俺がダンジョンでミノタウロスに襲われるなんてまちがっている。 (ねこps)
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第一章.デメテル・ファミリア
1-1.悪意と少年


「はっ、はっ、はっ、はっ――」

 

ハチマン・ヒキガヤは地面を駆けていた。とは言え、疾風のごとく......などと到底格好良いものではなく、足はもつれ、息は上がっている。少しでも気を抜けば、次の瞬間には恐るべき攻撃が襲ってくる。かわして、逃げて、かわしてかわして、逃げて。先程から、この繰り返しだ。

 

あいつらは一体どこに行った?そして、今俺は一体どこにいるのだろう?

 

所属しているファミリアの旅行で訪れていたオラリオにて、厄介な相談事を受けた挙句、嘘告白により仲間同士の問題を"解消"したのが1日前のこと。そして、数人の仲間に呼び出されたのが、数時間前のことだ。

 

ユキノとユイが柄の悪そうな男達にダンジョンへ連れていかれた。自分たちは止めようとしたが、歯が立たなかった。そう聞いた俺は、あいつらに案内してもらい、ダンジョンへと潜り込んだ。

 

ファミリアの中でも俺のレベルは高いほうだ。尚且つ戦闘経験もそれなりにある。上層程度であれば恐れるに足らず――そう思っていた自分を殴ってやりたい。

 

「っ!......かはっ......」

 

不意に、背中に大きな衝撃が走り、視界が反転する。――投げ飛ばされた。そう気づくのに、そこまで時間はかからなかった。

 

「畜生......飛ばしすぎたか......」

 

他の奴らがロクに戦えなかったため、ここに来るまでの戦闘は殆ど俺が請け負っていた。気持ちが焦っていたこともあって、魔法も出し惜しみなく発動している。上層の最下層にたどり着いた時点で、バテが来ていたのはわかっちゃいたが、それでも充分に対応可能な筈だった。――上層の敵であれば。

 

仲間からの突然の暴行を受け、所持品を剥ぎ取られた俺は、更に下の層――中層へと連れ込まれた。

 

嵌められた――そう気付いたのは、その時になってからだ。さらに、タイミング良く俺の目の前に現れたのは、"ミノタウロス"。中層で最強と言われるモンスターを目の当たりにした俺が取った行動は、立ち向かうことだった。スピードなら引けは取らない。そう思っていた俺だったが、直ぐに現実を突きつけられることになった。

 

なにせ、現れるモンスターは"コイツ"だけではないのである。しかも、中層においてはモンスターの出現頻度は上層とは比べ物にならない。

 

一対一ならそれなりに戦えていた俺だったが、ヘルハウンドの群れが出現してからというもの、戦況は完全に傾いた。

 

ヘルバウンドから放たれる火炎攻撃の集中砲火を浴びせられ、次に襲ってくるのはミノタウロスの無慈悲とも言えるほどの暴力的な攻撃。

 

ヘルバウンド達は何とか撃退したものの、利き腕に大火傷を負った俺は、既に逃げ惑うことしか出来なくなっていた。

 

「っ......がはっ......」

 

全身に痛みが走り、呼吸することすら覚束無い。歪む視界の中に捉えたのは、弱っていく獲物を眺めながら、醜く顔を歪める猛牛だった。

 

ミノタウロスはけたたましい雄叫びをあげた後、その2本の角をこちらへ向けて、一直線に突撃してくる。

 

あ、死んだ。そう思った俺の思考は、決して間違って居なかっただろう。

 

 

――だが、その凶角が俺に届くことはなかった。

 

 

「いやいや、帰りにミノタウロスに遭遇するとか最悪かよ......。ってかキミ、生きてる?」

 

 

尻餅をつきながら上を見上げると、目に入ってきたのは、冒険者らしき女性の姿だった。顔は美人だが、その表情はだらしなく、気だるげな表情を浮かべている。

 

平時であれば、間違っても見惚れることなど有り得ないような、激しく怠そうな顔。さらに、首に巻かれたマフラーは使い古されており、髪の毛は乱れ気味だ。だが、この時の俺には、この人がまるで救世主のように、俺を救ってくれる女神のように、そんな風に見えたのだ。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「......ったく。あたしらしくもない。」

 

ミノタウロスに襲われているのは年若い男の子ヒューマンだった。

 

獰猛に襲いかかる猛牛から、かわして、逃げて逃げて、かわして、また逃げる。だが、反撃はできない。

 

よくよく見ると、右腕は焼けただれていて、とてもじゃないが武器が持てるような状態ではない。あのままでは、遅かれ早かれあの子の息の根が止まるのは明白だ。

 

案の定、逃げようとしたところを後ろから掴まれ、盛大に投げ飛ばされて、彼は地面に叩きつけられた。恐らく、身体中が悲鳴をあげていることだろう。骨も何本か逝っているかもしれない。

 

「ちっ!仕方ないわね......」

 

両の拳をぶつけ、臨戦態勢に移る『黒拳』に。躊躇なく、少年とミノタウロスの間に割って入る。ミノタウロスの角を受け止めると同時に、耳に入ってくるのは猛獣のおぞましい怒声。

 

狩りを邪魔されて怒り心頭というところだろうか。もしかすると新たな獲物の出現で、喜びに震えているのかもしれない。まぁ、獲物になってあげるつもりは毛頭ないが。

 

「砕けろ!」

 

左手でミノタウロスを押し返し、右拳での剛撃。私の一番の強みであり、一級冒険者にも引けは取らないであろう、地の能力(ステイタス)。これを以てすれば、付与魔法(エンチャント)など必要ない。

 

案の定、ミノタウロスの片方の角はへし折れ、猛牛は怯んだように後ずさる。が、それも一瞬のこと。奴はすぐに、雄叫びを上げながら突っ込んでくる。

 

もう一度、同じことの繰り返しだ。そう思って、私はカウンターまでの流れを、頭の中に描く。全く問題なく、撃退できる筈だった。

 

――そう、この少年が余計なことさえしなければ。

 

「うおおおおおぉ!」

「は?」

 

その少年は、何を思ったか私とミノタウロスの間に割り込んできたのだ。だが、右手は相変わらず機能していないようで、左手に握りしめた片手剣でミノタウロスの身体を押し戻そうとしている。

 

「ぐっ......、コイツはやばい!俺のことはいいから早く逃げろ!」

 

い、いや、いやいや。助けに来てあげたのに逃げろはないっしょ。案の定吹っ飛ばされたし。って、こらこらこら!盛大に血を吹き出しながらこっちに飛んでくるな!

 

呆気なく吹き飛ばされたこの子を、不可抗力で抱き抱える形となり、私は盛大に尻餅をつく。その間に勢いをつけて迫ってくるのは、片方の角をへし折られたことで、更なる怒りに震える猛獣。

 

「やばっ!」

「オラアっ!」

 

不意打ちで側面から蹴りを入れられたミノタウロスは、よろめき、そして転倒する。

 

「......ったく。雑魚が出しゃばるからだ。」

 

狼族の男は、私の腕の中の少年を睨みつける。

 

「ロキファミリア......なんでここに。」

 

剣姫や勇者など、人気と実力を兼ね揃えた冒険者が多く在籍している、オラリオ屈指の探索系ファミリア......ロキファミリア。そして、目の前の4人も例外ではなく、第一級冒険者達。

 

「探索の帰りでね。アイズ達はまだやってるけど。ってか、その子大丈夫なの?盛大に気絶してるけど......」

 

心配そうに男の子の顔を覗き込むのは、怒蛇(ヨルムンガンド)......ティオネ・ヒリュテ。双剣の使い手で、Lv.5の第一級冒険者だ。というか、そのでかい乳を強調するな。してるつもりはないんだろうけど。

 

「雑魚が身の程も知らずに出しゃばるからだ!おい、ティオネ!」

「はいはい、仕方ないわね......。ティオナ、やるわよ。」

「りょーかい!あ!誰が一番早く倒せるか勝負しよーよ!」

「おぉ!珍しくいいこと言うじゃねえか。まぁ、勝つのは俺だがな!」

 

狼族のベート・ローガとティオネ・ヒリュテの双子の妹、ティオナ・ヒリュテ。こちらもそれぞれLv.5の第一級冒険者だ。まぁ、助かったとでも言っておこうか。少なくとも、ミノタウロス討伐の手間が省けたのは間違いない。あの体勢からだと結構苦労しただろうし。何より、そうこうしてる間にこの子が死んでしまったら、流石に寝覚めが悪い。

 

「全く、揃いも揃って血の気の多い......私はいいんだな?」

「えぇ。ベートに加えて私とティオナが居ればお釣りがくるでしょ。」

「ふふ、確かに。では、任せたぞ。」

 

我先にとミノタウロスに向かうパーティメンバー達を見送り、私と男の子の方を振り返るのは、――九魔姫(ナイン・ヘル)の二つ名を持つ、エルフの女性。リヴェリア・リヨス・アールヴ。ロキファミリアにて副団長を務めており、レベルは実に6である。オラリオの地において、この名を知らない者はいないだろう。

 

「それなら、私達は先に行くとしよう。黒拳だったか?彼を頼む。道中は私が何とかしよう。」

 

因みに、私とリヴェリアさんは初対面だ。まぁ、ロキファミリアの重鎮となれば私のことなど、当然知っているのだろう。ただ、昔の二つ名で呼ばれた私は、思わず顔をしかめる。

 

「......その呼び方はやめて下さい。ったく、何で私が。あの下衆共、今度見かけたら全員血祭りにあげてやる。」

「......やけに物騒だな。何かあったのか?」

「まぁ、狡いことをする連中を見つけましてですね。」

 

こんなことになっている発端は、100%あのガキ共だ。奴らがこの子を中層に突き落とす様子を、私は遠目ながらしっかりと見ていた。軽く締め上げたら、明確な殺意があったってこともわかったし、次会ったらボコボコにとっちめてから、ギルドに突き出してやる。

 

「うん?まぁいい。取り敢えず、行くとしよう。」

 

リヴェリアさんは不思議そうな表情を浮かべながらも、私に対して出発を促す。

 

「りょーかいです。よっと。」

「......馬鹿力だな。」

 

軽々と少年を背中に乗せると、リヴェリアさんが驚愕の表情を浮かべた。失礼な。

 

「馬鹿力言わないで下さい。......ん?」

「どうした?」

「......いえ、何でもない。それじゃ行きましょっか。」

 

リヴェリアさんが先導する形で、私はそれに続く。背後からはけたたましい戦闘音と......楽しそうな声というか奇声が聞こえてくる。

 

「次はどこを斬り落とされたい!?足か?首か?それとも○×○×(ピーーー)かぁ!?」

「うるせえ!放送禁止用語を叫ぶんじゃねえ!ティオナ!あの戦闘狂を少し黙らせろ!」

「あはは!楽しいからいいじゃん!!それじゃ私は足もらうねー!」

 

......狂人じゃん。特にティオネ・ヒリュテ。人格変わりすぎだし怖すぎるわ。返り血を浴びながら高笑いしてるし。あんなギャップは誰も求めてねーよ。ロキファミリア大丈夫かよ。

 

リヴェリアさんの顔を恐る恐る覗くと、額に手を当てていた。あぁ、この人も苦労してるんだな。

 

道中はとても楽だった。

 

所詮は上層レベルのモンスターだし、そんな奴らに九魔姫(ナイン・ヘル)が苦戦するわけもなく、立ち塞がるモンスター達は彼女の魔法により、例外なく死の世界に度立つこととなった。

 

それにしても......

 

「軽すぎ......。」

 

この子を担いだ時から思っていたが、いくら何でも軽すぎる。身長自体はそこそこあるのに、体重は男の子とは思えないほどに軽い。まさか、食事を与えられてないとかじゃないよね?

 

色々とこの子の私生活が心配になってしまったが......まぁ、そこら辺もこの子が目覚めれば、明らかになることだ。幸い、私がこれから向かうのは、美味しい料理が沢山ある"酒場"。目を覚ましたら小言と恨み言を言いつつ、精のつくものでも食べさせてやろう。

 

今思えば、本当に私らしくもなかった。

 

他人に余り干渉しない。というか興味がない私が、知らない男の子の世話をするなど、本当に珍しいことをしたものだ、と思う。

 

だが、この時の私は、なぜだかこの子のことを放ってはおけなかったのだ。



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1-2.黒拳と少年

早起きして、ふたりで一緒に戦闘訓練をする。

そして、ミアお母さんが作ってくれる美味しい朝ごはんを皆で食べて、彼を送り出す。

そんな日が何日も何日も続いた。

――誰も傷つかない世界の完成。

馬鹿みたいな独り言をドア越しに聞いた時、思わず嘲笑してしまったことを思い出す。

あの子にとっては黒歴史当然の過去だろうが、私にとっては、彼に興味を持つ切っ掛けとなった、大切な大切な思い出なのだ。


あの後、ダンジョンの入口前でリヴェリアさんと別れると、私は一直線に酒場へと戻った。血まみれ男の子を背負っていたこともあり、かなり目立ってしまったが、まぁ仕方ない。なにせ、緊急事態だったのだ。

 

「全く......いきなり男を連れ込んでくるから、何事かと思ったじゃないかい。」

「ごめんなさい......。」

 

腕組みのポーズを取りながら苦笑いを浮かべるのは、ミア・グランド女史。豊穣の女主人で働いている私達にとっては母親のような人だ。過去にはフレイアファミリアで副団長を務めていたらしく、もう何年前のことかもわからないが、現役時代のレベルは6で、つけられた二つ名は小巨人(デミ・ユミル)。......恐ろしいことこの上ない。

 

さて、男の子を酒場の一室に運び込んだ後、現在進行形でミアお母さんへの説明を続けている。ちなみに先程までは、シル達も興味津々と言った様子でこの部屋に居たが、仕事しろ!ということでミアお母さんが追い払った。

 

「まぁいいさ。坊やの目が覚めたら、何か美味いもんでも食わしてやりな。見るに、ろくなモン食ってないんだろ。ガリガリじゃないかい。」

「うん、そうする。ここまで背負ってきたんだけど、軽すぎてビックリしたくらいだったし。」

 

私の返事に、ミアお母さんは"うんうん"と頷く。

 

「まぁ、流石にうちで引き取るわけにはいかないが、数日間なら面倒をみてやっても構わない。」

「本当に?」

 

これは予想外だが助かった。彼としても殺されかけたショックも多少はあるだろうし、私としても乗りかかった船だ。殺されかけた子を目の前にして、意識が戻ったから"はいさよなら"では余りにも酷い。

 

「ただ、坊やの世話は拾ってきたアンタが何とかするんだよ?」

「拾ってきたって、そんな犬や猫みたいな......」

 

ミアお母さんはこの子のことを何だと思っているのだろうか。まぁ、そういう私もこの子のことは全然知らないんだけどね。

 

情報1.仲間と見られる男達に殺されかけてた

情報2.自分からミノタウロスに突っ込んで自爆した(私を庇ってくれた)

情報3.目つきがすこぶる悪い。

情報4.顔はそれなりに整っている。

情報5.多分私よりも年下

 

うーん。ロクな情報がない。これだけだと色々と残念な男の子としか思えない。やっぱり、目が覚めたらしっかりと話をしてみないとだよね。

 

「ま、ぶっ倒れてたんだから、犬猫みたいなもんだろう。さ、仕事だ。今日も気合入れておくれよ!」

「はーい......」

 

いずれにしても、この子と話が出来るのは夜遅い時間になってからだ。......あぁ、働きたくない。

 

 

 

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店が閉店した後ではあるが、私はこうして厨房に立っている。

 

特定の誰かのために料理するなんて、いつぶりだろう。......いや、そんなことしたことがないな。そもそも、こうして気の置けない同僚達が出来たことだけでも奇跡的なのだ。

 

先程、あの子――ハチマン君は目覚めた。予想通りというか、大分混乱していたけど。ただ、理解力はある子のようで、順序立てて説明したところ、今の状況をちゃんと理解してくれた。まぁ、終始怯えていたけど、ミアお母さんに。

 

「ん、こんなもんかな。」

 

白身魚のお粥とサラダだけだが、急に食べすぎるのも良くないし、何より時間が時間だ。遅い時間に沢山食べるのは身体に良くない。自身の料理が無難に出来上がっていることを確認してから、トレイにドリンクを乗せて、あの子の元へと向かう。

 

部屋の前で三度ノックすると、起きてます。との返事が返ってきたので、私はドアを開けて中に入る。

 

「......」

「ん?」

 

無言、である。

 

「どしたの?」

「いや、雰囲気が大分違うんだなと......。」

「あぁ。仕事着だからねぇ。ま、取り敢えず召し上がれ。」

 

変な顔をしていたけど、服装のことか。そりゃあ、ダンジョンに潜る時とは違うよね。納得した私は、素早くハチマン君の前にテーブルを用意し、用意してきた食事を差し出す。

 

「いや、そこまで世話になるわけには......」

 

首を横に振る。いやいや、私としては食べてもらわないと困る。というか、食え。悪いことは言わないから。

 

「折角作ったんだから食べなさい。というか、キミが食べないとゴミになる。」

「りょ、了解です。」

 

私から発せられるプレッシャーを感じ取ったのか、ハチマン君は慌ててお粥を口に運ぶ。ふむ。素直で宜しい。因みに、お姉さん的な好き嫌いを言うと、反抗的な男の子はダメなんだよ。私自身が短気なせいもあって、多分だけの喧嘩が絶えなくなる。

 

「美味い......」

「そ。良かった。」

 

彼は心からそう言っているようだった。そして、この時の私は笑顔だったと思う。手料理が褒められて嬉しい女はいない。例え、お粥でも、だ。

 

パクパクとお粥を口に運んだ後、サラダとドリンクも胃の中に流し込み、彼はあっという間に目の前の食事を平らげてみせた。

 

「......ご馳走様でした。」

「お粗末様でした。やっぱりお腹空いてたんだ。」

「......かなり。昨日の昼からほとんど食ってなくて。」

「やっぱり。って昨日の昼から?体調でも悪かったの?」

「色々と考えることがあったんで......」

 

ハチマン君はどうにも歯切れが悪い。まぁ、何かしらあったんだろうけど、生憎人のプライベートに土足で侵入する気はない。ここは、スルーしておくことにした。

 

「あの、ありがとうございました......。」

「ん、いいよ別に。それにしても、災難だったわね。何なの?あいつら。」

 

ハチマン君は頭を下げる。それに対して、私は特に感じることはない。取り敢えずは五体満足で良かったということだけだ。ただ、この子を嵌めた奴らについては聞いておきたいが。

 

「なか......同じファミリアの知り合いですね。」

「君のファミリアは仲間にあんなことをするのか。なるほどね、大したファミリアだ。女神の顔が見てみたい。」

 

思わず口調が鋭くなってしまった。でも仕方ないよね。どんな理由があろうとも、姑息な手を使って人を嵌めた挙句、命までかすめ取ろうとするような卑怯な奴らには、反吐が出る。

 

私個人は、命のやり取りというのは基本的には高潔なものであるべきだと思うのだ。こんな世界だから、生死に対して全くの無関係でいることの方が難しい。

 

だが、だからこそ、"それ"は相応の覚悟を持って行われるべきだし、複数人で一人の仲間を罠に陥れて殺すなど、以ての外だ。

 

「......。」

「どうする?動けるなら、明日の朝にでも送り届けてもいいけど......って戻れるわけないか。」

 

自分で言っておいて、それだけはないと思った。屑共がいる場所に帰る理由など、これっぽっちもないだろう。そもそも、主神は何をしている?他の仲間達は?恐らく、この子とは最低でも丸一日連絡がついていないんだろうから、捜索のクエストでも発注してもいいようなものだ。

 

だが、今のところ、そのようなクエストは確認できていない。わざわざシルが確認しに行ってくれたのだから、間違いない。

 

「戻るのは無理ですね。一応、殺されかけたわけですし。」

「そりゃそうだ。聞いといてなんだけど、やめといたほうがいいね。というか、悪いこと言わないから辞めときなさい。」

 

この子も戻る気はないようだ。少しだけ、安心した。

 

「因みに、行く宛はあるの?」

「まぁ、幾つか候補は考えてるんですが......」

「ん、参考までに言ってみ。」

 

この子はオラリオの出身ではないと言っていた。ハチマン君のファミリア自体も本拠地は東方であり、恐らくは土地勘すらない筈。そんな子が考えつく行先......まぁ、禄なものじゃないのは何となくわかった。

 

「ダンジョンの安全地帯に潜りながら日銭を稼ぐとか。」

 

私は思わず、目を見開いてしまった。

 

「はぁ!?却下!というか、中層で死にかけたばっかでしょ!?他は!?」

 

この子は馬鹿なのだろうか。それとも、自殺願望でもあるのか。はたまた、こんなことになってしまい、自暴自棄になっているのか。

 

「...それなら、賭博場にでも流れて、用心棒でもしますかね。あそこ、オラリオの治外法権とか言われてましたよね?もしくは、賞金稼ぎとか。」

 

論外だ。このアホ毛がついた頭を、思い切りひっぱたきたくなった。

 

「......却下。アホかアンタは。大体、そういう仕事は絶対向いてない。」

「そんなことやってみないと......」

 

わかるね。やってみるだけ、命の無駄だ。

 

「断言するよ。君に"裏稼業"は無理。状況判断も出来ずに、私を助けに来た位の甘ちゃんだもん。わかってる?言っとくけど、あの時下した君の判断は完全なミステイクだからね。そんな君が賞金稼ぎなんて、一瞬で死んじゃうのがオチだから、やめときなさい。」

「......」

 

まくし立てるように言い切った私だった。傷ついたような苛立ったような顔してるけど、今言ったのは本当のことだからね。大体、裏稼業なんてのは心底下衆じゃなきゃ務まらない。私みたいな。決して、堅気の人間が足を踏み入れていい領域じゃない。

 

「別に責めてるわけじゃないんだけどな。取り敢えずまとめると、ファミリアにも帰りたくないけど、いくあてもないってことでおっけー?」

「......その通りです。」

 

改めて口に出してみると、中々にめんどくさい要望だが、まぁ仕方ない。私がこの子でもそう思うだろう。心の中で納得してから、どうしたものかと考えを巡らせる。

 

「ま、何かの縁だし、私も当たれるツテは当たってあげるわよ。......キミ、農業って出来たりする?」

「いや、無理です。」 

「だよねぇ。まぁ、別にそれはいいんだけど。どうしたもんかなぁ。」

 

頭に浮かんだのは、私が以前誘われていたファミリアにそのまま突っ込んでしまうことだった。ただ、あのファミリアは素直で真面目な人が多いからなぁ。そこは主神の人柄......神柄?によるところだとは思うが。ハチマン君に合っているかと言われると、非常に微妙だと思う。

 

「はぁ......。」

「私の顔を見てため息をつくな。とりあえず、後のことは私に任せて、今日は寝な。」

 

私に任せて、なんて良く言えたことだとは思うが、別に格好つけたわけでもなく、自然と喉の奥から出てきたのだ。

 

本当、私らしくもない。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「......何のつもりだ?」

「はっ。見ての通りだよ。とっとと、金とアイテムを出せ。」

「勿論、全財産な。」

「くくく......間抜けな顔しやがって。」

 

場所は、中層へと続く階段まであと数歩というところ。進めど進めど、ユキノやユイの姿は見つからず、ガラの悪い男達の姿もまた同様に、確認できなかった。

 

そして、現在進行形で俺の背中には、仲間の一人であるヤマトからナイフを突きつけられている。両手を上にあげて無抵抗のポーズを取ってはいるが、これで許してもらえるとも思えない。

 

元々、こいつらとは折り合いが良いとは言えなかった。加えて、昨日の嘘告白騒動である。

 

こいつらが仲良くしているトベは、告白を邪魔されて随分落ち込んでいたようだし、トベの友人であるヤマト達の立場からすれば、俺に仕返ししたくなるのもわかる。

 

やり方は悪質で、仕返しの範囲を超えているが。こんなもん、明らかに仇討ちのレベルだ。

 

「......さっきの話は嘘だったのか。」

 

ユキノとユイが連れていかれたという話。こいつらが一時間ほど前に言っていた話。

 

「お前、馬鹿なの?そんなもん嘘に決まってんだろ。ほら、キリキリ歩け!」

「ぐっ......」

 

後頭部に大きな衝撃が走り、思わずよろめいてしまう。ヤマトが思い切り、俺の頭に拳を叩きつけたのだ。

 

「ぶっ......お前、どんだけコイツに恨みあるんだよ。」

「マジうけるわ。Lv.2っていっても、頭を使って戦えばこんなもんだよな。」

 

オオオカとハギヤは、笑いを堪えられないと言った様子で、ヤマトと俺の後ろを着いてきている。俺はさながら、死刑台に連れていかれる犯罪者、といったところか。

 

「......ハヤトさんもお前のこと見限ったみたいだし、ユイやユキノさんと怒り心頭って感じだったぜ?だからもう、お前を助けてくれる奴は誰もいない。」

 

確かに、あの二人は確かに怒ってたな。昨日の夜はかなり厳しい言葉が飛んできたし。一方で、ハヤトはよくわからんかったが、当然ながらいい気分でなかったことは確かだろう。

 

ただ、そもそも俺からすれば、ファミリア内で恋愛沙汰の騒ぎを起こすこと自体、どうなのかと思っている。一方はなんとしても告白の成就を望み、一方は異性と恋人関係になること自体を拒否している。

 

両想いならともかく、こんな面倒くさい案件については、当人同士で何とかして欲しかった。まぁ、そんなつまらんことに付き合った、俺も俺だが。

 

――不意に、ヤマトから"止まれ"と命令される。あぁ......ここが上層の最奥か。

 

「あぁそうだ、そういえば今朝聞いたんだが、ハヤトさんとユキノさん達はようやく和解するらしいな。ま、お前にはもう関係ないだろうが。」

 

は?今こいつ、なんて言った?あいつらが和解?

アシュタルテファミリアに入団してこの方、派閥争いを続けてきたあいつらが?

 

思わず、目を見開いてしまった。

 

"今回"も結局、俺が一人で全部泥を被り、あいつらは手を組むってのか?

 

「......じゃあな。ハチマン・ヒキガヤ。二度と俺達のファミリアに近づくんじゃねえぞ。」 

「ま、その前にここから出られるかどうかも怪しいけどな。」

「ハハハ、違いねぇ。」

 

ドン、という鈍い音とともに、俺の身体は階段から転がり落ちた。

 

全身に痛みが走り、視界がぐるぐる回り、俺は前のめりに地面へと叩きつけられた。

 

身体に与えられたショックにより、思わず瞑ってしまった目を開くと、周りは深い霧に包まれている。そして、倒れ込んでいる俺のすぐ目の前では、獰猛な猛牛が、涎を垂らしながら鼻息を鳴らしていた。

 

 

 

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うっすらと目を開けると、知らない天井が広がっていた。あぁ、そういえば、昨日は"色々"あってここに担ぎ込まれたんだっけか。

 

それで、食事を出してもらって腹が膨れたら、すぐにまた眠くなってしまったんだった。

 

「......それにしても、嫌な夢みちまったな。」

 

窓から外を見ると、漸く太陽が登ってきた頃で、まだ朝は早いようだ。

 

一晩が過ぎて、少しだけ冷静さを取り戻したのはいい。だが、襲ってくるのは、帰る場所を失ってしまった喪失感と、これからどうすれば良いのかという不安。

 

そして、そこから目を背けるように湧き上がってくるのは――歪んだ達成感、高揚感。

 

ユキノ派とハヤマ派が和解出来たのなら、アシュタルテファミリアは安泰だ。二つに別れていた派閥が仲良く力を合わせて頑張っていく。

 

このような展開は、きっと物語の王道であり、一般的に好まれること間違いないだろう。

 

 

「ほら見ろ、誰も傷つかない世界の完成だ。俺は間違ってなかったろ?ユキノ、ユイ。」

 

 

自分でも気持ち悪いくらいに、爽やかな声が出た。この後、視界が少しだけ歪んだのは、きっとまだまだ寝足りなかったからなのだろう。



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1-3.白兎と少年①

出逢いの切っ掛けは、食い逃げだった。

......実際は食い逃げしようと思ったわけではないけど、あの時の僕は、どうしようもなく情けなくて、辛くて、恥ずかしくて、無力で、気がついたら駆け出していた。お金を払うのを忘れて。

でも、あの夜があったから、僕は一歩先へ進むことができた。

......ううん、あの夜だけじゃない。一つ一つの出来事全てに意味があった。

神様、アイズさんにベートさん、そして"彼"。勿論、その他の仲間達も。

数え切れない人から影響を受けて、与えて、そのお陰で僕は、今のベル・クラネルになれたんだ。


時刻は朝の6時。早朝も早朝というべき時間帯だが、ここ"黄昏の館"には珍しい来客が訪れていた。

 

「本当に、本当にありがとうございました。何とお礼を申し上げて良いか......。」

「はは、構わないさ。それにしても、帝国領の方と話すのは久しぶりだ。どうか、顔をあげてくれ。」

 

整えられた金髪と爽やかな雰囲気が特徴的な少年は、フィン団長に深々と頭を下げる。

 

「フィンさん......はい!ティオネさんとリヴェリアさんも、本当にありがとうございました。」

 

彼は、今度は私達に深々と礼をする彼の姿は、普通に格好良い好青年である。着用している金色の鎧も、彼の雰囲気にとてもマッチしており、帝国の名だたる騎士様だと言われても、信じてしまいそうな程だ。

 

仲間を嵌めるようなファミリアの幹部と聞いて、はじめはどんな屑野郎かと思った。だけど、朝一番で謝罪とお礼に訪ねてきたところを見ても、中々しっかりしてる子じゃない。

 

「何。中層のミノタウロスごとき、大した問題ではない。何より、君の友人が救われたのだから、喜ぶべきことだろう。」

「はい!友人......という感じでもないのが残念ですが。」

「それにしては、昨日の貴殿は土下座する勢いで乗り込んで来たような気がするが。はて、私の気のせいかな?」

「そ、それは忘れて頂けると......。」

 

リヴェリアは目の前の男の子――ハヤト・ハヤマに向かって微笑む。少しだけ顔を赤くしている彼の姿に、私も思わず笑みが零れてしまった。私は生憎、その場には居合わせなかったけど、昨日のこの子の剣幕は本当に凄かったらしい。

 

「まぁ、雑談はここら辺にして......生憎、全員集合とはいかなかったが、それでは聞かせてもらおうかな。帝国の――君達のファミリアの現状を。そして、それがこのオラリオに何をもたらすのかを。」

 

団長の纏う空気が変わり、私とリヴェリアも緊張感に包まれる。

 

さて、目の前の男の子(ヒューマン)は、どんな楽しい話をしてくれるのだろうか。

 

 

 

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上下良し、マフラーよし、お金は......多めに持った。5万ヴァリスもあれば事足りるだろう。

 

カレンダーを見ると、日付は2月15日を指していた。早いものだ。

 

さて、今日も張り切っていくか!......眠いけど。

 

 

 

気合いを入れて部屋から出ると、ハチマン君は既に待機しており、ミアお母さんは外で掃き掃除をしていた。

 

私は、眠そうなハチマン君に出発を促し、一緒に玄関から外へと出る。

 

「それじゃ、ミアお母さん、行ってきます。」

「あぁ。気をつけるんだよ。ボウズも、焦らなくていいからしっかりとこの街を見てきな。そうすれば、何かしら発見があるはずさ。」

「......うす。」

 

頭をわしゃわしゃと撫でられて、ハチマン君はバツの悪そうな顔をする。......息子がいるって話は聞いたことないけど、男の子がいたらミアお母さんはこんな感じなのかね。

 

そんなことを思いながら、今日はどこから回るべきか頭を悩ませる。装備の新調からいくか、もしくは人数の少ないファミリアを片っ端から回るか。

 

「さてと、どうしたもんかなぁ。」

「え、どこ行くか決まってないんですか?」

 

ハチマン君はおろおろしている。ちょいちょい挙動不審だよねえ、君。

 

「あの後すぐ寝ちゃったから考えてなくてさぁ......。うーん、どうしたもんか。」

「俺、オラリオの街には詳しくないですよ?」

「まぁそうだよね。そうだ!そういえば、今の装備は?」

 

よし。装備の新調から始めよう。決して、私が個人的に欲しいものがあるからとか、そういう理由ではない。

 

「ほとんどあいつらに持ってかれましたから、今は身につけてるだけですね。」 

 

ハチマン君の装備を見ると、灰色のロングコートと紫色のサポーター。そして、片手剣か。まぁ、防具の方はレベル相応で問題なさげだけど、やっぱり武器が心許ないなぁ。

 

「なるほどね、まぁ防具はいいとして、その剣は変えた方がいいね。刃こぼれしてるし。」

「まぁ、そうですね。......ミノタウロス、硬すぎだよ。」

 

何やらボソボソ言ってるけど、ミノタウロス相手にその細身の剣じゃ、耐久性の面で無理があるよね。ミノタウロスの肉は硬いからね。

 

「......よし!それならまずは買い出しにいこう!」

「へ?金は持ってないですよ?」

 

知ってるよ。身ぐるみ剥がされたって言ってたし。それを見据えて、今日の私の財布には5万ヴァリスと入ってるから、なんの問題もない。

 

「まぁ、お金は心配しなくてもいいから。とりあえず、行こっか。」

「ちょっと!待ってくださいよ!」

 

抗議の声をあげるハチマン君を無視して、私は歩き始める。

 

ま、昨日助けてあげたんだし、今日一日くらいもらってもバチは当たらないでしょ。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

所変わって、中央広場である。八本のメインストリートが合流する場所であり、白亜の摩天楼"バベル"がそびえ立っている。

 

「さて、行こっか。」

「え、ダンジョンですか?」

 

何を言ってんだこの子は。武器が駄目だって言ったばっかでしょうに。

 

「まさか。言ったじゃん。買い出しって。」

「ダンジョンで?」

「だから違う!人の話を聞け!」

 

思わず突っ込んでしまった。どんだけダンジョン好きなんだよ。

 

「バベルの4階から上は"ヘファイストスファミリア"の支店になってるの。名前くらいは聞いたことあるでしょ?」

 

要領を得ないハチマン君に、丁寧に丁寧に説明してあげる。この子は帝国領から来たらしいけど、さすがにヘファイストスの名前くらいは聞いたことあるよね?

 

「へ、ヘファイストス!?いやいやいや、高級品じゃないですか!」

 

おぉ。想像以上に反応してくれた。ま、慌てふためくのもわかる。ヘファイストスの武具は高級品のイメージが強いしね。

 

「あはは。心配には及ばないよ。」

「心配には及びますよ......場違いすぎでしょ。」

 

ハチマン君、かなりの及び腰である。オラリオで駆け出しの冒険者は、大体こんな反応をするらしいね。

 

「ま、とりあえずお姉さんについてきなさいな。」

「っ!?」

 

ハチマン君の手を取ってバベルの中に入る。周りを見渡すと、まだ午前中なのもあって、いつもよりも閑散としている気がする。人が多いのも疲れるし、有難い。

 

さて、掘り出し物を探しに行きますか!

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

ヘファイストスと聞いてビビっていたが、中に入ってみて納得した。なるほど、名前の売れてない鍛冶師の作品は値段が抑えられてるのね。

 

「こんな庶民的な価格のものもあんのか......」

「庶民的って......ま、適当に見ててよ。私は自分の装備見てくるから。」

 

感動している俺をスルーして、ルノアさんは目を輝かせながら商品の物色を始めた。......部屋中の棚の隅から隅まで。この人、自分が来たかっただけじゃねーよな?

 

折角なので、俺も色々と触ってみる。金がないので買えないが、今後剣を購入する時の参考にはなる。後、装備品ってのは見てるだけでも楽しいもんだ。

 

「おぉ......」

 

直感的に手に取ったのは、刀身が真っ黒な直剣。うん、黒はやっぱり中二心をくすぐられるよね。

 

さて、冗談はさておき、中々どうしてこの件は手に馴染む。名前は"クラウ・ソラス"、鍛冶師の名前はヴェルフ・クロッゾ......知らないな。だが、重さといい、太さといい、悪くない。

 

ちなみにお値段は9,000ヴァリス。身ぐるみ剥がされてなきゃ、即購入しているとこだが......。

 

次に来る時までに残ってるといいなぁ。そんなことを思っていると、ルノアさんが戻ってきた。どうやら、欲しいものが決まったらしい。

 

「あ、決まった?」

「いや、だから無一文なんすよ。」

 

何度言わせるんだよこの人は。難聴系なの?そんな俺の心の叫びとは裏腹に、ルノアさんは俺の手にしていた剣を、ニコニコしながら手に取る。

 

「だから、心配しなくてもいいって。ふむ。重さといい太さといい、デザインも悪くないね。本当にこれでいいの?」

「まぁ、金があったら買ってますけど。」

 

そう。金があったら。今になってあの三人への怒りが湧き上がってくる。殺そうとした上に金とアイテムも略奪するとか、完全に強盗のそれじゃねーか。あの時はテンパってたけど、冷静に考えるととんでもない奴等だ。まぁ、この場にいないあいつらを裁くことができるかと言えば、答えは否だが。

 

名残惜しいが、この剣は棚に戻そう。そう思った。

 

「よっしゃ。ちょっと待ってな。」

「え?」

 

だが、ルノアさんは俺の剣も一緒に持って、カウンターに向かって歩いていく。

 

「おじさーん。この剣と戦闘衣(バトルクロス)とマフラーくださーい!」

「あいよっ!まいどありー!」

 

呆然とする俺をそっちのけで、ルノアさんは会計を済ませた後、ニコニコしながら俺のところに戻ってくる。

 

「はい。」

「いや。いやいやいや、受け取れませんよこんなの!」

 

タダほど怖いものはない。ではなく、この人にここまでしてもらう理由はない。ルノアさんだって、俺などのために金を使う理由など1ミリたりともないはずだ。だが、彼女はこんなことはなんてことはないといった感じで、俺に剣――クラウ・ソラスを手渡す。

 

「いいの!最近は金の使い道がなくてだぶついてんだから。それよりも、折角助けてあげた子が、禄な武器も持ってないがために死んじゃう方が困るよ。」

 

どうやら、本気でプレゼントしてくれるらしい。

 

「......出世払いで。いつか必ず返します。」

 

そう返すのが精一杯だった。ぼっちは親切にされることに慣れていないのだ。いや、ぼっちじゃなくても、プレゼントされ慣れてる奴なんかそうそういないだろうけど。

 

「素直にタダで貰っとけばいいのに。ま、そういうことなら期待せずに待ってるよ。」

 

呆れたようにため息をついているが、それでも彼女の表情は、どことなく機嫌そうに見えた。

 

この剣は大切にしよう。

 

そう思った。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「んー、久しぶりにいい買い物したなぁ!」

 

ひと仕事終えたとばかりに、身体を伸ばすルノアさん、ご機嫌である。

 

無事に買い物を済ませた俺達は、バベルの1階カウンターまで戻ってきていた。ちなみに、俺の腰には新しい剣(クラウ・ソラス)がセットされており、ルノアさんの首には真っ赤なマフラーが巻かれている。いずれも、先程新調したものだ。

 

「さてと、次は......ん?」

「どうしました......っ!?」

 

ルノアさんの目線の先を追うと、こちらを凝視する剣士の姿が目に入った。

 

黄金の鎧に騎士剣を携えた、昨日までは仲間だった男。

 

「ヒキガヤ......?」

 

幽霊でも見たような、そんな驚いた顔をして、ハヤト・ハヤマはこちらに歩みを進めてくる。もしかしたら、行方がわからなくなった俺のことを探してくれていたのかもしれない。もしかしたら、連れ戻しに来てくれたのかもしれない。

 

......ま、有り得ないがな。

 

本気で探すつもりがあったのなら、昨日のうちにギルドに連絡するなり、いくらでも動けた筈だ。だが、未だに捜索願などは出されていないし、何よりこいつの気まずそうな表情を見ていれば、"そうじゃない"であろうことくらいは容易に想像がつく。

 

そして、ここまで考えが至ってしまった俺の喉奥からは、自分でも驚く程に低い声が出た。

 

「......ハヤマ?まだオラリオに居たのか。昨日の夜帰る予定だったんだろ?」

「......色々あってね。君は、一人じゃないみたいだな。無事で良かったよ。」

 

とてもじゃないが、旅先で丸一日以上も連絡がつかなかった仲間と再会したとは、到底思えない対応だ。というか、何が良かったよ。だよ、この野郎。

 

「あぁ、全くだ。ハヤマ、その様子だとある程度は把握してるみたいだな?」

「......ま、そもそも、ヤマト達に指示したのも全て俺だからな。派閥をまとめるのには邪魔だったからな、お前が。だから、恨むなら俺を恨め。」

 

は?

 

絶句してしまった。この返しは流石に予想外だ。こいつ、今何を言ったんだ?

 

突然落としてきた爆弾に思わず目眩を起こしそうになったが、目の前で呻き声が上がり、ハッと我に帰る。

 

そして、目に入ってきたのは、締めあげられるハヤマの姿だった。

 

「大層な態度じゃない。それじゃ、アンタも同じ目に合わせてやろうか?幸運なことに、ダンジョンの入口はすぐそこだし?」

「か......はっ......」

 

ハヤマは苦しそうに顔を歪める。......というか、やばい。野次馬が集まってきてるじゃねーか!周りを見渡すと、何事かというように、人々がこちらを見ている。

 

「......ルノアさん。さすがにそれは......とりあえず手を離してください。」

 

俺の声が耳に入ったのか、ルノアさんは無言でハヤマから手を離し、奴は咳き込みながらその場に座り込む。だが、彼女のその眼光は、目の前の剣士を射抜いたままである。

 

「......ハチマン君は甘いわ。私だったら、八つ裂きにしてる。世の中、謝っても済まないことは山ほどある。しかも、あろうことかコイツは開き直ってんだよ?」

 

......まぁ、その通りだな。というか、ハヤマ、普通に問題発言だぞ......さっきのは。ファミリアの幹部が仲間をダンジョンで暗殺なんて、洒落にならん。

 

「今ならまだ聞かなかったことにしてやる。その代わり、二度と俺の前に現れんな。......お前の顔見てると吐き気がするわ。それと、らしく(・・・)

ねぇんだよ、馬鹿野郎。」 

 

思い切り騎士様(ナイトさま)を睨みつけて、そう言い放つ。こいつが何を考えてるのかは知らんが、こっちは下手をすれば、というか、ルノアさんが来てくれなければ、確実に死んでた。事情があったとしても、簡単に割り切れる話ではない。

 

「......君が何のことを言っているのかはわからないが、君の顔を見ていると吐き気がするのは俺も同じだ。お望み通り、二度と会うことはないさ。」

 

 

 

――さよならだ、ヒキガヤ。

 

そう言って去っていくハヤマの後ろ姿を、俺はこれまでにない程に冷たい目で見送っていたと思う。

 

派閥は違えど、かつて仲間だった男との完全な決別。そして、俺が故郷に戻らないことを決意した瞬間でもあった。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

すっかり太陽も沈み、店内は冒険者達で活気づいている。......俺はというと、何故か飯を食いながら店内の様子を眺めている。

 

ハヤマと一悶着あった後、気を取り直して幾つかのファミリアを回ったのだが、今日のところはいずれも検討する、という段階にとどまったため、こうして店に帰ってきたというわけだ。

 

だがしかし、ここからが問題で......

 

 

――働かざるもの食うべからず!今日からアンタも手伝ってもらうよ!

 

 

いい労働力を確保したと言わんばかりに、俺はミアさんに強制的に店の"用心棒"として駆り出された。俺としては、野宿でもいいと言ったのだが。

 

 

――ウチのお粥は一杯1,000,000ヴァリスなんだよ。今すぐ出てくって言うなら、まずは借金を返しな!

 

 

だ、そうだ。因みに、ルノアさんは俺のことを馬鹿を見るような目で見ながら、ケラケラと笑っていた。それならばと、シルさんとクロエさんに助けを求めたが......

 

 

――ぐすん。ミアお母さんは怖くて誰も逆らえないんです。

 

――母ちゃんが白と言ったら白ニャ!黒と言ったら黒ニャ!つまるところ、おミャーも腹を括るニャ!

 

 

だ、そうだ。何がつまるところなのか全然わかりませんよ馬鹿猫先輩。ちなみに、リューさんには無言で肩をポンポンと叩かれた。可愛そうなものを見る目で。解せぬ。

 

 

――あ、これ、"嵌められたわ"。

 

 

そう気づいた時には既に遅かった。俺は、大変な場所に拾われたのかもしれない。

 

まぁ、そんなこんなで、店の警備(?)をしながら、皿洗いなど簡単な仕事は手伝ったりしている。これが意外と暇つぶしになったりする。

 

ずっと座ってるのは暇で仕方がないし、何より色々なことを悪い方に考えてしまう。しかも、"仲間"同士で盛り上がっている冒険者達を見ていると、嫌でもあいつらのことを思い出してしまう。

 

まぁ、前みたく一人に戻っただけのことだし、一応の食い扶持は確保できたことを考えれば、事態は最悪ではないと言えるが。

 

因みに、一時間ほど前の話だが、ロキファミリアの面々には頭を下げて回った。命を助けてもらったわけだし、それくらいするのが当然だろう。

 

しかしまぁ、こうして冒険者達の話を聞いているのも、色々と勉強になるな。重要な情報は酒場で収集しろ、などとよく言ったものだが、正にその通りだと思う。

 

それにしても、昨日俺の他にもミノタウロスに襲われた奴がいたのか。奇遇だな。死にかけた仲間達として、ぜひ顔を拝んでみたいもんだ。

 

......そんな下らないことを考えていると、先程の皿洗いから30分ほどが経過していた。お、そろそろ皿が溜まってくる頃か。そう思って、立ち上がった、その時だった。

 

俺とほぼ同時に、俺の後ろに座っていた冒険者のガキが勢いよく立ち上がり......とっても勢いよく走り出したのだ。

 

ん?どこいくのん? 

 

「おいおいおい!食い逃げ!?コラ少年!金払え!」

 

ルノアさんが怒鳴りつけるも、白髪のガキは振り返ることなく、店の外へ駆け出して行ってしまった。おいおい、どーすんだ"アレ"。

 

しばし呆然としていた俺だったが、勢いよく背中を叩かれて我に返る。

 

「ハチィ!初仕事だ!あの不届き者をとっ捕まえてきな!」

 

何故か店内の冒険者達から歓声が上がった。主に、中央に陣取ったロキファミリアから。

 

用心棒君がんばれー!なんて呑気な声が聞こえてくる。楽しそうですねアマゾネスの姉さん達。

 

そんな彼女達を横目に、俺はワケのわからないノリに巻き込まれるまいと、急いで店の外へと向かう。

 

既に少年の姿は小さくなっている。見たところ、脚力はかなりいいものを持っているようだ。全くもってめんどくさい。

 

「......さて、仕事すっか。」

 

俺は盛大なため息を吐き出した後、少年の向かう方角へと走り出した。

 

......こうして、用心棒初日の夜は、食い逃げ犯を"夜通し"追いかけることになったのだった。



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1-4.白兎と少年②

深夜のダンジョンに人影が二つ。

 

 

一つは用心棒ハチマン・ヒキガヤ、もう一つは食い逃げの冒険者、ベル・クラネルであった。

 

「ったく......俺としては大迷惑をかけられてるんだが。」

「......すみませんでした。」  

 

ハチマンがベルを追いかけ始めてから、既に数時間が経過していた。あの後、急いでベルの後を追ったハチマンだったが、案の定というか途中で見失ってしまい、彼は暫くの間バベル付近をさ迷う羽目になった。

 

それにしても、まさかと思いダンジョンに潜ってみたら、本当に一人で突っ込んでいるとは......。駆け出しのくせに、いくら何でも無謀すぎる。というのがハチマンの感想だった。それと同時に、ベルの無謀さに腹立ちもした。

 

話をよくよく聞いてみると、昨日ミノタウロスに襲われたもう一人の冒険者というのは、現在進行形でハチマンの目の前に居る、白兎を思わせる白髪が特徴的な少年......ベル・クラネルのことだったらしい。

 

因みに、助けたのは"剣姫"アイズ・ヴァレンタイン。オラリオでも指折りの冒険者であり、ハチマン自身は先程の酒場の中で、初めてその姿を目にしたばかりである。

 

綺麗な女性で、恐らくベルは一目惚れしたのだろう。確かに、あんなに美しい女性に命を救われたら、そうなってしまうのもわからいでもない。

 

そのような経緯により、ベルは剣姫への憧れを募らせていったようだ。だが、そんな折、ロキファミリアの団員である狼男の馬鹿にしたような物言いに、腹が立つやら悔しいやら、情けないやらでパニックになり、半泣き状態で店を飛び出したらしい。

 

挙句の果てには、居てもたってもいられず、とにかく戦って強くならないといけないと思い、ダンジョンに飛び込んだらしい。言っちゃ悪いが、ベルが取った行動は、身の程知らずな危険な行為であり、馬鹿の極みだとハチマンは思う。

 

何事もなかったから良かったようなもので、根拠の無い暴走だ。次も上手くいくとは限らない。

 

そして、このような考えなしの行動を取った少年は、ハチマンがこの世界で一番嫌悪する、"愚か者"でもあった。

 

「本当にすみませんでした......。お金は、今ここで払います。」

 

そう言って頭を下げるベル。だが、ハチマンは冷たい目で目の前の少年を睨みつける。

 

「......おいクソガキ。何か勘違いしてるようだが、別にお前のことを心配して追いかけてきたわけじゃねえ。」

「......」  

 

目の前の男から発せられる"圧"に、思わず、ベルは後ずさる。

 

「金を払えばそれで終わりにしようと思ってたが、気が変わったわ。」

「......っ!?」

 

ベルは思わず後ろへ飛び退いた。

 

突如襲ってきた上段蹴り。そして、次に迫ってくるのは、疾風のような恐るべき早さの拳と、"脚"を使った連続攻撃。

 

ベルは二重三重のステップでかわしてみせるが、突然襲われた動揺もあり、反撃までは至らない。

 

「くっ......」

 

ベルの重心が大きく傾く。先程まで自らが暴れていたせいで、乱れに乱れていた地面に足をとられたのだ。そして、先日はミノタウロス相手に不覚を取ったとはいえ、目の前で子兎が見せた隙を、格上であるLv.2の冒険者が見逃す筈はなかった。

 

黒い影はベルの懐に素早く入り込む。そして、蹴りあげた爪先で、咄嗟に構えられた"短刀"ごと、ハチマンはベルの身体を弾きとばしながら、怒声を飛ばす。

 

冒険者同士の激しい攻防。いや、はたからみれば、一方的な暴力(リンチ)に見えるのは間違いないだろう。

 

腰に携えた剣を、彼は敢えて使わなかった。苛立ちに身を任せて、この剣を人に向けたくないと、無意識のうちに感じたからである。

 

ハチマンが取った手法は、拳と足技、そして、無数のステップによる猛攻(ラッシュ)。今や10年以上前のことだが、紛争地域で苦しんでいた彼が、名前も知らない冒険者から教わった、生きながらえるための技術。

 

「どうした!剣姫ならこれくらい、涼しい顔して流してみせるだろうよ。それに、あの狼野郎だって余裕で凌ぎきる。要するに、お前は雑魚だ!」

「......なっ!?」 

 

対するベルは、持ち前の俊敏を活かしてハチマンの死角に入るが、彼の暴力的な回し蹴りにより、反撃をさせてもらえない。

 

回避、回避、回避――いつの間にか、ベルはそれだけに集中しているようにも見えた。

 

「ちっ!見た目通りのビビりかよお前は......。一発くらい、入れてみろってんだ!」

 

迫り来る拳を、回避。繰り出される蹴りを、回避。

 

勿論ら回避も立派な戦術だ。だが、"才能に恵まれなかった"とはいえ、それなりの修羅場を経験しているハチマンからすれば、自分の動きは"素直"すぎることに、ベル自身は気づいていない。まんまと誘導されていることも。

 

「くっ!?」

 

背中に何かが当たった。固くそびえ立っているダンジョンの"壁"だ。致命的なミスである。

 

普段は温厚で、比較的冷静な判断が出来るベルだったが、格上の相手からの猛攻への対処でいっぱいいっぱいだったうえ、剣姫と狼男を引き合いに出されて"煽られた"ことにより、多少なりとも頭に血が昇っていたのだろう。

 

「ふざ、......けろっ!」

 

追い詰められたベルが選んだのは、力勝負の正面衝突。ナイフを握りしめて、目を真っ赤にしながら特攻を仕掛けてきた子兎に、ハチマンは思わずため息をついた。

 

回避だけに専念出来ていれば、まだ良かった。大ダメージ覚悟で防御に転じても、まだ良かった。だが、中途半端に反撃に転じたことで、力比べの格好になってしまった。

 

やけっぱちによる格上の敵との純粋な力比べなど、ただただ無謀なだけである。  

 

案の定、ハチマンの拳はベルの懐に、"まとも"に入り。そのまま、先程までベル自身が背中合わせだった"壁"に打ち付けられる。

 

「剣姫も無駄なことをしたもんだ。こんな身の程知らずなバカタレを助けたって、結局結果は同じだろうに。」

「......何が、言いたいんですか。」

 

「お前みたいな阿呆はそのうち呆気なく死んじまうって言ってんだ。そうなれば、剣姫のやったことも全部"無駄"だ。......残念だったな。お前、向いてない(・・・・・)わ。」

 

 

壁に背中を預けて崩れ落ちているベルに背を向け、ハチマンは出口に向かって歩みを進める。

 

ハチマンは苛立っていた。身の程知らずな"夢"を持つ彼に対して。

 

戦いに向いていない奴が、弱い奴が、身の程知らずな行動を取ることに。

 

いずれ、壁にぶち当たり、死ぬほど辛い思いをすることになるだろう。冗談抜きで死んでしまうかもしれない。そして、いずれ出来るであろう仲間を危険にさらすかもしれない。

 

その時になって、初めて後悔するのだ。

 

自分の愚かさ、無力さ、そして、取り返しのつかない現実を目の当たりにして、死ぬほど自分のことを嫌悪するハメになるのだ。

 

そんなことになるなら、取り返しのつかない事が起こる前に、折れてしまった方がいい。

 

ここで諦めてしまった方が、ベル自身にとっても、ベルを助けたという剣姫にとっても、幸せだ。

 

 

「......だ。」

「おいおい......いい加減、あきらめ......」

 

背後にベルの気配を感じ、ハチマンは拳を握りしめる。

 

また突っ込んで来るとは、本当に何も学習していない。つくづく、こいつは向いていない。そう思った。

 

次の瞬間、ハチマンは目を見開いた。目の前の少年の予想外の行動に、出会ってから初めて見せた、"本気"の闘志に。

 

「アンタ......みたいな奴に、負けるかっっっっ!」

 

考えて行ったわけではないだろう。ベルが咄嗟に選んだのは、右手一本での"防御"。同時に、豪快な足払いでハチマンの体勢を崩す。

 

僅かながらに生まれた隙。そこに、手負いの子兎は、死にものぐるいで噛み付いた。

 

ベルは苦痛に顔を歪めながらも、素早く左手に持ち替えられた安っぽいナイフは、ハチマンの身体を一閃した。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「その......」

 

今しがた目覚めた子兎は、心底申し訳なさそうな表情を浮かべている。その姿を目の当たりにして、根本的には根がいい奴なんだろうなと、ハチマンは思った。

 

ハチマンに一撃を見舞った後、盛大に拳骨を喰らったベルは、呆気なく撃沈した。ハチマンとしては気絶させるつもりはなかったのだが、予想外の強烈な一撃を受けて、思わず全力で殴ってしまったのだ。

 

「ハチマン・ヒキガヤだ。今更だが、ミアさんから言われてお前を追いかけてきた。食い逃げはまずいだろ。抹殺されるぞ、主にミアさんに。」

 

殺されるというよりは、潰されると言った方が適切だろうか。とりあえず、一刻も早く金を払って謝れというのが率直な気持ちである。

 

ちなみに、取り逃がしたなんてことになったらハチマン自身が殺されそうなので、ベルのことは何としても連行するつもりでいた。とはいえ、時刻は既に丑三つ時なので、謝りにいくのは夜が明けてからになってしまうのだが。

 

「......ベル・クラネルです。先程はすみませんでした......そして、ご迷惑をおかけてしてすみませんでした......。つい、カッとなってしまって......」

「喧嘩を売ったのは俺だから別に構わん。ただ、カッとなってと支払いは忘れるんじゃねーよ......。マジで二度としないでくれ、俺が困る。」

 

ハチマンは呆れたように苦笑いを浮かべる。既に、先程の苛立ちはどこかに消えていた。

 

「......何も、言い返せませんでした。僕には、その権利もないから......。」

 

ベルが言っているのは、狼男のことであるのは明白だった。数時間前の記憶を辿れば、直接罵倒したわけではないとはいえ、中々豪快にベルのことをこけ下ろしていた。まぁ、悔しくなるのもわかる。ただ、あいつが言っていたことは事実だが。

 

「まぁ、そうだな。......センスはないとは言わんし、敏捷は大したもんだが、それでもお前は冒険者としては駆け出しだ。そんでもって、臆病だ。戦い方の節々にそれがでてる。」

 

ハチマンとしては、最後の一撃には驚かされた。まさかベルが、あのように攻撃的な動きも出来るとは思っていなかったからだ。そして、防御もそうである。終始、"痛み"に怯えるような様子を見せていたベルが、まさか"左手一本"で自分の拳を受け止めるとは思わなかった。

 

「......」

「ま、今の気持ちを大切にするこった。」

「え?」

 

ベルは、ハッとしたように顔を上げる。

 

「剣姫に憧れる気持ち。馬鹿にされて悔しい気持ち。モンスターを恐れる気持ち、痛みを恐れる気持ち。きっと全部、人間として大事なもんだ。」

「でも......」

 

ひとつひとつを言葉に出しながら、ハチマンは天井を見上げる。

 

そして、先程の苛立ちは、かつての自分への怒りと、目の前の少年への嫉妬から来るところが多分にあったのだと、内心反省する。

 

「まぁ、これは俺の知り合いの知り合いの話がなんだがな......」

「......」

 

ベルは言葉を発することなく、ハチマンの話に耳を傾ける。

 

 

紛争地域に生まれた少年の話だ。場所が場所なだけあって、周りの環境は悪かったが、両親と可愛い妹に囲まれてそれなりに幸せな毎日を過ごしていたらしい。だが、その日常はある日、一変するんだ。

 

両親が失踪したんだよ。人伝に聞いた話じゃ、戦闘中に重症を負って、二人共倒れたらしい。この話だけじゃ、死んだとは断定できないが、今になっても姿を見せないあたり、まぁほぼ間違いなく死んでるわな。

 

さて、残されたのは少年と妹だ。

 

少年は日銭を稼ぐため、死にものぐるいで戦いの中に身を置いた。何度も何度も死にかけた。それでも、奴はなかなか強くなれなかった。ま、戦闘の才能が絶望的になかったんだな。

 

ただ、悪知恵だけは働いた。相手を嵌めて、心理戦に持ち込んで、ブラフを最大限に使い、最弱の手札しかなくても、それを最強に見せるような、そんな戦い方を身につけた。

 

戦いに明け暮れる日々。そんなある日、はじめて俺に"仲間"ってやつができた。

 

だけど、それも長くは保たなかった。

 

その後、何かの縁で新しい仲間が出来たが、そいつらには裏切られ、殺されかけて、それでも悪運が強い少年は一命を取り留めて、よくもわからない迷宮都市に取り残された。

 

そりゃあショックだったさ。

 

でも、それ以上に、ミノタウロスに殺されかけた時にさほど恐怖を感じなかった自分自身が、仲間だった奴らに殺されかけても、すぐに気持ちを切り替えることが出来てしまった自分自身が。何より、そんな風になってしまった他ならぬ自分の姿に、そいつは一番堪えた......らしい。  

 

 

「......血を流しても特に恐怖を感じることもなく、仲間に殺されかけてもすぐに立ち直る。そんな奴、人間として欠陥品だと思うだろ?」

 

ベルは悲しそうな表情で俯く。

 

「ベル。お前はそいつみたいにはなんな。痛みとか恐怖、悲しみを感じなくなったら、そんなのはもう人間じゃねえ。化け物と一緒だ。」

 

ハチマンは、心の中で神様に問いかける。

 

なんで、欠陥品と完成品を区別したのかと。これも、お前らの暇つぶしなのかと。

 

「......そんなことはありません。」

 

ハチマンは警告したつもりだった。自分みたいな人間になる、なってしまう可能性と十分あると。そして、自分を反面教師にしてくれればいい、そんな事も思った。

 

そんなことを考えていたハチマンにとって、ベルの反応はあまりにも予想外だった。

 

「だって、貴方の手はこんなに暖かいじゃないですか。」

「え......?」

 

ハチマンの手を握り、何かを訴えかけるような、そんな鋭い目線を、ベルは目の前の男に向けていた。

 

「貴方が話しているのが誰のことなのかは知らない。でも、見ず知らずの僕にお節介を焼いてくれる優しい人のことを、僕は化け物だなんて思わない!」

「お前な、さっきの話聞いてたか?俺は......」

「ハチマンさんはいい人です!化け物でもありません!自分を乏しめるのは、やめてください!」

 

恐らく、ベルは本気で言っているのだろう。

 

本当に、人は見かけじゃわからない。ハチマンは、そう思うと同時に、少しだけ心が満たされたような、そんな錯覚じみた感覚を覚えた。

 

大人しそうに見えてその実、中身はかなりの激情家。

 

それが、ベル・クラネルという少年だということに、ハチマンは気付かされたのだった。

 

「お前......」

「す、すみません!生意気言ってしまって!」

 

先程の剣幕とは一転して、ベルは平謝りを始める。全く、忙しい少年である。

 

そんなベルの姿を眺めながら、ハチマンは思わず頬が緩んでいた。

 

「......その通りだ天然タラシが。そんな偉そうなことを言うのは、十年はええよ。」

「て、天然タラシ!?」

 

不名誉な呼び名に、激しくベルが抗議をする。

 

贅沢を言うなら、ベルのように、融通の効かない馬鹿に、眩しいほど真っ直ぐな馬鹿に、もっと早く出逢えていれば、自分の人生も少しは違ったものになっていたかもしれないと、ハチマンは思った。まぁ、今更そんなことを言っても詮無きことではあるのだが。   

 

ただ、それでも、この出会いが"彼"の中の何かを変えたことは、紛れもない真実だった。

 

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

 

「行かないのか?」

「......うん。なんか、大丈夫そうだし帰ろっか。」

 

 

私......リュー・リオンとその同僚であるルノア・ファウストは、物陰で息を潜めていた。

 

時間が経っても一向に帰ってこないハチマンを心配して、様子を見に来たのだ。自分達が到着する前に何やら一悶着あったようだが、取り敢えずは丸く収まった様子を見て、私は胸を撫で下ろした。

 

それはそうと、先程の話は間違いなくハチマン自身のことだろう。

 

私は相手の"目"を見れば、その目の持ち主がどんな人生を送ってきたか位は想像がつく。悪人も善人も、哀れな人達も、色んな人々を見てきた自分だからこそ、わかることだろうが。

 

「全く......何を落ち込んでいるんだ。」

 

ルノアは見るからに表情が暗い。他人に......特に異性には余り干渉しない彼女が、ハチマンには珍しく世話を焼いていたから、あんな話を聞かされてショックなのもあるだろう。

 

勿論、私自身も思うところはある。先程のベルへの対応を見ても、捻くれてはいても、その先には相手のことを想いやる暖かさが感じられる。なぜ二人がボロボロなのかは、この際詮索はしないでおく。 

 

......何より、彼はまだ若い。そんな子が、苦難の人生を歩んでいるのだ。何も思わないなどということはない。かつての私ならいざ知らず、今の私はそこまで感情を枯れさせてはいない。

 

「落ち込んでない。さ、見つかる前に行くよ。」

 

ルノアは立ち上がり、二人に見つからないように出口に向かう。

 

後ろを向いているから見えないが、恐らく冴えない表情を浮かべているのだろう。

 

もの哀しげな同僚と哀れな少年の姿を見ながら、言葉で表現するのが難しい、モヤモヤした気持ちを、心の中に感じたのだった。



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1-5.慈愛の女神・憂いの黒拳

負けるわけにはいかなかった。

あいつに背負わせるわけにはいかなかった。

だから、退場させた。自分が認めたライバルを――汚い手を使って。



あの日、俺とあいつが決別した日。

それが、長きに渡る"俺"の戦いの始まりだった。


16層の最奥にて、大きく反響する轟音。

 

ルノアが宙を舞い、その拳でミノタウロスを吹き飛ばしたところで、昼過ぎから続いていた二人の訓練は、終わりを迎えた。

 

ハチマンはというと、少し前に最後の一匹を切り倒し、今は物陰で休憩中である。それにしても、クラウ・ソラス、随分と彼の手に馴染んできたようだ。

 

数時間前から、ハチマンとルノアは17層にて戦闘訓練を行っていた。

 

 

二人が出会ってから丁度1週間と少しが経った日のことである。提案したのはルノアで、昨日の夜に"明日は身体空けといて。昼過ぎからでいいから"そうハチマンに伝えて置いたのだ。

 

ハチマンとしては、まさかダンジョンに潜るとは思わなかったが、ルノア曰く、久しぶりに思い切り身体を動かしたかったのだそうだ。

 

因みにハチマンは、昨日もベルに誘われてダンジョンに潜っている。"あの"食い逃げ事件以降、何故か自分のに懐いているベルに困惑しつつも、戦い方を教えて欲しいというベルの頼みを断りきれず、時間がある時は付き合ってあげていた。

 

ただ、レベル差はどうしてもあり、ベルと一緒の時は上層での探索限定になるから、ハチマンとしては全く消耗しないのだが。

 

「ふう。やっぱり定期的に動かなきゃダメだね。少し、鈍ってる気がするよ。」

「いやいや、これで鈍ってるってどんだけなんですか......」

 

複数のミノタウロスを相手に暴れ回ることが出来る"純粋"な強さ。攻撃を掠らせもしない"俊敏"さ。そして、硬いと言われるミノタウロスの肉を破壊する"強力な拳"。

 

いずれも今のハチマンには持ち合わせていないもので、これ以上となると、彼は恐れすら感じてしまう。まぁ、今でも充分に恐怖を感じているのだが。

 

いや、恐怖というよりは憧れと言った方が正しいだろうか。命を救われたその日から、ハチマンはルノアに憧れている。今はまだ、強さという一点においてだが。

 

「ま、昔はもっと凄かったってことよ。尊敬するでしょ?」

「尊敬というか普通に怖いです。」

 

ルノアはケラケラと笑いながら答える。たまにしか見せない笑顔。ど身体を思い切り動かすことができて、彼女は上機嫌だった。

 

「さてと、結構暴れられたし、そろそろ目的地に向かおうか。」

 

上り階段の方に視線を移しながら、ルノアはそう言う。

 

そう、今日のメインイベントは、何もミノタウロスを相手に暴れ回ることではない。ハチマンとルノアさんはこの後、"ある場所"を訪れることになっている。まぁ、9割方ハチマンのためだから、彼は一応、というか、かなり感謝はしている。

 

 

豊穣の女神、デメテルを主神とする、デメテルファミリア。そこが、ハチマンとルノアの目的地である。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

オラリオ北部に位置している、デメテルファミリアのホーム"麦の館"に到着したのは、夕方になってからだった。現在、俺とルノアさんはその一室にて、女神デメテルを待っている。今日の彼女は用事があってオラリオに出かけているらしく、生憎というか、入れ違いだったというわけだ。

 

「レベル、あがってるといいね。」

 

のんびりとベッドに腰掛けたルノアさんが、俺に声をかける。

 

「言っても期待はしてませんが。というか、寛ぎすぎでしょ......」

「そこは期待しろよ。......まぁ、私のもう一つのホームみたいなものだからねぇ。」

 

女神デメテルとルノアさんはそれなりに付き合いが長いらしく、聞くところによれば、気のおけない間柄らしい。というか、この人にもそんな相手がいたのな。

 

豊饒の女主人の人達以外に繋がりがあるとは思わなかったので、正直意外である。

 

そんなことを思っていると、不意にドアがノックされ、俺とルノアさんはそちらに目線を移す。ほどなくして、美しい女性が顔を出した。

 

「ルノア!?貴女から来るなんて珍しい......あら、あらあらあら!」

 

女性は、ルノアさんを見て驚いた表情を浮かべた後、俺の方に視線を送りながら、目を輝かせる。

 

「あぁ。女神よ感謝します。この子にもようやく運命の出逢いが......それで、式はいつ挙げるの?」

 

なかなか愉快な女神様のようである。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「なるほど。それじゃ君はルノアの婚約者じゃないのね。」

「......違います。」

「デメテル様......流石にハチマン君に失礼だよ。」

 

ルノアは女神デメテルに呆れた表情を向ける。ただ、その雰囲気はどこか柔らかで、いつもの彼女とは少し違う気がする。そして、失礼なのは自分にではなく、ルノアに対してだと、ハチマンは思った。

 

ルノアはハチマンについて簡単な紹介をした後、恩恵を授けて欲しい旨を説明する。当然、彼自身も頭を下げた。

 

だが、デメテルは眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。

 

「事情はわかったわ。でも、君の主神はアシュタルテよね?」

「あぁ、それなら問題ないとは思います。恩恵......消えてたんですよね。」

 

ハチマンはアッサリと答える。いつの間にか、恩恵は綺麗さっぱり消え去っていたことに、彼が気づいたのは昨日のことだった。

 

「え?そんなことあるわけ......」

「当の俺が言うんだから間違いないですよ。なんなら、確認してみます?」

「お願いします。私は外に出てるから。」

 

ルノアは立ち上がり、部屋を出ていく。単純に興味がないのだろうが、ハチマンは正直助かると思った。

 

「......本当だ。綺麗さっぱり消えてるわね。一度預けた恩恵をそんなに簡単に取り消すなんて......」

「ま、見限られたってことでしょうね。あの人からは嫌われてましたし、こうなるのも当然っちゃ当然かもしれません。」

 

デメテルは信じられないといったように驚愕の表情を浮かべている。だが、ハチマンとしては、実際、嫌われていたから仕方ないと思う。初めはそうでもなかったが、徐々に当たりが強くなり、ユキノやユイと行動を共にするようになった辺りから、自分への当たりは格段に強くなったと思う。まぁ、たまたまなのだろうが。

 

「わかりました。それなら、私が君に恩恵を与えましょう。」

「え?いやいや、そんな簡単に決めるのは......」

 

デメテルは首を二回縦に振り、ハチマン自らの指先を針に触れる。

 

「いいのよ。ルノアの紹介だから無下にはできないし。それに、神様の当てもないんでしょう?」

「......そうですけど。」

「そう。それなら問題ないわね?」

「はい......」

 

優しさに満ちた彼女の表情に、ハチマンはそれ以上反論出来なかった。

 

女神デメテルは慈愛に満ちている。それは、ルノアはよくよく知っているが、ハチマンは生憎、そんな神に出逢ったことがなかった。だからこそ、耐性がなかったというか、言われるがままにしてしまったのだが。

 

椅子に座って晒しているハチマンの背にデメテルは針を刺した指先――神血を落とした。瞬く間に神聖文字(ヒエログリフ)の羅列が浮かび上がり、新たな刻印が施されていく。

 

 

 

ハチマン・ヒキガヤ

 

Lv.2→Lv.3

(Lv.2最終ステイタス)

 

力:A888

耐久:D559

器用:SS1098

敏捷:SSS1301

魔力:D561

耐異常:I

 

«魔法»

 

贖罪の護り(ぺネス・ウォール)

劫炎(カルマ・フレイヤ)

 

«スキル»

 

憎想夢幻(ぞうそうむげん)

・早熟する。

・"人"を憎めば憎むほど、疑えば疑うほどステータス向上。

 

【真実の愛】

・???

・憎想夢幻が効力を保っているうちは無効。

・特定の条件を満たせば解放。

 

 

 

「......」

 

 

 

自分のステイタスを確認して、ハチマンは溜息を吐く。レベルアップは喜ばしいしことだし、新たな魔法も増えているが、未だに余計なスキルは消えていない。恩恵が消えたから、もしかしたら、と思ったのだが、抜か喜びだったようだ。

 

「レベル、上がってますね。」

「そう......なのね。」

 

ハチマンは淡々とレベルアップしている旨を告げる。だが、その表情に感情は感じられず、デメテルの表情も冴えない。

 

早速、デメテルがステイタス更新を行ったところ、見慣れないスキルが二つ並んでいた。だが、一つは内容が全くわからなかった。通常は条件が整い次第、スキルというのは顕現するものなのだが、彼のスキルは順序が逆なのである。ただ、もう何年も前からステイタスに記載されているとのことなので、ハチマン自身は使用を諦めているとのことだった。

 

そして、もう一つは、陰惨(いんさん)だと言わざるを得ない。このスキルが生きている限りは、きっと彼は幸せにはなれない。まるで、スキルが人の生き方を縛っているようだ。神々の遊びというには、趣味が悪すぎる。

 

「本来、レベルアップして喜ぶところだと思うけど、ごめんなさい......」

 

デメテルは申し訳なさそうに、謝罪の言葉を述べる。彼女の表情は相変わらず曇っていた。

 

「謝らないでください。デメテル様のせいではないので。」

「悪趣味なスキルと言わざるを得ないわね......」

「本当に。まぁ、俺にピッタリかもしれませんが。」

 

窓の外を眺めながら、独白を落とす。

 

「友人、同僚、ファミリア、全部自分には縁がありせんでした。」

 

帝国の属国化に伴う戦争に際し、両親を失った彼は物心ついて直ぐに路上生活子となり、何者の庇護もなしに生きなければならなかった。窃盗、喧嘩、路上生活子同士の縄張り争い。日々の生活は生傷が絶えることはなかった。

 

幼いながらに友人が出来たと思えば、紛争の中で命を落としていった。自分達の命を奪うのは、いつもハチマンよりも年上の大人達だった、

 

神の恩恵(ファルナ)が授けられる 【ファミリア】の存在を知って飛びついたのは、当時のハチマンからすれば当然のことだった。その時はまだ一緒に暮らしていた妹を守るためにも、力を得ることはそれだけ重要なことだったのだから。

 

だが、初めて入ったファミリアは、同僚達は、人身売買をして日銭を稼ぐようなクズどもだった。

 

そこで、彼は人間(ヒューマン)という生き物の残酷さと醜さ、そして、欲深さを知った。

 

色んなファミリアを転々とした後、偶然入ったファミリアは思いの外居心地もよく、信用できるかもしれないと思った人達に出会えた。だが、居続けられると思った矢先、仲間だった奴らに裏切られて、挙句の果てには殺されかけた。

 

そこで、彼は人間(ヒューマン)という生き物は、やはり信用ならないということを再認識した。

 

痛みは感じなかった。自分の人生なんてなんてそんなものだと思っているから。だけど、恨みはするし、憎みもする。

 

ハチマンは自らの"歴史"を語っていく。

 

こんな人生を送ってきた自分だから、こんなスキルが顕現してしまったのだろう、とも付け加えた。

 

「だから、このスキルも俺にはお似合いって......デメテル様!?」

 

デメテルは、ハチマンのことを包み込んだ。聖母のように、我が子を慈しむ心優しき母親の様に。

 

「大丈夫よ......。貴方はまだやり直せる。きっとやり直せる。だから、そんな顔をしないで?」

 

本当に優しい人なのだろうと、ハチマンは思った。こんな神人(ひと)の眷属になるのが申し訳ない、とも。

 

「......ステータスが上がってレベルか上がる度に、自分のことをどんどん嫌いになっていくんですよ。だけど、強くならなきゃ生き残れない。」

 

ポンポンと二回ほど、彼は、頭に柔らかな感触を感じた。

 

ルノアといい、ベルといい、デメテルといい、自分の存在を否定することはない。当たり前のように接してくれる。もっと早く、自分がここまで捻くれてしまう前に、こんな人達に出逢いたかった。彼は心からそう思った。

 

そして、いくら良くしてもらえど、疑心暗鬼に陥っている自分が嫌いだと、ハチマンは改めて思った。

 

強くなればなるほどに、周りのことを信じられなくなっていく地獄。どれほど取り繕っていても、自分の負の感情はステイタスとして明確に現れてしまう。

 

それこそ、彼が、本物の関係......本物の仲間でも見つけない限り、この地獄は続くのだろう。

 

これが、ハチマンが眷属となった女神が与えた"恩恵"。

 

彼のステイタスが上がる度に、気持ち良さそうに笑っていた"女神"が与えた、逃れられない"鎖"だった。

 

「......うちには、たまに手伝いに来てくれるだけで構わないから。そういう子も何人かいるから問題ないわ。その代わり、何か困ったことがあれば助けてくれればいいわ。」

 

その提案はデメテルなりの心遣い。まぁ、ルノアにしても、ホームにはほとんど顔を出さないから、それこそ数ヶ月間訪れなくても問題でもはないのだが。

 

「そういうことなら......」

 

自らの腕の中で頷いたハチマンを見て、デメテルは満足したように笑顔になる。

 

「あぁ、あとは言わなくてもわかると思うけど、ルノアのこと、宜しくね。」

 

先程、息子になったばかりの、目の前の男の子。そして、本当の娘のように気にかけてきた少女。デメテルにとっては、等しく大切なのである。

 

「むしろ宜しくされるのは俺の方だと思うんですが......」

「そんなに歳も違わないんだから、大丈夫でしょ。」

 

なんとなくルノアと雰囲気が似ている少年。同じような経験をしなければ、決して気持ちはわからない。理解しようとするのと、感じることがでるのは別なのだ。デメテル自身、そのことについて何度も何度も心を痛めてきた。彼女には、どん底を見た子供達の気持ちは、本当の意味でわからない。

 

それに、久しぶりに会ったルノアの雰囲気は、すこしだけ柔らかくなっていた気がした。恐らく、付き合いが長く、彼女のことを気にかけているデメテルだからこそ気づいたことなのだろう。そして、ハチマンについては、ルノアのことを良くも悪くも色眼鏡で見ていないのがわかった。

 

そんな姿を見て、思わず、デメテルは色々なことを期待してしまった。

 

願わくば、二人が、互いに傷を癒し合えるようになって欲しい。彼女は心から、そう思った。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

同日夜、帝国領 海都ウェンジー

 

 

 

「トベ......覚悟は変わらないんだな?」

 

港に佇む影が二つ。そのうちの一人、ハヤト・ハヤマは嬉しさ半分、不安と寂しさ半分といった心境だった。親友が自分の真意に気づいてくれた。だが、そのせいで、自分の前から去ろうとしている。

 

「あぁ。今までさんきゅな、ハヤト君。それから、ごめん。自分勝手なことばっかして。」

「......いや、謝るのは俺の方だ。」

 

トベに非はない。ハヤトと本気でそう思っていた。まぁ、ヒナに対して暴走気味だったことには、正直頭を悩ませたものだが、それを差し引いても、色々と自分を助けてくれた。

 

「色々びっくりしたけどさ、ハヤト君なりに、何とかしてくれようとしたんでしょ?そんで、ヒキガヤ君も。俺もあれから、馬鹿なりに色々考えたんよ。」

 

ハチマンを"退場"させたことまでは、ハヤトの計算通りだった。まぁ、自分の預かり知らぬところで、ヤマト達が彼をダンジョンに置き去りにしたことについては、正直かなり焦ったのだが。ただ、肝心のハチマンについては、ロキファミリアに助けを求めることで、大事には至らなかったから、軌道修正は出来たと言える。

 

あの旅行でハチマンを"退場"させることはハヤトの計画の内だった。そして、イレギュラーはあったものの、自分が指示したということで話は纏めたし、現在進行形で、ハチマンは存命だ。自分たちのファミリアから遠ざけることに成功し、彼も生きている。充分すぎる結果だと、ハヤトは思っている。

 

「トベ......」

 

正直、告白云々については、自分が止めても良かった。ただ、ヒキガヤを追い込めば"何かしらの自己犠牲"でユキノやユイの反感を買うことは予想できていた。だから、敢えて放置した。ユキノとユイから引き離し、彼をオラリオに置き去りにするチャンスを見つけるために。

 

「それにしても、ハヤト君も考えたもんだよな。ヒキガヤ君を死んだことにして、オラリオに置き去りにするなんて。」 

「それしかやりようがなかったんだ......。」

 

アシュタルテは危険な主神だ。自分たちのことを"目的達成"の駒としか見ていないのは明らかであり、尚悪いことに、帝国を司る神達の中でも発言力は随一だ。そして、彼女の目的は、オラリオに住まう神々への復讐......。

 

ハヤトがアシュタルテから取引を持ちかけられたのは、昨年末のことだ。

 

ユキノとの将来を約束する代わりに、やがてやって来るオラリオへの侵攻の準備を手伝うこと。それが、彼が主神から提示された取引......もとい命令だった。

 

そして、ハチマンをダンジョンに置き去りにしたことをトベが聞きつけ、ハヤトに食ってかかったのは数日前の出来事。そこで、オラリオに戻ると言って聞かなかったトベにだけは、真実を打ち明けたのだ。

 

アシュタルテの企みの裏をかいて、彼女を天界に追放しようとしていること。

 

ハチマンは生きていること。

 

ハチマンが近くにいれば、間違いなくアシュタルテに利用されること。

 

だから、ハチマンを引き離したこと。

 

ユキノとユイ、その他近しい仲間達についても、頃合を見計らって、ファミリアから遠ざける算段であること。

 

「それは、わかってるよ。ロキファミリアに拾ってもらうことは出来なかったけど、代わりにめちゃくちゃ強いお姉さんに拾われたんでしょ?」

「あぁ。黒拳......かつてオラリオを震撼させた元賞金稼ぎだ。」

 

うおお、と、トベは身体を竦める。ハヤト自身も、彼女と相対した時は正直、恐ろしくて仕方がなかった。摩天楼(バベル)での一件では、本気で殺されるかと思った程である。

 

「そこだけ聞くと恐ろしいわ......。でも、そのままにしてきたってことは、信用してるんよね?」

「あぁ。これでも彼女のことはしっかり調べたつもりだ。今の彼女は信用に足ると思う。それに、かつての"あの"ミア・グランドの酒場だ。いい隠れ蓑になるだろ?」

 

ハチマンが、黒拳......ルノア・ファウストに拾われたのは僥倖だった。今の彼女はフレイアファミリアのかつての主力"ミア・グランド"が営む酒場、豊饒の女主人の店員であり、周りの同僚達も達人揃いと聞いている。特に、"黒猫"と"疾風"、そして"戦車の片割れ(ヴァナ・アルフィ)の強さは折り紙つきだ。

 

「確かに。そうそう手は出せないよねぇ。ま、帝国から外に出した時点で一応は安全なんだろうけど。」

 

トベがうんうんと頷いたところで、出航のアナウンスが流れる。間もなくこの船は帝国を離れて、自らの海路に向かうようだ。

 

「まぁね。......寂しいけど、これでお別れか。」

 

トベはハチマンの力になりつつ、こちらがどうしようもなくなった時は、必ず二人で戻って来てくれるとまで言ってくれた。あんな別れ方をしてしまったが、彼のことは心配だし、何より、自分が失敗したら、アシュタルテはオラリオへの侵攻を始める。それこそ、帝国の他の主神を巻き込んで。

 

大きな金が動くオラリオは、他の主神にとっても大いに魅力的なのだ。そして、帝国領には"欲の強い"神が多い。何より、思慮が浅い愚かな神達が立場を固めている。その神たちをあの女神が唆すなど、容易なことだ。

 

だからこそ、アシュタルテを止めなければならない。オラリオから追放された恨みを心に灯しながら、自分達、人間の負の感情を目の当たりにすることに喜びを覚える、あの狂気じみた女神を。

 

「また会えるよきっと。それじゃハヤト君、くれぐれも気をつけてくれよな?」

 

トベとハヤトは力強く抱擁を交わす。

 

ハチマンとハヤトは今でさえ対立派閥となってしまったが、数年前までははトベと合わせて"若き帝国の三銃士"などと言われて、将来を渇望されていた彼らである。そして、ハヤトはそんな二人に対して、思い入れは人一倍あった。

 

「あぁ。トベもな。たしか、西から迂回してオラリオに向かうんだよな?」

「うん。アルテアで妹ちゃんを拾ってから、ヒキガヤ君に会いにいくよ。少し時間はかかるけど、その方がヒキガヤ君も喜ぶっしょ。」

 

トベは魔法国アルテアにて、ハチマンの妹であるコマチ・ヒキガヤと合流してから、オラリオに向かう予定である。紛争が激しかった頃に、安全な場所に隔離するという意味で、ハチマンは親戚のいるアルテアにコマチを送ったらしい。

 

自分達とハチマンが知り合った後、ハチマンに会いに帝国に訪れた際、トベもコマチとは一度だけ会ったことがあるから、顔を見ればすぐにわかるだろう。

 

「シスコンだからな、あいつは。」

「んだ。間違いねぇ。」

 

ハヤトとトベは笑い合う。ハチマンのシスコンぶりは、ファミリアの中では有名な話である。

 

「それじゃ、今度こそバイバイだな。」

「うん。ヒナのこと、宜しく頼んだよ。」

 

抱擁を解き、トベは巡航船へと歩みを進める。

 

「任せろ。俺の命に変えてもみんなのことは守ってみせる!」

 

昔と何ら変わることのない、ハヤトの騎士(ナイト)のようなセリフに対して、トベは言いようのない満足度を抱いたのだった。



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第二章.愚者への処方箋
2-1.赤髪少女と少年


皆様、いつもありがとうございます。感想、ご意見、ブクマなど、本当に嬉しいですし、励みになります。もちろん、今後の展開を考える上で、ここぞとばかりに参考にもさせて頂いております*

さてさて、実は前回までが序章~第一章でした。
色々描きましたが、ハヤマ達の裏切り。ハチマンとルノアの出会い、デメテルファミリアへの加入までが主な出来事ですね。

今回から新章開始です。

時系列などは出来る限り整合性を持たせていきますが、いかんせん、オリジナル展開MAXで行きます。苦手な方はごめんなさい。

それでは、本編一発目。余談ですが、明日の君さえいればいい。という曲を聴きながら筆を進めました。自分の中での第一章におけるテーマソングですね。

あらすじにもあった通り、さがみんが物語に食いこんできます。描いてて、ヒロイン力高くね?なんて思ってしまったのも余談です。

それでは、ようやく第二章開始です。

これからもどうか宜しくお願い致します。

ねこ


「お前、サガミ......か?」

不定期に行っているダンジョン探索(ベルの教育)を終えた後、"豊饒の女主人"にて、ベルと一緒に食事を取っていたハチマンの目に入ってきたのは、見覚えのある赤髪の少女、ミナミ・サガミだった。

 

少しの間でいいからと、自ら期限を設定し、二人のパーティに入れて欲しいと嘆願するミナミ。

 

なし崩し的に結成されたものの、意外にも息の合った連携を見せる、束の間の仲間(パーティ)

 

ベルの成長とミナミの潜在能力に、内心舌を巻くハチマン。全てが順調に見えた。だが、ミナミが定めた期限は、彼女にとっても、ハチマン達にとっても重大な意味を持っていて――?

 

 

 

「デメテル様、俺は......」

「何も言ってくれなくてもいい。でも、私は端から、契約を結んだその時から、ハチマンのことを信じている。信じ切っている。当たり前だけど、それが"親の務め"でしょ?」

 

 

これは、傷だらけの少年と、神を呪った少女の軌跡。そして、彼らを見守る母が"共"に記す、

 

――"家族の物語(ファミリア・ミイス)"。

 

 

 

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第二章.愚者への処方箋

 

プロローグ.調整者(バランサー)

 

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前衛から回復役まで、幅広く対応することができる戦闘員。その臨機応変な立ち回りから、パーティの調整者(バランサー)などと呼ばれることもある。

 

「おいおい、まだ(・・)上層だぜ?こんなとこでバテてんじゃねーよ!」

「まぁまぁ、ミナミさんも頑張ってくれていますし。ふふっ。」

 

燐光に照らされながらダンジョンを進んでいるのは、5人ほどのパーティ。6層の中間あたりまで進んだところで、今日もまた、罵声が飛ぶ。

 

「はっ。1人でモンスターに止めもさせない。回復も中途半端、お前らだって迷惑してんだろ?こんな雑魚がいるお陰で、パーティー全体が足踏みしてるんだからよ!」

 

本来は苦手である筈の前衛と、仲間の回復を片っ端から行った少女に対し、先頭を歩いている、パーティーのリーダーらしき男は、苛立ちを隠そうともしない。

 

それに続くように、罵倒、そして、嘲笑する声が、広いダンジョンの中に反響していく。

 

調整者(バランサー)。上手いこと言ったものだと思う。

 

バランスよく多彩な役割をこなせると言えば、聞こえはよい。だが、その実、その呼び名は、このオラリオにおいては"蔑称(べっしょう)"だ。

 

「大丈夫ですか?回復薬(ポーション)ですわ。」

「あ、ありがと......」

 

少女は、仲間の一人である女性から回復薬を受け取ると、助かったとばかりに、素早く口に運ぶ。だが、口の中に広がったのは、まるで腐敗した水のような酸味。そして、なんとも言えない奇妙な味だった。

 

「う......ゴホゴホっ......ゲホッ......」

「あら、ごめんなさい。間違えましたわ。」

「ぶっ!お前それ、モンスター避けの魔法薬じゃねーか!わ、笑かすんじゃねーよ。くくっ......」

 

激しく咳き込む少女のことを、誰も気遣うことはない。

 

パーティは助け合い、互いの足りない箇所を補い合うもの。

 

少女は、そんな言葉を聞いたことがあった。

 

詭弁にも程がある。今の彼女は素直にそう思っている。

 

そんな矜持を持って冒険に挑んでいる連中が、今のオラリオにどれだけいるのだろう。

 

「顔は良かったから置いてやったが、中身はつまんねー奴だわ、働かねーわ、ヤラせてくれねーわ。これなら、違う奴を雇った方がマシだったぜ。」

 

この団長(クズ)は、私が使えないとわかるや、身体を求めてきた。そして、拒否したその日から、ガラリと態度を変えられた。

 

"せめて、私達の盾役くらいにはなってくれると助かるわ"

"そうそう。幾ら傷だらけの身体になっても構いやしねぇ。あ、顔だけは守っとけよ?醜い顔見ながら冒険なんか後免だからな"

  

前方から聞こえてくる声に、痛みは感じない。いつしか、何を言われても"辛い"と感じなくなった。

 

 

――使えないんだから盾にくらいなれ。

 

何度も何度も言われた言葉だ。それこそ、耳にタコができる程に。

 

(ええ、わかってますよ。ふふ......)

 

激しく咳き込んだ後、歩みを進めた仲間達の後ろ姿を見ながら、思わず頬を緩めてしまった。

 

あの少女に感謝しなければ。素晴らしい提案をしてくれた、あの"名前も知らない"少女に。

 

目には目を、歯には歯を。

 

それが、私がアンタ達、冒険者(クズ共)から教えてもらった、唯一のことだ。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

じり、じり、と土を噛む音が鳴る。

 

四方八方を薄緑色の壁に囲まれた辺り一帯。

 

【ルーム】と呼ばれるダンジョン内の開けた空間にて、俺はベルの戦いぶりを観察していた。

 

ベルの右手には、アイツの主神であるヘスティア様から贈られたという、神様のナイフ(ヘスティアナイフ)が握られており。周りには、刃の餌食となった数十匹のキラーアントが転がっている。

 

名前通り、蟻の姿をしたモンスターだが、その身体はベルと同じくらいの大きさだし、くびれた腰を起点として上半身は起き上がっている。ぶっちゃけ、キモくて仕方がない。

 

ベルには悪いが、早く進むか、もしくは帰りたい。

 

思わず溜息をつく。だが、心の中はなんとも言い難い、達成感のようなものがあった。

 

ダンジョンに入ってから、かれこれ数時間が経過したが、俺がベルと一緒に戦ったのは初めの一時間程度である。その際に、キラーアントとの戦い方を指南したのだが、あの少年は、この短時間で危なげなく、それを自分のものにしてみせた。

 

目の前で次々と転がっていくモンスターは、デカいだけの蟻。というわけではなく、ぶっちゃけ初見殺しの厄介な敵なのである。

 

まず、奴らが持つ4本の鍵爪は、5層までのモンスターと比べて格段に攻撃力が高い上に、身体の表面を覆っている外殻はやたらと硬い。加えて、追い込まれると"仲間を呼ぶ"という必殺技を使う。どうやら、蟻同士にしかわからないフェロモンを撒き散らすようだが、これがまた、高い防御力との相性が抜群なのだ。

 

倒しきれなくて逆に致命傷をもらう。もしくは、仲間を呼ばれて嬲り殺しにされる。

 

これが、初見の冒険者が陥るパターンである。

 

それならどうするか、という話だが、答えは簡単。一撃、もしくは二撃目で確実に息の根を止めることだ。いくら硬いとは言っても、勿論弱点はあって、甲殻の隙間を突くことが出来れば、しっかりとダメージは通る。

 

まぁ、どうしても接近戦の連続になるから、短期決戦で仕留めるには、甲殻をもろともしないような攻撃力、もしくは、キラーアントを上回るよう素早さがあるのが条件だろうな。ちなみに、ベルは後者だったが。

 

「それにしても......成長速度早すぎじゃね?アイツ。」

 

ベルから自身のダンジョン探索に同行して欲しいと頼まれたのは、つい先日のことだった。ただ、久しぶりの再会というわけではなく、あいつは暇を見つけては酒場に来て、俺に色々と聞いていたから、実はあれからほぼ毎日会っていたのだ。

 

あれだけ暴力を振るわれた相手に、ここまでフレンドリーに対応出来るのだから、中々ベルは大物なのかもしれない。

 

......おっと、目を離した隙に、ベルは全てのキラーアントを狩り終えたらしい。

 

嬉しそうに駆け寄ってくるのはいいが、全身血だらけで真っ赤なのは何とかして欲しい。まさか、その状態で街に帰るつもりじゃないよね?

 

内心ハラハラしている俺だが、"やりました!"などと意気揚々に話す少年に、思わず笑みが零れてしまう。

 

殴りあった時から戦闘センスはそれなりだと思っていた。ただ、それ止まりだった。

 

――冒険者向きではない。

 

ベルの純粋さと天然タラシに絆されて、最終的にはなあなぁになったが、その評価は変わらなかった。

 

だが、一週間ほどが経過した今日正直、驚かされ続けている。

 

あのナイフも業物なのは間違いないが、それだけではない。この短期間に6層を危なげなく進めるようになったのさ、紛れもなく、ベルの成長の賜物だ。

 

「......まぁ、暴れ回ったな。だが、流石に血は拭いてくれ。そのままじゃ、街に出たら大騒ぎになる。」

「あ、前もエイナさんに怒られました。」

 

一回やらかしてるのかよ。内心突っ込んでしまった。ちなみに、エイナさんというのは、ギルドの受付嬢の一人で、ベルの担当者である。俺の担当はミィシャさんという桃色髪のお姉さんだが、まぁ、まだ余り話したことはない。挨拶を交わした程度である。

 

「取り敢えずその格好で俺に近寄るな。血を拭け。」

「は、はい。へへへ......。」

 

手の甲を向けて、しっしっと自分から離れるように促す。頑張るのはいいけど、血なまぐさいんだわ、ほんとに。

 

「......おい。やっぱ待て、まだ残ってたわ。」

「あ!」

 

何故か嬉しそうなベルに呆れながら、一瞬気を抜いたが、背後からモンスターの気配を感じて、すぐに気を引き締める。二人同時に振り向くと、やはりというか、キラーアントの姿があった。

 

「そうだ。ベル、ちょっと試してみろ。」

「え?」

 

今にも駆け出しそうなベルを呼び止め、簡単な指示を与える。今日はいいかと思ってたが、まぁ、今のこいつなら問題ないだろう。

 

すると、ベルも同じことを考えていたらしく、"やってもいいんですか!?"などと言い出した。別に100%俺の言う通りに動く必要はないんだがな......。まぁ、まだ駆け出しだし、多くを望みすぎるのは酷というものだろうが。

 

ベルは駆け出し、いきり立っているキラーアントに正面から仕掛ける。

 

俺がベルに出した指示は一つだけ。

 

――首を取ってこい。

 

それだけだ。

 

 

怒声と共に迫ってくる左腕をかわし、右腕を切断。そして、武器をなくした右側面へ回り込み、ベルは思い切り、漆黒の刃を突き上げた。

 

「うおおおぉ!!!」

 

普段の優男ぶりからは想像がつきづらい、威勢の良い雄叫びをあげながら、ベルはナイフを持つ手に力を込めて、キラーアントの首へ刃を滑り込ませた。

 

そこに至るまでの動きは、ほとんど"自然体"で無駄な動作は見当たらなかった。上出来だろう。

 

サンッ、と小気味いい音とともにナイフが流れ出ると、キラーアントの首は宙を舞い、やがて、地面と濃厚なキスを交わすこととなった。

 

「......うん、いい!」

 

刀身を振るい、付着した体液を飛ばしながら、ベルは満足そうに神様のナイフ(ヘスティアナイフ)を見る。

 

どうやら、かなり手に馴染んでいるらしい。

 

(まるで、新しい玩具を買ってくれた子供みたいだな......)

 

純粋すぎるその姿に、俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「ふむ。キミがハチマン君だね。ベル君がいつもお世話になってるみたいで。」

「いえ、腐れ縁みたいなものなので......。」

「く、腐れ縁って......」

 

酒場にてお互いに自己紹介を交わした後、俺とヘスティア様、そしてベルは、ミアさん製の料理を楽しみながら世間話に興じていた。

 

既に外は暗くなっており、続々とダンジョン帰りの冒険者達が集まってくる。本当に、いつもいつも賑やかな場所だ。ここは。

 

「まぁ、仲良くしてくれてるようだし、ベル君をボコボコにしたことについては、この際不問とするけど。」

「っ!?」

「か、神様!?」

 

ガタッという音を響かせ、俺とベルは座っていた椅子ごと後ずさった。オイオイ、この神様、神気を向けてきたぞ......。俺の以前の主神もことある事に飛ばしてきたが、そんなポンポン飛ばしていいもんなの?神気って。 

 

「あはは。冗談だよ。そんなに怖がらないでおくれ。」

 

ヘスティア様はてへぺろっと舌をだしてごめんなさいをする。可愛いけど怖いから。初対面で神気を飛ばすとか、物騒な神様だなまったく......。

 

内心ビクビクしていると、ルノアさんが飲み物を運んでくる。

 

「ほいお待たせ。飲みすぎないようにね。特にハチマン君。この子すぐ酔っ払うから、ヘスティア様にクラネル君も気をつけてね。」

「いや、貴女のペースについていくと死ぬだけ......いててっ!」

 

営業スマイルの欠片もない、眠そうな表情でドリンクを持ってきた挙句、お客様の背中をつねったよこの店員。まぁ、俺は客ではないんだろうけど。

 

そして、その様子を、ヘスティア様は目を丸くして見ている。

 

「な、何か私変なこと言いましたかね?」

 

神様の視線を浴びて、ルノアさんは後ずさる。

 

「いや、ちょっとびっくりしただけさ。なんというか、デメテルが嬉しそうにしていたのがわかるよ。」

 

ヘスティア様はあはは、と笑う。

 

「デメテル様?お知り合いだったんですか?といか、最近お会いになられたんですか?」

「うん。わりと昔からのね。それで、野菜を分けてもらいがてら、今日の昼間に行ってきたんだよ。」

「そ、そうだったんですか......」

 

ルノアさんは納得したようだ。というか、この人が畏まってるの珍しいな。こんなロリ体型でも、流石は神様というべきか。

 

「ふふ。君達はいい主神と出逢えて幸運だと思うよ。デメテルはボクなんかよりも、よっぽど出来た神様だ。大切にしてやってくれよ?」

 

ベルは隣で、神様も出来た神様ですよ!なんて言ってやがる。いや、ヘスティア様のこと大好きなのはわかってたけど、あからさまに褒めるのはどうなんだ。そう思ったら、この神様も赤くなってやがる......。

 

「......はい。」

「......了解っす。」

 

目の前で繰り広げられている夫婦漫才もどきは置いておいて、ルノアさんと俺はヘスティア様に返事をする。

 

「......コホン。まぁ、二人と色々あったようだけど、ボクもデメテル同様、これからの君達に幸運が訪れるように祈ってるよ。」

 

ニコリと微笑んだヘスティア様は、まるでお伽噺に出てくる女神様のようだった。......まぁ、実際女神なんだけど、この、若干酔っ払った姿を見るとね。うん。

 

 

この後は、他愛もない話をしながら、平穏な時間が流れた。 

 

途中、シルさんがベルと話にきたり、それをリューさんが無表情で横で見てたり。ベルが顔を真っ赤にしてたり、色々あった。

 

取り敢えずわかったことは、ベルを危険に晒した奴は、ヘスティア様に抹殺されるということ。うっかりダンジョンの奥まで連れてって大怪我させた、なんてことがないように、マジで気をつけようと思った。

 

......平和な時間が流れるのは早いもので、気がつけば、酒場に入ってから数時間が経過していた。

 

ベルたちはまだ盛り上がってるし、俺は用でも足しに行くか、そう思い立ち上がると、背中に"ドン"という衝撃が走った。

 

「す、すみません......。」

 

どうやら、俺の後ろに座っていた女性と同時に立ち上がってしまったようだ。女性はペコペコと平謝りを始め、俺もそれにつられるように頭を下げる。

 

「いえいえ、こちらこ......そ?」

「......ぇ?」

 

ほぼ同時に顔を上げると、思わず見つめあってしまう。

 

「お前、サガミ......か?」

「ぇ、うそ。ヒキガ......ヤ?」

 

暫く会っていなくて顔も忘れかけていた。というか、当時はショートカットだったのに、今は髪も腰まで伸びているし、何より、少し背も伸びて大人びた雰囲気になっている。

 

思い返せば、数時間前から後ろに居たはずだが、見た目も変わっているし、気づかないのも無理はない。

 

こうして俺は、思わぬところで前ファミリアの同期、ミナミ・サガミとの再会を果たしたのだった。



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2-2.束の間の仲間達

ウチは親を知らない。

帝国本国に働きに出ていた両親が殉死したのは、まだ私が物心つかない頃だった。

だから、ウチの中にお父さんとお母さんの記憶はない。

それでも、おじいちゃんとおばあちゃんがいたから、特に不自由なく生活できていた。


そう、あの日までは。


ミナミ・サガミと運命的(?)な再会を果たしたのは先程のこと。現在、俺とサガミは向かい合うように座っており、その隣では、ヘスティア様とベルが正面になるように腰掛けている。

 

「そっかぁ......本当に大変だったんだね。」

「まぁな。というか、お前もオラリオに来てたのかよ。」

 

ヘスティア様とベルに自己紹介をした後、サガミは俺の正面に座り、しばしの談笑タイムが始まった。その際に掻い摘んでだが、俺の事情を説明したのだが、やはりというか、サガミの表情は冴えない。まぁ、殺されかけたとか聞いて笑い出すほど、こいつは性格悪くないとは思ってはいるが。ただ、良くも悪くも素直すぎるってだけで。

 

「いやいや、来てたってアンタね......。色々あって二年前には帰ってきてたよ。ファミリアで送別会もやってもらったじゃん。ヒキガヤは居なかったけど。」

「うぐ......あ、あれは、あれがあれであれでだな。」

 

思わず言葉に詰まってしまった。あの時はたしか、とっとと帰って寝たかったから参加しなかったのだ。流石に、眠かったから行きませんでした。とは言えない。

 

「もういいよ......。確かに、あの時はそんな感じじゃなかったしね、うちら。」

「どんな感じだよ......」

 

言葉ではそういいつつも、サガミの言っている言葉の真意はわかる。

 

遡ること2年程前。こいつ......ミナミ・サガミはやらかしたのだ。具体的には、格上のモンスターに襲われ、パーティがボロボロになった際、こいつは逃げ出してしまったのである。

 

ただ、そもそもそんな状況に陥ったのが、当時のこいつが属していたパーティのリーダーが、基本的な準備を怠ったせいなのだが。

 

後から駆けつけた俺やハヤマにより、幸いにも死者は出なかった。だが、それでめでたしめでたし、とはならなかった。

 

ファミリアのホームに戻った後、俺はサガミとパーティのリーダーをボロクソに断罪したのだ。

 

なぜそんなことをしたかは伏せておくが、結果的にリーダーが悪いという流れになり、パーティメンバーとサガミは被害者、俺は可哀想な女子に対してボロクソに暴言を吐いた糞野郎として認識されることとなった。まぁ、結果的に丸く収まったし、何の問題もなかった。

 

ただ、その時からサガミとは気まずい関係が続いていて、ついには、いつの間にか彼女は、アシュタルテファミリアの本拠地であった帝国領ヴァルドリンドから、居なくなっていた。

 

たしか、祖母が亡くなったことを切っ掛けに、祖父の生まれ故郷であるオラリオに帰ることになった。という話だったが、その後のこいつはどんな生活を送っていたのだろう。見るに、食うに困っているというわけではないようだが。

 

「そういえば、ベル君がヒキガヤのパートナーなの?」

「いや、パートナーじゃない。そんな奴はいない。」

「即答ですか!?」

 

チラリとベルの方に目線をやりつつ、そう答えると、ベルが抗議の声を挙げた。実際パートナーではないだろ。どっちかというと、教える人と教えられる人の図だぞ。今の俺とお前は。ま、別に言われて嫌な気分ではないが。

 

「はは。振られちゃったねベル君。まぁ、ハチマン君には綺麗なお姉さんがついてるから、そこに割って入るには中々難しいかな?そう!ボクとベル君の間に割って入るのが難しいようにねっ!」

 

ビシィッ!!という効果音がつきそうな勢いで、ヘスティア様は俺の後ろの方を指さした。

 

「お待たせしました。というか、ヘスティア様、指を指さないでください。顔真っ赤ですよ。女神がそんなに酔っ払っていいんですか。」

 

そこには、ドリンクを両手に持ったルノアさんの姿が。先程からだる絡みをされてたし、この表情から読み取るに、若干めんどくさくなってるな、これは。というか、別にルノアさんと俺の間に何かあるわけではないのだが。あるとすれば、助けられた"恩"と、それを返さなければならない"義務"である。ま、綺麗なお姉さんってとこには同意するが。

 

「まぁ、ルノアさんは命の恩人だし、ベルには一時的に稽古をつけてるだけだ。」

「あー、助けられたんだよね。いいなぁ、私も綺麗な人に助けられたい。というか、ベル君にアンタが教えてるの!?ぷっ、なんかウケる。」

 

ルノアさんに羨望の眼差しを送った後、俺とベルを見て笑い出しやがった。表情がコロコロ変わって忙しいやつだな。そして、久しぶりに再会して早々に失礼なことを言うな。

 

「おい、それやめろ。誰かさんとキャラ被ってんぞ。」

「あはは。でも、それにしちゃ男二人ってのもあれじゃない?せめてサポーターでも連れてけばいいじゃん。」

「いや、金かかるし。」

 

サガミは俺のツッコミを華麗にスルーし、今度は痛いところをついてきた。......まぁ、俺だって考えなかったわけじゃないんだよ。

 

というか、今後、中層から下に潜るとなると、サポーターや回復役の存在は必須になる。

 

中層以上はモンスターの強さも出現頻度も段違いだから、間違っても、攻撃バカの俺とベル二人で潜るなんてことがあってはならないし、それこそ自殺行為だ。

 

ただ、今のところは俺がついていれば問題ない。ということで、サポーターは雇っていない。そして、中層に行けるレベルになる頃には、こいつも自分のパーティを見つけているだろうから、そこで何とかしてくれ。というのが俺の考えであった。

 

「いやいや、そういう問題かよ。」

 

サガミは呆れている。いや、俺はこれでも、今やLv.3だからね。一週間前みたく、体力と精神力(マインド)を著しく消耗しなければ、上層レベルで遅れを取ることは、まずない。

 

だが、そんな俺の心の内に反して、サガミはこちらに身を乗り出して、"提案"を持ちかけてきた。

 

「ね、それならウチのこと連れてってみない?回復も攻撃も、どちらも役に立つよ!」

 

というか、何でコイツはこんなに目を輝かせてんだよ。まぁ実際、回復と攻撃......後衛と前衛どちらも出来る奴が居てくれるのはありがたい。だが、今のところ必要ないし、もしかしたら酔っ払って言ってるだけで、いざパーティを組んだら険悪な関係に逆戻りする可能性だってゼロではない。いずれにしろ、俺の取るべき行動は一つである。

 

「あー、ベル、ヘスティア様、そろそろお開きにしよう。」

 

俺は立ち上がった。

 

「って、おい!話聞いてよぉ!」

「......聞いてるけど。あの時の事忘れたわけじゃねーだろ。お前は嫌なんじゃねーのか。」

 

慌ててサガミが俺の腰のあたりにしがみついてきた。ええい!鬱陶しいわ!というか、ほんとに俺とお前はこんな気軽な仲じゃなかっただろうに。一体全体、どういう心境の変化なのん?

 

「別に。今更だし。それに、居ないんでしょ?回復役。その子も駆け出しみたいだし、ウチみたいなのがいた方がいい気がするんだけど。」

 

俺の腰から手を離し、サガミは流れるように自分の必要性を説いてみせる。たしかに、そりゃそうなんだが......。こいつが嫌じゃないなら、確かに助かるんだが。

 

「というか、お前はパーティ組んでないのかよ?」 「組んでるんだけど、あの人たち週に数回しかダンジョンには出ないんだよ。」

 

丸め込まれそうになったところで、話題を切り替えるも、すぐさま反論されてしまった。

 

「えらくのんびりしてんだな......」

「あはは。なんか、カジノ?だっけ?そこに入り浸ってるみたいで。」

「えぇ......大丈夫かお前のパーティ......。」

 

頭を抱えそうになった。まさか、金のほとんどを賭事につぎ込んでるんじゃなかろうか、こいつの仲間達は。

 

「ただ、もう少ししたら本格的に探索を始めるって言ってたし、ヒキガヤ達と組めるのもいいとこ二週間位かな。ね、期間限定ならお気軽でしょ?だから、ダメかな......?」

「うぐ......」

 

上目遣いをするな。つーか、キャラ変わりすぎだから。そういうのはハヤマみたいな奴だけにやっとけよ。

 

「......まぁ、ボクはあれこれ言うつもりはないよ。ただ、ベル君を危険にさらすようなことがあれば別だけど。」

「僕も大丈夫です。宜しく御願いします!サガミさん!」

 

悶々と考えを巡らせていたら、ベルとヘスティア様がオーケー(?)を出してしまった。おいおい、何で勝手に決めちゃうのん?

 

「ミナミでいいよ。宜しくね、ベル君。ヘスティア様も、それは心配ありませんので。」

 

サガミはベルに握手を求める。ベルにボディタッチをするな、サガミ。ヘスティア様の笑顔が一転、嫉妬深い表情に変化してるから。

 

「俺の意見はまるで無視なんですね。まぁいいけどさ。」

 

少しだけ悲しくなったが、まぁ仕方ない。......実際問題、サガミがどこまで出来るやつなのかは知らんが、回復役が居てくれるのはそれだけでありがたいのだ。

 

こうして、俺とベルの不定期パーティに、期間限定でサガミが加わることになったのだった。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「すみません!遅くなりました!」

「おう。俺も今来たところだ。」

 

ベルが小走りで駆け寄ってくる。サガミと再会した翌日の早朝。俺は摩天楼(バベル)の入口付近で、ベルが来るのを待っていた。ちなみに、隣にはジト目のサガミが陣取っている。

 

「アンタねぇ......なんで私の時と態度が違うのよ。」

「愚問だな。それはお前とベルだからだ。」

「意味がわかんない。でも、貶されてるってことはわかるよ。」

 

酷いなぁ!なんて言ってるが、無視する。なんでコイツはこんなにウザい性格になったんだ。

 

「ま、とりあえず出発しよっか。」

 

サガミはベルに向かって、万遍の笑みを作る。やたら楽しそうだな。もしかしてあれか?普段パーティ内でぼっちだから、はしゃいじゃってるとか?いや、ないか。こいつ、コミュ力は高いはずだし。

 

出会ってから終始テンションの高いサガミに、何か違和感のようなものを感じた俺だったが、この時点では、特段気にはしなかった。

 

 

さて、ダンジョンである。

 

1〜4階層については、いつも以上にスイスイと進むことができた。何せ、攻撃役が三人いる上に、ある程度ダメージを受けたらサガミが回復してくれる。そのお陰で、進むスピードは格段に上がった。

 

流石に訓練にならないので、3階層からはベル一人で戦わせた程だ。

 

 

「それにしても、ベル君も駆け出しとは思えないけど、そのナイフも凄いね?」

「えへへ。少し、頼りすぎちゃってるかなとは思うんですけど、神様からのプレゼントだから嬉しくて。」

 

4階層奥の下り階段まで進んだところで、サガミがベルのナイフに目をやりながら、賞賛する。

 

ま、ベルの言う通り、確かにいささか頼りすぎなところはあるな。それに、あの刀身だと、戦う相手によっては不利になる。たまには、もっと刀身が長い武器を使ってもいいとは思う。今度何か用意しておくか。

 

それにしても、武器の進化か。このままベルが順調に成長していったと仮定すると、その性能の限界は末恐ろしいと言っていいかもしれない。

 

ベルの持つ 、【女神のナイフ(ヘスティアナイフ)】。これをもって、ベルは先日の怪物祭(モンスターフィリア)で暴走した、シルバーバックを撃破してみせた。

 

ほんと、あの時は大変だった。俺とルノアさんも駆り出されて、何匹もモンスターを撃退した。

 

まぁ、一番驚いたのは、途中で血相を変えた剣姫と鉢合わせたことだ。ベルのことを探していたようで、少しだけだったが一緒に行動もした。

 

結局、俺達の心配はどこへやら。ベルは自力でシルバーバックを倒してみせたのだが。

 

その時の剣姫の驚いたようなホッとしたような表情に、俺はまた驚かされた。確か、二人は話したことないってことだったが、間違いなく剣姫はベルのことを気にしていた。まぁ、恋愛的な意味ではなさそうだったが。今のところは。

 

さて、話を戻すと、ベルの持つ漆黒のナイフは、装備者が獲得した【 経験値(エクセリア)】を糧にすることで、武器自体も進化していく、らしい。ヘファイストスが材料のミスリルを鍛える横で、ヘスティア様が 【ステイタス】の加工を施したことにより、そのような特殊効果が付与されている。

 

ぶっちゃけ、使い方自体はかなり難しいと言わざるを得ない。使い手が弱いままであれば、このナイフもずっと弱いままなのだから。

 

まぁ、そんな理由から、明らかに下級冒険者向きではないのだが、ベルが使いこなせているのは、ベル自身の成長速度が異常に早いお陰だろうな。通常の人間(ヒューマン)であれば、こう上手くはいかないはずである。

 

そんなこんなで、5階層に突入しても、俺の出番はほぼなかった。ベルが戦い、疲れてきたところでサガミが助けに入りつつ、回復も行う。この繰り返しだった。

 

それにしても、サガミの細剣の扱いは中々に見事だ。回復のタイミングも良いし、助けに入るにしても、ベルの呼吸がよく読めている。

 

ここら辺が下手くそな奴だと、よくわからないタイミングでモンスターを追撃したり味方を庇ったりして、ぶっちゃけ仲間の邪魔になっている、ということが多々ある。

 

「お前......すげーな。」

 

思わず、前を歩くサガミに声をかけてしまった。普段の俺なら絶対に自分からこいつに話しかけたりしないだろうが、この時はただただ、サガミの技量に関心していたのだ。

 

「ん?」

 

サガミは不思議そうな顔で俺の方を振り返る。

 

「前衛のフォローと後衛に下がるタイミングが絶妙だ。初パーティでよくここまで合わせられるな。」

「ん......凄いの、かな。モンスターの特性と、ベル君とヒキガヤのおおよそのステイタスを想像しながら、どう動くかがベストなのか考えてはいるけど。」

「いや。それはすげーだろ。というか、大体の下級冒険者はそれが出来なくて苦しんでる。」

 

単純なパワーで押し切れる下層はともかく、連携が必要な中層以上は、正に、今しがたサガミが言ったようなことが必要になる。回復と攻撃どちらもいけて臨機応変に動ける、所謂、オールラウンダーと言われる人種には、特に、だ。

 

後衛と前衛どちらもいけると言えば聞こえはいいが、パーティ一人一人の適性を把握出来ないまま、流れを読まない動きをしてしまうと、かえって仲間を危険に晒すことになるのだ。

 

「す、凄いですよ!期間限定なんて言わずに、ずっと一緒に居てほしい位です。」

「あはは......。私も自分のパーティがあるからさ。それに、ベル君ならきっと、いい人達と出逢えるよ。」

 

熱弁するベルに、サガミは苦笑いを浮かべる。ほんと、丸くなったなこいつ......。年下相手だからかもしれんが、なんというか、人が変わったみたいだ。

 

それそうと、今日が三人の初パーティということを考えれば、中々に連携が出来ている方だと言える。

 

まぁ、自分はほとんど動いていないから微妙なところではある。それに、無闇に危険は犯したくない。だが、もう少し先に進んで、三人の全力ならどの程度戦えるのかか試してみたい、という気持ちが芽生えつつあるのも事実だった。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「あ、ヒキガヤ、血でてるよ。ちょっと、じっとしててね。......【小さな癒し(ペーラピオ)】。」

 

サガミに言われて頬を触ると、確かに少しだけ出血している。が、治癒魔法ですぐにその傷は口を閉じた。

 

どうやら、先程、暇を持て余して、一匹だけモンスターを倒した時に、攻撃が掠ったらしい。別に、回復する程じゃないんだけどな。

 

 

なにはともあれ、俺達一行は、あっという間に9階層に突入していた。

 

 

「小さな傷でも致命傷になる事があるから、余裕がある時は出来るだけ傷は塞いでおいた方がいいよ。」

 

心の中を覗いたように、サガミは俺に忠告じみた言葉を述べる。まぁ、その通りっちゃその通りだが、こいつがこんな冷静なことを言うと、違和感がある。......以前の印象に引き摺られるのは良くないとはわかってるんだが、どうもな......。

 

「剣も回復魔法も使えるってカッコいいなぁ。僕もいつかミナミさんみたいになれたら......」

 

モンスター退治を終えたベルが、サガミに尊敬の眼差しを送っている。どうせ調子よく答えるのだろうと思ったが、サガミの反応は俺の予想とは大きく違うものだった。

 

「......ならない方がいいよ。」

「え?」

 

素っ気ない返答に、ベルは思わずたじろいてしまう。

 

「ごめんごめん。なんでもないんだ。......ん、ヒキガヤ、今日はここまでかな?」

 

サガミはすぐに笑顔を作ると、下り階段を見ながら、こちらに視線を移すことなく、俺に確認を求める。

 

「だな。俺とお前はともかく、ベルに10階層はまだ早い。」 

「だね。それじゃ、戻ろっか。」 

 

俺とサガミの意見が一致したところで、俺達は来た道を戻り始める。ベルは少し残念そうだったが、デビューして一週間程度のこいつを10層に連れていくのは、流石にまだ早い。 

 

まぁ、そんなに残念そうな顔をしなくとも、ベルの吸収力と成長速度を考えれば、今月中には10層を乗り越えるのも可能な気がする。

 

いや、いやいやいや、だが、ちょっと待て。冒険者としてデビューしたその月に10層に到達できたとしたら......。中々にえげつないスピードだ。もしかしたら、"あの"剣姫といい勝負をしてるのではないだろうか。

 

......一時的とはいえ、俺はもしかしたらとんでもない奴を教えているのかもしれない。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

高い城壁に囲まれた城の一室。この城の城主であり、アシュタルテファミリアの主神。そして、今や帝国全体を掌握しつつある、妖艶な女神は、悦び、昂っていた。

 

「あぁ......素敵。あの子達はこれから、どんな感情を見せてくれるのかしら。」

 

ダンジョンの中は神の"恩恵"が届き辛い。基本的にダンジョンの中は、神々に閉じ込められたモンスター達の憎悪の念と、邪悪な意志が漂っているからだ。

 

だが、アシュタルテの"恩恵"についてはその限りではない。いや、彼女のそれは"恩恵"というよりは、むしろ"呪い"と言った方が正しいのかもしれない。

 

彼女の与える恩恵は、一見すれば他の神々と何ら変わりはない。だが、それは確実に、人の心を徐々に徐々に、真綿で首を締めるように、腐らせていく。そして、ダンジョンにおいては、先の理由から、それは加速する。

 

歪んでしまった女神は、いつしか自らの"恩恵"を"呪い"に変えた。

 

下界の愚か者達は単純だ。優しくしてやれば、恩恵に見せかけた"モノ"を与えてやれば、すぐに懐柔される。

 

そして、愚か者達が絶望した時の感情に触れることが、彼女が 【絶頂(エクスタシー)】に至るための、唯一無二の手段だった。

 

「可愛い可愛い子供達よ。踊りなさい。狂ってしまいなさい。抗う術など無いことに気付いて、嘆き苦しみ、堕ちてしまいなさい。」

 

名前は忘れてしまったが、全てを諦めたような目をした少年。彼の顔は忘れられない。

 

上手く逃げられた。いや、"誰か"が逃がした。

 

腹は立たない。むしろ、一度逃がした魚ほど、捕まえた時の快感はひときわだろう。

 

既に手は打ってある。あの子はもう、詰んでいる。魅力的で仕方の無い"オラリオ"を手に入れる前に、あの少年を、私の子供達を、思う存分味わってやろう。

 

騎士様(ナイト)】を思わせる彼は、どんな顔で苦しみ喘ぐだろうか。雪の妖精のような彼女は、慈愛の化身のような彼女は、真っ直ぐな彼は、子供達は、どんな"醜いモノ"を見せてくれるだろうか。

 

女神は、これから起こることを想像して、歓喜に震える。

 

そんな時、不意に部屋のドアがノックされ、女神は現実に引き戻された。

 

 

そういえば、本国から要人が来ると言っていた。

 

 

名前は覚えていないが、記憶を辿れば、彼も例に漏れず、只の愚か者だった筈。

 

今日はどうやって遊んでやろうか。まぁ、本国の要人相手では、過激なことが出来ないのは少々退屈だが。

 

嗚呼。それにしても、愚か者を転がし、欺き、骨の髄までしゃぶりつくすのは、本当に、本当に気持ちが良い。



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2-3.デートのち勇者①

俺だって勇者や英雄に憧れたこと位ある。でも、ある時、自分には無理だと悟った。きっぱりと、諦めた。

だからこそ、ただひたすらに真っ直ぐに、"高み"を目指している奴を見た時、腹が立つと同時に、そのままのあいつが、どこまで行ってくれるのか、見てみたくなった。

早く俺のことなど追い越して、顧みることなく進んでいけ。本気でそう思い込んでいた。そう、あの日までは。

――剣を交えてみて確信したよ。君の戦い方が、僕はとても嫌いみたいだ。

隠すことのない侮蔑の眼差し。暴力的なまでの力の差。そして、抗うことすらできない程の、一方的な蹂躙。

小さな身体をした勇者は、遥かなる高みから、俺の事を見下ろしていた。


無事にダンジョン探索を終えた後、ベルは用事があるとかで、急いでどこかへ行ってしまった。

 

どうやら、ギルドの担当アドバイザーであるエイナさんと装備の買出しに行くらしい。正直、武器以外の装備が心もとないのは気になっていたし、いい機会だから買い換えて来ればいいと思う。

 

さて、俺とサガミの二人きりである。まぁ、俺とこいつで色っぽい展開などあるわけもないが。

 

とりあえず二人共腹が減っていたため、摩天楼(バベル)から出てすぐのところにあるレストランにて、現在進行形で昼飯にありついている。

 

「ん、美味し。」

「あぁ。美味いな。」

 

珍しくこいつと気があった。以前はお世辞にも仲が良かったとは言えないし、こうして二人で昼飯を食べているなんて、数年前の俺に言っても信じないだろうな。ま、サガミも同じだろうが。

 

それにしても、炒め物の味付けが絶妙だ。目立つ店ではないし、来たことはなかったが、今後通ってみてもいいかもしれない。

 

「そういえば、この後って暇?」

 

食べ終わったサガミが、おもむろにサガミが口を開く。

 

「アレがアレだから駄目だ。」

「うんわかった。それなら、少しお店を見に行こう。買いたいものがあるんだ。」

 

こいつは本当に人の話を聞かねーな。そこら辺は、会った頃から変わってないわ。

 

「人の話聞けよ......。それで、何買うつもりなんだよ?」

「ん、レイピアが刃こぼれしてきたから、そろそろ買い換えようかなって。」

 

そう言って、サガミは腰にぶら下げたレイピアを抜いてみせる。なるほど。言われてみれば、かなり年期を感じさせられる。

 

「そういえばかなり使い込んでるな。何だか意外だわ。新しいもの好きなイメージがあったが。」

「あはは、確かに。あの後、色々あって節約するようになったからね。だけど、流石に武器と防具を蔑ろにするのは不味いし。」

 

深くは突っ込まなかったが、こいつも色々あったということだろうか?確かに、雰囲気はかなり丸くなった気がするし、見た目も大人びた。なんというか、時の流れを感じさせられる。

 

「......それなら、あそこ行ってみるか。」

「あそこ?」

 

完全な気まぐれだったと思うが、俺はサガミを"あの店"に連れってやることにした。1週間前、ルノアさんに連れられて訪れた、あの店に。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

甘ったるいコーヒーを飲み干した後、会計を済ませた後、俺はサガミを連れて店を出る。

 

「あぁ。バベルの上か。ヒキガヤにしちゃわかってるじゃん。」

「おい。帰ってもいいんだぞ。」

「うそうそ!ごめんって!」

 

屈託のない笑顔。こんなに笑う奴だったろうか?少しだけ違和感を感じながらも、悪い気分はしなかった俺は、隣を歩く少女に歩幅を合わせつつ、歩みを進める。

 

メインストリートが集結する中央広場(セントラルパーク)は、先程食事を取った店の目と鼻の先である。そして、その中で、ダンジョンに蓋をするように築かれている超高層の塔、それが摩天楼(バベル)だ。

 

蓋、と表現したように、バベルの役割はダンジョンの監視と管理。俺はまだオラリオで日が浅いからピンとこないが、ギルドが保有するこの施設は、冒険者達にとってはとても馴染み深い建物なのだそうだ。

 

「ふふっ。誰かと買い物とか久しぶりだなぁ......。」

 

それにしても、隣の少女のはしゃぎっぷりに思わず戸惑ってしまう。イメージが違いすぎて。

 

俺とサガミは、他愛もない話をしながら、バベルの門の前に到着した。門といっても、いくつもの台形の穴が塔の一階部分にぐるりと張り巡らされている。ルノアさんいわく、冒険者達が何人でも、どこからでも入れるように配慮された形なんだそうだ。

 

門をくぐると白と薄い青色を基調にした大広間が現れる。ここを下っていくと、先程俺達が探索していたダンジョンに潜ることができる。

 

「戻ってきちゃったね。さて、ここからは......」

「当然、上だな。ちなみに、バベルが場所を提供してるのは四階からだからな。」

 

バベルの一階は言わば玄関口、主要な公共施設は二階からである。三階まで昇って、換金所を壁際に見つけつつ、俺とサガミは三階広間の中心へと歩いていき、幾つも存在している円形の台座、その一つに乗る。

 

「っ......」

 

ずくにサガミが備え付けの装置を操作すると、台座は地面から離れて、ゆっくりと宙に浮かび始めた。思わず、俺は身震いをしてしまう。二回目だが、この浮遊感はやっぱり慣れない。

 

「あはは、私も最初はそんな反応したなぁ。」

「心臓に悪いんだよ......これ。」

 

本当に、よく笑う。そして、なんというか、以前は気になっていた鼻につくような態度、そして、嫌味もなくなったような気がする。

 

 

――ほどなくして、バベルの四階に到着する。

 

 

「時間もあるし、せっかくだから見てこっか。」

「ま、構わんが。」

 

 

ざっと見ただけても武器・防具がそこらじゅうを埋め尽くしている。ここから、八階までのテナントは全て"ヘファイストス・ファミリア"のものである。凄すぎて想像もつかないが、一体どれだけ儲かっているのだろうか。

 

「うーん、3,000万ヴァリス......やっぱり1級品は凄いねぇ!」

 

美しいレイピアをガラス越しに眺めながら、サガミは目を輝かせる。あ、やっぱり高級品は好きなのな。

 

そんなサガミの姿を後ろから眺めていたのだが、次の瞬間、俺は思わず目を見開いてしまった。

 

「いらっしゃいませお客様ー!今日は何の御用でしょうか!?」

 

店員さんに明るく声をかけられた。身長は低いが、容貌は整っており、巨乳ツインテールの少女。本来ならば、こんな美少女に話しかけられたら、俺はキョドってしまって仕方なかっただろう。

 

だが、この時ばかりは、口をあんぐりと開けるほかなかった。

 

「......へ、ヘスティア様?」

「や、やぁ、ハチマン君。ミナミちゃんも一緒なんだね。はは......」

「え、えぇぇ......ベル君の、神様......?」

 

ひくっ、とロリ神様の店員スマイルが引き攣る。

 

いやいや、たしか、じゃが丸君の販売員もやってたよな。まさか、バイトの掛け持ち......!?何をやってるんだこの神様は。

 

「い、いいかい、ハチマン君達。ここで見たことは忘れて、早く!早く帰るんだ!」

 

「......。」

「え、えっと。」

 

何も言えねぇ......。この時の俺とサガミの気持ちを、実に上手く表した言葉だったと思う。

 

「こらぁー!新入り!遊んでばっかだとクビにすんぞーー!!」

「げっ!は、はぁーい!」

 

店員らしき男の怒鳴り声に、ロリ神様は血相を変えると、凄まじいスピードで店の奥へと走っていってしまった。取り残された俺とサガミは、何だか残念なものを見る目で、ロリ神様の後ろ姿を見つめる。

 

「わ、忘れよっか。色々あるんだよ、きっと......」

「あ、あぁ。そうだな。」

 

何だか見てはいけないものを見てしまった気がするが、幸いにも、俺とサガミの意見は一致したようだ。

 

俺達は、今しがたの出来事を、頭の中から抹消することにした。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

静止した昇降機のドアに手をかけると、先程の四階と同じような景色が俺達を迎えた。

 

剣、槍、斧、槌、弓矢、盾、鎧、その他防具......様々な種類の武具の専門店が、広いフロアに展開されている。

 

思わぬハプニングはあったが、俺とサガミは、無事に目的地へと辿り着いていた。

 

「それじゃ、俺は適当に見て回るから、終わったら声かけてくれ。」

「素っ気なさすぎでしょ......ま、了解したわ。」

 

サガミは少々不満そうだったが、直ぐにお目当ての武器を求めて、フラフラと店内を物色し始めた。

 

一方の俺はというと、先週と同じ辺りをうろうろしながら、現在は武器のコーナーをぼんやりと眺めている。

 

手持ち無沙汰になり、腰の辺りに手をやり、ルノアさんから贈られた片手剣を触ってみる。

 

拾ってもらってから住む場所まで融通してもらって、その上デメテル様まで紹介してもらって、俺はあの人に、何から何まで世話になりっぱなしだ。

 

何か、返せるものがあればいいんだが。

 

そう思った俺の目に、控えめに光を放つ"ネックレス"が目に入った。シンプルなリングを細身のチェーンに通しただけのもので、見た目に派手さはない。ただ、碧と銀が混ざりあった鮮やかな色合い。何となく、あの人に似合う。そんな気がした。

 

「終わったよー。って、ヒキガヤ?」

「......はえーな。んじゃ、帰るか。」

 

サガミはどうやら、お目当てのものを見つけたようだ。見ると、右手には新たなレイピアが握られている。......刀身は赤か、こいつらしいな。

 

「ネックレスなんか手に取ってどうしたの?」

「ちょっとな。別に気にしなくていい。」

 

サガミは一瞬だけぽかんとした表情を浮かべたが、すぐに何かを悟ったように、生暖かい笑顔を浮かべる。

 

「あはは。らしくないけど、まぁいいんじゃない?意外と可愛いとこあるじゃん。」

 

つんつんと脇腹をつつかれて、思わず身震いしてしまった。

 

だから、キャラ崩壊してんぞお前。

 

そんなサガミに戸惑いつつも、不思議と心穏やかな自分がいた。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

「おー!用心棒君じゃん!ってあれ?女の子が増えてる!」

 

アマゾネスの少女がぴょこぴょこと駆け寄ってくる。それに続いて、オラリオの大物達が続々と歩み寄ってくる。 

 

何でこんなことになっているかというと、先程、中央広場(セントラルパーク)の外れにて、ロキ・ファミリアの一行と鉢合わせたのだ。

 

ちなみに、新しいレイピアを少しだけ試してみたい。というサガミに付き合っていたらこうなった。マジで早く帰ればよかったわ。全員高レベルのチート軍団とは出来るだけ関わりたくない。

 

「その節は、お世話になりました。」

 

一歩前に出て、改めて頭を下げる。酒場でも礼はしたが、一応こうしておくのが礼儀だろう。

 

「はは、あの夜以来かな。久しぶりだね。」

「どうも。フィン......団長。」

 

ロキ・ファミリアの団長であり、オラリオでも最高峰の実力者であるLv.6の第一級冒険者。二つ名は勇者(ブレイバー)......。

 

彼は恐らく、ベルが食い逃げした夜のことを言っているのだろう。

 

「そんなに畏まらないでくれよ。それにしても......なるほど、面白い目をしてる。僕が聞いていた通りみたいだ。」

「え?」

 

思わず変な声が出てしまった。何を聞いていたって?悪意は感じないが、こうも思わせぶりな言い方をされては、こちらも色々と考えてしまう。

 

「はは。こっちの話さ。ん?アイズ?」

 

笑って流された。というか、そもそも面白い目ってなんだよ。そして、本当に誰から何を聞いていたんだ。複雑な想いを抱いている俺に、つかつかと金髪の剣士が歩み寄ってくる。

 

いや、いやいやいや。近い。そして、無表情で怖いんだけど。まさか、いきなり切り捨てられたりしないよな?......しないよね?

 

「......あの子。」

「へ?」

「あの子のこと、教えてるんですよね。」

 

剣姫はどうやらベルのことを言っているようだった。......ほんと、マジで斬られなくて良かった。普通に話しかけるだけなら、そんなに勢いよく歩いてこなくてもよくね?

 

「まぁ、そんな大層なもんじゃないが。」

「ん、そんなことはないと思います。」

 

......会話が広がらない。俺もそうだが、剣姫も結構コミュ障なんじゃなかろうか。

 

そして、サガミは一歩、二歩と後ろに下がっていった。おい、逃げんなよ。

 

と、そんなくだらないことを考えつつ、俺の脳裏には、白兎のような少年の姿がよぎった。

 

「......ま、今度会ったら声くらいかけてやってやれよ。まだアンタの足元にも及ばないかもしれんが......」

 

一応、ベルなりに努力はしてる。成長もかなり早い。剣姫と比べるのは酷な話だから、もしかしたら、奇跡が起これば、隣に立てるようになる日が来るかもしれない。

 

全く、あいつも、つくづく厄介な相手に慕情を募らせたもんだ。

 

「逃げるんです......。」

「......は?」

「え?」

 

剣姫の要領を得ない発言に、俺とサガミは戸惑ってしまう。

 

「何回か街で見かけて声かけたんだけど、毎回"ごめんなさい"って叫びながら逃げちゃって......。」

 

 

 

――しばしの沈黙。

 

「......な、何してんのあの子。」

「......」

 

サガミは呆れて額に手をやり、俺は絶句してしまった。一体何をやってんだあのアホは。

 

「ま、まぁ、照れてるだけだろ。きっと......」

 

そう言うのが精一杯だった。

 

「そう、ですか......」

 

徐々に小さくなる剣姫。やめて!シュンとしないで!てか、怪物祭の時も思ったが、剣姫って意外に普通のやつなのか?

 

「それはそうと、そっちは何でここに?これからダンジョン探索の帰りか?」

 

慌てて俺は話題を変える。

 

「お金がなくて......。」

「......はい?」

 

またしても困惑。話がなかなか噛み合わない。え、お金?金欠だったからダンジョンに潜ってたの?

 

「アイズが貸し出してもらってたレイピアをぶっ壊しちゃったんだー。ちなみに、お値段は4000万ヴァリス。ヤバイよね。」

 

てへへ。と笑うのは、こちらもロキ・ファミリアの一員である、ティオナ・ヒリュテ。大剣を装備して暴れ回るその姿から、つけられた二つ名は大切断(アマゾン)

 

そして、後方には九魔姫(ナイン・ヘル)怒蛇(ヨルムンガンド)。そして、勇者(ブレイバー)に加えて、怪物祭(モンスターフィリア)で馬鹿みたいな魔力を爆発されていたエルフっ娘。

 

本当にこのメンバーで金稼ぎにいってたらしい。なんというか、コメントに困る。

 

「......」

「そ、それはヤバイですね......。」

 

俺はまたしても言葉を失い、サガミは目を泳がせている。本当に、一体全体何をやってんだ、この人達は。

 

バツが悪そうに頬を赤らめる剣姫。なんというか、アイズ・ヴァレンシュタインの意外な一面を垣間見た気がした。

 

 

しばし、和やかな空気が流れる中、フィン団長は剣姫を下がらせると、再び俺の前に立った。

 

飛んできた鋭い殺気に、思わず俺は顔をしかめる。

 

「人も少なくなってきたことだし、少し付き合わないか?」

 

長槍を構えて、俺に向ける。手合わせ願おうか。つまりはそういう意味だろう。だが、オラリオ随一の冒険者が、たかだかLv.3の俺に戦いを挑む理由など、到底見つからなかった。

 

「団長!?」

 

ティオナの姉であるティオネが慌てて止めに入り、剣姫達も駆け寄ってこようとするも、フィン団長はそれらを手で制する。

 

「......何のつもりです?」

 

真意を図るように、俺は冷静に、ゆっくりとフィン団長に問いかける。

 

「なに。今日は少し暴れ足りないと思っていたんだ。そんな時、噂の"帝国の三銃士"。その一人が目の前に現れた。これは、手合わせ願うしかないだろう?」

 

ひくり、と俺の頬が引き攣った。ロキ・ファミリアの団長ともなれば、他国の情報に精通していてもおかしくない。だが、長らく呼ばれていなかった二つ名を耳にした俺は、ただただ不快な気持ちにさせられた。

 

「アンタ......」

「そんな目をしないでくれ。別に喧嘩をふっかけてるわけじゃない。それに、君が可愛がってる少年と僕達の差を確かめる、いい機会なんじゃないかな?」

 

色々と思わせぶりな人だ。爽やかな雰囲気に、一瞬だけハヤマを思い出したが、あいつはここまで食えない奴じゃなかったと思う。そして何より、この凶悪な殺気(プレッシャー)あいつ(ハヤマ)とは、似ても似つかない。

 

「今日は少し暴れ足りなかったんだ。少しだけ楽しませてもらうよ。」

 

 

 

――初めの一撃は見えなかった。

 

殺気の矛先を感じ取り、反射的に横に飛んだのは覚えている。

 

 

 

そして、逃げ惑うように地面に転がった俺の姿を、フィン団長は無表情で見下ろしていた。



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2-4.デートのち勇者②

他力に頼るのは本意ではなかった。

もっと言うと、悔しかった。

何年も一緒に居たのに、何も出来ずに離れ離れになってしまった私達。 

既に、後悔は無駄だ。

いつの日か、笑って再会するためにも、今は他力であろうと何であろうと、縋ってやろう。利用してやろう。


もう、形振り構うつもりはなかった。


――薄暗くなった空き地に響く、轟音

 

大広場の一角では、何事だと言わんばかりに、探索帰りの冒険者達が少しずつ数を増やしていく。

 

「ヒキガヤ君......」

 

私はというと、思わず祈るように手を合わせて彼を見つめていた。一歩踏み出そうとして立ち止まる。そんな無駄な行為を、先程から続けている。

 

見かねたのか、ヒラツカ副団長が私の肩に手を置き、首を横にふるふると動かした。

 

「ユキノシタ、辛いなら先に戻ってもいいんだぞ?」

 

私とヒラツカ副団長は、今日中にはオラリオを発つ予定になっている。主神であるアシュタルテ様の身辺調査など、色々とやることもある。もう少しこの地に留まっていたいのが本音だが、私達はのんびりとしていられないのが実情なのだ。

 

ヒキガヤ君が居なくなってから、彼女の動きはさらにきな臭くなってきている。先日も、他の神を打ち倒して大勢の団員を引き込んだばかりだというのに、また侵攻の準備を進めている。

 

それこそ、オラリオに旅行に来たことすら、彼女からの指令でもあった。

 

オラリオにおける現在の勢力図を調査し、同時に複数の侵入ルートを探せとの仰せだった。ヒキガヤ君は作戦から外れていたから、基本的に私達とは別行動だったが。主神、アシュタルテはヒキガヤ君にやたらと拘っているように見えた。基本的に過保護だったし、遠征にも同行はさせなかった。

 

まぁ、何かと歪んだ感情は感じていたし、ハヤマ君もそこら辺を危惧してヒキガヤ君を引き離したんだろう。例のスキルについて打ち明けられた時は、流石にアシュタルテ様のところに怒鳴りこもうとしたものだ。

 

彼女が狙って顕現させたわけではないだろうが、なんというか、フォローの一つもしていないらしい主神に怒りを覚えた。結局、ヒキガヤ君に止められたのもあって、私が動くことはなかったが。

 

会った頃はそうでもなかったが、最近のアシュタルテ様は何を考えているかわからなかった。ここ1ヶ月で引き込んだファミリアの数は、数えること、6つ。戦力を次々と膨らませて、一体何をしようというのか。まるで、どこかに戦争でも仕掛けようとしているようにしか見えなかった。

 

そして、いよいよというか先日の集会で、今年中にオラリオを落とす意向であることが告げられた。聞くところによると、帝国政府にも根回ししており、各方面から助力も得られるらしい。......愚かすぎる。幾らオラリオの魔法石とダンジョンが魅力的だからといって、武力で奪おうとするなど。

 

......旅行中の彼は彼で、ファミリア内の人間関係維持に尽力してくれていた。それがまさか、あんなことをしでかすなんて思わなかったけど......。

 

思い返せば返すほど、私達には落ち度しかなかった。

 

余裕が無かったとはいえ、私とユイさんだけでも彼を気遣ってあげれば、彼が少しでも頼ってくれれば。

 

3年以上も一緒にいながら、結局は一番大切なところで離れ離れになった。なるべくしてなった。

 

ハヤマ君の狙い通り、ヒキガヤ君を私達から引き離すにしても、別れ方というものが......なかったか。事情を話せば彼はきっと"また"矢面に立つ。

 

 

というか、頭のいい彼のことだ。

 

 

私達のファミリアが良からぬ方向に進んでいると、間違いなく感じているだろう。だからこそ、ヘイトをハヤマ君や私に向けてくれれば、きっと戻ってこようとは思わない。

 

「いえ。彼の辛さに比べればこれくらい......私が弱音を吐くわけにはいきませんから。」

 

そう。私は弱音を吐くわけにはいかない。聞くところによれば、ヒキガヤ君は"良い場所"に拾われたようだ。ちゃっかり後輩なども作って、戸惑いながらも毎日を生きてくれているらしい。

 

五体満足で生きていてくれるだけでいい。今度は私達が頑張るから。作ってあげられられなかった居場所――今度こそ私が貴方を護ってみせる。

 

尤も、彼が抱える厄介な"体質"やスキルについて力になることは、ついに出来なかった。そこは、フィンさんが責任を持って何とかすると言ってくれた。恐らく、この戦闘もその一環なのだろうが、果たしてどうなるか......。

 

 

吹き飛ばされるヒキガヤ君の姿を見て、胸が傷んだ。

 

今更ながらに、"彼"が言っていた言葉の意味を思い知る。 

 

 

 

――任されたよ。だけど、やり方(・・・)は僕に任せてもらおう。

 

 

 

ドSめ......

 

思わず私は、心の中で舌打ちを鳴らした。

 

 

 

✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞✟✞

 

 

 

当たらない、避けられない、逃げられない

 

互いに打ち合うこと10分と少し。

 

ハチマンの攻めは悉く弾かれ、かわさる。対して彼は、フィンの攻めを避けきることすらできない。直撃こそ回避しているが、小さなダメージが、徐々に徐々に、積み上がっていく。累積して、大きな打撃となっていく。

 

そんな中、ハチマンが目の前の男に対して感じる感情は、畏怖――そのもの。

 

勇者(ブレイバー)......Lv.6。ここまでなのかよ......」

 

声が震える。これは、彼の率直な気持ちを表した言葉だった。だが、畏れを感じると同時に、嬉しくもあった。

 

かつて己が憧れた領域に、目の前の男は足を踏み入れている。それはやはり、自分では届かない。届くはずがない領域であること。それを、改めて分からせてくれた。

 

幼き日に憧れた、あの女性(ひと)のようには、自分はなれない。だけど、それならそれなりに這いつくばって生きるしかない。彼はそう思っていた。

 

だが、目の前――フィン・ディムナは、勝ちを諦めているような、達観したような態度をとっている、そんな彼に不快感を感じていた。

 

自分から距離をとりつつ、息を切らしながら剣を構えるハチマンのことを、挑発するような、見下したような笑みで見つめ、フィンは口を開く。

 

「......君にいいことを教えてあげよう。君達の、正確には、君の妹さんの父親のことだが......」

 

ハチマンは一瞬目を見開いたが、すぐに興味がなさそうに気だるげな表情を浮かべる。

 

「......死んだ奴のことに興味はない。」

 

彼等の父親、ユイト・ヒキガヤは、ハチマンとコマチが幼き日に死んだ。紛争地域の救助活動中に、女の子を庇って致命傷を負ったのだ。結局、ユイトが少女を庇ったすぐ後、彼らの周りで大爆発が起こり、その後、彼の姿を見たものは居なかったそうだ。間違いなく、呆気なく死んだのだろう。ハチマンは疑いなく、そう思っていた。

 

殆ど家におらず、挙句いつの間にか死んでいった父親。そのお陰で、自分はともかく、コマチはとてつもなく辛い想いと過酷な境遇を強いられた。

 

世間的には褒められた行為でも、ハチマンは父の行為を肯定はできなかった。納得はできても、認められなかった。今も尚。

 

 

嫌悪感を滲ませるハチマンに無表情で視線を送り、フィンは言葉を続ける。

 

「最後まで聞くんだ。まだ君の、君達の父親は、生きている。何処にいるか、大体の当たりもついている。なにせ、僕も彼とは浅からぬ因縁があってね。」

 

ハチマンの呼吸が更に早くなる。そして、目の前の男が何を言っているのか理解するのに、さほど時間はかからなかった。

 

「......」

「君が勝ったら、続きを話してあげるよ。どうだい?」

 

 

差し出される提案。普通に考えれば、オラリオトップの冒険者に勝つなど、不可能。

 

「......は、はは。」

 

だが、ハチマンは身体を震わせながら笑い、剣をフィンに向けた。

 

「......乗った。その代わり、嘘だったら死んで詫びてもらう。アイツの話は、俺達兄妹にとってそれだけの意味を持ってんだ......!」

 

子供を守れないような親が、一体何を護ろうというのか。実の子であるコマチに、あそこまで辛い思いをさせた男が、一体何を守れるというのか。だから、ハチマンは偽善者が嫌いだった。  

 

そいつが、のうのうと生きているというのだろうか。彼等の前に顔も出さずに。

 

「ぐ......オオオオオオォォォォ......!」

 

禍々しい雄叫び、そして、全身から発せられる、どす黒い空気(オーラ)。周りのギャラリーから悲鳴が上がる。歴戦の冒険者達が後ずさりするほど、この時のハチマンは禍々しかった。禍々しすぎた。瞳は紅く染まり、彼の全身から、黒いモヤのようなものが湧き上がってくる。

 

「そうか。......これが、"君"かい。やっぱり、血は争えないものだね。」

 

既に、ハチマンの耳にはフィンの言葉は届かない。いや、正確には、遠くにしか、聞こえない。

 

張り詰めた空気がぴりぴりと、周りを震わせる。

 

辺りは少しずつ、暗くなっていた。

 

フィンはじっと槍を構えながら、真っ直ぐにハチマンを見据え、次に彼がどう動くのかを見定めている。対するハチマンも動かない。いや、この場合は動けないと言った方がよいだろう。

 

朦朧とする意識の中、目の前の小さな男に勝利するビジョンは、悉く八つ裂きにされる。踏み込んだ瞬間、目にも止まらぬカウンターが飛んでくる。距離を取ってカウンターを狙おうにも、凄まじい速さで間合いを詰められて防戦一方になる。魔法で攻撃したとしても、倒しきるのは不可能。何より、彼の魔法は"燃費"が悪い。持久戦になれば間違いなくマインドダウンで倒れてしまう。

 

「......さて、と。それじゃ!」

 

先に動いたのは、勇者――フィン・ディムナ。

 

響いたのは、鮮烈な風切り音。迫るのは、フィンの愛槍ドラグーンの切っ先。ハチマンはそれを、真正面から受け止めた。

 

「が、はっ......!?」

 

アームガードと短剣を用いて、槍の進撃を何とか静止する。それと同時に、ハチマンの視界は反転し、身体は真横にひっくり返る。

 

フィンは防がれたと見るや、その手に握られた槍を離し、回し蹴り。状況判断の早さ、そもそものステイタス、全てにおいて劣っている。

 

フラフラしながら立ち上がるハチマンを、フィンは目を細めながら見つめ、地面に落ちた槍を再び手に取る。

 

その様子を、野次馬もといギャラリー達は戸惑いの表情で見守っていた。

 

フィンの後方で戦況を見守っている、ティオネとティオナも同様だ。

 

「うあっちゃー......。容赦ないなぁ。」

「......団長らしくもない。何であんなに......」

 

ティオネとティオナはハチマンを気遣う。今のフィンは、それなりに本気を出しているように見える。そして、怪しげな能力を持っているようだが、所詮はLv.3。フィンと相対するなど、無謀以外の何者でもない。

 

「ウアァァァァ!」

「駄目だ」

 

獣のように飛びかかり、剣を振り回し――再び、吹っ飛ぶ。

 

呼吸は乱れ、ぼんやりとする頭。そして、視界はチカチカしていた。だが、それでも彼は、ゆらりと立ち上がる。

 

「......ゾンビじゃないんだから。君の、その無茶苦茶な戦い方はどうかと思うよ。」

 

フィンが呆れたようにそう言った後、恐ろしい速度の突きがハチマンの鳩尾を突く。だが、攻撃をまともに喰らいながらも、反撃。前のめりになったフィンの攻めを甘んじて受けつつ、手にしていた短剣を一閃した。

 

「っ!」

 

一瞬だけフィンは顔を歪める。頬に短剣が掠った。だが、掠っただけだ。

 

「君は......痛みに慣れすぎているね。」

「......はは。流石、レベル6。よく......見てる......」

 

ハチマンは自嘲するような笑いを浮かべ、短剣を構える。痛みは確かに感じる。だが、彼は痛いことへの恐怖は感じていない。痛覚はあるが、それを恐ろしいと感じることはないのだ。もっと言うと、自分の身体、命に執着がない。だから、生存本能であるはずの、"痛みへの恐怖"もない。

 

だからこそ取れる、捨て身の戦法。

 

ハチマンか格上の相手と戦う時は、いつも半殺しかそれ以上の深手を負う。その代わり、殺し合いには負けたことがなかった。

 

ユキノやユイに出逢うまで、仲間に恵まれず、一人で妹を守ってきた彼が編み出した、立派な戦法。

 

「ぐ......」

 

既にハチマンは、かなりのダメージを喰らっていた。そして、意識が朦朧とする中で、彼の意識は先程よりと更に、どす黒いものに染まっていく。

 

 

 

 

――殺してしまいなさい。嬲ってあげなさい。悲鳴を聞くのが好きなんでしょう?苦しみと嘆きに喜びを感じるのでしょう?

 

 

 

耳元に、妖艶な女性の声が響く。

 

 

 

 

「ぐっ......ウガァァァァァァ!!!」

 

またしても飛びかかり、狂ったようなステップと斬撃。

 

「......疾いな。」

 

防ぎながらも、フィンは感嘆する。ドーピング状態とはいえ、このスピードはオラリオでもついていける者はそういないだろう。

 

「ウナレ......」

 

まるで螺旋のように、ハチマンは抜刀した刀を振り回し、今日初めて、フィンの身体を捉える。

 

 

――黒刀鴉羽(こくとうからすば)

 

先程、新しく仕入れた一品。

 

 

フィンは目を細め、自らの槍で防ぐも、一刀、二刀と身体を掠めていった。だが、隙は多い。これなら、カウンターで沈めることも容易だろう。

 

猛撃を耐え凌ぎながらも、フィンはそう思った。

 

勢いに任せてハチマンは刀を両手に振りかぶる。フィンはそんな彼を視界にしっかりと捉えつつ、槍の持ち手部分を思い切り上に突き上げた。丁度、心臓辺りにヒットすると、呻き声とともに、ハチマンは後方へと吹っ飛んだ。

 

先程よりも更にどす黒いオーラが、ハチマンの周りを漂う。地面に膝をつき、息を切らしながらも、彼はまるで獣のように、反撃の機会を探っているようだった。

 

もはや、彼の言葉は言葉になっていない。

 

 

――呻き声。まるで獰猛な獣のようだ。

 

 

「......ここまでするつもりはなかったけど、試してみる価値はあるか。リヴェリア。後で彼を治療してやってくれ。ついでに僕も。」

「フィン、お前......」

 

すぐ後ろに控えていた盟友に声をかけ、フィンは大きく息を吸い込む。

 

彼が"飲まれる"ことがあるのは、ハヤマ君とユキノさん、シズカさんからも聞いていた。

 

だが、これは飲まれるなどという生易しいものではない。かつてフィンが見上げるだけだった女性がいた。壊れるか保つか、絶妙なバランスの中で戦っていた女性がいた。そして恐らく、ハチマンの壊れ方は彼女以上だということは、フィンにはよくわかった。

 

既に彼は自分をコントロール出来ていない。だが、まるで自我を保とうとするかのように、自らの胸に爪を突き立てている。

 

ある種、彼の原点でありトラウマである人物を挙げて、煽ったのはフィン自身だ。だが何も、虐めるためにそうしたわけではない。

 

彼女も最後は自分に打ち勝った。その姿を、幼いながらもフィンは見ることが出来た。

 

それからだ、フィンが英雄に憧れたのは。勇者を名乗ったのは、何も一族の復興のためだけではない。

 

「......恐れるな。僕は君より何倍も強い。間違っても死にはしないさ。」

 

今となっては忘れ形見。だが、こんな所で会えるなどと、フィンは夢にも思っていなかった。

 

「ぐ......オオオオオォ!」

 

ハチマンが無言で剣を振るうと、暗黒色の小さな球体がフィンに向かって投げ出される。それを、ロキ・ファミリアの団長であり、オラリオの"勇者"である男はひとつ残らず捌いてみせる。

 

「ホロビヨ......」

 

両手で握りしめた長身の刀を、思い切り振り下ろす。

 

ハチマンの動きは早かった。が、単純だった。隙だらけだった。消耗した状態で、格上も格上。力の差がある相手との力勝負など、具の骨頂。

 

槍をしっかりと構えたフィンに、彼はまたしても吹き飛ばされる、筈だった。

 

 

 

「やめなさい。ロキの子よ。」

 

 

 

神々しい。正に、その言葉が相応しすぎる程に相応しかっただろう。

 

ハチマンを庇うように、両手を広げて立ち塞がる彼女の姿は、やはり、慈愛の女神そのものだった。

 

 

「っ!?」

 

 

無意識に、ハチマンは刀を止め、体勢を崩して地面に転げ落ちる。

 

そして、フィンの槍は、鋭い金属音と共に弾き飛ばされた。

 

「......本当なら、ボコボコに叩きのめしてやりたいところだけど......」

「ルノア。いいから。」

 

女神の制止を受けて、黒拳の少女はフィンを睨みつけながらも、拳を収める。だが、その身体はワナワナと震えており、今にもフィンに向かって飛びかかりそうな雰囲気を醸し出している。

 

「黒拳に......女神デメテルか。......そうか。彼は貴女の眷属だったね。」

 

地面に転がった槍を拾いながら、フィンはデメテル達の方に視線を送る。やや、バツの悪そうな表情を浮かべながら。

 

「貴方にしては些か、意地悪が過ぎるのではありませんか?これ以上遊ぶつもりなら、こちらにも考えがありますよ?」

 

倒れ込んだハチマンの傍に駆け寄った後、デメテルは淡々とフィンに警告の言葉を述べる。二人のやりとりを聞いていたデメテルとしては、事情がありそうなのは百も承知していたが、それでも全くもって腹立たしいのは事実だった。

 

「......やめておこう。貴女と事を構えるつもりはないさ。だが、"君"はこのままじゃ先はないと思う。"それ"はわかっているんだろう?」

「余計な......お世話、だ。ロキ・ファミリアの団長様は、ドSかよ......」

 

フィンの忠告に対して、ハチマンは息も絶え絶えになりながら、デメテルの腕の中で何とか言葉を返す。

 

「それだけ喋れるなら大丈夫かな。......女神デメテルに黒拳さんも。今度、謝罪に寄らせてもらうよ。」

 

フィンはデメテル達に向かって、ペコリと頭を下げる。

 

「......貴方のことは憧れでした。今もそうです。」

 

いつの間にか近くに来ていたミナミが、フィンに向かって一歩踏み出す。

 

「......」

 

フィンは言葉を発さずに、目の前の少女の言葉を待つ。

 

「でも、先程の貴方の行為は決して肯定できません。私も"少しは"ヒキガヤの事情は知っていますが、間違ってもあんな強引で雑な真似はしません。勇者フィン。今日だけは、貴方のことを軽蔑します。」

 

ミナミはユキノ達程ではないが、ハチマンの事情を知っていた。とは言っても、オラリオに戻る少し前に、たまたま小耳に挟んだだけだったが。

 

「そうかい。」

 

フィンは一言だけ、少女にそう返した。なんだ、オラリオに来ても"相変わらず"いい仲間が居るんじゃないか。そう心の中で思いながら。

 

「......覚えとけ。」

「え?」

 

もう一人の少女の声に、フィンはそちらに視線を変える。ルノアの声は震えていた。不思議なものだが、会って一週間程度の少年は、既に彼女にとって"手のかかる"身内のような存在になっていた。

 

彼の不遇な姿を、無意識に昔の自分に重ねているだけなのかもしれない。純粋な善意から来るものでもないかもしれない。それでも、彼女は言わずにはいられなかった。

 

「せいぜい、上から見下ろしとけ......。だけど、この子はいつか、アンタのことを追い越す。"私"が超えさせてみせる。」

 

かつては自分本位な賞金稼ぎ。彼女自身認めているように、血に汚れた、お世辞には綺麗とは言えないその手。だが、確実に、彼女の中で何かが変わりつつあった。

 

「......楽しみにしておくよ。」

 

フィンは一瞬だけ目を見開いた後、仲間の下へと戻っていく。その姿を、ルノアとミナミは憎々しげに見つめており、デメテルは表情を変えずに見送っていた。

 

やがて、ギャラリーも徐々にまばらになっていき、先程まで激しい戦いの場と化していた広場には、暗闇と静寂が訪れる。

 

「大丈夫ですか?ハチマン。......あら?」

 

察したデメテルは、ハチマンの顔を両手で優しく包み込んだ。

 

「......なんで、逃げない、んだよ......。」

 

ハチマンは先程の"醜い"姿を見られたとわかったとき、契約を打ち切られると思った。今迄の神がそうだったし、ユキノ達、そして、一つ前の主神を除いた仲間達は、大体が彼から離れていった。だから、デメテルもルノアも、ミナミも逃げ出すと思った。

 

「何を言ってるんだか。......よく頑張ったわね。あの化け物相手に、あそこまで戦えるなんて。正直、惚れちゃいそうだったわよ?」

「......馬鹿なんすか?」

 

悪戯っぽく微笑む女神に、ハチマンは本気で呆れた。本当に、不思議な女性(ひと)だと思う。

 

「頑張った。頑張ったのよ。だから、讃えることはあれど、逃げるなんて有り得ないわ。それこそ、母親失格でしょ?」

「ま、私も大概化け物って言われてるし、似たようなもんでしょ。」

「......腐れ縁だからね。それに、"あの"小心者のヒキガヤだし。今さらアンタにビビったりしないって。」

 

 

想い想いの言葉。それぞれが、心から出た本物の気持ちだった。

 

 

痛みも怖さも感じないが、暖かさだけは、確かに感じた。

 

 

――暗闇の中で静かに響いたのは、確かな嗚咽だった。

 

 

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次回:雪の妖精



「フィン殿。私はまだ20代です。そう、20代なのです。」
「そ、そうかい......失礼したね。」

オラリオの勇者を前にして、自分の年齢についての力説を続けるヒラツカ副団長を横目に、思わず私はガックリと肩を落としてしまった。

ここまで来て年齢のアピールをしないで欲しい。まぁ、30手前に追い詰められて、焦るのはわかるのだけれど。



――これは、表舞台ではない、裏側の話。

コソコソと動き回りながらも、彼を見守る者達の、お話。



私は全力で戦うわ。ヒキガヤ君。



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ユキノ・ユキノシタ(前衛・剣)

年齢:17歳  
出身:帝国領ヴァルドリンド
所属:アシュタルテ・ファミリア
二つ名:氷の妖精

Lv.3

力:C601
耐久:D559
器用:A898
敏捷:S922
魔力:D599
疾風:I
先読:G 

«魔法»

ミーア・ティアラ
全体回復(小)

氷の嘘(アイシクル・ダウト)
魔力付与(氷)

«スキル»

氷乱刹那(ひょうらんせつな)

常時発動可能。氷の雨を無数に降らせ、目の前の敵を八つ裂きにする。


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