ひねくれた魔術師共と禁忌教典。 (鈴ー風)
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プロローグ

いつも見てくれている人はお久しぶり、初めましての人は初めまして、どうも鈴ー風です。
最後に投稿していたのがもう一年近く前で、現在進行形で重度のスランプでして……リハビリがてらにこの小説を投稿します。なので、更新頻度はあまりよくないと思いますが、良かったらお付き合いくださいませ。

今回はお馴染み「俺ガイル」と今ノリに乗っている「ロクでなし魔術講師と禁忌教典(アカシックレコード)」のクロスでございます。前々から書きたかった作品ではあったので、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ!


 

 何を、間違えてしまったんだろう。

 

『貴方のやり方、嫌いだわ』

 

 どこで、間違えてしまったんだろう。

 

『もっと、人の気持ち考えてよ!』

 

 ……いや、本当は分かっているんだ。何を間違えたわけでも、どこで間違えたわけでも無いことは。

 初めから(・・・・)間違っていたことくらい(・・・・・・・・・・・)

 勝手に期待されて、勝手に失望されて、拒絶されて…そんなのにはもう慣れた筈だった。

 

『貴方のやり方、嫌いだわ』

『もっと、人の気持ち考えてよ!』

 

 ……慣れた、筈だった。俺は、存外あの空間が気に入っていたらしい。あいつらから…雪ノ下と由比ヶ浜から言われた言葉が何度も反響して、頭にこびりついて離れない。今までならヘラヘラ笑って、目を腐らせてのらりくらりとかわしていれば無視できた問題。鈍い痛みを、笑って誤魔化せた問題。……でも、今回ばかりは駄目そうだ。

 奉仕部(あそこ)に行くのが怖い。あいつらから否定されるのが、また拒絶されるのが、堪らなく怖い。……弱くなったな、俺も。いや、元からか。

 修学旅行後、学校に行くことを止め、家に引きこもってみる。両親が対して気にしないのは分かっていた。小町が心配そうにしているのだけが心苦しい。しかし、家にいてもいつまた誰かが来るとも限らない。平塚先生とかなら来そうだな、面倒見いいし。本当に何で結婚できないんだろ、誰か貰ってあげてよ……戸塚とか来てくれるかな…来てくれたら嬉しいな。材木座?…知らない人ですね。

 兎に角、今は誰とも関わりたくない。だから、俺は─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……外に出なくなって、三日くらいか。平塚先生は案の定来た。俺は部屋から出なかったが、相変わらずいつものように愚痴混じりに勝手に話しかけてきた。

 

「……比企谷。私達は、待っているからな」

 

 最後にそう言った平塚先生。私達、とは誰のことを指していたのか。いつもなら心に響いていた先生の言葉だが、今回ばかりはどうにも響いてくれそうにない。

 戸塚と、それに材木座も来た。相変わらず材木座はうるさいだけだったけど。

 

「八幡、僕達は待ってるからね」

「八幡よ!早く学校に来るのだ!お前がいなくては、我は…我は……」

 

 ……材木座、お前は本当にぶれないな。

 そういや、川…川……なんとかさんも来たっけな。ずーっと無言だったから、いつの間にか帰ったかと思った。

 

「比企谷…その、待ってる、から…」

 

 ……そんなに接点無かった筈なんだがな。来てくれるのは嬉しいんだが。

 

 ──だが、一番会いたくなくて、でも一番会いたい筈の、聞きたくなくて、一番聞きたかった筈の声は……結局、いつまで経っても来ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何やってんだろうな、俺は……」

 

 そろそろ登校拒否から二週間。もう日も暮れた時間に、ふらふらと歩き着いた先の公園で一人ごちる。殆ど日課になりつつあるこの放浪も、もう夏から秋へと変わりつつある今は、夜風さえ少し肌寒い。

 結局、俺は怖いんだ。今も昔も。人と関わって、変な気を持って、持たれて。勝手に失望したり、されたり。……そんなのには、もう疲れた。始めっから、底辺の俺が人と関わること自体が間違ってたんだ。今までだって一人だったじゃないか。だから…元に戻るだけだ。

 

「……?」

 

 感傷に浸るのを止め、一度家に帰ろうと思ったが、視界の端に妙なものが写った。ぱっと見は何の変哲もない公園だが、その中の一部、木々の辺りが歪んで見えた(・・・・・・)。まるで、ファンタジーによくある「異次元の穴(ワーム・ホール)」のように。同時に、俺の本能が激しく警鐘を鳴らす。やめろ、見るな、近づくな、と。

 

「……は、んなわけねえわな」

 

 脳裏に浮かんだ仮説を、本能が打ち鳴らす警鐘を自ら笑い飛ばす。いくら心身磨耗状態だからといっても、流石にファンタジーなぞあり得ない。ここは現実で、ファンタジーは二次元なのだから。厨二は卒業した筈だろ、八幡。

 

「………」

 

 だが、そう考える心とは裏腹に、俺の足はその『異常』に向かっている。自分でも理由は分からない。一種の自虐だったのかも知れない。馬鹿な奴だと自分を貶めたかったのかも知れない。ただ、何かに引かれるように、そこに向かい。

 

 意識は、そこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は」

 

 暗い緑。目が覚めた時、真っ先に見えたのはそれだった。辺りは見慣れない森の中、俺はその草むらに倒れ込んでいたようだ。…少なくとも、そこはさっきまでいた公園では無かった。

 

「…マジで、ファンタジーかよ……」

 

 一瞬で見たことの無い森の中に移動した……そんなもん、ファンタジーくらいでしかあり得ない。何てこった……

 一応、ポケットのスマホを取り出す。しかし、電波は入らず、マップ機能すら動かない。……どうやら、ここは地球ですらないらしい。

 

「……どうすっかな…」

 

 いくら超常現象だからといって、本来なら、探索するなり思考するなり、頭や体を働かせるものなのだろう。ただ、俺の頭は、この非科学的な状況においても、まともに動こうとしなかった。

 

(……何か、全部が面倒だ)

 

 無気力、無関心。そんな言葉が適当だろうか。考えることも、散策することも、更に言えばこの状態に怒ることも呆れることも悲しむことさえ、どうでもよかった。そうして俺は、その場から動くこともなく目を閉じた。どうせ、元の世界に帰ったって何もない。小町にこれ以上心配をかけてしまうことだけが気がかりだ。

 

「いっそこのまま……」

 

 ここに居ようか、そう考えようとした思考を、本能が断ち切った。

 

「…何だ、この気配」

 

 眠ろうとさえしていた頭が急速に覚醒していく。先の見えない暗闇の中に、一、二……五、か?結構な数の気配を感じた。それも、野良犬とかの「ただそこにいる気配」じゃない。何か、とてつもなく嫌な気配……

 「獣の気配」を感じ取った。

 

「……ッ!!」

 

 嫌な予感がした直後、俺は殆ど無意識にその場から飛び退いた。そして、頭から滑り込む形で地面に突っ伏すと、背後から嫌な音が響いた。何というか……何かを貪るような、へし折ったような音が。

 

「…何、だよ……こいつら……」

 

 振り返った先にいたのは、さっきまで俺がいた木に大きな牙を突き立てた、「黒い何か」。

 ……否、「黒い獣の群れ」だった。

 

「グルルルァァ……」

 

 やばい。やばいやばいヤばいヤバいヤバいヤバイヤバイヤバイッ!!

 

「ガアアァァァッ!!」

 

 本能的にヤバいと感じ取った俺の足は、考えるよりも早く行動を起こしていた。俺の意識は、それに抗うこと無く同調した。即ち、この黒い獣のような何かからの逃げである。背後の禍々しい気配と響く複数の叫びを極力意識から追い出すかのように、とにかく走り続けた。

 

(何だ……何なんだ、これは!?)

 

 地獄の追走劇が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

「はっ…はっ…はぁっ……!」

 

 足が軋む。喉は鉄の味がする。全身が、脳が、悲鳴を上げている。黒い獣みたいなやつから全力で逃げるために全ての神経を費やす。それでも、あの禍々しい気配は消えない。威圧感が、敵意が、殺意が、背後から消えることはない。

 

「がっ!」

 

 気が散漫になりかけた一瞬で草に足をとられ、前に倒れる。全力で走っていたこともあって、その勢いのまま何度か転がり、樹木に体を打ちつけた。

 

「…が…痛ぇ……」

 

 結構な勢いでこけたため、全身を打撲し、皮膚が所々擦り傷になってしまったようだ。樹木に打ち付けられた背中が熱い。酸欠気味で走ったことも災いしてか、意識が朦朧としてくる。

 ……ここで、終わりなのか。名前も知らない場所で、誰にも知られずひっそりと死ぬ。それは、さぞ日陰者にはお似合いの末路だろう。まるで俺のための特注コースじゃないか。

 獣の臭いが近づいてくる。朦朧とぼやけた視界と意識の中で、むしろより過敏になった嗅覚がその存在を嫌というほど認識させてくる。もう追い付かれたのか。多分、後数分もしない内に、俺はこいつらに食い殺されるだろう。随分短い人生だったなぁ……

 

「…くっだ、らねえ……何なんだよ……」

 

 心は既に諦めを会得済、死というものを強く感じたからか走馬灯のように今までの記憶が浮かんでくる。…や、そんなに多くはないけどね?記憶。思い出したくもない中学以前の俺。黒歴史を増産しまくってたなぁ。高校……そういや事故でいきなり躓いたっけか、懐かしい。サブレ元気かな?無理矢理ボランティアに行かされたこともあったっけ…あん時は小学生相手に無茶したっけな。それから川…何とかさんの弟から依頼を受けたり、文化祭で無茶したり、修学旅行で……

 ……はは、おかしいな。いろいろ思い出せるのに、そのどれもに、思い出したくない「あいつら」が出てくる。諦めたはずなのに、受け止めたはずなのに。やっぱり、俺の心はどこかでずっと求めていたんだ。

 「そのままの俺を認めてくれる」存在を。それに一番近かった、「雪ノ下と由比ヶ浜(あいつら)」を。

 

「グルルウゥゥ……」

 

 ……だが、もう遅い。遅かったんだ。俺の周りは、あの黒い獣じみた奴等に囲まれている。もう抵抗は無意味。万に一つも生還できる可能性、0。あいつらに会うことは、もう二度と叶わないのだから。

 

「グルルアァァッ!!」

 

 唸り声をあげながら、獣共は一斉に俺に飛びかかる。それは、一瞬のようで永遠にも長い時間がもたらす、死への宣告である。だから、俺は目を閉じる。そうすることで、少しでも恐怖を薄めることができるかも知れないと思ったから。辞世の句は…必要ないか。遺言は…そうだな。先に逝くわ、すまん小町。一応、親父とお袋も。こんなもんだろ、届かない遺言だけど。

 …それと、由比ヶ浜。雪ノ下。もし、来世でも会えたなら、今度こそ、俺と────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「《荒れ狂う風よ》!!」

 

 突然。本当に唐突に、凄まじい旋風が吹き荒れた。何も聞こえない中で思わず目を開くと、映ったのは、風に運ばれて上空へ飛んでいく獣共と、風越しに見える、人影のようなものだった。

 

「君!大丈夫か?」

 

 風が止み、上空から重力に従い、地面に叩きつけられた獣共は短い悲鳴を上げ、霧のように霧散した。そして、男の声がした。目を上げると、さっきの風越しに見えた人なのか、いかつい顔の男性が立っていた。俺よりも大分年上に見えるその男性は、俺の側へ駆け寄ると、俺の肩を掴んで軽く揺さぶってきた。

 

「見たところ大丈夫そうだが……怪我はしてないか?」

「え……あ、は、はい……」

 

 何もかもが唐突すぎて、そう返事を返すので精一杯だった。

 

「そうか……良かった。影狼(シャドウ・ハウンド)と対峙して無事でいられたのは運がいい。間に合って良かったよ」

 

 心底安心した様子で、俺に笑いかけてくるその男性に、俺は顔を向けることができなかった。今の俺が受けるには…その笑顔は、眩しすぎた。

 

「…と、無事というわけではないな。怪我をしている」

「……別に、平気ですよ。このくらい」

 

 指摘されて、足を怪我していたことを思い出した。確かに痛むが、歩けないほどじゃない。そう思い、男性の言葉を突っぱねる。……とにかく、少しでも早くこの場を離れたかった。

 

「平気なわけないだろう。とにかく、手当てを───」

「いいって言ってんだよ。……もうほっといてくれよ、こんな俺なんて」

 

 我ながら最低だな。恩に礼を言うどころか、仇で返す態度。……全く、本当に嫌になる。木を柱がわりにして何とか立ち上がる。そのまま、歩いてこの場を離れ───

 

「─────ッ!?」

 

 激痛。突然、足に激痛が走り、思わずその場に倒れてしまった。再び意識が朦朧としかけ、声すら出てこない。すると、急に体が地面を離れ、空中に浮かんだ。それがあの男に持ち上げられたのだと理解するのに、それほど時間はいらなかった。

 

「何、を……」

「だから言っただろう……すまんな。あまりに強情なんで、こちらも強引にいかせてもらうことにした。悪く思うなよ、少年」

 

 そのまま高笑いしながら、男は歩き出す。歩幅に合わせて小刻みに揺れる体が、妙に心地好い。

 

「……何で、俺なんかに、構うんですか…」

 

 この時の俺は自棄になっていたのだろう。このまま放置されれば、俺は確実に死ぬだろうから。この期に及んで、もう人と関わりたくなかった。そんな理屈よりも、何故か、それが知りたかった。見ず知らずの俺に、死んだ目の俺に、ひねくれたこんな俺に、何で構うのか。薄れゆく意識の中で、それが知りたかったからこその問いかけであった。どんな目的があるのか、どんな打算があるのか……

 そして、最後に帰って来た答えは、俺の考えうる答え、その全てとは違う答えであった。

 

 

「知るか。そこで死にかけてたから助けた。理由なんて、そんなものだろ」

 

 

 最高にぶっきらぼうに、最高にひねくれた答えを最後に、俺は意識を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を、見た。遠い昔の記憶。

 そこは公園で、その中で、小町が泣いていた。俺は小町を抱き締めて、何も言わずに頭を撫でている。少し気恥ずかしいのか、夢の中の俺は顔が赤い。

 

 ……ああ、そうだ。これは小町が家出した時の夢だ。両親が仕事続きで寂しさから家出した小町を、俺が迎えに行った時のことだ。

 

『俺がいるから、小町。俺は、ずっとお前のそばにいてやるから』

 

 ……この日、だったな。

 俺が、初めて誰かに必要とされたのは。

 

 ──────

 ────

 ──

 

 

「……ん」

 

 暖かい感覚に、意識が浮上していく。ゆっくりと体を起こすと、まるで見計らったかのようなタイミングで部屋の扉が開かれた。……部屋?

 

「お、目が覚めたか」

「あんたは……それに、ここは…」

 

 扉を開けて現れたのは、俺を獣から助けてくれた男だった。ふと周りを見ると、そこそこ広い部屋のベッドに、俺は寝ていたらしい。部屋中に散乱する本が、この部屋の生活感を(かも)し出している。俺が部屋を見ていることに気づくと、男は少し気まずそうに頭を掻いた。

 

「あー、すまんな。散らかってて。ここは俺の仕事部屋なんだよ。流石に夜中に客間で寝かすわけにもいかなかったんでな。まあ勘弁してくれ」

 

 そう言いながら、男は手近な椅子を手に取り、そこに腰かけた。

 

「…さて、もう傷は大丈夫そうだな」

「え?……あ」

 

 すっかり忘れていたが、シーツを捲って足を確認する。包帯でぐるぐる巻きになってはいるものの、あの時のような痛みは感じない。多少痺れがある程度だ。

 

「治癒魔術は久しぶりに使ったが、上手くいって良かったよ」

「……魔術?」

 

 何だろう、何か聞きなれないことを聞いた気がする。

 

「どうした?まさか魔術を知らないわけでもないだろうに」

 

 そう言って豪快に笑う男。しかし、一向に笑わない俺を見て、その笑いが徐々に収まっていく。

 

「……まさか、本当に知らないのか?魔術を」

「まあ……はい」

 

 俺の答えを聞いて、今度は唖然とした顔をする男。顎に手を当てて考え事をし始めると、疑惑の目をもって俺に問い掛けてきた。

 

「そういえば、あんな時間に《魔の森》にいたのもよく考えればおかしい……少年、すまないが、もし良ければ話してくれないか?何故、あんな時間にあの場所にいたのか。それに……嫌でなければ、君自身のことを」

「……それは、別にいいんすけど。多分信じられないと思いますよ」

 

 前置きをした上で、俺はその男に話し始めた。

 俺の過去を。俺が別の世界から来たであろう、異世界人だということを────

 

 

 

「……そんなことが」

「……まあ、信じるかどうかは勝手ですけど」

「いや、未完成とはいえ過去に空間や次元の移動魔術の論文を見たことがある。それに、この状況で君が嘘をつく理由もないことだしな。にわかには信じられないだろうが、信じよう」

 

 釈然としない顔の男を尻目に、俺は手足の調子を確認していた。多少痺れがあるが、あの時のように激痛がしたりはしない。まあ動けないほどじゃないだろう。ベッドからゆっくりと足を下ろし、ゆっくりと立ち上がる。……歩く分には問題無さそうだ。

 

「助けてくれたことは礼を言います。でも、迷惑をかけるわけにもいきませんし、ここを出ます。短い間でしたけど、お世話になりました」

「……出ていくのはいいが、どこへ行く気だ?」

「…………」

「君の話が本当なら、ここは本来君の住んでいた世界ではない、ということになる。帰る場所がない見知らぬ土地で、一体どこへ行くと言うんだ?」

 

 男の声は、心配するような、そして(いさ)めるような声でもあった。その言葉の端々から、この人の優しさを感じられる。だからこそ、辛かった。

 

「……俺のことは放っておいて下さい。俺はあなたに優しくされるような人間じゃない」

「それは無理な相談だな、もう関わっている。目の前でふらりとどこかへ消えようとしている人間を見過ごせるほど、肝が据わってないんでな。……というかそんなことしたらフィリアナに殺される」

 

 ……後半の方が本音な気がしてきた。それはもう、凄い怯えようだったから。というか誰、フィリアナ。

 

「まあ、それはいいとして、だ。君を見てるとな、放っておけない気がするんだよ。昔の俺に似ててな」

「昔のあんたに……?」

「ああ、誰とも関わろうとしないで、何でも一人でできる気になって。誰からも理解されないで、一人ぼっちでやさぐれてた頃の、どうしようもない昔の俺にな」

 

 その言葉に、心臓を鷲掴みにされた気分だった。まるで、俺の心を見ているかのような、俺の心を代弁したかのような、そんなことを言われたのだから。

 

「色々あったが、結局は自分がまだまだガキでちっぽけな存在だって気付かされた。お前も、きっと色々あったんだろうよ」

「……いや、俺は」

「見りゃあ分かる。言ったろ?似てるってよ。だから何か放っとけないんだよな。俺は周りやフィリアナのお陰で何とかなったけどよ、そうじゃなけりゃ、今頃どうなってたか……今のお前は、そんな危うさがあるんだよ。だからよ」

 

 男は椅子から立ち上がり、俺の前まで来て。

 

 俺の頭に、手を載せた。

 

「どうせ行く場所も無いんだ、ここにいるってのはどうだ?」

「は…?いや、迷惑かかるし…それにあんたの家族にだって」

「フィリアナは大丈夫だろ。何だかんだ世話好きなところあるしな。娘二人は……まあ何とかなるだろ」

 

 いや駄目だろ。娘がいるのにどこの馬の骨とも分からん男と一つ屋根の下とか。

 

「ま、ここが無理でも住む場所くらい何とかしてやるよ。だから、好きに探してみればいい。お前が言っていた、『本物』ってやつをさ。案外、こっちの世界なら何か見つかるかも知れねえぞ?」

 

 そう言って、眩しい笑顔で俺の頭をわしわしと掴んでくる。荒々しくて、正直鬱陶しいけど、振り払う気にはなれなかった。その笑顔に、俺の中の何か……長い間忘れていたような気がする、そんな何かを感じたから。

 だから、俺は。

 

「……分かった、あんたの言うとおりにする。迷惑にならない程度に、厄介になる」

「固っ苦しいなぁ、どうせならもっと砕けろよ。いっそ親父とか呼んでみないか?娘ばっかりだったから、息子が欲しいと思ったもんだ」

「それは断る」

「あっはっはっはっ!」

 

 どうせ俺には何も無い。それなら、無いなりに、底辺なりに足掻いてみよう。自棄になって誰も信じようと思えなかった俺が、この人は信じてみてもいいと、信じてみたいと思えた、そんな暖かさを持った、不思議な人だった。

 

「そういや、まだ名乗ってなかったな。俺はレナード。レナード=フィーベルだ。お前は?」

「俺は比企……いや」

 

 比企谷八幡は今までの俺だ。これからこの世界で生きていく俺は、今までの俺じゃない。だから……

 

「…ハチ。ハチ=ヒキガヤだ」

 

 今は、「比企谷八幡」に決別する。これからを、『本物』を探すために、俺は「ハチ=ヒキガヤ」として、生きるんだ。

 

「そうか。よろしく頼むぜ、ハチ」

「こちらこそ。レナードさん」

 

 その夜、レナードさんに布団を借り、元の世界の小町達への後悔、これからの生活への不安、そして、ほんの少しの高揚感に包まれながら眠りに着いた。そして、とても久しぶりに夢を見ていた気がする。……詳しくは思い出せないけど、とても……とても、優しい夢だった。そんな気がした。

 

 

 




はい、というわけでプロローグでございます。
え?設定が安直すぎるし強引だって?ははは、それは言わないおや(
という訳で八幡がハチと名前を変えてロクアカ世界にログインしました、ということで。次回から本編に入っていきます。エタらないように頑張っていきたいので、気に入っていただけたら幸いです。

では最後に。
鈴ー風は生きてますよ!


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第一章 アルザーノ帝国魔術学園編
第一話『その男、ひねくれにつき』


 どうもお久しぶりまたは初めまして、鈴ー風です。
 ということでね、本編の第一話ですよ。拙いながらも何とか書き上げられたので、良ければお付き合いくださいませ。
 では第一話、どうぞ!


 朝。それはどこにいても、誰にでも平等に訪れるものである。それは、例え異世界であろうと変わらない。素晴らしい一日になるかどうかは朝の目覚めにかかっていると言っても過言ではない……と思う。つまり、何が言いたいかというと、無理に決まった時間に起きなくても自分が気持ち良く起きれる時間に起きればいいんじゃないか?ってことだ。つまり、まだ眠いから俺は快適な朝を目指してもう一度寝る。お休み…

 

「さ、朝よ!起きなさい、ハチ(・・)!」

 

 寝ると宣言した直後に、被っていた毛布を勢いよくひっぺがされる。その勢いで愛しのベッドから地面にダイブ、同時に全身を寒気が覆い、体が自然と縮こまる。痛いと寒いのダブルパンチだ。俺はその原因を作り出した者へ、恨みがましい視線を向ける。

 

「…お前さぁ、男のベッドに乗り込んでくるとか嫁入り前の女としてどうよ、それ」

「今更あんた相手にそんなこと考えもしないわよ。それより早く起きる!」

「へーい…」

 

 こうなったら抵抗しても無駄だということはもう理解している。朝からピシッとした制服に身を包み、いつもながら頭のカチューシャが耳に見えて仕方ない、この白髪の少女には抵抗など無駄なのだ。

 

「……おはよう、白猫」

「白猫って言うな!」

 

 この白猫こと、システィーナ=フィーベルには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、二人共」

「おはよう、システィ、ハチ君」

「おはよう、ルミア、母さん」

「うす」

「あはは……ハチ君眠そうだね?」

「おう、遅くまで魔導書読んでたんだよ。もう一眠りしようとしてたところを白猫に叩き起こされた」

 

 目の前で苦笑いを浮かべる少女は、ルミア=ティンジェル。立場的には俺と同じ居候のようなものらしいのだが、俺よりもずっと前からここにいるらしい。大きなリボンの似合う金髪は素人目でも可愛く綺麗で、ルミア自身の魅力を良く引き出している。

 そして、厨房に立って朝飯の準備をしているらしい白猫の母親、フィリアナさん。俺と同年代くらいの子供がいるとは思えないほど若々しい。平塚先生以上に若く見えるかも知れん。人妻なのに。

 

「どうせ起こされるならルミアが良かった」

「何よハチ、ちゃんと起こしてあげてるだけでも感謝しなさいよ」

「お前は乱暴なんだよ。『ハチ君、起きて』くらい言えんのか」

「うわ、キモッ!」

「マジのトーンは止めてくれません?朝から俺泣いちゃうよ?」

「そもそも、起こすだけなんだから私でもルミアでも一緒でしょ?」

「ルミアは可愛い、お前は生意気。そこには天と地程の差がある」

「ムキイィィ───!」

「あはは……」

 

 俺の言葉を真に受けて顔を真っ赤にする白猫。苦笑いを浮かべるルミア。それを楽しそうに見つめているフィリアナさん。

 あの日、魔獣に襲われていた俺を助けてくれたレナードさんが、そしてこのフィーベル家が俺を受け入れてくれてからそろそろ一年。最初こそ色々あったが、ここに居候するようになってから毎日、こんな調子が続いている。やかましくも楽しく、退屈しない時間に、言葉にはできないが本当に感謝している。時々異世界だということを忘れてしまいそうになるくらいだ。……まさか、もう他人と関わるのを諦めかけていたあの頃の俺がこんな風に思える日が来るなんざ、夢にも思わなかったけどな。

 そんな俺達の様子を微笑ましそうな顔で見ていたフィリアナさんは、その笑顔を変えることなく朝飯を運んでくる。

 

「二人共、仲が良いのは分かるけど、早くご飯食べちゃいなさい」

「「仲良くない!」」

「あははは……」

 

 

 

 

「…ねぇ、そういえばヒューイ先生の件ってどうなったんだろうね?」

「んぁ?」

 

 食事中、ルミアが話を振ってくる。その内容は、数日前に忽然と姿を消した俺達のクラスの担任教師、ヒューイ=ルイセンのことだった。

 あれから俺はレナードさんの計らいもあり、魔術の訓練の一環としてこの世界の学校───アルザーノ帝国魔術学園に白猫達と一緒に通っている。まあ、編入扱いだったからついこの間から通い始めた訳なのだが、まあいい。そのヒューイ先生とはザ・優男といった感じの教師で、分かりやすい授業と人当たりのいい性格で生徒達からの評判も良かった。だからこそ、急にいなくなったのにはクラスがざわついたっけか。

 

「そろそろ代わりの教師が来るとは言われてるけど、どんな人が来るのかしら。ヒューイ先生の十分の一でもできる人ならいいんだけど……」

「んなこと言ったら大抵の先生アウトじゃねえか」

 

 高望みが過ぎる白猫を諌めつつ、サラダを頬張る。……ん、うまい。

 

「まあ、ヒューイ先生みたいな分かりやすい授業ができる先生は少ないかもね」

「ま、俺は誰でもいいや。どうせそれで何が変わるでもねえし」

 

 自分でもドライだと思う返答をすると、二人はそれ以上追求することなく会話を続ける。

 俺がヒューイ先生に対して興味を示さないのにはちゃんと理由がある。何も難しいことじゃない、あの人は信用できない(・・・・・・・・・・)。ただそれだけだ。

 ……あの日、こっちの世界に迷い混んでから、俺は人の「心」が見えるようになった。といっても、考えてることが分かるとか、そういうのじゃない。「心の色」とでも言えばいいのか、そんなものが見えるようになった。落ち込んでいる人は灰色に見えるし、楽しい気分の人はオレンジとか赤っぽい色ってな具合で。それが何故かは分からないし、誰のでも見えるわけでなければ魔術の類いでもない。ただ、ヒューイ先生の「心」はどす黒く淀んで見えた(・・・・・・・・・・)。だから信用できない、それだけだ。

 

「おい白猫。お前タンドリー鳥食わねえの?」

 

 ふと、白猫の目の前の皿に盛られたタンドリー鳥が減ってないことに気づいた。勿体ないな、旨いのに。

 

「ええ、朝からはちょっと…ハチ、食べる?」

「おう、貰うわ。しっかし白猫、お前はもうちょっと肉を食べた方がいいぞ。栄養が足りないからルミアみたいに大きくならな……すまん、何でもないわ」

「ど う い う 意 味 よ !」

「あはははは……」

 

 ふう、料理が旨い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪かったって、そろそろ機嫌直してくれよ」

「つーん」

 

 学園に向かう途中、白猫に許しを請うが、無下にあしらわれ続けている。流石に白猫のコンプレックスをいじったのは失策だった。完全にへそを曲げてしまったらしい。しかし、つーんって…あざといなこいつ。しょうがない、今日の予定は……特に何もないな。

 

「悪かったって。お詫びに今日の放課後、お前の頼み聞いてやるから」

「え、本当!?」

「お、おう」

 

 途端に笑顔になる白猫。何処の世界でも、人間とはかくも現金な生き物である。隣で苦笑いを浮かべるルミアだけが唯一の癒しだ。

 

「前から気になってた服を見に行って、アクセサリーも見たいわね。あ、新しくできた喫茶店にも行きたいわ。それとそれと───」

 

 ……頑張れ、俺のSP(サイフポイント)

 

「じゃ、じゃあ今日の放課後───」

 

「どけどけどけえぇぇぇ───!!」

 

 そんな会話をしながら中央広場に差し掛かった辺りで突然、後方から叫び声が響く。反射的に声のする方へ振り向くと、鬼のような形相の男が全力疾走中だった。

 こっちに向かって。

 

「どけえぇ───!てめえら───!」

「──っ!おい、危な───」

「お、《大いなる風よ》───!」

「ぎゃああぁぁぁ──!」

「うおぉぉぉぉ──!」

 

 時既に遅し。俺の制止が届く前に白猫が反射的に放ったであろう黒魔【ゲイル・ブロウ】によって、男を空中に舞き上げていった……俺を巻き込んで。

 ゆっくりと浮遊感に抗って落ちていく中、驚き目を見開くルミアと、「やっちゃった」と言わんばかりの白猫の顔だけが、やけに印象的だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ご、ごめんハチ……」

「いや、別にいいけどよ……」

 

 あれからのことは凄まじかった。噴水に着水して助かったかと思えば、男は即座に復活してからも色々やらかして、最終的に嵐のように去っていった。主にルミアへのセクハラとかセクハラとか。何だったんだあいつ……

 で、巻き添えで全身ずぶ濡れになった俺は着替えなければならなくなり、今はジャージ姿である。目立って仕方ないのを除けば概ね問題無しだ。ちなみに、俺の席は白猫とルミアの後ろ。近いから話しやすい。

 

「それにしても、一体何だったのよあいつ……」

「さあな…それはこっちが聞きたい」

「あはは……不思議な人だったね」

 

 レナードさんから白猫達のことを任されている以上、少なくともルミアにセクハラ紛いを働いたことだけでも後悔させてやりたい。まあ、名前も知らん以上会うことはもう無いだろうが……

 

「よおハチ。朝から大変だったらしいな」

「ん…どうってことねえよ」

 

 ジャージをパタパタしていると、クラスメートの一人、カッシュ=ウィンガーに声を掛けられる。気前の良さそうな豪快な笑顔で話しかけてくるこいつは、転入初日からこんな感じだ。少し大人しくなってっべーっべー言わなくなった戸部みたいなやつ……誰だよそれ。戸部要素0じゃん。タイプ的には葉山に近い筈なんだが、あいつみたく腹が立たんのは何故だろうな。イケメンじゃないからか……そうかもな。

 

「なあハチ、今すっげえ失礼なこと考えてなかったか?」

「気のせいだ」

 

 どうであれ、二年次に転入してきてからそう日が経っていない現在において、ウィンガーのように気さくに話しかけてくるやつはありがたい。元ぼっちとしては俺が孤立する分には構わんが、白猫達に余計な心配をかけるのは御免だからな。未だに俺を警戒してるやつは多いし。今だって遠巻きに見てるやつはそれなりにいる。

 

「それより、そろそろ授業時間だろ。席についとけよ」

「そうだな。んじゃ、また後でな」

「へいへい」

 

 席に戻るウィンガーを見送って、俺は席に突っ伏して目を閉じる。何故って?寝るためだ。

 

 

 

 

 

「……ハチ、ちょっと」

「んぁ……?」

 

 惰眠を貪っていたところを、白猫の声で目を覚ます。もう授業終わったのか?

 

「何だよ…もう授業終わったのか?」

「まだよ。寝てることについても言いたいことはあるけど、それよりも。授業、終わるどころか始まってすらないわよ」

「あん?」

 

 そう言われて、ポケットから取り出した時計を見る。そろそろ授業時間の半分を切ろうとしている。しかし、顔を上げても教壇の上に人の姿は見えない。それはつまり、教師の不在を意味していた。

 

「……どういうことだ?」

「遅刻ってことだよね?何かあったのかな?」

「仮にどんな事情があったにせよ、遅刻してくるなんてこの学園の教師たる自覚が足りないわ!来たら早速問い詰めないと……」

「うへぇ……」

 

 いかにも怒ってます、と言わんばかりの白猫とは対照的に、俺を含めクラスの気分が萎えていくのが手に取るように分かる。実はこの白猫、《真銀(ミスリル)の妖精》などという大層な異名をとっている。この世界で異名をとっている者自体は珍しくないらしいが、この異名は「真銀(ミスリル)の様に扱いづらい」という厄介じみた意味が隠されている。故に、正義感からこの白猫が遅れてきた教師に口煩く噛み付くのは火を見るより明らかなわけだ。そりゃあ気分も滅入る。

 と、そんな話をしていたら教室の扉が開く音がした。漸く教師が到着したらしい。

 

「やっと来た!ちょっと貴方、三十分も遅刻してくるなんて教師としての自覚が────」

「ふぃーやっと着いたか……ったく、教師なんてめんどい仕事押し付けやがって……あーめんどくせぇ」

 

 入ってきて早々、反省の欠片もないようなことを口走る新任教師とやらを見て、俺は言葉がでなかった。ボサボサの黒髪、だるそうに丸まった背中、若干乾ききってない服。

 それは、もう会うこともないと思っていた、今朝遭遇したばかりの男だったのだから。

 

「な……あ、あなた──────」

「……あ?」

「今朝の変態!?」

 

 




 はい、ということで元祖「ロクでなし」の登場となります。さぁハチが入ったことでどのような変化があるのか……それは作者にしか分かりません!(おい)
 ちなみに書き忘れてましたが、この物語は基本的に原作順守です。それと、所々アンチが入るので、苦手な方はご注意下さい。
 では、また第二話で。


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