神様に雇われて、異世界転生者を殺すことになったラッパー少女の物語*リメイクするため凍結 (しじる)
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第1章 水の世界【アクアマリン】・傲慢の偽皇
1.韻 それは突然始まる


ラップと異世界転生組み合わせたら面白そうじゃない?
そんな思いでの見切り発車。
一応完結までの道はありますので、のんびりお待ちください。

感想もらうとはねて喜びますので、遠慮なく書き込んでいってください。


 走馬燈を知ってる人はいるかな?

 人が死ぬ直前に見ると言われている、自身の人生を振り返るとかそんなんだ。

 私は今それを味わっていた。

 私は鎖腐華(くさり ふか)、自分でも変な名前だと思うが、こんな名前でも気に入ってたりする。

 年は16、趣味はゲームとラップ。

 両親は私が物心つく前に他界、その後叔父に引き取られる。

 学校では優等生だった、叔父はテレビゲームが嫌いな人で、成績優秀でないと捨てると言ってたから死ぬ気で勉強してたからだ。

 私にとって、ゲームは人生の全てと言っても過言じゃない。

 現にこうして走馬燈で見える光景はほぼゲームだ。

 生まれて初めてやったドットのゲーム、それからCG。

 RPGからADV、アクションからシュミレーション。

 出来るものは片っ端やって、その中でもあるMMOが特に記憶に残っている。

【スカイウォーオンライン】

 VRMMOの中では異色で、ありえないほどのやり込み要素と数多の役職と種族、そしてとてつもない自由度。

 多くの人がのめり込んだ作品で、私もこれにハマった。

 走馬燈の中で一番濃い思い出はこれだった。

 タイトルどおりに空戦できる飛空艇を手に入れた時、自分の好きなラップと好きな属性で戦えると知った時。

 ソロでシナリオラスボスを倒した時、膨大すぎるステータスをカンストさせた時。

 数多の思い出が溢れてくる。

 ああ、まだ死にたくないな。

 課金したさのプリペイドカード買いにコンビニに出かけるんじゃなかった。

 

 空から到来

 鉢植えがほーら

 頭上が崩壊

 暗闇が到着

 

 ………死ぬ直前になにラップ思いついてるんだろう。

 馬鹿だな私は。

 そう思いながら私は眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、眠りについた筈だったのに。

 どうして目の前に人がいるんだろう。

 

 「やっほー、クサリちゃーん」

 

 軽く声をかけてくる真っ白な何か。

 ぼやけて輪郭しか見えないけど、随分とイケボだ。

 

 「ごめんねー、君に依頼があって死んでもらいましたー!」

 

 ……は?

 今この白いのなんて言ったの?

 死んでもらった?

 

 「そうだよー、僕は神様だ。君らが一般的にそういう存在さ」

 

 白いのがそんな頭のおかしなことを言う。

 何を言ってるだろうこいつはというのが私の素直な気持ちだ。

 そんな私の考えなどほっといて、白いのは続ける。

 

 「さっきも言った通り、僕は君に依頼があって死んでもらったんだ。死んでくれないと僕は君に話せないからね」

 

 あっそ、神様がこんな私に何のようなんだ。

 私は一般的なゲーマーであり素人ラッパー。

 神様が頼むなんておかしな話だ。

 

 「それは君が強いキャラを持ってるからだよ」

 

 そう言って、神は私が【スカイウォーオンライン】で使ってるキャラを見せてくる。

 レベル9999で全ステータス999のカンスト。

 ここまで到達させるのに5年かかった努力の結晶。

 たしかにランキングや攻略掲示板に乗せられる位には強いけど…それがどうしたのか。

 

 「このキャラの姿と力を手に入れたくないかい?」

 

 そう言って白いのが何かを唱えると、私を光が包む。

 えっ、なにこれ。

 体が変な感じ、丸ごと変わってく感じだ。

 そうして光がおさまれば、なんと私の体はキャラのものに。

 そう、まだネットのルールが分からず本名を入れたキャラ、【フカ】になっていた。

 

 「その肉体の力があれば、大抵の事は解決できるだろう?」

 

 白いのはそう、ニヤついたような声で伝えてくる。

 少しイラッとくるが、まあたしかに自分はこのキャラが好きだ。

 自分にはない190センチという超身長、決して大きくはないが体に似合った胸、反対に大きく張ったお尻。

 そして人間ではなく、【竜人】という種族を選択したためにある大きな角と尾と翼。

 2本の独特な、ドラゴンのような角。

 お尻のちょっと上から生える爬虫類の尾。

 そして背にはコウモリのようは翼。

 うん、気合い入れてキャラクリエイトした価値ある。

 って、そういう事じゃない。

 

 「依頼がなにか気になる?」

 

 さっきから人の心を探り当ててくるなぁ…

 なんなんだこの人。

 少しイライラするけど、喋ってくれるならいいか。

 ふざけた依頼だったキレるけど。

 殺してでも呼び出すんだ、余程じゃないとね。

 

 「依頼はねー、転生者をぶっ殺して欲しいんだ!」

 

 ……はぁ?!

 訳の分からないことを頼んでくる自称神様。

 転生者ということは、神様自身が転生させたものの事じゃないの?

 だいたい殺したいなら自分でやればいいじゃないか。

 私を殺したみたいにさ、神様の方が強いだろうし。

 それになんで殺したいのさ。

 

 「ほかの神の転生者で干渉できないし、殺さないとその世界が危ないほどやべぇし、神だって1人じゃないし」

 

 と、私の心を相変わらず読んでるのか、さっきから一言も発した無いけど会話が繋がっていく。

 というか、神は複数いるのか。

 唯一神とか信じている人キレそう。

 

 「キレるのは勝手さ、それに君を選択したのは他にも君の【戦い方】が面白いからさ」

 

 そう言って笑う。

 …まあたしかに私の【戦い方】は、普通のファンタジーものの人物の戦い方じゃないけど。

 

 「相手はいわゆるチート転生者ばかり、直接殴るよりそういう変化球の方が通じるのさ」

 

 …確かにそうかもしれない。

 敵が転生者ならば、よくラノベとかで登場してくる主人公クラスということだからな。

 それと殴り合うのはご勘弁だ。

 そういう意味では私の【戦い方】は上等なのかもしれない。

 というか、世界をぶっ壊すレベルと戦うの?

 

 「まあそうだねー一応段階的に君の仲間を送り込むけどね〜」

 

 ということはまた殺して連れてくるのか…

 外道だこいつ、本当に神様かい?

 まあそれはいいか、本当は良くないけど。

 さて、神様は依頼といった。

 つまり完遂すればなにか報酬をくれるわけだ。

 それを聞かなきゃ。

 

 「なんでもいいよー、よっぽど変でなければ」

 

 そういう白いのこと神様は余裕ぶってる。

 まあ、私の望みはそんな変なものじゃないし。

 

 「元の世界に帰りたい」

 

 「はい?なんで?」

 

 神様が疑問を呟く。

 本当にそれでいいのかと問いているようだ。

 だけれどこれでいいんだ。

 たしかに元の世界でだと、私は一般人。

 両親が居ないだけで、それ以外は普通。

 そんなつまらない世界何故望むと。

 たしかにつまらないかもしれないけど、その先面白くなるかもしれないじゃん。

 それも見ずに死ぬのは嫌だから、元の世界に戻りたいんだ。

 

 「変なやつ…他のやつなら間違いなく異世界転生をお望みなのに、お前は帰還か…ますます気にいっちゃった!」

 

 そう言って神は愉悦そうに指を鳴らす。

 すると私の体が急に宙に浮く。

 それはまるで上空に【落ちていくような感覚】

 

 「君の【船】を拠点にしてね〜!また改めて依頼を送るから、そこでしばらく寛いでいてね〜」

 

 そんなことを言った瞬間、視界が急上昇。

 真上に向かって吹っ飛び、私の意思が消えていく。

 …普通こういうの、下に向かって落ちるものじゃない?

 疑問に思ったが、それを語る前に私はブツリと視界が黒に染まった…



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2.韻 拠点

 神様に上空に落とされてから暫くして、私は気がついたら空を見上げていた。

 しかしその空は星まみれ。

 満天の星空とはこの事か。

 環境破壊が進んで、雲が全てを隠してしまった元の世界とは比べ物にならない綺麗さだ。

 暫くそれを眺めて、1曲頭に浮かんで、誰も聞いてないのに私は歌い出した。

 この感動をラップで表現したかった。

 

 「今や見えないよ暗い雲で隠れたスターライト

 

 でもそうでもない目の前にあるオールライト?

 

 確認のために叩くほっぺはすごく痛い

 

 これは夢じゃない、夢幻じゃない、現実じゃない?

 

 そうだこれがリアルな星と月光ムーンライト」

 

 即興で組み上げて、伝えるものなくとも表現する。

 うん、すごくスッキリした。

 寝転んだままラップを歌ったことは無かったけど、案外これはこれで気持ちいいね。

 さて、いい加減現状確認しようか。

 少し気だるげに私は起き上がる。

 体を起こして辺りを見回す。

 なるほど、神様が私の【船】に送るといった意味がようやく分かった。

 その理由は簡単だ、ここが凄く見覚えのある場所だからだ。

【スカイウォーオンライン】で私のマイホームであり、空戦で使用することも出来る空挺。

【コールドWAR】、冷戦の意味を持つこの船は私の自慢の船だ。

 船というか空中戦艦になってるけど。

 そもそもコールドWARの名前を与えた理由も、私がある【戦い方】をするから、火薬も銃も載せてない為、必然的に熱くなることがないからだし。

 耐久性防御力全振りの不沈艦、そんな船。

 見た目にも凝っていて、これぞファンタジーの空中戦艦と言った風貌。

 課金要素の見た目パーツを買って、1ヶ月かけてデザインしたのは伊達じゃない。

 当然だが5年かかったステータスのカンストに比べれば屁でもなかったけど。

 しかしこれを拠点にしろか。

 神様も粋なことしてくれる。

 少しだけ感謝するけど、やっぱり殺し合いを任されると考えると憂鬱になる。

 だってそうでしょう、私は転生系ラノベ主人公みたいにそこまで割り切りよくないから。

 流石にキレたら分からないけど、素で人なんて殺せないよ。

 やらなきゃ帰れないから殺るけどさ。

 覚悟は多分中途半端、どうせほんとなら死んだ命。

 正確なら殺されたものだけど。

 少なくともこのやる気だと、すぐにまた死ぬ気がする。

 

 「で、神様の依頼っていうのはいつ来るの」

 

 改めて送ると入ってたけど、そもそもどうやって届けるんだろうか。

 少し疑問に感じた、丁度そのタイミング。

 星空から何かが降ってくる、それは天使?

 ハリボテみたいな羽だな、それが本当の天使の姿なのかな。

 特に気にしなかったが、どうやらこっちに落ちてくるみたいだ。

 このままだと私は巻き添えを食う。

 すっと体をそらす、合わせて天使が空挺の甲板に叩きつけられる。

 ゴシャッと嫌な音とともに頭から行ったね。

 でも何事も無かったかのように復活してきたし。

 それは私を見つけると、一目散に向かってきた。

 おーう、金髪碧眼イケメンくん。

 さっきから今までの人生では縁の欠片も無かったイケメンとよく会うな。

 

 「貴女が鎖腐華ですね、申し遅れました。私貴女に神からの依頼を伝える、また貴女様の生活をサポートする【アズラエル】です」

 

 アズラエル、死の天使だったっけ?

 そんな彼が私に神様からの依頼を伝えてくれるんだ…

 生活もサポートすると言ってたけど、執事みたいなことしてくれるってことかい?

 

 「だいたいその考えであっております」

 

 …君も心を読むのかい。

 少しため息をこぼすが、まあいいや。

 

 「それで、依頼を持ってきたのかい?」

 

 あまり乗り気にはなれないけど、やらなきゃ帰れないのは変わらない。

 割り切ってさっさとやってしまおうと考えをシフトした。

 すると天使は「はい」と答えた後、こう繋げた。

 

 「ですが、その前に貴方が力を使えるのか見せてもらおうと思いまして」

 

 …なるほど、たしかに貰ったはいいものの使いこなせれば意味が無い。

 この体の力を扱えるかということだろう。

 そこは大丈夫だ、この体は私のもう一つの体だった。

 今でこそ本当の体になってしまったが、使いこなせると思う。

 試しに1つやってみよう。

 

 「じゃあ、アズラエル。そこに立って?」

 

 「…こうですか?」

 

 私が指示した場所にアズラエルが立つ。

 私から少し離れた場所だ。

 よし、適正距離に入った。

 これでダメなら修行だな…

 私は大きく息を吸って、ある願いを込めた詩を告げた。

 

 

 「神様なんで、こんなトラブル

 

 私にプレゼント、なんて大迷惑

 

 だけどアズラエル、貴方には感謝

 

 私なんかの、世話してくれるの

 

 流石は天使、心はホーリー

 

 試しに打つけど、受けてくれるビート?

 

 貴方に届け、回復の(ライム)

 

 綺麗サッパリ、消えろよ痛みのリーパー」

 

 

 そうして歌い切れば、アズラエルは不思議そうな顔して、自分の体を触る。

 そうしてまた不思議に私を見つめた。

 

 「なんと、身体中の怠惰感が消えた気がします」

 

 「よーし」

 

 回復のラップを作ってみたけど、良かった効いた。

 ちゃんと使いこなせてるみたいだ。

 そう、私の攻撃はラップだ。

 正確には音波攻撃、ラップを歌う必要はホントはない。

 でもこうした方が私は楽しいし、必殺技って感じがするから好き。

 下手の横好きであるけれど。

 

 「なるほど、貴女はやはりラップで戦うのですね…確かにこれなら、厄介者の多い転生者達にも通じるかも知れませんね」

 

 そういったあと少し笑い、その後キリッと表情を変えた。

 

 「それでは、改めて依頼を伝えましょう…」



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3.韻 馬車チェイス

異世界【アクアマリン】、その中心港町の【コバルトブルー】。

夕焼け差し掛かるそこに、私は変身魔法で角翼尻尾を隠して歩いていた。

アズラエルから聞かされた依頼を達成するためだ。

依頼内容はこうだ。

 

「水と美の世界【アクアマリン】の首都コバルトブルーにて勃発している革命に、転生者【御堂皇(みどう すめらぎ)】が政府軍として参戦しています。しかし彼はその動乱の隙に王を暗殺、罪を反乱軍に擦り付けて、国王代理補佐として前線にいます。革命が失敗に終われば、ゆくゆくは国王に選抜されるでしょう。ですが、この革命自体も彼が仕組んだもの。自作自演のヒーロー劇で、王者の座に付こうとしています。この国の王は、他の異世界にもありますが【エデン】と呼ばれる宝珠を手に入れれますが、この【エデン】は神殺し【アダム】と【イヴ】と呼ばれる一対の剣を生み出す宝珠でして……あとは言わなくてもわかりますね」

 

つまり、最初に貰った依頼は保身。

神殺しの武器を手に入れさせないために殺すのか…

初っ端から神様個人の欲望ですかい。

世界が危ないんじゃなかったの?

いや、神様を殺して神様の座に付くとか考えてた場合は世界が危ないか。

どっちにしても、そんな野望を抱えた転生者を転生させた他の神様は何を考えていたんだろう?

それは一旦置いておき、この街はなかなか面白い…いや面白いというか…

 

「アスファルトとにサイレンのついたシロクロ馬車…なにこれ……」

 

本当にそれしか言えない。

そのシロクロ馬車は、なんか暴走してるっぽい馬車をおってるし…

アスファルトあるのに馬車なのか、そもそもサイレンしっかり鳴ってるし。

なんというか、アンバランスだ。

西洋ファンタジーな見た目の港町を走るのがこれとか…

せめてアスファルトが石畳で、馬車にサイレンが付いていなければ。

……いやそれもどうでも良いんだよ。

反乱軍と接触しなきゃいけないのに。

政府軍に入るのはほぼ不可能だし、反乱軍に加わった方がかっこよささそうだし。

しんどそうだけど、結論だけいえば御堂を殺せば私は依頼達成、マイホームことコールドWARに一旦帰れる。

単独で出来ることなんでたかが知れてるからね、1人で探すより軍として探した方が効率的だ。

問題はどうやってその反乱軍に入るのかというお話だけど。

反乱軍がどこで兵を募集しているのか分からないんだよね、アズラエルに聞いておけばよかった…

……まって、さっきの爆走馬車、まさか?

気になって追うことにした。

ステータスカンストのこの肉体なら、馬車なんてあっという間に追い抜ける。

人目につかない路地裏に入ったあと、建物の屋根に向かって跳ぶ。

おー、アニメとかでよく高く飛び越えているの見るけど、実際自分でやると結構足裏に来るな。

地面を踏み砕く感覚。

ゲームの中だと、そこまで感覚再現してないから分からなかったけど。

とりあえず感動は今置いといて、辺りを見回す。

いた、やっぱり馬車だからか、それとも視力が跳ね上がった私が凄いのか、そんなに離れているように感じない場所で、パト馬車と追いかけっこしてた。

カーチェイスならぬ馬車チェイスか…

何にしても、反乱軍の手がかりになりそうな馬車である以上追わないわけには行かない。

夕焼けによって、綺麗に茜に染まった建物の屋根を飛び越え走る。

全力疾走する程じゃないかな、軽く流す感じでも既に追いつきそう。

分かってたけど、この体スペック高すぎ。

流石5年かけたステータスカンスト、神様完全再現してくれて本当にありがとう。

あっという間にサイレンの音が大きくなる。

もう眼前にはパト馬車と暴走馬車……まって、パト馬車増えてない?

あぁ、応援を呼んだんだ。

当たり前か…さてここに来てもう1つ私は問題が浮上したことに気づく。

 

「どうやって接触する?」

 

走りながら考える。

そう、見つけて並走するまでは良かった。

こっからどうやって接触する。

考えるが、中々出てこない。

そんな時パト馬車の天井が開いて、警官ぽいというか騎士ぽいというか。

とにかくそんな感じの人物が飛び出してくる。

……あ、そこ開くんだ。

そんなこと思ってると、その人物は炎を手のひらに生み出して、暴走馬車に打ち込んでいる。

それは正しくマシンガンの如く、結構外れてるけど。

おー!馬車を車に、人物を警官にしたら正しく映画のカーチェイスだ。

生でこういうの見ると、流石にテンション上がるね。

そして上がったテンションのおかげで名案が浮かぶ。

建物の屋上端まで体を寄せ、次の建物に飛び乗るタイミング。

そうここ!

ここで建物ではなく、暴走してる【馬車】に【飛び乗る】。

風を切る音、屋根が揺れる音。

ズタンッと天井に上手い具合に飛び乗れた。

 

「な、なんだ!?」

 

「サツに飛び乗られたのか!?」

 

わお、やっぱり乗っかられた方はパニックになってる。

そしてパニックになってるのは、こっちだけじゃないか。

 

『こちら第4班、現在3番区を追跡中!反乱軍の馬車に何者が飛び乗った、反乱軍の応援の可能性あり!』

 

あら、良かった。

これは本当に反乱軍の馬車だったみたい。

良かった、なら接触はある意味成功か。

 

「もしもし、聞こえてる?」

 

分かったなら行動。

足元の馬車天井を叩く。

当然操縦者がこちらを向く。

 

「な、なんだお前は!」

 

馬を走らせながらこちらを向き、そして吠える。

器用だこの人…

こほん、それはどうでもいいや。

 

「助けて欲しい?」

 

「なに?」

 

「私を反乱軍に入れてくれたら助けるよ」

 

そう伝える。

すると操縦者は鼻で笑って答える。

 

「この状況わからんのか、よっぽどの化け物でもない限りどうにもならん。逃げ道もいずれ潰されるだろうしな」

 

「それでも逃げるの」

 

「他の奴らの逃走の囮になれるからな」

 

あ、なるほど。

この馬車囮か、多分なにか盗んだね。

それを載せてると思わせて逃げてるのか。

なるほど、マフィア物のゲームにありそうなシーンだったのかこれ。

ますます美味しい状況。

犠牲になる気のこの人達を助ければ、評価は鰻登り……ということはないだろうけど、反乱軍には恩を売れる。

つまり、入れる可能性が上がる。

 

「じゃあやっぱり助ける」

 

「デカ女、正気かてめぇ!?」

 

馬車の中から声が聞こえる。

他にもギャーギャーと声が聞こえる。

どうやら思った以上に中に居たみたい。

なら目撃者が増えてより美味しい。

 

「正気だよ、この程度、私にとっては造作もないよ」

 

ちょっとカッコつけて寒い事言ってみる。

まあ操縦者の冷めた「こいつダメだ」という諦めの目が辛いけど。

口先だけの謎の存在と思ってるのかな。

まあ、口先だけじゃないこと教えてあげるけど。

私はあるものを虚空から呼び出す。

それは鎖、その端を掴み、一気に引き抜く。

するとジャラジャラと音を立てて、鎖は鞭打ち先端にあるそれを、私の手の中に持ってくる。

 

「召喚魔法!?……って、なんだそりゃ」

 

操縦者が呟く。

正確には召喚魔法じゃなくて、武装精製魔法だけど。

重要なのはここからだ。

鎖が持ってきたそれは、【ラップ】をする人間は絶対持ってるものだ。

この世界にはないみたいだけど。

そう、それはマイクだ。

マイクロフォン、音声拡張器。

アズラエルに試した時は、アカペラ+マイク無し。

ならミュージック+マイクありならどれだけの威力になるかな?

マイクだけでなく、大型浮遊スピーカを2台精製する。

 

「さてと、どうなるか…MJミュージックスタート!!」

 

私の声に合わせて、スピーカからラップに使えるようにカスタムされた曲が流れる。

サイレンが混ざっても違和感のない、いやサイレンさえ音楽の1つにして、ピアノを主軸にしたラッパとドラムの音が響く。

 

『な、なんだ?』

 

困惑する騎士達を置いて、私は軽く歌い出す。

 

 

 

いきなり登場して悪いと思ってるがライムだ

まずは聞いていけよ私の自慢の轟くラップを

アスファルト走る 火花散らす馬車チェイス

その結末はどっちの勝利だ

 

 

『う、歌かこれは?』

 

 

まずはここにいる全員にmy name 紹介

鎖腐華と申します 以後 お見知りおきを

それではじっくり聞いてけ死を告げるライムを

まずは少し流す感じで行ってみようか

パト馬車乗った刑事もどきども

運が無かったな ここが貴様らの墓場だ

ヘイトなソングしっかり耳垢かっぽじってよく聞いておけ

舌先三寸虚実の嘘に踊らされ

気づくことを放棄して遊んでいる毎日

それじゃ勝てない

首輪 鎖に繋がれ腐り死ぬだけ!

 

 

 

『ぎゃぁぁああああ!?』

 

ラップが終わると同時に、パト馬車達がめちゃくちゃに走り出す。

そりゃそうだ、私のラップは腐敗属性持ち。

モロに聞いた彼らは、一気に体が腐り始める。

巻き添えでパト馬車引いていた馬まで腐ってしまったのは可哀想と思うが。

しかし、グロいのはゲームで慣れてるけど…

これは酷いな、私がやったのか…

すこし体が震える、当たり前だ人殺しなんて初めてだ。

入れてもらえるからって判断したけど、馬鹿か私は。

他に方法があったんじゃないかと思うが、もう手遅れだ。

引くものが亡くなった馬車は馬車同士で激突を何度も繰り広げ、あっという間に簡易のバリゲートを作って、腐敗臭と人の焼ける臭いをあたりに撒き散らしていた。




腐敗属性は次回説明されます


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4.韻 オヤジと呼ばれてるみたいだけど、どう見ても女

 私が自分のした事に呆然としてる間に、馬車はいつの間にか止まっており、中から人が出ていた。

 そしてその容姿を見て、私はあんぐりと口が開いた。

 アロハシャツにゆったりロングジーパン、これだけでもファンタジーとかけ離れていたが、1番驚いたのはその顔つき。

 どう見てもその道の人だ、つまり【ヤ】で始まり【ザ】で始まるやばい人だ。

 え、反乱軍って言ってたよねあの刑事もどきの騎士。

 みんなどう見てもヤーさんだ、操縦者さんくらいだ普通の格好。

 普通というか、ファンタジー世界の馬車引きと言った風貌だけど、ファンタジー世界なんだからこっちの方がフォーマルのはず。

 すると1番身長の大きなヤーさんが声をかけてきた。

 

 「嬢…ちゃん?んん、とりあえず嬢さんで」

 

 疑問形がつくのは仕方ないけど、それは失礼じゃないかい?

 言い直してたけど。

 まあ190という自分よりデカい相手にちゃん付けはね。

 そして改めて告げてくる。

 

 「本当にどうにかしちまうとは思ってなかった…感謝する!」

 

 ヤーさんにこんなふうに言われながら頭下げられると、なんか怖い。

 そう思うが続けてくる。

 

 「ところで、助けてもらっといてなんだが、嬢さん何者だ?」

 

 まあそれが普通だよね、私だってそうする。

 だから普通に答える。

 

 「一応答えたけど、鎖腐華だよ。助けた目的は反乱軍に入りたいから、これだけだけど」

 

 「反乱軍にか?嬢さんみたいな貴族っぽい子がか?」

 

 そう言われて、私は自分の服装を見てみる。

 …なるほど貴族だ。

 フリルのついたカッターシャツにフィッシュテールスカート、それらを覆うように袖通したロングコート。

 さらに言えば髪は腰まで届く長髪だし、色は紺だけど毛先は深紅のグラデーションだし。

 これは変人か、貴族かの2種類だ。

 

 「一応貴族じゃないよ」

 

 先にそう断っておく。

 それを聞いてそれもそうかと呟く皆。

 まあファンタジー世界の貴族って、強くてかっこいいか、汚くて残念かの2択だからね。

 これは後者の方がフォーマルな感じかな、この反応を見る限り。

 何にしても、ヤーさん達は私の反乱軍に入りたいという要望をきかせると、互いで相談し出す。

 …やっぱり偉い人通さないと、勝手に入れることは出来ないのかな?

 しばらく相談してたけど、やがて私に伝える。

 

 「悪い、オヤジ通さねえと分からねぇ。だが、なるべくいい結果が出るように、俺達も手伝うわ」

 

 オヤジ?リーダーのことかな。

 ますますヤーさんぽいなと思いつつも、反乱軍に入ることが目的なんだ、ここで断っても意味が無い。

 私はその話に乗った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐにあの話を公開することになった。

 馬車に乗せられてたどり着いた場所は古城。

 しかしその中身は綺麗に改装されていて、見た目の割にはしっかり機能していた。

 問題はその整備をしている人達。

 全員やっぱりヤーさんだ。

 刺青ではなくタトゥーだけど、ぶっちゃけあんまり変わらない気がするのは、私が任侠ものを見ていなかったからだろうけど…

 何にしても怖いものは怖い。

 ゲームや映画、アニメで見たことはあっても、本物なんて初めてだ。

 雰囲気が違う、怖くてたまらない。

 表情筋が死んでる私の顔は変わらないが、今この時ほどそれに感謝したことは無かった。

 そして連れてかれた最奥、所謂玉座の間にて私は出会う。

 ヤーさん達がオヤジと呼んでいた人物と。

 その人物は女性だった……はい?

 オヤジだから男性じゃないの?

 ふつうそれならオフクロじゃないの?

 その容姿は、いかにも任侠の女って感じで、姐さんと呼びたくなる、赤い髪にポニーテールが印象的だった。

 なぜそんな女性がと、少し疑問が疼くがすぐ吹っ飛んだ。

 

 「おいあんた、うちの子分が世話になったな」

 

 腹の底まで響いてくるような低く太い声。

 女性とは思えない…

 一瞬で恐怖が心に蔓延る。

 

 「あんたが助けてくれなきゃ、うちの子分どもはしょっぴかれて、明日の朝には首が晒されてたかもしれねぇ…感謝する」

 

 そう言って、彼女は大きく頭を下げた。

 当然周りのヤーさん達も頭を下げてくる。

 なんか、ものすごく申し訳ない気持ちになる。

 

 「恩売って、反乱軍に入れてもらおうと考えで…打算的なものだから気にしないで、頭上げて」

 

 急いで大丈夫と言葉に出す。

 するとオヤジと呼ばれている彼女が、頭をあげたあと、鳩が豆鉄砲食らったような顔になって、そう思うと今度は大きく笑い出した。

 

 「自分からそんな、普通隠すこと言うやつ初めて見たぞ!気に入った!」

 

 そう言って私になにか投げる。

 それを私は受け取りみる。

【リベリオン】と書かれた手帳だった。

 

 「証明書だ、反乱軍へようこそ…と言っても、構成員はほとんどあたしら【マリア・クルーザーズ】だけどな」

 

 そう言ってまた、部屋全体に響き渡るほど大きく笑った。

 んーこんなあっさり入れると思ってなかった…

 なんか焼印とか押されそうな気はしたけど…だってそこらヤーさんだらけだし。

 …まって、マリア・クルーザーズということは。

 

 「オヤジさんの名前はマリア?」

 

 「おうそうだ、マリア・サラムカ。それがあたしの名前だ、恩人、あんたは?」

 

 彼女は相変わらず大きな声で聞いてくる。

 聞いてきたなら応えよう。

 私も彼女を見習って、おおきい声で伝えたい。

 

 

 「鎖腐華、以後お見知りおきを」




次回説明すると言ったな、あれは嘘だ

すみません、今度こそ次回説明します!


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5.韻 外に出たら、獣人少女を拾うようです

 反乱軍に入ってから少したった。

 流石にすぐさま王手という訳には行かないみたいだ。

 むしろ反乱軍は劣勢状態、いつひっくり返ってもおかしくない状態だった。

 ここまで酷くなったのも、ほとんど転生者【皇】によるものだと考えると、やっぱり転生者イコールチート能力で間違いなさそうだ。

 自分もそうだしね。

 

 「クサリの姐さん、これの解除お願いしやす」

 

 「ん、はーい…」

 

 考えていた時、唐突に声をかけられ見てみれば、ヤーさんの仲間さんこと反乱軍兵が、何かの箱を持ってくる。

 それは頑丈に鎖と南京錠で固定されており、どう足掻いてもあかない。

 だけど、私はそれを無視して開けれる。

 自分の指先に、体の奥そこから湧く力を込めて触れる。

 すると南京錠と鎖が錆び始めた。

 最後にはボロボロに錆びたそれは、ついには割れてしまった。

 これが私がメインにしてる腐敗属性の効果だ。

 腐敗属性は【状態異常蓄積値を蓄積させる必要があるが、発動と同時に現存HPを9割損壊。及び猛毒状態にさせる】という凶悪な状態異常。

 スカイウォーオンラインでは、毒は【遅効毒】【猛毒】【劇毒】【腐敗】の4種類があり、腐敗が最も凶悪。

 遅効毒は普通の毒、RPGによくあるじわじわ減ってくあれだ。

 猛毒はだんだん削り速度とダメージが増加していく毒。

 遅効毒と比べて、放置してると死ぬ確率が格段に高い。

 なんせスリップダメージが、猛毒の方が10倍近く高いからね。

 劇毒は腐敗と同じように蓄積させる必要があるけど、蓄積完了と同時に発動、HPを5割損壊させる。

 そう、腐敗とは全ての毒の上位互換……の筈なんだけどね。

 凶悪な状態異常なためか、対策が取りやすくてね。

 スカイウォーオンラインでは屈指の産廃と言われてるんだよね。

 私もこれを実用可能レベルまで持ってくるの本当に大変だった…

 そんな産廃を使ってる理由は3つ。

 1つ、産廃だからと油断させれる。

 2つ、あるスキルと組み合わせると凶悪になることをあまり知られていないから

 3つ、これが1番強い要因なんだけど……カッコいいから!

 腐り崩れゆく死体を背に、その場を離れるとかカッコよくない?

 私だけかな?

 あぁ、それから腐敗のみ道具や武器にも状態異常を与えられて、蓄積させられた武器や道具は、今の鎖みたいに錆びて崩壊するんだ。

 ぶっちゃけ腐敗と言うより腐食と言った感じだけど、ゲームでは腐敗表記だったから腐敗って呼んでる。

 

 「姐さんありがとうございやす!」

 

 「いいよいいよ、それじゃね」

 

 そんなちょっとした振り返りをしていると、反乱軍兵さんは例の箱を持って行った。

 離れていく背に向かって、私は手を振って見送るのでした。

 

 「さてと……」

 

 そう呟いて、私は歩き出す。

 こんな過酷な反乱軍だけど、仲間になったばかりとは言え、私は切り札扱いだ。

 オヤジさんことマリアさんが私の力をかってくれて、そのまま虎の子扱いに。

 おかげでこの通り暇だ。

 手伝おうとしても、皆私に気を使う。

 私に希望を抱いてる。

 私なら何とかしてくれるって。

 まあ、初日にあんな派手なことしたらそりゃそうだと思うけど。

 だからって何もさせてくれないのはね…

 そんなことを考えながら、私は反乱軍基地の外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地の外、つまり古城の外はやっぱり爽やかな潮風が駆け抜けている。

 水平線から見える小さな船や、陸の方角から見える国城など。

 革命中とは思えないな…

 とてものどかな風景が広がっていた。

 転生前の世界には絶対ない景色だ。

 環境汚染で空は常に暗く、海は黒い、草木はすべて枯れ果てていた。

 そんな世界で暮らしてきたから、こんな綺麗な景色はゲームの中だけだと思ってた。

 それが今や眼前に広がっている。

 星空の時も思ったけど、やっぱり素敵だ。

 

 「ラップの一つでも歌いたくなるな…ん?」

 

 そうやって、早速歌おうかと思っていた時。

 視界の端に映る影。

 それをよく見てみようと視線を向ければ、それは人だった。

 海に人が浮かんでいた。

 それだけなら別にいい、その人からは血が流れていた。

 更にはその血に誘われたのか、周辺にはサメらしき背鰭が!

 

 「見ちゃった以上、助けなきゃ」

 

 このまま見殺しにしたら、私の心に嫌なものが残る。

 私のために、浮かんでいる人を助けることにした。

 誰も見ていないことを確認したあと擬態魔法を解除、翼を広げて海へと飛翔する。

 世界がものすごい速さで私の後ろへと流れていく。

 時間にしてコンマ数秒で、私は浮かんでいた人を、鷹の如く掴みあげ、そのまま急浮上した。

 サメなんて海から飛べやしない。

 空に飛んでしまえばこっちのものだ。

 しばらく回遊していたサメだが、しばらくして獲物が横取りされたとでも思ったのか、徐々に姿を消して行った。

 それを確認したあと、私は反乱軍基地に着地。

 もちろん人目がない場所にだ。

 そこで擬態魔法をもう一度かけたあと、助けた人をみる。

 随分と長いローブを被っていて、顔すら見えなかった。

 とりあえずローブを剥がなければ、傷の状態がわからない。

 失礼承知でローブを剥ぐ。

 そこに見えた顔と、【頭】に付いていたそれ(・・)に、私は少し面食らった。

 

 「ワービーストの、女の子?」

 

 それは可愛らしい顔をした、頭に犬耳の生えた少女だった。



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6.韻 フィーネ

 ワービーストの少女を助け出し、それから数分後。

 私は救出直後に回復のラップをかけ、傷を全開させ濡れた体を乾かしたが、その時少女は目覚めなかった。

 だから目覚めるまで待つことにした。

 オヤジさんに報告した方がいいだろうけど、ワービーストということもあってか、中々報告できなかった。

 ゲームだと可愛いことで愛用者の多いワービーストだけど、こういう異世界だと、ワービーストは差別されてることが多い気がする。

 オヤジさんは違うかもしれないけど、他のヤーさんはわからない。

 念には念を入れて、少なくとも目覚めるまで…

 そう考えて待ってるわけだけど…

 

 「中々…だねぇ…」

 

 全く目覚める気がしない。

 カモメの鳴き声と、波の音が虚しく響いているだけだ。

 どうしたものか。

 もうこの際、耳とか弄ったら起きないかな?

 ワービーストの耳は敏感と、フレーバーテキストにはあったし。

 まあこの世界がスカイウォーオンラインと完全に同じじゃないのは知ってるけど、もしかしたらに賭けて。

 ゆっくりと、そのもふもふとしていそうな犬耳へと、手を伸ばす。

 じわじわと、指が耳へと差し迫る。

 しかし、完全に到達する直前で、彼女の体が動いた。

 その時の私は、それはもう光のごとき速さで手を引っ込めた。

 眠ってるあいだに敏感な所を弄られたら、そりゃ普通は怒る。

 敏感な所を、睡眠中にいじる奴なんて印象付けたくない。

 それを防ぐためだった。

 引っ込んでから数秒後に、彼女はもそもそ体を動かし出す。

 まず最初に、ヘタっていた耳がふわりと動き、頭と体も一緒につられ出す。

 そしてあげた顔は、やっぱり可愛らしくて、正しく童女と言った見た目。

 彼女は私を認識したみたいで、その直後大きく身を引いた。

 なにか、怯えてるようだ。

 まあ、目の前に巨体があったら引くか…少し傷付くけど、自分が望んで得た巨体。

 文句は言わない。

 しかし、しばらく私に怯えた様子だったけど、自分の体を触り始めた。

 傷がないことに気づいだんだね、それが終われば私を見る。

 

 「……助けてくれたの?」

 

 「…まぁ、そうなるね」

 

 嘘をつく必要は無いし、素直に答えた。

 すると有無を言わさずに、彼女は私に向かって抱き付いてきた。

 おぉう、女の子ってこんなに柔らかでふかふかしてるのか…

 自分も女だけど、こんなんだったのかな?

 誰かに抱きついたことも、抱きつかれたこともなかったから、内心焦りに焦ってる。

 だけど、彼女から聞こえてきたもので、次にどうすればいいかなんとなく分かった。

 泣き声だった、押し殺したそれはなんとも言えないもので、なぜ彼女が海に傷だらけで漂流してたかと聴ける場面じゃない。

 私はほぼ無意識に、彼女の背中をさすっていた。

 ポンポンと3回ほど優しく背中を叩けば、嗚咽は大きくなる。

 しばらく彼女の悲しみが収まるまで、私はそのまま抱かれ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……よかったら、話聞かせて…なんで海を漂流してたの?」

 

 収まってから私は彼女に聞いた。

 純粋に気になってたからだ。

 だけど彼女は口を閉じた。

 話したくないのではなく、話せないと言った表情だった。

 なにか深い事情があるのかもしれない。

 だからあえて聞くことはしなかった。

 

 「とりあえず……私のいるところにくる?」

 

 そう私が聞けば、彼女は明るい顔になり、大きく何度も頷いた。

 お尻から生えた尻尾がちぎれそうなほど振られてる。

 そんなに嬉しいの?

 ……なんか、凄い懐かれたなぁ。

 普通胡散臭いと思わないのかな。

 とりあえずそのままの服装だと、風邪を引きそうだ。

 なぜなら彼女の今の格好はローブのしたの服装だが、随分とみすぼらしいのだ。

 一瞬奴隷とか浮かんだけど、それならますます漂流してるのは変だと思い、その案は捨てた。

 よくある物語だと、奴隷は消耗品扱いされてるけど、決して安くない。

 そんなものを消耗品扱いするやつはいない。

 いくら貴族でもだ。

 愛玩用とか、仕事用とか使い分けることはあってもね、

 この子の場合は多分愛玩用になりそうだから、ますます捨てられたということも考えなれない。

 商人が売品をおっことすなんてバカやらかすとも思えないしね。

 それでどうしたものか、とりあえず私は即興でラップをアカペラで歌い出す。

 

 「お犬のお嬢さん、可愛いシャインフェイス

 それに似合わないボロいワンピースだ

 良ければ作ろう 特注コーディネート」

 

 ラップが終われば彼女の服が変わっていく。

 ボロボロのから綺麗な…おっと?

 

 「こ、これは……私の趣味のせいか」

 

 そこにはフリルたっぷりゴシックロリータを着た彼女がいた。

 なぜゴシックロリータ?

 可愛いものには可愛いもの着せたいじゃない?

 ダメかい?

 別にゴシックロリータにしたかった訳じゃないけど、なぜか私の欲望がラップを通して、そのまま投影されたみたい。

 とりあえずこれで風邪をひくことは無いよね。

 彼女もとっても目を輝かせて喜んでるし。

 というか、こんなもの着ていいのと言った驚きようだし。

 

 「それじゃあ行こうか」

 

 そう言って、私は彼女に手を差し出す。

 こういう時は手を繋いだ方がいいって、さんざんやったアドベンチャーゲームで学んだ。

 案の定彼女は私の手を取って、一緒に歩き出した。

 身長差もあってか、まるで親子だ。

 彼女140くらいしかないんじゃないかな。

 

 「フィーネ」

 

 「ん?」

 

 突如彼女が口を開いた。

 彼女は、私に視線を向けて、その碧色の瞳で語っていた。

 そして、同じように声を出した。

 

 「フィーネ、私の名前」

 

 「…腐華、鎖腐華だよ」

 

 私もつられて、同じように名前を言った。



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7.韻 作戦会議

 あの後、フィーネに擬態化魔法をかけて反乱軍に連れていくと、てんやわんやしてしまった。

 まあこんな子が酷い目にあってるのは国のせいだと叫ぶものもいれば、普通に愛でる者もいるし、なんの関心も抱かない人もいる。

 そんな混沌は置いとき、その渦中の彼女は今どこにいるのかと言うと…

 

 「フカ〜」

 

 「あ、ごめんごめん…」

 

 私の膝元にいた。

 彼女はかなり私に懐いてしまい、私から一向に離れようとしない。

 トイレまでついてきた時は流石に焦った。

 犬のワービーストとはいえ、懐きすぎじゃないか?

 すこし懐疑心が現れそうだけど、まあ害はまだないしいいかなとか、若干楽観的にかんがえてる。

 あんまり考えすぎたら、頭が痛くなるし面倒極まりない。

 そんなの嫌だから、深く考えないようにした。

 そして今私がフィーネにしてることは、頭を撫でているだけだ。

 私を椅子代わりに座って、忙しなく動いてく反乱軍兵達を眺めてる。

 面白いのだろうか、同じように彼女の瞳はそれぞれを追っていた。

 とりあえず私は彼女の頭を撫で続けるだけだ。

 さらさらと、黒い髪は指で解かせれるほど滑らか且つ艶やかで、触るだけで気持ちがいい。

 そして私が撫でれば、フィーネも合わせて機嫌の良い声を出す。

 

 「完全に子守になってるな、クサリ!」

 

 「オヤジさん?」

 

 そんな時、私に声をかけてきたのはオヤジさん。

 …やっぱり女性なのにオヤジさんというのは変だな。

 

 「オヤジは称号だからな。女とか男とか関係ないぞ」

 

 ……顔に出てたかな?

 私の考えを当ててきたオヤジさん。

 そう言ったあと、彼女は私の横に座る。

 合わせてフィーネが、オヤジさんとは反対側に逃げる。

 怖いのだろうか、私以外が近づく時には常にこうだ。

 

 「ハハハッ、まだダメかい!」

 

 後頭をかきながら、オヤジさんは笑った。

 反対にフィーネは私を盾に出てこない。

 …怯えるフィーネはちょっと可愛いとか思った私は変だろうか。

 何にしても、これじゃあいつまでたっても、他の反乱軍兵達がフィーネに触れれる日は来ないだろう。

 

 「ところでクサリ、後でいいか?」

 

 オヤジさんが話題を振ってくる。

 何だろうか、どの道私は暇だ。

 当然変なのでないなら向かう。

 ……向かいたいんだけど、フィーネ?

 

 「やー」

 

 フィーネが私にまた座り、そして降りない。

 立てない。

 椅子から離れなれない。

 

 「フィーネ、せめて立たせて?」

 

 「うー」

 

 そう言うと離れてくれた。

 けど凄く泣き出しそうだ。

 あぁ、もう。

 私は手を伸ばし、フィーネの頭を撫でる。

 するとフィーネはすぐ機嫌を直してくれた。

 

 「それじゃフィーネ、また後で座らせてあげるからね」

 

 「うん、待ってる!」

 

 やっぱり少し悲しそうだけど、このままだといつまでたっても離れられないので、ゆっくりとその場をあとにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、オヤジさんに呼び出されてやってきたのは作戦会議室。

 至ってボロい見た目の会議室としか言えないが、ちょこんと添えられてる紫の花が唯一の華か。

 そんなところに2人、既にいた。

 参謀さんと団長さんだ。

 参謀さんは文字通り、団長さんは本当の意味で反乱軍兵のまとめ役をやっている。

 マリア・クルーザーズの人間ではないため、当然ヤーさんではない。

 その2人と、私とオヤジさん。

 計4人がここに集まった。

 

 「さて、3人をここに呼んだ理由は簡単だ。ある作戦を実行するにあたって、クサリに作戦内容を伝えることとと、改めて作戦を見直すためにだ」

 

 そう言って、オヤジさんが席につく。

 それに合わせて2人も座る、私も一人立つのはダルいので座ることにした。

 てか、作戦ってなに?

 

 「クサリ、前に開けてもらった箱。あれな、中にある計画書が乗ってたんだ」

 

 オヤジさんが何かをテーブルに広げる。

 それは蒸気機関車の経路だった。

 ……この世界に列車あったんだ。

 そんなことを考えていたら、オヤジが続きを参謀さんに言えと伝える。

 

 「ハイハイハイ、えー、この蒸気機関車こと【アトラクター号】は、どうやら王の親族を運ぶための脱出列車のようですハイ。ですのでハイ、【アトラクター】を襲撃、中の親族を捕まえてしまえば、この反乱も成功ということですハイ。王が何者かに暗殺されて、実権が親族ハイ、一人息子のジョンソンになり、摂政兼護衛として【御堂皇】も乗ってると思われます。2人、ハイ特に御堂を捕らえてしまう、あるいは殺害してしまえば、残るはろくに政治を知らないジョンソンのみですハイ」

 

 …相変わらずハイが多い人だ。

 とりあえずまとめれば、列車を襲撃して中にいる王の息子を捕らえて、皇を殺せばいいんだね。

 ジョンソンを捕まえたら、反乱軍が政治をやるのか…

 ヤーさんの支配する国にならないそれ。

 少しこの世界の行く末が心配になったけど、皇を殺せればOKの私は、正直そこまでこの世界に思いれないし、良いかと切り捨てた。

 知らない他人の人生なんか知るか。

 知っているオヤジさん達には悪いと思うけどね。

 

 「で、作戦ですがハイ。単純明快に【水牛】で飛び乗ります。ハイ、間違いなく反撃に法魔が飛んでくるんで、1筋も2筋も上手くいかないでしょう。つい最近までの私なら絶対にやらない作戦ですハイ」

 

 そう呟いた後、私に目をやる。

 まあ知ってた。

 やっと働ける…働きたくないけど、暇は辛いんだ。

 

 「そこで一騎当千ならぬ一騎当億のクサリ殿に突撃して頂き、我々はクサリ殿のバックアップに回る、万が一にもクサリ殿がダメな場合でも、我々はすぐさま救助に迎える配置で行いますハイ」

 

 それに誰も反論しない。

 この短期間に随分と信頼されてるなぁ…

 私戦ったの1回だけなのに。

 まあ、それの方が都合いいか。

 本当の意味で全力出せそうだし。

 

 「クサリ、やばいと思ったら即逃げろよ。奴らアタシらが死に体だからって、余裕かましてこんな堂々と親族脱走を計画したんだ。仮に成功すれば一気に反乱は成功する。だが失敗したら…それでもクサリがいれば立て直せる気がするんだよ、だから死ぬなよ…こんな無茶たのんどいてあれだが…」

 

 そう言って頭を下げるオヤジさん。

 別に気にしなくていいよ、確かに無茶振りにも程があるけど。

 

 「こういう無茶な話……」

 

 「っ!(やっぱりダメか…)」

 

 「きらいじゃないよ?」

 

 「!!」

 

 全員の顔に光が指す。

 そして今まで口を閉じていた団長さんが話し出す。

 

 「OK、全員に今の話伝えてくる。決行はいつだ」

 

 「2週間後、全てはその時に決まる」

 

 その言葉で、会議は終了した。

 この世界とおさらばするのも、意外と……フラグか。

 最後まで言わないでおこう。

 そんな考えのあと、私はその場を後にした…



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8.韻 眷属化

しばらく日常(?)話が続きます


 作戦を2週間後に控え、私は自室のベットで横になっていた。

 ベットと言っても、かなりボロい。

 正しく即席と言ったものだ。

 そりゃそうだ、そんないいベットなど使う余裕は反乱軍にはない。

 自室自体もボロい、そもそも地下の牢獄だった場所に、鉄格子を取り外して、薄い木版を打ち付けただけの状態。

 床だって石畳だ。

 一応掃除はしたが、それでもその汚さは取れない。

 たがこれでもマシな部類だ。

 仕方ない、わがままは言えない。

 まあ、何気にこの汚さは良かったりする。

 こんな汚いところ、普通なら暮らさないからね。

 

 「……お風呂入りたい」

 

 唐突に思った。

 汚いとかどうとか考えていたせいかな。

 そういえばここ最近お風呂に入れてない。

 竜人の身体のおかげで、そんな臭いとかしないし、汗もかいてないけど、やっぱり日本人女子お風呂には入りたい。

 どうにかできないだろうか、ラップでもお風呂を作るのは無理だ。

 出てくるのは真水、冷たくて死にそうになる。

 魔法で作る水は、なぜか私のは全て冷え冷えの真水なんだよ。

 氷水より冷たい感じ。

 まあ本来は攻撃用だし、仕方ないのかな?

 そんなこんな考えていると、扉を叩く音。

 って、そんなに強く叩くと…

 

 「フーカー!!」

 

 あぁ、やっぱり。

 フィーネが私の部屋の扉(極薄)をぶち抜いて現れてしまった。

 相変わらず、私の前では元気だねぇ。

 胸に飛び乗ってきたフィーネを撫でる。

 ステカンストじゃなかったら、飛び乗られただけでも死にかけたと思う。

 竜人というのもあるかもしれないけど。

 そうして撫でてると、尻尾が強く振られ…あれ?

 

 「フィーネ、魔法解除した?」

 

 「うん…フカと二人っきりだから」

 

 「そりゃそうだけど…」

 

 擬態化魔法は任意で解除できるからね。

 かけた側も、かけられた側も。

 確かに二人っきりだけど、今扉に大穴空いて丸見えなんだけどな。

 まあフィーネが嬉しそうだから、邪魔しないようにラップを口ずさむ。

 

 「痛めてごめんね薄板くん

 すぐさま体直してあげる

 大穴あいた空虚な体

 詰めに詰め込み元気な扉」

 

 オプジェクト限定回復魔法。

 通称耐久回復……のはずだったけど、元気な扉は余計だったみたいで。

 

 「……あり?」

 

 扉が治るどころか、みるみる厚く、固く、鈍い金属光沢を放つ鋼鉄製の扉に。

 更にはHP表のようなものが見えてきた。

 HP表のようなものは、私にしか見えていないようで、フィーネも扉の異変に気づくけど、HP表を見ていない。

 そして、このHP表の有無を私は知ってる。

 スカイウォーオンラインでは、敵のHPは臨場感を出すために非表示されている。

 それはパーティでも同じで、HP表が見えるのは1つしかいない。

 

 「眷属化してないこれ?」

 

 そう、眷属のみそのプレイヤー本人限定だがHP表が現れるんだ。

 つまりこの鋼鉄製扉……のようなモンスターは、私の眷属になったということだ。

 回復魔法だったのに、眷属化する理由がさっぱりわからないが、多分ラップに付けた単語が悪かったかもしれない。

 そうして、私たち2人が呆然としてると、扉は端から手足を生やした。

 ドラ〇もんみたいな、デフォルメされた白い丸手丸足だ。

 それはドア枠から飛び出して、こっちに歩いてきた。

 すごい威圧感がするが、ある程度の距離まで来て、扉は……

 

 「ワターシ、【ミスター・ドーア】トモウシマス、眷属トシテイタダキ、アリガトウゴザイマス!」

 

 ものすごいカタコトで、そう言い出した。

 ……どうやって声出してるんだこれ。

 開いた口が塞がらないとはこの事か、しばしのあいだ、フィーネと私は、ただただ、綺麗な直角(比喩ではない)に頭を下げる扉…ミスター・ドーアを眺めていた。



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9.韻 交渉、そして例え悪意なくとも傷つく言葉は傷つくものであるby腐華

 ミスター・ドーアを眷属にしてしまってから数分後。

 私は新しく扉を作り直し、このドーアをどうしたものかと考えていた。

 眷属化したからと言って、消えることが出来るかといえば否。

 そして目立つ巨体と黒光りする肉体?鉱体?

 どっちにしても困ることには変わらない。

 反乱軍に見つかったらどう説明しようか…

 眷属化したと言うのは間違いなくまずい。

 眷属化はプレイヤーは普通に出来ているけど、この世界の住民が出来るかどうかわからない。

 逆をいえば、何らかの存在と疑われざるを得ない。

 単純、でたらめに強い人という認識から、洗脳術的なものが使えるデタラメに強い人になるのは、危険度が増す。

 反乱途中に消しにかかってくるかもしれなくなる。

 そうなるときつい、ただでさえチームプレイなんてできないのに、不穏な雰囲気など出したくない。

 

 「どうしようか…」

 

 ウンウン唸ってると、ドーアが提案する。

 

 「ソレナラ、ワターシニ良イ考エアリマース!」

 

 そう言って、その内容を話し出すドーア。

 それを聞いて、大丈夫かどうか不安になる。

 

 「フカ〜」

 

 尻尾を振って笑うフィーネ。

 一応微笑み手を振るけど、正直笑えないんだよね。

 …しょーがない、一か八か試してみようか。

 私はドーアの提案を呑み、ドーアと共にオヤジさんの部屋へと向かった。

 当然道中、奇っ怪な目で見られたり、何やってんだクサリの姐さんと声をかけられたりしたけど、まあ仕方ないと割り切った。

 やがて辿り着き、その戸を叩く。

 心地よく木製特有の音が響く。

 

 「はいれ」

 

 「失礼します」

 

 言葉に合わせて部屋に入る。

 オヤジさんだけだった。

 今日は護衛さんいないのかと思いつつ、ドーアと共に入った。

 

 「なんだクサリか、お前ならノックなしでも…なんだそりゃ?」

 

 まあ知ってたが、オヤジさんも唖然とした表情でドーアを見つめる。

 そりゃそうだね、こんな鋼鉄製扉が歩いて入ってきたらそうなるね。

 私はドーアが提案した作戦を口に出した。

 

 「実は、この基地の地下でうろついていた魔物でね。放置するのも危ないし、取りあずとっ捕まえて餌付けしておいたよ。今は私に懐いてるから大丈夫」

 

 ……うん、どこが大丈夫なのかさっぱりだし、そもそもこの世界に魔物入るのだろうか?

 そう言えば魔法は見たけど、魔物の有無は知らないや。

 いやいや、亜人がいるんだからいると信じよう。

 しばらくオヤジさんは考えていたようだけど、最後には口を開いて答えた。

 

 「そうか、仲間にしろと頼みたいんだな?」

 

 ……何がどうしてこうなったのかわからない。

 計画通りなら、オヤジさんがそれでと聞いたあとにそれを聞こうと思ったのに、なんでその工程を読まれているんだろう。

 

 「顔に出てるぞ、仲間にしてくれたら嬉しいなって」

 

 それを言われて顔を隠す。

 やっぱり私は完全な無表情という訳でもないようだ。

 なんせ表情から、心中を読まれるくらいだし。

 

 「クサリの頼みなら断らねぇ、よくわからん奴だけど、まあいいぜ。2週間後の襲撃に使えるかもしれないしな」

 

 「感激感謝デース!アリガトウコザイマース!!」

 

 ちょ、喋っちゃダメでしょうに。

 ドーアが喋ったためか、オヤジさん無言で固まってる。

 目玉が飛び出るほどの驚きってこういうことなんだろうね。

 

 「っは、クサリ…そいつ喋るのか?」

 

 「うん……伝えるの忘れてた」

 

 忘れてた訳では無いが、言ったらややこしいことになりそうだったから言わなかったのだ。

 というか、計画だとドーアは喋らないはずだったのに。

 私はドーアを軽く睨む。

 ものすごく申し訳なさそうに頭垂れていた。

 

 「ま、まあいい。珍妙な格好だが…女に二言はねぇ!こいよ反乱軍!」

 

 「アリガトウコザイマース!!大好キデース、オヤジサーン!!」

 

 「す、好き!?」

 

 好きと言われて真っ赤になるオヤジさん。

 はへ?

 ドアだよ、好きくらい言われても赤くはならなくない?

 

 「い、異性に言われるのは初めてなんだよ!」

 

 はぁ…

 ドーアを異性と思っていいのかどうかはさておき、オヤジさんの意外な乙女心が分かってしまった。

 初なんだねー。

 言ったら殺されそうだから言わないけど、いや多分蚊に刺された程度だろうけど。

 そんな気配を感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドーアを何とか反乱軍に取り込んでからさてしばし。

 私はまた自室に戻っていた。

 あのボロいベットに寝っ転がって、お腹にフィーネを乗せていた。

 ベットに耐久回復を使ったら、多分いいベットになりそうだけど、またドーアのように眷属化したら嫌だし、それは我慢した。

 

 「フカ〜、フカ〜…んふふふ」

 

 お腹の上で嬉しそうにゴロゴロするフィーネ。

 そんなに楽しいかな?

 私には何が楽しいのかわからない。

 まあどちらにしても、フィーネが楽しいならそれでいいか。

 しかし暇だ、2週間後に大きな作戦があるとはいえ、それまで暇なのは変わらない。

 なにかいい加減暇つぶしを考えないと。

 跳ね始めたフィーネをさておき、私は唸りだす。

 ……冷静に考えたら、お腹の上でジャンプされたら普通吐くよね。

 この体、驚かされることばかりだなぁ…

 

 「フカのお腹、ぽよぽよで気持ちいい」

 

 ……何だろうか、凄く傷つくことを言われた気がする。

 フィーネにそのつもりは無いだろうけど。

 なんか、辛くなった。

 そのまま私は暇つぶしのことなんか忘れて、お腹の上で跳ねるフィーネをよそに、枕を涙で濡らした。



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10.韻 列車襲撃

 襲撃当日、この2週間近く私たちは列車襲撃のための準備をしていた。

 と言っても、私自身はほとんど何もしてないけど。

 反乱軍兵達が政府軍の補給拠点の物資を強奪したり、作戦を再確認していたりと、ほとんど忙しなかった。

 それもそうだ、この作戦失敗すれば反乱軍はおしまいだ。

 突然入ってしまったドーアをどう起用するかとか、政府軍に今作戦がバレていないか。

 様々な話が混ざり合い、そして今。

 リバーウッド海岸、その湾岸線に列車が走っていた。

 この場所を走りきり、アルメンデル大橋を渡って国境の河越えれば反乱軍の負けだ。

 だけど国境付近には、隣国ラピスラズリの防衛部隊が対岸を埋めつくしているらしい。

 つまり正確には国境付近についた時点で負けだ。

 そんな作戦の中枢を担ってるのが私だ…というかこの作戦自体私抜きでは成り立つことないし。

 はっきりいって逃げ出したい。

 こんな大舞台任されたことなんて、16年生きていて初めてだ。

 心臓が早鐘を打つ、へんな汗が吹き出る。

 だがそれを味方には悟らせない。

 目の前に広がるリバーウッド海岸。

 天気は爽やかに晴れ渡って、スカイブルーが綺麗だが、海は私の心情を表すように、波がうねり荒れていた。

 そこを整備し、鉄と岩で作られた線路を黒光りする蒸気機関車が颯爽と走り抜けている。

 対する私たちは、反乱軍の技術を結集して作り上げたあるものに乗っていた。

 それは……水上スキー。

 正確には水上スキーのようななにか。

 でなければ素人の私でも動かせるわけない。

 木造のバイク部分と、エンジンに石が導入されてる。

 この石、魔鉱石と言われていて、どうやら魔力に反応して爆発的なエネルギーを生み出すらしい。

 それをうまく使って、加速と減速をコントロールする。

 そのため私の知ってる水上スキーより見た目はボロいし、何より手首に魔力吸入用のチューブ的なものが接続されていた。

 すぐに外せるように、私のは緩くしてるけど。

 つまり私たちは海から襲撃するわけだ。

 まるで反乱軍というより海賊だね。

 そんなくだらないこと考えつつも、私は合図を待つ。

 現在反乱軍は気づかれないように、遠くから列車と併走中。

 仕掛けるタイミングは決まってる。

 リバーウッド海岸は急なカーブが大きくて、列車の安全性を保つため、大きく減速する区画が幾つかある。

 そのタイミングに襲撃して、何れかで私が乗り込めば第一段階成功だ。

 その為に反乱軍はバックアップを全力で行うとのこと。

 と言っても、死にそうになったら逃げてと伝えているけどね。

 さて、その減速区画まであと少し。

 私は自分に喝を入れる。

 

 「集中しろ鎖腐華、私ならできる、ステータスを信じるな、このフカというキャラを作り上げた私自身を信じろっ!」

 

 自身の頬を、あいた左手で叩き、カッと目を開く。

 視界の端には無理矢理ついてきたフィーネがいた。

 作戦開始前に駄々こねて、仕方なく連れてきた。

 オヤジさんの機体に縛り付けられて、すごい不満そうだけど、危ないから仕方ない。

 ミスター・ドーアはいつでも私の盾になるとばかりに、ヤーさんの機体の後ろで準備運動をしている。

 開始まで1分を切った。

 姿勢を低くして、空気抵抗を減らす。

 30秒、アクセルを思いっきり捻りつつ魔力をぶち込む。

 20秒、スクリューが泡を吹きたて、視界が急激に変わる。

 10秒、列車の姿が更にはっきり、大きく見えてくる。

 5秒、敵兵士達が気づき始めた。

 1秒、反乱軍は銃や魔法を取り出し、私は突撃体制を取った。

 

 「反乱軍だ、撃てぇ!!」

 

 「反乱軍、報復開始ィ!!」

 

 両軍のリーダー、オヤジさんといかにもな騎士装備の男の怒号によって、爆発音が一気に響く。

 政府軍と反乱軍の銃と魔法の打ち合いだ。

 列車の壁がどんどんはげ落ち血が彩り、反乱軍はスキーや騎乗者が撃ち抜かれ散っていく。

 破片と赤が海と湾岸線を染めていく。

 炸裂音が鳴り止まない、銃弾と魔法弾の合間を縫って、私は一気に機体を走らす。

 大きな体のせいで、結構掠ったりしてるけど、ダメージは皆無。

 少し強引に迫る。

 

 「1人近づいてきたぞ!」

 

 「魔装連射砲を使え!」

 

 政府軍兵士達が何かを言って、奥から持ってくる。

 それはどう見てもガトリング砲。

 ちょっと趣味の悪い金の装飾がされてるけど、どの道ガトリング砲であることには変わらない。

 その狙いが私であることは先刻承知。

 私は冷や汗をかきつつも焦らず、左腕を虚空に差し出す。

 すると空間が黒に歪み、そこから鎖が吐き出される。

 それを一気に引き抜けば、現れるのは巨大な大鎌。

 私の愛刀ならぬ愛鎌、【死を宣告する腐敗の大武鎌鎖(インヴェクション)】。

 禍々しくも毒々しい、紺の峰と翆の脈動する血管のような物体の色合い、(ひず)んだ刃から放たれる、本能的に感じ取れる危険な空気。

 ラップで戦えると分かるまで使っていたメインウエポン。

 昔は出来たけど、あれ今もできるだろうか?

 心配になりながらも、ガトリング砲を発砲してくる政府軍兵士達。

 その弾が私に届くことは無い。

 

 「何ィ!?」

 

 「あいつ、なんだ!!」

 

 弾は全て私の大鎌に塞がれた。

 私はインヴェクションを円状に回転させ、弾が届く前に叩き落としていたのだ。

 回る大鎌に弾丸が当たるたびに、ポンと小さな炸裂音と共に、魔装連射砲の名の通りか、魔力を帯びた弾丸が錆びては砂になる。

 当然だがこのインヴェクション、名前の通り腐敗属性持ちだ。

 通称ハンデサイズと言われるくらいには腐敗属性付与値が高く、通常攻撃が低い。

 その為スカイウォーオンラインでは、ゲーム屈指の産廃武器とか言われてしまったが、それでもこの武器を私が愛用し続けた理由はかっこいいから、そしてこれがあるから。

 

 「なに!?」

 

 政府軍兵士の驚きをよそに、私は水上スキーから吹っ飛ぶ。

 そしてインヴェクションの柄尻に付いていた、先がフックになってる鎖を投擲する。

 それは見事列車の床に突き刺さり、私は思いっきり引っ張る。

 よって私は突き刺さり抜けなくなったそこへと、真っ直ぐ寄せられていく。

 そうこのインヴェクション、使い方次第ではこんなふうにスタイリッシュなワイヤーアクションも出来るのだ。

 ダメージを減らすため、着地に合わせて前転、反乱軍の攻撃によって出来た列車の破片(障害物)へと転がり込む。

 唖然としていた政府軍兵士達はそのタイミングで我を取り戻し、私の隠れた場所へと銃撃と魔撃を撃ちまくる。

 どうせ効かないと言っても痛いものは痛い。

 素直に隠れて、私は大鎌を構えた。

 

 「ラップを使う時間が無い…というか、ラップを使うまでもないかな」

 

 確認させるように自分に言いかせたあと、隠れてた障害物を立ち上がると同時に蹴り飛ばす。

 ステカンストの蹴り飛ばしによって、障害物は大砲の如き威力ですっ飛んでいく。

 食らった兵士は溜まったものじゃない。

 吹っ飛ばされ、線路へと叩きつけられていった。

 

 「このアマ!」

 

 続きは言わせない、確実に刃を当てるためバックステップ、一歩交代して大きく横に薙ぐ。

 ギャオンと音を立て、鎌が振るわれれば…想定より凄いことになった。

 まず真正面にいた兵士の胴体が泣き別れした、それはまあいい。

 手に斬った感覚が伝わってきて気持ち悪いけど、この際どうでも良くなった。

 だって、その彼の後にあった何台かの車両の半分上が……

 

 「なんで斬れたの…」

 

 そんな威力インヴェクションにはない、ステカンストでも出来やしない。

 なんでこんな大破壊出来たんだろう。

 当然そんなことになると思ってなかったため、その先の兵士たちも切り飛ばされている。

 回避なんて夢のまた夢、死んだことすら分かってないだろう。

 自分が起こしたことに若干唖然とするが、どうせ神こと白いのがなんかしたと考えることにした。

 そう言えばこの世界に来てから、全力で戦ったことも、ましてや全力で行動すること自体なかったからな。

 それもあるのかもしれない。

 何にしても、おかげで大分進みやすくなった。

 擬態化魔法を解くこともなく、私はあえて悠々と歩き、車両を進んでいった。

 迫ってくる兵士は切り捨て、銃撃は鎌を回して塞ぎ、空いた足で障害物を蹴飛ばして処理。

 魔法は紙一重で開始しては切り飛ばす。

 気合い入れた最初が馬鹿らしくなるくらいにはサクサク進んだ。

 兵士たちは、急ぐべきこの状況で、私が歩いていることから、自分たちを蹂躙して進むことは容易いと思い込み(事実そうだけど)、逃げ出すものが出てきた。

 狙いはこれだ。

 誰しも彼しもが王のために死にたいわけじゃない。

 誰だって自分の命は惜しい。

 それでも戦う兵士達は余程王に忠義があるんだね。

 何にしても、結構な兵士達が逃げたおかけで更に楽に進めれた。

 立ち向かう少数を殲滅しつつ、車両を進む。

 そうしてようやく客席らしきものが見えてきた。

 自分が飛び乗ったところはそんなもの無かったから、荷物を載せる車両だったのは知ってたが、こんなに長いとは思わなかった。

 さすがに客席には誰も乗ってない。

 この列車は国王の貸切状態だからだね。

 正確には脱出のためのがつくけど。

 ガラガラの客席をあとにして先に進めば、少し豪華な扉が見える。

 恐らくここがそうだろう。

 この扉を開ければ、反乱軍ターゲットの国王の息子【ジョンソン】、そして私のターゲットの【御堂皇】が…

 

 「ふぅ……」

 

 息を吸い、そして吐く。

 何度も自分に言い聞かせる。

 私はこれから転生者を殺すんだと。

 何人も恨みもない兵士達を殺しておいて今更と思うけど。

 この扉を開ければもう帰れない。

 本当の意味で神の殺し屋になる。

 ここで逃げたら反乱軍もおしまいだ。

 自分の世界にすら帰れなくなる。

 改めてそれを頭に浮かべ、私は決意を胸に抱いた。

 そしてその思いのまま、その扉を蹴破った…



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11.韻 とりま物理で殴ってみたが、無理ゲーだった…

 扉を蹴破り中に入れば見える人影2つのみ。

 1つは小さく子供のように見え、もう1つはそれを守るように寄り添っている。

 やがてそれははっきり見えるようになり、それこそが私の狙いだった。

 ジョンソン王子と、御堂皇だ。

 ジョンソン王子は小太りで、いかにも王族の子供といった容姿であった。

 対する御堂は見事なまでのイケメンで、そして黒い髪に赤い瞳が特徴であった。

 何より目を引くのは、その背に携えた大剣。

 煌びやかな装飾を施され、だが同時に強烈な力を感じるそれは、彼がどんな戦い方をするのかよく教えてくれた。

 御堂皇の顔はアズラエルから教えて貰ってた。

 ならばジョンソン王子は消極法で分かるものだ。

 

 「反乱軍か、王子は奥の部屋へ!」

 

 「し、死ぬなよミドウ!お前は僕のシモベだからな!!」

 

 そう言って、ジョンソンはヘコヘコ奥へと走っていった。

 残るは御堂皇のみ。

 私は無言でインヴェクションを虚空へと還す。

 どす黒い粒子となって、インヴェクションは霧散する。

 

 「……いや反乱軍じゃないな、お前何もんだよ」

 

 皇が、背の剣を抜いて私に切っ先を向ける。

 その目は真っ直ぐで、だがなんとなく私は分かった。

 この目は嘘だ、本当はこんなに綺麗じゃない。

 もっと濁っているはずだと。

 

 「反乱軍だよ、ちゃんと」

 

 そう私は言い返す。

 皇は疑念の表情をやめない。

 

 「反乱軍にお前のようなやつはいないって聞いたぞ」

 

 そりゃ新参ですし、ほとんど実戦に出されなかったし。

 皇は剣を向けたまま私を睨み続ける。

 頭の中に、横アクションゲームとかで出てくるボス。

 自分があんな感じに思えた。

 

 「反乱軍の切り札…みたいな者かな、私」

 

 「切り札……なるほどな、何にしても…お前の狙いは王子だろ、やらせないぜ」

 

 そう言って、御堂は通路を塞ぐように立ち続ける。

 たしかに私の狙いには王子も入っているけど、それ以上に君の命を狙ってるんだよ。

 彼が道を塞ぐのに合わせて、インヴェクションをもう一度展開させる。

 

 「私が欲しいのは王子じゃない……」

 

 そう呟いて、インヴェクションを構える。

 歪んだ刃が不気味に揺らぐ。

 それに合わせて、擬態化魔法を解く。

 隠されていた角、翼、尾が私から現れる。

 竜のごとく雄々しいそれらと合わせれば、人によってはちょっとした魔王にも見えるかもしれない。

 それを見て驚く御堂、だが言葉を言わす前に私が告げだ。

 

 「君の命だ、【転生者】君」

 

 更に驚く御堂、その驚愕の様が良くわかる。

 

 「な、なんでそれを…それにその姿…っ!?」

 

 続きをいう前にインヴェクションを薙ぐ。

 王子を斬らないように威力を抑えて放たれたそれは、車両は一応切れなかったけど、まあ軽く切り傷が出来てしまった。

 だがそれはどうでもいい、塞いだのだ。

 御堂はあの大きな剣で、見事にガードしていた。

 剣には傷一つないところから、あの剣自体がチート相当か、それとも上手く防ぐ技術を持ったチート戦士か。

 そう言えばどんな戦い方をしてくるとかはアズラエルに聞いてなかったけど、検討通りだったから良いか。

 何にしても防いだその様を見て、畳み掛けるように私はインヴェクションを振るう。

 体をグッと捻り、回転力と遠心力を乗せて右、インヴェクションがギャウウンと独特の音を立て迫る。

 それを御堂は剣を巧みに使い、姿勢を瞬時に低くし、そのまま剣を振り上げた。

 剣閃と剣閃がぶち当たり、火花が飛び散り辺りを朱で照らす。

 その時私は深い疑問を抱いた。

 

(腐食してない…これは剣がチートか?)

 

 そう、普通の武器なら、腐敗属性付与率の非常に高いインヴェクションをモロに受けようものなら、あっという間に錆び果ててしまう。

 しかし彼の剣は錆びるどころか輝きを増し、その威力を増している。

 彼が切り上げた剣を床へと叩き付ける、爆音が鳴り響き、衝撃波のような物が地を走る。

 流石にこれは当たらない、インヴェクションを左に薙ぎながらサイドステップを刻む。

 当然それで終わるわけないだろう、相手はチート転生者だ。

 叩き付けで発生するだろう隙を強引にかき消す速度で剣を持ち上げ、鋭く早い突きを繰り出す。

 しかし本命はその後、突き自体は距離も離れているため当たるわけないが、突きのあと遅れて光が打ち出される。

 いわゆる光波だろう、インヴェクションを引き戻して切り上げる。

 かき消すことは出来たが、追撃とばかりに私の懐に奴がいた。

 大剣でこの距離は、大剣の良さであるリーチを潰しているけど、両手の使えなくなった今の私には、出の遅い大剣より、近づいて殴る方がいいと思ったのかな。

 綺麗にアッパーカットが、私に炸裂した。

 目の前に星が飛ぶ、と同時に頭頂に衝撃が走る。

 そして気づけば空が見える。

 どうやら今の一撃で、私は電車の外へと天井を貫通して飛び出したようだ。

 普通それ顎砕けない?

 何度も思うけど、この体やっぱり相当凄いな…

 自身の体に驚きつつも、吹っ飛ばされたせいで、列車から離れていくのが見える。

 このままはまずい、インヴェクションから鎖を投擲する。

 その先はミスター・ドーア。

 私が列車でドンパチしてる間に、反乱軍は海の包囲網を完成させつつあったみたい。

 ドーアが盾になって、政府軍の銃弾や魔法を防いでる。

 相当硬いなぁ彼も…どう見ても鉄の扉なのに。

 だからこそ、フックを引っ掛けても大丈夫だと思った。

 

 「ムム!?ナンデショーカ、カラダニナニカ引ッカカリマシター!」

 

 困惑するドーアに悪いと思いながら、彼に鎖を引っ掛けて回る。

 回ると言っても円運動だ、吹っ飛ばされた勢いを使って、ぐるりとドーアを中心に回り、列車へと突撃する。

 1度やってみたかったんだこれ。

 思いつつ、列車の窓へと真っ直ぐに足を伸ばして……

 

 「ダイナミックお邪魔します!」

 

 蹴りによって窓が砕け、中にいる御堂…に当たることは無かった。

 残念なことに違う場所にいた。

 そして【ドロップキック(ダイナミックお邪魔します)】を外して隙の出来た私に、御堂が剣を振る。

 

 「うおおおおおお!」

 

 「腐敗神の脇差(アブソート)…」

 

 叫ぶ御堂の剣が当たる前に、私は鎖を目の前に召喚、一気に引き抜き、取り出す1本の刀。

 アブソート、これまた腐敗属性持ちで、付与率の高い……うん、産廃なんだ。

 でもかっこいいじゃない日本刀とか。

 名前英名に聞こえるけど、そこは気にしない。

 そしてがっちり御堂の剣を防げてるので、そこも気にならない。

 私にはもう1つ【手】があるから、このまま反撃に移れる。

 そう、尻尾という手が。

 流石に尾での反撃は考えてなかったのか、土手っ腹に良いのが入る。

 でも特に食らってないようだ。

 うぐっとは言うけど、私がやられたみたいにホームランにならない。

 そのまま耐えられた。

 うーん、やっぱり肉弾戦で勝てるものじゃないや。

 調子に乗って挑むものじゃなかった、やっぱり殴り合いは勘弁だ。

 反省反省と自身に言い聞かせて、御堂に切り払いを繰り出しつつ下がる。

 彼の方も同じように下がる。

 鍔迫り合いでは動かないと知ってるからだろう。

 

 「やっぱり、お前も転生者か!」

 

 御堂皇が叫ぶ、特に隠す必要も無いし、私はそうだと答えた。

 すると御堂皇の目が変わった、綺麗なものから汚く濁ったものへ。

 やっぱりこっちが素か。

 御堂は私へこう話し出した。

 

 「なら、なんで俺を襲うんだ。メリットが分からないし、襲う理由が分からない」

 

 「反乱の切っ掛け作って、王様暗殺した」

 

 そう突き出してやれば、少し驚くが開き直る。

 嘲笑う声が響き出した。

 

 「そうだよ、だけどこれはこの国、あるいはこの世界のためだ。知ってるか、この国の前国王は博打好きでな……国税の殆どを博打にスってた。挙句足りなければ加税するクソだ。息子もそうだ、親父みたいに金を湯水の如く使いやがる。放っておけば皆飢え死に絶える。だから俺が変わってやるんだ、新しい指導者に」

 

 ふーん、別に神の世界を襲うとかないみたい。

 なら神様殺す必要なかったんじゃない?

 それとも予防の殺害?

 何にしても、前国王がそうだったどうでもいいし、彼の指導者になるとかの野望もどうでもいい。

 そう伝えてやった。

 

 「あっそ、どうでもいい」

 

 「…嫉妬してるんだろ、俺に?」

 

 「……は?」

 

 急に何を言ってるんだこの人。

 呆れた目になるが、彼は勝手に続きを話し出す。

 

 「俺のやろうとしてることは正しい、正義だ!邪魔するなんて、自分が王になれない嫉妬心からしかないだろ?」

 

 思い上がりも甚だしいなぁ…でもいいやどうでも。

 彼が私をどう思おうが知ったことじゃない、私は彼を殺すのだから。

 

 「思い込むのは勝手だけど、そろそろ本気で行くよ」

 

 そう私が言うと、強がりと思ったのか、彼は盛大に笑った。

 腹を抱えてとも言えるくらいだ。

 

 「おいおい強がりはよしな、俺も手を抜いてたけど、君は俺より強くない、すぐ分かったよ。例え全力出しても大したことないだろうから降参しな。せっかく2度目の生を散らしたくないならさ」

 

 降参したところで何になるんだろうね。

 恐らく彼は私の肉弾戦の評価を挙げているのだろうけど、私の本気は肉弾戦じゃない。

 未だ余裕たっぷりで笑いに笑ってる御堂。

 笑えるのは今のうちさ、しっかり見せてあげるよ。

 心の中でほくそ笑み、私はインヴェクションの柄尻を床に叩きつけた。

 軽い衝撃波とともに、虚空から呼び出されるものあり。

 それはこの世界で初めて戦闘した時に出したあのスピーカー。

 しかしその数は最初と違い、2台ではなく【8台】。

 更にデザインが、最初のザ・スピーカーと言ったものから、紺色のボディに、翠色のラインで刻まれた鎖と大型鎌。

 そして全体的に竜の頭のような形になっていた。

 また、他の武器と同じように鎖を召喚し、引き抜けばマイクが飛び出る、それもスピーカーと同じでデザインが違う。

 よく誰もが見かける手で持つマイクとは違う。

 虚空から(コード)が伸びて、繋がる。

 コンデンサーマイクと呼ばれ、一般的に知られるダイナミックマイクとは違う高級品と呼ばれる。

 それだけでない、マイクの頭部は円柱になっており、私の声をダイレクトに拾えるようになっている。

 その周りは刀の鍔のように円形に囲われ、持ちやすく柄も私の手にフィットする形に凹んでいる。

 これまた色は紺主体で、毒を彷彿とさせる泡を刻んでいた。

 これが私の本気の装備、スカイウォーオンラインで愛用していた…そして本気で対人戦する時に使ってた物。

 

 「スピーカー【竜の咆哮(ドラゴン・ハウリング)】と、マイク【猛毒の短槍(アシッドピアス)】」

 

 これを見て御堂、唖然とする。

 それもそうだ、普通全力と言って衝撃波が出たら変身とか超大技とかを期待するよね。

 でも、私にとってはこれが変身なんだよ。

 

 「スピーカーとマイクって、本気か?戦う気あんの?!」

 

 彼は完全にバカにした様子で大笑いをする。

 まあ、完全に歌う装備だもんねこれ。

 でもね…歌うこと自体が戦う手段の人もいるというのを彼は知らないみたいだね。

 

 「いいこと教えてあげるよ御堂皇、(ラップ)を舐めてると_________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _____地獄を見るよ」

 

 そう言って、私は尻尾でマイクを握り口元へ。

 合わせて指を鳴らしてスピーカーへ、心を込めて伝えた。

 

 

 

 ____MJ、ミュージックスタート_____



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12.韻 ラッパーモードで負ける気はしないので

 私の指を鳴らす音と共に、スピーカーが唸る。

 流れる音はジャス、しかしそれにギターの音は一切ない。

 ピアノとラッパ、そしてサックスとドラムの音が、列車の排気音と混ざって独特の、疾走感のあるリズムを産み落とす。

 それは正しく最初から混ざり合うのが運命だったかのように、軽やかに、そして滑らかに…私のラップを演出するBGMとなる。

 リズムをとるため、私は自身の足を何度も踏み直す。

 タン、タン、と床を鳴らして、部屋一体に反響する。

【何をするつもりか知らないが無駄だ】だと言った様子で、呆れ、嘲笑う表情を浮かべ立ちつくす御堂皇を置いて、私は(ライム)を刻み出した。

 

 

 

 ____________さあ、行くよ

 

 そう言えば名乗ってなかったな まず自己紹介

 私は鎖腐華だ ここからは私のshow time

 舐めた口聞くお前を 地獄へとご招待

 泣き喚き強がりを言うザマがその正体

 まともに飯を食えなくしてあげるよ 食介(しょっかい)(食事介助)は必要かいbastard(バスタード)

 

 

 御堂がぐらりと揺れた。

 目が飛び出るほど驚き、胸を苦しそうに掴んでいる。

 

 「な…なんだ、体が痛い…苦しい?!お前何をした!!」

 

 やつの言葉を無視して、私はラップを続ける。

 

 

 

 まずは爽快に お前のHPを損壊

 いつになるだろうなお前の命全壊

 ぶっ殺してやる 残るのはお前の残骸

 ここからはガチンコ 分かってるのかいガキンチョ

 ちびっ子にはお似合いの最期になるよちょいとね

 手心加えてやろうと思ってけど いらないでしょう?

 お前にぶち込んでやるよ 全力の最強

 そして私に刻まれる気分は最高!

 

 

 

 体の異常が私のラップだと気づいた彼は、あの大剣を私へと向けて突っ込んでくる。

 力任せにそれを振るうけど、インヴェクションを空いている両手で掴み、防ぐ。

 爆音が響き、衝撃波が列車の窓ガラスを破砕するが、私は気にせずラップを終わらさない。

 

 

 

 

 王様になるなんて 無理な話だザマァ無いな

 お前がなり晒すのは情けない負けザマァだ

 無様だな そして屈するのはこの腐華様にだ

 I'm name 鎖腐華 A・K・A クールな殺し屋

 復活の機会なんて 与えやしないや

 お前はここで終わりなんだよ kiss my black ass(キスマイブラックアス)

 

 

 

 

 「がぁあああ!!?」

 

 御堂の体が腐り始める。

 腐敗属性が発動した。

 ラップによって蓄積された付与値が、定量を超えた証だ。

 しかしすぐさまその体が元に戻る。

 その時、彼の手には輝く何かがあった。

 その何かには見覚えがあった…

【ユニコーンの聖血】、HP全快に状態異常全快のラストエリクサーのような消費アイテム。

 スカイウォーオンラインにあった、対腐敗属性の切り札。

 だけど、それは1人1個しか所有できない。

 そもそも、あれを持ってるということは、彼がスカイウォーオンラインのプレイヤーであった可能性が浮かび上がった。

 ゲームでは1個しか持てないけど、ここは現実。

 しかも相手がチート転生者なら、複数持ってる可能性もある。

 これは長期戦になるかも。

 

 「はぁ、はぁ……それで終わりか?ぶっ殺してやる!!」

 

 口調が変わった。

 大剣を何度も力任せに振るって、私を斬り殺そうと迫る。

 でもね、私だって伊達にこの戦い方を【本気】にしてるわけじゃないんだ。

 この戦い方の弱点なんて把握済みだ。

 ラップを歌ってる時は動けないという弱点がある。

 つまり魔法攻撃なんかの遠距離攻撃には弱いんだ。

 それをカバーする方法もあるけど、接近攻撃ならそれをする必要は無い。

 要は近づいてくる前に、ラップを区切ってしまえばいい。

 普通の歌ならできない途中切り。

 だがラップならできる。

 それを可能とするのがラップ(喋るように歌う)だからだ。

 何度も、何度も切り刻んでくる刃。

 しかしそれを防ぐことに関しては負けない。

 何度も言うように、この戦い方に慣れてるからだ。

 数十合打ち合い、火花が散り合い、余波で車両の壁が吹き飛んでいく。

 その最中、根負けしたのか一際大きな振りで彼の大剣が唸りをあげて迫る。

 そのタイミングでインヴェクションを切り上げ、ガギィンと大剣を押しのける。

 大きく怯み、隙が生まれた御堂。

 それを逃がさない、インヴェクションを彼の首に引っ掛けて、引く。

 ガンッと音を立てて、彼は私の足元に跪く。

 防御力の高さも予想通り、だからこそできるインヴェクション引き寄せ。

 倒れた彼の頭に、私は思いっきり足を乗せる。

 ズガンと音を立てて、彼は顔面から床に叩きつけられる。

 

 「ぶべ!?」

 

 変わった悲鳴をあげる彼を、動けないよう頭を踏み続け、マイクを再度自身の口元へ。

 トドメを刺してやる。

 私は【ユニコーンの聖血】を使わせないように、手足に鎖を打ち込み封じた。

 上がる悲鳴を無視して、私は【殺す決意】を固めた。

 息を吸い、歌詞(リリック)に魂と殺意を乗せた……

 

 

 

 

 

 そろそろ終わりさ mother fucker(マザー ファッカー)

 お前にぶち込むよ マッドなこのライム

 くたばってもらおうか お前のちっぽけなLife

 お前に分からない この真っ黒なLOVE

 送らせてもらおう 愛を哀に変えて

 詰め込んだリリックで お前はShowdown(ショウダウン)

 障害にもならない お前のここで送った生涯

 ここでのshow time ここでの笑談

 全部に幕引いて 見せつける私のJOKER

 さよならだチート野郎 ここでお前はご愁傷様!!

 

 

 

 

 大爆音のラップが終われば彼の体が一気に腐敗臭に塗れる。

 同時に彼から絶叫が響き渡る。

 その顔を見ることは出来ないが、恐らく激痛に歪んでいるだろう。

 彼の体は四肢から急激に腐っていってたからだ。

 言葉にさえならない悲鳴は鳴り止まない。

 ようやく言葉として聞き取れるようになったのは、半身の血肉、そして骨が朽ち果てた頃だった。

 

 「嘘だ…俺がこんな……こんな最後」

 

 最後まで聞く必要はなかった。

 苦しみを続けてやる必要も無い。

 私はインヴェクションを彼の首元に先込み、一気に引き抜いた。

 鮮血が舞い、首が飛ぶ。

 しかしそれもすぐに腐敗して、風に飲まれて消えていく。

 終わったな。

 それを確信して、私はインヴェクション…そしてマイクとスピーカーを虚空へと戻した…



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13.韻 ちっちゃな犬娘の怒り爆発

 腐華が御堂と戦闘をする少し前、列車の外は反乱軍達と政府軍との銃撃戦が起こっていた。

 激しい鉄火が巻き起こり、鮮血と木片が海一面に散らばる。

 その中突っ切るもの一つ。

 それは鉄の扉、それはどんな攻撃にもビクともしないもの。

 

 「あれを何とかしろぉ!」

 

 「ちくしょう、魔装連射砲でも効いてねぇ。あの扉なんだよ!!」

 

 政府軍が魔法やガトリング砲を放ちまくるが、それを塞ぐ扉。

 白く、そしてデフォルメされた手足を持った扉…ミスタードーアは反乱軍の壁として、政府軍を圧倒していた。

 

 「キキマセーン!ワターシ、トッテモ硬イノデ!」

 

 「いいぞドーア、そのまま行くぞ!!」

 

 オヤジことマリアの一声で、反乱軍が士気を上げる。

 しかし政府軍も負けてはいない、射撃と魔法は強く、ドーアがいなければ壊滅していたと言っても過言ではなかった。

 水柱が外れた魔法と弾丸で幾つも巻上がり、列車は列車でボロボロと破壊されていく。

 

 「くそ、いくらドーアがいても…全員庇えねぇ」

 

 「ハイ、やっぱり鎖殿に任せるしかないですねハイ」

 

 ドーアの後に隠れられないものは、鉄火に晒され、身体中に穴を開けられて海に沈められていく。

 体に当たらなくとも、水上バイクのようなものこと【水牛】が炸裂させられて、これもまた狙い撃ちされる。

 鮮血で海が染まっていく。

 今の反乱軍の仕事は、腐華が王子を捕らえるまでの時間稼ぎ。

 攻撃しつつ生き残る術を選んでも、死人は出続けている。

 しかし、それを見て黙っていられないものが一人いた。

 その少女は、最初は怯えていた。

 ただただ自分を救ってくれた素敵なあの人の役に立ちたくて。

 でも反乱軍の皆も自身に良くしてくれた大切な人達。

 その人達が傷つき死んでいくのも見たくはなくて。

 眠りし獣は目を覚ます。

 

 「……黒壇死告槌(メメント・モリ)

 

 ポツリと、そんな声がマリアには聞こえた。

 その直後、自身の背後に乗せていたフィーネが海へと飛び降りた。

 縛り付けておいたのにも関わらず、その縛っておいた紐は引きちぎられていた。

 

 「フィーネ、何やって…!?」

 

 マリアが気づき、振り向いても既にフィーネは海面に。

 しかし驚くべきことに、フィーネは海面に立っていたのだ。

 それだけでマリアを含む反乱軍、そして政府軍の驚愕は終わらなかった。

 フィーネは懐から、とても小さなナイフを取り出した。

 柄尻に髑髏のレリーフが作られ、全体的に真っ黒。

 しかもおかしなのは、刃渡りが手のひらほどなのに対して、柄が大型の剣並に長いことだ。

 それをフィーネは戸惑うことなく、【自身の胸に突き立てた】。

 鮮血が彼女の胸から溢れ出す。

 吹き出る血潮は、しかし海へとこぼれ落ちることは無い。

 全てがナイフへと吸い込まれていく。

 全員が呆然とする中、フィーネは突き立てたナイフを引き抜いた。

 するとゾルゾルと気色の悪い音を立てて、真っ赤な、そしてグロテスクな何かが現れる。

 それはまるで戦鎚、小さく可愛らしいフィーネの体から出てきたとは思えないほど大きな、そしてどす黒く内臓が絡み合って出来たかのような物体。

 凶悪な、そして鋭い峰をいくつも生やし、触れることは非常に危険と誰もがわかるその見た目。

 自身の体の倍近く長いそれを、フィーネは担ぎ走り出す。

 

 「【黒死告(ディスコード)】」

 

 そう呟き、戦鎚を両手で持ち、一気に振り回す。

 ブンブンと風を切り、フィーネは高速でべイコマのように回る。

 そして、その勢いのまま列車へと突っ込んで行った。

 それを見て呆然としていた政府軍たちは慌ててフィーネを狙う。

 回るたびに、鮮血のような何かを撒き散らして迫る少女に、政府軍は恐怖を抱いたからだ。

 

 「撃て、撃てぇ!!」

 

 誰が言ったか射撃要請。

 それに合わせて鉄火がまたばら撒かれるが、今度は1人にのみ。

 フィーネだけを狙って弾丸、そして法魔が放たれる。

 その殆どがフィーネに命中するが、彼女は止まらない。

 ギャルルンと海面を走り、ついには列車と目の鼻の先に。

 それに合わせたかのようなタイミングで列車から爆音。

 車両の何台かの上部が切れ飛んでいた。

 それに反乱軍、そして政府軍が驚くまもなく、フィーネの戦鎚が列車に到達。

 

 「潰れろっ!!」

 

 フィーネの小さな呟きに合わせて、戦鎚が回転の勢いを乗せて、列車に叩きつけられる。

 辺り一帯に衝撃による地震と誤解するほどの振動が発生する。

 車両の1つが丸々潰れ、中に乗ってた兵士がどうなったかなど考える必要も無いだろう。

 叩きつけによって、フィーネの戦鎚から鮮血が撒き散らされ、それは弾丸のように触れた兵士を八つ裂きにする。

 

 「の、乗ってきたぞ!!」

 

 兵士の混乱をよそに、フィーネはもう一度戦鎚を担ぎ直し、兵士達を睨む。

 

 「皆を殺す……アナタ達嫌い!」

 

 そう叫び、腐華が向かった方角とは反対。

 銃撃を続けている貨物車両へと突っ切って行った。

 

 「フィーネって………あの見た目で、あんなに強かったのかよ」

 

 反乱軍の誰かが呟いた。

 それには誰もが頷くことになった。

 それからはフィーネの活躍もあってか、反乱軍は包囲網を設立し始める。

 それは上手く行き、徐々に流れが反乱軍に傾き始めた時だった。

 前方車両から再度爆音、空高く何かが飛び出していた。

 それは腐華であったと反乱軍が気づくのはそう遅くはなかった。

 

 「フカ!?」

 

 「フカの姐さん!」

 

 全員の驚愕、しかしそれ以上に腐華から生えているものに驚く。

 翼に角、そして尾。

 明らか人間には無いそれ。

 それは腐華が人間ではないことを表していた。

 だが、その驚きを表す前に、腐華は何かをドーアのドアノブに目掛けて投げた。

 それはフック、見事にそれはドーアに引っかかる。

 

 「ムム!?ナンデショーカ、カラダニナニカ引ッカカリマシター!」

 

 ドーアの言葉を置いて、腐華は列車へと、コンパスの針のように回転しながら、やがて戻って行った…

 

 「なあオヤジ……俺らとんでもないのが仲間になってたんだな」

 

 反乱軍の1人がいう。

 それにマリアは何も言うことは出来なかった。



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14.韻 勝利と宴会

 御堂が死に、守るものがいなくなった王子。

 その運命は語るまでもないだろう。

 あの後反乱軍は列車を完全包囲し、中に突入後王子を確保した。

 包囲が完了する頃には政府軍の兵力は、私とフィーネとでズタズタで、なんの苦もなく入れたそうだ。

 私としては、フィーネが戦えた…そしてデタラメに強かったことに驚きを隠せないんだけど。

 しかもメメント・モリって、スカイウォーオンラインで出てくるロマン砲というあだ名のあるハンマーだ。

 自身のHP最大値を消費し、その消費した分だけダメージを乗算するという代物。

 素の火力が低い代わりに、そのエンチャントをうまく使いこなせば、シナリオラスボスでさえ一撃で葬ることが出来るモンスターウェポン。

 ただし減ったHP最大値は当然戦闘中は戻らないし、最大値が減るということは死にやすいということ。

 減らした分は、戦闘が終わるまでエンチャントが掛かりっぱなしだが、追加で火力を底上げという手段も取れないため、本当にテクニカルで玄人向けの武器。

 それをフィーネが何故持っていたのか、そして何故扱えたのか、出てくる答えは1つしかないが、フィーネのあの無邪気な反応を見てると、どうしてもこれは違うんじゃないかと否定したくなる。

 そんな私の心情など露知らず。

 現在私がいる場所なんだけど…

 

 「カンパーイ!!」

 

 「我ら反乱軍の勝利と、英雄【フカ・クサリ】と【フィーネ】にカンパーイ!!」

 

 反乱軍基地中央広場、そこで大宴会が起きていた。

 私とフィーネは隣合う席に座らされて、運ばれてくる料理に唖然としていた。

 肉汁滴る肉厚かつ脂煌めくステーキ、新鮮でシャキシャキと言った食感の期待できそうなほどに輝くサラダ、そして甘い香りが鼻孔を突く黄金に微笑むプリン。

 他にもどこから持ってきたんだというような綺麗で美味しそうな料理の数々。

 反乱軍に、そんな食料貯蓄ないって言ってなかったっけ?

 その疑問に答えるように、私の背後から影が。

 オヤジさんだ。

 ぬっと顔を伸ばすように現れて、ニカッと八重歯の素敵な笑顔になって答えてくれた。

 

 「政府軍の貨物車両にあったんだ。フィーネが見つけたんだぜ!」

 

 「反乱軍の料理人たちは、大半が元国王の料理を手がけたプロの方ですハイ。味の保証は絶対ですハイ」

 

 参謀さんも同じようにぬっと現れてくる。

 今日はメガネつけてるんだね。

 そんなどうでもいいこと思いながらも、オヤジさんの耳打ちが届く。

 

 「なんでまだその姿なんだ、皆もう知ってるぞ?」

 

 その姿とは、恐らく擬態化のことだろう。

 私もフィーネも、まだ擬態化をしている。

 フィーネは知らないが、私は間違いなくバレている。

 なぜならあの時、御堂のアッパーを受けて吹っ飛んだ時。

 間違いなく皆に見られていたはずだもの。

 少なくとも1人以上は絶対に。

 それで正体を明かした方がいいんじゃないかな。

 そうオヤジさんは伝えたいのかもしれない。

 それも一理あるかもしれない、だけれども私はもうこの世界にいる必要が無いから。

 この水の多い世界に転生者は多分いない、いるかもしれないけど、神様のターゲットにされていない以上、私は神様に

 目を付けられた他の転生者を殺さなければならない。

 そうしないと私は元の世界に帰れない。

 だから、仮にここで竜人フカとして姿を晒しても、意味無い気がしたんだ。

 

 「最後まで、人間フカとしてあろうと思ったんだ」

 

 「ふーん、まあそれがお前の考えなら別にいいけどな」

 

 オヤジさんは深くは聞いてこなかった。

 何となく、私の思いを察してくれたのかもしれない。

 そして私の視線は、やがてオヤジさんからフィーネへと向けられる。

 相変わらず私が作ってしまったゴスロリを着て、黒い髪と可愛らしい童顔を見せてくれているけど、その表情は少し不安げだった。

 これだけの大勢の人間に讃えられたいるせいだろうか?

 私自身でさえ、こんなこと無かったせいで、結構心臓が早鐘を打ってるし…そうだ。

 妙案浮かんだりと、一人胸の内に呟く。

 私は、ゆっくり優しくフィーネの頭を撫でる。

 少しでも不安が消えればいいなって思いながら。

 そうして、撫でられてフィーネは表情を和らげてニッコリと笑った。

 …やっぱりフィーネがそうだとは思えない。

 そうだったとしてたら、相当幼い子であることになる。

 そんな子が、メメント・モリというロマン砲を扱えるとは到底思えない。

 いや実際はいるかもしれないけど、フィーネがそうであるとは認められなかった。

 

 「フカ〜?」

 

 フィーネが疑問の声をあげる、撫ですぎたかな?

 少し反省しつつ、手を離そうとする。

 すると少し寂しそうな表情を浮かべるフィーネ。

 …なんの疑問の声だったんだろう。

 そう思いつつ、結局また撫で始める。

 心地よさそうにするフィーネ。

 ガヤガヤと喧騒に塗れたこの宴会の中で、私たち二人だけ、なんだが変にほわほわとした空気になっていた。

 

 「フカ、好き」

 

 満面の笑みで、唐突に私に伝えるフィーネ。

 それを見て、私も…多分ぎこちないとは思うけど、微笑んで答える。

 

 「ありがとう、フィーネ」

 

 「よーし、ここでいっちょなんか芸と行きますか!誰か立候補しねぇかー!!」

 

 私が伝えるのに合わせて、ヤーさんの1人が席を立って叫ぶ。

 宴会といえば芸、そんな印象が私にはあったけど、ここでもそうらしい。

 彼は芸をする人を探し出す。

 しかし数秒もしないで、手が数多に上がった。

 その中から一人、選抜されて出てきたヤーさん。

 彼はなんとその手にマイクを持っていた。

 正確には木彫りだから、マイクの形をした木彫りかな?

 

 「はーい、1番イチゴロウ!フカの姐さんの真似して、歌ってみます!」

 

 そう言って、彼は歌い出した。

 多分ラップをしてみようとしたんだね。

 結構いい声だけど…ラップでは無いねこれは。

 普通に歌になってる、韻を踏めてないや。

 こういうの聞くと、なんか…教えたくなっちゃうね。

 異世界の人に、ラップの良さを知って貰えたかもしれないし。

 ふと、フィーネと視線が合う。

 

 「フカ〜、行ってらっしゃい!」

 

 眩しい笑顔で答えてくれた。

 ふふ、そう言われたら行くしかないな。

 私はアシッドピアスではなく、普通のマイクだけ召喚して、席を立った。

 

 「違うねぇ…ラップはこうやるんだよ、イチゴロウさん!!」

 

 そう叫び、私はラップを奏で始めるのであった…



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15.韻 秘密告白と涙

 宴会が終わり、いつもの部屋で、ベットの上に仰向けに寝転がる私。

 日数にしてわずか2週間とちょっと。

 あっというだったなぁ、こんなに早く転生者を見つけ出して…

 

 「…やっちゃったんだからなぁ」

 

 自分の手を見る。

 いや、自分の作ったキャラクターの手を見た。

 綺麗だ。

 透き通るように白く、細く、そして柔らか。

 本当の私のものよりもずっと綺麗だ。

 その綺麗なはずの手が、何故か血染めに見えた。

 ううん、実際血染めなんだろう。

 御堂皇を殺す以前にも、反乱軍に入るのに多くの人を殺した。

 そして彼を殺し、私は完全な殺し屋になった。

 神様の指示に従い、他の転生者を殺す殺し屋に。

 何度見つめても綺麗だ、だけど血濡れだ。

 私は何度でもそう思い、そう考える。

 ……やめだやめだ、暗い考えばかり浮かんでくる。

 それはこれからの未来への不安の現れだろう。

 私はあと何人、転生者やそれに関係のある人たちを殺すのだろう。

 また逆にいつかは殺されてしまうのだろうか。

 それらから来る不安だろう。

 殺しているんだ、殺されもするさとは誰が言った言葉か。

 いつかは報いを受ける日が来るだろう。

 それが元の世界に戻ってからか、それとも新しい世界でか、あるいは明後日か、明日か………今日か。

 それでも、自分勝手でも、私は元の世界に戻りたいんだ。

 知りたいんだ、本当なら歩んだ人生を。

 例えそれが酷くつまらなくても、楽しいことが無かったとしても。

 知らないまま捨て置くのは嫌なんだ。

 もしかしたら、ここでの生活以上に素敵なことがあるかもしれない。

 もしかしたら、新しい神ゲーに出会えるかもしれない。

 もしかしたら、素晴らしいラッパーと友達になれるかもしれない。

 無限の【もしかしたら】を放棄したくなかった。

 だから、選んだんだ…殺すことを。

 それがどれだけ傲慢なのか分かっていても。

 

 「私は、私の、本当に歩むはずだった生を、謳歌したい。私の名前、【例え腐りきった大地でも、可憐に咲く華のように】。その意味のように……」

 

 呟きに合わせてだった、ガチャリと扉が開いたのは。

 視線だけ向ける、薄い木造扉を開けて入ってきたのは……

 フィーネだった。

 前のように扉をぶち破ることはないことに、私はほっと一息付き、体を気だるげに起こした。

 よく見るとフィーネは枕を胸に抱いていて、私の元へとゆっくり歩いてきていた。

 とてとてという効果音が聞こえてきそうな、そんな歩き方で、やがては私の膝の上に座った。

 ここ2週間で理解出来た、フィーネの定位置だ。

 フィーネは何故か私の膝の上がお気に入りみたいだ。

 

 「どうしたの、フィーネ?」

 

 私はフィーネに問う。

 こんな夜中にフィーネが部屋を訪れるのは初めてだったからだ。

 しばらくフィーネは沈黙を保ってたけど、枕をぎゅっと抱き締めて、頭上の私へと視線を向けて答えた。

 

 「私、フカに伝えなきゃいけないの…」

 

 その目は真面目なもので、同時に不安と恐怖があった。

 そこまでして、私にフィーネが伝えたいこととは。

 私はフィーネが怖がっているものが分からない、だけれども怖がっていることはわかる。

 ならやることは一つだけだ。

 彼女の頭に、ぽふっと手を置いて撫で始める。

 ゆっくりと、髪を解くように。

 滑らかな髪が指を透き通っていく。

 撫でれば撫でるほど、フィーネはゆっくりと落ち着いていった。

 

 「…ありがとうフカ」

 

 「いいよ、で……伝えたいことって?」

 

 落ち着いたフィーネに、ゆっくりと聞く。

 それでもフィーネはしばらく黙り込む。

 その伝えたいことの重要性が、それだけで伝わってきていた。

 一体どれくらいの時間がたっただろうか?

 恐らく数秒しか経ってないのだろうが、私にはそう思うほど、長く長く感じた。

 ようやくフィーネはそれを口に出した。

 それは私が認めたくなかったものだった。

 

 「私…この世界の人じゃないの」

 

 それはフィーネが転生者であると予想するには十分すぎる言葉。

 恐らく初めてあった時、フィーネが語ろうとしなかった理由の一つ。

 そんなグルグル渦巻く私の思考を置いて、フィーネの話は続く。

 

 「気が付いたら真っ白な人が目の前にいて、ある人の助っ人をして欲しいって言われて、問答無用でこの姿にされて……そして海にいた。目が覚めたらいきなりサメに襲われて、やけくそになって、何故か使い方のわかるあの武器(メメント・モリ)を振り回してたら…力が抜けて意識を失って……」

 

 そう言って、少しだまる。

 恐らく神が私か、それとも別の誰かかに助っ人としてフィーネを送ろうとしたんだろう。

 でも、転生先が悪くない?

 海としか言ってないけど、恐らく海のど真ん中だよね。

 殺す気満々じゃないか、普通死ぬよねそんなところに放り出されたら。

 神は何を考えて、フィーネをそんな場所に。

 そしてサメに襲われて…と言ってるけど、多分あの時の酷い傷の正体が分かった気がした。

 メメント・モリだ、恐らくメメント・モリの効果をその時知らなかったんだろう。

 振り回したと言ってるし。

 メメント・モリのHP最大値減少効果で、ギリギリまでHP最大値を削ってしまったのだろう。

 そしてサメとの戦闘が終わった判定を貰って、減ったHP最大値が回復。

 このせいで急激に体力が減ったと勘違いしたのだろう。

 そして、流れに流されて私の元へ…か。

 

 「そしてフカに助けてもらったんだ。怖かった、目の前に大きな人が立ってるんだもん。襲われるって思った」

 

 そりゃそうだね、あの怯え方はそういう風なものだったし。

 私だって普通は驚くよ。

 目の前に190の人がいたらさ。

 まあちょっと傷ついたけど。

 

 「でも違った…フカは私を助けてくれた、優しくしてくれた。涙が止まらなかった、いきなりサメに襲われて、このまま訳の分からないまま死んじゃうんじゃないかって…怖かった…」

 

 小さな胸をキュッと抱き締めて、フィーネは話し続ける。

 その怖さはどれほどのものだったか、本人でない私には分からない、だけれども怖かったということは、あの時の抱擁を見ていればわかる。

 あれは、サメに襲われて怖いんじゃなくて、見知らぬ世界にいきなり放り出された上に死にかけたから怖かったんだって、今やっと分かった。

 

 「あの時、私はフカの質問に答えなかった…言ったら拒絶されると思った。だから…黙った」

 

 恐らく、なんで海に漂流…と言ったことかな。

 確かに、普通異世界から送られて、サメに襲われてましたなんて信じないよね。

 私もいきなり聞かされたら戸惑ったとおもう。

 今でこそ、やっぱりと思えるけど。

 

 「だけれども、それでも、フカに付いてくると聞かれた時、嬉しかった。たどり着いたここも、私が見たこともないものばかりだった。沢山いる人、ちょっと臭う油、重要そうな話をする人。どれも新鮮だった、見てるだけで楽しかった」

 

 そう言いつつ、フィーネの顔が俯いていく。

 それは次に言うことが拒絶させるかもという恐怖からか、あるいは別のことか。

 私にはわからない、だけれども、フィーネが次にいうことに、私は拒絶を起こすことなんてなかった。

 

 「こんな、私でも、別世界から来た私でも……受け入れてくれる?」

 

 私はそれに言葉ではなくて、行動で示した。

 フィーネをぎゅっと抱き抱えて、頭をゆっくりと撫で続けた。

 そして、俯いていた彼女の顔を起こさせて、目と目を合わせて答えた。

 

 「私は拒絶しないよ、フィーネ。話してくれてありがとう」

 

 私がそう伝えると、フィーネは私の胸に顔を埋めた。

 その声は、涙の音だった。

 ただ一言、何度でも繰り返された。

 

 「ありがとう」と

 

 何度でも何度でも、降り注ぐ雨粒のように。

 奏でられる歓喜の雫は、私を濡らして、それでも拒絶なんてしない。

 ただ優しく、彼女を抱き続けた。

 夜の白むその時まで……



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16.韻 帰る方法

 結局お互い抱き合ったまま寝てしまい、その翌朝。

 先に目が覚めたのは私だった。

 フィーネは相変わらず私の胸に抱きついたまま。

 起こしてしまうと悪いから、ゆっくりとその手を離す。

 地下牢だから朝日が入ってくるとかなくて、少しはっきりしない寝起き。

 ゴシゴシと目を拭って、欠伸をひとつ。

 …このまま行ってしまったら、フィーネ起きた時に泣いちゃうかな?

 そう考えたら、ドアノブに伸ばそうとした手を引っ込めた。

 彼女が起きるまで、そばにいよう。

 そう思い、ベットに座る。

 クークー、可愛らしい寝息が静かな部屋に充満する。

 私はそっと、彼女の頭へと手を伸ばす。

 何度触っても気持ちのいい手触り、撫でてるこちらも気持ちがいい。

 静かな場所で、静かに流れる時間。

 第三者視点から見れば、みすぼらしい牢獄に入った女貴族がゴスロリ少女を撫でているという、なかなか混沌としたものだけれど。

 そうして、時間にしてどれくらいか、頭を撫で続け、フィーネがようやく目を覚ました。

 パチクリと大きな瞳を何度もまばたきし、私をじっと見つめる。

 

 「…おはようフィーネ」

 

 そう私が告げると、フィーネは私に抱きついて答えた。

 

 「おはようフカ」

 

 さて、フィーネが可愛らしい笑顔で告げてくれたことだし。

 ここに居続ける必要がなくなった。

 御堂を殺し、ターゲットの転生者がいなくなった以上、この世界に居続ける必要も無い。

 多分迎えが来るだろう、なぜなら私は…

 この世界に来る前に、帰る方法を聞いてないからだ。

 馬鹿なんじゃないかと自分で思うが、殺したらそのまま直行で帰らされるものだと思ってたからだ。

 それが違った訳で、おかげて皆と宴会出来たり、フィーネの秘密を聞くことが出来たりした訳だけど。

 まあ何にしても迎えが来るだろう。

 そう考えながら扉を開く…

 

 「昨晩はお楽しみでしたね」

 

 扉を閉める。

 今目の前にいたからだ。

 金髪碧眼の超イケメン、アズラエルが。

 なに、ドッキリかなにか?

 扉を開けたらイケメンとか、普通誰でも一瞬扉を閉める。

 心臓に悪いという意味もあるし、夢かと思うということもあるし。

 …何を言ってるんだ私は。

 取り敢えずもう1回扉を開ける。

 やっぱりいた、初めてあった時みたいな薄着のローブを着た【the 天使】という容姿じゃなくて、神父の様な服装でシンプル極まりない格好だった。

 あのハリボテの様な翼もなく、イケメンという点を除けば、誰がどう見ても天使とは思いつかないだろう。

 

 「……なぜ閉めたのです?」

 

 「驚いたから 」

 

 簡素に私は伝える。

 それを聞いてアズラエル、ふっと微笑む。

 

 「貴女も驚くことがあるんですね」

 

 失礼な、表情に中々出ないだけで、驚くことは結構あるんだよ。

 心の中で呟き、ジト目にしてみて彼を見る。

 

 「ところで、迎えに来てくれたの?」

 

 私が疑問をぶつける。

 彼が来たということはそういう事じゃないかな。

 勝手な推測ではあったけど、あながち間違いでもないみたい。

 彼はまた微笑み、伝えてきた。

 

 「ええ、貴女が聞くのを忘れてましたからね。帰還の方法を」

 

 悪かったね、聞いてなくて。

 そう思い、伝えようと唇を開きかけたその時、フィーネが私の側から出てくる。

 ずっと扉で立ちっぱなしの私に疑問を抱いたのだろうか。

 

 「フカー?」

 

 「おやこの声は…」

 

 「あ!」

 

 「あっ」

 

 フカが私の前に出て、アズラエルと目が合った瞬間であった。

 互いにあっと言葉を発し、固まる。

 この様子、どう見ても知り合いだよね。

 ふと私の頭にあるフレーズが浮かぶ。

 神様がこの世界に来る前に言った言葉、【段階的に君の仲間を送り込む】。

 こういう事だったのかな?

 段階的にってことは、他にものちのち来るのかな。

 何にしても、その仲間が死にそうに送るのはやめてくれと、直談判してみたいけど…

 戻ったら会えるのかな?

 まあ何にしても、フィーネが私の仲間として送られてきたことが分かって何よりだ。

 なら、私もフィーネに伝えないとね。

 

 「フカ…知り合いなの?」

 

 フィーネが不安そうに私に尋ねる。

 私が転生者である可能性を考えたのだろう。

 そして、もしかしたら私と離れなきゃいけないことも。

 でもその心配はないんだよフィーネ。

 

 「そうだよ…おかげて確信したよ」

 

 そう呟き、私はフィーネに視線の高さを合わせるためにしゃがむ。

 フィーネは未だ不安そうだったが、頭に手を置いた、そして撫でながら私は話す。

 

 「フィーネの助けるべき相手は私だって」

 

 「ふぇ…?」

 

 フィーネの不安な顔が変わった。

 それは呆気に取られたというふうだったけど、私の言葉でそれは笑顔に変わった。

 

 「フィーネが私から離れる必要は無いってことだよ」

 

 フィーネは私に抱きついた。

 何度目だろうか、フィーネを撫でるのも、抱きつかれるのも。

 暖かく、柔らかなその身を受けるのは。

 それを見て、アズラエルは微笑ましく笑い、私に続きを話しだす。

 

 「それで、いつ戻りますか。私は今からでも帰せますよ?」

 

 そう言って、彼は懐から銃のようなものを取り出した。

 銃と言っても、フックショットの様に銃口から飛び出しているのは槍の様に鋭い、モリのようなもの。

 恐らくこれで【コールドWAR】に戻るのかもしれない。

 いつでも戻れるならば…

 

 「せめて、オヤジさんには別れを言っておきたい」

 

 なんだかんだで、1番お世話になったからね。

 そう言うと、アズラエルは手に持ってたそれを渡してきた。

 

 「使い方は、空にめがけて撃てばOKですよ。それでは…また後で」

 

 そう言って、アズラエルはふっと、ほのかに黄金に輝く光の粒子になって消えた。

 さて、どう説明したものか…私はこのあと話すオヤジさんに、どう別れを告げるべきか、悩むこととなった…



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17.韻 マリアの独白

 反乱軍中央広場、昨日の大宴会が余程凄かったのが、改めて分からさせられる。

 なぜならこの惨状が全てを物語っていた。

 あちこちに散らばる酒瓶と酒樽、キレイさっぱり食べられて、何も乗ってない皿の山。

 そして酔いつぶれて爆睡中のヤーさんの山。

 あちこちに転がった木彫りのマイク、そして漂う酒と吐瀉物の臭い。

 正直…きつい、なぜみんなこの状況で寝れるんだか…

 そんなこと思いながらも、私はオヤジさんを探す。

 しばらくこの臭いのきつい広場を見渡すと…いた。

 端っこの方でうずくまってた。

 胡座をで座って、口からよだれを垂らして、ぐがぁーと豪快にイビキをかいていた。

 …女性だよね?

 疑問符が頭に浮かぶが、起こすのは悪いなと思いながらも起こすんだ。

 私が自分の世界に帰るために、ほかの世界の転生者を殺すんだ。

 別れも言わずに行くのは寂しい、だからせめてお世話になったオヤジさんには伝えたい。

 肩を触り、ゆっくりと揺らす。

 するとオヤジさんは不満げに目を開け始める。

 

 「んん…あんだぁ……まだ眠いんだよ…クサリ?」

 

 「オヤジさん、おはよう」

 

 起きるオヤジさん、すごく酒臭いけど、伝えたいからそれは我慢して口を開こうとした。

 

 「なんだぁ…湿気た面してんな、何かあったのか?」

 

 そのタイミングでこんなこと言われた訳だから、一瞬詰まってしまった。

 どうしてと言った表情に私はなったのかもしれない。

 だって続くオヤジさんの言葉…

 

 「2週間ちっとしか過ごしてなくてもな、大体わかんだよ…何人腹にひとつ抱えたやつ見てきてると思ってんだ」

 

 そう言えば忘れかけてたけど、反乱軍の人達の大半はもともとオヤジさんことマリアさんの部下。

 すぐにこんなに集まるわけないし、ここに至るまで相当長い時間があったんだろう。

 そう考えたら、オヤジさんがリーダーに選ばれるという人望にも納得だ。

 

 「で、なんなんだ」

 

 不満そうに伝えるオヤジさん、私は自分が転生者ということは伏せておいて、フィーネと一緒にこの場所を離れることを話した。

 私たちは遠い場所へ行くって、多分もう会うことなくなるだろうって。

 話せば話すほど、オヤジの表情が険しくなっていく。

 でもここで怖さに引っ込んじゃダメなんだ。

 突き放すように私は告げた。

 

 「お世話になりました…」

 

 「……」

 

 無言、お互いのあいだに広がる静寂。

 正直辛いこの空間。

 もうこのまま立ち去ってしまいたい…

 どうしたらいいかわからないこの状況、先に口を割ったのはオヤジさんだった。

 

 「行けよ…」

 

 「え?」

 

 私が聞き返してしまうと、オヤジさんはますます不機嫌な顔になって、鬼の形相でこう叫んだ。

 

 「行けよどこにでもよ!行っちまいな!!」

 

 頭をハンマーで殴られたような、重く低い声が響き渡る。

 それに私は怯えるように走り出した。

 やっぱり怒るよね、そんなこといきなり言われたら。

 もう少し時間を置くべきだったか…そんな思考が駆け巡る中、走り出す中、ぼそっと聞こえたその声で、私はそんな思考を投げ捨てた。

 

 「ったく、てめぇの決めることに文句あるか。自信もって言って欲しかったぜ…」

 

 「……ありがとう、オヤジさん」

 

 もう結構離れてる、ステカンストだからこそ聞こえた距離。

 多分私の呟きは聞こえていない。

 それでも、言わなきゃいけないと思ったんだ。

 そうして、私は広場をあとにした…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「馬鹿野郎が」

 

 私はクサリを見送る。

 でっけぇ体してちっせい肝っ玉だ。

 ここを去るとか言った時は確かに驚いたが、そんなもんあいつが考えて決めたことだ。

 あたしはいつもそうだ、そいつが考え抜いて決めたことなら文句ねぇ。

 クサリの目もそういう、悩みに悩んで選んだ回答のように見えた。

 だからあたしは突き放した。

 ああいうのは下手に大丈夫とか言うと、余計に離れられなくなって、踏ん切りつかなくてそのまま移住しちまうタイプだ。

 ガツンと拒絶しなきゃいけねぇ、例えいて欲しくともだ。

 あいつが来てから反乱軍は変わった。

 絶望一直線から、希望が見えた。

 このままゆるゆると全員死ぬのを待つのが、反撃の一手を繰り出せるほど立て直せた、そしてその刃は届いた。

 政府の油断と慢心から生まれた、無謀に近いお粗末な作戦を突き崩して、王子を捕らえて、国の政権を握った。

 クサリが、そしてフィーネの嬢ちゃんがいなかったらできなかった事だ。

 クサリ、あたしはあんたに王になって欲しかったんだぜ。

 普段何に対しても無気力そうなあんただが、真面目な時は真面目って分かってるからな。

 有能で無気力怠惰な王様が、今の国には必要な気がした。

 自分が楽するために全力尽くして仕事を終わらす、そんな王が。

 でも、そうは行かなかったな。

 さて、私は次に誰を王にするか考えねえとな。

 もちろん自分は論外、あたしに政治は無理だ。

 この中で頭の切れるのは…参謀か?

 あのハゲメガネに国の王ができるのか不安だが…試してみようか。

 

 「あーめんどくせぇな、これ子分共に説明しなきゃいけねぇのかよ」

 

 鬱陶しく思いながらも、あたしにはふっと笑みが浮かんでたと思う。

 憎たらしげに私は、もう見えないクサリへと呟いた。

 

 「あばよ、クサリ…また会うことがあればな」



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18.韻 新たな世界への旅立ち

 オヤジさんに後押しされて私は反乱軍基地の外、フィーネと初めて会ったあの場所に来ていた。

 フィーネもそこで待っていた。

 

 「フカ、もう良いの?」

 

 フィーネの心配そうな声が聞こえる。

 私はそれに大丈夫って答える。

 オヤジさんに別れは告げた、オヤジさんも私が踏ん切り付きやすいように突き放してくれた。

 あとは私が飛び出すだけ。

 私はフィーネに手を差し出す。

 フィーネはそれを取って、しっかりと握りしめる。

 離されてしまわないように。

 準備は互いにOKならもう戸惑う必要は無い。

 空にめがけてアズラエルから貰ったフックショットをうち放つ。

 するとある程度したところでなにかにフックショットが当たる感覚が伝わる。

 瞬間すごい勢いで巻き取りが始まり、私たちの体が宙に浮く。

 これ…肩外れそう…っ!

 フックショットはありそうで実在しない物って昔から言われてるけど、今身をもって分かったよ。

 ステカンストでこんなふうに感じるんだったら、普通の肉体でやったら壊れるよ。

 インヴェクションの鎖によるワイヤーアクションは、自分でスピードとか方角とか、両手で支えられるとかあるから特に問題なかったけど…この片手サイズのはキッツ…

 

 「フ、フカァ!」

 

 「大丈夫、大丈夫だよフィーネ、もうちょっとしっかりつかまって」

 

 弾丸のように私たちは空を飛び、やがて風の抵抗が消える。

 視界に映る景色も変わった、青の色が黒へと変化して、辺りに小さな光が散らばってる。

 それは黒布にばらまかれた宝石のように…いや私そんなばらまかれた宝石とか見たことないや。

 でもそう言いたくなるこの景色を私は知ってる。

 初めて拠点に飛ばされた、そうあの時のだ。

 それを証明するように、だんだん空を優雅に飛ぶ船が見えてきた。

 コールドWAR、私の船だ。

 船首の方にフックが刺さってるみたいで、船首目掛けて飛んでいたみたい。

 

 「フィーネ、離さないでよ」

 

 「う、うん!!」

 

 さっきから、手どころか体にしがみついているフィーネにそう伝え、私はフックショットを解除した。

 その解除場所は船首ギリギリ。

 すかさず擬態化解除し、私の背から大きな一対の翼が広がる。

 蝙蝠の様な、否、竜のごとく雄々しい翼をはためかせ、私は宙に舞う。

 

 「ふひゃー!!フカ、フカァ!?」

 

 急に飛行方向が変わったのがよっぽど怖かったのかな。

 フィーネが可愛らしい悲鳴をあげている。

 心配そうに私の名前を何度も連呼して、目をぐっと瞑っている。

 まあ地上が見えないからね、下に見えるものは青一色。

 つまり海しかないんだ、怖いのも仕方ない。

 私はもう少しフィーネの怖がってる姿を見てみたいと、加虐心が湧いてくるけど、必死でそれを押さえつけて、船へと乗り込んだ。

 2週間ちょっとしか離れてなかったのに、ここに戻ってくるのが久々に感じる。

 

 「フィーネ、もう大丈夫だよ」

 

 しっかりと私自身の足が地面についたことを確認して、フィーネに伝える。

 フィーネはしばらく目をつぶったままだったけど、やがて片目を開けて、そしてゆっくり足をつけた。

 半信半疑か、何度か足踏みを繰り返して、ようやく落ち着いてくれた。

 

 「怖かったぁ…」

 

 涙目で答えるフィーネ、落ち着かせるために私は彼女の頭を撫でる。

 フィーネは、私が頭を撫でるとすぐに落ち着いたりしてくれる。

 ほかの人がするとすごい嫌そうになのに、なんでだろうか?

 あんまりそこは考えないようしておき、声を上げて彼に伝える。

 

 「アズラエル、戻ったよー!」

 

 「おかえりなさい」

 

 「うわっ!?」

 

 声を開けた瞬間、即真後ろから声が響く。

 へんな反応しちゃったけど仕方ない。

 その声の主は、まあ知ってたけどアズラエルだ。

 流石にここで擬態化する必要は無いし、彼はいつものハリボテっぽい翼を生やした天使の姿になってた。

 フィーネも、こっちの姿の方が見慣れてるのか、アズラエルをまじまじを見たあと、うんうんと頷いていた。

 

 「さて、神に変わり感謝申し上げます鎖腐華。あなたのおかげであの世界は救われ、神々も大いに助かりました」

 

 そう言って頭を下げるアズラエル。

 私はそんな彼に大丈夫と伝える。

 

 「イマイチ世界救った実感ないけど…国もね」

 

 「あのあと、もし仮に御堂皇が王になってた場合、今回よりも酷い反乱が起こると思います、そしてその反乱を力でねじ伏せていたでしょう。彼はそういう人種ですから」

 

 自分たちで転生させたのに、そういう人だと分かってて転生させたの?

 神の考えることはわからない。

 私を転生させた神様も大概何考えてるかわからないけど。

 何考えてるか分からないといえばアズラエルもだ。

 なんで彼の翼はこんなボロボロなんだろう。

 疑問符が頭に浮かぶけど、仕方ないと考えて放っておいた。

 多分答えてくれないだろうし。

 

 「さて、まだ神からの次依頼はありません。また生まれるまで、この船でお暮らし下さい。では私は雑務がありますのでこれで…」

 

 そう言って、アズラエルは地下牢であったときのように、光の粒子のように消えていった。

 

 「フカ?」

 

 フィーネが疑問の瞳を私に向ける。

 私はフィーネの擬態化魔法を解除する。

 素敵の獣耳と尻尾が、久しぶり顔を見せる。

 

 「…ようこそフィーネ、私の牙城へ」

 

 「……っ、はい!!」

 

 こうして、私とフィーネの長い長い、転生者殺しの物語の、幕が上がったのであった…



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19.韻 黒歴史演奏

 フィーネと共にコールドWARに入ってから数日。

 神様からの依頼は以前来ない。

 どうやら殺してほしい転生者はまだ見つからないようだ。

 だったら返してくれと思うけど、まあ返すわけには行かない事情があるんだろう。

 悲観してもどうにもならない、コールドWARの船長室。

 つまり私のマイルームで、私はベットに寝転がっていた。

 コールドWAR船長室、私のマイルームはかなり凝って作った。

 改めて見直して思う。

 部屋の最奥に大型のパイプオルガンが立ち、その神々しくも威圧感を醸し出している。

 その手前には黒塗りのテーブルと安楽椅子があり、テーブルの上にはオーディオレコーダーと羽根ペン&インクが置いてある。

 右の壁には、大きな絵画が飾られており、その絵画は…絵画というよりスクリーンショットは、私のある思い出を撮ったもの。

 私と【とある竜人】が、互いに肩を組み合い、微笑んでいる、それが写っていた。

 それを少し懐かしいと思いつつ、左の壁にはインヴェンションが額縁に飾られ、その下には黒塗りのタンス。

 金の金具を取り付け、その上、左にアシッドスピアがトロフィーのように飾られている。

 右にはモダンなランタンが置かれ、暖かな光を演出する。

 最後に床は木製のタイルで作られ、その上に青いカーペットが引かれていた。

 

 「うん……久々に弾くかな」

 

 真っ先に目に付いたパイプオルガンを見てそう思う。

 こう見えて私は昔…大体3年くらい前に、趣味で小型ではあったけどパイプオルガンを引いていた。

 叔父さんがパイプオルガンの奏者だった、練習用のを引かせてもらってた。

 まあ、あまり上手くはなかったけど、ゲームの中では楽曲を読み込ませるだけで、本当にそう引いてるように思わせてくれた。

 ここはゲームではないから、同じように楽曲読み込ませて弾けるかは疑問だが…

 

 「…取り敢えずやってみよう」

 

 そう思い、私はオルガンに手を置いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私、フィーネがこの船に来てもう数日。

 私は今、船の甲板中央広場にいる。

 お星様が綺麗に光ってて、ずっとそれを眺めてるの。

 いくら見てても飽きはしないよ。

 フカは、私と同じ転生者。

 何となく予想はしてたけど…実際知った時は驚いたし、もし私が助けろと言われた転生者と違ったら…嫌だった。

 だけど、運命はイタズラで、私とフカが離れることは無かった。

 勝手に連れてこられたけれど、その点には神様にありがとうを伝えたい。

 フカに命を助けられて、こんな可愛い服を与えられて、撫でてくれて、なんというか…ずっと私はフカに与えられてばかりだと、気がついちゃった…。

 それにしても、最近フカは暇そう。

 私もそうだけど。

 神様からの依頼がやってこない、それは誰も殺さなくていい。

 それはそれでいいのだけれど、フカは何故か不満そうだった。

 フカは…人を殺したいのかな…

 いや、そんなことは無い。

 だってフカは優しいもの、本当に人が殺したくて不満になってるなら、私はあの時見捨てられてるもの。

 ……ううん、分かってる。

 フカにはなにか事情があるって。

 誰かを殺してでも果たしたいことがあるって。

 

 「……でもそれって…なんなんだろう」

 

 ふとこぼれた。

 そう言えば私は、フカのことほとんど知らない。

 私の命の恩人で、転生者で、鎌と腐食使いで、いっつも気だるげな顔。

 そしてラップが大好き、それくらいだ。

 ……そう言えばフカで思い出したけど、誰か忘れてる気がしてる。

 忘れるってことはどうでもいいことって偉い人が言ってた気がするけど…ほんとなのかな?

 でも、モヤモヤするよぉ…

 

 「んー…ん、何?」

 

 そんな考えてる時、私の獣耳に聞こえるものがある。

 それは音色、空気が震え、鉄が奏でる。

 管楽器のような…でも管楽器とはまた違う。

 弾くように奏でられる、爽やかに、星空に合う、素敵で、とっても…

 

 「綺麗な音色…」

 

 私はその正体を確かめたくて、歩み始めた。

 この姿になってから、耳はかなり良くなった。

 おかげでどこから聞こえてくるかすぐに分かっちゃった。

 私は音に繋がれ、引かれる様にその場所に。

 そこは船長室、フカの私室だった。

 そう言えばフカの私室には入ったことがなかった。

 この船はとっても大きい、よく迷う。

 それもあってかフカと一緒でないと、自分の居場所を見失うことが多かった。

 現に私はここから甲板中央広場まで帰れるかと言われたら無理。

 帰り道わからないよぉ…

 でも、今それは置いておく。

 この綺麗な音色はフカの部屋から響いている。

 ならもしかして、私はそのもしかしてを見たくて、扉をゆっくりと開けた。

 青いカーペットが私を出迎え、壁にある武器と絵画(スクリーンショット)

 中央に座す黒塗りのテーブルと安楽椅子、でももっと目を引くのは最奥のパイプオルガン、あれが音の正体。

 そしてそれを演奏するのは…フカだった。

 集中した…とは言いきれない、いつも通りの寝ぼけ眼で指を弾いて鍵盤を奏でてる。

 それはまるで巧みに美しく舞踏する踊り子のように、フカの指は舞い踊る。

 指に合わせて体も揺れる。

 体から伝達するように翼と尾も揺れて、まるで蜃気楼のように…だけれどもフカはそこにいて幻じゃない。

 着ているいつもの服も、中世の貴族っぽいのもあってか、まるでその時代にやってきたみたい。

 目をぱちくりさせて、見れば見るほど、フカの動きと、それによって奏でられる音に魅せられていく。

 音が踊り、鉄管が震え、空気が伝える。

 指が走り、鍵盤が押され、音を複数生み出す。

 あぁ、私は今、凄いものを聞いている気がする。

 私は、フカの演奏が終わるその時まで、全く動けないで、その音に聞き惚れていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ…何とか行けた。

 うろ覚えで、昔叔父さんに教えられた曲を弾いた。

 ゲームと同じように、楽曲を読み込ませてみたけどやっぱりダメで、結局自分で弾いたけど…

 

 「下手だな…」

 

 叔父さんに言わせばそうだろう。

 いやプロと比べる時点でおかしいか?

 それでもいくつか音を外したし、うろ覚えだから飛ばした部分もあるし。

 かなり酷いなぁ…

 ラップ風にいうなら、【ライムを踏めても、フロウが無い】

 音を出すだけなら誰でも出来る、奏でられてない。

 自分でそれはよく分かっていた。

 あぁ…やっぱり向いてないなぁ。

 こんな転生することが分かっていたら、ゲーム内でも楽せずに、パイプオルガンの練習もっとしたのに。

 そう考えてると、拍手の音が響く。

 パチパチパチと、音のする場所は真後ろ。

 私は振り返り、そこを見てみると…フィーネだ。

 フィーネが手を打ち、満面の笑顔を見せていた。

 

 「聞いてたの?」

 

 そうだとしたら恥ずかしい。

 いやまって、フィーネは犬のワービースト。

 鼻はいいことは知ってた、耳もいいのは忘れてた。

 どこにいたのかはおおよそ予想がつく、とすれば、この音楽がどこまで響いたかわかるわけで…

 

 「甲板中央広場まで響いたの……」

 

 頭を抱える。

 は、恥ずかしい…こんな酷い音をそんな所まで…

 そうだった、コールドWARに他人を招待したことなんてなかったから、どこまで音が響くかなんて調べてなかったねそう言えば。

 

 「もっと聞きたい!」

 

 恥ずかしがってる私を他所に、フィーネは私にせがむ。

 あんな音を聞きたいって言ってくれて、少し嬉しさと恥ずかしさが襲ってくる。

 うぅ、なんか未体験な気持ちだ…

 でも、せっかく聞いてくれると言ってくれたし…

 聞かれてしまったと考えたら、少し吹っ切れた気がする。

 よし、それじゃあ弾こうか。

 気持ちを切り替えて、鍵盤に向き合っ……

 

 「マスター!」

 

 「ぬあああああああいい?!?」

 

 振り向いた先に現れた鉄の扉。

 それは若干の怒気を混ぜて、大きく声を上げた。

 お、驚いた…へ、変な悲鳴出ちゃった…

 あれ、この喋る鉄扉見覚えが…あっ。

 

 「ドーア!!」

 

 「イエース、I am!!」

 

 そう、鍵盤と私の間から少し離れ、()を張って答えた。

 

 「マスター、忘レテイクナンテ酷イデース!!」

 

 ごめん、本当に忘れていた。

 アクアマリンに置いてしまってた。

 でもね、仮に忘れてなくてもあの小さなフックショットでドーアを支えられるかどうか…いや行けるか。

 だってアズラエルが持ってきたし…いやいや、やっぱり無理か?

 私の肩が無理そう。

 

 「マア、ワザトジャナイナライイデース。ソレヨリワターシモマスターノ【演奏】聞キタイデース!!」

 

 ドーア、あなたも?

 まさかドーアも聞きていたのかな、こんなことを言い出してくるなんて…

 というかドーアどうやって帰ってきたの?

 疑問を口にしようと思ったけど、2人とも目をキラキラにして私の演奏を待っている。

 ……仕方ない、また後でそれを聞こうか。

 私はまたパイプオルガンの前に座り、指を走らせた…



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20.韻 腐華のパーフェクト?ラップ教室

今更ながらラップの解説
間違ったこと書いてたら報告お願いします!


 星々の輝く夜空、コールドWAR甲板中央広場私。

 私はそこでフィーネと共に寝転がっていた。

 単純にやることがないのだ。

 未だに神様からの依頼が来ない、本当にあの神様は返す気などあるのだろうか。

 一抹の不信感が過ぎるが、信じるしかない。

 出なければ私は元の世界に帰れないのだから。

 

 「ねえフカ…教えて欲しいの」

 

 そんな時、フィーネが唐突に口を開いた。

 私が彼女へと頭を向ければ、彼女もまた頭をこちらに向けていた。

 

 「何を?」

 

 私は問い返す。

 するとフィーネは少しモジモジとしながら、私へと伝えた。

 

 「えっとね…ラップを教えて欲しいの」

 

 ……思考が停止した。

 唐突すぎる、なんでまた急にラップを教えてくれなんて。

 私はちょっと困惑した思考を整え直して、改めてフィーネを見る。

 表情こそ引き気味だけど、その目は真剣だった。

 ……なんで言い出したかは置いておき、そんな目で、フィーネに言われたら断れないな。

 私はすっと立ち上がり、フィーネに手を出す。

 

 「いいよ、それじゃあ立とうか」

 

 そう言うとフィーネは引き気味の表情を笑顔に変え、瞳を輝かせて私の手を取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はフカの手を取って立ち上がる。

 ラップを教えて欲しいと言ったのは、純粋にもっとフカを知りたかったから。

 フカが好きでたまらないラップが、どういうものか、よく知ってみたくなったんだ。

 それを教えてくれると言ってくれて、私は舞い上がっちゃったけど、フカはそれを咎めないで微笑んでくれる。

 さて、言われて私は立ち上がって、フカも私の前に立っている。

 しばらく呼吸を整えるような動作の後、フカは口を開いた。

 

 「それじゃあ、フィーネはどこまでラップを知ってる?」

 

 「えっと…よ、YO、YO!!……くらい」

 

 私は素直に回答する。

 だってラップって言ったらこれくらいしか私には分からなかった。

 「やっぱりそこからか」とフカが呟く。

 それは呆れではなくて、なんというか予想通りと言った表情だった。

 

 「それじゃあ、まずラップとは何かから行くね」

 

 そう言われて、私はゴクリと生唾を飲んだ。

 やがてフカの口から語られるラップとは何か。

 ラップは【韻律】【リズミカルに演説】【ストリートの言葉】を組み込んだ音楽。

 要素に【何が歌われてるか】という内容、【リズムや韻】を構成するフロウ、【終止と声調】の話し方があって、ラップをする人をラッパー、またはMCって言うみたい。

 メロディーにあんまり乗る必要がなくて、お話するみたいに抑揚をつけて歌う。

 そして同じような言葉を重ねる、ライムを踏むというみたいだけど、これが特徴みたい。

 YO、YOもその1部みたいだね。

 

 「要は、ライムを踏んで、自分だけにしか表現出来ないフロウをかます。それがラップだよ」

 

 そう言って、フカはどこからともなくマイクを取り出す。

 うん、カラオケとかでよく見る普通のマイクだ。

 この時点で、私は胸が踊った。

 だってマイクを出すってことは、フカのラップを聞かせてくれるということで…

 

 「習うより慣れろ、早速一つお手本行くね」

 

 そう言って、フカがマイクを口元へ持っていく。

 合わせてどこからともなく現れたスピーカーから音楽が流れ始めた。

 上手い人の真似をする、それが上達の道。

 よくお母さんに聞かされた言葉のとおりに、フカのラップを私は学ぶために、全神経を集中して聞き始めた…

 

 

 

 

 Let's seminar

 腐華様だ

 A・K・A 【クールな殺し屋】さ

 ようこそラップの世界へ

 歓迎するぜこの業界へ

 フィーネ

 君がその気なら、空にそり立つ木になりな

 成り上がれるさ、私と一緒ならさ

 ビギナーラック Beginning このラップに込めて

 君に届けよう この熱く燃えるフロウ

 

 

 

 

 確かに話すように、私に語りかけるように、フカのラップが聞こえてくる。

 なんというか、歌というか、本当にお話してるみたい。

 でもよく聞くと聞こえる似てる言葉。

 ラップって聞くと、YOYOというイメージしかなかったけど、こうして聞いてみるとそれが偏見だってよく気付かされた。

 

 

 

 

 燃え上げようかHeart 道のりはHARD

 でもね君はBird 飛び越えてけるさHate

 最初は初心者 誰もが小心者

 怖がりは悪くない それくらいがいいんじゃない?

 私とつかみとろう このshining street road!

 

 

 

 

 そこでフカはマイクをしまった。

 私はその言霊にただただ手を打つしかなかった。

 

 「これで軽く流したけど、こんな感じかな」

 

 そう言って、フカはさっきとは違うマイクを取り出す。

 それは首?みたいなところにFと刻まれたマイク。

 一瞬なんのことか分からなかったけど、フカの顔を見て気づいた。

 

 「もしかして…私に!?」

 

 「うん、ラップ仲間が増えるのは嬉しいから」

 

 私は喜びのあまりフカに抱きついた。

 まさかマイクを貰えるなんて思ってた無かったから。

 そして貰ったマイクに恥じないラップを歌えるように、頑張ろうとも思った。

 

 「最初はゆっくりでもいいよ、最初からすごい人なんてなかなかいないし」

 

 フカがフォローを入れてくれた。

 それだけでも勇気が湧いてくる。

 ラップを歌うのは、前の人生も合わせて初めての経験。

 私は頭の中に浮かんだそれを、ただ声に出した。

 

 

 

 

 初心者だけど いいとこ見せたい!

 フカに感謝 気持ちが絡んじゃう

 焦って言葉がまとまらないけど

 この気持ち知って欲しい!

 上手く歌えない 上手くなりたい

 だから教えて ラップというモノ!



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