対魔忍世界に四騎士の力を手に入れた男がいる件 (3よりZEROへ)
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黙示録の騎士

 選べ。

 人としての道か、我らの代行者としての道か。


 力はくれてやる。使いこなして見せろ。


 対価は調和を乱す外道を討つ。それだけだ。


 俺たちはまだ召喚されない。されてはいけないんだ。


 七つ目の封印はまだ解かれてはいないのだから。



 だから、人と魔の血を引くお前に託す。




 ●


 気が付くと、俺は夢の中で力を受け取っていた。
 だから俺は、対魔忍を抜けた。幼い弟を連れて。



 日本。

 深夜の道路を、バイクが疾走している。

 それだけならば、速度を考えなければ普通だろう。

 それ程に、そのバイクは速かった。ホイールどころか車体すら炎を纏っているのだ。普通のバイクでは決してないだろう。

 だがそれ以上に異様なのは、乗っている男だ。

 赤いフードに鎧。左手には巨大な籠手を装着し、背には切っ先が二つに分かれている大剣。

 フードから前に零れる髪は銀色で、目は白光を放っていた。

 眉と額には赤く輝く傷のような文様があり、一目で只者ではないことが伺えるだろう。

 そして、男が追っている者たちも普通とは決して言えない存在だ。

 重火器で武装していようとも、その持ち主は人間ではない。

 オーク。

 そう呼ばれる魔物だ。

 魔界の最下層生物であり、媚薬の成分が含まれる体液を使い女を発情させ犯すことしか考えないような者たちだが、昨今の人間社会の裏では武装勢力として指折りの存在だとさえ言われている。

 しかし。

 そんなオーク共が重火器を乱射しても、涼しい様子で追走するバイクに乗った騎士には恐怖の感情は見られない。

 腰に手を回し、大型の回転式拳銃を取り出すと即座に応戦する姿には余裕さえ感じられる。

 その銃口から発射される無数の弾丸は、あっさりとオーク共が乗るトレーラーのタイヤをバーストさせた。

 右に左にと揺れるトレーラーのせいで、ただでさえ当たらない機関銃が更に明後日の方向へと向けられたではないか。

 その隙を逃さんとばかりに男は銃を仕舞い、大型手裏剣を取り出し、投擲する。燐光を宿したその手裏剣は狙い違わずにトレーラーの出口付近にいたオーク五体の首を纏めて斬り飛ばした。

 血を噴き出し、崩れ落ちる身体。

 戻ってきた手裏剣を仕舞い込むと、左手の籠手と同サイズの籠手が右手に装着される。更にその籠手には鎖が巻かれており、先にはアンカーが備え付けられていた。

 即座にアンカーは射出され、トレーラーの車体へと打ち込まれた。

 そして、男はバイクより飛んだ。

 即座に炎上しバイクが地面へと沈むように消えたが、オークたちはそれを見る事はなかった。

 鎖を引き、男がトレーラーのコンテナの上へ落ちてきたからだ。その重力落下エネルギーを一切ロスする事無く、その右腕に装着された巨大な籠手が打ち付けられる。

 すると、トレーラーは爆発四散し、停車を余儀なくされた。

 辛うじて生き残ったオークもいたが、しかし彼らの不幸は続く。

 男が構える大鎌が、紫の燐光を伴って飛来してくるからだ。

 あっさりとその軌道上にいたオーク共はその胴を両断され、その命を散らしていく。

 問答無用とは正にこのことだ。

 如何に吠えようとも、罵声を浴びせようとも、男は無言でこちらを殺しに来る。

 しかし、そんな最悪の状況において、援軍が現れた。

 どうやら雇い主である有名企業の社長が、この男を抹殺する為に援軍を寄越したらしい。

 しかも同族であるオークを主体とした百人規模の傭兵の増援。

 これで敵が女ならば、生かして捕らえて嬲り者にするが、相手は男だ。さっさと肉塊に変えてやればいい。

 そんな時だ。

 

「……なあ、お前ら。四騎士って、知ってるか?」

 

 今迄無言だった男が、口を開いた。

 低く、まるで地獄のような声色。

 

「ああ!? 知らねぇよ色物ゴリラ野郎!! 俺らに盾突いて生きていられると思うんじゃねぇぞ!!」

 

 仲間が馬鹿にした口調でそう言うと、男は気分を害した様子も無く、語り始めた。

 

「世界の均衡と調和を乱した者を粛正する存在。それが例え人であれ、魔物であれ、天使であれ、悪魔であれ、神であれ――速やかに抹殺するが、黙示録の四騎士」

 

 そんな男の横に、炎を纏った大型のバイクが現れる。

 

「俺自身はそんな大層な代物じゃあ無いけどな。その力を借りている以上、真似事くらいはしなくちゃならねぇ」

 

 バイクへと跨り、背の大剣へと手を伸ばす。

 右手に握られた大剣が恐ろしい。

 ふと、古巣で聞いた御伽噺を思い出した。

 

 その者、赤き騎士。

 大剣を振るい、戦争を司る者。

 大いなる破滅の一人。

 そして――敵対した者は、須らくが滅んだ、と。

 

「四騎士の代行者たる(シャドウ)が宣言する」

 

 百人以上いるこちらにアレは、突っ込んでくる気だ。

 そして、悉くを殺し尽くすだろう。

 理解した。

 

「死ね」

 

 そして、蹂躙が始まった。

 バイクが高速で突っ込み、大剣が振るわれる度に首が飛んだ。

 巨大な左手一本で巧みにバイクを操り、縦横無尽に赤の騎士は殺戮を繰り返す。

 最早虐殺だ。

 百人の援軍など、意味のあるものではなかった。

 実際、自分など交差する一瞬に心臓を破壊され、返す刃で胴を横薙ぎに両断された。

 銃で、手裏剣で、籠手で、大鎌で、大剣で。

 ありとあらゆる武装が必殺。

 それもそうだろう。

 あの騎士は代行者だと言っていたが、それでも騎士だ。

 であれば、自分たちでは逆立ちしたって勝てないような上位魔族や悪魔とも戦うイカレ野郎なのは明白だろう。騎士によって殺された上位者の話など枚挙に暇が無いのだから。

 そんな危険人物と事を構えた時点で、こちらの敗北――いや虐殺は当然だった。

 ありとあらゆる煩悩に塗れ、女や弱者を食い物にしてきたオークとしては、不自然なくらいに穏やかな気持ちで訪れる死を待っていた。

 もし、生まれ変わりというのが本当にあるのなら、今度こそ真っ当に生きてみよう。

 あんな騎士に目を付けられるような死に様は二度と御免だ。

 そう思いながら、オークは死んだ。

 だからこそ、そのオークは運が良かった。

 更なる恐怖を知らずに逝けたのだから。

 

「光栄に思え。怒りの化身を見れるのだから」

 

 その言葉を皮切りに、騎士の身体が光に染まる。

 そして、炎によって形成された巨躯の竜人が現れた。

 手にある炎剣によって斬ると同時に焼き尽くされるオーク共。

 生きたまま焼かれる。

 骨すら残らず塵と消えるのだ。

 死体すら残さない。

 絶望に満ちた悲鳴が響くが、それ以上に竜人の咆哮が周囲を席捲する。

 もはや悪徳に救いは無く。

 死のみが齎されるのだから。

 

 そして――炎が消え、騎士だけが道路の上に立っていた。 

 

 しかし周囲には炎と血の臭いと、車から漏れるオイルの異臭が漂っていた。そう遅くない内に、オイルに引火し爆発するだろう。

 背に大剣をマウントした騎士がバイクに再度跨ると、彼の左の籠手から黒い靄が溢れ出た。

 それは即座に黒い異形へと姿を変えると、どこか軽快な口調で騎士に話しかけた。

 

「おいおい相棒。随分と大盤振る舞いだったじゃねぇか」

 

 気安い様子で話し掛け、騎士の肩に手を回した。

 

「今夜はこれでお開きか?」

「いや、そうもいかない」

 

 アクセルを吹かし、騎士は言う。

 

「もう一人、報いを受けなければならないヤツがいる」

「……そうかい」

 

 そう言って、異形――ウォッチャーはその六眼を細めた。

 

「んじゃあ、とっとと行こうぜ。……対魔忍のお嬢ちゃんたちも近付いてきているしな」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 その夜、裏で悪事を働いていた某大企業の社長が殺された。

 下手人は不明なものの、彼の悪事がリークされたことで関係者は軒並み逮捕される事となった。しかし他の主犯と呼ばれる者や近しい連中は獄中で死んだ。

 様々な噂が流れる中に一つ、こんなモノがあった。

 

 悪人共は、魔族と繋がった事で対魔忍に殺された。

 

 しかし、裏の世界ではもう一つの噂も微かに広まった。

 こちらはそれなりに情報通な者たちの間で実しやかに囁かれる程度のモノで、殆ど与太話の類とされていたが。

 

 曰く――社長は、『騎士』によって殺された。

 

 均衡と調和を護る黙示録の四騎士。

 その代行者が現世にいる事を知る者は少ない。

 そして、噂は対魔忍というネームバリューに隠れていく。

 

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 沢木探偵社。

 それが、俺が今住んでいる建物の名前だ。

 名前の通り失せ物から浮気調査、迷った犬猫の捜索まで請け負うどこにでもあるような零細探偵事務所で所長は俺が務めている。

 人員は少なく、対魔忍組織を抜けた俺と弟――そしてもう一人とで構成されており、しかしそれでも十分に食っていけるのだからまあ順風満帆と言えるだろう。

 そう、これまでは、だ。

 

「久し振りね――恭介」

 

 目の前にいる幼馴染――井河アサギ。そしてその妹のさくらが俺の事務所を訪ねてきたのだ。

 

「……対魔忍には関わらない。それが統領殿との約定の筈だが?」

 

 その約定を結んだから俺たちは出奔出来たのだ。

 しかしその約定を統領の孫が反故にするとはねぇ。

 

「ええ、そうね。でも――そうしなければならない理由があるの」

 

 キツ目の美人であるアサギがどこか悲しそうで、しかし毅然とした態度で俺にとある資料を見せた。

 

「これは?」

「甲河の里が、エドウィン・ブラックの組織に襲われるかもしれないって情報を掴んだの」

 

 確かに資料には、ここ最近のブラックの組織――ノマドの動きが記されていた。明らかに隠す気がねぇなこりゃ。

 しかしこれは……

 

「井河が動くにゃ理由が薄い、か?」

 

 その言葉に頷く二人。

 確かにあの爺様なら、この程度の情報じゃあ組織を動かすつもりはねぇだろうな。

 それ以前に、もしかしたらこの時点で裏で繋がっている可能性もある。

 ……敢えて火中の栗を拾うつもりはねぇだろうな。

 数年前の「ふうまの里」討伐で、対魔忍全体のトップに上り詰めたんだ。ここいらで同じくらい古い甲河には消えて貰うつもりか。

 

「なあ、アサギ。お前さん、俺が忍法が使えないって解って言ってるか?」

 

 そう訊くとアサギは苦い顔で、

 

「……ええ。でも貴方は、私でも勝てないくらいに体術に優れているわ」

「それとこれとは別問題だろう。実際、忍法を使われたら俺ぁ手も足も出んわ」

 

 救出作戦なんぞ不可能だ。

 

「ええとね、恭兄。そうじゃないんだよ」

 

 フォローを入れるようにさくらが今度は口を開いた。

 

「今回の依頼は、ノマドの戦力分析なんだ」

 

 ……驚いた。脳筋集団の対魔忍なのに情報収集とは。

 

「悔しいけど、私たちじゃあ今のノマドには勝てない。それは分かってるんだ」

「ええ。上の人たちは、いつだって遣り合えば勝てると思ってるけど――ブラックは化け物よ」

 

 成程ね。

 ――って。

 

「余計に俺は役立たずじゃねぇか」

 

 さっき忍法使われたら負けるって言ったばっかだろうが。

 

「いいえ。今回はそうじゃない」

 

 そう言ってアサギは資料の先を読むように促した。

 ……ふむ。

 

「つまり、あれか? お前はこう言いたいの?」

 

 ブラックが甲河の連中と遊んでる間に、ブラックの情報収集をしろ、と。

 頷かれる。

 

「んー……となると、この依頼の発案はお前じゃないな。……統領殿か」

 

 情の厚いアサギがこんな仲間を売るような真似をして戦力分析を図るとは思えない。

 忍としてはちと甘いが、それが許される程度にはコイツは強い。

 

「ええ。人を使っても良いし、自分で向かっても良いと言質は得ているわ」

「で、お姉ちゃんは自分で行くつもりなんだけど自分の眼だけじゃ心配だから、恭兄を頼ったんだ」

 

 恐らく、統領にはこの件は伏せておくつもりだろう。

 あの爺様、自分以外は全て駒とか思ってるだろうしな。

 

「……つまりアサギは見せ札か」

 

 最悪見つかればアサギが派手に暴れて注意を逸らし、その隙に俺が情報を持って離脱する、と。

 

「……分かったよ。で、カネはどれくらい払えるんだ?」

 

 提示された額は少なく、他に持っていけば門前払いを食らうのは確定だな。

 ……だがまぁ、それでもいいさ。

 カネは貰えるところから貰えばいいんだ。

 どっかの社長が貯め込んでた裏金とか、な。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 甲河の里。

 対魔忍の中でも有数の歴史を持ち、甲賀の流れを汲む名門。

 その里が、壊滅しようとしていた。

 下手人は、エドウィン・ブラック。

 ノマドの構成員は殆どが返り討ちになったが、やはりブラックは別格だ。

 ヤツが動く度に忍が死んでいく。

 老若男女問わず、次々と。

 こりゃあ、アカンわ。

 つい関西弁が出るくらいに力量は隔絶していた。

 それこそ、騎士に匹敵――

 

「っづ!?」

 

 頭痛がした。

 なんとなく、これは第二の騎士からの抗議な気がした。

 多分、あの程度なら負けん――って思ってるんだろうな。

 まあ、そこは同意する。

 魔物や魔族よりも悪魔天使は格上なんだ。

 幾ら吸血鬼の始祖とは言えども、不死者殺しの代名詞とも言える四騎士には勝てないだろう。

 そう、四騎士には、だ。

 俺は所詮代行でしかない。

 まあ、ここでドンパチをする必要は無――

 

「いやぁ! パパ、ママ! 行かないで!!」

 

 少女の悲鳴。

 

「いいかい、アスカ。お前はここに隠れていなさい」

「そうよ。きっと……きっと迎えに行くわ。だから、静かに隠れているのよ? 出来るわね?」

 

 親子の別れ。

 見る限りあの夫婦は手練れだろう。

 だが、ブラックに勝てるとは思えない。

 恐らく、鎧袖一触で終わるだろう。

 あの男は、それに何の痛痒も感じないだろうさ。

 だからだろうか。

 

「――死にに行くつもりか」

 

 騎士の殻を纏い、俺は話し掛けた。

 

「「っ!?」」

 

 咄嗟に背後に娘を庇い、武器を構える夫婦。

 

「……ガイコツ?」

 

 騎士となった俺を見て、少女はそう呟いた。

 まあ、確かに髑髏の仮面をつけてはいるが。

 

「如何にも。我は四騎士の代行者、名をシャドウ」

 

 その言葉に夫婦は目を見開いた。僅かではあるが噂はあったんだ。多分それを知っていたんだろうな。

 

「つ、つまりキミが、黙示録の四騎士の一人……」

「代行だ、と言っただろう。まあ、俺のことは良い。今重要なのはそちらの方だ」

 

 火の手が上がり、悲鳴が鳴り響く。

 更にはブラックの哄笑。野郎、かなり遊んでやがる。

 

「……なら、シャドウ君。娘を任せたいんだが、構わないだろうか」

「正気か?」

「ええ」

「どこの馬の骨とも知らん騎士を名乗る変質者に掌中の珠を渡すだと? 気は確かか?」

 

 その言葉に、男は苦い笑みを浮かべて頷いた。

 

「腐っても甲河対魔忍の頭首なんだ。仲間が死地に向かっているのに、僕たちだけが逃げるワケにはいかない」

「ならば母親だけでも」

「いいえ。私も腐っても甲河の女、安らかに死ねるとは思ってないわ」

 

 決意は固いようだ。

 

「……意地よりも優先すべきモノがあると俺は思うがな」

「ああそうさ。僕たちはね、その優先すべきモノの為に戦いに行くんだ」

 

 帰ってこれなくとも、娘の前途を明るく照らす為、か。

 だが、

 

「……断言しよう。貴様らの娘は、確実に貴様らと同じ対魔忍となる。同じように苦しみ、もがき」

「だけど生きていけるんでしょう?」

 

 母親が、そう言った。

 

「……何を根拠に」

「あら? 母親だもの。娘を預ける人がどんな人なのか、一目見れば解ります。……貴方は、背負った命を投げ出さない人よ。少なくとも、請われ、願われた事に真摯に向き合う人」

「俺が娘を見捨てるとは思わないのか?」

「ええ、貴方は見捨てないわ」

 

 ……参った。

 どうしてこうも美人ってのは。

 

「さて、そろそろ行かなきゃ」

 

 もう、悲鳴すら聴こえない。恐らく生存者はここにいる三人のみ。

 そして、もう直ぐ独りになる。

 

「……アスカ」

 

 泣きじゃくる娘を優しく抱き締め、父は言う。

 

「愛してる」

 

 そして母は、精一杯の愛情を込めて、

 

「生きて」

 

 そう言い残して、死地へと駆けて行った。

 二つの影が遠ざかるのを見送っていると、ウォッチャーが現れて俺に訊く。

 

「で、どうすんだ?」

「……逃がすしかないだろう。死人の遺言くらい、聞いてやらんとな」

 

 そう言ってアスカと呼ばれた娘の肩に手を伸ばそうとして――掴まれた。

 

「お願い!!」

 

 涙で濡れた瞳。

 その奥にあるのは、強い意志。

 

「パパとママを助けて!!」

 

 遠くで剣戟の音が聞こえる。その連撃は鬼気迫るモノがあり、ブラックの哄笑は更に拍車がかかった。

 

「……今の俺では、あの男には勝てん。それでもか?」

 

 ここで逃げれば、確かに安全に娘は死地を脱出出来る。

 だが、

 

「いいもん! 私、隠れてる!! だからお願い……パパとママを!!」

「…………期待はするなよ」

 

 碧炎のバイクを召喚し、俺は剣戟音のする場所へと走り出した。

 間に合わないと知りながら。

 

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 

 結論を言えば、俺は間に合わなかった。

 二人は死に、アサギも見つかりそうになり、仕方なく俺(騎士)が出張る羽目になったが、まあ五体満足で逃げ出せたのは僥倖ってもんだろう。

 アイツの腕をぶった斬って、腹を掻っ捌いてやったが――まあ程なく復活するだろうさ。

 そのせいで野郎にロックオンされたが、まあ仕方ない。……仕方無いさ(震え声)。

 

 で、我が沢木探偵社には居候が増えた。

 

 

 名を、甲河アスカ。

 

 

 甲河対魔忍最後の一人。

 そして、俺たちの家族として。

 浩介と似た年頃だから、打ち解けるのは随分早かったけどな。

 今は二人して学校に通っている。裏社会との繋がりのない、真っ当で普通の学校だ。

 恐らく近い将来、あの子は対魔忍としての修行をつけるように言ってくるだろう。

 そして、世界の闇を相手に戦っていく。

 

 であるのならば、無残に犯され、踏み躙られる事のない力を与えてやらねば。

 

「忙しくなりそうだな、相棒」

「……ああ」

 

 傍らに佇むウォッチャーの言葉に頷きながら、俺は新聞をめくる。

 こうして、俺とエドウィン・ブラックの間には因縁が結ばれた。

 それがどんな未来を描くかは、まだ解らない。

 しかし、俺は後悔しない。

 きっと俺はヤツを殺す。

 黙示録の四騎士の代行者ではなく、一人の沢木恭介という――やられ役のNTR要員でしかない俺がだ。

 

 

 

 

 

 きっとそれは、かなり痛快な物語になるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




沢木恭介――現代日本からの転生者。対魔忍世界に転生し、しかもソッコで死ぬ恭介だと解り絶望。しかし弟の浩介が生まれた事で「弟を守護らねば……!」と覚醒。体術面では忍法を使わないアサギを圧倒するまでに技術を伸ばす。まあ、忍法使われれば負ける。

黙示録の四騎士――ご存知アメリカ産ごった煮ゲーム。2まで出たけど制作会社がポシャったせいで続編が絶望的だったが、別会社がIPを取得し3の製作が決定。やったぜ。

第二の騎士――1の主人公。ゴリラ。基本脳筋。復讐者。実は末っ子。

第四の騎士――2の主人公。長兄なのに誤訳で弟にされた不幸な人。なんだかんだ言って世話焼き。※この人が代行者を恭介にしようと決めた。

ウォッチャー――原作で頭をゴリラに潰された。今作のはコピーで、本名は「ウォッチャー2」。恭介の相棒兼監視役。もし恭介が堕ちたら、兄弟が殺しに来る。

第一の騎士、第三の騎士――まだ眠っている。フューリー姐さん、3の主役おめでとうございます。

浩介――弟。幼い時分に両親が死に、兄と二人で井河を出奔。兄と同じく忍法は使えないが、成長すれば――

アサギ――ご存知凌辱ヒロイン。23歳から32歳まで凌辱されまくる不屈の人。幼馴染が出奔し、探偵業を営んでいるせいか影が薄い。実は恭介に影響されて情報戦の大事さを理解しており、甲河の一件でもブラックの情報を持ち帰り、対策を立てようとしている。

さくら――アサギの妹。さくらなのに髪が金髪。恭介のことを兄のように慕っており、浩介のことも弟のように可愛がっていた。実はこっちも不幸体質。まあ対魔忍なら仕方ないか。だけどアリーナでは優遇枠、らしい。

甲河アスカ――鋼鉄四肢の対魔忍フラグががっつり折れた人。両親の愛を胸に、新しい家族を護る為に対魔忍になることを決意する。もしかすると……

井河祖父――対魔忍のトップ。今作ではこの時点でノマドとパイプを持っていた。その事を感づかれ、しかし騎士が出張ったせいで気付けなかった。後に孫より粛正される。数年前に起きたふうま八人衆であった心願寺紅の一件より増大した「ふうま一族」の乱行を取り締まらず、しかし討伐を政府に進言した野心家。

甲河夫妻――アスカの両親。ブラックと戦い、死亡。しかし腕に傷を負わせた事で後から追いかけてきた恭介が追撃し、腕を斬り落として腹を開きにした。アスカを対魔忍であるよりも「真っ当な忍」にしようと教育中だった。

ブラック――アサギシリーズのラスボス。不死身の吸血鬼。なかなか死ねないせいか、手傷を負わせられる存在が現れると狂喜する傾向がある。最近は代行騎士の手腕に着目しており、腹や腕の傷跡を「わざと残して」その傷口をなぞることを日課としている。そのせいで恭介にのちにホモ疑惑を持たれる。実は長く生きているせいか親族はかなり多い。ほぼ認知はしていないが。

御館様――決戦アリーナの主人公。実はふうまの討伐の際に恭介に助けられた。作中に一切出てこないが、いずれ沢木探偵社に身を寄せる――なんてことになったり。ふうま一族という教育に悪い環境にあるせいで若干世間とのズレがあるものの、姉共々矯正中。実は姉に恋愛感情を抱いている。

ふうま時子――決戦アリーナキャラ。主人公の腹違いの姉にして副官。しかし経歴上はふうま宗家に仕える使用人の娘なので弟とも結婚出来る(今作では)。恐らく処女。

炎を纏ったバイク――独自設定。流石に馬は貸さんだろうってことでバイクの召喚能力を与えられる。名前はまだ無い。変身する騎士によって纏う炎の色が変わる。


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仇敵は追憶に耽り、騎士と混血は西を目指す

彼女は、かつてふうまの忍として無辜の人々を護る刃たらんと戦っていた。

しかし周囲を取り巻く環境が、それを許さなかった。

欲に溺れる一族。
敵対する組織。
裏切る部下。
そして、仇である父と妹。

彼女は、闇に身を浸す事で、正義を貫こうとした。
腹心の部下と共に。




 エドウィン・ブラックは、吸血鬼だ。

 それも始祖と呼ばれる原初に生まれた吸血鬼の一人であった。そこから戯れに他者に血を与え、女と交わり、――種族と呼べる程に吸血鬼は増えた。

 しかし魔界において吸血鬼は最上位の存在ではない。精々が中堅といったところだろうか。

 始祖であるブラックは魔界でも強者ではあるが、他の吸血鬼はそうではない。故に彼らは版図を広げた。異界である人界にすら王国を築いたのである。生まれが比較的脆弱であるが故に。彼らはその人よりも長いその生涯を費やして、安穏と生きれる地盤を組み上げたのだ。

 しかし、生まれながらの強者であるブラックは、己の生涯に飽いていた。

 女も、酒も、美食も。

 こと悦楽を貪り、耽溺した。そして全てに飽きてしまったのだ。

 長い永い、まるで生きながらに腐り果てるかのような諦念の中、彼は最後の悦楽を見出した。

 

 

 闘争。

 

 

 強者との真っ向勝負。

 血沸き、肉躍る。

 そう形容されるような闘争こそ、彼の中に残った最後の愉しみであった。

 だから、その為ならなんだってした。

 甲河対魔忍の里の襲撃もそれが理由だ。

 里一つ壊滅させれば、他の対魔忍共は強制的に自分と敵対する。

 米連のように利用する間柄では、寝首を掻こうするのが精々だ。しかし明確に敵対すれば、その悲劇を土壌に愉しめるような強者が生まれるだろう。そう考えた故の蛮行。

 その結果。

 彼は凄腕の対魔忍夫婦によって腕を傷付けられ、その後に闘った代行騎士の刃によって左腕を斬り飛ばされ、腹を真横に掻っ捌かれた。

 

「――失礼します」

 

 高層ビルの最上階。

 夜景の見えるガラス張りの豪奢な部屋で寛いでいたブラックに、緊張した面持ちの美女が近付く。

 名を、甲河朧。

 先の甲河襲撃の折に手に入れた駒だ。

 赤いスリップドレスに身を包んだ彼女は、人間であったがその忠誠心はブラックに注がれ、同族である人間など家畜としか見ていない。

 しかし昨今では、同じ人間を家畜や奴隷と見做す人間は多い。……それが如何なる理由であろうとも。

 

「……ああ、朧か」

 

 そう呟き、ブラックは風呂上りのバスローブ姿でリクライニングチェアに座り、肘や腹の傷跡をなぞり続ける。

 サイドテーブルに置いてある高級なワインやチーズには一切手を付けずに、だ。

 

「ブラック様、その……随分とご機嫌が良いようですが……」

「ああ、お前は知らんのだったな。……甲河襲撃の折、手練れの対魔忍と戦ってな。随分と楽しませてくれたが、呆気なく壊れてしまってな。ある程度満足したと思った矢先に、これだ」

 

 どこか自慢気に腕を見せびらかす。二の腕に走る傷は、腕を一周している。

 見る者が見れば、それが斬り飛ばされたものだと解るだろう。

 

「分かるか? たかが人間が、この私の腕を傷付け、更に騎士の力を得ただけの人間に、腕を落とされ、腹を裂かれたのだ」

 

 ある意味、ブラックはヒトという種を好んでいた。

 家畜として愛で、敵として慈しむ限りにではあったが。

 

「では、その愚か者の始末は私にお任せを「許さん」……は?」

 

 主の為にその愚かで矮小な存在を抹殺せんと決意した朧を、しかしブラックは許さなかった。

 

「アレは、私の獲物だ。誰にも手は出させん」

 

 ゆらり、と。

 ブラックの身体から立ち昇るオーラが、物理的な圧力を持って朧を圧倒する。

 彼は始祖の吸血鬼だ。

 だが、それだけではない。

 彼には、『その先』があった。

 始祖であるが故か。

 それとも長い年月によって形成されたのか。

 その圧を受け、朧は即座に跪いた。

 

「しょ、承知しました」

 

 恐怖の余りに震える彼女を無視し、ブラックはあの夜を思い返す。

 

 

 

 

 

 

 

 素晴らしい戦いだった。

 対魔忍の夫婦と思われる男女との短くも密度ある攻防。

 持てる技量の全てを発揮し、この命を絶たんと襲い掛かってくるのだ。

 その執念は凄まじく、避け損なった左腕に深い傷を刻んだ程だった。

 お陰で長く楽しむつもりが、力加減を間違えて即座に殺してしまった。

 だが、そんな自分を更に楽しませてくれたのが代行騎士だ。

 髑髏の仮面を被った黒髪の男は、忍装束と軽装の鎧をミックスさせたような服を着込み、何も言わずにその得物である二振りの片手鎌で左腕を斬り飛ばした。

 呆気に取られた。

 

 この私が、何も出来ずに腕を奪われた。

 

 故に、哄笑は激しさを増した。

 左腕から吹き出る血を固め、即席の腕へと変貌させ、ブラックは騎士へと襲い掛かった。

 火花。

 硬質化した腕と鎌の刃が高速で打ち合う事で生み出されるそれは、無数の星となって周囲を彩った。

 世界的多国籍複合企業(コングロマリッド)であるノマド、その支配者の地位に君臨するブラックはその立場上、様々な芸術に触れる事が多かった。

 しかし。

 その彼をしてあの火花は至高の芸術である、と断言する代物だった。

 弱者が強者を屠るのではない。

 強者が弱者を踏み躙るのではない。

 実力の拮抗する者同士のみにしか赦されない、一瞬の芸術。

 今迄、蹂躙しか経験していないブラックにとって、それは何物にも代え難い体験だった。

 

 

 

「叶うモノなら……もう一度、あの男と闘いたいものだ」

 

 

 

 万感の籠ったエドウィン・ブラックの呟き。

 しかし朧はその言葉に返事が出来ない。したい、したくないのではなく、出来ないのだ。

 喜悦の儘に迸るオーラ。

 魔界の生物に比べて圧倒的な弱者である人間にとって毒でしかないのだから。無論、オークのような最下層生物でも同様ではあるが。

 それ故に、不用意に入ってきた人間の部下はそのオーラに当てられ死んでしまった。

 朧が無事なのは、対魔忍として鍛えられた肉体を有していたからに過ぎない。……その魂だけでは、耐える事無く死んでいただろう。

 

「ああ、いかんな。迸りが抑えきれぬ」

 

 この血の滾り、生半では収まりがつかない。

 かと言って、今の人界で騒ぎを起こせば詰まらない闘争しか引き起こせないのは明白。女では少々足りない。

 であるのならば――

 

「朧」

 

 オーラを少し抑え、跪く部下へ声をかける。

 

「――は」

 

 短く、それだけしか返せない彼女を見て、軽く失望を眼に浮かべながら告げる。

 

「私はこれより古巣に顔を出してくる。留守の間の指揮は貴様かイングリッドに任せるぞ」

 

 返答を待たず、魔術にて一瞬で着替えた吸血鬼の帝王は消える。

 残るのは、震える女と物言わぬ死体が一つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日。

 魔界の一角、絶えず複数の勢力がぶつかり合う紛争地帯が壊滅した。

 文字通りの壊滅。

 生存者は皆無。

 どの勢力も勝者にならず、その骸を荒地に晒す事となった。

 しかし間を置かずに別勢力がその地域の支配権を得ようと進出し、同じ思惑の別勢力とかち合い、紛争は継続される。

 飢えを癒す餌は、絶えず補充されるのである。

 

 

 

 

 そして、井河祖父より下された指令によりアサギの手によって朧は殺され、ブラックが帰還するまでの数か月間――ノマドは機能不全に陥った。

 

 

 ●

 

 

 

 

 我が城である沢木探偵社は、都心部から離れた郊外の一角に存在している。

 仕事の関係で知り合った外道共の裏金やら隠し財産を奪――心が広い善意溢れる提供のお陰で三階建てのレトロなビルを購入する事が出来たからだ。

 

「さて」

 

 一階は事務所になっており仕事の依頼はここで受ける。

 二階はダイニング兼リビングと俺の部屋があり、三階には浩介とアスカの自室があった。

 無論空き部屋や物置として使っている部屋もあるが今は置いておこう。

 かつて俺や浩介が暮らしていた関東圏の山間部にある五車町。あそこは天然の訓練施設でもあった。

 まあ、忍である以上山間部に居を構えているのは当然と言えば当然なのだが。

 しかし現在の俺たちは田舎から都会へと転居した身の上だ。郊外とは言えどもな。

 それ故に、問題もあった。

 

「……訓練場、か」

 

 浩介やアスカが対魔忍となるかどうかは兎も角、鍛錬の場は必要だ。

 しかし外部に気取られるような場所は論外。隠蔽可能でちょっとやそっとじゃ壊れないような施設など――出来る筈もない。

 と言うよりも現在の政府関係者の八割以上が外部組織との紐付きという救いようの無さだ。

 どこから情報が漏れて襲撃されるか解ったものじゃない。

 である以上、必然的に頼るのは裏の連中になる。

 となるならば頼れる種族は必然的に決まってくるな。

 

「……創造者(メイカー)に頼るしかない、か」

 

 始祖は星すら生み出したとされる物創造(ものづく)りに特化した種族だ。人よりもデカく器用な連中と聞く。

 石に命を吹き込むゴーレム創造は、この種族から齎されたらしい。

 はっきり言えばかなりマイナーな種族だ。

 実際こいつらは引き籠り気味で、外部との接触は殆ど無い。長命種(エルダー)の中でも古い歴史を持つせいか、自分たちの世界以外には余り出歩かないのが実情だ。

 だが変り者ってのはどこにでもいるものだ。

 確か、アミダハラに隠れ住んでるって話だったな。

 

「……行ってみるか」

 

 アミダハラは近畿地方の近海にある人工島で、色々あって裏の連中の拠点になってしまった場所の一つだ。

 まあ、言ってしまえば政府の計画が頓挫し、廃棄される所を連中が掻っ攫っていったようなものだしな。……寧ろ東京キングダムっつー前例を考えれば、そういった連中を「隔離」する思惑もあったかもしれん。

 そして今は対魔忍とは違う組織である魔術師連合の支配地域だ。

 ある種の密約が政府との間に結ばれていても俺は驚かん。

 しかし、行くとなると長丁場を覚悟せにゃならんな。

 幸い緊急性の高い依頼は無いし、引き受けている浮気調査もあと二、三件だ。

 多分来週には動けるだろうな。

 そうと決まれば――

 

「ウォッチャー、二人を呼んできてくれ」

「どうした相棒? 何か悪い話でもすんのか?」

「さて、どうだろうな……アミダハラにちょっくら行く必要が出来たってだけだ」

「アミダハラっつったら、廃都の一つか」

「そうだな。東京地下のヨミハラ、人工島の東京キングダムと同じ悪党共の巣窟だ」

「目的は?」

「創造者の捜索」

「長命種か。連中は見つけ難いって話だ。それこそ異界の門を開いて、連中の世界に行った方が早いんじゃねぇか?」

「無茶言うな。生命の樹を見つけるのがどれだけ大変か知らんワケじゃねぇだろ」

「クロウファーザーに頼めばいいじゃねぇか」

「あの爺様は苦手なんだよ」

 

 まあ、いいけどよ。

 そう言ってウォッチャーは二人を呼びに行ってくれた。

 情報にあるオリジナルよりもかなり融通が効くなぁアイツ。

 

 

 

 

 

 

 

「と、言うワケでちとアミダハラに出向く事になった」

「どんな理由よ」

 

 最近同居する事になったアスカがツッコむ。

 

「今度はアミダハラかぁ。兄ちゃん、大丈夫? 島、沈めてこないよね?」

「失敬な。赤い騎士の力を制限無しで使えばヤれるだろうけど、其処ら辺の分別はあるつもりだぞ」

「無かったら沈めるのね」

 

 耳を塞いで聴こえないフリ。

 

「……とまあ、冗談はさておき」

「本当に冗談?」

「さておき」

 

 気を取り直して本題へ。

 

「まあ、そういったワケで俺は来週辺りで近畿行きなんで二人は留守番になります」

「えぇ~」

「……むぅ」

 

 連れて行って貰えると思っていたようだが、普通に考えて異能も発現していないような子供を連れていけるような場所じゃねぇわな。

 

「約束は覚えてるな?」

「……二人ともちゃんと出掛ける時は鍵を忘れない」

「携帯電話は肌身離さず持っておく」

「……危ない人が来たら直ぐに隣のアパートの兵衛おじいちゃんに会いに行く」

「危険なトコには行かない、立ち寄らない」

「よし」

 

 若干不機嫌そうなアスカは心配だが、まあその辺は浩介がなんとかしてくれるだろう。どうにもこの娘はおませさんだからな。弟分のお願いには弱いみたいだ。

 隣の連中には、少し気に掛けるように言っとけば大丈夫だろう。

 爺さんには近畿にある有名酒造の酒でも送ればいいか。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 かつて心願寺(しんがんじ)(くれない)という名の対魔忍がいた。

 過日、井河と甲河によって滅ぼされた「ふうま」一族に所属する頭目の一人であったが、生まれにより疎まれ蔑まれ、そして敵による凄惨な凌辱の果てに吸血鬼としての己を受け入れたヴァンパイアハーフの少女。

 白く美しい肌は褐色へと変貌し、金の髪と相まって異国人風の容貌を際立たせていた。

 彼女は部下である槇島(まきしま)あやめと共に下野し、ダンピールとして生きていた。仇敵が支配する東京地下都市ヨミハラで。

 

「ええと……あやめ?」

「はい、どうしました紅さま」

 

 あやめが纏めた資料を見ながら紅は、

 

「ふうまが壊滅したのはどうでもいいんだが……弾正の息子が行方不明っていうのは?」

「ああ、その事ですか?」

 

 あやめも同じ資料を捲りながら説明を続ける。

 どちらも古巣には余り興味が無いようだった。余り境遇が良くなかったのだから当然だろう。

 

「うーん……弾正の息子と使用人の娘が生死不明なんですよねぇ。あの井河と甲河の合同作戦ですよ? ふうま八将を始め殆どが死んだって聞いてます。……弾正は逃げたらしいですけど」

「……そう、か。こちらに来ると思うか?」

「どうでしょう? 流石に弾正は無理じゃないかと。息子さんの方が可能性はあるんじゃないですかねぇ」

 

 彼女たちの推測は当たっていた。

 弾正の息子は、確かにヨミハラに生活拠点を移す事も考えていたのだから。

 しかし。

 彼らはヨミハラにはいない。

 姉であり従者である彼女の身を案じればこそ、彼はある男を頼った。

 結果、今の彼らの拠点はどこぞのアパートにあった。

 

「――んぅ」

 

 突然、あやめが悩まし気な声を上げた。

 

「あやめ?」

「あ、だいじょうぶでしゅよぉ……」

 

 赤く頬を染めた部下の様子に、紅はその整った眉をしかめた。

 

「……血と魔力が足りないみたいだな」

「ええ。でもぉ、無関係な人の血は吸いたくないって言うかぁ」

 

 彼女は、かつて部下であった男の裏切りにより感度を数千倍に引き上げられていた。

 それ故に、魔力を用いて感度を低下させていたのである。

 しかし、吸血鬼の魔力は血に依存する。吸血行為をしなければ魔力は消費される。人間より転化したのならば猶更だ。

 

「……いっそ、アミダハラに感度を戻せる魔女でも捜しに行こうか?」

 

 ぽつり、と紅がそう呟いた瞬間。

 きらりとあやめの眼が光った。

 

「旅行ですか!?」

 

 発情とは別の意味で頬を紅潮させた彼女は、即座に主に詰め寄った。興奮のせいか、艶やかでウェーブの入った髪が蠢いているようにも見える。

 

「ぅえ!? いやまぁ、確かにそう言われればそうだけど……」

「やったー!!」

 

 元気いっぱいな様子ではしゃぐあやめ。

 テンションが上昇するような事を愛する紅自身から告げられたことで、発情は鳴りを潜めたようだ。

 紅は密かに息を吐いた。

 彼女が自分を慕うのは解る。しかし、発情の解消として自分と寝ようとするのは――

 

「……ん?」

 

 ふと、鍛えられた直感が疼いた。

 

 

 ――アミダハラの地にて、何かが起きる。

 

 

 不吉な予感。

 そしてそれ以上に、誰かと出逢う予感。

 きっとそれは、憎い仇ではない。

 

「楽しみですね、紅さま!!」

「――うん。そうだね」

 

 きっと、自分たちの人生には今迄無かった出逢いだろう。

 

 

「楽しみだ」

 

 

 

 そして――彼女たちは魔女と、騎士に出逢う。

 

 

 




 ※感想を頂いたので、原作群をプレイし直して投稿。アサギシリーズはコンプしてないんだがなぁ


ウォッチャー2――オリジナルに姉か妹がいた事が判明。コイツも最期は死ぬんだろうか。感想でバイクやら指輪になりそう、とあったが実はプロットの段階ではその可能性もあった。つーか大鎌持って一緒に戦う構成だった。


心願寺紅――ダンピール系対魔忍。部下にレズ的な愛情を持たれているが、本人は普通。原作後なので、一通りの凌辱は経験済み。実は普通の恋愛に憧れがあったり(今作の独自設定)。アミダハラの魔女に部下の感度を何とかしてもらおうと、ヨミハラを出発。人工島にて気の合わない魔女となんか気になる探偵に出逢う。


槇島あやめ――人間から吸血鬼に転化した対魔忍。ウェーブの入った長髪をたなびかせる銃器の達人。スナイパー系女子。しかし転化後は格闘戦も強化された。凌辱調教の果てに感度数千倍をアサギよりも先に体験した。アミダハラにて完治予定。上司に恋愛感情あり。人工島で出逢う探偵に過去の経験からか警戒する。反転させるかどうか思案中。


沢木恭介――長命種を探しにアミダハラを目指す。アンネローゼの原作にがっつり関わる予定。アンネローゼ買わねぇとなぁ。因みに創造者は例の剣の鍛冶師。今回はがっつり女難の目に遭うかも。


アンネローゼ――魔法剣士。どんな性格なのか分からない。原作を買うつもりだが、主人公っつーか竿役の少年はどうしよう?




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廃棄都市に住まう面々・上

 出逢いは偶然だった。

 しかしそれでも救われた。

 命を。

 死の颶風、その鮮烈な姿に憧れを抱いた。

 そして師に出逢った。

 眠っていた才能を目覚めさせ、学べる環境を与えられた。

 恩に報いなければならない。

 それが、今の橘陸郎の本心だった。


 その日。

 奴隷商人である壮年の男は、近年稀な程の不幸に遭った己が身を嘆いていた。

 大陸や半島からの武装難民――食い詰め者や、工作員たちが襲ってくるのはまあいい。比較的いつものことだ。

 しかし。

 それとは別に魔界の生物が襲い掛かっているではないか。

 偶発的に開いた魔界の門の先に魔獣の巣があったらしく、魔獣や自我を持つ魔物が門を通って人界に侵入してきたらしい。

 更に、正体不明の武装集団すらこの乱戦に参加する始末。

 まさしく大混戦である。

 自分たち以外は全て敵。

 そう言わんばかりだった。

 お陰で外からやってきた馬鹿なガキ共を攫ってきたというのに、その殆どが死んでしまった。

 生きているのもいるが、半笑いで現実を直視出来ていないようだ。

 そんな時だ。

 黒髪の美女が、トランクケースを片手にこちらに歩いてくるのが見えた。

 ああ、ヤツだ。

 一筋の光明が見えた。

 声を掛けようとした瞬間――激突音が響き渡った。

 咄嗟に、殆どの者がその激突音と衝撃によって動けなくなった。

 男も身体を丸めて身を護ろうとした。

 暫くして。

 充満する粉塵。

 その向こうに、巨大な槍が見えた。

 あれが原因なのだろう。

 であれば――それをここへ投げ、否、打ち込んだ者がいる。

 

 

 

 ――いた。

 

 

 

 斜めに刺さった巨槍の柄へ。

 着地した男――らしき影。

 月明かりに照らされ、男の貌が見えた。

 髑髏の仮面に覆われた貌が。

 その奥に光る橙色の眼が、周囲を睥睨する。

 バランスの悪い柄に立っていると言うのに、恐ろしく自然体だ。

 その身体を支える槍がまるで幻想のように掻き消える。

 音も無く着地する仮面の男は、

 

 

「――まあ、全員死んでも構わんか」

 

 

 そう嘯き、腰にマウントされていた武器――鎌を手に取った。

 如何なるギミックか、手に取った瞬間にその折り畳まれていた鎌の刃が起き、男から殺気が溢れる。

 奇妙な持ち方だった。

 逆手持ち。

 類似する持ち方を敢えて例えるなら、トンファーの持ち方に近いだろう。

 しかし、堂に入っている。

 ふと、あの小憎たらしい魔女と似たような雰囲気を感じた。

 いや――恐ろしさという点ではこちらが上だ。

 

「……うわぁ」

 

 ふと、近くにやって来た知り合いの魔女・アンネローゼの持つトランクが声を発した。

 その余りに嫌そうな声に持ち主である彼女が反応する。

 

「なに、ミチコ。あの男を知ってるの?」

「知ってるわ。あの男っていうか、あの男に"力"を与えた方をだけどね」

「誰?」

「黙示録の四騎士って、知ってる?」

「ええ」

「アレがそうよ。中身は違うっぽいけど」

「アレが――?」

「で、アイツの纏っているのが第四の騎士。四騎士のリーダー格で長兄。二つ名や悪名なんて腐る程あるわ。『収穫者』とか『同族殺し』とかね。そして――『死』そのものと呼ばれてるわ」

 

 成程、そりゃあおっかない。

 

「噂じゃあ、上級悪魔すら殺した事があるって話よ。まあ、あの男にそれが出来るとは思わないけど……似た事は出来るでしょうよ」

 

 そうやって話をしている間にも、仮面の男は魔物や魔獣、武装難民や兵隊共を殺して回っている。

 首を刎ね飛ばされ、胴を、腹を、分割されていく。

 最早逃げる事さえ不可能だろう。

 

「待てい!!」

 

 そんな時だ。

 大柄な男が、刀を抜いて叫んだ。和装を着込み、白髪を短く刈り込んだ額には一文字の傷が入っている。

 見るからに一端の武芸者だと全身で主張しているような男だ。

 その男は、依頼人である武装難民たちが死んだ事を気にせず、ただ仮面の騎士に向かって吠えた。

 

「貴様がどこの手の者かなどは最早訊かん! しかし、その技、その身のこなし――一廉(ひとかど)の達人とお見受けする!!」

 

 そんな事、一目見ただけで解るだろうに。

 奴隷商人はそう思うものの、白髪の男の気迫に呑まれて言葉を発せられない。

 

「立ち会えぃ!!」

 

 顔の横に刀を構え、吠えた。

 その言葉を受けて男は、動きを止める。

 

「……示現流。いや、その流れを汲む亜流か」

 

 順手に持ち替えていた鎌を再度逆手へと戻す。

 

「生憎と、こちらは無手勝流だ。――口上はいるか?」

「無論!!」

 

 そう叫んで、剣士は先に宣った。

 

「我が名は魔示現流開祖――阿傍!」

 

 その言葉と共に、男は変貌する。

 牛頭人身の魔物に。どうやらアレが正体のようだ。

 

「黙示の四騎士が代行――シャドウだ」

 

 先程までの阿鼻叫喚が嘘のように静まり返った。……まあ、殆どが死んでいるからだが。

 

「――いざ」

「……尋常に」

 

 誰もが動かない二人を固唾を飲んで見守る。

 しかし。

 

「――っ」

 

 ガキが何かを言おうとした。

 その瞬間、

 

 ――!!

 

「キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」

「――ッ!!」

 

 二人は動いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ――まあ、私もね。魔女である前に、一端の剣士のつもりなのよね。

 

 後日、店のカウンターでグラスの中の酒を転がしながら、魔女・アンネローゼは嘯いた。

 あの時の戦闘で何が起こったのかを奴隷商人であり、バーのマスターである親父が知りたかったので訊ねたのだ。

 

 ――断言してもいいわ。あの坊やが何に気付いたのかは兎も角、先に動いたのは――えっと、阿呆、だっけ。ソイツだった。

 

 最早名前すらも曖昧になっているが、あの程度の死んだ男を忘れないでいるのは、相対していた男の技の冴えが常軌を逸していたからだ。

 

 ――シャドウの方は、逆手二刀流の鎌。はっきり言ってどうすればあの体勢から、あんな速度で得物を振れるのか私でも解らないわ。

 

 交差は一瞬。

 しかし、その刃が先に届いたのは――騎士だった。

 残像すら残さない神速にて、牛頭の魔物は首と胴を両断された。

 

 ――見事。

 

 そんな言葉を遺して、魔物は息絶えた。

 魔物とは言えど、力量が伴っておらずとも、しかしその最期は武人として上等な物だったと言えるだろう。

 一騎打ちの果てに散る事は、ある種武芸者にとっては誉れでもあるからだ。

 

 ――でも、なんだったのかしらね?

 

 聞けば、彼女は何らかの勘に導かれてあの場へ赴いたのだと言う。

 しかし向かってみれば死屍累々の地獄絵図。

 生き残っている少年が『そう』かと思ったが、それも違ったらしい。

 そこに居合わせた奴隷として連れてこられた少年は、何故だか魔術の才がある事が判明し、今はアミダハラどころか世界的にも名高い魔女であるノイ・イーズレーンの元で魔術師として研鑽を積んでいる。

 奴隷協会に登録する前ではあったが、彼はアミダハラという土地の一定ラインを超え、一定の時間を超過したせいで、本土では既に死亡者として処理されているだろう。外部との連絡を取らない時点で観光客であろうとも死亡認定されるくらいには、この人工島は魔境だった。

 つまり彼は、現状裏でしか生きていけなくなったのだ。

 

 ――不死者としての才能があるのかも、って思ったけど……違ったのよねぇ。私の勘も鈍ったかしら?

 

 結論を述べれば――彼女の勘は当たっていた。

 アンネローゼはその少年、(たちばな)陸郎(りくろう)との縁を辿ってあの場へと現れたのだ。

 彼は人よりも温和で、優しく、そしてエロかった。あの年代ならば当たり前ではあったが、しかしそれこそが不死者としての素質だった。

 しかし少年は、眼前で死の颶風となった騎士の姿に目を奪われた。

 脅威を、理不尽を、悪意を蹴散らすその姿に憧れたのだ。

 それこそ、己の起源を書き換える程に。

 あの日、あの場所は、陸郎にとってターニングポイントでもあったのだ。

 魔女の不死者として生きるか、人間として死ぬか…………魔術師として覚醒するか。

 しかし前者二つの可能性に比べて、後者の確立は驚く程に小さかった。

 その覚醒を後押ししたのが、代行騎士であるシャドウだったのである。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 ここは、魔法堂。

 アミダハラに存在する土産物屋で、観光客相手の商売をしている。

 その店主であるノイ・イーズレーンは、店の地下にある修行場にて穏やかな表情を浮かべて、座禅を組んでいる少年を見遣っている。

 魔法で動く座椅子に座り、茶を飲みながらではあるものの――弟子に注視する視線には熟練の魔術師の気配が感じられた。

 

「…………」

 

 未熟ながら静謐な魔力が、彼から漂ってくる。質も量も一端の魔術師と言えるだろう。

 半年という修行の短さからすれば、この成長速度は異常とも言えた。恐らく世の魔術関連の指導者共が知れば、臍を噛んで悔しがるだろう。

 幾ら黙示録の騎士の戦闘に巻き込まれ、己が起源を無意識に書き換えたとは言えども、これ程の熱意を持って魔術を学ぶ少年は稀だからだ。

 彼女はその類稀なる観察眼と占術にて、解っていた。

 騎士の来訪によって、アミダハラの運命が変わった事を。

 同時に――より過酷な未来が到来する事も、彼女は知っていた。

 そのキーマンの一人が、最も新しい弟子だと言う事も。

 

「リクちゃん、其処ら辺でいいよ」

「――ふぅ」

 

 弟子ではあるものの、孫以上に歳が離れている陸郎だ。アンネローゼよりも年下なのだ。

 ついつい可愛がってしてしまう。

 どうしても甘くなるのは人としての性質と言える。……且つての弟子たちが見れば恐怖に慄くか、羨ましさに怒り狂うだろうが。

 

「じゃあ……今日は、錬金術について教えようか」

「錬金術、ですか? 先生」

 

 魔術の修行の際、陸郎はノイを先生と呼ぶ。

 その純朴な呼び方もまた彼女を喜ばせる要因になっているのだが、彼は気付いていなかった。

 

「錬金術の本懐は覚えているかい?」

「ええっと……不老不死になる、でしたっけ?」

 

 実際には、不老不死となり、無限の時間を使って研究を続ける事だ。だが、手段と目的が反転する事などよくある事だ。

 昨今の錬金術師は、その大多数が不老不死を目指していると言っていい。

 

「そうだね。なら、錬金術師が不老不死になろうとする方法は?」

「……賢者の石を精製し、取り込むんでしたっけ?」

「そうだねぇ。だけどそれは疑似的な不老不死でしかないのさ。膨大な魔力に物を言わせての力技だよ」

 

 いずれ歪みが出るのは当然だと彼女は言う。

 賢者の石。

 実在すら疑問視されるような超が付く秘宝だが、どうやらこの師匠はその所在を掴んでいるらしい。

 無尽蔵の魔力を生み出せるそれを血眼で探し回る存在は多い。

 もし触りでも知ってしまえば、その者は背中を気にして生きていかなければならなくなる。……そうじゃなくとも、狙われる要因があり過ぎる陸郎だ。これ以上の負担は御免被りたい。

 故に、彼は真剣に魔術の修行を続ける。

 命が掛かっているのだ。学生時代のような甘えた事を言っていれば、即座に死ぬのだから。

 そんな時だ。

 

「婆様、いるかい?」

 

 そんな声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声。

 最近よくアミダハラ来るようになった"外"の探偵――沢木恭介の声だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おやおや、アンタかい。探偵の坊や」

 

 地下の「勉強部屋」から上がってきたノイが気安そうにそう声を掛ける。

 格子柄のシャツに黒い無地のジャケットを羽織る男がそれに応える。

 

「三日ぶりですね、恭介さん」

 

 遅れて上がってきた陸郎も男がいる事に驚いていた。

 定住せざるを得ない自分とは違い、彼は頻繁にアミダハラに入っては出ていく。恐らく非正規のルートで出入りしているのだろう。正規ルートでアミダハラに入ったせいで死亡が認定されてしまった過去の自分を思い返し、なんとも苦い感情が浮かぶ。

 鋭い眼と引き絞った口元をした男が、その口唇を緩めて少年に向かって手を挙げた。薄く笑ったのだろうか。

 

「よう、少年。元気でやってるか?」

「……あはは。まあ、なんとか」

「いやいや、こんな魔窟で死なずに魔術師として修行出来る時点でお前さんは運が良いよ」

 

 半年前。

 あの惨劇の夜。命辛々に生き残った橘陸郎は、流される儘にアミダハラの内部へと流されてしまった。生き残った連中の殆どが、そこに拠点を構えていたからだ。

 どこか不可解そうな表情を浮かべたアンネローゼという女性に連れられて、あれよあれよと言う間にこの魔法堂へと案内されたのである。

 ……そこからは早かった。

 店主であるノイは、一目で陸郎に魔術の才能がある事を見抜き、その特性が希少であると告げたのである。

 このままでは"外"であろうとも、遅かれ早かれ命を落とす。

 そう言われた。

 死の恐怖を味わった直後だった陸郎は、恥も外聞も捨てて、ノイに縋りついた。

 その結果が、半年に渡る直弟子生活である。

 

 

 

 

 

 

 穏やかに二人と会話を続けながら恭介は思う。

 どうやらノイは、弟子の性根を心底から魔術師にするつもりは無かったようだ。

 普通の感性のまま、魔術師として仕上げるつもりらしい。

 少しの受け答え。

 それだけで彼が普通の少年のままだと分かった。

 魔術に関する心構えやあり方、それらは生来の気質を歪める事も多い。

 だからこそ彼女は、弟子である陸郎に魔術師と染まらぬように、丁寧に教育を施している。

 

「ああ、そうだ。リクちゃん。今日の課題をまだ伝えてなかったね」

 

 ふいに思い出した様子で、ノイは言う。

 

「今日は"浮遊霊との対話と交渉"をやって貰うよ」 

「うぇ!? 浮遊霊ですかぁ」

 

 陸郎は少しだけ身を引く。

 まあ、一度浮遊霊に身体を乗っ取られかければそうもなるだろう。

 しかし、

 

「死霊術に才能があるのに霊が苦手のままじゃあいけないからねぇ」

 

 ノイはあっけらかんとそう言った。

 死霊術を修めている魔術師は一定数いるが、しかしその才能が突出している者はそう多くはない。

 陸郎の秘めたる才能の一つに、類稀なる死霊術への適正があった。

 それこそ魔術師が何年もの研鑽を積んで、漸く霊を物質化させられるのだが、彼はあっさりとそれをやり遂げた。

 普通は死体や無機物、ないし生身の生物に憑依させなければ現世に干渉させられない。これだけでも陸郎が稀有な逸材だと解るだろう。

 

「……分かりました。取り合えず装備取ってきます」

 

 陸郎は項垂れた様子でトボトボと自室へ戻っていく。

 丸腰でアミダハラを歩くなど、自殺志願者でしかない。その程度の自衛ならば出来て当然なのだ。寧ろ、不死者となった陸郎の方が危機感が無かっただろう。文字通り死なないのだから。

 無意識の内に危機感を持って生きるのが当たり前になっているようだ。

 

「……ふむ」

 

 顎に手を添え、恭介はその鋭い眼を細める。

 

「……気ィ使って貰ったかい?」

「なに、構いやしないよ。リクちゃんにはまだ早い話題だからね」

 

 恭介の言葉にノイは手をヒラヒラと振って応えた。

 

「それで? 見つかったのかい、創造者は?」

「いいや。情報屋使って見つけられるようなモンでもないしな。地道に足で稼ぐよ」

 

 こういった所が探偵として食っている男の矜持だった。情報は鮮度が命だと知っており、その為には素早く動かなければならないのだから。

 実際、裏の情報屋でも長命種がアミダハラに滞在している事を知る者は皆無なのだ。

 知っていたのは二人だけ。

 ノイと、()()()()だけが創造者がいる事を感じ取っていたのである。

 その商人の名は、ヴァルグリムと言った。

 対価を払えば様々なモノを売り買いする商人であり、下級とは言え、魔物とは一線を画す――悪魔だ。

 

 

 

 

 

 ●

 

 

 

 

 時間は少し遡る。

 人気のない路地裏を歩く恭介。

 別段何の気負いも不安も感じない様子で、その表情も凪いでいる。

 見る者が見れば、その男が一端の強者であると解るだろう。

 だが、そうでない者もいる。

 

「ひひひひ。おい兄ちゃん、大人しく――え?」

 

 暗がりから現れた、大振りのナイフを舐めながら脅す男。

 しかし言い終わる前に、髑髏が刀身に装飾された大剣が真っ直ぐに突き出されて、その男の首が宙を舞った。

 恭介が、四騎士より授けられた能力の一つに、見た者の「罪業(カルマ)」を判別する『眼』が備わっていたからだ。

 殺人、人身売買、売春斡旋、奴隷娼婦の製造――まだ人通りにいれば殺さなかった程度の罪だが、出遭った場所が悪かった。怨み辛みを買っているようだし、殺すつもりなのは殺気を発していたのですぐ解った。

 そうである以上、手加減する意味は無い。

 壁に所々ある赤い染みは、ここでは殺人はかなり頻繁に発生しているイベントの一つでしかない事を物語っている。この男によって飛び散った血痕もあるのだから。

 首の無くなった男が倒れるよりも早く、恭介は大剣を送還する。

 遠くから物音が聞こえてきた。人の足音だ。

 どうやら鼻の良いヤツが金蔓が出来たの事に気付いたらしい。

 この都市では、死体だってそれ相応の値段で取引される。

 人界魔界問わない麻薬漬けの死体であろうとも、売ればカネになるのだ。

 だから、死体を漁る人間や魔物も少なくない。錆びていない大振りのナイフなどは、ここの住人からしたらお宝だろう。

 この路地を引き返す頃には髪の毛一本も残っていない筈だ。飛び散った血だけが乾くだけで、人がいた痕跡は全て消え失せる。

 それが、こんな路地裏で死ぬ、という事だ。

 人一人殺したというのに、恭介の表情に動揺は無かった。

 対魔忍であった頃から、対人の訓練も受けていたし、暗殺を請け負った事も一度や二度じゃない。

 そして社会情勢を鑑みれば、外道に堕ちた人間に掛ける情けなど一寸たりとも存在しない。

 どんなに同情に値する理由があろうとも、その為に食い物にされる存在がいるのであれば、殺される覚悟は持つべきだ。

 そうでなければ、自分の正体を露見するような真似はするべきではない。

 氏素性がバレれば、それだけで自分の愛する者が害される可能性がある。

 だからこそ、裏社会で番外騎士の名は有名だが、恭介の名は余り認知されていないのだ。

 箸にも棒にも掛からぬ程度の私立探偵(プライベートアイ)

 その程度でいいのだ。

 歩を進め、辿り着いたのは路地の一角。

 客人となった者にしか解らないサークルと飾りが揺れる場所。

 そこに、その悪魔はいた。

 

「――ようこそ、代行殿」

 

 サークルが現れ、出現する悪魔。

 気取った様子で一礼する。

 その上機嫌な様子に恭介は、

 

「おいおい、あんまし気取った真似はよしてくれ。俺らはただのビジネスパートナーだろ?」

「そう。お前さんはワシの依頼通りに魔導具を回収し、ワシに渡せばいい。それが《蛇の道》を使う条件だからな」

 

 《蛇の道》。

 世界の裏側に存在する抜け道であり、同世界の上であるのなら、様々な場所へ短期間で現れる事が出来る通路である。

 ヴァルグリムら異界の商人が使用し、今は恭介も暫定的に使わせて貰っている《蛇の道》の使用には対価が必要だった。

 元はヴァルグリムの顧客の一人から、依頼があったのが発端だ。

 彼は、とある魔術師が作成した魔導具のコレクターだった。しかし魔界や様々な異界に散逸したそれらを収集した彼は、人界にも魔導具が存在する事に気付いた。しかし彼は、そう易々と人界には降臨出来ない存在だ。

 だからこそ、彼はヴァルグリムに依頼を出した。

 ヴァルグリムは商人だ。同じ悪魔でも、彼やアンネローゼのメイドであるミチコに比べて脆弱だった。否、とは決して言えなかったのだ。

 それ故に、長命種の情報を求めてやって来た恭介は正に渡りに船と言えた。

 代行騎士。

 四騎士に比べれば数枚は劣るが、しかし実力は折り紙付きだ。あの()()がそんな手抜きをする筈がない。

 恭介が、何もない空間に手を伸ばすと、空中に波紋が生じ、腕が埋まっていく。

 インベントリと呼ばれる様々な物や武具が収納されている特殊な異空間である。

 これも四騎士の力の一つだ。

 その中から、何の用途に使うのか解らない道具を取り出すと、それをヴァルグリムに手渡した。

 

「ったく。かなり骨を折ったぞ。それ、新興宗教の御神体だったんだからな」

 

 とある国で生まれた新興宗教の御神体として祀られていたそれは、生贄を捧げることで所有者に異能の力を与える魔導具だった。

 それ故に信者の多くは、家族や友人知人を生贄に捧げ、超人と化していたのである。

 故に、恭介は代行騎士シャドウとして――職務を全うした。

 構成人数は千人を超えており、少数の例外を除いてほぼ総ての構成員が教主の後を追い、旅立ったのである。

 

「ふむ。まあその件は分かっておるよ。……そうさな、ワシもそれなりに信頼性の高い情報を仕入れた。それを対価としてやろう」

 

 爪やアクセサリーをジャラジャラと鳴らしながら、ヴァルグリムは言った。

 

「その創造者(メイカー)の通り名は、『黒い槌(ブラックハンマー)』だそうじゃ」

「……どっかで聞いた名前だな」

「そうじゃろうよ。ワシら商人の方が馴染みが深い名じゃ。鍛冶師としての腕は超一級での、品が市場に流れればかなりの額が動く。円でも、ドルでも、金品や宝石、果ては魂でも、な」

 

 ふと、所持している一挺の銃を取り出す。

 マーシーと呼ばれる大型回転拳銃のグリップには、その名が刻んであった。

 

「これか?」

 

 その銃を見て、しかしヴァルグリムは言う。

 

「いいや。ソイツはコピーじゃ。あのウォーより力を借り受けた際に、ヤツの装備も複製されたのじゃろう。それにそれは本来、ヤツの兄であるストライフの銃、その複製よ。複製の複製であるが故に、その性能は数段落ちる。見せぬ方が賢明じゃろう」

 

 気性の荒い鍛冶師で、無礼を働いた連中は悉く大槌の餌食となったらしい。

 

「……で、居場所は?」

「アミダハラの地下に拠点をこさえておると聞く。詳しい場所は判らぬが、お前さんが新たな魔導具を持ってくる頃には候補を幾つか上げておいてやろう」

「分かった。次の魔導具の在処は?」

独逸(ドイツ)じゃ。あの国の諜報機関である連邦情報局に保管されておると聞く」

 

 吉報を待っておるぞ。

 そう言い残して、ヴァルグリムはサークルの中に消えていった。

 

「……ドイツ、か」

 

 今迄は宗教団体や企業、個人を相手にしていたが、今回は国が相手となるようだ。

 

 

 

 

 ●

 

 

 

「それで、今日は一体どうしたんだい? 騎士の坊や」

 

 ノイはそう細い眼を恭介に向ける。

 この老婦人は、恭介が代行騎士であると見抜いていたのである。

 

「ああ。なあ婆様、独逸の連邦情報局に伝手はないか?」

「……いきなりだねぇ。一体全体どうしてだい?」

 

 ヴァルグリムから手渡された対象の写真を見せながら、彼は言う。

 

「ナンバー5026を貰い受けたい」

 

 その言葉に、ノイは首を傾げる。

 暫く考え、思い出したように手を打った。

 

「ああ、当局がガラクタと断定したアレだね。確かに交渉次第では譲ってくれるだろうけど、またどうしてだい?」

「……あー、まあ、その……熱心なコレクターがいてな。ソイツが欲しがってる」

「それが創造者を見つける条件かい?」

「まあ、そんなところ」

「ふーむ……」

 

 ちょっと待ってなさい。

 そう言い残してノイは店の奥へと消えていった。

 三十分程度で戻ってきた彼女は、

 

「条件次第で向こうは譲ってもいいって話だよ」

 

 そう恭介に言うではないか。

 

「マジか」

 

 余り期待していなかった恭介だが、思わぬ展開に脳裏で警鐘が鳴った。

 こういう時、公的諜報機関はかなり厄介な案件に巻き込もうとするのを嫌と言うほど知っていたからだ。対魔忍時代、嫌と言う程味わった。

 しかし、肯定しなければ目的の品は寄越さないだろう。

 如何にゴミであろうとも、その調査には少なくないカネが掛かっている。

 どうにかして利益に繋げたいのが人情と言うものだろう。

 

「……で、その条件ってのは?」

 

 嫌そうな顔を隠しもせず、しかし諦めた様子の恭介へノイはあっさりと告げた。

 

 

 

「アミダハラを拠点にしている独逸秘密研究機関『アーネンエルベ』元・研究員、魔術師バルド・バルドの暗殺。その手伝いをして欲しい、だとさ」

 

 

「――――は?」

 

 

 

 

 

 そしてこれより、事態は動く。

 陸郎は、兄を探しにやってきた少女と出逢い。

 恭介は、独逸より来る魔女の手伝いを。

 そして棘持つ美女たちは、人狼と呼ばれる怪物に遭遇する。

 

 

 

 

 

「ところで、そのコレクターってのはどんな人だい?」

「んー……知人が言うには、バッドエンドよりもハッピーエンドが好きな変り者って話だけど」

 

 

 




橘陸郎――鋼鉄の魔女アンネローゼの主人公。竿役であり、不死者という肉壁、となる予定だった。しかし本作では、魔術師として覚醒。騎士に憧れており、いつかは肩を並べて戦いたいと思っている。死霊術師としての才能があるのだが、浮遊霊に身体を乗っ取られた経験あり。現在苦手意識を克服中。魔法堂に住み込みで修業中。

アンネローゼ・ヴァジュラ――魔女兼探偵兼剣客。美女。エロい恰好をしているが処女で、身持ちは堅い。悪を食らう魔刀・金剛夜叉を武器とする。探偵としては気が向いた依頼しかせず、基本はグータラしている。その一方で戦闘狂の気があり、強者との立ち会いを求めている。代行騎士と闘いたいと思い、剣の稽古に励む。

ミチコ=フルーレティ――アンネローゼの従者。悪魔。本来の姿は人型ではない。正体を知るヴァルグリムは、うっかり出くわさないように細心の注意を払っている。本人曰く「アレが暴れれば即座にこの島は沈む」らしい。人間時の得物は斧。レズビアン。

ノイ・イーズレーン――陸郎の師匠。孫のような歳の陸郎を可愛がっている。しかし師匠としては厳しく、スパルタ。魔術師連合の重鎮で各国ともパイプを持つ。

バルド・バルド――アンネローゼ編のラスボス(予定)。独自設定として独逸の秘密研究機関『アーネンエルベ』の元研究員にして魔術師。色々とやらかしている。故に独逸からは抹殺リスト入り。

沢木恭介――代行騎士。《蛇の道》が使用可能に。お使いクエストを黙々とこなす。この抜け道が使えるようになったので、事務所を長期間留守にする必要がなくなった。お陰で弟妹たちとの時間が確保出来た。色々と人の悪意を知ったせいで、悪党への容赦はゼロ。無暗矢鱈と苦しめるつもりはないが、殺すときはあっさりと殺す。

ヴァルグリム――悪魔。対価を払えばどんな相手だろうと物を売る生粋の商売人。そこまで強くはないが、培った人脈は凄まじく、上級悪魔すら顧客として抱えている。

????――魔王級悪魔。ミチコよりも数段格上であり、自分の異界を保有する。しかし現在は荒れ果てていた自分の世界をリフォーム中。素材集めのついでに惚れた魔導具シリーズを収集している。しかし人界には手が出せず、ヴァルグリムに依頼をする。実は英雄が死ぬバッドエンドよりもハッピーエンドを好む変り者。

ブラックハンマー――長命種・創造者の鍛冶師。造った武器や防具は高値で取引される。所在不明。アミダハラのどこかに住んでいるが誰も知らない。


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