マクロスF 〜キボウノウタヲキケ〜 (春原)
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第1話 銀河の妖精

かつてゼントラーディとの戦争の末、滅びの危機を経験した人類は、種の存続のため新天地を求め大宇宙へと進出する。西暦2059年。数えて25番目となる巨大移民船団マクロスフロンティアは、銀河の中心宙域に向けて、大航海を続けていた。

 

そして今、星の海を越えて、一人の歌姫がこのフロンティアに舞い下りようとしていた。

 

 

 

アナウンス「ーー当機は間もなくミリア・ジーナス宙港に到着いたします」

グレイス「シェリル。ほら、起きて」

シェリル「ん……」

シェリルはグレイスに促され窓の外に目をやる。

 

グレイス「あれがツアー最終目的地、フロンティア船団よ」

 

数ヶ月前、銀河音楽アカデミー賞の授賞式の場で、シェリルはある大々的な声明を発表した。

 

シェリル「銀河の妖精シェリル・ノームの伝説はまだ始まりに過ぎないわ!あたしは今ここで皆さんに、今まで誰も成し得なかった銀河横断ツアーを成し遂げることを宣言するわ!」

 

インプラント化せず、生身の身体である彼女にとって他船団への移動は身体的負担が大きく、危険なものであったが、なによりも銀河中の多くのファンに自分の声を直に聴いてもらいたいという強い思いがあった。

ツアーは着々と成功を収め、フロンティア船団でのライブを残すのみとなった。そしてこのツアーにはもう一つ目的がーーー。

 

 

グレイス「覚悟はいい?もし、ここにもターゲットが見つからなければ、あなたは…」

シェリル「ふふ、グレイス、シェリル・ノームはいつだって、どんな時でも、全力で歌う。それだけよ」

シェリルの耳を飾るイヤリングが煌めいた。

 

 

 

ーー超時空飯店 娘々

 

ランカ「ホントに⁈シェリルのチケット取れたの⁈」

この店でアルバイトをしている少女、ランカ・リーは仕事中にもかかわらず、興奮して机に身を乗り出すカタチになっていた。

 

アルト「あ、ああ。ライブのパフォーマンスでミシェル達と飛ぶことになってな、そのツテだ。少し遅くなって悪い。俺からのバースデープレゼントだ」

ランカ「わああ!」

彼女の喜びに呼応するように深緑の髪が動く。それは彼女がゼントラーディの血を引いているためである。

チケットを受け取ると、クルクルと回り、全身でも喜びを表現した。

ナナセ「良かったですねランカさん!」

ランカの親友である松浦ナナセは、まるで自分のことのようにランカと共に喜んだ。

 

ニュースではちょうど銀河の妖精シェリル・ノーム来訪の様子が映し出され、明後日のライブに向けた意気込みが語られていた。

ランカもこのライブを見に行くつもりであったが、チケットはゼントラ級の速さで即完売。もう行けないものだと諦めていたのだ。

 

ランカ「もう絶対無理だと思ってた…。ありがとね!お礼に特製マグロ饅サービスしてあげる!」

ランカが蒸籠を開けると、マグロ饅が二つ美味しそうに並んでいた。

アルト「おう」

アルト「…って、ランカ!その持ち方止めろって前にも…!」

ランカが掲げる位置や形状的にマグロ饅がバストに見えてしまったアルトは慌てて目をそらす。

ランカ「あ…ご、ごめんね」

アルトの反応を見て、ランカは自分のしたことに気づき、恥ずかしさでいたたまれなかった。

 

店長「二人ともいつまで油売ってるの!早くこっち手伝って!」

厨房からランカとナナセを呼ぶ声が聞こえる。

ランカ「は、はい!今行きます!

…じゃあアルト君、チケットありがとね!パフォーマンスも頑張って!」

去り際にウインクをしてランカはまた仕事に戻っていった。

 

 

--ライブ会場 星道館

 

シェリル「だからそこの照明の色はブルーにしてちょうだいって言ったでしょ!それからそっちはもっと明るく…ああ、違う!その色じゃなくて…!」

 

ライブを1日前に控え、シェリルは自ら会場へ赴き照明や音響の指揮をとっていた。その少し離れたところではアルト達が明日のパフォーマンスの段取りを確認している。

 

アルト「(銀河の''妖精"か…あれじゃ妖精というより女王様だな…)」

そう内心呟いていると、シェリルとバチリと目が合ってしまった。

 

シェリル「ちょっとグレイス、ステージ裏にファンの学生なんて入れないでちょうだい!まったく…警備も何をやってるんだか…」

グレイス「あら、彼らは今回のステージでアクロバット飛行をしてくれるパイロット候補生の子たちよ」

シェリル「あっそう、要するに素人ってワケね」

アルト「なっ…!」

突っかかろうとするアルトをミハエルが抑えつける。

 

シェリル「せいぜい私の邪魔にならないよう、控えて飛ぶことね。まあ…ファンには私以外、目に入らないでしょうけど」

アルト「なんなんだよっ!アイツ…!」



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第2話 ファーストコンタクト

--翌日、シェリルのライブ当日

 

ランカ「やばいやばい!完全に遅刻だよぉ…」

ランカは走っていた。

全然知らない道をただひたすらに。

 

人が混み合う公共機関を避け、あまり使わない抜け道を利用したことがあだとなり、迷子になってしまったのだ。行けども行けども会場らしき建物は見えてこない。ランカは携帯の時刻に目をやる。

ランカ「どうしよ…あと10分しかないよ…」

ランカ「わっ…!」

携帯に気を取られ、前方を見ていなかったランカはぶつかった拍子に尻餅をついてしまった。

 

ランカ「いたた…」

「オイ…どこ見て歩いてやがる」

運が悪いことにぶつかった相手は見る限りにガラの悪そうな大男であった。

ランカ「ご、ごめんなさい…」

大男「嬢ちゃんなかなかカワイイ顔してんじゃねぇか…ちょっとコッチ来やがれ!」

大男に強く腕を掴まれる。

ランカ「いたっ…は、離して!」

抵抗するものの、力の差で勝てるはずもなく、どこかへ連れ去られそうになったその瞬間――

どこからともなく現れた鳶色の髪の青年が大男の腕を振り払い、ランカを解放した。

大男「テメェ…なにしやがる!」

青年「…こっちだ」

青年がランカの手を引いて走り出す。その後を大男が追っていった。

 

 

大男の追跡から逃れている間ずっと、ランカは繋がれた手に妙な懐かしさのようなものを感じていた。

しばらくして二人は大男の追跡を振り切ることに成功する。

青年「ここまで来ればもう安全だ」

肩で息をするランカに対し、青年は涼しい顔をしている。

あれだけ走っていたというのに汗ひとつ掻いていないのが不思議であった。

 

ランカ「あの…さっきは助けてくれてありがとうございました」

青年「礼はいい。それより…急いでいたんじゃないのか?」

ランカ「え」

ランカは先ほど繋いでいなかった方の手の中で握りしめていたチケットの存在を思い出した。

ランカ「ああ!そうだった!シェリルのライブ~~!!ど、どうしよ、もう始まっちゃう!」

ランカは火がついたように慌てふためきだす。

青年は少し考える素振りを見せたあと、ランカを抱え上げた。

ランカ「ふえ!?」

突然宙に浮く感触にランカは素っ頓狂な声を思わずあげてしまう。

青年「俺がお前を会場まで送り届けてやる」

しっかり掴まっていろ。そう指示され、戸惑いながらもランカは大人しく従う。

そして青年は遠隔操作により赤紫のバルキリーを呼び出すと、ランカと共にその機体に乗り込む。

そして目的地である星道館へと勢いよく飛び立った。

 

 

青年「着いたぞ」

機体はものの数分で星道館の目の前へと辿り着いた。

ランカ「すごぉい…あっという間に着いちゃった…」

青年「さあ。早く行け。もう始まるぞ」

ランカ「あ、待って!私、ランカ・リーっていいます!今日は本当にありがとう!」

ランカ「えーっと…そうだ!お礼!今度お礼したいです。私、娘々って店でバイトしてて――」

青年「礼などいいとさっきも言ったぞ」

ランカ「あぅ…じゃ、じゃあ名前!せめてあなたの名前だけでも…!」

青年「…ブレラ。ブレラ・スターンだ」

それだけ言い残し、ブレラはランカのもとを去っていった。

 

ランカ「ブレラさん…か。なんだか不思議な人。初めて会ったはずなのに、まるで……」

そこまで言いかけて、ランカの脳裏に何かがフラッシュバックする。

ランカ「なに…今の?」

ランカは気を取り直してライブ会場の中へと入っていった。

 

 

 

 

「あら、シンデレラのエスコートはどうだった?魔法使いさん」

ブレラ「……大佐…」

振り返った先にはシェリルのマネージャーであるグレイス・オコナーの姿があった。微笑みを浮かべていたその表情はすぐさま、冷たいものに変わっていく。

グレイスはシェリルのマネージャーであると同時に、ブレラの上官でもあった。

グレイス「偵察の戻りが遅いと思ってみれば…こんなこととは」

グレイスは呆れたとぼやいてみせる。

 

グレイス「アンタレス1、お前のこの船団への随行を許可はしたが、外部の者との接触は許可した覚えはない。それが仮に妹であったとしてもな」

ブレラ「…申し訳ありません」

グレイス「あの娘にはすでに過去は無く、新たな家族と新たな環境がある。今更お前が出てきたところで、お前のつ入り込む余地などない」

ブレラ「……」

グレイス「わかったらすぐに持ち場に戻れ。今後勝手な行動は禁ずる」

ブレラ「…了解」

 

 

「憐れなものねぇ。王子様にでもなったつもりなのかしら」

「ただの我々の操り人形だということも知らずに」

電脳空間に響く複数の声。これらはインプラント・ネットワークと呼ばれる視聴覚データ運用技術を用いてグレイスの脳に直接語りかけられている。

「グレイス大佐、彼にはもう少し調整の必要があるんじゃないのか?」

グレイス「いいえご心配無く。あの娘がいる限り、彼には素晴らしい働きが期待出来るでしょう。そのために記憶の一部を残してあるんですから」

グレイスは不敵な笑みを浮かべてみせた。

 



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第3話 襲来

星道館にはびっしりと観衆が押し寄せ、銀河の妖精のライブを今か今かと待ちわびていた。

やがて、スクリーンには多言語で文字が表示されていく。

 

「はじめに歌ありき」

「星々は歌う、まるで天界の音楽を奏でるように」

 

かつて銀河に名を馳せた、リン・ミンメイやシャロン・アップ、ファイアーボンバーらの名だたる面々が写し出され、そして、画面は大きく2059を表示して、照明が落ちる。

 

シェリル「あたしの歌を聴けーーっ!」

その掛け声を合図に巨大な歯車の舞台装置が回転を始め、『ユニバーサル・バニー』が流れ出す。

サーチライトに照らし出されたシェリルが歩き出し、ゼンマイ仕掛けの人形が踊り出す。シェリルの登場に会場は興奮で沸き立つ。

 

ランカ「デ、デカルチャー!!」

初めて生で見るシェリル・ノームに感動し、ランカは身を乗り出す。

 

 

ミハエル「すごい熱気だな。これが銀河の妖精か…」

アルト「……」

バックステージで出番を待つミハエル達は、その様子を見て思わず感嘆の声を漏らす。しかし、アルトは何か別のことを考えていたようで静かに目を細めていた。

 

ミハエル「どうしたアルト?シェリルにアマチュア呼ばわりされたこと、根に持ってんのか?心配しなくてもお前の腕前なら--」

アルト「別に。そろそろ出番だろ、俺たちも行くぞ」

ミハエルは小さく溜息をつく。

ミハエル「おいおい勝手に先導すんなって。リーダーは俺だぜ?」

 

 

2曲目の『My FanClub's Night!』のイントロにあわせ、星道館会場の上空で、ステージ中央へ進む色とりどりの光の帯が5つ。アルトやミハエル達のアクロバット部隊である。

ランカ「あ!アルト君たちだ!」

ランカが手を振ると、それに気付いたアルトは小さく微笑んだ。

 

ミハエル「お前ら!歌に聴き惚れてトチるなよ!アップワードエアブルーム!」

アルト「(それはお前だけだろ)」

内心ツッコミを入れつつ、急上昇したアルトは空中に光の螺旋を描くように飛び出し、光の粒子が会場へ舞い降りる。

 

ランカ「わあーー!キレイ!」

ランカはその美しさに思わず手を広げた。

 

空中ステージで歌うシェリルにスポットライトが当たる。シェリルは銃を構えると、旋回飛行するアルトに狙いを定め、大きなハートの光弾を発射する。

アルト「⁉︎」

光弾を避けたアルトに対し、シェリルは挑発的な笑顔で銃をクルリと回してみせた。

アルト「…ふざけやがって!」

体勢を直したアルトはシェリルに向かって突撃する。

 

ミハエル「あのバカ…‼︎簡単に挑発に乗りやがって‼︎」

 

シェリルはステージの端、飛び込み台のような細い場所まで走り出し、そこから勢いよく飛び降りた。

アルト「なっ……‼︎」

落下していくシェリルにギョッとしたのはアルトだけではなかった。

ランカ「うそッ……‼︎」

観客全員が息を呑んでその光景を見つめていた。

 

アルト「うぉーーーーー!」

落下していくシェリルを追って急降下したアルトは、空中で彼女を受け止める。

アルト「お前何てことをッ!」

シェリル「しっ。黙って」

シェリルは抱きかかえられたまま、アルトの口元を指でふさぐ。

シェリル「このままもっと行くわよ!」

アルト「……はぁ〜…たく!」

仕方なくアルトは歌うシェリルを抱えたまま、飛び上がる。

 

ミハエル「ヒヤっとさせやがって…全機!二番機をフォロー!」

アルトを中心に集まった部隊は何事も無かったかのように見事なフォーメーションで旋回をする。

ランカ「なあんだ、演出だったんだ。良かったぁ〜」

その様子を見て、ランカは安堵の表情を浮かべた。

 

 

アルト「ステージから飛び降りるなんて…何考えてんだ!」

星道館の天井部のデッキに着地するなり、アルトはシェリルに食って掛かった。

シェリル「決まってるじゃない。演出よ、演出」

アルト「ふざけるな!もしオレがあと一歩でも遅かったら、お前だけじゃなく観客だって!」

シェリルは鼻で笑う。

シェリル「予測可能な人生なんて何が面白いの?あたしはもっとスリリングに歌いたいだけ」

アルト「なんだと!」

シェリル「あたしは出来る限りとことん観客を楽しませたい。…ほら、聞こえるでしょ?」

会場では鳴り止まないシェリルコールが聞こえてくる。

 

シェリル「あたしのライブに来て、みんなにサイコーだったって気分になってもらいたいのよ!…それにほら」

スカートを急にめくり上げるシェリルにアルトはたじろぐ。

アルト「ガ、ガスジェットクラスター⁉︎」

アルトの反応にシェリルは堪えきれず吹き出す。

シェリル「バカね、アマチュアなんかに命を預けるわけないじゃない」

アルト「くっ…」

アルトは唇を噛みしめる。

シェリル「さあ、さっさと次の曲行くわよ、みんながあたしを呼んでるわ」

その瞬間、照明が点灯し、会場が大きく揺れる。

シェリル「な、何⁉︎」

 

けたたましいサイレンの音が鳴り響き、会場のホログラム映像が次々と艦内放送へと切り替わる。

艦内放送「避難警報発令。避難警報発令」

それはライブ会場だけではなく、サンフランシスコや渋谷の街中でも放送され、人々は足を止め、モニターを見上げた。

艦内放送「市民の皆様は、速やかに最寄りのシェルターに避難して下さい。これは演習ではありません。繰り返します--」

 

グレイス「来たわね。アンタレス1、フェアリー9の回収に迎え」

ブレラ「了解」

 

観客「避難って…⁉︎」

観客「まじかよ⁉︎」

警備員「皆さん慌てず落ち着いて、こちらへいらしてください!」

客席で動揺する観客たちを警備員が順に誘導していく。

 

 

ミハエル「--了解!直ちに戻ります!」

通信を切ったミハエルがアルトやルカに向き直る。

ミハエル「ミッションコードビクターだ!」

ルカ「コード『ビクター』…それって隊長が言ってた例の⁈」

ミハエル「アルト、お前はシェリルを連れて先に避難しろ!」

アルト「わかった!」

シェリル「避難ですって⁉︎私のライブはまだ始まったばかりなのよ!…きゃ!」

たまらず抗議の声を上げた直後、再び会場が激しく揺れ、シェリルがよろめく。

後ろからアルトがそれを支える。

アルト「そっちは任せた!」

ルカ「はい!」

ルカとミハエルはその場を引き上げた。

 

アルトはシェリルに下で待っているように伝え、天井の非常ハッチから屋外に出る。空を見上げると、大窓越しに宇宙戦闘が写し出されている。

シェリル「何なのよ、これ…」

背後から下で待っていたはずのシェリルが息を呑む音が聞こえる。

アルト「バカ!ここは危険だ、早くシェルターに避難を」

シェリル「!」

大きな音に驚いて見上げると、蟲のような巨大な宇宙生物がアイランド1に着地し、大ドームに亀裂が走る。

シェリル「(あれは、バジュラ…⁉)」

巨大な蟲、バジュラが放ったビームがついにドームを貫通し、星道館の周辺に着弾する。衝撃波でアルトたちは空中に放り出される。

シェリル「キャーーーーーー!」

すぐさまアルトは、ジェットをふかしてシェリルに近づき手を伸ばす。しかし翼に破片が当たり、バランスを崩して手を掠めてしまう。ビル街がすぐそこまで接近している。

アルト「シェリル!腰のジェットで飛べ!早く!」

言われた通り、シェリルは腰のスイッチワイヤーを思い切り引いて、ガスジェットを噴射する。

着地する寸前バランスを崩し、瓦礫の上に投げ出されうめき声をあげる。

 

天井に空いた穴からは大小のバジュラ達が次々に突入し、街を混乱へと陥れる。

燃えるビルや車列の間をすり抜け逃げ惑う人々。ランカはパニックになった群衆に押しのけられ、倒れこんだ。

 

アルト「シェリル!」

シェリルを見つけたアルトは、膝裏に腕を入れ、抱え上げたままホバリングする。

アルト「しっかり掴まってろ!」

爆風やビームを掻い潜り、追ってくるバジュラを狭い路地に飛び込んでやり過ごす。壁の陰で身を低くして辺りの状況を伺う。

ランカ「きゃあああああっ!」

悲鳴のする方に振り返ると、遠くでへたり込んだランカの目の前に大きなバジュラが迫っていた。

アルト「ランカ⁉」

アルト「シェリル、ここでじっとしてろよ!」

駆けつけようとするアルトだったが、すぐ近くの装甲車両にビームが当たり、爆炎で道を阻まれる。

アルト「くそっ!」

 

「どけ!」

アルトの目の前を見慣れない赤紫の機体が通過する。

アルト「なんだあの機体は!」

アルトは目で追いつつ呟いた。

バジュラの目が赤く発光し、恐怖に目をつぶるランカ。

ランカ「やめて…来ないで…いやあぁぁぁぁあっ‼︎」

 

ルカ機のモニターが襲われているランカの姿を捉える。

ルカ「オズマ隊長!大変です!ランカさんが…!」

オズマ「なにっ⁉︎」

 

ランカに腕を伸ばしかけていたバジュラの動きがピタリと止まった。

グレイス「フォールド反応…?一体どこから…」

動きを止めた隙を突き、赤紫の機体がランカを庇うようにバジュラとの間に割って入り、その躰にミサイルを撃ち込んだ。

ミサイルは頭部に命中し、バジュラは倒れ込む。

怯えるランカが恐る恐る目を開けると、そこにはあの時、星道館まで自分を送り届けてくれたのと同じ機体が目の前にあった。

 

「ランカ!無事か⁈」

遅れてオズマ機が現れ、ランカの無事を確かめる。

ランカ「お兄ちゃん!私は大丈夫、この人が助けてくれて……あれ?」

振り返るとそこにはすでにブレラ機の姿は無く、ランカは虚空を見つめた。

オズマ「立てるか、ランカ!俺の機体に乗れ!早くこの場を離れないと」

ランカ「う、うん…!」

 

シェリルはよろけつつ、アルトの方へ向かおうとする。しかし背後から何者かに腕を掴まれる。振り解こうとして体勢を崩し尻餅を着いてしまう。

「お迎えに参りました、シェリル様」

シェリル「…ブレラ!…何よ今頃!」

頭上からブレラの手が差し出され、シェリルは体をおこす。

ブレラ「…右肩と左足、計7カ所に打撲、大臀部に内出血が見られますが、いずれも軽傷です」

ブレラはシェリルの全身をスキャンし、傷の具合を機械的に述べていく。

シェリル「ちょっと、やめて!勝手に人の体をスキャンしないでって何度言わせるのよ!」

シェリルは体を隠すように腕を組み、叱責するものの、ブレラ本人は気にすることなく辺りの警戒に意識を向ける。

ブレラ「グレイス女史がお待ちです。騒ぎに巻き込まれる前に帰還します」

無遠慮にシェリルを抱え上げるブレラ。その目は少し先のマンホールをロックし、彼の脳内で進むべきルートが確立される。

ブレラ「最短コースで帰還します」

シェリル「ちょ、ちょっと…!どこから行くつもりなのよ!」

マンホールの蓋を飛ばし、ブレラは中に飛び込む。

シェリル「下水道はやめてぇえええ‼︎」

シェリルの悲鳴がマンホールの下へ遠ざかっていった。




ここで少しこの小説内での設定を説明。
基本は劇場版設定をベースにしていますが、開始時点からアルトはミシェルやルカらと共にSMSに所属しているという設定にしています。もちろんきちんとミシェル呼び。


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第4話 エンカウント

その夜。

シェリルは充てがわれたスイートルームで泡風呂に浸かっていた。テレビからは数刻前のアイランド1を見舞わった襲撃事件の様子が映し出されている。

 

キャスター「一連の襲撃事件を引き起こした謎の宇宙生物について、政府は『バジュラ』という命名を発表し、緊急対策組織を設立すると共に--」

 

シェリルは片足を上げ、アザになった場所を物憂げに見つめる。

 

ノックの音に我に返り足をおろす。扉に目をやると、マネージャーのグレイスが湿布やらを持って部屋にやってきた。

グレイス「シェリル、具合はどうかしら」

シェリル「どうもこうも…最悪よ。ライブはめちゃくちゃにされるわ、身体中アザまみれになるわ…」

湯船から上がり、バスローブを身に付ける。今日一日の不満が爆発し、その愚痴は止まらない。

シェリル「あのボディガードどうにかならないの?あたしの体をスキャンした挙句、下水道なんかに私を通らせたのよ⁉︎」

ボディガードとはブレラのことである。以前にも彼はサイボーグアイでシェリルをスキャンし、憤慨させたことがあった。

グレイス「ごめんなさいね。彼、仕事はきちんとやり遂げるのだけど、ちょっと強引なとこがあるから。私の方からもよく注意しておくわ」

 

 

シェリル「それはそうとグレイス…次のライブの日、押さえられたの?」

呆れたとシェリルを見つめるグレイス。

グレイス「…シェリル、あなたツアーで働き詰めだったんだから少しは休んだ方がいいわ。それに怪我だって…」

シェリル「何言ってるの。私の大切なライブを踏み躙られて、黙ってられるわけないじゃない!それに平気よ、これくらい。あたしを誰だと思って……っ」

シェリルの体がグラリと傾く。

慌ててグレイスが側へ駆け寄る。

グレイス「ほら、言わんこっちゃない。体調管理も仕事のうちよ」

グレイスの手を振り解く。

シェリル「わかってる!でも今は少しでも時間が惜しいの」

グレイス「シェリル…」

 

髪をかきあげるシェリルはふと違和感を感じて左耳を確かめる。

シェリル「ない…ない!イヤリングがない!」

シェリル「(まさか、あの時…)」

シェリルの脳裏に青い髪を束ねたパイロットの姿が浮かび上がる。

シェリル「…グレイス!ちょっと調べてもらいたいことがあるんだけど…」

 

 

 

翌日。

ランカはナナセやアルトたちと共にカフェ''シルバームーン''に集まっていた。ひとりだけ学校の違うランカのために、放課後こうして集まって談笑するのが日課となっている。

ナナセ「ランカさん、昨日は本当に災難でしたね。うぅ…ランカさんが無事で本当にどれだけ安心したか…」

ナナセはランカに抱きついた。

ランカ「ありがとうナナちゃん。心配かけちゃったね」

 

ランカ「それでね…あの時助けてくれたブレラさんって男の人にやっぱりちゃんとお礼したくて、どこの部隊の人かお兄ちゃんとかにも聞いてみたんだけど知らないって言われちゃった」

ナナセ「そうだったんですか…でも、ランカさんのピンチに颯爽と現れるなんて、まるで王子様みたいな方ですね!」

ランカ「王子様か…」

ナナセの一言にランカの胸が高鳴り、頬が赤く染まる。

ナナセ「きゃーー!ランカさんったらリンゴみたいに真っ赤で可愛らしいです‼︎」

ランカ「も、もう‼︎ナナちゃんったら‼︎」

 

男子組は二人の様子を少し離れた席で見守っていた。

ルカ「ああ…興奮してるナナセさんもとても素敵です…」

ミハエル「おいアルト、お前グズグズしてられないぞ?」

アルト「は?何が?」

我関せずと、レシートで紙ヒコーキを折っていたアルトは訝しげな眼差しを向けた。

 

ミハエル「お前なぁ…話聞いてなかったのか?このままじゃランカちゃんが、突然現れた王子様みたいな男に取られちゃうかもって話だよ」

アルト「はあ?何だよそれ。第一、俺とランカは別に何とも…」

ミハエル「…ははーん。さてはお前、シェリルに鞍替えしたな?この間男め!」

ルカ「先輩、サイテー…」

アルト「なっ…!違う!なんでそうなるんだよ!」

ミハエルはアルトに胸ぐらを掴まれる。すると胸ポケットの端末に通信が入った。

『俺だ。オズマだ。悪いが今からSMSに出向いてくれないか』

 

 

 

ーーSMS

オズマ「急に呼び出して悪かったな」

ミハエル「いえ」

オズマ「実は昨日のバジュラとの交戦中、未確認のバルキリーがいたとの報告を受けてな。これなんだが…」

3人はオズマが用意した映像に目を向ける。

アルト「この機体は…!」

反応が早かったのはアルトだった。

 

オズマ「何か知ってるのか?」

アルト「いや。ランカがバジュラに襲われかけていた時、急に現れてランカを救出した機体だ」

ルカ「それって、ランカさん達が話してた例の…むぐっ!」

ミハエルがルカの口を手で塞ぐ。

オズマ「ん?何か言ったか?」

ミハエル「いえ、なんでも!」

オズマ「どうやら、ランカを…民間人の救出をしたという点から考えて、敵ではないようだが…まだ断定は出来ん。また何かあればすぐ報告をしてくれ」

アルト、ミハエル、ルカ「は!」

 

 

 

夕方。

ランカ「ミシェル君たち、戻って来なかったね」

ナナセ「そうですね。きっと昨日の事件の後処理とか大変なんでしょう。もしかしたらそのまま宿舎に直帰したのかもしれませんよ」

ランカ「そっか。…あ、もうこんな時間!ナナちゃんごめん、私そろそろお兄ちゃん迎えに行かなくちゃ!」

ナナセ「ええ。ではまた!」

 

 

ランカ「♪〜」

鼻歌交じりにSMSへ続く道を歩くランカ。ふいに後ろから呼び止められる。

「そこのあなた。ちょっといいかしら?」

振り返ると、帽子にサングラスという変装をしたシェリルが仁王立ちをしていた。

ランカ「(わぁ、きれいな人…)」

シェリルの変装が上手いのか、単にランカが鈍感なだけか、シェリルであるということは気付いていない様子であった。

シェリル「ちょっと教えてほしいことがあるんだけど…」

 

 

シェリルがランカを呼び止めたのは、SMSへの道を尋ねるためであった。ランカも丁度そちらへ向かう所であったため、同行するという形になった。

 

ランカ「私、お兄ちゃんを迎えにSMSへ行く所だったんで丁度良かったです。もしかして、そちらも誰かお知り合いがSMSにいらっしゃるんですか?」

シェリル「まあ…そんなとこね」

チラリと隣に並ぶシェリルに目線を向ける。

ランカ「(やっぱシェリルさんに似てるなぁ…でもまさか、シェリルさんがこんな所で私なんかに話しかけるわけないか)」

そんなことを考えていると、パチリと目があった。

シェリル「あなた…シェリル・ノームが好きなの?」

ランカ「え?」

シェリル「さっき…口ずさんでたでしょ?」

ランカ「(き、聞かれてた〜‼︎)」

ランカは気恥ずかしさで穴に入りたい気分だった。

 

ランカ「す、すみません…私ったらつい…」

シェリル「あら?恥ずかしがることないじゃない。結構いい声だったわよ。ねえ、シェリルのどんなとこが好きなの?」

悪戯っぽい笑みを口元に浮かべ、シェリルが問う。もじもじしながらランカがそれに答える。

ランカ「えっと、歌もダンスも凄いしいつも自信に満ち溢れてて、キラキラしてるところとか…」

シェリル「それから、それから?」

ランカ「あと、時々インタビューで言い過ぎちゃうとことか!」

ガックシとシェリルがつんのめる。

 

ランカ「私、シェリルさんに憧れてて、いつかあんな風に歌えたらなって思ってて…でも、才能なんか全然無いですし、無理なのわかってるですけど…」

シェリル「そうね。あなたには無理だと思うわ」

背を向け、きっぱりと言い放つ。ランカは大してショックを受けた様子もなく、やはりという表情で続ける。

ランカ「やっぱり…そうですよね。私なんかが、シェリルさんみたいになんて…」

シェリル「そうやって、私なんかがとか言っている内は絶対に無理だわ」

振り返り、サングラスと帽子の変装を解いてみせた。

ランカ「うそ…シェリルさん…?ほ、本物⁈」

驚きでランカは言葉を詰まらせる。

シェリル「ふふ。こんなサービス、滅多にしないんだから」



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第5話 運命の交差点

目の前に現れた、憧れのシェリル・ノーム。ランカはこれが夢ではないかと頬をつねってみるが、変わらない。これは夢ではなく現実なのだ。

 

シェリル「私はいつだって自分の出来る全てを懸けて、全力で歌い続けてきたわ。それを才能なんかで片付けて欲しくないわね」

 

シェリルは静かに目を瞑る。

 

"銀河の妖精というより白鳥ね。血の滲むような水面下の努力を誰も知らない…"

いつかグレイスに言われた言葉。

シェリル「(そう。私はシェリル・ノーム。銀河トップの歌い手で在り続けるため、必死で歌ってきた…)」

 

ランカ「あ、あの…シェリルさん?」

突然、黙ってしまったシェリルにランカはおずおずと話しかける。

シェリル「あなた、名前は?」

ランカ「へ⁉︎あ、ランカ・リーです!」

シェリル「そう、ランカちゃんね。あなたには何か…可能性を感じるわ。この私が言うんだから間違いないわ!あなた、歌手になりなさい!」

ランカ「…え!」

 

そしてランカに近づき、耳元で囁く。

シェリル「私を超えられるぐらいのね♡」

ランカ「あわわわ…⁉︎」

驚きと緊張で金魚のように口をパクパクさせたままのランカをシェリルは面白そうに見つめる。

シェリル「ふふ…この私を目指しているのならそれぐらいの意気込みでないと困るわ」

 

 

ミハエル「あれ?おーいランカちゃーん!」

ランカ「あ、ミシェル君、アルト君、ルカ君!」

シェリル「!」

オズマからの呼び出しを終えた3人が、ランカを見つけてやってくる。3人からはシェリルの姿はランカの陰になって見えていなかった。

 

ミハエル「いやー折角の放課後のランカちゃんとのひと時だったのに、途中で俺たち抜けちゃってごめんね。今終わったとこなんだ。お兄さんの迎えだよね?まだ中にいるから…」

ルカ「あれ?ランカさん、そちらの女性は?」

ミハエルの話を遮るようにルカが口を挟んだ。

 

シェリル「探したわっ!早乙女アルト‼︎」

勢いよく指を突きつけられ、アルトは注目の的になる。

アルト「俺っ⁉︎」

シェリル「ちょっと付き合いなさい!」

アルト「お、おい‼︎」

そのままアルトの腕を引いてシェリルはどこかへ行ってしまった。

 

ランカたちは呆然と成り行きを見守っていた。数秒の後、ミハエルが口笛を鳴らす。

ルカ「…今のってシェリルですよね」

ランカ「……」

 

 

 

アルト「イヤリング?」

建物の裏手までアルトを連れ出したシェリルは、要件であったイヤリングの話を早速持ち出した。

シェリル「そう!昨日あなたとバジュラから逃げてる時に片方を落としたのよ。一緒に探してちょうだい」

アルト「はあ?なんで俺が…」

お願いというよりも命令に等しい物言いにアルトは思い切り顔をしかめる。

 

シェリル「あなたのEX-ギアの移動が荒っぽいせいで落としたんだから当然でしょ?」

アルト「なっ!助けてもらっておいて何だよその言い方!あの時は俺だって必死に…!」

シェリル「なによ!あんたのせいで無くなったんだから、一緒に探しなさいよ!あれは…大切なものなのっ!」

よほど大事なものなのか、シェリルの表情にはいつもの余裕が無い。それを見てアルトは溜息をこぼす。

 

アルト「あ〜〜〜…わかったよ。一緒に探せばいいんだろ。けど探すってどこを…」

シェリル「そうね、まずは…」

その時シェリルの胸元が震え出し、谷間から鯛焼きの形をした携帯が飛び出してきた。アルトはシェリルの胸元から慌てて目を逸らす。

シェリル「電話だわ。ハーイ、グレイス。--商談?そんなの後に…え、もう来てる?…もう!わかったわ…」

ピッ。

 

シェリル「残念だけど今日の所はここまでだわ…」

アルト「呼ばれてるんだろ、早く帰った方がいいんじゃないか?こっちも探しておくから。見つけたらお前に返しに行けばいいんだろ」

シェリル「…必ずよ!絶対に見つけて私のとこに返しなさい‼︎いいわね‼︎」

そう言い残し、シェリルは急ぎ打ち合わせ場所のビルへと向かった。

 

打ち合わせ場所に着くと、可笑しなサングラスを掛けた男がシェリルを待っていた。

グレイス「お待たせして申し訳ありません」

グレイスが深々と頭を下げる。

エルモ「いえいえ。銀河の妖精がご多忙ということは重々承知の上です。こうしてお時間を頂けただけで有難いことですから」

エルモ「お初にお目にかかります。私、エルモ・クリダニクというものです」

エルモと名乗った男が名刺をシェリルに差し出す。名刺にはベクタープロモーション代表と書かれていた。

 

エルモ「早速なのですがシェリルさんに、今度のジョージ・山森監督の映画に出演をお願いしたくて参りました」

シェリル「へえ。映画ね、いいじゃない受けるわ」

二つ返事で了承を出したシェリルは、それと…と、付け加えるように話す。

シェリル「どうせだったら主題歌も担当したいわ。曲はもう決まっているの?」

エルモ「いえ、主題歌の方はまだ…」

シェリル「だったら今から考えるわ」

エルモ「い、今からですか⁈」

そう言うなりシェリルはグレイスに譜面とペンを持ってくるように指示する。

 

シェリル「その映画ってどんな映画なのかしら?」

エルモ「マヤン島を舞台に、鳥の人の真実と--」

シェリル「なるほど南の島ね。照りつける太陽、メラメラ…いやギラギラって感じかしら…」

エルモ「え、えっと…?」

シェリル「静かに!…今降りてきてるのよ!」

エルモを置いてけぼりで黙々と言葉を書き込み出すシェリル。困ったエルモにグレイスがフォローを加えた。

グレイス「ごめんなさいね。あの子、ああなると止まらないから…」

 

シェリル「出来たわ!曲名はギラギラサマーよ!これを監督に届けてちょうだい!」

それから数十分も経たない内にシェリルは映画のための曲を書き下ろしたのだった。

 

 

 

その頃、家に帰ったランカはノートパソコンに向かい一人悶々と考え込んでいた。

ランカ「(アルト君とシェリルさん…どういう関係なのかなぁ…あ〜ダメ!気になって課題どころじゃないよお)」

頭を抱えるランカ。ふと一つのニュース記事が目にとまる。

 

ランカ「…ミス・マクロスフロンティアか…」

それまでアルトとシェリルの関係で頭を悩ませていたことなど忘れ、ランカは夢中でその記事の詳細を開く。

ミス・マクロスフロンティアとは、この船団で知らぬ者はいないほど古くからの伝統の祭典である。ランカもいつかはこのコンテストで自身の歌を披露したいと夢に描いていた。

 

ランカ「そっか、今度の土曜なんだ。…エントリーはまだ出来るみたい…」

 

"あなたには何か…可能性を感じるわ。あなた、歌手になりなさい!''

 

シェリルに言われた言葉が蘇る。

ランカ「…よし!」

ランカは意を決して、ミス・マクロスの参加フォームを開いた。




エルモは弱小プロダクションの社長ではなく、そこそこの芸能プロダクションとして成功しているという設定に変更しています。
あと4話と5話のサブタイトルを入れ替えました。


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第6話 ミス・マクロス

ランカ「頑張れ自分…頑張れ自分…」

控え室で待つランカは、自分に言い聞かせるようにボソボソと言葉を繰り返す。

 

「次の方、どうぞー」

ランカ「はひっ!」

ついにランカの番が回ってきた。

 

ランカ「114番、ランカ・リーですっ‼︎よ、よろしくお願いしますっ‼︎」

 

********

 

アルト「へぇー。じゃあミス・マクロスの予選通過したのか。すごいな」

ランカ「えへへ。ありがとう」

 

いつものように放課後、ランカたちはカフェ''シルバームーン''でのひと時を楽しんでいた。話題は先日ランカが受けたミス・マクロスの予選で盛り上がっている。

 

ナナセ「ランカさんの可愛さなら通過して当然です‼︎本選も優勝間違いなしですっ‼︎」

ナナセが拳を作って力説する。

ランカ「もお、ナナちゃんったら大げさだよぉ」

ルカ「本選は僕たちみんなで応援に行きますからね!」

 

そういえばと、ミハエルが思い出しかのようにランカに問う。

ミハエル「ミス・マクロスのことオズマ隊長には言ってあるの?あの人、こういうの、いの一番に反対しそうな感じだけど…」

ランカ「あー…お兄ちゃんには絶対反対されると思ったから黙ってエントリーしちゃった!」

ミハエル「なるほど…」

バレたら大事になりそうだと思ったミハエルだったが、口には出さずにいた。

 

*******

 

エルモ「ジョージ監督、シェリルさんの出演OK出ましたよ!それで…彼女からコレを主題歌に使って欲しいと預かってきました」

ジョージ・山森がデモテープを再生する。

ジョージ・山森「………」

しかし、曲を聴いていた監督にあまり良い反応は無く、首を横に振るばかりであった。

 

助監督「…監督がおっしゃるには、今度の映画と曲のイメージが合わないそうです」

寡黙なジョージ監督との会話は、いつも助監督を通して行われている。

エルモ「そうですか…弱りましたね。監督のイメージに合う曲が見つかればいいのですが…」

 

*******

 

グレイス「もう!言っておいたじゃない。明日はミス・マクロスフロンティアの審査員をするのよって!」

シェリル「ちょ、ちょっと忘れてただけよ。誰かさんのスケジュールがタイトだから…」

仕事を忘れ、外出しようとしていたシェリルはグレイスからお小言をくらっていた。

 

グレイス「とにかく…今日中に予選通過した子たちの履歴書に目を通しておくのよ!」

シェリル「はいはい」

 

シェリル「さてと…」

言われた通り机の上の履歴書にザッと目を通していると、見覚えのある顔を発見する。

シェリル「…この子、この間の…ふふ、素直になる事にしたのね」

 

*******

 

ミス・マクロス本選当日

 

「ちょっとォ、なあにあの子」

「あんなツルペタな子が出るの?」

ランカ「……」

 

控え室で好奇な目にさらされながらランカはじっと耐え忍んでいた。しかし周りと自分を見比べて不安は加速する一方であった。

ランカ「(どうしよう…私、場違いな気がする…)」

 

ナナセ「…ランカさん、ランカさん!」

控え室の入り口でナナセがこっそりランカを呼び出す。

ナナセ「ランカさん、これ、忘れ物です」

ナナセがリボンの付いたリストバンドをランカに手渡す。

ランカ「ありがとうナナちゃん」

 

「あら?美術科のナナセじゃない。あなたも参加するの?」

二人の前に抜群のプロポーションの女性が姿を現した。

ナナセ「あ、いえ私はランカさんに忘れ物を届けに来ただけです。ランカさん、こちら芸能科のミランダさんです」

ランカ「ど、どうも」

ミランダ「じゃあこの子が?」

ミランダがランカの体を上から下に見て、クスリと笑う。

ミランダ「ま、せいぜい頑張ったら?無理だと思うけど」

ひらりと片手を上げてミランダが控え室の奥へと消える。

 

ナナセ「あんなの気にしないでください!ランカさんにはランカさんの良さがありますから‼︎」

ランカ「ナナちゃん…」

感激でナナセの胸に飛び込もうとしたランカであったが、その大きさを前にかえってへこんでしまうのであった。

 

******

 

司会者「さあ今年もやってまいりました。ミス・マクロスフロンティア!今年は特別審査員としてジョージ・山森監督と銀河の妖精シェリル・ノームにお越しいただきました」

 

ルカ「うわ〜やっぱり生シェリルは何度見てもいいものですね。さすがトップスター」

アルト「ふぅん…そうか?」

ミハエル「そうかってお前…」

ルカ「アルト先輩はいいですよね。ライブの時シェリルを抱っこして飛んでたんですから!それにこの前だって二人きりでどこ行ってたんです?」

アルト「いや、あれは…」

ルカ「あーあ、こっち向いてくれないかなー?」

 

ルカの思いが通じたのか通じていないのか、その時ちょうどシェリルが客席にアルトを見つけ、にこやかに手を振った。

ルカ「あ!今見ましたか⁉︎シェリルがこっちに向いて手を振りました‼︎」

ミハエル「ああ。まずいな…あれは俺に恋した目だったぜ」

アルト「(コイツらアホだろ…)」

ナナセ「もう!もうすぐランカさんの出番ですよ!静かにしててください‼︎」

 

 

司会者「次はエントリーナンバー7、ランカ・リーさんです‼︎」

ステージの上のランカにスポットライトが当たる。

司会者「特技は歌だそうです。では歌っていただきましょう‼︎曲はリン・ミンメイの名曲、『私の彼はパイロット』です‼︎」

 

ランカ「♪〜」

順調に歌い出したランカ。しかし、突然音が途切れ、観客たちがどよめきだした。

 

観客「なんだなんだ」

観客「故障か?」

 

スタッフ「おいどうなってるんだ!

発電機見てこい!」

スタッフたちが慌ただしく駆け回る。

 

ランカ「(…どうしよう…怖いよ…やっぱり私には無理だったんだ…)」

アクシデントに対処しきれず、ランカはその場で立ち竦んでいた。

ナナセ「ランカさん…」

心配そうにナナセが見つめる。

 

シェリル「(こんなアクシデントで固まっちゃうようじゃまだまだね…私の見込違いだったかしら)」

 

 

「♪〜♪♪〜」

シェリル「!」

アルト「…なんだ?」

どこからかハーモニカの音色が聴こえてくる。

 

ランカ「(なんだろう…なんだか懐かしい。私…この歌、知ってる…?)」

ランカは瞳を閉じ、体の奥から溢れ出てくるように浮かび上がる言葉を口ずさむ。

 

エルモ「ヤックデカルチャー…」

 

シェリル「(すごい…春風みたいにあったかくてやさしい…まるで、鳥や獣、草、木、花に聴かせているような…)」

ジョージ・山森「…天使の声」

シェリル「‼︎」

寡黙な監督が思わず口を開いた。

ジョージ・山森「…心の奥底まで染み渡る癒しの歌…これこそ、私が探し求めていた歌だ…」

シェリルはゴクリと息をのんだ。

シェリル「(…間違いないわ。この子は、私にないものを持っている…)」

 

 

グレイス「すごいフォールド波反応…ふふ。ついに見つけたわ…」

会場の隅で壁にもたれかかりながら、グレイスはメガネを光らせた。

 

*******

 

司会者「さあ!いよいよ発表です!今年のミス・マクロスフロンティア映えある優勝は…」

ドラムロールが鳴り響く。

司会者「ミランダ・メリンさんです!」

ステージに上がったミランダにトロフィーが贈呈され、温かい拍手が送られる。

 

司会者「そしてもう一人!審査員特別賞に選ばれた、ランカ・リーさんです!」

ランカ「ふぇっ⁉︎…わ、私⁈」

アルト「行ってこいよ。みんなお前を待ってるぞ」

ランカ「…うん!」

 

 

ブレラ「………」

ステージの上のランカの姿を見届け、そっと会場をあとにするブレラ。その様子をランカは目撃していた。

ランカ「(あれは…ブレラさん?)」

 

会場を出た長い廊下でグレイスがブレラにすれ違いざまに声をかけた。

グレイス「…疑われるような行動は禁じていたはずだ」

ブレラ「……」

背を向けたままブレラが足を止める。

グレイス「ランカ・リーにフォールド波反応を確認した。これより彼女をコードQ1と称し、次の作戦へと移行する」

 

グレイス「Q1の監視には他の者をあたらせる。お前は今まで通りシェリルの護衛につけ」

ブレラ「なっ…」

ブレラの抗議にグレイスが応じる様子はなかった。

グレイス「返事はどうした?」

ブレラ「…了解」

 

*******

 

コンテストの後、ランカはすぐに会場を飛び出してブレラの姿を探していた。しかし、その鳶色の髪を見つけることは出来なかった。

 

「ランカちゃん」

名前を呼ばれ振り返ると、シェリルがこちらに歩んで来た。

シェリル「審査員特別賞、受賞おめでとう。あなたの歌、心が震えたわ」

ランカ「あ、ありがとうございますっ!あのとき…シェリルさんがああ言ってくれたから一歩踏み出せました」

シェリル「…ふふ。ランカちゃんの実力でしょ」

 

でも…とシェリルは続ける。

シェリル「どうしてあなたがアイモを知っていたの?」

ランカ「アイモ…?」

シェリル「さっきあなたが歌った歌よ。あれは私が小さい頃、母から教わった思い出の歌なの。母は祖母から、祖母はどこかの惑星で聴いた歌だと言っていたわ。…もしかしてランカちゃんもその惑星に…」

 

グレイス「シェリル、ここにいたの。そろそろ帰るわよ」

シェリル「グレイス…ええ、わかったわ。ランカちゃん、続きはまた今度ね」

ランカ「え、あ…」

シェリルとグレイスが立ち去った後、アルトが遅れてやってきた。

アルト「ランカ。シェリルと何話してたんだ?」

ランカ「ううん…なんでもないよ」

 

******

 

車で移動中、グレイスはミラー越しにシェリルの顔を一瞥した。

グレイス「…なんだか嬉しそうね、シェリル」

シェリル「そう?」

シェリルはランカという自分の最大のライバルになるであろう存在に胸の高鳴りが抑えられずにいた。

シェリル「真の伝説はこれから始まるってこよ」

グレイス「どういう意味?」

シェリル「ふふ、わかるわよ。そのうち…ね」



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