シャイニング・ブレイド 涙を忘れた鬼の剣士 (月光花)
しおりを挟む

プロローグ

にじファンで書いていたものです。

よろしければご覧いただき、感想などありましたらよろしくお願いします。

では、どうぞ。


  Side オリ主

 

 さて、皆さんはじめまして。

 

僕の名前は伊吹黎嗚。イブキ レオと読む。

 

名前の意味は、黎明を知らせる鳴(おと)、と言うものらしい。ちなみに黎明といのは、夜明け、または文化・時代・物事の始まりを意味する言葉だ。

 

でもよく考えたら、レオって人に付ける名前じゃないよね。子供の頃はカッコイイと思ったけど、今になってみると自己紹介の度に恥ずかしくなる。

 

僕の家、伊吹の一族は、土地神を奉じる霊的な氏族……まあ、古くから特殊な力で幽霊のお祓いや物の怪退治をして日本に名を残している“陰陽師”に似たものだ。

 

三重県にある実家は立派な神社と共に建てられていて、政治に関しても少しは影響力を持っているそこそこの名家だ。最も、その権力の理由を知る人間はかなり少ないだろうが。

 

今ではその能力と伝統はほぼ失われつつある(むしろ積極的に捨てようとしている)が、僕が4歳の頃まで生きていた曽祖母の人は確かに特殊な力、霊能力を見せてくれた。

 

しかも、聞いた話だと、伊吹家の先祖は鬼だったらしい。霊能力を見ただけあって、先祖の話も、あながち推測ではないと思う。

 

そして僕は、その伊吹本家の2番目の次男として生まれた。その上には、1つ歳上の姉が1人いる。

 

姉さんの名前は伊吹志摩。こちらはイブキ シマと読む。

 

志摩という名前は地名でもあり、それを人の名とするのは地霊の加護あれという、一種の祝福の意味をこめているのだ。僕は次男だから、そういう意味の名前は付けられないらしい。

 

というか、どういう意味を込めて黎嗚なんて名前を付けたんだろう?

 

そんな僕と姉さんは家の内外で大切に扱われた。でも、その代わりに父さんや母さん、親戚の皆は僕達に一切の愛情を向けてはくれなかった。

 

その理由は、多分僕と姉さんが曽祖母様の持つ異能、霊能力の素質を強く受け継いでしまったからだと思う。はっきりした理由は不明だが、それを直接訊けるほど幼かった僕と姉さんに勇気は無かった。

 

まあ、素質を強く受け継いだと言っても、強い資質を持って生まれたのは姉さんの方だ。僕にも素質があるのは間違いないらしいが、姉さんを100とするなら、僕は20か30程度だ。

 

大おばあ様から色んな術を教えてもらったけど、僕と姉さんじゃ精度に明らかな違いがあった。

 

そんな扱いを受けてきたからか、僕と姉さんの仲は比較的に良かったと思う。少なくとも、伊吹家の中で気を使わずに話せたのは曽祖母様と姉さんだけだった。

 

 

 

 

そんな僕だけど、両親にはもちろん、仲の良い姉さんにも言ったことがない変わった体験を幼いときから積み重ねている。

 

それは、僕が時折夢などで見る『別の誰かの記憶』だ。

 

最初は時折夢に出てくるだけだったが、僕の中に異能の素質が宿っていると知った時から昼間でも頭の中に出てくるようになった。曽祖母様に聞いた話だと、これは夢見の力らしい。

 

ただ、僕が夢で見る映像はそんなに長くないし、夢だから忘れることもよくある。

 

その夢の人の名前は未だに分からないが、性格は温和で、人との衝突は避けるタイプだった。それに細かい気配りができるみたいで、周りからも慕われていた。

 

でも、何でだろう……その性格のせいでやたら損な役割をしてた気がするな、あの人。

 

その人は夢の中で2本の小太刀を振るっており、相当歴史の根強い古流剣術を習得していたようだ。名前は確か……永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術……だっけ?

 

しかもその人は、その流派で歴代最強クラスに届く程の実力者だったらしい。夢で見た限り、素人の僕でも分かるほど無敵に近かった。

 

そして、そんなカッコイイ剣士の姿を見てしまった僕は、幼いながらも夢の人のように強くなりたいと願い、人生最大の目標を持った。

 

それから僕は、夢で見た動きを参考にしながらずっと鍛錬を続けている。今でもそれは変わらず、気が付けば随分と筋肉の付いた体になった。

 

けど、最初は本当に苦労したものだ。

 

体が出来上がっていない子供の体では満足に木刀すら振れず、何度体がぐらついて地面を転がったことか。その度に姉さんに心配を掛けてしまったのも申し訳なかった。

 

けど、初めて木刀をブレずに振れた時は本当に嬉しかった。姉さんはもちろん、世話係の使用人達も自分のことのように喜んでくれた。

 

そして、本格的に夢の人を目指す鍛錬を始めた。

 

こちらは木刀を振れるようになるまでとは難易度が別次元だったが、それと比例する位に一生懸命になれたし、楽しかった。

 

まず永全不動八門……長いから夢で呼んでいたように『御神流』で……その流派の基本動作の初歩の技『斬』。

 

御神流は普通の剣術とは違って小太刀を使うため、普通に斬るのではなく、引き斬る方が多い。この戦い方を総じたのを『斬』と呼ぶ。

 

それを体得しようと鍛錬を重ねたのだが、少しでも動きに乱れが出ると、夢の中の人が怒鳴るように間違いを教えてくれるような錯覚を何度も感じた。

 

まるで夢の中の人がすぐ傍で師匠のように教えてくれているようで、初めは見よう見真似を覚悟した僕の体は、記憶の中の御神流の技を徐々に体得していった。

 

 

 

 

 そして、僕と姉さんは中学校を一年違いで卒業し、両親の“決定”で聖ルミナス学園に入学した。

 

知人の経営する寮付きの学園できちんと教育してもらう、というのが“表向きの理由”だが、本当は疎ましい僕達を遠くにやりたいだけだったのだろう。

 

僕と姉さんも異論は無かった。まあ、有っても聞いてくれたとは思えないが。

 

でも、この時の決断は、僕達にとっては牢獄からの出口になった。

 

少なくとも、僕の方は少なからず日常の形が変わった。

 

御神流の鍛錬しかすることも出来ることもなかった僕は、殆どの同年代の男の子が関心を示すこと、本や音楽などの様々な娯楽に興味を持った。

 

こっちに来てからすぐの話だが、小説に書かれていた剣技を真似できないかな、と思い、小さな神社で小太刀サイズの2本の木刀を振り回したのは正直、黒歴史だ。

 

頭の中に叩き込んだ動きを幾つか真似ることが出来て、調子に乗ってしまった。

 

だが最悪なことに、神社にいた巫女さんにその現場を少し見られてしまった。

 

恥ずかしくて全速力でその場から逃げ出したので、巫女さんの顔は覚えていない。あちらも僕の顔を覚えていないことを祈るばかりだ。

 

だけど、失っただけではない。代わりに得る物もあった。

 

スラント、バーチカル、ホリゾンタル、ソニックリープ、この4つの動きはもう完璧に物に出来た。二刀小太刀の片手でも再現できるほどに。

 

参考にした小説は、察してください。

 

だけど、今度から剣技の再現練習は絶対に人が来ない場所でやろう。やめようとしない僕も悪いけど、姉さんに見られたりしたら恥ずかしすぎる。

 

 

 

 

 そして、僕は今17歳となり、来年は受験を控えている身なのだが、この学園に入学してから今に至るまで、僕の周りは色々大きく変化した。

 

まず、一番大きい変化は、姉さんが死んだことだった。

 

冬休みの学園で起こった怪物騒動や神隠し。これの犯人が姉さんだった。この事件で、少なくとも5人以上の死者が出ている。当然、実行犯も姉さん。

 

原因というか、動機は……姉さんの恋人、森崎(もりさき)景一(けいいち)に他に好きな人が出来たことで、姉さんはその人の心を大おばあ様に教えてもらった術で『処理』したらしい。

 

でも、心を変えることが出来た代償に、恋人の肉体は原型を失ってしまった。そこで姉さんは、学園に封印されていた悪霊を自身に取り込み、今回の騒動を引き起こした。

 

う~む、まさか姉さんにヤンデレの属性があったとは夢にも思わなかった。

 

その狙いも過程もまったくわからないが、とにかく、姉さんは死んでしまった。遺体も無い。

 

 あと、その騒動が起こった時、僕は病院で昏睡状態になっていた。こちらの原因も姉さん。

 

クリスマスの日に姉さんに呼び出されたのだが、場所に着いた途端、僕は見えない力で拘束され、体の中に詳細不明の『力』を溶け込まされた。

 

マトモに説明出来てないのはわかってるけど、そうとしか言えない。

 

姉さんは、自分が手に入れた力の“問題が無い部分”と言っていたが、体中を沸騰するような熱が駆け抜け、体内で何かが激しく脈動したあの時は、まったく理解できなかった。

 

その後、気を失った僕は病院に運ばれ、2、3週間は眠り続けていた。

 

目が覚めれば全て終わっており、今回のような化け物騒動に精通した学園長から、事件の詳細を教えてもらったのだ。

 

とりあえず真相を知った僕は、他人の目を気にすることなく、親しい家族の死に涙を流した。

 

本当に長く、本当にたくさん。

 

この時の涙が、僕の知る限り、最後に流した涙だった。

 

 

 

 

 それから、学園長の配慮で姉さんの葬式を行った。

 

ろくな遺品も、遺体も無く、参加人数も少ない葬式だったが、死んで弔われるのは人間として当たり前のことだ。弟の僕にしか、姉さんの墓を作ってあげられない。

 

葬式を終えると共に、僕は姉さんの死に踏ん切りをつけて、1人で生きていくことを決意した。

 

まあ、踏ん切りはついても吹っ切れたかは微妙だけどね。

 

伊吹本家の人間は姉さんの葬式に誰一人として出席しなかったが、お金の仕送りは続けてくれた。学園長も学園に存学させてくれたし、生きていくことは可能だった。

 

だが、僕を見る学園の生徒達の目は、次の日から異物、化け物を見るような目だった。まあ、姉さんの弟ってだけで、怖がるには充分な理由だろうね。

 

しかし姉さん………なんて置き土産を残してくれたんだ。

 

見下すのではなく、怖がられたことで、幸いイジメは一切無かった。代わりに、学園で普通に話せる人は一切いなくなったけどね。

 

あれ? 気のせいかな? 目から変な汗が出てくるよ。

 

誰かと遊ぶことも無かったから、テストでは高得点を取れたし、同じ理由で御神流の鍛錬にも充分時間を使うことが出来た。ただ、テストの答案を回収したり、体育の授業でペアになった子がいつも青褪めた顔をするのは、流石にイラついたよ。

 

そんなことがあるので、僕は自然とクラス全員で取り掛かるような行事をサボるようになった。基本的に屋上や人のいない場所で時間を潰してる。他人に気を使って不良になるって……この結果はどうなんだろう?

 

まあ、苛立ちや怒りを抑える為にタバコや飲酒をしているし、否定も出来ない。姉さんが埋め込んだ力のおかげなのか、酒にはこの上なく強いし、肺はいつまでも綺麗なままだ。

 

そんな半不良ライフを満喫している僕ですが、どうにか生きております。

 

 

 

 

 「……もう、学園での視線にも慣れたよ。本当に、アレだけ怖がられるって姉さん何したのさ。稀に廊下で肩がぶつかっただけで、その人悲鳴を上げて腰抜かすんだよ? 異常だって」

 

制服姿の僕が今いるのは、そう広くない墓場だ。目の前には伊吹志摩と書かれた墓石がある。

 

近くには黒色のボストンバッグが置いてある。先程まで遠出の鍛練の時に食うカロリーメイトなどの非常食を買いに行っていたのだ。まあ、中には食料以外の物も入っるけど。

 

一ヶ月に一度の割合だけど、僕はこうして姉さんの墓参りによく来る。墓石に語りかけるのも、もはや当たり前のことになっている。

 

「アレから剣の鍛錬をもっと厳しくしたんだ。奥義も幾つか覚えたよ。残りの奥義はまだ未熟で、夢の人にはまだ届かないけど……今日はその成果を伝えに来たんだ。あ、ちゃんと勉強もやってるよ? 先生怖がるから質問出来ないけど、この間の試験は上位に入ったよ」

 

御神流の鍛練の方は、本当に強くなっていると実感出来る。

 

姉さんの与えた力のおかげで肉体の性能が人前では本気が出せないくらいに上昇した。具体的に言うなら、20メートルくらい壁走りが出来る位に。

 

そんな感じで夢の人の動きに体がついていくようになり、体得出来る技は厳しい鍛練と共に増えていった。

 

「……あ、もう時間か。それじゃあ、今日はもう帰るよ。来月も適当な日に来るよ。ここ以外じゃ口を動かす機会なんて滅多にないからね」

 

胸ポケットに入れておいた携帯(ちなみにスマホ)を生徒手帳と一緒に取り出し、時間を確認して立ち上がる。

 

姉さんのことも、事件を解決したと言われている生徒会、四季会も別に恨んでいないが、話し相手が墓石だけという今の状況は流石に寂しい。

 

友達、とまではいかないかもしれないが、気兼ね無く話せる相手が欲しいものだ。

 

 

 

 

 そのとき、顔を上げた僕の目の前の空間が…………割れた。

 

 

 

 

「なっ!?…………ちょっ……!」

 

その超常現象に驚く間も無く、僕の体は気が付けば宙を舞っていた。

 

いや、正確には割れた空間、黒一色の穴の中に、吸い込まれていたのだ。

 

一秒と掛からず、僕はボストンバック共々飲み込まれ、上下の感覚を失い、気を失った。

 

後に残っていたのは、墓石の前に落ちている生徒手帳だけだった。

 

 




ご覧いただきありがとございます。

こっちも所々に修正や改修を加えながら更新するつもりです。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第1話 御神の剣士、立ち上がる

蓮2様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は戦闘と主人公の途中参加です。

では、どうぞ。



  Side 黎嗚

 

 「うっ……あぁ………っ」

 

暗い視界。ぼんやりと霞みがかかる意識の中で、僕は微妙な嘔吐感と共に目覚めた。

 

うつ伏せに倒れていた体を起こし、軽く頭を振って意識を覚醒させる。

 

「此処は……僕は確か…………おえっ」

 

現状を確認しようと頭を動かす。だが、あの黒い穴に吸い込まれた時に感じた上下の感覚すら失う回転のせいだろうか、軽い目眩と吐き気が込み上げる。

 

ちくしょう。なんなんだ、あの回転は……過激なジェットコースターを超えて、洗濯機の中に放り込まれたような気分だよ。

 

絶叫系が好きな人間でも、アレは絶対に吐くと思う。

 

「水ぅ~……ん?………水の音? 川かな?」

 

ねだる子供のように呟いた時、ふと水の流れる音が聞こえた。

 

側に落ちていたボストンバッグを持ち、音の聞こえた方向に歩いていくと、そこには濁りがまったく無い綺麗な湖があった。すごいや………ここまで澄んだ水見たことない。

 

僕は湖の前で手を合わせて一礼し、両手で掬った水を飲む。そのおいしさは想像以上で、僕は3、4回両手で水を掬って喉を潤し、最後に顔を洗って大きく息を吐いた。

 

そして、湖の水に夢中になっていた僕は、その時初めて自分の周りの光景を目に映した。

 

「ここ………何処?」

 

周りには、無数の大きな木が聳え立ってる。つまりは森なんだけど、こんな大きくて深い森が辰巳町の近くに、てか、地球上に存在してるもんなの?。

 

そんな時、前に偶然校内で聞いた噂話を思い出した。

 

『神隠しにあった人間の行き先は、異世界である』

 

それを思い出し、僕はもう一度周りの森を見渡してみる。

 

目に映る木はどれも立派な大木で、軽く樹齢百年は超えてると思う。中でも、湖の中心にある巨木は次元が違う。…………アレ、植物としては有り得ない大きさなんだけど。樹齢何千年?

 

 

ドドドドドッ!!

 

 

そんなことを考えていると、走る馬が土の上を踏み荒らすような音が僅かに聞こえた。

 

座り込んでいた僕はゆっくり立ち上がり、周りを見渡してみる。だけど、こんなに深い森の中では百メートル先もマトモに見えない。

 

マトモ以外に見る方法が有るけど、こんな時は今まで鍛えてきた御神流の技を使ってみよう。

 

目を閉じて意識を集中。精神を落ち着け、神経を研ぎ澄ませ、自身の感覚範囲を徐々に広げていく。

 

すると、まるで赤外線スコープを除いたように生き物と植物が閉じた瞼の内側で映し出され、感じ取れるようになる。

 

 

『御神流・心(しん)』

 

 

目に映る視覚情報を遮断し、音と気配によって敵の居場所を知る技だ。

 

しかも面白いことに、これは錬度を上げていくと、今のように植物や無機物などもハッキリと感知出来るようになるのだ。

 

そしてその結果は…………

 

(近くに複数の気配がある。数は3……6……12…いや、1つの気配が少し離れてる。追われてるのかな? だとしたら他にも………ダメか、遠くて気配を拾えない)

 

夢の人なら出来るのに、と一瞬考えてしまうが、僕は気を取り直して気配の位置をもう一度確認し、それを頭に叩き込む。

 

そしてゆっくりと瞼を開き、僕は意識を思考の海に沈めて、どうするか考える。

 

(多分、団体の方は少し離れてた方を追ってたんだよね。だとしたら、近付いたら荒事に巻き込まれるのは間違い無い。しかも、此処は本当に“異世界”かもしれない)

 

つまり、荒事は荒事でも、その詳細はまったく分からない。僕の常識から外れたおぞましい生き物がいるかもしれないし、最悪死ぬ可能性もある。

 

だけど…………

 

「無視出来るわけないよねぇ~………僕だってそんなのごめんだもん」

 

こんなことで命を惜しんでたら、僕は一生、御神の剣士を名乗れないし、名乗る資格も無い。それに………もう、誰かの死で後悔するのは絶対にイヤだ。

 

夢の人も言ってたしね。御神の剣は………守る為の剣なんだから。

 

「…………それじゃあ、戦闘準備といきますか」

 

肩に掛けていたボストンバッグを降ろし、僕は手早く『御神流の武器』を装備した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「………と、格好付けてやって来たけど………アレって、何の冗談?」

 

大体の位置は覚えていたので、団体の方にゆっくりと回り込むことは出来た。

 

僕は今茂みの中に姿を隠しているのだが、そこから見える敵の姿は、覚悟していたとはいえ、予想外も良い所だった。

 

いや、だってね…………人間がいないんだよ。

 

今見える10体の内4体は鎧を着こなし、右手にたくさんの棘が付いた棍棒を持った小さい鬼、いや悪魔のような生き物。何となくだけど、アレってゴブリンってやつかな?

 

4体は全身が肉無しの骨だけで、頭部と手足の先端に青い布を巻いている。その骸骨人間の武器は右手に持つショートソード。

 

そしてさらに2体。こちらは一番驚いたことに、下半身が馬の4本足、上半身が人間という外見をしている。ケンタウロスというやつだ。

 

その身に黒の兜と甲冑。武器にランスと楯を持っているが……見た所、あいつがゴブリンと骨人間の指揮を執っているみたいだ。

 

けど、最後の1体が見つからない。『心』で気配は感じられるけど、近くに姿は見えない。どうやら少し後方にいるようだ。

 

10対1か…………奇襲を掛けられるアドバンテージが有っても少し難しいな。しかも密集してるから、早めに察知されてしまう。

 

(どうしよう…………あれ? 何体か離れていく………分散しての捜索かな?)

 

奇襲で出来る限り相手を仕留められるパターンを必死に考えていると、突然ケンタウロスの1体がゴブリンを2体、骸骨人間を1体連れて、離れていった。

 

残った敵は6体………チャンスだ。“この程度”なら、仕留められる。

 

(装備の準備は万全、仕留める順番は完璧………それじゃ、行こうか)

 

片膝を付いた状態から両足を上下させ、一瞬だけ力を溜める。そこからバネのような要領で思いっきり地面を蹴り、跳躍する。

 

だけど、ちゃんといつも通りの力で跳んだはずなのに、僕の跳躍は隠れていた茂みを越えただけでなく、2、3メートル先の2体のゴブリンの後ろを取った。

 

おかしい、いつもと同じ力で跳んだのに明らかに距離が大きい。

 

(なんだ、この跳躍距離………ええいっ! 考えるのは後!)

 

両腕の袖の中からカチャ! と何かが外れるような音を聞き、僕は両腕を伸ばして左右の後方それぞれに横薙ぎに振るう。

 

すると、袖の中のから日光を浴びて薄く光る糸、ワイヤーが飛び出した。もちろん普通の糸じゃない。御神流が主に捕縛に使う鋼の糸、鋼糸だ。

 

ただ、鋼糸は0番から9番まで番号分けされていて、今ゴブリン2匹の首に巻きついた鋼糸は捕縛用ではなく……極細・高摩擦を発揮する3番鋼糸。

 

この鋼糸の切れ味と今の僕の腕なら、人の首くらいは斬り落とせる。

 

伸ばした両腕を一瞬で引き戻す。それだけで、背後から何かが地面に落ちる音と、遅れて倒れる音が聞こえた。

 

間違いなく死んだ。人間でないとはいえ、二足歩行の生き物を初めて殺した。

 

だけど、今は実戦。感傷に浸ってたら僕が殺されるだけだ。

 

再び袖の中からカチャ! という音が聞こえ、伸ばした鋼糸は袖の中の0番から9番までを収納する専用の改造ホルスターの下部へ吸い取られるように戻る。

 

そしえ再び走り出す。いつも通りの力で走っているつもりなのに、その速度は黒い穴に飲み込まれる前よりもかなり速い。

 

走った先にいるのは、全身骨だけの骸骨人間3体。その顔から表情なんて読み取れないけど、ちゃんと動揺して慌ててくれているらしい。

 

右手を袖の中に入れ、ホルスターの左右と上部にはめてある物を、僕から見て左の骸骨人間目掛けて、腕を抜き放って投擲する。

 

それは、鏃に似た形の刃物。御神流が使う唯1つの遠距離武器『飛針』だ。

 

投擲した飛針は左の骸骨人間の額に直撃し、カーン! と良い音を響かせる。骸骨人間はその衝撃で首が後ろに仰け反り、体勢が大きく崩れる。

 

その隙を見て僕は真っ直ぐ突っ込み、震脚と共に右の掌底を打ち込む。

 

直撃。次の瞬間、胸部に受けた衝撃が背後まで貫通し、骸骨人間は胸部の骨を粉々に粉砕され、腹から胸に至るまでの大穴を空けた。

 

 

『御神流・徹』

 

 

衝撃を表面ではなく内側に通す撃ち方で、威力を『徹す』打撃法。使いこなせれば、素手でも簡単に内臓を潰し、人を殺せてしまう。

 

僕は崩れ落ちていく骸骨人間の右手からショートソードを奪い取り、近くのもう一体目掛けて再加速。羽のように軽くなった体で突撃する。

 

だが、そう馬鹿正直には上手くいかない。

 

残った2体の骸骨人間が左手を僕に向けると、そこから光球が1つずつ放たれた。遠距離攻撃が有るとは思わず、体を捻っても避け切れなかった1発の光球は僕の左肩に当たる。

 

(痛っ~~…………でも、こんなことで止まれるか!)

 

かなりの速度で走ったから威力が増したのか、左肩から焼けるような痛みが走るけど、僕は歯を食いしばって骸骨人間2体に接近する。

 

右手に握ったショートソードを腰溜めに構え、走りながら手前に軽く引き、視界の中に斬撃のコースを描く。その形に沿って、右袈裟に剣を振り抜く。

 

小説で目撃して散々練習し、結果的に黒歴史を作ることになった片手剣突進技『ソニックリープ』。でも、残念ながら僕のはソードスキルじゃないタダの真似。

 

だから全身が急加速なんてしないし、黄緑色のライトエフェクトなんて出ない。でも正直に言えば………ソードスキル使いたいなぁ~。

 

学んだその動きを完璧に再現した僕の斬撃は、ショートソードを凄まじい速度で振り抜き、2体目の骸骨人間を深く斬り裂いた。

 

そいつの持っていたショートソードも奪い取って左手に持ち、即席でショートソードの二刀流を作り、双剣を構える。

 

うん。やっぱり、普通の構えは剣を2本持ってる方がしっくり来る。

 

残った最後の骸骨人間がショートソードを左袈裟に振り下ろしてくるけど、僕はそれを受けず、体を後ろに引いて斬撃を避ける。

 

そのまま骨だけの体に突き刺すような蹴りを放ち、脚を相手に突き立てたまま体を反転させて、骸骨人間を地面に叩き付ける。

 

『御神流体術・猿(ましら)おとし』

 

御神流が扱う武器は剣だけじゃない。実力の極地に辿り着いたその肉体と精神こそが何よりも信頼できる強い武器だ。

 

間を空けずに左足を振り上げ、震脚と同じ要領で骸骨人間を踏み砕く。これで残りは黒いケンタウロスだけ。

 

………と思って振り返ろうとした瞬間、僕は自分の直感に従ってで左に跳び退いた。すると、数瞬前まで僕の心臓が有った辺りの位置を赤黒い槍が通過した。

 

(何て未熟……っ! 背後を取らたことにあんなギリギリで気付くなんて……!)

 

初めての『殺し合い』とはいえ、緊張で周囲の警戒すらも疎かになる自分を恥じる。

 

でも、体の動きは止めない。確実に相手の息の根を止める。

 

体を右に回転して左足で回し蹴りを放つ。ケンタウロスは楯で防ぐけど、『徹』を込めた蹴りだから衝撃が左腕に襲い掛かり、楯を地面に落とした。

 

僕は左の剣を上に放り投げ、左腕の袖の中から拘束力に優れた7番鋼糸を飛ばしてケンタウロスの首に巻きつけ、一瞬で腕を引いて首を締める。

 

人間ならここで馬から転落するんだろうけど、相手はケンタウロス。急な酸欠と一緒に体を引っ張られて、大きな体が僕の方へ前のめりに傾く。

 

その瞬間、僕は前に踏み出して右の剣を大きく振り上げる。

 

「ごめんね」

 

意味が無いとわかってるのに小さく呟き、僕はケンタウロスの首を刎ねた。軽い血飛沫が起こり、僕は顔面に少量の返り血を浴びる。

 

ボトリと首が地面に転がり、落ちてきた剣を左手でキャッチした僕は、静かになった森の中で大きく息を吐いた。

 

でも、まだ気を抜けない。さっき離れてた奴等が戻ってくるかもしれないんだから。

 

そう思って目を閉じて、『心』を使ってもう一度気配を探ろうとした瞬間………

 

 

 

「ほう……。先ほどの娘の捜索状況が気になって戻ってみれば………随分と面白いことになっているな」

 

 

 

新しい声が聞こえ、剣を持つ両手の力が増し、聞こえた方向を振り向く。

 

そこにいたのは1匹のケンタウロスだった。でも、その姿は一言で言えば漆黒の騎士。

 

だけど、その雰囲気はさっき殺した奴とは明らかに格が違う。その手に持つ禍々しいデザインのランスと髑髏のような兜、個人のその身に合わせて作られた専用の鎧。

 

どう見てもかなりの実力者だ。1体だけ見つからなかった敵も多分こいつだ。

 

「やってくれたな………草の根分けても捜させるつもりだったのだが、ご丁寧に全員殺してくれおって。タダで済むとは、思うまいな」

 

周りを見渡した黒騎士は静かにランスを構えて殺気をぶつけてきた。

 

僕も両手の剣を静かに構え、いつでも全力で動けるように力を溜める。

 

だけど、意識を集中した途端に後ろから気配を感じ、視線だけで後ろを向く。

 

「待ちなさい! 誰を探しているのかは知らないけれど………森の中で勝手なことはさせないわ! 立ち去りなさい! さもなければ、この弓で……って、なんで人間が!?」

 

「アレ? あの制服……もしかして、ウチの生徒か!?」

 

分かれた別働隊が戻ってきたのかと思ったけど、そこにいたのは男女の2人組み。

 

男の方は赤色の髪をしていて、右手には鍔が雪結晶の形をして、刀身が美しく輝く大太刀を持っている。良かった~……やっと人間に会えた。それもイケメンだ。

 

女性の方は肩にかかる程の銀色の髪に海のような青色の瞳をしていた。左手には白色の各所に青色を混ぜた弓を持ってる。こっちもかなりの美人だ。

 

ただ、その服装は少し大胆で、胸の谷間と腹をむき出しにしており、腕は肩の部分が露出して、下はミニスカート。なんというか…………僕には目の毒です。

 

けど、まず誰でもいいから答えて欲しい。

 

これ、一体どういう状況なの?

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回の主人公は原作メンバーと出会いました。

自分の一番得意な武器、二刀小太刀なんて持ってないんで、武器は敵の死体から現地調達です。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 名乗りと誓い

多雨様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は初戦闘の次にボス戦という急展開です。

では、どうぞ。


  Side 黎嗚

 

 「………森の番人か。貴公に用はない。早々に立ち去れ。用があるのは我が僕(しもべ)達を葬ってくれたその人間だ」

 

「ふざけたこと言ってんなよ。立ち去んのはてめぇの方だろ! これ以上森を荒らすんじゃねえよ!」

 

黒騎士と赤髪の男性が睨み合いながらお互いの得物を構えて、少し後ろに立つ銀髪の女性も弓の照準を黒騎士に定める。

 

まさに一触即発って感じなんだけど………その中間に立たされている僕は、この場合どうしたら良いんだろう?

 

黒騎士の方に味方する気は無いけど、もう一方が無条件で味方だとは限らない。それに、すぐに離脱すれば注意を引いて黒騎士に狙われてしまう。

 

そんな理由で迂闊に動けず、僕は両手のショートソードを構えたまま、前方の黒騎士と背後の男女の動きを同時に警戒する。

 

「ちょっと、あなた! 人間みたいだけど、もしかして帝国の手先なの!」

 

「いや、違う。あいつは多分、巻き込まれただけだ。帝国の手先はあっちだ」

 

動きを見せない僕に痺れを切らしたのか、銀髪の女性が弓を構えたままよく分からない疑いを飛ばしてくる。だけど、それは赤髪の男の人にすぐに否定される。

 

というか、帝国って………あんなモンスター達が国家を築いてるの? なんだか想像しただけで背筋に盛大な寒気が走るんだけど。

 

「いかにも。我が名はスレイプニル! 闇に仕えるドラゴニア帝国の騎士! 光の者を滅さんと、流血の誓いを立てし者! ちょうど良い。貴様等まとめて、我が槍で相手をしてやろう!」

 

北欧神話の主神オーディンが騎乗する8本脚の軍馬と同じ名前を名乗った黒騎士、スレイプニルは馬の下半身で地面を蹴り、走り出した。

 

走りながら、まだ距離が有るというのに右手に持つランスの矛先を僕に向けてくる。

 

「受けよ! デッドリードライブ!」

 

叫びと共に矛先が黒い光と紫電を放ち、僕が左肩にくらった光球のように黒くて大きな棘が3発放たれる。おそらく、さっきの光球より威力がある。

 

(というか………黙ってても結局僕の方ですか………!)

 

僕は左に跳んで棘をかわし、射線上の後ろにいた赤髪の男の人も避ける。そのまま赤髪の人は大太刀を構え、スレイプニルに突撃する。

 

(これであの2人も敵だったら最悪だけど………仕方ない)

 

数秒考え、僕は走り出して左手の剣を逆手に持ち替え、右腕の袖の中から取り出した飛針をスレイプニルの後ろの右足の付け根を狙って投げつける。

 

飛針は鎧が張られていないその場所に正確に突き刺さり、スレイプニルは突撃の勢いを鈍らせ、その場で減速する。

 

赤髪の男はその隙に距離を詰めて大太刀を右袈裟に打ち込むけど、それはスレイプニルの持つ赤いランスに防がれ、逆に押し返される。

 

「地獄に落ちよ! デッドランサー!」

 

押し返されたせいで赤髪の男は体勢が崩れ、そこに闇色の光と紫電を纏ったランスの刺突が叩き込まれる。大太刀で防いで直撃は免れたのか、赤髪の人は少し後方に飛ばされただけで、軽傷で済んだ。

 

さらなる追撃を仕掛けようとスレイプニルは走り出そうとするが、後ろにいた銀髪の女性が放った正確な弓撃がその動きを牽制する。

 

僕は注意を逸らす為にスレイプニルの前に立ち、正面から挑む。

 

スレイプニルが僕の心臓を狙って刺突を放ってくるが、右に跳んでかわし、矛先が僕の左腕のすぐ隣を通過する。お返しに左の剣を順手に持ち替えて左袈裟に打ち込むが、左腕の巨大な手甲に止められる。

 

やっぱり、身長差が有るせいでろくに胴体に打ち込むことが出来ない。足は鎧で守られてるし、迂闊に跳躍して攻撃したらランスで串刺しにされる。

 

「ふんっ!」

 

足が止まったところを狙い、スレイプニルは刺突を放った状態のランスをそのまま左薙ぎに振るってきた。

 

迫るランスの腹目掛けて左の剣をぶつけて『徹』を打ち込む。だけど、振るう力が弱くなった代わりに、左の剣の刀身が亀裂を走らせて折れた。

 

「やばっ―――――!」

 

振るわれたランスを、伏せて何とか回避。だけど、そのままランスを引き戻し、スレイプニルは僕の首や心臓を狙って刺突の雨を降らせてくる。

 

僕は冷や汗を流しながら右手の剣を休むことなく振り回し、その矛先を全て狙いから逸らす。

 

一定の速度を維持し、時に加速して迫る矛先を目で捉え、剣を叩きつけ、時には刃の腹で火花を散らしながら受け流す。

 

『点』で狙う刺突を、剣による『線』で受け流す。相手の腕の動きや足捌きを良く見ていても、この防御はかなりの集中力を必要になってくる。

 

「くっ――――!」

 

「づっ――――!」

 

前者が僕、後者がスレイプニル。互いに手から伝わる痺れに似た反動の苦悶だ。

 

叩きつけるように振るわれたランスの一撃を、何とか渾身の力で振るった右手の剣で相殺し、僕とスレイプニルの間に距離が開く。

 

「………鍛えが甘過ぎでしょ。このなまくら」

 

「馬鹿を抜かせ。何をしたかは知らんが、貴公の使った技が異常なだけだ。並みの武器では耐え切れずして当然のこと」

 

僕は左手に持ったままの剣を見てぼつり、と小さく呟いた。それを聞き取ったらしく、スレイプニルは、何を馬鹿なことを、という感じで答えた。

 

どうやら『徹』の詳細はバレてないみたいだけど………やっぱり、そこいらのなまくら品じゃ御神流の技には耐え切れないらしい。

 

多分右の剣も、思いっきり振るってあと1回が限界だと思う。

 

(手甲やランスに防御されず、あの鎧も打ち抜ける技といえば………アレしかないか)

 

そう考えていると、ちょうど良いタイミングで赤髪の男が戻ってきて、僕の隣に並んで大太刀を構え直す。すぐ後ろでは移動してきた銀髪の女性が弓を構え直す。

 

「………悪いんだけど。1つ頼まれてくれるかな?」

 

僕から声を掛けられたのが予想外だったのか、赤髪の男と銀髪の女性は武器を構えたまま若干驚きの視線をこっちに向けてきた。

 

「今から僕があいつの隙を作る。そこを狙って畳み掛けて。やれる?」

 

残念ながら僕は未熟の身だ。あの技を物に出来ても、その威力と錬度は夢の人にも、夢で見たどの人物にもまだ届かない。

 

だからこそ、トドメはこの2人に任せる。僕がやるのは、スレプニルに隙を作ること。

 

「わかった。任せとけ…………お前、名前は? オレはレイジ」

 

「……アルティナよ。さっきは、疑ってごめんなさい」

 

赤髪の男、レイジは笑顔で僕の肩を叩きながら名前を聞いて、銀髪の女性、アルティナは僕から視線を逸らしながら謝罪をした。

 

「僕は………黎嗚。伊吹黎嗚」

 

名乗りながらも視線を少し俯かせてしまう。やっぱり、まだ自分の名前を名乗るのを恥ずかしく思ってしまう。

 

「レオ、レオか………カッコイイ名前だな。んじゃ、任せたぜ、レオ!」

 

だけど、レイジは笑顔のままもう一度僕の肩を叩き、大太刀を構えた。

 

アルティナさんは何も言わなかったけど、弓を構えたってことはどうやら任せてくれたみたいだ。

 

初めてだな、こういうのは。何だか、とにかく嬉しいや。

 

心の中で思いながら、僕は2人の前に立ち、信頼に応える為に右手の剣を握り直し、体に覚え込ませた御神流の“奥義”の構えを取った。

 

左足を前に出し、右足を後ろに引く。左腕を前方に突き出すように構え、剣を持つ右腕を大きく、まるで弓のように引く。

 

スレイプニルとの距離はおよそ5メートル。普通は剣を振るどころか、このような構えを取る距離でもないだろう。

 

だが、僕が体得した奥義はこれでいい。そんな常識なんか、覆してみせる。

 

「…………いくよ」

 

その言葉はレイジとアルティナに、スレイプニルに、多分僕も含めた全員への合図。

 

両足で地を蹴り、その力の全てを前方への加速力へと変換する。

 

知らない内に上昇した自分自身の身体能力も頼りに加え、地を蹴った衝撃は地面を大きく抉り、僕の体は弾丸の如く一瞬で急加速する。

 

「なにっ―――――!」

 

その急加速はスレイプニルとの距離を一瞬で縮め、眼前に漆黒の鎧を捉えた。

 

その状態から引き絞った右手の剣を、突き出す!

 

これが、御神流の中で最長の射程距離を誇る奥義。

 

 

『御神流奥義之参・射抜』

 

 

その一撃は、確かにスレイプニルの防御を抜けた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「チィ――――!!!」

 

驚愕よりも先に、スレイプニルの脳は体が動くことを選択。

 

迫る刺突に対抗し、手に持つ赤いランスが振り上げられる。それには既に闇色の光と紫電が渦巻き、『デッドランサー』が今にも放たれる状態だ。

 

「ハアァァァ!!!!」

 

激突。

 

破壊力を一点に集中させた互いの攻撃は、矛先同士を寸分違わずぶつけ合い、空間が悲鳴を上げるような爆音を響かせた。

 

しかし、2人が使う武器はその耐久力からして大きく違い、剣の方は御神流の技に耐え切れず限界が来ている。故に、勝者は容易く決まると考えられた。

 

 

 

だが、激突の勝敗は………互いの武器が砕け、引き分けに終わった。

 

 

 

武器の限界が近いのは、スレイプニルのランスも同じだったのだ。

 

先程の打ち合いの際に『徹』が打たれていたことを互いに失念していた。

 

その失念は、スレイプニルの敗北を許すきっかけとなった。

 

ランスが内側から砕け散り、ランスを振り下ろした力でスレイプニルの体が前のめりに傾いた。

 

その瞬間に、カンッ!! と弾かれたような金属音が響き、スレイプニルの手甲が外側に大きく弾かれた。

 

「っ――――!」

 

スレイプニルが視線だけを動かすと、弓を放った直後のアルティナの姿が見えた。それを見て、手甲を弾いたのは彼女の矢だと即座に理解する。

 

そしてもう1人、美しい大太刀を構えていたレイジは…………

 

「よっしゃあ! やるぞ、ユキヒメ!」

 

スレイプニルのランスが砕けたその時から、こうなることを初めから分かっていたように動き出しており、既に懐へと距離を詰めていた。

 

だが、彼はそのような策士ではない。

 

ただ信じた。

 

それだけのことで、彼はその場所に立ち、勝利のチャンスを掴み取った。

 

「打ち払えぇ!!」

 

今のこの世界、エンディアスで彼にしか扱うことが出来ない伝説の剣『霊刀・雪姫』が振るわれる。

 

 

『零式刀技・砕』

 

 

斬り裂く、というより、叩きつけるような大太刀の3連撃がスレイプニルの漆黒の鎧に全て直撃し、ケンタウロスの巨体が、衝撃で後退した。

 

「ぐっ―――――!」

 

スレイプニルが苦悶の声を漏らす。

 

刃で斬り裂かれたわけではないが、その衝撃は確かなダメージとなって体に届いた。

 

だが、もう戦えぬわけではない。折れていようと、まだ武器は使うことができる。

 

しかし同時に、それはこの場所を死に場所に決めることにほぼ等しい。

 

「………そこの優男。貴様、名はなんという?」

 

ゆっくりと体を起こしたスレイプニル。

 

その問いを投げた優男と言えば、この場ではレオしかいない。レイジは上半身が半袖のアンダーシャツ姿で、見るからに筋肉質だ。

 

「人間共の中に、それ程の剣技を扱う者がいれば名も上がるはず。だが、我は貴様のような者のことを聞いたことがない。故に問う………貴様は、何者だ?」

 

ぎろり、と。真実以外の回答を許さない、というような視線を向けた。

 

レオは少しだけ視線を俯かせ、何かを決意した顔で一歩踏み出し、顔を上げた。

 

 

「永全不動八門一派・御神真刀流小太刀二刀術見習い、伊吹黎嗚」

 

 

その名乗りが意味するのは、己の生きる道への決意。

 

夢で見た剣の歴史、当主の座を任された彼と同じ高みに辿り着くと、追い越してみせるという誓いだった。

 

「イブキ………よかろう。貴様との決着、いずれまたの機会で着けおうぞ。その時は見習いでなく、真の剣士としてな」

 

詳しい事情を知らぬスレイプニルも、彼の名乗りに秘められた決意を悟り、何処か満足げに頷いて身を翻し、森の外へと走り去っていった。

 

やがて、地面を蹴る音も遠ざかり、その場には沈黙だけが残った。

 

 

ドサッ!!

 

 

だが、本来なら一番状況が理解できなかったレオは緊張の糸を断ち切り、その場に背中から地面に大の字に倒れ、大きく息を吐いた。

 

「ほんとに…………何がどうなってんの?」

 

その呟きは、静かになった森の中で、小さく音として広がった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回登場した奥義、射抜の詳細は………分かりやすく言えば長距離射程からの刺突です。威力は、免許皆伝者なら鉄板を楽勝に貫通出来ます。

他にも奥義は有りますが、それは物語の進行と共に登場します。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 道筋への第一歩

今回は女性メンバーがさらに追加です。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 「まったく…………怪我してるならもっと早くに言いなさいよ! こんな火傷を負って出血も多いのにあんなに動き回るなんて……」

 

「しょうがないだろ、アルティナ。レオはこの世界に来たばっかりで、治癒術なんてものがあるとは知らなかったんだから」

 

「いや、言わなかった僕も悪いよ。ごめんね、レイジ、アルティナ。迷惑掛けちゃったみたいで」

 

「べ、別に迷惑じゃないわよ……っ!」

 

 

 

 

 スレイプニルとの戦闘を終え、レイジ、アルティナ、レオの3人は少し休息を取り、森の奥へと移動を始めた。

 

その途中、レオとレイジ、アルティナは改めて簡単な自己紹介を行い、レオにこの世界、夢幻大陸エンディアスについてのことを簡単に説明した。

 

今彼等がいる大陸、ヴァレリア地方のこと。そのヴァレリア地方を侵略しているドラゴニア帝国のこと。他にもこの世界の常識、獣人やエルフについてなどだ。

 

アルティナはその中のエルフの種族に入り、その証拠として一番説得力があるのがエルフ特有の尖った耳だった。

 

外見は十代後半の美しい女性にしか見えないが、エルフは不老でありその身の寿命は人間の数倍。実年齢は既に軽く百歳を超えている。

 

そして、ドラゴニア帝国というのは、この世界で“闇の軍勢”と呼ばれるもので、大義名分や主義を掲げるわけでもなく、一方的に他国を侵略している帝国の名前だ。

 

その帝国のせいで世界の情勢は混沌に包まれ、各地では巨大なドラゴン達が暴走を起こしており、様々な天変地異も起こっている。

 

今3人がいるエルフの国、フォンティーナも帝国の侵略を受け、多数のエルフの命が奪われ、首都も破壊されてしまった。しかも、奪われた命の中には、アルティナの両親までも混ざっていた。

 

事情を聞いたレオはアルティナに申し訳ないと思ったが、まだ付き合いが短い彼女の性格や雰囲気を察し、謝るのは逆に失礼だと思って何も言わなかった。

 

「………にしても、オレって学園でレオの顔を見た覚えがないんだよな。クラスメイトなら少しは覚えてる筈だから、違うクラスなんだろ?」

 

「うん。僕もレイジの顔はクラスでも見たことないから多分そうだと思う。

それに、僕はちょっと学園全体で怖がられてるからね……皆の視線がイヤになって、殆どの学校行事はサボってたから、顔を覚えてなくても仕方ないよ」

 

大太刀を肩に担いだままレオと話をしているレイジは人間であり、元々はレオと同じ世界で暮らしていたのだが、こっちの世界に勇者として召喚されたらしい。

 

だが、レイジが召喚された国、クラントールは完全にドラゴニア帝国の支配下に置かれてしまい、レイジは海を漂流してフォンティーナに流れ着いたんだそうだ。

 

しかも、クラントールにはローゼリンデという名のレイジの大事な友達がいるらしく、絶対に助け出したいと言っている。

 

ちなみに、レオは何度か名前ではなくイブキと呼んでくれと2人に頼んだのだが、良い名前なんだから問題無いだろう、という理由で通らなかった。

 

 

 

 

 そして、3人が辿り着いた森の奥というのは、なんとレオがこの世界で目を覚ました巨木が立つ湖の場所だった。

 

飛針やら鋼糸を装備して他の荷物を置いてきたレオにとっては嬉しい誤算だったが、その時になって先程の戦闘で怪我をした左肩が痛みを訴えてきた。

 

荷物の中には治療の為の道具も入っているのでさっそく応急処置に取り掛かろうとしたのだが、それを見ていたレイジとアルティナが怪我に気付き、治療を手伝ったのだ。

 

少し手間を掛けて制服とYシャツを脱がしたのだが、左肩の傷はレオ本人の予想よりも酷く、Yシャツの左肩周辺が血を吸って真っ赤に染まっていた。

 

だが、何故か傷口は半分ほど塞がっており、出血も止まりかけていた。

 

 そして現在に至り、レオは現在無地のTシャツ姿でアルティナの治癒術による治療を受けている。流石に傷を完全に塞ぐことは出来ないが、無いよりは遥かに良い。

 

おかげで痛みも引き始め、大分マシになってきた。

 

ただ、激しく動かすのはマズイので、現在は消毒を済ませてガーゼを張り、その上から包帯を巻いてある。

 

「………でも、よかった。この辺りには被害が無いみたいね」

 

レオの治療を終えたアルティナは立ち上がり、安心した顔で周りの森を見渡した。

 

レオとレイジもそれに釣られて周りを見渡すと、ちょうど良く差し込んだ太陽の光が湖の周りに無数の光を生み出している。

 

その景色は幻想的な美しさを生み出しており、座り込んでいたレオと近くにいたレイジはしばらく目を奪われて呆然としていた。

 

「………へぇ。森の奥にこんな場所があったのか」

 

「レイジは初めてだっけ? この銀の森に古くからある『霊樹』よ。この木の周りでだけは、精霊たちも以前のように元気でいるのよ」

 

「……………精霊?」

 

景色に目を奪われていたレオがその単語に反応して2人の方を見る。彼の事情を思い出したアルティナは説明しようとするが、あっ、と何かに気付いて微笑を零す。

 

「…………?」

 

「フフゥ~♪」

 

わけがわからず、レオは軽く首を傾げるが、突然謎の鳴き声が聞こえ、彼の頭の上に軽い重量感がのしかかった。

 

害意を感じなかったレオは慌てず、右手を動かして手探りで頭の上に乗ったものを捜し、柔らかい感触を掴んで自分の顔の前まで持ってくる。

 

すると、レオの右手が掴んでいたのは、頭に小さな王冠を被った全体的にピンク色の生物だった。危険は一切無さそうで、糸目の顔がむしろ可愛らしい。

 

顔のデカさに釣り合わず、首から下の全てが異様なまでに小さい。頭部の辺りから伸びている耳のようなものは全身の身長よりも長い。

 

「それがこの森に住む精霊よ。その子の名前はケフィアっていうの………自分で空を飛べるから、離しても大丈夫よ」

 

アルティナに言われ、まだ半分呆然としているレオは手を放し、知らずの内にケフィアの頭を優しく撫でていた。

 

すると、ケフィアは嬉しそうな声を上げ、アルティナの言う通り1人で空中に浮いて、湖の真ん中に立つ霊樹まで飛んでいく。

 

よく見てみると、霊樹の周りにはケフィアのような小さい生物、精霊達が無数に集まっており、楽しそうに遊んでいた。

 

ファンタジーの世界に少しは知識があるレオはその精霊達を見て、あの中にはシルフなどもいるのだろうか、などと考える。

 

「ふふっ、今日はみんな大人しいわね。それじゃあ、聞かせてあげるね」

 

嬉しそうに微笑むアルティナは両手を軽く広げ、瞳を閉じて鼻歌を歌い始めた。

 

けして大きな音ではないのに、その歌は透き通るように森の中に反響し、レオとレイジはもちろん、霊樹の周りに集まっていた精霊達も聞き入っている。

 

さらに、森の中から小鳥やリスなどの小動物や小さな狼などが顔を出し、何故かレオの元へと一箇所に集まり始めた。昔から、レオは動物には懐かれる体質なのだ。

 

と言っても、もみくちゃにされるわけではなく、近くに寄って来た動物を偶に優しく撫でたら親しくなれるという程度で、レオはアルティナの歌を聴きながら子供の狼の背中を撫でている。

 

(綺麗な声だな………誰かが近くで歌ってくれたことなんて、あったっけ?)

 

伊吹の本家で暮らしていた時は使用人達は近くにいるだけで、寝むる時はおやすみなさいませと言われただけ。レオは今まで子守唄などは一切聞いた記憶が無い。

 

レイジも同じくアルティナの歌を聴いていたが、レオは人一倍その声に、歌そのものに聞き惚れていた。

 

だが、そんな静寂を1つの声が打ち消した。

 

「なんて、素敵な歌声…………」

 

『…………ッ!!』

 

近くの茂みから聞こえた音と声。

 

一秒の驚愕を挟んで即座に反応した3人は弾かれるように全身を動かし、意識を戦闘中のそれに切り替える。

 

座り込んでいたレオは右の手の平で地面を叩き、その反動を利用して動物達を庇うように立ち上がる。武器は飛針と鋼糸だけだが、牽制と拘束用に7番鋼糸を用意する。

 

「誰! 誰かいるの!? いるなら出てきなさい! すぐに出てこないと、ただでは済ませないわよ!」

 

「は、はい……す、すみません……今、そちらに向かいます………」

 

茂みの奥に弓を構えるアルティナが鋭い声で警告すると、その声の主はあっさりと了承して、自分から姿を現した。

 

それは1人の可憐な少女で、自分を見る3人の視線に、いや正確に見るとレイジとレオの視線に何処か怯えているように見える。

 

白いカチューシャを付けた髪と瞳の色は金色で、髪の先端には小さなウェーヴがかかっている。長さは見たところ肩にかかる程度で、アルティナとそこまで違いは無い。

 

服装は大部分の緑色の所々に白を混ぜた、高貴と可憐な雰囲気を漂わせる“お嬢様”という感じのものだった。実際、その容姿も充分に可愛らしい。

 

本来なら充分に警戒するべきなのだが、頭の上や肩に何枚か木の葉が乗っていることに気付いていない少女の様子を見て、男2人は自然と構えを解いた

 

「あの……申し訳ありません。私、先程からここに隠れていたのですが、綺麗な歌声が聞こえてきたもので、つい………」

 

「隠れていたですって? あなた何者? どこから来たの!?」

 

だが、アルティナは弓を引く力を微塵も緩めず、鋭い視線で少女を問い詰める。

 

「私ですか? 私は、東の聖王国、ルーンベールから参りました、エルミナと申します。よろしくお願いします………」

 

対する少女、エルミナは天然気味なのか、質問にきちんと答えて、自己紹介の後にぺこりと頭を下げている。

 

その様子に流石のアルティナも毒気が抜けていくが、エルミナの放った単語に反応して再び力を込めて弓を引き直す。今度はしっかりと眉間に照準を定めている。

 

「ルーンベール? じゃあ、さっきのケンタウロス達はあなたの仲間なの!?」

 

何故ルーンベールという名前を聞いて彼女が仲間になるのだろうか? とレオは小さく首を傾げるが、大太刀を構えたレイジが小さく耳打ちして、ルーンベールは人間とケンタウロスが作った国なんだよ、と教える。

 

先程のスレイプニルの種族はケンタウロス。つまりアルティナは、奴等が人間とケンタウロスの作った国、ルーンベールの者でないかと思っているわけだ。

 

「あ、あの怖い方たちですか? い、いえ、違います。私、さっきまであの方たちに追われていて……それで此処に隠れていたんです」

 

追われていた、という単語に反応し、レオは自分の記憶を探ってみる。

 

この場所の近くで目を覚ました時、『心』で周囲の気配を探ってスレイプニル達から1つだけ離れた気配があったのを思い出した。

 

「アルティ、その子の言ってることは本当だよ。僕、スレイプニル達から追われてる気配を1つだけ感じたし、アイツも『娘の捜索』って言ってたよ?」

 

「そうだぜアルティナ、少し落ち着けって。スレイプニルも、自分で『帝国の騎士』って名乗ってたろ? 」

 

「もしそうだとしても、森への侵入は許さないわ!」

 

2人の言葉を聞いてもアルティナは弓を下ろさず、エルミナをじっと見ている。

 

だが、良く考えたら、迷い込んだとはいえ無断で森の奥に入った自分も同罪なのではないだろうか? と考えたレオは少々気まずくなってくる。

 

「ご、ごめんなさい! 私、森に入るつもりはまったくなかったんです……まさかシルディアにこんな深い森があるなんて全然知らなくて………」

 

「え?………シルディア?」

 

「はい。シルディアです………あら?」

 

エルミナの言葉にレイジが何かに引っ掛かるように反応してエルミナは平然と答えるが、自分を不思議そうに見るレイジとアルティナの視線に気付き、首を傾げる。

 

同じくレイジの隣でレオが首を傾げているのは、先程から自分の知らない町、あるいは国の名前が次々と聞こえてくるからだろう。

 

「あの、つかぬことをお伺いしますが………もしかして、ここはシルディアではないのですか?」

 

「……ここは、フォンティーナの銀の森よ」

 

「フォンティーナ?………あの、それはもしかして、エルフの国、フォンティーナのことでしょうか?」

 

「フォンティーナはそれ以外に無いわよ」

 

おそるおそると言う感じで訊ねてきたエルミナの質問にアルティナが答えるが、その声には先程までの鋭さは半分も残っていない。

 

レイジの方は若干エルミナに可哀相なものを見るような目を向けている。レオは変わらず内容がまったく理解できず、首を傾げたままだ。

 

「そうですか。ご親切にありがとうございます。フォンティーナと言えば、ルーンベールから見て南側にある国で、シルディアがあるのは確か西……」

 

アルティナの返答に納得したエルミナは状況を整理するが、徐々に理解していく内に顔が青褪め、おろおろと慌て始める。

 

「え? えええっ! では、もしかして私、全然違う方向に向かって………」

 

私は慌てています、という表現を体全体で示しながら、エルミナは驚きの声を上げる。

 

今回ばかりはレオも理解できたらしく、彼女が現在、盛大な規模の迷子の途中だと他の3人は心の中で合掌する。

 

「どうしましょう。

私、とんでもない間違いを……私、これからどうすれば………これでは、アイラ様に合わせる顔が……あぁ、アイラ様……お許しください。ぐすっ……うぅ…うぅうっ………」

 

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい! 泣かないで!………あぁ、もうっ………!」

 

あたふたと慌てたエルミナは顔を俯かせ、今度は突然泣き出した。

 

アルティナもついに余裕が無くなり、慌てて泣き出すエルミナをフォローするが、どうにも適切な対応が思い付かない。

 

視線でレイジに助けを求めるが、彼もどうしたらよいのか分からず、戸惑っている。

 

もはや収拾が付かなくなりそうになったが、その時、静かに伸ばされた手が顔を俯かせたエルミナの頭の上にポンと置かれた。

 

「ふぇ?」

 

目元からポロポロと涙を流すエルミナが顔を上げると、そこには子供をあやすような微笑を浮かべているレオがいた。

 

レオはそのまま右手でエルミナの頭の上に乗っていた木の葉を優しく払い落とし、ポケットの中に入っていたハンカチを差し出す。

 

「まず落ち着こう。そして、出来れば事情を話してくれるかな? 僕もレイジもアルティナも、誰もキミを怒ったりしないから」

 

それは昔、子供の頃のレオが訓練でよく使っていた木刀を無くして泣いてい時、姉が自分にしてくれた方法だった。

 

周囲の伊吹家の人間はチラリと見るだけで何もしてくれず、周りに味方がいなかったレオにとってそのあやし方は効果抜群だった。

 

「ぐすっ……はい。ありがとうございます………」

 

どうやらエルミナにも効果があったようで、ハンカチを受け取った彼女は、ゆっくりと気持ちを落ち着け、話を始めた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「そう。フォンティーナだけでなく、ルーンベールもそんな状態に……道理で森にも色んな異変が起きるはずだわ」

 

「はい。聖騎士団は壊滅し、城で指揮を取っておられた国王陛下までもが戦死され、斯く言う私も、命からがら主都を逃げ出しました」

 

数分後に泣き止んだエルミナが話してくれた内容は、随分と血生臭いものだった。

 

この銀の森があるエルフの国、フォンティーナだけでなく、エルミナが言うルーンベールという国も、同じくドラゴニア帝国の侵略を受けたらしい。

 

しかも話を聞いた限り、騎士団が壊滅して国王まで戦死したということは、少なくとも首都は破壊されたんだと思う。

 

けど、これはもう国家間の戦争のレベルじゃないと思う。

 

戦争だって外交手段の一つなんだから、そこには大小詳細問わずに国の利益の為に戦うという損得勘定がある。

 

でも、国王を殺すだけでなく、民間人を無差別に殺し、首都まで破壊するなんて、ドラゴニア帝国のやり方は覇道と呼べる物ではない。

 

僕にはこれじゃあ、目的の為の侵略というより、他国を蹂躙することそのものが彼等の目的であるように見える。

 

「ですが、まだルーンベールでは生き残った王女『アイラ・ブランネージュ・ガルディニアス』姫の指揮のもとで戦いが続いています。

西方のクラントール王国は帝国に完全に占領されてしまったようですが、ルーンベールだけでなく、他の諸国でも帝国軍に対する抵抗が続いているようです。

アイラ様はそうした勢力と手を結ぶため、何とか連絡を取ろうと努力しておられます」

 

クラントールの話を聞いたところでレイジが僅かに反応するが、すぐにその動揺は消え去り、再び話に耳を傾ける。

 

でも、周辺諸国まで敵に回した状態で戦い続けられるなんて、さっきのモンスター達といい、ドラゴニア帝国の戦力はどれだけスゴイんだろう。

 

「私もアイラ様のご命令で、ヴァレリア地方の中央にある都市国家シルディアに向かう所だったのですが、どう言う訳か、迷ったようでここに……」

 

「さっきも言ってたけど、エルミナはどうしてシルディアに向かってたんだ?」

 

「はい。なんでもシルディアには帝国と戦う意思を持つ人々が集まり、『ヴァレリア解放戦線』という義勇兵部隊を結成しているそうです。

その状況を視察した後、私に出来ることがあれば、可能な限りお手伝いするように、というのがアイラ様の言いつけです」

 

「そうなの……森の外でも、そんなことが……」

 

自分の知らない現実を知って、アルティナは少なからず驚いている。

 

これまでの自分の中の常識が一気に覆されたんだから、仕方ない思う。

 

義勇兵部隊ということは、腕に覚えのある傭兵や勇士などを集めた組織だと思う。

 

正規軍がもう存在してないのか、それとも元々無かったのか、どっちしてもその組織を立ち上げた人やリーダーはスゴイ人だと思う。

 

こんな世界情勢で抵抗勢力を立ち上げるなんて、多分、かなりの人の上に立つ才能、カリスマというやつを持っている人なんだろう。

 

「シルディア……ヴァレリア解放戦線、か。エルミナ、そこにはいろんな国の連中が集まって戦ってるんだよな?」

 

「はい。王宮が陥落する以前から聞いていたので、間違いないと思います」

 

「だったら、そこに行ってみるべきなのかもしれないな。少なくとも、今の世界の状況はわかりそうだし……もしかしたら、アイツのことも……」

 

最後に小さく呟いたレイジは何かを決心したような目で顔を上げ、大きく頷く。

 

その様子を見て、レイジがこれから何をするのか、僕には大体分かった。

 

「よし、わかった! エルミナ、俺も一緒にシルディアに行くぜ!」

 

「本当ですか? 一緒に来ていただけれるなら心強いです。ありがとうございます」

 

「いや、悪いがエルミナの為じゃないんだ。オレにも帝国と戦わなきゃならない理由があるんだよ。アルティナ、レオ。お前等も一緒に来ないか?」

 

…………驚いた。

 

てっきり自分だけで行くのかと思ったけど、レイジは知り合いのアルティナだけでなく、まだ付き合いが短い僕まで誘ってきた。

 

「僕は……レイジに付いて行くよ。この世界で行く当ては無いし、そこなら僕も少しは役に立てそうだ」

 

生憎と、この世界のことはまったくわからない。

 

だけど、義勇兵の部隊なら僕でも入ることが出来るし、戦闘で役にも立てる。

 

「そっか、心強いよ。アルティナはどうする?」

 

「私? 何を言ってるのよ。私には、この銀の森を守るという大事な役目が……」

 

「だけど、今エルミナが言ってたろ? 森の外はもっとひどい状況になってるって。このまま放っておいたら、森の中まで被害が及んじまうぞ? 森の番人は他のエルフでも出来るけど、外を見に行くのは簡単にはいかないだろ?」

 

レイジの言葉に反論出来ず、アルティナは静かに沈黙する。

 

でも、俯きそうになっているその目に有るのは、迷いの色だ。多分アルティナも、このままではいけない、と心の中で思っているんだろう。

 

「森を守るためには、外の様子を知らなくてはならない。確かに、その通りかもしれないわね。でも、少し、待ってくれる? 森を出るには、長老会議の許可を取らないと」

 

「え? アルティナさんも一緒に来ていただけるんですか?」

 

「ええ、行くわ。あなた達と一緒にシルディアへ」

 

「フゥ!フゥフゥフゥ~!」

 

アルティナが迷いの無くなった瞳で決意した瞬間、僕の頭の上に再び軽い重量感が襲い掛かり、着地したケフィアが僕の頭をポンポンと叩きながら抗議の意思を伝える。

 

別に痛くはなんだけど、何で僕の頭に乗るの? 僕はアルティナより身長高いから、自然と見下ろすような体勢になっちゃうよ?

 

「ごめんなさい、ケフィア。あなたを外に連れて行くわけにはいかないの。でも、必ずここに帰ってくるから、いい子で待っててね?」

 

「フゥフゥ~…………」

 

残念そうに鳴くケフィアは僕の頭の上で前のめりに倒れ、そのまま頭の上で寝るような体勢になった。

 

払い落とすわけにもいかず、僕は右手でケフィアの頭を撫でながら、バランスを支え、レイジ達の近くへと歩み寄る。

 

「それじゃあ、あなた達は私の家で出発の準備をしておいて。私は、これから長老たちに話を通してくるから。私は、森を守るために行かなきゃいけないんだって!」

 

そう言うアルティナの表情は先程までと少し違い、何かを吹っ切ったような顔だった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「んじゃ、アルティナの家に着くまで、改めて俺達の自己紹介でもするか。オレはレイジ、クラントールから来たんだけど、元々はレオと同じ世界の人間だ」

 

「僕の名前はイブキ……冗談だよ、レイジ……改めて、僕の名前はレオ。こっち風にフルネームで呼ぶと、レオ・イブキになるから、レオでいいよ」

 

「レイジさんとレオさんですか……お2人共、瞳の色が赤色なんですね。同じ色なのかと思いましたけど、よく見たらレオさんの方が色が濃いです」

 

「え? 赤色? 僕の目が?」

 

エルミナの発言に反応し、レオは驚いた様子で自分の目の周りをぺたぺたと触る。レオの瞳や髪の色は姉と同じく黒髪黒目のはずなのだ。

 

墓の前で謎の現象に巻き込まれた日の朝も、洗面台で顔を洗った時には確かに黒髪黒目だったのだ。間違いない。

 

やがて、木々の中に流れる小さな川を見つけ、レオは慌てるように走り出して膝を付き、水面に映る自分の顔を凝視する。

 

すると、そこに映っていたのは、何処か艶が増して黒というより漆黒という感じの色になった黒髪と、ルビーのように深くて赤い色の瞳を持つ自分の顔だった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

次回は次の章に移り、拠点変更です。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話 歓迎と拒絶

珍しく連投です。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 城砦都市国家シルディア。

 

ヴァレリア地方中央の中央に位置するこの国は、規模こそ小国であるが、他国に繋がる多くの街道が交わる交差路の役割を担い、交易・外交を中心に栄えていた。

 

シルディアは強固な城壁に守られ、いざ戦闘になっても対応出来る戦力も存在していたのだが、帝国軍の攻撃を受けた今は国家機能の大半が失われ、戦力はもはや皆無だ。

 

しかし、辛うじて原形を留めた城壁の内部は、現在は故郷を追われた難民などが逃げ込む最後の避難場所となっている。

 

また同時に、帝国に対抗の意思を持つ義勇兵を中心に構成された舞台、ヴァレリア解放戦線の兵站基地でもある。

 

そのシルディアから少し離れた場所には、解放戦が前線にて使用している砦が街道沿いに存在している。

 

そこには、各地から集まった義勇兵、行き場を無くした敗残兵などが集っている。

 

 

 

 「……けっこう歩いたな~」

 

「仕方ないわ、銀の森を抜けるだけでも時間が掛かるもの。もう数時間は歩いてるんじゃないかしら」

 

「あれだけ深い森を抜けるのは、軽い山越えよりキツイかもね。でも、エルミナ……足取りが重そうけど、大丈夫? 少し休む?」

 

「い、いえ……だ、大丈夫です。道に迷ってしまった分、急がないと……」

 

長老議会から許可を得たアルティナが戻り、レオ達は夜明けと共に銀の森を抜けて、シルディアに向けて出発した。

 

現在は銀の森を抜けて街道を歩いているのだが、レオの言う通り、銀の森はその深さから外に出るのに、軽い山越えよりも体力を使った。

 

普通の道を使えばすぐに出られるのだが、帝国の目を避ける為に獣道を通ったのだ。レイジ、アルティナ、レオは許容範囲内だが、エルミナは少し疲れ始めている。

 

ちなみに歩く順番は、先頭からレオ、エルミナ、レイジ、アルティナの順番だ。

 

左肩が破けた制服を着る体にはもう傷が無く、朝に目が覚めると完治していたのだ。

 

目の色が変わったこともあるが、レオは自分の体に起こっている変化に気付いている。

 

そして、何故この世界の地理をまったく知らないレオが先頭なのかと言うと……

 

「なあ、リンリン……あとどれくらいだ?」

 

「そうね。この調子なら、おそらくもう少しで砦が見えてくるはずよ」

 

レイジの問いに答えたのは、レオの右肩に乗っている1匹の黒猫だった。

 

 

 

黒い毛並みが綺麗に整っており、尻尾の先端だけ毛の色が白い。誰かの飼い猫なのか、尻尾の先端にはピンク色のリボンが蝶結びで巻かれている。

 

それは、このエンディアスで猫の妖精ケット・シーと呼ばれる種族で、今のように人語を話すなど、普通の動物よりも遥かに高い知識を持っている。

 

この黒猫、リンリンはレイジとクラントールにいた頃から知り合いで、レオとエルミナはアルティナの家で初めて会ったのだ。

 

 

ちなみにリンリンは猫とはいえ、普段は自分の足で移動しており、誰かに乗せてもらうということはあまり少ない。

 

なら何故レオの肩に乗っているかと言うと、アルティナの家で起こったちょっとしたアクシデントが理由なのだ。

 

レイジ達がアルティナの家に戻る――→リンリンが姿を現す――→レオが普通の猫だと思って撫でる――→綺麗な毛並みや可愛さを褒める――→リンリンが喋りだしてお礼を言う――→何も知らなかったレオは激しく驚愕……こんな感じだ。

 

しかもレオは「こんなに綺麗な毛並みをしてるんだから、きっとオシャレを大切にする繊細な女の子だね」などと発言しており、羞恥心と共に速攻で謝罪した。

 

だがリンリンは気にしておらず、むしろ嬉しいと言っていた。それと、レオの撫で方が気に入ったのか、今ではすっかり懐いている。

 

元々動物にはよく懐かれる体質だったが、レオの撫では、ケット・シーにまで効果があるようだった。本人がかなり微妙な表情だったのは仕方ない。

 

そんなわけで、今では偶にレオの肩に乗って道案内を務めているというわけだ。

 

 

『しかし、西のクラントールから南のフォンティーナ、今度は中央のシルディアか。いつの間にか大陸内をかなり流されたものだ』

 

発せられたその声は女性のもの。だが、それはアルティナ、エルミナ、リンリンの誰とも一致するものではなかった。

 

その声の発生源は、レイジが持っている雪結晶の形をした鍔と美しい刀身を持つ青色柄の大太刀、『霊刀・雪姫』だった。

 

この大太刀はただの武器ではなく、その内部に上位精霊の化身を宿しているのだ。今は大太刀の姿だが、実は人間の女性の姿にもなれる。

 

こちらもリンリンと同じ時にレオとエルミナは目撃している。

 

髪と瞳の色は共に夜のような黒色であり、カチューシャのように紫色のリボンを蝶結びで巻いた髪の長さは首をくすぐる程度だ。容姿もかなりの美人である。

 

服装は黒を基調としたもので、何処か和服のイメージを浮かばせるのだが、上は胸の谷間を出して下はミニスカートという、大胆さではアルティナに並ぶものだ。

 

その上に着た陣羽織のような服で一見セーフに見えるのだが、アルティナの時と同様、レオにとっては充分に目の毒であった。

 

それでも彼女、ユキヒメから目を逸らさなかったのは、本人も無自覚で隠されたレオの大物ぶりを表していた。

 

 

そして、こちらのユキヒメも、レオとちょっとしたアクシデントを起こしている。

 

レオがレイジの素振りを見ている――→レオが綺麗な刀だと褒める――→レイジが良かったな、とユキヒメに話しかける――→人間の姿となる――→再び羞恥心と共に速攻で謝罪する……こんな感じだ。

 

姿が変わる時に「え? 斬魄刀?」とレオが1人で呟いたが、幸か不幸か、その内容を理解できる者はいなかった。

 

しかも、つい「……人の姿でも綺麗だな~」などと呟き、仕舞いには自爆した。

 

何だかんだで、何かを褒める度に恥をかく連続のレオだった。

 

幸いなのは、それを理由に全員がレオの人の良さを理解したことだろうか。

 

 

「……何だかんだで昨日は大変だったな、レオ。あの後、リンリンにこの世界のことを色々教えてもらったんだろ?」

 

『私とレイジは鍛錬で席を外していたが、どうだ? 何か得た知識はあったか?』

 

「うん。文字の読み方とか、もっと他の種族のこととかをね……

…種族の方は分かったんだけど、文字の方は少し苦戦したよ。エルミナも詳しく教えてくれたんだ」

 

「い、いえ、そんな……レオさんの理解力が高かったからです」

 

「そうね。エルミナの教え方も上手だったけど、レオは確かに優秀な生徒だったわ。昨日だけで文字もある程度読めるようになったのよ?」

 

「なるほど……それで朝、キッチンに置いてある調味料の名前を口にしてたわけね」

 

そんな風に話をしている内に、いつの間にか皆の顔には余裕が戻り始め、足取りも大分軽くなっていった。

 

そのまま歩いてしばらくすると、彼等の視線の先に1つの砦が見えてきた。

 

それが彼等の目指した、ヴァレリア解放戦線の最前線『アルゴ砦』だった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 僕達のやってきたアルゴ砦は、その外見だけで最前線の雰囲気を感じた。

 

傷付いた外壁、所々引き剥がされて抉れた地面、木材で補強・建築された急造の建物、武器などが置かれていなくても、充分に戦いの凄さが伝わってくる。

 

「お前達か、隊長の言っていた新入りは。よく来てくれたな。俺はこのヴァレリア解放戦線の副隊長、フェンリルだ。よろしく頼む」

 

そして、砦に辿り着いた僕達を迎えてくれたのは今話している狼の獣人さんだった。毛並みの色から見て、銀狼というのがしっくり来ると思う。

 

来ている服装は中国のカンフーの服装によく似ており、肩の辺りには小さい陰陽太極図まで描かれている。

 

けど、そんな長身のリアル狼男を目の前にした僕は、驚きと感動で半分呆然としながらフェンリルさんの話を聞いていた。

 

それにしても、なんで新入りの僕達にわざわざ副隊長なんて、組織のNo2が出向くんだろう。今言った隊長が関係あるのかな?

 

「知っての通り、この砦は帝国軍の侵攻を食い止めるための拠点だが、戦況はあまり思わしくない。よって、戦力は常に不足気味なのが事実だ。

だから腕に覚えのある奴はいつでも大歓迎だ。お前達には期待しているぞ」

 

「承知いたしました。できる限りのことはさせていただきます」

 

「帝国の手から……私達の森を救うためですから」

 

フェンリルさんの言葉にエルミナは微笑を浮かべて頷き、アルティナは少々棘のある口調で答える。なんだか、ずいぶん対照的な反応だ。

 

僕も何か言わなければと思って答えようとするが、少し不思議そうな視線で僕を見るフェンリルさんが先に言葉を出した。

 

「……先程から俺のことをまじまじと見ているが、どうかしたのか?」

 

「あ、いえ……僕、数日前に異世界からやって来て、初めて獣人を見たので……」

 

「ほう、異世界から……では、俺の様な狼獣人(ウルフリング)を見たのは初めてか。この砦には獣人も多い、なるべく早く慣れておけ」

 

異世界の単語に反応してフェンリルさんが少し驚いた顔をしたが、さり気なく気を遣ってくれたことから良い人なんだとよく分かった。

 

そして、最後に残ったのはレイジなんだけど……どうにも僕とは違う理由で呆然としてたみたいで、ユキヒメさんに叱咤されて我に返り、挨拶をする。

 

「言葉を話す刀か……すると、その刀が霊刀・雪姫。お前がその使い手のレイジか」

 

「え? そうだけど……なんで知ってるんだ?」

 

刀が話したことにフェンリルさんは少し驚いたけど、逆に心当たりが有ったようで、レイジの質問に微笑を浮かべて答える。

 

「お前達のことは隊長から聞いている。西のクラントール王国の戦士なんだろう?

ここには、クラントールから落ち延びた者も大勢いるんだが……その中にお前と合わせておきたい男がいるんだそうだ。隊長に頼まれてな」

 

「オレと、そいつを? どうして? オレの知り合いなのか?」

 

「さあな、少なくとも知人ではないと思うが、とにかく会ってみろ。おい! リック! 少しこっちに来てくれ!」

 

フェンリルさんが少し大きめの声で呼ぶと、1人の青年がやってきた。

 

「……なんです?」

 

歳は多分、僕やレイジと同じくらい。身長は僕とレイジよりも低めだ。

 

外見は黒い髪に浅黒い肌が特徴的で、首に赤くて長いマフラーを掛けている。

 

少し陰がある顔つきをしているが、その眼光には確かな光があり、全身から周囲を拒絶するような雰囲気を出している。

 

でも、気のせいかな。なんだか、似たような雰囲気を知ってる気がする。

 

「こいつはリック。お前と同じクラントールの人間だ。こいつをお前に会わせろと、隊長に言われてな」

 

「へえ、そうなのか……えーと、こんちわ。オレはレイジ。出身地は別のところなんだけど、オレもあの時、クラントールにいたんだ」

 

レイジは軽く頭を掻きながら青年、リックに挨拶するが、クラントールにいたと聞いた所でリックの目が細められ、視線が鋭くなる。

 

「……何? そうか、お前がレイジか。異世界から来た戦士……」

 

異世界から来た戦士って……もしかして、レイジって実はかなりの有名人? ユキヒメさんも伝説の武器って言われてるし、有名になる要素は充分あるよね。

 

だけど、さっきからリックの視線が徐々に鋭くなってるのに気付いてる?

 

「あんなことになっちまったけど……でも、またあの国を取り返すことが出来るって思うんだ。だからさ、一緒に頑張ろうぜ」

 

「…………ごめんだね。何も守れない役立たずに用は無い。お前なんかに未来を託さなければ……こんなことには……」

 

レイジの言葉に、数秒の時間を挟んで返ってきたリックの反応は、明確な拒絶。

 

表情にはそんなに変化が無いけど、睨み付けるようなその目には怒り、後悔、悲しみ、憎しみなどの様々な感情が渦巻いていた。

 

まるでレイジ個人に恨みがあるような感じだけど、その目はレイジを見ているようで、別の何かを見ているようだ。その感情の本来の矛先もそっちなのかもしれない。

 

「っ!! それって、もしかしてクラントールのことを言ってるのか……?」

 

「…………」

 

目を見開き、体を震わせ、汗を流すレイジはリックに問い掛けるけど、リックは何も答えず、視線すら向けずにレイジの隣を通り過ぎる。

 

そのまま、リックは自然とレイジの少し後ろにいた僕と向き合う形になった。

 

気を遣ってくれたのか、リンリンは僕の右肩から飛び降り、少し離れた所で話を聞いているアルティナ達のところに向かった。

 

「お前は……」

 

「始めまして。僕はレオ、数日前にレイジと同じ異世界から来たんだ」

 

少し関心を持ったのか、小さく呟いたリックに簡単な自己紹介をする。

 

だけど、言葉の後半を聞くと、さっきレイジに向けたのと同じ視線を向けてきた。

 

「そうか……お前も、そこの役立たずと同じか」

 

まただ。僕を見ているようで、瞳の奥では別の何かを見ている。

 

役立たず、という言葉に対して別に思うところはない。実際、まだ何もしてないしね。

 

「役立たずは否定しない。でも、僕もこれから出来る限り頑張るよ」

 

僕の返答を聞いても、リックは何の反応も示さず、そのまま歩き出して雑踏の中へと溶け込んでいった。う~ん、嫌われたかな?

 

「そう落ち込むな。奴もわけありでな……いつもあんな調子で、誰にも心を開かない。まあ、味方に『死神』なんて噂を立てられれば、無理もないだろうが」

 

「死神……?」

 

「リックと一緒に出撃した者は、生きて帰れない。どんなに激しい戦いでも、リックだけはいつも生き残ってしまう。そんな噂があるんだ」

 

後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには女の子が1人いた。身長が150~60程度なので、最低でも身長が170以上はある僕を見上げる形になる。

 

目の色は金色で長い茶髪を三つ編みにして左右に分けて垂らしている。頭には料理関係の職人が身に付けるような三角巾を被っている。

 

服装はスカートが横に長い緑色のワンピースで、その上には真ん中に大きなポケットが付いたエプロンを身に着けている。

 

「私の名前はアミル。アミル・マナフレア。リックの友達よ。リックの代わりに謝りに来たの……さっきは、ごめんなさい」

 

「アイツの友達? 長い付き合いなのか?」

 

「うん。クラントールにいた頃からね……幼馴染なんだ。リックも昔はあんな風に他人を避けたりしなかったんだけど…………」

 

 

カンカン!! カンカン!! カンカン!! カンカン!!

 

 

突然、砦の中にあった高台から鐘の音が鳴り響き、自然と会話が途切れた。

 

鐘の音と共に周りの人達の形相が変わり、全員がそれぞれの場所へと散っていく。

 

「これは……何かの合図か!?」

 

「見回りから敵襲の知らせだ! さっそくの仕事だ、行くぞ!」

 

そう言ってやって来たフェンリルさんの両腕には、縦折り式の黒くて長い鉤爪が装着されている。おそらく、アレがフェンリルさんの武器なんだと思う。

 

見ると、アルティナも弓を取り出しており、エルミナも先端に赤い宝玉が埋め込まれた木の杖を両手で握っている。此処に来る途中で聞いたけど、エルミナは魔法使いらしい。

 

「ごめん、アミル。話は後にしようぜ」

 

「うん! 私も、早くリックのところに行かないと!」

 

大太刀を肩に担ぐレイジに続き、近くの店の人に荷物を預けた僕を最後に準備完了。先頭を歩くフェンリルさんの背中を走って追いかけた。

 

だが、僕が両手に何も持っていないのを見たアルティナはハッとなり、走りながら僕の肩を叩いて声を飛ばす。

 

「ちょっと! そういえば、あなた武器無いじゃない! 大丈夫なの!?」

 

「武器は飛針と鋼糸が有るから大丈夫だよ。無手の戦い方だってちゃんと心得てるし、危ない相手がいたら足止めに徹する」

 

それに、出来ることが有るのに何もしないなんて絶対に無理だからね。

 

心の中で付け足し、僕は心の中のギアを戦闘のそれへと切り替え、走った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話 初めての戦場

  Side レオ

 

 しばらく走って到着した場所は、所々に岩や坂が盛り出ていて、敵の迎撃に適した場所だった。だけど、その地形のせいで僕達も敵が見えない。

 

今のところ、僕の肉眼で確認出来る敵は正面の遠くにいる大型の蜘蛛と、蜂が3、4匹くらいだけど、たぶん奥の方にもいると思う。

 

にしても……覚悟してたけど、何処までこの世界の生態系は異常なの? 蜂の方は全長が一メートル近く有りそうだし、蜘蛛なんて下手したら太ももに届きそうなデカさだよ?

 

まあ、ゴブリンやケンタウロスなんて種族がいるくらいだし、このくらいは普通だってリンリンも言ってたけど、食物連鎖ってどうなってるの?

 

…………うん、やめよう。しばらく食事が喉を通らない気がする。

 

とりあえず、全体を見渡すことが出来ないので『心』を使って周辺の敵の気配を探ってみると、見えないだけで周りには随分と敵がいた。30はいるかも。

 

「……あれ? リックとアミルはどうしたんだ?」

 

「えっと……アミルさんが集まってる敵を見つけて……」

 

「そうしたら止まる間もなく一人で突っ込んでいったわ。大丈夫なの?」

 

「リックの腕ならそう簡単に不覚は取らんだろうが……流石にこの数のど真ん中となるとヤバイかもしれんな。しかし、これでは合流しようにも位置がわからん……」

 

答えるよりも先に意識を集中、『心』の感知範囲をさらに押し上げ、モンスターが密集している場所の中、そこからリックの気配を見つける。

 

でも、リックの近くにいるアミルの気配がハッキリと見えない。おかしい。街中では気配を覚えたし、確かにリックと一緒にいるはずなのに。

 

とりあえず、一緒にいるのは確かなようだから問題ないだろう。

 

そう思いながら周りを見て、『心』で感じ取った気配とその場所を照らし合わせた最短のルートを描き、可能だと判断する。

 

視線を向けた先には軽い坂道があり、坂の初め辺りに巨大蜘蛛、スパイダーと同じく巨大な蜂、スティンガーが一匹ずつ並び、壁のように立ち塞がっている。

 

「……あの坂道を抜ければ、先回りする形でリックと合流できる。アルティナ、エルミナ、援護頼めるかな?」

 

「もう、やっぱり1人で行くんじゃない……私はスティンガーをやるわ」

 

「わ、わかりました! では、私はスパイダーを……」

 

溜め息を吐いたアルティナが弓を構え、緊張した様子のエルミナが杖を構えて先端の赤い宝玉を輝かせる。それに反応したモンスターが何体かこちらに向かってくる。

 

「レイジとフェンリルさんは他の皆と一緒に逆方向から進んで。そっち方が少し敵が多いけど、上手くいけば挟撃出来る」

 

「わかった。お前も気を付けろよ」

 

「こっちは4人で充分だ。お前はリックを頼むぞ」

 

「了……解っ!!」

 

スタートダッシュのように地面を蹴り抜き、走り出す。

 

まだ僕自身もこの速度には慣れてないけど、こんな状況だ。理由は知らないが、上昇した身体能力を存分に当てにさせてもらう。

 

僕が走り出したのに続き、放たれたアルティナの矢が正確にスティンガーを撃ち抜き、エルミナの杖の宝玉が光ると共にスパイダーの全身を炎に包まれ、燃えていく。

 

意外なことに、エルミナが覚えている魔法は火と地の属性を中心とした攻撃魔法だけらしい。その破壊力は2、3秒で燃え尽きたスパイダーの体でよく分かる。

 

僕は青い光となって溶けていくモンスターの死体を軽く飛び越え、速度を殆ど殺さずにそのまま坂道を走っていく。この先にも何体か敵がいる。

 

さあて、頑張るとしますか。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「……副隊長! オレ達も行こう!」

 

「ああ。前衛はオレとお前、後衛はアルティナとエルミナで行くぞ。続け!」

 

両手の鉤爪を構えるフェンリルを先頭に、レイジ達も武器を構えて突撃する。

 

まずエルミナの火属性魔法、ブレイズがスパイダーとスティンガーの群れの中心で炸裂し、混乱して周りを飛び回るスティンガーをアルティナの矢が正確に撃ち落していく。

 

その隙を付いてレイジとフェンリルが敵の群れに飛び込み、混乱した中で思うように動けない敵を確実に仕留めていく。もちろん、後ろのアルティナとエルミナには敵を寄せ付けない。

 

スパイダーが白い糸の塊を吐き出し、スティンガーが鋭い針を弾丸のように放つが、糸の塊はレイジの大太刀とフェンリルの鉤爪によって斬り裂かれ、飛んでくる針は避けられて同士討ちが起こる。

 

針を突き出して突進してくるスティンガーの攻撃を横に飛んで避けたレイジの右薙ぎが一閃。その体をすれ違い様に真っ二つに両断し、刃を返して放たれた左逆袈裟の斬撃で糸の塊を斬り裂く。

 

レイジの横をフェンリルが素早く通過し、攻撃した直後のスパイダーを両の鉤爪で串刺しにする。鉤爪はすぐに引き抜かれ、左右に振り抜かれてスティンガー2体を4つに分割する。

 

さらに麻痺毒が塗られた1本のダガーが投擲され、それが突き刺さったスパイダーは軽い悲鳴と共に痙攣を起こして動けなくなる。

 

そこへレイジが突撃し、側面から近付いたスティンガー達をアルティナが撃墜する。

 

スパイダーを大太刀の3連撃で仕留めたレイジは一先ず後退し、フェンリルと背中合わせになって防御を固め、集まりだしたモンスター達の攻撃を耐え凌ぐ。

 

2人は徐々に囲まれ始めるが、モンスターが密集した場所にエルミナのブレイズが炸裂し、包囲網に大きな穴が生まれる。それを待っていたレイジとフェンリルは並んで突撃し、再び敵を殲滅する。

 

即席のチームだというのに、その連携は敵の数をものすごい勢いで削っていった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 坂道を登った先にはスティンガーが2体待ち受けていた。

 

2体から同時に放たれた針を横に転がって回避し、立ち上がると同時に両腕を振るって袖の中から3番鋼糸を射出。巻きつくと同時に腕を引き伸ばし、体を両断する。

 

再び走り出し、真っ二つになった2体のスティンガーの横を通り過ぎるた所で、坂の下にリックの姿を見つけた。やはり、その周りにアミルの姿は見えない。

 

リックはスティンガーとスパイダーに囲まれながらその手に持つ刀身が翡翠色の大剣を苦も無く振り回している。すごいな、レイジと同じ位の腕力かもしれない。

 

しかも、気のせいかな? リックの剣筋がレイジのそれにかなり似ている気がする。

 

唐竹に振り下ろされた斬撃がスティンガーを、続く右薙ぎの斬撃がスパイダーの飛ばした糸の塊を、振り向き様に返す刃で放たれた左薙ぎの斬撃がスパイダーの頭を刎ねる。

 

その動きは常に全方位に目を向けたもので、アレは僕の……御神流のものと少し似ているが、同時に明らかに違う。十数年間見てきた僕だから良く分かる。

 

確かにすごいが、あのままではダメだ。リックの噂が本当だとは思えないけど、アレではいつか自分だけでなく、本当に味方すら殺してしまう。

 

(急がないと……! どっちにしても、あの数を相手に孤立してたら危ない……!)

 

走る速度をさらに上げて、前方から迫ってきたスティンガーの突進に合わせて蹴りを放ち、直撃の瞬間に体を反転させて『猿(ましら)おとし』で地面に叩き付ける。

 

そこから左腕の7番鋼糸をスパイダーの1体に巻きつけ、跳ね上げるように全力で腕を振るい、その体を僕目掛けて引き寄せる。どうにも、上昇したのは膂力全般のようだ。

 

引き寄せたスパイダーを『徹』を込めた右足蹴りで頭蓋を砕き、右腕の袖から引き抜いて投擲した飛針を他のスパイダーの複眼に命中させる。

 

悲鳴を上げてバタバタと暴れるスパイダーの体をサッカーシュートのフォームでふっ飛ばす。随分キレイなフォームで決まったからか、スパイダーは岩に激突し、絶命する、

 

その死体を通り過ぎ、坂を何度か跳んで下りると、リックの近くに辿り着いた。見てみると、スパイダー2体と青色の巨大なサソリを相手にしている。

 

ひとまず飛針で援護しようと左の袖に手を伸ばすけど、背後からの気配を感じて即座にその場から飛び退き、立ち上がりながら背後を振り返る。

 

そこには、リックが戦っていたのと同じ青色の甲殻を持つ1メートル半を超す巨大な大サソリがいた。しかも、こっちは二匹。

 

僕がさっきまでいた場所にはサソリの尾の先端にある毒針が突き刺さっている。致死毒ではないだろうけど、針のデカさが異常なので当たったらかなり痛そうだ。

 

それと毒針もだけど、両腕にある触肢もデカイので、気を付けないと。

 

「これは……下手に暗器を使わない方が良いかな?」

 

今の位置関係は、正面と右側にサソリのモンスター、スコーピオンがそれぞれ1体。左側では3体のモンスターと交戦するリック。

 

敵を引き連れて援護に向かうよりも、先にこっちを片付けた方が良さそうだ。

 

息を吐いて軽く肩の力を抜き、腰を少し落として、両手で拳を作って構える。

 

左足はそのままで右足を前に出し、右拳を少し下がり気味に、脇を閉めた左腕の拳を緩めて顔の左側近くに設置する。僕自身で思い付いた独特の構えだ。

 

右側のスコーピオンが突き出してきた毒針を右側へのステップで回避し、すかさず側面へと回り込む。もちろん、もう1体が攻撃出来ないよう右側へ。

 

捕まれば胴体を真っ二つにされかねない触肢が突き出されるけど、僕は触肢の外側を右脚で蹴り飛ばして軌道を大きく逸らす。

 

即座に右脚を引き戻し、がら空きのスコーピオンの甲殻に左正拳突き、右のブロー、左脚での回し蹴りを叩き込む。最後の蹴りは『徹』を込めたので、少なからずダメージは与えたはず。

 

吹き飛んだスコーピオンは何とか立ち上がろうとするけど、さっきの打撃が効いたみたいで思うように動けない。

 

右腕から3番鋼糸を放ってスコーピオンの尾に巻きつけ、もう1体を警戒しながら腕に力を込める。サソリの尾は節に分かれて曲げられるから、斬るのは難しくないはず。

 

だけど、その時偶然、僕の視界にリックの真後ろで尾を引き絞り毒針を突き出そうとしているスコーピオンが映った。見た所、リックはまだ気付いてない。

 

「くっ…………!」

 

考える間もなく、僕は左腕を振るって7番鋼糸を飛ばし、腕を引いてリックの真後ろにいたスコーピオンの尾を締め上げる。

 

その時、3番鋼糸を通して右腕が強く引っ張られた。そっちを見ると、さっき吹き飛ばしたスコーピオンがもがくように尾を振り回している。

 

3番鋼糸は高摩擦を発揮する為に極細なので、決して頑丈ではない。右足に踏ん張りを効かせ、右腕を引き抜いて一瞬で尾を両断する。

 

だけど、左腕を動かせず、右腕を引き戻した瞬間の隙を狙ったように、残っていたもう1体のスコーピオンが背後で毒針を振り上げていた。

 

迎撃の手段が無い僕は無理矢理にでも体を動かし、その瞬間に発揮出来る限りの力で右足で地面を横に蹴った。でも、それでは避け切ることは出来ない。

 

避け切れなかった毒針は僕の右腕を制服ごと少し深く斬り裂き、僕の体ではなく地面に突き刺さることになった。

 

「ぐっ――っ―――!」

 

右腕から鮮血が飛び散り、痛みが走るが、それを気にしてられる状況じゃない。

 

すぐにその場から後ろに飛び退いて両腕の触肢から逃れるが、さっそく毒が体に回り始めたらしく、僅かに視界がぐらつき、体内で痛みが走る。

 

(くっそ~……! 1本でも剣があれば…………!)

 

どうしようかと考えながら、揺れる視界の中でスコーピオンを睨み付ける。飛針で目を潰し、その隙に『徹』の打撃で頭蓋を砕く。それで仕留めよう。

 

だけどその時、ある違和感に気が付いた。さっき7番鋼糸を飛ばして引っ張った左腕がやけに軽くなっている。試しに巻き戻してみると、鋼糸はホルスターに収納された。

 

それが意味するのはつまり……

 

「うおぉぉぉ! 輝炎斬!!」

 

気合の叫びと共にスコーピオンの横合いから突っ込んできたリックの大剣が振るわれ、3連撃が叩き込まれると共に爆炎が起こり、吹っ飛んだスコーピオンは数秒後に燃え尽きた。

 

『心』で周りに敵の気配が無いのを確認し、僕はその場に片膝を付く。

 

傷や毒の痛みもあるけど、暗器と素手だけでアレだけの数を相手にしたからか、少し疲れた。本領発揮は小太刀二刀なんだけど、無手の実力が随分上達した気がする。

 

「おい! 大丈夫か!?」

 

慌てた様子でリックが駆け寄ってきた。でも、左手で抑えた右腕の傷からボタボタと零れる血を見て、とても辛い表情になった。援護に来たのに、僕がそんな顔をさせたことが情けない。

 

すると、横から伸びて来た手が僕の腕の傷の近くに優しく触れた。見ると、伸びてきた手はアミルのものだった。

 

いつからそこにいたのか、まったく気が付かなかった。近付いてくる気配も無かったのに。

 

「ひどい傷……はやく手当しないと…………!」

 

本気で心配するその声で我に返る。見た目ほど深い傷じゃないけど、出血だけでも止めないと。

 

「アミル、血が付くから触っちゃダメだ……2人共、止血するから少し手伝って。リックはその辺の木の枝を30センチ位にへし折って持ってきて。アミルは上着を巻くから手を貸して」

 

言うと2人は頷いて動き出し、リックは近くの木に向かって走り、アミルは僕の制服を脱ぐ手伝いをしてくれた。不謹慎だけど、この2人と話せる機会が出来てよかった。

 

僕は脱いだ制服を右腕の傷から3センチ位離れた場所に両腕の袖部分を巻きつけ、アミルの手伝いを受けて固く結ぶ。でも、これだけじゃ血は止まらない。

 

リックが持ってきてくれた棒を結び目の間に差し込んでもう一度きつく結び、リックに棒の両端を握って、そのまま何度も回してもらう。

 

「これでいいのか?」

 

「うん。ありがとう、リック。でも、血が完全に止まるまで回してくれていいよ」

 

「でも……これ以上やったら血の流れが止まっちゃうよ……?」

 

「あくまで最終手段だからね。でも、レイジ達が来るまで出血が止まればいい。僕自身も傷の直りが早いから、大丈夫だよ」

 

止血帯を完成させ、2人の手を借りて棒を固定したまま息を吐く。自分でやろうとしたんだけど、毒が回ってるんだからダメ、と言う理由で却下された。

 

これは、またアルティナに怒られるかもなぁ~……体の中の毒も消してもらわないと。

 

「ごめんね、リック……援護に来たつもりが、逆に助けてもらっちゃって。これじゃあ、本当に役立たずだ」

 

「……いや、お前があの敵を止めていなければ、多分俺は今頃、お前以上の傷を負っていた」

 

「わたしからも、ありがとう。リックを助けてくれて」

 

謝るつもりが逆にお礼を言われて、何だか照れる。

 

でも、リックにあんな辛い顔をさせてしまったのは、僕自身がどうしても許せなかった。

 

リックは僕の止血をアミルに任せて立ち上がり、他の連中を呼んでくる、と言って走り出した。改めて耳を済ませると、戦闘が終了したのか、周りが静かになっている。

 

でも、気のせいか、立ち去る時にリックが“すまない”と呟いた気がした。

 

そして、近くにいたのかレイジ達がアルティナを先頭にこちらにやって来るのが見えた。言うまでもなく、アルティナの表情は不機嫌……というか、怒りの色がある。

 

もういいよ、と言ってアミルの手を解き、木の棒をゆっくり逆に回して止血帯を解いていく。一気に解いたらまた傷から血が溢れる危険があるのだ。

 

そしてアミルに制服の結び目を解いてもらい、しゃがみ込んだアルティナに傷を見せて治癒術をかけてもらう。怒鳴り声が無いのは、赤黒く染まった右腕のせいだろう。

 

治癒術のおかげで出血が止まり、僕はまた制服を巻いて包帯代わりにしたのだが、アミルが毒も受けていると申告したら、アルティナは“早く言いなさい!”と怒鳴って再び術を掛けてくれた。

 

でも、その表情は怒りや苛立ちでなく、悲しみや心配のものだった。

 

僕はアルティナだけに聞こえる声で、ごめんね、と呟き、黙って治療を受けた。

 

まもなく、治療を終えた僕はレイジに肩を貸してもらいながら砦に帰還した。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

主人公は相変わらず自分の得意な武器を持ってません。

ですが、体術はあくまでサブなんでもう少しで二刀小太刀になります。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話 再会と会合

今回は戦闘後の話し合いです。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 「レオよ、少し顔色が悪いが大丈夫か? まだ休んでいた方がよいのではないか?」

 

「さっきオレもそう言ったんだけどな……傷の治療もしたし、毒も抜けたから平気だって言うんだよ」

 

「本当に大丈夫だよ。ちょっと体がダルイだけだから、それに話し合いだけなんだし、座ってれば何の問題も無いよ」

 

戦闘が終わり、アルゴ砦へと帰還したレオ達は、酒場に集まった。

 

帰還してすぐにちゃんとした治療を受けたレオの右腕には白い包帯が巻かれており、少し血が抜けたからか、それとも毒のせいか、その表情は何処かくたびれている。

 

だが、先程酒場のマスターに“あ、すいません。ジョッキビール下さい”と普通に酒を頼んでアルティナに怒られていたので、大丈夫なのは本当のようだ。

 

ちなみに、レオの制服は血を吸って汚れてしまったので現在は洗濯中である。よって、今のレオの上半身は半袖の黒いTシャツが一枚だ。

 

「皆、お疲れさま。どうやらさっきのは、敵の偵察隊だったみたいね」

 

そこへ、奥の方から1人の女性が柔らかい微笑を浮かべながらやって来た。

 

身長は160程度で、目と髪の色は共に黒。解けば腰まで届きそうな長い髪をリボンで結び、ポニーテールにしている。

 

服装は黒を基調とした独特のデザインのドレスで、その身から発する神秘的な雰囲気と大人びた美貌によって、違和感無くそれを着こなしている。

 

「ん?……あ、あれぇっ!? サクヤさん!?」

 

「おや、隊長。おかえりでしたか」

 

「隊長? もしかして……サクヤさんがこの戦線の隊長!?」

 

驚きの声を上げてレイジが立ち上がり、フェンリルがその女性、サクヤと当たり前のように会話する。しかも敬語で。それによってレイジはさらに混乱し、首を傾げている。

 

「レイジ、あの人と知り合いなの?」

 

「え? いやいや、お前も知ってるだろ。剣道部の顧問の人だよ」

 

「ごめん、僕部活やってなかったから……あ、でも、噂は聞いたことあるかも。剣道部にものスゴイ美人の顧問がいるって。僕会ったことなかったけど」

 

自分が部活など入った日には他の部員全員が幽霊部員になってしまうと簡単に予測出来たレオは、基本的に放課後は即帰宅して鍛錬、あるいは街での娯楽を楽しんでいた。

 

だが、そんなレオからしてみれば、何故剣道部の顧問の人が異世界で戦線のリーダーを務めているのか、という疑問しか出て来ない。

 

「一応、あっちの世界でオレに剣を教えてくれた人だから……言ってみれば、オレの師匠ってことになるのかもな」

 

「なんだかハッキリしないわね」

 

「えっと……つまり、どういうことなんでしょう?」

 

首を傾げながらのレイジの発言にアルティナの呆れた様子の言葉とエルミナの疑問の声が返されるが、レイジ本人も状況を理解できず、回答に困っている。

 

「オレだってどういうことか説明してほしいよ。それに一番の疑問は、なんでサクヤさんがこっちにいるのかってことなんだけど?」

 

剣道部の顧問と異世界の戦線リーダー、どちらも副業でやるには片方が少し釣り合わない職場関係だ。気にするなと言われても不可能だろう。

 

だが、問われたサクヤは微笑を浮かべて柔らかく答える。

 

「ふふっ、まあ、そのうちわかるわよ。それとリンリン、レイジをここまできちんと案内してくれたみたいね。長い道のり、ご苦労様」

 

「いいえ。これぐらいなんでもないわ。それはそうと、久しぶりの再会だし、知らない人にも丁度良いわね。場を借りてちゃんとご挨拶させてもらおうかしら」

 

言うとリンリンはテーブルから飛び降り、すぐにその体が光で包まれた。光はすぐに収まるが、その場所には1人の少女が立っていた。

 

黒髪に金色の瞳をしており、フェンリルのとは違うが、何処か中国風の服を着ている。そして頭部には猫耳が出ており、尻尾は先端だけ毛の色が白い。

 

つまり、これは獣人形態のリンリンだった。

 

「え? えええええ~っ!? な、なんだこりゃぁっ!?」

 

「にゃはははは! サックヤぁ~! ただいまぁ~!」

 

一瞬呆然としたレイジが盛大に驚きの声を上げる中、獣人の姿となったリンリンは陽気に笑いながらサクヤ目掛けて跳躍し、抱き付いた。

 

「あぁん、もう! やっぱりこれなの? こら、リンリン! 抱き着かないの! くすぐったいじゃないの」

 

「いいじゃん、いいじゃん、久しぶりに会ったんだから。これぐらいサービスしてよ。にゃははは!」

 

その様子はクールという言葉が似合う感じの猫の姿とは大きく違い、何処までも無邪気に笑う、天真爛漫という感じになっている。もはやギャップが効くレベルではない。

 

「り、リンリンが……獣人に………!?」

 

「何よ。リンリンがどうかしたの?」

 

「い、いや、喋る猫なのは知ってたんだけど、まさか獣人の姿に変身できるなんて……今まで全然知らなかったぞ!?」

 

呆然としているレイジの様子にサクヤは不思議そうな表情をするが、レイジは動揺を残ししながらリンリンに問いを飛ばす。

 

クラントールから一緒にいたが、レイジもその姿を見るのは初めてだったらしい。

 

「別に隠してたわけじゃないんだけどね。戦う時ぐらいしかこっちの姿には変身しないからさ、今までは見る機会が無かったってことね」

 

「そう言う問題か?」

 

「そういうもんよ、あんまり深く考えないことね。無駄に疲れるだけよ?」

 

「あぁ……そーすか」

 

返答の度に脱力し、仕舞いにはレイジは物凄く疲れた様子で肩を落とす。

 

その様子を見てアルティナやエルミナも質問する気が無くなったらしく、それ以上リンリンに対して質問が飛んでくることはなかった。

 

「まったく……レイジの奴、1人で慌てて騒ぎおって……ん? お、おい、レオ! 大丈夫か、顔色が真っ青だぞ!?」

 

テーブルに座って話を聞いていたユキヒメが溜め息を漏らすが、今までずっと黙っていたレオの方に目を向けると、ユキヒメは慌てた様子で肩を揺らして話し掛ける。

 

今のレオの顔は明らかに青褪めており、汗をびっしりと掻いている。視線もハッキリと定まっておらず、どう見ても異常だった。

 

ユキヒメの慌てる声に反応したのか、レイジ達の視線もそちらに向き、全員がレオの顔色の悪さに目を丸くした。

 

すぐにアルティナが立ち上がって駆け寄ろうとするが、それよりも早く青褪めた顔のレオが立ち上がり、フラフラした足取りで歩き出す。

 

レオはリンリンとサクヤの前で足を止め、顔を俯かせたまま数秒間沈黙する。

 

だが、やがてその口から呟きが零れる。

 

「も…………」

 

『も…………?』

 

全員が見詰める中、レオが流れるような動作で動く。

 

床に膝を突き、床に手をつき、重力に逆らうことなく腕を曲げていく。そのまま頭をこすりつけるかのように、眼下へと落とす。

 

「申し訳ありませんでしたあぁぁぁ!!!!」

 

その声は酒場内に反響し、言葉通りに謝罪の意を込めた必死さが伝わる。

 

その平身低頭の構えは、エンディアスに生きる者達も名を知っているものだった。

 

すなわち……土下座……『DO・GE・ZA』である。

 

「……レオ、何で土下座なんてしてるんだ?」

 

「何言ってるのさレイジ。知らないとはいえ、僕リンリンの頭とか背中とか顎撫でたんだよ? 毛並みをブラッシングで整えたんだよ? 肩に乗ってるとき偶に軽く頬ずりしたんだよ? 女性の体にベタベタ触ったんだよ? セクハラ通り越して強姦一歩手前だよ? もう死ぬしかさせてください」

 

「いや、お前が何言ってんだ!? 最後明らかに日本語崩れてるぞ! 待て! とりあえず右手に持つナイフを放せ! そして深呼吸しろ! 頼むから落ち着けー!!」

 

青褪めた顔でナイフを振り上げるレオの体をレイジが羽交い絞めにして必死に抑え、続いてフェンリルやアルティナやエルミナもレオを抑える。

 

流石にコレは無視出来ないと思ったのか、リックとアミルも加わっている。

 

それから、レオが落ち着きを取り戻したのは数分後の話だった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「…………ごめんなさい。少し取り乱しました」

 

「いや、少しってレベルじゃねぇだろ……いきなり自分目掛けてナイフ振り上げるもんだからマジで焦ったぜ……しかも背が高くて力も強ぇし、抑えんのも一苦労だ」

 

数分後、どうにか落ち着いて正気を取り戻した僕は、現在レイジ達に深く頭を下げている。先程と同じ土下座だが、込める謝罪の意はさらに重い。

 

とりあえず、撫でたことに関してリンリン本人は全く不快に思っておらず、笑顔で許してくれたのだが、最後に“むしろ気持ち良かったよ!”と笑顔で言ったのは色んな意味で誤解を招きそうだった。

 

そして、今はこうして取り乱したことについて謝罪したというわけだ。

 

それと、レイジに言われて気付いたけど、どうやら僕の身長はいつの間にか結構伸びたらしい。最近の身体測定では172くらいだったのだが、今では175を超えて180に届く数歩手前のようだ。

 

「それでサクヤ? 次の仕事は?」

 

「ふふっ、今度は思いっ切り体を動かす仕事よ。解放戦線に加わって戦いの方を手助けしてくれるかしら?」

 

「本当!? やった! まっかせて! 今までサクヤの指示通り戦いは出来るだけ控えてたから体がなまっちゃいそうだったよ~」

 

ピョンと軽く飛んだリンリンは笑顔で軽いシャドーボクシングを始める。その拳速は笑顔に反して鋭く、小さな風切り音まで聞こえる。

 

どうやら、獣人姿のリンリンは拳や蹴りで戦うスタイルのようだ。

 

「あなたの腕には期待しているわね。でも、今は急ぎの仕事もないし……普段はいつもの姿で楽にしていていいわよ」

 

サクヤさんがそう言うとリンリンは再び光に包まれ、小さい黒猫の姿へ戻った。そのままリンリンはテーブルの上に跳び、続いて僕の左肩に乗る。

 

「……では、お言葉に甘えてそうさせてもらうわ……うん。やっぱり、こっちの姿の方が楽ね。この場所も、あまり揺れないから落ち着くし」

 

「あはは……ありがとう、リンリン」

 

苦笑しながらお礼を言って頭を撫でていると、サクヤさんが少し不思議そうな表情をしながらこちらに歩いてきた。

 

「随分と懐いたのね、リンリン。あ、初めまして、確かあなたの名前は……」

 

「レオです。こっち風に名乗るなら、レオ・イブキ」

 

「リンリンから話は聞いてるわ……つい最近、こっちの世界に来たって……あら? あなた、その目……もしかして……」

 

握手をして話していると、サクヤさんは僕の顔を、正確には数日前に赤色に変わった僕の目を見て一瞬呆然として、真剣そうな表情になった。

 

すると、サクヤさんは突然僕の頭に手を回し、そのまま僕の顔を抱き寄せるように自分の眼前に引き寄せた。身長は僕の方が上なので、自然と前傾姿勢になってしまう。

 

「あ……あの……えっと……サクヤ、さん?」

 

状況がまったく理解出来ない僕はなんとか声を出すけど、サクヤさんは何も答えず、多分だけど僕の赤い目をじっと見詰めている。周りの皆も驚きで何も言えないようだ。

 

僕の目の前にはサクヤさんの顔があり、これほど近くで見ると、改めて本当に美人だと思える。でも、近過ぎる。どっちかの顔がもう少し前に進めば鼻先がぶつかりそうだ。

 

顔が少し赤くなり、熱くなっているのは仕方ないと思う。こんな状況、誰だって無表情でいられるわけがない。

 

僕としても女性の顔をまじまじと見詰める度胸は無いのだが、不思議と僕の視線はサクヤさんの黒い瞳から逸らすことが出来なかった。

 

だが、1、2分ほど経ったくらいで固定されていた視線が動けるようになり、サクヤさんも僅かに僕から顔を離す。だが、頭に回された手はそのまま。

 

「……やっぱり、気のせいかしら……?」

 

「サクヤ。考え事の途中に悪いのだけど、そろそろ放してあげたら? 彼、さっきから目のやり場に困って視線が左右に泳ぎ回ってるわよ」

 

「え?」

 

リンリンの言う通り、視線が動くようになったんだけど、正面に見えるサクヤさんの顔の他にも、ドレスで胸の谷間が大胆に露出されているので、本当に困っている。

 

「ご、ごめんなさい! 私ったら、突然変なことしちゃって………」

 

「い、いえ、お気になさらず……」

 

恐らくまだ赤い顔を引き攣らせながら何とか答える。

 

サクヤさんは今になって自分のしたことを理解したように頬を染め、少し恥ずかしそうにしている。もしかして、今の無意識にやってたの?

 

「あ、そうだ。リック! ちょっとこっちに来て! 大事な話があるの!」

 

「……なんです?」

 

先程から壁に背中を預けて話を聞いていたリックがこちらに顔を出し、サクヤさんは少し待ってて、と言い残して部屋を出て、1分も経たずに戻ってくる。

 

「長いこと待たせてごめんなさい。ようやく見つけられたわ。この子を……」

 

悲しい表情をしたサクヤさんが扉を開けると、そこには修道服を着た女の子が一人。

 

長い髪は透き通るようにサラサラの金髪で、瞳は深い碧眼。纏う雰囲気はおっとりとおとなしさを混ぜたような感じだ。

 

一見、清楚なシスターその物に見えたのだが、着ている修道服のスカートが異常なまでに短くて驚いた。ミニスカシスターって実在したんだ。

 

何を信仰しているのかは知らないけど、あの格好は色んな意味で大丈夫なのかな? 礼節的な意味でも、周りの人の視線的な意味でも。

 

「っ!?……エアリィ……!」

 

「エアリィ!」

 

「リック……アミル……! よかった……また会えた……!」

 

「アミルと同じようにして連れて来たわ。彼女と同じで、それしか助ける方法がなかったとはいえ、ごめんなさいね……」

 

「いえ、いいんです。また会えただけでも。だからサクヤさん、ありがとう!」

 

エアリィと呼んだ少女の姿に驚きながらも、リックとアミルは安心するように、嬉しそうに、その子へ駆け寄る。エアリィも笑顔だが、若干涙声だ。

 

ただ、悲しそうに、辛そうに話すサクヤさんの様子とその発言に色々と少し引っ掛かったけど……コレについて触れてはいけないと思う。少なくても良い話では無いと思う。

 

「そう言ってくれると、私としても助かるわ……それじゃあ、今日の話し合いはここまでにしましょう。新入りの皆は疲れてるだろうから、ゆっくり休んで。リンリン、案内をお願いできる?」

 

「ええ、わかったわ。宿屋に連れて行く」

 

「それじゃあ、サクヤさん。お疲れ様です!」

 

「ええ、お疲れ様」

 

レイジの言葉に答えたのを最後に、僕達はリンリンの案内を先頭にして宿屋へと向かい始めた。やはり全員、少しは疲れていたようで、その間はろくな会話も無かった。

 

こうして、僕達のヴァレリア解放戦線での1日目は、幕を閉じた。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

主人公、実は本人も知らない内に犯罪者になりかけていましたwww

次の戦闘はもう少し先かもしれません。拠点フェイズというやつです。

では、また次回。






目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話 その手に掴む二刀

今回は拠点フェイズと装備確保です。

では、どうぞ。



  Side レオ

 

 「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

僕は現在、アルゴ砦の街中を走っている。

 

朝のランニングは僕が小さい頃から続けてきた鍛錬であり日課だ。異世界でもそれは変わらず、朝早くから目が覚めたのは何よりの証拠だ。

 

朝日が昇り始めて少し明るくなり、色んな店から準備を始める為に人が出てくる。こんな早朝から走る人がいないのか、一瞬驚いた後に微笑を浮かべて挨拶してくれる。

 

軽く会釈して返しながら、もう20回目に近い坂道を登り始める。角度はそんなでもないけどコンクリートの地面なので、脚に働かせる力は自然と増してくる。

 

もう上着のTシャツはびっしり汗で濡れていて、両足も段々疲れてきた。顔面も汗がダラダラ流れてると思う。ペースも最初の時と比べて少し落ちている。

 

それでも、もう少しで到着するゴールまでペースを落とさないように気を入れ直し、額の汗を手で拭って地面を蹴る。

 

ちなみに、右腕の傷は朝起きたら完治しており、もう包帯は巻いていない。

 

このアルゴ砦の街は階層都市のように細かい坂が無数にあり、山のような形だ。つまり小さい上り坂と下り坂が無数に有り、ランニングコースとしてはかなりキツイ。

 

でも、景色そのものが新鮮だからか、向こう世界で街中を走っているよりも気持ちが良いし、とても楽しい。

 

それに鍛錬としても臨むところだ…………キツイけど。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……とう、ちゃくぅ~…………」

 

出発した宿屋の前まで到着し、僕は少し震える両膝に手を置いて息を整える。本当は軽く歩いて呼吸をした方が体に良いんだけど・・・・ダメ、膝が折れそう。

 

予想通りの疲れ具合だけど、坂の数が予想以上だった。街の地図を見て一番下から一番上までって感じのコースを通ったけど、登りだけでも全部で30は超えてたね。

 

「明日からはペース配分を考えなきゃね…………さて、次々っと……」

 

震えが引いてきた膝に力を入れ直し、今度は人がいない近くの草原に向かう。次は体術全般の鍛錬と筋トレだ。時間が余ったら暗器の練習もしようかな?

 

他の人が聞いたら正気を疑うかもとわかってるけど、僕の鍛錬メニューは毎日こんな感じだ。いつもは体術の変わりに木刀で鍛錬をしている。

 

んじゃあ、まずは体術をやって、それから蹴り技の練習をしよう。

 

 

 

 

 「ふぅ、終わったぁ…………水浴びでもしようかな」

 

「あら、朝早くから精が出るわね」

 

鍛錬の後のダウンを終えて宿屋に戻り、着替えを取りに部屋に来ると、換気の為に開けっ放しにしておいた窓際にリンリンが座っていた。

 

「ああ、おはようリンリン」

 

「おはよう。汗の量から見てかなり動いたみたいだけど、どれだけ鍛錬してたの?」

 

「う~ん、いつも通りの感覚だったから、多分2、3時間くらいかな」

 

「そ、そう……鍛錬自体は感心するけど、無茶はしないようにね」

 

リンリンは少し引き気味になりながら答えてるけど、まあ無理もないよね。

 

僕はボストンバッグの中から取り出したタオルで顔の汗を拭き、着替えを取り出してリンリンに水浴びに行って来ると言って部屋を出ようとする。

 

「あ、待ってレオ。昨日の件でサクヤから伝言なのだけど、今日の昼頃には準備できるそうよ。ちょうど集会があるから、その時に渡すって」

 

「昨日の件って……僕の服と武器のこと? 1日しか経ってないけど……もしかして、サクヤさん徹夜とかしちゃったの?」

 

昨日の集会が終わって宿屋へと向かう時、武器のことで悩んでいたら、レイジとリンリンの提案でサクヤさんに相談してみることになったのだ。

 

リンリンが言うには、サクヤさんは随分と特殊な錬金術を使えるらしいけど、オーダーメイドの武器だけでなく服まで注文に加わった時は、流石に申し訳無かった。

 

でも、サクヤさんは何か良い案を思い付いたらしく、笑顔で承諾。僕に合うサイズと武器の詳しい形状を聞いただけで、後は任せてくれと言った。

 

あの時はお礼を言ったけど、もし徹夜で作業に取り掛かったりなどされたら僕が申し訳なさ過ぎる。女性にとって徹夜は美容にも健康にも良くないんだから。

 

「ふふっ、いえ、本当に短時間で出来上がったのよ。すぐ傍にちょうど良い材料があったみたいでね。時間が掛かるのは武器の方らしいわ」

 

僕の心配したことをわかったみたいで、リンリンは微笑しながら答える。

 

徹夜してないなら良いけど、服のデザインとかどんなのだろう? 別に贅沢も文句も言うつもりはないけど、ちょっと気になる。

 

まあ、昼の集会で分かるんだし、その時までのお楽しみということにしておこう。

 

とりあえず、僕はリンリンにお礼を言って水浴びに向かうことにした。

 

 

 

 

「おはよう、遅かったなレオ」

 

「おはよう、レイジ、ユキヒメさん」

 

水浴びを終えて着替えた僕は食堂の一階に向かい、食事が用意されたテーブルに座る。

 

いつも鍛錬でアレだけ動くので、僕は朝食はかなり食べる方である。なので、盛られている量もかなりのものであり、周りの皆も少し驚いている。

 

「にしても、何で遅れたんだ? アルティナの家でも一番に起きてたのに」

 

「今日も早くに起きたんだけどね。街を走って鍛錬してたらかなり汗を掻いちゃって、水浴びに行って、着替えたんだよ」

 

「街中を走っていた? では、レオは銀の森でも早く起きて走っていたのか?」

 

「いや、あの日はシルディアに向かう前だったし、あんな深い森を1人で走れないよ」

 

話しながらだというのに、僕はかなりのハイペースで皿の上の朝食を消化していく。もちろん、ちゃんと噛んでるよ?

 

量はかなり多いけど、空腹を抜きにしても僕の食べるスピードは速い。でも、すぐに腹ペコになるというわけではなく、我慢も効く。本当、便利な体になったものだ。

 

「昼に集会があるらしいけど、それまで2人はどうするの?」

 

「オレはユキヒメの指導の元で鍛錬だな……新しいメニューが出来たんだと」

 

「うむ。未熟者のお前を一刻も早く、先代のように立派に鍛え上げなければな」

 

「……先代って、確かユキヒメさんの前の使い手だっけ?」

 

何度か2人の会話で同じ単語を聞いてリンリンに教えてもらったんだけど、ユキヒメさんが言う先代って人は、レイジと同じく『霊刀・雪姫』を扱うことの出来た人らしい。

 

聞けば聞くほどスゴイ人で、ユキヒメさん曰く、『今現在、この世界が存在していられるのは先代のおかげと言っても過言ではない」だそうだ。

 

リンリンもそれは事実だと言っていたけど、スケールデカ過ぎて飲み込めないって。

 

「そっか。昼まで疲れが残らないようにね。頑張って」

 

「おう! でも、もっと強くならなきゃいけないからな」

 

「心配無用だ。その辺に抜かりは無い。レオも、体を壊さぬようにな」

 

最後にレイジとハイタッチを交わし、朝食を食べ終えた僕は酒場を後にした。

 

さてと、昼までまだ時間があるし、ランニングで走った街でも歩いてみようかな?

 

 

 

 

 「うわぁ~…………露店も出てると賑わいが随分違うな~」

 

街に出てみると、ランニングの時と違って街道には無数の露店が開かれていた。食べ物のお店やアクセサリーショップも見える。

 

歩いて周りに感心していると、人ごみの中に見覚えのある銀髪と後ろ姿を見つけた。キョロキョロと周りを見る様子は、何だか僕よりも楽しんでるように見えて、とても可愛らしい。

 

「アルティナ、何してるの?」

 

「れ、レオっ!? べ、別に何でもないわよ!」

 

普通に歩いてきた僕にも気付かなかったらしく、アルティナは慌てて反応する。だけど、そう答えながらアルティナの視線がチラチラと移動しているのに気付いた。

 

その方向に視線を向けてみると、鉄板で何かを焼いている露店があった。匂いからして、鶏肉を焼いているみたいだ。串に刺しているから焼き鳥みたいなものかな?

 

「……欲しいの?」

 

「ち、違うわよっ! 別に、おいしそうだけどお金がなきゃ何も出来ないから不便だな、なんて思ってないんだから!」

 

つまり、食べたいんだけど今はお金を持ってないと。

 

確かアルティナは銀の森を出る時にそれなりの金額を持ち出してたけど、どうにも、人間とエルフでは買物の時の感覚が少し違うみたいだ。

 

僕は苦笑しながら鶏肉を2つ頼み、お金を取り出して両手で受け取る。昨日の戦闘で活躍したからという理由で、ある程度のお金は貰っている。

 

「はい、どうぞ。熱いから気を付けてね」

 

「あ、ありがとう。でも………」

 

「治癒術のお礼だよ。昨日も傷を治してもらったからね」

 

そう言うとアルティナはむぅ、と唸り、渋々という感じで鶏肉を受け取った。そのまま人ごみの中を抜けて、壁に背中を預ける体勢になる。

 

そして2人で同時に鶏肉を食べると、アルティナが笑顔でおいしいと呟いた。確かにうまい。でも、アルティナはすぐに顔を引き締めて鶏肉を食べる。やばい、見てて面白い。

 

「……ねえ、レオって、いつもあんな風に怪我するの?」

 

黙々と食べていると、アルティナが少し顔を俯かせてそんなことを尋ねてきた。身長差で横顔もよく見えないけど、声に少し悲しみの色がある。

 

「いつもってことはないよ。あっちの世界はそんなに危険じゃないし……でも、何度か鍛練で怪我して傷を作ったことはあるかな」

 

鍛練と言ってもただ体を鍛えるだけではないので、怪我をすることはもちろんあった。今でも体のあちこちに傷跡が残っている。

 

姉さんが死んでからも鍛練を厳しくしたので、当然怪我も増えた。だけど、僕の体が頑丈になったおかげで、傷跡が残ることは少なくなっていった。

 

「そう、なんだ……じゃあ、レオはこの世界に来て、後悔してないの? 何度も危ない目にあって、怪我もして」

 

「後悔、か…………多分、無いと思う。むしろ嬉しいかも」

 

「どうして? もしかしたら、死んじゃうかもしれないのに」

 

「死ぬつもりは微塵も無いよ……でも向こうじゃ、僕の世界は灰色だから」

 

最後の言葉を呟いた瞬間、自分の発言に気付いて慌てて口を閉じる。

 

おそるおそる隣に視線を移すと、ちゃんと聞えてたみたいで、アルティナが不思議そうな目で僕を見上げていた。あっちゃ~、何やってんだ僕は。

 

どうにかして誤魔化そうと考えていたのだが、彷徨わせた視線がある光景を映し、僕の意識と首は自然とそちらに向いた。そして、最後の鶏肉を食べてすぐに歩き出す。

 

「アルティナ、ちょっと待ってて」

 

「え? ちょ、どうしたの?」

 

アルティナの質問に対し、僕は無言で進行方向に指を差す。

 

その先には、3人くらいの男が集まっており、その真ん中には小柄な金髪。間違いなく、アレはエルミナだ。だけど、どうにも楽しそうに話してるようは見えない。

 

「行ってくるね」

 

そう断って、僕は今度こそ歩き出した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 歩いてくレオの背中を見送りながら、アルティナは先程の彼の呟きを思い出した。

 

『向こうじゃ、僕の世界は灰色だから』

 

アレはどういう意味なのだろう。

 

本人が気付いていたかは知らないが、アルティナは確かに、その言葉を呟いた時のレオの目の中に、少しだけ寂しいという思いを感じた。

 

ひどく気になるが、それをズカズカ訊くほどアルティナは無神経ではない。

 

そして、気が付けばレオとエルミナがこちらに歩いて来ていた。後ろに3人の男達がいないのを見ると、どうやらレオが叩きのめしたわけではないらしい。

 

どうやって追い払ったのかを訊いてみると…………

 

「エルミナが解放戦線の隊長と副隊長に期待されてる人だって言ったら、慌てたように必死に謝って逃げていったよ」

 

と返ってきた。

 

言っていることは事実だが、本当の意味で見逃されたのが自分達だということに逃げた男達は気付いているのだろうか。

 

「でも、大丈夫だった? エルミナ、男性恐怖症でしょ?」

 

「は、はい。少し怖かったけど、もう大丈夫です…………」

 

その事実が分かったのは昨日の酒場だったが、その時は偶然肩がぶつかった男性に対してエルミナが盛大な拒絶反応を起こした。悲鳴を上げたわけではなく、青褪めた顔で後ずさり、アルティナの背後に隠れたのだ。

 

ならば、かなりの頻度で近くにいるレオやレイジはどうなるんだろう? と思ったが、本人曰く「外見も態度も怖くないから何とか大丈夫」らしい。

 

その時、フェンリルが複雑そうな顔をしていたが、その様子を察したレオは何も言わなかった。

 

「……そろそろ時間かな。僕はもう酒場に行くけど、2人はどうする?」

 

「私も行くわ。元々特別な用事があったわけでもないし」

 

「わ、私も行きます。1人でいると、怖いので……」

 

意見が一致し、3人は並んで歩き出す。

 

中心にレオ、右にエルミナ、左にアルティナという両手に花なのだが、レオ本人は何かあった場合すぐに2人を助けられるようにこの位置にしたのだ。

 

優しいのか、それとも鈍いのか、よく分からない気遣いだった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「あら、3人とも早いわね」

 

酒場に到着した3人を出迎えたのは、椅子に座っていたサクヤだった。

 

集会を開いた張本人だからか、それとも隊長だからか、どちらにせよ一番最初に来ているのはレオ達にとっては充分に驚きだった。

 

しかし、そんな驚きを他所にして、サクヤは思い出したように手を叩き、何処か嬉しそうにレオに近寄ってきた。その様子は、何かを自慢したがる子供のように見える。

 

「レオ、リンリンから聞いていると思うけど……あなたの服、もう出来てるわよ。奥の部屋に置いてあるから、着替えてらっしゃい。きっと似合うわ」

 

「は、はい……わかりました」

 

上機嫌なサクヤの笑顔に押され、レオは若干戸惑いながら奥の部屋に入っていった。

 

その後、しばらくして酒場には人が集まり、集会が開始された。

 

 

 

 

 「急に集まってもらってごめんなさい。今日は、ちょっと興味深い情報を仕入れてきたの。白竜教団の巫女のことよ」

 

「白竜教団って確か、前にヴァレリアが闇の勢力の侵攻を受けた時、皆の中心になって戦ったっていうやつですよね? そこの巫女さんがどうしたんですか?」

 

前にリンリンとユキヒメに聞いたことを思い出し、レイジが訊ねる。

 

「その巫女が守護するエトワール神殿は帝国の攻撃で破壊されたらしいのだけど……その巫女は護衛の竜人と一緒に脱出して、今はこの砦から少し離れた別殿で独自に抵抗を続けているらしいの」

 

「では、これからその巫女と竜人に協力を頼むのですか?」

 

フェンリルの言葉にサクヤは頷くが、その表情はすぐに曇る。

 

「もちろん、そのつもりよ。でも、神殿周辺の敵も活発で容易には近付けないの」

 

「では、どうすれば? 放っておけば、その別殿もいずれ帝国に……」

 

皆の思いを代表するようにエルミナがおそるおそる問う。

 

だが、サクヤはリーダー、指揮官はこの程度で動揺などしない。

 

「しばらくは神殿方面に偵察隊を出すわ。敵の様子もわからない今の状況じゃあ、それしか手は無いし。敵に隙を作って神殿と接触を図ることにする」

 

情報とは、大規模戦闘において個人の力よりも重要な要素である。

 

敵はどれだけいるのか、敵はどこに配置されているのか、敵はどんな奴がいるのか、これらを戦う前に理解しておけば、戦略を練るのが苦手な人間でも、圧倒的な戦力差、あるいは一騎当千の戦力でも現れなければ、恐らく負けはしない。

 

つまり、情報を知る勢力はそれだけ強く、情報を知られた勢力はそれだけ弱くなるのだ。

 

「それで、今から偵察隊の第一陣を出してみようと思うの。神殿に通じる街道の様子が知りたいし、出来る限り敵を減らしておきたいの」

 

街道とは、敵味方問わずに一番通行に使われる道であり、敵と一番遭遇しやすい場所でもある。そこの敵を先に排除するのは、戦略面で常識だ。

 

「リック、その仕事を頼んでいいかしら。少数精鋭だから2、3人が限界だけど、連れて行くメンバーはあなたに一任するわ」

 

「わかりました。ですが、メンバーは俺1人だけ構いません。わざわざ死神と一緒に行きたいヤツなんかいないでしょうから」

 

サクヤの頼みにリックはすぐに頷くが、周りを拒絶するオーラ全開の発言と雰囲気に、サクヤの表情は暗くなった。

 

その時、微妙な空気に支配された酒場の中で、レイジが1人立ち上がった。

 

「ちょっと待った、勝手に決めるなよ。オレも一緒に行くぜ」

 

「なに? お前が?……断る。役立たずがついて来ても迷惑なだけだ」

 

「おいおい。迷惑かどうかは行ってみなきゃわかんないだろ。それに、もし本当に迷惑で邪魔になるなら、オレのことは遠慮なく見捨てればいい……それでいいだろ?」

 

会話が進むごとに互いの口調が強くなり、後半は半分睨み合いになるが、先に諦めたのはリックの方だった。

 

「……勝手にしろ。くたばろうが面倒は見ない」

 

「オレだって見てもらおうとは思ってない」

 

そう言って二人は顔を逸らし、レイジは座り、リックは壁に背中を預ける。

 

再び空気が重くなり、ここで話し合いは終了かのように思われた。

 

しかし…………

 

「あっと、すいません。僕も立候補していいですか? 今レイジが言ったのと同じく、邪魔になるなら見捨てても構わないので……」

 

新しく聞こえてきた声に反応して全員がそちらを向くと、そこにいたのはレオだ。

 

しかし、開いた扉から顔だけを出しているという状態で、非常におかしい。

 

「…………レオ、何やってんだ?」

 

「いや、変なのは理解してるけどね。今の自分の格好がちょっと恥ずかしくて……」

 

「ああ、着替え終わったのね。何を恥ずかしがってるのよ……さあ、皆にも見せてあげなさい。大丈夫、似合ってるわ」

 

「いや、そういう問題じゃなくて……うおっ! 見かけによらず力強っ!?」

 

抵抗も虚しく、サクヤに腕を引かれたレオは扉から引っ張り出される。

 

下には黒いズボンを穿いて、上は対極の白いYシャツ。その上には漆黒のロングコートを着ているのだが、上から下まで所々に赤色のラインが走っており、手首や足首の部分だけは白色で、腰ベルトが装着されている。

 

ちなみに、コートの中のYシャツには飛針・鋼糸を収納する専用の改造ホルスターが装備されており、両手には指だしグローブ、両足には鉄板を仕込んだブーツだ。

 

上から下まで全て真っ黒というわけでなく、所々に白色を混ぜたデザインはサクヤのドレスと何処か似ている。ロングコートを着ているというのに、周りの人にはそれを含めて1つのスーツのように思えた。

 

しかも、ロングコートと同じ漆黒の髪と赤い瞳のおかげで、充分に似合っている。

 

エルミナは手を合わせて、うわ~、と感心しているのだが、レオ本人は格好そのものが恥ずかしいようで、少しだけ顔が赤い。

 

「はい。こっちも出来てるわよ」

 

サクヤが正方形の箱を1つ差し出してくる。

 

レオは両手に持って深く一礼し、蓋を開けてその中身を見る。

 

そこにあったのは、2本の小太刀。刀身の反りや長さなども全て小太刀そのものだ。

 

一刀は鍔、柄が共に黒い小太刀、名前は“麒麟”

 

もう一刀は刀身が雪のように白く、銀色の鍔に白い柄の小太刀、名前は“龍鱗”

 

麒麟は夢の人の姉が持っていた小太刀、龍麟はその姉の夫が扱っていた小太刀の名前だ。本当なら龍麟は二本一組の名前だが、一本だけで貸してもらうらしい。

 

レオは二刀を鞘に納めて腰に差し、膝を折り、サクヤさんに深く頭を下げた。

 

サクヤさんは何も言わず、レオの肩に手を置いて微笑み、頑張って、とだけ言った。

 

レオもそれに無言で頷いて立ち上がり、ユキヒメを傍に連れたレイジ、同じくエアリィを連れたリックの2組と一緒に歩き出し、酒場を後にした。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

主人公、今回でやっと自分の武器と装備を確保しました。これから本領発揮です。

それと、今回主人公が手にした小太刀、麒麟と龍麟ですが……龍麟の色とかは分かるんですが、麒麟がさっぱり分かんないですよね。

もし詳しい形状とか特徴、色などがわかりましたら教えていただけると嬉しいです。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話 想いの武器と御神の本領

今回はようやく装備を整えた主人公の初戦闘です。

では、どうぞ。




  Side レオ

 

 リックを先頭に到着した街道は、既に敵によって手が加えられていた。

 

ここからだと充分には見えないけど、木で作られた柵や小さいバリケード、傍にはこちらを警戒する敵の姿がある。どうやら、こっちを待ち伏せているようだ。

 

今僕達がいるのは高台。

 

リックも敵に気付いているようで、一緒に来たエアリィを守るように立っている。レイジは大太刀となったユキヒメさんを肩に担いでいる。

 

僕は片膝を付いて高台の下を見渡してる。弓兵の姿は見えないけど、もし矢が飛んできたら心臓か額に投げ返してやるとしよう。

 

さて、どうやら仕掛けるタイミングはこっちの自由みたいだけど、レイジ達はどうするつもりだろう。レイジなら今すぐ、とか言いそうだけど。

 

「サクヤさんに言われて出てきてはみたけど、今の所はのんびりしたもんだな。敵なんか何処にも見えないじゃないか」

 

…………多分、その発言に唖然としたのは僕だけじゃないと思う。

 

常に淡い光を放つ刀の姿のユキヒメさんも一瞬だけ輝きが止まったし、リックの目も冷たい眼差しから呆れたような感じになった。せめての救いはエアリィの苦笑だろうか。

 

「……お前の目は節穴か?」

 

『まったくだ。先代であれば、これほどまでに露骨な待ち伏せに気が付かぬようなことはなかったであろうに。ああ、嘆かわしい……』

 

リックとユキヒメさんの2人から容赦ない言葉と冷たい眼差しが送られ、レイジは高台から身を乗り出してもう一度周りを見渡す。

 

「なんだよ、敵なんてどこに…………あ! し、しまった! あそこの物陰か! くそ、あっちにもいやがる!……ちくしょう、気付かなかった」

 

「ついでに言うと……物陰の近くに4体、岩陰に3体が固まってるね。ウルフとゴブリンしかいないみたいだけど、殆ど同種でペアになってる」

 

レイジの視線に合わせ、指で場所を差しながら敵の情報を伝える。岩陰や死角の場所は『心』で探ったので、リックとエアリィにも分かるように説明する。

 

すると、その場の全員がまた黙り込んでしまった。しかも視線の先には僕がいる。

 

レイジの時のように呆れるような視線じゃないけど、僕は軽く首を傾げる。

 

「……前にも思ったんだけどさ、レオって、何でそんなに敵の場所とかがハッキリ分かるんだ? しかも目を瞑ったままで」

 

「ああ、そのこと。コレ、僕の使う流派の技なんだよ。視界からの情報を遮断して、音と気配だけで相手の居場所を見抜くんだ」

 

と言っても、これを自分の意思で完璧に使えるようになったのは、ほんの数ヶ月前。でも一度覚えてしまえば、この技の練度は面白い位に上昇した。

 

今ではドア越しだろうと室内の敵の数がすぐに分かるし、明かりの無い暗闇の中なら目を開けている場合よりもよく見えると思う。

 

「まあ、僕のことはいいよ。それより、奇襲は無理そうだけど、すぐに仕掛ける?」

 

「ああ、問題ないさ。蹴散らしてやるぜ!」

 

力強く頷いて大太刀を握り直すレイジ。続いてリックの方に視線で問い掛けると、無言で肯定するようにエアリィの方を向く。

 

「どうだ、エアリィ。行けそうか?」

 

「う、うん。いつでも、いいよ……?」

 

変わった発言をしたわけでもないのに、僕はその問い掛けに僅かな違和感を感じた。

 

戦えるか? ではなく、準備はいいか? という感じの聞き方だ。

 

問われたエアリィは若干緊張気味だが、力強い瞳で答える。

 

「そうか……じゃあ、頼む。でも、無理はするなよ?」

 

リックの声に無言で頷き、エアリィは瞳を閉じた。

 

次の瞬間、エアリィの体を小さな光の奔流が包み込み、差し出したその手をリックが握った途端、体が光と共に姿を変えていった。

 

光の奔流がその全身を包み込み、リックが腕を上に振り上げる。すると、光の中から現れたのは白い十字架が描かれた少々大き目の碧色の楯だった。

 

いや、それだけじゃない。楯の持ち手にある新たな武器、楯と同じ透き通るような碧色の刀身を持つロングソードもある。騎士剣(ナイトソード)という言葉も合いそうだ。

 

 

碧色の剣と楯。それが、今僕達の目に映るエアリィの姿だった。

 

 

「え!? え、エアリィが……剣と盾に変わった……?」

 

『これは……やはり、この娘達は……』

 

レイジが呆然と呟くが、ユキヒメさんは何か心当たりがあるのか冷静にしている。

 

僕も驚きだけど、無意識にリックとエアリィの気配を読み取ったことで、その驚きは殆ど失われた。

 

目の前にいたはずのエアリィの気配が、ハッキリと見えなかったのだ。この曖昧な気配を、僕は前にもアミルから感じた。

 

(アミルの時と同じ……そうか、だから突然現れたみたいに……つまり、2人は……)

 

様々な情報要素が頭の中で連結し、1つの答えが導き出される。

 

だけど、それが正解かどうかを訊ねる勇気なんて、僕には無かった。

 

『はぁ……はぁ……リック? 私、ちゃんと変身できてる? まだ、慣れてなくて……これで戦えるかな?』

 

「ああ、ちゃんとできているよ。剣と盾からエアリィの心が伝わってくる。それじゃ、行くぞ。大丈夫か?」

 

『……だ、大丈夫。リックもいるから……リックと一緒に戦いたい、それが、今の私の願いだから……』

 

その答えを聞くリックの目はとても悲しそうで、何かを必死に耐えるようだった。

 

その時、隠れていた気配が揃って一斉に動き出すのを感じた。どうやら、こっちを待ち伏せする気は失せたらしい。まあ、この空気の中では救いかもしれないけど。

 

「敵が動き出したみたいだ……どうする?」

 

僕の問いが沈黙を破り、リックは視線だけで頷いて歩き出す。その先は敵の陣営だ。

 

レイジは背中を見せるリックに戸惑いながら問いを投げようとしたけど、それよりも先にリックは高台から飛び降り、敵陣の中央へと突っ込んでいった。

 

「おい、リック!……くそ、なんだったんだよ今の……」

 

「レイジ、それは後にしよう。今は……」

 

『うむ。目の前の敵を叩くぞ! もたもたするな!』

 

ユキヒメさんの言葉にレイジは気を引き締め、再び大太刀を握り直す。

 

2人で同時に高台から飛び降り、着地した場所からレイジが右翼、僕が左翼を攻めるような形になる。そして、少しでも余裕が出来れば、リックの援護もだ。

 

「オレの方はユキヒメがいるけど、レオの方は1人で大丈夫か? この前の戦闘で怪我もしたし、一緒に行動した方がいいんじゃないか?」

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、今回は無用だよ。今の僕は、簡単には負けないから」

 

僕は左右の腰に差した小太刀を両手で抜刀し、微笑を返す。

 

今までは徒手格闘と暗器だけで戦ってきたけど、今回は相手の武器を盗んだ真似事でもなく、本当の小太刀二刀、僕が扱って最も馴染むと自覚している戦闘スタイルなんだ。

 

「んじゃ、行こうか」

 

「おう!」

 

同時に走り出し、互いに自分の武器を構えて突撃する。

 

さあて、御神流見習いの本領発揮といきますか!

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 接敵してすぐに目に入って来たのは、木の柱で作られた柵、バリケード。

 

その先には見える限り2体のゴブリンが先端にスパイクをびっしり生やした長い鉄の棒、釘バットならぬ、スパイクステッキを構えており、その傍には巨躯の狼、ウルフが唸り声を上げながら待ち構えている。

 

だけど、生憎と後退、停止の選択肢は存在しない。

 

左手の龍麟を逆手に持ち替え、3番鋼糸をセットして左手を振るう。極薄の鋼糸は鞭のように飛び、僕の腕の振りに従ってバリケードを数回“通過”する。

 

即座に鋼糸を巻き戻し、龍麟を順手に持ち替えながら走る速度をさらに上げ、走り幅跳びのように跳躍してバリケードに飛び蹴りを叩き込む。

 

すると、バリケードは蹴りが当たった場所を中心にバラバラに崩れ落ち、それらは蹴りの衝撃でゴブリンとウルフの頭上に降り注ぐ。

 

小太刀の方はまだ未熟だが、暗器の扱いなら僕の腕は御神流の師範代に匹敵する。これは一切の自惚れもなく断言できる。

 

そして、今の僕の腕ならば3番鋼糸で木材を斬り裂くのも余裕だ。

 

木材が降り注ぎ、ゴブリンとウルフは行動を制限されて混乱する。

 

そこへ姿勢を低くして降り注ぐ木材の中を走り抜き、ゴブリン2体の側面に回る。すぐさま右手の麒麟を振り下ろし、一体の首を刎ねる。

 

隣にいた仲間が死んだことに気付き、もう一体が僕の頭部を狙ってステッキを右薙ぎに振るってきた。右膝を曲げ、姿勢を下げてそれを回避する。

 

僕はそのまま龍麟でゴブリンの手首を斬り裂き、立ち上がろうと踏み出した右足の震脚と共に麒麟で刺突を放ち、ゴブリンの心臓を貫く。余剰の衝撃でゴブリンの体はそのまま後ろに吹き飛び、麒麟は勝手に引き抜けた。

 

背後を見ると、降り注いだ木材の中から出てきた2体のウルフが姿勢を低くして牙を見せ、今にも飛び掛るように力を溜めている。

 

僕は両手の小太刀を鞘に納め、左腰に差した麒麟で抜刀の構えを取る。そこからは動かず、2体のウルフと睨み合うように相対する。

 

だけど、その睨み合いは数秒で終わり、1体のウルフが飛び掛ってくる。

 

同時に僕も動き出し、抜刀の構えから両足で地面を蹴った加速で距離を詰める。そこから麒麟が抜刀され、飛び掛ってきたウルフの体を“半分”に両断した。

 

 

『御神流奥義之壱・虎切』

 

 

これは一刀での遠間からの抜刀による一撃を放つ奥義。基本的に小太刀二刀で戦う御神流の中では一刀のみ使う隠し技に近い。

 

抜刀術と鋭い踏み込みを合わせた高速の斬撃は威力も保証付きで、『射抜』ほどではないが、その射程も踏み込みの練度によって広がっていく。

 

両断したウルフの横を速度を殺さずに通過し、僕は左手で再び龍麟を抜刀する。その先には飛び掛ろうとする寸前のもう一体のウルフ。

 

走りながら左を突き出すように前へ、右手を引き絞るように後ろへと構えて、僕はもう一度両足で地面を蹴って再加速する。

 

 

『御神流奥義之参・射抜』

 

 

刺突が飛び掛かろうと跳躍したウルフの腹を突き破り、僕の両足で働いた急ブレーキによって体が前方に吹っ飛んでいく。

 

飛んでいったウルフの体は岩に激突し、小さな血飛沫を上げて絶命する。

 

その様子に少し心が痛むけど、一瞬でそれを切り捨てて、その場に伏せる。その直後、僕の頭上を背後から近付いていたゴブリンのステッキが通過した。

 

僕は振り返らずに麒麟と龍麟を逆手に持ち替えて、龍麟を左から後ろへと振るい、麒麟を脇の下を通すように真後ろへと突きを放つ。

 

すると、龍麟は左からゴブリンの首筋を、麒麟は心臓を貫いた。

 

2本の小太刀を同時に引き抜き、倒れるゴブリンを背中にして再び走り出す。

 

進んだ先にいたゴブリン3体の内2体に目掛けて飛針を投擲し、痛みに怯んだ間に近付いて左、右の順に振り下ろした小太刀で首筋を斬り裂く。

 

残る一体には7番鋼糸を首に巻き付けて腕を引き、体勢を崩した瞬間を狙って『虎切』により胴元を右逆袈裟に斬り裂き、斬り抜きの一閃で仕留める。

 

そしてすぐにその場から前へと跳躍し、左右に隠れていたウルフの飛び掛りを回避する。着地と同時に両手で飛針を投擲し、動きが怯んだ隙に接近。

 

一体を『徹』を含めた右拳で頭蓋を砕き、もう一体を龍麟で首を斬り落とす。

 

周りを見渡した後に敵の気配が無いことを確認し、僕は深く息を吐いて呼吸を整える。体力の疲労はそんなにひどくないけど、気持ちの方を少し落ち着けたい。

 

でも、やっぱり思った通りだ。小太刀があれば、今の僕ならこれくらいは軽い。

 

(小太刀二刀の調子は悪くない。いや、無手の技術が向上したおかげでむしろ良くなってる……それにしても、サクヤさんから普通に受け取っちゃったけど……)

 

視線の先にあるのはサクヤさんがくれた二本の小太刀。今更だけど、これは二本ともかなりの業物だ。価格なんて多分想像もつかない。服の件に続いて物凄く申し訳ない。

 

だけど、こうして使ってみて、僕はどうにも腑に落ちなかった。

 

切れ味も、重さも、手触りも、全て文句が無い。そう、“初めて使う小太刀だというのに、異常な程に手に馴染む”のだ。まるで僕の為だけに存在するかのような一体感すら感じる。

 

それは衣服も一緒で、初めて着る服なのにまったく違和感を感じない。むしろ僕が普段から来ている私服よりも体に馴染むし、動きの邪魔にならない。

 

(悪い事は一切無い、むしろ良いことだけ……だけど、これは幾らなんでも……)

 

「お~い! レオ~!」

 

考え込んでいると、後ろから聞こえてきたレイジの声に振り返る。

 

レイジは大太刀を肩に担ぎ、リックは楯の持ち手に剣を収納してこちらに歩いてくる。見た所、目立つ傷は見当たらないので2人も無傷なんだろう。

 

二本の小太刀を一振りしてゆっくりと鞘に収め、僕も2人の方へ向かう。歩きながら『心』で周辺一帯の気配を探ってみたけど、敵の気配はもう無い。

 

「すごかったなぁ! 素手でも充分戦えたのに、武器持ったら別人みたいに強かったぞ!」

 

『うむ。確かに、素手で戦うには勿体ない程の実力だ。見違えたぞ』

 

「まだまだ見習いの身だよ。僕が目指す人の強さは、こんなものじゃないからね」

 

夢の人はもちろん。その周りにいる人達の強さは今の僕とは次元が明らかに違う。

 

そう。御神流の強さはこんなものじゃない。もっともっと上がある。

 

「とにかく、敵は全部片付けたんだし、もう戻ろう。今回はあくまで偵察の第一陣なんだから」

 

「そうだな、そうすっか」

 

「終わったよ、エアリィ……さあ、帰ろう……」

 

『うん……』

 

僕の提案に全員がそれぞれ頷き、僕達は来た道を歩いて戻った。

 

ただその間、レイジの視線はリックとエアリィに向けられていて、リックもそれに気付いているみたいだけど、あえて無視していた。

 

(これは……帰ったら一波乱あるかもなぁ~……)

 

ちょっと疲れたような小さい溜め息を吐き、僕は空を見上げた。

 

空の色は、僕の小さな気苦労を現すように、少し曇り気味だった。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回は主人公の軽い無双でした。

やっぱり、専用の装備があると無いとじゃ全然違いますからね。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話 魂に刻まれた『後悔』の形

今回は戦闘後の話です。

では、どうぞ。




  Side レオ

 

 「すまんな。偵察の第一陣から帰った後だというのに、手伝わせてしまって」

 

「いえ、全員無事に帰って来られましたし、大丈夫ですよ」

 

日が落ち始め、夕暮れの外は徐々に暗くなり始めていた。

 

砦に帰還した僕達は、サクヤさんへの報告を済ませてすぐに解散することになった。

 

僕とレイジとユキヒメさんはすぐに夕食を取ったけど、リックとエアリィはすぐに何処かへ行ってしまった。たぶん、アミルのところに向かったんだと思うけど。

 

んで、レイジとユキヒメさんは夕食後に部屋に戻り、特にやることが無かった僕はフェンリルさんの手伝いをしていた。と言っても、荷物運びだけどね。

 

運んでいたのは武器や食料などの戦線に必要な物資で、獣人のフェンリルさんは人間よりも身体的スペックが優れているため、こういうことは進んで手伝うらしい。

 

実際に運んでみたけど、アレは確かに人間だけで運ぶにはそれなりに多くの人手が必要になると思う。木の箱に詰められていたけど、1箱で3、40キロはあった。

 

フェンリルさんは片手に1つずつ、僕は無理せず両腕で1つという計算だったけど、やはりひ弱にも見える外見の僕が汗1つ掻かずに荷物を運んでいるのは、周りにいた人達にとっては充分驚きだったみたいだ。

 

まあ、毎日自分でも異常だと思える鍛錬メニューをこなしてるし、これくらいのことが出来ないような鍛え方はしてない。

 

というか、実戦では暗器をたんまり仕込んだホルスターを両腕に装着したまま小太刀を振り回してるから、自然と腕力は必要になってくるんだよね。

 

「助かったぞ、レオ……もう少しで日も沈むし、散歩は程々にしておけよ。いつ襲撃があるのかわからんからな」

 

「はい。フェンリルさんも休んでくださいね……それじゃ、おやすみなさい」

 

フェンリルさんや他にも作業していた人達に軽く頭を下げ、僕は正門前の噴水広場に足を進めた。ちょうど宿屋までの通り道なのだ。

 

僕は噴水の綺麗な水で軽く顔を洗い、腰を下ろして夜空を見上げる。

 

「うわ~~……星がハッキリ見えるな~」

 

見上げた夜空には雲1つ無く、そこには無数に輝く星の光がハッキリと見えた。

 

すごいな~……こんな景色、向こうの世界じゃ滅多に見られないよ。

 

そう言えば、こっちの世界でも星座ってあるのかな? 逆に向こうの世界の星座は?

 

「ふふっ、夜空にそこまで感動する人も珍しいわね」

 

聞こえてきた優しげな声に視線を向けると、そこには微笑を浮かたサクヤさんがいた。その足元には黒猫姿のリンリンがいる。

 

リンリンは軽く走る速度を上げ、僕の膝の上に着地してそのまま丸くなる。サクヤさんは僕の隣に腰を下ろし、同じ様に空を見上げた。

 

「……こうして見ると綺麗なものね。普段は気付かないけど、日常の周りにも綺麗なものはたくさんあるって実感できるわ」

 

「世界の状況が状況だし、それも仕方ないと思いますよ。まあ、こんなに綺麗だとは僕も想像しませんでしたけど……」

 

膝の上で丸くなってるリンリンの毛並みを撫でながら話す僕の答えを最後に会話が途切れて短い沈黙が訪れる。

 

だけど、どうしても訊きたいことがある僕は再び言葉を放つ。

 

「サクヤさん……幾つか訊きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 

「別に構わないわ。でも、その前に質問の内容を当てましょうか?……あなたに与えた武器や服のこと、及びその詳細……そんなところかしら?」

 

「正解です。でも、もう1つ……アミルやエアリィのことを……」

 

そう言うと、サクヤさんは一瞬驚きの表情を浮かべ、すぐに悲しそうで何処か納得したような表情になった。膝の上にいるリンリンもピクリと反応したけど、何も言わない。

 

これは卑怯かもしれないけど、「どうして武器に姿を変えられるの?」などとリックやアミル達にストレートに尋ねられるほど僕は無遠慮じゃない。

 

「……いいわ。教えてあげる……まず、彼女達のことから話しましょう。その方が他の質問についても時間が掛からないから。今のあの娘達は“ソウルブレイド”と呼ばれる存在なの……」

 

「ソウルブレイド……名前からして思念武装ってやつですか?」

 

「大体合ってるわね。正確には霊的な存在が結晶化し、武器となったモノの総称なの。代表的な例を出すならユキヒメね……彼女は上位精霊が武器に変化した存在だから。

でも、アミルとエアリィは少し違うわ。彼女達の場合は人の魂そのものが武器となったものなの」

 

霊的な存在、人の魂……そこまで聞き、僕の頭の中で答えが導き出された。

 

霊的な存在なんて、望もうと望むまいとそう簡単になれるもんじゃない。それこそ、死んだりしなければ無理な話だ。

 

つまり、彼女達は、死んでもまだ残った魂が武器となった存在、というわけだ。

 

サクヤさんが言っていた“アミルと同じように” “それしか助ける方法がなかった”というのは、このことを指していたのだろう。

 

「辛いですね……リックも、アミルとエアリィも、サクヤさんも……」

 

「私はまだ大丈夫よ。本当に辛いのは、あの子達だと思う」

 

そう言うサクヤさんの表情は悲しそうで、そこには後悔の色もある。

 

彼女達を救うため、彼女達の望みのため、そうは言っても、彼女達をソウルブレイドにしたサクヤさん本人だって思うところがあるはずだ。

 

「……もしかして、サクヤさんがくれた小太刀も……」

 

「そう。あの小太刀もソウルブレイドなの。ただし、元々あれは私の使う武器と同じ要領で作ったから、誰かが武器に変わったわけではないの。でも、頑丈さは保証するわ。

服の方も私のドレスと同じ要領で作ったの。かなり動きやすいでしょ?」

 

成程。初めて扱う小太刀や衣服が異常に馴染んだのはそういうわけか。

 

でも、そうなるとあの小太刀は僕専用の武器、ということになるのかな?

 

「あなたも色々と思うところがあるかもしれないけど……出来る限りでいいの。リックやあの娘達のこと、色々気に掛けてあげてちょうだい」

 

そう言うとサクヤさんは立ち上がり、申し訳無さそうな微笑を浮かべて歩き出した。膝の上で丸くなっていたリンリンを見ると、撫でている内に寝てしまったのか、寝息を立てていた。

 

サクヤさんに視線で助けを求めると、サクヤさんは軽く噴き出して笑い、丸まったリンリンを優しく腕に抱きかかえて今度こそ立ち去っていった。

 

その場に残された僕は再び1人になり、また夜空を見上げる。だけど、今度はのんびりと星空を見ている暇は無さそうだ。

 

 

「……もう出て来ていいよ。アミル、エアリィ」

 

 

視線を動かさずにそう言うと、近くの物陰、積み重なった木の箱の後ろからガタッ! という音が聞こえ、そこから二つの人影がおそるおそるという感じで出てきた。

 

そちらに首を向けると、そこには気まずそうな顔で苦笑を浮かべるアミルとエアリィ。

 

2人の気配は『心』で探ってもボンヤリしてるけど、逆に言えばそのボンヤリした気配が2人を判別する特徴でもある。おかげで、今ではもう1発で発見できる。

 

「……あ、あはは……えっと……いつから気付いてたの?」

 

「サクヤさんがソウルブレイドについての話をした辺りかな……重要な話みたいだったから話す前に周りの気配を探ってみたらビンゴ、というわけ」

 

「ご、ごめんなさい……その、盗み聞きみたいな真似しちゃって」

 

「僕は別に構わないよ。むしろ、謝るのは僕の方かな……聞き難いことでも、2人のことを勝手にサクヤさんに訊いたんだから。ごめんね」

 

立ち上がって謝ると、2人は慌てたように手を振って僕の元へ走り寄ってきた。

 

「そ、そんな、謝らないで! むしろ、このことは私達の方から話そうと思ってたの」

 

「う、うん……さっき、レイジとユキヒメさんにも私達のことを話したの……昔の、明るいリックに戻るために手を貸してほしくて」

 

沈んだ顔で話す2人が言うには、リックは皆を守るために村の自警団に入ったが、結局誰も守れなかったことを後悔し、今でもそれを1人で背負いこんでいるらしい。

 

しかも、もう1人の幼馴染、ネリスという少女の行方もわからないそうだ。

 

ドラゴニア帝国が村を滅ぼす以前のリックはとても明るく、優しかったが、その悲劇によって歪められ、変わってしまったのが今のリックというわけだ。

 

それで、2人は似たような境遇にあるレイジに手を貸して欲しいと頼んだらしい。レイジが抱えている大きな後悔といえば、やっぱりクラントールのことかな。

 

人前では表情に出さないけど、時々レイジが辛そうな表情をしていたのを覚えている。

 

「……それで、レオにも力を貸しほしいの。リックが昔みたいに戻れるように」

 

「僕?……協力するのは全然構わないけど、僕に出来ることなんて多分無いと思うよ? 僕はリックとそんなに親しいわけじゃないし……」

 

「違うの……レイジと同じで、あなたも何処かリックに似てるの……自分の中でずっと、大きな悩みや後悔を抱え込んでる……そんな感じがするの」

 

エアリィの言葉を聞いた時、僕は不覚にも目を見開き、動揺を露にした。

 

同時に頭の中でフラッシュバックが起こり、僕の視界に鮮明な映像が映し出される。それが見せるのは、僕が心の中に一生抱える“後悔”そのもの。

 

薄暗い公園、暗闇の中でもハッキリ見える白い雪、沸騰するような熱のせいで歪んだ景色の中で必死に手を伸ばす僕………そして、ゴメンね、と涙を流して呟き、立ち去る1人の女性。

 

「……レオ? 顔色が悪いけど、大丈夫?」

 

おそるおそる声を掛けてきたアミルの声で我に返る。額を手で拭いてみると、そこには少量の汗が流れていた。体の方も、少しだけ汗を掻いている。

 

「……大丈夫。ちょっと昔のことを、2人が言った僕の後悔を思い出しただけ」

 

「何があったか……訊いてもいい? あ、もちろん!……言いたくなったらいいけど」

 

「そんな大したもんじゃないよ……もう一年以上前かな? 僕の姉さんが向こうの世界である事件を起こしたんだ。何百人って人が被害にあって、死者まで出たんだけど、その事件を起こす少し前に、僕は姉さんと会って、止められなかった」

 

もしあの時、もっと僕に力があって、あの手が姉さんに届いていれば、もしかしたら姉さんを死なせずに済んだかもしれない。死人なんて出なかったかもしれない。

 

「そのお姉さんは……どうなったの?」

 

「僕が目を覚ました時には、全てが終わってた。姉さんは死んで、遺言はもちろん、遺体や遺品すら残ってなかった……何も、残ってなかった」

 

多分、それが僕の……僕が一生抱え続ける“後悔”なんだと思う。

 

姉さんを止めることが出来なかった。たくさんの人を傷付けて死なせてしまった。

 

でも何よりは……誰よりも親しかった家族を、姉さんを助けられなかった。その家族の心の痛みに気付かず、結果的に死なせてしまった。

 

「それが……レオの抱える後悔なんだね」

 

「うん……でも、僕は大丈夫。アミルとエアリィのおかげで、そんな僕でもあの2人の為に出来ることがあるって気付けたから……」

 

なるほど。こうして見ると、確かにコレは後悔だ。お笑いだ……他人のことを言う以前に、自分のことにすら気が付かないなんて。

 

そうさ。僕に出来ることならあるじゃないか。

 

リックの幼馴染のネリスという少女を捜す手伝いができる。

 

レイジの友達のローゼリンデを、クラントールを取り戻す為に協力できる。

 

僕のように……二度と晴れることのない後悔を抱えないように……リックとレイジを助けることが出来るじゃないか。

 

「僕も出来ることをやってみるよ……ありがとう。アミル、エアリィ」

 

僕がそう言うと、2人は嬉しそうに、心からの笑顔を浮かべた。

 

僕も自然と口元が緩んで微笑みが零れる。やっぱり、女の子には暗い表情よりも明るい表情でいてもらいたいからね。

 

それから程なくして話は終わり、僕は2人を宿まで送って別れた。

 

後は自分が泊まる宿の部屋に向かうだけなんだけど、僕はふと足を止め、首を動かして視線だけを後ろに向ける。

 

「そういうわけです……僕も出来ることをやってみますよ。あの2人には黙っておきますから、これでお相子にしてくださいね。サクヤさん」

 

それだけ言って、僕は後ろから聞こえたガタッ!という音を背中に歩き出した。

 

間違いなく僕の昔話も聞かれただろうけど、べらべらと他人に話すような人じゃないだろうし、問題は無いでしょ。アミルとエアリィには明日にでも他言無用を頼もうかな。

 

「さてと……色々、頑張らないとね」

 

そう言って、もう一度見上げた夜空は、変わらず綺麗なままだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話 白刃は上機嫌? 不機嫌?

今回はユキヒメの始解習得です。

では、どうぞ。


  Side レオ

 

 静かな決意表明をした次の日、僕はいつも通り日課のランニングを行っていた。

 

二度目なので体が徐々にペース配分を理解し、一度目よりも疲れが明らかに少ない。

 

そういうわけで、今回は挑戦を兼ねて二週目にチャレンジした。

 

でも、やっぱりやめておけば良かった……終わりの無い坂地獄のコースを二回も走ったせいで、消費した体力は昨日よりも多くなってしまった。

 

というか、僕自身よく完走出来たなって思えてくる。特に辛かったのが…………アレ? おかしいな。二週目の中盤から先の記憶が思い出せない……

 

 この後、露店の準備を始めていた人達から聞いたのだが、ランニング中盤以降の僕は目の焦点が定まっておらず、話しかけても返事が無かったそうだ。

 

…………当分、ランニングは一周だけにしよう。うん、そうしよう。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 その後、小太刀の鍛錬を終えて水浴びをして、朝食を取り終わった僕はやることもないので噴水広場に足を運び、酒場の手伝いをしていた。

 

やったのは酒樽運びや掃除だったけど、伊吹家で子供の頃から家事全般の能力を教えられ、1人暮らしでさらに磨きが掛かった僕には苦じゃない。むしろ、掃除は楽しい。

 

「ん? アレって……レイジにユキヒメさん……?」

 

手伝いを終えてテーブルに座り、軽く休憩していたら酒場のすぐ外の場所に見覚えのある人影を見つけた。あの赤髪と黒い羽織は間違いない。

 

そう思って立ち上がり、2人のところへ歩き出す。だけど、僕の到着よりも先にユキヒメさんが突然発光し、大太刀へと姿を変えた。

 

さすがに人が集まっているところで物騒な大太刀を取り出されたらまずいと思い、僕は慌てて走り出し、レイジの元へと近付いた。

 

「レイジ、店の前で大太刀なんて取り出してなにしてんのさ……」

 

「い、いや……なんか、ユキヒメの奴が先代と戦ってた頃の夢を見たらしくて、今日はすごい気分が良いって言い出して……こんな姿に」

 

僕と同じ様に何が起きているのか理解出来ていないのはレイジも同じみたいで、戸惑う視線の先にはレイジの両手に握られている大太刀となったユキヒメさん。

 

ただし、その姿は普段、というか……今まで見たものとは違っていた。

 

大太刀の刀身が内側から広がるように展開されており、その内側から止めどなく放たれる青い光は冷気のように刀身を漂い、何だか力強さを感じさせる。

 

レイジも驚いてるってことは、少なくともよくある現象じゃないみたいだけど、ソウルブレイドって機嫌の良さで姿が変わるもんなの?

 

『ふははは! いや実に気分が良い。今なら先代以外が相手なら何者にも負けんぞ!』

 

「なんか……自信が有るのか無いのか微妙にわかんねぇな。でも、なんだろうな……オレまで気分が乗ってきたような……力が涌いてくるような感じが……」

 

「レイジ、レオ! 何をやってる!? 敵襲だ! 急いで裏門から迎撃に出るぞ!」

 

突然聞こえてきたフェンリルさんの声。気が付くと、周りの皆が慌しく動き、それぞれの迎撃地点に向けて走り出している。

 

『おお! ちょうどいい! 急げレイジ! 今の私の力を存分に発揮しようではないか!』

 

「お、おう! わかった! やってやるぜ!」

 

本当なら気を引き締めなきゃいけないんだろうけど、なんだか上機嫌過ぎて盛大にキャラが変わっているユキヒメさんの影響か、レイジもすごい乗り気だ。

 

僕もだけど、呼びに来たフェンリルさんもその変容に呆然としている。

 

『何をしているレオ! 帝国の連中など、私達で薙ぎ払おうではないか!』

 

「あぁ……うん、今行きます……」

 

酒屋のテーブルに置いておいた麒麟と龍麟を手に取って両腰に差し、裏門へ走り出したレイジの後を急いで追い掛ける。

 

その際に弓を持ったアルティナと杖を持つエルミナの姿が見えたので、どうやら僕達はいつものメンバーで一部隊と認識されてるらしい。

 

でも、ユキヒメさんの様子から戦闘時が不安だとは思わないけど……

 

「大丈夫かなぁ~…………?」

 

何だかんだで、僕の心の中には微妙な不安があるのだった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 裏門を出てしばらく走り、到着した場所はアルセイド大森林。

 

そこには巨大キノコに顔と触手を生やしたような、シュリーカーと呼ばれるモンスターがウジャウジャと集まっていた。

 

攻撃手段は触手と胞子を飛ばすくらいだそうだけど、最前列に6体以上が一箇所に集まっているので、正面突破するのは少しキツそうだ。

 

『おお! 見ろレイジ! あそこに敵がウジャウジャと集まっているではないか! さあ、行くぞ! 私達の力で蹴散らしてやろうではないか!』

 

「おうよ! 行くぜ、ユキヒメ!」

 

……と思ったのも束の間、一箇所に群れを成している敵を見つけたユキヒメさんの声に従い、同じくテンションが高いレイジが我先にと突撃していった。

 

もちろん1人で、真正面から。

 

『ちょっ…………!』

 

そのあまりにも予想を裏切り過ぎた行動に驚いたけど、僕達全員の驚きはすぐに上書きされ、今度は黙り込むこととなった。

 

「はあぁぁぁぁ!!」

 

レイジが迫る大量の胞子や触手を前にして、気合と共に大太刀を振り下ろした。

 

すると、振るわれた大太刀の刀身を中心に無色の衝撃波が放たれ、斬撃のコースに沿って無作為に拡散した衝撃波が胞子を吹き飛ばし、足元の地面を抉った。

 

何の変哲も無い唐竹の斬撃のはずなのに、それだけで2体のシュリーカーは飛ばしてきた触手を大きく弾き飛ばされ、全身が粉々になった。

 

『は・・・・・?』

 

僕を含めた全員がその破壊力に唖然とするが、ハイテンションの状態を維持したレイジは気にせず大太刀を振るい続けてシュリーカーを『粉砕』していく。

 

「えっと……とりあえず、僕達も行こう。念のためアルティナはレイジに付いてあげて。エルミナは僕と一緒に来て、別方向から攻めよう」

 

色々と気になるけど、僕は我に帰って龍麟と麒麟を抜刀。アルティナとエルミナもハッとなってすぐに動き出した。幸い、レイジはまだそんなに離れていない。

 

僕とエルミナはレイジとは別方向に向かい、僕は先行して高台から飛び降りて攻撃を開始する。

 

シュリーカー数体が集まっている所にエルミナのブレイズやアースが直撃し、混乱した所に僕が斬り込んで体勢を整える前に潰す。単純だけど、こちらの手の内がバレてない敵なら有効だ。

 

右手の麒麟で放つ『虎切』で一体を真っ二つにして、身を翻しながら逆手に持ち替えた左手の龍麟でもう一体の脳天を貫く。

 

そのまま龍麟を突き刺したシュリーカーを右足で蹴り飛ばし、胞子を撒き散らそうとして集まっていた3体目掛けてぶつける。

 

即座に腰を沈めて地を蹴り、敵目掛けて『射抜』の急加速による刺突で突っ込む。一体を貫いてそのまま通過し、急ブレーキで貫いた死体を放り投げる。

 

後ろにはシュリーカーが2体残ってるけど、僕が動く必要はない。戦ってるのは僕だけじゃないし、火力なら僕よりも遥かに上だからね。

 

すると、2体のシュリーカーを爆炎が包み込み、頭部に溜まった胞子を着火材にして数秒で派手に燃え尽きた。その背後からはエルミナが杖を持って小走りでやって来た。

 

僕も歩いて近付くと、エルミナの背後にある壁、正確には此処に元々あった建造物が崩れて積み重なった瓦礫の山がパラパラと小さく崩れ出しているのが見えた。

 

「危ない、エルミナ!」

 

両手の小太刀を即座に鞘に収めて走り出し、首を傾げるエルミナを抱き寄せて瓦礫に背中を向けて庇う。同時に、瓦礫の山が何かに吹き飛ばされたように崩れ出した。

 

幸い背中に飛んできたのは小さい瓦礫の破片と煙を含んだ風だけだったので怪我は無い。ただ、僕の腕の中で顔を少し赤らめるエルミナには何だか申し訳なかった。

 

右手で麒麟を抜刀し、エルミナを背後に庇いながら土煙の奥を警戒する。『心』で気配を探れば簡単かもしれないけど、この状況で目を閉じたら逆に危ない。

 

「げほっ!げほっ! くそ、調子に乗って少しやり過ぎた……えっと、敵は……おお、レオ! お前がこっちの敵を片付けてくれたのか?」

 

土煙の奥から聞き覚えのある声が聞こえたと思ったら、やって来たのは大太刀を肩に担いで咳き込むレイジだった。どうやら、瓦礫の山を破壊した犯人は確定のようだ。

 

その背後からは土煙を手で払うアルティナの姿があったけど、呆れたような目でレイジを見ていることから、恐らく敵の殆どをレイジが倒したんだろう。疲れた様子も無い。

 

僕の記憶が正しければ、レイジが突っ込んで行った5体の先にも3、4体くらい敵がいたはずだけど、見たところレイジの外見は無傷だ。

 

「……レイジ、いくらコンディションが良くてもやることには気を付けてね。今のは下手したら味方も巻き込んじゃうから」

 

にしても、さっきも驚かされたけど、瓦礫の山も連撃で崩して吹き飛ばすって……どんだけ一撃の破壊力が大きくなってるんだろう。ガードしても崩されるんじゃないかな?

 

『敵はあと少しだ! このまま一網打尽にしてくれるわ! ハハハハ!』

 

再びハイテンションなユキヒメさんの声が聞こえ、僕達は苦笑しながらも再び走り出して残りのシュリーカーが集まる場所に向かう。

 

先頭を僕とレイジが走り、その少し後ろをアルティナとエルミナが付いて来る。だけど、自然とレイジが走る速度を上げて先行し、大きく跳躍してシュリーカーの群れのど真ん中に着地する。

 

「薙ぎ払えぇ!!」

 

そして両手で握る大太刀を左肩に担ぐように構えて両腕を引き絞り、レイジは体を右へと一回転させて大太刀で回転斬りを放った。

 

 

『零式刀技・円』

 

 

大太刀の長い刀身から逃げ切ることが出来ず、3、4体のシュリーカーが深く斬り裂かれて絶命し、回転斬りに続いて生じた衝撃波が小規模の爆発と竜巻を発生させた。

 

それによって生き残ったシュリーカーも四方八方に吹き飛ばされ、群れを成していた集団はたちまちバラバラになった。これで触手も胞子も大した脅威にはならない。

 

「エルミナ、お願い。その後に僕も突っ込むから、アルティナは援護をお願い」

 

僕の言葉に頷いたエルミナが上空に放った4発の光球がシュリーカーに着弾すると同時に生き残り目掛けて真っ直ぐ突撃する。

 

後ろから追い越したアルティナの矢が一体の額を貫き、僕は左手で飛針を投擲して2体を怯ませる。その隙に僕は一体を『虎切』で仕留め、もう一体は7番鋼糸で首を締め上げる。

 

そのまま左腕を思いっきり引いてシュリーカーの体を引き寄せ、左手で抜刀した龍麟でその体を横一文字に深く斬り裂いた。

 

レイジの方を見ると、一人で3体のシュリーカーを相手にしてたけど見たところ問題は無さそうだ。むしろ圧倒してるように見える。

 

レイジは飛んできた触手をサイドステップでかわし、着地と同時に肉薄して一体を右袈裟に斬り裂く。返す刃で背後から迫ってきたもう一体を右薙ぎの斬撃で真っ二つにする。

 

すぐにそこから飛び退いて残りの一体が飛ばしてきた胞子から逃れ、地面を薙いだ斬撃で発生した衝撃波が胞子を吹き飛ばす。

 

道が開けると同時にレイジは走り出し、刀身から溢れる青い光を身に纏って大太刀を構える。

 

「打ち払えぇ!!」

 

『砕』による3連撃が叩き込まれ、最後のシュリーカーは粉砕された。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「すげぇ……すげぇな、ユキヒメ! お前、実はこんな力があったのか! 今まで戦ってきてまったく知らなかったぜ」

 

敵の姿が無くなり、レオが『心』で周りの気配をしていると、夢から覚めたかのようにレイジが表情を輝かせてユキヒメに問い掛けるが、褒められている本人は………

 

『……何が「すげぇな」だ何が! 何だこのザマは! まるで私の力を使いこなせていないではないか! たったアレだけの敵を片付けるのにどれだけ時間を掛けている!』

 

「え?……あれ?……」

 

戦闘開始前とは天と地ほどに違い、テンションはがた落ちしていた。むしろ、声の中には明確に怒りの色が有り、苛立っているように見える。

 

何やら様子がおかしいと思い、周囲の安全を確認して小太刀を鞘に収めたレオがレイジの方へと歩き出し、アルティナとエルミナも首を傾げて続く。

 

「あの……ユキヒメさん? もしかして……機嫌悪くしてらっしゃいます?」

 

『当たり前だバカモノ! それがわかっているなら、少しは精進せんか!』

 

どうやら疑うまでも無くすこぶる機嫌が悪いらしい。おそるおそる問いを投げたレイジに対してハッキリと怒りの声を上げ、バカモノのおまけ付きだ。

 

これには流石に口を挟めないレオ達3人は苦笑するしかなかった。

 

『いいかレイジ……もっと強くなって見せろ! 今よりも強く……そうるれば、また私の力を貸してやらんでもない。 わかったな!』

 

「あ、ああ……わかった」

 

呆気に取られたレイジの答えを最後にして、レオ達は自然と砦へ戻る為に足を進めた。

 

この戦闘以降、ユキヒメは自分の機嫌が良い、あるいはレイジが戦闘で活躍した時に今回のように姿を変えるようになったのだった。

 

ちなみに、ユキヒメが上機嫌となった状態の名前をどうするかという話し合いがあったのだが、最初にレイジが出した『ご機嫌モードとかで良いじゃん』という案はユキヒメさんの殺意が込められた絶対零度の眼差しによって掻き消された。

 

結果、冷や汗を流して慌てて沈静化に走ったレオの提案で『ハイブレードモード』という名前で落ち着くこととなった。その時、心なしかユキヒメが嬉しそうだったのは気のせいではないだろう。

 

 

 

 

 翌日、サクヤの提案を受けて、レイジ、リック、レオの3人は神殿までの進行ルートを切り開く最後の一押しの役割を任されたのだった。

 

昨日のアミルとエアリィから相談を受けたのでもちろんレイジに不満などはなかった。それは同じ相談を受けたレオもだが、このメンバーに若干の不安を感じるのは仕方ないことだった。

 

(……また2人が喧嘩したら、どうしよう……)

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ゲームではユキヒメのハイテンションモードの凄さがほとんどわからなかったので、こっちでは斬撃と一緒に衝撃波をぶっ放すという性能を発揮しています。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 小さな波紋

他の小説と違って、こっちは大きな修正をしないので投稿がスムーズに出来ますわwww

では、どうぞ。


サブタイトル変更しました。


  Side レオ

 

 「あぁ~……うぅ~……」

 

「だ、大丈夫ですか? レオさん」

 

「そっとしておいてあげなさい、エルミナ。レオ、今回の戦闘で一番頑張ったわよ?」

 

「あはは……ありがとうね、エルミナ、リンリン。多分、あと十分も休めば充分動けるようになるから」

 

酒場の机に顔面を横に突っ伏したままエルミナとリンリンに乾いた笑みを返す。

 

ちょっと行儀が悪いけど、今だけは勘弁して欲しい。単純に疲れたというのもあるけど、腕や足を初めに体中が筋肉痛で痛いんだ。

 

この体の異常な回復力が無かったら数日は朝起きるのに苦労しそうだ。

 

「……それにしても、どうしてこうなったの? レイジとリックの2人はそんなに疲れた様子は見えないけど……」

 

トコッと僕の顔の近くに水が入ったコップを置いてくれるアルティナ。僕に続いて移動した視線の先には、申し訳なさそうな顔をしているアミル、エアリィ、ユキヒメさん。

 

「そりゃそうだよ……ちょっと正直に言えば、あの2人のせいで僕が走り回されたようなもんだからね……うん、本当、生き地獄だったよ」

 

「ちょ、ちょっと! 目が虚ろになってるわよ!? しっかりしなさい! そんな生気の抜けたような笑み浮かべないで!? 一体何があったの!?」

 

必死な顔で、だけどそっと僕の肩を揺らすアルティナ。優しいなぁ~。

 

左右の手を動かして腰に差した麒麟と龍麟を机に置き、少しだけ顔を持ち上げてアルティナの持ってきてくれた水を飲む。

 

「別にそんな大それたことがあったわけじゃないよ……あの2人も何だかんだで自分の出来ることを必死にやってるだけなんだしね」

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 僕、レイジ、リックの3人は昼時を迎える頃に敵陣に向かった。

 

僕等3人はあくまで少数精鋭、というやつで、他の区域の敵に関してはフェンリルさんと他のみんなが担当することになった。

 

前にも同じ人数とメンバーで戦ったし、最初は大丈夫だと思ってた。

 

だけど、そこから先は地獄だった。主に僕だけの。

 

まず、戦闘開始前の2人の会話は…………

 

「おい、レオ、リック! あっちに敵がいるぞ! どうやら、まだオレたちには気づいていないけど、どう攻める?」

 

「……好きにしろ。俺は好きでお前達と組んでるわけじゃない。俺は一人で戦う。お前等はお前等で勝手にやればいい」

 

「ああ、そうですかっと……そんじゃ、オレはオレのやり方でやらせてもらうぜ!」

 

 

ここまではまだ良い。むしろ、リックの突き放す態度にレイジが動じず話しかけているのだから進展を喜んだ。アミルとエアリィもね。

 

だけど、戦闘開始後、2人は本当にそれぞれ“1人で”敵陣に突撃していった。

 

さすがにビックリしたね。僕、数秒呆然としてたよ。

 

取り残された僕はひとまず『心』で敵の動きを確認して、左右から攻めた2人の中間を責めることにした。

 

敵はウルフとシュリーカーが大多数、他に大きな猪のようなブタ、イノブタだ。

 

他にも空に浮くエメラルドの敵がいたんだけど、足元に残骸が散らばってた残骸から、戦闘が始まってすぐにレイジとリックの斬撃で粉々に砕かれたらしい。

 

ウルフとシュリーカーは2、3体で連携を取られなければ大した脅威にならないし、イノブタも突進のタイミングを覚えれば簡単に倒せた。

 

そうやって十体近く敵を倒し、僕は再び『心』で戦場の状況を確認した。

 

そして、驚きで目を見開くと共に全力で走り出していた。目指すのは僕達がここまで来るのに通ってきた道。

 

細かい確認はしなかったけど、レイジとリックは敵を倒しながら随分進んでるみたいだ。だけど、その勢いに怯んで後退を始めた敵がそっちに集まっていた。

 

僕達が引き受けたのはこの近辺で行動している敵を倒すこと。1体や2体ならともかく、集団と言えるくらいの敵を逃がしちゃ意味が無い。

 

それに、今は他の隊も戦闘中。もし逃がした敵がそこへやってきたら大変だ。

 

だけど、レイジとリックは奥で戦闘中、今その敵の元に行けるのは僕だけ。

 

というわけで、僕は来た道を全力疾走で戻り、逃げ延びてきた数十体のモンスターを1人で相手にすることになった。当然、全部倒したよ。

 

流石に疲れたんで少し休もうかと思ったけど、近くに隠れてたアミルがやって来て、今度は突っ込んでいったレイジとリックが敵に囲まれそうになっていると知った。

 

それを知ったら休んでるわけにはいかず、僕はアミルの護衛をしながら体の疲れを無視して最前線まで走った。そして、到着と同時に戦闘開始。敵の包囲網をリック、レイジの順に崩していった。

 

リックは包囲網を抜けて一端後退、エアリィからアミルに切り替えて再び突撃。レイジはハイブレードモードになったユキヒメさんを振り回して敵を薙ぎ払った。

 

この時点で、僕は休み無しで戦闘を3連続、最前線と最後尾を2回走った。見栄なんてすぐに捨て去れるくらいに疲れていた。

 

汗を流して肩で息をする僕の様子を見たアミル、エアリィ、ユキヒメさんの3人はそれぞれ自分のパートナーに慌てて進言してくれた。

 

このまま同じ形で進んだら、打ち損じた敵をまた僕が相手にすることになるし、囲まれる可能性も出てくる。だから単独で進むのは控えようと。

 

だけど2人の返答は…………

 

「心配すんなよ、レオならきっと大丈夫さ!」

 

「あいつの強さなら1人で問題ないだろう」

 

 

…………だった。

 

キミ等は鬼ですか? 殺す気ですか?

 

レイジ、親指立ててサムズアップしてるけど、何の根拠を持って僕の体力に関してそこまでハッキリと断言出来るのさ。

 

それとリック、こんな時だけ他人の強さ信頼するのってどうなの?

 

結果、僕は2人が仕留め損なった敵を少し後方で迎え撃つというポジションになった。残りの敵の数が少なかったおかげか、相手にしたのは4、5体程度。

 

正直、あの体力で目立った傷を負わなかったのは自分でも驚きだよ。

 

ゴメン。欲張っても良い? リンリンの言うとおり、今回の戦闘で僕一番頑張ったよね? ひたすら走りまくって戦ったよね?

 

疲れ切った足での帰り道は本当に辛かった。アミル達が肩を貸そうとしてくれたけど、女の子にそんなことはさせられない。挫けないよ、男の子だもの。

 

 

 

 

 「……そんな感じで今に至るってわけ」

 

「……つまり、あの2人が自分のやりたいようにやって、そのフォローに必死に奔走して、ここまで体に疲れが溜まったわけ?」

 

目を向けなくてもアルティナの呆れるような視線が背中に伝わってくる。

 

まあ、今回はあの2人も色んな意味でやり過ぎてくれたけど、ちょっと進展もあった。

 

砦に戻った時、リックが負傷した兵の1人に薬を与えていたのを見えた。薬を受け取った方は怖がってたけど、アミルとエアリィが喜んでたってことは良いことなんだと思う。

 

だけど、嬉しい出来事が筋肉痛を治してくれるってわけでもないんだよね。

 

「面目ない……あの時、強引にでもレイジを押し留めていれば……」

 

「私とアミルも……ずっと守ってもらってたのに……」

 

「うん。ごめんなさい……リックにもちゃんと言っておくから」

 

「いや、あの2人には何も言わないで……あの2人は、まだ今のままの方が良い。時間が経てば、自然と良い方向に変わっていくよ」

 

今日みたいな3人編成は勘弁してほしいけどね、と付け足しておく。

 

あの2人はゆっくりと変わっていくべきだ。背負った後悔と向き合い、今日のように自分なりの頑張り方で徐々に向き合う。その方が2人のためになると思う。

 

僕の言ったことを何となく理解してくれたみたいで、3人は申し訳なさそうな顔のままゆっくりと頷いてくれた。

 

「……まあ、レオが良いなら別に構わないけど……どうする? 次の戦闘もあの2人と一緒に行く? それとも他の人と行く?」

 

「どうか、その力を僕にお貸しください。アルティナ様」

 

気が付けば、僕は筋肉痛の痛みを無視してアルティナに土下座をしていた。

 

多分、心が否定したんだと思う。もうあんな地獄はご免なんです。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「みんな、ご苦労様。どうやら上手くいったみたいね」

 

それから、砦周辺から神殿までに潜む敵を探して狩るサーチ&デストロイを数日間に渡って続け、昼頃にサクヤさんの召集の声が掛かった。

 

「皆が頑張ってくれたおかげで、砦の周りを初めに、街道沿いからは、敵勢力を殆ど追い払えたようね」

 

「はい、隊長。巫女のいる神殿の手前までは、すでにこちらの勢力圏内です。もう丸腰でも安心して歩けるくらいですよ」

 

各所からの報告を聞いて、サクヤさんの笑顔に続き、フェンリルさんの言葉が続く。

 

実際、フェンリルさんの言うとおり、帝国が増援でもよこさない限り、すでに砦の周辺地帯は安全だ。ランニングで走った僕が絶対の自信を持って保証できる。

 

「特に、レイジ達三人はよくやってくれたわ………うん、本当にお疲れ様」

 

笑顔で褒めてくれたサクヤさんだが、後半になって声のトーンが下がる。

 

やめてください、サクヤさん。そんな気の毒そうな目で僕を見ないで。あの生き地獄のことなら僕本当にもう気にしてませんから。二度とやりたくないけど。

 

「3人とも、さすがですね……」

 

「え? い、いやぁ……別に大したことねぇよ、あれは」

 

僕達3人に素直な褒め言葉をくれたのはエルミナ。レイジは照れながら余裕の返答を返して、リックは目を逸らし、僕はありがとうと礼を返す。

 

「あら、そうなの? じゃあ、さっそく次の仕事に移ってもらおうかしら」

 

「え?」

 

流石は我等が戦線のリーダー。人を使うのがやはり上手なようで、レイジの発言を汲み取り、当然と言うような様子で言葉を続ける。

 

「ヴァレリア解放戦線は、これより白竜教団の神殿に向けて出撃、神殿周辺の敵勢力を排除します! 出発は10分後。各自、それまで準備を整えてね」

 

迫力の込められた声が鳴り、呆然としていたレイジの顔にも緊張が走る。

 

「レイジ、リック、レオ。あなたたちが先鋒をお願い。それと、今回は私も出るわ」

 

「隊長も、ですか?……やはり、神殿への突入に?」

 

「ええ。こちらから協力をお願いしに行くのだから、ちゃんと顔を見せないとね」

 

フェンリルさんの問いに笑顔で返すサクヤさん。

 

そう言われて気が付いたけど……僕、サクヤさんが戦ってるとこ見たことないや。

 

まったく動揺してないレイジとリックの様子から、絶対に弱くないと思うけど。

 

「レオさん、頑張りましょうね!」

 

「あ、うん。皆で頑張ろう、エルミナ」

 

とりあえず、今はやるべきことをやろう。強さなんて戦場に着けばわかる。

 

「さぁ皆! 巫女たちを迎えに行くわよ!」

 

サクヤさんの声を合図に、僕達はそれぞれの準備に動き出した。

 

さあて、頑張るとしよう。反撃の時間だ。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

次回は巫女さんと竜人にご対面です。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話 最初の反撃

柴三月様、メカ村Z様、Mr.ボンクラ様から感想をいただきました。ありがとうございます。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 「どうだ? レオ。やっぱり、まだ視えないか?」

 

「……うん。やっぱりダメだ……周りの気配がまったくわからない」

 

レイジの問いに、レオは僅かに顔を上げて目を閉じる。

 

研ぎ澄まされた神経が感覚範囲を広げていくが、『心』を使っても生き物の気配がわからない。すぐ傍にいるレイジ達の気配でさえもあやふやだ。

 

その原因は、恐らく周りに漂う薄い霧。これがレオの『心』に対してジャマーのような働きをしているのだ。おかげで霧の全てから気配を感じる。

 

「不思議な感覚だ……まるで、空間そのものが生きてるみたい」

 

「この霧は白竜教団の神殿、星龍殿の結界なのよ……強力ではないけど、モンスターを寄せ付けないようにするには充分なものよ。帝国には突破されてしまったけどね……」

 

霧は視界に影響を与えるレベルではないので、街道を歩けば神殿には辿り着ける。だが、これではモンスターは寄り付けない。

 

サクヤの言葉を聞いてレオは納得し、再度目を閉じて意識を集中する。だが、今度は気配ではなく、耳から聞こえる音だけに感覚を集中させる。

 

すると、レオの聴覚が様々な音を拾い、閉じた瞼の中で反響する。聞えてきたのは打ち合うような金属音と無数の足音。

 

瞼を開いて音の聞える方向を見ると、そこは街道を辿って山を登った先にある神殿。

 

「マズイ……もう戦闘が始まってる」

 

「っ!?……皆、急ぎましょう!」

 

レオの呟きを聞き取ったサクヤが声を上げ、全員が気を引き締めて走り出す。

 

レイジ達は神殿内部へ、他は周辺の敵の掃討だ。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 神殿の内部では、レオの言うとおり既に戦闘が始まっていた。

 

ショートソードを携えた骸骨、ボーンファイターを中心にした帝国の戦力が寺院の奥を目指す中、その侵攻を阻んでいるのはたったの2人。

 

1人は白色を基調にした巫女服を着て、腰に届く黒髪に黒目の美女。

 

もう1人は女性の背丈を遥かに上回るほどの長身で、白いフルプレートの奥にある緑色の鱗を張り巡らせたその体は獣人ではなく、竜人のもの。

 

女性はその手に持つ白い翼と黒い翼が交差したような杖、カドゥケゥスの杖から放つ白色の光球で敵の動きを牽制、または攻撃して敵を寄せ付けない。

 

それでも侵攻が止まらない敵に対しては竜人が立ちはだかり、右手に持つ両刃の巨大な戦斧が烈風と共に振るわれて粉々に打ち砕かれる。

 

「サクヤさん! 見てください! 女の子とでっかい……トカゲ男? が、モンスターと戦っていますよ!どうしますか?」

 

「二人とも、まだ無事のようです。間に合って良かった……」

 

安堵の息をこぼすエルミナ。

 

だが、帝国の進撃を食い止める2人は決して有利ではない。確実に押されているし、今は敵の攻撃を竜人が左手に持つローマ軍の兵が使う大型の盾、スクトゥムのような盾で全て凌いでいる。

 

もちろん、ただの盾ではない。フォースによって強化されたことで、その防御力はまさに鉄壁。次々と襲い掛かるボーンファイターの攻撃を全て弾き返している。

 

「あれが白竜教団の巫女と護衛の竜人よ……竜那(りゅうな)! 剛龍鬼(ごうりゅうき)! もう少しだけ頑張って!今助けに行くから!」

 

サクヤの声が聞こえたようで、竜那と呼ばれた女性が反応し、剛龍鬼と呼ばれた竜人と共に守りへの力が戻り始める。だが、敵の猛攻は止まっていない。

 

「皆、突撃よ! まずモンスターを倒し、敵陣を突破して龍那たちと合流するわよ!」

 

「レイジ、リック! 先行して敵をかく乱しろ! レオとリンリンは隊長の護衛に付け! 他は俺と一緒にレイジとリックのサポートだ!」

 

フェンリルの指示に従い、大太刀と大剣を構えたレイジとリックが先行して突撃し、先に放たれたアルティナの矢とエルミナのブレイズが敵を牽制する。

 

その崩れた陣形の間を『虎切』で突っ込んだレオと薙ぎ払うような蹴りを放つリンリンが道を作り、その後ろに長刀、霊刀砕刃を携えたサクヤが続く。

 

崩れたボーンファイターの陣形はすぐに塞がれるが、これでいい。分断されても3人の増援が加われば竜那達は持ち堪えられるし、外側はレイジ達だけで充分に倒せる。

 

戦いは、ここからだ。

 

 

 

 

 先行するレオとリンリンの視線の先では、竜那を守る剛龍鬼が4体のボーンファイターから攻撃を受けていた。

 

左右から1体ずつショートソードで斬り掛かられ、正面に位置する残りの2体が炎のような光球を放ち続けて動きを縫い付けている。

 

背後に控える竜那が白色の光球や神聖魔法、ルミナンスで迎撃するが、流石に全ての敵の攻撃に対応できるほどの余裕など無い。

 

「アタシが右ね」

 

「左、了解」

 

ならばと…………

 

短いやり取りの後にレオとリンリンは走る速度を上げて左右に分散し、ショートソードで斬り掛かろうとしている2体の元へ向かう。

 

その2体は接近する2人に炎の光球を放つが、レオは麒麟で斬り裂き、リンリンはジグザグに走って避ける。弾丸よりも遅いなら、この2人にとって避けるのは難しくない。

 

距離を詰めたレオは左薙ぎに振るった龍麟でボーンファイターのショートソードを大きく弾き、右袈裟に振り下ろした麒麟の斬撃 ≪スラント≫ で胴体を深く斬り裂いた。

 

リンリンは左足の蹴りでボーンファイターの腕を蹴り上げ、二撃目の蹴りで胴体を蹴る。続いて右手の掌底が顎を打ち上げ、左手のストレートが体を後方へ吹っ飛ばした。

 

深く斬り裂かれ、壁に激突し、それぞれ粉々になったボーンファイターに背中を向けながらレオは龍麟を納刀し、7番鋼糸を光球を放ち続ける2体の内1体の首に巻き付けて腕を引き、転倒させる。

 

それによって放たれていた放火が緩み、剛龍鬼が盾を構えながら重い足音を鳴らして前進する。後ろにいた龍那はもう一体のボーンファイターに光球を放ち、動きを牽制する。

 

「うおおおぉ!!」

 

気合を込めた叫びと共に剛龍鬼の持つ巨大な両刃のアックスが右薙ぎに振るわれ、龍那に動きを止められていた1体が、続く振り下ろしで転倒したもう1体が粉々になった。

 

「怪我はありませんか? 巫女様」

 

一通りの敵が片付き、レオはリンリンとハイタッチをして竜那と剛龍鬼の元に駆け寄る。

 

だが、助けてもらったとはいえ知らない顔だ。竜那の表情には戸惑いと不安がある。

 

「心配はいらないわ、龍那。彼等は私たちの仲間よ」

 

「サクヤさん……! ですが、このお方は……」

 

「それも大丈夫。よく見たけど、彼は違うわ……」

 

2人が行う意味深な会話の視線の先にいたのは、レオ。だが、その本人は剛龍鬼と握手をして話をしているので会話を聞いていない。その方が2人にはありがたいが。

 

「わかりました……剛龍鬼! 皆様と協力を!」

 

「わかった! レオ、よろしく頼むぞ!」

 

「こちらこそ、よろしく……!」

 

2人は軽く武器を打ち合わせ、リンリン、サクヤ、竜那も合流して敵と向き合う。

 

やってくる敵は殆どが同じボーンファイターだったが、その中に1人だけ、黒色の鎧を着た兵士が他のモンスター達を従えるように混ざっていた。

 

「あれって……もしかして人間?」

 

「そう。ドラゴニア帝国に仕える人間よ。多分、指揮官ね……あの敵がいたからモンスター達がこんなにも早く霧の結界を突破出来たんだわ」

 

ドラゴニア帝国に仕える。

 

破壊と蹂躙を無差別に撒き散らすような国に仕える人間ということにレオの目が細められ、小太刀を握り締めながら前に踏み出すが、肩に優しく触れた手がそれを止める。

 

振り向くと、そこには微笑を浮かべるサクヤがいた。

 

「敵の指揮官が出向いたんだもの、こちらも応えないとね……でも、外野に水を差されたくないわね。レオ、護衛を頼めるかしら?」

 

「え?……あ、はい……わかりました」

 

「ありがとう……リンリンは竜那達のフォローに回ってちょうだい。もうすぐレイジ達も来るだろうから」

 

「了解! まっかされたぁ~!」

 

笑顔で答えるリンリンに背中を向け、右手に長刀を持ったサクヤにレオが続く。

 

すると、帝国側の指揮官も右手に他と同じショートソードを持ってボーンファイター達の前へと歩み出し、サクヤと相対するように立つ。

 

近くにいたボーンファイターは3体がレオの元へ、他の4体は竜那達のところへ向かう。どうやら、帝国側の指揮官も一騎打ちがお望みのようだ。

 

「護衛っていうのはこういうことか……」

 

レオは苦笑しながら納得し、向かってくる3体へと歩を進める。

 

最初に斬り掛かって来た一体の斬撃を左足を後ろに引いてかわし、通り過ぎ様に敵の右足を麒麟で垂直に斬り裂く。

 

 

『御神流体術・掛弾き(かびき) 』

 

 

本来の形は相手の足を抱え際に刃を立て、垂直に斬り裂きつつ転ばせるものだが、これはレオの思いついた型であり、よく使っているものだ。

 

派手に転倒した1体を背後に、レオは残りの2体へと進む。

 

続いて左から斬り掛かって来た1体の右袈裟の斬撃を龍麟で受け止め、即座に麒麟を構えるが、右から迫ったもう1体の斬撃を防ぐ為に軌道を変える。

 

両手で二方向からの斬撃と拮抗する形になるが、レオの腕力なら苦ではない。

 

しかし、後ろから近付く気配に気付いて振り向くと、そこには先程派手に転倒した一体が右足をズルズルと引きずりながら迫っていた。

 

「やばっ…………!」

 

流石にまずいと思ったレオは前方の2体を押し返そうとするが、そうはさせまいと2体のボーンファイターはショートソードを両手で握り、レオをその場に抑えつける。

 

「このっ…………!」

 

ならばとレオは『徹』を込めた右足のローキックで左のボーンファイターの左膝を砕き、そのままもう1体の胴体に突き刺すような蹴りを放ち、『猿(ましら)おとし』で地面に叩き付ける。

 

レオは慌てて振り返るが、背後から迫った1体はすでに武器を振り上げていた。咄嗟に右へ跳ぶが、斬撃を避けきれず左肩に傷を負う。

 

構わず麒麟で『虎切』を放ってその1体を仕留め、続いてポタポタと血が垂れる左手で龍麟を構えようとするが、何かの予感を感じて踏み止まる。

 

「レオ、避けろ!」

 

そのレイジの声が聞えたと同時にレオは後ろへ跳ぶ。すると、地面を真っ直ぐ突き抜けて迫った無色の衝撃波が倒れたボーンファイターの一体を飲み込み、粉砕した。

 

そしてもう1体の背後からはリックが迫り、振るわれる度に爆炎を巻き起こす斬撃によって粉々に打ち砕かれ、焼け焦げた骨が転がった。

 

「助かったよ、レイジ、リック」

 

「おう。神殿の中の敵は、もうあらかた片付いたみたいだぜ。外の方は今フェンリルさんとアルティナが見に行ってるよ」

 

「あれ? サクヤさんは?……さっき指揮官と戦ってたはずなんだけど……」

 

「そっちもすぐに済む……見てみろ」

 

リックが顎で差した方向を見ると、そこには指揮官の振るうショートソードを踊るようにかわし、長刀で捌くサクヤの姿があった。どう見ても余裕の様子だ。

 

顔面を狙った刺突を首を傾けてかわし、サクヤは長刀で刀身を弾いて通り過ぎ様に指揮官の胴体を右薙ぎに斬り裂く。

 

だが、それは肉を斬るまでには至らず、斬られたのは鎧だけに留まった。それでも、次は無い、という意味にも繋がるのだが。

 

振り返り様にサクヤの長刀が右袈裟に振るわれ、返す刃で右逆袈裟、そこから軽いステップで右に回転し、右薙ぎの斬撃が打ち込まれる。

 

今度は鎧ごと肉体を斬り裂き、指揮官はその場に膝を付き、すぐに倒れた。

 

「流石は2人の師匠……なんというか、優雅だね」

 

「だろ? あんな流れるような動きは真似できねぇよ……ところで、レオ、敵はあの指揮官で最後か?」

 

「う~ん……ここにも結界が働いてて気配はよくわからないけど、敵も見えないし、戦闘音も聞こえない……多分、片付いたんだと思うよ……痛っ」

 

小太刀を納刀して耳を澄ませていると、先程怪我した左肩が思い出したように痛みを訴えてきた。改めて見てみると、地面に垂れた血が軽い水溜まりを作っている。

 

だが、アルティナは今いないため、傷口を押さえて出血を緩めるしかない。

 

そう思っていたところに、血が滲んでいるレオの左肩に竜那が触れた。

 

すると、触れた手から温かい光が放たれ、左肩に刻まれていた傷が痛みの消失と共にみるみると塞がっていった。

 

「神聖魔法の治癒術です。まだ痛みますか?」

 

「いえ、まったく………ありがとございます。巫女様」

 

「いえ、私たちこそ、危ないところをありがとうございました。おかげで、私も剛龍鬼も助かりました……それと、申し遅れました。私、白竜教団で巫女を務めております、龍那と申します」

 

そう言った竜那はその場でぺこりと一礼し、後ろに控えている剛龍鬼も続く。

 

「皆さん、今の戦闘でお疲れでしょう。よろしければ、神殿で休んでいかれてはいかがでしょうか? よければ怪我人の治療もいたします」

 

「でも、ご迷惑なのでは……」

 

「いえいえ、助けていただいたのに、迷惑だなんてとんでもない。今後のこともご相談したいと思いますので、ぜひ神殿へ……」

 

休息に加えて負傷者の治療までとなると流石に遠慮が出るが、訊ねたエルミナに対して竜那は笑顔で答える。

 

それを聞いてサクヤはすぐに決断し、軽く頷く。

 

「わかったわ、そういう事なら、遠慮なくお邪魔させてもらうわね……レオ、外にいるフェンリルとアルティナにも知らせてくれる? 負傷者を優先して神殿の内部に運ぶようにしてちょうだい」

 

「わかりました……剛竜鬼、負傷者を運ぶのに手を貸してもらっていい?」

 

「わかった。任せろ」

 

その後、負傷者含め全員を神殿内部に収容し、サクヤたちヴァレリア解放戦線は、星龍殿へと足を踏み入れた。

 

ひとまず、闇の軍勢への最初の反撃は、勝利に終わったようだった。

 




ご覧いただきありがとうございます。

ようやく現在の章の後半に入りました。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話 それぞれの目指す道

今回は少し長い会話パートです。

では、どうぞ。


  Side Out

 

「皆さんに助けに来ていただけて、本当に助かりました。

白竜教団の本殿が破壊され、封印されていたダークドラゴンの一部も奪われて。こちらの別殿に避難していたのですが、結界も破られ、私と剛龍鬼だけでは防ぎきれませんでした」

 

負傷者を含めた戦線のメンバーを全員運び終え、サクヤ達は龍那と剛龍鬼に案内されて神殿の奥の院へと足を運んでいた。

 

壁にびっしりと並んだステンドガラスが陽の光を浴びて輝き、神殿の中じゃなくて聖堂の中にいるみたいだ、と壁に背中を預けるレオは心中で呟く。

 

だが、ダークドラゴンという今まで聞かない単語に首を傾げ、傍にいたリンリンに訊ねてみる。少し驚いたような顔をされたが、納得したようですぐに教えてもらえた。

 

ダークドラゴンとは、ドラゴニア帝国の信仰の象徴であり、同時にこの世界にとって災厄レベルの脅威となりえる化け物(モンスター)のことだった。

 

つまりは、ヴァレリア解放戦線の最終討伐目標だ。

 

「間に合って良かったわ。レオが遠くの戦闘音を聞いたおかげね」

 

「そうだったのですか……ところで、サクヤさん? 私たちを助けに来てくれたということは……今回は、私たちの側についてくれる、ということでよろしいのでしょうか?」

 

「……ええ、そう考えてもらっていいわ。というより、今回はそうせざるを得ないわね。そうしないと、私も納得出来ないと思うし」

 

その意味深な会話の音量は決して高くなかった。だが、『心』の練度において感覚向上の達人であるレオの聴覚は、その会話をしっかりと聞き取っていた。

 

だが、疑問を顔に出さず、腕を組んだまま視線を少し下げる。

 

(何かあるのは明白みたいだけど……味方の事情だ。探らない方がいいか)

 

レオも、自分のことについて他人に探られたくない所がある。それも、恐らく他と比べてたくさん。

 

故に、レオは2人の会話への関心をすぐに捨てた。

 

「わかりました。では、私たちも皆様に出来る限りご協力させていただきます。あなたもいいでしょう? 剛龍鬼」

 

「もちろんだ。龍那がそれを望むなら、俺もそうする」

 

サクヤの返答に満足した笑みを浮かべる龍那と、その隣に剛龍鬼が並ぶ。

 

「ありがとう。あなたたち2人が力を貸してくれるなら、私たちも心強いわ」

 

「……ああ、その、実はもう1人、戦力となる者がいなくもないのですが、いえ、そもそも1人と数えていいものかどうか……」

 

突然言葉を濁した龍那の様子に戦線の全員が首を傾げ、代表してサクヤが問う。

 

「なに? なんのこと?」

 

「見ていただいた方が早いかもしれませんね……剛龍鬼、例のものを」

 

「わかった。すぐに運んでくる」

 

そう答えた剛龍鬼は一端部屋を出て、数分後に戻ってきた。

 

傍には縦に長くて細い、ちょうど人間が1人入れそうな大きさの機械的なデザインをした生体ポッドのようなものがある。

 

全員がそれに近付いて中を見ると、その中には1人の女性が眠っていた。

 

長い黒髪がポッドの中に広がっており、その身にはラインをハッキリと表す黒いフィットスーツ、その上には機械的なアーマーを装備している。

 

「これは……もしかして、かつて失われた戦闘用オルガロイド? どうしてここに?」

 

「何故かはわからないのですが、この別殿の奥に眠っていたのを、先日剛龍鬼が偶然見つけまして……色々やってみたのですが、目覚めさせる方法がわからず……失われた技術に詳しい貴女なら……」

 

戦闘用オルガロイド、という聞いた事も無い単語に他のメンバーは首を傾げるが、失われた技術、そして単語から察するに、どうやらこの女性は未知の技術で作られたヒューマノイドのようだ。

 

「そうね。確かに、戦力としては大いに期待できるわ。だけど、とにかくこれが敵の手に渡らなくて良かったわ」

 

本気で安堵の息を吐くサクヤの様子から、どうやら相当にヤバイものらしい。

 

しかし、安堵の息を吐きながらサクヤが女性の肩をポンポンと優しく叩いた途端、変化が起こった。

 

ピクリとも動かなかったオルガノイドの女性が、目を開いたのだ。

 

「覚醒キー、入力を確認。DNAパターン照合、完了。X型ガーディアン[ケルベロス]、これより、起動シークエンスに入ります」

 

『…………っ!?』

 

全員が反射的に後ろへ飛び退き、自分の武器へ手を伸ばす。

 

レオはアルティナとエルミナを背中に庇うように立ち、右手を麒麟に添える。

 

他のメンバーも似たような様子だったが、オルガロイドが目を開くと同時に生体ポッドも開き、ゆっくりと起き上がり、地面に立った。

 

改めて全身を見ると、確かに目の前のオルガロイドの女性は、戦闘用ヒューマノイドという言葉がしっくり来る外見をしていた。

 

全身の各部に装備されている黒塗りのアーマー各部からは緑色のフォトン光が淡く光り、開かれた瞳の色も機械的な同じ色だった。

 

頭部にはヘアバンドだろうか、巨大なサバイバルナイフのような形をしたアクセサリーが腰辺りまで伸びている。

 

「アクセス可能範囲内に、適格者1名を確認。以後、マスターとして登録……完了。こんにちはマスター。私は、ケルベロスです」

 

機械的な口調で話す女性、ケルベロスの視線の先にいるのは、呆然とするサクヤ。

 

どうやら、先程軽く肩を叩いたのが起動シークエンスに移るトリガーとなったらしい。サクヤにとってはかなり性質の悪い不意打ちだった。

 

「こ、こんにちは。私は、サクヤよ……その、よろしく……」

 

「さすが、というべきなのでしょうか……もしかしたら、その子は貴女が来るのを此処でずっと待っていたのかもしれませんね」

 

「……また、サクヤさんの謎が増えたな……」

 

レオの傍にやってきたレイジが呟く。

 

それは苦笑するレオも同感であり、先程の会話に無くしたはずの興味が戻るのは若干仕方の無いことなのかもしれない。

 

「普段から謎多き方ですからね……ところで、あなた達はもしかして、クラントールから来られたという勇者ですか……?」

 

「ああ……それはこっちのレイジです。僕は半月くらい前にこっちに来ました」

 

「……えっと、どうも」

 

やって来た龍那の問いにレイジは控えめな礼で応じる。

 

レオの言葉に納得したように頷いた龍那はレイジが手に持つユキヒメに視線を移す。

 

「やはり……ではあなたの持つその刀が、かつてダークドラゴンを封印したという伝説の[シャイニング・ブレイド]なのですね……」

 

「シャイニング……ブレイド……?」

 

「え? ええぇ!? ゆ、ユキヒメ! お前、そんなにすごい刀だったのか!?」

 

『な、なに!? 知らん! 私は知らんぞ! そのような事は!』

 

龍那の言葉にレオの呟きに続いてレイジが驚き、さらにはユキヒメも動揺する。

 

今のヴァレリア地方をここまで崩壊させたそもそもの元凶、ダークドラゴンをかつて封印したということは、それに勝利したということだ。

 

だが、ユキヒメ本人も覚えが無いようで、本気で戸惑っている。

 

「落ち着いてください。貴女は知らないのではありません。自ら、記憶を封印しているのです。その身に秘められた力があまりにも強大なために」

 

「強大……?」

 

「はい。貴女はかつて、後にクラントール建国王となる勇者の手の内にあり、彼や、その仲間たちと共に、ダークドラゴンと戦いました。

貴女のその一撃は、巨大な山を崩し、大地を割り、その力の前にはダークドラゴンも対抗できず、その魂は異界へと追放されました……」

 

聞くだけでその力の凄さがよく分かる。

 

大地を割り、山を崩す。それを一本の刀が実現するなど、何の冗談だと思う。

 

つまり、ここ最近レイジとユキヒメが可能にしたハイブレードモードの力でさえ、本来の力の何千分の一レベル、お零れに過ぎないということだった。

 

「そして、ユキヒメさん自身も、その力が誰かに悪用されることを恐れ、自らその霊力と記憶を、封印した……私は、そのように伝え聞いております」

 

『わ、私に、そこまでの力が……!?』

 

「す、すごいですユキヒメさん……!」

 

「ああ、全くだ。……けどさ、それってどうやったら取り戻せるんだ? 今その力が使えれば……」

 

「……確かにな。その封印とやらが解ければ、我々にとっても大きな戦力になるが…」

 

フェンリルの言うことはこの場にいる殆どの者が思って当然のことだろう。

 

龍那が話した通り、[シャイニング・ブレイド]の力が解放されれば、すぐにでもヴァレリア地方のドラゴニア帝国を一掃出来る。

 

実際、過去に総大将のダークドラゴンに勝ったという実績があるのだ。ダークドラゴンがまだ復活していない帝国を相手に勝てない道理は無い。

 

だが、その場の中でただ1人、レオだけは顔を曇らせた。

 

確かに[シャイニング・ブレイド]の力を取り戻せれば、すぐにでも勝つことが出来るだろう。しかし同時に、それほどの力が有れば、世界を取ることも出来る。

 

だが、レオは過去のユキヒメが力と記憶を封印した理由をよく理解出来た。

 

 

“大き過ぎる力は人の心さえも変える”

 

 

レオはその言葉が本当であり、その怖さを身を持って知っている。

 

かつて自分の姉が異能の力と悪霊によって変わってしまったように、[シャイニング・ブレイド]の力が誰かの心を変えてしまうのではないか。

 

レオはそれが一番恐ろしかった。

 

「……よければ今の話、砦に来てもう一度詳しく聞かせてもらえないだろうか」

 

「承知しました。では、剛龍鬼と一緒に、砦にお邪魔させていただきます」

 

だが、1人だけ顔を曇らせるレオの心境を他所に、フェンリルの提案に頷いた龍那と剛龍鬼に続いて戦線メンバーも移動を始めた。

 

列の最後にレオが続いて歩き出すが、ふと、自分に向けられている視線を感じた。

 

そちらを見ると、そこには無表情で見つめるケルベロスがいた。

 

「あの……なにか……?」

 

「いえ、お気になさらず……」

 

おそるおそる尋ねるレオに対し、ケルベロスは変わらず無表情で即答し、そのまま真っ直ぐ出口へと歩を進めた。

 

余計に疑問が増し、レオは首を傾げたが、すぐに後を追った。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 「……以上が、[シャイニング・ブレイド]の伝説。すなわち、ダークドラゴン率いる闇の勢力と光の勢力の戦い。そして、四つの国の成り立ちの物語です」

 

「その際、ユキヒメさんはクラントールに伝わる伝説の剣となった……だけど、それだけ強大な力を持つ[シャイニング・ブレイド]でも、ダークドラゴンを殺し切れなかった」

 

神殿からアルゴ砦に移動し、今は酒場で話し合いを行っていた。

 

龍那にかつての[シャイニング・ブレイド]の伝説を聞き、レオは今まで色々と不思議だったユキヒメのことについて幾つか納得がいった。

 

「ユキヒメさんたちが魂を冥界に追放した後、ダークドラゴンの体は4つの国がバラバラに封印していたのですが……今回の戦乱で……」

 

「全部奪われたってことか……それって、まずいよな?」

 

「はい。集められた体はドラゴニア帝国の本拠に安置され、今は復活の時をじっと待っているはずです。それだけは阻止しなければなりません。ですが……」

 

「復活までの時間が分からない以上、最悪の状況になった時の為、それ相応の準備をしておかなくちゃいけない」

 

レオが言葉を引き継ぎ、龍那は力強く頷いて同意する。

 

「そのために、雪姫の封印を解き、すぐにでも[シャイニング・ブレイド]として、覚醒していただかなければなりません」

 

「それで、その封印を解くためには、どのようにすれば……」

 

エルミナの問いに、龍那は覚醒の為の条件を順に述べた。

 

まず、このヴァレリア地方の自然を司る精霊王たちの内、氷、木、炎、月の4人と、アストラル界に棲むもう1人、合わせて5人の精霊王による承認が必要らしい。

 

精霊王とは、呼んで字の如く、その属性を司る精霊の王のこと。

 

そしてアストラル界というのは、今いるエンディアスと、レオやレイジがいた世界、エルデの中間に位置する世界の名前だ。

 

精霊王の承認を得るには、何処かに隠されている[鍵]が必要なのだが、それがどこに隠されているかは龍那も知らない。つまり、現状わからないのだ。

 

だが、5人の内の1人、氷の精霊王の居場所だけはハッキリしており、行方の分からない鍵はひとまず保留にして、まずは精霊王に会うことになった。

 

その場所は、此処シルディアの東に位置する大国ルーンベールの北、フィラルド山脈にある、霊峰グレイシア、だそうだ。

 

だが、その霊峰グレイシアという名前を聞いた途端、エルミナが反応し、頭の上に見えない『?』のマークをポコポコと浮かべた。

 

「霊峰グレイシア……? グレイシア、ですか?……あ、ああああああぁっ!!」

 

突然何かを思い出したように大声を上げたエルミナ。

 

地図を広げて場所やルートを確認していたサクヤ達はもちろん、酒場の中にいた全員の視線がそちらに向いた。

 

「どうしたの? エルミナ」

 

「どうしましょう……私、間違えていました! 私の目的地は、シルディアではありませんでした!」

 

「え? そうなの?」

 

近くにいたレオが問いに対し、エルミナは両手をバタバタと振り回しながら答える。

 

「グレイシアと言われて思い出しました。

私がアイラ様から受けた命令は……シルディアの様子を見て、出来ることがあればお手伝いして情報を集め、霊刀を持った勇者を探し出して、現在グレイシアにいるアイラ様の元へお連れすることだったんです!」

 

その場にいた一同が沈黙し、やがて、代表してレイジが口を開く。

 

「それって、つまり……最初の目的からかなり外れたってことか!?」

 

「す、すみません……シルディアに行こうとして、何故か道を間違えてフォンティーナに着いてしまったり、何故かそこで敵と間違われたりして、すっかり混乱して……」

 

「そういえば……そうだったねぇ~」

 

思い出すと、確かに色々と衝撃的な出来事に遭遇している。

 

途中から加わったレオとしても、異世界にやって来て、ケンタウロスの騎士と戦って、戦線に入って……こうして見ると、目的なんてすぐに霞みそうな経験ばかりだ。

 

「今にして思えば、フォンティーナからまっすぐルーンベールにお連れすれば、それで任務は完了だったのです……ああ、アイラ様……申し訳ありません」

 

視線を下げて俯いたエルミナを見て、ああ、前にもこんなことあったな、とレイジとレオが思い出し、この先の展開を予想した。

 

「ああもう……これだから人間は! そのアイラって人はグレイシアにいるのね!?」

 

泣き出しそうだったエルミナに渇を入れるように、アルティナが声を上げた。

 

意外と効果があったようで、エルミナは涙を流さず、ハッとなって顔を上げ、慌てて言葉を続けた。

 

「あ、はい! アイラ様は、私の出発した直後から、山中に入っておられるはずです。

ルーンベール一帯で、精霊力が極端に低下してしまったらしく、国中が激しい寒波に襲われて……アイラ様は、少しでも被害を抑えようと、まだ精霊力が残ってるグレイシアで頑張っておられます」

 

「やれやれ、だな……エルミナ、そういう事はもっと早く思い出せよ。ていうか、そもそも忘れちゃダメだろ……」

 

「そう言わないであげなよ。

レイジだって、銀の森で戦線の情報を知った後にルーンベールのことを聞いても、多分戦線の方に行ったでしょ?それに……これで目的地と目標がハッキリと決まったしね」

 

「そうね……精霊王の件だけじゃなく、ルーンベールでの敵の動きも気になるし。行ってみましょう、ルーンベールへ! エルミナ、案内をお願い!」

 

「はい! わかりました! 必ず皆さんを、アイラ様の元へお連れいたします!」

 

呆れたような様子のレイジにフォローを入れたレオの言葉に続き、サクヤが戦線の次の目的地をハッキリと決めた。

 

そんな時、エルミナの言う激しい寒波という単語を思い出し、レオは考えを巡らせた。

 

(リンリンの話じゃ、ルーンベールは温暖な気候下で知られる農業国らしいけど……どう聞いても、今の国内は寒そうだね……あ、そうだ。出発までは数日有るだろうし、アレを全員分作ってみようかな)

 

何かを思い付いたレオは会議が終わると共に酒場を出て、店に向かった。

 

向かったその店は…………服屋だった。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 同時刻。

 

クラントール王国の領内に存在するグランデル大聖堂内部。

 

 

 

……バルドルよ。まだか……まだ復活の準備は整わぬのか……

 

 

 

聖堂内部には見るからにおぞましい邪気が漂っており、空間そのものが震えるような声の主こそ、ドラゴニア帝国の信仰の象徴であり、かつて[シャイニング・ブレイド]によって封印されたモンスター、ダークドラゴンだった。

 

「は、はは! ダークドラゴン様! もうしばらくお待ちを! もう間もなく! 間もなくで復活への準備は整いますゆえ!」

 

その声に答えたのは怯えるような声の1人の男。

 

激しく動くことには邪魔にしかなりそうにない真っ黒の鎧、その上には神官が着るような袖の長い緑色のローブ、顔面をまったく分からなくする程に大きな黒竜の兜。

 

「ええい、お前たち! いつまでダークドラゴン様をお待たせすれば気が済むのだ!

崩れかけた国の二つや三つ、落とすのにどれだけ時をかけるつもりだ!」

 

振り返りながら苛立ちの声を上げたこの男の名は、暗黒司祭バルドル。

 

その声の向かう先には、大中小それぞれの人影があった。

 

「うるせぇ、無能が! ルーンベールはもう陥落寸前だ。これ以上急げってんなら、てめぇが自分で兵を率いて落としてみろ!」

 

バルドルの言葉に真っ先に怒鳴り返したのは、少し黒みを吸ったような金色の鎧を装備した黒狼の獣人、魔獣将スルト。

 

その身に纏う雰囲気は、何処かフェンリルに似ている。

 

「陥落寸前……? それにしては、ずいぶんと悠長に構えているようだが……?」

 

スルトの発言に疑問の声を上げたのは、かつて銀の森でレイジ、アルティナ、レオの3人が戦った髑髏のような兜を付けたケンタウロス、暗黒騎将スレイプニル。

 

「もし貴公1人で手に余るようなら、すぐにフォンティーナの後始末を終えて、手を貸してやってもよいが?」

 

「うるせぇってんだよ! 俺には俺のやり方があんだ! てめぇなんぞが口を挟むんじゃあねぇっ!!」

 

スレイプニルの小馬鹿にしたような口調にスルトは再び怒鳴り声を上げるが、すぐに楽しそうに顔を歪め、目の前にいない別の誰かを視線の先に浮かべる。

 

「……俺は待ってんだよ。どうしてもこの手で殺らなきゃならねぇヤツが、罠に飛び込んでくるのをよぉ……てめぇの方こそ、最近エルフ狩りの手が緩んだそうじゃねぇか」

 

「ふん。癪な話だが、貴様と似たようなものだ……最近、解放戦線の中にどうしても用がある奴が出来たのでな……おびき寄せる為の最低限の餌だ」

 

その返答に正直、スルトは驚いた。

 

スレイプニルが任務の進行にこうした個人的な事情を持ち込むのは珍しい。いや、もしかしたら初めてかもしれない。

 

「ほぉ~……なら、戦線の連中は潰さずに手を抜いて追い返してやろうか?」

 

「無用だ。貴公に潰されるのなら、所詮はその程度だったということだ………」

 

「ちっ、そうかよ………」

 

「何をしておる! ダークドラゴン様の御前で、無様な言い争いをするとは何事か!」

 

言い争う2人にバルドルは声を上げるが、スルトとスレイプニルは表情に不快感を隠そうともせず、吐き捨てるように答えた。

 

「……大聖堂に陣取り、ただ報告を待っているだけの貴公に言われたくはないな」

 

「へっ……てめぇ1人じゃ何もできねぇ役立たずのクセによ」

 

「な、なんだと……!?」

 

真正面からの反撃をくらったバルドルは屈辱を感じるが、すぐに言い返す。

 

「私はここで、遊んでいるわけではない! 私にはダークドラゴン様のお声を伝え、復活の為の儀式を準備するという大事な役目がある! それを忘れるな!」

 

そう。それこそ、バルドルが司祭の地位にいる最大の理由だった。

 

この地で復活の時を待つダークドラゴンの声は、バルドルにしか聞えない。ダークドラゴンが自分でバルドルを選んだらしいが、その理由はわからない。

 

「ふん。そんなもの、ダークドラゴン様の気が変われば誰でも務まるではないか……あまり図に乗るな。ダークドラゴン様の威を借る雑魚め」

 

バルドルを鼻で笑ったのは、病的なまでに白い肌と長い銀髪、顔の目元を仮面で隠した細身のダークエルフ、妖魔将アルベリッヒ。

 

「お、おぬしら……! なんという……!?」

 

どうやらこの連中の仲はお世辞にも良いものではないらしく、今まで殺し合い沙汰になっていないのは正直、奇跡としか言えない。

 

 

 

……何を下らぬ事で言い争っておるのだ……

 

 

 

「ひっ!! だ、ダークドラゴン様!」

 

突如聞えてきたダークドラゴンの声がバルドルの怒りを殺し、その声に秘められた威圧感に負けて怯えるような声が出た。

 

 

 

……よもやお主、我らドラゴニア帝国の使命を、忘れたわけではあるまいな?

 

 

 

「い、いえ! 決してそのような事は! 再びエンディアスにダークドラゴン様をお迎えし、この世を闇の支配する理想の世界へと作り変える。それこそが我らの使命! このバルドル、黒竜教団の司祭を務める者として、一時たりともその使命を忘れた事はございません!」

 

 

 

…よいか? お主は下らぬ事に目を向けず、心してその務めに励め。まず復活に備え、我が体を再構成するに充分な量の糧を捧ぐのだ。今のままでは到底、地上への再臨など叶わぬ……

 

 

 

「は、ははぁっ!! 早急にそのように取り計らいまする!!」

 

 

 

…よいか、急ぐのだぞ……

 

 

 

その言葉を最後に、ダークドラゴンは完全に沈黙した。

 

「……むぅ、これはいかん。計画を急がねば! アルベリッヒ!それと伯爵はいるか! 例の計画はどうなっておるのだ!」

 

「今、本当にダークドラゴン様と話していたのか? 貴様の一人芝居ではないのか……?」

 

「あ、アルベリッヒィ……! いい加減に……!!」

 

「まぁまぁ。お二人共冷静に。では、計画のご報告は私の方から……」

 

アルベリッヒの返答にバルドルの怒りがついに爆発しそうになった時、新しく割って入った声がその怒りを抑え、言い争いを中断した。

 

その声の主はどこぞの貴族のような服を着た長身の男で、腰まである白髪と赤い瞳、顔には右目とその周りを隠す眼帯をしている。この男がアルベリッヒの副官、伯爵だ。

 

「ここ最近、ベスティアで例の[装置]の稼動実験に成功いたしました。ダークドラゴン様に充分な量のソウルを安定してお送りできるようになるのも、もう間もなくかと」

 

「そうかそうか……! ならば、実用機の方もいけるのだろうな?」

 

「ええ、設計はすでに完了しています。

改良により、実験機よりも吸収効率を二割ほど上げられる見込みです。ベスティアの収集装置が本格的に稼動し、こちらも軌道も乗れば、二ヶ月ほどで復活に必要なソウルを確保できる計算になります」

 

「恐怖や憎しみ、悲しみ……負の感情をたっぷり含有した、良質のソウルが」

 

そこで終えた伯爵の報告にバルドルはまるで自分の功績だと言うように胸を張って笑い声を上げた。その様子に伯爵以外の将全員が不愉快そうな顔をするが、バルドルは気付かない。

 

「よくやった! であれば………ファフナー! ファフナーはおるか!」

 

バルドルの声に応じ、暗闇の中から漆黒の鎧を着た1人の竜騎士が姿を現す。

 

機動性と防御力を両立させたような漆黒色の鎧の各部には黒紫色の水晶が薄く輝き、その顔はバルドルとは違った形の黒竜を模したデザインの兜に包まれている。

 

「ファフナー、お前にあの娘を預けて、すでに数週間になる。例の計画の準備は進んでいるのか?」

 

「ご心配なく、バルドル様。歌姫(ローレライ)の魂はすでに我らドラゴニア帝国のモノ。その声が歌う歌は、すべてダークドラゴン様を讃える歌にございます……」

 

漆黒の騎士、ファフナーに続いて、新しい人影が姿を現した。

 

その人影の正体は1人の女性であり、ファフナーを漆黒の騎士と呼ぶなら、その女性は紅(くれない)の騎士だろう。

 

真紅の中に所々黒を入れたその鎧は何処か神聖さと気高さを感じさせる。

 

だが、その鎧を着る本人の顔は人形のように無表情で、その銀髪の前髪の奥にある美しいであろう金色の瞳には感情の光が一切宿っていなかった。

 

「闇の乙女の戦支度、全て整っております……」

 

そして、ファフナーが闇の巫女と呼びしこの女性こそ、レイジが絶対に助け出すと心に誓った、このエンディアスで出来た最初の友達、ローゼリンデだった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

黒竜と愉快な仲間達の会話を終えて、やっと今の章の終わりです。

次回から次の章に移ります。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話 雪に閉ざされし聖王国

今回より3章に入ります。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 ヴァレリア地方東部に位置するルーンベールは、温暖な気候で知られる農業国だ。

 

しかし現在、領内の全域が突如訪れた猛烈な寒波に襲われ、国土のほぼ7割は雪と氷に包まれていた。

 

この現象と期を近しくして精霊力の減少が確認されているが、関連性があるのかどうかはまだ不明だった。

 

しかも、ルーンベールを襲っている問題はそれだけではなく、首都の破壊と聖騎士団を壊滅させたドラゴニア帝国との抗争も続いている。

 

自然の猛威と強力な軍事力。

 

この2つが、今ルーンベールの直面している危機の形だった。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「み、み、皆様……ルーンベールへようこそ。

此処は山麗の街、クレリアです。ルーンベールにいる間は、この街を拠点として……拠点と……は、は、は……くちゅん!」

 

「エルミナ、大丈夫か? 風邪か?」

 

「いやいや……レイジ、周りの環境を見てみなって。むしろレイジは大丈夫なの?」

 

見渡す限り、周りには白い雪が降り積もっており、街灯に照らされる建物の殆どには長い氷柱が見える。

 

巡回兵のケンタウロスや街を歩く人達は揃ってコートなどの防寒装備。猛烈な寒波が吹き荒れるこの街では、どうやらあれ位が必須装備みたいだ。

 

だけど、レイジの格好は普段通りのまま。いや、レイジだけでなく、戦線メンバーは全員普段通りの格好だ。

 

僕もそうだけど、昔の冬の山篭もりのおかげか、この服のおかげか、震えるほどに寒いとは感じない。精々肌寒いと思う程度だ。

 

みんな……寒波の規模を甘く見ていたってレベルの格好じゃないよ? 死ぬ気ですか?

 

実際、この街まで来るまで何度か吹雪にあったから、結構皆の体力が奪われてる。

 

それとレイジ、ユキヒメさんの精霊の加護が体に働いてなかったら、多分その格好じゃ今頃死んでると思うよ。

 

「だ、大丈夫です。いつもは、この辺りがこのように寒くなることはないのですが……」

 

膝を付いて足元の雪を拾い、指で軽く擦ってみる。そこまで冷たくはない。

 

続いて建物の上に飾られているルーンベールの国旗を見る。軽く横に靡く程度だ。

 

「雪、というより、そもそも気温が低過ぎるんだと思うよ? この程度の雪と風じゃあ、普通はここまで低温にはならない」

 

そもそも、温暖な農業国って知られてる国がこんな状態になっている時点で既に異常気象を通り越してもはや天変地異だ。

 

龍那さんも空を見上げて数秒だけ目を閉じ、目を開くと納得したような顔になる。

 

「やはり、この地の精霊力が極端に低下しています。もしかしたら、氷の精霊王の力がおかしくなっているのではないでしょうか?」

 

「アイラ様も、以前そのような事をおっしゃっていました……ですが、どうしてそのような事が……」

 

「考えられるとすれば……精霊力の源である精霊王がその役目を果たせない状態にあるとか……あるいは、すでに存在していないとか」

 

存在していない。

 

簡単な話、死んでいるかもしれないということなんだけど、そうなった場合、僕達にとっては最悪に近い状況だ。

 

そうなると[シャイニング・ブレイド]を解放する為に必要な承認がもらえない。ルーンベールの帝国を片付けても、最終的には全ての苦労が無駄になる可能性がある。

 

「その精霊王の安否を確かめる方法はないのか?」

 

「そうですね……確かこの国には、古代種のドラゴンが住んでいましたね? 古竜たちと精霊王には深い関わりがありますし、その者達に尋ねてみるしか……」

 

「ドラゴン? この世界ってドラゴンまでいるんですか……?」

 

フェンリルさんの質問に答えた龍那さんの言葉につい反応してしまった。

 

だけど、よく考えたらゴブリンやらケンタウロスやら獣人やらがいて、野生のモンスターも生態系が狂ってるようなやつばかりだったし、いてもおかしくない。

 

「はい。霊峰グレイシアに、氷竜エールブランがいます」

 

エルミナがそう言って、全員が北に聳える山を見上げた。

 

今は天候が荒れているのか、それとも常にその状態なのか、山頂の方は吹き荒れる猛吹雪のせいで何も見えない。

 

「なあ、レオ……気になってたんだけどさ、霊峰ってどういう意味の呼び方なんだ?」

 

「簡単に言うなら、神仏とかを祭ってある山のことだよ。中には山そのものを信仰の対象にするのもあったりするよ」

 

「じゃあ、あの山が祭ってるのって……?」

 

「可能性が高いのは氷の精霊王か、その氷竜だろうね……もしかしたら、アイラ姫も僕達と同じ結論を出したんじゃないかな?」

 

「そうかもしれません。ですが、山の方はここより気候が厳しく、しかも現在は帝国の勢力圏内にあります。その中に、アイラ様はたった一人で……」

 

どうやら、山を登ることは確定のようだ。

 

だけど、帝国の敵がいるのはあの山だけじゃない。この街から少し離れたところにも間違い無くいくらかいるだろう。

 

「まずはこの街周辺と山に近付くためのルートの安全確保、その後に準備を整えて霊峰グレイシアの敵を排除しながら山頂を目指す。大体はこんな感じだろう」

 

「はい、よろしくお願いいたします……」

 

フェンリルの提案にエルミナが頷き、レイジが手を叩いて声を上げた。

 

「よし! ならまずは、このあたりの敵を片っ端から倒していこうぜ!」

 

その言葉に全員が頷き、解散という雰囲気になった時、僕が手を上げた。

 

「ああ、ごめん。ちょっと皆に渡しておきたい物があるから待って。まずは……エルミナ、ちょっとこっちに来て」

 

肩に下げていたバッグを下ろし、まだ一番寒そうにしているエルミナを手招きする。ちなみに、2本の小太刀は長期移動で邪魔にならないよう縦長の筒状バッグに入れて肩に掛けている。

 

きょとんと首を傾げながら近寄ってきたエルミナの首に、僕はバッグの中から取り出したものを手早く、だけど丁寧に巻く。

 

エルミナは数秒間呆然として、自分の首に巻かれたものにそっと触れる。

 

「これは……マフラー、ですか?」

 

「そう。吹雪の規模が正直予想外だったから此処に着く前に渡せなかったけど……使ってる毛糸の質は悪くないから、少しは暖かいでしょ?」

 

僕がエルミナの首に巻いたのは、長さ1メートル60センチ程のロングマフラー。毛糸の色はエルミナの金髪に合わせて少し明るめの山吹色だ。

 

「あ、皆の分もあるからね。次は……はい、アルティナ」

 

アルティナに渡したマフラーの長さはエルミナと同じで、毛糸の色は黒を薄めた明るめのグレー色。金色もだが、銀色の毛糸なんて早々手に入らない。

 

「これ、どうしたの? もしかして砦を出る前に買ったの?」

 

「いや、毛糸は買ったけど自作だよ。子供の頃からこういうの作るのが楽しくて、今まで何度か練習してたんだ」

 

「もしやレオよ、出発までの数日で全員分作ったのか?」

 

「うん。1人暮らしになってからは自然とこういうスキルが上達しちゃってね、思い切ったら出来たよ……はい、どうぞ。これ、ユキヒメさんとレイジの分」

 

ユキヒメさんは混じりの無い黒色、レイジはちょっと派手に見えるけど明るめの朱色。

 

レイジはマフラーだけじゃ致命的に足りないと思うけど、ユキヒメさんがいる限りは大丈夫みたいだから放っておこう。

 

「おぉ! サンキュー、レオ」

 

「わ、私の分も作ってくれたのか……?」

 

「そりゃもちろん。精霊でも1人の女の子なんだから……はい。アミルとエアリィにはライトグリーンとオーシャンブルーのマフラーだよ。剛龍鬼はこれね。

あと、リックはマフラーあるし、フェンリルさんは邪魔になりそうだから。これを」

 

「なんだこれは……? 手袋か?」

 

「確かに俺にはこっちの方がありがたいが……レオ、これは本当に手作りか? 手袋に別の色で名前の頭文字が描かれてるんだが……」

 

素直に喜んでくれてるアミルとエアリィの隣では手袋を付けて手を閉じたり開いたりしているリックと、驚きと少しの怪訝の二種類の表情を浮かべるフェンリルさん。

 

剛龍鬼のはフルプレートに引っ掛からないように太さと長さを変えてあるけど、エメラルドグリーンのマフラーを靡かせている様子から、問題無さそうだ。

 

リックには薄い黒、フェンリルさんにはアルティナのマフラーと同色の手袋を渡したけど、フェンリルさんの言う通り、手の甲の部分にはエンディアスの文字で頭文字を描いてある。

 

皆は驚いた顔をしてるけど……この程度、1年に渡る1人暮らしと寂しい日々で磨かれ続けた僕の腕ならお手の物だ。

 

そして、今の僕ならばこんなものも作れちゃったりする。

 

「はい。こっちが龍那さん、こっちはサクヤさん、これがリンリンの分ね」

 

龍那さんのマフラーは表面にカドケゥスの杖をイメージにした白と黒の羽を、サクヤさんのは黒の中に白色の毛糸でラインを走らせて少し可愛い感じに解放戦線の旗を、リンリンは少しピンク色を混ぜた桜色に黒と白の毛糸を使って端に小さい猫の顔を描いた。

 

お礼を言う3人を含めて、皆がデザインに絶句してるけど、問題無い。うん、力作だ。

 

暗器の扱いに長けたおかげでこっちの腕も上がってるし、ありがたいね。

 

 

 

 ちなみに、編み物などの腕が元から高かったおかげで暗器の扱いが上手くなった、という事実を僕が理解したのは、かなり先の話だった。

 

 

 

「丈夫な毛糸じゃないから、戦闘中は外して、良かったら街中で寒い時にでも使って。もし、破けたりしたらすぐ直すから」

 

僕はバッグを肩に掛け直し、皆に手を振って別れ、少し小走りで街中へと向かう。

 

けど、大通りに入らず、戦線の皆から僕の姿が見えなくなってすぐに路地裏に入る。

 

そのまま歩を進め、僕は右肩の筒状バッグの取っ手を握り直した。

 

「さてと……後は、最後の1人に会わないとね……」

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

  Side Out

 

 路地裏は大通りよりも冷え込んでおり、薄暗い道に呼吸の白い息が漂い、軽く積もった雪がレオのブーツに踏まれて音を鳴らす。

 

そんな場所を無言で歩くレオは何も無い広場を見つけ、再び歩を進めて広場の真ん中で立ち止まり、左肩のバッグを地面に下ろす。

 

「……ここなら誰もいません。何か用があるんでしょう?」

 

首を動かして視線だけを後ろに向けたレオの言葉に応えるように、薄暗い通路の闇の中から足音を殆ど鳴らさずに1つの人影が現れる。

 

暗闇に溶け込むような黒いフィットスーツとボディーアーマー、そのアーマーの各部から光る緑色のフォトン光と瞳の色が月の光を加えて姿をハッキリと照らす。

 

ハッキリ見えるようになった人影の正体は、龍那と剛龍鬼の2人と期を同じくして戦線に加わった仲間、ケルベロスだった。

 

「……いつから私が接触を図っているとお気付きに?」

 

「一応、他人の視線とか気配を感じるのには自信があるので。最近は……殺気を含んだ視線もハッキリと感じられるようになりまして」

 

初対面の時から、レオはケルベロスの視線に徐々に殺気に似た敵意を感じ始めていた。

 

流石に無視するわけにもいかず、レオは荒事も踏まえてこの状況を作った。

 

それで、何の用ですか? とレオは再度問い掛ける。

 

「……詳細な理由を説明するわけにはいきません。ですが、用件は1つです。あなたがマスターの敵であるかどうか、それをこの手で確かめたいのです」

 

そう答えるケルベロスの雰囲気が空気を伝って変わり始め、ハッキリとした殺気がレオの肌に突き刺さるように伝わってくる。

 

「……僕は何をすれば?」

 

「簡単です。私に勝つ、それだけです」

 

(どうにも、やるしかない……かな)

 

心の中で呟いたレオは溜め息と共に少しだけ肩を落とし、そこから弾かれたように体を左へ回転させた。

 

その際、右肩にある筒状バッグを遠心力を加えてケルベロス目掛けてぶん投げる。

 

バッグはそこそこ頑丈に出来ているし、中には2本の小太刀。さらにレオの腕力と遠心力も加わっているので、直撃すればタダでは済まない。

 

だが、レオの狙いはバッグをぶつけることではない。

 

まだ一度も見たことが無いケルベロスの武器を知ることが本当の目的だ。

 

(さあ、何を使う……素手か? それとも剣でも取り出すか?)

 

ケルベロスが両手を前に突き出す。両手の指先に緑色のフォトン光が集まり、それを掴むと同時に武装の形が形成、固定される。

 

取り出された武装は、レオの予想を軽々と上回る代物だった。

 

「武装展開、オルトロスⅡ」

 

それは、真っ黒なフォルムで統一された、二挺のアサルトライフルだった。

 

(銃!? まずい、火器を予想してなかった! しかもアレは、形状からしてアサルトライフル……やばい!)

 

認識すると共にレオは前へと走り出し、ケルベロスはトリガーを引く。

 

直後、絶え間無い発砲音とマズルフラッシュが起こり、放たれた無数のライフル弾が数秒で筒状バッグを鉄屑へと変えた。

 

レオはその中から投げ出された二刀の小太刀を掴み取り、転倒するように前へ転がってケルベロスの横を通り過ぎる。流石に今の瞬間で抜刀は出来ない。

 

だが、レオは転がりながら感覚頼りで小太刀を腰に差し、勢い良く起き上がると共に両手の小太刀を抜刀する。

 

転がった際に雪を被ったが、それどころではない。少しでも視線を逸らせば、レオはケルベロスの足元に転がっている破片と同様、即座に蜂の巣にされてしまう。

 

(くそっ! 荒事になると踏まえて誰もいない場所を選んだけど……あの武器相手にこの場所じゃ、完全に僕が不利だ……!)

 

二挺の銃と二刀の小太刀、リーチからして今どちらが有利なのかは考えるまでもない。

 

しかも、今いる広場には遮蔽物に使えそうな物は何一つ無い。これでは小太刀の間合いに近付くことすら困難だ。

 

いくらレオでも弾丸より速く動くことなど出来ぬし、近付いてもケルベロスが近接戦闘に完全に弱いということはないだろう。

 

再び二挺の銃、オルトロスⅡの黒い銃身が持ち上がり、トリガーに添えられたケルベロスの指に力が入る。

 

その瞬間、レオは両手の小太刀を手放し、刀身が地面に刺さるよりも速く、上に跳ね上げた右手から3番鋼糸を、スナップを効かせた左手から飛針を抜き放ち、銃身を狙う。

 

鋼糸が絡んだ銃身はレオの腕の動きに引っ張られ、もう1つは飛針に弾かれた。それによって二挺の銃の照準が狂い、弾丸はレオの横を通り過ぎる。

 

冷や汗が流れる中、レオは右膝を屈んで左手で龍麟を掴み、膝のバネを使って前方へと全力で地面を蹴る。

 

『射抜』の刺突が放たれる。だがケルベロスは崩れた体勢から両足で真上へと高く跳躍し、小太刀を突き出すレオの頭上を飛び越える。

 

そこで一端攻防が終わるかと思われたが、ここで再び距離が開けば自分が一方的に不利になるだけだと判断したレオは『射抜』を放った体勢から無理矢理後ろに跳ぶ。

 

着地と共に振り返ったケルベロスの目が見開かれ、すぐにオルトロスⅡの照準が迫るレオへと向けられる。

 

しかし、それよりもケルベロスの予想を上回ったレオの方が速い。

 

(あの技なら……でも本当にあんなの実現出来るか? このタイミングで……ええい! 蜂の巣にされるくらいなら……!)

 

半ばヤケクソ気味に結論を出し、レオは跳躍しながら体を右へと回転させた。

 

ただ、その一瞬の回転速度はベーゴマなどを上回る程に速く、一瞬でケルベロスの視界からその姿が消失した。

 

そして、姿が消失すると共に烈風が吹き荒れ、一瞬の刹那に3つの斬線が走る。

 

その斬線を視認することも叶わなかったケルベロスは咄嗟に左手のオルトロスを身を守る盾に使ったが、響いた衝撃が防御越しにその体を吹き飛ばした。

 

雪の上に倒れてすぐ起き上がると、そこには逆手に持ち替えた右手の龍麟を振り切り、肩で息をするレオの姿があった。

 

「ハァ……ハァ……もどきだけど本当に出来た……回天剣舞」

 

本人も驚きながら呟く今の技は、レオがマンガなどを参考にした技の1つ、回天剣舞。

 

本来はある動きから繋げる“必殺技”なので、本人が言うとおり“もどき”だ。

 

視認するのも難しい程の体の急速回転、それと共に放たれる3連撃がこの技の正体だ。

 

「一体……何が……っ!」

 

立ち上がるケルベロスがもう一度目を見開いた。

 

なんと、盾に使ったオルトロスのフレームが深く斬り裂かれていた。獣の爪で切り裂かれたように3つの傷が綺麗に揃い、斜めに刻まれている。

 

まだ大破とはいかないだろうが、これでは銃として機能するか怪しいものだ。

 

これが回天剣舞の威力。レオの見たマンガでは、鉄の鞘が輪切りになった程だ。

 

「勝負ありです……片手の銃だけなら、僕の暗器ですぐに照準を逸らせる。次に距離を詰めれば、僕の勝ちです」

 

銃身を3番鋼糸で斬ることは叶わなかったが、それでも照準を狂わせることは充分に可能だと分かった。

 

ならば、次に距離を詰めることが出来れば、レオには即座にケルベロスを抑え込む自信がある。麒麟を回収出来れば、その自信はさらに強固となる。

 

そして………

 

「……勝率の著しい低下を認識。敗北を肯定します」

 

ケルベロスは両手のオルトロスを緑色のフォトン光へと戻し、両手を上げた。

 

完全に敵意が無くなったのを感じ、レオは息を吐きながらその場に座り込む。

 

「はぁ~……それで? 今の戦いで、僕がサクヤさんの敵かどうかっていうのは確かめられたんですか? というか、どっちになったんですか?」

 

「そうですね…………」

 

言葉を止めたケルベロスは雪に突き刺さった麒麟を抜き取り、座り込むレオに手渡す。

 

「……確信を得ることは出来ませんでした。しかし、私個人の判断により、あなたはマスターの敵性存在ではないと認識することにしました」

 

「その根拠は?」

 

「今回の戦闘理由と同じく、説明することは出来ません。ですが、このような事態は二度と起こらぬものと思っていただいて問題ありません」

 

「……そうですか。まあ、それだけ分かれば今は充分ですかね……あ、そうだ」

 

雪を払いながら立ち上がったレオは、思い出したようにもう1つのバッグの元へと駆け寄り、残っていた最後のロングマフラーを取り出した。

 

「はい、コレ。ケルベロスさんの分ですよ。サクヤさんのと似て、黒の中に緑色のラインでナイフとリボンを描いてみました」

 

そう言ったレオからマフラーを手渡され、ケルベロスは若干困惑しながら受け取る。

 

「私は戦闘用オルガロイドです……このようなお気遣いをなさらなくても………」

 

「でもサクヤさんが言うには、オルガロイドって脳の一部に機械処理を施しただけで、他は人間と特に変わらないんですよね? だったら持っていてください。今はとても寒いですし、風邪を引いたらマズイでしょ?」

 

その言葉に反論出来ず、ケルベロスはマフラーを首に巻いてみる。

 

だが、マフラーを首に巻き終えると、先程の戦闘で流れ弾が当たったのか、マフラーの先端が弾痕の穴の形に削れていた。

 

「あっちゃ~……すいません。これ、すぐに作り直しますんで………」

 

「いえ、このままで大丈夫です………私は、このままの方がいいです」

 

そう言ってマフラーを両手で抱きしめたその時のケルベロスの顔には、嬉しさを表す綺麗な笑顔が浮かんでいた。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

普通、遮蔽物が殆ど無い平面の地形で銃火器を相手にした場合は即座に蜂の巣にされます。レオが勝てたこと事態異常です。

そして、今回登場した回天剣舞…………

今のレオは流水の動きなんて出来ないんで、もどき止まりです。

次回は三馬鹿の1人、スルトとのご対面です。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話 殺戮の魔獣将

今回は三馬鹿の1人、スルトの登場です。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 時間帯は朝。

 

徐々に朝日が差し込む街の中、人のいない広場に3人の人影があった。

 

内2人、レイジとレオはそれぞれの木刀を持って雪の上を激しく動き、残る1人のユキヒメは少し離れた場所で2人の勝負を見ている。

 

通常よりも長いサイズの木刀を自慢の腕力で振り回すレイジに対し、両手に小太刀サイズの木刀を持つレオはその猛攻を捌いて隙を狙う。

 

威力が高いレイジの攻撃を完全に防ぐレオの防御は固く、一向に崩れない。

 

時折飛んでくる刺突や蹴りのタイミングは見事にレイジの隙を突いており、今も回し蹴りが鼻先の寸前を通過した。

 

うおっ! と小さく後退したレイジはすかさず木刀を唐竹に振り下ろすが、刀身の横腹をレオの左手の木刀で叩かれ、受け流される。

 

そして、受け流すと同時に右手の木刀で刺突が放たれる。その狙いは喉元。

 

レイジは慌てて木刀を刺突のコースに割り込ませるが、ぶつかると思われた瞬間、レオの木刀がまるで“すり抜けるように”レイジの木刀を通過した。

 

「は?…………うげぇっ!」

 

「…………あ」

 

呆然としたレイジの防御を通過し、喉元を狙った刺突が直撃する。

 

それによって気管が詰まり、レイジが奇声を上げて激しく咳き込んだ。その奇声でレオも我に返り、すぐさま木刀を引っ込めた。

 

「ごめん。寸止め忘れた。レイジ、大丈夫?」

 

「まったく、情けない声を出しおって。もろに入っていたな」

 

「げほっ! げほっ!……なんだ、今の……げほっ! ガードすり抜けたぞ」

 

「御神流の基礎技『貫(ぬき)』だよ……正確には刀の扱いの具体的パターンを身体で覚えて、相手の防御を見切って攻撃が“通り抜けたように見せる”だけだよ」

 

これには刹那の瞬間に相手の攻撃を見切る集中力が必要になり、他の『斬』『徹』を含めて奥義を覚える前の必須技だ。

 

今回は得物が木刀、そしてすぐに手を引いたおかげで軽く済んだが、真剣を使っていればレイジの喉元は血塗れになっていただろう。

 

「げほっ! ……あぁ、焦った。ユキヒメ無しだとまだ勝てねぇな」

 

「いや、僕としてはデカイ衝撃波を伴う斬撃よりこっちの方がいいんだけど……」

 

前回はユキヒメを使用したレイジを相手に軽い試合をしたのだが、途中から楽しくなってきたのか、レイジのテンションアップに続いてユキヒメもハイブレードモードに変化して試合続行。

 

結果、レオがガードしても衝撃波で吹き飛ばされるという鬼ルールの死闘となった。

 

レオの必死な中断の申告も届かず、最終的にはちょっとした惨劇現場を形成した。

 

その後、レイジとユキヒメはサクヤとフェンリルに随分絞られたらしいが、レイジの相手を務めたレオはまたしても疲労で動けなくなった。

 

泥のように眠る直前の言葉は“どうしてこうなった……”であった。

 

「……しっかし、レオって本当に防御が上手いよな。全然崩せなかった」

 

「こっちは小太刀だからね。脇差とは違うのだよ。脇差とは」

 

「まったく……レイジ、前に教えただろう。小太刀は脇差と刀の中間に位置する長さ故、扱いに長ければ自然と防御が優れていくのだ」

 

ユキヒメさんの言う通り、小太刀っていうのは脇差より長く、普通の刀よりも短い。

 

そうなれば自然と殺傷力が犠牲になるけど、軽くなることで手数が多く、防御への対応が格段に早くなる。

 

加えて僕は小太刀二刀。御神流を元に鍛錬を重ねたとはいえ、防御面では自信がある。

 

……まあ、防御の上から襲い掛かる衝撃波は流石にお手上げだけどね。

 

「……あら、2人とも訓練かしら?」

 

そんなところにやってきたのは、リンリンを傍に連れたサクヤだった。

 

ちなみに、猫形態のリンリン以外はこの場にいる全員はレオのお手製ロングマフラーを首に巻いている。どうやら、お気に召したらしい。

 

「どうしたんですか? サクヤさん」

 

「朝食の用意が出来たの。皆待ってるわよ」

 

「え? あぁ、ごめんなさい。手伝えなくて……」

 

「気にしないで、レオ。アナタは他にも色々と頑張ってるしね……さあ、早く酒場に行って朝食を食べましょう」

 

サクヤの提案に頷き、鍛錬は中止。

 

レイジとレオは木刀を自室に仕舞い、すぐにサクヤ達の後を追った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

「よいしょっ! よいしょっ!…………ふう、案外楽しいな~」

 

僕は現在、屋根の上に登って積もった雪を下に落としている。

 

実は僕、除雪をしたのがこれが人生初めてである。いや、本当に。

 

中学校までは屋敷の使用人の皆がやってくれたし、高校に入学してからは寮生活で職員の人が除雪機で早朝からやってくれた。

 

てなわけで、人生初の雪掻きを体験している僕なのだが、かれこれ2時間は作業を続けている。どうやら、時間を忘れるくらい集中してたみたいだ。

 

屋根から屋根へと飛び移って作業をしてるんだけど、積もっている雪の高さが僕の胸元近くまであるから少し時間が掛かる。

 

後ろを振り返ってみると、今まで雪を落とした屋根が日差しを浴びてキラキラと光っている。うん、やりがいをくれる光景だね。

 

「さて、次は下に降りて街道に落ちた雪を払わなきゃ……よっと……」

 

真下に人がいないのを確認し、軽いステップで屋根から飛び降りる。

 

雪が積もっている場所を狙い、着地と同時に前へと前転、落下の衝撃を殆ど殺す。

 

普通に考えたら誰かに怒られるか、骨折するとかを心配してやらないだろうけど、何と言うか、僕の頭の中では“この程度なら出来る。問題無い”みたいな認識が何処かズレたみたいで普通にやってしまう。

 

「あらあら、傭兵さん。申し訳ありません。我が国を救いに来ていただいた方々にこのようなことをお願いしてしまって……」

 

持っていたスコップを左肩に担ぎながら右手でダンプを引っ張っていると、軽い防寒服を着た1人の女性が申し訳無さそうに話し掛けてきた。

 

「いえ、気にしないでください。やっていて楽しいですから。にしても……これだけの量の雪が毎度積もれば流石に大変そうですね」

 

「ええ、まあ……街の男手は最低限で警備の分しかいないので、吹雪の翌朝は女だけだと大変に……ですから、大変助かります」

 

「この程度ならいつでも構いませんよ。帝国の勢力追い出して全部放り出したら冷たいですからね……あ、すいません。用事が出来たんで、一旦失礼します」

 

「はい。ありがとうございました」

 

このままダンプで除雪してもよかったんだけど、視界の端に酒場へ入っていく戦線の皆を見つけ、そっちに向かうことにした。

 

まだ僕の勘だけど、除雪で体を動かしておいて良かったかもしれないね。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「どうかしたんですか?」

 

「あ、レオさん。この国の聖騎士団の皆さんから、色々な情報を伺ってきたので、今から皆さんにお話しようかと……えっと、まずは……」

 

「敵の指揮官の名前を教えてくれ。アルベリッヒという名前は出てこなかったか?」

 

真っ先に質問を飛ばしたのは、意外なことに今までの会議で殆ど口を開かなかったリックだった。

 

「アルベリッヒ、ですか? いえ、騎士団の皆さんの話では、指揮官は狼の獣人だそうです。たしか名前は…………スルト」

 

(スレイプニルの次はスルトか……ドラゴニア帝国の指揮官の名前は北欧神話を元にしてるのかな……?)

 

スレイプニルは北欧神話の主神オーディンが乗る軍馬の名前であり、スルトはムスペルヘイムの入り口を守っていた炎の巨人の名前だ。

 

この調子だと、仕舞いにはヘイムダルとかバルドルとかもいるのかな?

 

…………まあ、この時は本当に片方いると思ってなかったんだけどね。

 

「スルト、だと?」

 

そんなことを考えていると、僕の隣にいたフェンリルさんが身を乗り出した。

 

その声には明らかな威圧感が宿っており、視線を持ち上げてみると、フェンリルさんの顔には隠すこと無き殺意が渦巻いている。

 

「副隊長、どうしたんだ? なにか、知ってるのか?」

 

少し離れた位置にいてフェンリルさんの様子に気付かなかったのか、レイジが普段通りの様子で訊ねた。フェンリルさんが隣にいる僕には少し心臓に悪いんだけど……

 

「…………あぁ、ちょっと心当たりがな」

 

だけど、そう答えたフェンリルさんはすぐに普段通りの様子に戻った。

 

酒場にいた誰もが疑問を浮かべるが、空間に沈黙が落ちるよりも先に入り口の扉が派手な音を立てて開かれた。

 

「皆、大変よ!!」

 

全員の視線がそちらに向くと、そこには猫の姿で血相を変えたリンリンがいた。

 

「こっちに移動中の補給部隊が、狼の獣人が指揮する帝国の軍団に襲撃を受けたらしいの……!」

 

「……まさか、スルトか!! こんなに早く出てくるとは……まずい、あの補給部隊にはクレリアへの避難民も一緒にいる! 急ぐぞ!」

 

フェンリルさんが先行して酒場を飛び出し、それに自分の武器を携えた皆も続く。

 

僕も二刀の小太刀を腰に差してリンリンを肩に乗せ、外に出ようとする。

 

「皆さん、どうかお気をつけて」

 

僕はそう言ってくれた酒場のマスターと視線を合わせて軽く頷き、酒場を飛び出した。

 

次第に意識と共に走る速度のギアを上げ、意識を切り替える。

 

気を引き締めよう。どうやら、今回の戦闘は荒れそうだ。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「遅かったか……!」

 

フェンリルを先頭に到着した場所に広がっていたのは、まさに惨劇だった。

 

横倒れになった荷台は木材を糧にしてまだ燃えており、中には一緒に倒れた馬と共に燃えている物もある。

 

だが、戦線メンバーの目を引いたのは、荷台の近くに転がる多くの死体だった。

 

外見が綺麗な状態なのは見当たらず、殆どはその身を深く斬り裂かれ、赤黒い血が地面の雪の上に広がっている。

 

その死体は兵士だけでなく、多くは鎧などを身に着けていない民間人だ。簡単に見渡してみても、子供の数も少なくはない。

 

まるで蹂躙…………否、殺戮だった。

 

「酷い……兵士だけじゃなく、避難民まで1人残らず……」

 

「戦えるかどうかは関係無いってことかよ……くそっ!」

 

アルティナの呟きに続き、レイジが苛立ちと怒りを隠さずに声を上げた。

 

レオは口元に手を当てるエルミナの頭に手を置き、ゆっくりと視線の角度を地面に落としていく。直視するには、この光景はあまりにも残酷すぎる。

 

そのまま地面に片膝を着き、子供を腕に抱き締めたまま息絶えた男性の瞼を閉ざして静かに手を合わせた。その伏せられた顔は垂れる前髪でよく見えない。

 

『……やはり感じられぬ。だが、ありえるのか……?』

 

そんな中、レイジの手に握られているユキヒメが1人呟いた。

 

『龍那、そちらはどうだ?』

 

「い、いえ……気配すら感じられません。なぜこんな……」

 

話を振られた龍那は困惑したように答えるが、何について話し合っているのかわからない周りのメンバーは首を傾げるしかない。

 

「なぁ、ユキヒメ。感じられないって、何のことを言ってるんだ?」

 

全員を代表してレイジが問うと、答えるかを迷ったように数秒の間を置き、ユキヒメは言葉を放った。

 

『……魂だ。このように非業の死を遂げた魂はその無念に縛られ、霊界に行く事も出来ずにその場を漂っている事が多い。だが……この一帯にはそれが感じられん』

 

「……多分、帝国軍が奪っていったのよ。以前、コレに良く似た現象を見たことがあるわ。間違いなく、ダークドラゴンの復活に利用するつもりね」

 

「魂を、奪うだと……! でも、そんなことが……」

 

サクヤの言葉に最初に反応したのは、リックだった。

 

それもそのはず。彼にはアミルとエアリィの他にもう1人、ネリスという幼馴染がいる。そして、その少女も恐らく魂だけの存在となっている。

 

つまり、この現象に巻き込まれる可能性も充分にあるのだ。

 

「スルトォ……!! あのクソ野郎がぁっ……!!」

 

そんな中、烈火の如く怒りの咆哮を上げたフェンリルに視線が集まった。

 

「命だけでなく、魂だと……! お前はあの時からここまで……ここまで堕ちたのか! ここまで腐っちまったのか! スルトォォォ!!!」

 

鉤爪を装備した両手は血が垂れる程に握り締められ、見開かれた両目は血走っている。

 

その怒りの様子は他の誰よりも激しく、狂気すら感じられる。

 

「こんな副隊長……初めて見た」

 

『レイジ。このエンディアスはな、エルデよりも魂というものに、ずっと重みがある世界なのだ』

 

「……それはちょっと違うよ。ユキヒメさん」

 

そう呟いたのは、この場に来て一度も口を開かなかったレオだった。

 

後ろ姿のみで顔は見えないが、空を見上げる様子には悲しみしかない。

 

「世界なんて関係無い……人の魂の重さに違いなんて無いんだよ。その人のことを誰かが覚えている限り……忘れない限り、ね」

 

霊能力という異能に生まれた時から関わっていたレオは、魂というものを人一倍理解している。同時に、帝国の行ったことの非道さも人一倍理解している。

 

だからなのか、誰にもその怒りを悟らせないのは……その怒りよりも悲しみが大きいのは。

 

「行こう。こんなこと、絶対に許しちゃいけない」

 

「レオの言う通りだ! 皆行くぞ! 帝国の連中に、二度とこんな事をさせるな!」

 

フェンリルの声を合図に、戦線のメンバーは雪原を突っ切った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「どけぇぇぇ!!!」

 

フェンリルの鉤爪が振るわれる度に帝国軍の兵士が薙ぎ払われ、トーチと呼ばれる魔物が粉々に粉砕される。

 

だが、最前線を突っ切るのは、暴風のような攻撃を繰り出すフェンリルだけではない。

 

そのすぐ傍で二刀の小太刀を振るうレオの攻撃もいつもより激しい。

 

『虎切』の右逆袈裟でトーチ2体を両断し、旋回直後の『射抜』の刺突で兵士1人の心臓を貫く。そのまま兵士を全力で蹴り飛ばし、敵軍にぶつけて小さな穴を開ける。

 

「先に行きます」

 

一言だけ断りを告げ、レオは滑り込むようにその穴をくぐり抜け、奥へと向かう。

 

独断専行するその行動はレオらしくなく、他の全員が驚愕を示すが、誰かが制止の言葉をかけるよりも早くレオは敵陣の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

戦線本隊から離れて数分走ったレオを待ち受けていたのは、4体のボーンファイターだった。

 

その奥には帝国がモンスターを戦場へ送り込む大型の浮遊転送装置、ゲートクリスタルが配置されている。

 

迫る4体の敵を見ながらレオは頭の中で倒す順をシュミレートし、目を細めて弾かれたように走り出して小太刀を構える。

 

先頭の一体の斬撃を左へのサイドステップでギリギリでかわし、逆手に持ち替えた麒麟の柄尻を胸部にぶつけて『徹』の衝撃で体をバラバラにする。

 

飛び散る無数の骨が続く3体の動きを牽制し、その隙にレオは懐へ入り込む。

 

一体の首を刎ね、回し蹴りで二体目を蹴り飛ばし、3体目を通り過ぎ様の水平斬り『ホリゾンタル』で綺麗に両断する。

 

そのまま先に走り抜け、クリスタル目掛けて『射抜』の加速で突撃する。

 

バァン!! という音を立てて麒麟の刀身が突き刺さり、レオは麒麟の柄尻に龍麟の柄尻を叩きつける。衝撃が刀身を伝ってクリスタル内部を破壊し、小規模の爆発が起こる。

 

突き刺さった刀身を勢い良く引き抜いて後ろを振り返る。そこには、先程蹴り飛ばしたボーンファイターの一体が剣を振り上げて迫ってくる。

 

レオは一太刀で斬り捨てようと小太刀を構え直すが、その瞬間に背筋に強い悪寒を感じ、発揮出来る限りの力で左へと跳躍する。

 

次の瞬間、レオの立っていた場所が轟音と共に巨大な衝撃波に呑み込まれた。巻き込まれたボーンファイターは粉々になり、土煙が晴れた地面は直線状に深く抉られている。

 

「けっ、今ので仕留めるつもりだったが……すばしっこい野郎だな」

 

そんな声が聞こえた方向にいたのは、片手に刀身が赤黒い斧を持った黒狼の獣人だった。レオを見る瞳には暴力的な気配しか感じられず、今にも襲い掛かりそうだ。

 

「アンタが、スルトか」

 

「あ? なんだ、フェンリルの野郎に聞いたか? だったら……俺がテメェをぶっ殺す敵だったのも、当然わかってるよなぁ!!」

 

地面に振り下ろしていた斧が旋風を起こして右薙ぎに振るわれる。

 

レオはそれをバックステップで回避して首を狙って麒麟を振り下ろすが、スルトはその斬撃を宝石の付いた左手の手甲で完全に受け止めた。

 

「ハッ! その程度の威力じゃ、俺には届かねぇよ!!」

 

手甲装備の左手が振り抜かれ、斧が下から勢い良く振り上げられる。

 

レオは小太刀を盾にして斬撃を防ぎ、その反動を利用して後方へ距離を取る。

 

その際に右腕の袖から4本の飛針をスルトの右足目掛けて投擲し、左腕の袖から3番鋼糸を飛ばして右腕に巻き付けて締め上げる。

 

「ちっ! ……うざってぇんだよっ!!」

 

右腕と右足から血を流しながら、怒りの声を上げたスルトは右腕を思いっきり後ろへ振り回した。それによって鋼糸と共にレオは体ごと引き寄せられる。

 

そこへスルトが後ろへ振り回した腕を勢いを付けて右薙ぎに振るった。

 

レオは鋼糸を巻き戻して両足の踏ん張りを効かせ、体の左側面で小太刀を交差させて受け止める。だが、その衝撃で体が僅かに横へと押し負けた。

 

「ぐっ……!」

 

予想を超えた攻撃の重さにレオは苦悶の声を漏らす。

 

(重い……! 速さはそれほどじゃないけど、正面から受け続けたら崩される……!)

 

続いてスルトの左脚が振るわれ、レオの顔面を狙ったハイキックが放たれる。

 

左側で受け止めた斧を力尽くで上へと流し、レオは即座に身を引いて蹴りをかわす。その際、スルトの足の爪が僅かにロングコートの胸元を掠めた。

 

だが、回避で姿勢を崩してしまい、続くスルトの右足の回し蹴りを避け切れなかった。

 

丸太のような太さの足が腹部を直撃し、レオは体の中から嫌な音を聞きながら地面を滑空するように吹き飛ばされた。

 

肺から酸素が搾り出され、レオは酸素を吐き出しながら倒れていた荷台の木箱に頭から激突した。大きな衝突音を響かせ、木箱が粉々に崩れる。

 

数秒間の沈黙が落ちるが、崩れた木箱の中から脚が飛び出し、瓦礫を蹴り飛ばした。

 

その中から姿を現したレオは脂汗を流した顔で頭部の左側から血を流し、龍麟を握る左手で右脇腹を庇っている。どうやら、肋骨をやったらしい。

 

「なんだ、見た目の割にはタフじゃねぇか」

 

そんなレオの様子を楽しそうに見て、スルトは斧で肩を叩きながら近寄る。

 

心中でやばい、と呟くレオは小太刀を杖にして何とか立ち上がるが、木箱に頭を強くぶつけたせいで脳震盪が起こり、意識がひどく揺らいで体が動かない。

 

そして、レオの眼前でスルトが斧を振り上げ、振り下ろそうとした瞬間……

 

 

 

ガラッ!!

 

 

 

何かが崩れ落ちるような音が聞こえ、両者の意識がそちらへ向く。

 

「うぅ~……ひっく……うぁ~……」

 

そこにいたのは、崩れた瓦礫が重なって出来た山の空洞に隠れた2人の子供だった。

 

顔つきが似ているので姉弟なのだろう。少し背の高い方の女の子が泣き崩れる男の子を青褪めた顔で守るように抱き締めている。

 

どうやら、あの場所に隠れたおかげで帝国のモンスターから見つからなかったようだが、バレてしまったタイミングが悪過ぎる。

 

「ほう、こいつは…………」

 

1人呟いたスルトは口元にニヤリと残虐性に満ちた笑みを浮かべ、マトモに動けないレオの腹部に右足で蹴りを打ち込んだ。

 

「がぁ! ……あぁ……げほっ……!」

 

折れた肋骨を刺激させ、激痛に意識をかき乱されながらレオは再び膝を着いた。

 

そして、スルトは身を翻して別方向へと走っていく。

 

その方向には、2人の子供が隠れる小さな瓦礫の山があった。

 

レオはこれからスルトが何をするのかを理解し、急いで立ち上がろうとする。だが、その瞬間に体内から激痛が襲い掛かり、嘔吐感と共に何かを吐き出した。

 

喉元から吐き出されたそれは、赤い血だった。

 

折れた肋骨で内臓の何処かが傷付いたのか、それでもレオは吐血と激痛を無視し、歯を食いしばって無理矢理にでも立ち上がる。

 

(はや、く……はやく……あの子達を……!)

 

「お姉ちゃん!!」

 

激痛と吐血で未だ安定しない意識の中、レオの聴覚は確かにその声を聞く。

 

さらに、何かを斬り裂くような音と飛び散る水音も、確かに聞き取った。

 

俯き気味だった視線が持ち上がる。

 

そこには、斧を振り抜いて下品な笑顔を浮かべるスルト、うつ伏せになって血塗れで倒れる女の子、泣きながらその体を必死に揺らして呼びかける男の子の姿があった。

 

その光景を見た瞬間、レオの意識にフラッシュバックが起こった。

 

死に行く自分の姉。それを救えず涙を流して悔いる自分。

 

そう。レオにとってこの光景は、まるで昔の自分を見ているかのようだったのだ。

 

「スルトォ!!」

 

その時、戦線のメンバーがその場に到着し、先頭を走っていたフェンリルが怒りの声でスルトの名を呼んだ。

 

「スルト……あれはお前がやったのか? 戦線の補給部隊だけでなく避難民まで皆殺しにして、さらにはその魂まで手にかけたのは……!」

 

「補給部隊に避難民? ああ……この先でぶち殺した連中の事か。その通り。殺ったのは俺だぜ? 今もう1人殺してやった ……んで? だからどうしたんだ? えぇ、フェンリルさんよぉっ!!」

 

その言葉を聞き、全員の視線がスルトの足元で倒れる少女に向けられた。

 

フェンリルは憤怒の表情で鉤爪を展開し、一歩前へと踏み出す。

 

「そんな子供まで……! この外道がぁ……!!」

 

「ひゃははははっ!! フェンリル、そいつぁ嬉しい褒め言葉だぜぇっ!! お礼にテメェ等も連中とおんなじ目にあわせてやるよっ!!」

 

「やってみろ! 貴様だけは俺が殺してやる!!」

 

そして、武器を構えた両者が激突しようとしたその瞬間……

 

 

ドクンッ!!

 

 

強烈な殺気が空間を満たし、激情に支配された2人の意識までもが冷水をぶっかけられたように冷静な状態へと戻された。

 

そして気が付くと、スルトの背後、正確には倒れる少女と必死に呼び掛ける少年の下のすぐ近くにレオが立っていた。

 

レオは少女の体を抱き上げ、子供達が隠れていた場所にその体を寝かせる。少年もそれ続き、戸惑いながらもその場所に入る。

 

「なんだぁ? ガキ1人が死んじまって今にも泣きそうか? お優しいこったな。テメェも今すぐそのガキと同じ所へ……」

 

「もういい」

 

スルトの言葉をレオの言葉が途中で遮る。

 

だが、その声は戦線の中で一番付き合いの長いレイジとユキヒメ、そしてアルティナも聞いたことが無い程、冷たく、無感情だった。

 

レオがスルトに視線を向ける。

 

そこに見えた無表情のレオの瞳の中には、冷酷な殺意しかなかった。

 

「お前はもう、しゃべるな」

 

そう言ってレオは二刀の小太刀を抜き放ち、真っ直ぐスルトへ斬り掛かった。

 

 

 

 

この時、確かにレオは……守る為でなく、殺す為にその刀を手に取った。

 

 

 

 




ご覧いただきありがとうございました。

主人公、子供を殺され、過去のトラウマを見せられてぶちキレました。

次回は多分一対一の殺し合いです。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第16話 否定の怒り

川橋 匠様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はブチきれた主人公とスルトの一対一です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 小太刀を構えて走り出したレオは一切のフェイントを加えずスルトへ突撃する。

 

肋骨が折れているというのに、その速度はいつも以上にキレが有り、殺意を宿したその瞳には一切の揺れがない。

 

その殺気を浴びるスルトは、レオの瞳を見て楽しそうな笑みを浮かべた。

 

「……おいおい、なんだよ。腑抜け共の集まりなのかと思ったら、そんな目が出来る奴もいるんじゃねぇか! いいぜぇ! 遊んでやるよ!」

 

「待ちやがれ! スルト!」

 

そう言って身を翻したスルトをフェンリル達が追い掛けようとするが、その進路に数人の帝国兵士とボーンファイターが割り込んだ。

 

「なんだ、帝国の増援か!?」

 

『違う! 恐らく隠れていた伏兵だ! 薙ぎ払うぞ、レイジ!』

 

「おうよ! さっさと片付けて、レオのとこに急ぐぞ!」

 

レイジとユキヒメの呼応によって大太刀の刀身が展開し、冷気のような青い光が噴き出してハイブレードモードの姿を形成する。

 

横薙ぎに振るわれた斬撃に続いて衝撃波が前方に拡散し、現れた伏兵を牽制。その隙を狙って衝撃波の後ろから飛び出したリックとサクヤが斬り込む。

 

「道をあけやがれぇ!!」

 

レイジのその声を合図に全員が攻撃を開始した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「オラァァ!!」

 

直線状に地面を抉りながら迫る衝撃波をかわし、レオはスルトとの距離を詰める。

 

続いて右薙ぎに振るわれた斧を這うように伏せてかわし、起き上がると共に龍麟で首を狙う。

 

頚動脈どころか首を跳ね飛ばすような勢いで放たれた斬撃は白い剣閃と共に大気を斬り裂くが、甲高い金属音を立ててスルトの手甲に阻まれる。

 

「言ったろうが……その程度じゃ俺には届かねんだよ!」

 

再び斧が振り上げられるが、それよりも早く右手の麒麟が走る。だが、その狙いの先はスルトの肉体ではなく、手甲と押し合っている龍麟の刀身。

 

龍麟の峰の中心近くに麒麟が直角に叩き付けられる。同時に、ぶつかる瞬間に嫌な予感を感じたスルトは押し合っている左手を後ろに引いた。

 

スルトはそのまま数回のバックステップで距離を取り、自分の左手に視線を移す。

 

見ると、中心に紫色の宝石を埋め込んだ手甲が綺麗に斬り裂かれ、奥の自分の腕からも血が流れている。腕を引くタイミングがあと少し遅ければ、腕を半分近く両断されていたかもしれない。

 

小太刀二刀流・陰陽交叉(おんみょうこうさ)

 

打ち合う一本目の小太刀に二本目の小太刀を直角に叩き付けて敵の防御を崩す、あるいはそのまま両断する技だ。レオが見た限りでは、この技で鋼さえも斬り裂いていた。

 

「届かないなんて、誰が決めた……」

 

変わらず冷酷な殺意を放ちながら呟くレオは再び自分から距離を詰める。

 

その行動からは明らかに攻撃への積極性が感じられ、さらに口元を歪めるスルトは迎撃の態勢を取って斧を振るう。

 

だが、殺意によって豹変した今のレオはスルトの予想を軽く超えていた。

 

振り下ろされる斧の刀身に回避の動きを見せず、麒麟で斧の横っ腹を叩いて斬撃の軌道を強引に横へとずらした。斧は地面に沈み、レオは懐へと斬り込む。

 

 

『御神流奥義之弐・虎乱(こらん)』

 

 

二刀の小太刀が休まず振るわれ、暴れ回るような絶え間ない連撃がスルトの鎧に叩き込まれる。ただし、その斬撃は出鱈目に振るわれているわけではなく、一撃一撃が確かな鋭さと威力を持っている。

 

鎧に反響する衝撃がスルトの巨体をジリジリと後退させ、背丈で劣るレオが一歩ずつ、だが確実に前へと歩を進めていく。

 

「ぐっ……! この野郎……!」

 

襲い掛かる衝撃で体勢を崩されながら後退するスルトは僅かな苦悶と焦りを含んで言葉を呟き、右手に持つ斧を後ろへ大きく振りかぶる。

 

「調子に……乗るんじゃねぇ!!」

 

気合の声と共に斧が右薙ぎに振るわれ、旋風を起こしながらレオの体を真っ二つにしようと迫る。そのフルスイングの速度は剛龍鬼をも上回っているかもしれない。

 

だが、降り積もる雪の上に鮮血は飛び散らず、振るわれた斧は虚空を斬った。

 

見ると、レオは体を倒れるように前のめりにして斬撃をあっさりとかわしていた。そんな動きをする中で、レオの表情は微塵も変わらない。

 

そして、レオは前のめりになった体勢から右手の麒麟を逆手に持ち替えて体を右に回転。他人の視界からその姿を消失させる程の速度でスルトの懐に入る。

 

だが、レオの接近と同時にスルトは反対方向へと跳ぶ。

 

回天剣舞。

 

直後、烈風と共に3つの斬線が走り、盛大に響いた衝撃音と共にスルトの巨体を後方へと吹き飛ばした。受け身も思うようにいかず、スルトは数回雪の上を転がって起き上がる。

 

「おいおい、マジかよ……」

 

起き上がったスルトの鎧には斜めに並んだ3つの傷が深く刻まれていた。咄嗟に直感任せで後ろに跳んでいなければ、鎧の無い部分をやられていただろう。

 

そんな状態だというのに、冷淡な目で自分を見るレオに対してスルトは口元の笑みを絶やさず、おかしそうに笑う。その笑みは、レオが見た中で最も苛立つ笑い方だった。

 

「ひゃはははっ! いいぜ、いい眼してるぜお前! そりゃあ平気で誰かを殺せる人でなしの眼だ。何時か俺と同じ、何かを殺したくて仕方なくなっちまう奴の眼だ!」

 

「…………」

 

何がそんなに楽しいのか、下品な笑い声を上げるスルト。

 

その様子がさらにレオの苛立ちを刺激し、溢れ出る殺意がまるで別人のように豹変した思考をさらに広く塗り潰していく。

 

殺してやる。

 

一秒でも早くコイツの息の根を止めてやる。

 

血が滲みそうなくらいに両手の小太刀を握り締めて歩くレオ。だが、そんな様子の敵を前にしてスルトは、身を翻して逆方向へと疾走。つまり、逃げたのだ。

 

「今日はここで止めだ。俺の勘だが、テメェはそのままでしばらく放っておいた方が面白いことになりそうだ。あばよ」

 

「っ……! ふざけろ……!」

 

当然、今のレオがそれを許すはずもない。逃がすまいと地面を強く蹴る。

 

だが……

 

「……ぐっ!」

 

ついに体内から襲い掛かる激痛が無視できなくなり、膝から力が抜けた。

 

「安心しろ。何もこれで最後じゃねぇ。テメェらがこの国、ルーンベールを取り戻そうとする限り、殺し合う機会は幾らでもある」

 

その言葉を最後に、スルトは獣人の脚力に物を言わせて戦場から離脱。ほんの数十秒の時間経て、レオの『心』の感知範囲よりも遠くへ移動した。

 

逃がした。

 

その事実がレオの体に重く圧し掛かり、唇を噛み締める。

 

気が付くと周りからの戦闘の音が無くなっており、どうやらこの場にいた帝国の勢力は完全に倒されたようだ。

 

レオは両手の小太刀を杖代わりにして膝を起こし、殺気の全てが霧散した無気力な瞳でぼんやりと曇り気味な空を見上げた。

 

「レオォォ!!」

 

そんな時、自分の名を呼ぶレイジの大声が耳に入った。

 

声が聞こえてきた後方へ目を向けると、レオの目の前にはショートソードを高く振り上げた帝国兵士が立っていた。

 

周囲の警戒を怠った、というより警戒すらしていなかったレオの失態だ。

 

そのまま振り下ろされれば、レオの命はもろく消え去るだろう。いや、レオの無気力な瞳を見る限り、そうなっても不思議は無い気がする。

 

だが、レオはそんな結末を肯定などしなかった。

 

弾かれるように動き出したレオは帝国兵士の左側面に突撃。頭部目掛けて振り下ろされるショートソードを避ける。そして、回避と共に龍麟を右薙ぎに振るって帝国兵士の左脇腹を鎧越しに斬り裂く。

 

続いて背後に振り返りながら麒麟を左逆袈裟に振り上げて帝国兵士の胸元を斬り裂く。そのまま麒麟を振り抜いた勢いを利用して体を右に回転させ、帝国兵士の背中を斬る。

 

ここまでで3連撃。すでに帝国兵士の受けた傷は致命傷に等しい。

 

それでも帝国兵士はそのまま倒れず、最後の抵抗と言わんばかりに発揮出来る限りの殺意と力でショートソードを振るった。

 

しかし、最後の力を振り絞った攻撃は素早く身を屈めたレオに届かず虚空を斬った。

 

そして、最後の抵抗を完全に刈り取ろうと麒麟が横薙ぎに振るわれ、通り過ぎ様に帝国兵士の腹部を深く斬り裂いた。

 

 

水平四連撃『ホリゾンタル・スクエア』

 

 

本来の技が発する水色の光ではなく、斬撃によって飛び散った血飛沫が正方形の軌跡を描き、その中心に立つ帝国兵士は数回の死後痙攣で体を震わせて倒れた。

 

今度こそ戦場が沈黙に包まれ、確かに戦闘が終了する。

 

だが、レオは両手の小太刀を鞘に納めずに再び歩き出した。左頭部から流れる血で道を描きながら進む方向は、もう姿さえ見えなくなったスルトの移動先。

 

驚いたことに、レオはボロボロの体でスルトを追おうとしているのだった。

 

しかし、その無謀な行いを止めようとその肩を背後から強い力が掴んで止めた。

 

「待てよレオ! そんな体で何処行くつもりだ!」

 

「放せ」

 

必死に止めようとするレイジに対し、返されたレオの声は先程のように冷たかった。

 

そのまま先に進もうとするが、その前進は体の内外から襲い掛かる激痛によって中断され、再びの吐血による脱力感のせいで膝を付いて倒れ込む。

 

だが、それでもとレオは何かにとり憑かれたように歩こうとする。

 

「レオ! もういい! もういいんだ!!」

 

どう見てもマトモな様子に見えなかったレイジはレオの体を背後から抱き締めるように組み付き、必死にその進行を止めようとする。

 

その声に反応して初めてレオの視線がレイジを捉えた。

 

視線の先には、必死な表情で自分を止めるレイジがいる。少し離れた場所には他の戦線メンバーが集り、全員が心配そうな目で見ている。

 

その中、血に塗れた体で横たわる少女と、涙を流しながら膝を付く少年が目に留まった。

 

「あ……」

 

我に返るような小さな呟きをレオが零す。

 

だが、その呟きは何かから目が覚めたというより、今まで目を逸らして認めようとしなかった何かを突きつけられたようなものだった。

 

 

結局、自分はあの頃と何も変わっていなかった。

 

何も、守ることなど出来なかった。

 

 

その事実が自分の心に突き刺さり、ボロボロの体を立ち上がらせた不可視の支えが根本から崩れ去っていく。

 

両手から手放された小太刀が地面に突き刺さり、崩れ落ちたレオの体をレイジが受け止め、大太刀から人の姿になったユキヒメが手を貸してゆっくり寝かせる。

 

「ごめん……僕は……」

 

地面に仰向けで倒れながら、薄れる視界の中で誰に対してでもなくレオは呟く。

 

それを聞いていたのは、傍に膝を付くユキヒメだけだった。

 

「ごめんなさい……弱くて……守れなくて、ごめんなさい……」

 

その弱々しい呟きを最後にレオの瞼は閉ざされ、意識が深淵の中へと沈む。

 

許しを乞うような独白を聞き届けたユキヒメは悲しそうに目を細め、泣く子をあやすように艶のあるレオの黒髪を優しく撫でた。

 

それが僅かでもレオの安息に繋がればと、願いを込めながら。

 

 

こうして、聖王国での一戦は幕を閉じた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

勝負の結果はスルトの逃亡という形でしたが、レオは精神的に不安定でぶっ倒れました。

とりあえず、今のレオは肋骨数本と内臓を少し傷付けて色々重傷です。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第17話 夢が見せる傷

めだか194様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は戦闘後のレオのお話です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 夢というのは1つの世界である。

 

だが、そこへ踏み入った時に見えるモノはその度に違う。

 

時に幸せ。時に不幸。時に未来。時に過去。類を出せばキリが無い。

 

ただ1つ、誰もが納得する共通点を出すならば、必ず終わりが来る、ということ。

 

その終わりを惜しいと思う者もいれば、悪夢の出口を見つけて安心する者もいる。

 

だとすれば…………

 

今新たに夢の世界へと足を踏み入れたレオの終わりは果たしてどちらだろう?

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 今の年から2、3年前、つまりは中学生だった頃の冬休み。その時の僕はまだ生きている姉さんと一緒に屋敷の中に居ることが多かった。

 

本当は僕も姉さんも街に出かけたいのだが、年末が近い冬休みの期間は伊吹家の人間としての仕事がたくさん入っており、親とかいう次元じゃなくて、“一族”が外出許可をくれない。

 

仕事というのは、具体的には日本のあちこちから集まってくる伊吹家の人間への挨拶と顔合わせ、伊吹本家に産まれた子供として一族を代表して受ける清めや祈り、お経などだ。

 

幾ら僕や姉さんの持つ“異能”などを捨て去りたいと言っても、伊吹家は代々続いてきた家系は、日本の“寺”だ。だから、このような行事には僕達の両親も嫌な顔1つしない。

 

そんなわけで、家に缶詰となった僕は胴着に着替えて中庭で木刀の素振りをしており、和服姿の姉さんは縁側に座ってそれを見ている。

 

「熱心ね、黎嗚。でも、体を壊さないように気を付けてね」

 

「大丈夫だよ。体も充分に暖まってるし、もうすぐ切り上げるから。でも姉さん、僕の稽古なんて見てても面白くないでしょう」

 

「屋敷を歩いても知らない人の長話に付き合わされるだけだもの。それならあなたの頑張っている姿を見ている方がずっと良いわ」

 

姉さんの言葉にそっか、と返答し、僕は再び木刀を振り上げる。

 

夢で見た憧れの人の太刀筋を思い描き、それをなぞるのではなく参考にする形で木刀を振り下ろす。続いて左手の木刀を振り、間髪入れずに右手へと切り替える。

 

「っ! ハァッ!」

 

最後の締めにと気合の声を上げ、両手の小太刀を全力で振り抜く。

 

風切り音が周囲に広がり、深く息を吐いて肩の力を抜いた。

 

「……ねえ、黎嗚。前から訊いてみようと思ったんだけど、強くなってどうするの? もしかして、大おばあ様が言ってた“あやかし狩り”になるの?」

 

あやかし狩り。

 

それは過去の時代に強力な異能の力を宿した陰陽師や僧、他にも様々な術者が行っていたと言われる行為。いや、ある意味では仕事と言った方が良いかもしれない。

 

やることは単純で、人に害なす妖怪や悪霊を殺す、それだけだ。例え無関係な人間が憑依されていたりしてもお構いなしに殺す。影では人間よりも冷酷な殺し屋とまで言われた。

 

大おばあ様が言うには、この仕事は明治の頃から存在が確認されており、今でも人知れずにその道の達人がやっているらしい。最も、昔のような冷酷思考な人はいない殆どいないだろうけど。

 

「……いや、そんなつもりはないよ。僕はただ、自分が守りたいって思った何かを自分の手で守れるようになりたいだけ。それに、今の僕の腕じゃ妖怪の相手なんて無理だよ」

 

腕、というのは御神流はもちろん、霊能力に関しても言えること。

 

どちらも才能が平凡、あるいは低い方になる僕は悲しいことにまだまだ未熟者だ。

 

「そう。昔から変わらず、黎嗚は優しいわね」

 

微笑みながらそう言った姉さんは細い手を伸ばして僕の頬を優しく撫でる。

 

「でもね。それならどうして…………姉さんを止めてくれなかったの?」

 

その声が聞こえた直後、腹部から走った衝撃が僕の体を打ち抜いた。

 

「…………え?」

 

視線を真下に落とすと、そこに見えたのは胴着越しに僕の腹部を貫く一本の小太刀。柄と鍔が共に黒いその小太刀に、僕は見覚えがあった。

 

麒麟。それが今姉さんの手に握られている小太刀の名前だ。

 

だけど、何故それが僕の体を貫いているのか、理解する事が出来ない。

 

そして、混乱する思考に更なる追い討ちを掛けるように、再び衝撃が僕の体を穿つ。

 

「あ……え……?」

 

体を貫いたのは、またしても一本の小太刀だった。雪のように白い刀身を持つそれの名は、龍麟。だが、今度の衝撃は背後から襲ったものだった。

 

「そうだよ……どうして、私を助けてくれなかったの?」

 

聞こえてきたのは、知らない声だった。

 

視線だけ振り返り、そこにいたのは龍麟を握る1人の少女。

 

虚ろな瞳で僕を見上げるその表情に宿る感情はよく分からない。

 

「あなたがあのクリスマスの夜に私を止めてくれれば……」

 

声を聞いて前に振り返ると、姉さんの頭部から血が流れ顔面や和服が血まみれになる。

 

「あなたがあの獣人に負けないくらいもっと強かったら……」

 

後ろに立つ少女の小さな体に大きな傷が刻まれ、傷口と口元から血が溢れ出す。

 

「「どうして……?」」

 

血まみれになった真っ赤な手が前後から僕の顔を力無く掴んだ。

 

とっくに思考が理解出来る許容限界を超えていた僕は唇が震えるだけで言葉が出せず、まともに動かなくなった視界の中で目を見開く。

 

「「……どうして、私達を見殺しにしたの?」」

 

その言葉を引き金に、僕の意識は絶叫と共に断絶した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「…………ッ!!」

 

僕は覚醒と同時に跳ね起きた。未だハッキリしない意識の中、視線が周囲を彷徨う。

 

だけど、起きた途端に腹部から激痛が襲い掛かり、幸か不幸か意識が平常に戻される。

 

「ハァ……ハァ……ハァ……!!」

 

荒い呼吸をしながら体を見下ろすと、僕の体は大量の寝汗を流しており、上半身と頭部に巻かれた包帯は汗を吸い取ってべったりと体に張り付いている。

 

(夢……うなされてたのか……)

 

続いて周りを見回すと、暗い室内に月の光が差す窓を見つけた。雪の降る景色を見る限り、どうやら此処はクレリアの宿屋みたいだ。

 

多分、あの戦闘で気絶した後、皆が街に運んでくれたんだろう。

 

「熱い……」

 

僕は肋骨の痛みを堪えながら熱が走る体を起こし、ベッドの傍に掛けられていた黒いロングコートを羽織って部屋を出る。

 

幸い、屈んだり激しく動いたりしなければ肋骨は痛まないみたいだった。

 

宿屋を出ると低温の空気が肌を刺激するが、熱が走る今の体には心地良かった。そのまま雪が降る中で足を動かし、クレリアの街を一望出来る高台に向かう。

 

「綺麗だな……」

 

高台から見える光景は、零した言葉の通りのものだった。

 

月光の光を含んだ白い雪が降る中で無数の街灯が輝いている光景は、とても幻想的だ。

 

僕はコートのポケットからにタバコと銀色のジッポライターを取り出し、手馴れた動作で咥えたタバコに火を付ける。軽い吐息と一緒に紫煙を吐き出すと、心が幾らか落ち着く。

 

思えば、エンディアスに来てからタバコを吸ったのはこれが最初だ。別にヘビースモーカーというわけじゃないけど、この世界に来てから吸うことが殆ど無かった。

 

「あまり感心しないわね。未成年の喫煙は」

 

言葉のわりに怒りの気配が感じられない優しい声が聞こえ、首だけを動かして振り向く。そこには、白い雪景色の中で神秘的な美しさを放つ黒いドレスを着たサクヤさんがいた。

 

「こっちに来る一年前には吸ってたんです。お酒とかも同じくらいの頃から飲んでましたけど、今も昔も変わらず健康な体ですよ」

 

「そうなの? とても真面目そうに見えたけど、あなたって意外にやんちゃなのね」

 

サクヤさんの言葉に苦笑をこぼし、再び紫煙を吐き出す。

 

夜の暗闇に溶ける紫煙をぼんやりと見つめ、その場に少しの間だけ沈黙が落ちる。

 

「……僕、どのくらい寝てました?」

 

「あと数時間で丸2日になるところだったわね」

 

つまり、少なくとも1日半は寝ていたというわけだ。

 

無茶したのはわかってるけど、随分長い時間だ。

 

「……レオ、大丈夫?」

 

短い問いに僕は一瞬呆然となり、サクヤさんの方を見る。

 

「……僕、そんな酷い顔してます?」

 

「違うの。顔色が悪いわけじゃなくて……目が、とっても悲しそうなの」

 

そう言ったサクヤさんは心配そうな表情で僕の顔を見上げた。

 

悲しそうな目。そう言われたことを誤魔化すように僕は視線を横に逸らした。無意識にそんな目をしてたんだから、意識して直せる自信は無かった。

 

「少し、嫌な夢を見たので……多分、そのせいだと思います……」

 

「そう……あのね、あなたが眠ってる間、あの時生き残った男の子から伝言を預ったの」

 

ビクッ! と反射的に自分の肩が震えたのが分かる。この時ばかりは、自分の顔が青ざめていると確かに自覚出来た。

 

多分、僕は怖いんだ。話した事もないあの子に、罵られることを。

 

でも、逃げてはいけない。そんな権利は僕に無いし、僕自身が認められない。

 

サクヤさんの言葉を待つ今の時間が、とても長く感じる。まだ十秒も経ってないだろうけど、僕の意識の中ではそれが何倍にも引き伸ばされている気がする。

 

「ありがとう」

 

「…………え?」

 

一瞬、聞こえてきた言葉が理解出来ず、思考が停止した。

 

錯覚じゃないかと疑うように小さな呟きがこぼれ、咥えたタバコが雪の上に落ちる。

 

「命を助けてくれて、何も出来なかった自分達を必死に助けようとしてくれて、お姉ちゃんの為にあんなに怒ってくれて、ありがとう」

 

そう言いながら、サクヤさんが僕と視線を合わせる。

 

「……今はとても悲しいけど、いつかお礼が言いたいって」

 

言葉を聞き終えると共に地面に膝を付き、僕は高台の手すりに両手の拳を叩き付けた。

 

視線が沈み、拳を握る両手が震え、どうにか動く口から言葉にならない低い叫びが漏れる。

 

「くそぉ……ちくしょう…………!」

 

心に満ちる悔しさの感情を抑えられなかった。

 

改めて、どうして間に合わなかった。どうして助けられなかったと自分に訴える。

 

そんな時、伏せていた顔が持ち上げられ、優しい手つきで抱き締められた。

 

「あなたは誰よりも頑張った。そのことは私が絶対に忘れない」

 

そう言ってくれながら、サクヤさんは僕の頭を抱き寄せてくれた。精神的な限界が近くなっていた僕は力無く頷き、自分を包んでくれる温もりに身を委ねた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「……もう、大丈夫です。ありがとうございました」

 

「そう。それじゃあ、宿に戻りましょう。体が冷えてしまうわ」

 

気持ちの落ち着きを取り戻したレオはサクヤの言葉に頷き、一緒に歩を進めた。

 

先程の自分に対する気恥ずかしさを隠しながら歩くレオの様子に子供のような可愛らしさを感じ、サクヤは微笑を浮かべながらも隣を歩く。

 

そんな雰囲気のせいで自然と歩くペースが速くなったのか、いつの間にか宿屋に辿り着いていた。

 

「……サクヤさん」

 

「ん?」

 

雪の降る空を見上げながら、レオはサクヤの名を呼んだ。

 

小さく首を傾げながらサクヤが見上げた先にあったのは、サクヤが良く知っているいつも通りのレオの目だった。優しさが宿り、強い意志を持つ目だ。

 

(ああ、良かった。いつものレオだ……)

 

「僕、強くなります」

 

その言葉を聞いて、サクヤは気付かれないほどに小さな安堵の息を吐き、レオの肩を少し強めに叩いて笑顔を見せた。

 

「頑張りなさい、レオ」

 

その声援に対し、レオも微笑を浮かべて答えるのだった。

 

 

 

 

 余談だが、勝手に部屋を抜け出したレオはこの後アルティナに大目玉をくらい、リンリン(猫形態)の監視の元、怪我が治るまで部屋からの無断外出を禁じられたのだった。

 

その時の本人の感想は……

 

「悪いことした自覚はあるんだけど、ベッドに縛り付けるのはやり過ぎじゃない?」

 

……だそうだ。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回、サクヤ先生のおかげで精神的にもボロボロだったレオは何とか立ち直りました。

まあ、普通なら男の子から送られる言葉って罵倒とかですよね。子供なんですから遠慮なんて無く。ですが、レオが潰れるのでここでは感謝の言葉です。

次回は多分、猛吹雪の中でレッツ登山です。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第18話 霊峰グレイシア

オメガ様、桐生乱桐様から感想をいただきました。ありがとうございます。

すごいお久しぶりです。投稿にかなりの間が空きました。

では、どうぞ。




  Side Out

 

 時刻は昼を少し過ぎた頃。

 

現在のクレリアの状況から見て比較的に落ち着いた天候の中、ヴァレリア戦線の精鋭メンバーは霊峰グレイシアの山頂に続く雪道を歩いていた。

 

街中とは違って整備もされていないので、道中はかなりの雪が積もっている。普通に歩いて山頂を目指せば足に凄まじい疲労が蓄積するだろう。

 

そこで、今は寒さに一番の耐性を持つ剛竜鬼を先頭に道を作り、その後ろをフェンリルとレオの2人で道を広げ、さらにその後ろをサクヤを先頭にした女性陣、レイジとリックが殿を務める形だ。

 

「レオ、本当にもう肋骨大丈夫なのか? まだ痛むんなら俺が場所変わるけど」

 

「ありがとう、レイジ。でも、朝に体を動かしても痛まなかったから平気だよ。それに、雪道を広げるのは体がデカイ僕の方が良いでしょ」

 

首だけ振り向いたレオの様子はいつも通り。

 

アルティナに加えて龍那にも治癒術を施してもらい、折れた肋骨と頭部の傷は見事に完治。傷跡も後遺症も残らず、完治までベッドに縛り付けられていた体の調子も万全である。

 

「にしても、アイラ姫は大丈夫なのか? この山って、もう帝国の奴等が入り込んでんだろ? もし山頂まで敵が進行してたら……」

 

「いえ、それは多分大丈夫です。今の山頂は古竜が守っているはずですし、アイラ姫ご自身も“氷刃の魔女”という2つ名を与えられるほどの魔法使いです。簡単にやられはしません」

 

レイジの提案を否定したのは山頂を静かに見上げる龍那。

 

相変わらず山頂の様子は猛吹雪で見えはしないが、この場の全員が山のあちこちから漂う険しい空気や無数の気配をすでに感じている。

 

「むしろ、今この山中で一番危ないのは僕達かもね」

 

『心』によって気配察知能力が飛び抜けて高いレオの言葉に自然と全員の耳が傾き、無言の視線が何故? と質問を飛ばした。

 

「今の地形は山で、僕達はそれを登ってる。つまり、この山を占拠してる帝国側からすれば待ってても敵が勝手に来てくれるわけで……」

 

そこまで言いかけた時、レオを初めに何人かがその場から左右へ大きく跳んだ。

 

その際にレオがエルミナと龍那を、レイジがユキヒメとアルティナを、リックがアミルとエアリィを両脇に抱え、他のメンバーもそれぞれ跳ぶ。

 

すると、先程まで戦線メンバーがいた場所を巨大な雪玉が一直線に通過し、白い雪煙を巻き上げながら山道を凄まじい速さで転がり落ちていった。

 

「……待ち伏せにはもってこいってわけだね」

 

木々の中に隠れて山の上を見ると、そこには白い毛並みの上にスパイク状の棘を生やした巨大ゴリラのような魔物、ランプスマッシャーが両腕の手をぶつけて音を鳴らしていた。

 

その近くには数体のダークスカルが控えており、木々の間にも何体か隠れている。

 

「エルミナ、龍那さん、隠れてる奴をお願い……アルティナ! ケルベロスさん! そこから狙える!? ゴリラの近くの奴だけでもいいんだけど!」

 

「了解。攻撃を開始します」

 

「余裕よ! むしろ全部仕留めてやるわ!」

 

返ってきた冷静な声と大声の後に弓の弦と銃声の音が鳴り、木々の中に隠れるダークスカルが正確に撃ち抜かれ、粉々にされていく。

 

それを確認したレオは小太刀、レイジは大太刀、リックは大剣を構えて隠れる木々の中から飛び出し、雪玉と岩石を掴むランプスマッシャーに向かって走る。

 

3人の行き先を理解したサクヤはリンリンとフェンリルを連れ、まだ近くに隠れているダークスカルの元へと走った。

 

走りながらレイジが握るユキヒメの刀身が展開してハイブレードモードへ姿を変えるが、それを見たレオが急いで止めに入った。

 

「レイジ、ストップ! こんな場所で無闇に衝撃波を撒き散らしたら雪崩が起きる!」

 

「っと、マジか!? なら仕方ねぇ、ぶった斬るぜユキヒメ!」

 

『おうとも! やるぞレイジ!』

 

レオの言葉を聞いたレイジはすぐに意識を切り替え、大太刀を構えながら走る速度を上げてランプスマッシャーに真っ先に斬り込む。

 

それを許さんと巨大な岩石と雪玉が投擲されるが、先頭を走るレイジはもちろん、その少し後ろを走るリックとレオに軌道を読まれ、難無く避けられる。

 

そして、投擲によって両腕を大きく振り抜いたことで隙が生まれ、無防備となった腹部をレイジの右薙ぎの斬撃が斬り裂く。

 

その痛みに怒りの声を上げ、ランプスマッシャーは両の巨腕を地面に叩きつけるようにレイジ目掛けて振り下ろす。

 

だが、怒りに任せたその大振りの攻撃は余裕で見切られ、バックステップで大きく後退したレイジに掠りもせず、周囲に雪の白煙を撒き散らした。

 

白煙は一時的な濃霧となって視界を遮り、ランプスマッシャーは怒りで興奮の息を上げながらも周囲を警戒する。

 

しかし、警戒を始めてから数秒も経たない内にランプスマッシャーの後頭部を重い衝撃が叩き、バァン! と鳴り響いた大きな打撃音と共にその巨体が雪の上にうつ伏せに倒れる。

 

倒れた巨体の背中から飛び退いたのは、『心』の気配感知によって濃霧の中を真っ直ぐ突っ切ってきたレオ。先程ランプスマッシャーの後頭部を直撃したのは、『徹』を込めた飛び蹴りだ。

 

流石に巨体に見合う頭部の頭蓋骨を粉砕するには至らなかったが、強烈な脳震盪を起こしながら立ち上がったランプスマッシャーは今にも倒れそうなほどにフラフラだ。

 

「うおぉぉぉぉ!!!」

 

畳み掛けたのは、重い足音を鳴らしながら近付いた剛龍鬼。

 

竜人の腕力によって戦斧が烈風を纏って振り下ろされ、ランプスマッシャーの両腕を破壊。防御の姿勢を完全に崩した。

 

そこへ大剣の刀身に炎を纏わせたリックが踏み込み、すれ違い様に放たれた横薙ぎの一閃がランプスマッシャーの首を跳ね飛ばした。

 

全身から力が抜け落ち、絶命したランプスマッシャーは僅かな白煙を巻き上げ、その場に倒れ伏した。しかし、もうその身が起き上がることはない。

 

「さっさと行くぞ」

 

短く呟いたリックの声に頷き、レオ達は再び雪道を登り始めた。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 待ち伏せしていた敵を全て排除し、レオ達は雪道を抜けてグレイシアの内部に広がる洞窟の中へと足を踏み入れていた。

 

ただ、外の気候と同じく洞窟内部には雪が降り積もっており、天井や壁には巨大な氷柱や氷が張り巡らされている。

 

「うわぁ……」

 

洞窟内部に射し込んだ光が氷に反射された景色は美しく、周りを見渡したレオは素直に感動の声を漏らした。一見隙だらけに見えるが、『心』によって洞窟内の敵の気配を察知しているので不意打ちは通用しない。

 

「レオさん、敵が来ます!」

 

隣に立つエルミナの言う通り、氷によって広さが制限された通路からはスノーボア2頭を先頭にトーチとダークスカルがこちらに向かっている。

 

狭い通り道なので逃げ場は無いが、あの猪2体の突進に正面から立ち向かうのは得策ではない。そう思ったレオは周りに目を走らせ、打開策を探す。

 

「……アルティナ、ボアの足を狙える?」

 

「足? 頭じゃなくていいの?」

 

「うん。それで大丈夫……後は僕が斬り込むから」

 

小太刀を鞘から抜いたレオに頷き、アルティナは弓を強く引き絞る。

 

放たれた矢は正確な照準によってボアの前足に突き刺さり、姿勢を完全に崩した。

 

支えを失って前のめりに倒れたボアは横向きに倒れ、隣にいたもう1体を巻き込んで氷の上を何度も派手に転がる。後ろにいたトーチとダークスカルを巻き込み、進行が止まった。

 

そこへレオが斬り込もうと腰を沈めるが、優しく触れたサクヤの手がそれを止める。

 

「大丈夫よ。エルミナ、お願い」

 

「は、はい! 行きます!」

 

エルミナが掲げた杖の先端にある赤い宝玉が輝き、進行が止まったモンスター達の頭上に大きな火炎魔法、フレイムの魔法陣が展開される。

 

魔法陣の中心から地面に向かって赤い光が放たれ、着弾点からブレイズの数倍に及ぶ大爆発が起こった。

 

先頭にいたボア2体は真っ先に焼き尽くされ、爆風で吹き飛ばされたトーチは周りの氷に激突して粉々になる。

 

「ケルベロス、お願い」

 

「了解しました」

 

続く命令に従い、すぐさまケルベロスのアサルトライフルが生き残ったダークスカルを蜂の巣にした。

 

「制圧完了」

 

「ありがとう、ケルベロス、エルミナ。お疲れ様」

 

((……よ、容赦ねぇ~)

 

頷き合う女性3人と大き目のクレーターと無数の弾痕が刻まれた爆心地を交互に見比べ、レイジとレオは無言の中で戦慄を覚えた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「皆さん、もう少しでアイラ様のいらっしゃる山頂です」

 

「つまり、精霊王のことを知ってるドラゴンも一緒ってことだよね。僕の世界じゃドラゴンなんて伝説の生き物だから、少し楽しみだな~」

 

氷の洞窟をしばらく歩き、先頭を歩くエルミナが出口から差す光を見て呟いた。

 

その後ろを歩くレオは警戒が半分、期待が半分という様子だが、本物を目にした時も同じ様子でいられる自信は無かった。

 

他の全員にも多かれ少なかれ緊張の色があるが、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

そして、ついに出口に辿り着くと、全身を強風と雪の冷たさが襲った。

 

下方や洞窟に入るまでの中腹とは違い、どうやら山頂の天気はこの猛吹雪が常らしい。現在猛烈な寒波に襲われるルーンベールの中で、恐らく一番厳しい場所かもしれない。

 

その猛吹雪の中、そこらの魔物とは比べ物にならない程の巨大な影が佇んでいた。

 

一歩一歩と近付くごとにその姿が徐々に見えてくるが、突然山頂全体に巨大な咆哮が轟いた。

 

咆哮は瞬間的に吹雪の強風を上回り、音が過ぎ去ると、不思議なことに山頂の猛吹雪が少し和らいでいた。全身を突き刺すような冷気も、耳を叩くような突風音も弱まる。

 

四本の足の跳躍力によって巨体が大きく飛び上がり、レオ達の前へと着地した。

 

着地の際に生じる雪煙の中から現れたその姿は、まさしくドラゴンだった。

 

己が獲物を噛み砕く無数の牙、地面を強く踏んだ足の先から生える爪、足の付け根や腹部から見える青色の鱗。それはまさしく伝説に記されたドラゴンの特徴だ。

 

だが、その場にいるのはただのドラゴンではない。氷竜だ。

 

ドラゴンの有する特徴はもちろん、体の各所から飛び出た鎧のような外骨格も、全て氷で出来ている。

 

透き通るように輝く白色、先端が蛍火のように淡く光る青色、奥まで染み渡るような蒼色。様々な氷の色があるが、その姿は美しく、力強い。

 

「流石はドラゴン、すげぇ迫力だな……」

 

想像以上の迫力にレイジは僅かに飲まれるが、気を引き締めてすぐに持ち直す。

 

『<私は氷竜、エールブラン。定命の者たちよ、なにゆえ我が領域に足を踏み入れた>』

 

全員の耳に、いや頭の中に聞こえてきたのは獣ではなく知識を持つ生命の言語。

 

「オレたちは、[シャイニング・ブレイド]の封印を解くために、氷の精霊王に会いに来たんだ。精霊に関わりが深いあんたなら、精霊王の居場所を知ってるんじゃないのか!」

 

「そ、そうです……! お願いします! 精霊王のこと、教えてください!」

 

率先して問いを投げたレイジに続き、エルミナが懇願する。

 

2人の問いにゆっくり頷いたエールブランは考えるように沈黙し、言葉を続けた。

 

「<……事情はわかった。確かに私は、精霊王について色々と知っている>」

 

「ほ、本当ですか!? では……!」

 

「<だが、君達が信頼に足る者かどうか、確かめさせてもらいたい…………他にも、少しだけ気になることもあるのでね>」

 

エルミナの言葉を遮ったエールブランの声に僅かな敵意が宿り、2つの大きな目がほんの数秒間、戦線の中にいるレオだけを見詰めた。

 

(なんだ……? 僕を、見ている……?)

 

その敵意と視線を感じ取り、レオは小太刀に手を添えて身構え、目を細める。

 

「……確かめるとは、どうやって?」

 

「<ふっ、それほど難しいことではない……>」

 

鋭くなったレオの視線に笑みを浮かべ、エールブランは右の前足で雪を一度強く蹴り、前屈みになって力を溜める。

 

「<私と戦い、キミ達が光の加護の下にある者である事を証明すればいいだけだ>」

 

その言葉を聞き、解放戦線の全員が手馴れた手つきで武器を構えた。

 

「……古竜って意外に体育会系なんだね」

 

「オレとしちゃ、やることが単純でありがたいけどな!」

 

驚きと呆れを混ぜたような表情で小太刀を構えるレオに対し、楽しそうな笑みを浮かべるレイジは大太刀の刀身が展開させてハイブレードモードの姿を形成する。

 

「<そうだ……それでこそだ!>」

 

戦線メンバーが戦闘態勢を取ったのを確認し、エールブランは何処か嬉しそうな声を上げて真っ直ぐ突撃した。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

次回はVSエールブランです。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第19話 太古より生きる存在

お久しぶりです。一ヶ月以上も間が空いてしまいました。

忙しくて執筆の時間がまったく取れない(泣)

今回はVSエールブランです。

では、どうぞ……

追記:ちょっと終盤を編集しました。


  Side レオ

 

 ドスン! ドスン! と一歩進むごとに大きな足音が聞こえる。

 

軽く見ても全長10メートル以上の巨体が迫ってくるのはかなりの迫力があるけど、生憎と尻尾を巻いて逃げるわけにはいかない。

 

突っ込んでくるエールブランに対し、他のみんなはそれぞれ左右に散る。

 

けど、僕は両手の小太刀を構えながら真っ直ぐ突撃する。すぐ後ろから聞こえた足音に振り向くと、そこには大剣を構えたリックがいた。

 

近づいてくる僕達に対してエールブランは前足を振り上げる。踏み潰されれば地面に真っ赤な花を咲かせそうな大きな足をじっと見詰め、軌道を読む。

 

振り下ろされた前足をかわし、僕とリックは4本の足の間を縫うように走る。

 

「ふっ!」

 

「はぁ!」

 

エールブランの胴体の真下を通りながら、僕は右薙ぎに振り抜いた麒麟で左前足を、リックは唐竹に振り下ろした大剣で脇腹を斬るが、帰ってきた手応えはかなり浅い。

 

いや、『浅い』ではなく『軽い』という方が近いかもしれない。

 

雪の上を転がるようにして胴体の真下から抜け出し、斬った場所をよく見てみる。鱗と氷の表面に小さい斬り口が刻まれているだけだった。

 

単純に硬いというのもあるかもしれないけど、多分氷の表面に斬撃を“滑らされた”。

 

悔しいけど、今の僕じゃ『斬』を使わないとあの外殻はマトモに切れないらしい。

 

(相手は古竜。殺す気でやらないとこっちが殺される……動きを止めるなら、新しく考えたあの技で……)

 

両手の小太刀を逆手に持ち替えて立ち上がると、突進を中止したエールブランが僕の方に体の向きを変えていた。

 

突進を警戒して足に力を溜めると、エールブランの周りで変化が起こった。

 

顔面の周りに白色の風(恐らく冷気)と雪が吸い寄せられるように集まり、氷へと固まって凄まじい勢いで質量を増大させる。

 

そして、集まった冷気はほんの数秒で全長1メートル近い巨大な氷の棘となった。その数5本。そして、1発だけでも人間の体に風穴を作れる氷槍の照準は全て僕に向いている。

 

「やばっ……!」

 

命の危険を感じて全力で横に飛び退く。同時に、エールブランの周りに浮遊していた氷の棘が一斉に真っ直ぐに発射された。

 

咄嗟に飛び退いたおかげで砲弾のような攻撃は何とか避けられたが、背中越しにザクッ! と、何かが突き刺さるような音がハッキリ聞こえた。

 

チラっと振り返ると、射出された氷の棘が地面に4分の1くらい刺さっている。

 

「……試練に不合格=(イコール)死亡って考えた方が良さそうだね」

 

呟きながら前を見ると、エールブランが真っ直ぐ僕目掛けて突進してくる。

 

でも、真横から地面を真っ直ぐ突き抜けて飛んできた衝撃波がエールブランの左前足に直撃し、バランスを崩して前のめりに倒れる。

 

「レオ、離れろ!」

 

少し離れたところで大太刀を振り抜いたレイジの声を聞き、すぐにその場から離れる。

 

すると、エールブランの顔面にエルミナのブレイズが、龍那さんが放った光球が胴体に着弾して爆発を起こす。僕はその間に後退し、入れ替わるようにサクヤさんとフェンリルさんが仕掛ける。

 

サクヤさんの長刀がリックの、フェンリルさんの鉤爪が僕の作った切り口を正確に切り裂き、押し広げる。だが、それ以上の追撃を許さんと言うようにエールブランが右前足で地面を踏む。

 

再び周囲の冷気と雪が集り、巨大な氷柱がサクヤさんとフェンリルさんを追い払うようにサークルを描く形で一斉に地面から飛び出した。

 

慌てて離れたから大きな怪我は無いみたいだけど、今追撃されたらあの2人でも流石にマズイ。

 

「レイジ! 足止めお願い!」

 

「任せろ!リック!」

 

「言われなくてもわかってる!」

 

大声を上げたレイジに怒鳴り声で返したリックが続き、アルティナとケルベロスの援護射撃で動きを牽制されたエールブランに左右から同時に攻撃を仕掛ける。

 

それを確認した僕は両手の小太刀を鞘に納めて走り出し、同じ考えのリンリンと一緒にサクヤさんとフェンリルさんのところへ向かう。

 

僕はフェンリルさんに、リンリンはサクヤさんに肩を貸してその場から移動し、龍那さんとアルティナの元へと急ぐ。

 

でも、レイジとリックの2人だけでは足止めに限界が近いようで、エールブランが徐々に歩を進めてくる。

 

「……リンリン! フェンリルさんをお願い!」

 

「え!?……う、うん!」

 

フェンリルさんをリンリンに預け、僕はレイジとリックの2人と交戦するエールブランに突撃する。

 

小太刀は抜かずにただ走る速度を上げ、勢いを殺さず前方にジャンプ。そこから体を右に回転させ、右足を後ろに大きく引く。

 

「う、らあぁぁぁ!!!」

 

声を上げると共に右足を振り抜き、エールブランの左前足を狙って速度と遠心力を込めた蹴りを放つ。しかも普通の蹴りではなく『徹』を込めた蹴りだ。

 

僕の初撃、フェンリルさんの鉤爪、レイジの放った衝撃波。それなりのダメージが蓄積しているはずの左前足に僕の蹴りが直撃する。

 

「ぐっ……!」

 

硬い氷を蹴った反動で右足に重い痛みが走るけど、歯を食いしばって耐える。その甲斐あって、右足には痛みと一緒に確かな『手応え』を感じた。

 

 

バキンッ!!!

 

 

「<ぬぅ……っ!>」

 

盛大な粉砕音を響かせて氷が割れ、エールブランが苦悶の声を上げた。

 

完全に前進が止まったのを確認してリンリン達の方をチラリと見ると、すでに龍那さんとエルミナがいる後方まで下がっている。

 

でも、サクヤさんとフェンリルさんの安全が確保された代わりに、エールブランの敵意は完全に僕に固定されたようで、凄まじい速度で突っ込んでくる。

 

普通なら横に走って突進をやり過ごすけど、最悪なことに僕が立つ場所は左右と背後に固まった雪がある。つまりは壁際なので、その方法は使えない。

 

だから……

 

「ふっ……!」

 

振り返って雪の壁に向かって走り、「壁を蹴って」真っ直ぐ上へと上昇する。姉さんが僕に埋め込んだ力によって可能になった人外スキルの1つ、『壁走り』だ。

 

 

ドガァァァン!!!!

 

 

エールブランが激突の轟音を響かせ、僕は壁を蹴って大きく空中バック転。エールブランの背中を蹴って背後に回り込んだ。

 

でも、着地と同時に視界の右端を巨大な影が横切り、身構えるより先に強烈な衝撃が僕の体を左側へと大きく吹っ飛ばした。

 

まともに受身を取れなかった僕は雪の上を何度も大きく転がり、体をゆっくり起こす。ぐらつく視界の中でエールブランを見て、僕を吹っ飛ばしたのが氷に覆われた尻尾だとようやく分かった。

 

数日前に治った肋骨がまた折れたんじゃないかと思ったけど、腹部から感じるじんじんとした痛みの具合から折れてはいないみたいだ。

 

口の中に流れる血を吐き捨てて両手の小太刀を納刀。麒麟に右手を添えた抜刀の構えで、振り返ったばかりのエールブランに真っ直ぐ突撃する。

 

両足で地面を蹴った加速と共に『虎切』の抜刀。右逆袈裟の斬撃がエールブランの顔面に生えた左角を捉え、今度は滑らずに氷を深く斬り裂く。

 

そして、すぐに左手で龍麟を抜刀。氷の斬り裂いた場所へ刃を打ち込み、麒麟を直角に叩き付ける。

 

 

小太刀二刀流、陰陽交叉・斬式(ざんしき)。

 

 

スルトの鎧も両断した技に御神流の『斬』を加え、エールブランの左角を完全に両断する。斬り落とした氷の塊は地面にゴトン! と音を立てて転がる。

 

「レオォ! 伏せろぉ!!」

 

「え?……うぉっ!」

 

何故かものすごく慌てたレイジの声に振り向くと、眼前に黒色の斬撃が映った。その直線状には長刀を振り抜いたサクヤさんが見える。

 

僕は驚きながら仰向けに倒れてどうにか避けたけど、多分サクヤさんが放った斬撃『影道閃』はエールブランの右角を斬り落とした。

 

すぐに跳ね起きて雪の上を走り、サクヤさんとレイジの傍に移動する。

 

「殺す気ですか!?」

 

「あなたの実力を信頼しているからこそよ、レオ」

 

嫌な汗を流して叫ぶ僕とは対照的に、サクヤさんは普段通りの優しい声で答えた。

 

その際の微笑みとウインクに少々ドキリとするけど、避けられなかったら首が見事に両断されていたと思うと、少々複雑な信頼だ。

 

そのまま落ち込んでるわけにもいかないので、僕は小さく溜め息を吐きながら二刀の小太刀を構えてエールブランの方を見る。

 

戦闘開始からそれなりの時間が経過したと思うけど、どうやら向こうはそろそろ決着を付けたいらしい。周囲にさっきよりも大きな氷槍を6本浮遊させて足に力を溜めている。

 

「……どうやら、ゆっくり作戦を考えてる暇は無さそうね」

 

「こっちも全力で迎え撃つ。それが一番ですよ!」

 

「なんか、何処までも単純明快な流れですね」

 

上から目を細めるサクヤさん、活気の込もった声を上げるレイジ、再び溜め息を吐く僕の順で言葉を呟く。近くにいる皆も作戦を理解したようで、それぞれ身構える。

 

『……来るぞ!』

 

ユキヒメさんの言葉に続き、エールブランが凄まじい速度で突進を開始した。

 

それに最初に立ち向かったのは、巨大な盾を構える剛龍鬼、鉤爪を展開するフェンリルさん、笑顔で拳を握るリンリン。少し離れた場所には援護役でアルティナ、ケルベロスさん、龍那さんが控えている。

 

「うおぉぉぉ!!!」

 

盾を前方に構えた剛龍鬼は咆哮を上げながら突撃。

 

エールブランの頭部と剛龍鬼の盾がぶつかり、ドオォォン!!! と凄まじい衝突音が鳴り響く。だが、獣人よりもさらに上の身体スペックを持つ竜人でも古竜の巨体を完全に止めることは出来ず、突進の速度を緩めるのが限界だった。

 

しかし、今はそれで充分だ。

 

反動で後ろに吹き飛ばされた剛龍鬼と入れ替わるようにフェンリルさんの鉤爪が顎の氷を切り裂き、その場所をリンリンのハイキックが直撃する。

 

氷が砕けると共に顎を打ち上げられたエールブランの突進速度はまた少し下がるけど、構わずフェンリルさんとリンリンを押し退けて進む。

 

その先に立ちはだかるのは僕とサクヤさんとリック。エールブランは6本の氷槍を僕達に向けて放つけど、アルティナ達の援護射撃で全て撃ち落とされる。

 

「レオ、俺が怯ませるからお前が足を止めろ!」

 

「僕、一番火力無いんだけど……どうにかやってみる!」

 

「お願いね、レオ」

 

リックの言葉に返答しながら僕は両腕から3番鋼糸を伸ばし、氷の鎧が砕けたエールブランの右足首に巻きつけて思いっきり引っ張る。

 

足にワイヤーが食い込んで血が流れるけど、分厚い皮膚を持つエールブランを止めるには至らない。でも、今は傷口を作るだけでいい。

 

僕の横を走り抜けたリックは短い詠唱を呟いてブレイズの魔法陣を足元に展開する。だけど、エルミナのとは違って爆発は起こらず、大剣が赤い輝きを纏う。

 

「輝炎斬・重(かさね)!!」

 

前に見たよりも大きな爆炎と共に叩き込まれる3連撃。どうやら、斬撃の命中と一緒にブレイズの爆発を足してるみたいだ。

 

「我流御神流……」

 

僕は呟きながら左手の龍麟の柄に鋼糸を巻きつけ、眼前に放り投げる。そして、右手の麒麟はゆっくり『射抜』の構えを作る。

 

だけど、足はその場から一歩も動かさず、視線は爆炎を受けるエールブランではなく放り投げた龍麟の柄尻に集中する。

 

「……射抜・穿(うがち)!!」

 

腕と一緒に突き出した麒麟の矛先が龍麟の柄尻を押し出し、バァン! と弾丸のような音を立ててエールブランの右足に真っ直ぐ飛んでいく。

 

打ち出された龍麟の刀身は狙い通りに鋼糸が作った傷口に命中し、分厚い皮膚の中へと深く突き刺さった。

 

ちなみに我流と言ったが、ようは僕なりの工夫を加えたオリジナル技だ。正統な御神流の奥義ではないので、我流と付け加えている。

 

「<ぐ……っ!>」

 

龍麟が右足に深く突き刺さり、ついにエールブランの突進が苦悶の声と共に止まる。

 

「サクヤさん!」

 

「了解よ!」

 

後ろに叫ぶと、突進を止めたエールブランの側面からサクヤさんが接近。影のような黒い光を灯した長刀で4発の刺突を叩き込む。

 

その攻撃でついにエールブランのバランスが崩れ、古竜の巨体が傾いた。

 

「決めなさい! レイジ! エルミナ!」

 

「は、はい! 行きます!」

 

「任されました! やるぞ、ユキヒメ!」

 

サクヤさんの声に答え、エルミナの杖に填められた宝玉が赤く輝き、冷気が噴き出すユキヒメさんの刀身に炎が浮かび上がる。

 

「包みて燃え散れ、爆炎の檻……!」

 

エルミナの詠唱と共にエールブランの周囲に無数の魔法陣が球体を描くような形で出現し、魔法陣の全てに赤い光が収束する。

 

「フレイムバースト!」

 

詠唱の完成と共にエールブランの全方位に展開された魔法陣の全てから収束していた赤い光、フレイムが放たれ、凄まじい爆発を起こした。

 

山頂に吹き荒れる吹雪の風を一瞬上回るような爆風が吹き荒れ、その中心には黒い煙が

モクモクと漂っている。

 

だが、レイジは決着の確認をするよりも振り上げた大太刀の刀身に炎を収束することに集中している。そして、その行動を咎める人は誰もいない。

 

なぜなら……

 

「<……まさかここまでやられるとはな。だが、あまり調子に乗らぬことだ!>」

 

頭の中に聞こえてきた声、この場にいる全員がそれを認識した次の瞬間、エールブランの咆哮が鳴り響いた。

 

すると、黒煙の中から空間を食い破るような白い暴風が吹き荒れ、瞬く間に大量の雪と氷を巻き込んだ暴風雪(ブリザード)へと変貌した。

 

直撃すれば自然の猛威によって粉々にされそうだが、射線上にいるレイジはその場から一歩も動かず、精神を集中させている。

 

『やるぞ、レイジ。この程度の障害、今の私達に乗り越えられぬ筈はない!』

 

「当たり前だ。オレもお前も、他のみんなも、こんな所で立ち止まってるわけにはいかねぇんだからな!」

 

肯定の叫びと共に、レイジは刀身に炎を収束させた大太刀を右肩に担ぐように構える。

 

常に冷気が噴き出すハイブレードモードの刀身が真紅に染まっていることから、収束された炎がどれほどのものなのか自然と分かる。

 

「零式刀技……飛焔(ひえん)!!」

 

大太刀が振り抜かれ、刀身に収束された炎が斬撃のコースを描くように一気に放射されて暴風雪(ブリザード)と正面から激突した。

 

凍える風と突き破る炎。相反する2つの力の衝突点から大量の水蒸気が吹き荒れ、吹雪の中に熱風が混じる。

 

「<氷の力を宿す霊刀で炎を扱うとは、なんと型破りな……!>」

 

「よく言われるよ! ……だけど、素直に型にはまってアンタみたいなのに勝てるかよ!! オレには他にも倒さなきゃなんねぇ奴等と、助けなきゃなんねぇ奴がいるんだ! こんなところで……」

 

風の音に負けないよう声を上げながら、レイジが振り抜いた大太刀を振り上げる。その刀身は持ち主の底力に呼応して再び赤い光を集める。

 

それは多分、ユキヒメさんの助力によって成せたものではなく、レイジ自身の力量が実現させたものだ。

 

「……止まってられっかぁぁぁぁ!!!」

 

気合の叫びと共に振り下ろされた大太刀が虚空を斬り裂き、放たれた炎が暴風雪の壁を正面からぶち抜いた。

 

「<なんと……!>」

 

自分の奥の手を破られたエールブランは驚愕の声を漏らすが、すぐに小さな笑いがこぼれ、自身に迫る炎を見ながら呟く。

 

「<なるほど……確かにこれなら……彼等になら、託せる>」

 

何処か満足そうに呟きながら、エールブランは今日一番の炎に包まれ、山頂には僕達の勝利を知らせる大爆発が鳴り響いた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「ハァ……ハァ……ハァ……」

 

肩で息をしながら、レイジは油断無く大太刀を構えて黒煙を睨む。

 

他の全員の顔にも疲労の色があるが、まだ気を抜けない。

 

「安心していいぞ。今の攻撃を正面から破られた時点で、エールブランの敗北は決まったようなものだ」

 

突然山頂に聞こえた新しい声、それは返って戦線メンバーの警戒を一時的に強めたのだが、サクヤとリンリンは警戒を解き、エルミナはキョトンとなって周りを見渡した。

 

「しかし、常に吹雪に包まれるこの山頂で久々に熱風を浴びるとは、珍しいこともあるものだ」

 

自らの聴覚を頼りに声の主がいる場所を一番早く特定したのは、レオだった。

 

その視線の先、雪山の上にいたのは、1人の女性だった。

 

吹雪の中でもハッキリと色の違いが分かる美しい銀髪が一番に目を引き、琥珀色の瞳が戦線のメンバーを見下ろしている。

 

その人物の姿を全員が目にし、エルミナの目が見開かれ、名を呼ぼうと口が動く。

 

「アイラ様!!」

 

「……ブランネージュさん?」

 

だが……

 

エルミナに少し遅れる形で、銀髪の女性に向かって名前を投げる者がいた。それは、何と意外なことにレオだった。

 

「!?……ほう、随分と懐かしい呼び名を口にするので誰かと思ったが、思わぬ場所で久しい顔に会ったな」

 

そう。

 

レオの口にした名前に驚きの表情を見せながらも微笑を浮かべるこの女性こそ、エルミナが姉のように信頼し、尊敬するルーンベールの王女。

 

その名を、アイラ・ブランネージュ・ガルディニアスという。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回を最初として、これからはオリ主や原作キャラには色々オリジナルの技を使ってもらう予定です。

でないとゲームの技をすぐに使い切るか、同じ技を何度も使うことになりそうなんで。文の説明がわかりにくいなどありましたら、設定集でも投稿します。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話 魔法の歌い手

ご覧いただく前にお知らせです。

19話の終盤と、タグをちょっといじりました。

気が向いたら、コレをご覧になる前に見てみてください。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 崖の上で賞賛の言葉を送ったアイラは吹雪の風をもろともせずに降りてきた。

 

「アイラ様……!」

 

「エルミナ……久しぶりね、元気そうで良かったわ」

 

微笑を浮かべながら真っ先に駆け寄ってきたエルミナの頭を一撫でし、アイラは視線を傍に立つレイジに向けた。

 

「それで、こちらが……クラントールの勇者殿、[シャイニング・ブレイド]の持ち主かな?」

 

「はい。レイジさんです」

 

「え、ああ……オレはレイジ。こっちの刀がユキヒメだ。よろしく」

 

2人の視線を受け、レイジは軽く会釈しながら自己紹介を済ませる。

 

ユキヒメに何度か“礼儀がなっていない”と注意されるレイジだが、流石にルーンベールの王女相手には礼儀の意識があった。

 

「ああ、よろしく……さて、そちらは久しぶり、かな? あの頃とは色々違うようだ」

 

アイラが次に視線を向けたのは、左手で右脇腹を抑えながら歩いてきたレオだった。

 

どうやら、骨が折れていなくとも軽い怪我ではなかったらしい。戦闘が終わって気が緩んだのを境にズキズキと痛みを訴えて来た。

 

「ええ、ざっと半年ぶりですね……お久しぶりです、ブランネージュさん」

 

「憶えていてくれたのは嬉しいが、今はアイラと呼んでくれるか? もう1人の方も名乗り方を変えている」

 

「……あの、アイラ様。先程から気になっていたのですが、レオさんとお知り合いなのですか?」

 

「ええ、前に少し、ね。機会があれば話してあげるわ」

 

エルミナの質問に何処かはぐらかすような苦笑を浮かべ、アイラは地面に倒れるエールブランの傍へと歩み寄った。

 

エールブランの周りにはまだレイジの放った炎が燃え盛っていたが、アイラが右手を軽く横に振るうと、炎は一瞬で冷気に飲み込まれて消えた。

 

「大丈夫か? エールブラン。辛いかもしれんが、まだ弁解が残っているぞ」

 

『<やれやれ……意地が悪いなアイラ姫。だが、彼等が光の加護を受けた者達であるなら、話さねばなるまいな>』

 

そう言ったエールブランは自分の右足に突き刺さっている龍麟の柄尻を口に咥えて引き抜き、レオ目掛けて高く放り投げる。

 

レオは上空から落ちてくる龍麟を左手でキャッチし、両手の小太刀を鞘に納める。

 

『<まずは謝罪しよう。私は、[シャイニング・ブレイド]の解放に関わる、氷の精霊王を守ることが出来なかった>』

 

「なっ……!? そんな、どうして……!」

 

守る事が出来なかった。

 

その言葉の意味を理解した戦線メンバーは絶句し、代表するようにレイジが戸惑いの声を上げた。

 

『<帝国軍の操る巨大な機械兵器が何の前触れもなく、この山に侵入してきたのだ。私が対応するよりも早く精霊王を倒し、力の全てを吸収してしまった。本当にすまない>』

 

「そんな……それじゃあ[シャイニング・ブレイド]の封印は……」

 

頭を下げるエールブランに対し、エルミナは視線を俯かせる。

 

他のメンバーにも重苦しい空気が漂うが、レオはエールブランの“巨大な兵器”という言葉が気になっていた。気付かないが、サクヤもその言葉が引っ掛かった。

 

この世界、エンディアスには精霊という存在によってか、レオから見て“機械”という存在がかなり少ない。

 

そんな世界で巨大な機械兵器がいるというのは、かなり異質だ。

 

もちろん、精霊王がどうでもいいわけではない。このままではドラゴニア帝国、最終的にはダークドラゴンに勝てないのだから。

 

『<話は最後まで聞くことだ。霊刀の継承者よ。確かに氷の精霊王は消滅した。しかし、氷の精霊王はここにいる>』

 

いないのに、いる。

 

エールブランの言葉に、その場の全員が頭の上に?マークを浮かべた。

 

だが、その中の1人、龍那が何か思い至ったらしく、ハッとなって顔を上げた。

 

「……もしや、次世代の精霊王、ということですか?」

 

『<流石に白竜教団の巫女は察しがいい。その通り、次世代の氷の精霊王はここにいる。私がこの時まで、大事に守ってきた>』

 

なんと、精霊王という存在は継承されるらしい。

 

レオは安堵の息を吐くと共に驚くが、よく考えれば精霊という存在の王がそう簡単に途絶えるはずはない。

 

「じゃあ、[シャイニング・ブレイド]の封印を解いてもらう事は出来るんだよな? なら頼む! 精霊王に会わせてくれ!」

 

『<もちろんだ、霊刀の継承者よ。君達は私の試練を乗り越えたのだから>』

 

食い付くように声を上げるレイジに対し、エールブランは静かに頷く。

 

そして、傍に立つアイラはエールブランの前に立ち、エルミナへ視線を向けた。

 

「エルミナ、こちらにいらっしゃい。次世代の精霊王を、アナタに託すわ」

 

「え……? わ、私にですか!?」

 

『然り。今このエンディアスにおいて、お前にしか託せないのだ』

 

アイラの言葉に戸惑うエルミナだが、エールブランの言葉に背中を押され、決心した表情で自ら進み出る。

 

「……わかりました。お受け致します……ですが、精霊王はどちらに?」

 

エールブランが首を動かし、自らの顔をエルミナの目の前に俯かせる。

 

『<手を出しなさい。精霊王を預ける>』

 

「手を、ですか……? は、はい」

 

エルミナが両手を揃えて差し出すと、手の中に冷気のように白く、しかし何処か温かさを感じさせる光が集まった。

 

徐々に強まった光は勢いを無くし、ゆっくりと消える。

 

そして、光が収まったエルミナの手の中にあったのは、小さな青い卵だった。

 

「それが、次世代の精霊王よ」

 

「で、ですがアイラ様! これではお話ができません! お話が出来ないと、ユキヒメさんの……[シャイニング・ブレイド]の承認が……」

 

エルミナは慌てて言い寄るが、アイラはエルミナの肩に手を置いて落ち着かせる。

 

「大丈夫よエルミナ。心配はいらないわ。たとえ卵のままでも、貴女なら精霊王を目覚めさせることが出来るの」

 

「私が? そんな、無理です……そのようなこと、私にはとても……」

 

「いいえ。あなたにしか出来ないのよエルミナ。覚えているかしら? 小さい頃、あなたが私に歌って聞かせてくれた歌を」

 

エルミナは視線を俯かせながら首を振るが、アイラは確信を持った声で断言し、沈んだ視線を再び持ち上がらせる。

 

そして、エルミナは自分の記憶の中を探り、アイラの言う歌を探り当てた。

 

「は、はい。ルーンベールに古くから伝わる、あの歌ですね?」

 

「そうよ、その歌を歌ってみて。それで、全てが分かるわ」

 

そう言われ、エルミナは手の中にある青い卵を見ながら考え込む。

 

だが、秒単位の時間が経つごとに瞳の中の迷いは消え去り、決意の色に染まった。

 

「……わかりました。私、歌ってみます!」

 

エルミナは返答の後に右手を胸に当て、呼吸を整える。

 

「では……始めます」

 

◇◇◇

 

最初に唇の先が震え、エルミナがゆっくりと歌を奏でた。

 

吹雪が舞う山頂だというのに、聞こえてくる歌声には一切のノイズが無く、聞く者の心の中に直接響いてくる。

 

全員がその歌声に聞き入り、声1つ上げない。

 

だが、心の静寂を終わらせる変化が起こった。その発生源は、空。

 

冷たい雪と風だけをもたらしていた曇り空に割れ目が生まれ、その奥から眩しい太陽の光が差し込んできた。

 

それに続き、エルミナの手の中に合った精霊王の卵の表面にも亀裂が走り、レイジの手に握られていたユキヒメにも変化が起こった。

 

大太刀そのものが見えない浮力でレイジの手を離れ、その刀身にほんの数瞬だけ刻印が浮かび上がった。

 

それに驚いたレイジは手を伸ばしてユキヒメを掴み、刀身に目を走らせるが、その刻印はエルミナの歌声が止むと共に、刀身の中へと溶けて消えた。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

  Side レオ

 

 優しく透き通った歌声の中、ふと僕は自分の体の中に変化を感じた。

 

右脇腹からズキズキと伝わってきた痛みが、徐々に和らぎ始め、消えたのだ。

 

試しに痛んだ場所を手で強く押したり、数回軽く跳んでみるが、まったく痛まない。少し信じられないことだが、完治している。

 

でも、傷が治った原因がわからない。

 

内出血で青く腫れているのは間違い無さそうな痛みだったから、少なくとも自然治癒で治ったってことは無いはずだけど。

 

(もしかして……この歌の力……?)

 

怪我をしてから起こった変化を辿ってみると、それしかなかった。でも、何故かそう言われても不思議と思わない。

 

『<マナの歌を歌うとは……そうか、お前が歌姫(ローレライ)だったのか…>』

 

「ろ、ローレ……ライ?」

 

納得の声を上げるエールブランとは対照的に、エルミナは自分の目の前で起こった事態に理解が追い着かず、半ば呆然としている。

 

「そう。マナの歌を歌い、精霊王と意思を交わすことが出来る存在。それが歌姫(ローレライ)。これは貴女の力であり、同時に役目でもあるの」

 

「わ、私が……歌姫(ローレライ)?」

 

「驚いた? でも、私も同じよ。今回の件で精霊王の事を調べていたら、あなたが歌姫(ローレライ)の血筋だとわかったんだもの。本当、世の中広いのか狭いのか分からないわね」

 

誰に対してでもなく、呆れたように溜め息を吐くアイラさんの言葉に僕は心中で同意する。

 

世界を救う為に必要な人物が自分と一番親しい人だなんて、なんと達成感を半減させてくれる結果だと思う。

 

「今回貴女に、レイジとユキヒメを連れてきて欲しいと頼んだのは、この使命を背負うに足りる者なのか確かめる試練だったの。苦労をさせてしまったわね」

 

「苦労なんて言うなよ。アンタがエルミナに試練を与えてくれたから、俺達はこうして此処に辿り着けたんだぜ?」

 

エルミナの頭を撫でながら、申し訳なさそうに顔を俯かせたアイラさんに声をかけたのは、近くにいたレイジだった。

 

その言葉に驚いたのか、アイラさんは一瞬キョトンとなって、微笑を浮かべた。

 

「そう言ってくれると、ありがたいな。精霊達もキミ達に感謝してる。氷と雪の精霊の力が戻ってきたのを感じる。この寒波も少しずつ和らぎ、自然も安定するだろう」

 

言われて周りを見ると、僕達を囲むように無数の青色の小さな光が浮遊していた。多分、これがアイラさんの言った氷と雪の精霊だろう。

 

周りの皆も感動の声を上げ、僕もキラキラ光る精霊達を見回す。

 

だけど、そんな中でふと、思い詰めた顔で俯くアルティナが目に留まった。

 

「アルティナ、どうかしたの?」

 

「レオ……うん。故郷の、フォーンティーナの森に異変が起きてるのも、銀の森にいる木の精霊王の力が弱まってるかもしれないって、前に聞いたの」

 

それだけでアルティナの考えていることはわかった。

 

先代の氷の精霊王がやられてしまったこと、さらに過去にスレイプニルが森の奥まで侵入していたことなどを加えれば木の精霊王も安全とは言えない。

 

「でも、安心して。今はこの国を救わなきゃいけないっていうのは、ちゃんとわかってるから……」

 

そう、ルーンベールの問題はまだ全て片付いてない。残酷なことかもしれないけど、今すぐ助けに行くことは出来ない。

 

だけど、僕は俯くアルティナの肩に手を置き、言葉をかける。

 

「多分だけど、大丈夫だよ」

 

「え?」

 

「ヴァレリアがこんなことになって、アイラさんが帰ってきてるなら、きっと“あの人”も戻って来てるはずだから」

 

アルティナはただ首を傾げていたけど、僕は脳裏に浮かべた人のことを考え、自然と心の中に安心感が生まれていた。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 その後、一旦クレリアに戻ることになり、全員が山を降りようとした。

 

でも、時を計っていたようなタイミングでエールブランとアイラさんが僕とサクヤさんを呼び止めた。

 

多分、用があるのはサクヤさんだけだろうけど、近くにいたついでで僕も話しに混ぜてもらうことにした。

 

『<渡しておきたいものがある。私が先代の精霊王から預かり、守っていたものだ。簡単に使いこなせる物ではないが、きっと役に立つ>』

 

そう言ったエールブランは、何故か視線をゆっくり僕へと移した。

 

人間ではなくドラゴンの目なので上手く感情を読み取れないけど、そこにあったのは、悲しみと警戒が混じったような、思いやりのある目だった。

 

『<……名を聞いても良いかな?>』

 

「黎嗚です。こっちで言うなら、レオ・イブキ」

 

『<ではレオ、キミは何故、ドラゴニア帝国と戦う? この世界は、キミの生きるエルデとは違う。戦う理由など無いだろう>』

 

その質問に、僕はすぐに答えられなかった。だって、エールブランの言うことは本当のことだ。

 

レイジのような伝説の霊刀の後継者でもなければ、リックのようにドラゴニア帝国に故郷を滅ぼされたわけでもない。ただ、偶然巻き込まれただけだ。

 

アミルとエアリィのおかげで“出来ること”は見付かった。でも、それは決して“戦う理由”にはならない。

 

「……多分、そんな大したものは無いです。言葉にすれば“なりゆき”、または“自己満足”ですかね。でも……」

 

少しだけ皮肉げな笑みが零れる。

 

だけど、不思議とその後の言葉はすんなりと言うことが出来た。

 

「やっぱり、目を逸らしたくないんです。この世界に来たのが偶然でも、今この世界で起きてる悲しいことに見て見ぬふりをして後悔したくない。

確かにハッキリとした理由なんて無い。でも、僕には少しでも力が有った。だったら、この力で少しでも多くのモノを守りたい。それが、僕の戦う理由です」

 

目を逸らさずに伝えた言葉は届いたようで、エールブランはそうか、と答えて視線をサクヤさんへと向けた。

 

『<今の言葉で私の知りたい答えは得た。私は彼に賭けるとしよう>』

 

そう言うと、エールブランの眼前に光が集まり、その中から淡い光を放つ青いカードが“2枚”出てきた。

 

「これは……氷の精霊力を制御する魔術プログラムね。ありがとう、心強い贈り物だわ」

 

「でも、2枚有りますけど、もう1枚は誰のなんですか? アイラさんですか?」

 

「いや、私には必要無い。2枚の内1枚、セルリアンはサクヤのものだが、残りの1枚、グラマコアは、お前のものだ」

 

「え? 僕の?」

 

アイラさんの言葉に疑問の声を上げる中、グラマコアと呼ばれた青いカードは僕の手の平に納まった。

 

『<先程の戦いを見た限り、キミはフォースの使い方をまったく知らんのだろう? 加えて、剣術の方もまだ未完成。

対人戦だけならともかく、帝国のモンスターを相手にそのままでは厳しい。だがそれを使えば、短期間で魔法をものに出来るはずだ>』

 

つまり、エールブランはこう言いたいのだ。

 

僕は皆が使っているようなフォースの使い方をまったく知らず、御神流の腕もまだまだ未熟。うん、これは事実だし、否定もしない。

 

だけど、そんな状態じゃドラゴニア帝国が従えてるモンスター達を相手にしていて、いつか限界が来る。

 

だから、何も知らないという状態を逆に利用し、このグラマコアというカードの力を借りて、変な癖を付けずに魔法を習得しろということだ。

 

「気持ちはありがたいです。でも、僕は……」

 

僕は、御神の剣士だ。見習いでも、小太刀二刀御神流の剣士だ。

 

夢で見たあの人は魔法なんて使わなくても圧倒的なまでに強かった。

 

あの人がそうだったんだから僕も、という、多分つまらない意地になる言葉が枷となって、僕の言葉を濁らせる。

 

『<キミの言いたいことは分かるし、私もその想いを尊重する。

何も剣を捨てろと言うのではない、キミが持つ力の1つとして、それを役立ててはくれないか? どう使うかは、キミに任せる>』

 

そう言ってくれたエールブランの言葉に、僕は了承の言葉も出せず、ただ頷いてグラマコアのカードを懐に仕舞った。

 

サクヤさんはそんな僕の肩を軽く叩き、身を翻してレイジ達を追っていった。

 

僕もその後に続こうとしたけど、少し気になっていたことを思い出し、足を止めて再びエールブランに向き直った。

 

「何で、戦う前に一度僕を見たんですか? 別段、目立つ外見はしてないし、あの時僕だけを見る理由はありませんよね?」

 

小さな、だけど心の隅に引っ掛かっていた疑問。

 

今この時に聞いたのは、多分、サクヤさんがいないことが理由だと思う。殆ど勘頼りだけど、あの人は、僕が知らない僕自身の秘密を知っていて隠してる気がする。

 

『<気付いていたか。すまないが、私にはその質問の答えを口にする資格は無いのだ。

だが、これだけは覚えていてくれ、レオ。

このエンディアスにいる限り、いつか、キミは自分の知らない“答え”を必ず知ることになる。例えそれがキミにとって辛いことであっても、決して、暗闇に逃げないでくれ>』

 

そう言った時のエールブランの瞳にはハッキリと悲しみの感情が宿っていて、それだけで僕はその言葉の中に込められた想いの強さを理解した。

 

もちろん、エールブランの言葉の意味を完全に理解できたわけじゃない。だけど、言葉だけでも記憶に刻んでおこう。今は、多分それが限界だ。

 

『<……さて、私が話せるのはここまでだ。呼び止めておいてなんだが、キミと話せて良かった。アイラ姫、キミも彼等と行くのだろう?>』

 

「ああ。正直、もうここにいても暇なだけだからな」

 

『<やれやれ、まったく手厳しい。では、しばらく退屈な環境で一緒に過ごした仲として、1つ頼まれてくれるか?>』

 

「内容にもよるな」

 

『<難しいことではない。彼、レオに魔法を教えて上げてほしい。当然、彼がグラマコアの力を使うと決めた場合でいい>』

 

「なんだ、そんなことか。私は別に構わんぞ? こいつには昔少しだけ世話になったからな。その気があれば、鍛えて上げてやる」

 

「……ま、魔法のことにつきましては、よく考えさせていただきます……」

 

ニヤリと笑みを浮かべたアイラの妙なやる気にレオは背筋に悪寒を感じ、乾いた笑みを浮かべて歩き出した。

 

 

 

 

そのまま2人は話をしながら山頂を後にし、その場にはエールブランだけが残った。

 

『<……この世界の有り様は、本当に正しいのか?>』

 

その呟きに答える声は無い。

 

だが、エールブランが求めるのは返答ではなく、心の中に渦巻く疑問の払拭だ。

 

『<秩序と混沌。どちらかが片方に傾き過ぎてはいけないというのなら、彼が進むべき道とは、一体何だ?>』

 

太陽の光が差す空を見上げたエールブランの声には見えぬものへの怒りと疑問が込められていた。

 

だが、そんな心の苦悩を嘲笑うかのように、山頂には、冷たい風が吹き荒れていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

とりあえず、主人公の肉体を使ってエルミナの歌のありがたい回復能力を出してみました。ゲームでもあの効果はありがたい。

アイラと主人公が何故知り合いなのかは、また別の機会で詳しくやります。というか、もう1人の方も多分気付かれてるでしょうね。

さて、タグと今話をご覧になって気付いたと思いますが、レオにはサクヤと似た感じで、仮面ライダーディケイド的な能力を加えました。

とはいえ、私自身もレオは小太刀二刀のスタイルをメインにしたいので、他の属性フォームで固定っていうのは無いと思います。

現段階では、下手したら、今後のストーリー構成で消滅しかねない設定です。もしかしたら皆さんには不況を買うかもしれませんね。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話 過去の因縁と今の問題

川橋 匠様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は次のストーリークエストまでの幕間です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 精霊王の解放により、太陽の光に照らされたクレリアの街中。

 

未だ大寒波による雪と氷は消えないが、太陽の光の有無だけでも住人の気持ちは大きく違っていた。店を開いている人間や通行人の顔にも、以前より笑顔が多い。

 

そんな街の中、除雪がキチンと行き届いている広場の1つにレオとフェンリルがいた。

 

フェンリルは普段通りの格好だが、対するレオは上半身に黒い無地のトレーニングウェアを着ている。

 

そんな2人がやっているのは、素手での組み手だった。

 

だが、2人の表情は真剣そのもの。両者の肉体も、実戦の時と遜色が無いほどに動きをまったく止めない。

 

低い気温の下で薄着になるなど明らかに良いことではないのだが、全身が熱を上げる今の2人にとっては寒さなど皆無に等しかった。

 

「ふっ……!」

 

「はっ……!」

 

顔面を狙ったフェンリルの、脇腹を狙ったレオの、2人のハイキックがぶつかり、反動で元への体勢へと戻る。

 

そこからすかさずフェンリルのフックのような軌道で右拳が放たれ、レオは左腕で防御。続く左拳も右腕でガードする。

 

そこで2人の動きが止まり、数秒間無言の力比べが続いた。

 

190に届く長身のフェンリルがレオを防御ごと押し潰そうとしている様子は、まるで人間が狼男に襲われているようだったが、そう簡単に食われてやるほど、レオも弱くない。

 

「っ……!」

 

力比べの状態からレオは両足で地面を強く蹴り、真っ直ぐ振り上げた右足でフェンリルの顎を狙う。

 

だが、フェンリルは咄嗟に両腕を離して後方へ数回のバックステップ。レオの右足はフェンリルの顎先をギリギリ掠めただけだった。

 

そのまま距離が開きそうになるが、逃がさんとばかりにレオが動く。

 

両者の距離は約3、4メートル。レオの足でも約3歩の踏み込みを必要とする距離だが、レオは振り上げた右足をそのまま振り下ろし、力強く地面を踏み抜き、蹴り抜く。

 

すると、前へと歩を進めたレオの体は地面を滑るように加速し、両者の間にあった距離を一瞬でほぼゼロにした。

 

驚愕するフェンリルは知らないが、それは八極拳の中の秘門の歩法『活歩』。

 

構えを崩さずに急接近したレオは、右足の震脚で地面を踏み抜き、前に向けた左拳を後ろへ、腰溜めに引いた右拳を前に突き出す。

 

2人の距離はすでにぶつかる寸前。振り抜かれつつあるレオの縦拳は、まっすぐフェンリルの胸元を捉えている。

 

 

これで決まった。

 

 

もし、第3者が2人の組み手を見ていれば、大抵はそう思っただろう。

 

だが、ヴァレリア解放戦線の副隊長はそんな甘い相手ではなかった。

 

「甘い!!」

 

気合を入れた声と共に、目を見開いたフェンリルの肉体が弾かれたように動く。

 

レオが『技』と『力』をぶつけてくるのなら、フェンリルはその2つに『速さ』と『鋭さ』を重ねて上回り、迎え撃つ。

 

フェンリルの左足が地面を蹴り、反動と共に真上に跳ね上がった膝が、突き出されたレオの右腕を真下から打ち上げた。

 

「くっ……!」

 

痛みと衝撃によってインパクトの半分以上を殺され、レオの拳は力を失った。

 

そして、自分に迫る脅威を無力化したフェンリルは、すでに掌底の構えを取った右腕を真後ろへ引いていた。

 

それを見て、レオは自分に放たれようとしている攻撃を理解するが、拳を振り抜いた体勢からではどうやっても回避が間に合わない。

 

そして、掌底の直撃によって吹っ飛んだレオが雪の上に倒れ、勝敗は此処に決した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「あぁ~……行けたと思ったんだけどな~」

 

脱力感と悔しさを混ぜたような声を出したのは、雪の上に仰向けで倒れるレオ。

 

「確かにあの歩法には驚かされたが、前動作が目立ったな。アレだと勘の良い奴には“何か仕掛けてくる”という警戒を持たせてしまう」

 

手を差し伸べたフェンリルの説明を聞き、体を起こしたレオは防寒の為にロングコートを羽織り、タバコに火を点けて打開策を考える。

 

レオが二刀小太刀の次に得意とするのが徒手空拳。そこへ暗器が追加される。

 

だが、こうして本気の組み手をすると、やはり実戦でも同じ戦い方をするフェンリルに分がある。多分、リンリン相手でも同じ結果だろう。

 

小太刀なら互角、素手+暗器なら一歩劣る。それが現在のレオの強さだ。

 

こうして、改めて自分の強さを自覚すると、エールブランに言われた言葉が脳裏に強く蘇ってくる。力が足りない、という事実が。

 

「……レオ、そのままでいい。聞いてくれ」

 

フェンリルの声に俯き気味だったレオの視線が持ち上がる。

 

背中を向けるフェンリルの姿からは後悔と自責の雰囲気が強く漂っており、今から話すことの重要性が十分に伝わってくる。

 

「もう気付いてると思うが、あの黒狼の獣人、スルトと俺は知り合いだ。かつて同じ師の下で修行を積み、共に力を磨いていた。兄弟弟子、というやつだ」

 

レオはまだ何も言わず、紫煙を吐き出す。

 

前の戦闘で半分暴走したとはいえ、普段のレオにとってもスルトは許せない。恐らく、心の中の殺意を否定出来ない。

 

だが、今話をしているフェンリルの様子から見て、その時のスルトとはかなり親しい仲だったのだと想像出来た。

 

「強くなりたい。その想いは共に同じだった。だが、スルトの場合はソレが行き過ぎていた。奴はただひたすらに強さを追い求め、掟を破り、血に塗れた狂気の道に走った」

 

狂気。確かにその言葉はスルトにしっくり来る言葉だ。

 

守りたい者や超えたい者がいたわけでもなく、ただ強さを求め、殺し合いに身を投じ、やがては血に酔って戦場を彷徨う。

 

強く。もっと強くと、ただ“力”のみに固執し、命を奪うことに喜びを感じるようになった果ての姿があの狂犬だ。

 

「外道ととなった奴の強さは、すでに俺の師をも上回っていた。情けないことに、俺は師を殺されても、恐ろしさを感じて戦うことすら出来なかった」

 

その言葉には、滲み出すような後悔の念があった。

 

スルトがああなってしまったのは、間違い無く本人の過ちだろう。

 

だが、フェンリルはスルトが許せないと思いながらも、立ち向かう事すら出来なかった。そんな過去の自分が同じくらいに許せなかった。

 

「世の中では、そう珍しくもないつまらん話だ。だが、俺にとっては一生涯を掛けてでも着けなきゃならんケジメだ。掟や師匠の為もあるが、何より俺が納得できん」

 

そこまで言って、振り返ったフェンリルはレオを見た。

 

「この話をしたのは、すでにお前がスルトとの間に浅からぬ因縁を持ったからだ。レイジにも話したが、お前もアイツには用があるんだろう?」

 

「ええ。少なくとも、あの虫唾が走る笑みを二度と浮かべられないようにはしてやりたいですかね」

 

口調こそ変わらないが、僅かに俯かせたレオの瞳の中には隠せぬ殺意があった。

 

敵に殺意を抱くのはおかしなことではないが、レオとしても、スルトには思うところが出来た。少なくとも、フェンリルに全てを任せるつもりは無い。

 

「そうか……この話は、心の片隅に置いていてくれればいい。今日は組み手に付き合ってくれて助かった。機会があれば、また頼む」

 

そう言ってフェンリルは身を翻し、街中へと歩いていく。

 

その背中を見送り、レオは深い呼吸と共に紫煙を吐き出した。

 

(因縁、か……)

 

空へと上っていく紫煙をぼんやりと見詰めながら、レオは考える。

 

一生涯掛けてでも着けなければならないケジメ、レオにそんなものは無い。いや、有ったかもしれない。ただ、レオの場合は憎む相手もいないが。

 

姉の事件を解決した四季会のメンバーがそれに当たるのかもしれないが、レオは彼等を憎いと思ったことは無い。

 

(結局、僕の中にあるのは“後悔”だけか……)

 

最も親しい家族を守れなかった無力感、結局レオはそこに行き着いてしまう。

 

「ダメだな、こんなんじゃ……」

 

左手で頭を掻き、口元近くまで吸い終えたタバコを携帯灰皿に放り込む。

 

立ち止まってる場合じゃない、と気持ちを切り替え、立ち上がったレオはもう姿が見えないフェンリルと同じく、街中へと歩を進めた。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「……さてっと、物資の積み込みは終わったし、アミル達から頼まれてたパンの材料も発注完了っと。でも、夕食までまだ時間あるな……」

 

頼まれた仕事をほとんど消化し終えたけど、夕食の手伝いに向かうには時間的にまだ早い。

 

あ、それと補足説明すると、僕は不定期で厨房の方に顔を出して料理を作っている。皆のロングマフラーを編んだ一件から、料理が出来るという情報も知られ、手伝いをしている。

 

まあ、毎日じゃないし、料理は家事の中で一番得意だ。

 

ちなみに、僕と同じように不定期で厨房を手伝うメンバーの中はアミルとエアリィに加え、サクヤさんもいたりする。

 

そんなわけで、道を歩きながら除雪か小太刀の鍛錬、どちらをするか考える。

 

だけど、目前の曲がり道から雪を踏む足音が聞こえたので、やってくる人とぶつからないように歩を止める。

 

すると案の定、曲がり道の奥から慌てたように人影が飛び出して来た。その人影の正体は、先端にウェーブの掛かった金髪ですぐにわかった。

 

「エルミナ……?」

 

そんな慌ててどうしたの? と訊ねようとしたけど、エルミナの目元に少しだけ涙が溜まっているのが見えて、言葉が止まった。

 

「……何かあったの?」

 

気が付けば、普段よりもトーンの低い声が出ていた。

 

どうやら、誰かに泣かされたのではないか、と思い、少し殺気が漏れたらしい。いかんいかん。

 

「い、いえっ……これは、違うんです!……えとっ、そのっ、私、買い出しの途中なので、失礼します!」

 

僕の声に嫌な予感を感じたのか、エルミナは慌てた口調で否定する。でも、嘘を言っているようには見えない。誰かに泣かされたわけではないようだ。

 

出来れば話を訊きたかったけど、ペコリと頭を下げて走り去っていく後ろ姿を見て、追い掛けるのは逆効果だと思ってやめた。

 

「……いやいや、それは考え過ぎでしょう!」

 

今度聞こえたのは足音じゃなくて、それなりに大きな人の声。それも結構聞き覚えがある声だったね。

 

エルミナが飛び出してきた曲がり道を進んでみると、そこには何かの話をしている最中のレイジとアイラさんがいた。

 

「2人共、こんなところで何やってるんですか? たった今、エルミナが涙目で道を走っていきましたけど……」

 

「おお、レオ! ちょうど良かった。お前からもアイラ姫に何か言ってやってくれ!」

 

「何を言う。大切だと思う存在を大切にして何が悪いというのだ」

 

駆け寄ってきたレイジの言葉にアイラさんが不満そうに答えた。

 

「えっと、とりあえず……エルミナは何で泣いてたんですか?」

 

「遊びたがっていた犬が物陰から飛び出して来て吼えられたんだ。どうだ? エルミナが泣いても仕方ないだろう?」

 

「ああ、なるほど。それは仕方ない…………のかな?」

 

何処か胸を張って答えたアイラさんの言葉に、僕は数秒の思考フリーズを強いられた。

 

ちょっと、落ち着こう。幸い記憶はハッキリしてるから今の言葉を思い出せる。

 

原因は確か……物陰から飛び出てきた犬に吼えられたから。これは、仕方ないのだろうか? 自慢じゃないけど、僕動物にはよく懐かれる体質だし……ってそうじゃない。

 

「ほら、見ろよ。レオだって固まっちまった。やっぱり、アイラ姫はエルミナに甘過ぎなんだって。それじゃあエルミナの為にもならないよ。エルミナだって戦えるんだから」

 

「お前の言い分も理解はしている。だが、先程も言っただろう。他の仲間の助けが間に合わなかったり、敵がエルミナの力を上回っていたらどうする? 一体誰がエルミナを助けるのだ」

 

「いや、だから考え過ぎだって!」

 

「予測できる事態には全て備えておくべきだ。でなければ安全とは言えない」

 

「その理屈で言うと、最終的には天候の変化や事故にも気を配らなきゃいけなくなっちゃいますけどね。2人とも、まずは少し落ち着いて」

 

少し熱が入ってきた会話を打ち切る為に苦笑交じりで割り込みを入れる。

 

とりあえず、2人の会話を聞くだけで、話の内容は大分理解できた。

 

つまり、アイラさんの過保護っぷりにレイジが異を唱えたけど、アイラさんはエルミナを大事に想っているが故に何と言われても譲らないわけか。

 

僕も姉がいた身だけど、僕の場合は姉さんも此処まで過保護じゃなかった。

 

まあ、アイラさんは本当にただエルミナが大事だから心配してるだけなんだろうけどね。

 

でも、この場合はレイジの発言にちょっと分が有るかな。本人が気付いてるかは分からないけど、アイラさんの言葉には我欲が混じってるし。

 

しょうがない。此処は少し、アイラさんに妥協してもらおう。

 

「つまりアイラさんは、エルミナが危ない目に遇うのが嫌だ、ということですか?」

 

「そうだ。そんな事態は私が許しはしない」

 

僕の質問にキッパリと即答するアイラさん。本当にエルミナを大事に想っているんだと強く伝わってくるけど、此処で折れてはいけない。

 

「じゃあ、何でエルミナを前線に参加させるんです? 危ない目に遭わせたくないっていうなら、拠点や街中で待ってもらえばいいでしょう」

 

「何を言っている。魔法はもちろん、ローレライの歌も含めて、エルミナには並みの術者より優れた力が有るんだぞ。帝国の雑兵如きにやられるものか」

 

「確かにそうです。でも、物陰から飛び出して来た犬に吼えられただけで泣き出す精神力で、帝国の化け物を相手にこれから先戦えるんですか?」

 

「むっ……」

 

ちょっと会話を誘導したみたいで卑怯だけど、どうやら言葉を詰まらせたアイラさんは僕の言いたい事を理解してくれたらしい。

 

帝国の雑兵如きにやられない、アイラさんはそう言った。

 

確かにエルミナの魔法は僕から見ても並みの術者よりも飛び抜けてる。それに加えて彼女は歌姫(ローレライ)だ。

 

けど、エルミナの精神面が弱いのも残念ながら事実だ。このままにしておいても、良いことは無い。

 

まあ、僕の伝えたいことを纏めると、本当にエルミナを大事に想ってるなら彼女が1人の状況でも平気なようにするべきだ、ということだ。

 

そして、どうやらそれは伝わったようで、アイラさんは頷いて顔を上げた。

 

「うむ、確かにそれにも一理あるな。よし、近々エルミナに戦闘の手解きをするとしよう」

 

「おお、すごいなレオ! 頑固に否定してたアイラさんを説得しちまった。でも、これでエルミナもようやく1人でも平気なようになるな」

 

「む? 何を言っているレイジ。私が間に合うまでの時間稼ぎが出来るくらいで充分だろう。エルミナを助けるのは私なのだからな」

 

「え?」

 

返ってきたアイラさんの言葉にレイジが疑問の声を上げたが、すでにアイラさんはボソボソと言葉を呟きながら身を翻していた。

 

「どんな修行をさせるべきだろうか。あまり厳しいものではかわいそうだからな。どうせならエルミナを鍛えつつ喜べるようなものにしよう。アレとアレを合わせれば……うむ、上手くいきそうだな」

 

耳を済ませて呟きを聞き取った結果、どうやらレイジが言いたかった“甘やかし過ぎる”という言葉は上手く伝わらなかったらしい。

 

「……ハァ~、これって良い方向に変わってくれったって思っていいのか? 根本的に何も解決してねぇんだが……」

 

「今はコレが精一杯、かな。僕達がアレコレ言っても、結局はお節介みたいなもんだからね。やっぱり、エルミナやアイラさんが自分で決断しないと」

 

溜め息を吐いたレイジの肩を軽く叩き、僕達2人も歩き出した。

 

すぐ大通りに辿り着き、2人揃って大きく息を吐く。なんだか、話をしただけなのに凄まじく疲れた。主に精神面で。

 

「……って、けっこう時間経ってるな。夕食作るの手伝わなきゃ。レイジ、何か食べたい物のリクエストとかある?」

 

「あ~……何か肉とか食いたい気分じゃねぇし、温かいスープとかで頼む」

 

「了解。確か物資の中にあった大量のトウモロコシを冷凍保存しておいたから、コーンポタージュでも作ろうかな」

 

「おお、アレ大好きだわ。期待してるぜ~」

 

互いに軽く手を振って別れ、僕は酒場に、レイジは街の外へ向かう。多分、ユキヒメさんと合流して軽く鍛錬でもするんだと思う。

 

レイジの背中を見送り、僕は身を翻して酒場へと向かった。

 

 

 

 

んで、厨房でコーンポタージュの案をサクヤさんに進言してみた結果……

 

「コーンポタージュ? それはいいわね~……でも、こっち(エンディアス)にあの料理自体無いから、レシピも無いのよ」

 

「なん……だと……っ!」

 

エルデとエンディアスの食文化の違いを思い知らされ、僕の記憶と腕を頼りに厨房メンバー全員の前で作ることになった。

 

どうして、こうなった……!

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はフェンリルとアイラのサブイベントをやらせていただきました。ただ、本来ならアイラのサブイベントは時期的にもう少し先なんですがね。

次回はストーリーの進行を進めます。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話 聖王国の決戦

カラミティ様、スペル様、つっちーのこ様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はルーンベール首都でドンパチやらかします。アイラ姫がちょっと主人公で無双です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 レオの予期せぬ活躍(?)によって食事のメニューの幅が広がった翌日。クレリアに在住する解放戦線のメンバー全員が、サクヤの指示によって酒場に集められていた。

 

「みんな、お待たせ。さっそく会議を始めましょう。まずは、現状についてだけど……」

 

全員の視線がサクヤに集り、聞こえてくる声に耳を傾ける。

 

「精霊王の解放から、霊峰グレイシアを含めてクレリア周辺の敵はほぼ掃討完了。今のところ戦況は落ち着いてるけど、残っているのは……」

 

「……首都を制圧した主力部隊とスルト、ですか。俺もヤツを前線に引きずり出そうと色々やってはいますが……中々乗ってきませんね」

 

サクヤの報告に乗っかる形でフェンリルが重々しく口を開いた。

 

周辺にいた帝国の戦力は確かに掃討されたが、それでもまだルーンベールの王城を制圧した主力部隊とスルトが残っている。

 

しかも、スルトは前に補給部隊を襲った時からまったく前線に現われていない。

 

「あの獣人の性格からして怖気付いたっていうのはありえませんし、帝国側も攻めあぐねてるんだと思います。こっちの情報を探ろうにも、周辺の敵は掃討しましたから」

 

「生き残った味方から情報を聞くことも、こっちに斥侯を出すことも出来ないってわけか。くそ、なんか良い方法はねぇのかな……」

 

腕を組んで考えるレオの言葉に、隣に座るレイジが苛立ち気味な声を出す。

 

そこで酒場の中が沈黙に包まれ、全員が頭を捻って打開策を探す。

 

やがて、一番最初にアルティナが声を上げる。

 

「動かない敵を引きずり出すなら、やっぱり囮かしら」

 

「私もそれは考えたんだけど、あの獣人が食いつくような餌が思い浮かばないのよ」

 

囮というのはサクヤも一度は考えた。

 

だが、流石に将軍1人と主力部隊が動き出すには陽動部隊の1つや2つでは足りなかった。下手に陽動に人数を割いて拠点の守りを手薄にするわけにもいかないのだ。

 

「餌ねぇ~、デカイ骨付き肉でも置いてみるか? スルトが食い付いた瞬間に最大出力の飛焔ぶちこんで肉もろとも消し炭にしてやる」

 

「あの野郎に食わせてやる肉なら腐ってるくらいがちょうど良いだろう」

 

「肉切るの面倒だし、腐った動物の死体で充分じゃないですか?」

 

上から順にレイジ、フェンリル、レオの口からお構い無しの毒が吐かれる。

 

どうやら、この3人のスルトへの嫌悪感は戦線でもトップクラスらしい。普段は温厚な人格の持ち主であるレオが何の遠慮も加えないのだから相当だろう。

 

3人が漂わせる暗黒オーラに他の全員が引き気味になる中、アイラが何処か自信を持ったような雰囲気で歩を踏み出してきた。

 

「その案も捨てがたいが、精霊王の卵を持ったルーンベールの王女、というのはどうかな?」

 

その言葉に、一瞬全員が言葉を失った。

 

今アイラが言ったことはつまり、自分自身を囮にして敵の主力部隊を誘き寄せる、ということだ。確かに、今のルーンベールの情勢下ではこの上ないくらいの餌だろう。

 

「た、確かにそれなら敵が動くかもしれないけど……私達が到着するまでの間、あなた1人で敵陣に孤立する形になるのよ!?」

 

「心配無用だ。これでも“氷刃の魔女”の2つ名をもらっている身なのでな。実力はあなたも知っているだろう? 追い込まれるどころか、逆に殲滅してくれる」

 

サクヤの危惧に答えたアイラの言葉に驕りの気配は無く、絶対の自信と闘志が感じられた。

 

この中でアイラの実力をよく知っているエルミナと竜那が否定の声を上げないということは、少なくとも易々と倒せる実力ではないのだろう。

 

「で、でもアイラ様! たった1人で囮なんて、そんな……」

 

だが、実力を知っていても囮の役割を担うことには不安がある。

 

この中でアイラと最も付き合いが長いエルミナは、言葉にせずとも賛成の様子ではない。

 

「心配しないで、エルミナ。たとえ危機に陥っても、あなた達が影から守ってくれているんだもの。それに、私は王女。この国を守るためには当然よ」

 

「で、でも……」

 

エルミナは言葉に詰まるが、数秒だけ視線を俯かせて考えた。

 

そして、顔を上げたエルミナは決意の宿した表情でアイラに一歩近付いた。

 

「わかりました。アイラ様が囮になるというのでしたら、私も一緒に参ります!」

 

「え、エルミナ!?」

 

予想も出来なかった案を出され、アイラは少なからず動揺するが、拒否の声が上がるよりも先にエルミナは言葉を続けていく。

 

「私もルーンベールの皇族の1人です。私が加われば、囮としての効果はもっと上がると思います。それに、今までずっと皆さんと戦ってきたんです! 決してアイラ様の邪魔はいたしませんから……!」

 

次第にエルミナは懇願すような視線で語りかけるが、虚を突かれたアイラはすぐに断る事が出来ず、深く考え込んでしまう。

 

だが、アイラがエルミナの願いに答えるよりも早く、レイジが2人に歩み寄った。

 

「こうなっちまったら止めても無駄だと思うぜ。それにエルミナだって充分強いし、傍にはアイラ姫もついてるんだ。心配は無用、だろ?」

 

そう尋ねたレイジの問いにアイラさんは数秒呆然となり、微笑を浮かべた。

 

「やれやれ、簡単に言ってくれるなクラントールの勇者殿は。いいさ、やってやろう。エルミナと私の2人が、お前達の活路を開こう」

 

「では、作戦は決まりだな。生き残ったルーンベールの皇族の生存情報なら、スルトは必ず動きます。隊長」

 

「そうね。それじゃあ、さっそく準備にとりかかりましょう! 作戦の詳しい段取りが決まり次第、首都の王城を目指して出発よ!」

 

フェンリルの決定にサクヤが号令を飛ばし、戦線メンバーが一斉に動き出した。

 

その中、身を翻して酒場を出ようとしたレオの肩をアイラが後ろから優しく掴んだ。

 

「レオ、今回の戦闘はルーンベール国内の帝国の戦力を排除する重要な一戦だ。“アレ”を使う機会は必ず来るだろう。準備はしておけ」

 

アイラはそれだけ言ってレオの肩を軽く叩き、隣を通り過ぎていった。

 

レオはその背中に何も言わず、懐から取り出したエールブランに貰ったグラマコアのカードを指先で軽く弾いて打ち上げる。

 

実を言うと、レオはすでにアイラからフォースの使い方を習っている。

 

レオ本人としては、まだ心の中に思うところがあったのだが、アイラはそんなレオの迷いを知ったことではないと言うように押し切った。

 

もうちょっと弟子の苦悩を尊重しても良いんじゃないの? とも思ったのだが、今となってレオの口に浮かぶのは、文句ではなく苦笑くらいだった。

 

何せ急に鍛錬を始めると推し進めてきた理由が、エルミナの修行メニューが思いついたから最初にお前で試す、である。

 

もう本当に、レオとしては笑うしかないのだった。

 

「……いよいよ、か」

 

落ちてきたカードを右手でキャッチし、今度こそレオは酒場を後にした。

 

それから数時間後、準備を整えた解放戦線はクレリアを出発した。

 

そこからアイラとエルミナは2人だけで移動して王城へ進行。その知らせを聞いたスルトは首都近辺に駐留した帝国の主力部隊を連れて出撃した。

 

 

 

 

   *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *   

 

 

 

 時間が経ち、ルーンベールの首都全体には夕日の光が差し始めていた。

 

街中に聳え立つ王城に、黒狼の獣人を先頭にしたドラゴニア帝国の部隊が足を踏み入れた。その軍勢を迎えたのは、大きな正門の前に立つアイラとエルミナの2人。

 

「お前がスルトか……なるほど、あの3人が嫌悪感を隠そうとしなかったのも頷けるな」

 

片手に氷の結晶を埋め込んだロッドを持ち、アイラは先頭を歩いてきたスルトと対峙した。軽く全身を見てみると、鎧にレオが刻み付けた3つの傷跡が修復されている。

 

スルトは周辺を軽く見回し、アイラ達以外に人が見当たらないことを確認した。

 

「なんだ、囮はお前等だけか。てっきりフェンリルの野郎も来てるかと思ったんだがな」

 

「囮だと、わかってたんですか……?」

 

「この戦況でルーンベール皇族の生き残りが単身で城に戻る。頭のネジがとことん緩んでねぇ限り、どう考えても罠としか思えねぇだろ」

 

エルミナが驚愕の呟きに溜め息を吐いたスルトが言葉を返す。隣に立つアイラは何も言わないが、他から聞いていたスルトの破綻性からこの展開は予測はしていた。

 

この血に飢えた獣人は、罠だと分かっていてこの場に出向いたのだ。それもご丁寧に主力部隊の殆どを引き連れて。

 

「ならば何故この場に現れた? お前の言葉を借りるなら、頭のネジがとことん緩んでいない限り、この場に策も無しで部隊を引き連れて来るのは異常だと思うが」

 

「ハッ! ……俺にとっちゃ、あの能無し司祭の言う国取りなんざ興味ねぇんだよ。俺はただ、この手で1人でも多くの敵をぶっ殺せれば満足なんだよ」

 

手に握る斧の刀身を舌で舐めながら、スルトは瞳の中に渦巻く狂気を放つ。

 

その様子にエルミナが僅かに怯むが、庇うように前に立ったアイラは変わらず冷静な表情でスルトの視線を受け止める。

 

「あくまでお前が望むのは殺戮であり、国取りはその行動の果てに存在する結果でしかないと言うわけか。なるほど、聞いていた以上の人格破綻者だな」

 

「単身で囮になりに来たお前等も良い勝負だと思うぜ。てなわけで…………死ねや」

 

スルトの言葉に続いて、側に控えていた何体もの帝国兵士やブリザードウルフが一斉に動き出し、アイラとエルミナに襲い掛かる。

 

その者達が手に持つ剣や爪が振るわれれば、アイラとエルミナの華奢な体など数分で血まみれの肉塊へと姿を変えるだろう。

 

だが、その刃と爪は1つも到達することなく、地面を突き破って出現した氷の壁に全て阻まれた。

 

「今のルーンベールの自然環境がどういう状態かは知っているだろう? 何せ、他でもないお前達が招いてくれた事態なのだからな」

 

夕日の光を反射させて輝く氷壁が徐々に崩れる中、その奥からアイラの声が聞こえた。

 

「本来、ルーンベールは温暖な気候の国だが、今は国土の7割が雪と氷に包まれた真逆の世界だ。しかし、天変地異も時としては人の力となる」

 

帝国兵士やブリザードウルフが警戒する視線の先で、アイラの手の平に凄まじい速度で白色の風が集まっていく。その正体は、大気中に無尽蔵に漂う冷気。

 

すると、崩れていく氷壁の欠片が宙に浮遊し、質量を増大させていくと共に形を変えていく。やがてソレは、アイラを囲む形で全長5センチ程の無数の氷の棘となった。

 

「皮肉なことにな……お前達の目の前にいるルーンベールの王女の力は、本来の状態よりも異常気象に晒された今の方が圧倒的に強力なのだよ」

 

直後、空中に浮遊した無数の氷の棘が四方八方に銃弾のような速度で放たれ、クレイモア地雷を炸裂させたような破壊の嵐を撒き散らした。

 

面制圧で放たれた無数の氷棘は近い順から敵を蜂の巣に変え、絶命させると共に後方へ大きく吹き飛ばした。

 

「なるほどな……有り余るくらいに周りに溢れてる冷気のおかげで、術の力が普段の何倍も引き上げられてるわけか」

 

一瞬で王城近くまで連れてきた戦力の2、3割がやられたが、スルトは動揺しない。

 

フォースは術者の技術次第で様々な力を生み出せる。

 

だが、今のルーンベールには大寒波によって雪や氷、占めては冷気が吐いて捨てるほどに存在する。ならば、それを掻き集めて術の効果を増幅にしてしまえば良い。

 

結果、アイラが最も得意とする氷結魔法の威力は、1の力で10や20にも届く程の違いをもたらしていた。

 

「いいねぇ~……思ってたよりずっと楽しめそうじゃねぇか」

 

だというのに、撒き散らされた氷棘は1つたりともスルトに届かなかった。

 

それもそのはず、スルトは氷棘が放たれた瞬間、自分のすぐ傍にいた兵士の体を盾に使ってダメージを無くしたのだ。

 

自分の手の中で死んだ兵士をゴミのように放り投げ、スルトは笑みを浮かべる。

 

そんな時、王城の外から幾つもの爆発や打ち合う金属音が聞こえてきた。

 

「お前に……いや、お前等にずっと言っておきたいことがあった」

 

アイラの静かな声と共に、手の平に集まった冷気はさらにその勢いを増していく。集束した冷気はやがてアイラの手を離れ、巨大な白い竜巻へと姿を変えた。

 

「この国は、今は亡き我が兄と弟が眠りし大地だ。その聖域を此処まで荒らしたからには、地獄も生温いと感じる苦しみを覚悟しろ。その腐りに腐った魂、1つ残らず粉々にしてくれる」

 

怒りの熱すら吹雪に捧げ、枯れることない激情は無慈悲なる断罪となって具現する。

 

逃れようとする敵を飲み込み、肉体の全てを凍結させ、軽く横に手を払うだけで出来上がった氷像が一斉に砕け散る。

 

そんな時、城門の近くを固めていた兵士達が、爆風と共に纏めて吹き飛んだ。

 

その場にいる全員の視線が集まると、そこには青い光を噴き出す大太刀を手にした者を先頭に、5人の影があった。

 

 

「生きようと願う者達の……我等の結束と怒りを嘗めるなよ、化け者共が」

 

 

吐き捨てるように、されど刻み付けるように、アイラ・ブランネージュ・ガルディニアスは闇の軍勢に宣言した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 レイジとユキヒメの一撃で城門前の敵を薙ぎ払い、続いてレオ、サクヤ、リック、フェンリルの4人も数歩遅れて入城する。

 

そこから見えたのは、城の庭園の面積を半分以上埋め尽くす程の敵の群れ。だが、その光景に圧倒されるメンバーはこの中の誰にもいない。

 

皆がそれぞれ武器を構える中、レオは両手の小太刀を鞘に納めてグラマコアのカードを取り出す。

 

「……お願い」

 

それだけ言うと、青色のカードはガラス細工のように砕け散り、飛び散った無数の光がレオの体に付着して輝きを放つ。

 

まず最初に変化するのは身に付ける衣服。

 

一番上に羽織っていたロングコートと一緒に小太刀が鞘と共に消え、黒色のズボンは薄い青色に、真っ白のYシャツは水色に変わる。

 

そして、Yシャツの上に左手だけ暗器を仕込んだホルスターが装備され、それを隠すように真っ白の丈が太もも近くまであるトレンチコートを着る。

 

最後に2本の小太刀、麒麟と龍麟の光が左右の手に近付き、グラマコアがこの力を使う際、レオに最適と判断した武器に姿を変える。

 

左手にはコートの上から装備された白銀のガントレット、クリュスタルス。だが、普通の物とは違い、後部から氷で出来た剣が冷気を漂わせながら飛び出している。

 

右手には2メートルに届く長い棍棒、ミヅハノメ。いや、片方の先端にサファイヤのような青い宝石が埋め込まれているので、実際には杖なのかもしれない。

 

外見だけを見るなら、先程までとは別人にすら思える真逆の色を宿した姿。

 

これが、エールブランから貰った力、グラマコアを使用したレオの姿だった。

 

「さて……行こうか、グラマコア」

 

右手に持った棍棒で肩を叩きながら呟き、レオは自身の周囲に満ちた精霊たちの輝きを背中に真っ直ぐ突っ込んでいった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 少数対多数のせいか、戦場はすぐさま大乱戦の戦場と化し、僕達の位置とアイラさん達の位置から見て互いに真ん中にいるスルトは黙って戦場を見ている。

 

片方ではアイラさんの起こす猛吹雪とエルミナの爆炎の嵐が吹き荒れ、もう片方ではレイジの斬撃によって発生した衝撃波が暴風を生む。

 

派手さなら場外よりも格段に大きい城内で戦闘が開始され、レイジを先頭に突っ込んでいった僕達は、すぐにそれぞれで多数の敵を相手にしていた。

 

もちろん、それは僕も同じだ。

 

剣を振り上げながら迫る兵士に向かってこっちから近付き、そのすぐ左隣を通過する瞬間に棍棒を兵士の両足に引っ掛け、腰の捻りと共に右薙ぎに振り抜く。

 

すると、兵士の体は両足い続いて後ろに引っ張られ、空中に浮かんで見事な一回転を決める。その後に、何をされたのか気付かない内に頭から地面に落下する。

 

続いて左手を棍棒から離し、左側から斬りかかって来た兵士の手首を手刀で叩いて斬撃の軌道を大きく逸らす。

 

目の前を兵士の腕が通り過ぎ、僕は震脚と共に突き出した左肘で兵士の腹部を鎧越しに叩き、『徹』によって防具を素通りさせた衝撃で骨を砕く。

 

そのまま左腕を振り抜き、棍棒を両手で握りながら横へ動く勢いを利用して回転。一斉に飛び掛かってきた数匹のブリザードウルフの顎をへし折って後退させる。

 

もうすでに10体以上は戦闘不能にしたけど、周りにはまだまだ敵がいる。

 

だから、ここは1つアイラさんに教えてもらった魔法の成果を披露するとしよう。

 

左手を頭上に掲げ、少し目を見開きながら精神を集中する。

 

 

『今ここにあるものを見ず、今ここにあるものではないものを見ろ』

 

 

鍛錬を受ける前にアイラさんが、まずこれだけを覚えておけ、と念を押した言葉。

 

とんちのようなその言葉を聞いた時には意味も分からなかったし、正直今もハッキリとは分かっていない。だけど、不思議とその言葉は魔法を使用するたびに頭に浮かぶ。

 

すると、棍棒の先端に埋め込まれた宝石が輝き、ガントレットの後部から飛び出している氷の剣から凄まじい勢いで冷気が噴き出す。その冷気は僕の周囲に漂う精霊達の光と一緒に手の平に集まっていく。

 

だけど、僕の魔法はアイラさんのとは違い、すぐに質量を宿して膨れ上がっていく。

 

これがグラマコアの武装の1つ、クリュスタルスが与えてくれる能力。

 

後部の氷剣から常に大気中の冷気を吸収して内部で圧縮、僕の自由なタイミングでそれを解放して術の威力を上昇、または発動速度を短縮出来る。

 

やがて僕の手の平に生まれたのは、3メートルにも届く巨大な氷の球体だった。

 

「アイスシェル」

 

呟いて、氷の砲弾をボーリングよろしく回転の遠心力とアンダースローのような型で投擲。轟音を立てて地面を抉り、直線状の敵を派手に吹っ飛ばす。

 

帝国側から様々な悲鳴が響く中、僕はチラリとスルトに視線を向けてみる。

 

すると、まだ動いていないスルトとちょうど目が合った。だけど、スルトは僕に向かって相変わらず虫唾が走る笑みを浮かべるだけだった。

 

(へぇ……)

 

予想から外れた反応に少しカチンと来た僕は少し目を細め、棍棒で肩を軽く叩く。

 

その時、背後から4人の兵士が剣を構えて近付いてきた。

 

僕は後ろを振り返らず、左手だけで棍棒を右脇腹から腰の後ろに通して上半身だけ抜刀術を放つような構えを作る。

 

そのまま後ろに大きくバックステップし、兵士の懐へと逆に飛び込む。突然の行動に距離感を狂わせられた兵士は動きを固め、隙が生まれる。

 

得物と構えはそのままに、バックステップで足が地面に着地した瞬間、重い震脚が地面を踏み鳴らす衝撃音が響く。それと同時に全身の重心を左へ傾け、上半身と腰を瞬発力を生かして思いっきり右に捻る。

 

そこから左腕を振り抜くと、僕の背中と兵士の鎧の間にあった棍棒の打撃面に全ての運動エネルギーが集束する。

 

横に並んだ4人の兵士全員がばぁんっ、という軽い破裂音と共に砲弾のような速度で来た道を真っ直ぐ吹き飛んでいった。

 

その際、3人の兵士は直線状のボーンファイターやブリザードウルフを巻き込んで薙ぎ払い、仲良く道ずれを連れて庭園の端に激突。

 

残りの1人も同じく道ずれを作りながら吹き飛ぶけど、その最終的な行き先は庭園の端ではなく、スルトの目の前だった。

 

以前の僕なら到底実現出来なかった芸当だけど、レイジ達と同じくフォースによる身体強化が出来るようになった今ならばこのくらいは難しくない。

 

しかも、グラマコアの武装、ミヅハノメとクリュスタルスは僕が身に付けた体術とすこぶる相性が良い。今の攻撃も、八極拳の『寸勁』と伊吹の本家で中学卒業まで習った棒術の合わせ技だ。

 

だけど、今まで僕がフォースの身体強化を使っていないと言ったら、皆から揃って信じられないと言う感じの視線をぶつけられたのはまだ記憶に新しい。

 

その場から少し歩き、僕は何も言わずグラマコアの力を解除。光が弾けると共に黒いロングコートを羽織り、両手に小太刀を握る。

 

そして、その先にいた4人の仲間と横並びになる形で合流する。

 

「いつまで慣れねぇことしてやがんだよ」

 

「さっさと降りて来い。お前はこの場で仕留めてやる」

 

「ちなみに、恐怖を感じたとかの下らない冗談は挑発でもいらないので」

 

レイジが大太刀を突き出し、フェンリルさんが鉤爪を展開した両手を握り締め、僕が両手の小太刀を構えてスルトを睨む。

 

周りにはまだまだ敵が残っているけど、問題無い。スルトと一緒に纏めて相手をすればいい。僕達3人はもちろん、サクヤさんとリックもそのつもりだ。

 

そして、この状況で何の反応を示さない程、僕達の前にいる獣人の思考はマトモじゃない。

 

「ははっ……ひゃはははっ! ……いいぜ! いいぜお前等! ルーンベールの王女といい、お前等といい、前以上に俺の刃を疼かせるじゃねぇか!!」

 

天に向かって吼えたスルトは笑みを浮かべたまま瞳の中で殺意と狂気を沸騰させて高く跳躍。牙を剥き出しにした黒狼が僕達の頭上から襲い掛かってきた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はアイラ姫の活躍とグラマコアのお披露目でした。とりあえず、兄と弟が死んでケイロンまで殺された状況でアイラ姫が怒りを覚えないはずがない。

グラマコアの武装、長棍棒のミヅハノメの見た目は『DOG DAYS』のエクスマキナの両先端にサファイアを埋め込んだ感じ。

ガントレットのクリュスタルスは『鋼殻のレギオス』のサヴァリスの天剣の後ろ部分を氷の剣にした感じです。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話 憧れを越えたその先へ……

1つに纏めると文字数がとんでもないことになったので、2つに分けました。

今回はVSスルトですが、ちょっと出番が偏ってるかもしれません。

では、どうぞ。




  Side Out

 

 レオ達5人はそれぞれの方向に散って斧をかわす。そこから放たれた衝撃波が地面を砕き、盛大な土煙を撒き散らした。

 

そして、すぐさま土煙の中から笑みを浮かべたままのスルトが飛び出して来た。その進行方向にいるのは、スルトの接近を察知して振り返るサクヤ。

 

右薙ぎ、左薙ぎに振るわれる斧を右手だけで振るう長刀で流して弾き、続く唐竹に振り下ろされた斧を踊るような左へのターンで避ける。

 

サクヤは振り下ろされた斧の柄部分を踏んで高く跳躍。そして、斧を振り下ろした体勢のスルトの背中からリックが炎を纏う大剣を右薙ぎに振るって斬りかかる。

 

だが、スルトは地面に振り下ろしていた斧をそのまま背後に振るってリックの大剣を受け止めた。2人の間を炎が漂うがスルトは表情1つ動かさない。

 

そこへ側面から接近したレイジと頭上から落下するサクヤが斬りこむ。

 

レイジとサクヤの接近に気が付いたスルトは大剣を受け止めていた斧を上に跳ね上げ、右足を振るってリックに蹴りを放つ。

 

その蹴りの威力は前の戦闘でレオの肋骨をへし折ったことからリックも理解している。間に割り込ませた大剣の刀身を横に倒して受け止め、反動で吹っ飛びながらもどうにか防ぐ。

 

リックを押し退けたスルトはレイジの斬撃を宝石の付いた左手の手甲で横殴りに弾き、頭上から振り下ろされた斬撃を斧で押し返してサクヤを吹き飛ばす。

 

「ブレイズ!」

 

リックが発動させた魔法の爆炎とハイブレードモードの姿から放たれる衝撃波が左腕に直撃するが、スルトの表情に苦痛の色は無く、むしろ笑みが濃くなっている。

 

「スルトォ!!」

 

そこへ突撃するのは、鉤爪を展開して憤怒の表情を浮かべるフェンリル。怒りと殺意を浴びたスルトは短い笑い声を漏らし、正面から迎え撃つ。

 

脳天を狙って振り下ろされたフェンリルの鉤爪がスルトの手甲に阻まれ、胴元から下を斧の横薙ぎで斬り落とそうとしたスルトの腕をフェンリルの腕が掴んで抑える。

 

数秒間の力比べが起こったが、先に動き出したフェンリルの右足のローキックがスルトの左足を叩き、続いて前方に放たれた左膝蹴りが腹を打つ。

 

スルトは衝撃で僅かに後退するが、打ち込まれた蹴りは黒みを吸ったような金色の鎧に衝撃を散らされて有効打にはなっていない。

 

「どうした? こんなもんかよ、フェンリルゥゥ!!」

 

振り下ろされた斧に続いて衝撃波が放たれ、その後ろをスルトが走る。

 

フェンリルは衝撃波をサイドステップで避けるが、回避先にスルトに回り込まれ、振り下ろされた斧が左腕を斬り裂いた。

 

「ちぃ……!」

 

悔しげな声を上げたフェンリルは左の鉤爪で斧を弾き、両足で地面を蹴ってスルトを飛び越えるほどの高さまで跳躍。同時にスルトの首を狙った蹴りが放たれる。

 

スルトは首を傾けて蹴りを回避。フェンリルが着地して背中合わせのような状態となり、そこから両者同時に放たれた後ろ回し蹴りが激突する。

 

人間より基礎スペックで数段勝る獣人、それも同門の流派を学んだ故か蹴りの威力は人間同士の対決では中々聞くことの出来ない音で理解できた。

 

足に伝わる反動が互いの距離を開かせたが、スルトは着地した瞬間に身を翻して旋風を起こすような速度で斧を振るう。

 

直後、ガァァン!! と大きな金属音がその場に響き、スルトの鎧と足元に少量の血が垂れる。

 

その上では、武器を突き出したレオとスルトが至近距離で睨み合っていた。と言っても、睨み付けているのはレオだけで、スルトは笑みを浮かべている。

 

レオは右手の麒麟で『射抜』を放ち、左手の龍麟を逆手に握ってスルトの斧を押し留めている。だが、完全に防げたわけではないらしく、斧の刀身が少し左肩に斬り込んでいる。

 

スルトは振り向き様に斧を右袈裟に振るってレオに傷を負わせたが、決して無傷ではない。盾にした左手がレオの『射抜』によって手甲ごと貫かれている。

 

「惜しかったなぁ……」

 

(こいつ……前より強い……!)

 

左肩に走る痛みに耐えながらレオが心中で呟いた言葉は、他の4人も同じく思ったことだ。前回手を抜かれていたのか、それとも未だに進化が止まらないのか。

 

「良いこと教えてやる。お前が傷を付けたこの鎧はな、帝国に入る前にぶっ殺した騎士から奪った物なんだよ。奪った時は金色だったんだがな、浴びた血を少しずつ……少しずつ吸って此処まで黒くなったんだよぉ」

 

何が良いことで楽しいのかもレオには理解出来なかったが、一つ言いたい事が出来た。

 

「アンタ、長年その調子みたいだけど……少し下品が過ぎるよ」

 

吐き捨てるように呟いたレオとスルトの瞳に強烈な殺意が蘇える。どちらにしても、この2人がやる事は変わらない。

 

お互いに刃が当たった状態から相手の痛覚を全力で刺激するように武器を手元に引き抜く。傷口から飛び出た鮮血が地面に飛び散るが、2人の表情は揺るがない。

 

 

『御神流奥義之弐・虎乱(こらん)』

 

 

至近距離から間髪入れずに放たれた二刀小太刀の乱撃。

 

流石に見たのが二度目ということもあって、スルトは鎧に数回の斬撃を受けながらも連続のバックステップで距離を取る。

 

レオは即座に『射抜』で追撃しようとするが、それを先潰すように放たれたスルトの衝撃波を回避する為に横へ跳んだ。

 

その回避先には回り込んだスルトが斧を振り上げているが、レオは慌てない。前とは違い、戦っているのは自分1人ではないのだから。

 

「おらぁぁぁ!!」

 

気合の声と共にスルトの真横から衝撃波が迫り、獣人の巨体を滑空させるように吹っ飛ばした。飛んで来た方向からは大太刀を手に持って走ってくるレイジ。

 

レオは吹き飛んでいったスルトの元に走りながら周りを見ると、サクヤ達は自分の近くにいる帝国の連中を相手にしている。

 

「やってくれるぜ……」

 

頭を抑えながら立ち上がったスルトの正面からレイジが大太刀を右薙ぎに打ち込む。スルトは軽いサイドステップで避けるが、その先で首筋を狙ったレオの『虎切』が迫る。

 

だが、放たれた抜刀の一撃は盾にした斧の刀身部分に当たり、火花を散らしながら横に滑る。レオはスルトの隣を通過して背中合わせのような状態から左手で龍麟を抜刀。身を翻して横薙ぎに振るわれた小太刀と斧がぶつかる。

 

そこからレオは麒麟を振り上げ、龍麟の峰中心に直角に叩きつける。

 

 

小太刀二刀流・陰陽交叉(おんみょうこうさ)

 

 

二刀の小太刀が斧を押し返し、後退したスルトをレイジが反対面から追撃する。

 

いつの間にか中間にスルトを置き、その左右からレオとレイジが絶えず連撃を打ち込むような位置取りとなった。

 

ほとんど間を空けずに攻撃を打ち込んでいるというのに、スルトは右手の斧と拳を握ることが出来ない左腕を振り回してコマのように攻撃を弾く。

 

(くそっ……!)

 

(攻めきれない……!)

 

現状に心中で苛立ちを吐き出しながら、レイジとレオは攻撃のギアを上げていく。

 

そんな時、2人の攻撃を防ぐスルトの目がある一角を捉え、口元がにやりと歪んだ。その笑みを見た途端、レオの背筋に強烈な悪寒が走った。

 

その笑みは、あの2人の子供を見つけた時の、残虐性に満ちた笑みによく似ていたから。

 

「っ……!」

 

焦るように小太刀と大太刀が一閃する。

 

しかし、スルトは獣人の脚力に物を言わせて高く跳躍し、戦場の一角へと素早く移動した。

 

レイジとレオはすぐに追い掛けようとするが、2人の進行方向に無数の帝国兵士が割り込んで足を止められる。

 

「こいつら……!」

 

「邪魔だぁぁぁ!!」

 

叫びと共に振り下ろされた大太刀から衝撃波が放たれ、数体の敵が吹き飛んで生まれた穴にレオが斬り込んで敵を斬り裂く。

 

凄まじい勢いで2人は包囲を食い破り、スルトの後を追った。やがて、進んだ先には白色の竜巻と爆発を起こす赤い光が見えた。

 

レオ達との距離はおよそ100メートル以内。進行方向には2人の兵士が立ち、その先に目を凝らして見ると、アイラとエルミナが背中合わせの状態で魔法を放ち、自分達の周りにいる敵を殲滅している。

 

その中で、ふとレオの瞳が大きく見開かれた。

 

エルミナのブレイズがボーンファイターを炸裂させる。その後ろから飛び出してきたブリザードウルフが牙を剥いて飛び出すが、地面から飛び出たアイラの数本の氷柱に体を貫かれる。

 

アイラの後ろから帝国兵士が斬り掛かるが、一箇所に集まった冷気が一瞬でその体を凍結させ、無色の衝撃波で粉々に砕いて吹き飛ばす。

 

その2人が背中を合わせた側面から凄まじいスピードで斧を構えたスルトが突っ込んでいたのだ。その距離はレオ達よりもかなり近い。

 

それを見たレオは、直感で理解した。アイラとエルミナの2人ではあの距離まで接近されたスルトを止められない。2人とも、あるいは片方を庇って1人が確実に死ぬと。

 

そして、理解と同時に気付いた。このままでは、間に合わない。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 今も僕とレイジの体は走り続けている。使っている武器の特性によるものか、駆け抜ける速度は僕の方が頭1つ速い。だが、2体の敵を間に置いた80メートル近くの距離を一気には縮めらることは出来ない。

 

この身を盾にしようとしても、『活歩』をフル活用しても、あそこへ辿り着く為の時間が足りない。目の前で、アイラさんかエルミナのどちらかが、あるいは両方が死ぬ。

 

(……死ぬ? あの2人が?)

 

エルミナ/アイラさんが死ぬ。

 

どちらか生き残っても片方が悲しむ。

 

同じ悲しみが連鎖してみんなが悲しむ。

 

何より、あんな楽しそうに、心から嬉しそうに笑い合っていた2人が二度と見られなくなる。

 

(そんな結末……認められるわけないだろ)

 

単純な思考連鎖の結果、自分でも驚くほど冷静な声が心の中で呟かれた。

 

何か手は無いだろうかと思考がフル回転する。だが、あの場に一瞬で辿り着ける手段など今の僕には存在しない。

 

 

…………いや、ある。正確には知ってる。

 

 

それを知ったのは、夢の中の人がやっていたことを見た時だ。アレならば、間に合う。

 

だが、今僕には使えない……いや、違うな。本当は使わなかっただけだ。

 

そうだ。今の僕にも使うことが出来るはずなんだ。だが、まだ足りない。力を出す為の何かが足りていない。

 

(届け……!)

 

意識の中で手を伸ばす。今まで朧気に見ていることしか出来なかった領域に。今自分が出す事の出来るありったけを立ちはだかる壁にぶつける。

 

今までは憧れていたものだった。そこに辿り着きたいとひたすらに鍛えることを続けてきた。不可能だと何度も思った。だが諦めなかった。諦めたくなかった。

 

自分が守りたいと思った者を守れなくて、悔しくて、理不尽な結末を変えたくて。

 

後悔することが何度あっても……それでも、ずっと手を伸ばし続けてきた。

 

だから、今この時から憧れるのはやめる。

 

高く、奥へ手を伸ばす。いや、届かせる。

 

今度こそ、守りたいと願ったものを守るために。レオは自分の前に立ちはだかる壁を越え、今までの自分を打倒する。

 

「届けぇぇぇぇっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……驚いた。思念の強さだけで私を起こすなんて。いいわ、その思いの強さに免じて、力を貸してあげる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何か、声が聞こえたような気がした。

 

そう感じた瞬間、僕の瞳に映る世界が音と色を失い、あらゆるものが動きを止めた。人も、獣も、武器も、土煙までもが止まっている。

 

いや、よく見るとほんの少し、ほんの少しずつ、スローモーションのように動いている。

 

その世界の中で僕は動けた。普段よりかなり遅いけど、それでも周りよりは確実に早く動けている。ただ、それでも普通に走るだけじゃあそこには辿り着けない。

 

力強く地面を踏み抜いて蹴り抜き、『活歩』の加速で地面を滑るように進む。

 

今まで一度の踏み込みで進むことが出来た距離は3、4メートル。だが、たった今地面を蹴った踏み込みは、ゆっくりと流れる世界の中で7、8メートルの距離を縮めた。

 

1人目の兵士を目の前に捉え、僕は龍麟を逆手に持ち替え、右手に握る麒麟を右薙ぎに一閃。兵士の首を通り過ぎ様にあっさりと跳ね飛ばした。

 

麒麟を振り抜いた体勢から再び『活歩』の踏み込み。滑るように加速しながら体を左回転させ、体勢を元に戻す。

 

同時に、逆手に握った龍麟を真後ろに突き出し、通り過ぎた2人目の兵士の心臓を背後から貫く。

 

これで障害物は消え、僕は連続の『活歩』で跳躍の勢いを維持したまま両手の小太刀を鞘に納めて駆け抜ける。

 

そうして……何度目かの跳躍で、僕は理不尽に打ち勝った。

 

(今なら……やれる!)

 

絶望的だった距離はゼロへと縮まり、僕の目の前には斧を振り上げたスルトが、背後にはアイラさんとエルミナがいる。

 

鞘に納められた二本の小太刀の柄に手を添える。

 

「御神流奥義之陸(ろく)……」

 

突進すると共に左手で龍麟を抜刀。スルトが振り下ろした斧を真横に容易く弾く。

 

そして、続く3連の斬撃が空間を走り、スルトの体を鎧越しに深く斬り裂いた。

 

「……薙旋(なぎつむじ)」

 

悲鳴よりも先に斬撃を浴びたスルトの体が吹き飛び、鮮血が宙を舞う。狭い範囲に振る赤い雨の中、レオは色を取り戻した世界で呟いた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ドラゴニア帝国に4人しかいない将軍の1人がこんなに弱いわけがない。そう思い、3馬鹿の1人のスルトが強いです。

多分、あと1、2話で第3章は終わりに出来ると思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話 悲しい再会

川橋 匠様、スペル様、赤バラ様、桐生 乱桐様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は一戦目の決着と第二戦です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 その時、何が起きたのか誰も理解出来なかった。

 

レイジ達も、アイラとエルミナも、スルトも、誰一人として例外はない。

 

レイジ、リック、フェンリル、サクヤは仲間の絶体絶命の危機を阻止しようと走り、スルトは自分の標的に必殺を確信した。

 

次の瞬間、アイラかエルミナ、あるいは両方の命が散り、その場に惨劇が生まれる。

 

はずだった……

 

その惨劇を異変と共に覆したのは、レイジの少し前を走っていたレオだ。

 

まずは突然その姿が世界から消失し、足元の地面がバァン! と大きな炸裂音を鳴らして砕け散った。それも一度ではなく、数メートルの間隔を空けてほぼ絶え間無く同じ現象が起こった。

 

ほんの数瞬の後にレオが姿を現したのは、アイラ達とスルトのちょうど中間。

 

それと同時に、4つの斬撃が烈風と共に空間を斬り裂き、スルトの巨体を鮮血と共に後方へ吹っ飛ばしたのだ。

 

その光景に誰もが唖然となり、動くことも、声を出すことも出来なかった。だが、吹き飛んだスルトが派手な音を立てて地面を転がり、全員が我に返った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「ギャァァァァァァ!!!」

 

まともに受身も取れず、地面を派手に転がったスルトが激痛の叫びを上げた。

 

「レオ……さん?」

 

その時、初めて接近するスルトに気付いたエルミナが呆然と声を上げ、自分とアイラを庇うように立つレオの背中を見た。特に変わったところが見えないのに、その背中は前よりも大きく見えた。

 

「レオ……お前、今何を……」

 

ほとんど瞬間移動に近い形で現われたレオにアイラが声を掛けながら詰め寄る。だが、アイラの細い手が肩を掴んだ瞬間、小太刀を振り抜いたレオの体がグラリと大きく傾いた。

 

「ぐっ……!」

 

「レオさん!? どうしたんですか!」

 

倒れそうになったところを咄嗟にエルミナが支えるが、レオの顔色は顔色がお世辞にも良いとは言えず、苦痛を必死に耐えているのかまともな返答を返せなかった。

 

玉のような汗を流し、体のあちこちがギシギシと耳にハッキリ聞こえる音量で悲鳴を上げ、何処か虚ろな瞳も視線が定まっていない。

 

だが、一番酷いのは両足だ。焼けるような熱と痛みのせいでまったく動かせない。

 

(ひとまずレオを連れて戦場を離れるべきか……?)

 

レオの体調を深刻と見たアイラは現状でどうするべきかと考える。

 

だが……

 

「ふざけんじゃねぇ……」

 

その思考を、殺意に染まった1つの声が打ち消した。

 

弾かれたように振り向くと、そこには先程叫び声を上げたスルトが立ち上がっていた。

 

黒みを吸った金色の鎧の腹部、右胸部、左肩の三箇所には深く斬り裂かれた3つの傷跡が刻まれており、そこから溢れ流れる血によって黒い毛並みが赤く染まっている。

 

一歩進む度に流れる血がボタボタと地面に零れ落ちるが、瞳の中を強烈な殺意に染めたスルトは気にもせず、覚束ない足取りでレオに迫る。

 

アイラとエルミナがレオを守るように立って炎弾と氷槍を放つが、スルトは斧を横薙ぎに振るって全て叩き落し、返す刃で放った巨大な衝撃波で2人を吹き飛ばした。

 

つい先程まで2人を殺そうとしていたスルトだが、殺意の矛先が完全にレオへ移ったのか、吹き飛んだ2人には一切の関心を示さず進む。

 

「俺が……俺が人間なんぞに……やられる、わけがねぇ……」

 

血を吐きながら呪詛を唱えるような声で呟き、スルトはレオの前に立つ。体を動かせず、肩で息をするレオはせめてもの抵抗を示すように膝立ちの体勢でスルトを睨む。

 

そしてスルトの斧が振り下ろされ、がレオの頭部を両断しようと迫る。

 

だが、振り下ろされたその赤黒い刃を……

 

 

ガキィィィィン!!!

 

 

真横から割り込んだ大太刀の刀身が寸での所で受け止めた。

 

「させる……かよぉぉぉ!!!」

 

力を振り絞るような声を上げ、レイジは両足を踏ん張ってスルトの斧を押し戻していく。レイジ個人の筋力だけでは劣っているが、ユキヒメの助力を得てどうにか互角に張り合っている。

 

しかし、上方から掛かる力に下方から対抗している以上、不利なのは当然レイジ。僅かにだが斧の刃が沈み続けている。

 

「リックゥ!!」

 

「わかってる!!」

 

叫んだ声に怒鳴り声を返し、レイジとは正反対の方向から接近したリックが炎を纏わせた大剣を下から振り上げた。狙った先は、ユキヒメと拮抗する斧の柄本。

 

大剣は寸分違わぬ場所に直撃し、ついにスルトの斧を拮抗していた状態から大きく打ち上げた。

 

「ハァァァ!!」

 

そこへレオの後ろからサクヤが弾丸のような速さで突撃し、影のような光を纏った長刀で4連刺突を放った。刺突はスルトの鎧を叩き、突進力を加えた衝撃がその体を大きく後退させた。

 

「く、そがっ……!」

 

両足の爪で地面を削って失速したスルトが血を吐きながら毒づくが、畳み掛けるように接近したフェンリルに気付き、右手に握る斧を右薙ぎに振るって迎え撃つ。

 

だが、スルトとフェンリルはどちらも負傷によって左腕が使えない。よって、攻撃が放たれる方向が自然と絞られる為、思考に冷静さを残したフェンリルは見事に攻撃を見切り、体を沈めて斧を避けた。

 

「ふんっ……!」

 

そこから、レオの動きを見て物にしたフェンリルの震脚が地面を踏み砕き、真下から放たれた縦拳がスルトの顎を直撃した。

 

「ぐぉっ……!」

 

顎を打ち上げられたことで脳を揺らされ、流石のスルトも苦悶の声を上げた。ただでさえレオの斬撃によってフラフラだった体がついに倒れそうになる。

 

「ふざ、けん……じゃねぇ」

 

だが、それでもスルトは倒れなかった。

 

仰け反りそうになった体を両足で支え、消えそうな意識を気力だけで繋げている。そんな状態でもまだ、スルトは全身から溢れ出すフォースの光を斧に集める。

 

恐らく、特大の衝撃波を放って敵を纏めて葬るつもりなのだろう。

 

 

だが、それよりも両側面から急接近したレイジとリックの方が早かった。

 

 

左正面に立つリックの大剣からは炎が、右正面に立つレイジの大太刀から冷気が沸き起こり、どちらとも自分の武器を肩に担ぐように構える。

 

「いいかげんに……!」

 

「くたばりやがれえぇぇぇッ!!」

 

気合の声と共に2人の腕が振るわれ、2刀のフルスイングがスルトの胴体に叩き込まれる。

 

 

ボオォォン!!!

 

 

衝撃波と爆炎が一瞬の閃光を起こし、吹き飛んだスルトは庭園の壁に轟音を立てて激突した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 レイジとリックのフルスイングを叩き込まれ、吹き飛んだスルトは庭園の端、王城を囲む城壁に轟音と共に突っ込んでいった。

 

頭痛と吐き気で意識がグチャグチャになっているが、レオの目は確かにその光景を捉えた。

 

大将が城壁目掛けて盛大に吹っ飛ばされ、周りのドラゴニアの軍勢が動揺し、戦場がまた静けさに占領された。

 

土煙が晴れていくと、その先には倒れた体を動かしてどうにか立ち上がろうとするスルトの姿が見えた。あの生命力には正直恐怖すら覚えるが、誰の目から見てもその姿に余力は感じられない。

 

「・・・・・・」

 

そこへ、右手の鉤爪を展開させたフェンリルさんが無言で近付いていく。それを見たサクヤも、長刀を手に数歩遅れて後ろに続く。

 

十中八九トドメを差すつもりだろう。それを止める人は戦線の中にはおらず、帝国の連中はスルトがやられた動揺のせいで動き出せない。

 

(これで、勝ったのか……?)

 

ほぼ決まりかけた勝利。

 

だが、体調が現在進行形で最悪なレオの中では、フェンリルが歩を進めるごとに何故か嫌な予感が膨れ上がっていた。

 

そして、フェンリルが倒れるスルトの前で無言で右腕を振り上げた。

 

だけど、その時……

 

 

『…………闇に惑う魂よ さあ、逝きなさい』

 

 

戦場の全てに歌が、否、旋律が響き渡った。

 

直後、レオの全身が強い虚脱感に襲われ、少しずつ回復していた意識が再び削り取られた。周りを見ると、酷さの違いはあれど戦線メンバーの誰もが同じ現象に襲われてる。

 

聴覚ではなく、心の中に直接響いてくるこの歌は、レオ達も良く知っている。

 

これはマナの歌、エルミナと同じ、歌姫(ローレライ)のフォースソングだ。この虚脱感も、恐らくエルミナの歌が傷を治してくれたのと同種の現象である。

 

だが……

 

(悲しい歌だ……)

 

エルミナの時とは違い、レオがこの歌から感じられたのは、深い悲しみだけだった。

 

その時、戦場の……いや首都全体の虚空に淡く輝く青い光球が現れ、そのすべてが何かに吸い寄せられるように一箇所へと集まっていく。

 

その正体は、スルトが補給部隊と避難民を皆殺しにした時にも生まれた漂う魂。

 

全員の視線がその行き先を辿ると、魂の全ては、城門に集まっていた。そして、そこには2人の人影が見える。

 

1人は機動性と防御力を両立させた漆黒色の鎧を着ており、各部に埋め込んだ黒紫色の水晶を薄く輝かせている。

 

スレイプニルによく似たデザインの鎧から見て、間違いなくドラゴニア帝国の騎士。それも、かなりの実力者だ。

 

「そんな……嘘、だろ……」

 

そんな中、レオの前に立つレイジが震える声で呟いた。

 

信じられないと語るような視線の先には、騎士の隣に立つもう1つの人影。銀髪と金色の瞳をした女性だった。恐らく、この女性がこのフォースソングを歌っているのだ。

 

全身に紅塗りの鎧を着て、装甲の1つ1つが花びらをイメージしたような楕円の形をしてる。見たところ帝国の鎧ではないらしいが、アレも個人用に作られた特注品の鎧だ。

 

あんな装備を持っているくらいだ。この女性もかなりの手練れだろう。

 

そして気付いた。城門の方へと集まっていく魂の全てが、女性の持つ魂のランタンに吸い寄せられている。

 

「なんで……なんでお前がそこにいるんだよ……! ローゼリンデ!!」

 

名前を叫んだレイジの問いに返答は無く、戦場には旋律が広がっていく。

 

(ローゼリンデって確か……前にレイジが言ってたエンディアスで初めて出来た友達の名前だよね。何で、その人が……)

 

レオが思考する中、隣に立つ黒騎士が前に踏み出し、ローゼリンデを守るように立つ。

 

すると、ローゼリンデの胸元が白い光を放ち、そこから先端に水晶を埋め込んだ剣の柄のような物が姿を現した。

 

黒騎士が何の躊躇いも無くそれを引き抜くと、取り出されたのは1本の両刃剣。だが、その見た目は普通の剣とは明らかに違う。

 

人から取り出したというのも当然だが、剣の刃が柄元から矛先まで全て透き通るような水晶で作られている。それに、何故か刃の矛先が欠けてる。

 

その水晶剣を見た瞬間、レオは直感で理解出来た。

 

あの剣は多分、ユキヒメやアミルやエアリィと同じ、ソウルブレイドの一種だと。

 

そして、その使い手である黒騎士が、弱い筈はない。

 

黒騎士の姿勢が傾き、地を蹴った次の瞬間には凄まじい速度で移動していた。その進行方向には、倒れるスルトの傍に立つフェンリルとサクヤ。

 

接近する黒騎士を警戒して2人は武器を構えるが……

 

「どけ」

 

短い言葉と一緒に黒騎士が水晶剣を右薙ぎに一閃。

 

直接の斬撃でフェンリルを防御越しに吹っ飛ばし、続いて放たれた暴風のような刃、エアスラッシュがサクヤをも吹っ飛ばした。

 

帝国戦力やスルトとの戦いで負傷・消耗したとはいえ、あっさりと2人を退けた黒騎士の力量にレオ達は息を呑んだ。

 

「て、めぇ……ファフナー、か……何で、てめぇがここにいる……!」

 

「バルドル様を通じてダークドラゴン様より命令が下った。目的であるソウルを回収した後、速やかに撤退しろとな」

 

「ふ、ふざけんな……撤退だと? 俺はまだ、戦えるぞ……!」

 

「戦うことは出来ても、勝てるとは思わんだろう。それともまさか、ダークドラゴン様の命に背くつもりか?」

 

倒れるスルトを見下ろしながら話していた黒騎士、ファフナーが水晶剣をスルトの顔に突きつける。

 

その様子からファフナーの本気を感じ取り、スルトは何も言えなくなった。そして動けない体を帝国兵士の数人が持ち上げ、他の戦力と一緒に城門の外へ退いていった。

 

撤退していく帝国の軍勢をレオ達は追わない。いや、正確には追えない。

 

もし追撃しようと動き出せば、間違いなくファフナーが斬りかかって来る。それに、もしファフナーを足止め出来ても、まだ城門にはローゼリンデがいる。

 

消耗が目に見えてる今のレオ達では、あの2人を突破出来ないのだ。

 

「おい。お前、ファフナーって言ったな。ローゼリンデに何をしやっがった!!」

 

『それにその剣、もしやソウルブレイドか。貴様、一体何者だ!』

 

だが、それでも個人的にどうしても用があるメンバーがいた。

 

怒りを隠そうとしないレイジとユキヒメさんの質問に、ファフナーは淡々と答える。

 

「俺は歌姫の守り手。そしてこれは心剣、竜心剣ドラゴスレイブ。ローゼリンデの心が形を成した武装だ。彼女を守るため、俺が借りている。そういうお前は、誰だ?」

 

「オレはレイジ! あの子の、ローゼリンデと友達だ!!」

 

そう言って大太刀を突き出したレイジを敵と認識したのか、ファフナーは黙って水晶剣を構えた。

 

「そうか。歌姫の歌を妨げるのならば、斬るまでだ」

 

「オレの友達を、返せぇぇ!!」

 

互いにフェイント無しの真正面からの踏み込み。そこから振るわれた大太刀と水晶剣が打ち合わされ、2人のソウルブレイダーは激突した。

 

右袈裟、左袈裟と弾き合ってぶつかり、互いの右薙ぎの斬撃によってすれ違う。そして背中合わせの状態から両者ほぼ同時に振り返り、唐竹の斬撃で鍔迫り合いとなった。

 

ハイブレードモードの刀身から放たれた衝撃波を、ファフナーは水晶剣が発生させる風の刃と雷を最大限に利用して完全に相殺する。

 

よって、両者の勝敗を分ける要素は、単純に剣の腕のみに絞られる。

 

「なるほど、腕は悪くないようだ。だが、思考も体力も乱れている今のお前では、そのソウルブレイドが泣くだけだぞ?」

 

「抜かしやがれぇぇ!!」

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 レイジとファフナーが対決を始めてすぐ、城門前に立つローゼリンデさんも動き出した。

 

驚いたことに、あの人はフォースソングを歌いながらでも戦えるらしい。実際の声量があまり関係無いとはいえ、この展開は少し不味い。

 

感情の色が一切見えない金色の瞳で周りを一度見渡し、右手に大型の突撃槍、左手に腕全体を隠せるほどの盾を装備した。

 

持っている突撃槍は幅広い槍の穂先が両端についてる独特のデザインだ。多分、アレは専用の武術を学ばないと使いこなせない代物だと思う。

 

武器を構えたローゼリンデさんはそのまま、未だに動けない僕の方へとやってくる。

 

別に不思議じゃない。今この戦場で、仕留めるのが一番簡単なのは僕だ。

 

だけど、自分のピンチを自覚して必死に打開策を探す中、ローゼリンデさんの前に大剣を右肩に担いだリックが立ちはだかった。

 

互いに何の縁も無く、語る言葉も無い。

 

僅かに腰を落とし、同時に動き出して斬撃と刺突がすれ違い、火花が飛び散る。

 

(くそっ! ……どうにかして体を動かさないと……!)

 

心の中で自分の醜態に苛立ちを吐き出し、僕は懐から取り出したグラマコアの力を解放。数秒で姿が変わり、ミヅハノメを地面に置いて左右の手で両足を握る。

 

一度深く深呼吸し、意識を落ち着ける。これからやろうとしていることは、術の加減を少しでも間違えれば大変なことになるからだ。

 

目を見開くと同時にクリュスタルスの内部に圧縮された冷気を開放、左右の手の平を通して、焼けるような熱を放つ両足にゆっくりと送り込む。

 

今やっていることは、酷使した筋肉に氷嚢を当ててケアするのと同じ、動かせないほどの熱を放つ両足を、出力を調整した冷気で強引に冷却しているのだ。

 

「ぐ、ぎぃ……!」

 

先程までとは違う痛みが両足から走り、歯を食いしばってる口元から声が漏れる。

 

だけど、術の制御には僅かな狂いも許されない。もし出力の加減を間違えば、僕の足の筋肉は二度と使い物にならなくなる。

 

そんな激痛を伴う作業が終了し、僕は肩で息をしながらグラマコアの力を解除して両足を動かしてみる。

 

すると、酷い筋肉痛に似た痛みが走るけど、両足はちゃんと動いてくれた。まだ体のあちこちがギシギシと鳴っているし、左肩の傷も浅くはないが、あと一戦程度なら問題無さそうだ。

 

「レオ! お前、なんて無茶を……!」

 

後ろから掛けられた声に振り向くと、アイラさんとエルミナが心配そうな表情で僕を見ていた。多分、さっきの術のことを言っているんだろう。

 

「すいません。あの2人を何とかしたら遠慮なく休ませてもらいますから、アイラさん達はサクヤさんとフェンリルさんを守ってください。僕はリックを手伝います」

 

今の体調から無茶は承知の上だが、議論している時間は無いと分かってくれたようで、アイラさんは気を付けろよと言ってエルミナを連れて走っていった。

 

心の中で感謝を述べ、僕は腰に差した麒麟と龍麟を抜刀。ローゼリンデさんと戦うリックの元へと真っ直ぐ走る。

 

近付く僕に気付いたのか、リックはローゼリンデさんから距離を取って僕と肩を並べるように立つ。

 

「間に合わせのコンディションの奴が来ても邪魔なだけだ。下がっていろ」

 

「あと一戦だけなら問題無いよ。それに、そっちだってかなり疲れてるでしょ。あの人は今のリック1人じゃ止められないよ」

 

「…………ふん。好きにしろ」

 

そこまで話したところでローゼリンデさんの刺突が放たれ、僕とリックは左右に跳んでそれをかわす。

 

そのまま挟み撃ちを狙おうとしたけど、ローゼリンデさんは突き出した突撃槍の穂先を水平に倒し、そのまま右薙ぎに振るってリックを追撃した。

 

リックは大剣を盾にしてそれを防ぐけど、足がその場に止まって挟撃が封じられた。

 

でも、足が止まったのはローゼリンデさんも同じ、動ける僕は背後に回りこみ、気絶を狙ってローゼリンデさんの首筋に麒麟の峰を打ち込む。

 

だけど、ローゼリンデさんは突撃槍を右に振り抜いてリックを押し退いて、スピアのような鋭い形状をした柄尻を真後ろにいる僕の顔面に突き出してきた。

 

「うおっ……!」

 

咄嗟に体を後ろに捻って直撃を回避するけど、掠めた矛先から血が流れ、体勢を大きく崩した。僕が体勢を整える時間を確保する為にリックが斬り込む。

 

だけど、精神的にも肉体的にも体力面で現状の僕達を上回ってるローゼリンデさんが取った戦略は、短期決戦だった。

 

リックの大剣を左腕の盾で受け止めるが、同時に右手の突撃槍に赤黒いフォースの輝きが迸る。

 

それに危機感を覚えた僕とリックは同時に飛び退くけど、ローゼリンデさんは構わず槍の穂先を地面に突き刺さす。

 

 

「開け、ヴァルハラの扉」

 

 

直後、足元からサークルを描くような範囲で赤黒い光が放たれ、地雷を爆発させたような大爆発が僕とリックを襲い、破壊力と衝撃によって後方へ吹っ飛ばされた。

 

咄嗟に飛び退いたおかげで気絶はしなかったが、傷を負わなかったわけじゃない。元々ボロボロだった体がさらに痛いし、リックの方もフラフラだ。

 

その時、ローゼリンデさんが戦場の一角を捉え、突撃槍を構えて走り出した。

 

行き先を辿ってみると、そこには衝撃波やら風やら雷やらを周囲に拡散させながら戦ってるレイジとファフナーがいた。

 

だけど、怒りでファフナーとの戦闘に集中しているレイジは気付いていない。

 

(ダメだ……! それだけは、それだけはあの人にやらせちゃいけない!)

 

ローゼリンデさんが帝国に操られているのは間違いないらしいけど、あの人にレイジを傷付けさせたら、2人は本当に元に関係に戻れなくなる。

 

痛む体に鞭打って走り出す。全速よりは明らかに遅いけど、鎧を着込んだローゼリンデさんよりは速い。十分に追いつける。

 

そして、予測通りレイジの横っ腹に槍を突き出そうとしているローゼリンデさんを追い越して前に立ち、上下に水平に並べた小太刀を槍の穂先に引っ掛けて止める。

 

でも、完全に止められたわけでもなく、矛先が僅かに僕の右脇腹に刺さっている。

 

「レオ……!?」

 

そこで、初めてローゼリンデさんの攻撃に気付いたレイジは大太刀を横薙ぎに振るってファフナーを後退させる。

 

互いに腕の力を一切緩めず、僕とローゼリンデさんは至近距離で睨み合う。

 

「そんな、何も感じない表情で、歌っちゃダメですよ。アナタも本当は、優しくて温かい歌を歌えるはずでしょ……!」

 

歌が同じでも、歌う人間の心によってそこから感じられる気持ちは大きく違う。

 

少なくとも、レイジが楽しそうに話してくれたローゼリンデ・フレイアという人は、こんな悲しい歌を歌うような人じゃないはずだ。

 

「ぐっ……!」

 

その時、一切の感情を移さないローゼリンデさんの瞳に僅かな光が灯り、何かの苦痛を感じてバックステップで距離を取った。それを庇うように、水晶剣を構えたファフナーが前に立つ。

 

槍が引き抜かれたことで僕の脇腹からは血が流れ出すけど、泣き言を言っていられない。レイジとファフナーがほぼ互角である以上、僕がローゼリンデさんを止めないと。

 

「……今日はここまでだな」

 

だが、明らかに有利であるはずのファフナーは仕掛けず、小さく呟いて水晶剣で地面を斬り裂いた。雷が地面を爆発させ、風の刃が土煙を巻き起こす。

 

「くそっ……!」

 

慌てるようにレイジは大太刀を振るい、衝撃波によって土煙を一瞬で吹き飛ばす。

 

でも、もうそこにファフナーとローゼリンデさんの姿は見えず、2人は戦場から姿を消していた。

 

それを確認して気が緩み、足から力が抜けて地面に膝を付く。

 

どうやら、本当に限界みたいだ。体はあちこち悲鳴を上げてるし、左肩と右脇腹の傷から流した血も少なくない。

 

だけど、僕の隣に立っているレイジは数秒顔を俯かせ、決意したような顔で歩き出した。

 

「何処へ行く」

 

そこに声を掛けたのは、人の姿に戻ったアミルを傍に連れたリックだった。

 

「ローゼリンデを助け出す」

 

即答したレイジの答えは、僕もリックも予想していた通りのものだった。

 

レイジの手に握られているユキヒメさんはその決断に賛成しているのか、あえて何も言わないのか、沈黙している。

 

「スルトを追おうとしたレオを止めたくせに、大した入れ込みようだな。勢いだけで敵に勝てるなら、今のお前でもあの子を取り戻せるだろうさ」

 

「黙れよリック。オレは……っ!」

 

どうにか腕を伸ばし、徐々に声を荒げていくレイジの右手を掴む。

 

今にも意識が飛びそうだけど、レイジは僕を止めてくれたんだ。今度は、僕の番だ。

 

「レイジ、辛いかも、しれないけど……今は耐えて。僕も、力を貸すから……もっと強くなって……次はきっと、あの人を助けよう」

 

そこまで言って僕の意識は限界を迎えた。

 

全身から力が抜け落ち、前のめりに倒れた体をアミルとリックに支えられながら、僕は自分の意識を手放した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ゲームとは違い、こっちでは体力もスタミナも回復しません。ぶっ続けでボスラッシュです。故に、勝てるわけありません。

ローゼリンデのフォースソングは防御と魔防を低下させるので、凄まじい脱力感が襲い掛かるという形で表現しました。

でも実際、歌いながら戦うローゼリンデさんはマジ凄いと思う。熱気バサラかよ。

あとレオのワイルドというか、エクストリームなアイシングですけど、私は医学に詳しくないので、正直正しいのか分かりません。

そこら辺分かる人がいれば教えてください。出来る限りで修正します。

出来れば次回で3章を終わらせます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話 辿り着いた領域

川橋 匠様、スペル様、衛宮アルト様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回で3章は終わりです。

では、どうぞ。


  Side レオ

 

 気が付けば、僕は真っ黒な空間に1人立っていた。

 

意識が無い状態から目覚めたわけでもなく、本当に気が付けばここに立っていた。

 

周りは何処までも黒色の景色が続いているけど、その中で僕は確かに自分の“色”を宿していた。見下ろしてみると、何故か黒色の和服を着ている。

 

明らかに異常事態だけど、不思議とこの場所に危機感は感じられず、何も無い空間が心に落ち着きをくれる。

 

もう少しだけこうしていたいと思う中、ふと黒色の世界の中で、視界に僕以外の“色”を宿した物が横切った。

 

ヒラヒラと空中を漂うそれを、右手を広げて手のひらに乗せる。

 

「桜……?」

 

手の平に乗っていた物の正体は、小さな桜の花びらだった。

 

もう一度周りを見渡してみると、他にも数枚の花びらが黒色の空間を漂っている。しかも、流れ方から見て、微量ながら風を受けてるみたいだ。

 

気が付けば、出口を探すという目的ではなく、単純な好奇心によって体が動いていた。確かな足場も無く、歩いてるという感覚も曖昧だけど、構わず歩を進める。

 

やがて、進んだ先に見えてきたのは、淡い光を放つ1本の大きな桜の木。その花びらが何処からか吹く風を受けて舞っているようだ。

 

その木の下に、人影が見えた。背は僕より低くて、輪郭からすぐに女性だとわかった。

 

周りとは対極の真っ白の和服を着ており、それよりも濃い色をした白髪は癖1つ無く腰辺りまで流れている。

 

その時、向こうも僕に気付いたのか、ゆっくりと振り返った。

 

「あら……」

 

そう呟いた女性の顔を見て、綺麗な人だな、と素直に思った。

 

スタイルは見るからに抜群で、色白の肌をした素顔も美人揃いの戦線メンバーと比較しても頭1つ飛び抜けて整っているし、こちらを見る目付きも何処か優しさを感じさせる。

 

だけど、それよりも僕の目を引いたのは、深い赤色を宿した瞳だった。

 

気のせいか、アレと同じ色の瞳を、僕は何処かで見ている気がする。

 

我ながら臭い台詞だと思うけど、目の前の女性は美し過ぎる姿のせいで、この空間の中でも更に異質な存在感を放っている。

 

「困った子ね。思念だけで私を起こした上に、こんな『奥』にまで来るなんて……」

 

言葉とは裏腹に怒った様子を見せず、微笑んだ女性は白い右手を伸ばして僕の頬を撫でた。不思議と嫌な感じはせず、まるで母親と話しているような気分になった。

 

「私がしたことは、体が“あの技”の反動で壊れないように補強しただけ。あの領域に辿り着けたのは、アナタの確かな力よ。誇って良いわ」

 

「あなたは……誰なんですか……?」

 

「今は知らなくていい。でも、覚えておいて。どんなにこの世界が残酷でも、どんなに辛くても、アナタは決して1人じゃない。私が1人にさせない」

 

その時、ほんの数瞬だけ、女性の瞳がとても悲しそうに揺らいだ気がした。だけど、それを確かめるより先に女性の手が僕の頭を優しく撫でた。

 

すると、突然足から力が抜け始め、視界がぐらりと歪み始める。続いて風が吹き、周囲に舞う桜の花びらが僕を囲んだ。

 

無意識に手を伸ばすけど、女性は僕に優しげな笑みを返した。

 

「大丈夫よ。ここまで来れたアナタなら、きっとまた会えるわ」

 

目の前の女性と面識は無い。

 

無いはずなのに、その言葉には妙な安心感に力が抜け、伸ばした手が下がる。

 

「良い子ね。おやすみなさい、黎嗚」

 

呼ばれたのは僕の名前。

 

しかし、聞こえた発音は、もう誰にも呼ばれるはずの無い懐かしい響きだった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

「…………夢、か」

 

我ながら目覚めて最初の一言としてどうかと思うけど、それが心からの言葉だった。

 

視界に移ったのは、クレリアの宿屋よりも高く、高級そうな作りになっている洋風の天井だった。視界の端にはシャンデリアまで見える。

 

「目が覚めたか……」

 

すぐ近くから聞こえてきた声に振り向くと、そこには立派な椅子に座って預けて座るリックがいた。いつも首に巻いているマフラーが外れていて、かなり楽な姿勢だ。

 

少し視線を落とすと、椅子の傍には僕がクレリアの宿屋に置いてきた大きめのボストンバッグが置かれてる。

 

「運が良い奴だな。もう数日長く寝ていれば、しばらくルーンベールに置き去りにされていたところだったぞ」

 

「それ、どういう意味?」

 

「お前が倒れた後に帝国がルーンベールから撤退し、現在で3日経ってる。次の目的地はすぐに決まったが、ギリギリ5日まで待ってお前が目覚めなかったら此処に置いていく予定になっていた」

 

リックの言葉を聞き、僕はそっかと返して天井を見上げた。

 

前に倒れた時は一日半ほどだったが、今回はその倍以上の時間寝ていたらしい。まあ、自分でもかなり無茶したと思ってるから驚きは無い。

 

体を起こしてみても、体は悲鳴を上げないし、痛みも特に無い。どうやら、内外問わずに傷は殆ど治ったみたいだ。

 

「アルティナと龍那が交代で治癒術を掛けていたが、お前自身の治りが早いおかげで左肩と脇腹の外傷は一日で完治した。他にも師匠が診た限り、全身の筋肉と脳にかなりの負担があったらしい、死んだように眠っていた原因はそっちだろう」

 

眠っていた日数が日数なので何も言い返せず、僕はジト目でリックを一睨みしてベッドから起き上がる。

 

高級そうな絨毯の上を裸足で歩き、カーテンを開けて外を見てみると、昼の日差しが差す街並みが高く見下ろせた。

 

「もしかして……ここって王城の中?」

 

「ああ、幸い城の中はあまり荒らされていなかったからな。重傷のお前はもちろん、少なからず負傷していたオレ達にも拠点として都合が良かった」

 

「まあ、クレリアまでの距離も近いわけじゃないしね。他には誰がこの街に残ってるの? 首都なんだし、リック1人ってわけじゃないでしょ」

 

「オレの他にアミルとエアリィ、師匠とアイラ姫が残ってる。オレ達はお前の看病と見張りの為だが、師匠達は内政整理の為に来てる」

 

思ったより少ない人数だけど、何だかアイラさんとサクヤさんに会うのは気まずい感覚がある。特にアイラさんには戦闘中に忠告されたのを覚えてる。

 

あくまで予想だけど、あの人達に説教されたらかなりキツイ気がする。

 

「心配を掛けたのは事実だろう。せいぜい絞られるんだな。姿が見えなくなるほどの無茶な身体強化をやって後遺症1つ無かったことだけでも奇跡だぞ」

 

「え?…………ああ、違うよリック。アレはフォースの身体強化じゃなくて、僕が使う流派の奥義の1つだよ」

 

「…………なに?」

 

僕の言葉にリックの体が一瞬カチンと固まり、信じられない者を見るような目でこちらを見た。まあ、その反応は正しい。普通に考えればリックの言ったことの方が信憑性がある。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速(しんそく)』

 

 

これが僕の使った奥義の名前であり、御神の剣士が一人前を名乗る登竜門の1つであり境地だ。

 

僕はこの技を夢の中の人がやっていたのを見たことがあったけど、今の今まで使うことが出来なかった。ただ体を鍛えるだけじゃ、この技は使えないからだ。

 

人間は視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚の五感で周囲の状況を判断・認識している。

 

だけど、視覚が凄まじい集中力を発揮した場合は、脳が他の感覚を遮断し、視覚だけに全ての能力を注ぎ込む状態が起こる。ようは、脳内のリミッターが外れるのだ。

 

この時は通常では考えられないような視覚能力が発揮され、時間間隔が引き伸ばされたことで本来見えるはずのないスピードでもハッキリと認識できるようになるらしい。

 

マンガなどで見る剣が止まって見えるという現象も、こういう形で視覚が極限まで研ぎ澄まされることによって起こるのだ。

 

あの時、僕の目に映る世界の全てがスローモーションに映ったのはこれと同じ現象。色が無くなって白黒に見えたのは、脳がその場面で不要な情報と判断して分析をカットしたからだ。

 

本来、そういった感覚は通常は発揮されることがない。だけど、自分の意識を極度の集中状態にすることで、その感覚を強制的に発揮させるのがこの『神速』だ。

 

当然、そんな感覚を発揮できても身体が追いつくことはないけど、『神速』を使用した御神の剣士は人間が無意識に掛けているリミッターを一時的に解除して戦闘を可能にしてる。

 

スルトを『薙旋』で斬った後に体中が悲鳴を上げたのは、これの反動だ。ほんの十数秒でも、無意識で掛けられたリミッターを外せば肉体への負担は軽くない。

 

この『神速』があるために、完成された御神の剣士は反則じみた強さを持つ。それを倒す為なら、銃火器を装備した人間がざっと100人は必要らしい。

 

「なるほどな……極限の集中力を引き金に発動する技か。それならあの移動速度も、今まで使えなかったのも納得できる。だが、そんな技を使いこなすことが出来るのか?」

 

僕の説明を聞いて、呆れながらも何とか納得したという感じのリックは、そんな疑問をぶつけてきた。

 

またもリックは正しい。

 

この『神速』を発動させる最低条件は、普段人間が発揮できないほどの集中力を自分の意思で引き出すことなのだから。

 

だけど……

 

「大丈夫。まだまだ完璧とは行かないけど、きっと使える」

 

何故か僕の中では自信……いや、確信があった。

 

あの時、アイラさんとエルミナの死を目前にした時の感覚。あの感覚を掴むことが出来れば、『神速』を使いこなせる。

 

「そうか……なら、せいぜい頑張ることだな。無意識に『神速』とやらを発動させて、戦場のど真ん中で倒れられたら良い迷惑だ。だが、今日は鍛錬をさせんぞ? 他の奴等からも念を押されてるんだからな」

 

「わかってるよ。僕も流石に3日寝た体ですぐに鍛錬はしないよ。でもさ、ただ寝てるのも退屈だし、ちょっと協力してくんない?」

 

そう言って僕がボストンバッグの中から取り出したのは、ぬいぐるみを収録した一冊の雑誌。それをリックに渡す。

 

「……なんだ、コレは?」

 

「掻い摘んで言うと、エルデの可愛い物品が書いてある本。これを女性陣の誰かに見せて、一番好きなものを1つ選んでもらって」

 

「それで、どうなるんだ?」

 

「僕の長年に渡って磨き続けられてきた家事スキルが火を吹く」

 

拳を握って断言したけど、何故かリックに引かれた。

 

ちなみに今の領域まで磨き続けるのに必要な代償は数年に渡るぼっちライフ。あ、やばい。思い出したら何か沈みそう。

 

「…………わかった。予想は付くから詳細は聞かないでおいてやる。選んでもらうから、お前は絶対に部屋を出たり鍛錬をするなよ」

 

そんな風に釘を差されて数分後、リックはアミルとエアリィの2人を連れて戻ってきた。どうやら、2人は食事を運んできてくれたらしい。

 

「良かった。目が覚めたんだね、レオ」

 

「何日も眠ってたから、心配したんだよ?」

 

「あぁ~、うん……その点に関してはホントにごめんなさい。お詫びと言ってはなんだけど、2人が選んだのを最初に作るから」

 

そう言ってリック達3人と会話をしながら食事を終え、僕はリックから雑誌を受け取ってページをめくる。見ると、所々に丸印の付いたぬいぐるみが……アレ?

 

「リック、何で丸印の付いたぬいぐるみが5つあるの? この街にいる女性陣って4人じゃなかったっけ」

 

「最後のやつの下に文字が書いてあるからそれを読め。それで分かる」

 

言われたとおり5つ目のぬいぐるみを見てみると、確かにエルデの文字で何か書かれている。アミルとエアリィを見てみると、2人とも首を振った。

 

内容は………エルミナが好きそうだから必ず作ってくれ、と。

 

うん、すぐさま誰だか分かるよコレ。ていうか、時々思うんだけどあの人僕に対して遠慮無さ過ぎじゃない? こんな形で物を頼む文なんて初めて見たよ。

 

よろしい。ならば、作成だ。

 

此処まで来れば分かると思うけど、今から僕がやろうとしてるのは、雑誌に書いてあるぬいぐるみを毛糸で編んでみる、というやつだ。

 

もちろん、雑誌に書いてあるような品物を完璧に復元は出来ない。これを復元するには道具や材料も足りないし、立体の姿が見えないので細かな形が分からない。

 

でも編み物をしていると精神統一にもなるし、女性陣の為にもなって一石二鳥だ。

 

バッグの中から服屋で買った毛糸の玉を次々に取り出す。マフラーを編んだ前回よりも色の種類を増やしたので、ベッドの上には色とりどりの毛玉が並ぶ。

 

「ね、ねぇレオ、邪魔はしないからさ。私達も作るところ見て良いかな?」

 

おそるおそるといった感じで訊いて来たアミルに続き、隣のエアリィもコクコクと同意を示すように頷く。

 

「うん。減るもんじゃないし、別にいいよ。今回は無理だけど、機会があったらやり方教えてあげようか?」

 

「い、いいの? 私達、あんまり上手く出来ないかも……」

 

「僕だって最初はマフラー編んだつもりが細長い網になったりで、ヒドイもんだったよ。大丈夫、パン作りしてる2人なら僕より上達早いよきっと」

 

むしろ、僕が長年磨き続けてきたスキルを誰かに教えられるんだから、アミルとエアリィへの指導はむしろ大歓迎だ。いっそ、今度編み物教室でも開こうかな。

 

そんな流れで、アミルとエアリィに編み物を教えることになり、ついでにリックにも誘いを掛けてみたんだけど、正気か? という言葉と一緒に冷めた視線を返された。

 

まあ、会話をしながらも僕の両手に持つかぎ針は休まず動き、編み目の一つ一つを確認しながらまずは胴体を組み上げる。

 

う~ん、なんかリアリティが無いな。よし、後で裁縫を加えて目や口を改良しよう。

 

んで、今度は服を編む番だ。ここは注意しないといけない。拾いながら増やし目すると服がまるでアフロのように膨らんでしまう。

 

えっと、これが1目分だから、ここを一辺にすくって……こまめに拾うと。2目拾って1目、2目で1目、2目で1目、と。

 

そんな感じで自分の世界に入った僕は、順調にぬいぐるみの作成を進めていった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side Out

 

 ベッドに座りながらぬいぐるみを編むレオの姿を、リックは少し離れた位置から見ていた。

 

レオの表情は普段の温厚そうなものでなく、まるで戦闘中のように引き締まっている。

 

その手元をアミルとエアリィが感動しながら見ているのだが、レオはそれを気にも留めていないのだろう。あの集中力にはリックも素直に白旗を揚げた。

 

(あいつ……実は自分も気付かないうちに『神速』使えてたんじゃないのか?)

 

だとしたら、何と間抜けな話だ。そう思いながらリックは身を翻し、部屋にあるソファーにゆっくりと座り込んだ。

 

アミルとエアリィがレオが見ているなら大丈夫だろと思い、眠ろうとソファーに身を預ける。

 

だが、その時、編み物に集中していたレオが何かを思い出したように顔を上げ、視線をリックの方に向けた。その際、事前に編み目をチェックするのも忘れない。

 

「そういえばリック、聞きそびれてたんだけど、次の目的地って何処なの?」

 

その質問に対し、そういえば言ってなかったな、と気付いたリックはソファーに座ったまま質問に答えた。

 

「お前も一度は行ったことがある場所だ」

 

そう言ってリックは、壁に飾られているヴァレリア地方全土が描かれた地図を指差した。目が良いレオは、その指が差す場所を的確に捉える。

 

「オレ達の次の行き先は、エルフの国、フォンティーナだ」

 

そこは、ヴァレリアの南方に広がる広大な森の土地であり、レオがエンディアスに初めて足を踏み入れた場所だった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

レオが徐々にチートの領域に足を踏み入れていきます。まあ、道のりが遠い上にボロボロになるのは必須ですけど。

今回はあんまり出番が無かったリックとその嫁2人をメインに出しました。リックだって主人公ですからね。うん。

あと、言うまでもなく前半で登場した女性はオリキャラです。

次回から4章に入ります。改めて思うと、進行遅いな私。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話 拒絶の森

お久しぶりです。

いや~、仕事が忙しいのと、マジ恋シリーズにはまって全作やってたら一ヶ月が経過してました。申し訳ない。

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回から四章、妖精たちのアルペジオに入ります。

では、どうぞ。



  Side Out

 

ルーンベールを後にした解放戦線は、木の精霊王の安否を確かめるために、ヴァレリア南部に位置するエルフの国、フォンティーナの銀の森を目指す。

 

だが、未だフォンティーナはスレイプニル率いる暗黒騎士団の制圧下にあり、戦況はレオ達が旅立った時よりも悪化していた。

 

そこでアルティナは、エルフ族以外に誰も知らない秘密の抜け道を利用し、エルフの避難民たちが暮らす[隠れ里]に一行を導くことにした。

 

だが、それは同時に、彼女が何より重んじるエルフ族の掟に相反する行動だった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 「……久しぶりにこの森歩いたけど、やっぱりこの森って深いな~」

 

「私も前よりは体力が付きましたけど、やっぱり辛いです」

 

アルティナを先頭に銀の森の歩く中、以前にも森を歩いたレイジとエルミナが声を上げた。

 

現在解放戦線のメンバーが歩いているのは、銀の森の中に上手く隠されていた隠れ里への街道。

 

以前森を出る際には帝国に見付からないよう獣道を使ったので、体力の消耗は格段に違う。だが、それでも領土のほぼ全域を占めている森だ。どうやっても歩けば疲れる。

 

「森に入ってからもうすぐ1時間近く経つけど、敵の気配は一切無し。これなら、エルフの隠れ里が敵に発見されてる可能性は無さそうね」

 

「はい。もう少しで里に着くはずですから、到着したらすぐに長老会議のエルフ達と会談を掛け合ってみます」

 

先頭を歩くサクヤとアルティナが敵の有無と里へと距離を再確認する中、その少し後ろを歩くレオは無言で周りにチラチラと視線を向けていた。

 

怪我も完治していつも通りの姿なのだが、フォンティーナに来る少し前、レオはサクヤとアイラの2人に説教でこってりと絞られた。

 

ただ、大きな黒猫と皇帝ペンギンのぬいぐるみを抱き締めながら説教してくるサクヤとアイラの姿は、どうしようもなくシュールな光景だった。

 

「レオ、どうかしたのか?」

 

「先程から何度も森を見渡しておられますが……」

 

説教中のサクヤとアイラの姿を思い浮かべていると、その後ろを歩いていた龍那と剛竜鬼がレオに声を掛けた。

 

「いや、なんだか……前より森が寂しいっていうか、元気が無い感じがするんだ。気のせいかな?」

 

『心』を習得したことで、レオの感覚は視覚以外の面でも他者より優れている。だからこそだろうか、森の中に以前とは違う僅かな相違を感じる。

 

「いえ、それは恐らく気のせいではありません。ルーンベールの時と同様に、この森の精霊力は極端に低下しています。実際、何本かの木々が枯れ始めていますし」

 

「エルフの住む森で精霊の力が弱まるなど前代未聞だ。この土地の精霊王も、ルーンベールと同じ状況に陥っているのかもしれん」

 

ルーンベールと同じ状況。

 

つまりは精霊王が役目を果たせていない、または存在していないのどちらかということだ。ある意味ではレオ達の予想通りの結果だが、喜べたことではない。

 

そして同時に、レオ達に気付けた森の変化が、この地で育ったアルティナに分からないはずは無い。冷静にしているが、内心では気が気でないだろう。

 

だがそうなると、これからレオ達がやるべきことも自然と見えてくる。

 

「やっぱり、ドラゴンと戦わなきゃならないのかな……」

 

そう。ハッキリと分かっている試練は、精霊王を守る古代種のドラゴンとの戦いだ。

 

必要とあれば全力をもって戦うが、エールブランとの戦いで氷槍を撃たれたり、尻尾でぶっ飛ばされたり、サクヤの影道閃で殺されかけたレオの本音としては、出来れば戦いたくない。

 

そんな悩みを纏めたようにレオは溜め息を吐き、竜那と剛竜鬼は苦笑を浮かべる。

 

「…………ん?」

 

その時、レオの意識に僅かな違和感が走った。恐らくレオの感知範囲内に先程までいなかった気配が入り込んできたのだ。

 

レオは平然を装い、歩きながら目を閉じて精神を研ぎ澄ませる。すると、たちまちにレオの感知範囲が跳ね上がり、範囲内の気配を残さず捕捉する。

 

(僕達以外の気配が木の上に3つ…………いや、少し離れた所に上手く隠れた気配がもう1つ。明らかに僕達を見張るように囲みながらついて来てる)

 

異常な探知能力を持つレオはともかく、人間よりも機能面で優れたケルベロスがまったく反応していないのだ。よっぽど上手く隠れているのだろう。

 

しかし、こちらを見張る気配からは僅かな殺気も感じられる。まだ敵だと決め付けるのは早いが、包囲されている現状から見て味方の可能性も薄い。

 

見張っているのは帝国の偵察かエルフのどちらかだろうが、このままで里に入るのはマズイと考えたレオはサクヤとアルティナに報告しようと近付く。

 

 

だが、レオがサクヤに話しかけようとした瞬間、森の中に弾かれた弦の音が響いた。

 

 

『っ……!?』

 

その音に対し、即座に反応して臨戦態勢を取った戦線メンバーは流石と言えるだろう。

 

だが、その中でも殺意の向かう先を理解したレオの動きは一番素早かった。

 

地を蹴ると同時に左手を伸ばして“射線上にいた”サクヤの肩を抱き寄せ、右手で抜刀した麒麟で虚空を斬り裂く。

 

すると、カァン! と甲高い金属音が響き、右手に何かを弾いた手応えが走る。

 

弾かれ地面に落ちた物を一瞥すると、それは1本の矢だった。

 

そして、その弾道は確かに、先頭を歩くサクヤを捉えていた。

 

(良い度胸だ……)

 

「あ、あの……レオ?」

 

胸元に抱き寄せられたサクヤが頬を少し赤くしながら声を掛けた。だが、レオは目つきを鋭くしたまま森の一角を睨んでいる。

 

矢が飛んできた方向には何の人影も見当たらないが、射手の気配を完全に捉えているレオからは逃げられない。

 

「ケルベロスさん、援護とサクヤさんの護衛をお願いします」

 

「了解しました」

 

返答したケルベロスにサクヤを預け、レオは左手で龍麟を抜刀する。

 

そして、一歩足を踏み出すと同時にレオの意識の中でスイッチが切り替わる。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止めた。

 

その世界の中で、周囲より早く動けるのはレオのみだ。

 

踏み出した足で地を蹴り、レオはほんの2、3歩で木の根元に辿り着く。続いて震脚で地面を強く踏み抜き、その反動を利用してレオは真上に高く跳躍、あっという間に4メートル近い木を上って枝に着地する。

 

(見つけた……!)

 

顔を上げると、目の前には片手に弓を携えた男のエルフが1人いた。だが、エルフは自分のすぐ近くにまで接近したレオの存在に気付きもしない。

 

それもそのはず、レオが今の場所に辿り着くまでに掛かった時間は、レオ以外の全員にとって2秒ほどの出来事でしかないのだから。

 

そこでレオは再び意識を集中し、己の中で切り替えたスイッチを元に戻す。

 

すると、視界に映る世界に色が戻り、全身に纏わり付いていた重い空気が無くなる。同時に『神速』の反動によって体が疲労感と共に痛みを訴え、頭の中を鋭い頭痛が走る。

 

だが、レオは構わず歩を進め、両手の小太刀を逆手に持ち替えて斬り掛かる。

 

そこで初めて目の前のエルフがレオの存在に気付き、驚愕しながらも弓を構える。だが、レオの斬撃が首を飛ばす方が明らかに早い。

 

突き出される右腕と共に麒麟の刃が水平に走る。それは悲鳴を上げる間すら与えることなく目の前のエルフの首を……

 

 

「待ってぇ!!!」

 

 

……刎ね飛ばす寸前にピタリと静止し、レオは声が聞こえた方向に目を向ける。

 

そこには、こちらを見上げながら肩で息をしたアルティナがいた。視線の中に込められた願いを理解し、レオはゆっくりと麒麟の刃を引く。

 

だが、刃を引いた瞬間、レオは真後ろから別の気配が迫るのを感じた。

 

振り向くと、そこに見えたのは隠れていた1人のエルフが弓を引いている姿。しかも矢の先端にはアルティナの技と同じフォースの光が見える。

 

「くっ……!」

 

レオは咄嗟に目の前のエルフの胸板を蹴って仰向けに倒れさせ、自分も体を捻って回避運動を行う。

 

避けるだけなら難しくはなかったが、レオが避ければ放たれた矢は目の前のエルフに命中してしまうのだ。

 

直後、放たれた矢は先端に風の螺旋を纏いながらレオの顔面があった位置を通過した。幸い直撃することは無かったが、吹き荒れた風の刃はレオの右肩を少々深く斬り裂く。

 

「ぐっ!……うおっ!」

 

そのせいでバランスを崩し、レオは木の上から足を踏み外して落ちる。

 

それだけならまだレオも対処できたのだが、最悪なことに隠れていた他のエルフが落下中のレオに狙いを定めて弓を構えていたのだ。

 

空中では移動が出来ず、レオにはせいぜい矢を叩き落すくらいしか出来ない。両手の小太刀を構え、飛んでくる矢を警戒する。

 

そして、レオに狙いを定めた全ての矢は……

 

「やめなさい!!!」

 

……森の中に響いたアルティナの怒りの声に怯まされ、放たれることはなかった。

 

直後、レオの落下地点の地面が突然盛り上がり、周りの土が一箇所に集まって即席のクッションを作り上げた。

 

エルミナがアースの魔法の応用で落下地点の地面を操ったのだ。アイラの特訓を受けて、魔法の錬度を向上させた成長の1つである。

 

レオは空中で体を縦に一回転させ、柔らかい土のクッションに足から着地した。

 

「エルミナ、ありがとう!」

 

レオが手を上げて離れた場所にいるエルミナに礼を言うと、エルミナは笑顔で手を振る。

 

「あ、あなたはアルティナ王女! お戻りになられたのですか!?」

 

「貴方達、警告の1つも無く攻撃するなんて一体どういうつもりですか! この者達は私の協力者です!」

 

「え? 今何て言った? 王女? アルティナが?」

 

レイジの声を流し、アルティナに怒りの声で追求され、エルフは戦線メンバーを一通り見回して片手を上げた。恐らく、木々の中に隠れたエルフに警戒を解かせたのだろう。

 

「お言葉ですが、今は森の状況が状況です。そんな中で、外部の者を里に入れるわけにはいきません」

 

自分達には一部も非は無いと言うように、エルフは断言した。

 

その様子にアルティナはまた怒りの声を上げそうになるが、このままでは埒が明かないと判断し、深く息を吐いて意識を落ち着ける。

 

「……もういいです。とにかく、この者達は敵ではありません。通してもらいます」

 

「いえ、申し訳ありませんがこのままお通しするわけには参りません。我々は長老会議より、あなたが戻られた際にはすぐ議長の下にお連れしろと命令を受けております」

 

「議長が? ……いえ、この際ちょうどいいわね。わかりました。そういうことなら参りましょう、案内をお願いします」

 

アルティナの同意を受け、エルフは一礼して歩き出した。

 

その後を戦線メンバーがついていき、レオもそれに続こうとするが、歩き出した途端に右肩が鋭い痛みを訴えてきた。

 

サクヤ特性のロングコートを着ていてこの程度なのだ。もし無ければ、肩を抉られていた可能性もありえる。そう考えると、少々背筋が寒くなった。

 

「レオ、大丈夫か? ほれ、肩貸すぜ」

 

「レイジさんはそのままレオさんと歩いてください。移動しながら治療します」

 

レオはレイジに肩を貸してもらい、駆け寄ってきた竜那が傷付いた右肩の傷に治癒術をかける。

 

そのまま移動しようとしたが、近くにいたエルフの1人がこちらを見ているのに気付く。よく見ると、最初にサクヤを狙撃したエルフだ。

 

「……なんだよ。まだ何か用があんのか?」

 

警戒と怒りを含んだ声でレイジが尋ね、レオ達を守るようにユキヒメと剛龍鬼が前に立つ。流石に武器は構えていないが、妙な動きを見ればすぐに動くつもりだ。

 

「っ……!」

 

だが、エルフは何も言わず、怯えるように身を翻して他のエルフ達と合流し、森の中に消えた。

 

「なんだ? 謝るのは期待してなかったけど、言葉の1つも無しかよ」

 

肩透かしをくらったような気分になり、レイジ達は今度こそ移動を開始する。

 

先頭では案内を務めるエルフとアルティナが話し合い、ケルベロスとリンリンを傍に控えさせたサクヤがその後ろを歩いている。

 

リックはアミルとエアリィのすぐ近くを歩き、傍にはフェンリルもいる。

 

先程奇襲をくらったのを警戒して、全員がそれぞれ固まって行動している。違う言い方をすれば、戦線メンバー全員のエルフに対する第一印象は、すでに最悪となっている。

 

「しっかし、すげぇなレオ。あの『神速』って技、もう使いこなせるようになったのか。たった1日で大したもんだ」

 

「自力で発動と解除はどうにかね。でも、精度はまだまだ雑だし、1回の使用で発動時間は2秒が限界、1日で使える回数は5回まで。それを超えればルーンベールの時の二の舞だね」

 

フォンティーナに出発するまでの1日の間に、レオはどうにかして『神速』の発動と解除を身に付けた。

 

スルトとの戦いで掴んだ感覚を思い出し、アルティナとケルベロスにも特訓に協力してもらったおかげで、無意識に発動することは絶対に無い。まあ、特訓でちょっとしたトラウマが刻まれたが。

 

具体的な訓練法は、アルティナとケルベロスの弾幕射撃に正面から突っ込み、『神速』を発動させて攻撃を潜り抜けて2人にタッチするというものだ。

 

当然、極限の集中力を必要とする『神速』が都合良く使えるはずも無く、レオはしばらくゴム弾と先端を潰した矢に蜂の巣にされた。

 

そんな地獄のような訓練によって、『神速』を使いこなせるようになった時にはレオもボロボロだった。そのせいで、訓練を思い出すと顔が青ざめて体が震える。

 

「雑って……アレでもか? オレも目で追えなかったぞ」

 

「うん、アレでも。僕が目標にしてる人なら、同じ状況でもさっきの2秒で3人は仕留められたはずだよ」

 

そう。まだレオの実力は、目標とする強さに遠く及ばない。

 

『神速』の精度は、使用者の集中力の深度によって大きく左右される。集中力の乱れが少ないほど、引き伸ばされる時間間隔が長くなるのだ。

 

御神流の師範代から見れば、今のレオの『神速』はただの高速移動くらいにしか思われないだろう。

 

「なるほど、まだまだ道は遠い、か」

 

「そういうことだね。こんな有様じゃ、道のりはとことん険しそうだ」

 

そんな会話をしながら、一行はエルフの隠れ里、エドラスに足を踏み入れる。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

エルフの森に入る際、インターホンを鳴らさない場合はこうなります。ご注意ください。

ちょっとゲームでのエルフの態度が手の平返したようにあっさりしてたんで、この作品ではそこら辺の溝を少し深くします。

次回は議会と新キャラの登場、だと思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話 今を縛る過去

スペル様、つっちーのこ様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はエルフとの話し合いです。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 エルフ達に先導され、エドラスに辿り着いたレオ達は真っ先に里の奥に立つ会議場へと案内された。

 

そこで待っていたのは、レオ達を囲むような形で椅子に座したエルフ達。恐らく彼等が長老会議のメンバーなのだろう。

 

エルフは不老の身なので座っているエルフには美男美女しかいないが、そんなエルフの中で長老などと呼ばれているのだ。よっぽどの年齢なのだろう。

 

「困った事をしてくれたな、我が従弟の娘アルティナよ。我等の住むこの森全体が危機にあるというのに」

 

その中で、エルフ達の中心位置に座した1人のエルフが額に手を当てながら声を上げた。恐らく、彼がこの会議の議長を務めているのだろう。

 

そんな彼の言葉の中には、呆れと共に怒りの気配も感じられた。

 

その理由に心当たりが浮かばず、アルティナが前に進み出て問い掛ける。

 

「どういう事です、おじ……いえ、議長。森全体が危機に陥ってるからこそ、私は協力者を連れてフォンティーナに戻ったのです」

 

それを聞いた議長の眉がピクリと動き、額に当てていた手をどけてアルティナに視線を合わせた。

 

「いいかねアルティナ。我々エルフ族は、伝統と秩序を重んじる種族だ。よって問題の解決も、それに基づいて行わなければならぬ。よもや知らぬ訳ではあるまい」

 

「もちろんです。私はずっとそうしてきたつもりですし、これからも……」

 

アルティナがそこまで言いかけたところで、議長が拳を握って椅子の肘掛け部分を強く叩いた。見ると、表情には苛立ちが見える。

 

「では何故彼らをここに連れて来たのだ! 異種族をこの隠れ里に引き入れるなど、エルフ族の秩序ある行動とは到底呼べぬ!」

 

声を荒げた議長に一瞬気圧されるが、アルティナは食い下がるように言葉を続ける。

 

「ですから! その秩序を取り戻すために、協力者である彼等をお招きしたのです! それが伝統に反してる行いとは思えません!」

 

「……反しておらぬ、だと? 我らフォンティーナのエルフ族は、やむを得ず外の者に手を貸すことはあっても、外からの協力者を必要とした事は一度もない! いかなる時も我らの合議と、我らの力のみによって物事を解決する」

 

アルティナの言葉を聞いても議長の態度は揺るがず、むしろさらに強固になっていく。

 

「それがエルフ族の伝統だったはずだが。違うかアルティナ。そして、議員諸君」

 

議長がアルティナに続き、今まで沈黙を貫いていた他の議員にも問いを投げた。

 

そして、問いかけられた議員は当然だと言わんばかりに即答した。

 

「いえ、議長のおっしゃる通りかと思います。実際、アルティナ王女が異種族を迎え入れたことで、里のみなに不安が走っております。これではむしろ、混乱を呼んでいるだけかと」

 

その事実を聞いたアルティナは反論が出来ず、押し黙ってしまう。

 

そして、先程から黙ってエルフ達の話し合いを見ている戦線メンバーの中で、レオは内心「ああ、なるほど」と呟いた。

 

議長は……いや、この里のエルフという種族は自分の家、伊吹の家とは正反対の考えを抱き続けた結果なのだろうなと。第3者のような視点で思った。

 

伊吹の家はレオの身に宿る異能と退魔師の歴史を恐れ、それを積極的に捨て去ろうと新しい道を進んだ。逆にこのエルフ達は過去からの伝統を敬い、変わることを否定した。

 

伊吹とエルフ、面白いくらいに真逆の行き方をしている。

 

妙な関係を知り、レオは1人自嘲的な笑みを浮かべた。

 

「……従弟は優れた指導者であったが、その娘たちはどうしてこのように勝手な事ばかり……帰ってきたラナといい、次々と厄介ごとを……」

 

深く溜め息を吐いた議長の言葉、正確にはラナという名前に反応し、アルティナが俯き気味だった顔を勢い良く上げた。

 

「姉さんが……この里に帰って来てるのですか!? 一体いつ!?」

 

「つい昨日の事だ。何の前触れも無く、笑顔で帰ってきた。まったく、里を出た時はともかくとして、隠れ里に入る時すら連絡1つ入れぬとはな」

 

「では、今はこの里にいるのですか?」

 

「いや、すぐに銀の森へ入っていった。我々が止めたが、地竜ベイルグランに話があるそうだ」

 

議長の返答を聞き、アルティナは考え込むようにぶつぶつと呟き始めた。

 

地竜ベイルグランというのは、恐らくエールブランと同じ古代種のドラゴンのことだろう。

 

だが、ラナという人物は一体何者だろう? 話から察するに、アルティナの姉のようだが。

 

「なんだ、あいつも戻っていたのか」

 

何処か笑うような口調でアイラが話し、レオが「誰です?」と視線で問うと……

 

「もう1人の方、だよ」

 

と返ってきた。

 

その言葉を聞いたレオは数秒考える時間を置き、「ああ、あの人か」と答えとなる人物を思い浮かべてアイラと似たような声を漏らした。

 

そんな中、思考の海に沈んだアルティナの心情を察し、代わりに龍那が議長の前に進み出た。

 

「議長閣下。アルティナ王女は何か大事な考え事がおありの様子。代わりに、私の発言をお許しいただけますか?」

 

議長は龍那の姿と、その手に握られたカドゥケゥスの杖を見てその素性を特定した。

 

「エトワール神殿の巫女殿か……よろしい、発言を許可しましょう」

 

「ありがとうございます。レイジさん、議会の皆様にユキヒメさんを…」

 

「え? ああ、わかった」

 

龍那の声に頷き、レイジは前に進み出て、手に握るユキヒメを天に掲げた。

 

その場にいる全員の目がユキヒメに引き寄せられ、初めて議長の顔に驚きが生まれる。

 

「皆様、ご覧ください。この刀こそ、クラントールに伝わる霊刀・雪姫。そして、雪姫を振るう資格を持つこの者こそ、異世界より召還されし新たなる勇者なのです」

 

「ど、どうも……」

 

龍那の言葉と周囲からの無数の視線に少々気恥ずかしさを感じ、レイジは頬を赤らめながら軽く頭を下げた。

 

「なんと! では、その刀が……」

 

『お初にお目にかかる。我こそはクラントールに伝わる霊刀・雪姫なり』

 

議長が椅子から立ち上がり、目を見開いた。

 

周りに座したエルフ達も驚きを隠せないようで、ざわついた声が聞こえてくる。

 

どうやら、長寿のエルフ達にとってシャイニング・ブレイドの伝説は戦線メンバーよりも身近な話らしい。

 

「……この事をご理解した上で、私達やアルティナさんの処遇を再度検討していただきますしよう、お願い致します……」

 

龍那が深く頭を下げ、座り直した議長はしばらく考えて結論を出した。

 

「いいでしょう……そういう事であれば、無下に追い出すわけにも参りません。あなた達の里への滞在を許可しましょう。ですが、必要の際には里の防衛に協力していただきたい。よろしいですな?」

 

(此処にいるからには働けってことか……別に構わないけど、我らの力のみによって物事を解決する、なんて断言した後にこれとはね)

 

内心でエルフの考えと矛盾点を並べながらレオは表情を動かさない。

 

その条件を聞き、龍那は視線だけをサクヤに向けて確認を取る。それに対してサクヤは合意を示すように頷き、龍那は議長に向き直る。

 

「承知いたしました。よろしくお願い致します」

 

再度頭を下げた龍那に続き、戦線メンバーの全員が頭を下げる。

 

とりあえず、フォンティーナに滞在する許可を得られた。まずは一段落だろう。

 

「では、今回の議会はここで終了と……」

 

「議長閣下」

 

議長が会議を終えようとした時、1つの声が割り込んだ。

 

声の発生源に全員の視線が集中すると、そこには前へと進み出るレオがいた。大勢の前に進み出るその姿勢に戦線メンバー全員は唖然とし、エルフ達は今まで一度も言葉を発さなかった人間の姿に訝しむ。

 

「突然の割り込み、失礼致します。ですが、その失礼を承知した上で、議長閣下に幾つかお尋ねしたいことがございます。どうか、私に発言の許可を頂けませんでしょうか」

 

拳を握った右手と右膝を床に着け、レオは深く頭を下げた。その態度や口調はいつもより礼儀正しく、何処か高貴な雰囲気を感じさせる。

 

その態度が違和感無く様になっているのは、幼少の頃から名家の伊吹家で散々叩き込まれた礼儀作法の賜物だろう。

 

その佇まいから他とは違う礼節さを感じ、議長は一度咳き込んで頷いた。

 

「よろしい、貴殿の発言を許可しよう。何なりと訊かれるがいい」

 

「感謝いたします、議長閣下。さきほど議長は、我らの力のみによって物事を解決する、と仰いました。具体的には、どのような手段で今回の脅威を解決なさるおつもりなのですか?」

 

気付いた矛盾点をとりあえず放置し、レオは体勢をそのままにして議長と目を合わせる。議長はレオの疑問に対してピクリと反応するが、すぐに答える。

 

「それに関しては、エルフ族が過去から行ってきたことと同じだ。けして攻勢に出ず守りを固め、里の周辺に近付いてきた敵を排除していく」

 

「ですが、帝国の監視の目はすでに森全体に広まっており、精霊力の低下によって草木は確実に枯れ始めています。このままでは、帝国より先に森が死を迎えます」

 

「わかっている。悲しいことだが、銀の森は着実に弱っている。だが、それもこの里と銀の森にある霊樹の浄化機能を駆使すれば、すぐに元に戻る」

 

その時の表情に宿る悲しみの色は、レオにも本物だと思えた。

 

だが、今の発言はまるで、霊樹の機能で元に戻るから森はいくら荒らされても平気だと言っているように思える。

 

「では、それよりも先に帝国がこの里、または銀の森の奥にある霊樹を見つけた場合はどうされるおつもりですか」

 

「それはありえない。いかに銀の森が帝国に踏み荒らされようと、闇の力に魅入られた奴等では精霊の加護が強く働く霊樹の元に辿り着けん。それとも、他に何か方法があるのか?」

 

「……1つだけ、存在します」

 

「なに?」

 

「帝国が私達や他の国より圧倒的に勝っているのは、物量です。私が帝国を指揮する立場なら、その物量に物を言わせ、森の木々を1本残らず薙ぎ倒します」

 

「なっ……!」

 

レオの発言に議長は驚き、周囲の議員達もどよめく。

 

未だに戦線メンバーは口を出さない。先程は驚いたが、全員がレオの行動には意味があると信じ、何も言わない。

 

「馬鹿な! いかに状況の進展が無かろうと、そのような外道な行いを……」

 

「お忘れですか、議長閣下。帝国はすでに他の国でも数え切れない程の命を奪っております。奴等の目的は支配ではなく殺戮、その過程に理念は存在しません」

 

その言葉に、誰も否定の声を上げられなかった。

 

レオの言ったことは所詮予測だ。確証は無い。だが、この場にいる全員が知っている、帝国のしてきた殺戮を。

 

体験した事実が心を揺さぶり、何人かのエルフの顔が青ざめていく。議長もついに言葉が出なくなっている。

 

「これは予測です。しかし、過去の歴史に習うだけでなく、可能性の1つとして今後の行動に組み込んでいただければ幸いです……では、これにて失礼します」

 

一礼し、立ち上がったレオは身を翻して出口に向かう。それに続いて戦線メンバーの全員も部屋を後にした。

 

エルフだけが残された室内には、長い沈黙が降り注ぐこととなった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「らしくない真似をしたものだな、レオ」

 

「……馬鹿な真似をしたって自覚はありますよ。王女であるアルティナの言葉にすら否定的な態度だったんですから、人間の僕の言葉をマトモに取り合うとは思えませんしね」

 

それに、僕の発言はエルフ達に少なからず動揺を与えただろうし、と僕は心の中で付け足しておく。そう考えながら、溜め息が漏れた。

 

会議場を退出し、日の光に目を細めながらアイラさんに返答する。

 

すでに皆は解散し、僕の近くにいるのはアイラさん、サクヤさん、アルティナの3人だけだ。というか、アルティナは少し顔色が悪い。

 

「馬鹿な真似、か……少なくとも私には、お前の発言の全てが無駄だったと思えないがな。エルフ達に伝えたかったのだろう? このままではダメだ、と」

 

「……正確には、変わってほしい、ですけどね」

 

アルティナから視線を外し、アイラさんに背を向けて僕は空を見上げる。

 

僕の家、伊吹は過去を恐れて変わることを選び、エルフ達は過去を敬って全ての基準をそれに依存させた。

 

そのどちらの選択を悪いとは思わないし、僕個人としては伊吹の選択など、もはやどうでもいい。だが、同じく僕個人としては、エルフ達の歴史に対する信仰心は一種の堕落に思えた。

 

僕の知る限り、人間にとって一番楽な状態とは“停滞”だ。日常に例えるなら、何も大きな変化が起こらず、変わりの無い日々を過ごしていくことだろう。

 

僕にはその“停滞”が、変化の無い楽な時の流れが、エルフ達の生き方とよく似ているように思えて仕方ない。

 

エルフは伝統を重んじ、脅威の排除も、他族との交流もそれに習って行う。だが、そんな過去の行いを繰り返しているだけで、一体そこから何が生まれるのだろう?

 

自分で考え、自分で選ぶ。

 

そんな生きる者として当たり前の行為すら、エルフ達は歴史を重んじるというのを言い訳にして放棄している。

 

だから、僕は少しでも自分達で考えるという行動に興味を示してほしかった。

 

別に今までの歴史を蔑ろにしろと言うんじゃない。だけど、何もかも過去に習って行うというのは、絶対に良いことじゃない。

 

(何も変わらず、やり直すことも出来ない日々なんて、ただの地獄だ)

 

例え辛いことや悲しいことがあっても、新しい出来事が何も無い日々に何の楽しさがあるんだ。そんなの、タダの作業と何が違う。

 

「……エルフの皆と分かり合うには、どうやってもまだ時間がいるわね」

 

溜め息を吐きながら、サクヤさんは腕を組んで空を見上げた。

 

「まあ、まずは里に滞在出来るようになっただけでも上出来だろう。エルフとの火種を抱えたまま帝国と戦う羽目になれば、それこそ最悪だ」

 

「議長の下した決定なら、エルフ達もそう簡単には破らないはずです。首都や帝国のことも気になりますけど、まずはベイルグランに会いましょう」

 

アイラさんの言葉にアルティナが続き、とりあえずの方針が決まった。

 

その後に全員の視線が向けられた先には、暗闇を漂わせた銀の森があった。

 

だがその時、アルティナがひどく思い詰めるような表情で森を見ていたのを、僕の目は見逃さなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side Out

 

 それから少し経った後、アルティナは1人で銀の森を進んでいた。

 

森に入ることは誰にも言っていない。里にいるエルフはもちろん、戦線のメンバーにもだ。彼女は、1人でここにやって来た。

 

「皆には悪いけど……やっぱり、姉さんのことは私が何とかしないと……」

 

1人で呟きながら、アルティナは歩を進める。

 

議長の言ったことが確かなら、ベイルグランの元に行けば姉に会えるはずだ。

 

だが、会ってどうするという話になると、アルティナの口からは何も出てこない。怒鳴りたいわけでも、1発殴りたいわけでもないのに。別に、憎しみの感情は無いのだ。

 

「なんなのよ……私はいったい……」

 

何がしたいのだろう。

 

そう思いかけた時、アルティナの後ろから声が聞こえてきた。

 

「お~い、アルティナ~!……ふぅ、やっと追い着いたぜ」

 

「2、3回迷いそうになったけどね。レイジ、前向きな思考は悪いことじゃないけど、僕がいなきゃ間違い無く捜索隊出されてたよ」

 

『まったくだ! 森に入る前にリンリンに知らせておいたとはいえ、無謀にも程がある』

 

「す、すいませんレオさん。此処まで運んでいただいて」

 

振り返った先にいたのは、レイジ、レオ、エルミナの3人だった。レイジが先頭を走り、その後ろにエルミナを肩に担いだレオがジト目でレイジを見ている。

 

ユキヒメとレオの2人から抗議を受け、流石のレイジも申し訳無さそうにしている。

 

「あ、アナタ達……どうやって此処まで……!」

 

銀の森は広大で複雑な森だ。それこそ、人間とは違った空間認識力を持つエルフでなければ、闇雲に走って数分で迷うほどに。

 

故に、アルティナは3人がこの場にいるだけでも充分驚きだった。

 

案の定、森に入るアルティナを見たレイジ達は後に続き、数分でその姿を見失った。だが、レオが『心』を使ってアルティナの気配を追い、鍛えた体に物を言わせて森の中を突っ走ってきたのだ。

 

強行軍という言葉を通り越して、無茶苦茶も良い所のやり方である。

 

「な、何しに来たのよ……」

 

「何しに来たじゃねぇだろ。家族捜しに行くのは良いけどよ、お前の姉さんがベイルグランのとこにいたらどうすんだ。お前1人じゃどうしようもねぇだろ」

 

突っぱねるようなアルティナの言葉に、レイジが呆れるような声で正論を返した。

 

確かに、アルティナが1人でベイルグランに会ったところで、戦って勝てるはずもないし、精霊王の話を1人だけで聞くわけにもいかない。

 

あっけなく論破されたアルティナは言葉に詰まる。

 

「それでも……これは、私と姉さんの問題よ。アナタ達には関係無いわ」

 

「関係なくないです。私たち、ここまでずっと一緒に戦ってきた仲間です。ですから、私達にも手伝わせてください!」

 

アルティナの拒絶の発言を、エルミナが前に進み出て否定する。

 

珍しい相手から反論をくらい、アルティナは再び言葉を失った。

 

「というか、僕達アルティナの気配を追ってどうにか此処まで来たから、帰れって言われても道がまったく分からないんだよね」

 

「そんなわけで、俺達が森の中で遭難しないために、一緒に連れていくか、里まで送り届けるか、どっちか選んでくれ」

 

そこに加えてレオとレイジがぶっちゃけた発言を重ね、自身の命をアルティナに放り投げた。まさかの生殺与奪の譲渡である。

 

そこでついにアルティナの中でナニかが切れて、感情が爆発した。

 

「あ~もうっ!! 分かったわよ! ついてきたかったら好きにしなさよ! 言っとくけど、後で疲れたから帰りたいなんて言っても知らないからね!!」

 

そう言ってアルティナは身を翻し、怒りの雰囲気を開放したまま歩いていく。

 

それを見たレイジとエルミナは顔を合わせて笑い、レオも苦笑する。

 

「何で怒られたのか今1つ分かんねぇんだけど、素直じゃねぇなぁ……」

 

「アレもアルティナの魅力の1つでしょ。とりあえず僕達も……」

 

「はい。私達も好きにいたしましょう」

 

そう言って3人はアルティナの後ろを歩き始めた。

 

「……けどよ、此処まで来るにも大分走ったけど、お前の姉さん本当にこっちにいるのか?」

 

「ええ、それは間違い無いと思うわ。姉さんは、間違い無くこっちにいる」

 

レイジ達にはまったく分からないが、返答するアルティナの顔には確信の色がある。

 

「いったい、何処にいらっしゃるんでしょう……」

 

エルミナがキョロキョロと森を見渡していると、最後尾を歩くレオが突然歩みを止め、それに気付いたレイジ達も止まる。

 

レオは右から左へゆっくりと森を見渡し、やがて森の一角に視線を固定した。

 

「……どうやら、意外と近くにいるみたいだよ」

 

「え?」

 

「あれま、気付かれちゃったか」

 

レオの発言にアルティナが首を傾げた途端、木々の間から透き通るような女性の声が聞こえてきた。そこにいたのは、女性のエルフ。

 

絹のような金色の長髪に羽根のような形をしたヘアバンドを付け、アルティナと同じ青色の瞳がレオ達を見詰めている。

 

「はぁ~い、久しぶりアルティナ。それに、そっちも久しぶりねレオ」

 

「お久しぶりです、エルウィンさん」

 

「ね、姉さん!?」

 

この女性こそ、アルティナの実姉であり、同じくエルフの王女、エルウィン・ラナ・シルフィスであった。

 




ご覧いただきありがとうございます。

どうにか今回でラナの登場まで持っていけました。しかし……長い。

次回はベイルグランの登場、多分戦闘の途中まで引っ張ると思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話 すれ違い

スペル様、赤バラ様から感想をいただきました。ありがとうございます。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 銀の森を歩く中、アルティナは現在不機嫌だった。

 

本人は普段通りにしてるつもりのようだが、全身から放たれている怒りの雰囲気のせいで全員に丸分かりである。

 

話し掛けるのを完全に躊躇ってしまう様子なので、アルティナの後ろを歩くレイジ、エルミナ、ユキヒメの3人は気まずいことこの上ない。

 

そして原因は恐らく、先程からアルティナが睨み付けている先頭の2人にある。

 

「アハハ! レオ、半年ぶりに会ったけど、ずいぶん背が伸びたわねぇ~。前より10センチは伸びたんじゃない?」

 

「まぁ、確かに180近くまで伸びましたけど……エルウィンさん……じゃなくて、ラナさんの方はあんまり変わってませんね。人の肩にしがみつきながら話す辺りは流石としか言えませんよ」

 

冷静に、というより呆れたような声で返すレオの右肩に担がれるように乗って楽しそうに話す女性。彼女こそ、アルティナの実の姉であるエルウィン・ラナ・シルフィスだ。

 

アイラと同様、レオとは以前会ったことがあるらしいが、ラナもその詳細を話してはくれなかった。正確には「教えな~い♪」とドストレートに断られたのだが。

 

それとは別に、レオ達はラナがベイルグランに何の用があるのかを尋ねた。すると、こちらの方はアッサリと答えてくれた。

 

「ん? 簡単よ。精霊王の卵を貰いに行くの」

 

予想通りと言えば予想通りの結果だったが、その行動はこの土地の精霊王がルーンベールと同じ状況にあるのだという確信を与えた。

 

そして、それを聞いたからにはレオ達もこのまま戻るわけにはいかない。ラナ1人でベイルグランと戦って勝てるわけはないし、止めても聞かないだろう。

 

なので、レオ達はこのままラナと一緒にベイルグランの要る場所を目指す事にした。里を出る前にリンリンには知らせておいたので、サクヤ達もすぐに追い掛けてくるはずだ。

 

例え戦闘になっても、此処にいるメンバーは決して弱くない。レイジなどにいたっては、このメンツで充分ぶっ倒せるだろとやる気満々だ。

 

そんな流れで今のような状況が出来上がっているのだが、アルティナとしては目の前の光景に色々と思うところがあるようで、レオの背中と右肩周辺にビシビシと視線が突き刺さる。

 

「……それで? このまま進んでいいんですか?」

 

「ん~? 何が~? 道は間違ってないよ?」

 

突然の問いに対し、ラナは首を傾げながらレオの顔を覗き込んだ。

 

アルティナと同じくかなりの美人に入るラナの顔が間近に迫ってドキリとするが、レオはその無防備さに溜め息を吐いて意識を落ち着け、声の音量を少し下げる。

 

「アルティナのことですよ。彼女がさっきから不機嫌な理由、本当はラナさんだって分かってるんでしょ?」

 

「……まぁね、アタシが自由にやれてるのは、あの子がしっかりしてるおかげみたいなもんだからさ。色々と不満はあるわよ」

 

レオの問いに、ラナは間を置いて真面目な声で答えた。

 

その横顔は何処か悲しそうで、誤魔化すような笑顔が逆に痛々しい。

 

「話さないんですか? 不満があるって言っても、人の話しを聞かないほどアルティナは短気じゃないでしょ」

 

「そりゃあね。だけど今はまだ、ね。やることがあるから……にしても、ずいぶんと気に掛けてくれるのね。迷惑ってわけじゃないけど……」

 

「難しい理由はありませんよ。ただ、ラナさんとアルティナがすれ違ったままなのが嫌なだけです。僕はもう、喧嘩も仲直りも出来ませんから」

 

後半に連れて声のトーンが下がったのは、レオ本人にも無意識のことだった。

 

その変化と伝えたいことを理解したラナは微笑を浮かべて何も言及せず、大丈夫だよ、とだけ言ってレオの黒髪を優しく撫でた。

 

何処か楽しそうに髪を撫でるラナに何も言わず、レオも気恥ずかしそうにするだけでそれ以上は何も言わなかった。

 

ただ、レオの背中に突き刺さる視線の強さは増したような気がしたが。

 

(あれ? なんで!? 今の何処に不機嫌が増す理由が…………っ!)

 

内心で動揺しながら嫌な汗を流していると、レオの秀でた感知能力が新たな気配を捉えた。すぐさま目を閉じて精神を研ぎ澄ませ、気配の正体を探る。

 

「レオ、どうした?」

 

突然先頭のレオが足を止め、レイジが声を掛けた。

 

アルティナとエルミナも首を傾げるが、ラナだけは反動をつけてレオの肩から飛び降り、軽やかに着地して森の奥をじっと見つめた。

 

やがて、レオと同じ結果に至ったらしく、感心しながらポンと手を叩く。

 

「この先に帝国のモンスターの集団がいる。こっちに気付いてはいないけど、無視出来る奴等じゃない。だけど、それよりも問題は……」

 

「隠れ里に近いってことよね。探索なのか巡回なのか知らないけど、帝国の目は議会の皆が思ってるよりずっと広がってる」

 

レオの言葉に続き、ラナが深刻そうな顔で補足する。

 

それ以上は何も言わなかったが、他のメンバーにも事態の深刻さが分かった。

 

隠れ里から此処に来るまでの道は、そう遠い距離でもない。実際、地理の無いレイジとレオでさえも強引に突っ走って辿り着けた。

 

このままの状況が続けば、恐らく帝国は遠くない内に隠れ里の大体の場所を補足してしまうだろう。

 

そうなってもエルフの議長が言っていた通り、帝国の戦力は霊樹の加護が働く場所には辿り着けないのかもしれない。

 

だが、それはただ“その場所に辿り着けないだけ”であって、その場所が透明になったわけではなく。そこに“有る”という事実は変えられない。

 

ならば、帝国は隠れ里の場所さえ分かってしまえば足を踏み入れる必要は無い。大体の場所さえ分かれば、そこを包囲して火を放てば良い。それか、レオが提案したように木を残さず薙ぎ倒すかだ。

 

「フォンティーナに来てから今まで、敵に見付からないなら大丈夫だと思ってたけど。本当はかなりのピンチだったってことか」

 

『どうやら時間をかけている余裕は無さそうだな。これではサクヤ達と合流する時間も惜しい、何としても我等だけでベイルグランを破るぞ』

 

「はい、もちろんです! でも、その前に帝国のモンスターを倒しちゃいましょう。あんなのが近くをうろついてたら安心して眠れませんから!」

 

「敵は10体くらいかな。一体強そうなのがいるけど、やれるでしょ」

 

上からレイジ、ユキヒメ、エルミナ、レオの順番で言葉と共に気を引き締め、それぞれが自分の武器を携えて歩を進めていく。

 

闘気を迸らせるその背中を、後ろからアルティナとラナの2人が見ていた。

 

「みんな、どうして……」

 

「良い仲間がいるのね」

 

理解出来ない、と言うようなアルティナの呟きに対し、ラナが嬉しそうな声を返した。その顔には、喜びの他にも過去を懐かしむような色があった。

 

それはまるで、もう見ることの出来ない過去の光景を思い出しているようだ。

 

「彼等は帝国を倒すとかの前に、アルティナやエルフの皆を助けたいのよ。理屈なんて無しで、ただ助けたいの」

 

そう言って、ラナはアルティナの肩を軽く叩いてレオ達を追う。

 

「ほら、行こうアルティナ。此処は私達の森なんだから、しっかりしないとね」

 

「わ、分かってるわ!というか、それ姉さんにだけは言われたくないわよ!」

 

「アハハハ! それもそうね~」

 

うがー! とでも叫びそうな剣幕のアルティナに笑顔を返し、エルフの姉妹は不器用ながらも森の奥へと進んでいった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 進んだ先の平地でレオ達が対面したのは、二足歩行で立つトカゲ、リザードと呼ばれるモンスターだった。

 

その手には人間よりも平均の高い身長を生かす為か2メートル以上の長槍が握られているが、前衛を務めるレイジとレオは恐れることなく正面から突っ込む。

 

迎撃するように顔面を狙って突きが放たれるが、レイジは下方から振り上げた大太刀で槍を弾き、レオはタイミングを見切って首を傾けて避ける。

 

「零式刀技……砕!!」

 

懐に入り込んだレイジが叩き付けるように大太刀の3連撃を打ち込む。

 

着込んだ鎧を容易く打ち砕き、それでも殺し切れぬ衝撃がリザードの体を数メートル単位で勢い良く吹っ飛ばした。

 

 

『御神流奥義之弐・虎乱(こらん)』

 

 

もう一方のレオは至近距離からの小太刀の乱撃でリザードを切り刻み、力が抜けた体を蹴り飛ばして他の敵へとぶつける。

 

そこから走り出し、レオは次の標的として捉えたリザードに龍麟を振り下ろす。だが、フェイントも一切無しの斬撃のため、槍の持ち手部分に防がれる。

 

しかし、それを狙っていたレオは構わず麒麟を振り上げ、龍麟の峰の中心近くに刀身を叩き付ける。

 

 

『小太刀二刀流、陰陽交叉・斬式』

 

 

押し出された一刀目の小太刀が防御していた槍を綺麗に両断し、麒麟の刀身はリザードの頭部を深く斬り裂いた。

 

続いて崩れ落ちたリザードの後方から他の3体が槍を突き出しながら横並びで突っ込んでくるが、レオは7番鋼糸をセットしてスナップと共に右手を振るう。

 

薄く光る暗器が宙を駆け抜け、真ん中を突進するリザードの足首に巻き付く。その状態でレオが腕を引くと、足をもつれさせたリザードは盛大に地面をすっ転んだ。

 

側面にいた2体の足にもアルティナとラナが放った矢が打ち込まれ、3体の突進は見る影も無く中断された。

 

そして、3体の頭上に大き目の魔法陣が展開され、最後尾に立つエルミナの杖が振るわれる。

 

「集え大地の恵み……アース!」

 

杖に埋め込まれた宝玉が輝き、頭上の魔法陣から同等の大きさの岩塊が出現する。それは重力の力に従って落下し、3体のリザードを土煙と共に押し潰す。

 

後衛陣を攻めようと2体のリザードが迫るが、立ちはだかったレオとレイジがそれを阻む。

 

突っ込んでくる2人を迎撃しようとリザードは槍を構えるが、レオの投擲した4本の飛針が手首に突き刺さり、悲鳴と共に手から武器を零した。

 

そこへ、麒麟を弓を引くように構えたレオが『射抜』の突進で迫り、寸分違わず心臓の位置を貫いた。

 

もう1体がレオの背後から槍を突き出すが、それを察知したレオは振り返ると共に龍麟を一閃。槍の矛先を叩いて真横に弾いた。

 

「おいコラ、お前の相手はオレだろ」

 

真後ろから聞こえた声にビクリと肩を震わせるリザード。そこには、大太刀で肩を叩きながら不敵な笑みを浮かべるレイジがいた。

 

慌てるようにリザードが槍を右薙ぎに振り回すが、ろくに力が入っていない。右切り上げに振るわれた大太刀に弾かれ、槍はリザードの手元から弾き飛ばされた。

 

「ふっ……!」

 

レイジの左手が大太刀から離れ、アッパーカットのように振り抜かれた拳がリザードの顎を真上へと打ち上げる。あまりにも綺麗に決まったせいか、歯が何本か砕けている。

 

そして握り直した大太刀が唐竹に振り下ろされ、リザードは空を見上げたまま膝を付き、地面に倒れ伏した。

 

「ナイスパンチ」

 

「サクヤさんに見られたら怒られそうだけどな」

 

『その前に私が説教してやろうか? まったく、チンピラの喧嘩ではないのだぞ』

 

手を打ち合わせる2人と呆れるように溜め息を吐くユキヒメ。

 

続いて3人の視界が向けられたのは、残ったリザード3体。見るからに、半数以上の味方がやられたせいで怯んでいる。逃げる気満々だ。

 

その予想通りにリザード3体は身を翻して森の中へと走っていく。

 

だが、このままではマズイ。逃げた奴等の報告を聞いた帝国の本隊がこの近くへ集まってしまう。

 

(『神速』を使って仕留めるか……?)

 

正直、レオとしては1日の使用回数に限界がある『神速』を無闇に使いたくないのだが、逃げられてしまっては元も子も無い。

 

そう思って意識を集中させ、頭の中のスイッチを切り替えようとした時、レオの視界の中で異変が起こった。正確には、逃げていくリザード達の足元だ。

 

ドオォン!! と音を立ててリザード達の足元の地面が急速に盛り上がり、リザード達の体が空中に打ち上げられた。

 

これは前に見た覚えがあるエルミナがアースの魔法を応用してやってみせた土の操作である。今回は実戦用らしく、威力も規模も大きく違う。

 

「いっただき~!」

 

そこへ、陽気な声を上げたラナが力強い弦の音を響かせ、神弓ウルから放たれた1本の矢がリザードの体を貫く。

 

同タイミングで隣のアルティナも矢を放ち、真銀弓スカディから放たれた矢もリザードの体を的確に貫く。

 

残った最後の一体は、エルミナのブレイズによって空中で爆散し、空気中に焦げたような臭いを漂わせて塵と化した。

 

エルミナの攻撃が一番強烈だったせいか、レオとレイジは空中で絶命した3体のリザードの死体を見ながら女性陣に若干の恐怖を覚えた。

 

((なんだって周りの女性陣はこう、戦闘に関しては容赦無いんだろう……))

 

『おい2人とも、何を呆けている! 後ろだ!』

 

心の中でまったく同じことを考えている2人に、ユキヒメの警告が飛ぶ。

 

だが、その警告よりも先に2人は動き出していた。なぜなら、初めから正体を隠していた最後の1体の存在に気付いていたからだ。

 

直後、2人が立っていた場所に巨大な岩塊が突き刺さり、凄まじい衝撃が周囲の地面を揺らした。

 

攻撃を避けた2人が改めて見ると、地面に突き刺さっているのは岩塊ではなかった。正確には巨大な“拳”だった。

 

その根元を視線で辿っていくと、そこにいたのは全長が3メートル程ある岩の巨人、ブリックゴーレムだった。

 

顔と思われる部分には目も口も見当たらないが、放たれる敵意は確かに眼下のレオ達を捉えている。

 

体の所々が鉄板のような板で補強されており、岩の上から巨大なボルトで強引に貼り付けたような右の肩当がずいぶん目立つ。

 

ゴーレムの右腕が地面から引き抜かれ、入れ替わるように左腕が真上から振り下ろされた。だが、レオとレイジはその拳が地面を叩くよりも先に離脱する。

 

岩の巨体を見て小太刀は不向きだと判断したレオは走りながらグラマコアのカードを親指で弾き、一瞬の発光と共に姿を変える。

 

同時に、反対方面からハイブレードモードへと姿を変えたユキヒメと共にレイジが斬り込んだ。右薙ぎの斬撃と共に放たれた衝撃波がゴーレムの右足首を直撃し、姿勢が片方に傾く。

 

そこへエルミナの放ったブレイズが腹部で炸裂するが、表面の岩を少し削っただけで大きなダメージは与えられていない。

 

ゴーレムが右足を持ち上げ、真下の地面を強く踏み抜く。すると、ゴーレムを中心とした衝撃波が起こり、一番近くにいたレイジが土煙と一緒に吹き飛ばされる。

 

それを見たアルティナが治癒の為に駆け出し、ゴーレムが追撃を仕掛けようと足を進める。しかし、それを阻む為にレオが正面から接近する。

 

自身の身の丈の半分ほどしかない敵を潰そうと、ゴーレムは握り締めた右拳を振りかぶる。先程の威力から見て、人間の体など掠っただけでも重傷だろう。

 

だが、レオの瞳に恐怖の色は微塵も無い。その意識はゴーレムの拳を見切ることのみに傾けられている。

 

そして、レオは振り抜かれた拳に対して突進しながら跳躍。真下を通り過ぎた拳を回避し、ゴーレムの右腕の上を走って巨体を登る。

 

「クリュスタルス」

 

呼びかけに応え、ガントレット後部の氷剣から噴き出した冷気が左腕の手の平に集まる。白い風を漂わせたレオの左手はゴーレムの肩当を掴む。

 

「それ、どう見ても怪しいんだよね」

 

開放された冷気がゴーレムの右腕を完全に凍らせ、両手で握ったミズハノメのフルスイングが肩当部分を粉々に砕いた。

 

慌てるようにゴーレムの左手が迫るが、レオは即座に右腕の上から飛び降りる。地面に落ちながらゴーレムの右肩を見ると、そこには岩の体に突き刺さった緑色の結晶があった。

 

「どう見ても弱点ね。ナイスよ、レオ」

 

そこへ声を掛けたのは、最初と変わりない位置に立って弓を構えるラナ。

 

ゴーレムとの距離はおよそ4、50メートル。右肩に刺さっている結晶の大きさは10センチあるかどうかだ。

 

そんな状況下だというのに、ラナは片目を瞑った余裕の表情で迷わず弓を引く。そして放たれた矢は、寸分違わず結晶を直撃した。

 

その精度はほぼ必中に近いアルティナと同等。先程の戦いから分かってはいたが、ラナも間違いなく他より秀でた実力者だ。

 

結晶が砕け散り、ゴーレムは糸が切れた人形のように地面に倒れる。いや、実際それと似たような物だったのだろう。

 

岩の体はあくまで傀儡であり、突き刺さっていた結晶がそれを操っていたのだ。

 

「こんな物まで森の中に持ち出してくるなんて、急いだほうが良さそうね」

 

倒れたゴーレムの体を弓でツンツンと小突き、ラナは大きく頷いて森の中へと駆け出した。突拍子の無い急発進に驚きながら、アルティナがその後を追う。

 

「ちょ、ちょっと待って姉さん! 1人で勝手に行かないでよ!」

 

「いやいや、それよりもお前が待てって! エルフのお前らと離れたら人間組みのオレ達今度こそ遭難しちまうっての!」

 

「心配しなくても大丈夫よ。空気の感じが違う道を進んでいけば、自然と霊樹のある場所に着くから」

 

「んな曖昧過ぎる説明で大丈夫って言われても分かるか!!」

 

他種族の都合を忘れたかのようにエルフの姉妹が森の中を先行し、その後を大太刀を携えたレイジが声を上げながら追う。

 

レオはそんなデコボコのメンバーに溜め息を吐きながら「んじゃ、追いかけるよ~」と言ってエルミナを肩に担いで再び疾走した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 やがて、ラナを先頭にしたメンバーは大きな湖に辿り着いた。

 

その湖の中心には他を圧倒する巨木、霊樹が聳え立っている。

 

(戻ってきたんだな……この場所に……)

 

エンディアスでレオにとっての始まりの場所は特に変わっておらず、目の前には以前と同じ美しい水面が広がっている。

 

それとは対照的に、レオ本人はずいぶん変わったように思えた。何故か、レオの指は無意識に赤色の目を撫でていた。

 

「ベイルグラ~ン! いるんでしょ~! 出てきてよ~!!」

 

「ね、姉さん……!」

 

周りの森に大きな声で呼び掛けるラナ。その無遠慮な行為を咎めようとアルティナが詰め寄ろうとするが、それよりも先に地鳴りのような音が聞こえた。

 

ドスン! ドスン! と徐々に近付いてくる音の方向に全員の目が向けられる。すると、森の中から大きな影が浮かび上がり、日に照らされたその姿が見えてくる。

 

エールブランが氷竜の名を持つように、ベイルグランが持つ呼び名は地竜。その体を構成するのは、全てが岩だ。

 

亀を連想させる全体的にゴツイ巨体の表面には草木が芽生えており、背中の甲羅からは赤・黄・緑など様々な色の木が生えて小規模の森林を作っている。

 

「こいつがベイルグランか……エールブランもかなりデカイって思ったけど、こいつもかなりのもんだな」

 

「だね、見た感じエールブランより少し小さいけど、ゴツさならこっちが上だ」

 

「それに全身が岩ですから、頑丈さもこちらが上ですね」

 

レイジ、レオ、エルミナの3人が外見に感想を出し合う中、ベイルグランは一同を見渡してラナとアルティナの前で止まる。

 

「<やれやれ、そんな大声を出さずとも聞こえてとるよ。子供の時より変わらず、おてんば姫は息災のようじゃの>」

 

エールブランの時と同じく頭の中に聞こえてきた声は、レオ達が想像していたよりもずっと優しいものだった。まるで、気さくな老人と話しているようだ。

 

「あ、あの! あなたがベイルグランですね? 私は、アルティナと言います。この銀の森の守り人を務めている者で……」

 

「<もちろん、おぬしの事も知っておるよ。お姉さんのラナと同じく、お主らが子供の頃から、ずっとな>」

 

「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」

 

ベイルグランの言葉に、アルティナは嬉しそうな声で頭を下げた。

 

どうやら、フォンティーナのエルフにとってベイルグランに名前を覚えてもらうことは、とても誇らしいことのようだ。

 

「ベイルグラン! 悪いけど、今すぐ精霊王の卵が必要なの! 貴方が守ってるんでしょ? 渡してもらえないかしら」

 

だが、その横から前に進み出たラナは、相変わらずドストレートに用件を告げた。敬意どころか、遠慮もまるで無しだ。

 

((すげぇな、おい……))

 

再び思考が似る男2人。あの思い切りの良さは、もはや尊敬すら出来るほどだ。

 

「<ガハハ! 流石はおてんば姫、耳が早い上に直球じゃのう。聞いてて清々しく感じる程じゃ! しかし……>」

 

ラナの態度に笑い声を返したベイルグランの優しい瞳が、言葉を区切ると共に鋭いものへと変わり、レオ達を見詰める。

 

「<エールブランと戦ったのなら分かっておるだろう。いくらお主達でも、ただで卵を渡すわけにはいかん>」

 

「試練を受け、あなたに勝ってみせろということですか?」

 

「<左様! 見事ワシを打ち倒し、お主達が光の加護を受けし者だと証明してみせるのだ!>」

 

アルティナの質問に肯定を返し、ベイルグランが地面を強く踏み抜く。それだけで地面が揺れ、地鳴りの音が周囲に響いた。

 

「……覚悟はしてたけど、やっぱりこうなるか」

 

「時間は多くないんだ。手順の省略と強敵との戦い、一石二鳥と考えようぜ!」

 

やっぱりやるのか、と言うようにレオは溜め息を吐くが、すぐに意識を切り替えて武器を構える。隣に立つレイジも、大太刀を構えて臨戦態勢だ。

 

「<このように戦うのはずいぶんと久しい。張り切るとしようか!>」

 

ベイルグランの咆哮が轟き、森の中で開戦の合図が上げられた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ベイルグランとの戦いの前にラナを混ぜた戦闘をやってみようと思ったのですが、気が付けばかなり長くなっていました。

次回はVSベイルグランです。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話 森の祖父

つっちーのこ様、スペル様、通りすがり様、玄武Σ様、Life様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はベイルグラン戦です。

では、どうぞ。


 Side Out

 

 「<そぉら! まずはこれじゃ!!>」

 

何処か楽しそうな声を上げ、咆哮を上げたベイルグランの左足が地面を踏み抜く。

 

すると、レオ達が固まっている足元が鳴動し、地面がボコボコと形を変える。

 

すぐさま全員がその場から飛び退くと、次の瞬間に地面から岩の棘が飛び出した。

 

だが、その程度の現象で怯むような者はこの場にいない。むしろ、攻撃を放った瞬間を逃がさんとレイジとレオが真っ直ぐ接近する。

 

グラマコアの姿をしたままのレオはミズハノメを肩に担ぐように構え、レイジの手に握られたユキヒメは刀身が展開してハイブレードモードに姿を変える。

 

その接近を許さんと2人の目前に岩の棘が何度も飛び出すが、エールブランの射出される氷柱に比べれば遅い。故に、この2人を止めるには及ばない。

 

「ふっ……!」

 

「はっ……!」

 

ミズハノメとハイブレードモードに姿を変えたユキヒメがベイルグランの左右の足に叩き込まれる。

 

ガァン! と盛大な反響音が響き、ユキヒメの刀身から放たれた衝撃波が全方位に風を撒き散らす。

 

その中で、表情を歪ませたのは……攻撃を直撃させたはずのレイジとレオだった。

 

(ぐっ……!)

 

(外見から想像は出来たけど……硬い……!)

 

「<ふむ、悪くない。しかし……まだ甘い!>」

 

ベイルグランの声に反応し、レイジとレオは手首に走る痺れと痛みに内心舌打ちしながら連続でバックステップ。先程まで自分達が立っていた場所から飛び出した岩の棘から逃れ、同じ場所に留まらないようベイルグランを囲む形で周囲を走る。

 

ちらりと棍棒と大太刀が直撃した場所を一瞥すると、そこには小さな皹が入っているだけ。やはり、単純な頑丈さだけならベイルグランはエールブランのそれを大きく上回っている。情けない話だが、アレを相手にするには直接の斬撃は不向きなようだ。

 

だが、ベイルグランと戦っているのはレイジとレオの2人だけではない。

 

「悪いけど、アタシ達もいるのよ!」

 

「どれだけ体が硬くても、弓使いには弓使いのやり方があるわ!」

 

「魔法使いも同じく、です!」

 

エルミナの杖から放たれた3つの炎弾がベイルグランの頭上から降り注ぎ、爆発を起こして巨体の動きをその場に縫い付ける。

 

そこへアルティナのアーシーズショットが放たれ、レオが付けた足首の皹をドリルのような削岩音を響かせて削り取る。反対側のレイジが付けた皹の部分にはラナのバインドショットが直撃し、削り取ることこそ出来ないが激しい放電を起こしてベイルグランの動きを鈍らせる。

 

その隙を逃さんと、ミズハノメをクルクルと回転させながらレオが肉薄し、ベイルグランの首を打ち上げるように顎下から遠心力を加えて叩く。

 

「<ぐおっ……!>」

 

ベイルグランが苦悶の声を上げる。

 

レオの打撃が起こす衝撃は皮膚に届いてはいない。しかし、生物ならば頭蓋が存在し、その中に脳がある。生物ならば脳はもちろん、内臓を硬化させることなど出来はしない。ベイルグランはミズハノメの打撃に脳を揺らされ、軽い脳震盪に襲われたのだ。

 

さらに、反対方面から大太刀を構えたレイジが接近し、レオが打ち上げた方とは反対側の顎を狙って大太刀を右薙ぎに打ち込む。

 

「<なんの……これしき……っ!>」

 

しかし、それを許さんとベイルグランは頭部を振り子のように左右へ小さく揺らし、レイジ目掛けて勢いを乗せた頭突きを放つ。

 

避けようとすれば逆に直撃の危険が増すと考え、レイジはそのまま真っ直ぐ突っ込んで大太刀を叩き付ける。

 

「はあっ!!」

 

ハイブレードモードの刀身が巨大な岩塊とも言えるベイルグランの頭部と衝突し、受け止める。それによって周囲に拡散した衝撃が地面に亀裂を走らせる。

 

「アローバースト!!」

 

そこへ間髪入れずにベイルグランの頭上からアルティナの放った矢の雨が降り注ぐ。命中と同時に小規模の爆発を起こす矢が全身を絶えず襲い、流石のベイルグランも怯む。その瞬間にレイジは大太刀を引き戻して即座に後退する。

 

「エルミナ!」

 

その時、エルミナの傍に駆け寄ったラナが名を呼んだ。

 

それに気付いたレオが視線を向けると、何かを耳打ちで伝えるラナが自分の足元の地面を指差している。恐らくベイルグランに作戦を聞かれないようにするための対策なのだろうが、何故かレオは盛大に嫌な予感に襲われた。

 

「レオさん……ごめんなさい!」

 

え? 何が? と尋ねる前に詠唱を終えたエルミナの杖が振るわれ、レオの立つ地面がボコボコと激しく脈動する。

 

「……ちょっと待って? これって、まさか……」

 

「飛んでけ~♪」

 

レオがそこまで言いかけたところで、エルミナの隣に立つラナが笑顔でサムズアップ。

 

直後、レオの足元から突き出た土の柱が、レオの体をカタパルトよろしく空へと撃ち放った。

 

「アンタ って人はァァー!!」

 

凄まじい速度で風を切りながら叫び、レオは眼下に見えるベイルグランの背中を捉える。

 

言いたい文句は山ほどあるが、こんな真似をしなければ得られないチャンスがあることも、レオは理解している。

 

「恨みますよホント……クリュスタルスッ!!」

 

ガントレットの後部から飛び出た氷剣が冷気を噴き出し、その全てがレオの左手に集束する。冷気はすぐに質量を宿して膨れ上がり、3メートルに届く巨大な氷の球体、アイスシェルが完成する。

 

重力を味方に付け、アイスシェルを形成したレオの左手が振り下ろされる。

 

しかし……

 

「<ぬぅんっ!!>」

 

ベイルグランはその場で体を横に回転させ、球形状の岩塊のような尻尾を頭上から迫るアイスシェルに叩き付けた。

 

その瞬間、砕け散ったアイスシェルを通してレオは僅かな違和感を覚えた。

 

(なんだ……? 足を攻撃した時と手応えが違う……)

 

思考する途中で耳を塞ぎたくなるような粉砕音が響き、先程以上の衝撃が周囲に拡散、地面に小規模のクレーターが出来上がる。

 

巨体のベイルグランは四本足を地面にめり込ませて反動を堪えるが、人間であり、しかも空中にいたレオは衝撃をもろに受けた。アイスシェルを粉々にしても止まらなかった衝撃はレオの体を吹っ飛ばし、滑空するように森の中へ突っ込んでいった。

 

幸か不幸か、レオはすぐさま背中から木に激突して勢いが止まる。しかし、あまりの衝撃で咳き込むと一緒に血を吐き出した。

 

「なんだって毎度……尻尾にぶっ飛ばされるんだか……げほっ!」

 

喉元に込み上げていた血を全て吐き出し、口元を手の甲で拭いながらレオは立ち上がる。

 

不意を付いた結果がこのザマだが、口の中に広がる血の味と痛みに釣り合うだけのヒントが得られたかもしれない。

 

(もう一度懐に飛び込めれば、さっきの違和感を確かめられる……!)

 

決断してすぐに木々の中から飛び出し、レオはベイルグランとの交戦を続けるレイジ達の元へと走る。

 

エルミナとアルティナが遠距離から攻撃してベイルグランを牽制し、レイジが攻撃を仕掛けているが、やはりベイルグランの頑丈さを前に決定打を与えられない。そこへレオは真っ直ぐ突っ込み、通過した仲間達に短く指示を出す。

 

「突っ込む! 援護お願い!」

 

口にした内容はそれだけだったが、レイジ達は何も訊かずにレオを援護する。

 

遠距離組みは攻撃の密度を上げて動きを縫いつけ、レイジは大太刀で地面を切り裂いて土煙を撒き散らし、ベイルグランの視界を遮る。当然レオの視界も悪くなってしまうが、『心』によって気配探知能力が飛び抜けているレオにとっては大した障害にならない。

 

「<この程度の目くらまし……お主らごと吹き飛ばしてくれるわ!>」

 

声を上げたベイルグランが体を持ち上げ、深く息を吸った。

 

その動作を目にした瞬間、アルティナは慌ててエルミナを手を引っ張って走り出し、すでに大太刀を構えてフォースを練り上げるレイジの元へと走る。

 

今ベイルグランが行った動作は、エールブランが暴風雪(ブリザード)を放った時のそれとよく似ているのだ。そうなると、今放たれようとしている攻撃は高い確率でアルティナ達に対応出来るものではない。それが出来るのは、この中で瞬間火力が最も高いレイジだけだ。

 

だが、レオはアルティナ達のように戻らず、さらに速度を上げてベイルグランに突っ込んでいく。

 

レオには攻撃をかわす方法がある。だが、それが成功するかは攻撃の見切り、つまりはタイミングによる。

 

フォースの輝きは守るように立つレイジの体を伝い、大太刀から噴き出す青い光を別の力へと変換させていく。その姿はエールブランと戦った時のような『炎』ではなく、大太刀を中心に吹き荒れる暴風、つまりは『風』。

 

「<こいつはわしのとっておきじゃ……受けとれい!!>」

 

言葉の後にベイルグランの咆哮が鳴り響き、眼前に展開された魔法陣から巨大な衝撃波と雷が放射状に放たれる。あれではすぐ近くにいても衝撃波で吹き飛ばされ、離れていても雷に体を貫かれる。つまりは、真後ろに回り込むくらいでなければ回避できない。

 

だが、雷光と衝撃波が放たれる寸前にレオは頭の中でスイッチを切り替え、己の集中力を一気に極限まで高めた。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止める。レオはその中を真っ直ぐ走り抜け、ベイルグランの胴体の真下に入り込んだ。通常の時間の流れでは1秒も経っていない中で、レオはベイルグランの攻撃を見事にかわし、懐に入り込んだ。

 

そして、レオを通り過ぎた雷光と衝撃波はアルティナ達へと向かうが、大太刀を構えたレイジが立ちはだかる。

 

『レイジ、分かっているな? なるべく攻撃範囲を絞って撃つのだぞ』

 

「分かってるよ。思い付いたのは良いけど、この技威力有り過ぎて使いどころを選ぶからな」

 

体の右側面で握り締めた大太刀の矛先を真横に向け、刀身を地面と平行に倒す。吹き荒れる風は徐々に勢いを増していき、やがては大太刀の刀身全体を覆い隠すほどの小規模の竜巻を形成していく。

 

「零式刀技……太刀風(たちかぜ)!!」

 

その場で左薙ぎに振り抜かれた大太刀。次の瞬間、刀身から解き放たれた風がレイジ達の眼前で炸裂し、ベイルグランの放った衝撃波と雷に正面から激突した。衝撃波がすぐに相殺され風を巻き起こすが、それを遥かに上回る暴風に飲み込まれて無意味と化す。

 

残るは雷撃と拮抗する風なのだが、これはただの風ではない。暴風とすら言える風の全てが、ハイブレードモードの刀身から放たれる衝撃波なのである。今起きている風はあくまで副産物であり、実際は無色の衝撃波が弾幕を張るように前方へ拡散し、正面から雷撃を相殺する壁となっているのだ。

 

ちなみに、この技を思いついたレイジは威力を確かめるために全長3メートル近い岩で試射をした。だが、技の威力は思いついたレイジ本人の予想を裏切るほどに強力で、的にした岩は10センチ程の石ころ1つになるまで粉砕されていた。

 

こんな威力の技を人間相手に使用すれば、恐らく原形を留めない肉塊が出来上がるだろう。

 

それを思い知らされたレイジは、ユキヒメとの相談の末「よほどの相手で無い限り、人間相手に使ってはいけない」と決めた。

 

そんな危険な技だが、今の状況には頼もしいことこの上ない。何せ、ベイルグランの奥の手を正面から無力化したのだから。

 

「<ぬぅ……流石はエールブランを倒した者達、やりおるな……む?>」

 

自身の奥の手を破られ、ベイルグランが僅かに怯む。だがその時、岩に覆われた自分の体に違和感が走った。その場所は、体を支える足と尾の先端。

 

見ると、4本の足が第一間接の高さまで凍り付いており、尾に至っては球形状の部分が全て氷になっている。

 

「<これは……! 先程雷撃を潜り抜けた小僧の仕業か……!>」

 

「ご明察です。そして、思った通りでした」

 

声のした方向に目を向けると、そこには黒のロングコートを着て二刀の小太刀を握るレオがいた。

 

『神速』によって雷撃を避けたレオはベイルグランの胴体の真下に入り込み、そのままクリュスタルスの冷気を開放。まったく勘付かれることなく、ベイルグランの足と尾を凍結させたのだ。そして、その際に先程感じた違和感の正体を突き止めた。

 

「あなたの体は岩を鎧のように纏っていますけど、凍らせてみて分かりました。岩が鱗の表面に張り付いてる4本の足と違って、尾の先端だけ鱗と岩の間に僅かな隙間がある。そして、そこには気付かれたくない何かが隠れている」

 

(こやつ……!)

 

レオの言葉を否定するかのようにベイルグランが動き出した。足は凍り付いて動かせないが、尻尾は動かすことが出来る。アイスシェルを正面から粉々にしたことで、その威力はレオも充分に理解している。

 

だが、横薙ぎに迫る尾に対してレオの取った行動は回避ではなく……前進だった。

 

(確かに、今の僕の実力じゃ『斬』を使ってもあの岩を斬れない。だけど……)

 

踏み出すと共に意識に撃鉄が下ろされる。

 

本日3度目の『神速』によって世界が色を失い、目の前に迫るベイルグランの尾の速度がまるで停止したように遅くなる。

 

(砕くことは出来る……!)

 

 

『御神流奥義之肆(し)・雷徹(かみなりどおし)』

 

 

その技は、『徹』を2重に放って過度の衝撃で内側を破壊する奥義。その破壊力は、御神流の奥義でも最高を誇る。

 

踏み込みと共に両腕を振り上げ、二刀の小太刀の柄尻をベイルグランの尾に叩き付ける。だが、『神速』の速度域で打ち込まれた2重の衝撃は外面を通過して内面に『徹る』。それによって発揮される瞬間的な破壊力の前では、どんな防御も意味を成さない。

 

そしてその攻撃はついに、ベイルグランの尾の先端の岩塊を……砕いた。

 

バアァァン!!!

 

『神速』を解除した瞬間、アイスシェルが砕けた時以上の粉砕音がレオの耳を叩く。しかし、レオはその音に関心を示さず、砕けたベイルグランの尾を捉えている。

 

岩を砕いた先に見えたのは、尾の先端で僅かに光る緑色の巨大な球体。アレこそが、強硬な体を持つベイルグランの唯一つの『弱点』。

 

「コレでチェックよ、ベイルグラン!」

 

その声は、全員の頭上から聞こえてきた。

 

目を向けると、そこには頭を地面に向けた体勢で3本の矢を放とうとしているラナの姿があった。

 

「<おてんば姫か! いつの間に空中へ……!>」

 

「レオが突っ込んだ時から隠れてたのよ! そんで、雷撃が止んだと同時に木の上から跳んだってわけ。この森の木は子供の頃からよく知ってる。気付かれないように登るなんて、アタシにとってはお茶の子さいさいよ!」

 

ラナがいつの間にか姿を消していたのはアルティナも気付いていたが、まさかこんなことを狙っていたとは思わなかった。

 

そして、全員の予想を上回ったラナの照準は、ベイルグランの弱点に定められている。

 

「アローフレア!!」

 

放たれた3本の矢が空を突き抜け、大地へと降り注ぐ。

 

その全ては一切の狂いなくベイルグランの弱点を直撃し、着弾の際に生じた爆発が勝利の祝砲を上げた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はアルティナとエルミナの出番が少なくなってしまいました。ラナも少し強引だったかもですね。だけど、やっぱり全身岩の竜に弓矢と魔法はキツイです。斬撃もですけど。というわけで、物理で攻めてみました。

まあ、モンハンとかには全身が鉱石とか鋼の竜もいますけどね。普通に考えたら無理ゲー過ぎる。

あと、いつの間にかレイジの単体火力が半端無いことになってます。まあ、竜那の言ってた公式の全開スペックが異常なんで、おかしくはないんですが。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話 銀の森の妖精姫

スペル様、53M先様、うぉどむ様、エクシア00様から感想をいただきました。ありがとうございます。

遅くなって申し訳ありません。

今回はベイルグラン戦の後です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 「<ふぅ~……やれやれ、まさか尾の岩を砕かれるとは。長生きはしてみるものじゃの~>」

 

尾の弱点を攻撃され地面に倒れ付したベイルグランが感心の声を上げながら起き上がった。

 

体を支える4本の足を重たそうに動かし、頭を左右に軽く揺らして意識を整えた後にレイジ達に目を向けた。

 

「<見事じゃ……お主達は間違い無く光の加護を受けし者よ。お主達なら、[シャイニング・ブレイド]の力を託せる>」

 

満足そうに頷くベイルグランの言葉を聞き、レイジ達は喜びの笑みを浮かべると共に安堵の息を吐く。

 

ベイルグランもそれを微笑ましそうに見ていたが、ふと何かに気付いたように動きを止め、レイジ達に尋ねる。

 

「<そういえば……おてんば姫じゃが、空中からの着地はどうするつもりなんじゃ?>」

 

その問いは、ある意味当然のものだろう。

 

だが、ベイルグランとの戦いに集中していたレイジ達がそのことを考えていたかと言うと……

 

「「「…………あ」」」

 

……まったくもって考えていないのだった。

 

「ちょっとぉぉ!! 誰か何とかしてぇ~!!!」

 

聞こえてきた声に目を向けると、案の定そこには空中を落下しながら慌てているラナの姿があった。

 

エルミナが急いでアースの魔法を発動させようとするが、ほんの数瞬間に合わない。

 

だが、それを見越していたのか、エルミナの魔法行使よりも先にレオが走り出していた。とはいえ、それでもかなりギリギリだ。

 

「ふっ……!」

 

速度を緩ませず、レオはスライディングで地面を滑ってラナと地面の間に自分の体をねじ込んだ。その際、左手を伸ばしてラナの両足を受け止めるのも忘れない。

 

どうにか間に合ったようで、落下の衝撃は全てレオの胸部に拡散し、ラナの体には傷1つ無い。

 

「げほっ! ……ギリギリセーフ、ですかね……」

 

「あ、ありがとう、レオ。助かったわぁ~」

 

地面にへたりと座り込み、ラナは軽く咳き込みながら呼吸を整えるレオに感謝した。

 

何としてもベイルグランに勝たねばと木の上から跳んだのは良かったが、この状況を改めて見ると流石のラナも反省する。

 

「レオ、大丈夫? 立てそう?」

 

「ええ、この程度ならまだ余裕です」

 

大丈夫そうな声で返すレオだが、立ち上がるその顔にはダラダラと脂汗が流れていて少し様子がおかしい。

 

もしかして、自分を受け止める時に何処かを痛めたのだろうか? という思考がラナの頭を横切り、不安になる。

 

「<ガハハ! 少年よ、背中を預ける仲間を相手に無理をするのは良くないぞ>」

 

そこへ、笑い声を上げたベイルグランが声を掛けた。

 

その言葉に対し、レオ以外の全員がどういうことだとベイルグランに視線で問う。

 

「<フォースの恩恵を受けた身とはいえ、目でまともに捉えるのも難しい速度でワシの尾を正面から叩いたのじゃぞ? 恐らくその右腕、折れておるの>」

 

その言葉を聞き、今度は全員の視線がレオに向けられた。対するレオは、右腕を抑えながら気まずそうに視線を逸らす。

 

自然とその場に沈黙が落ちてしまったが、近くにいたラナは無言でレオの顔を見詰めて……

 

「……ていやっ」

 

……可愛らしい掛け声と共にレオの右腕にグーパンチを叩き込んだ。

 

「ぎゃあああああ!!!! ……ちょっ!何で骨折れた腕殴るんですかアンタはァァァ!!!!」

 

完全に予想外の攻撃を受け、当然レオは悲鳴を上げる。

 

戦闘中なら歯を食いしばって耐えるだろうが、これは不意打ちにもほどがある。

 

「うん、やっぱり折れてるわね……あうっ!」

 

「さっきベイルグランがそう言ったでしょう! ……まったくもう……!」

 

悲鳴を上げたレオの姿を見て強く頷いたラナの後頭部にアルティナの平手が炸裂、急いでレオの右腕の治療に移った。

 

右腕の袖をゆっくりと捲くってみると、確かに手首と肘の真ん中辺りが青紫色に腫れ上がっている。

 

外傷はともかく、骨折まですぐに治せるわけではないが、無いよりはマシだ。実際、レオの脂汗が徐々に引いていく。

 

その時、別の気配が近付いてくるのを感じ取り、若干涙目のレオの視線がそちらに向く。

 

「あら、急いで来たつもりだったのだけど、もう済んだみたいね」

 

そこには、サクヤを先頭にやって来た解放戦線のメンバーがいた。見ると、傍に男のエルフがいる。恐らく彼に案内を頼んだのだろう。

 

「<どうやら、話を聞くべき者達は揃ったようじゃの>」

 

その場に集った者達を見渡し、ベイルグランの声が全員の視線を集めた。あれだけ凄まじい力を持っているのに、今はまったくと言って良いほど危険を感じないのだから不思議だ。普段の性格が心優しいおかげなのだろうか。

 

 

 

「<では、約束通り精霊王の卵を託そう。ちょっと、こちらに来ておくれ>」

 

「こちらって…、そこは、霊樹の下?」

 

身を翻し、重い足音を鳴らしながらベイルグランが向かったのは湖の中心に聳え立つ巨木、霊樹の元だった。

 

「……え!? ここに、精霊王の卵があるの!? 私、今まで何度もここに来てたのに……!」

 

アルティナの驚きはもっともだ。まさか捜し求めていた物が、自分が一番訪れてきた場所にあったのだから。

 

「<うむ。知っておるよ、森の守り人殿。お前さんの友達とも、短い間に随分と仲良くなれたわい>」

 

ベイルグランがそう言うと、霊樹から一つの小さな物体が飛んできた。だが、良く見るとそれは……

 

「フフゥー、フゥフフゥー!」

 

「ケフィア! あはははっ! ありがとう、ずっと待ってくれてたのね」

 

アルティナに優しく抱き締められて嬉しそうな声を上げるそれは、前に銀の森を出るレオ達を見送ってくれた精霊、ケフィアだった。

 

ケフィアは一度アルティナから離れ、今度はエルミナの傍で嬉しそうに声を上げた。

 

「あなた……私の事も覚えてくれてたの? うれしい……」

 

微笑むエルミナに撫でられ、ケフィアが最後に向かったのはレオの頭の上だった。相変わらず、大きさに合わず凄まじく軽く。

 

「<その子も、ワシと一緒に、卵を守ってくれておったのじゃよ。この木の精霊王の卵をな>」

 

ベイルグランの眼前に緑色の光が集まり、そこに現れたのは1つの緑色の卵。エールブランの時と同じく、次世代の精霊王だ。

 

「<さぁ、受け取るがいい。妖精の姫よ>」

 

「姉さん、卵を……」

 

「え? 違うわよ。卵を受け取るのは、アタシじゃないわ。あんたよ。アルティナ」

 

「……へ?」

 

声を上げて呆然とするアルティナ。

 

何せラナの言葉は、今まで考えていたことを根底から覆すほどに予想外のものだったのだから。

 

「さぁ、精霊王の卵を取って。それからあの歌を歌うの……覚えてる? ずっと前に、母さんから歌ってくれた歌」

 

「……じゃあ、母さんのあの歌が……わかった。私、歌ってみる……」

 

記憶を遡ったアルティナはすぐに心当たりを見つけ、意を決したように顔を上げた。

 

それを察してか、レオもアルティナの顔を見て一度頷き、背中を押した。

 

「それじゃあ……始めます」

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 森の中に、アルティナの歌声が反響した。

 

エルミナの時と同じく、その歌を物理的に遮る障害は存在せず、歌声は聴く者の心の中へ直接響いてくる。

 

そして、歌声が響くに続き、空を覆っていた雲の間から漏れた柱のような光が輝きを放った。

 

その光はたちまち銀の森全体を明るく照らし、光を浴びた精霊王の卵に亀裂が走った。

 

ユキヒメの刀身にも以前とは違う刻印が浮かび上がるが、以前のように慌てることはない。これは、本来あるべき姿に戻る為の儀式なのだから。

 

今この瞬間、アルティナの奏でる歌声は精霊王を目覚めさせると共に、解放戦線の目標達成を示す祝福の歌でもあった。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 アルティナの歌声と共に、変化は静かにやって来た。

 

木々の間からそよ風が吹き、地面に座るレオの前髪が僅かに揺れる。

 

すぐ通り過ぎてしまうのに、何処か優しさを感じさせてくれる。まるで、アルティナの心を現しているようだ。

 

「アルティナ、とっても良かったわよ! 立派な妹を持って、姉さん幸せよ」

 

「姉さん……精霊王が、私の腕で……」

 

大いに喜びながら褒めるラナに対し、アルティナは未だに戸惑いが消えていない。

 

「そう! あんたは歌姫≪ローレライ≫! [シャイニング・ブレイド]の封印を解くために歌うのが、あんたの役目よ」

 

「姉さんは、それを知ってたの? それを知ってて、卵を取りに来たの? ……もしかして、私のために……?」

 

問いかけたアルティナの言葉に、ラナさんは照れたように視線を逸らし、頬を掻く。

 

どうやら、他人に素直じゃないのは妹に限った話じゃないらしい。

 

「ま、まぁね……アタシに出来るのはこれくらいだし、いつも好き勝手やって苦労かけてるんだから、少しはね……」

 

「あ……」

 

その言葉を聞き、アルティナの頬を一筋の涙が流れた。

 

ラナが突然森に帰ってきたのも、命がけでベイルグランに挑んでいったのも……本当は全て、妹の……アルティナの為だったのだ。

 

やがて、理解と共に決壊したダムのように涙が溢れ、アルティナの肩が僅かに震える。

 

「姉さんはっ……! どうして……! どうしていつもそうなの!?」

 

振り返ると共に、アルティナは今まで溜め込んでいた感情を爆発させたように叫んだ。

 

急に声を荒げたアルティナを見てラナや他の者達はきょとんとしているが、レオだけは何処か安心したような顔で見ている。

 

「なんでもかんでも自分で勝手に考えて! 勝手に決めて、勝手に動いて! 私の気持ちなんか確かめようともしない……!!」

 

叫びながら詰め寄るアルティナの勢いに圧倒され、流石のラナも徐々に交代していく。

 

「確かめもしないのに……どうして私の事をそんなにわかってるの!? どうして私の為にそこまでしてくれるのよ! そんな事するから、どうやっても嫌いになれないんじゃないの!! 姉さんの事……全然嫌いになれないんじゃないの! バカ……バカバカバカ! 姉さんのバカァ!!」

 

やがてアルティナはラナを叩き始めたが、それはポカポカと擬音が付きそうなくらいに穏やかで、見ている第3者には仲の良い姉妹喧嘩にすら見えた。アルティナにとっては、願いや好意を伝えるのと同じく、この行為も甘えているのと同じなのだろう。

 

「ちょっと、アルティナっ……落ち着いて。痛い、痛いってば……」

 

対するラナも、不満ぶつけられているを側だというのに、何処か嬉しそうな、笑っているような声で答える。

 

もう、この2人の間にギスギスしたような空気は無くなっていた。

 

「バカーーーーーッ!!

 

しばらくの間、その場にはアルティナの溜まりに溜まった感情の声が木霊したのだった。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

 「……落ち着いた?」

 

「えぇ、流石にもう落ち着いたわ。ごめんなさい、姉さん」

 

ラナの声に答えたアルティナの目は真っ赤に晴れ上がっていたが、その顔は何処かスッキリしたように晴れていた。

 

「色々あったけど、姉さんと仲直り出来たわけだ。良かったな、アルティナ」

 

気持ちの落ち着きを察し、レイジは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「うん……どうもありがとう。皆のおかげよ」

 

その時、場の空気がピシリと固まった。

 

正確には、アルティナの発言を聞いた全員が驚きで身を固めた。

 

「……『ありがとう』?」

 

「「……『皆のおかげ』?」」

 

何処か不審そうな声でレイジが首を傾げ、傍に立つエルミナとユキヒメが続いて復唱する。

 

「……なによ。どうしたの?」

 

「……いや、今までアルティナからそんな言葉を聞いたことなかったから。ちょっと驚いてな」

 

「ちょっと!? あなたたち! 私の事をなんだと思ってるのよ!」

 

「ご、ごめんなさいっ!」

 

思わず怒りの声を上げたアルティナにエルミナは慌てて謝罪する。

 

しかし、怒るアルティナの様子は以前のように刺々しいものではなく、以前よりも穏やかに思えた。

 

流れ出た涙は、本当の意味でアルティナを変えたようだ。

 

 

 

 

        *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

  Side レオ

 

 レイジ達と言い争っているアルティナの姿を離れた場所から見ながら、僕は内心で安堵の息を吐いた。

 

(良かった……アルティナとラナさんのすれ違いが消えて)

 

もう元に戻れない、戻したくても戻せない、そんなことにならなくて本当に良かったと、心からそう思える。

 

「……アルティナは、お姉さんのおかげでいろいろ吹っ切れたみたいね。レオ、腕は大丈夫?」

 

「正直痛いですけど、アルティナの治癒術のおかげでいくらかマシになりました」

 

気が付くと、すぐ隣にサクヤさんが立っていた。

 

そして、僕とサクヤさんに気付いたラナさんもこちらに近付いてくる。

 

「はぁ~い、久しぶりねサクヤ。来てくれて嬉しいわ」

 

「色々と心配だったからね。でも、杞憂に終わったみたいで何よりだわ。……それで、アナタはこれからどうするの?」

 

「あたし?……そうね、やっぱりあんたたちと一緒に戦う事にするわ。いいわよね?」

 

「もちろん大歓迎よ。フォンティーナを取り戻すには、アナタの力が必要だもの」

 

笑顔で話す2人の様子を見ながら、僕は頭の上に乗っているケフィアを撫でている。

 

撫でるたびに嬉しそうな声を上げてくれるケフィアの反応を楽しんでいると、僕達の背後からドスン! という音と小規模の揺れが発生した。揃って振り返ると、そこにはベイルグランの顔。

 

これだけの巨体、戦闘中ならもっと早く気付けたのに、何故か今のような状況だとこのドラゴンは気配や足音すら静かになる。ある意味、敵意や気配を敏感に感じ取れる僕にとって一番敵に回したくないタイプだ。

 

 

「<話は決したようじゃの。では勇敢な戦士たちに、ワシからも力を授けよう。森を守る、土と風の力じゃ。受けとれい」

 

そう言ったベイルグランの眼前に光が集まり、僕とサクヤさんの手の平に緑色のカードが現れる。

 

「<阻みて守る大地の盾、グリューネと阻まれぬ疾風の太刀、シルヴァルス。どちらも2つの力を備えておるが、グリューネは土を、シルヴァルスは風の力を強く宿しておる。お主達なら、必ずや使いこなせるはずじゃ>」

 

確かにベイルグランの言うとおり、僕のカード、シルヴァルスは僅かに風を、サクヤさんのグリューネは土の結晶を漂わせている。

 

やれやれ、まだどんな武器が出てくるのか分からないけど、また誰かにフォースの指導を頼まないと。

 

「助かるわ。ありがとう、ベイルグラン」

 

「腕折っても頑張った甲斐がありましたよ、ホントに。ありがとうございます」

 

微笑むサクヤさんと一緒に苦笑いを浮かべてベイルグランにお礼を言う。

 

続いて、僕の頭の上に乗っているケフィアと遊んでいるラナさんに言葉を掛けた。

 

「それでラナさん、これからどうするんですか? 此処での指揮はエルフのアナタが取るべきだと思いますけど……」

 

「そうね~。これでもフォンティーナの王族だし、故郷を取り戻す戦いなら、尚更ね。やらなきゃいけないことは色々あるけど、まずは帝国の連中を残さず追い出す。

我が物顔で森を駆け回って、アタシ達の故郷や仲間を奪った報い……必ず受けさせてやるわ」

 

「私も賛成よ、姉さん」

 

聞こえて声に振り向くと、そこにはアルティナを先頭にして皆が立っていた。

 

異論を唱える者なんて1人もいない。ルーンベールの時と同じく、僕達は奪われたものを取り戻しにいくんだ。

 

「今度はこっちが奴等を狩る番よ。私達姉妹が帰ってきたからには、もう好き勝手にはさせないわ!」

 

「当然! 誰に喧嘩を売ったのか、帝国の連中に思い知らせてやるわ!」

 

力強く頷き合うアルティナとラナさん。

 

その絆を祝福するように、暗雲を切り裂いた太陽が2人を照らしていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

やっとベイルグラン戦終わりました。

そしてアルティナのフォースソング解禁! やった~!

レオも腕を折った甲斐が有ったってもんです。

次は3馬鹿の方なんですが、その間に何かの話を挟むか考え中です。1、2話くらいの。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話 心を蝕む影

玄武Σ様、スペル様、土偶様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はレオの、レオらしい(トラブルめいた)休日です。

では、どうぞ。


  Side レオ

 

 「う~む、困ったな……暇だ」

 

銀の森の中に築かれたエルフ達の隠れ里エドラスにて、僕こと伊吹黎嗚は絶賛退屈だった。

 

ベイルグランとの戦いの末に僕達は木の精霊王の卵を受け取り、アルティナは見事に 歌姫( ローレライ)として覚醒した。

 

それから僕達が隠れ里に帰還して1日経っているのだが、僕だけ今日は仕事無しで休みだ。しかも、我等が戦線のリーダー、サクヤさんからの勅命である。

 

理由は簡単、ベイルグランとの戦闘の際に骨折した右腕が治ってないからだ。うん、反論なんて出来るわけがないね。

 

そんなわけで、今日1日休んで英気を養うよう言われたのだが、正直言って退屈の一言だった。

 

いや、別に休みを貰えたことが嬉しくないわけじゃない。だけど、時間を潰す手段が無いのだ。

 

右腕は骨折によって動かせないので編み物も裁縫も出来ないし、料理だって満足に出来ない。釣りとかも考えたけど、里の中の食料を減らされては困るとエルフの議長直々に却下されました。

 

ならばフォースの特訓でもしようかと考えたが、それを予想していたサクヤさんに鍛錬禁止を言い渡された。ちくしょう、八方塞りじゃないか。

 

他に時間を潰す方法なんてそこら辺の日当たりが良さそうな草原で昼寝するくらいしかないな。

 

でも、ただ寝るだけっていうのもな~

 

「しょうがない……眠気が来るまで里の中をぶらつくか」

 

包帯とギブスで胸元前に固定した右腕をそのままに、左腕だけを黒のロングコートに通す。外から見るとコートを着崩して羽織ったような感じに見えるだろうけど、これが一番楽な格好なのだ。

 

ちなみに、暗器を収納してあるホルスターは外しているので、凄まじく腕が軽い。ただ、護身用として7番鋼糸だけは持っていこう。

 

「小太刀は……流石にいらないよね」

 

苦笑しながら首の骨を鳴らし、宿の外へと出る。

 

なんだか、この世界に来てから随分と常識がすり替ってきたな~。外出の際に武器の所持を気にするとか……本当にリラックスした方が良さそうだ。

 

外の隠れ里には変わらず美しい光景が広がっており、僕は特に当ても無く歩き出す。

 

このエドラスは景色を見るだけでも充実するのだが、せっかくだから色んなところを見て回ろう。

 

すえ違うエルフ達に会釈しながら里の中を歩いていると、本当に人間とは違った文化を築いているのがよく分かる。だって、巨木の側面から穴を開けて木の中に家を造るなんて、人間の建築文化からは考えられないもん。

 

他にも湖の水を里の全域に行き渡らせる水路とか、地下水脈近くまで届いてる巨木の根の部分にドーム状の密閉空間を作って天然の冷蔵庫を作ったりとか。

 

いやスゴイね、このアイディアと技量ってエルデの大工さんも舌を巻くんじゃないだろうか。

 

それを言ったら、男性のエルフが嬉しそうな顔でワインを1本くれた。何さあのぶどう酒、滅茶苦茶美味しかったんだけど。

 

流石に昼から酒を飲みまくるわけにはいかないですぐに切り上げたけど、フォンティーナの騒動が片付いたらゆっくり飲みたいものだ。あれ? これって死亡フラグ?

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

「眠気が来るまでのつもりだったけど……気が付けばけっこう歩いたな~」

 

木陰が差す草原に座りながら僕は呟き、晴れ晴れとした青空をボンヤリと見上げる。木々の間から差す日差しが適度な暖かさを感じさせ、そよ風で髪が揺れる。

 

うん。絶好の昼寝日和だね~。こうしてるだけでも自然と眠くなってくる。

 

(このまま、寝ちゃおっかな……)

 

徐々に強くなってきた睡魔に身を委ねようと草原に仰向けで寝込む。そして、すぐに重くなってきた瞼を閉じながら体の力を抜く。

 

だが……

 

(……ん?)

 

意識が完全に眠りに付く寸前、レオの気配感知の範囲内に知らない気配が入り込んできた。

 

どうにか眠気を堪え、体を起こさず首だけを動かして気配を感じる方向を見る。

 

「…………(じ~)」

 

そこに見えたのは、木々の間から興味深そうに僕を見詰める3人のエルフの子供達だった。

 

尾行されていた気配は無かったので、多分向こうが偶然僕を見つけたのだろう。

 

このまま気付かないフリをして眠っても良かったけど、もうバッチリと目が合ってしまったので、そうもいかなくなった。

 

それに、このまま何もしないとあの子達ずっとあそこにいるよね……仕方ない。

 

(えっと……何か使えそうな物あったかな……あれ?)

 

左手でポケットを漁ってみると、見付かったのは綺麗に纏められたトランプだった。僕、何でこんなのコートに入れてるの?

 

まぁいいか、と考えるのを諦め、せっかくなので子供達にトランプを使った手品を見せてみよう。

 

さあ、まず左手で取り出しますわスペードの(エース)。いきなり僕がトランプを取り出したことで、子供達もちょっと驚いてる。

 

僕は左手のトランプをヒラヒラと動かして子供達の視線を集め、スナップを利かせて左手を外側に振るいます。

 

すると、左手にあったトランプはあら不思議、見えない穴に吸い込まれたように姿を消しました。

 

その光景に、子供達は驚きのあまりに立ち上がり、木々の中から飛び出してきた。

 

思わず噴き出しそうになるけど、観客の皆様、驚くのはまだ早いのです。

 

先程振るった左手を、今度は逆に内側へと振るいます。すると、またまた不思議……先程姿を消したトランプが再び手の中に。

 

「「「えぇっ!?」」」

 

もはや隠れていることも忘れたようで、子供達は驚きの声を上げながら僕の方に走り寄ってきた。

 

つい短い笑いが零れたが、子供達は僕の左手にあるスペードの(エース)をキラキラした瞳で見詰めている。どうやら、好奇心を大いに刺激出来たようだ。

 

「……教えてあげようか? ちなみにコレ、魔法じゃないよ?」

 

そう言うと、子供達はしばらく考えこんでしまうが、どうやら心の中から沸き起こる好奇心には勝てなかったようで……

 

「「「うん!!」」」

 

……嬉しそうな笑顔を浮かべて、元気な返事を返してくれた。

 

その後、僕は子供達にトランプを使った手品を幾つか教えてあげた。けど、やっぱりエルフにはトランプそのものが手に馴染まないらしく、覚えられたのは男の子1人だけだった。まあ、これは仕方ない。僕だって一朝一夕で手品を覚えられたわけじゃないし。

 

「うぇ~ん……上手く出来ないよ~」

 

「ほらほら泣かない。他にも出来る遊び教えてあげるから」

 

う~む、この状況で涙が来るとは、エルフの子供も侮れないな。

 

あ、トランプの手品が出来なかった2人にはあやとりを教えてあげたよ。こっちは問題無く出来たようで、形の作り方以外にも指ぬき、腕抜き、他色々を覚えられた。ただ、教える方の僕が片腕しか使えない状態なので、教えるのはちょっと苦労した。

 

というか、こうして見るとこの子達スゴイ器用だな。よし、何処かの骨折した腕にグーパン叩き込む王女にもやらせてみよう。

 

それからしばらくして、気が付けば子供達の顔に浮かんでいた警戒心は、綺麗さっぱり消え去っていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「ねぇ、ここからどうやるの?」

 

「えっとね、そこまでやったら小指を離して、右手を開けたまま左手をしぼめていくんだよ。すると完成、東京タワー」

 

「すご~い! ……でもお兄ちゃん、とーきょーたわーって何?」

 

「エルデにある有名な建物でね、フォンティーナの霊樹よりもずっと大きいんだよ~」

 

すごいな~この子達、トランプの手品覚えた子も含めて、あやとりを始めてから数時間で東京タワー作れちゃったよ。

 

「おい、大変だ! 森から帰ってきた奴が闇に汚染されてたって!」

 

「……なんだ?」

 

エルフの子供達の器用さに内心戦慄を覚えていると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。基本的に静かなこの里の中では、かなり珍しい。

 

一瞬無視しようかとも思ったが、騒ぎの場所に集っていくエルフ達の顔がただ事ではないようだったので、向かうことにした。

 

「お兄ちゃん、どうかしたの?」

 

「ちょっと用事が出来ちゃったんだ。そのトランプと紐は上げるから、興味を持った友達がいたら教えて上げて」

 

立ち上がった僕を見上げながら首を傾げた子供の頭を撫でて、エルフ達が集る方へと走り出す。と言っても、右腕を痛めないように小走りだけどね。

 

幸い、騒動の場所はそんなに遠くなかったようで、少し走っただけで辿り着いた。

 

だけど、高台のような場所から見下ろした光景に、僕は驚きと戸惑いを同時に感じて動きが止まった。

 

「これ……なんだ?」

 

集っているエルフ達全員が少しの距離を置いて、苦しみを堪えるように悶えている1人のエルフを囲んでいる。

 

だけど、パッと見てそのエルフには外傷が一切見当たらない。

 

それに、囲んでいるエルフ達の表情も変だ。アレは心配しているというより、まるで何かを怖がっているように見える。そうだ、あの顔はまるで……

 

(僕を怖がってた生徒達と同じだ……)

 

異物や化け物を見る目。

 

だが、何故一族間での団結力が人一倍強いエルフ族が同族にあんな目を向けてるんだろう。

 

「あの……皆に囲まれてるあのエルフ、一体どうしたんですか?」

 

このまま自分で考えても埒が明かないと思い、近くにいたエルフの1人に尋ねる。

 

訊かれたエルフはどうしようかと数秒考えるが、躊躇いを残しながらでも答えてくれた。

 

「彼は、数時間前に銀の森へ狩りに入った。だが、恐らく精霊力が極端に弱い場所に入ったのだろう。闇の力に汚染されたのだ」

 

「汚染、ですか?」

 

「人間や獣人とは違い、精霊と隣り合わせで暮らす我らエルフは良くも悪くも精霊力の変化の影響をかなり受けやすいのだ。故に、魂まで闇の力に汚染されたエルフは……」

 

「ァア…………ガアァァァァァ!!!!」

 

突如聞こえてきた咆哮に、その場全ての視線が集った。

 

見ると、苦しみ悶えていたエルフが覚束ない足取りで立ち上がり、焦点が定まっていない虚ろな瞳で周りを見渡している。

 

身に纏う雰囲気が明らかに普通のエルフと違う。それに気配も変わった。

 

ハッキリ言って、危険だ。

 

「……ご覧の通り、モンスターと言われても相違無い姿へと成り果てる」

 

そこまで聞いて、僕は真っ先に駆け出した。

 

折れた右腕が少なからず痛みを訴えてくるけど、今はそれどころじゃない。一刻も早くあのエルフを止めないと。

 

普通の道には集ったエルフ達がたくさんいるので使えない。だから、木々の枝や岩を足場に走って跳躍し、忍者のように移動して汚染されたエルフの前に立つ。

 

「ガアァァァァァ!!!!」

 

目の前に突然現れた僕に反応し、汚染されたエルフが叫びながら襲い掛かってくる。

 

だけど、ゾンビのように突っ込んできただけだ。生憎と僕には脅威と映らない。

 

僕を捕まえようと伸びてくる腕の軌道と接触のタイミングを見極め、腕が振るわれた瞬間に後方へ短くバックステップ。

 

エルフの腕は僕を捕まえられずに空を切り、体勢が大きく崩れる。

 

すかさず踏み込み、振り上げた左手の縦拳をエルフの胸部に打ち込む。だけどただの拳じゃない、『徹』を込めた拳だ。衝撃は内面の肺へと響く。

 

「ふっ……!」

 

そこから右足で地面を蹴り、『徹』を込めた膝蹴りを胸部に打ち込む。再び衝撃は浸透し、今度は横隔膜を直撃する。

 

「ガァッ……ァアァ……!」

 

呼吸の際に大きな役割を担う2箇所に衝撃を打ち込まれ、強制的に呼吸を止められたエルフは短い悶え声を上げて気を失った。

 

本当なら首筋に一撃叩き込めば終わらせられるのだが、もしかしたら痛覚が機能していない可能性があったので、確実な方法を取った。

 

念の為7番鋼糸で両手足を縛り、心を鬼にして間接を外しておく。完全に動かないのを確認したところで息を吐く。

 

(止めることは出来たけど……このエルフどうしたもんかな)

 

このまま放置して帰るつもりはないが、僕だけでこのエルフを助けられるわけはない。

 

いや、そもそも助けられるのかどうかすら僕はまだ知らないんだ。

 

「皆さん、これは何の騒ぎですか?」

 

その時、音量は決して高くないが、耳に良く通る声が聞こえてきた。

 

振り向くと、エルフ達が自然と道を譲るように縦に割れていた。その奥からやって来たのは、戸惑い顔で剛龍鬼を引き連れた竜那さんだった。

 

竜那さんと剛龍鬼は僕の姿を見付け、すぐに駆け寄ってきた。

 

「レオさん、これは一体……」

 

「ごめんなさい。でもちょうど良かった。竜那さん、ちょっと力を貸してください」

 

手短に、かつ重要な点を省かずに伝えると、竜那さんは力強く頷いてくれた。

 

すると、竜那さんの持つカドケゥスの杖から普段使っている治癒術とは違った光が放たれ、汚染されたエルフに降り注ぐ。

 

光を浴びたエルフは気絶しているというのに、体が激しい痙攣を起こして暴れ回る。

 

「大丈夫だ、レオ。油断は禁物だが、この程度の汚染ならばまだ竜那の浄化魔法で救える」

 

暴れ回るエルフの体を押さえつけながら、剛龍鬼がそう言ってくれた。

 

安心しながら息を吐くと、僕達に近付いてくる気配があった。見てみると、数人のエルフを引き連れた議長が弓を片手に立っていた。

 

「レオ殿、巫女殿、竜人殿、同族の者が手間を掛けさせたようで申し訳無い」

 

「いえ、問題無く取り押さえられましたし、竜那さんの浄化魔法のおかげで魂の汚染も何とかなりそうです」

 

「いや、その必要は無い。その男は……私がこの場にて処断する」

 

そう言った議長の手つきは、流れるように無駄が無かった。

 

右手で腰に差した矢袋から1本の矢を抜き放ち、弓の弦を引く動作と照準を同時に行う。その矢が狙う先には……汚染されたエルフがいた。

 

だが、運良くすぐに反応出来た僕は矢の射線に自分の体を割り込み、議長と正面から向き合う形となった。

 

「レオさん……!」

 

「大丈夫です。そのまま治療を続けてください」

 

背を向けたまま竜那さんに答え、僕は議長の引く弓から視線を逸らさない。

 

目を見れば分かる。議長は僕がどけば躊躇うことなく矢を放つ。

 

「なんのつもりだ、レオ殿」

 

「申し訳ありませんが、それはこちらの台詞です。何故同族であるエルフを殺そうとしたのですか」

 

「言うまでも無いことだ。その者は闇の力に心を汚染されている」

 

「ですが、まだ救えます。殺す必要は無いはずだ」

 

「だが、一度闇に飲まれたのは事実だ。また闇に堕ちないと保障出来ない以上、ここで殺さねばならぬ。身内の不始末は身内が片付ける」

 

正気ですか? という言葉が出そうになるが、寸前で留める。

 

その反動で、心の中にふつふつと怒りが込み上げてくるのが分かった。堪えなければと数秒留まるが、僕はその先を言葉にした。

 

「その行為に、アナタは何の疑問も持たないんですか? 他の同族や子供の前で彼を殺すことに躊躇いが無いんですか! 伝統や掟以前に、アナタはもっと大事なことが分かってない!」

 

「……何を分かっていないというのだ。私はフォンティーナのエルフを代表する議長として、誰よりも皆の為を思って行動している」

 

「じゃあ、あの人に家族がいたらどう話すつもりですか。彼は闇の力に心を汚染されたので、伝統と掟に基づいて殺しましたと言うんですか! それで納得出来るんですか! あの人の友人や家族は! もしアナタが逆の立場だったら、平気なんですか!?」

 

誰にだって友人や家族がいる。

 

そんな関係の人がある日突然死に、その原因が掟を守る為だと言われて、納得することなど出来るわけがない。

 

僕の問いに、議長の構える弓矢が確かにブレた。視線が地面に倒れるエルフに向けられ、続いて僕の目を見る。

 

すると、議長は一度大きく息を吐いて弓を下ろした。

 

「その男の治療が完了してから1ヶ月様子を見る。その間に再び汚染の兆候が起これば、今度こそ命を絶つ」

 

そう言うと、議長は弓矢を仕舞って身を翻した。

 

周りのエルフ達は目を見開いているが、恐らく掟に反しているわけではないだろう。再び男が暴れたりすれば、議長は必ず男の命を絶つ。

 

 

でも、この決断にはきっと何か大きな意味がある。今までのエルフ達を帰る為の何かが。

 

 

確証は無かったけど、何故か強くそう思えた。

 

一通りの治療を終えたエルフを剛龍鬼に運んでもらい、僕は疲れ気味な竜那さんに肩を貸しながら宿へと戻った。

 

後で事の顛末を話したら戦線の皆に呆れるような溜め息と説教を貰ったけど、最後には心配されて褒められた。何というか、かなり微妙な扱いだと思う。

 

ちなみに、治療したエルフはアルティナとラナさんに案内してもらって家族の元に送り届けた。事情を話した家族からは揃って涙目でお礼を言ってくれた

 

その時の笑顔を見て、助けて良かったと、心からそう思えた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回は休日なのにゆっくり出来ないレオの一日でした。

おかしい……途中までほのぼのって感じだったのに、いつの間にかドシリアスになってる。やっぱり私はギャグが苦手だな。うん。

今回出したのは、ウィンドでも出た設定、闇の力に汚染されたエルフです。

いや、森の周りをオークやドラゴニアのケンタウロスがうろついてる位ですし、起きても不思議ではないかと思いまして。

フォンティーナの決戦まであともう1話挟むか悩んでいますが、挟む場合はレオかレイジの賑やか(笑)な1日でも書きましょうかね。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話 歴史に刻まれる『傷』

玄武Σ様、スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

シャイニングシリーズで新しいゲームが出るそうですね。今度は格ゲーだとか……体格差をもろともしないキャラしかいないから荒れそうですww

今回からメインストーリーに戻ります。と言っても、1話しか間挟んでませんけど。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 夜中、エルフの隠れ里はすっかり静まり返っていた。

 

里の中の明かりは最低限の松明のみで、夜空から差す月の光がちょうど良い光源となっている。

 

そんな隠れ里の中の人気の無い場で、レオは1人で鍛錬に打ち込んでいた。

 

汚染されたエルフの騒動から一週間が経ち、折れた右腕は既に完治。普段通りに動かしても問題無いと判断された。

 

いくらアルティナと竜那の治癒術があるとはいえ、折れた腕が数日で治ったのだ。レオ本人としても、いい加減自分の肉体の治癒力が不思議に思えてくる。

 

だが、そんな疑問はひとまず置いておいて、レオは体の調子を確かめる為に鍛錬をすることにした。仕方ないとはいえ、怪我のせいで何日も小太刀を握っていないのだ。僅かでも感覚が狂っていたら困る。

 

そんなわけで、黒い無地のトレーニングウェアを着るレオは汗を流しながら二刀の小太刀を振るい続けている。

 

虚空を見る瞳の中に無数の仮想敵が描かれ、止まることなく振るわれる小太刀がひたすらにソレを斬り伏せていく。

 

麒麟の右袈裟で胴体を斬り裂き、龍麟の刺突で喉を貫き、返す刀で後ろの敵の手首を斬り落とし、両手から飛ばした7番鋼糸で離れた敵の首を刎ねる。

 

そこからさらに蹴りや飛針も加え、竜巻の如く近くの敵を倒していく。

 

「はぁ……はぁ……」

 

肩で息をしながら呼吸を整え、レオは両手の小太刀を鞘に仕舞って目を閉じる。

 

(小太刀の方はもう充分だ……次はフォースの方だな)

 

エルフ達との騒動から一週間、レオはフィジカルアップの他に、ベイルグランから貰った新たな力、シルヴァルスを使いこなす為の特訓をしていた。

 

今回レオにフォースの指導をしたのは、アイラの推薦によって選ばれたラナだった。

 

と言っても、得意とする武器が真逆なので、教わったのは基礎の部分のみ。使用者の創意工夫によってどこまでも力を引き上げられるのがレオとサクヤのフォースの特性だ。

 

(グラマコアにシルヴァルス、力を生かすも殺すも僕次第……その為にも、鍛錬を小太刀と御神流だけに絞ってたらダメだ)

 

両手を広げ、物を包み込むように重ねる。そこにレオのイメージと精霊の助力が重なり、不可視のフォースに確かな力の形を与え、集っていく。

 

だが……

 

「っ……!?」

 

突然自分に向けられた敵意を感じ取り、レオは気配を頼りにその方向へ振り向く。

 

同時に振り向き様に麒麟を右薙ぎに振るい、自分に迫る“攻撃”を迎え撃つ。

 

カァン! と金属を叩いた甲高い音が響き、音の正体が数秒後に地面に落ちる。チラリと視線を向けると、そこにあったのは1本の金属矢。だが、先端には鏃ではなく吸盤が付いている。

 

「ほう、可能な限り気配を殺して放ったのだが、まさか叩き落されるとはな……」

 

「深夜の挨拶にしては、少し物騒ではありませんか?」

 

感心するような声に呆れた声を返したレオの視線の先には、1人のエルフがいた。

 

左手に大きな弓を持つその人物は、現在フォンティーナのエルフを纏め上げるエルフの議長。レオは深く息を吐いて小太刀を納刀し、置いておいたタオルで流れ出る汗を拭く。

 

「すまなかった。あまりにも熱心だったのでな、レオ殿の実力を少し試したくなった」

 

「……次からは別の形で試していただけると嬉しいです」

 

汗を拭きながら議長を見るレオの目には明らかな不満が漂っているが、議長は微笑を浮かべて懐から1本の水筒を手渡した。恐らく、差し入れだろう。

 

案外抜け目無いなと思いながら、レオは受け取った水筒の蓋を開けて中の水を飲む。

 

「それで、一体どうしたんですか? まさか コレ(水筒)を渡すためだけに来たわけではないでしょう」

 

それぐらい親しみやすい性格してるなら、僕達はエルフとの関係に頭を痛めたりしない。

 

「この前、エルフの子供達に色んな遊びを教えてくれただろう。レオ殿のおかげで、最近は不安そうにしていた子供達にも笑顔が戻ってきたのだ。その礼を言いに来た」

 

議長の意外な言葉に、レオは感心と驚きを感じた。

 

てっきり、我等が同胞の子供達に俗世の遊びなど教えないでくれ、と文句を言われるのかと思っていたのだが、礼を言われるとは思わなかった。

 

しかも、今度機会があれば私にも教えてくれ、などとも言われた。レオはつい、目の前で話してるのが本当にあの議長なのか疑ってしまった。

 

「つかぬことを訊くが、レオ殿はエルデの貴族の生まれなのか? 議会の時や普段の振る舞いも、他の者とは何処か違って見えるのだが……」

 

「名家なのは否定しませんけど、貴族ではありませんよ。普段の振る舞いとかは、幼少の頃から散々叩き込まれましたから」

 

伊吹の家でレオが受けた稽古や習い事の数は、そりゃあたくさんある。

 

食事の食べ方やお茶の淹れ方、言葉遣いにお辞儀と、仕舞いには歩き方や座り方まで1から鍛え直された。今じゃ無意識の中に染み込んでいる。

 

「僕からも1つ訊きたいんですけど……エルフの人達って、昔に他種族との間で大きないざこざでもあったんですか?」

 

急に話題を変えるようなレオの質問に議長は僅かに驚くが、すぐにそれを収める。その目を見る限り、続けてくれ、という言葉を感じた。

 

「違和感は前から感じてたんですよ。だけど、この前の闇に汚染されたエルフと子供達を見て確信しました。エルフの人達が僕等に向けてくる視線は“嫌悪”じゃなくて“恐怖”なんだって」

 

恐怖と嫌悪。

 

言葉としての意味は大きく違えど、この2つは互いの本質がよく似ている。

 

怖いと感じるモノを嫌い、嫌いだと感じるモノを恐怖する。

 

だから、他人の視線を読み取ることが得意なレオでも気付くことは出来たが、感じる違和感の正体が分からなかった。

 

恐らく、レオにぶどう酒をくれたエルフはこの里の中でもごく稀な部類なのだ。

 

「良ければ話してくれませんか。昔この地で、何があったのか」

 

向けられる感情が恐怖であるのなら、今のままではダメだ。もっと理解しなくてはいけない。エルフとの間に生まれた亀裂の正体を。

 

その問いを聞き、議長は小さく息を吐いて草原に座った。その行動に倣い、レオもその隣に腰を下ろした。いざ座ってみると、森の中に吹く夜風が涼しく心地良い。

 

「……数年前、このヴァレリアの地で大きな戦乱があったのはご存知か?」

 

沈黙を破った議長の問いに対し、レオは驚きを感じながら首を振った。

 

たった数年前に大きな戦争があったなどという話は、戦線の誰からも聞いたことがない。

 

「そうか、アイラ姫やラナもそこまでは話していないか……無理もあるまい……」

 

「あの2人は、もしかしてその戦乱に……?」

 

「うむ、あの2人だけでなく、巫女殿も大きく関わっている。かつてあの3人は、戦乱を終息へと導いた伝説の遊撃傭兵騎士団、ヴァイスリッターのメンバーだった」

 

それを聞いて、レオは内心でなるほどと頷く。

 

異国の王族同士であるアイラとラナならともかく、エトワール神殿の巫女である竜那もその知り合いだというのは前から少し疑問に思っていたのだ。

 

「その傭兵団はどうなったんですか……?」

 

「今も世界中を旅しながら闇の勢力と戦い続けているらしい。だが、アイラ姫は王位を継承者であり、ラナにいたってはあの放浪癖だ。今は離れているのだろう」

 

何故かレオはその傭兵団のことが気になったが、議長の返答は曖昧なものだった。世界中を旅しているのなら、そう簡単には会えそうもない。

 

やがて、話を戻そうか、と言った議長が話題を元に戻す。

 

「戦乱の口火を切ったのは、かつてのルーンベール……いや、当時はルーンガイストと国名を変えていたか……その国の皇帝、ガラハッド殿だった」

 

「ルーンベールの皇帝? もしかして、その人って……」

 

「アイラ姫の弟君にあたるお方だ。戦乱にて亡くなったと聞いている」

 

アイラに弟がいた、という事実にレオは少し驚くが、死んだ身内のことを進んで離す人などいないだろう。レオとて、それは同じだ。

 

「ルーンガイストは闇の力と共に軍隊を率いてシルディアに宣戦布告した。だが、その戦火はやがて、我々エルフにも及んだ」

 

そこまで言って言葉を切った議長の顔には、明らかな恐怖と怒りがあった。

 

レオは何も言わず、僅かに顔を青ざめさせた議長の言葉を待つ。

 

「両国の間で中立を保とうとした我々を、ルーンガイストは問答無用で蹂躙した。闇の魔法で森を焼き、捕らえた同胞を洗脳してダークエルフへと変えた」

 

それは、外道と呼ぶにも生温い所業。

 

味方にならなかったから、自分達にとって都合の良い存在ではないからという理由だけで、理不尽な仕打ちを叩き付けられた。それが、エルフ達の抱える傷。

 

直接問うようなことはしないが、恐らく議長もその場にいたのだろう。その身から発せられる恐怖は、体験した者にしか発せられないものだ。

 

「レオ殿の言う通りだ。我等は、人間が恐ろしい。たった1人の、ガラハッド殿の欲望によって瞬く間に戦争が拡大し、種族を問わずに数え切れぬ命が失われた。またあのような地獄が引き起こされるのではないかと思うと、恐ろしくて仕方ないのだ」

 

「……だから、自分達に迫る脅威は自分達だけで解決すべきだと?」

 

「全ての人間が同じだとは言うまい。だが、同じ“人間”であるのも、また事実。我等は、人間の善意よりも悪意を知り過ぎた。だからこそ、規律と伝統を信じるのだ」

 

そう言って議長は立ち上がり、黙って来た道を戻っていった。

 

だが、レオはその背中に掛ける言葉が少しだけ見付かった。

 

「でも……その戦争で大事な物を失ったのは、どうしようもないくらいに悲しい傷を背負ったのは、皆同じですよ」

 

それを聞いた議長は僅かに肩を震わせたが、すぐにまた歩き出す。

 

その背中を見送り、レオは水筒の中の水を一気に飲み干して息を吐く。その溜め息の中には、明らかに疲れの気配があった。

 

(どんな世界でも、結局一番悪いのは人間か……実際にあんな話聞かされた後じゃ、笑えないよな。しかも、発端の1人がアイラさんの弟なんて……)

 

話を聞いたことを後悔はしていないが、実際の内容はレオに予想以上の驚きを与えた。

 

エルデの小説やゲームでも、多くの種族が暮らす世界で戦争を起こすのは人間、というのが定番だった。だが、間近に戦争を経験してみれば、コレは大きなショックを受ける。

 

(だけど……それでも、このままじゃダメだ。過去に縋り付いてるだけじゃ、何も変わらない。それで不幸が無くても、幸せだって1つも無い)

 

だがそれでも、レオは己の考えを改めなかった。

 

意地などではない。ここで諦めたら、本当にエルフ達との関係を変えられない。確かな根拠を持たずとも、そう思えたのだ。

 

(僕に何が出来るのかなんて、ハッキリとは分からない。でも、今はやれることをやろう……)

 

心の中で再度決意を固めたレオは星空を見上げ、静かな足取りで宿へと戻る。

 

だがこの時、レオの心は本人が思うよりも動揺していたのだろう。

 

でなければ、近くの木の陰から姿を現したラナとサクヤの気配に終始気付かないはずがないのだから。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「そう……昨日の夜にそんなことが……」

 

「正直、エルフ達の多種族不信を甘く見てたかもね。まさか過去の……ほんの数年前に起こった大きな戦争が原因だとは思わなかった」

 

「それは驚きだけど……レオ、大丈夫? 重くない?」

 

「ん? ああ、平気だよエアリィ……伊達に毎日体鍛えちゃいないからね。このくらいなら問題無し」

 

翌朝、僕は肩に猫姿のリンリンを乗せながらエアリィと一緒に物資を運んでいた。その最中、昨日議長から聞いた話を説明している。

 

僕は2つ重ねた重さ20キロに届く木箱を抱えて溜め息を吐き、肩に乗るリンリンが話を聞きながら考え込み、隣を歩くエアリィが軽い木箱を抱えて心配そうに僕を見ている。それが今の状況だ。

 

女の子に重い物を持たせるなど言語道断なので、重い木箱を僕が運び、軽い方の木箱をエアリィに運んでもらってる。

 

まあ、今言ったとおり僕にとってはそんなに苦ではない。むしろ、議長に聞いた話の方が心の負担になっている気がする。

 

「どうしたもんかなぁ~……」

 

「気にするな、というのも無理だろうけど、今は考え過ぎない方がいいわ。1日2日でどうこう出来る問題ではないのだから」

 

「うん。それに、今はフォンティーナにいるドラゴニア帝国を何とかしないと……私達が頑張れば、エルフの皆も考えを変えてくれるかもしれないし」

 

抱えてきた木箱を倉庫に積みながら愚痴のような声を漏らすと、リンリンとエアリィがフォローをくれた。

 

確かに、フォンティーナにいる帝国をどうにかしない限りは関係改善どころの話ではない。力を合わせて戦うことが出来ればベストなのだけど、今は無理だろう。

 

幸い、エルフ達は物資や情報のやり取りは不備なく行ってくれているし、戦線のメンバーと揉め事も起こっていない。

 

ただし、戦闘に関しては最悪としか言い様がない。連携の“れ”の字どころではなく、協力の“き”の字も存在しないらしい。几帳面なアルティナが疲れた顔でそう報告してきたのだから間違いではないのだろう。

 

何でも前線に出たレイジやリックの話だと、エルフ達が独断専攻したせいで奇襲が失敗したり、戦っている自分達を囮まがいにして仕掛けた罠に巻き込みそうになったりしたとか。

 

アレ? これすでに揉め事だらけ?

 

こうして考え直すと、僕達って何しに来たんだっけ? 精霊王の解放とドラゴニア帝国の撃退に来た筈が、何でエルフを第3勢力にした乱戦みたいになってるんだろう。

 

偵察隊を発見して叩くだけの今だからこの程度で済んでいるが、このままの状態で帝国との戦闘が本格化すれば間違いなく洒落にならない被害が出る。

 

タダでさえ帝国に戦力の差で大きく負けているのに、戦闘中に背中を撃たれないか気を配らなきゃいけないとか、何の冗談だろうコレ。

 

ラナさんとアルティナを通して、戦闘の際には別行動を取らせた方が戦略的には良いんじゃないだろうか。サクヤさんも現状では同じ意見らしいが。

 

「まあ、エルフの皆もそこまで露骨な嫌がらせはしてこないだろうし、陰口を言われても今は我慢して揉め事を起こさないように……」

 

「見ろ、人間2人と猫がいるぞ」

 

「いや、アレはケット・シーだ。姿をコロコロと変えて心を惑わす姑息な精霊よ」

 

「聞いた話では、女の方は半分霊体の身だそうだ。恐ろしい生の執着だな」

 

「男の方はラナ王女やアルティナ王女と親しい仲らしいが……お2人の目も他種族に触れて曇られたものだな。あんな薄気味悪い外見の男に何故……」

 

僕が言葉を言い掛ける途中で、すぐ傍を4人のエルフが通り過ぎた。

 

どうにも今の4人は僕達に聞こえないと思っているようだが、此処にいる3人はけっこう耳が良い方なので、バッチリ聞こえている。

 

「「…………」」

 

何故かエアリィとリンリンがおそるおそると僕の方を見て顔を青くする。

 

アレ? どうしたの2人とも。まあ、いいや。とりあえず今僕がやらなきゃいけないことは、あの4人のエルフを……

 

「○シテヤル」

 

「レオっ! お願いだから落ち着いてっ!? まずはその小太刀に添えた手を引っ込めて瞳のハイライトを元に戻して!? いつもの優しいレオに戻ってー!!」

 

「我慢するように言った人が真っ先に限界を超えてどうするのよ」

 

小太刀を抜きながら歩き出す僕をエアリィが背中に抱きつくように止め、呆れた溜め息と共に放たれたリンリンの猫パンチが僕を正気に戻した。

 

それにより僕は落ち着きを取り戻し、エアリィは安心した顔で離れる。先程まで背中越しに何かとても柔らかい感触があったけど、考えないようにしよう。うん。

 

というか、あのエルフ達。僕も悪いかもしれないけど、アレは無いでしょ。

 

僕だけが馬鹿にされるなら構わない。学年で1年間孤立させられた経験のおかげで、何時間と絶えず罵倒されようが何とも思わない。

 

だけど、僕を通してラナさんとアルティナを悪く言うのは筋違いも良い所だろう。ケット・シーのリンリンだってあんな風に言われる筋合いは無いし、エアリィとアミルにいたっては自分から望んで今の姿になったわけではない。

 

「こんな調子で、僕達帝国に勝てるのかな……」

 

「そう言いたくなる気持ちは分かるけど、やるしかないわ」

 

「あはは……あれ? 何だろう?」

 

壁に手を付いて暗い影を落とす僕にリンリンが励ましの言葉をくれる。エアリィは苦笑いしながらそれを見ていたのだけど、何かを見つけたらしく、何処かへ走り出した。

 

僕もリンリンを肩に乗せて追いかけると、エアリィは森に続く一本道の前で拾った何かを手にして首を傾げていた。

 

「エアリィ、どうしたの?」

 

「コレが落ちてたんだけど……」

 

広げたエアリィの手の平にあるのは、1つに束ねられたトランプだった。確かに、何でこんなところにトランプが落ちているのか不思議だけど、僕はそれ以上に気になることがある。

 

「これ……間違いない。僕がエルフの子供にあげた物だ」

 

絵柄もエルデ独特のデザインだし、細かい傷の場所も全て同じだ。

 

つまり、あの時のエルフの子供が此処にいたということだ。しかも、場所からして僕達の眼前にある一本道を通っていったのだろう。

 

足元の地面をよく見てみると、小さな足跡が幾つかある。見たところ子供だけのようだが、少なくとも2、3人は一緒にいる。

 

(何だ……? 落ちてるトランプを見つけただけなのに、何でこんなに嫌な予感がする)

 

内心舌打ちしながら即座に周辺の気配を探り、近くにいた1人の男性エルフにあの道のことを聞いてみる。すると、男性のエルフは懐かしい物を見たかのように話し始めた。

 

「あの道は街道や首都の近くまで出られる近道として使われていたんだ。だが、首都は帝国に奪われてしまったし、街道も帝国の連中が通ることがある。それで、危険だからと議長が通行禁止を言い渡したんだ。もう半年以上は使われていないな」

 

確かに、言われて見ると道に殆ど手入れされた跡が無い。というか、エルフの子供達はそんな危ない道を通っていったってこと?

 

振り返ってリンリンとエアリィに顔を合わせると、2人とも深刻な顔をしている。

 

「だが、あの道がどうしたんだ? あそこは帝国にも絶対に見付かっていないし、見張りの心配などは不要だぞ」

 

「落ち着いて聞いてください。あの道を数人のエルフの子供達が通ったみたいなんです。足跡の形から見て、それほど時間は経ってません」

 

そう言うと、目の前のエルフの顔が一瞬で青ざめ、目を泳がせた。

 

掟と伝統を何より大事にするエルフなのだから仕方ないと思う。でも残念ながら、今は動揺が納まるのを待っている時間は無い。

 

「今は時間が無いので率直に言います。あなたは議長にこのことをすぐ伝えてください。エアリィ、リンリン、2人もすぐにこのことをサクヤさんとフェンリルさんに伝えて」

 

「あなたはどうするの? レオ」

 

「僕は先にあの道を辿って子供達を捜す。なるべく戦闘は避けるけど、もし子供達が帝国の連中に見付かってたら子供達が逃げるまでの時間を稼ぐ」

 

「で、でも……! レオ1人じゃ……!」

 

「大丈夫、ベイルグランから貰ったコレを使えば、少し敵の数が多くても充分に戦える」

 

心配そうなエアリィに答えながら取り出したのは、シルヴァルスのカード。フォースの特訓と一緒に確かめたコレの力なら、時間稼ぎくらいはやれるはずだ。

 

まあ、ちょっと問題もあるんだけど。

 

「レオ、本当に大丈夫なの? その力は……」

 

リンリンはその場に居合わせたのでこの力の問題点も知っている。だけど、この中で一番足が速いのは僕だし、今はこの力が必要だ。僕は力強く頷き、身を翻す。

 

「ま、待て! エルフの道案内無しでどうやって子供達を追うつもりだ? それに先程言ったように、あの道には通行禁止の令が出ている。まずは議長に通行の許可を取らねば……」

 

だが、慌てたように口を開いた男性エルフの言葉に、僕達は言葉を失った。

 

この状況で通行許可? 本気で言っているのか? このエルフは。掟を遵守するにしても、限度があるだろう。そんなことしてたら、子供達は最悪帝国の連中に殺される。

 

「道案内については心配ありませんよ……ケフィアー!!」

 

少し大きめの声で名前を呼ぶと、空の彼方から凄まじい速度でケフィアが「フゥフフゥー!」と声を上げて降りてきた。

 

何でか知らないが、ケフィアはずいぶんと僕に懐いているらしく、ケフィアが聞こえる範囲にいれば、こうして名前を呼ぶと飛んできてくれる。

 

アルティナやラナさんも、今までケフィアのこういう行動は見たこと無いそうだ。

 

「悪いんだけど、あの道の案内をお願い」

 

「フフゥー!」

 

「せ、精霊が名前を呼ばれただけで自らやって来るとは……!」

 

任せろ、と言うようなケフィアを頭の上に乗せ、驚くエルフに顔を向ける。

 

「申し訳ありませんが、許可を取っている時間はありません。このことについて何か抗議が有れば、子供達を連れ戻した後に聞きます」

 

ここは従うわけにはいかない。それは絶対に間違ってる。

 

(もう、ルーンベールの時みたいなのはごめんだ……!)

 

リンリンとエアリィに顔を合わせて頷き、僕は走り出した。エルフがまだ僕を引き止めようとしていたけど、これ以上は待てない。

 

戦闘での余力を考えつつ、現状で出せる限りのハイペースで森を走る。

 

どのくらい距離があるのかは分からないが、今は少しでも急がなきゃ。

 

(間に合ってくれ……!)

 

歯を噛み締めて強く願い、僕はそのまま森を突っ走った。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ブレイクブレイドがアニメ化で放送されるそうですが、シャイニング・ブレイドの登場キャラを中の人繋ぎで置き換えたら凄まじい勢いでストーリーが浮かびました。

レイジはフォースが使えないけど、誰も扱えない霊刀・雪姫を握った時だけハンパない規模のフォースを使える。

リックは隣国の軍に所属していて、幼馴染3人を武器に敵国内で絶賛無双中。

レオは異世界から迷い込み、成り行きでレイジ達の国に参戦。色んな武器やフォースを扱い、敵部隊に単独で喧嘩を売れる怪物レベルの強さに変貌する。

うん。レオの中の人決めてないけど、設定の方が馬鹿みたいに懲りそうだww

次回はちょっとしたレオの無双、それとエルフ達との和解に深く入っていきます。ロリコン騎士との対面まで行けるかは、微妙ですね。

私の書いた和解の場面の話が皆さんの期待に応えられるか不安ですが、まあ思った通りに書いていきます。批判受けてもそれも1つの評価ですし。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話 調和の風

スペル様、玄武Σ様、不滅様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回からエルフとの和解に入っていきます。

皆さんのご期待に答えられれば幸いです。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 「数人の子供達が封鎖された首都への道を……? 本当なのか?」

 

「里にいる同胞全員に確認を取りましたが、間違い無いようです。それと、申し上げにくいことなのですが……いなくなった子供の中には、議長のお孫様もいるようで……」

 

「なんということだ……!」

 

現在の場所はエドラスの会議場。そこでは、長老会議に出席するメンバーが円を作りながら深刻な表情で話し合いをしていた。

 

話し合っている議題は、今から十数分前にもたらされた情報。数人のエルフの子供達が議長の言いつけを破り、首都に通じる危険な近道を渡っていったことについてだ。

 

すでに解放戦線側のサクヤ達にも情報は入っており、すでにレオの増援として駆けつける準備に取り掛かっていた。

 

だが、ここで新たな問題が発生した。

 

血相を変えて飛んできたラナが言うには、エドラスに移住してくるはずだった避難民が移動中に帝国に発見され、襲撃を受けたらしい。

 

当然、議長もサクヤも聞いたからには無視は出来ない。すぐにでも救援に駆けつけなければ避難民が皆殺しにされる。

 

よって、今長老会議のメンバーが決めなければならないのは、救出の優先順位だ。議長個人の視点に絞るなら、孫娘の命と避難民の命の2択だろう。

 

そしてこちらも当然、現在フォンティーナのエルフを纏める指導者として優先しなければならないのは、避難民の命だ。小を捨て多くを救う。まったくもって模範的な最適解である。

 

だが、それはあくまで“最適な答え”であり、“最善な答え”ではない。

 

この時、人生最大の決断に苦しめられていた議長の脳裏には、以前レオに言われた言葉が強く反響していた。

 

 

『じゃあ、あの人に家族がいたらどう話すつもりですか。彼は闇の力に心を汚染されたので、伝統と掟に基づいて殺しましたと言うんですか! それで納得出来るんですか! あの人の友人や家族は! もしアナタが逆の立場だったら、平気なんですか!?』

 

 

汚染されたエルフを処断しようとした時の怒りの声。

 

あの時、何も言い返さなかったことと、今こうして悩むだけで決断を下せない自分に議長はどうしようもない怒りを感じていた。

 

(何という無様だ……! この体たらくの何処が、エルフの長だ!)

 

拳を握り締めながら、議長はこの時、自分はレオの問いに何も言い返さなかったのではなく、答えを先延ばしにしていただけだと強く実感した。

 

だが、今はそのことを悔いている場合ではない。やるべきことをやるのが、せめてもの反省行動だ。

 

「……サクヤ殿、提案がある」

 

話し合っていた議会のメンバー達から1人離れ、議長はフェンリルやレイジ達と部隊配置の話をしていたサクヤに声を掛けた。

 

「そちらの戦力の何割かを、森に入った子供達の救出に分けてはくれないだろうか。我等の戦力だけでは避難民の救出だけで余力が無いのだ」

 

口調には決して動揺を洩らさず、普段通りの姿を装う。

 

だが、議長の言葉に対し、サクヤ達の返答は沈黙だった。しかも、何処か不満そうに見える。いや、実際不満なのだろう。睨むような目を隠さないレイジを見れば、火を見るより明らかだ。

 

この反応に対し、議長は何ら疑問を抱かなかった。何せこの里のエルフ達がサクヤ達に向けた対応は、お世辞にも良いとは言えない。むしろ最悪と言える。

 

そんな連中の為に戦力を分散する危険は避けたい、ということだろうと議長は推測し、すぐに言葉を続ける。

 

「もちろん、タダとは言わない。子供達の救出に成功すれば、それ相応の報酬を支払おう。これからの戦いでそちらの戦線に我等の戦力を提供しても良い」

 

今のままで不満ならば、その不満を上回る利益を用意すれば良い。いわゆる交渉なのだが、議長の予想はまたしても裏切られた。

 

「ふざけんな……」

 

サクヤとフェンリルの後ろにいたレイジが前へと踏み出し、伸ばされた腕が議長の胸倉を強く掴み、引き寄せたのだ。

 

突然の行動に、議長を含めたエルフの全員は目を丸くして固まった。対するサクヤ達は、その行動に小さく溜め息を吐くが、慌てることも止めることもしなかった。

 

「戦力の提供? 報酬? さっきから聞いていれば、アンタ俺達を金目的で戦うゴロツキの集まりとでも思ってんのか?」

 

「……こちらの対応が何か気に障ったのなら謝罪しよう。だが、こちらで用意できる見返りとしてはそれくらいしかないのだ」

 

「その見返りってのが腹立つんだよ。この際だからハッキリ言うけどな、俺達はそんなものの為に来たんじゃねぇ。帝国の奴等をぶっ潰して、此処で苦しんでるエルフ達を助けに来たんだ! 他種族が信用出来ないって言うのは勝手だけどな、それで俺達の覚悟を見下げてんじゃねぇぞ!!」

 

襟元を掴む力がさらに強くなり、レイジの声に宿る怒りが強くなっていく。

 

その怒りと威圧感にエルフ達は圧倒され、議長は目を見開いて何も言い返せない。

 

「アンタ達が帝国に大切なものを奪われたように、俺達だって失ってんだよ! 大切な人達や国も、故郷も。皆それが許せねぇから、同じような苦しみをもう誰にも背負って欲しくないから戦ってんだ!!」

 

そう言ったレイジの脳裏に浮かぶのは、この世界で初めて出来た友達、ローゼリンデの笑顔と、業火に包まれ滅んでいくクラントールの街並み。

 

守りたかったのに守れなかった。助けたかったのに助けられなかった。

 

誰しもが己の無力感を悔いながら戦っている。同時に、もう繰り返すまいと戦っている。

 

その覚悟を損得勘定……悪く言えば下心で片付けるような議長の言葉を、レイジはどうあっても許せなかった。

 

「もうあんなことは繰り返さねぇ。エルフの皆が俺達を嫌おうが、絶対に守り通す! そして取り戻すんだ、奪われた全てを!!俺達は、その為に来たんだ!!」

 

助けたいと思うから助ける。

 

高貴な理由など無い。彼等が他者を助けるのはそれだけだ。

 

「いなくなった子供の中にはアンタの孫娘もいるんだろうが! 助けたいんだろその子を! なんでハッキリとそう言わねぇんだよ! 伝統や掟を立派に守ってその子を死なせて、アンタは納得できんのかよ!?」

 

「っ……!」

 

その言葉は、以前に聞いたものと良く似ていた。そして、その言葉は前回以上に議長の心を強く震わせた。

 

議長の両腕が力無く垂れ、全身が力を抜いたように脱力する。僅かに震えるその顔は、前髪に隠れて良く見えない。

 

「あ~りゃりゃ……やっぱこうなったか。まあ、遅かれ早かれの問題とは思ってたけど、けっこう良い方向に流れてるみたいじゃん」

 

そんな時、場違いとも取れるような陽気な声が聞こえ、全員の視線が集まる。

 

そこにいたのは、腰に手を当てながら何処か嬉しそうに微笑むラナ。

 

「……ラナ、お前はもう少し周辺の空気に態度を合わせることを覚えろ。それと、戻ったということは、避難民の安否と敵の位置が特定出来たんだな?」

 

「その通り。流石にレオの方は分かんなかったけど、避難民はまだ無事。森の中に隠れてもらってるわ。襲った奴等は、スレイプニルの率いたケンタウロスの主力部隊よ」

 

その様子に全員が言葉を失う中、1人だけ溜め息を吐いたアイラがラナに問う。

 

そして、報告の内容に全員の顔が引き締まるが、ラナは普段通りの軽やかな足取りで議長とレイジの傍まで歩き、続いてエルフ達を見た。

 

「どうやら必要なことはレイジが言ったみたいだけど、私からも一言だけ言っとこうかな。これでも王女だしね」

 

そう言って、ラナは真剣な表情でエルフ達に向き直り、言葉を続けた。

 

「知っての通り、私は里から飛び出して色んな国を見てきたわ。その行動で色んな人に負担を掛けたのは知ってるけど、その経験のおかげで、確信を持って言えることがあるわ」

 

ラナの視線がほんの少しだけアルティナに向けられ、お互いに微笑む。

 

「確かに私達は、他の種族の良い所よりも悪い所を多く知ってしまった。だけどね、私はそれでも彼等が素晴らしい種族だって思えるの。レイジ達が良い例よ。ちゃんとした理由なんか無くても、助けに来た連中に嫌われても、それでも救いの手を差し伸べてくれた」

 

そう言ったラナはレイジの後ろで背伸びをして、襟元を掴まれた議長に目線を合わせる。

 

「こういう時だって、複雑に考えなくていいのよ。ただ一言、本当の気持ちを込める。それだけでいいの」

 

ラナが優しい笑みを浮かべてそう言うと、議長の唇が微かに震え、言葉となった。

 

「……頼む……」

 

力無く垂れていた議長の両腕が持ち上がり、レイジの両腕を強く握った。その力の中には、心の底から叫ぶような懇願の念を感じる。

 

「孫娘を……苦しむ同胞達を……助けてくれ……っ! 力を、貸してくれ……っ!」

 

その言葉の声量は決して大きくなかった。だが、顔を上げた議長の目からは、静かに流れる涙が見えた。それは決して悔しさではなく、心の奥底に封じ込められていた魂の叫び。

 

だが、それを咎める者はエルフ達の中にはいない。己の家族と同胞を助けたいと願う議長の想いを間違いと否定することなど、この場の誰に出来ようか。

 

 

そして、その想いは充分に届いた。

 

 

レイジの腕がゆっくりと下ろされ、膝立ちとなった議長の肩を両手で握る。

 

「任せとけ!!」

 

そう言って笑顔を浮かべ、レイジは身を翻してサクヤ達の元へ急ぐ。それを見たラナも、議長の肩を軽く叩いて身を翻した。

 

「いきなり議長に掴み掛かったのは驚いたけど、どうにか纏まったみたいね」

 

腰に手を当てて呆れたように溜め息を吐くサクヤだが、隣に立つフェンリルと同じく、口元に微笑を浮かべている。

 

レイジはただ短く、はい!! と元気に笑顔で答え、戦線メンバーは揃って会議場を出る。日の光に照らされながら、全員が真剣な顔で己の武器を握る。

 

「さあ、行くわよみんな!……いなくなった子供達も避難民も、必ず助けましょう!」

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 同刻、サクヤ達の出陣と時を同じくして、森の奥に入ってしまったエルフの子供達は今までに無い恐怖に襲われていた。

 

膝を抱えて座る3人の子供達の周りには、鎧を着込んだオークが20人近くいる。

 

子供達の頭の中は、どうしてこんなことになったのだろう、という後悔の念がひたすらに渦巻き、今にもどうにかなりそうだった。

 

今更誰に対して言うわけでもないが、子供達が森に入ったのはほんの出来心だった。少しだけ街道を歩き、見慣れない景色を眺め、咲いている花を摘んでくる。やりたいことはそれだけだった。

 

だが、その出来心はこうして最悪の不幸に直結した。

 

「なあ、この捕まえたエルフのガキ共、一体どうするんだ?」

 

「ケンタウロスの奴等が言うには、スレイプニル様が何かに利用するんだとよ。だから、こいつらはこのまま首都まで連れていく」

 

僅かに聞こえてくるオーク達の会話が耳に入り、子供達の顔が徐々に青褪めていく。

 

体の震えは止まらず、目を開けることにすら恐怖を覚え、瞼を硬く閉ざす。

 

「……なあ、3人全員届けないとダメなのか?」

 

「1人くらい…………食ったらダメか?」

 

その言葉に、子供達の肩が一段と大きく震え、嫌な汗が大量に流れ出す。

 

オークは野蛮、あるいは下品という言葉が何よりも似合う種族だ。

 

その理由は、エルフやドワーフ、他にも人間などを襲ってその肉を文字通り食らうことにある。しかも、同属だろうと仲が違えたり、種類が違えば食い合うときた。

 

そして、そんな低俗な輩が己の欲望に抵抗を見せるはずはない。

 

「そうだな……詳しい人数は報告していないし、1人くらいはいいだろう」

 

気色の悪い笑みを浮かべ、部隊を指揮するオークがナイフを抜いた。周りのオーク達が歓喜の叫びを上げ、子供達の顔には絶望が差す。

 

そして、握られたナイフが狙いを子供の1人に狙いを定め、振り下ろされる。

 

 

「死にな」

 

 

だが、振り下ろされたナイフが子供の体を引き裂く寸前、不自然な突風が通り過ぎた。

 

恐怖で固まっていた子供はその風に驚くが、すぐ異変に気が付いた。

 

先程まで歓喜の叫びを上げていたオーク達の声が1つとして聞こえず、自分に振り下ろされたはずのナイフの痛みが何時まで経ってもやってこない。

 

不思議に思い、固く閉ざしていた瞼が開かれ、視線が上へと持ち上がっていく。

 

すると、そこに見えたのは……

 

「がぁ……あ、あぁ……!」

 

自分達にナイフを振り下ろそうとしたオークが、エメラルドのような色をした何かに胸元を貫かれて宙に浮いた姿だった。

 

そして、目の前には新たな人影が現れ、子供達を守るように立っている。

 

その人影が着ている丈が足首にまで届きそうな薄緑色のロングコートに見覚えは無かったが、後頭部で1つに纏められた漆黒の髪を見て、子供達は僅かに口を開いた。

 

「おにい、ちゃん……?」

 

「皆よく頑張ったね。もう大丈夫だよ」

 

僅かに首だけで振り向いたレオは子供達に微笑を浮かべ、すぐに前を向く。

 

次の瞬間、レオの左腕が凄まじい速度で振るわれ、宙に持ち上げられたオークの胸元に強烈な掌底が打ち込まれた。

 

すると、掌底の接触面からボォン! という炸裂音と共に風が吹き荒れ、オークの体は螺旋の回転を描くように10メートル近く吹っ飛んだ。

 

そのまま背中から木に激突したオークは血のような赤黒い体液をぶちまけ、数回の死後痙攣を残して絶命した。

 

その光景を誰もが黙って見ている中、レオは前へと歩きながら右手に握る武器を一瞥し、手元でクルリと回転させる。

 

握られている武器の姿は、1本の日本刀だった。手に握る柄は鈍いグレーの色で染められ、鍔は透き通るように白い。刀身の長さは普通の刀と大太刀の中間ほどで、エメラルドのような美しさを放っている。

 

これがシルヴァルスの力に与えられる唯一の武装、シナツヒコ。腰に差している黒塗りの鞘は武装の一部ではあるが、凄まじく頑丈なだけで名前は無い。

 

ちなみに服装は薄緑色のロングコートの下に白いYシャツ、少し青色が混ざった黒色のズボンだ。

 

レオは左手で腰の鞘を抜き、手元でクルクルと回転させた刀をゆっくりと鞘に納める。

 

その際にカチン! という音が鍔元から鳴り、その音に反応したオークが肩を震わせた。そして、すぐさま怒りの形相を浮かべてレオを睨む。

 

「この場からすぐ失せるなら追いはしない。だが……向かってくるなら斬り捨てる」

 

レオはそんな怒りの視線を静かに受け流し、冷たい殺意を宿して言葉を放つ。

 

追いはしないと言ったが、これは優しさや慈悲などではない。一刻も早くエルフの子供達を連れ帰りたい故だ。向かってくるなら容赦無く殺すつもりである。

 

左手に鞘に納めたままの刀を持って立っているだけだというのに、周囲のオーク達は一瞬恐怖を感じ、無意識に一歩後ずさる。

 

だが、オークという種族の性根は獣ではなくケダモノのソレだ。そんなケダモノの集りが、心の欲求に抗うなどというマトモな理性を持っているはずがない。

 

『ガアァァァァァ!!!!』

 

レオを囲むオークが一斉に咆哮を上げ、先頭にいた4人が剣を構えて襲い掛かる。前後左右から迫る斬撃はレオの首、左胸、腹部、背中を狙う。

 

だが、レオは迫る攻撃に対して未だ一歩も動かず、殺気を放って目を細めた。

 

「警告はしたよ」

 

普段よりもトーンの低い声が発せられ、意識のギアが戦闘時の段階に切り替わる。

 

そして次の瞬間、4人のオークが振り下ろした剣が全て反対の方向に弾き返された。

 

『っ……!』

 

その光景に攻撃した4人はもちろん、周囲のオーク達も驚愕で目を見開いた。

 

だが、レオは特に変わったことをしたわけではない。ただ、左手に握った納刀したままの鞘を振り回し、全ての攻撃を弾いただけ。当然『神速』も使っていない。

 

真に脅威なのは、その動作を行う速度と無駄な動きを削った流麗さ。

 

左手に持つ鞘を真上に突き上げて柄尻で首狙いの剣を弾き上げ、続く右薙ぎで左胸狙いの剣を、返す左薙ぎで腹部狙いの剣を、振り返らずに真後ろへ弧を描くように放たれた蹴りで背中狙いの剣を弾いた。

 

この動作を動き出しから全て終えるまで、レオには一瞬たりとも迷いが無かった。その動きを見ていた周囲のオークには、レオが違う時間の流れで生きているようにしか見えない。

 

攻撃を弾かれたことで、4人のオークは当然隙だらけ。そして、レオは先程確かに言った。向かってくるなら斬り捨てる、と。

 

ダラリと下げられていたレオの右手が持ち上がり、グレー色の柄が握られる。 ゆっくりと抜き放たれたエメラルドの刀身が日の光を浴びて一瞬輝く。

 

そして次の瞬間、突風と共に背後から斬り掛かったオークの体が縦に真っ二つとなった。

 

レオの右手には、すでに振り抜かれたシナツヒコが握られている。この場にいる誰もが、レオが何時刀を抜いたのか認識出来なかった。

 

だが、レオの剣撃はまだ終わっていない。

 

唐竹に振り下ろした刀を手首を捻って右薙ぎに振るい、刀身を返して左薙ぎに繋ぐ。

 

すると、左右と正面にいた3体のオークの胴体が横にズレを起こし、ほぼ同時に血飛沫を上げて斬られたことを認識する間も無く絶命した。

 

レオはオークの死体に目もくれず、先程と同じように右手の刀をクルクルと回転させてからゆっくりと鞘に納める。

 

「言っておくが警告に2度目は無い……お前達全員、覚悟を決めることだ」

 

冷たき殺意を宿しながら放たれたレオの言葉はオーク達を圧倒する。

 

必ず守り通す。

 

離れた場所のエドラスにてレイジが言ったことは、レオの心にも確かに刻まれていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

エルフとの和解に大きな一歩を踏み出すのは、レオではなくレイジにやってもらいました。レオがやってくれたのは、言うなれば下積みです。

一応今回で完全に仲直りというわけではありません。4章の終わりまで小さな問題を色々引きずっていくつもりです。

次回からは本格的なレオの無双と、帝国とのドンパチに入っていきます。

ちなみに、シルヴァルスの戦闘スタイルのイメージはDMCのバージルが一番近いです。レオ本人もちょっと意識してます。

では、また次回。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話 疾風の太刀

スペル様、玄武Σ様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は予告どおりレオの無双です。

では、どうぞ。


  Side レオ

 

 前後左右、あらゆる方向からオーク達の声が聞こえる。当然、接近する足音も。

 

その中心にいる僕は一歩も動かず、鞘に納めたままの刀を左手に持ち、その柄に右手を添えている。

 

一つ言っておくのだけど、これは決して油断しているわけじゃない。

 

ただ単に、二刀小太刀を使っている時とは違って、動き回る必要が無いだけだ。

 

「ガアァァ!!!」

 

右から振り下ろされた剣を半歩引いて回避し、握り締めた右拳をアッパーカットの軌道で振り抜いて首を打ち上げ、オークを5メートル近くぶっ飛ばす。

 

そして反対の左側に視線を向けながら右薙ぎに抜刀し、振り下ろされた剣を弾く。それに続けて鞘を振るって足を払うと、オークの体が空中で縦にクルリと回転する。

 

そこへ刀身を返して刀を左に振るい、空中で逆さまになったオークの肉体を腹部の中心から真っ二つに斬り裂く。

 

噴き出した血飛沫の奥から別のオークが斬り掛かって来るが、右へと斬り上げた斬撃で剣を握るオークの腕を肘から斬り落とし、続く右袈裟で肩口から胴体を両断する。

 

2つに分かれた死体が地面に落ちるより先に背後へ振り向き、左手に逆手に握られた鞘が先程と同じようにオークの足を払い、空中で縦回転する。

 

そして、下から真上に振り上げられた斬撃がオークの体を縦に両断し、絶命する。

 

瞬く間に仲間が血祭りに上げられるオーク達。くるりと手元で回転させた刀を納刀して視線を移すと、恐怖を隠し切れていないのかジリジリと後退している。

 

この時点で仕留めたオークは9体。まだ半分近く敵が残っているが、本音を言えば僕にとって周りのオーク達は脅威にならない。

 

シルヴァルスに強く宿る属性は『風』。

 

それによって僕は風を操るだけでなく、風を通して『心』の能力を発展させ、自分の感覚範囲と精度を高めることが出来るようになった。

 

その成果の一部が今までの攻防だ。その場から移動することなく、襲い掛かるオーク達の攻撃を捌いては絶命させた。

 

全てにおいて、今の僕は視野と感覚が広なっている。例え背後から攻撃されても、その動きは手に取るように感知して対処できる。

 

しかも、このシルヴァルスは他の状態よりも速度に特化した高速移動型。適当に放った攻撃では掠らせることも出来はしない。

 

余談だが、隠れ里からこの場所まで短時間で辿り着けたのはシルヴァルスの加速力で森を半ば突っ切れたことが大きい。

 

次に攻撃力だが、これは文句無しに強力だ。というか、強過ぎるくらいだ。

 

右手に握られたエメラルド色の刀身の刀、シナツヒコは何の力を加えずとも、日本刀の形状に恥じぬ切れ味を誇る。『斬』と合わせて振るえば、鋼だって斬れるかもしれない。

 

だがフォースを……風の力を加えれば、その切れ味は別次元へと昇華する。

 

フォースを込めることでシナツヒコの刃は風を纏い、表面に極小規模の竜巻を発生させ、真空の刀身を作り上げるのだ。

 

その状態から放たれる斬撃の前では、並みの武具や障害物など紙切れにも等しい。

 

これほど強力なシルヴァルスの力ならば、目の前のオークがどれだけ取るに足らない存在かは一目瞭然だ。

 

しかし、ゆっくりはしていられない。この場にいるのは僕だけではないのだから。

 

「行くよ」

 

一言呟き、動揺するオーク達へ正面から突っ込む。

 

駆ける肉体の速度は普段よりも遥かに速い。だが、研ぎ澄まされた視野と感覚はそのズレを完璧に調整し、戦闘に支障を出さない。

 

先頭のオークへ抜刀と共に左袈裟に踏み込み、続く右袈裟の斬撃。そして一瞬だけ力を溜め、地を蹴ると共に刀を右薙ぎに振るう。

 

3連続で打ち込んだオークの体を斬り裂くと共に、地面を滑るように右へ移動しながら隣に立つ別のオークを斬る。

 

移動先で待ち受けていた別のオークが斧を振り上げるが、僕は即座に振り返ると共に左薙ぎでオークの両腕を斬り飛ばし、右薙ぎで腹を裂く。

 

そして腰の後ろで刀を鞘に納め、真上へと跳躍。オークの背後へ回り込むように跳び、落下と共に抜き放った刀を唐竹に振り下ろす。

 

背後で十字に分割されたオークが崩れ落ちるが、僕の足が止まった瞬間を狙って脳天目掛けて剣が振り下ろされる。

 

僕はそれを左手に持つ鞘で受け止め、右手に持つ刀を逆手に持ち替えて“後ろへ”突き出す。放たれた刺突は背後から近付いてきたオークの心臓を貫き、その動きを止める。

 

そして、剣を受け止めている左手の鞘を跳ね上げるように強く振り抜き、同時に左足でオークの足を蹴り飛ばす。すると、オークは軽々と宙を舞う。

 

即座に刀を鞘に納めて腰に差し、右足を軸にして左足で円を描くように体を回転。再び地面を踏み抜くと共に放った右薙ぎの居合いが突風を生み出しながらオークの体を真っ二つにした。

 

(あと5体……)

 

風を通して敵の位置と数を確認し、僕は後ろへ回し蹴りを放つ。

 

その蹴りは背後から飛び掛ってきたオークの顎を打ち抜き、突撃の勢いを完全に殺した。そして、抜刀した刀が下から上へと振り抜かれ、オークの体は股間から頭部まで両断された。

 

クルクルと刀を回転させ、眼前でゆっくりと納刀する。

 

(残り4……倒すこと自体は問題無い。問題が有るとすれば、僕の方か……)

 

内心で呟き、鞘を握る左手にフォースの風が集まる。

 

右手を柄に添え、抜刀術の構えを取る。前方に立つ4体のオークとの距離はおよそ5、6メートル。普通なら鞘に納めた刀を構える距離ではない。

 

だが、問題無い。この程度の距離なら……

 

「射程範囲内だよ」

 

抜き打ちの瞬間すら見せない速度で抜刀し、振り抜かれると共に鞘の内部に集束した風が刹那の暴風となって解き放たれる。

 

風が森の木々とオーク達を通過し、僕は振り抜いた刀を普段と変わりない速度で再び鞘に納める。そして、刀身が鞘に納まる寸前……

 

「無影斬花」

 

……呟き、カチン! と鍔元が音を鳴らした。

 

次の瞬間、無数の弧を描くようなカマイタチの刃が爆散し、空間を無秩序に蹂躙した。

 

その殺戮空間は数秒で霧散するが、中心にいたオーク達は言うまでもなく全滅している。

 

空間を埋め尽くす真空の刃を全方位から浴びたオーク達の死体はバラバラの肉塊状態。某殺人鬼の17分割なんて余裕でぶっちぎってる。

 

正直に言おう、やりすぎた。

 

「これで全部か……ケフィアには子供達と一緒に隠れるように言ったけど……」

 

地面に転がったオークの肉塊をなるべく見ないようにして身を翻し、あらかじめケフィアと決めておいた合流地点へと歩を進める。

 

だけど、一歩踏み出した途端に全身が激しい脱力感に襲われ、体がグラリと傾く。

 

「っと……!」

 

慌てて木を支えにしようと手を伸ばすけど空を切り、僕は地面に仰向けで倒れてしまう。

 

それと一緒に体が光に包まれ、シルヴァルスの姿が強制的に解除される。普段通りの黒いロングコートを身に纏い、空中に漂う緑のカードを手に取った。

 

「……オーク20体相手にコレなら充分だろうけど。まだ長期戦には使えないか」

 

超高速移動、『心』の感知能力を発展させた空間把握力と反応速度、真空を帯びた刀身とあらゆる体勢から放てる神速の居合い、風属性のフォースによる広範囲攻撃。

 

これだけの力を発揮し、一見無敵にさえ思えてしまうシルヴァルスだが、この力には大きな弱点が存在する。

 

実はこの力、制御が難しい上に、燃費が劣悪を通り越して最悪のレベルなのだ。

 

まだまだ改善・改良の余地は有るのだが、現状はこの通り。一度の戦闘で倒れるほど体力と精神力を消耗してしまう。

 

ラナさん曰く、風の精霊というのは他の精霊に比べて我が強く、安定化させるのが難しいそうだ。グラマコアが操る冷気と違い、風はありとあらゆる場所に存在するから扱う力の規模が違うとか。

 

ラナさんやアルティナのように思い通りに力を発揮するには、経験を重ねて風の精霊と理解を深めるのが一番の近道とのこと。

 

だが、決して悲観的な事実だけではない。使いこなすことが出来れば大きな力になるのだ。

 

「やれやれ……最近は努力する項目に事欠かないな……」

 

苦笑を浮かべながら立ち上がり、崩れそうになる膝に力を入れて走り出す。

 

数分もしない内に合流地点に到着すると、そこでは座り込んで震えながら涙を流すエルフの子供達をケフィアが必死に宥めていた。

 

やって来た僕の姿を見て、ケフィアは嬉しそうに飛んできて頭の上に乗る。感謝の意を込めて頭を撫で、僕は子供達の前に片膝を付いて視線を合わせる。

 

「おにいちゃん……」

 

「待たせてごめんね。外にいたオーク達はもういないよ」

 

そう言って懐からトランプを取り出し、子供に渡す。すると、子供達は心底安心したようで、肩から目に見えて力が抜けた。

 

「さぁ、帰ろう。隠れ里の皆が心配してるよ」

 

「でも……きっと、皆怒ってる……お爺様の言いつけを破ったから……」

 

エルフの女の子が顔を伏せ、弱々しく呟く。

 

その反応は当然で仕方ないと思うのだけど、お爺様の言いつけって……もしかしてこの子、あの議長の孫?

 

「そっか……実はね、僕も議長の許可を取らずに森に入っちゃったんだ。戻ったら僕も怒られちゃう。でも一人だと怖くてさ、僕と一緒に謝ってくれない?」

 

伏せられた頭にポンと手を乗せ、口調を和らげて言葉を掛ける。

 

僕自身にも経験は有るのでよく分かる。

 

こういう時の子供は、同じ境遇の存在に一緒にいてほしいと願う。一緒に怒られる人がいるという事実は、不安を大きく和らげてくれるものだ。

 

「……うん」

 

やがて、エルフの女の子は小さく頷き、他の子供達と一緒にゆっくり立ち上がる。

 

頭の上に乗るケフィアを見上げて案内をお願いすると、任せろと言うように声を上げてケフィアはふわふわと飛行する。

 

その後を追って子供達が歩き出し、僕が最後尾を歩く。もちろん、敵が近付いてきた時のことを考えて周囲に気を配ることも忘れない。

 

「フゥ……? フゥ!フフゥー!」

 

だが、突然ケフィアが何かに気付いたように声を上げた。

 

しかし、残念ながら僕にはケフィアの口にする言語は理解出来ない。視線を下げて子供達に助けを求めると、一人の子供が翻訳を務めてくれた。

 

「えっと……隠れ里に来るはずだった人達が帝国に襲われて、おにいちゃんの仲間が助けに向かったって……」

 

「帝国が……?」

 

どうやら、里に戻ってもすぐには休めないみたいだ。

 

心の中で小さく溜め息を吐き、僕は空に広がる青空を見上げた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

普段より少し短いかもしれませんが、次回の為に一旦此処で切ります。

レオの手にする力は、どれもこれも一朝一夕で使いこなせないじゃじゃ馬ばかりです。それでも、努力家のレオは血反吐を吐きながら頑張ります。

ですが、やっぱり最強の状態は小太刀二刀のつもりです。

次回はレイジ達の方です。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話 幽騎士の戦場

玄武Σ様、スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はレイジ達の方です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 レオが子供たちの救出に成功し、隠れ里に戻り始めた頃、避難民の救出に向かったレイジ達も同じく激戦を繰り広げていた。

 

解放戦線の主力部隊と戦っているのは、ドラゴニア帝国のケンタウロス部隊。

 

その場に彼等を率いるスレイプニルの姿は見えないが、黒の兜と甲冑、武器はランスと楯に統一されたケンタウロスの集団がおよそ30はいる。

 

森の中を重く鋭い足音を鳴らして駆けるケンタウロスの部隊に対して、避難民のエルフ達を背にして戦う戦線メンバーの戦況は……劣勢だった。

 

「やべっ! 一人抜けた! ……剛龍鬼、頼む!」

 

「任せろ!」

 

舌打ちしながら叫んだレイジの隣を一体のケンタウロスが通過し、その先に剛龍鬼の巨体が盾と斧を構えながら立ちはだかる。

 

『何をしている、レイジ! あっさりと敵を通すとは……!』

 

「んなこと言っても……!」

 

剛龍鬼にフォローを頼み、喝を入れてくるユキヒメと話すレイジの声には僅かながら疲労の色があった。

 

周りに目を向けてみると、同じように前衛で戦うリックは大剣を振るってケンタウロスを抑え、リンリンは背後からのチョークスリーパーで絞め落としている。

 

それを見たレイジは即座に駆け出し、リックと戦うケンタウロスの背後から疾走の勢いを付けて軽い跳躍。大太刀を右薙ぎに振り抜き、ケンタウロスの背中を深く斬り裂く。

 

「……何体仕留めた?」

 

「今ので4体目だな。ていうか……リック、気付いてるか?」

 

「とっくにな……奴等、こっちを消耗させようと手を抜いてやがる」

 

苛立ちを微塵も隠さず吐き捨てるリック。こちらも、レイジと同様に声の中には疲れの色がある。普段のように嫌味を返さないのもそれが理由だろう。

 

別にケンタウロスの部隊が高度な戦略や連携を駆使しているわけではない。むしろ、ケンタウロスの猛攻を食い止めているサクヤの戦略とレイジ達の連携こそ大したものだ。

 

レイジとリックの視線がそれぞれ別の敵を捉え、再び走り出す。

 

先に向かおうとするケンタウロスの進路上に割り込もうと両足で地面を蹴るが、その差は思うように縮まらない。

 

「くそっ!!」

 

現在、レイジ達が不利な状況へと追いやられている大きな理由はこれだ。

 

単純な話で、ケンタウロス達一体一体の速度と突破力が高過ぎるのである。だが、この展開は当たり前といえば当たり前なのだ。

 

考えてもみてほしい。身体能力を多少上げられるとはいえ、人間が馬に徒競走で勝てるだろうか?

 

答えは否だ。

 

人間と馬の脚力では、瞬間的な発揮力も最大馬力も次元が違う。無論、そこから発揮される速度や突撃力も同じくだ。

 

正面からマトモに激突すれば人間など軽々と吹き飛ばせる突進を止めるのも容易ではない。

 

しかも、トドメに地形が最悪だ。銀の森の中では比較的に木の数と密集が少なく、大した障害物の無い平地など、ケンタウロスには気兼ね無く全速力を出せる絶好の場所である。

 

容易には止められぬ突破力を前に攻め切れず、追い掛けようにも速度で圧倒的に劣る。

 

だが、劣っているからといってやめるわけにはいかないのだ。それを承知しているからこそ、前衛を務めるレイジとリックは体力の消耗を覚悟して走り続けている。

 

ちなみに、今のレイジは体力の消費と味方への誤射を考えてハイブレードモードを使わず、大太刀の姿をしたユキヒメを振るっている。

 

現在の解放戦線の陣形は速度・攻撃・防御のバランスが良いレイジ、リック、リンリンの3人を前衛に、後方と合わせて合計4つの防衛ラインを作っている。

 

第2の防衛ラインには、前衛を突破した敵に対して即座に足を止める、または叩くことを目的としてフェンリル、剛龍鬼、サクヤの3人。

 

そのすぐ後ろには第2防衛ラインを援護する遠・中距離攻撃を持つアルティナ、ケルベロス、ラナの3人がいる第3防衛ライン。

 

そこから少し後ろに離れた場所に広範囲攻撃を持つアイラ、エルミナ、龍那の3人が務める最終防衛ラインがあり、避難民の誘導を急ピッチで行っている。

 

この陣形は徹底的に防御力を優先した配置なので、今のところケンタウロスの部隊の中で第2・第3の防衛ラインを突破できた者はいない。

 

しかし、油断は出来ない。

 

まだ避難民の誘導は完了していない上に、レイジとリック(恐らくはリンリンも)が気付いていた通り、敵はまだ手を抜いている。スレイプニルがこの場にいないのが証拠だ。

 

狙いは恐らく、前衛を務める3人の体力を消耗させることだろう。

 

鍛えているとはいえ、レイジ達のスタミナも無限ではない。ましてや今はひたすら全力疾走を続けているのだ、消耗しないわけがない。

 

そして、前衛が瓦解すればケンタウロス達の攻撃を第2・第3防衛ラインだけで凌ぐことは難しい。まだ防衛ラインは残っているが、アイラ達はあくまで保険だ。

 

しかし、レイジ達が動き続けなければ結局は同じ結末だ。防衛ラインはケンタウロス達の攻撃に食い破られてしまう。

 

ところで少し話が変わるが、何故バランスに優れたサクヤが巨体の剛龍鬼やフェンリルと同じ第2防衛ラインを務めているのか。

 

その理由は、現在のサクヤの姿にある。

 

普段着ている漆黒色のドレスとは違い、翡翠色の鎧と所々にフリルが付いたドレスを一体化させたような……凛々しさと華やかさを両立させたような恰好をしている。

 

その右手には内側に銀のラインを走らせ、左右の刃を棘のように鋭くした翡翠色の 突撃槍(ランス)。左手には同色の(シールド)

 

ローゼリンデによく似た武装構成のこの姿こそ、ベイルグランから受け取った力、グリューネを纏ったサクヤの姿である。

 

「ハァッ!!」

 

真っ直ぐ突っ込んできたケンタウロスが気合の声と共に槍を突き出してきた。

 

しかし、サクヤはその場から動かず、ただ黙して構えた盾で槍を正面から受け止めた。

 

ケンタウロスの速度と体躯を生かした刺突だというのに、大きさに劣るサクヤの体は一歩も下がらず、地面を強く踏みしめている。

 

ケンタウロスは驚愕に目を見開くが、そこから立ち直るよりも早くサクヤの右腕が動く。

 

踏みしめた足が前へと進み、全身のバネを使って発揮された力がサクヤを1つの矢へと変え、突き出された突撃槍がケンタウロスの腹部の鎧を貫いた。

 

しかも、突撃槍の破壊力はそれだけで収まらず、貫いたケンタウロスの体を第一防衛ラインよりも前に吹き飛ばし、他のケンタウロスに激突させた。

 

鉄壁と呼ぶに相応しい防御力と重く鋭い槍の一撃。これこそがグリューネの戦法だ。

 

「さっすが~♪」

 

笑顔で感心の声を上げたリンリンが動きの止まったケンタウロスに距離を詰め、振り抜かれた拳が顎を打ち上げ、首の骨を破砕した。

 

しかし、サクヤの目から見てもその動きは少々キレが悪く、リンリンの顔にも隠し切れない疲労の気配があった。

 

やはり、このままでは避難民の誘導を終えるよりも先に前衛が崩壊する。そうなれば、第2・第3防衛ラインだけ敵を食い止めなければいけない。

 

(レオがいてくれれば……)

 

それは、弱音になってしまうのだろう。

 

今この場にいない青年のことを考えながら、サクヤは己の思考を恥じる。

 

彼がこの場にいないのは、自分達と同じくエルフを守る為。必ず守り通すという誓いを彼も貫いているのだ。責められる理由などありはしない。

 

だが同時に、サクヤにとってレオの実力はそれだけ頼りになるものなのだ。

 

大きな負傷が無ければ欠かさず行っているランニングのおかげか、レオの走る速度と持久力は戦線の中でも頭一つ飛び抜けている。

 

彼ならば、恐らくケンタウロスの走るコースを先読みして回り込み、上手いこと仕留めるだろう。

 

前に一度、レオに自分の実力についての評価を尋ねてみたのだが、結果は……

 

・基本的に火力が低く、決め手に欠ける

 

・速度と手数の多さ、気配探知が長所なのだが、負傷率が比較的高い。

 

・フォースの技量がまだ未熟の為、全体的に器用貧乏。

 

……等々、ネガティブで低い評価しか返ってこなかった。

 

だが、サクヤはその評価を贔屓など無しに間違いだと思っている。

 

確かに二刀小太刀という武器を扱うレオの火力は高いとはいえない。しかし、対人戦においてのレオはそんな欠点をねじ伏せる程の速さと鋭さを持っている。

 

エドラスに滞在する中で何度か模擬戦の手合せもしたが、正直度肝を抜かれた。

 

レオの戦い方はとにかく止まらず、守らず……全てにおいて速く、鋭かった。

 

決して防御を捨てたわけではなく、絶えぬ連撃によって敵の反撃を許さず、守りを砕き、追い詰め、その命を絶つ。

 

自覚があるのかは分からないが、ルーンベールでの戦いを終えてからレオの実力は確実に上がっている。

 

そして、それを知っているからこそ、この場にレオがいないのが悔やまれる。

 

 

そんな時、戦況に大きな変化が起こった。

 

 

前衛の第一防衛ラインと戦うケンタウロス達が一斉に動きを止め、後退を始めたのだ。

 

突然の行動に、レイジ、リック、リンリンの3人は肩で息をしながら顔を合わせ、軽く首を傾げながら警戒を強める。

 

それは戦線の全員も同じくだ。普通、この状況で後退する理由は無いはず。

 

だが、その理由はすぐに分かった。

 

ケンタウロス達が左右に道を空けたその先から、他の者とは違った威圧感を感じさせる重い足音が聞こえてくる。

 

現れた人物の姿を見て戦線メンバーの全員が身構えるが、その中でも少し、反応が異なる者達がいた。それは、現れた人物と浅からぬ因縁を持つ者達だ。

 

エルミナは少し怯えながらも強い意志を宿した瞳で杖を握り、アルティナは怒りを宿した鋭い眼光で弓矢を構える。

 

そして、レイジは額の汗を拭って大太刀を握り締め、峰で肩を叩きながら口元に好戦的な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「よぉ、久しぶりじゃねぇの。スレイプニル」

 

「貴様か、霊刀使い。あの男……イブキは何処だ?」

 

「別件で忙しくてな。此処にはいねぇよ」

 

漆黒の鎧と髑髏のような兜を被ったケンタウロス、スレイプニルは以前と変わらぬ姿と武装でレイジ達から少し離れた場所に立つ。

 

後ろにいる十数体のケンタウロス達はスレイプニルの指示を待っているのか、一歩も動かない。第2防衛ラインのサクヤ達も、武器を構えるだけで動こうとはしない。

 

「シルディアに続いてルーンベールを取り戻し、今度はフォンティーナのエルフ共を助けに来たか。大陸中を走り回ってご苦労なことだな」

 

「大陸のあちこちを見境無く攻め落としたお前らには負けるよ。つか、将軍自ら避難民を襲い来るとか、お前それでも騎士かよ」

 

「たわけが。一度朽ち果てたこの身に騎士道なぞ重みにしかならぬ。とうに捨てたわ」

 

レイジとスレイプニルは向き合いながら互いに嫌味をぶつけて微笑を浮かべるが、その目はまったく笑っていない。すぐにでも斬り掛かりそうだ。

 

しかし、実際の現状は戦線側にとってかなり悪い。

 

前衛を務める3人はスタミナをかなり消耗している上に、エルフの避難民の誘導がまだ終わっていない。

 

戦闘が再び開始されれば、ケンタウロス達はもう手を抜かないだろう。それに加えてスルトと同格の強さを持つスレイプニルまで加わるとなれば、戦線側も防衛の余裕など無い。

 

間違い無くルーンベール王城の時のような大乱戦となる。そうなれば、エルフの避難民は無防備となり、恰好の的だ。

 

もしそれで避難民を死なせてしまえば、帝国に勝っても意味がない。

 

だが、その予想はスレイプニルの言動によって思わぬ形で覆された。

 

「貴様等は命令有るまで動くな。これより手を出した者は処刑する」

 

右手に愛用のランスを持ったスレイプニルは背後の部下達に殺気を浴びせながら命じ、たった一人でレイジ達の前に立つ。

 

どうやら、一人でレイジ達と戦うつもりのようだ。

 

「……何のつもりだ?」

 

「これで貴公等も気兼ねなく戦えるであろう。貴公等が何を守ろうと自由だが、くだらん雑念に囚われて戦いに集中出来んのは私の望むところではない」

 

睨みながら問うレイジに答えたスレイプニルの声に嘘の気配は無かった。

 

形こそ違えど、スレイプニルもまたスルトと同じように満足のいく戦いを望んでいるのだ。

 

不満はある。

 

だが、レイジ達にとってこの展開はありがたいのもまた事実だった。

 

戦線メンバーは心中の不満を飲み込み、気を引き締めて武器を構える。

 

前に進み出たのは、レイジ、リック、リンリン、フェンリル、アルティナの5人のみ。

 

全員で戦えば良いのでは、とも思うが、ケンタウロス達を牽制し、それを即座に抑える為に防衛ラインを完全に崩すわけにはいかないのだ。

 

それを見たスレイプニルはふん、と軽く鼻を鳴らし、後ろ足で地面を何度か削り、重心を僅かに沈めて加速の為に力を溜める。

 

「それで良い……あの スルト(狂犬)を打ち破った力、存分に見せてみよ!!」

 

4本の足が地面を蹴ったことで生まれる爆発的な加速と共に、スレイプニルは突撃する。同時にレイジ、リック、リンリン、フェンリル、アルティナが迎え撃ち、戦闘が再び開始された。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「はっ……!」

 

「ふっ……!」

 

突き出されたスレイプニルの槍を最初に迎撃したのは、レイジの振るう大太刀。

 

しかし、武器の押し合いのような状況にはならず、大太刀に槍の矛先を逸らされたスレイプニルはそのままレイジの隣を通り過ぎる。

 

だが、その先に待ち構えていたのは左右から襲い掛かるリックの大剣とリンリンの飛び蹴り。炎を纏う大剣はスレイプニルの腹部を、風切りの音を鳴らす脚は首を狙う。

 

スレイプニルは槍を倒して大剣を防ぎ、左手の手甲でリンリンの蹴りを受け止める。

 

「ぬぅんっ!!」

 

しかも、受け止めたリンリンの足をそのまま掴み、今まさに攻撃を仕掛けようとしていたフェンリル目掛けて投げ付けた。

 

「むっ……!」

 

当然無視するわけにもいかず、フェンリルは足を止めてリンリンを受け止める。

 

その隙を逃さず接近したスレイプニルの槍が紫電を纏い、デッドランサーの刺突が2人を貫かんと風を突っ切って迫る。

 

だが、突き出した槍の矛先は側面から飛んできたアルティナの矢によって大きく逸らされ、スレイプニルの槍は地面に突き刺さって爆発を起こした。

 

フェンリルとリンリンは咄嗟に爆風を利用してその場から離れる。スレイプニルはそれを気配で察していたが、追撃を仕掛けようとはしなかった。

 

(あの一瞬で我が槍の矛先を捉えて射抜くとはな……)

 

下手をすれば味方に当たる可能性もあったというに、アルティナは見事にやって見せた。

 

決して侮っていたわけではないが、スレイプニルにとってはその技量を見るだけでレイジ達がどれだけ成長したのか充分に理解出来た。

 

だとすれば、今この場にいないあの青年はどれだけ成長しているのか……考えるだけでもスレイプニルは心の底から高揚感を覚えた。

 

「零式刀技……響!!」

 

土煙が立ち込める中で聞こえた声に反応し、スレイプニルの思考が我に返る。

 

その直後に上半身を屈ませると、一瞬の凄まじい突風と共に土煙が一筋の線を描くように断ち切られた。見ると、その直線状にあった一本の大樹が横一文字に綺麗に割れている。

 

振り向く先にいたのは、肩で息をしながらもスレイプニルを睨み付けて大太刀を振り抜いているレイジ。どうやら、風で作った斬撃を飛ばしたようだ。

 

その大火力を封じようとスレイプニルは即座に走り出し、槍の矛先をレイジに向けて黒い光を放つ棘、デッドリードライブをひたすら連射して動きを止める。

 

「フレイム!!」

 

しかし、リックの詠唱に続いて放たれた一筋の光が地面に着弾して大爆発を起こし、足が止まったスレイプニルを狙って煙の中を突っ切ってリックとレイジが斬り込む。

 

「なるほど……」

 

それに対してスレイプニルは一人で小さく呟き、弾かれたように右手に握る槍を振るう。

 

右薙ぎに振るわれた槍はレイジの大太刀に受け止められるが、瞬きを上回る速さで槍を引き戻し、別方向から迫るリックに連続で刺突を放つ。

 

「っ……!」

 

鍛え抜かれた動体視力と直感に従って振るわれたリックの大剣が心臓に迫る刺突を横へと受け流し、喉元と左腹部を狙った刺突を避ける。

 

だが、スレイプニルの持つ槍は刺突の速度と貫通力を両立させたランスとスピアの中間のようなもの。故に、突きの連射速度と狙いは速く鋭い。

 

3、5、9と、次々に刺突を放つ赤色の魔槍がリックとレイジの領域を侵食していく。

 

2対1の状況だというのに、絶え間無く襲い掛かる連撃にリックとレイジは一方的に防御を強いられ、回を重ねる度にそれを崩されていく。

 

元々大剣や大太刀などの武器は取り回しの悪さから防御には向かないが、それを差し置いてもスレイプニルの槍撃を捌き切れない。

 

以前、レオは点で放たれる槍の軌跡をショートソードの線の軌跡で捌いて見せた。あれは腕の動きや足捌きを見ての攻撃の予測が重要であり、多大な集中力を必要とする。

 

しかし、今のレイジとリックは精神的にも肉体的にも消耗している。そのせいで防御の反応速度も本来より鈍く、動きのキレも悪い。

 

故に……

 

「ぐっ……!」

 

「がっ……!」

 

防御をすり抜けたスレイプニルの槍がリックの右腕とレイジの脇腹を掠め、苦悶の声が漏れた。そして、その致命的な隙をスレイプニルは見逃さない。

 

ブン、という音を鳴らし、美しい孤を描きながら横薙ぎのフルスイングが放たれる。

 

「くそっ……!」

 

脇腹の痛みを堪えながら、前に進み出たレイジが咄嗟に大太刀を割り込ませ、槍を防ぐ。しかし、槍の破壊力受け止めきれず、リックと共に横へと吹き飛ばされた。

 

『リック、大丈夫!』

 

『レイジ、しっかりしろ! お前が倒れれば、防衛ラインはすぐさまスレイプニルに食い破られるぞ!』

 

地面を転がる2人のパートナーが声を掛けるが、傷口から襲い掛かる痛みに反応して今ままでの度重なる全力疾走の疲労が体に重くのしかかる。

 

武器を杖にして立つ2人を見ながら、スレイプニルは何処かつまらなそうに息を吐く。

 

「すでに体力が尽きかけているか……人の身とはまったく……」

 

不便なものだと言いながら周りを見渡し、スレイプニルはトドメを差そうと槍の矛先をレイジとリックに向ける。

 

それを見たアルティナが即座に矢を放つが、スレイプニルは左手を振るって手甲で矢を叩き落とした。

 

フェンリルとリンリン、後ろに控えていたサクヤ達もスレイプニルの攻撃を阻止しようと動き出すが、僅かで確実に遅い。

 

「満足には程遠いが、この結果も戦場の真実よ…………死ね」

 

赤色の槍が光を纏い、デッドリードライブの照準がレイジとリックを捉える。

 

しかし、その瞬間……スレイプニルの直感がこの場に見えない危機を察知した。

 

直感に従って弾かれたように振り向いた先には密集した木々しか見えない。しかし、スレイプニルの目はその先で僅かに光る何かを捉えた。

 

次の瞬間、その光の正体はスレイプニルが目を凝らすよりも先に、凄まじい速度で飛んで来た。

 

「ぬっ……!!」

 

避けられない。

 

瞬時に理解したスレイプニルは咄嗟に槍を振るってソレを弾く。

 

僅かにスレイプニルの視界を横切った飛来物の正体は、矛先から柄尻まで雪のような白色をした一振りの小太刀だった。

 

(これは……っ!)

 

その情報から一つの結論が導き出されるが、右手に握る槍から生じた違和感がスレイプニルの思考を現実に引き戻す。

 

見ると、弾いた小太刀の柄尻から延びる鋼のワイヤーがグルグルと槍に巻き付いている。地面に刺さった小太刀が固定用の杭となり、槍が思うように動かせない。

 

それと同時に疾走する黒い影がスレイプニルの正面に出現し、地面に小規模の爆発を起こすような加速力で迫る。

 

「チィ……!」

 

貫くような殺気を前に、スレイプニルは左手の手甲を防御に構え、発揮出来る限りの力を込めて迎え撃つ。

 

それが出来たのは、スレイプニルがかつてこの技を 見たことがある(・・・・・・・)からだ。

 

直後、ガァァン!! と大きな金属音がその場に響き、スレイプニルの足元に少量の血が垂れる。

 

その上では、スレイプニルの左手に黒い小太刀の刀身が突き刺さり、力比べをするように震えながら拮抗している。

 

「……やはり貴様か。発せられるそ闘気、見違えたぞイブキよ」

 

「それはどうも。しかし……あの狂犬ほど不快ではありませんが、ドス黒い覇気は変わってませんね、スレイプニル」

 

片方は何処か嬉しそうに、片方は口惜しさを噛み締めるように睨み合う。

 

今この時、漆黒の幽騎士と見習いの名を返上した御神の剣士が、戦場での再会を果たした。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

シャイニングシリーズの新作がPS3で出ると、つい最近知りました。なんでも、今度の主人公はドラゴンだとか……すんごい楽しみです。

今回は殆どケンタウロス達の優勢でした。前から思っていたんですが、ゲームでケンタウロスの長所らしきものが何も無かったので。

不憫すぎだろケンタウロスよ。

と言っても、その長所も、人間が速さと体力の比べ合いで馬に勝てるわけがないという、当たり前のものしか思いつかなかったんですがね。

今回でスレイプニルも登場し、ひとまずレオと戦場で再会です。

勝負の行方はまだ不明ということで……

では、また次回……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話 意思の力

お久しぶりです。

玄武Σ様、つっちーのこ様、通りすがり様、風翠緑様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はスレイプニルVSレオ(体調ガタガタ)の回です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 数分前まで激しい戦闘の音が鳴り響いていた戦場が、今はとても静かだった。

 

解放戦線と暗黒騎士団が向かい合う中で、その中心には殺気を飛ばし合っているレオとスレイプニルがいた。

 

心臓を狙って突き出されたレオの小太刀を鎧に覆われた左腕で受け止めているスレイプニルは苦悶の声をまったく漏らさず、内心では笑みを浮かべている。

 

対するレオは、右手の小太刀を握り締めながらも顔には疲労の気配が色濃く漂っており、顔には隠し切れぬほどの汗が流れている。

 

だが、それも当然と言えば当然だ。

 

シルヴァルスを使用した戦闘に続き、エルフの子供達を里に送り届けてからすぐにこの場へ走って辿り着いたレオの体力の消耗は既にレイジやリックを超えている。

 

だからこそ、レオは『神速』を使った奇襲によって一撃でスレイプニルを仕留めるつもりだった。長期戦に持ち込んでも不利になるのは目に見えているのだ。

 

そして、結果はこの通りである。

 

スレイプニルの片腕を封じるだけで、仕留めるには届かなかった。それに、『神速』を使用したことで体には痛みと疲労感が重く圧し掛かっている。

 

だが、そんなことを気にするような敵ではない。

 

それが分かっているレオは、覚悟を決めて思考をスレイプニルとの一騎打ちに切り替える。

 

スレイプニルの腕に突き刺さったままの麒麟を引き抜こうと少し力を込めてみるが、刃先が何かに固定されたように動かない。

 

恐らく、スレイプニルが腕の筋肉で挟み込んでいるのだろう。もはや荒技を通り越して奇行の域だ。これでは痛みや出血が増すだけでなく、下手をすれば腕の筋肉が使い物にならなくなる

 

だが、そのせいでレオも小太刀がすぐに使えず、槍を鋼糸と龍鱗に固定されたスレイプニルと五分の条件だ。

 

この状態で先手を取る為に重要な力は、一瞬で攻撃へと移る俊敏さ。あるいはその攻撃を予測し裏を掻く見切り。

 

両者は互いに僅かな挙動も見逃さぬように目を光らせ、即座に動けるように体に力を溜める。

 

 

そして、ついに戦場が動き出した。

 

 

スレイプニルの右手に握られた槍の先端に光が迸り、フォースによって生み出される闇色の棘、デッドランサーが地面を撃つ。

 

連続する爆発が土を盛り上がらせ、固定用の杭の役割をしていた龍鱗が引き抜かれる。それによって鋼糸の拘束力が緩み、自由となったランスが後ろへ引き絞られる。

 

その姿は地面を攻撃した爆煙によってレオには見えない。

 

しかし、視界を遮ったところでレオの感知能力の前では然したる障害にならない。レオは既に攻撃の気配とその姿を察知している。

 

レオの左手に装備されたホルスターが伸ばされた鋼糸を巻き取り、1秒の間を置いて先端に巻き付いていた龍鱗と一緒にレオの左手に収まる。

 

 

『御神流奥義之参・射抜』

 

 

スレイプニルの槍と龍鱗の刀身が爆煙を突っ切って鏡合わせのように激突し、数秒間の鍔迫り合いが起こった。

 

その状態からレオは前に踏み出し、スレイプニルの懐に入り込んで『徹』を込めたハイキックを叩き込む。

 

「ぐっ……!」

 

鎧と肉体を素通りした衝撃に流石のスレイプニルも怯む。レオはその瞬間を狙って右手に握る麒麟を引き抜き、ただの蹴りを打ち込んで反動で距離を取る。

 

これで一先ず元通り…と思った瞬間、距離を取ろうとするレオの前方の視界を大きな影が覆った。

 

何と、スレイプニルが地面を蹴ってその巨体で真っ直ぐ突進して来たのだ。

 

レオが反射的に腕を交差させた次の瞬間、凄まじい衝撃が両腕から全身を突き抜けた。

 

「がぁっ……!」

 

肺から空気が絞り出され、短い呻き声が漏れ出た。

 

まるで車がぶつかって来たような衝撃でレオの両足は踏ん張る間も無く宙へ浮き、何度か地面を派手にバウンドして転がる。

 

「く、そっ……!」

 

ベイルグランとの戦いで折られた右腕の骨がまた折れたのではないかと思ったが、小太刀を杖にして立ち上がっても痛みは無いので折れてはいないようだ。

 

というか、地面を転がった際に石にでもぶつけたのか、頭部の左側から血が流れている。

 

何て間抜けだ。と、レオはまだぐらつく意識の中で己を恥じる。

 

相手は肉体の作りからして人間や獣人のそれとは大きく違う。エルデの草食動物にも体格を生かすだけで容易く人を殺せる生き物はたくさんいる。

 

そして、このエンディアスではそんな生き物と似ているようで遠い存在が人間並みの知性と殺意を持っているのだ。ただの体当たりでも充分な凶器である。

 

「っ……!」

 

膝に力を入れ直した瞬間に鋭い殺気を感じ、レオはぐらつく意識を気合で調整して走り出す。すると、先程まで立っていた場所をスレイプニルのデッドリードライブが貫く。

 

攻撃を連射し続けるスレイプニルに向かってジグザグの軌道を混ぜながら右に走り、スレイプニルの左側……腕が使えない方向へと回り込む。

 

当然それを阻止しようとスレイプニルの攻撃が追い掛けてくるが、追い着くよりも先にレオは 遠距離から(・・・・・)攻撃に移る。

 

右足をブレーキにして減速し、龍鱗の柄尻に7番鋼糸を巻き付けて眼前に軽く放る。そして右手の麒麟だけで『射抜』の構えを作る。

 

「……射抜・ 穿(うがち)!!」

 

腕と一緒に突き出した麒麟の矛先が龍麟の柄尻を押し出し、弾丸のような音を立てて空中を真っ直ぐ飛んでいく。

 

予想外の攻撃に一瞬反応が遅れたスレイプニルは動くことは出来ても避け切れず、龍鱗の刀身は左脇腹に突き刺さった。

 

しかし、足を止めてしまったレオも左腕にスレイプニルの攻撃を受ける。幸い貫通はしなかったが、少々派手に血が流れる。

 

(マズイ……これ以上は……っ!)

 

左腕から走る激痛を無言で堪えながら、レオは内心で焦りを覚える。

 

戦線メンバーの中でも人一倍に鍛え上げた体力はシルヴァルスの消耗、休まずの長距離移動と連戦で既に限界間近。

 

そんな状態に加え、これ以上血を流すと意識を失いかねない。戦闘が長引いても同じ結果だろう。気絶数歩手前のレオが勝てるわけがない。

 

(次で決めなきゃ……負ける……!)

 

痛む体と揺らぐ意識に鞭を打ち、レオは鋼糸を巻き戻しながら左腕を引いて龍鱗を再び手元に引き寄せる。

 

そしてすぐさま構えを作るのだが、その構えはこの場にいる誰もが見たことのない構えだった。

 

両手の小太刀を顔の左隣まで引き寄せ、麒麟の柄尻に龍鱗の矛先をピッタリとくっつけている。レオはそのまま両腕を後ろに引く。

 

そこで何人かが気付いた。あの構えは突きでも防御でもなく、“投擲”の構えだと。

 

 

『小太刀二刀流・ 陰陽撥止(おんみょうはっし)

 

 

両手の小太刀がレオの手元を離れ、スレイプニルの顔面目掛けて真っ直ぐ飛んでいく。

 

だが、いかに早かろうとスレイプニル相手に真正面からの攻撃が簡単に通るわけがない。

 

「嘗めるな!」

 

右薙ぎに振るわれたランスが麒麟を弾き飛ばし、軽く宙を舞う。しかし、次の瞬間スレイプニルの視界に映ったのは、麒麟とまったく同じ軌道を辿って迫る龍鱗の矛先。

 

「なに……!?」

 

スレイプニルは驚愕に目を見開きながら体と首を捻り、龍鱗の刀身は兜の側面を強く叩くだけで顔面を貫くことは出来なかった。

 

(今……何がっ……!)

 

側頭部に強い衝撃を受けて脳を揺さぶられながら、スレイプニルの思考は先程の光景に強い疑問を浮かべていた。

 

何故、飛ばされた小太刀のすぐ後ろにもう1本の小太刀があったのか。これは2本目の小太刀の切っ先で1本目を突いて押し飛ばす技ではないのかと。

 

だが、その予想では半分までしか正解に届いていない。

 

レオの使った技、陰陽撥止は確かに1本目の小太刀の柄尻を2本目の小太刀の切っ先で突いて押し飛ばす飛刀術と呼ばれる技だ。

 

だが、 それと同時に(・・・・・・)……1本目の小太刀の後ろに2本目の小太刀を完全に隠して飛ばす技でもある。

 

そして、この結果を予想の上で叩き出したレオは、勝利への最後の一手を詰めようと足を踏み出す。

 

(ここだ……!)

 

瞬間、レオの意識に撃鉄が下ろされ、高められた集中力が一気に極限まで跳ね上がる。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止める。

 

常人とは異なる時間間隔の中でロングコートを靡かせたレオが真っ直ぐに駆け抜け、弾かれ宙を舞った麒麟を再び掴み取る。

 

数歩の踏み込みで30メートル近く離れていた距離を縮め、スレイプニルの巨体が眼前に立ちはだかる。

 

ブレの無い視線は真っ直ぐに心臓を捉え、引き絞られた小太刀の矛先が殺意を代弁するかのように冷たく煌めいた。

 

しかし……

 

「っ……!」

 

疲労した精神と肉体の痛みが雑念をもたらし、『神速』を維持する集中力が大きく揺らぐ。弾き出されるように世界が色を取り戻し、肉体に襲い掛かる疲労感がさらに増す。

 

(あと少しで……!)

 

すぐさま気絶してもおかしくない状態でありながら、内心で歯を食いしばるレオは気合で意識を繋げ、倒れ伏す寸前の肉体を動かした。

 

「うっ、おおおあああぁぁっ!!!」

 

咆哮を上げる意思の力はレオの肉体を動かし、麒麟を握る右腕が真っ直ぐ突き出される。

 

 

その時、レオの頭の中で短い溜め息が聞こえたような気がしたが、気付くことは出来なかった。

 

 

心臓から外れたが、麒麟の矛先はスレイプニルの腹部に深く突き刺さった。

 

「ぐっ……がはっ……ぁ!」

 

レオ同様に歯を食いしばるが、スレイプニルの口から堪え切れぬ吐血が溢れた。

 

腹部に2か所の刺し傷だ。如何に人間より優れていようと、構造上の限界は覆せない。もはや、スレイプニルは戦闘を続けられる状態ではなくなった。

 

だが、気力だけで限界を踏み越えてしまう存在は決して1人ではなかった。

 

この戦闘ではもはや使えぬと誰もが思っていたスレイプニルの左手が小刻みに震えだし、一瞬の溜めを置いて拳を作った。

 

脳内に溢れるアドレナリンでも相殺しきれない激痛を感じているのに、スレイプニルはソレを気合だけで押し留めている。

 

そこに見えるのは、レオのような引き下がることを許容しない“意地”とは異なる、狂気すら感じる程の強い“執念”。

 

「ぬぅんっ!!」

 

重い気合の声が放たれ、左の拳がボディーブローのような軌道で振り抜かれる。

 

渾身の一撃を放ったレオに避けることは出来ない。本人もそれは理解出来ている。

 

だから……

 

「ふんっ!!」

 

……迫る拳に向かって、上半身のバネを最大限に活かしたヘッドバットを叩き込んだ。

 

手甲を付けた拳によってぶつけた額が割れ、血が流れる。

 

しかし、衝撃が脳を揺らして意識を刈り取る寸前に、レオはぶつけた額を通してゴキッ!! という音を確かに聞き取った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 スレイプニルの拳とレオのヘッドバットが激突し、2人の勝負を見ていた全員の耳に派手な骨折音が聞こえた。

 

その音源は、意識を失ったレオの体を後ろへ殴り飛ばしたスレイプニルの左腕。

 

「その、深手で……まさか、頭突きとは、な……」

 

腹部に突き刺さった麒麟を引き抜いて地面に放り、スレイプニルは途切れ途切れに言葉を繋げる。その声には殺気が感じられず、不思議と笑っているようにすら思えた。

 

殴り飛ばされたレオの体をアルティナとリンリンが受け止め、レイジ、リック、フェンリルが盾となるように前へ立ちはだかる。

 

「げほっ!……その男に、伝えろ……首都で待つ、とな……」

 

「何だと……?」

 

血を吐きながら身を翻してそう言ったスレイプニルの言葉に、リックが疑問の声を上げる。

 

此処まで戦い、敵を追い詰めておいて、何故退くのだろうか。

 

「このような決着は……気に入らん……それだけだ……」

 

それだけ言って、駆け出したスレイプニルはすぐさま森の中へと溶け込み、後ろで控えていた暗黒騎士団のケンタウロス達もそれに続く。

 

気が付けば戦場には静寂が訪れ、解放戦線のメンバー達も自然と肩の力が抜ける。

 

そして、全員の視線がまず集まったのは、アルティナの治癒術に照らされながら目を閉じて横になるレオだった。

 

誰の目から見ても傷だらけの姿は、解放戦線のメンバーを自然と暗い顔にしてしまう。

 

「今回は……負けなかっただけよ……」

 

グリューネの姿から漆黒のドレス、ノワールへと姿を変えたサクヤが悔しさを堪えるようにそう言った。

 

そうだ。今回は相手が引いたおかげで引き分けとなった。負けなかった“だけ”、という結果は、この場にいる全員にとってこの上無い屈辱だった。

 

「戦場でこんなことを言うのは、隊長失格かもしれないけど……みんな、勝ちましょう。次こそは、必ずね」

 

その言葉に返答は無かった。否、必要無かった。

 

その場にいる全員の目は、無論だ、と言うように強い覚悟を放っていたのだから。

 

2つの勢力は互いに小手調べを終了した。

 

決戦の地はフォンティーナの首都、エレンシアに定められた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

1回戦で決着を付けず、痛み分けで終わらそうと考えた結果がこれでした。四魔将の力をけっこう強めに表現しようとしたら、やっぱりレオがボロボロに。

あ、ちなみに体力の万全のレオならもっと軽傷でした(言い訳)

次は首都での決戦になるのですが、その間に1、2話挟もうと思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第37話 痛み分けの帰還

スペル様、mkkskmki様、風翠緑様、Life様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はあまりストーリーが進みません。

では、どうぞ。


  Side レオ

 

 目が覚めて最初に目にしたのは、何処か見覚えのある大きな桜の木。

 

それ以外は色を宿さない真っ黒の空間だけが広がり、和服姿の僕は桜の木の前に1人ポツンと立っていた。

 

「どうやら、私はあなたを少し甘く見ていたようね」

 

そんな中で、新たに聞こえてきた声に反応して振り向くと、そこには少し呆れたような目で僕を見ている白髪の女性がいた。

 

「疲労困憊の肉体を気力だけで動かして、強制的に意識を失う寸前まで戦うなんて予想外も良い所ね」

 

そう語っている対象が僕だということは、何となく理解出来た。

 

何しろ、この場所に来る寸前までその通りのことをしていたのだから。そう思うと、何だか非常に肩身の狭い気分になる。

 

経験が無いので何とも言えないが、母親に叱られる子供と言うのは今の僕と同じような心境なのだろうか。

 

「護りたいものが、譲れないものがあるのは知っているわ。だけど、もう少し自分を大切になさい。頑丈とはいえ、人間の体は脆いのだから」

 

そう言いながら、女性は静かに歩き出し、僕の隣を通り過ぎて桜の木に手を添える。

 

すると、真っ黒の空間に静かな微風が流れ、桜の花びらが舞うと共に僕の前髪が僅かに揺れる。

 

淡い光を纏う無数の花びらが宙を舞うその光景の美しさは、ぼんやりとした僕の視線を自然と引き付けた。

 

「別に、自己犠牲とかではないんです。痛いのは嫌ですし、死ぬのもゴメンですから。ただ……友達や仲間が傷付くのはもっと怖いんです」

 

背を向けたまま零れた言葉は、自分でも口にするのは珍しいと思える弱音だった。

 

死ぬのはもちろんのことだが、傷付くのは怖い。当然のことだ。

 

だけど、自分以外の人が傷付くのは……昨日まで当然のように見ていた人の顔がもう見れなくなるのは、それ以上に恐ろしかった。

 

姉さんが死んだと教えられてからの最初の数日間にはそれはもう地獄のような苦しみがあった。文字通り、生き地獄というやつだ。

 

まず、僕の心を襲ったのは親しい人が死んだ事実が起こすどうしようもないくらいの激しい喪失感と悲しみ。

 

何をするにしても、日常のありとあらゆるものが僅かに、だが致命的にズレている。吐き気を誘うほどの違和感がそれまでの日常を嘘だと全否定する。

 

アレはダメだ。もう二度と味わいたくない。

 

結果、僕は親しい人の死に対してとても臆病になってしまった。だからだろうか、僕の行動が他の人にとって自己犠牲のように見えるのは。

 

すると、白髪の女性はゆっくりと振り向き、僕の頭を優しく撫でた。

 

「自分が傷ついても何かを護ろうとすることは決して悪いことではないわ。だけど、誰もあなただけが傷付くことを望んではいない。少しだけ、ほんの少しだけで良いの。周りの人達の声に耳を傾けて御覧なさい」

 

すると、以前と同じように足から力が抜け始め、視界がぐらりと歪み始める。僕はその変化に抗うことなく、周囲に舞う桜の花びらをぼんやり見上げた。

 

「そうすればきっと、何か良い切っ掛けを見付けられるわ」

 

微笑みと共に掛けられたその言葉を最後に、僕の意識は閉ざされた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 周囲に桜の花びらを舞い散らせる風が再び微風へと戻り、白髪の女性は静かに風に揺れた前髪を掻きあげる。

 

「自分を大切にしろ、か……私に言う資格が有ったのかしら……」

 

自嘲するような微笑を浮かべた女性はゆっくりと振り向き、淡く光る桜の木を見上げた。

 

「貴方なら……あの子の心を癒せるかしら」

 

その言葉に答える声は無く、真っ黒の空間には静かな風が吹き続けた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「……ぁ」

 

体を僅かに揺らす振動に意識が覚醒し、ゆっくりとレオの瞼が開く。

 

最初に視界に映ったのは、頬に当たる冷たい白色の鎧。そして、自分を支える為に両足を持つゴツゴツとした独特の手から剛龍鬼におぶられていると理解出来た。

 

「僕は……っ!」

 

「むっ……起きたか、レオ」

 

体を動かそうとするが、体の各所が痛みを訴え、朦朧とぐらつく意識のせいで思うように動かなかった。

 

動くのをやめてぼんやりとした視線で森を見ていると、1つの疑問が浮かんだ。

 

「敵は……」

 

「撤退した。今は隠れ里に向かっているところだ……」

 

「そのまま少し休んでいてください。あの場で出来る限りの治療はしましたけど、まだ全部の怪我が治ったわけではありませんから」

 

レオの視界に身を乗り出した龍那にそう言われ、レオは素直に従った。

 

その時になって気付いたが、レオの頭部には割れた額を覆うように白い包帯が巻かれていた。恐らく、未だ意識が朦朧としているのはこの傷のせいだろう。

 

スレイプニルの拳に頭突きを叩き込んだせいで軽い脳震盪の影響が未だ残っているのだ。

 

おかげで、今のレオの意識は半分寝惚けたような状態に近くなっている。

 

レイジ達もレオの話し方からそれを理解しているのか、何度か心配するような視線を向けるだけで無理に声を掛けるような真似はしていなかった。

 

なので、それを代表したサクヤが穏やかな声でレオに声を掛けた。

 

「レオ、色々と気になることはあると思うけど、今はゆっくり休みなさい。次に目が覚めたら、その時に全てを始めましょう」

 

伸ばされた手がレオの背中を優しく撫でる。

 

それによってレオの意識はまどろみに似たような感覚に包まれ、再び瞼が重くなっていく。

 

「サクヤ、さん……」

 

「ん……?」

 

「あり、がとう……」

 

そこまで言って、レオは再び剛龍鬼の鎧に体を預け、瞳を閉ざした。普段サクヤと敬語で話しているレオにしては、随分とシュールな終わり方だ。

 

そして、すぐさまレオの肩が小さく上下し、緩やかな呼吸の音を聞えさせた。先程までとは違い、今度は眠りについたのだろう。

 

「……サクヤさん、レオは?」

 

「眠ったわ。ルーンベールの時よりはマシでしょうけど、かなり疲れているから、自分で目が覚めるまでは休ませてあげましょう」

 

少し小さな声で尋ねるレイジに答え、サクヤはそのまま歩き続ける。

 

剛龍鬼に背負われながら静かな寝息を立てるレオの表情はとても穏やかなものだった。先程までドラゴニア帝国の将軍と一騎打ちを繰り広げた剣士と同一人物とは思えないほどだ。

 

「……アルティナ、ラナ、これからどうするの? 幸い、スレイプニルは首都で態勢を整えているからしばらくは攻めてこないと思うけど」

 

「里に戻ったら、もう一度議会の皆と話し合いの席を設けてみます……」

 

「その前に、まずは休みたいけどね……こっちだって無傷じゃないんだし……しばらくは両方とも身動きが取れないわ」

 

がっくりと肩を落としながらそう言ったラナの言葉に、アルティナとサクヤは無言で同意する。今回の戦いは、戦線側の被害も軽いものではない。

 

一番重傷のレオはもちろん、前衛を務めた3人は体力の消耗がひどく、レイジとリックも決して軽くはない傷を負っている。

 

他にも、避難民の受け入れや住居の確保、それに伴う物資の供給と運搬。全ての問題が片付くには、軽く見積もっても1週間は掛かるだろう。

 

レオとの戦いでスレイプニルもかなりの重傷を負っている。どうやら、首都エレンシアを取り戻す戦いで先手を取れる望みは薄そうだ。

 

だが、サクヤ達にとってその点は特に気にすることではない。解放戦線の目的は、帝国を殲滅する以上に、エルフ達を守ることなのだから。

 

それよりも気にしている問題は、サクヤは既に理解している。恐らくはアイラ辺りも理解しているのだろうが、敢えて言わないのだろう。

 

今回の戦闘を経験して改めて理解出来た。

 

今の解放戦線には、単純に戦力が不足している。正確に言うには、現地の地理を詳しく理解し、それを活用出来る人員だ。

 

上手くいったから良いものだが、子供達の救出をレオだけに任せたのは指揮官としてあまり良い判断とは言えない。

 

いや、結果的にはそのまま戦場を変えて敵の将軍と一騎打ちを行い、負傷して倒れたのだ。これではむしろ失敗だろう。

 

本来ならば応援と後詰めの為に他の人員を2、30人向かわせるべきだった。それが出来なかった理由は、先程言ったように単純な戦力不足。向かわせたくても戦力に余裕が無かった。

 

このままではマズイ。今この問題を先送りにしたら間違い無く大きな被害をもたらす。

 

それを解決するには、やはり長老議会との話し合いが重要となるだろう。

 

様々な因果が巡り、レオやレイジ、そしてアルティナとラナのおかげでエルフ達と対等に話し合う状況は生み出すことが出来た。

 

ならば、ここからは……

 

「私の仕事ね……」

 

例え意図した結果でなくても、仲間が場を整えてくれたのだ。

 

ならば、それに応えるのはリーダーを務める者として当然のことだろう。

 

だが、今だけは……

 

チラリと隣の剛龍鬼の背中で眠るレオの寝顔を見る。本人は安心して眠っているつもりなのだろうが、頭部の出血を吸った黒髪と傷だらけのロングコートのせいで痛々しく見える。

 

……時が許す限りの安らかな休息を、大事にしたいと思った。

 

己の体に刻まれた傷の痛みと疲労感を噛み締め、解放戦線の全員は静かに銀の森の中で歩みを進めた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

敵が本拠地で待っています。よし、じゃあ少し休んだら攻め落とそう!

なんて流れはマンガの中でもありえません。義勇兵の集まりでも“軍”なわけですから、動かすにはそれ相応の用意と時間が必要です。

しかも、こっちでは避難民の受け入れなんてやってるから尚更です。おまけに数名が負傷と疲労困憊の状態ですww

次回は多分、場所を里に移すことになると思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第38話 切っ掛け

スペル様、風翠緑様から感想をいただきました。ありがとうございます。

お久しぶりです。

すんごい間が空いてしまいました。

ついにシャイニング・レゾナンスが発売しましたね。久々のアクションですが、とても面白いですね。

そういえば、こっちではレスティ(中村悠一)とキリカ(早見沙織)の間で「さすおに」な展開はありませんでしたねww

どっちかと言うと逆かな?

では、どうぞ。


  Side Out

 

 「休まれよ」

 

エドラスの里の中に与えられた解放戦線の会議室兼事務室の中において、部屋に入ってきたエルフの議長の第一声がそれだった。

 

その視線の先にいるのは、無数の報告書や資料、情報収集のために利用した何十冊の本などに囲まれたレオとサクヤがいた。

 

正確には、起きているのはレオだけで、サクヤは机の上に腕を組んでスヤスヤと静かに眠っている。その肩には既に完璧な修繕が施されたレオのロングコートが掛けられている。

 

「えっと……突然、どうしたんですか?」

 

「どうした、ではないだろう……先日の戦闘から帰還して既に3日、何故あなた達は殆ど休息を取らずに働き続けているのだ」

 

首の骨を鳴らしながら不思議そうな顔で首を傾げるレオとは対照的に、議長は呆れたような溜め息を吐いて額に手を当てる。

 

「レオ殿とサクヤ殿に限った話ではない。他の解放戦線の方々も働き詰めの一方で、ここ最近は休んでいる姿をまったく見ていない」

 

レイジ、リック、フェンリル、剛龍鬼のレオを除く男組は主に物資の運搬とその護衛。その全体的な流れを統率・管理する形でケルベロスが控えている。

 

ラナとリンリンは里のエルフと連携して里の周辺の警備。加えて避難民の住居の確保なども掛け持ちで請け負っている。

 

アイラとエルミナは卓越した魔法をフル活用して生活に必要な水や火などのライフラインを隠れ里全体の規模で広げている。

 

アルティナと龍那は負傷者を集めた診療所にこもり、エルフ達と交代でひたすら負傷者の治療に専念している。アミルとエアリィもその手伝いだ。

 

そして、それら全体の管理を担っているのがレオとサクヤの2人というわけだ。

 

こんな状況だからこそ、新たにメスを入れて無駄を失くせる箇所が多いとサクヤは前向きに取り込んでいたのだが、おかげで今は報告書の山に埋もれ、眠気に屈してしまったわけだ。

 

そんなわけで、今はレオが作業を纏めて引き継いでいたのだが、そこに議長が現れたというわけだ。

 

「聞けばレオ殿、昨日は避難民の皆に料理を振る舞ってくれたそうだが、あなたは怪我人の自覚が無いのか?」

 

「いやぁ~傷はもう殆ど治ったし、何もしないというのも心苦しいんですよ。左腕も出血は止まっているし、こっち(頭)に巻いてる包帯は保険みたいなものです」

 

袖の下から白い包帯が見える左手が指差す先には、黒髪の内側に白い包帯を巻いたレオの頭部があった。割れた額と左側の頭部の傷を覆っているのだ。

 

やせ我慢などではなく、もう殆ど傷の痛みが消えているのでレオにとっては料理することに苦はない。

 

ちなみに、レオが避難民に振る舞った料理は大きな鍋を使っての豚汁だった。エルフ達の狩りや菜園のおかげで肉や野菜は充実していたし、味付けも問題なく再現できた。

 

本当ならレオとしてはシチューでも作りたかったのだが、流石にそれでは手間が掛かり過ぎてしまう。

 

大人数用の大きな鍋を使っての料理はレオも初めてで苦労したが、その分楽しくもあった。避難民のお礼や笑顔を見れば、充分やる価値があっただろう。

 

「とにかく、今日は皆休まれよ。そちらが引き受けてくれていた仕事は我らで引き継ぐ。他の解放戦線の方々にも話は通してある。サクヤ殿には目が覚め次第、私からも話しておこう」

 

「はぁ……わかり、ました」

 

「よろしく頼む。誤解の無いように言っておくが、別にそちらを邪険にしているわけではない。助けてもらった身の上で、恩人を過労死させるのが許容出来ないだけだ」

 

そう言って議長は静かに部屋を出ていった。

 

残されたレオは、手に持っていた資料の束を机に置き、椅子に背を預けて天井ぼんやりと仰ぎ見た。

 

まさか隠れ里の議長から直々に休めと言われるとは思わなかったが、現状のフォンティーナのトップに言われたからには素直に休むことにしよう。

 

「とりあえず……」

 

椅子から立ち上がり、レオは隣でスヤスヤと眠るサクヤの肩からロングコートを外す。

 

起こさないようにサクヤの体を横抱き、つまりはお姫様抱っこで持ち上げ、仮眠用のベッドに寝かせて毛布を掛けておく。

 

しかし、いくら眠っているとはいえレオが運んでもまったく反応しないとは、よっぽど疲れていたのだろう。

 

「外に行くか……」

 

静かに1人呟き、ロングコートに袖を通したレオは身を翻して部屋を後にした。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side レオ

 

 会議室を出ると、木々の間から射す日差しが目を細めさせた。

 

けど、やはりこの里で感じる日差しと風は素晴らしい。ただ立っているだけで心に安らぎを感じる。

 

「にしても、これからどうしようかな……」

 

宿に向かって歩を進めながら、僕は1人呟いた。

 

以前のように腕を折っているわけではないので、部屋で編み物や裁縫でもするか、この前休みを貰った時のように里の中をブラつくか。

 

どちらも悪くは無いのだが、他にも何か無いだろうかと自分の部屋の中に視線を巡らせる。すると、僕の視線が部屋に置かれていたスケッチブックに止まった。

 

誰の物というわけでもなく、ただ部屋に置いてあっただけだろう。

 

大き過ぎず、小さ過ぎず、僕が腕に抱えるにはちょうど良いくらいのサイズだ。表面に付いた埃を軽く払って中を見てみると、1ページも書かれていない。

 

「絵か……」

 

伊吹家の習い事で基礎的な技術は叩き込まれているので並よりは上手く描ける自信があるけど、ここ数年はまったく絵などは描いていない。

 

学校の美術の授業ではクラスの皆が僕を怖がって青褪めた顔になりながら授業を受けるので、基本的に速度を優先して課題を片付け、後は単位だけ取ってサボっていた。

 

「まあ、たまにはいいか……」

 

せっかくの休みだし、普段やっていないことに手を付けるのは面白そうだ。それに、子供の頃から習ってきた技術なんだし、腐らせるのは損だろう。

 

そう考えてすぐにスケッチブックを脇に抱え、自分の荷物の中から何本か鉛筆を取り出して宿屋の外へと出る。

 

すると、宿を出てすぐのところでケルベロスさんに話しかけられた。

 

「失礼ながら、マスターが何処にいるかご存知ですか?」

 

「疲れていたようなんで会議室の仮眠用のベッドに眠ってますよ。目が覚めたら議長の方から話をしておくそうです」

 

「了解しました。では、睡眠中のマスターの護衛に向かいます」

 

踵を返してまったくブレの無い歩幅でケルベロスさんは会議室へと歩いていった。

 

ケルベロスさんも休んだらどうですか? と声を掛けても良かったけど、サクヤさんが言うにはオルガロイドは何よりもマスターと設定した人間のことを第一に考えるので断られる可能性が大きいそうだ。

 

まあ見方を変えれば、自分の主であるサクヤさんと一緒に居られることがケルベロスさんにとっては一番の安らぎなのだろう。

 

僕も再び歩き出し、周りを見渡しながらスケッチの対象を探していく。

 

その中で、里の上方から流れる大きな滝が目に入った。霊樹の加護のおかげで身が汚れることがなく、エドラスの貴重な水源の1つとなっている。

 

「よし……」

 

スケッチの対象を決めた僕は小さく頷き、歩く速度を上げて里の上方へ向かった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

「おぉ~……」

 

辿り着いてみると、そこに広がる光景はちょっとした観光スポットのようだった。

 

上方から絶え間無く降り注ぐ水が音を鳴らし、その付近には水分を多量に含んだ白い霧が大きく広がっている。

 

学校の教科書で見たナイアガラの滝などには流石に劣るが、日本にある滝よりは確実に大きいだろう。

 

これに加えてエドラスは地下水脈も豊富なのだ。水に困る事態はそう無いだろう。

 

続いて絵を描く場所を探すと、水辺の近くに意外な人の姿を見つけた。

 

「ユキヒメさん……?」

 

「む? おお、レオか。随分と変わった場所で会うな」

 

陣羽織のような上着を靡かせて振り向いたユキヒメさんは、少し意外そうな顔をするが、微笑を浮かべて返答してくれた。

 

僕が何しに来たのか、というのは手に持った荷物を見てすぐに分かったのだろう。

 

「ユキヒメさんはどうして此処に? レイジは一緒じゃないんですか?」

 

「レイジの奴は“昼寝する”だそうだ。私は特にやりたいことも無いのでな、精霊故か分からぬが、こういう場所が一番落ち着くのだ」

 

そう言ったユキヒメさんは静かに目を閉じて両手を広げ、全身で風を感じるように体の力を抜いた。

 

僕もそれ以上声を掛けることはせず、近くの木に背中を預けてスケッチブックを広げた。

 

目の前に広がる光景を数秒だけ目に映し、視線を落としてその光景をスケッチブックに投射しながら鉛筆を走らせる。

 

後で色を染めることも考えて薄く描き、何度か視線と顔を持ち上げながらスケッチブックに風景を描き込んでいく。

 

そして、そんなことを繰り返していると、気が付けば滝のスケッチが7割がた終了していた。一筆入魂とまでいかないが、下絵だけでも中々によく出来たと思う。

 

だけど、1つだけ問題というか、不満があった。

 

描いてみて思ったのだが、この風景画は少し寂しいというか……ショボイ。

 

自由な物作りには時として作った人間の心が現れる、という言葉を習い事を教わった先生が口にしたのを覚えているが、アレはあながち間違いじゃないかもしれない。

 

まあ、僕の寂しい人間性はこの際置いておいて、何か描き加えることは出来ないだろうか。だけど、滝にマッチするものなんてそう簡単に出てくるとは思えない。

 

「あ……」

 

ふと、水辺の近くに立つユキヒメさんが目に止まった。

 

短い黒髪と上着を靡かせながら変わらずそこに立つ姿はただ美しく、景色に溶け込むように違和感を感じさせない。

 

(スケッチするのにちょうど良い人、いるじゃん)

 

再びスケッチブックに視線を落とし、残った白紙の部分に鉛筆を走らせていく。

 

やはり、風景よりは人物の方が描きやすいようで、鉛筆の走る速度は先程よりも早くなっていく。

 

十分ほどで下絵が完成し、その上から色鉛筆を使ってゆっくりと色を塗り込んでいく。

 

まあ、描いてる絵はそこまで多色なわけではないので、使う色は少なくて済む。気を付けるのは所々の色の濃さだろう。

 

そして、力加減と色のはみ出しに注意しながら色鉛筆を走らせて数分後、ついい絵が完成した。

 

「よし、出来た……」

 

鉛筆を置いてスケッチブックを全体的に眺め、出来栄えを確認して頷く。すると、僕の声を聞いたユキヒメさんが僕の方へと歩み寄って来た。

 

「出来たのか、レオ……」

 

「はい……こんな感じで」

 

完成した絵をユキヒメさんに見せると、ユキヒメさんは少なからず驚き、何度か瞬きをした後に息を漏らした。

 

「これは……私、か……?」

 

「アレ? この絵ってそんなに似てませんか?」

 

「い、いや、そうではない! 単に、私を絵に描いてくれたことに驚いただけだ」

 

スケッチブックを裏返してもう一回絵を見直そうとしたが、慌てて手を振るったユキヒメさんに止められる。

 

「先代がご存命の頃から、私はクラントール王家に伝わる霊刀として名と存在を知られてきた。中には私を崇める者さえいたのを覚えているが、こうして私の姿を絵に描いてくれるような者は1人としていなかった」

 

過去を懐かしむように遠い目で空を見上げるユキヒメさん。

 

その姿を視た時、ふと思った。

 

遠い昔、先代の使い手と共にあったユキヒメさんにとって、今のこの世界はその目にどうように映っているのだろう。

 

力の大部分と一緒に記憶の一部を封印しているとはいえ、日常を過ごした記憶は残っているはずだ。

 

ダークドラゴンを封印して一度は守り抜いた世界が、今また戦火に焼かれている。

 

僕には何とも言えないが、見ていて気分の良いことではないだろう。おまけに、今や故国のクラントールは帝国の占領下なのだから。

 

「こんな絵で良ければまた描きますよ」

 

「ありがとう。だが、レオよ……お前は大丈夫なのか?」

 

「え?」

 

突然声量が下がったユキヒメさんの言葉に視線が持ち上がる。

 

その先には、悲しさと不安が混じったような目で僕を見ているユキヒメさんがいた。

 

「私はこれでもお前の何十倍もの時を生きている身だ。だが、お前は今まで見たことがある人間たちとは何処か違って見える」

 

「他者の為に自ら危機へと飛び込む自己犠牲でもなく、自分がやらねばならぬと己に命じる使命感でもない。だが、お前はどのどちらでもない」

 

ユキヒメさんの言う通りだ。元々僕には立派な戦う為の理由などはない。

 

エールブランに答えたように、僕の戦う理由は簡単に言ってしまえば“自己満足”という言葉で解決してしまうものだ。

 

そのことは、すでに戦線メンバーの殆どが知っていることであり、当然ユキヒメさんも知っている。

 

だけど……

 

「ルーンベールでスルトと戦った時も思った。レオよ……私には、時折お前の姿が酷く危うく見えるのだ」

 

その言葉に、何故か僕の体は小さく震え、動けなくなった。

 

視線がユキヒメさんから逸らされるように俯き、喉が渇き、流れる汗が頬を伝う。

 

その言葉は、僕自身でさえ認識していない無意識の部分を探り当てたかのように、僕の心を大きく揺るがせた。

 

「お前は必死に戦いながらも、時折心の奥底で何かに怯えている。ソレが何であるかは今は訊かぬ。だが、これだけは覚えておいてくれ……」

 

視線を俯かせた僕の頭を、ユキヒメさんがそっと抱き寄せた。

 

そのまま僕の頭を優しく撫でるユキヒメさんの手は、とても優しく感じられた。

 

「力が足りなくとも、手が届かなくとも、決して己だけを責めないでくれ。お前が自分のことを考えずに傷付けば、私達はとても辛い」

 

その言葉は、夢の中で会った女性から言われた言葉によく似ていた。

 

だからだろうか、その言葉は僕の心の中に深く沈み込んでいくように思うのは。

 

「はい……」

 

自分の頭を抱きしめてくれている腕に手を添えながら、僕は短く答えた。

 

いや、それぐらいしか答えられなかったのかもしれない。それだけ僕の心は、ユキヒメさんの言葉に揺れていた。

 

だが、恐らくこの言葉は夢の中の女性が言っていた“良い切っ掛け”になったのだと、確かな自信が僕の心の中にはあった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はレオとユキヒメの2人だけの話し合いでした。やっぱり並の人より……下手をすればエルフよりも長く生きているユキヒメなら人間に対する理解はかなり深いんじゃないかと思いました。

次回はエルフとの話し合いに入ると思います。首都奪還まで行くかは、少し怪しいですね……


では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第39話 自分で決めた答え

風翠緑様、スペル様、玄武Σ様、Life様、弧月 秋博様、GGG様から感想をいただきました。ありがとうございます。

気が付けば3か月も間が空いているという失態。

今回は前回言ったようにエルフ達との話し合いに入っていきます。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 エルフの議長から直々に命じられ、休む為の一日を充分に堪能した翌日。

 

解放戦線の主力メンバー全員は早朝からアルティナの召集に応え、会議室に集まっていた。

 

やがて全員が会議室に集まり、話し合いの中心となるアルティナ、ラナ、サクヤの3人が視線を集めて要件を告げた。

 

「この隠れ里に着いてから何度か帝国と戦闘を行い、皆も薄々気付いてると思うけど……」

 

「正直に言って、既に帝国の目は銀の森全体を掌握しつつあるわ。 隠れ里(ここ)が見付かっていないのは、 まだ(・・)霊樹の加護が効いているから」

 

まだ、の部分を強調するように、ラナがサクヤの言葉を引き継いだ。

 

解放戦線がこのエドラスに到着してから既に帝国の偵察部隊と何度か戦闘を行い、ついこの間は暗黒騎士団の総司令であるスレイプニルとまで戦った。

 

幸い全ての戦闘で勝利を収めてはいるが、この場にいる者達は今ラナが口にしたことを心の片隅で確かに懸念していた。

 

隠れ里から外に出て数十分もすれば敵に遭遇するような現状は、どれだけ前向きな思考をしていてもマズイと思うだろう。

 

ちゃんと確認したわけではないが、現状でこの隠れ里は見つかっていないだけで半ば包囲されているような状態に近い。

 

「このままじゃ、森も里も確実に滅んでしまう。だから、私と姉さんの2人でもう一度長老議会の皆と話してみようと思うの。悔しいけど、私達の力だけでは首都を取り返せない」

 

噛み締めるようなアルティナの言葉に会議室にいる何人かがピクリと反応し、目付きが少しばかり険しくなった。

 

そう。解放戦線は前回の戦いで、自分達が如何に不利な対局に立っているのかを充分その身に思い知った。

 

サクヤが言ったように、あの時は負けなかっただけだ。

 

複雑過ぎる土地と地形。それを容易く踏破する能力を持ったケンタウロスの精鋭部隊を相手に正面からぶつかれば、前回と状況が違っても確実に苦戦を強いられる。

 

加えて敵の主力が陣を構えているエルフの首都、エレンシアは銀の森の中でも守りに適した地形に位置しているらしく、ただ攻めるだけでは陥落は難しいそうだ。

 

そこで、辿り着く解決策がアルティナの言う話し合いなのだろう。

 

「……アルティナ、お前の決意に異論は無い。それで、オレ達はどうすりゃいいんだ?」

 

「見届けて欲しいの。最初は拒絶されたけど、あなた達の言葉や行動で変わったものがきっとあるって信じたいから」

 

そう言って微笑んだアルティナの言葉に、会議室にいる全員は不安無く無言で頷いた。

 

話し合いを終えて長老議会の会議場に向かう中、歩いていく彼等の中に迷いのある者は1人としていなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 アルティナの突然の会談の申し出は、思った以上にすんなりと承認された。

 

大した時間を待たされることなく、解放戦線のメンバーは長老議会の会議場に通され、この地を訪れた時と同じような状況となった。

 

しかし、会議場に座すエルフ達の顔には濃い疲労が浮かんでおり、何処か活力を欠いている。

 

その中で唯一、皆の代表の立場にある議長だけは疲労を必死に押し隠し、普段通りに振る舞おうと努力している。

 

その疲れ果てたエルフ達の様子について、レイジ達は何も言わない。

 

避難民の受け入れなどで解放戦線のメンバーが必死に働いていたように、エルフ達も同じように働き詰めだったのだ。

 

しかも彼等は内政を担当する側。単純に肉体を動かすよりも凄まじい気苦労があるはずだ。

 

「……長老議会の皆様、突然の申し出に応じてくださったこと感謝します。率直に用件を申し上げます。フォンティーナのエルフ族とヴァレリア解放戦線の共同戦線の結成を承認していただきたいのです」

 

迷い無く口にしたアルティナの言葉に、エルフ達の反応は薄かった。

 

驚くわけでも、呆れるわけでも、ざわつきを立てるわけでもなく沈黙している。予想外の反応に、アルティナも流石に戸惑う。

 

だが、エルフ達の反応を待たず、今度はラナが進み出た。

 

「その椅子に座ることを許された者なら分かる筈よ。このまま隠れ里に籠って身を守ってるだけじゃ埒が明かないわ。近い内に此処も見付かる」

 

フォンティーナのエルフを束ねる長老議会。それに選ばれる程のメンバーが今の状況を正しく理解していないはずはない。

 

ラナから言わせれば、頭は固いけどちゃんと優秀、という感じらしいが。本人には聞かせられない評価である。

 

「……我等は過去の戦乱で地獄を見せられ、此度の戦乱でも多くのものを失った」

 

しばしの沈黙を挟み、議長がゆっくりと口を開いた。周りのエルフ達は相変わらず沈黙しているが、その様子はまるで自分達の言葉を議長に託したかのようだった。

 

恐らく、この中には議長以外にも過去の戦乱を体験したエルフがいるのだろう。何も言わなくとも、議長の言葉を聞いて全員の表情に影が差す。

 

「あのような悲劇を二度と味わいたくないと願って外界の者達を拒絶し、過去の伝統を信じて戦うことに一片の迷いも無かった」

 

そこまで言って、議長は額に手を当てて深いため息を吐いた。

 

「だが、いざ蓋を開ければこの体たらくだ。汚染された同胞を躊躇い無く処断しようとしながら、自分の孫娘の危機には決断の1つも出来なかった。伝統を重んじると言っておきながら、私はただ自分の答えを放棄していただけだ」

 

議長が椅子から立ち上がり、他のエルフ達も続いてその場で立ち上がる。

 

それを見たサクヤは微笑を浮かべてレオとレイジの背中を軽く押した。恐らく、前に出ろということなのだろうが、心当たりが無い2人は揃って首を傾げた。

 

だが、戸惑いながらも前に出た2人の前に、議長は歩み寄った。

 

そして……

 

「あなた方のおかげで、一生拭えぬ後悔をせずに済んだ。フォンティーナのエルフを代表する者として、1人の祖父として、心から感謝する」

 

……右手をレイジに、左手をレオに、ゆっくりと差し出した。

 

その行為に2人は一瞬ポカンとするが、すぐに意味を理解して議長の手を握った。

 

左右の手で2人の手を握りながら、議長は言葉を続ける。

 

「そして、過去に習うのではなく、我等の意思によって決めた答えを言おう」

 

議長の視線が僅かに動き、目の前のレオとレイジだけでなく、ラナとアルティナ、そしてサクヤを先頭にした解放戦線のメンバーを見る。

 

「力を貸してほしい。大切なものを守る為に、失われたものを取り戻す為に。我らフォンティナーのエルフも、その為に力を貸そう」

 

迷いの無い強い瞳で、議長はその言葉を口にした。

 

それを聞いて、最初に喜びの笑顔を浮かべたのは他ならぬラナとアルティナだった。

 

「やった!」

 

「ありがとうございます!」

 

ラナが両手を上げて喜び、アルティナが大きく頭を下げて感謝を伝える。

 

その対照的な反応にレオとレイジは苦笑するが、議長は静かな笑みを浮かべてラナたち姉妹を見ていた。

 

「では、早速首都奪還の軍議に移りたい。サクヤ隊長、フェンリル副隊長、それとラナとアルティナも。別室の方へ参りましょう」

 

壁際に立つエルフが扉を開き、議長に続いて数人のエルフ、サクヤ、フェンリル、ラナ、アルティナがそちらへ歩を進めた。

 

その途中、チラリと振り向いたラナが笑顔の後にレオにウインクを飛ばしていた。

 

当然、この中で周囲の視線や気配に一番敏感なレオはそれに気付いた。だが何故だろう。その笑顔にどうしようもない不安を覚えたのは。

 

この後、自分が感じた不安の正体を確かめなかったことをレオが心の底から後悔するのはまた別の話である。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side Out

 

 「ふぅ~……これでようやく一段落ってところか?」

 

「というより、準備完了っていう方が近いかもね……この森一体の土地勘を知り尽くしたエルフの情報が入ったんだし、サクヤさんならすぐにエレンシア奪還の作戦を考えるよ」

 

会議場の外に出て、レイジは巨大な木の幹に体を寝かせて空を見上げながら息を吐いた。

 

傍に立つレオも、木製の手すりに背中を預けながら火を点けたタバコを咥え、首の骨を鳴らして虚空を見詰めている。

 

軍議が終わるまでの時間、解放戦線の他のメンバーは特にやることもないので、それぞれ会議場の外で時間を潰していた。

 

リックはアミルとエアリィの2人と話し、その一方では、ユキヒメ、アイラ、エルミナ、龍那、剛龍鬼が何かの話に華を咲かせ、別の場所ではケルベロスと話しているリンリンが楽しそうな声を上げている。

 

レオとしては無表情を貫き通すケルベロスを相手に楽しそうに話すリンリンの話題が気になったが、流石に移動する気にはなれず、黙って紫煙を吐き出す。

 

「……次の戦い、スレイプニルのヤツも出てくるよな?」

 

「ほぼ間違い無く、ね。帝国にも治癒術を使える術師くらいはいるはずだし、この前の戦闘での怪我も完治してると見るべきだろうね」

 

そもそもとして、暗黒騎士スレイプニルは一度『死んでいる』。故に幽騎士、故に外道。

 

そんな存在が相手となれば、人間のように怪我の治りに苦悩するのは少し想像し難い。

 

加えて、向こうは黒魔法や呪いなどといった外法のスペシャリストの集まり。方法などそれこそ腐るほど知っていることだろう。

 

「根拠は無いけど、アイツはお前とサシでやり合う気満々だぜ」

 

「僕もそんな気がするよ。流石にスルトみたいに進んで前線に出てくるとは思えないけど、やる時は多分そうなるだろうね」

 

既に戦闘の傷も治り、レオの体調は万全の状態である。

 

前回は大きく疲労していたことから短期決戦を狙った一騎打ちとなったが、今回は違う。拠点攻略を目的とした反攻作戦だ。

 

もしスレイプニルと戦うことになるとしても、万全の状態で挑める可能性は低いだろう。

 

「正直、どうなんだ? アイツを相手にして、勝てそうか?」

 

「負けるつもりは無いよ。それに……切っ掛けは見付かった」

 

そう言って紫煙を吐き出すレオに、レイジはそうか、と笑顔で肩を叩いた。

 

レオの言ったことについては深く訊かず、ただ信頼して任せる。そうした方が良いと思わせるような安心感が、今のレオからは感じられた。

 

「でもさ、実際今回の作戦ってやっぱり難しい状況なのか?」

 

「首都に陣を構える敵戦力を丸ごと相手にするわけだし、城攻めと似たようなもんだね。聞いた話だと、正面からの城攻めには3倍の戦力が必要らしいけど」

 

「逆立ちしても戦力が足りてないオレ達は何か策を考えなきゃいけないってことか」

 

そう。現実は非情なことに、首都に陣を構える帝国の方が3倍に近い戦力を有している。

 

この戦力差を覆すにはレイジ達の力を持ってしても容易ではない。

 

それも並の策ではダメだ。指揮官のスレイプニルは冗談でも誠実と言える人格をしていないが、頭がイカれているわけではない。

 

余程上手い策を考えて出し抜かなければ逆手に取られて全滅もあり得る。

 

そういう意味では、会議室で行われている軍議はレイジ達の生命線にも等しいものとなる。

 

「みんな~! お待たせ~!!」

 

すると、会議室の方から陽気な大声が聞こえてきた。

 

見ると、アルティナを傍に連れたラナが笑顔で手を振っていた。

 

その少し後ろにはサクヤとフェンリル、議長を含めた数人のエルフが立っている。どうやら、話は上手く纏まったようだ。

 

「行くか」

 

「そうだね」

 

レイジは体のバネを生かして木の幹の上から跳ね起き、レオは最後の紫煙を吐き出して吸い終えたタバコを携帯灰皿に放り込んだ。

 

ラナの元へと歩いていく2人の様子に、迷いは無い。

 

当然だ。レイジもレオも、こんなところで終わるつもりは無い。まだまだやらなければいけないことがある。取り戻さなければものがある。

 

今回も勝って、進み続ける。

 

2人の決意はもはやこのような佳境で怯むほど脆弱なものではないのだから。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「みんな、お待たせ」

 

「どうにか作戦が纏まった。近い内に、エレンシア奪還を目的とした大規模な作戦が展開されることになるだろう」

 

戦線メンバーに報告するサクヤとフェンリルの顔は明るい。

 

どうやら、エルフ達の協力を得られたおかげで良い策が思いついたようだ。

 

「作戦開始まで、此処にいるメンバーには色々とやってもらうことがある。隠れ里が発見されるまでに首都を奪還出来るかが勝負だ。しばらく忙しくなるぞ」

 

「やってもらうこと、っていうのは後でちゃんと説明するわ。だけどその前に……」

 

そこまで言って、サクヤとフェンリルの視線がレオに向けられた。いや、よく見るとラナとアルティナ、議長達までレオを見ている。

 

再び、レオの第六感が凄まじい不安を訴えてくる。

 

「レオ、あなたって遠泳の経験はある?」

 

「それと、ロッククライミングもな。装備無しで何メートル登れる?」

 

「弓はどうだろうか。何メートルは確実な狙いが出来る」

 

上からサクヤ、フェンリル、議長の順番に飛んでくる質問。

 

それを聞いて何故か、その場に居る全員のレオを見る視線が、同情のソレに変わった。

 

それを察したレオは、遠い目で空を見上げていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

仲直りと和解にはやっぱ握手が大事ですね。人間2人の手は剣を握ってるんですっごいゴツゴツしてますけど。

区切りの良い所で考えたら、首都奪還までは行けませんでした。

多分、次からです。レオも活躍(白目)します。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第40話 天然の城塞

風翠緑様、玄武Σ様、湖月 秋博様、スペル様、康伸様、mkkskmki様、Life様から感想をいただきました。ありがとうございます。

またかなり間が空いてしまった。申し訳ない。

今回から首都奪還に入ります。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 フォンティーナに住むエルフ達の首都、エレンシア。

 

銀の森の奥深くに広がる街の大きさは隠れ里のエドラスを遥かに上回り、華やかな街並みは自然が生み出した芸術のような美しさを誇る。

 

それと同時に、エレンシアは軍を構える拠点として戦略的に大きな価値を持っている。

 

まず、首都の周辺が巨大な湖に囲まれており進行ルートが街から延びる何本かの橋に自然と限定される。それにより敵の接近を速やかに察知し、守りを固めることが出来る。

 

都市を囲むように立つ城壁はエルフ達の手によって作られたものだが、それ以外は全てフォンティーナの大地が生み出したもの。

 

天然の要塞、というのはこういうものを言うのだろうか。

 

だが、今その美しき首都に腰を据えているのはエルフではない。破滅と混沌をもたらす軍勢、スレイプニルが率いる暗黒騎士団である。

 

それに対するは理不尽に抗う反攻の軍勢、フォンティーナのエルフ達の協力を得たヴァレリア解放戦線。

 

単純な戦力差で見れば両者の優劣は歴然としている。

 

だが、その事実を前にして怖気づく者も、逃げ出す者も誰一人としていない。

 

戦う者全てに守るべきものがある。取り戻さなければいけないものがある。故に恐れてはいけない。進まなくてはならない。

 

光と闇。陰と陽。

 

相反する両者は今、城門の爆発を開戦の号砲として激突した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 「……戦況はどうなっている?」

 

「ハッ。敵軍は変わらず南門にて戦闘を続けています。前線では例の戦線メンバー、中でも赤髪の霊刀使いが派手に暴れているようです 」

 

「真っ正面から攻めてきたのもだが、エルフ共の姿が見えないのも不気味だ。前線部隊に熱くなるなと言ってやれ。森の中に誘い込んでの陽動もあり得る」

 

エレンシアの内部、高台に作り上げた拠点の中でスレイプニルは遠くに昇る戦闘の煙を見ながら報告としてやって来たケンタウロスの1人に指示を出す。

 

エレンシアの街に兵を進行させられる道は全部で4つ。

 

街から十文字を描くように東西南北へ伸びる4本の橋。それぞれが石造りの巨大な橋だが、行商の為に街道に通じている北門は一回り大きい。

 

なので防衛戦力の配分も北門が一番充実しているのだが、解放戦線は恐らくその情報を知って北門から一番遠い南門を狙ったのだろう。

 

だが、正直言ってスレイプニルにとっては……

 

「……拍子抜けだな」

 

……と、小さな呟きと共に落胆するような息を吐いた。

 

確かに、戦力が低い場所を狙うのは間違ったことではない。増援の到着までに解放戦線が南門を突破してエレンシアの内部に入れば後は街中での乱戦になる。

 

そうなれば数で劣る解放戦線にも充分に勝機があるだろう。

 

だが、あまりにも“つまらない”。

 

あまりにも普通過ぎる。

 

それに、スレイプニルに言わせれば敵が何処から攻めて来ようよ大した問題ではない。解放戦線の連中は、暗黒騎士団の“主力”を勘違いしている。

 

「……伝令、待機中のケンタウロス部隊に南門前へ移動するように伝えろ。もし南門が開かれた場合は指揮官の判断で戦闘を許可する」

 

「了解しました。将軍は、このままこちらに……?」

 

「エルフ共が他の門を攻撃する可能性も有り得る。最も、解放戦線の連中さえ潰せば烏合の衆に成り果てるだろうがな」

 

そう言ってランスを構えるスレイプニルから静かな威圧感が立ち上る。

 

いざとなれば自分が出て始末を付ける、とでも言うような様子だ。

 

走り出した伝令の背中から視線を外し、スレイプニルは虚空を見詰める。

 

その目に浮かぶのは、偶然で自分の一方的な感情で生まれることになった因縁の敵。

 

最初は少し腕が立つだけの脆弱な人間にしか見えなかった。見た目が貧弱でとても強そうに見えないというのもあったが、その身に纏う雰囲気が戦場にはとても似合わなかった。

 

だが、武器と殺意を打ち合ったことでその考えは一変した。

 

穏やかな目付きと顔立ちは別人のように引き締まり、オドオドしたような雰囲気も一瞬で無駄を削り落としたように研ぎ澄まされていた。

 

自分の抱いた評価をすぐさま覆したのも驚きではあったが、それ以上の驚きは武器と技を正面から打ち砕かれたことだ。

 

霊刀使いとエルフの助力があったとはいえ、あの時の衝突に敗北したのは変わりない。

 

だからだろうか、スレイプニルがあの男に他とは違う特別な関心を抱くのは。

 

「辿り着いて見せるがいい……途中で力尽きるのなら、所詮はそこまでだ」

 

虚空へと呟き、スレイプニルは身を翻して本陣へと歩く。

 

ソレは確かに将軍の地位を任されるに値する者の姿だ。外道畜生の集いであるドラゴニア帝国の将軍ならば尚更だろう。

 

だがこの時、スレイプニルは同時に1つのミスを犯していた。

 

将軍ならば……否、軍や部隊を率いる立場であるのなら、一度の指示を出しただけで思考を止めるべきではなかった。

 

常に戦場を把握し、起こるであろうあらゆる事態を想定して備えるべきだった。

 

そうしなかった理由は、一言で片付ければ慢心だろう。

 

帝国の長所である圧倒的な物量で何度も容易く勝ち続けてきたことから生まれる余裕が、スレイプニルの心に無自覚の油断を作り出していたのだ。

 

そして、この後……具体的に言えば1時間後に、スレイプニルはある言葉を送られる。

 

揃いも揃って人間を舐め腐ったことを後悔する時まで、あと少し。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 時を同じくして、解放戦線が戦闘を開始した南門では激しい戦闘が続いていた。

 

打ち合う金属音のみならず、爆発さえも鳴り止まない戦場。

 

その中、解放戦線の先頭で暴れるのはハイブレードモードへと姿を変えたユキヒメとそれを振るうレイジ。

 

一振りの斬撃で爆発と衝撃波が撒き散らされ、ボーンファイターやオークが防具の有無に関係無く粉々になって吹き飛んでいく。

 

南門と陸地を繋ぐ石橋は広く頑丈に作られており、大した障害物も存在しない。

 

故に、前回と違ってこの場所ならレイジの大火力を思う存分発揮することが出来る。

 

『今日は遠慮無しだ! 派手に行くぞレイジ!』

 

「おうよ! 零式刀技……雷咆!!」

 

基本的な雷撃魔法である『スパーク』によって発生した雷撃が大太刀の刀身を覆い、矛先を力強く地面に突き刺す。

 

すると、解放された雷撃が一瞬の発光に続いて地面を伝い、前方のオークの群れを逃げる間も無く焼き尽くす。

 

他にも、リックとエルミナの爆発系魔法や竜那の神聖魔法までもが絶えず降り注ぐ。

 

焼かれ、凍らされ、浄化され、次々と異形の化け物が死体となって朽ち果てる。

 

長く戦闘が続いているが、戦況は明らかに解放戦線が優勢となっていた。橋上の各所に設置されたバリケードも、レイジが放つ衝撃波によって一撃で粉々に吹き飛んでいく。

 

解放戦線の突破は時間の問題だろうと誰もが思う中、戦場が動いた。

 

石橋の伸びる先にある南門が重い音を立てながら左右に開き、その奥から人間やオークなどとは違った独特の……馬が地面を蹴るような足音が無数に聞こえてくる。

 

戦場にいる全ての者の視線が集まった先には、先日と変わらず統率された陣形と装備を整えたケンタウロスの軍勢、暗黒騎士団がいた。

 

この瞬間、戦場には2種類の感情の変化が起こっていた。

 

1つは言うまでも無く、これで形勢が逆転すると考えた帝国側の『喜び』。

 

石橋の上であっても、地形の条件は前回の戦闘と殆ど変わりはない。平地で大した障害物も無く、ケンタウロスの疾走には何の問題も無い。

 

このまま戦闘が始まれば、前回と同じように解放戦線は徐々に不利になっていくと思ったのだろう。

 

ならばもう一方……解放戦線の側は『絶望』しているのだろうか?

 

 

答えは……否である。

 

 

むしろ、解放戦線のメンバーの顔に浮かんでる感情は真逆だ。

 

まるで長年待ち望んでいた機会が巡って来たような、リベンジの相手を見つけたような……そんな感じの、実に『 悪い(良い)笑顔』である。

 

「お前ら、自分達が有利に立ったと思ってるみてぇだが……」

 

迫り来るケンタウロスの軍勢を前に、大太刀の峰で肩を叩くレイジは解放戦線の言葉を代表するかのように威風堂々とその場に立っている。

 

「実際は逆だぜ。この場所に出て来て足を進めた瞬間、お前らは自分の首を絞めた」

 

『以前の戦闘と大きく違う点は2つ。1つは私達の背後に避難民の存在が無いこと。そしてもう1つは……此処が“湖の上にあることだ”』

 

その言葉にケンタウロス達は少なからず疑問を抱くが、それはすぐさま驚愕に変化することとなった。

 

周囲の気温が急激に下がりだし、石橋の左右からパキパキと何かが凍りつくような音が這い寄るように近づいてくる。

 

一体何だとケンタウロス達が視線を向けた瞬間、橋の左右から凄まじい速度で氷が立ち上ってきた。しかも、その勢いは止まることなく加速を続ける。

 

どう考えても普通ではないその現象をケンタウロス達はすぐに魔法によるものだと理解した。この氷は湖の水を凍らせて生み出したものだ。

 

「これはまさか……氷刃の魔女の仕業か!」

 

「しかし、これほど大規模の氷結魔法をたった1人で扱えるわけがない……!」

 

そう。ケンタウロス達が一番驚いているのはこの“現象”ではなく、その“規模”だ。

 

ドラゴニア帝国とてアイラ・ブランネージュ・ガルディニアスの実力は理解している。

 

しかし、幾ら近くに大量の水が有ったとしてもこれほどまでの大規模魔法は個人が発揮出来る領域を明らかに超えている。

 

「前の戦いでお前らに苦戦して、どうやったら勝てるか色々と考えてみたんだが……」

 

そんなケンタウロス達の驚愕を他所に、レイジは大太刀をゆっくりと空に掲げて言葉を続ける。

 

「走っても追い着けず、回り込んでも止められない。そんな相手をどうやって仕留めたら良いのか狩りが得意なエルフ達に相談したら、中々良い答えを貰えた」

 

そう言うと、大太刀の刀身から噴き出した炎が空へと立ち上る。

 

だが、すぐにその炎は圧縮されるように刀身の周囲を漂い、揺らぐ炎がもう1つの刀身の作る。

 

『追うも止めるも難しいのなら、()()()()()()()()()

 

ユキヒメのその言葉に対し、背筋に物凄い寒気を感じたケンタウロス達はその瞬間に今の自分達の状況を理解した。

 

左右から立ち上る氷の壁はゆっくりと、だが確実に中央へと迫るように進んでいる。

 

石橋の上で左右への動きを封じられれば、残る進路は前か後ろの2つしかない。だが、それは結局のところただの直線だ。

 

つまり、もう逃げ道はエドラスの市街に繋がる門とレイジが立ちはだかる方向しか残っていないのである。

 

どちらに進むべきかとケンタウロス達が思考を巡らせるが、既に遅い。その為に使える時間はもう無くなってしまった。

 

「零式刀技……飛焔!!」

 

両手で握り締めた大太刀が振り下ろされ、斬撃の軌道を描くように炎が一気に放射される。

 

エールブランの 暴風雪(ブリザード)を正面から打ち破った大出力の爆炎がケンタウロス達を飲み込み、大爆発によって周囲にいたオークやボーンファイターの群れが吹き飛ばされた。

 

吹き荒れる熱風が髪を揺らし、レイジは肩からゆっくりと力を抜いて構えを解く。

 

持ち上げた視線の先には、黒煙と炎が巻き起こる南門。ざっと見ても、ケンタウロス達の生き残りは1人も見えない。

 

それを確認したレイジは、力を抜くようにその場に座り込んで息を吐く。

 

それと同時に大太刀から人へと姿を変えたユキヒメが降り立ち、周りを見渡す。

 

「ふぅ~……やっぱ、全力の技を連続でぶっ放すと体に来るな」

 

「ならばお前自身の術の練度を上げることだ。そうすれば私のブーストを加えた時の技の負担も減り、威力も上がる」

 

体にのしかかる負担に息を吐きながら、レイジは自然とエレンシアの街中へと視線を向けていた。

 

それは隣に立つユキヒメも同様だが、こちらは座り込むレイジに釘を刺すように言葉を続けた。

 

「分かっているだろうが、勝手に動いてはならんぞ。それに、私達もすぐに別の門へと向かわねばならん……」

 

「ああ。けど……それでも不安にはなっちまうんだよ」

 

そう言って立ち上がったレイジは踵を返して歩き出し、ユキヒメもそれに続こうとするが、突然立ち止まって僅かに顔を顰めた。

 

正確には、肌を撫でるように吹く熱風に。

 

「……やはり、炎は好かんな」

 

「人の戦果を真っ向から否定するようなこと言うなっての」

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「どうやら、終わったようだな」

 

戦場の後方にて、アイラは閉じていた目を開きながら呟いた。

 

すると、足元に展開された魔法陣が僅かな発光と共に消失し、アイラは握り締めていた愛用の杖をゆっくりと振り下ろす。

 

同じく、隣に立っているもう1人の術者、サクヤも術の制御を解いて力を抜いている。

 

しかし、その姿は普段の黒いドレス、ノワールとは明らかに違っていた。

 

エールブランの体を覆う氷のように様々な色の濃さをしたそのドレスは湖の妖精を思わせるようなものだった。

 

薄い水色のベールのような丈を靡かせ、黒い皮手袋を付けた両腕は上腕近くまで水色のフリルに覆われている。

 

レオがエールブランからグラマコアのカードを受け取ったように、サクヤも同じく氷の精霊を宿したカードを貰っている。

 

それがこの姿、セルリアンだ。

 

手に握られている武装は、かの有名な中華の英雄の武器を全て氷で再現したような槍のような形状をした一本の長い杖。名を 氷天牙戟(ひょうてんがげき)

 

その外見からも察せられるように近距離での戦闘には明らかに不向きだが、魔法を用いた遠距離戦闘においては凄まじい力を発揮する。

 

実際、サクヤの力が無ければ湖の水を凍らせて石橋を左右から飲み込むなどという真似は不可能だった。

 

アイラの力とそれに匹敵する力が合わさったからこそ、こんなデタラメな現象を引き起こすことが出来たのだ。

 

「ひとまず、一番の難関である南門の攻略と暗黒騎士団の殲滅は完了ね。私達も早く移動しましょう……」

 

サクヤは近くにいた伝令に指示を飛ばして歩き出すが、ふと立ち止まる。その視線は、エレンシアの方向を向いている。

 

その姿を見て、アイラはやれやれと呆れるように溜め息を吐く。

 

「心配なのは分かるが今は忘れろ。お前が推薦した優秀な助手もいるのだからな」

 

「わ、分かってるわよ」

 

ばつが悪そうに返事を返すサクヤを見て、顎に手を当てて数秒考え込んだアイラは妙案を思い付いたように言葉を続ける。

 

「作戦が終わったらご褒美の1つでもくれてやればいいさ。きっと喜ぶぞ。そうだな……なんなら私が引き受けても良いが?」

 

「ちょっ!? 何でそうなるのよ!」

 

顔を赤くしながら声を上げるサクヤと冷静に返答するアイラは話を続けながらも次の目的地を目指して歩いていく。

 

その様子は一見微笑ましくも見えるのだが、その時の自分の痴態を後々になって思い出したサクヤが誰にも見られなくて良かったと心から安堵するのはまた別の話。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「南門の戦力とケンタウロス部隊が全滅だと……!」

 

「は、ハッ! 霊刀使いの放った一撃により、南門の戦線は壊滅状態。敵軍は現在、湖の外周を沿うように北上し東門を目指しております!」

 

「なに……?」

 

伝令の報告に、スレイプニルは一瞬耳を疑う。

 

南門の戦力を全滅させたというのに、エレンシアの市街に入らずそのまま東門に向かう? そんなことをして戦略的に何の意味がある。

 

普通なら敵を全滅させた南門からそのままエレンシアの市街に入り、乱戦に持ち込むか本陣に攻め入るのが定石のはずだ。

 

この動きには何かある。

 

そう考えたスレイプニルが思考を働かせた矢先に、1人の伝令が血相を変えて本陣の中に飛び込んできた。

 

「も、申し上げますッ!! 西門の防衛部隊が全滅!門が開かれました!」

 

その言葉に、本陣の空気が驚愕で凍り付いた。

 

誰一人として言葉を発せられない空気の中、どうにか気を持ち直したスレイプニルが伝令に質問を飛ばす。

 

「……西門を突破したのは、エルフ共か?」

 

「は、はい! ですが、報告ではエルフ達の攻撃とほぼ同時に何故か門が開かれ、内部の兵が殆ど倒されていたと……!」

 

「南門の戦闘が始まった時の騒ぎに紛れて敵が忍び込んだか……? いや、だとしてもそんな真似が出来るようなモノが……」

 

そこで、スレイプニルの頭の中に1人の人物が浮かんだ。

 

単独で発揮される行動力と身体能力、隠密性・暗殺に優れた武装とそれを生かす技。その全てをクリア出来そうな人物を、スレイプニルは知っている。

 

「まさか……だが、ヤツは何時から……!」

 

「最初からだよ。正確には、レイジが衝撃波を撃ちまくって暴れたくらいからね」

 

その声が聞こえた瞬間、本陣の中に数本の銀閃が鋭い風切り音を鳴らして飛んで来た。ソレの数はスレイプニルも照準に含めた計4本。

 

スレイプニルは左腕の手甲でソレを……貫通力を重視したダガーを叩き落とすが、周りにいた兵達は防御できずに喉元や脳天にダガーが突き刺さって絶命する。

 

倒れ込む部下達を一瞥し、スレイプニルは殺気を帯びた目でダガーの射手を見る。

 

「貴様ぁ……!」

 

「有名になるっていうのは恐ろしいことだよね。前線で派手に暴れるだけでも、戦場にいる全員の目が無意識に等しい形で引き寄せられるんだから」

 

本陣から飛び出してきたスレイプニルを待ち構えるように立っているのは漆黒のロングコートを靡かせ、濡れた黒髪を片手で掻き上げる1人の青年。

 

その姿を見た瞬間、スレイプニルは直感的に理解した。

 

かつてダークドラゴンを打ち破って封印した伝説の霊刀・雪姫を振るうドラゴニア帝国の怨敵とも言えるレイジに戦場のあらゆる“目”を集め、この青年が何をしていたか。

 

戦場でレイジが派手に暴れている際にこっそりと姿を消し、誰も目を向けなかった西門の戦力を内側から排除したのが誰なのか。

 

解放戦線が南門を最初に攻撃したのも、市街に入らず東門に移動したのも。その行動の意味が、今になって理解出来た。

 

「驚いてるみたいだけど、本来ならあなたは一番冷静でいなければならない立場のはずだ。そしてこうなったのは、あなたの戦場を見通す目が甘かったから」

 

両手で腰に差した小太刀を抜刀し、鋭い目付きをした青年……レオは言う。

 

「別にあなた達が僕達のことをどれだけ見下そうと構いやしないけど、人間っていう種族が持ってる本当の力を理解出来ていないようじゃ、むしろそっちが滑稽に見えるよ」

 

僅かな怒りと苛立ちを宿したような目で、スレイプニルの情緒を木端微塵に打ち砕く。

 

 

「人間っていうのは、(ここ)を使ってなんぼの生き物なんだよ。地獄に落ちても忘れるな、この脳筋共が」

 

 

この瞬間に至るまで、ジャスト1時間。

 

此処に、エレンシア奪還の成功を左右する一戦が幕を上げる。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ゲームでのエレンシア奪還があまりにも手抜きというか、簡素過ぎたので私なりに拠点攻略のような流れにしてみました。

それと、今回はレイジ達のケンタウロスフルボッコを書いたので、レオの活躍(暗躍)については書けませんでした。

そちらの方は次話で書くつもりです。

ちなみに、前から感想で指摘されたレイジのキチガイ火力についてですが、技の威力に比例して消耗が激しいという形にしました。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第41話 刹那の決断

つっちーのこ様、スペル様、Life様、ランサー様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はレオVSスレイプニルの勝負のみです。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 互いに武器を握るだけで構えず、レオとスレイプニルは5メートルほどの距離を置いた状況で睨み合っていた。

 

いざ同時に動き出せば1歩か2歩で詰められそうな距離。武器を構えずとも、両者の目は不意打ちを許すさぬというように相手の動きを見ている。

 

「……なるほど、西門が開いたのは貴様の仕業か。しかし、いつ……いや、どうやって門の内部に侵入した? 秘密の抜け道でも使ったか」

 

「そんな都合の良いモノは無いよ。真実は至って単純、戦場全体の目がレイジに向けられている間に湖に飛び込んで、泳いで城壁に近付いた」

 

その発言に、スレイプニルは一瞬自分の耳を疑った。

 

エレンシアを天然の要塞と思わせている要素の1つ、それは周辺の巨大な湖だ。レオは今、その湖に飛び込んで首都を囲む城壁まで泳いだと言った。

 

確かに、スレイプニルの知る限りあの湖は危険なモンスターが出ることも、強い波が起こるようなこともない。

 

だが、湖というだけあって広さはもちろん、水の深さも相当なものだ。少なくとも沈んでしまえば、死体の回収は出来ない程には広くて深い。

 

帝国と解放戦線が南門で戦闘を開始した場所は橋の中間よりも奥ではあったが、大雑把に見積もっても城壁までは500メートル近い距離があった

 

泳げない距離ではないかもしれないが、戦闘に使う装備一式を担いでとなると凄まじい負担になるのは目に見えている。

 

しかし、そこまで考えてスレイプニルの頭の中に新たな疑問が浮かんだ。

 

「近付けたとして、どうやって城壁を登った。数人だが見張りもいた上に、あの高さだ。まさか木登りと同じ要領で上ったわけではなかろう」

 

「見張りはサポートとして一緒に来てくれたケルベロスさんが片付けた。他にも見張りはいたけど、エルフの人達が作ってくれたソレを使えば楽に仕留められたよ」

 

そう言ってレオが視線を向けた先には、絶命した兵士の脳天に突き刺さったダガーがあった。見た所、刀身による切断ではなく、矛先による刺突や貫通を重視した作りになっている。

 

エレンシア奪還の作戦を考えた当初はレオに弓矢を使ってもらう予定だったが、レオの弓の腕は伊吹の家の習い事で弓道を覚えた程度だ。

 

故に、熟考の末に考え付いた代替案としてエルフ達がレオの為に特注の暗器……近くにいた兵士を即死させたダガーを作り、狙撃の担当としてケルベロスを助手に付けることになった。

 

ちなみに、そのケルベロスは事前に考えた作戦通り、東門の内側から奇襲を仕掛けて外の解放戦線と合流しようと動いている。

 

「それと、城壁の方は自力で登ったよ。フリークライミングって言葉知ってる? ケンタウロスのあなたには分からないだろうけど、人間が道具を使わずに壁や岩を登る時は腕の力だけじゃなくて手足のバランス感覚や柔軟性も重要なんだよ」

 

「それだけであの城壁を登ったと……?」

 

「この場で嘘をついて何の得があるのさ。それに、あの城壁は帝国軍が首都を占領してからは碌な整備もされていないってエルフの議長さんから教えてもらった。おかげで垂直でも凹凸がたくさんあったから予想よりも楽に登れたよ」

 

道具を使用しない壁上り、フリークライミングにおいて手足を置くポイントは非常に重要となってくる。掴める場所、足を固定出来る場所を上手く確保しなければ即座に落ちてしまうからだ

 

だが、今のエレンシアの城壁はマトモな整備がされていないせいで壁面にはブロックの盛り上がりや凹みがあらゆる箇所に出ていた。

 

おかげでレオとケルベロスはポイントの確保には大して困らず、適度に手足を休めながら楽々と城壁を登ることが出来た。

 

そして、そこまで聞いたスレイプニルは数秒間言葉を失った。

 

つまり纏めると、レオはエレンシア周辺の湖を泳いで渡り、道具無しの自力で外壁を登って見張りを排除。そのまま西門の兵に奇襲を仕掛けて門を開けた。

 

その後はこの場に辿り着いて今に至るのだろうが、これは明らかに個人がこなす仕事量を逸脱している。鍛えているにしても、消費される体力は想像を絶する。

 

結局はこの戦闘が始まった時から、何もかもが解放戦線の掌の上だった。同時に、今この時も解放戦線の作戦に嵌められている。

 

レオがこの場でスレイプニルと対することで帝国軍の指揮系統を一時的にでも停止させ、東門への援軍を出せないようにするという作戦に。

 

そして、東門が陥落すればその後の展開は容易に想像できる。西門を陥落したエルフが首都内部から、東門を陥落した解放戦線が外部から北門の兵を挟み撃ちにするだろう。

 

スレイプニルがすぐにこの場から動けない以上、北門の兵に指示を飛ばすことは出来ない。加えて、レオの奇襲で伝令兵も兵士も全員息絶えている。

 

もはや、帝国の敗北は時間の問題と言っても過言ではない。

 

いつの間にか喉元に突き付けられていた見えない刃を自覚し、スレイプニルの心が精神的な重圧によって折れそうなる。

 

構えたランスの矛先が無意識の内に地面へ垂れ下がり、張り詰めていた戦意が徐々にだが目に見えて薄れていく。

 

だが、消えそうになったその闘気を……

 

「まだ……まだだぁぁぁ!!!」

 

……腹の底から響くような咆哮が繋ぎ止めた。

 

スレイプニルは荒く息を吐きながら右手に持つランスを地面に突き刺し、すぐ近くに倒れている兵士の死体からレオの投げたダガーを強引に抜き取った。

 

それを見たレオは攻撃を警戒して両手の小太刀を構えるが、スレイプニルはレオに視線を向けずに右手に握るダガーを思いっきり振り上げ……自分の左腕に突き刺した。

 

甲冑を着込んでいるので腕を貫通するほどではないが、ダガーを突き刺した場所からドクドクと流れ出した血が黒塗りの手甲を赤色に染め上げていく。

 

当然、傷口から激痛が走るが、スレイプニルはむしろソレを望むかのように再びダガーを突き刺し、手甲を自分の血でさらに広く塗り潰す。

 

レオがその光景を半ば呆然としながら見ていると、スレイプニルは深く息を吐いてダガーを引き抜き、放り投げてから再びレオと向かい合う。

 

すると、どういうわけか先程まで心が折れそうだったスレイプニルの様子が以前と同じ……いや、むしろレオの目にはそれ以上の闘志に満ちているように見えた。

 

「待たせたな……」

 

突き刺したランスを引き抜いて一振りするスレイプニルの姿を見て、レオの脳裏に1つ心当たりが浮かんだ。

 

(スウィッチングインバック……自傷による痛みをトリガーにしたのか)

 

自分なりの儀式を行うことで頭の中のスイッチを切り替え、闘志だけを引き出す精神回復法。そこに具体的な方法の指定は無いが、流石にこれはレオも驚いた。

 

某奇妙な冒険に登場する『柱の男』の1人ほどではないが、こんなやり方で精神を落ち着かせる奴が本当にいるとは思わなかった。

 

「確かに我等帝国は窮地に陥っている。だが、今この場で貴様を殺し、そのまま我が北門に向かえばまだ逆転の可能性は有る」

 

そう言いながら、スレイプニルは馬の下半身で地面を蹴って力を溜める。

 

それを見たレオも両手の小太刀を握り直し、深呼吸をしてから腰を沈めて全身に力を張り巡らせる。

 

「やってみなよ。その槍が、僕の心臓を貫けるならね」

 

再び睨み合う空気となるが、その中で先に動きを見せたのはレオだった。力を溜めた両脚が地面を蹴り、鋭い踏み込みで接近する。

 

右薙ぎに振るわれた麒麟がスレイプニルの胴に迫るが、それよりも早く間に割り込ませたランスに阻まれ、逆に力尽くで押し返される。

 

だが、レオは重心を崩さずに押し返された力を利用してそのまま体を左に回転。遠心力を加えた二度目の踏み込みで龍鱗を右に斬り上げて胸部を狙う。

 

防御が間に合わないと判断したスレイプニルは咄嗟に体を仰け反らせることで直撃を避けるが、甲冑の表面が斬り裂かれて一筋の傷が刻まれる。

 

「くっ……!」

 

「遅い」

 

スレイプニルが反撃しようとランスを引いて力を溜めるが、それよりも早くレオは麒麟を一振りすると共に両足で地面を蹴る。

 

飛び上がった空中で体と一緒に両腕を風車のように回転させ、右手に握った麒麟の刀身をスレイプニルの脳天に振り下ろす。

 

だが、スレイプニルの血に染め上がった手甲が斬撃を阻み、そのまま腕を振り抜いて押し返された。空中で身動きが取れないレオに狙いを定め、力を溜めたランスの突きが放たれる。

 

「ふっ……!」

 

しかし、レオは空中で龍鱗を振るって矛先を弾き、ランスはレオの左腕を僅かに掠めるだけで済んだ。そこからレオはスレイプニルの胸部……水月の辺りを狙って『徹』を込めた蹴りを打ち込んで反動で距離を取る。

 

鎧を素通りした蹴りの衝撃がスレイプニルの横隔膜を震わせ、一時的な呼吸困難を引き起こす。だが、スレイプニルは苦悶の表情を浮かべながらもランスの矛先をレオに向ける。

 

レオがその矛先を目にした瞬間に素早く右へ飛ぶと、立っていた場所に闇色の棘、デッドリードライブが突き刺って連続の小規模爆発が起こる。

 

レオは動きを止めずにステップ移動で棘の連射を避けながら、左手の龍鱗だけを鞘に納める。そして、最初の奇襲で仕留めた兵士の死体からダガーを引き抜き、手首のスナップを効かせてダガーを投げる。

 

短い風切り音を鳴らしたダガーはスレイプニルのランスに直撃し、甲高い音を鳴らして矛先を横へと大きく弾いた。

 

「ぬっ……!」

 

突然の衝撃にスレイプニルが驚くが、すぐにランスを構え直してデッドリードライブの照準を再びレオに向けようとする。

 

しかし、スレイプニルがランスを構え直すまでの間にレオは移動を止めて麒麟を構え、一瞬の溜めを置いて集中力を極限まで跳ね上げる。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止める。

 

その世界の中でレオは地面を踏み抜き、一直線に加速する。

 

 

『御神流奥義之参・射抜』

 

 

『神速』による接近から刺突が放たれ、ランスを構え直した瞬間にスレイプニルの左肩を麒麟の刀身が甲冑の防御力を殆ど無視して貫く。

 

苦悶と驚愕が同時に押し寄せるが、スレイプニルは痛みを訴えるよりも先に右手に握るランスをレオの頭上から振り下ろす。

 

だが、即座に『神速』を解いたレオは振り下ろされるランスに目を向けずに左手で龍鱗を抜刀して矛先を弾き、ランスの腹に刀身を押し当てて抑え付ける。

 

(なんだ……!? この男、何処か前とは違う……!)

 

左肩から走る激痛に耐えながら、スレイプニルは今戦っているレオの強さに何処か違和感を覚えた。既に戦闘を始めてそれなりに打ち合ったが、レオには大した怪我も無い。

 

間違い無く、今のレオは以前戦ったときよりも強い。だが、スレイプニルにはその強さの正体がまったく分からなかった。

 

攻撃が受け止められなくなるほど重くなったわけでも、姿を見失うほど速くなったわけでもない。それは確かだ。戦っていて断言出来る。

 

だが、ならば何が違うのか、と問われてもスレイプニルは具体的な答えを導き出すことが出来なかった。それでも、何処か違うと思えるのだ。

 

「おのれっ……!」

 

声を上げることで痛みを意識の外に追い出し、スレイプニルは左手を伸ばしてレオの右手を掴み、右腕の力をさらに強くして徐々に小太刀を押し返そうとする。

 

右腕を掴まれ、左腕は力比べをしている状態となってレオはその場から動けなくなる。だが、レオの表情に焦りや動揺の色は微塵も浮かんでいなかった。

 

自分の両腕を一瞥し、レオは短く息を吸ってから吐き出し、自分の体に流れる力を感じ取りながらソレを高めていく。

 

そして、深呼吸によって溜めた力を軽い脱力状態から一瞬で解放し、レオの両足が地面を力強く蹴り抜く。

 

両腕を固定された状態で素早いバック転を行い、サマーソルトでスレイプニルの顎を勢い良く蹴り抜いた。

 

鉄板を仕込んだブーツの蹴りを顎に叩き込まれ、流石のスレイプニルも激しい脳震盪に襲われて意識を飛びそうになる。気合でギリギリ意識を繋げるが、レオの動きを止めていた両腕の力が緩む。

 

「がはっ……!」

 

「よっと……」

 

両腕が自由になったレオは綺麗に着地し、間髪入れずに再び踏み込む。

 

当然スレイプニルは迎え撃とうとするが、未だ脳震盪で意識がぐらついているせいで意思に反して体が思うように動かない。

 

だが、レオは一切の容赦無く両手の小太刀を振り上げ、力強い踏み込みと共にスレイプニルの腹部に柄尻を叩き込んだ。

 

「砕けろ……!」

 

 

『御神流奥義之肆・雷徹』

 

 

衝撃。次の瞬間胸部に受けた衝撃が背後まで貫通し、スレイプニルの甲冑の背中部分が盛大な粉砕音を立てて砕け散ってケンタウロスの巨体を吹っ飛ばした。

 

壁に激突したスレイプニルは体内の空気と一緒に勢い良く血を吐き出す。雷徹によって体内に打ち込まれた衝撃が臓器を傷付けたのかもしれない。

 

そのまま倒れ伏すかと思われたが、スレイプニルは壁に手をつきながら体を起こそうとしている。その間、咳き込む度にその口元からは血が吐き出される。

 

動くどころか呼吸するだけでも激痛が走っているというのに、スレイプニルはマトモに焦点が定まっていない瞳でレオを睨み付けている。

 

それを見たレオは無言で小太刀を握り直し、真っ直ぐ走り出す。

 

スレイプニルも血反吐を吐きながら再び走り出し、歯を食い縛りながら構えたランスを真っ直ぐ突き出した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side レオ

 

 不思議な気分だった。

 

殺気と共に叩き付けられるランスを小太刀で弾きながら、僕は自分の心の中に今まで感じたことの無い感覚を覚えていた。

 

いや、よく考えればこの勝負が始まった時から、僕の心は今までとは違った感覚を感じ取っていた。その感覚が悪いモノではないと思ったから、大して気にならなかった。

 

だが、勝負が始まってからその変化は目に見えて分かるようになった。

 

別に、全身に凄まじい力を感じるわけじゃない。だが、何と言えば良いのか、頭の中が随分と落ち着いている。

 

今まで戦っている時は、暴れ回ろうとする呼吸の乱れを狂い無く整え、感覚の全てが僕に向けられた殺意を瞬時に察知して武器や肉体を動かしている。

 

言い方を変えれば、とにかく思考が加速して余裕が無い状態とも言える。

 

だけど、今は違う。張り巡らせられた意識が適度な状態で安定し。感じ取れる情報が……いや、周りの世界がハッキリと感じ取れる。

 

(よく見える……)

 

薙ぎ払うように振るわれるスレイプニルの左腕の裏拳をバックステップで避け、追撃で放たれた何十もの刺突を『虎乱』の連撃で弾き、ケンタウロスの巨体を生かした突進を左手だけの側転で逃れる。

 

着地してすぐに態勢を整えて後ろを見ると、30メートルほど離れた位置に立つスレイプニルもこちらへ振り返りながら息を荒げてランスを構えている。

 

さっき打ち込んだ『雷徹』の手応えからみて、全力で動ける時間はもう長くない。

 

何より、先程から突き刺さるようだった殺気がさらに強くなっている。スレイプニルも、このタイミングで決着を付けるつもりだ。

 

大きく深呼吸をして頭の中をもう一度クリアにする。そして、両手に握る小太刀を手元でクルクルと回して握り直す。

 

スレイプニルも深呼吸で痛みに乱れる意識を整え、ランスを天に掲げて高めたフォースの光を集めていく。どうやら、迎え撃つつもりのようだ。

 

恐らく、僕が『神速』を使うと確信しているのだろう。既にあの技を何度か見ているなら、下手に突っ込んで先手を打とうとしても逆にカウンターを受けるだけだと理解しているのだ。

 

ならば、僕が取るべき選択は…………正面から打ち破るのみだ。

 

「っ……!」

 

覚悟を決めると同時に地を蹴り、真っ直ぐ走り出す。

 

僕のその行動を見ても、スレイプニルの表情は一切の揺らぎを見せない。多分だが、僕がこうすることを予想していたのだろう。

 

それでも、足は止めない。ただ、お互いに取る選択が同じだっただけだ。

 

「受けろ!」

 

ランスの矛先が向けられ、放たれた闇色の棘が弾幕の壁を作るように迫る。

 

走る速度を緩めず、僕の目は闇色の棘の弾道を予測して捉える。その中で、僕の体を直撃するモノだけを割り出し、両手の小太刀で正面から斬り裂く。

 

斬り裂いたことで霧散した紫色の光を通り抜けると、その奥に見えたのは右手に握るランスを高く振り上げるスレイプニルの姿。

 

「砕け散るがいい……黒き波動よ!!」

 

声と共にスレイプニルが振り上げたランスを足元の大地に突き刺した。

 

直後、ランスを突き刺した地面が短い振動を起こし、まるで爆発したような速さで盛り上がる。念力の類なのか術の仕組みは分からないが、岩まで一緒に盛り上がった地面は岩塊ような形状で周囲に()()する。

 

それはまるで、指揮官の号令を今か今かと待つ弓兵のように見える。

 

そして次の瞬間、浮遊する無数の岩塊が空中から射ち出されたように僕へと迫る。それ等1つ1つの威力は、闇色の棘とは比較にならない。

 

このまま突っ込めば、僕の体は迫る無数の岩塊の直撃を受けて文字通り砕け散ることだろう。岩塊の大きさからして小太刀を使っても一太刀で両断するのは難しい。

 

 

なのに、僕の足は速度を緩めず真っ直ぐ走り続けている。

 

 

頭の中も落ち着いている。目の前の現状を冷静に受け止めている。

 

なのに、僕の心には一切の不安も焦りも起こりはしなかった。

 

この状況でどうすれば良いのか。僕の頭の中には、既にその答えが自然と導き出されていたからだ。当然、迷いも無い。

 

真っ直ぐ前へと駆け抜けながら、僕は力強い踏み込みと共に頭の中に撃鉄を下ろす。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止めた。

 

宙を舞う草木や石飛礫も、迫り来る無数の岩塊も、全てがスローモーションで流れているようにゆっくりと……時間に置き去りにされたように動いている。

 

その中で、色を失った僕の目は、そこに存在する確かな“道”を見付けた。

 

全身に重い空気が纏わり付くような感覚の中、両足で地を蹴って飛ぶ。

 

普段と大して変わりない高さを飛び、僕は()()()()()()()()

 

「……っと」

 

ソレを蹴ってさらに跳躍。その先にあった岩塊を三角跳びの要領で蹴り抜く。

 

大きさによって進める距離は違うが、似たような大きさの岩塊はまだたくさんある。体重が掛かり切る前に別の岩塊へ次々と移動し、その度に前へと進む。

 

「っ……!」

 

そして最後に、目の前に僕と同じ位の大きさの岩塊が立ちはだかる。

 

岩塊の大きさと『神速』の持続時間から考えて、回避は出来ない。ならば、やるべきことは1つしかない。

 

両手の小太刀を鞘に納め、足場の岩塊を強く蹴ると共に抜刀する。

 

 

『御神流奥義之陸・薙旋』

 

 

一の太刀で両断出来ないのなら、四の太刀を以って斬り裂く。空間を走った4連の斬撃は、スルトの鎧を斬り裂いた時と同等、またはそれ以上の手応えを感じさせた。

 

そして僕の両腕が振り抜かれ、岩塊が大きく割れた。

 

同時に、世界に色が戻り、全身に纏わり付いていた重い空気が無くなる。吹き荒れる突風が髪を靡かせ、思い出したような疲労感が体を襲う。

 

今の『神速』によって使用した時間は約4秒。

 

回数制限付きだが『神速』の安全ラインである2秒を倍近く超えたせいで、頭の中に突き刺さるような鋭い痛みが走る。

 

そして斬り裂いた岩塊の先に見えたのは、驚愕を露にしたスレイプニルの姿。

 

「バカ、なっ……!」

 

「辿り、着いたぞ……スレイプニル!」

 

斬り裂いた岩塊を最後の足場に、スレイプニルに向かって接近する。

 

スレイプニルもまた、驚愕を感じながらもランスを引き抜き、その矛先に黒いフォースの光と紫電を迸らせる。

 

「ハァァ!」

 

抜き打ちのように放たれた刺突が僕の体を貫こうと迫る。

 

しかし、光を放つランスの矛先はかろうじて僕の心臓から外れ、左肩を斬り裂くだけで済んだ。それを理解した僕は、痛みを感じるよりも速く着地と同時に動き出す。

 

再び前へと走り出し、手に握る小太刀を両方とも“逆手”に持ち替える。

 

 

そして、頭の中に響いた『神速』の撃鉄音と共に再び世界が停止する。

 

 

槍を握った右腕を突き出しているスレイプニルの懐へ入り込み、短い跳躍と共に体を右へと回転させる。

 

(以前の僕では、精々“もどき”が限界だった……だけど、今なら……!)

 

跳躍に続く回転と共に逆手に握った両手の小太刀が振るわれ、まず3つの斬線が空間を走り、斬り裂く。

 

「回転剣舞……」

 

だが、僕の攻撃はそこで止まらず、一瞬の回転と共に左右の小太刀を振るった“六連の斬撃”がスレイプニルの鎧を斬り裂く。

 

「……()()

 

そして、色を取り戻した世界が動き出す。

 

背中合わせのような状況の中、ほんの2、3秒だけ沈黙が落ちる。

 

その沈黙を破ることになったのは…………吐血と一緒に至る所から鮮血を噴き出し、崩れ落ちたスレイプニルだった。

 

 

その音と両手に残る手応えが……確かな勝敗を僕に教えてくれた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

とりあえず、2人の勝負は1話で決着しました。

というわけで、レオがスレイプニルの元へ辿り着く前の行動の詳細は、こんな感じでした。


レイジが派手に暴れて戦場の注目が集まる―→レオがケルベロスと一緒に湖に飛び込んで500メートル近く泳ぐ―→見張りを排除して外壁を装備無しでよじ登る―→首都内部を突っ走って西門の敵をエルフと協力して内側から始末する―→西門を開門して敵の本陣に殴り込む


……はい、オーバーワークってレベルを通り越してます。

いくらちょくちょく休憩を挟んでいるとはいえ、身体能力が他の奴よりもぶっ飛んでるレオでなければ無理です。

ちなみに、この内容を作戦会議で説明されたレオの目はハイライトの光が消えかけていました。

それと、やってやりました回転剣舞・六連。

流水の動きは出来ませんが、今のレオならば『神速』を使用すればこの技を再現できます。威力も負けてません。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 勝利の中に漂う疑問

あけおめ!!(今更)

スペル様、ダークガタック様、康伸様から感想をいただきました。ありがとうございます。

またすごい間が空いてしまって申し訳ありません。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 エレンシアを囲む四方の内1つの北門。

 

その場における戦闘は、もはや誰もが予想もしない形で終局へと近付いていた。

 

戦闘の黒煙を所々から漂わせる橋の上で、開戦時にこの場でバリケードを築いていた帝国の防衛部隊は現在一箇所に集まって防御を固めていた。

 

戦力で圧倒的に有利のはずだった帝国が防戦一方になっている中、そこへ北と南の2方向から幾多の攻撃が降り注ぐ。

 

北側からはエルミナ、アイラ、サクヤ、竜那の魔法が爆撃のように降り注ぎ、南側からはエレンシアの()()から現れたエルフ達の弓矢が雨のように降り注ぐ。

 

弓矢だけならばともかく、ただの盾では魔法の直撃を凌ぐことは出来ない。それにより防御は食い破られ、レイジとリックを先頭にした前衛部隊がすかさず斬り込む。

 

当然、帝国側も帝国しようと剣や槍を構えた兵士が迎え撃つが、全ての防衛拠点を壊滅させた解放戦線の指揮は既に留まることを知らずに高まり続けている。

 

一番槍を務めるレイジ達はもちろんのこと、その後に続く兵達も力強い声を上げながら帝国の兵力を飲み込んでいく。

 

逆に、他全ての拠点を奪われ、虎の子のケンタウロス部隊までも敗れ去った帝国の指揮は完全に消沈し、圧倒されている。

 

もはや帝国側の敗北は時間の問題。

 

後方で杖を構えながら、ケルベロスを傍に控えさせたサクヤは心の中でひとまずの現状に安堵の息を吐く。

 

しかし決して気を緩めず、再びセルリアンの力を通して魔法の用意をしながらサクヤは前線メンバーを後退させるタイミングを逃さんと目を光らせる。

 

その時……

 

 

ドオオォォォォォン!!!!!

 

 

……戦場に立つ者全ての視線を集める程の轟音が響いた。

 

ほぼ反射的に音が聞こえた方向を見ると、エレンシアの市街の奥と思われる場所から大きな土煙が立ち上っていた。

 

ソレを見た者の中で、あの土煙が何なのか瞬時に理解したのは、レイジだった。

 

「っと……!」

 

練り上げたフォースを左手に集め、地面を強く叩くと同時に不得意ながらも『プラズマ』の魔法を前方目掛けてぶっ放す。

 

数体のオークと兵士が雷撃に焼かれ、その戦場にいる全員がハッとなって再び自分の倒すべき敵に目を向ける。

 

その中、レイジ、リック、リンリンは前方から斬り掛かって来た敵を殴り、蹴り飛ばし、投げ飛ばすなりしてあしらい、後ろへと下がる。

 

「副隊長! 剛龍鬼! 悪いけど少し頼む!」

 

「任せろ!!」

 

後退しながら叫ぶような声で伝令を行い、レイジ達3人は後衛のサクヤの元まで走り寄った。

 

逃がさんと帝国の兵士が追おうとするが、すかさず放たれたアルティナとラナの弓が正確に眉間を貫き命を絶たれる。

 

突然前衛を離れて自分の元へやって来た3人を見て、サクヤは少々驚きながらもケルベロスを引き連れて近くへと走り寄る。

 

「サクヤさん、行ってください! さっきのデカい土煙、きっとレオとスレイプニルの戦闘です」

 

「此処の敵の掃討はもう時間の問題です。師匠はアイツの方を頼みます」

 

「アタシ達も行きたい所だけど、情けないことに体力がヤバいのよ。サクヤは今回後衛に努めたし、まだ動けるでしょ?」

 

リンリンはバツが悪そうな弱々しい笑みを浮かべながらそう言うが、サクヤは3人を情けないなどとは微塵も思わなかった。

 

南門での戦闘に始まり東門、そして此処北門へと続く連戦だ。常に最前線で戦い続けるレイジ達の消耗と負担は相当なものである。

 

今も戦っているフェンリルや剛龍鬼も、同じように消耗しているはずだ。

 

そんな彼等が進んで自分に役目を託したのならば、サクヤの心に迷いの時間は一切無かった。

 

一瞬体が光包まれ、セルリアンからノワールへと姿を変えたサクヤは城門へと足を進めた。

 

「都市の内部へ向かうわ! ケルベロスは護衛を、アルティナは道案内をお願い。アイラは此処で戦線の、ラナはエルフ達の指揮を執って!」

 

短く鋭い声で出された指示に各員は頷き、サクヤ達はエレンシアの内部へと真っ直ぐ走り出す。

 

その背中を心配そうに見送る者はその場におらず、仲間は確かな信頼を胸に自分のやるべきことを、目の前の敵へと足を踏み出した。

 

終戦は……確実に近づいていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side レオ

 

 背後からドサッ!! と倒れ込んだ大きな音が聞こえ、振り返る。

 

その直後、凄まじい轟音と共に吹き荒れる暴風が僕の体を叩き、コートの丈や髪を激しく揺らした。

 

見ると、さっきまで僕が立っていた場所の奥にあったレンガ造りの大型の建物がモノの見事に崩壊して瓦礫の山と化していた。

 

恐らく、先程スレイプニルが僕に飛ばしてきた岩塊が直撃したせいだろう。吹き荒れた風は数秒で収まるが、土煙は未だ高く上っている。

 

そして改めて視線を落とし、血の海に倒れ伏したスレイプニルを見る。

 

僕の攻撃によってボロボロとなった黒塗りの鎧の殆どを真っ赤に染め上げながらも、右手に持つランスは変わらず握り締めている。

 

ほんの僅かに上下する体と、小さく聞こえる呼吸音からまだ生きていることは分かる。素人が見ても明らかに虫の息だ。

 

放っておけば間違い無く死ぬ。

 

それが分かっているはずのに、僕はスレイプニルの前まで歩を進める。両手に握る小太刀をそのままに、普段通りの歩幅で歩く。

 

そして、スレイプニルの目の前で立ち止まり、黙ってその様子を見下ろす。

 

 

その瞬間……倒れ伏していたスレイプニルの体が弾かれたように動き出した。

 

 

「ア゙ア゙ア゙゙ア゙ア゙ア゙゙ア゙!!!!!!」

 

上半身だけを起こし、マトモな声にすらなっていない咆哮を上げながら右手に持つランスを僕の顔面目掛けて突き出してくる。

 

「っ……!!」

 

両手は持ち上げず、一拍手で力を溜めた両足で地面を左へ蹴る。顔のすぐ横を赤黒い色をしたランスが通過し、短い風が頬を揺らした。

 

そして、両足で一瞬だけ地面を踏み締め、左足で放った上段蹴りがスレイプニルの右の首筋を正確に蹴り抜いた。

 

「そんな気はしてたよ」

 

蹴りを打ち込んだ場所とタイミング、そしてボロボロの体のせいもあって衝撃を受け止めることも流すことも出来ず、スレイプニルは再び血の海に倒れ込む。

 

僕は右手に握るランスを遠くへ蹴り飛ばし、麒麟の矛先を眼前に突き付ける。吐血と共に咳き込みながら僕を睨み付ける視線は兜越しでも全く衰えていない。

 

「あなたの現状に同情はしない。あなたの命を奪うのに躊躇いもない。あなた達はそれだけのことをした」

 

それだけ言って麒麟を振り上げる。

 

謝罪が欲しいわけじゃない。懺悔の言葉が欲しいわけじゃない。この男を僕以上に憎んでいる存在など、僕が会った者達の中ですら無数にいる。

 

生きている人も、死んでいる人も含めてその人達の為に僕がしてあげられることは、これぐらいだろう。

 

「地獄に落ちろ」

 

兜ごと頭部を両断しようと、麒麟を勢い良く振り下ろす。

 

 

「それは困るな。幾ら幽騎士でも、もう一度死なれては流石に助からん」

 

 

その声は、言葉の通り真後ろから聞こえた。

 

突然の声に驚愕を隠せず、麒麟を振り降ろそうとした僕の体は凍り付いたように動きを止めてしまった。

 

声を聞くと同時に、不可視の威圧感が僕の全身を締め上げている。

 

いつの間に背後を取られた? いや、そもそもどうしてこんな至近距離で、しかも声を聞くまで全く気配を感じられなかった。

 

僕の『心』は距離が近ければそれだけ精度が上がる。例え隠形の達人でも、この距離まで近付いて何の違和感も感じさせないなんてありえない。

 

「誰、だ……?」

 

「口が利けるのは評価するが…… 退()け、小僧」

 

直後、殴り飛ばされたような衝撃と共に、僕の体は瓦礫の山へと吹き飛ばされた。

 

しかも、ただ吹き飛ばされただけでなく、不可視の圧力が僕の体を瓦礫に力尽くでめり込ませるように抑え付けている。

 

背中から伝わる衝撃に呼吸が圧迫され、痛みが視界を揺らした。

 

「がっ……ぁ……!」

 

全身に襲い掛かる圧力に抗いながらどうにか首を持ち上げ、吹き飛んできた方向に視界を向ける。

 

そこには、長身の男性が1人立っていた。

 

この場において違和感しか感じない中世の貴族のような菫色の紳士服を着こなし、腰まで届く白髪の髪を靡かせている。

 

僅かに見えた瞳の色は赤。しかし、右目の方は幅広の一枚布を当てた大きめの眼帯によって覆われている。

 

白髪の男が僕の方に向けていた右腕を軽く横に振るうと僕の全身を押し潰そうとしていた圧力が消失し、思い出したように呼吸が元に戻る。

 

「ごほっ! ……ごほっ……!」

 

咳き込みながら不足していた酸素を補給しようと体内の心拍が急加速する。

 

そのせいで体に上手く力が入らず、壁に大の字を描くようにめり込んだ状態で僅かに持ち上げていた首が力無く沈む。

 

(やばいっ……意識が……!)

 

先程の衝撃と呼吸の異常によって視界が薄れ、意識が落ちそうになる。

 

それはダメだと必死に抗おうとするが、瞼は徐々に重くなっていった。

 

その中で……

 

『しっかりなさい。眠るにはまだ早いわよ』

 

……頭の中に、そんな声が聞こえたような気がした。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side Out

 

 抵抗の気配が無くなったレオの姿を見て、白髪の男は興味を失くしたように視線をスレイプニルに向ける。

 

「スレイプニル将軍……ダークドラゴン様の命により、フォンティーナからの撤退の支援に参りました。戦況は決しております、どうかご決断を」

 

「伯、爵……貴様ぁ……!」

 

胸元に手を添えて一礼して報告する白髪の男、伯爵をスレイプニルは怨敵を見るような目で睨み付ける。

 

それは、この勝負の決着を邪魔されたことに対してか、盟主たるダークドラゴンの命令に逆らえぬことに対してか、殺気を孕んだ怒りが滲み出る。

 

しかし、やがてスレイプニルは握り締めた拳を地面に叩き付け、絞り出すような声で重く呟く。

 

「撤退する……!」

 

「御意」

 

伯爵と呼ばれた男が一礼して手を軽く振るうと、スレイプニルの足元に魔法陣が出現し、淡い光を放ち始める。

 

すると、スレイプニルの体は徐々に魔法陣に沈み込み、数秒でその場から姿が消える。魔法使いの中でもかなり高位の魔法として知られる転移魔法だ。

 

転移の完了を確認し、伯爵もそれに続こうと歩を進める。

 

しかし、魔法陣に入る寸前に伯爵の耳が短い風切り音を捉え、足が止まる。

 

すると、伯爵の眼前を白塗りの小太刀が凄まじい速度で通過した。もしあと一歩足を踏み出していれば、あの小太刀が伯爵の顔面を貫いていただろう。

 

狙いを外した小太刀は柄尻に巻き付けられた鋼糸によって引き寄せられ、ソレを打ち出した射手の元へと飛んでいく。

 

伯爵が視線を向けると、そこには肩で息をしながら右手に握る小太刀を突き出すレオの姿があった。伯爵が知る由は無いが、レオはあの位置から放った射抜・穿を放って伯爵を狙ったのだ。

 

しかし、先程のダメージが残っているせいなのかフラフラのレオの姿を見て、伯爵はフン、と短く鼻で笑う。

 

「まだ動けたか……生憎と貴様に興味は……むっ?」

 

伯爵は再び魔法陣に歩を進めようとするが、その寸前で視界に入っていたレオの姿に気になるモノが見えた。

 

レオ本人が気付いているかどうか知らないが、伯爵を睨み付けるレオの深い赤色の瞳が僅かに、怪しい気配を感じさせながら光を強めていたのだ。

 

ソレをみた伯爵は数秒だけ考え込むような仕草を見せ、面白そうなものを見付けたような微笑を浮かべてレオを見た。

 

「よかよう……少し遊んでやる」

 

その言葉を合図に、レオと伯爵の2人は同時に走り出す。

 

一直線に敵の元へと走り、先に仕掛けたのはレオだった。胸元を斬り裂こうと右手に握られた麒麟が袈裟斬りに振り下ろされる。

 

それを目で捉えた伯爵は斬撃の軌道上に自分の左腕を割り込ませる。武器を取り出すことも避けることもしない行動にレオは少なからず驚くが、その時には麒麟の刀身は伯爵の左腕と衝突していた。

 

もはや体に染み付いた『斬』の型で振り下ろされたレオの斬撃は、直撃すれば骨を通り越して腕を斬り落とすことさえ出来る。

 

だが、伯爵の左腕と衝突した麒麟の刀身からは、固い金属のような物を叩いた手応えが伝わって来る。

 

(籠手……? いや、これは……!)

 

頭の中に閃いた選択肢の中から答えを模索していると、伯爵はそのまま左腕を横に振り抜き、レオを後方へと押し返す。

 

そして、押し返されて態勢を崩したレオへと踏み込んだ伯爵は拳を握り、右腕を後ろへと引き絞る。しかし、今の位置は明らかに拳打の届く間合いではない。

 

「ちっ……!」

 

その行動を見て何かを察したレオが舌打ちするのとほぼ同時に、伯爵の突き出した右腕から弾き出されたように剣の刀身が飛び出した。

 

基本的なロングソードと変わらない長さと太さを持つ剣がレオの胸元を貫こうと迫るが、真下から振り上げた龍鱗によって矛先を弾かれ、狙いが大きく逸れる。

 

「ほう……」

 

少し驚いたように伯爵が感心の声を上げる。

 

(やっぱり、刺突剣……)

 

今まで目にしたことの無い類の武器であることにレオは心の中で伯爵に対する警戒心のギアをさらに引き上げていく。

 

互いに初撃が空振りに終わるが、レオはその体勢から両足で地面を強く蹴り、孤を描くような蹴りで低空のサマーソルトを放つ。

 

伯爵は地面を後ろに蹴ってバックステップで蹴りを避けるが、すぐに両方の拳を握り締めて再び踏み込む。

 

それに対し、レオは両手の小太刀を鞘に納めて麒麟の柄に手を添えて抜刀の構えを取る。それを見た伯爵も、力を溜めるように右腕を引き絞る。

 

「ブラッディ……スティンガー!」

 

 

『御神流奥義之壱・虎切』

 

 

遠間からの抜刀の一撃と槍を突き出したように放たれた鋭い刺突が激突し、両者の右腕は互いに後ろへと弾かれる。

 

しかし、伯爵は後ろへ弾かれた力に逆らわずに右腕と同時に左腕を振り回し、両手で円を描くように2刀の回転斬りを放つ。

 

レオは両手の小太刀を眼前で交差させ、回転斬りを防ぎながら連続のバックステップで距離を取ろうとする。

 

その中で、レオの目は回転を止めずに斬撃を放ち続ける伯爵の剣を目で捉え、三撃目を受け止めた時点で斬撃のタイミングを見切る。

 

(ここだ……!)

 

迫る刃に龍鱗をぶつけ、その刀身の峰にすかさず麒麟を叩き付ける。

 

 

『小太刀二刀流・陰陽交叉』

 

 

「ぬぅ……!」

 

ガアァン!! と大きな金属音と共に伯爵の右腕が刺突剣と共に後方へ弾かれる。突然の反撃に体勢が崩れるが、追撃を予想した伯爵は迎撃しようと左腕の刺突剣を突き出す。

 

しかし、刺突剣の矛先がレオの額を貫く寸前……

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

……レオの視界に映る世界が、動きを止めた。

 

その中を動くレオは全身に重い空気を纏いながら刺突剣を避ける。その時、レオはふと自分の体に違和感を感じた。

 

(体が……いつもより軽い)

 

重い空気が纏わり付いて全身の動きが鈍い『神速』の中、何故か今のレオの体は普段よりも速く動くことが出来た。

 

そして、『神速』の中で動きが軽くなることは、通常の時間の中で動く速度がさらに向上するということである。

 

刺突剣を掻い潜り、両手の小太刀を納刀しながらレオは伯爵の懐に入り込む。

 

 

『御神流奥義之陸・薙旋』

 

 

納刀から間髪入れずに放たれた4連の斬撃が伯爵の体を斬り裂き、2人の体がすれ違ったところで『神速』が終わり、世界が色を取り戻す。

 

『薙旋』の斬撃は確かに伯爵の体を斬り裂いた。

 

しかし……

 

(手応えが浅い……いや、硬い!)

 

「中々だな。だが、ここまでだ」

 

必殺を狙っての奥義が直撃したはずだというのに、背後から聞こえた声の主はまるで意に返していないようだった。

 

そして、慌てるように振り向いたレオの目が見たのは、自分の首元を掴もうとすぐ近くへ迫る伯爵の右腕だった。

 

「ぐっ……!」

 

首を鷲掴みにしたまま、伯爵はレオの体を軽々と持ち上げる。

 

そして呼吸が徐々に圧迫される中、レオは自分の喉元を掴む伯爵の右手に微かな違和感を感じた。それは、人が生きる上で絶対的に必要なモノの欠落。

 

(なんだ、この人……! ()()()()……?)

 

「その眼……やはり、断片的だが眷属を取り込んだか」

 

一人で納得するような伯爵の呟きを無視して、レオは自分の首を掴んだ手を斬り落とそうと右手に持つ麒麟を振り上げる。

 

しかし、それを振り下ろすよりも先に……

 

ドスッ!!

 

……腹部を何かが貫いたような衝撃が襲った。

 

視線を落とすと、貫手の形を作った伯爵の左手がレオの腹部に深々と突き刺さっていた。しかし、先程の衝撃を感じただけで痛みは全く無かった。

 

だが、体の中に手を突っ込まれているという事実が本能的な恐怖と嫌悪感を感じさせ、レオの肉体は意思に反して思うように動かない。

 

そして、レオは気付かないが、彼の赤色の両目は何故か僅かに点滅している。

 

「ほう……単純だが頑丈な封印だな。しかし、僅かだが既に綻びがある」

 

言うと、伯爵は左手を引き抜き、レオの体を放り投げる。

 

まだ上手く動かない体をどうにか動かして手が突き刺さった場所を触ってみると、体はおろか衣服にさえ傷が付いていなかった。

 

「ただの撤退支援のつもりが、面白いものが見れたな」

 

伯爵の足元に先程と同じ転移魔法陣が現れ、体が沈み込んでいく。

 

そして、伯爵は何処か不気味さを感じるような笑みを浮かべてレオを指差す。

 

「予言してやろう、小僧……お前は、()()()()()()。その時お前がどんな絶望の表情を浮かべるのか、楽しみにしているぞ」

 

そんな捨て台詞を残し、伯爵の姿は魔法陣の中へと消えていった。

 

その場に残されたレオは、両手の小太刀を納刀してすぐ未だ上手く動かない体から完全に力を抜き、地面に大の字で倒れる。

 

目を閉じて感覚を研ぎ澄ませ、『心』で周囲の音を聴く。遠く、かなり遠くの方から風に乗って勝鬨を上げる声が聴こえた。

 

十中八九、解放戦線のものだろう。

 

だが、現在の心境が色々と最悪なレオは懐から取り出したタバコに火を点け、溜め息と一緒に紫煙を吐き出した。

 

「……クソ、好き勝手言いやがって」

 

基本的に礼儀正しいレオの口から珍しく零れた罵倒の声は、風の音に包まれて誰の耳にも届くことは無かった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

決着が着くと思ったら色んな意味でとんでもない乱入者が現れました。

というわけで、原作通りスレイプニルは生きてます。

ただし、レオが厄介な人物にロックオンされました。(レオ逃げて、超逃げて)。

それとオリジナルということで、伯爵との戦闘を少し挟みました。

ブレードアークスであんだけ暴れて最終的にリアル世紀末作りやがったんだから、直接戦闘は出来ないなんて言わせない。

次回は戦いの後になります。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 向き合わなければならないもの

神無月神流様、スペル様、NOGAMI壱様、ダークガタック様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はエレンシア奪還戦の後です。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 都市のほぼ全域で繰り広げられたエレンシア奪還の激闘。

 

その結果は解放戦線とエルフ達の勝利となり、スレイプニルの敗北と撤退がトドメとなってドラゴニア帝国の士気は完全に消し飛んだ。

 

防戦を続けていた北門の戦力は程なくしてレイジ達に殲滅され、エレンシア内部に残っていた戦力も散り散りに逃げていった。

 

そして、都市内部を完全に制圧して時刻は夜を迎えた。

 

月明かりに照らされたエレンシアの街並みには、決して数は多くないが大きな光が広場に灯されていた。

 

そこでは、大型の篝火を中心にして多くの者達が賑わっていた。

 

料理を口に運ぶ者、誰かと肩を組んで笑い合いながら酒を飲む者、篝火の光を見詰めながら周りの雰囲気を楽しむ者と色々な様子の者達がいた。

 

その中には当然、解放戦線のレイジ達の姿もあった。

 

基本的に前衛を務めていた数人は体に包帯などが小さく巻かれているが、騒ぐのに支障は無いようで、それぞれ宴を楽しんでいる。

 

そんな中、大きな骨付き肉を両手で持ってガブリと口にしていたレイジの視界にキョロキョロと周りを見渡しながら歩くサクヤの姿が映った。

 

「むぐっ……サクヤさん、どうしたんですか?」

 

口の中の肉を素早く飲み込んだレイジの問いに、サクヤは腰に手を当てながら溜め息を吐いて答えた。

 

「レオを見なかった? 傷の手当てがまだ応急処置だけだったからアルティナと龍那に治療してもらおうと思ったのだけど……」

 

「レオなら先程少し眩暈がするから夜風に当たってくる、と言って北の城壁の方に歩いて行ったぞ」

 

サクヤの問いに答えたのは、レイジの隣で飲み物を片手に立つユキヒメ。

 

だが、レイジはユキヒメの言葉に眉を顰め、首を傾げた。

 

「あれ? でもアイツ、さっきデカい酒瓶両手に持って歩いてたぞ」

 

その言葉に、ユキヒメとサクヤはえ? と呟いて少々意外そうな顔をする。

 

今聞いた話から察するに、つまりは仮病を使って1人で酒を飲みに行ったということなのだが、何というか……らしくない。

 

普段は比較的に温厚で人当たりの良いレオのイメージに合わない行動に思えたのだ。

 

「……まあ、良いか。城壁に向かったのよね? ちょっと行ってくるわ」

 

サクヤは少し変に思ったが、誰にでも1人になりたい時くらいあるだろうと考えて城壁の方へと歩を進めた。

 

その背中を見送りながら、ふとレイジは隣のユキヒメに声を掛ける。

 

「そういえばレオのやつ、戦闘が終わって合流した時から何か様子が変だったよな」

 

「スレイプニルを仕留められなかったことに責任を感じているのかと思っていたが、どうにもそれだけではないような気がしてきたな」

 

思い返す2人の脳裏には、北門の制圧を完了してエレンシアの内部でサクヤ達と合流した時のレオの姿が浮かんでいた。

 

ロングコートを肩に掛けて座り込み、頭や肩に白い包帯を巻いていたレオの表情は何処か思い詰めているように見えた。

 

その時はレオがスレイプニルを仕留められなかったという報告のせいだと思っていたが、今思えばそれだけではないような気がしてくる。

 

「……けどまあ、今はサクヤさんに任せようぜ。俺達も一緒に行ったら流石に気まずいというか、気分悪くなるだろうし…………おい、ユキヒメ。ここに大事に残しておいたケーキは何処にいった?」

 

「数秒前に私の食道を通って現在胃の中で消化中だ」

 

「食ったってことだろうが! 辿った道筋を堂々と言っても誤魔化されねぇぞ!」

 

何処かドヤ顔を決めこむユキヒメと怒りの声を上げるレイジ。

 

そんな2人の喧騒も、やがては宴の中に溶け込み消え去っていく。

 

夜空には変わらず、星の輝きと月の光が満ちていた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 場所が変わって北門の城壁。

 

そこに足を運んだレオの恰好は、普段と比べると随分ラフな格好だった。

 

ロングコートを着ておらず、上に着るYシャツは第2ボタンまで開けられている。当然腰に小太刀は差しておらず、武器は何も持っていない。

 

頭部と左肩には包帯が巻かれているが、本人にとっては動くのに支障は無い。

 

ぐるりと周りを見渡し、一番高所にある高台に目を付けてそこへと足を運んだ。

 

まだ戦後の処理が最低限にしか行われていないので道中には折れた剣や矢、砕けた兜に取っ手の壊れた梯子などがあったが、レオは構わず上を目指す。

 

両手が酒瓶で塞がっているからと無事な取っ手を足場にしてジャンプで登り、道が途切れているなら近くの瓦礫を足場にして三角跳びで飛び越える。

 

見る者が見れば、コイツ本当に怪我人か? と疑いたくなるだろう。

 

そんなこんなで、レオは程なくして目当ての高台に到着し、その場に腰を下ろす。

 

酒瓶のコルクを腕力だけで引っこ抜き、それなりにアルコールの度が強い酒をそのままラッパ飲みで口に含む。

 

もはや完全に舌が覚えた酒の味と少々強めのアルコールが体内に広がるが、レオは特に苦も無くソレを受け入れ、飲み込んで軽い息を吐く。

 

「美味いな……カクテルやウォッカとも違った味だ」

 

呟いて酒瓶を置き、懐から取り出したタバコを咥えて火を点ける。

 

虚空に吐き出した紫煙をぼんやりと眺めると、その先には夜を照らす月が見える。

 

そのまま夜空を眺めながら1人で酒と煙草を楽しんでいると、ふとレオの気配探知の範囲内に誰かの気配が入り込んできた。

 

「こんな場所で1人で月見酒とは、少々意外だな」

 

数秒後に聞こえた声に振り返ると、そこにいたのは酒瓶とグラスを手に持ったエルフの議長、アルフェウスだった。

 

議会の場で見た時よりも薄着の恰好をした彼はレオの隣に腰を下ろし、持っていたグラスの1つをレオに手渡した。

 

続いて持っていた酒瓶の蓋を開け、レオの持つグラスと自分のグラスに酒を注ぐ。

 

自然と2人の手に持つグラスが合わさり、カンッ! と音を鳴らす。そのままグラスの酒を一気に飲み干し、2人は同時に息を吐く。

 

「なんだか、無性に静かな場所に行きたくなりまして……」

 

「そうか……確かに、今のこの場所は酒を楽しむのに最適だな」

 

空には雲一つ無い満点の星空。

 

地上には月光を浴びて淡く光る広大な湖。

 

酒の肴に良いというのもあるのだが、この景色を見ていると心が落ち着くのだ。

 

今度はレオが酒瓶を持ち、アルフェウスと自分のグラスに酒を注ぐ。そのまま2人は黙って景色を眺めながら自分のペースで酒を口に運んでいく。

 

やがて口に運んだグラスの中が空だと気付くと、レオの眼前にアルフェウスの持つ酒瓶の口がひょいっと突き出される。

 

「私は頭が固いくせに肝心な時は優柔不断なエルフだが……良かったら心中の悩みを訊かせてくれぬか? 解決出来るかは分からぬが、少々のガス抜きにはなるだろう」

 

アルフェウスの自己評価に苦笑を浮かべ、レオは注いだ酒を口に運ぶ。

 

そして軽く息を吐き、数秒の間を置いてレオがゆっくりと言葉を口にした。

 

「……正直、自分でもよく分からないんですよ。今心の中で引っ掛かってるモヤモヤが何なのか。これじゃあ悩みと呼ぶのも怪しい」

 

そう言って、レオは手に持ったグラスを地面に置き、突然自分の左親指の肉を噛み切った。当然指先から鋭い痛みが走り、血がダラダラと流れ出す。

 

それを見たアルフェウスは少なからず驚くが、言葉よりも先に新たな変化が起こった。

 

レオの親指からダラダラと流れる血の量が、目に見える速度で少なくなっているのだ。

 

穴が開いた水風船のような勢いで流れていた出血が、今ではポタポタと水滴のような勢いで地面に落ちている。

 

アルフェウスがその光景に眉を顰め、レオが親指を一舐めして傷口を見せる。

 

すると、確かに肉まで噛み切ったはずの傷口はまだ少量の血を滲ませているが、既に傷口の表面が薄い皮膚の膜に覆われていた。

 

「こっち(エンディアス)に来てから、変化はあったんです。目と髪の色がおかしくなって、身体能力が目に見えて跳ね上がって、おまけにこの異常な治りの速さ。どう考えても普通じゃない」

 

その言葉に、アルフェウスは返答こそしなかったが無言で肯定する。

 

今見せたレオの治癒力は基礎的な身体能力が優れている獣人をも超えている。

 

新陳代謝が優れているなどのレベルではなくもっと別の……何かの異能を思わせるような異常性をアルフェウスは感じた。

 

「心の何処かで気にはなっていた。だけど実際、この力に助れられたこともあった。だから自分に都合の良い言い訳をして、考えるのを避けていた」

 

エルデの人間はエンディアスでは高い身体能力が発揮出来るようになるという一説を耳にした。

 

今はドラゴニア帝国と戦っているのだから考えるのは後回しだ。

 

……そうやって自分に嘘をついて、疑問を心の奥底に追いやった。

 

自分がまるで人の形をした化け物になったようで怖いと思ってしまうから。

 

だが今回の戦いであの男、伯爵と呼ばれていたヤツの態度と言葉が遠ざけていた疑問を再び引きずり出した。

 

改めて今の自分の様を見て、レオは自分の弱さに吐き気さえ感じた。

 

「……私が言えた義理では無いかもしれんが、それは悪いことではないと思う。心の弱さを常に見詰めて向き合える者などこの世にいないだろう。それに、レオ殿とてそのまま腐り果てるつもりはないのだろう?」

 

アルフェウスの問いに、レオは当然だと言うように左手を握る。

 

そして、血が滲んだ左手を広げ、レオは静かに呟いた。

 

「怖いのは変わらない。今すぐに解決は出来ないかもしれない。だけど、向き合う覚悟は出来ました。この力だけじゃなく、自分の過去のことも……」

 

そう。レオが目を背けていたのは自分の体のことだけではない。

 

1年前のあの日、レオの心に拭えぬ後悔を刻んだ雪の降る夜。その時に大好きな姉が言っていたことも。

 

知らなければならない。向き合わなければいけないのだ。

 

「……そうか。では、新たな一歩を踏み出す記念に……」

 

言って、アルフェウスは微笑を浮かべながら残り少なくなってきた酒をレオのグラスに注ぐ。

 

そして、2人は手に持ったグラスを天に輝く月に掲げ、グラスの酒を一気に飲み干した。

 

その時、レオの気配探知の範囲内に新たな気配が現れ、後ろから声が聴こえた。

 

「驚いた……議長も一緒にいるなんて……」

 

振り返ると、漆黒のドレスを靡かせたサクヤが驚きと呆れを混ぜたような視線を2人に向けていた。

 

続いて傍に置いてある酒瓶とグラスを見てサクヤは溜め息を吐く。

 

「怪我人が進んでアルコール摂取とは、いっそ清々しいわね」

 

「えっと……どうしてここに?」

 

「アルティナと龍那の手が空いたから怪我の治療に呼びに来たの。早めに治した方が良いと思ってね」

 

「分かりました。すぐに行きます……」

 

そう答えてレオは飲み干した酒瓶を持って帰ろうとするが、隣に座るアルフェウスがそれを手で制した。

 

「此処の片付けは私がしておこう。気にせず行くと良い」

 

言われたレオは少し考えるが、断るのも悪いと思い「お願いします」とだけ言ってサクヤと共に城壁の高台を降りて、街へと戻った。

 

高台に残されたアルフェウスは、何も言わずに空の満月を眺める。

 

だがやがて……

 

「良くも悪くも変わらぬものなど無い、ということか……」

 

……静かに呟いたその顔には、何処か救われたような微笑が浮かんでいた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 「議長と何を話していたの……?」

 

特に会話の無かった街への戻り道、ふとサクヤが問いを投げた。

 

それに対しレオは、特に迷うこともなくすぐに返答する。

 

「自分の何十倍も生きてる人生の先輩にちょっとした人生相談をしてました」

 

「……私も一応は人生の先輩なのだけど?」

 

「男同士でしか話せないこともあるんですよ」

 

少し拗ねたようなサクヤに対して何処か煙に巻くような言葉を返すレオ。

 

それによって今度はむぅ、と頬を膨らませるのだが、そんな時彼女の脳裏に戦闘中にアイラに言われた言葉が思い浮かぶ。

 

 

『作戦が終わったらご褒美の1つでもくれてやればいいさ。きっと喜ぶぞ。そうだな……なんなら私が引き受けても良いが?』

 

 

あの時言われた言葉を思い出し、サクヤの頬が少し赤くなる。

 

別に不服なわけではないが、いざ言い出そうとすると少し気恥ずかしいのだ。

 

「ね、ねぇレオ……その、何かしてほしいこととか、欲しいものってあるかしら」

 

「?……急にどうしたんですか?」

 

突然の質問に首を傾げながら問うレオに対し、サクヤは視線を彷徨わせながら手をモジモジさせて答える。

 

「えっと……今回の作戦でレオにはとても負担を掛けてしまったし、何かご褒美でも上げようかと思って……」

 

「ああ、なるほど……」

 

サクヤの言葉に納得しながら、レオは遠い目で夜空を見上げる。

 

確かに、今回の作戦では随分とあちこちを動き回って苦労したような気がする。

 

だが、いきなりご褒美と言われも、基本的に物欲の薄いレオにはこれと言って欲しいものなどは思い浮かばない。

 

かと言って、してほしいことなどさらに思い浮かばない。

 

だが、せっかくの厚意を断るような薄情な答えも返したくはない。

 

(どうしたもんかな……)

 

顎に手を当てながら考え、何かないかとレオは頭を捻る。

 

そして数秒後、何かを思い付いたのかうん、と頷いてサクヤと視線を合わせる。

 

「じゃあ、今度休める時に2人だけの酒飲みに付き合ってください。良いお酒と料理を用意しますから」

 

「え? そ、そんなことでいいの……?」

 

「僕にとってはそれが“ご褒美”になるんですよ」

 

それだけ言って、レオは再び街の方へと歩き出した。

 

サクヤも慌ててその後を追い掛けようとするが、その途中でふとある考えが頭の中に浮かんだ。

 

(あれ?……よく考えたらこれって、夜のディナーに誘われたってことよね? しかも2人きりでの食事……それって、まるで恋人同士のデートみたいな……)

 

そこまで考えてサクヤの思考はグルグルと空回りを始め、謎の悶絶を始めた。

 

そんな突然の奇行に走り出したサクヤをレオは驚きながらもどうにか落ち着かせるが、再び街に向けて歩を進めたのはそれから30分も先のことだった。

 

ちなみに、本来の予定よりも治療に取り掛かる時間が大いに遅れてしまい、アルティナの機嫌がすこぶる悪くなったことにサクヤが強い罪悪感を感じたのは余談である。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回は戦いに勝利した後のちょっとした宴の話でした。

伯爵のちょっとした精神攻撃によってレオは自分に起こっている異変と自分の過去に向き合うことを決めました。

そして、今回になってようやく出て議長の名前。

言えない・・・・久々にプレイしたシャイニング・ブレイドで名前を見付けたなんて言えない。

次回は恐らく第4章のエピローグになると思います。5章に入れるかどうかは少し微妙ですが。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第42話 変わり始めたモノ

スペル様、ダークガタック様、Life〆様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回でようやく4章は終わりです。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 エレンシア奪還の祝勝の宴から2日が経過した。

 

大きな戦いを乗り越えた達成感を噛み締め、英気を養ったことで解放戦線のメンバーやエルフ達の表情には何処か明るい活気があった。

 

そして、解放戦線の主力を務める幹部メンバーのサクヤ達は現在、エルフの隠れ里に足を運んでいた。

 

首都を取り戻したとはいえ、エルフ達はまだ隠れ里を拠点にしているのだ。

 

長老議会の面々が揃っていることから考えて、話し合いには此処の方が都合が良い。

 

サクヤ達が会議場に到着すると、既に議会のエルフ達は全員席に着いており、必要なメンバーが揃ったのを確認したアルフェウスが声を上げる。

 

「……まず、此処にいる者達に改めて報告したい。解放戦線の方々のご助力もあって、首都エレンシアと、我らの聖地を奪還することが出来た。戦場へ赴いた同胞と解放戦線の方々には深く感謝を述べる」

 

微笑を浮かべてそう言ったアルフェウスの顔には、初めて見た時のように張り詰めた雰囲気が感じられず、以前は無かった余裕が見られた。

 

「残念ながら首都の損害は各所に渡って酷く、復興には長い時間を必要とするだろうが……なに、我らエルフ族の寿命は長い。気長にやっていくとしよう」

 

それは、アルフェウスにとってはこの場にいる皆への軽いジョークと励ましのつもりだった。

 

だが、その言葉を聞いた解放戦線のメンバーの中には嫌な汗を流して気まずそうに目を逸らす者もいた。

 

具体的に名前を述べるなら、レイジ、ユキヒメ、サクヤの3人である。

 

何せレイジが戦闘で放った『飛焔』の大爆発によって南門の石橋と外門は共にボロボロ。橋の左右にはサクヤとアイラの氷結魔法によって作られた巨大な氷柱が聳え立ったままだ。

 

アレを全て撤去やら修繕やらをして全てを元に戻すには、それこそ数年規模の月日を必要とするだろう。

 

善人と言える心を持ったこの3人にとっては、気にするなと言われても少々無理があるものだ。

 

ちなみに、サクヤと一緒に氷柱を作ったアイラはというと、特に気にしている様子は無い。こちらの場合、アレは必要経費だ、と完全に割り切っているようだ。

 

「さて、次の話だが、復興を行う前に我等にはドラゴニア帝国の脅威を取り除くという難題が残されている」

 

その話を切り出した瞬間、会議場の空気が確実に張り詰めたものになった。

 

変化した空気を感じ取り、アルフェウスは数秒の間を置いて話を進める。

 

「そこで……我等は話し合いの結果、さらなるフォンティナーの民の団結と共に他国との協力を推し進めることを決定した」

 

その言葉を聞いて、アルティナやラナ、レイジ達の顔にも笑顔が浮かぶ。

 

この国を訪れた時は絶望的に思われたエルフ族との和解。様々な困難を乗り越え、それが遂に実現されたのだ。

 

長く、そして強く待ち望んだ結果が訪れたことを、この場にいる全員が喜んでいた。

 

「そのため、我等長老議会はこれを機に国の舵取りを帰還された王族……ラナ王女に返上しようと考えているのだが、お受けいただけるかな?」

 

「え? アタシ!? 何でアタシ!? 普通アルティナじゃないの?」

 

「いや普通に考えても長女のラナさんの方が王位継承権は上でしょう」

 

アルフェウスの指名を受けてラナは心底驚いたような声を上げるが、傍にいたレオが冷静に解説し、同じく傍にいたアイラもその通りだと言うように頷く。

 

「レオ殿の言ったことも勿論のことだが、これは長老議会の総意でもある。今回の騒動において、あなたは指導者として大きな力を示した」

 

「大きな力って……アタシ、何かすごいことしたっけ?」

 

「してくれたとも。“ただ一言、本当の気持ちを込める”……あの言葉のおかげで、我等は今まで踏み出せなかった一歩を進むことが出来た。少なくとも、私はあの言葉に背中を押された」

 

「そして……押したからには責任を取らなきゃでしょう? 姉さん」

 

首を傾げるラナの疑問にアルフェウスは強く頷きながら答え、傍に歩み寄ったアルティナも微笑みながらそれに賛同する。

 

その様子から見て、アルティナもラナが王位を継ぐことに賛成しているようだ。

 

「それに……これからフォンティーナは他の国、他の種族とも協力していかないといけない。その上で国の舵取りを行うなら、色んな国や種族を見てきた姉さんが一番向いてるわ」

 

その言葉に、ラナは納得を覚えると同時に退路が無いことを理解した。

 

アルティナの言った通り、今フォンティーナにいるエルフの中で最も他国・他種族との交流を経験したのはラナを置いて他にはいない。

 

まさか同族からも呆れられた放浪癖がこんな形で自分に跳ね返ってくるとは、流石のラナも思いもしなかったことだ。

 

「うぅ~……そう来たか。そう言われると何も言えないわね~」

 

溜め息を吐きながら肩を落とし、今度は真剣な眼差しで顔を上げる。

 

その顔は、状況に流された故のものではなく、覚悟を決めた顔だった。

 

「……いいわ。議長。エルウィン・ラナ・シルフィス、謹んでお受けいたします!」

 

胸を張り、堂々と声を上げたラナの宣言。

 

それ聞いたエルフ達は「おぉ!」と感心と歓喜の声を上げ、皆その場で立ち上がって盛大な拍手を送る。

 

当然傍にいたアルティナも、解放戦線の皆も喜びと祝福の声を上げる。

 

「コホン……では、即位として早速ですが、女王として当面の方針を発表します」

 

咳払いを挟んで会議場にいる全員を見渡しながらそう言いだしたラナの顔には、何故だか楽しそうな笑顔が浮かんでいた。

 

その場にいる者は当然そんな笑みを浮かべる理由が分からず首を傾げるが、2人だけ……レオとアイラだけは“あ、アイツ何か碌でもないこと思い付きやがったな”と言うようなジト目をしていた。

 

「まず、フォンティーナは引き続き、ヴァレリア解放戦線との同盟関係を維持して帝国軍との戦いに挑みます。帝国の脅威をヴァレリアから取り除く為、皆さんの力を貸してください!」

 

ラナはそこで一旦言葉を切り、議員達の方へ視線を向けた。

 

「そして、女王であるアタシは……ヴァレリア解放戦線と行動を共にし、最前線にて協力活動を行います!……というわけで、長老議会の皆さん。アタシがいない間、フォンティーナのことはお任せします! 以上!」

 

ラナが元気良くそう言い切ると、会議場は沈黙に包まれた。

 

額に手を当てて頭痛を堪えているレオとアイラ以外は誰もが動かず、言葉を発しない。いや、正確には言葉を失っているのだが。

 

今ラナの言ったことを簡単に纏めると、『フォンティーナは解放戦線との同盟関係を維持して共闘する。女王である自分は解放戦線と共に最前線で戦う。だから留守の間フォンティーナのことは長老議会に任せる』とのことだ。

 

つまり、今までと大して何も変わらない。

 

「この話し合いに意味はあったのか?」

 

「アイラさん、それ以上いけない」

 

全員の意思を代表するようなアイラの言葉をレオは即座に打ち切る。

 

そうしなければ、長老議会の人達があまりにも可哀想に思えたからだ。

 

溜め息を吐く2人の視線の先では我に返ったアルフェウスが当然ながらラナに詰め寄っているが、本人は「これは女王の決定です。意義は認めませ~ん」と涼しい顔で受け流している。

 

歴史の中でも王族が戦争の最前線に立って力を示し、味方を鼓舞して勝利に導くという例が無いわけではないない。

 

だが、幾ら何でも国事がめんどくさいという理由で国元を離れて最前線に行きたがる女王などという存在は前例が無いだろう。

 

というか、そんな存在いて堪るかというのがレオとアイラの現在の心境である。

 

「やれやれ、女王になってもぶれないわね、ラナは」

 

そんな2人の元に、苦笑を浮かべたサクヤとフェンリルがやって来る。

 

再びラナの元へ視線を向けると、今度はレイジ達も加わって話し合いの規模が大きくなっている。

 

まあ、ギャアギャアと騒ぐ声は聞こえるが、怒鳴り声などは聞こえてこないので心配はいらないだろう。というか、するだけ無駄な気がする。

 

「まあ、ラナのことはともかくとして……改めてフォンティーナと同盟関係を結んだことで、こちらの戦力もかなりの規模になったな」

 

「そうだな、ヴァレリア中央に位置するシルディアと、東のルーンベール、南のフォンティーナ。これでベスティアの戦力が健在なら、帝国と渡り合う戦力が充分に揃う」

 

ヴァレリア地方は元々、東西南北とその中央に位置する5大国を基準に国土が別れている。

 

当然、中には独立した中小規模の国も存在するが、その殆どはクラントールを加えた5大国の同盟国家である。

 

今アイラが口にしたベスティアと呼ばれる国はヴァレリア地方の北方に位置する最も広大な国土を持つ国であり、百獣連合王国とも呼ばれている。

 

「たしか獣人が最も多く住んでる国で、土地の殆どが荒野と砂漠なんですよね。正規軍との連絡とかは……」

 

そう言ってレオが視線で問うと、アイラは静かに首を横に振った。

 

「今お前が言ったように、国土の殆どが広大な砂漠と荒野だ。こっちから連絡を出そうにも気軽に渡れる距離でも環境でもないし、帝国の目もある。現状では国内の様子は全く分からん」

 

「しかし、ベスティアの火山島には炎の精霊王がいます。このままにしておくわけにはいきません」

 

新たに会話に加わってきた龍那の言葉にフェンリルは腕を組み、大きく頷く。

 

「だな……では、すぐにでもベスティアに向かう準備を始めるとしよう。大人数での砂漠越えとなると、必要な物を揃えるのにも少し時間が掛かるからな」

 

「それも大事ですけど、エルフ達が前線に加わったから各部隊のインフラを整備する必要がありますね。他にも避難民の受け入れと物資の分配、各地に駐屯する戦力の構成とかも……」

 

「しばらくは目が回りそうね。でも、やってみせましょう」

 

これから取り掛かるべき問題点を前に一同は大きな溜め息を吐くが、サクヤの言う通りやってみせなければならない。

 

戦場で剣を振るうことだけが戦争ではないし、この場にいる人物は決して闘争に飢えた狂戦士(バーサーカー)ではない。

 

最初から戦争などしたくないが、それに勝利した先にある平和の為にその力を振るい、戦っているのだ。

 

故に、やるべきことから目を背ける者などこの場にいるはずもなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side レオ

 

 「さぁて……やると決めたのは良いけど、大変なのは事実。今からでも出来ることはやっておかないと……」

 

会議場での話し合いを終えて各自解散を言い渡された後、僕は1人呟きながら物資を纏めて運び込んである倉庫へと足を運んでいた。

 

やれることは出来る内にやっておく。

 

僕個人の主観だが、やれることを後回しにすると殆どの場合は何らかの痛手として跳ね返ってくる。使える時間が有るのなら、進んで使うべきだろう。

 

そう思ってエルフ達と解放戦線のそれぞれ物質の詳細を確認しようと歩を進めていたのだが、その途中でふと声を掛けられた。

 

「おや、レオさんじゃありませんか! どうしたんですかい?」

 

声の咆哮に視線を向けると、解放戦線で支給されている鎧を身に付けた体格の良い男性が木製のジョッキを片手に軽く手を上げていた。

 

残念ながら名前は知らないが、前線で何度か見かけたことがある。たしか、小隊長を務めている騎士の1人だ。

 

傍には同じように酒が注がれたジョッキを片手に持った騎士が3人と、同じくジョッキを片手に持った男性のエルフが2人いた。

 

解放戦線の各部隊には、見張りなどの担当が無い者はベスティアへの遠征の準備が済み次第、今日は自由に過ごしていいと話を通しておいたのでその一部の人達だろう。

 

「いえ、今の内に作れる報告書は作っておこうと思いまして、ちょっと倉庫の方へ物資の確認をしに……」

 

「おぉ、なるほど。そうでしたか……必要でしたら手伝いますかい? 少し酔っぱらっちゃいますが、力仕事くらいはこなせますぜ?」

 

「いえいえ、物資の種別や数を確認するだけなので大丈夫ですよ。気にせず酒飲みを楽しんでください」

 

手伝おうとしてくれるのは素直にありがたいが、本当に人手は必要無いのでやんわりと断っておく。

 

せっかく人間とエルフが種族の溝を気にせず酒を飲み交わしているんだ。今は気にせず楽しんでもらいたい。

 

「……というか、今更なんですが何故敬語なんですか? 僕の方が若輩なんだし、呼び方だって呼び捨てにしてもらって構いませんけど……」

 

ふとした疑問を尋ねると、話し掛けてきた男性は何故か急に咳き込み、他の人達も酒を咳き込んだり軽く噴き出したりしている。

 

はて……僕、何か変なことでも口走ったのだろうか。

 

「ゲホッ! ゲホッ!……と、突然何を言うかと思えば、冗談キツイですぜレオさん。幾ら俺みたいな田舎生まれの騎士でも、上官には敬語を使いますよ」

 

「隊長の仰る通りです。それに、ただ威張るだけの無能者とは違い、レオ殿のように戦場での武芸だけでなく (まつりごと)まで見事にこなすお方は、上官でなくとも騎士として素直に尊敬いたします」

 

何を言っているんだ、とでも言うような笑い声を上げながら、何故か目の前の人達は揃って僕をべた褒めしてくる。

 

正直、僕としても何故こんなに褒められるんだ? と尋ねたいところだが、それよりも先に確認しなければならない大事なことがある。

 

今、彼等は間違い無く僕のことを上官と言った。

 

だが、僕にはそう言われる理由が全く思い当たらない。

 

ヴァレリア解放戦線は義勇兵の集まりだ。一応組織として機能はしているけど、王国の正規軍のように細かな階級が有るわけではない。

 

有るとすれば、精々隊長のサクヤさんと副隊長のフェンリルさん。それと、目の前の小隊長くらいのものである。

 

そんな組織の中で僕がどんな階級にいると認識されているのか、理由はともかく詳細は訊いておかなければならない。

 

そう決断し、僕は楽しそうな笑い声を上げる彼等に質問を投げた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 「……なるほど、他の皆さんの中ではそういう認識になっていたわけですか」

 

一通りの話を聞き終えて、顎に手を当てながら内容を頭の中で整理する。

 

彼等が言うには、解放戦線の中での僕の階級というやつは、驚いたことにフェンリルさんの1つ下……つまりは、一種の纏め役みたいな認識らしい。

 

ちなみに、他に僕と同じ階級として見られているのがケルベロスさん。

 

その下にリンリンがいて、さらにその下にレイジとリック、その下が小隊長達という感じの扱いになっているそうだ。

 

アイラさん、エルミナ、アルティナ、ラナさん、龍那さん、剛龍鬼は他国や外部からの協力者であり、王族もいることから僕とリンリンの間くらいの認識となっている。

 

……なんというか、僕自身の預かり知らぬ所で随分と出世したものである。

 

というか、レイジとリックってリンリンよりも下の階級扱いだったんだね。

 

「本当に知らなかったんですかい? 俺達のような下の連中の中じゃ大分前からそういう認識でしたけど……」

 

「お恥ずかしいことに全然……というか、僕ってそんな大したことしましたかね?」

 

「いやいや、レオさん。アンタはもう少し自信を持つべきですぜ。四魔将の1人を一騎打ちで退けるなんて、誰にでも出来ることじゃあない」

 

「それに、我々がいつも気兼ねなく戦場で戦えるのは隊長やレオ殿が政務をこなして下さるからこそです」

 

「たしかに……あのような仕事は、時には武術を磨くことより遥かに難儀ですからな。我等エルフも、その点では議長や長老議会の方々にとてもお世話になっています」

 

まあ、それは同意である。

 

書類仕事というのは、取り繕うまでもなく地味で面倒で疲れる仕事だ。アレをこなせるようになるには、その人の向き不向きが一番重要だと思う。

 

僕の場合はこういう仕事に少しばかり適正があったのと、伊吹家に将来必要になるスキルの1つということで子供の頃からいろはを教え込まれていたおかげだろう。

 

それがこんな形で役に立つのだから、世の中本当に分からないものだ。

 

「……まあ、そういうわけなんで何か必要なことがあったら遠慮無く言ってくだせぇ。俺らに出来ることなら、何時でも手ぇ貸しますぜ」

 

「了解です。機会が有ったらその時はお願いします」

 

そう言って、これ以上酒盛りを邪魔するのも悪いと考えてその場を離れる。

 

そのまま目的の倉庫に辿り着き、入り口に掛けられていた留め具を外しながら先程の話の内容を頭の中で思い返す。

 

(階級か……やれることやってただけで考えたことなかったな)

 

積み荷の中の物資を確認してメモに書き写しながらそんなことを考える。

 

書類仕事を手伝うことにしたのはサクヤさんが1人で大変そうだったのと、僕自身にも少しだが適正があったからだ。

 

それでいつの間にか上の立場に着いていたとは、今でも驚きである。

 

「もしかしたら、部隊のインフラよりも先にこっちの整理を優先した方が良いのかな。戦場で命令系統が混乱したらけっこう洒落にならないし」

 

命令の優先順位というのは、場合によってはその人の命や戦いの勝敗を左右することもある。決して軽く見て良い問題ではない。

 

解放戦線の規模も大きくなり始めたのだし、こちらも少しずつだが変わっていかなければならないということだろう。

 

まあ、まずは……

 

「今やれることをやっていこう」

 

少しずつでも良い。小さな前進でも、希望があるならまだ歩いて行ける。

 

そう自分に言い聞かせ、僕は倉庫の扉を閉めて歩き出した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ようやく第4章が終了し、次からは第5章に入っていく予定です。

今更だけど、この速度で完結って何時になるんだろうか。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第43話 熱砂吹き荒れる灼熱の大地

ELS様、スペル様、ダークガタック様から感想をいただきました。ありがとうございます。

お久しぶりです。どうにか年明けるまでに更新出来た。

いや、まず目を向けるのそこじゃねぇだろと自分でも考えますが、とりあえず今回から第5章灼熱のバルカローラに入ります。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 ヴァレリア地方の北西部には砂漠と山脈が広がっている。

 

砂漠と言うのは基本的に人間が暮らす環境としては困難なものである。

 

陽の光が差している時の気温は常に50度を上回り、何処までも広がる大地は砂に覆われている。

 

暑さというのは、その場に立っているだけで精神と肉体に負担を掛ける。

 

常に絶えることのない熱気が苛立ちを誘い、体から流れる汗が不快感と共に体内の水分を絞り取っていく。

 

しかも、砂漠の地面は一面砂だらけ。歩くだけでも足に掛かる疲労は土の上とは比べ物にならない。

 

……そんな砂漠の上を、数十人の団体が列を作って歩を進めていた。

 

一団の名は、ヴァレリア解放戦線。

 

数日前に遠征の準備を整えてシルディアを出発した彼等は、帝国の目を盗みながらベスティアの砂漠を歩いていた。

 

殆どの者が日除けと砂塵の対策の為にフードを纏って歩いているが、その奥の肌には砂漠の殺人的な暑さのせいで堪え切れない汗が流れている。

 

そんな中……

 

「ハァ……ハァ……ごめんなさい、エルミナ……私は、ここまでみたい……」

 

「そんな……! ダメです、アイラ様! しっかりなさってください!」

 

「あぁ……残念ね……もっと、色々教えて、あげた、かった……」

 

「アイラ様ぁ!」

 

「……水を差すようで悪いんですけど、僕の背中で別れの言葉告げるのやめてもらえます?」

 

エルミナの悲痛な叫びに間を置いて、疲労の気配を濃く宿したレオが呆れた声を出す。

 

その姿は普段着ているロングコートではなく、グラマコアを使用した時に纏う水色のYシャツと薄青色のズボン。

 

その上に着ているはずのトレンチコートは脱力して背中に背負われているアイラの肩に掛けられており、左手に装備されたクリュスタルスからは氷剣が静かに冷気を放たれている。

 

何故こんな状況になっているのか……レオは玉のような汗を流しながら遠い目をして思考を巡らせた。

 

そもそも、現在レオの背中に背負われているアイラがこうなったのは何も今さっきの話ではない。

 

氷の魔法を得意とする故なのか、それともただの体質なのか……アイラは寒さに対して人外じみた強さを持っているが、反対に暑さにはかなり弱い。

 

砂漠の近くに足を踏み入れた瞬間、まるで湯の中に落ちた氷のようにアイラは倒れ伏した。それも直立した姿勢から真っ直ぐ倒れる形で。

 

予想以上の脆弱さに解放戦線はいきなり遠征の足を止められてしまい、何か方法は無いかと考えることになった。

 

砂漠を渡るので荷車の類は使えないし、今回は隠密性を優先してラクダも連れていない。

 

ならば必然的に誰かが背負って運ぶしかないのだが、そうなると次の問題は誰が運ぶかだ。

 

まず最初に考え付くのは体力にも能力にも余裕のある獣人のフェンリルと竜人の剛龍鬼だが、この2人は乗り物の代わりに多くの荷物を運んでもらう計画だ。

 

よって、次なる候補は解放戦線の切り込み役を務めるレイジ、リック、レオの3人となった。

 

しかし、レイジはアイラ程ではないが暑さを苦手とするユキヒメを、リックは体力的にも不安の大きいアミルとエアリィを武器形態で運ばなければならない。

 

消去法で必然的にレオが抜擢されるのだが、この時はレオ本人も他のメンバーも特に異存は無かった。

 

この場にいる全員、レオが動ける限りで毎日筋トレをしていたのは知っているし、そのタフさも実績で証明している。

 

だが、どういうわけかこのままでは終わらなかった。

 

移動方法に目処が付いた矢先、アイラが新たな問題点を提示してきた。

 

曰く、自分で歩かなかったとしてもこの熱気の中に長時間いれば溶ける、とのことである。

 

アイラ本人は至極真面目な顔だったのだが、それ以外の者の心境は揃って「どうしろと?」という感じである。

 

もう置いてった方が良いんじゃないだろうかこの人、などと思いながら再び会議が始まりそうだったのだが、この問題に関してはアイラが解決策を提示した。

 

その方法とは、レオがアイラを背負いながらグラマコアの冷気の吸収・圧縮・解放の能力を使って自分の周りの気温を強引に下げる、というものだった。

 

だが、いくらグラマコアの力があっても大気中の冷気は無限ではない。しかもこれから歩くのは砂漠、むしろ冷気があるのだろうか。

 

そこで、アイラの出番である。背負われている彼女がその膨大な魔力で冷気をひたすら作り出し、それをグラマコアに吸収させるのだ。

 

結果で言えば、策は成功した。

 

グラマコアの冷却能力によってアイラとレオの周りの気温は砂漠の上だというのに23度~25度近くまで減少した。

 

しかし、その代償とでも言うように別の問題が発生した。

 

単純な話、レオの負担が予想以上に大きかったのである。

 

確かにグラマコアの力で周囲の気温を下げることは出来た。しかしだ、そのグラマコアを制御しているのはレオである。吸収した圧縮冷気を周囲に散布させるだけとはいえ、術を行使する以上は精神力を消耗する。

 

さらに、気温を下げたしても直射日光の熱さはどうにも出来ないので、レオは気温が下がった空間の中にいながら他のメンバーよりも大きな負担をしょい込むことになったのだった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 (やばい……思ったよりキツイ)

 

 現状を再確認し、僕は心中で溜め息を吐きながら右手で首元にぶら下げているボトルを持ち、水を飲む。

 

「アイラさん、水です」

 

「うむ……」

 

そのままボトルを弱々しく手を伸ばすアイラさんに手渡し、両手でアイラさんを背負い直して歩き出す。

 

砂漠というのは喉が渇いていなくても定期的に水分を取らなければ体が思うように動かなくなってしまう。

 

まあ、今は日差しと術の維持で体力も消耗しているのでなおさらだ。流れる汗も水分には違いないのだから。

 

ちなみに、間接キスだの何だのという問題は僕もアイラさんも気にしちゃいない。というか、砂漠を歩いている中でそんな余裕は無い。

 

(こんな状況じゃなければ役得なんだけどね~……)

 

僕も男なので脱力したことで背中に押し付けられている素晴らしい感触とか両手で持ち上げている女性特有の柔らかい肌などを嬉しいと思えるのだが、今気を抜くと暑さで頭がボォ~っとしてくるのでそれも半減だ。

 

「みんな! もう少しだけ頑張って! 目的地が見えてきたわ!」

 

サクヤさんのよく通る声が先頭から聞こえ、他の皆の顔に確かな喜びの色が差す。

 

かく言う僕も、ゴールが近いと分かったおかげで体に活力が戻ってくる。

 

「アイラ様、聞こえました? もう少しですよ!」

 

「ええ、聞こえたわエルミナ……すまないが頼むぞ、レオ」

 

「了解です」

 

返答を返しながら僕は先頭を歩くサクヤさんが指を差している方向に目を向ける。

 

強い日差しで輪郭がボヤけて見えるが、視ることには少々自信がある。目を広げたり細めたりなどしてピントを調節し、その姿を正確に捉える。

 

そこに見えたのは、一見すると横に広く、縦にそこそこ高い岩山。

 

だけど、僕の目はその山の中に見えた陽の光を遮る空洞のような部分を捉えていた。

 

「アレは……鍾乳洞? いや、それにしては大き過ぎる……石窟か?」

 

山の中に見える影の部分から思い付いた推測が零れるが、この距離ではハッキリと判別出来ない。

 

だが、少なくとも一つだけ大事なことが分かっていることがある。

 

「目的地は涼しそうだ」

 

そんなことを呟きながら、僕は疲れた体に喝を入れて再び歩き出した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 長い砂漠の道を歩いた解放戦線が辿り着いた場所は、レオの予想通り岩山を掘削した石窟だった。

 

ただ、その規模はインドに存在する石窟寺院などよりも凄まじく、岩山の内部に1つの街がそのまま収められていた。

 

その町の名は、石窟街ローラン。

 

並ぶ建築物はどれも中華を思わせるようなデザインをしており、街の中からは人々の活気の声や鉄を叩く音などが絶え間無く聞こえてくる。

 

ひとまず、街に到着した解放戦線のメンバーは殆どが砂漠越えで消耗していた為、荷解きを済ませてすぐに水浴びや食事など、それぞれ充分な休息を取ることとなった。

 

特に、疲労困憊でぜぇぜぇ言いながらも無言で地面に倒れ伏していたレオはレイジとリックの手により即座に水浴び用の湖に放り込まれ、水分補給を終えた後に泥のように眠った。

 

他のメンバーもそれぞれ休息を取り、準備を終えた解放戦線のメンバーは街の奥にある一段大きな建物……軍の集会場に集合することとなった。

 

「よく来て下さった、サクヤ殿。他の方々も、援軍に駆けつけてくれたこと、心より感謝する」

 

「久しぶりね、刃九朗。もっと早くに来られれば良かったんだけど。現在の状況を教えてくれる?」

 

感謝の言葉と共に解放戦線を出迎え、サクヤと握手を交わしたのは、忍者のような黒装束に身を包んだ白い鳥獣人だった。

 

その背には白と黒の対の色を持つ翼が見えるが、何故か黒翼の方は光沢を放つ機械的な翼となっている。

 

「うむ、簡単に言えば、ベスティアはかなり危険な状況にある。首都が侵攻された際に国王ディオクレス陛下が戦死され、我が兄バクートを含めた獣王十二将も殆どが生死不明の有り様。加えて、王城の地下深くに封印されていたダークドラゴンの体も敵に回収されてしまった」

 

「やっぱり、どの国も似たような状況ってわけか」

 

「だが、今最も深刻なのは避難民の方だ。首都から逃れて散りじりになった生存者は多数確認されているが、精霊力の低下による干ばつの悪化と帝国軍の追撃で深刻な被害が出ている」

 

砂漠という環境において水はまさしく生命線とも呼ぶべきもの。

 

ただでさえ水の確保が難しい砂漠の地で干ばつが悪化すれば人間も獣人もあっという間に死に絶える。

 

「大地の精霊力が弱まっているということは、沖合いの火山島に棲む炎の精霊王も帝国の手にかかったと見るべきですね。たしか、精霊王を守護するドラゴンの名は……」

 

「炎竜ブレイバーンだな……しかし、現在港は帝国軍に押さえられている。すぐに火山島へ向かうのは難しいだろう」

 

竜那の後を引き継ぐように答えた刃九朗の言葉に、全員が難しい顔をする。

 

ルーンベールやフォンティーナと違い、ベスティアの炎の精霊王は沖合いの火山島にいるので、向かうには船が必要になる。

 

ならば港を取り戻せば良いと考えるのだが、こちらもそう簡単にはいかない。

 

港というのは国交においては貿易の要であり、軍においては物資補給の要でもある。そんな場所ともなれば敵の守りは当然固い。

 

つまり現状において、火山島に向かう手段は無いということになる。

 

「……解放戦線の方々よ、精霊王の件が重要だとは理解しているが、今は生存者の救出を優先していただけないだろうか。昨今もたらされた情報なのだが、生存者を狩り集める部隊の中に4魔将の1人であるアルベリッヒの姿が確認されている。現状で奴を放置するのは危険なのも有るが、まずは生存者の確保を優先したいのだ」

 

刃九朗がその言葉を発した直後、ガタッ! と大きな音が集会場の中に響いた。

 

その音に反応した全員が視線を向けると、リックが座っていた椅子を倒すほどの勢いで立ち上がっていた。

 

「今、アルベリッヒと言ったか……? どこだ! 奴は今どこにいる!?」

 

「いや、それが……あのダークエルフは神出鬼没でな。ベスティアの各地を移動しているようで、拙者も動きを掴めていないのだ」

 

声を荒げるリックの剣幕に一瞬圧たじろぐが、刃九朗はどうにか冷静に返答する。

 

そして、今にも掴みかかりそうなリックを止めようとレイジが立ち上がり、後ろから肩を掴んで止める。

 

「落ち着けよリック、今はそれよりも大事なことがあるだろ」

 

「『それよりも』だと? 俺にとってはこれが一番重要なことだ!!」

 

「2人ともやめなさい! 今は私達が仲たがいしている場合じゃないわ!」

 

レイジの手を振り払いながらリックはさらに声を荒げるが、サクヤの制止の声で2人共押し黙る。

 

リックの顔には未だ不満や苛立ちの気配が漂っているが、サクヤの手がそっとリックの肩に添えられる。

 

「気持ちはよく分かるわ。でも、今は耐えてちょうだい……」

 

「……分かりました」

 

絞り出すような声を返し、リックは黙って再び椅子に座った。

 

集会場に重い沈黙が落ちるが、その中で静かにレオが片手を持ち上げて刃九朗に質問した。

 

「気になったんですが、帝国が生存者を狩り集めてるってどういうことですか? 殺しているのではなく?」

 

「うむ……理由は分からぬが、帝国は何故か生存者を見付けては捕らえて一箇所に集めている」

 

「その詳しい場所は?」

 

「大体の見当は着いている。だが、その場所は敵陣のさらに後方……情報収集も思うように出来んのだ」

 

それを聞いて、レオは視線をサクヤとフェンリルの方に向けた。

 

2人はその視線に対して無言で頷き、前に進み出たフェンリルが刃九朗と向き合う。

 

「ならば、まずは俺たちが帝国に対して波状攻撃を仕掛けて注意を引こう。その隙に敵陣の情報を集めてくれ」

 

「……承知した。そちらは任せてくれ」

 

「一先ずの方針は決まったわね。みんなも、異存は無い?」

 

サクヤが会議場にいる1人1人に視線を向け、満場一致を確認して隊長としての指示を出す。

 

「30分後に軍議を開くわ。各員は準備に取り掛かってちょうだい」

 

その言葉を聞き、全員が自分のやるべきことを頭の中で確認しながら席を立ち上がった。

 

帝国を相手に挑むのはこれで3度目。

 

最初はちぐはぐな所もあったが、これだけ経験を積めば自分が何をするかはもう分かっている。

 

先程声を荒げたリックも、自分のやることを理解しているからこそ一度深く息を吐いて席を立ちあがった。

 

そんなリックの背中をレイジは無言で見ていたが、肩をレオに軽く叩かれ意識を切り替える。

 

「今は僕達に出来ることをやっていこう。焦っても仕方がない」

 

「……だな。よし! オレ達も行くか!」

 

自分に喝を入れ、レイジとレオは集会場の外へと出て準備を開始した。

 

この時を引き金に、ベスティアにおける反抗の戦いが幕を開けた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

オリジナルというか、息抜き的な理由で勝手ながらアイラ様が暑さに弱い描写を入れました。

でもこれ、そんなに間違ってもいない気がするんですよね。だって、アニメだと砂漠のど真ん中に氷で家を作って生活してた人ですし。

ひとまずストーリーの進行は今回はここまで。

次から打倒帝国に動き出します。

では、また次回。

皆さん、良いお年を。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第44話 狂気の牢獄

康伸様、Life〆様、スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は収容所の攻略に入って行きます。

では、どうぞ。


  Side レオ

 

 僕達ヴァレリア解放戦線がベスティアの石窟街ローランを拠点してから2週間が過ぎた。

 

会議でフェンリルさんが提案したように、僕達はこの一週間で現地の生き残ったベスティア軍と足並みを整えながら帝国軍に何度か波状攻撃を仕掛けた。

 

平原に森に雪山と様々な場所で戦ってきたが、今度の戦場は砂漠。今までとはまた感じが違う。

 

実戦を行う前に模擬戦による訓練を行ったが、それはもうひどかった。

 

まず移動だが、普通の地面と違って砂の上を走るので足への負担は大きく、時にはバランスを崩しそうにもなる。

 

次に攻撃だが、こちらも砂の上で足腰に上手く踏ん張りが効かずに攻撃を外したり、威力が足りないなどということがあった。

 

また上手くいかないのは前衛組に限った話ではない。後衛組も破壊力の強い魔法を考え無しに使えば砂塵を周囲に撒き散らして味方の視界を奪ってしまうし、弓矢の軌道も大きく狂う。

 

そんな模擬戦の様子を一部抜粋すると……

 

 

「くっそぉ~……一歩進む度に足が沈むようなこの感覚、落ち着かねぇ……!」

 

「文句を口に出すくらいなら足を動かせ、戦場のど真ん中で転んでやられるなんて笑い話にもならないぞ」

 

「そういうお前だって上手く走れてねぇだろ。さっきすっ転んだの前転で誤魔化してたとこ見たぞ、リック」

 

「砂地に顔面からダイブしたお前には負けるさ」

 

 

……とか

 

 

「もらったぁ!!……あり?」

 

「ごはぁ!! ……おいリンリン、オレは味方だろうが! 何でオレの脇腹にドロップキック叩き込んでんだよ!」

 

「にゃはは……ごめんごめん、砂に足を取られて狙いが狂っちゃった」

 

「ドンマイと言いたいけど……レイジもさっき足踏み外して僕の背中斬りそうだったよね?」

 

 

……とか

 

 

「わ、私がリックさんの足止めを頑張らなくては! 行きます、フレイム!」

 

「ちっ、距離が開いていてはこちらが不利か。ならば斬り払う、輝炎斬!」

 

ボオォォン!!

 

「ぶわっぷ! くそっ!目に砂が……!」

 

「『心』で気配を探ればいけるかな……って危なっ! ちょっとラナさん! 今雷撃を纏った矢が頬を掠めたんですけど!?」

 

「ごめんごめん、風で舞った砂のせいで軌道が狂っちゃった」

 

 

……などなど、危うく死人が出る危険さえあった。

 

もちろん、最初の1週間のほぼ全てを使って充分な訓練を積み、今では砂地での戦闘もしっかりこなせるようになった。

 

そこから1週間に渡って帝国との戦闘を続けているわけなのだが、今の所大きな問題は無い。

 

砂漠や岩場で遭遇する帝国の戦力はボーンファイター・アーチャー等の他にデカい蜘蛛のサンダースパイダー、巨大なサボテンに二本の触手が生えたようなダリアというモンスターが殆どだった。

 

つまりは人間がいなかったのだが、恐らくそちらは刃九朗さんの言っていた生存者を集めるのに駆り出されているだろう。

 

そして現在、その情報についての進展があったということで、集会場に足を運ぶこととなった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 「皆、良く集まってくれた。先日、捕らえた敵の兵士を尋問し、例の民間人の収容施設を特定した。偵察隊による確認も済んでいるため、間違いの無い情報だろう」

 

集合を終えてすぐ、いの一番に告げた刃九朗の報告に全員の顔が引き締まる。

 

特にリックは顕著ですぐにでも刃九朗からその場所を聞き出して突撃しそうな雰囲気である。

 

「となると次の目標はその施設を陥落して民間人を助けることだけど……敵の警備はどうなの?」

 

「こちらが一気に打って出れば然したる障害にもならない……だが、現状ではそれは難しい」

 

「民間人が人質にされてるも同然ですしね。攻め入って人質を前に何も出来ませんってのは勘弁ですし……」

 

猫形態のリンリンの質問に対して刃九朗が首を重く振り、レオが代弁するように理由を口にする。

 

そう。一番重要なのは施設の戦力ではなく、民間人が捕らえられているということ。

 

結果その人達を危険に晒してしまっては本末転倒というものだろう。

 

「だが、このまま見殺しには出来ないだろう。何か良い手は無いのか!?」

 

苛立ちが半分、焦りが半分と言った風な口調でリックが声を荒げる。

 

その反応を予想していたレオは視線をフェンリルに向け、許可すると言うように頷きを返される。

 

「打開策として考えられるのは、少数……3、4人程度のメンバーだけで施設に忍び込んで警備を無力化。人質の安全を確保したら外に待機してる本隊が攻撃を開始して人質と潜入班を回収、という感じかな」

 

その作戦自体は、前からフェンリルやサクヤとも話し合って候補の1つに上がっていた。

 

つまりは隠密作戦なのだが、これは言う程簡単ではない。

 

単純に危険というのもあるが、帝国とて無能ではない。施設の警備は相応の能力を持った者が任されているだろう。

 

そして一度でも発見などされて失敗すれば、それは人質の死に直結すると言っても良い。

 

「……だったら、俺が行く。1人で行けば、見つかる可能性は減るはずだ」

 

「ちょっと待てよ! 流石に1人じゃ無茶だろ! オレも行くぜ」

 

「必要無い。来るな」

 

レイジが反対の声を上げるが、リックはそれをにべもなくバッサリと拒絶する。

 

無論納得などしていないレイジはさらに噛み付くが、それよりも先にサクヤとフェンリルが否定の声を上げる。

 

「ダメよ、リック。今回の作戦で単独行動は許可出来ないわ」

 

「発見される危険以前に、お前1人では確実に人手不足だ。先程レオが話したように、あと3人は同行させる」

 

フェンリルの言う通り、今回の作戦はただ敵に見つからなければ良いとうわけではない。

 

敵に異変を気付かれないよう素早く警備を無力化し、敵の増援や別動隊が来るより先に人質を救出・誘導する。

 

聞くだけでも明らかに1人だけでこなせることではないし、誰も口には出さないが後半の仕事はぶっちゃけリックに向いていない。

 

それを本人も頭で理解しているのか数秒だけ押し黙り、静かに頷く。

 

「……わかりました」

 

流石に解放戦線のナンバー1と2の2人相手に反論は出来ず、リックは渋々と言った様子で了承する。

 

それを理解しているサクヤは小さく溜め息を漏らすが、すぐに表情を引き締める。

 

「それじゃあ、次は潜入するメンバーと本隊との合流手順を決めましょう」

 

とりあえずだが大まかな作戦が決まり、会議の内容は次の段階に移行した。

 

ただ、各員の意見や提案が絶えず飛び交う会議の中、リックの表情には常に焦りを押し殺すような影が差していた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 ローランでの会議を終えて2日後、帝国の収容所を襲撃する作戦は静かに始まっていた。

 

砂漠に溶け込むように迷彩を施したローブを装備して施設に接近し、気配を一切掴ませずに内部に侵入したメンバーは一先ずローブを脱ぎ捨てる。

 

続いて自分の武器を取り出した4人、リック、レイジ、レオ、ラナ、刃九朗は周囲に見張りがいないことを確認してレオは段取りを確認する。

 

「……さてと、一先ず施設への侵入は成功だね。計画通り、此処からはメンバーを3組に分けよう。刃九朗さんは外の警戒と見張りの排除をお願いします」

 

「承知した。お前達も気を付けてな」

 

そう言って刃九朗は腰に差していたカタール型のナイフを抜き放ち、両の翼を広げると共に音も無く跳躍して姿を消す。

 

それを見届けた後、続いてレオの視線はレイジとリックに向く。

 

「レイジとリックは人質の救出と誘導、退路の確保をお願い。刃九朗さんに教えてもらった施設の見取り図は頭に入れたよね?」

 

「おう、大丈夫だ。それと敵は出来るだけ静かに倒す、だよな?」

 

「人質の救出が完了次第、オレ達は退路を確保して避難を誘導。その後は離れた場所で待機している本隊と合流する」

 

レオの問いにレイジとリックは頭の中に叩き込んだ作戦の手順を確認。

 

大丈夫だと互いに確認し、レイジは大太刀となったユキヒメを、リックは盾と剣に姿を変えたエアリィを手に走り出した。

 

そして、その場に残されたレオとラナも、武器を握り締めて歩き出す。

 

「残った私達の仕事は……」

 

「見張りを片っ端から始末する。行きましょう……」

 

身に纏う雰囲気が静かでありながら鋭さを纏い、『心』によって研ぎ澄まされた感覚が生きるモノの気配を捉える。

 

その位置を把握しながら頭の中で敵を始末する順番をシュミレートし、レオは歩く速度を一段上げた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 今更なのかもしれないが、僕の能力は暗殺や隠密に非常に向いている。

 

もちろん、剣士としての自分を捨てているつもりは無いし、正面からの一騎打ちだって望むところだ。

 

だが、それを差し置いても今回の作戦が僕に向いているのは間違い無いだろう。

 

たった今殺した都合13人目の敵の死体を見ながら僕はそんなことを考えていた。

 

作戦を開始して既に10分。

 

僕とラナさんはほぼ順調に施設内にいる敵の排除を行っていた。

 

まず僕の『心』で敵の気配を探り、少し離れた位置まで接近。それから身を隠して奇襲出来る場所を探し、僕とラナさんで仕留める。

 

大体の流れはそんな感じだが、相手が複数の時もある。そんな時はタイミングを合わせて別々に奇襲を仕掛け、敵に異変を察知される前に仕留めている。

 

今も通路を歩いていた警備兵に背後から音を立てずに近付き、右手の握る麒麟が心臓を一突きに貫く。

 

「ぁっ!……ぅぁ……」

 

低い断末魔を上げて息絶える兵士の死体を音を立てないようにゆっくりと寝かせ、袖の中から取り出したダガーナイフを手首のスナップと共に投擲。

 

小さく風を切るような音を上げたダガーは前方の曲がり角から姿を現した兵士2人の内1人の喉元に突き刺さり、悲鳴も無く崩れ落ちる。

 

「なっ!? ……貴様っ……!」

 

自分の隣を歩いていた兵士が絶命したことに驚愕しながらもう1人の兵士が腰の剣を抜こうとする。

 

だが、それよりも早く弦を弾く音が僅かに鳴り、飛んできた1本の矢が兵士の胸元を貫いた。

 

「鎧越しに心臓を一撃……お見事です」

 

麒麟を鞘に納めて後ろを見ると、そこには構えた弓をゆっくりと下ろすラナさんの姿があった。

 

弓矢というのは銃と違って連射は出来ないが、発射の際に発生する音がかなり小さい。

 

加えて、ラナさんは矢に雷撃を纏わせて相手の動きを止めることも出来る。今回の作戦にはうってつけだ。

 

「止まってる相手ならこのくらい余裕よ。それより、これでちょうど15人目よね」

 

「ええ、気配も感じませんし、刃九朗さんが事前に調べてくれた情報通りなら施設内の地上部はこれで全部です。外から騒ぎが聞こえないってことは刃九朗さんの方も上手くいったみたいですね」

 

「残るは人質がいる地下ね……刃九朗が言うにはモンスターを見張りに置いてるらしいけど……」

 

「戦えない民間人相手なら知恵の回らない化け物で充分ってことでしょうね……僕達も行きましょう」

 

生き残りがいないか周囲の気配を探りながら、僕とラナさんは地下を目指して走り出した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 階段を下りて地下に着き、僕が最初に感じたのは肌を逆撫でするような寒気だった。

 

いや、実際に室温が下がったわけではないが、周りの暗くて重い空気がそんな錯覚を感じさせた。隣を走るラナさんも同じような気分なのか、眉を寄せて険しい表情を浮かべている。

 

そして数秒後、僕の嗅覚が地下全体に広がる僅かな異臭を感じ取る。

 

(何だこの匂い……血と、あとは…… 何かが腐ったような……)

 

「……クソがぁっ!!」

 

その時、進行方向から聞き覚えのある声と重いモノを床に叩き付けたようなガシャン!! という音が聞こえた。

 

一瞬だけラナさんと視線を合わせて先に進むと、地下の中では比較的広い空間に出た。

 

そこには倒れ伏す魔物の死体が幾つも転がり、表情を怒りに染め上げたレイジとリックが中央付近に立っていた。

 

その傍には中の資材を床にぶちまけた木箱が倒れている。さっきの声と状況からどうやらレイジが木箱を蹴り倒すなりして中身をぶちまけたようだ。

 

「レイジ、リック」

 

名を呼ばれてようやく僕達に気付いたのか、レイジとリックはハッとなってこちらを見る。

 

周囲の気配を探っても生き残りはいないようだが、どう見ても今の2人の様子は変だった。

 

「何があったの?」

 

ラナさんが尋ねると、2人は数秒の重い沈黙を挟んで口を開いた。

 

「……さっき、捕まっていた人達に話を聞いた。此処では、毎日のように大勢の人が連れてこらえれて、それと同じくらいの人数が施設の何処かに連れて行かれる」

 

「その後に大勢の悲鳴がイヤってほど聞こえて、連れてかれた人達は皆死体になって戻って来るそうだ。しかも、その遺体を生き残ってる残った人達に埋葬させてる。そんなことが、此処でずっと続いてるって……っ!」

 

それを聞いて、僕とラナさんは思わず絶句する。

 

同時に、僕は地下に漂う僅かな異臭の正体を直感的に理解して僅かに吐き気を覚えてしまう。

 

収容所のはずが、地下に降りた途端に一転して処刑場と地下墓所(カタコンベ)に変貌するとは、もはやイカれてる。

 

「連れてかれた人達が何をされたかなんて考えたくねぇが、1つだけ分かったがある……ベスティア(此処)で殺された人の数は、ルーンベールやフォンティーナの比じゃねぇ……!」

 

苦渋を噛み締めるようにレイジが呟き、その場に沈黙が訪れる。

 

その時、僕の『心』が索敵範囲に近付いてくる気配を察知して後ろを振り向くと、少々慌てたような様子で走り寄る刃九朗さんの姿があった。

 

見張りをしていた刃九朗さんが慌てて降りてきたということは、外の方で何か問題があったのだろう。

 

「お前達、急いで本隊と合流しろ! アルベリッヒが大部隊の増援を連れて迫っている!」

 

その報告を聞いて、全員の思考が軽い驚愕と共に冷静に戻る。

 

今やるべきことを再認識し、改めて現状を確認する。

 

「レイジ、リック、生き残ってた人達は?」

 

「見張りの魔物を始末して通れるようにした地下通路を渡ってもらってる。外までの安全も確認した」

 

「だが、こんな場所に捕まってたせいでみんなかなり弱ってる。外に出て本隊と合流するにはかなりの時間が掛かるだろう」

 

そこまで聞いて、僕はどうするべきか考える。

 

最優先……というか、僕達の目的は捕まっていた人達を救うことだ。

 

それを成功させる為、今この場にいるメンバーだけで何が出来るのか、何をするべきなのか。

 

「……メンバーを2組に分けよう。刃九朗さんは今すぐ施設を出て本隊に民間人の救助と増援の手配を知らせて下さい。ラナさんは地下通路を通って逃げてる人達と合流、そのまま外まで誘導して本隊と一緒に離脱してください」

 

「拙者の役割に異存は無い。だが、お前達はどうするつもりだ?」

 

「此処に残ってアルベリッヒの部隊を足止めします。メンバーは……」

 

視線を横に動かすと、既にレイジとリックが目付きを鋭くして武器へと姿を変えたユキヒメさんとエアリィを手に取っている。

 

それを見てやる気は充分だと確認し、刃九朗さんに向き直る。

 

「……有志の志願者と僕の3人で務めます。そう簡単には潰されませんが、なるべく早く援軍を寄越してください」

 

「承知した。だが、くれぐれも無理はするなよ」

 

一度強く頷いた刃九朗さんは走り出し、凄まじい速さで地上への階段を駆け上がって行った。

 

続いてラナさんの方に視線を向けると、少々不安そうな目で僕を見ていた。

 

「本当に3人だけで大丈夫? 私も残った方が……」

 

「こういうのは女性の方が適任ですよ。それに、逃げた人達も精神的に参ってるでしょうし、パニックでも起こしたら大変です」

 

そう言うと、ラナさんは僅かに顔を俯かせながら黙って頷いて地下通路へと走っていった。

 

残された僕、レイジ、リックの3人は一度視線を合わせ、そのまま身を翻してラナさんとは反対の上の階へと歩を進める。

 

まず僕達3人がやるべきことは、捕まっていた人達が逃げ切るまでの時間稼ぎだ。ならば、敵を迎え撃つのは構造が少々入り組んだ上の階の方が良い。

 

だが、その前に……

 

「レイジ、リック、この地下を調べて分かったことを教えてくれる? 何の部屋があったとか、どんな道具があったとか。何か使えるものがあるかも……」

 

「構わないが……帝国の奴等が来るまであまり時間も無いぞ」

 

「この3人で取り掛かれば何とかなるだろうよ。んで、レオ……何すりゃ良い?」

 

……此処の人達が受けた苦しみには遠く及ばないだろうが、帝国にはそれ相応の報いを受けてもらうとしよう。

 

心の中で腹を括りながら、僕達は命懸けの時間稼ぎへと身を投じていった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

メインの戦闘には入れませんでしたが、今回は此処で切ります。

ゲーム本編では5人で戦闘に挑めますが、こっちではそんなに人数を連れていません。

サクヤとかフェンリルを連れて来てるって、普通に考えたら違和感スゴイですしね。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第45話 対面の時

康伸様、Life〆様、スペル様、タクミスター様から感想をいただきました。ありがとうございます。

半年空けての更新ってどういうことなのか……仕事忙しいんよぉ~。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 ベスティア領内に建てられている収容所。

 

レイジ達が内部に潜入してから数十分が経過した頃、一個中隊規模の兵士が収容所を囲むように砂漠の上を歩いていた。

 

その黒塗りの鎧を纏ったドラゴニア帝国の兵士達の中に、1人だけ異様な存在感を放つ者がいた。

 

艶を失くした長い銀髪と死人にさえ見える程に病的なまでに白い肌。何より、顔の目元を隠す仮面が不気味さを後押ししている。

 

魔法使いが使用する杖を片手に細身のダークエルフ、ドラゴニア帝国四魔将の1人である妖魔将アルベリッヒは口元を歪めながら収容所を見詰めている。

 

そこへ1人の兵士が駆け寄り、片膝を着いて報告を述べる。

 

「報告します。施設周辺の確認致しましたが、配置していた見張りは全員死亡しておりました。外より声を飛ばしましたが内部からは何の反応も無く……恐らくは……」

 

「内部もやられたか。砂漠に足跡が殆ど残っていないのを見ると、敵はかなり少数……ルーンベールとフォンティーナを奪還した解放戦線とやらか」

 

「いかがなさいますか」

 

「どうするも何も有るまい。捕まえた者達を逃がすわけにはいかん。奴等にはまだまだ苦しんでもらわねばならんのだ。兵を突入させろ」

 

下された命令に了解の意を返し、兵士は周辺を囲む部隊に指示を出した。

 

それに従って兵士達は正門の前に横1列10人の隊形を5つ作りって計50人が突入準備を整えた。

 

残りの半数はアルベリッヒの傍に控え、第2陣として待機している。

 

「突撃ィィ!!!!!」

 

『オオオオォォ!!!!!』

 

そして、突入命令と共についに第1陣が雄叫びを上げて正門へ突撃する。

 

豊富な兵力を利用した物量作戦。

 

単純だが、ドラゴニア帝国の兵力を駆使した場合の脅威は凄まじいものとなる。

 

盾と共に槍や剣を構える兵士が一斉に門へと激突し、ゴォン!! と重い金属音を鳴らしながら正門が開け放たれる。

 

 

その直後、正門周辺に巨大な爆炎が吹き荒れた。

 

 

一瞬にして正門が炎に包まれ、兵士達はその大火力に為す術も無く飲み込まれた。

 

50人近い兵士を焼き殺した炎は勢いを殺さず、そのまま後方に控えたアルベリッヒ達をも飲み込まんと迫る。

 

近付いてくる炎から逃れようと何人かの兵士が悲鳴を上げながら走り出すが、津波のような勢いで迫る炎からはとても逃げられない。

 

だが、先頭に立つアルベリッヒは迫る炎を目にしても全く動揺せず、ただ静かに右手に持つ杖の石突きで足元の砂地を小突いた。

 

すると、アルベリッヒの立つ位置を中心に周辺の気温が一瞬で低下し、短い地鳴りが響き渡る。

 

 

直後、熱を帯びた砂地を突き破って巨大な氷壁が出現した。

 

 

直径5メートル近い氷の壁と炎が激突し、その間に立ち込めた水蒸気が周囲に霧散する。

 

だが、起こったのはそれだけで炎の熱は氷壁に完全に相殺され、静かに力を失った。

 

それにつられて氷壁が崩れ去ると、その先に見えた景色に兵士達は息を呑んだ。

 

突然炎が発生した正門の周辺は膨大な熱量によって真っ黒な焦げ目が付着し、地面には鎧と体が炭化を起こすまで燃え尽きた兵士の死体が転がっている。

 

「あ、アルベリッヒ様……これは……」

 

「魔力を感じなかったということは少なくとも魔法ではないな。となれば、トラップの類か。てっきり正義の味方を絵に描いたようなお人好しの集まりかと思ったが、中々どうして……」

 

面白い、とアルベリッヒは心の中で呟きながら不気味な笑みを強める。

 

だが、周囲の兵士達は半数近い味方が一瞬でやられた恐怖に怯えている。

 

まるで自分達が今までやってきた行いを見せつけられているようで、砂漠の熱さによるものとは違う汗が流れ始める。

 

「何をしている? さっさと進軍を再開しろ。時間を掛けるな」

 

「し、しかしアルベリッヒ様、内部にもまだトラップがある可能性が……」

 

言っていることは正論だが、尻込みする兵士の顔には明らかな恐怖が浮かんでいる。

 

しかし、その恐怖を理解しているアルベリッヒは口調を一切変えず……

 

 

「それがどうした」

 

 

……一言、それだけを口にして後ろへと歩を進めた。

 

「……は?」

 

「罠が有るから何だというのだ。幾ら死のうと構わん。貴様等はただ進めば良い」

 

淡々と、空の天気模様を教えるように口にした命令に兵士達は絶句する。

 

捨て駒のように死んでこいと、アルベリッヒはつまりそう命じたのだ。

 

その時になって、兵士達は目の前のダークエルフの心中は僅かに理解する。

 

味方への被害を考えない、などの次元ではない。

 

この男は、自分達を()()()()()()()()()()()()

 

ただ道中に仕掛けられている罠を取り除く為の道具にしか見えていないのだ。

 

「理解したか愚図共。ならばさっさと行け。それとも……この場で私に殺されるか?」

 

そう言った直後、周囲の気温が急速に低下すると共に兵士達の足元に冷気が漂う。

 

本能で理解出来る。もし逃げようとすればこの男は本気でやる。

 

「……総員……突入、準備……っ!」

 

もはや兵士達に、選択肢は存在していなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side レオ

 

 「……動き出したか」

 

呟きながら、僕は収容所の地下で床に当てていた耳を放す。

 

この世界には監視カメラなんてものは無いので、『心』の感覚強化を利用して建物に走る振動と音を頼りに帝国兵士の動きを察知していたのだ。

 

結果、敵は正門の仕掛けに引っ掛かった後に数分で進撃を再開。

 

現在は上層から下層を目指し、最終的にはこの地下を目指すつもりだろう。

 

(正門の爆破トラップから立ち直りが速過ぎる気がするけど、現状は概ね予定通り。援軍の到着まで持ち堪えれるなんて最初から思ってない。重要なのは、地下に敵が来るまでどれだけ敵の数を減らせるか……)

 

「今の揺れって、最初のトラップか?」

 

天上から僅かに降り注ぐ埃を払いながらレイジが尋ねる。

 

その隣に立つリックはただ黙って天井を睨み付けている。

 

「そう。地下の倉庫に大量に有ったアレを使ったトラップだよ」

 

懐から取り出した煙草に火を点けながら答えた僕の視線の先に有ったのは、樽の中に積み込まれた大量の細かい炭だった。

 

恐らく明かりに利用するために地下に溜めておいたんだろう。

 

そんな僕の言葉に、天井を睨み付けていたリックが少し不思議そうな顔で僕を見た。

 

「気になったんだが……あの大量の炭を細かく砕いて袋に詰めただけでどうしてさっきのような大爆発が出来るんだ? 魔法は一切使ってないんだろう」

 

「そう。あのトラップはもっと単純な物理現象だよ」

 

そう言いながら僕は炭の山に右手を向けて風のフォースを使い、少量の炭を風で作った球体に浮かせる。

 

当然細かく砕かれた炭は霧のように漂っている。そこへ左手に持ったライターの火を点けて近付けると……

 

 

ボオォッ!!!

 

 

……一瞬の内に大きな音を立てて炭が燃え盛り、風の球体が炎に包まれた。

 

その光景にリックが目を見開き、僕は炎の熱が僅かに残る右手を振りながら紫煙を吐き出す。

 

「粉塵爆発って言ってね。加熱性の粉塵……埃ゴミとか小麦粉でも起きるんだけど、そういうものが大気中に浮遊している状態で炎が引火すると今みたいな現象が起きるんだよ」

 

正門に仕掛けたトラップはこの現象を利用したものだ。

 

仕掛け自体は別段難しいことはやっていない。

 

粉々に細かく砕いた炭を皮袋に詰め込んで正門の扉が開けると中身が天井から降り注ぐようにセットし、一緒に落ちてきた照明用のランプが油をぶちまけておいた床に激突。

 

油に引火した炎が周囲に浮遊する炭を起爆剤にして大爆発を起こしたというわけだ。

 

ちなみに、そこまで多くはなかったが油もこの収容所に置かれていた。恐らくこっちも地下の明かりに使う為だろう。

 

他にも、地下に辿り着くまでの道のりに幾つかの罠を仕掛けておいた。

 

と言っても、一番破壊力が有って手間を掛けた正門のトラップと違って他のものはかなり地味なものだ。

 

勿論、フォンティーナのエルフ族直伝のトラップなので殺傷力はバッチリである。

 

ワイヤーを使ったトラップって意外にもそこら辺のモノを使って作れるものなんだなぁ、と習った時は驚いたものだ。まあ、その威力に同じくらいの恐怖も覚えたのだが。

 

他に設置したのは、頭上から余った炭を砕かずに詰め込んだ皮袋が落ちてくる罠、登り坂から大量の空樽が転がってくる罠などである。

 

「ともかく、敵は動き出した。味方の被害を考えずに進んだとしても地下に辿り着くまで10分は掛かる。段取り通りやろう」

 

僕の言葉に頷きを返し、レイジとリックもその手に武器を握って動き出した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

  Side Out

 

 地下の収容施設まであと少しの場所。

 

地下に続く階段を下る兵士達の人数は、既に突入時の4分の1を下回っていた。

 

不意打ちで襲い掛かるトラップによって次々と味方が命を落とし、道を1つ曲がるごとに高まる警戒心が凄まじいストレスとなって心を削り取っていく。

 

だが、何よりも兵士達の心に負担を掛けているのは、自分達の背後から常に突き刺さる冷気の如き殺気。

 

それが敵によるものではなく味方であるはずの自分達の将軍から向けられているモノというのは、一体どういうことなのだろうか。

 

そして、ソレが脅しではなく本気のものだということも既に理解している。

 

故に、兵士達に残された選択肢は前進の1つしか存在しない。

 

そうして辿り着いた地下収容施設の入り口。試しに兵士の1人が扉を押してみるが、内側から補強されているのか動かない。

 

それを確認した兵士達は無言で視線を合わせて頷き、横一列に並んで盾を構える。

 

「前えェ!!」

 

声を合図にして兵士達が突っ込み、激突と共に木製の扉が軋みを上げて僅かに壊れる。

 

そのまま何度か突撃を繰り返し、数回の衝突で扉はもはや大破も同然の状態となった。

 

あと一度、あと一度で扉は完全に壊れる。

 

これでようやく、この地獄のような苦しみの時間から解放される。

 

「突撃ィ!!」

 

最後の突撃によってついに扉が砕け散り、ついに地下施設への道が開ける。

 

その直後、彼等の目に映ったのは、視界を埋め尽くすように迫る巨大な炎だった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 帝国の兵士達が一瞬で炎に飲み込まれ、爆発によって拡散した熱が空間を走る。

 

その熱を肌に感じながら、レイジは『零式刀技・飛焔』を放った大太刀を振り降ろした態勢から軽く息を吐いて立ち上がる。

 

視線の先には、未だ爆発の炎が燃え盛る入り口がある。

 

『直撃のようだが……仕留めたか?』

 

「いや、手応えが軽かった……」

 

ユキヒメの問いにレイジが冷静に答えてすぐ、変化は起こった。

 

爆炎によって室内に生じた熱が時を刻むごとに明らかに低下し、10秒経つ頃には今まで微塵も存在していなかった()()が室内を満たす。

 

そして、急速に勢いが弱まる炎の中から姿を現したのは、人間1人を覆う程の大きさをした氷の球体だった。

 

帝国の兵士が扉を開けてからレイジがフォースを放つまで、間違いなくあんなものは存在していなかった。

 

つまり、あの氷の球体はレイジの技が命中してからのほんの数秒間で作り上げたということになる。

 

「技量だけならアイラさんと同等かそれ以上かもね、アレ……」

 

己の武器をその手に携え、レオとリックが横に並ぶようにレイジの左右に立つ。

 

リックの口から呟かれる言葉は無いが、その瞳の中からは凄まじい怒りと殺意が感じ取れる。

 

そして追撃がもう来ないと判断したのか、展開されていた氷の球体が一瞬で霧散化して消滅し、その中からアルベリッヒが姿を現す。

 

仮面越しの視線がレイジ達を1人ずつ捉え、口元に笑みが浮かぶ。

 

「全滅か……大して期待していたわけではないが、道中の罠の身代わり程度には役に立ったと喜ぶべきか、私の手を煩わせる無能を嘆くべきか……」

 

直後、アルベリッヒの足元が凍り付くと共に氷で作られた無数の剣山が飛び出す。

 

「まあ良い……少々遊んでやろう。精々楽しませよ」

 

そう言うと、氷の剣山が波のように一直線に加速してレイジ達に迫る。

 

「っと……!」

 

不意打ちに近い形で放たれた初撃に軽い驚きの声を上げたレイジと共にレオとリックもその場から飛び退いて氷の剣山を避ける。

 

そこから素早く態勢を立て直して最初にアルベリッヒの元へ斬り込んだのは、やはりというかリックだった。

 

碧色の剣と盾を構えて真っ直ぐ距離を詰めるその後ろ姿は、何度も戦場で共に戦っているレイジとレオには明らかに違って見えた。

 

だが、それも無理はないことだろう。

 

自分の故郷と幼馴染を滅茶苦茶にした仇が単身で目の前にいるのだ。普段と同じように戦うことの方が難しい話だ。

 

しかし、それを許さんと再び氷の剣山が加速して迫る。

 

その速度を見て、ただ避けるだけでは埒が明かないと判断したリックは迫る氷の剣山を見詰めながら腰を沈め、自分に命中する直前のタイミングで横へと飛び退いた。

 

ギリギリまで引き寄せた氷の剣山はリックの真横を通過し、後方へと過ぎ去っていく。

 

この隙に距離を詰めようとリックは即座に足に力を入れて前へと走り出す。

 

だが、持ち上げられたリックの視線に映ったのは変わらず口元に不気味な笑みを浮かべたアルベリッヒとその周囲に浮遊する氷で作られた槍だった。

 

「なっ……!?」

 

原理は恐らくエールブランの氷の棘と同じ。大気の冷気を収束して槍のような形状にしたのだろう。

 

エールブランが作った1メートル近い氷の棘に比べて半分ほどの大きさだが、人間1人を殺すには充分過ぎる凶器である。

 

「そら、受ければ串刺しだぞ」

 

言うと共に浮遊していた氷槍がリック目掛けて発射される。

 

走り出した直後の態勢で回避が間に合わないと判断し、リックは左手の盾を前方に構えて氷の槍を防御する。

 

ガガガンッ!! という音と共にリックの体が盾を通して凄まじい衝撃に襲われる。

 

「ぐっ……!」

 

直撃こそしていないが、腕の骨が折れそうな程の衝撃と痛み、加えて咄嗟の防御だったこともあってリックは完全に態勢を崩してしまう。

 

そして、その隙をアルベリッヒが見逃すわけがない。

 

杖が床を小突き、飛び出した氷の剣山が一直線にリックへと迫る。

 

直撃すればリックの体は無残に斬り裂かれ、氷の冷気が自由を奪うだろう。

 

 

だが、今戦っているのはリック1人ではない。

 

 

「あらよっと……!」

 

態勢を崩したリックの背後から躍り出たレイジが間に割り込み、その手に握ったユキヒメを迫る氷の剣山に一閃する。

 

直後、放たれた衝撃波が氷の剣山を正面から“粉砕”し、直線状に立つアルベリッヒの元へと迫る。

 

「ほう……」

 

自分の魔法を正面から打ち砕いた威力に僅かな感心の声を漏らしながらアルベリッヒは即座に自分の正面に厚さ30センチ近い氷の壁を形成して衝撃波を完全に受け止める。

 

攻撃が失敗したことに態勢を整えたリックは舌打ちを零すが、隣に立つレイジは口元に僅かな笑みを浮かべていた。

 

何故ならレイジが放った攻撃の本当の狙いは、アルベリッヒの正面の視界を潰すことなのだから。

 

「任せた」

 

レイジがそう呟くと、今まで微塵も気配を感じさせなかったレオが素早く駆け抜け、二刀の小太刀を握り締めて氷壁に突っ込む。

 

 

『御神流奥義之肆・雷徹』

 

 

両手の小太刀の柄尻が叩き付けられ、二重に徹された衝撃が氷壁に亀裂を走らせて瞬く間に粉砕する。

 

砕かれた氷の先には仮面越しに僅かな驚きを表すアルベリッヒの姿があったが、その姿を視界に納めると同時にレオの研ぎ澄まされた感覚が自分の足元に集まる冷気を捉える。

 

「シルヴァルス」

 

短い呟きの直後、レオの足元から爆発にも似た勢いで噴き出した冷気が一瞬で凍結して氷の棺桶を形作る。

 

飲み込まれれば恐らく自分が氷のオブジェになったことを自覚すら出来ないまま絶命することだろうが、氷の棺桶の中にレオの姿は……無かった。

 

「なに?」

 

予想外の結果にアルベリッヒの口から疑問の声が漏れる。

 

だがその疑問は、背後で薄緑色のロングコートを靡かせながら鞘に納めた太刀を構えるレオによって強制的に中断される。

 

「っ……!」

 

仮面越しに目を見開くアルベリッヒの首元目掛けて鉄の鎧を紙屑のように両断するシナツヒコの刀身が振るわれる。

 

同時に……

 

「1人だけじゃねぇぞ」

 

「オレ達もいる」

 

……レオに注意が向いている隙に距離を詰めたレイジとリックの刃が三方向から囲むように振り降ろされる。

 

風、炎、光を纏った三振りの刃がアルベリッヒの首、背中、腹部に迫る。

 

どれか1つでも命中すればその痩せ細い体は瞬く間に鮮血に染め尽くされるだろう。

 

しかし絶体絶命の危機を前にしてアルベリッヒは……静かに口元を三日月に歪めた。

 

その次の瞬間、レオ達3人の視界が……白に埋め尽くされた。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

書き終わって最初から最後まで見直してふと思った……

もうコレどっちが悪役か分からんね。

まあ、レオ達の腸も煮えくり返っているんだと考えてください。

アルベリッヒの強さに関しては私なりに改造してみました。原作じゃ凍らせるだけですし。

戦闘はもうちょい続きます。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第46話 破魔の覚醒

既に10日以上経過しておりますが、明けましておめでとう。

相変わらずの更新速度ですが、今年もエタることなく頑張って行こうと思います。

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回はVSアルベリッヒの続きです。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 収容施設から少し離れた廃墟の街並みに設置・隠蔽された解放戦線の拠点。

 

幾つか張られた大きなテントの中には、地図を広げた机を中心にして話し合うサクヤ、フェンリル、刃九朗の姿があった。

 

つい先程、単体での機動力が一番優れている刃九朗が戻り、アルベリッヒが率いる大部隊が収容施設に接近している情報と増援の要請を伝えた。

 

よって今話し合っているのは、この拠点に存在する戦力を何処に派遣するべきかということである。

 

確かにレオは増援を要請したが、それは馬鹿正直に全ての戦力を正面入り口から突撃させろという意味ではない。

 

前線で戦う者が増援を要請した。

 

ならば、そこから先をどうするべきか考えるのは指揮官であるサクヤとフェンリルの仕事である。

 

「敵の数はおよそ1個中隊規模。それ以上の増援は確認出来なかったが、恐らく既にアルベリッヒの部隊はレイジ達と戦闘を始めている」

 

「分かったわ。ありがとう、刃九朗」

 

「数の差が有っても、あの4人なら並みの兵士に遅れは取らないでしょう。それに、あの施設は構造上待ち伏せに向いています」

 

「あの3人なら上手くやるわ。レオもフォンティーナのエルフ達からも罠の作り方が上手いって褒められてたしね」

 

「となると、問題はやはり……」

 

沈黙する3人の脳裏に、同じ名前が同時に浮かび上がる。

 

妖魔将アルベリッヒ。

 

単純な軍事力ではヴァレリア最強と言えるベスティアを事実上崩壊させ、その領土の8割以上を奪って取り込んだダークエルフ。

 

戦果と言う視点で見ても恐ろしいが、この男の本当に恐ろしい所はスルトやスレイプニルと違い、前線に全く姿を見せずにベスティアを陥落させたことだ。

 

真に恐るべきは武勇よりもその戦略と狡猾さ。

 

現在のベスティアの勢力図がどうしようもなくソレを証明している。

 

ならば、今のサクヤ達が味方を救う為に取れる最もベストな選択は何か。

 

地図に写された周囲の地形と現状を形成しているあらゆる情報を思い浮かべながら、サクヤは自分の取るべき選択を心の中で手繰り寄せていく。

 

それが今も戦っている仲間の為になると信じて。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 突如室内を満たした白い光は一瞬の間を置いて周囲に拡散し、数秒で霧散した。

 

その中心には変わらず無傷で立つアルベリッヒの姿がある。杖を片手に口元を三日月に歪める姿は、変わらず余裕そのもの。

 

対して、アルベリッヒをあと一歩まで追い詰めたはずの3人は……揃って地面に膝を付いて苦悶に顔を歪ませていた。

 

「分からんな。何故こうまで上手くいくのか」

 

嘲笑を浮かべながら、アルベリッヒは心底おかしそうな声を上げる。

 

その視線の先には、ユキヒメを握る両腕の肘から先が丸ごと氷に覆われたレイジの姿があった。

 

無論、異常に襲われているのはレイジだけではない。リックは右半身が凍り付き、レオも右腕の肘の先が氷に覆われている。

 

その全てがアルベリッヒの魔法によるものである。凍結の規模に違いが有るのは、直前の回避を可能にした反応速度の差だろう。

 

「私の魔法が自分を中心に発動するモノばかりだということに疑問を持たなかったのか? 私にとって視界外の相手を凍らせることなど容易い」

 

そう。よく考えれば思い至ることだろう。

 

ドラゴニア帝国の将軍の地位に就く男が、遠距離・広範囲の魔法を使えないわけがない。その程度の力も無いなら、他の将軍にすぐさま喰い殺されている。

 

つまるところ、レイジ達はまんまとアルベリッヒの策略に乗せられてしまったのだ。

 

ワザと氷結魔法の規模を抑えて近接攻撃には弱いという思い込みを抱かせ、回避がほぼ不可能な距離まで誘導して3人を氷漬けにした。

 

持ち前の直感で全身を氷結されるのは避けられたが、ピンチには変わりない。

 

「クソッ! こんな氷なんて……!」

 

痛みと寒さを堪えながら立ち上がり、レイジはフォースを活性化させてユキヒメの刀身に炎を灯す。そのまま炎の熱はレイジの肌を焼くことなく体を駆け巡る。

 

だが、炎が両腕を覆う氷を溶かすより先に……

 

「ぐぅっ……がぁ!」

 

……体内から内臓を掻き乱すような痛みが襲い掛かる。

 

不調はそれだけでなく、熱病にうなされるように体がダルくなり、視界もぼやけ出して足にも上手く力が入らない。

 

どうにか視線を動かしてみると、リックも同じように氷を砕こうとフォースを高めたところで謎の不調に襲われ、苦しそうに膝を着いている。

 

「バカめ、ソレがただの氷だとでも思っていたのか」

 

膝を着くレイジとリックを見下ろしながらアルベリッヒが杖を突き付ける。

 

すると、体を覆う氷からドス黒い瘴気のような霧が浮かび上がった。

 

「私が本当に得意とするのは氷結魔法ではない。ソレを媒介にした呪術だ」

 

呪術。

 

エルデ……すなわち地球の日本出身であるレイジにとってもその言葉には覚えがある。

 

物理的な手段ではなく、精神的あるいは霊的な手段で対象に不幸や災厄を齎す術だ。

 

種類は転倒や腹下しなどの小さなものから高熱病や死に至る恐ろしいものも有る。

 

つまりそれが、今レイジ達の体を襲っている異変の正体。氷結魔法を通して、体が呪いに侵されているのだ。

 

そんな術がよりにもよってこの人格破綻者の得意分野とは、最悪にも程がある。

 

「苦しかろう。だがその程度はまだ序の口……呪いは徐々に強さを増し、氷結魔法の冷気と痛みが貴様等を勝手に弱らせていく。私の手を煩わせたのだ、簡単には殺さぬぞ?」

 

アルベリッヒが嗜虐的な笑みを浮かべると共に、呪いによる苦痛が再び襲い掛かる。

 

レイジは歯を食いしばって痛みを堪え、せめてもの抵抗としてアルベリッヒを睨み付ける。

 

しかしリックは、同じように呪術の痛みに襲われながらも左半身だけで体を起き上がらせてアルベリッヒの元へと歩を進めようとする。

 

その原動力は瞳の中に宿る強烈な殺意と憎悪だろう。怨敵を滅しようとする意志が呪いに侵されている肉体を動かしているのだ。

 

『ダメだよリック! そんな状態で動いたら……!』

 

「ほう……」

 

エアリィが悲痛な声を上げるが、リックはその言葉を意に介さず歩を進める。

 

その抵抗が逆に愉快なのか、アルベリッヒは左手を翳して眼前に20センチ程度の氷の砲弾を形成し、リックに目掛けて射ち出す。

 

「く、そっ……!」

 

苦痛に顔を歪めながらリックは左手に持つ盾を構え、腹部目掛けて飛んできた氷の砲弾をどうにか防御し、受け止めた。

 

しかし、右半身が凍り付いているせいでマトモな踏ん張りも効かず、気力だけで支えられていたリックの体は背中から地面に倒れ伏してしまった。

 

「ぐっ……!」

 

『リック!』

 

「無力だな……」

 

その姿を鼻で笑いながら、アルベリッヒは追撃もせずリックを見下ろす。

 

「その程度の力で帝国に抗おうなどと何故考えられた。此処の囚人共の方がまだ賢かったのではないか? 奴等は実に素直だったぞ。殺されたくないからと一切抵抗せず、その日連れていかれる者に自分が選ばれぬよう震えながら祈っていた」

 

思い出しながら心底愉快そうな声を上げ、アルベリッヒは天井を見上げながら笑う。

 

「てめぇ……!」

 

抑え切れぬ怒りを滲ませながらレイジはアルベリッヒを睨み付ける。

 

だが、アルベリッヒはつまらなそうな顔で呪いを強めるのではなく杖を高く振り上げた。

 

その杖がレイジの頭目掛けて振り下ろされる寸前で……

 

 

ガアァァァァン!!!!!!!

 

 

……突如部屋の中に盛大な破砕音が響き渡り、全員の視線を一角に集めた。

 

その先に見えたのは、腕を覆う氷を壁に叩き付けて砕いたレオの姿だった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 腕の氷が砕けたことを確認し、レオは立ち上がって手の具合を確かめる。

 

血流が元に戻ったせいか僅かに痺れるような痛みが走るが、どうやら普通に武器を振るう分には問題無さそうだ。

 

「貴様……何故動ける」

 

未だ地面に膝を着いて動けないレイジ達と違い、何事も無かったかのように起き上がったレオにアルベリッヒが警戒しながら問う。

 

対するレオは苦痛を感じるような気配を一切見せずに歩き出し、自由になった右手を静かにシナツヒコの柄に添える。

 

「知らないよ……試したことが無いから分からないけど、ひょっとしたら僕って呪いに耐性でも持ってるのかもしれないね」

 

その立ち姿、口調、表情を見て、アルベリッヒは冷静にレオを観察して理解する。

 

まず、レオは嘘を言っていない。

 

目の前の男は呪いによる痛みを感じていない。いや、そもそも最初から呪いの影響を受けていないようにすら思える。

 

同時に、本当にそんなことがあり得るのかとアルベリッヒの中で疑問が膨れ上がる。

 

確かに、先天的な体質として何らかの術に耐性を持った者も時には存在する。だが、術者として超一流のアルベリッヒの呪術を完璧に無効化するなど、もはや体質の域を超えている。

 

巫女のような存在ならばまだ分かるが、目の前の男は見る限り腕が立つだけのただの人間だ。

 

考えれば考える程に謎が深まっていく中、アルベリッヒの視線が1つ……レオの全身の中で1ヶ所だけ不審に思える部分を見付けた。

 

眼だ。深い赤色の眼が僅かにだが光を放っている。

 

(コイツ……普通の人間ではないのか? しかし、本人が自覚している様子は無い。だとすれば……少し試してみるか)

 

幾つかの可能性を考えながら、アルベリッヒは杖を構えてレオを警戒する。

 

「元から期待しちゃいなかったけど、今の話を聞いて改めて確信したよ」

 

腰を僅かに沈めて両足に力を溜めるレオの周囲にゆっくりと風が渦巻き、感覚が広げられていく。

 

アルベリッヒを見るレオの眼には、刃の如く研ぎ澄まされた殺意が有った。

 

 

「あなた達を殺すのに、理解や理由は不要みたいだ」

 

 

アルベリッヒの杖の先端が床を小突き、空中に形成された4本の氷槍の矛先がレオに向けられる。

 

呪いが効かなかった理由は不明だが、凍結魔法は効果が有ると分かっている。ならば全身氷漬けにするか串刺しにでもすれば良い。

 

「少々細身だが、中に流れる血の量は全部でどれほどかな」

 

「そのミイラみたいな体よりも多いと思うよ」

 

軽口を叩き合った直後、射出された氷槍がレオ目掛けて一斉に打ち出される。

 

対するレオは一歩も引かずに歩を進め、飛んできた氷槍を鞘に納めたままのシナツヒコを振るって砕き、すかさずシルヴァルスの発揮する速度を以て距離を詰める。

 

その速度によってレオの姿が掻き消えた瞬間、アルベリッヒは即座に戦術を攻撃から防御に転換。自身の眼前にレイジの衝撃波を防いだ時と同じような氷壁を展開する。

 

直後、その氷壁のおよそ中央部分に横一文字の線が走り、綺麗に断ち切られる。

 

シナツヒコの風を纏った刃の前では分厚い氷の壁など大した障害にはならず、その切れ味を目にしたアルベリッヒは少なからず驚愕する。

 

切断された氷壁の断面を通してアルベリッヒとレオの視線が一瞬交差するが、即座に視線が逸れて両者は動き出す。

 

切断された氷壁が突如として崩壊音を立てながら形が変わり、レオが立つ方向の壁から無数の鋭い棘が飛び出してくる。

 

その攻撃の気配を察知していたレオは氷の棘が飛び出すよりも早くその場から飛び退いて攻撃の射程範囲から逃れ、風を纏った高速移動によって姿を掻き消す。

 

アルベリッヒはその移動先を目で追えず、姿が消えたレオは移動先……天井を蹴り抜いて真っ直ぐアルベリッヒの元へと落ちていく。

 

蹴り抜いた天井が砕ける音を聴いてアルベリッヒの視線が頭上を向くが、ソレが追いつくよりも先に落下の力を加えた唐竹の斬撃が背中に打ち込まれる。

 

だが……

 

(浅い……いや、軽い)

 

……刃を通してレオが感じたのは肉を斬るよりも軽い手応え。

 

見ると、斬撃の軌道が辿った中空に氷の塊が出現しており、表面には1本の筋が走っている。

 

「惜しかったな」

 

声が聞こえた同時に、レオは即座にその場から飛び退いた。

 

次の瞬間、レオの立っていた空間が白色の爆発を起こして氷塊が形成される。

 

それも一度だけではない。高速移動を続けるレオを追い回すように何度も室内で白色の爆発が起こり、氷塊が形成されては地面に転がる。

 

レオの足とアルベリッヒの魔法による追いかけっこが10秒ほど続くが、意を決したようにレオは霜が所々に付着したロングコートを翻して反撃に出る。

 

足に力を溜めて地面に転がる氷塊の破片をサッカーボールのように蹴り飛ばし、蹴った場所から吹き荒れた風が氷の破片をアルベリッヒの顔面目掛けて真っ直ぐ飛ばす。

 

顔と同じ大きさの破片が迫るが、ソレは地面から飛び出した氷壁に衝突して阻まれる。

 

しかし、破片を防ぐために展開した氷壁によってアルベリッヒの視界が一時的にレオを見失う。その瞬間を逃がさず、風を纏ったレオの肉体が再び掻き消えるように加速する。

 

瞬間移動にすら思える速度で背後を取ったレオは首を跳ねるようにシナツヒコを抜刀するが、その寸前でアルベリッヒを囲むように地面から巨大な氷の棘が飛び出す。

 

攻撃を放とうとしたレオの姿をアルベリッヒは認識出来ていない。だが、全方位に放たれた攻撃に対してレオは距離を取るしかなく、後方へと飛び退く。

 

だが、ただ距離を取るだけではない。

 

レオがシナツヒコを鞘に納め、握り締める左手を通して風が集まる。

 

対するアルベリッヒはレオの姿を捉えると共に精神を集中させ、杖を頭上に掲げる。

 

「無影斬花!」

 

「ヘルフリーズ!」

 

発動のタイミングはほぼ同時。レオの抜刀と共に爆散したカマイタチの刃による暴風とアルベリッヒの杖から放たれた瘴気を孕んだ冷気の嵐が激突する。

 

オークの群れを一瞬でミンチに斬り刻んだ斬風を押し止めるように吹雪が激突し、相殺の爆発と共に広がった風が部屋の中の気温を急激に下降させていく。

 

その中でレオとアルベリッヒは無言で睨み合い、幾ばくかの静寂を挟んで再び激突した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 (なんてザマだ……!)

 

体の外側を氷の冷気に、内側を熱病のような呪いに侵されながらレイジは心中で毒づく。

 

ぐらつく視界の先では緑色のロングコートを翻しながら刀を振るうレオがアルベリッヒの氷結魔法を凄まじい速度で避けながら戦っている。

 

氷槍の弾幕を潜り抜け、地面から飛び出す氷の柱を斬り刻み、様々な方向から斬撃を叩き込んでアルベリッヒの防御を崩そうとしている。

 

だが、アルベリッヒも守りに徹しているだけではない。

 

氷槍の弾幕を横だけでなく天井から雨のように降らせたり、回避された氷の柱を内部から炸裂されて鋭い氷の破片をばら撒いたりと術の制圧力を上げていく。

 

気が付けば両者は膠着状態になってしまっているが、現状で不利なのはレオだということをレイジは理解している。

 

アルベリッヒに勘付かれてはいないようだが、シルヴァルスは本来消耗が激しく短期決戦を前提にした形態なのだ。

 

フォンティーナの時から修練を続けたことで持続時間は伸びているが、未だに10分の使用が限界である。

 

既にアルベリッヒとの交戦を開始してからおよそ7分。表情に出してはいないが、レオの疲労も決して軽くはないはずだ。

 

だというのに、仲間が1人で戦っている時に動けずただ見ているだけの自分の現状にレイジは激しい怒りを抱く。

 

何が勇者だ。何が伝説の霊刀の使い手だ。

 

これではあの頃と、クラントールが陥落した時と何も変わっていないではないか。

 

もうあんな思いはしたくないから。今度こそ守りたいと願ったから強くなると決めたのに。

 

『……ジ! ……レイジ! しっかりせんか馬鹿者!!』

 

気が消沈しかけていたレイジを叱責した声は、彼の握る大太刀から聞こえてきた。

 

「ユキヒメ……」

 

今までずっと戦場を共にしてきた相棒が、レイジの心をギリギリの所で引き戻した。

 

だが、それでもレイジの心から暗い感情は消えない。普段から自分への小言が絶えない彼女のことだ。この無様さを見て、ユキヒメもきっと失望しているに違いない。

 

『聞け、レイジ! 己の失態を悔いるのは後だ! 今は戦っている仲間を救うことを考えろ!』

 

「分かってる!……だけど、体が……」

 

憎らし気に視線を落とすと、両腕を丸ごと飲み込む氷の塊が見える。

 

ただの氷ならばすぐさま蒸発させられる。だが、氷に付与された呪術が染み渡っているせいで体に力が入らず、時間と共に苦痛が増していく。

 

『良いかレイジ、私の言葉をよく聞くのだ。このままではすぐにレオも限界を迎えて全員死ぬ。それを覆せるのはお前しかいない』

 

「だけど、どうやって……」

 

『まず心を静めろ。呪術の痛みを意に介さず、凪のように落ち着けるのだ。大丈夫だ、お前なら出来る』

 

お前なら出来る。

 

思ってもみなかった言葉を聞き、一瞬呆然としてから不謹慎ながらも嬉しくなる。

 

まだ、この相棒は自分を信じてくれている。

 

ならば、未熟でもそれに応えるのが自分なりの誠意というものだろう

 

ユキヒメの言葉を聞き、自身の心にそう言い聞かせながらレイジは瞳を閉じて深呼吸を行う。体内から呪いによる苦痛が襲い掛かるが、眉一つ動かさず精神を集中させる。

 

少しずつ意識が沈み、やがて呪いの痛みも認識外へと追い出されて気にならなくなる。

 

もはやレイジの意識が感じられるのは両腕に握るユキヒメの感触のみである。

 

『そうだ……そのまま意識を私の中に向けろ。使い手であるお前ならば可能なはずだ』

 

頭ではなく意識の中に声が響き、レイジは声を返さずさらに意識を沈める。

 

具体的なやり方など全く分からない。だが、レイジは一分の不安も疑問も抱かずに意識を深く沈めていく。

 

すると、暗闇に包まれたレイジの視界の中で淡い青色の光が見えた。

 

不浄を焼き尽くす炎のような力強さと行き先を失った迷い子を導くような優しさを感じさせる不思議な雰囲気を纏った光だ。

 

それが、今己の両腕に握られているユキヒメの心……魂のようなものだとレイジはすぐに理解することが出来た。

 

戦場で何度も自分を守ってくれた青い光にレイジは微笑を浮かべ、ゆっくりと手を伸ばす。

 

その指先が青い光に触れた瞬間、暗闇に包まれた世界の中に光が弾けた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 どうしたものか、と僕はシナツヒコを鞘に納めて思案する。

 

攻めと回避を繰り返すような膠着状態となった瞬間から、自分が追い詰められている側になったことを理解していた。

 

アルベリッヒも魔法を連発させてはいるが、僕には時間制限が有って既に限界も近い。残された時間はおよそ2分程だろう。

 

ならばその前に相手を倒せば良い、と言いたいが、それですぐに倒せるような相手ならギリギリになるまで戦闘が続いているわけがない。

 

だが、このまま時間切れを迎えて皆殺しにされるつもりもない。

 

ならば……

 

(正直不安だけど……『神速』を使うか……)

 

……勝負に出なければなるまい、と僕はシナツヒコの柄に手を添える。

 

僕の切り札とも言える『神速』。この戦いで今までソレを使っていないのには当然理由がある。

 

ただでさえ制御が難しい風属性のフォースを操るのに加えて、数秒間だけでも極限の集中力を必要する『神速』は負担が大き過ぎるのだ。

 

故に実戦で使うのは難しいと判断したのだが、この状況ではそうも言っていられない。

 

だが、覚悟を決めて踏み込もうとした瞬間……室内に強い光が放たれた。

 

不意打ちに近い形で発生した一瞬の閃光に驚き、僕とアルベリッヒは自然と動きを止めて光の発生源に視線を向けた。

 

そこには、両腕を覆っていた氷塊を蒸発させながらゆっくりと立ち上がるレイジの姿があった。

 

呪術の痛みを耐えて強引に氷結魔法を解除したのかと思ったが、その表情に苦痛を耐えているような気配は微塵も無い。

 

レイジはそのまま自然と歩き出し、少し離れた場所で氷結魔法に苦しむリックの傍に立って左手を肩に置いた。

 

すると、大太刀の刀身から青色の光が溢れ出してレイジの全身を包み込み、左腕を通してリックへと行き渡る。

 

その光に包まれるとリックの右半身を覆っていた氷が蒸発を始め、氷から漂っていた呪いの瘴気が一瞬で消滅した。

 

アルベリッヒの術が一瞬で無力化されたことにリックは驚愕しながら立ち上がろうとするが、長い間右半身を魔法で凍らされていたせいで上手く立ち上がれない。

 

「レオ、リックを頼む」

 

察したレイジの言葉に、僕は数秒だけ考えてから無言で頷き、シルヴァルスを解除してリックに肩を貸した。

 

「貴様……何をした?」

 

今の今までどうにも出来なかった呪いを一瞬で解除して見せたレイジの技に、黙っていたアルベリッヒは驚愕と疑問を混ぜたような口調で問う。

 

『何を驚く妖魔将。仮にもダークドラゴンに忠を尽くす者ならば、私がどのような存在かは知っていよう』

 

だが、その問いに答えたのはレイジではなく、その手に握られながら光を放つ大太刀……ユキヒメさんだった。

 

その言葉の通り、アルベリッヒは青い光を放つユキヒメさんを数秒見てから忌々しいと言うように仮面越しで露骨に顔を歪めた。

 

「なるほど……ソレがかつてダークドラゴン様を封印した『シャイニング・ブレイド』か。解放戦線に身を寄せたのは知っていたが…… 無能司祭(バルドル)め、クラントールで仕留めていれば此処まで厄介になることも無かったろうに」

 

先程まで嘲笑を浮かべて見下していたレイジを、アルベリッヒは一切誤魔化すことなく厄介だと口にした。

 

確かに、味方の僕とリックから見ても、今のレイジは先程までと何処か雰囲気が違う。放たれる威圧感が力の増大を無言で示している。

 

変化の詳細も理由も分からないが、レイジが強くなったことは間違いない。

 

それは良いことに違いないはずだ。

 

だというのに何故か……

 

(アレ? どうして僕……)

 

……僕の手は、まるでレイジを包む光を恐れるように震えていた。

 

まるで、()()()()()()()()()()……理屈では考えられない本能的な恐怖が僕の体を襲っていた。

 

「凍てつけ」

 

自分の身に起きた異変に戸惑う中、アルベリッヒの言葉で意識が現実に引き戻される。

 

アルベリッヒが杖を振るい、眼前に現れた魔法陣から先程よりも小規模だがドス黒い瘴気を孕ませた吹雪が放たれる。

 

受け止めるように前に出たレイジが大太刀を強く握ると青色の光が刀身を包み込み、唐竹に一閃すると共に衝撃波となって吹雪を完全に相殺した。

 

だが、そこから拡散する呪術の影響をレイジは微塵も受けていない。

 

平然と佇むその姿を目に映し、アルベリッヒは冷静に敵を分析する。

 

「闇……いや、魔を祓う退魔の力か。聖剣にも似たような力を持つ物は存在するが、貴様のソレは格が違うな。耐性どころか無力化の領域だな」

 

『然り。これが封印の解放とレイジの成長により発現した『破魔の加護』だ』

 

『霊刀・雪姫』とはただ超一流の業物というわけはでなく、その内部に上位精霊の化身を宿したエンディアスでも最上位に位置する退魔刀である。

 

この時の僕には知り得なかったことだが、レイジはユキヒメさんの心に触れたことでその武器の使い手としての『格』を引き上げた。

 

それにより、ユキヒメはさんは本来持つ魔を祓う力をさらに強く発揮出来るようになり、その力を精霊の加護と同様にレイジに纏わせたのだ。

 

今のレイジは妖魔や悪霊はもちろんのこと、呪術などを含んだ魔的なモノに対して絶対的なアドバンテージを得たに等しい。

 

そして、もはやこの戦闘においてアルベリッヒの優位は失われ、戦況は不利に傾いた。

 

呪術が効かないとなれば、残るは単純な魔法の出力勝負。解放戦線の中でもトップクラスの火力を発揮する上に余力を充分に残しているレイジが相手では、かなり分が悪い。

 

その事実を冷静に理解しているアルベリッヒは再び杖を振るい、今度は自分の足元に魔法陣を展開する。

 

すると、その魔法陣から巨大な氷の棘が飛び出し……室内に設置された天井まで伸びる柱を全て貫いて粉砕した。

 

それを見た僕達は内心で首を傾げるが、すぐにその行為の意味を理解した。

 

足元が、いや視界に映る室内の全てが凄まじい勢いでグラグラと揺れ出したのだ。

 

「お前、まさか……!」

 

「建物の支柱を全て崩した。元々不要になれば破壊する予定の施設だったが、お前達を生き埋めに出来るのならば儲けものだ」

 

涼し気にそう言ったアルベリッヒが杖で地面を突き、先程とは別の魔法陣が現れて沈み込むように体が消えていく。

 

フォンティーナで同じような現象を見た僕はそれが転移魔法によるものだと理解出来た。

 

同様に、アルベリッヒの逃げようとする雰囲気を察したリックは肩を支えていた僕を突き飛ばすように押し退けて走り出す。

 

「待て! 逃げるな、アルベリッヒィィ!!!!」

 

フラフラの足取りで必死に体を前に進めるが、リックの剣は絶望的なまでに届かない。

 

碧色の剣は何も無い虚空を裂き、魔法陣の消えた地面に突き刺さる。

 

「クソ…………クソォォォォォ!!!!!!」

 

肩を震わせながら、天井を見上げながらリックは絶叫を発する。

 

怨敵を前にして何も出来ず、むざむざ取り逃がした無力感とやり場の無い怒りがこみ上げる。

 

その背中を見たレイジの目には、ルーンベールの時の自分もこうだったのだろうかと言うような共感が籠っていた。

 

だからこそ、今の自分がリックに対して何をすべきなのかをレイジはすぐに理解する。

 

「リック、悔しいのは分かるが今は切り替えろ。此処で生き埋めにされたら次の機会も無くなくなるぞ」

 

「……分かってる!」

 

どうしようもない苛立ちを必死で抑えるように怒鳴り声を返し、リックは踵を返して地下室の奥へと進んでいく。

 

ひとまず気持ちを切り替えることが出来たのを確認した僕とレイジは無言で一度頷き、リックの後を追って走り出した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回はアルベリッヒの厄介さの紹介とレイジのちょっとした覚醒回でした。リックの無双や死闘を期待していた方はごめんなさい。

原作のゲームにはありませんでしたが、ハイテンションモードとは別の能力になります。

簡単に纏めれば呪いや毒などの殆どのデバフを無効化、さらには魔物・妖怪・悪魔等と言った魔的な存在に対して常に特攻が付くような感じです。

ひとまず戦闘は終了しましたが、不利だと判断してトンズラこいたアルベリッヒのせいで建物が崩壊中です。

此処も原作とは違いますが、あのダークエルフなら施設奪われるよりはぶっ壊すだろうということでお願いします。

次回は多分脱出パートです。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第47話 死地からの脱出

スペル様、殺神鬼 命様から感想を頂きました。ありがとうございます。

今回は崩壊する施設からの脱出パートです。

何か、気が付けば想像以上に長くなった。

更新遅い上にこんなとこに描写分けてるから話が進まないんだろうか私は。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 石造建築物というのは、緻密な計算によって設置された大小様々な無数の柱で建物全体のバランスを均等に支えている。

 

しかし、一本の柱が崩れてもすぐに建物が崩れ出すわけではない。

 

一本の柱が折れても、建物の中心を支える大黒柱を始めとした他の柱が負担をある程度請け負うことで倒壊を防ぐことが出来るからだ。

 

ならばもし、一階分を支える柱を手当たり次第に、しかも同時に崩せばどうなるか?

 

答えは簡単……建物全体が上方から雪崩のように崩壊する。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 目に映る光景が左右だけでなく上下にも激しく揺れ動き、頭上から夥しい量の土煙や岩の欠片が降り注ぐ地下通路。

 

もう間もなくどころか既に潰れ始めているそんな死地を、凄まじい速度で駆け抜ける3人の人影があった。

 

「ハァ……ハァ……クッソ、あの白髪野郎……! いつか絶対に〆る……!」

 

「口を開くより足を動かせ! もうかなり近付いてる!」

 

ぜぇぜぇと息を上げながら声を上げるレイジとリックの背後からは轟音を立てて崩れ去っていく地下道の岩石群。

 

言葉こそ発していないが先頭を駆けるレオも含めた3人は現在、文字通り死にモノ狂いの速度を維持したまま走り続けている。

 

人間が無酸素運動によって発揮される最大運動強度、つまりトップスピードは時間が経つごとに低下していく。

 

レオとレイジの生まれたエルデの世界のトップアスリートでも80メートルを過ぎた辺りからは確実に失速する。

 

だが、今の3人はフォースによる身体能力強化の恩恵を“長く、速く走る”ことだけに注いでいる。

 

それによって一時的に人間の生物構造を覆す脚力とスタミナを得ても……悲しきかな、それでもまだ地下通路の崩壊速度が僅かに速い。

 

振り向いて確認せずとも、鼓膜を常に叩くような轟音からもう崩壊の波がすぐ近くに迫っているのは3人共理解している。

 

『レオ、まだか……!』

 

大太刀の姿でレイジに背負われたユキヒメが焦るような声で問う。

 

それに対し、体中を降り注ぐ砂埃に汚したまま疾走するレオは目を鋭くして前方に続く長い暗闇を……その先に僅かに見える光を睨み付ける。

 

「風の流れが強くなってる……あと、少し……!」

 

灯りとなる光源が一切無い地下通路の中、レオは『心』によって研ぎ澄ませた感覚で出口から流れているであろう僅かな風を頼りに距離を測る。

 

感知した距離はおよそ400メートル。距離にして陸上競技に使われるスタジアム一周分だ。

 

普段の3人ならば難無く全力疾走で駆け抜けるだろうが、今のレオ達はその全力疾走を何と2分も続けている。

 

アルベリッヒとの戦闘による消耗も付け足し、強引に底上げされたスタミナも既に限界を超えている。

 

『3人共、頑張って! あと少しだから!』

 

『振り絞れ! 止まれば死ぬぞ!』

 

エアリィが泣きそうな声で、ユキヒメが喝を入れるような声で激励する。

 

しかし走る3人はもはやその声さえマトモに聞こえず、正直出口まで走り抜けるどころか今すぐでも気絶しそうだった。

 

だが、そんな結末をこの3人が許容出来るわけがない。

 

やらなければならないことが、心からやり遂げたいと願うことが有る。

 

その為に、こんな所で死ぬわけにはいかないという気力が干乾びそうな精神力を寸での所で支える。

 

咆哮さえ駆け抜ける為に使うエネルギーの無駄だと言うように、3人は黙って出口の光を目指して走り続ける。

 

そして、出口まであと20メートルの所で……

 

 

ドガアァァァァァン!!!!!

 

 

『ッ……!』

 

今までのモノよりも一段と大きい轟音と衝撃波が3人の背中を強く叩く。

 

あまりにも最悪、あまりにも残酷なタイミングで発生した不幸を引き金に、運命は完全にレオ達に牙を剥いた。

 

直後、見えない栓を引き抜いたように一斉に崩壊した前後の通路が、3人を飲み込んだ。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 その頃、解放戦線は拠点に待機していた戦力の大半を捕まっていた民間人の救助に回し、サクヤを始めとした実力が飛び抜けている幹部候補は民間人が通って来た地下通路へと向かっていた。

 

最初は地下の階で帝国軍を相手に持ち堪えているであろうレオ達と合流すべく、少数精鋭で地下通路を通るという作戦だった。

 

だが、先程偵察から戻った刃九朗から収容所が崩れ出したと聞き、サクヤ達は一刻も早く地下通路へと足を急いでいた。

 

一本歩を進める度に足が砂に沈んでいく感覚に僅かな苛立ちを抱きながら、サクヤ達は目的地のすぐ近くまで辿り着く。

 

目の前の砂山を超えた先、小さな岩山に巧妙に隠された地下通路の出口が有る。

 

しかしそこへ向かう途中、轟音が鳴り響くと共に足元から凄まじい振動が襲い掛かった。

 

その直後、前方の砂山の向こう……ちょうど、地下通路の入り口の辺りから天高く土煙が舞い上がった。

 

「まさか……!」

 

地面からの大きな振動、舞い上がった土煙……それらの情報から最悪の可能性を察したサクヤ達は、血の気がさっと引くのを感じながら慌てて走り出した。

 

そして、砂山を登り切った先に見えたのは……無残に崩れ去り、大量の砂と岩に飲み込まれた地下通路の入り口だった。

 

「そんな……!」

 

ショックを受けたエルミナが思わず声を上げ、アルティナと共に目の前の光景を認めないと言うように駆け出して崩れ去った入り口へと近付く。

 

他の者達は動かなかったが、反応は動いた2人と同じ。

 

絶望と呼ぶ感情が、全員の心を暗く沈めて支配していた。

 

しかし、その場の誰もが呆然と立ち尽くす中で……

 

 

ゴォン……

 

 

……ほんの僅かで小さいものだが、確かな“音”が聞こえた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

……時は僅かに遡る。

 

地下通路全体が一斉に崩壊し、あと少しで辿り着きそうだった出口も崩落に飲み込まれていく。

 

そして、3人の頭上からは無数の岩と大量の土砂が降り注いで襲い掛かる。

 

(ここまでかよ……!)

 

悔しさと絶望を感じ、レイジは歯を食いしばって天井を睨み付ける。

 

だが、天井から無数の岩が降り注ぐ寸前、3人の中で防御力が最も優れたリックが動いた。

 

「光よ! この手に集いて盾と成せ!!」

 

身体強化に回していたフォースを全て左手に持つ盾に集中させ、防御用の技であるガードアトラクタを発動。

 

碧色の盾が光り輝き、ソレを中心として巨大な光の障壁が展開される。その障壁を頭上から降り注ぐ岩に向け、リックは短く叫んだ。

 

「上は防ぐ!!」

 

その短い言葉の意味を理解し、レイジとレオは即座に頭上から降り注ぐ岩をリックに任せて意識の外に放り出す。

 

その切り替えの早さと信頼は、仲がすれ違いながらも何だかんだで共に戦ってきた絆の成せるものだった。

 

だが、頭上の岩を防ぐことが出来ても長くて5秒。もはや目指していた出口は砂と岩に塞がれていて進めない。

 

このままでは、結局生き埋めになってしまう。

 

 

残り4秒。

 

 

(まだだ……! 考えろ! 使えるモノを全部使って捻り出せ……!)

 

1秒毎に確実な死が迫る中、レオは加速する意識の中で思考をフル回転させる。

 

自分の力や技術は勿論のこと、仲間の力も全て使ってこの状況を切り抜ける方法を探す。

 

そして、ドン詰まりに思えた真っ暗な思考に……

 

 

ヒュー

 

 

……頬を撫でる小さな風が、答えを与えた。

 

 

残り3秒。

 

 

(風……!)

 

ヒントを得るのとほぼ同時に答えを叩き出し、弾かれたように振り向いてレイジに声を飛ばす。

 

「レイジ!! 合図したら出口に全開の『風』!!」

 

理由どころか指示の詳細さえ半分も満たされていない言葉。

 

もはや指示と呼べるかさえ怪しいものだ。

 

 

残り2秒。

 

 

「ユキヒメッ!!」

 

だが、レイジは一切の間を置かず、返答の時間さえ惜しいと言うようにハイブレードモードを展開してフォースを練り上げる。

 

 

残り1秒。

 

 

指示を飛ばしたレオもレイジに背を向け、自身の姿をシルヴァルスに変えて自身の両手に凄まじい密度の風を収束させる。

 

 

残り……0秒。

 

 

「ッ! 限界、だ……!」

 

『リック!!』

 

絞り出すような呟きとエアリィの声が引き金となり、降り注ぐ岩がついに光の盾を砕く。

 

「レイジッ!!」

 

「零式刀技……風雪崩(かぜなだれ)!!」

 

呼ばれた名前を合図に、レイジは右手の大太刀を前方……砂に埋もれた出口の方向に向けて突き出す。

 

次の瞬間、大太刀の刀身に圧縮された膨大な風が一気に解放された。

 

解き放たれた風は一瞬で竜巻と呼べるほどの暴風となり、凄まじい破壊力を撒き散らして前方に降り積もった砂や岩を粉砕して吹き飛ばす。

 

その威力によって崩壊に飲み込まれた出口が再び現れ、僅かな光が差し込む。

 

しかし、降り積もった膨大な岩や砂によってレイジの放った竜巻は瞬く間に威力を殺され、風の勢いも弱くなっていく。

 

だが、それで充分。

 

元よりレイジ1人の力でこの状況を突破出来るとは誰も考えていない。

 

レオがレイジの大火力によって作りたかったのは“道”なのだから。

 

「掴まって!!」

 

レオの声に反応し、レイジとリックは即座に手を伸ばして彼のロングコートを強く握る。

 

直後、出口とは正反対の方向に突き出されたレオの両手……その手の中に収束されていた風が解放され、地下通路の中に爆風が吹き荒れた。

 

風によって発揮される破壊力ではレイジに劣るが、風属性のフォースに特化した形態であるシルヴァルスによって集めた風の量はレオが勝っている。

 

レオは集めた風を全て破壊力としてではなく推進力として利用し、ジェット噴射のような勢いで急加速する。

 

その加速力は鍛え抜かれた体格の良い男性3人の重さを物ともせず、滑空するように地下通路を突っ切る。

 

だが、それだけの風を噴射し続ける以上、当然ながらレオの両手は凄まじい反動に襲われる。

 

両腕に骨が軋むような痛みが走り続けるが、レオは歯を食いしばって耐える。

 

さらに吹き荒れる風によって宙に舞った大量の砂が加速する全身を襲い、僅かでも呼吸する度に口や鼻の中に砂が含まれ、目も開けていられなくなる。

 

だが、それでもレオは微塵も両手を通した風の制御を乱さず、レイジ達はしがみ付く力を緩めない。

 

地獄のような状態が数秒間続き、3人が本当に限界を迎えそうなる。

 

そして、ボフッ! と何かを突き破るような音と衝撃を感じた瞬間、3人は朧げな意識の中で僅かに開いた視界に雲一つ無い青空を見た。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 そして、時は現在に遡る。

 

 

ゴォン……

 

 

錯覚かと疑うレベルのその音を聴き取れたのはこのメンバーの中でも特に優れた聴覚を持つフェンリルとリンリンの2人のみ。

 

しかし、その音が聞こえた瞬間……2人の第六感、獣の本能とでも呼べるようなモノが理屈の一切を無視して警告を告げた。

 

 

「「離れろ(て)ッ!!」」

 

 

全く同時に口に出された鋭く大きな声に反応し、アルティナは咄嗟に隣に立つエルミナの体を抱きしめるように抱えて横へと飛び退く。

 

直後、砂に埋もれて塞がれていた地下通路の入り口が、“内側から”爆発を起こして吹き飛んだ。

 

 

ボオォォォォン!!!!!!!!

 

 

大気が爆ぜると共に鼓膜を直接叩くような音が鳴り響き、大量の砂塵が宙を舞う。

 

飛び散る砂塵に目を細めながら爆発の発生源に目を向けると、爆発の正体は炎などではなく、凄まじい勢いで吹き荒れる風だった。

 

暴風がまるで水平方向に飛ぶ竜巻のように吹き荒れ、地下通路の入り口を飲み込んでいた大量の砂を外へと吹き飛ばしたのだ。

 

しかし、いったい何故こんなものが地下通路の中から放たれてきたのか。

 

 

『おわぁアァアアアァ!!!!!』

 

 

そんな時、吹き荒れる風の中から悲鳴と共に大きな影が凄まじい速度で外へと飛び出した。

 

影の正体はそのまま砂地を滑空し、進行方向にあった砂山に勢い良く突っ込んだ。

 

そんな突然の事態に理解が追い付かず、誰もが呆然となって砂山を見詰める。

 

しかし数秒後、何かが内側で暴れるように砂山が崩れ出し、その中から大量の砂と埃にまみれた3人の人影が這い出るように現れた。

 

ソレを見て、エルミナは笑顔を浮かべながら涙を溜めて走り出し、他の者達も後に続く。

 

「レイジさん! リックさん! レオさん!」

 

嬉しそうな声と泣きそうな声がごちゃ混ぜになったような声でエルミナが砂山からゾンビのような動きで出てきた3人の名前を呼ぶ。

 

だが、何故かレイジ達は他の者達が傍に来ても返事をせず、必死な様子で腕を振っている。

 

その謎の行動に全員が首を傾げるが、またしても聴覚に優れた2人が僅かな“声”を拾った。

 

「ぃ……づぅ……」

 

普通の人が聞けば本当にゾンビにでもなったのではないかと疑うような呻き声だったが、フェンリルとリンリンの2人はその声から直感で言葉を捻り出した。

 

((まさか……))

 

ある予想が脳内に浮かんだ2人は無言で顔を合わせて小さく頷き、懐から水筒を取り出して3人の前に差し出した。

 

すると、ゾンビのような呻き声を上げていたレイジとリックが目を光らせ、ひったくるように差し出された水筒を手に取って口に含んだ。

 

その光景を見て隣に立つサクヤもレイジ達が欲していたモノを理解し、慌てて自分の水筒をレオに差し出した。

 

次の瞬間、レオも他の2人と同じように水筒を手に取って口に含む。

 

その様子から他の者達は余程喉が渇いていたのかと考えた。

 

だが、実際の答えは違った。

 

必死に水を要求した筈の3人は、殆ど同時に口に含んだ水を勢い良く足元の地面に吐き出した。

 

不可解さと驚愕で多くの者が目を見開くが、近くで水筒を差し出したサクヤ達は気付いた。

 

レイジ達が吐き出した水の中に、大量の砂が含まれていたことに。

 

「ゲホッ! ゲホッ! ……ハァ、ハァ……!」

 

「ハァ……! 冗談、抜きで……! 死ぬ、寸前……だったぜ……!」

 

「流砂でも、ないのに……ゲホッ! 砂で、窒息死とかゲホッ! ゲホッ! 笑え、ないよ……!」

 

激しい咳き込みと呼吸を行い、ぺっぺっとまだ口の中に残る砂を吐き出しながら3人はそれぞれ凄まじい疲労感を漂わせる声で呟く。

 

人間の姿に戻ったエアリィとユキヒメ、駆け寄って来たエルミナが咳き込む3人の背中を摩る姿を見て、他の者達も先程のレイジ達の様子を理解した。

 

つまり先程の3人は喉を塞ぎそうになるほどの砂を口の中に含んでしまったせいで喋るどころから呼吸すら困難な状態だったのだ。

 

吐き出そうにも喉の奥に張り付いた砂は空気だけではどうにもならず、水を口に含んで漱ぎ、外に流したというわけだ。

 

「でも、本当に良かった……崩れた入り口を見た時は、崩落に巻き込まれてもうダメかと思ったわ」

 

「いやぁ……実際、崩落に飲み込まれたし、もうダメだとも思ったんですけど……」

 

「リックが命を繋いでくれたおかげで、3人全員の力を合わせてどうにか助かりました」

 

そう言ってレイジとレオが視線を向けると、まだ呼吸が落ち着いていないリックは何も言わずに視線を逸らした。

 

相変わらず素直じゃないなぁ、と内心で呟きながらレイジとレオは苦笑する。

 

そんな時、後ろの方から1人の兵士がサクヤ達の間を通って前へと進み、レイジ達の正面……いや、正確にはリックの前に立ち止まった。

 

突然の行動に全員の視線がその男へと集まり、やがて重く口を開いた。

 

「リック……俺は、いや俺達は、言わなきゃならないことがある」

 

男は兜を脱ぎ去り、申し訳なさそうな顔でリックに深く頭を下げる。

 

俺“達”というのは、恐らく後ろに控えている他の兵士達のことを含めて言っているのだろう。恐らく、この男はその代表として発言しているのだ。

 

その突然の行動にリックは目を見開き、レイジ達も少なからず驚くが誰も口を挟まない。

 

「俺は今まで、ずっと噂を鵜呑みにしてきた。あんたが何度も戦場で仲間を見殺しにして1人で生き残ってきたと信じていたんだ」

 

それは、レイジ達が解放戦線に加わった時から口に出されていた『死神』の噂。

 

何が原因で生まれたのかは分からないが、その噂は確かに有った。

 

ここ最近はレイジを始めとした飛び抜けた実力者と行動を共にしていて目立つことは無かったが、その噂によってリックと周りの者達には誤魔化せない壁が作られていた。

 

「だが、今回のことでハッキリ分かった。本当のあんたはそんなことをするような奴じゃない。むしろその真逆なんだって。そうじゃなきゃ、助けた人達の為にここまで必死になるわけないからな」

 

「?……つまり、何が言いたいんだ?」

 

「ハァ……レイジ並に鈍いなお前は。つまり、この男はもう噂になんぞ惑わされずにお前を信用すると言っているのだ」

 

首を傾げるリックの姿に、溜め息を吐いたユキヒメが呆れながらフォローを入れる。

 

それによってようやく男の言いたいことを理解したリックは少なからず驚いて目の前の男を見る。

 

「勿論、俺だけじゃない。他の奴等も同じようにあんたへの誤解を改めようと思ってる。だけど、一度噂を信じて疑ったのは事実だ。だから、こうして詫びを入れに来たんだ」

 

男がそこまで言うと、後ろに控えていた他の者達も揃って兜を脱ぎ去り、リックに頭を下げた。

 

そこには、紛れも無いリックに対する謝罪の意思が感じられた。

 

「今まですまなかった。どうか、許してくれ」

 

「……ああ」

 

突然自分に向けられた謝罪に対してどう反応したら良いのか戸惑うが、短く返答を呟いたリックの顔には確かな笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 その後、体力の消耗が激しい3人の状態を考慮して、解放戦線はひとまずローランではなく近くに設置した拠点に戻ることとなった。

 

他の者に肩を貸してもらいながらもどうにか拠点に着いた3人組は充分な水分補給と水浴びを済ませ、今は日差しの入らない涼しい洞窟内で死んだように眠っている。

 

「あの様子だと、しばらくは起きそうにないわね」

 

「無理もないでしょう。ユキヒメ達から聞いただけでも、一歩間違えば死んでいたような状況ばかりでしたから」

 

巣窟内で爆睡する3人を見ながら、サクヤとフェンリルは微笑を浮かべる。

 

そのまま2人は作戦を話し合った大きめのテントに向かい、先に到着して待っていた刃九朗を交えて話し合いを始めた。

 

「今回の戦闘で、結果的に民間人の救出と帝国の施設を破壊することが出来ました。しかし、アルベリッヒと交戦したレオが言うには、まだ他にも重要な拠点がある可能性が有ると」

 

「躊躇い無くあの施設を捨てた以上、あり得る話ね。良くも悪くもベスティアは広いから、誰の目にも触れない場所に帝国が施設を建てていても不思議じゃないわ」

 

「然り。そして、この資料を見る限り恐らくその予想は当たっている」

 

サクヤの言葉に賛同した刃九朗が視線を落とし、机の上に広げられた何枚かの資料を見る。

 

これは、施設を襲撃した際に刃九朗が押収してきた帝国の資料だった。

 

書かれているのは施設全体の見取り図や施設内に設置されていた『特殊な装置』の使用法。

 

そして、その装置によって作られた何らかのエネルギーを転送して一箇所に集積するように書き記された命令書があった。

 

施設が瓦礫の山となってしまったので『特殊な装置』とやらを調べることは出来ないが、エネルギーを転送した先がまだ何処かに有る筈なのだ。

 

アルベリッヒが躊躇無く施設を破壊したことと、術者1人が転移魔法で移動可能な距離を考えてもその転送先はほぼ間違い無くベスティア領内にある。

 

「砂漠の中を闇雲に探しても埒が明きません。まずは帝国の戦力が集中している場所を割り出して、その後に今回と同じように陽動と偵察を行いましょう」

 

「そうね。けど、攫われた民間人の件はどうにか解決出来たし、精霊王のことについても考えないといけないわね」

 

「火山島か。確かに、生存者の救出に成功した以上、何時までも帝国に海路を抑えられているのは無視出来ぬ問題だな」

 

刃九朗が指を差した地図の一点に記されているのは、解放戦線がベスティア領での最重要拠点にしているローランから最も近い帝国の軍港である。

 

だが、以前言ったように港というのは国交においては貿易の要であり、軍においては物資補給の要。当然守りも固い。

 

戦力を裂いて制圧出来る場所ではないので、未発見の施設か港のどちらかに力を集中すべきか考える必要がある。

 

「……この件についてはローランに戻ってから考えましょう。戦力の調査もせずに迂闊な判断は出来ないわ」

 

サクヤの提案にフェンリルと刃九朗も頷き、ひとまず会議は終了となった。

 

そして、テントの中に1人残ったサクヤは押収した資料の1つ……その中に書かれているサインを睨んでいた。

 

そこには、アルベリッヒとは異なる名前が記載されている。

 

「フォンティーナでのレオの報告を聞いて分かってはいたけど、今回の一件にはやっぱりあなたが絡んでいるのね……伯爵」

 

噛み締めるようにその名を呟き、サクヤは鋭い視線で虚空を睨み付けた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

というわけで、どうにか3人は施設から脱出成功しました。

まあ、本当に建物崩れ出したらこんな上手く(?)はいかないでしょうね。

ちなみに、リックの防御技については原作の技を完全にオリジナル強化したものですのでご了承ください。

それと、原作ではこの施設はぺしゃんこになっていないので、オリジナルで別の本丸拠点が有ることにしました。

ひとまず、次に攻略するのは軍港か拠点か、ローランに帰還してから決めます。まあ、原作通りの流れにするんですが。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第48話 海賊騎士団『アークバッカニア』

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は次の作戦までの繋ぎというか、まあ拠点フェイズの話になります。

では、どうぞ。


  Side レオ

 

 収容施設から死に物狂いの脱出を成し遂げて早数日。

 

ローランに帰還した解放戦線は、今もまだ救出した民間人の為に動いていた。

 

流石に100人近い民間人全員をローランに受け入れる余裕は無い為、ベスティアでの戦闘が決着するまで救出した民間人は戦況の落ち着いた他国に一時的に受け入れてもらうことになった。

 

だが、まさか一般人に砂漠越えをさせるわけにはいかないし、そこに護衛を加えた大人数が動けば帝国に発見される恐れが有る。

 

なのでまず、解放戦線はシルディア、ルーンベールの間に確実な補給線を確保することにした。

 

僕を含めた脱出3人組は地獄のような筋肉痛を乗り越えるのに苦戦して戦闘には参加出来なかったが、ひとまず補給線の確保に成功したおかげで民間人が飢え死ぬ心配は無くなった。

 

そして、筋肉痛の地獄を切り抜けて戦線に復帰した僕とレイジは、確保された補給線付近をうろついていた敵を殲滅してたった今、ローランに帰還した。

 

「ふぅ~……しんどかったな~今回の敵……」

 

「強さは大したことなかったけど、随分と砂漠を走り回らされたね……」

 

敵の中に砂漠での隠密行動を心得た人間がいた為、僕の気配探知で居場所を特定しても仕留めるのにかなり時間が掛かってしまった。

 

おかげで体中砂まみれになってしまい、ユキヒメさんよりも早く水浴びを終えた僕達は集会場の近くにある酒場のテーブルで休息を取っていた。

 

いつもは僕達も通ったりして酒盛りや食事で盛大に賑わう店なのだが、流石にまだ夕日も出ていない時間なので店の中に他の客は見当たらない。

 

というか、よく見たら調理人すら厨房にいない。

 

「おいおい店開いてんのに留守かよ……こっちは砂漠走り回って腹減ってんのに……」

 

「運悪く今は仕入れに出てるのかもね。けど、今から別の店に行くのも面倒だね」

 

空腹の音を鳴らしながらレイジは嘆きの声を上げてテーブルに突っ伏してしまう。

 

同じく空腹と疲労感を感じている僕は脱いだロングコートを椅子に掛けて厨房に入り、置かれている食材や調理器具に目を通す。

 

一際強い存在感を放つ中華鍋、大量の卵、様々な野菜、炊き終えた米……一通り見てから調理の時間を考え、メニューを絞る。

 

「レイジ、簡単なモノで良ければ僕が作るけど、食べる?」

 

「え、マジで!? けど、勝手に厨房使ったりして大丈夫か?」

 

「ちゃんと綺麗に片付けるし、プロが店を開けたまま放り出してるんだから多少の我が儘は許してくれるでしょ」

 

そう言って、僕はYシャツを腕まくりして中華鍋を手に取り、油を多めに注ぐと共に調理を開始した。

 

仕込みがされている食材を勝手に使うのはまずいので、それ以外の食材を使う。

 

置かれている包丁は日本の家庭で広く使われている洋包丁ではなく中華包丁によく似た物だったが、扱うには問題無い。

 

手早く玉ねぎ、人参、長ネギ等を細かく刻んで纏め、一先ず別々に置いておく。

 

「随分と手慣れてるな」

 

「伊達に十年以上も習い事してないからね」

 

割った卵をボールの中に落とし、レイジと話をしながら菜箸で溶く。

 

充分に溶いたことを確認し、中華鍋に投入して半熟に近付いたタイミングでご飯を加えて素早く混ぜる。

 

そのまま鍋を片手で軽く持ち上げ、何度も返しながらお玉の背でご飯を解す。

 

「おぉ、チャーハンか」

 

「食べるのが男だけで簡単な料理と言ったらコレでしょ」

 

野菜を入れて調味料で味付けし、香ばしい匂いが漂い始めて来る。

 

一摘みして味見を行い、上出来だと僕が軽く頷くとレイジが嬉々とした表情で厨房の奥から大皿を二枚取って来た。

 

その上に完成したチャーハンを並々と盛り付け、使った調理器具は一先ず水に浸しておく。

 

「「いただきます」」

 

向かい合ってテーブルに座るレイジと一緒に手を合わせ、皿に盛り付けたチャーハンを食べる。

 

ガツガツ! と音が付くような勢いでチャーハンを平らげるレイジの様子から、どうやら味付けは問題無いようだ。

 

上手く出来たことに満足しながらも、何だかんだで腹が減っていた僕もそのまま黙ってチャーハンを食べ続けた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 「いやぁ~、ごちそうさん! 本当に美味かったぜレオ!」

 

「お粗末様。でも悪いね、後片付けやってもらって」

 

「美味い飯作ってもらったんだからあの位当たり前だって」

 

空腹だったこともあってか、僕とレイジは大量のチャーハンをぺろりと平らげ、米粒1つ残すことなく完食した。

 

その後、使用した調理器具や皿をレイジが全て洗い終わったところで店主が戻り、詳しい説明をした。

 

予想通り店主は食材の仕入れ関係の用事で外出していたらしく、随分慌てて出掛けたらしい。

 

普段から僕達が常連であることと、店を開けたまま離れてしまったこともあって、勝手に厨房を使ったことに関しては笑って許してもらえた。

 

そして食事を終えた後、僕達は次の仕事が無いかの確認を取る為に集会場の方へと足を運んだ。

 

その途中、ちょうど同じく集会場に向かう途中だったサクヤさんに遭遇した。

 

「あら、レイジ、レオ。ちょうど良かったわ。他の皆に集会場に集まるよう声を掛けてきてほしいの」

 

「良いですけど、何か有ったんですか?」

 

「前々から声を掛けていた協力者が来てるの。次の作戦で力を借りることになるだろうから、皆と顔合わせをした方が良いと思ってね」

 

「分かりました。それじゃあレイジ、手分けして皆に声を掛けよう。僕は街の外を回るから、そっちは街中をお願い」

 

僕がそう言うと、レイジは軽い頷きを返して走り出す。

 

続いて僕も走り出し、頭の中で他のメンバーの場所を思い出しながら最短コースを考える。

 

だが、頭の片隅にはサクヤさんが先程口にした次の作戦、という言葉が強く影を残していた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 数十分後、主要メンバー全員が集会場に集まり、協力者との顔合わせが行われた。

 

「よう! 初めましてだな、解放戦線の方々! あんたが噂の隊長さんかい? 聞いてた通りの別嬪さんじゃねぇか」

 

そんな風に、対面してすぐにサクヤさんにナンパ染みた台詞を投げたのは、まさに海の男と言う言葉を再現したかのような長身の男性だった。

 

およそ190に届きそうな長躯にターバンで大雑把に纏められた黒髪、不敵な笑顔を浮かべるその顔には顎から伸びる髭が良く似合っている。

 

着ているクロックコートの胸元から見える肉体は鋼のように鍛え上げられており、その立ち姿からも相当の実力者であることが分かる。

 

「ふふっ、ありがとう。何処で聞いた噂なのかは分からないけど、光栄だわ。そういう貴方はディランね」

 

「おうよ。「海賊騎士団」アークバッカニアのリーダー、ディラン・ローエンだ。で、こっちは相棒のイサリ。射撃と釣りの腕はピカイチだぜ」

 

「…………どうも」

 

短い挨拶と共に前に出てきたのは、ディランさんとは対照的に随分と線の細い男性だった。

 

無造作というか殆ど無秩序に伸びた青色の長髪は胸元に届くほど長く、髪の分け目から見える瞳は少々ぼんやりとしている。

 

服装も特に変わった所の無い革のジャケットにコートといったもので、歩き方や体格から見て間違い無く剣や拳を扱う者ではない。

 

というか、僕個人としては海賊騎士団という肩書きについて突っ込みたい。

 

何だ海賊騎士団って、海賊の集まりなのか騎士の集まりなのかさえ分からないのだが。

 

「海賊騎士団って言うのがイマイチよく分からないけど、この人達がサクヤさんの言ってた協力者なんですか?」

 

「ええ、そうよ。ブレイバーンのいる火山島、そこに行く為に彼等の力を貸りたいの」

 

ベスティアの北方の海に浮かぶ島、アグニル火山島。

 

そこに向かうにはどうしても船が必要であり、港を帝国に抑えられている現在は手の出しようが無かった。

 

だから、サクヤさんは独自の船を持つディランさん達に協力を頼んだのだろう。

 

「あぁ、ちょっと待ってくれ。確かにその件は刃九朗から話を聞いてるし、出来るなら力になりたいとも思ってる」

 

「?……なら問題無いじゃんか。協力してくれよ」

 

「いや、残念ながら問題が有る。実は先日、帝国のヤツらにオレ達の船を沈められちまってな……」

 

「…………は?」

 

ディランさんの口から出た内容に、間違い無く場の空気が一瞬凍り付いた。

 

思いも寄らぬ不意打ちに僕を含めた殆どの者が絶句し、僅かに声を漏らしたレイジもすぐに口をパクパクとさせて言葉を失っている。

 

「帝国の奴等が我が物顔でオレ達の縄張りに入ってきやがってよ。痛い目に遭わせてやろうとちょっかい出したら返り討ちに遭っちまった。ははは、ざまぁねぇや」

 

「そのせいで……沖釣りが出来ない……帝国……許せない……」

 

ディランさんは豪快に笑い、イサリさんは静かに怒りを燃やしているがこっちはそれどころではない。

 

状況を打開する為の頼みの綱が実はもう切れていたのだから、笑い話にもならない。

 

「キャプテン、笑い事ではないでしょう。このままでだと海賊から山賊に名乗りを変える羽目になりますよ?」

 

「はは、優しそうな顔して中々キツイこと言うなお前さん。まあ、確かにその通りだ。てか、ここに来る前にそのことは刃九朗にも話したはずだぜ?」

 

呆れを含んだ僕の言葉にディランさんは少々気を落としながら答える。

 

そして、集会場の全員の視線が刃九朗さんに向けられると、本人は腕を組んで静かに頷く。

 

「うむ、確かに聞いている。そして、打開策も考案済みだ。その上で確認するが、ディラン、イサリ……お前達は海賊だろう?」

 

「「海賊騎士団」と言ってもらいたいところだが、まあ、船が無い身じゃ何も言えんわな。そうだな……たしかに、お前の言う通り、オレ達は海賊だ」

 

「ならば話は簡単だ。船の1隻くらい、奪えば良いだけの話であろう? 港には幾らでも獲物が転がっているぞ」

 

「港? いや、あそこに有るのは帝国の軍船……って、まさか……」

 

ディランさんは目を丸くして刃九朗さんを見るが、僕は此処までの話の流れで今回の集まった本当の議題について大体予想が出来た。

 

「だから、お前達は海賊なのだろう? 欲しいモノを奪い取る。そのことに何の不思議がある」

 

つまり、無いなら敵からぶん捕れば良いと、そういうことである。

 

……一体僕達は、いつの間に蛮族の集団に片足を突っ込んでいたのだろうか。

 

「……だとよ、イサリ。まあ、考えてみりゃ、もっともな話だよな。海賊が敵さん相手に遠慮する必要なんざ無ぇ」

 

「(コクリ)……何をするにも……船は必要だ……」

 

刃九朗さんの言葉にディランさんは先程とは一転して獰猛な笑みを浮かべ、イサリさんの声にもそれに賛成するようなやる気が感じられる。

 

「だが、オレとイサリだけじゃ流石に港に陣取ってる帝国軍を相手に出来ねぇ。それに関しちゃお前達の力を当てにして良いのか?」

 

「無論だ」

 

「……よし! 交渉成立だ! そうと決まれば、さっそく港に行って獲物を物色してくるぜ。良い船が見付かったら連絡するからよ。行くぞ、イサリ!」

 

「……ああ……」

 

そう言うと、ディランさんはイサリさんを脇に抱えて集会場を飛び出し、真っ直ぐローランの出口へと向かっていった。

 

先程までも活気溢れる人だったが、船が手に入ると聞いたからかさらに活力が増している気がする。

 

そんなディランさんの行動が予想出来ていたのか、刃九朗さんもサクヤさんも軽く肩をすくめるだけで何も言わなかった。

 

とりあえず、会議を進めるという意味も含めて僕はサクヤさんに質問する。

 

「キャプテンにはああ言ってましたけど、本当に良いんですか? 今回の作戦、色々まずいんじゃあ……」

 

「え? まずいって、どういう意味だ? 面白いことになってきたと思うけど……」

 

首を傾げながらそう尋ねてきたレイジの言葉に、僕は思わず手を額に当てて溜め息を吐いた。

 

やばい。

 

この辺の認識をあやふやにしたままで今回の作戦を行うのは非常によろしくない。しかも、僕の気のせいでなければレイジと同じ状態の人が他にも何人かいる。

 

「……あのね、レイジ。さっきの話を聞いて分かったとは思うけど、今回の作戦は港にある帝国の船を奪うことなのは分かるよね?」

 

「ああ、だからディランさん達と協力するんだろう?」

 

「そう。僕が言ってる問題点はソレだよ」

 

頷いた僕の言葉に集会場にいる人達が再びそれぞれの反応を示した。

 

未だに首を傾げる者、僕の言おうとしていることに気付いた者、既に理解しているのか黙って何も言わない者。

 

その全てを確認して、僕は話を続けた。

 

「僕達の所属している組織、ヴァレリア解放戦線はドラゴニア帝国に対抗する為に作られたモノだ。だけど、他の国々からすれば現状僕達は精々ゲリラ屋の集まりであって国の正規兵じゃない。

そんな僕達が、海賊として名が通っているディランさん達と協力して帝国軍の船を奪取したとなれば、他の国からは多分良いイメージを持たれないと思う」

 

戦争において敵国の物資や施設を奪うということは決して少なくはない。

 

だが、それはあくまでも国と国が争う戦争においての話だ。

 

ディランさん達が善い人であるのは勿論理解しているが、残念ながら『海賊』という肩書きは圧倒的に悪の印象が強い。

 

その海賊と僕達のような反抗勢力が手を組んで船を奪った場合、世間の反応は恐らく良いモノにならないだろう。

 

最悪の場合、ヴァレリア解放戦線に対する世間のイメージが『海賊とも手を組むならず者の集団』に大暴落する可能性だって有る。

 

勿論、これは僕が考える可能性の1つであって絶対に起こるとは限らない。

 

だが、この戦争において未だ被害に遭っていないヴァレリア地方の様々な小国が様子見を決め込んでいる現状、避けられるリスクは出来るだけ回避するべきだとも思うのだ。

 

こういった世間体というものは、悪くなってしまうと取り戻すのが非常に難しい。

 

殺人事件を起こした姉さんの弟である僕が同じ位の危険人物だと思われ怖がられたのが1つの例だ。

 

生憎やったことは無いが、もし僕が何の危害も加えないと主張しても、周囲の人間は恐らく信じないだろう。最悪、騙そうとしているのではないか?とさらに悪化する可能性も有る。

 

取り敢えず、このまま作戦を決行するのはまずいのではないかということを出来るだけ嚙み砕いてレイジ達に説明し、僕はもう一度サクヤさんに確認を取る。

 

「そういうことね……色々気にかけてくれてありがとう、レオ。でも大丈夫、そうならないように刃九朗がディランと話をつけておいたから」

 

「うむ、アイラ王女とラナ王女にも協力してもらい、ディランが率いる『アークバッカニア』を傭兵団として正式に雇うよう契約を結んだ」

 

「これから必要になってくる海軍方面の担当としてね。もし他の国に何か言われても、ルーンベールとフォンティーナの王女が正式な契約で雇った傭兵なら文句も言われないわ」

 

笑顔でそう言いながら、サクヤさんは懐から一枚の書類を取り出す。

 

それを見て、僕を含めた何人かが安堵の息を吐きながら肩を落とした。

 

なるほど、帝国の侵略で一度はボロボロになってしまったが、ルーンベールもフォンティーナもヴァレリア地方においては紛れもない大国である。

 

この2国が正式な契約によって雇った傭兵ならば体裁は守れるだろうし、下手な難癖をつけられることも無いだろうから安心だ。

 

そして、話を戻す合図のようにサクヤさんがパン! と手を鳴らして皆の視線を集める。

 

「さて、話も纏まったところで、次の作戦の準備に掛かりましょう。ディラン達が目当ての船を見付けたらすぐに動けるように、各所への通達をお願い。具体的な指示は後でそれぞれ送るから」

 

そう言われ、集会場に集まっていたメンバーはそれぞれ退出して自分の担当する仕事に戻っていった。

 

同じく僕も自分の仕事に戻ろうと集会場を出ようとするが、サクヤさんに肩を叩かれて呼び止められた。

 

「ごめんなさい、レオ……実は、貴方と刃九朗にはやってほしいことが有るの」

 

そう言われて僕の視線が刃九朗さんに向けられると、腕を組んで一度頷かれる。

 

「うむ、前回の作戦で見たお主の隠密能力を買ってな。どうか力を貸して欲しい」

 

「それは構いませんけど……具体的には何をするんです?」

 

質問すると、刃九朗さんからバッグを1つ渡された。

 

中を見てみると、そこには望遠鏡と少し大きめの紙とペンが入っていた。

 

「ディラン達と同じく下見だ。まあ、我等の方は防衛戦力の下見だがな」

 

この言葉が、後に結成されるヴァレリア解放戦線偵察部隊の切っ掛けになるとは、僕も刃九朗さんも全く予想していなかった。

 

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

とりあえず、海賊騎士団についてのツッコミは譲れなかったのでレオの心中だけでやらせていただきました。

まあ、その後にディランの正体知って滅茶苦茶驚いてすぐにどうでもよくなったんですが。

海賊と手を組む世間体云々は……まぁ、ゲームやってて「これ大丈夫なの?」って思って書いてみた程度なので軍事や政治方面で深く突っ込まないでいただけると幸いです。

次回は港での戦闘になると思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第49話 達人の侍女

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

昔やってたPSO2に復帰したらこのザマだよ。申し訳ない。

これでもちゃんと完結は目指してますので、出来ればお付き合いください。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 ヴァレリア大陸ベスティア地方の西部に存在する港は、国土の大半が砂漠に覆われたヴェスティアにとって貿易の要と言っても過言ではない場所だ。

 

近くには数少ない森林地帯が広がっており、気温もかなり落ち着いている。

 

港から伸びる街道は各所に伸びており、迅速に各都市へ荷物を運べる仕組みとなっている。

 

だが、今では帝国によって占拠され、ベスティアに駐在するアルベリッヒ軍の補給線として稼働している。

 

元々軍港と貿易の両方を賄っていた拠点なだけあって、付近の海上には物資を載せた船以外にも多数の軍船が浮かんでいる。

 

それらを統率する砦にも多くの兵士の姿が有り、防衛から物資の運搬まで様々な役割を担った者達が忙しなく動いている。

 

「……やっぱり砦としても作られてるから防衛戦力もかなり多いな。海の方はずらりと並んだ大砲が狙ってるし、陸の方は天然の岩を加工した高くて堅い城門。守りを固められたら正攻法じゃ崩せないなコレ」

 

そんな砦の様子をレオは少し離れた木々の中から望遠鏡を片手に眺めていた。

 

太陽光が望遠鏡に反射して見張りに気付かれないよう注意を払いながら、レオは観察した敵の配置や細かな防衛戦力を手元の紙に次々と書き込む。

 

これが今回の敵情視察におけるレオの役割である。

 

気配の察知と遮断、隠密行動を得意とするレオの能力はこういう仕事にかなり向いているため、刃九朗と共に次に攻める港の帝国戦力を下見しているのだ。

 

出来るだけ多くの情報を探り、全て書き留めてからもう一度脳内の情報と比較して欠けている部分が無いかを確認する。

 

「……うん、記入ミスは無し。にしても、帝国はどうやってこれだけ堅牢な砦を落としたんだ? ひたすら物量で押し潰したとか?」

 

「最初はそうして三日三晩攻め続けて兵の気力を削り取り、アルベリッヒが指揮を取った途端にアッサリと陥落したそうだ。恐ろしいことだが、全て奴の計画通りだったのだろう」

 

独り言のように呟かれたレオの疑問に、何処からともなく言葉が返って来る。

 

その声の主の気配を事前に察知していたレオは特に驚かず、手元の道具を素早く片付けながら背後を振り返る。

 

「刃九朗さん、そっちも終わりですか?」

 

「うむ、周辺の地形や街道の下見は全て終わった。これで必要な情報は全て手に入ったことだし、引き上げるとしよう」

 

白と黒の両翼を畳みながら佇む獣人、刃九朗はレオから偵察情報を書き留めた紙を受け取り、一緒に木々の間を駆け抜けてローランへと向かう。

 

街道のような整備された道ではなく森の中をそのまま突っ切る移動法なので、地形と方角を正しく記憶して間違えなければかなりのショートカットになる。

 

刃九朗は元々習得していた技術だが、レオがこの移動法を体得出来たのはフォンティーナに住むエルフ達から体に負担を掛けない森の歩き方を教えてもらったおかげだ。

 

その移動中、木々を抜けて港から少し離れた街道に出た所で刃九朗が何かを思い出したように立ち止まった。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、そういえばディランとイサリも近くに来ているのを思い出してな。軍議を行ってから既に2日。そろそろ物色も終えている頃だろう」

 

そう言って刃九朗の視線の先に視線を向けると、その先には軍港の海に近い森の一角が有る。

 

恐らくあの辺にいる、ということなのだろうとレオは理解し、現在の場所から向かう為の道を頭の中に描く。

 

「それなら僕が直接行って進捗を確認してきますよ。刃九朗さんは先に戻ってください。その情報が無いと、サクヤさんが作戦を考えられませんから」

 

「……承知した。お主には苦労を掛けるが、よろしく頼む」

 

少々申し訳なさそうに小さく頭を下げ、刃九朗は地を蹴って再び森の中を駆け抜けていった。

 

「……僕も行くか」

 

その背中を見送り、すぐさまレオも同じように地を蹴って目的地へと向かった。

 

移動中も敵地から離れているとはいえ油断せず、感覚を研ぎ澄ませながら移動している。

 

 

そのおかげなのか、違和感を感じたレオの行動は迷い無く素早いモノだった。

 

 

「……ッ」

 

森を駆け抜ける速度をそのままに、突然進行方向を変更して目的地から遠ざかり始めたのだ。

 

勿論、レオが目指す方角を間違えていたわけではない。ただ目的が変わっただけだ。

 

その目的とは、自分を狙っている存在をディラン達のいる場所から引き離すことである。

 

姿も気配も殆ど感知出来ない。感じられたのは自分に向けられる僅かな視線だけ。

 

だが、帝国の拠点からも離れたこんな場所でソレを感じた。少なくとも味方が見せるアクションではない。それだけで判断材料としては充分だ。

 

(……隠形が僅かに乱れた。さっきは視線だけで何も聞こえなかったけど、今は少しだけ足音が聞こえる。こりゃ慌てて追い掛けてるな)

 

突然の方向転換に流石に慌てたのか、レオは反響する足音の方向と距離から追跡者が自分を追い掛けていることを確信する。

 

狙っていた相手が尾行に気付いて逃亡を始めたのだから当然の反応ではあるが、一応はレオの思惑通りである。

 

確信を得たレオはそのまま森を駆け抜け、木々が密集していない開けた場所で立ち止まる。

 

(聞こえた足音は1人だけ。だけど、振り切るつもりで走ったのに此処まで追い付いてきた。このまま拠点に戻って情報を持って帰らせるわけにはいかない)

 

故にこの場で仕留める。

 

静かに決意して腰の二刀小太刀を抜き放ち、レオは今も近い木々の中から自分を狙っている敵を研ぎ澄まされた感覚の中で見据える。

 

大きな音を立てて動く存在も無く、森の中には静かに流れる風の音だけが残る。

 

だが、それも数秒だけ。

 

耳に聞こえる音の変化は無いが、正面の木々の中から凄まじい速度で射ち出された何かがレオの眉間に目掛けて迫る。

 

数にして3つ。攻撃を感知したレオは即座にその場から飛び退いて回避する。

 

しかし、回避しようと体を動かした瞬間、全方位をカバーするレオの気配探知が背後から迫る気配と殺気を捉えた。

 

初撃を囮にして背後から本命の攻撃を叩き込む。

 

特に珍しくもない手垢の付いた戦法だが、達人が使用すればソレはまさしく必殺の技へと昇華する。

 

既にレオの両足から腰までは初撃を回避しようと動き出しており、背後から迫る敵の攻撃はその瞬間を寸分違わず狙ってきた。

 

振り向いてから攻撃を防ごうとすれば間に合わない。

 

ならばと、レオは自分に向けられた殺気を辿って敵の攻撃箇所を絞り込み、両手に握る小太刀の刀身を背中で交差させて盾にする。

 

直後、二刀小太刀の刀身を伝って両腕と背中に鋭い衝撃が走る。

 

それは防御に成功したということだが、敵はそのままレオの防御を崩そうとはせずに武器を横へと振り抜いた。

 

同じくレオも手応えの軽さからさらなる追撃が来ると予測し、背後を振り返ることなく動き出す。

 

全身の力を抜いて背中から走る衝撃に逆らわず、体を前へ倒す。

 

そうすることで飛び退こうとしていた両足の力を強引に打ち消し、態勢を崩しながらも右足を地面に付ける。

 

その瞬間、レオは自身の頭の中に撃鉄を下ろす。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止めた。

 

その中ですぐさまレオは地面に足を着けた右足に力を込め、全身のバネを最大限に生かして再び跳躍する。

 

普通ならば体が少々浮く程度の力しか発揮出来ないだろうが、『神速』によって肉体のリミッターを一時的に外したレオの身体能力はその常識を覆す。

 

ボォン! と音を鳴らし、小規模の土煙を炸裂させたレオの跳躍はなんとその体を1メートル近く真上へ持ち上げた。

 

レオは跳躍と共に体を回転させ、共に振るわれた二刀小太刀が風車のような回転切りを放つ。

 

その斬撃はレオの背後から迫っていた襲撃者の斬撃を弾き返し、甲高い金属音を響かせる。

 

「なっ……!」

 

予想もしなかったレオの反撃に、襲撃者が短く驚愕の声を漏らす。

 

追撃が完全に途切れ、今度こそ両足で地面に着地したレオはようやく襲撃者の姿を見た。

 

そして、レオの目に映った襲撃者の姿は……

 

「…………メイド?」

 

……レオが半ば呆然としながら呟いた通り、丈の長いフリルの黒いスカートに純白のエプロンを着こなすその服装は、どう見てもメイド服である。

 

別にメイド服が珍しいわけではない。

 

この世界でもメイドはいるし、ルーンベールの王城でも多くのメイドが働いていた。

 

問題は、何故こんな殺し合いの場でメイド服を着ているのかということである。

 

少々の戸惑いを引き摺りながら襲撃者の姿を下から上へと見渡すと、右手には隙を見せない構え共に逆手に忍者刀が、左手には指の間に挟むように折り畳み式の仕込みナイフが握られている。

 

その武器を見て、レオは即座に囮に使われた初撃が左手のナイフの投擲、背中を狙った斬撃が右手の忍者刀によるものだと理解した。

 

最後に視線が凛と引き締められた襲撃者の顔に行き着き、レオと襲撃者の視線が交差する。

 

(……美人だ)

 

ニコリと笑顔を浮かべればとても可愛らしいであろう襲撃者の容姿を見たレオは、心中で素直に呟いた。

 

僅かにウェーブのかかった腰に届くほど長い髪は栗色で、眼前の敵を見詰める瞳は緑色。

 

頭頂部に付けられた白いカチューシャの後ろには髪の毛と同じ栗色の毛並みをした獣耳が真上にピンと立っている。

 

さらに腰からは豊かな毛並みを備えた一本の尻尾が伸びており、リンリンと同じ獣人であることが分かる。

 

今まで戦ってきた帝国の幹部が碌でもない人物ばかりだったせいか、レオは目の前で敵対している女性に大きな違和感を感じる。

 

だが、既に刃を交えて敵対している以上、レオの剣が鈍ることはない。

 

否、女性だからと斬るのを迷えば、今度こそ死ぬという確信がレオにはあった。

 

結果的に防ぐことは出来たが、先程の攻防はレオも危うく命を落とすところだった。この女性が相当な実力者であるのは明白である。

 

そんな相手に、手を抜くことなど出来る筈も無い。

 

両者の腕がゆっくりと持ち上がり、構えを組んだ体に力が巡る。

 

「「……参る(ります)」」

 

呟きを合図に、体に巡らせた力が爆発的な活力となって2人の体を動かす。

 

ほぼ一瞬でトップスピードに達した急加速からの斬撃は空間に二条の銀閃を描き、衝突による衝撃と金属音を響かせた。

 

互いに相手の首を跳ね飛ばそうと放った薙ぎと袈裟が打ち合い、腕から走る反動によって2人の距離が僅かに開く。

 

しかし、間髪入れずに女性の姿がその場から掻き消える。

 

単純な速度だけでなく、恐らくは視線と気配を誘導して消えたように誤認させる技。しかし、レオの眼と感覚は惑わされることなく女性の姿を捉えている。

 

額を穿つような女性の刺突を体の捻りと共に龍鱗で受け流し、右手の麒麟が頸動脈を狙って右袈裟に振り下ろされる。

 

しかし、女性はその斬撃を左へのスウェーで回避。避けられたと理解したレオは即座に刃を横に倒して右薙ぎに振るうが、伏せるように体を沈められて空を斬る。

 

ならばと龍鱗を左袈裟に振るおうとするが、女性は体を沈めたままメイド服を翻しながら体を回転させ……

 

「はあっ!」

 

……右脚で回し蹴りを放ってレオの左手の甲を弾いた。

 

その衝撃によってレオの体が数歩下がり、畳み掛けるように踏み込んだ女性が脳天目掛けて唐竹の斬撃を放つ。

 

「ちぃっ!」

 

しかし、即座に姿勢を整えたレオは麒麟で斬撃を受け止め、腹部を狙って龍鱗を真上に斬り上げた。

 

女性は龍鱗の刃を左手のナイフで受け止め、押し合いでは不利になると考えて即座に飛び退く。

 

一拍の間を置いて睨み合い、2人の姿がほぼ同時に掻き消えて斬撃がぶつかり合う。

 

刃を返した女性の突きをレオは上半身を後ろに仰け反って回避し、その体勢から体を右へと回転させて地を滑るように横薙ぎの蹴りを放つ。

 

それが足を刈り取って転倒させるものだと理解した女性は軽い跳躍で蹴りを回避。落下の力を加えて忍者刀を振り降ろすが、左手のナイフも含めてレオの二刀に受け止められた。

 

「「……ッ!」」

 

両者は無言で両腕を左右に広げ、強引に膠着状態を解く。

 

そこから2人は鏡合わせのように右手の刀を突き出し、すれ違った刺突が互いの首筋を僅かに掠めた。

 

冷たい汗が背筋に流れるのを感じながらも、2人は表情を一切乱さず戦闘を続ける。

 

仕切り直しと言うように女性が飛び退いて距離を取り、追撃しようとレオが距離を詰める。

 

しかし、それを許さんと言うように女性はロングスカートを靡かせ、左手で太もものベルトに差し込まれている仕込みナイフを2本引き抜いた。

 

既に持っていた1本と合わせて合計3本のナイフを指の間に挟むように持ち、手首のスナップを効かせて投擲される。

 

レオはその場に足を止め、頭部を狙って放たれた3本のナイフに対して袖のホルスターから引き抜いた飛針を投げて撃ち落とす。

 

2人の間で小刻みな金属音が鳴り響き、地面には放たれた暗器が静かに突き刺さる。

 

((手強い……!))

 

一撃でも攻撃が決まれば勝敗の天秤は確実に傾く。

 

それが分かっているからか、攻撃が決まらない苛立ちと拮抗する相手の実力から来る緊迫感を感じながら2人の心中は次の戦術を練り上げていく。

 

レオと女性の取る選択はほぼ確実に短期決戦に絞られる。思考するのは、どうすれば相手に攻撃を命中させられるか、その方法だ。

 

現実で経過した時間はほんの数秒。

 

その間に考え出された無数の戦術の中から1つが弾き出され、両者の体が動き出す。

 

女性は何処に収納していたのか身の丈に迫る程の巨大な手裏剣を取り出り出し、レオは踏み込みと共に小太刀を鞘に納めて集中力を極限まで研ぎ澄ませる。

 

両者ともそこまでの敵の行動は目に捉えて認識しているが、動きを止めるようなことはしない。

 

元より敵が攻撃してくるのは当然のこと。ならば、それより早く敵を斬り伏せるのみ。

 

2人は全く同じ必殺の意思を宿し、ついに互いの攻撃が放たれる。

 

だが、その寸前に……

 

 

「そこまでだ!!!!」

 

 

……獣の咆哮を思わせる程の声が鳴り響き、2人の動きを強制的に止めた。

 

それにより投げる寸前だった巨大な手裏剣は足元の地面に刺さり、『神速』に入ろうとしていたレオの体は前のめりに大きく倒れる。

 

予想外の不意打ちによって攻撃の出鼻を完全に挫かれ、呼吸が乱れて今までの疲労感が一気に2人の体を襲う。

 

2人は肩で息をしながらどうにか視線を動かし、声の聞こえてきた方向を見る。

 

そこには……

 

「良い勝負だったんで見物してたが、それ以上マジになったら流石にシャレになんねぇぞ」

 

……腕を組みながら呆れたような目でレオ達を見るディランの姿があった。

 

その後ろにはイサリも立っており、普段と同じようにぼんやりとした目で空を見上げている。

 

「んで? 合流が遅いんで見に来たわけだが、何でお前らは味方同士でガチの勝負してんだ? ローナ、それにレオも」

 

「…………へ?」

 

溜め息と共に普段通りの口調で放たれたディランの問い。

 

その中にあった無視出来ない単語に反応し、ローナと呼ばれた女性は小さく呟いて呆然となる。レオも言葉こそ発していないが、殆ど似たような状態だ。

 

続いてディランの言葉と現状を照らし合わせたことで2人の頭の中にまったく同じ可能性が浮かび上がり、青褪めた顔でダラダラと汗を流しながらお互いの顔を見る。

 

((もしかしてこの人……敵じゃない?))

 

その行動がとどめとなり、浮かび上がった可能性は瞬時に確信へと変わった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

ブレードアークスに登場していたので、思い切って今作にローナを参戦させました。

今回は勘違いの末に戦闘になってしまいましたが、別にレオとローナがアホなわけではありません。

レオの場合は凄まじい練度の隠形で自分を見張っている存在、ローナの場合は自分の主人がいる場所に気配を隠しながら近付いていく存在。

普通に考えれば自然と敵と認識しても仕方がありません。

というかよく考えたら、何で味方同士の勘違いで起きた戦闘にこんな文字数使ってんだ私は。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第50話 開戦前の静寂

スペル様、トリック様に感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は偵察の帰りと次の戦闘前までになります。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 石窟街ローランの解放戦線が集まる集会場。

 

そこでは巨大な机の上に帝国が占領した軍港と周辺の地形を細かく書き写した地図が広げられており、地図を囲むように解放戦線のトップであるサクヤとフェンリルに加えてディランと刃九朗が話し合っている。

 

つい先程帰還した刃九朗が偵察で集めた情報を報告し、周辺の地形情報や敵の戦力などが詳しく分かったおかげでようやく軍港を奪還する作戦が考えられるようになったのだ。

 

加えて、刃九朗のすぐ後に帰還したディランも今回の作戦で帝国から奪取する予定の軍船に目星を付けてきたと報告した。

 

これで、作戦を開始するのに必要な大まかな条件は揃った。

 

「それで、お眼鏡に叶う船は見付かったの? ディラン」

 

「おうよ。長い船旅にも激しい海戦にも文句無しで耐えられる逸品を見付けたぜ。数日張ってた感じだと軍港からは出ねぇヤツみたいなんで、作戦決行時に問題無く狙える」

 

サクヤの問いに対してディランは満足そうに胸を張り、近い内に奪い取る船のことを考えて楽しみだと言うようにニヤリと笑う。

 

「それは良かったわ。けど、逃げられないようにするために船の奪取と軍港の制圧は同時にやらなければならないから、船の方の指揮はアナタに任せるわ」

 

その笑みを見て心配は無用だと感じたサクヤは微笑を返す。

 

情報交換が一段落し、ひとまずはこの作戦会議で話し合うべき内容が終了する。

 

そんな空気の切り替わりを察し、微笑みを浮かべていたサクヤは表情を一瞬にして引き締めて素早くディランに距離を詰めた。

 

身長差を埋める為に背伸びまでしたサクヤは静かな声でディランに耳打ちする。

 

「それで……一体アレはどういうことなの?」

 

「あぁ~……何て言うか、ちょっとした誤解が思わぬ方向に捻じれまくった結果だな」

 

問い詰めるサクヤに対して、上手く説明出来る言葉が浮かばないのかディランも目を逸らしながら言葉を濁す。

 

そんな2人の視線を追うように、フェンリルと刃九朗も黙って会議室の一角を見る。

 

そこに見えるのは……

 

「本当に……本当に申し訳ありませんでしたぁ……!」

 

「あ、あの!えっと……私も勘違いで斬り掛かってしまったし、お互いに怪我も無いのでどうかお気になさらず。どうか頭を上げてください……」

 

……メイド服を着た狐耳の獣人、ローナに対して平身低頭の綺麗な土下座をしながら謝罪するレオの姿が有った。

 

口に出す謝罪の言葉からはこれでもかと言わんばかりの罪悪感が滲み出ており、地面に擦り付けんばかりに下げられた顔を持ち上げたら血涙を流していそうだ。

 

お互いに相手を敵の偵察か斥候だと勘違いして本気の殺し合いにまで発展した。

 

全力を発揮する前にディランが止めたので怪我も無く、事情を聞いた第3者から見れば怪我が無くて良かったねで済むかもしれないが、当事者の様子は見ての通りメンタルが重傷である。

 

ローナの方はレオを責めるつもりは無いのだが、全身で謝罪の意を示すレオに圧倒されてオロオロと手を彷徨わせて戸惑っている。

 

ローランに戻る前にディランからもあんまり気にすんなよと笑顔で肩を叩きながら言われたのだが、レオの性格では簡単に割り切れず今の土下座に繋がっている。

 

「……でも、どうするの? いつまでもあのままにはしておけないし、関わってない私が何か言っても効果薄いわよ」

 

「だな……しょうがねぇ。おいレオ! そこまでローナに斬り掛かったこと気にしてんなら、次の作戦で船の制圧手伝え。それでチャラってことでお前も納得しとけ」

 

「………………はい。分かりました」

 

このままでは埒が明かないと判断し、溜め息を吐きながらディランは妥協案を出す。

 

それを聞いて頭を下げたまま長い沈黙を挟み、どうにか自分で折り合いを付けたレオはようやく重い頭を持ち上げて頷いた。

 

この件についてはここまでだとディランにバッサリと断言され、肩を落としてまだ僅かに気落ちしているレオと一転してニコニコと明るい笑顔になったローナはそのまま集会場から退出した。

 

サクヤはそんなレオの後ろ姿に奇妙な新鮮さを感じたが、今は作戦会議に集中することにした。

 

「……さて、それじゃあコッチの話を再開しましょうか。まずディラン、軍船を制圧するあなたの方は何人の編成にするつもりなの? というか、そもそもどうやって制圧するの」

 

「あぁ、それか。船の方はオレとイサリ、レオの3人で充分だ」

 

当然のように返された人数と編成にディラン以外の全員が一瞬固まるが、何か理由が有ってのことだろうと考えて無言で続きを促す。

 

「この数日間イサリと交代でずっと見張ってたんだが、どうにもあの船は海側の防衛に使われてるみたいでな。今じゃ攻めて来る敵もいないから人間の兵士は多くて5人か6人、他は見張りのモンスター数体だ。その程度なら3人で足りるだろ」

 

「……そういうことね。でも本当に良いの? せめてもう1人、刃九朗やローナを連れて行った方が……」

 

「心配ねぇさ。それに、刃九朗は砦の構造を調べてたんだからアンタの方に必要だろ。ローナも戦い方はソッチは向きだしな」

 

ディランの言葉を信用し、サクヤはそれ以上食い下がることはしなかった。

 

制圧方法についても既に考えているらしく、軍船の制圧についてはディランに全て一任されることになった。

 

なので、次に話し合うべきは砦方面の攻略となる。

 

こちらには解放戦線のほぼ全戦力が投入されることになるが、だからと言って馬鹿正直に正面から攻めるわけにはいかない。

 

「さて、それじゃあコッチの作戦を考えましょうか。刃九朗、詳しい情報をお願い」

 

「承知」

 

改めて机の上に広げられた地図を見詰め直し、サクヤ達は話し合いを再開した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 

 

 

 

 

 集会場を出たレオとローナはすぐに別れず、近くの酒場で席を共にして話し合っていた。

 

気分が沈みかけていたレオは気持ちを切り替えとリラックスの為に大ジョッキに入ったビールを注文し、その見かけによらない酒豪っぷりに少々驚いたローナは果実水をチビチビと飲んでいる。

 

「んっ……んっ……ふぅ、ベスティアの酒も結構イケるな」

 

「レオさん、お酒強いんですね~。何だか意外です。あ、そうだ! 改めまして、私……ローナ・ムラサメと申します。初対面では色々有りましたけど、どうぞよろしくお願いします!」

 

そう言ってローナは握手の手を差し伸べてながら満面の笑みを浮かべる。

 

ローナの言葉や表情には一切の悪意も感じられず、もはや謝罪を口にするのは逆に失礼だなと理解したレオは握手に応じながら自己紹介する。

 

「レオ・イブキです。よろしくお願いします、ローナさん」

 

「ハイッ! 私と同じ位の歳でアレ程の剣技を振るうお方と一緒に戦えるなんて、とても心強いです! 今度機会が有れば、軽い手合せでも……」

 

ブンブンと尻尾を振りながら目を輝かせるローナに少々気押されながらレオは苦笑する。

 

その会話をきっかけにして2人は様々な話題で言葉を交わした。

 

好きな食べ物や嫌いなモノ等から始まり、これまでの解放戦線の戦いで有ったことや船旅で体験したことなどを話し合っているといつの間にかそれなりの時間が経過していた。

 

「アハハ……すっかり話し込んじゃいましたね」

 

「ですね……今日はもう休んで良いって言われましたから、宿に戻りましょうか」

 

日がすっかり傾いてきたことに気付いた2人は席を立ち、酒場を出て宿屋へと歩を進めた。

 

ローランは石窟の中に造られた街のため全体面積にあまり余裕は無く、人の歩く街道も荷車が行き交い出来る程度しかない。

 

だが、砂漠という過酷な環境で生きているおかげか街で暮らす人々の活気は凄まじく、色々な露店が香りを漂わせて街道を歩く人々の気分を高揚させている。

 

結果、街道は賑わう人々で溢れ返ることになのだが、初日で慣れたレオは人混みの中をスルスルと苦も無く進んでいく。

 

隣を歩くローナも同じように人混みの隙間を縫って進もうとする。

 

しかし……

 

「きゃッ……!」

 

……予想とは裏腹にローナは短い悲鳴と共にバランスを崩し、前のめりに倒れた。

 

「おっと……!」

 

その光景に一瞬驚きながらもレオは即座に動き出し、倒れるよりも先に広げた右手を割り込ませてローナを受け止める。

 

レオは怪我無く済んで安堵の息を吐き、受け止めたローナの体をゆっくりと押して立たせる。

 

「怪我は有りませんか?」

 

「は、はい~……ご迷惑をおかけしました。恥ずかしながら私、どうにもドジな所が有ってよく転んでしまうんです。刃物に触れている戦闘やお料理の時は平気なんですけど……」

 

申し訳無さそうに話すローナの言葉に、レオは少々面食らってしまう。

 

森の中で戦った時にアレほど凄まじい太刀筋をしていたローナが普段は何も無いところで転んでしまうドジッ子というのは、対峙したレオにとってはギャップが激しいというレベルではない。

 

コレもはや別人では? と一瞬考えてしまう程だったが、何とか復帰したレオは言葉を絞り出す。

 

「それは、また……けど、今回は間に合って良かったです」

 

「あう~……き、気を付けます……」

 

獣耳と尻尾をしょんぼりと垂れ下げるながら答えるローナにレオは苦笑し、2人は再び並んで歩き出す。

 

その際、レオが僅かに後ろの位置を歩いていたが、ソレが自分が転んだ際にすぐ腕などを掴んで支える為なのだと気付き、ローナは嬉しそうに尻尾を揺らした。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *

 

 

 

 

  Side レオ

 

 ローナさんと一緒に宿に戻り、水浴びと夜の鍛錬を終えて眠りについた翌日、昼頃に集会場へ集まるようにとサクヤさんからの号令が有った。

 

僕は集合の30分前になったことを確認し、壁に掛けてあったロングコートに袖を通して戦闘に使用する装備一式を装着する。

 

暗器を仕込んだホルスターを腕に取り付け、鞘に納められた黒と白の二刀小太刀をロングコートのベルトに差して固定する。

 

忘れ物が無いことを確認し、僕は宿を出て真っ直ぐに集会場へ向かった。

 

中に入ると、集会場の中にいたのはサクヤさんとフェンリルさんの2人だけ。他のメンバーも遅くとも後10分もすれば全員揃うだろう。

 

「おはようございます。サクヤさん、フェンリルさん」

 

「おはよう、レオ。今日は違う場所で戦うことになるけど、よろしくね」

 

「おはよう。他の皆もすぐに来ると思うが、ディランとイサリが先に到着したらお前は2人と一緒にすぐ出発してくれ」

 

フェンリルさんの言葉に頷いて壁際の椅子に腰を下ろす。

 

それからすぐに刃九朗さん、アルティナ、龍那さんと剛龍鬼の順に集会場へ次々とメンバーが集まり、その後にイサリさん、ローナさんを連れたディランさんが到着した。

 

ディランさんとローナさんは普段と何も変わり無い。だが、集会場に入ってきたイサリさんの背中には普段は無い大きな布の包みが背負われていた。

 

布でグルグル巻きにされていて詳しい形状は全く分からないが、恐らく直径2メートル以上は有るだろう。

 

アレがイサリさんの武器なのかは分からないが、この場に持ってきているということは作戦に必要なものなのだろう。

 

アルティナや剛龍鬼と軽い挨拶を交わした僕はディランさん達の姿を見付けて2人の元へと向かった。

 

近付く僕の姿を見付けたディランさんはニヤリと笑いながらその大きな手で僕の肩をバンバンと叩いた。

 

「よう、レオ! 今日はよろしく頼むぜ! オレもイサリもそろそろ海の上が恋しいんでな!」

 

「よろしく……頼む」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 

挨拶を終えたディランさんはそのままサクヤさんの元へと歩き、短い会話を終えてすぐに戻って来た。

 

どうやら、フェンリルさんの言っていた通り本当にすぐ出発するらしい。

 

「んじゃ行くぜ! アークバッカニアの新しい船を頂きにな!」

 

そう言って笑いながら集会場を出るディランさんに続いて、ぼんやりと天井を見詰めていたイサリさんも歩き出し、僕もその後に続く。

 

だが集会場を出る寸前、出口の近くに立っていたローナさんが僕にぺこりと頭を下げた。

 

「レオさん、どうかお気を付けて。船長達のことをよろしくお願いします」

 

「任されました。ローナさんの方も、どうかお気を付けて」

 

そう言って集会場を出て、僕達3人はディランさんを先頭にしてローランを後にした。

 

港への移動ルートは偵察の時と同じく街道沿いに近くの森を抜けて近付くというもので、僕達は夕方前には港へと到着した。

 

砦の攻略に当たる戦力も既にローランを出発して此処に向かっていることだろう。

 

「それでディランさん、具体的な作戦は有るんですか? サクヤさん達からは、打ち合わせはしてあるからディランに訊いてくれって言われたんですが……」

 

「おう、ちゃんと段取りは決めてあるぜ。と言っても、そこまで細かいモンじゃねぇが」

 

そう言って、ディランさんは視線を僅かに持ち上げてゆっくりと沈んでいく夕日を見詰めながらニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

「まずは夜になってからだ……オレ達の成功と同時に派手な狼煙を上げてサクヤ達が動き出すことになってる。準備はしとけよ、イサリ」

 

ディランさんが視線を向けると、近くの木に背中を預けて座り込んでいたイサリさんは背中に背負っていた包みをドスンと目の前に置いた。

 

「任せておけ……派手な花火を上げてやる」

 

普段と変わりない口調だったが、そう答えたイサリさんの瞳の中には今までに無い強い意志が宿っていた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

情報収集を終えて、今は夜襲前の待機時間です。

もはや行動が盗賊のソレに近くなってきていますが、もはや誰も気にしていません。

盗むなら夜が良い。破壊活動もセットなら尚更。

みたいな心境です。

次の話は港の攻略になると思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第51話 逆襲の狼煙

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

半年も間空いてしまって本当に申し訳ない。

今回は港の攻略になります。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 日が沈み、穏やかな波の音だけが静かに響く港の砦。

 

砦の各所に設置された篝火以外の光源は月の光しか無く、交代で見張りを務める兵士は欠伸をしながら眠そうな目で暗い森と月を映し出す海を見ている。

 

明らかにやる気が無い様子だが、それは無理も無かった。

 

何しろこの砦は海からも陸からも攻め難い構造をしているので並大抵の戦力では容易に返り討ちに遭ってしまう。

 

だけど帝国が攻めてきた時は3日しか保たなかったではないか、と言う意見も出るかもしれないが、それはあまりに短絡的な答えである。

 

その事実は逆に考えれば、援軍が全く期待出来ない状況下で戦力も補給線も万全の帝国を相手に3日間持ち堪えたということである。

 

もしアルベリッヒが戦線に加わっていなければ、砦の攻略は更なる日数を必要としていただろう。

 

だが、そんな難攻不落だった砦を今占拠しているのは万全な戦力を配置した帝国。その堅牢さはかつての倍以上と言っても過言ではない。

 

(何処にいるってんだよ、こんな要塞攻めようとするバカなんて。最近じゃ昼も荷物運びばっかりだし、退屈だぜ)

 

欠伸を噛み殺しながら夜空を見上げ、兵士の1人は心中で不満を零した。

 

ソレを口に出す度胸も堂々と見張りをサボる勇気も無い兵士は形だけの仕事を続けるしかない。

 

だがこの時、そんな兵士の眠気が一瞬で吹っ飛ぶような仕掛けの準備が行われていたのだが、当然気付くことは無かった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 場所は変わって軍港の近くの海上に浮かぶ軍艦。

 

船の上でも同じようにやる気の無い兵士が欠伸をしながら松明を片手に形だけの見回りを行っている。

 

他の人間は全員モンスターが守る船室内にいて話し相手もおらず、海にも陸にも特に変わり映えしない見飽きた光景が見えるだけ。

 

「ハァ、退屈過ぎておかしくなりそうだ。これならいっそ敵が攻めて来てくれた方が良いと思えてくるぞ」

 

もはや適当に歩くだけが自分の仕事なのではないかと思えてきた兵士は小さい溜め息と共に砦の兵士と似たような不満を吐き出す。

 

しかし、この男と砦の兵士の最大の違いは……

 

 

「そうですか。では遠慮無く」

 

 

……声に出した不満に声が返って来たことだった。

 

「…………え?」

 

僅かな声が漏れた刹那、男の視界は一瞬の衝撃と共に闇に包まれた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

「……予想以上にザルな警備だな」

 

首を斬り裂いて絶命させた兵士の死体を見ながら呟き、レオは右手に持つ麒麟の血を払って鞘に納める。

 

服装は普段通りの黒いコートだったが髪の毛からつま先までずぶ濡れになっており、流れ落ちる水滴が甲板の上にポタポタと落ちる。

 

「いざやる時まで半信半疑だったけど、陸地から船まで泳いで全く見付からないとは」

 

レオは濡れた前髪を掻き上げて水を払いながら呆れと感心が入り混じったような溜め息を吐く。

 

エレンシア奪還戦において500メートル以上の距離を泳いだレオにとってこの程度は大した苦にもならず、疲労の気配も無い。

 

「砦を落としてから……今まで一度も襲撃が無かったせいだな……弛んでる」

 

背後から聞こえた声に振り返ると、布に覆われた包みを背負ったイサリがレオと同じようにずぶ濡れで立っていた。

 

無秩序に伸びている青色の長髪が海水を吸って肌にべったりと張り付いているが、本人は気にも留めずに兵士が持っていた松明を拾い上げて甲板を見渡している。

 

「……やはり……甲板に他の見張りはいないな……手抜きにも程がある……」

 

「おかげで僕達は楽が出来ましたけどね……でも、キャプテンの方は大丈夫なんですかね」

 

そう言ったレオの視線の先には篝火の光に照らされた砦が聳え立っており、この場にいないもう1人のメンバー……ディランの安否を気に掛けていた。

 

砦の近くまでは一緒に行動していたのだが、砦に着いてすぐに「ちょっと砦に入り込んで準備をしてくる」と言って別行動になってしまった。

 

今船にいるのがレオとイサリの2人だけなのはそういうことである。

 

レオも普段の佇まいや歩き方からディランが相当な実力者だというのは察しているが、もし発見されて砦の兵士全員から袋叩きにされればおしまいだ。

 

「……心配するな……目立つ図体だが……素人というわけじゃない……」

 

「……分かりました」

 

自分よりもディランとの付き合いが遥かに長いイサリにそう言われ、レオはひとまず心中の不安を忘れれることにした。

 

どちらにせよこの状況でディランの為に出来ることは無い。

 

ならば、せめて今自分がやるべきことをしっかりとやり遂げることにしようと気持ちを切り替える。

 

「それじゃあ、僕は打ち合わせ通り船室の方を片付けてきます」

 

「……頼む……こっちも準備を始める……」

 

そう言ってレオは二刀の小太刀を抜き放って船室へと歩き出し、イサリは背負っていた包みと共に船の端へと歩き始めた。

 

互いに背を向け合ったその動きには、一部の迷いも存在しなかった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「アレか……」

 

 船に関して素人の僕でも分かるくらいに広い甲板を歩き、灯りの点いた船室へと向かう。

 

近くの物陰に隠れて船室の入り口を覗いてみると、扉の前に大きな影が2つ見えた。

 

一見すると高さ1メートルを超える巨大な亀のように見えるが、4本の足と頭部だけでなく全身の6割を覆う甲羅までもが鋭利な棘を生やしていて非常に近寄り難い外見となっている。

 

見た感じあの甲羅と亀の外皮の硬度は岩以上鋼未満といったところだ。

 

体を甲羅の中に引っ込められたとしても『斬』で斬れる自信は有る。だがそれだと一撃で仕留めるのは難しい。

 

よって、今取るべき最適の戦術は……

 

(相手が反応する前に即死させる……!)

 

……意を決して両手の小太刀を握り締め、物陰から飛び出すと共に意識に撃鉄を下ろす。

 

 

『御神流奥義之歩法・神速』

 

 

視界に映る世界が色を失い、動きを止める。

 

白黒の視界に映る月を一瞥し、未だ僕に気付いていない亀のモンスター……シェルタートルへと真っ直ぐに駆け抜けて距離を詰める。

 

ゆっくりと流れる世界の中で僕は2匹のシェルタートルの間を通過すると同時に両手の小太刀を横薙ぎに一閃。

 

両足でブレーキを掛けると共に『神速』を解き、全身に纏わり付く重い空気が消えて体の感覚が元に戻る。

 

その直後に背後からドサリという音が聞こえ、斬り飛ばしたシェルタートルの首が甲板の上を転がった。

 

「残りは中の兵士だけか……」

 

間違い無く即死したのを確認してから『心』の気配探知で船室内の気配を確認し、僕は両手に小太刀を握ったまま船室の入り口へと歩を進めた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 船室へと向かったレオとは別に、残ったイサリは甲板の端……砦が見える左舷側に辿り着くと背中に背負っていた包みの布を解いて中に入っていた物を取り出した。

 

水を弾く材質にでもなっているのか裏地は一切濡れておらず、布の上に広げられた大小様々な部品を手に取って組み合わさっていく。

 

流れるような手の動きで作業を進めて数分後、ガシャン! という金属音を鳴らしてイサリは完成した己の“武器”を手に持って立ち上がる。

 

ちょうどその時、船室内の兵士を排除してきたレオもその場に到着。イサリが持っている武器を後ろから目にした。

 

「終わったみたいだな……音1つ聞こえなかった……見事だ」

 

「どうも……それにしても、包みの形から見てかなり大きいものだとは思いましたけど……色んな意味で予想以上ですね、ソレ」

 

その武器を一言で表すなら、重火器という言葉が一番しっくり来るだろう。

 

長身のバレルに大型のリボルバー式回転弾倉、まるで拳銃のデザインをそのまま大砲サイズに巨大化したようだった。

 

迫撃砲を携行サイズに改造したようなその武器をイサリは汗1つ流さず細腕で持ち歩く。

 

「趣味は釣りだが……職業は魔獣狩りでな……この位の火力がちょうど良い」

 

「なるほど……それじゃあ後はディランさんを待つだけですかね」

 

「……いや……どうやら終わったらしい……」

 

イサリがそう言うと背後から大きな水音が聞こえ、そこにはレオ達と同じように全身ずぶ濡れになったディランが甲板に立っていた。

 

砦での準備が無事に終わったのか、その顔には普段通りの不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「待たせたな……仕掛けはバッチリだぜ。悪かったなレオ、船の制圧殆どお前1人に任せちまって」

 

「いえ、練度が低い上に人数も少なかったので平気です。それで、僕達はこの後どう動くんですか?」

 

「そりゃ決まってんだろ。計画通り、コッチの作戦が成功したって狼煙を上げんのさ。なあ、イサリ!」

 

ディランが声を掛けると、再びガシャン! という金属音を立ててイサリが重火器を持ち上げて立ち上がった。

 

どうやら弾丸……武器のサイズ的には砲弾が近いかもしれない……の装填が終わったらしく、弾倉の中には鈍い金属の光沢が見える。

 

イサリはそのまま重火器を抱えて船の端に足を乗せて重心を固定し、砦の方角に向けられた砲口を上下左右に細かく動かして照準を調整する。

 

狙撃や砲撃は狙う距離が長ければ長いほど風向きや落下速度で着弾点が大きくズレていく。

 

今甲板の上で感じるのは僅かなそよ風くらいだが、距離が開けば弾道に与える影響も大きくなる。

 

だがイサリの重火器には目盛りで照準を調整するスコープも無く、今から放つ砲撃は風向きと落下速度を勘で調整しなければならないのだ

 

レオとディランが何も言わずその背中を見詰めて十数秒後、細かく動いていた砲口がピタリと止まり、イサリが無言でトリガーを引いた。

 

 

バアァン!!

 

 

全身を震わせるような砲撃音が鳴り響き、放たれた砲弾が信号弾のような光を放ちながら放物線を描いて砦へと落ちていく。

 

そして砲弾の光が砦の一角に落ちた次の瞬間……

 

 

ドオオォォォォォン!!!!!!!!

 

 

……凄まじい大爆発が起こり、イサリの砲撃音よりも数倍大きな爆発音が響き渡った。

 

ソレを不意打ちに近い形で体験したレオは思わず肩がビクリと跳ね上がり、無意識に爆発の閃光から左腕で目を庇った。

 

その数秒後に再び砦を見てみると、砦の一角が大きな黒煙を上げて派手に吹き飛んでいる。

 

「これが……狼煙ですか?」

 

「おうよ……今吹っ飛んだのは砦の兵士達の武器庫やモンスターを入れてる檻なんかが有る場所でな。忍び込んで保管されてる火薬を大量に運び出して空き部屋に突っ込んでおいたんだ。そこにイサリの砲撃をぶち込んだ」

 

「これで砦に残っている兵士達は殆ど武器が使えずモンスターがいなくて戦力も激減というわけですか。でも、城門が閉じたままですよ」

 

刃九朗と共に砦の戦力を調べた時にレオは見たが、あの城門を外側から開くのはかなり困難だ。

 

幾ら戦力を大きく削ったとしても、残った兵士達が体勢を整えて守りを固めてしまえば攻め落とすのが難しくなってしまう。

 

だが、そんなレオの不安など気付いてもいないような声でイサリが答えた。

 

「大丈夫だ……今からやる……」

 

そう言うと、イサリは抱えた重火器を床に置いてディランと共に船の端に置かれている大砲の1つを慣れた手つきで操作し、再び照準を砦に向けて微調整する。

 

一度目の射撃で距離の感覚を掴んだのか砲身の発射角調整はすぐに終わり、点火用の火種が付いた棒を持つ。

 

「……耳を塞げ」

 

言われた通りレオとディランはすぐさま両手で耳を塞ぎ、ソレを確認したイサリは軽い手つきで火種を点火させた。

 

 

ボオォン!!!!

 

 

短くも重い音が響き、装填されていた鉄球弾が風切り音を鳴らして飛んでいく。

 

数秒後、着弾と共に何かが派手に砕け散るような音をレオの耳が拾った。

 

「今のは……」

 

「……城門に砲弾を撃ち込んだ……多分、半壊はしてるはずだ……」

 

その言葉を聞いてレオは懐から望遠鏡を取り出し、着弾点を見てみる。

 

すると、イサリの言った通り左右合わせて閉じられていた城門の片方に砲弾が命中して壊れかけていた。

 

確かにあの状態ならば、レイジやエルミナの最大火力を撃ち込んで破壊することが出来るだろう。

 

「本当に壊れてますね……お見事です」

 

「……お互いさまだ」

 

砲撃の腕に感服するレオと口元に微笑を浮かべたイサリがお互いの腕を褒め合うと、傍に立っていたディランが豪快に笑いながら2人の首に腕を回す。

 

「ハハハハ! 何だ、いつの間にか随分と気が合ってるみたいじゃねぇかお前ら! その調子で次の仕事も頼むぜ」

 

「次……?」

 

レオが首を傾げると、ディランがニヤリと笑みを浮かべながら顎で海の方角を指す。

 

その方向に目を向けると、哨戒に出ていたのか別の帝国船がこちらに近付いていた。

 

船の大きさは今レオ達が乗っている軍船よりも明らかに小さいが、『心』によって研ぎ澄まされたレオの感覚は船内に幾つもの気配を捉える。

 

「帝国の奴等には前の船をぶっ壊された恨みも有るからな。まだ暴れ足りねぇと思ってたところだ。なあ、イサリ」

 

豪快な笑みを浮かべながら全身にギラギラとした殺気を纏い、ディランは左右の腰に差していた2本のカトラスを抜き放つ。

 

それに応えるようにイサリも床に置いた重火器を再び抱え、右側面部に有るレバーを引く。

 

弾倉が回転して金属のパーツ同士が噛み合うような音が響き、薬室内に新しい砲弾が装填される。

 

「そうだな……此処までは仕事で……此処からは……個人的な仕返しだ……」

 

多人数相手に殺る気満々の2人に挟まれたレオは小さい溜め息を吐くが、特に文句を言うことも無く二刀小太刀を抜いてディランの隣に立つ。

 

既に敵船は目と鼻の先まで近付いており、感知能力が優れたレオでなくともハッキリ分る程の殺気が船内から漏れ出ている。

 

「細かいことは抜きだ! 仲間を巻き込まなきゃ何でも良い、好きなように暴れろ!」

 

その言葉を合図にディランとレオは走り出し、片方は船首、もう片方は船尾へと飛び移る。

 

数瞬後、既に照準を済ませたイサリの重火器から砲撃が放たれ、着弾を知らせる爆発が敵船の甲板中央で炸裂した。

 

その爆発を合図に、船の中は小さな戦場へと変わり果てた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レイジ

 

 「ウォォッ!」

 

強烈な殺意と共に振り下ろされた兵士の剣を軽いバックステップで回避し、オレは前へ一歩踏み込んで大太刀を唐竹に振り下ろし、刃を返して跳躍と共に下方から斬り上げを放つ。

 

2度の斬撃が兵士の体を鎧越しに軽々と斬り裂いて傷口から鮮血が飛び散るが、オレはその姿を視界に納めず体を捻って落下と共に今度は大太刀を振り降ろす。

 

同時に、使い手であるオレの思考を理解したユキヒメが大太刀の刀身を展開。ハイブレードモードへと変わった刀身を地面に叩き付ける。

 

瞬間、放たれた衝撃波がドーム状に拡散して前後左右様々な方向から攻撃を仕掛けてきた数人の兵士をゴムボールのように吹っ飛ばした。

 

「……これで外は大体片付いたな」

 

『うむ、後は内部の敵のみ。外の敵の残りも程無く片付くであろう』

 

周辺を見渡して敵の姿が無いことを確認し、ユキヒメも同意の声を返してくれた。

 

レオみたいにはいかないが、気配も感じられないのでひとまずは安全だろう。

 

大太刀を振り回すのに屋内は向いていないという理由で数が多い外の敵を叩く役割を引き受けたが、正直敵の数も強さも思ってたほどじゃなかった。

 

倒した兵士達の殆どが軽装だったし、モンスターも現れない。何より、敵全体が混乱しまくって統率が全く取れていない。

 

「どんだけ数が多くても、バラバラに動くだけじゃこんなもんか」

 

『まさに烏合の衆というやつよ。兵を生かすも殺すも将次第だ』

 

ユキヒメの言う通り、オレ達もサクヤさんやフェンリルさんという指揮官がいるおかげで戦力で負けている帝国とも戦えているんだなと思う。

 

目の前に失敗例が見えているのだから尚更だ。

 

「お疲れ様、レイジ。怪我は無い?」

 

聞こえてきた声に振り向くと、城門近くで部隊全体の指揮を取っていたサクヤさんがケルベロスを傍に連れてこっちに来ていた。

 

「はい、問題無く片付きました。残りの敵は軍港の中だけですか?」

 

「そうみたい。中の方もローナと刃九朗が頑張ってくれてるから、すぐに片付くと思うわ」

 

確かに、別行動する前に少しだけ見たあの2人の戦いぶりはすごかった。

 

通路や壁を縦横無尽に跳ね回って敵を倒す2人の姿はまるで忍者みたいに洗練されていた。

 

勘違いで戦ったレオが危うくやられそうになったというのもアレを見た後なら納得出来る。

 

「……ケルベロス、大丈夫だとは思うけど念のため港の周辺を見て来てくれる? もし敵の姿を見掛けたら報告して」

 

「了解しました」

 

返答してすぐにケルベロスはその場から高く跳躍し、軍港の一角へと姿を消す。

 

その場に残されたオレとサクヤさんは一応周辺を警戒しながら軽く息を吐いて気持ちを落ち着ける。

 

「……何ていうか、思ったよりもアッサリと片付きましたね」

 

「今までの戦いが苦戦するものばかりだったからそう思うのかもね。一番の理由はディラン達が頑張ってくれたおかげでしょうけど」

 

そう言ったサクヤさんの視線を追うと、港から少し離れた海上に浮かぶ2隻の軍艦が有った。

 

ただ、隣接した2隻の小さい方の船からは爆発やら破砕音やら悲鳴やらが鳴り響いており、此処からでも派手な戦闘が起きているのが分かる。

 

下手したらこっちよりも激戦なんじゃないかと思えてくるが、何故かあの3人なら大丈夫と思えて来て不安には思わなかった。

 

「……それにしても、本当に良かったんですかね。オレ達随分と派手に壊しましたけど」

 

海上の船から視線を外してオレは今回の戦闘で破壊された砦を見渡す。

 

侵入を阻む城門は片側の扉そのものが外れて半壊しているし、内部の建物も至る所がボロボロ、ディランさんが成功の合図として吹っ飛ばした建物なんて全壊した上に未だ黒煙が立ち上っている。

 

今回の作戦でこの港を取り返せば、この場所は以前と同じようにベスティアの人達が使うことになる。

 

それなのに港がこれだけ壊れてしまっていては意味が無いんじゃないかと思うのだが、何故かサクヤさんは特に気にした様子も無く笑顔を浮かべた。

 

「それなら大丈夫。詳しくは後で説明するけど、これはベスティアの人達も了承していることだから」

 

「……え?」

 

サクヤさんの言葉が一瞬理解出来ず疑問の声が漏れたが、サクヤさんはウインクを返して砦の中に歩いていった。

 

どういう意味か詳しい話を聞きたいと思って制止の声が出そうになるが、サクヤさんが後で説明すると言っていたので今尋ねるのは辞めておいた。

 

その数時間後、港内外の敵を掃討したオレ達はレオ達が乗る船を迎えると共に勝鬨を上げ、勝利を宣言した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

重要拠点の攻略ですが、手練れや因縁のキャラがいるわけではないので戦闘描写は今回少々巻きになりました。

ただ、船を奪いにいった海賊連中には派手にやらせました。

某蛇男のように潜入して必要なモノだけを破壊するのではなく砦の一角を丸ごと吹っ飛ばすとかもうエクスペンダブルズの仕事です。

次回は火山島へ出発するまでか到着途中までの流れになると思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第52話 やりなおし

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回は港を攻略した後の話になります。

では、どうぞ。

※ 今回、キャラの会話の部分だけ文章の形を変えてみました。

試験石みたいなものですが、お付き合いください。

この方が見やすい、前の方が良い等と思った方は可能であれば後で貼っておく活動報告や感想の方にお言葉をお願いします。


では、どうぞ。



  Side Out

 

 ベスティア地方の港を奪還する為に行われた戦闘から朝を迎えてさらに2日。

 

軍事においても貿易においても要となり得る港の1つを奪還したことは戦略的には間違い無く大きな戦果である。

 

だが、手放しで喜べるほど現実は優しいものではない。

 

何せ砦の中の大量の火薬を利用した大爆発により港を守る砦の一区画は丸々吹き飛び、その衝撃で広範囲が崩壊した。

 

正面を守る堅牢な城門は軍船の砲撃で内側から半壊状態。他にも様々な内部の建物が戦闘の余波によって損傷。

 

砦としての防衛力は殆ど失われ、人を招いて物流を回す設備も現状では使い物にならない。

 

内も外も一言で纏めればボロボロである。

 

ならばそんな状態となってしまった港は今どうなっているか。

 

せっかく取り戻した港の惨状を目の当たりにして失意に打ちのめされているのか、それとも何とか元に戻そうと沈む心を鼓舞して積み重なった瓦礫を運んでいるのか。

 

どちらにせよその心の中には暗い感情が渦巻き、遅いか早いかの違いで地に膝を着いて気力が失せていくことだろう。

 

 

 

 

 

 まあ、飽く迄そのどちらかだった場合は、と言う話だが。

 

 

 

 

 

「おい! その木材は全部屋台と住居の分だ!

 人が増えてんだから最低限寝る場所くらい用意しなきゃだろうが!」

 

「回収した鉄や石材は優先して城壁と門に回せ!

 材料が足りなくて崩れかけだろうが帝国のクソ共は遠慮なんざしてくれねぇぞ!」

 

「船が到着したぞ!

 降ろした物資はちゃんと品と量を確認してから報告書に纏めろ! 面倒だと思って手を抜きやがったら会計共が殺しに来るから覚悟しとけ!」

 

「交代の時間だ!

 見張りの班は休憩の後に物資運搬の護衛、城壁修理の者達は食事を取ってから次の交代まで休んでくれ! もし調子が悪い奴は格好付けず申し出るように!」

 

「お疲れさんだ!

 一仕事終えたならウチで食っていかないか! 今ならキンキンに冷えた泡立ちのエールも付けるよ!」

 

「酒も結構だが肉も忘れちゃいけない!

 ウチで食っていくなら出来立ての鶏肉を味わえるよ~! 脂が乗ってて食感もプリップリだ!」

 

様々な活気を帯びた大声が飛び交い、多くの人が忙しなく道を行き交っていた。

 

もはや騒々しいとも言える程の賑わいを見せる港の人々は誰一人としてその表情に暗い影を宿していない。

 

至る所から石材を運ぶ音、重なった木材を釘で打ち付ける音、鉄を加工する鍛冶の音などが絶えず響いており、道の真ん中に立つだけで活気が伝わってくる。

 

その仕事に対する熱意故に緊張感は有るが、誰もが笑顔を忘れていなかった。

 

これが、この港の紛れも無い現実である。

 

戦いの被害など何のそのと言わんばかりに、戦いによって傷付いた港は凄まじい速さで生まれ変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 

 そうして急速に発展・拡大を続けていく港の一角に、白色の壁と目立つ赤色の屋根が特徴的な少々大きめの建物があった。

 

港の管理と運用に関係しているであろうその建物の入り口には多くの人が足を運んでおり、武装した兵士だけでなく書類を抱えた文官や商人と思わしき者の姿も見える。

 

その奥の一室には、1人が使うには少々大きめの机に腰掛ける少年の姿が有った。

 

「まだ遅いです。

 各施設の建設・修復の報告はもっと小まめにしてください。現状を知ることが出来れば全体の状況と照らし合わせてもっと効率良く資材を分配できます」

 

「はいっ! 報告書の作成と運搬に費やす人員を増やして対応します!」

 

「よろしい。では次…………外部への物資運搬が幾つか遅れていますね。

 運搬ルートの近くに魔物の群れでも出てきたかな。

 兵舎からこの付近の土地に覚えが有る人達を30人派遣。帝国の斥候の可能性も考えて、刃九朗さんにも声を掛けてください」

 

「はいっ! 早急に駆除へ向かわせます!」

 

「では次……石材の不足による外壁修理の遅延?

 ハァ~、また業突張りの商人連中が見境無しに建物を建てようと資材を金でブンどったのか。

 土と水の属性が得意な魔法使いの連中を呼んで粘度版を作らせてください。それで不足分の石材を補充します」

 

「え? ですが、泥から粘度を練るまでの時間が掛かるのでは……」

 

「それも同様に魔法を使えば手作業の何倍も効率良く出来ます。

 頭を使って工夫を凝らしてください。魔法使いが協力しても同じことが出来ないならただの役立たずです」

 

「は、はいっ! では、商人達の方はどのように……?」

 

「この書状を届けてください。

 絶対防衛線の城壁修理を妨げても欲しい建物だと言うならさぞ儲かると踏んでのモノでしょう。

 交易が本格的に始動した際には然るべき額の税を取らせて貰います。詳しい金額は専門家と相談して決めてください」

 

「しょ、承知しましたっ!」

 

心なしか声が低くなった命令に冷や汗を流しながら返答して文官は部屋を出る。

 

ようやく室内には1人だけが残り、少々早口で絶えず命令を飛ばしていた少年……レオは深く溜め息を吐きながら脱力して背中を椅子に付ける。

 

伸びてきた艶の有る黒髪は後頭部で一纏めにされており、普段羽織っているロングコートは壁に掛けられて今はネクタイも外したYシャツ姿だ。

 

閉じた瞼をマッサージしたり背筋を伸ばして固まった体を解したりするその姿は完全に残業中のサラリーマンである。

 

「ふぅ~、ようやく一息付いたかな。

 隠れ里の時に少しは要領を掴んだから何とかなってるけど、やっぱり規模が大きくなっただけやることが多いな」

 

隠れ里の時は避難民の住居、及び食料や薬などの物資の手配が主だった。

 

だが、逆に言えばやる仕事は“それだけ”だったわけで、今回は重要拠点の再建築なのだから当然仕事の幅も数倍に広がる。

 

「お疲れ様、レオ。

 纏まった仕事が入ったって聞いたけど……あら、もう片付いたみたいね」

 

体を伸ばしながら零れた独り言の後に入り口の扉からサクヤが入って来た。

 

どうやらレオの手伝いに来たようだが、積み重なった書類の殆どが片付いた机の上を見て苦笑と感心が合わさったような笑みを浮かべる。

 

「他の人達が優秀なおかげですよ。

 口頭で大まかな指示を出せば後は自分で仕事をやってくれるからスムーズに済みます」

 

「……それ、色々と大丈夫なの? 」

 

「勿論細かに報告してもらって問題点が有れば指摘しますよ。

 もし物資の横領とかが有っても帳簿と照らし合わせればすぐに分かりますから」

 

細かな報告確認が必要というデメリットが有るが、このやり方なら1から10まで逐一指示を出すより遥かに効率良く仕事が進む。

 

今は少しでも早くこの港を拠点として使えるようにするのが最優先事項。

 

それなら門外漢のレオに話を通すよりも本職の人間に任せた方がスムーズに済む。

 

「にしても、たった2日で此処まで人が集まったのは正直予想外です」

 

「そうね。

 ベスティアの人達は最初からそのつもりだったみたいだけど、あれだけ派手に壊れた港と砦を前よりも立派にしようとするなんてすごいわ」

 

「加えて、まさかの“街興し”ですからねぇ~……」

 

そう。それが戦闘の中でサクヤが港と砦の破壊に対して大丈夫と言った理由だった。

 

どうやら作戦前にローランに集まったベスティアの人達と話をしていたらしく、最初は“港をかなり壊すことになるだろうから復興に協力してほしい”ということだったそうだが、ベスティアの人達はさらに一歩進んだ提案を出してきた。

 

 

『遠慮せず幾らでも壊してくれて構わない。

 港を取り戻してくれれば自分達がさらに強固な砦と街を作って見せる』

 

 

つまり、1からこの港を作り直してより強固なモノにする。

 

ただ守ってもらうだけでなく、自分達の手で港を生き返らせる。

 

その言葉が口先だけのものではないことは、外の光景を見れば一目瞭然だろう。

 

机の上に残った書類を片付けながら呟いたレオの言葉にサクヤは微笑みながら頷き、窓から修復中の砦を見た。

 

半壊した城門は新たに造り直され、ボロボロになった砦や城壁も4割り近くが修復と強化を終えて今かつての姿を取り戻しつつある。

 

人間だけでなく獣人やドワーフも作業に加わったおかげでその作業効率は大型重機を使うエルデの建築会社に匹敵するかもしれない。

 

だが、たったの2日でここまでの仕事が出来たのは単純な技術や人手よりも働く者達の凄まじい熱意があってこそだろう。

 

それは喜ばしいことなのだろうが、書類に目を通すレオの口からは溜め息が漏れた。

 

「でも、1つ言わせてもらえば見切り発車が過ぎますね。

 職人の数は多いけど文官の数が足りず連携も出来てない、物資のやり繰りも大雑把、税の徴収もガバガバで街の規模に合ってない。

 もう正直言って都市運営舐めてんのかって話ですよ」

 

「えっと……レオ、もしかして怒ってる?」

 

「いえいえまさか。

 そりゃあいきなりこの建物に連れてこられて人手が足りないからって書類仕事をさせられた時は文句の1つも言いたくなりましたけど素人同然の僕でも分かるくらい問題山積みの現状を見たおかげで吐き出しかけた文句も綺麗に消えましたよ」

 

「うん、ごめんなさい。心の底から謝るからその目の中の濁りを消してお願い」

 

口元は三日月を描くような歪んだ笑みを浮かべて光を濁らせた瞳は全く笑っていない。

 

そんな顔で徐々に早口になっていくレオの言葉を聞き、サクヤは本能的な恐怖を感じると共に即座に謝罪した。

 

レオの言う通り、ベスティアの人達の決意は立派なモノだったが、今の形に落ち着くまで……いや、それ以前に形を整える所から様々な点で問題は山積みだった。

 

今レオが口にしたモノとそれ以外にも大小様々な問題が有ったわけで、そのまま放置すれば冗談でもなく本当に死人が出るのだから文字通り文句を言っている暇も無かった。

 

そもそもの話、傭兵に分類される立場のレオに一部とはいえ臨時で港の管理を任せている時点で問題大有りだ。

 

今はまだ次の作戦への準備中だから良いが、帝国との戦闘になれば当然レオはそちらを優先しなければいけない。

 

そうなれば例え一部でも港の運行管理が止まってしまい、結果的に港全体が致命的なダメージを受けることにもなる。

 

「早く代理を見付けないとその人に経験を積ませる余裕さえ無くなりますよ。

 このまま人が集まれば仕事の量も規模も増えるんですから」

 

「それは勿論だけど、そんな文官の才能持った人が都合良く見付かるかしら」

 

「この仕事に才能なんて大それたモノは必要ありませんよ。

 いや有るに越したことは無いですけど、どんな仕事でも上手くこなすにはまず経験です。

 僕なんか家の習い事で簡単な書類整理を教えられただけですよ」

 

思えば大半が無駄だと思えた幼少からの習い事が異世界に来てから随分と生かされている気がするが、レオは別に特別な技能を教えてもらったわけではない。

 

武術の腕は勿論のこと、料理も裁縫も拙い腕前から多くの経験を重ねたことで上手くなったのだ。

 

何事も経験が有って本当の技術へと昇華される。あらゆる方面で才能が凡人の域を出なかったレオにとってはそれが持論だ。

 

「……っと、そろそろ時間か。

 サクヤさん、すみませんが此処をお願いします。

 急ぎの書類は全部片付けたし、今日はもう机の上に残った書類以外は来ないはずです」

 

「それは構わないけど、何か用事が有ったの?」

 

「ローランにいるアイラさんから“急ぎで大事な話が有る”って手紙が届いたんですよ。

 ちょうどあと少しでローランに物資を運ぶ部隊が出るのでそれに同行します」

 

「……あぁ~、うん、成程ね。

 確かに“アレ”だと相手に来てもらうしかないわね。

 分かったわ、こっちは任せて。

 あと少ししたらフェンリルやレイジ達も合流するから、皆の仕事は私の方で割り振っておく」

 

何かに納得して笑顔で頷いたサクヤにお願いします、と言葉を返してレオは壁に掛かったロングコートを脇に抱えて部屋を出た。

 

廊下を歩いていると色々な人達とすれ違い、会釈と軽い挨拶を交わしながら建物を出たレオは城門へと歩を進めながら街並みを見渡す。

 

僅か数日で以前よりも大規模な街が出来上がっていく様子に感心すると共に頭の中で先程片付けていた書類の内容と現場の仕上がりに差異が無いかを確認していく。

 

そんなことを考えながら歩いていたからか気が付けばそれなりに距離が有った正門の近くまで辿り着いていた。

 

物資の運搬に付いて行くことは前もって知らせておいたので、物資の積み込みを管理していた兵士はレオの姿を見ると笑顔で“お疲れ様です!”と言って荷馬車に案内してくれた。

 

しかし、荷馬車の中に乗って腰を下ろすレオの姿を見た他の兵士達は揃って不思議そうな顔で首を傾げた。

 

「おい、今のってレオさんだよな。

 何で物資運搬の荷馬車なんかに同乗してんだ? 幹部メンバーなんだからもっと上等な馬車用意すりゃ良いのに」

 

「そういう特別って感じの扱いを本人が嫌だって言ってるんだよ。

 今は面倒な書類仕事に掛かりっきりだけど、前は荷物運びの雑用とか進んで手伝ってくれたんだぞあの人」

 

「……なんか、変わった人だな。

 もっと良い思いしたってバチも当たらねぇだろうに」

 

「偉そうにふんぞり返って何もしねぇヤツよりよっぽどマシだろ。

 少なくとも俺は信頼できるし尊敬してるぜ」

 

そんな話をする2人の視線の先には、長い書類仕事で疲れたのかうつらうつらと座ったまま船を漕ぐレオの姿があった。

 

もし目を覚ましていれば兵士達の会話はレオの耳に入っていたかもしれないが、荷馬車はそのままローランへと出発した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「さてと、街の人が言うにはアイラさんの家はこっちに有るらしいけど」 

 

荷馬車で仮眠を取りながら揺らされること数時間。

 

少々痛みを訴える関節や首筋を解しながら数日ぶりに訪れたローランの街中を歩く。

 

かなりの人数が港の方へ移ったので人通りは見るからに減ってしまったが、それでも街としては充分な活気が感じられる。

 

レオは街中を歩き、賑わいを見せる住人の熱気から逃れるように少々外れた場所に出る。

 

「この辺だよな……兵士の人達は行けば一目で分かるって言ってたけど……ん?」

 

目的地の近くに到着して軽く周りを見渡すと、すぐさま視界に異様な存在が映った。

 

「アレって……氷の、家……?」

 

僕自身が目の前に見えるモノを信じられず、再確認するように途切れ途切れに呟く。

 

だが、目の前に有るのは冗談でもなく本当に氷で作られた家だった。

 

以前雑誌に載っていたカナダ北部に有る本格的な氷の家のような造りになっており、全体的なサイズはその数倍は有る。

 

そんな怪奇現象染みた建築物が空地のど真ん中に有るせいかただでさえ異様な存在感がさらに強調されており、どんな人物でも間違い無く視線を固定されるだろう。

 

「ポンコツでも天才の本気ってとんでもないな」

 

『聞こえているぞ、バカ弟子め』

 

呆れと感心が混ざったような声で呟くと、目の前に聳え立つ氷の壁の中から声が聞こえた。

 

すると、目の前の壁の一角がゴゴゴ! という音と共に横にズレて入り口が出来た。

 

入ってこい、という意味だと理解した僕は歩を進めて氷の家の中へと足を踏み入れる。呆れたことに、外壁だけでなく壁や廊下まで氷で出来ていた。

 

完全に家の中に入った所で再び氷の壁が動き出し、ゆっくりと入り口が閉まる。

 

外気が断たれたことで肌に感じる気温は急速に下がり、ほんの十数秒で口から吐き出す二酸化炭素が白色の息となった。

 

(これ、長居したら本気で死ぬんじゃ……)

 

僕はルーンベールの寒波を経験しているおかげか少々肌寒い程度だが、一般人がこの場にいたら1時間も保たないかもしれない。

 

奥の部屋に気配を感じてそのまま歩を進めると、そこではアイラさんが氷で出来た椅子に座って本を読んでいた。

 

室内を軽く見渡してみると、机や棚などの家具までも色が少々違うだけで全て氷で作られている。此処まで来るとアートを通り越してもはや奇怪の域だ。

 

「よく来たな。まずは座るといい」

 

「いや、遠慮します。本気で死にかねないので」

 

「むっ、そうか。まあ、好きなように寛いでくれ」

 

氷で出来た椅子への着席を丁重にお断りし、一先ず腕を組んで近くの壁に背中を預ける。

 

アイラさんも読んでいた本を閉じて足を組み、ひじ掛けに乗せた左手の指先に顎を乗せる。

 

本人の美貌と王族の気品も加わり、その仕草はかなり様になっている。

 

「それで、今日はどうしたんです? まさかとは思いますけどこの怪奇物件のお披露目に呼んだわけじゃないですよね」

 

「怪奇物件とは失礼な、私にとっては死活問題なのだぞ。

 まあ、それはともかく今回呼んだのは勿論別件だ。

 この前の収容所での戦闘について詳しく訊きたいことが有る」

 

「収容所の戦闘? 報告書に書いた内容だけじゃ不足でしたか?」

 

「いや、報告書の内容は細かに分かりやすく書けていたと思う。

 私が尋ねたいのはお前達が戦った相手、アルベリッヒについてだ」

 

その名前を聞いた瞬間、僕は自分の表情筋が無意識で不機嫌そうに歪んだのを理解した。

 

我ながら未熟だと思うが、それも仕方が無いと心の何処かで思えてしまう。

 

「そう露骨に嫌そうな顔をするな。

 私とて何も精神的な嫌がらせがしたいわけではない」

 

「分かってますよ。これは拒絶反応みたいなものです」

 

収容所の地下で行われていた狂行を話しながら心底楽しそうな笑い声を上げていたあの鬼畜外道の前では聖人も似たような反応を返すことだろう。

 

世の中には煮ても焼いても食えない奴もいるというが、あのダークエルフはまさに最たる例だろう。あの破綻した性格はもはや病気の域だ。

 

「知りたいのは、アイツの使っていた魔法についてだ。

 個人的な因縁が有るリックに訊くのは些か酷なことだろうし、レイジは戦った時間が短く持ち得る情報が少ない。

 故に、最も長く戦ったお前に尋ねることにした」

 

「それは構いませんが、僕は本当にただ戦っただけですよ?」

 

「大丈夫だ。

 お前が戦闘中に感じたことを頼りに私の質問に答えてくれればいい」

 

そう言われ、僕はアイラさんの質問に1つ1つ答えていった。

 

攻撃の種類から始まり、照準精度、魔法の発動速度、維持性、破壊力、強度、射程……様々な角度から質問が飛んでくる。

 

対して、僕は言われた通り戦っていた時に感じた感覚を可能な限り詳細に伝える。

 

そんなやり取りを十分程続けると、質問を終えたアイラさんは組んでいた足を変えてから視線を僅かに俯かせて沈黙する。

 

恐らく頭の中で情報を纏めているのだろうと理解し、僕は何も言わずに少し冷えてきた両手を擦ったりしてアイラさんの反応を待つ。

 

「…………なるほど」

 

数分後、情報が纏め終わったのかアイラさんが軽い溜め息を吐くと共に呟く。

 

だが、その顔にあるのは達成感や納得などではなく、不満や苛立ちに近いものだった。

 

「何か分かったんですか?」

 

「そうだな……1つだけ確実に分かったことを述べるなら“ありえない”ということだ」

 

「? それって、どういう……」

 

「まあ待て、順を追って説明するとしよう」

 

そう言って一度深く息を吐き、アイラさんは説明を再開する。

 

「お前にも教えたことだが、私達は魔法を使う際に自身の魔力を使うと共に周囲に存在する様々な精霊の力を借りている。

 だが、全ての属性の精霊がどんな場所にでもいるわけではない」

 

「例えば熱い場所なら火の精霊、寒い場所なら氷の精霊が多く存在している。

 だが、それは同時に対になる属性の精霊が少ないことを意味している」

 

自然界においては当然とも言える調和。

 

雪の降る大地には温もりが少なく、砂だけが広がる渇いた大地には潤いが少ない。

 

自然を司る精霊はその土地の気候にも密接に関係している存在なのだ。

 

「その通り。

 このベスティアにおいては火の精霊と地の精霊が多く存在しているからこそ険しい渓谷と広大な砂漠の大地が広がっている。

 だが逆に、この地の水や氷の精霊の数は少ない」

 

「そんな環境下でアルベリッヒは氷結魔法を何度も使った……」

 

「うむ、精霊の力を借りずに自身の魔力だけで魔法を行使しているとも考えたが、お前が戦った時の情報と照らし合わせた場合、明らかにコストが合わない。

 すぐさま魔力切れを起こして倒れるだろう」

 

「アイラさんがやった場合でも、ですか?」

 

「当然だな。

 例えばこの家とて一気に作ったわけではない。

 最初は小さいドームまでが限界だったが、何日も繰り返し魔力を注ぐことで此処まで大きくすることが出来たのだ」

 

「だから“ありえない”というわけですか……」

 

そこまで話したところで一度会話が途切れるが、アイラさんはすぐに言葉を繋げた。

 

「ありえないことでも、実際に現実で起きているということはソレを可能にする何らかのカラクリが存在するということだ。

 まあ、ある程度の目星は付いているのだが」

 

「確証が無い、ですか?」

 

再びアイラさんは何も言わず不機嫌そうに顔を歪める。

 

理由は恐らく僕とは違って魔法という自身の得意分野でアルベリッヒに僅かでも先を行かれた悔しさが近いのかもしれない。

 

しかし、切っ掛けはともかくこの謎が解ければ大きな進展となる。

 

もしアルベリッヒの魔法のカラクリが明らかになれば、同じ方法を使ってベスティアとの相性が最悪のアイラさんも外で自由に動くことが出来る。

 

同時に、そのカラクリを無効化することが出来ればアレだけの強さを持つアルベリッヒの戦闘力を大きく削ぐことにも繋がってくる。

 

ただ、現状で問題が有るとすれば……

 

「次の作戦まで時間が無い、ですか?」

 

またしてもアイラさんの顔が不機嫌そうに歪む。

 

次の目的地は炎竜ブレイバーンのいる火山島。

 

砂漠の暑さでダウンしてしまうアイラさんがそんな場所で満足に満足に動ける筈もなく、このままではアイラさんだけ置いてけぼりとなる。

 

ただでさえベスティアに到着してから活躍の機会が殆ど無かったのだ。

 

これ以上の醜態を晒すのはアイラさんのプライドが許せないだろう。

 

「火山島に出航するのは早くても3日後ですけど、僕に何か出来ることって有りますか?」

 

「情報をくれただけで充分だ。此処からは、私が自分でやらねばならんことだ。サクヤの方には私から話しておく」

 

早速作業に掛かるのか、アイラさんは椅子から立ち上がって奥の部屋に続く扉へと向かう。

 

しかし、部屋を出る寸前にピタリと立ち止まり、振り返ると共にニコリと微笑んだ。

 

「今日は助かった。この礼は近い内に必ずしよう」

 

「あ、えっと……はい……」

 

美人の微笑みを不意打ちでくらった僕は一瞬見惚れて上手く言葉を返せなかったが、アイラさんは特に気にすることなく奥の部屋へと去っていった。

 

氷の家から外に出ると、冷やされていた体が気温によって温かくなっていくのを感じる。

 

「……さてと、僕も自分の仕事に戻るか。

 こっちには剛龍鬼と龍那さんがいるし、医療キャンプにでも行くか……」

 

一度だけ氷の家を振り返って心の中でアイラさんに激励を飛ばし、僕は頭の中で情報を纏めながら街中へと歩き出した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

いかがだったでしょうか。書いてる私自身がこの会話文読みにくいなと思ってやってみたのですが。

良ければ感想をお願いします。

そしてお話の方ですが、アレだけ色々と派手にぶっ壊して何も無かったように話を進めるのはどうかと思ってこんなお話になりました。

ちなみに、レオが書類仕事するのがメインのお話とか書くつもりは有りませんのでご安心ください。私が主に書きたいのは戦闘ですので。

アルベリッヒの方はアイラの問題を解決するのと、ちょっとした調整です。

書いたのを見直してて、何でコイツ砂漠の中でこんなに氷結魔法ガンガン使ってんの? と自分で疑問を抱いてしまいまして。

次回は火山島の攻略になると思います。

どんだけ内容がモタモタしてもブレイバーンのとこまでは書くつもりです。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第53話 試練への船出

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

今回からようやく火山島の攻略に入ります。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 その日は、雲1つ無い快晴の空。

 

急速に復興作業を進めるベスティアの港には多くの船が停泊しており、物資を運ぶ輸送船の他にも一際大きな軍船の姿が有った。

 

多くの兵士が必要な荷物を運びながら軍船に乗り込み、手の空いた者は甲板の上を走り回って出航の準備を進めている。

 

マストに登って帆を張るロープを引く者や運び込んだ荷物を船倉に運ぶ前に整理する者。

 

その作業状況を指揮するディランの元に、港に残る部隊との話し合いを終えたサクヤとフェンリルが急ぎ足で船に乗り込んできて声を掛ける。

 

「お疲れ様、ディラン。

 どう? 出航の準備は順調かしら」

 

「荷物の積み込みにもうちょい掛かるが、それさえ終わればすぐに出られるぜ」

 

「だが、間に合うかはギリギリになるか」

 

そう言って現状を確認する3人の表情には少なからず焦りの色が見える。

 

原因は、ほんの数時間前に飛び込んできた哨戒船からの報告。

 

 

『帝国の戦力と思わしき軍船が数隻で火山島に進行中』

 

 

その一報が届けられてすぐに解放戦線は動き出した。

 

港にいたサクヤとフェンリル、ローランにいたレオとアイラは即座に近くの幹部メンバーを集合させて出撃準備を整えた。

 

幸いなことに火山島へ向かう物資の準備は完了していてディランの船も港に停泊していたので残る作業は船への積み込みだけだった。

 

なので今はその積み込みと出航準備を急ピッチで進めている。

 

しかし、既に帝国軍との間に数時間の差が出てしまっているのもまた事実。

 

仕方が無いと分かっていても、拭い切れない不安がサクヤ達の心を乱す。

 

そこへ、港の文官達と事務仕事の引き継ぎを済ませて乗船したレオが合流した。

 

「ディランさん、イサリさんの方からもうすぐに積み込みが終わるから伝えてくれって」

 

「おう、ご苦労さんだレオ。

 空は快晴、波は穏やか、加えて心地の良い風も吹いていやがる。

 あっという間に火山島へ連れてってやるぜ!」

 

「この辺りの海はお前達の庭だと聞いている。

 心強いぞ、ディラン」

 

そう言ってディランの肩を叩き、フェンリルはサクヤと共に甲板に降りていく。

 

レオも甲板に降りて積み込みを手伝おうとするが、何かを思い出したように声を上げたディランに呼び止められる。

 

「そう言えばレオ、海に出たら『セイレーン』に気を付けろよ」

 

「セイレーンって……船乗りを歌声で惑わせて難破させる怪物ですよね」

 この辺の海に出るんですか?」

 

鳥の翼を持ち、半身が女性で半身が魚の海の魔物。

 

ホメーロスの叙事詩『オデュッセイア』などのギリシャ神話で読んだ特徴をそのまま尋ねると、ディランは苦笑を浮かべがら手を振って否定する。

 

「オレの言ってるセイレーンってのは火山島を本拠地にしてる女海賊のあだ名だ。

 同業者の間じゃ有名でな。噂じゃ帝国の船を何度も返り討ちしたらしい」

 

「それはまた凄まじいですね。

 けど、気を付けろって言われても何に気を付ければ?」

 

「ハハハハハッ! なあに、その女海賊はとんでもねぇ美人らしいからな。

 レイジもだが、お前さんも女にはからっきし弱ぇんじゃねかと思ってよ」

 

豪快な笑い声を上げたディランの言葉にレオは無言で視線を逸らす。

 

強く否定出来ないと言うのも有るが、下手なことを口走れば何かの地雷が盛大に爆発する。

 

普段はあまり働かないレオの第六感が何故かこの時だけは強く警笛を鳴らしていた。

 

そこへ、手摺りを伝って上の甲板に登ってきた猫形態のリンリンがレオの肩へと飛び乗り、呆れたような声で話し掛ける。

 

「はいはい、お喋りはその辺にしておきなさい。

 ディラン、荷物の積み込みが終わったわ。

 此処からはあなたの船乗りとして腕の見せ所よ」

 

「了解だ。火山島までの快適な航海を約束するぜ!

 さあ、野郎どもォ!! 出航だぁ!!」

 

『オオオオォォ!!!』

 

舵を握ったディランが獰猛な笑みと共に声を張り上げると、甲板にいたアークバッカニアの船員達も揃って歓喜の声を張り上げる。

 

一度は屈辱と共に船を失いながらも、解放戦線と共に新たな船を手にした海賊騎士団は再び大海原に向かって舵を取った。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 心地良い風が吹くと共に仄かな潮の香りが鼻孔をくすぐる。

 

海上を船に乗って移動するなんて経験は今まで無かったので、五感を揺さぶる刺激の1つ1つがとても新鮮に感じる。

 

「結構な速さが出てるのに、思ったよりも揺れないのね」

 

僕の頭の上に場所を移したリンリンが周囲の景色を見渡しながら意外そうに呟く。

 

確かに、今海上を走っているこの船は体感だけでもかなりの速度が出ている。

 

10ノット以上は確実に出ているだろうし、下手したら20ノット……時速に換算すれば40キロ近く出ていることになる。

 

エルデの一般的なクルーズ船でも同程度の速度は出せるが、あっちはディーゼルやガスタービンを始めとしたエンジンを積んでいるのに対してこの船の動力は帆が受ける風力のみ。

 

それでこの速度を出しているのは、船に関して素人の僕でもスゴイと思う。

 

「多分、帆に受ける風を上手く捕まえてるから速度が出てるんだろうね。

 揺れの方は、多分ディランさんの腕じゃないかな」

 

チラリと舵を握り締めるディランさんを見ると、口元に笑みを浮かべたまま船首前方の海面を見詰め続けている。

 

その堂に入った様子と操船の技術から船長と言う肩書は伊達ではないのが分かる。

 

「言っていた通り快適な航海になってなによりね。

 そういえば……彼女、どうにか間に合ったのね」

 

ポンポンと肉球で叩かれた方向へ首を動かしてリンリンと一緒に視線をそちらへ向ける。

 

「あの、アイラ様……お加減の方は大丈夫なんですか?」

 

「心配してくれてありがとう、エルミナ。

 でも大丈夫、もう砂漠の時のような無様を晒すことは無いわ」

 

視線の先には甲板の端で話をしているアイラさんとエルミナの姿が有った。

 

ローランで合流して港に着いた時は他の幹部メンバー全員も驚愕で固まってしまった。

 

今まではベスティアの外気に晒されただけで倒れ伏した動けなかったアイラさんが、瘦せ我慢をしているわけでもなく平然とした様子で動き回っている。

 

ソレが意味するのは、3日前に話していたアルベリッヒの魔法の謎を解いたということ。

 

帝国の船が火山島に向かったという一報を受けて急ぎ足で他のメンバーを集めて港に向かったので僕も詳しいカラクリは聞いていない。

 

だが、何か行動を制限しているようには見えないし制御は安定しているようだ。

 

「大火力担当のアイラさんが戦力として復帰出来たのは有難いけど、火山島の方は今どうなってるのかな」

 

「ディラン達も島の中を探索したことは無いらしいから私達にとっては完全に未開の地ね。

 帝国もその点に関しては同じ筈だけど……」

 

「アッチは兵力が吐いて捨てる程有るからね。

 国家組織そのものは最低だけど、その点だけは毎度羨ましいと思うよ」

 

そう言って溜め息を零した僕の頭をリンリンは労うように猫形態の手で撫でてくれる。

 

ここ最近やっていた書類仕事のおかげで解放戦線という組織の全体図を見直すことが出来たのだが、様々な部隊で人手不足の問題が発生していた。

 

ルーンベールに続いてフォンティーナを奪還することに成功したが、その両国を守る為の解放戦線の戦力が明らかに足りていないという現状なのだ。

 

「ルーンベールやフォンティーナの兵を解放戦線の戦力に加えれば解決じゃないの?」

 

「残念だけど、あくまでゲリラ屋の僕等が正規兵を戦力として使うのは二国の面子を潰すことになりかねないから得策じゃないね」

 

「……分かっていても面倒ね、国って」

 

溜め息を吐くリンリンの言葉にホントにね、と短く返答する。

 

例えその国の王族が賛成したとしても、歴史有る立派な大国のルーンベールとフォンティーナがゲリラ屋の集まりである解放戦線の配下に加わるのは外聞がよろしくない。

 

アイラさんやラナさんはそんなこと言ってる場合じゃないから構わないと言ったが、それでもサクヤさんはダメだと首を振った。

 

 

『今直面している危機を乗り超えることは大事だけど、平和を取り戻した後の世界を生きる人達のことも同じくらい大事に考えなきゃいけない』

 

 

そう言われてしまえば、王族である2人は黙るしかなかった。

 

国の評価に傷が付けば国力は下がり、国力が下がれば一番苦しむのは無辜の民だ。

 

自国を愛する優しい心を持ったアイラさんとラナさんがそれを許せるわけはない。

 

だが、それで現状の問題が解決するわけではないので、解決策を考えなければならない。

 

(いっそのことベスティアを取り戻して三大国の同盟軍でも作ってくれないかなぁ……)

 

「お前らぁ!! 火山島が見えてきたぞぉ!!!」

 

完全に思いつきの案を心中で呟くと、ディランさんの大声が甲板に響いた。

 

リンリンを頭の上に乗せたまま船首の方へ足を運び、懐から取り出した望遠鏡を覗く。

 

まずレンズの中に見えたのは、石炭のように黒い岩山。

 

その中央には巨大な活火山が聳え立っており、所々から溶岩流が吹き出ている。

 

「アレが火山島か……」

 

「そう……ブレイバーンの棲むアグニル火山島よ」

 

長い道のりを経て、僕達はついに3つ目の試練の地へと辿り着いた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 予想していた通り、火山島には既に帝国の軍船が3隻到着していた。

 

既に部隊を火山島へ上陸させたようだが、まだかなりの戦力が船を守る為に残されている。

 

勝てないことはではないが楽には勝てない。

 

何とも曖昧なことだが、ソレが一番正しい戦力比だった。

 

帝国軍の退路を潰す為に今戦うか、それとも他の浜辺や海岸を探して上陸するか。

 

その2択の内どちらを選ぶかサクヤとフェンリル、そして船の操舵を担当するディランを加えて話し合った結果、別の上陸地を探すことに決定した。

 

敵の退路を潰すことは重要だが、本命であるブレイバーンの元へ辿り着く前に消耗するのは避けるべきだと判断したのだ。

 

幸い帝国は解放戦線の船に気付いておらず、上陸可能な砂浜はすぐに見付かった。

 

そこに船を上陸してからすぐ積み荷を降ろし、臨時の拠点を設営したレイジ達は火山島調査についての軍議を行うことにした。

 

「まず最初に確認しておくけど、ブレイバーンの元に辿り着くには今までと違って時間と手間が掛かることになる想うわ」

 

「え、何でですか? 龍那の話じゃブレイバーンは火山の火口付近にいるそうですけど……」

 

「それは間違い無いでしょうけど、ルーンベールやフォンティーナの時と違って今回は誰もこの島の地理に詳しくないわ。

 未開の地……しかも敵が徘徊してる火山を闇雲に動き回ったら冗談抜きで全滅よ」

 

首を傾げたレイジの質問にサクヤは重い口調で説明する。

 

当然のことだが、活火山が存在する場所というのは危険な場所だ。

 

噴火が起こった際の溶岩流は勿論、噴石や火砕流の他に火山灰や有毒ガス……目に見えるモノだけでもかなりの危険が存在する。

 

そんな場所を闇雲に歩いて帝国軍との遭遇戦にでもなれば無事では済まないだろう。

 

「一応言っておくが、船に積んである水と食料は保存の問題も有って1週間が限界だ。

 どれだけ滞在するか分からないとしても、飲み水と食料の確保は必須だぜ」

 

真っ先にディランが重要情報を報告し、現状でやるべきことを決めたサクヤとフェンリルが数秒の沈黙を挟んで指示を出した。

 

「ひとまず、メンバー全員を均等な戦力で3つの班に編成する。

 詳しい役割は後で説明するが、この3班でローテーションを組んで火山島の調査を進めることになるだろう」

 

「今までよりもさらに危険で困難な試練になると思うわ。

 だけど皆、今回も頑張って乗り越えましょう」

 

『はい!!!』

 

フェンリルとサクヤの言葉にその場にいた全員が迷い無く力強い声で頷く。

 

例え今までより困難な試練であろうとも、今さら迷いなど有りはしない。

 

自分達の進む道を心に刻んだ勇者たちは、焦土の大地を強く踏みしめた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

今回は火山島に到着したところで切りました。

最初に言っておくと、火山島の探索パートは長くやりません。さっさとブレイバーンの所までもっていきます。

アイラの問題改善については、多分次回やります。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第54話 『魔法』

スペル様から感想をいただきました。ありがとうございます。

お久しぶりです。

相変わらず更新が遅れて申し訳ない。

さっさと進めると言いながら今回でブレイバーンまで持っていけませんでした。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 見渡す限り真っ黒に染まった大地と日の光が遮られた鈍い灰色の空。

 

所々に存在して今も活性化している火口からは時折噴火が起こり、流れ出た溶岩や火山弾が黒い大地を真っ赤に染める。

 

そんな間違い無く人が生きるには適さない環境である活火山の大地、その中でも一際過酷な火山島中心に聳え立つ最も巨大で赤黒い岩山。

 

内部では真っ赤に溢れ出る溶岩流が常に流動を続け、所々に転がる火砕流と共に凄まじい熱気を放っている。

 

そんな場所を、3人の人影が静かに歩いていた。

 

こんな場所にいるだけでも充分に異常だが、その外見もかなり不審だ。

 

全身を真っ黒に染まった分厚いローブで覆い、顔すらも目深く被ったフードで見えない。徹底的に素肌の露出を避けることを優先している。

 

先頭を歩く1人は周囲を何度も見渡しながら手に持った大きな紙に何かを書き込んでいる。

 

他の2人も同じように周囲を見渡しているが、こちらは観察ではなく何かを警戒するように視線を張り巡せている感じだ。

 

「…………(スッ)」

 

やがて、先頭を歩いていた者が作業を終えたのか無言で右手を上げて、腕の肘から先を渦巻きを描くように振るった。

 

すると、サインを見た他の2人は短く頷いて踵を返し、周囲を警戒したまま火山を下り始める。

 

先頭を歩いていた者もそれに続こうと歩を進めるが、小さな噴火音が耳に届いて足が止まる。

 

音の聞こえてきた方向に視線を向けると、火山の一角が小規模の噴火を起こして真っ赤な溶岩と火山弾を勢い良く吐き出した。

 

幸い距離が離れた場所だったので火山弾や石飛礫が当たることはない。

 

「…………」

 

目深く被ったフードの内側に隠された瞳が噴き出した溶岩を数秒だけ見詰めるが、すぐに視線を外して先に歩いた2人を追い掛けた。

 

3人が立ち去った数分後、再び鳴った噴火音が虚空を震わせた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 ローブを着た3人組はその後もトラブルに遭遇することなく順調に火山を下り、やがて麓部分に広がる砂浜に辿り着いた。

 

そこには数十に及ぶ大型のテントが設置されており、様々な作業を担当する者達が忙しそうに砂浜を走り回っていた。

 

ほぼ絶え間無く火山灰が降り注ぐためテントの上部を大きな布で繋げて屋根代わりにし、入り口には風で火山灰が入らないように布のカーテンが付けられている。

 

特に異常が起きていないことを確認し、3人組は肩の力を抜くと共に目深く被ったフードを勢い良く捲った。

 

首から上だけが外気に晒され、息を吐くと共に内側に隠されていた素顔が露になる。

 

「ふぃ~……暑かったぁ~」

 

「砂漠の時とは違った辛さね」

 

「身を守る為とはいえ、これは何度やっても慣れないね」

 

フードを脱いだ3人……ラナ、アルティナ、レオが浜辺に吹く風を心地良さそうに浴びながら首を振り、顔や髪に着いた汗を飛ばす。

 

全員が背中に届く程の長髪なので完全には汗を飛ばせずべったりとした不快感は完全には消えないが、数分前よりは遥かにマシだった。

 

凄まじい熱気が充満する溶岩地帯を分厚い布地のローブを着て歩くのは、未体験の者が聞いただけでも地獄のような辛さだと分かるだろう。

 

ならば何故そんな恰好をしているのかとなるのだが、単純に必要だからだ。

 

山頂へ向かうルートを調査する上で、火山という場所は様々な形で解放戦に牙を剥いた。

 

砂漠に劣らぬ暑さに加えて突発的な噴火、そこから周囲に飛び散る溶岩や火山弾……大小問わず他にも例を挙げればキリがない。

 

そんな過酷な地を進む上で、悲しいことに普段着のまま行動すれば冗談抜きで命を落としかねない者が解放戦線には多数いた。

 

……具体的に言えば、前線に立つ女性陣が殆どなのだが。

 

だが、今さら普段着の肌の露出に問題を指摘しても遅過ぎるし解決もしない。

 

そんな経緯で考え付いた解決策がこのローブというわけである。

 

生地と見た目は凡庸な物だが、魔法使い勢が様々な手を加えたことで火や熱に対してだけ高い抵抗力を持つ特殊な装具だ。

 

これを着ていれば、万が一飛び散った溶岩が付着しても軽い火傷を負う程度で体が溶けることはないそうだ。

 

しかし、安全確保に力を入れた代償として内側に籠った熱はどうにもならず、分厚い布地のローブを着た単純な暑さに苦しめられることになった。

 

溶岩地帯で一定の安全が確保されるなら安い代償なのだが、それでも辛いものは辛い。

 

「うぅ~……頭に被ってるフードだけでも外しちゃだめかしら」

 

「やめておいた方が良いですよ。

 探索初日のレイジみたいに髪も顔も真っ黒になりたくないでしょう」

 

「……そうね」

 

ローブが有れば溶岩を浴びて怪我をする心配が無いと安心したレイジがフードを被らずに探索に出て顔も髪も真っ黒になってしまったのは今ではちょっとした笑い話だ。

 

まあ、人間形態のリンリンに大爆笑された本人にとっては全く笑えず、不機嫌そうな顔で頭から海水に浸かって火山灰を洗い流していたのだが。

 

その時のレイジの姿を思い出したのか、ラナは特に反論もせず素直に頷く。

 

「でも、この探索にも終わりが見えてきたわね」

 

元から真面目な性格のアルティナは特に文句も言わず、風を浴びながら背中に届く銀髪をファサリとかきあげて汗を払う。

 

その視線はレオの手に握られている大きな紙に向けられており、今回の探索における“作業”の進捗を確認する。

 

「そうだね。

 探索を始めて2週間……最初は火山を目指して荒野を歩くだけでも苦労したけど、ようやくここまで来れたよ」

 

広げられた紙に描かれていたのは、火山島各所の地形と中心に聳え立つ岩山までの安全な道を詳細に記した地図だった。

 

幾度にも及ぶ探索を繰り返し、その中で起きた様々な危険を乗り越えた成果だ。

 

火山島の山頂に着くことが目的なので流石に島全体とはいかないが、未開の地を1から此処まで調べたのは紛れも無い偉業である。

 

「サクヤさんへの報告は僕がやっておきますから、2人は水浴びでも行って来てください」

 

「他人任せなのは少し嫌だけど……ありがとう、今はお言葉に甘えるわ」

 

「汗でベタベタだからねぇ~……レオ、悪いけどお願いね~」

 

そう言って、ラナとアルティナは水浴び場へと歩いていった。

 

やはり大量の汗を掻いたままというのは女性としては辛いんだろうな、と考えながらその背中を見送り、レオも作戦会議を行う一際大きなテントへと歩き出す。

 

歩きながら火山灰で薄汚れたローブを脱いで脇に抱えると、その下からは普段着ている黒のロングコートが姿を現す

 

これはこれで暑さに苦しめられそうな恰好だが、アイラを背負って砂漠を渡るデスマーチを経験したレオには耐えられない程ではない。

 

そもそも、ほぼ毎日鍛錬を欠かさず行っているレオからすれば汗だくになるなど文字通り“よく有ること”なのだ。

 

「失礼します。

 調査と帰還の報告に来ました」

 

本部のテントに入ると、ちょうどサクヤとフェンリルが大きな机の上に広げられた大本の火山島の地図を見ながら話し合いをしていた。

 

テントに入ってきたのがレオ1人なのを見てラナとアルティナがいない理由を察したのか、振り返った2人は特に何も言わず微笑を浮かべる。

 

「あら、戻ったのね。

 お疲れ様、レオ」

 

「ご苦労だったな。

 進捗状況はどうだ」

 

「ただいま戻りました。

 今回の調査で火山までの安全なルートは大体判明しました。

 今大本の方にも書き写しますね」

 

調査結果を報告しながら、レオは今回の探索で調べた地形や道を机の上に広げられた大本の地図に書き足していく。

 

それを終えた後に改めて火山までのルートを全体的に見直し、移動中に敵の奇襲や災害に注意すべき場所などを順番に確認していく。

 

そうして最後まで確認を終え、サクヤは満足そうに頷く。

 

「うん、バッチリね。

 皆よくやってくれたわ」

 

「後は火山島を調べ回ってる帝国の戦力と山頂に棲むブレイバーンだけか。

 此処まで来たら、後はやるだけだな」

 

流石に火山の内部を外と同じように調査することは危険なので出来ない。

 

結果的に火山の中に入ってからは半ばぶっつけ本番のようになってしまう。

 

作戦としてはかなり問題だが、これ以上探索を繰り返して時間を掛けてしまうと帝国軍に先を越される可能性が有る。

 

「じゃあ、準備が出来たらすぐにでも火山に出発ですね。

 僕達は山頂を目指す準備をして、拠点に残る兵達には撤収と船の出港準備をさせます」

 

今まで2度も精霊王を守る竜と戦ったが、あのような相手と戦う際に大人数で挑むのは大して効果が無いというのが解放戦線全体の共通意見だ。

 

故に、無駄な犠牲を出さない為にブレイバーンの棲む山頂に向かうのは解放戦線の中でも一際強さが飛び出たレイジやサクヤ達のみで、他の全ての兵達は拠点や船を守ることになる。

 

「そうだな。

 詳細は後で詰めるとして、一先ずはその段取りで良いだろう。

 だがレオ、それは俺達の方でやっておく」

 

「探索に出ていたんだし、今は休んで。

 ラナとアルティナは先に水浴びに行ったんでしょう?

 いつまでも汗を掻いたままじゃ風邪を引くし、貴方も行ってきなさい」

 

「……わかりました。

 それじゃあ、お言葉に甘えて後はお願いします」

 

組織のトップ2人から休めと言われ、レオは素直に了承してテントを出る。

 

見上げた空は明るさを失い始めており、もう少しで夕方に差し掛かる頃だった。

 

気温が下がる前に早く水浴びを済ませようと考え、レオは早足で水浴び場へと向かった。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 「ふぅ~……スッキリした~」

 

水浴びを終えて外に出ると、すっかりと空は夕方を過ぎて夜になろうとしていた。

 

この辺りの海水は火山島の影響を受けておらず、夜になっても水温は大して変わらないが気温は下がるので夜の水浴びは少々肌寒い。

 

「それにしても……魔法って本当にすごいよなぁ」

 

休憩や仮眠に使われるテントの中に座った視線の先、『男性用』と『女性用』の2つに区切られた水浴び用の浴場 施設(・・)を見ながら感心するように呟く。

 

火山島に長期間滞在する上で重要問題だった水源と食料の確保。

 

食料は動物を狩ればどうにかなったが、火山島という過酷な環境下に都合良く湧き水などが有るわけなかった。

 

海水を浴びれば潮が体に付着してベタベタになるし、そのまま飲めばただの自殺行為だ。

 

そこで出された提案が“魔法で海水を真水に変える”というものだった。

 

やり方を聞いた最初は、いや無理だろう、と考えたが実際に出来てしまった。

 

エルデの科学技術でやろうとすれば莫大なコストと手間が掛かることだが、たまげたことにエンディアスの魔法はソレを実現させた。

 

方法を大雑把に纏めると、汲み上げた大量の海水の塩分を火炎魔法で蒸発させてから氷結魔法で冷却することで真水を作り、浄化魔法で残った不純物を取り除くという半分以上がオカルトに足を突っ込んだやり方である。

 

浄化魔法で水の浄水など出来るのだろうかと最初は疑問に思ったが、竜那さんが言うには毒や瘴気に汚染された水を浄化するのと似たようなものらしい。

 

この場合の不純物は“人体に有害なモノ”というカテゴリーで一括され、火山灰の他に大腸菌類やヒ素などの有害物質を“無害”と言えるレベルまで調整・滅菌する。

 

現代科学で言うところの多段フラッシュ方式……つまりは蒸留を繰り返して海水から塩分を分離させるという方法が近いが、そのやり方は技術者が卒倒しかねないものだ。

 

術者のイメージというあやふやなモノで成り立っている“技術”なので科学とはどうやっても折り合いが付かないが、エルデ出身の僕からすれば“もはや何でもアリだな”と思えてくる。

 

問題としては熱効率が非常に悪い方法なので魔法を使ったものではどうしても術者の人数と技量に依存してしまうが、幸い解放戦線には魔法のエキスパートが揃っていた。

 

ともあれこうして、海水の品質に関係無く大量の淡水を生成することが出来るようになり、今ではこうして水浴びも出来るようになったのだ。

 

「同じやり方で洗濯と乾燥の手間まで短縮出来たし、魔法の使い方次第で大抵の場所では生きていけるんじゃないのかな僕達」

 

「素直に喜べない成長だな」

 

呟いた独り言に返ってきた声の方向を見ると、そこには上着とマフラーを脱いで普段よりもラフな格好になったリックがいた。

 

火山島を調査する為に前線メンバーは現在3つの班に分かれており、探索・拠点防衛・炊事全般の役割をローテーションで行っている。

 

今のリックはアミル、エアリィと共に炊事班を担当しており、時間的には明日の朝食の下準備を終えてきたところだろう。

 

「お疲れ様、リック。

 今日の探索で火山までのルートが見付かったから、近い内に召集が掛かると思うよ」

 

「そうか……となれば、残る問題は山頂のブレイバーンと……」

 

「帝国の連中だね」

 

途切れた言葉を引き継ぐと、リックは何も言わずに顔を顰めて火山の山頂を見上げた。

 

その視線と佇まいを見て、僕は直感的に思い至った質問を投げてみる。

 

「アルベリッヒが気になるのかい?」

 

そう訊くと、ピクリと反応したリックが溜め息を吐きながら振り返る。

 

僕を見るその目に有ったのは怒りや憎しみではなく、図星を付かれた気まずさだった。

 

「……よく分かったな」

 

「何となくだけどね……けど、気になるのは仕方ないと思うよ」

 

「此処に奴は来ていない。

 調べた結果それは間違いないことで、頭では分かっているんだがな……」

 

火山島の探索を開始してすぐ、僕と刃九朗さんは帝国の戦力調査を行った。

 

具体的な兵の規模の把握は勿論だが、最も大事だったのは“アルベリッヒがこの地に出向いているかどうか”を確認することだった。

 

そして入念に調べた結果、間違い無く敵軍の中にアルベリッヒの姿は無かった。

 

収容所地下で体験したあの強さを思い出せばアルベリッヒが此処にいないことは有難いことだが、リックにとっては仇と戦えないことが不満なのかもしれない。

 

「心配するな。

 アイツが来ていなくても、やるべきことはキチンとやるさ。

 お前も、今日はゆっくり休んでおけよ」

 

そう言いながら僕の肩を叩き、リックは炊事用のテントへと歩いて行った。

 

その後ろ姿を見送りながら僕はこの後どうしようかと考えていると、髪が完全に乾いていなかったのか少し強めに吹いた風の冷たさに背筋がぶるりと震えた。

 

「風邪を引くぞ」

 

すると、視線との反対方向から気を遣う声と共に僕の頭に乾いたタオルが掛けられる。

 

振り返ると、普段羽織っているマントを脱いでドレスだけを着たアイラさんが立っていた。

 

アイラさんの役割は探索・防衛・炊事のどれでもなく、ほぼ毎日エルミナと龍那さんの3人でチームを組んで水を作る作業に集中してもらっている。

 

水が確保出来ないことは冗談でもなく死活問題になるのでこのチームは解放戦線の生命線と言っても過言ではない。

 

「サクヤに聞いたぞ。

 火山までの安全なルートが見付かったそうだな」

 

「比較的、という言葉が付きますけどね。

 自然は気まぐれなものですから」

 

「ならば、後は覚悟を決めるだけだろう。

 そもそも、私達の目的は最初から安全などとは無縁のものだ」

 

頭に掛けられたタオルで髪の毛を拭きながら答えると、アイラさんは臆することなく自信に満ちた様子で微笑みを浮かべた。

 

ベスティアに着いてからずっと暑さにやられて前線に立てなかったが、自力で問題を解決させた今となっては火山に向かうことも脅威ではないらしい。

 

「そういえば……火山島に着いてから忙しくて訊けなかったんですけど、ソレって結局どういうカラクリだったんですか?」

 

「ふむ……そうだな。

 エルミナと龍那には作業中に説明したし、お前にも話しておこう」

 

そう言うと、アイラさんは右手を伸ばして広げた手の平から小さな冷気の渦を作る。

 

この場所の気温は砂漠やローランに比べればかなり低いが、それでも火山島の麓なので水や氷の精霊は決して多くない。

 

そんな場所でも、アイラさんは顔色を一切歪めずに氷魔法を維持している。

 

「なあレオ、そもそも氷というのはどうやって作られると思う?」

 

「え? それは……水が0度を下回ることで水の分子が結合するから……簡単に言えば、温度がマイナスに届くまで冷たくなるから、ですかね」

 

深く考えずに常識と呼べる情報を答えると、アイラさんはクスリと微笑を浮かべる。

 

「その通りだ。

 しかし、それはあくまで物理法則に則った場合の話だ。

 エルデから来たお前にはその考えの方が自然なのだろうが、この世界の魔法という概念を思考材料に加えれば選択肢はさらに増える」

 

そう言われ、氷を生み出す手段に魔法を組み込んで考えてみる。

 

頭を働かせて考えた結果……僕の口からはすぐに言葉が出てこなかった。

 

理由は思い付かないのではなくその逆……選択肢が有り過ぎてコレという答えが出ないのだ。

 

僕が言葉に詰まるのを予想していたのか、アイラさんは気にせず話を続ける。

 

「そうだ。

 ありふれた自然現象を魔法で行おうとすれば幾らでも選択肢が出てくる。

 だから私は、一度頭を真っ白にして多角的な視点で考えてみた。

 そうして……辿り着いた答えが、コレだ」

 

アイラさんの右手が握られて冷気の渦が静かに消滅する。

 

そして再び手の平を広げると、その手の中に有ったのは冷気とは真逆の“熱気”だった。

 

「……炎、ですか?」

 

「いや、正しくは“熱”だ。

 思い出してみろ、本来は温暖な気候のルーンベールが大寒波に覆われた理由を」

 

そう言われて、クレリアに着いた時に龍那さんが言っていたことを思い出す。

 

ルーンベールの異常気象は先代の氷の精霊王が消滅したことで精霊力が低下したから。

 

それを思い出せと言ったアイラさんの言葉を通して、僕の頭に1つの仮説が浮かぶ。

 

「まさか……周囲の火の精霊に干渉してるんですか?」

 

「半分正解だな。

 このエンディアスでは、四季よりも精霊の存在が一番環境に影響を与える。精霊の変化はそのまま世界に変化を及ぼすと言っても過言ではない。

 そこで私は、魔法を発動させる際のプロセスを少々変えた。

 以前の私は魔法を使う際に氷の精霊に干渉してその力を活性化させ、そこに自身の魔力を合わせて術を行使していた。

 しかし、今やっていることはその逆、魔法を使う際に火の精霊に干渉してその力を“沈静化”させ、魔力を合わせて術を行使している」

 

普通の魔法の使い方は、魔法を発動する→使う魔法に適した属性の精霊に干渉する→干渉した精霊を活性化させる→自身の魔力を加えて術として放つ、というものだ。

 

しかしアイラさんの取った方法は、魔法を発動する→精霊に干渉する→干渉した精霊を沈静化させる→自身の魔力を加えて術を放つ、というもの。

 

急速に沈静化された火の精霊はその属性がもたらす力を弱め、精霊力が低下したルーンベールのように低温の環境を作り上げる。

 

精霊=自然……魔法という神秘が存在するエンディアスだからこそ成り立つ変化だ。

 

恐らくコレが、アイラさんがベスティアの環境で氷魔法を使えるようになった仕掛け。

 

精霊の力を借りる、という点では同じだが、その力をプラスではなくマイナスに働き掛けるという普通の魔法とは全く異なるやり方だ。

 

成程、確かにこのやり方を利用すれば氷とは無縁の火山島の気候も障害にはならない。

 

例え氷の精霊が存在していなくても、有り余るほど存在する火の精霊に干渉して沈静化させれば氷結魔法を使うことが出来るのだから。

 

「……仕組みは分かりましたけど、それって何か制限は無いんですか?」

 

「勿論有るとも。

 まず、魔力の消費量が体感だが通常よりも1.5倍近く大きい。

 次に、精霊の力を真逆に発揮しているせいか本来のモノより威力が2割程落ちる」

 

「燃費の劣化に威力の減衰。

 普通に見れば無視出来ないデメリットですけど……それって裏を返せば

()()()()()()()()()()()()()()()()、ってことですよね」

 

「その通りだ。

 既に戦ったことのあるお前なら、その脅威は身に染みているだろう」

 

アイラさんのその言葉は、遠回しにだがアルベリッヒも同じ方法で魔法を使っていることを示していた。

 

確かに、『破魔の加護』を体得したレイジがいるとはいえ、あの呪術を帯びた氷結魔法はそれ以外の者にとっては変わらず脅威だ。

 

前回の戦闘で自分の天敵となる者がいると分かった以上、あの性格からしてもう真正面からやり合うことはしないはずだ。

 

「何か対策を考えないと……」

 

俯くように視線を落として呟くと、水気を拭き取った頭の上に小さな感触が伝わる。

 

グルグルと回り出した思考が強制的に中断され、視線が上へと持ち上がる。

 

上を見ると、まだ僅かな熱気を宿していたアイラさんの右手が僕の頭に載せられて少し乱れた髪を優しく撫でられている。

 

「今は一人で考え込まずに休むことだ。

 確かにヤツの対策は考えねばならないが、この場にいない敵のことよりもこれから戦う敵のことに目を向けろ」

 

「……そうします」

 

「よろしい」

 

そのアドバイスに素直に従うことにした僕の返事を聞き、満足そうに頷いたアイラさんは最後に僕の頭をポンポンと撫でて去っていった。

 

確かに、今はこの場にいないアルベリッヒよりもブレイバーンの方に集中すべきだ。

 

現状を再確認して冷静になると、何かの栓が外れたように体が疲労感と眠気を訴えてきた。

 

(確かに昼間は探索に出てたけど、此処まで疲れてたのか……)

 

蓄積した疲労が自分の想像以上であることに気付き、そういえば何度も皆に休めと言われてたことを思い出して内心苦笑しながら立ち上がる。

 

「皆に言われた通り、今日はもう休もう……」

 

そう言って歩き出した僕は大勢の就寝用に設置された大型テントに辿り着く。

 

テント内には既に何人か眠っている者もいるので、物音や話し声は殆ど無い。

 

ベッドは基本的に怪我人用として使われるので就寝道具は安物シーツと毛布、もしくは簡素な寝袋のどちらかだ。

 

寝心地はハッキリ言って良くないが、観光に来たわけではないと解放戦線の皆は分かっているので最初の頃から文句を口にする者はいない。

 

眠る時間が確保出来るだけ有難い。

 

この世界に来て多くの遠征を経験した僕は心の底からそう思った。

 

普段よりも手早く自分用の寝袋を床に広げ、滑り込むように体を入れて横になる。

 

すると、体に圧し掛かっていた眠気がさらに大きくなり瞼が重くなっていく。

 

(明日は……頑張ろう……)

 

自分に言い聞かせるように心の中で呟き、僕の意識は暗闇に包まれていった。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

火山島のサバイバル面での問題は殆ど魔法というインチキ技術で何とかしてもらいました。

いや技術的に無理だろ、とかの意見は有る人は勿論いるとは思いますが、どうかご勘弁ください。

もっと現実的なサバイバル技術とかで解説してたら、割とどうでも良い場所でいつまで経っても話しが進まないので。

それと、言うまでもないでしょうがアイラの新技術はオリジナル設定です。

ルーンベールがあそこまで真逆の環境に変わったんだから精霊に干渉すればこのくらい出来るのでは? と考えました。

本編の説明で分かりにくい、などいう意見が有れば後で文の編集も考えます。

次回こそはブレイバーンまで行きます。

では、また次回。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第55話 自然の猛威

すんごくお久しぶりです。遅れて申し訳ありません。

コロナのせいで私生活と仕事周りがグッチャグチャになって未だに尾を引いてます。

皆さんも、どうか感染対策を怠らず、充分に気を付けてください。



スペル様から感想を頂きました。ありがとうございます。

今回は火山島攻略の本番に入って行きます。

では、どうぞ。



  Side Out

 

 水平線から日の出が顔を出し始めた早朝。

 

絶えず波の音が響く砂浜に昨日まで設置されていた大型のテントは全て収納されており、多くの人員が物資を船に運び込んでいる。

 

サクヤの指示に従い、主力メンバーを除いた兵士達は拠点の撤去が完了次第火山島から離脱し、帝国軍の軍船を警戒しながら合図有るまで待機となる。

 

反対に、火山島に残る主力メンバーは全員耐火ローブを身に纏って集合し、これからの段取りを確認している。

 

「……さてと、皆やることは分かってるわね。

 最終目的は炎の精霊王の卵を手に入れること。けど、その為にはまず帝国軍よりも先に山頂に辿り着いてブレイバーンに会わないといけないわ」

 

「2週間近く火山島を歩き回って山頂までのルートは判明したが、帝国軍だって頭数だけの馬鹿揃いってわけじゃねぇ。

 連中もそろそろ山頂までの道を確保したと考えるべきだろうな」

 

補足するようなディランの発言を聞き、その場の全員が気を引き締める。

 

もし本当に帝国も山頂までの道のりを発見しているとしたら、それは道中での遭遇戦の可能性が高くなることを意味するからだ。

 

この2週間、火山島を探索しながら様々なことに注意を配ってきたが、探索中に帝国軍と遭遇しても戦闘を行うことはサクヤの指示で絶対に禁止とされていた。

 

理由としては地形を把握出来ていない場所……しかも活火山の中での戦闘となれば想定外の事態に陥った時のリスクは計り知れないものとなるからだ。

 

何せ相手は大自然。ある程度は変化を予測することが出来るが、それでも限度が有る。

 

戦闘の余波で脆い地盤が崩落した、溶岩流が流れを変えた、近くの火山流の一部が活性化したな等々……すぐ思い付いたでも致命的なモノばかりだ。

 

だが、今回ばかりはそうもいかない。

 

最終的な目的地が同じである以上、どのタイミングかは分からないが戦闘は避けられない。

 

「道中の戦闘は避けたいが、ブレイバーンとの戦いで割り込んでくるのもマズイ。

 ……難しいが、今は出たとこ勝負でいくしかないか」

 

「最悪の場合、帝国軍とブレイバーンの両方を同時に相手にする可能性も有りますね」

 

不安そうに溜め息を吐くアイラの言葉にレオが続き、その場の空気が張り詰めていく。

 

しかし、これまで幾度となく不利な戦いを乗り越えてきた彼等の心を折るには足りない。

 

むしろ、その程度の障害が何だと言うように手の中の武器を握り締め、闘志を高めている。

 

そんな無音の変化を感じ取ったサクヤは微笑を浮かべ、もう一度全員の顔を見渡す。

 

「これで3度目……今回も勝って乗り越えましょう!」

 

その言葉を出発の合図として、主力メンバーは山頂へと出発した。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 解放戦線にとって決戦の時だが、アグニル火山の様子は普段と変わり無い。

 

真っ黒の大地と灰色の空、常に活動を続ける溶岩流の熱気。

 

ただそこに立つだけでも体力を奪われる環境だが、2週間も調査を続けたおかげで多少は慣れたらしく、エルミナや竜那といった比較的に体力が少なくメンバーもペースが落ちていない。

 

もう1人の魔法使い組であるアイラは元々体力が有る上に暑さに弱いという弱点も克服したので大した苦も無く山を登れている。

 

集団先頭を歩くサクヤが地図を確認し、刃九朗が先行して進行先のルートを偵察、残りのメンバーは集団になって視覚や聴覚が優れた獣人やエルフが周囲を警戒している。

 

道が全く整備されていない火山を比較的安全に登る為、進行ルートはかなり複雑なモノになっているが、おかげで道中に敵の姿は無い。

 

他にも周囲の火口が突発的な噴火を起こさないか注意を払い、全体の8割程を進んだ辺りで水分補給も含めた休息を挟むことになった。

 

「それにしても……よくこんな場所見付けたな」

 

山頂に近過ぎずとも遠過ぎず、そんな絶妙な距離に出来た洞窟の中でフードを脱いだレイジが感心するような声で呟いた。

 

洞窟の形状は内部が入り口よりも少し広くなっている程度で大した特徴は無いが、入り口に簡易的な結界を張って内部の気温をアイラの術で下げれば上等な休憩場所となった。

 

結界のおかげで顔を真っ黒にする心配も無く、全員がそれぞれ休息を取っている。

 

「見付けたのは本当に偶然だけどね。

 人やモンスターが立ち寄った痕跡も無いかったし、ちょうど良かったよ」

 

水を飲みながら答えたレオは入り口近くの岩に腰を下ろし、念の為に周辺の気配を探る。

 

隣に立つレイジも入り口の結界の前に立ち、外に広がる景色を見渡している。

 

「すげぇ景色だよな。

 思えばエルデ……日本にいた頃は、火山なんて噴火のニュースを聞く程度だったのに」

 

「今じゃその火山を登って山頂に棲むドラゴンと戦おうとしてるわけだ。

 ホントに今更だけど、ファンタジー極まってるよね」

 

「クラントールの城から始まって森に雪山に砂漠に火山。

 もう冒険家名乗っても良いレベルだなコレ」

 

『阿呆、今のお前は勇者であろうが』

 

軽口を叩き合いながら話していた2人の間に大太刀状態のままレイジに背負われていたユキヒメが溜め息交じりに口を挟む。

 

アイラ程に極端ではないが、氷の属性が強いせいか暑いのを嫌うという理由で火山にいる時のユキヒメは常に武器の姿を維持している。

 

アミルとエアリィも武器の姿をいるが、こちらは単純に体力が足りていないという理由だ。

 

「そういえばさ、ブレイバーンが精霊王の卵を護るドラゴンなのは分かってるけどよ。

  歌姫(ローレライ)の方は何か分かってんのかな」

 

「ソレに関しては刃九朗さんやディランさんも分からないって言ってたよ。

 サクヤさんの方でも港作りで集まる人達から情報を集めてるみたいだけど……」

 

『そう簡単にはいかぬだろうな。

 だが、それは帝国軍も同じことだろう。

 まずは精霊王の卵を手に入れ、 歌姫(ローレライ)は後からじっくり探すしかあるまい』

 

今までは解放戦線のメンバーに最初から 歌姫(ローレライ)がいたおかげですぐに精霊王の卵を目覚めさせることが出来たが、今回は違う。

 

ユキヒメの言った通り、まずはブレイバーンとの試練を乗り越えて地道に探すしかない。

 

「皆、そろそろ出発しましょう!!」

 

その時、パンパンと手を叩いたサクヤの声が響き、それぞれ休憩を取っていた全員が武器を手に取って立ち上がる。

 

レイジとレオも同じく大太刀と小太刀を抜刀し、フードを被り直して外に出る。

 

簡易結界を通り抜けると再び全身が火山の熱気に晒されるが、慣れた2人は意にも返さずに視線を持ち上げてアグニル火山の山頂部を見上げる。

 

「あそこがゴールだね」

 

「これで3つ目……さっさと乗り越えて、帝国軍の奴等をぶちのめすとしようか」

 

軽く拳を打ち合わせた2人は、燃え盛る火山へと歩を進めた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side レオ

 

 火山内部に足を踏み入れると、全身に感じていた熱気が倍近く跳ね上がった。

 

恐らく一番の原因は地面の7割近くが火砕流で埋め尽くされていていることだろう。

 

外の暑さは“()()()()()()()”だったが、この場所の暑さはまるで燃える火を目の前に近付けたような痛みや息苦しさを感じる。

 

「っ!これは……」

 

「平均気温の急上昇を確認。

 また、空気中に微量の火山ガスを検知しました。

 長時間の活動は生命機能の停止の可能性大」

 

文字通りの焼けるような熱さに思わず顔を顰めるリックの隣で緑色の瞳を淡く光らせたケルベロスさんが周囲の空間を解析しながら警告する。

 

「皆、口元をローブで覆って!

 立ち止まらず、一気に山頂まで駆け抜けましょう!

 レオ、リンリン、刃九朗は先行して進路を確認、剛龍鬼とフェンリルは殿をお願い!」

 

『了解!』

 

現状を理解したサクヤさんが素早く指示を出し、一斉に走り出して山頂を目指す。

 

煙や火山ガスを直接吸わないよう口元をローブの分厚い布地で隠し、細かい火砕流から顔を守る為にフードをさらに深く被る。

 

それで完全に防げるわけではないが、何もしないよりはずっと効果的だ。

 

「レオ、拙者とお主は先行して渡れる道を作るぞ」

 

「了解です。

 リンリン、硬い岩とかが有ったら頼むね」

 

「任せて。

 レオの方も、足場作りは頼むね」

 

僕、リンリン、刃九朗さんの身軽るな3人で簡潔にやることを話し合い、他の皆よりもさらに一段速度を上げて火山の内部を走り出した。

 

火砕流や溶岩の中に浮かぶ岩を足場にしてショートカットし、先回りして通れなくなっている道の障害を素早く取り除いていく。

 

具体的には進路を塞ぐ岩を破壊したり、溶岩流で道が途切れている場所を繋ぎ直して渡れるようにすることが主な仕事だ。

 

刃九朗さんが携帯している爆弾やリンリンの拳、僕のグラマコアの棍棒で邪魔になっている岩を粉砕し、時には岩を溶岩流に叩き落として途切れた道の足場代わりに使う。

 

「山頂までこの調子か……」

 

呟きながらリンリンが転がした岩をグラマコアでフルスイングし、溶岩流に叩き落として道が途切れている場所の足場代わりにする。

 

想定より遥かに綱渡りな進軍になっているが、一番の問題は体力の消費だ。

 

「引き返すわけにもいかないけど、何人がマトモに山頂で戦えるか……」

 

そこまで口に出てしまうが、考えても仕方が無いと強引に思考を打ち切る。

 

今は前に進むことだけを考えよう。

 

こんな所で立ち止まってしまったら、それこそ何の意味も無いのだから。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

 火山内部を必死に駆け抜け、どうにか僕達は山頂の一歩手前まで辿り着いた。

 

幸い此処に来るまで帝国軍の姿は無かったが、予想通り全員の体力の消耗が激しい。

 

今は全員龍那さんの張った結界内で乱れた息を整えている。

 

しかし、それだけでは回復し切れない程に消耗している者もいた。

 

「サクヤさん……この先は……」

 

「……そうね。

 残念だけど、これ以上の無理はさせられないわ」

 

サクヤさんが軽く手を叩き、全員の視線を集める。

 

「皆、聞いてちょうだい。

 この先は、メンバーを分けて進むわ」

 

その言葉に、肩で息をしていた数人がハッと顔を上げる。

 

しかし、サクヤさんは視線を受け止めながら言葉を続けた。

 

「龍那とアイラはこの結界の維持をお願い。

 フェンリル、刃九朗、ラナは此処の防衛に残って。

 それと……」

 

「待って……ください……!」

 

先に進む者と残る者を決めるサクヤさんの言葉を、エルミナの弱々しい声が遮った。

 

「私も……行きます……

 まだ戦う人達がいるに……此処で、休んでいるなんて……!」

 

地面に手を突き、体を杖で支えながら話すその体は今にも倒れそうだ。

 

どう見てもこの先に連れていける状態ではないが、認めたくないのだろう。

 

 

そんなエルミナをサクヤさんは厳しく諭すこともなく、そっと抱き締めた。

 

 

「あ……」

 

「エルミナ、どうか誤解しないで

 私は、決して足手纏いだから置いていくんじゃない……

 貴方は勿論、他の誰にも死んでほしくない。生きてほしいから此処にいてもらいたいの。

 納得は出来ないかもしれないけど、どうかお願い」

 

そう言われ、エルミナはゆっくりと視線を落としてコクリと頷いた。

 

見るからに落ち込んでいるその姿に普段ならば何か声の1つでも掛けるべきかと考えたかもしれないが、此処は戦場だ。今ソレをやるのは僕じゃない。

 

レイジ達も同じ考えなのか、誰も声を掛けようとはしない。

 

(……後はお願いします)

 

心中で呟きながらアイラさんとフェンリルさんに視線を送ると、任せておけと言うように2人は頷きを返してくれた。

 

リックも背中に背負っていた武装状態のエアリィを外し、此処に残ってもらうことになった。

 

「リンリン、貴方も残ってちょうだい。

 まだ動くことは出来るみたいだけど、体力はギリギリでしょう」

 

「にゃはは~バレたか~

 うん……仕方ないけど、此処で待ってるね」

 

普段よりも力の無い笑みを浮かべ、付いて行きたい気持ちを押し殺してリンリンは頷く。

 

残ったメンバーは僕、レイジ、リック、サクヤさん、アルティナ、剛龍鬼、ケルベロスさん、ディランさん、イサリさんの計9名となった。

 

その一同を見渡し、サクヤさんはもう一度声を掛ける。

 

「いよいよブレイバーンとご対面よ。

 分かってると思うけど、先に進む私達も万全というわけじゃない。

 そのことを忘れず、皆で力を合わせましょう。

 そうすれば、今回もきっと勝てるわ」

 

『応っ!!』

 

体に喝を入れるように腹の底から声を出し、僕達9人はついに山頂へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

 

 

 

 

  Side Out

 

 そこは、灼熱地獄という言葉をそのまま顕現させたような光景だった。

 

周囲の殆どが上流から滝のような勢いで流れる真っ赤な溶岩で埋め尽くされ、立ち昇る凄まじい熱が数十メートル先の景色すら歪ませている。

 

さらに、位置的には山頂に位置しながらも天井の半分以上が鍾乳洞のように閉じた形になっており、溶岩の熱気が殆ど外気に流れていない。

 

そんな辺り一面を溶岩に囲まれた中心部には20メートル近い巨大な岩場がポツンと設置されており、解放戦線のメンバーはそこで足を止めた。

 

「ハハッ……マジかよ……地獄だなこりゃあ……」

 

「ゲホッ……息をするだけで……喉が痛む……」

 

やせ我慢のように笑うディランの隣でローブを口元に当てたイサリが苦しそうに咳き込む。

 

周囲の気温がさらに上昇したせいで体内の熱を逃がそうと全身からは止め処なく汗が噴き出し、呼吸するだけで鼻や喉から焼けるような痛みが走る。

 

熱に強い耐性を持つ竜人の剛龍鬼と精霊の加護が働いているレイジはまだ平気なようだが、他のメンバーは全員が息苦しさに顔を歪める。

 

もし2人以外が耐火ローブを着ずにこの場に立っていれば、単純な熱に耐えられず肉体そのものが燃え尽きていたかもしれない。

 

 

「<ほう……こんな場所までやってくる物好きがまだいやがったのか……>」

 

 

生物が生息するには絶望的な環境の中、全員が声を聞こえた。

 

頭の中に響いたその言葉と共に、溶岩の濁流の中から巨大な影が飛び出す。

 

全身のフォルムは今までのドラゴンとは違って大蛇のようにしなやかな形状しており、頭頂部にはとさかのような一本角が伸びている。

 

真紅の鱗は周囲の灼熱を浴びながらも鋭利な形を崩さず輝きを放ち、腹部や背中の節目に生えた棘からは溶岩が滴り落ちる。

 

顔の左右には赤色の宝玉が輝き、翡翠色の大きな瞳がレイジ達を見下ろしている。

 

「アンタがブレイバーンだな!

 いきなりで悪いが、こっちも時間が無ぇ!

 単刀直入に訊くが、アンタは精霊王の……」

 

「<やかましいわ! グダグダ言ってんじゃねぇチビ共!>」

 

比較的に他のメンバーより消耗していないレイジが他のメンバーを代表して問いを投げるが、返ってきたのは苛立ちを含んだような怒りの声だった。

 

今まで出会った古竜達と違って明らかに暴力的な雰囲気を感じさせる声に解放戦線一同は面食らって言葉を失ってしまう。

 

「<時間が無ぇならさっさとかかってこい!!

 卵のことも、その他のことも、まずは俺と戦ってからだ!!>」

 

ブレイバーンは翡翠の瞳をギラギラと輝かせ、口元を歪めながら咆哮を上げる。

 

隠す気の無い敵意を叩き付けられ、レイジ達は一斉に我に返って武器を構えた。

 

「……そういうことなら上等だ!

 勝たせてもらうぜ、ブレイバーン!」

 

「ホントに話が早くて助かるわね……!

 全員、戦闘準備!」

 

呼吸の痛みを堪えながら汗を拭い、隊長として己を奮い立たせたサクヤの声に全員が頷く。

 

時間の流れさえ自分達に牙を剥くような状況でも、やることは変わらない。

 

こんな所で絶対に終わらないという不屈の意思を以て武器を握る。

 

「<いいぜ……イイぜお前ら!!……それでこそだぁ!!>」

 

心底嬉しそうな声で咆哮し、ブレイバーンは真っ直ぐに解放戦線の元へと突撃した。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

「よく考えたら活火山の中を行動して無事に済むわけなくね?」と考えた結果がコレだよ……

気が付けば命削る死の行軍になってました。

あと、ゲームのストーリーとかを見たら原作のブレイバーンがいる場所って山頂じゃなくて最深部だと分かりました。

此処まで進めて今更内容を変更したりはしませんが、原作への不理解が有ったことをお詫びします。

ブレイバーンと戦うのにメンバーを分けましたが、居残り組みにも出番は有るのでお待ちください。

次回はブレイバーン戦です。1話で終わるか2話使うかはちょっと未定ですね。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第56話 獄炎の蛇竜

すんごいお久しぶりです。

私事ですが、10年以上愛用していたPCが年を明けてすぐの頃に突然ぽっくりと逝きました。

次のPCを買うまでスマホで執筆・投稿しているのですが、今までずっとPCでやってきたせいで入力や確認作業で難航して普段の亀更新が更に遅くなりました。

大変申し訳ありません。


今回はVSブレイバーンになります。

では、どうぞ。


  Side Out

 

 歓喜の咆哮と共にブレイバーンは蛇竜の巨体をしならせ、勢い良く突撃を仕掛ける。

 

いきなりの開戦だが、既に2回もドラゴンと戦ってきたレイジ達は動揺することなく左右に散開して突撃を回避。

 

真っ直ぐに伸びた蛇竜の巨体は凄まじい音を鳴らして地面を削り取るが、レイジ達はその迫力に臆すること無くブレイバーンに反撃を仕掛ける。

 

 

『四連乱れ突き』

 

『御神流奥義之壱・虎切』

 

 

この場にいるメンバーの中で身軽なレオとサクヤが伸びきった腹部に刺突と斬撃を打ち込むが、刀身を通じて返ってきた手応えに目を細める。

 

((浅い……!))

 

速攻で勝負を付けようと全力で技を放つが、体表を覆う鱗を傷付けるだけで肉には届いていない。

 

エールブランは氷、ベイルグランは岩に体を覆われていたが、ブレイバーンの全身は溶岩の熱にも耐える真紅の鱗に覆われている。

 

元より生物として最強クラスの竜種。その体の強度は傷を負わせるだけでも容易ではない。

 

「<なんだ……何かしたかぁ!?>」

 

怒りと猛りを混ぜたような咆哮を上げたブレイバーンがズリズリと足場の岩を削りながら体を持ち上げ、少し離れた位置から再び突進の構えを取って力を溜める。

 

獲物を狙う蛇のように瞳孔を細めたブレイバーンの巨体が溶岩流を泳ぎ、深く体を沈めて初撃よりも威力が増した突進を放とうとしている。

 

解放戦線のメンバーは再び左右に散って突進を避けようとするが、周囲の熱で体力を奪われているせいか動きのキレが普段よりも鈍い。

 

精霊の加護のおかげで体力に余裕の有るレイジはその変化にいち早く気付き、1人だけ突進してくるブレイバーンの方向へと踵を返す。

 

『おい、レイジ!

 どうするすつもりだ!』

 

「皆の消耗が思ったよりもデカい。

 他より余裕の有るオレ達がどうにかしねぇとジリ貧になって終わりだ」

 

慌てるユキヒメに冷静な声を返し、レイジは大太刀を正眼に構えて精神を集中させる。

 

呼応して刀身を覆う青色の光が強さを増し、ソレを目にしたブレイバーンはレイジが今から何をするつもりなのかを推測して獰猛な笑みを浮かべた。

 

「<止める気か?……面白れぇ、やってみろやァアア!!>」

 

気合いの咆哮と共に溜めた力を解放し、急加速した巨体が1人の人間を押し潰そうと迫る。

 

だが、レイジは研ぎ澄まされた集中力によって全身に押し掛かる恐怖を振り払い、正面から一切目を逸らさずに大太刀を振り上げる。

 

(焦るな……心を乱すな……見極めろ……!)

 

流石にレオの『神速』には及ばないが、集中力によって引き延ばされた時間感覚の中で最適なタイミングを逃さんとレイジは目を見開く。

 

そして……

 

 

「ッ! 此処だぁぁ!!!」

 

 

……叫びと共に振り下ろされた大太刀がブレイバーンの頭部と激突し、炸裂した極大の衝撃波が周囲に無色の爆風を巻き起こした。

 

 

バアアァァン!!!!

 

 

凄まじい衝突音が響き渡り、ブレイバーンの突進が放たれた衝撃波と拮抗するように止まった。

 

だが相殺し切れなかった衝撃が岩場を揺らし、本来で有れば圧倒的な質量差で吹き飛ぶか粉々に砕けているレイジの肉体は両足から地面にめり込んでいく。

 

当然、その衝撃はダメージとなってレイジの全身に襲い掛かるが、歯を食いしばって前を向く。

 

(絶対に退かねぇ……!

 完全に受け止めるのが無理だってことくらい分かってる。

 けど、拮抗出来るなら……!)

 

「ウ、オオォアアア……!」

 

軋むような全身の痛みを無視して声を上げ、衝撃に震える大太刀を持つ両手に力を込める。

 

そのまま前へと押し返すのではなく、ゆっくりと横へ傾けるように刀身の角度を変えていく。

 

そう。レイジも最初から正面での力比べで勝てるとは思っていない。

 

力に力で対抗すれば劣っている方が敗北する。それが当然の結果だ。

 

ならば……

 

「は、ず、れ、ろォォ!!」

 

……力の向きを変えてやれば良い。

 

気合いの声と共に大太刀の刀身がガクリと傾き、正面から迫るブレイバーンの頭部が刀身の反りをなぞるように横へと“流れる”。

 

「<なにッ……!>」

 

力のぶつけ先を失ったブレイバーンの体は驚愕と共にレイジの真横を凄まじい勢いで通過し、岩場の上を何度も跳ね回って失速する。

 

「ハァ……ハァ……くっ……!」

 

その隙にレイジは攻撃を仕掛けるが、極度の集中力を発揮した反動か体が思うように動かない。

 

「<ハハッ……ハッハッハッハッ! やるじゃねぇか!

 今のは素直に驚かされたぜ!>」

 

楽しそうな声を上げたブレイバーンの体が地面を削りながら再び動き出す。

 

また岩場から離れたら攻撃する手段が無くなると判断した他のメンバーが武器を構えるが、すぐに何らかの違和感を感じて動きを止める。

 

そして、違和感の正体はすぐに判明した。

 

なんと、ブレイバーンが真っ直ぐ伸びた体を元に戻さずそのまま水平方向に動かし始めたのだ。

 

「いけない、この位置は……!」

 

サクヤが何かに気付いたように声を上げるが、もう遅いと告げるように響く轟音に掻き消される。

 

今戦っている場所は20メートル近い円形の岩の上で、その周囲は溶岩に埋め尽くされている。

 

突進によって解放戦線のメンバーは半分ずつ左右に分かれており、ブレイバーンの伸びた巨体がその間を隔てる壁のようになっている。

 

そんな状態でブレイバーンが真横に動けば、岩場の上しか動けない者達は“逃げ場が無い”。

 

幸い、一番近くにいたレイジはリックがすぐに助けに入ったので無事だったが、一番火力の高いレイジはまだ動けないのでブレイバーンの攻撃を止められない。

 

「<ハッハァ!! このままだと溶岩に真っ逆さまだぜぇ!!>」

 

最強の竜種の一角である自分に挑む相手が珍しいからか、ブレイバーンの心底楽しそうな声の中には余裕や慢心だけでなく何かを期待するような感情が有る。

 

しかし次の瞬間……

 

 

ドオオォォン!!

 

 

……解放戦線を押し潰そうと暴れるその巨体が、轟音と共に勢いを失った。

 

「<……あ?>」

 

自身の体が急に止まったブレイバーンが不思議そうな声を上げて首を持ち上げると、そこに見えたのは蛇竜の巨体を正面から受け止める巨大な盾。

 

「ヌ、オォアアァ……!!!」

 

体の底から全ての力を絞り出すような声を上げてその盾を支えていたのは、レイジと同じく暑さの影響を受けていない剛龍鬼だった。

 

身の丈ほどのタワーシールドを構えながら地面を踏み締めているが、その力に耐え切ることが出来ないのかフルプレートの鎧がミシミシと悲鳴を上げている。

 

竜人の身体能力が桁外れに優れているのは周知の事実だが、圧倒的な質量差を覆す衝撃的な光景にサクヤ達だけでなく攻撃を仕掛けたブレイバーンも息を呑む。

 

しかし、その数秒の沈黙が反撃の切っ掛けを作り出した。

 

「……隙だらけだな」

 

 

バアァン!!

 

 

気怠そうな低い声と共に砲撃音が鳴り響き、剛龍鬼が踏ん張る反対側の方向から爆発が起こる。

 

その衝撃に我に返ったブレイバーンが視線を向けると、砲撃を放ったイサリに続くように突撃するディランの姿が見えた。

 

迎え撃とうとしたブレイバーンが体を持ち上げるが、その動きを阻止するように放たれたイサリの砲撃が再び腹部に撃ち込まれて爆発を生む。

 

その衝撃は確かにブレイバーンの体を怯ませるが、威力の殆どが鱗に相殺されているせいで有効なダメージを与えるには至っていない。

 

「<その程度じゃオレには届かねぇぞ!>」

 

「……そうらしいな……ではこうしよう……」

 

怒れるようなブレイバーンとは対照的に静かな声で同意したイサリは素早く重火器のスライドを引き、弾倉を回転させて次弾を装填する。

 

同時に初弾を撃ち込んだのと同じ場所に照準を固定し、即座に引き金を引く。

 

 

バアァン!!

 

 

鳴り響いた音と共に発射された砲弾は狙った場所に寸分違わず迫る。

 

だが、同じ場所に命中させても鱗の表面に傷を付けるだけでダメージを与えることは出来ない。

 

 

ドスンッ!!

 

 

……はずだったが、命中した砲弾はブレイバーンの鱗を砕き、鈍い音と共に肉体に突き刺さった。

 

「<なん、だとぉ……!>」

 

「……大型魔獣の骨格も砕く徹甲弾だ……お前の鱗でも無事じゃ済まない……」

 

予想を裏切る痛みに驚愕するブレイバーンとは対照的に、イサリは変わらず静かな声で答える。

 

「……俺の本業は魔獣狩りだ……竜種が相手でも……やることは変わらない……」

 

同時に、こうなることを予想していたのか、2刀のカトラスを握り締めたディランが動きを止めたブレイバーンの懐へと素早く斬り込んだ。

 

「ハハァ! 思いもしなかったって感じだなぁ。

 手痛い授業料をくれてやるぜぇ!!」

 

愉快な笑みを浮かべたディランの豪腕が振るわれ、放たれた斬撃が烈風と共に傷口を広げる。

 

「<ガアァァ!!!>」

 

これは流石に堪えたらしく、悲鳴の咆哮を上げたブレイバーンはその場で激しく暴れ回って近くにいたディラン達を強引に弾き飛ばす。

 

さらに、10メートルを超える巨体が魚のように跳ね回って生まれた衝撃は戦場となっている足場を盛大に揺らし、局所的な地震となって他のメンバーも攻撃を封じられる。

 

その間に体を持ち上げたブレイバーンは溶岩流に潜って岩場から距離を置き、解放戦線の攻撃がギリギリ届かない位置で睨み合うような形となる。

 

「<……今のは効いた……久しぶりの痛みだ……。

 オレの攻撃を止めただけでなく、鱗を砕いて腹を掻っ捌かれるなんてな……>」

 

鱗を砕かれ、斬り裂かれた腹部から流れる血を見詰めながらブレイバーンは静かに呟く。

 

てっきり怒り狂うかと思っていた解放戦線の面々はその冷静な反応に不気味さを感じ、武器を構えながら相手の動きに目を光らせる。

 

「<……認めてやる。これはオレの油断だ。

 無意識にお前達を弱い存在だと決め付け、試練を与える自分を強いと思い込んだ>」

 

そこまで言って、自身の罪を告白するように話すブレイバーンの目付きが変わる。

 

同時に全身を押し潰すような凄まじい威圧感が襲い掛かり、息苦しい呼吸がさらに苦しくなる。

 

「<一応警告しとくが、殺す気で行くぜ。

 マトモにくらえば灰も残らねぇぞ>」

 

体を持ち上げたブレイバーンが深く息を吸い込む。

 

その肺活量は竜種の巨体に見合うほど凄まじく、山頂部に立ちこめていた熱気と共に周辺の空気が目に見える規模でブレイバーンの元へと吸い寄せられる。

 

解放戦線の面々はその動作がブレイバーンの“とっておき”の準備だと即座に理解し、回復したレイジを先頭にして1カ所に密集する。

 

残念ながら逃げ場の無いこの場所では、正面からの火力勝負で押し切るしかない。

 

しかし、リーダーであるサクヤはレイジ1人に全てを託して傍観者を気取る気は無かった。

 

「……皆、そのままで良いから聞いて。

 危ない賭けになるけど、次で決める為の作戦が有るの」

 

その言葉を聞いて、他の全員は一切の疑問を唱えずサクヤの声に耳を傾ける。

 

今更この中にサクヤの決断を疑う者も、勝利を諦めて逃げ出す者もいない。

 

はずだったのだが……

 

 

『……ハァッ!?』

 

 

……作戦の詳細を耳にした次の瞬間、全員(ケルベロスを除く)が驚愕の声を上げた。

 

 




ご覧いただきありがとうございます。

やっぱりスマホで作業してると感覚が違うのでどうにもしっくり来ない。書いた後も何だか文章に前とは違う違和感が有ります。


戦っている場所が立っているだけで死にそうな環境なので、オリ主含めて全員が最初から全力で戦っています。

様子見なんてしてたらマジで保たないからね、仕方ないね。

ただ、ゲームやってた時に「この岩場の上しか動けないなら、現実的に考えたらブレイバーンに接近戦なんて出来ないのでは」と思ったのでこんな形になりました。

その結果出番が腐ってしまったメンバーがいたのですが、次回でちゃんと仕事してもらいます。このまま名前だけ持ってきたなんていうのは出来るだけ避けたいので。

ブレイバーンとの戦いは次回で決着になると思います。

どうにか代用のPCを探してますので、更新速度は出来るだけ改善したいと思います。

では、また次回。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。