許してくださいご主人様!なんでもしますから! (賢真)
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許してくださいご主人様!なんでもしますから!

多くの作品の中から、この小説を開いて下さりありがとうございます。

早速ですが、一つだけ注意事項を書き記しておきます。

※主人公の男ハンターはドM故によく興奮しよく喘ぎますので、苦手な方はブラウザバックをおすすめします。

それでは、お楽しみ下さい。


 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 拝啓 愛しき女ハンター様。先日、酒場でお見掛けした貴方の凛々しいお姿に、私は一目惚れいたしました。

 

 ある時は、幾多の狩りを経て発達したと思われる、貴方のむっちりした太股で顔面を挟まれる妄想で興奮し、またある時は、腹部を踏み付けられたまま見下される様子を想像して勃ち上がり、体の火照りを鎮められずにおりました。

 

 もし貴方とお会いする事ができたなら、尊敬の意を込めてご主人様と呼ばせていただきます。こんなドMの私ですが、宜しければ下僕にして頂けませんでしょうか。明日の朝、酒場エリアにて返事をお待ちしております。 

 

 敬具

 

―――――――――――――――――――

 

 

 と、我ながら完璧な文面の手紙を書き上げ、俺は意中の彼女に手渡した訳だが。

 

「げふぁっ!?」

 

 翌日。指定した場所へ足を運んだ俺は、不意にその彼女からハイキックを喰らった。

 

「おい。なんの嫌がらせだ? この手紙は」

 

「あ……ぁっ」

 

「はぁ? 何喘いでんだお前」

 

 実際は首に受けた衝撃で、全身が軽く痙攣しているだけ――――ただ、喘いでいないと言えば全くの嘘になってしまう。

 

 ご主人様として慕う事に決めた女性から、早速ご褒美を頂けたのだ。これが真性ドMの俺にとって嬉しくないはずが無く。

 

「あ、ありがとう……ございま、す……ぅ」

 

「うっわ。話した事も無い女の前でよくもまぁ……きも。無理、離れろ」

 

 さらに彼女は、俺の大好物である暴言を容赦無く吐いてくれる。

 

 人生の中でずっと探し求めていた理想の女性を、俺はようやく見つける事ができた。

 

「はぁっ、はぁっ……申し訳ございませんご主人様。では、この書面にサインさえして下されば……俺は消えます」

 

「は? 何言ってんだお前……誓約書。私はG級ハンター、シャリアス・モスティーラの主人となり、同人を下僕として服従させます……はぁん?」

 

 単なる一目惚れで、一時の気の迷い。今の俺には、それを違うと断言する事はできない。

 

 しかし、積極的に異性と会話をしない俺が彼女に接触を試みた理由は――――

 

「申し訳ございませんご主人様。俺は貴方の下僕として生きる事を諦めたくありません。その可憐な顔付きと、鍛えられた美しい肉体。今知っているのは外面だけで、ご主人様の内面を何も知りませんが、これから少しでも知れるように努力します。ですから是非」

 

「おい待て。急に真面目な顔で喋り出しても無駄だぞ? お前はあれだ。一度客観的に自分の言動を見てみろ、気持ち悪いから。あと……わ、私が可憐だって? それ目が腐ってんだろ。病院行け」

 

 ――――彼女と一緒になれば、希望を持って今後の人生を生きて行ける気がする。俺は何故かそう思ったのだ。

 

「あぁ、強気ながらに謙遜する様子も素敵だ。ご主人様、心配は無用です! 目が腐っていようと新鮮だろうと、俺は貴方の下僕として……いいえ、下僕が無理なら盾としてでもサンドバッグとしてでも構いません! 俺は貴方に全力で尽くしますっ!」

 

「…………」

 

「お願いしますご主人様! なんでもしますから!」

 

 そして俺は今、確かになんでもすると彼女に誓った。

 

 言葉にするのは簡単だが、それは俺の人生を容易く左右する程に重い。

 

「お前。なんでもするなんて簡単に言うもんじゃないぞ? まあ男の口約束なんて端から信用しないけど。ただ、お前がもし自分の利益の為だけにその言葉を使うような男だとしたら、心底軽蔑する。一応聞くが、今まで友人とか付き合った女とかに対して、その言葉を軽々しく使わなかっただろうな?」

 

 自分が付き従うと決めた人との約束は、この身が朽ち果てるまで断固として守らなければならない。例えそれが、交わした証拠の残らぬ口約束だとしても。

 

「はい、ありません。自分の発言には責任を持ちます。今まで無責任な発言をする人間には散々振り回されて来て……うんざりしてるんです。ですから俺はっ! 人間として大した取り柄はありませんが、せめて自分が嫌だと思う事を人にはしないように心掛けて来ました。もちろん、貴方に対してもそうするつもりです」

 

「はぁーん」

 

 嘘だと思われたか、それとも感心されたのか分からない微妙な反応が返って来た。

 

 俺は、彼女が言うような利益の為だけの発言をしたつもりは無い。一方的にお願いをしているのは確かだが、心にも無い言葉を口に出して彼女を欺く事だけはしない。

 

 あくまで本心だけを伝え、彼女にも納得してもらった上で主従関係を築きたいと思っている。

 

「ですからどうか、お願いします。ご主人様」

 

 俺は頭を深々と下げ、彼女の言葉を静かに待つ。

 

 最初、俺は下僕になる事を諦めたく無いと伝えた。だが、本気で拒絶された時は大人しく引き下がって諦めるつもりだ。

 

「取り敢えず、頭上げな」

 

「……はい」

 

 ――――彼女が俺に一歩近付くだけで、清潔感の溢れる香りが鼻腔をくすぐって来た。

 

「すぅー……はあぁっ……すうぅー」

 

 柑橘系の心癒される芳香が、洗いたてのタオルを連想させる。ずっと嗅いでいたくなるこの香りは、遠回しに俺の情欲も掻き立ててくるようだ。

 

「はぁあ……はあぁ」

 

「おい。頭上げろっつったろ。聞いてなかったのか?」

 

「ひぇっ、ぁ、許して下さいご主人様! いい匂いだったのでつい……と言うかもう勃ってます! もし宜しければここで慰め」

 

「うっわ! 近付くな気色悪いっ!」

 

「ひゃんっ!」

 

 彼女は、発情した俺の腹部を軽く拳で殴ると、一歩だけ背後に下がり話を続けた。

 

「ごっ、ご主人様?」

 

「ん。正直言って、今の時点ではお前を信用できない。会って間もない上に良く知らない男を下僕にするのは絶対に無理だ。けど、お前はG級ハンターなんだよな? つまり、私の為に金を稼いで来るなんて朝飯前。そうだろ?」

 

「はい。並の食事ができて、少し遊びに行けるだけの金は稼げます!」

 

「ほぉん。即答するって事は嘘じゃないな。よし、なら今からお前を試させてもらう。クエストカウンターに行くから付いて来い」

 

「あぅん」

 

 徐に歩き出した彼女が、俺の手を強引に引く。右肩の関節から心地良い痛みが全身へと走り、思わず声が漏れた。

 

「へっ、ドMが」

 

「あぁ……そんなに褒めないで下さい」

 

「は?」

 

 彼女の手の温みをしみじみと感じる間も無く、俺はクエストカウンターの前に立たされた。

 

 ――――タンジアの港、酒場エリア。この酒場の一画にあるクエストカウンターは、仕事を求めて遠方から訪れた者も含め、いつも多くのハンター達でごった返している。

 

 だが、今日はいつもより空いているようだ。

 

「あ、おはようございますカトレアさん。あれ、そこのドM野郎も一緒ですか?」

 

「ああ。お手並み拝見のついでに、たっぷり働いてもらおうと思ってな」

 

 クエストを受注するためにカウンターの前へ立つと、青のセイラーシリーズを身に纏った受付嬢のキャシーちゃんに軽く罵られる。

 

 そして、付き従うと決めた彼女の名前を初めて知る事ができた。なるほど、カトレア様と言うのか。大人の女性である彼女に相応しく素晴らしい名前だ。

 

「早速だが、このドMの実力を計るにちょうどいいクエストをお願いしたい」

 

「分かりました。この人はどんなきついクエストでもハァハァ言いながら喜んで行きますので、結構斡旋できる仕事は多いんですよー」

 

「あぁあー、この扱われ方がたまんねぇぜ! テンション上がって来たぁあ!」

 

「うるせえ」

「うるせぇ」

 

「ひぃっ!」

 

 かなり昔から俺のM加減はキャシーちゃんにも伝わっていて、カトレア様も俺と接する時だけ態度を変えてくれていた。

 

 だがしかし! キャシーちゃんには悪いけれど、今の俺はカトレア様一筋だ。彼女にこういった扱いをされるからこそ、俺は心置きなく人前で興奮ができると言うもの。

 

 気が付くと、防具の上からでも形がはっきり分かる程に愚息が漲っていた。

 

「おいドM。何勃たせてんだ?」

 

「はひぃっ!? ぁ、す、すみません……いつもの事です!」

 

「は? きっしょくわる」

 

 仕方無く、田舎に残して来た両親とじいちゃんばあちゃんの顔を思い浮かべ、すでに体中から血を集めた我が息子の怒張を解く。半分元気な状態まで戻った頃からは中々解除されなかったが、やがて時間の経過と共に落ち着きを取り戻した。

 

「さてキャシーさん。クエストは見つかったか?」

 

「はい! さーて、受注可能なクエストは……おっ、ドMの力量を見るのにぴったりなクエストがありましたよ。しかもなんと! 依頼主さんがそこの男に受注して欲しいと指名して来ているみたいですねっ。如何でしょうか?」

 

「おう……ふーん、いいな。おら、お前も見ろ」

 

 

 

 難易度 G2

 報酬金 2000z

 契約金 20000z

 目的地 凍土〈昼〉

 

 条件 ジンオウガ亜種1頭の狩猟

 

 失敗条件 報酬金が0になる(1回力尽きる)、もしくは一定時間の経過、もしくは消息不明(死亡)

 

 依頼主 第三王女付きの侍女

 

 ああ、どうしましょう。姫さまがお城を抜け出し、凍土に雪遊びに行ってしまわれました! 捜索隊は出したのですが、あの地には危険なモンスターが。狩人様、モンスターを狩ってください!

 

 

 ――――ご主人様から受け取った紙切れに目を通すと、そこにはどう考えてもふざけているとしか思えない依頼内容が書き記されていた。

 

「はっはっは。冗談きついぜキャシーちゃん。報酬金と契約金を逆に書くなんて些細なミスを」

 

「いえ、間違いないです。つべこべ言ってないで早く払え!」

 

「ウッソだろぉおおん!?」

 

 今まで何度か受注して来た『わがままな第三王女』に関連するクエストは、内容や依頼文が色々ぶっ飛んでいたとは言え、報酬金と契約金のバランスだけは取れていた。しかし、今回の依頼に関してはそれさえも滅茶苦茶で、かなり控えめに言うと頭がおかしい。

 

「いや待て待て。生憎こんなクエストで興奮する趣味は無い。他所に回してくれ」

 

「えぇ……G級ハンターのくせにお金も無いんですか? ろくに貯金もせず目先の欲ばっかり追い回すからそうなるんですよ? 可哀想に」

 

「全くだ。腹に力込めろ」

 

「え、がふぅっ! うぅん……ぁあん」

 

 まるで本物のサンドバッグを殴るかのようなジャブをカトレア様から受け、俺は喘ぎで悦びを表現する。

 

 さらに、通りすがりの人間やキャシーちゃんに白い目で見られる事も、俺の興奮を益々増長させてゆく。慣れないうちは恥ずかしくて傷付いていた蔑みの視線が、今ではすっかり快感へと変化していた。

 

 自分の性癖に素直に生きるって、最高だ。

 

「おら、喘いでないで早く20000z払え。出発するぞ」

 

「は……はい! ご主人様がそう仰るならっ!」

 

 冷静に考えてみると、このクエストも悪い条件ばかりでは無い。上手く依頼を遂行できた場合、契約金が倍になって戻って来るのだから。そう前向きに捉えるならば、このぶっ飛んだ条件のクエストにも受注する価値はあるだろう。

 

 何より、カトレア様と行動を共にできるのは嬉しいと表現する他無い。

 

「キャシーちゃん。生憎今は20000zなんて持ち合わせて無い。クエストが終わった後に必ず払うから、付けておいて欲しい」

 

「仕方ありませんね……分かりました! では募集用紙をクエストボードに貼り出しておきます。お気を付けて」

 

 ――――こうしてクエストを受注し、ちょうど狩猟対象と相性が良い武器を装備していた俺は、そのまま酒場エリアを発つ事にした。

 

 いよいよ、カトレア様とのデートも兼ねた実力試験。一人前の下僕として認められる為ならば、多少の無理は厭わない。

 

「お前、契約金の付けを認めてもらえる立場なのか。やるな」

 

「ありがとうございます。こう見えても狩りの腕だけは立つんです」

 

「ふっ。そうみたいだな」

 

 ただ、不安が全く無いとはとても言い切れず。

 

 原種のジンオウガ――――雷狼竜の狩りには幾度か出向き、その度に勝利して来た。しかし、亜種である獄狼竜との戦闘経験はたった一度だけで、俺は無様な敗北を喫している。

 

「奴とはすでに一度戦って負けていますが、今はあの頃よりも成長していると思います。どうか見ていて下さい。ご主人様の下僕としてしっかりやれる力があるかを、狩りで証明してみせます」

 

「おん。そこまで言うなら見せてみろ」

 

「はい!」

 

 それでもカトレア様に好かれたい。気に入られたい。そして……下僕として信頼されたい。

 

 この欲望を満たす為、俺は不安ながらも全力を出す事に決めた。

 

「そうだ。確かお前の名は……シャリアスだったな。私はカトレア・ジャンティだ。よろしく頼む」

 

「はい! よろしくお願いしますっ!」

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 凍土、ベースキャンプ――

 

「姫さま。ひとまずご無事で何よりです」

 

 幸いにも雪遊びに出た王女様は無事だったので、まずはベースキャンプから動かぬよう強く言い聞かせる必要があった。

 

「奇遇じゃなシャリアスよ。そなたの活躍は耳にしておるぞ。ほう……今日は仲間を連れておるのか」

 

「ええ。彼女は俺と同じG級ハンターのカトレア様です。さて、姫さま。本当に危険ですので絶対ベースキャンプから出ないで下さいね。そもそも貴方が凍土へ出掛けたって発覚するだけでも国中が大騒ぎになるのに、もしその身にまで何かあったら……考えるだけで恐ろしいですよ」

 

「うむ、心配するでない。直にわらわの侍女が迎えに来るはずじゃ。今回もこの事は内密に処理されるじゃろう」

 

 『今回も』という発言から察するに、何度か同じような騒ぎを起こしている上に反省もしていない。さすが、わがまま王女様だ。

 

 だが、そんな彼女でも並外れた美貌を持っている事だけは確かだ。糸を編んだような淡い亜麻色の長髪に、澄み渡る海を連想させる碧眼。それらを引き立たせる瑞々しい玉肌。

 

 わがままじゃなければ、多くの男が取り合いをしてもおかしくない程に魅力的だ。わがままじゃなければ。

 

「ところで、そなたらはモンスターの狩猟に向かうのか?」

 

「はい。今回は侍女さんから直々に依頼を受けて、貴方の身を大型モンスターから守るためにここへ来ました」

 

 本当の目的が、カトレア様に力量を知って頂く為だとは中々言い難い。

 

 しかし、王女様の身が心配だという気持ちも当然ある。何度も仕事を頂けた恩は仇で返したく無い。

 

「む、大型モンスターとな!? まさかっ! わざわざ遠方から苦労してやって来た健気なわらわの命を脅かす不届き者がいると申すかっ!?」

 

「ええ。よりにもよって、わざわざ遠方から苦労して雪遊びにやって来た健気な姫さまの命を脅かすモンスターがいるようで」

 

「ぷっ」

 

 俺の皮肉めいた言葉に、ご主人様の笑いのツボが軽く刺激されたらしい。だが、言われた本人は皮肉である事に気付いていない様子だった。

 

「シャリアスよ、わらわは心底怒っておる! その不届き者を今すぐ狩猟してまいれ! 見返りにたっぷり褒賞を与えるぞよ」

 

「え、ええ。承知いたしました」

 

 結局、人命を守る為に狩猟対象となっていた獄狼竜は、ただ単にわがまま王女様の怒りを鎮めるという目的で命を狙われる事となってしまった。相手がモンスターとは言え、少し気の毒だ。

 

「あ。もう一度言いますが、くれぐれもベースキャンプを出ないようにお願いしますよ」

 

「しつこいのぅ、それくらい分かっておる。一旦交わした約束はしっかりと守るぞよ。ほれ、早く行ってまいれ!」

 

「はい。ささ、ご主人様」

 

「ん」

 

 さて、ここからはカトレア様との狩りデートが始まる。最悪負傷してでも彼女をお守りし、ふたりで帰還。これが何よりの目標だ。

 

 とは言え、失敗したら失敗したで20000zの没収は痛手になるが。

 

「ははは。正直言うとあの姫さま、話してて少し困惑するんですよ。まあ報酬はしっかり貰えてるので、信用はしてるんですけどね」

 

「ああ。初めて見たけどあれはメチャクチャだな」

 

 カトレア様が爆弾のタルを運ぶ為の荷車を押す中、俺はベースキャンプを出ると同時に武器を構え、会話の最中にも周囲を見回し続けた。

 

 麻痺属性が付いている上、雷属性を苦手とするモンスターへの対策にもなる双剣【血風傷刃フルスガード】。抜刀状態にする事で、ある程度の不意打ちに対応ができる。

 

「ところでご主人様。獄狼竜と戦った経験はありますか?」

 

「え……あ、実は私……初めてなんだ」

 

「え、初めて……え、嘘……ふふっ、おぉお゛んっ!?」

 

「あ? ふざけてんのかお前」

 

 カトレア様の発言に反応を示した俺は、踵で片足を強く踏み付けられた。空気を読まない下僕は罰を与えられても抵抗できず、否、抵抗せずに恥ずかしい声を上げ続ける。

 

「あひぃっ! ぁ、痛っ! あぁ……ごしゅ、じんさまぁっ」

 

「おいドM。こんな時にまでお前はふざけんのか? しかも気持ち良さそうに喘ぎやがって……クソが。おら、もっと喘げ」

 

「ひぃいいん……!」

 

 踏まれている間は、自然にカトレア様と近付ける。彼女が発する香りに脳までもを犯され、俺は徐々に思考能力を奪われてゆく。

 

 ――――愛しい人に爪先を何度も踏みつけられ、追い討ちに体重まで掛けられる喜び。

 

 さらにカトレア様は、狩りに影響する程の激痛が走らぬように踏む力を加減してくれている。もしも彼女に認められ、彼女の下僕として生を全うできるのだとすれば、きっとそれに勝る幸せなど無い。

 

 彼女の気遣いは、俺にそう思わせてしまう程に尊い物だった。

 

「はん、変態が」

 

「あぁああー……もっと、踵に体重を掛けて踏み付けて下さいぃ」

 

 

 

「グルゥウウゥ」

 

「っ、ひぃ!」

 

「ご主人様!」

 

 『触るな』と一喝される覚悟で俺は、喫驚するカトレア様を手で制した。

 

 それはあまりに突然の邂逅だったが、俺も伊達にG級ハンターをやっているのでは無い。気持ちを即座に切り替えるなど容易い事だ。

 

「……!」

 

 安全地帯であるベースキャンプへの最短ルートは、突如現れたその大型モンスターによって塞がれてしまった。モドリ玉を使わない限り、戻る事は困難を極める。

 

「改めて見ると、あまりの殺気に戦いて(おののいて)しまいますね……ですが大丈夫です。ここは俺が」

 

 こちらを敵視する獄狼竜の歩みに合わせ、俺はカトレア様と一緒に後退りした。

 

「グルァウウウゥ」

 

「ほ、本当に大丈夫か? さすがにあんなモンスター相手じゃお前の身が……いや、別にお前の力を……疑ってる訳じゃ無いけど……」

 

「お心遣い感謝します。ですが、もう約束しましたから。ご主人様の前で力を証明すると」

 

 初めてこの竜を目撃した者は皆、その姿から【地獄の覇者】を連想すると言われている。しかし、それは決して誇張などでは無い。

 

 生きる中で屠って来た獲物の血溜まりを思わせる、禍々しい臙脂色の双眸。その眼で凝視され続けるのも恐ろしいが、何より恐怖に感じてしまうのは見た目そのもの。

 

 体毛は綿雪のように白く、外殻は悍ましい雰囲気を醸し出す黒。相反する色合いの諧調がこちらの平常心を徐々に奪ってゆくようで、逆に息を飲む程までに素晴らしくも思えてしまった。

 

「シャリアス」

 

「え……何でしょう?」

 

 今、一度でも目前の獄狼竜から視線を外せば命の保証は無くなる。自分の名を呼ぶカトレア様の顔を見られないのがつらい。

 

「無理だけは……するなよ」

 

「承知いたしました」

 

「な、なんと言うか……悪魔だな。あれに比べたら、G級個体の雷狼竜でさえも可愛く見えてしまう」

 

「ええ。確かにそうですね……」

 

 悪魔、か。

 

 確かに奴が悪魔を具現した姿だと説明されても納得せざるを得ない。俺の経験上、亜種は通常種以上に獰猛だと言える。

 

「ガゥ……」

 

 奴は戦う前から甲殻を展開し、全身に稲妻の如く赤黒い光を迸らせていた。集められた蝕龍虫の力で、すでに大量のエネルギーを溜め込んでいるようだ。

 

「うっ」

 

 明滅する暗澹な煌めきが眩しく、俺は目を瞬かせてしまった。

 

「とにかく……頑張れ。動きをある程度観察したら、私も攻撃に参加する」

 

「助かります。ですが無理はなさらないで下さいね」

 

「おう」

 

 程良い緊張感も味方に付け、俺はフルスガードの柄を握る手に力を込めた。カトレア様も荷車を近くに隠し、準備万端のようだ。

 

 獄狼竜に一歩一歩、俺は着実に迫ってゆく。無難に立ち回りさえすれば、きっと大丈夫だ。

 

「行くぞ」

 

 しかし、油断はしない。龍光まとい状態の獄狼竜に突撃しよう物なら、確実に足元を掬われてしまう。

 

「グァオオオオオォッ!」

 

 不意に殺意を剥き出しにした獄狼竜は寒空を仰ぎ、前脚に斬り払いした俺を怯ませようと咆哮した。

 

「ふっ……」

 

 その行動を予測していた俺は落ち着いて前転回避し、こちらを向き直すまでの隙を突いて一振り繰り出す。

 

「ウゥ……ッ!」

 

(っしゃあ、決まった!)

 

 一筋の銀閃が前脚の竜鱗を引き裂いた。

 

 部位破壊を狙うためには、強烈な斬撃を何度も炸裂させなければならない。破壊によって龍属性エネルギーを減少させ、龍光まとい状態を解除できれば一気に討伐へ近付く。

 

 もしくは執拗に脚だけを狙い転倒させ、背中の蝕龍蟲を採取するのも悪くない。とにかく、少しずつ攻撃しては退避する。当分の間はこの繰り返しだ。

 

(ちっ、もうこっち向きやがるか!)

 

 獄狼竜が正面を向いた時は欲張らず、素直に退避する。不用意な肉薄は形勢を不利にしかねない。

 

 もう一撃だけなら放てる。この類の思い込みでハンター生命を絶たれた者を、俺は幾度と無く見てきた。このモンスターは、油断を無くして挑もうとも一筋縄では行かない強敵だ。

 

「ゥウ」

 

「!」

 

 獄狼竜は瞬時に俺との間合いを詰め、溜め込んだ龍属性エネルギーを全力でぶつけようと前脚を叩き付けて来た。

 

「っく!」

 

「大丈夫かっ!?」

 

 直撃を食らえば一溜まりもないお手。

 

 愛玩動物にされれば和むはずの行為が、確実に命を脅かして来る。俺には、カトレア様に返事をする余裕すらも与えられない。

 

 この攻撃でタチが悪いのは、時折繰り出すタイミングをずらして来る事だ。回避の瞬間を誤って隙を作れば、そこへ容赦無い一撃がぶち込まれる。

 

「オラッ! 掛かって来やがれ!」

 

 俺が大声で挑発してやると、怒りを込めた二度目の前脚叩き付けが繰り出された。必死に前転回避するも、すぐ三度目の叩き付けが来る事を覚悟しなければならない。

 

「アオオォッ!」

 

「ふんぁ!」

 

 上手く三度目の回避を成功させた俺は、ついに反撃のチャンスを掴む。

 

「アゥッ!?」

 

 最初の一撃で傷を付けた鱗へ、再び斬り払いを命中させた。一刻も早く部位破壊をし、少しでも有利に進めて行きたい。

 

「ォオオオ……」

 

 獄狼竜は痛みを気にし始め、数瞬動きを止める。この隙を絶対に逃せない。

 

(ボケっとしてんなよ!)

 

 俺は二本の刃を掲げて打ち鳴らし、己の士気を鼓舞した。攻撃力の上昇に伴い、気力も極限まで高まってゆく。

 

 一度でもいい。乱舞で脚を斬り刻む事ができれば、状況は大きく変わる。

 

 たった今考えた最高のシナリオは、乱舞のフィニッシュと同時に獄狼竜を麻痺状態へ移行させ、そこに可能な限り鬼人連斬を叩き込む事。この通りに行けば部位破壊は確実だ。

 

「だぁあっ!」

 

 威力が高い最初と最後の斬撃は必ず命中させ、何よりもスタミナ管理を徹底する。チャンスが来たとしても、決して忘れてはならない。

 

 さらに乱舞は完全な隙を作る為、生半可な気持ちで繰り出すのは自殺行為に等しい。とにかく、まだ行けるかもしれないと思い込むのは厳禁だ。

 

(麻痺しろぉおおっ!)

 

「グゥ……ゥウゥッ!」

 

 無事にフィニッシュを決めた直後、獄狼竜は体を硬直させて呻き声を上げ始めた。

 

 どうやら、上手くシナリオ通りに事が運びそうだ。声に出して喜ぶ暇は無くとも、俺はつい口元を綻ばせてしまう。

 

(もらったぁあああっ!)

 

 後は力の限り鬼人連斬を見舞い、攻撃の手を止めるタイミングを考えるだけ。相手はG級個体の獄狼竜なのだから、できる限り慎重に、慎重に――――

 

(よし、今だっ!)

 

 

 

「ルァアアア゛」

 

「ッ!?」

 

 ――――足が地に付かなくなった事を疑問に思うまでも無く、俺は武器もろとも吹き飛ばされた。

 

「シャリアスッ!」

 

「がっ……は……」

 

(嘘だろ……っ、麻痺した……フリだと?)

 

 不意に嚙まされたサマーソルトで、直撃を受けた瞬間は尻尾が腹部に減り込んでいた。

 

 装備を身に付けていなければ絶命していたであろう威力の攻撃を受け、思わず口を潤していた唾液を吐き出してしまう。さすがにこの痛みはMでも喜べない。

 

「グゥウゥ」

 

「……ぅ……ぅ」

 

 凍り付いた地面の上を、悪魔が低い音を立てて闊歩している。耳を突き刺す足音は徐々に大きくなってゆくが、一応相手も警戒しているのだろう。すぐには俺との間合いを詰めて来ない。

 

 しかし、双剣が手元から飛んで行ってしまった。探して反撃しようにも、激痛のあまり腹部を押さえている事しかできない。

 

「っ、私もいる事を忘れるなよ! ジンオウガッ!」

 

 とにかく、ここで立ち上がらない訳には行かない。力尽きたと判断されればネコタクが手配され、呆気無い幕切れになる。

 

 カトレア様に迷惑を掛けまいと、必死の思いで全身に力を込めた刹那――――

 

「……、……よ。どこにおるのじゃー?」

 

「え」

 

 その声が、耳に入って来た。

 

「ま、まさかっ! あの馬鹿王女……シャリアス、目を閉じろっ!」

 

「っ……はい!」

 

 緊迫極まる狩り場に全くそぐわぬ、緊張感に欠ける気の抜けた声。一瞬にして変化した状況に焦りを感じたカトレア様が閃光玉を取り出し、即座に投げた。

 

「アゥウウッ!」

 

「むぅっ! な、なんじゃあ!」

 

 視界の全てを光に支配され、再び瞼を開けるまでの間、わずか数秒。カトレア様の閃光玉は見事に炸裂し、上手く獄狼竜の目を眩ませていた。

 

「ぅぐ……助かりました。ご主人様」

 

「ああ。良かった……だが、問題は他にもあるな」

 

 カトレア様の肩を借りて立ち上がり、地に伏していた俺は事無きを得る。

 

 一方で、俺達が問題視している当の本人は、とある人物から諫言を受けているようだった。

 

「姫さま、姫さまっ! これ以上先に進んではなりません! 今すぐベースキャンプにお戻りくださいっ!」

 

「はっ、離すのじゃ侍女よ! やはりあそこでじーっと待っておるなど退屈で仕方が無いわ! わらわもここで狩りを見物したいのじゃあぁああ! 心配せずとも、あのふたりが命に代えてでもわらわを守ってくれる筈。さあシャリアスよ、わらわはずっと見ておるぞ! 早く獄狼竜を討伐するのじゃ!」

 

 『一旦交わした約束はしっかりと守るぞよ』というキャンプでのお言葉に責任を微塵も持たぬ王女様は、困惑する侍女さんの制止を振り払おうと全力で暴れている。侍女さんの苦労が改めて伝わってくる光景だ。

 

「なりません! ハンターでは無い我々が獄狼竜に近付くなど……ああ考えただけでも恐ろしい! 早く戻りましょう!」

 

「むうぅーっ! もう退屈なのは嫌なのじゃあー! ええいシャリアスよ、武器を落としたのならこれを使うが良いぞ! せぇい!」

 

 俺のすぐそばで、ガラスが地面に打ち付けられたような硬い音が響く。得物を手放してしまった俺の為に、王女様は代わりになる双剣を持って来てくれたようだ。

 

「姫さま、あのドMは怪我を負っているようです。いくら痛め付けられて興奮する趣味があると言っても、このまま無理をさせてしまうのはいかがなものかと」

 

「うむ、わらわも少し考えた。じゃが、あのドMならきっと大丈夫じゃ。根拠は無いがのぅ」

 

「う……全く嬉しくない信頼……ありがとうございますっ! っぐ」

 

 俺は両腕に力を込め、持てる気力の全てを出し立ち上がった。

 

 だが、強烈な目眩と吐き気で倒れそうになる。この誤魔化そうに無い腹部の痛みを、早くどこかへやってしまいたい。

 

「大丈夫か?」

 

「はい! ご主人様……」

 

 さて、俺のために王女様が用意してくれたこの双剣で――――今度こそ奴を追い詰めてみせよう。

 

 痛む体に鞭を振るい、俺は武器を構える。横でカトレア様も戦闘態勢に入っている事が心強い。彼女が獄狼竜の観察をする時間を稼げたのなら、この痛みも無駄では無かったのだろう。

 

「姫さま! 見物は自己責任でお願いしますよ。こいつから貴方を守り切れる保証はありませんからね! 俺はちゃんと忠告しましたよ!?」

 

「うむ」

 

 

「――――よし。戦闘再開だ、獄狼竜」

 

「ウウウゥウ……グァアァッ!」

 

 怒りを露わにする獄狼竜の前で、俺は王女様から頂いた双剣を掲げる。

 

 左手にひとつ、右手にふたつ。ジョッキを勢い良く打つ音が涼やかで、緊張感に満たされた凍土の中でも余韻を残す。

 

「おぉ。獄狼竜とハンター……そこに鳴り響く乾盃の音。双剣でありながら趣があって良いのう」

 

「違います姫さま! あれは双剣じゃありません! ご覧ください、どう見ても刃が三本あるでは無いですか!」

 

「ちきしょおおぉっ! ただの生ビールじゃねえか! こんなんで勝てるかぁあっ!」

 

 どこから見ても双剣に見えない【酔いつぶれビーア】は――――いや、そもそもこれは武器ですら無い。

 

 一応爆弾使いに嬉しい睡眠属性が付与されているものの、それは一度でも眠らせられるか怪しい程度の微々たる物で、言ってしまえば無用の長物。攻撃力自体もフルスガードより劣るので、今の状況は決して好ましく無い。

 

「なんか……ごめんな。あのわがまま姫のクエストを選んだ私が愚かだった」

 

「ははっ……大丈夫ですよ。と言うかむしろ、こんな武器でも奴と渡り合える所をお見せできれば、きっとご主人様に認めてもらえると信じてますから」

 

(っく、せめてもう少し痛みが引けば全力で行けるのによおっ!)

 

「ほぉん、前向きなんだな。ちょうど私も睡眠武器だから、手伝いなら任せておけ」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 奴のサマーソルトによって本来使う筈だった得物が無くなった上、決して浅く無い傷まで負ってしまった。

 

 せめて一度だけでも眠ってくれれば、タル爆弾による爆破で形勢を覆せる。戦闘を長引かせるのは好ましく無い故、今は回復よりも攻めを優先すべきだろう。

 

(ぐっ、痛てぇ。けど、これぐらい慣れてるってもんよ!)

 

「アオォオオオッ!」

 

 獄狼竜が放出するエネルギーの濃度が高まり、まるで全身が赤黒い煙に包まれているかのような風貌へと変化を遂げた。

 

 だが、怖く無い。カトレア様に認めてもらいたいという一心で、気力だけは十分に回復している。

 

「グゥッ」

 

 獄狼竜は遠くで軽く跳ね上がり、ガンナーが射撃するかの如く蝕龍蟲を飛ばして来る。これを回避しながら間合いを詰めるのは難しいが、離れて対処するだけでは攻撃に転じられない。

 

(なあお前。正々堂々と、距離を取らずに勝負しようじゃないか)

 

「ガゥッ!?」

 

「うるぁあっ!」

 

 獄狼竜が着地した瞬間に突撃し、俺は手に持ったジョッキで脚に乱舞を放つ。分類としては斬撃武器なので、尻尾切断も可能な上に鱗も斬り裂ける。自分でも振り回していておかしいとは思うが、突っ込んでいる暇は無い。

 

 かつて、ある双剣使いが宴に乱入して来た巨竜をこのジョッキで撃退したと言う伝説もあるくらいだ。つまり俺でも、頑張ればこのジョッキで獄狼竜を討伐できる。もはや真面目に考えても仕方が無いので、無理矢理そう言う事にしておく。

 

「また動けないフリとかするのは無しだぜ?」

 

「ルァアアァッ!」

 

 獄狼竜は、俺から前脚を離すと同時に後脚だけで立ち上がった。どうやら回避に見せかけ、のし掛かりを食らわせようとしているらしい。

 

 正面に立つと龍光に当たってしまうため、真横か背後に回り込むしか無い。前脚の着地点へすぐ斬り払いできる位置を探し、咄嗟の判断で回避の方向を決める。

 

「ふんっ!」

 

 獄狼竜がのし掛かりを繰り出すと、乾いた音と共に地面が少し抉れた。ジョッキの中でビールが波打つ様子に苦笑しながらも、俺は武器を振り回し続ける。

 

 こうして攻撃のタイミングを的確に掴んでゆくのは、やはり難しい。それを面白いと思える人間は、間違い無くハンターに向いているであろう。

 

「はぁあぁッ!」

 

「ルァ……ッ!」

 

 不意に獄狼竜の隙を突いて繰り出されたカトレア様の一振りが、今破壊しようとしている前脚の鱗にめり込んだ。

 

 大剣【蒼刃剣ガノトトス】による一撃は、双剣の物と比べて圧倒的に重い。それを容易く振るうだけの力がある事はカトレア様の風貌から察していたが、間近で見ると想像以上の迫力だ。

 

「ウヴゥ!」

 

 低いトーンの呻き声から読み取れるのは、部位破壊が間近である事。カトレア様の大剣とフルスガードで一定量のダメージを与えたのが効いたようだ。しかし、意外とビーアの斬れ味も悪く無いかもしれない。

 

 俺は、ついに確信した。

 

「大人しくなりなっ!」

 

「――――グァアアァ!?」

 

 ようやく部位破壊に至り、同時に龍光まとい状態が解除される事を。

 

「っしゃあ!」

 

 喜びのあまり思わず叫ぶ最中、ふと真横に立つカトレア様と目が合った。

 

 彼女は凛々しい表情の中に微笑を織り交ぜている。少しは俺の力をアピールできただろうか。

 

(よし! これでご主人様からの評価は変わ――――っな!?)

 

「姫さま! おひとりで見物なさるのは危険です! 一刻も早くキャンプへお戻りください!」

 

 しかし、ここで予想外のアクシデントが起きた。王女様の側にいた侍女さんの姿が何故か見当たらない。主をひとりにするなどあってはならない事だろうに。

 

「ええいうるさいのぅ! 自己責任で見物して良いとそなたが申したのではないかっ! わらわの勝手じゃろう!?」

 

「あーですよねぇ。まあそう言われるのは分かってましたよ」

 

「ちっ、シャリアス! わがまま王女も心配だが、今は獄狼竜から目を離さない方がいい!」

 

「っ、はい!」

 

 ここは王女様を守りつつ狩猟を進めるしか無い。万が一の際に責任が取れないのは当然の事、いつも仕事を与えて下さる礼として、彼女に獄狼竜の狩猟を披露して楽しませるのもいいだろう。

 

 さて、残る問題は奴を眠らせられるかどうかだ。酔いつぶれビーアと銘打たれてはいるが、この武器で酔いつぶれたように眠るモンスターはそういない。

 

 少しでも可能性を上げる為に、カトレア様の力を借りてこちらも手数を増やしたいところ。ひとまずここは、落とし穴を設置してゴリ押しするとしよう。

 

「アウゥ……ッ」

 

 龍属性エネルギーを失った獄狼竜は、都合の良い事に涎を垂らし止まっている。隙を晒す行動をするなら今がチャンスだ。二度目の激痛を味わいたく無いので、罠設置は素早くこなしたい。

 

「シャリアスよ! 閃光玉を投げる程度なら手伝ってやっても良いぞ!」

 

「え」

 

 しかし、王女様がいかにも手伝いたそうな顔をしてこちらを見ている。気持ちは有り難く思うも、怪我を負わせてしまったら一大事だ。できればその辺を彼女に理解してもらいたい。

 

「ご主人様。どうしましょう……」

 

「あーもう、やらせてやれ。いちいち止めるのが面倒臭い」

 

「えい、そなたらが言わずともわらわはやるぞ! 正面を見ずに罠を張れい!」

 

「ッオオォ!」

 

 王女様が気合いを込めて投げた閃光玉は見事に炸裂。なんと、罠設置の後に砥石を使う時間もできた。

 

 実は王女様も、意外とハンターに向いているのではないかと思ってしまう。一緒に狩りに行けたら面白いかもしれないなと、現実では有り得ない妄想をしつつ砥石を取り出す。蹲むことで生む大きな隙も、今は大いに晒していられる。

 

「ほーう、こうして近くで見ると面白いのう。斬れ味を保つ為に手間暇かけて研ぐ。そうして武器に愛着が湧いてゆく訳じゃな?」

 

「ええ、まあ。傍から見ればジョッキを研いでいるだけの変人ですがね……あ、あの……さすがに近付き過ぎでは? もうすぐ奴の目眩も解けますよ」

 

 不意に王女様が後ろから覗き込んで来た。しかし、手や身体は触れていない。興味はあれど、男の俺に警戒している……そんなところか。

 

「おい」

 

 すると、今度はカトレア様が王女様の前に割り込み、俺に背後から触れて来た。

 

「む、何をするのじゃカトレア!」

 

「失礼、こいつは一応私の連れなんでね!」

 

「なんじゃ。何故苛立っておる」

 

 語尾を強くして放ったカトレア様の言葉には、まるで明確な敵意を持って発言したかのような鋭さがあった。

 

「早く研げ。二度目の目眩しはそう長く続かない」

 

「え、はい……そうですね。急ぎます」

 

 蹴られる、もしくは殴られると思い身構えたが、カトレア様はただ俺に向かって呟くだけだった。もしや、俺との距離を詰めてきた王女様に対して嫉妬心を抱いてくれたのだろうか。

 

 だとすれば――――

 

「私が獄狼竜の様子を見ながら罠を仕掛けておく。だから安心して研ぐことに集中しろ」

 

「ありがとうございます」

 

 ――――それは、俺がカトレア様にとって価値のある存在だと認めてもらえた証だ。

 

「ウ……ゥ」

 

「そろそろまずいな。準備はいいか?」

 

「ええ、おかげさまで」

 

 斬れ味と言っていいか分からないが、丁寧に研いだことでビーアは鋭さを取り戻した。直に、獄狼竜も攻撃を仕掛けて来るだろう。

 

 もう奴の疲労は限界に達している。こうなると人間を捕食しに掛かるので、特にハンターでは無い王女様の元へ近付けさせてはならない。

 

「姫さま、捕食されると危険です。一刻も早くこの場を離れて下さい。危険を覚悟で見物をやめないのであれば、また先程と同じ場所へ」

 

「もう良い……」

 

「姫さま?」

 

 だが、初めて聞く声のトーンに俺は一瞬動揺した。わがままを言う時よりも明らかに低い、諦めの中に微かなジェラシーが混じったような声だ。

 

「今からベースキャンプに戻る。わらわのせいでそなたらが存分に腕を振るえぬのなら、これ以上無理して見物する事も無い。いくらG級ハンターと言えど、誰かを庇いながら戦うのは困難じゃろう?」

 

「……はい。それに貴方は一国の王女様です。貴方に何かあった際、責任を取る事など到底できません」

 

「うむ。そうか……それもそうじゃな。ええと、その……色々と手間を取らせてしまって済まなかった。その代わり、わらわを待たせる以上……あやつの天玉くらいは持ち帰って来てもらうぞよ」

 

 頭を下げるまではいかずとも、王女様は俺に謝罪の気持ちを伝えて来る。

 

 小さく俯き目を逸らし、わがままを言う時の声も消え入りそうだった。元からキャンプに戻ってもらう事を望んでいたつもりだったのに、その顔を見ると申し訳無くなってしまう。

 

「なんじゃ。その方がそなたらにとって都合が良いのじゃろう?」

 

「…………」

 

「無事を祈っておるぞ。シャリアス」

 

 悪い事をしたつもりは無い。しかし俺のせいで、王女様は悲しげな表情を浮かべた。彼女は後ろ姿から哀愁を漂わせ、足音と共に遠ざかって行く。

 

 一体、どうする事が正解だったのだろう。

 

「そんな顔されたら……都合が悪くなっちまうよ」

 

 離れて欲しいのに、何故か離れて欲しく無い。これでは俺の方がわがままでは無いか。

 

 安全に退避ができるのは今だけ。ここに残れと言うのは、彼女を危険に晒す事と同義。だが少なくとも今、王女様が戻ろうとしてくれて心から良かったと思えない。申し訳無い事をしたと言う気持ちに、俺は軽く押し潰されそうになる。

 

「っぐ」

 

「姫さまっ!」

 

 ――――足を滑らせ転倒したその人の傍へ駆け寄り、俺は手を貸した。

 

 王女様は金獅子の毛で作られた手袋を外し、俺の手を掴んで来る。

 

「ぁいたたっ……な、何をしておる。G級ハンターであるそなたがモンスターに背を向けるなど……自殺行為だとは思わぬのか」

 

「そうですね。本当は今すぐにでも奴と睨み合って、戦闘を再開するべきなんでしょうけどね。ですが、姫さまのお体が心配になりまして」

 

 小さく柔らかな手の温もりが心地良い。すぐ獄狼竜を視界に入れ直すが、まだ突撃して来る様子は無かった。

 

「ふっ、全くそなたは。傍に女がいると言うのに優しいのじゃな」

 

 あまり王女様と親しげに話していると、カトレア様に気持ちを疑われてしまうだろう。

 

 だが、俺はどうしてもこういう人を放っておけない。損しがちな性格だと自覚していても、中々変えられずにいる。

 

「心配無用。そなたがカトレアの事を好いておるのは百も承知じゃ。わらわは勘違いしたりなどせぬ。よしよし、わらわがそなたの恋を応援してやるとしよう! 有り難く思うが良い。ほれ、早速わらわの前では無くカトレアの前で気取ってまいれ。そなたの好意はしかと受け取ったぞよ。ではさらばじゃ」

 

 王女様は走り去る直前に『さらばじゃ』と言ってはにかむも、照れ隠しのために平常心を装っていた。

 

「足元にお気を付け下さい、姫さま!」

 

 凍み上がった地面を蹴る靴音が徐々に遠ざかる。それと同時に小さくなってゆく彼女の背中を、穏やかな気持ちで見送っている自分がいた。

 

 その姿を見た俺は、彼女を助けて良かったと心から思い、同時に罪悪感を綺麗さっぱり無くす事に成功。残る懸念材料は消耗している体力と、カトレア様にどう思われているかだけだ。

 

「ご主人様」

 

「…………」

 

「王女様には少し申し訳無いですが、これでふたりきりになれましたね」

 

「は? お前とふたりきりになんかなりたくねえわ。黙って王女とイチャついてろ」

 

 と言いつつも、カトレア様は俺から離れようとしない。幸い、王女様と親しくした事で完全に嫌われた訳では無いらしい。

 

「ご主人様。こうして一緒にいると、ドキドキしてきます」

 

「うるせえ。黙って狩りに集中しろ」

 

「あぅん! あぁっ、はい……集中します!」

 

 頬に軽いビンタを受けた俺は、眩暈から逃れて間も無い獄狼竜の姿を再び捉えた。

 

 奴は疲労困憊している様子で、落とし穴の近くに寄って来ている。まさか自由を奪われている間に罠を設置されたとは思わないだろう。

 

「はぁ……頬に走るピリピリとした感覚が癖になりそうだぁ」

 

「おい、集中しろっつったろ。話聞けよ」

 

「あっ……し、失礼しましたっ! 頑張ります」

 

 集中を阻害する快感を打ち消す為、俺は自らの両頬を強く叩く。ここへ来た本来の目的は、ご主人様に俺の実力を見ていただく事だ。それを忘れてはならない。

 

 さて、六歩、五歩……そのまま獄狼竜が歩いて来てくれれば、こちらから言う事は無い。

 

「さあ来い……」

 

 獄狼竜は俺とカトレア様を視界に捉えたまま、のそりのそりと前進する。よし、あと三歩、二歩。

 

「一歩……」

 

 

 

 攻撃を仕掛ける絶好のタイミングは、今だ!

 

 

 

「グゥ……? オオォオ!?」

 

「この時をずっと待ってたぜ。んにゃろおおおぉっ!」

 

 俺は身体中から全ての力を放出し、獄狼竜の頭部に乱舞を繰り返す。落とし穴であれば、さすがに嵌まったフリはできない。

 

「おらぁああぁわがまま姫ぇっ! 散々振り回しやがってえぇっ!」

 

「グルァアアァッ!」

 

 カトレア様は溜めに溜めた怒りを、俺と同じく獄狼竜の頭部に向けてぶつけた。奴は身動きが取れず、大剣による最大威力の一撃を無抵抗で受けなければならない。この疲れようでは、脱出しようとしても相当な時間を要する。

 

 状況は、間違い無く有利な方へ転じただろう。できれば罠に掛かったまま眠りに就いてもらいたい。相手が抵抗して来ないこの状態ならば、その実現は十分に可能だ。

 

「オォ、オオォ……」

 

(ほら。そろそろ昼寝の時間だぜ!?)

 

「ォ……ウゥ」

 

 あらかじめカトレア様が運び込んでおいたタルにも、そろそろ活躍して欲しいところ。ここで眠らせられるかどうかは大きい。そう思うと、攻撃の速度が一気に上がってゆく。

 

「ご主人様っ! もうそろそろです!」

 

「はああぁあぁッ!」

 

「ゥ……ッ、ウゥ……」

 

 そして、もう一度カトレア様が大剣を振り下ろしたところで呻き声が消え、獄狼竜は穴から脱出した途端に動きを止めた。

 

「おぉ、来たか!?」

 

「グル……ルゥウ」

 

 代わりに獣らしい寝息が耳に入ると、俺は隠されていた荷車を獄狼竜の前まで運ぶ。

 

「よし、やっとだ……やっと眠った! では、俺が火薬を」

 

「へっ。ついでにお前も爆発しろ」

 

「……まだサマーソルトの痛みが引いてないので、今回はご勘弁を」

 

「おん。じゃあ今度のクエストで大タル爆弾キックな」

 

 完全に勝利ムードが漂う凍土のエリア1。

 

 狡猾に立ち回る敵であった故、痛い反撃を食らうなどのアクシデントはあった。だからこそ、間近に迫っている勝利の喜びは一入だ。

 

 恐らく、この睡眠爆破で捕獲が可能なまでに体力が削れる筈。王女様が望んていた天玉に関しては、報酬で得られた時に送ってあげるとしよう。

 

「ご主人様。先程、姫さまと親しげに話してしまった事をお詫びします。ですが、ご主人様を第一の女性として考えている事は間違いありません。今後時間を掛けてそれを信じていただけるように頑張ります」

 

「ふん。こっちからすれば別に謝られたって嬉しく無いんだがな。とりあえず謝ればなんとかなるって考えは捨てた方がいいぞ」

 

「…………」

 

「まあ、お前があのわがまま姫に対して下心が無い事は見てて分かったよ。きっとお前は誰に対しても優しいんだろうな。けど、それがお前の悪いところでもある。あまり人に優しくしてると、汚い人間に利用されるぞ。私はそこが心配だ」

 

 ちょうどタルへの火薬詰めを終えた俺は、カトレア様のお言葉をしっかりと受け止める為、自然に手を止めていた。

 

「はい。それは自覚してますし、今までだって何度も他人に利用されて来たと思います」

 

「だろうな。お前がそのままでいいと考えてんならずっとそのままだろう。けど、今後お前がその性格を変えて行きたいと思ってんなら、私は応援する」

 

 変わりたいのに変われない。俺は表面上、ずっとそう考えて生きて来た。ただ、本当のところは違うかもしれない。考えてみたはいいが、今まで具体的な行動が伴わなかった。

 

 つまりそれは、現状の自分に満足している事と同義ではないか。その事に薄々気付いていながらも、俺は恐らく目を背けて来たのだと思う。

 

「ご主人様は、今の俺の性格が嫌いですか?」

 

「そうだな。大嫌いまでとは言わないけど、見てて不安だ。私の下僕になって尽くしたいと言った奴が他の人間……特に女に優しくしているところを見ると、どうしても信用できなくなる。本当にお前は私を第一に考えているのかってな。分かるか?」

 

「……はい。確かにその通りですね」

 

 しかし、カトレア様に認めてもらいたいと言う大きな目標ができた今、まさに今こそがチャンスなのかもしれない。

 

 今後も彼女を不安な気持ちにさせてしまうのであれば、それは決して無視できない問題だ。

 

「ん。私の話を分かっていて私を本当に想ってるんなら、少しずつでも変わって行けるように頑張れ。後、好かれたいからって媚びてばかりいないで、正面から本音でぶつかって来い。いちいち嫌われたらどうしようなんて考えるなよ? 私に付いて来るなら、時には仲違いもする覚悟を持て。いいな、シャリアス」

 

「――――はい。カトレア様」

 

 たった今、カトレア様に対する尊敬の念がより一層強まり、一生付いて行く覚悟も固まった。

 

 真摯な態度で俺に本心を投げ掛けて来たカトレア様は、自身の上半身とほぼ同じ大きさのタル爆弾を抱え、寝息を立てる獄狼竜の頭角の前に設置した。

 

 彼女に続いて俺も大タル爆弾を並べると、最後の仕上げに向けてビーアを構え直す。本当はフルスガードを探しに行く予定でいたが、この武器のままでも大丈夫そうだ。

 

「準備はいいか?」

 

「大丈夫です」

 

「よし、着火ぁッ!」

 

 カトレア様が投擲した石ころは、抜群のコントロールでタルに直撃。衝撃が加わったことにより、激しい爆風が獄狼竜の頭へ炸裂した。

 

「ゥルァアアアアアア゛ッ!」

 

 あまりに最悪な目覚め。地獄の覇者でさえも叫ぶ程に、その痛苦は許容できない物らしい。

 

 獄狼竜はしばらく起き上がる事もままならず、転倒したままもがき苦しんでいた。その隙を、腕利きのG級ハンターであるカトレア様が逃すはずも無く。

 

「ふんぬぁああっ!」

 

「ガアアァッ! アアァアアッ! グルァウゥ……」

 

 叩き付けるようにして振り下ろされた刃が、爆ぜて砕けた頭角に深くめり込む。鈍く重い音が凍土に響き、溶けた。

 

「これで……最後だぁ! せぇいッ!」

 

「オオオオオ――――ォッ!」

 

 乱舞をカトレア様が負わせた傷口に炸裂させてやると、ついに獄狼竜は動きを止めた。暴れる体力はもう残っていないのか、こちらを睨む事もせず虚空を見つめている。

 

「ウ……ゥ」

 

「はぁ……はぁ」

 

「はぁ、はぁ……き、決まっ……た?」

 

 戦い疲れ、緊張の糸がぷつりと切れた時、カトレア様が驚き交じりに呟いた。

 

「はい……! どうやら無事に……狩れたようですね!」

 

「はぁあ……よし、よぉし! クエスト達成だっ!」

 

「っしゃああぁっ!」

 

 大きな達成感が俺とカトレア様を歓喜に打ち震えさせ、思わず互いに抱き合ってその場で跳ねた。

 

(ふおぉっ! 思い掛けずご主人様と密着してしまった……至福ッ!)

 

 こうなると、俺の頭の中はもう下心だけで埋め尽くされてしまう。カトレア様が元々纏っていた芳香は今も残ったままで、汗独特の蒸れた匂いと感触が絶妙なアクセントを――――

 

「……ゔっ!」

 

「ん、どうした?」

 

 しかし、興奮が頂点に達したちょうどその時、無理をした分の大きな反動が出始める。

 

 戦う内に腹部の痛みが引いて行くのを感じたせいで、俺は回復薬を口にしていなかった。カトレア様に認めてもらいたい願望から来た気力は、痛みを忘れさせても傷を治す効果までは無かったらしい。その事を一瞬にして思い出させられた俺は、カトレア様の背中に手を回したまま、全身の力が抜けた。

 

「っ、おい! どうした!? 大丈夫かっ!?」

 

「っがぁ! ぁあっ……ぁ!」

 

 腹部を執拗に深く抉られたような激痛が、下心と喜びを全て消し去り――――呻き声を上げる事すらも――――叶わない。

 

 ――――ただ――――ご主人様に――――

 

 ――――認められる、事は――――叶った、の、か――――

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 ――――。

 

 ――――目が開く前に、嗅いだ事の無い匂いが嗅覚を優しく刺激した。

 

「ぅ……ん」

 

 どうやら、生きてはいるようだ。恐らくクエストから帰還した後だろう。

 

「カトレア……様」

 

 人がふたり寝るのに適したサイズのベッドに横たわっていた俺は、真っ先に大切な人の名を呼ぶ。

 

 この匂いは、間違い無くカトレア様がいつも眠っている場所だ。このままずっとシーツに顔を埋め続けて、幸せな気分のまま死んでもいい気がして来る。

 

「ふぅっ……ふん……ふぅっ!」

 

「目が覚めたか」

 

「っ、ご主人様! あれから助けて下さったようで……ありがとうございました!」

 

 呼吸を荒らげて恍惚している様子をばっちり目撃された俺は、内心カトレア様から罰を与えられる事を期待する。

 

 しかし、彼女は呆れた表情を見せるだけで近寄ろうとはしなかった。

 

「おう。人のシーツの匂いを嗅いで悦ぶド変態野郎を助けた私は、きっと底抜けの善人なんだろうな。あぁ、ちなみにクエストは達成扱いだ。お前が力尽きたのは獄狼竜を討伐した後だからな。契約金と報酬金、合わせて22000z。付けも消えたようだし良かったじゃないか」

 

「お、そうですか。達成扱いなんですね。ではその金で何か奢らせて下さい」

 

「おん」

 

 さて、狩りを共にした中でカトレア様には随分と励まされた。

 

 本音でぶつかって来い。この言葉に彼女の想いが全て詰まっていたと俺は感じている。こちらがカトレア様と望む関係は、下僕と主人。故に、俺を扱き使うもサンドバッグとして扱うもカトレア様の自由だ。

 

 しかし、彼女は俺に正面からぶつかれと言った。血の繋がらぬ者同士が本音で接すると言う事は、彼女自身も俺の言動によって傷付く覚悟を持たねばならない筈。

 

 カトレア様は間違い無く、俺の事をひとりの人間として真摯に見てくれていると確信が持てた。

 

「ああ、そうだ。お前が途中で落とした武器はあの侍女さんが見つけてくれたらしいぞ。ついさっきタル配便で届いてた」

 

「お、それは良かった。彼女が途中で姫さまから離れたのはその為だったんですね。後でお礼の手紙を書かないと」

 

 近くのテーブルに置かれていたのは、狩りの最中に手放してしまった大事な得物と、二枚の紙だった。

 

 

―――――――――――――――――――

 

 シャリアスよ。そなたの大切な武器は、わらわが侍女に言って探させたぞ。もしこの武器を使って狩りに出向く事があるならば、その度にわらわの事を思い出して感謝せよ。

 

 それと、わらわが貸した酔いつぶれビーアは、そなたにくれてやるとしよう。直接そのジョッキでとは言わぬが、今宵はカトレアと祝杯でも挙げると良い。さて、ドMでかつ実力があるそなたに、次はどんなクエストを頼んでやろうかの。じっくり考えておくから楽しみにしておれ。

 

 追伸 獄狼竜の討伐報酬に入っていた天玉をカトレアから受け取り済みじゃ。感謝するぞ。

 

 第三王女

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

「相変わらずの文面ですね」

 

「おう、そうか。私は知らないけどな」

 

「さて、次の紙は……っ!?」

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 誓約書

 

 私はG級ハンター、シャリアス・モスティーラの主人となり、同人を下僕として服従させます。

 

 カトレア・ジャンティ

 

―――――――――――――――――――

 

 ――――それは寝惚け眼で起き上がり、まだ判断力が戻り切らない中で舞い込んだ幸運だった。

 

「お、おお……おおおっ! ご主人様ぁっ!」

 

「まあ、そう言う事だ。今日から下僕として私の家に住め」

 

「っしゃあああぁっ!」

 

「うるせえ。家の中で騒ぐんじゃねえよ。近所迷惑だ」

 

 包み隠さず、願いが叶った喜びを露わにする。俺は今日という日を、一生忘れないだろう。

 

 まだ下僕としての人生はスタートしたばかりで、これからがより大変になってゆくに違いない。しかし、ようやく自力で掴んだ幸せを絶対に逃してなるものか。

 

「ありがとうございます……っ、ありがとうございます! ご主人様、ぶぐっ!」

 

 歓喜のあまりテンションが最高潮になった俺は、早速ご主人様から挨拶代わりの拳を受ける。

 

 まだ完治していない腹部の傷を避けた、肋骨の辺りに軽く衝撃が走る程度の殴りを、俺は有り難く頂戴した。

 

「おい。騒ぐなっつったろ? 聞けよ。お前は人の話も聞けねえのか?」

 

「あぁあ……ご主人様……♡」

 

「うっわぁ……」

 

 ご主人様の口調も声のトーンも、全てが俺にとってご褒美だ。もっと欲しいと願う欲望は治まるところを知らず、俺はおねだりするような目でご主人様を見つめ続ける。

 

(もっと……もっと!)

 

「無理、無理……無理。やっぱ無理だわ。黙って傷が回復するまで寝てろ」

 

「あぁん、何度も……無理って言わないで下さいっ」

 

「はぁ? いや、無理だから無理っつってんだよ。お前大物だな。ドMのサラブレッドだわ」

 

 だが、さすがに自分の体を気遣わねばならない状態だ。俺は無理が効くようになるまでベッドに横たわり、安静にする事にした。

 

「誓約書。私はG級ハンター、シャリアス・モスティーラの主人となり……同人を下僕として……ふふっ、服従させます……ああぁああ!」

 

 それでも、一生の宝物にすると決めた誓約書の文面を何度も読み返しては興奮し、中々寝付けずにはいたが――――

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

「はぁっ……はぁっ♡」

 

「おら、息荒げてねえで早く歩け」

 

 すっかり傷も完治した数日後の事。俺はご主人様に首輪で繋がれ、酒場エリアを散歩するという最高な時間を満喫していた。

 

 さすがに異様な光景に見えるのか、周囲の者達の多くはこちらを一瞥して耳語に耽っている。元々俺がドMだと知っていた人間は、ついにあの野郎も飼われるようになったかと頭の片隅で思い、内心薄ら笑いを浮かべている事だろう。

 

(あぁ、皆の視線が突き刺さるぅ。野外で首輪を付けて歩くのがこんなに快感だったなんて!)

 

「ご主人様……ご主人様はぁ……周りに見られても、平気なんですかぁ……?」

 

「おう。お前のドMっぷりも下僕になりたい願望もみんな知ってんだろ。ただ新しい主が私になっただけ……誰も私自体に興味なんか無いさ。そんな事よりも、嬉しいんだろ? 私にこうしてリードを引かれて散歩できるのが」

 

「ぁ、はい……最高に……幸せで、すぅっ!? ぉおん!」

 

 突如リードを強く引っ張られ、俺の歩みは強制的に速くさせられた。

 

 後頸部に掛かる絶妙な負荷が、心躍らせる高揚感を脳底から呼び起こし、より呼吸を荒げさせる。

 

「っはぁあ……はぁっ、はぁっ」

 

「ふふっ」

 

 興奮、愉楽、色欲。余計な感情を一切抱かぬ今こそが、一番自分らしく生きられる時。そして、一番自分を好きになれる時だ。

 

「もっとぉ……容赦無く……苛めても……」

 

「苛めても……いいんですよ? 違うだろ。苛めて下さいだろ? おら」

 

「あ……っ、い、苛めて下さい……ご主人様ぁ……!」

 

 ――――できる事なら今、人生に楽しみや希望を持てていなかった頃の俺に伝えたい。

 

 俺は元気に、幸せな人生を送っていると。

 

「あ? 声が小さいぞ。もっと腹から声出せ!」

 

「ひぃん! あ……ゆ、許してくださいご主人様! なんでもしますから!」

 

「なんでも……本当だな? ふふっ……絶対私以外の奴にその言葉を使うなよ。お前は、私だけの下僕なんだからな」

 

「はい! もちろんですっ!」

 

 ご主人様に対して返事をすると同時に、首輪に繋がるリードが強く引かれ始めた。

 

 ――――今日の首輪デートは、もうしばらく続きそうだ。

 

 

 




読了お疲れ様でした!

一応短編扱いですが、お気に入り数や評価次第ではR-18枠の更新も予定しておりますので、どうかよろしくお願いします!


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申し訳ありませんご主人様!こんな下僕をお許しください!

 久しぶりの更新になりますが、今回は最初からMと変態度全開です()


 

 

 

 ◆◇◆

 

 カトレア様の下僕として認められ、同居生活を始めてから一ヶ月近くが経った。

 

(居間と寝室の掃除、ベッドメイキングと洗濯。後はご主人様の昼食作りか)

 

 当然、下僕に朝をのんびり過ごす時間は無い。今日は朝早くから出掛けたご主人様が戻るまでの間に、一通りの家事を済ませておくよう言い付けられていた。

 

(うーん、さすがご主人様だ。部屋に汚れが無い)

 

 だが、普段から清潔にされているおかげで掃除に時間は掛からなかった。むしろ、こちらが手を加えていないにも関わらず、あの日(下僕記念日)に嗅いだ匂いが部屋中に漂っている。

 

(ほのかなフローラルの香り。ご主人様の匂いと絶妙にマッチしてるんだよなぁ。あぁ仕事が捗らん!)

 

 凍土で思わずご主人様と抱き合い、喜びを分かち合った時の光景が脳内で蘇った。

 

 寒さの中、汗で蒸れた熱気と一緒にご主人様のフェロモンが全身を包み込む感触。それを強く鮮烈に想起させてしまうこの部屋は、今の俺にとって恐ろしく危険だ。真面目に仕事をしなければいけない状況でも、容赦無く愛欲を掻き立てて来る。

 

「ふぅ……すうぅ、ふぅう……すぅ」

 

 俺は一旦瞳を閉じ、心を無にして深呼吸する事にした。

 

(ああぁああぁ駄目だ! 心の中の煩悩が膨らんでいく一方だっ!)

 

 しかし、息が弾む程の興奮を落ち着かせようとする行為でさえ、ここでは逆効果。呼吸をすればする程にご主人様の姿が浮かび上がり、その帰りを渇望する思いに手を止められてしまう。こうなれば仕事どころでは無い。

 

(ご主人様……ご主人様、ご主人様ぁ!)

 

 酸素で満たされる肺に、色情で満たされる心――――全身に荒々しい熱が走り、血湧き肉躍る。下腹部とインナーの間で板挟みになったものが、急に疼痛を起こし出した。

 

(これはやばい、実にやばい! 仕事が終わらなければご主人様から拳が……ん? 待てよ、それはそれで嬉しいな……いやいやいや! できなきゃそもそも下僕として失格だ! 俺はやるぞ、意地でもやるぞ)

 

 欲を抑えようとすればする程、何倍にも増幅させてしまうのが俺だ。そうとなれば、もう開き直って事に当たるしか無い。

 

 自分の欲求を素直に認めた俺は、足早に寝室へと向かった。

 

(よし、これだ!)

 

 ベッドの横に置かれていたのは、ご主人様が寝汗を拭いたと思われる純白のタオル。ふかふかの肌触りに若干の湿り――――元々はご主人様から洗うように頼まれていた物だ。

 

 しかしっ! 俺にとっては勿体無い事極まりない!

 

 集中して家事をやる為という理由で自分を納得させた俺は、早速タオルを首元に巻いてみる。

 

(ほ、ほおおおぉ……なんでこんないい匂いがするんだご主人様は!)

 

 嗅覚に強く訴え掛ける芳香。それは直接鼻に付けて嗅ぐまでも無く、心を幸せな気持ちで包み込んだ。もしこのタオルに顔を埋めて息を吸い込んだら、きっと今以上に興奮して理性を失い、色々な意味でダメになる。

 

 だが、試してみたい。

 

(けど、ご主人様にこの行為が発覚するのも大問題だ。きっと仕事が終わらなかった時以上にきっつーい罰が……ん? 待てよ、それはそれで嬉しいな……いやいやいや! このままだと無限ループだ。ええい、嗅いでしまえ!)

 

 人生は選択と決断(変態行為)の連続だ。

 

 俺は限界まで息を吐き、ご主人様の汗が十分に染み込んでいるタオルを顔に被せた。目と鼻を覆ったまま後頭部で端と端を結び、まずはしっかりと固定する。

 

「っすぅうううーっ、ふぅううぅ」

 

(お、おっ……おおおぉ……! し、刺激が、強すぎるッ!)

 

 繊維の隙間から必死に息を吸い、肺に溜まった空気を徐々に吐き出してゆく。鼻腔に入った匂いは、じわじわと脳裏に幸せを駆け巡らせた。

 

 一生付いていくと決めた女性の使用済みタオルが、ここまで俺をダメにするとは予想外だ。

 

 そして、あまりの興奮と至福で脳が混乱しているのか――――ついにはご主人様の幻聴が聞こえるまでになってしまう。

 

『おいドM。それ私のタオルだろ? お前は人が留守の間に何してんだ』

 

「っ! ご、ご主人様……その、これには訳がありまして」

 

『は? 言い訳してんじゃねえよ。下僕になりたいとか言ったくせに仕事もろくにできねえのか? やれよ』

 

「ひぃん、も、申し訳ございませんっ! 今すぐやりますっ!」

 

 いないはずのご主人様に注意された俺は、鼻と口からタオルを離さず目だけ自由にして仕事を再開する。視界が開けたおかげで、作業をする事『だけ』に関しては何も支障が無い。

 

(くっ、下半身が痛てぇ……なんて恐ろしいタオルだ)

 

 一方で、板挟みによる疼痛が激しさを増している。できることなら、今すぐこいつを楽にするべく全て脱ぎ捨て、落ち着きを取り戻すのを待ってやりたい。

 

 しかし、そうしているうちにご主人様が帰って来てしまったら終わる。折角築き上げた主従関係も終わり、当然ながら社会的にも終わる。ならば俺は、今の一時的な痛みを堪える方を選ばせて頂こう。

 

(さて、まずはベッドメイキングだ。毎晩ご主人様に気持ち良く眠ってもらわねば)

 

 ただ、タオルがマスクの代わりを果たしているおかげで、シーツ交換による埃を吸い込まずに済んだ。たまたま今日の清掃に使うマスクが切れていた為、俺は自分が取った行動に自分で感謝した。

 

『おら、次は洗濯だ。きびきび動け』

 

「はい! 承知致しました!」

 

 幻聴によって家事の速度を上げてゆく俺だが、周囲から見れば大声で独り言を叫ぶおかしい奴だ。冷静に自分の様子を分析してみると、割と本気で情けない。

 

(うぅう。俺を惑わせた愛おしきタオルよ! これでお別れだな、さらばっ!)

 

 そもそも俺が開き直らざるを得ない状況を生み出した部屋の匂いには、今後住む中で慣れていくしか無さそうだ。

 

 まずはお世話になったタオルを鼻と口から外し、他の洗濯物と一緒に洗う。ご主人様の麗しい香りを深く脳裏に焼き付けた以上、未練は無い。

 

(洗濯物の手洗いは結構大変だけど……ご主人様の喜ぶ顔が見られるならば)

 

 寝間着にインナー、そして下着も。まだ知り合って日が浅い男であるにも関わらず、ご主人様は俺に任せてくれた。

 

 とは言え昨夜、変な事に使うのはやめろと釘を刺されている。タオルを借りた上に衣服にまで手を出してしまえば、それは変態な下僕と言うより単なるド変態だ。さすがにドが付くのはMだけで十分なので、ここは煩悩を抱えつつも黙って洗濯に取り掛かる。

 

 何事も、ほどほどに留めておくのが一番なのだ。

 

(タオルが無くなったら幻聴も聞こえなくなったな。もしかしたらこの寝間着とかを拝借すればそのうち幻まで見えてしまうのでは……いやいや、ダメだ。バレたらきっとタオルの件がバレた時以上にどぎっつーい罰が……ん? 待てよ、それはそれで)

 

 いくら如何わしい妄想だとしても、妄想だけに留めておけば誰も傷付ける事は無い。しかも楽しい上にいくらやってもタダ。これぞ慕う人を持つ男の特権であり、最高の贅沢。

 

「よし、最後は昼食作りだ」

 

 ご主人様には言えぬ禁断の至福を味わえた俺に不満無し。陽の当たる屋外に洗濯物を干したところで、朝の仕事は終了だ。

 

(昼のメニューはあれだな。キッチンに大量のツチタケノコがあったからそれにしよう)

 

 ツチタケノコ。昨日モガ村に訪れていた行商から、ご主人様が直接仕入れていた食材だ。俺達ハンターがクエスト以外で産地の渓流に行く事はまず無いし、行ったとしてもタケノコ採りをしている時間は無いので、ご主人様はどうしてもこれを食べたかったのだろう。

 

 さて、難しく考えずに昼の献立を決めてしまおう。ツチタケノコとお肉の醤油炒め、渓流ツチタケノコご飯、後はツチタケノコの味噌汁。きっとご主人様も喜んで下さる筈だ。

 

(早くご主人様と昼食が取りたい……あぁ腹減った)

 

 米が釜で炊ける頃にご主人様が戻ってくれば、ちょうど暖かい食事が頂ける。それが非常に待ち遠しく、楽しみで仕方無かった。

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 数十分後――――ついに、ご主人様が帰ってきた事を知らせる足音が耳に入って来た!

 

 空腹を満たせる喜び、そしてご主人様とふたりきりの昼を過ごせる喜び。それを同時に味わえると思えば、自然とテンションも急上昇する。

 

「っしゃきたあぁっ! お帰りなさいませご主……」

 

「はぁーい! こんにちはシャリアスさん。そろそろ昼食の時間ですねっ!」

 

「ええぇ……」

 

 しかしまあ、現実はそう上手くゆくばかりでは無いらしい。ここを訪ねて来たのはモガ村の看板娘、アイシャちゃんだった。

 

「それにしてもシャリアスさんは幸運ですよっ! 私、こう見えてもかつて、街で女優としてスカウトされたことがあるのです。そんな私と食事ができるなんて嬉しいでしょう? あぁ、シャリアスさんは本当にラッキーな男ですね!」

 

「…………」

 

「あれ? 視線が冷たい……?」

 

 可愛い看板娘と一緒に昼食が取れる。男として嬉しいか嬉しくないかと問われれば、当然嬉しい。俺が完全に自由な身であるならば、アイシャちゃんのように裏の無さそうな女の子と時間を共にできる事を素直に喜んだだろう。

 

 だが、今の俺は大切な女性に仕えている身。それを忘れて浮かれるようでは下僕失格だ。

 

「いやぁー、でもさすがですねシャリアスさん! 私がタケノコ好きだと知ってご飯を用意してくれるなんて……よっ、クソドM!」

 

「ああ。ちゃんとドMにクソを付けるところが素晴らしいな。食って行くのは構わないけど、ここはご主人様の家だから彼女次第だ。もしご主人様が駄目だと言ったら、その時は駄目だぞ」

 

「はい、もちろん。それは心得てますとも!」

 

 本当はご主人様と主従水入らずで食べたかったが、アイシャちゃんが居て賑やかになるのも悪い気はしない。考え方によっては男一人に対して女二人という、両手に花状態にも見えて――――

 

「あ、先に断っておきますけど別にシャリアスさんと一緒に食べたくて来たんじゃありませんよ? ドMの貴方に気持ち悪い誤解をされたら困りますので、今の内に伝えておきます」

 

「へぇそうですかい! そりゃご親切にどうも!」

 

 ――――という虚しい妄想はやめて、さっさと飯の準備をしてしまおう。アイシャちゃんには、俺が『代わり』としてこの村にやって来た頃から世話になっている。こういった事で恩を返せるなら俺も嬉しい。

 

「そう言えば、シャリアスさんがカトレアさんの下僕になってからもう一ヶ月になるんですね」

 

「ああ。段々と今の生活にも慣れ始めて来たよ」

 

 醤油炒めを大皿に盛り付けた後は、炊き上がったツチタケノコご飯を椀に装う。本当はご主人様の帰りを待つべきだろうが、物凄く腹を空かせているアイシャちゃんの為に、一人前だけ用意しておく事にする。

 

 俺がカトレア様の下僕になって以降、すでに何度もここへ食べに訪れていたアイシャちゃんは、今日も飯はまだかと言わんばかりに素早くテーブルに着いていた。

 

「なんだかシャリアスさん、すっごくイキイキしてます。お一人でハンター業に専念していた時とは違う顔付きと言いますか、大切な人に尽くせて毎日が幸せだぞ! って気持ちが表情から伝わって来るみたいです」

 

「はははっ、そうかなぁ。じゃあその一人でハンター業に専念してた時の俺はどんな顔をしてたんだ?」

 

 真面目で凛々しい顔付き。ついでにイケメンだと言われれば、なお嬉しいものだ。

 

 一応鏡で自分の顔は見慣れている。かっこいいとまでは言えずとも、そこまで酷い顔では無いと信じたい。

 

「え、聞きたいですか? もー、いい答えを期待してるのが見え見えですよっ!」

 

「な……そ、そりゃあ期待ぐらいはするさ。女の子に顔を褒められて悪い気がする奴なんていないだろ。それで、俺はどうだったんだ?」

 

「そりゃあもちろん、ドMっぽい顔でしたよ。見ただけで、あぁこの人女性に踏まれて罵られるのが好きそうだなぁーって分かりました。あとついでに声もドMっぽかったですね。あ、あと存在自体もドMで」

 

「もういいっ! さ、黙って飯にしよう」

 

 イケメンとも言われず、酷い顔とも言われず。ただ単にドMっぽいだけの顔。そもそもドMっぽい顔ってなんなんだ?

 

 などと無駄に哲学的な事を考えているうちに、ご主人様が戻って来たら喜ばしい事だ。先に食べる訳にも行かないので、今はアイシャちゃんが食べている様子を見物しながら帰りを待つしかない。

 

「おお、ビックリするくらいにタケノコ一色! と言うかシャリアスさんってハンターとしては珍しいタイプですよね。こうして昼食を自分の手で拵えるなんて……家庭的な人って感じがしてステキです!」

 

「え、急に褒められるとは予想外だ。まあ確かにハンターは料理ができないって人が多いし、俺みたいな奴は珍しいのかな」

 

 俺達ハンターは、基本的に狩場で料理をする暇など皆無。できるか否かに関わらず、料理をする機会がそもそも無いに等しいのだ。故に料理の腕が上がるハンターは少数派であり、俺の事をアイシャちゃんのように珍しがる人は少なからず存在する。

 

「それじゃあエンリョ無く! いただきまーす!」

 

「シャリアス。今帰ったぞ」

 

「あ、はい! お帰りなさいませ」

 

 アイシャちゃんの明朗な声が響き渡ったところで、待ちに待ったご主人様の帰宅。時間の経過と共に増す空腹を、思う存分満たせる時がやって来た。加えてご主人様に喜んで貰えるなら、それ以上は何も望まない。

 

「はぁ。また飯の匂いを嗅ぎ付けたのか」

 

「んむ? ふぁ、おふぁえりなふぁい(お帰りなさい)

 

 炊きたてのご飯を熱そうに頬張っているアイシャちゃんに、ご主人様は呆れた表情を見せた。今後も飯時にはこの光景を見る事になりそうだ。

 

「まあいい……早く飯にしてくれ。外まで匂いが漂っていたからな。楽しみだ」

 

「はい。少々お待ちを」

 

 俺はもう一度キッチンへ戻り、自分とご主人様の分のご飯をテーブルに運んで行く。働いて疲弊した体は、食欲を満たす事によって回復させるのが一番だ。

 

「ん、ありがとう。いただきます」

 

「いただきます」

 

 いきなり炒め物には手を付けず、まずはご飯を一口。滑らかな舌触りと、独特のもっちりとした食感が癖になる。

 

 タケノコの方も、さすがは渓流の特産品だ。ほのかな香り、歯触り、微かなえぐ味でさえもアクセントにしてしまう上品な味わい。これならユクモ村の旅館で料理として出されるのも納得だ。

 

「ご主人様、如何ですか?」

 

「おかわり」

 

「はい! ただいま!」

 

 苦労して昼食を拵えた労をねぎらうかのような、美味しいに匹敵する言葉をご主人様から聞くことができた。これからも腕によりを掛けて、手の込んだ食事を作り続けたい。

 

「シャリアスさん。もしハンター業を引退する事になっても料理人として生計を立てられそうですねっ!」

 

「えぇ? っははは、そうだな! もしそうなったら考えてみるよ。ありがとう」

 

 そして、アイシャちゃんが明るい声で放った一言は、意外にも俺に人生を考えさせてくれた。俺も万が一の時に備え、ハンター以外で生きていける技量を身に付けておくべきか。

 

 まだまだこれからだと言う時に、不慮の事故で再起不能になってしまったハンター達。仕事柄故に仕方無いとは言え、飛び込むのでさえ厳しいハンターの世界から身を引かねばならぬ上、職までもを失ってしまう人間の絶望は計り知れない。

 

 しかもそれが、狩り一筋で生きて来て、他に何も才が無い者であれば尚更であろう。

 

「お待たせしました。ご主人様」

 

「おん。ありがとう」

 

 ――――さて、ご主人様のおかわりを持って来たところで食事再開だ。熱々の味噌汁と醤油炒めで、さらにタケノコの味わいを堪能する。ご飯以外のメニューでも、タケノコの食感が見事に生きていた。大量に買い込んでくれたご主人様に感謝以外の気持ちは無い。

 

「うーん、今日のご飯もスッバラシク美味しいです! カトレアさんも、いい人を見つけましたね!」

 

「おいおいよせ。その言い方だとこいつが恋人になったみたいに聞こえるだろ」

 

「え。俺はそれでも大歓迎で……」

 

「は? 飯が上手く作れるからって調子に乗んな。お前が恋人になるなんてありえねえから」

 

 ですよね。と言い返しても良かったが、取り敢えず今は凹もう。

 

 ただ、たとえご主人様の恋人になれなくとも、今の距離感で関係を続けて行けるなら十分に幸せだ。こうして本音を言ってもらえるだけでも、俺は恵まれている。

 

「けど、お前は今日も頑張ってくれたな。ありがとう」

 

「い、いえいえ! 俺が自分で買って出た仕事ですから。お礼を言われる事は何も……」

 

 前の発言から一転、ご主人様は矢庭に俺を褒めて来た。不意を突かれ、褒められると分かっていた時以上に口元がだらしなく緩む。

 

「特にシーツ交換とか毎回大変だろ? 私も一人暮らしだった頃、それでよく埃を吸い込んでしまってな。目が痒くなったりくしゃみが止まらなくなったりで困ってたんだ。大丈夫だったか? そういやさっき、マスクを切らしてたのを思い出してな」

 

「ええ。寝室にあったご主人様のタオルをマスク代わりにしたので大丈夫でした! あの時自分が取った行動に感謝………………あ゛」

 

「は?」

 

 ご主人様がそっと箸を置く音で、俺の体は瞬く間に硬直した。

 

 

 ◆◇◆

 

 

 ――――俺の視野が完全に暗くなってから、果たしてどれくらいの時間が経っただろう。

 

「あ、あの、ご主人様? お、俺は……どうなっちゃうんですか……?」

 

「あ? お前は一生そのままだ」

 

 あの後、俺は昼食を取れる筈も無く、タオルで目隠しをさせられた上、両手両足を縄で縛られてしまった。ご主人様とアイシャちゃんに白い目で見られている事を想像すると、興奮で顔が赤くなる。

 

「わぁー。こんな状況でも興奮できるなんて、やっぱりシャリアスさんって凄いですね!」

 

「ああ。ここまでの大物はそうそう見られるもんじゃないな……おい、何はぁはぁ言ってんだ」

 

「はぁっ、はぁっ……いや、その……ご主人様に白眼視されていると思うだけで……」

 

「うっわきっしょ! また勃ってやがる。縛られただけでこれとかやばいなお前」

 

 幾度となく膨張を繰り返した為に起きる疼痛が、極点へ達しつつある俺の興奮を増幅させる。

 

 今、ご主人様は俺の何処を見て、どのような目付きで見ているのか。俺はあらゆるパターンを脳裏に浮かべては、ひとりで勝手に満足して息を荒げた。

 

「うーん。もう彼は色々な意味で手遅れなようですね。今日はご飯のついでにシャリアスさん宛の依頼書を届けに来たんですけど、この様子じゃ行くのは無理そうですね……私はこれだけ置いて失礼します。それではシャリアスさん、どうかご無事で! カトレアさんも、たまにはシャリアスさんの手足を自由にしてあげて下さいね!」

 

「おん。考えとく」

 

「ほいじゃねー!」

 

 アイシャちゃんが仕事場に戻って行くのを足音で感じると、元々頭へ血が上り詰めるだけ激しかった興奮が、ついに自然と俺の体を動かしてしまう程までに高まった。

 

「っふぅ……ふぅっ! ご、ご主人様ぁ……さっきから血流が速すぎて……全身ドクドク言ってます……」

 

「はぁ。ここまで来れば逆にすげぇよお前。私に殴られようが踏まれようが縛られようが……全部ご褒美なんだもんな。まあ、今回は特別に見逃してやる。けど次また同じ事をしたら、必ずお前が罰だと感じるようにお仕置きしてやるから覚悟しとけ」

 

「え、あ、新しいお仕置きですか……?」

 

「うーわぁ……こいつ何言っても喜びやがる。お前はあれだ。全世界クソドM選手権が開催されたら即優勝だな。てか、不戦勝だわ」

 

 ご主人様がそう仰るのも無理は無い。自分自身のドMぶりに関しては、誰にも負けないという無意味な自信がある。優勝はもちろん、対戦相手が俺を見て即座に降参するかもしれないレベルだろう。

 

「おら、縄解くから動くな」

 

「あ、はい……ありがとうございます。ふぅ」

 

「しっかしお前のような男は他に見た事ねえわ。普通に下心丸出しの奴はいくらでもいるけど、お前レベルの人間にはもう一生出会える気がしねえ……っうわ! 来んな! 近寄んなっ!」

 

 しばらく手足に軽い痺れを感じつつ、俺は再びご主人様を視界に捕らえられた事を喜ぶ。ご主人様は想像通り、俺に冷ややかな眼差しを向け続けていた。

 

「はぁっはぁっ……助けて下さいご主人様……っ! ご主人様の言葉に体が反応して……興奮が治まりません!」

 

「あ? これ以上調子に乗んなら縛って裸にして外に放り出すぞ。お前は下僕のくせにお座りもできねえのか? おら、お座り」

 

「はぁ、はぁ……はい!」

 

「待て」

 

 ご主人様は俺の目先で片手を広げ、制止を促してきた。自然と呼吸が荒くなる中で、俺は命令通りにその場で正座をし、動きを止める。

 

「はぁ……はぁっ」

 

「…………」

 

 数秒、数十秒と、無言のご主人様に見つめられる時間がしばし続く。限りなく無表情に近い顔で、ご主人様は俺の躾に集中しているようだった。相手の表情に色が無い状況であれば、さすがに興奮は覚えない。

 

「はぁっ、はぁっ……はぁ……ふうぅ、ご主人様。やっと落ち着いてきました」

 

「おう、やればできるじゃないか。いい子だ」

 

「あっ、ありがとうございます……」

 

 ご主人様の言う事を素直に聞いた俺は、ご褒美として優しく頭を撫でられる。こうして褒められるのならば、また次に同じ指示を出されても喜んで従おう。

 

「ったく。あれほど変な事に使うなと言っておいたのにお前は……見逃すのは今回だけだぞ。今回は私のミスでマスクを切らしていた訳だし。いいか? 次勝手にそんな事やったら外に真っ裸で逆さ吊りだからな」

 

「はい! 次からはしっかり許可を得てやります!」

 

「はぁ? 誰が出すかそんな許可。そんな事よりこれ見とけ。さっきアイシャさんから預かった依頼書だ」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 さて、狩りの話になるならば気持ちを切り替えよう。わざわざ俺を名指ししての依頼であれば、G級個体の大型モンスターか大連続狩猟の可能性が大だ。

 

 ご主人様と一緒に出向いた獄狼竜の討伐以降、特に高難度クエストは受注していなかったので、G級ハンターとしての血が騒ぐ。

 

 

 

 難易度 G3

 報酬金 16500z 33000z

 契約金 1650z

 目的地 塔〈昼〉

 参加人数 1人

 

 条件 リオレイア希少種1頭の狩猟

 

 失敗条件 報酬金が0になる(3回力尽きる)、もしくは一定時間の経過、もしくは消息不明(死亡)

 

 依頼主 第三王女付きの侍女

 

 姫さまを凍土から連れ戻し早一ヶ月。国王様の意向を受けて姫さまの外出を禁止し、城内の監視をより強化したのですが、隙を突かれてしまいました! 置き手紙には『真の女王の座を賭けて塔へリオレイア希少種を狩りに行く』と書かれており……あぁ無謀極まりない! いつぞやのように城の一個師団が総力をあげて阻止していますが、言わずもがな出し抜かれるでしょう。どうか国中に事が発覚する前に姫さまをお助けください!

 

 

 ――――前回とは違い、しっかり報酬金と契約金のバランスが取れている。褒めるべき点は以上であり、その他は安定のふざけぶりだ。

 

(仕事をくれるのは有り難いけど……もう少し大人しくならないものかねぇ姫さまは)

 

 王女様は、城内に居れば些細な思い付きを即実行に移し、危険度が高いモンスターの狩猟依頼をハンターに出す。そして、今回のように無断で城を抜け出せば、その身を案じる者達が緊急で高難度クエストの依頼を出す。軟禁されようと自由にしていようと周囲を騒がせてしまうのは、ある意味で凄い。

 

 そして、国の規模から考えて数千人は居るであろう師団の阻止を掻い潜る超人的能力に、王女でありながら女王の座を狙いに行こうとする野生的(意味不明)な欲求、感性。もはや、俺より彼女の方がハンターに向いているのではないかとさえ思ってしまう――――

 

 ――――と、王女様に対して思う事は多々あるものの、依頼書に記された報酬金があまりに魅力的で心が動く。これだけの金を貰えるならご主人様に贈り物もできるし、仕事を忘れてゆっくりデートするなんて事も可能だ。

 

「っふふふふふ」

 

「おい。何笑ってんだ」

 

「えっ? あ、すみません。ちょっと夢想……もとい考え事をですね」

 

「うわ……また私を使って気持ち悪い妄想か。お前も飽きねえな」

 

「っ、へへっ……」

 

 ご主人様には申し訳無いとは思うものの、生憎いつ飽きが来るのか見当もつかない。

 

 さて、次にデートするとしたら何処がいいだろうか。酒場エリアで首輪デートという鉄板コースもいいし、三ツ星レストラン『シー・タンジニャ』で海の見える景色とディナーを満喫するのもまた良し。そうしている内にご主人様といい雰囲気になってあんな事やこんな事まで――――

 

「はぁ……よく本人を目の前にしてそんな顔ができるな。そんなに私の事が好きか?」

 

「はい! もちろんですっ!」

 

「はぁん?」

 

 妄想に妄想を重ねる俺の返事に対し、ご主人様は声のトーンを上げた。普段から聴いているクールな声とのギャップに、俺は胸をキュンキュンさせずに居られない。

 

「俺、絶対にこのクエストを達成して、ご主人様をシー・タンジニャにご招待します。ですからどうか、また俺とデートして下さい!」

 

「お、おい……急にマジな声出して頭下げんなよ……ったく。ところで、そのクエストの依頼主は誰なんだ?」

 

「えっ」

 

「アイシャさんから紙を預かったはいいけど、中身を見てなかったからな。もしあの馬鹿王女に関連するクエストだったら絶対行くなよ」

 

 王女と言う単語をご主人様の口から聞いた途端、俺は身を一瞬だけ硬直させた。残念ながら今回はその王女様に関連するクエストなので、確実に止められてしまうだろう。

 

「じ、実は……また姫さまが城から脱走したみたいで。獄狼竜の時と同じように城へ連れ戻して欲しいそうです」

 

「は? あんだけ周りを心配させといてまた逃げたのか? そんな奴の為にお前が危険を犯す必要があるか。行くな」

 

 案の定、眉を顰めたご主人様は『行くな』と仰り、指先に力を込めて依頼書を握った。王女様に対してあまり良い感情を抱いていないのもそうだが、恐らく俺の身を心配して下さった故に出た言葉だろう。

 

 しかし、満足のゆくデートを楽しむ為には、このクエストを受注して多額の報酬金を貰う他無い。ここは少しだけ粘って交渉してみる事にする。

 

「はい……ご主人様がそう仰るのも当然ですよね。ですがご主人様、報酬金を見て下さい。ここまで好条件のクエストは他に無いと思いませんか? これだけの金を貰えたら、デートだけじゃなく何かご主人様の為に役立つ事に使えると思うんです」

 

「…………」

 

「ご主人様がどうしても駄目だと仰るならもちろん諦めますが、もし行かせてもらえるのだとしたら、必ず狩りを成功させて戻って来ます。塔や道中で姫さまと行き合ったとしても、決して知人の枠を越えて接したりしないと約束します。ですから行かせて下さい! お願いしますっ!」

 

 本音を言うならば、王女様の身が心配だと言う気持ちも少しばかりある。依頼の理由はどうであれ、報酬金が出る仕事を何度も頂いている以上、恩を感じずにいられないからだ。

 

 だが、その気持ちの全てをご主人様に分かって頂くのは難しいだろう。獄狼竜の討伐中に、俺は彼女の本音を一度耳にしている。

 

「そうか……お前が私の為に頑張りたいと思う気持ちは分かった。けどな、やっぱり不安だ。前に私が凍土で話した事、覚えてるか?」

 

「はい。俺がご主人様以外の女性に優しくしているのを見ると、ご主人様が不安に思ってしまう……そうでしたよね」

 

 本当にご主人様を第一の女性として考えているのかどうかを、俺の性格が分からなくさせていると。

 

「そうだ。私はな、獄狼竜狩りの時にお前が本気で頑張ってくれてる姿を見た時、内心嬉しかったんだ。さっきも私が好きかと聞いて、お前は『はい』と大声で即答したな。それも嬉しかった」

 

「ご主人様……」

 

「でも結局、お前は誰にでも優しすぎるんだよ。出会ったばかりの頃よりは多少マシになったけど、それでも不安なんだ。お前が一人でクエストに出掛けて、私が知らない間に誰かと遠くへ行ってしまわないか……どうしてもな。さっきアイシャさんが飯を食べに来たのを見た時も、私は不安に思ったんだぞ。彼女もお前が優しいから近付いて来るんじゃないのか?」

 

 前の俺が持っていたであろう必要以上の優しさは、少しだけ改善されたものの依然不安材料のまま。どうやらご主人様にとってはそうであるらしい。

 

 このままの流れで行くと、王女様のクエストを受注するのは不可能だろう。俺自身も、ご主人様の気持ちを無視してまで狩りには出向きたくない。

 

「心の内を話して下さった事、感謝します。アイシャちゃんともそれなりに長い付き合いですけど、恐らく彼女も姫さまと同じような感じで……俺が必要以上の優しさを持っているから近付いて来るのかもしれません」

 

 しかし、あの時の凍土でご主人様がもう一つ伝えて来た事を、俺は覚えている。

 

「ですが、これが俺なんです。たとえご主人様が仰るように俺が優しすぎるのだとしても、俺はずっとそうして生きて来ました」

 

 時には仲違いする覚悟を持って、正面から本音でぶつかって来いと。

 

「確かに損をした事は少なくありません。自分の性格が原因で汚い人間に利用された……と言うより酷い裏切りをされた経験があって、深く傷付いた事もあります。ですが、得した経験が多いのもまた事実なんです」

 

 そう言われたからこそ、俺も自分が持つ考えを今ここで、しっかりご主人様に伝えたい。

 

「特にハンターとして必要な最低限の人脈は、この性格故に広げられたんじゃないかと自負してます。俺は凍土でご主人様の気持ちを知った後からずっと考えて、自分の性格を誇れるように頑張って行くと決めました。ですから性格に関してだけは、今後も少しご主人様を不安にさせるかもしれません」

 

「…………」

 

「ですがその分、日頃の家事や狩りなどでご主人様の信頼を得てみせます。俺の可能性を見込んで下僕にして下さった貴方を、裏切る事だけはしません」

 

 ――――いちいち嫌われたらどうしようなんて考えるなよ?

 

 このご主人様の言葉が無ければ、俺はずっと本心を隠したまま下僕生活を送っていたに違いない。もしそうだとしたら、きっといつか言いたい事を言えぬつらさが幸せな気持ちを上回ってしまい、苦しむ日々が続く事になっただろう。

 

 それは想像するだけでも恐怖であり、悲しい事だ。

 

「ご主人様……最後まで話を聴いて頂けて嬉しいです。ありがとうございました。やっぱり今回の依頼は諦めて、他のハンターに任せ……」

 

「いや、行きたいなら行ってもいいぞ」

 

「えっ」

 

 そして、嫌われる事を恐れずに思いを話した甲斐は、間違いなくあったと言えよう。俺は皺が少し付いた依頼書を、再びご主人様から受け取った。

 

「今の話を聞いて考えが変わった。まあ、お前がシー・タンジニャの他にどんなデートコースを考えてるのかも気になるしな。無駄に不安がっても仕方無いから、お前を信じて待つ事にするよ。だから行ってこい」

 

「……はい! ありがとうございます!」

 

 ついに出発の許可を頂けた俺は、気合いを入れて狩りの身支度に入ろうとする。

 

 すると、寝室の方へ向かってすぐに出て来たご主人様から袋を渡された。

 

「これを持って行け」

 

「あ、ありがとうございます……これは一体?」

 

「今は中を見るな。それはお前が狩りでピンチになった時、きっと役に立つ物だ。だから黙って持って行け」

 

 果たして、狩りで窮地を救う物とは一体なんなのだろうか。袋越しに軽く揉んだ感触は柔らかく、秘薬類が詰まったビンなどでは無さそうだ。

 

 とにかくご主人様から受け取った物である以上、これはいざという時に備えて大切に持っておこう。

 

「ありがとうございますご主人様。では、行ってきます」

 

「ん。気を付けてな」

 

「はい!」

 

 ――――大切な人からの言葉を原動力にして、俺はクエストを受注しに向かう。

 

「…………」

 

「?」

 

(なんだあいつ……)

 

 だが、家を出た途端にこちらを睨んでくる男の姿が目に映った。

 

 

 

 







読了お疲れ様でした! 次話は戦闘描写メインで行く予定です


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