漆黒の英雄モモン様は王国の英雄なんです! (通称:モモです!) (疑似ほにょぺにょこ)
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1章 ヤルダバオト編
1章 王都 ヤルダバオト編-1


小説、アニメ版オーバーロードのヤルダバオト編
エントマが敗退し、ヤルダバオトが来た辺りからの開始となります
そこまでの話はweb小説版とは少し違いますので、web小説版のみ知っておられる方はご注意ください


「良い夜だな」

 

 仰ぎ見る夜空は澄み渡り、雲一つない様相だ。思わず出たこの言葉に不信を抱くものなど皆無だろう。だが寒暖など感じないこの不死の身体が少しだけ肌寒く感じるのは、この城下町──リ・エスティーゼ王国城下町──に漂う不穏な空気のせいだろうか。

 レエブンなる貴族に呼び出され、それから荷物よろしくナーベことプレアデスのナーベラル・ガンマと共に空を運ばれ手持無沙汰にしている私ことモモンは、城下で行われているであろう家臣たちの対八本指への報復を少しばかり心配していた。

いくら人間達が八本指への攻勢を行う場に乗じているとはいえ、だ。

 

(セバスは大丈夫だろうか)

 

 確かツアレといったか、人間のメイド。それを助けるためにセバスは一人で行動を起こしているはずだ。デミウルゴス達は『メイドを助けるのは二の次』だと言及していた。いくらセバスが強いとはいえ、プレイヤーを含む強敵が隠れているかもしれない現状での単独行動は避けて貰いたかったものの、皆の主人たる行動を行わなくてはならない今ではそういった行動をせよと言うわけにもいかず。結局一人でセバスを行かせてしまったのだ。

 

(あれは…?)

 

 ふと夜空に場違いなものが見えた気がした。いや、人間ではない今『見えた』ということは『間違いなく見えている』ということ。偶然でも幻覚でも空想でもなく。

 あれはエントマの移動用の蟲だ。間違いない。

 だがあんな目立つ大型の蟲をデミウルゴスが不用意に使わせるとは思えず目を凝らせば、どうやらエントマはぐったりとしているようで蟲に運ばれて撤退しているようだった。

 

(エントマが死んだ?いや、死んだのであれば蟲使いとしての能力が発揮されるわけはないだろう)

 

だとすれば、何者かの強敵との戦闘を行って敗退したという事なのだろう。だがあの大型の蟲で移動するなどただの的でしかない。それでもなおそれで移動しているという事は、転移阻害系の魔法なりスキルなりで妨害されているという事。そして的にされていないという事は…

 

「どうされました、モモンさ──ん」

 

相変わらず妙な癖(まず間違いなく様付けしようとしてしまい、無理矢理修正したのだろう)のある呼び方で隣に座っているナーベが話しかけてくる。

 

「……どうやらあそこで戦闘が行われているようだ」

 

 フローティングボードで自分たちを運んでいる二人の魔法使い達がいるため、『重症のエントマが見えた』とは言えず、飛び立ったであろう付近を指さし立ち上がった。完全に偶然だったのだが、指を指した瞬間に眩い魔法の光が上がるのが見えた。

 恐らくそこにエントマを撃退させた強敵が居るということなのか。ならばここで始末しておくべきかどうかを決めなくてはならない。

 

「先に行く。ナーベは彼らを安全な場所へ誘導した後に来るんだ」

「はっ!」

 

 レエブンという貴族の息のかかった二人の魔法使いに始末する様を見せるわけにはいかない。今の私はアインズ・ウール・ゴウンではなく、漆黒の英雄モモンなのだ。

 英雄に必要なのは醜聞ではない。弱者を助け、悪者を倒す必要がある。故に見せられない。

 それを感じ取ってくれた──の、かは分からないがナーベの短い了承の言葉と同時にエントマが戦闘を行ったであろう場所へ向かって大きく跳んだ。英雄らしく、格好良くを信条に。

 

(……あれは、デミウルゴスか?)

 

 飛行の魔法を使えない故に跳んだら最後、自由落下する他ない故に重力に身を任せながら落ちているときに特徴的な赤いタキシードのような服と尻尾が見えた。仮面を被ってはいるものの、無二の友たちが作った『子たち』を見間違えるはずもない。

 相対しているのは小さい子供のようだ。恐らく13,4歳くらいだろうか。赤い襤褸のようなフード付きマントを目深に被り、仮面を付けているが故に表情は伺えない。だが仮面を付けたデミウルゴスと相対していること、そして周囲がかなり破壊されていることから察するに、奴がエントマをやったのだろうことは間違いないはずだ。

 とすれば転移系を阻害しているのはデミウルゴスなのだろう。エントマを撃退した奴を逃さないために。

で、あればここでデミウルゴスと共闘し奴を倒すのがアインズ・ウール・ゴウンとして正しいのであろう。で、あろうが……

 

(今の私は漆黒の英雄。モモンだ!)

 

 

 

 

 

 

「……へ?」

 

 ドーン!!!!!と、巨大な音と共に『なにか』が空から降ってきた。奴──ヤルダバオトの魔法やスキルかとも思ったが、どうやら違う。それならば無意識にでも身体は動いてくれただろう。避けられずとも、致命傷を避けるために。

 だが口から出た声はあんまりといえばあんまりなものだった。緊張走る戦闘中に出るはずのない声だった。それもそのはずだ。何せ降った場所には『フルプレートに包まれた人』が立っていたのだから。

 

「私はアダマンタイト級冒険者、モモンだ。そちらは同じくアダマンタイト級冒険者。蒼の薔薇所属のイビルアイ殿とお見受けする。相違ないか?」

「は、はいっ!まちっ…間違いないです!」

 

 なんという大きな背中だろう。通常であれば両手で持たなくてはならないだろう巨大な2本の剣をそれぞれ片手で軽々と持ち、ヤルダバオトに相対するその後ろ姿。なんと頼もしいことか。

 彼ならば奴をなんとかしてくれるのではないかと夢想してしまい、思わず今まで何百年も出したことのないような──まるで恋する生娘のような上擦った声が出てしまっていた。しかも少し噛んでいる。

 

(な、なにをやっているんだ私はぁっ!!)

 

 緊張走る戦場であるというのに思わず両手が仮面で隠れている顔へと伸びてふさいでしまう。恥ずかしいという気持ちが制御できないほどに溢れ出してくる。冷静でないといけないというのに。

 

「お初にお目に掛かります。私はヤルダバオトと申します」

「ヤルダバオト…? そうか」

 

 思わず悶え、のた打ち回りたい私の気持ちなど周囲が待ってくれるはずもなく、漆黒の英雄モモン様と奴──ヤルダバオトは、まるで往年の知り合いであるかのように話していた。とはいえ、友達ではないだろうことは確実だ。彼の剣は常に奴の方を向いており、一瞬でも隙を見せれば一瞬の元に切り伏せるだろうことはまず間違いない。

 

「我々を召喚、使役するマジックアイテムがこの国に流れ着いたと情報を入手しましてね…」

「ほう…」

 

 緊張の走る最中の会話。ああやって奴の情報を入手しているのだろう。流石は超一流冒険者、ということか。馬鹿の一つ覚え宜しく、行き成り切りかかった私達とは大違いだ。

 

「ではどうあっても、我々は敵対するしかないのだな」

「はい、その通りでございます。無論、負けるわけにはいきませんので全力で対応させていただきます」

 

 やはり彼ほどの冒険者でも奴は荷が重いのだろうか。何とか敵対──いや、戦わずに済む方法を模索していたのだろう、だが奴の一言で一気に空気が変わっていった。

 そうだ、荷が重いのは彼ではなく私たちだったのだ。その証拠に彼の気迫は衰えるどころかさらに激しさを増している。

 私達を守るために、だから全力で戦えない。だから戦いを避けようとしてくれたのだ。

 

「はぁっ!!」

 

 私の目を以てしても見えぬほどの高速移動からの斬撃。強いと自負していた自身が一瞬で砕け散ってしまう程に恐ろしく、美しく、何より芸術的ともいえる一撃がヤルダバオトを襲った。

 彼の武技なのだろうか。ただの斬撃のはずなのに、真後ろに居る私にも衝撃波が届くほどに鋭い一撃。奴は流石に私達と戦っていた時のような余裕ぶった雰囲気は一切ない。全力の防御と受け流しでなんとか持ちこたえているといった風だった。

 だが当然その一撃で終わるはずもない。人はここまで逸した動きが出来るのだろうか。そう思う程の連撃をモモン様は続けて行っていく。よくある足を止めての連撃ではない。常に高速に動き回り、常に死角からの一撃。それを連続で、まるで連撃のように放っている。

 正しく、これが英雄たる存在の力というものなのか。そう思えてくるほどに。

 

(がんばって、ももんさま…)

 

 とうに動かなくなったはずの私の心臓から鼓動が聞こえる。錯覚でも良い。私を背に、守りながら戦う彼の姿に、英雄に守られる姫のような思いが溢れてきたとして誰が責めようか。

 

「これはどうですか!悪魔の諸相:触腕の翼」

 

 まるで神人ともいうべき彼の攻撃に、地上では勝てないと思ったのだろう奴は空中へと飛び上がり──

 

「しまっ…!!」

 

 それが奴の攻撃だと気付けなかった。避けることも防ぐことも出来ず、ただ身を丸くするほかなかった。死んだ。そう思った。

 だが、違ったのだ。そう、彼が、英雄たる彼が居てくれた。守ってくれたのだ。

 触手のようにうねるというのに彼の高速の剣戟に弾き飛ばされていくそれらは、まるで金属の様な音と共に弾き飛ばされていく。

 ただの一発もこちらに来ない。まるでスコールのように降り注いでいるというのに。

 

「怪我はないようだな。安心した」

「あのっ、肩に!大丈夫ですかっ!!」

 

 やはり全ては防ぎきれなかったのだろう彼の方には一本の触手がうねりながら突き刺さっていた。だがそれを気にした様子も無く、『問題ない』と容易に抜き、捨てる。

 全て。そう、全てだ。彼の全てが素敵過ぎた。

 

「お見事です。彼女たちを無傷で守り切るとは……このヤルダバオト。惜しみない称賛を送らせていただきます」

 

 思わず顔に手をやると、まるでファイアボールの直撃でも受けたかのように顔を覆う仮面が熱くなっている。止まっているはずの心臓がドクンと高鳴る。

 

「ひゃうっ!?」

 

 さっきから自分の声がおかしい。身体がおかしい。まるで自分のものではないかのように自由に、十全に動けない。今だってそうだ。ただ彼に抱きしめられただけ──抱きしめられた?

 

(あぁ、世界中の吟遊詩人たちよ!恋する乙女たちよ!私はただの夢物語だと笑っていた!)

 

片手で軽々と抱き上げられたその様は、正しく。そう、正しく

 

(本当の騎士様って、こうやってお姫様を抱き守りながら戦うんだぁ…)

 

 私は今、騎士に守られる姫であった。

 そしてさらに戦闘は苛烈を極めていく、そう思ったときだった。

 

「さて、私はそろそろお暇させて頂きます」

「逃げるのか?」

 

 奴は逃げ始めたのだ。流石の彼でも私を守りながらでは追えないのだろう、奴との距離はどんどん開いていく。

 

「えぇ、貴方程の方に勝つには少々手が込みそうですし、私の目的とは違いますからね。今から私の探すマジックアイテムがあるであろう場所を中心として炎で包み込みます。その中に入ってくるというのであれば、煉獄の炎が貴方がたをあの世に送ることを約束しましょう」

 

そう奴が言うが早いか、既に奴の姿は月の光の中に消えて行っていた。



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1章 王都 ヤルダバオト編ー2

(やってしまった……)

 

 思わずノリと勢いだけでデミウル──じゃない、ヤルダバオトと戦ってしまった。なんとか怪我はさせていないし、彼女──イビルアイさんにも不審がられていないのは僥倖といえよう。

 ヤルダバオトが王国を炎で包み込む『らしい』がそんな話は当然私、アインズ・ウール・ゴウンの耳には入ってない。まぁ当然と言えば当然か。全てデミウルゴスに一任すると言って丸投げしてしまったのだから。

 デミウルゴスとほんの少しだが話せた。悪魔系モンスターを大量に召喚するマジックアイテム(恐らくデミウルゴスが用意したものだろう)を探しに来たこと。それを探すために王都を炎(恐らく本当の炎ではなくフィールドエフェクトの類だろう)で包み込むこと。

 デミウ──ヤルダバオトが撤退してもう一時間は経つというのに、なんとか無い頭を絞って分かったのはそれだけだった。

 魔法使い二人は避難させたのだろうナーベは何も言わずに俺の隣で待機したまま微動だにせず、イビルアイさんは死んだ仲間二人を抱えて近くで並べ寝かせていた。

 

(これからどうしよう…)

 

 まず間違いなくデミウルゴスの主目的はマジックアイテムを手に入れる事ではない。『あの』ウルベルトさんに作られたデミウルゴスがそんな簡単に見通せるレベルの頭であるはずがない。自分では理解できない大掛かりな主目的があるはずなのだ。漆黒の英雄であるモモンの名声を高めると同時に『なにか』をしているはずなのだ。

 だがそれが分からない。そしてそれを聞くことが『できない』。何故だか全くわからないけど、デミウルゴスは俺のことを『千里を見通すほどの智謀の持ち主』だと思っているのだ。つまり、当然自分の考えなど100%御見通しだと、その前提で動いているのだ。

 

(無茶振りが過ぎるよ、まったく…)

 

 なら同じくよく分かってないだろう隣に居るナーベに間接的に聞いてもらってサポートに回ってもらうほかないわけで。そう考えながらイビルアイさんと情報のすり合わせを俺達は行っていた。

 

 

 

 

「──それで、蟲のメイドを何とか倒そうとしていた所に奴が、ヤルダバオトが来たんです」

「くきっ──」

 

…今、出てはいけない声(音?)がナーベの方から聞こえた。俺は事前にエントマの状態を見ていたのでそうなかったが──そうだ、ナーベにまだ伝えていなかった。急いで伝えなければ、折角生かしておいた彼女がミンチになりかねない。

 

「それで、その──蟲のメイドは倒せたのですか?」

「いえ、あと一歩のところで取り逃がしてしまいました…」

 

 死んで無いと言及させたところで『ゴホン』と咳を一つ。これで何とか気付いてくれたのだろう、ナーベの怒気が萎む。全く、危ない所である。エントマは家族とも言うべき存在だが、漆黒の英雄モモンのパーティにとってそれは違う。殺したいほど憎い相手にも殺気を包み隠して笑顔を見せねばならぬのだ。

 

「必要以上に追い詰めたが故にヤルダバオトは本気になったのではないですか?」

「要らぬ虎の尻尾を踏んだ、ということですか。ですが、私は──私達の行動は間違ってないはずです」

 

 それとなく次にメイドたちを見ても見逃してねって誘導しようとするも、頑なに首を縦に振ってくれない。中々に頑固である。食べたのは善人でも街人でも冒険者でもなく悪人だろうに。

 悪は断ずると切り殺す存在である冒険者が悪人を食うものを断ずる。この意識の齟齬は如何ともし難い。いずれ叶えようと思っていた目的のためにも。

 

「それで、その──ナーベさんはどうかしましたか?」

「っ!──あぁ、我々の恥部とも言うべき話なのであまり話せないのですが、貴方になら少しは話しても良いでしょう」

 

 『あ?ふざけんなよ、コラ?』という殺気ガン増しで放っている──流石にイビルアイさんに向けてではないが──ナーベを不審に思ったのだろう彼女は、少し頭を傾げて聞いてきた。

間違いなく疑っている。この不信を払拭するには…

 

 

 

 

「あの蟲のメイドに家族をっ!?」

「えぇ…」

 

 彼、モモン様が重い口をあけて、それでもかなりゆっくりと話してくれたものは想像を絶するものだった。それは、彼女──ナーベさんの母親と姉があの蟲のメイドに目の前で喰い殺されたというもの、それはつまり…

 

「やはり少し不思議に思っていましたが…モモン様はあのヤルダバオトと会ったことがあったのですね」

「え!? あ、はい。そうなんです」

 

 今までの余裕のある雰囲気がほんの一瞬だけ霧散し、素の彼が見えた気がする。そう、やはり彼は一度ヤルダバオトと対峙していたのだ。でも、あの素っ頓狂な上擦った声が可愛いと思えてしまうのは、彼に懸想しているからなのだろうか。恋する乙女は盲目だという話はよく聞くが、まさか自分にまでそれが起こるとは思いもよらないものである。

 余程話しづらいことなのだろう、拙い──本当に拙い、間違いなく彼の心の声だと思える話。

 モモン様の生まれた国にヤルダバオトが現れ、何もできずに滅ぼされた話。確かにそれは、おいそれと他人に話せるような軽い話では無かった。その話を私は無理矢理聞き出してしまったのだ。

 だというのに、私の心は軽くなる。彼の姿がよりはっきりと映り、心に触れることが出来たのだから。

 

「すみません、ナーベと話がありますので少し離れます」

「あ、はい…」

 

少し…いや、初対面の人が見ても分かるほどに気落ちした彼。それを引き出してしまったことに強い罪悪感があるはずなのに…

 

(あぁ、なんて私は醜いのだ…)

 

それを遥かに勝る優越感が私の心を支配していた。

 

 

 

 

 

 

「ここまで離れればいいか。念の為に…よし…」

 

 こちらの会話が聞こえない様に離れ、マジックアイテムを使って声が漏れないように対策を行う。思わず気が抜けてため息が漏れそうになるのをぐっと堪えた。

 不審に思った彼女に必死に話を作ったのだが、成功したのだろうか。遠くから見る彼女は物凄く嬉しそうだ。そんなに嬉しくなる話だったのだろうか、それともあまりにも稚拙で滑稽な作り話だったと笑っているのだろうか。今は存在しない胃がキリキリと痛む。

 ナーベも流石に自分の失態に気付いたのだろう、辛そうに下を向いている。

 

「申し訳ありません、モモン様。あのような失態を…」

「よい。お前にエントマが怪我したことを伝えきれなかった私の失態でもある。故にお前の失態を許そう」

 

 そう、あの場でナーベが怒りを抑えきれなかったのは俺が伝えられなかったせいなのだから。

 

「しかし、なぜあのような話を作られたのですか? かなり壮大だったようですが」

「えっ!? あ…ゴホン! なに、少しばかり予想も入っているが故に話せんが、計画通りなのだ」

 

 まさか土壇場で作りましたなんて言えるはずもなく、あるはずもない計画の一部となってしまった。杜撰で壮大過ぎるあの話が。アルベドやデミウルゴスに丸投げしたらどうにかしてくれるだろうか、なんて会社の上司としては最低最悪な現実逃避をしながら『流石は至高の御君です!』と目をキラッキラッさせるナーベに『うむ』と鷹揚に頷いた。時が経てば忘れてくれるといいな、と思いながら。

 

「ではナーベよ、デミウルゴスと情報のすり合わせを行うのだ。全ては私の手の内にあるが、精密機械というものは小さな歯車一つで狂い、全てがご破算となるもの。密に情報を手に入れた方がこちらも大胆に動けるからな」

「はっ!では直ちに」

 

 デミウルゴスのことだモモンとして敵対したことで計画を止められる可能性を考えただろう。だからあのマジックアイテムの話をしたはずだ。あれは好きに止めていいですよという意味なのだろう。たぶん。止めないでねってことではないはずだ、きっと。

 

「お待たせしました──それは?」

「あ、これは腐敗を抑制するマジックアイテムなんです。私達のリーダーであるラキュースが復活魔法──信仰系第五位階魔法《レイズデッド/復活》を扱えますので保護しているんです」

 

 デミウルゴスと話しているナーベを置いて(流石に《メッセージ/伝言》で話している所を見られるわけにはいかないので、背中を向けて屈んで貰っている。これで悲しんでいる風に見えるだろう)イビルアイさんの所に戻れば、死んだ仲間を白い布で巻いているようだった。そもそも腐るという概念の無いユグドラシルでは無かったアイテムだ。しかし信仰系第五位階の魔法を使える人物か。第三階位魔法が最大と聞いていたがやはり『一般的には』という前置詞がついたわけだ。確かセバス達の情報ではイビルアイは第四だか第五だか辺りまで使えるはずだし。ナーベも第五位階魔法まで使えるという設定の方が良かっただろうか。

 

「なるほど、そのリーダー──ラキュースさんと話せますか」

「なんでぇっ!?」

 

 軽い気持ちで聞いたつもりだったのに、まるで天地がひっくり返ったような驚いた叫びが彼女の口から噴き出した。やはり復活魔法を使える人物ともなればおいそれと余所者を近づかせたくないのだろうか。

 突然後ろを振り向いてぶつぶつ言いだした彼女になぜだか少し寒気がする。何を喋っているのかは小さすぎて分からないが、もしかするとこれは彼女のスキルで、そのラキュースという人に注意喚起をしているとすれば…

 

「イビルアイさん! そういえばですね!」

「ひゃいっ!? え、近っ! 顔近っ!? え、わたっ──わたっ──」

 

 まずはスキルを止める必要があると彼女の肩を掴み、軽く持ち上げて一気に半回転させてこちらを向かせた。一瞬の事なので、いきなり視界いっぱいに俺の顔──じゃなくて、ヘルムが映って驚いたのだろう。軽いパニックを起こしていた。だが、それが狙いなのだ。ここで話の転換をし、一気に有耶無耶にするのだ。

 

「そう…そう! 気になったのですが、あの蟲のメイドはどうやって撃退したのですか」

「あの、私も──へ? あ、あぁ!! それはですね、私のオリジナル魔法なんです」

 

 ほう、と思わず感心した声が漏れた。ユグドラシルでは決まった魔法しかなかったのだ。いくら世界が違うとはいえ、ユグドラシルの魔法を使っているこの世界でオリジナル魔法を作り出すなどそうそうできるものではないだろう。難度的には瞬間的に第九、いや第十位階魔法に匹敵する魔法なのだろうか。この情報だけでも彼女を殺さずにおいた価値が大きいというものだ。

 この世界にある武技というスキル。そしてオリジナル魔法。どちらもユグドラシルには無い物。いずれは彼女をナザリック地下大墳墓に『味方として』招待できるようにしたいものだ。

 しかし彼女は人間。どうにか異形の者に対する偏見を削ってもらう事が第一か。

 

「大したものですね。やはりかなり高位の魔法なんですか?」

「え? あぁ、いえいえ! 位階に合わせるなら第四位ですよ。見ていてください 《ヴァーミンベイン/蟲殺し》!」

 

 彼女の魔法が発動する。すると天割き地を割り…なんてことも起こること無く、隕石が降ってくることも無い。なんだこれは。ただ白い霧を発生させるだけなのか。視界を奪うだけ?え?

 触ってみても何も変化が無い。無効化した感じもないので状態異常系でもないだろう。

 

「すみません──これは一体?」

「あ、あは…これは蟲を殺すだけの魔法です」

「──蟲を殺す?」

 

 流石に俺の落胆ぶりに気落ちしたのか、口早に効果を教えてくれる。なるほど、である。蟲専用の魔法だったわけだ。つまるところ殺虫剤を噴射する魔法なのだ。

 

「二百年前の魔神の中に蟲の魔神が居まして、その時に取り巻きの蟲を殺すために作りだしたんです。杜撰な魔法故に心苦しいのですが、蟲のみに特化し、それ以外の生物には一切効果が無いんです。ちょっと臭く感じるくらいでしょうか」

「なるほど。特化故に使い所によっては凄まじい効果を発揮してくれるわけですね。杜撰なんてとんでもない。素晴らしい魔法ですよ、えぇ」

 

 幽霊の正体見たり枯れ尾花、といったとこである。がっかりも甚だしい。だが、敵に回せば凄まじく面倒くさい。エントマや恐怖公ならば一方的に蹂躙できるのだ。それも第四位階魔法で。第四であるが故に連射も効くだろう。無限に呼び出せる恐怖公の利点も一切効かない。

 殺すか、引き込むか。出来れば引き込みたいものだ。プレイヤーの中にも蟲が居るだろうから。

 そう思ってそっと彼女の両手を包み込むように握ったら、痛かったのだろうか『あばばば』とよくわからない声を出して震えている。すぐ手を離したらまたくるりと後ろを向かれてしまった。

 『ふひょひょへうぇひひひ』と、何かのスキルか詠唱なのだろうか。それとも何かの暗号か。使わせるわけには。

 

「はっひょう!?」

 

もう一度こちらを向かせたつもりだったのだが、勢い余ったせいで彼女はバランスを崩し思い切り俺のプレートメイルに顔面──いや、仮面を打ち付けていた。だが逃がすわけにはいかない。とりあえず逃がさず落ち着かせるために腕を回して、さてどうするか。

 

「モモンさ──ん、その大虫<ガガンボ>を気絶させてどうされるのですか?」

「ん? ナーベか。もう大丈夫か?これはだな──え、気絶?」

 

 『きゅう…』と小さい声を出しながら俺の腕の中で気絶しているようだ。余程打ちどころが悪かったのだろう。激しい動きでも外れなかった仮面が外れて素顔が少し見えている。

 幼さの強く残る少女の顔。しかしここまで本当に幼いとは思わなかった。精々小さい熟女程度なのかと思っていたのだが、若くして第四位階のオリジナル魔法を使えるように──いやまて。先ほど彼女は何と言った。

 

「ナーベよ、もしや彼女は人間ではないのではないか」

 



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1章 王都 ヤルダバオト編ー3

「う…あ…」

 

 何が起きたのだろう。ぼうっとする頭のままゆっくりと目を開ける。 夢。そう、夢か。私は今ベッドにもぐりこんで夢を見ているのか。温かい毛布に包まれ、夢の中でモモン様に抱かれる。そんな夢を。

 

「気が付いたようですね。気絶したようで、心配しましたよ」

「わたし…きぜ…気絶っ!?」

 

 まるで弾かれたように私は跳び起きた。夢ではなかったのだ。私は気絶して彼に介抱されていたわけだ。

 背中に感じたあの硬い感触は彼のフルプレートメイルだったということか。離れたことで彼の温もりが消えた気がして少し寂しい感じもあるが、そんなものは消し飛んでしまう程に気恥ずかしかった。

 何せ…

 

「す、すみませっ…! あの、わたっ…私、貴方の様な素敵な方に抱かれるなんて経験が無くて…」

 

 って何を口走っているのだ私は!?

 だって仕方ないじゃないか。彼は強く──そう、私よりもずっと強大で格好良くて、素敵な人なのだから!

 そんな私の気持ちなど知らぬとばかりに、舞い上がる私とは真逆に。彼は冷静に口にする。

 私にとって、絶対に知られたくなかった事を。

 

「その、イビルアイさんは、異形の者──ヴァンパイアだったのですね」

「っ!? な、なん…って…え、指輪!?」

 

 急いで指にはめているはずのマジックアイテム──私がアンデッドであることを隠すためのアイテムを探す。だが、無い。あるはずの者は指にはまっていなかった。

 

「あ、あぁ…か、仮面も!」

 

 何とか身を隠そうと顔を触るも、そこにあるのは慣れ親しんだ仮面ではなく皮膚の感触。顔を見られたのだ。彼に。私がアンデッドであることが…

 

「い、いや…いやぁ…なんっ…なんでぇ!!」

「落ち着いてください、イビルアイさん」

 

 いやだ。いやだいやだ。逃げたい離れたい。王国を飛び出して遠くへ行きたい。何もかも捨てて世界の隅で小さく縮こまってそのまま消え去りたい。彼に嫌われるくらいなら今この場でこの身を消し去ってやりたい。

 そう思いながら逃げようとするのに一向に彼との距離は離れない。逃げれない。逃げれるわけがない。

 彼の腕が、私を離してくれないのだ。

 

「イビルアイさん、私は貴方がアンデッドだとしても何も悪感情は──いえむしろ、貴方のことが知れてうれしく思っているのですよ」

「ほん…とう…?」

 

 彼は私がアンデッドでも拒絶しない?私の正体が知れて嬉しい?何故?そんな沢山の疑問が嬉しいという感情に押し流されていく。

 ゆっくりと彼の鎧に指を這わせる。彼は拒絶しない。それどころか私の顔に手を添え、優しく涙をぬぐってくれた。

 

「えぇ、勿論です。だって私は…」

「あー、やっと見つけたわ! こんなところに居たのね!」

「え、り…リーダー?」

 

 彼は何と言おうとしたのだろうか。しかし招かざる闖入者のせいで、もう聞く術はない。なぜラキュースはこんなところに空気を読まずに来たのだ。そう思いながら、今の瞬間までガガーラン達が死んでいたことを忘れている自分に気付いてしまった。

 

(私は、蒼の薔薇の皆よりも、彼のことが大事──ということなのか)

 

 ラキュースが居るのは彼の後ろ。私は彼の影に隠れている。さて仮面は、と探す間も無く彼から仮面が渡される。やばい惚れそう。あ、いやもう惚れていた。ベタ惚れと言う奴なのだろう。そして一緒に渡される指輪。──え、指輪?

 

(こ、これって婚約指輪と言う奴なのではーーーー!!!)

 

 教会関係とは真逆の位置に居るはずなのに、私の頭上から祝福の鐘の音が聞こえた気がした。

 あぁ、神の使徒たちよ。今この瞬間だけでも私は神を信じよう。私は闇と影の中に生きる自分を捨てて、光輝く道へと…

 

「どうやらヤルダバオトと戦ったときに壊れたようです。代わりにこれを使って下さい。今まであなたが使っていたものと同じく、アンデッドであることを誤魔化すことが出来るはずです」

「は、はい。ありがとうございます、モモン様っ」

 

 ありがとう、蟲のメイド。ありがとう、ヤルダバオト。あぁ、緩む。顔が緩む。仮面を付けられてよかった。今の顔を彼に見られたら一瞬で冷められただろう事は確実だ。しかし手馴れ過ぎではないだろうか。当然の様に私の左手を取り、当然の様に薬指に指輪をはめてくれたのだ。

 あ、因みにだが──ラキュースの声が聞こえてから彼に指輪を嵌められ、私が立ち上がるまでに1分もかかっていない。本来ならば何時間もかけてやりたいところなのだが、気持ちを切り替えなくては。彼との距離を縮めてくれた感謝すべき相手とはいえ、倒さなくてはならないのだから。

 

「モモンさん、あちらを」

「む、あれは──ゲヘナの炎か」

 

 モモン様は既に気持ちを切り替えられたのだろう。仲間──というより御付きのナーベさんに促され、指す方を見て呟いた。ゲヘナの炎というのは何なのだろうか。彼女が指さした方向には、巨大な炎の壁が立ち昇っていた。だが町が燃えている様子は無く、遠いとはいえ悲鳴も一切聞こえない。面妖極まりないと言う他ないだろう。

 

「モモン様、ゲヘナの炎というのは何なのでしょう?」

「え? あ、うむ。私も詳しくは知らないのだが、確か…」

 

 こちらをジト目で睨みながらも確りとガガーラン達を生き返らせているラキュースを完全に無視しながらモモン様の後に立ち、尋ねる。『あの吟遊詩人たちを鼻で笑っていたイビルアイが恋して変わった』だと?うるさい。恋して変わって何が悪い。数百年ぶりの胸のときめきなんだぞ。

 

「無限に…悪魔を呼び出す…だと…」

「えぇ、恐らくあの炎の外に出ることはないと思いますが──正しくあの中は地獄と化しているでしょうね」

 

 彼から得た情報は想像を絶するものだった。下位とはいえ悪魔を無尽蔵に呼び出す──しかも超巨大超広範囲の結界など聞いたことがない。だが今見ている場景だって見たことがないものだ。当然モモン様が嘘をついているはずもない。とすれば、あの炎を見たのは…

 

「モモン様の居た国でも、あれを使われたのですか…?」

「え、あ…あー…そう!そう、なのだ…」

 

 その時の陰惨な光景が頭に浮かんだのだろうか。彼は明らかに動揺していた。最悪と言うべき光景だろう。一体一体は大したことのない下位の悪魔でも無尽蔵に来られたらどうしようもない。牽き殺されるだけだ。むしろ圧倒的ではない分じわじわと絶望が広がっていく様は、正しく地獄と言うべきだったのだろう。

 

「あの、モモン様…?」

 

 私が考え事をする暇すらなく、彼は一歩踏み出していた。まさか彼は行こうというのか。あの地獄へと。私は彼を止めることは出来ない。恐らく私が居ては彼は全力を出せないのだ。

 まって、行かないで。そう言葉が出そうになる。彼はそれでも止まってくれないだろう。国の、皆の仇が目の前に居るのだ。止まれるはずもない。その先に、死が待っていようとも。

 そんな思いが届いたか、彼はゆっくりとこちらを振り返る。だが、違う。彼は行くために振り返ったのだ。

 

「アダマンタイト級冒険者、モモンが要請する! アダマンタイト級冒険者、青の薔薇の者達よ!」

「は、はい!」

 

 凛とした大きな声。心に、お腹の奥底に響いてくる気持ちのいい声。思わず背筋がピンと伸びてしまうのは彼の覚悟が透けたからだろうか。声は出さずとも、ラキュースの《レイズデッド/復活》によって生き返ったのだろうガガーラン達も息を飲むように彼を見つめている。

 

「民を──罪なき者達を、頼む。守ってやってくれ」

 

 消えゆくほどに小さな声。その声には正しく万感の思いが込められていた。守れなかったモモン様の国の人々と同じ道を決してたどらせない。そんな強い思いが。

 

「アダマンタイト級冒険者。蒼の薔薇のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。その要請、承ったわ」

「同じく蒼の薔薇メンバー、ガガーラン。受けたぜ」

「同じく、ティア。承った」

 

 彼女たちも彼の──モモン様の思いが伝わったのだろう。はっきりとした強い意志が声に込められている。

 大丈夫。大丈夫だよ。モモン様。私が──私達が民を守るから。

 

「同じく、蒼の薔薇所属。イビルアイ──我が名を賭して誓おう」

「ならば後顧の憂いなし! ゆくぞナーベ!」

「はっ!」

 

 がんばれ、ももんさま──って、ちょっと待てぇ!!

 

「え、ちょ! ナーベさん、貴方も行くのか!?」

 

 雰囲気ぶち壊してごめんなさい。だが聞きたい。声を大にして聞きたい。確かにあの蟲のメイドは仇だろうけれど、私と大差ない能力しかない貴方が行ってどうするのだ。

 少し混乱している私を見ながら、恐らく『何言ってんだコイツ』みたいな物凄く冷たい視線を投げつけてくる。それは私がアンデッドだからなのだろうか、雰囲気をぶち壊したからなのだろうか。

 

「貴方が行っても──」

「意味がないわけがないだろう。私が仕えるべき方の傍を離れる等と言う無価値な事をするとでも思っているのか、この大虫<ガガンボ>は」

 

 やばいちょっと泣きそう。私、彼女に何かしたのだろうか。必死に思い返すもほぼ初対面と言う状態ではあまり思いつかないが、無思慮に過去をほじくり返したせいなのだろうか。

 

「私には出来る。貴方には出来ない。それだけよ」

 

 言葉で叩きのめされるというのはここまで気落ちするものなのだろうか。国堕としの名が聞いて呆れる。彼からの希望という名のフォローを求めるも、完全に心が戦闘モードになっているのだろう。『行くぞ』と短い言葉と共に走り去るのを、ただ見送ることしかできなかった。

 

「なにショボくれてんだ。戦いはまだ終わっちゃいねえんだぜ?」

「ガガーラン、もう大丈夫なのか?」

 

 動けぬ私の肩を叩いてくれたのはガガーランだった。今は彼女の気軽さが凄い助かる。 そうだ。私は彼から要請を受けたのだ。民を守ってほしいと。憂いなく全力で戦うために。

 

「とはいえ、私達だけでやるにはちょーっと荷が重いわね。ティアもガガーランもまともに動けないんだし」

「どうするのだ、リーダー」

 

 こういう事態でのリーダーはとても頼りになる。戦う事しか出来ない私には出来ないことだ。

 

「まずはあの炎の壁、及び内部の威力調査ね。漆黒の英雄を疑うわけじゃないけれど、あんなものそうそう見られるものじゃないわ。彼の知り得なかったことも何かわかるかもしれないし」

「了解した。ならば内部は私が探って来よう」

 

 私は彼ほど強くない。だが下位悪魔如きに遅れを取るほど弱くはない。この中で一番強いのは私なのだ。そう思いながら立ち上がるも彼女たちのニヤついた顔が気になり、憮然たる面持ちで彼女達をにらむ。

 

「イビルアイ! 愛しのカレを追っかけるんじゃねえぞ!」

「わ、分かっている! 私は守るとモモン様に誓ったのだ! それを違う事など絶対にあるものか!」

 

 彼を追いかけたいという気持ちが無いわけがない。だが彼と約束したのだ。誓ったのだ。守ると。ならばやる。やれる。国堕としの名が伊達じゃないという事を悪魔たちに思い知らせてやろう。

 

「さぁ、忙しくなるわよ! 王都奪還のため、ヤルダバオト撃退のため、何より民を助けるために。情報を集められるだけ集めて、ラナー達と合流しなくちゃ!」

 

 気合の入ったラキュースの声に私たちは呼応する。

 

 モモン様──がんばって、なんてもう言いません。私は姫じゃないのだから。

 守られるだけの姫なんてもうこりごり。

 私は戦う。モモン様と一緒に。

 

「見てろヤルダバオト! 次に会ったときには目に物を見せてくれる!!」

「だから偵察だっていってんだろ! 突っ込みすぎるんじゃねーぞ!」

「い、言われずともわかっている!!」

 

 だから、貴方の傍に居させてください。



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1章 王都 ヤルダバオト編ー4

「マーレ、隠蔽の結界の状況は? シャルティア、来ているのはアインズ様達だけなのだね?」

「は、はい。結界、問題なく作動してます」

「周囲にはどなたも居りんせん。 来ているのはアインズ様達だけのようでありんすね」

 

 炎の結界──アインズ様のお言葉をお借りするとするならば、ゲヘナの結界──その中心に隠蔽の魔法を掛けながら周囲を警戒する。シャルティアの対生物用の感知能力はずば抜けているので、周囲に居ないことはまず間違いないだろう。非生物──アンデッドであるならばこの結界内部は私の身体の中の様なものなので私が感知できる。つまり、こちらに向かってきているのはアインズ様とナーベラル・ガンマのみとなる。

 

「この小さな豚小屋では至高の御方をお迎えする場所には些か不向きではありますが、仕方ありません。このままお迎えしましょう」

 

 この倉庫区域で最も大きい家を見繕ったつもりだったが、それでも大部屋位の広さしかない。質素どころか劣悪極まりない環境ではあるものの、何よりも時間が無い。今回ばかりは目を瞑って頂き、他の部分で挽回するしかないだろう。そう思いながら私は小さくため息をついた。

 

「しかし、なんで アインズ様は人間達を集めて来なかったのでしょうかぇ? 今回の作戦では、漆黒の英雄の名を広げるためといわすのがあったのではありんせんか?」

「確かに観客は必要だよ。だけどそれに関してはあの──イビルアイ、だったかな。彼女を含む蒼の薔薇の人達が上手くやってくれているようだ。そして人間達がここに集まる前に…」

「情報のすり合わせをしようと思ってな」

 

 ベストタイミングでアインズ様が部屋に入って来られた。まるで部屋の前で待機し、入るタイミングを計っていたかのようだ。しかしアインズ様ともあろう方がそんなことをするはずもなく、本当に丁度良い──恐らく、こちらが話しているだろうことを予測して走る速度を変えられていたのだろう──タイミングであった。

 

「さてデミウルゴス。始めようか」

「はい、まずは直接情報をお話させて頂きたいというこちらの要望を飲んで頂き、しかもわざわざ時間を作って頂きまして。このデミウルゴス、感激の至りに御座います」

 

 向かいの椅子に座られ、促されるアインズ様にまず始めるはアインズ様への感謝の言葉。本来ならばこのような時間のない時に至高の御方を煩わせるなど以ての外ではあるものの、まるで精密機械の様だと言って下さった私の計画、そしてアインズ様ご自身の計画に不備が無いようにせねばならず。こうやって時間を取るほかないと選択してしまったのだ。

 全く不甲斐ない。アインズ様ならば私の計画など殆ど理解されているでしょうに。私ときたらアインズ様の計画のほんの半分程度しか予想することが出来なかったのだから。

 

 

 

 

 

 

「では私の計画の全貌をお話いたします」

 

 そう言って始めたデミウルゴスの話──計画は想像すらもつかないほど壮大なものだった。

 まず、六腕への攻撃のカモフラージュ。これはこちらの存在をプレイヤーを含む強者たちに悟られない様ぼかすためというのが大きい。そしてこの区域の金品の奪取。これは嬉しい。ナザリックのお金は出来るだけナザリックのために使いたかったので、個人的に動きたいときはモモンとして稼いだ金で何とかやりくりしていたのだ。貧乏に喘ぐ必要がなくなるのは大きいだろう。そして…

 

「人間達の拉致か」

「はい、前回のリザードマンたちは保護する方向となりましたので、実験や材料等が少々不足しております。それを補える良い機会かと」

 

 人間を拉致して実験と材料、か。アンデッドになって暫く経ち、人間への関心は精々テレビの中に移る人達へ向ける程度のものだ。しかし面と向かって材料にするというのは、どうなのだろうかと思う自分も居るのだ。なけなしの、俺の人間の部分と言うべきなのだろうか。それを無くして、俺は俺で居られるのだろうか。

 

「デミウルゴス、実験等苦痛を与えるものは犯罪者等を中心に行え。ナザリック──アインズ・ウール・ゴウンに対し悪意を持たぬ者には苦痛なき、安らかな死を与えよ。よいな」

「おぉ、なんと慈悲深きお言葉…必ずや、そのお言葉に沿うように致します」

「うむ、それと…だ」

 

 ゴソゴソとアイテムボックスからあるものを取り出す。かつてユグドラシルでウルベルトさんがとあるワールドアイテムを真似て作り上げたものだ。とはいえ、俺が持っているのは失敗作の方。恐らくデミウルゴスは完成品──と言っていいのかは微妙だが──を持っているはずだ。

 

「これは…もしやウルベルト様のっ!?」

「あぁ、それの失敗作だな。第十位階魔法《アーマゲドン・イビル/最終戦争・悪》を玉一つ一つに込めて作り上げたもの、それの試作ともいうべきものだ」

 

 完成品は玉を6つ持っているが、これは3つ。効果も半分しかないネタアイテムだ。

 ウルベルトさんに貰ったはいいものの使う間もなく、捨てることも出来ず、倉庫の肥やしとなっていたもの。ウルベルトさんもネタに使われるより、こういったときに使った方がきっと喜ぶだろう。だがデミウルゴスは徐に立ち上がり、『いけません!』と拒絶してきた。

 

「良いのだデミウルゴスよ。お前が持つであろう、ウルベルトさんの完成品とは比べるべくもない些末なものだ。私にとっては精々祭りに使う程度の価値しかない。それに、ウルベルトさんもこういったときに使って貰う方が本望というものだろう」

 

ですが、しかしと言い続けるデミウルゴスに押し付ける。決めた。そう決めたのだ。使え、デミウルゴスよ。

 

「至高の御君の所有物をこんな杜撰な計画に使うなど、いけません!」

「私のでなければよいのだろう? ならば、それは今からお前のものだ。 私によく尽くしてくれる、そのお前の忠義に対するものとして与える。好きに使え。」

 

 余程嬉しかったのだろうか。捨てるに捨てきれなかったゴミに近いものなのだが、受け取ったデミウルゴスは大事そうに抱え、涙声で震えながら感謝の言葉を何度も口にしていた。もしかして飴とかでも喜ぶのだろうか。今度コキュートス辺りに試してみようか。そんな仕様もない事が頭に浮かんでしまった。

 デミウルゴスが落ち着くのを待ってから次の話へと移ろう。俺の壮大なウソ話をどこまで真実らしく飾ってくれるか楽しみだ。

 

「では、次に私の計画の話なのだが」

「はい、漆黒の英雄モモンが──実は故国の王子であった。という話ですね」

 

 え?王子?どこから来たのだ。思わずきょとんとしてしまう。適当に滅んだ国の兵士とかその辺りのつもりだったのだが、いつの間にか王子にされていた。何を言っているのだろうか、デミウルゴスは。

 しかし俺の乏しい想像──否、妄想では穴だらけの杜撰な話にしかならない。ここは乗る他ないだろう。

 

「確か、ヤルダバオトに国を攻撃され、ナーベラルの家族はエントマに喰い殺されたのでしたね」

「あぁ、そしてヤルダバオトに殺されたモモンはアインズ・ウール・ゴウンに会うことになる」

「…なるほど、そうか!そういうことでしたか」

 

 流石デミウルゴス。全力で称賛を送りたい。一気にバックストーリーを作り上げてくれたようだ。どうしてこんなに優秀な部下に思慮深き──なんて言われるのだろうか。

 

「流石はデミウルゴスだな。もう私の計画の全容に気付いたか」

「いえいえ、アインズ様がこれだけヒントを並べて頂いたからこそです」

 

 全力拍手を送りたいのになぜ『あなたのお蔭です』と感謝されるのだろうか。適当に『こんな感じで』と言っただけなのに。そもそもアインズ・ウール・ゴウンに会う事にしたのは、俺が同一人物だからだ。つまりモモンとして知っていることをアインズが知っていておかしくないように、と。口を滑らせたときに『あ、実は知り合いだったんですよ。いや参ったね!』と言い訳出来るようにしたかったためだ。

 

「あの、二人の話が全く分かりんせんでありんす。私にも分かるように話してくれんせんかぇ?」

「ふむ、デミウルゴス。話してやれ」

「はっ! では僭越ながら──」

 

 お願い、デミウルゴス先生!分からない人たちに教えてあげてください、俺も含めて!

 情けないことこの上ないが、口に出さず顔にも出さず、鷹揚に促す。がんばれ、デミウルゴス。

 

「それでは僭越ながら、アインズ様が作られた計画──バックストーリーを話させて頂きます」

 

 身振り手振りを加えながらデミウルゴスの壮大な話が始まる。壮大で、緻密な計画の話が。ペロロンチーノさんの様に『さすデミ!』とか言った方が良いのだろうか。

 

「はるか昔。今から1000年以上昔の話。この地にはかつて繁栄を極めた国がありました。その国の王子が漆黒の英雄ことモモン──モモンガというそれは美しい王子が居ました」

「ブッ!?」

 

 自分のフルネームである『モモンガ』の名が出て思わず吹いてしまう。しかし周りはデミウルゴスの言葉に聞き入っていたのだろう、喋るデミウルゴスを含めて誰も気づかなかったのは僥倖である。

 

「王子の傍付きのメイドであるナーベと、近衛騎士でありナーベの姉であるユリがいました」

「わたし…ですか?」

 

 デミウルゴスに指をさされたユリ・アルファが不思議そうに首を傾げる。俺も傾げたい。なぜユリ・アルファなのだろうか。確かに彼女は人間ぽく見えるが、他にも理由があるのだろうか。

 デミウルゴスがドヤ顔でこちらに視線を送ってきたので、鷹揚に頷いた。デミウルゴスは嬉しそうに続けていく。そうか、ナーベの姉はユリだったのか。忘れない様にしよう。

 

「そして、王子モモンガ様には愛すべき婚約者が!」

 

 周囲から『おぉ!』と声が上がる。婚約者も居たのか、その王子。うらやまけしからんな。俺なんてずっと独り身だったというのに。

 

「だ、誰! その婚約者とは誰でありんす!?」

「残念ながら君じゃないんだ、シャルティア。そう、婚約者は──」

 

 溜めるデミウルゴス。ノリノリだな、デミウルゴス。そんなに時間あったのだろうか。時計が無いため少し心配になったがきっと大丈夫なのだろう。恐らくだが、今頃集まって話し合いなどしてるはずだ。そして『そんな悠長なことしている場合じゃない!』とかイビルアイが言っている気がする。きっと気のせいだろうけれど。

 

「公爵家の──すみませんアインズ様。公爵家の名前は流石に予測出来ませんでしたが、何と言う家名なのでしょうか」

「あー…──レエブン──」

「ありがとうございます。レエブン公爵家の一人娘、アルベド──アルベディア姫です」

 

 再び『おぉ!』と声が上がる。そうかー。アルベド──アルベディア姫は王子の婚約者だったかー。羨ましいなモモンガ。今度見つけたら一発殴ってやろう。きっとそのモモンガってのは俺ではなく同じ名前の他人だ。いやまて、そうすると俺と同じ名前の他人がかつてアルベドの婚約者だったということになるのか。俺の目の黒いうちは結婚なんて許さんぞ。タブラさんに代わって断固反対してやる!

 しかし──レエブンって思わず言ってしまった。何せ知っている貴族の家名ってレエブンか、この国のヴァイセルフくらいだもんな、知ってるの。まあ千年くらい前の話って言ってるし時効だろう。

 

「婚約し結婚を控えた二人。しかしその幸せを引き裂く魔の手が! そう、ヤルダバオトが国にメイド達を従えて攻めてきたのです!」

 

 そこかしこから『ゆるせんヤルダバオト』等と声が聞こえてくる。いつの間にここは吟遊詩人の公演場となったのだろう。

 

「炎結界であるゲヘナを使い、大量の悪魔を召喚、使役するヤルダバオトに国の民も兵士も無残に倒され、エントマ──蟲メイドのヴァシリッサにユリとその母をナーベは目の前で殺され、喰われ──絶望に染め上げられながら、自身も生きたまま喰われてしまいました…」

 

 演説上手いな、デミウルゴス。感情が凄い入っている。これは彼自身のスキルのお蔭か、ウルベルトさんによる設定なのか。プレアデスの何人かが涙と共に『ナーベ可哀そう』と呟いている。

 

「絶望に苛まれながらも、果敢にヤルダバオトに挑むモモンガ王子! しかし戦いの末、アルベディア姫を人質に取られ、ついに王子は姫とともに命を落としてしまったのです──」

 

 『おぉ、なんという悲劇か!』って、デミウルゴス…感情移入し過ぎだ。もう少し淡々と話すと思っていたのに、今はもうオペラの様になっている。隠匿結界を張って居なければ、デミウルゴスの声がそとまで駄々漏れだったに違いない。

 

「愛するものを、仕えるものを、国を、そして自身を殺された王子。そこに現れる我らがアインズ・ウール・ゴウン様!」

 

 『きゃー』と黄色い声援が上がる。実は俺の見えない所にパンドラズ・アクターが居て、俺の姿でポーズを決めてたりするのではないかと思わず周囲を見回すが居ないようだ。

 

「あ、アインズ様。パンドラズ・アクターならばモモンの姿に化けてもらい、人間達の動向を探ってもらっていますよ。こほん──」

 

 流石だなデミウルゴス。もう『さすデミ』と呼んでも許されるのではないだろうか。長々と吟遊詩人宜しく、オペラ宜しくやっていたのはこういった絡繰だったわけだ。ナザリックはアルベドとデミウルゴスの頭脳のお蔭で成り立っています。頭が下がる思いである。

 

「アインズ様は王子に取引を行います。ヤルダバオトに奪われたメイド──マシンメイドシーゼット、蟲メイドヴァシリッサ──達を、そして妻であるシャルティアを奪い返す事」

「いよっしゃぁ!!!」

 

 へぇ、アインズって人の奥さんはシャルティアなのか。いつの間に結婚したんだろう、アインズって人。シャルティアがガッツポーズしながら嬉しそうにしているけれど、そのアインズっていう多分というか間違いなく俺じゃないそのアインズっていう人に、ペロロンチーノさんの代わりに殴らないと。くそ羨ましいな、モモンガ王子にアインズって人。

 あぁ、そうやって現実逃避していたい…

 

「しかし人の身で強大な悪魔を倒すのは困難です。故にアインズ様達はあえなく異形の者──アルベディア姫は悪魔アルベドに、ユリはデュラハンのユリ・アルファに、モモンガ王子はスケルトンのモモン・ザ・ダークナイト──となったわけです」

「──私はどうなったのですか?」

 

 今名前の挙がらなかったナーベラルがきょとんとしながら手を上げた。そうだ、デミウルゴス。当然忘れていたわけではないだろう。きっと凄い理由があるのだろう。私にはわからないが。分からないからその『分かっていますよね』って視線送らないでくれませんか。と、いうかまだあの恥ずかしい名前を憶えていたのか、デミウルゴス。いい加減忘れてくれないだろうか。私の黒歴史だというのに。

 

「ここが一つの肝なのです。ナーベラルはナーベであるときに第三階位魔法までしか使ってはならないとなっていましたね」

「えぇ、アインズ様よりそうしろと」

「そう、それです。生前の…人間であった時の貴方は第三階位魔法までしか扱えなかった。だから英雄モモンは今のナーベが第三階位魔法までしか使えないと思っているわけです。不死の力を持つ人間であるとモモンは勘違いをし、ナーベ自身も実はドッペルゲンガーのナーベラル・ガンマであること、第八位階魔法を扱える強力なマジックキャスターであることを隠しているわけです」

 

 なるほど。と頷く。このバックストーリーであればナーベが上位の魔法を思わず使ってしまったとしても言い訳が効く。流石だデミウルゴス。今日は何回流石と言ったのだろう。

 

「因みに、アルベドとユリ・アルファとナーベラル・ガンマには人間の時の記憶はありません。そうしておいたほうが不都合が出ないでしょう。ナーベはモモンにばれない様に頑張って合わせているわけですね」

「素晴らしい! 流石だデミウルゴス!」

 

 俺は本心から、心の底から称賛を送った。凄いよデミウルゴス。よくそこまで出来るものだ。俺じゃ無理だよ。優秀な部下をもって俺は幸せだ。でもそれを直接言うわけも無く、惜しみない拍手にするしかない自身の立場が凄く苦しい。

 

「いえいえ、アインズ様の事ですからこのような杜撰なものではなく──もっと緻密で、綿密な計画でいらっしゃることでしょう。私程度の浅慮ではその一端を垣間見ることしか出来ませんので…」

 

 そんなことはないよデミウルゴス。凄いよデミウルゴス。必死にデミウルゴスを称賛するのに、気付けば『流石ですアインズ様!』コール一色になってしまう。解せぬ。

 そもそもデミウルゴスの話が杜撰なら俺の話は何なのだ。骨組みさえないではないか。だというのに…

 

(胃が無いのに胃が痛い…)

 

 気付けば『さすアイ!』と唱和され、万雷の拍手と化す。なぜだ。

 あぁ、ナザリックに帰りたい。眠れないけどゆっくりとベッドの中に沈みたい。何もかも投げ出して逃げ出したい。

 出来るわけがないのだが。

 

「そこまでだ皆の者。さぁ、そろそろ人間達が来る頃だろう。盛大に始めようではないか。漆黒の英雄モモンの名が轟く様に! ナザリックの更なる繁栄のために!」

 

 

 

 

 

 

 アインズ様の号令と共に皆が呼応する。あれほど纏めて解決する方法をお考えになるとは。流石はアインズ様と言ったところだ。アインズ様とナーベが出て行き、立ち上がった時だった。

 視線を送ればシャルティアが私の服の裾を引っ張っている。

「なんだい、シャルティア」

「あの…なぜアインズ様はエントマを殺そうとした者を助けたのでしょうかぇ?」

「ふむ、あのイビルアイとかいうヴァンパイアのことだね。簡単な事じゃないか」

 

 そう、とても簡単だ。あれの立場。名声。実力それらを加味すれば簡単に答えが出る。

 だから私はシャルティアに向けて満面の笑みを浮かべた。

 

「あれはね、人間達への広告塔だよ。英雄を英雄たらしめんためのね」

 

 

 

 

 

 ラナー姫を中心とした冒険者たちの話し合いが終わり、今より対ヤルダバオトの攻勢が始まる。とはいうものの、今いるメンバーではヤルダバオトどころか取り巻きのメイド達だけでも相手取るのは難しいだろう。私を除いて。

ラキュースの魔法のお蔭で身体にダメージは残っていない。魔力も十分だ。行ける。モモン様の手助けが出来る。

 

「行けるわね、イビルアイ」

「無論だ。モモン様を手伝えるのは、ここに居る中では私だけだ。何もヤルダバオトと直接戦うわけでは無いさ。モモン様がヤルダバオトと十全に戦えるよう、周囲を掃除する。ただそれだけさ」

 

 待っていてください、モモン様。今、貴方のイビルアイが行きます──

 私たちに負担を掛けない様に、たった一人で──いや従者が一人居たには居たが──ヤルダバオトに挑んで、今なお戦っているだろう漆黒の英雄を思い、強く願う。

 

(だから──死なないで、ももんさま──)



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1章 王都 ヤルダバオト編ー5

 町の間を縫うように走っていく。モモンとかいう冒険者が齎した通り、ゲヘナとかいう炎の壁の中には悪魔たちが犇めき合っていた。走りながら後ろをちらりと見ると、プレートメイルに包まれた男──というにはまだ早いか──クライム君が追従している。ロックマイアーは見えないが、周囲を警戒しながら追従していくれているはずだ。

 目指すは倉庫区中央付近にある住民が捕らえられているであろう倉庫。王女付きの騎士であるクライム君が選ばれるには少々酷な位置にあると言いたいが、その王女であるラナー殿下が直に決められた事なので誰も口を挟まなかった。かなり大切にされているという話だったが…何か裏があるのかもしれない。

 

(とはいえ、好きあってる風の二人の話だ。突くだけ野暮だろう)

 

 脳裏に、先ほど見つめ合って微笑み合う二人の光景が浮かんだ。信じ切っている男女のそれ。とすれば…

 

(わざと危険な場所に行かせて功績を積ませる腹積もりか、大方その辺りだろうな)

 

 危険と言うならこの炎の壁の内部は全て危険だ。どこに敵がいるか分かったモノではない。今のところ上手く避けられては居るものの、一度敵と会えば──この人数だ。さほど時間がかかることなく数で牽き殺されてしまうだろう。

 

(たしか地図ではこの先の…あれは!?)

 

 目的地までの最後の曲がり角を曲がった時だった。目標としていた倉庫の屋根の上に奴を見つけた。見つけてしまったのだ。

 

「止まれ!」

 

 小さな声で静止を促す。二人は奴にまだ気づいていないのだろう、不思議そうな顔でこちらを見ていた。

 

「奴が──シャルティア・ブラッドフォールンが居る。お前たちは先に行け。俺は後から…なっ!?」

 

 足止めしている間にクライム君たちを先に行かせようとした時だった。

 気合一閃。

 まるですぐ近くでやっているかのような強烈な剣戟音と共に来る衝撃波。一流の一流たるその気迫。あれが、イビルアイという冒険者が言っていた、ヤルダバオトを追っているモモンという男か。

 己が全力を乗せた一撃では小指の爪を折ることすら出来なかったというのに…

 

「あれが…真の実力者ってヤツか…」

 

 ただの一撃で、あの化け物を吹き飛ばしてしまったのだ。

 

「い、一体何が起きたんですか!? あの黒い鎧の人は、いったい…」

「恐らく彼が話に出たモモンという冒険者だろう。凄まじい一撃だ…セバス様とどちらが強いかな…」

 

 しかし彼はなぜここに居るのだろうか。ヤルダバオトは一体どこへ行ったというのか。その疑問の答えを持つ当の本人はこちらに気付きつつもこちらに向くことなく、奴が吹き飛んでいった瓦礫の方を見つめている。

 

「すまない、俺の名はブレイン・アングラウス。君は漆黒の英雄と言われるモモン殿で良いのかな」

「あぁ、私はアダマンタイト級冒険者のモモンだ。こちらで…そうか、そこの倉庫に囚われている市民を助けに来たのだ…な!」

 

 俺が彼に話しかけるのを待っていたのだろうか。瓦礫の中から赤い何か──早すぎて『何か』としか言いようがない──が飛び出て、彼に突撃していた。しかし油断なくそれを彼は打ち返す。構える事無く、まるでハエでも追い払うように無造作に。

 打ち払われ、空中に舞った瞬間にそれがシャルティア・ブラッドフォールンであることをやっと頭が認識してくれる。しかも俺が恐怖に取り付かれてしまった奴の本性の方の姿だった。

 

「圧倒的じゃないか…」

 

 奴が突っ込み、彼に吹き飛ばされる。まるで滑稽な喜劇でも見ているようだ。正しく、あの時の俺と奴の真逆の姿と言える。こうやって第三者の視点で見たあの時の俺は、きっと今の様にとても滑稽に映ったのだろうな、と思わず笑みを浮かべてしまう。

 そして、これほどの強さを持つ者が、このリ・エスティーゼ王国に居た事に少なからず驚きを隠せなかった。

 しかし解せない。なぜ彼はここまでの力を持ちながら奴を倒さないのか。今彼がやっているのは『倒す』というよりまるで『遊んでいる』というのが当てはまるほどに。

 

「冒険者モモン!なぜそいつを倒さない!」

「倒されては困るからだよ」

 

 突然後ろからの声に弾かれる様に振り返る。そこに居たのは奇妙な赤い仮面と、まるで何かの骨で作ったような、しかし決して安くないであろうローブに身を包んだ大男だった。

 何時からいたのだろうか。何者だろうか。なにより、なぜ奴は今領域の中に居るはずなのに気配が読めなかった。

 

「何者だ…アンタ…」

「私の名はアインズ・ウール・ゴウン! 君はブレイン・アングラウス。そして、クライム…だったかな」

 

 まるで確認するように奴──アインズ・ウール・ゴウンは俺達を指さしながら名前を呼んだ。

 アインズ・ウール・ゴウン。どこかで聞いた気がするが…

 

「もしや、貴方様は──先日カルネ村でガゼフ様──ガゼフ・ストロノーフ様を助けてくださった方ではありませんか?」

「…そういえば、ガゼフが言っていたな。強力な力を持つマジックキャスターに会ったと」

 

 なるほどとと合点が行った。この奇妙極まりない出で立ちもマジックキャスターならば、マジックアイテムか何かの意味がある服なのだろう。確かに奴も奇妙な恰好だったと言っていたはずだ。

 だがそれよりも、なぜ俺達を知っている?そう疑問に思うが、すぐに融解してしまう。

 

「私の執事のセバスが世話になったようだな」

「アンタが──いや、貴方様があのセバス様の主人だったのですか」

 

 俺が突然口調を変えたことに違和感を感じたのだろうか、『ふむ』と言いながら手を顎にやる。簡単な仕草だというのにどこか気品を感じるのは、やはり彼は貴族かそれに類するものということなのだろう。

 

「それで──アインズ・ウール・ゴウン様は、どうしてこちらに…?」

「用事だ──もう終わった」

 

 余程凄い人だとガゼフから言い聞かせられたのだろう、クライム君は一切警戒すること無く彼に近づいていく。まぁ敵かどうかという話であれば、間違いなく敵ではないだろう。だがそれはイコール味方なのかと言えば、そうではない場合もある。ゆえに無思慮に近づくのはあまりいい選択とは言えないのだ。特に貴族は親しくない者に近づかれるのを嫌う者も居るからな。

 そんな俺の心配などどこ吹く風か。彼は大仰にマントをはためかせ俺達から離れ──恐らく彼が来た道を帰って行く。だが、見えたのだ。彼の腕の中に奴が──

 

「アインズ・ウール・ゴウン殿! それをどうするつもりですか!」

「『それ』とは乱暴だな、ブレイン・アングラウス。彼女は私の妻だ。ヤルダバオト等と言う小童に、呪わしくも奪われた薄幸なる私の姫を迎えに来たのだよ。理解したかね?」

 

 一瞬だけ彼の歩みは止まり、そう言った。妻だと。ヴァンパイアの妻?どういうことだ。その疑問に答えてくれるものは居ない。言葉通りに受け止めるなら、セバス様の主人であるアインズ・ウール・ゴウンの妻は、あの狂った化け物──シャルティア・ブラッドフォールンだということになる。しかも彼は言っていた。『ヤルダバオトに連れ去られた』と。だとすれば、俺と戦っていた時は洗脳されていたのか…?

 謎が謎を呼び、頭が疑問に埋め尽くされる間も無く、彼は『また会おう』と一言残し消えて──恐らく転移系の魔法だろう──行った。

 屋根の方を見るも既にモモンの姿はない。ヤルダバオトを探しに行ったのか。しかしそれよりも…

 

「アインズ・ウール・ゴウンと冒険者モモンは知り合い…なのか…?」

 

 俺の疑問は尽きない。クライム君に促されるまで俺はその場を動けず、疑問と言う名の思考の海に飲まれるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「何とか善戦しているようだな」

 

 蒼の薔薇のリーダー──ラキュースが中心となって、下位から中位にかけての冒険者達に采配を送っている。そのため大した混乱もなく進められているようだ。これならばモモン様を追いかけても大丈夫だろう。

 

「なんだい、恋する乙女ちゃんはまだこんなところに居たのかい」

「ガガーラン! それに、ティナも!!」

 

 呼ばれ振り返った先に居たのは、ほんの数時間前まで死んでいたあの二人だった。まだ生き返ったばかりでまともに力も出ないだろうに。

 

「超一流の戦士になる予定の良いオンナが来てやったぜ」

「超一流の忍者になる予定のも居る」

「ありがとう…ふたりとも…」

 

 今は彼女たちの軽口が頼もしい。今は一人でも人手が欲しいのだ。

 『ドン』と背中を叩かれる。今までとは比べるべくもなく弱々しいものだが、それは何よりも私に力を与えてくれる。

 

「行ってきな。後悔しないために」

「あぁ!!」

 

 ラキュースを横目で見れば、こちらを見ながら微笑んでいた。声は聞こえない。だけれど彼女の声が聞こえた。『行ってきなさい』という声が。

 

「皆、頼む!」

「あぁ、任せとけ!」

 

 全身のバネを使って一気に飛び上がり《フライ/飛行》を使って飛んで行く。真っ直ぐに。愛する者の元へと。

 

 

 

 

 

 

「ったく、良い顔するようになったな」

「今までの仏頂面が嘘のよう」

 

 嬉しそうに飛んで行ったイビルアイの方を見ながら軽くため息をつく。出会ってから一度も見たことのない顔だった。ヴァンパイアでも恋をするということなのか。

 

「彼女が私たちの未来だとしたら、どう思う?」

「あ?そりゃどういう意味だ?」

 

采配が終わったのだろう。ラキュースがアタシの隣に来ていた。あれが?アタシの未来?

 

「アタシがあんな風になるってのかい?」

「プッ…そうじゃないわよ」

 

 余程面白かったのか、声は出さないものの身体を震わせている。ラキュースもこんな風に笑う子じゃなかったはずだ。

 

「──変わる──って、言いたいのかい?」

「そうよ。変わるの。私も、あなたも。もちろん皆も。その時、人は人とだけ恋をするのかしら。他の種族と恋をしたりするかもしれない」

「だからヴァンパイアが恋してもおかしくないってのかい」

 

 余程急いだのだろう、イビルアイの姿はもう見えない。

 ラキュースの言っていることはよく分からない。ただ好きになるやつは好きになる。それだけじゃないのか。

 あいつに惚れた男が出来た。それだけだ。あぁ、そうか。

 

「あいつが──イビルアイが仮面を付けなくても良い日が来るかもしれねえって、そういうことか」

「えぇ。いつか──」

 

 そんな日が来るのかは分からない。ただ分かっていることは一つだけだ。

 

「ま、とりあえずだ。イビルアイを泣かせたら、あのモモンとかいう奴をしこたま殴る」

「ぷっ…くすくす…うん、それで良いと思うわ」

 

 笑うラキュースにつられてアタシも笑みを浮かべる。あぁ、そうだ。アイツが仮面を被らずそのままで笑える日が来るなら、それはとても良いかもしれないな。と思いながら。



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1章 王都 ヤルダバオト編ー6

「モモン様は一体どこに──ここじゃない──こっちにも──あれはっ!?」

 

 《フライ/飛行》で高速移動しながら周囲を探索するも、見つけるのは悪魔たちだけでモモン様を見つけることは出来ない。大広場の方かと向かうも戦闘したであろう跡しかなかった。

 見逃したのかもしれない、と後ろを振り向いた時だった。何者かが吹き飛ばされるのが見えたのだ。姿は一瞬だったが、鎧を着ている風では無かった。そしてあの束ねた黒く長い髪。モモン様の相方──ナーベだったか──彼女のようだ。

 しかし驚きは隠しようもない。彼女は強い。それは十分に理解している。その彼女が成す術なく吹き飛ばされる?ありえない。そう、ありえないと思うが先ほど戦ったあの蟲のメイドの強さ、そしてモモン様が探しているヤルダバオト。そのどちらかとすれば十分あり得る話なのだ。だが、あれは違う。

 

「おい、大丈夫か!」

「ちっ──」

 

 なぜ助けに来たのに舌打ちされなければならないのだろうか。まず間違いなく、期待した相手──モモン様──ではなかったからなのだろうが、それでもそこまであからさまにされる謂れはないと思うのに。起き上がりながらもしっかりとこちらを睨み──流石に一瞬だが──つけてくる。異形──ヴァンパイアとして嫌悪されることはあるものの、彼女のそれは違うような気がする。

 悠々とこちらに近づいてくるのはやはりメイド姿。顔に付けている仮面はヤルダバオトのものと同じとすれば、仲間──メイドらしく従者か──なのだろう。とすれば人間である可能性は高い。身長は私と同じくらいか少し小さいか。しかし小柄な身体には似つかわしくない金属の防具らしきものを手足に身に着けている。手に持っているのは何だ。先端が細いが尖っているわけでもなく、鈍器にしては形が歪だ。恐らくは私の知らない武器──特殊武器なのだろう。

 

「私はヤルダバオト様のメイド、シーゼット。初めまして、さようなら」

「そう簡単にやられるつもりはない!」

 

 やられた。流石にヤルダバオトの味方は一人ではないと思っていたが、まさかあの蟲メイドと同等以上であるだろうモノが居るとは思わなかった。まず間違いなくあの蟲メイドも近くに居るはずだ。

 周囲を警戒しながら相手を睨みつけると、手に持った武器の先端をこちらに向けてくる。とすれば、何かを射出する──例えばボウガンのような武器なのだろうか。油断なくこちらを見ている風でもない。明らかにこちらを舐めきっている。それが一番の印象だった。ならばこちらに分がある。

 

「では、行くぞ!」

 

 

 

 

 

 

「あ、あれは魂喰の悪魔<オーバーイーティング>2体に朱眼の悪魔<ゲイザーデビル>3体!? む、無理だぁ!!」

「臆すな!決して一人で戦わず、陣形を整えて複数人で押し続けなさい!」

 

 中位、上位の悪魔たちが現れてミスリル級以下の冒険者たちが浮足立っていく。地獄の猟犬<ヘル・ハウンド>だけなら良かったものの、今では上位地獄の猟犬<グレーター・ヘル・ハウンド>や極小悪魔の群集体<デーモンスオーム>の数が増えて行っており、シルバー級冒険者達では持たなくなってきている。プラチナ級ですら魂喰の悪魔<オーバーイーティング>の出現の所為で絶望の色が濃くなってきていた。

 

「はぁっ! 暗黒刃超弩級衝撃波<ダークブレードメガインパクト>!!」

 

 まるでパーティを組んでいるかのような動きで攻撃してくる悪魔たちに必殺の一撃を放つ。やはりヤルダバオトのような強大な悪魔が居るだけでそれだけ違うのだろうか。必殺の一撃ではあるものの必中とはいかなかったようだ。地獄の猟犬<ヘル・ハウンド>や上位地獄の猟犬<グレーター・ヘル・ハウンド>の大半は巻き込めたものの、魂喰の悪魔<オーバーイーティング>らの上位悪魔達には傷一つついていない。上手く地獄の猟犬<ヘル・ハウンド>達を壁にしたのだろう。

 そして下位・中位の悪魔は簡単に補充できるとばかりにどこからともなく地獄の猟犬<ヘル・ハウンド>たちが現れ、上位悪魔達の前に守る様に立ち塞がった。

 

「数が…多すぎる…それに悪魔たちの強さも上がっている!?」

「ラ、ラキュース様!後ろにも上位悪魔が!!」

 

 弾かれるように後ろを振り向く。魂喰の悪魔<オーバーイーティング>が冒険者達を喰らおうとしているのが見えた。武技を撃ったばかりで身体が重い。助けられない。そう思ったときだった。

 

「この程度か。つまらん相手だな」

 

 正に救世主の登場と言うべき姿だった。冒険者を喰らおうとした瞬間、悪魔は黒い塵になって散っていく。食べられようとした冒険者も悪魔の体液塗れになってはいたものの身体に異常はないようだ。魂喰の悪魔<オーバーイーティング>の周囲に居た上位地獄の猟犬<グレーター・ヘル・ハウンド>達も同じく塵となって消えていく。なんという強さだ。圧倒的と言うべきだろう。正面に居た悪魔達も彼の強さに驚いたのだろうか。無尽蔵に突っ込んで来ていた動きが止まり、こちらにも分かる程に動揺している。

 

「モモン殿!助勢助かります。しかしあなたはヤルダバオトと戦っているのでは…?」

「奴はこのエリアのどこかにあるアイテムを探すため、逃げ回っているようで。悪魔の数の多い場所に居ると思ったのですが、居ないようですね」

 

 アイテム──そういえばイビルアイが『ヤルダバオトはマジックアイテムを探している』と言っていた。確かにそういうものを探しているのであれば悠長に戦闘を続けることはなく、アイテムを探して回っているという事なのだろう。

 つまりは、そのアイテムの奪取こそが今回の作戦で最も大事な事、というわけだ。しかしあれだけ強大な悪魔が探すアイテムがこのエ・ランテル王国に持ち込まれたということになる。そこまでの事が…まさか…っ!?

 

「まさか、そのマジックアイテムをこの国に持ち込んだのは…八本指…?」

「えぇ、第十位階魔法《アーマゲドン・イビル/最終戦争・悪》が3つ同時に発動するマジックアイテムです。私がこの王都に来た理由は、それをいち早く見つけ出すためだったですが…」

「だ──第十位階魔法!? 神話にすら滅多に出ないものじゃないの!それが3つ同時になんて…」

 

 まさかそれほどのアイテムを探しているとは──あれだけの大悪魔が必死になるのであればそれなりのものだとは思っていたけど…

 

「モモン殿、それはどのような効果なのでしょうか…?」

「《アーマゲドン・イビル/最終戦争・悪》ですか?悪魔の軍勢を大量に召喚する魔法ですよ」

「あ、悪魔を大量に召喚!?」

「まぁ…大量とはいえさほど強いものを召喚できるわけではないですが。大体はさらなる強大なスキルや魔法を発動するための生贄に使われるものですね」

「あ、悪魔を生贄…」

 

 頭がくらりと揺れる。眩暈が止まらない。世界を亡ぼしし得る魔法を3つ発動するだけに留まらず、まさかそれを生贄にしてさらに強大なスキルや魔法を使おうとするなんて…ヤルダバオトは正しく世界を亡ぼすために動いているというの…?だから彼は悠長に会議に出席する暇などないと、連れとたった二人でヤルダバオトに挑んだということ。

 なんと凄まじい。先を見据え、この国だけではなく世界を救おうというのか、モモン殿は。同じアダマンタイト級冒険者だということが恥ずかしくなってくる。彼の瞳にはどれだけの広い世界が見えているのか。

 

「ラキュースさんは信仰系マジックキャスターでしたね。これを」

「…これは、マジックスクロールですか?」

 

 渡されたのは一つのマジックスクロール。でも持った感じが普通のモノとは違う。感じからするとかなり高位の魔法が込められている気がするけれど。

 

「これは信仰系第六位階魔法《マキシマイズ・ワイデンマジック・ヒール/魔法強大化・魔法範囲拡大化・大治癒》が込められています。これならば周囲の──」

「だ、だだだ第六位階魔法!!しかも魔法強化が2種も!?こんな貴重なものを使わせて貰うわけにはいきません!」

 

 一体どこでこんな凄まじいものを手に入れたというのか。《ヒール/大治癒》といえば肉体の欠損すらも治すだけに留まらず、ありとあらゆる状態異常すらも回復すると言われる伝説の魔法のはず。そもそも第六位階魔法を扱える信仰系マジックキャスターなど聞いたことがない。どれほど昔のものなのだろうか。

 

「貴重なのは確かですが、私も早くデミ…デーモンを見つけに行きたいので、戦線を維持するためにも使う方が良いでしょう。それに…」

 

 私に押し付けるようにスクロールを渡してくる。有無を言わさぬ強い意志が感じられる。

 

「それに、どんな貴重なアイテムでも──人の命には代えられないでしょう?」

「モモンさま…」

 

 フルフェイスヘルメットのために顔は見えないはずなのに、彼の優しい笑みが見えた気がした。そして渡されたスクロールから彼の温もりが私に伝わってくる気がした。気がするだけなのに、それが本当だと思えるのは彼の高貴といえる行動のためなのだろう。

 上に立つものたりえるその行動。あくまで冒険者内の噂程度だったが──彼は実は貴族の庶子である。どこかの国の王子である──そういった根も葉もないただの噂。だというのに、彼と実際相対したら、それが本当にただの噂なのか、実は本当なのではないのかと思えてしまう。

 

(イビルアイが惚れるのも無理ない気がするわ)

 

 彼女が惚れて居なければ──私が先に彼と会っていたら、一体どうなっていたのだろう。この胸にある熱さはどうなったのだろう。でも私は貴族、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。ただの冒険者を──いや、そんなのは言い訳か。

 彼に惚れたとして、イビルアイの様に想いを伝えられる気がしない。そんな勇気、あるわけがない。

 

「では、使わせて頂きます。《マキシマイズ・ワイデンマジック・ヒール/魔法強大化・魔法範囲拡大化・大治癒》!」

 

 スクロールから眩しいほどの光が周囲を照らしていく。周囲からは驚きの声が上がっていた。まるで時が巻き戻っているかのように皆の傷がみるみる治っていく。手と足を失った者達もまるで夢でも見ているのかと思う程に物凄い勢いで『生えて』来ていた。凄まじいの一言である。これが第六位位階魔法。しかも魔法の強化を行うスキルが込められていたなんて。

 まるでもう勝利したかのような歓声が周囲から上がっている。絶望一色に染められていた戦線が目に見えて分かるほど一気に回復していた。

 

「す、すごい…これが第六位階魔法…なのね…」

「これでこの戦線は大丈夫…む…」

 

 何かあったのだろうか。彼は右手を耳の辺りに当てて小声で話して──恐らく《メッセージ/伝言》だろう──いる。

 

「──了解した。ラキュースさん、ナーベ──仲間がヤルダバオトを見つけたようです。急いでそちらへ向かおうと思います」

「は、はい。頑張ってください」

 

 ばさりと赤いマントをはためかせ、私に背中を見せる。

 なんと大きな背中か。なんと圧倒的な安心感。彼の背中にいれるならば、どんな難敵と相対したとしても勝てる気がする。イビルアイはこの背中を見たわけだ。これは女なら惚れる。惚れてしまう。

 

「では…民を頼みます」

「っ!──はい!!」

 

 あぁ、なんという高貴さか。なんという気高さか。まず何よりも民の事を考えているなんて…

 彼が走って行ったのが見えたのだろう。明らかに周囲の意気が下がっていくのが分かる。

 

「皆、何をしているの!彼は私達に民を守るように言ったのよ!ヤルダバオトを倒す事に、世界を亡ぼすであろうマジックアイテムを探す事に集中するために!」

 

 『そうだ』『やるぞ』という声が上がってくる。何とか鼓舞は成功したようだ。そうだ、まだやれる。あんな貴重なアイテムを使わせてもらったのに『出来ませんでした』なんて言うわけにはいかない。

 何が何でもやりとげなければならない。でなければ罪もない民を見殺しにすることになる。

 

「その通り!」

「あ、貴方は…ガゼフ──ガゼフ・ストロノーフ様!それに──陛下まで!?」

 

 突然後ろから聞こえてきた声。そこに居たのは王城を守っていたはずのガゼフ様率いる王国戦士団だった。しかも中央には馬に乗り、鎧に身を包んだ陛下──ランポッサ三世までも。

 

「陛下はおっしゃった──お前たちが守っているのは城なのかと。我々は否と答えた。我らが守るのは城ではない。陛下であると!」

 

 だからといって陛下をこんな戦地に連れだすなんて…例え陛下自身がおっしゃったとしてもそれを止めるのが近衛騎士ではないのか。

 

「なれば陛下が向かう地が──こここそが我らの戦う地である! 皆の者、吶喊!」

 

 でも王国戦士団が来てくれたお蔭で一気に戦線を押し返せるようになったのは確かだった。

 

「武技:六光連斬!!」

 

 現れた巨大な悪魔をガゼフ様は武技で一気に屠る。皆の意気も十分だ。まだだ。まだいける。

 

(頑張ってください、モモン様…!)

 

 一秒でも長く戦線を維持させる。民を守るために。彼が後顧の憂いなくヤルダバオトと戦い、倒して貰うために。

 そう、祈らずには居られなかった。



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1章 王都 ヤルダバオト編ー終

「ぐ──か──」

 

 奴──ヤルダバオトの手が私の首をゆっくりと締めあげていく。殺すのは簡単だ、だがそれでは楽しくないだろう。そう言わんばかりにゆっくりと、ゆっくりと力が強くなっていく。悪魔は見た目が強さに比例しないと言われるが、こいつの力は常識を疑う程だ。今まさに握り潰さんとする奴の手と私の首の隙間に指を潜り込ませ、せめて指一本でも外れればと全力で抗うも空しくその指ごと握り潰されていくのだ。

 

「まったく…弱い。愚鈍。無知。かつ蒙昧。己が力量を理解せず、相手の力量を理解しようともしない。本当に度し難い愚物です。あの英雄たる存在が、こんなモノを傍に置くなど…全く理解できませんね」

「───!───!!」

 

 反論しようにももう気道など針の隙間程もあいてはいない。ヴァンパイアなので呼吸する必要はないが、もうわずかで骨が砕け首が千切れ飛ぶのではないかという激痛が続くせいで意識が朦朧としてくる。

 目もかすみ始めている。だがこの耳にはやけにはっきりと奴の声と剣戟の音が聞こえる。まだ諦めるわけにはいかない。すぐ近くでナーベが戦っているのだから。

 でも無理だ。力が違いすぎる。なんでコイツはこんなにも強いんだ。私が成す術なく蹂躙されるしかないなんて。

 

「も──さ──」

「おや?まだ喋る元気がありますか。手加減をしているとはいえ、中々にしぶといですね。流石はヴァンパイアと言うところですか。大方奇跡でも信じているのでしょう?えぇ、わかりますとも──」

 

 奴は私を吊り上げながら大仰に──歌うように喋り始める。

 

「絶体絶命の危機! それを颯爽と助ける英雄! なんという喜劇か!」

 

 奴が大仰に動くたびに私の身体はまるで子供に振り回される人形の様に大きく揺れる。人形と違うのは、私には骨があるということ。振り回されるたびに首から、背中からミシミシと嫌な音が聞こえてくる。

 

「ですが、無理です。不可能です! いくら待ったところで奇跡なんて起きるはずがないのです!」

 

 私の顔に近づけたのか、私を近づけたのか──奴の顔は今や視界一杯に広がっている。忌々しい顔だ。なにがそんなに楽しいのか。いや、楽しいのか。悪魔達は生きとし生けるもの達の絶望の怨嗟を最も好むと言われている。なら今まさに奴は心底楽しいのだろう。

 

「奇跡なんてものは幻<マヤカシ>です。あなた達が希望などと言う存在しないものに縋りつくために作り出した…そう、ただの幻想なんです」

 

 興奮してきたのか、私の首を握り、私を振り回す奴の手の力はさらに強くなっていく。もうすぐ折れるか──いや砕けるか。ラキュースの《レイズデッド/復活》ってヴァンパイアにも効くのかな、などとどうしようもない事が頭に浮かんでくる。

 『死にたくない』なんて頭に浮かばない。私は十分に生きた。ここで死に、生き返らずとも悔いはない。

 

「そう、十重二十重にも弄した策を乗り越え、ここに辿り着くなど不可能!そう、まさしく!あなた達が欲する奇跡でも起きねば!」

 

 ──だというのに。なぜ悲しくなるのだろう。なぜ彼の後ろ姿が頭から離れないのだろう。私はヴァンパイアだ。どうあっても交わることなどあり得ないというのに。

 

「しかし──しかし! 奇跡は起きません。そう、起きないから奇跡と言うのですよ。起こることを夢想し、そして起こらない事に絶望するのです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「デミ…ヤルダバオト様、絶好調」

「トテモタノシソウダナ」

「ああいう悪魔的な部分は理解できませんね。あんな大虫<ガガンボ>などさっさと握り潰せばいいでしょう」

 

 シズとエントマを連れて物陰に隠れ、音と衝撃波だけを幻術であちこちに飛ばす。『あれ』はデミウルゴス様に首を絞められているから幻術とは気づいていないはずだ。デミウルゴス様も上手い具合に視線を遮りながら楽しまれている。

 

「アインズサマニハ、レンラクツイタノカ?」

「えぇ、もう少しで来られるはずよ。至高の御方なのだもの。まさしく絶好のタイミングで来てくれるはずだわ」

「なら問題ない。少し怪我してもらう。痛いけど良い?」

 

 シズが無表情のままにこちらに聞いてくる。無表情だけどこちらを心配してくれているのをはっきりと感じた。

 

「えぇ、仕事だもの」

 

 だから私は笑みを浮かべる。問題ないと。

 

「──キタ」

 

 

 

 

 

 

「ガァァ!!」

 

 あぁ──これは死に際が見せた幻想か。

 モモン様が間に合い、奴の腕を斬り飛ばし、私を救い出す。そんな陳腐でありふれた喜劇を。

 

「飲むんだ。少しはましになるだろう」

 

 そう言いながらモモン様は綺麗なビンに入った薬らしきものを私の口に含ませる。喉などとうに潰れて嚥下出来ないのに、その薬はまるで導かれる様に咽る事無く喉を通って行く。

 

「──りえない。こんなことあり得えない!!」

「あり得ぬことなど何もない。人には奇跡があるのだからな」

 

 どれ程の薬だったのだろうか。ものの数秒と経たぬうちに喉は『コクリ』と唾を嚥下した。喉が治っているのだ。

 モモン様は私をそっと降ろし、ヤルダバオトへと視線を向ける。『ギチギチ』と嫌な音を立てながら斬り飛ばしたはずの腕がもう再生を始めていた。なんという非常識な存在なのだろうか。

 

「奇跡など存在しない!奇跡などというもの──起きるはずがないのですよ!!」

「確かに奇跡は起きない。だがなヤルダバオト」

 

 もう奴に余裕など存在しない。腕は完全に治ったように見えるが、庇うように立つ姿から察するにそう簡単なものではないのだろう。

 

「数多の努力の上にある必然。その隙間に生まれる小さな偶然。人はそれを──」

 

 だがモモン様はそれを許しはしない。ゆっくりと近づいていた足は駆け足になり、まるで放たれた一本の矢の様に奴に向かっていく。必殺の一撃を以て。

 

「──奇跡と呼ぶのだよ!」

 

 乾坤一擲。やったか、そう思った。だが奴は尚抵抗する。彼の──モモン様の一撃を手で受け止めたのだ。しかもただの手ではない。黒い炎に包まれた手で。

 

「我が剣を溶かすか!!」

「まさか奥の手を使わされるとは思いもよりませんでしたよ。これは地獄の炎。結界に使っているものとは別物です」

 

 受け止めた手で彼の剣を握った途端、ドロリと剣が溶け始める。どれ程の熱量なのだろうか。

 

「炎に完全なる耐性があったとしても防ぐことなど出来はしません」

「ちぃ!!」

 

 中ほどまで溶かされた瞬間、彼はその剣を捨て大きく後ろに飛んだ。彼が捨てた剣は黒い炎──地獄の炎によってドロドロに溶け続けている。剣にすら燃え移る黒き炎。対処の仕様がない。

 私には、と付くが。

 

「防げぬのならば消せば良し。凍牙の苦痛<フロスト・ペイン>・改!──氷結爆散<アイシーバースト>!!」

 

 確かに燃える炎を防ぐより消す方が簡単だろう。だからといって地獄の炎を消せるのか。そんな疑問はどこへやら。モモン様が取りだしたのは、まるで氷で出来たような三又状のナイフ。それを使ったのだ。するとまるで猛吹雪のような──実際はもっと凄まじいものなのだろう──ものがそのナイフから呼び出され、瞬く間にヤルダバオトを包み込んだのだ。

 するとどうだろうか。一瞬でかき消されたために奴にダメージが入った感じはないが、奴の纏っていた地獄の炎が消えてしまったのだ。

 

「全く痛恨の極みですね。今回の切り札をあっさりと防がれ、しかも目的であるマジックアイテムまで手に入れることが出来ないとは!」

 

 まるでその言葉が皮切りとばかりに周囲の気配が一気に増す。それは悪魔ではなどでは無く──

 

「ラキュース!?」

 

 そう、皆が駆け付けたのだ。皆大小の傷はあるものの、まだ戦えるとばかりにヤルダバオトに向けて武器を構えている。だが圧倒的な個の力の前ではあまりにも無勢というもの。それを理解しているのだろう。ラキュース達はヤルダバオト等を囲むものの突撃するような愚は犯さないでくれている。

 

「いやはや──随分と観客が増えてきましたね」

 

 それが正解だと言わんばかりに奴の視線はモモン様にしか向けていない。私も雑魚とすら思われていないのだ。

 あと少し、あと一歩。いや、もう勝負はついたのか。奴の言葉から察するに、他の冒険者がマジックアイテムを見つけ出し確保したのだろう。

 

「仕方ありませんね、そろそろお暇させて頂きましょうか」

「逃がすと思うか!」

 

 虚勢だ。頭に『モモン様がお前を──』と付く。ここで奴を倒さねば、また力をつけてやってくるに違いないのだから。

 だがそんな思いは浅はかなのだろうか。モモン様は私を手で押し止めた。

 

「本当に度し難いですね。これだけ『人質』が来てくれたのですよ? 無償<タダ>で解放してさしあげると言っているのです」

「ぐっ──」

 

 周囲に居る冒険者等は私よりも弱いと看破したのだろう。脳裏にガガーラン達の倒れる姿が浮かんでくる。

 そう、ここに居る者達を殺さないから見逃せ、そうモモン様に言っていたのだ。私達など所詮彼の足かせでしかなかったのか。いや違う。皆が力を合わせたからこそこの結界の外に悪魔を出すことなく、そしてマジックアイテムを奪われることも無く終わることが出来るのだ。

 

「ヤルダバオト、貴様に伝言だ」

「ふむ、私にですか?」

 

 え、伝言? モモン様は何時の間に、誰に言付けられたのだろうか。

 

「ナザリック地下大墳墓が主。アインズ・ウール・ゴウンよりの伝言だ、貴様へのな」

「おやおや、貴方を差し置いてナザリックの主を名乗っているのですか『アレ』は」

 

 周囲からどよめきが走る。

 アインズ・ウール・ゴウン。実しやかに囁かれる名だ。

 曰く。帝国兵に扮した兵士を強力なアンデッドを用いて撃退した。

 曰く。かのガゼフ・ストロノーフですら勝てなかった法国の扱う天使を瞬く間に倒した。

 強力な魔法を扱うマジックキャスター。かのバハルス帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダ・パラダインに勝るとも劣らない強力な存在。

 

「私の所有物を好き勝手に使い、楽しいことをしているようだな。随分と隠れるのが上手かった貴様が表舞台に立ったのだ。死ぬ覚悟が出来た、そうとっても良いという事だろう。なれば、次に会う時には我が所有物を奪った罪、我が所有物を好き勝手に使った罪。その身に刻んでやろう」

 

 その正体知れぬ化け物が、モモン様の言葉によってさらに不気味なものに作り上げられていく。

 不遜にして傲慢。まさしく独尊。己が全ての支配者であると言って憚らぬ凄まじいもの。

 それはただの強いマジックキャスターなどではない。

 

「怯え哀願するか。震え逃げ惑うか。そのようなつまらん事をしないで貰いたい。全力で策を弄するがいい。全力で立ち向かってくるがいい」

「ククッ──」

 

 悪魔を倒すのは英雄か、勇者か。だが『それ』は違う。皆の頭に浮かぶのは光の元に立つ存在ではない。

 

「それらを須らく叩き潰し、蹂躙してやろう。覚悟せよ。絶望せよ。貴様が唾を吐いた相手がどんな存在であるか。貴様の死を以て教えてやろう」

「クハハッ──」

 

 そう、それはまさしく──

 

「この、アインズ・ウール・ゴウンの名の下に──」

「クハッ!クハハハハハハッ!!!」

 

 魔王、そう呼ぶに相応しかった。

 それを聞いていた奴はまるで新しい玩具を手に入れた子供のような喜びようだった。全身を震わせながら笑う声は、まるで拡声器であるかのように周囲の空気を突き破らんほどに強く震わせる。

 

「あぁ素晴らしい! 今日は良い日だ! 漆黒の英雄モモンよ、伝言感謝しますよ!」

 

 嬉々とした表情で、まるで叫ぶように──まるで雄叫びを上げるように。恐らく今の姿こそが奴の本性なのだろう。悪魔の悪魔たる姿。まさしく聖書に載る悪魔そのものなのだ。

 

「それでは急いで準備しないといけませんね。不備が無いよう、このヤルダバオト。全力でやらせて頂きますよ。クハハ──クハハハハハ!!」

 

 強大な翼をはためかせ、空へと昇っていく。まるで朝日に熔けていくように、奴の姿は見えなくなっていた。

 あぁそう朝日だ。そうか、と合点がいった。朝日が昇った瞬間にあの炎の結界が消え去ったのだ。恐らく夜の間にしか使えないのだろう。だから奴は早々に切り上げたわけだ。

 

「モモン様ぁー!やったー!勝ったー!流石はモモン様だぁー!!」

 

 私は弾かれたように彼に飛びついた。彼の首に腕を回すが身長差がありすぎるためにぶら下がっているようにしか見えないだろう。だがそれでも良い。倒す事は出来なかったが撃退出来たのだ。奴の目的も潰す事が出来たのだ。

 

「いや、離れてくれませんか?」

「もー、そんなに照れなくても良いじゃないですかぁ」

 

 生きていた。生き残れたことがこんなにも嬉しいと感じたのは初めてかもしれない。それは彼に助けられたからなのだろうか。

 モモン様は『仕方ないな』と小さく呟きながら私を抱きしめ、そっと地面へと降ろしてくれた。周囲の目もある。これ以上はやめた方が良いということか。

 

「さぁモモン様、皆へ勝利を」

「いや、私は──」

 

 あれだけの大立ち回りをしたのにここで照れるなんて…乙女心を掴むのが上手いですねモモン様っ

 

「これは最も武功を挙げた者がするべきことなんですよ。さ、早く」

「あ、あぁ…」

 

 相当テンパッているのか、ヘルメットの上からポリポリと頭をかきながら一歩二歩と皆の前へ歩み出る。可愛い、モモン様。

 しかしそこは一流──否、超一流。グダグダした雰囲気は払拭され、いつものキリッとした雰囲気を纏われる。格好いい、モモン様。

 

「皆の者、我らの勝利だ。勝鬨を上げよ!!」

「うぉおおおおおおお!!!!!」

 

 剣を上げ叫ぶモモン様に釣られ、皆が雄叫び──勝鬨をを上げる。そして口々に称える。モモンと言う、このリ・エスティーゼ王国の救国の英雄を。漆黒の英雄を。

 

 こうして、長い──本当に長いリ・エスティーゼ王国の騒動は幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

「いや素晴らしい! 実に素晴らしい!! あの御方はどれほど私の予想を上回れば気が済むというのでしょうか!!」

 

 できればこの想いを歌にしてアインズ様に聞かせてさしあげたい。しかし今は出来ない。アインズ様より次なる指令を頂いたのだ。今度は直接アインズ様が来られる。それを全力を以て歓待せよとおっしゃったのだ。ならば、至高の方々に作られた存在が行うべきことはただ一つ。己が全力を以て事に当たり、僅かでも御方の思いに報わねばならない。

 

「これから忙しくなりますよ。あぁ、アインズ様!至高の御君!きっと貴方様の望みに沿うものを用意させて頂きましょう!!」

 

 そう言いながら足早に森を歩いていく。大きな声を出していたのはただ歓喜していたからではない。周囲に感じる気配に思わず口角が上がってしまう。

 

「さぁ準備するとしましょう。最高の第二ステージを!」



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2章 漆黒の英雄と蒼の薔薇編
2章 王都 漆黒の英雄と蒼の薔薇編ー1


「──で、ですね~。──なんですよ~」

 

 王都を歩く俺の左手から猫撫で声のような間延びした声が絶え間なく聞こえてくる。ちらりと視線を送れば、それに気付いたのか仮面越しでも喜色が強くなるのをはっきりと感じた。まるで甘え方を知らぬ猫がひたすら身体を擦り付けてきているようだ。

 王都の一軒が終わって早1ケ月。早々にエ・ランテルに帰りたかったのだが、どうもキナ臭い噂が貴族間で囁かれているらしいという情報を得てしまい、帰るに帰れなくなってしまったのだ。

 

「ヤルダバオトを態と逃した──か」

「もう、あんな噂なんて気にしなくていいんですよ、モモンさんっ」

 

 きっと頭の中のお花畑は春満開なのだろう、赤い猫──イビルアイの緊張感ゼロの声。こいつには分からないのだろう。貴族の中にデミウルゴスに勝るとも劣らない凄まじい鬼才の持ち主が居たことに。

 

(なにせ一発で看破したわけだしなぁ…)

 

 たとえ看破されようとも、漆黒の英雄たるモモンが『そんなわけないだろう!』と声を荒げるわけもいかず、ならばせめて心象だけでも良くしようとリ・エスティーゼ王国に留まることになったのだ。

 しかし敵も黙って見ているつもりはなかったのだろう。この国の最大戦力たる蒼の薔薇全員をもって、俺への監視要員として送り込んできていた。

 

(気付かないとでも思っている…わけないか。なにが目的なのやら。それが分かれば行動し易いんだけど)

 

 ヤルダバオト以前、一切交流の無かった蒼の薔薇と今では毎日のように顔を合わせ、イビルアイにしては常に付き纏われている。わざとらしい甘ったるい声を上げるのは少々──いやかなり演技が下手と言わざるを得ないが。

 

(デミウルゴスに相談できれば良かったのだけれど、あれから何やら忙しそうなんだよな)

 

 こちらから《メッセージ/伝言》を飛ばせば普通に連絡は付くのだが、直接会う事がほぼ出来ない。何をしているのかも分からず、『楽しみにしていてください』と喜色満面に言われては聞こうにも聞けない。もしかすると聖王国両脚羊<アベリオンシープ>に代わる上質な羊皮紙の材料でも探しているのかもしれないと思うと『帰ってこい』と言う事も出来ない。

 

(兎に角やれることをやるしかないか…)

 

 この1ケ月無為に過ごしてきたわけではない。周囲のモンスターの間引きに、強力なモンスターの情報を集めたりなどやれることは多岐に渡る。先にエ・ランテルに帰したナーベのことが気掛かりなのだが、カルネ村にルプスレギナが常駐しているしシャドウデーモン達もついている。余程のことでもない限りは大丈夫だと思いたい。

 後は監視役として付いている蒼の薔薇の心象を良くすることに執心している。ラキュース殿の《レイズデッド/復活》によってレベルダウンしたガガーランとティナのレベル上げの手伝い、凍牙の苦痛<フロスト・ペイン>・改など装備の貸し出し、雑多なアイテムの配布など。パワーレベリングととられてもおかしくない位の厚遇だ。間違いなく心象は良くなっているはず。

 だというのに、どうも無い胃がシクシクと痛む。たった一人でいることのなんという心細さか。看破されている──とはいえ証拠などないため俺を捕まえることも出来ないだろうが──現状では、何をやっても見えぬ相手に踊らされている気がしてならない。

 

(徹底的に甘やかして心証を上げ、出来れば此方に引き込む。出来ずとも中立を保ってもらう)

 

 それがどれほど難しいかなど仕事で嫌と言う程理解しているので、となりに引っ付いているモノに聞こえないよう、小さくため息を付く事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい。ガガーラン、ティア」

 

 酒場で紅茶を飲んでいると、見知った二人が入ってきた。先日の騒動で死に、私が生き返らせた二人だ。一日でも早く元の力が出せるよう、足繁く討伐に出ている彼女たちはもう既に全盛期の力を取り戻しているようにも見えるが顔にはまだ焦りが消えない。まだまだ本調子にはほど遠いということなのだろうか。前からは考えられないほどに泥に顔を汚し、すこし精悍な顔に見えた。

 

「鬼ボスは昼からお茶?」

「私はガガーランみたいに酒精の強いお酒をジョッキで飲めるほど強くないもの。お昼くらい紅茶で良いじゃない」

 

 まぁ酒場で飲むには場違いすぎるかもしれない──なにしろ茶葉にカップまで全て持参なのだ──けれど、否定される謂れは無い。

 

「それで、調子はどう?見た感じ大分戻ってきている風に見えたけれど」

「まだまだ足りないね。今回のことでどれだけ天狗になっていたのか痛いほど身に染みたからねぇ」

「うん、逃げることも避けることも出来ずに一方的にやられた。あの蟲にすらイビルアイが居なかったら勝てなかったのは悔しい」

 

 相当疲れているのだろう。まるで投げ出すようにガガーランは椅子にどかりと座った。安っぽい椅子がギシリとまるで抗議をするように鳴るが、それでも壊れないのは『慣れている』ということなのか。

 相変わらずジョッキでお酒を頼むガガーランに苦笑しつつ、ティアに果実水を頼む。白湯か安いエールしか飲まないティアへの小さなご褒美と言ったところだ。待たせることなく運ばれてきた果実水を大事そうにちびりちびりと飲む姿はなんとも愛らしい。今の彼女の姿を見て、かつて私の命を狙ってきた元暗殺者の一人だとは誰も思わないだろう。

 

「そういえば、新しい装備の調子はどう?」

「非常に、ぐっど」

「凄まじいの一言だね。まるで突然全盛期の力になった気分だよ」

 

 新しい装備──態々モモンさんが貸してくれた装備だ。ガガーランにはイルアン・グライベルというガントレットを。ティアにはかのヤルダバオトと戦ったときに使った凍牙の苦痛<フロスト・ペイン>・改を貸してくれたのだ。一見しただけでもその辺りにあるような簡単なものではないことは明らかで、恐らく一つで土地付きの豪邸が買える位の値段がするだろう。それを簡単に貸してくれる彼には感謝してもしきれない。それだけ私達を信用してくれているという証左なのだから、その信用には報いなければならないだろう。

 

「一体第何位階の魔法なのだろうって思う。1日3回という制限を除けば永久に使える氷結爆散<アイシーバースト>は凄すぎ。ギガントバジリスクの足をただの一撃で凍らせて砕いてしまうとは思わなかった。使うとちょっと寒いけど」

「ちょ、ちょっと二人とも…ギガントバジリスクなんてやってたの!?」

「別にどうってことはねえだろ。動けなくしたら俺のハンマーでぼこぼこに出来るしな」

 

 にやりと笑う二人を見て、盛大にため息を付く。ちょっと油断したら石にされてしまうか食われてしまうか。どちらにせよ碌な末路は無いというのに。

 

「そういやティアの短剣も俺のガントレットもコピー品らしいな」

「一体本物はどれ程凄まじいのか想像もできない」

 

 あくまで『複製品だから』ということで借りた装備だったが、それは本物が想像を絶するものだという事が分かっただけ。複製品と言う言葉がこれほど貴重なものになってしまうとは借りた時には思いもよらなかったのだ。

 

「多分複製品とはいえ最低でも遺産<レガシー>級だと思う。本物は…」

「最低でも聖遺物<レリック>級、下手すりゃ伝説<レジェンド>級だな。案外法国で漆黒なんちゃらとかいうのが守っている宝物殿の中にそれがあったりしてな」

「なんちゃらーじゃなくて、漆黒聖典ね。噂では未知のヴァンパイアと戦闘して何人か死んだ、もしくは重傷を負ったとか聞いたわね」

 

 国内であった話──その後モモンさんが倒したらしい──だったため、戸口を立てる間もなく一気に広まってしまった噂だ。なんでも強力なヴァンパイアを捕獲しようとするも失敗し、逆に全滅しかけたとかそんな噂だったはずだ。そういえば帝国のフールーダというマジックキャスターが上位アンデッドを使役する方法を模索しているという噂もある。なぜ他国はモンスターを使役しようとするのだろうか。そういう専門の職に就いているならまだしも、国の要職について居る者達がなぜ…?

 

「鬼ボス、何か企んでいる顔してる。彼をイビルアイから寝取るの?」

「ぶふぅっ!!!」

 

 なんで寝取るとかそういう話になるのだろうか。しかも素か。ティアは『ちがうの?』と小首をかしげている。私はそんなに他人の男を寝取るような悪女に見えるのだろうか。私はまだ清いままだというのに。

 

「な、なんでそういう事になるのよ!?」

「強い、金持ち、物持ち、何か裏ありそうだけどかなり良い人は確定。超が付くほどの優良物件。最低でも私達を嗾けるくらいは考えていると思っていた、鬼ボスだし」

「いや無理だろ、お前ら全員処女じゃねぇか。しかもあのナーベとかいう女見ただろ。アレは男を知ってる女だよ。俺なら兎も角、お前等じゃ無理だね」

「解せぬ、という言葉が今ほど合う時は無いと思った」

 

 ガガーランの真顔の言葉に私は少なからずショックを受けてしまったけれど、ティアの反応は傍から見ても過剰に見えた。果実水だから酒精は入ってないから酔ってない筈なのだけれど、驚いてしまうほどに盛大な音を立ててテーブルに突っ伏したのだ。

 

「なんだティア、アレに惚れたのか?」

「──わるい?」

 

 ガガーランの言葉に反応して顔を上げたティアの額は少し赤くなっていた。あれだけ盛大な音を立てたのだ、かなり痛かったはずだ。しかしどこに惚れる要素があったのだろうか。

 確かに今まで暗殺者として生き、私と会ってからはガガーランが男たちを跳ね除けていた。だから男に対しての免疫が無いのは分からないではないけれど、そこまで惚れっぽくなってしまうものなのだろうか。

 

「凍牙の苦痛<フロストペイン>・改を貸してくれた時、頭撫でてくれた」

「ぶっ!!」

 

 そういう彼女の顔はまさしく恋する乙女の顔だった。ツボに嵌ったのだろう吹き出すガガーランを睨む彼女の顔もまた、普段とは違う照れに似た雰囲気が混じっている。

 しかし、そうか。惚れるには流石に早すぎるとは思ったけれど、恐らくティアは彼に父性を感じたのだろう。親と言うものを殆ど感じれなかっただろう幼少期の記憶が後押ししたのかもしれない。

 

「ティア。蒼の薔薇のリーダー、ラキュースが命じます」

「ん、なに」

 

 げらげらと笑うガガーランに食って掛かろうとする姿のままこちらを見る。全身で『お前も笑うのか』と聞いてきている。笑うわけがない。彼女は──彼女たちはもっと幸せになっても良いと思うのだから。

 

「戦線復帰に支障が出ない程度に──」

 

 だから、笑うのではなく笑顔で言ってあげよう。

 

「彼に全力で甘えなさい」

「──うん」

 

 久しぶりに見た顔──ティアの笑顔は年相応に可愛らしいものだっ──

 

「え、消えた!?」

「あっちだよ、あっち」

 

 笑顔のままに消えたティアに驚くと、まだ笑いが抑えきれないのかひぃひぃ言いながら私の後ろの方を指さす。振りむけば恐らく丁度入ってきたのだろう。腕にイビルアイを引っ付け──本当に彼女が腕に引っ付いている──ながら入ってきていたのだ。その反対側の腕にティアが、今まさに引っ付こうとしている所だった。

 しかもいつの間にかティナまでいる。まず間違いなく感化されたか単に乗っているだけかのどちらかだろう彼女もモモンさんに引っ付いている。その姿はまるで、孤児院に訪れた戦士とじゃれ付く子供たちの様。

 

「も、もう…あの子たちったら…くすくす…」

 

 喜色満面の笑みを浮かべながら引っ付く彼女たちと、驚き苦笑するものの受け入れる優しい彼の姿はとても微笑ましいものだった。

 



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2章 王都 漆黒の英雄と蒼の薔薇編ー2

「お帰りなさいませ、アインズ様」

 

 優雅な笑みを湛えながら俺の帰りを喜んでくれるアルベドに『うむ』と鷹揚に頷く。久しぶりの我が家──このナザリック地下大墳墓へ帰ってくることが出来た。とはいえ、あくまで一時帰宅なのだが。

 

(あぁ…一時帰宅って…まるで現実世界のブラック会社みたいじゃないか)

 

 謁見の間の奥に据えてある玉座に座り、『ふぅ』と息を付く。ほぼ自室と化しているためにここに居るとなんか落ち着く。しかし居れるのは後1時間ほどしかない。そこまで忙しいわけでもないのに詰めなくてはならないのは、身体が疲れなくなっても精神の安定化が作用するようになっても疲れを感じてしまうのは『人らしい』といえるのではないだろうか。俺はまだ人で居られるのだろうか。それともアンデッドとなってしまうのか。まだまだその辺りの踏ん切りがついてないのは感傷なのかもしれない。

 

「随分とお疲れの様ですね」

「あぁ、実はな──」

 

 そうだ、折角なのでアルベドに聞いてみるか。と、現状を話してみることにした。

 早々にヤルダバオトの件を看破してきた貴族が居ること。裏から手を回して蒼の薔薇を使って俺を監視していること。最初は特に能力の高いイビルアイだけだったのに…未だに尻尾を出さない俺に焦れたのか、今度は隠密能力の高いティアとティナのダブル忍者まで付け始めていること。

 そのせいで中々エ・ランテルに戻ることは勿論のこと、このナザリックにすら中々帰られないのは流石に辛い。

 ──と、段々愚痴っぽくなってきた気がする。アルベドに愚痴ってどうするんだ。

 

「アインズ様、愚かな発言を致しますことをお許しください。──人間達がこちらの計画を看破したというのは本当なのでしょうか。そうであれば早急に殺す必要があると愚考致しますが」

「確かに妄想、虚言、お国騒動の愚痴など考えられることはいくつかあるが、まず間違いないと見て良い。最高戦力である蒼の薔薇を付けたのが良い証拠だ。そして、相手を殺すのは最悪の愚行だな。まず間違いなくそれに対する対策を立てているだろう。今はまだこちらの証拠を掴みきれていないが、殺してしまえばそれが証拠となってしまうだろうな」

 

 そう、その看破した貴族と言うのはおおよそ検討は付いては居るものの、『こいつだ』という確信は未だに得られていない。噂が立って早2カ月。もうかなりの人数の間で噂が飛び交ってしまっている。ただ未だに向こうも確証がないため『かもしれない』でギリギリ止まっている。だがこちらが行動を起こしてしまえば最後、『やっぱりそうだった』に変わってしまう。そうなったら本当に最後だ。地道に上げていた名声も一気に逆転し、国賊と言われるのは間違いないだろう。

 

「人間風情にそのような事が出来るのでしょうか」

「違うぞ、アルベド。人間風情──弱者であるが故にだ。弱者が生きるには策を弄するしかない。無い知恵を絞り、潰される事を前提に策を弄し、十重二十重に罠を張る。人間達がこうやって生きて来れたのは力があるからではない。こういう知恵が奴らを生かし続けているのだ」

 

 それは人間だったからわかる。知恵を絞り策を弄し、団結して強者に立ち向かうのが人間なのだから。

 

「それでは蒼の薔薇への対応は如何ななものなのでしょうか。流石に甘やかしすぎだと愚考しますが。それに──」

 

 アルベドが珍しく言い淀む。視線を俺から外し、言っても良いものかと考えているようだ。頭の良いアルベドのことだ。短い会話の中で何か察したのだろうか。

 

「──それにあのイビルアイとかいうヴァンパイアです。鎧越しとはいえ、アインズ様にあんなベタベタとうらやま──いえ不敬ではありませんか!」

「あれは良──くはないが、仕方のない事だ」

「仕方のないとはどういうことなのですか、アインズ様! 至高の御方であるあなた様にあのような事をするなど決して──えぇ、決して許されるものではありません。もしやあのようなヴァンパイアに──」

 

 そんなにアレが引っ付いて来ることが気になるのか。俺に詰め寄り捲し立てるように口早に抗議してくる。が、俺の雰囲気が変わっていることに気付いたのだろう。段々と尻すぼみになっていた。

 

「──どうした。続けろ、アルベド」

「いえ、あの、もうしわけ──」

「何が申し訳ないというのだ、アルベド。俺が何も考え無しに奴らに好き勝手させていることに対するものか。それとも奴らに迎合し、施しを行い続けていることか。それとも──」

 

 アンデッドになり、精神の起伏が減ったとはいえ無くなったわけではない。特に怒りは人間であった時に起因するのか一番抑制される回数の高いものだ。だがその抑制は今回の事に対しては何の意味もなさない。まるでシャルティアにかけられた精神支配がワールドアイテムであったと知った時ようだ。

 

「それとも! このアインズ・ウール・ゴウンが! 己の大切にしているものを踏み躙られ! あまつさえそれを行ったモノに対して! この私が! 懸想している等と言うつもりか!」

「もっ──申し訳ありません! 失言でございました!!」

 

 幾度となく精神抑制がかかりながらもなお怒気を納めず、立ち上がり激高する俺にどれだけの失言だったのか気付いたのだろう。アルベドは数歩後ろに下がり、床に頭を擦り付けるようにして謝罪を始めた。

 ──何をやっているんだ俺は。確かにアレに対する怒りは相当なものだ。漆黒の英雄等という枷が無ければ四肢を切り落とし魔力を封印し、恐怖公の配下に回復魔法を掛けながらじわじわと内側から喰わせるか。それともソリュシャンに何十年も延々と溶かし続けさせるかさせていただろう。

 だがそれはあくまで俺個人の感情だ。アルベドに八つ当たりして良いものでは決してない。

 

「よい、アルベド。謝罪を受け入れ、お前の失言を許そう。その代り今の事を忘れるのだ」

 

 本当に精神抑制が無かったら今頃俺はどうなっていたのだろうか。平坦になってくれた気持ちに軽いため息を付きながら。

 

「──そういうことだ。少しは理解したか、エントマ」

 

 アルベドが個人の感情だけでここまで動くだろうか、と思っていたら案の定だ。殺されかけたエントマを心配していたのだ。なんと俺は情けないんだ。エントマを、アルベドを心配させ、悲しませることしかできないなんて。

 柱の影に隠れるエントマに、出来るだけ優しく話しかける。気付かれていないとは思っていなかっただろうエントマは、無言のままにこちらに姿を見せてくれた。だがその姿は元気がない。

 

「どうした、エントマ。口唇蟲を失っても、声を失ったわけではないだろう」

「あいんずサマ。コのヨウナ醜イ耳障リなコエヲ──」

「そんなことはない。確かに源次郎さんが与えた声も私は好きだぞ。だがな、エントマ」

 

 ゆっくりと立ち上がり、エントマに近づく。落ち込み俯く──とはいえ仮面蟲が下を向いているだけだが──エントマの両肩にそっと手を添えた。それでもなお顔を上げてはくれない。源次郎さんに何か言われていたのかは想像もつかない。だからなぜエントマが自分の声を嫌っているのかもわからない。だったらいう事は一つだ。

 

「私はな、エントマ。お前の口唇蟲を使わぬ本来の声も──」

 

 屈んでエントマと視線を──しつこいがあくまで仮面蟲のだけど──合わせる。エントマは、いや皆、至高の41人と言われる俺の友達の子供なのだから。だから、優しく言い聞かせるのが一番だ。

 

「──私は好きだぞ」

「っ!? あいんずサマ──アインズサマァ!」

 

 なぜか後ろからギシリと聞こえてはいけないような音が聞こえた気がするが、後ろにはアルベドしかいないはずだ。恐らく気のせいだろう。震えるエントマの頭──を撫でるのは無理か。優しく抱きしめる。なぜか後ろから凄まじい音がさらに聞こえた気がするけど、気のせいだと思いたい。そもそも今はエントマに集中せねば。

 

「お前は私にとって源次郎さんの大切な子供であり、このナザリック地下大墳墓を守る──私の信頼するプレアデスが一人なのだ。何を恥じる必要がある。エントマ、お前が自分の声を嫌うというならばそれでも良い。だからたまにで良い。私だけにで良い」

 

 抱きしめる腕を解き、そっとエントマの頬辺りに手を添える。うーん、わしゃわしゃして不思議な感触だけど、それがまた気持ちが良い。そういえばエントマはこの仮面蟲の目の辺りから見えているのだろうか。それとも実際は蟲の様にほとんど見えず、触角等で周囲を察知しているだけなのだろうか。こっそりとエントマの脚が俺の指に絡んでくる。それはまるで小さな子が大人の手を握っているように──いやまさにそうなのだろうな。

 

「時々、お前の本来の声を聴かせてほしい。良いな?」

「ハイ!!!!」

 

 仮面蟲の下から垂れてきたのは涙だろうか。涙だよな。涎じゃないよな。こういう時判別不可能なのは少々不便だが、きっと涙だろう。

 

「ア、スみマセン。安心シタらオ腹ガ空イチャッテ」

(やっぱり涎だったよオィィ!!)

「そ、そうか。健啖なのは良いことだな、うん。そ、そうだアルベド。このナザリックに侵入しようと計画しているという話は届いているか」

 

 懐から取り出した──もしかして常備しているのか、ゴキ──じゃない恐怖公の配下を仮面蟲の下側から突っ込んでパリパリと小気味良い音を出しながら咀嚼を始めたエントマから離れ、急いでアルベドの方を向いた。流石はアルベドか。ゴ──黒い蟲を咀嚼するエントマを直視したというのにその表情は相変わらず余裕の笑みを浮かべている。本当に流石だ。思わず心の中で『うわぁ』って思ってしまった自分が恥ずかしい。そういえばコキュートスもゴ──アレを食べるのだろうか。いやいや、想像してどうする。忘れろ。忘れるんだ。

 足早に玉座に戻り、座る。それとほぼ同時に食べ終えたのかエントマは、一礼した後に小走りで謁見の間から出て行った。

 

「当然こちらでも察知しています。愚かにもこのナザリックを襲おうと考えているものたち──主にバハルス帝国の冒険者達の事ですね」

「あぁ、そうだ」

 

 そうか、バハルス帝国の方だったのか。王国ではあまり募集を聞いたことがないと思ったらそういう事だったわけだ。

 『ふむ』と片手を顎にやり、いつものように考えるそぶりをする。仕方ないのだ。下手な考え休むに似たりと、死獣天朱雀さんにもよく言われてたし。そもそもアインズ・ウール・ゴウンが多数決なのも俺がそこまで頭が良くないからだしなぁ…

 とはいえ一から十までアルベド達に任せきりにするわけにはいかない。どうにかせねば。

 

「私は先の件のために直接動くことは出来ないとは思うが、どうにか冒険者モモンとして対応を行うつもりだ。なのでその間はパンドラズ・アクターに私の──アインズ・ウール・ゴウンの姿になってもらっておこう。それと、ナーベラル──ナーベに帝国に向かうよう指示するのだ。少しでも奴らの情報が欲しいからな。それと、セバスとソリュシャンはどうしている」

「はい、既に帰還しております。セバスはツアレという人間への対応を、ソリュシャンはナザリック内にて通常教務を行っております」

 

 あぁ居たなそんなのとツアレの事を思い出す。色々あったせいで後回しになっていた。まだ時間は…

 

『只今午前3時です、アインズ様』

「──ナーベラルですか?」

 

 突然ナーベラルの声が聞こえて不審に思ったのだろう、アルベドは少しだけ眉を潜める。が、そんな顔ですら彼女の美貌に一切の陰りを見せない所は流石である。

 

「あぁ、時間が分かりづらかったからな。ぶくぶく茶釜さんのはアウラにやったので、複製して声をナーベラルに──」

「なぜ私に言って下さらなかったのですか、アインズ様!!!!」

 

 俺とアルベドとの距離は凡そ5歩分くらいはあったはずだ。それが一瞬でほぼゼロになっていた。あくまで『ほぼ』だ。アルベドの吐息を感じるな、とかなんかベッドに潜った時と同じ良い香りがするなとかちょっとだけ思ってしまったが、触れてはいない。ちょっとだけ残念に思った気もするが、気のせいだ。

 

「いや──作ったのが王都に居た時だったからな。ナーベがエ・ランテルに戻る前に手伝って──」

「アインズ様に時間をお知らせるマジックアイテムに声を与える。そのような大事!この守護者統括である私こそが適任であったと愚考致します!」

 

 絶妙だ。本当に絶妙だ。『触れたいならどうぞ』と言わんばかりの距離なのに、決して自分からは触れようとしない。全身ほぼ密着『しそう』な距離だというのに大きすぎる胸すら掠りもしない。頑張りすぎだよ、タブラさん。必死に逃げようとするも玉座に阻まれて身動きすら取れないのだから。

 そもそもアルベドにコレの声当てを頼んだらどうなるか想像もつかない。まず間違いなくロクなことにはならないだろう。そういう意味でもナーベラルは適任だったのだ。まぁ個人的にはデミウルゴスの耳に良い声も推したかったが、居ないものは仕方ない。

 

「色々な要素があり、ナーベラルになったのだ。出来上がった物を今更言っても仕方ないだろう」

「でしたら! アインズ様のお声の入った物を頂きたく存じます!」

 

 なぜそうなる。話の流れからすると、時間を知るアイテムが欲しい。しかも俺の声で作った奴を。ということなのだろう。確かに守護者統括であるアルベドは時間に厳しく行動した方が何かとやり易いのは分かるが、それは他の階層守護者や領域守護者、セバス含むプレアデス達も同じはずだ。

 

(しかし全員が俺の声が充てられた時計を付ける? それなんて拷問だよ…)

 

 恥ずかしすぎて俺の声が聞こえる度に精神抑制が走りそうだ。しかも確りとナーベラルにネタ枠も作って貰ってるわけだし、それを俺もやらないと言わけないわけだ。

 

(うわぁ、無理だ! 黒歴史はパンドラズ・アクターだけでいいよ、本当に!!)

「あ、あぁ…うむ。渡すのは簡単だ。だがな、アルベド。信賞必罰──そう!信賞必罰だ!」

 

 上手い事考えたぞ俺!そうだよ信賞必罰にすればいいんだ。と、手を叩いた。

 

「次回以降、この私やナザリックに対し、素晴らしい働きを行った物に対する褒美の一つとして、それを作っておこう。そしてだ、アルベド。万分の一、いや億分の一、その褒美を──私の声の入った時計が欲しいと言ったものにだけ!いいか、『だけ』だぞ!その──どうしても欲しいと言ったものにだけ与えるものとする。よいな」

「はっ!! 私の提案を飲んで頂き、感謝いたします。アインズ様」

(流石に俺の声入り時計を欲しがる人は居ないだろう。うん、数個作っておくつもりだけど。実は誰も欲しくないとか言われたらそれはそれで悲しいな。だけど全員が欲しいとか言われたら間違いなく悶え死ぬ!黒歴史が増えてしまう! あぁ悩ましい!!)

 

 ──なぜこんな事で俺は精神抑制を受けているのだろう。すでこれは黒歴史の一つということなのか。

 

「──アインズ様、セバスとソリュシャンが来たようです」

「そうか、入れ」

 

 そうか。俺が二人を呼ぼうとしていたことを察して、二人が来るまで退屈しない様にこんな雑談を入れてくれたのか。その気持ちは嬉しいが、もう少しココロに優しい話題にしてほしいものだ。

 

「失礼いたします、アインズ様」

「ソリュシャン、並びに私セバス。只今参りました」

「ご苦労、セバス、ソリュシャン。まず、私に時間が無いのでこんな真夜中になってしまったこと、許せ」

 

 謝れない上司は悪い上司だ。ホワイト企業ナザリックを目指している俺には謝罪しないという選択肢はない。俺は寝なくても休まなくても問題ないが、セバスたちは違うからな。

 しかし俺の謝罪など心外だとばかりに驚かれてしまった。もっと傲慢で居ろと言うのか。勘弁してくれ。俺は皆に愛される優しい上司で居たいんだ。

 

「続いて、先の件でのお前たちの働き。真に大儀であった。よってその見事な働きを讃え、褒美を与える」

「アインズ様、私はツアレの命を助けていただくという褒美を既に頂きました」

「私も失態を犯しました。褒美を頂くわけにはいきません」

 

 本当みんな忠誠心が高い。だからこそ支配者としてのプレッシャーが凄いのだけれど。信賞必罰なのだ。賞を貰う事で熱意をもって仕事に励んでもらいたいのだ。これは譲るわけにはいかない。

 

「セバス、ツアレの保護を約束したのは私が受けた恩義を返すためだ。故にお前の仕事ぶりとの因果関係は一切ない」

「恩義──で、ございますか?」

 

 そういえばセバスはニニャの事は知らないのか。カッパー級冒険者時代の話だからな。一応ナーベラルからアルベドに報告は行っているはずなのだが。

 まぁすべてを把握しているのはアルベドだけで良いのだから、知らなくても当然と言えば当然なのか。

 

「漆黒の剣の一人、ニニャのことでございますね」

「そうだ。漆黒の剣の人たちには冒険者を始めたばかりの頃に世話になったのだ。そして彼──いや、彼女は貴族に浚われた姉。つまり、ツアレを助けるために冒険者をやっていたのだよ。そしてこれだ」

 

 空間から取り出すは彼女の日記。その中には数多の情報と共に、姉の──ツアレに対する思いが綴られていた。だからこそ俺はツアレを助命し、保護しようとしたのだから。

 

「なんと──では、僭越ながらツアレにその妹──ニニャに一目でも会わせてあげたいと思いますが、よろしいでしょうか」

 

 よしきた。来ると思ってニニャの死体を保管しておいてよかった。ついでにニニャのことはセバスに任せるとしよう。

 早々にコキュートスに《メッセージ/伝言》を飛ばす。流石に深夜であるため人間であるツアレはまだ寝ているだろうから、明日で良いか。ニニャはあまりレベルが高いわけでもないからルプスレギナに復活させた方がいいだろう。

 

「今日、ルプスレギナの魔法によりツアレの妹──ニニャを生き返らせることとする。以後の管理はセバス、お前が行え」

「多大なるご慈悲。真に感謝いたします」

 

 さて、次はソリュシャンか。アルベドと同じくずっと表情が変わらないのは姿そのものが『作って』いるからなのか、それとも常にそうあれとしたヘロヘロさんのお蔭なのか。多分にブラック従事者たるヘロヘロさんのお蔭だろう。

 

「ソリュシャン、お前は何が欲しい。なに遠慮することはないぞ。これは信賞必罰。お前の信に対する褒美なのだからな」

「でしたら、アインズ様。人間が欲しゅうございます。それも出来れば、無垢なものを」

 

 ソリュシャンの言葉は大体予想できたものだった。だったら話が早いというもの。なにせ沢山やってくるのだから。

 

「そうか。ならば喜べ。今度ここへ沢山やってくるぞ。何人かは情報を得るために捕縛する必要があるが大半は生かす必要すらも無い者達ばかりだ。その中に無垢なものが居るかは分からんが、もし居たとしたら優先的にお前に回すとしよう。存分に味わえ」

「──!! 過分なご判断。誠にありがとうございます!」

 

 正に喜色満面。他の比べればずっと薄い表情だが、俺にはそれが満面の笑みであることは探らずとも理解できた。そうか。スライムであるソリュシャンは、顔ではなく全身で喜びを表すのだ。そういえばと良く見れば、微かに体の表面が波打っている。余程嬉しくて身体が維持し辛いのかもしれない。

 そこまで喜んで貰えたのであればこちらとしても嬉しい限りだ。

 

「では、これで以上とする。すまぬな、あまり王都を離れられぬ現状であるが故、お前たちと余り時間が取れぬこの身を恥じよう」

「いいえ! そのような忙しい身でありながらも、態々私達に時間を割いて頂ける慈悲深き御方に何も恥じることはございません! ただただ感謝するばかりです、アインズ様」

 

 相変わらず忠誠心高すぎだろう。アルベドしか喋っていないが、二人も同じだとばかりに傅きながらも『うんうん』と頷いている。もっと頼っていいんだよ。我儘言っていいんだよ。と言いたい。暴走する者が居るから言うわけにもいかないが。

 

(あぁそうだ。功労者という意味ではデミウルゴスもだ。そうだ、こそっとデミウルゴスに俺の声入り腕時計を送ってみよう。そして感想を聞いて、それを報奨の中に入れていいものか相談すればいいんだよ。それにデミウルゴスであればそこまで心を抉るような辛辣な言葉は出ないはずだから、精神衛生上にも良い。よし、そうしよう)

 

 鷹揚に頷いて謁見の間を後にする。早々に帰らねば日が昇る。昇る前に帰らねばまず間違いなく奴らが侵入してくる。早く帰らねばと思えば、自然と歩く足が速くなっていく。

 

(しかし今回大掛かりな侵入になりそうだな。冒険者モモンとしては静観すべきか、もしかしたらその侵入者の中にナーベラルが混じる事もあるだろうから…あぁ、デミウルゴスどこに居るんだよ今!)

 

 なんとも情けない声が頭の中から聞こえる。自分の考えなのにそう思いたくない自分が居る。

 王都での気持ちのいい朝日を浴びながら、しかし問題山積な現状に出るのはため息しかなかった。




はぁ──エントマちゃんかわゆ──


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2章 王都 漆黒の英雄と蒼の薔薇編ー3

「そら! そらそらそらぁぁ!!」

 

 王都から半日ほどで来れる広い広い草原。ガガーランさんの両手持ちハンマーの連続攻撃による打撃音が鳴り響く。とはいえ俺もただ立っているわけでもただ殴られているわけでもなく、全ての攻撃を二本のグレートソードで捌いていた。

 会った冒険者の中では指折りの力の様だが、それでも強いとは思わない。攻撃速度こそ両手武器を使ってる割にはそれなりではあるものの、単純な力で言うならデスナイトとそこまで変わらないのではないかと思ってしまう。恐らくハムスケの方が力が強いだろう。技術という意味ではあのクレマンティーヌの方が歴然と上だ。

 

(この辺りが人間の限界なんだろうか? いや、俺の様にユグドラシルから来た人間ならば間違いなく桁一つは高い力を持っているはず。でも──)

 

 言い方は悪いが『この程度』で人類最高峰なのだろうか。英雄に匹敵すると自負していたクレマンティーヌですら俺が魔法を使う必要すらない程度の強さしかなかった。確かに技術は凄い。素人丸出しで能力任せな攻撃では掠りもしなかった程だ。だが慣れてきた今ならあんな倒し方ではなく、普通に冒険者モモンとして戦えるだろう。それは俺が強くなってきているからなのか、それともこの身体に慣れて十全な力が出せるようになってきているという事なのか。

 

「隙ありっ」

(無いんだけどなぁ…)

 

 恐らく死角と思われる──そもそもアンデッドに死角なんて無いけれど──位置からティアが攻撃を仕掛けてくる。そのタイミングを見計らってハンマーを強く弾いてバランスを崩させ、剣で──やったら両断してしまう。剣を放してナイフを持った方の手を掴んで大きく投げた。

 流石は忍者ということか、空中でバランスを取って軽く着地してしまう。叩き付けでもしない限り投げても効果は無さそうだ。

 

「あぁクソ。隙がねえ崩せねえ。自慢の力も足元にも及ばねえと来てる。こっちはガチだってのにさ」

「さっきから手加減ばかりされてる。今だって剣で防いだら私が危ないからってわざわざ剣を手放して投げてた」

 

 流石に自分たちが何をされているか位は理解してくれているのか。しかし、よくこれでエントマに勝てたものだ。やはり『あの魔法』のお蔭という事か。アルベドが纏めて送ってくれたエントマからの報告書によれば、イビルアイが来るまで一方的に蹂躙出来ていたらしい。そしてシズからの報告書では、イビルアイ自体もそこまで強くはないとのことだった。恐らくはレベル50を超えては居るものの、レベル70までは行かないのだろう。デミウルゴスの報告書によれば彼女たちは《ヘルフレイム/獄炎》で即死したらしいからレベル40すら怪しそうだ。下手をすればデスナイト以下か。

 やはりクレマンティーヌが言っていた『英雄』。そしてニグンの言っていた『魔神』。決しておとぎ話などではなく確実に存在していた──いや、一部は今なお存在しているだろう者達。

 

(その中にシャルティアを洗脳した奴らが居る。そういうことなのだろう)

 

 ワールドアイテムを有し、シャルティアを洗脳し己が意のままに操ろうとした者がいる。決して許せる所業ではない。それに比べればこいつらがした事など大したものではないと言える。小事に目を瞑り、大事に対抗するのだ。

 

(その為にはこいつらのコネに名声、情報網は欠かせない)

 

 息が上がってきたのだろう。俺が考え事をしながら弾いていたら、いつの間にかペースが乱れてきている。アンデッドは疲れないから、そういった機微を感じる事は出来ない。ナザリックとて同じ事だ。クリーンでホワイトな会社ナザリックを目指すならば、休息はかかせない。そういう意味でもこいつらで練習しておいた方が良いだろう。

 同時に攻撃してきた二人の攻撃を大きく弾き、『終わりだ』と一言告げてからイビルアイの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、まだ──ぐぅっ──」

 

 モモンが離れたことで緊張していた身体が緩んだのだろう。一気に疲労が吹き出してくる。ほんのついさっきまで羽のように軽かった愛用のハンマーが『疲れた』と言わんばかりに地面から離れてくれなくなってしまっていた。

 ティアの方を見ればいつもの涼しい顔は見る影もなく、まるで服を着たまま行水をしたかのように全身がぐっしょりと濡れたまま地面に突っ伏していた。仰向けになる元気すら残っていないのだろうティアの肩を掴み、少し乱暴にひっくり返した。

 

「感謝。あのまま窒息死するかと思った」

「ズタボロだなぁ、お互い」

 

 奴は一度も攻撃していない。俺達が一方的に攻撃していただけだ。だというのにただの一度も攻撃は当たらず、全て弾かれるか避けられるかしてしまっている。これが同じアダマンタイト級だと言えるのだろうか。奴をアダマンタイト級の基準とするなら、俺もティア達も等しくカッパ―なのかもしれない。

 

「あぁクソ。高ぇなぁ…」

「リグリットとどっちが強いと思う?」

 

 向こうを見れば、どこの村娘だと言いたくなるほど甲高い声を上げながらイビルアイは奴に引っ付いている。あれだけやったというのに息一つ乱れている感じがしない。まさしく化け物と言えるタフさ、強さだ。

 ふとティアから聞かれたババア──リグリット・ベルスー・カウラウの事を思い浮かべる。アレとどちらが強いかと。

 息一つ乱すことなくこちらに悪影響が出ない程度に手加減し続ける漆黒の英雄モモンと、ゲラゲラと笑いながら『やめてくれ』と泣くイビルアイをボコボコにした元十三英雄の一人。自分と強さの次元が違いすぎる二人。どちらが強いかと聞かれたら『どちらも強い』と言う他ない。

 

「分かるわけねぇだろ。次元が違いすぎらぁな」

「うん、そだね」

 

 一緒に蒼の薔薇に居た時には時々件の十三英雄についての逸話──実体験をよく聞かされていたせいか、親近感が強い。近くに居たから気付かなかった。いや、気付く力すら無かった。それで強くなったと勘違いしていた。アダマンタイト級だからと。

 

「俺ら、弱ぇな」

「うん、でも強くなれる」

 

 ティアの言葉は漠然としたものではなく、はっきりとしたものだ。今はまだ雲の上かもしれない。だがそこへの道程はある。イビルアイの様に人であることを捨てるのではなく、人であるが故に強くなれる事もあるだろう。

 

「良い顔しているな、二人とも」

「発情期が何の用だよ。愛しのももんさまーの所に居れば良いじゃないか」

 

 『誰が発情期だ!』と憤慨するイビルアイにニヤリと笑う。お前だよと。ヤることを覚えたガキの様な顔していると気付かないのだろうか。しかし憤慨していたイビルアイはあっさりと矛を収め、ドヤっと良い顔──いやムカつく顔をした。

 

「惚気はいらねえぞ」

「そういうのは酒の席で思う存分聞かせてやる。あのな、モモンさんの言葉だよ。よく聞いて心に刻め」

 

 だるい身体を起こしながら、イビルアイを軽く睨む。何なんだ一体。ティアも何事かと起き上っている。大分力が戻ってきている証拠か。

 

「モモンさんは数多の強者を見てきたそうだ。その前提で聞け」

「ンだよ。勿体振らずにさっさと言えよ」

 

 

 俺はバタリと倒れ込む。身体が震えていた。空が滲む。あぁ、そうか嬉しいからか。なんだろうな。良くある普通の言葉だって言うのに。その言葉が一番欲しかったという事なのだろうか。

 

「ガガーランでも泣くんだね、驚き」

「うるせえよ。俺は女なんだ。泣きもするさ」

 

 乱暴に涙を拭けば、視界に涙でぐしゃぐしゃになった顔を必死に拭いているティアが見えた。俺と同じくコイツにも『効いた』のか。それだけ渇望し、同じだけ諦めようとしていたのかもしれない。

 

 

 

──お前ら、今よりずっと強くなれるってさ。

 

 

 

 

 

 

「ももんさーん、寝てますかー?」

 

 時は深夜を回った所。場所は宿屋。だたの宿屋ではない。モモンさんが止まっている宿屋だ。そこに抜き足指し足とこっそりやってきたわけだ。もう寝ているだろうか。どんな寝顔しているのだろうか。仲良くなってきた感じがする今こそ、ステップアップする時期なのだと一世一代の決心をして来たは良いものの…

 

(えっと、湯浴みはしたけど…も、求められたらどうしよう…こう、もうちょっとこっち方面も勉強しておいた方が良かったなぁ…)

 

 小さな声で、起きないでと言わんばかりにドア越しにモモンさんが泊っている部屋の様子を伺うが、中で動いている気配はない。やはり寝ているのだろう。

 

(よ、夜這い朝駆けは女の嗜みって本にも書いてあったしな。よ、よし…行くぞ)

「お、おじゃましま──」

「ん? イビルアイさんですか。どうしました、こんな夜更けに」

 

 今は深夜を回ったところ。意を決して部屋に入ると、椅子に座っているモモンさんが居た。

 起きているとかそんな次元の話では無い。昼間見たフルプレートのまま。フルフェイスメットすら脱がない、一分の隙すら無い姿で椅子に座っていたのだ。

 一瞬で脱力してしまった。胸のときめきを返してほしい。けど大丈夫。わたし、今ときめいている。現金なものである。止まって久しい癖に。

 

「お、起きていたんですね…」

「ん、あぁ。私も寝る必要が無いですからね」

 

 そっかー。モモンさんも寝る必要が無いのかー。じゃあ起きて座ってても──

 

「え、『私も』って──え、モモンさん『も』?」

 

 そっと後ろ手でドアを閉め、鍵をかける。逃がさないとかそういう話では無い。この話は他人に聞かせていいものではないからだ。

 沸騰した頭が一瞬で冷める。この辺りはアンデッドで良かったと思える。私は無言で部屋に添えつけられた椅子──テーブルをはさんでモモンさんの真向かいに座った。

 私が準備出来たと分かったのだろう。何かアイテムを空中に投げると、空気が揺れた。違う。遮断系のものだ。恐らくだが外に音が漏れないようにするためのものなのだろう。

 

「モモンさん──モモンさんも『アンデッド』なんですか?」

「驚かないでとは言いませんが、いきなり攻撃したりしないで下さいね」

 

 しつこいくらいの念の押し様だ。それは私が信用できないとかそんな話ではないのだろう。恐らく今まで顔を見られた瞬間に攻撃されてきたからだ。私だってそうだ。それが怖いからこうして仮面をつけているのだから。だから、私は仮面をテーブルに置いた。信用の証として。

 

「紅く、綺麗な目ですね」

 

 本当に気障なヒトだ。でも躊躇しているのは見て明らかだった。言葉で濁し、出来ればこのまま有耶無耶にしたいという気持ちも分かる。けど、見たい。彼の──モモンさんの本当の姿を。

 

「見せてください、モモンさん。私に──貴方の顔を」

「見たら──戻れなくなりますよ」

 

 ここが分水嶺。ここを過ぎればもう戻れない。今まで通りにはいかなくなる。そう警告してくれている。

 優しすぎるのだ、彼は。例え自分が傷ついても、私が傷つかない様に。

 

「良いんです。もう、覚悟は決めました。全部、見せてください。私は、貴方の全てが知りたい。例え──」

 

 もう、傷つかなくていいんです。私が居ます。私が傍に居ますから。

 

「例え、世界が貴方を敵だと言っても。例え誰にも理解されないとしても。私は、貴方と共にあります。その結果──彼女達を傷つけることになろうとも」

 

 私の想いを分かってくれたのだろうか。暫く考えて、もう私が引かないと思ったのだろう。彼は『分かりました』と小さく頷いた。

 彼がヘルメットに手をやりゆっくりと持ち上げる。するりと抵抗なくヘルメットが上がっていく。尖った顎が見えた。白いものが見えた。白いものが肌ではない事に、歯が直接見えた事で気付いた。もう、分かった。半分も脱がないうちに。

 

「モモンさんはスケルトン、だったのですね」

 

 そう、モモンさんはアンデッド──スケルトンだったのだ。



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2章 王都 漆黒の英雄と蒼の薔薇編ー終

 ゆっくりと部屋が明るくなっていく。少し視線をずらせば朝日が昇ってきているのだろう、窓際から少しづつ陽光が部屋を照らし始めているところのようだ。

 ゆっくりと視線を戻す。美しい白き曲線が視界一杯に映る。それに私は指を絡ませる。人では出来ない行為だ。人でなければ出来ないこともあるが、人でないが故にこうやって愛おしき人の曲線──肋骨へと指を絡ませることが出来る。彼はくすぐったいのか、少しだけ身じろぎすると同時に頭上から視線を感じた。

 眠らぬ二人の眠らぬ一夜が終わりを告げたのだ。

 

「おはよう。キーノ」

「おはよう…ございます。モモン──ガ…さん」

 

 互いに名を──本当の名を呼び合う。二人だけの共有。なんと心地良いものか。心臓など動いてないはずなのに、彼に名を呼ばれただけで顔がカッと熱くなった気がしていた。

 たくさん──本当に沢山の事を話した。私がなぜ吸血鬼になったのか。十三英雄としてのこと。そしてモモン──モモンガさんのこと。そして、モモンガさんを生き返らせ、こんな──アンデッドにしてしまったアインズ・ウール・ゴウンのこと。

 確かに彼は力を求めたかもしれない。人ならざる力を。奴を──ヤルダバオトを倒すだけの力を。お蔭でヤルダバオトを圧倒できる力を手にすることが出来たかもしれない。けれど、それで良いのだろうか。この人は私と違う。弱かった私と。弱さから逃げた私と。泣いて逃げた私と。

 力を持ち、己が弱さを認識し。逃げないために力を求めた人。そのために全てを──そう、愛する人も、名すらも捨てて。

 私に何が出来るだろうか。何もできないかもしれない。実際長く傍に居た彼女──ナーベも何もできなかった。何もしなかったかもしれない。でもきっと、こんな復讐をずっと続けてほしいなんて誰も思っていなかったはずだ。

 でも、彼の想いは根が深い。何せ千年だ。高々数百年程度の小娘(ここが大事だ)には思いも依らぬ苦悩と、苦痛と、怨嗟と、怒りと。様々な思いが彼の中に渦巻いているのだろう。

 

「もう朝か。こんなにもベッドに長く入っていたのは久しぶりだな」

「私も、かもしれません」

 

 互いに人非ざる身。寝るどころか休憩する必要もない。それでも彼は私の儚い望みを叶えてくれた。

 彼と一緒に起き上る。ずれた毛布に肌を晒し、『あっ』というなんとも言えぬ彼の照れた──上擦った声に再び頬に朱が差す。一晩中肌を重ね続けたというのに、彼の視線に気恥ずかしさをかんじてしまい視線を合わせられず背中を向けたまま服を着始める。

 

(恥ずかしいけど、なんか嬉しいな…)

 

 恥ずかしいから後ろは向いて居るものの、何も隠さず人前で──いや、異性の前で着替えるなどこれが初めてなのだ。

 彼の視線をお尻に感じる。背中に感じる。微かに胸辺りに感じる。見てほしいと彼の方を向きそうになってしまう。なんとはしたない女なのだ、私は。朝になっても昨夜の興奮を抑えられぬとは。

 しかし私が気付いてないと思っているのだろう、彼の視線が段々大胆になって…

 

「起きたか、イビルアイ」

「うひゃあっ!? が、ガガーランか!!」

 

 無遠慮な声と同じく遠慮も無くドアが開かれ、ひょいとガガーランが部屋に顔だけ突っ込んできた。私は半裸のまま、彼女と目が合ってしまう。恥ずかしいなんてものじゃなかった。

 

「ンだよ。今の今まで乳繰り合ってたのか。ガキみてぇな事しやがって。後ろ見ろよ」

「え、うし…あぁっ!!もも──あれ?」

 

 ガガーランに後ろと言われ、そう言えばモモンガさんは裸──骨の姿のままだったのを思い出し、急いで振り返るも。

 

「何かあったのだろう。急げ、イビルアイ」

「は、はい。ひゃあっ!?」

 

 既に全身鎧を着こんでおり、その鎧の感触を確かめているのだろう。彼はガントレットを微調整しながらこちらに視線を向けていたのだ。いつの間に着替えたのか。いや、『こういう奴』が居るから着替えるのも自然と早くなったのだろう。年季と言うものが違うというわけだ。

 冷静な彼の声に急いで着替えを続けようとするも、無理な体勢で振りむいたせいでバランスを崩してしまいそのまま尻餅をついてしまった。

 

「ったく。色ボケしてんじゃねーぞ」

「だっ──誰が色ボケだーーーー!!!」

 

 『早くしろよ』という捨て台詞と共にドアが閉められる。私の抗議の叫びは空しく無人のドアに響くだけだった。

 

 

 

 

 

「どうだったの?」

 

 二人を置いて階段を下りていくと、既に集まっていたメンバーの中から声を掛けられる。確認せずともわかる。少し興奮した声。男に一切縁のないうちのリーダー様だ。

 

「どうもこうもないぜ。ありゃ間違いなくやったな」

「えぇうっそ本当なの!? うわぁ、イビルアイもとうとうしちゃったんだー」

 

 投げ出すように椅子に座れば『ギシリ』と椅子が鳴る。しかしゆがむ素振りも無い。流石は高級宿屋の椅子だ。『きゃあきゃあ』と黄色い声を上げるラキュースに辟易しながらウェイターにエールを頼む。

 

「ちょっと朝から飲まないでよ。大事な話があるって言ってるでしょう」

「あぁ?こんなモン水だ水」

 

 どこから用意したのかティーセットを使って茶を飲んでるラキュースがこちらを睨んでくる。しかし日課なのだからいい加減慣れてほしいものだ。そもそも俺はこんな水もどきで酔う程やわじゃない事くらい知っているだろうに。

 

「ンぐっ…ンぐっ…ッハァ!しっかし、奥手そうな顔して早かったなあ。やっぱモモンが押し倒したんだろうな」

「そうかしら。意外とイビルアイみたいなタイプは自分から行きそうな気がするけれど」

「戦闘では率先して動くタイプ」

「きっと六大神が広めたとされるシージュハーテを実践してる」

「しかも二週」

 

 意外とティア、ティナの二人も乗ってくる。小さいがこいつらも女という事か。意外とああいうタイプは二人とも興味はないと思っていたが。意外や意外、なのか。単純に絆されたのか。

 

 

 

 

 

 

「貴様ら随分と好き勝手言ってくれてるな」

 

 朝早くから呼び出されるのはただ事ではないと急いで着替えて降りて来たは良いものの、やっているのは人の恋路の下世話な話だけだった。何がシージュハーテだ。彼は無いんだよ。知ってるのは私だけだがな、フフン。

 

「お前が発情期の猫みてえな事やってるからだろ」

「出来た?」

「たぷたぷ?」

 

 しかし私の威圧もどこ吹く風か。飄々と躱すガガーランはいつものようにエールをジョッキで飲み──いやこいつはいい。何をやっているんだこの双子は。興味津々な顔で目をキラキラさせながら私の下腹をつんつんと突いていた。無いぞ。欠片も無いぞ。言う気も無いが。

 『はい、始めるからそろそろやめなさい』とラキュースが手を叩くが、私には分かっているぞ。お前の顔がひくついているのが。お前が一番興味津々なのがな。だがグダグダとこんな事をやっている場合でもないのだろう。全員揃い踏みという自体普通ではないのだから。

 

「ラナー──王女様からとある情報を入手したわ。そして、それについて私達で動いてほしいとの依頼も来てるの」

「王女から情報と──依頼だと?」

 

 それは珍しい。どちらかならば懇意の二人だ。良くある話で終わる。だが両方纏めてというのは非常に珍しい。王女からの情報となると、余程隠蔽されたものか他国のもの。そして依頼──この国有数のアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』への依頼となるとかなりの難度であることが予想される。私達で入手できなかった情報から依頼。確かに全員が集まらなければならない案件だろう。と、隣に立つ彼──モモンガさ──じゃなくて、モモンさんの方を見る。そうだ。モモンガさんと呼んでいいのは二人きりの時だけなのだ。

 

「私も相席しても良いですか?」

 

 まず間違いなくかなりの厄介事だというのは分かり切っているというのに。彼は無関係なのに。なのに、彼はそんな事も気にせず話を聞こうとしてくれていた。これは、そうか。そう思っていいのだろうか。『彼女は俺の身内だからな』とかそんな感じで思ってしまっていいのだろうか。いやまだ早いだろう。早計だ。たった一晩閨を共にしただけなのに、重い女だとは思われたくはない。でも、思ってくれたのなら嬉しい。

 

「モモンさんも手伝ってくれるのは助かるわ。イビル──あ、えぇ…」

「変な妄想してクネクネ踊ってないで、さっさと──座れ!」

 

 何が起きたのだろうか。額が痛い。気付けば私は彼の隣に座って居る。そして、周りの皆の視線が痛い。私が何をしたというのか。あぁ、そうか嫉妬か。それは仕方ないな。彼氏がいるのは私だけなのだから。仕方ないな、今夜はこいつらと飲みながら幸せの御裾分けを──いや、今日は正式に閨を共にして朝を迎えた日だ。今夜位は──いやあと十日位は彼の元に足繁く通うのが女と言うも──

 

「──いたい」

「仮面越しでもきめえくらいニヤニヤしてんのがモロバレなんだよ!!」

 

 再び額が痛くなった。仮面越しなのにピンポイントで額だけにダメージを与えるとは。中々器用な奴だ。

 

「話──続けていいかしら」

 

 流石に苛ついてきたのだろう。ラキュースの声に余裕が無くなってきている。いい加減真面目に聞こうか。

 

 

 

 

 

 

「──というわけなの」

 

 運が向いている。というのはこういうのを言うのだろう。思わず『よしっ!』とガッツポーズをしてしまうところだった。実はこっそりとデミウルゴス辺りがラナー姫に情報をリークしたのではないかと思う程のタイミングだ。

 そう、ラナー姫は帝国のナザリック地下大墳墓への襲撃の情報を入手していた。そして彼女はアインズ・ウール・ゴウンへ助勢をしてほしいと蒼の薔薇へと依頼を出していたのだ。

 なんだろう、良い子だ。思わず泣けてくる。他人の善意ってこんなに温かいものだったのだろうか。思わず出ない涙が頬を伝った気がしてしまった。よし、彼女が困っていたらなんとか手助け位するべきだろう。例えば彼女が『帝国やっちゃってください』ってお願いされたら…やっても良いかもしれない。どうせナザリック地下大墳墓へと敵対行動を起こそうとしているのだ。滅んだとしても自業自得だ。

 そうだ。上手く帝国を煽ってこちらへ進撃させて、殲滅するのはどうだろうか。それを彼女の戦果として渡せば彼女は王になれたりするのではないか。彼女──ラキュースさんの話では王宮内では立位置が難しい所にあり、結構不便しているそうだ。ならば意外と良いかもしれない。だとするなら、結構派手な魔法をぶっ放して一気に殲滅し、帝国に『こいつはやべえ!』って思わせた方が良いだろう。そしてこちらから沸き起こる拍手喝采。スタンディングオベーション。ならばとっておきの奴をやった方がいいだろう。

 

「私も参加しよう。アインズ・ウール・ゴウンとは知己の関係だからな」

「そうなの!?」

 

 ラナー姫のことでテンションが上がってしまい、思わず知己って言ってしまった。左手に感触を感じて視線を向けると、心配そうな顔をしたイビルアイがこちらを見つめてきている。ヤバい。そういえば彼女には『意図せずこの姿にされた』って言ったのだった。思わず話がノってしまって、苦悩と苦痛と絶望に苛まれた悲哀の王子になっているんだった。どうしようと思ったが、とりあえず誤魔化すように彼女の頭を撫でる。この子、頭を撫でられるのが好きみたいだから一晩中話をしながら撫でていたが、今回もどうやらうまくごまかせたようだ。

 

「それなら助かるわね。良ければ彼の──当のアインズ・ウール・ゴウンについて教えてもらえないかしら」

「えぇ、構いませんとも。恐らく、私ほど彼を良く知る人物は居ないでしょうからね」

 

 嬉しそうに聞いてくるラキュースさんに『やっぱ無し!』なんていう事も出来ず。出来るだけぼかしながら話すしかない。自分の事なので逆に難しいとは。『なんでこんなことまで知っているの』と言われはしないかと思わず出ない冷や汗が出てしまいそうだ。出来るだけ慈悲深き支配者という姿を印象付けないと。怖くないよ。良い──とは言い切れないけど、悪い人じゃないんだよ。ホワイトな支配を目指してる人なんだよ、と。

 

「出来れば、まずは彼の人となりから聞かせてもらえるかしら。そうすれば直接応対して連携を取ったり出来ると思うの」

「いいですとも。彼はですね──」

 

 兎に角慈悲深いこと。礼を尽くせば決して無下にしないこと。徹底して『味方になれば彼ほど心強い味方はいない』という印象を作り、話し続けた。

 

(頑張れ、俺。俺自身を──アインズ・ウール・ゴウンをプレゼンテーションするんだ。そしてリ・エスティーゼ王国にとって利のある関係を築ける相手だと思って貰わないと)

 

 ラナー姫が──恐らく前に救ったガゼフから、その話を聞いたらしいクライムという男から話を聞いたのだろう姫が──襲われるという情報だけで動かせぬ軍ではなく早急に動ける冒険者を──しかも最高ランクであるアダマンタイト級冒険者のチームである蒼の薔薇を動かしてくれたのだ。それだけアインズ・ウール・ゴウンを──ナザリックを高く評価してくれたのだ。それに報いなければ、アインズ・ウール・ゴウンの名が廃るというものだ。

 恩には恩を。仇には仇を。信には信を。敵対するものには──等しき死を。

 

(バハルス帝国、お前たちにはナザリックの──アインズ・ウール・ゴウンの踏み台となって貰おう)

 

 熱く語る俺とは裏腹に、少しだけ顔が引き攣りだす彼女たちに小さな疑問を浮かべつつも、俺はアインズ・ウール・ゴウンを、ナザリックをプレゼンしていく。より良きナザリックの未来のために。



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3章 襲撃編
3章 ナザリック 襲撃編ー1


 ラナー姫の依頼──ナザリック地下大墳墓を襲撃する冒険者から守れという依頼を受けた俺と蒼の薔薇のメンバーは、ナザリックにほど近い街──エ・ランテルに到着していた。

 既に各国の冒険者が集まっているようで、活気のあるエ・ランテルがさらに活気づいているように見えた。屋台や露店の数も増えており、新規の客を呼び込もうと宿屋の案内人達もそこかしこで冒険者たちに声を掛けている。

 俺達はあまりの人混みに辟易し、早々に世話になっている宿屋──黄金の輝き亭へと足を向けていた。

 流石は一線を画す老舗の高級旅館だけあって、流石に中は然程混んでいない。いくら宿が取り辛いとはいえ、他と桁一つ違うこの宿を気軽に利用できる冒険者などそうそう居ないのだろう。

 あまりの人混みに疲れたのか、隣に居るイビルアイが宿屋に足を踏み入れた瞬間『ほぅ』とため息を付いていた。有名な蒼の薔薇のメンバーであるが故に周囲からの視線は多いものの、近づくものは居ないのが幸いか。まぁ一人を除いてだが。

 

「久しぶりだな、ナーベ」

「お久しぶりです、モモンさ──ん」

 

 久しぶりに見たナーベは相変わらずのようで、もはや癖どころか一種の個性のようになりつつある彼女の呼び方に少しだけ安堵してしまうのは、常時綱渡りを続けている現状の所為なのか。そんな小さな変化すら見逃さないとばかりに、すっとイビルアイの手が俺の指に絡みついてきた。嫉妬等の類なのだろうか。前の世界を含めて女性と付き合ったことがない俺には彼女の心境がよく分からないために、こういう小さな行動が何を意味しているのか理解できないのが辛い。

 ナーベの方もで、繋いだ手へとちらりと視線を向けてくる。少しだけ眉を潜めたところを見ると、あまり歓迎すべき行為ではないと感じてはいそうだ。

 

「早い御着きでしたね。あと十日はかかると思っていましたが」

「早いに越したことはないだろう。出来ればここを出発する前に終わらせられるならその方が良いだろうからな」

 

 思っても居ないことをナーベと話し続ける。建前上は、冒険者達にナザリックへ行くこと自体を諦めさせるというものだが、あくまで建前だ。折角帝国を含む各国の冒険者が態々ナザリックへ来てくれるのだ。丁重に扱って最大限まで情報を引き出し、血の一滴に至るまでナザリックの為になってもらわねばならないのだから。

 蒼の薔薇のメンバーはお腹が空いていたのだろうか、宿の食堂へとさっさと足を向けている。イビルアイも周りに促され、少しだけ名残惜しそうに俺から手を離していった。

 

「──ん? この人たちは?」

「初めまして。バハルス帝国のワーカーチーム『フォーサイト』のリーダー、ヘッケラン・ターマイトです」

 

 蒼の薔薇のメンバーと入れ替わるように四人組が近づいてくる。ナーベの後ろから近づいてくる割にナーベがそれに珍しく反応しないのは、帝国で知り合ったからなのだろうか。

 一歩前に出た男はリーダーらしく、自信のある顔つきをしている。紹介されたフォーサイトというチームは4人組なのだろうか。男二人に女性一人、あと森妖精<エルフ>──いや、耳の長さからして半森妖精<ハーフエルフ>か──の女性が一人。それなりに慣れた動きではあるものの、蒼の薔薇のような洗練さがない。恐らくはミスリル級程度だろう。

 

「ナーベが世話になったようですね。初めまして。リ・エスティーゼ王国アダマンタイト級チーム『漆黒』のリーダー、モモンと言います」

「いえ、世話だなんてとんでもない!彼女の卓越した技術は帝国でも相当なものでした。偶々うちが最初に声を掛けさせていただいただけで──」

 

 随分と腰の低い男だ。だがその顔に卑屈さは無い。ナーベの能力を見て『相手が上だ』と確信したが故の行動と言うわけか。その動きにいやらしさを感じることもなく、どちらかといえば良い印象を与えてくる。俺が知る限りこの世界では珍しいタイプだ。ガゼフと似ているという感じがするのは。

 

「右も左も分からぬ帝国で、仲良くしてもらえたようだな」

「はっ!恐縮です」

 

 もしかしたら腰が低くなるのは、このナーベの従の姿勢のせいかもしれないが。

 

 

 

 

 

「あちらで話を聞かせてもらえますか」

 

 そう彼──モモン殿に奥の食堂──というのは失礼か。喫茶エリアへと促される。ナーベさんから話は聞いていたものの、話半分程度に受けていた。が、実際会ってどうだろうか。なんという存在感か。これが王国が誇るアダマンタイト級の冒険者という事なのだろう。上に立つ資質というべきか。彼に頭を下げることに全くと言っていいほど抵抗を──いや、むしろ頭を下げる事こそが当然だと思わせるのは、彼のカリスマ性と言うべきか。どこか掴みどころのないナーベさんが仲間──リーダーに対するメンバーとしてではなく徹して従者としての立場を守り続けるのも頷けるというもの。もしかするとどこかの国のやんごとなき立場の人なのではないかと思ってしまうのも仕方ないのだろう。間違いなく、金のために国を出てこんな所に来るような者とは隔絶した人だ。もしかすると今まで金に困った事がないのではないか、とさえ思ってしまう。贅の限りを施した漆黒のフルプレートと背中に装備した──これもまた美しいという言葉しか出ないグレートソード。一体どれだけの値が掛けられているのか。羨ましい限りの筈なのに、余りに凄すぎて妬みが沸いてこないのは流石だろう。

 慣れた感じで給士に飲み物を頼んでくれる。だが自分の分は取ってないようだ。こういう場所では飲食しないという事なのか、それとも下々の前では食事をとらないという事なのか。理由は分からないがそれが当然として動く様は、貴族特有のいやらしさを欠片ほども感じさせない。

 

「どうですが、この国は」

「え──えぇ、とても豊かですね。エ・ランテルに来るまでに幾つかの村を経由しましたが、どこも平和に見えました」

 

 ──実は、彼はこの国の王子だったりするのではないか。いきなり国はどうか、なんて聞かれるとは思わなかった。普通ならば精々話の切り出しとして、この町はどうだと聞くのが関の山だろう。これがこの国のアダマンタイト級冒険者に求める資質だとしたら、恐らく俺達がこの国の冒険者になったとしても、一生彼らの足下にすら及ばないのは確実だろう。

 

「だからこそ不思議に思えるんですよ。こんな近くにモンスターが蔓延るダンジョンがあるなんて話は」

「ふむ」

 

 国を上げての大調査だ。しかも皇帝は帝国の仕業だとばれないようにするために、一切軍を動かしていない。しかし息のかかったワーカーを大量に投入したところを考えるに、ただ『掃除』をするためだけに動いているのではないのは確かだ。

 王国側ではダンジョンについてどう思っているのかは知らないが、最高ランクの冒険者チームが来ているとなれば、安心していいのかもしれない。

 

「ですが助かりました。危険な場所であるという話は上がっていましたが、あなた方の様な凄い冒険者が一緒となれば──」

「いえ、逆です。我々アダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』と、あちらに居る同じくアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』は──」

 

 そう思っていたのに、彼の口から出た言葉は全く真逆のものだったのだ。

 

「あなた方を止めに来たのですよ」

 

 

 

 

 

 

 

「どうするのですか、リーダー」

 

 日が落ち、少し熱の残る夜のこと。私たちフォーサイトは彼──モモンさんから齎された情報を胸に黄金の輝き亭を出て(流石にお金のない私たちには泊れない)近場の酒場に足を運んでいた。

 出された食事とエールに口を付けるも、あまり美味しくない。いや、帝国で食べていたものと比べるのは烏滸がましい程の味なのだけれど、あの黄金の輝き亭で彼に奢ってもらった食事とフルーツジュースの味がまだ舌に残っているのだ。それを穢されてる気分になって、少しだけ気が落ちてしまう。贅沢な話だ。

 下戸のロバ―テイクはジョッキのミルクを一気に飲み、大きく息を付きながらリーダーに絡んでいる。それはそうだ。大金を夢見てここに来たのに、厄ネタどころの騒ぎでは無い話が舞い込んできたのだから。

 曰く、敵対するものには一切の容赦は無い。まぁこれは当然か。だが逆を返せば敵対さえしなければ容赦してくれるということ。つまり、話が通じる相手であるという事だ。それがどれだけ恐ろしいことなのかは想像もつかない。何せ言葉を解せるということは、それだけ相手が高レベルのモンスターであるという決定的な証拠だからだ。元師であるフールーダ様からそれとなくアインズ・ウール・ゴウンなるものの情報を得るようにという話を頂いたが、その人がダンジョンのマスターなのだろうか。それとも間借りしているだけなのだろうか。話によればフールーダ様に匹敵するマジックキャスターである可能性があるとのこと。であれば、件のダンジョンの主であってもおかしくないはずだ。

 さて、ここからが恐ろしい話だ。ダンジョンの主となれるということは、人間ではないという事。では、それとフールーダ様曰く同等であるらしいアインズ・ウール・ゴウンがイコールであるとするならば。

 

「──今回は止めた方が良いと思う。嫌な予感しかしない」

 

 思わず声が震えてしまう。アルコールが入っているはずなのに、さっきから身体の震えが止まらない。寒いどころか暑い夜だというのに、冷や汗で服が貼りついてまるで行水でもしたかのようになってきている。

 

「そんなに危険だと思うの?」

 

 そんな私の状態に気付いたのか、驚いた顔をしてイミーナがリーダーの傍から離れてこちら側に座りなおしてきた。私の身体は驚くほどに冷えてきているのだろう。彼女の添えられた手を熱く感じるほどだ。

 

「──ナーベさんに初めて会ったときもそうだったけど、彼に──モモンさんに会ったときもそうだった。全く底が見えない」

「それだけの強さを持つ者が必死に止める相手、か」

 

 私には行かなくてはならない理由があった。お金をためてさっさと借金を返して(それでも両親は借金を作り続けるだろうけれど)、クーデとウレイを迎えに行かないといけない。こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。

 ではどうすればいい。会ったばかりの彼に頼むか。金の無心をするのか。ナーベさんと言う美しすぎる相手が居るのに、先ほど見た蒼の薔薇のメンバーらしき仮面の少女だってそうだ。あれだけの相手が居るのに、身体を差し出したところでどうにかしてくれるのか。見下ろす身体には金貨三百枚の価値があるとは到底思えない。

 で、あれば縋るべきは一つか。アインズ・ウール・ゴウンだ。ダンジョンを支配しているだろう彼ならば金貨三百枚などはした金だろう。ならば私の身体──いや、私の命を差し出せば、それくらいはだしてくれるかもしれない。妹二人を、あの地獄から救い出せるかもしれない。その道を作ってくれそうなのは、漆黒のリーダーであるモモンさんだ。まずは彼に会って、それから──

 

「──あ」

「だめよ、それはだめ」

 

 私は考えを口に出していたのだろうか。気付けば私はイミーナに抱きしめられていた。振るえる身体で私を抱きしめ続ける彼女の身体はとても暖かい。

 

「そこまで悪辣な人じゃないんじゃないか、と俺は思っている」

「ですね。話半分に聞いて居ましたが、次に向かう予定のカルネ村はアインズ・ウール・ゴウンなるマジックキャスターに助けられたという噂もありますから」

 

 現状、決して楽観視出来るはずもないのに。男二人は私を心配させまいと笑顔を作ってくれていた。顔を上げれば、泣いていたのだろう。イミーナの目じりに涙が残っている。

 

「──心配かけて、ごめんなさい」

「ううん、いいのよ」

「そうそう、俺達はチームだからな」

 

 いつの間にか私も泣いていたのだろう。無理に作った笑顔に涙が零れる。とりあえずは明日だ。明日、もう一度モモンさんに会おう。ただし、みんなで。

 

 

 

 

 

「──と、いうことらしいな。どう思う、ナーベ」

「あのような羽虫<ガガンボ>。放置で宜しいかと」

 

 にべもない、とはこの事か。シャドウデーモンを通して彼らの会話を聞いて居たが、ナーベは欠片ほども心を動かされなかったようだ。あの冒険者達と仲良くなって、少しは人間への印象がマシになったのかと思ったのだが。

 少しため息を付く。助けるのは簡単だ。彼女の妹二人を含めて。借金など聞いた感じでは前の八本指と同じく相当後ろ暗い相手だろう。ならば払わず潰しても問題ない。しかし、助ける理由が無い。

 彼女を助けたいのか、と自問する。どうでもいいと感じる自分が居る。言うなれば、カマキリに捕まった羽虫を助けたいかと思う程度でしかない。利が無ければ動く気にもならない。これで良いのかと人間であっただろう部分が自身に囁いてくる。だが、理由がなければ際限がなくなる。無限に助け続ける事などできるわけがない。俺は神ではないのだ。

 理由なしに助けたとなれば、あの子は助けたのにこの子は助けないのか。という面倒な話が上がってくる。この世界は平和ではないのだから。ああいう手合いはそれこそナーベの言う羽虫程度には居るだろうから。

 助ける理由が出来れば助けても良いだろう。理由がなければそれとなくやめない様に誘導してやればいい。あのアルシェとかいう娘はソリュシャンが好みそうな気がするし。

 

「そういえばナーベ。奴らの中に『タレント』を持つ者は居なかったのか」

「──申し訳ありません。そこまでは調べていませんでした」

 

 タレント持ちが居ればと一縷の望みを持って聞くも、そもそも人間に対して興味のないナーベでは無理らしからぬ回答しか返ってこない。

 

「まずは明日会って話してみるか」

 

 もう一度小さくため息を付きながら、窓の外に視線を向ける。もう夜中を過ぎたというのにまだ街の灯りは消えない。冒険者達の宴は終わらないようだった。



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3章 ナザリック 襲撃編ー2

 ナーベと──バハルス帝国のワーカーチーム『フォーサイト』のメンバーとの初邂逅から二日。次の日にすぐ来るかと思っていたが、どうも酒が残っていたらしく一日置いての会談となっていた。会談と言っても仰々しいものではなく、俺が泊るエ・ランテルの黄金の輝き亭の俺の部屋でのものであってそこまで緊張する必要のないもののはずなのだが。

 

「──あ──う──」

 

 正面に座る少女──アル…シェ…だったか?──は顔を赤くし青くし、そして血の気が一切ないのかと思う程に白くしている。まるで信号機の様にころころと変わる様は、恐らく頭の中でかなり様々な事を考えてはいると思うのだが。そこまで恐れられるような者はここには居ないはずである。

 現状俺の部屋に居るのは漆黒の英雄モモンである俺に、パートナーとなっているナーベことナーベラルと──

 

「随分と緊張しているようでありんすね」

 

 先ほどからにこやかな笑みを浮かべて俺の隣に座るシャルティアだけである。

 怖がらせてはいけないと思って人間に近い姿をしているシャルティアを選抜したのだが、先ほどから彼女の視線はシャルティアに固定されている。アルベドからの報告によればシャルティアとは初対面の筈なのだが。

 

「──あ、あのあのあの──あ、あああ貴方──さまは──いったい」

 

 恐ろしい程の噛み方である。シャルティアは威圧しているわけでも何でもないのだから、彼女の──いやまてよ。そう思い留まる。俺とナーベ、それとシャルティアの差は何だ。確かにナーベはシャルティアよりも弱いが俺は同等の強さを持っている。だというのにシャルティアだけ異様に警戒する意味。つまり、俺達がプレイヤー等から強さを隠すために使っているマジックアイテムをシャルティアが装備していないからではないか。そう思ったのだ。

 

「シャルティア様、お手を──」

「おやモモン、私にプレゼントかぇ。良きに計らいなんし」

 

 にこやかに右手を差し出すシャルティアの顔はいつもと違いとても優雅だ。流石に外用の顔を確りと作ってくれている。俺は彼女の右手を取り、掌を見せる彼女の手を翻して人差し指に件のマジックアイテムをつけた。

 するとどうだろう。効果覿面だったようだ。今にも倒れそうだった彼女は正しく驚天動地とばかりに目を見開き、頬に血色が戻ったのだ。よし、と俺は内心ガッツポーズをした。

 

「アルシェ──さん? 私の勘ですが、貴方は──」

「──ありがとう、ございます。モモンさんの考える通りです。私は元師匠であるフールーダ様と同じタレント──相手の魔法力を探知する目を持っています」

 

 なるほどと頷いた。恐らくは常時《マナエッセンス/魔力の精髄》を常時発動しているものなのだろう。面白いタレントだがその程度では──そう考えた俺が甘かった。

 

「──この方──えっと」

「ご挨拶が遅れたようでありんすね。私はかのアインズ・ウール・ゴウンの妻!! ──たる、シャルティア・ブラッドフォールンでありんす。よろしくしておくんなんし」

「──あ、ありがとうございます。ブラッドフォールン様は魔力系マジックキャスターではありませんので魔法力しか分かりませんでしたが──」

 

 そう言い、彼女はちらりとナーベの方に視線を向けた。

 

「──魔力系マジックキャスターの方であれば、どの程度の位階魔法を扱えるかが分かります」

「なんと──」

 

 小さく『ごめんなさい』という声が聞こえた。恐らくだが、初めてナーベに会ったときからナーベが第八位階魔法まで扱えることを知っていたのだろう。だが第三位階魔法までしか扱わないのは何か理由があったからだとして、元とはいえ師匠にも話さないでくれていたのか。

 今の俺は《パーフェクト・ウォーリアー/完全なる戦士》を使用しているため俺が超位魔法まで扱えることは分からなかったようだが、これは逃がすわけにはいかなくなったわけである。

 

「──いま、わかりました。ナーベさん、と──恐らくモモンさんも、先ほどブラッドフォールン様に付けられたマジックアイテムと同様な物を身に付けられているのですね」

「あ、あぁ。強すぎる力は要らぬ誤解を招くからな」

 

 咄嗟にでた言葉だったが、上手く行ったようだ。『ありがとうございます』と小さく礼の言葉とともに頭を下げる彼女に悪意はない。これならば上手く取り込めさえすれば大事になることもなさそうだ。

 シャルティアに視線を送る。前もって言っていた事を実行に移すということ。つまり、彼女をどうするかが決定したことを意味している。それに気付いたシャルティアは少しだけ笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルシェ──で、良かったでありんすかえ?」

「──は、はい。アルシェ・イーブ・リイル・フルトです。あの、アイ──」

 

 妹のことを、私を対価に助けてもらわねばと立ち上がりながら嘆願しようとする私に、ブラッドフォールン様は嫋やかな視線を送り、小さな手で制してくる。なんという優雅さだろうか。小さい頃に貴族のパーティーに親に連れられて行った経験はあるが、ここまで美しい所作は見たことがない。

 

「言わずとも良いでありんすぇ。至高の御方であるアインズ様──アインズ・ウール・ゴウン様にはすべてを見通せる力がありんす。アルシェと言いんしたかぇ。そなたの思いは既にアインズ様は酌んでいんす」

「──そう、なの──ですか」

 

 ブラッドフォールン様の夫である(らしい)アインズ・ウール・ゴウン様は既に私の情報を入手していたらしい。確かに私はこの面倒な身の上話をフォーサイトの仲間にすら話したのはつい最近だ。全てを見通すというのは流石に眉唾かもしれないが、少なくとも私に関しては十分に知っているということなのかもしれない。何しろ私がモモンさんに嘆願に来たのは今回が初めてだというのに、モモンさんに繋ぎをつけてもらう筈であったアインズ・ウール・ゴウン様の奥方様が直接その場に来られたというのは、事前に私の情報を知り得なければあり得ないのだから。

 

「──では、妹たちは助けて頂けるのですか?」

「無論でありんす。そなたの親が作った借金、悪い奴らに追い回されていること、使用人たちの退職金──」

 

 嘘だ、ありえない。身体が震える。誰にも言ってない話まで含まれていたのだ。ただの一度。たった一回だけ帝国から出る前に親に妹たちや使用人たちと話した事。全てが含まれていたのだ。

 もしかして、という思いが芽生える。ブラッドフォールン様は言っていた。『至高の御方』と。普通夫に対してそこまで言うだろうか。そこまでの絶対なる信頼を向ける程の相手だということ。それも普通の女ではない。見た瞬間に、濃密な死の気配に支配されてしまう程の強者である彼女の言だ。強さだけではない事は間違いない。もしかすると私はとんでもない相手に取引を持ち掛けてしまったのかもしれない。

 いや、それでもいい。いやいや、それだからいい。私で払えるならば全てをもって払おう。もう私では絶対に対応できない所まで来てしまっているのだ。私で払えるもので済むならば、例え悪魔でも契約しよう。

 

「全て──そう、全て解決してあげられるでありんす。勿論、対価を頂くでありんすぇ」

「──はい、分かっています」

 

 きた。目を細めて笑みを浮かべる彼女はまるで捕食者のようにも見えた。若く美しい見た目とは裏腹に、どれほどの深謀を持っているのか。からからになった喉を潤すかのように『ごくり』と唾を飲み込む。

 

「全て──そう、全てでありんす。アルシェ。貴方の全てを頂くでありんすぇ」

「──ありがとうございます。私の身体、命を対価にして行って頂けるのであれば喜んで全てを捧げます」

 

 私の言葉に満足したのか、彼女は満面の笑みを浮かべて頷いた。よかったと、安堵する。恐らく一瞬でも躊躇したらいけなかった。覚悟を決めてきてよかった、そう思えた瞬間だった。

 

「そなたの覚悟、見させてもらったでありんす。では、こちらも誠意をもって行うでありんすぇ」

 

 そう言う彼女は、両手を豊満なその胸元まで持ちあげて『パンパン』と鳴らした。すると──

 

「お姉さま!」

 

 もう聞くことはないと思っていた声と『ドンッ』と胸に二つの衝撃が来る。忘れられない。忘れるわけがない。

 

「クーデ!ウレイ!」

 

 流れる涙を拭かないままに二人の顔を確認する。白い頬にほのかな朱色。まるでそっくりなその天使と見紛う相貌は間違いなかった。

 

「お姉さまここどこー?黒いうにゅうにゅしてるのに入ったらお姉さまが居たの!」

「びっくりだよね、クーデ!」

「うん、ウレイ!ここがお引越しするところなの?」

「──ちが、──違うの。今から向かうところがお引越し先だから、ね」

 

 『泣いちゃダメ』と二人が私の顔を拭ってくる。まさかまた二人を抱きしめられる時が来るなんて。

 

「言った筈でありんす。そなたの覚悟に誠意を見せたと。もう、全部終わっているでありんす」

「──ぜん、ぶ?」

 

 ぜんぶって何だろう。ぜんぶ。頭が回らない。妹二人を抱きしめながらブラッドフォールン様を見上げると、笑みを浮かべてこちらを見ている。その顔はまるで女神を彷彿とさせる慈悲深いものだった。

 

「そう、全部。金貸しをしていた悪い所は粛清して借金は帳消し。使用人たちには全員に要望以上のお金を渡して全員解雇。妹たちはこうやって連れて来たでありんす」

「──かみ、さま」

 

 そう、それは神の如き所業。人の身で出来るようなものではない。窓から入る陽光が彼女を照らす。その姿は正しく神のように見えたとしても仕方の無い話だった。だが彼女はそれをあっさりと否定してしまう。

 

「私はそんな大それた存在などではありんせん。でも、我が夫であるアインズ・ウール・ゴウン──アインズ様は至高の御方。そう言われても全く問題ない存在でありんすね」

「──絶対なる御方」

 

 椅子から降りて平伏する。教会の神父達が碌な理解も示さないでも口をそろえて言う『神は偉大な御方である』その意味が理解できた。なんという存在か。圧倒などという言葉が陳腐に感じてしまう程の凄まじき存在。これが、神というもの。だとすればブラッドフォールン様があれ程の力を持っていたというのも納得だ。神の妻なのだから。普通の存在であるはずがない。

 床に頭を付ける事になんの抵抗も無い。身体が震える。最初とは違う。感動による震えだ。人は偉大なる存在を前にただただ平伏し、感謝の涙を流す。そんなものが現実にあるはずがないと思っていた。だが、今まさにここにあるのだ。何も知らぬ妹たちですら、私の両隣で同じく平伏している。そう、今、私たちは救われたのだ。

 

「──全てを、忠誠を捧げます」

「うむ、この私──シャルティア・ブラッドフォールンが、至高の御方であらせられるアインズ・ウール・ゴウン様への忠誠、代わりに受けたでありんす。さぁ面を上げなんし」

「はい、ブラッドフォールン様」

「アインズ様はとても慈悲深き御方。そなたの胸にその忠誠ある限り、決して無下にしないことを誓うでありんす。まずはナザリックにて部屋を用意するでありんす。そこで3人ナザリックについて学んで行くと良いでありんすぇ」

 

 私は死ななくて良くなった。いや、元よりアインズ・ウール・ゴウン様が欲していたのは私の命などでは無かったのかもしれない。何を欲しているのかは分からない。でも御方の信に報いるのだ。

 

「今夜そなた達をナザリックに送らせるでありんす。今生の別れ──等という事も無いでありんすが、最低でも数年は会えなくなるでありんすから、しっかりと話してくると良いでありんすぇ」

「──はい、ありがとうございます。ブラ──」

「私は下の名前で呼ばれるのはあまり好きではありんせん。そなた達は私たちの仲間。以後はシャルティアと呼ぶと良いでありんす」

「──は、はい。ありがとうございます、シャルティア様!」

 

 

 

 

 

 

 嬉しそうにパタパタと足音を立てながら部屋を出て行く3人を見送り、ドアが閉まった瞬間に思わずため息が出てしまった。

 

(え、なにあれ。なんで忠誠心が爆上がりしてるの? しかもあれ、ガチなやつだよ…)

 

 何がどうなってそうなったのか。なんでアインズ・ウール・ゴウンが神様扱いされているのか全く理解できない。シャルティアの方に視線を向けると、ドヤ顔でこちらに笑みを向けている。やり切った良い顔だ。わけがわからないよ。

 にしても、今回は皆いい仕事をしてくれた。アウラがドラゴンを操って悪徳業者の居るエリアへ上空からのボディプレスからのマーレの土魔法の範囲攻撃で周囲を中身諸共更地に。当然周囲に一般市民が居ない事は確認済みである。そして街中が混乱している間にアルシェの家に行き、アウラに事情を説明させて使用人にお金を渡して全員解雇。そしてパンドラズアクターが《ゲート/転移門》を開いて妹二人を救出。まさしく流れるような素晴らしい作戦だ。かなり適当で杜撰な作戦で、もしかしてダメかもしれないと思っていたが皆の協力によって完璧なタイミングで終わってくれたようだ。余りにも出来過ぎたタイミングで終わったお蔭か所為か。アルシェから『神様!』とまで言われるほどの忠誠を貰ってしまうことになったが、誤差の範囲という事にしておこう。まず間違いなくアルベドやデミウルゴスが手伝ってくれたお蔭だろうから。

 

「シャルティア、予定通り今夜あの3人はナザリックへと運ぶ。今から帰還してアルベドに連絡を取り、受け入れ態勢を整えるようにしておけ」

「部屋はどうするでありんす?」

「第六階層にアウラたちにロッジを作らせろ。間取りは一間で良いが、曲がりなりにも元貴族だ。それなりの大きさで作っておくように伝えろ。それと、アルシェにはニニャと同じく《テレポーテーション/転移》を含む魔法の習得をさせる。呼ぶたびに迎えに行かねばならぬのでは面倒だからな」

「了解でありんす。では、これで失礼しんす」

 

 優雅にお辞儀するシャルティアに鷹揚に頷き、見送る。さぁこれから蒼の薔薇と会ってナザリック襲撃メンバーについて話し合わないといけない。

 

「行くぞ、ナーベ。冒険者達に出来るだけ襲撃に参加してもらわなければならないからな」

「はっ!」

 

 

 

 

 

「だから何が起きたと言っている!貴様、夢でも見ていたとでも言いたいのか!!」

 

 一体何が起きた。ほんの数刻前に起きた巨大な地響き。直接見た者によれば、ドラゴンの襲来らしいが私が外を見た時にあったのは、倉庫区画が更地になったという結果だけで、ドラゴンなど見えもしない。だからこそこの王城に呼んで直接話を聞いてみたはものの、埒が明かないのだ。

 『出ていけ』と叫び、そのまま玉座へと座る。未だに興奮が収まらない。理解できない事がここまで恐ろしいとは。

 私が落ち着くのを見計らうようにじいが近づいてくる。俺の恨みがましい視線をものともせずに。じいはじいで自分なりの調査を行ったのだろうから咎めるわけにもいかない。

 

「じいはどう思う」

「恐らく魔法であることはまず間違いないでしょうな。魔力系魔法というよりも、どちらかと言うとドルイドの魔法の様に感じました」

「ドルイド──あれの言っていたドラゴンは使えるのか」

「はい、大地竜<ランド・ドラゴン>であれば大地系のドルイド魔法を扱うことも可能でしょう。ですが、飛来したとなれば別ですな。アレは空を飛べませんので」

「では何が来たと思う。忌憚なく言え」

「まぁ、普通に考えればドラゴンロードクラスですな。あれ程の強大かつ濃密な魔力。その辺りのドラゴンが操れるとは到底思えません」

「では何か。突然ドラゴンロードクラスが現れて倉庫区画『だけ』を破壊し尽して突然居なくなったとでも言うつもりか!?」

 

 嘘だろう。あり得ない。ドラゴンロードたちの殆どはかつて八欲王が滅ぼしてしまったはずだ。今残っているドラゴンロードたちは積極的人間への攻撃は行っていないはず。じゃあなんだ。突然ドラゴンロードクラスのドラゴンが生まれ、突然そのドラゴンが帝都に現れ、帝都で破壊行動を行った後、突然消え失せたと。笑えない冗談としか、夢物語にしても吹きすぎている馬鹿話としかいえないというのに。

 

「はい、その通りです、陛下」

 

 じいの──バハルス帝国主席宮廷魔術師フールーダ・パラダインの言葉は、それが夢物語でも絵空事でもなく事実だと突き付けていた。



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3章 ナザリック 襲撃編ー3

 モモン等がアルシェと話している頃。蒼の薔薇のメンバーはナザリック襲撃の冒険者達への説得に走り回っていた。

 既に陽は高く、昼食にと一度集まったはいいもののあまり良い表情をしているものは居ない。

 

「一応、どうだった。と聞くべきかしら」

「難しい所だね。王国の顔見知り共はさっさと帰らせたけど」

「同じく。アダマンタイト級という名前だけでは中々上手くいかない」

「法国の方は顔見知りが居たから私の方で何とかしたが、まず間違いなく不審に思われただろうな」

 

 ガガーランは王国の、私とティナとティアは帝国の、イビルアイには法国の冒険者達への説得に向かったものの、あまり良い状況とは言えなかった。王国の冒険者は確認できただけでも粗方帰って貰う事は出来たものの、帝国はほぼ全員残り。法国はどうにか帰って貰えることになったものの、元聖典の関係者が居たらしく『報告させてもらう』と言われたようだ。

 これで何とか帝国だけに出来たと言うべきか、『殆ど減らす事が出来なかった』と言うべきか。主体であるバハルス帝国の冒険者やワーカー達が全く減っていないというのは、やはりラナーの言う通り帝国の上が絡んでいる──恐らくは皇帝であるジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスが指令を出したというのはまず間違いないのだろう。

 

「まさかパルパトラのジジイや天武のエルヤーまで来ているとは思わなかった」

「ティナ、やはり彼らは──」

 

 私の言葉にティナがはっきりと頷く。パルパトラ老公の居るチームと天武のチーム。強さもさることながら、一番大きいのは上位貴族と繋がって居ることだ。だとするならば。

 

「フェメール伯爵が間違いなく動いている。でもフェメール伯爵の独断とは考えられない」

「──確定、ね」

 

 よく王都から一歩も出ずにここまで情報を集めて先を見通せるものだと、思わず身体に寒気が走る。どれ程の深謀を持っているのか、ラナー姫殿下は。これで今回の襲撃は帝国の皇帝主導の元に行われていた事が確定になったわけだ。だとするならば、最高位冒険者とはいえ、ただの冒険者『風情』に止められるはずもない。

 

「私達が出来るのはここまでという事だな──っ!!」

 

 さて、これからどうするべきか。そう思ったときだった。いち早く気付いたのはイビルアイ。まるで弾かれる様に酒場の入口に視線を送る。次に気付いたのはティアとティナの二人だ。素人目からは3人はほぼ同時に入口に視線を向けたように見えただろう。まぁ誤差の範囲という事にもなる。

 件の入り口から現れたのはモモンさんとナーベさんだった。結果を彼らに話すのは少々辛い所ではあるのだが、現状唯一アインズ・ウール・ゴウンと繋がっている彼らに報告しないわけにはいかない。

 

「どうでしたか」

 

 あまり状況は芳しくないということは雰囲気で感じて居るはずなのに。努めて軽く、まるでいつも通りのように私たちに話しかけてくれる。ティナとティアが隣から椅子を持ってきてくれたので、席を詰めて二人に座って貰う事が出来た。イビルアイがいち早く席を動かし始めたので、自然と彼女と私の間に二人が入り座る事になる。本当に乙女である。

 

「状況はあまり良いとは言えません。ラナーの──ラナー姫殿下からの手紙の読み通りとなってしまいました」

 

 

 

 

 

 

「ラナー姫の、ですか」

 

 気落ちするラキュースさん達とは裏腹に、俺は喝采していた。どうやって喜びを抑えようかと思う程だ。感情を常に平坦にしてしまうアンデッドの能力に感謝だ。

 彼女の話によれば、どうやら今回の騒動は帝国そのものが関与しているとのことだ。つまり、あくまで冒険者である彼女達にはどう足掻いても止められないという事。運良くなのかは分からないが、王国と法国の冒険者は上手く帰らせる事が出来たらしい。それは惜しいことをしてくれたものだ。

 

(聖典と呼ばれる法国の機関の元従事者が居たとはなぁ──良い情報源になりそうだったんだけど、まさか呼び止めるわけにもいかないし。帰り道を襲う理由も作れそうにない。話の感じではそれなりに強いみたいだから、帰り道すがらモンスターに襲われて全滅したとするわけにもいかなそうだし)

 

 『ふぅ』と軽くため息をつてしまうが、話の流れ上問題なかったのだろう。彼女たちに不審がる表情が浮かび上がる事は無い。法国は今回諦める他ないだろう。

 

(帝国の話が終えたら一度法国に向かうのも良いかもしれないな。次の予定に入れておくのもいいかもしれない)

 

 しかし、帝国の冒険者とワーカーはほぼ襲撃に参加、か。上手くすれば帝国を丸裸にすることも容易いかもしれない。そうすればもう帝国に価値は無い。いつ滅ぼしても問題ないのだ。そもそもそういう行動をとるような国と仲よくしようなどとは欠片も思わない。むしろ、ナザリックを甘く見たツケを払って貰おう。

 ラナー姫の立場を良くすること、蒼の薔薇の信頼をさらに強くすること、ナザリック及びカルネ村を含む周辺地域への自治権──いや上手くすればアインズ・ウール・ゴウンが王国の中枢へと食い込むことが出来そうなこと。今回の事で色々な利点が出てきそうだ。後は帝国を上手く煽って王国に攻め入らせて、徹底的に叩き潰すとしよう。

 上手く事が運べばラナー姫の立場は盤石になるだろう。もしかすればラナー姫が王になるという未来も描けるかもしれない。そうすればナザリックの、アインズ・ウール・ゴウンの完全な味方となってくれる国が出来上がるわけだ。これほど旨い話は無い。

 

(きっとラナー姫ならアンデッドの有用性も理解してくれるはずだ。下位アインデッドを利用した田畑や鉱山の開発、死の騎士<デス・ナイト>の警備、移動には首無し馬、そして死者の大魔法使い<エルダーリッチ>の行政!ブラックな仕事は休む必要のないアンデッド達に任せることで、人間は毎日定時で帰れるホワイトな国が作れる!!)

 

 なんと素敵な言葉だろう。毎日定時。8時に出社し、17時に帰る。ホワイト企業。それこそ俺自身が求める最高の状態だ。朝4時起き?帰りが終電に間に合わない?そんなもの、前の世界だけで十分だ。この世界にはそんなもの必要ない。最高の労働環境だけを取り揃えて、皆笑顔で働けるようにしたい。それをナザリックだけではない。世界の標準にしたい。まずは王国から。

 

(こ、これは堪らない世界が出来そうだ…)

 

 アンデッドを作っても作っても間に合わない!と喜びの絶叫を上げる自分の姿を幻視してしまうほどの嬉しさだ。懐には大量の金貨。そして世界は喜びに満ち溢れる。是非とも実行したい案件である。

 

「──となりました、私達はどうしましょうか」

「っ!──あぁ、そうですね」

 

 いけない考え事が多くなりすぎた。いつの間にか話は終わっていたのだろう。気付けば蒼の薔薇の皆がこちらの表情を伺っていた。

 考え事をしていたとはいえ、こちらはアンデッド。考えながら相手の話を聞くなど無意識下でも問題なく可能だ。えっと確か──そうだ。もう冒険者としてはどうにもならないという話だった。

 

「蒼の薔薇の皆さんにはもう十分してもらいました。これから先は政治的な問題も含みますから、彼に任せるとしましょう」

 

 政治的な問題。素敵な言葉である。これを出すだけで部外者は立ち入れなくなる。そう、王国と帝国。そしてナザリックの三者の話となる。これ以上は冒険者が立ち入って良い話では無い。そうしておいた方が動き易いのだ。

 

「では、私は先にナザリックへ向かい、アインズ・ウール・ゴウンと話しておきます。無論、あなた方──蒼の薔薇のメンバーが精勤してくれたことも含めて」

「あ──はい、ありがとうございます」

「名のあるやつが居るわけだし、名前が無いわけねえとは思ってたが、そういう名前なのか」

 

 立ち上がる瞬間に聞こえたガガーランさんの言葉に『あっ』と思いだした。そういえばナザリックの名前すら言ってなかった。

 

「すみません、紹介が遅れました。かのアインズ・ウール・ゴウンが居るダンジョン名は『ナザリック地下大墳墓』といいます」

「ナザリック──」

「──地下、大墳墓」

「やっぱり、聞いたことが無い」

 

 噛みしめるように皆がナザリックの名を反芻している。が、聞いたこと無いのは当然だろう。最近突然現れたのだから。だけれど設定上1000年以上昔にあったという事にしなくてはならない。

 

「やはりそこは、かつて存在したというナザリック魔導王国の──」

「──そうだ」

 

 上手く深読みしてくれたのだろう。イビルアイがうまくカバーストーリーを考えてくれているようだ。だったら彼女に任せればいいだろう。

 

「では、私はこれで。──イビルアイ」

「は、はい!」

 

 俺は立ち上がり、後ろを向く。良い男は背中で語る。俺自身はそうでなくても漆黒の英雄モモンはそうでなくてはならない。実は単に丸投げしているだけという後ろめたい気持ちを隠すためでは決してない。

 

「お前に話したこと。お前が話していいと思う部分まで全て話していい」

「え──あ──はい。わかりました!」

 

 勢いよく立ち上がったのだろう。イビルアイが居た付近から大きな音を立てながら椅子が倒れた音がする。これでよし。後は上手くカバーストーリーを作って彼女たちに喋ってくれるだろう。ならばここに居る必要もない。

 

「行くぞ、ナーベ」

「はっ!」

 

 お膳立ても出来た。後は、ナザリックで愚かな襲撃者たちを待ち受けるだけだ。

 

 

 

 

 

「くそっ!」

 

 投げたワイングラスが軽い音を立てながら転がっていく。そんな事をしても内に湧き上がる怒りは一向に収まる気配はない。

 

「随分と荒れておられるようですな、陛下」

「ラナー姫だ。あれがやってくれたのだよ!他国の冒険者を上手く隠れ蓑にして事を運ぼうとしたというのに」

 

 本当に、王都どころか王城からほぼ出ない彼女が一体どうやって情報を知り得たというのか。『ギリギリ』と胃と歯が鳴る。あぁ忌々しい。相変わらずの憎たらしさだ。俺の嫌いな女ランキングでも不動の一位で居続けるだけはある。

 

「先ほどワーカーに紛れ込ませている奴からの情報が来たのだ。ラナー姫の息のかかったアダマンタイト冒険者が襲撃をやめるように打診してきたとな。にべもなく断ればあっさりと引き下がったらしいが、間違いなく俺が裏で糸を引いていると確信されただろう」

「ほう、ではどうしますか」

 

 どうするかなど決まっている。知らぬ存ぜぬを貫き、そのままアインズ・ウール・ゴウンをこちらに引き込む。奴が望むなら侯爵の地位をくれてやることも、国を作る事を手伝ってやっても良い。王国からそこまで重用されているのだ。王国などに渡すわけには絶対にいかない。

 

「じい、くどいようだが重ねて聞くぞ。奴は──アインズ・ウール・ゴウンはお前と比べ、どの程度のものだ」

「現状から察しますに、私と同等──と言いたいところですが、少々面白い話を聞きましてな」

 

 面白い話だと。じいの言う面白いというのは笑える話とかそんなものではない。『ごくり』と喉が鳴る。

 

「答えろ、じい!奴は──アインズ・ウール・ゴウンはお前と比べてどの程度の差がある!」

「ほほ。落ち着きなされ、陛下。面白い話と言うのはですな。奴め、伝説の魔法──時を操る魔法すらも扱ったらしいのです。恐らくは《タイム・アクセラレーション/自己時間加速》もしくは──それよりもさらに上位の魔法でしょうな。だとするならば、ふふふ──ほほほほほっ」

「何だ!勿体ぶるな!」

 

 じいの笑みがここまで恐ろしいと思ったのは久しぶりだ。俺のまるで悲鳴のような叫びにじいは目を細めて笑うだけだった。



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3章 ナザリック 襲撃編ー4

 ゆっくりと玉座に身を沈める。ここ数時間は興奮が冷めてくれず、気を抜けば鼻歌を歌ってしまいそうになる。この世界に来て初めての高揚感とでも言えば良いのだろうか。身体がうずうずとしてきて、思わず雄叫びを上げそうにもなってしまう。表面上は何とか繕っているつもりなのだが、隣に佇むアルベドには気付かれているのだろう。優し気な笑みをずっとこちらに向けている。

 

「とても──えぇ、とても楽しそうですね、アインズ様」

 

 取り繕うが故に『あぁ』と曖昧な返事が口から出る。それすらも理解しているとばかりに、アルベドの笑みは深くなる。

 高揚している理由はいくつかある。まず、ここは我が家と言えるナザリックであること。そしてあの面倒臭い蒼の薔薇が近くにいないので気を使う必要がない事。そして何より──

 

「アルベド。襲撃者の様子はどうだ」

「はい。現在襲撃者たちは愚かにも、このナザリックの入口より凡そ1kmの所に陣地を張り、待機しているようです。それ以外にカルネ村付近を除き人間の気配はありません」

 

 『ふむ』とアルベドの言葉を咀嚼する。現在午前の3時。昔の言葉で言えば丑三つ時を過ぎたところ。予定通りだとすれば明日の日の出と共にこのナザリックに襲撃を開始するだろう。

 あぁ、なんと素敵な言葉か。襲撃。するのも好きだが、されるのも好きだ。どうやって相手を出し抜き、こちらの被害を最小限に抑えながら相手を撃退するかを考えるだけで心が躍る。特に今回はただの一人も逃すつもりはない。一度入ったら最後。二度と日の目を見る事無く、我らに捕まり、殺される運命を辿ってもらうのだ。

 アルベド達が呼ぶ至高の41人。俺の無二の友たちと作り上げたこのナザリック地下大墳墓。それをたった一人になっても、皆が返る場所を守る。その一心でやってきた。一人で考えるもの悪くはなかったが──

 

「どうされました、アインズ様?」

「いや──お前たちが居ることの、なんと心強いことか。と思ってな」

 

 そう、今は──いや、これからは友たちがその心血を注ぎ作り上げた子供たちが居る。一人ではないのだ。そう思えただけでなんと心強いことか。

 無意識に。そう、無意識に彼女の手を取り引き寄せる。一切の抵抗無く、彼女は俺の胸の中にすっぽりと納まる。彼女から感じる体温。それは正しく生きているという証左。この温もりの為ならば、俺は──

 

「アインズ様、今からなさるのでしょうか。恐らく襲撃にはあと3時間ほどかかると思われますが、私は早い方だと自負しております。アインズ様がお望みとあれば3回──いえ、5回は──」

「ま、まてアルベド!そういう意味ではなくてだな!!」

 

 感慨深くなって、思わず無意識に彼女を抱きしめてしまったが、別にそういう事を致したいからではない。鼻血を吹き出しそうになるほど興奮し始めている彼女を慌てて放すと、少しだけ寂しそうな顔をしながら元の位置に戻ってくれた。

 

「これからもずっと──頼むぞ、アルベド」

「はい、アインズ様!」

 

 もう友たちは居ない。この世界のどこかに生きているかもしれないという淡い思いはあるものの、それはこの子たちを見捨てるという選択肢を生むことは絶対にない。親というべき存在が居なくなってしまっている現状、この子たちの心労は計り知れないだろう。

 それを慮ることは難しいかもしれない。一人でいることに慣れてしまっている俺などでは、どんなに言葉を積み重ねたところでこの子たちの思いの万分の一ほどにもならないだろう。だから俺は俺なりのやり方と思いを以て、この子たちと共に生きよう。その結果、友たちの窮地を、結果見て見ぬふりすることになったとしても。

 

(それだけの覚悟を、持たないといけないよな)

 

 この子たちはもうNPCとは呼べないのだから。

 

 

 

 

 

「ラキュース、本当にいいのだな」

「あら、私を甘く見るのね、イビルアイ。貴族の方がこういうことは徹底的にやるものよ」

 

 モモンさんがナザリックと呼ぶダンジョンからほど近い場所に作られたバハルス帝国冒険者達の陣地。そこから少しだけ離れた場所に私たちは隠れるようにして待機していた。

 何をしに来たのか。決まっている。モモンさんの手伝いだ。モモンさんは恐らくナザリック内部で冒険者たちを待ち受け撃退する準備をしているだろう。ならばと、その事にいち早く気づいた後方の冒険者が逃げ出さないように私は入り口を塞ぎ、逃げようとする者達を殺すためにきたのだ。

 流石にラキュース達を連れて行くわけには──冒険者に人殺しをさせるわけにはと思ったのだが、ラキュース達の言葉は私の予想をはるかに上回るものだった。

 

「ラナーもこの事態は想定済みよ。冒険者チーム蒼の薔薇としてやることは終わったけれど、貴族ラキュースとしてはこの事態を看過することはできないわ」

「私たちは元々暗殺者」

「何も問題なし」

「悪ぃ奴ぶっ殺すなんざ今更だろ。ヒトのモン盗むやつは俺のハンマーの餌食ってな」

「お前ら──」

 

 そうして私達蒼の薔薇は誰一人欠ける事無く、こうやって現地に到着したわけだが──

 

「多いわね」

 

 一人一人の強さは大したことはない、あの爺さんや天武ですら撫で斬りに出来る自信がある。だが如何せん数が多すぎる。これを一人残さず捕縛、ないし殺害しなければならないのはかなりの労力だ。いや、だからこそだ。

 

「来てよかったよ。これならなんとかなる」

 

 そうだ。私の戦闘は対多数も可能だし、何より全てを相手する必要はない。出口へと逃げてくるもの、出口を確保するもの、退却の準備をする後方支援の奴らだけを狙えばいい。奥に進む者達はモモンさんたちがやってくれるのだから。

 本当に来てよかった。これを全て相手取るにはいくら漆黒の英雄といえど無理だっただろうから。

 

「一応モモンさんに連絡を取っておいた方が良いか。《メッセージ/伝言》──ん?」

 

 もうあと3時間足らずで朝日が昇る程度の真夜中。もしかして寝ているかもしれないと一瞬思ってしまったが、そういえばモモンさんはアンデッドだった。寝ないのだ。そう思いだしてクスリと笑ってしまった笑みが一瞬にして消える。

 通信魔法が効かない。そう思った時だった。

 

「襲撃者の仲間──にしては、少し離れているでありんすね。皆仲良くおトイレでありんすかぇ?」

「──っ!?」

 

 驚きと恐怖で身体が跳ね上がりそうになるのを必死に堪える。赤い服を着た少女はいつの間にか私のすぐ隣に居たのだ。

 強さを感じない。だが強くないわけがない。ということは強さを隠しているということ。なによりヴァンパイア特有の赤い瞳を持ちながら、アンデッドとしての感覚を感じない。恐ろしい。下手をするとあのヤルダバオトに匹敵するのではないか。蟲のメイドなど足元にも及ばないほどの底知れぬ強さが滲み出すその顔には、優雅な笑みが浮かんでいる。

 

「ふむ、弱いがそれなりの能力はあるようでありんすね。正しくは理解できなくとも、己を遥かに超越する強者であるとは認識できる程度には」

 

 『ぷらすいち、でありんす』と黒い何かに座りながら人差し指を立てる少女。何者なのだ。上位吸血鬼<エルダー・ヴァンパイア>などではない。伝承にあるザ・ワンや始祖<オリジン・ヴァンパイア>か。

 

「っ!!」

「ふむ、それなりの顔はしているようでありんすね。吸血姫<ヴァンパイア・プリンセス>でありんすか。モモンが選ぶのも分からないでもないではありんすが──」

 

 何時の間に仮面を取られたのだ。彼女の右手には私の身に着けていた仮面があり、彼女の顔は吐息がかかるほどに近い。そして悟る。理解してしまう。これは──否。この方は私とは比べ物にならないほどの上位の存在であると。

 

「この真祖<トゥルー・ヴァンパイア>であり、かの至高なる御方。アインズ・ウール・ゴウン様の妻であるシャルティア・ブラッドフォールンほどではありんせんね」

「と──真祖<トゥルー・ヴァンパイア>──」

 

 吸血鬼<ヴァンパイア>には絶対な階級が存在する。その種に在するというだけで上位者とされるものがいる。

 その中でも絶対的強者と言われるのが始祖<オリジン・ヴァンパイア>と真祖<トゥルー・ヴァンパイア>の二種。あまりの強さ故に、たった一匹でその他全ての吸血鬼<ヴァンパイア>を皆殺しに出来る程の圧倒的な強さを持っているのだ。

 しかも、真祖<トゥルー・ヴァンパイア>の特徴的な化け物染みた姿をしていない。一見すれば吸血姫<ヴァンパイア・プリンセス>や吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>のような愛らしい外見。それは真祖<トゥルー・ヴァンパイア>が本来の姿を曝さずとも強者である事つまり──かの中でも上位であることを意味する。

 

「お、おいイビルア──」

「全員武器を捨て、平伏せ!絶対に逆らうな!!」

 

 同族──否、末席に居るからこそわかる圧倒的な存在。この方にとって私など木の葉一枚ほどの価値もないだろう。この方がアインズ・ウール・ゴウンの妻だと名乗っていたのが幸いした。血の気の多いガガーラン辺りが武器を振り上げていたら、今頃この辺りは血の海になっていただろうことは想像に難くない。

 敵対するつもりはない。そう思ってもらうために両方の掌を上に向けて甲を地面につけ、相手に差し出したまま額を地面に付ける。絶対服従を意味するその姿。あまりの出来事に動けなかった他の皆もなんとか理解してきたようで、武器を捨て──流石に土下座しているかは分からないが──座っているようだ。

 

「ふむ、驚かせたようでありんすね。私はそなたたちと敵対するつもりはありんせん。面を上げなんし」

 

 気分一つで視線に映る全ての生きとし生けるものを殺す吸血鬼の王たる真祖<トゥルー・ヴァンパイア>。血の狂乱というスキルにより、血を浴びれば浴びる程力を増すという能力のために暴虐の主ともいうべき存在だというのに、なんという風格か。

 それは血の狂乱など使わずとも強者を屠れるという圧倒的な自信と、操作することなど出来ないと言われる血の狂乱を完全に抑えているという強烈な精神力を持つということに他ない。これほどの強者を妻に持つアインズ・ウール・ゴウンとはどれ程の存在なのか。

 

「そなた──確か、イビルアイだったでありんすね。そなたがモモンに対して《メッセージ/伝言》を使ったでありんしょう」

「は、はい。ですが発動せず──まさか──」

 

 私の言葉にニコリとまるで少女のような笑みを浮かべる。この方は魔法を相手に気取られることなく封じることもできるということなのか。しかも使った後に来たという事は、恐らく一定範囲内全ての通信魔法を封じるだけでなく、使用者を割り出す事すらも可能という事なのだろう。

 

「モモンに何か伝えたいことがあったのでありんしょう。もう使えるでありんすから、気にせず使っておくんなんし」

 

 そういうとブラッドフォールン様は闇に溶けるように見えなくなってしまう。周囲を確認するも、本当に居なくなったようだ。

 『はぁ』とため息が出た。生きた心地がしなかった。あれ程の存在からすれば、ヤルダバオトなど子供に過ぎないのではないだろう。

 

「な、なぁイビルアイ。『あれ』──何なんだ」

「『あれ』ね──本人の前では絶対に言うなよ。血の狂乱を持つ破壊の権化にして吸血鬼<ヴァンパイア>最高位の一つである真祖<トゥルー・ヴァンパイア>だ」

「イビルアイよりもつよい?」

「馬鹿を言え。私などあの方に比べれば生まれたての子ネズミ程の価値もないさ」

 

 抜ける力のままに『どさり』と仰向けに倒れれば、全員が引き攣った顔をしている。笑え、皆。こういうときは笑う方が良い。敵ではなかったと喜んだ方が良い。そして、如何に敵に回らせないか。それだけに思考を巡らせればいいのだ。

 

「『国堕とし』でもそこまで力の差があるの?」

「私がグラス一つ壊す程度の時間で、あの方は城を跡形もなく消し飛ばせるだろうな。良かったな、喜べ、皆。あの方は味方だ」

 

 良かった。本当に良かった。姫さまの知略にここまで感謝したのは初めてだろう。

 

「例えば──例えばなんだけど、あのシャルティア・ブラッドフォールンがリ・エスティーゼ王国に敵対したとするならばあなたは──」

「諦めろ」

 

 甘い。甘いぞラキュース。私があの方の味方をするのか、それとも人の味方になってくれるのかという話だろう。

 

「諦めろって──」

「さっきも言ったが、あの方と私の差は比べるべくもない。まともに戦うには神人をダース単位で連れてくるしかないだろうな。私が敵に回るか味方に回るかなど、あの方にとってはただの誤差という事だ。中途半端に強い奴をぶつけてみろ。全員吸血鬼<ヴァンパイア>にされて敵に回るぞ。特にドラゴンクラスをぶつけたら最悪だな。間違いなく世界が滅ぶ時間が短くなる」

「そこまでなの──」

 

 無理無理。あの方と戦えと言われたら、とりあえず土下座して最低でも苦しまない様に殺されるのを待つしかない。攻撃などしてみろ。欠片ほどもダメージを負わせることが出来ずに捕らえられて、向こう数百年は殺されないままに絶望を味わい続けることになるだろう。心も精神も魂すらも壊れてなお治されて。狂う事すら許されぬ地獄の日々が待っているだけだ。どうしようもない。

 

「モモンさんが対処する意味も理解できたし、連絡を取らないとな」

 

 消沈する彼女たちは無視する。自分で乗り越えてもらう他ない。そもそも伝承にある真祖<トゥルー・ヴァンパイア>とは国堕としとして書かれることはない。現れた時は国のではなく、世界の危機──世界の敵<ワールドエネミー>としてなのだから。それが味方で居てくれるのだ。諸手を上げて喜んでおこう。

 《メッセージ/伝言》を使えば、今度は普通に繋がった。今ほど彼の声が救いなのかわかる。彼の温かい声が私の心に染みて仕方なかった。



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3章 ナザリック 襲撃編ー5

「襲撃者──このナザリックに侵攻を開始しました。数──192名。少し後方に離れて蒼の薔薇のチームが居るようです」

 

 しんと静まり返った謁見の間にアルベドの凛とした声が響き渡る。いつもと同じ優しい笑みを湛えるアルベドだが、その瞳は強い怒りが見え隠れしている。俺にとっても業腹な所業ではある。だがそれよりも喜びの方が強い。

 

「ク──ククク──アルベドよ。襲撃者どもを静かに待ち受けよ。全員受け入れ、ただの一人も返さぬようにな」

「はい、アインズ様」

 

 遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>を利用し、ナザリックの入り口付近へと視点を移動させると、ゾロゾロと襲撃者たちがナザリックへと入って行くのがはっきりと映し出された。

 

「クハハハハ!愚かなる侵入者よ!愚鈍なる襲撃者よ!ナザリックは貴様たちを受け入れよう。対価は貴様らの命だ!絶望を抱きながら悔い、苦しみ抜いて死ぬが良い!」

(こういう魔王然とした悪役ロールも楽しいよなぁ…)

 

 さぁどうやって甚振ろうか。どうやって嬲ろうか。どうやって苦しませようか。簡単に死なせるなど勿体ない。まずは気付かれぬ様にそっと入り口付近に一方通行の罠<ワンウェイ・トラップ>を設置する。これで入れるが出れなくなる。ユグドラシルでは単純に出れなくなる罠というのはシステム上作ることが出来ないようになっていた。こちらでもその可能性があるので時限式にしてある。半日もすれば罠が解除され、再び自由に行き来出来るようになる。が、半日持つ者達が一体どれだけいるのやら。

 

 

 

 

「すげえ──宝の山じゃないか!!」

 

 我先にと先行した冒険者の一人が喜びの雄叫びを上げているようだ。モンスターに気付かれることも分からないのだろうか。

 光るものを足元に見付け、拾い上げてみれば見たことのない金貨が落ちていた。美しい紋様が刻まれており、何よりも通常の金貨よりずっと重い。試しにと噛んでみるが歯形が付く様子もない。恐らく魔法で綺麗に形成されているのだろう。重さから換算するに、恐らくはほぼ純金。鋳潰したとしても通常の金貨の2枚程度の価値がある。何よりもこの意匠だ。美術的価値も出ればそれ以上の価値が出るだろう。

 

「見ろよこの旗!ただの糸じゃないぜ!」

 

 また別の冒険者だろう、興奮した面持ちで横に立て掛けられた旗を指さしている。どうやら魔法のかかった糸と、金を含む様々な貴金属を織り込んで作ってあるようだ。こちらにも魔法がかかっているようで、遺跡のようなダンジョンだというのに──年月を感じるというのに綻びた様子もない。この旗一つで一体どれだけの価値があるのか。普通の冒険者家業をやっているものなら、家族を含めて一生遊んで暮らせる程度の価値はありそうだ。

 

「ンな嵩張るもん帰りで良いだろ」

 

 俺と同じく目聡く足元の金貨を見付けたのだろう、興奮する男の知り合いらしき男が数枚の金貨を弄びながら奥へと促している。確かにそうだ。まだ入って5分すら経っていない。この先にどれ程の財宝が眠っているのか想像するだけでわくわくするが、同時に恐怖も感じる。

 

(これだけの財宝が手付かずで残っているのはどういうわけだ?)

 

 これだけの価値のあるものが転がっているというのに、『これは俺のだ』『いや俺のだ』そんな奪い合いすら起きていない。皆が奥へと意識を向け続けているからだ。

 『焦る冒険者は貰いが少ない』という諺がある。焦ってそこそこのものを必死にかき集めるような冒険者は安い報酬で満足するしかないが、先を見据えて奥の財宝を見付ける冒険者は一攫千金を手に入れることが出来るというもの。

 

(じゃあ俺は焦る方か?──いや、違うな)

 

 もう俺の袋の中がそこかしこに落ちている金貨や指輪らしき小さなもので一杯になってきているが、それを焦っているからだとは思っていない。

 そもそもだ。既に先には50人以上のメンバーが先に進んでいる筈なのに、混まないのはどういうことだ。通常のダンジョンならばこれほどの規模で攻略すればあっという間に渋滞が起きる。先へ先へと進むやつばかりじゃないのだ。執拗に周囲を探索するもの。モンスターが隠れていないか調べるもの。人数の多さに気が太くなってバカ話を始めるものなどが渋滞を引き起こす。だがどうだ。それなりの道幅こそあるものの、一切の渋滞が起きないというのは明らかにおかしい。

 

「おいお前、先に行かないのか」

「ん、おう。俺はまだこの辺りに居るわ」

 

 近くに居たワーカーチームがご親切に話かけて来た。どうやら俺のような危機感を感じて居るものはまだ居ないようだ。『そうか』と短く返事をすると、さっさと先へと──

 

(まて、落ち着け。ここが薄暗いからそう感じるだけだ。今の奴らはほんのちょっと先に居るだけだ!)

 

 そう、今し方話かけて来たワーカー達が見えない。気配がない。どこへ行った。いや、彼らだけじゃない。先に行った奴らは皆どこへ行ったんだ。

 声が聞こえない。足音も聞こえない。罠にかかった感じでもなさそうだ。じゃあどこに消えたと言うんだ。

 

「お先にー」

 

 若い女のワーカーを含むチームが俺を抜いて先へと進んでいく。

 一歩。二歩。三歩。四歩。五歩。六歩──消えた。

 

(ある。この先になにかがある!)

 

 足元から『ザリッ』と石を噛む音がする。無意識に後ずさってしまったのだ。だがもう遅いと理解した。理解してしまった。

 

「クソッ!!」

 

 後ろを振り向けば、そこにあるのは薄暗く長い通路。長い長い先の見えぬ通路。ここまで奥に来たつもりはない。そう、この先に罠があるのではない。既に罠にかかっていたのだ。

 時折冒険者やワーカーに会っていた事を鑑みるに、ランダムに瞬間移動させられているのだろう。それも、一方通行で。

 

(柱に付けた印がずっと並んでやがる)

 

 昔の癖で5本に1本づつつけた小さな印が、全ての柱についているのが見えた。つまり、後ろへは絶対に戻れないということ。

 先を見据えながら柱に印を付けてみるが、先の柱には印が付いた様子はない。

 

(先に進むしかないのかよチクショウ)

 

 ふと金貨の入った袋に視線が落ちる。まさかこれか、と。柱の元に袋をひっくり返すと『ジャラッ』という音と共に、決して少なくない量の金貨や貴金属製品が出てくる。二・三度袋を振って顔を上げると──

 

(ビンゴ!さながら強欲の迷宮って事かよ)

 

 ずらりと並んでいた印の付いた柱達は消え、奥にうっすらと曲がり角が見えた。幻術か幻覚か。このダンジョンにあるものを持っていると効果のある罠なのだろう。だから入口から金貨が落ちていたわけだ。

 『ほっ』とする胸の内を抑えながら辺りを見回す。今緊張を抜くわけにはいかないと。何しろ『後方に居るはずのワーカーが見えない』のだから。つまり、俺はずっと幻覚なり幻術なりがかかったまま進み続けたのだ。今俺はどこに居る。少なくとも今入口から数分の所に居るなどという楽観視は出来ない。

 

「こんな所に一人居ましたか」

「っ!?──メイド?」

 

 突然後ろから声をかけられ、弾かれる様に振り向けばそこに居るのはメイドだった。眼鏡をかけて、緑色の手甲をつけた不思議なメイド。こんな目立つ格好をした奴はいなかったはずだ。だとすれば、ここの住人である事は間違いない。

 

「す、すみません。迷い込んでしまいまして──出口はどちらなのでしょうか」

「出口──ですか。あちらですよ」

 

 下手に出て話掛ければ、あっさりと教えてくれた。まさか奥だと思っていた方が出口だったとは。

 俺は大急ぎで走り始める。だがここで走らなければ──

 

「最も、あなたにとっての出口かはわかりませんが」

 

 あのメイドの最後の言葉を聞く事が出来ていれば俺は生きてここを出られたかもしれない。いや、ここに入ったら最後、もう出られないようになっていたのかもしれない。

 

「な、何だよこれ!?」

 

 一分ほど走って通路を『出た』先にあったのは一面の銀世界。いや、そんな生易しいものではない。全てが凍り付いた極寒の死の世界だった。

 俺はいきなり北の僻地へと飛ばされたのか。そんな長距離を一瞬で?こいつはヤバいと思い、後ろを振り返り通路へと戻ろうとした瞬間だった。いつの間にか目の前数メートルの所に巨大な蟲のような何かが立っていたのだ。

 

「我ガ領域ヘトヨクゾ参ッタ、襲撃者ヨ」

「畜生!逃──なんで通路がねえんだよ!?」

 

 底知れぬ恐ろしさを感じ、通路へと逃げ込もうとする。だがまるで最初からなかったかのように後ろには通路などなく、前方と同じ白銀の世界が広がっているだけだった。

 

「サァ襲撃者ヨ。オ前ノ輝キヲ見セテクレ」

「チクショウ──チクショウーーーーー!!!!!」

 

 モンスターの中には領域を支配し、内部に侵入した者を逃がさない能力を持つ者が居るという。そこから出るには、その領域を支配した者を倒すしかない。俺一人で。ここは極寒の地。居るだけでみるみる体力が奪われて行く。半日どころか一刻すら持たないだろう。一秒でも早くコイツを倒さないと。どの道を辿ろうとも俺に待つのは死のみ。

 

「ソノ意気ヤ良シ。デハ参ロウカ」

 

 緩慢な動きで蟲は右手?に持つ巨大な槍を振り上げる。するとどうだろうか。世界が回り始めたのだ。くるくる。くるくると──

 

「コノ程度カ」

 

 

 

 

 

「やはり予想通りだったな」

「退却支援メンバーの数は16名。逃げた奴は居ない」

 

 冒険者やワーカーがナザリックへと進行したのを見計らって準備を始めた私は、ティナとティアを連れて後方で残った者達を殺して回っていた。事前に調べた通り戦闘に向いた者は殆ど居らず、最初に倒した二人だけ。後は飯炊き用、テント等の回収用のワーカーのみだった。さっさと殺し、数を数え、森に捨てる。もう襲撃犯は皆中に入ったからここは見えない。テントを焼き払って、こちらもナザリックへと足を向けた。

 

「《メッセージ/伝言》──モモンさん、後方待機組の処理は終わりました。後はナザリック内部に入った者達だけです」

≪そうか。蒼の薔薇のメンバーにも感謝していると伝えておいてくれ≫

「はい、それで──私達もナザリックへと向かいます。内部には入らず、入り口で待機して出てきた者を──」

≪既に入り口の封鎖は完了しているから大丈夫だ。むしろ近づかれると敵と認識される恐れがあるから危ないぞ。お前たちは気を付けてエ・ランテルに戻ってくれ≫

「────はい。モモンさんもお気を付けて」

 

 意気込んで行こうとするも、出端をくじかれてしまった。まさかもう封鎖が終わっているなんて。もう、本当に出来ることは無いのか──

 

 

 

 

 

「いやー中々の手際っすねー。エンちゃんがやられたのも納得って感じっすね──って、もう食べ始めてるっすか」

「人間のお肉は新鮮な内が一番美味しいからねー」

 

 アインズ様に帰る様に言われたのだろう。トボトボと帰る蒼の薔薇のチームを、アルベド様の命で森の中から監視していた私とエンちゃんは杞憂に終わった事に胸を撫で下ろしていた。

 演技なのかどうなのかは知らないけれど、アインズ様が冒険者モモンとして親しくしている人たちだ。アルベド様の命とは言え出来るならば殺さない方が良いだろう。怒って恨みを抱いていたはずのエンちゃんもまるで掌を返すように態度が一変したのだし。

 

「そういえば、アルシェちゃんの声は調子いい見たいっすね」

「うんー、ただユリ姉さんが『同時に喋ると聞き辛い』って言ってたー」

「あはは!全く同じ声っすからねー」

 

 新しくナザリックに入ったアルシェちゃん。私やエンちゃんは妹ちゃんたちとも仲良くさせてもらって居るのだが、まさかエンちゃんのために自分の喉を食わせるとは思ってもみなかった。

 『自分に出来ることはまだないから』と、怖いだろうに口唇蟲を喉元に付けた時の顔は覚悟極まっていた。それだけの覚悟でいるならば、仲良くしてあげたい。そう思って時間を見つけてはエンちゃんと共にアルシェちゃんの元に足繁く通っている。

 

「エンちゃん、二人の妹ちゃんに凄い懐かれているっすよねー」

「うんー。声が全く同じだからかもねー」

 

 10人以上の死体がみるみる無くなっていく。一体、この小さな体の何処に入っているのだろうか。

 

「食べきれない時は言って良いっすよ。一緒に持って帰って上げるっすから」

「大丈夫だよー。あ、でもちょっと太っちゃうかも」

「うはは!大丈夫っすよ。アインズ様はそんなエンちゃんでも好きで居てくれるっす」

「えー。えへへーそうかなー」

 

 『ぱりぱりぱきぱき』子気味良い音を立てながら咀嚼する音が少しだけ早くなる。おや、と視線を向ける。もしかしてもしかするのか、と。この小さな妹も、恋を知る歳になったのかと。

 

「一杯食べて、大きくなるっすよ、エンちゃん」

「うんー」

 

 遠く小さくなっていく蒼の薔薇のメンバーに視線を送りながら、私は可愛い妹の頭を優しく、優しく撫でるのだった。

 

「けぷっ──お腹いっぱい」

(まだまだ花より団子みたいっすけどねー)




エントマちゃん書いてる時が一番楽しいですねっ


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3章 ナザリック 襲撃編ー6

「ふははは!見るが良い!愚かな襲撃者共が──まるでゴミの様ではないかっ!!」

 

 あぁ楽しい。凄い楽しい。中空に映し出されるナザリックの2Dマップと遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>によるリアルタイム映像を見ながらテンションが抑えられながらもなお、上がり続けている。

 

「おっとそこは行き止まりだぞ。道があるように見えるのはただの幻覚だぞ。行き過ぎればスライムに絡め取られてしまうぞ。フフフ」

 

 遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>を操作しながら独り言を呟いていると、傍から見れば奇妙なダンスを踊りながらブツブツ言っている様に見えるだろう。だがそんなのは関係ない。楽しくて仕方がないのだ。どうせ何かを言ってくる者などここには──あっ!

 

「どうぞ──存分にお続けください、アインズ様」

「いや──あ──ゴホン」

 

 良くよく考えたら、最初から傍にアルベドが居たのだった。まるでスキルでも使っているかのように背景と同化する程の存在間の薄さにまるで居ないかのような感覚に陥っていたが──まさかそれ程の技能を持っていたとは。テンションが上がり過ぎていて単純に忘れていたわけではない。決して。

 

「各所の様子はどうだ、アルベド」

「はい──想定以上の弱さに多少の不満は出ているようですが、概ね計画通りかと」

 

 取り繕う様にアルベドに聞けば、先ほどの俺の奇行はまるで無かったかのような態度を取ってくれる。だが今だけはその優しがとても辛い。知っているが故の敢えて外すという優しさが。続けて『そういえば!』と手を鳴らして話題の転換まで始める始末。あぁ、アルベドよ。いっそ思い切り笑ってくれた方が救われる時もあるのだぞ。

 

「アインズ様、ニニャとアルシェが参加させてほしいと言っていましたが、どうされますか」

「あの二人か──」

 

 言われて二人を思いだす。そういえば今ナザリックには人間が居たな、と。ツアレの妹であり、通常よりも早く魔法を習得出来るらしいタレントを持つニニャ。己が妹の為に全てを捧げた、相手の魔法力を探知したり魔力系魔法詠唱者に限るが第何位階魔法まで扱えるかを判別できるタレントを持つアルシェ。ニニャには、かつて俺が助けたンフィーレアに使われた叡者の額冠からヒントを得て作った叡者の額冠・改を身に付けてもらっている。マーレの話では現在第九位階魔法まで扱えるらしいが、大丈夫だろうか。アルシェはまだ来たばかりで魔法の習熟に重点を置いているためにあまりいい装備を渡していなかったはずだ。

 

「アルベド、アルシェには何を持たせていた」

「アインズ様の命によりパンドラズアクターより渡されましたグレート・スタッフ・スペシャルとウサギの速さの外套<クローク・オブ・ラビットスピード>・改です」

「あれか──」

 

 杖は宝物殿の隅に落ちていた大した物でもない普通の物だし、マントはラキュースが装備しているのをコピーして作った物だ。俊敏性や回避速度を底上げするよくある装備なのだが、どうもいまいち良い効果にならなかったためにお蔵入りしていたもの。ラキュースの話では見た目以上の効果があると言っていたから恐らくは相当なものなのだろう。脳裏に浮かぶのはあの思わず殴りたくなるような彼女のドヤ顔。あれならば常時50%アップは固いだろう。常時30%しか上がらない半端品だったなぁ。

 

「二人──だけでは危険だな。ふむ──ハムスケを同行させろ。あいつの所にはデスナイトも一体居たはずだから大丈夫だろう」

「はい、ではそのように」

 

 

 

 

 

「鬼ボス、その外套はどこで手に入れたの?効果を発揮するとき少し早くなってる気がするけど」

 

 エ・ランテルへ戻ってきて早数日。ナザリックでの緊張はどこへやら。どうやってナザリックへ戻ってモモンさんの手伝いをしようかとやきもきしているというのに、こいつらは呑気に茶なぞ飲みよって。

 そんな私の苛立ちなど我関せずとばかりにティナがラキュースの装備に付いての話が上がっている。

 

「え?あぁ、ネズミの速さの外套<クローク・オブ・ラットスピード>のことね。魔剣程じゃないけれど、こんな大物がごろごろとその辺りに眠ってるわけないでしょ。うちに代々伝わる由緒正しい装備よ。効果を発揮すると一時的にだけど俊敏性や回避速度、移動速度まで上がるのよ。体感では10%ってところかしら。オークションで買うなら、庭付きの屋敷が執事メイド付きで買えるわよ」

 

 すごいなアレンドラ家。魔剣も厄はあれど凄まじいものだが、そのような装備まであるとは。一瞬とはいえ、自身のあらゆる速度が1割もあがるとは──かの六大神が齎した装備だったりするのだろうか。

 

「あぁ、そういや会った頃から付けてたっけな。貴族様ってのはそういうモンも溜め込んでんのか」

「さぁ──他の所は知らないけれど──」

「なんだい、随分シケたツラしてんじゃないか」

 

 全員が弾かれる様に立ち上がる。まるで心を一つにしたかのような流れるような動きだった。視線の先に居たのは──

 

「どうしてここに──」

「いいから座んな。わしは長旅で疲れているんだ」

 

 驚く私達を気にも留めず、隣のテーブルから椅子を持って来て『よいしょ』という小さな声と共に座る。その姿は年相応の老婆。だが、彼女は──かつて私を笑いながらボコボコにした常識外の存在。

 

「リグリット──」

 

 

 

 

 

「リグリット・ベルスー・カウラウ──ですか?」

『あぁ、かつて十三英雄の一人。人間族のクセに死者使い<ネクロマンサー>を名乗っているという愚者ですよ』

 

 ナザリックが襲撃されるという大事。だというのに戻らぬデミウルゴスに苛立ちを覚えた私は至高の御方であらせられる私の愛しきアインズ様の元を離れて《メッセージ/伝言》をデミウルゴスに飛ばしていた。だがデミウルゴスは帰ってくる様子もなく、自分で立てた計画を遂行し続けると言う。それは不敬ではないかと思ったものの、口には出せない。デミウルゴスの忠義はナザリックの中でも相当に高い。彼の行動指針は常にアインズ様が中心にあるのだ。そのデミウルゴスが、アインズ様を楽しませるための、と口上を宣うのだから相当なものなのだろう。であれば邪魔するわけにはいかない。どうやら直接ではないものの、アインズ様にそれとなく指示を貰ったとも言っていたのだし。

 そんなデミウルゴスから齎された情報が、前の世界でプレイヤーと呼ばれる強者の中でも王たる資質を持つ者のみが所持することを許されると言われる『ギルド武器』を探しているというのだ。当然至高の御方であるアインズ様の元にもギルド武器はある。

 『スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』アインズ様の至高且つ最強の武器。その力は凄まじく、もし破壊されでもしたらその余波はこのナザリックにまで及ぶとされている。そのためアインズ様はまず絶対に外に持ち出されることは無い。直接使用されることすら滅多にない。それほど凄まじい武器を探し求める者が居るとは。

 

「早急に殺すべきかしら」

『いやいや、それは早計というもですよ、アルベド。どうやらバックに竜王<ドラゴンロード>を名乗る者が居るらしい。確か白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>だったかな。随分と柔らかそうな名前だね』

「竜王<ドラゴンロード>──それなりの強さはありそうかしら。ならば、泳がせた方が良いかもしれないわね」

『えぇ、居場所も既に特定も終わっていますよ。大きな身体には似合わぬ小さな小屋で縮こまっているようですね』

 

 ギルド武器を探している人間に竜王<ドラゴンロード>。どのように料理すればアインズ様はお喜びになるのか。脅威などとは欠片ほども思っていない。竜王を冠する者など前の世界で幾らでも斃しているのだから。

 

「シャルティアを洗脳した輩との関連性はありそう?」

『いえ、私独自のルートから入手した情報によれば、どうやらスレイン法国が怪しいですね。竜王<ドラゴンロード>やギルド武器を探している人間とは全く関係ないようです』

 

 スレイン法国。何かとキナ臭い情報ばかりが集まってくる。早速情報を集計した方が良さそうだ。流石は元貴族と言うべきか、アルシェはこういった他国の情報を多く持っているから非常に助かっている。そういう部分だけは認めて上げても良いのかもしれない、と時折思うのは精神が少し丸くなったからなのだろうか。

 

「お前は笑っていた方が良い──かぁ──くふふっ」

 

 気付けば《メッセージ/伝言》の効果が切れている。まぁ既に必要な情報交換は終わっているのだから繋げ直す必要もない。緊急性のある話があるならば今度はデミウルゴスから繋げてくるだろう。

 本当にこの襲撃には感謝しかない。気分が高揚されたアインズ様は無意識なりにも私を抱き寄せてくださったのだ。この世界に来て一番の出来事と胸を張って言えるだろう。

 

「あぁ、その先を──御寵愛を頂けるのは何時なのかしら」

 

 走る疼きに震える身体を抱きしめて、愛しきあの方を想う。なんと素敵な一時か。だがこんなことをしている場合ではない。扉の向こうには愛しき方が──アインズ様が私を待っていらっしゃるのだから。

 

 

 

 

 

「むおっ!?」

 

 ゾクリと身体を走る怖気に思わず身体が震えてしまう。何事かと周囲を見回すも──護衛のシャドウデーモン以外は──誰も居ない。アルベドもデミウルゴスと話すために一旦ここを出て行っているので居ないのだが、一体何だったのだろうか。

 再び遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>に視線を戻すと、丁度アルシェが嬉々とした表情で襲撃者を撲殺している所が映っている。どうしてこう、うちの杖を持つ人は撲殺したがるのだろうか。マーレも顔に似合わず恐ろしい速度で杖を振り回すし。

 ニニャの方も──叡者の額冠・改も使用には問題なさそうだ。本人はまだ第五位階魔法を習得した程度だったはずだが、叡者の額冠・改のお蔭か第九位階魔法であり、俺の得意魔法でもある《グラスプ・ハート/心臓掌握》を難なく使いこなしているようだ。新しい魔法が使えるようになったからだろう、ニニャの方も掌の上に現れた相手の心臓を嬉しそうに握り潰している。

 

(やっぱり新しい魔法が使えるようになるとテンション上がるよなぁ)

 

 まだまだ《マキシマイズマジック/魔法最強化》や《ツインマジック/魔法二重化》を重ねることは出来ない様だが、いずれは出来るようになるだろう。意外とあの叡者の額冠・改は魔法習得の一助になっているのかもしれない。暇を見てもう一つ作って、アルシェに渡すのも良いだろう。

 

(今回の襲撃でそれなりに倒しているようだし、報奨ということで渡してもいいかもしれないな。信賞必罰として)

 

 そういう意味ではニニャにも何かあげたいところだが──

 

(お、デミウルゴスとの話は終わったようだな)

 

 何やら笑みを隠すような、嬉しそうな表情をしているアルベドに笑みを浮かべてしまう。デミウルゴスから何か良い話でもあったのだろうか。最近デミウルゴスを見ないが身体は大丈夫だろうか。病気はしてないだろうか。便りがないのが良い便りとはいうものの、心配になってしまうこともままある。だが彼女の笑みからすればデミウルゴスは元気にやっているようだ。何をやっているのか知らないが。もう一度言うが、俺は知らない。だというのに──

 

(なんでデミウルゴスは俺に行動の殆どが筒抜けだなんて思っているんだろう。そんなわけないのになぁ)

 

 俺のために楽しい──まぁ、あくまでデミウルゴスの基準でだが──イベントを必死に考えてくれているのだろうからあまり邪魔はしたくないというのが本音だ。

 さぁ、無駄な考えは止めてアルベドの話を聞こう。きっとデミウルゴスが何をやっているか、全貌は掴めずとも片鱗くらいは微かに見えるかもしれないから。

 



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3章 ナザリック 襲撃編-終

 うずうず。うずうず。こう、なんというか、うずうずする。とでも言えば良いのだろうか。何をうずうずしているのか、それは理解している。

 先ほどから──玉座から立ち上がろうか、どうしようかと腰を浮かせたり座り直したりと妙な動きになってしまっている。

 

「なぁ、アルベド──」

「なりません」

 

 隣に立つ階層守護者統括のアルベドに話掛けるも、にべもなく断られる。その笑顔は何時ものように眩しい限りなのだが、その目は確固とした信念がありありと浮かんでいた。お前の意見は絶対に通さないぞ、という信念が。

 

「な、なぁ──ちょっとだけ、な?」

「いけません」

 

 傍から見れば玉座に大仰に座る主とその従者なのだが、会話だけ聞けば情けない事この上ない状態だ。まるで尻に敷かれた旦那である。いや、まるで──ではなくそのまま、か。

 

「ちょっとくらい良いじゃないか」

「いけませんと──先ほどから申しているではありませんか」

 

 俺が食い下がるのも仕方ない事だと受け入れてほしいが、そうままならない。

 何せ暇なのだ。早朝から行われている襲撃から早数日と数時間。もう残るは後10人にも満たないだろう。弱い。そう、想定以上に弱すぎたのだ。だからこっそりと、分かり辛いように折角作ったこの玉座の間への直行テレポーターも結局見付けられる事もなく。──いや、そもそもそのテレポーターまで来れた襲撃者すら皆無。

 全体の凡そ90%の襲撃者が、だ。このナザリック地下大墳墓の第一階層どころか、一階すら踏破出来ないなど誰が予想できるだろうか。余りに酷すぎて別の階層にランダムで飛ぶテレポーターの設置まで行ってしまう程だった。だがそれは階層守護者達を喜ばせただけならば良かったものの──

 

「今回の襲撃は余りに弱すぎて、防衛を行った者達から少なからず不満の声が上がっております。そんな状態でアインズ様に暴れ回られでもしたら──」

「不満が爆発する──か」

「いえ、皆の標的が襲撃者からアインズ様に代わるだけですわ」

 

 なにそれ怖い。本気<ガチ>モードのコキュートスが嬉々とした表情で俺に突っ込んでくるとか恐怖しか湧いてこないぞ。死ぬかもしれないという恐怖ではなく、終わりの見えない凄まじく面倒臭い方でだが。

 

「アルベド、あとどれくらいで終わりそうだ」

「えぇと──はい、今終わりました。パルパトラという老人が主体となったチームが最後まで残っていたようですね。最終撃破者<ラストアタック>はアウラとマーレのようです」

 

 そうか、と呟く。終わった。そう、終わってしまった。楽しい楽しい祭りが終わってしまったのだ。一切参加する事なく。

 嗚呼。そうため息が出る。視線の端に見えた遠隔視の鏡<ミラー・オブ・リモート・ビューイング>にマーレとニニャが嬉しそうにハイタッチしている姿が映し出されていた。

 まるで──帰るまで楽しみにしていた新作ゲームを、先に帰っていた家族に先にプレイされていた気分である。楽しそうにしている所を見てしまっては怒るに怒れず、落ち込むことすらできない。

 

「少し出る。後は任せた」

「いってらっしゃいませ、アインズ様」

 

 あぁ、参加出来ない祭りに価値はあるのだろうか。

 ──こうして、楽しい楽しい襲撃祭りは密かに涙する俺を置いたまま終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

「ねえ、イビルアイ。このラナーの手紙どう思う?」

 

 モモンさんに用無しと言われて消沈している私が、ようやく気持ちを持ち直したその朝の事だった。まるで計ったかの様に届いたラナー姫の手紙。それに書かれていたのは──

 

「ナザリック地下大墳墓へ──いや、アインズ・ウール・ゴウンへの使者の話だろう。どうと言われてもな」

 

 話の内容はこうだ。元々王国領地内にあるナザリックは元々この王国のものである。だから恭順しろ。という旨を伝えるために使者がアインズ・ウール・ゴウンの元へと送られる。ただ送られるだけならば良くある話だろう。だがアインズ・ウール・ゴウンは恐らく人間ではないこと、そもそも王国が成り立つ前からあの地にあったであろうことを鑑みるに──

 

「普通にやったらミンチにされて街道にばら撒かれて終わりだろうな」

「やっぱりそうよね──」

 

 アンデッドとして、ヴァンパイアとして絶対強者である真祖<トゥルーヴァンパイア>シャルティア・ブラッドフォールンを妻とするアインズ・ウール・ゴウン。余程特殊な契約でもしてない限りは、まず間違いなくアインズ・ウール・ゴウンの方が強いと考えて良いだろう。そんな相手を上から抑えつけたらどうなるか。

 

「軽く見積もって、このエ・ランテルを含む周辺全ては草木一本生えぬ土地に早変わりだろうな」

「最悪の事態を想定するなら?」

「それはとても簡単な事だ」

 

 そう、とても簡単な話だ。最悪な事態など想定する意味すら無いほどに。だが私が簡単と言った意味をどう捕らえたのか、ラキュースは少し気を持ち直したようだ。なぜ持ち直せるのか。

 

「ラキュース、神は信じるか」

「え?えぇ、まぁ──人並に、かしら」

「だったら祈れ。祈り続けろ。世界の全てが滅ぶまでに出来るのはそれだけだ。せめて安らかに死ねる様に祈り続けるんだ」

 

 なぁ、簡単だろう。と私は彼女に微笑んだ。正直な話、あのシャルティア・ブラッドフォールンが激怒したら間違いなくリ・エスティーゼ王国は滅ぶ。返す刀で襲撃の主犯であるバハルス帝国も滅ぶだろう。都市国家など元から無かったと言われる程度に牽き潰され、ローブル聖王国も消えるだろう。ギリギリ残るのはスレイン法国とア―グランド評議国位だろうが、終わる頃には強者が単体で残るだけで国は滅んでいるだろう。つまりは──

 

「私から言えることはただ一つ。アインズ・ウール・ゴウンを本気で怒らせるな。怒らせたら──え?モモンさん!?」

「随分と物騒な話をしているな、イビルアイ」

 

 ラキュースとの話に夢中になっていたせいで気付かなかった。気付けたのは、私の真正面に彼が座ってからだった。ラキュースも同じの様で、突然隣に座った彼に目を丸くしている。

 

「もう、終わったのですか?まだ十日も経っていないと思うのですが」

「ん?あぁ、これでも大分掛かった方だ。今回は一人も逃がさないために相当念入りにやったからな」

 

 あれだけの人数を、手練れだって相当居ただろうに事も無げに言う彼が、少し寂し気に見えたのは気の所為なのだろうか。

 

「そうだわ、モモンさん。あなた、アインズ・ウール・ゴウンと知古なのよね?」

「え?あ、あぁ。そうですが、それが?」

 

 少し寂し気な、少し悲し気な雰囲気はほんの一瞬の事だったようで、ラキュースに話しかけられた彼は何時もの彼に戻っている。やはりアンデッドに身を窶したとはいえ、人を殺すのは余り気持ちの良い話では無いのだろう。やはりあの時私達を帰らせたのは、無暗に人を殺させたくはないという彼の優しさから来るものだったに違いない。

 

「──なるほど、使者ですか。良いと思いますよ。彼も隣人と無暗に喧嘩したい訳ではないでしょう。そういう意味では歩み寄るのは良いと思います」

 

 私はラキュースと視線を交わし『あぁ…』とため息を付いた。仕方の無い話だ。国の長たる位置に居た彼に、やられる側を察しろというのは難しかったのかもしれない。

 

「あの、モモンさん。実は──」

「──なるほど。威圧外交ですか」

 

 彼の言う言葉を滑稽に思ってしまう。威圧外交。威圧だと。生物学上絶対強者に位置する相手に対して威圧?出来るわけがない。小さな蟻が威圧したところで竜がそれに怯むのか。頭を垂れるのか。ありえない。

 

「あまりそういうのはお勧めしないのですが──」

「だ、大丈夫!大丈夫です、モモンさん。しない方向に決まっていますので。事態を分からぬ阿呆が喚いているだけですから!」

「そうですよ。ラナーからの手紙で上手く妨害<インターセプト>出来たとありましたから問題ありませんよ、えぇ!」

 

 

 苦笑いしながら必死にオブラートに包もうとする彼の言葉に被せるように早口で捲し立てる。良くて国が滅ぶ、悪くて世界が滅ぶという選択肢しかないのに威圧外交などさせるものか。私が変わりにそいつをミンチにしてやるわ。世界平和のために。

 私とラキュースの詰め寄りに少しだけ引いた感じで頷いてはくれた。妙な誤解を持ったままで居て欲しくはない。姫様だって私たちだってアインズ・ウール・ゴウンと戦いたくはないのだ。

 

「えぇ、ですか──うひゃぁ!?」

「くんかくんか、いやされるにほい」

 

 突然走る怖気に思わず飛び上がろうとするも身体が動かない。そう思った瞬間に耳元から聞こえてきたのは恐らくティナの声だろう。気付けばモモンさんの膝の上に青い柄の入った方──ティアが座っていた。

 

「平時とはいえ気を抜きすぎ。モモンさんは気付いてたよ」

「うんうん」

 

 すると何だ。モモンさんはティアに気付いていただけでなく、膝に座らせたと。あと頷いているふりしてティナが私に頬ずりしている。いい加減に離れろ。私に頬ずりして良いのはモモンさんだけなんだぞ。

 

「何はともあれ、お帰りなさい、二人とも」

「はい──んぐんぐ──ふぁたらしい手紙」

 

 いくら忍とはいえここから王都への往復を1日で行ったのは辛かったのではないだろうか。そう心配しそうになるものの彼女たちに疲労の影はない。というかティア、さっさとモモンさんの膝から下りろ。なんでモモンさんに手ずから菓子を口に運んでもらって居るんだ、うらやまけしからん。

 それにしてもまた手紙か。もういっそ姫様がこっちに来た方が早いのではないか。

 

「えぇっと──ぶふぅっ!?」

「お、おい大丈夫か!」

 

 ティアから受け取った手紙を読み始めた時だった。突然ラキュースが吹き出して突っ伏したのだ。毒かと思って立ち上がると、震える手でラキュースが手紙をこちらに渡してくる。

 そこには一文が認められていた。たった一文だった。とても分かりやすい一文だった。けれど、分かりたくない一文がそこにあった。

 

 

──使者の候補がありえないくらい馬鹿揃いなので私が行きますね。つきましては蒼の薔薇の皆さんに護衛を頼みます。ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ──

 

 

 これが最善だというのは分かる。理解できる。だが同様に理解したくない。どこの世界に王女自ら使者に立つ国があるというのか。精々相手への人質や輿入れの意味合いが含まれない限りはまずありえない。そもそも行く本人が言う言葉ではない。というか王は間違いなく却下していただろう。だというのに無理を押し通したというわけだ。

 

「い、一国の王女が国を空けるなぁぁぁ!!!」

 

 静かな高級宿屋の喫茶スペースに私の理不尽への叫びが空しく響く。

 まずはモモンさんを説得しないといけないかな、と思いながら。



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4章 罪人の武器編
4章 王都 罪人の武器編ー1


 いつもの平和な日常。いつもの平和な時。いつもの平和を謳歌する我らが民。それがいつまでも続くものではない事は理解している。すぐ隣に居る強大な獣人たちは常に虎視眈々と我らが国を蹂躙しようと手を拱いている。いや、外ばかりではない。聡明な兄たちを差し置いて就任した私を由としない南部の貴族たちの謂れ無き中傷。その為に一つにまとめ上げなければならないのに湖を中心として王都側を北部、強力な貴族たちが居る側を南部と揶揄するものも少なくない。表面上の平和に囚われた国。それがこのローブル聖王国だった。

 ではそれらを駆逐するにはどうすればいい。出来ない。出来るはずもない。そもそも我らの力ではアベリオン丘陵に座する獣人たちから守れても退ける程の力は無いようだ。貴族の方だってどのようにすれば認めてもらえるのか分からない。話を聞いて居る限りでは直接的ではないにしろ辞めろとしか言わないのだ。何が悪いと言われているわけではないので改善の仕様もない。ただただ何も言えず黙る他なかった。私の一存ではなく前聖王様と神殿の後押しでなって聖王となってしまったが故に、今更『辞めます』等と言えるはずもない。

 そう、どうしようもない現状を薄っぺらい平和という日常がそっと覆いかぶさっているだけ。それを打破できる機知もない。ほとほと自分の無能ぶりに嫌気が差す。

 

「それをどうにかして差し上げようと言っているのですよ。ローブル聖王国国王にしてローブルの至宝。清廉の聖王女、カルカ・ベサーレス」

 

 あぁ、なんという甘美な言葉か。差し出された手は悪魔の手。紡がれる言葉は悪魔の言葉。だがこの差し出された手を掴む以外に私に残された選択肢はない。この言葉に喜び頷く以外に、私に残された選択肢はない。

 彼の足元に傅く。優しく、慈悲深き笑みを携える悪魔──否、魔王ヤルダバオト様。敬虔な神の使途である私が傅く相手に相応しくないと言う者も居るだろう。だが、私にはこの方が神にも等しき存在であると理解してしまった。だから、傅く事に何ら躊躇など存在しない。

 ただ──そう、ただそこにあるのは敬虔なる忠誠のみだった。

 

「どうぞ──どうぞ、この国の未来を──宜しくお願いいたします、ヤルダバオト様」

 

 

 

 

 あれから──ラナー姫からナザリックに直接行くという手紙をもらってから早数日。俺と蒼の薔薇チームは足早にリ・エスティーゼ王国へと戻っていた。彼女たちは──というよりも蒼の薔薇のリーダーであり貴族でもあるラキュースさん等が──王城へと向かう予定だ。俺も行きたかったのだが、そもそも面識がない。一度でも会っていればとも思ったが──

 

(そもそも姫様に会うなどそうそう出来ることじゃない、か。言葉通り住む世界が違う存在なわけだしなぁ)

 

 一応俺こと冒険者モモンが道案内兼、アインズ・ウール・ゴウンとの仲介役とはなっている。なのでナザリックに行く前までに一度くらいは王女様と面通りくらいは許されるだろうが、恐らくその程度だ。やはり冒険者モモンとしてではなく、ナザリックの主たるアインズ・ウール・ゴウンとして友好を築いた方が何かと良いだろう。上手くすれば色々と便宜を図ってもらえるかもしれない。

 

(そうだよ、良い──かは別にしても、アインズ・ウール・ゴウンと友好関係になれば利点が多いと思えるようにすれば、上手くすれば貴族の末席位にはしてもらえるかもしれない。そうなれば国の後ろ盾が出来るから、『モンスターだから』とかいう理不尽な理由で攻撃されることもなくなるだろうし、情報だって今よりも手に入れ易くなるはずだ)

 

 先日パンドラズ・アクターにシャルティアを洗脳したワールドアイテムについて相談したら、どうやら傾城傾国<けいせいけいこく>である可能性が高いと出ていた。もしかするとスレイン法国にあるかもしれないらしいから、それについての情報も欲しい所だ。

 

「ん、あれは──」

 

 王都の城門が見えてくると、なにやらゾロゾロと兵士が入り口に屯──いや、整列している。どうやらリ・エスティーゼ王国の旗まで持ちだしているようだ。

 

「私達の出迎えですよ、モモンさん」

「──なんと」

 

 俺たちが見えて来たからだろうか、兵士たちは整然と──だが素早く街道沿いに整列を始めていた。

 

「漆黒の英雄モモン様とぉー!蒼の薔薇の皆さまにぃーーー敬礼!!!」

 

 『ずぁっ!!』という聞きなれない快音と共に街道に並んだ──恐らく100名以上の兵士たちが一斉に最敬礼を行った。

 

「────」

 

 言葉が出ない、とはこの事だろう。彼らのあまりの圧巻に、思わず足取りがふらつきそうになるのを止めるのに必死になってしまった。だが隣を歩いているイビルアイにはそれが分かったのだろう、『クスリ』と小さな笑みをこぼしたのが視界の端に映る。そのためか、少しだけ憮然とした歩き方に、足早になってしまっても仕方のない事だ。

 

(俺は英雄──漆黒の英雄、モモンだ。そして、これが俺がこの国に行ったことへの結果。正しく真正面から受け止めないでどうする)

 

 アンデッドとしての精神抑制が無ければ今頃舞い上がってあたふたしたかもしれない。まるでレッドカーペットを歩いている有名人の様な──いや、レッドカーペットでないにしても有名人なのか。まるで夢のような一時だった。

 

 

 

 

 

「流石のモモンさんも、善意100%を受けての歓迎は久しぶりだったみたいですね」

 

 王都に入るまで、ガチガチに緊張していたモモンさんに満面の笑みを浮かべならが話掛ければ、少しだけ顔を背けられる。あぁ、照れて拗ねて居るのだなと──フルフェイスで覆っていても、例え表情の作れぬ骨の姿であってもそう感情が読み取れるのが何よりも嬉しい。

 

「あそこまで歓迎されているとは思わなかったからな」

「何を言うんです。モモンさんはこの王国の窮地を救った──まさしく英雄なんですよ。先触れを出していたら国を上げてのパレードすら開催されたはずですよ」

 

 本当に、小さな子供の様に拗ねられる。それが彼の──亡国の王子モモンガさんの本質をほんの少しだけ垣間見えた気がする。

 

「モモンさんを揶揄うのはその辺りにしなさい。──じゃあ私とティナが王城に行ってラナーと話してくるわ。モモンさんは──言えば恐らく王城に入れると思うけれど──今回は時間も差し迫っているし、止めておきましょう。ギリギリだけど王都を出発する前に面通りしてもらう事になるけれど、良いかしら」

「えぇ、構いませんよ」

 

 話をすり替えられてほっとしたのだろう。モモンさんはラキュースの方を向いてしまった。モモンさんの影から『べーっ』と舌を出すと、ラキュースは少し驚いたように私の顔を見ている。なんだ、私が女童みたいな行動をするのがそんなにおかしいか。私だって乙女なんだぞ。

 

「ならば私とティアは道具の買い出しに行ってくる」

「荷物持ち<ガガーラン>も連れて行く」

「へいへい──モモンはどうすんだ?」

「私は──ちょっと失礼します。夜にはいつもの酒場に向かいますので」

 

 誰かに気付いたのだろうか。モモンさんはそう言うとどこかへと足早に行ってしまった。

 ガガーランが『女か?』とかボケた事を言っているがそんなことはありえない。当然私が居るからだ。そういえば、モモンさんの交友関係は余り知らなかった。誰と会うのだろうか。

 

「付いてく?」

「まさか。私達にはやることがあり、時間もないんだぞ」

 

 それに夜には戻ってくると言っていたのだから何も問題はない。問題はないのだ。

 無いのだが──

 

「──行く?」

 

 少しだけ笑みを浮かべて再度聞かれる。まるで心の葛藤を見透かされているような気分だった。

 

 

 

 

 

 

「わしの視線に気づくとは。なるほど噂通り──いや、噂以上かねぇ、漆黒の英雄殿」

「あれだけ熱烈な視線を送られれば誰でも気付くと思いますよ、英雄殿」

 

 彼奴だけが気づく様にと試しに意識を向けてやったら、物の見事に釣れよった。泣き虫には向けてはいないとはいえ欠片ほども気付きもしなかったというのに。それを事もな気に、当たり前の様に返されるとは。これは予想以上。わしどころか下手をすればツアーに匹敵する存在かもしれないということ。つまりは──

 

「おぬし、ぷれいやーか?」

「ぷれいやー──ですか?」

 

 人の少ない路地を右へ左へ。嬢ちゃん達が追ってきていた感じがしたのでさっさと巻いてやると、諦めたのか気配が遠くなっていく。

 こやつ──違うのか?ぷれいやーではない?ツアーの話では揺り返しが来たかもしれない、と言っていたから『こちら側』として来たのではないかと思ったのだが。嘘をついている感じもしない。感情の揺れも感じない。もしこれで嘘をついていたとするならば相当な胆力だと言えるだろう。

 

「ふむ、違うのか。では、ギルド武器というものを知っているか」

「え?えぇ。それが?」

 

 思わず足音が出てしまう。『ザリッ』という意思を噛む音は、静かなこの辺りでは必要以上に大きく聞こえた。思いの他動揺が走ってしまったようだ。

 ツアーから探すように頼まれた武器。ギルド武器。それがどういうものなのかは知らないが、ツアーが探そうとするものなのだから相当な物に──下手をすれば世界がひっくり返るようなものに違いないはずなのだが。だが、奴から出た言葉はわしの予想を遥かに上回っていた。

 

「何のためにあんなものを探しているのですか?精々祭典等にしか使えないようなものを」

「──はぁ?」

 

 なんだそれは。祭典にしか使えない?あまりに間の抜けた声が出てしまったからだろう、奴が『クスリ』と笑う音が小さく聞こえた。

 

「それは本当なんだね?」

「えぇ、勿論。かつての友に見せてもらいましたので。何の事もないただの剣でしたよ。見栄えは凄かったですが、ちょっと切れ味が良い程度の──いや、もしかすると──」

 

 ただちょっと切れ味が良いだけの剣?そんなものをツアーが探し求めている?まさか?

 わしの中に予想以上の動揺が縦横無尽に走り回っていた。実はツアーがただのコレクションのために集めているのか?確かにドラゴンたちは珍しい物を集める習性があるとはいうが──ボケたのか?

 

「恐らくですが──罪人<ギルティ>武器と間違ってませんか?」

「なんじゃと──」

 

 奴が言う罪人<ギルティ>武器とギルド武器。似ている。が、非なる物であるのは分かる。ギルド武器なるものがどんなものかは想像も付かないが、罪人<ギルティ>武器ならば何となくは想像が付く。それが恐ろしい武器である事くらいは。

 

「し、知っているのか!その──罪人<ギルティ>武器がどこにあるのかを!!」

「えぇ、もちろん──」

 

 興奮冷めやらぬわしは思わず奴に掴みかかってしまった。200年を優に越す歳を重ねてなお、わしにはまだここまで心をかき乱す事があったのだと──そう、まるで他人事の様に自分が見えてしまう。しかし見た目よりも彼の身体はしっかりしているようで、わしの揺さぶりにもほとんど揺り動かない。その揺り動きすら止めようと思えば止められるだろうと思う程に小さいもの。まるで大人と子供だ。

 止め様にも、止まらない。止まるはずもない。様々な国を渡り歩いてなお情報は見つからず、もういっそスレイン法国に突撃してやろうかとちらちら思ってしまうほどに切羽詰っていたのだ。それが降って湧いた様に、ピンポイントで知る人物に会えたのは僥倖としか言いようがない。これを逃せばあとどれくらいかかるのか見当もつかないのだから。

 だが、彼から出た言葉は──わしの予想を遥かに越す──想像し難いものだったのだ。

 

「ど、どこにある!それは──」

「──ここですよ」

 

 奴は──自分の胸を指したのだから。



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4章 王都 罪人の武器編ー2

 ふとした気配にゆっくりと目を開ける。視界に入ってくるのはいつもの景色。武骨な石の柱。装飾された石の壁。そして私が鎮座している石の床。そして──

 

「相変わらずアンタは寝坊助だね、ツアー」

「相変わらず君は気配が読めないね、我が友よ」

 

 相変わらず、いつの間に入って来たのか分からない我が友──リグリットの姿だった。

 

 

 

 

 

「今日も一日が始まる、か。陰鬱とは言わないが、面倒な一日が」

 

 夜が更けて来たので書類を片付けていたら夜が明けていた。アンデッドとなったこの身ではよくある話だ。夜通しやって疲れてはいないはずだが、ぐっと伸びをすると思わず息が漏れる。身体は疲れずとも心はそうもいかないということなのだろう。

 昨日は本当に疲れた。あのリグリットとかいう英雄。一体どこからギルド武器の事を知ったのだろうか。とはいえ詳しくは知らなかったようなので本当の事を交えながら嘘を教えてたら見事に嵌ってくれていたようだ。これもまた、俺が漆黒の英雄という姿を作り上げたお蔭と言えるだろう。

 

(しかし──あの悲惨な夜<クリスマス>に配布された罪人武器<ギルティ・ウェポン>があそこまで役に立つとは思わなかったなぁ)

 

 罪人武器<ギルティ・ウェポン>──それはユグドラシルであったイベントで配布されたものだった。クリスマスに一人で居た者に強制的に送り付けられた嫉妬する者達のマスクとは一味違うアイテムだ。その取得方法は悲惨としか言いようがない。

 

(まず嫉妬マスクを手に入れて、次の年に嫉妬マスクを装備した状態でクリスマス以降一週間以内に、ゲーム内で結婚している者とクリスマスにログインしなかった者を合計十人倒す。そしてその次の年にまたクリスマスにログインする)

 

 要するに、取得に3年かかるという神器級<ゴッズ>すらをも凌駕する凄まじい取得制限のあるそれは、嫉妬に狂った者達による狂乱が生み出した罪深き武器ということで罪人武器<ギルティ・ウェポン>と名づけられているのだ。

 その作りたるや凄まじいの一言である。作成者の狂気が透けて見える程の拘り過ぎたディテール。通常武器とは違ってプレイヤーの魂に植えつけられたものという設定を如何なく発揮した専用の特殊エフェクトの数々。そして全職業装備可能であり、装備時のみ発動可能な特殊スキル。何よりイベントで配布される武器の中では最強の威力を持っている。それこそ世界級<ワールドアイテム>に匹敵するほどである。だが単純に強い訳ではないのは当然だ。まず一つに、この武器は基本的にモンスターにダメージを与えられないという制限がある。これは余りにも強すぎる武器であるため、これを量産したプレイヤーたちが高難易度モンスターを殺戮してしまわない様にするためである。ではどこで使うのか、それは対人だ。つまりこの罪人武器<ギルティ・ウェポン>は対人専用の武器というわけである。

 だがここでもう一つの制限──ギミックがある。この武器で殺されたプレイヤーは『リア充』というデバフが付与された状態になり、『何の制限もなく』生き返るのだ。

 通常殺されれば金なり、アイテムなり、経験なりを代償に生き返ることになるが、この武器で殺された場合に限り何も代償にすることなく生き返ることが出来る。

 それが分かったプレイヤー同士で罪人武器<ギルティ・ウェポン>を使った気軽なPKが横行するようになったのだが──

 

(あの『リア充』のデバフが異様過ぎるんだよなぁ──運営狂ってると言われてたっけ)

 

 そう、『リア充』のデバフである。状態異常である。

 その状態異常とは、『ゲーム内で結婚した相手以外の異性──しかもこの『リア充』のデバフを受けていない──プレイヤーと組まないと全ステータスがダウンし続ける』という恐ろしいものである。

 効果時間は状態異常系の中では最も長く、3日である。しかも合計ログイン時間換算で3日──72時間──である。通常のライトプレイヤーならば1日2-3時間程度なので凡そ24日。つまり一か月弱も碌に行動することもできなくなるのだ。しかも復活系魔法の時に付く衰弱などと違って時間経過以外にこれを消す方法はない。

 それにプレイヤーが気付いた時には後の祭りである。主戦力プレイヤーの凡そ3割が一切の行動を制限されたと言えばどれ程凄まじかったのか分かるだろう。

 俺達アインズ・ウール・ゴウンは返り討ちにあったペロロンチーノさんを除いた全員がこのデバフを受けていなかったので一気に攻勢に移ることが出来たのだ。

 

(ペロロンチーノさん。その3日間ずっと姉のぶくぶく茶釜さんとパーティ組み続けてたっけ──)

 

 輝かしくも微笑ましい話である。

 それをギルド武器から上手く話を逸らせたのはとても大きかった。

 

(これでスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを狙われることもないだろう。そうだ。まだ数本あったし、アルベド達にも持たせれば色々と使えるかもしれないな)

 

 リグリットさんに見せたのは大剣型。後鎌型と弓型と大斧型と杖型がある。アルベドに斧を、マーレに杖を持たせるのも良いかもしれない。この罪人武器<ギルティ・ウェポン>を装備した状態ならどんな魔法を使おうとも武器の効果と見做されるから、デバフさえ気を付ければフレンドリーファイアも怖くない。

 

(そうか、この武器を装備したままデミウルゴス──ヤルダバオトを倒せばいいのか)

 

 そうすればデミウルゴスを殺すことなく、公的にヤルダバオトを倒したことに出来る。これは大きい利点だ。

 リグリットさんにはこの武器でヤルダバオトを──と咄嗟に言ってしまったけれど、上手く事態が転んでくれそうだ。

 

(そうと決まれば──)

 

 

 

 

 

 今は一番忙しい時期である。アベリオン丘陵の羊たちを含めた獣人と、ローブル聖王国の人間達を上手く操作している時である。少しの誤差が大きくずれていく可能性も高い。だが、それでもなお離れなければならぬ事態はある。

 

「そういうわけで、私は暫くナザリックに戻ります。奈落の支配者<アビサル・ロード>、貴方が私の代わりとなり、指揮を行いなさい。何をすればよいかは──分かっていますね?」

「ハッ!」

 

 私の配下の中でも特にバランスの良い悪魔をチョイスし、その者に指揮を任せるのは当然だ。嫉妬や強欲では堕落させられても持ち直す事はできない。憤怒は殺しすぎる懸念が消えず、暴食と怠惰では指揮は無理だろう。そういう意味では、レベルは一つ落ちるものの奈落の支配者<アビサル・ロード>は適任と言えた。

 

「嫉妬<エンヴィー>と憤怒<ラース>は勝手に動かぬように。強欲<グリード>、貴方もですよ。怠惰<スロウス>と暴食<グラトニー>は私に付いてきなさい」

 

 魔将達は強いのだが我が強すぎる。能力至上たる悪魔族ならではと言えるものの使い辛い感は否めない。帰ってくるまでに奈落の支配者<アビサル・ロード>の精神が持てば良いのだが。

 

「出来るだけ早く戻ってくるつもりですが、計画は進めておきなさい。遅延は許されませんよ」

 

 手早く《ゲート/転移門》を展開し、身体を滑り込ませていく。ちらりと皆に視線を送ると、早速奈落の支配者<アビサル・ロード>が周囲から無言の威圧を受けているようだ。軽くため息を吐きながらナザリックへと転移する。これは、あまり長く居れそうもないな、と思いながら。

 

 さて、急がねばと視線を前に向けた瞬間、一瞬だけ戸惑ってしまう。ここはナザリック地下大墳墓である。ナザリックは転移系の阻害のために基本的に内部では転移系魔法は使えないようにしてあり、基本的に転移してきた時は自動的に入り口に転移『させられる』。だが今いる場所は玉座の間の入り口──巨大なドアの目の前──だった。

 

(恐らくオーレオール・オメガが気を効かせてくれたのでしょう)

 

 私の転移に干渉できるのは世界広しといえど、至高の御方のまとめ役であり、私達のために残って下さった慈悲深き御方。アインズ・ウール・ゴウン様と、このナザリックの全ての転移の管理を行っているオーレオール・オメガくらいなものなのだから。

 私を呼ばれたのはアインズ様。であれば、それだけ時間が惜しいということなのだろう。こちらとしても願ったり叶ったりである。

 

「第七階層守護者デミウルゴスです」

 

 私の言葉に反応するかのようにひとりでにドアが開く。奥には既にアインズ様達が待機されているようだった。

 

「遅れて申し訳ありません、アインズ様」

「いや、忙しい中態々来てくれて感謝するぞ、デミウルゴス」

 

 足早に近づきながら陳謝すれば、私以上に忙しいであろうアインズ様から優しき言葉がかけられる。なんと慈悲深き御方だろうか。今いるのはアインズ様、アルベド、コキュートス、アウラにマーレ、シャルティア、そしてセバスに──

 

「おや、ナーベラル・ガンマだけ居るのですね」

 

 そう、プレアデスが一人であるナーベラル・ガンマだけが場違いにここに居たのだ。

 

「うむ、お前たちに見せたいものがあってな」

「見せたいもの、ですか」

 

 そうおっしゃいながらアインズ様はゆっくりと玉座から立ち上がられると、ゆっくりとした動作でアインズ様が身に着けておられる──腹部辺りにある神器級<ゴッズ>アイテムに手を伸ばすと──

 

「なんと──禍々しい──」

 

 身体が震えた。なんと黒々しく禍々しいオーラを纏った武器だろうか。軽く見積もっただけでも神器級<ゴッズ>を超えるのではないかと思える程のもの。あの装備にはこのような効果があったのか。ではこの効果を今見せる理由は何か。幾つか想像はつくが、アインズ様の行動はさらにその上を行くものだった。

 ゆっくりと階段を降り、ナーベラル・ガンマの前まで歩き、止まる。まさか──

 

「ナーベラル・ガンマよ──」

「お、お待ちください!アイ──」

 

 私は何をしているのだろうか。アインズ様を止めようとするなど。しかしなぜプレアデスの一人であるナーベラル・ガンマを殺さねばならないのか。何かの失態のためなのか。何があったのか。混乱する私など最初から居なかったかのように、私の声など最初から聞こえていないかのように、無造作にアインズ様は──

 

「──死ね」

「はっ!」

 

 その禍々しい剣を無造作に振り降ろされたのだ。

 

 

 

 

 

 

「──と、まぁこういう効果のある武器で──どうしたのだ、皆」

 

 軽いドッキリの気持ちで──当然ナーベラルには話していたが──やったら約半数の顔が真っ青なのである。やはり無条件で生き返るという特性のある武器を使ったとはいえ、ブラックジョーク過ぎたのだろうか。

 声がする方に視線を向ければマーレが大粒の涙を流して未だに泣き続けている。あやしているアウラも血の気が未だに戻っていない様だ。

 

 生き返ったナーベラルによれば、どうやら『死亡』の状態ではなく、あくまで偽装状態らしい。どうも死んだように見えるが視界も問題なくあり、耳も問題なく聞こえるらしい。皆の慌てふためく姿が見えていたようだ。また生き返るのも任意で行えるらしい。これは使える。

 

「し、少々冗談にしては辛いものがありました。一応聞いておきますが、ナーベラル・ガンマ、貴方は先にアインズ様よりこの効果を聞いて居たのですね?」

「はい、デミウルゴス様」

 

 デミウルゴスも相当堪えたようで、平然を装いつつも口元がひくついている。堂々としているのはアルベドとシャルティアくらいか。

 

「皆だらしないでありんすね。我らは皆、アインズ様に命を捧げているもの。生殺与奪は元よりアインズ様のものでありんすえ」

「そうね、シャルティア。アウラとマーレは仕方ないにしても、デミウルゴス。貴方は少々取り乱し過ぎではないかしら」

「──返す言葉もありませんね」

 

 平然とドヤ顔で居る二人。凄い胆力と言って良いのかもしれない。が──

 

(そういえばペロロンチーノさんとタブラさんも罪人武器<ギルティ・ウェポン>持ってたっけ)

 

 恐らく本人から聞いたのだろうな、と。そういえばウルベルトさんはそういったものに一切興味なさそうだったから、デミウルゴスは聞いて居なかったのか。

 

(そういう意味ではコキュートスが一番胆力があるということか。建御雷さんもウルベルトさんと同じくイベント武器には興味持ってなかったしなぁ)

 

 あらゆることに精通しており、いつもクールに決めているデミウルゴス。しかし強い想定外の事には実は弱いのかもしれない。そういうところはウルベルトさんに似ているといえるのか。やはり製作者の意思が強く反映されているのだろう。

 

(俺が──守らないとな──)

 

 ドヤ顔でポーズを決めている黒歴史<パンドラズ・アクター>が脳裏に浮かんだのを無視しながら、談笑する皆を眺める。そして強く心に刻む。皆を守る為ならば、悪鬼と呼ばれようとも、付き進めなければならないと。



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4章 王都 罪人の武器編ー3

「はぁ……」

 

 ゆっくりとため息を付く。力のないそれは竜の吐息<ブレス>になることなく、この白亜の神殿の中にゆったりと散っていく。

 この地に我が身を縛って幾星霜。しかしこうやってため息を吐かなくなってもはや久しい。それだけ人々が、様々な生き物たちがこの世界で頑張ってくれているという証左であった。

 だが、本当に久しぶりにため息が出てしまう。

 もしかして、と数多の意識が逡巡していく。

 ちらりと立てかけてある、いかにも『斬れなさそうな』剣に目をやる。相変わらず斬ろうとする行為を徹底的に侮辱しているかのようなフォルム。だが手に持てば分かるその凄まじい切れ味の良さは重々理解している。その威力たるや、未だに居座るあの眷属達ですらも不用意に近づいて来ない程である。

 主無きあの地を守り続ける奴らにとって『これ』はとても重要な物であるらしい。それはひとたび振るえばわかるその威力もあるのだろうが、恐らく何某かの特殊な能力を有していると思って良いだろう。

 そもそも『これ』が、リグリットの言う罪人<ギルティ>武器なのか。恐らく違うだろう。そのような禍々しい感じはしない。むしろ間逆の神聖な気配すら感じるのだから。

 ギルド武器と罪人<ギルティ>武器。どちらが本物なのか。いや、それならば良いだろう。どちらも本物である可能性もある。

 

「ギルド武器は祭事のもの。強い訳ではない、か──」

 

 リグリットが会ったという漆黒の英雄なる冒険者。その名声は住まう王国だけに留まらず、各国も一目置くほどだと聞いて居る。

 英雄を自ら名乗る者が簡単に嘘を吐くだろうか。いや、ないだろう。そこまで人々は愚かではないはずだ。

 では、嘘を吐かねばならぬ理由があるとしたら──?

 いや、嘘ではないとしたら──

 ならば、嘘を吐かせているのは誰だ──?

 漆黒の英雄が嘘をついてないとしたら、誰かが嘘をつかせている。いや、嘘を吐かせているのではなく、元々嘘の情報を与えているのだろう。英雄に嘘を吐かせられる黒幕の存在。

 

──アインズ・ウール・ゴウン

 

 何かと話題に上がる正体不明の魔導士。

 

──曰く、ナザリック地下大墳墓なるダンジョンの主をやっている

──曰く、強大な魔力を有しており見たこともない魔法を行使できる

──曰く、通常考えられないほどの上位のアンデッドを意のままに操る

 

 

──曰く、かの者は不死である

 

 

 不死と聞いて最初に頭に浮かぶのはアンデッドである。だがアンデッドは決して不死などではなく、単純に死ににくいだけ。言うならば『死んでいない』というだけに過ぎない。

 最初は漆黒の英雄がぷれいやーなのかと思ったが、どうやらこの世界で生まれたらしいというのは既に裏付けが取れているらしい。

 とすれば、そのアインズ・ウール・ゴウンという者がぷれいやーである可能性が出てくる。

 そして、同じく不死であるらしいヤルダバオトも──

 悪魔ヤルダバオト。奴は恐らくぷれいやーだと思って間違いないだろう。不遜な態度。世界は我が物であると言わんばかりの大それた行動。単独では存在しえない悪魔達を使役することからも疑う余地はない。

 だとすれば不死であるというのも、あの漆黒の英雄が持っている罪人<ギルティ>武器でなければ斃せないというのも頷ける。

 八欲王にもそういった特殊な方法でしか倒せない奴が居たのだ。ありえないと考えることこそがありえない。

 ならばこう考えるのはどうか。アインズ・ウール・ゴウンとヤルダバオトはお互いにぷれいやーであることを知っており、互いに不死であるため互いを斃す事はできない。だからアインズ・ウール・ゴウンは漆黒の英雄を立ててヤルダバオトに対抗しようとしているとしたら──

 

「罪人<ギルティ>武器を漆黒の英雄に与えたのはアインズ・ウール・ゴウン──ということなのかな」

 

 だとするならばヤルダバオトも同じことをしようとしているのではないか。

 英雄と謳われる男に組する者と世界を滅ぼさんとする者。どちらがこちらの言を聞いてくれるかといえば前者だろう。

 だが本当にヤルダバオトを悪と断じて良いのか。本当は英雄は騙されているだけで、アインズ・ウール・ゴウンの方が悪なのではないか。

 今割って入るわけにはいかない。二人ともぷれいやーだとするならば、今いがみ合っているとしても第三者の介入があれば、かつての八欲王の如く瞬く間に連携を取って第三者を倒そうとするだろうことは想像に難くない。

 確実に味方に入れてよいと分かるまでは手出しが出来ないのだ。

 頭に過るのはかつて八欲王に成す術なく斃された我が同胞たちのこと。

 たった一王を倒すだけですら百に届くほどの同胞が殺された。だが八欲王は──

 

「今回の件は、かなり慎重に行かないといけないみたいだね──」

 

 気温は変わらない筈なのに、全身がまるで氷水でも浴びたかのように『ガタガタ』と震えてしまう。

 八欲王の再来など考えるだけでも恐ろしい。

 そんなことには決してしてはならぬと、その為には細心の注意が必要なのだと。

 震える身体に力を込めて、なけなしの勇気を振り絞りながらそう決意する他無かった。

 

 

 

 

 

「ぜぇっ──ぜぇっ──くそっ!一発も当たりゃしねえ!!」

「っはぁ──限界が見えない。どんどん早くなってる」

 

 姫さんの準備が出来るまで暇だからと、外でちょっと運動しようぜとモモンを誘ったのは良いがこの有様だ。

 運動というのは建前。出来ればあのスカした奴に一発ぶちこまなければ気が済まないとさっきから本気でやっているのに、一発も当たるどころかかすりもしない。

 俺よりも素早いティアですら当てられないのだから相当だ。

 だというのに、ティアの言葉を鵜呑みにするならばまだまだ早くなりそうな感じがするらしい。

 

「まったく──常識ってモンを──」

「──ふぅ。ガガーランから常識なんて言葉が出るなんて意外」

 

 もう息は整えたのか、油断なく構えるティアがそんな軽口を叩いて来る。

 俺も奴を逃がさんと、今度こそ捉えてやると睨むが当の本人は一向にこちらを気にした様子もなく、一見すれば隙だらけの恰好で立っている。

 いつものような二刀流ではなく一刀。だというのに防がれることすらないとは、これでも俺はアダマンタイト級なのか。

 いや、逆か。奴は──モモンはこれほどの力があるからこそあのヤルダバオトとかいう悪魔と堂々戦えるのだ。俺達はその舞台にすらまだ上がらせて貰ってないだけなのだ。

 

「もう少し──こう──」

 

 なんだ。何を考えているのか。普段なら『ふざけるな』と殴りかかっている所だが、何かを感じる。嫌な感じではない。だがあのババアの時のような──

 

「──隙あり!」

「おいバカやめろ!!」

 

 それに気付けなかったティアを未熟と言って良いのか、それとも気付けた俺が運が良かったと言って良いのか。

 

「──なるほど、こうか」

「え──」

 

 すっと奴は避ける事無くティアの方へと手を向けた。

 

「要塞<フォートレス>」

 

 それは武技。奴が使ったのを見たのは初めてかもしれない。だがその威力は普通の物とは全く違うものだった。

 通常の要塞<フォートレス>は相手の攻撃の瞬間に発動させる事で攻撃を跳ね返すというものだ。タイミングは非常にシビアで、忍者であるティアの攻撃を要塞<フォートレス>で返すなど至難の業と言って良い。

 だが奴の要塞<フォートレス>は違った。

 

「やばい。なにあれやばい。何がとはいえないけれど、兎に角やばい」

「語彙がすげえことになっているが言いたいことは分かるぜ」

 

 あれは本当に要塞<フォートレス>だったのか。

 一瞬──ほんの一瞬だが、奴が難攻不落の要塞のように──絶対に壊れない巨大な壁のようなものに見えたのだ。

 

「あ、怪我!お前怪我は!?かなり本気で突っ込んだだろう!!」

「なし、泣きたくなるくらい全くない。全く威力がない部分で跳ね返された。身体の代わりにプライドとか自尊心とかそういったものがズタズタにされた」

 

 あれだけ凄まじい要塞<フォートレス>で跳ね返されて俺の所まで──凡そ数十メートルは──跳ね返されたというのに一切怪我を負っていない様だ。ほっと安堵の息を吐くも束の間。奴の技量の凄まじさをまざまざと見せられた事に寒気すら感じてしまうのだった。

 

 

 

 

 

「──つーわけなんだよ」

「本気なの、それ。本当に要塞<フォートレス>なの?不落要塞<ハイ・フォートレス>じゃなくて?」

 

 それから暫くして切り上げて王都に帰ってくると、丁度ラキュース達が王城から返ってきた所だった。なのでさっきの話を聞かせてやったのだが、やはり相当想定外だったのだろう。ラキュースの顔はいつになく歪み、引き攣っている。

 

「不落要塞<ハイ・フォートレス>は見たことあるが、あんな感じじゃねえな。つうか、あれに比べたら不落要塞<ハイ・フォートレス>が餓鬼のお遊戯に見えるぜ」

 

 いつもの酒場に入り、いつものジョッキを頼む。気付けばラキュースはいつものティーセットを準備している。一体どこから取りだしているのか未だに分からない。

 何時ものように椅子に座れば『勘弁してくれ』とばかりに『ミシリ』と椅子が鳴る。何時もの『ギシリ』ではない。そろそろ壊れるかもしれないな、と思いながらも体重を預けることをやめない。壊れるまでは今まで通りにつかってやろう。それが道具に対する思いやりと言うものだ。

 

「能力が高いのは分かっていたつもりだったけど、そこまで彼の武技は凄まじいのね」

「むしろお前らがモモンさんに武技を使わせたことを喜べばいいだろう」

 

 そう言いながら入ってきたのはイビルアイだ。どこへ行っていたのだろうか。彼女が座った椅子は『キシ』とも音がしない。食いが足りないのではないか。だから相変わらず──

 

「──なんだ?」

「睨むな睨むな」

 

 俺の思考を読んだかのようにイビルアイが睨んでくる。仮面越しでも変わらぬ凄みは、恋に呆けてもなお相変わらずの様だ。

 しかし、発動させた、か。そう言われれば、俺たちは今まで一度も奴に武技を使われたことは無かった。それを発動させたという事は──

 

「少しは、認めてくれたって──思っていいのかねぇ」

「出来れば、攻撃系の武技も使われるくらいに強くなりたい」

 

 あれは別に使わなくてもいいタイミングだった。それでも『使ってくれた』のだ。それは俺を、ティアを少しでも認めてくれたと思うのは自惚れなのだろうか。

 ジョッキをぐぃと呷る。それは不思議と、いつもより旨く──感じた。

 

 

 

 

 一方その頃──

 

「要塞<フォートレス>!要塞<フォートレス>!!要塞<フォートレス>!!!ふははははは!!!!──使える!私にも武技が使えるぞぉぉぉ!!!!」

 

 とある森では数百という魔物達を反射技だけで倒し続ける黒い悪魔が暴れていたという。



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4章 王都 罪人の武器編ー4

「ふむ──?」

 

 定時連絡も兼ねてナザリックへ戻ってきたは良いものの、どうやらアインズ様は玉座の間にも執務室にもいらっしゃらないようだ。アルベドに話を聞けば第五階層にいらっしゃるということで来てみたが、やはりいらっしゃらない。

 巨大な生命力を感じてそこへ行ってみれば、居たのはコキュートスのみ。しかもコキュートスは地に伏している。周囲には彼が得意とする六本の武器が散らばっており、地面には相応の戦闘があったのだろう、吹雪の中でもなお深く色濃く傷跡が残っていた。

 

「どうしましたか、コキュートス。随分と傷付いているようですが」

「ム──デミウルゴスカ。アインズ様ニ一戦馳走ニナッタノダ」

 

 地に伏してなお強大な生命力を感じるので、単に立てなくなるほど疲れているだけであろうとは思うものの──見れば決して小さくない傷が全身に無数にあった。

 コキュートスの話を鵜呑みにするならば、この全身の傷を作ったのはアインズ様となる。だがアインズ様が戦ったような感じはしない。周囲の空間の乱れはなく、気温の変化もない。

 

(アインズ様は魔法を使われなかったということなのか?しかし何故──)

 

 立ち上がれる程度にまで気力が戻ったのだろう、コキュートスがゆっくりと起き上がる。しかしやはりふらついており、彼が獲物としている武器の一つであるハルバード──確か断頭牙という名前でしたか──を杖代わりになんとか立っているようだ。

 

「──なんと」

「フ──フフフ──」

 

 立ち上がったからこそ見える、彼の胸に大きく付けられた傷。それは物理攻撃によってつけられたもの。コキュートスの装甲は非常に硬い。それは通常の武器など軽く弾き飛ばしてしまうほどに強固なものだ。防御性能は私達の中でもアルベドに次いで高いのである。その彼の身体をアインズ様が切り裂いたというのか。

 驚く私とは裏腹にコキュートスは非常に嬉しそうに笑っている。魔法詠唱者<マジックキャスター>に対して物理攻撃者<フィジカルアタッカー>が近接戦闘で負けたというのに。

 

「ヤハリ、アインズ様ハ素晴ラシイオ方ダ──フフフ──アインズ様ハ魔法詠唱者<マジックキャスター>ノ域ヲ超エ、我ラ物理攻撃者<フィジカルアタッカー>ニオケル奥義ヲ習得ナサレタ」

 

 魔法詠唱者<マジックキャスター>であられるアインズ様が物理系スキルを習得されたというのか。それは誰もが願い、誰もが成し得なかった偉業。恐らくは《パーフェクト・ウェーリアー/完璧なる戦士》時にのみ扱えるということなのだろう。だがそれは魔法を使えないという欠点が欠点でなくなったことを意味する。

 真の意味での《パーフェクト・ウォーリアー/完璧なる戦士》を習得なされたわけだ。

 

「我ハ本気デ相対サセテ頂イタ。本気デ防ギ、本気デ反撃シタノダ。ダガ、瞬間的ニダガ撃チ負ケタソノ一撃。我ノ時ハ通常ノ武器デアッタガ故ニ本気デハナカッタデアロウ一撃。デミウルゴス、オ前ガヤルダバオトトシテ相対スル時ハ死ナヌ武器デ攻撃サレルノダロウ。本気ノ、本気ノ一撃ヲソノ身ニ刻ムワケダ。覚悟シロ──」

 

 覚悟──

 胸に付けられた大きな傷を隠しもせずに私に見せ付ける。これを超える一撃を私はヤルダバオトとしてアインズ様に付けていただく。

 そのことに言い様のない高揚感が全身を包んでいく。ゆっくりと嚥下する唾が、まるで熱い溶岩のように喉を焼いて行く。

 

「──死ヌホド痛イゾ」

 

 

 

 

 

 

「やばいどうしよう惚れてしまいそう。もうすでにベタ惚れだけど、もう一度初恋してしまいそう。そしてそのまま妊娠してしまいそう──」

 

 早朝、まだ朝日の昇らぬほどに早い時間。モモンさんの元へと朝駆けに来たのだが部屋に居ない。どこだと窓から見下ろせば、宿屋の裏の馬屋の近くに居たのを見つけて急いでかけ付けたのだが──

 

「か──恰好良すぎるよぅ──」

 

 ゆっくりと、そう──ゆっくりと剣を振る彼の姿にまた惚れてしまったのだ。これは私は悪くない。モモンさんが恰好良すぎるからいけないのだ。

 まるで舞を踊るかの様に二本の剣を振る姿は正しく、物語に出てくる勇者か王子か。彼の舞う姿を見て惚れぬ女など女ではない。断言するためにもう一度言うが私はそんな奴を女とは認めない。

 

「はぁ──うぅぅ──」

 

 あぁ、辛い。あぁ、切ない。あぁ、全身がきゅんきゅんするぅ。どうやったらこの好きという気持ちを表せるのか。表せない私はただただ叫ぶことしかできないだろう。だがそれは彼を邪魔することにしかならない。だから私は──

 

「あぁ──モモンさまぁ──」

 

 彼の舞が終わるまで、ただただこの身を駆け巡る彼への思いを熱い吐息に変えて見つめる事しかできない。

 

「おーっす──って、アイツ何やってんだ?すげぇゆっくり動いてるんだが」

「ぐ──」

 

 居たよ非女が。

 大きい身体を利用して私の頭を腕置きにしながらモモンさんの美しすぎる舞を見ているにも関わらず──これだからガサツな女は──

 

「あれは剣舞。はるか東方に伝わると言われる舞の一つ。通常は剣を模しただけの軽い代用物で踊るもの。ゆっくり踊らなければならない分、通常よりもずっと難しい舞だと聞いて居る」

「そもそもあの動きをあの武器を使って踊るなんて普通は無理。なのにもう30分くらい踊ってる」

「私も知らないわけではないけれど、あんなに綺麗に踊っているのは初めて見たわね。今初めて『剣舞は芸術である』って言ってたあの評論家の言葉を肯定したくなったわ」

「ふーん。あいつ色んなモン知ってんだな」

 

 一体いつから居たのか。ゾロゾロと狭い戸口から皆が顔を出してくる。狭いんだから押すなと言いたい。というかティア達はもう30分以上もこれを見ていたのか。何故私に言わなかった。一人占めかくのやろう。

 

「なぁ、これの何が凄いんだ?」

「しー。耳を澄ませる」

 

 ティナの言葉に皆の声が止まる。そして気付いたのか、皆が息を飲んだのを感じた。

 そう、それは──

 

「音が──全くしねえ──」

「そう、本来剣舞は音を立てないで踊るもの。通常は音楽に乗せて踊るのが一般的だけれど、それは舞者が音を立ててしまうのを消すため」

「こ、これが本当の剣舞なのね──」

 

 鎧が擦れる音も、剣鳴りも、足音すらもない。完全に無音の踊り。

 

「元々剣舞は暗殺者の動きがまるで舞の様に見えるからという理由で出来上がったもの」

「だから、音を出すのは二流」

「そうやって聞いてると俺でもすげえって分かるぜ──」

 

 そして私達は、ため息を吐くことすら惜しいと──静かにモモンさんの剣舞を見守っているのだった。

 

 

 

 

 

「おはよう──ございま、す?」

 

 何だろう。妙に蒼の薔薇の皆の様子がおかしい。少しよそよそしいというか、何と言うか。言葉では何とも言い表せないようなそんな雰囲気がある。

 

「おはようございます、モモンさん」

 

 そういう意味では少しテンションが高めではあるものの、いつもとそう変わらないイビルアイには助けられていると言って良いだろう。

 

「そうそう、モモンさん。三日後にラナー姫を護衛して出立することが決まりましたよ」

「三日後か──随分と早いな」

 

 王族の事だから数カ月はかかるだろうと思っていたのだが、帰ってきてまだ10日程度しか経っていない。事前に準備していただろうことを留意しても、二週間で出立できるのは異例と言って良いのではないだろうか。そういえば──ん?

 マントが引っ張られる感じがして視線を向ければ、ティアさんが俺のマントを何故か掴んでいた。

 

「どうしましたか、ティアさん」

「朝の剣舞。見させてもらった。凄かった」

(え、けんぶ?肩部?ケンブ?──剣舞!?)

 

 まさか今朝のアレを見られた居たのか。どうりで妙によそよそしかったのか。

 あれは剣舞なんてそんな凄いものではない。単純に武技が使えるようになったことにテンションが上がり過ぎて何も手に仕ず、外で暴れ回るわけにもいかなかった。

 何しろ先日近所の森で暴れ回りすぎたせいで、ハムスケに森の獣たちから嘆願書が届いたらしいのだ。『絶対服従するので環境破壊と絶滅だけはやめてください』と。事態を重く見たハムスケが土下座しながら嘆願してきたくらいだ。テンションが上がり過ぎてどれだけ殺戮したかすら覚えていなかったので本当に何も言えなかった。まるではしゃぎ暴れてしまったら近所の女の子を泣かせてしまった小さな男の子になった気分だった。

 だから皆にばれない様に、音を立てない様にそっと踊っていただけだというのに──まさかあの恥ずかしい踊りを見られていたとは。

 しかもそれを剣舞ということにしてくれたわけだ。『あれは恥ずかしい踊りじゃないよ、剣舞だよ。私達以外見てないから安心してね?』と、言外に言ってくれているわけだ。

 こういう時は皆の優しさに甘える他ないだろう。『そうですか、ハハハ』と恥ずかしそうに──実際に叫びたくなる位に恥ずかしいのだが──言葉を濁す。これで誰も追及しなくなる。四方丸く収まる事になるのだ。

 そう私の望みどおりに、ティアさんは少しだけ笑って私のマントから手を離してくれる。ありがとうという意味を込めて頭を撫でると、少し恥ずかしそうに席へと戻って行った。ほぼ無意識にやってしまったが、いくら小柄とはいえ頭を撫でるのは流石に彼女に失礼だったか。

 

「──三日後の出立については了解しました。では、ラナー姫様との顔合わせはいつになるのでしょうか」

「それなのですが──」

 

 イビルアイが珍しく口を濁す。何か問題でもあるのだろうか。そう思うが早いか、腕を引かれて半ば無理矢理テーブルにつかされる。どうやら内密の話になるようだ。

 

「ラナー姫はモモンさんを招いて会食を行いたいと──」

「会食──ですか」

 

 なるほど。と頷く。俺はアンデッドであり、何より食事のできない骨だ。王族の会食に招かれたとなれば選択肢は三つしかない。

 一つは食事の取れぬアンデッドであると明かす事。しかし如何せんアンデッドというだけで相当嫌悪されるのは身に染みて分かっているから出来ればこれは避けたい。

 一つは無理にでも会食に参加する方法。蒼の薔薇達には幻術を使っているとして、代わりに食事のできるパンドラズ・アクターと交代する方法である。これならば問題なく会食に参加できるだろうが、最近は蒼の薔薇メンバーと頻繁に会っている。大概は問題ないとは思うが、些細な事で俺ではないとばれる可能性もあるのだ。何よりラナー姫様は非常に聡明であると聞いて居る。替え玉を使ったとバレでもしたらどういう印象を持たれるか。少なくとも良い印象はないだろう。

 一つは会食を辞退する事。何か用事を作って先にエ・ランテルに行けば済む話だ。だがそれは問題の先送りでしかない。何れは会食に参加せざるを得ない事になるだろう。

 どれも一長一短である。どれもハイリスクローリターンである。どれもが正解であり、同時に不正解であると言えるだろう。

 

「やはりここは辞退した方が──」

 

 事情を理解している蒼の薔薇の皆が頷く。それは、俺がアンデッドであっても受け入れてくれているということ。ならば、それに賭けるしかないだろう。

 願わくば、ラナー姫が短絡的な行動を起こさないことを願って。

 

「──いえ、参加しましょう。嘘はいずればれるものです。味方になって欲しい相手に嘘はつきたくない」

 

 それは言外に蒼の薔薇は味方になってほしいと言っていない事になる。それは仕方ないだろう。あのリグリットとかいう英雄。白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>とかいう謎の上位ドラゴン。そして俺を追い落とそうと裏で暗躍している貴族。それらと彼女たちが繋がっている可能性が非常に高い現状としては、味方に入れる事はとても危険であると言わざるを得ないのだから。

 

「モモンさんがそう言うのであれば、そうしましょう。私達も全力でフォローします」

「まぁ大丈夫でしょう。ラナー姫は私の正体も知っていますし」

 

 それでも彼女たちは俺が嘘をついているとは思っていない。疑い無き信頼が無い心臓に突き刺さってくる気がした。

 いずれ──彼女たちが他よりも俺を取ってくれると言うならば──

 いや、それは栓無き事か。

 彼女たちに悪意はない。言われたことをこなしているに過ぎない。言う相手が俺に悪意を持っているかもしれない、敵対するかもしれないと言うだけだ。

 そしてそれらと明確に敵対した時、彼女たちは俺の味方となるのか。それとも──

 

(今はイビルアイも含めて一切脅威にはならない。だがそれは今だけの話だ。これから数十年──いや、100年過ぎた後にあのリグリットとかいう英雄に匹敵──凌駕する冒険者になる可能性だってある)

 

 あのリグリットとかいう冒険者。あれは決して強くはない。だが強者である。言うなれば、かつて敵対したクレマンティーヌとかいう女。奴の様な存在だ。であれば、油断はできない。決して弱者ではないのだ。

 あれよりも強くなるとするならば、間違いなく俺に──ナザリック地下大墳墓にとって脅威となることは間違いない。

 遅かれ早かれ、敵となるか味方となるのか。それを明確にしなければならない日が来るだろう。

 だがそれは今ではない。今はまだ、この英雄という仮面を被りながら、嘘をついて、取り繕って行く他ないのだ。

 

「皆さん、よろしくお願いします」

 

 だから、俺は彼女たちに頭を下げる。細心の注意を払いながら。



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4章 王都 罪人の武器編ー5

「うーむ」

 

 一人部屋で唸る。悩みがあるとはいえ、大した話では無い。出そうで出ない。取れそうで取れない喉に引っかかった魚の骨のような感じである。

 その悩みとは、今夜リ・エスティーゼ王国の王宮でささやかに開催される晩餐会に出席することではない。そういえば晩餐会に出席する王族はラナー姫様だけであり、後はクライムという従者。それにセバスが世話になったらしいブレインとかいう護衛。それとカルネ村であったガゼフ・ストロノーフ。後数人居るようだが俺が見たことあるのはそれ位のようだ。

 で、悩みなのだが──

 

「誰だったか──」

 

 アンデッドとなったからなのか、魔法詠唱者<マジックキャスター>だからなのかは分からないがここ最近非常に魔力の波動に敏感になっている気がする。だからなのか、誰か分からないのだが町中で知った魔力の波動を感じるのだ。言うなれば、遠目で見て知人である気がするのだが誰だか思い出せないといったところか。

 この波動。確かに最近会った筈なのだ。だが思いだせない。

 アルベド──ではない。

 デミウルゴス──も、違う。

 アウラやマーレ──でもない。

 パン──なわけないか。創造者である俺が間違えるはずがない

 さて思いだせない。では逆に行こう。最近会ったのは誰だ。そう考えると、ふと『殿ぉぉ~』と気の抜けた声で走ってくるハムスケが頭に過った。だがハムスケではない。ないのだが──

 

「あぁっ!!」

 

 そうだ、と手を叩く。確かにハムスケではないが、ハムスケと会った時に感じた魔力の波動だったのだ。

 そう、それは──

 

 

 

 

 

 王国のはずれにある、ヤルダバオトなる悪魔が付けた深い傷跡の残る地。深い闇の波動を色濃く感じるここはチンピラすら寄っては来ない。

 

「──首尾はどうだ」

 

 だがそこには二人の男女が居る。目深に被った黒いフードからは表情は伺えないが、その下にちらりと見える服はその辺りの平民が買えるほど安いものではない。見る人が見れば貴族──いや、上級貴族だと分かるだろう。低く特徴的な声もあり、この男が誰なのかは自ずと推測できるだろう。だがここに居る事自体が『ありえない』ために、その推測を邪魔してしまっている。それを知っているのか、男はフードを被ってはいるもののそう隠れるような素振りはない。

 

「予定通り今夜晩餐会が始まりますわ。あれの顔も今夜で見納めと思うと、少しですが寂しく思いますね」

 

 女の方は明らかに『普通』ではない。歩く足音はなく、衣擦れの音すら立てずに男に近づいている。普通の人であれば、注意してみなければ彼女がここに居る事すら気付くことはできないだろう。

 声は若々しく、悠々と歩く姿はどことなく色気を感じさせるもの。だがその纏う雰囲気は、例え深く酔った男ですら近づこうとしないであろう程に深く陰鬱なものである。それは暗殺者とも違う。どちらかといえば不死者に近いといえる雰囲気であった。

 

「しかし、貴方の目的はあの英雄などと担がれているモモンとかいう冒険者ではなかったのですか?」

「勿論そうだとも。あんな訳の分からぬ、どこの馬の骨とも知らぬ輩が英雄だ何だと囃し立てられておる。しかも王城での晩餐会に参加するだと?冗談も甚だしいわ」

 

 男は相当怒っているのだろう。時折ちらりと見える頬は赤く熱く上気しており、もし今が冬であれば湯気でも出ているのではないかと思う程である。一頻り英雄に対しての悪口雑言で少しは紛れたのか、ふぅと一つため息を吐く。決して若くはない歳が、怒りを長続きさせてくれない事に対する憤りよりも諦めに近いため息である。

 ゆっくりと女に視線を合わせて行く。老いてもなお鋭いその眼光は、怪しい雰囲気を纏う若い女であっても、決して軽く見返せる程に弱くはない。

 

「英雄に剣を向けるのは愚か者のすることだ」

「剣を使わず、どうやって倒すと言うのですか?」

 

 女にとって英雄を倒すのは悲願であると言って過言ではなかった。彼女にとって父であり、師匠であり、愛する人であった男を殺されたのだから。決して許すことなど出来はしない。その為ならば、この命を差し出したとしても何ら惜しくはないほどである。

 だが彼女には──倒したい相手に刃を向けず、己が主人である化物<アレ>に向ける意味が理解できなかった。

 

「若い。若いな。そんなことではどうやってもあ奴には勝てはせんぞ」

「元より勝とうなどとは思っていませんよ。あの規格外の悪魔を撃退するような──まるであの神人の様な存在なのですから。ですがこの命賭せば、一矢報いる事位は出来ましょう」

 

 女の覚悟ある強い言葉に、男はゆっくりと頭を振った。『それでは駄目なのだ』と。

 男にとってもあの英雄を倒すのは必須課題と言って良かった。奴が居るからこそ、やっと上向きになってきた自分の運気が一気に落とされたのだ。その報いは必ず受けてもらわねばならない。

 

「なぁ、ぽんぽこたぬきさん。英雄が英雄たるには何が必要だと思うかね」

 

 『ぽんぽこたぬきさん』それは女の呼び名である。決して本名ではない。あの、英雄に倒された男は部下に名を晒されてしまっていた。そのせいで今はズーラーノーンとして動き辛くなってきている。

 決して本名は明かしてはならぬ。それはズーラーノーンとしての総意である。だからこそ、由緒ある仮名をつけて動いているのだ。極限の否定という意味を成すその名は、高弟のみに与えられるものである。その女の強さは推して知るべしだろう。

 

「当然、誰にも負けぬ力でしょう」

「いいや、違うな。そうではないのだよ、ぽんぽこたぬきさん」

 

 女の言葉はまさしく模範解答と言うべきものである。力無き英雄などただの飾りでしかない。力が無ければ何も出来ないのだから。だが、女は忘れている。いや、理解から外していると言って良いだろう。例え飾りであっても『英雄であることには変わりがない』という事に。

 

「どんなに力があろうとも。どんなに卓越した技術があろうとも。どんなに凄まじい魔法が扱えようとも。英雄でない者は英雄ではない。では、英雄が英雄たる所以はなんだ。分からぬかね?」

 

 確かにそうである。かつて女の父であり師匠であった男──カジットは卓越した魔法使いであった。それは死者の宝珠という非常に危険なマジックアイテムを巧みに扱い、絶対に服従させられないとされていたスケリトルドラゴンすら意のままに操って見せたのだ。そんな男ですら英雄とは言われなかった。では何が必要なのか。

 

「それはとても簡単なものだ。手に入れるのもそう難しいものではない。だが──」

 

 男はすっと顔を近づけていく。吐息がかかるほどの距離。鼻先はもう触れる寸前という所まで。だが決して触れることは無い。互いに触れることを由としていないのもあるが、何より男はこの女を道具としか見て居ないのである。ズーラーノーンの高弟という高い位に居るものの、それは貴族──男にとって何ら価値の見いだせるものではない。触れてやる価値すらないと言っているのだ。

 女にとっても男は──いや、今もなお愛し続けるあの男──カジット以外の男は須らく無価値である。己が肌に触れてよいのは彼だけ。そう思うが故のこの距離だ。

 どんなに近づこうとも触れることは無い。それは身体だけではなく、心や思考も同じことが言えるだろう。

 

「──失うのは一瞬だ。分かるかね、ぽんぽこたぬきさん」

「それが、あれを──化物を狙う理由ですか」

 

 『そうだとも!』と男は顔を離しながら大仰に頷いた。女が正解を射貫いた事に気分を良くしたのか、黒いコートをはためかせながら女に背を見せる。男曰く、数多の女を惚れさせた背中である。だが、女にとってはただの太ったじじいの背中以外の何者でもない。そんな二人の温度差など関係ないと、男は感極まったかのように声の音量が上がっていくのだ。

 

「英雄が英雄たらしめんとするは、名声だ。分かりやすく言えば民の声だ。その声無くして英雄は英雄とはならんのだ。さぁ、英雄モモンよ。この苦難をどう乗り越える!力でねじ伏せられるのは悪魔だけだぞ。さぁ、英雄よ!乗り越えねば、待つ先は破滅ぞ!」

「──はぁ」

 

 確かにこのテンションだだ上がりの男のお蔭で女はリ・エスティーゼ王国の王宮で筆頭と呼ぶべき地位に付くことが出来た。それは化物<アレ>に最も近づける位置に居ると言って良い。しかし、それは女にとって最悪の出来事であった。理解の範疇を超えた化物の世話をしなければならないのは苦痛でしかなかった。だが、それも今日で終わる。英雄は堕ち、化物は死ぬ。あぁ、今日は良い日だ。

 

(この力を使えば、私は死ぬ。でも良い。あの人の恨みを晴らせられる。あの化物の死に様を見られる。これ以上の幸福があるだろうか!)

 

 胸に埋め込まれた死の宝珠のレプリカにそっと指を這わせる。その宝珠に込められた魔法は凶悪の一言である。何人も抵抗すること能わず、ただ死するのみ。まさしく死の宝珠たりえる魔法が込められている。だがその凶悪無比な魔法を扱える人間など存在しようもない。女はその身体に埋め込まれたが故に発動はできる。だが、その反動をどうにかできる程強くはない。それほど強大な魔法なのだ。

 

「さぁ行くが良い、ぽんぽこたぬきさんよ。後始末は任せるが良いわ。ふふ──ふははは!」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、クライム」

 

 窓からゆるりと外を眺めながら、後ろに行儀良く立っているだろう忠犬──私の愛するクライムに話掛ける。だが決して振り向かない。振りむいてはいけない。クライムにも確りと言い聞かせている。『私が窓際で外を眺めている時は必ず私の後ろに居る事』と。だから言いつけを守って律儀に立っている筈だ。

 

「はい、なんでしょう、ラナー様」

 

 決してリラックスしていない少し硬めの、いつもの彼の声が背中越しに聞こえる。私の愛しい声。私の大好きな声。私だけの声。そんな声に私は笑みを浮かべる。だがそれはいつもの笑顔ではない。決してクライムには見せられない『作られていない』笑顔。きっとクライムはこの顔を怖がってしまう。だから絶対に見せられない。だから私は見せない。

 

「モモン様は、素晴らしい方でしたね」

「はっ!本来であれば私がお守りしなければならないラナー様を守って頂き、自分の弱兵ぶりを歯がゆく思うと同時にとても感謝しております」

 

 結果。結果から言えば晩餐会は失敗であった。いや、あれは失敗なのだろうか。失敗以前の話だ。そもそも晩餐会は開かれなかった。

 時間通りにモモン様はいらっしゃった。そして晩餐会のある会場へとお連れしているときに事件が起こったのだ。

 

「まさか、メイドの中に闇組織に組するものが居たとは──」

「そうですね。ですが、既に彼女を紹介した伯爵さま──いえ、元伯爵さまも捕縛済みです。真相が闇に葬られることもないでしょう」

 

 自らの身体に呪いのアイテムを埋め込んだメイド──よく私の悪口を言っていた奴だ──が私に向かって魔法を使ってきたのだ。それはモモン様によれば第八位階魔法《デス/死》であったらしい。本人もそう言っていたから恐らくは間違いないのだろうけれど、第八位階魔法が扱えるなど普通には考えられるものではない。呪いのアイテムをその身に埋め込むことによって無理矢理使ったらしく、恐らくもう長くはないとのことだった。

 何よりも、モモン様がそれにいち早く気付かれて私を庇って下さったのだ。罪人の武器なるもので魔法を切り裂くその姿。それはまさしく本に出てくる英雄のそれと言って良いだろう。だけれど、私がこうして消えぬ笑みを刻み続けるのはそんなどうでも良い事が理由なのではない。

 

「英雄モモン様──あなた様は──」

 

 そう、触れたが故に理解してしまった。あの方は人間ではない。人間ではないのに、人間の心を持っているのだ。人間でありながら人間の心を理解できない私とは間逆の存在と言える。

 至近距離から見たフルフェイスの中の素顔。まるで彫刻の如く美しかった。それは人知を超えた存在と言って良かった。やはりそうだったのだ。あの悪魔を退けるものが人間のはずがなかったのだ。どう何度計算しても絶対に解まで致らなかった理由がそこにあったのだ。

 

「ラナー様──?」

 

 突然黙ってしまった私を心配したのだろう、クライムが私に近づいてくる気配がする。とはいえクライムから私に触れてくることは無い。触れてほしいと思う程に彼は私に近づいてくれない。どれだけ想いを募らせても。だから私はあの悪魔を利用しようとしたのだ。私はクライムに死ねと言ったのだ。けれどあの英雄はそれすらも覆してしまった。

 それは凄い事なのだ。スレイン法国に居るらしい神人ですら勝てないであろうあの悪魔に打ち勝つ存在。英雄。だが歴史上に居る英雄がそんな大それた存在では決してない事を私は理解していた。

 いつも強者に対して英雄という弱者が無い頭を絞って、沢山の犠牲を払いながらギリギリの勝利を掴んで行っただけ。それがこの世界の英雄譚だ。だが彼は違う。まさしく本当の英雄だ。吟遊詩人たちが求めて已まない存在。それが彼だった。

 だからこそ理解できなかった。人間であるはずがないと思えて仕方なかったのだ。ではなぜ人間ではない者が人間の味方をするのか。絶対強者である彼が、なぜ支配者としてではなく人としての心をもって人を救っているのか。

 それら全てが彼に触れることで解けたのだ。まるで答えを知らぬ数字合わせ式の錠前を適当にやったら開いてしまった感じだろうか。

 彼を知りたい。何故が止まらない。私の理解を超えた存在。そんな存在に会えた幸運を喜ぼう。

 

「ら、ラナー様!?」

 

 先ほどから私に触れようかどうしようかと悩みながら右手を伸ばすクライムの腕を掴み、そのまま彼の胸に飛び込む。相変わらず私が適当に選んだフルプレートを着続けているから彼の柔らかさを感じる事はできないが、彼の温もりは確かに感じることが出来る。

 

「クライム、もう少し──このままで居させてください」

 

 彼の胸に顔を埋める。彼に顔を見られぬように。笑みの消えぬこの顔を。

 次に顔を見せるときには、ちゃんと作っておかなければならない。

 

 彼が好む笑顔を。



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4章 王都 罪人の武器編ー終

 木窓を大きく開ける。燦然と輝く太陽と雲一つない青空が目に飛び込んできた。少しづつ気温が上がってきているようで、肌に感じる熱は決して寒いものではない。

 

「好い天気だ──」

 

 俺はこの空が大好きだ。かつて居た世界ではこうやって安易に窓を開けることすらできなかった。だがこの世界は違う。皆朝にはこうやって窓を開けて太陽を拝む。そんな当たり前の事が途轍もなく嬉しく感じる。

 

(イビルアイ達はもう迎えに行っているのか)

 

 今日はとうとう姫様を連れて出立する日だ。あの事件が──姫様が襲われる事件があってからまだ二日程度しか経っていないというのに、まさか予定通り出立することになるとは思いも依らなかった。

 それはこの国がそれだけナザリックを──アインズ・ウール・ゴウンを重要視してくれているという証左である。それはとても嬉しく感じる。だからこそ、今回の謁見は絶対に成功しなければならない。

 

(あの姫様であればあまり無茶なことは言って来ないとは思うけど──)

 

 アインズとして、あの姫様には多少なりとも恩義を感じて居る。だから俺は少しばかりならば相手の言い分を聞くつもりで居た。例えば神器級<ゴッズ>は無理にしても、伝説級<レジェンド>や聖遺物級<レリック>の武具程度ならば一個師団分を無償で譲り渡すくらいのことは考えている。もし神器級<ゴッズ>を求めるならば、譲ることは出来ずとも、彼女が死ぬまで貸し与える位なら──そう考える程である。

 それ程までに俺はリ・エスティーゼ王国を重要視している。

 国とは力だ。数とは力だ。それは一人になったからこそ身に染みて痛感している事だ。そして、王国──とまでは言わないがガゼフや姫様を含む数人は信じても良いと思える人が居る。この縁を──信用を活用しないわけにはいかない。

 

(しっかりと友好を結んでおかないと、いつ裏切られるか分からないからな)

 

 この世界にはプレイヤーが居る。そしてそのプレイヤーも、どこかの国に組しているはずだ。そこを隠れ蓑にしているのは間違いない。そういった国から俺への──ナザリックへの悪評をばら撒かれでもすれば、決して良い方向へは向いてはくれない。

 

(ウルベルトさんも言ってたっけ。力だけで勝てる戦は限られている。情報と信頼こそが、最も得難く重要なのだって)

 

 ナザリックは決して弱いとは思っていない。全力を出せば世界を制することも不可能ではないだろう。だがそこまでだ。そこで終わりなのだ。そこから先がない。それでは駄目なのだ。

 これからずっとこの世界で生きて行かなければならない。ならば例え弱者であったとしても信用し、友好を結ぶ相手を増やしていく。そうやって仲間を増やさなければ決してこの先生き残ることはできない。

 

(ブループラネットさんも言っていた。この世界に不必要な者などいない。全ての生き物に意味があるんだって)

 

 俺の行動は皆の思いに、考えに──思想に支えられている。何も出来なかった俺がこうやって立っていられるのは、かつての仲間がたくさん教えてくれたお蔭だ。

 

(決して短絡的な事はやっちゃいけない。少しづつでいいから、味方を増やすんだ)

 

 それがきっと最善に繋がるはずだ。そう思っていた時だった。外から小さく俺を呼ぶ声が聞こえてきた。考え事をしている間にもう宿屋の近くまで馬車が来てしまっていたのだろう。

 

「いけない、急がないと」

 

 急いでマントを羽織り、階段を降りて行く。すると俺を呼びに来たのだろうイビルアイが嬉しそうに駆け寄って来た。

 『おはようございます』と元気に挨拶してくれる彼女に笑顔と共に返し、軽く頭を撫でる。最初の頃は『子供扱いを──』と怒っていた彼女も、今では少し肩をすくめてくすぐったそうにそれを受け入れていた。

 大分彼女の信頼を勝ち得ていると言って良いだろう。だが彼女の雇い主は恐らくそれ以上の信頼を持っている筈だ。雇い主が誰なのかは分からないが、決して油断してはいけない。凶刃が俺に向くだけならば良いだろう。だが先のエントマの時の事が頭に過ってしまう。蒼の薔薇の者たちは弱い。決して強くはない。だが、それでも俺の配下を、大事な仲間を、子を倒せるかもしれない力を持っていないという事にはならない。

 決して油断はできないのだ。

 

 

 

「おはようございます、ラナー姫」

「おはようございます、モモン様」

 

 王国の門の前に停められた──恐らく王族専用であろう豪奢な馬車に向けて挨拶をすれば、馬車に添えつけられたカーテンを少しずらして姫様が笑顔を向けてくれた。

 あんなことがあったというのに──己が命が危険に晒されたというのに──決して暗い顔をしないその胆力。流石は王家の血筋という事か。

 そう思った時だった。一瞬だけ身体が震える。そこに居たのは

 

「ブルル──」

 

 馬である。

 まごう事なき馬である。

 なんと、馬車に乗っている姫様以外全員馬に乗っていたのだ。

 蒼の薔薇は当然。クライム君の姿は見えないが恐らく姫様と一緒に乗っているのだろう。ガゼフ・ストロノーフは御者なのだろう。そして俺の馬なのだろう、一頭だけ乗っていない馬が居た。

 

(これに乗れってことなのか──)

 

 無理だ。乗馬などしたことがない。視線が合った瞬間、馬がたたらを踏んだ。明らかに俺に怯えている。馬は敏感な生き物だとブループラネットさんが言っていた。恐らく俺の正体に気付いているのだ。

 だが乗らねば先へは進まぬ。俺だけ走っても良いのだが、周囲は許してくれないだろう。意を決して近づいたその時だった。

 

「モ、モモン様ぁ!?」

 

 『ドン!!』という音がした。馬が蹴ったのだ。後ろ足で。恐怖のあまり攻撃してきたのだ。とはいえ馬程度の攻撃でどうにかできるような身体はしていない。衝撃すらきていないが、馬が後ろ足で蹴ったというのは理解できていた。だが周囲が理解できるわけもないだろう。イビルアイの悲壮な叫びが、壮大な馬の蹴り音と共に穏やかな朝の街に響く。

 

「だ、大丈夫ですか、モモンさん」

 

 蒼の薔薇の面々も顔を青くして、俺のことを心配してくれているようだ。その程度は皆の信頼が稼げているようで安心した。が、そんなことを言っている場合ではないだろう。

 

「大丈夫ですよ、皆さん。私は馬に嫌われる体質でして──馬が怖がって乗れないのですよ──ん?」

 

 木を隠すなら森の中。真実を混ぜながら嘘を話す。後方から感じる視線は恐らく姫様だろうか。凄い見られているのは何故なのだろう。

 するとその時だった。何かが遠くからこちらに近づいてくる。急速に。だが厭な感じはしないということは恐らく仲間。だが感じたことのない波動なのに何故か知っている感じがする。そんな不思議な波動を持つ者が近づいてくる。

 俺の異変に気づいたのだろう皆が、俺が見た方を見た瞬間だった。

 

『うわぁぁ!!アンデッドだぁぁぁ!!!』

 

 穏やかな朝の風景が一転して阿鼻叫喚に変わったのだ。気付いた町人が我先にと叫び声を上げながら逃げ始めている。遠目に見えたのは──

 

「あれは──首無し騎士<デュラハン>!?」

 

 そう、首無し騎士<デュラハン>だった。物凄い勢いでこちらに向かってきている。だが、それは敵ではない。急いで城門を閉めようとする兵たちを止めねばならない。

 

「待って下さい!あれは敵ではありません!!」

 

 突然のアンデッドの登場に驚いたのだろう。兵は俺の言う事には耳を貸さずに閉め続ける。だがこのままでは閉めてしまうよりも、首無し騎士<デュラハン>が到着する方が早い。分かりやすく言うならば、首無し騎士<デュラハン>にこの罪もない兵たちが轢かれてしまうのだ。

 大急ぎで彼らの元に走り、大急ぎで門を開く。少しばかり兵が吹き飛ばされてしまったが仕方ないだろう。俺とは違い、アレは恐らく人間に対して容赦がないだろうから。邪魔するやつは皆牽き殺してしまう。それではだめなのだ。全てが御破算になってしまう。

 

「も、モモンさん。あれは──」

「恐らくアインズ・ウール・ゴウンの使者ですよ」

 

 その言葉が正しいとばかりに、門を通り過ぎ兵を俺ごと飛び越えた首無し騎士<デュラハン>が勢いを殺しながら数歩進むと、ゆっくりとこちらに転換して降り──

 

(ちょっとなんで俺の前で膝付いてんのぉぉ!?)

 

 そう、俺の前で傅いたのだ。近くまで来てくれたお蔭でコイツのマスターは理解できた。パンドラズ・アクターだ。アレが恐らく俺の姿になって召喚したのだろう。それはいい。だが、なんでこんな体勢しているんだ。バレるだろう。これで『アインズ様』とか言ったら

 

「偉大ナルあいんず様──」

(言っちゃったよおいィィィ!!!!)

「──ヨリ、英雄ももん様ヘ。足ヲ用意致シマシタ。オ使イクダサイ」

 

 良かった。終わってなかった。首の皮一枚で繋がった。骨しかないけど。首無し騎士<デュラハン>はそれだけ言うと、すぅっと空気に解けて行った。残ったのはあれが乗っていた首無し馬だけだ。そう、パンドラズ・アクターが気を効かせて馬を持ってきてくれたのだ。俺が乗れる馬を。

 脳裏にドヤ顔でサムズアップしているパンドラズ・アクターが浮かんだ。今回だけはお前が輝いて見えるよ。

 

「街の皆!朝から驚かせてすまなかった!こいつは私が世話になっているアインズ・ウール・ゴウンの配下だ。何も問題は無い!」

 

 大きい声で言ったお蔭か。腰を抜かせて倒れていた兵たちも立ち上がり、警戒はしているもののもう叫び声を上げているものはいない。だがアンデッドだからだろう。だれも近づこうとは──

 

「まぁ、立派な馬ですね!」

「ひ、姫様!?」

 

 居たよ。

 姫様は臆する事なく突然馬車から下りて首無し馬を触り始めたのだ。

 クライム君も転がり落ちるように馬車から下りてくる。

 

「ほらクライム、貴方も触って見なさい。とても大人しい子よ。それに、触ったことのない不思議な感触だわ」

「ひ、姫様──」

 

 本当にフリーダムな子である。怖い物などないのだろうか。楽しそうに首無し馬を触ったり頬ずりしたりしている。首無し馬の方は大して気にしていないのか。されるがままだ。アンデッドであるが故に命令されない限り攻撃しない。例えそのまま倒されたとしても動くことすらしない。それがアンデッドだ。

 

「うわぁ、普通の馬より大きいのね。視線がとても高いわ。でもどうやったら動いてくれるのかしら?」

 

 とうとう周囲の手を借りて姫様は首無し馬に乗ってしまっていた。手綱を持って歩かせようとしているのか、揺らしたり引っ張ったりしている。クライム君は相当心配しているのだろう『危ないですよ』と頻りに馬の回りをうろうろしている。

 

「モモン様、この子どうやったら走るのかしら!」

「あぁ、はい。『軽く一周してあげなさい』」

 

 あまりにも突拍子の無い姫様の行動に気の抜けた俺は軽く言ってしまっていた。すると言葉に反応し、『ヒヒン!』と嘶<いなな>いて軽く走り始める。一周するために。だが俺は一周を『どこ』とは言っていなかった。そう──

 

「あはははー!とっても早いわークライムぅぅーーー───」

「ひ、姫様ぁぁぁ!!!」

 

 恐らくこの王都を一周するために走り出したのだ。皆があまりのことに唖然とした瞬間、もう豆粒ほどの大きさになるほどの速度である。振り落とされたらどうしようとかそんなレベルの話では無い。あんなの掴まっているだけでも難しいだろう。

 

「あぁ、姫様ぁ!!」

 

 もう泣き声の様になってしまっているクライム君の頭に『ぽん』と手を置いた。大丈夫だと。だがそれが分からないクライム君は俺を睨んでくる。

 

「モモン様!姫様に何かあったらどうされるのですか!!」

「いや、大丈夫だろう。ラナー姫は普通に乗っておられたからな」

 

 そう、遠目でも見えたのだ。普通に乗っていたラナー姫が。それにガゼフも気付いていたのだろう。馬車から下りてクライム君の肩に手を置いている。

 

「しかし王都一周でなくても良かったのではないですか、モモン殿」

「俺としてはこの辺りを軽く回ってもらうつもりだったのですが、恐らくあの馬にとってこの辺りという括りが王都程度だったのでしょう──戻ってきましたよ」

 

 そういうが早いか、今度は反対側から姫様を乗せた首無し馬が見えてきた。本当に早いな。当然だが、姫様は何も問題なく乗っているようだ。

 

「姫様、大丈夫ですか?」

「えぇ、何も問題ないわ、クライム。凄く早くて楽しかったわ!まるで風になった気分よ。それにとても賢いのね。私が落ちない様に上手く走ってくれるんですもの」

 

 まさかここまで大好評になるとは思いも依らなかった。これなら帰りに首無し馬を数頭上げても良いかもしれないな。そう思える収穫である。

 

「さ、さぁ行きましょう。ナザリックへ!」

 

 何とか騒動から落ち着いたのか、ラキュースが音頭を取って王都を出ることになった。

 姫様はどうやら首無し馬が相当気に入ったようで『このまま行きたい』と我儘を言っていたが、何とかクライム君の説得に渋々応じて馬車に乗ってくれている。

 俺は当然首無し馬である。怖がってくれない。逃げてもくれない。何も言わず俺の言う事を聞いてくれる素晴らしい馬に。本当にいい子である。アンデッドであることだけがデメリットである。そのデメリットに目を瞑れれば──

 

(食事も世話も要らない。疲れることすらない最高の足なんだよな)

 

 主人以外の言葉は基本聞かないから盗まれることもない。これ程良い乗り物があるだろうか。

 これは、ラナー姫を通してリ・エスティーゼ王国に売りだしても良いかもしれないな。そういう事を楽しく考えながら。一路、俺たちはエ・ランテルに向かうのだった。

 蒼の薔薇の、何とも言えぬ視線に気付くことのできないままに。



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5章 善意の会談編
5章 ナザリック 善意の会談編-1


 少しだけ足早に廊下を歩いていく。騎士鎧靴<ソルレット>がコツコツと鳴る音も、まるで私の内情を表しているかの如く荒々しく感じる。

 理由はいくつかある。まず一番大きいのが、あのヤルダバオトなる悪魔の存在。敵であれば我が聖剣サファルリシアで両断してやるというのに、不覚にも聖王女様に──カルカ・ベサーレス様に取り入られてしまっている。

 優しく、我が親友でもあるカルカ様の御心に付け入るとは──あの悪魔め。ギリと歯噛むが事態を好転させる方法が思いつかない。それとなく妹──ケラルト・カストディオに奴の弱点を探らせてはいるものの──

 

「ちっ──」

 

 忌々しい奴の仮面の上からでも感じる澄まし顔に苛立ちが積り、誰も居ない廊下に私の舌打ちが響く。静かすぎる故に城内に響き木霊しているようだ。何故あの悪魔などという存在を、カルカ様はこの城内に置き留まらせるなどという愚行を続けているのか全く理解できない。何よりも理解できないのが──

 

 「おや、こんな所をぶらぶらしているとは。聖騎士団団長というのは余程暇なようですね」

 

 そう、こいつ。まるで殺人者のような眼つきをした女──ネイア・バラハだ。まるで全てを憎み、破壊し尽くしたいとその眼は口よりも饒舌に語っている。元々は騎士見習いだったが、今ではあの悪魔の従者などをやっている。背にあるのは見たこともない材質で作られた蒼い弓。あのような武器で懐柔されたのか、それとももとより悪魔崇拝者なのかはわからない。が、あの悪魔に頭を垂れるなど──少なくともまともな思考をしているとは思えない。

 

「あのアンデッド──アインズ・ウール・ゴウンを殺す計画はちゃんと進めているのですか?無能はこの国に要りませんよ。」

「貴様などに言われずとも!」

 

 元々アインズ・ウール・ゴウンなるアンデッドを倒すという計画はカルカ様が発案されたものだ。そして私たち姉妹が主体となって聖騎士団、神官団をまとめ上げている最中である。後々は南部の貴族たちも賛同させて一大軍団を作り上げてあのアンデッドに支配されている哀れな市民を助けなければならないのだ。

 

「ヤルダバオト様はおっしゃっていました。あの者は国落としすらも倒す強大な力を持つと。だからこそヤルダバオト様は獣人を纏め上げて──」

「獣人の力など必要なはずがないだろう!!」

 

 カルカ様主導のもと、今ではあの憎き獣人達も我らが国の貴重な労働力にはなっている。だがそれは聖王女たるカルカ様の御威光のお陰であって、決して悪魔のお陰などではない。

 だが激高し叫ぶ私とは真逆にこの女は、まるであの悪魔を彷彿とさせる笑みを浮かべ続けている。

 

「全く──現実が見えていない愚か者がこれほど醜いとは思いませんでした。聖王女も大変ですね。このような中途半端に弱い者を縁故採用しなければならないのですから」

「貴様──我が正義を愚弄するか!!」

 

 奴の物言いに、一瞬で視界が赤くなる。短気はいけないと常日頃妹に言われ続けてはいるが、ここで下がっては私の正義が終わることになる。そう思って剣を抜いた時だった。

 

「な──」

 

 思わずたじろいでしまう。一体奴はいつ弓を手にしたのだ。ただ弓をとっただけならばここまで驚かない。だが奴の武器は一体何なのだ。弓から漏れ出す冷気は白い霧となって廊下に流れ出ている。未だ奴とは数メートル離れているというのに、まるで今が真冬であると錯覚するほどに気温が下がっている。キリキリと音を立てて透明な──氷の矢が作り出されていく。これが悪魔の武器なのか。思わず恐怖してしまう私の心が私の足を下げようとする。それを必死に押しとめようと踏ん張り、抜いた剣を両手で持って構えた。

 しかしその剣のなんと頼りないものか。この剣はただの剣だ。いや、正確には聖騎士団のみが帯剣することを許される特別なものなのだが、私が有する聖剣と比べてあまりにも心許ない。聖剣に頼りすぎるのはいけないと、普段から帯剣していないことを歯噛むが今更遅いのだ。

 

「やはり──弱さは悪ですね。強さこそ正義。絶対的な強さこそが全てを救う真理です」

「悪魔に魅入られた背信者が──」

「そこまでです。二人とも、武器を収めなさい」

 

 一触即発。私が奴を両断するが早いか、奴の凍てつく矢が私を氷漬けにするが早いか。どちらにせよ間違いなくどちらかが死ぬと思ったその時だった。廊下に凛とした声が響き渡ったのだ。聞きなれた優しい口調ではない。一国の王たる資質を十分に含んだ声である。

 既に奴は武器を収めている。ついこの前まで騎士見習いだったというのに全く動きが見えないのは、やはり悪魔の力なのだろう。

 

「レメディオス。私の声が聞こえませんでしたか」

「はっ!申し訳ありません、カルカ様」

 

 もう一度響く──少し怒気を含んだカルカ様の声に、急いで納刀し、彼女の方を向く。しかしそこにあるのは私の望む彼女の優しい笑みではない。熱く、そして冷たい怒りの表情だった。

 

「聖騎士団団長たる貴女が、一体ここで何をしているのですか。私から伝えるように頼んだ仕事はもう終わったのでしょうね、レメディオス」

「いえ、まだ──」

「子供のお使いもできないのですか、あなたは。無能な者は我が国には必要ありませんよ」

「も、申し訳ありません!直ちに!」

 

 カルカ様に命ぜられた仕事を全うできないなどあろうはずもない。時間を食ったのはこの悪魔の信望者のせいだというのに、なぜ私が怒られなければならないのか。その怒りを籠めて奴を睨むが、まるで私が居ないかのように奴の視線はカルカ様の方を向いたままだった。

 

「レメディオス──」

「い、行きます!!」

 

 足を止めようとした瞬間に後ろからカルカ様の叱咤が飛んできた。なぜだ。なぜ私がここまで怒られなければならないのだ。カルカ様は少し前までとてもお優しかったというのに。

 全て──そう、全てあの悪魔のせいだ。

 

「見て居ろヤルダバオトめ──あのアインズ・ウール・ゴウンとかいうアンデッド諸共、我が聖剣の錆にしてくれる──」

 

 

 

 

 

「──暇だ」

 

 思わずぽつりと口から零れてしまったその言葉は、俺の内情をそのまま反映したものである。

 そう、暇だ。暇なのだ。暇すぎるのだ。本来であればもっと緊張感のあるもののはずなのに。

 ちらりと後ろを追従している馬車に視線を移すと、御者をしているガゼフさんは緊張感を持った顔のままである。それは当然だ。今彼が御者をしている馬車には一国の──リ・エスティーゼ王国の王女たるラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ様──ラナー王女様が腹心と共に乗っているのだから。

 だが、暇だ。本来であれば俺もガゼフさんのように緊張感を持って居るべきなのだろうが──

 

「終わった」

「この先、敵影なし」

「あぁ、お疲れ様。ティア、ティナ」

 

 この有能すぎる蒼の薔薇の忍者姉妹が露払いをし『過ぎて』いるせいなのである。お陰で俺にやることは何一つなく。

 

「ん──」

「ん~──」

 

 露払いが終わって戻ってきた彼女たちを労うことくらいである。

 俺が裏切らないか、まだ信用しきれないというのもあるのだろう。戻ってくるたびに俺の乗る首なし馬に乗ってくるのである。

 俺は悪くないよ。良い英雄だよ。信頼しちゃって大丈夫だよー。そう願いを込めつつ、彼女たちの頭をなでる。目を細めて身を委ねてくる彼女たちからは俺に対する警戒心など微塵も感じないのだが、彼女たちはプロである。素人に毛の生えた俺程度では感じられないレベルの隠した警戒を行っているのだろう。とはいえ、二人掛りどころか今ここにいる全員に襲われたところで鼻歌交じりに殺すことはできる。しかし勝負は力だけで決まるわけではないことを俺は知っている。

 何の物理的にも魔法的にも力のないいち貴族が、確証はもてなかっただろうにしても俺の正体を看破し、それを流布しようとしたくらいである。プロである蒼の薔薇が本気になれば俺程度の知名度など、吹けば飛ぶような小さな紙きれほどもないだろう。

 その証拠に、普段はまるで発情した猫の様にしているイビルアイですら──こいつは最初から演技が下手なので分かりやすいが──今はまるで親を殺した仇を見るような目で、それでいて俺に気付かれない様にしているのだろう、後ろから俺を睨んでいるのだから。

 そしてそれに呼応するように俺と一緒に乗っているこの姉妹も同じく、俺に気付かれないようにこっそりと時折イビルアイたちに意味ありげな視線を送っている。

 本当に、全く油断できない。というのに、現状を打破する方法が全く思いつかないが故に行動を起こすこともできない。まるで見えないロープのように太い糸で少しづつ絡めとられている気分だった。

 

「んっ」

「ん~」

 

 俺の手が止まっていることに不満を感じたのだろう。まるで言葉になっていないままに彼女たちが『撫でろ』と催促してくる。なるほど。こうやって俺に撫でさせることで、俺の気を逸らしているわけか。何の変哲もない行為ではあるが、確かにやっているときは他に対する注意が少しだけ削がれている気がする。しかしそれは人間的な部分だけである。この世界に来て新たに得たアンデッドとしての感覚は一切減衰していない。本当にアンデッド様様である。

 

「──何かあったか、イビルアイ」

「へあっ!?い、いいいえ。な、ななにもないですよ、モモンさん!」

 

 何故か一層殺気が深まって来ていたので、視線を移さないままにイビルアイに話しかけると明らかに動揺していた。まさかアレで俺が気付かないとでも思っていたのだろうか。もしかすると──確証はないものの、エントマと俺が繋がっているという情報を得たのかもしれない。それはいけない。非常にいけない。次のヤルダバオト戦でアインズ・ウール・ゴウンとしてヤルダバオトから奪い取るという設定で行こうとしているのだ。それがただの茶番などと看破されているとしたら。

 

(──やはり、アルベドの言う通り殺すべきか?)

 

 いや、それは駄目だ。最もやってはいけない愚行である。まず間違いなく死んだ後の情報伝達は行っているはずだ。最低でもあの白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>は出てくる。竜王であるなら最低でもレベル80は堅いだろう。野良ではないのだから90は超えているとみていい。何やら特殊なこの世界の魔法が扱えるというので、レベル100として換算したほうがいいかもしれない。そのクラスがたった一体だけということはないだろう。おそらく奴は単に矢面に立っているだけだ。その後ろに奴より強い竜王の軍団と、それを指揮するさらに強い王が居るはずだ。八竜クラスの世界の敵<ワールド・エネミー>がいると思って行動したほうがいいだろう。

 だとするなら白金の竜王などただの前哨戦にすらならない雑魚敵だと思った方がいい。何しろゲームのユグドラシルですら32体も居たのだ。現実は小説より奇なりって死獣天朱雀さんも言っていたのだし、最低でもその3倍──100体は居る前提で行動したほうがいいだろう。単純な強さでいえばプレイヤーよりも上である世界の敵<ワールド・エネミー>。ゲームでは共闘しなかったが、この世界でもそうだとは限らない。俺たちが脅威と感じたら、手を組む可能性などいくらでもある。そうなればナザリックの被害は決して小さくはないだろう。

 

(俺はこの世界のことを知らなすぎる。不用意な行動は出来るだけ避けなければ──)

 

「なんだありゃあ──」

 

 ガガーランの驚きを隠せない呟きに、膨れ上がる思考を一旦やめて彼女の見る──カルネ村があるはずの──方向を見た。見てしまった。

 

「なんだ──あれは──」

 

 そこにあったのは、遠目でもはっきり分かるほどの──巨大な城塞の壁だったのだ。




5章3話投降後(来週土曜日に投稿予定です)の活動報告にて、次に書く外章(5章終了後に投稿予定です)のお題を募集します。詳しくは活動報告を見てくださいね。


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5章 ナザリック 善意の会談編-2

「では、ルプスレギナ。リ・エスティーゼ王国との会談の日程と内容を教えてくれるか」

「了解です、アインズ様」

 

 俺たち──俺と蒼の薔薇メンバー、そして今回のメインであるラナー姫様の一行は無事カルネ村に到着した。しかしそこにあったのは前に見た牧歌的で平凡なものではなく、城塞と化した特殊街だった。

 簡単に破れそうに見える様に偽装された、特殊素材で作られた城壁。恐らく前に助けたときにエンリという少女に渡したマジックアイテムを使ったのだろうゴブリンの傭兵団。そして、アルベドには許可をとったのだろう。ルプスレギナの連れてきたデスナイトが2体。と、下手をすればエ・ランテルよりも戦闘能力と防衛能力を有している凄まじい街に変貌を遂げていたのだ。

 どうやらデミウルゴスが、俺の支配する町──というのは現状語弊があるものの、統括していた領主が先の襲撃で逃亡したのちに殺されていて統括するものが居ないのでナザリックで代理統括しているのである──のベースプランの一つとして実験を行っているらしい。

 流石に蒼の薔薇位になるとあっさりと落とされそうだが、ギガントバジリスク程度であれば──実際に訓練として襲わせているらしい──防衛することもできるだろう。これならばわざわざ引っ越してもらっているバレアレ一家──祖母のリィジー、孫のンフィーレアとフェイの孫兄妹の3人である──を守るにも一役買っているといえる。そういえばナザリック製でもこの世界のものでもない第三の魔法薬が出来上がりそうだという話が上がっていた。やはり制限なく伸び伸びと作れるという環境は、魔法薬作成にとてもいいのだろう。

 

 そして昼間から夜にかけてカルネ村の歓待を受けた俺たち一行──とはいえ、俺は受けてはいないが──はお酒が入ったこともあり、早々に眠ってもらっている。マーレにダメ押しとばかりに睡眠導入の魔法を掛けさせたので狸寝入りもできないだろう。睡眠魔法であればあっさりと看破されるだろうが、マーレのドルイドの魔法であれば酒の勢いもあって気付かれないはずだ。

 こうして皆が寝静まってからルプスレギナと二人きりになって話合っているのである。

 

「現在ナザリックでは対王国用歓待の準備が急ピッチで進められています。人間たちの口に合うようにと、ペストーニャを始めとした一般メイドが躍起になっているようですね」

「ふむ、それは良いな。旨い食事と酒、そして適度な満腹感は信用を築くのにとても良い結果を齎してくれる」

 

 うまい食事とうまい酒。それはいつの時代でも、どの世界でも接待に欠かせないものだ。軽く酔ってくれれば舌も回りやすくなる。契約を締結するにはいい環境といえるだろう。

 

「はい。ニニャ、ツアレ姉妹とアルシェ姉妹からリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の一般的な料理、味付け等の傾向の情報をもらってそれぞれの良い部分を生かしつつナザリック料理に昇華させるとのことでした」

「そうか──それは旨そうだな」

 

 思わず出ないはずの涎が出そうになるほどの旨そうな話である。アンデッドとなって食事をとる必要は無くなったものの、食事自体をしたくないわけではない。むしろ出来なくなった分、食事に対する憧れのような気持ちも少なからず湧いてきている。いずれは受肉するのも良いかもしれないが、恐らくそれはずっと後の話となるだろう。ならばせめて感覚共有の魔法を作って、せめて味だけでも──

 

「──アインズ様、どうされましたか?」

「ん、あぁすまん。アウラとマーレのことをちょっとな」

 

 舌の上を踊る豪華な食事達に夢想していることをごまかすようにアウラたちの事をとっさに挙げた。だが別にこれは間違いではない。

 アウラとマーレには現在、帝国にちょっかいを出してもらっている。上手く煽って貰ってナザリックに──アインズ・ウール・ゴウンに敵意を持ってもらって攻めてもらうためである。帝国軍が動くとなれば当然王国軍も動かざるを得ない。そしてナザリックに向けて派兵されたとなればうちに協力要請が来るのは必定。そして今回で友好度をうまく上げられれば、その要請に来るのはラナー姫、もしくはその息のかかった者のはずだ。ならば俺がしっかりと帝国軍を撃退すれば、それはそのままラナー姫の功績となる。そうすれば現状動きづらいらしいラナー姫の発言力も上がり、権力を持つことができるようになるだろう。

 それをもってこのアインズ・ウール・ゴウンの恩返しとするつもりなのだ。

 

「なるほど──そういえば今お二人はバハルス帝国で活動されているのでしたね」

「うむ。ああいう仕事となると、二人に並ぶ者はいないだろうからな」

 

 特にアウラの煽り技能は素晴らしいの一言である。流石はぶくぶく茶釜さんの作り出した子であると言っていいだろう。普段は澄まし顔のシャルティアを一瞬で激高させ、笑顔を崩すことが中々難しいアルベドすら一瞬であの鉄壁の表情を崩させるのだ。彼女以上の適任は居ないと言っていい。そして弟であるマーレがいることでアウラの暴走も無いだろうし、盤石言う事無しである。

 

「そこまで信頼なされているのですね。アウラ様、マーレ様も一層身に力の入ることでしょう」

「まぁ一つ懸念があるとするなら、やりすぎてはいないかと思うが──マーレもいるのだ。大丈夫だろう。もしそうなったとしても対策はいくらでもあるからな」

「流石はアインズ様です。敬服致します」

 

 そう、兵を率いた軍事行動を起こさせるのが目的であって、全面戦争をしたいわけではない。勿論そうなったとしても問題なくやれるだろう。問題があるとするなら、帝国がこっそりとプレイヤーを擁していないかなのだが、同じくバハルス帝国に居るナーベラルの話ではその影すら見つからないらしい。とすれば、居るとするなら帝国のかなり奥深く──そう、皇帝の側近になっているだろうと予想される位である。全面戦争になった場合はそのあたりだけは注意せねばならない。

 

「よい。では予定通り明日、私たちは早朝よりナザリックへと向かうとしよう」

「はい、アインズ様」

 

 対帝国はそれでいいとして、まずは会談を成功させなければならない。さて、どうするか、だ。

 

「そういえば、アインズ様。パンドラズ・アクター様との交代はいつ致しましょう。予定がおありでしたら私の方から先にお伝えいたしますが」

「ふむ、そうだな。今回はラナー姫然り、蒼の薔薇然り。俺の正体を看破しやすい者が多い。交代は万全を期したほうがいいだろう。そういう意味では、ラナー姫との会談は二人きりで行いたいと思っている」

「アインズ様とパンドラズ・アクター様の入れ替わりに気付ける人間ですか──俄かに信じ難いですね」

 

 確かにパンドラズ・アクターの能力は通常のドッペルゲンガー達とは比べ物にならない程に精巧だ。通常は気づくこともないだろう。だが今回は蒼の薔薇も居る。忍者にヴァンパイアだ。リーダーも信仰系の能力を有し、神官として行動できるらしい。アンデッドである俺とドッペルゲンガーであるパンドラズ・アクターの微妙な差異に気付かないとも限らない。そして何よりも分からないのがラナー姫だ。通常怖がるだろうアンデッドの首なし馬に対して一切恐怖を感じない──こちらとしては願ったりかなったりの状況ではあったが──という非常に特殊な精神の持ち主だ。また噂レベルだが非常に頭が回るとも聞いている。用心して損はないだろう。

 

「なので、まず私はモモンとして皆と一緒にパンドラズ・アクターのアインズ・ウール・ゴウンと会う。そしてラナー姫と二人きりで会うときだけ俺がアインズ・ウール・ゴウンとして交代するとしよう」

「畏まりました。ではそのようにアルベド様、パンドラズ・アクター様に伝えておきます」

「あぁ。宜しく頼む」

 

 退室するルプスレギナを完全に見送ってから、ゆっくりとベッドに身体を投げ出した。口から出るため息は俺の気疲れを表しているかのように細く、長い。しかし疲れはない。それはアンデッドだからではないだろう。充実しているのだ。これから俺はナザリックの今後を左右する大きな会談に出席することになる。仕事でも、ゲームでもここまで大事になる会談は初めてといっていいだろう。だが、それが今はたまらなく楽しかった。

 敵対する相手との会談ではなく、友好を築こうとする相手との会談だ。互いにいい条件を模索して行きたいと思っている。相手もそうだと信じたいと思うのは無粋なのだろうか。

 

(今回の事が上手くいけばナザリックの今後は明るくなる。解決する事案も増えてくるんだ。そして、少しづつ。一歩づつ進めていこう。うん。頑張れ、俺)

 

 ベッドに寝ころび見上げる天井には、ゆらゆらとランプの炎の影が揺らめいていた。まだ、朝になるには時間がある。もう少しゆっくりと煮詰めていこう。王国と、ナザリックのより良き未来のために。

 

 

 

 

「おかえり、マーレ。早かったね」

「うん、お姉ちゃん。今日もここにいたんだね」

 

 月の綺麗な夜空を見上げていると、見知った気配が後ろに現れる。見る必要すらない。私の弟だ。柔らかい風が私の頬を撫でていく。本当にこの国の風は気持ちいい。ここは私のお気に入りだ。この国の一番高い場所。バハルス帝国城の最も高い部分の屋根の上。私にとってここは、この国で一番のお気に入りの場所である。城から見下ろす街の灯りはとても綺麗だ。まるで小さな蝋燭がいくつも燈っているように、輝いて見えていた。

 

「ルプスレギナさんからの言伝。聞く?」

「んー?良い話なら聞きたいかな」

 

 そう言いながら見る弟の顔は笑顔だ。余程いい話だったらしい。ゆっくりと伸びをして屋根の上に寝転がる。この世界のものにしては中々に良い素材を使っているようで、寝心地がとてもいい。

 寝ころべば見える、見渡す限りの夜空と弟の笑顔。私にとってこれ以上のない宝物だ。

 

「アインズ様がね、こういう仕事に関してはボク達の右に出る者はいないって。やりすぎるくらいでいい、既に対策はしてくれてるらしいよ」

「うわー──うわぁー──」

 

 ごろごろ。ごろごろ。恥ずかしくて堪らない。でもそれを表現する方法も受け止める方法も分からない私にはただただ熱くなる顔を両手で覆いながら転がるしかない。

 そうか。アインズ様はそこまで私たちを信頼されているのか。確かに私の能力は対動物に対して圧倒的と言える能力といえる。弟も植物に対して絶対的な能力を有し、私のサポートとしては正しく無二といえる存在である。ぶくぶく茶釜様からも二人で組めばやれないことはちょっとしかないと言われるほどだった。でもアインズ様にまで──

 

「マーレ!マーレぇ!」

「はいはい、って──わ──ちょ、お姉ちゃん──」

 

 近づくマーレをぎゅうと抱きしめる。つらい。つらい。心と身体がばらばらになってしまいそうに。心臓が爆発しそうなほどにつらいのだ。

 熱い。とても熱い。ぎゅうと抱きしめるマーレの身体もとても熱い。同じ。同じなのだ。それはそうだ。私たちは姉妹だ。私たちはぶくぶく茶釜様に生み出されたたった二人だけの存在だ。二人で一人なのだ。

 

「い、いたいっ──いたいよおねえちゃ──」

「うぅ──」

 

 まるであの女のようにマーレの首筋に噛み付く。そういえばうちの子たちも興奮するとやたらと噛み付いてきたなと、真っ白になる頭の中に浮かんでくるもどうしようもない。

 

「どう──どうし──わた──おねえちゃん、壊──」

「だいじょうぶ。だいじょうぶだから、ね?お姉ちゃん」

 

 ガタガタと震える。熱いのに寒い。灼ける様に冷たい。だというのに、一緒のはずの弟が──マーレが私を抱きしめてくる。抱える弟の鼓動は驚くほどに早い。でも、違う。一緒のはずなのに。同じはずなのに、違う。

 きっとこのとき、私は初めて弟を男らしいと思ったのかもしれない。

 

 

 

 

 

「無茶苦茶興奮してやってしまった。でもまた時々やってしまうかもしれない」

「つ、次は手加減してくれると、うれしいかなぁ」

 

 全身が痛い。姉に噛まれたせいだ。しかも手加減がない。一瞬でも気を抜けば噛み千切られるのではないかと思うほどに強く噛まれた。こんな姉を見たのは初めてだ。でも考えてみればそうだ。ボクも姉も、ぶくぶく茶釜様から愛情は与えられたけれど、触れられたことはない。触れるのはいつも互いだけだった。そこにアインズ様がいらっしゃった。初めての他者の温もりを与えてくれたのがアインズ様だったのだ。そういう意味ではアインズ様は第二の主人であり、親と言える存在だった。

 そんなヒトがボク達を信じてくれている。頼ってくれている。それがあまりに嬉しかった。だから、感情が爆発してしまったのだ。

 ただその爆発してしまった感情をどう表せばいいのか、どう受け入れればいいのか分からなかった。だから、それが噛むという行為になってしまったわけである。

 ボクはまだマシだった。まるで発情期を迎えたかのように呼吸が浅くなり、体温があがり、匂いが変わっていく姉を見て逆に冷静になることができた。これで姉と同調していたら、今頃帝国<ここ>は更地になっていただろう。それではアインズ様に申し訳ない。せっかく信じてくれているのを仇で返してしまう。それだけはしたくなかった。

 

「次からはちゃんと表現方法をどうにかしてね、お姉ちゃん」

「うぅ──急に弟が──マーレが大人になった気がしてお姉ちゃんくやしい」

 

 身体を活性化させればすぅっと痛みが引いて行ってくれる。何とか日の出までには姉につけられた歯型も見えなくなるだろう。

 それとなく、もうしないでねと伝えることはできたが──きっとまたされるだろう。後悔とか、反省とか。そういったものとは無縁な姉だから。だから、むくれる可愛い姉に笑顔を向けた。

 

「──よし!これからは自重なしでいくよ!私のスキルが人間相手にどこまで通用するか試していこうじゃない!」

「うん、その意気だよ、お姉ちゃん。大丈夫。いざとなったらボクも──そしてアインズ様もフォローしてくれるから、ね?」

 

 今はもういないぶくぶく茶釜様と、ボク達に優しくしてくれるアインズ様と──

 

「よーっし!いけるっ!私たちでこの国乗っ獲るよー!!」

「おー!!」

 

 そして、無二の姉のために頑張っていこう。




次話投稿後に次の短編のお題を、活動報告にて募集します。

募集ルールは以下の通りです
友人の助言により、投稿位置を特定するとそこしか狙わない人が出てくる、また重複投稿する懸念があるとのことなのでこうしました

1.『場所』『人』『ネタ』の3つを書くこと
例:『リ・エスティーゼ王国』『エントマ』『脱いだら凄いんです!』など

2.当選者の選定は特定の方法で行います。
選定例:2番目に投稿された方の時間の最後の桁の数字番目(21:54なら4番目)の人 など
方法の発表は次の日です。発表までにそれを特定する方法はありませんが、既に決めてあります
これにより、1発目の感想の方に当たる可能性が出てきました

3.重複投稿した場合は『無効』とします
当たった場合は下の方にずれます

4.過度なエロは無効
とりあえずまだ18禁にするには早いかなって
書いた場合は無効として下の方にずれます

これらを踏まえて、5章3話投稿後に投稿される活動報告にて募集します
間違ってもこっちに書かないでくださいね?
無効ですから、ね?


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5章 ナザリック 善意の会談編-3

『早朝に失礼致します、アインズ様』

 

 皆が寝静まる深夜。後2時間程度で夜が明けるだろうかという時に《メッセージ/伝言》が入る。どうやらアルベドの様だ。その声に切羽詰まった様子はなく、いつもの様に嫋やかな雰囲気が伝わってくる。

 

『どうした、アルベド』

『リ・エスティーゼ王国使者への歓待の準備が整いました。現時点以降、いつでも可能です』

『そうか、間に合ったようだな。こちらは予定通りあと3時間後に出発する予定になっている。予定通りに進めば、昼前にはそちらに到着するだろう』

『了解致しました。ではそのように』

 

 短い──無駄話の無い連絡のみで切られようとするのを思わず止めてしまう。これでは駄目だ。ダメな上司なのだ。労いの一つでも掛けねば良い上司とは言えないだろう。

 そう思い、頭を振った。アンデッドであるが故、眠いわけではない。常に己を律せねばならないからだ。俺を信頼している者たちのために。

 

『どうされましたか、アインズ様。何か──』

『──アルベド』

 

 さて、どう言おうか。時間はない。飾った言葉の一つでも言えれば良いのだが、何分そういった事とは無縁な生活をしてきたためにとっさに出てきてはくれない。

 

『──アインズ様?』

『あー──』

 

 ほらみろ。口籠る俺を不信に思っている。こういうとき社長は何を言うのか。国王は何を言うのか。いや、もっと身近に上司は何を言っていた。

 

『コホン──アルベド。お前にはいつも苦労を掛ける』

『──いえ、この程度。苦労など思っておりませんわ』

 

 にべもない。あっさりと切り返されてしまった。だがここで止めてしまえばそれで終わりだ。気の利かない嫌な上司ランキングで上位に入ってしまう。

 ふと脳裏に過ぎる、給湯室で屯しながら悪口を言い続ける女子社員の姿を。その女子社員の姿が一瞬プレアデスに、アルベドに変わった。気の利かない骨って犬も嫌がるよねーって俺の悪口を、ぐぅ。それだけはいけない。骨にだって心があるのだ。そんな悲しい職場になどしたくはない。

 

『お前の苦労は私が一番よく知っている。お前の働き、嬉しく思うぞ』

『──勿体なき、お言葉です。アインズ様』

 

 少し──ほんの少しだけアルベドの声に喜色が混じったのを感じた。どうやら正解を導けたらしい。肺がないのでする必要のない──深呼吸をした。冷汗が垂れてきそうなほどに緊張している。しかしこれこそが、俺がアンデッドに成り切れていない──かつての人としての俺の名残なのだろう。

 

『これからも頼りにしているぞ、アルベド』

『はい、アインズ様』

 

 その、アルベドの言葉を最後に──まるで狙ったかのように《メッセージ/伝言》が切れた。

 上手くいったのだろうか。良い上司で居られているだろうか。正直な話、アルベドに見限られたら、ナザリックをうまく回していける自信などない。それだけ大量の仕事を押し付けているのだ。これからも頑張ってほしいが──どう言えばいいのやら、である。

 

「もっと頭を使っていかないといけない、か──」

 

 ただの殴り合いならどうということはない。けれどこういった事には全く慣れていないためにどうしてもボロが出てしまう。良き主に、良き上司になるために。俺ができる精いっぱいの事をするしかないのだ。

 

 

 

 

 

「モモンガさんは起きていらっしゃるのかな──」

 

 モモンガさんの事を考えるだけで胸の奥が気持ちいい。その思いを逃さないかのように無意識に胸元で握る我が手を見やり、ふいに笑みがこぼれる。

 モモンガさんは私と同じくアンデッドなのだから『眠る』という行為そのものは必要ない。だがモンスターではないが故に、『休む』という行為が必要なのだ。だから何日も眠らず動けるにしても、こうやって夜は何をするでもなくゆっくりと『休む』。

 モモンガさんと会ってから、こうやって夜に考える事が既に彼一色になってしまっている。それはどんな恋物語であっても負けぬほどに熱いが、それ以上に静かだ。平穏で、平和で、和やかで、もう──彼のいない生活など考えられないほどに私の一部となってしまっている。

 

「早いな。もう準備を始めているのか」

 

 手持無沙汰に窓から外を見ると、まだ朝日も昇らぬというのにバタバタと忙しそうに人が走り回っている。

 予定では出発は後一刻と少しばかりだったはずだ。一応のためにと食料やテントも準備してはいるものの、予定通りに進めば太陽が真上に差し掛かるまでにはナザリックへと到着するとモモンガさんは言っていた。だからそこまで仰々しい準備は必要ないはずだ。とはいえ、今回の主役は私たちではない。一国の王女なのだ。万が一などあってはならないと、こうやって準備を進めているのだろう。

 

「あれは──」

 

 ふと視界の端に映ったのは金銀財宝──とまではいかないものの、様々な磁器や陶器。アクセサリーを含んだマジックアイテムの数々。相手がどういったものを好むか分からない相手だからと、広く浅く種類を集めたらしく酷く雑多に見える品々である。

 脳裏に浮かんだのはモモンガさんの武具。それは正しく一級品であることは傍目で見ても明らかなものだった。本気ではないとはいえあのヤルダバオトの一撃を防ぐ鎧に、ヤルダバオトに一撃を与えながらも刃毀れしない剣。あれだけのものを揃えるのに一体幾らかかるのやら。あれがナザリックの一般的なランクであるとは流石に思わないが──

 

「いや、私が考えることでもない、か」

 

 はっきり言って、リ・エスティーゼ王国には金がない。先のヤルダバオトの件で一気に国庫が軽くなってきているとリーダーも愚痴をこぼしていたくらいだ。あれが国として──いや、ラナー姫が出せる精いっぱいの誠意という事なのだろう。

 

「そうだ──フフン──」

 

 分からないから雑多なのだ。だったら聞けばいい。誰に?当然、モモンガさんに。そう思ってドアを開けた時だった。

 

「──どう、も?」

「おばんっす」

 

 きっと今の私は相当変な顔をしていたと思う。誰だって思わないだろう。ドアを開けた先にメイドが居るなど。しかもそのドアは私の寝室のドアである。普通に考えてあり得ないだろう。

 

「あの──退いて欲しいのだが」

「だが、断るっす」

 

 ニコニコと破顔したままににべもなく断られる。彼女には私がどこへ行こうとしているのかお見通しなのだろうか。ひくつく顔を何とか平静に戻そうとするが、それ以上に私の頭は混乱していたのだろう。何しろ気付かなかったのだ。

 

「小賢しい事してないでさっさと時間まで寝ろ──そう、言ってるっすよ」

「あ、わか──た」

 

 私は彼女が扉の前に居ることに気づけなかった。いや、それ以上に──いつから彼女はそこにいたのだ。

 音もなくドアが閉まる。

 彼女が閉めたのではない。私が閉めたわけでもない。勝手に閉まっていた。

 まるで夢遊病のように足がベッドへと向けられる。着くと、まるで糸が切れたように私はベッドに倒れこんだ。

 

「なんなんだ、あのメイドは──」

 

 白濁した思考は一向に纏まろうとしない。あのメイドに恐怖したわけではない。何かをされたわけでもない。だというのに身体が──いや、意識が抵抗できなかったのだ。

 目を瞑るとまるで魔法がかかったかのように、瞬く間もなく優しい黒のカーテンが私の意識を覆っていく。

 そうか、魔法か──そう思う暇すら与えられずに。

 

 

 

 

 

「アインズ様の案じた通りになったっすねー」

 

 アインズ様はおっしゃっていた。動くとすれば今夜。恐らく動くだろうと。この会談を失敗させようとする──アインズ様の正体を看破した貴族の息がかかっているであろう蒼の薔薇の誰かが。

 まさか蒼の薔薇で一番強いコレが動くとは思いも拠らなかったが、考えてみれば簡単なことだ。ヴァンパイアにとって夜は昼よりも動きやすい。夜に動かすならば人間よりも適任なのだ。

 

「いやー、げに恐ろしきは──いやいや、素晴らしきはアインズ様の深謀なりっすね」

 

 デミウルゴス様直伝の人心掌握魔法とマーレ様直伝の睡眠『導入』魔法。ぶっつけ本番だったが上手くいったようだ。

 

「しっかし、アインズ様が凄いのは当然っすけど──あのお二人も凄いっすねー」

 

 アインズ様が、先日オリジナル魔法をお創りになられたからと、デミウルゴス様とマーレ様はそれに倣って新しい魔法を作られたのだ。

 デミウルゴス様は自身のスキルの延長である、他者を意のままに操る魔法を。

 マーレ様はお得意の自然系の魔法を魔力系や信仰系でも問題なく使えるように手を加えた『抵抗できない』睡眠魔法を。

 お二人の魔法の本質は同じ。対象の本質、原点に訴えかけるために魔法そのものをキャンセルさせない限り防ぐことは不可能。

 これに抵抗できるとしたら精神構造そのものが違う、例えばアインズ様のような超越者位なものだろう。

 

「取り敢えずはこれでよしっす。アインズ様は今回の会談をかなり重要視されてたっすからね。絶対に──失敗は許されないっす。そうですよね──」

 

 振り向き、後ろに現れた方に深く一礼する。ナザリックにてアインズ様に次ぐ智謀を持つお方に。

 

「──パンドラズ・アクター様」




原作では完全ネタキャラ化しまくっているパンドラズ・アクターが──!?
と、引きをしておきます。


今から活動報告を書きます。そちらにて、この5章の後に公開する外伝のお題目を募集します。
お題目は『場所』『人』『ネタ』をしっかり書いてくださいね。
えっちいのは駄目です。当たっても下に飛ばしますのでご注意ください。

選定方法は私の書きやすいもの──であれば楽なのですが、特定の選定方法を使います。
例えば16:42投稿したから2番目の人、みたいな感じで
発表は早ければ明日になると思いますので、よろしくお願いしますね。

間違えてもこっちの感想に書いちゃ駄目ですよ?無効ですからね?


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5章 ナザリック 善意の会談編-4

「どうした、ブレイン」

 

 ナザリックなる、アインズ・ウール・ゴウン殿が統治されるらしいダンジョンに向けて進む俺たち一行。蒼の薔薇に漆黒の英雄モモン殿、そして俺やブレインが姫様を守って進んでいる筈の道程。なのだが、まるで見えざる何者かに守られているかのように何も──モンスターの一匹にも会うことなく進み続けていた。モモン殿の話によれば、あと一刻程度で到着する予定である。

 国の用事であるが故に、門外漢である俺やブレインにとって最も緊張すべきは道程ではあるが、どうもナザリックが近付くにつれて、俺にはブレインの雰囲気が変わってきているような気がしていた。

 御者である俺の隣に座るブレインに声をかけると、明らかに普段の雰囲気とは違うブレインは何か言いたそうに口を開ける。が、そこまでで少し落ち込んだ雰囲気のまま口を閉じた。

 

「なぁ──何があった、ブレイン。俺には話せないか?」

「いや、そうじゃない──そうじゃないんだが──」

「うん?」

 

 珍しく煮え切らない態度を取っている。本当に何があったのだろうか。

 

「俺は、ひとつやらなきゃならないことがある──」

「やらないと、いけないことだと?」

「あぁ──」

 

 そういうと、ブレインはそのまま口を閉じてしまう。だが俺にはこの先を聞かねばならない。そう思えてならない。何をするのかはわからないが、それがどういう結果を齎すのか──それを何となく察してしまったからだ。

 

「それは、ナザリックでやることだな」

「あぁ」

「そして、それは俺たちに迷惑がかかるかもしれないこと、というわけか」

「あぁ」

「そして──それを止めるわけにはいかないんだな」

「──あぁ」

 

 不安そうな顔。煮え切らない顔。落ち込む顔。だというのに、ブレインの瞳は熱く、決意の炎に満ちていた。

 

「──勝てるのか?」

「まさか。一撃入れるのすら無理だろうさ」

「それでも──やるのか?」

「あぁ」

 

 『カチャリ』とブレインの武器──カタナが鳴る。ちらりと視線を送ると、彼はさみしそうに己が武器を撫で握っていた。微かにだが、ブレインの身体が震えている様に見えるのは俺の錯覚なのだろうか。

 

「もし、俺の勘違いだったら遠慮なく俺を斬れ、ガゼフ」

「おいおい、随分と物騒な話だな」

 

 おどけたように彼に返すも、その返事が返ってくることはなかった。

 

 

 

 

 

「見えてきましたよ」

 

 そうモモンさんに言われて私たちの視線が一斉に、彼の差した方に向けられた。そこにあるのは小高い丘。それしかない。──いや、それは。

 

「まさか、偽装されている──?」

「規模が大きすぎ」

 

 早速気付いたのだろう忍者の二人が似つかわしくない唸り声を上げた。それも仕方ないだろう。傍目から見たらただの小高い丘である。だが、近づくにつれて気付く。長年の経験が気付かされるのだ。『この付近一帯が不自然だ』と。いや、そうではない。

 

「自然すぎて逆に違和感がすごいな──」

「正しく理想的な地形ね──」

 

 そう、この付近一帯だけが『綺麗すぎる』のだ。まるで作為的に自然に対して『そうあるべし』と指示を出したかのように。

 それがどれだけ凄まじいことかなど、想像すらつかない。

 

「これが──アインズ・ウール・ゴウンの力ということか」

「──様、を付けていただけますか、ヴァンパイア」

 

 自然。そう、自然すぎた。あまりに異様な光景なのに、誰も気づけない程に。今全員馬か馬車に乗って走っている。つまり歩いて並ぶことは不可能な状況だというのに、まるで散歩でもするかのようにとなりを歩いている人が居たのだ。

 

「メイド?アインズ・ウール・ゴウン殿の──」

「──様、です」

「あ、アインズ・ウール・ゴウン様の──」

 

 あまりにも異様。あまりにも異質。徒歩なら走らねばならぬ速度だというのに、何食わぬ顔で歩いているかのように並走するメイドが居たのだ。己が主を余程尊敬しているのだろう、私の敬称をしつこく訂正してくる。しかも間違える度に、首筋にひりつく様な殺気が纏わり着いてくる。武器を持っている様子もないというのに──相当な手練れなのだろう。

 

「貴方達がモモン様の知人であること、そして我らが主様──アインズ様が招かれた客人であること、そして──」

 

 静かで、小さな声だというのにはっきりと耳に届く。そして、平坦で無機質な声だというのに底冷えする恐怖を感じるのは、彼女が相当怒っているという証左だろう。

 トン、と彼女が軽くジャンプした。すると、魔法を使っている感じはしないというのに彼女はふわりと宙に浮いていた。

 

「私が比較的温厚であるが故に、あなた方は存在を許されているのです」

 

 彼女はまるで空間に映る映像のように、髪の毛一本も靡かせることなく馬を走らせる私たちの前に浮いていた。

 

「これ以上の不敬は、このプレアデスが長──」

 

 くいっと彼女は眼鏡を正す。

 

「ユリ・アルファが許しません」

 

 その瞳には有無を言わさぬ凄味があった。

 

 

 

 

 

「────」

 

 絶句。言葉が出ないとはこの事を言うのだろう。そう思わず考えてしまうほどの事である。

 いや確かに彼女たちの忠誠心は、ちょっとおかしくない?って思うほどに高すぎる気がするなぁとか、もう少し気軽に接することのできるステキナカンケイを構築していきたいなぁとか、まぁ今後の課題でいいかなとか思ってしまうこともないことも──

 ──いかん、少し混乱していた。まさかユリがここまで敵意バリバリでくるなんて夢にも思わなかったからだ。俺は寛大だから『さん』付けで十分なんだよ。とか言うつもりすらない。むしろ呼び捨てでもいいかなと思っているくらいである。

 まぁ公的な場で呼び捨てにされるのは、大概下に見られているせいなのでどうかとも思う。しかしそれくらいである。そもそも本人が居ない場所なのだ。アインズ・ウール・ゴウンと呼び捨てどころか、あっくんとかあーちゃんとか呼んでも全く問題ないのだ。いや流石に『骨』とか言われたら、ちょっと寂しい気もするが──

 

「ユリ──」

 

 さて何と言おうかと逡巡している内に口からぽつりと彼女の名を呼んでしまっていた。しかしそれは相当効いたのだろうか。明らかに彼女の雰囲気が変わっている。それはそうだろう。先ほどユリが言ったのはあくまで個人的な感情である。かくあるべしという行動はとっているかもしれないが、俺が『そうしろ』と言っていることではない。もう一つ言うなら今俺はモモンである。アインズ・ウール・ゴウンではない。ちょっと口の開いた感じから察するに、ユリは思わず『アインズ様』と言いそうになっていた。それほどに切羽詰まっている状態なのである。

 そこで続けて俺の口から出たのは──

 

「──姉さん」

 

 そう、設定だ。彼女──ユリ・アルファは英雄であり故国の王子であるモモンガの乳母の娘の一人という設定で、幼少の頃は姉と慕って暮らしていた相手というものである。

 因みにだが、姉さんと言うまでにかかった時間は1秒にも満たない。ユリの挙動不審な姿に気付いたのは俺くらいだろう。姉さんと言った瞬間にユリの雰囲気が戻ったのだから。

 

「モモン様、私はユリではなくユリ・アルファです」

「それでも、俺にとってはユリ姉さんだよ。──この人たちはアインズの客人だって姉さん自身が言ったじゃないか。いま危害を加えて怒られるのは彼らじゃなく姉さんの方だよ」

「あ、あま───────こほん。ふぁかりまひた、モモンはま。──んん。此度の事は私の胸の内に仕舞う事にしましょう」

「うん、ありがとう。姉さん」

 

 俺の演技が余程下手だったのだろうか。ユリは口元を抑えながら飛んで行ってしまった。

 

(そんなに笑わなくてもいいだろ──こっちだって恥ずかしいんだよ)

 

 配下というよりもむしろ、友達の娘の様に接していきたい相手を『姉』呼ばわりである。恥ずかしくて貌から火が出てしまいそうだったのである。穴があったら入りたい。今の俺の心境を体現している諺が脳裏に浮かんで、すぐに消えて行った。

 

 

 

 

 

「今のメイド、鼻血吹いてた」

「モモンの奴は気づいてないみたいだがな」

 

 顔を真っ赤にしながら鼻を抑えていれば誰でも気付きそうなものなのだが、その辺り鈍感なのだろう。モモンは落ち込んでいるようで、気付かぬままに肩を落としていた。

 

「放置?」

「当然だろ」

 

 他人の色恋ほど面白いものはない。しかも簡単にくっつかない方がより面白いというもの。

 イビルアイの呆けた表情もまた格別だ。最近調子に乗っていたからな、アイツは。

 

「も、モモンさん!今のメイドは──」

「あ、ああ。あのメイドは──」

 

 流石に只ならぬ関係であると気付いたのだろうイビルアイが、モモンの馬に並走させて今のメイド──確かユリなんとかとかいったか──の事を根掘り葉掘り聞こうと躍起になっている。

 全く──リ・エスティーゼ王国の今後が決まるかもしれない会談だというのにお気楽なものだ。

 

「ガガーラン、あの男は止めた方がいいと思う?」

「分かんねえ。だけどガゼフと喋ってる感じからすると止めねえ方が良い気がするけどな」

 

 ティアが言う男というのはモモンの事ではない。さっき馬車でガゼフとやたらと物騒なことを喋っていたブレイン・アングラウスのことだろう。

 何をするかは分からないが、止めない方が良いと俺のカンも言っている。それが何を意味するのかは分からない。分かる頭もない。ただはっきりしていることは──

 

「止めた方が良いときはラキュースが何か言ってくるだろ」

「ん」

 

 本当はもっと頭を使った方が良いのかもしれないが、適材適所というものだ。俺はカンで動く。細かいことはリーダーであるラキュースが考えればいい。

 

「ただ──何かあったら姫さんとラキュースだけでも逃がせるようにしとけよ」

「──りょうかい」

 

 最悪姫さんとラキュースだけでも逃がすことができればどうにかなるだろう。逃がしてくれるかは分からない。が──

 

「──で、ですねっ!」

「いやそれは──」

 

 ちらりと二人に目をやった。積極的に迫るイビルアイと、慌てふためくモモン。案外いい感じの二人を。

 そうすると不思議と胸のざわつきが収まってくる。案外こいつらならなんとかしてくれるのではないか、そう思えてさえくる。

 それではいけないと思いながらも。その思いを否定することはできなかった。




まだ──ナザリックに到着できなかった──だとっ!!


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5章 ナザリック 善意の会談編-5

朝から投稿するとは誰も思うまい──




「よく来た、リ・エスティーゼ王国の使者よ!」

 

 目的地へと到着した私たちを待っていたのはあまりにもあまりなものだった。

 一般とはかけ離れた外観。それだけならばまだ良かった。そこからは怒涛の驚きの連続だ。

 ナザリック地下大墳墓。その入り口の横に作られた簡素な建屋。ダンジョンに入らずにそこに招かれれば、もしやと思うだろう。もしや、ダンジョンの中ではなくこの建屋にアインズ・ウール・ゴウンは住んでいるのではないか、と。しかし違う。入った中にあったのは小さなテーブルと椅子が少し。そして不釣り合いなほどに大きい鏡が添えつけられただけ。間仕切りすらない一間の建屋である。そしてあろうことかその鏡の中に入れというのだ。促されるままに鏡──実はただの鏡などではなく、転送用の魔道具だったらしい──に入って目に飛び込んできたのは、古さは感じるものの明らかに金をかけたと言わんばかりの調度品の数々の並んだ広間。息つく間もなく通路へと案内されると、その廊下にも見たことのないような絵画の数々がかけられており、その一つ一つが屋敷一つは買えるだろうほどに高価そうなものばかり。

 ここは王宮か、宮殿か。実はダンジョンというのは名ばかりで、地下王国だったりするのだろうか。実はダンジョンの中と見せかけて、はるか遠くの国へと転移したのではないか。そう思わせるほどの豪奢な作りだった。

 その妄想ともいうべき思いを一歩留まらせたのが、当のアインズ・ウール・ゴウン──いや、アインズ・ウール・ゴウン達だったのである。

 扉だけで城が立つのではないかと思うほどのふんだんな装飾にあっけに取られた私たちを待っていたのは、凄まじい数の異形者<モンスター>だったのだ。

 我らが国をひっくり返しても決して足りないだろう財宝の数々。たった一体で国を亡ぼすことができるのではないかと思えるほどの強大な異形者<モンスター>。何より圧倒的多数で居た──間違いなく末端であろう──スケルトンですら全身をマジックアイテムで包んでいたという金の掛けぶりである。国に勝ち負けなどないとは思っているが、個人的な意見として言うなら『格が違う』と言うほかなかった。

 結局何をしゃべったのかは分からない。ただラナーが何かを二・三事喋った気がする。そんな程度の記憶しか残っていない。しかしそれは私だけではなかったようだ。

 時間にしてほんの数分程度の謁見──そう、まさしく王との謁見が終わって通された客間。私たちが相当緊張しているだろう事を予測してだろう、非常に人間に似通った──とはいっても頭から動物らしき耳が生えて居たりはするが──メイドたちがお茶を入れてくれて、それを飲み干したあたりだったろうか。

 

「はぁぁ──」

 

 一体誰のため息だ、なんて言うつもりはない。誰の、ではなく誰も息をやっと付けたのだ。力抜け、思わず椅子からずり落ちそうになるのを必死にこらえていると、くすくすと笑う声が横から聞こえてくる。彼女だけは相変わらずなのか。と少し憮然とした顔で睨むと、彼女──ラナーはさらに笑みを深めた。

 

「百戦錬磨たるラキュースでも相当疲れたみたいね。あんなに大きなため息をつくくらいなんですもの」

「え──あれ私だったの」

 

 他の誰かだと思っていたため息が、実は私だったとは。思わず恥ずかしくなるが、そこは慣れたもの。驚きはしたが、素知らぬ顔で再びお茶に口を付けた。本当に美味しいお茶である。もしかするとここのオリジナルの茶葉なのだろうか。

 飲みながら周囲をちらりと見ると、誰もが視線を逸らしていく。巻き込まれまいと。そう、やはりラナーだけだったのだ。『あれ』に耐えたのは。

 

「流石はお姫様ってところかしら。私なんてほぼ話の内容が頭に入ってこなかったわよ」

「そうなの?クライムもずっと顔を青くしていたわね」

 

 そう言いながらラナーはお気に入りの騎士に笑みを向けた。相変わらずクライムが大好きのようだ。真後ろにいたであろう彼の表情すら読んでいたとは。

 

「面目もありません、ラナー様」

「ううん、どうせ今回のはただの挨拶だもの。会談は明日よ」

「うぇ──そうなの」

 

 脳裏に先ほどの謁見が浮かび、思わず顔をしかめてしまう。それを見たラナーは再びくすくすと笑いながら首を振った。『私だけだ』と。

 どうやらいろいろ面倒な公式会談ではなく、個人的な会談にしてくれるらしい。それは暗に様々な便宜を図ってくれると言ってくれているようなものである。

 これほどの強大な力を持ちながら便宜を図ってくれる。それはやはり彼──漆黒の英雄モモンさんの──

 

「そういえば、モモンさんはどこへ行ったのかしら」

「メイドたちと一緒に出て行ったぞ」

 

 周囲を見回しても彼の姿がない。そのまま疑問を口に出せば、返ってきたのはイビルアイの苛立ちを含んだ声だった。視線を移せば、壁によりかかったまま腕を組み、苛立しそうな雰囲気を纏ったまま隠そうともしない。メイドと一緒に出て行ったということは、あのアインズ・ウール・ゴウンにでも呼ばれたのだろうか。一言御礼くらいは言っておきたかったのだけれど。

 

「モモンはなー。愛しのアルベド様に会いに行ったんだとさー」

「ちょっと嬉しそうだった」

「うきうきしてた」

 

 苛立つイビルアイを見て楽しいのか、ニヤつく顔でガガーランが教えてくれる。そうか、愛しの──

 

「え、愛しの?」

「そうだぜ。リーダーもイビルアイから聞ただろ。アルベド様──アルベディア・デラ・レエブン様だよ」

「あっ──ちょ!?」

 

 なにを暴露しているのか分かっているのだろうか。ここには私たち蒼の薔薇の面々しかいないわけではない。ラナーにクライム。そして──

 

「心配するな。何も聞いていない」

「そうそう、別にレエブン公の祖先とか全然知らねえよ」

「は、はぁ──」

 

 驚く私の肩に手を置いたのはガゼフ・ストロノーフさん。どうやら既に知っているが知らないということにしてくれているらしい。では誰が情報源なのか。そんなのは分かりきっている。

 

「相手の事を知るのは基本ですよ、ラキュース」

「時々、あなたの耳って実は世界中の声が聞こえるのかって思ってしまうわね──」

 

 私たちはこれでもアダマンタイト級の冒険者である。間諜等はしっかりと排除していたはずなのだが──そう思った時だった。一瞬、私から目を逸らした人が居たのだ。

 

「ティ~ナ~?」

「姫様は──す、既に知っていた──から、大丈夫。それに、何もしゃべってない」

「そうですよ、ラキュース。ティナさんが裏切るわけないじゃないですか。単に裏付けを取っただけですよ」

 

 つまり、ラナーは確定するほどではないにしてもモモンさんの情報を得ていた。だが裏付けが欲しかったからティナを利用したわけだ。お得意の誘導尋問で。元とはいえ暗殺者から情報を抜き取るなど、一国の姫の技術<スキル>ではないだろうに。

 

「まったくあなたは──あら?」

「遅くなりました、皆さん」

 

 カチャリと音がした方を見ると、ゆっくりとドアが開いていくのが見えた。入ってきたのは見慣れた黒鎧。モモンさんだ。少しだけ申し訳なさそうにする彼に笑みを向けようとしたその時だった。

 突然の爆発音。一瞬何が起きたのか理解できなかった。いや、理解しようとしなったのだ。何しろ、モモンさんが魔法攻撃を受けたのだ。放ったのは──

 

「誰だ貴様は!なぜモモンさんの姿をしている!!」

 

 ──イビルアイだったのだ。

 彼女の言葉をそのまま受け取るのならば、彼はモモンさんではないということになる。

 いやそもそも彼は常時フルプレートを着ているため、変装するには非常に簡単な相手である。しかし声は彼そのものだった。幾ら姿かたちは似せられても声を似せられるものなのだろうか。

 

「ふむ、偽物だと気づいたのは二人だけですか」

「っ!?」

 

 ぐずりと溶けた。モモンさんだと思っていたモノが。フルプレートごと。ぐちゃぐちゃと音を立てながらナニカに変わっていく。否、戻っていく。

 これはスライム?違う。一度──そうだ。一度だけ見たことがある。相手の姿をコピーするモンスターを。

 

「ドッペル──ゲンガー──」

「おや、看破は出来ずとも私の種族を知る人間は居ましたか」

 

 そういいながら『それ』の形が整っていく。ひょろりと高い身長。『それ』が纏う黄色い軍服から延びるのはまるで、白樺を彷彿とさせるほどに白いもの。手らしきものはまるで枝の様に細く長い。顔に当たる部分にあるのは、まるで卵の様につるつるしたものに、目と口に当たる部分に穴が三つ。

 

「私は──おっと」

 

 止める間もなかった。激情に駆られたイビルアイがドッペルゲンガーに特攻したのだ。気持ちは分かる。だが思い出してほしかった。ここは異業者<モンスター>の巣だということを。あのアインズ・ウール・ゴウンですら人間ではなかったことを。恐らく『それ』はアインズ・ウール・ゴウンの配下だろうということを。

 しかし激情に身を任せる彼女は止まらない。彼女の渾身の一撃。城壁すらも簡単に吹き飛ばすであろう力の籠った一撃を、『それ』は難なく受け止め──

 

「あああああああ!!!!」

 

 砕いた。

 その細く長い指で絡め捕られたかと思った瞬間には、まるで綿を握るかのように握り潰したのだ。

 それでもなお止まらぬイビルアイの反対の腕を掴む。潰す。蹴り上げようとする足を蹴り砕き、倒れる背を踏み抜いた。──そう、『抜いた』

 

「カ──」

「まったく──会話すらできないとは。これは血の狂乱状態のシャルティア嬢より酷いですね」

 

 まるで纏わり着く蚊を叩き落としたかのように軽い言葉をため息交じりに吐きながら、血塗れになった足を彼女から抜いた。普通の人間なら即死だ。吸血鬼である彼女だからかろうじて生きている──いや、死にかけているだけ。

 誰も動けはしない。動きが違いすぎるのだ。そもそも私たちの中でイビルアイは群を抜いて強い。正直な話イビルアイとその他、私たちが全員で戦っても負けるだろうと思う程度の差がある。そのイビルアイが成す術もなく殺されかけたのだ。──いや、はっきり言おう。『それ』は殺す気などなかったのだ。ただ、纏わりつく羽虫が邪魔だから叩き落した。その程度の感覚だった。イビルアイが生きているのは単に運がよかった。ただそれだけなのだ。

 

「おっと、忘れていました」

 

 ぽん、と『それ』が手をたたく。ここに来た本来の目的を思い出したかのように。いや、実際そうなのだろう。だから、あまりにも非現実的な言葉であるにも関わらず、『それ』は大した感情も含ませないままに喋ったのだ。

 

「晩餐会の準備が整いましたよ。私がモモンさんの姿で連れていく予定でしたが──ふむ、メイドを呼びましょう。二人だけとはいえ、看破されるとは思いませんでしたから。では、またお会いしましょう」

 

 帽子の被りを直しつつ、出ていく。『おまけで3点。サービスですよ』と、少しだけ嬉しそうに言いながら。

 それがどういう意味なのか、その答えは足元にあった。

 

「あれ──私は──」

 

 いつ死んでもおかしくないほどの瀕死にあったイビルアイが、まるで夢でも見て居たかのように元に戻っているのだ。同じなのは床に倒れていたということだけ。豪奢な毛深い絨毯には血一つすら付いていない。

 

「幻覚かなんかだったってのか──?」

「痛みを伴う幻覚とか勘弁してほしいな、全く」

 

 『よっ』とかるい声と共に彼女は起き上がった。本当に幻覚だったかのように傷一つなさそうだ。

 本当に幻覚だったのだろうか。3点とは恐らく『それ』を看破したイビルアイと恐らくはラナー。そしてドッペルゲンガーだと気づいた私のことだろう。もしその3点を取らなかったらイビルアイは一体どうなったのだろうか。

 

「時を操る魔法──」

 

 ラナーがぽつりと呟いた一言に、私はぶるりと身体を震わせた。

 私たちは──いや、リ・エスティーゼ王国は本当にアインズ・ウール・ゴウンと手を結んでいいのか。それを決めるのはラナー達だ。私などではない。それは理解しているが──理解の範疇にない存在と結ぶ契約。それがどれほど恐ろしいものになるのか。私には想像もつかなかった。

 

 

 

 

 

「あなたほどの変身能力を見抜く存在。生かしておいて良いの?」

 

 嬉しそうに歩くパンドラズ・アクターに声をかけると、いつものように大仰にポーズを決めながらこちらを振り向く。ポーズを取らないと動けない呪いでもかけられているのだろうかと思うほどに変としか言いようのない行動なのだが、私には理解できない何か意味があるのだろう。何しろ彼は妬ましくもアインズ様に直接作って頂いた存在なのだから。

 

「問題ありませんとも、お嬢さん<ミストレス>」

「──前にも言いましたが、私は階層守護者統括という重要な地位を任されているのです。お嬢さんというのは不適切ですよ」

「しかし、麗しき乙女を呼ぶ正式な言葉であると、アインズ様より──」

「あ、アインズ様がそのようなことを!?で、でしたら不問といたします。むしろ以後そのように呼んでくださいね」

「勿論ですとも、お嬢さん<ミストレス>」

 

 本来お嬢さんというのはそれなりに庇護者──特に少女という無力な存在に使う言葉のはずだ。しかしまさかそのような意味があったとは。つまりアインズ様は私のことを麗しき乙女であると思われているという事。それならば全く問題ない。むしろ推奨すべき事柄だろう。

 

「さて、話を戻しましょう。なぜ問題ないのですか?」

「アインズ様がおっしゃったからですよ。『あれは強き弱者である』と」

「強き──弱者──ですか?」

「えぇ。本来の弱者はその名の通り、何も出来ぬ存在です。ですが、あれらは違います。無論殺すことは簡単です。ですが、弱いながらも看破する能力、そして私をドッペルゲンガーであると認識した知力は持っています。それは即ち、己が死した後の事も十分に対策を行っているという証左!ウルベルト・アレイン・オードル様もおっしゃっていました。『力だけが強さではない』と!」

「単に殺すだけでは終わらない。そういう力とは関係ない部分の強さを持つという事ですか。厄介ですね──」

「えぇ。流石にアインズ様の過大評価ではないかと思っていましたが──ハハッ!──私の変身を見抜ける者が二人も居たのですよ!素晴らしい!実に素晴らしい!あぁ、やはりアインズ様のお言葉は間違っていなかったのです!!特にあのラナーという姫が良いですね。アインズ様があの姫をリ・エスティーゼの王としようとなされているのも納得というものです──フフ──おっといけません、明日の準備をしませんと」

 

 余程気が乗ったのだろう口早に喋ったパンドラズ・アクターは、本当に楽しそうに去っていく。

 己の能力を看破する存在に会えてうれしかったのか、アインズ様の予想が的中し続けることがうれしかったのか。

 

「『強き弱者』──本当に厄介ね。アインズ様がバハルス帝国にあの双子を送ったのも同じ理由なのかしら」

 

 ゆっくりと天井を仰ぎ見る。瞳に映るは天井、否、敬愛すべきアインズ様のお姿。

 ゆっくりと、ゆっくりと深呼吸をする。本当に、本当に──

 

「本当に、アインズ様は全てが見えてらっしゃるのかもしれないわね──」

 

 それほどに全知でいらっしゃる御方に仕える。それがどれほど辛く、苦しく、恐ろしいものか。それがどれほど嬉しく、楽しく、尊いものか。

 

「アインズ様──っ!」

 

 震える身体を抱きしめ、本能のままに叫ぶ。

 尊き御方の──愛する御方の名を。




くっ──長くなってしまいました。
大事な部分だったので削れなかった!悔しい!
最初削りすぎですが、そこ普通に書くとそこだけで1話食いますから…

最初はイビルアイにくっころさせる予定でしたが、1000字くらい超えそうだったので已む無くカット!しました。
いつかイビルアイにくっころさせたい。


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5章 ナザリック 善意の会談編-6

同日二話目投稿! たまにあります、こういうこと


「どうでしたか、先日の食事は。うちの者が随分と張り切って作っていたようでしたが──口に合いましたか?」

「えぇ、それはもう。私はリ・エスティーゼ王国から出たことがない身でしたので、バハルスの味はとても新鮮でした」

 

 ラナー姫一行がナザリックを訪れた次の日。アインズ・ウール・ゴウンとしての俺とラナー姫は、謁見の間ではなく来客用の応接間で会談していた。一番の懸念だった晩餐会の評判は上々だったようである。何よりも、表情にこそださなかったものの不満そうだったあのアルベドが率先して行動してくれたのは非常に助かった。

 俺はアンデッド──スケルトン種であるために食事することそのものが出来ないため、そういう場に居ても間が持たないためどうしようかと悩んでいたのだ。

 上手く歓待できたようで非常に良かった。もしかするとパンドラズ・アクターからの評判が効いたのかもしれないな、と思っている。何しろ今目の前ににこやかに座っているラナー姫を最も評価したのが、誰でもないパンドラズ・アクターだったのだ。同時にイビルアイを危険視する辺り、やはり俺の作った子であるというところだろう。

 

(まさか『是非彼女を王に!』とか言うなんてなぁ)

 

 確かにそういう考えがなかったわけではない。王家とはいえ末席に居る彼女の発言力は無いに等しいだろう。かつての時代ドラマに『冷や飯食らいの三男坊』などという言葉がよく使われていたらしい。かつての俺の世界でもそれくらい年長者が重用されていた時代があったわけである。王政国家たるリ・エスティーゼでは比べるべくもないだろう。

 生まれてこの方出たことなく、隣の国であるはずのバハルス帝国の味ですら新鮮だと笑顔を向ける健気な彼女には本当に涙が出そうになってしまう。

 

「しかし──よろしかったのですか?このような場を設けて頂けるなんて」

「当然です。ナザリックとしてリ・エスティーゼ王国と長く付き合っていきたいと思うと同時に──」

「──なんでしょう?」

 

 少しだけ、ほんの少しだけ彼女の形の良い眉が寄った。はて、何か間違えたのだろうか。いや、ここで止めるわけにはいかない。恐らくこの世界で俺たちの事を最も多く理解してくれるだろう人なのだから。ここで引いてはいけない。

 

「この私、アインズ・ウール・ゴウンとして貴女と仲良くしていきたいと思っているのですよ」

「それは──」

 

 ほんの少しだけ彼女が言い淀む。確かに異形の者と仲良くしていくのは非常に難しいだろう。たかがゲームの世界ですら『異形の者死すべし!』と声高らかに叫ぶ奴もいたくらいだ。こんな世界では言わずもがなという──

 

「アインズ・ウール・ゴウン様は、私との子をお求めになっている──ということなのでしょうか?」

「は──はぁ!?」

 

 あまりにも突拍子もない言葉に下顎が『かくん』と落ちそうになってしまう。俯くラナー姫。少し震えるラナー姫。俺は一体何を間違えたのか、と思って自分の言葉を反芻して気付く。

 

「あ、あぁ!仲良くというのは、人と異形の者との確執を持たぬ友好的な関係という意味でして!」

「まぁ!そうだったのですか!」

 

 慌てて訂正すれば、まるで謀ったかのように満面の笑みを浮かべてくれた。いや、謀ったはおかしい。彼女は純真なのだ。ただ他の人よりも頭が回り、ほかの人よりも理解できるというだけだ。そのため俺の言葉を深読みしてしまったのだ。今のは俺が悪かった。彼女は悪くない。

 

「でしたら、アインズ・ウール・ゴウン様──私と──お友達になってくれませんか?」

「ともだち──それはいいですね。では、まず私の事はアインズと呼んでください」

「はい。では私の事もラナーと。姫は要りません」

 

 私と友達になれたことがそんなに嬉しいのか、喜色満面で応えてくれる。良いことである。

 

「では、ラナーと呼びましょう──いや、呼ぼう。構わないな、ラナー」

「はい、アインズ様」

 

 本当に笑顔が可愛いなラナー姫、改めラナー。こんな可愛い子を嫁に貰える男は幸せ者だろう。そういえば、彼女はクライム君の事を執心していたはずだ。姫と騎士。まるで物語のような関係である。しかしこれは物語ではなく現実だ。彼女が彼と結婚できるとするなら、次に起こるであろうバハルス帝国との大戦で多大な功績を立ててもらうか──

 

「──?」

 

 彼女に王と──女王となってもらうか、その二択だろう。

 しかし彼女に女王が務まるのだろうか。見つめる俺を不思議そうに見つめて首をかしげる彼女は、まさしく世間知らずなお嬢様のそれである。

 だがしかし。だがしかし!彼女には愛する相手がいる。愛するものと一緒になるためならば、多少の困難くらい歯を食いしばり頑張ってくれるだろう。彼と支え合いながら。ならば俺はそれを最大限サポートするだけだ。俺を──異形種を──理解してくれる彼女のために。

 

「ラナー。君は愛する者と共に歩むために、茨の道を進む覚悟はあるか?」

 

 

 

 

 

「おや、おんしは──あのラナーとかいう姫のつきそいで来た男でありんすね」

 

 アインズ様がラナー姫とやらとの会談──というよりもむしろ対談を始められて早数時間。途中に昼食休憩を挟まれてなお続けられているため、私としては現状何もすることがない。その手持無沙汰を解消するためにと軽くナザリックを散歩している時だった。突然傅いている男が居たのだ。私は階層守護者であり、あの人間たち一行からすれば私はアインズ様の妻たる立場ということにならせて頂いている。つまり私に人間が傅くのは当然ともいえるのだが、流石に廊下に傅いたまま待つというのは普通でも当然でもないだろう。

 

「私の事は、お忘れでしょうか──シャルティア・ブラッドフォールン様」

「ふむ──」

 

 顎に指をあてて思案する。さて、と。記憶力は悪い方ではない。流石に通り過ぎただけの者を覚えている程ではないが、この男の口ぶりからして言葉を交わしている程度以上は相対している筈だ、と。

 

「その口ぶりからして、間違いないのでありんしょうが──残念ながら覚えておりんせん」

「これでも──でしょうか」

 

 ゆっくりと男が立ち上がり、構える。構えている──のだろう。恐らく。私が見るに隙だらけなのだが、この男にとって『これ』は隙のない姿をとっているつもりなのだろう。

 ふわりと浮かぶ力の空間。薄く儚いそれは、指で突けば簡単に割れてしまいそうなほどだ。さて、これが何をしてくれるのだろうか。

 

「本当に、覚えていらっしゃらないようですね」

「えぇ、このような面白そうなもの──一度見れば忘れないはずでありんす」

 

 全く記憶にない。まさかこの変わったふわふわしたものを周囲に展開するだけの技なわけではないだろう。そういう大道芸も面白そうだが、立ち居振る舞いからしてこの男が戦士であることは容易に想像がつく。ならば、これは武技なのだろうか。そう思うと妙に興味が湧いてきた。

 

「入るでありんすえ」

「──どうぞ」

 

 その空間に入ったそのときだった。男がゆっくりと刀を抜き始めた。あくびが出そうなほどに緩慢だが、単純な速度のみで考えるならばそこそこと言えるのだろうか。コキュートスが蹴散らしたあのリザードマンと比べるなら、比べるべくもなく早い。が、それはリザードマンを1としたら、2か3位の差である。こちらが1万として。

 そう益体なく考えていたらようやくこちらに刃が近付いてきた。どうやら私の首を狙っているようだ。

 剣の軌道上に小指の爪をそっと添える。あまり力を籠めるとその剣そのものを折ってしまいそうだったから。そう思った時だった。

 

「おぉ──」

 

 『キンッ』という音を立てて小指の爪が切れたのだ。当然一度で切れるほどやわな爪ではない。オリハルコン程度なら簡単に両断する爪なのだ。ミスリル程度の剣で傷などつけられるはずもない。この男の力量からして、欠けさせれば上等と思っていた。そうすればどうだ。突然刃が四つに分かれ、両側から同じところを同時に斬ったのだ。

 4度の同時攻撃による武器破壊。オリハルコンを両断する爪を、もっと柔らかいミスリルで行った男の技量は、目を見張るには十分に値するものだったのである。

 

「──秘剣虎落笛<もがりぶえ>・二式:爪切り」

 

 『パチパチパチ』静かな廊下に私の拍手が木霊する。たかが爪だ。だがこの男はやったのだ。私の想像を──予想を超えた行動を行ったのだ。それはまさしく賞賛に値するものだったのだ。

 『恐縮です』と小さく呟きながら、大きく頭を下げる。その頭──否、目からはぽつりぽつりと涙が零れ、絨毯に染みを作っていく。

 私にとってはただの爪だ。一番細い小指の爪だ。伸ばそうと思えば幾らでも伸ばせる、ただそれだけのものだ。

 だが、彼にとっては違う。私はコキュートスのような武人ではないが、戦闘を行う者である。だから、理解する。弱者である彼が、絶対強者である私に一つの傷をつけた。絶対に届かないはずの領域に指先が掠ったのだ。

 脳裏にたっち・みー様と武人建御雷様の数多の戦闘が浮かぶ。武人建御雷様はどうやってもたっち・みー様に勝てはしなかった。それでもなお研鑽に研鑽を重ね、新たな武具を構築し、何度も戦いを挑まれていた。終ぞ勝つことはできなかったが、それでも良いところまで行くことは何度もあった。その度に武人建御雷様は涙を流し、雄叫びを上げていらっしゃったのだ。

 その御姿と、目の前の男の姿が重なる。技術も力も何もかも、ありとあらゆるものが武人建御雷様には遥か遠く及ばないが、それでもその気概はどこか通じるものがある。

 

(そう、ぺロロンチーノ様もお二方の研鑽し合うお姿をよく羨ましそうに見ていらっしゃったわ──)

「男、名前を教えるでありんす」

「はっ──ブレイン──ブレイン・アングラウスと申します!」

 

 その名、心に刻もう。かつてぺロロンチーノ様が焦がれた姿を体現する男の名を。

 

「ブレイン・アングラウス!」

「はっ!」

 

 私の声に反応して、男は──ブレイン・アングラウスは再び私に傅いた。

 

「そなたの武技、とくと魅せてもらったでありんす。弱者が決して届き得ぬ領域に、よくぞ触れたでありんすね」

「ありがとう──ございます──」

 

 男というのは泣き虫だ。そういえばたっち・みー様も武人建御雷様も、それに敬愛するぺロロンチーノ様もよく涙を流されていた。嬉し涙だけではない、悔し涙も悲しい涙も。たくさん。たくさん。

 もう、戻らぬ楽しかった日々。もう、会えぬ御方たち。だが、後ろばかりは向いては居られない。そんなことではあの方たちに笑われてしまう。もしまた会えるならば、せめて自信をもって笑い合いたい。このような素晴らしい男がいたと、報告したい。

 そう思った私の手にあったのは一振りの剣。片刃の反った──刀と呼ばれる形状の剣だ。

 かつて武人建御雷様がぺロロンチーノ様に近接武器も使えるようになれと、半ば無理やり渡されたもの。結局数回振っただけで、私に渡されたままになっていたもの。

 この武器に意味があるとするならば、きっと──

 

「ブレイン・アングラウスよ。褒美を与えるでありんす。さ、頭を上げるでありんすえ」

 

 ゆっくりと彼の頭が上がる。視線が──泣き腫らした目が私の手にある武器に止まった瞬間、驚きと共に大きく見開かれた。

 

「このようなもの──よろしいのでしょうか」

「良いでありんす。さぁ、受け取りなんし」

 

 震える手でそっと剣を受け取る。けれどあまりに震えすぎて剣がカタカタと鳴っている。普段なら滑稽だと笑うそれも、不思議と──その武器が喜んでいる様に見えた。

 

「その武器の名は雷神刀・初式。かつて──最強と謳われた存在に果敢に挑み続けた一人の男が打った至高の一品の一つでありんす。柄に二つ、鍔に二つ、刀身両側に八つづつ。計二十ものルーンが刻まれているでありんす」

「────」

 

 すらりと剣を抜く姿は流石堂に入っている。だが、未熟。素人同然であったぺロロンチーノ様でさえ呼び出せた力が呼び出せていない。

 

「やはり、まだまだおんしには扱えぬ武器の様でありんすね。その武器には真の力が眠っているでありんす」

「真の──ちから──」

 

 彼は数度振るうが、その力は片鱗も見出せない。何が足りないのか。剣を使わない私が持っても発現するだろうその力。やはり未熟だからだろうか。

 少し気落ちした顔で鞘に納める彼に笑顔を向ける。

 

「作られた御方によれば──その武器には、力を求める者に応える意思が埋め込まれているそうでありんす。ブレイン・アングラウス。おんしはまだまだ未熟でありんす。でも、まだまだ伸びる。きっとその武器はそう感じて居るでありんす」

「俺がまだまだ未熟だから応えてくれない──ですか」

「そうでありんす。その武器の力──見事引き出して見せるでありんす。そのときは──」

 

 あぁ、嬉しい。あぁ、楽しい。きっとたっち・みー様は武人建御雷様に対してこんな気持ちを持たれていたのだろう。

 あぁ、ぺロロンチーノ様。あぁ、愛しき御方。もし、いつか貴方様に再び会える時があるとしましたら──この事をお話し致しましょう。きっと喜んで下さるはずだから。

 

「少しだけ──私の本気を、見せてあげるでありんすえ」




まだ──終わらない──ぐぬぬ──
今月中には終わらせたいですね──


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5章 ナザリック 善意の会談編-7

「戻ってきてからのラナーの様子がおかしい、ですって?」

「はい──」

 

 ラナー様がアインズ・ウール・ゴウンに朝から呼ばれ、帰ってこられたのがつい先ほど。今いる場所が地下深くであるがゆえに太陽の位置は見えないが、部屋に添えつけてある巨大な柱時計を信じるならば、およそ半日以上も会談を続けられたことになる。大まかなことは行く前に聞いていたのだが、やはりなかなか上手くいかなかったのかもしれない。

 どちらかというと気落ちしている感じよりも、沢山の事を考察している感じがするため、全くダメだったわけではないと思いたい。騎士であり、あまり頭がよくない私は政治の事は全く分からないので悩んだ末、ラキュース様に相談することにしたのだった。

 

「早ければ夕食後。遅くてもリ・エスティーゼ王国に帰るまでに内容を教えてはくれると思うけれど──あのラナーですら想定外だった事が起きたのかもしれないわね」

「想定外──ですか」

 

 ラナー様はとても聡明な方である。あまり表沙汰にはされてはいないものの、ラナー様の深謀は王宮でも一目置かれるほど。あのバハルス帝国の皇帝ですら重く見るとさえ聞いている。それほどの方なのに、想定外の事が起きたということは──

 

「アインズ・ウール・ゴウンというものは、それ程の深謀の持ち主ということなのでしょうか」

「うーん、ラナーほどの存在がそうほいほい居て堪るかって思うけれど。そもそも彼──って彼でいいのよね。彼は人間ですらないもの。上位のドラゴンは人をはるかに凌駕する知恵を持つと言われているわ。上位のアンデッドである彼がそうであってもおかしくはないかもしれないわね」

 

 ラナー様ほどではないにしても、アダマンタイト級冒険者チームである蒼の薔薇のリーダーをなされているラキュース様もかなりの智謀の持ち主だ。その彼女にそう言わしめるアインズ・ウール・ゴウンとは一体どれほどのものなのだろうか。

 

「ラナー様!もう、よろしいのですか?」

 

 私たちが頭を悩ませていたころ。いつになく──いや、いつも以上に儚い感じのするラナー様が奥の寝室から出てこられた。やはり余程お疲れなのだろう。しかし少しふら付いてはいるものの、その瞳の意思はとても力強い。

 

「大丈夫よ、クライム。今話しておかなければ──そして皆に知恵を貸してもらいたいと思っているの」

「皆様の、ですか?」

 

 ラナー様の手を取り支えると、まるでそのまま消えてしまいそうなほどに軽く感じてしまう。それでもなおしっかりと立たれたラナー様は『貴方も、よ』と、私に笑みを向けてくださっていた。

 

 

 

 

 

「役に立ちそうにない私たちにまで知恵を借りたいなんて、随分穏やかじゃないわね」

 

 クライムに連れられ、何とか椅子に座り一息。私が思ったよりも随分疲れているようだ。ここまで疲れたのは初めてかもしれない。でも今聞かねば取り返しのつかないことになるかもしれない。そう私の勘は言っている。だから、疲れたからと休むわけにはいかない。

 

「まず、ありのままを話すわ。アインズ様との話を」

 

 ラキュースに会談の内容をまとめたメモを渡し、先ほどの会談の内容を簡潔にまとめながら話していく。遥か昔から存在する者だと認知したこと。そしてそれを前提にここナザリック周辺からエ・ランテルの街辺りまでをアインズ様の直轄領とすること。そしてそれにあたり、アインズ様に伯爵の爵位を与えること。これにより、アインズ様はアインズ・ウール・ゴウン辺境伯になること。

 

「──よく殺されなかったな」

「流石に命までは、と思って居ました。けれど、まるで私がそう言うことを最初から分かっていたかの様にそのまま受諾されました」

 

 これだけの財と武力を持っている相手に『配下に成れ』と言ったも同然なのだ。それは同時にリ・エスティーゼ王国の方が絶対的に上であるということを認めさせる意味もある。これは父──国王に出された条件の一つだった。普通に考えればあり得ない話。だからまず無理やりねじ込まれたこれを拒否させて、と考えていたのに。ものの見事に外されたのである。

 

「アインズ様が伯爵を受領した理由はどう思いますか?」

「うーん、普通に考えたらあり得ないわね。バハルス帝国の皇帝に『うちの伯爵になってね』って言っているようなものだもの」

「えぇ、そうです。だから何かしらの意味が含まれている筈なのに──」

「あまりにも突拍子すぎて読めない、か。しかし簡単なことだろう」

 

 簡単なこと。そう言ったのはイビルアイ様だった。それは到底人間では考えつかないこと。

 

「人の尺度で考えるから詰まるんだ。無限の時を生きるアンデッドだぞ。それが求めるものとしてあるとすれば、恐らく国だろう。今はナザリック地下大墳墓というダンジョンの主に過ぎない。ナザリック魔導王国は既に滅びているからな」

「まさか──乗っ取りですか」

「そんな生易しい物じゃない。少しづつ時間をかけてナザリック周辺を豊かにしつつ、王国の国力を弱めていく。最終的には王国としての体制もとることすら出来ないまま、滅ぼされることすらなく自然消滅。そのころに生きる人に残るのはナザリックという巨大な土地を持つほぼ『国としての体裁を持つ地』さ。無限に生きる者にとって数百年なんて長い時じゃないからな」

「国民に敵意すら持たせることなく、少しづつ吸収していく──」

 

 ぞわりと身体が震える。それを行うのに一体どれだけの時が必要なのだろうか。少なくとも今生きる人は誰も生き残っていないだろう。

 広大で肥沃な土地はあるものの、決して強国ではないリ・エスティーゼ王国は吸収するには格好の存在という事なのか。

 

「アンデッドは無限に時が止まっているも同じ。だから基本理念はな、大概生前の延長なんだ。遥か昔、上位のヴァンパイアが言った言葉だがね」

 

 イビルアイ様の言葉通りだとするならば、アインズ様が求めるのはナザリック魔導王国の復興。そのために必要なのは生者としての立場。

 

「おおかた姫様の考えじゃなく、王様辺りが無理やりねじ込んできた案件だろう。だったら翻しようがない。決して抜け出せぬ底なし沼へと向かう道だとしてもな」

 

 だから。だからなのか。圧倒的に下であろう私たちをこんなにも歓待しているのは。諸手を上げて喜んでいるから。締結してしまえば、たとえ遥か未来の事だとしても我が国が滅ぶことが必定となるから。

 

「──だけど、一つ上手くいったことがある」

「えっ」

 

 何かあっただろうか、と逡巡するも思いつかない。何度も先ほどの会談を思い出しても、一手となることがあったのだろうか。

 

「姫様、今──『アインズ様』って呼んでいるだろう。つまりは、少なからずアインズ・ウール・ゴウンと友好を結んだのだろう」

「あ、はい。友達になりませんか、と──ただこれは──そうですか、そういう意味でとれるんですね」

 

 友達になりたいと言ったのは、辺境伯という国に従属する立場にするのを緩和するために行った私なりの最大の譲歩だった。けれど、イビルアイ様の話の流れからするならば意味合いは違ってくる。簡単に言うなら、王家ではなく『私』の血が絶えさえしなければアインズ様は私と──子々孫々と友好関係を築いていける可能性があるわけである。

 

「そういうことだ。姫様には本気で女王になってもらう必要が出てきたな」

 

 しかしそうなると、なぜアインズ様は私に女王になるようにと勧めたのだろうか。単に復興を望むならリ・エスティーゼ王国は邪魔なはずだ。いや、逆に考えてみるとどうだろうか。私が女王にならねばならぬ理由があるとしたら──?

 

「王国の中に食い込めたのが余程うれしかったのかしら。書いてあるままに受け取るなら、本当に善意の塊ね」

「やはり、そう思いますか──」

 

 鉱山開発や農業など辛く単純な力仕事をアンデッドに取り換えて、人はそれを監督するだけにする。そのレンタル料たるや、安すぎである。

 

「本当にこの値段で卸すつもりなら、平民──いや、あまり金のない末端の農村ですら一家に一体常備できるわね」

「単純作業だけでなく、特定の命令を入れることで警備や護衛もできるそうです。義勇兵や農兵のような、通常戦働きをしていない人たちの命を無駄に散らすこともなくなります」

 

 辛く安い仕事、危険な仕事はアンデッドに任せて他の仕事を人がすればいい。それならば無理矢理安い賃金で働かされて貧困に喘ぐ人も減ってくるだろう。街道の整備など遅れ続けている公共事業も一気に解決するだろう。本当に国にとっていいことしかない。

 

「余程ラナーの事が気に入った、ということなのかしら。貸し出す条件として他国に渡さないことというのもあるみたいだし」

 

 気に入られたからなのか。友好を結べたからなのか。なぜそこまで好かれているのか全く理解できない。だから怖い。だからこそ、怖いのだ。

 イビルアイ様は動かない。だって、少なくとも私が──私たちが生きている間に大きい変化はないだろうと思って居るだろうから。

 でも、何か引っかかる。この善意の会談には何かがある。そう、言うなれば

 

「地獄への道は、善意で舗装されている──」

 

 そう、思えてならなかった。

 

 

 

 

 

「全く、素晴らしいです、アインズ様!」

 

 上手くできたか心配になってアルベドと話をしようと執務室に向かおうとしたとき、丁度デミウルゴスが返って来てくれたのだ。流石デミウルゴス。いてほしい時に居てくれるという、まさに配下の鑑というべき存在である。

 そこで二人を連れて執務室へと入り、今日あった会談の話をしたわけである。これから一緒に頑張っていこうね!と、善意を全力全開で行った会談の話を。

 さすがにやりすぎたか、とも思って居た。彼女の提示したものを唯々諾々と、ではないもののほぼ全て受け入れたのだから。

 しかし返ってきたのはデミウルゴスの盛大な拍手だった。きょとんとした顔でデミウルゴスを見ているアルベド可愛い──じゃなくて、本気で同意するぞ。しかしそれを表に見せるわけにはいかない。

 

「ほう、私の意図を読み取ったか。流石はデミウルゴスだな」

「いえいえ、とんでもない。人間たちを容易く手玉に取るその深謀。その手腕。本当に感動すら覚えます」

 

 一体何があったのだろうか。教えて、でみえもん!って言えるわけもなく。

 

「アルベドはまだ理解していないようだな。デミウルゴス、説明することを許す。アルベドに教えてやるのだ」

「はい、アインズ様」

 

 こうやってよくわかっていないアルベドをだしにして、デミウルゴスに説明を受ける。情けない上司も居たものである。

 

「まず、伯爵という地位ですが──」

「アインズ様が、人間の定めたそんな低い地位になるなどあり得ません!」

「落ち着けアルベド。理由があるのだ。そうだな、デミウルゴス」

 

 あるんだよね、教えてデミウルゴス!と、言外に伝える。悲しい上司。もう少し有能になりたいものだ。

 

「はい。まず、そのためには人間の爵位について説明せねばなりませんが──簡潔に言いますと、王家と公爵家と侯爵家は基本的にその国の血縁──縁者となります。血の繋がりのない最高位の爵位は伯爵家となり、アインズ様に爵位を与えるならば伯爵家が最高位となるわけですね」

「そうだとしても──いえ、それならば王家がアインズ様に王位を渡すべき──」

「落ち着け、アルベド」

 

 普段は頭いいのに、俺の事が絡むと妙にへっぽこになる気がする。これも俺が『あれ』を書き換えた弊害なのだろうか。

 少し憮然としながらも黙るアルベドに少し笑みを浮かべたデミウルゴスはそのまま続けて話していく。

 

「この伯爵をアインズ様が受けることにより、リ・エスティーゼ王国での力関係は一気に崩れました。土地の広さから言ってもアインズ様は実質侯爵家と同等となり、周囲の貴族たちは辺境伯ではなく辺境『侯』と見做すでしょう。そして決め手となるのが、ラナー姫との友好関係ですね。これによって国王は伯爵という配下の立ち位置にあるはずのアインズ様を自由に動かせなくなります」

 

 そうか。土地が広すぎて立場上伯爵なのに『実質』侯爵になってしまうのか。しかもラナーと友達になったものだから、そのあたりの貴族と同等に扱うこともできないわけだ。もしかしてラナーはこの辺りを想定してくれていたのだろうか。流石ラナーである。今度からさすラナって言おうか。

 

「またアインズ様が想定なさっているであろう次の大戦。これにより国内外問わず、強大な力がアインズ様の元にあることが周知されます。しかし敵として認定することはできません。その時にはリ・エスティーゼ王国伯爵であり実質アインズ・ウール・ゴウン侯爵といっても良い立場になっているのですから」

 

 そう、そこだ。俺が最も欲しいと思った部分は。国としての後ろ盾があれば『此奴アンデッドだからやっていいんじゃね』とか短絡的に突撃してくる奴を止められるのである。もし来ても『お前、リ・エスティーゼ王国に喧嘩売るんか?ん?』と脅せる。国としても侵略行為なわけだから、うちだけでなく国としても兵を出さざるを得なくなる。つまり俺はリ・エスティーゼ王国という大きな防波堤を得ることになるのだ。

 

「さらに、さらに!アンデッドの輸出です。あれが特に素晴らしい!」

「おぉ、やはりデミウルゴスもそう思うか!」

 

 言うなれば現代のオートメーション──仕事の機械化をアンデッドで賄うという案である。これによってリ・エスティーゼ王国はさらに大きく──

 

「確かに補給なく無限に働き続けるアンデッドは良い労働力と人間は見るでしょう。ですがそれだけではない。アンデッドは消費しないのです。買い物をしない。買う必要がないから消費が生まれない。沢山アンデッドを利用すればするほど貧富の差が拡大し、王国の消費は停滞していくことでしょう。さらに、弱った王国を破壊行動を行う事無く一気に手に入れる布石にもなる。人間たちの信頼、国の弱体、そして侵略への下準備と私が考えるだけでも3つも利点があります」

「え、えぇー──」

 

 いやなにそれ。そんな恐ろしい事になるかもしれないのか。怖いなアンデッドワーカー。正しくご利用は計画的に、というやつである。上手くコントロールしないままにやっていけばそういうことになってしまうわけだ。気を付けないといけない。

 

「さらに、今回の会談によって各国が活発に動いております。あの双子にやらせているバハルス帝国、白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>率いるアーグランド評議国、傾城傾国を利用した者が居るという情報のあるスレイン法国など──」

「まて、デミウルゴス。恐らくだがアーグランド評議国を指揮しているのは白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>ではないぞ」

「それは真ですか!」

 

 本当である。モモンとして情報を集めた感じでは、皆が評議国だけが突出して強いと言っていた。最強の存在が居ると。

 

「世界最強と謳われる存在が居るとの情報を掴んでいる。恐らく白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>はその尖兵だろう」

「──なるほど。人間からすれば強大と言える竜王を目立つ位置に置くことで、真なる存在を隠しているわけですね」

「うむ、どうやら私を──アインズ・ウール・ゴウンを危険視しているという話もある。恐らくだが、私に気取られぬ様に存在をひた隠しにしているのだろう」

「そうですか。でしたら最低でも超越せし竜王<ドラゴンーオーバーロード>クラスが──」

「最低でも一個大隊は居るだろう。この世界はあまりにも竜の姿が少なすぎるからな。固まっていると見た方が良い」

「となれば、それを統率する真龍<トゥルードラゴン>もしくは神龍<ノヴァドラゴン>クラス──」

「いや、八竜クラスは見ておけ。相手を下に見ても痛い目を見るだけだからな」

「は──八竜──世界の敵<ワールドエネミー>クラスですか。確かにこの世界ではまだ存在を確認していませんでした。確かにそう考えると辻褄が合います。この世界は不自然なくらい竜の姿を見ませんでしたから」

「うむ、今回の会談で国という保護を得られる事が決定している。そのため差し迫って戦う必要はないだろうがいずれ戦わねばならぬだろう。あちらの世界で何度も倒しているが故に攻略法は分かるが、たっち・みーさんやぶくぶく茶釜さん、ウルベルトさん等主戦力となっていた者たちが居ない。決して侮れる相手ではないと心しておくのだ」

「ははっ!!」

 

 こうしてはいられない、とデミウルゴスが足早に退出する。連絡が何かあったのではないかと思ったが、デミウルゴスの事だ。恐らくアルベドに送っているだろう。

 

「アインズ様──」

「うん、どうした。アルベド」

 

 先ほどから静かにしていたアルベドが、何か不安なことがあるのか沈痛の面持ちで口を開く。

 

「八竜が──世界の敵<ワールド・エネミー>が人間の味方をすることなどあり得るのでしょうか」

「いや、八竜全てが人間と友好というのはありえないだろう。故に白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>が矢面に立って人間と上手くやっているのだろうな。恐らく人間との融和と唱える八竜の一体の配下と考えるのが妥当か」

 

 八竜は一体一体が強大な力を持つ。その力──いや、存在そのものが災厄と呼ばれるものが大半だ。例え本人が人間と仲良くしたいと思っても、近づくだけで死に至らしめる力は融和とはいかないだろう。恐らくは回復や強化に特化した一体だけが人間との融和を唱えていると見た方が妥当だろう。

 

「あっ──」

「案ずるな、アルベド。やりようは幾らでもある。私に任せればいい。ただ強いだけでは戦に勝てぬことを八竜に見せ──」

 

 シリアスな雰囲気。儚きアルベドの表情。それに飲まれたと言っていいだろう。思わず。そう、思わず俺はアルベドを抱きしめてしまったのだ。

 気が付けば天井と、ひっついているエイトエッジアサシンが見えた。すぐにアルベドが視界いっぱいに映る。押し倒されたのだと気付いた時には俺の束縛耐性を突き抜けて封じられ、身動き一つできない状態になっていた。

 

「申し訳ありません。アルベドに報告書を渡すのを忘れ──」

 

 カチャリとドアが開く。見えはしないがデミウルゴスが入ってきたのだろうことは分かった。声を上げようとした。助けてくれと。しかし、それは赦されなかった。

 

「ふむ──善き子を産むのですよ、アルベド」

「待てデミウルゴスー!!」

 

 まるで何もなかったかのようにデスクの上に書類を置いたデミウルゴスは、少しだけ嬉しそうにアルベドに声をかけて出て行ってしまったのだ。

 

「さぁ、アインズ様。もう誰も邪魔するものは居ませんわ、うふふふふ」

「アッー!」

 

 それから俺とアルベドの必死の攻防は、デミウルゴスと同じく報告書を持ってきたアウラたちに助けられるまで続くのだった。




長く──なってしまった──
人間側とナザリック側で前後編にしようかとも思いましたが、削りに削ってなんとか納めました。
それでも7500字超え──ぐぬぬ──

精進が足りませんね。頑張らねば。


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5章 ナザリック 善意の会談編-終

「フンーフンフンー──」

 

 無事、リ・エスティーゼ王国とアインズ・ウール・ゴウンの会談は終了した。俺たちはナザリックを後にし、帰路についている。ラナー王女様──ラナーが首なし馬を甚く気に入ってくれたために先に馬車を引っ張っていた馬だけ返し、今は首なし馬が1頭で馬車を引いている。そのため俺でも御者が出来るので、俺が御者をやらせてもらった。決して馬車の内部の話を聞くためではない。決して。

 とはいえ、俺には御者の経験などあるはずもない。経路を首なし馬に言うだけであとは首なし馬が勝手に進んでいる状態である。

 しかし本当に良かった。成功。大成功である。リ・エスティーゼ王国と完全に友好関係を結ぶことができたのだ。思わずユグドラシルのフィールドBGMを口遊んでしまっても仕方のないというものである。

 このまま予定通りにいけば、アウラとマーレに扇動されたバハルス帝国がナザリックへと派兵するはずだ。そして起こる大戦。その勝利をラナーに捧げればラナーの影響力も盤石なものとなるだろう。

 懸念材料となるのは、未だ沈黙を続けるスレイン法国。傾城傾国を所持するプレイヤーが居るはずなのだが、未だにアクションがないのが逆に恐ろしい。そして八竜を頂点とするアーグランド評議国だ。まず間違いなくこの二国はちょっかいを掛けてくるだろう。それもバハルス帝国との激戦の最中に。最も俺たちが油断しているときに。だからこそ今回の大戦には特に注意して行わなければならない。バハルス帝国ばかりに目を向けていれば、八竜やプレイヤー達にあっさりとナザリックを奪われるということに成り兼ねないのだ。

 

(けど、今は──今だけは喜びに浸りたいなぁ)

 

 

 

 

 

「まずは会談の成功。おめでとうございます、ラナー様」

 

 ナザリック地下大墳墓を出発しておよそ半刻。最初に口を開いたのはクライムだった。今馬車に乗るのは私とクライム。そして今モモン様が御者をして下さっているのでガゼフ様とブレイン様。そして蒼の薔薇リーダーであり私の友人であるラキュース。そして内部護衛の一人としてティナさんが居る。いくら王家が所持する中でも特に大きい4頭立て馬車とはいえ、6人も乗れば少々手狭になってしまうが、内密の話をするためなので仕方ない。しかし、この4頭立て馬車を立った1頭で引くとは。たった1頭しかくれなかったと最初は思ったのに、首なし馬の能力をまざまざ見せつけられてしまった。その能力の高さを喧伝するためにあえて1頭で引かせたのか。この首なし馬だけでもアインズ様のあらゆる思惑が透けて見える気がしてならなかった。

 

「成功。と言っていいのかよくわからないわ、クライム。終始──アインズ様の掌の中でころころと転がされた気分ですもの」

 

 少しばかり苦笑した顔を作って皆の顔を覗く。表情と雰囲気から察するに、どうやら別行動をなされたガゼフ様、ブレイン様は成功したようだ。

 

「そういえばガゼフ様はセバス・チャン様に、ブレイン様はシャルティア・ブラッドフォールン様にお会いしたのですよね」

「あぁ、ブレインやクライム君の評価を聞いて一度お会いしたいと思って居たのでな。噂に違わぬ善き御仁だった」

 

 早速食いついてきたのはガゼフ様だ。様々な憶測が飛び交う中、ただのいちメイドを救出するというまるで英雄の如き行動をとられた御方。それほどの方が上位とはいえアンデッドの従者をしているというのはどうも納得がいかなかったために、ガゼフ様にそれとなく会ってみないかと話をしてみたのだが──

 

(まさか本当にアインズ様の従者をしていたとは──ではなぜリ・エスティーゼ王国に?ソリュシャンなる貴族の娘の従者をしていたらしいけれど、その娘もアインズ様の関係者?とすると、そのソリュシャンなる貴族の娘の父はどこかの国に仕えているはず。そして我が国にはソリュシャンという名の年頃の娘を持つ貴族は居ない。他国の貴族だという前提で言うならばアインズ様は既にその国と繋がりを持っていることになる。あり得るとすれば?帝国?無い。アインズ様の配下であるとされるダークエルフの兄妹が暗躍しているという情報が既にある。評議国?無い。世界の平定を求める竜王が死の王と手を組むとは思えない。スレイン法国も同じ。最近きな臭くなっているローブル聖王国?いや、そもそも我が国の情報を得てどうするというのか。そもそも我が国の情報を得るために貴族の娘を使うか?では偽名?それが最も可能性が高い、か。ならば我が国に既にアインズ様と仲の良い貴族がいることになる。それも、貴族の娘の護衛のために自分の執事を貸し与えるほどに懇意にしている貴族が。──まだ情報が足りない。何か足掛かりはないか。そう言えばイビルアイ様の話では──)

 

 ガゼフ様の言葉を聞きながらセバス・チャン様の情報を整理していく。そして一人の貴族が脳裏に浮かんだ。

 

(レエブン候──そう、確かイビルアイ様の話では、遥か昔からレエブンの性を名乗る物が居たと言っていたはず)

 

 レエブン。その名が出た瞬間、一瞬で絡まった糸が解けて一本になっていく。

 

(そもそもレエブン候がモモン様を知っていたのはなぜ。あの魔族襲撃という突発的な事件であるはずなのにピンポイントでモモン様を呼べたのはなぜ。やはり、レエブン候は──)

「──というわけで、戦士長という立場を抜いて個人的にも、仲良くなりたいと思うほどの御仁であった。流石、ブレインが『様』付けで呼ぶだけの事はあったな」

「だろう?ガゼフもやっとあの御方の良さが分かったみたいだな」

 

 そろそろ思考を切り替えないと。どうやらブレイン様の話は終わるようだ。簡単にまとめれば、善性の強い人。そして途轍もなく強い人。ということになるか。人の見る目のあるガゼフ様の言葉だ。まず間違ってないと思っていいだろう。ではなぜアインズ様の従者をされているのか。その理由さえわかれば私たちの味方になってくれる可能性もあるのかもしれない。

 

「そういえば、ブレイン様の武器が変わっていますね。もしかして、シャルティア・ブラッドフォールン様より頂いたのですか?」

「ん、ああ。そうだ。聖遺物級<レリック>らしい」

 

 嬉しそうに話しだすかと思えば、言葉少なく俯いてしまった。話題を間違えたのだろうか。そう思った時だった。

 

「──すまねえ!」

 

 ブレイン様が突然謝ったのだ。皆が息を飲む。想定外だったために私も少なからず驚いてしまった。事情を知っているだろうガゼフ様だけが腕を組み、目を瞑ったまま微動だにしていない。

 余程の事なのだろう。突如静かになった馬車の中にブレイン様のすすり泣く声だけが響く。そのまま時間が過ぎていくのか、そう思えた。が、動いたのは──

 

「──あの貴族の言っていたことは間違いだった。そうだな、ブレイン」

「あぁ。シャルティア様は──シャルティア・ブラッドフォールン様は本当に操られていたんだ。つまり──」

「ゴウン殿とヤルダバオトが敵対関係にあることは間違いない、ということか」

 

 ガゼフ様の言葉にブレイン様は小さく頷いた。そうか。私が王から無理に推し進められたことがあったのと同じ様に、ブレイン様は誰かに情報を与えられていたのだろう。

『アインズ・ウール・ゴウンとヤルダバオトは繋がっている。その証拠に、シャルティア・ブラッドフォールンは操られていたのではなく、自分の意志で動いていた』と。

 しかしそれは根も葉もない情報だったわけだ。そんな情報を吐くとすれば──

 

「リットン伯──ですね、ブレイン様?」

「──あぁ。今更隠しても仕方ない。確かに俺にその情報を与えたのはリットン伯爵だ。勿論俺もその情報を鵜呑みにしていたわけじゃない。だが、もしその情報が本当なら──」

「アインズ様は途轍もない芝居を打っていたことになる、ですね」

 

 それこそ国を丸ごと巻き込んだ大芝居だ。失敗すれば良くて国落とし。下手をすれば世界の敵<ワールド・エネミー>の認定を受け、世界中から派兵されることになっただろう。

 そんな下策をあの智謀の持ち主が打つだろうか。自身の力に絶対の自信があったとしても、そんな暴挙に出るとは考えられない。そもそもその説が本当に正しいのであれば、モモン様すら共犯ということになる。それこそ有り得ない。もし共犯だったならイビルアイ様はあの時に死んでいたはずだ。それなのに、イビルアイ様は生きている。いや違う。逆だ。イビルアイ様はモモン様に助けられたのだから。その一手だけでもこの説は瓦解する。そんな稚拙な話なのだ。

 

「俺が見たあの吸血鬼はあんな嫋やかなヒトじゃなかった。血を好み、死を求める。正しく皆が思う異形種<モンスター>だった。今では納得さ。あれ程の御方。確かにセバス様が仕えるに相応しい気品と強さを持たれていた。下手な貴族よりもずっと、な」

「俺は少ししか相対しては居ないが、それでもそれなりにゴウン殿の事は見て居る。あの御仁であれば安心して後方を任せられると思う程の傑物であると、そう確信するほどの御方だった。だからブレイン。お前の考えが間違っていることは最初から分かっていたのだ。その妻たる者がそんな化け物然としたモノであるはずがない、とな」

 

 

 

 

 

(よしっ!)

 

 思わず声を上げそうになってしまった。御者をしているため隣に誰かいるというわけではないが、先ほどから──いや、ずっとイビルアイがこちらを監視し続けている。恐らく中の話を盗み聞きしようとしていると思われているのだろう。しかし俺は基本的に操作している時以外は微動だにしていない。これならば盗み聞きしているとばれないはずである。

 しかし──とうとうあの懸念。『こいつら繋がってるんじゃね?』が払拭されたのだ。やはりリットン伯だったようだ。あの伯爵は最初の噂を広めた人物の一人だったのでなんとか尻尾を掴もうとしていたのだが、のらりくらりと躱されていた。それがやっとその尻尾を掴むことができたのだ。これを喜ばずして何だというのか。

 

(だけど噂を広めた相手がわかっても手出しできないんだよなぁ)

 

 相手はこと政治と噂にかけては百戦錬磨の手練れだ。平凡な社会人だった自分とは正しく格が違う。下手に手を出したら最後。決して抜け出せぬ底なし沼に引きずり込まれることになるだろう。そう思えるほどの相手なのだ。やはりここはラナー達に情報を流してもらうのが得策。餅は餅屋、である。

 

(そういう意味でもラナーを味方に引き入れたのは良かったな)

 

 味方とはいえ、真の、ではない。あくまで公的な、利害関係が一致しただけの関係だ。今は、という前置きが付くが。

 これから何年も何十年も。いや、子々孫々と関係を続けて行くつもりでいる。そうしていく間に本当の仲間といえる相手になってくれるかもしれない。それくらいの希望的観測を持つ程度にはラナーの事を信用していた。

 

(セバスとシャルティアは上手くやってくれたみたいだな)

 

 セバスはたっち・みーさんの子であるためか、善性が非常に強い。だから全く心配はしていなかった。しかしぺロロンチーノさんと同じく小さな失敗の多いシャルティアは別だ。もし不用意な発言をしていたならば、と思うと背筋がぞっとする。この平穏な雰囲気で帰れるのは、数多の偶然が積み重なった結果なのだと理解してしまったから。

 

(失敗していたら全員殺して、ドッペルゲンガーに入れ替えなければならなかったんだよな。あぁ、恐ろしい)

 

 俺が欲しているのは傀儡ではない。共に笑える友を。仲間を。そして、いつか皆に会えた時に誇れる姿を。モモンガとして、アインズ・ウール・ゴウンとして。そのためには出来るだけ失敗は避けなければならない。

 

(心が休まる日が来るのはいつなんだろうなぁ)

 

 皆の思うナザリックの主としても確りとしなければならない。問題山積だというのに、一体どこから手を付ければいいのか分からない。せめて手遅れになる前に終わらせていかねばならないから。

 

 

 

 

 

「呼んだかい、ツアー」

 

 あぁ、声がする。ゆっくりと目を開ける。視界に入るのは何も変わらないいつもの神殿。ゆっくりと頭を上げると見知った顔が見えた。リグリットだ。

 

「あぁ。相変わらず気配が読めないね、リグリット。一つ、話しておかなければならないことがあったんだ」

「話しておきたいことだって?」

 

 私の言葉にリグリットの整った眉が少しだけ顰められる。彼女の美しさは年老いてなお、翳ることはない。私は彼女の言葉にゆっくりと頷いた、そうだ、と。

 

「実は遥か昔──六大神の時代よりもさらに昔、ドラゴンたちですら記憶に残す物は少ない程の昔。とても気になる名前があったのを思い出したんだ」

「随分と勿体ぶるじゃないか。えぇ、ツアー?」

 

 昔から変わらぬいつものやり取り。分かりやすいように順を追って説明しようとする私と、早く結論を言えと急かすリグリット。懐かしい。懐かしいけれど、それを今言っている暇はない。早く伝えねばならない。

 

「六大神が生まれる遥か昔に、位階魔法と呼ばれる今の魔法すらない時代に、善神と呼ばれる者が居たんだ」

「へえ、そのカミサマは聞いたことがないね」

 

 だろうね、と彼女の言葉に頷く。竜王<ドラゴンロード>クラスでも名前すら知らない者が大半のはずだ。そもそも知っていたらこんなに安穏としていたのだろうか、と思う。

 

「その善神の名は──」

 

 遥か昔に思いを馳せる。1000年も生きて居ないこの身だけれど。竜王としての力が、始原の力が私に呼びかける。決して忘れるなと。その名は尊き名。全ての善の始まりというべき名。

 

「──ナインズ・オウン・ゴール。そして、かの神が伝えた大国の名が、ナザリックなんだ。どうだい、リグリット。かの神の名はナザリックというダンジョンの主──アインズ・ウール・ゴウンという名に似ていると思わないか」

 




とうとう二次創作の醍醐味、完全オリジナル設定ぶち込みです。
このお話から少しづつオリジナル設定が紛れ込んできますので、丸山くがね様原作の方と混同されませんようご注意くださいませ。

こう書いておけば『この設定違うんじゃね』って突っ込みがなk──ゲフンゲフン──

冗談はさておき、この辺りから丸山くがね様が公開されてない設定が増えてきますので、オリジナルで勝手に設定作っていきます。
原作終了してないのに突撃した初期ハガレンアニメのように見てもらえると助かるかもしれません。
あれほどの完成度はありませんけどね!


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6章 それぞれの思惑と戦争の足音
6章 世界 それぞれの思惑と戦争の足音-1


 ここに来るのも久しぶりだ。豪奢とは言わないが、荘厳という言葉をそのまま体現化したかのようなこの神殿。滅多に来る場所ではないからか、それともそこに居る『それ』が恐ろしいからなのかは分からない。ただ、どこぞの国の王と対面するよりもずっと緊張している自分が居るのは間違いなかった。

 神殿の奥へと通路を進むと、突如広い空間に出る。ほとんど何もない空間だ。ただ、その中央に居る圧倒的大きさを持つ『それ』がこの空間のほぼ全ての存在を牛耳っていると言っていいだろう。

 

「やあ、わざわざ来てもらってすまないね、キーノ・ファスリス・インベルン」

 

 一体どうやって喋っているのだろうか。明らかに人語を話すには適さない口をした『それ』──白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>がゆっくりと首を持ち上げて話しかけてくる。

 圧倒的というべき存在感である。相変わらず『それ』を見る度に、いかに国落としなどと呼ばれている自分が矮小な存在であるかをまざまざと見せつけられている気分だ。いや、『それ』にとって私など、国落としでもただの小娘でも大差ないだろう。どちらも『それ』にとっては等しく無力なのだから。

 

「私の事はイビルアイと呼んでくれと前々から言っているだろう、白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>」

 

 内心の恐怖を押し殺すように声を絞り出せば、普段よりも幾分か声が低くなってしまう。しかしそれは『それ』にとって、私が怒っていると誤解するのに十分だったようだ。

 

「それはすまなかったね、イビルアイ。出来れば私の事もそんな役職みたいな呼び方ではなく、ツァインドルクス──ツァーと呼んでほしいものだね」

「それで、『白金の竜王様』が私に何の用だ」

 

 リグリットのババアもいつも言っていたが、その名は『白銀』として姿を偽っていた時の名だ。彼女ほどではないが、私だって含む部分くらいある。

 そう暗に言う私に『やれやれ』とため息を付く姿は、世界最強の存在とは思えなかった。そう、最強というなら──

 

「呼んだ理由は一つだよ。なぜ漆黒の英雄が嘘の噂をばらまいているか、ということに──」

「ふざけるな白金の竜王!いくら貴様が最強の存在だと言っても、許されないことがあるぞ!」

 

 そう、私の考えうる最強の存在──モモンさんが、嘘をついているなどあり得るはずがないのだ。

 

 

 

 

 

「とても、楽しそうでございますな、陛下」

 

 我がバハルス帝国の我が城の我が部屋。他称すればバハルス帝国城の謁見の間。その中央に鎮座する我が椅子にいつも通りゆるりと身を任せて、リ・エスティーゼ王国から送られた親書を読み上げていく。

 親書という名の『通達文』を読みながら堪える事無く声をあげて笑う私に、同じく満面の笑みを浮かべながらじいが問うてくる。

 

「あぁ、楽しいとも。リ・エスティーゼの王め。腹の中に虫どころか魔王を取り込みおったわ!これを笑わずしてなんとする──ク、ククク──クハハハハ!」

 

 アインズ・ウール・ゴウン。得体の知れぬ存在。分かっていることは我が帝国最大の魔導士たるじい──フールーダ・パラダインですらも理解し得ぬ数多の魔法を扱う存在であること。我が帝国の中でも中々の手練れを集めた集団をただの一人も逃さず皆殺しにした無慈悲な存在であること。

 これを呼ぶに相応しい名は『魔王』に他ないだろう。そう籠めて言えば、じいも『その通りだ』と言わんばかりに何度も頷いている。

 

「ではどうなさいますかな。陛下の眼下に突如現れた伯爵に鉄槌でも食らわせますか」

「まさか!そんなことをして喜ぶのはあのダークエルフの双子くらいではないか!」

 

 人を縛る大地すら我が味方と言わんばかりに、私の身体は私の意志通りに玉座からふわりと浮いて立ち、天井に──あのいけ好かぬ幼き双子の居るであろう方へと両手を伸ばす。

 

「では、静観なさいますかな」

「まさか!そんなつまらんことをして喜ぶのは、金貨を数えるくらいしか趣味の無い貴族どもくらいなものだろう!」

 

 今度は両手を城下へと向ける。視線の先に居るであろう、欲に塗れて肥え太った我が国の貴族たちに向けて。

 

「では、どうなさいますかな」

「どうするかなど最初から決まっているだろう、じい」

 

 そして、じいへと手を向けた。私の思考など読めぬじいではない。そんな愚か者などではない。それを示すかのようにじいは、満面の笑みで私に頷いて見せる。

 

「ほほ、そうでございますな」

「行くぞ、リ・エスティーゼ王国へとな!」

 

 

 

 

 

「皆の者、よくぞ集まってくれた!」

 

 皆が集まる玉座の間──ナザリック地下大墳墓の玉座の間の最奥に鎮座する玉座に座りながら声を張り上げる。普段よりも三割増しくらいの大きさで。あまりに気合が入ったためか、思わずネガティブオーラが漏れてしまいそうになる。

 しかし、気合が入るのも仕方ないだろう。この玉座の間に集まったのはいつものメンバー──階層守護者や領域守護者達だけではない。皆の直属の配下に加えてコキュートスが統治しているリザードマンたち、セバスが監督している人間たちも居るのだ。総勢にして数百人にも及ぶだろう。

 

「まず、領域守護者統括アルベド。並びにこのナザリックが一の知者デミウルゴス。前へ」

 

 久しぶりの公式と言うべき謁見のため、いつもは隣に居るアルベドも。目立たず、しかし存在感を残す位置に立っているデミウルゴスも皆と一緒に傅いている。なのでまずは二人を立たせて前に呼ぶ。でないとまともに進行させられる気がしないのだ。

 そもそも人の上に立った事どころか、ユグドラシルというゲームを除けばまともな責任者になった事すらない俺に一人で進行しろという事自体が無謀である。

 普段よりも緊張しているのだろうか、二人もいつもより少しだけ気の入った返事をして立ち上がる。しかし慣れたもの。立った時の表情は二人ともいつもとかわらない。きっと肉の顔があれば冷汗でびっしょりになっているだろう俺とは大違いだ。

 

「まずアルベド、現在の進捗状況を」

「はい、現在ナザリックはカルネ村及びトブの大森林を中心に活動しております。カルネ村ではバレアレ一家による現地素材のみで扱う第三のポーションの制作を中心に行っております。先日行われた東の巨人こと『グ』の討伐及び西の魔蛇こと『リュラリュース・スペニア・アイ・インダルン』の従属はシャルティアを主体としてルプスレギナとエントマの二人によって解決いたしました」

 

 東の巨人と西の魔蛇の一件。シャルティア基準で言えば強さ的には然程強くはなかったようだが、森の賢王と呼ばれたハムスケと同等と考えればカルネ村が全滅する可能性と森林の中に作っている第二のナザリックに被害が及ぶ可能性があった。そのため忙しい俺の代わりにシャルティア達に行かせたのだが、上手く事を運んでくれていたようだ。もし俺が行っていたら、問答無用で倒してしまっていたかもしれない。何しろこちらに問答無用で攻撃を仕掛けてきたらしいのだ。そんな相手に手加減などするはずもないのだ。

 ちらりとシャルティアの後ろの方へと視線を向けると、まるで床で自らの額を削り取っているのではないかと思う程に、縮こまりながら床に頭を押し付けているナーガが居た。パッと見た感じレア種というわけでもなく、通常のナーガより少し強いだけのようだ。間違いなく俺なら他のナーガと一緒に倒してしまうだろう。そういう意味では、シャルティア達は想定以上の働きをしてくれた事になる。

 

「続いてトブの大森林ではリザードマンのクルシュ・ルールーを中心とした集落が安定した生産を続けているようです。また第二のナザリック建築も遅滞なく滞りなく進んでいるようです。また、先の東西のボスを倒したことにより東・南・西のモンスターのほぼ全てが我らの下に付きました」

 

 そういえばコキュートスがリザードマンの集落を統治し始めて久しい。あの白いリザードマン──クルシュだったか──がこちらに来ているリザードマンの子を産んだという話があった。とはいえ人とは違い卵で産むため、これから孵化させなければならないので大変なのはこれからだろう。モンスターの殆どの平定が終わったことも喜ばしい。後はトブの大森林の北側──山側の方だけになる。

 

「うむ。ではシャルティア・ブラッドフォールン、ルプスレギナ・ベータ、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータ。前へ」

 

 さぁ信賞必罰だ。

 三人はこちらへと進み、あと数歩というところで再び傅く。個人的にはもう少しフレンドリーにいきたいが、今は公式の場。そういうわけにもいかない。

 

「まず──シャルティア」

「はい」

 

 俺の声に反応してゆるりとシャルティアが顔を上げる。そこにあるのは自身に満ち溢れた笑みだ。それがうっとりと、恍惚とした笑みへと変わってくる。本当に変な設定にしたものだ、ぺロロンチーノさんは。

 

「シャルティア。お前が主体となって此度の件を解決しただけでなく、西の魔蛇を捕獲した功績は大きい。何か褒美をやろうと思うのだが、何を望む」

「では、アインズ様のものを何か一つ頂きたいでありんす」

 

 そうシャルティアが言った時だった。一瞬、ぴしりと空気が凍った気がした。右からゴリッという何か擦れる様な音がしたが、右側にはアルベドしかいない。ちらりとアルベドの方を見れば、いつもの笑顔を湛えている。気のせいだったのだろうか。

 

「そうか、ではお前にはこれをやろう」

 

 そういって取り出したのは小瓶。中に入っているのは赤い液体。分かりやすく言うなら消耗品だ。見た目だけで言うなら最下級回復ポーションだ。しかしその赤い液体は全く別物である。

 俺は立ち上がり直接シャルティアに渡そうかと思ったのだが、ふとデミウルゴスと目が合った。目が言っているのだ『私がやります』と。手渡しすら駄目なのか。そういえば映画で王が配下の者に褒美を渡すときは側近の者に渡していた気がする。そういうことをやれということなのか。

 

「デミウルゴス」

「はっ」

 

 デミウルゴスに小瓶を渡すと、流石のデミウルゴスもこれが回復ポーションなどではないと気付いたのだろう。ほんの一瞬目を見開いていた。それから何事も無かったかのようにシャルティアに渡している。

 

「あ──」

 

 そして血を司るシャルティアも受け取った瞬間に気付いたようだ。その顔は驚愕にひきつっている。喜んでくれるかと思ったのだが、それ以上に驚きがあったようだ。

 

「気に入ったか、シャルティア。それは私のもの──そう、私の血だ」

 

 前──シャルティアと戦った時にできた傷の一つからほんの少しだけ出た血をとっておいたものだ。アンデッドであるが故に肉から流れ出た物ではなく、骨の内部に微量にあったもの。案外風化も固形化もしておらず高い魔力を有していたので、何かの触媒に使えないかと思って。とはいえ自分の血を使って何か作るというのは気が引けてそのままにしていたものである。

 真祖であるシャルティアなら生絞りそのままが良いだろうと思って、倉庫の肥やしにするよりは、と渡したのだが──予想以上に気に入ってくれたようだ。もう聞こえない程のか細い声で感謝を述べると、まるで幼子を愛しむかのようにそっと懐に入れた。

流石にこの場で飲むことは無いだろうとは思って居たが、あそこまで喜ぶとは思ってもみなかった。今度怪我したときにでもまたとっておくと良いかもしれない。

 

「続いてルプスレギナ・ベータ、並びにエントマ・ヴァシリッサ・ゼータ」

「「はっ」」

 

 この二人に関しては渡す物はすでに決まっている。なのですぐに子袋を二つ取り出すと、同じくデミウルゴスに渡す。

 デミウルゴスから渡された二人は対照的だった。少し震えながらも務めて冷静に胸に抱くルプスレギナと──

 

「──?──っ!!」

 

 渡した小袋に何が入っているのかいち早く気付いたエントマは体中から『かさかさ』と音を鳴らしていた。

 流石にそれは不敬だと思ったのだろう。ルプスレギナは普段では想像もつかないような眼つきでエントマを睨んでいる。

 

「よい、ルプスレギナ。エントマ、気付いたようだな」

「はい、とても美味しそうな匂いがします」

 

 嬉しそうなエントマの声に私はゆっくりと頷いた。こっそりと顎──口へと袋を持って行こうとするエントマが微笑ましい。

 

「それはお前たちへの褒美だ。ここで食すことを許す。だから袋ごと食べようとせず、開けて食べるのだ」

 

 食欲に正直なエントマを流石に看過できないとルプスレギナが殴り掛かろうとしたのでさっさと許可を出す。いちいち許可を出さないとお腹を空かせる子が食べることすら出来ないというのは見て居て辛いものである。

 口を縛るリボンを解くのすらもどかしいと、破りそうな勢いで小袋が明けられる。

 

「クッキー──ですか」

 

 袋から一つを取り出ししげしげと見るルプスレギナの隣からさくさくと音がする。開けると中も見ないままにエントマは口に運んだのだ。

 それに倣いルプスレギナも口を付ける。丸ごと口に入れるのではなく、半分だけ。軽く口が閉められると同時にルプスレギナの口からもさくりと軽い音が鳴った。

 

「アインズ様──もしやあれは──」

「ふふ、アルベドやデミウルゴスも気付いたか」

 

 そう、それは俺の手作りクッキーである。

 調理スキルを持たない俺ではどんなにやっても調理は成功しない。例えそれが大根を乱切りするだけだとしてもだ。

 しかし本当にそうなのだろうか。もしかすると武技のように後から習得できるのではないかと思い、ペストーニャに手伝ってもらって時間の許す限り作り続けてみた。その結果──

 

「あれは、アインズ様の手作りのクッキーなのですね」

「あぁ、スキルを持たぬこの私でもしっかりと練習をすれば作れるようになる、ということだ」

「なるほど、そういうことでございましたか──」

 

 相変わらず何かを深読みして、何かを察したデミウルゴスことさすデミさん。俺としては成功したのが嬉しくて、これ褒美としてあげると良いんじゃないかと持っていただけなのだが。

 

「ほう、私の意図に気付いたかデミウルゴス」

「はい、勿論でございます」

「ふむ、では許可しよう。わからぬ者たちに教えてやるのだ」

 

 情けない俺を含めて。

 決してクッキーを加えたままきょとんとしているルプスレギナや、黙々と食べ続けるエントマ、頭から湯気が出そうなくらい悩ませているアルベドやシャルティアだけではない。

 

「皆、我々はこの世界を少しは見てきた。そして気付いたはずだ『弱い』と。そう、この世界の生き物の大半は我々にとって取るに足らない程度の強さしかない。ハムスケの強さで特定区域を仕切れる程度のね。だがそれは全てではない。我らと同等──いや、我ら以上の強さを持つものも居ないとは言い切れないだろう。では今はいいとして、その我らより強い相手と出会った時にどう対処すればいい。この世界の者は際限こそあるだろうが、時間をかけるほど強くなっていく。だよね、コキュートス」

「アァ、リザードマン達モ見違エルヨウニ強クナッテキテイル」

「うん、そうやって強者が増えてきた時、我らは同じ位置に甘んじていて良いのだろうか。アインズ様はそれに一石を投じられたのだ。今回なされたのは調理スキルという戦闘には関係ないものだが、アインズ様は全く持ってないスキルを習得なされた。そう、可能性を見せて下さったのだ。我々もまだまだ『強くなれる』とね」

 

 なるほど、そんな理由があったのか。単に忙しなく働く皆の口に放り込んでやるときに使おうと思って練習しただけだったのだが、そういわれればそうである。

 レベル100である俺はマジックキャスターであるのに、《完全なる戦士/パーフェクト・ウォーリア》使用中のみという制限はあるものの、幾つかの武技が使えるようになったのだから。

 これはユグドラシルでは考えられない成長である。

 それを気付かせてくれるなんて、流石デミウルゴスである。さすデミ!と言いたいのに──

 

「流石はアインズ様です!」

 

 そういうデミウルゴスの拍手を皮切りに、万雷の拍手と共に『流石アインズ様!』という声が上がり始める。

 俺はスタンディングオベーションを始める皆を諫めた。まだ会議は終わってないのだ、と。

 そういうお前たちの態度がナザリックの主としての難易度を上げるんだよ、と。心の奥底で嘆きながら。

 




あいあむべーりーべーりーって延々ループさせながら夜中に書き上げました。
良いですね、アニメ三期OP。思わずmoraでデジタル版を買ってしまいました。


さぁこれから様々な人の黒い思惑が見え隠れし始めます。予想は当たりましたか?外れましたか?
当たってニヤニヤしながら読むもよし、外れて驚きながら読むもよしです。
短絡的に『これ間違ってねえ?』って思うもよしです。根気よく読んでいると驚く展開になると思いますよ?たぶんですが!!


題名からお気付きの通り、戦争前の章になります。そこまで長くなる予定はないですが、非常に重要な章でもあります。
上手く設定を煮込んでいければ良いな、と思いながら書いております。
今まで出てきた皆の話を思い返しながら読んでいってくださいねっ!


あぁ、もう6時ですよ──


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6章 世界 それぞれの思惑と戦争の足音-2

「では、今後の方針を──デミウルゴス、話すのだ」

「私が──宜しいのですか?」

 

 主要の配下の集まった我がナザリック地下大墳墓の玉座の間。謁見と会議は、この世界に来て行ったものの中では一番の長さとなっている。すでに始めて2時間を超えていた。それほど大事なことだという事だ。

 そしてつい先ほど現状の把握は終わった。続くはこれからの展望である。俺としては精々『バハルス帝国が突撃してこないかな』とか、『そういえばドワーフってこの世界に居るよな、仲良くしたいな』とか、『エルフって居るよな、会ってみたいな』とかその程度のものである。後はドラゴンの動向が気になるくらいか。

 そのため詳しい展望を考えているだろうデミウルゴスに話をさせることにしたのだ。しかしデミウルゴスとしては(先々の予測を含めた展望のある)俺が予定を話すだろうと思って居たのか、少しだけ驚いた表情を俺に向けていた。

 やめてくれ、俺はそんな先のことなど考えていない。そう内心に思っていても口に出せるわけがない。皆の考える『至高の存在としての姿』を失い、失望させるわけにはいかないのだから。

 

「そうだ。私には、私の予測を含めた展望もある。しかしそれだけではいけないのだ。お前たちが至高の存在と呼ぶ私の友と相談して居た時と同じだ。私が必要としているのは、ただ言われたことに頷くだけの人形ではないのだからな。お前たちにも希望や、予定と展望を少なからず考えているだろう。それを聞かせてもらいたいのだよ」

「なるほど。分かりました。では──拙い予測と展望ですが、話させていただきます」

 

 何とか納得してくれたのだろう。俺から視線を外したデミウルゴスが皆に向けて話し始めた。その話とは、俺の予測を大きく外す物だった。

 

「ではまず、最も大きな展望を確認しておこう。皆も知っている通り、我々の──アインズ様の最終目的は世界征服だ」

(はぁっ!?)

 

 思わず下顎が『かくん』と外れそうになった。いつ世界征服なんて決まったのだろうか。

 しかし知らなかったのは俺だけだったのだろうか。皆当然とばかりに頷いている。ならば俺が否定するわけにはいかない。

 

「アインズ様は他のプレイヤーの存在を危惧して秘密裏に行動を続けられていたが、それでは埒が明かないとして御自分の存在を世界に知らしめる行動へと転換なされた。その最初の作戦が、此度行われる国家間の戦争である。これによってアインズ様の強さと偉大さを世界中に知らしめると同時に、漆黒の英雄モモンの認知度も大きく増やすことが可能だ。想定されている戦争は我らが服従しているという前提にあるリ・エスティーゼ王国と、バハルス帝国。これについてはアウラとマーレがうまくやってくれているだろう。そうだね、アウラ、マーレ」

 

 デミウルゴスに呼ばれた二人は、びくりと肩を震わせた。どうしたのだろうか。アウラの煽りに加えてマーレのサポートがあれば、頻繁に国境で王国と戦をやっている帝国ならば簡単に派兵してくると思って居たのだが──

 

「も、申し訳ありません!今回、アインズ様のご指示によりバハルス帝国に派兵させるよう行動を起こしていましたが──」

 

 もう土下座と言っていい程に平伏しながら、悲鳴交じりに言うアウラの言葉に『ざわり』と空気が震えた。そう、それはアウラたちが──

 

「つまり、君たちは失敗したと──今回バハルス帝国は派兵しないという事かね」

「はい──途中までは上手くいっていたと思ったのですが──突如派兵どころか、友好関係を結びたいとまで言い出したみたいで」

「『みたいで』ではないだろう。今回の作戦がどれだけ大事なのか二人とも理解していたはずだよ。これでは大きく方向転換を──」

「素晴らしい!!」

 

 失敗は罪である。敗者には罰を。そういう雰囲気が充満しかけていた。だからこそ俺は大きな声で称賛した。叱責が飛ぶだろうと思って居たのだろう。静かに怒り始めて、少しづつ言葉に怒気が含まれ始めていたデミウルゴスを含め、皆がしんと静まり返った。

 そもそも二人とも子供だ。幾ら煽りが上手くとも、皇帝を上手く操作できるわけがなかったわけだ。つまり、二人なら大丈夫だろうと思った俺の責任である。二人が悪いわけではない。──はずだった。

 ぱん、とデミウルゴスが柏手を一つ打った。そういうことでしたか、と。

 

「なるほど。つまりアインズ様。今回アウラとマーレに渡された作戦は、失敗を前提となされていたということなのですね!」

「い、いや──成功しても失敗しても良いと思って居たぞ」

「なるほどなるほど。そういうことでしたか──」

 

 どういうことですか、デミウルゴスさん。一人で理解して頷かないでください。

 

「デミウルゴスよ。お前一人理解していても仕方ないだろう。許可する。私の真の作戦を皆に伝えるのだ」

「はい、その栄誉を賜らせていただきましょう」

 

 皆に教えるのだ。俺を含めた皆に。一体どんな理由があったのだろうか。凄いな、デミウルゴスの考えるアインズ様。少しは見習いたいものである。

 

「今回二人に与えられた作戦の真の意味──それは、皇帝が知者であるか、暗愚であるかを見極める事にあったのですね」

「う、うむ。そうだ──それで?」

「はい、二人に簡単に乗せられる程度の暗愚な皇帝であれば、内々から御するのは容易です。しかし現在の帝国は暗愚な皇帝が統治しているようには見えない。それならば既にプレイヤーが裏で操作している可能性が高いということになります。逆に皇帝が知者であれば裏にプレイヤーが居る可能性は限りなく低く、居たとしても配下として居るだろうということになります。つまり今回必要だったのは、皇帝を操れる私のような知者ではない。裏に隠れている可能性のあったプレイヤーの存在の確認と、それらから発する不測の事態に対応できる者だったということ。つまりアウラとマーレ、二人は最も適任だったという事です」

 

 その通りだ、と鷹揚に頷く。なるほどなぁと感心しながら。そういえば暗愚な皇帝ならば、裏から操るプレイヤーが居てもおかしくない。だから暗愚であるか知者であるかの確認を行えば、裏にプレイヤーが居るかが分かる。そして知者であれば側近なり配下にプレイヤーが居る可能性が出てくる。その確認も行える。

 そしてアウラとマーレならば、例えプレイヤーが複数人居て不測の事態が起こったとしても対応できるだろう。二人の連携によって対応できる幅はナザリック随一なのだから。

 勿論俺はそんなことを考えていた筈もない。単純に手が空いていた二人に任せただけである。ゲームで言うなら待機状態あったキャラを使っただけだ。

 

「それで──アウラ、マーレ。プレイヤーの存在は確認できたかね」

「い、いえ──そういった存在は居ませんでした」

「皇帝に『じい』と呼ばれるフールーダというマジックキャスターがそこそこ能力がある程度でした。後は雑魚ばかりでしたね」

 

 別に失敗したわけではないと分かったからか、死にそうな程に青くしていた顔も戻った二人は、元の調子で話してくれているようだ。

 どちらかというなら責任は俺にある。なのに二人が泣きそうな顔をしているのは忍びなかったので、ほっと安堵出来た。

 

「しかしそういうことでしたら、ボク達にも話してくれたら色々とやりやすかったのですけれど──」

「そういう訳にはいかないよ。それではもう一つの作戦が上手くいかなくなるからね」

(え、もうひとつ?)

 

 良かった良かった、そんな理由があったのね。そう〆ようと思っていたのに。不意打ちである。もう一つ理由があったのか。本当に凄いな、デミウルゴス版アインズ様。

 

「も、もう一つあったんですか!?」

「当然だろう。アインズ様がその程度のお考えしか持っていらっしゃらないはずがないだろう」

 

 ですよね、とデミウルゴスがこちらに笑顔を向けてくる。やめて、そんなこと考えてないよ!という訳にもいかない。本当に泣けてくるほどに情けなくなってしまう。

 

「ほう、そちらにも気付いたのか。流石はデミウルゴスだな」

「いえいえ、アインズ様の深淵なるお考えのほんの一端に触れるので精一杯です」

 

 仰々しくお辞儀するデミウルゴスが怖い。どれほど凄まじい存在なのだろうか。デミウルゴス版アインズ様。まさに神である。至高の存在と呼ぶにふさわしい存在と言えるだろう。俺はそんなことないというのに。

 

「もう一つの理由、それは──ダークエルフである二人をアインズ様から離反させられるだろうと相手に思わせること。つまり──このナザリックはアインズ様を至上とする一枚岩ではなく、ある特定の理由を持つ者たちが集まっていると思わせることにあります」

「デミウルゴス、私たちの中から離反者が出るとでも言いたいの!?」

 

 アルベドが大きく怒気を含めてデミウルゴスに食って掛かる。それは俺も危惧している部分だ。情けない俺を知られたら一気に瓦解するのではないかといつも戦々恐々としている。今でも素晴らしきアインズ様像に出ぬ冷汗が止まらない。

 

「まさか。誰一人として離反する者が居ないことは確かでしょう。しかしそれを正しく理解しているのは、ここに居る者たちだけです。外から見る者、真にアインズ様を理解していない者から見れば、そこまで完璧であると理解するのは難しいでしょう。だからあえて幼い二人を使うことで、知者である皇帝はこう思ったでしょう──」

 

 

 

 

 

「やはり、あのダークエルフはアインズ・ウール・ゴウンの力を削ぐために行動していると見て良さそうだな、じい」

「はい。あれだけの能力を持つ双子です。恐らくはかのアンデッドと契約しているのでしょう。覇道の手伝いをする代わりに、ダークエルフの国をつくる手伝いを、と」

「ふむ、しかしアンデッドなど信用していいものか分からない。だが自分たちだけで建国するのは難しい。だから裏切られてもいいように我々に奴の力を削がせようと」

「でしょうな。でなければ自分の付いている者へ攻撃しろなどとは言わないでしょう」

 

 今日も屋根の上で寝ているのだろうか。見えぬ双子が居るだろう、奴らのお気に入りの場所へと視線を向ける。城で最も高い位置にある屋根へ。

 奴らは幼い。まあ年で言えば、最低でも私の倍は生きているだろう。しかし長く生きる者たちである。人間の年齢に照らし合わせれば十歳かそこらだ。

 ただの子供。しかし恐らくはダークエルフたちの王族の子だろう。だったらこちらでも餌は出せる。

 

「ダークエルフの国の建国か。面白そうだとは思わんか、じい」

「とても楽しそうでございますな、陛下」

 

 じいが嗤う。とても楽しそうに顔を歪ませて。一体どういうことを考えているのか、詳しくは分からない。しかしとても楽しい事になりそうだということくらいは分かる。

 今すぐにでもリ・エスティーゼ王国へと出立したいが、皇帝であるが故にやらねばならぬ事が多すぎる。それに加えて、こちらの兵を消耗させる事無く奴の力を削ぐ方法が見つかったのだ。

 あぁ、楽しくて仕方がない。しかし忙しすぎる。

 

「一斉に粛清すべきではなかったかな」

「ほほ。中途半端に膿を残せば、またそこから腐りますからな」

「耳に痛い話だ」

 

 善き国にするべく行っても、ままならぬ。いっそ奴を俺が取り込んだ方が良かっただろうか。少なくともあのいけ好かない王女よりは上手く操れるだろう。しかし──

 

「腹に魔王を置く趣味はない」

 

 あんな得体の知れぬ奴よりも、見目にしてもあの幼きダークエルフたちの方が懐に置いておくにはいいだろう。そう思いながら、私はワインを呷った。

 

 

 

 

 

「おかえり、イビルアイ。珍しいわね。あの白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>に呼ばれるなんて」

 

 まるで夢遊病患者のようにふらふらとした足取りでイビルアイが酒場に入ってきた。余程の事があったのだろうか。彼女がここまで憔悴するなど滅多にないというのに。

 私の声が聞こえてないのか、何の反応を示さないままにガガーランの向かいの席に座った。あまりに雰囲気がおかしいと思ったのだろう。ティアとティナが両隣に座ってイビルアイをじぃと見つめている。

 

「──どうしたの、イビルアイ」

「『あれ』から言われたんだ──」

 

 あれ──白金の竜王から何かを言われたのか。

 突っ伏した彼女の付ける仮面が『カン』とテーブルを鳴らす。

 

「モモンさんが嘘をついてるって──少なくとも千年前辺りに──ナザリックなんて名前の国はなかったって──」

 




連日投稿です。ハイテンションってやつです。いい歌ですね、VORACITY。
思わず踊りたくなります。
オーバーロードの世界観に合いすぎなんですよね。凄いのです。

可愛い可愛いアインズ様です。基本ヘタレです。うちのアインズ様。
外側最強。内側最弱。それがアインズ様です。基本行き当たりばったりで何も考えてない。
でもそれじゃいけないよね、頑張るよ!って一生懸命です。可愛い!

そしてとうとう嘘ついてたのがバレました。一体イビルアイは、蒼の薔薇たちはどういう行動を取るのでしょうか。そしてツアーが彼女に言った理由とは!?
戦争の相手は一体誰なんだ!!

私の話の中で一番ごちゃごちゃしている部分です。いろいろ頭が痛くなる部分でもあります。ここを過ぎればわりとさっくり進む予定です。
さっくり進んで、終わります。予定では10章で終わりです。
黒い6章、大戦の7章、軽い話の8章。嵐の前の9章。そして真実語られる大嵐の10章って感じです。それからエピローグです。案外短いですね。今年冬前までには終わらせたいかなーって思ってます。次に書く話もありますからね!

ただ、3つあるんですよね。
このモモです!のその後のお話。オリキャラ少な目。アインズ様と彼女の子供も出てきます。
モモです!の前のお話。99%オリキャラ。あの方達が色々はっちゃける話です。
そして、キーノちゃんとモモンガさんサブキャラで、デミウルゴスとアルベドが主役(?)張る──そう、あの丸山くがね様がちらっと書かれた『もしモモンガが一人で行ったら』の現代話です。

いずれどれを書くか(読みたいか)アンケートを取ります。
どれが人気出るかなぁ──


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6章 世界 それぞれの思惑と戦争の足音-3

 日の光がローブル聖王国の城を照らし始める頃、俺はゆったりと城の廊下を歩いていた。

 俺ほどこの綺麗な城に不釣り合いな者は居ないだろう。殺戮者然としたこの顔を見て気絶する者こそ少ないが、男女関係なく皆顔を青くして離れていく。時折すれ違うこの城のメイドたちも例外なくそうだった。

 ──だったはずだ。

 女王陛下に呼ばれてこうやって早朝来たのだが、見た目こそ変わらないもののかつての雰囲気と全く違う。

 一番異様だと思ったのが、すれ違うメイドたちが一様に笑顔を浮かべながら会釈してすれ違う事だ。この顔を恐れないのは愛する妻と娘位なもの。だというのに、ここにいる者達は誰も俺を怖がろうともしない。

 

「あれ、旦那じゃないですか。旦那も呼ばれてたんですか?」

「オルランドか」

 

 これは一体どういうことか。まさか亜人達と手を組んだことでこの国の美醜観が俺寄りになった。などということはありえないだろう。そう考えていると、曲がり角から見知った男が現れた。腕も足も太く野性味溢れる得体だというのに、まるで小動物を彷彿とさせる瞳を持つ男。そしてかつては俺の方が勝ったが、もう俺の上を行くであろう頼れる男。オルランド・カンパーノだ。

 

「俺は娘が世話になっているから分からないでもないが、お前も呼ばれていたのか」

「あぁそういえば娘さん──ネイアちゃん──でしたっけ?随分と出世したもんですね」

 

 用を足してきたのだろう彼は乱雑に手を拭きながら俺の隣を歩き始める。険のない明るい顔だ。いつもなら娘の話を始めた途端に嫌な顔をし始めるというのに。

 そういえばこう険のない明るい顔をし始めるようになったのは亜人と戦わなくなって暫くしてからだっただろうか。

陛下がヤルダバオトとかいう悪魔と契約したと聞いた時は業腹ものだったが、今ではおかしいくらい亜人達と仲良く出来ているのだから結果としては陛下の行動は間違っていなかったのだろうということくらいは理解できる。納得などできるはずもないが。

 

「そういえば、バザーとの勝負はどうだ。前回聞いた時は良いところまで行ったと言っていたと思うが」

「──へへっ」

 

 何か話題はないかとバザー──亜人達の王が一人、豪王バザーとの勝負について聞くと彼は嬉しそうに鼻を擦っている。見たことのない行動だが、雰囲気からして照れているのだろうということは察せられる。

 

「──勝ったのか?」

「ええ。試合形式で、ですがね」

 

 あの巨躯で縦横無尽に暴れまわる化け物に、試合形式とはいえ勝って見せるとは。もうどうあがいても俺では勝てそうにないだろう。だというのに、まるで口癖のように『いつか旦那に勝つ』と俺だけでなく周囲に言い触らし続けられている。お陰でどんどん俺の評価が化け物染みて来ていることにコイツは気付いているのだろうか。

 

「なるほど、その辺りがお前の評価になっているのかもしれないな」

「評価──ねぇ──」

 

 陛下がヤルダバオトと契約を結んでもう三か月は経とうとしている。その間瞬く間に国は平和になり、そして豊かになっている。力の強い亜人達が鉱山や畑仕事、建築を手伝ってくれることで、だ。

 人は一人では生きていけぬ。そう、かつての師匠から言われた言葉を思い出す。

 師匠はいずれ、こうなることを予見なされていたのだろうか。いずれ、人と亜人が手を取り合う時代が来ると。

 

「んんっ!パベル・バラハ兵士長。カルカ・ベサーレス女王陛下の招集により参った」

「同じく!オルランド・カンパーノ。女王様に呼ばれてきました!」

 

 ちらりとオルランドの方を見ると、ガチガチに固まっている。まだ陛下は見えぬ、その前にある巨大な扉の前だというのに。そのせいでこいつの敬語は悲惨なことになっているが、こいつはそういうことを求められている男ではないので問題はないと思いたい。

 扉の両側に付く近衛の聖騎士がゆっくりと扉を開いていく。その先にあるのは清廉で美しき──

 

「なんだ──これは──」

 

 昔来た時と変わっていないはずだ。前聖王陛下より賜れた時も、現女王陛下が戴冠なされた時も。同じはずだ。だというのに、まるで『同じ造りの全く違う場所』に迷い込んでしまったかのような感覚に襲われた。

 

「何やってるんですか、旦那。女王様が待ってるじゃないですか」

「あ、ああ」

 

 オルランドはこの異様さに気付いていないのだろうか。しかし入り口で立ち尽くすのは不敬というものだろう。意を決して歩を進めていく。周囲への注意を怠らないままに。

 一歩。二歩。歩を進めるごとに異様さが増していく。何も居ない筈の天井からいくつもの視線を感じる。いくつもの人ならざる吐息を感じる。先に居るのは我らが陛下であるはずなのに、まるで魔王の玉座へと向かっているような錯覚さえ感じてしまう。

 

「久しぶりですね、パベル」

「はっ。陛下におきましては、ますますお美しくなられたようで」

 

 陛下の前まで進み、首を垂れる。臣従の証を取った。

 美しくなられた。本当に。まるで、『人を止められた』かのように。人非ざる美しさを湛えられていた。これも悪魔と契約したからなのだろうか。

 

「貴方を呼んだのは他でもありません」

 

 陛下はそう言い視線を横に向ける。釣られる様に向けると、柱の陰から異様な雰囲気を纏った男──いや、悪魔が現れた。

 

「全く──手札は使えるだけ使う主義ですが、Eランクでも使わねばならないというのは一種の苦行ですね」

 

 そう悪魔が呟く。俺に向けて言った言葉ではないだろうが、その手札とやらが俺であるだろうことは分かる。悪魔にとって俺はその程度の存在であるということなのだろう。

 やはり悪魔などと契約したのは間違いだったのではないだろうか。そうは思うものの、陛下に具申できるような立場にあるわけではない。悪魔の言ではないが、ある手札を切っていくしかないのだ。

 

「キミには使える手札になってもらうよ。『この弓を受け取りなさい』」

 

 悪魔がそう言うと、陰から娘──ネイアが黒く禍々しい弓を携えてこちらに歩いてくる。

 見て居るだけで呪われそうだと思う程の物。しかしそれ以上に手に取りたいという欲求が湧き出てくる。これがあれば如何なるものでも『喰える』と思えるほどに。

 

「────」

 

 ゆっくりと弓へと手を伸ばす。まるで熱病に魘されて居るかのように何も考えることができない。身体が、魂がこの弓を欲している。そう、それが当──

 

「──おや?キミ程度では抵抗できない筈なのだが、これは嬉しい誤算だね」

 

 俺の手は止まっていた。弓を取る寸前で。見たのだ。見てしまったのだ。娘の顔を。愛する娘の顔を。

 まるで泥人形に下手糞に娘の顔を書いたナニカの顔を。

 

「旦那ぁ?俺には気付かないのに娘さんには気付くんですかぁ?妬けますねぇ?」

 

 まるで針の様に細く尖った氷を首筋に突き刺されたような感覚に陥ってしまう。後ろに居るのは誰だ。オルランドだったはずだ。だというのに、身体が硬直して後ろを確認することすら出来ない。

 気を抜けば俺の手はこの禍々しい弓を受け取ることになるだろう。それが何を意味するかは分からない。しかしそれが良い事であるとは決して思えない。

 

「あ──くま──娘──どこへ──やった──!」

「ほう、まだ抵抗するのか。良い素体になりそうだね。貴方の娘なら──ほら、今君に弓を渡そうとしているじゃないか」

 

 いま悪魔はなんといった。私の娘がこんなばけものになったとでもいうのか。あの優しかった娘が。荒事などできなかった娘が。私を真似て必死に弓を覚えようとしていた娘が。

 俺に似て皆に怖がられる顔に生まれてしまったというのに、健気に生きている愛する娘が。

 

「嗚──呼!──許──ぬ!例──口利──ぬ身体に──うと──!悪魔──に──ようと──!──様を!──貴様をぉ!!」

 

 

 

 

 

「モモンさん──モモンさん──」

 

 魘されるようにベッドの上で吸血鬼が呻いている。寝る必要などないだろうにベッドで寝るのはなぜなのだろうか。理解し難い行動だが、人間たちに囲まれて行動しているようだから、人間と同じように行動を擬態しているのかもしれない。ドッペルゲンガーでもないのに、だ。なぜそこまで人間たちに肩入れしているのだろうか。こいつでもこの国なら滅ぼせる程度の力はあるだろうに。なぜ顔を隠してまで人間たちと歩くのか。

 モモン様はそれなりにこの吸血鬼を利用されたいとおっしゃっていたから生かしてはおいたが、あの白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>に入れ知恵されたのだろう。モモン様の嘘を知ってしまった。つまり、生かしておく利点はない。生きている欠点は増える一方なのだ。

 全ての生殺与奪はモモン様──アインズ様が持たれている。だから勝手な行動はするべきではない。しかしアインズ様はおっしゃった。『ただ言われたことに頷くだけの人形は必要ない』と。自ら考え行動するものこそ必要なのだと。

 

「──殺すか」

 




黒いお話が多いローブル聖王国の一部分をちょっぴり紹介する回でございました。
うん、この国だけで一章かけるだけのやばいお話がてんこ盛りです。超絶に黒すぎて18禁Gにしないといけないレベルなので詳しくは書きませんが!
でも一部分は書いておかないと次の章で『ハァ?』ってなりますからねウフフ。
察しのいい方ならばこれで大概分かるかと思いますので、ここまでです。察せれなかった方は次の章で分かるはずです!たぶん、めいびー。


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6章 世界 それぞれの思惑と戦争の足音-4

『コツコツコツ』と鉄靴で床を叩く音が響く。

 夜の帳も成りを潜め始める、早朝というにはまだ早い時間。そんな生き物たちが起きるには早すぎる時間は、眠らぬ俺と──

 

「真に──申し訳ありませんでした──」

 

 今にも死にそうなほどに顔面──いや、全身を蒼白に染め切ったナーベラル・ガンマことナーベにはさほど関係ないものだった。

 

「それで、ナーベ。お前は何が申し訳ないと思って居るのだ」

 

 『コツコツコツ』

 随分と精神抑制が効いては居るものの未だに俺の苛付きは留まることなく、鉄靴の音に変換されて部屋に響き続ける。

 この音はナーベにとって死刑宣告が迫ってくる音にでも聞こえているのだろうか。否、彼女──いや、ナザリックに居る者たちにとって『死』というのはただの状態異常の一つにしか過ぎない。そんなものを恐れる者などナザリックには一人としていないだろう。

 では何に怯えるのか。

 

「──モモン様が大事になさっている羽──者を殺そうと──」

「別に大事になどしていない」

 

 本当に、彼女たちは思考が子供だ。怒られたとき、その瞬間の事が悪かったと思い込んでしまうのだ。しかし俺が怒っているのはそこではない。

 

「では、殺してしまってよろしかったのでしょうか」

「違うぞ、ナーベ。殺す、殺さない以前の問題なのだ」

 

 殺して良かったのか。ならなぜ怒られているのだ。そう疑問が起きたのだろう。俯き続けたナーベの顔が俺を見た。だが俺はそれを断じる。そこではない、と。

 再び彼女の頭が落ちる。ナーベなりに必死に考えているのだろうか。それとも俺の裁量を待つだけなのだろうか。

 

「分からぬか」

「申し訳ありません」

 

 『はぁ』と大きくため息を付く。能力がないわけではない。才がないわけでもない。単純に放棄しているのだ。そして『それ』を理解することすらも放棄している。

 それはゲームのNPCとしては正しい行為と言えるのかもしれない。しかし俺が求める姿はそこにはない。ここはゲームではないのだから。

 

「では問答といこう。ナーベよ。まず、殺すに至った経緯を話すのだ」

「はっ。本日早朝に蒼の薔薇のメンバーを監視していたエイトエッジ・アサシンより、羽虫<ガガンボ>──」

「対象の名称は正しく答えよ。情報の伝達に齟齬が発生するぞ」

「申し訳ありません。──い────いびる──あいが白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>と接触。その際にモモン様がお作りになられたバックストーリーが虚偽であるという情報を得ました。──このことについては既にアルベド様に報告済みです」

「──続けよ」

「はっ。──その情報をここ、リ・エスティーゼ王国に持ち帰ったいびるあいは蒼の薔薇のチームに稚拙ながらも情報の伝達を行いました」

「そちらの方は私も確認している」

「はい。他にその情報を漏らしている対象はおりません。しかし以後、他者にその情報を流布する可能性があるとし、殺害する。ということに至りました」

 

 なるほど、と頷く。確かに結構危ない状況になっていたようだ。まさか俺がナザリックに戻っている時にこんなことが起こるとは。やはり俺たちがエイトエッジ・アサシンを利用して情報を得るように、斥候系のプレイヤーなり配下なりを使って俺たちの情報を得ていると考えていいだろう。ではなぜ俺たちを泳がせているのか。答えは簡単だ。

 

「それが罠だとしてもか?」

「罠、ですか?」

「そうだ。まず、本当に我々が周囲に与えた情報が虚偽である事を確信しているならば、なぜ未だに我々は泳がされている。情報を確実に手に入れているのであれば、さっさと捕まえればいい話だ」

「──我らを捕縛できる戦力が相手にあるのでしょうか?」

「戦力など必要ない。我々は『英雄』だ。故に醜聞にとても弱い。正規の方法で『来い』と呼ばれたら、例えその道が断頭台への一本道だとしても拒否できる立場ではないのだからな」

 

 拒否してしまえば待っているのは『犯罪者』という称号だ。しかもヤルダバオトと対等に戦える存在。安く見積もっても『国落とし』の烙印は確定だろう。そうなってしまえば今まで少しづつ積み重ねてきた物は泡となって消えることとなってしまう。

 

「では、罠を張ったものにとって我らがいび──るあいを殺す事を求めていたという事なのでしょうか」

「先ほども言ったが、殺す殺さないは問題ではない。殺そうとすること自体が必要だったのだ。そもそも、だ。エントマと対等に戦えるレベルの相手が全力で逃げたとして、お前は殺せるのか」

「に、逃げる──ですか?」

 

 やはり。ナーベの頭には相手が逃げる前提で行動していたという考えがなかった。

 

「そうだ。あれは吸血鬼<ヴァンパイア>の中でも中級の吸血姫<ヴァンパイア・プリンセス>だ。夜こそ最も能力が発揮できる存在だぞ。昼間なら兎も角、なぜそんな時間に寝る必要がある」

「あ──」

 

 やっと気付いたようだ。イビルアイが本当は寝て居なくて、単に寝たふりをしていただけだと。ナーベが攻撃したり、俺がそのままナーベを止めていたら今頃どうなっていたことか。流石に《完全不可知化/パーフェクト・アンノウアブル》を掛けた状態では気付かれていないはずだ。もしあれを看破できるのであればエイトエッジ・アサシンが誰も倒されていない意味が考えられない。

 

「全て──擬態──」

「そうだ、ナーベ。私の情報が虚偽だと言った白金の竜王も、酒場で蒼の薔薇に情報を漏らしたのも、イビルアイが無防備に寝ている様に装って居たのも全て、我々を嵌めるための罠だったのだよ」

「さ、流石はモモン様です──そこまでお読みになられていたのは──」

「ナーベよ。私は言ったはずだぞ。決して人間を侮るな、とな」

 

 そうはいったものの、水際で止められたのは奇跡に近い。あと数分、アルベドからの情報が遅れていたら今頃牢屋の中か、それともリ・エスティーゼ王国が廃墟と化して俺は目出度く世界の敵<ワールド・エネミー>の仲間入りをしていたかのどちらかだっただろう。

 

「しかし、なぜ今なのでしょうか」

「違うぞ、ナーベ。なぜ今なのか。ではなく、今しかないからだ」

「今──しか──?」

「明日の任命式にて私──アインズ・ウール・ゴウンは伯爵の位──辺境伯となる。そしてその後発生する大戦を経て発言力は一気に増し、辺境候──いや、大公と言っても差し支えない発言力を得るだろう。そこまで行った者を追い落とすにはどうすればいい。下手に手を出せばリ・エスティーゼ王国そのものが敵になるぞ?」

「だから、辺境伯になる前。今──と」

「そうだ。恐らく今回の黒幕にはプレイヤーが居る。そいつが白金の竜王に情報を流したか、スキルを使って我々の情報が虚偽であるとイビルアイに刷り込ませた。そうすればイビルアイはまずメンバーである蒼の薔薇へ、そしてリーダーであるラキュースよりラナーへと。そしてラナーの父である王へと情報が流れる。そう想定していたのだろう。しかし残念ながらはっきりとした情報を掴んでいないが故にその情報を『わざと』我々にも流した。それによって我らが短絡的な行動を取るよう罠を張ったのだ。そうすればアインズ・ウール・ゴウンが伯爵位を得る前に止めることができる、最大にして最善の方法だと思ったのだろう」

「モ、モモン様が止めて下さらなければ──とんでもないことに──」

 

 ようやく事の重大さに気付いたのだろう。ナーベの身体が『カタカタ』と震え始めた。

 

「しかし。しかしだ、ナーベ。『この程度』の事。お前たちが至高の41人と呼ぶ我々が経験していないと思うか?この程度、些事である!」

「さ、些事──ですか」

「そうだ。この程度の事、打開できなくて何がアインズ・ウール・ゴウンか。私が怒っているのはな、ナーベ。お前が失敗したからではない。なぜ失敗したのか、そして次に失敗しないようにするにはどうすればいいのかを考えようとしなかったからだ」

「失敗するような私に、次はあるのでしょうか──」

 

 失敗=死。という図式が好きなプレイヤーは確かに多かった。そもそも失敗したらそのまま死に繋がる事が多かったのも要因の一つだろう。しかし、誰も死にたかったわけではない。

 

「ナーベよ。お前が死した後に誰に尻拭いさせる気だ?」

「え──それは、私よりも能力のあるものに──」

「現在ナザリックで暇をしている者は居ないぞ。お前よりも能力があるものとなれば尚更だ。皆が時間を、休みを惜しみ忙しく働いている。その誰かにお前の負担を全て押し付けるのか?」

「そ、それは──」

 

 死を求めてはならない。死んで最も被害を受けるのは己ではなく、周りなのである。

 これはたっち・みーさんの言葉だ。死んでも良い。だが死のうとするな。と。効率を求めなければ死ぬことはある。それは許容する。だが、例え誰かのためであろうと死のうとしてはいけない。と。

 皆には皆の役目がある。それはそれぞれが全うすべきことなのだから。

 

「ナーベよ、逃げるな。死は訪れるものであって求めるものではない。美しき死よりも無様な生を選ぶのだ。生きているということは、次があるという事。挽回できるチャンスがあるという事なのだからな」

「──はい」

「それにだ、ナーベ。今回の事は自分で考えた行動だったのだろう?その事については、私は嬉しく思って居るぞ。お前らしく少々短絡的な行動ではあったがな。『次は』もっと考えて動くのだ。よいな、ナーベ」

「ありがとう──ございます──」

 

 声を押し殺し、泣き始めるナーベを残して部屋を出る。失敗したナーベの尻拭いをしなければならないから。今頃盛大に舌打ちをして、盛大に悪態をついているだろうイビルアイのもとへと。

 

 

 

 

 

「ん──」

 

 誰かが優しく私の頭を撫でている。だれだっけ──

 ゆるりとまどろむ意識がふとした拍子に一気に覚醒する。嫌な感覚だ。だけど『これ』に助けられたのは一度や二度ではない。

 一気に感覚が鋭敏になる。そして気付く。『生者』が居ない。そして髪を透く細く硬い、慣れた感触。それが、モモンさんのものだと一瞬で気付いてしまった。

 

「起きているのだろう、イビルアイ」

「は、はひ──」

 

 まるで悪戯が成功した子供の様に楽しそうな声。こんな無邪気な声をする人が嘘をつくのだろうか。そもそも千年などという壮大な話を。第一私に嘘をついて何の利点があるのか。利点があるとすれば、私を落とそうとしてちょっと拭かしたとか──

 

「あ──あうあうあうあう──」

「フフフ──」

 

 私に嘘などついて欲しくはないけれど、私を落とすために手練手管は使ってほしい。それだけで彼の心を独り占めに出来ていると錯覚できるから。

 ちらりと彼の表情を伺いみる。顔に表情はないはずなのに、悔しい程に勝ち誇った顔をしているとはっきりとわかってしまう。そう、今私は彼に弄ばれているのだ。

 そうだ、私のような田舎娘を落とすために手練手管など使わずとも、彼なら簡単に落とせるだろう。ただ頭を撫でられているだけだというのに、全身に力が入らなくなって下の方が相当イケないことになってしまっている。そんな私に嘘をつく利点など何一つあるはずもない。

 

「ひぅ──」

 

 『ギシリ』とベッドが鳴る。鎧を付けぬ、一糸纏わぬ姿で彼が私に覆い被さってきたのだ。

 駄目だ。まだ何もされていないのに、全身が熔かされている。全てをめちゃくちゃにしてほしいと身体が訴えている。

 やっぱりおかしかったんだ。モモンさんは何一つ嘘をついていない。もし本当に嘘だというならば、嘘の情報をモモンさんが刷り込──

 

「ひやぅっ!?」

「フフフ、どこにも逃がさないぞ?」

 

 モモンさんに覆い被され、抱きしめられ、耳元で囁かれた私にそれ以上何かを考える余裕など欠片ほども残されていなかった。

 

「もっとお前の顔を見せてくれ──」

 

 いま、この瞬間だけは──

 




説明、もとい陰謀回続きます。
イビルアイ死んだー!?って思った人いましたか?
きっと鍛われている方々にとってすぐに分かった話ですね。

相変わらず乙女していますうちのイビルアイさん。ちょっとした悩み程度ならば押し倒されぎゅってってされてちょっと囁かれるだけでどうでもよくなります。現代でいうならホストにドハマりしてる感じでしょうか。相手骨なのにネ。

もう少しでこの章も終わります。お題募集は6章が終わるまでです。
まだまだ募集していますので、どしどしご応募ください。

当選された方は私のお気に入りの一人になります。
分かりやすく言うと『先行公開作品』を一般の方より先に読めます。
これから外伝とかも先行公開方式で行きますし、(求める人がいるならですが?)x指定な奴を突っ込みます。xな方は絶対に一般公開しません。私のお気に入りに入っている方のみの公開となります。
また、ほかの関係ない外伝等もお気に入りの方専用のものも出す予定ですので

狙った方が色々良いですよ?(コショ


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6章 世界 それぞれの思惑と戦争の足音-5

こちらは先行公開されたものと同じ内容となっております。
私のお気に入りに登録されており、先行公開の方で見ている方はご注意くださいませ。


「ふぅー──」

 

 ソファへと座り、大きくため息を付く。これほど大きなため息を付いたのはいつ以来だろうか、と脳裏に浮かべようとするもそう思い出せない。

 ゆっくりと背もたれに身体を預け、カーテンから漏れる朝日に目をやる。もう、朝なのか、と。

 結局昨晩は一睡もしていない。緊張して眠れなかった、というほど若いわけではない。興奮して眠れなかった、というほど若いわけでもない。

 ただただ、怖かったのだ。

 未知というものは人に恐怖を与える。故に、人は知ろうとする。しかし知ることはイコール恐怖がなくなるというわけではない。未知を既知とすることは新たな未知を産み、さらなる恐怖を生み出すだけである。しかし人は知ろうとする。未知が恐ろしいから。その先に想像も絶する恐怖が待っていたとしても。

 

「想像を絶する、か──」

 

 脳裏に浮かぶは、生を拒絶した不死なる者の姿。死を体現する者。圧倒的な知と、絶対なる武力を持つ者。名は、アインズ・ウール・ゴウンと言ったか。

 見た目こそ普通のアンデッドとそう変わらないらしいが、雰囲気は正しく神に等しきものということらしい。

 

「何故だ──」

 

 何故、受けた。何故、承諾した。圧倒的武力があるのであれば、我がリ・エスティーゼ王国など泉に浮く木の葉の如き運命しかなかっただろう。正直に言ってしまうならば、娘であるラナー──ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフが五体満足で帰ってくるなど思って居なかった。ラナーが奴の所へ行くと言った時は、これが今生最後の会話になると思って居たほどだ。普通に考えれば、あのバハルス帝国のワーカーを皆殺しに出来るような力を持つアンデッドの所に行って帰れるはずがない。運が良ければ首が返ってくるだろう。運が悪ければ、アンデッドの大群が我が国に攻めて来るのではないか、そう思って居た。

しかし結果はどうだ。こちらの要求を飲むどころか、ラナーは奴と友好を結んできたと言うではないか。

 

「鬼才だとは思っておったが──知でアンデッドを攻略出来るほどの能力を持つ、か」

 

 周囲に『化け物』と呼ばれる我が娘であった。時折、何を考えているのか──いや、どこを向いて誰と話しているのかと思う程に奇抜すぎる考えを幼いころから持っていた。それがこんなところで生きるとは。

 

「次代の王はバルブロをと思っておったが──時代はラナーを選んだのやもしれぬな」

 

 ふぅ。背もたれから身体を起こすと、無意識にため息が出た。もう何度目なのか数える気すら起きない。

 もう数刻も無く謁見がある。アインズ・ウール・ゴウンに伯爵位を授けるために。我が国の貴族として迎え入れるために。

 

「アンデッドを貴族として迎える、か。ふふ──健国王様が聞いたら何と言うだろうな──む?」

 

 不意のノックに顔を上げる。朝日は上ったが、まだ誰もが寝ているような時間だ。

 一瞬気のせいか、と思う。しかしもう一度ノックされ、ドアの前に誰かが居るのだろうと腰を上げようとすると、扉が開かれた。

 

「ラナー、どうしたのだ。こんな早くに」

「おはようございます、お父様」

 

 こちらの反応を待たずに開ける者など数えるほどしかいないのは分かってはいるが、ラナーの姿を見て少なからずほっとしている自分に少しだけ嫌気が差す。

 いつからだろうか。こんなにも他者を警戒するようになったのは。もう心を許せるものなど数えるほどしかいない。

 ラナーが淀みのない足取りで私の向かいに座る。

 娘の目を見る。ここまで大人びていただろうか。そう思った。いつまでも子ども扱いしていたのは親心と言っていいのか、ただ目を背けていただけなのか。

 

「やはり、眠っていないのですね、お父様」

「この状況で眠れる者など居らんだろう」

 

 笑顔を浮かべる娘に──そう、ため息交じりに愚痴が溢れる。そんな自分が腹立たしい。王が愚痴を零すなど。父が娘に愚痴を零すなど。良き王に、良き父になろうと思い生き続けてきた自分自身を粉々に砕かれた気分だ。

 

「まぁ、それはいけませんわ。クライム」

 

 コトリ。白い鎧を着た少年──確かラナーが拾ってきて自分の騎士に仕立てた少年だったか──が私の前にグラスを置く。

 『ごくり』と喉が鳴った。グラスになみなみと注がれた赤い液体。ワインだ。

 叫ばなかった自分を褒めたい。いや──怒りに任せ、グラスを投げ捨てるほどの激情すら持てない年になったという事か。

 

「ラナーよ。あれをどう思う」

「まぁ、お父様。アインズ様を『あれ』だなんて──この国を滅ぼしたいのですか?」

 

 ぞくりと身体が震えた。娘を恐ろしいと思う日が来るとは。しかし本当に娘が怖いわけではない。その後ろに居るアインズ・ウール・ゴウンというアンデッドが怖いのだ。

 身体が震える。未知の恐怖に。嘘や冗談を言わぬ娘が言った歴然たる事実に。

 あれ──いや、アインズ・ウール・ゴウンをただのアンデッドなどと侮れば──いや、見下す事があればこの国が滅ぶ。そう、ラナーは言ったのだ。

 

「まぁ、そんなに震えて。お父様、お可哀そう」

 

 目の前に置かれたワインにくぎ付けとなる視線を、なんとかラナーに向ける。欠片ほども私を『可哀そう』などとは思って居ない目だ。いつもの作られた笑顔の裏にある恐ろしい程に冷たい視線が私を貫き続ける。その視線が物語っている。

 

「あのね、お父様。わたし、アインズ様にこの国の王になるように──なんて言われましたの」

 

 ぐちゃり。

 そう形容する他ない。

 ラナーの顔が崩れたのだ。作り続けたラナーの顔が。仮面が。皆が化け物と呼ぶモノが。

 嗚呼。と、心で叫ぶ。そうか、と。合点が入った。娘は取引したのだ。自らの命のため、国を差し出したのだ。

 

これに対する回答は二つ

 

──地獄という名の恭順か

──絶望という名の死か

 

 ゆっくりとグラスに手を伸ばす。

 

「お父様のため、わざわざアインズ様から頂いてきたワインなのですよ」

 

 水面が揺れる。平静を装って居るつもりなのに、身体の震えが止まらない。

 

「ゆっくりと味わってください。そうすれば、気持ちの良い眠りに付けますわ、お父様」

 

 もう、ラナーに視線を向けられない。震える手をもう片方の手で掴み、ゆっくりとグラスを口元へと運ぶ。

 

「ラナーよ。我が娘よ──この国の民を──この国の未来を──頼む──」

「勿論ですわ、お父様。そのために、邪魔な者たちの排除は──もう、始まっていますの」

 

 嗚呼。恐ろしい。アインズ・ウール・ゴウンが。我が娘が。未知が。他者が。ありとあらゆるものが恐ろしい。

 ゆっくりと流し込む。味などわからないと思って居たが、ゆっくりと嚥下していく赤い液体はまさしく天上の味と形容したいほどの味だった。こんな時でなければ、ゆっくりと味と香りを楽しみたいと思う程に。

 

「あぁ──美味い──」

 

 まるで喉が渇いた子供が水を飲むように、一気に飲んでしまった。

 苦しみはない。辛さもない。ただただ身体に訪れるのは緩やかな──

 

 

 

 

「クライム、お父様をベッドへ」

「はっ!」

 

 ここまで安らかに眠る父を見たのはいつ以来だろうか。

 国が疲弊し、腐ってきた一番の原因は父であった。

 良い父だった。だが、良い王ではなかった。それを、アインズ様は見抜かれていた。内情は恐らくモモン様として見て居たのだろう。

 

「ご安心ください、お父様──この国は私が治めますわ」

 

 ベッドに横たわる父に向け、笑みを作り直す。これから会うのがアインズ様だけならばこんなことをしなくても良いのだけれど、任命式では数多の貴族も来る。

 急ぎクライムを連れ、父の部屋から謁見の前と足を向ける。

 さて、何人の首を切らねばならないだろうか。と、思いながら。

 

「ラナー様!おはようございます」

「おはよう、ガゼフ」

 

 まだかなり早いというのに、ガゼフ様はすでに玉座の間に待機なされていた。近衛兵や騎士たちも彼に倣って待機している。あとは貴族とアインズ様がいらっしゃれば任命式は始められそうだ。

 

「陛下は──」

「先ほどお眠りになりました」

 

 躊躇なく玉座への階段を上る。誰も私を止めない。唯一声をかけてきたのはガゼフ様だけ。

 玉座の前に立ち、ゆっくりと振り返る。視線を巡らせれば、近くに住む貴族やアインズ様に対して思う事があるだろう貴族がちらほらと玉座の間へと入って来ていた。

 私が玉座の前に立つことに余程驚いているのか、目を見開き見つめる者が数人居る。

 

「本日は父に代わり、私が取り仕切ります。異論のある者はあるか!」

 

 私は意外と人望があるのだろうか。まさか誰一人として異論を挟まないとは思いも拠らなかった。

 ゆっくりと玉座に座る。

 この調子ならば問題なくアインズ様を迎え──

 

「お前がそこに座るとは何事だ!」

「あら、バルブロお兄様。それに──ザナックお兄様も。おはようございます」

 

 ──招かざる客が来た。

 

「答えろ、ラナー!貴様──」

「時間がないのですよ、お兄様方」

 

 近寄ってくる兄二人を邪魔するように、クライムとガゼフ様が立ち塞がってくれる。

 クライムは躊躇なく剣を抜いてくれている。しかしガゼフ様は抜剣しない。それでも守ってくれるというのは、父から何かを聞いているのだろうか。

 

「ううぬ、どけ!平民!ラナー!答えろ!父上はどうした!!」

「ら、ラナー!冗談はやめるんだ!」

 

 武に長けるバルブロお兄様でもガゼフ様を超えることはできない。ザナックお兄様はクライムに剣を向けられ、顔を青くしている。

 

「これが答えですわ、お兄様方」

 

 『ぱん』と柏手を打つ。ゆっくりと、まるで地面から染み出すように私の隣に現れる。それは騎士。それは死の尖兵。それは、絶対なる者<オーバーロード>の配下。それは──

 

「なんだ──こいつは──」

「ひぃ──ひぃぃ!?」

「デス──ナイト──」

「そういえば、ガゼフは一度見たことがあったそうですね」

 

 驚く者。恐怖する者。察する者。知る者。四者四様のあり様だ。

 さぁ、始まりを告げよう。

 死を支配する者を迎え入れるために。

 

「ま、まて──お前は何をしているのか、分かっているのか!!」

「えぇ、もちろん。この国のために、ですわ」

 

 私の言葉に反応するかのように死の騎士<デス・ナイト>は剣をゆっくりと振り上げる。

 

「ちぃっ!!」

「死にたくない──しにたくないぃ!!」

 

 流石はバルブロお兄様というところか。即座に反応し、剣を抜いた。ザナックお兄様は腰が抜けたのか、立てずにいる。しかし同じだ。何も変わらない。

 

 圧倒的強者の前では、抵抗など無意味なのだから。

 

「──刎ねよ」

 

 

 

 

 

「──む?」

 

 玉座の間に入ってから──いや、玉座の間に近づくにつれ、か──異様な雰囲気に包まれていた。皆が一様に青い顔をし、まるで死人の様に呆然としている。

 悠然としているのは玉座に座るラナーと、隣に立つクライム君位だ。反対側に立つガゼフも、と言いたいところだが動揺を隠しきれていない。

 一体何があったのだろうか、と思いながら玉座の間に足を踏み入れて気付く。濃密な死の匂いがあったのだ。それも一つ二つではない。軽く十は超えているだろう。

 ちらりと視線を巡らせれば、掃除はされているものの血痕があちらこちらに残っている。

 

「────」

 

 『がちがち』と、まるで凍えるように歯を鳴らす者も居る。今にも泣きそうな者も居る。隅の方で顔を背けられるとは。そんなに俺が怖いのだろうか。

 王に会うためにとアルベドたちに任せてコーディネートされた、純白に金の刺繍をあしらったローブなど普段は全く身に着けない服を身に纏っているせいなのだろうか。

 ゆっくりと歩みを進める。ラナーにあげた死の騎士は上手くラナーの言う事を聞いてくれているようで、ラナーに向けて傅いている。俺に向けて傅かれたらどうしようかと少し不安だったが上手くいっているようだ。

 ラナーが『クパッ』と口を三日月状に開けながら笑顔を向けて来る。このラナーの笑顔はアルベドの笑顔に通じるものがあるように感じる。そういえばこの前ナザリックに来た時も、妙にアルベドと仲良くなっていた気がする。二人にしか分からない何か通じるものがあるのかもしれない。

 

「ようこそいらっしゃいました、アインズ様」

 




黒々しいラナー回でございました。
あまり深い事は書きませんが、色々考えてもらえると面白いかもしれません?

お題募集の方はあと1話(予定では週末かな?)投稿するまで募集しています。
まだあと1名様決まっておりません。
私のお気に入りに入ってみたいと思って居らっしゃる方。
要望通して思い描くオーバーロードの外伝が読みたい方。

狙ってみると良いですよ!


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6章 世界 それぞれの思惑と戦争の足音-終

この話で6章は終わりとなります。
同時にお題募集は終了となりますので、ご了承くださいませ


「無様ですね、バルブロお兄様」

 

 あれからどれほどの時間がたったのだろうか。妹の声に視線を上げると、既に周囲には殆ど人が居ない。

 妹は私の事を無様という。いつもの私ならば一瞬で憤慨しただろう。しかし今となってはそんな気も起きない。起きるはずもない。

 あれは一体何なのか。アンデッドなどというものではない。姿こそアンデッドではあったが、存在が根本的に違う。

 

「ラナー──あれ──あの方がアインズ・ウール・ゴウン──殿、なのか」

「えぇ、そうですわ、バルブロお兄様」

 

 一瞬にして数多の貴族たちの頚を刎ねたあのスケルトン──死の騎士<デス・ナイト>だったか?──ですら理解を超えていたというのに。

 あれ──などとは言えない。見た瞬間に腰が抜けた。底が見えない。まるでアゼルリシア山脈にある巨大な崖を見て居るかのような気分だった。

 ガゼフは分かる。あれが強い事を。どれだけ強いのか。どうやれば戦いになるのか。

 死の騎士は見た瞬間に死を直感した。あれは人が勝てる強さにはない。ガゼフとて無理だろう。奴の持つ装備を全て身に着ければ、何とかいい勝負ができるかもしれない程度だ。

 だが、奴は違う。根本的に違う。戦うとか、逆らうとか。そんな気持ちすら起きない。奴が神の化身であったとしても、俺は納得してしまうだろう。そう思わせるほどのものだった。

 

「流石はバルブロお兄様。アインズ様の強さに、お気付きになられたのですね」

 

 気付く。気付く、か。そう愚痴る。信徒は神の偉大さの前に平伏し、祈るとは言う。では神を直視したものはどうなるのか。ただただ巨大な存在に恐怖するしかないのではないか。

 

「ゴウン殿は──神、なのか──?」

「アインズ様によれば、死の支配者<オーバーロード>なのだそうです」

 

 ゆっくりと立ち上がる。何とか抜けた腰にも力が入るようになっているか。そういえば、周囲を見回すもザナックが居ない。

 

「ザナックお兄様は気絶なされていましたので、部屋の方へと連れて行かせましたわ」

「そうか──なぁ、ラナー。お前は、ゴウン殿が怖くないのか」

 

 戦う力のない弟では仕方ない、か。にしても、何故ラナーはここまで気丈に居られるのか。そう思って質問を投げ掛けたが、思いも拠らなかったのだろうか。大きく目を見開き、すぐに『くすくす』と笑い始めた。そんなことを聞かれるなんて思わなかった、と。

 

「バルブロお兄様。お兄様は、向けられていない剣が怖いのですか?」

 

 

 

 

 

 

「む──うぅ──」

 

 ゆっくりと意識が戻ってくる。ふわりとした浮遊感が無くなり、感覚が鋭化していく。

 そっと目を開くと、見知った顔──王国戦士長であるガゼフの顔があった。

 視線を巡らせる。死んだのではないのか、と思いながら。しかし視界に映るのは我が寝室。眠った時と違うのは、日が既に傾き夜の帳が広がり始めていることくらいだ。

 

「私は、死ねなかったのか──」

 

 死に損なってしまった。それはいけない。もうラナーは王として──

 

「随分ゆっくりと眠られたようですな、陛下。陛下、姫様より伝言です。『死にたかったら、ご自分で毒を用意してください』だそうですよ」

「む──それは──」

 

 どういうことだ。ラナーは私を殺そうとしたのではないのか。古き考えでは奴を受け入れることはできない。だから私を廃して王となったのではなかったのか。

 ゆっくりと起き上がる。身体に違和感はない。むしろ、ゆっくり眠れたことで頭がすっきりしているくらいだ。

 

「姫様はここ数日、陛下が一切お眠りにならないことに御心を砕いておりました。だからこそ、良き眠りをと──ゴウン殿のところで頂いたワインを飲ませたようですな」

「あのワインか──美味かったな──」

 

 あの魅惑の味に思わず唾が出て来る。それほどに素晴らしい味だったのだから。

 

「それでラナーは──娘は、なんと?」

「はい。姫様は王となることを望んでおられるようです。しかし、それは陛下をただ廃するのではなく──」

「正当後継者として、か──」

 

 子のために、良き国を残して降りたいと思って居た。しかし奴の事を除いたとしても、問題事はまだまだ山積している。

 

「しかし、バルブロたちが首を縦に振らぬのではないか。あれほど玉座に執心しておったのだからな」

「それですが、お二方とも──辞退なされました。姫様以外、次の王は務まらぬと。その代わり、影日向に姫様をサポートするとおっしゃっておりましたよ」

 

 『なんと』と、思わず呻いてしまった。あれほどに──身を引き裂かれる思いで見て居た後継者争いが、こうもあっさり解決されてしまうとは。

 

「やはり、時代はラナーを選んだのか──」

 

 天を仰ぎ、呟く。ラナーが王となれば、大きな変革の時代が始まるだろう。あのアインズ・ウール・ゴウンと共に。

 

「陛下、もうよろしいのですか?」

「うむ、もう寝てはおられんからな」

 

 ラナーはまだ若い。少しでも面倒事を治めてから勇退せねば、あの子に苦心させてしまう。

 せめて、あの子には奴の事だけに目を向けられるように。

 

「ガゼフ、これから忙しくなるぞ。新たなる王を迎えるため、大掃除をせねばならんからな」

「はっ!──陛下の御心のままに」

 

 

 

 

 

「フー──」

 

 読んでいた文書を机に放り、突っ伏しながら大きくため息を付く。ここまで頭を使ったのはいつ以来だろうか。

 誰も入らぬようにと言明したこの書斎には今私しかいない。だからこそ、こうやって無様に頭をかかえてられるのだが。

 文書──ラナー姫から送られた文書にはとんでもないことが書いてあったのだ。

 

──アインズ・ウール・ゴウンの下に、我が家の先祖が居る。

 

 何なのだそれは。そう言いたい。読んだところによれば、千年以上も昔の祖先だとのことらしい。この国が出来てまだ数百年だというのに、そんな昔の家系図など残っている筈もない。しかしその先祖──たしかアルベド、いやアルベディアだったか?──は確かにうちの家名を──レエブンを名乗っていたらしい。

 

「よりにもよって、始原の魔法が扱えたかの確認だと?そんな記録に残っていないようなこと、出来るはずもないだろう──」

 

 今の家族に始原の魔法が扱えるものなど一人も居ない。精々他家より少しばかり運が良いと思う程度だ。少しばかり頭が回り、他人より少しだけ上手く事が運べるというだけだ。

 しかもそれらは何ら始原の魔法とは関係がない。あるはずがない。身も蓋もない言い方をするならば、大したことのない只の人である。勇者の家系でもなく、大魔法を扱う家系でもない。特殊なタレントがあるわけでもない。

 

「あぁぁぁぁぁ──」

 

 しかし、その祖先とやらは相当アインズ・ウール・ゴウンに重用されており、あの漆黒のモモンと親しい間柄とのこと。

 

「ただの女ではない。だから何だというのだ──」

 

 『ギィ』と椅子が鳴る。ゆっくりと背もたれに体重をかける。出るのはため息だけ。一体どうすればいいというのだ。

 ふと聞こえる足音に視線を上げる。聞き覚えのある足音。決して忘れられぬ足音が書斎の扉の前で止まった。

 

「ぱぱー、ご本読んでほしいのー」

「おー、リーたんではないでちゅかー」

 

 大きな扉が少しだけ開かれ、その隙間から我が子──我が天使が現れる。ただそれだけ。ただそれだけだ。だというのに、一瞬にして不安や苛立ちが霧散してしまう。我が子というのはここまで素晴らしいものなのだろうか。

 まだ五つだというのに、淀みない綺麗な足取りで私の下へ走り寄ってくる我が子を抱き上げ、膝に乗せる。

 

「んー、どんなご本かなー。随分古い本でちゅねー──どこにあったんだこんな本」

 

 物語なのだろうか。かなり古い文字で書かれていてところどころ掠れている。『ぺらり』とページをめくっていくも、文字が複雑すぎて読み辛い。唯一読めた文字が──

 

「超位──魔法──星に願いを<ウィッシュ・アポン・ア・スター>──?」

 

 超位魔法とはなんなのだろうか。聞いたことがない。位階魔法は数位ではないのか。超とはなんだ。そもそもなんでこんなものが我が家にあるのだ。魔法自体も聞いたことがない。

 

「ぱぱ、どうしたの?」

「んんー、なんでもないでちゅよー、リーたん。ちゅっちゅ」

 

 何より今大事なのは我が子のこと。どうせ今すぐ分かる話ではない。

 柔らかい頬にキスすると、我が子は擽ったそうに笑みを浮かべる。なんと癒される笑顔だろうか。

 

「リーたん、今日の晩御飯は何かなー。パパンにおしえてくれまちゅかー?」

「えへへー。えっとねー──」

 

 

 

 

 

 

「準備は出来たかね」

「はい、もちろんですわ」

 

 夜の帳も落ちたころ。月明かりに照らされる部屋に居るのは二人の男女。

 

「それは重畳、では始めるとしようか」

 

 男はゆっくりと月に向かい両腕を広げる。かつて交わした主との約束のために。

 

「──戦争を、ね──クハッ───クハハハハハハ!!!」

 

 嬉しそうに、楽しそうに嗤う己が主に傅く女も笑みを浮かべた。この先の未来を思って。喘ぐ民を思って。

 

「はい、我が主──ヤルダバオト様──」

 




王家惨殺って思って居た読者様いらっしゃいますか?ウフフ。

聡い読者様であれば気付いているとは思いますが、うちではネームドは誰も死んでおりません。
基本、言明して居ない場合は疑ってかかりましょう。

私の話はそういうものですよ?


そうそう、お題募集はこのお話をもって終了となります。
お題を応募していただきました皆様、このお話をもってお礼とさせていただきます。
投稿していただきまして、ありがとですよ!

この後の活動報告ページにて、最後の当選者を発表いたしますのでお楽しみに!


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7章 七罪 ─Jaldabaoth─
7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 1


「なんだぁ──ありゃあ──」

 

 いつもと同じ天気。いつもと同じ早朝。いつものようにいつもの如く、リ・エスティーゼ王国の冒険者たちは冒険者ギルドへと足を運んでいた。

だが、気付く。いつもとは違う雰囲気が城下街を覆っていたことに。

早朝。そう。それは誰もが忙しそうにすれ違うはずの時間。だというのに皆が一堂に足を止めて、門の方へと視線を送っている。

 

「あの馬車についてる紋章──バハルス帝国の皇帝の奴じゃねえのか?」

「あっちのは多分、竜王国だぜ──」

 

 幾つもの色とりどりの豪奢な馬車が門を潜っていく。しかもその一つ一つについている紋章も同じものがない。見る人が見れば、各国を代表する馬車であることが分かったであろう。しかしそれを知る者は、今この場には多くはなかった。

 だが各国の紋章を付けた、見たこともないほど巨大な馬車が悠々と中央通りを通っていくという異様な姿は只事ではないと王国国民に知らしめるには十分すぎるのであった。

 

 

 

 

 

「陛下、早朝失礼します。バハルス帝国より皇帝ジルニクス・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様、及び帝国主席宮廷魔導士フールーダ・パラダイン様。並びに帝国四騎士の方々が。スレイン法国より闇の神官長マクシミリアン・オライオ・ラギエ様、及び漆黒聖典番外席次絶死絶命様。続きまして竜王国より──」

 

 一体何があったというのか。我が国に巣食う阿呆どもを駆逐し、我が娘ラナーに王位を継がせなければならぬと身を粉にして動いているというのに。この重鎮共は一体何をしに来たというのか。

 そう半ば現実逃避しながら頭を抱えるも、理由は分かっている。とても簡単な理由だ。あのアンデッドを貴族にした我が国を笑いに来たのだろう。そしてアンデッドを貴族とする我が国を包囲するのが目的か。やはりあれを貴族としたのは間違いではなかったのか。しかし我が国に残された道は決して多くはなかった。私の最も信頼する男ガゼフですら一目置く存在なのだ。慧眼に長けるラナーも、奴の存在に圧倒されて服従する道を選んでいる。

 

「私は──」

 

 間違って居たのだろうか。間違っていたとしたらどこから間違って居たのか。その手がかりすら掴めていない。

 まるで歌の様に重鎮の名を列挙していく兵を見ながらそっと呟く。まだ終わらぬ。まだ続く。一体どれだけの重鎮がこの国を訪れているのか。それだけ奴が各国から注目されている証左なのだろう。

 

「大丈夫ですわ、お父様。それに、面白い方へと転がりそうなのですよ」

 

 隣に立つ我が娘がそっと私の手に手を重ねて来る。柔らかくひやりとした感触と共に笑顔を向けて来る我が娘には、私にはわからぬ未来が見えているのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

「まるで計ったかのように皆同時に来るとはね。ツァー、あんた何かしたのかい」

「それはまさかだよ」

 

 柔らかいソファーに背中を預けながら、友から外へと視線を移す。本来であれば玉座へと直行出来るであろう城の城門前から一向に進む気配がない。それほどにリ・エスティーゼ王国は異常な事態に見舞われていた。何しろ世界中の首脳陣がこの国に訪れているのだ。

 もし良からぬことを考えているものが居たら、その一瞬で世界中を大混乱に陥れることも出来るだろうほどの者たちが。しかし同時に、世界中から最強の存在が一堂に集まったともいえる。例え国を落すほどの力を持つ上位のモンスターたちが一気にこの国を責めたとしても、鼻歌交じりに撃退できる程の力が、だ。

 しかし、何故今日なのか。それが全く理解できなかった。国の距離も、国勢も、何もかも違うというのに。何故皆今日集まったのか。いや、集まってしまったのか。何者かの意図が絡んでいる気がしてならないのだ。

 

「じゃあ、誰が望んだんだい。こんな状況をさ」

「無論、奴さ」

 

 奴とは誰なのか。アインズ・ウール・ゴウンなのか、違うのか。空虚な鎧を睨みつけるも、表情が分かるわけでもない。きっと聞いたところで『今にわかる』などと言ってはぐらかすに違いない。こいつはそういう男なのだ。

 小さくため息を付きながらこの阿呆を見る。見た所で居るわけではないというのに、脳裏に昔の事が浮かんできた。あの楽しかった日々が。

 

「相変わらずこの姿が好きなんだね、君は」

「嫌いなわけがないだろう。ずっと一緒に戦ってきたんだからね」

 

 ふと気づく、無意識のうちに頬が緩んでいた。まだまだ昔を懐かしむような年ではないというのに。だというのに、この阿呆が、ツアーがこの鎧をまた動かしているというということを喜んでいる自分が居ることを認めなくてはいけないのか。

 

「フン──ん?」

 

 どことなく気恥しくなって外に視線を向けた。馬車は進まず窓から見える景色はいつまでも変わらない。そう思って居たが、どうやら違うようだ。

 急に外が騒がしくなっている。神人の小娘が我慢できなくなって暴れだしたのか。などと冗談を考えていたがどうやらそうではないらしい。

 

「そこの。なにがあったんだい」

「こ、これは──英雄リグリット・ベルスー・カウラウ様!」

 

 何事かと馬車の小窓を開けて城へと走っていく兵士の一人を呼び止める。振り向いた時にすぐにわしが誰だか分かったのだろう、仰々しく敬礼をしてくる。

 何とも、わしの事を知っている男だったのか。しかし未だに英雄などと呼ばれているのか。一体『あれ』からどれだけの時がながれているというのか。逆を返すならば、それだけの間に英雄と呼ばれる者が出てこなかったということ。そして、それだけ平和であったということになるのだが。

 

「せっ──国が──」

「もう少し落ち着いて喋んな。ほら、腹に力を入れて!」

 

 兜の隙間から見える顔は明らかに青くなっている。埒が明かないとドアを開けて降り、軽く背中を叩いてやった。予想以上の大きな音が鳴ったせいなのか男はたたらを踏んでしまうが、倒れることは無かった。それなりに身体を鍛えているのだろう。

 

「も、申し訳ありません──聖王国が──ローブル聖王国が──」

 

 

 

 

 

「なに?ローブル聖王国が、我がリ・エスティーゼ王国に宣戦布告だと!?」

 

 あまりに驚きに私は玉座から立ち上がった。あまりの大声であったためか色々と準備で騒がしかった謁見の間が、まるで水を打ったようにしんと静まり返ってしまう。

 青天の霹靂。寝耳に水。などという言葉がある。では嵐吹き荒ぶ中に巨大な嵐が来た場合は何というのか。

 がくりと肩を落とし、大きくため息を付く。国王としてあるまじき姿ではあるが、流石にここまで来ると国王であったとしてもため息の一つでも付きたくなってしまうのは仕方のないことだと言っても誰も責めないのではないだろうか。

 

「は、はい!ローブル聖王国より『アンデッドを貴族に添える国を断じて許すわけにはいかない。我が国はアンデッドであるアインズ・ウール・ゴウン並びに、それを擁するリ・エスティーゼ王国に対して宣戦布告をするものとする。ただし、これは侵略戦争ではない。悪を断ずる聖戦である』という文が送られてきました。同日、ローブル聖王国兵は出立を開始。斥候兵の情報によりますと──現在、アベリオン丘陵を縦断しているとのことです」

「あ、亜人たちは何をしている!奴らは聖王国と敵対しているのではなかったのか!!」

「それが──信じられないことに──」

 

 ──兵の先陣が、その亜人なのです。

 

「なん──だと──」

 

 まるで全身の血の気が引いた気分だ。くらりと視界が揺れて力が抜け、そのまま玉座に座った。

 聖王国は一体どんなトリックを使ったというのか。亜人との抗争は一朝一夕ではどうにもならなかったはずだ。一体誰が、何をしたというのか。

 

「も、申し上げます!現在リ・エスティーゼ王国へと進行中のローブル聖王国の兵の規模は、先陣に亜人20万、後方に聖王国兵15万、さらに後方に聖騎士団と神官団数千に守られた──」

「聖──王女だと──正気なのかっ!?」

 

 新たな兵が謁見の間に入ってくる。新たな情報が。絶望的な情報が。

 ローブル聖王国は我が国と戦う事を聖戦だと言っていた。しかしそれは単なるブラフだと思って居た。しかし、聖王国で最も力を持つとされる聖女カルカ・ベサーレスまで来るとなると話は違う。ローブル聖王国は本気で聖戦だと思って居るという事なのか。

 これは只事ではない。ただの侵略戦争ではないと──聖戦なのだとするならば、そのどちらかが滅ぶまで戦は終わらないことを意味するのだから。

 

「どうしろというのだ──聖戦と謳う相手と戦うなど──」

「王よ、手を出す必要はない」

 

 突如聞こえてきた声に弾かれる様に視線を床から上げる。まるで吸い込まれそうなほどに禍々しい何かが正面に現れていた。一体周囲は何をしていたのか、と思ったが対応できるような事態ではなかったのだ。皆が一堂に驚きと恐怖で硬直していたのだから。

 いや、唯一動けるものが居た。

 

「これは──よくいらっしゃいました、アインズ様」

 

 その禍々しい空間へ向けて最上級のお辞儀で応対する我が娘ラナーだ。

 その声に反応するように、ずるりと、まるでその空間から染み出してくるかのように現れる。一目見ただけで、魂を抜かれてしまいそうなほどの圧倒的な存在が。

 

「あ、アインズ・ウール・ゴウン──伯爵」

 

 一瞬。その一瞬で競り勝った。負けて居れば私は頭を垂れていただろう。『アインズ・ウール・ゴウン様』と言っていただろう。しかし私の中にある国王としての矜持が一瞬だけ持ち応えてくれたのだ。伯爵という敬称があったからというのもあるのかもしれない。

 

「ローブル聖王国は私に用があって来るのだろう。であれば、私が応対するのが筋というものだ」

「し、しかし──アインズ・ウール・ゴウン伯爵、貴殿だけでは──」

 

 聖戦を掲げ、亜人まで集めて侵攻してきているというのに。まるで来客の応対でもするかのように振舞って居る。かの存在にとって何十万という軍勢は来客程度でしかないということなのだろうか。

 

「何も問題はない。折角だ。各国の重鎮達も来ているのだから、余興でも見ていくといいだろうな」

「余興──?」

 

 私の疑問などどこ吹く風か。それが何を意味しているのかを確認する暇もない。奴は指先をこめかみ辺りに当てて、独り言を始めた。いや、あれは恐らく《伝言/メッセージ》なのだろう。

 

「──私だ。セバスよ、今リ・エスティーゼ王国に集まっている重鎮たちに伝えよ」

 

 表情のないアンデッド。だというのに、なぜか私には奴が嗤って居るようにみえた。

 我が娘は奴の事を死の支配者<オーバーロード>であると言って居た。死を支配する者。奴は一体何者なのか。我が息子バルブロが言う様に神という存在なのか。それとも我が息子ザナックが言う様に悪魔という存在なのか。

 どちらにせよ、我が王国の命運は奴の手に委ねられたのは間違いないのだ。

 

「──この私、アインズ・ウール・ゴウンが皆にとても面白い余興をお見せしよう、とな」

 




色々と黒い話も多い初回です。
戦闘が始まれば結構ヒャッハー!してくれることでしょう。
多人数戦闘──上手く書けるかなぁ
構想もプロットもあっても文章化するのは一筋縄ではいかないものです

第二話投稿後より、今章終わりまでの間に再びお題目を募集いたします。
私のお気に入りに加入する一番簡単な方法ですので、限定作品を読みたい方は狙ってみてくださいねっ


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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 2

「ありゃあ──なんの冗談なんですかね」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの執事を名乗る人物──セバスだったか?──に案内されて早二日。こちらは多頭馬車だというのに前方を歩く執事に追いつく気配はない。

 周囲の他国の馬車も同じようで、中の顔は見えないが恐らく皆驚愕した表情を張り付けている事だろう。

 我らが向かう先は、恐らく戦場。各国の重鎮を戦場に向かわせることを愚行と誹るか、それともその戦場を余興の場と言わしめる奴の在り方を褒めるべきか。

 二日ほど何もない荒野を走り続けた。このままあと二日ほど走らせればアベリオン丘陵が見えてくるはずだ。そう思った時だった。我が帝国四騎士の一人であり、雷光の異名を持つバジウッド・ペシュメルがぽつりと漏らした。

 釣られる様に外を何気に見れば、明らかに異様なモノが行く先に広がっていたのである。

 

「あれは──劇場か──?」

「荒野のど真ん中に劇場ですかい?あれもあのアインズ・ウール・ゴウン伯爵殿のお力というやつなんですかね」

 

 荒野に劇場というのは異様であるが、それ以前に劇場と言うには異様すぎた。

 

「舞台が無いですね」

「──戦場が舞台、というつもりなのか」

 

 そう、舞台が──演者が躍るべき場が無いのだ。あるのはただただ巨大な観覧席のみ。

 しかもその席が全て特一級と言える優雅さを放っており、それを遠目に見ただけでもはっきりと感じられるほどである。

 

「アインズ・ウール・ゴウン伯爵は一体あれにどれだけの金をかけたのか──」

 

 いや、それ以前にいつから予兆していた?

 これだけのものを設置するのにどれだけの時間がかかる?

 そもそも資材はどこからもってきたのだ?

 我が帝国でも同じように行った場合、どれだけの時間と金と人が必要なのかを算出していく。そして、出した結論は一つ。

 

「アインズ・ウール・ゴウン伯爵は──全てを予見していたということなのか」

「まさか──ローブル聖王国が攻め入ることもですか?」

「それだけではない。あの用意周到な観覧席を見ろ。恐らく参加者の人数すら把握していたのだろうな」

 

 馬車がゆっくりと止まる。迎えたのは先を歩いていた執事と、20名ほどのメイドたちだった。

 まるで劇場のように半円に、弧を描くように並べられたテーブル。その一つ一つが大人10人でも持ち上げられるかというほどに巨大で、それぞれに一目見ただけで金貨数百枚は下らないであろう豪奢な花瓶が──そして見たことも無いほどに美しい色とりどりな花が植えられている。

 しかし一番異彩を放っていたのは『埃一つない』絨毯であろう。

 私ですら靴のままに踏むことを一瞬躊躇してしまうほどに美しい。赤という単色であるというのに、まるで初めて見たかのような感覚が生まれて来る。赤と形容するしかないというのに、赤ではない。鮮やかな赤ではない。濃い赤ではない。直視して目の痛む赤でもなく、暗い赤でもない。無理矢理言うのであれば、まるで見た人を吸い込むかのような魅惑の赤とでもなるだろうか。

 ゆっくりと踏み入れる。まるで別世界だ。空気すら清廉されているように感じる。

 

「こ、これは──《天候操作/コントロール・ウェザー》?いや、もっと上位の──」

 

 後ろから聞こえる見知った者の驚きの声に振り向くと、居たのは予想通りじい──帝国主席宮廷魔術士フールーダ・パラダインだった。まるで楽しいものを初めて見た幼子の様にきらきらと目を輝かせている様は、栄えある主席宮廷魔術師とは思えない所業であった。しかしその主席宮廷魔術師にそこまでさせるものがこの空間にあるという事なのだろう。

 

「へいかぁ!気付いておられますかな。この魔法は──この空間そのものを支配しておりますぞぉ!!」

「──そうか」

 

 なるほど、わからん。ただ私に分かるのは空気が澄んでいるということくらいなものだ。こんな魔法があるのであれば、宮殿に常時かけてもらいたいと思う程度であり、それがどれほどのものなのか。そしてそれがどれほど非常識なのかは分かるはずもない。

 ただ一つ分かるのは──

 

「ほ──ほほほ!!素晴らしい!これが!アインズ・ウール・ゴウン伯爵の魔法なのかっ!!」

 

 傍から見ればただの奇行に走り続けている──あの主席宮廷魔術師であるじいが奇行に走るほどに異常な事態なのだということだけだった。

 

「バハルス帝国皇帝ジルニクス・ルーン・ファーロード・エル=ニクス様。並びにお連れ様の方々。こちらの席へどうぞ」

 

 そう、美しいメイドに連れられたテーブルには既に先客がいるようだ。

 どこに行ったのかと、帝国を出るときには行方不明になっており心──気になっていた者──ダークエルフのアウラ・ベラ・フィオーラだ。

 

「こんなところに居たのか」

「そりゃもちろん。アタシはアインズ様の配下だからね」

 

 何の悪びれも無く、奴は隣の席を叩く。ここに座れと言うのか。皇帝を隣に座らせることに何も感じないのかこいつは。いや、そういう奴だったか。

 

「それで、そのアインズ様の配下様はこんなところに居ていいのかな」

「んー?ジルが一人ぼっちで寂しいんじゃないかなーって」

 

 くりくりとした大きな瞳で、まるでいたずらっ子のように私を見つめて来る。相変わらず、吸い込まれそうな程に綺麗な瞳である。

 私が隣に座ったことに気分を良くしたのだろう。嬉しそうにメイドに何かを注文している。

 まるで既に準備していたかのように間髪入れずに配られていく。恐らくは何かの果実水だろう。鮮やかな黄色をしている。

 

「──んなっ!?」

「──うまい」

「でしょー?」

 

 三者三様である。躊躇なく差し出されたジュースを飲んだ俺を見て驚く四騎士達。思わず美味いと口を零した私に、まるで自分の事のように喜ぶ奴だ。

 奴の好みのジュースらしい。確かにこの味ならば毎日飲んでも飽きることなく飲み続けることができるだろう。いやむしろ、喉が渇いたら毎回これが欲しいと思える味である。

 ゆっくりと舌で転がし、味と香りを楽しむも良し。

 一気に飲み、喉で爽やかな酸味と甘みを直接感じるも良し。

 素晴らしい味である。

 周囲をちらりと見れば、他国の重鎮達もこの飲み物に驚いているようでそれぞれのテーブルが少しばかり騒がしくなっている。

 何より面白かったのが、竜王国の若作りババアだ。まるで幼子のように目を白黒させて驚き、一気飲みしてお替りまで要求している。品位の欠片もない。

 

「失礼します。バハルス帝国皇帝陛下。こちらが本日のコースとなります。それと──」

 

 突如声を掛けられて正面を見ると、いつの間に来たのだろうか先ほどまで先導していたあの執事だ。渡されたのは羊皮紙ではなく、手触りすら素晴らしい紙に書かれた一覧──コースの品書きである。そしてテーブルの前に置かれる巨大な鏡。なぜ鏡なのか。と、一般の者は思うだろう。しかし私は違う。これが何かの魔法がかかっているという程度ならば看破することができるのだ。

 そしてこの観覧席にあるテーブルの前に置く必要があるもの。それはつまり──

 

「これは──戦場を映す鏡なのだな?」

「ご慧眼でございますな。その通りでございます。我が主より、遠くに起こる事を遠目で見ても味気ないだろうとのことで《遠隔視/リモート・ビューイング》のかかった鏡を設置させていただきました」

 

 なるほど、確かに遠目で見るよりも近くで見られた方が臨場感があるだろう。本当にアインズ・ウール・ゴウン伯爵は戦場を余興とするつもりなのだろう。しかし良いものだ。出来うるならば交渉して──

 

「《遠隔視/リモート・ビューイング》!それは第八位階魔法の《遠隔視/リモート・ビューイング》ですかな!!素晴らしい!なんと素晴らしいぃ!!」

「ははは。お気に召したのであれば、どうぞ持って帰って頂いても構わないと我が主も言っておりました」

「なんとっ?!アインズ・ウール・ゴウン伯爵殿──いや、ゴウン伯爵様にはくれぐれも!くれぐれも良しなにお伝え下さいっ!!」

 

 そんなに良いものなのか。確かに使いようによっては戦局すらも変えうるものなのだろうと思うものの、余興として安易に設置されてしまったため、然程凄いものであると思わなかった。いや、思わせなかったのか。『この程度』はそう大したものではない、と。どれほどの力が、財があるというのか。

 各テーブルの周りで忙しなく、しかし優雅に可憐に動き続けるメイド達は誰一人として欠ける事無く皆美しい。あのセバスという執事だってそうだ。人、物、金。全てを持つ存在。そんな存在が何故王国に頭を垂れたのか。建国しても全く問題ない程の力を持ちながら、何故。

 

「よくぞ来てくれた、皆々方!私がアインズ・ウール・ゴウン伯爵である!!」

 

 腹の奥底に響く、重い声。まるで魂を揺さぶられるような錯覚に陥ってしまう。

 視線を向けた。これほどに驚くことが続くと人というのはその事実を案外すんなりと受け入れられるものなのか。

 

「──なるほど。アンデッドだったのか」

「案外びっくりしないんだね」

「本当に、意外なほどにな。そのこと自体に私自身驚いているよ、アウラ」

 

 アンデッドであった。人ではなかったことに、不思議とどこか安心している自分が居た。人でありながらここまでの力を有していたわけではないと。そう、『アンデッドで良かった』と思って居る自分が居たのだ。

 

「しかし意図が読めぬ。己が存在を世に知らしめるにしても、聖戦を謳う相手を倒すとなれば悪評にしかならないと思うのだが」

「悪評になるわけないじゃん」

 

 私の疑問を真っ向から否定してくるアウラ。なぜそこまで断言できるのか。あれに心酔しているということなのかとも思ったが、恐らく違うだろう。では何故だ。何故断言できる。新たな疑問を胸に留めながらアウラの顔を見ると、いつもとは違う真面目な顔をしている。

 

「アインズ様がそんなことを、想定しない筈がないんだよね」

「なるほどな──」

 

 アウラは心酔しているのではなく、能力を信じているわけだ。でなければ、アンデッドなどの配下にはならない、か。

 配られてくる食事に舌鼓を打ちながら鏡に視線を移す。そこに亜人と人が並ぶという異様な光景が広がっている。

 一体ローブルで何があったのか。価値観が人のそれとは全く違う亜人と手を取るのは至難の業だろう。だからこそローブルでは長年亜人との諍いが絶えなかったのだから。

 では一体誰がそれを治めたというのか。

 

「それもまたアインズ・ウール・ゴウンが一枚噛んでいる──いや、まさかな」

 

 今から敵として相打つ者に手を貸すはずもないだろう。それではただの茶番でしかない。世界全てを巻き込む、壮大な茶番に成り下がってしまう。

 もしそんなことが出来るとするならば、それこそ奴が神であるという証左となる。しかし、神は居ない。居るはずがない。あれは心の拠り所であり、象徴であり、偶像なのだ。

 鏡に映るは20万の亜人と15万を超える人間。総勢35万を超す大軍勢である。それに相対するは強大な力を持つであろう数百のアンデッドと、アインズ・ウール・ゴウン伯爵の配下数名。そして──

 

「さぁ、刮目せよ。我が力を──!」

 

 強大な、恐らく最強クラスの力を持つアンデッド──アインズ・ウール・ゴウン伯爵である。

 

「そういえば、アウラは行かなくて良いのか?『アインズ様』の元に」

「アタシが向こう行っちゃうと、ジルが寂しがっちゃうからなぁー」

 

 そう嘯くアウラの顔に不安の色はない。それは絶大なる信頼をアインズ・ウール・ゴウン伯爵に持って居るという事なのか。それとも──

 ローブルの進行が始まる。それを見計らったかのように周囲を埋めるほどの巨大な魔法陣を展開する、アインズ・ウール・ゴウンを見つめながら呟く。

 

「さぁ見せてもらおう、アインズ・ウール・ゴウン伯爵。お前の強さというものを──」

 

 




さぁ戦争が始ま──りませんでした。
次話より始まります、戦争です。大戦争です。
さぁ、読者様方、どこまで予想できますでしょうか。
数多の予想を良い意味で裏切っていきたいと思います。

さぁ、次話ではあの子達が大活躍します。お楽しみにっ!


そうそう、この話の投稿後に投稿される活動報告にて7章終了後に書きますお題目を募集いたします。
当選者様は漏れなく私のお気に入りに参加でき、限定作品の閲覧が可能となります。
奮ってご参加くださいませ。


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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 3

このものがたりはふぃくしょんです。とうじょうするだんたい、ちめい、じんぶつとうはげんじつにそんざいするものといっさいかんけいありません。

今回出ているものは私のオリジナル設定です。
原作にはありません(今後後付け設定で出るかもしれませんが)のでご注意ください。


「この超位魔法は少々時間がかかる。なのでその合間に私の弟子達を紹介しよう」

 

 そうアインズ・ウール・ゴウンが言うと、となりに黒い何かが生じる。見たことがある。あれは、そう。奴が──アインズ・ウール・ゴウン伯爵が、先日王城の謁見の間に現れた時と同じだ。

 奴が現れた時と同じように、何かがそこから染み出してくる。しかしそれはアンデッドではない。一目見ればただの人間に見えた。

 

「彼女たちは人間のようですわね」

 

 やはり我が娘──ラナーにもあれらが人間であると見えたようだ。

 

「皆が察している通り、彼女たちは人間である。さぁ、皆。自己紹介をなさい」

 

 だが、普通ではない。普通の神経をしている筈がない。皆が一様に伯爵の方を見て『我が神よ』と言ったのだ。新手の宗教のような、そんな簡単な話ですらない。人でありながら、人非ざる者になった。そう思えるような雰囲気があるのだ。

 

「僭越ながら、私は我が神──アインズ・ウール・ゴウン様の弟子を拝命させていただいております、ニニャと申します。かつてはエ・ランテルにて冒険者をやっていました」

「──同じく、我が神アインズ・ウール・ゴウン様の弟子であります、アルシェ・イーブ・リイル・フルトと申します。かつては帝国にてワーカーをやっておりました」

「クーデリカですっ!アインズ様の弟子です。アルシェお姉さまの妹です」

「ウレイリカです。アインズ様の弟子です。お姉さまの妹です」

 

 なんということか。かつて王国で冒険者をやっていたものと、帝国でワーカーをやっていたものを弟子にしていたというのか。これは人間であっても受け入れているというスタンスを見せるためなのか。それとも単純に彼女たちにそれだけの能力があるというのか。

 

「それでは、前座として彼女たちの──」

「ま、待ちたまえ!その子達が身に着けているのは──我が国から盗まれた叡者の額冠ではないのかね!?」

 

 突如上がった声に、周囲がざわりと騒がしくなる。

 

「確かにそれを盗んだ者は居たようだな。確か、クレマンティーヌとかいったか。しかし、あんな欠陥品と、私のモノを一緒にされたくはないな」

「け、欠陥品──だと!?あれは神が齎した至高の一品だぞ!!」

 

 激高し、立ち上がる男──確かスレイン法国の闇の神官長だったはずだ。名前は確かマクシミリアン──そう、マクシミリアン・オライオ・ラギエだったか。

 一瞬でその男の前に伯爵が移動する。しかしそれでも恐れず相対するのは、神官長としての矜持か、それとも後ろに控える神人を信頼しているからなのか。

 

「そ、そもそも貴様はなぜ死の神スルシャーナ様の姿をしている!」

「スルシャーナだと?知らんな。そもそもこれは──《上位道具製造/クリエイト・グレーター・アイテム》──私が作った物なのだよ」

 

 伯爵が魔法を唱えると、彼女たちが身に着けているものと同じものがその手に現れた。それを無造作に神官長に被せたのだ。遠目から見ても驚きが伝わってくる。それがどれほどのものなのかを。

 

「自分で身に着けて分かっただろう。貴様の言う叡者の額冠がどれだけ欠陥だらけだったかをな」

「装備者に、ま──全く制限を掛ける事無く──上位の魔法が使えるようにする装備を──あんなに簡単に作り出すというのか、貴方は──いや、貴方様は一体──」

「制限ならあるとも。装備者の才能という制限が、な。その叡者の額冠・改は、装備者が努力の末に得る可能性のあるものを引き出すだけだからな」

 

 本人の魔法の才能を最大限に引き出すアイテムという事なのか。事も無げに言っているが、それがどれほど凄まじいものなのか理解していないのか。いや、それですら『その程度』であると言っているのか。簡単に作り出せる程度のものであると。

 

「強盗に盗まれたようだからな、代わりにそれを持って帰るとよい。なに、対価は要らんよ。その程度のもので良ければな」

 

 そう言うと伯爵は元の場所に戻った。あの巨大な魔法陣の中央に。魔法の詠唱中とのことだったが、移動することも出来るのか。伯爵にとって無防備というものは無いのかもしれない。

 想定以上のものを無料で手に入れてしまった神官長はそれ以上何も言う事もできず、無言で座ってしまって居る。まぁそれも仕方のないことだろう。粗探しをしたかったのかもしれないが、伯爵の方が何枚も上手だっただけだ。

 

「さて。話が脱線してしまって申し訳ない。余興を続けるとしよう。クーデリカ、ウレイリカ」

 

 最初を飾るのは幼い二人のようだ。見た目からしておよそ5歳程度だろうか。見た目通りならば、の話だが。

 

「この二人は第三位階魔法まで扱えるようになっている。まずはこの二人の前座をみてもらうとしよう」

 

 そう言うと、二人は私たちの方に一礼した後に前方へと歩いていく。先に居るは35万を超す大軍勢だというのに、まるでピクニックに行くかのような雰囲気すらある。

 

「いくよ、クーデ」

「うん、ウレイ」

 

 だが、私は──我々は忘れていたのだ。彼女たちがあのアインズ・ウール・ゴウン伯爵の弟子であることを。ただの『第三位階のマジックキャスター』ではないことを。

 

「ごっ──合成魔法!?」

 

 その叫びはバハルス帝国の方から聞こえてきた。確かあの声は帝国の主席宮廷魔術師のフールーダ・パラダインのはずだ。ただ一人で国を落すとさえ言われるあの男が驚くほどのことが、今目の前で起きているという事になる。

 目の前にある鏡には二人の姿が映し出されている。幼い可憐な双子の少女の姿が。まるでお遊戯をやるかのようにあどけない表情で。

 しかし、それがどれほど凄まじく。どれほど恐ろしく。そしてどれほど凄惨な魔法なのかを目の当たりにすることになるのだ。

 

「位階魔法の低位には、少々特殊な法則がある。特定の法則で、特定の組み合わせをすることで二つの魔法を一つの魔法に昇華させることが出来るのだ。そして見るべきはその発動範囲にある。威力こそその位階の強さだが、範囲性能は群を抜いて広くなるのだ。さぁ見るがいい!」

 

そう伯爵が言うと同時に、二人の詠唱が終わる。それは阿鼻叫喚の幕開けの合図であった。

 

「《火球/ファイヤーボール》」「《電撃球/エレクトロ・スフィア》」

 

 同時に発動された魔法は上空へと消えていく。

 

「「《共鳴魔法・爆雷雨/シンクロマジック・バースト・レイン》」」

 

 二人の声に反応するかのように、上空へと消えた二つの魔法がローブルの兵へと降り注いだ。

 そう、振り──注いだ。落ちたのではない。まるで上空に何百というマジックキャスターが居たのではないかと錯覚するほどの無数の炎と雷の魔法が、雨の如く降り注いだのだ。

 

「なんと──なんという──」

 

 そう呟いたのは我が息子バルブロだったか。ちらりと見る顔は酷く青ざめている。

 凄まじい射程である。通常の魔法ならば届くはずもないほどにまだ遠いのだ。直接見ようとしても、相手の表情どころか顔すら分からない程の距離だというのに。だというのにその雨は最前列だけでなく、隊の中ほどまで降り注いでいた。

 一撃一撃は確かに第三位階魔法程度の威力なのだろう。だからこその阿鼻叫喚。だからこその地獄絵図である。一発当たった程度で即死はしない。だが振ってくるのは一発ではない。何十何百、いや何千何万という魔法の雨が降り注いでくるのだ。避けた者は良い。だが一発でも当たれば動きが鈍る。その鈍った身体に何度も魔法が貫いていく。

 ただの第三位階魔法。その二つの魔法を掛け合わせただけでこれほどの効果を生み出す凶悪な魔法と化すというのか。

 

「よくやった、二人とも」

 

 伯爵はその阿鼻叫喚を見ても何も気にした様子はなく、上手くやれたと二人の頭を撫でている。戦局を一変させるほどの凄まじい魔法を披露したというのに。この程度はまだ序の口──前座であるという事なのか。

 嬉しそうに撫でられる二人の少女は、年相応に幼い笑顔のまま伯爵に撫でられている。その部分だけ切り取ってみれば、微笑ましい絵となろう。その背景が地獄絵図でなければ。

 

「さぁ、続いてはもう少し派手に行こうか!ニニャ、アルシェ」

 

 あれは派手ではないのか。地味なのか。伯爵の基準は一体どこにあるのだろうか。人非ざるが故に、生を冒涜する行為は大したことでは無いと言うのか。

 伯爵に呼ばれた二人は明らかに先ほどの少女達とは違う。先ほどの紹介を鵜呑みにするならば、元冒険者と元ワーカーだ。しかしその雰囲気は明らかに普通のそれとは違う。

 

「ガゼフよ、あの子達を知っているか」

「いえ、初めて見ます。王国冒険者と名乗っていたニニャ殿の名すらも知りません」

「俺も知らねえ。俺もガゼフも知らねえってことは、恐らくは上位の冒険者じゃねえな。ただ、あのアルシェって方は──」

 

 ガゼフの隣に座るブレイン・アングラウスがバハルス帝国の方を指さしている。そこに居たのは愕然とする主席宮廷魔術師だ。遠くで聞きづらいが、どうやら彼の元弟子であったらしい。しかし様子がおかしい。

 

「確かあのフールーダって奴は、相手の魔力を見ることが出来るんじゃなかったか」

「なるほど。元弟子であった者が予想以上に急成長していて驚いているのか」

「ですが、驚き方が少し異常ではありませんか?」

 

 娘の騎士であるクライムの言う通り、驚いているというよりも愕然としている感じである。元弟子ということなのだから、弟子の才能を見いだせなかったのか。あの主席宮廷魔術師ですら見いだせなかった才能を、あの伯爵は見出したのか。

 

「さて、先ほどは下位の位階魔法を見てもらった。では、今度は上位の位階魔法を見てもらうとしよう。二人は第九位階魔法と一部の第十位階魔法まで習得している。単純に使っても強い上位の位階魔法であるが、上位のマジックキャスターにとって連携することは非常に大事な行為である。それを極める先にあるものをお見せしよう。二人とも、いけるな」

 

 第三位階魔法ですらあの被害だったのだ。死者こそそこまで多くは無いだろうが、負傷者は既に万を優に超えているだろう。事実既にローブルの足並みは止まってしまっているのだ。あの鏡越しでなくとも、相手の動揺が伝わってくる。あんなものを超えるものを見せるというのか。

 

「これはもう、戦争とは言えねえな」

「だから、余興か──」

 

 圧倒的強者が弱者を蹂躙する劇は確かにある。しかしそれはあくまで劇である。空想の産物だ。だが今目の前に起きているのは空想ではない。現実なのである。

 幕の上がった劇を誰も止めることはできない。

 悲壮感漂う、ガゼフとブレインの呟きに背筋が凍る。

 

「こちら、本日のメインとなります。A9ランクのテンダーロインステーキでございます」

 

 そんなあまりな現実を前にしながら、こうして眼前に並べられる最高級の食事の数々。あまりの旨さに口に運ぶ手は止まらぬ。喉を潤すワインのなんと甘美な事か。

 現実と非現実。本来であれば共に現実であるはずなのにそう思えてしまう程に隔絶した世界が共存しているこの空間は異様という他ない。

 周囲を見回しても、誰も食事を止める者はいない。あまりに非現実的であるが故に事実を受け入れられないのか。そう思うが、そんな生易しい人間などここには殆ど居はしない。意図的に現実を現実と受け止められる者ばかりが集められているのだ。

 

「全て伯爵の──アインズ・ウール・ゴウン伯爵の思惑通りという訳か──」

 

 力なくナイフを肉に通す。まるで抵抗など無い。音もなく切れる肉片を口へと運んだ。

 とろけるように柔らかい口当たり。芳醇な香り。甘みと酸味が口いっぱいに広がっていく。

 

──嗚呼、旨い。

 




 クーデとウレイ頑張りました回でございました。
 この共鳴魔法については前々から思って居た話です。案外あの色々はっちゃけたユグドラシルならあるんじゃないか、と。対人戦闘の多いあのゲームならば共鳴魔法や合成魔法はあるだろうと。
 そういう思いから作ってみました。次話ではニニャとアルシェの合体魔法です。

なお、ニニャは公式上偽名ですが本名が不明であるため、生き返った時点で偽名をそのまま本名とすることになりました。
なのでツアレもこの作品ではナザリックに来た時点でツアレニーニャからツアレに改名したということにしてあります。

この辺りは公式設定と違って紛らわしいところでもありますのでご了承くださいませ。


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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 4

「ふー──」

 

 横から大きく息を吐く音が聞こえる。リグリットの怒りを含んだ音が。

 基本的に冒険者は戦争への参加は行わない。それはどちらにも言い分があり、どちらにも正義があるからだ。一度参加してしまえば自分の正義が揺らいでしまうから。そう彼女は言って居た。しかし目の前で広がっているのを戦争と言っていいのだろうか。理不尽に生き物たちの命が消えていく様は、いつ見ても気分が良いものではないのは確かだ。

 だというのに、不思議と平然と見て居る自分が居るのだ。

 

「ふむ」

 

 遠くからでも感じるほどの強烈な衝撃波に少しだけ感嘆の声が漏れた。それが気に入らなかったのだろうか。彼女は私の方をちらりとだが強く睨んでくる。流石にすぐ鏡の方へと視線を戻したが。

 

「世界の均衡を求めるドラゴンロードとして、この状況をどう思ってるんだい」

「不思議、かな」

 

 彼女の怒りは相当なものなのだろう。鏡に映る理不尽な死から私の方に視線を移すことなく私に話しかけて来る。でも私に湧き上がる感覚は、怒りでも、悲しみでもなく──

 

「不思議ってのはどういう意味だい」

 

 相変わらず彼女は結論を急ぐ。それでは情報の伝達が円滑に行われないだろうというのに。

 不思議と感じるのは、そう。違和感だ。これだけの命が散っているというのに、違和感しか感じていない。まるで人間たちが好んでやるというゲームを見ている気分とでも言うのだろうか。

 互いが互いを知り、互いの手の内を探りながら行って居る。そういう感覚だ。それを前提に考えるとすると、聖女カルカ・ベサーレスはアインズ・ウール・ゴウン伯爵を知っていることになる。そして自国民の命をゲームと称して徒に消費していることになる。

 しかしそれでは違和感がぬぐえない。目の前に広がるは人と人の命の奪い合いだ。

 方や聖戦と謳い、あのガゼフ・ストロノーフをも超えるレベルを持つとされる聖騎士を頭とする、そして何十万という数多の亜人たちを含む一団を持つ大軍団。

 方やアインズ・ウール・ゴウン伯爵の弟子を名乗る二人。

 普通に考えれば数は暴力だ。だが結果は違う。圧倒的な魔法の力によって理不尽と言うべき死を撒き散らしているのは少女二人の方だった。

 

「このように同じ魔法を同じタイミングで扱うという条件下、同程度の戦闘能力を持つ者が行う場合には魔法強化が互いにかかる。今回で言うならば《ツイン・マキシマイズマジック/魔法二重化・最大化》と《ツイン・ワイデンマジック/魔法二重化・範囲拡大化》が重なり、《トリプレッド・マキシマイズ・ワイデンマジック/魔法三重化・最大化・効果範囲拡大化》へと昇華される。そうすることにより互いの詠唱時間を削りながら最大限の──」

 

 十万を超す戦死者を出せた二人の事が余程誇らしいのか。アインズ・ウール・ゴウン伯爵の高説は続いている。初めて聞くものだ。あの八欲王すら使わなかったものだ。

 

──位階魔法を齎した八欲王すらも知らない方法を、あれは知っていたのだ。

 

 ではどうやってあれは知り得たのか。その答えはあれが使う超位魔法にあるのだろう。

 あんなもの、誰も使って居なかった。いや、使えなかった。使えるはずがなかった。使えるはずのないものをあたかも当然の様に扱って居る。それは──

 

「ツアー!」

「──どうしたんだい、リグリット。大声を出して」

 

 いけない。思考の波に飲まれていたようだ。彼女は私の違和感を感じたのだろうか。私の方を睨み続けている。

 

「今日のアンタはおかしいよ。何があった──いや、何を感じているんだい」

「違和感だよ。不思議なんだ。まるで、数多の命を散らせること自体が目的だと感じるんだよ」

「それは戦争だからそうだろうさ。わしが言っているのは──」

「リグリット。齟齬が発生しているよ。私が指しているのはアインズ・ウール・ゴウン伯爵ではなく、ローブル聖王国だからね」

 

 やっと私の意図が読めたのだろうか。大きく目を見開きながら驚いている。そして、先ほどよりも強く、鏡に映る状況を把握しようと始めたようだ。

 

「──いつからだい?」

「最初からだよ。ローブル聖王国はまるで、魔法が当たりやすいように固まっている様に見えるんだ。まるで──」

「『魔法を受けて死ぬことが目的』だって、言いたいんだね。聖戦を、悪しきものを倒すことが目的のはずなのに。──だからか。わしは聖戦を謳っているから誰も逃げないで居るんだって思っていたけど。確かに──違和感しかないね」

 

 さて、この事態にどれだけの人数が気付いているのか。そう思いながら周囲に視線を巡らせる。リ・エスティーゼ王国のラナー姫ははっきりと気付いているようだけれど、やはり殆どの者たちは理不尽な死を目の前にしているためかローブル聖王国の目的に気付いていないようだ。

 

「なぜ死ぬのか、その違和感を口に出すから『不思議』か。確かに不思議としか言葉が無いね」

「皆々方、前座はどうだったかな。身内贔屓かもしれないが、良き前座であったと私は自負している」

 

 朗々とアインズ・ウール・ゴウン伯爵は続ける。戦場という巨大な舞台の演者として。それは彼の魔法の詠唱が終わった事を示している。それは、前座という4人の少女たちの行った強烈な魔法よりもすさまじい魔法が放たれるという意味である。さらなる死が撒き散らされるという意味である。だというのに不思議と現実味がない。違和感しかない。不思議だとしか言葉が浮かばない。

 けれどそれに──そのことに気づけたのは俯瞰して見られる私や、常に数多の死を身をもって感じているドラウディロン・オーリウクルスなど一部の者たちくらいか。だがそれが悪い事ではない。恐らくローブル聖王国は隠しているのだから。『何か』を。

 

「さあ、フィナーレを行うとしよう。我が超位魔法をもって!」

 

 本当にそれは終曲<フィナーレ>なのだろうか。私には前奏曲<プレリュード>であるように感じた。

 戦う者が居なくなれば戦は終わる。終わるはずなのに、始まりだと感じるのはこの違和感のせいなのだろう。一体ローブル聖王国は何を考えているのか。

 

「始まるよ。止めないんだね、ツアー」

「あぁ、これはただの始まりに過ぎないからね」

 

 始まり。そう、これは始まりだ。人と人の戦争のではない。意思と意思のぶつかり合いではない。強大な悪に、何かが対抗するための始まり。

 

「超位魔法《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への贄》」

 

 あれの魔法が放たれる。絶対なる死という魔法が。それは何の音も伴うことなく戦場を貫いた。恐らく人には見えていないだろう。死んだ者のとなりに立っている者すら気付かなかっただろう。なぜ隣の者が倒れたのか。何が起こったのか分からない。分からないままに死ぬ。それは避ける事すらままならないだろう。恐らく私があそこに居たとしても避けれたかは難しいところだ。真正面から、あれだけ遠くからならばどうにかなったかもしれない。しかし通常射的距離から放たれたら何もできずに地に伏すしかないのではないだろうか。

 そんな超位魔法は──理不尽な死は、ローブル聖王国の最も集中する中央を貫いた。

 

「あ──あぁ──」

「これは──また──」

 

 開始35万ほど居たはずだ。前座によって10万近くが削られ、そして今20万を超す人が死に絶えた。

 もう、5万を切っている。勝負は着いた。ローブル聖王国は何もできぬままに負けてしまったのだ。

 

──本当にそうなのだろうか。

 

「すぅばらしい!!本当に素晴らしい魔法でございました、アインズ・ウール・ゴウン伯爵様ぁぁ!!!」

「称賛の声をありがとう。確かバハルス帝国筆頭宮廷魔術師フールーダ・パラダイン殿、だったかな」

「私のような矮小な者に敬称など必要ありません。是非フールーダとお呼びください!」

「そうか。フールーダよ。今お前は素晴らしい魔法『でした』と言ったな。まだ私の魔法は終わっていないぞ。黒き豊穣の母神への贈り物は、仔共達という返礼を持って返る。可愛らしい仔共達を持ってな」

 

 まるで子供の様にあれに駆け寄ったのは帝国筆頭宮廷魔術師フールーダ・パラダインか。深淵を求めるという者にとってあれは素晴らしい存在に見えるのだろう。あれはそんな存在などではないというのに。

 しかし、これだけの死を撒き散らすものが終わっていないというのはどういうことなのか。

 

 そう、思った時だった。

 数多の死体が広がる上空に黒い何かが現れたのだ。その何かは丸く、徐々に大きくなっていく。そして、落ちた。まるで、木の実が熟して落ちるかのように。

 落ちた黒いものは弾け、黒の波となって死体を飲み込んでいく。食らっていく。

 

──亜人の死体だけを。

 

 なぜ人の死体を食わない。偏食家なのか、その豊穣の母神とやらは。まさか、だ。だとするならば、その答えは──

 

「メエエエエエェェェェェ!!」

 

 可愛い仔山羊のような声が響いた。地面に落ち、亜人達の死体を喰った『それ』は膨らみ、『モノ』となったのだ。似つかわしくない可愛い声と共に。

 『それ』は異形だった。形は黒い蕪のような感じだ。だが大きさは私本来の姿と然程変わらないだろう。上部に無数の触手が生えている。蕪らしき本体には数多の、口の付いた肉塊があり、その下にはまるで蹄のようなものがついた足が五本ある。

 そして『それ』は一体ではなかった。

 

「フハハハハ!7体か!本来1体召喚できれば良いと言われるというのに、7体も召喚できたか!これは最高記録だぞ!!」

「おめでとうございます、アインズ・ウール・ゴウン様ぁ!!」

 

 拍手が起こる。フールーダ・パラダインの、弟子達の、メイド達の拍手が。

 唖然としていた観客たちも、各国の首脳陣からも拍手が起こり始める。だれも、止められない。止めることが出来ない。あまりにも異様な状態にだれも正常な判断を下せないからだ。だから、釣られて拍手が起こっていく。それは万雷となってアインズ・ウール・ゴウン伯爵に降り注いでいく。狂気の拍手が降り注いでいく。

 

「さぁ、可愛い仔山羊たちよ。追撃を開始せよ!」

 

 最後の追撃が始まる。

 超位魔法は中央を貫いた。もう聖女カルカ・ベサーレスは死んだだろう。聖騎士諸共に。

 指導者の居ない烏合の衆と化したローブル聖王国の兵たちを『それ』は追撃していく。

 特殊な能力は無いのだろう。巨躯を走らせ、触手を唸らせ、踏みつぶしていく。

 相手の表情が分からない程に遠い位置にあるが故に聞こえぬはずの、潰す音が。まるで果物をつぶすような音がここまで聞こえて来るような気がした。

 あぁ、何と恐ろしい。何と凄まじい。

 

「誰も──逃げない──」

 

 死ぬと分かっていて誰も逃げない。誰一人として。まるで狂気に取りつかれているかのように。誰かに操られているかのように。

 ローブル聖王国の兵は誰も逃げない。皆が武器をとり、『それ』に向かっていく。無残に命を散らしながら。

 その意味を、私は──観客たちは知ることになる。

 

──こんなものは、ただの始まりに過ぎなかったことを。

 




文字量の都合でニニャたちの魔法を使って居るシーンはカットされました。ひたすらツアーの何やら怪しい考えをぐだぐだやっている回でございました。前回魔法を使って居るシーンを入れましたので、二番煎じになるここはカットでいいかな、と。
そして超位魔法は原作と同じくイア・シュブニグラスを使わせてもらいました。可愛いですよね、仔山羊。
しかし私の話はここから長いです。ここからが本当の戦いですから。
前座で死んでいった亜人達の冥福をお祈りいたします。

さぁ、ここからです。ここから、本当の余興が始まるわけです。
あまり書くとネタバレになりますのでやめておきましょう。


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このページに投稿していただき見事当選いたしますと、私のお気に入りに登録されて限定公開ページの閲覧が可能となります。
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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 5

このおはなしにはおりじなるせっていがとうじょうします

混乱しないでくださいね。


「なんと──なんという──」

 

 アインズ・ウール・ゴウン伯爵の放った超位魔法というものは、私の想像を遥かに絶するものだった。その超位魔法なるものは敵を倒すだけに飽き足らず、その死を供物として黒き豊穣の女神なる存在の仔──恐らくは神の仔たる存在を召喚してみせたのだ。しかも見た限りでは召喚された7体の神の仔は完全に伯爵に制御されている。あの異形なる存在が神の仔であるとは思いたくはないが、あまりにも圧倒的な存在感と力は確かに神の仔と言われても過言ではないだろう。

 一体どれだけの者があの存在に立ち向かっていけるだろうか。聖戦であると謳ったローブル聖王国兵は逃げる事無く戦ってはいるものの、戦局は一方的──いや、ただただ蹂躙されているだけである。

 ちらりと絶死絶命へと──漆黒聖典番外席次へと視線を向ける。相変わらずの薄笑いは余裕を持って居るようにも見えた。

 

「絶死絶命よ。あれを倒すことは出来るか」

「んー────5分は持つかしら?」

 

 彼女にしては珍しい長考の後に出た数字。つまりあの存在を倒すには神人たる我が国最強の──

 ふいに視界一杯に映る彼女の姿に驚き、仰け反ってしまう。阿鼻叫喚の地獄絵図を写す鏡とは裏腹にとても静かなここ──観覧席で声を上げなかったのは僥倖と言えよう。

 

「な、なんだ──突然──」

「間違ったことを考えているみたいだからぁ、訂正しようかなぁと」

 

 私が驚いたのがそんなに面白かったのか『くすくす』と声をあげて笑っている。その姿は容姿相応と言える仕草ではあるのだが、彼女は化け物が人の皮を被っているだけである。圧倒的と言うべきその存在がまるで幼気な少女の様に笑うのは不釣り合いを通り越して不気味に思えた。

 

「私の言葉は聞こえてましたぁ、闇の神官長様?私は『5分は持つ』って言ったのよ」

「わ、分かっている。だから──」

 

 私の言葉を待つことなく、ゆるりと首を振る。それが違うと。では、まさか──

 

「私は、『あの暴れている内の一体がこちらに来た時に、全力でやって5分は持たせられるかもしれない』って言ったのよ?だってあれ、私とは──いえ、生物とは存在そのものが違うもの。戦いにすらならないのではないかしら」

「──っ!!」

 

 絶句するしかなかった。神人たる絶死絶命ですら戦いにならないというのか。では、あれに対抗できるのはやはりドラゴンロード位──

 

「無理ねぇ──白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>は勝てる気がしないわ。でもそれだけなの。あれは、戦いにすらならないわ。大人と子供じゃないの。龍と生まれたての赤子ね。やるとするなら、一体相手に全竜王をぶつければ──1,2体死ぬだけでなんとか倒せるかもしれないわね。ちがうかしらぁ、ツァインドルクス=ヴァイシオン?」

「そんな──そんなの──あれは──」

 

 あれは、八欲王と同等の強さを持つとでもいうのか。

 一際大きな声で二つ隣のテーブルに座る白金の竜王に向けて彼女が言う。しかし白金の竜王からは答えは返ってこない。

 残酷な沈黙が降りる中、召喚主から──伯爵から笑い声が上がった。

 

「ハハハ──安心したまえ。可愛い仔山羊たちは貴方達に危害を加えることは無いと宣言しよう」

 

 その言葉にどれだけの信用があるというのか。彼の──アインズ・ウール・ゴウン伯爵の本当の目的が、この化け物を召喚する事にあるとしたら。それらを各国に放つとしたら。

 

──我らの死を以て

 

 『カタカタ』と身体が震える。その震えを止めるのは一つしかない。あまりにも無慈悲なるもの──

 

「本日のデザートとなります。カスタードプリンでございます。ごゆるりとご賞味くださいませ」

 

 彼の言葉をただただ信用し、目の前に出される食事に専念することだけだった。

 

「ん~~~。このぷりんっていうやつ、美味しいわぁ」

 

 にこにこと満面の笑みを浮かべながら食べる絶死絶命を見ていると、案外この選択肢は間違いではなかったと思えてしまう。これから帰って行う会議の事を思えば腹が痛くなるというのに。デザートを口に運ぶ手を止めることはできない。

 

「此度の余興は如何でしたかな、皆々方。色々と考えられることもあったことだろう。国へと持ち帰り、ゆるりと──うん?」

 

 こちらに向き、最後の演説を行う伯爵の後ろ──戦場より突如巨大な爆音が鳴った。

 伯爵の力により支配された空間に居る我々が直接感じることは無いが、周囲の草木が物凄い勢いで揺れているところを見ると相当凄まじいようだ。

 それもそのはずだ。鏡越しでなくともわかる。超巨大な火柱が上がっていたのだから。

 

──あの、黒き豊穣の女神の仔が居た所に。

 

 続けて火柱が上がっていく。ふたつ、みっつ。増える。増えていく。増えるごとに巨大な爆音が轟き、神の仔の悲痛な叫びが上がる。

 絶望を与えるはずの神の仔が、絶望の声を上げている。

 

「メエエェェェエエェェェェ──!!」

 

 ついに最後の一体をもその巨大な火柱に包まれる。

 『どう』と地響きを立てながら一体──また一体と炎に包まれながら倒れていく。

 

「ほう──やはり居たか──」

 

 轟々と燃え盛る戦場。そこに居たのは──倒されたはずの兵たち──ローブル聖王国の兵たちだったのだ。

 伯爵の怒りの混じった低い声が響く。我々に言われたわけではないというのに、まるで心臓を鷲掴みにされたかの様に息が詰まった。

 

「──出てこい、ヤルダバオト!!」

 

 誰もが息を飲んだ。情報は既に各国へと通達されている。曰く史上最悪の悪魔。曰く立った一晩で国を攻め滅ぼそうとした厄災。

 曰く──それは──原初の悪魔。

 

「ははは、やはりバレてしまいましたか。一気に攻勢に出たいところでしたが」

「随分とあっさり落とされていたからな──こそこそ後ろに隠れおって」

 

 それはまるで空気に溶けていたかのように伯爵の前に現れた。緑色の蝙蝠のような羽を持ち、赤い鮮血のような色をしたタキシードを着た仮面の存在──ヤルダバオトが。

 奴は慇懃に大仰に伯爵にお辞儀をしている。その姿はまるで主従のようにもみえる。それこそが奴の策略なのだろう。

 

「やはり超位魔法は脅威ですからね。戦力を温存させて頂きました。余興などと言って出し惜しみせずに使っていただき、感謝の念しかありません」

「フ──フフフ──私があれを──超位魔法を使うのを待っていたという事か」

「えぇ、その通りです。《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への贄》を温存されていては私に勝ち目がありませんからね」

「フフフ──まるで、それさえ無ければ私に勝てるという風に聞こえるが、気のせいかね」

「いえいえ、気のせいではありませんとも」

 

 奴が手を挙げた。何かの魔法かと思った時、『ドン』という地響きが起こった。それは魔法ではない。ただ、呼んだだけだ。悪魔を。一体ですら圧倒的であろう悪魔たちを。恐らく、あの神の仔を倒したであろう悪魔たちを。

 何より恐ろしいのは、一見すればまるでそれは悪魔が人になったかのようだったのだから。

 

「そこに居るの、カルカ・ベサーレスではないかしら。あっちは九色や神官の有名どころみたいねぇ」

 

 面白そうに一人一人指さしていく。確かに言われれば、前に見たあのカルカ・ベサーレスに見えなくもない。だがその表情はまるで全ての色情を内包しているかのように見える。

 それにその隣に居たのは確か聖騎士団長であり九色の一人であるレメディオス・カストディオのはずだ。彼女は王国戦士長であるガゼフ・ストロノーフと同等の力を持つとされる非常に強い騎士であったはず。だとするならば、ヤルダバオトはローブル聖王国最強たる者たちを悪魔化させたということになる。

 

「なるほど。人を悪魔と同化させたか」

「えぇその通りです。アインズ・ウール・ゴウン伯爵のお陰で憤怒の魔将<イビルロード・ラース>・嫉妬の魔将<イビルロード・エンヴィー>・強欲の魔将<イビルロード・グリード>の三魔将と、傲慢の大魔<デーモンロード・プライド>・怠惰の大魔<デーモンロード・スロウス>・暴食の大魔<デーモンロード・グラトニー>・色欲の大魔<デーモンロード・ラスト>の四大魔。悪魔最強の7体。通称七罪を蘇らせることが出来ました。しかも良い人材と合成することで通常では考えられない戦闘能力を有することが出来ています。黒き豊穣の女神の仔ですら倒せるほどに。これだけの力を持つ彼らであれば如何に伯爵は強くとも──」

 

「七罪──七罪だと──」

 

 伯爵と悪魔の会話を聞きながら思わず声が漏れてしまった。

 七罪──それは人の最も忌避すべき大罪であり、それぞれに強大な悪魔が司っていると言われているものだ。憤怒<ラース>・嫉妬<エンヴィー>・強欲<グリード>・傲慢<プライド>・怠惰<スロウス>・暴食<グラトニー>・色欲<ラスト>。それらは一つでも世界を亡ぼすほどに強大だと言われている。だというのにその七罪がここに揃ってしまったというのか。

 

「なるほど。前にリ・エスティーゼ王国を襲ったのは七罪を復活させるためだったか」

「えぇ、貴方ほどの存在を倒すとなれば最大限の力をもってあたらなければなりませんからね!」

 

 そう言いながら奴は後方を──ローブル聖王国の兵たちが居た場所を指さした。そう、居た。居たのだ。人ではなく悪魔が。恐らく同じ数の悪魔たちが。

 

「これだけの数に埋め込んでいたということか──」

「えぇ、人間のほぼ全てと一部の亜人に。流石に全てに埋め込んでしまうと、仔山羊が召喚されないので、バレてしまいますからね。ははは、冷や冷やしてましたよ。完全に覚醒させるに足る血と命を散らして頂けるかと」

「──全て、計画通りだった。と、いうわけか」

「その通りですよ、アインズ・ウール・ゴウン伯爵殿。さぁ、始めましょうか。第二幕を!貴方の死を以て!」

 

 大仰に奴が言う。手を広げ、翼を広げて。絶対なる確信の元に。しかし伯爵に油断はないようだ。驚いてはいるようだが、驚愕はしていない。むしろ楽しんでいる風にすら感じた。

 いや、実際に楽しんでいるのだろう。まるで堪えきれないとばかりに笑い出したのだから。

 

「ク──クハハハハ!甘いなヤルダバオトよ!確かに私一人であれば七罪を倒せたとしても、貴様に成す術なく倒されていただろう。しかし。だがしかし!貴様に配下が居るように、私にも配下が居る事を忘れてもらってはいかんな!」

 

 今度は大仰に伯爵が手を広げる。マントをはためかせるその姿は、はたして王か神か。それが魔王なのか邪神なのか、それとも神王なのか。神々しさすらある伯爵の姿は、まるで記憶にも記録にも風化してゆくあの──遥か昔に居たという善神を彷彿とさせる何かがあった。そう思えてしまう何かとは何なのだろうか。そう思いながらちらりと白金の竜王へと視線を向けるが、空虚な鎧からは何も感じられない。ただ腕を組みながら彼らを凝視するその姿は何かを感じているのかもしれない。

 

「さぁ準備は整った。来るがよい。我が配下たちよ!!シャルティア・ブラッドフォールン!アルベド!コキュートス!セバス・チャン!アウラ・ベラ・フィオーラ!マーレ・ベロ・フィオーレ!そして──ガルガンチュアよ!!」

 




はい、私の大好きなガルガンチュアがとうとう登場します。
トカゲ編でチョイ役でしたあの子を上手く扱えるかはわかりませんが、大暴れしてくれることでしょう。

そうそう、大魔<デーモンロード>たちや人に悪魔を埋め込むのは私のオリジナル設定です。一応公式には登場しておりません。いずれ別の名前等で登場する可能性はありますけどね!
悪魔埋め込みの元ネタは頭だけ使うあのモンスターです。頭だけって勿体なくない?って思って思い切って埋め込みました。正確には──ゲフンゲフン──ですが。

なので、「そんなモンスター(設定)あったっけ?」って読み直す必要あはありませんよっ


まだまだお題目は募集しております。当選確率はいつ投稿されてもほぼ一緒なのでどしどしご応募くださいませ。
お一人様一票ですよ!


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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 6

「ガルガンチュアを起動なさるのですか!」

 

 ナザリック地下大墳墓。その謁見の間にて俺は皆と会議をしていた。議題は今から凡そ三日後に始まるアインズ・ウール・ゴウン伯爵とヤルダバオトの大戦についてである。

 この大戦にはいくつか理由がある。まずプレイヤーの姿がなかなか見えないためにこちらが行動を取りづらいので、あえて表舞台に出るようにした事。これによって相手プレイヤーも表舞台に出る公算が高く、またこちらが伯爵と言う貴族位を手に入れたことで王国が緩衝材となり直接手を下せないという形を取りたかったからだ。それに今回の大戦を加えることで王国での発言権に加えて、他国にも一目置かれる存在──つまり目立つことが出来るのだ。目立つことで『こいつはモンスターだから攻撃して良い』という安易な行動を取らせる事無く、相手の情報も手に入れることが容易となるだろう。

 それともう一つが、漆黒の英雄モモンを王国のみならず他国にも認知してもらうことである。そのために単に王国対聖王国ではなく、バレるリスクを負ってでもあえてアインズ・ウール・ゴウン伯爵対ヤルダバオトという形を取ったのである。

 そういうわけで皆とヤルダバオト戦の事について話していたのだが、デミウルゴスの悲鳴交じりの叫びにそれが止められることとなった。

 流石に敵役としてガルガンチュアクラスを相手取るのは相当苦労するのは分かっては居るものの、デミウルゴスもヤルダバオトとして聖王国で何やら実験をしているらしいことくらいは理解しているつもりだ。そしてナザリックメンバーを活躍させたがっていることも、だ。

 

「そうだ、デミウルゴス。これは決定事項である」

「ですが──いや、なるほど。そちらの方で行かれるわけですか──」

 

 他国の重鎮共が見に来るのである。折角だから派手にやりたいという単なる我が儘でしかなかったのだが、お得意の──いや、いつも通り深読みしてくれたようだ。

 

「お前の事だ。私の超位魔法《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への贄》への対策は既に済んでいるのだろう。しかも個人では分かりづらい大多数戦ではなく、精鋭による少数戦を選んでいる筈だ」

「おっしゃる通りでございます、アインズ様。あくまで大多数戦は前座に過ぎません」

 

 数よりも個を重視するのはウルベルトさんも同じだ。『数だけ揃えた烏合の衆よりも徹底的に鍛えた少数の精鋭の方が強い』とは彼の弁である。だからこそデミウルゴスも少数精鋭で来ると思ったのだ。だとするならば最低でも仔山羊を倒せるクラスの者を何体か揃えてきている筈。ならばガルガンチュアをぶつけても一方的にはならないと──

 

「アインズ様、今回の鍵は──アウラでございますね?」

「えっ──?」

 

 

 

 

 

 

「申し訳ありません、アインズ様。その命令はきけませーん!」

 

 そう突然言ったのは、隣に座っているアウラだった。いや、突然ではない。今まさにヤルダバオトらと相対しているアインズ・ウール・ゴウン伯爵の招集に対する答えなのだ。

 それがどれほどのものなのかは、今まで余興という形をとって見せてもらった戦闘──いや、蹂躙劇を思い返せばわかるというものである。

 一気に帝国のテーブルに緊張が走ったのが分かった。この少女の一言で伯爵の気分が害したとしたら。我々の命運は結界の周囲を嵐の如く吹き荒ぶ、力の本流に吹き飛ばされる木の葉の如き最後を辿ることとなるだろう。間違いなく、だ。

 

「ほう──アウラよ。貴様──我が命に背くというのか──ダークエルフ如きが」

 

 ヤルダバオトと言う大悪を目の前にしているからか流石にこちらを向くことは無いが、明らかに伯爵の声に怒気が混じっている。明らかな殺気がアウラだけに留まらず我々帝国の皆が座るテーブルにまで撒き散らされている。

 

「い、行った方が良いのではないか、アウラ」

「小心者だなージルは。アタシがあっちいっちゃったら、ここの結界消えるけど?」

 

 いま、彼女がなぜこんなところに座っているのか。その理由が明らかとなった瞬間だった。彼女は我々を守るために、結界を張るためにここに居たのだ。アインズ・ウール・ゴウン伯爵がここに結界を張っているとばかり思って居たが、まさかアウラだったとは夢にも思わなかった。だとするならば、彼女がここからいなくなるという事は結界の維持が出来なくなるという事。そうすれば、今まさに結界の外で吹き荒れる力の嵐に曝されることとなるわけだ。

 

「で、出来うる限り居てほしいね」

「ふふ、だよねー。そういうわけで、いけませーん!」

 

 だから煽るな!と思わず叫びそうになってしまった。なぜこの子はアインズ・ウール・ゴウン伯爵をこれほどまでに煽るのか。何か秘策でもあるというのか。

 

「貴様──このアインズ・ウール・ゴウンの命令が聞けないということか」

「聞けるわけないじゃん。アインズ様は最初に『ここに居る者たちを守れ』って命令したでしょ。それと相反する命令をしたかったらさ、言えばいいじゃん」

 

──茶番は終わりだ。人間など死んでも知った事ではない。って。

 

 透き通るような声で、彼女は叫んだ。間違いなく、この観覧席の端から端まで通ったはずだ。とんでもない叫びが。

 つまり、彼女を──アウラを無理にでも招集するという事は、ここに居る人間全員を見捨てろと言って居るのと同じだ。そう彼女は言ったのだ。彼女は、伯爵に選択を迫ったわけだ。余興などと言って集めた我らを殺したとなれば、もれなく世界の敵<ワールド・エネミー>認定され世界大戦は逃れることはできないだろう。しかしこれほどの結界を維持するアウラを欠いてあのヤルダバオトに勝てるのか。

 だが伯爵という地位を手に入れた──手に入れてしまったアインズ・ウール・ゴウン伯爵に選択肢は一つしかない。

 

「ク──クハハハハ!そうか!ならばそこで守っているがいい!貴様など居らずとも、倒して見せるわ!!」

「いよっ!それでこそアインズ・ウール・ゴウン伯爵様!」

 

 折れさせた。王の発言を撤回させたのだ、彼女は。皆等しく首を垂れる他無い存在に。それがどれほどの偉業なのかは周囲の視線を見れば分かる。今の今までただのダークエルフの小娘としてしか見られなかったというのに、既に各国の首脳陣は一目置き始めたのだ。

 彼女を味方に付ければ、伯爵への足かせに出来るかもしれない、などと考えているのだろう。しかし彼女の丸く大きい瞳に映っているのは──

 

「いやー良かったねージル。命拾いしちゃったねー」

「全くだ。ほんの数分だが生きた心地がしなかったぞ」

 

 ──不思議と、私だけのようだ。

 

 

 

 

 

「強いな、あれは。間違いなく」

 

 視線の先にあるのは、まるで天を突かんとばかりに巨大な存在である。確か名はガルガンチュアと言ったか。あれほどの大きさがあるならば最強と謳われる白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>ですら大人と子供位の大格差になるだろう。

 

「ですね、陛下。あれを貸していただけるのでは、我が国の現状を打破するのは容易いかと」

 

 隣に座るセレブライトは驚くという感覚が欠如しているかのように、いつものような感覚であれを同じく見上げていた。

 奴の妻シャルティア・ブラッドフォールン。漆黒の英雄と何か関係があるらしい女。戦闘能力が高いという話の執事に、氷を背負った二足歩行の巨大な虫。そして、先ほどの問題発言をぶちかましやがったアウラとかいうダークエルフによく似た──恐らく姉妹だろう娘。それぞれが間違いなく一線級の力を持つことくらいは分かるのは分かるのだが──

 

「存在感ありすぎだろ、あれ」

「あれほどのクラスのゴーレムはどの文献でも聞いたことがありませんね。維持費が凄まじそうですが、費用対効果は推して知るべきでしょうね」

 

 視線をスイーツに戻し、ゆるりと口に運ぶ。うまい。毎日食べたい。もう何もかも放り投げてアインズ・ウール・ゴウン伯爵の配下になったら食べられるかもしれないという考えがちらりと頭をよぎる。だが、それが出来るならばとうの昔に私はあの国を出ているだろう。出来ない。出来るわけが無い。

 

「伯爵様に抱かれてみませんか?彼の奥方の姿を見るに、案外その形態に食指が動くやもしれませんよ」

「形態いうな。それに骨に抱かれる趣味はない。と、言いたいところだがな。せめて手足を捥ぐだけで済めばいいが」

 

 伯爵が妻としているのは吸血鬼<ヴァンパイア>だ。しかも王国で冒険者をしているらしい小娘よりもさらに上位。間違いなくほぼ不死と言っていいだろう存在を妻としているのである。真っ最中に手足を捥ぐ位しても何らおかしくはない。いや、その程度で済めば良いが全身に蛆を沸かせたりなど特殊なことをしている可能性もある。

 

「せめて問題が解決するまでこの身体が持つならやる価値はあるかもしれんがなぁ」

「やっていただかないと本当の意味で陛下だけの国になってしまいますよ」

 

 相変わらずうちの国民をスナック菓子感覚で喰らってやがるあいつらの事が頭を過ぎる。現状は最悪。だが、まだ終わってはいない。負けてはいない。だから止められない。死ぬと分かっている死地に送り続けなければならない苦行が終わらせることが出来る可能性がある。そう分かっていて動かないのは、もはや愚かとしか言いようがないのだが。

 

「あ、ほら漆黒の英雄とかいう奴がいただろ。あれに要請するのはどうだ。どうやら浮名を流しているらしいし、本来の姿なら案外いけるんじゃないかって思うんだが」

「確かにあそこに居るヤルダバオトを撤退させたほどの実力者であることは間──」

 

──仕方ないな。切り札を使わせてもらおうか。

 

 おっと、無駄に雑談しているとどうやら伯爵たちに動きがあったようだ。

 こうやって日和見出来るのも、この凄まじい結界を維持してくれているあのアウラとかいうダークエルフのお陰である。帝国のイケメン君に感謝である。なにしろ見つめ合って居る関係だ。あれは間違いなく──

 

「下世話ですよ、陛下」

「たまにはいいだろう。産めよ増やせよ地に満ちよ、と神も言っていただろう」

 

 奴が私の事を『若作りばばあ』と言ってくれたことは何千年経ったとしても忘れはしない屈辱である。私が幼い姿をしているのは別にしたいからではなく、隣に座る阿呆の口車に乗せられて無理やりやらされているのだ。私は本来の姿で居たいというのに。

 まぁそれはさておき、この事に付いてだけは感謝しても良いだろう。そのダークエルフの小娘と上手くいくことを祈ってやらないこともない。

 

「おや、まだ始まっても居ないというのにもう切り札を使うのですか」

「フ──もともと使うつもりだったものが、早くなったに過ぎん。──来い、モモン!!」

 

 おや。と8品目のスイーツ──ホワイトモンブランから視線を戦場に戻した。先ほど話題に挙がった名前が聞こえた気がしたからだ。

 伯爵の配下たちが現れた時と同じく、伯爵の後方に黒い空間の裂け目が出来てそこから全身黒尽くめの鎧の男が現れた。

 関節部分が尖っており非常に攻撃的な鎧である。しかも黒い鎧に赤い意匠の籠ったラインが幾つも引かれており、非常に不気味な雰囲気を持って居る。あれでは英雄というよりも、まるで──

 

『オオォォォォォ───』

「うげ──」

 

 思わず少女らしからぬ声を上げてしまった。しかし仕方ない。仕方ないのだ。その不気味な鎧から聞こえてきたのはまるで怨嗟の念が籠っているかの如き、低い声というよりも響きだったのだから。

 

「あ、あああれ──絶対呪われてるだろ──かんっぜんにヤバいやつだろ!?」

「おかしいですね、私が得た情報によれば──多少コミュニケーション能力に欠けるのものの、英雄然とした好青年のはずなのですが」

「あれのどこが英雄然とした好青年だよ。あれ絶対どこかの墓から引っ張り出してきた曰く付きの奴だろ!」

 

 叫ぶわけにもいかず、小声でセレブライトと会話する他ない。周囲も同じ様に小声で話しているようだ。特に王国の方の声は大きい。『何かの間違いだ』等と言って居るようだ。

 まるで怨念が籠ったような暗いオーラを漂わせ、抜く剣はまるで見る者の魂を吸い取るが如く黒い炎を纏って居る。

 

「モモンガさま!?しっかりしてください、モモンガさま!!」

 

 確かアルベドとかいった黒い翼を生やした娘がモモンなる者に縋り付いている。やはり相当熱いのか、遠目でも彼女があれに触れた部分が焼けただれているのが見えた。

 

「ふむ、少々強化し過ぎたかもしれんな。しかし問題ないだろう。モモンよ、ヤルダバオトを殺せ」

「Jaaaaalllllll──dddddddaaaaaa──baooooooooooooth!!!!!!」

 

 ビリビリと空間が、結界が震えた。あれの──モモンの叫びで。怨嗟の如き叫びで。

 その衝撃で吹き飛ばされたアルベドとかいう娘は地に伏し、大声で泣いているようだ。

 伯爵は──アインズ・ウール・ゴウン伯爵は、ヤルダバオトを殺すために。ただそのためだけに漆黒の英雄を呼ばれた男を作り変えたという事なのか。

 確かにその力は凄まじいの一言である。まるで子供のように無計画に無遠慮に隙だらけのままにヤルダバオトに突進し、まるで棍棒を振るうかの如く剣を振るうという稚拙極まりない動きだというのに簡単に奴を吹き飛ばしてしまったのだから。防御どころか反応すら間に合わないほどの速度の一撃である。滅茶苦茶にもほどがある。

 

「ガルガンチュアは雑魚どもを皆殺しにしろ。シャルティア、マーレ、セバス、コキュートス、アルベドは七罪の奴らと戦え。私はもう一度超位魔法を放つ!」

 

 




暴走モモンをお送りしました。流石にこれは予測できなかったことでしょう。色々と大事なシーンでもあります。上手く表現できているかは微妙なところですが。
感想にも書かれていましたが作中通り、デミウルゴスはガルガンチュアが来ることなどは全て(深読み込みで)織り込み済みです。

そういえば初の時間のずれた場面展開でしたが理解できましたでしょうか。
何度『──三日前──』とか『──当日──』とか書こうか悩みましたが文章に盛り込みました。分かりづらかったら申し訳ないです。

さぁここから色々と戦闘表現が難しくなってきます。
書けるかなぁと戦々恐々としております。でも書けないと9,10章で詰むんですよね。がんばらねば。


お題目は活動報告ページにてまだまだ募集しております。
一人は既に決まっておりますが、もう一人はまだですよ。
当選確率は皆一緒です。早く書いても遅く書いても関係ありません。
お一人様一票ですので、まだ投稿されてない方は投稿してみると良いですよ。
案外当たるかもしれませんので!


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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 7

場面と視点がころころ変わっています
ご注意くださいませ


「今回の余興にて重要となるもう一つの要因<ファクター>があります。そうですよね、アインズ様?」

 

 三日後に控えるアインズ・ウール・ゴウン伯爵対ヤルダバオトという大きな戦闘──いや、余興を控えており俺は皆を集めて会議を続けていた。

 そして出て来る出て来る、予想以上の問題が。とはいえ、主にその問題をぶつけて来るのが仲間であり配下であるデミウルゴスであり、しかもその問題を上手くクリアできなければナザリックの主としての尊厳があっさりと失墜することは間違いない状況である。

 

「──そうだ」

 

 しかし俺はそういった事は全く考えておらず、ただただ動揺に動揺を重ねてもう局地的地震が体内で起きているのを必死に隠す事しか出来て居ない。

 だがうまい具合にこの行動が──主たる鷹揚な頷きに見えたらしいデミウルゴスは、満足そうな笑顔をこちらに向けて話を続けてくれている。

 

(本当、綱渡り過ぎるよなぁ──)

 

 そもそも王となる資質を持ち合わせてなど居ない俺である。いい加減この現状を打破したいところだ。何より、モモンとして動くのが最近楽しくて仕方がない。

 こうやって玉座で踏ん反り返っているよりも、街を歩き、草原を走り、森や洞窟を探索する方が楽しいと感じているのは間違いない。

 

(尊敬してもらうのは嬉しいのだけれど、流石に身の丈に合わなさすぎるんだよね)

 

 今でこそナザリックの主として居はするけれど。そんな自分がどうしても辛く感じてしまうのである。そろそろ後任を作って、元々の──あのユグドラシルの時のような冒険者稼業をやる方が良いのかもしれない。

 第一まだ他の皆を探しに行くことも出来ないのだ。居ないかもしれないが、居るかもしれない。どちらかでも100%でない限り、行動しないという選択肢は無い。

 

「──となるわけです。勿論承認していただけますよね、アインズ様」

「うむ、良きに計らえ」

 

 話半分どころか9割以上聞いていないが、デミウルゴスの行動で間違っていることはそうそうない。しかもここには階層守護者達が揃っており、だれも疑問視していないのだ。俺だけ『それは違う』と、そう言えるほどの頭も俺にはない。であれば、頭を縦に振るほかないだろう。

 

(殆ど傀儡だよな、これ)

 

 もうこのナザリックは、俺がいなくても回っていける形になってきている。いや、元から居なくても十分に回れる能力は持って居たのだ。ただそこに、俺が頂点に座っているだけにすぎない。

 アルベドを信頼している。デミウルゴスを信頼している。シャルティアを、アウラを、マーレを、コキュートスを、セバスを。ナザリックの皆を信頼している。

 だからこそ任せられる。だからこそ、俺は──

 

「では、今回の戦いではアインズ様には《パーフェクト・ウォーリアー/完璧なる戦士》を封印して頂き、武技の使用は控えて頂きます。また《バーサーク/狂化》を掛けて頂き、暴走しているふりをして頂きましょう」

「え、なにそれ──」

「確かにその方が真に迫っているわね。流石だわ、デミウルゴス」

 

 どうやら話を聞いていない間に物凄いことになっているようだ。

 

 

 

 

 

「Jaaaaaa──ldaaaaaaaaa────baoooooooooth!!!」

(で、実際《バーサーク/狂化》をかけてヤルダバオトと戦って居るんだけど、声すら変わるんだな。案外面白いかも)

 

 パンドラズ・アクター扮するアインズ・ウール・ゴウン伯爵に呼び出され、《バーサーク/狂化》を掛けた状態で戦場へと──舞台へと現れた俺は、迫真の雄叫びを上げた。

 アンデッドとしての特性なのか、それとも思考そのものには制限がかからないのかは分からないが、冷静な頭で暴走しまくっている身体のままにヤルダバオトに突撃していく。

 流石に動きに制限がかかりすぎているのと、あまりに身体能力が上がりすぎているために剣を上手く振り切れない。余興でデミウルゴスを斬り殺すわけにもいかないため、手に持つ剣はいつものグレートソードではなくイベントで手に入れた『アレ』である。

 大振りすれば黒い炎が撒き散らされ、例え遠目で見たとしてもインパクトは物凄いものとなっていることだろう。そのためか、最近慣れてきたフェイントや小手先の技などは一切使わずに主に大振りでヤルダバオトに攻撃を続けている。

 

「全く──このような無粋なことをするなど、滑稽を通り越して哀れですね!」

 

 なんとか目が慣れてきたのだろうデミウルゴスことヤルダバオトは軽々と俺の攻撃を避け始めた。避け始めたのは良いのだが、なぜギリギリのところで避けるのだろうか。限界に挑戦していたりするのだろうか。罷り間違って当たったとしても死にはしないが、死ぬほど痛いのは実証済みである。最終的にばっさり行くつもりだが、今はもう少し大きく避けても良いのではないだろうか。と、思った時だった。

 

「Gaaaaaaaa────ッッッ!!」

 

 

 

 

 

「あれでは駄目だね。ヤルダバオトはもうアレの動きに慣れてしまっている」

「いくら子供染みて居る動きとは言え、あれに余裕を持って対応するのかい」

 

 十万を超す大量の悪魔対超巨大ゴーレム。そしてあの強烈な非常識染みた亜神をも殺す悪魔と戦うアインズ・ウール・ゴウン伯爵の配下たち。それらを横目にわしらは、漆黒の英雄モモンとヤルダバオトの戦いに注目していた。

 恐らく前回冒険者たちをヤルダバオトに盾に取られ、みすみす逃してしまったことを鑑みてアインズ・ウール・ゴウン伯爵はモモンの理性を取り払ったのだろう。しかしやりすぎてしまったために暴走。幾ら強大な力を与えられたと言っても、あんな戦いを知らぬ子供のような動きでは強大な悪魔であるヤルダバオトと戦うには足りなかったようだ。

 

「あれならば、何もせずそのまま戦わせた方が良い勝負をしたんじゃないかな」

「確かにね。武技を一切使ってないところを見ると、『使わない』のではなく『使えない』のだろうからね」

 

 弱者が強者と戦うために生み出した戦の技、武技。それを使えないというのはあまりにも分が悪すぎる。

 

「悪魔の諸相:触腕の翼!」

 

 モモンは武技を使えない。だがヤルダバオトは問題なく使ってくる。今もまるで雨の様に、生きた矢をモモンに降り注がせていた。

 モモンに防ぐ術はない。3割ほどは叩き落せたみたいだが、殆どがその鎧に突き刺さっている。強力な鎧であるため完全に貫いては居ないものの、うねうねとまるで触手の様に蠢き内部に潜り込もうとしている。あれではいつ鎧を貫いて内部を攻撃されるかわかったものではない。

 モモンはそれらを振り払う事無くヤルダバオトに突撃を繰り返している。しかしもう、ヤルダバオトにその剣が届くことは、無い。

 

「やれやれ、見てられ──なんだいこりゃあ──」

「行動制限系の魔法か、スキル辺りだな」

 

 見てられない、せめて奴の暴走だけでも止められればと立ち上がろうとした時だった。

 身体が動かないのだ。正確には下半身が。食べ物に何か仕込まれていたのかとも思ったのだが、どうやら隣のツアーも動けないようだ。となれば、この無暗矢鱈に豪華なイスやテーブルにそういった細工が施されていたのだろう。

 

「舞台が終わるまでは立ち上がらないで頂きたいものだな。『ゆっくり座っていたまえ』」

 

 わしら以外にも立ち上がろうとした者たちが居たのだろう。少しざわめきが走った時、伯爵の言葉がわしらの足から力を抜けさせた。

 

 

 

 

 

 

「うわこれ支配の呪言じゃない。やっぱり白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>が言ってたのはマジだったわけね」

 

 何とかテーブルに掛けられた魔法を解こうとした時に、追い打ちとばかりに来た呪詛の言。支配の呪言と呼ばれるそれは、最上位の悪魔のみが使用出来ると言われる特殊な力だ。かつて──遥か昔にあのお方が使われて以来久しい力であったため、もう失われた力だと──伝説の力だと思って居た。しかし伯爵──いや、あれが使ったという事は──

 

「やっぱり──ぐるる──」

「陛下、殺気駄々洩れです。暴れたいのであれば、帰った後にビースト相手に行ってください」

 

 無理にでも立ち上がろうとする私の手を見知った手が覆ってくる。弱く儚い手だ。いけ好かない手だ。私に無理難題をぶちまけて来る手だ。私が──守らなければならない手だ。

 

「フゥ──────ごめん」

「いえいえ、あの伯爵相手に何の因縁があるのかは私には分かりませんが。一つだけ言えるのは、あんなの相手にしていたら国が滅びます。えぇ、間違いなく」

 

 大きく息を吐く。何とか落ち着きを取り戻せた私は、目の前のショコラジェラートに執心することにした。私よりも動きたいであろう白金の竜王が動かないのだ。であれば私が動くわけにはいかない。一時の怒りに身体を任せるわけにはいかないのだ。

 

「でもアイツ──何を考えてるっていうの──?」

 

 舌に乗せた瞬間、まるで天の羽衣もかくやと言わんばかりに蕩け無くなるスイーツに感動を覚えながらも、ちらりとアイツに視線を向けた。何も動かない。動こうとしない。その姿はあの時と一緒だった。

 視線を戻す。スイーツにではなく、鏡へと──戦場へと。そこにはまるで人形遊びをしている子供の様に、まるで掬った砂を撒き散らすかの様に悪魔どもを吹き飛ばしていくゴーレムの姿が映っていた。

 口のようなところから火を吹けば辺りは瞬く間に焼け野原となり、氷を吹けば瞬く間に凍てつく大地へと変貌させる。目のようなところが赤く光ったかと思えば、視線の先であろう場所が爆発四散して巨大なクレーターを作り上げる。これはもう単体でありながら戦略兵器の様相である。

 

「やっぱ欲しいなぁ、あれ」

「抱かれる決心がつきましたか、陛下」

「──ごめん、やっぱ英雄の方で」

「その英雄は、今にも死にそうですが」

 

 暴走していた英雄の方に意識を向けると、鏡は巨大ゴーレムの独壇場から一瞬で英雄の戦場へと切り替わる。すごく便利である。そういえばこの鏡持って帰っていいとかいう話だった気がするが、本当にいいのだろうか。

 映った英雄はもうボロボロだった。美しかった鎧は砕け拉げ、何とか形を保っているといった様子だ。中がどうなっているかは分からないが、既に瀕死であることは間違いないだろう。

 

「ふむ、やはり私がとどめを刺さねばならんようだな。我が超位魔法で屠って──」

「モモンガさまぁ!!」

 

 恐らくは倒れている英雄モモン──の、はず。モモンガでは『アレ』になってしまう──に駆け寄る一人の美女。確か名前はアルベドだったか。恐らく伯爵はあの英雄ごとヤルダバオトを倒そうとしていたのだろう、彼女が駆け寄ったせいで伯爵は──アレは魔法を放てなかったようだ。

 

「モモンガ様──しっかりなさってください、モモンガ様──」

「A──l──b──」

「はい、モモンガ様。私です、貴方様のアルベドでございます。今──お助けします──我願う<アイ・ウィッシュ>──」

 

 彼女が何かを呟いた時、彼女を中心に──いや、英雄を中心に巨大な魔法陣が現れた。伯爵のものに似ている魔法陣が。あの、超位魔法とやらに似ている魔法陣が。

 

「我願う<アイ・ウィッシュ>──我願う<アイ・ウィッシュ>──」

 

 しかし、同じではない。彼女が続ける毎に魔法陣は白から金へと変わっていく。そして──

 

「な──純白の翼──だと──」

 

 その驚きの声が聞こえてきたのスレイン法国の方、恐らく司祭長辺りか。しかし彼だけではない。増えるざわめきは全て、彼女に向けられている。

 彼女の背にある黒き翼が白く染め上げられ、大きく羽ばたいたのだ。その姿は、正しく神話にある天使にも見紛う程に美しい。

 

「我願う<アイ・ウィッシュ>!我が愛するお方、モモンガ様!どうか──どうか──!!」

 

 まばゆい光が彼女たちを覆っていく。白く、金色に輝く光が。

 まるで朗々と謳う彼女の声に合わせるかのように、踊り膨れ上がり

 

──《ウィッシュ・アボン・ア・スター/星に願いを》

 

 眩く、弾けたのだった。

 




むーずかしー
中々表現が上手くいきません
読者の皆様の想像力にお任せするしかありませんっ

もうちょっと色々活躍させたかったですねぇ


活動報告ページにてお題目を募集しております
当選なさいますと、私のお気に入りになってX指定や先行公開などの専用ページの閲覧が可能となります。
奮ってご参加くださいませ


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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 8

 レエブン。その血の力はありとあらゆる奇跡を生み出すという。その直系の祖先にあたるアルベドという者の力は筆舌しがたいものであった。

 

「なんと──なんという──」

 

 言葉にならない。アルベドなる者が生み出した魔法陣は黄金に輝き、まるで太陽の如く明るく眩しい輝きを放っていた。

 中で何が起きているのかは分からない。しかし、不思議と恐怖を感じない。どちらかといえば、安らぎを感じるような温かい光なのだ。そう、それは例えるならば──

 

「女神の奇跡──」

 

 そう、女神だ。

 聞こえてきた方を見やる。彼女の背に生えた黒き翼が純白となり、死に瀕する英雄を包んだ。まるで伝承のような出来事が起きて思わず呟いてしまったのだろう。法国の神官長が驚愕のあまり目を見開きながら凝視している。

 視線を戻せばゆっくりと光は弱くなってきている。少しづつ見えてくる二人の影。そこには、嘆く女性と倒れ伏す男性の姿はなく。

 

「あぁっ──モモンガさまっ!!」

 

 己が起こした奇跡に喜び涙する女性と──

 

「姫──」

 

 その女性を守るが如く、巨悪の前に立つ男性が居たのだ。

 

「あぁ、我が君。我が愛しきお方。生きていらっしゃったのですね」

「暗く深き闇の中にて、心と魂を削られながら。貴方の声が聞こえた」

 

 そこに立つ男性──漆黒の英雄モモン。そこに禍々しき姿はもうない。その姿はかつて王都でヤルダバオトと戦った時と同じ。黒き英雄の姿があった。

 暴走している様子はない。ただ──静かに構え、悪に──ヤルダバオトに対峙するのみ。

 

「奇跡──奇跡キセキきSekI!奇跡だと!ありえぬ!奇跡など起こりはしない!!」

「その通りだ、ヤルダバオト。奇跡は起こりなどしない」

 

 ヤルダバオトは気づいたのだろう。漆黒の英雄がかつて王都で会った時よりも、ずっと強くなっていることに。

 モモンがゆっくりとヤルダバオトに向け、歩いていく。先ほど受けたダメージなど無かったかのように、悠然と。

 両手に持つ愛用の二本のグレートソードを背に仕舞い、どこからともなく一本の巨剣を取り出した。黒き炎に包まれた巨剣を。それを構えるでもなく、片手で持ちながら歩いていく。

 

「ならば何故貴様は立っている!混沌なる意識に飲まれ、魂を打ち砕かれんとしていた貴様がなぜ!奇跡など起きぬはずだというのに!」

「奇跡は起きない。それは確かだ。幾百幾千。幾万幾億祈ろうとも」

 

 歩みが止まる。まるで風の様に、揺らぎ構える。その姿に欠片ほどの隙も無い。

 対するヤルバダオトはどうだ。先ほどまでの余裕などまるで夢だったかのように。

 

「なぜだ──なぜだぁっ!!」

「とても簡単なことだ、デ──デーモンよ。奇跡は起きない。奇跡は──起こすものだ!!」

 

 まるで限界まで引き絞られた弓より放たれる矢の如く、英雄は一気に間合いを詰めていく。悪魔もそれをさせぬと構えようとするが、遅い。

 

「ガッ──ガァァァァァー!!!」

「武技──極光連斬」

 

 まるで光になったかの如く一瞬でヤルダバオト近付き、そのまま貫いたのである。

 

 

 

 

 

 

「──見えたか、ガゼフ」

「3回までは、な。恐らく私の六光連斬の様に同時に幾つもの連撃を行うものだと思うが」

 

 流石は王国戦士長である。俺でもギリギリ3回見えただけだというのに。奴は3回と言っているが、恐らく確実に見えたのが3回だったのだろう。

 

「64回だ。ア──奴が放った数はな。無作為の八方からの同時攻撃を8回。全て見えた者は居るかな」

 

 突然聞こえてきた声に驚き顔を跳ね上げる。視線の先に居るのはアンデッド──アインズ・ウール・ゴウン伯爵だ。モモンのあの凄まじい武技によって黒い炎に包まれながら倒れたヤルダバオトを見て終わったと思ったのだろう。展開していた魔法陣は解除され、警戒を解きながらこちら側を向いていた。

 

「64回同時攻撃ではなくて?」

 

 ざわりと観客席が騒がしくなる。伯爵に問うたのは漆黒聖典の絶死絶命とか呼ばれている女だ。あれが見えたというのか。

 

「ほう、あれを見えた者が居たか。残念ながらあれは同時攻撃ではない。ゆえに隙が多く避けやすい技だ。あれが本来の──完全なる同時攻撃であれば避ける事も防ぐことも出来ないのだが──うん?」

 

 ふとした違和感を感じたのだろう伯爵は、後ろを振り向いた。戦いの音が消えたのだ。

 ヤルダバオトは倒れた。しかし数多の、何十万という悪魔たちはいまだ健在のはずだというのに。

 

「どうした、セバス」

「アインズ様、悪魔たちが人に戻っておりました」

 

 執事服の男──セバスさんの言葉に皆がしん、と静まった。普通に考えればあり得ない話だ。即死級の魔法を撃ち込まれ、超巨大な亜神を呼び出され、悪魔と化し、そして超巨大ゴーレムで蹂躙されたのだ。死んでいないだけでもありえないほどにおかしい話だというのに、人に戻るなど想像の範疇を超えている。

 

「ふむ、では代表者を連れて来るのだ」

 

 短い返事と共にセバスさんの姿が消える。いや、あまりに速すぎる速度に目が追い付かないだけだろう。その証拠に、目の前に置かれた強大な鏡にはセバスさんの姿が、凄まじい速度でありながらも悠然と歩いているような姿が映っている。

 ちらりとガゼフの方へと視線を向けると、彼の視線は鏡を見て居ない。じっとヤルダバオトが居た場所を見つめている。もしや復活するかもしれぬと思って居るのかもしれない。しかしそんなものは杞憂だとばかりに、ゆっくりと黒い炎は小さくなっていく。そして風でも巻き起こったのだろうか、炎は完全に消えた。小さな燃えカスを撒き散らしながら。

 

「あれだけの悪魔であっても、終わるときは呆気ねえもんだな」

「あぁ、不思議と死んでいる感じがしなかったのだが──どうやら杞憂だったようだ」

 

 それを黙って見つめているあの男は何を思って居るのだろうか。噂によれば、ずっとあの悪魔を追い続けていたという話だ。長年追って居た者が居なくなるというのは、大きな空虚感が襲ってくるだろう。あれほどの力を得てまで追った相手が居なくなったのなれば尚更だ。

 アインズ・ウール・ゴウン伯爵が指をぱちりと弾くと、モモンとその隣に居たアルベドという女は揺らぎ消えた。恐らく伯爵がどこかへ転移させたのだろう。気付けばあの巨大なゴーレム等も居なくなっている。伯爵は指をはじくだけで転移させたという事なのか。

 

「お待たせいたしました、アインズ様」

 

 いつの間に戻ってきたのだろうか。セバスさんは複数人の女性を伴って戻って来ていた。セバスさんのすぐ後ろ、一際目立つ美貌の女性は遠目だが見たことがある。

 

「ローブル聖王国の聖王カルカ・ベサーレスと見受けるが、相違ないな」

 

 そう、清廉の聖王女とかローブルの至宝とか呼ばれている女だ。確か他の奴と同じく悪魔の姿になっていたはずだというのに、本当に人間に戻っているようだ。

 

 

 

 

 

「なるほど、実験体の有効活用ですか」

 

 アインズ・ウール・ゴウン伯爵対ヤルダバオトという余興を始める時が明日へと差し迫っている時、俺──アインズ・ウール・ゴウンは配下の皆と会議を続けていた。

 とはいえ煮詰まっているわけではない。デミウルゴスの作戦の詳細が分からないからである。デミウルゴスは俺が全て理解している前提で話を続けているため、何とかはぐらかしつつ情報を抜き取っていたためここまで時間がかかってしまったのである。

 なんとも情けない話だが、何も知らないまま動くよりも何倍もマシなのだから仕様がない。

 

「そうだ。恐らくお前の事だから操りやすい者に挿げ替えるか、ドッペルゲンガーに任せようと考えていたのだろう。しかしそれでは勿体ないではないか」

「勿体ない──ですか?」

 

 ──いかん、齟齬が生まれてしまった。こういう時が一番つらい。いつもは深読みしてくれるからちょっと曖昧に言えばいい感じに回答を作ってくれるのだが、たまにこういう時があるのだ。

 必死に頭を動かす。勿体ないという理由、俺としては実験に使った奴をさっさと殺すのは単純に勿体ないと思っただけである。何か有効利用することが出来ると思って。

 

「理解できぬか。デミウルゴスが特に強く悪魔化した者たちは聖王国の重鎮だろう?」

「──そういうことでしたか。流石はアインズ様です。なんと素晴らしいお考えでしょう!」

 

 良かった。深読みが上手く働いてくれたようだ。しかしどのあたりが素晴らしいのだろうか。

 

「ふむ、理解したようだな。では、皆に伝える権利をお前に与えよう」

「ありがとうございます、では──」

 

 

 

 

 

「我が聖王国を救って頂き、感謝の念しかありません。アインズ・ウール・ゴウン様」

 

 ざわりと周囲が騒がしくなる。それもそのはずだ。敬虔なる信徒であり、聖王と呼ばれる者。そんな彼女が傅いたのだ。聖王が、アンデッドに。王が、伯爵にだ。確かに国の窮地を救われた。己が悪魔化を食い止めてくれたのもあるだろう。しかし聖騎士を擁する国がアンデッドに傅くなどありえない。精々言葉と握手程度で済ませるだろうと思われた。後々金品を送る程度はあるだろうが、ここまでする理由はあっても意地も度胸も無いはず。

 しかし真摯に傅く彼女に、八方美人で甘い女王と揶揄された姿はもう無い。民のためならば己がプライドを捨て去ることなど何とも思って居ない、正しく王が姿と言って良いだろう。

 そう、私は思って居た。いや、見て居る皆がそう思って居たに違いない。しかし続く彼女の言葉は私たちの想像を遥かに絶するものだったのだ。

 

「我が国は悪魔ヤルダバオトに蹂躙され、立ち行かぬほどに疲弊致しました」

「私に何を望み、何を求める」

「弱き民に幸せを──誰も、泣かない国を、どうか──」

「私に何を差し出せる」

「全てを──我がローブル聖王国を──」

 

──ローブル聖王国をアインズ・ウール・ゴウン様に捧げます。

 

 この日を以て、聖王女の言葉を以てローブル聖王国はリ・エスティーゼ王国の属国となったのだった。いや、属国ではない。アインズ・ウール・ゴウン伯爵の物となったのだ。

 いや、おかしい。何かがおかしい。彼女の事は知っている。誰もが羨む美貌と、優しき心根の持ち主であることを、私は知っている。我々スレイン法国と宗教は違えども。一部の亜人を擁していても、アンデッドなどに国を売り渡すような──

 

「っ!!」

 

 にこり、と彼女がほほ笑んだ。私を見て。その笑顔に偽りはない。あの時と同じ笑顔だった。では、彼女に一体何があったというのか。聖王国は、立ち行かぬほどに疲弊するとはどれほどの被害なのか。

 

「絶死絶命よ、彼女は──カルカ・ベサーレス殿は──人間か」

 

 酷く皺枯れた声だ。出した私自身が驚くほどに。まるで枯葉を磨り潰すような声だ。それほどに私は驚いているのだ。彼女の変貌に。だから、縋り付くしかない。あれは彼女ではない、人間ではないと──

 

「人間よ。混じり気無しに、ね」

「そう──か──」

 

 私の希望はそこで潰えた。彼女は変わってしまった。悪魔によって変えられたのだ。もう甘い彼女は居ない。もう朗らかな彼女は居ない。もう純粋な彼女は居ない。もう、私の知る彼女は居ないのだ。

 

「よかろう。私に忠誠を誓い続ける限り、永劫その望みは叶い続けることとなるだろう」

「ありがとうございます、アインズ・ウール・ゴウン様」

 

 それでも、伯爵に笑顔を向ける彼女はどこか懐かしい。

 

「レメディオス・カストディオ。偉大なる御方に忠誠を」

「ケラルト・カストディオ。偉大なる貴方様に我が信仰を」

「イサンドロ・サンチェス。偉大なる主に、我が叡智を」

「オルランド・カンパーノ。御身に我が命を」

「パベル・バラハ。我が君に我が力を」

「ネイア・バラハ。至高なる御方に全てを」

 

 彼女に従い、続々と皆が集まってくる。九色が。聖騎士が。近衛が。海兵隊が。様々な兵たちが皆一堂に伯爵に傅いていく。

 

「カルカ・ベサーレス。アインズ・ウール・ゴウン様に我らの血を捧げます」

 

 それは、新たなる王の誕生だった。それは新たなる歴史の始まりだった。それは新たな福音の始まりだった。それを受ける者がアンデッドでなければ。

 

「頭抱えてぇ──大変ね、神官長サマ?」

 

 大変なのはこれからだ。これを持ち帰り、我らで決めねばならぬ。

 大災害<ワールド・ディザスター>となるか世界の敵<ワールド・エネミー>となるか、それとも──

 

「これにて余興は終了となる。皆、気を付けて帰ると良い。そして、我が名を──アインズ・ウール・ゴウンの名を胸に刻むと良い!」

 

 大仰に両手を広げる伯爵を見て頭を抱える。これから先。少なくとも、良い方には転がりそうにないだろうことにため息を付きながら。

 




ふぅ、疲れました。
本当はヤルモモでもっとキンキンしてほしかったですが、字数の関係で一撃で終わってしまいました。
本当はその後にモモンがアインズ様に剣を向けるシーンもありましたが、敢え無くカットです。
わりとそういうシーンをばっさりカットするのが私流です。

最後に何でみんな名前言って忠誠誓って居るのでしょうね。
ピンと来た方は私にメッセージ送ってくださいね。
仔細含め全部正解された方、先着5名様をお気に入り登録しちゃいますよ。
多分こういうものになれてる人以外にはぶっ飛んで難しい問題ですが!

さて、あと1話で長かった7章も終了となります。
投稿時点でお題目募集も終わりますので、まだ投稿されてない方は投稿してみてはどうですかっ
もしかしたら当選するかもですよ?


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7章 王国 七罪 ─Jaldabaoth─ 終

「まずは余興の成功、心よりお慶び申し上げます」

 

 ナザリックの王アインズ・ウール・ゴウン伯爵と漆黒の英雄モモン対大悪魔ヤルダバオトという壮大な余興が終わって早数日。撤収作業も滞りなく行われ、俺たちはナザリックに戻って来ていた。

 

「ローブル聖王国の方はどうだ、デミウルゴス」

「はい、裏で操っていたのがヤルダバオトであるということを大々的にローブル聖王国国民に報告させました。それによって罪を全てヤルダバオトに、功績を聖女に──そしてその主たるアインズ・ウール・ゴウン伯爵様に。その立役者となりました漆黒の英雄モモンも既に、ローブル聖王国の中では知らぬ者も居らぬでしょう」

 

 そうか。と俺は小さく呟く。正直な話、俺はここまで話を大きくするつもりはなかった。精々、大々的にアインズ・ウール・ゴウン伯爵を世界に知らせることが出来れば、その程度だったのだ。しかしデミウルゴスの働きによってヤルダバオトが参戦し、それによってアインズ・ウール・ゴウン伯爵だけでなく漆黒の英雄モモンの名も大きく世界に知られることになった。そして一番大きいのは──

 

「アインズ様の御計画通り伯爵と言う立場を利用することにより、国対国の矢面に立つことないまま聖王国の国主という大きな立場を手に入れることが出来ました。私のような稚拙な計画ではこうも簡単に、かつ素早く国一つを掌握することはできなかったでしょう」

 

 俺が、気が付けば王国の伯爵兼聖王国の国主という立場となったのである。

 デミウルゴスは全て俺の素晴らしい計画のお陰だと言っているが、聖王国に関しては俺は全く手を出していない。デミウルゴスが人の身でありながら悪魔の力を手に入れるという、通称「悪魔武器計画」を組み上げたお陰なのだ。悪魔を武器化することにより、それを持つ者を変質させる事無く大幅に強化できる。しかも悪魔をそのまま使うよりもずっと強くなるのは、通常あの仔山羊にギリギリ勝てるかどうかという力量の悪魔ですら簡単に倒せるほどの力に引き上げられることからも確かだろう。その力によって聖王国は亜人という強大な敵対者に対して対抗する力を人の身であるままに手に入れることが出来たのだ。

 しかし悪魔の力という強大な力であるが故に一時的に悪魔化したりすることもあるようだが──まぁ、元に戻れるならば誤差と言っていいだろうな。

 

「特にヤルダバオトを倒した漆黒の英雄モモンの名は、聖王国の中でも随一。もはや並ぶ者も居りません」

「もう良い、デミウルゴス。我らに恭順する聖王国はもはやナザリックの一部である。それを心に刻み、この話は終わりとする。よいな」

 

 恭しく頭を垂れる皆に鷹揚に頷き、次を促す。最後の懸念。そう、傾城傾国。シャルティアを操ろうとした愚か者をどうするか、だ。

 

「シャルティアを操った者は依然姿が掴めません。しかし少ない情報から推察するに、既に死亡しているものと思われます」

「死んでいる、か。確かにあの時の、効果中のシャルティアは自分の主が誰なのかを正しく理解していなかった。そういう意味でもその判断は正しいと言える。しかし、だ」

「洗脳したものが死んだとしても、洗脳が解けない事。で、ございますね」

 

 通常精神系状態異常は、行った術者が死亡すれば自動的に解除される。故に洗脳等を行って敵対行動を起こさせた者は見つからないように隠れるのが常道だ。しかし流石はWI<ワールドアイテム>と言うべきか。精神系を無効化するアンデッドに効果があり、しかも使用者が死んでも効果が消えないとは厄介極まりない。

 

「そうだ。現在プレイヤーが居るかどうかは不明だが、間違いなく傾城傾国を齎したプレイヤーが存在するはずだ」

「なるほど、付きましては十分に注意して──」

「いや──」

 

 誰かを選出して派遣する予定だったデミウルゴスを制する。結局は我が儘だ。俺の、最初から最後まで。でも、譲れない我が儘なのだ。

 

「スレイン法国には、モモンが行く」

 

 

 

 

 

 

「帰ったか、闇の神官長マクシミリアン・オライオ・ラギエ。並びに番外席次よ」

 

 いつもの我らが神殿。いつもの通路を通り、いつもの扉を潜り、皆が待つところへ戻ってきた。しかしどうだろうか。まるで異界にでも来た気分になる。何か幻術にでもかけられているのかと勘違いしてしまう程に。未だあの凄まじい時間から抜け出しきっていないということなのかもしれない。

 思い出したようにゆっくりと礼の姿を取り、ゆるりと口を開く。そう思うも口が動かない。

 

「一体どうしたというのだね、闇の神官長よ」

「巫女姫に見て貰っていたが、何も口にすることなく倒れ伏して居る。我々には最早あの場で行われた余興とやらの情報を取得出来る状況ではないのだ。闇の神官長よ、直接見てきたお前の口から聞かせてくれないか」

 

 口々に他の神官長たちが騒ぎ出す。間接的にでも『あれ』を見させたのか。あの常軌を逸した地獄絵図を。確かにあんなものを見せられてまともな精神で居られるものではないだろう。

 ゆっくりと歩き、皆の真ん中に立つ。言わねばならぬ。伝えねばならぬ。今まで危惧してきたことなど稚技に等しきことであったと。本当の地獄はこれから始まるのだと。終わりと始まりが起こるのだと。

 

「あ──あ──」

 

 だというのに、まるで魔法が掛けられたように声が出ない。奴の、伯爵の力なのか。それともあれを見た私の心は壊れてしまったのか。

 ぼろぼろと、年甲斐もなく立場すら捨て去ったとばかりに大粒の涙が流れていく。辛いわけではない。悲しいわけではない。ただただ、意味もなく涙が伝っていく。

 

「死の神たるスルシャーナ様を崇めるお前でもそうなるほどか。では、番外席次よ、発言を許す。お前の口から話すのだ」

 

 視界が歪む。視界が滲む。嗚咽すら口から出ない私の耳に、コツコツと靴音が近付いてくる。まるで地獄から私を呼びに来たかのような音が。笑い声を伴って。くすくす。くすくすと。

 

「何がおかしい!」

 

 笑う絶死絶命に激高した一人の神官長の叫びに、さらに笑い声は強くなる。笑うしかないと。そう言うかのように。

 

「貴方達も来ればよかったのよ。そして見れば良かったのよ」

「だから何を見たというのだ!」

「力が強いだの弱いだの。身分が高いだの低いだの。あっちで人が死んだ。向こうで赤子が生まれた。向こうが焼けた。こっちで建てた。そんな普通の事が全て些事である。何も意味のない事である」

「何を言っているのだ、番外席次よ!神人たる貴様まで狂ったとでもいうのか!!」

「狂う?くすくす。あんなものを見て狂わない者なんて居ないわ。ありとあらゆる常識を破壊し尽くされるのよ。正常な判断なんて無理でしょうねぇ」

 

 的を得ぬ絶死絶命の言葉にさらに声を荒げる同胞に声を上げたい。上げられる。喉が震えぬ。

 こ奴が言っていることは全てが答えなのだと。

 

「まぁ、分かりやすく言いましょうか。そうねぇ──地獄──では陳腐ね。そう──ありとあらゆる理不尽を見てきた。いえ、見せつけられた。で、良いと思うわ。あれを見たら、いかに自分がちっぽけな存在であるかを理解できるわね」

 

 私の肩に手を置く。肩に感じる微かな震えに顔を上げると、私に微笑みを向けていた。その姿は、まるで見た目相応の少女のようであった。そう見えたのは、あの時間を──あの混沌を互いに見たからなのかもしれない。

 

 

 

 

 

「モモンさぁぁぁぁん──」

 

 久しぶりの酒場に入ると、まるで待ち構えていたかのように『ひしっ』と何かに抱き着かれる。一瞬避けようかとも思ったのだが、どうも見たことある色合いだったのと避けたら余計に面倒なことになりそうだったのでそのまま受けることになっていた。

 

「心配したんですよぉぉ──精神支配を受けたとか無理矢理強化されたとか──死んじゃっ───ぐふぁっ!!」

「お、おう──」

 

 我慢が出来なかったのか、それとも敵対行動と見做したのか。ナーベラル・ガンマことナーベが抱き着いてきたモノ──イビルアイの横腹を思い切り蹴り飛ばしていた。

 もんどりうって倒れたイビルアイは、かなり良いところに入ったのかピクリとも動かない。だが彼女は最上位ではないとはいえ吸血鬼である。しかも前衛ではないナーベの一撃だ。即死していることはないとは思うが。

 

「元気──なのかしら」

「いや、なんとか動いていると言ったところだ」

 

 促された席に座り、テーブルに肘をつく。英雄らしからぬ行為。しかしやらねばならない。何しろ俺は──

 

「やはりヤルダバオトと戦った傷は中々癒えないみたいね」

「あぁ、アルベド姫に怪我の類は治して貰ったのだが、思うように力が出なくてな」

「相当派手にやったみたいだからな、あちこちおかしくなっても不思議じゃねえか」

「珍しく弱気。甲斐甲斐しく看病すべき?」

 

 ヤルダバオトと戦って傷ついたことになっているから。そのため暫く冒険者稼業は休止。それもこれも冒険者となった理由の一つである金銭の苦労が、聖王国を併合したことで無くなった事。そしてある程度有名になるという目標もヤルダバオトを各国の重鎮の前で行ったことで天井知らずである。であれば、今はだらだらとモンスター退治して居る必要は無くなったわけだ。

 そこでうまく作った理由が、戦闘での怪我。『膝に矢を受けたから戦線離脱しました』作戦である。

 

「モモンさんは少し頑張りすぎなところもあったから、しばらく休むのも良いと思うわ。ギルドとしても王国としても、あのヤルダバオトの討伐賞金がかなり出るみたいだし。金銭的問題も無いはずよ」

「もし足りなくても、私が持っているから大丈夫よ」

 

 やはり大丈夫だったのか。俺の隣──ナーベとは反対側にイビルアイが座りながら言ってくる。金銭的束縛を行う事で俺の行動を監視しやすくするという理由もあるのだろう。

 ちらりとナーベに目配せをすると、理解できたのか確信めいた視線をこちらに送りながら頷いてくれる。最近のナーベの駄目っぷりに、表には出さないもののパンドラズ・アクターの低すぎる評価のせいで本当に大丈夫かと一瞬迷ったが背に腹は代えられない。

 

「ゆっくりと休養するつもりだったのだがそういうわけにもいかないのだ」

「その間に関しては私がモモン様の分まで働くから問題ないわ」

 

 とうとうナーベの俺を呼ぶ敬称が完全に様になってしまった。こう、世界的英雄と言う立場になったからなのか、もう様付けで良いんじゃないかと開き直ったのか、それとも単に忘れているだけなのかは微妙なところである。まぁ設定上俺は遥か昔の王子様であり、設定上ナーベはその御付きであったということになっているので問題ないと言えば問題ないのだが。

 

「────」

(あぁぁぁ──周囲の視線が痛い──)

 

 こう、『マジかよ。とうとう様付けさせやがったぜアイツ』とか『やっぱりあんなストイックなふりしてベッドの上で様付けさせてやがったんだな』とか『英雄様の下半身は魔王様ってか』とか。そんな周囲の小声や視線が辛くて仕方ない。

 

(俺だって呼び捨てが良いんだよ。出来れば『さん』付けが良かったんだよ。でもコイツ達ガチなんだよぉぉ──)

 

 思わず頭を抱えそうになるのを必死に堪えながら話を続けて行く。本当にアンデッドに成ってよかったと思える瞬間である。

 

 こんな時に思いたくもなかったが。

 

「では、どこかに行くんですか?私も──」

「必要ない。知り合いの伝手等もあるからな。なに、そう時間はかからないだろう」

 

 私の監視から逃げられるなんて思うなよ、と暗に言ってくるイビルアイを必死に躱していく。直接言ってこないからこそやれる戦法である。

 

「そ、それではどこに行くかくらいは──」

「スレイン法国だ。最も物見遊山の観光ではないがね」

 

 せめて場所だけでもというわけか。これは下手をすれば現地に別の監視員が居る可能性も視野に入れておいた方が良いな。

 

「ナーベ、お前は蒼の薔薇の皆と行動を共にするのだ」

「はっ──こちらの事はお任せを」

「いえ、そんなナーベさんに──はうっ──ふぅぅ──」

 

 こちらの監視付きではうまく動けないと思ったのだろうイビルアイの反対を、彼女の頭に手を置いて黙殺する。貴様の頭など簡単に潰せるのだぞ、との意味を込めて。

 流石に殺気交じりにやるわけにはいかないので、傍から見れば単に頭を撫でている様にしか見えないだろう。俺も大分やるようになったものだ。

 イビルアイにも意味は伝わったのだろう。肯定とばかりに撫でられて嬉しい振りをしていた。

 

「モモンと行動を共にする実力者なんだろ。後で俺と手合わせでもするか」

「実力は知っておきたい」

「エン──ヤルダバオトの蟲のメイドを退けたのは貴方と貴方でしたね。──喜んでお相手致しましょう」

「あまり無茶はするな、お前は第三位階魔法までしか使えないのだからな」

 

 エントマを瀕死にまで追い詰められた時の事でも思い出したのか、ナーベの殺気が駄々洩れになり始めたので釘を刺しておく。このままでは本気(第八位階魔法)でぶっ放しそうだったからだ。設定上ナーベは第三位階魔法までしか使えないということになっているのだから。

 

「────はい」

 

 しぶしぶと言った風でナーベが頷く。いやあれは、第三位階魔法まででどうやって殺そうか考えて居る目だ。二人とも前まではイビルアイ程の強さも無かった。しかし今ではかなり実力が上がっているのだ。下手をすれば二人で本気のナーベと対等に戦えるかもしれない程度に。ちょっと昔を思い出して、力入れて修行したせいというのもあるかもしれない。流石に本気で殺し合う事は『今のところ』無いと思いたいが、いつボロを出させて殺害対象となるかもしれない。相変わらず俺たちは薄氷の上を渡り歩いているのだから。

 

「──どうした、二人とも」

「くくっ──なんでもねえよ」

「そうそう、なんでもない」

 

 そんな俺の心情を見透かしたかのように、ガガーランとティアは互いの顔を見ながら含み笑いをしていた。

 




これにて7章は終了となります。長かったです。くぅ疲(略

これから幕間となる8章。スレイン法国編です。傾城傾国とあの子の話ですね。長くならない予定です。たぶん。
なので次章のお題目募集は割と早く終わるかもしれませんのでご注意くださいませ。

さて、現投稿を持ちまして7章のお題目募集を締め切らせていただきます。
今日中に活動報告ページにて当選者の発表を行いますので、投稿されました方は楽しみにお待ちくださいませ


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8章 ケイ・セケ・コゥク編
8章 法国 ケイ・セケ・コゥク編-1


さぁ始まりました第8章!
今回の舞台は法国です。

先週お休みしましたので、先行公開無し。直の一般公開でお送りいたします。


 アインズ・ウール・ゴウン対ヤルダバオトの戦いが終わり、早一ヶ月。件の大戦にて心身共に大怪我を負ったことにした俺──漆黒の英雄モモン──は、一時リ・エスティーゼ王国を離れ──

 

「ここか──」

 

 ここ、スレイン法国へと来たのであった。

 

(アインズ・ウール・ゴウンに受けた精神支配。そして狂化による意識混濁状態でのヤルダバオトとの戦闘。そして、姫の力によって覚醒した英雄は常軌を逸した動きを行って身体もボロボロ。そういう設定にしてみたんだけど──)

 

 随分と効果があったようで、蒼の薔薇のメンバーを始め色々な人が『あれがいい』『これが効果がある』とナザリックに無いアイテムや魔法についての情報を意図せず得ることが出来たのは僥倖と言えた。そしてここ、スレイン法国に強力な力を持つヒーラーの存在を聞き、俺はここに訪れたのである。

 

──建前上は。

 

 本来の目的はスレイン法国に居るであろう、もしくは居たであろうプレイヤーの痕跡を見つける事。そしてシャルティアを操ることが出来たワールドアイテム『傾城傾国』の所在。それについでではあるが、ここの宝物庫に保管されているらしい過去の遺物とされる強力な武具についても調べておかないといけない。

 プレイヤーがいることを前提としないといけないため、通常利用している影の悪魔<シャドウ・デーモン>や二重の影<ドッペルゲンガー>を利用することが出来ない。スカウト職や神職が居れば簡単に看破されてしまうからだ。そのため運用に耐えうるのは上位・二重の影<グレーター・ドッペルゲンガー>や──

 

「ご安心ください、モモン様!不忠者はこの私、パ──ナーベが須らく排除致しましょう!」

「お前、もうちょっと落ち着け。な?」

 

 最高位の二重の影<ドッペルゲンガー>であり、俺が最も信頼する存在。パンドラズ・アクターである。

 初めて俺と出かけるという事もあるのか、テンションが少しおかしいことになっている。そのため現在ナーベの姿になっているというのに、全くの別人ではないのか(実際別人なのだが)と思う程にナーベラルとは似ても似つかない行動ばかりしている。

 ほとんど無表情であるナーベに比べて、喜色満面の笑みを浮かべながら今にも踊りだしそうなコイツを見て居ると──

 

(本当にコイツでよかったのかなぁ──)

 

 ため息とともに若干の後悔が来てしまうのは仕方ないのかもしれない。能力は超一流の筈なのだが、一体どこを間違えてこんな奴になってしまったのか。

 

(もっとニヒルで格好良くて、何事もスマートに終わらせるプロフェッショナルという設定だったはずなんだけど。まぁ軍服とか。ドイツ語とか。ちょっとばかり趣味を入れてしまったことは認めるけどさぁ。なんでこうなるかなぁ──)

 

 天を仰ぎため息を一つ。

 今回のミッションはかなり重要なものであるが故、失敗は出来ない。だからこそこいつを連れてきたというのに。

 まるで子供の様にはしゃぐナーベ──じゃない、パンドラズ・アクターを見て居ると思わずため息が出てしまうのは仕方が無いのかもしれない。

 

(いや、実際子供なんだよな。俺の──)

「さぁモモン様。いきましょう!」

 

 立ち止まったまま放っておくと、そのままどこかへ──ただひたすら興味のある所へと走って行ってしまいそうになっているパンドラズ・アクターに苦笑しつつ俺は法国の都へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

「随分と清廉としているな。流石は法国と名乗るだけはあるのか」

 

 整然と並んだ市場。誰も盗みを働くことなく、活気良く皆働いている。何より子供たちの笑顔が印象的だ。子供の笑顔が多い国と言うのはそれだけ弱者への対応が充実していることの証左でもある。流石は宗教国家、といったところなのだろうか。

 当然こういう光が強ければ同時に闇も強くなる。それはどの国、どの世界でも同じだ。清濁は共存する。光ばかりを集めたとしても必ず影が出来るように。

 

「いらっしゃい、いらっしゃい!今日とれたての子が居るよ!さぁ寄った寄った!」

「奴隷商か」

 

 まるで野菜や果物を売るかのように違和感なく普通に一般の店と軒を連ねる奴隷商。あまりにも異質な空間であるというのに、それを異質だと思う人間は誰も居ない。まるであるのが当然だとばかりの対応である。

 それなりに奴隷の地位が認められているのかとも一瞬思ったがそうでもないようだ。

 ちらりと奴隷の子たちを見た限り、人間の奴隷は一人も居ない。つまり他種族の奴隷のみ販売しているわけだ。特にエルフの奴隷が目立つ。皆の目に光が無い。薬や調教によって徹底的に反抗心を折っているのだろう。

 しかしよくよく考えてみれば、金さえ払うだけで後腐れなく労働力を手に入れられるというのは大きいのかもしれない。とはいえナザリックに奴隷は必要ない。単純な労働であればスケルトンなどに行わせれば良いわけだから──

 

「パ──ナーベよ。あの奴隷商の様にスケルトン共を売ってはどうかと思うのだが、どう思う」

「大変すばらしい案かと。あの惰弱なエルフの奴隷と比べるべくもありません。まず食事が要らない。休憩が要らない。力も成人男性並。最低ランクですらあの奴隷など足元にすら及ばないでしょう」

 

『いらっしゃい、いらっしゃい。食事は要らない休憩も要らない。延々と働かせ続けられる素敵な労働力、スケルトンは要らんかねー。書類仕事も出来る上位も居るよ!さぁ寄って見てみなぁ!』

 

 頭に浮かべるは奴隷商ならぬ不死商である。なんと素晴らしい。ファンシーな恰好をした死者の大魔法使い<エルダーリッチ>や吸血鬼の花嫁<ヴァンパイア・ブライド>に客引きを行わせれば連日満員御礼。毎日ザクザクと入ってくる大量の金貨に笑いがとまらないこと間違いなしだろう。

 そのあまりの売れ行きに一般の奴隷商は軒並み潰れることとなるだろうが、その時は折衷案としてそいつらにアンデッドたちの販売を任せるのも良いかもしれない。彼らであれば俺たちにはない販売ルートも持って居るはずだ。全国展開もそう難しくないだろう。

 

(うん、良いな)

 

 一家に一体──いや、一人一体──いやいや、一人で複数体持つ時代が来るかもしれない。ならばただのアンデッドだけでなくイケメンなアンデッドや可愛いアンデッドを作った方が良いかもしれない。

 子供ができる心配もなく、病気にかかることも絶対にない。性病や性犯罪、それに浮気の撲滅にも繋がるだろう。

 

(素晴らしい。アンデッドだけでなく、異業種の地位向上にも役立つだろうし、良い事尽くめじゃないか!)

 

 弊害があるとすれば、『人間の女なんて糞。俺はアンデッドちゃんと結婚するんだ』等と云う輩が出てきて少しばかり結婚率と子供が減るかもしれない事くらいであるが、まぁ誤差だろう。

 もう少しすれば懸念材料が落ち着くことになる。そしたらそう言う事に手を出していくのも良いだろう。

 

「ナーベ」

「万時お任せを。いつから開始いたしましょうか」

「む──落ち着いたら、だな」

「──なるほど。畏まりました、モモン様」

 

 こういうやり取りで済ませられるのは精々デミウルゴスかコイツくらいないものである。次落ち着いたら早速始められるよう、準備だけでも済ませてもらっておこう。

 にこやかな笑みを浮かべながら頭を下げるナーベ──パンドラズ・アクターに鷹揚に頷く。手の届かぬ細かい話はこいつらに任せた方が早いのだから。

 

「英雄様も可愛い奴隷に興味があるみたいねぇ。英雄は色を好むって、ことなのかしら?」

 

 不意に話しかけられ、視線を向けるとそこに居たのはスレイン法国が誇る六色聖典が一つ漆黒聖典の一人。確か零番──だったか?そんな感じの番号の子だ。確か通称は──

 

「絶死絶命殿、で良かったかな」

 

 正解、とばかりに口角がつり上がる。笑みを浮かべている感じはしないのだが、そういうものだと思えばどうということもない。

 

「それで、何の用だ。あまり親しくする間柄ではないと思ったが」

「親しい間柄ではないけれど、蛇蝎の如く嫌われる謂れも無いないはずよ?」

 

 シャルティアを襲ったのは六色聖典の一つである漆黒聖典であることは分かっている。そして彼女は実行犯である可能性も少なからずある。そうでないとしても、少なくとも実行犯の味方であることに間違いはない。敵ではないかもしれないが、少なくとも味方であるはずがない。そういう部分が出てしまって居る事を感づかれたのだろうか。人を食ったような薄笑いを続ける彼女に不信感が募るばかりである。

 

「私としては親しくしていきたいと思って居るのだけれど」

「こんな、でもか」

 

 フェイスガードを上げて素顔を曝す。周囲に見えないよう、彼女にだけ見える様に。

 流石に俺がアンデッドであることは知らなかったのだろう、少しだけ目を見開く。その後、少しばかり悲しそうな顔をしたのは何故なのだろうか。

 

「確証はなかったけれど、やはり『そちら』だったのね」

「問答無用で抜いてくると思ったが、違うのだな」

「私は占星千里ほど弱くも無ければ、神領縛鎖ほど信心深くないもの。それに──」

 

 すぃ、と彼女が身を寄せて来る。音もなく、気配もなく。情報では常軌を逸した強者であると言われていたが、確かにそうだろう。準備もせずに不意を受ければ随分と面倒なことになるかもしれない。そう思う程度には強いと感じた。感じてしまった。

 そう、この世界の住人には決して感じたことのなかった感覚。強者の感覚を。

 当然だ。プレイヤーばかりが強いわけではない。彼女のような強者が居ない筈が無いのだ。でなければ、この世界は現れたプレイヤー達にただただ蹂躙され、貪られるだけの哀れな子羊に成り下がってしまうのだから。

 

「あぁ、強い。強いわ、あなた。こんなにも強いマジックキャスターなんて見たことないもの。あぁ、残念。なんであなたはアンデッドなのかしら!」

「──っ!!」

 

 まさか、と思った。いや、当然だ。現在傷ついているという体を保つために《パーフェクト・ウォーリア/完璧なる戦士》を掛けていない。魔力を抑えているだけなのだから。

 確かに、と平坦に戻った頭で頷く。確かに、見る者が見れば今の俺は単に鎧を着ただけのマジックキャスターであることを看破するのは然程難しい事ではないだろう。

 

「──あまり驚かないのね、それに私がなぜ知っているのかについても興味なさそう。つまらないわ」

「別に隠しているわけではないからな。それに、知っていると言っても全て知っているわけでもないだろう」

 

 何故知っているのか。それは、看破したのか。それとも、ナザリックに斥候を放ち情報を得たのか。どちらかで考えれば、看破であることの方が可能性が高い。背後にプレイヤーが居る可能性がある以上、下手を見せるわけにはいかない。

 

「物凄い警戒心ね。そんなに見られると、ドキドキしちゃうわ」

 

 全く真意が掴めない。しかし彼女が実行犯であったとするならば、無警戒だったシャルティアを捕縛することは難しくは無かった筈だ。

 

(こいつが実行犯である可能性が高い、か)

 

 ちらり、とナーベが俺に視線を送ってくる。捕縛するのか。いや、殺すのかと。実行犯であったならば生かしておく必要はない。まず殺して、ニューロニストに渡して情報を抜き取って貰えばそれでいい。それで十分だ。しかし──

 

(まだ、だ。何より彼女は前回の余興に参加している。彼女が死ねば色々と不都合が生じるだろう。となれば──)

 

 やはり、リ・エスティーゼ王国にて確定ではないにせよ、俺の情報を得たのだろう。『モモンとヤルダバオトは繋がっている』という情報を。だからこそ、こうやって俺の前に無防備に姿を現した。

 

(だとするならば、俺が手を出した時点で俺の負けが確定する。周囲にも《パーフェクト・アンノウンアブル/完全なる不可視化》等を使用し潜伏しているプレイヤーが居る可能性が高い、か──やってくれる)

 

 確かに彼女は強い。だが脅威ではない。その程度でしかない。だが、全力で逃げの手を打つのならば話は別だ。まず間違いなく俺たちは全力を以て彼女を追わないといけなくなるだろう。そうなれば、隠しておきたいパンドラズ・アクターの能力等の一部が敵側にバレる可能性が高い。いや、まず確実に情報が渡ると思っていい。

 

「ふふふ──」

 

 頬を上気させ、うっとりとした眼つきで俺を見る様は、まるで俺がいつ罠にかかるかを待っているかのようにも見える。

 どうする。どうすればいい。既に包囲は完了しているだろう。逃げてはいけない。攻撃してもいけない。だが、そこに付け入る隙はある。

 

(俺は英雄だ。俺に手を出すことはいくら法国とはいえ、出来るはずもない)

 

 そう、俺たちが手を出せないのと同じく相手も俺たちに手を出せない筈なのだ。でなければ、潜伏などせずにとっくに俺たちを捕縛しようとする動きがあるはずなのだから。だというのに、周囲には戦闘力を持たない一般人がたまに通るくらいで高レベルプレイヤーやこの世界の強者の影も形も無い。

 

(今俺たちは危うい天秤の上に立っている──)

 

 少しでも傾けば、全面戦争は必死。相手の情報が無い今、出来るだけそれは避けておきたい。

 ではどうするか。問題ない程度に話を切り上げてこの場を離脱するのが望ましい。

 しかし、そういうわけにはいかないようだ。

 

「いらっしゃい、こちらへ」

 

 俺は──俺たちは絶死絶命に招かれるままに、敵の本拠地へと向かうことになってしまったのだ。

 




絶死絶命の喋り口調がよく分からない!ということで完全オリジナルです。
わりと適当とも言う。
この章はさらっと終わります。さっさと終わらせて山場となる9章にいかなくては。

私の内なるモモンガ様がパンドラズ・アクターにもっと出番をと囁いています。
なのでナーベからパンドラズ・アクター(ガワのみナーベ)に配役変更となりました。


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8章 法国 ケイ・セケ・コゥク編-2

「さて、鬼が出るか蛇が出るか。いや、悪魔が出るか勇者が出るか、の方がこの世界らしいか」

 

 法国に来て数時間。日が傾き始めた時刻。漆黒聖典番外席次である絶死絶命に連れられ俺たちは知らぬ道を歩いていく。どちらへ向かうかは分からないのだが、恐らく視線の先に見える建造物が目的地であるだろう事位は理解できる。

 視界に映るのはこの法国一番らしい巨大な──というには少々お粗末な程度ではあるが──建造物。無駄だと思う程の高台に作られたそれは、明らかにその建物の下に『何かあります』と言わんばかりだ。

 

『どう見る』

『はっ!簡易的なものですが、対探索阻害の結界は掛けてあるようですね。しかし、対転移阻害や対攻撃阻害はお粗末なものです。あれではドラゴン程度の一撃ですら直撃したら崩壊は免れないでしょう』

 

 無言のまま付いていく振りをしながら隣を歩くナーベ──の、姿をしたパンドラズ・アクター──と《伝言/メッセージ》を利用しながら話し続けている。無論簡易的なものではあるものの傍受対策済みだ。この無駄に広い割に一切上位の魔法対策を行っていない結界が隠れ蓑の役割をしているお陰で、俺たちの会話に気付くのはほぼ不可能と言っていいだろう。

 見れば見るほどに酷い。一体どういうコンセプトでこんなものを作ったのか。使えるとしたら、精々要らないものを突っ込んでおく倉庫程度だろう。もしくはカウンター系魔法を隠して設置し、不用意に攻撃してきた者を殺すというある意味トラップ的な建造物とする程度だろうか。

 まぁそういう防御や攻撃の要と言うべき要塞であるという前提で考えるならば、ではあるが。所謂一般開放された場所であると考えるならば、多少は見れる場所はあるのかもしれない。

 我々は一つの建物にそのまま連れられて入っていく。何かの罠でもあるのかと警戒しながら歩いて居たのが馬鹿らしく感じるほどの無警戒さに、少しばかり胸の内でため息を付きながら。

 

「これはこれは──ようこそお出でなさいました」

 

 建物に入った瞬間、建物に居た者たちが皆しんと静まる。まるで異質なモノが入り込んだかのように。止まり、こちらを見つめるのはざっと見て40人程度。そのうち同じ服を着ているのは12人。それより少し質の良い服を着ているのが1人。残りは質の良し悪しを除けばほぼ雑多である。鎧を着込んだ者。魔術的な防御能力を持つローブを着た者。恐らく冒険者であろうそれらと、一般市民であろう者たち。皆一様に健全ではないようだ。

 

「──漆黒聖典番外席次様。このような場所に一体どのようなご用向きでしょうか」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべながらも少しばかり緊張している男が絶死絶命に話しかけている。知り合いではあるようだが、親しくはなさそうだ。身なりからしてここのトップなのだろうか。患者であろう者も含め誰も動けなくなっているというのに、この男だけは我々に近づいてきたのだから。憶することなく、ではない。怖れながらも、だ。

 

「この方を知らないの?今や世界的に有名になったと思って居たのだけれど」

 

 用があるのは私ではない。そう言わんばかりに彼女は一歩下がり、私を指した。それで気付く。彼ら──いや、皆が恐れていたのは彼女ただ一人だったのだろう。まるで『今気付いた』とばかりに一気に俺たちに視線が向かってきたのだ。

 

「黒の──全身鎧──」

「おぉ、あの方はまさか──」

 

 物音一つ立てられぬ程に静かだったこの建物にざわりと漣の様に声が流れてくる。やはり気付いて居なかったのだ。有名にしても悪名にしても、彼女の名はここではあまりにも知れ渡り過ぎている証左といえよう。目を見開き、驚愕の表情をしている身なりの良い男の行動は最も分かりやすいものだった。

 

「あの、魔王ヤルダバオトを屠られた漆黒の英雄──モモン様でございましたか。私はここ、スレイン法国治療院を任されております。神官長がお一人イヴォン・ジャスナ・ドラクロワ様の直属の配下であります、アスクレピオスでございます」

「魔王であったかどうかなど知らぬ。ただヤルダバオトを斃したのは私で間違いない。王国アダマンタイト級冒険者、チーム漆黒のモモンだ。こっちは──」

「同じく王国アダマンタイト級冒険者、チーム漆黒のナーベ。パートナーではなくモモン様の従者をしております」

 

 まるで座礼でもするかのように深々と頭を下げ始めたのだ。面倒だと彼の肩に触れ、礼を途中で止めなければそのまま床に座り座礼になってしまったのではなだろうか。

 周囲でも、治療に来たのであろう一般市民も含め沢山の人が『生き神様だ』『英雄様だ』と拝み始める始末。本当にやり難い。宗教国家であるため、こういう部分は仕方ないのかもしれないが。

 

「挨拶はそのくらいでいいでしょう。話は聞いて居るはずよ。どうなのかしら?」

 

 話を聞いて居るとはどういうことなのだろうか。俺がこの国に来ることは、確かに王都に居たものならば少しは知っているかもしれない。俺の事を知る者であれば大抵耳にしているだろう。しかしスレイン法国に来たのは今日が初めてである。馬車という遅い乗り物に乗ってきたというのもあるかもしれないが、来た理由は本来知らない筈なのだ。

 

(やはり我々の目的に気付いているのか?)

 

 あまりにも無防備すぎる重要拠点。あまりにも無警戒過ぎる人々。ではこれら全てがブラフだとしたら。そのようなことがあるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「なんと──なんという──」

 

 私は唯々驚愕するしかなかった。確かに私は聞いて居た。『アインズ・ウール・ゴウン伯爵なるアンデッドによって身体に呪いを掛けられた悲しき英雄』の話を。同時に私は自負していた。どのような病気であっても、どのような呪いであっても私であれば解くことができる。治療が可能であると。しかし現実はどうだ。

 漆黒聖典第十一席次様よりモモン様は本来非常に高位のマジックキャスターである事は知っていたが、まさかここまでのものであるとは思いもよらなかった。そしてそのマジックキャスターとしての力の殆どを封じられ、歪められてしまっているのだ。

 このような状態。生きた人間であれば苦痛と絶望に瞬く間に発狂してもおかしくはない状態。例えアンデッドに身を窶したとしてもその想像を絶する苦悩が消えるわけではないだろう。今まさに死よりも恐ろしく、辛い。耐え難いそれに耐え続けているだろうというのに彼はその影すら見せることは無い。

 いったいどれほどの精神力を持って居らっしゃるというのだろうか。歪まされ、死してもなお保ち続ける高潔なお姿。なんと素晴らしい事か。

 ただただ私は崩れ落ちることしか出来なかった。己が無能さに嘆きながら。

 

 

 

 

 

「申し訳──ありません──わたっ──私には──できませんっ!」

 

 泣き崩れる男。そうか、と俺は頷いた。どうやら彼は信仰系マジックキャスターだったわけだ。恐らくこの人数を今日集めた理由。それは、代償召喚を行おうとしたのだろう。

 まず間違いなく俺がアインズ・ウール・ゴウンであろうと思われている。しかし確証はないのだろう。であればどうするか。簡単だ。化けの皮を剥がせばいいわけだ。そのための代償召喚。やはりあの時絶死絶命にアンデッドである顔を見せたのはまずかったと言うべきだろう。しかし、彼は善良過ぎた。ここに居る者を代償にして天使を召喚しなければならなかっただろうに、彼はそれを拒否したのだ。

 俺を何としてでも悪と認定したい強硬派と、英雄であるという俺の立ち位置を見る穏健派。ここ法国ではその二つが鬩ぎ合っていると思っていいだろう。そして彼は穏健派であり、強硬派に脅されていたわけだ。

 

「それで良い。良いのだ、アスクレピオス殿」

「私っ──私はぁっ!!」

 

 初老のこの男が、恥も外聞も無く大声を出して泣き崩れるとは。どれほど辛かったのだろうか。

 しかし彼の決定は大きな意味を持つ事になる。少なくとも俺の事を『英雄である』と認識してくれている人が居るという事。つまり『疑わしきは罰せず』というスタンスであるということだ。まだ確証はない。まだ最後の一歩で踏み止まっていられているということだ。

 ゆっくりと息を吐く。肺無き胸で。

 

「アスクレピオス殿、私は──英雄だ。例え『漆黒』と呼ばれようとも。英雄であり続けたいと思う。最後の一瞬まで」

 

 もうそろそろ分水嶺となる。世界の英雄となるか、世界の敵となるか。その瀬戸際が来ている。

 

「そろそろ──アインズ・ウール・ゴウンには消えてもらわねばならない時が来ているのかもしれないな」

 

 ぽつりと落ちた呟き。誰にも聞こえないほどの小さな呟き。しかしそれは確かに、俺の想いだったのだろう。

 少しばかり驚く自分が居る。アインズ・ウール・ゴウンとして居たいという自分が居たから。

 しかし俺はこのままではいけないと思って居る。まだ皆を探していないからというのもあるが、そろそろ限界が来ているのだから。

 俺が、アインズ・ウール・ゴウンでありつづけることに。分不相応な立場に甘んじ続けることに。

 ならばやることは一つだ。

 

「絶死絶命殿、一つ訪ねたい」

「なにかしら、月の周期ならそろそろだと思うのだけれど」

「いや、それではなく──今俺はあるものを探しているのだ──」

 

 まるで色を知らぬ男を揶揄うかのように笑う彼女に、真面目に問わねばならない。

 

「──傾城傾国というアイテムを」

「──知らないわ」

 

 一瞬の間。一瞬。ほんの一瞬だけ彼女の目が泳いだ。知っているのだ。では何故彼女は知らないと言ったのか。簡単だ。

 

(そうか、実行犯の一人はお前か。絶死絶命──お前だったのだな)

 

 彼女の実力であれば十分。恐らくレベル80以上。もしかすると90を超えて居るであろう彼女であれば、シャルティアを捕縛することは決して不可能ではなかっただろう。傾城傾国を使用する一瞬、その一瞬止めるだけならば完全装備であったシャルティアを止められただろう。

 

(であるならば、やらねばならない)

 

 一つは傾城傾国のすり替え。既に傾城傾国に酷似した物はパンドラズ・アクターに命じて作ってある。『自身レベル以下のものを一時的に操る』という意図的に劣化させた物を。それとすり替えるのだ。

 そして二つ目は今のシャルティアと操られたシャルティアは別物であったと認識させること。つまり操れたのは『よく似た雑魚』であってシャルティアではなかったと認識させること。これによって敵はシャルティアに、そしてアインズ・ウール・ゴウンに間違った認識が生まれる。『より強い存在である』という間違った認識が。その認識が警戒を産み、頭と足を鈍らせる。その間に一気に反撃させてもらうとしよう。

 シャルティアを操るなどという大罪を犯した者は、須らく償ってもらわねばならないのだから。

 

「本当に知らないのか」

「えぇ、そんな名前のものはなかったはずよ」

 

 そうか、と短く応える。無論彼女にとって答える義務は無いのだから誤魔化しても良いだろう。しかしタイミングが悪かった。俺にとってそれは答えでしかなかったのだから。

 

「では、すまないが──大事な話があるので上の者と話させてもらいたい」

「それは──ホニョペニョコと呼ばれる存在についてかしら。ヤルダバオトを屠る程の力を持つ貴方が、周囲を巻き込み吹き飛ばさなければ倒せなかったという」

 

 遠回しにちくちくと言ってくる。ホニョペニョコがシャルティアであることも既に掴んでいるだろうに。さて、これからどうやって持って行くかである。何しろ俺は限りなく黒に近い灰色だと思われ──

 

「良いのではないかしら。あのモンスターについてはこちらも辛酸を舐めさせられているもの」

 

 破顔一笑である。のらりくらりと要求をかわすと思って居た俺は肩透かしを食らった気分である。そう、破顔一笑で彼女は快諾したのだから。

 

「今ちょうど集まっているそうよ。行きましょう」

 

 待たせることすらなく、そのまま案内される。これがどれほど恐ろしい事か。それはユグドラシルの時代から痛い程分かっている。

 

(準備は万端。そういうことなのだな)

 

 決して身構えてはいけない。決して策に嵌ったと思わせてはいけない。完全に敗退するまで、決して表に出してはいけない。最後の一瞬まで全て己が掌の上にある。そう思わせろ。

 ウルベルトさんの言葉を胸に。俺は憶する心を抑えながら。堂々と歩いていくのだった。

 




楽しい(悲しい?)すれ違いです
勝手に暴走しているともいう
まぁ周囲(特にデミやん)はもっと暴走しているわけですが


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8章 法国 ケイ・セケ・コゥク編-3

『パンドラズ・アクター、お前はナーベラルと交代しろ。そして──』

『傾城傾国の奪取。それも気付かれないように偽物と交換して、ですね。了解しました、ン──アインズ様』

 

 スレイン法国の中心にある神殿。その最奥にあるであろう、この神殿の重役たちが居るであろう場所へと俺たちは向かっていた。

 俺が指示を出すが早いか、パンドラズ・アクターは早々にナーベラルと交代したようだ。俺のすぐ後ろを歩いているはずのパンドラズ・アクター扮するナーベの雰囲気がナーベラルのモノと変わっている。俺ですら注意しないと気付けない程の差異であるため他者に気付かれることは無いだろう。現に俺のすぐ前を歩いている絶死絶命が気付いている様子もない。

 パンドラズ・アクターを一番に信頼しているのは、単に俺が作ったからだけではない。ありとあらゆる方面において極限にまで特化していたかつての俺の仲間──ギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のメンバー全員の能力を、全てコピーしているからである。それも単なるコピーとは違う。パンドラズ・アクターは通常、戦闘能力に振るであろう部分すら一切妥協せずレベル100分全てをドッペルゲンガーとしての種族の能力に振り分けている。そのため80%と制限されてはいるものの、コピーした者の能力を扱う事が出来る。

 通常本体としての戦闘能力を一切取らず、完全にコピーした相手の能力に依存してしまうこの方法は非常にリスクが高い。しかし俺のパンドラズ・アクターは違う。全員だ。俺を含めた、あらゆる方面に特化した能力を全員分コピーしているのだ。俺と、俺が最も信頼する仲間たちの能力を。弱い筈がない。弱い訳が無い。

 

(信頼できない筈がない。そうだろう、パンドラズ・アクター)

 

 既に内部に居たこともあるだろうが、瞬く間に宝物殿を見付け交換を終えたとの報告が飛んでくる。暫くしてまた、後ろのナーベの雰囲気がパンドラズ・アクターのものに戻っていた。3分と掛からぬ早業であった。

 宝物殿を守っていたのは大した強さの無い者たちだったらしい。しかし特殊な能力を持っていたらしくその死体は既にナザリックへと転送済み。代わりに上位二重の影<グレーター・ドッペルゲンガー>の配置を行ったようだ。

 

『パーフェクトだ、パンドラズ・アクター』

『お褒め頂き、光栄の極みです。我が神よ』

 

 全く凄まじい程の無警戒さである。逆に罠ではないのかとも思ったが、確認したところ本物だったらしい。追跡等の魔法も掛けられておらず、プレイヤーの気配もなし。全力で警戒していた俺たちが馬鹿だと思ってしまうほどに。

 

(法国のプレイヤーは一体何を考えている?それとも既に居ない?寿命か?人間種等で、しかも俺たちよりも先にこの世界に転移していたと想定するならばあり得る話だけれど)

 

 アインズ・ウール・ゴウンが伯爵となったこと、俺が英雄と呼ばれていることもあり様々な情報が耳に入るようになっている。その中で最も気になったのが『過去の話』についてだ。この世界の過去。六大神や八欲王。英雄に賢人。それらは現状では考えられない程の高い戦力を持って居ると思われた。であれば、そいつらがプレイヤーだったのではないかと思ったのだ。

 確かに俺たちはこの世界に転移してきた。どれだけの規模の転移が行われたかは全くの不明だが、ナザリックのみ転移されたなどとということは『ありえない』。しかし俺の知る範囲にプレイヤーの影が無い。つまり『近い位置』に転移されたわけではないということ。つまり、それは同時に『近い時代』に転移されたわけでもないかもしれないということだ。

 この世界は明らかにユグドラシルの世界とは違うというのに、位階魔法というユグドラシルの魔法があり、デスナイト等というユグドラシルのモンスターも一部だが居る。ならばこう考えた方がいいのだ。

 

(遥か昔、ユグドラシルから転移してきたプレイヤーがこの世界には居た、と)

 

 その時にはこの世界には位階魔法等は無かった筈だ。それをワールドアイテムの一つ『五行相克』を使用してこの世界に位階魔法等を『作り上げた』プレイヤーが居たはず。そう考えた方が納得がいくのだから。

 ならばこの国にも現在居ないとしても『かつて』居たのだろう。少なくとも数百年前に。

 

「絶死絶命よ、お前は神人だったな」

「──えぇ、そうね」

 

 神人。一説では神々の血を引く者らしい。単純に考えれば、過去に神と呼ばれたプレイヤーの子孫ということになる。その当事者であるというのにまるで他人事のような返事だ。しかし動揺した様子もない。この世界で神人であること、つまり凄まじい力を持つ存在であることはそれなりに自慢できることであると思ったのだが法国では違うのだろうか。

 いや、むしろ俺たちに警戒しているからなのか。絶死絶命はまず間違いなく主犯の一人なのだろうから。

 では何故ここまで無警戒なのか。確かに彼女は相当の強さを持ってはいるが俺たちを斃せるほどではない。一対一ならば苦戦はするだろうがこちらにはパンドラズ・アクターが居る。法国への被害を考えないならば何もさせることなく封殺することすら可能である。だというのにこの余裕は一体何なのか。

 

『何か面白いものはあったか』

『色々と。持って帰りますか、アインズ様』

 

 王国でも帝国でも、然程目に付くものは無かったという報告は受けている。しかしこの法国は色々と『レアもの』があるようだ。

 この国が黒だというのは傾城傾国があった時点で確定している。しかし先の人物の様に使えそうなものもいるのも確かだ。

 

(坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、とまでは行きたくないかな。甘いと言われそうだけど)

『今はまだいい。リストを作っておくのだ』

『かしこまりました、アインズ様』

 

 ふと前を歩く絶死絶命の足が止まる。まだ廊下の途中。目的地の途中であろうにも関わらず。

 

「貴方は違うのよね。ううん、貴方がそうなのよね」

 

 振り向きざまに言った言葉。それは一体何を意味するのか。

 俺はその答えを得る機会の無いまま、彼女は再び歩き始める。

 

(俺が『そう』?)

 

 疑問は大きくなる。しかし明確な回答はどこからも得られなさそうである。

 突如現れる巨大な扉。いや、違う。転移されたのだろう。恐らく先ほど右へ左へと歩いた道順そのものが鍵だったのだろう。

 

「来たわ」

 

 小さく短い一言。しかし通る声が響く。一瞬の間の後扉が開かれた。

 

「よくぞ参られた、漆黒の英雄殿よ」

 

 荘厳とは言い難い。壁に床に様々な防御術式が刻まれており、一見すれば雑多な一間という感想が最初に来るであろう空間がそこにあった。

 地下であるためか一切光が入ることのないそこは魔力光すら使って居ないのだろうか、古びたカンテラ等は吊るされているものの使用されている様子は無い。無数の蝋燭に灯された空間は見た目よりも熱が籠っていそうだ。

 一歩踏み込めば分かる特異な空間。懐かしい感覚だ。確かにここにある術式はユグドラシルのもの。対外用防御術式である。恐らく対転移等を複雑に織り交ぜたものなのだろう。ナザリックで言うなら、オーレオール・オメガが行っていることを術式で代わりに行わせているといったところか。勿論彼女の様に汎用性も融通も無い。ただの堅牢な空間というだけなのだが。

 

『対超位魔法防御術式も組み込んでありますね。あれは割と設置が面倒だったと記憶していますが』

『確かにな。しかも効果範囲も狭く実用的ではないと戦場では基本見かけないものだ。拠点防衛に関しても、防衛能力の高いNPCやプレイヤー一人でより広範囲をカバーできるので使っている者を見たことは滅多になかったが──こんなところで見るとはな』

 

 ざっと考える。地上からここへ向かって超位魔法を使った場合どうなるかを。例えば《フォールンダウン/失墜する天空》。恐らく周囲のみが破壊尽くされここだけが残るだろう。《ソード・オブ・ダモクレス/天上の剣》ではどうだ。直撃させても特化防御結界による減衰によって破壊までは至らない筈だ。ではここを破壊するとするならばどうすればいいか。直撃させるのではなく、結果として破壊という形を取るしかないだろう。だとするならば《イア・シュブニグラス/黒き豊穣への贄》や《パンデモニウム/魔軍迸発》辺りか。皆殺しで良いのであれば《ディザスター・オブ・アバドンズローカスト/黙示録の蝗害》ならばいけるだろう。しかし恐怖候の配下の様に消えない可能性がある。そうなると後始末が大変そうである。

 

『あの、アインズ様?』

『──どうした』

『いえ、無理に超位魔法でなくてもよいのでは、と』

 

 流石俺が作っただけあって、俺が何を考えていたのか気付いたのだろう。確かにパンドラズ・アクターの言う通り対超位魔法防御術式があるからといってそれを真っ向から撃ち抜こうとするのは愚の骨頂だった。効かないなら他の方法を取るのが重畳。例えば──

 

「来て頂いて早々すまないが、一体何用ですかな」

「あぁ、実はホニョペニョコと私が戦った時に違和感を感じたのだ」

 

 おっといけない。本来の目的を忘れるところだった。

 

「ほう、違和感ですかな」

「えぇ、『自分には仕える主人が居る。しかしそれが誰だか分からない』と」

「ふむ、ただのモンスターの戯言でしょう」

 

 奥に座る男の一人が笑みを崩さぬままに一蹴してくる。確かにただのモンスターであればそうだろう。しかしホニョペニョコはただのモンスターではない。あれはシャルティアだったのだから。

 

「確かにただの上位モンスターであればそうだろう。しかしホニョペニョコは上位のヴァンパイア。つまりアンデッドだ。アンデッドに精神支配は効かないというのが通例だからな」

「その通り!アンデッドを操るなど出来るはずが──」

 

 捲くし立てるように声を大にして言おうとする男を手で制す。無駄だ、と。ゆっくり頭を振りながら。

 

「それが、出来た者が居たのだ。私が独自に調査を行って出た結果──」

「──我々漆黒聖典がそこでホニョペニョコと戦ったという事実に辿り着いた。そういうことでしょう、モモン殿」

 

 ざわり、と空間が揺らぐ。動揺が一様に走っている。それはそうだ。のらりくらりと躱そうとしていた矢先に、突然答えを言った者が居たからだ。

 

「第一席次よ、貴様を呼んだ覚えは無い筈だぞ」

「覚えは無くとも私は当事者ですから。そもそもそうやって躱そうとしていると疑惑が増えるだけですよ」

 

 第一席次と呼ばれた男は悪びれた様子も無く堂々と俺に対峙してくる。確かに強い男だ。しかしそれはあくまでこの世界の冒険者基準で言えばの話である。ソリュシャンよりも強いだろうが、精々そこまでだろう。

 非常に長い射干玉<ぬばたま>の髪に白を基調とした鎧。まるでモモンの真逆のような存在である。

 

「私──いえ、我々漆黒聖典は陽光聖典のニグンの死亡とそれを監視していた巫女の不意の死亡の原因の調査のためにあの地域に派遣されていました」

「原因の調査だと?」

「えぇ、実際ニグンが戦ったであろう区域では、ありえない程の強さの魔法が行使されたのを確認しました。そしてその後の調査の途上にて、未知のアンデッド──つまり、上位ヴァンパイアであるホニョペニョコと遭遇したのです」

「なるほど、ニグンを倒した『何か』を探していたらホニョペニョコと遭遇したと」

「えぇ、未知のアンデッド──貴方がホニョペニョコと呼ぶそれのあまりの強さに瞬く間に何人も殺されました。故に、我々は──」

「第一席次!それは第一級秘匿事項であるぞ!」

 

声を荒げる奥の男に第一席次はニコリと笑みを浮かべた。完全にこの男のペースに飲まれている。どうやらホニョペニョコという名前もただの偽名であると看破されているようだ。

 

「──我々はこのままでは退却も出来ぬままに全滅すると『ケイ・セケ・コゥク』を使用しました。が、支配は失敗。反撃に合い、我々はそのまま退却しました」

「──私に言う義理は無いが、良かったのか。部外者である私にそこまで話しても」

「勿論です。もはや世界の英雄ともいうべき貴方であり、本来我々が倒さなければならなかったあのアンデッド──ホニョペニョコを倒してくださったのです。隠し事をするなどという不義理はむしろ、我らの神も許されることはないでしょう。あちらの方々は知りませんけど、ね」

 

 ホニョペニョコ──シャルティアとの不意の遭遇戦。そこで撤退のための使用。あくまで操るためではなかった、か。

 確かに筋は通っている。そしてそれを裏付ける証拠は漆黒聖典の発言のみ。他にはない。

 それを知っている奴らは早々に『ケイ・セケ・コゥク』つまり『傾城傾国』を所持、使用したというカードを切ってきた。だったらこちらもカードを切る他無いだろう。

 

『パンドラズ・アクター、準備は出来ているな』

『もちろんですとも、アインズ様』

 

 このままいけば俺は何も言えずただただ言いくるめられていただろう。しかし俺には切り札がある。この切り札を見た時に、目の前で笑みを浮かべる男は一体どういう顔をするのか。

 

(さぁ、スレイン法国よ。漆黒聖典よ。我がシャルティアを操ろうとした敵たちよ。今度は俺のターンだ──)

 



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8章 法国 ケイ・セケ・コゥク編-4

「しかし解せません。モモン殿、貴方は何故倒したモンスターが操られていたかどうかなどということを調べられていたのですか?」

 

 スレイン法国の最重要地点。各最高位たる神官長らが居るこの間に場違いな存在が居る。

 死者──つまりアンデッドとなってもなお英雄を目指し、英雄となった男。そう、目の前に居るモモン殿だ。しかし英雄とはいえ、実際に英雄だと称えられているのはあくまで彼の所属するリ・エスティーゼ王国に限る。後は精々隣国のバハルス帝国くらいだろう。確かにここスレイン法国にまで彼の名は轟いている。しかしそれはあくまで名だけだ。実際に英雄としてこの国に迎えられるかと言えば否と言う他ない。

 この国には秘密が多い。幾ら英雄と呼ばれようとも他国に所属する者に対し、そう易々と見せられる物は決して多くない。特にここ大神殿においては機密の塊と言っていいだろう。だというのにこの男はここに居る。ここに立っている。一体どれほどの信用が彼にあるというのか。

 そもそも今回の訪問に対してもそうだ。治癒のためにこの国を訪れたと言っていたが、あくまでそれは建前だろう。でなければここに居るはずが無いのだ。ではその理由は。そう聞かれたら、我らが神より賜りし『ケイ・セケ・コゥク』についてだろうことはまず間違いないだろう。しかも王国は回りくどい事をしてくれる。実際にあの未知のアンデッド──ホニョペニョコなる上位ヴァンパイアを倒した男を送ってきたのだから。これでは門前払いすることも出来ない。

 だが王国は見通しが甘かった。確かに我らが『ケイ・セケ・コゥク』を使用した事については推論だとしても掴んでいただろう。しかし『なぜ利用したのか』を彼らは知らない。そして、先ほど私が話した言葉に嘘偽りはない。

 

「そのホニョペニョコが我らの言う事を聞き、我らの命により貴方を害したというならば問題でしょう。しかし我らは操るのに失敗しました。無論、元々の目的である足止めは出来ましたが。それとも、我らがあそこにホニョペニョコを放置したことに対して遺憾の意でも表しに来たのですか」

 

 一気にまくし立てていく。王国の命令でここに来たのであればそれを引き出しすればいい。個人的興味であればこれ以上踏み込まない様にすればいい。そう思って居た。

 だが、そのどちらとも違ったようだ。

 

「フ──フフフフ──」

「──何がおかしいのですか、モモン殿。突然笑いだすなど失礼ではありませんか」

「フフフ──いや、失礼。私はあくまでホニョペニョコに対し傾城──いえ、ケイ・セケ・コゥクを使用したのか、その事実と──」

 

 笑い、肩を揺らしながら彼は途中で言葉切り、ゆっくりと私の方を指さした。

 

「──当事者を探していたのですよ」

「当事者?」

 

 あの現場に誰が居たのかを探していた?何のために?

 疑問が浮かぶ。しかしてその答えは、唐突に振ってきたのだった。我らしかいないはずのこの空間に。『誰も入って来れないはずの場所』に。

 

「それは──」

「それは、私が探させたからでありんす」

 

 凛とした少女のような声が耳に届く。否、まるで頭の中に直接差し込まれたようなそんな感覚。だというのに一切違和感がなく、不快感も無い。むしろ頭の中が熔けそうになる不思議な声だ。

 明らかに動揺する我らとは裏腹に、彼は数歩後退り傅く。それは当然我らに対してではない。英雄たる彼をも傅かせる存在。その存在など思い浮かぶのは一つしかない。

 

「アインズ・ウール・ゴウン伯爵が奥方である、シャルティア・ブラッドフォールン様ですか。少々不──」

「おや、私の事を知っていたでありんすかえ」

 

 頭に響く声つまりこれは《メッセージ/伝言》だと思った。が、違う。いや、確かに頭に響かせたのは魔法だっただろう。だが目の前に居る彼女はどうだ。何もない空間から突然現れた彼女をどう説明する。何より──

 

「あ、ありえん──ここは転移阻害の結界が貼ってあるはずだ!!」

「あぁ、確かに貼ってあったでありんすね。欠伸が出るほどに欠陥と穴だらけのものが」

「あり──えない──」

 

 不敵に笑うその雰囲気は忘れようもない。顔等は違うものの纏う雰囲気は同じ。あの時に居た未確認のアンデッドそのものだったのだから。

 

「モモン殿、これはどういうことですか!そうか──シャルティア・ブラッドフォールンがホニョペニョコだと貴方は知っていたのですね。いえ、そもそもホニョペニョコなどという名前そのものが偽名。それ──ガァッ!!」

 

 激昂。それ以外に例える言葉は無い。この男は騙していたのだ。シャルティア・ブラッドフォールンをホニョペニョコと偽り、殺したと偽装していたのだ。

 ならばこの男が英雄ということ自体が真っ赤な嘘である。ただの詐欺師に成り下がる。そう思い、口から漏れ出す言葉に遠慮は無い。しかしそれも長くは続かない。瞬く間に私は取り押さえられていたからだ。ホニョペニョコ改めシャルティア・ブラッドフォールンに──

 

「残念だけど、それ以上は不敬になるわよ。隊長サマ?」

「ぜっ──絶死絶命!なぜ貴方が!?」

 

 ──そう思って居たというのに、私の予想は大きく外れていた。私を取り押さえたのは仲間であるはずの番外席次『絶死絶命』だったのだから。

 強さとしての土台が違う彼女に抑えられた私は指一本動かすことはできない。しかし何故だ。

 

「とても簡単な事よ。前に貴方は言ったわよね。『未知のアンデッドは私よりも弱い』って」

「ええ、言いましたよ!それが──ぐぅっ!!」

「全く──貴方はとんでもない勘違いをしているもの」

「勘違い──ですって?」

「ええ、彼女──シャルティア・ブラッドフォールン様は私より強いわ。ずっとね」

 

 そう言いながら彼女は私の拘束を緩めて来る。私が冷静になったと判断したからだろう。

 痛む腕を少し回しながら立ち上がる。立ち上がり、再び見る。ホニョ──いや、シャルティア・ブラッドフォールンを。

 確かに隙の無い立ち居振る舞いである。斬り込もうとすれば問答無用で切り刻まれる。そんな錯覚すら起きる程に。それ程の隔絶した力ではある。しかしそれだけだ。『それだけ』なのだ。絶死絶命のような理不尽な強さは感じない。なのに彼女は自分よりも強いと言い放ったのだ。あの自信の塊のような彼女が。自身の力がどれほど凄まじいのかを理解し切っている彼女が。

 

「モモン、許す。で、ありんす」

「は──お手を」

 

 私の疑惑の視線が気になったのだろうか。手をモモンの方へと向けた。不思議な行動、ではない。しかし不可解な行動。それは、彼に指輪を外させたのだ。それだけだ。

 そう、それだけだった。

 

「おや、おやおや──随分脆弱でありんすね」

 

 『パリン』という、まるで硝子が割れるような音がした。それが結界が破壊された音だと気付けたのはそれから数分後だった。なぜそこまでかかったのか。いや、かかってしまったのか。それは──

 

「あ──あ──」

 

 見えたから。見えてしまったから。恐らく外した指輪は偽装するためのモノだったのか。抑えるための封印だったのか。それは分からない。ただ言えるのは、一瞬で私の腰が抜けたという事だけだ。

 その、あまりの存在感に。あまりの魔力に。あまりの威圧に。

 あまりの──死の気配に。

 まるで直接心臓を鷲掴みにされているような。生きたままに血を抜かれているかのような。ただただ眼前に迫ってくる明確なる死というものにただただ恐怖するしかなかった。

 

「ぶ、ブラッドフォールン様!お願い致します!お力を!お力をお抑え下さいませ!貴方様のお力を近くで感じるのは、我らには辛うございます!!」

「ふむ、モモン」

「はっ──」

 

 声も無く音も無く。迫りくる死と、ただただ理解できぬ存在に恐怖するしかなかった私の後ろから声が上がった。まるで救いの福音の様に感じた声は忘れるはずもない。闇の神官長であるマクシミリアン・オライオ・ラギエ様だった。

 先の一件以来狂人だ廃人だと揶揄されていた彼だったが、未だ後任が決まらず今日もここに居たのだが。まさか彼が一番に声を上げるとはここに居る誰も思わなかっただろう。

 

「はっ──はぁっ!──はぁっ──」

「どう、これでもまだ戯言を続けるのかしら、隊長サマ?」

 

 流石は最強の神人ということなのか。それとも先の一件で一度見たからなのか。恐らく後者なのだろう。まるで滝にでも打たれたように全身がぐっしょりと濡れ、這いつくばりながら浅く荒い呼吸を続ける私をあざ笑うかのように言ってくる。

 確かに納得がいく。絶死絶命ですらまともに戦うのが難しいという亜神を、いとも簡単に倒したという魔人。それらと真正面から戦い、退けたという存在。眉唾ものだと思ってはいたが、まさかここまでとは思いもよらなかった。

 

「まぁ私がホニョペニョコではないと分かって貰えたようで良かったでありんす。しかしその行動で分かったでありんすが──それほど迄に似ていたでありんすかえ」

「は──まるで鏡写しの様でした」

「やはり、ヤルダバオトに操られていた時に残照が残っていたのでありんすね」

「残照が意思を持つ。しかし確かたる存在ではないため、無作為に暴れていたのでしょう」

 

 シャルティア・ブラッドフォールン──様が操られていたという情報はこちらも手に入れている。そして、前に王都がヤルダバオトに襲われたときに夫であるアインズ・ウール・ゴウン伯爵によって救出されたと。

 

「あ、あれほどの強さを持つ残照が安易に生まれてしまうのですか?」

「そんなこと、あるわけないでありんす。あれは恐らくヤルダバオトが手駒を増やそうとして失敗した。その失敗作でありんす。モモンに聞く限り強さも能力も、ただの出来損ないだったみたいでありんすえ」

「出来──損ない──あれで──」

「精神攻撃に対して完全に耐性のあるヴァンパイアを操ったらしいという特別なアイテムがあると聞いて居たでありんすが、とんだ眉唾物だったみたいでありんすねぇ。あんな外側しかない出来損ない程度すら操れないのでは。そうでありんしょう、モモン」

 

 あれほどの犠牲を出した存在がただの出来損ないであると。そう彼女は──シャルティア・ブラッドフォールン様は言っていた。だとするならば、必死の覚悟で戦っていた私たちは一体何だったのか。死んでしまったカイレ様は。

 しかも彼女はとんでもない事を言い放ったのだ。あの神より賜りし『ケイ・セケ・コゥク』が眉唾であったと。ただの欠陥品であったと。上位のアンデッドを操る力など元々持ってなど居なかったと。

 確かにおいそれと扱えるものではない。国宝などというにも烏滸がましい程の超一級のものなのだから。そもそも扱える人すら滅多にいない。カイレ様が死なれてから次代を何とか選出し、やっと扱える程度になったばかり。アイテムもさながら使うものすら中々見つからない。それだけのものが欠陥品だった。そんなことになればこの法国の根幹から揺るぎかねない事実となることは間違いない。

 

「ブラッドフォールン様、確かに貴方様のお力は凄まじく、そして素晴らしいものであること。それはここに居る皆が重々承知しております。しかし『ケイ・セケ・コゥク』は神より賜りしものでございます。それを欠陥品などと──」

「欠陥品を欠陥品と呼んで何が悪いでありんすかえ。何だったら、私に使ってみるがいいでありんす」

 

 ざわり、と空気が揺らいだ。あれほどの強力な力を持つシャルティア・ブラッドフォールン様が自らを操っても良いと言い放ったのだ。これはこちらにとっても大きな利点がある。いやむしろデメリットを補ってもなお余るほどのメリットだ。

 彼女に『ケイ・セケ・コゥク』が通用した場合、今回は即解くのは当然だ。しかしそれは彼女──いや、アンデッドであるアインズ・ウール・ゴウン伯爵が人間に反旗を翻した時に最強の切り札として使えることを意味する。こっそりと解いた『ふり』をしておいて、反旗を翻した時点でアインズ・ウール・ゴウン伯爵の敵に回るようにしても良いだろう。

 また効かなかった場合、彼女ほどの上位には効かないという実証にもなる。では一体どれだけの存在にならば聞くのか。それともそもそも精神攻撃に対して完全耐性を持つアンデッドだけが効かないのか。それらを調べる一因にもなるだろう。

 つまり──

 

「よ、よろしいのですか──ブラッドフォールン様」

 

 私たちに断るという選択肢は無いのだ。

 恐る恐るといった体を保ちながら神官長の一人が彼女に聞く。本当にいいのかと。しかし表情の裏に隠しきれないドス黒い欲望のようなものが微かに見て取れる。私以上に何か打算的な事を考えているのだろう。

 

「えぇ、勿論でありんす。もし、私を操ることが出来たのであれば──」

 

 そう、彼女は一旦切る。しんと静まる。彼女が一体何を言うのか。期待と不安の入り混じったこの空間に、彼女のくすりと笑う声が微かに響いて居た。

 まるで年端も行かぬ少女のような顔を蕩けさせ、まるで歴戦の娼婦の如き熱さを持て余すかのように己が身を抱く彼女。その姿に誰のものか、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえた気がした。

 

「お望みとあらば、この染み一つ無きこの躰──見せてあげても良いでありんすえ──フフフ」

 

 その雰囲気は年齢関係なく──いや、同性すら魅了するのか。火の神官長であるベレニス・ナグア・サンティニ様ですらも頬を染めて口をぽかんと開けてしまう程。その姿は正しく魔性というべき艶やかさである。

 そのような時間がどれほど経ったのだろうか。数秒か数分か。それとも数時間なのか。誰かが小さく『こほん』と咳一つしたとき、一気に空気が緩んだ。まるでこちらが操られていたかのように錯覚するほどの時間だった。

 

「フフ──フフフ──」

 

 まるで悪戯が成功したと喜ぶ少女のように笑う彼女に先ほどの雰囲気は無い。アンデッドである彼女に相応しい言葉ではないが、見た目相応の笑顔だった。

 

「巫女と『あれ』をこれへ──」

 

 最高神官長の一言が伝えられる。ここへ『ケイ・セケ・コゥク』を持ってくるようにと。それも巫女と共に。つまりそれは、彼女に力を使うという事。それを、最高神官長が決めたということになる。

 

(彼女は操られるのか、それとも──)

 

 どうなるのか、一切想像がつかない。彼女の言う通りであるならば操られることは無いだろう。しかし、あれは──『ケイ・セケ・コゥク』は神の持ち物だ。アンデッドに効かないというのも考えづらい。遥か昔は強大な力を持つドラゴンを操ったとされるあれが。

 そんな時、私の脳裏に映ったのは──

 

「ふぅん、案外貴方も人間種以外の方が良いのかもしれないわね」

 

 まるで見透かすように、にやけながら私を見つめる彼女に気付いた。しかし、不思議と頬の熱さに私が気付くことはまだないようだ。

 




シャルティア様頑張った回でした
パンドラズ・アクターがこそっと開けた穴をあの子の力を利用して現れたシャルティア様
きっと内心冷や汗ダラダラだったことでしょう

──ん?
むしろあの子が頑張った回でしたね!


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8章 法国 ケイ・セケ・コゥク編-5

今回は結構説明が多いです
けど説明が生かされることは今後無いので、面倒でしたら読み飛ばしちゃっても構いませんよ


「巫女と『あれ』をこれへ──」

 

 スレイン法国の神殿の奥地に来て数時間。そろそろ陽が落ちる頃合いの時。未だ俺たちと法国の舌戦は続いていた。

 無論、結果から見れば俺たちの勝利と言うべきだろう。シャルティアに予め渡しておいたネタアイテム<我は魔王なり/I am The Demon Load>のお陰ともいえる。このアイテムは自身にレベルをプラス100したステータスを『偽装する』というものだ。このアイテムのお陰で彼等が見たであろうホニョペニョコとは隔絶された存在であると『勘違い』させることができたわけだ。

 そして──

 

『上手く行ったな』

『お美事でございます、モモン様』

 

 俺たちは無事『ケイ・セケ・コゥク』を引き出すことに成功したのだ。傾城傾国ではなく、すり替えたもの。ある意味本当の『ケイ・セケ・コゥク』──『傾城傾国・改』を。

 思わずガッツポーズしたくなるがそれも一瞬で鎮静化される。本当にアンデッドになって良かったと思える瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

「これは第一席次様──わざわざこちらにいらっしゃるなんて」

 

 私は最高神官長にケイ・セケ・コゥクの巫女を、侍女を通して呼ばれるよりも前に彼女の所へと来ていた。シャルティア・ブラッドフォールン──様は確かにホニョペニョコではなかった。しかしそれはイコール操れないという意味にはならない。モモン殿らには『操れなかった』と事実をずらしたが実際は違う。操れたのだ。ただ、操った後に命令を与えなければ意味がない。完全に終わる前に、操られる瞬間にホニョペニョコは我らに投擲攻撃をしてきた。投擲ならば操られないと思ったからだろう。奴の思惑通り、ホニョペニョコは操れたものの投擲された攻撃は操ったカイレ様に直撃してしまっていた。間に入ったセドランを貫通して。

 そう、あの時失敗したのはあくまで戦闘中だったから。奴が想定以上に強かったから。あの時絶死絶命が居たならば間違いなく成功していただろう。

 

(いえ、もしもなど意味のない考えは止めましょう)

 

 私が入るなり嬉しそうに駆け寄ってくる巫女の頭を撫でながら、彼女に笑みを浮かべる。

 そういえば、と。彼女は元々私の妻となるべく育てられた娘だった。しかし先のカイレ様の急死によって巫女に選出されることになったのだ。だが元々私の妻となるべく育てられた彼女は、変わらず私にまっすぐに好意を向けて来ていた。

 

「あっ──く、くすぐったいです、第一席次さまっ」

 

 そう口では言いながらも、彼女は抵抗するそぶりすら見せない。

 ケイ・セケ・コゥクの巫女に選ばれれば純潔で居なければならない。純粋であるがゆえに他の男に誑かされやすい少女が多く、そういう意味では巫女である時は非常に短い。カイレ様だけが特別だったらしい。あの方は純粋に少女でいるのではなく、巫女になったばかりの幼いころから『母』であることを選んだのだそうだ。子を産めぬ運命を受け入れるために、神殿に住まう皆を我が子として見る。それがカイレ様の心の、大きな支えとなっていたそうだ。

 私も終ぞカイレ様にだけは全く頭が上がらなかった。母というものを知らない私にとって、最後まで上役ではなく母として接してくれた彼女こそが、私の唯一の母であったと言っても過言ではないだろう。

 

「元気にしていたかい、デメテル」

「はい!第一席次様もお変わりなく」

 

 私に撫でられるのがくすぐったいのか、目を細めながら私に笑みを向けて来る。彼女のような純粋な娘をこのような事態に巻き込むのは少しばかり胸が痛くなる。しかし法国の今後を左右するであろうこの事態の鍵は間違いなく彼女だ。

 

「いけるね、デメテル」

「──はい」

 

 デメテルと交わした約束。一つだけの約束。もう永劫私と肌を合わせることが出来なくなった彼女との約束。それは、ケイ・セケ・コゥクを纏うその時だけは私への想いの枷を外す事。その短い間だけは叶わぬ愛を表に出しても良いということ。

 それは本来許されることではなかった。しかし漆黒聖典の隊長と巫女の叶わぬ愛という姿は対外的にも聞こえが良かったらしく、意外なほどに反対されることは無かったのである。

 侍女に手伝われ、その素肌を露わにしていく。私の前で。何一つ隠すことなく。彼女は私の瞳を真っすぐ射抜いてくる。決して目を離すなと。どんなに近づこうとも決して触れられぬ躰となった。その全てを私に見せて来る。

 私も決して目を離すことは無い。まだ幼さの強く残る彼女の躰を。まだ幼いから。そんな理由を並べて決して触れることのなかった躰を。もし一度でも肌をかわすことがあれば。いや、唇だけでも触れることがあったならば彼女にこのような重責を背負わせることは無かったのだ。私の妻として、人並みとは言えないが我が子を抱くくらいは出来たはずだった。それら全てを奪われた──否、奪ったのは誰でもない私なのだから。

 

「準備──出来ました、あなた様」

「あぁ、とてもよく似合って居るよ、デメテル」

 

 ケイ・セケ・コゥクを身に纏った彼女は間違いなく美しかった。まだまだ貴族達の結婚ですら話に上がらない程度の年齢であるはずなのに、まるでケイ・セケ・コゥクを身に纏うために生まれたかのように。

 

「いいね、デメテル。難しい事を考える必要はない。ただ、その力を使う。それだけだ。後は私たちがやる。いいね」

「はい、大丈夫です。あなた様が傍に居て下さる、それだけで。それに前よりずっと身体が軽いのです。まるで、このケイ・セケ・コゥクが祝福してくれているみたいに」

 

 本来ケイ・セケ・コゥクは纏う者に対して凄まじい制約と制限を掛けてくる。場合によっては瞬く間に命を散らしてしまう程に。しかし彼女は幾度となく纏っても問題なく動くことが出来ていた。いやそれだけではない。カイレ様ですら数年かかったケイ・セケ・コゥクの使用すらも半年足らずでマスターしてしまったのだ。正しく天賦の才と──いや、まるで神に愛されているかのような娘である。

 

──見てください、あなた様。わたし、出来ました!

 

 ついこの前の、あの時の光景が脳裏に浮かんでくる。初めての行使でゴブリンを操るというものだった。しかし現場に行ってみればゴブリンが一匹も居ない。数日前に突如現れた、強大なモンスターであるギガントバジリスクがゴブリンどもを食い荒らしていたのだ。

 ゴブリンを操るというあくまで簡単な練習が、村娘ほどの力すらもない巫女を守りながら強大なモンスターを倒すというミッションに変わっていた。

 その時私は運悪く別の場所に居り、その話を聞いた私は急いで現場に向かった。彼女を守るため。彼女を助けるため。しかし人一人の力など大したことは無い。私が現場に到着したのはそれから数日後の事だったのだから。

 だがそんな私を迎えたのは彼女の笑顔だった。笑顔で私に手を振っていた。彼女が操ったというギガントバジリスクの背に乗って。

 カイレ様のお力──ケイ・セケ・コゥクの力は確かに知っていた。強大なモンスターですらも容易く操るという神のアイテム。しかしそれはカイレ様であるからこそのものだと思って居た。だからこそ心配していたのだが、それは杞憂だった。

 彼女は憶することなく、皆に守られながらも無事ギガントバジリスクを操って見せたのだ。

 

──これでやっと、あなた様の隣に立てます。守られるだけではない、あなた様を守ることが出来るのです。こんなに嬉しいことはありません。

 

 そう、きっとあの時だ。あの時私は気付いたのだ。私は──

 

「──こほん。第一席次様。巫女様にそのような事をなさるのはあまり良い事ではありませんよ」

「え──うわぁっ!!」

 

 昔の事を──いや、ついこの前の事を思い出していたら私は思わず彼女を抱きしめていたらしい。

 

「ウェヒヒ、もっとしても大丈夫ですよ、あなた様っ」

「いいいいやいやいや、君はもう巫女なのだからね。ね!」

 

 あれから何度も何度も。複数回にわたり彼女は強大なモンスターたちを操って見せた。私の後ろで。私に守られ。時には操ったモンスターで私を守ってくれた。そんな彼女はもう昔の様に引っ込み思案ではない。巫女としての権限を存分に振り回す少女になっていたのだ。

 

「ケイ・セケ・コゥクの巫女である私が命じます。私を全力で愛でなさいっ」

「却下です。巫女様に触れるなどという不埒な事は出来ません」

 

 頬を膨らませ、不満を隠すことなく声を上げる彼女を笑う。それに釣られ彼女も同じく声を上げて笑っていた。

もう彼女は巫女として生きていける。例え私が居なくなっても──

 

「どうされました、あなた様」

「いや、何でもないよ。さ、行こう。皆が待っている」

 

 何があっても私が君を守ってみせる。例えそれが、私の命を代償とするとしても。

 

──私は、絶対に

 

「お待たせしました、皆さま。巫女様をお連れしました」

 

 そして私は彼女を連れて再び舞い戻ってきた。神官長たちの居る場へ。シャルティア・ブラッドフォールン様とモモン殿が居る場へ。スレイン法国の運命が決まるであろう場へ。

 

 

 

 

 

「お待たせしました、皆さん」

 

 侍女に連れられて入ってきたのは漆黒聖典の隊長だ。一瞬彼が巫女を兼任しているのかと思ってしまったが、それも一瞬の事。その後ろに隠れ──いや、守られる様に入ってきたのが巫女なのだろう。

 確かに彼女はケイ・セケ・コゥクを──いや、私が発案した『傾城傾国・改』を着ていた。

 本来傾城傾国はワールドアイテムであるため、レベル100のプレイヤー以外が身に着けるとステータス等に大きなペナルティを受ける。これはワールドアイテムを安易に身に着けたり使用したりしないようにとの運営が付けた数少ない良い仕様だ。なにしろユグドラシルでは経験値を代償にするスキルや魔法が数多く存在するため、大きな戦いを経た後の大半のプレイヤーはレベル100を切ってしまうからだ。 この仕様によってユグドラシルではレベル99以下で安易に身に着けるのは良い事ではないという風潮が出来ていた。

 ではこの世界ではどうか。プレイヤーならばまだしも、この世界に住まうほぼ全員と言っていい程の者たちはレベル100まで上げていない。つまり、その状態でワールドアイテムを使用するという事は使用者に対して多大な負荷をかけて居たはずなのだ。

 だが目の前の少女に負荷がかかっている様子は無い。当然だ。私が発案した『傾城傾国・改』は低レベルでも扱えるような仕様に──つまり、この世界の者でも気軽に扱えるようにしてある。当然能力は大きく劣化している。まず精神耐性が強いものに対しての成功率は限りなく低い。アンデッドのように完全耐性の場合の成功率は0%である。次に自身よりも大きくレベルが離れた相手に対しての成功率も著しく減少するようになっている。つまり『誰でも問答無用に操れる』というものから『操るのスキルが付いた魔法装備』になっただけであるわけだ。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン様。本当に宜しいですね」

「私に二言はありんせんえ」

 

 我らからすれば確実に失敗すると分かっているものをやらせるという事に対して、何ら思う事が無い訳ではない。しかし、彼らは我らの敵に回ってしまった。シャルティア・ブラッドフォールンがアインズ・ウール・ゴウン伯爵の妻であることを知りながら、明言はしていないがモンスターであると言い放った。異形の者を受け入れることは無いと、我らに突き付けたのだ。

 

「では失礼します。──巫女様」

「はい──すぅ──はぁ──」

 

 巫女と呼ばれた少女が大きく深呼吸をし、両手を広げながらシャルティアの方へと向ける。すると『傾城傾国・改』から金色の龍のエフェクトが浮かび上がり、シャルティアを突き抜けた。

 

『よく出来ているな。上手く作り込んである』

『お褒めにあずかり、感謝の極みでございます』

 

 忌憚なく褒めると、冷静な声が返ってくる。が、俺には分かる。彼が──パンドラズ・アクターが今にも舞い踊りそうな程に喜んでいることを。そこまで嬉しいのかとも思ったが、創造主に褒められるということはそれほどのことなのだろう、きっと。

 

「──で?」

 

 光が収まった後シャルティアは同じ格好のまま、不敵な笑みを浮かべたまま巫女を見て居た。何も変わらないままに。

 それを一番に感じたのは使用した巫女だろう。ゲームでは『失敗した』等のログが出たが、恐らくこの世界でも彼女にしか分からない何かを伝えられたはずだ。

 

「──失敗──しました」

 

 失意のどん底。絶望のさらに底から聞こえるような声で彼女が伝える。神官長らではなく、彼女の隣に居る男に。恐らくは恋仲なのであろう漆黒聖典の隊長殿に。

 

「ありえん──ケイ・セケ・コゥクが失敗するなど──」

「神が齎した物ですぞ。そんなことが──」

「しかしあの光は間違いなくケイ・セケ・コゥクの光。ゴウン伯爵夫人殿程の存在となれば操ることは出来ぬという事なのか──」

 

 奥に居る神官長たちの口々から失意の声が零れていく。彼らからすればシャルティアを操りたかったのだろう。そしてアインズ・ウール・ゴウン伯爵に対しイニシアチブを取りたかったのだろう。シャルティアを操ることが出来るという事は、アインズ・ウール・ゴウン伯爵を操ることが出来るかもしれないということ。出来ずともシャルティアをもう一度操ってアインズ・ウール・ゴウン伯爵にぶつければ良い。そう考えていたのだろう。

 来るアインズ・ウール・ゴウン伯爵の反逆に対するために。

 

(積極的に人間と敵対する気持ちは無いんだけどなぁ──向こうから敵対してきた時は別だけど)

 

 さて、これでやるべきことは終わった。ホニョペニョコとシャルティアは別人であることを知らしめることが出来た。傾城傾国をすり替えて、我らを操れなくも出来た。そして──

 

「お手数をおかけいたしました、シャルティア・ブラッドフォールン様」

「構わないでありんす。私としてもこういうものを一度受けてみたいとも思って居たでありんすえ」

 

 お前ら当事者──シャルティアを操った漆黒聖典には相応の報いを受けてもらうとしよう。無論、スレイン法国にも。

 

「用事は終わりましたか、シャルティア様」

「えぇ、よくやってくれたでありんす、モモン。ヤルダバオトから受けた傷は私からアインズ様に伝え、治すようにしてあげるでありんすえ」

「──感謝します」

 

 ここでアインズ・ウール・ゴウン伯爵とモモンが仲がいいと思われないように布石を一つ。こういう積み重ねも大事なのだ。いつどこで崩されるとも限らないから。

 

「では、帰りんす。皆、こわぁい魔物には注意するでありんすえ」

 

 意味深な事を言い残してシャルティアは転移していった。恐らく何も考えないで、適当に格好良い事を言っただけなのだろうが。

 

「我らも帰るとしよう。神官長殿らには手間を掛けさせた。このわびは、いずれ」

「いや、構わぬよ。我らにも勉強になった。神より賜りし物を持つという本来の意味を。我らは神より借り受けただけであり、決して神になったわけではないという事をな」

 

 人には出来る事と出来ない事がある。分相応というものを知ってくれるならば、これからそれなりの関係を築くことも出来るだろう。

 

「さて、奴らの罰は何にするか──」

 

 相応の関係を築くならばあまり波風は立てない方が良いだろう。拉致してドッペルゲンガーと入れ替えるなど以ての外だ。肉体的なものよりも政治的なペナルティの方が良いのだろうか。

 俺はナーベに扮するパンドラズ・アクターと共に神殿を出、スレイン法国を後にしながらそう小さく呟くのだった。

 




新キャラ、デメテルちゃんです。チャイナ婆ちゃんことカイレ様の後任の子です。年齢は〇才です。隊長さま、結婚してたら間違いなく事案でしたねっ

元ネタはあまりの愛の強さに、愛する者に会えぬ悲しみが冬という季節を作ったという逸話を持つ女神デメテル様の名前を拝借しました。
彼女も同じく、とても愛の強い少女です。その話が今後出ることは二度と無いですけれど。

流石に色々説明した方が良いかなと色々書いて居たら膨れ上がってしまい、軽く6000字行ってしまいました。修行が足りませんね
大半はオリジナル設定です。ご注意くださいませ。


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8章 法国 ケイ・セケ・コゥク編-終

「無事の御帰還。また、作戦の御成功。我ら配下一同、誠に御喜び申し上げます」

 

 いつもの空間。いつもの玉座。──だった場所。

 最初の頃こそこの間を使う事が多かったが、ここ最近は執務室でほぼ事足りていた。それだけ切羽詰まっていた状況が改善されたという事であり、皆の能力が──ただ俺に命令されるだけだった存在が大きく変わったという証左でもある。

 

「皆の者、面を上げよ」

 

 玉座に座り、呼吸を一つ。俺に傅く皆の姿が一望できるこの位置。最初こそ皆が何を考えているか分からなかったからこそここに頻繁に座っていたこの位置。だが、今ならば分かる。皆が一丸となって前に進んでいることを。

 俺の静かな言葉から一拍置いて、皆が顔を上げる。皆が信頼と自信を持った顔だ。なに一つ欠けていない。だからこそ、幾許かの違和感があるが最初の頃ほどでもない。皆が、個々が感情を持っている。それぞれの思いがあり、それぞれの希望がある。プログラムではない。NPCではない。一つの命を持ってここに居る。そう思えることが嬉しく、そして同じくらいに誇らしい。

 統治者。絶対なる者として君臨してきた日々が走馬灯のように頭に浮かんでくる。正直なところ、無茶ぶりの連続だった日々が。力だけではどうにもならない案件が多く、ねじ伏せるだけでは解決できない状況が多く。それをトップとして振舞いながら綱渡りを続けた日々。もし俺がアンデッドではなく人間としてこの世界に来ていたとしたら、恐らく俺は途中で倒れていたことだろう。過度のストレスで胃を悪くして。

 

「フ──フフ──いかんな。少しばかり感傷に浸ってしまったようだ」

 

 誰に話しかけるでもなく、小さく呟く。感傷的になるのも仕方のない事だろう。こうやって皆と話すのは恐らくこれが最後になるのだろうから。

 

「皆の者、これまでの働き。誠に大儀であった。皆が一丸となって事に及んでくれたからこその、今の結果であると私は確信している」

 

 そう言って再び一拍。普段ならば合いの手を入れて来るデミウルゴスですらも静かに俺の言葉を聞いて居た。聡い彼の事だ。何かを感じ取ったのだろう。

 

「一つ一つの事が、まるで昨日の様に思い浮かんでくるようだ。皆の雄姿が、な」

 

 

 静かだ。とても静かだ。ゆっくりと皆から高い天井に視線を移し、無き肺で深呼吸をした。

 そしてゆっくりと皆に視線を戻す。少しづつ伝搬しているのあろう。何かがあると感じているのだろう。デミウルゴスだけだったものが、アルベドに。そして皆へと伝わっているのだろう。

 

「これからナザリックは、大きな転換期を迎える。無論、気付いて居るな。デミウルゴス、そしてアルベドよ」

「はい、勿論にございます」

「全ては、御身の御意思のままに」

 

 デミウルゴスの事だから何となくでも気付いて居るだろう。アルベドもだ。アルベドには先日打診があった。『至高の御方々を探すべきだ』と。それを実行に移す時が来たのだ。

 ただし、皆を使うことは無い。それは、その行かせた誰かがそのまま寝返るからなのか。否だ。少し前まではその懸念もあったかもしれない。そして同時に思っただろう。『親の元に子は居た方が良い』と。だが今は違う。これは俺がやらねばならない事だからだ。

 

「つきましては、アインズ様。あのスレイン法国は如何なさいましょう」

「デミウルゴスの方で既に計画は上がっているのだろう。それに否は無い。ただし、苦痛を与える事だけは却下とする。我が手に傾城傾国は来たからな」

「──なるほど、かしこまりました」

 

 傾城傾国は手に入れた。つまり個の感情は終わったということ。これからは国と国の話だ。やるならば物理的な行動ではなく、政治的な行動を行ってもらわなければならない。そういう意味ではデミウルゴスは最適である。あのウルベルトさんの子なのだから。

 

「それではついに、『あの計画』を実行なさるわけですね」

「デミウルゴス、やはり気付いて居たか──」

 

 やはりデミウルゴスは俺が勇退しようとしていることに気付いて居たらしい。

 

「勿論にございます。しかし個人的には──少々時期尚早ではないかと愚考致しましたが」

「無論、それも理解している。しかしだな、デミウルゴス。潮時だと、私は感じたのだよ」

 

 早い、か。確かに早いかもしれない。まだ色々と気になる部分もある。未熟な部分もある。だが──

 

「私は、皆ならば──1人1人ではなく、お前たち全員ならばきっとやり遂げられると信じている」

「アインズ様っ──!」

 

 個人としてではなく、ナザリックとして。足りない部分を皆で補い合う事でやっていけるはずだ。これからは、飾りなど必要ない本当のナザリックとしてやっていけるだろう。

 そうなったとき、かつての皆を探し終えて帰った時。俺はきっと、皆を配下としてではなく彼らの子供としてでもなく──

 

「これからもう一つ進むために──」

 

 きっとそれは、仲間と言える間柄になれると俺は信じているから。

 

「やれるな、デミウルゴス、アルベド──そして、ナザリックの皆よ!」

 

 まるで示し合わせたように。裏でこっそりと練習でもしていたのかと思う程に。誰一人欠ける事無く。誰一人ずれる事無く。皆は応えた。

 

 

 

「アインズ様──本当に宜しいのですね。これ以後、後戻りは出来ませんが」

「フ──フフ──問題ない。そう、何も問題ないのだよ、デミウルゴス」

 

 皆が解散した後、まだ不安なのかデミウルゴスが駆け寄ってくる。普段の自信に満ち溢れた彼ではない。それもまた愛しい。

 

「やはりすべて──お考えの上で行動なされていたのですね──最初から」

 

 そんなわけ無いだろう。と思わず口に出そうになるのを飲み込む。だが最初からなかったわけではない。草案程度ならあった。

 

「あぁ、モモンはそのために作ったと言っても過言ではないだろう」

「やはり──!」

 

 これからアインズ・ウール・ゴウンは勇退し、フェードアウトする。そして、モモンとして──いや、モモンガとして世界を回るのだ。その時、英雄と言う肩書は大きなプラスとして働いてくれることだろう。

 

「最後の仕上げ──任せたぞ、デミウルゴス」

「この身に──代えましても!」

 

 

 

 

 

「お、あれは──モモンさーん!!」

 

 王都の昼下がり、通りのはるか遠く。遠目に見えたモモンさんの姿に、心の奥底から喜びがあふれて来る。頭が考えるより先に足が前に出る。人通りの多い本通りをぶつからない様に、縫うように走っていく。そしてその勢いのままに、私は飛びついて居た。

 

「──イビルアイか」

 

 『カツン』と彼のフルフェイスメットと私の仮面がぶつかる。まるでそれが、私には口づけの音の様に聞こえた。

 少しだけ困ったような、少しだけ戸惑ったような。それでいて少しだけ嬉しそうな。そんな口少ない彼の思いが手に取るように分かるのが何よりもうれしい。

 

「無事に終わったようですね」

「ん──あぁ、結局アインズ・ウール・ゴウンの手を煩わせることになったがな」

 

 私を優しく抱きしめた彼は名残惜しそうに私を地面に下ろした。流石に周囲に人が多すぎて恥ずかしかったのだろう。

 

「さぁ、詳しく聞かせてください。逃がしませんからねっ」

 

 彼の手を引き、いつもの喫茶店へと誘導していく。私の力程度では動かない彼が素直に私に引っ張られてくれるという、ただそれだけで気分が高揚していく。あぁ、私はやはり。

 

(私は──この人が好きだ──)

 

 

 

 

「よう、元気になったみたいだな!」

 

 騒々しいいつもの酒場。私たちのいつものたまり場だ。とても落ち着ける雰囲気のある場所ではない。しかしそんな場所で周囲の騒音を無視しながら、皆と──蒼の薔薇の皆と共に一角に座り、ゆっくりと茶を飲む。それが最近の私の日課である。その私の日課も今は少しばかり寂しくなっていた。その理由と言うのも、最近現れた新しい英雄であるモモンさんだ。彼は不思議なくらい私たちのチームに溶け込み、不思議なくらい私たちのチームと親しくなった。強い人だが、正義を胸に灯した熱い人ではない。とても寡黙で、いつも冷静な人。そして、不思議な魅力のある人だった。

 だった、というのは先の大戦にて彼はとても大きな深手を負ったからだ。彼に懸想しているイビルアイなど、そのあまりの凄まじさに青白い肌をさらに白くして叫んでいたほどだ。私とて決して冷静で居られたわけではない。彼の自慢の全身鎧は割れ、歪み、溶けており原型すら殆どなかったほどだった。そのため彼は鎧を知人の鍛冶屋に渡し、スレイン法国へと治療に行ってしまったのである。

 

「えっ?──あ──」

 

 突如背中に入る衝撃。背中を叩かれたと気付いたのはそれから数瞬後。思わず手に持って居たカップを落としそうになるのをなんとか立て直す。しかしカップが傾くのを抑えることは出来ず、そのまま私は紅茶を被ることになった。はずだった。

 しかしすでに私は紅茶を飲み干してしまって居たらしく、半分以上傾いたカップからは一滴もお茶が零れた様子は無い。カップが空になってもそのまま持って居たということに気付いた私は、さっと頬が熱くなるのを感じた。

 抗議をするように、恐らく私の背中を叩いたであろう相手の方──ガガーランの方を見ると、ニヤニヤと笑みを浮かべながら指を差してくる。私の正面を。

 

「モモン──さん──あっ──その──お帰りなさい」

「ああ。予定よりも戻るのが早くなったので驚かせてしまったようだな」

 

 正面に座るのはいつもの彼。あの大戦で負った傷などまるで夢のことだったと言わんばかりに、何一つ変わらず彼の姿がそこにあった。しかし、どことなく。そう、どことなく昔の彼とは違う気がしたのは何故なのだろうか。

 

「それでぇ、じっくり聞かせてもらいますからね。あんな怪我を負って帰ってきて──私本当に心配したんですから」

「あぁ、実は──」

 

 彼を連れてきたのであろうイビルアイが、隣に座って彼の手に自分の手を重ねている。その姿はまさしく恋人のそれだ。

 そして、彼はゆっくりとあの時何があったのかを話してくれた。ゆっくりと。ゆっくりと。

 それは、私の──私たちの想像を絶するものだったのだ。

 

「命の対価──ですか──」

 

 彼はすでに死んでいる。過去の人。遥か昔の人であり、アンデッドだ。それは理解している。それでもなおこの世界に留まれたのはあくまでヤルダバオトを斃すという思いのみ。だから本来ヤルダバオトを斃した後、彼は消えるはずだったらしい。しかしアインズ・ウール・ゴウン伯爵はそれを許さなかった。強大な力を与えた対価を求めたのだ。その一環として行ったのがスレイン法国だったらしい。色々と向こうの国との守秘義務があるらしく、あまり詳しくは話してくれなかったものの結果として上手く終わったらしい。

 

「それで──これからどうなさるのですか?」

 

 彼の話が終わった後、私は静かに聞いた。他の皆は気付かなかったのだろうか。また再び彼はこの国で冒険者を──英雄を続けると思って居たのだろうか。しかし私はそう思って居なかった。先ほど感じた違和感が今はっきりと形を成したのだ。

 

「どうしてそう思った」

「強いて言うなら──女の感でしょうか」

 

 どことなく、彼の雰囲気に感じたのだ。どこかへと行ってしまう。そして、二度と帰ってはこないと。

 

「──行かれるのでしょう。私たちすらも知らぬ遠くへと」

 

 彼は答えない。それが答えであるかのように。

 

「うそ──ですよね──モモンさん──嘘ですよね、ねぇ!嘘って言ってくださいよぉ!!」

 

 イビルアイが、いつも冷静なイビルアイが。まるで錯乱するかのように叫ぶ。それは騒々しい酒場ですらをも静かにさせてしまう程の大きさだった。

 

「俺は──」

 

 静まり返る店内に、小さく彼の声が響いていく。だが、それはほんの数秒の事だった。

 突如起こる轟音。まるで衝撃波の如き音が店内を一気に揺さぶったのだ。

 

「何だ!何が起きた!!」

 

 皆が大急ぎで通りへと出ていく。私たちも、勿論彼も。

 しかし通りにあの轟音が響くような被害があった様子は無い。だが、通りの皆は一様にある方向を向いて居た。

 

「おい、あの方向にあるのはスレイン法国じゃねえか」

「馬鹿いうなよ、あの国までどれだけ離れていると思ってんだ。あのでかさだぞ。国丸ごとでも吹き飛ばねえ限りありえねえだろ」

 

 凡そ南方。スレイン法国の都がある方角。そちらから巨大な火柱が上がっていたのだ。

 城門を走り出て、目を凝らす。そんな必要などないと言わんばかりに巨大な火柱と、何かを燃やした跡だろうか。もくもくと、遥か空高くまで煙が上がっているのがはっきりと見えた。

 

「ティア、ティナ!」

「──間違いない。あの火柱はスレイン法国の都」

「あの大きさから、多分。都丸ごとあの火柱に包まれている」

 

 一縷の望みをかけて二人の名を呼ぶが、それから返ってきた言葉はあまりにも残酷な現実だった。

 

『聞け、世界の生命たちよ。生きとし生ける者たちよ』

 

 突如雲がある形を取っていく。悍ましくも禍々しい。まるで死を体現するかのような姿。

 

『我が名はアインズ・ウール・ゴウン。世界皇アインズ・ウール・ゴウンである』

 

 あれは恐らく雲を自分の姿に似せたのだろう。あんな巨大化してしまったと考えるよりもまだ受け入れられる。だとしても、凄まじい魔法である。

 

「馬鹿な──ありえん──」

 

 身体を震わせ、彼が呟く。恐らくこの世界で誰よりもアインズ・ウール・ゴウンを知っている彼が。

 

『スレイン法国は私に弓を引いた。故にこの世から、歴史から退場してもらう事となった。次は貴様らである』

 

 彼でなくとも震えるしかない。アインズ・ウール・ゴウンははっきりと言ったのだ。スレイン法国を滅ぼしたと。恐らくはあの一撃によって。

 

『我──世界皇アインズ・ウール・ゴウンは、現時刻を持って全ての国に宣戦布告を行う!』

「なぜだ──なぜその選択を選んだぁぁぁ!!!」

「も、モモンさんっ!!」

「お、おいやめろ!!」

 

 このままではたった一人で突っ走ってしまいそうになる彼をイビルアイが、ガガーランが、私を含めた周囲に居た人たちが必死になって止めようとする。しかしそれでもなお彼は止まらない。皆を引きずりながら一歩、また一歩と歩を進めていく。なんという力だろうか。

 

『この世界皇アインズ・ウール・ゴウンに恭順する者は受け入れよう。しかし、我に楯突く者はこのスレイン法国と同じ末路が待っていると知れ。フハハ──フハハハハ!!』

 

 まるで心臓を鷲掴みにされるような高笑いを残しながら、アインズ・ウール・ゴウンの幻影は消えていく。ただの煙に戻っていく。そして力尽きたのか、それともただの幻影だと気付いたからなのか。10人以上でなんとか押し留めていた彼はゆっくりと膝を付き──

 

「あぁぁ────あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

 狂ったかのように、ただただ雄叫びを上げ続けていた──




これにて8章は終了となります。
さぁ、9章です。もりもり死人が増える9章です。あまり直接描写することはありませんが!
この先を予想できる方はきっといないでしょう。たぶん、めいびー
皆さんの予想を良い意味で裏切ることが出来たら、作者冥利に尽きるというものですからねっ

このモモです!もあと2章で終わります。泣いても笑ってもそこで終了です。
皆の期待を裏切りながら、みんなの予想を裏切りながら。それでも良かったと言ってもらえるような最後にしたいと思います。

出来れば春までに終わらせたいなぁ──


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9章 世界大戦編
9章 帝国 世界大戦ー1


注意:9章には漆黒の英雄モモンは出演しません。
モモンの活躍が見たい方は、次章までお待ちください。



──我が名はアインズ・ウール・ゴウン。世界皇アインズ・ウール・ゴウンである。

 

 朝と呼ぶには少しだけ遅い時間。この場に差し込む光も少しだけ和らぎ、代わりに肌に感じる温かさが少しばかり顕著になる時間。平穏な一日が続くと思われた、そんな時間に唐突に地獄は現れた。

 突如スレイン法国のある方向から上がる巨大な火柱。決して近い距離にはないここ、バハルス帝国でもはっきりとわかるほどの巨大な火柱が上がったのだ。だがあの火柱、どこかで見たことがあると記憶を探ればすぐに思い出された。ゲヘナと呼ばれた炎だ。前にヤルダバオトなる悪魔にリ・エスティーゼ王国が襲われたときに上がった炎の柱と同じなのだ。無論規模は比べるべくも無いのだが。

 

「フ、フフフ──世界に対し、宣戦布告か」

 

 脳裏に鮮明に浮かび上がる先の大戦──否、屠殺戦。幾万という兵を殺して見せた超位魔法なるもの。それを供物として呼び出された亜神。そして、亜神を殺した悪魔をも軽く凌駕する力で屠ったアインズ・ウール・ゴウンの配下たち。

 どうする。恭順するか。まさか。まさかだ。スレイン法国がアインズ・ウール・ゴウンに対して何をしたかは分からないが、少なくとも派兵を行ったわけではない。世界的に聖戦を謳ったわけでもない。だというのに滅ぼされたのだ。

 ローブル聖王国は生き残ったように『みえた』が実際は違うだろう。一度悪魔に変質した者が人間に戻るなどありえない。これにはじいも同意していた。恐らく人間に『戻った』のではなく、人間に『化けた』だけなのだと。これはいけない。恐らく今頃ローブル聖王国は『見た目だけ』人間の国ではあるだろうが、今は悪魔の国と言っていい状態にあるだろう。

 私は見たのだ。カルカ・ベサーレスが完全に悪魔になったのを。そして、『人間の姿に化けた』カルカ・ベサーレスを。アインズ・ウール・ゴウンに首を垂れた彼女を。あれは人ではない。それに私が気付けたのは──

 

「うわー、マジかー。やっばいねー」

 

 まるで床をひっくり返したように騒々しくなっているここ王宮において、あからさまに場違いな感想を口にしている少女。そう、彼女が居たからだ。

 

「ほんとやばいねー。どうするの、ジル?」

 

 まるで私を皇帝とは思って居ないかのように──いや、皇帝であっても態度を変えないだけなのだろう──私の座る玉座の肘掛けに座りながら、彼女は愛らしい顔を歪ませる。本当に楽しそうに。

 

「どうする、とは?」

「決まってるじゃん!」

 

 まるで重さを感じさせない身軽な動きでくるりと回って身体ごと私の方を向き、まるで口づけをするかのように顔を近づけて来る。しかしその距離がゼロになることはない。それが私と、彼女の距離だからだ。どんなに近づこうとも決して触れることは無い。まるで私と彼女との間に見えぬ無限の道があるかのように。

 

「ガタガタ震えてアインズ・ウール・ゴウンに頭下げて配下──ううん、下僕となるのか。それとも──」

 

 一瞬の間。大きな彼女の瞳が私の瞳を射抜く。

 そして、彼女の口はまるで三日月のように細く弧を描く。悪意に満ちた顔。だというのに、彼女の愛らしさに一切の陰りを見せない。そんな彼女と見つめ合う。

 あぁ、分かっている。お前は待っているのだな。そう返すように私も笑みを浮かべた。

 

「我がバハルス帝国が頭を下げるだと。あり得ない話はするものではないな、アウラ」

「だよね!流石はアタシのジルだよ!」

 

 いつの間に私は彼女のモノになったのか。そう思うも、立ち上がりまるで踊るかのように全身で喜びを表す彼女からひと時も目を離せない自分が居ることに気付いてしまっていた。

 

「──で、どうするの。アインズ・ウール・ゴウンは本気だよ。反抗するなら本気で潰しに来るよ。本気で、滅ぼしに来るよ?」

 

 くるくると回り踊っていた彼女がぴたりと止まり、再び私に視線を向けて来る。本当に楽しそうに。

 

「無論、我がバハルス帝国全軍を以て──と言いたいところなのだがな」

「ふぅん?」

 

 視線をアウラから外す。丁度じいと帝国四騎士が入ってきたからだ。しかしアウラの視線は私を射抜いたまま。こんな時でもなければ愛の一つでも紡いだ方が良いのだろうが、そんな場合ではない。

 

「バジウッド」

「は、民たちは然程騒いでませんね。どちらかというと野次馬といったところでしょう。むしろこの王宮の方が騒がしい位ですな」

「ふむ、じい」

「はい、こちらでも観測しました。一切煙等が出ていないところからも分かりますように、やはりあの炎は火災などではなく魔力の炎。前にリ・エスティーゼ王国を襲ったヤルダバオトの放ったというゲヘナなる炎と同質のものでございましょう」

「リ・エスティーゼ王国に放たれたゲヘナは攻撃特性を持って居ないという報告だったな」

「ええ、恐らくですがスレイン法国の民は生きているでしょうな。リ・エスティーゼ王国で放たれた時には内部に大量の悪魔を召喚するためだったという結果が出ております。であるならば──」

「──法国は滅んだのではなく、制圧されたか」

「えぇ、法国は世界でも有数の強力な結界を張った場所。いかなマジックキャスターといえど、一撃で消し飛ばすことは不可能でございましょうからな」

 

 なるほど、と頷く。ならばできる事が多い。奴は世界を亡ぼす破壊神などではなく、ただの『強い存在』というだけだと分かったのだから。

 

「ねえジル、どうするの」

 

 0が1になっただけ。身も蓋も無く、成す術も無く滅びの道を歩まねばならなかった未来が、ギリギリ繋がるかもしれないという希望が見えただけ。だがそれはとても大きかった。なぜなら私には女神が居るのだから。

 

「アウラ、頼みがある」

 

 放ったまま勝手に話を続けていた私に焦れて少しばかり不機嫌な顔をしていた彼女の顔がぱっと華やぐ。感情を真っすぐに表に出す彼女らしい仕草は私の周りには居ない新鮮さがあり、とても好感を持てるものだ。

 

「お前が欲しい」

「おぉっと、突然の大胆発言だねー。良いのかなー皇帝がそんなに軽々しく言っちゃってさー」

 

 いつもの様にいつもの雰囲気で軽く返してくる。しかし俺がいつもと違う事に気付いたのだろう。くるくると踊るのをやめてゆっくりと近付いてくる。

 

「出来るの?ねえ、ジル。本気でできると思ってるの?」

「無論だ」

 

 いつもの距離。限りなく近いのに限りなく遠い。吐息がかかるほどに近づくアウラを、私は──

 

「あっ──ちょ!?」

 

 ──抱きしめた。

 何という細さだ。ほんの少しだけ力を加えるだけで儚く消えてしまうかのように。

 

「じ、ジル──」

 

 逃がさないと、両腕でぎゅうと抱きしめる。私の腕など簡単に解ける筈の彼女は、私の腕で微かに身動ぎするだけ。

 微かに感じる彼女の温度。こんなにも簡単なのに、こんなにも難しい。私の立場が、彼女の立場が。ただの男と女ではなくしてしまっていたから。いや、違う。

 

「アウラ、お前が欲しい。お前の全てが欲しい。そのためだったら何だってしよう。我が裁量で出来うることであれば何だって差し出そう。この身、この命。全てを」

 

 ゆっくりと腕を解いていく。褐色の肌をこれでもかと赤く染め、小さく震える彼女。そこに居るのは紛れもなく、一人の少女。凶悪なほどの力を内包しようとも、決してそこは変わらない。

 ゆっくりと重ねる。こんなにも短い距離を。こんなにも遠くに感じていたなんて。

 

「あ──んっ──」

 

 私には勇気がなかった。一歩踏み出す勇気が。好いた惚れたの話ではない。ただ、勇気がなかった。こんな時でなければ踏み出せない程に。

 ゆっくりと離れる。しかし視線は私から離れない。足りないと瞳で訴える彼女に再び重ねた。

 

「愚かな私を守ってくれ。弱き私を守ってくれ、アウラ」

「それで、いいの?」

「それで良い。国など守らなくていい。民など守らなくていい。ただ、私を守ってくれさえすればいい。最前線に出る私を。私と共に歩み、私の剣となってくれ。私のアウラ」

 

 民を守れと言っても彼女は首を縦に振らなかっただろう。国のために戦えと言っても彼女は首を縦に振らなかっただろう。彼女を得るには一つしかなかった。

 私は徹頭徹尾皇帝だったから気付けなかった。いや、気付いて居ながら選べなかった。アウラはそれに気付いて居たのだ。だから彼女は決して自分から近付いても、触れることは無かったのだ。

 きっと私と彼女の間に恋や愛は無いだろう。だからなんだというのだ。無いのであれば作ればいい。私は欲張りなのだから。

 

「私の恋をお前に捧げよう。私の愛をお前に捧げよう。我が身、我が命をお前に捧げよう。故に欲す。勝利を。捧げてくれないか、我が女神よ」

「し、ししししかたっ──ないにゃあ──うふふ」

 

 流石に恥ずかしくなったのか顔を緩ませながら、まるで子猫のように私の膝の上で丸まる彼女を私は優しく抱きしめた。

 

 

 

「ほ、報告します!トブの大森林より──も──も──」

「どうした、報告は正しく行え」

「と、トブの大森林より──森が攻めてきました!!」

 

 来たか、と言いたかった。しかし何を想像すれば森が攻めてくると思えるのだろうか。今この空間を支配したのは無音だった。いや、違う。一人だけ違った。

 

「あっちゃあ──やっぱりマーレかぁ──」

 

 ふわりと浮かぶように私の膝から飛び降りたアウラだ。彼女はその正体が何なのかを簡単に看破していたのだ。

 

「マーレ──というと──」

「うん、アタシの弟。自然を操るドルイドっていう系統のマジックキャスターであり、最強の広範囲殲滅型魔導士だよ。しかも序列第二位。因みに一位はシャルティアね」

 

 トップがアインズ・ウール・ゴウンだとするならば、その妻であるシャルティア・ブラッドフォールンに次ぐ実力。つまり──奴らの戦力で第三位の力を持つということになる。

 

「自然を操らせたら右に出る者は居ないってくらいだからねー。森を作り出したのなら、本気でここ潰しに来てるね」

「そうかそうか、それは大変だな」

 

 そう言い、笑い合う。現実逃避しているわけではない。森が動くなどという非常識な事態に頭がついていっていないわけでもない。

 

「では、行くか」

「はーい」

「へ、陛下!?」

 

 まるで散歩にでも行くかのようにそのまま行こうとする私たちをじい等が止めようとする。当然だろう。あんな自然災害のようなものに突っ込むなど、ほんの1時間前の私であったら狂気の沙汰としか思えない愚行である。

 

「案ずるな、ちょっと止めて来るだけだ。だろう、アウラ」

「そうそう。ね、ジル」

 

 皆の静止を気にも留めずに二人で皇帝の間を出ていく。通路を出た先にある中庭に巨大なドラゴンが鎮座している。まるで主を待っているかのように。そのドラゴンに躊躇なく乗り、差し出されたアウラの手を私は握る。前に座るアウラの身体に腕を回しながらドラゴンの背に座った。

 一瞬の浮遊感と共に、瞬く間に空へと駆けていく。物凄い早さだろうに、不思議と風を受けなかった。ただ心地よい風が頬を擽っていく。みるみる遠くなっていく城は、巨大なはずの城はまるでおもちゃの様に小さく見えた。

 

「速いな、このドラゴン」

「でしょー?」

 

 数分と経たずに城下を超え、城壁を超え。一気にトブの大森林へと飛んでいく。気付けば眼下には巨大なモンスターの群れが私たちと同じ方向へと走っている。周囲にも見たことも無いような、まるで物語にでも出てくるようなモンスターたちが飛んでいた。

 彼女の弟が大自然を操るマジックキャスターならば、彼女はあらゆる強大なモンスターを操るビーストテイマーだったわけだ。これが、彼女の本気なのだろう。

 

「はははっ!これは壮観だな、アウラ!」

「とーぜん!」

 

 私の前に座る彼女が振り返る。そしてその細い腕で私を引っ張った。まるで思い出したかのように、彼女の力に私は抵抗出来ぬままに引っ張られる。体勢が崩れる瞬間に唇に感じる柔らかい感触。視界一杯に映る彼女に、今度は私が赤くなる番だった。

 

「絶対に放さないからね、ジル!」

「お前が嫌だと言っても離れてやるものか、アウラ!」

 

 眼前に広がるトブの大森林。しかし自分の記憶よりもずっと大きい気がした。そして、その大きくなった部分であろう場所が蠢くようにバハルス帝国へ向けて進んでいる。増えながら。

 まさに自然災害。あれが人の所業など考えられるはずもない。だというのに、不思議と。

 

「見えた!行くよ、ジル!!」

「あぁ、特等席で見せてもらおう。世界最強の姉弟喧嘩をな!」

 

 そう、不思議と負ける気がしなかった。

 




まるで打ち切りエンドのような引きですが、まだ続きます。
中々に難儀しました。ネタバレを隠しつつ、世界の事情も書きたい。
というわけでこのように、各所の戦いを書いていくという形に落ち着きました。
モモン様を中心に書くとネタバレのオンパレードですからねっ


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9章 王国 世界大戦ー2

場面がころころ変わります。ご注意くださいませ


──我が名はアインズ・ウール・ゴウン。世界皇アインズ・ウール・ゴウンである。

 

 『始まった』と、胸の中で呟く。いずれ始まるであろうと予測していた事態であり、然程驚くほどの事でもない。しかしそれはあくまで私に限った話のようで、耳障りな磁器の割れる音が私の部屋に響く。

 

「も、申し訳ありません!」

 

 思案をするかのように瞑っていた眼を少しだけ開けて声のした方を見る。普段から考えればあり得ない程に珍しく取り乱したメイドが、顔を蒼白くしながら頭を下げていた。名前を覚える価値すらないメイドの謝罪など必要だとは思わない。単純に私の邪魔をしなければ、それだけで十分だと思う程度の存在だ。

 

「大丈夫、何も問題ないわ。だって──」

「失礼致します、ラナー様」

 

 聞きなれた私のクライムの声が耳に届き、優しく撫でていく。ただそれだけで色褪せた景色が一気に色鮮やかになるのを感じた。その余韻を楽しむかのように数拍。ゆっくりとした動きでティーカップをソーサーに戻して私は立ち上がった。

 

「もう集まっているのね、クライム」

「はい。陛下を始めとして有識者の方々は皆、謁見の間に集まっております」

 

 もうメイドは視界に居れる価値すらない。私はただただクライムを見て、クライムの好む笑顔を浮かべる。少しだけ焦っているのかクライムは、いつもよりも少しだけ凛々しい顔で私に近づき、一礼する。臣下の礼だ。彼が私のものである証の礼である。

 

「お召し物は」

「このままで構わないわ、クライム。だって、一刻を争う事態なのだもの」

 

 そう言いながらも、ゆっくりと歩みを進めていく。少しでも長くクライムと共に歩けるように。どうすればずっとクライムと一緒に居られるだろうか。ただそれだけを考えながら。

 

 

 

「参りましたわ、お父様」

「おぉ、ラナーか。こちらへ来なさい」

 

 謁見の間は少しばかり異質と感じるほどに静かだった。私の予測ではもう少しは騒がしいと思って居たのだけれど、恐らくはお父様達があのアインズ・ウール・ゴウンについての話をしたからなのかもしれない。現実味など帯びない荒唐無稽な、まるで夢物語のような話を。

 

「ラナーも見たのだな、あの炎を。アインズ・ウール・ゴウン伯爵の宣言を」

 

 ゆっくりと父に近づき一礼をしてから、玉座前の階段を上っていく。そして、躊躇なく私は空席の玉座に座った。

 まだ知らぬ者も居るのか、私が座った瞬間に少しだけざわりと騒がしくなったがそれだけだ。そもそもその者たちは父が玉座に座っていないことに疑問を持って居なかったのだろうか。

 

「では、ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ国王陛下が到着したので、会議を続ける」

「必要ありませんわ、お父様」

 

 私が国王となったこと。ゴタゴタのせいで戴冠式が終わってないこともあり、まだ知らぬ者もいるからとわざわざ宣言していただいたことは感謝はするものの、会議などする必要はない。会議とは下々の者から情報を吸い上げた国王が最終意思決定をする場である。情報は既に私の手にあり今後の指針も決定している今、何も会議する必要は無いのだから。

 

「ラナーさ──陛下。会議が必要ないとはどういう意味ですかな」

「そうですぞ、若き陛下。若き貴方様には分からないかもしれませんが──」

「分からない、理解できていないのは貴方達ですよ、イブル侯爵、リットン伯爵」

 

 そうはっきりと言うと二人は押し黙った。大して情報を持って居ないのだから。単に私が国王となった事が気に食わないから噛み付いただけなのだから。

 

「ではラナー陛下。既に我が国の指針は決定している。そうとって宜しいのですかな」

「勿論です、レエブン候」

「馬鹿な!あんなアンデッドなどに──」

「アンデッドなどに──?」

 

 ちらりと声を上げた貴族に視線を向ける。威圧もなにもないただの視線なのだが、彼にとってはそれでも辛いのか、すぐに視線を外しながら押し黙る。

 

「いつ、私がアインズ・ウール・ゴウン伯爵に恭順すると言いましたか?」

「なんと──」

 

 ここ一番のざわめきだ。驚嘆の声を上げたのはブルムラシュー侯だろうか。それほどに私が交戦の姿勢を見せたのが驚きだったのだろうか。ゆっくりと数分待ってもざわめきは収まらない。

 そのざわめきを抑えたのは誰でもない、父であった。

 

「ラナーよ。確かにお前は恭順するとは言って居ない。しかし交戦するとも言って居ないだろう」

「はい、ですから私が発言するまでは誰も私の意志は知らない筈です。なのに何故恭順すると思ったのでしょう」

 

 心底理解できない。そう顔に映しながら笑みを浮かべる。だがそんな私を理解できぬと皆の顔が雄弁に語っていた。

 

「ラナー陛下。アンタはアインズ・ウール・ゴウンを『様』と付けて呼んでただろう」

「確かに呼んでいました。あの方は敬称を付けるに値する素晴らしいお方ですから」

「だからそこだ。なんで敬称を付けるに値すると言った相手に恭順の姿勢を見せないのか、そして今は敬称を付けていないのか。陛下、すまねえがアンタの言葉には一貫性が──」

「あぁっ!」

 

 ブレイン様の言葉でやっと得心が入ったとばかりに手を叩き、私にしては珍しく大きな声がでてしまった。やっと理解できたのだ。なぜ皆が理解できていないのか、を。

 ゆっくりと皆の顔を見回す。クライムも気付いて居なかったとは思わなかったけれど。

 

「皆さま勘違いしていたのですね。あれは私が『アインズ様』と呼ぶ方ではありません。あの方の本名は、恐らく皆様も幼いころに一度は聞いたことがあるお名前ですから」

 

 

 

 

 

「おはようございます、ルプスレギナさん」

 

 あの計画が発動して数時間。私がここに来た理由はただ一つ。だが意気揚々と来てみればどうだ。そこにあったのはいつものカルネ村。いつもと何も変わらないカルネ村があるだけだった。私の予想ではまるで大地をひっくり返したかのように大恐慌が起こっているはずだったというのに。村長であり保護対象の一人であるエンリちゃんはそんな私の心など知らぬといつも通りの笑顔を向けながら私に挨拶してきていた。

 

「ここは何も変わらないっすねー」

「変わる必要も無いですから」

 

 遠回しに聞いてものらりくらりと躱してくる。最初はただの村娘だったはずなのに。ゴブリンたちの、そしてこの村の長となって色々と成長してきたのだろうか。

 

「あー──アインズ様が世界皇を名乗られて、全世界に宣戦布告されたっすけど」

「ですね」

 

 今や世界は混乱の渦の只中にあるはずなのに、その話がまるで世間話のように流れていく。

 

「あのー、エンリちゃん?」

「はい?」

 

 私が何を聞きたいのか理解していないのか、それとも理解したうえでそんな顔をしているのか。私には彼女の真意をくみ取ることはできない。そういう頭脳派ではないのだ。だから直接聞くことにする他なかった。

 

「ここカルネ村はどうするっすか?」

「どう、とは?」

「いやいや、察し悪すぎっすよ。今や世界皇を名乗られたアインズ様に恭順するのか否かって話っす」

「──あぁ。これって毎回言わないとダメなのですか?」

「へ?まいかい?」

 

 何を言っているのか理解できない。と少しばかり気の抜けた顔をしてしまった私を少しだけ笑うと、少しだけ真面目な顔をしながら私を正面に見据えて来る。

 

「ルプスレギナさんはアインズ様が何かをおっしゃった時に、それに従いますとか従いませんとか。わざわざ意思表示するのですか?」

「え?そんなことするわけ──」

 

 あぁ、と私は小さく呟く。この子たちは、この村は、何一つ疑って居ないのだ。と気付いたから。自分たちがアインズ様のモノであることを。だからアインズ様の言葉は絶対。世界の皇となるのなら皇の配下となる。そこに一々意思決定など必要ない。

 

「なるほどなるほど、わかったっすよ」

 

 そう言うと私は、久しぶりに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「ルプスレギナ、こんなところにいたのね」

「あ、ユリ姉じゃないっすか」

 

 日もとっぷりと暮れた夜半。眼下に広がるのは何も変わらぬカルネ村の姿。そのカルネ村を珍しい顔をしながら我が妹──ルプスレギナは見下ろしていた。

 

「ないっすかー、じゃないわよ。報告はどうしたの」

「報告、報告っすかー」

 

 彼女にしては珍しく、まるで眩しい何かを見るように目を細めながら村を見下ろし続ける。私の方を一度も見る事無く。

 

「どうしたの、ルプスレギナ。今回の作戦はあなた、かなり乗り気だったと思うけれど」

「確かにそうだったっすけど──ねえ、ユリ姉」

 

 そう言いながら私の方を見る妹は、どことなく少しだけいつもと違う。何がとは言えないけれど、何となく察することが出来る程度の差異ではあるが。

 

「この村──このままで良いんじゃないっすか」

「──どういう意味?」

「私は詳しい真意とかそういうのは分からないっす。でも、一緒なんっすよ」

「情でも湧いたの?貴方らしくもなく」

「そういうのじゃないっす。──あぁ!なんか言い表せないっすよ!!」

 

 胸の中にある『何か』を吐露しようと必死になっている。頭を乱暴に掻きながら。

 

「──分かったわ、ルプスレギナ」

「ユリ姉ぇ──」

 

 はぁとため息一つ。プレアデスとしてあってはならない事ではあるものの、『あのお方』のおっしゃる『発露』であるとするならば。

 

「私の方からデミウルゴス様には伝えておくから」

 

 泣きそうな顔をしながら私を見る妹に笑みを向け、くしゃくしゃになった帽子を直してあげる。

 

「──ルプスレギナ、貴方が私たちの敵側になった、と」

 

 

 

 

 

「マジ──なのか──宣言したのがアインズ・ウール・ゴウン伯爵じゃねえって──」

 

 あの方の名前を聞いた皆は絶句していた。確かに遥か昔の人が生きているなど普通考えてあり得ない話ではある。だけれど、あの方は普通の人では──いえ、人などではないのだ。

 

「本当です。だから、私たちは戦わねばならないのです。世界を亡ぼし得る力を持つ巨悪と」

 

 暗くなっていく外に、世界を闇が包もうとするのに対抗するかのようにこの玉座の間では煌々と光が焚かれ始める。しかし皆の顔は強き意思などなく、ただただ漠然とした強大な悪という存在に打ちひしがれているようにも見えた。

 

「戦うにしてもどうするというのだ、我が娘よ。アインズ・ウール・ゴウン伯爵──いや、アインズ・ウール・ゴウンは強大だ。我が国よりもずっと。ラナーも見ただろう、先の大戦の凄まじさを」

「そして同時に見て居たはずですよ。あの方の凄まじさを」

 

 暗い顔でいた父の顔に光が戻ってくる。やっと気付いたのかとため息もでる話だが、今はそんな場合ではない。今は少しでも味方が必要なのだから。

 

「まさか──そんな──では、漆黒の英雄が──」

「その通りです、お父様。我が国は漆黒の英雄モモンに対して最大限の援助を行います。あの方にアインズ・ウール・ゴウンを倒して頂くために」

「つまりアインズ・ウール・ゴウンをモモン殿が倒しさえすれば──」

「この物騒な世界大戦も終わるって事か」

 

 得心を得たと笑みを浮かべるガゼフ様とブレイン様に頷き、笑みを返す。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに対抗できるのは漆黒の英雄のみ。我らではただの足手まといでしかありません。ですから──」

「専守防衛、か」

「はい、恐らくここ王都に兵を差し向けて来るのは間違いありません。ですので──」

「残念ながら、兵など必要ありんせんぇ」

 

 声がした。甘く。優しく。嫋やかで。美しく。可愛らしく。そして残酷な声が。

 まるで空気から溶け出すように、皆の間から──誰も居なかったはずの場所から少女が。否、化け物が。

 

「シャルティア・ブラッドフォールン様!」

 

 美しく、可愛らしく、可憐な化け物が。数多の男共を篭絡してきたであろう笑みを浮かべながら現れたのだった。




というわけで王国前編でした。帝国の話はあそこで終わりです。あれ以上書くとネタバレ多いですからねっ
もう少しすっきりと書きたいものです。中々難しいですね。

さて次回は、シャルティアとあの方の一戦です。そしてうちでは妙に人気のあるあの人も参戦します。
段々と敵味方の様相がはっきりし始めてきたのではないでしょうか。そこが混乱を呼ぶのですけどね!

書いてる私まで混乱しない様に注意しながら書いていきます。
楽しんでもらえるといいなぁと思いつつ。


追記
忘れて居ました。
活動報告にてお題目短編のお題目を募集します。
奮ってご参加くださいませ。


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9章 王国 世界大戦ー3

「シャルティア様──」

 

 王宮に、我らの下に突如現れたシャルティア様──アインズ・ウール・ゴウンの妻であり、強力な力を持つ異形『ヴァンパイア』であるシャルティア・ブラッドフォールン様。理性的でありおおらかであり、決して話せないお方ではない。だからこそ聞きたかった。なぜアインズ・ウール・ゴウンはこのような事を行ったのかと。姫様の言う様にアインズ・ウール・ゴウンが偽物だったとして、妻たるシャルティア様はその偽物に従うのかと。

 ちらりとガゼフに視線を送ると一つ頷き、音を立てぬままに足早にここから出ていく。装備を持って来てもらうために。王家の秘宝『五宝物』を持って来てもらうために。ただの装備では武器が持たない。ここで戦えるのは俺とガゼフだけなのだから。

 

「シャルティア様、貴方に一つ聞きたいことがあります」

「おや、聞き覚えのある声と思えば『爪切り』ではありんせんかえ」

 

 真っすぐに姫様らを見て居たシャルティア様がこちらを見て一言。通常であれば侮蔑ともとれる発言だが、そんな嫌味は一切感じない。本当にそう思って居るからだろう。

 

「貴方は──今のアインズ・ウール・ゴウンが偽物だと知っていながら従っているのですか」

「──っ!?」

 

 素人でも分かるほどの明らかな動揺。常に張り付いているかのような薄い笑みは消え去り、残酷ともいえる本来の顔がちらりと現れた。その目が、顔が。何故その事を知っているのかと雄弁に物語っていた。

 

「確定、ですか。じゃあなんで従って居るのですか。貴方が従うべきはそんな偽物ではない筈です。貴方が惚れた相手は偽物なんかじゃないはずです。そうでしょう、シャルティア様!」

「────」

 

 余裕のある表情は既にそこにはない。俯き、肩を震わせる姿はまるで見た目相応に──

 

「ぐぅっ!!」

 

 奇跡だ。奇跡が起きた。これまで培ってきた技術と経験が起こした奇跡。反応など出来るはずもない。俺は白魚のような細い指から延びる爪で一瞬の間に両断──されるはずだった。

 

「おや、少しは動けるようになったみたいでありんすねぇ」

 

 ほぼ無意識にこの刀──シャルティア様より頂いた雷神刀・初式を抜き、彼女の一撃を受け流したのだ。しかしその衝撃を受け流しきれるほどではなかったらしい。気付けば俺はそのまま吹き飛ばされており、王宮の柱に強かに背中を打ち付けていたようだ。だが運よく頭は打ってないようで、ふら付きながらも立ち上がることは出来ていた。

 

「──ぜだ。なぜだ、シャルティア様!貴方はそんな方ではないはずだ!!」

「まったく──理解していないでありんすねぇ」

 

 そう言うと彼女は純粋無垢な笑みを浮かべた。まるで美しい花の蕾たちが咲き乱れるかのように。

 

「私は化け物でありんす。可憐で可愛い化け物でありんす」

 

 ゆっくりと俺に近づいてくる。殺気など無い。欠片ほども感じない。だが分かる。理解する。彼女は一切の躊躇も無く俺を殺すのだろうと。

 

「可憐で残虐で、可愛くて冷酷で、優しくも非道な──」

 

 カツン、と靴が鳴る。必殺の距離。これ以上近付く必要はないという意思の表れ。そしてそれは──

 

「バケモノでありんす」

「今こそ飛べ、秘剣──虎落笛<もがりぶえ>──」

 

 キンッと音が鳴る。鯉口を切った音?否。斬った音?否。

 

「──始<はじまり>」

 

 納刀した音である。神速を超える速度で俺は彼女を切り抜けたのだ。今までの虎落笛とは違い領域を狭める代わりに、『待ち』から『攻め』へと昇華させた。後の先から先の先を取る極位の斬撃。反応すること能わず。防ぐこと能わず。生き残る事、能わず。俺の虎落笛は漸く完成したのだ。そしてこれはその『始<はじまり>』の技。

 

そして斬った部位は──

 

 ──首。

 

 しかし何故か俺の後ろで首が落ちる音がしない。血飛沫の音がしない。どういうことかと後ろを振りむく。そこには──

 

「やっと切れる程度にはなったでありんすか。長かったでありんすねぇ」

「ば──馬鹿な──確かに斬ったはず!?」

 

 まるで何事も無かったかのように立つシャルティア様の姿だった。

 

「あぁ、確かに切ったでありんすね。この首を」

 

 そう、事も無げに自分の首をとんとん、と叩く。よく見ればうっすらと血が滲んでいる様にも見えるが既に傷はそこにはない。

 

「まったく、人間というものは理解が遅いでありんすね」

「あ──あ──」

 

 ゆっくりと近付いてくる。それに気圧されるように、俺は一歩、二歩と後退る。内から湧き出る恐怖に勝つことが出来ずに。

 

「もう一度言うでありんすが、私は化け物でありんす」

 

 シャルティア様がにこり、と笑みを深める。とても楽しそうに。まるで恋人に向けるかのような笑顔を俺に──

 

「化け物である私が、高々『首を切った程度』で死ぬとでも思って居たのでありんすかえ?」

「斬って死なないなら、何度でも斬ってやる!秘剣──虎落笛・始<もがりぶえ・はじまり>ぃ!!」

 

 反応出来ぬほどの速度で何度も斬り続ければいつかは倒れるはずだと、己を鼓舞してもう一度放つ。しかし、それは無駄に終わることになったのだった。

 

「っぐぅ!?」

 

 ギリと耳障りな音。先ほどとは明らかに違う感触。まるで巨大なオリハルコンの壁でも斬ろうとしたかように。その理由は明らかだ。切り抜けられなかった俺は、反動のままに大きく後ろに飛んでいた。だから理解できた。シャルティア様は──否、シャルティア・ブラッドフォールンは──

 

「約束でありんす。本気を見せてあげるでありんすえ」

 

 いつもの赤いドレスではなく、全身鎧<フルプレート>を着ていたのだ。いつ着替えたのかすらわからぬほどの早業で。

 その手には不思議な形をした長槍があった。恐らくその槍で俺の斬撃を防いだのだろう。反応することも出来ないはずの神の領域すらをも超えた斬撃を。

 

「すまん、遅れた。が、戦局が覆るとは思えぬ程に劣勢のようだな」

「ガゼフか──すまねえ、俺が突いたばかりに相手に本気出させちまったらしい」

 

 俺の横に来たのはガゼフだ。急いで装備を整えて来てくれたようだが、正直な話二人掛りでも倒せる気がしない。俺の新たな技すらも防がれてしまっている。何より──

 

「明らかに雰囲気が変わっている、か──恐らくは相当高位の装備なのだろう」

 

 そうガゼフが漏らした通りである。ドレスを着て居た時とは雰囲気からして明らかに違う。まるで別人を見て居るかのようだ。

 

「古来より弱き者たちはその身に武器を、防具を身に着けることで上位の存在を倒してきたでありんす。では、元より強い私が武器を、防具を身に着ければどうなるかはわかるでありんしょう」

「ちくしょう、全く勝てる気がしねえ──折角新技作ったってのに」

「確かにな。この剃刀の刃<レイザーエッジ>でどこまで斬れるか想像も付かぬ。だが──」

 

 ガゼフは委縮する俺よりも一歩前に出て剣を抜き放った。

 

「引くわけにはいかないのだ。ゴウン殿には命を助けられたが故、剣を向けるのは憚られたが偽物とあれば憂い無し!」

「ガゼフ──」

 

 ガゼフは勇猛ではあるが蛮勇ではない。決して相手の力量を見間違えるような男ではないのだ。しかし圧倒的とも言うべき相手一歩も引かずに相対するその姿は、自分だけでなく周りも鼓舞する力があった。

 

「我が名はガゼフ・ストロノーフ!一手お相手致そう!!」

「流石は王国戦士長ガゼフ・ストロノーフ様ですな」

 

 パンパンと拍手が起こる。貴族からではない。既に貴族たちは意識すら失っており、生きているのかすら分からない状態にある。その中で拍手をするなどという事が出来たのはただ一人だけだ。

 

「せっ──セバス様!」

「おや、誰かと思えばセバスではありんせんかえ。オヒメサマのお守は良いのでありんすか?こわぁい化け物が襲ってきているかもありんすえ」

「問題ありません。私が最も信頼するお方に預けてまいりましたので」

 

 そう言いながら彼──セバス様はゆっくりと俺たちの所へと歩いてくる。あくまで優雅に。冷静に。しかしその姿に一欠片の油断も無い。セバス様ほどのお人であっても決して油断できない相手であるという証左であった。

 

「さて、話はあとです。まずは飛びますよ。《グレーター・テレポーテーション/上位転移》」

 

 そうセバス様が呟くと、シャルティア・ブラッドフォールンを中心に魔法陣が現れる。丁度俺たちを含む程度の大きさのものが。

 景色が一瞬で溶けた。次に現れたのは草原。周囲を見渡せばシャルティア・ブラッドフォールンと俺。それにセバス様とガゼフの4人だけ。遠くには王都が見える。どうやら王都からほど近い草原へと転移したようだった。

 

「あそこで戦っては被害が大きくなりますからな。ここならば問題ないでしょう」

 

 そう言いながらセバス様は油断なく構えた。無手の極致とも言うべきその構えには隙というものが無い。新たな技を編み出してもなお、セバス様に勝てる要素と言うものが一切見えないほどだ。そんなセバス様ですらも余裕がない程の相手。そんな相手を俺たちで相手をしなければならないというのは難しいのではないか、一瞬そんな考えが過ぎってしまうのも仕方のない話だろう。

 それでも俺は、ガゼフは彼女に剣を向けた。その後ろには王都が、市民が、クライム君が、姫様達が居るのだから。俺たちがそれを守れる最後の壁なのだから。

 

「アングラウス君、ストロノーフ様。まず先に言っておきますが、シャルティア様を倒すことは出来ません」

「せ、セバス様ほどの方でもですか」

「えぇ、まず彼女の種族はトゥルー・ヴァンパイアと言い、最上位の吸血鬼です。どこを切っても再生し、基本死ぬことはありません。首を切っても、胴を切っても。例え、一刀両断にしてもです。ほぼ不死と言っても過言ではないでしょう」

 

 しかし俺たちに話されるそれは、あまりにも絶望的な話であった。

 

「勝てないって──事ですか」

「いえ、勝つ必要はありません」

「勝つ──必要が無い?」

 

 そう言った瞬間、セバス様が消えた。

 

 一歩、無音。

 二歩、神速。

 三歩、絶技。

 

 我々とシャルティア・ブラッドフォールンとの間には弓でギリギリ届く程度の距離が空いて居たというのに、たった三歩でその距離を縮め彼女に一撃を放っていたのだ。

 遅れるように俺たちも続く。彼女の持つ槍でセバス様の拳を止めている。その隙を縫う様に、ガゼフと両側から一撃を放った。

 しかし俺たちの一撃など蚊ほどにも効かぬとばかりに、防ぐことすらせずに弾かれてしまう。なんという差か。差というにはあまりにも隔絶し過ぎていて、その頂きすら霞むほどだ。

 

「そうです。彼女──シャルティア様は現在操られています。何しろ、あのお方の異変に一番早く気付かれたのはシャルティア様ですからな」

 

 防御の上から彼女を吹き飛ばしたセバス様は静かに呟いた。再び油断なく構えながら。そう、セバス様の一撃は吹き飛ばしてはいたものの、彼女に一撃を与えることが出来なかったからである。いや、それよりも。

 

「じ、じゃあやっぱりシャルティア様は偽物を止めようとして──」

「逆に操られた、か」

「えぇ、簡易的なものですから意識が少しは残っているようですが──我々で解除するのは難しいでしょう」

 

 お返しとばかりに今度はシャルティアが飛んでくる。一直線に。その一撃を真正面から受ける事無く流し、彼女の腹に先ほどよりも強い一撃──カウンターを放った。

 

「操られたシャルティア様を助けるには操った者──偽物であるアインズ・ウール・ゴウンを倒す必要があります」

「で、では今から──」

「我々がここを動いたら、シャルティア様は瞬く間に王都を亡ぼしてしまいますよ。ですが問題ありません。既に伝えてありますからな」

「なるほど、本来のゴウン殿──いや、漆黒の英雄モモン殿に伝えてあるということですな」

 

 セバス様は今アインズ・ウール・ゴウンがどこに居るのか知っているのだろうか。そしてその事を漆黒の英雄に伝えてあると。あのヤルダバオトを倒した英雄に。

 

「はい、あれを倒せるのはあの方以外に居りませんから」

「おしゃべりは終わりでありんすかえ」

 

 セバス様の必殺のカウンターを受けてもなお、一切傷を負った感じがしない。俺が首を切った時と同じだ。

 絶対的な存在。圧倒的な存在。本来であれば決して勝てるはずのない存在。

 そんなものに俺たちは今、相対している。

 だというのに、不思議と。そう不思議と恐怖が無い。ついさっきまで浮き足立っていた感覚がしっかりと安定している。

 

「じゃあセバス様、俺たちの勝利条件は──」

「漆黒の英雄殿が偽物のアインズ・ウール・ゴウンを倒すまでここに留めるという事で、よろしいですかな」

「ええ、その通りです。死ぬ気で押し留めますよ。何しろ勝てませんからね」

 

 まるで冗談でも言うかのようなセバス様の声に俺とセバスは笑い合い、頷く。そして──

 

「おおっ!!」

 

 雄叫びと共に俺たちの、長い長い戦いが始まるのだった。




戦闘シーン難しい──私ではこれが限界です、げふぅ──
そして満を持してセバス様の登場です。不死身のシャルティアにセバスは勝てるのか!?

「シャルティア様は不死身ですから全力で構いませんね(笑顔の腹パン」
「カフッ──き、効かないでありんす!(無理ぃぃ、ぽんぽんいたいでありんすぅぅ)」

というわけで王国はこれで終了です。次は聖王国、かな?


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9章 聖・竜王国 世界大戦ー4

遅くなりました


「始まったね」

 

 眼下に広がる城塞都市を眺めながら薄く笑う兄は、そう小さく呟いた。ここ城塞都市カリンシャには既に人はいない。眼下に広がる街並みに住むのはかつて人であった者たちだ。そう、先日閣下によって人であることを捨てる代わりに新たな力を与えられた者たちである。

 悪魔であり人である。そんな者たちにとってこの茶番劇など大した意味は無いのだろう、世界は激中の最中であるだろうにここに住まう悪魔人たちはまるでうららかな昼下がりの日常を謳歌しているようにしか見えない。

 

「現在の悪魔化はどうなっているのでしょうか」

「んー、3割ってところかなぁ」

 

 閣下より賜った大事な任務であるというのに、何を悠長なことを言っているのか。そうは思うが兄は私と管轄が違う。つまり命令系統そのものが違うのだ。私がとやかく言うのは筋違いだろう。しかし私の眉間に微かに寄る皺に気付いたのだろうか。兄は薄い笑みを浮かべたまま、視線も城下から変えぬままに言葉を続けていく。

 

「従軍に関しては問題ないよ、カルカ」

「相手はドラゴンロードですよ。かの世界のものとはちがい、少々厄介な力を持つとの情報もあります。『あれ』程度では十万や二十万程度集めても──」

「必要ない、そう言っているのが理解できないのかい、カルカ」

 

 それでは閣下に賜った命令が実行できない。その熱が口から漏れかける。必死に止めようとするも、止まりそうもなかった。ただ、この『やわらかいもの』を壊さずに済んでいるのは僥倖と言えよう。

 

「うん、君たちのそういう感情は全く理解できない。けれど、清ましているよりそういう顔の方が似合っているね、『ラトス』」

「──『ドッペルゲンガー』風情が」

 

 今にも目の前のモノを握りつぶしてしまいそうになる激情を必死に抑える。私は『カルカ』だ。『カルカ・ベサーレス』なのだ。そう役付けられているのだ、と。

 

「仲が良さそうで何よりだね、二人とも」

「っ!!──失礼いたしました、閣下」

 

 突如現れる敬愛すべき気配に、弾かれる様に振り向き傅く。『兄』はあろうことか傅くことはない。今にも八つ裂きにするべきかと逡巡するも、閣下からの言葉無き今動くわけにはいかなかった。

 

「それで──進歩状況がまだ3割だと聞こえたけれど」

「いえ、進歩状況は10割。終了しておりますよ、デミウルゴス閣下」

「ふむ、しかし私の概算では75万の軍勢が必要なのだけれどね。受け取った報告書にはその凡そ1割、8万の軍勢しか準備できなかったそうじゃないか」

「デミウルゴス閣下、言葉は正しくお使いください。準備『出来なかった』のではありません。必要ないため準備『しなかった』のです。報告書にもそう記載したと記憶しておりますが」

 

 ギリと歯が鳴る。なぜこのような立言が許されるのか。確かにこれの上司は至高なる御方であるあのお方が作り給うた存在ではある。しかしそれはデミウルゴス様とて同じこと。かのウルベルト様は常に素晴らしい案を立て、ナザリックを牽引していたといっても過言ではない賢者であらせられる。だというのに──

 

「ふむ、少し強化し過ぎたかな」

「かっ──かかっ──お、おたっ──お戯れを──」

 

 そう小さく呟かれた閣下は、突如私の頭を優しく撫で始めたのだ。それだけで胸が跳ね上がる。頬は熱く朱に染まり、激昂はまるで春の雪の如く柔らかく融解していく。

 

「脱線したね、話を戻そうか。──それは彼の命令。そうだね?」

「はい、我が上司たるパンドラズ・アクター様より『聖王国は既に我が神の所有物である。濫りに消費するのは唾棄すべき事案である。常にエレガントに事を運ぶべし』と」

「ふむ──ふむ。確かに、あぁ確かに!はっはっは。いや私としたことが、確かにあの方はそうおっしゃっておられた。流石はあの方がお作りになられただけはあるね。では予定を変更し、8万で攻め落とすとしようか」

 

 そうおっしゃられた閣下は、足早に部屋を出ていかれた。まだ頭がじんわりと暖かい。

 

「全く、理解できませんね。このようなものですら理解されようとなさる我らの神とあのお方には平伏するばかりですね、えぇ」

 

 そう、私を一瞥した兄は再び城下へと視線を戻している。

 私がゆっくりと力入らぬ足を奮わせながら漸く立ち上がった時には、既に陽は傾き始めていた。急がねば出立に間に合わなくなってしまう、そう思い部屋を出ていく。ドアが閉まる瞬間に見えた兄は、まだ飽きもせず城下を見続けていた。

 

「私も、貴方が理解できませんよ」

 

 誰かに命令されたわけでも、怒りに出たわけでもない。口から零れた何気ない一言。本来有り得ない言葉。『引っ張られた』のかとも思ったが、もう『それ』はずっと感じていない。気のせいだろうと頭を振り、足早に向かう。閣下がいらっしゃるであろう所へと。

 

 

 

 

 

「陛下、如何致しましょう」

 

 さほど広くは無いが豪華な一室に置かれた、唯一の椅子──玉座に座る私は気だるげに返した。

 

「なにがだ、どれがだ。主語くらい付けろ」

「無論、全部です」

 

 せめてどれか一つに絞ってほしいという考えすら甘いというのか。こうやってため息を吐いている今この瞬間にも我が国の民はスナック菓子感覚で喰われ続けているというのに、その打開策すら思いつかない。だというのに突然の王国の伯爵位のアンデッドの世界に対する宣戦布告。そして──

 

「あぁ、新しい報告が上がってきました。どうやら聖王国の軍勢──と言って良いのでしょうか。悪魔軍団はビーストマンのすぐ近くに現れたようです」

「は?うち<竜王国>とあっち<聖王国>がどれだけ離れていると思って居るんだ。間に法国もあるんだぞ」

 

 何をトチ狂ったのか宣戦布告した側に付いたローブル聖王国が、さらにトチ狂ったとしか思えない愚行──我が国に宣戦布告を行ったのだ。地図で言えば大陸の端にある国が逆の端に居る国に、である。その報を聞いたのが昼前。今、夜。時間にして数刻ほど。それがもうビーストマンの所に居るというのだ。因みに、ビーストマンが居るのは『うちを跨いで』反対側である。

 

「なんだ、カルカ・ベサーレスは馬鹿なのか。なんで宣戦布告したはずのうちを通り過ぎてビーストマン国に突撃かましてるんだ」

「それについてはなんとも。ただ運の良い事にビーストマン達が自国へと一時撤退を行ったようですね」

「そして聖王国兵とビーストマンの戦争が始まる」

「だったら良かったですね。戦闘をしているという報せはありません。不気味なほどに沈黙しています」

 

 はぁ、と大きくため息を付く。ため息を付ける程度の時間が取れているのは確かだが、事態はさらに悪化している。

 

「初手で法国を抑えられたのは痛かったですね。斥候の報告によれば法国内での死人はさほど多くないそうですが、被害自体は甚大の様ですし」

 

 あぁ、と口から漏れる。何も考えずにベッドに突っ伏したい。泥の様に眠りたいと思うが、起きた時に自分しか居ないなどという事態が現実に起こりかねない現状でそれをすることは出来るはずもなかった。

 

「ツァインドルクス=ドラゴンロードは──白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>は何をしている」

「それに関しては評議国よりすでに宣言が出ています。現在自身の封印を解除中であると。また、分身たる鎧を『全て』法国へ向けて飛ばしたと」

「は?ぜんぶ?法国ごと消し飛ばす気なのか?」

 

 鎧とは白金の竜王が遠隔操作で扱う白金鎧のことだ。一騎で十三英雄に匹敵する力を有している。それは法国の漆黒聖典の第一席次よりも上ということだ。正直な話、一騎でいいからビーストマンらに突撃ぶちかましてくれれば数日は安眠できる程度に強い力がある。だがそれはあくまで少ない数であるからだ。

 全騎使用など聞いたことも無い。一騎ですら国を亡ぼせる性能の白金鎧を全騎である。逆を返せば今法国に居るであろうアインズ・ウール・ゴウンがそれ程の存在であるとあれが認識しているということになる。

 

「──いや待て、そういえば聞いたことがあるな」

「聞いたことですか?」

 

 そう、聞いたことがある。小さいころの話だ。ビーストマンの成り立ちやナインズ・オウン・ゴールについての話。そして9つの──

 

「うわぁ──ってことは、あいつは気付いて居たのか、『これ』に?だから総力戦始めるつもりなのか」

「あの、陛下。よくわからないのですが」

「あー──お前はどれくらい知っている、九つの厄災に付いて」

「あぁ、遥か昔にあったというあれですか。一撃・甘言・腐食・鉄壁・魔力の小厄災に、破滅と空間と時の大厄災。それとよくわからない一つ──」

「平和だ。この世界を作り出した存在であり、この世界を破壊する存在であるとされているものだな」

「そうそう、平和ですね。厄災なのに平和ってよくわかりませんが」

「では、平和にするにはどうすれば良いと思う。因みにここで言う平和とは永久に安らかな日々が続くことを意味している」

 

 これはかつてひい爺様に出された同じ質問だ。私が人としての感覚なのか、竜としての感覚なのか、はたまたそれらとは違う感覚なのかを見るためだと言っていたが結局真意は未だに分からない。

 

「うーん──皆が笑って暮らせる世界ですよね」

「いや、違うぞ」

「え、笑っている世界って平和じゃないのですか?」

「それは人に限ればそれで良いかもしれないがな。人は食わねば生きてはいけない。いや人だけではない、生きとし生けるもの全てが食わねば生きられない。つまり、誰かが笑えば誰かが泣かねばならない。それがこの世界の理だ。さあそれを踏まえて、平和にするにはどうすればいい」

「そんなの──不可能じゃないですか」

「そうだな、私もそう思う。だが、厄災はそう思わなかった」

 

 そういう私の言葉の意味が理解できたのだろう。宰相の顔が一気に青くなっていく。

 

「お前の想像の通りだ。生き物が居たら世界が平和にならないのならば、世界から生き物を居なくさせれば良い。つまり、皆殺しにすればいい。その結論に至ったのが最後の厄災『平和』だよ」

「そんな──まさか──」

「だから、ナインズ・オウン・ゴールも血眼になって探していたらしい『何としてでもアインズ・ウール・ゴウンを探せ』とな。因みにアインズ・ウール・ゴウンというのは古代語で『平和』を意味するらしいぞ」

「陛下は──知っておられたのですか」

「あぁ、知っていた。だが、信じて居なかった。だからこの様だよ。いや私だけじゃない。世界中の皆、誰も信じて居なかった。信じていたのはあいつだけだったんだよ──」

 

 あいつはきっと最初から気付いて居た。そしてあの伝承を信じていた。だからこそあの宣戦布告から数刻程度で準備が終えられたのだ。あいつが居なければ法国など、今頃あの炎に巻かれて灰塵と帰していただろう。

 

「はぁぁぁぁぁ──」

「なんというため息を付いているのですか、せめてその形態ではもう少し見た目相応にしてください」

「形態いうな。それはそうと、良い話と悪い話。どちらを先に聞きたい」

「──では、悪い話を先に」

 

 色々ありすぎて力も抜きたくなるというものだ。もう一度腹に力を入れて座りなおす。

 

「まず、先ほど言った通り法国に現れたアインズ・ウール・ゴウンは厄災だ。間違いない」

「評議国の報せから察するに間違いはなさそうですね」

「あぁ、そして白金の竜王では勝てない。奴に勝てるのは私が知りうる限りたった一人だからな」

「一人?その者は一体どこに?」

「知らん。どこに居るのかも、生きているのかすらも、な。そもそも伝承に載っている存在だぞ。生きているだけで奇跡だ。化石として出て来ても驚かんぞ」

「それは──確かに悪い知らせですね、では良い知らせとは?」

「もう、ビーストマンは襲ってこない」

「は──?」

 

 人はあまりに驚くと目が点になる。吃驚仰天といったところだ。あまりの言葉だったのだろう。冷たい視線しかこちらに向けてこなかった宰相が珍しく硬直したのだから。

 確かに私が逆の立場だったら何の冗談なのかと、一笑して終わっただろう。しかしそれは現実だ。

 

「あ、あの陛下──意味が理解できないのですが」

「一つ、伝承は本当だった。一つ、聖王国の人間が悪魔になった。一つ、悪魔になった国がうちに宣戦布告したのにビーストマン国へ行った。後は分かるな?」

「分かりませんよ!?」

「察しが悪いな。伝承が本当だった。つまり実際に居たってことだ。神だったかどうかは別にしてな。そしてその方たちが行ったことも本当だったという事。お前はビーストマンが何のために生まれたかは知っているだろう」

「え、えぇ──かつて叡智を齎した神が厄災に対抗するために戦力として作り出したとか、そんな話だったと記憶していますが」

「そう、そしてその神には子供が居た。己が分身とも言うべき子供がな。つまり、同じ能力を持つ──生物を作り変える力を持つということだ。さぁ、現代でも似た事例が起きたぞ。そして起きた国がかつて起きた国に行ったぞ」

「つまり、神の子が存在してその神の子がビーストマン国に──」

「そういう事だ。今頃ビーストマンの奴ら狂喜乱舞しているのではないか、かつて自分たちの主人であった者の子が自分たちのところに来たのだからな」

 

 ビーストマン達の突然の撤退劇。彼らの主人の帰還。それらはまるであの宣戦布告に呼応するように行われた。それは神の子が厄災の味方となったという意味なのか、それとも──

 

「さぁ、これから忙しくなるぞ。出来れば伝承の彼を見付けたいところだな。その辺り掘ったら出てこないかな」

「とりあえず中庭辺り掘ってみますか、陛下」

 

 世界の終わりが始まったと理解したというのに、不思議と私たちは冗談を言い笑い合った。ギリギリのところで踏みとどまった。だったらまだ何か出来るかもしれない。あの白金の竜王のように。

 




大分ネタバレ満載回となりました。どんどんネタバレが増えていきます。
つまり、少しづつ風呂敷をたたみ始めるという事。終わりが近いという事です。

もうしばらくお付き合いくださいませ。


そうそう、お題目短編のお題目を活動報告ページにてまだまだ募集しております。
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9章 獣人国・評議国 世界大戦ー5

「これは──」

 

 眼前にある巨大な壁に描かれている絵。壁画とでも良いのだろうか。それにしてはあまりにも稚拙。まるで幼子が描いたかのように稚拙でしかなく、一体何を表現しているのかが分からない。

 

「これは、本当に御方が遺したものなのでしょうか」

 

 私の後ろに居るカルカ・ベサーレスが私と同様の事を考えていたようだ。しかし何がかおかしい。確かに一見すると稚拙だ。どこを切り取っても稚拙だ。では切り取らなければ。全体を一つとして見るならば、どうだ。もしこれは、近くで見るものではないとするならば。

 目を瞑り、ゆっくりと振り向く。目を開き、見えるのは遠くで座り、伏する数多の者たちの姿。その姿はあまりにも遠い。本来であればどんなに遠くでも最前列は私の居る位置から10メートルも離れて居ない筈だ。しかし彼らの座する位置は100メートルを超えている。それ以上近付いてはいけないと、誰かに言われたのか。近づくなと。

 

「デミウルゴス様、もうよろしいのですか?」

「いや、違う。違うんだ、カルカ。これは近くで見るものではないようだ」

 

 座する彼ら──ワービースト達の方へと歩いていく私に、もうこの壁画への興味が失せたとでも思ったのだろうか。カルカの視線は彼らに向いて居た。虚偽には死を、と。

 

「────」

 

 彼らの長である者の前に立つ。見下ろす彼らからは恐怖を感じ無い。まるで飼い主の前に伏せる従順な家畜の如く、静かなものだ。

 

「デミウルゴス様──?」

 

 私は振り返った。カルカの方──否、壁画へと。何故気付かなかったのか。絵だったからか。壁画だったからか。何故、それを絵だと思ったのか。

 完全に計算された配置。その完全さを打ち消すための稚拙。そこから算出されるのは──

 

「枝が邪魔だね、《ヘルファイヤーウォール/獄炎の壁》」

 

 振り払われる私の手から黒い炎が放たれる。それは私が思い描く通りに、まるで隠すかのように壁画を覆う木々を焼き払っていった。

 

「あぁ、やはり貴方様は意地悪だ──」

 

 獄炎の熱が空へと逃げていく。炭すら残さず塵となった木々を舞い上げながら。

 熱風に煽られ、踏鞴を踏むカルカも釣られて壁画──いや、壁書へと視線を移したようだ。

 

『我が愛する子、デミウルゴスへ──』

 

 そう、まるで悪戯書きのようなそれは、私への──私の御方、ウルベルト・アレイン・オードル様の言葉だったのだ。

 

 

 

 

 

「これは──」

 

 ズンッと腹の奥に響く低く重い音。仰ぎ天井を見る。あらゆる魔法、物理攻撃を防ぎ無効化する強力な結界に守ってあるはずの天井は揺れ、軋み、ぱらぱらと塵を振らせていた。

 ここは神殿最下層。地上から十層も下にある場である。例え地上が局地的地震に見舞われようが決して震える事すらないここが震えている。それがどれほどの異常事態なのかは想像に難くない。

 

「何があったの?」

「ば、番外席次様!貴方様もお早く!!」

 

 バタバタと駆けていく一人を捕まえて聞き出そうにも埒が明かない。まさか何者かがここ法国に襲撃を掛けたというのか。王国か帝国か。様々な想像を巡らせるもそのような事態に陥るとは思えなかった。いや、一人──

 

「だから何があったの」

「ゴウン王国伯爵──いえ、世界皇を名乗るアインズ・ウール・ゴウンが法国に襲撃を行っているのです!」

「っ──数は?どこまで侵入されているの?」

 

 捕まえた神殿兵を肩に担いで一気に加速する。ことは一刻を争う。この衝撃。恐らく敵はすでに深部へと──

 

「て、敵はアインズ・ウール・ゴウン一人です。お、おお恐らく今の一撃は地上からのものです!」

「何を馬鹿なこと──なに──これ!?」

 

 二層上がっただろうか。あと八層上がらねばならない──はずだった。

 

「──なんで──空が──」

「ひ、ひぃぃ!?」

 

 階段を上った先にあったのは、天井無き空。周囲にある絶壁から今いる位置が八層──相当地下深くあるだろう事はわかるというのに、七層以上が跡形も無い。まるで最初からなかったかのように、ぽっかりと空いてしまっているのだ。

 恐慌状態に陥ったのか、担いでいた神殿兵は奇声を上げながら気絶してしまった。このまま放置すればいずれ彼は死ぬことになるだろう。しかし先に上っていった者たちはどうだ。恐らくこの状況を生み出した力によって諸共消し飛ばされたのだろう。

 

「ちっ──《フライ/飛行》」

 

 気絶した神殿兵を九層へと蹴り落とし、一気に空へと──いや、地上へと上っていく。

 ちらりと周囲の壁を見ると、つい先ほどまであったのだろう残骸が──苦々しい現実が見えた。ギリギリ逃げれたと言えるのか、壁に掴まりぶら下がる下半身の無い死体。上半身が残っているのはまだいい。腕だけ、足だけ、頭が半分だけ残っているものなど見るも無残なものばかりで誰一人として生き残ってはいない。まるでそれを狙ったかのように。

 

「は──ははは──」

 

 地下を抜け、地上を超え、空へと舞い上がる。眼下に広がる法国の都。何も変わらぬその姿。ただ違うのは、神殿があった場所が綺麗に無くなっている。ただそれだけだった。いや、それだけではない。周囲を囲む魔力の炎。あれは恐らく王国で使われたと報告にあった『ゲヘナの炎』とやらなのだろう。

 

「ギィッ!!硬いし熱い──報告だと入ることも出ることも出来たらしいけど、これが本来の使い方って事なのね」

 

 力任せに武器を奮い、炎に叩き付けるもまるでその衝撃がそのまま跳ね返ってきたかのように身体が吹き飛ばされる。それだけではない。直接触ったわけでもないのに服のあちこちが、身体のあちこちが焦げている。恐らくは攻撃する者に対して自動で攻撃するのだろう。これでは出ることも出来ない。しかも相当高く上った筈なのに、炎の壁の先が見えない。飛び越えて出ていくことも出来なさそうだ。

 

「アインズ──ウール──ゴゥゥン!!!」

 

 であれば、この結界を作り出した者を倒す他ない。神殿の殆どを消し飛ばした者を。魔法を切り、そのまま落下していく。そして再び魔法を使い、さらに加速する。狙うはただ一人。神殿があった場所の横に立つ者。アインズ・ウール・ゴウンへと。

 

「あぁ、やっと来たか。《ソード・オブ・ダモクレス/天上の剣》で倒せたとは思っても居なかったが、まさか無傷だったとはな。情報の修正が必要か」

 

 渾身の一撃が奴に当たろうとした瞬間、何もなかった場所に突然巨大な白い盾が現れ防がれてしまっていた。金の装飾を施された白い盾はまるでかつて神殿内部に飾られていた壁画に描かれていた白き神の、神盾のようだというのは何の皮肉なのだろうか。

 

「あァァァァァッッ!!!」

「何を怒っているのかね。私は力なき者を容易く殺めるような愚者ではないのでね、我が民になる者達には建物を含め一切危害を加えていない。安心したまえ」

 

 雄叫びと共に再び一撃を加える。しかしまるで幼子をあやすかの様に私の武器の先端を摘み、優しくしゃべりかけてきた。異常だ。命のやり取りをしている筈なのに。

 

「私は知っているぞ。お前が法国に組しているのは強き者を探しているからなのだと。強き者の子を孕むために居るのだとな」

「だ、ま、れぇぇぇっ!!」

 

 私は何に怒っているのか。理不尽に殺された仲間を思ってなのか。法国を無残にも蹂躙されたからか。まさか。まさかだ。私に愛国精神などない。弱者を仲間などと思ったことも無い。奴の言う通り、確かに私は強き者の子をこの身に宿す。ただそのために法国にいたはずだ。だというのに。この身を焦がすモノは何なのか。

 大きく離れ、力を溜める。このような理不尽。あの時に見たはずなのに。どこか現実味の無いそれに、私は目を逸らしていた。

 

「アァァァァァァ──」

「ふむ、強化系のスキルに似ているな。しかし少し変質化しているか。やはりあの方が欲しがるはずですね。確かに惜しい。あぁ、惜しい」

 

 ゆっくりと身体を屈めていく。使えるのは一回。一撃だけ。それ以上は体が持たない。なぜこんなことをしているのか。なぜこいつを倒さなければならないと思って居るのか。何を私は怒っているのか。奴を倒せばそれは分かるのだろうか。

 

「非常に興味深いですが時間かかりすぎですね」

「あ──え──」

 

 アインズ・ウール・ゴウンの姿が『熔けた』。比喩ではない。幻覚ではない。文字通り熔けたのだ。その一瞬。一瞬のせいで遅れてしまう。

 

「とりあえず殺してから捕獲しましょう。少しばかりレベルは下がりますが誤差でしょう」

 

 熔けたナニカが容を作り上げる。白き鎧。白き剣。白き盾。それは──

 

「白き──神──」

「というわけで、一度死んでくださいね。《次元断切/ワールドブレイク》」

 

 アインズ・ウール・ゴウンだったもの──かつて存在した白き神の姿をしたものから放たれたそれは私を貫──

 

 

 

 

 

「遅れた、か──」

 

 炎の結界を突破するのと、奴が番外席次を消し飛ばした一撃はほぼ同時だった。否、奴の強力過ぎる一撃が結界を揺らしたが故に突破できたというべきか。

 

「いえいえ、丁度いい時間でしたよ」

 

 『我ら』が地上に降り立つと、まるでうららかな昼下がりを満喫しているかのような声色で私を出迎える。そこに巨大な穴と化した神殿跡と、彼の左手に掴まれた彼の者の頸が無ければそれは本当にそうであったかもしれない。しかしそれらが、あまりにも異常な現実を叩き付けるものとなっているのだ。

 

「口調が剥げているよ、アインズ・ウール・ゴウン」

「おっと、これはいけない。私とあろうものが。フフフ──久しぶりに興奮しすぎだな」

 

 再びアインズ・ウール・ゴウン──奴の姿に戻り、肩を揺らし笑う。手に持つ頸に興味が無くなったのか、空間の狭間に捨てていた。

 

「ほう、ほうほう。一体だけとは思って居なかったが、まさかの複数同時起動か。興味深いな。壊してしまうのが勿体ないくらいだ」

「これだけ居ないとまともに相手できるとは思って居ないからね。それで、招待は受けてくれるかな」

 

 興味深いと言いながらも、緊張も驚きも恐怖もしていない。精々人形遊び程度にしか思われていないという事。それも一体での強さは理解していてである。

 

「心配せずとも今から貴様のところに行くつもりだったぞ、白金の竜王<プラチナム・ドラゴンロード>ツァインドルクス・ヴァイシオンよ」

「それはよかった。拒否されたら無理矢理連れていくしかなかったからね。無駄な力を使う必要が無くなって大助かりだ」

 

 全く底が見えない。欠片ほども勝てる気がしない。先ほど奴が放った一撃。遠くから見たあの魔法。かなりの隠ぺいを掛けての巨大術式だったが、何故なのか。いや、『何から』隠したかったのか。いや、分かりきった話か。

 

「では、ご案内──」

「必要はない、待っているがいい。震えながらな」

 

 気付かなかった。いや、気付けなかった。奴の手が変質していたことに。『我ら』に付着したそれが何かに気付いた時にはもう遅い。

 

 

 

 

「しまった、あれは『古き漆黒の粘体/エルダー・ブラック・ウーズ』の──ヘロヘロ様の強酸か」

 

 突然すべてのリンクが切れたことに気付いた私は思わず立ち上がろうとするも、己が課した封印に邪魔される。解くには未だ時間がかかる。その時間稼ぎにと思って居たのだが。

 

「あぁ──全て持って行ったのが裏目に出るとはね。流石は『始まりの者』だよ」

 

 油断していたとはいえ時間稼ぎにすらならなかったとは。これが奴の本気という事なのだろう。消沈し、ゆっくりと首を横たえた時に、ぱきりと音が響く。あと三つ。もう間もなく来るというのに。

 

「封じられたままで戦えるのかい、ツアー」

「まさか。成す術も無く蹂躙されて終わりだね。少なくとも半日は持たせる心算だったのに」

 

 一体いつ入ってきたのか、リグリットが台座に腰かけていた。その見た目はいつものものではない。かつて見た彼女の戦装束だ。

 

「やめるんだ、リグリット。君では勝てない。いや、勝負にすらならない」

「じゃあ、どうするっていうんだい。座したまま死ぬって、そう言うのかい。なぁ、ツアー」

 

 声が震えている。怒りからか、恐怖からか。私はそれを拭うことも出来ない。

 

「──すまない」

「謝罪が聞きたいわけじゃないんだよ!!わしは──」

「──今、スヴェリアー・マイロンシルクとオムナードセンス・イクルブルスがやられた。もう間もなく奴がここにやってくる。早く逃げるんだ、リグリット」

 

 青空の竜王<ブルースカイ・ドラゴンロード>と金剛の竜王<ダイヤモンド・ドラゴンロード>が奴に同時攻撃を行ったようだ。しかしつい先ほど、強大な魔力と共に二人の気配が無くなった。死体すら残さず殺されたのだろう。

 

「ツアー!」

「彼の目的は君ではない、私だ。だから──すまない──」

 

 何かを言おうとする彼女をそのまま強制転移させる。

 満ちる静寂。皆もう退去は終わっている。もうここには、私一人しかいない。

 

「もし私に生まれた理由があるとするならば──」

 

 ゆっくりと首を持ち上げ、天井を見上げる。もう、間も無く。間も無くやってくる。

 どこから来る。空から建物ごと圧し潰そうとするのか。横から建物ごと消し飛ばそうとするのか。

 

「きっと、今──だね」

 

 ぐっと力を入れる。ぱきり、と静寂に包まれたここにぱきりと澄んだ音が鳴った。あと二つ。もう少し。間に合えば、良いけれど。

 

「ですよね、皆さん」

 

 無理矢理立ち上がる。まるで幾重にも重い鎖で繋がれたかのように、思う様に動けない身体を無理矢理。ガァ!と、大きな声が漏れた。

 

「皆さんの仇、私では取れないと思いますけど──でも、きっと──」

 

 ミシミシと全身が悲鳴を上げる。まだ封印が解け切れない。しかし封印もまた悲鳴を上げていく。

 

「きっと、繋げますから──」

 

 封印が解け切るが先か。身体が持たぬが先か。内から噴き出すかの如く、己が咆哮が建物を大きく揺らした。




同時設定のワービースト国の裏話をちらっとプラス、ツアー前哨戦です。
鎧同時起動は最近公開された設定です。・・・最近ですよね?

次話、9章完結!
というわけで、お題目募集は次話の一般公開時点で終了となります。
まだ投稿されてない!って方は投稿してみてくださいね。
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9章 評議国・王国 世界大戦ー終

「ガッ──ハッ──」

 

 アイツが居るところから歩いて数日。わしの足なら半刻といったところ。王国に行くフリをして、わしはまっすぐ法国を目指し走った。嫌な予感がしたからだ。全身に張り付く様な異様な感覚。まるであらゆる命を混ぜ合わせたかのようなその雰囲気を感じ取ったからなのだ。恐らく奴は──アインズ・ウール・ゴウンは法国からまっすぐアイツの所へ行こうとしたのだろう。奴を見つけるのは然程難しい話ではなった。

 そう、『見つける』のは。

 

「ほう、《グラスプハート/心臓掌握》を耐えたか。まさか耐えきれる者が存在していたとは。流石は英雄、と誉めてやろう」

 

 隙だらけで飛ぶ奴を打ち落としてやろうと、地上より渾身の一撃をわしは放った。しかし奴はその一撃を毛ほども気にはしなかった。そう、避けることも防ぐことすらもしなかったのだ。

 それでもわしの方に興味を持ったのは僥倖とガスト<上位喰屍鬼>を嗾けた──はずだった。

 

だが結果はどうだ──

 

「ぐぅ──うぅぅ──」

「無理に動こうとしても無駄だ。《グラスプハート/心臓掌握》を抵抗したとしても、そのスタン<衝撃>から逃げられん」

 

 ガスト共はただの1秒すら持たないままその場に崩れ落ち、わしは防ぐことすら出来ずに奴の魔法によって心臓は握りつぶされたのだ。

 無理矢理血管を繋ぎ合わせ、無理矢理血流を流す。膨大な内出血による失血死を必死で防ぐ。まるで霞の様に消え行こうとする意識を必死に手繰り寄せながら。

 だがまだ終わっていない。運の良い事に奴は、放った魔法をわしが抵抗したと勘違いしたのだ。それは当然だろう。わしが自らの身体すら作り変えられる上位の『死者使い』であることを知らないのだから。

 

(確かにこりゃあ──分が悪いどころの話じゃないねぇ──)

 

 ツァーは──アイツは言った。『戦いにすらならない』と。確かにその通りだ。わしの渾身の一撃は防ぐ必要すらなく、虎の子たるガストたちですら一撃どころか動くことすら叶わなかった。

 正に次元が違うという他ないだろう。大人と子供どころではない。大熊と喰われる寸前の兎程の差すらない。

 

「フ──フフフ──」

「ほう、動くか。貴様では私に勝てないと理解しているだろうに、それでもなお動くか」

 

 だがしかし。だがしかし。まだ運はこちらにある。その証拠にわしはまだ生きている。今にも消えそうな命ではあるものの、まだ動ける。それは、奴がわしの実力を測りかねているという確かな証拠。

 さりとて勝機は、無し。

 

(逃げた方が良かった?馬鹿を言うんじゃない。大悪を前にして逃げられるわけが無い)

「──来なァッ!ブラッドミート・ハルク<血肉の大男>!!」

 

 手を噛み切る。噴き出す血を生贄に作り出す。不敗の巨人を。無双の血肉を。

 ばしゃばしゃとまるでジョッキどころか樽ごとひっくり返したかのような水音に思わず笑みが出た。

 

「愚かな──」

 

 巨躯から繰り出す一撃は岩をも砕く。しかしその一撃ですらも奴は防ごうとはしなかった。

 

「まだ理解していないのかね。この程度では私に傷一つ付けられないと」

「分かっているさァ!だが貴様もわしの力を見くびったねェ!!」

 

 奴が手を振った瞬間に準備していた魔法を放つ。わしの最大の切り札を。

 

「時の流れに埋もれし古の聖王──汝が棺──今開かん──。さぁ祭りの始まりだ──起きな!クリプト・ロード<地下聖堂の王>!!」

 

 ドクン──潰され、無いはずの心臓が大きく鳴る。

 まるで周囲の空間を切り取っていくかのような感覚が広がっていく。

 

「ほう──ほう。クリプト・ロードか。それは厄介だな、フハハハハ!」

 

 いう程焦りも恐怖も見えない。しかしもうこれは止まらない。止められない。

 周囲に100を超える棺が現れ、そこから骸骨共が現れ始める。ただの骸骨ではない。聖王を守護する者たち。スケルトン・ウォリアー<骸骨戦士>、スケルトン・ナイト<骸骨騎士>、スケルトン・アーチャー<骸骨弓兵>などの上位アンデッドである。しかもそれだけではない。

 

『久シイナ。随分ト老イタ』

「アンタと違って時が止まってないからね」

 

 わしの前に『生えた』棺──いや、聖櫃より現れたクリプト・ロードは周囲に居る配下のアンデッド全てを強化する特殊能力を持って居る。更に彼の両隣に居る一際輝く鎧に身に包んだ2体のアンデッド──スケルトン・パラディン<骸骨聖騎士>は、帝国で操ろうと画策しているデスナイト<死の騎士>よりもさらに上位の強さを持って居るのだ。

 これならば勝てはせずとも、せめてツァーの封印が完全に解けるまでの時間稼ぎは──

 

『逃ゲヨ』

「なっ──」

 

 そう思って居たわしの耳に届いたのは、余りにも無残な現実だった。

 

「なぜだい、アンタはアンデッド・ロード<死者の王>たる存在だろう!!」

『オ前ハ知ラヌノダナ。我ヨリモ更ニ上ノ者ガ存在スル。ソレガ──』

 

 ゆっくりと奴を指さす。

 

『オーバーロード<死の支配者>ダ』

「オーバー──ロード──だって──」

 

 オーバーロード<死の支配者>。それは伝説の存在。全てのアンデッドの頂点に君臨する、云わば死者の神のような存在だ。しかしそれはあくまで神話の話。本の中の話のはずだというのに。

 

『ソウダ。例エ万ノ軍勢ヲ揃エヨウトモ、幾百ノ我ガ居ヨウトモ。絶対ナル者ニハ勝テヌ。例エソレガ紛イ物デアッテモナ』

 

 神話の中に存在する神とすら呼ばれる絶対なる支配者。そんなものが実在するなど想像すらしなかった。しかし彼は紛い物と言う。それは恐らく『あれ』が神を食らったからだろう。あの神話のように。

 

 神を食らい、混ざり、神へと至ったモノ。それが本当だとするならば、勝てない。勝てるわけが無い。あのツァー<最強の存在>ですら。

 

「走レ。決シテ振リ向カズ。真直グニ。支配者<オーバーロード>ニ勝テルノハ支配者<オーバーロード>ノミ。サァ行ケ。真ナル王ノ元ヘ」

 

 そう言われ、弾かれる様に走り出す。全力の半分ほどの速度しか出ないが、少しでも早く少しでも遠くと足を前に運び続ける。後ろから聞こえる剣戟。しかしそれは一方的なもの。そしてそれは戦いが絶望的である事を意味していた。

 

(振り向くな、走れ!)

 

 何度も後ろを振り向こうとしてしまいそうになるのを必死に堪えながら、必死に足を動かす。奴の下へと。真なる英雄の下へと。

 走る。走る。だが、足が止まろうとする。極度の疲労と、苦痛に。血が足りない。力が入らない。これだけ離れればもう大丈夫だろう。一度休憩しよう。そんな甘い言葉が脳裏に浮かび、消えないまま積っていく。

 

 ふと、風を感じた。

 

 暖かい風。柔らかい風。まるで春風のようなそれはわしの後ろから優しくわしを撫でた。

 まるで精霊の悪戯のようなそれは、疲労困憊のわしの足を止めるのに十分すぎた。

 

 そして──見てしまったのだ。振り向いてしまったのだ。

 

「あ──あぁ──」

 

 そこには──無かった。何もなかった。

 太い木も、巨大な岩も。渡った川も。

 あるのは、ただ──砂、だけ。

 

 遥か遠くに、微かに奴の姿が見えた。広大過ぎる砂の中央に立つ奴の姿が。ゆっくりとこちらを向いたように見えた。それは、まるで死の宣告のように。

 振り向き走ろうとするが足に力が入らない。そして気付く。止まったのは風のせいではなかったと。

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 半歩。そう、半歩だ。半歩後ろにあった左足の後ろ半分が無くなっていたのだ。まるで思い出したかのように激痛と共に血が噴き出した。まるで噴水のように噴き出すそれは、乾いた砂漠に振る雨のごとく、砂に染み込み貯まることなく消えていく。

 

「くそっ──くそっ!くそぉっ!」

 

 砂から逃げるように転がり、必死に止血を始めるも、激痛と、疲労と、あまりにも非現実的な光景のせいで集中が出来ない。

砂と土の境界に、爪先が残っている。あぁ、これは夢なのではないかと。現実ではないと何かが囁く。悪魔の囁きが。死神の囁きが。抗い難き囁きが。

 

もう良いではないか、と。

ゆっくり休め、と。

何もする必要はない、と。

ただ──目を閉じるだけで良い、と。

 

「おぉおぉ、中々しぶといばーちゃんっすねー」

「アン──タ──」

 

 誰かが来た。そう思った瞬間、わしの意識はまるで太陽に黒いカーテンがかかるかのように消えていく。いけないと思う暇すらなく、一瞬だけ緩んだ気を待っていたかのように。

 

 

 

 

 

 

「う──ぁ──」

 

 起きたのだろうか。パン──じゃなくてアインズ様がド派手にぶちかました外縁部に居たしぶといばーちゃんを、何故か私は助けていた。そう命令されたわけではない。そうしたいと思ったわけでもない。放っておいても良かった筈だ。しかし何故か私はそのばーちゃんを背負い、モモンガ様達が居るであろう王国へと走っていた。する必要もないであろう回復魔法まで行って。

 

「何しているでありんすかぇ、ルプスレギナ。あなたの担当はこっちではなかった筈でありんす」

「──シャルティア様」

 

 突然眼前に現れる人影に足が止まる。ただの人陰であれば飛び越えれば良いのだが、流石にこの方を飛び越えるわけにはいかない。

 

「え、えと──担当、外されました──」

「はぁ?アンタ一番乗り気だったでありんしょう。どういう心変わりでありんすかぇ」

「それは──そのぅ──」

 

 一歩二歩。じりじりとシャルティア様から後退る。プレアデスとして決してやってはいけない行為であるはずなのに。しかも背中に背負っているばーちゃんを守るかのように。

 

「──?──ほぉ──」

 

 恐らくユリ姉辺りから《メッセージ/伝言》が届いたのだろう。右手で私を制すと左手指を米神辺りに充てて喋られた。

 

「──へぇ──わかったでありんす。ルプスレギナ、まさか貴方が敵側になるなんてねぇ」

「ひ、ひぃ──」

 

 ニタリと三日月を思わせる嗜虐的な笑みを深くすると、好戦的な視線を投げ掛けてこられる。とはいえ私とシャルティア様の戦力差は圧倒的だ。遊び相手程度にはなるかもしれないが、本気で来られたら逃げることすら出来ない。

 

「あ、あの──お手柔らかに──」

「ぷっ──冗談でありんす」

 

 必死にシャルティア様の神経を逆撫でしない様に笑みを──それでも緊張で歪んでしまっているだろうが──浮かべながらそっと話しかけると、冗談だと言わんばかりに笑われてしまった。くすくすと。

 まるで至高の御方のお一人である、るし★ふぁー様が設置した極悪トラップに侵入者が捕まった時のように、心底楽しそうに。

 

「そもそも私は貴方を相手している暇なんてないでありんす。そろそろセバスとアルベドも王都に到着する時間でありんす。遅れると間違いなくぐちぐちと言うに決まっているでありんす!」

「あ──王都襲撃──」

 

 そういえばそろそろ王都襲撃の時間になる頃だ。ということはそろそろセバス様達はモモンガ様と会われている時間だろうか。

 

「そういえば、後ろのは──確か、リグリットとかいう英雄のババアでありんすね。どこで拾ってきたでありんすか、そんなモノ」

「あぁ!そうでありんす!このばーちゃんさっきから『モモンガ様に』ってうわ言の様に言ってるでありんす!!って、うつったっす!?」

「あー──これもデミウルゴスの計画──でありんすかぇ?何故かアウラとマーレも戦っているみたいでありんすし──あぁ!──こほん、私には細かい事は分からないでありんす。とありあえず、モモンガ様の所に連れていくと良いでありんすぇ」

「はい、わかったでありんす!!」

 

 まるで洗脳のようにシャルティア様の言葉がうつってしまう。戻そうとすると地に戻ってしまいそうになるので仕方なしにそのままで行くしかない。シャルティア様の笑顔が少し引き攣っていたが見なかったことにしておこう。

 王都襲撃が始まる。つまりそれは世界征服が終盤に差し掛かったという事。最後の戦いが近いという事。

 確か当初の予定では──

 

「兎にも角にも、モモンガ様の所にこのリグリットのばーちゃん連れて行けばどうにかなるであり──っすよね」

 

 地を蹴り枝を跳び空を駆ける。そろそろ日が暮れる。完全に陽が落ちた時。それが襲撃の合図だったはずだ。

 シャルティア様が潜伏していた森を抜け、草原をひた走る。王都の城門が見えてきた。早くモモンガ様に──って。

 

「モモンガ様が王都のどこに居るか知らないっすよ私!?」

 

 王都が近くになるに連れ、走る人間に見える程度の速度に落とす。そういえば、と。私はモモンガ様がどこにいらっしゃるか知らないのだった。

 

「で、でも確かモモンガ様は王都の冒険者で漆黒の英雄って呼ばれていたはずっすよね。なら冒険者ギルドに──って、冒険者ギルドの場所も知らないっすよ!うわぁぁぁ!!」

 

 走る走る走る。悩み、頭を抱えながら。とりあえず私は王都へと走った。

 死んだように眠るばーちゃんを背負いながら。

 




これにて9章終了です。疲れたぁぁ・・・
色々か期待話が多すぎて、場所がてんでバラバラ、時間もバラバラと非常に分かりづらい章となってしまったことお詫びいたします。

何時何分とか書こうかなぁとも思いましたが、出来るだけそういうのはしたくなかったのでしませんでした!後悔はしてるけど!

さて、読んでわかります通り全力でふざけたシリアスです。平たく言うといつものオーバーロードですね。
そろそろラスボスが誰なのかは想像がついたかと思います。えぇ、その方です。本人もノリノリでやってます。

最終章はネタバレオンパレードとなります。流石に1話目はシリアス(?)ですが!ほら、タイトル回収しないといけませんからね!


というわけで、現時点(3/31/0時)を以てお題目募集の受付は終了となります。
投稿していただいた方、ありがとうですよ!
結果発表は当日の私が起きた時(!?)です。

おたのしみに!


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