

口から炎を溢れ出させ、ラピッドは臨戦態勢をとる。

 

「「ご名答ォ~!」」

 

仰々しく一礼して、二人は高々と名乗りあげた。

 

「ハロ・ボガートでェす!」

「アロ・ボガートでぇス!」

 

女の方がハロ、男の方がアロ。コイツらが、師匠の言ってた奴隷狩りか。姉弟なのかな・・・・・・?

 

 

「会えて嬉しいよォ、白い狼ちャん。今まではテキトーに捜してたんだけどォ・・・・・・」

「雇い主かラ、もう少し真面目ニ捜せッて、お小言貰っチゃってネぇ」

「ついデに、金まで倍に積まれタら、もうホンキ出すしかないじゃンか?」

 

ニタリと両眼に三日月を描き、ハロとアロは交互に喋った。

僕は震えそうになる舌に力を入れて、二人に問いかける。

 

「待って、下さい。どうして、スノウさんのことがわかったんですか?今だって、彼女は髪を染めて、男装してるのに」

 

まるで今、初めて僕の存在に気が付いたように、ハロが態とらしく驚いた顔をした。

 

「おやおやァ~?白い狼ちャんノ他にも、こォんな仔犬ちャんまでいたとはねェ。仔犬ちャん、知りたイかい?どうシてワタシ達が、白い狼ちャんの変装を見抜けタか」

 

誰が仔犬だ、誰が・・・・・・気色悪い呼び方するな。

ぐっと顔を顰め、僕は頷いてみせた。

素直にリアクションしたのに気を良くしたのか、ハロはアロに片手をあげて合図する。

 

「ほぉラ、おいでブラッドドッグ!」

 

アロの足元に、黒い魔法陣が現れ、そこからズズズッ、と何かが浮き上がってくる。

召喚魔法だ!ブラッドドッグ、って・・・・・・かなり凶暴な魔獣じゃなかったっけ!?

 

「ラフィール!スノウの、後ろに!」

「ラフィール様、お下がりください!」

 

唸り声を上げ、スノウさんとラピッドが僕の前に立ち塞がった。

僕は杖を握り締め、いつでもブラッドドッグをぶん殴れるように構える。

攻撃魔法は使えないけど、防御魔法ならいけそうだ!二人のサポートなら任せといて!

そうしてる間に、ブラッドドッグの真っ黒な頭と、乾きかけの血のような目が、魔法陣から現れた。

そこからゴツゴツとした背骨の浮き出た、厳つい身体が出てくるのかと思いきや。

 

「・・・・・・え?頭だけ・・・・!?」

 

そう、アロの隣でふわふわ浮かぶのは、ブラッドドッグの頭だけ。何これ、どういうこと!?

 

死体蘇生術(ネクロマンシー)でございますか。しかし、器用なものですね・・・死体の一部分だけ蘇生させるとは。お粗末ともいえましょうか」

 

注意深くブラッドドッグの首を観察しながら、ラピッドは言った。

それに、アロはゲラゲラとした大笑いで返す。

 

「確かニ、中途半端な出来だよなァ。でぇモ、白い狼ちゃンの匂いヲ辿るくらいナらぁ、頭だけで良いんだよォ!」

 

そう言いながら、アロは短いが太い鎖の切れ端を取り出した。

それをスノウさんの前に掲げ、ひらひらと振ってみせる。

 

「ほぉラ、運ばレてる最中に、お前を縛ってた鎖さァ。血と、その他色ンな匂いの染み込んだモンだ。大体の目星は付けてたンんだがなァ、いマいち確信が持てずにいたんダよ。さっき、オレ達のナイフが掠ったろォ?ソの時の血の匂いで、コイツが反応したッてワケ~」

 

鎖を見つめるスノウさんの顔が、険しさを増す。

その腕は、白いシャツがスパッと切れて、浅い切り傷から血が滲んでいた。

つまり、スノウさんが捕まって縛られていた鎖の匂いを、あのブラッドドッグの頭に覚えさせて、僕達を発見して目星を付けた後、確認の為に襲った訳か。

ウルフタイプの魔獣は鼻が恐ろしく効く。これは、誤魔化せそうにない。

 

「アはは!というわけデぇ、お喋りはおシまいィ!」

「そロそロ、オレ達にオ仕事させテくれよナぁ!」

 

ギラリとナイフが、鈍く光った。

そして、濁った唸り声を上げるブラッドドッグの首。

 

「「イィィヤッホオオオォォ!!!」」

 

奇声と共に、ナイフを振りかざしてハロとアロの二人が踊りかかってくる。

 

筋力強化(パワーブラスト)

「轟け、震撼せよ。雷霆の針(ケラウノス・ニードル)

 

スノウさんの身体が、ぼんやりと光を放った。

にんまりと、凶暴そうな笑みを彼女は浮かべて、ルビーの瞳が狂喜に輝く。

 

「ちょうど、むしゃくしゃしてた。お前等で憂さ晴らし、する」

「奇遇でございますね、スノウ様。ワタクシも、今朝の話を聞いてムカついていた所なのですよ」

 

対するラピッドの周囲は、バチバチと小さな雷が針状になって浮遊している。

あ、これ絶対僕邪魔になるから離れてよっと。

慌てて数歩、距離をとると、次の瞬間スノウさんとラピッドは、電光石火の勢いでハロとアロを迎え撃った。

スノウさんはハロ、ラピッドはアロを相手にするようだ。

そして、僕はというと・・・・・・・・・。

 

「やっぱり、これになるよね・・・」

 

牙を剥き出したブラッドドッグの首である。

うぅ、気持ち悪い・・・正直、アンデッド系の魔獣は苦手なのだ。

でも、こいつがラピッド達の邪魔をしてはいけない。

 

「防いで殴るくらいなら、僕だって!鍛練の結果、ここで見せてやるっ!!」

 

いつまでも守られるばっかりじゃ駄目だ!こんな犬の首くらい、僕一人で対処してみせる!

 

 

 

 

 

 

 

恐ろしい咆哮をあげて、僕に喰らい付こうとするブラッドドッグの首。

ガバッと開かれた牙の並んだ口を、僕は杖を真横にして防いだ。

首だけの癖に、何処からそんな力が出てくるのかと不思議なくらいの勢いに、僕は歯を食いしばって耐える。

「こ、の・・・!爆ぜる光よ、黒き影を打ち払え!閃光(フラッシュ)!」

 

杖に埋め込まれた宝玉から、カッと激しい光が炸裂した。

普通なら、目くらましにしかならない魔法だが、アンデッド系の魔獣には効果てきめんだ。

光に皮膚を焼かれ、ギャン!と悲鳴をあげてブラッドドッグの首は杖から口を離し、地面を転がった。

間発入れずに、杖を振り上げて首を殴ろうとするが、ブラッドドッグの口が大きく開いて、炎の吐息(フレア・ブレス)が吐かれた。

 

「守れ、我が身を害する力より!魔法防壁(マジック・プロテクション)

 

慌てず騒がず、魔法防御に特化した防御魔法を展開させる。

跳ね返しの魔法はまだ練習が必要だが、防ぐだけの魔法なら問題ない。

炎の勢いは強いが、魔力をコントロールして盾の部分に凝縮させる。

そのまま炎を防ぎつつ、一歩一歩僕はブラッドドッグの首に近付いていった。

チャンスは、こいつの息が切れて、炎が止まったその一瞬。

今、こいつの視界は広がる炎のせいで悪い・・・近付いてくる僕の姿は、見えにくい筈だ。

ごうごうと、激しい熱が僕を包み込む。杖を握る両腕も、段々重たくなってきた。あと少し・・・あと少し・・・・・・!

フッと炎が消えたその瞬間、僕は素早く魔法防壁(マジック・プロテクション)を解除して杖をブラッドドッグの口内に突っ込んだ。

そして、もう一度閃光(フラッシュ)の魔法を叩き込む。

柔らかい口の中に、あの強烈な光を浴びせかけられては、いくら凶暴な魔獣でもひとたまりもないらしい。

耳障りな絶叫をあげてブラッドドッグの首は焼け落ち、カラン、と足元に頭骨だけが落ちてきた。

 

「・・・・・・勝った!」

 

その頭骨も、杖の先で殴って粉砕しておく。

ここまですれば、もう一度復活することはない筈だ。

ラピッドや、スノウさんの相手にしてる連中と違って、だいぶささやかな敵だったが・・・初陣にしては上出来じゃないだろうか多分。

ちょっとだけ、勝利の余韻に浸っていると。

 

「グぎゃッ!!」

「がハっ!!」

 

ドガァン!と地面をブチ割る勢いで、僕の両サイドにハロとアロが激突した。

そこに、追撃とばかりにスノウさんの蹴りが、ラピッドの雷が降り注ぐ。

バネのように跳ね起きた奴隷狩り達は、間一髪で追撃を躱した。

 

「クハッ、さスが白狼の一族、ダねェ。ワタシ達の腕前ジゃあ、ヤっぱり手を焼くカ」

「ハロ、コッチもヤバいナぁ。このトカゲ、タダのトカゲじゃネぇ」

 

二人共顔が腫れ上がったり、火傷したり、あちこちから出血したりと酷い有様だ。

 

「当たり前でしょう。お前達普通の人間如きが敵う相手ではありませんよ。というかワタクシ、トカゲではないと何度言えばわかるのです」

「スタンフィールドの民、肉弾戦得意。スノウ、こう見えて力持ち」

 

軽やかにラピッドとスノウさんは、地面に着地した。

うん、やっぱり強いなぁと感心していると、ヒヒヒ、と引き攣った笑い声が聞こえてくる。

 

「何が、可笑しい?」

 

スノウさんの問い掛けに、ハロとアロは肩を震わせながら答えた。

 

「いやァ・・・・・・強気だねェ?」

「でモ・・・・・・油断しすぎィ!!!」

 

アロが地面に叩きつけたガラス玉から、紫色の粉末が爆発的に広がった。

僕は防御魔法を展開しようとするが、間に合わずに粉末の波に巻き込まれる。

ツンと鼻にくる匂いに思わず噎せるが、それだけで特に影響はない。

何だこれ?と首を傾げていると、徐々に煙が晴れていき、視界がクリアになっていった。

 

「だ、大丈夫ですか・・・・スノウさん!?ラピッド!?」

 

振り向いた僕の目に映ったのは、片膝を付いてぐったりしているスノウさんと、苦しげに呼吸を繰り返すラピッドの姿だった。

僕は駆け寄ろうとしたが、ハロに蹴り飛ばされ無様に倒れ込む。

 

「アはははは!こりゃ凄い!」

「ぐっ・・・・・・何を、したんだ!?」

 

唇からの出血を拭い、けたたましく笑うハロに、腹部の痛みを堪えながら僕は叫んだ。

 

「ちょぉッとした痺れ薬さァ。人間以外なラ、何にでも効くッていうスグレモノでねェ・・・」

 

何だよそれ、そんなのあるの!?

というか、ラピッドにも効いてるのか?小さいから誤解されやすいけと、ドラゴンだよ!?

ドラゴンって、毒とか痺れとかが効きにくいって聞いたけど!?

 

「ゲホ、ゴホゴホッ・・・・・・!な、何でございますか・・・これ・・・!?喉が・・・!?」

 

涙目になり、ラピッドは酷い咳を繰り返している。

そんな状態の彼を、アロは掴み取り、力任せに地面に叩きつけた。

ギャウッと悲鳴をあげるラピッドを踏みつけ、ギリギリと足に力を込める。

 

「さっキは色々やッてくれたよナぁ?ほぉラお返シだッ!!」

「その、足・・・どけろッ!」

 

ラピッドを助けようとスノウさんが拳を突き出すが、ハロに易々と掴み取られてしまう。

 

「大人しくしてなァ、白い狼ちャん!」

 

そのまま鳩尾に一発、そしてナイフが、スノウさんの身体のあちこちに傷をつけて行く。

どうしよう・・・まさか、あいつらがあんな隠し玉を持っていたなんて。

僕は何も出来ないまま、見ているだけなのか・・・・・・?

 

「助けて、師匠・・・・・・!」

 

無意識の呟きが僕の口から零れた時。

 

「柘榴と散れ」

 

激しくも、底冷えする程に冷たい怒声と共に、いくつもの短刀が流星のように投擲された。

驚きの声をあげて飛び退く奴隷狩り達の前に、化鳥のようにふわりと降り立つ黒い影。

そう、あの不吉な髑髏の仮面を付けた、師匠だ。

 

「しっ、師匠!!!」

 

大きな背中に僕達を庇い、死神のように恐ろしげな姿が、今は何よりも頼もしく映った。

 

 




あけました!おめでとうございます!
どうも皆様、お疲れ様です松虫です。
休み明けで仕事に身が入りません!家に帰りたい(笑)
お待たせしました、やっと更新出来ました長かった・・・・・・
初っ端からタイトル詐欺してますねー、戦闘描写すっげ後半からwwwwもう難しいのなんのって。
作業用BGMのお世話になりまくりでした。澤野弘之の音楽は漲ってくるネ!
あ、元旦そうそうFGOのガチャ引いたら見事紅閻魔が来てくれました戦慄。今日は術ギル様が来ました驚愕。
弓ギル狙いだったんだけど嬉しい(≧∇≦)
さて、次回は奴隷狩りをサクッと倒して、スノウちゃん編後半戦のとっかかりまでいけたらいいな!
それでは皆様にガチャ運がありますように・・・・・・


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

唸れシャイターン!敵陣と驚きの事実!

~アーチャー視点~

 

そう、時間はお昼辺りまで遡る。

ラフィール達が出ていった後、私は潜入捜査の為に借りていた服を陰干ししたり、アイロン(かなり重い)をかけたりしていた訳だ。

その後、昼食を頂いて、部屋でまったりとお茶しながら、べナードさんから借りた本を読んでいた。

そのまま黙々とページを捲っていると、何だか気持ち良くなってきて、ついうとうとと居眠りしてしまった。

そこからだ、妙な夢を見たのは。

断片的に、何者かに襲われるラフィール達の夢を見たのだ。

地面に踏みつけられるラピッド、ナイフで遊ばれるように傷付けられるスノウ、そして腹部を押さえて蹲るラフィール。

ガバッと飛び起きて、夢か・・・と一安心したはいいが、どうも胸の辺りがざわついてならない。

居ても立ってもいられなくなって、あのハサン先生スタイルでラフィール達を探しまくったわけだ。

とある場所で違和感を感じ、ちょっと()()()()()()見てみると、薄らと壁のようなモノが見えてきた。

明らかに怪しいと踏んだ私は、干将・莫耶でその壁のようなモノを一切りすると壁に傷が入り、中に侵入出来るようになった。

いっその事、破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)でも使ってやろうかと思ったが、もし中でドンパチやっていて、人目に付いたら困る。

一応、この干将・莫耶も宝具・・・ってやつだから、こんな変な壁も切ることが出来たのかな?

ま、そんなことはどうでもいい。無事に侵入成功したんだ、結果よければ全て良しってね。

そして、現実で見た夢通りの光景に・・・・・・ひさしぶりにぶっちキレている。

短刀を数本投影し、腕力に任せてぶん投げ、ラピッドとスノウをいたぶってた奴等を牽制する。

 

「三人とも、動けるか?」

 

そう問えば、三人はよろよろと起き上がり、私の所までなんとかやって来た。

 

「申し訳・・・ありま、せん、アーチャー様。ワタクシが・・・付いていながら、何という失態を・・・・・・」

「マスター、ごめん、なさい・・・・・・」

 

そう言って詫びるラピッドとスノウの頭を軽く撫で、悔しげに黙りこくっているラフィールに指示を出した。

 

「ラフィール君、治癒を頼む。私はあれを叩きのめしてこよう」

 

ラフィールが治癒魔法の詠唱に入ったのを確認し、私は目の前の二人を睨み付けた。

 

「テメェ・・・結界を越えテきたのカぁ?何者ダ?」

 

スキンヘッドの方が、やたらと真顔で探るような視線を向ける。

 

「どうでもいいだろう、そんなことは」

 

私はそう言い捨てて、短刀を構えた。

名前なんか、名乗る手間すら惜しい。ただ一言、お前等に言いたいことは。

 

「うちの子達に、これ以上手出しさせん!!!」

 

戦闘開始だ・・・・・・二人纏めて、泣いて後悔させてやる!

私は深く呼吸をし、体内を流れる魔力とやらに、意識を集中させた。

 

投影開始(トレース・オン)

 

思い描くは、この身体が所有する無数の剣。

かの英雄王と対峙した際に記憶した、数多の財宝という名の武器達。

その中から、短刀のみを選出していく。

何でかって?そりゃ、ハサン先生といえば短刀だろ?

 

――――工程完了。全投影、待機(ロールアウト。バレットクリア)

 

バチバチと光が稲妻のように瞬き、爆ぜ、何振りもの剣を形作っていく。

その切っ先は、全て奴等の方に。

呆然とその様子を見ている間抜け面を、私は指し示した。

そして、腹の中のムカつきを吐き出すかの如く、叫ぶ。

 

―――停止解凍、全投影連続層写!!(フリーズアウト、ソードバレルフルオープン)

 

剣の弾丸が、銀色の尾を引いて突っ込んでくる。

奴等は目を剥き、悲鳴を上げて躱そうとするが、そんなの私が許す筈がない。

 

「逃がすか!うちの子達を痛め付けた代償、しっかり払ってもらうぞ!」

 

ほーれ、まっがーれ↓ いや、そうじゃなくて!!!

うっかり某超能力者の有名な台詞を口走りそうになり、違う違うと思い直す。

目で追尾して、角度や勢いを調整して追いかけ回してやる。

掠ったり斬られたりを繰り返し、そろそろ頃合かといったところで、いよいよこの二人組の捕獲に入ろう。

 

「魂なぞ飴細工よ・・・苦悶を零せ!」

 

ゆらり、と赤黒い光が八方より腕に絡みつく。

それが凝縮し、私は自分の腕が、内側から膨れ上がるような感覚を覚えた。

ぐっと拳を握り、勢い良く振り上げた瞬間、不気味な光は形を成して、焼けた鉄のように輝く赤い腕が現れた。

不自然に長いそれは、まさに化物のもの。

 

妄想心音!!!(ザバーニヤ)

 

その腕が、ぐんと伸びたかと思うと、二人組の胸元を軽く叩いた。

開いた掌に、どくどくと脈打つ握り拳くらいの大きさのそれは・・・・・・心臓だ。

正しくは、心臓の形をしたエーテル塊とやららしい。

ぶっちゃけ、難しいことはさっぱりわからないのだが、このエーテル塊を握り潰すと、本物の心臓も潰れてしまうようだ。

あれか、日本の藁人形の呪いみたいなもんか。

 

「へっ・・・・・・ナ、何だ・・・!?テメェ、何をシた!?」

 

目を白黒させながら、女の方が叫んだ。

 

「なに、簡単な事だ。これはお前達の心臓だよ・・・・・・正しくは、お前達の心臓を模したエーテル塊、だがな」

 

手の中で脈打つそれを、見やすいように掲げてやる。

うへー、本物じゃないってわかってても、気持ち悪いぞこれ。

 

「はァ?これが、ワタシ達の心臓だってェ?」

 

女はゲラゲラと笑い出す。

うん、やっぱりそういう反応になるよねぇ、わかるわかる。

 

「ハッタリにしたッて、モう少しマシなもんガあるッてもんダろォ?ソんなもんが心臓なンて・・・・・・ギャアッ!?」

 

ぎゅむっ、と女の方の心臓を握ってやると、潰れた蛙のような悲鳴をあげる。

おお、ちゃんと繋がってるんだ、スゲェなシャイターンの腕。

 

「ふむ、それでは少し実験と行こうか。これからお前達のどちらか片方の心臓に、少しずつ力を込めていこう。潰れて死ねば信じるだろうよ」

「ちょ、ちょッと待ってクれ!」

 

脅すように言えば、男の方が慌てて私を止める。

 

「何だね?ああ、そうか。君も体験してみたいのか。これはこれは気が付かなくてすまないな」

 

男の方の心臓も、ぐっと握ってやると、やっぱり蛙のような声をあげる。

 

「どうかね。いまいち刺激不足だったかな?なら、もう一度」

「「頼ムから止めテくれェ!!!」」

 

顔面真っ青の半泣きな二人組を見て、ようやく私は少しばかり溜飲が下がったような気がした。

どんな感じなんだろうな、心臓を掴まれる感覚って。

くわばらくわばら・・・・・・ハサン先生の宝具は怖いなぁ、ホントに。

 

「ラピッド、こいつらを縛り上げろ。ぎっちぎちで頼むぞ」

「承知いたしました」

 

すっかり回復したラピッドは、魔法で植物の蔓を呼び出し、がっちり関節をキメた状態でぐるぐる巻にする。

ちょうどいい感じに、辺りに騒がしさが戻ってきつつあった。

あの変な壁が、消えかかってきているのだろうか。

騒ぎになる前に、私は片手に心臓(偽)を二つ持ったまま、この場を撤退したのであった。

行先?そんなの、一つに決まってるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここに来たってわけか」

 

ドカッと椅子に座ったウルスさんは、やれやれと私を見上げた。

 

「お手間をお掛けしますが・・・」

 

向かった場所は、ルーンベルグ冒険者ギルドだ。

ちょっと私の見た目がアレなので、急遽別の部屋を用意してもらったのだ。

いやー、ギルドって部屋結構あるんだね。

 

「まぁ、話は大体わかった。それでだな・・・お前の手にある、その悪趣味なもんは何だよ」

 

ウルスさんは、嫌そうな目で私の掌で蠢く心臓二つを見ている。

そんな顔するなよ、私だって好き好んで持ってないよこんな気持ち悪いもの。

 

「この阿呆二人の心臓ですかね・・・ああ、ちなみにこれ潰されると、本物の心臓も潰れてしまうみたいです。これからこの二人に、ちょっと色々白状してもらおうかと」

 

私は、背後でびくびくしている二人・・・・・・あー、ハロとアロだったか?を視線をやり、クックックと悪い笑い声を出してみせた。

 

「あの・・・師匠。こいつらをどうするつもりなんですか?」

 

つんつん、と黒衣の端っこを引っ張られ、振り向けばラフィールが怖々と私を見ていた。

大丈夫だってラフィール、ちょーっと協力をお願いするだけさ。

 

「た、頼むよォ・・・・・・命だけは・・・!」

 

アロは蒼白な顔色のまま、引き攣った声で許しを乞う。

 

「それはお前達の吐く情報次第だ。客人が来るまで、せいぜい話の整理でもしておくがいい」

 

冷たい声色で返し、私は内心で遅いなぁ、とボヤいた。

現在、この部屋にいるのは私とラフィール、スノウにウルスさんの四人と、ラピッドの一匹。

私達は、もう一人の人物の到着を、今か今かと待ちわびている真っ最中なのだ。

 

「遅いですね、あの卵鳥。やはりワタクシが参った方が良かったのでは?」

 

すっかり喉が回復したラピッドが、私の肩に留まったまま、イライラと尻尾をぺしぺし打ち付ける。

卵鳩(エッグピジョン)のライチちゃんが、今呼びに行っている相手とは・・・・・・。

 

「すまん、遅くなった!ちょっと屋敷のモンを撒いてくるのが大変でな!」

 

バタバタと慌ただしく登場したのは、そう、謎のおっさんことロッサさんだ。

プラチナプロンドの髪が、汗で額に張り付いている。

 

「うおおっ、お前誰だ!?」

「私ですよ、私」

 

私の格好を見て、驚きの声をあげるロッサさんに、苦笑しながら少しだけ仮面をずらす。

現れた目元に、何だお前か、とロッサさんは胸を撫で下ろしたようだ。

私は再び、ロッサさんにも急に呼び立てた理由を説明すると、彼はまじまじと奴隷狩りの二人を眺めた。

 

「ふぅむ。こいつらがなぁ・・・・・・よし、お前等よく聞けよ。これからする質問の返答次第で、お前等の人生変わってくるからな」

 

ずるずると椅子を引きずってくると、ロッサさんはそこに腰掛けた。

隣に私が控え、いざ尋問!

 

「それでは、率直に。お前等の雇い主は誰だ?」

 

いきなりのどストレートな質問に、二人の目が泳いだ。

 

「・・・・・・やれ」

「御意」

 

顎をしゃくって合図するロッサさんに、私は返事をして心臓を握ろうとする。

 

「うわああっ!止メろ、言ウからァ!」

「ゴルゴスだよォ!セルド・ゴルゴスって奴だ!」

 

縛られた体勢のまま、ぐにぐにと芋虫のように動く二人組は、あっさりとその名をゲロする。

 

「あンのハゲ豚・・・・・・やーっぱりあくどい事やってやがったか。幾ら積まれた?」

「にっ、二百万!」

 

報酬を聞き、ロッサさんはほう、と感嘆したように息を吐いた。

 

「二百万か。奴隷狩りに積むには大金だな。セルド・ゴルゴスの上は誰か、知ってるか?」

 

段々と、ロッサさんのいつもは温かみのある目が、鋭くなっていく。声も同じように、氷のような冷たさだ。

二人組も冷汗をダラダラ流しながら、お互いに顔を見合わせて言いあぐねているようだった。

 

「その沈黙、肯定と見なすぞ。───答えろ、何者だ?」

 

ぞくっと背筋が寒くなった。

思わずロッサさんの方を見れば、爛々と光る双眸が二人を見下ろしている。

その身体から溢れるのは・・・何だこれ、これが覇気ってヤツ?

おいおいどこの海賊王だよ、なんて軽口を叩こうにも、ロッサさんが纏う雰囲気は重々しく、迫力があった。

 

「アウレリス・・・・・・アウレリス・ヴァン・サウザン、だ・・・」

 

その空気に気圧され、女の方・・・ハロがようやく口を開いた。

 

「そうか。よく言ってくれた・・・・・・おい、多分俺と同じ考えだと思うが、こいつらまだ使()()だろ?」

 

親玉の名前を聞き、にやーっと笑いながらロッサさんは私の方に視線を向けた。

それに頷きを返し、二人に向き直った。

さーて、そんじゃもう一働きしてもらいますか。

アウレリス捕獲作戦を話終えると、スノウは神妙な面持ちで言った。

 

「スノウ、重要な役。頑張る!」

 

頑張ってちょーだいよ、スノウちゃん。君の演技力に全てかかってるんだからね。

あ、そうそう重要な役者がもう二人。

 

「と、いうわけで・・・・・・やれるな?」

 

心臓をチラつかせながら問えば、こくこくと必死で頷く二人組。

しくじればわかってるよな、とがっつり脅して、よし完了。

 

「ロッサさんは、こちらを被って下さい」

「えぇ・・・・・!?お前、今何処からそれ出したんだよ」

 

マントの下で投影した、とある宝具をロッサさんに渡すと、彼は戸惑いながらもそれを受け取ってくれた。

 

「ところでよ、俺は一体どうすればいいんだ?」

 

ウルスさんが、自分を指差しながら私に尋ねてくるが・・・・・・えーっと、どうしよっか?

思いつかなくてラピッドをチラ見すれば。

 

「ウルス様は、ロッサ様が連れてこられた方々を率いて、タイミングを見て突入してくださればよろしいかと」

「俺が切り込み隊長か?いいねぇ、久々に滾ってきたぞ!」

 

オラわくわくすっぞ!とでも言い出しそうな感じに、ウルスさんの目が輝く。

 

「それでは各々方、手筈通りにお願いします」

「「「応!!!」」」

 

いざ、反撃開始と洒落こみますか。

首ィ洗って待ってやがれ、アウレリス・・・・・・絶対お縄にしてやるからな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~ラフィール視点~

 

皆が動き出したのは、もう日も暮れそうな時間帯だった。

薄闇の中、ロバに引かせた小さな荷車で移動するのは、奴隷狩りのハロとアロ。

彼等もしっかりと商人風の衣装を纏い、顔付きも戦っていた時とは別人の、至極まともそうな様子だ。

スノウさんは、荷車の中で布を被り、荷物のふりをしている。

そんな様子を、僕達は少し離れた所から何気ないふうを装って追跡中だった。

 

「ふむ・・・やはりあの場所へ行くか」

 

隣を歩く師匠の呟きを、僕は拾い上げる。

ちなみに、師匠の姿はあの不気味な死神スタイルではなく、いつもの赤い外套姿だ。

流石にあの格好のまま、道をうろうろできないからね。

 

「ゴルゴーンの地下室、ですか?」

 

そう聞けば、師匠は眉を寄せて、厳しい顔になる。

よっぽど嫌だったんだろうな、あの部屋・・・・・・僕だって、

話しか聞いていないけれど、ぶっちゃけ現物を見たくはないもの。

 

「おい、アーチャー。ゴルゴーンに入店するのはよしとして、どうやって地下まで行くんだよ。絶対簡単に行けるわけないぞ?」

 

ウルスさんが師匠の腕を小突いて言うが、すかさず答えが返される。

 

「心配には及びませんよ。既に手回しはしてあります」

 

多分、シェラさんに連絡を入れておいたんだろうな。

ラピッド、いなかったし。

やがて、娼館ゴルゴーンに到着すると荷車は裏側に回っていく。それを見送っていると。

 

「ハァーイ、いらっしゃいませ♡」

 

ガチャッと店の入口が開き、濃紺の髪に深緑色の瞳の、凄く綺麗な女の人が出てきた。

 

「また来てくれて嬉しいですわ、ウルス様。さ、お連れ様も一緒にどうぞ中へ。お部屋の準備は出来てますから」

 

甘ったるい声で、女の人はウルスさんに擦り寄る。

その瞬間、師匠と視線が混ざり合い、互いに頷き合うのを見た。

なるほど、この人がサキュバスのシェラさん・・・かな。

確かに一目見ただけで、胸のあたりがざわざわするような感じがする。

シェラさんに案内されて、部屋まで案内されると、廊下の

角のあたりで急に止まった。

 

「えらく大所帯じゃない。いよいよってわけ?」

 

振り向いた彼女の瞳が、妖しく光っている。

口元に艶やかな微笑みを浮かべて、師匠の腕をとった。

 

「ああ。引き込み役、礼を言おう。ついでで申し訳ないんだが、ここら一体の避難準備をお願いしたい。もし、客や店の女性達に被害が及んでもいけないしな」

 

妖艶なシェラさんに一切動じることもなく、淡々と師匠は要件を告げる。

 

「・・・あのね、何も起こらない前提で皆ここにいるのに、なんて言えばいいのよ。火事だーとでも叫べばいいの?」

 

呆れたように言い、シェラさんはじろりと師匠を睨めつける。

確かに、言われてみればそうだ。ここでシェラさん一人が騒いでも、意味がない。

だが、師匠はにんまりと笑って言う。

 

「なに、恐らくそれに近い事が起こるだろうよ。ああいう輩は、追い詰められれば大体悪足掻きするものだ」

 

それは、僕も同意見だ。

きっとアウレリスは、必死で抵抗するだろう。

 

「どうせセルドの奴も今はいねぇんだろ?だったら部屋の割り振りくらいなら、あんただけでも仕切れるんじゃねぇのか」

 

ウルスさんの言葉に、はいはいわかったわよ!とシェラさんは答えて、ツンと横を向いた。

 

「・・・・・・見張りは予め魅了(チャーム)してあるわ。地下室への入り方はわかるわよね?」

 

声を潜めて言うシェラさんは、師匠をじっと見つめる。

それに一つ頷きを返して、師匠は、僕達は、件の部屋へと進んだのだった。

どこかぼんやりしたような顔付きの、見張りの男の横をすり抜け、地下室がある部屋に入り込む。

入口付近の燭台を回すと、本棚がスーッと開いた。

 

「こんなに重そうな本棚なのに、音がしないんですね」

 

凄いからくりだなぁと思って呟くと、ウルスさんが押し殺した声で笑う。

 

「なわけねぇだろ。ラピ公の奴が何かしたんだろうよ。こりゃ、消音(ミュート)の魔法だな」

「何にせよ、有難いことだな」

 

迷いのない足取りで、師匠は現れた階段を下っていく。

暗い廊下に、自動点火式魔法のかかった蝋燭が、次々に灯る。

そして、下に行くに従って、声が聞こえてきた。

どうやら、あの奴隷狩りの二人と・・・・・・あとは多分、ゴルゴーンのオーナーのセルド・ゴルゴスとアウレリスだろうか。

壁に張り付くようにして身を隠し、僕達は少しだけ開いたドアから聞こえる声に耳を澄ませた。

 

「お前達よくやった!アウレリス様、こちらお望みの白狼の一族です!」

 

これはきっとセルドだろう。けたたましい声には、隠しきれない喜びが滲み出ていた。

 

「申シ訳ありまセん、アウレリス様。捕らえル際、かナり抵抗サれまシたので・・・・・・少しバかり傷をツけてしマいましタ」

「デすが、そレ以外は良好な状態でアります」

 

ハロとアロ、二人の硬い声が聞こえた後、アウレリスのくつくつと笑う声がした。

 

「く、くくくく・・・・・・やっと!やっと捕らえたか!この日を待ちわびたぞ!」

 

隙間からそっと覗くと、床に転がされたスノウさんと、奴隷狩りの二人、奥の方にハゲ豚ことセルド、そして金髪碧眼の若い男の姿が見えた。

あれがアウレリスか・・・・・・整った顔だけど、今の表情は歪んだ笑みを浮かべて、お世辞にも綺麗だとは言い難い。

 

「セルド、さっさと隷属の首輪を持ってこい。早速味わうとしよう」

 

ドタドタとセルドが壁際に引っ込むのを見やると、アウレリウスは奴隷狩りの二人に視線を戻した。

 

「お前達、思ったよりも早かったな。もう少しかかると思っていたが・・・・・・ふん、それなりに使えるということか」

 

最後は独り言のように呟いて、ハロの目の前に小さな皮袋を放り投げた。

 

「とっておけ。屋敷からくすねてきたものだ・・・・・・まぁ数は少ないがな、お前達のような者には大金だろう」

 

ハロが皮袋を拾い上げて口を開くと、中から数個の宝石が転がり出てきた。

 

「・・・ありガたク、イただキます」

 

それをしまい込むと、スノウさんが身動ぎをして、バネのように跳ね起きた。

 

「アウレリス!アウレリスッ!!アウレリスゥッ!!!」

 

憤怒の怒声も凄まじく、牙を剥いてスノウさんは後ろ手に縛られた体制のまま、アウレリスに飛び掛かろうとする。

が、アロに抑え込まれ、獰猛な唸り声を上げる。

その様子を嬉々とした顔で眺め、アウレリスは嘲笑(わら)った。

 

「ははは!活きのいい犬だ!これならかなり嬲れそうだな。さて、白狼の一族とやら・・・お前は何処まで正気を保ってられるかな」

 

ドスドスと戻ってきたセルドの手には、黒い革の首輪。

シンプルな見た目だけど、あれが隷属の首輪なんだろう。

その首輪が、スノウさんの白い首に付けられそうになった瞬間、ブチッと手の縄を引きちぎった彼女は飛び退いて距離をとり、セルドとアウレリスに向かって、黒い小さな玉を投げつけた。

その玉は床で弾け、黒い煙が舞い上がる。

いつぞや、僕が依頼完了の際に貰ってきた煙幕だ。

 

「行くぞ、ラフィール。ウルスさんは、後程突入をお願いします」

 

ドアを開け、颯爽と突入していく師匠の後に僕達は続いた。

黒い煙がもくもくと立ち込める中、どこからともなく一陣の風が吹き、煙を払っていく。

きっと、ラピッドが風を起こしてくれたんだろう。

 

「ゲホッゲホッ・・・・・・このメス犬!何を・・・・・・」

 

視界が晴れ、怒鳴ろうとしたアウレリスは、いきなり現れた僕達に目玉をひん剥いている。

 

「な・・・何だ!?何者だ貴様等は!?何故ここに、というかどうやってここに!?」

 

あー、驚いてる驚いてる。

まぁ仕方ないよね、誰も入れないように隠してた筈の部屋に、いきなり見知らぬ人が突然現れたらびっくりするか。

 

「隠し部屋にしては、随分とわかりやすい場所に扉があったな。今度からは、もう少し考えて作るといい」

 

師匠は質問には答えず、小馬鹿にしたように言った。

それに対し、額に青筋をたてながらヒステリックに喚くアウレリス。

 

「やかましいッ!!!質問に答えろ!」

「おっと、これは失礼(つかまつ)った。私はアーチャー、しがない駆け出し冒険者さ。そして、アウレリス・ヴァン・サウザン・・・君が血眼で探し回っていたそこの彼女のマスターでもある」

 

それに、大袈裟に師匠は驚いてみせ、仰々しくお辞儀をして名を名乗る。

駆け出し冒険者と聞いて、僅かに焦りを含んだ表情をしていたアウレリスは、みるみるうちに嘲けるように口を歪めた。

 

「駆け出し冒険者、だと?ならば大した実力もないだろう。何が望みだ?金か、名誉か、女か?」

「残念ながら、どれにもさして興味はない。私の目的は一つだけだ、アウレリス」

 

師匠は、隣で目付き鋭くアウレリスを睨み付けているスノウさんの肩に手を置いた。

 

「この子と、ここに捕われている違法奴隷の彼女達・・・・・・全て、解放してもらおう」

 

その言葉を聞き、アウレリスはしばらくぽかんとした顔になったが、次の瞬間ゲラゲラと大音声で笑いだした。

うーん、悪いヤツって本当によく笑うよなぁ。

 

「クハハハハハッ!何を言い出すのかと思えば!笑わせるな、貴様のような者に一体何が出来ると言うんだ。ここから飛び出して、この俺が違法奴隷を買い漁っていると吹聴するか?」

 

アウレリスは自信に満ち溢れた顔で、朗々と続ける。

自分で自爆しようとしてるのに、何一つ気付けないまま。

 

「やれるものならやってみろ。このアウレリス・ヴァン・サウザンを脅かせるものならな。貴様のような平民が、貴族である俺に敵うものか!」

 

はい、いい感じで特大の名乗り頂けましたー。

思わずやれやれと溜め息をつき、僕は師匠を見上げる。

師匠はフッと笑うと、誰も居るはずのない後ろを見やり、楽しげに言った。

 

「・・・・・・だそうですが。如何なさいますか?」

 

ゆらり、と何も無い空間が陽炎のように揺らいで、ぱさりと何かを脱ぐ音がした。

そこから現れたのは、凍り付いたような無表情のロッサさんだった。

手には、丈の長い緑色のマントを持っている。

ええっと、確か「顔のない王(ノーフェイスメイキング)」って師匠は言ってたかな。

毎回思うんだけど、師匠は一体全体何処からこんな物を出してくるんだろう。

 

「救いようがないな。おい、アウレリス・ヴァン・サウザンよ。てめぇの蛮行を聞いた日にゃ、シグルドが泣くぞ」

 

あまりの酷さに頭痛がするぞ、と言い、ロッサさんは額を手で覆う。

またまた突然現れた人物に驚いているアウレリスは、誰だ貴様と叫んでいた。

それにロッサさんはおっといけねぇ、と呟いて、着ていたシャツの内側に、襟首から手を差し込んだ。

 

霧の湖(ミスト・レイク)の首飾り、外すの忘れてたぜ。ほらよ、これで俺が誰かわかるだろクソ餓鬼が」

 

するりと抜き取られた手には、眩く輝く銀のペンダント。

中心に深い青を湛えた宝石が埋め込まれ、不思議な光を放っていた。

アウレリスはマジマジとした顔でロッサさんを見詰め、次の瞬間、高速の勢いで青褪める。

なんだなんだ、どうしたどうした?

僕も釣られてロッサさんの顔をよく見て、よく見て、よーく見て・・・・・・・・・アッ!?!?

 

「どうしたのかね、皆。化物でも見たような顔をして」

 

能天気な師匠のきょとん顔を、遥か彼方に置き去りにして、僕達は吹き出る冷や汗を全身に感じながら、死にかけの魚のように口を開閉させる。

 

「こ・・・・・・ここ、国、王・・・様・・・・・・!?」

「・・・はぁ?」

 

誰かが絞り出した掠れ声。

そして師匠の誰が?とでも言いたそうな声。

 

「バルロッサ・カトラリオス・ルーンベルグ!通称「冒険者王」!こ、こちらにおわす御方は・・・・・・このルーンベルグの国王様です!」

 

僕は師匠の腕を引っ張り、今まで「ロッサ」と名乗っていた、愉快なおっさんの本名を必死に告げるのだった。




2月です。如月です。
・・・・・・どうも、皆様お疲れ様です松虫です。
とりあえず一言いいでしょうか。いいですね。

イベント!連続でありすぎやねえええぇぇん!!!

・・・・・・ふぅ。プリヤといい、バレンタインといい、再臨素材が沢山GET出来るので執筆が進まねぇ:( ;´꒳`;)
混沌の爪なんか、タニキ再臨させるのに喉から手が出る程欲しかったんだっつーの!
あ、タニキは無事最終再臨まで行きましたありがとござマース。当然エミヤさんも最終再臨完了です。

あー、んで今回ですが・・・・・・ロッサさんの正体、読めてましたかね(゚ω゚;A)
主人公が本腰入れて暴れるまで、あとちょっとです。
長らくイベントに入れこんでいたので、久しぶりの更新になってしまいましたが・・・つ、次こそラスボス戦にする・・・筈です。
それからお気に入り登録、あと1件で200件突入ですなんということでしょう。
喜びを噛み締めております・・・・・・200件ありがとう短編どうしましょ。
弟子を癒したいシリーズで耳かきの話いっちゃいますか?マニアックすぎるかすいません。
また追々考えていきます、それではまた次回!
皆様にガチャ運がありますように!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

(けぶ)る悪意は毒のように

僕の住むカタール村は、それこそルーンベルグ国では辺鄙な田舎ではあるが、何度も絵画や書物で読んだり見たりしたことのある人だ。

かつて、王族に生まれながらも、周囲の反対を押し切って冒険者となり、数々の冒険を成し遂げて王に即位した冒険者王。

ルーンベルグの冒険者制度が手厚いのも、この方が冒険者だったから。

どうして気が付かなかったんだろう、何故普通の人だと思い込んでいたんだろう。

 

「ふむ、成程。何となく予想はしていたが、現役の王様だったとは。これは驚いた」

「全然そんな感じはしないんですけど!」

 

あくまでもクールなリアクションの師匠に、僕はぺちっと彼の腕にツッコミをいれた。

 

「私はともかく、だ。何故他の人間が気付けない?やはり、その霧の湖(ミスト・レイク)の首飾りとやらがタネか」

 

ちらりと師匠は、ロッサさん・・・いや、国王様の手にぶら下がるペンダントに視線をやる。

国王様は何がおかしかったのか、くつくつと笑いながら師匠の肩に肘をかけ、長年の友人のような様子で口を開いた。

 

「おうとも。こいつは霧の湖(ミスト・レイク)の名の通り、つけた奴の存在を朧気にする代物でな。これのおかげで、俺は町を自由にうろちょろできるのさ」

 

それを聞いた師匠は、これ見よがしに呆れた溜め息を吐き出し、ロッサさんの肘を払い落とした。

 

「タチの悪い玩具ですね。成程、でも使い用によっては役に立ちますか」

 

国王様相手だというのに、師匠は見てるこっちが胃痛でも引き起こしかねないほどいつも通りだ。

師匠!その人国王様ですよ!?この国の王様ですよ!?

普通の王族なら、間違いなく斬首レベルの振る舞いだが、国王様は何が気に入ったのか、楽しそうにニヤニヤ笑っている。

 

「いいねぇいいねぇ、俺が誰かをわかった上でのその態度!やっぱりお前はいい男だわ!」

「気色悪いことを言わんでください。うわ鳥肌たった鳥肌」

 

顔を顰めてみせる師匠だが、声は少し笑ってる。

その空間だけ、ほのぼのした空気が漂ったが・・・国王様はすぐさまそれを打ち消して、鋭い視線をアウレリスとセルドに向けた。

・・・・・・というか、いたんだハゲ豚。今まで空気みたいになってたから、僕気付かなかったし。

 

「さて、お前等。今投降すれば、その素直さを買ってある程度罪を軽くはしてやれるぞ。そうだな・・・犯罪奴隷期間10から15年程度ってとこか。どうだ?」

 

国王様は、あくまでも気さくな雰囲気を崩さないようだ。口調は軽いが、視線の鋭さと漂う重苦しい覇気は一向に弱まることがない。

床にへたり込み、蒼白な顔でガタガタ震えているセルドは縋るようにアウレリスを見上げている。

さぁ、彼はどう出るのだろうか。大体の結果は見えているような気がするが、僕達が傍観する中、アウレリスは無理矢理に嘲笑を引きずり出した。

 

「ふ、ふふふ・・・・・・はははは!笑わせる、何故こんな所に国王がいるというのだ!惑わされるな、こいつは国王の名を騙る紛い物だぞ!どうせ、そのペンダントも宝物庫から盗んできた物だろう。この不敬者め!」

 

やっぱり。そうなるか。

呆れて続きを見守る僕達に、アウレリスは腰の剣をすらりと抜いて突き付けた。

 

「国王を騙る偽者よ!このアウレリスが成敗してくれる!おい、奴隷狩り!金ならくれてやる、貴様等手を貸せ!」

 

ハロとアロは気まずそうに顔を見合わせ、互いに頷きあった後、凄い勢いでアウレリスに頭を下げた。

 

「申シ訳ありマせん、我々こちらにツかせて頂キます!」

「・・・・・・は?」

 

シュバッと師匠の横につき、武器を構える二人。

唖然とした顔のアウレリスに、国王様はハッハッハ!と豪快に笑ってみせた。

 

「すまんなぁ、アウレリス。こいつらは今、金よりも大切な物を握られてんだよ。お前がいくら積み上げたって、こいつらがお前につくことは決してないぞ」

 

そう、二人の心臓だ。

ギルドを出る間際、師匠は二つの心臓を卵鳩(エッグ・ピジョン)のライチちゃんの籠の中に放り込んできた。

師匠からの合図があれば、ライチちゃんが遠慮なく心臓をつつきまくるぞ、という脅し文句を含めて。

 

「どんな気分なんだろうな、生きたまま心臓をつつかれるというのは?一突きではそう易々と死ぬまい、何せ心臓というのは硬い筋肉の塊だそうだ。延々と苦しむ様は、さぞや見物だろうな」

 

こんなえげつない事を笑顔で言われれば、いくら怖いもの知らずな奴隷狩りだって、率先して死にに行こうとは思わないだろう。

 

「さて、これでただでさえ少ない味方がまた減ったな?」

 

師匠の煽りに、ギリッ、とアウレリスが歯を食いしばる音が聞こえてきそうだ。

 

「・・・・・クソっ、このまま終わってたまるか!」

 

身を翻し、アウレリスはそう吐き捨てていきなり奥の部屋へと駆け込んだ。

出口へ突進するならともかく、まさかの奥へのダッシュに、僕達は一瞬驚くが、すぐ様師匠と国王様があとを追う。

しかし、駆け出した二人の横っ腹に、セルドが体当たりをぶちかましてきたのだ。

 

「アウレリス様!お逃げください!」

「言われずともそうする!」

 

ハゲ豚、と国王様が言ったように、セルドの体型はとってもふくよかだ。

ふくよかすぎて、地面で弾むんじゃないかと思うほど。

そんな身体が勢いよくぶち当たってきたら、然しもの師匠達も堪らず足を止める。

 

「させない!待て!」

 

臨戦態勢をとりながら、今まで黙って様子を伺っていたスノウさんが、矢のようにアウレリスへ駆け寄る。

 

「下がれ雌犬!紅き螺旋よ、焼き殺せ!炎螺旋(フレアスパイラル)!」

 

アウレリスがそう叫び、剣の切っ先を向ける。

するとそこから炎が、蛇のように螺旋を描いて吹き上がった。

さすがのスノウさんも、炎に突っ込むことは出来ず、素早く横っ飛びに身を躱す。

 

「こんな狭い部屋で、炎の魔法ですか!?イカれておりますね!来たれ細やかに、小さき雨よ(プチレイン)!」

 

部屋が真っ赤な火の海になる前に、透明化を解いたラピッドが雨の魔法を使って消火する。

 

「ッの野郎、いい加減邪魔だ!退けハゲ豚挽肉にされてぇのか!?」

 

とても一国の王とは思えないチンピラみたいな口調で、国王様がセルドに強力な蹴りを叩き込む。

まさに豚のような悲鳴をあげて吹っ飛ぶセルドに見向きもせず、師匠は跳ね起きてアウレリスを追う。

ドアを気合いの声と共に蹴破り、中に入った瞬間やられた、と零す声が聞こえた。

 

「どうしたんですか、師匠!」

 

気になって師匠の元に駆けつければ、奥の行き止まりであろう部屋はもぬけの殻で、壁にはぽっかりと口を開ける通路が。

 

「これって・・・まさか抜け道ですか」

「だな。くそ、アホか私は・・・・・・何でこの可能性を考えてなかったんだ。こんな場所なら、もし何かあった時の保険として、抜け道をつくっているだろうに!」

 

師匠は腹立たしげに、ダン!と壁を殴った。

 

「早く追いましょう、アーチャー様!貴方様の足ならば間に合いましょう!」

「わかっている。その前に・・・・・・おい、お前達!」

 

ラピッドの言葉に頷き、師匠はオドオドしているハロとアロに、何かを投げ渡した。

それは、刀身がうねうねと波打つ短刀。

 

「師匠、それって・・・!」

 

スノウさんの呪いを解く際に使った短刀だ。確か名前は破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)、だった筈。

 

「仕事だ。お前達は、ここに捕えられている彼女達を助け出せ。そのナイフなら、どんな強固な結界でも斬ることができる!」

 

そう言い捨てて、師匠は壁の通路に飛び込んだ。

 

「待って、マスター!」

「おいおい、俺を置いていくなよ」

「ちょ、早く追わないと!師匠の足はめちゃくちゃ早いんです!」

 

それぞれ思い思いの言葉を吐き出して、僕達は急いで後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

~アーチャー視点~

 

暗い抜け道は、想像より短かった。

脚力にものを言わせて、階段と梯子を駆け抜けて、多分出口であろう壁?ドア?みたいなものを蹴り飛ばす。

そこから勢い余って、びっくり箱のように飛び出せば、そこはゴルゴーンの厩の横だった。

アウレリスはどこ行った!?と辺りを見回せば、何故かそこにはドヤ顔のウルスさんと三人の・・・・・・騎士の方々が。

そして彼等の内の一人が、ギャーギャー喚き散らすアウレリスをがっちり取り押さえている。

 

「ウルスさん、どうしてここに・・・?」

 

ポカンとしてそう聞けば、彼は豪快に笑いながら教えてくれた。

 

「いやぁ、タイミング見計らって突入しようと思ってたんだがな、なーんか勘が働いてよ。とりあえず店の周りも囲っておこうと思ってな。そしたらご覧の通り、ってヤツだ」

 

何て運がいい・・・いや、アウレリスから言わせると悪いのか。

私は関節をキメられて、ひぃひぃ言ってるアホ貴族を、ちょっと哀れに思って見下ろした。

 

「離せ!離せと言っているんだ!俺を誰だと思っている!?」

「喚くなこのド変態め」

 

冷たく吐き捨てる騎士の人は、押さえ付ける力を強めたようだ。途端に上がる苦悶の声。

 

「マスター、そいつ捕まえた!?」

「おや、用意のいい事で」

「よーウルス、おっつー」

「師匠・・・って、もう終わってるし!?」

 

スノウ、ラピッド、ロッサさん、ラフィールの順番に到着し、それぞれが口にする言葉を聞きながら、私はやれやれと溜め息を吐いた。

何だか、騒がせた割には呆気ないものだったなぁ。

 

「クソっ!離してくれ腕が痛む!」

 

ジタバタしてるアウレリスは、何とか腕の一本を外してもらったようだ。

その様子をぼんやり見ていると・・・・・・何だろ、あれ・・・アウレリスの手首に、ブレスレット?

何か装飾部分がミョーに厚みがあるな。

何だっけ、えーっとペンダントの種類でなかったっけ。写真とか入れとくやつ・・・・・・確かロケットって名前だったかな。

そんな事をつらつらと考えていると、アウレリスは素早く口でブレスレットの蓋を開けて、中にある何かを口に含んだ。まさか毒か!?

 

「アウレリスッ!今何を飲んだ!?」

 

掴みかかった私を見て、アウレリスはニタッと笑った。

その笑みに、何故か息を呑む。

 

「ははっ・・・はははははははは!終わりだ、終わりだ、終わりだ、何もかも!奴隷なんぞに落とされるくらいなら、俺はこの道を選ぶぞ!」

 

嫌な感覚が背筋を突っ走る。

違う。こいつがさっき飲んだのは、きっと毒じゃない。

毒よりも、もっとタチの悪い何かだ。

ミシミシ、メキメキ、とアウレリスの身体から、軋むような音がした。

ヤバい。ヤバいヤバいヤバいヤバい!!!!

 

「皆離れろ!!!」

 

咄嗟に、私はこう絶叫していた。

見開いた目に、みるみるうちに人から外れた姿形へと変貌していくアウレリスを映して。

 

「何だ、これはぁ!?」

「王、お下がりください!!」

 

ロッサさんの驚愕の声、騎士の人達の張り詰めた声を聞きながら、私はなんて事を、と呟いた。

所々、身体は元の肌の色を残してはいるが、後は灰色にくすんだ、鈍い青。

浮き出て肥大した筋肉や血管は、ガジュマルの幹のように全身を覆い、身体のあちこちには大人の頭くらいありそうな、フジツボのような物がついている。

何処のウィリアム・バーキンだお前は。それともあれか、戸愚呂弟か。

グオオオオオオオォォ、と辛うじてアウレリスの顔だと分かる箇所が濁った獣声を上げると、その身体中にくっついているフジツボから、緑色のガスが吹き上がった。

・・・・・・あれ、絶対吸い込んだら良くないものだ!

 

「全員、防毒の術を使え!近隣の住民の避難を最優先で行う!ウルス、アーチャー、それを少しばかり抑えててくれ!ラフィール、スノウ、お前らも下がれ!!!」

 

ロッサさんは矢継ぎ早に指示を出し、皆それに応、と答える。

 

「お前は城へ!宮廷ヒーラーを総動員させろ!」

「承りました!」

 

さらに近くの騎士の一人に命じると、その人は文字通り、風のような速度で城の方へと走り去って行った。

 

「だっはっはっは!やっぱ物事ってぇのは、思うように進まねぇもんだな!仕方ねぇ、いっちょやるか!」

 

ウルスさんは高らかに笑って、次の瞬間がらりと表情を変える。

 

「仕事だぜぇ!久しぶりだが、耄碌しちゃいねぇだろうな!?来い、アダマイト・アーケロン!」

 

ウルスさんの頭上に、黄金の光がぐるりと円を描く。

おお、魔法陣だ!よく分からないけど、何か凄いぞ!

ひっそりはしゃぎながら、さらに見守る。

すると、どこからともなく、深くしわがれた声が響いてきた。

 

「耄碌するにゃあ、あと数千年ほどかかるわい。やれ、しかし久方振りの出番だというのに、相手が斯様に無様な人鬼とは・・・・・・儂もウル坊も、つくづく運のない事よな」

 

ごろごろとした、地響きのような低音に、私はあちこちを見回す。

 

「こっちだよ、お若いの」

 

からかうような声は、見あげた黄金の魔法陣から。

そこからドォン、と音を立てて降ってきたのは、ウルスさんの身の丈以上にでかい盾だった。

縦長の六角形は、つるりと艶のある赤瑪瑙のような色。

それを金色の金属(多分金じゃないと思う)が縁どり、天辺には同じ金属で横を向いた・・・亀?のようなレリーフが豪奢に施されていた。

そのレリーフがぐりん、と動き、真っ赤な焼石のような目と視線がかち合う。

 

「盾が喋った!?」

 

亀は私の言葉に、悪戯が成功した子供のような顔で笑う。

 

「はははは・・・驚きが新鮮でええのう。インテリジェンスの武器を見るのは初めてか?儂は意思ある武器、アダマイト・アーケロン。ふれんどりぃにケロちゃんと呼んでくれても良いぞ」

 

茶目っ気たっぷりにウインクして、亀の盾・・・もといケロちゃんは言った。

 

「へ・・・?あ、えー・・・どうも初めまして。アーチャーと申します」

 

ついいつも通りに挨拶すれば、ケロちゃんはほっこりと笑う。

 

「おお、ちゃあんと挨拶が出来るか。偉いのう、儂に手があればよしよししておった所よ」

「はあ・・・・・・」

 

どうしよう、この人(亀?盾?)何か空気が独特だ。

 

「こら、亀爺!何を呑気に話してやがんだよ。この状況わかってんのか!?」

 

私がなんとも言えない顔をしているのを見て、ウルスさんはぺちっと盾を叩いた。

 

「喧しいのう、若いもんと話す年寄りの楽しみを奪うでないわ。それに、あの人鬼の毒霧を防ぐ壁ならもうこしらえておる。こしらえておるが・・・・・・ちぃと壁の範囲が広すぎてのう。目一杯力を抑えても、これ以上狭められん。この人鬼が暴れては、ここいら一帯の倒壊は免れんな」

 

困った顔で言うケロちゃんに、私はあたりを見回した。

すると、少し離れたところにぼんやりと金色に光る壁を見つける。

・・・・・・ゴルゴーンは間違いなく更地になる運命か。

 

「カ━ッ、なまじ力があるってぇのも考えもんだな!背に腹はかえられねぇ、とりあえずあんまり暴れさせないようにするぞ。アーチャー、やれるな?」

 

ウルスさんの確認するような目付きに、私は弓を構えることで答えた。

 

「ほれ、来やるぞ!」

 

咆哮を上げ、こちらに突っ込んでくるアウレリスを見据えて、私は引き絞った弓の弦を弾いた。

 

 

 

~ラフィール視点~

 

ウルスさんが文字通りにアウレリスと激突して、物凄い音が響き渡る。

衝撃で地面や家屋の壁がひび割れ、四方に吹っ飛んだ。

それを軽く避けながら、師匠が次々に矢を放った。

唸りを上げ、空気を引き裂き飛んだ矢は、アウレリスの緑のガス?霧?を吹き出す腫れ物のような所に突き刺さる。

耳障りな悲鳴を上げて、アウレリスは標的を師匠に定めたようだ。

オーガエープよりも、遥かに太い腕を振りかぶり、アウレリスは師匠に叩きつける。

それを抜群の跳躍力で躱し、その後ろから距離を詰めたウルスさんが、手にした巨大な盾でぶん殴った。

そんな規格外の戦いを横目に、僕は何をしているかというと。

 

「ラフィール放せ!スノウも行く!マスターと戦う!」

「ちょっと待ってくださいって!今スノウさんが飛び込めば、師匠達の邪魔になります!横槍厳禁!ダメ絶対!」

 

乱入しようとじたばたするスノウさんを、必死に宥めて押さえ付けていた。

 

「そもそも、防毒の術無しでどうやってあの霧の中を動くんですか!?落ち着いて、今自分に何が出来るのか考えてください!」

 

耳元で絶叫するように言えば、スノウさんはキャウッと悲鳴を上げて耳をぺたりと伏せた。

 

「声、大きい!」

「だったら大きくさせないで下さいよ・・・・・・」

 

溜め息を吐けば、膨れっ面ではあるがとりあえず落ち着いてくれたらしい。

 

「お二人共ー!」

 

上空から落ちてきた声に見あげれば、ラピッドが流星のようにこちらに飛んできている。

 

「良かった、ご無事ですね!アーチャー様から伝言です。あのお二人がアウレリスを押さえつけている間に、周辺の住民の避難を手伝うように。ラフィール様は、宮廷ヒーラーが到着するまで怪我人の治癒をお願いします。スノウ様は」

 

ラピッドがそこまで言ったとき、ビュンと空気を切って、そこそこな大きさの瓦礫が僕目がけてぶっ飛んできた。

 

「ええええぇぇ!?」

 

最悪ぶつかる死ぬ、と思ったその瞬間、物凄い音を立てて瓦礫は砕け散った。

 

「ラフィール、大丈夫?」

 

スノウさんが、蹴り砕いたのだ。

ちょっと待って、その脚力やばい。見た目細いのに、どうなってんのそれ。

目を白黒させる僕を一瞥して、スノウさんは納得したように頷いた。

 

「スノウの仕事、だいたいわかった。ラフィールのこと、守る」

「ご理解が早くて何よりです」

 

苦笑して、ラピッドはまた空へと舞い上がる。

 

「ラピッド、どこ行くの?」

「ゴルゴーンでございます。アーチャー様のお願いで、シェラ様を手伝いに行くのですよ。今頃、客の避難で大変でございましょうから」

 

それではお二人共、お気を付けて!とラピッドは敬礼すると、メタリックブルーの鱗を煌めかせてゴルゴーンの方に飛んでいってしまった。

それを見送ると、スノウさんと頷きあって、避難誘導している騎士の人達の元まで急いだ。

 

 

 

~アーチャー視点~

 

ぶん、と顔の横すれすれを通り過ぎて行ったぶっとい腕に、思いっきり干将を突き立て、空振りして大きくがら空きになった脇腹に潜り込み、莫耶も叩き込む。

そして、壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)を見舞ってやる。

しかし中々ヤツの装甲が硬いのか、思ったよりダメージを与えられない。

 

「アーチャーよぉ、コイツ結構硬いな!」

「そうですね。やっぱり、矢の方が確実かもしれません」

 

ウルスさんの言葉に答えて、私はもう一度黒い大弓と投影すると、魔力を込めて矢を放った。

すると、矢は深々とフジツボの口に突き刺さっていく。

やっぱり、斬るより刺すの方が良さそうだ。

ウルスさんが私への攻撃を受け止め、その隙を縫って矢を射る。

そんなやり方でちまちまと攻撃していると、埒が明かぬとわかったのか、突然アウレリスの動きが変わった。

一声吼え、身体をブルブルと震わせると・・・・・・。

 

「何か飛んできたっ!?」

 

フジツボの部分がぶしゅっと外れ、ミサイルのように飛び、あちこちにばら撒かれる。

何だアレはとフジツボを見れば、そこからうじゃうじゃと、エビと蜘蛛を足して二で割ったような生き物が這い出てきていた。

大きさは柴犬くらいだが、顎にはごついハサミのようなものがついていて、これで挟まれたら痛いじゃ済まないだろう。

 

「くそっ、このままじゃ被害が拡大する一方だ!応援はまだなのか!?」

「わかりませんが・・・・・・数は減らしていかないと」

 

私は全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)の詠唱を唱える。

あれだけいるんだ、これでも足りないぐらいだろう。

私の周囲に次々と現れる剣達を、ウルスさんは目を剥いて眺めていた。

 

「たっぷり食らっていけ・・・全投影連続層写(ソードバレルフルオープン)!」

 

数多の剣が、次々と射出されてエビもどきを貫いていく。

 

「しゃあねぇなぁ!おらアーケロン、一発かますぞ!」

「おお、やはり戦はこうでなければのう!」

 

赤瑪瑙の盾が金色に輝き、高々とそれを振りかざしたウルスさんの口から、雷のような声が発せされる。

 

「穿通せよ!奴等に喰らい付け大地の茨(アース・ブライヤー)!」

 

地面に叩きつけられた盾が、ゴーンとまるで除夜の鐘のような音を響かせる。

すると地面がグラグラと沸き立ち、そこから文字通り茨のようなものが、エビもどき目掛けて襲いかかった。

ところが弱っちい雑魚モンスターとは言え、数がヤバい。

人海戦術というやつか、倒しても倒してキリがなく、大元のフジツボを叩こうにも、そこまで辿り着けないのだ。

更に不味いことに、私達がエビもどきに構いっきりで動けないとわかったのか、アウレリスはニタリと笑ってこの場を離れようとする。

 

「アーチャー!彼奴を逃すんじゃねえ!!ここは俺に任せて、お前はアウレリスを追え!」

 

盾をぶん回して、ウルスさんが怒鳴った。

私は一瞬躊躇ったが、ここで留まればアウレリスが何を仕出かすかなんて、容易く想像出来る。

ぐっと歯を噛み締め、すみません、と詫びて私はアウレリスを追おうとしたその時。

 

「焼き払え、紅き両翼よ!燃え盛る翼(ブレンネン・フリューゲル)!!!」

 

私の頭上から、真っ赤に燃える鳥を形どった炎が物凄い勢いで飛び、ウルスさんにまとわりつくエビもどきを焼き払う。

何だ何だと振り向けば、息を切らせたロッサさんが不敵な笑みを浮かべて、剣を構えて立っていた。

 

「遅れてすまんな、アーチャー。ここからは俺も参戦出来そうだ!そこの雑魚は、俺達に投げとけ!」

 

住民の避難が一段落着いたのか、何人かの騎士の人達も武器を振るいエビもどきを倒してくれている。

 

「ここを片付けたら、俺達もすぐそっちに向かう!頼めるか?」

 

私はこくりと頷いてみせる。アウレリスも放っておけないが、このエビもどきもそのままにしておけない。

私達にとっては雑魚同然でも、戦う術を持たない人達にとっては脅威だからだ。

 

「ここをお願いします。あの毒ガスをばらまいているアレは、斬るより突く方が効果的みたいですよ」

 

素直にロッサさん達に感謝して、私はお得情報を伝える。

そして一礼すると、身を翻してアウレリスを追ったのだった。

 




おっっっ久し振りです、松虫です。
何とかギリギリ四月に更新出来ました(:.;゚;Д;゚;.:)ハァハァ
いやー、腰痛に謎の体調不良にと色々ありました……。
前に使ってたスマホが調子悪くなり、買い換えなきゃいけないのに粘りに粘って約二ヶ月、やっとこさ機種変出来ました。
戦闘描写が難しいし、よく打ち間違えるし、仕事はしんどいしで中々進まなかった( ;´꒳`;)
さて、ラスボス戦開始となりましたが、あんまり進展してないのはスルーしてください。
あ、二百件ありがとう短編は近々あげます……ふわーっとお待ちくださいませ。
それでは、皆様にガチャ運がありますように!


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。