泡のような儚い恋 (ぬっくん丸)
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1章 浜辺の出会い
『君がうちの会社では無理だと思うよ?なんか君には……』
『お前には面接無理だろ。なんせお前には……』
『もう別れない?貴方には……』
『『『魅力がない』』』
──もう疲れた。
会社の面接をことごとく落とされ、友達には馬鹿にされる、彼女にもフラれた。
肉体的にも精神的にも疲れた。
俺には魅力がないのか、魅力とはなんなのかと自問自答しようとするがそれどころではない。
疲れているのだ。
早く眠ろう。
「消えてしまいたい……」
その言葉を吐くようにこぼし、坂本隆は眠りに着いた。
────────────
「また朝がやって来た……」
俺は朝が嫌いだ。
会社を探し、面接を受け、落とされる日々の朝が好きになれるはずがない。
だが、今日の朝はいつもと変わっていた。
母さんからの電話が来た。
「───ばあちゃんが、死んだ?」
母さんからの一言で寝ぼけていた頭が覚醒した。
時江ばあちゃん。
母方の祖母であり、海岸近くの一軒家で一人暮らししていたはずだ。
「新聞の配達の人が玄関で倒れているおばあちゃんを見つけたらしく救急車を呼んだけど手遅れだったみたいなの、心臓発作らしいね。」
「そうか、もう歳が歳だったもんね」
確か90後半だったはず。
でも、もう少し早く見つかっていたら助かったかもしれないなどの考えが過ぎった。
「それで隆、今日おばあちゃん家に行ける?」
「ばあちゃん家に?」
「おばあちゃん一人暮らしだったから家の片付けとかね、私も行けたらいいだけど親族での話がね……」
……なるほど。まぁ今日も会社を探すだけだったし気分転換にもなるだろう。
「わかった。今から行くけど鍵とかは?」
「おばあちゃん鍵は嫌いだからって家に鍵がないのよね」
なんだそりゃ、不用心すぎるだろ。
「……わかった、掃除とかやっておけばいいんだね?」
「お願いね、あと何かあったら電話してね」
────────────
予定変更でばあちゃんの家に到着。
車で3時間、僻地なのはわかっていたが、ここの周辺にはほとんど何もなかった。
あるのはここから見える綺麗な海岸くらいだった。
「ばあちゃん、買い物とかどうやってたんだ?」
ばあちゃんは車の運転は出来たがそれでも近くの店まで数十分はかかる。
老体にはそこそこ厳しいはずだ。
まぁ、そんな疑問は置いといて早速家に入ることにしよう、片付けもやらないといけないし。
……ほんとに鍵が無いよ。
────────────
「お、終わらねぇ……」
ばあちゃんの家の中は物が大量にあり、片付けもクソもなかった。
2時間くらい格闘したが全体の1~2割も終わってないだろう。
……うん、休憩がてらここら辺の散策を……。
あぁでも、この周辺には何もないんだったな。
さて、どうしたものか……。
「あ、家の前の海岸でも散歩してくるかな。」
今はまだ6月だがそれでもそこそこ暑い。
一応サンダルを持ってきてあるから海に足をつけるぐらいして来ようか、と考えながら海岸へ向かう準備を始めた。
────────────
浜辺に到着し、そこから見える光景に言葉を失った。
ゴミひとつ落ちてない綺麗な浜辺だ。それに海も綺麗だ。
高校の修学旅行で行った沖縄の海を思い出させるような綺麗さだった。
数分間、我を忘れこの美しい光景に見惚れていた。
「おっと、そろそろ浜辺の散策でもするかな。」
本来の目的を思い出し、辺りを見回してみる。
まぁ、特に面白そうなものは落ちてないけど。
強いて言えば岩が所々にあるくらい。
それでもこの綺麗な景色を見ながら歩くだけというのも乙なものだ。
────────────
大岩の近くを通りかかった時だ。
波の音に混じり何かの音が聞こえた。
「この岩陰の方からか?」
岩の向こうから聞こえてきたので岩を辿り、音のなる方へ向かった。
近づくにつれその音が女性の呻き声のようなことに気がついた。
「誰か倒れているのか!」
今朝のばあちゃんの話もあり、手遅れになる前に早く助けなければと急ぎ足になった。
予想は的中し、傷だらけ女性が倒れていた。
青い水着を身に纏っているが下半身はおかしな形のパレオのようだ。
「お、おい大丈夫か!返事をしてくれ!」
近くに駆け寄り意識があるかどうか伺った。
「おいしっかりし……」
女性の全身を見渡した。
遠目では気が付かなかったが、彼女には人の足というものがなかった。
あるのはおかしな形のパレオではなく魚の尾びれだった。
「に、人魚?」
その姿は童話などに出てくる人魚の様な姿だった。
「助けて……」
今にも消え入りそうな声が耳に入った。
その言葉で我に返った。
考えるのはあとだ、まず彼女を助けよう。
「……一旦ばあちゃん家に運ぶか」
今は何も考えず彼女を抱き上げ、治療のためにばあちゃんの家に運ぶことにした。
───これが彼女との出会いであった。
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2章 人魚の少女
私は逃げた。
私は父親に売られた。
結婚に出された。
代わりに財宝が父親に行くことになった。
相手は何人も娶り、飽きたら捨てる最低な男だった。
だから私は逃げた。
みんな私を捕まえようとする。
父親はもちろん、信じていた母親にも裏切られた。
帰るところはもうない。
逃げる度に傷が増える。
それでも必死に逃げた。
どれくらい逃げただろう。
意識が朦朧としてきた。
何処に行けばいいのかわからない。
海にいるのは怖い、陸地に逃げよう。
捕まるぐらいなら陸地で死んだ方がマシだ。
辛かった。苦しかった。悲しかった。
身体には力が入らない。
あとは死を待つだけなのか。
でもやっぱり怖い。死ぬのは怖い。死にたくない。
このまま死ぬのは嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ
誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か…………
「助けて……」
私の視界は真っ暗になった。
────────────
浜辺から連れてきた少女を祖母の家の一室に運び、布団の上に寝かせた。
「これで一先ず大丈夫か?」
坂本隆は祖母の家にあった救急セットで応急処置をした。
携帯で調べながらでどこまで出来るかわからない。
それよりも……
「流石に救急車は呼べないもんなぁ……」
そう、目の前で処置を終えて横になっている少女は人間ではない。
上半身は水着姿の麗しい少女だが腰より下が魚であった。
信じられないがこの少女は人魚だ。
もし救急車を呼ぼうものなら大騒ぎになるだろう。
それだけは絶対に避けたい。が……
「母さんにはなんて説明するかな……」
ハァとため息をついたその時、シュゥという音とともに少女の身体から煙が上がったのだ。
「こ、今度はなんだ!」
何が起こったのかと少女を見るとまたまた信じられないことが起こった。
腰から下の魚の部分が消え、人間の足が現れたのだ。
「……………………」
(よし、後でまた様子を見に来よう。)
坂本隆は現実逃避するように部屋から出た。
────────────
ふと目が覚め、痛む体を起こし辺りを見渡す。
知らない部屋だった。
海の中ではないことは確かだがここがどこだか分からない。
身体を見ると至る所に包帯など処置の施しがあった。
「誰かが助けてくれたのかな……」
と、自分の下半身に目をやる。
「え……」
ヒレがない。
その代わりに人間のような細い足があった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
目の前の現実が信じられず、思わず叫んだ。
叫んだらドタドタと足音が聞こえてくる。
部屋の扉が勢いよく開けられ男の声が聞こえた。
「ちょっ何!?何かあったの!?」
「ぴぃッ……」
その男、坂本の声に少女は驚き、変な声を上げてしまった。
「あ、目が覚めたんだ。良かった。」
「えっそのっあのっ……。」
(というかここ何処!?人間!?)
頭は混乱するばかりだ。
────────────
(……しまった、完全に動揺してるな、これ)
当たり前だ。
目が覚めたら知らないところに、しかも目の前には訳の分からない男がいるわけだ。
(とりあえず説明するか……。)
坂本は一旦彼女を落ち着かせ浜辺でのこと、運び治療したこと、彼女の足が出現したことを説明した。
(うん、分かってたことだけど全然信用してなさそう。)
彼女からは怪訝そうな表情が見える。
そう言えば自己紹介がまだだった。
その次に彼女の話を聞こう。
「俺の名前は坂本隆、君はその……人魚だよね?」
こくり……そんな音が聞こえてきそうな小さな頷きだった。
「君の名前は?」
とりあえず聞いてみる
「名前は……無い」
無い?そんなはずはないだろ。
いや、もしかしたら名前を呼び合う習慣がないのかもしれない。
「そうか……わかった。」
なんて呼べばいいか、これからどうしたらいいか考えていると───
ぐぅぅぅううう……
お腹のなる音がした。
俺ではない。
ということは……
「ッ…………」
少女は恥ずかしそうに俯いた。
「……とりあえず何か食べようか。考えるのはそれからだ。」
ばあちゃんの家に来る前におにぎりなど色々買ってきていたのでそれを一緒に食べよう。
食事を取りに部屋から出てから気づいた。
────人魚ってなに食べるの?
感想などお待ちしております!
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3章 人魚の観察
あれからコンビニで買ったおにぎりを一緒に食べた。
いろんな種類のおにぎりを買ってきたつもりだったが意外にも人魚の少女が選んだのはツナマヨとしゃけだった。
美味しそうに食べてるので深くは考えないことにした。
それよりも……
(正直驚いたなぁ……)
人魚が魚肉を食べてるからではない。
食べているところを観察していて気づいたが、彼女の傷が治りかけている。
見つけた時には切り傷、擦り傷、打撲など酷い有様だった。
今となっては見えている範囲の傷は綺麗になっている。
生命力というか治癒能力が高いのか。
それと今更になってだが目の前の人魚の少女の格好は水着なのだ。
「その格好は……人魚みんな同じなのか?」
こくり……とまた頷きが返ってきた。
何もつけてないよりはマシだが少々目のやり場に困る。
そして1番疑問に残るのは彼女の足のことだ。
何故足が出現したか、出現したことに対して彼女が何も知らないこと。
人魚の足は水をかければヒレに戻ると昔読んだ漫画に書いてあったのを思い出した。
(これに関しては後でやってみるしかない……)
────────────────────
観察してわかったこと
・人魚でも魚は食べられる。
・名前の習慣がない。
・治癒能力が高い。
・人魚にとって水着は主な格好。
・足の出現した原因は本人にもわからない。
────────────────────
今のところわかるのはこのくらいだ。
わからないことはしょうがない。
次にこれからの事だ。
そんなことを考えていたら携帯電話がなった。
母親からだ。
人魚の少女は音のなる手のひらサイズの物体を怖がりながら眺めている。
……これもおいおい教えた方がいいな。
「ちょっと出てくるね」
電話をしに部屋を出た。
「もしもし、どうしたの母さん?」
「あ、隆?電話出るの遅かったけど掃除かなんかしてたの?」
……マズい、あの子のことなんて説明したらいいかわからない。
仮に『人魚拾っちゃいました!』なんて言ったら頭のおかしい人認定だ。
これだけは避けよう。
「ごめん、昼食べてた。」
嘘は言ってない。
「そうなの?まぁいいわ。おばちゃん家に行くのは明日の朝になるから。掃除は全部終わらせなくても大丈夫だから。」
「……わかった。でも出来るだけ終わらせとくね。」
よろしく、と母親との通話を終えた。
さらにマズいことが起こった。
あの子をここに置いておけない。
海に返した方がいいのかもしれないが、あの傷だ。
海で何かあったのかもしれない。
タイムリミットは明日の朝だ。
彼女の部屋に戻り、単刀直入に尋ねた。
(正直、面倒事には関わりたくないけど……。)
「海に戻れるなら戻りたい?」
────────────
夕方、坂本の住んでるアパートに到着。
車を駐車場に停め、一息ついてから後部座席を見る。
そこには車に揺られて寝てしまった人魚の少女がいた。
(やっちまった、やっちまったよ俺……)
そう、連れてきてしまった。
とても悲しそうな顔で海に戻りたくないと言われてしまった。
(あんな顔されちゃ帰れなんて言えないよなぁ……。)
半ば諦めのような気持ちで彼女を連れ出した。
出る前にばあちゃんの家から服を少々拝借し、彼女に着せた。
流石に水着姿での移動は色々と問題があった。
ちょっと見た目の割に年寄り臭い服装になってしまったが、水着よりはマシだ。
彼女を起こさないように自室まで運んだ。
(マジでこれからどうしていいかわからねぇ……)
彼女を自分のベットに寝かせてから、自分はソファに横になった。
(今日は色々ありすぎて疲れた……。これからの事は起きてからから考えよう……。)
坂本はまた現実逃避したくなった。
そんな事考えていたらいつしか眠りに着いてしまった。
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4章 人魚との生活の始まり
────朝の日差しが窓から入ってきた。
目が覚めたら白い壁に囲まれた部屋だった。
ふと自分の寝ているところに意識を向けた。
不思議な感触の、だが不快ではない寝心地のいいところで目が覚めた。
人魚の少女は坂本のベッドに寝かされていた。
ほぼ完全に傷の癒えた体を起こし周囲を見渡す。
見たことの無い木の台や透明な板などが目に入ったが、特に危険そうなものはないと判断し安堵した。
(ここは昨日の助けてくれたサカモトが言っていたあぱーと?というところなのかな……。)
昨日……
────────────
『海には…………戻りたくない…………です。』
『じゃあ俺のアパートに行こう。』
『あ、あぱーと?』
────────────
生活感があるところを見ると人間の住処のようだ。
(人間の住むところはあぱーとって言うのかな。)
そんなことよりもにお礼を言いたい。
人魚の少女はベッドから降りようとヒレの代わりに出現人の足を出そうとするが……
ドタドタッ!!
バランスを崩しベッドから落ちてしまい顔面を強打してしまった。
「うぅ……痛ったぁ……。」
鼻血は出てないようなので、痛みを我慢し這いながら坂本を探し始めた。
しばらく徘徊して人魚の少女は坂本を発見した。
坂本は自分の寝ていたところよりでは無いがそこそこ柔らかいところで眠っていた。
そこを人魚の少女は膝立ちをし、坂本の顔を覗き込んだ。
(この人に助けて貰ったんだよね。)
と、坂本の顔を間近で見つめながら耽っていると坂本が目を覚ました。
────────────
起きたら水着の上にシャツを着て膝立ちをしている女の子が自分の顔を覗き込んでいた。
(何これどういう状況!?何で起きたら目の前に!?顔近ッ!)
坂本は混乱している。
(あっ、この子近くで見るとめっちゃ可愛い……じゃねぇ!まつ毛長ぇ……ってこれも違う!)
坂本は混乱している。
(この子なんで動かねぇの!?そういやこの子名前名前ないんだっけ!後で名前とか考えなきゃ!)
坂本は混乱している。
坂本が表情を崩さず、心の中でアタフタしていると、
「……おはよう。」
人魚の少女が先に口を開いた。
「おは、おはよう。……と、とりあえず離れてくれるとありがたい。」
────────────
「君の名前を考えた。」
坂本は人魚の少女と一緒に朝食を食べながら説明を続けた。
「名前?」
「そう、俺には坂本って名前がある様に人間は一人一人に名前があって個人を呼び合う時に使うんだけど君に名前がないから考えたんだ。」
「名前……うん、わかったよ。」
(よーし、了承してくれて助かった。名前がないとこの先面倒なだけだからなぁ。)
「今から君の名前は渚(なぎさ)で!」
由来は海で彼女を見つけたから。ただそれだけ。
「気に入ってくれた?」
一応彼女にもこの名前がいいか訊ねてみる。
「渚……渚かぁ……ふふっ……ありがとう。」
初めて笑顔を見せてくれた。
どうやら気に入ってくれたようだ。
「改めてよろしく渚。」
「こちらこそ、そして助けてくれてありがとう、サカモト。」
テーブル越しに握手をしようと手を差し出したら誤って水の入ったコップを倒してしまい、彼女に水がかかってしまった。
「あっ、ごめん!今すぐ拭くね!」
「だ、大丈夫だよ。」
と、坂本があることに気づいた。
後々試そうとしていた「足に水をかけるとヒレになる説」が偶然に行われた。
しかし、渚の足がヒレになることは無く綺麗な肢体に水がかかっただけだった。
(しかし弱ったな……足の出た原因がわからず戻し方の当てが外れてしまった。)
渚にはしばらく足で生活してもらうが、渚はもちろん歩けない。
今後歩き方も教える必要がある様だ。
「サカモト……?私の足がどうしたの?」
「ん?あぁ、ごめん今拭くもの持ってくるね。」
坂本はタオルを取りに戻ってくるまで今後のことを考えた。
(渚には歩く練習の他に、人間の生活について教えることが山ほどありそうだな。)
渚には人間として生活してもらうが出来るだけサポートしようと坂本は心に決めた。
タオルを取ってから渚のところへ戻り濡れた足を拭くが……
「サ、サカモト……くすぐったい……。」
渚はくすぐったかった足をくねくねしだした。
「うおっ!そんなつもりは……!」
(ちょっ、そんな艶かしく足を動かさないで!)
何が打開策は……
(そうだ、人間の生活に慣れてもらうために自分で拭いてもらおう!)
「……自分で拭いてみる?」
「……やってみる。」
タオルを渡し、「こうかな?」と言いながら渚は自分の足を拭き始めた。
(あぁ、先が思いやられる……。)
────こうして坂本と渚の生活が始まった。
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5章 人魚の大きな一歩
2人の生活が始まって坂本は一般常識について様々なことを教えた。
アパートに来てから1週間後、一般常識をある程度教えた坂本は次に渚には立ち方と歩き方を教えようとした。
まずは渚を床に座らせて台に手を付かせながら立たせるという方法を行った。
案外ものの数分で多少フラフラでも立つことが出来たが、歩こうとするとバランスを崩し倒れてしまう。
(1つのヒレから2つの足になったから感覚が分からないのかな……。)
元々の筋力はあるが動かし方がわからない、そんなところだ。
そこで坂本は次に片足ずつ動かす練習を行った。
「足を上げてみて。」と言うと両足が上がるので坂本が左足を抑え、渚にもう一度足を上げるよう指示をした。
「んっ…………くっ…………!」
足がプルプル震えて上がらないので「じゃあ今度は右の方の腰を意識して上げてみて。」とアドバイスをしてみた。
「や、やってみるね………………あっ。」
「おっ。」
アドバイスをしたら嘘のように出来てしまった。
反対側も難なくクリアし、しばらく片足ずつ動かす練習をした。
(しっかし、綺麗な足だなぁ……。)
渚の足は白く細く、しかし筋肉はしっかりとありアスリートのような足だった。
(そんな足に触れるなんて……。)
坂本が邪な気持ちを抱いていると「サカモト、もう足大丈夫だよ。」と渚に言われてしまった。
「アッハイ。」
少し残念な気がしなくもないが、その後も練習に付き合った。
────────────
「そろそろ歩いてみようか。」
足の感覚が大分わかってきたところでもう一度歩くチャレンジ。
渚は坂本の手を取り、片足を出す。
「よしっ!」
まだぎこちないが1歩を踏み出すことが出来、その後2歩3歩……と渚はゆっくり歩いた。
「サカモト!やった、歩けたよ!」
「すごい、歩けてるよ!」
2人で喜びあっていると渚はバランスを崩し坂本の方に倒れ、坂本の胸に飛び込む。
「「………………」」
2人は沈黙し、お互いを見つめ合った。
(な、なんか喋れ俺!)
「……だ、大丈夫?すごいじゃん!こんな短時間で歩けるなんて正直思わなかったよ!」
渚の体から離れ、何事もなかったかのように接する。
(ど、動揺するな!したら互いに恥ずかしくなるだけだ。)
渚は少し頬を染め「歩けるようになったのはサカモトのお陰だよ。」と笑みを見せた。
「これからは歩ける時間を徐々に増やしていこう。そして外も歩いてみよう。」
一般常識については色々教えたつもりだ。
ならば今度は実際に体験するのがいいと坂本は考えている。
「外……ちょっと怖い、けどサカモトがいるから頑張れるよ。」
詮索するつもりは無いが、ボロボロの姿と海に戻りたくないで坂本は変な想像をしていた。
最初こそ警戒され笑顔をあまり見せなかったが今では笑顔を見せるまでになった。
(心が強いのか立ち直りが早い……俺もみならわなきゃな。)
坂本自身気がついてないが渚が来てから坂本も笑うようになっていた。
────────────
「じゃあそろそろ行ってくるね。」
「またあるばいとっていうところ?」
坂本は今フリーターであり、アルバイトをしている。
坂本のアルバイト先は以外にもカフェである。
大学時代からお世話になっているところでバイト代がよく、マスターも色々相談に乗ってくれる優しい人だ。
「そう、テレビとかは見てていいけど誰か来ても絶対に出ないこと。お腹すいたらテーブルの上におにぎりとかあるから好きに食べてね、行ってきます。」
「…………いってらっしゃい。」
ガチャ。
渚は坂本が出た後もそのドアを眺めていた。
(サカモト、行っちゃったなぁ……。)
1人は慣れていたつもりだが、やっぱり寂しい。
(それとこの気持ちはなんだろう……。)
それは坂本に対する気持ちであった。
親しい者に対する気持ちとはちょっと違う。
でもそれが何であるのか渚にはまだわからない。
(…………いいや、てれびでも見て気分を紛らわそう。)
そう思い渚はテレビを点ける。
────────────
「最近坂本君明るくなったね。」
珈琲豆の補充をやっていると声がかけられた。
ここは坂本のアルバイト先のCafé【KATSURAGI】
そして坂本と会話しているのはマスターの桂木輝義(かつらぎてるよし)。
白髪とシワが目立つおじさんだが、顔の彫りが深く低い声と温厚な性格で女性客に非常に人気である。
「そうですか?」
「あぁ、ついこの前なんて目に光がなかったようなもんだったよ。」
「うっ…………。」
反論出来なかった。
実際生きるのも億劫になっているほどであった。
「そうッスよ!先輩大学卒業してからめちゃめちゃ暗かったですよ!」
「お前なぁ…………。」
こっちは同じアルバイトで坂本のいた大学の後輩、川藤杏子(かわふじあんず)。
体育会系の癖して大学では料理クラブと文芸クラブに入っている。
「最近何かいいことでもあったんスか?」
「別になんともないけど……。」
「あっ!新しい女っすか!?」
「はっ倒すぞテメェ。」
彼女と別れたの知っててなんてこと聞いて来るんだ。
「ほらほらお客様に聴こえるから喧嘩しない。」
「「はーい。」」
桂木さんの注意で仕事モードに戻る。
(確かに前よりは毎日が楽しい……な。)
坂本は渚が歩いたところを思い出し口元が緩んでしまった。
ここまで読んで下さりありがとうございます!
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6章 人魚と初めての買い物
「明日ショッピングモールに行こう。」
夕食を取っている最中に坂本が呟いた。
「ショッピングモール?テレビでやっていた所?」
渚は坂本に訊ねる。
「そう、建物の中に色んなお店があるところだよ。」
ショッピングモールに行く理由は家の物を買うことと渚の服を買うことだ。
渚自身、服はあまり待っていない。
ばあちゃんの家から持ってきた1着と通販で買った服が少しと部屋着に坂本がジャージを貸している。
渚はあまり外に出ないがこれだけだと少ない。
家の物の補充と一緒に買って来ようと坂本は考えている。
「私も行ってみたい!」
外を少し怖がっていた渚だったが、目を輝かせて坂本を眺めてきた。
(良かった、渚も行く気満々だ。社会見学にもなるしいい経験になるな。)
「じゃあ、今日は早く寝よう。」
────────────
翌日、ショッピングモールに到着。
坂本は車を駐車場に停めてから助手席の扉を開ける。
助手席から渚が恐る恐る出てきて、目の前の建物を見上げる。
「おっきい建物……ここがショッピングモール……。」
眩しいくらい目を輝かせ「サカモト!早く行こう!」と、坂本の腕を引っ張って来る。
「ちょっ、落ち着いて!」
(力強っ!引っ張る力半端ない!)
普通に歩けるようになっただけでなく、足腰の力の使い方も上手くなったようだ。
…………腕がもげそう。
────────────
「サカモト、あれは何?」
「サカモト、あれは?」
サカモト……サカモト……サカモト……
(いやすげぇテンション。)
とても楽しそうで良かったです、まる。
本来の目的の日用品と渚の服を買いに行く前に色々見て回ることにしたが、渚が水を得た魚のようになった。
かれこれ2時間半歩き回り坂本は少し疲れてしまった。
(なんで渚は元気なんだよ……。)
渚もずっと歩いているが疲れている様子は見られない。
このままでは潰れると思い、フードコートで休憩兼昼食を取ろうと坂本は考えた。
「な、渚さーん……。少し休憩しよう……。」
「うん!」
────────────
フードコートに着き、席を取ってから食べ物を買いに行く。
「サカモト、あれはらーめん?であっちはたこやきだったよね?」
「そうそう、食べてみる?」
「うーん……もうちょっと考える。」
ここのフードコートは結構種類があるから目移りしてしまったようだ。
(うちでも色々食べさせてあげよう。)
そんなことを坂本が考えていると…………。
「あれ?先輩じゃないですか!奇遇ですな!」
…………ここはスルーだ。
「え、ちょっ、無視しないでくださいよ!」
…………何を言われようがスルーだ。
「可愛い後輩の杏子ちゃんですよー!」
………………。
「ドチラサマデショウカ?ワタシ、アナタノコトワカリマセーン。」
「た、他人のふりをしないでくださいよ!あとなんでカタコト!?」
なんでバイト以外でこいつに遭遇しなきゃならんのだ……。
「サカモト…………?」
「ん?そっちのかわい子ちゃんは誰ですか?」
(しまった……。渚のことを忘れてた。なんて説明したら……。)
「あっ、その子は、その、アレだ。名前は渚。訳あって一緒に住んでる。」
我ながら苦しい言い訳だと坂本は後悔した。
詮索されたら非常に不味い。
「渚ちゃんって言うんだ!私は川藤杏子だよ!よろしくね!」
(アホで良かった。)
「な、渚です。よ、よろしく……。」
杏子のハイテンションに少々たじろぐ渚だった。
────────────
「で、先輩はなんでここに?」
食べ物を買い、ちゃっかり相席にしてる杏子が聞いてくる。
「日用品と渚の服を買いに。」
(そういや最近の女の子の服について全くわからないな……。)
今日渚が来ているのは通販で買ったシンプルなワンピースだった。
出来たら違う感じの服を買ってあげたい。
「そういうお前は?」
「実は今日、最上階に新しくアニメショップが出来たのでそこに行こうと思ってたんですよ。」
確か案内板にそんなのがあったような気がした。
「しかもその店、コスプレも出来ちゃうらしいんですよ!」
「コスプレ?」
杏子は何かのイベントとかでコスプレをしている。
以前、写真をいくつか見せてもらったことがあった。
「で、先輩と渚ちゃんも一緒にどうっすか?」
「コスプレか……。」
坂本自身、コスプレには興味は無いがあまりできる体験じゃないからやってみようと考えている。
「やってみるのも悪くないな。」
「サカモト、コスプレって何?」
もちろん渚はコスプレがなんなのかわからない。
「テレビでアニメは見たことあるでしょ?コスプレって言うのはアニメのキャラの服を着ること。」
「私もやってみたい!」
どうやら渚もやりたいようだ。
「じゃあ、先輩達の買い物終わってから行きましょう!私も渚ちゃんの服を見ますよ!」
一緒に来てくれるのはありがたい。
坂本だけでは服を選ぶのに自身がなかった。
「助かる。今までで1番お前が頼もしく見える。」
「どういうことっすか!」
「フフッ……。」
杏子とアホなことしていたら渚に笑われた。
────────────
フードコートで昼食を取ってからレディース服の店に着いた。
店頭に並んでるだけでも種類がたくさんあるようだ。
店の奥から女性店員がニコニコしながら出てきた。
「いらっしゃいませ!本日は何をお探しで?」
「今日はこの子の服を買いに。」
渚を見るといろんな服にまた目をキラキラさせていた。
「まぁ、可愛らしい彼女さんですね。」
店員が変な勘違いをしている。
「いや、彼女じゃ……。」
と否定しようとしたら杏子が口を開く。
「ねぇねぇ先輩、勝負をしませんか?」
「は?勝負?」
いきなりこいつは何言ってんだ?と坂本は呆れた。
「渚ちゃんに1番合うコーディネートをした方が勝ちってことで!審査員は店員さんがやってくれるってことで!」
ほんとこいつ何言ってんだ。
店員にも迷惑掛かるだろと店員を見ると親指を上げ、サムアップしていた。
…………え?やれと?
…………どうやら逃げ道は無いみたいだ。
────こうして渚のコーディネートバトルが始まった。
ちょっと間が空いてしまい申し訳ありません!
これからも出来るだけ早く上げられるようにがんばります!
感想や修正点がありましたらコメントをお願いします。
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